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平成26年11月19日宣告裁判所書記官
平成26年(わ)第56号現住建造物等放火被告事件
判決
主文
被告人は無罪。
理由
1本件の争点と判断の骨子
本件公訴事実の要旨は,「被告人は,兵庫県尼崎市ab丁目c番d号所在の
Aらが現に住居に使用し,現にいた建物(木造瓦葺モルタル塗2階建て店舗兼住宅
1棟3戸,以下「本件建物」という。)に放火しようと考え,平成24年5月3日
午前3時40分頃から同日午前3時55分頃までの間に,同建物の南端自宅2階の
西側四畳半和室において,石油ストーブのカートリッジタンクを取り出し,同カー
トリッジタンク内の灯油を同室内にまいた上,何らかの方法で火を放ち,その火を
同建物の床等に燃え移らせ,よって同建物1棟3戸の2階部分等を焼損した」とい
うものである。
本件の主な争点は,①被告人が灯油をまいたかどうか,②被告人がその灯油
に故意に点火したかどうか,③点火した際,被告人に本件建物を燃やす認識があっ
たかどうかである。
当裁判所は以下のとおりの検討の結果,証拠上,被告人が火災前に灯油をまいた
事実は認定できるものの,被告人がまいた灯油に故意に火をつけたとは認定できず,
したがって,被告人には,本件建物に対する放火の故意は認められないと判断した。
2前提事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
平成24年5月3日午前3時40分頃から同日午前3時55分頃までの間に
本件建物で火災(以下「本件火災」という。)が発生し,本件建物が焼損した。そ
の出火元は当時の被告人方2階西側四畳半和室(以下「本件和室」という。)であ
った。鎮火後,本件和室内のベッド上に石油ファンヒーターのカートリッジタンク
(灯油容量5リットル)及びその蓋が発見された。本件和室は,ベッドの東側部分
の中央付近から頭部付近及びその周辺の床部分が他の場所に比べて強く燃焼してい
た(もっとも,本件火災の原因を調査した科学捜査研究所員Bの証言によっても,
その付近に灯油がまかれていたことは推測できるが,その正確な範囲や量を特定し
て認定することはできない)。
本件火災当時被告人と内縁関係にあって同居していたAは,同日,遅くとも
午前3時頃から被告人と口論をしており,大声で「どないすんねん」などと言った
り,被告人がAに対してリモコンや芳香剤などを投げていた。
本件火災後,被告人のズボンから灯油が検出された(もっとも,ズボンのど
の部分から灯油が検出されたかは明らかではない。)。
被告人は,本件火災により,両脚の膝から下の部分(前面及び背面),大腿
部の背面側,臀部,背部に火傷を負った。背中及び臀部は浅達性Ⅱ度熱傷,両脚の
膝から下の部分及び大腿部の背面側は深達性Ⅱ度からⅢ度の重度熱傷であった。
3本件火災の原因
信用できるB証言によれば,本件火災が,電気のコード等のショートや漏電等の
電気的要因やたばこの不始末によるものと考えられる現実的な可能性はないと認め
られる。
弁護人は,本件火災の原因は被告人のたばこの不始末である可能性が否定できな
いと主張する。しかし,B証言によれば,たばこが他の可燃物に接触して発火する
場合は,通常,少なくとも10分から15分程度かかり,その間白い煙が発生する
ものと認められるが,そのような状況であれば,被告人やAにおいてすぐに気が付
き,火災になる前に消し止めていたものと考えられるし,A証言にも,上記のよう
なたばこの不始末による出火をうかがわせるような事情は出てこない。
4被告人が灯油をまいたかどうかについて
本件火災後に本件和室のベッド上に残されていた石油ファンヒーターのカー
トリッジタンクの状況,同室内の焼損状況,被告人の着衣に灯油が付着していたこ
となどからすると,出火前にカートリッジタンク内の灯油が本件和室のおおよそ中
央付近にまかれていたと認められる。
ところで,Aは,本件火災当時の状況について,公判において要旨以下のとおり
供述する。
本件火災の前日,外に飲みに行った後,日付が変わった午前1時過ぎ頃に被告人
方に帰宅して,本件和室で眠っていたところ,同日午前3時頃に被告人に起こされ,
浮気などを責められて口論になった。そこで,一時的に被告人方を出ることにし,
1階に下りて顔を洗うなどした後,再び2階に上がり,六畳間で外出する準備をし
ていた。被告人も,いったん1階に下りた後,2階に上がってきて,本件和室に入
ってガラスの引き戸を閉めた。5分くらいして,被告人が「熱い熱い」などと言っ
て本件和室から出てきた。その時,被告人のズボンの裾辺りに火が付いており,本
件和室のベッド上に炎が上がっていた。被告人が本件和室に入ってからから出てく
るまでの間,被告人と話をしていない。被告人が本件和室で何をしていたかは分か
らない。被告人が石油ファンヒーターのカートリッジタンクを取り出したり,灯油
をまいたり,これに点火したところは見ていないし,灯油の臭いにも気が付かなか
った,というのである。
Aは,出火当時,被告人と2人で被告人方にいたのであるから,被告人が灯油をまい
たり,火災の原因を作ったりしていないとすれば,Aがこれらの行為をしたことになり,
場合によっては,Aが本件火災について法的責任を追及される立場にあるから,自己保
身のために虚偽の供述をする可能性がある。また,逆に,Aが被告人をかばって,部分
的にせよ事実をありのままに述べていない可能性も否定できない。Aは,本件火災の原
因について,何ら具体的な根拠を述べることなく,「事故と信じている」などと述べて
おり,出火の状況についての供述内容を見ても,出火原因となり得るあらゆる事実につ
いて自己の関与を一切否定した上で,被告人の行動についても「見ていない」,「気付
いていない」として具体的な供述をしていない。しかし,被告人が灯油をまいたり,こ
れに火をつけたりしたというのであれば,その原因や発端はAとの口論にあったと考え
るほかないことや,被告人方2階での両名の状況からすると,それまでに何らの兆候や
気配もなく,いきなり被告人がズボンの裾辺りに火がついた状態で本件和室から飛び出
してきたかのようにいうA供述の内容が不自然であることは明らかである。すなわち,
部屋の間取りから考えて,両名のいた位置はそれほど離れているわけではない。被告人
とAがそれまで口論していた状況にあったのであれば,通常はガラス戸越しに何らかの
やりとりがあったり,相手の動静を多少は気にするはずであって,被告人との間で何も
会話はなく,まいた灯油のにおいは全くしなかった,何をしていたかわからないという
のは不自然である。加えて,Aは,被告人が部屋から出てきた際や火災後に,「何があ
ったんだ」「どうして燃えているんだ」などと想定外の事態に驚いたり,出火した際の
事情を被告人に問いただしたりした形跡はうかがわれないが,仮に,Aの知らないとこ
ろで出火して火災になったのであれば,Aにおいて,通常は被告人に対してその原因を
尋ねるはずであって,尋ねなかったのは火災の原因や経緯の一端を知っていたからであ
る可能性もある。
以上からすれば,Aの供述は,内容に不自然な点が見られる上に,その供述態度も考
慮すると,Aが核心部分について証言をそのまま信用することができない。したがって,
本件出火当時の状況についてAが供述するとおりの状況であったとは認定できない。
検察官は,被告人が灯油をまいたことを推認させる事実として,上記のよう
なA供述を前提とした上で,①被告人が着用していたズボンから灯油が検出された
こと,②被告人が入院当時自らC警察官に灯油をまいたなどと供述したことを挙げ
ている。
①について,被告人が火災時に着用していたズボンから灯油が検出されたことは,
当時被告人に灯油がかかったことを示すものであり,被告人が自分で灯油をまく際
に自分にかけてしまったと考えることもできるから,被告人が灯油をまいたことを
推認させる事実である(もっとも,被告人の着用していたズボンのどのような場所
からどの程度の灯油が検出されたのかは証拠上明らかになっていない。また,Aか
らも灯油のにおいがしていたことからすると,Aも灯油に接触していたといえる。)。
②について,C警察官は,当公判廷において,被告人が「灯油をまいた」と供述した
と証言した。C警察官は,本件の捜査官の立場にあること,また,当時は,任意の事情
聴取という形で黙秘権の告知もなしに聞き取りが行われたものであることから,その際
の被告人供述の信用性は慎重な検討が必要である。しかし,被告人が「灯油をまいた」
と述べたことそれ自体については,C警察官の事情聴取に立ち会ったD医師作成のカル
テにも同様の記載があることから,「灯油をまいた」と発言したこと自体がC警察官の
記憶違いや聞き間違いである可能性はないといえる。そして,通常,灯油をまいたこと
がないのにもかかわらず捜査官に対して「灯油をまいた」などと発言するとは考えがた
い(もっとも,「灯油をまいた」という旨の自供調書が存在するというわけではなく,
あくまでも被告人が「灯油をまいた」と発言した事実が認められるにすぎず,被告人が
どのような趣旨でその発言をしたのかは必ずしも明らかではない。また,C警察官が救
急隊員から聞いた話や被告人が家主のEに話をしたときには,灯油がこぼれた趣旨の供
述をしており,その供述には変遷が見られる。)。
以上からすれば,被告人が灯油をまいたと推認するのが合理的であり,被告人が灯油
をまいたと認められる。しかし,灯油がまかれた経緯についてはA供述を前提とするこ
とはできない。
5被告人が灯油に故意に火をつけたかどうかについて
検察官は,A供述の事実経過を前提として,被告人が灯油をまいたこと,入院中
にC警察官と家主のEに火をつけたと述べたこと,被告人が火傷を負ったことを根拠に,
被告人が故意に灯油に火をつけたと主張している。
被告人が灯油をまいたことについて
検察官は,被告人が灯油をまいた動機,目的は,まさしくその灯油に火をつけるため
と主張している。
しかし,被告人とAとの間では本件火災の約3か月前頃にもけんかの中で1階の店舗
に灯油がまかれるという出来事があったと認められる。また,C警察官は,公判におい
て,被告人に対する病院での事情聴取の際,被告人は,灯油をまいた後,Aに対して「や
ったったぞ」などと言った旨述べたと証言した。本件火災の際にも,被告人とAは,声
を荒らげて,Aが深夜なのに家を出て行くほどの大げんかをしていた。これらの事情か
らすると,被告人がけんかの中でAに対する脅しや当てつけの目的で灯油をまいたこと
も,相当の可能性をもって考え得る。他方で,本件火災が起きた場所は被告人自身の借
家であって,その1階の被告人の店の経営は順調であり,被告人自身が自分の家やその
店を燃やそうという積極的な動機はなかった。
また,前記のとおり,本件和室にまかれていた灯油の量やその範囲は明らかではない。
被告人が当時酒に酔った状態にあったとうかがわれること,被告人自身が下肢や背中に
大火傷をしていること,灯油をまいた時期と何らかの点火行為をした時期との関係に関
してA供述を前提にできないことに鑑みると,灯油をまいた本人である被告人において
も,何らかの点火行為をした時点で,その量や範囲を正確に把握していたかは疑わしい
というべきである。
被告人が「火をつけた」と述べたこと
C警察官は,当公判廷において,前記病院での事情聴取の際,被告人が「火をつけた」
と述べたと証言し,Eは被告人が「火をつけた」と述べたと証言した。
しかし,C警察官は,被告人が火をつけたと述べたと証言する一方で,被告人は点火
行為について「ティッシュにたばこで火をつけた」「ライターでティッシュに火をつけ
た…わからない」と述べ,また,「灯油をまいても火がつかないことを知ってた」と述
べたと証言しており,被告人のC警察官に対する発言は,何にどのような方法で火をつ
けたのかという点がはっきりせず,供述全体の趣旨は,故意に灯油に火をつけたことを
否定するニュアンスも残っている。当時,F医師の証言のとおり,火災前についての記
憶ははっきりしており,かつ,思考能力が低下していたため嘘をつくことができるよう
な状態になかったのであれば,上記のような供述から,被告人に,故意に灯油に火をつ
けた認識があったとはいえない。
また,C警察官が事情聴取をする前日に被告人が医師に対して,「タバコの火がつい
たと思う」と述べた旨のカルテの記載もある。このように供述が変遷していることから,
被告人は「火がついた」という表現と「火をつけた」という表現の違いを明確に意識し
ておらず,自分が「火をつけた」と述べることの意味をしっかりと認識しないまま発言
した可能性がある。
さらに,その後,被告人は,C警察官に対して,3回から4回にわたり,早く事情聴
取をするように要請している。仮に被告人が故意に灯油に火をつけたのであれば,たと
え保険金の請求手続のために警察官による事情聴取が必要であったとしても,自分の責
任が追及されるおそれがあるのであるから,自ら警察官を呼んで事情聴取をしてもらお
うとするのは不自然な面がある。
次に,Eの証言によれば,被告人が,病院を訪れた家主のEに対し,「火をつけた」
と述べたことが認められるが,何にどのような方法で火をつけたのかということは供述
していない。そして,被告人はEに対しては「灯油の入ったポリタンをどんと置いたら
とびちった」などと述べて,どちらかというと灯油に故意に火をつけたことは否定する
ニュアンスの供述もしており,被告人がどのような趣旨で「火をつけた」と述べたのか
が明確ではないといえる。当時の被告人の精神状態も考慮すれば,被告人が公判で述べ
るとおり,故意に火をつけたという意味ではなく,自分の責任であることを示す意味で
供述をしたにすぎない可能性も否定できない。
被告人の火傷について
検察官は,被告人が火傷を負っていたことは,故意に灯油に火をつけたことを推認さ
せると主張するが,たとえ,灯油に火がついたのが被告人の故意によらない場合であっ
ても,火傷を負う可能性はある。加えて,火傷の状態が背面を中心に広がっている点は,
故意に灯油に火をつけたとすれば不自然な一面もあることからすれば,被告人の火傷の
状況は,少なくとも,被告人の故意を推認させるものではない。
小括
本件において,人為的な原因による出火であると考えられること,被告人以外に出火
の原因を作った人物が考えられないことからすると,本件において被告人が本件火災の
出火原因となる火種を作った可能性は極めて高いといえる。
しかし,他方で,被告人がいつ灯油にどのように火をつけたのか,その態様を推認さ
せる証拠はほとんどない。(なお,被告人は公判廷において,本件和室のベッドにAと
並んで座っており,Aの後頭部に火をつけたティッシュを投げつけたなどと述べている
が,その供述経過に照らして直ちには信用できない。)。被告人が灯油をまいたことは
被告人が灯油に故意に火をつけたことを一定程度推認させるものではある。しかし,上
記のとおり,本件で被告人が灯油をまいた動機としてAに対する脅しや当てつけの目的
であった可能性があることも十分考えられる。加えて,Aの知らないうちに被告人が灯
油をまき,その直後に出火した旨の経緯等を述べるAの供述をそのまま前提とすること
はできない以上,被告人が灯油をまいた直後に出火したとは認められない。そうすると,
被告人が灯油をまいた事実から直ちに被告人がこれに点火する目的だったと推認する
ことには疑問が残ると言わざるを得ない。
被告人が灯油をまいたことに加えて,被告人は「火をつけた」と述べたことがあるこ
とを併せて考慮しても,被告人がAを脅すなどするために灯油をまいたが,その後のけ
んかの中で,その灯油に点火するつもりはなかったのに点火させてしまったという可能
性を証拠上排斥することはできない。
そうすると,検察官の主張する事実のうち,被告人が灯油をまいたこと,火傷を負っ
ていること,入院中に火をつけた旨の供述をしたことなどの事実を基にして,被告人が
灯油に点火する故意があったとまで認めることはできない。
6結論
以上からすれば,結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,
刑事訴訟法336条により,無罪の言渡しをする。
(求刑懲役6年6月)
平成26年11月19日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官佐茂剛
裁判官冨田敦史
裁判官髙嶋美穂

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