弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
 1 被告は,原告らに対し,それぞれ金275万円及びこれに対する平成8年1
1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告らのその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを16分し,その15を原告らの負担とし,その余を被告
の負担とする。
 4 この判決の主文第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請 求
被告は,原告らに対し,それぞれ金4528万5772円及びこれに対する
平成8年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の執刀で大腿部の脂肪吸引手術を受けた後に死亡した女性の相
続人である原告らが,被告に対し,同人の死亡は上記手術の合併症として発生した
肺動脈血栓塞栓症によるものであるとした上,被告には手術前に適切な問診,検査
をしなかった点,手術時における手技が不適切であった点,手術後に血栓症の発症
を防止するための措置を執らず,同人をして自己又は他の医師による診療を受ける
機会を与えてより高度の医療機関に転送する措置を執らなかった点について過失が
ある旨主張し,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,それぞれ4528万5
772円及びこれに対する不法行為の日の後である平成8年11月24日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 1 争いのない事実
(1) 当事者等
   ア Aは,昭和41年6月7日生まれの女性であり,昭和61年2月28日
に原告B(長女)を,平成2年9月3日に原告C(長男)をそれぞれもうけたもの
の,平成8年11月24日に死亡したため,同人の妹であるDが原告らの後見人に
選任された。
イ 被告は,本件当時,美容外科医として,東京都渋谷区a町b丁目c番d
号所在の診療所クリニックE等に勤務し,その傍ら東京都八王子市a町b丁目c番
所在の診療所クリニックFにも出張して診察及び手術をすることがあった。なお,
本件当時,クリニックFの開設者は,美容整形外科医のGであった。
(2) 事実経過
   ア Aは,平成8年10月21日,クリニックFにおいて脂肪吸引手術を申
し込み,手術承諾書に署名押印した。
   イ Aは,同月22日,いったんクリニックFを訪れた後,同院において執
務していたGとともにクリニックEまで赴き,同院においてGの執刀により下腹部
及び上腕の脂肪吸引手術を受けた。その際の脂肪吸引量は約2100CCであっ
た。
   ウ Aは,同月26日,前記手術による縫合糸について抜糸を受けた。
   エ Aは,同年11月3日,クリニックFにおいて被告の執刀で大腿部の脂
肪吸引手術(以下「本件手術」という。)を受けた。その際の脂肪吸引量は合計約
900CCであった。その後,Aは,大腿部の吸引部にドレーンを留置されたまま
帰宅した。
   オ Aは,同月18日,東京都国分寺市所在の診療所「H整形外科」を訪れ
てH医師に受診し,脂肪吸引後である4日前から左下肢痛がある旨を訴えたとこ
ろ,同医師は,Aに対し,大病院で受診するか,脂肪吸引手術を行った医師に症状
を告げて相談するように話した。
   カ Aは,同月23日,クリニックFを訪れた。
キ Aは,同月24日午前0時ころ,肺動脈血栓塞栓症により死亡した。
 2 争点及び当事者の主張の要旨
(1) 術前の問診及び検査に係る不法行為の成否
ア 原 告
被告は,脂肪吸引手術の後に止血剤を投与すると血液凝固機能を高め,
脂肪吸引手術を行ったことが循環系に負担を生じさせることになるから,本件手術
をするに当たり,Aに対し,既往症及び服用中の薬剤の有無などについて問診した
上,同人の血液の凝固機能若しくは線維素溶解機能又は心血管系,肝臓若しくは腎
臓に異常がないかを検査すべき注意義務があったのに,これを怠り,術前の服薬に
ついて何ら確認せず,かつ,術前に上記検査をしなかったことから,血液の凝固機
能を高める作用を有する抗炎症薬「ソレトン」(以下「ソレトン」という。)など
複数の薬剤の服用により血液凝固機能等に異常があることを看過した。
このため,Aは,本件手術後,右下肢深部静脈血栓症を発症し,その血
栓が遊離して肺動脈に及び,その結果,肺動脈血栓塞栓症により死亡した。
以上の被告の措置は,術前の問診,検査義務に違反するものとして,不
法行為を構成する。
イ 被 告
被告は,本件手術に先立ち,Aに対し,既往症,治療中の病気,服用中
の薬剤の有無等について,予診票を交付して自ら申告させた上,直接口頭により確
認したのであるから,問診をすべき注意義務に違反していない。そして,被告は,
Aに対して,止血剤を使用していないばかりでなく,同人は予診票の該当欄に必要
事項を記載せず,かつ,口頭の問診に対しても,既往症,治療中の病気及び服用中
の薬剤はないと答えたのであるから,原告の問診義務に関する主張は,その事実的
前提を欠く。
また,Aが服用していたソレトンには血液の凝固機能を高める作用がな
く,その他同人には特段の検査が必要であることを窺わせる所見はなかったのであ
るから,被告には,実際に行った血圧,心電図及び血中飽和度以外の検査をすべき
注意義務はない。
なお,Aの死因である肺動脈血栓塞栓症が生じた原因は,Gの行った広
範かつ乱暴な脂肪吸引手術又はAの向精神病薬の摂取若しくは長期臥床にある蓋然
性が高く,同人の心血管系,肝臓又は腎臓の異常と肺動脈血栓塞栓症との間に因果
関係は存しないから,被告について前記各部位の異常の有無を検査すべき注意義務
違反を問題にする余地はないというべきである。
(2) 本件手術の手技に係る不法行為の成否
ア 原 告
 被告は,本件手術に際し,術後の脂肪層の炎症の程度が著しいと,静脈
炎ないしこれによる血栓の形成など様々な合併症を生ずる危険性が高まるのである
から,皮下組織の損傷を最小限に抑制しながらカニューレを操作するなど,術後の
炎症の増悪を抑えるように脂肪吸引手術をすべき注意義務があったのに,これを怠
り,右大腿部の皮下組織を高度に損傷して著明な炎症を残すことになった。
 このため,Aは,右大腿部の炎症がその付近の大伏在静脈炎に波及して
右下肢深部静脈血栓症を引き起こし,血栓が遊離して肺動脈に及び,その結果,肺
動脈血栓塞栓症により死亡した。
 以上の本件手術の手技に係る落ち度は,手術実施上の過誤として不法行
為を構成する。
イ 被 告
 被告は,局所麻酔スーパーウェット法(吸引操作前,皮下脂肪層が十分
膨化するまで主に食塩水を注入し,カニューレの挿入による侵襲及び出血の低減を
図りながら脂肪吸引する方法)を施した上,直径3ミリメートルのカニューレを用
い,多数のドレーンを使用しながら,十分な圧迫をし,出血がほとんどないまま本
件手術を行ったのであり,皮下組織に著明な損傷及びこれに基づく炎症の増悪を引
き起こしたことはないから,本件手術は適切であった。
 また,Aの死因は前記(1)イのとおりであって,被告の行った本件手術と
同人の死亡との間に因果関係はない。
  (3) 手術当日の術後管理に係る不法行為の成否
ア 原 告
 被告は,一定量以上の脂肪吸引手術を行った後の患部が炎症を起こし,
壊死脂肪,血液及び浸出液を放置すると,静脈炎等の合併症を起こし,静脈血栓症
及びこれに由来する血栓塞栓症等を生ずることがあることを認識することができた
のであるから,本件手術後,Aの患部にドレーンを挿入し,前記浸出液等を十分に
排出するとともに,炎症の増悪を防ぐため,同人を入院させるなどして,手術後し
ばらくの間,同人を安静に保つ義務があったにもかかわらず,これを怠り,同人の
患部について十分な排液を行わず,安静を保つ措置を執ることなく直ちに帰宅させ
た。
 このため,Aは,右大腿部の炎症がその付近の大伏在静脈炎に波及して
右下肢深部静脈血栓症を生じ,その血栓が遊離して肺動脈に及び,その結果,肺動
脈血栓塞栓症により死亡した。
 以上の被告の措置は,排液及び安静確保の注意義務に反するものとし
て,Aに対する不法行為を構成する。
イ 被 告
  被告は,本件手術後,同人の吸引部に多数のドレーンを挿入し,生理食
塩水を絞り出し,包帯を仮巻きした上で,同人に下肢の屈伸運動をさせて更に排液
を促し,リカバリールーム(安静室)においてしばらく様子をみた後,仮巻きを外
し,手術創及びドレーン留置部に抗生剤の軟こうを塗付し,ガーゼを厚めに付けて
圧迫包帯を巻き,留置したドレーンの抜去のため翌日クリニックFに来院するよう
指示しており,血栓塞栓症等の合併症の発生に対する措置を講じているのであるか
ら,被告に過失はない。
 また,Aのバイタルサインは安定し,意識も清明で,不快を訴えること
はなかったのであるから,被告が本件手術後にAを入院,臥床させるなど安静を保
たずに帰宅させたことに問題はない。むしろ,Aをして安静に保たせることは,静
脈血を鬱血させ,血栓を形成させることになり,適切とはいえない。 
 さらに,吸引手術による脂肪吸引層の炎症が波及して下肢の深部におい
て静脈炎を発症することはあり得ないから,被告は,Aが下肢深部静脈血栓症を引
き起こして肺動脈血栓塞栓症により死亡することを予見することができなかった。
(4) 術後の指示及び対応に係る不法行為の成否
ア 原 告 
被告は,自己だけがクリニックF及びクリニックEに勤務する医師であ
ることを知悉し,かつ,一定量以上の脂肪吸引手術を行った患部は静脈炎等の合併
症を起こし,静脈血栓症及びこれに由来する血栓塞栓症等を生ずることがあること
を認識することができたのであるから,Aに対し,直接又はクリニックFの従業員
を介して自己に連絡が取れるように的確な指示をし,同人に診察を求める機会を与
えた上,自ら又は他の医師をして前記合併症について診療をし,必要に応じて高度
の医療機関に転送するなどの措置を講ずべき注意義務があったにもかかわらず,こ
れを怠り,同人が,本件手術の2週間後の同月16日及び19日,下肢痛,食欲不
振等を訴えてクリニックFを訪れ,同月23日,数度の往診依頼後に一人では歩け
ないほど強い下肢痛を訴えてクリニックFを訪れたのに,自ら診療せず,また,他
の医師の診療を受けさせなかったばかりでなく,同人を高度の医療機関に転送する
措置を執らなかった。
 このため,Aは,本件手術により発症した右下肢深部静脈血栓症及び肺
動脈血栓塞栓症について,クリニックF又は高度の医療機関において適切な処置を
受けることができず,死亡するに至った。
 以上の被告の措置は,合併症の発生に対処するための診療の機会を与え
るべき注意義務に違反するものとして,Aに対する不法行為を構成する。
イ 被 告
  被告は,クリニックFにおいて非常勤の医師としてAを手術したにすぎ
ず,自ら同人と診療契約を締結していたわけではなく,開設されたばかりのクリニ
ックFの実態を知らなかったのであるから,診療を求められた際にこれに応ずる義
務があるにとどまり,その後の治療全般についてまで配慮する義務まで負うもので
はない。
 もっとも,被告は,本件手術の際,Aに対し,ドレーンを抜去するため
に翌日に来院するように指示するとともに,1週間後に抜糸できる旨伝え,クリニ
ックFの従業員に対し,患者に緊急の事態が生じた場合には自己に連絡を取るよう
に指示していたのであるから,合併症への対処のための措置の点において過失はな
い。
 また,被告が前記のような指示をしていたにもかかわらず,Aは,指示
された日に被告の執務するクリニックFに来院せず,その後,同院の従業員が電話
によりAの自宅に何度も検診及び抜糸のために来院するよう連絡したのに,同院又
は被告が勤務するクリニックEを訪ねて診療を求めることもせず,同月23日にク
リニックFに来院した際には同院から被告への連絡がなかったのであるから,被告
が自ら同人を診察し,又は高度の医療機関へ転送することは不可能であった。
 したがって,被告のAに対する本件手術後の管理について不法行為は成
立しない。
(5) 損害額について
 ア 原 告
     前記(1)ないし(4)の各不法行為と相当因果関係のある損害は次のとおり
である。
(ア) 逸失利益3920万5310円
 a 基礎収入(賃金センサス平成8年女子労働者年収平均)
                        335万1500円
 b ライプニッツ係数(稼働可能年数37年間)   16.7112
 c 生活費控除率                 30パーセント
 (計算式)  335万1500円×16.7112×(1-0.3)
=3920万5310円
(イ) 死亡慰謝料                  4000万円
 Aは,医師の技量不足あるいは注意不足による一般の医療過誤事案と
は大きく異なり,被告の無責任な対応により死亡し,多大な精神的苦痛を被ったも
のであり,これを金銭に換算すると4000万円を下らない。
(ウ) 葬儀費用                292万9730円
   (エ) 引っ越し費用               10万7584円
 原告らは,Aが死亡したため,後見人となったD方への転居を余儀な
くされた。
   (オ) 証拠保全謄写料               3万8920円
   (カ) 弁護士費用                   829万円
   (キ) 以上合計               9057万1544円
   (ただし,各原告の相続分に応じた損害額は4528万5772円)
イ 被 告 
 争う。
第3 当裁判所の判断
 1 術前の問診及び検査に係る不法行為の成否について
(1) まず,本件手術実施前における問診義務の点について検討する。
ア 証拠(甲第13,第14号証,乙第3号証,第18号証,第33号証,
鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,外科や整形外科等の領域において,身体に対す
る侵襲を伴う手術を施行した後に血栓塞栓症や肺塞栓症が合併症ないし後遺症の1
つとして生じることがあるのは複数の文献により指摘されてきているところであ
り,本件のような脂肪吸引手術についてもこのことが妥当するといい得るから,医
師は,同手術を施行するに当たって,術後の合併症等として血栓塞栓症や肺塞栓症
の発生を予見することは可能であったと認められる。また,被告自身も,本人尋問
において,外科手術後に血栓塞栓症が生じる可能性があることを知っていたと述べ
ており,被告においても血栓塞栓症等の発生についての認識を有していたと認める
ことができる。
そして,脂肪吸引手術を施行する医師は,上記のような知見に基づい
て,血栓塞栓症等の発生を防止するためには予め患者に存する素因を知る必要があ
るから,問診により患者の基礎疾患,既往歴,家族歴,嗜好品,常用薬剤の服用の
有無等の諸点について確認すべきであるということができる。
イ そこで,本件における被告のAに対する措置について検討するに,証拠
(甲第2号証)及び弁論の全趣旨によれば,Aは,本件手術前の平成8年10月2
2日(以下,年の表記は省略する。)にGの執刀によりクリニックEにおいて下腹
部及び上腕の脂肪吸引手術を受けるに先立ち,日本臨床形成外科医会制定の予診票
(以下「本件予診票」という。)に自ら申告事項を記入して提出したこと,本件予
診票においては,病歴の欄に「なし」と記載され,現在の服用薬の欄及び鎮痛剤,
睡眠薬,精神安定剤等の使用経験の欄が空欄とされ,異状体質といわれたことの有
無,手術等で血が止まりにくかったことの有無,薬や飲食物のアレルギーの有無,
麻酔で異状があったことの有無,手術中に異状があったことの有無,大病をした肉
親の有無,麻酔や手術で異状があった肉親の有無,ピルやホルモン剤の服用の有無
の欄にはいずれもない旨記載されたこと,被告は,クリニックFにおいて本件手術
を施行するに際し,改めてAに対し予診票への記入を求めなかったことが認められ
る。
ところで,被告は,本件手術前の患者の容態確認につき,本人尋問にお
いて,すべての患者に対して予診票を上から順に読み上げる方法で確認して問診を
行うこととしていたから,Aに対しても,G執刀に係る手術の際に書かれた本件予
診票を基に同様の問診を行ったし,また,常に患者に対して既往症,治療中の病
気,服用中の薬剤の確認を行っているから,本件においても同様に確認したのであ
って,Aから何らかの異状があるとか,強い薬剤を服用しているので注意してほし
いなどというような発言がなされたとの記憶はない旨供述している。このような問
診の結果についてカルテ等に記載していないこと自体は被告本人も認めているので
あるが,医師として本人からの参考事項の聴取に意を用いていた旨の被告の供述に
特段不自然な点はみられず,本件手術前に行われた被告の診察に立ち会った者の証
言等の適切な証拠がない以上,被告の前記供述の信用性を排斥すべき特段の事情を
見出すことはできず,他に被告がそのような問診を行わなかったことを認めるに足
りる証拠はない。
以上の点からすれば,被告が既往症及び服用中の薬剤の有無などについ
て問診を行わなかったとの原告の主張を採用することはできない。
なお,証拠(甲第2号証,第23号証,証人G,証人I)及び弁論の全
趣旨によれば,クリニックFにおいては,美容整形手術を希望する患者に対し,医
師の資格を有していないJが本来的には医師が行うべきカウンセリング(患者に対
する問診の一種)を行っており,10月22日の脂肪吸引手術の前にもJがAに対
してこのカウンセリングを行ったと認められるところ,11月3日の本件手術に際
しては,被告は,本人尋問において,平生と同様に患者を立たせてどこの脂肪をど
の程度吸引してほしいのかを確認したと述べており,この供述には特段不自然さは
存しないから,被告においてJが行ったカウンセリングを鵜呑みにして,自らは何
らの確認もせずに本件手術を施行したとまでは認めることはできず,前記の点をも
って被告に問診についての注意義務違反があったとすることはできない。
また,Aがソレトンなどの血栓の発生に影響を及ぼす薬剤を服用してい
たことを看過したとの原告の主張については,証拠(甲第2号証及び証人G)及び
弁論の全趣旨によれば,Gは,10月22日にAに対して下腹部及び上腕の脂肪吸
引手術を施行した後,同人に対してソレトン等の薬剤を処方し,被告においてもカ
ルテを見ればその事実を知ることができたものと認められるけれども,Aがソレト
ンの服用により血液凝固機能が亢進された状態にあったことについては明確な立証
はなく,そのような状態が原因となってAに血栓が生じたという具体的な因果関係
の存在については証明されていないといわざるを得ないから,原告の主張は,その
前提を欠き,採用することはできない。
(2) 次に,被告が術前の検査義務を怠ったか否かについて検討するに,証拠
(乙第33号証,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,本件のような脂肪吸引手術を
施行するに当たっては,医師は,前記合併症等の発生を具体的に予見し,これを防
止するには,患者の術前の状態を把握するために,問診に加え,術前検査を実施す
べきであり,その方法としては,血液学的検査,胸部レントゲン検査,心電図検査
等の検査が重要であると認めることができる。
そこで,この観点から本件について検討するに,被告は,本人尋問及び陳
述書(乙第150号証)において,手術前に下瞼を外反させることによって貧血の
検査を行い,手術中にはAにモニターを装着し,血圧,心電図,血中酸素飽和濃度
等の検査を行った旨供述しているところ,甲第2号証のカルテにはそのような検査
を行った旨記載されていない。しかし,被告は,本人尋問において,例外がないわ
けではないものの,大腿部の脂肪吸引手術を行う場合にはモニターを装着するのが
通常であり,本件手術に先立っても,Gの執刀による下腹部及び上腕の脂肪吸引手
術を受けてから12日しか経っていなかったことから,モニターを装着したはずで
あると述べており,この供述は具体的であって,他にこれを不合理とすべき事情が
見受けられないことからすれば,被告が前記の各検査を行わなかったとまでは認め
ることはできない。
また,証拠(甲第2号証,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告
は,本件手術に際し,その他の検査,すなわち,血液学的検査及び胸部レントゲン
検査を行っていないことが認められるところ,前判示のとおり,これらの検査は術
前の状態を把握するのに重要な手法ではあるものの,必須の方法とまでいえるかは
疑問がある上,前記の問診や下瞼の外反による貧血検査のほか,術中に心電図検査
等を実施していることに加え,本件においては,前判示のとおりAの血液凝固機能
が高い状態にあったことについて明確な立証はないから,前記各検査を行っていれ
ばAの血液凝固機能を把握して血栓の発生を回避することができたという具体的な
因果関係については立証されたとはいえず,これらの検査を行わなかったことが直
ちにAの死亡の結果に結び付く診療上の過誤として不法行為を構成するということ
はできない。
(3) 以上のとおり,術前の問診,検査義務違反があったとする原告の主張を採
用することはできない。
 2 手術時における手技に係る不法行為の成否について
(1) 証拠(乙第4ないし第7号証,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,脂肪吸
引手術を施行するに際しては,医師は,手術中にモニタリングを行いつつ,通常は
チューメセント法(大量に希釈し,止血剤を加えた生理食塩水を注入して行う脂肪
吸引手術)を採り,血管の損傷を避けるためになるべく細めのカニューレを用い,
広範囲かつ長時間に渡る吸引を行わず,目的部位より深く刺入しないように丁寧に
吸引操作を行うべきであるといえる。
(2) そして,本件手術時の被告の手技に関しては,前判示第2の1(2)エのと
おり脂肪吸引量が約900CCであったほか,甲第2号証のカルテ等には記載され
ていないものの,被告は,本人尋問において,いわゆるスーパーウェット法によっ
て本件手術を行い,希釈した局所麻酔薬を加えた生理食塩水を大量に注入した後,
直径3ミリメートルの先端の丸いカニューレで丁寧に吸引する方法を採り,出血は
ほとんど生じていなかったと述べているところ,この供述内容は具体的である上,
従前からの被告の供述(甲第25号証,乙第150号証)ともほぼ一致しており,
他にその信用性を疑うべき事情も見当たらない。
そして,この供述から認められる被告の本件手術時の措置は,前判示の手
術時に執るべき措置とほぼ一致するといえるから,被告の措置に不適切な点があっ
たということはできない。
なお,Aに対する司法解剖を行った医師である証人Kは,死亡後のAの大
腿部に凹凸が見られたことから手術時における手技に稚拙な点があったと考える旨
証言し,同人作成の照会回答書(甲第3号証)にも同趣旨の記載が存するけれど
も,同人は,手技それ自体の適否について断定的に判断したものではなく,推測を
述べたにすぎないとも供述しているのであって,これをもって本件手術時の被告の
手技に不適切な点があったと認めることは困難である。
(3) 以上のとおり,本件手術時の手技に関して被告に診療上の過誤があったと
認めることはできない。
 3 手術当日の術後管理に係る不法行為の成否について
(1) 証拠(乙第1,第2号証,第4号証,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,
脂肪吸引手術を施行した場合,医師は,血栓の発生を予防するために,手術後の処
置として,手術操作に伴う出血や破壊された脂肪組織の排出のためにドレーンを挿
入し,圧迫用ストッキングなどを用いた圧迫固定を施した上,早期から歩行を実施
させ,長期にわたる臥床を回避させるなどの措置を行うべきであるということがで
きる。
(2) そこで,本件における被告の手術当日の術後管理の適否について検討す
る。
被告は,前判示第2の1(2)エのとおり,Aの大腿部の吸引部にドレーンを
留置したまま同人を帰宅させたほか,本人尋問において,手術後の措置としては均
一な圧迫をかけることが重要であり,本件においてもAに対して自らガーゼや包帯
を巻いて圧迫し,スーパーウェット法によるチューメセント液を排出させるために
ドレーンを入れ,同人をリカバリールームまで歩かせ,同所に1時間30分ほど在
室させた後,再度ガーゼ又は滅菌タオルを替えて包帯を巻き直した上で同人を帰ら
せたと述べているところ,その供述は具体的であり特段不自然な点はないので,被
告がAに対してそのような処置を行ったと認めることができる。
そして,被告が行った処置は,手術当日の術後管理として医師が行うべき
とされているところにほぼ一致するから,不適切な点があったということはできな
い。
なお,証拠(甲第12号証,鑑定)によれば,吸引範囲が広い場合などに
は手術直後からの監視が必要なこともあるので数日間入院させることが望ましいと
いうことができるものの,入院が必須であるとまでは断言できないし,本件手術は
必ずしも吸引範囲が広かったものではなく,証拠(乙第8ないし第10号証,第4
7,第48号証各1,2,第49号証,第50,第51号証の各1,2,第52な
いし第56号証,第57,第58号証の各1,2,第59号証,第60号証の1,
2,第61号証,第62ないし第66号証の各1,2,第67号証,第68ないし
第74号証の各1,2,第75号証,第76ないし第78号証の各1,2,第79
号証,第80ないし82号証の各1,2,第83,第84号証,第85号証の1,
2,第86号証,第8
7ないし第91号証の各1,2,第92号証,第93ないし第97号証の各1,
2,第98号証,第99ないし第103号証の各1,2,第104号証,第105
号証の1,2)によれば,診療所において脂肪吸引手術を実施する場合には入院さ
せない例も多いとされていることから,被告がAを入院させずに帰したことが当時
の医療水準に照らして不適切なものであったということはできない。
(3) 以上のとおり,手術当日の術後管理について,被告が執った措置に診療上
の過誤があったと評価することはできない。
 4 術後の指示及び対応に係る不法行為の成否について
(1) まず,手術の翌日から11月22日までの期間におけるAの症状及び受診
状況について検討する。
ア 前判示第2の1の(2)エオの各事実に証拠(甲第5ないし第7号証,第2
2号証,第34号証,第36号証の1ないし8,第37号証の1,2,第38号
証,第48号証,検甲第4号証,証人I,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれ
ば,Aが同月16日にクリニックFに赴いたこと,同日中にA又はその近親者等か
らAの携帯電話を使用してクリニックFに電話が2度かけられたこと,Aが同月1
9日にもクリニックFを訪れたこと,被告はこの間Aを診察していないことが認め
られる。
そして,同期間における被告の指示及び対応について,本件当時クリニ
ックFに受付職員として勤務していたIは,証人尋問において,同人がAに対して
抜糸に来るように促す電話を何度もかけたのに,Aが自分は同人の姉であると述べ
るなどしてこれに応ぜず,来院しなかった旨,そこで,Iは,Aが抜糸のために来
院しないことを被告に伝え,その後,AからクリニックFに足が痛いという電話が
かかってきたことから,そのことを被告に伝えた上,同月19日にAがクリニック
Fに来院したことを被告に伝えたと思う旨供述しているところ,このIの供述は,
細部において曖昧な点が存するものの,従前のIの供述(乙第32号証)と大筋に
おいて一致している上,原被告のいずれとも利害関係のない第三者的な立場から記
憶に即して事実を述べていると考えられ,他に疑いを差し挟むべき事情も認められ
ないことから,これを信用することができる。
また,被告は,本人尋問及び陳述書(乙第126号証,第150号証)
において,本件手術の翌日に来院するよう指示し,予約時間を30分以上過ぎても
Aが来院しなかったので職員に電話をかけさせたと思う旨,職員には患者が来院し
たら連絡するよう指示をしていた旨,本件についても職員からAが足の痛みを訴え
る電話があった旨の報告を受けていたので,自己がクリニックFに診察に訪れてい
るときに来院するよう指示した旨,Aが姉であると述べるなどするため受付職員に
おいてAと意思疎通ができないとの話を聞いていた旨供述しているところ,その内
容は前掲I供述と大筋において一致しており,他にその供述の信用性を否定すべき
事情は存しない。
これらの各供述に照らせば,被告は手術の翌日に来院するようAに指示
したのに,同人が来院しなかったこと,同人が抜糸に訪れなかったのでIら受付職
員においてAに電話をかけて来院を促したのに,同人が本人であることを否定して
来院しなかったこと,被告は患者が来院したときには連絡するよう職員に指示して
いたこと,Aから足が痛いことを訴える電話があったので,Iがその旨被告に伝
え,被告が来院させるよう指示したこと,以上の各事実を認めることができる。
イ ところで,クリニックFにおける医療体制については,前判示1(1)イの
とおり,医師の資格を有していないJがカウンセリングを行っていたことがあるほ
か,証拠(甲第23号証,第32号証,証人G,被告本人)及び弁論の全趣旨によ
れば,同院が開設されたのは10月25日であり,その開設者はGとされていたも
のの,同人は名義を貸したという認識を有していたにすぎず,その実質的な経営者
はJであって,薬剤の仕入れや,場合によっては薬剤の処方までも同人が行ってい
たこと,被告は,本件当時,同院に非常勤の医師として勤務しており,他に2か所
の診療所においても執務していたこと,クリニックFの医師は被告のみであって,
被告が在院していないときには医師不在の状態になっていたこと,被告はそのこと
を認識していたこと,以上の各事実が認められる。
ウ そこで,前判示の各事実に基づいて考察するに,脂肪吸引手術を行った
場合には患者に血栓塞栓症等の重篤な合併症が生じることがあり得るから,その手
術後においても,診察時間内に診療所を訪れた患者が医師の診察を受けられるよう
な体制を整えておくべきことは医療機関として当然のことであるというべきであ
る。
そして,クリニックFには常駐の医師がおらず,非常勤の被告も掛持医
師であって,手術後に異状を感じて同院を訪れた患者が直ちに医師の診察を受けら
れない状況にあったばかりか,同院においては,医師の資格を有しないJが医療行
為又はこれに準じた行為を行うといった甚だ問題のある医療体制が執られていたと
いうほかない。
しかし,クリニックFの開設者でなく非常勤の医師にすぎない被告にと
って,しかも開設されて間もない時期において,自らの権限において診療体制を改
めることは困難であったとみられるから,クリニックFが前判示のような問題のあ
る体制を執っていたこと自体についての責任を被告に問うことは相当でない。
もっとも,被告は,クリニックFに勤務する唯一の医師であり,しかも
そのことを認識していたのであるから,手術を行った後においても,単に自己が同
院で執務しているときに来院した患者を診察するだけでなく,患者が自己の診察な
いし療養指導を受けられるように配慮すべき注意義務があったというべきである。
そして,前判示の被告の執務状況に照らせば,同院において手術後に患
者が自己の診察を受けられるようにするために被告が執るべき措置としては,診察
等の必要がある場合には患者に一定の日時に来院するよう指示した上でこれを診察
するほか,同院を不在中,又は,在院中であっても他の患者の診療中に,患者から
異状の訴えがあった場合には自己に連絡するように職員に指示し,診療の機会を確
保することであったということができる。
しかるところ,前判示の各事実によれば,被告は,これらのことを行っ
ていたと認めることができ,Aが被告の診察を受けられなかった原因は,前判示の
同院の医療体制の不備にあるほか,同人が被告の指示に従わなかったことにもある
といい得るから,この点で被告の対応が不適切であったと認めることはできない。
(2) 次に,同月23日のAに対する措置について検討する。
ア 同日にAがクリニックFを訪れたことは前判示第2の1(2)カのとおりで
あるが,その際の同人の症状及び受診状況については,証拠(乙第32号証,第1
23号証,証人I,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告がクリニックFに
おいて診療に従事しており,手術も行っていたこと,Aが来院して,受付担当のI
に対し,階段から落ちて足を捻挫したなどと述べ,足の痛みを訴え,その際,Aの
足には水疱が見られたこと,これに対しJがAの足に湿布を貼るなどの処置をした
こと,被告が同人に対して診察するようなことはなかったことが認められる。
イ ところで,当日の被告の執務状況につき,原告は,被告がAの来院を知
りつつ診察を行わなかった旨主張する。
この点に関し,Iは,証人尋問において,Aが来院したことを被告に伝
えたと思うと述べるのに対し,被告は,本人尋問及び陳述書(乙第150号証)に
おいて,Aが同院に来院したことを聞いていれば診察したはずであり,そのような
ことは聞いていない旨述べているので,前記の原告の主張を認め得るか否かは両者
の供述の信用性評価にかかっているということができる。
そこで,この点につき検討するに,前掲証人Iの供述は,Aが足の痛み
を訴えていることを被告に伝えたか否かについては明確な記憶がないとしているも
のの,来院したことを伝えたか否かについては数度にわたる質問に対して明確に伝
えたと思う旨述べており,この点は一貫しているばかりでなく,記憶が曖昧な点と
そうでない点を区別して真摯に供述する姿勢が看取できるから,来院したことを伝
えたこと自体は同人の実際に体験した事実をそのまま述べているとみることができ
る。また,Aの来院を被告に伝えるというのは,医師が在院しているときに手術を
受けた患者が来院した際の受付職員の対応として極めて自然である上,IがAから
足が痛みを訴える電話があったことを被告に伝えていたのは前判示のとおりである
ところ,そのようなIの通常の対応ぶりとも一致しており,不自然,不合理な点は
存しないから,その供述は信用することができる。
一方,被告の供述は,患者が来院したと伝えられれば手術衣やゴム手袋
を着用したままでも必ず診察したはずであるから本件ではAの来院を伝えられてい
ないと思うというのであるが,本件についての具体的な記憶に基づくものではな
く,通常の対応に照らした上での推測を交えた供述であるばかりでなく,当初は同
人から足の痛みを訴える電話がかかってきたことを伝えられていないと述べていた
のに(乙第45,第46号証),前記のようなIの供述を受けて本人尋問において
は何かそういうことは聞いていたと供述を変遷させるなど,術後のAからの訴え及
び被告への伝達の有無に関しては,責任を回避しようとしてこれを否定する傾向も
みられ,これらの諸点に徴すると,Iの供述を一方的に排斥して被告の供述のみを
採用することはできず,むしろIの供述の方をこそ信用し得るものと判断される。
ウ そうすると,被告は職員からAの来院を伝えられたのに同人に対して診
察を行わなかったものと認められ,他にこれを覆すに足りる証拠はない。
そして,自己が約3週間前に脂肪吸引手術を行った患者が来院したとき
には,同手術の合併症に関する前判示のとおりの知見に照らせば,医師としては,
患者に対して合併症の発生の有無を確認するために診察をし,これに対する処置を
行うか,又は,患者の症状等からみて自ら治療を行うことが難しいと判断される場
合には患者をより高度の医療技術を有する機関に転送する措置を執るべき注意義務
があるというべきである。ところが,被告は,Aが来院し,その旨伝えられたにも
かかわらず,同人に対し何らの診療をも行わなかったのであるから,前記注意義務
を怠ったものといわざるを得ない。
エ そこで,この注意義務違反と結果発生との間の因果関係について検討す
る。
(ア) まず,本件手術とAの死亡との間の因果関係については,Aの遺体
解剖の執刀医である証人Kは,本件手術が原因となってAの右下肢にある右腸骨静
脈及び右大伏在静脈に血栓の起源が発生し,それが伸長し,遊離して肺動脈に及
び,その結果,同人が肺動脈血栓塞栓症により死亡したと証言しているところ,同
人は法医学の専門的知見を有し,実際に解剖を執刀した者である上,解剖の所見
(甲第10号証)とも符合しており,この意見に不合理な点は存しない。そして,
上記血栓の塞栓以外にAの死亡をもたらす原因は見当たらず,かつ,血栓の発生と
脂肪吸引手術の関連性についての前判示の知見をも併せ考慮すれば,本件手術とA
の死亡との間に因果関係が存すると認めることができる。
この点については,大伏在静脈に生じた血栓が遊離して肺動脈に及ぶ
ことはまれであるとの血管外科を専門とするL医師の意見書(乙第151号証)も
存するが,その可能性を全く否定しているわけではなく,実際にAの遺体を見分
し,多数の解剖例を有する法医学者である証人Kは,大伏在静脈における血栓の発
生と肺動脈における血栓の閉塞を確認し,その両者の関係を矛盾なく説明している
ので,その見解を不合理なものとする根拠に乏しく,両者間の因果関係の存在を否
定することはできない。
(イ) 続いて,11月23日にAに対して診療措置を執らなかったことと
結果との間の因果関係について検討する。
前判示のとおり,被告は,手術後に血栓が発生することがあることを
予見することができたということができ,証拠(甲第10号証,証人K)によれ
ば,血栓が発生している場合には下肢痛や水疱が生じることがあると認められ,L
医師の意見書(乙第151号証)もこのような場合にそうした症状が生じることを
否定する趣旨のものではないと考えられるころ,前判示のとおり,Aは,同日にお
いて,下肢痛,水疱などの血栓の発生を疑わせる症状を呈していたと認めることが
できる。
また,証拠(甲第14号証,第26号証,乙第2号証,証人K)によ
れば,血栓の発生に対する処置としては,血栓溶解剤の投与や外科的除去を行うな
どの方法が存することが認められる。
そして,証拠(甲第10号証,証人K,鑑定)によれば,A死亡後の
解剖所見においては,大伏在静脈を起源とする新旧の血栓が多数混在しており,死
亡前日の11月23日の来院時にこれらを適切に除去できればAの死亡という結果
の発生を回避できた蓋然性は高く,薬剤投与や転院等の措置により救命し得た可能
性も相当程度あったと認めることができるが,他方,クリニックFは,診療所とし
ての制約から,設備・常備薬・人員が限られており,同院における処置が適切に行
われ得たかは疑問が残る上,転院した場合にも確実に上記のような血栓除去が行わ
れ得たかは必ずしも明らかとはいい難い。
そうすると,被告がAの来院を告げられてその訴える下肢痛等に着目
して血栓の発生を疑ったとしても,確実にこれを除去して死亡という結果を回避す
ることができたとまでは認めることはできない。
しかしながら,他方,上記の時点で前判示の脂肪吸引手術と血栓塞栓
症の関連性に関する知見に基づき医療水準に適った適切な判断の下に,薬剤投与や
転院等の措置を執っていれば,相当程度救命し得た可能性があったこともまた否定
できない。
ところで,疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為
がその過失により当時の医療水準に適ったものでなかった場合において,その医療
行為と患者の死亡との間の因果関係は証明されないけれども,医療水準に即した適
切な治療が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた
相当程度の可能性が証明されるときは,医師は,患者に対し,生命維持のための適
切な医療を行わなかったことにより患者の被った精神的苦痛につき不法行為による
損害を賠償する責任を負うものと解すべきである(最高裁判所平成12年9月22
日第二小法廷判決・民集第54巻7号2574頁参照)。
これを本件についてみるに,被告がAの来院を伝えられながら同人の
診察を行わなかったことがおよそ医療水準に適う医療行為が行われたものというこ
とができないことは明らかであるところ,被告がこの時点でAの診察を行い,薬剤
投与又はより高度の医療機関への転送などの措置を講じ,これにより前判示のよう
な血栓発生に対する適切な処置が執られていれば,同人を救命し得た可能性が相当
程度あったと認めることができる。
よって,被告は,Aの診察を行わなかったことによりAの救命のため
の適切な医療を受ける機会を奪い,これによってAに対して精神的苦痛を与えたと
いうことができるから,これについて賠償すべき責任を負うというべきである。
 5 損害について
前判示のとおり,Aは,従前から足の痛みを訴えてクリニックFに電話をか
けていた上,11月23日に来院して診察を求めたのに,被告はこれを行わず,結
果として死亡するに至ったのであるから,同人がこれによって受けた精神的苦痛は
相当程度大きかったというべきであり,これに対する慰謝料としては,500万円
と認めるのが相当である。
また,弁護士費用としては,本件訴訟の内容,審理経過及び認容額等を考慮
し,50万円を被告に負担させるのが相当である。
 6 結 論
   以上の次第で,原告らの請求は,被告に対し,各損害賠償金275万円及び
これに対する平成8年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから,上記部分を認容し,その余は
失当として棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本
文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し
て,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第49部
裁判長裁判官      齋藤 隆
裁判官    古財英明
裁判官    溝口理佳

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