弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     差戻前の第二審および差戻後の当審における訴訟費用は、全部被告人の
負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、被告人提出の控訴趣意書および差戻前の第二審の弁護人中野
高志提出の控訴趣意補充書各記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し
次のとおり判断する。
 弁護人の補充控訴趣意第二点(法令の適用の誤りの主張)について。
 所論は、原判決は、被告人が、軽四輪自動車を運転中、法定の除外事由がないに
かかわらず、原判示交通整理の行なわれていない、左右の見とおしのきかない交差
点を通行するに際し徐行しなかつたとの事実を認定したうえ、被告人の右所為を道
路交通法第四二条、第一一九条第一項第二号に問擬したが、(一)被告人運転の自
動車が進行していた道路の幅員は約七メートルであるのに対して、右交差点におい
て右道路と交差する道路の幅員は極めて狭く、かつ、該道路の交差点の直前には一
時停止の標識が設置されていたこと、(二)被告人運転の自動車の進行していた道
路の制限速度は、最高速度の標識により時速三〇キロメートルとされていたこと、
(三)被告人運転の自動車の進行していた道路は、主要幹線道路であつたこと、
(四)被告人運転の自動車が右道路を通行していた時刻は、日曜日の午後二時ごろ
であつて、人通りは全くなく、しかも、天候が良く、視界は良好であつたこと、
(五)本件交差点には、補充控訴趣意第一点記載のごとき切り落し個所があつたと
となどの具体的事情があつたので、被告人において、自車を運転して時速三〇キロ
メートルの速度で右交差点を通行したものであつて、右交差点が交通整理の行なわ
れていない、左右の見とおしのきかないものであるとしても、右の速度をもつてす
れば、出合い頭の衝突を防ぎ、交通の安全を保つことができることは明らかである
から、被告人運転の自動車は、道路交通法第四二条の徐行義務に違反して徐行しな
かつたものとはいうことができず、この点において原判決には、前記(一)ないし
(五)の具体的事情を看過して、同法条の適用を誤つた違法がある、と主張する。
 よつて按ずるに、記録ならびに差戻前の第二審および差戻後の当審における各事
実取調べの結果によれば、(イ)本件交差点は、被告人運転の軽四輪自動車の進行
していた南方a街道方面から北方b駅方面に通ずる幅員七メートルの歩車道の区別
のない道路(以下、本件道路という。)が、東京都品川区cd丁目e番f号先にお
いて、東方g方面から西方h方面に通ずる歩車道の区別のない道路とほぼ十字型に
交わる地域であること、(ロ)本件交差点に通ずる右各道路における車両の制限速
度は、時速三〇キロメートルと指定されていること、(ハ)本件交差点の南西隅と
南東隅には、それぞれ切り落し個所があり、前者の切り落し個所は長さ三・九メー
トル、後者のそれは二・四メートルであること、(ニ)右交差点より西方h方面に
通ずる道路の右交差点に接する部分を除く本来の幅員は五・八メートル、右交差点
より東方g方面に通ずる道路の右交差点に接する部分を除く本来の幅員は六・四メ
ートルであつて、実測上は、本件道路の幅員より前者において一・二メートル、後
者において〇・六メートル狭くなつていること、(ホ)しかし、主として前記制限
速度三〇キロメートルに対する制動距離を勘案して、本件交差点のa街道寄りの手
前一〇メートルの本件道路上の右交差点に向つて左側部分の中央線寄りの地点から
観察すれば、h側道路の幅員として現認される右道路の本件交差点に入る部分は、
本件道路の交差点に向つて左端の線が右交差点に入る地点とh側道路の交差点に向
つて左端の線が右交差点に入る地点を結ぶ実測八・一五メートルの線(以下、甲線
という。)を含んだ部分であり、また、g側道路の幅員として現認される右道路の
本件交差点に入る部分は、本件道路の交差点に向つて右端の線が右交差点に入る地
点とg側道路の交差点に向つて右端の線が右交差点に入る地点を結ぶ実測九・一五
メートルの線(以下、乙線という。)を含んだ部分であるが、甲線および乙線の両
者はこれを遠近の関係において、また、本件道路の幅員線は右甲線および乙線の各
前記観察地点に最も接近した地点を結んだ線を水平の関係においてそれぞれ現認す
ることとなるため、実測と視覚の間に誤差が生じて、本件道路の実測七メートルの
幅員線の長さより甲線の実測八・一五メートルおよび乙線の実測九・一五メートル
の各長さのほらが短いもののごとくに現認されること、(ヘ)他面、本件交差点の
h寄りおよびg寄りの各手前一〇メートルのh側道路およびg側道路の各右交差点
に向つて左側部分の中央線寄りの地点から観察すれば、いずれの場合においても、
本件道路の幅員として現認されるその右交差点に入る部分の長さは、その幅員線が
実測七メートルであるにかかわらず、h側道路の幅員線の実測五・八メートルの部
分およびg側道路の幅員線の実測六・四メートル<要旨>の部分の各長さより短いも
ののごとくに現認されることが明らかである。そして、優先通行権につき規定し
道路交通法第三六条第二項にいう車両等の通行している道路の幅員よりも
これと交差する道路の幅員が明らかに広いものとは、交差点に入らうとする車両等
の運転者が、交差点より少なくとも当該車両等の速度に対する制動距離に相当する
距離だけ手前の地点から現認した右各道路の幅員線につき、前記のごとき実測と視
覚の誤差を修正して判断した結果、車両等の通行している道路の実測上の幅員線の
長さよりもこれと交差する道路の実測上の幅員線の長さが長いことが明らかに認め
られる場合をいい、かかる場合右交差する道路を通行している車両等に優先通行権
が認められる反面、右の判断により、車両等の通行している道路の実測上の幅員線
の長さがこれと交差する道路の実測上の幅員線の長さより長いことが明らかであつ
て、後者の幅員より前者の幅員が広いと明らかに認められる場合においては、前者
の道路を通行している当該車両等に優先通行権が認められるものと解するのを相当
とするから、前記のごとき事実関係においては、本件道路の幅員が、これと本件交
差点において交差するh方面からg方面に通ずる道路の幅員より明らかに広いもの
とはいらことができないので、被告人運転の自動車に本件交差点における優先通行
権があるものとは認め難く、また、本件道路が同法第三六条第一項により公安委員
会の指定した優先道路であつたことの証拠は存しないばかりでなく、かえつて、差
戻後の当審における事実取調べの結果によれば、かかる指定のかつてなされた事実
のないことが明らかであるから、被告人運転の自動車には、本件の場合、優先道路
の指定に基づく優先通行権もなかつたことが明らかである。はたしてしからば、本
件交差点が交通整理の行なわれていない、左右の見とおしのきかないものであるこ
とはすでに説示したとおりであるから、被告人運転の自動車が本件交差点を通行す
るに当つて同法第四二条に従い徐行する義務のあることも明らかであつて、所論
(一)のごとく、h側道路およびg側道路の各本件交差点に入る直前に公安委員会
の一時停止の標識が設置されていた事実その他所論(二)ないし(五)の各事実が
証拠上認められないではないにしても、かかる事実は前記認定の妨げとならないも
のといらべきであるばかりでなく、被告人運転の自動車が本件交差点を通行した速
度が少なくとも時速三〇キロメートルの速度であつたことが記録上明らかであつ
て、前記(ホ)、(ヘ)の具体的状況をも併せ考えれば、右の速度が車両等が直ち
に停止することができるよらな速度として徐行に該当するものとはとうてい認めら
れないから、所論は採用することができない。論旨は理由がない。
 よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却
し、差戻前の第二審および差戻後の当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一
項本文に従い全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
 (その余の判決理由は省略する)
 (裁判長判事 山田鷹之助 判事 山崎茂 判事 中村憲一郎)

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