弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
被告人を懲役4年6月に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
理       由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 かつて暴力団組織に所属していたものであるが,Aから,Aの第三者に対す
る貸金債権の取立てを依頼され,現役の暴力団組員であるBと共に,上記貸金債権
の一部として現金20万円と額面40万円の約束手形1通を取り立て,そのうちA
に前記手形を交付していたところ,Aが,割り引いた手形が不渡りとなった場合に
は損失を被ることを知って,被告人の方で同手形を割り引いてほしいと求めてきた
ため,平成15年9月30日午後4時ころから,兵庫県三木市a町bc番地のd所在の
カフェCにおいて,Aから同手形を受け取り,その後もBを交えて3人で飲酒する
などしながら上記貸金債権の取立て等について話をするうち,被告人らが不渡りに
なるおそれがある手形を取り立ててきたことなどに不満を抱いていたAから,「や
くざが何ぼのもんじゃ。」,「おまはん何ぼのもんじゃ。」などと言われたことか
ら,他の客がいる前で元やくざとしての面子をつぶされたなどとして憤慨し,いっ
たん上記カフェCを出て被告人の自動車を駐車していた所まで戻り,同車内から刃
体の長さが少なくとも12センチメートルあって先の尖った包丁様の刃物を持ち出
し,再び上記カフェCに戻るや,同日午後6時42分ころ,同店内において,A
(当時63歳)に対し,Aが死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あ
えて,所携の上記刃物でAの右腋窩部及び右側胸部を2回突き刺したが,Aに加療
約30日間を要する右腋窩刺創,右側胸部刺創,外傷性肝刺傷,肺刺傷及び血気胸
の傷害を負わせたに止まり,殺害するに至らなかった
第2 法定の除外事由がないのに,同日午後6時55分ころ,同市ef丁目g番地D
電鉄株式会社E駅東側踏切付近から同市h町i番j南東角付近までを走行中の自動車内
において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末約
0.04グラムを注射器内に逆流させた血液に溶かして自己の身体に注射し,もっ
て,覚せい剤を使用した
ものである。
(証拠の標目)―括弧内は証拠等関係カードの検察官請求証拠番号
 (省略)
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,判示第1の事実について,被告人は被害者に対する殺意を有してい
なかったから,傷害罪が成立するに止まる旨主張し,被告人も当公判廷において殺
意はなかった旨供述し,他方,検察官は,公訴事実において,被告人は被害者に対
する確定的な殺意を有していたものとするところ,当裁判所は,被告人は被害者に
対する未必の殺意を有していたものであり,殺人未遂罪が成立すると認定したの
で,以下その理由を補足して説明する。
2 まず,関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。
  (1) 被告人が犯行に用いた包丁様の刃物(以下「本件刃物」という。)は,
柄の 部分を含めた全体の長さが約20センチメートル,刃体の長さは少なくとも
12センチメートルくらいあり,幅は2センチメートル程度で,先端部分は尖って
おり,これで身体の枢要部を突き刺せば人を殺傷することができるものであり,被
告人はこれを日頃から仕事に使うハトロン紙を切ることなどに使用し,その形状や
性能をよく認識していた。
  (2)  A(以下「被害者」という。)は,①右腋窩部と②右側胸部にそれぞ
れ長さ約2センチメートルの創傷を負い,①の創傷は肋骨に当たったため,皮膚を
傷つけるに止まっているが,②の創傷は,刺創の深さが7ないし8センチメートル
に及び,肋骨と肋骨の間を通って胸腔内に入り,右肺下部を損傷した上,横隔膜を
突き破り,肝臓に表面の長さ7センチメートル,深さ4センチメートルの傷を生じ
させた加療約30日間を要するものであって,右肺及び肝臓から,約3リットルの
出血があり,被害者を死に至らしめる危険があった。
  (3)  被告人は,かつて暴力団組織に所属していたが,被害者から,貸金債
権の取立てを依頼され,現役の暴力団組員であるBと共に,上記貸金債権の一部と
して約束手形1通等を取り立て,Aに同手形を交付したが,Aが被告人らの方で同
手形を割り引いてほしいと求めてきたため,カフェCにおいて,Aから同手形を受
け取り,その後もBを交えて3人で酒を飲むなどしながら上記貸金債権の取立て等
について話をしていたところ,Aから,「やくざが何ぼのもんじゃ。」,「おまは
ん何ぼのもんじ
ゃ。」などと言われたことから,他の客がいる前で元やくざとしての面子をつぶさ
れたなどとして憤慨し,いったんカフェCを出て被告人の自動車を駐車していた所
まで戻り,同車内から本件刃物を持ち出しセカンドバッグに隠して,再びカフェC
に戻った。
  (4)  被告人は,Bに続いてカフェCの店内に入り,Bと被害者とが掴み合
いになるや,「お前,なめとんか。」などと言いながら被害者に近づき,本件刃物
をセカンドバッグから取り出して利き手である左手に持ち,これを自分の胸のやや
下くらいの位置から,被告人の方を向いて立っていた被害者に向けてほぼ水平に2
回突き出し,その右腋窩部及び右側胸部に上記(2)の刺創を負わせた。
なお,被告人の当公判供述には,被害者に本件刃物が刺さった状況につい
て,被害者を本件刃物で刺すつもりはなく,被害者を脅かそうと思って取り出した
ところ,座っていた被害者が自分の方を向いて立ち上がってきたため,本件刃物が
被害者に突き刺さってしまった旨いうものがあるが,このような被告人の公判供述
はそれ自体不自然であること,被告人が捜査段階のみならず,第1回公判期日にお
ける被告事件に対する陳述においても,被害者を本件刃物で突き刺したことをはっ
きりと認めていたこと,Dの検察官調書(甲18)が,被告人と被害者の間に入っ
て止めていたところ,被告人の左手が被害者の右脇腹の方へ突き出されるのを見た
旨いうのと明らかに反すること,被告人が被害者を本件刃物で刺すつもりがないの
に,本件刃物が,2回にわたり,しかもそのうち1回は7ないし8センチメートル
の深さにまで突き刺さるとは考え難いこと,後記(5)のとおり,被告人は負傷した
被害者に対して何ら救護措置を講じることなく立ち去っていることなどを考え併せ
ると,被告人の前記公判供述はそのままには信用できず,被告人が,上記認定のと
おり,被害者を本件刃物で突き刺したことは間違いがないと認定するのが相当であ
る。
そうすると,被告人は,至近距離で正対する被害者の右胸部付近に向けて本
件刃物を突き出しているのであるから,被告人には被害者の右胸部付近を突き刺す
ことの認識があったものと認めることができる。
  (5)  被告人は,被害者を本件刃物で突き刺した後,被害者が血を流してそ
の場に座り込んだのを認識しながら,被害者に対して何ら救護措置を講じることな
く,カフェCから立ち去った。
3 殺意についての判断
 (1)  上記のとおり認定した本件凶器の性状,創傷の部位・程度,本件犯行に
至る 経緯,動機,犯行態様,被告人の刺突部位の認識,本件犯行後の状況等を考
え併せると,被告人は,被害者が死亡するに至る危険性の高い行為であることを認
識しながらあえてこれを行ったものということができるから,被告人は被害者に対
する未必の殺意を有していたものと推認するのが相当である。
  (2)  この点,検察官は,被告人が確定的な殺意を有していた旨主張し,被
告人の検察官調書(乙11)及び警察官調書(乙8)では,被告人が被害者に対す
る確定的な殺意を認めるかのような供述をしていることが認められるが,本件は前
記のような経緯による偶発的な犯行であって,その経緯は被告人をして被害者に対
する強い殺意を抱かせるほどのものとは思われないこと,犯行態様としても,身体
の枢要部である右胸部付近を刃物で2回突き刺しているとはいえ,本件刃物の刃体
の長さは少なくとも12センチメートルあるところ,肺や肝臓を損傷させた刺創の
深さは7ないし8センチメートルであり,刃体の全部が没入するには至っておら
ず,被告人が刺突した際の力は特別強いものであったとはいえないこと,被告人は
被害者が負傷したことを認識した後,更なる刺突行為には及んでいないこと,前記
各供述調書においては,被告人が確定的な殺意を認めるかのような供述をする一方
で,未必的な殺意を認める旨の供述もされていることなどを考え併せると,確定的
な殺意を認める部分の供述の信用性は疑わしいものといわざるを得ないから,被告
人が被害者に対して確定的な殺意を有していたとまでは認定することができない。
  (3)  なお,被告人は,当公判廷において,捜査段階の各供述調書のうち,
殺意を認めるなどしている部分は,警察官が後で付け加えたものであるとか,検察
官が後で被告人のいうとおりに直しておくと言いながら訂正しなかったものである
とか供述しているけれども,そのような被告人の公判供述の内容自体にわかに信用
し難いものであること,被告人の各警察官調書には改ざん等の跡は認められないこ
となどからすれば,被告人の捜査段階における各供述調書作成の過程に何ら違法,
不当な点は存しないというべきであるから,捜査段階の各供述調書中の被告人が未
必の殺意を認める部分の供述は十分信用できるというべきである。
 (4)  以上のとおりであって,被告人には被害者に対する未必的な殺意があっ
たと 認定するのが相当であるから,被告人には殺人未遂罪の成立を認めることが
できる。
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は覚せい
剤取締法41条の3第1項1号,19条にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪
について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるか
ら,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で
法定の加重をした刑期の範囲内で,被告人を懲役4年6月に処し,同法21条を適
用して未決勾留日数中100日をその刑に算入することとする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,未必の殺意をもって,被害者の右腋窩部及び右側胸部を所携
の包丁様の刃物で2回突き刺したが,被害者を殺害するには至らなかったという殺
人未遂の事案(判示第1)と,覚せい剤を自己使用したという覚せい剤取締法違反
の事案(判示第2)である。
 まず,判示第1の犯行についてみるに,被告人は,前記の事情から犯行に及んだ
ものであって,動機に酌むべき点は乏しいこと,被告人は,営業中の飲食店におい
て,所携の包丁様の刃物で被害者の身体の枢要部である右腋窩部及び右側胸部をい
きなり2回突き刺しており,その犯行態様は被害者を死に至らしめる可能性のある
危険なものであること,被害者は,このような被害に遭わなければならないほどの
落ち度はないのに,生命の危険にさらされた上,判示のような加療約30日間を要
する傷害を負わされており,被害者が受けた肉体的,精神的苦痛は大きいこと,被
告人は,負傷した被害者に対して何らの救護措置も講じないまま現場から逃走した
上,その途中,犯行に使用した刃物を投棄するなどしており,犯行後の事情も芳し
くないこと,被害者は,後述のとおり,被告人の側から治療費の一部として金15
0万円を受け取っているものの,その処罰感情は依然として厳しいことなどを考え
併せると,犯情は悪く,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
 次に,判示第2の犯行についてみるに,被告人は,判示第1の犯行の直後,その
動揺を抑えるために覚せい剤使用に及んだものであって,犯行に至る経緯や動機に
酌むべき点はない上,被告人には,古いものとはいえ,覚せい剤取締法違反罪によ
る前科3犯があって,うち1回は懲役刑の執行を受けていることも考え併せると,
被告人の覚せい剤に対する親和性には看過できないものがあるから,被告人の刑事
責任は軽くないというべきである。
 してみると,判示第1の犯行は,被害者が,かつて暴力団に所属し現在も暴力団
関係者とつながりのある被告人に貸金債権の取立てを依頼しておきながら,その結
果に不満を抱き,酔余の上とはいえ,被告人を見下すような言動を繰り返したこと
が一因となった偶発的な犯行であって,被害者にも責められるべき点がないとはい
えないこと,殺意は未必的なものであって,幸いにも被害者は一命を取り留めてい
ること,被告人は,判示各犯行の後,その日のうちに警察に出頭しており,判示第
2の犯行を認め,判示第1の被害者に対する謝罪の意を表するなど,それなりに反
省の態度を示していること,治療費の一部として,被告人の側から被害者に対し1
50万円が支払われていること,被告人は現在64歳であり,その妻が肝硬変及び
糖尿病を患っていること,被告人には,昭和62年6月に執行を受け終わったもの
を最後として,その後15年以上の間禁錮以上の刑に処せられた前科がないこと,
本件により6か月近くの期間身柄拘束を受けていることなどの,被告人のために酌
むべき事情を考慮しても,主文の刑はやむを得ないところである。
(検察官の科刑意見 懲役8年)
 よって,主文のとおり判決する。
  平成16年3月25日
神戸地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官  森  岡  安  廣
裁判官  川  上     宏
裁判官  酒  井  孝  之

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