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平成29年6月15日判決言渡
平成28年(行ケ)第10214号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年4月27日
判決
原告ダイハツ工業株式会社
訴訟代理人弁護士松本司
井上裕史
田上洋平
冨田信雄
被告本田技研工業株式会社
訴訟代理人弁護士宮寺利幸
弁理士千馬隆之
千葉剛宏
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
特許庁が無効2016-800008号事件について平成28年8月18日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が請求した特許無効審判の不成立審決に対する取消訴訟である。争
点は,進歩性の有無についての判断の当否である。
1特許庁における手続の経緯
被告は,平成10年12月25日(以下,「本件出願日」という。)に出願され(特
願平10-370250号),平成13年6月8日に設定登録がされた特許(特許第
3196076号。発明の名称「原動機付車両」。以下,「本件特許」という。)の特
許権者である(甲5)。
原告は,平成28年1月27日,本件特許の請求項3に係る発明(以下,「本件発
明」という。)について無効審判請求をしたところ(無効2016-800008号),
特許庁は,同年8月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,
同審決謄本は,同26日に原告に送達された。
2本件発明の要旨
本件発明は,次のとおりである(以下,本件特許の明細書及び図面を「本件明細
書」という。)。
アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている
場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって,
前記原動機付車両停止時,前記原動機を停止可能な原動機停止装置と,
ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用
可能なブレーキ液圧保持装置と,
を備える原動機付車両において,
前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え,
前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記
原動機停止装置の作動を禁止することを特徴とする原動機付車両。
3審決の理由の要旨
(1)請求人(原告)が主張した無効理由
ア無効理由1
本件発明は,特開平5-263921号公報(甲1。以下,「引用文献1」とい
う。)に記載された発明(以下,「引用発明1」という。)及び周知技術に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって,本件発明は,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許
は,同法123条1項2号の規定により無効とされるべきものである。
イ無効理由2
本件発明は,実願昭57-19430号(実開昭58-122761号)のマイ
クロフィルム(甲3。以下,「引用文献2」という。)に記載された発明(以下,
「引用発明2」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものである。したがって,本件発明は,特許法29条2項の規定により特
許を受けることができないものであり,本件特許は,同法123条1項2号の規定
により無効とされるべきものである。
(2)無効理由1について
ア引用発明1の認定
「エンジン1のスロットル開度がアイドル開度位置にまで戻された場合にも,マ
ニュアルシフトレンジがDレンジに設定されている場合は,クリープを発生させる
エンジン1を備えた車両であって,
車速が零に近い所定値以下の場合には,シフトレンジが前進走行レンジにあった
としても,アクセルペダルが解放され,且つ車両が実質的に停止しているときには
フォワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してク
リープの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段と,
ニュートラル制御と同時に,所定変速段を達成することにより,車両の後退を阻
止可能なヒルホールド用のブレーキと,
を備えるエンジン1を備えた車両において,
所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成可否判断手段
を備え,
所定変速段達成可否判断手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合
にはフォワードクラッチの解放を禁止するエンジン1を備えた車両。」
イ本件発明と引用発明1との対比
(一致点)
アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている
場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって,
原動機付車両停止時,原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置と,
車両の後退を阻止可能なブレーキ装置と,
を備える原動機付車両において,
ブレーキ装置の故障を検出する故障検出装置を備え,故障検出装置によってブレ
ーキ装置の故障を検出した時に原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置
の作動を禁止する原動機付車両。
(相違点1-1)
「原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装置」に関し,本件発明におい
ては,「原動機を停止可能な原動機停止装置」であるのに対して,引用発明1にお
いては,「シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても,アクセルペダルが解
放され,かつ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラッチを解放する
ことにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュー
トラル制御を実行する制御手段」である点。
(相違点1-2)
「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」に関し,本件発明においては,「ブレ
ーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能な
ブレーキ液圧保持装置」であるのに対して,引用発明1においては,「ニュートラ
ル制御と同時に,所定変速段を達成することにより,車両の後退を阻止可能なヒル
ホールド用のブレーキ」である点。
(相違点1-3)
「ブレーキ装置の故障を検出する故障検出装置を備え,故障検出装置によってブ
レーキ装置の故障を検出した時に原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する装
置の作動を禁止する」ことに関し,本件発明においては,「ブレーキ液圧保持装置
の故障を検出する故障検出装置を備え,故障検出装置によってブレーキ液圧保持装
置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」ものであるのに対して,
引用発明1においては,「所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定
変速段達成可否判断手段を備え,所定変速段達成可否判断手段が所定変速段を達成
することが不可と判断した場合にはフォワードクラッチの解放を禁止する」もので
ある点。
ウ判断
(ア)周知技術について
「原動機を停止可能な原動機停止装置」という技術は,本件出願日前に周知の技
術である(以下,「周知技術1」という。)。
また,「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液
圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」という技術は,本件出願日前に周知の技術
である(以下,「周知技術2」という。)。
(イ)相違点1-1についての判断
引用発明1における,「シフトレンジが前進走行レンジにあったとしても,アク
セルペダルが解放され,かつ車両が実質的に停止しているときにはフォワードクラ
ッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリープの発生を
防止するニュートラル制御を実行する制御手段」と,周知技術1である「原動機を
停止可能な原動機停止装置」とは,「原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止す
る機能」を有する技術である点で共通している。
しかし,原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する機能を有する技術に関し,
引用発明1は自動変速機における技術であるの対し,周知技術1は原動機における
技術であり,その技術分野は相違している。
また,原動機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する機能を有する技術における
作動機序に関し,引用発明1はエンジン(原動機)を停止せずにニュートラル状態
を形成するものであるのに対し,周知技術1は原動機を停止するものであり,その
作動機序は原動機を停止せずにニュートラル状態を形成するものと原動機を停止す
るものとで相違している。
したがって,引用発明1における「シフトレンジが前進走行レンジにあったとし
ても,アクセルペダルが解放され,かつ車両が実質的に停止しているときにはフォ
ワードクラッチを解放することにより自動的にニュートラル状態を形成してクリー
プの発生を防止するニュートラル制御を実行する制御手段」と,周知技術1である
「原動機を停止可能な原動機停止装置」とは,技術分野及び作動機序において相違
するものであり,両者を置換する動機付けは認められないから,引用発明1及び周
知技術1に基づいて,相違点1-1に係る本件発明の発明特定事項を得ることは,
当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。
(ウ)相違点1-2についての判断
引用発明1における,「ニュートラル制御と同時に,所定変速段を達成すること
により,車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」と,周知技術2であ
る「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作
用可能なブレーキ液圧保持装置」とは,「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」
であることについては共通している。
しかし,車両の後退を阻止する機能を奏する技術に関し,引用発明1は自動変速
機における技術であるの対し,周知技術2は液圧ブレーキにおける技術であり,そ
の技術分野は相違している。
また,車両の後退を阻止する機能を奏する作動機序に関し,引用発明1において
は所定変速段を達成するものであるのに対し,周知技術2においてはブレーキペダ
ルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用するものであ
り,その作動機序は所定変速段の達成とブレーキ液圧の作用とで相違している。
したがって,引用発明1における「ニュートラル制御と同時に,所定変速段を達
成することにより,車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」と,周知
技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレー
キ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とは,技術分野及び作動機序において
相違するものであり,両者を置換する動機付けは認められないから,引用発明1及
び周知技術2に基づいて,相違点1-2に係る本件発明の発明特定事項を得ること
は,当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。
(エ)相違点1-3についての判断
前記(イ)及び(ウ)において検討したように,引用発明1に周知技術1及び2を適用
する動機付けは認められないから,引用発明1及び周知技術1及び2に基づいて,
相違点1-3に係る本件発明の発明特定事項を得ることは,当業者が容易に想到で
きたものであるとすることはできない。
(3)無効理由2について
ア引用発明2の認定
「自動変速機を装備しているエンジンを備えた自動車であって,
自動車が停止すると,エンジンを停止するエンジン制御装置と,
駐車ブレーキを備えるエンジンを備えた自動車において,
駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させる手段を備え,
駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないエンジンを備えた自動
車。」
イ対比
(一致点)
「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されてい
る場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であって,
原動機付車両停止時,原動機を停止可能な原動機停止装置と,
車両の後退を阻止可能なブレーキ装置と,
を備える原動機付車両において,
所定の条件によりブレーキ装置が作動しない場合,原動機を停止しない原動機付
車両」
(相違点2-1)
「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」に関し,本件発明においては,「ブレ
ーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能な
ブレーキ液圧保持装置」であるのに対して,引用発明2においては,「駐車ブレー
キ」である点。
(相違点2-2)
「所定の条件によりブレーキ装置が作動しない場合,原動機を停止しない」こと
に関し,本件発明においては,「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出
装置を備え,故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原
動機停止装置の作動を禁止する」ことであるのに対して,引用発明2においては,
「駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止させる手段を備え,
駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しない」ことである点。
ウ判断
(ア)相違点2-1について
引用発明2における「駐車ブレーキ」と,周知技術2である「ブレーキペダルの
踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧
保持装置」とは,「車両の後退を阻止可能なブレーキ装置」であることについては
共通している。
しかし,一般的に車両において駐車ブレーキと液圧ブレーキとは別に設けられる
もの,すなわち一般的に車両は駐車ブレーキと液圧ブレーキの双方を有するもので
あり,周知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリン
ダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」は,駐車ブレーキと置換を
行う関係にはない。
また,車両の後退を阻止する技術に関し,引用発明2は駐車ブレーキであるの対
し,周知技術2は液圧ブレーキであり,その技術分野は相違している。
さらに,車両の後退を阻止する技術における作動機序に関し,引用発明2におい
ては駐車ブレーキであるのに対し,周知技術2においてはブレーキペダルの踏込み
開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用するものであり,その作動
機序は駐車ブレーキとブレーキ液圧の作用とで相違している。
したがって,引用発明2における「駐車ブレーキ」と,周知技術2である「ブレ
ーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能な
ブレーキ液圧保持装置」とは,置換を行う関係にはないとともに,技術分野及び作
動機序において相違するものであり,両者を置換する動機付けも認められないから,
引用発明2及び周知技術2に基づいて,相違点2-1に係る本件発明の発明特定事
項を得ることは,当業者が容易に想到できたものであるとすることはできない。
(イ)相違点2-2について
前記(ア)において検討したように,引用発明2に周知技術2を適用する動機付けは
認められないから,引用発明2及び周知技術2に基づいて,相違点2-2に係る本
件発明の発明特定事項を得ることは,当業者が容易に想到できたものであるとする
ことはできない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(引用発明1との相違点の判断の誤り)
(1)動機付けの判断の誤り
ア相違点1-1について
(ア)審決は,引用発明1と周知技術1とは,原動機から駆動輪への駆動力
の伝達を停止する機能で共通する技術であるが,引用発明1は「自動変速機」にお
ける技術であるのに対し,周知技術1は「原動機」における技術であり,技術分野
で相違するし,その作動機序は原動機を停止せずにニュートラル状態を形成するも
のと原動機を停止するものとで相違するから,両者を置換する動機付けは認められ
ない,と判断した。
しかし,引用発明1は単なる自動変速機ではなく,自動変速機のクリープ防止制
御装置に係る発明である。周知技術1の原動機停止装置も,クリープ防止制御装置
であり,その機能は共通している。すなわち,引用発明1と周知技術1とは,原動
機から駆動輪への駆動力の伝達を停止する機能で共通している。甲2の9【004
1】にも,ニュートラル制御装置と原動機停止装置とが選択的に使用されることが
説明されている。
また,本件特許の請求項1に係る発明(以下,「請求項1発明」という。)と本件
発明との間に発明の単一性が認められているが,請求項1発明は,本件発明の「原
動機停止装置」に代え,「駆動力を低減する駆動力低減装置」を採用する発明であり,
「駆動力低減装置」とは「自動変速機」であるから,「原動機停止装置」と「自動変
速機」とは技術分野が共通するというべきである。
(イ)被告は,引用発明1のヒルホールド用ブレーキは,坂道でドライバー
がブレーキペダルの踏込みを開放した場合でもブレーキ力を保持するものではない,
と主張する。
しかし,引用文献1の図6によると,ステップ600~606を経て,ステップ
608,621に至ると,ニュートラル制御となり,ヒルホールド用ブレーキが作
動する。その後,再び,ステップ600~602を経てステップ603に至った時
点でドライバーがフットブレーキを踏むのを止めると(フットブレーキの作動は停
止する),「ニュートラル制御」が解除されて「通常変速制御」に移行するが,この
移行の間は,ヒルホールド用ブレーキが作動している。すなわち,坂道発進におい
て,ドライバーがフットブレーキからアクセルに踏み換える間,ヒルホールド用ブ
レーキが作動してブレーキ力を保持し,車両の後退を防止しているのである。
(ウ)被告は,引用発明1における「ニュートラル制御を実行する制御手段」
は,クリープの発生を防止することを目的とするものである一方,周知技術1の「原
動機停止装置」は,燃費の向上を目的とするものであり,両者は作用ないし機能が
異なる,と主張する。
しかし,ニュートラル制御は,ニュートラルになるからエンジンの回転トルクが
車輪に伝達されないためクリープの発生を防止するのであり,ニュートラルになる
とエンジントルク負荷がなくなるので回転数を減少させる必要があるが,この回転
数の減少のため燃費が向上するのである。他方,原動機停止装置(アイドリングス
トップ機構)は,エンジンを停止するから,当然,クリープの発生を防止するし,
エンジンを停止するから燃費は向上する。ニュートラル制御と原動機停止装置は,
いずれもクリープの発生防止と燃費向上の機能を有し,機能の共通性がある。さら
に,エンジンを停止する原動機停止装置は,エンジン回転数減少するが停止はさせ
ないニュートラル制御と比較して,より燃費は向上するから,ニュートラル制御を
原動機停止装置に置換する動機付けがある。
イ相違点1-2について
審決は,引用発明1と周知技術2とは,車両の後退を阻止可能なブレーキ装置で
あることは共通するが,引用発明1は自動変速機における技術であるのに対し,周
知技術2は液圧ブレーキにおける技術であり技術分野は相違するし,その作動機序
は所定変速段の達成とブレーキ液圧の作用とで相違しているから,両者を置換する
動機付けは認められない,と判断した。
しかし,周知技術2のブレーキ液圧保持装置は,坂道での車両の後退を阻止可能
なブレーキ機構である。これに対して,引用発明1は,坂道における車両の後退を
防止するブレーキ機構が故障した場合に車両の後退を防止することを課題とする発
明であって,ブレーキ機能としてヒルホールド用ブレーキを採用した発明である。
つまり,周知技術2も引用発明1も,坂道での車両の後退を阻止可能とする機能で
共通している。
(2)作動機序の判断の誤り
審決は,引用発明1の「ニュートラル制御装置」と本件発明の「原動機停止装置」,
引用発明1の「ヒルホールド用ブレーキ」と本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」
とは,作動機序が異なることを,容易相当性を否定する理由としている。
しかし,上記審決の考え方は,発明が技術的思想であるにもかかわらず,具体的
な製品を前提として発明を理解する点において,根本的な誤りがある。
(3)本件発明と引用発明1の共通性等
ア課題の共通性
本件発明と引用発明1は,いずれも,坂道における車両の後退を防止するブレー
キ機構が故障した場合に,車両の後退を防止することを課題としている。
イ解決手段の技術思想
上記の課題解決のため,上記各ブレーキ機構が故障した場合は,これを検知して
各クリープ防止機構の作動を禁止することで,クリープ力を利用して後退を防止す
るという技術思想で共通している。
ウ各構成は周知技術であること
本件発明の原動機停止装置,ブレーキ液圧保持装置は,いずれも周知技術であり,
当業者はその構造,機能等を知悉しているし,引用発明1のニュートラル制御手段,
ヒルホールド用ブレーキも,いずれも周知技術である。
エそうすると,引用発明1に周知技術1及び2を適用して本件発明に至る
ことは,当業者には容易である。
2取消事由2(引用発明2との相違点の判断の誤り)
(1)「置換」の解釈の誤り
ア審決は,「ブレーキ液圧保持装置」と「駐車ブレーキ」とは,別に設けら
れ,一般的に車両は駐車ブレーキと液圧ブレーキの双方を有するものであり,両者
は置換できる関係にはないと判断する。
しかし,引用発明2に接した当業者は,ブレーキが作動しない場合に原動機停止
を禁止するという技術思想を当然に理解するから,引用例2に明記された駐車ブレ
ーキに限らず,車両に搭載された他のブレーキ装置が作動しない場合にも,同様に
原動機を停止しないとの構成に容易に想到する。したがって,「ブレーキ装置が作動
しない場合,原動機を停止しない原動機付車両」の発明において,引用発明2の「駐
車ブレーキ(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件を,周知技術2に開示
された「ブレーキ液圧保持装置(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件に
置換することは,当業者が容易に想到する。
イ被告は,引用発明2のエンジン制御装置は,駐車ブレーキケーブルが伸
びても駐車ブレーキが効くことを前提としたものであり,引用文献2には駐車ブレ
ーキが効かない場合(故障)については,何ら記載されていない,と主張する。
しかし,引用文献2の「経時変化等によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合」
とは,駐車ブレーキの機能が正常に働かない場合であり,本件発明にいう「故障」
に該当する。
(2)技術分野の認定の誤り
審決は,車両の後退を阻止する技術に関し,引用発明2は駐車ブレーキであるの
に対し,周知技術2は液圧ブレーキであり,その技術分野は相違している,と認定
する。
しかし,駐車ブレーキも液圧ブレーキも,ブレーキの技術であり,坂道での車両
の後退を阻止可能とする機能で共通している。特開昭64-78957号公報(甲
4の4)においては,坂道発進時のパーキングブレーキの補助として,ブレーキ液
圧保持装置を用いることが記載されており,駐車ブレーキと液圧ブレーキは技術分
野の関連性を有する。
(3)作動機序の判断の誤り
審決は,駐車ブレーキと周知技術2の液圧ブレーキとは,作動機序が異なると認
定する。
しかし,駐車ブレーキと液圧ブレーキとは,作動機序が異なっても,車両の後退
を阻止する機能は共通している。同じ課題解決のために,引用発明2の駐車ブレー
キの利用に係る技術的思想を,ブレーキ液圧保持装置を利用する技術的思想に適用,
すなわち置換することは,当業者は容易に想到する。
(4)本件発明と引用発明2の共通性等
ア課題の共通性
本件発明と引用発明2は,いずれも,坂道における車両の後退を防止するブレー
キ機構が故障した場合に,車両の後退を防止することを課題としている。
イ解決手段の技術思想
上記の課題解決のため,上記各ブレーキ機構が故障した場合は,これを検知して
クリープ防止機構である原動機停止装置の作動を禁止することで,クリープ力を利
用して後退を防止するという技術思想で共通している。
ウ各構成は周知技術であること
本件発明のブレーキ液圧保持装置は周知技術であり,当業者はその構造,機能等
を知悉しているし,引用発明2の駐車ブレーキも周知技術である。
エそうすると,引用発明2に周知技術2を適用して本件発明に至ることは,
当業者には容易である。
第4被告の主張
1取消事由1について
(1)「動機付けの判断の誤り」について
ア相違点1-1につき
(ア)引用発明1における「ニュートラル制御を実行する制御手段」は,ク
リープの発生を防止することを目的とするものである一方,周知技術1の「原動機
停止装置」は,燃費の向上(燃料の節約)を目的とするものであり,両者は作用又
は機能が異なるというべきである。引用発明1は自動変速機における技術であるの
に対し,周知技術1は原動機における技術であり,その技術分野は相違している。
また,甲2の9【0041】の記載は,ニュートラル制御とエンジンの停止制御
が同等であることを意味するものではない。
さらに,請求項1発明と本件発明は,いずれもブレーキ液圧保持装置に関する技
術であり,両者の技術分野は同じである。請求項1発明と本件発明が同じ技術分野
に属するとしても,そのことは,自動変速機の技術と原動機の技術が同じ技術分野
であるとする理由にはならない。また,請求項1発明と本件発明の技術分野が同一
であるか否かを論じること自体,本件審理の対象である審決とは何らかかわりのな
いことである。
(イ)引用発明1の「ヒルホールド用ブレーキ」は,坂道でドライバーがブ
レーキの踏込みを開放した場合でもブレーキ力を保持するものではない。すなわち,
引用文献1では,ブレーキペダルの踏込みが開放されると,【0087】,【0088】,
【0094】,【0097】にあるように,図6のステップ603においてNと判断
され,必ず同図のステップ622で通常変速制御となるため,ヒルホールド用ブレ
ーキは開放されブレーキ力は保持されない。また,引用発明1の「ヒルホールド用
ブレーキ」は,引用文献1の【0063】,【0064】にあるように一方向にクラ
ッチF2の作用と合わせて車両の後退を防止する所定変速段(第2速段)を達成す
る自動変速機の摩擦係合要素の一つにすぎず,ブレーキペダルの踏込みを開放した
場合でもホイールシリンダに液圧を作用可能な本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」
とは機能が異なる。本件発明と引用発明1が,坂道でドライバーがブレーキペダル
の踏込みを開放した場合でもブレーキ力を保持するという機能で共通するというこ
とはない。
イ相違点1-2につき
周知技術2のブレーキ液圧保持装置は,ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き
ホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能とするものであり,坂道発進時におけ
る車体のずり下がりを防止するだけでなく,追突時における車体の飛び出しを防止
したり,車両の停車中にドライバーをブレーキ操作の負担から解放するものである。
したがって,引用発明1の自動変速機におけるヒルホールド用ブレーキと周知技術
2のブレーキ液圧保持装置は機能が異なるというべきである。
(2)「作動機序の判断の誤り」について
機能が共通することが主引用発明に副引用発明又は周知技術を適用する動機付け
の根拠になり得るとしても,機能が共通しさえすれば常に動機付けがあるというも
のではなく,ましてや,機能の一部のみが共通しているだけで全体として機能が異
なる場合は,動機付けの根拠にならないというべきある。
引用発明1におけるニュートラル制御を実行する制御手段と周知技術1の原動機
停止装置は,機能が異なり,作動機序も異なる。
また,引用発明1のヒルホールド用ブレーキを有する自動変速機と周知技術2の
ブレーキ液圧保持装置は,機能が異なり,作動機序も異なるのであって,置換でき
るものではない。
2取消事由2について
(1)「「置換」の解釈の誤り」及び「技術分野の認定の誤り」について
引用発明2のエンジン制御装置は,駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に
駐車ブレーキが操作されたものと判定してエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリ
リースボタンの操作に応じてエンジンを始動させるものである。すなわち,経時変
化によって駐車ブレーキケーブルが伸びることを想定し,駐車ブレーキが完全に効
いている場合にだけエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンが操作さ
れたときにエンジンを始動させるものである。引用発明2に接した当業者は,そこ
に記載された技術がエンジンの停止と始動を駐車ブレーキと関連付けて行うことを
不可欠とするものであることを強く意識するはずである。
また,引用発明2のエンジン制御装置は,駐車ブレーキケーブルが伸びても駐車
ブレーキが効くことを前提としたものであり,引用文献2には,駐車ブレーキが効
かない場合(故障)については何ら記載されていない。
(2)「作動機序の判断の誤り」について
前記1(2)と同様に,原告の主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1本件発明の概要
(1)本件明細書には,以下の記載がある(甲5)。
【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,自動変速機を備えるとともに,
原動機がアイドリング状態でかつ所定の低車速以下においてブレーキペダルの踏込
み時にはブレーキペダルの踏込み開放時に比べてクリープの駆動力を低減する駆動
力低減装置または/および車両停止時に原動機を自動で停止可能な原動機停止装置
を備え,さらにブレーキペダルの踏込み開放時にも引続きホイールシリンダのブレ
ーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備える原動機付車両に関するもので
ある。
【0002】【従来の技術】ブレーキペダルの踏込み開放時にもホイールシリンダ
のブレーキ液圧を保持可能な手段としてブレーキ液圧保持装置(トラクションコン
トロールシステムも含む)を備える原動機付車両が従来から知られている。
【0003】例えば,特開平9-202159号公報には発進クラッチを備えた
車両におけるブレーキ力制御装置が開示されている。この車両は,走行レンジでの
極低車速時に発進クラッチの係合状態を制御し,アイドリング状態におけるクリー
プの駆動力をブレーキペダルの踏込み時にはブレーキペダルの踏込み開放時に比べ
て低減することによって,燃費の悪化などを防止している。そして,ブレーキ力制
御装置によって,ブレーキペダルの踏込みが開放された時にクリープの駆動力が小
さな状態から大きな状態に切り換わったことを検出するまでブレーキ力を保持し,
前記駆動力が大きくなるまでのタイムラグに起因する坂道発進時における車両の後
退を防止している。・・・
【0004】【発明が解決しようとする課題】前記特開平9-202159号公報
に開示されているブレーキ力制御装置が故障した場合,ブレーキペダルの踏込みを
開放した時に駆動力が大きな状態に切り換わるまでブレーキ力を保持することがで
きない。その結果,坂道発進の際,ブレーキペダルの踏込みを開放した時に,車両
が後退する。
【0005】また,燃費の悪化をさらに防止するために,ブレーキペダルの踏込
み時に駆動力を低減させるとともに,車両停止時に原動機を自動で停止させる車両
では,ブレーキペダルの踏込み開放により原動機を自動で始動するとともに,駆動
力を大きな状態にする。さらに,駆動力の低減は行わないが,車両停止時に原動機
を自動で停止させる車両では,ブレーキペダルの踏込み開放により原動機を自動で
始動する。この2つのいずれかの構成を有する原動機付車両にブレーキ液圧保持装
置を備えている場合も,ブレーキ液圧保持装置の故障によって,ブレーキペダルの
踏込みを開放した時に駆動力が大きな状態に切り換わるまでブレーキ力を保持する
ことができない。その結果,坂道発進の際,ブレーキペダルの踏込みを開放した時
に,車両が後退する。
【0006】そこで,本発明の課題は,ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に,
駆動力を大きな状態に維持または駆動力を大きな状態に切り換え,坂道発進時にお
ける車両の後退を防止できる原動機付車両を提供することである。
【課題を解決するための手段】・・・【0009】さらに,前記課題を解決した請
求項3の発明に係る原動機付車両は,アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機に
おいて走行レンジが選択されている場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する
原動機付車両であって,前記原動機付車両停止時,前記原動機を停止可能な原動機
停止装置と,ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ
液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置とを備える原動機付車両において,前記ブ
レーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え,前記故障検出装置によ
って前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を
禁止することを特徴とする。この原動機付車両によれば,ブレーキ液圧保持装置の
故障検出時に原動機停止装置の作動を禁止しているので,ブレーキペダルが踏込ま
れて車両が停止しても,原動機の作動を維持し,駆動力を大きな状態に維持する。
また,原動機が自動で停止した後にブレーキ液圧保持装置の故障が検出されても,
直ちに,原動機を自動始動し,駆動力を大きな状態にする。
【発明の効果】・・・【0180】請求項3の発明に係る原動機付車両によれば,
ブレーキ液圧保持装置の故障を検出し,故障検出時に原動機停止装置の作動を禁止
する。そのため,ブレーキペダルの踏込み状態などに関係なく駆動力が大きな状態
に維持され,坂道発進時における原動機付車両の後退を防止できる。また,原動機
停止装置による原動機の自動停止がなされた後にブレーキ液圧保持装置の故障が検
出された場合,ブレーキペダルの踏込みの開放前に,原動機を再始動し,駆動力を
大きな状態に切り換えることができる。そのため,ブレーキペダルの踏込みを開放
した時に,駆動力が大きくなるまでのタイムラグが発生せず,坂道発進時における
原動機付車両の後退を防止できる。
【図1】
(2)以上から,本件発明は,以下のとおりのものと認められる。
本件発明は,自動変速機を備えるとともに,車両停止時に原動機を自動で停止可
能な原動機停止装置を備え,さらにブレーキペダルの踏込み開放時にも引続きホイ
ールシリンダのブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備える原動機付
車両に関するものである(【0001】)。
従来から,ブレーキペダルの踏込み開放時にもホイールシリンダのブレーキ液圧
を保持可能な手段としてブレーキ液圧保持装置を備えた原動機付車両が知られてい
る(【0002】)。しかし,ブレーキ液圧保持装置を備えている場合も,ブレーキ液
圧保持装置の故障によって,ブレーキペダルの踏込みを開放した時に駆動力が大き
な状態に切り換わるまでブレーキ力を保持することができない。その結果,坂道発
進の際,ブレーキペダルの踏込みを開放した時に,車両が後退するという問題があ
った(【0004】)。本件発明は,ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に,駆動力
を大きな状態に維持又は駆動力を大きな状態に切り換え,坂道発進時における車両
の後退を防止できる原動機付車両を提供することを目的とするものである(【000
6】)。
上記目的を達成するために,アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において
走行レンジが選択されている場合は,原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機
付車両であって,前記原動機付車両停止時,前記原動機を停止可能な原動機停止装
置と,ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を
作用可能なブレーキ液圧保持装置とを備える原動機付車両において,前記ブレーキ
液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え,前記故障検出装置によって前
記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止す
るようにした。そして,ブレーキ液圧保持装置の故障検出時に原動機停止装置の作
動を禁止しているので,ブレーキペダルが踏み込まれて車両が停止しても原動機の
作動を維持し,駆動力を大きな状態に維持し,また,原動機が自動で停止した後に
ブレーキ液圧保持装置の故障が検出されても,直ちに,原動機を自動始動し,駆動
力を大きな状態にする(【0009】)。
そうすることで,ブレーキペダルの踏込み状態などに関係なく駆動力が大きな状
態に維持され,坂道発進時における原動機付車両の後退を防止できる。また,原動
機停止装置による原動機の自動停止がされた後にブレーキ液圧保持装置の故障が検
出された場合,ブレーキペダルの踏込みの開放前に,原動機を再始動し,駆動力を
大きな状態に切り換えることができるため,ブレーキペダルの踏込みを開放した時
に,駆動力が大きくなるまでのタイムラグが発生せず,坂道発進時における原動機
付車両の後退を防止できる。(【0180】)
2取消事由1(引用発明1との相違点の判断の誤り)について
⑴引用発明1の認定
ア引用文献1には,以下の記載がある(甲1)。
【0001】【産業上の利用分野】本発明は,車両用自動変速機のクリープ防止制
御装置に係り,特に,シフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,
所定の条件が成立したときには,フォワードクラッチ(前進走行を達成するために
係合されるクラッチ)を解放(油圧低減による実質的解放を含む)することにより
ニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止し,それと同時に所定変速段を
達成することにより,該所定変速段を形成するブレーキによって車両の後退を防止
する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に関する。
【0002】【従来の技術】従来,車両用自動変速機においては,シフトレンジが
ドライブレンジ(Dレンジ)のような前進走行レンジに設定されていると,車速が
実質的に零の場合であっても,自動変速機の歯車変速装置はニュートラルの状態に
はならず,第1速段(又は第2速段)に設定されるようになっている。従って,内
燃機関の出力はトルクコンバータ,歯車変速装置のフォワードクラッチを経て常に
出力軸に伝達されるため,いわゆるクリープが生じ,その結果,車両を停止状態の
まま維持させるためにはブレーキペダルを踏み込んだ状態に維持する必要があった。
又,このときのトルクコンバータの引摺りによって燃料消費効率が悪化し,更には
該トルクコンバータの作動油の温度が上昇するというような問題が発生することが
あった。
【0003】このような点に鑑み,フォワードクラッチの油圧を制御するための
コントロールバルブを新たに設け,アクセルペダルが解放され,且つ車両が実質的
に停止しているときには,シフトレンジがたとえドライブレンジのような前進走行
レンジにあったとしても,フォワードクラッチを前記コントロールバルブを介して
解放又は減圧し,自動的にニュートラルの状態を形成してクリープの発生を防止す
ると共に,燃料消費効率を向上させ,併せてトルクコンバータの作動油の温度上昇
を抑えるようにした技術(以下,この制御を,狭い意味での「クリープ低減制御」,
あるいは「ニュ-トラル制御」と呼ぶ)が知られている(例えば特開昭63-10
6449号公報)。
【0004】又,このとき同時に,坂道等において車両が後退するのを防止する
ために,該車両の後退を阻止可能なブレーキを係合させる,いわゆる「ヒルホール
ド制御」を行うようにした技術が知られている(特開昭61-244956号公報)。
【0005】この場合,通常では,ヒルホールド用のブレーキとして,所定変速
段,例えば2レンジ(=Sレンジ)第2速段のエンジンブレーキ形成用のブレーキ
を用い,当該第2速段を達成することによりヒルホールド制御を実行する構成とし
ている。
【0006】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来の,ニュートラ
ル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機においては,何等かの原因,例
えば前記の第2速段を達成する場合に「開」となるバルブ(具体例としては,例え
ば1-2シフトバルブあるいは2-3シフトバルブ)がスティックしたり,同バル
ブを制御する信号出力系統(例えばソレノイドバルブ等)に異常が生じたりして,
ヒルホールド用のブレーキを確実に係合させることができない事態が生じた場合に,
坂路において車両が後退する可能性がある。
【0007】このことは通常ならばニュートラル制御が成立してもしなくても後
退することがなかった坂道において,この場合にはニュートラル制御が成立しなか
ったときは後退せず,成立したときだけ後退するという事態が発生することを意味
する。
【0008】ニュートラル制御の成立条件には一般に「アクセル解放」「フットブ
レーキオン」のように運転者の意思に基づく条件の他に,例えば「エンジンの冷却
水温が所定値以上」のような運転者がその成立を予測できないような条件も含まれ
ている。
【0009】従ってこのような条件によってニュートラル制御の条件が成立した
ときには運転者の予期せぬときに車両が後退を開始することになる。
【0010】本発明は,このような問題に鑑みてなされたものであって,坂路で
の後退の可能性がある場合のフェイルセーフ機能を持たせた車両用自動変速機のク
リープ防止制御装置を提供することにより上記課題を解決せんとしたものである。
【0011】【課題を解決するための手段】本発明は,図1に示すように,自動変
速機のシフトレンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が
成立したときには,フォワードクラッチC1を解放することによりニュートラル状
態を形成してクリープの発生を防止すると共に,所定変速段を達成することより,
該所定変速段を形成するブレーキB1によって車両の後退を防止する車両用自動変
速機のクリープ防止制御装置において,前記所定変速段を達成することが可能か否
かを判断する所定変速段達成可否判断手段と,該手段が所定変速段を達成すること
が不可と判断した場合に前記フォワードクラッチの解放を禁止する手段と,を備え
たことより,上記課題を解決したものである。
【0012】【作用】本発明のクリープ防止制御装置では,ヒルホールド用として
利用するブレーキB1が係合する所定の変速段を達成することができないときには,
フォワードクラッチの解放を禁止し,ニュ-トラル制御を行わない。したがって,
ニュ-トラル制御を行うときには,必ずヒルホールド制御が実行されて車両の後退
が防止される。又,ヒルホールド制御が実行できないときはニュートラル制御に入
ることがないため,クリープが発生する状態となっており,いずれの場合も車両が
後退することはない。
【0103】【発明の効果】以上説明したように,本発明のクリープ防止制御装置
によれば,ヒルホールド用として利用する後退防止用のブレーキが係合する所定の
変速段を達成できないときには,フォワードクラッチの係合圧の解除を禁止し,ニ
ュートラル制御を行わない。したがって,ニュ-トラル制御を行うときには,必ず
ヒルホールド制御が実行されて車両の後退が防止され,後退のおそれがなくなる。
【図1】
【図6】
イ以上から,引用発明は以下のとおりのものと認められ,前記第2,3(2)
アのとおり認定される。
引用発明1は,車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に係り,特に,シフト
レンジが前進走行レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したとき
には,フォワードクラッチを解放(油圧低減による実質的解放を含む)することに
よりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止し,それと同時に所定変速
段を達成することにより,該所定変速段を形成するブレーキによって車両の後退を
防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置に関する(【0001】)。
従来のニュートラル制御と同時にヒルホールド制御を行う自動変速機においては,
ヒルホールド用のブレーキを確実に係合させることができない事態が生じた場合に,
坂路において車両が後退する可能性がある。すなわち,通常ならばニュートラル制
御が成立してもしなくても後退することがなかった坂道において,ニュートラル制
御が成立しなかったときは後退せず,成立したときだけ後退するという事態が発生
する。そして,ニュートラル制御の成立条件には運転者がその成立を予測できない
ような条件も含まれているため,ニュートラル制御の条件が成立したときに運転者
の予期せぬ場合に車両が後退を開始することになるという問題が生じる。そこで,
引用発明1は,坂路での後退の可能性がある場合のフェイルセーフ機能を持たせた
車両用自動変速機のクリープ防止制御装置を提供することを目的としたものである。
(【0006】~【0010】)
上記目的を達成するため,引用発明1は,自動変速機のシフトレンジが前進走行
レンジとされているときであっても,所定の条件が成立したときには,フォワード
クラッチC1を解放することによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を
防止するとともに,所定変速段を達成することより,該所定変速段を形成するブレ
ーキB1によって車両の後退を防止する車両用自動変速機のクリープ防止制御装置
において,前記所定変速段を達成することが可能か否かを判断する所定変速段達成
可否判断手段と,該手段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合に前記
フォワードクラッチの解放を禁止する手段と,を備えたものである(【0011】)。
上記構成を採用することにより,ニュ-トラル制御を行うときには,必ずヒルホ
ールド制御が実行されて車両の後退が防止される。また,ヒルホールド制御が実行
できないときはニュートラル制御に入ることがないため,クリープが発生する状態
となっており,いずれの場合も車両が後退することはない。(【0012】)
(2)本件発明と引用発明1とを対比すると,その一致点及び相違点は前記第2,
3(2)イのとおりである。
(3)前記第2,3(2)ウ(ア)のとおり,本件出願日前に,周知技術1(原動機を
停止可能な原動機停止装置)及び周知技術2(ブレーキペダルの踏込み開放後も引
続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置)は周知
の技術である。
(4)相違点の判断
ア相違点1-1についての判断
前記(3)のとおり,原動機付車両において,「原動機を停止可能な原動機停止装置」
という技術(周知技術1)は,本件出願日前に周知の技術であったといえる。
しかし,引用発明1は,クリープの発生を防止するためにニュートラル制御手段
を採用したものであり,「ニュートラル制御手段」は発明の主たる構成である。この
ような「ニュートラル制御手段」を除去して,別の構成である「原動機停止装置」
に置き換えることは,当業者において容易に想到するということはできない。
以上から,引用発明1において,「ニュートラル制御手段」を除去して,「原動機
停止装置」に置き換えることは容易想到とはいえない。
イ相違点1-2について
前記(3)のとおり,原動機付車両において,「ブレーキペダルの踏込み開放後も引
続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」という
技術(周知技術2)は,本件出願日前に周知の技術であるといえる。
しかし,引用発明1は,ニュートラル制御と同時に,所定変速段を達成すること
により車両の後退を阻止可能なヒルホールド用ブレーキを採用したことにより,坂
道発進において後退しないようにしたものであり,「ヒルホールド用のブレーキ」は
発明の主たる構成である。このような「ヒルホールド用のブレーキ」を除去して,
坂道発進において後退しないようにするために,「ブレーキ液圧保持装置」を採用す
ることを,当業者において容易に想到するということはできない。
以上から,引用発明1において,「ヒルホールド用ブレーキ」を除去して,「ブレ
ーキ液圧保持装置」に置き換えることは,容易想到とはいえない。
ウ相違点1-3について
前記ア,イのとおり,引用発明1は,「原動機停止装置」及び「液圧保持装置」を
有するものではない。そして,「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装
置」は,「ブレーキ液圧保持装置」を有することを前提とする構成である。したがっ
て,引用発明1において,「ブレーキ液圧保持装置」を採用して初めて生じる「ブレ
ーキ液圧保持装置の故障」という問題を考慮して,更に「ブレーキ液圧保持装置の
故障を検出する故障検出装置」を採用する動機付けはない。
また,「原動機停止装置」により原動機が停止しているため,「ブレーキ液圧保持
装置」が故障した場合に,坂道発進時に車両が後退するという課題は,「原動機停止
装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」を有して初めて生じる課題である。したがっ
て,「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」を有することを前提としない
引用発明1において,「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置
の作動を禁止する」ことは,当業者が容易に想到することができたこととはいえな
い。
以上から,引用発明1において,「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検
出装置を備え,ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動
を禁止する」という事項を採用し,本件発明の相違点1-3に係る構成とすること
は,容易想到とはいえない。
エ小括
したがって,本件発明は,引用発明1に基づいて当業者が容易に想到することが
できたものであるということはできない。
(5)原告の主張について
ア審決の動機付けの判断について
(ア)相違点1-1について
原告は,引用発明1は単なる自動変速機でなく,自動変速機のクリープ防止制御
装置に係る発明であり,周知技術1とした原動機停止装置もクリープ防止制御装置
であり,両者は機能が共通しているから,両者を置換する動機付けがある旨主張す
る。
しかし,当業者が,ある技術を他の技術で容易に置換することができるかどうか
は,単に機能が共通するということから直ちに認められるものではなく,その機能
を,どういう機構を用いて,どのような作動機序によって実現しているかを考慮し
なければならないものというべきである。しかるところ,前記(1)のとおり,引用発
明1は,自動変速機のシフトレンジをニュートラル状態に制御することによりクリ
ープ防止制御をするものであるところ,これと原動機停止装置(周知技術1)とは,
その機構においても作動機序においても大きく異なるものであって,引用発明1に
おける主たる構成である「ニュートラル制御手段」を「原動機停止装置」に置換す
る動機付けがあるとはいえない。甲2の9【0041】において,ニュートラル制
御装置と原動機停止装置とが選択的に使用されており,また,請求項1発明と本件
発明との間に単一性が認められるとしても,この判断が左右されることはない。し
たがって,原告の主張は,採用することができない。
(イ)相違点1-2について
原告は,周知技術2も引用発明1も坂道での車両の後退を阻止可能とする機能で
共通しているから,引用発明1における「ニュートラル制御と同時に,所定変速段
を達成することにより,車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」と周
知技術2である「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレ
ーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」との両者を置換する動機付けがある
旨主張する。
しかし,引用文献1に開示されるヒルホールド用のブレーキと,ブレーキ液圧保
持装置に係る液圧ブレーキとは,全く機構の異なるブレーキであり,両ブレーキは
車両に併存し得るものであるから,当業者において,両者は置換すべきものと認識
されない。そして,引用発明1は,「ニュートラル制御と同時に,所定変速段を達成
することにより車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」を採用したこ
とで,坂道での車両の後退を阻止可能としたものであるところ,同様の効果を得る
ために,引用発明1における主たる構成である「ニュートラル制御と同時に,所定
変速段を達成することにより車両の後退を阻止可能なヒルホールド用のブレーキ」
に代えて,これとは機構も作動機序も異なる「ブレーキペダルの踏込み開放後も引
続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」を採用
する理由はなく,両者を置換する動機付けがあるとはいえない。したがって,原告
の主張は,採用することができない。
イ審決の作動機序の判断について
原告は,審決の,引用発明1の「ニュートラル制御」と本件発明の「原動機停止
装置」,引用発明1の「ヒルホールド用ブレーキ」と本件発明の「ブレーキ液圧保持
装置」とは作動機序が異なることから容易想到性を否定したことは,発明が技術的
思想であるにもかかわらず具体的な製品を前提として発明を理解しており,その考
え方に根本的な誤りがある旨主張する。
しかし,審決は,相違点の判断において,引用発明1と周知技術1又は周知技術
2との作動機序の相違を問題としているのであって,原告が主張するように本件発
明と引用発明1との作動機序の相違を理由に本件発明の容易想到性を否定してはい
ない。したがって,原告の上記主張はその前提において誤りがある。
また,原告の上記主張は,「審決の,引用発明1の「ニュートラル制御」と周知技
術1の「原動機停止装置」,引用発明1の「ヒルホールド用ブレーキ」と周知技術2
の「ブレーキ液圧保持装置」とは作動機序が異なることから容易想到性を否定した
ことは,発明が技術的思想であるにもかかわらず具体的な製品を前提として発明を
理解しており,その考え方に根本的な誤りがある」旨の主張であると解したとして
も,原告の主張は,採用することができない。
すなわち,発明が技術的思想であるといっても,物の発明においては,物に具現
化された具体的な技術における発明であるから,その機構や作動機序の違いを検討
する必要があるのであって,審決の考え方に誤りがあるということはできない。
3取消事由2(引用発明2との相違点の判断の誤り)について
(1)引用発明2について
ア引用文献2(甲3)には,次の記載がある。
①「駐車ブレーキの操作力が所定値以上の場合に駐車ブレーキが操作されたもの
と判定する第1の手段と,該第1の手段によって判定された駐車ブレーキの操作に
応じてエンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジ
ンを始動させる第2の手段とを備えたことを特徴とするエンジン制御装置。」(明細
書1頁4行~10行)
②「本考案は自動車用エンジン(主として内燃機関)の制御装置に関し,特にエ
ンジンの停止と始動とを自動的に制御する装置に関する。」(明細書1頁12行~1
4行)
③「近年,信号待ちや交通渋滞時等の停車時におけるアイドリングによる燃料消
費を節約し、燃費を低減するため、自動車が停止するとエンジンを停止し,発進時
にエンジンを始動する装置が開発されている。」(明細書1頁15行~19行)
④「特公昭51-9085号公報に記載されている装置は,自動車の発進時にア
クセルペダルを操作することによってエンジンを自動的に始動させ,停車時には,
イグニッション回路の通電を運転者の手動操作で遮断することによってエンジンを
停止するように構成されている。
しかし上記の装置は,通常の運転操作と別系統の手動スイッチによってエンジン
を停止させるようになっていたため,運転者が通常の運転操作とは別動作として手
動スイッチを操作しなくてはならず,非常に煩雑であり,そのためこの装置が十分
活用されがたいという問題があった。
また手動スイッチを操作すると,自動車の走行中であってもエンジンを停止させ
る構造となっており,しかもエンジンを停止させる方法としてはイグニッション回
路の通電を遮断するようになっていた。そのため走行中に誤って手動スイッチを操
作すると,点火装置が停止するのに燃料の供給は継続するので,加熱された排気浄
化用の触媒装置に未燃焼の燃料が送り込まれ,触媒装置が劣化したり,火災発生の
おそれもあった。」(明細書2頁1行~3頁1行)
⑤「また自動車工学(鉄道日本社刊)1981年11月号第72頁乃至第78頁
に記載されている装置は,自動車が停車すると自動的にエンジンを停止し,発進時
には運転者がクラッチペダルを踏むと自動的にエンジンを始動するように構成され
ている。
しかし上記の装置においては,自動車が停車すると自動的にエンジンを停止する
ようになっているので,交差点での一時停止や信号待ち等の極めて短い停車時にも
頻繁にエンジンが停止し,そのたびに始動することになるので,始動時の電力消費
による燃料消費が多くなり,燃費低減の実効が得られないおそれがあった。またク
ラッチペダルを踏むことによって始動するようになっているので,クラッチのない
自動変速機装備車には適用出来ないという問題もあった。
またエンジン停止状態で坂道に停車中に,クラッチペダルを踏んでエンジンを始
動する前に駐車ブレーキを戻すと,エンジン停止のままで自動車が動き出してしま
う。特に最近の自動車には,パワーステアリング装置やパワーブレーキ装置のよう
にエンジンの動力による補助力が与えられている装置が多いので,エンジン停止の
まま発車すると,上記の補助力が与えられないため,ハンドルが急に重くなり,ブ
レーキの効きが悪くなるので,安全上の問題が生じるおそれもあった。」(明細書3
頁2行~4頁7行)
⑥「本考案は上記のごとき従来技術の種々の問題を解決するためになされたもの
であり,通常の運転操作のみによって自動的にエンジンを停止,始動させ,かつ安
全上も問題のないエンジン制御装置を提供することを目的とする。」(明細書4頁8
行~12行)
⑦「上記の目的を達成するため本考案においては,駐車ブレーキの操作に応じて
エンジンを停止させ,駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始
動させ,また上記駐車ブレーキが操作されたか否かは,駐車ブレーキの操作力が所
定値以上であるか否かによって判定するように構成している。
上記のように構成することにより,駐車ブレーキをかける必要のないような極め
て短い停車時にはエンジンが停止しないので,頻繁な始動の電力消費による燃費悪
化がなくなり,また坂道の停車時にも,駐車ブレーキを戻せば必ずエンジンが始動
するのでパワーブレーキ等に問題が生じるおそれもなくなる。また駐車ブレーキが
操作されたか否かを駐車ブレーキの操作力によって判定するように構成しているの
で,経時変化等によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合にも,駐車ブレーキが
完全に効いている場合にだけエンジンを停止させることになり,安全性を向上させ
ることが出来る。
また駐車ブレーキの操作は全く通常の運転操作であるから,操作が煩雑になるお
それもなく,更に自動変速機装備車にも適用出来る等,多くの優れた効果を得るこ
とが出来る。」(明細書4頁13行~5頁16行)
⑧「第3図において,20は車体のフロアパネルであり,駐車ブレーキブラケッ
ト21がフロアパネル20にボルト止めされている。また22は駐車ブレーキブラ
ケット21に設けてある歯,23は駐車ブレーキレバー,24は駐車ブレーキレバ
ー23のロックを解除するリリースボタン,25は上記の歯22と噛み合い,駐車
ブレーキレバー23を任意の位置にロックする爪,26はリリースボタン24と爪
25とを連結するロッド,27はリターンスプリングであり,リリースボタン24,
ロッド26及び爪25を常に図面左方に押している。28はリターンスプリング2
7の止め金であり,駐車ブレーキレバー23に固着されている。また29は爪25
を駐車ブレーキレバー23に支持するピン,30はロッド26と爪25とを連結す
るピン,31は駐車ブレーキレバー23を回転自在に支持するピン,32は駐車ブ
レーキケーブル,33は駐車ブレーキレバー23に固定されたスイッチ,34は駐
車ブレーキの操作力すなわち駐車ブレーキケーブル32に加えられる張力を検出す
る検出器である。」(明細書8頁6行~9頁4行)
⑨「第3図に示す状態は,駐車ブレーキが全くかけられていない状態である。
この状態から運転者が駐車ブレーキレバー23を図面上方に引上げると,駐車ブ
レーキケーブル32が図面左方に引かれて図示しない駐車ケーブルがかかる。そし
て爪25が歯22と噛み合うため,駐車ブレーキレバー23は引上げられた位置に
保持される。また,駐車ブレーキケーブル32に印加される張力が所定値以上にな
ると,すなわち駐車ブレーキが確実にかけられると,検出器34が作動し,駐車ブ
レーキ信号S1を“1”にする。
一方,リリースボタン24が運転者によって図面右方に押されると,爪25と歯
22との噛み合いがはずされるため,駐車ブレーキレバー23は引下げ可能になる。
この状態で駐車ブレーキレバー23を引下げれば,駐車ブレーキケーブル32が図
面右方に戻り,図示しない駐車ブレーキが解除されると共に検出器34に印加され
る張力がなくなるので,駐車ブレーキ信号S1が“0”になる。
またリリースボタン24が図面右方に押されている間は,爪25の上部がスイッ
チ33のボタンを押しているので,スイッチ33がオンになり,前記第1図のリリ
ース信号S3が“1”になる。運転者がリリースボタン24を押すのをやめれば,
リターンスプリング27の力で爪25は以前の位置に復帰するので,スイッチ33
がオフになり,リリース信号S3は“0”になる。」(明細書9頁6行~10頁12
行)
⑩「第4図の装置において,駐車ブレーキケーブル32に張力が印加されていな
い場合は,(イ)に示すごとく,弾性体41の反力によってピストン39が図面左方
に移動し,ピストン39の先端部と検出器本体37とは離れている。したがって端
子43とリード線44とは,電気的に絶縁された状態すなわちスイッチがオフの状
態にある。
次に駐車ブレーキケーブル32に張力が印加されると,ピストン39が弾性体4
1を押して図面右方に移動する。そして張力が弾性体41の反力で設定された所定
値すなわち駐車ブレーキが確実にかけられたときの値に達すると,図面(ロ)に示
すごとく,ピストン39の先端部と検出器本体37とが接触し,スイッチがオンの
状態になる。
したがって第4図の検出器がオンのとき“1”,オフのとき“0”の駐車ブレーキ
信号S1を出力する回路を設ければ良い。」(明細書12頁5行~13頁1行)
⑪「次に駐車ブレーキによってエンジンを停止させる場合を説明する。まず時点
t6において駐車ブレーキが確実にかけられると,駐車ブレーキ信号S1が“1”に
なり,ワンショットマルチバイブレータ1がトリガ信号S6を出力する。そのため
フリップフロップ9がセットされ,そのQ出力すなわちフュエルカット信号S15が
“1”になる。
フュエルカット信号S15が“1”になると,図示しない燃料噴射装置が燃料供給
を遮断するので,エンジンは停止する。」(明細書17頁18行~18頁8行)
⑫「エンジン作動中に駐車ブレーキをかけるとエンジンが自動的に停止し,また
駐車ブレーキのリリースボタンを押すと自動的に始動する機能を備えている。
したがって,停車時に駐車ブレーキをかけるとエンジンが自動的に停止し,かつ
発進時に駐車ブレーキを解除するとエンジンが自動的に始動するので,停車中のア
イドリングによる無駄な燃料消費をなくすことが出来る。
また駐車ブレーキがかけられたか否かの判定を駐車ブレーキの操作力に基づいて
行なっているので,駐車ブレーキが確実にかけられた場合にのみエンジンを停止さ
せるようになっている。
したがって,例えば経時変化によって駐車ブレーキケーブルが伸びた場合でも,
駐車ブレーキが確実に効くまではエンジンが停止しないので,坂道等で停車した場
合でもエンジン停止の状態で自動車が自然に動き出してしまうことがなくなり,安
全性を向上させることが出来る。」(明細書20頁1行~19行)
⑬第3図
⑭第4図
イ以上から,引用発明2は以下のとおりのものと認められ,前記第2,3
(3)アのとおり認定される。
引用発明2は,自動車用エンジンの制御装置に関し,特にエンジンの停止と始動
とを自動的に制御する装置に関する。(②)
従来の,自動車の発進時にアクセルペダルを操作することによってエンジンを自
動的に始動させ,停車時にはイグニッション回路の通電を運転者の手動操作で遮断
することによってエンジンを停止するように構成された装置は,通常の運転操作と
別系統の手動スイッチによってエンジンを停止させるようになっていたため,運転
者が通常の運転操作とは別動作として手動スイッチを操作しなくてはならず非常に
煩雑であり,この装置が十分活用されがたいという問題があった。また,手動スイ
ッチを操作すると自動車の走行中であってもイグニッション回路の通電を遮断して
エンジンを停止させる構造となっていたため,走行中に誤って手動スイッチを操作
すると,点火装置が停止するのに燃料の供給は継続するので,加熱された排気浄化
用の触媒装置に未燃焼の燃料が送り込まれ,触媒装置が劣化や火災発生のおそれも
あった。また,自動車が停車すると自動的にエンジンを停止し,発進時には運転者
がクラッチペダルを踏むと自動的にエンジンを始動するように構成された装置にお
いては,自動車が停車すると自動的にエンジンを停止するようになっているので,
交差点での一時停止や信号待ち等の極めて短い停車時にも頻繁にエンジンが停止し,
そのたびに始動することになるので,始動時の電力消費による燃料消費が多くなり,
燃費低減の実効が得られないおそれがあった。さらに,クラッチペダルを踏むこと
によって始動するようになっているので,クラッチのない自動変速機装備車には適
用できないという問題もあった。エンジン停止状態で坂道に停車中に,クラッチペ
ダルを踏んでエンジンを始動する前に駐車ブレーキを戻すと,エンジン停止のまま
で発車し,パワーステアリング装置やパワーブレーキ装置のようにエンジンの動力
による補助力が与えられないため,ハンドルが急に重くなり,ブレーキの効きが悪
くなるので,安全上の問題が生じるおそれもあった。(④⑤)
そこで,引用発明2は,従来技術の種々の問題を解決するために,通常の運転操
作のみによって自動的にエンジンを停止,始動させ,かつ安全上も問題のないエン
ジン制御装置を提供することを目的としたものである。(⑥)
上記目的を達成するため,引用発明2は,駐車ブレーキの操作に応じてエンジン
を停止させ駐車ブレーキのリリースボタンの操作に応じてエンジンを始動させ,ま
た上記駐車ブレーキが操作されたか否かは,駐車ブレーキの操作力が所定値以上で
あるか否かによって判定するように構成し,また,駐車ブレーキが操作されたか否
かを駐車ブレーキの操作力によって判定するように構成した。(⑦)
上記構成を採用したことにより,駐車ブレーキをかける必要のないような極めて
短い停車時にはエンジンが停止しないので,頻繁な始動の電力消費による燃費悪化
がなくなり,坂道の停車時にも,駐車ブレーキを戻せば必ずエンジンが始動するの
でパワーブレーキ等に問題が生じるおそれもなくなった。また,経時変化等によっ
て駐車ブレーキケーブルが伸びた場合にも,駐車ブレーキが完全に効いている場合
にだけエンジンを停止させることになり,安全性を向上させることができる。さら
に,駐車ブレーキの操作は全く通常の運転操作であるから,操作が煩雑になるおそ
れもなく,更に自動変速機装備車にも適用し得る等,多くの優れた効果を得ること
ができる。(⑦)
(2)本件発明と引用発明2とを対比すると,その一致点及び相違点は前記第2,
3(3)イのとおりである。
(3)相違点の判断
ア相違点2-1について
前記2(3)のとおり,原動機付車両において,「ブレーキペダルの踏込み開放後も
引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とい
う技術(周知技術2)は,本件出願日前に周知の技術であった。
しかし,引用発明2は,駐車ブレーキが確実に効くまでエンジンが停止しないこ
とを採用したことにより,坂道発進において後退しないようにしたものであり,「駐
車ブレーキ」は引用発明2の主たる構成である。このような「駐車ブレーキ」を除
去して,別の構成である「ブレーキ液圧保持装置」に置き換えることは,当業者に
おいて容易に想到するということはできない。
以上から,引用発明2において,「駐車ブレーキ」を除去して「ブレーキ液圧保持
装置」に置き換えることは,容易想到とはいえない。
イ相違点2-2について
引用発明2は,「ブレーキ液圧保持装置」を有するものではない。そして,「ブレ
ーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」は,「ブレーキ液圧保持装置」を
有することを前提とする構成である。したがって,引用発明2において,「ブレーキ
液圧保持装置」を採用して初めて生じる「ブレーキ液圧保持装置の故障」という問
題を考慮して,更に「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」を採
用する動機付けはない。
また,「ブレーキ液圧保持装置」が故障した場合に,坂道発進時に車両が後退する
といった課題は,「ブレーキ液圧保持装置」を有して初めて生じる課題である。した
がって,「ブレーキ液圧保持装置」を有することを前提としない引用発明2において,
「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」
ことを,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
以上から,引用発明2において,「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検
出装置を備え,ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動
を禁止する」という事項を採用し,本件発明の相違点2-2に係る構成とすること
を,容易想到とはいえない。
ウ小括
以上から,本件発明は,引用発明2に基づいて当業者が容易に想到することがで
きたものであるということはできない。
(4)原告の主張について
ア「置換」の解釈について
原告は,引用発明2に接した当業者は,ブレーキが作動しない場合に原動機停止
を禁止するという技術思想を当然に理解するから,「ブレーキ装置が作動しない場合,
原動機を停止しない原動機付車両」の発明において,引用発明2の「駐車ブレーキ
(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件を,周知技術2に開示された「ブ
レーキ液圧保持装置(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件に置換するこ
とは,当業者が容易に想到する旨主張する。
しかし,「駐車ブレーキ」は,「ブレーキ液圧保持装置」とは,その機構も作動機
序も大きく異なるから,引用発明2の主たる構成である「駐車ブレーキ」について
の,引用文献2に開示される「駐車ブレーキが作動しない場合」という条件を,「ブ
レーキ装置が作動しない場合」と上位概念化して認識し,その概念を周知技術2に
当てはめて,「ブレーキ液圧保持装置(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条
件に置換し,引用発明2に周知技術2を採用して得た「ブレーキ液圧保持装置」に
ブレーキ液圧保持装置(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件を適用する
動機付けはない。したがって,原告の主張は,採用することができない。
イ技術分野の認定について
原告は,駐車ブレーキも液圧ブレーキも,ブレーキ技術であり,坂道での車両の
後退を阻止可能とする機能で共通するものであるから,審決が,両者の技術分野は
相違しているとしたことは誤りである旨主張する。
しかし,ブレーキ技術であり,坂道での車両の後退を阻止可能とするということ
のみで,当業者は,引用発明2の「駐車ブレーキ」を周知技術の「液圧ブレーキ」
に置き換えることを容易に想到することができるとは認められない。特開昭64-
78957号公報(甲4の4)の記載も上記判断を左右するものではない。
ウ作動機序の判断について
原告は,駐車ブレーキと液圧ブレーキとの作動機序が異なっても,引用発明2と
周知技術2とは,車両の後退を阻止する機能は共通するから,同じ課題解決のため
に,引用発明2の駐車ブレーキの利用に係る技術的思想を,ブレーキ液圧保持装置
を利用する技術的思想に適用,すなわち置換することは,当業者は容易に想到する
旨主張する。
しかし,引用発明2の「駐車ブレーキ」を,周知技術2の「ブレーキ液圧保持装
置」に置き換えることを当業者が容易に想到することができたとはいえないことは,
既に判示したとおりである。
(5)したがって,取消事由2には,理由がない。
4原告は,本件発明と引用発明1又は2とは,課題及び解決手段の技術思想の
共通性があり,各構成は,周知技術であると主張するが,既に判示したとおり,当
業者は,引用発明1に周知技術を採用して本件発明に至ることを容易に想到するこ
とができないのであって,上記のとおり本件発明と引用発明1又は2との間に原告
が主張する共通性等があることは,この判断を左右するものではない。
第6結論
よって,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
片岡早苗
裁判官
古庄研

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