弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人浅野隆一郎の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点もあるが、実質は単な
る法令違反の主張に帰し、また、判例違反をいう点もあるが、引用の判例は、いず
れも本件と事案を異にして適切なものでなく、その余は、事実誤認、単なる法令違
反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。(本件事実
関係のもとにおいて、被告人の所為を売春防止法一二条に該当するとした原判決の
判断は正当と認められる。)
 また、記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて、同四一四条、三八六条一項三号により、裁判官田中二郎の反対意見およ
び裁判官松本正雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり
決定する。
 裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
 多数意見は、「本件事実関係のもとにおいて、被告人の所為を売春防止法一二条
に該当するとした原判決の判断は正当と認められる」と判示しているが、これは、
いわゆる管理売春を不当に拡張解釈したものであつて、にわかに賛同しがたい。
 売春防止法一二条は、「人を自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指
定する場所に居住させ、これに売春をさせることを業とした者」に対し、「十年以
下の懲役及び三十万円以下の罰金」という厳罰をもつて臨んでいる。この規定の趣
旨とするところは、売春婦の居住場所に対し、ある種の支配関係を及ぼすことによ
り、その居住場所を転ずることを困難ならしめ、もつて自己の支配関係から脱出す
ることを防止するような方法のもとに売春させることを業とする者について、それ
が、いわゆる人身の自由に対し特に重大な侵害を加えるものである点に注意して、
これに厳罰をもつて臨むことにしているものと解される。従つて、同条にいういわ
ゆる管理売春に該当するかどうかは、売春をさせることを業とする者の支配関係が
及んでいる場所に売春婦を居住させ、その支配関係からの自由な脱出を困難ならし
めるような状況に置いているかどうか、その意味において、人身の自由に対する重
大な侵害をあえてしているかどうかによつて、判断されるべきものである。
 実際には、同条の規定する素朴な管理売春の形態は、時勢の推移に伴つて、次第
に減少し、多かれ少なかれ売春婦の自由を認める新らしい形態に変りつつあるとい
えるのかも知れない。若し、そういう事実があるとすれば、その新らしい形態に対
して、在来の規定をそのままに、何らの改正を加えることなく、これを適用するこ
とができるかどうかについては、厳密な反省と検討とを必要とするのであつて、安
易に、取締りの必要に籍口して、在来の規定を類推拡張的に解釈適用することは、
刑罰法規の性質からいつて許されないところであり、ひいては、刑罰法の大原則で
ある罪刑法定主義違反を犯すことともなりかねない。
 ところで、本件についてみるに、被告人の経営するA旅館の一室に売春婦らの溜
り場を設け、また、多くの場合、同旅館二階の客室で「泊り」等の売春をさせてい
た事実をもつて、同旅館を居住の場所として捉え、同所が被告人の「占有する」場
所である故をもつて、これに被告人の支配が及んでいるものとし、被告人の所為は、
売春防止法一二条の要件を充足するものとしているのである。すなわち、多数意見
は、売春婦らの溜り場所及び通常の売春の場所が被告人の占有し管理する場所であ
ることを理由として、いわゆる管理売春の成立を認めた原判決の判断を支持してい
るのであるが、本件の場合に、果して売春婦らをそこに居住させ、これを被告人の
支配関係のもとに置き、人身の自由に対する重大な侵害を加えたことになるかどう
か、頗る疑わしい。というのは、本件の売春婦らは、別に寝食の場所としてアパー
ト等の独自の居住場所をもつており、被告人は、これらの居住場所に対しては、何
らの支配を及ぼすことができず、記録によれば、電話連絡等によつて呼び出す等の
途さえ有しなかつたのみならず、A旅館の溜り場に赴くと否とは、売春婦らの自由
に委されていた事案であり、売春の場所についても、便宜、右旅館客室を利用する
のが通例であつたとはいえ、必ずしもこれを強制されることなく、相手を旅館外に
連れ出すことも、例外的にはないではなかつたものと認められるのであつて、この
ような事実を捉えて、売春婦らを被告人の占有管理する旅館に居住させたと解し得
るかどうかはかなり問題であり、また、一定の場所に居住させることによつて、売
春をさせることを業とする者の支配関係から売春婦らの脱出を困難ならしめ、もつ
て人身の自由に対する重大な侵害を加えたものといえるかどうかも、頗る問題であ
るからである。
 殊に本件のように、売春婦らが、別に自由な寝食の場所を有し、右旅館の溜り場
に来集するかどうかについても、何ら拘束されない場合についてまで、用語自体か
らいつても、当然強制の要素を伴うものとみるべき「居住させ」の要件に該当する
ものとするのは、売春防止法一二条の趣旨を不当に拡張的に解釈したことになるの
ではないかと思われる。
 売春防止法一二条の規定は、売春の形態が変りつつある現在の実情に照らし、必
ずしも適当な定めといえないであろう。しかし、だからといつて、同条の規定に何
ら改正を加えることなく、形態の異なつた対象について、安易に類推拡張的に解釈
適用しようとする態度には、到底賛成することができない。殊に、本件被告人のご
ときは、同法一一条二項にいう「売春を行う場所を提供することを業とした者」に
該当するものとして処罰する(この場合でさえ、七年以下の懲役及び三十万円以下
の罰金に処することができる。)ことによつて、売春防止法の目的を十分に達成す
ることができるのであつて、多数意見のように、強いて管理売春に関する同法一二
条の定めを拡張的に解釈し、ひいては罪刑法定主義違反の疑いを生ぜしめることは、
できるだけ避けなければならないと考えるのである。
 裁判官松本正雄の補足意見は、次のとおりである。
 原判決の認定するところによれば、被告人は、その経営にかかるA旅館において、
いわゆる売春宿を営んでいたものである。すなわち、七名の婦女を「通い」の売春
婦として雇い入れ、「同女らを、被告人が支配ないし監視するのに容易な場所であ
る右旅館に毎夕ほぼ定刻に出勤集合させて、何時にても遊客の求めに応じ得るよう
な態勢で翌朝三時頃まで、長時間に亘り、同旅館一階の溜り場に待機させ」ていた
ものであつて、しかも、売春婦らは、その溜り場に集合待機している間、被告人に
無断で外出することは許されなかつた。そして、記録によれば、右旅館の二階は、
四部屋(六畳間三、四畳半間一)であつて、被告人が遊客を右二階の何れかの部屋
に案内し、遊客より予め売春の対償として金を受取つていたことが認められる。ま
た、原判決の認定するところによれば、「遊客があれば、被告人において売春婦ら
にあてがい、同旅館の被告人の指示する客室で売春させたうえ、その対償の半額を
取得して」いたものであり、更にまた、右婦女らは、「右旅館二階の客室が満員の
ときなどには、被告人の指示により、附近の旅館等へ遊客と共に赴いて売春してい
た」ものである。
 右のような事実関係のもとにおいては、被告人の所為は、売春防止法一一条二項
の単なる「売春を行う場所を提供することを業とした」だけではなく、同法一二条
の管理売春に該当するものというべきてあり、これを同条に問擬した原判決の判断
は正当である。
 田中裁判官は反対意見を述べられて、「本件の場合に、果して売春婦をそこで居
住させ、これを被告人の支配関係のもとに置き、人身の自由に対する重大な侵害を
加えたことになるかどうか、頗る疑わしい。」とし、更に本件の如き場合に「居住
させの要件に該当するものとするのは、売春防止法一二条の趣旨を不当に拡張的に
解釈したことになるのではないかと思われる。」とされる。
 しかし、私は、同法一二条の「居住させ」ということは、ある場所を起臥寝食に
使用する場所として強要することをもつて、その要件とするものではないと解する
し、本件売春婦らが別にアパート等に住居があるからといつて、同法一二条の適用
を妨げるものではないと考える。本件の如く、被告人が、売春婦らを、契約に基づ
いて、毎夕ほぼ定刻にA旅館に出勤せしめ、無断外出は許さず、被告人が指定した
場所で、夕方から翌朝まで、殆ど毎日の生活の大部分を売春のために過ごさしめて
いる等前述の事実関係のもとにおいては、被告人の行為は、売春婦らをA旅館に居
住させたものと解しても、不当に拡張的に解釈したものとは思わない。また、被告
人が経営する旅館なるものは、その構造からいつても、施設からいつても、典型的
な売春宿とみるべきものであつて、被告人が経営者として、また使用者として、数
名の婦女を雇い入れて売春をなさしめ、その対償は、被告人が定めて、遊客から予
め自ら取得するというような状況の下においては、被告人の所為は売春婦らに対し
て、心理的にもまた行動の点においても、かなりの拘束を与えているものというべ
きであり、その間には、前記法条の要件とされる支配的な関係が存在するものと認
めざるをえない。従つて、かような場合には、被告人が婦女らに対して必ずしも居
住、売春を強要するという程度のことまでは認められないとしても、これに売春防
止法一二条を適用することは罪刑法定主義に反するものではないと解される。
 そもそも、いわゆる管理売春の態様は複雑多岐であり、下級審の多くの判決例に
みられるように、脱法的な方法も次第に巧妙になつてきているものと思われる。(
上告趣意の引用する判例も、本件とは、事案を異にする。)従つて、法を適用する
にあたつては、徒に観念論に走ることなく、各事案の実態を洞察して、実状に即し
た判断をすることが肝要である。私が、多数意見を支持した所以である。
  昭和四二年九月一九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎

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