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平成23年(ヨ)第22027号特許権仮処分命令申立事件
決定
大韓民国京畿道水原市<以下略>
債権者三星電子株式会社
代理人弁護士大野聖二
同三村量一
同田中昌利
同市橋智峰
同井上義隆
同小林英了
同井上聡
同逵本憲祐
同岡田紘明
代理人弁理士鈴木守
復代理人弁護士飯塚暁夫
補佐人弁理士大谷寛
東京都新宿区<以下略>
債務者アップルジャパン株式会社承継人
AppleJapan合同会社
代理人弁護士長沢幸男
同矢倉千栄
同片山英二
同北原潤一
同岡本尚美
同岩間智女
同梶並彰一郎
代理人弁理士加藤志麻子
復代理人弁護士永井秀人
同金子晋輔
同稲瀬雄一
同石原尚子
同蔵原慎一朗
復代理人弁理士大塚康徳
補佐人弁理士大塚康弘
同坂田恭弘
主文
1本件申立てをいずれも却下する。
2申立費用は債権者の負担とする。
3この決定に対する即時抗告のための付加期間を30日と定める。
理由
第1申立て
1債務者は,別紙物件目録1及び2記載の各製品を生産し,譲渡し,貸し渡
し,輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸渡しのた
めの展示を含む。)をしてはならない。
2債務者は,前項記載の各製品に対する占有を解いて,これらを執行官に引
き渡さなければならない。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,発明の名称を「移動通信システムにおける予め設定された長さイ
ンジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」とする特許
第4642898号の特許権(以下,この特許を「本件特許」,この特許権
を「本件特許権」という。)の特許権者である債権者が,債務者による別紙
物件目録1及び2記載の各製品(以下「本件各製品」という。)の輸入及び
販売が本件特許権の侵害に当たる旨主張して,本件特許権に基づく差止請求
権を被保全権利として,債務者に対し,本件各製品の生産,譲渡等の差止め
及び執行官保管を求めた仮処分命令申立事件である。
2争いのない事実等(疎明資料の摘示のない事実は,争いのない事実又は審
尋の全趣旨により認められる事実である。)
(1)当事者
ア債権者は,電子電気機械器具,通信機械器具及び関連機器とその部品
の製作,販売等を目的とする韓国法人である。
イ債務者は,パーソナル・コンピュータ,コンピュータ関連機器のハー
ドウェア及びソフトウェア,コンピュータに関連する付属機器の販売等
を目的とする合同会社である。
なお,債務者は,平成23年10月30日に,米国法人のアップルイ
ンコーポレイテッド(以下「アップル社」という。)の子会社であるア
ップルジャパン株式会社を吸収合併し,本件における同社の地位を承継
した(以下においては,上記吸収合併前のアップルジャパン株式会社に
ついても「債務者」という。)。
(2)債権者の特許権
ア債権者(特許登録原簿上の名称「サムスンエレクトロニクスカン
パニーリミテッド」)は,平成18年5月4日,本件特許に係る国際
特許出願(国際出願番号・PCT/KR2006/001699,優先
日・平成17年5月4日,優先権主張国・韓国,日本における出願番
号・特願2008-507565号。以下「本件出願」という。)を
し,平成22年12月10日,本件特許権の設定登録を受けた(甲1,
2)。
イ本件特許の特許請求の範囲は,請求項1ないし14から成り,その請
求項1及び8の記載は,次のとおりである(以下,請求項8に係る発明
を「本件発明1」,請求項1に係る発明を「本件発明2」といい,本件
発明1及び2を併せて「本件各発明」という。)。
「【請求項1】移動通信システムにおけるデータを送信する方法であ
って,上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記
SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否か
を判定する段階と,前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,ヘ
ッダーとデータフィールドを含む前記PDUを構成する段階と,ここ
で,前記ヘッダーは,一連番号(SN)フィールドと,前記PDUが
分割,連結,またはパディングなしに前記データフィールドに前記S
DUを完全に含むことを指示する1ビットフィールドと,を含み,前
記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記SDUを伝送可能
なPDUのサイズにより複数のセグメントに分割し,各PDUのデー
タフィールドが前記複数のセグメントのうち一つのセグメントを含む
複数のPDUを構成する段階と,ここで,前記各PDUのヘッダー
は,SNフィールド,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フ
ィールドが存在することを示す1ビットフィールド,そして前記少な
くとも一つのLIフィールドを含み,前記PDUの前記データフィー
ルドが前記SDUの中間セグメントを含むと,前記LIフィールドは
前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントで
もない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定さ
れ,前記PDUを受信器に伝送する段階と,を有することを特徴とす
るデータ送信方法。」
「【請求項8】移動通信システムにおけるデータを送信する装置であ
って,上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記
SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否か
を判定し,前記SDUを伝送可能なPDUサイズによって少なくとも
一つのセグメントに再構成するための伝送バッファと,一連番号(S
N)フィールドと1ビットフィールドをヘッダーに含み,前記少なく
とも一つのセグメントをデータフィールド内に含む少なくとも一つの
PDUを構成するヘッダー挿入部と,前記SDUが一つのPDUに含
まれる場合に,前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記デー
タフィールドに前記SDUを完全に含むことを示すように前記1ビッ
トフィールドを設定し,前記PDUの前記データフィールドが前記S
DUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケー
タ(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィ
ールドを設定する1ビットフィールド設定部と,前記SDUが一つの
PDUに含まれない場合に,前記少なくとも一つのPDUの前記1ビ
ットフィールド以後にLIフィールドを挿入し,設定するLI挿入部
と,ここで,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間
セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SD
Uの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメント
を含むことを示す予め定められた値に設定され,前記LI挿入部から
受信される少なくとも一つのPDUを受信部に伝送する送信部と,を
含むことを特徴をするデータ送信装置。」
ウ本件各発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成
要件を「構成要件A」,「構成要件B」などという。)。
(ア)本件発明1(請求項8)
A移動通信システムにおけるデータを送信する装置であって,
B上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記S
DUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否か
を判定し,前記SDUを伝送可能なPDUサイズによって少なくと
も一つのセグメントに再構成するための伝送バッファと,
C一連番号(SN)フィールドと1ビットフィールドをヘッダーに
含み,前記少なくとも一つのセグメントをデータフィールド内に含
む少なくとも一つのPDUを構成するヘッダー挿入部と,
D前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分
割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを
完全に含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定し,前
記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを
含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールド
が存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定する1
ビットフィールド設定部と,
E前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記少なくとも
一つのPDUの前記1ビットフィールド以後にLIフィールドを挿
入し,設定するLI挿入部と,
Fここで,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間
セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記S
DUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメ
ントを含むことを示す予め定められた値に設定され,
G前記LI挿入部から受信される少なくとも一つのPDUを受信部
に伝送する送信部と,
Hを含むことを特徴をするデータ送信装置。
(イ)本件発明2(請求項1)
I移動通信システムにおけるデータを送信する方法であって,
J上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記S
DUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否か
を判定する段階と,
K前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,ヘッダーとデータ
フィールドを含む前記PDUを構成する段階と,ここで,前記ヘッ
ダーは,一連番号(SN)フィールドと,前記PDUが分割,連
結,またはパディングなしに前記データフィールドに前記SDUを
完全に含むことを指示する1ビットフィールドと,を含み,
L前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記SDUを伝
送可能なPDUのサイズにより複数のセグメントに分割し,各PD
Uのデータフィールドが前記複数のセグメントのうち一つのセグメ
ントを含む複数のPDUを構成する段階と,ここで,前記各PDU
のヘッダーは,SNフィールド,少なくとも一つの長さインジケー
タ(LI)フィールドが存在することを示す1ビットフィールド,
そして前記少なくとも一つのLIフィールドを含み,
M前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメン
トを含むと,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初
のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含む
ことを示す予め定められた値に設定され,
N前記PDUを受信器に伝送する段階と,
Oを有することを特徴とするデータ送信方法。
(3)債務者の行為等
ア債務者は,アップル社が製造した本件各製品を輸入し,販売してい
る。
イ(ア)本件各製品は,本件発明1の構成要件A及びHを充足する。
(イ)本件各製品におけるデータ送信方法は,本件発明2の構成要件I
及びOを充足する。
ウ本件各製品は,第3世代移動通信システムないし第3世代携帯電話シ
ステム(3G)(ThirdGeneration)の普及促進と付随する仕様の世界
標準化を目的とする民間団体である3GPP(ThirdGeneration
PartnershipProject)が策定した通信規格であるUMTS規格
(UniversalMobileTelecommunicationsSystem)に準拠した製品であ
る(甲3ないし6,11。以下,3GPPが定める通信規格を「3GP
P規格」という。)。
UMTS規格は,日本では,W-CDMA方式(広帯域符号分割多元
接続方式)と称されている。
(4)本件特許に関するFRAND宣言
ア3GPPを結成した標準化団体の一つであるETSI(European
TelecommunicationsStandardsInstitute)(欧州電気通信標準化機
構)は,知的財産権(IPR)の取扱いに関する方針として「IPRポ
リシー」(IntellectualPropertyRightsPolicy)を定めている。
IPRポリシーには,次のような規定がある(乙12。原文英語)。
「3方針の目的
3.1ETSIは,総会が提議した,ヨーロッパの通信セクターの
技術的な目的に最も資する解決策に基づく規格および技術仕様
を作成することを目的としている。この目的を推進するため,
ETSIのIPRについての方針は,ETSIおよび会員,E
TSI規格および技術仕様を適用するその他の,規格の準備お
よび採用,適用への投資が,規格または技術仕様についての必
須IPRを使用できない結果無駄になる可能性があるというリ
スクを軽減するためのものである。この目的を達成するに当た
り,ETSIのIPRについての方針では,通信分野での一般
利用の標準化の必要性と,IPRの所有者の権利との間のバラ
ンスを取ることが求められる。
3.2IPRの所有者は,ETSIの会員またはその関連会社,第
三者であるかによらず,規格および技術仕様の実装で,IPR
の使用につき適切かつ公平に扱われるものとする。」
「4IPRの開示
4.1…各会員は,自らが参加する規格または技術仕様の開発の間
は特に,ETSIに必須IPRについて適時に知らせるため合
理的に取り組むものとする。特に,規格または技術仕様の技術
提案を行う会員は,善意をもって,提案が採択された場合に必
須となる可能性のあるその会員のIPRについてETSIの注
意を喚起するものとする。
4.3上記の第4.1項に従っての義務は,ETSIにこの特許フ
ァミリーの構成要素について適時に知らされた場合には,すべ
ての既存および将来のその特許ファミリーの構成要素につき満
たされたとみなされる。…」
「6ライセンスの可用性
6.1特定の規格または技術仕様に関連する必須IPRがETSI
に知らされた場合,ETSIの事務局長は,少なくとも以下の
範囲で,当該のIPRにおける取消不能なライセンス
(irrevocablelicences)を公正,合理的かつ非差別的な条件
(fair,reasonableandnon-discriminatorytermsand
conditions)で許諾する用意があることを書面で取消不能な形
で3か月以内に保証することを,所有者にただちに求めるもの
とする。
・製造で使用するべく,ライセンシー自身の設計で,カスタマ
イズした部品およびサブシステムを製造または過去から引き
続き製造する権利を含む,製造。
・上記で製造した機器の販売または賃貸,処分。
・機器の修理または使用,動作,および
・方法の使用。
上記の保証は,ライセンスの相互供与に同意することを求める
という条件に従い行われる場合がある。…
6.2特許ファミリーの指定された構成要素に関する,第6.1項
に従っての保証は,保証が行われた時点で指定したIPRを除
外する旨を明示する書面がある場合を除き,その特許ファミリ
ーのすべての既存および将来の必須IPRに適用されるものと
する。当該の除外の範囲は,明示的に指定されたIPRに限定
されるものとする。
6.3要請されたIPRの所有者の保証が許諾されない場合,委員
会の委員長は,適切な場合,ETSI事務局と協議の上,問題
が解決するまで,委員会が規格または技術仕様についての作業
を停止すべきかどうかについて判断し,および/または関連の
規格または技術仕様の承認を行うものとする。」
「12このポリシーは,フランス法に準拠する。」
「15定義
6IPRに適用される「必須」とは,(商業的ではなく)技術的な
理由で,標準化の時点で一般に利用可能な通常の技術慣行および最
新技術を考慮し,IPRに抵触せずに規格に準拠する機器または方
法を製造または販売,賃貸,処分,修理,使用または動作できない
ことを意味する。疑義を回避するため,規格が技術的な解決策での
み実行可能で,すべてがIPRに抵触する例外的な場合で,当該の
すべてのIPRは必須とみなされるものとする。
7「IPR」とは,商標以外の知的財産権の適用を含む,法律によ
り参照された知的財産権を意味するものとする。疑義を回避するた
め,体裁に関連する権利または機密情報,企業秘密,同様のもの
は,IPRの定義から除外される。
9「会員」とは,ETSIの会員または賛助会員を意味するものと
する。会員の参照は,文脈が許す場合には常に,その会員およびそ
の関連会社と解釈されるものとする。
13「特許ファミリー」とは,優先順位の高い文書それ自体を含
む,一般に1つ以上の優先順位のあるすべての文書を意味するもの
とする。疑義を回避するため,「文書」は特許および実用新案,そ
の応用を表す。」
イ(ア)ETSIの会員である債権者は,1998年(平成10年)12
月14日,ETSIに対し,UMTS規格としてETSIが推進して
いるW-CDMA技術に関し,債権者の保有する必須IPRライセン
スを,ETSIのIPRポリシー6.1項に従って,「公正,合理的
かつ非差別的な条件」(fair,reasonableandnon-discriminatory
termsandconditions)(以下「FRAND条件」という。)で許諾
する用意がある旨の誓約(宣言)をした(乙5)。
(イ)債権者は,2007年(平成19年)8月7日,ETSIに対
し,ETSIのIPRポリシー4.1項に従って,本件出願の優先権
主張の基礎となる韓国出願の出願番号,本件出願の国際出願番号(P
CT/KR2006/001699)等に係るIPRが,UMTS規
格(TS25.322等)に関連して必須IPRであるか,又はそ
うなる可能性が高い旨を知らせるとともに,ETSIのIPRポリシ
ー6.1項に準拠する条件(FRAND条件)で,取消不能なライセ
ンスを許諾する用意がある旨の宣言(以下「本件FRAND宣言」と
いう。)をした(乙13)。
3当事者の主張
債権者及び債務者の各主張書面に記載されたとおりであるから,これを引
用する。
第3当裁判所の判断
1本件各製品についての本件発明1の技術的範囲の属否について
(1)本件各製品の構成について
ア本件各製品の本件技術仕様書V6.9.0の準拠の有無
債務者は,本件発明1が3GPP規格の本件技術仕様書V6.9.0
記載の「代替的Eビット解釈」(AlternativeE-bit解釈)を具現化した
ものであり,同技術仕様書に準拠した本件各製品は,本件発明1の技術
的範囲に属する旨主張する。
そこで,まず,本件各製品が本件技術仕様書V6.9.0に準拠した
製品といえるかどうかについて判断する。
(ア)代替的Eビット解釈
本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項,9.2.2.8
項及び9.2.2.8.1項(別紙1参照)には,①伝送モードが非
確認モードのPDU(UMDPDU)の最初のオクテットに含まれ
るEビット(拡張ビット)について,「通常Eビット解釈」又は「代
替的Eビット解釈」が上位レイヤーのコンフィギュレーションに応じ
て選択的に適用されること,②「代替的Eビット解釈」の下では,最
初のオクテットに含まれるEビットが「0」の場合は,「次のフィー
ルドは,分割,連結,パディングされていない完全なSDU」である
ことを,「1」の場合は,「次のフィールドは,長さインジケータと
Eビット」であることを示すこと,③「長さインジケータ」は,最初
のオクテットに含まれるEビットが「分割,連結,パディングされて
いない完全なSDU」であることを示していなければ,PDUの中の
それぞれのSDU(RLCSDU)が終わる最後のオクテットを示
すものとして用いられること,④「代替的Eビット解釈」が設定さ
れ,かつ,PDU(RLCPDU)がSDUのセグメントを含む
が,SDUの最初のオクテットも最後のオクテットも含まない場合に
は,「長さインジケータ」は,「1111110」の値を持つ7ビ
ットの長さインジケータ又は「11111111111111
0」の値を持つ15ビットの長さインジケータが用いられることが記
載されている。
(イ)本件実機テスト
a疎明資料(甲21,22,49)及び審尋の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
(a)カナダ法人のチップワークス社が本件各製品について,「基
地局エミュレータ」として,CMW500を用いたテスト(本件
実機テスト)を行った。
CMW500は,W-CDMA方式に対応している。
(b)本件実機テストのテスト1は,「PDUサイズ:488ビッ
ト,SDUサイズ:480ビット」の設定で,「PDUが分割,
連結,パディングされていない完全なSDUを含む場合」のテス
トであり,テスト2は,「PDUサイズ:80ビット,SDUサ
イズ:480ビット」の設定で,最初と最後を除いた「中間セグ
メント」としてのPDU(例えば,2番目のPDU)をモニタす
るテストである。
(c)本件実機テストの結果は,次のとおりである。
①テスト1の場合には,一連番号(SN)に続くEビットが
「0」となり,長さインジケータを含まないPDUが出力され
ている(甲21の図12,14)。
②テスト2の場合には,一連番号(SN)に続くEビットが
「1」となり,長さインジケータとして所定値(111111
0)を含むPDUが出力されている(甲21の図13,1
5)。
b前記aの本件実機テストの結果が示すEビットの値及び長さイン
ジケータの値は,前記(ア)の代替的Eビット解釈を採用した場合の
値と整合しており(テスト1は前記(ア)②及び③と,テスト2は前
記(ア)②及び④とそれぞれ整合する。),本件各製品は,代替的E
ビット解釈の機能を実装していることが認められる。
cこれに対し債権者は,本件実機テストの結果の
「Interpretation」の欄に「次のオクテット:データ(「next
octet:data」)」と表示されており,「分割,連結,パディングさ
れていない完全なSDU」と表示されていないから,本件実機テス
トでは,代替的Eビット解釈ではなく,通常Eビット解釈が用いら
れているなどと主張する。
しかしながら,代替的Eビット解釈において,Eビットに「0」
が設定される場合,次のフィールドのビット列が「分割,連結,パ
ディングされていない完全なSDU」を構成するSDUの「デー
タ」を示すものであることからすると,「Interpretation」の欄に
「次のオクテット:データ(「nextoctet:data」)」と表示され
ていることは本件実機テストにおいて代替的Eビット解釈が使用さ
れていることと相反するものではない。
したがって,債権者の上記主張は理由がない。
イ小括
以上によれば,本件各製品は,本件技術仕様書V6.9.0に準拠し
た製品であり,代替的Eビット解釈に基づく機能を実施する構成を備え
ていることが認められる。
(2)本件発明1の技術的意義
ア明細書の記載事項
本件発明1の特許請求の範囲(請求項8)の文言と本件特許に係る明
細書(以下,図面を含めて,「本件明細書」という。甲2)の「発明の
詳細な説明」の記載事項を総合すれば,本件明細書には,①パケットサ
ービスを支援する移動通信システム(無線データパケット通信システ
ム)において,音声コーデックから発生した音声フレームをインターネ
ットプロトコルを用いて音声パケットの形態で伝送する通信技術である
VoIPを提供するに当たって,従来技術によるVoIP通信方式でR
LCフレーミング方式(上位階層から受信されたRLCSDUを無線
チャンネルを通じて伝送するために適合したサイズに処理する動作)を
使用する場合,大部分のRLCSDUが,分割又は連結せず,一つの
RLCSDUは一つのRLCPDUで構成されるにもかかわらず,
既存のRLCフレーミング動作では,少なくともRLCSDUの開始
を示すLI(長さインジケータ)フィールドとその終了を示すLIフィ
ールドが常に要求されるといったように,不必要なLIフィールドが挿
入され,それによって限定された無線リソースが非効率的に使用される
という問題点が発生すること,②本件発明1の目的は,従来技術による
上記問題点を解決するために,RLCPDU(無線リンク制御階層の
プロトコルデータユニット)のヘッダーサイズを減少させて無線リソー
スを効率的に使用する装置を提供することにあること,③本件発明1
は,上記目的を達成するための手段として,「一つの完全なRLCSD
Uを分割/連結/パディングせずに,一つのRLCPDUにフレーミング
が可能である場合」に,そのことをRLCPDUのデータフィールドに
1ビット情報で示す構成(構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに
含まれる場合に,前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記デー
タフィールドに前記SDUを完全に含むことを示すように前記1ビット
フィールドを設定」の構成)を採用することによって,そのRLCS
DUの分割/連結/パディングを示すための追加情報の挿入(「LIフィ
ールド」の使用)を不要とし,RLCPDUが「RLCSDUの開始
や終了が含まれない,RLCSDUの中間セグメントのみ」を含む場合
に,そのことを予め定められたLIの新たな値に設定されたLIフィー
ルドで示す構成(構成要件Dの「前記PDUの前記データフィールドが
前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジ
ケータ(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフ
ィールドを設定する1ビットフィールド設定部」の構成及び構成要件F
の「前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメント
でも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定
められた値に設定」される構成)を採用することによって,RLCS
DUの分割動作を可能とし,これによりヘッダーサイズを減少させて無
線リソースを効率的に使用する効果を奏することが開示されているもの
と認められる。
イ本件発明1と代替的Eビット解釈との関係
(ア)本件発明1の構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含まれ
る場合に,前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフ
ィールドに前記SDUを完全に含むことを示すように前記1ビットフ
ィールドを設定」の構成及びその効果(前記ア③)は,代替的Eビッ
ト解釈において,最初のオクテットに含まれるEビットが「0」の場
合は,「次のフィールドは,分割,連結,パディングされていない完
全なSDU」であることを示し,長さインジケータが用いられないこ
と(前記(1)ア(ア)②及び③)を規定し,また,構成要件Dの「前記P
DUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場
合,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在す
ることを示すように前記1ビットフィールドを設定する1ビットフィ
ールド設定部」の構成及び構成要件Fの「前記LIフィールドは前記
PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもな
い中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定」される
構成は,代替的Eビット解釈において,PDU(RLCPDU)が
SDUのセグメントを含むが,SDUの最初のオクテットも最後のオ
クテットも含まない場合には,「長さインジケータ」は,「111
1110」の値を持つ7ビットの長さインジケータ又は「1111
11111111110」の値を持つ15ビットの長さインジケ
ータが用いられること(前記(1)ア(ア)④)を規定したものであると認
められる。
したがって,本件発明1は,代替的Eビット解釈を具現化した発明
であるというべきである。
(イ)aこれに対し債務者は,本件発明1の構成要件Bの「前記SDU
が一つのPDUに含まれるか否かを判定」とは,「SDUが一つの
PDUに完全に含まれるかどうか(一致するかどうか)」を判定す
ることを意味するのに対し,本件技術仕様書V6.9.0の4.
2.1.2.1項の「RLCSDUがUMDPDUの利用可能な
スペースの長さより大きい場合」に「RLCSDUを適当なサイ
ズのUMDPDUに分割する。」との記載は,4.2.1.2.1
項記載の判定方式が,SDUの分割が必要か否かを決定することを
目的とし,SDUがPDUの利用可能な領域よりも大きいか否か
(SDUとPDUの大小関係)を判定する方式を意味するものであ
り,SDUが一つのPDUに完全に含まれる(一致する)か否かを
判定する方式とは異なるものであるから,本件技術仕様書V6.
9.0には,構成要件Bの開示がない旨主張する。
しかしながら,本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項
には,「代替的Eビット解釈」の下において,最初のオクテットに
含まれるEビットが「0」の場合は,「次のフィールドは,分割,
連結,パディングされていない完全なSDU」であることを,
「1」の場合は,「次のフィールドは,長さインジケータとEビッ
ト」であることを示すこと(前記1(1)ア(ア)②)が記載されてお
り,上記記載は,SDUがPDUに完全に含まれる(一致する)か
否か(「分割,連結,パディングされていない完全なSDU」か否
か)の判定を行うことを前提に,その判定結果に従ってEビットを
上記のように設定することを規定するものといえるから,構成要件
Bの「SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれ
るか否か」を「判定」する構成を開示するものというべきである。
したがって,債務者の上記主張は理由がない。
bまた,債務者は,構成要件Dにいう「前記SDUが一つのPDU
に含まれる場合」とは,①パディングが生じている場合,②連結が
生じている場合,③分割,連結及びパディングのいずれも生じてい
ない場合を全て対象とするものであるから,構成要件Dを充足する
というためには,上記①又は②の場合であっても,「PDUが分
割,連結又はパディングなしにSDUを完全に含むことを示すよう
に1ビットフィールドが設定」されなければならないのに対し,本
件技術仕様書V6.9.0記載の代替的Eビット解釈においては,
上記③の場合にのみ,PDUが完全なSDUを含むことを示すよう
に1ビットフィールドが設定されるのであるから,構成要件Dの構
成は,本件技術仕様書V6.9.0記載の代替的Eビット解釈とは
異なる旨主張する。
しかしながら,構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含ま
れる場合に,前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記デー
タフィールドに前記SDUを完全に含むことを示すように前記1ビ
ットフィールドを設定」との文言,本件明細書の段落【0022】
及び図5Aによれば,構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに
含まれる場合」とは,「前記PDUが分割,連結,パディングなし
に前記データフィールドに前記SDUを完全に含む」場合(上記③
の場合)のみを意味し,SDUが連結されてPDUに格納されてい
る場合やSDUがパディングとともにPDUに格納されている場合
は,これに含まれないと解すべきであるから,債務者の主張は,そ
の前提を欠くものとして,採用することができない。
(3)本件各製品についての本件発明1の技術的範囲の属否について
ア本件各製品が本件発明1の構成要件A及びHを充足することは,前記
争いのない事実等(3)イ(ア)のとおりである。
そして,本件各製品が,本件技術仕様書V6.9.0に準拠した製品
であり,代替的Eビット解釈に基づく機能を実施する構成を備えている
こと(前記(1)イ),本件発明1が代替的Eビット解釈を具現化した発明
であること(前記(2)イ(ア))によれば,本件各製品は,本件発明1の構
成要件BないしGを充足するものと認められる。
以上によれば,本件各製品は,本件発明1の構成要件を全て充足する
から,その技術的範囲に属する。
イ(ア)これに対し債務者は,本件技術仕様書V6.9.0に構成要件B
及びDの開示がないことを理由に,本件各製品が構成要件B及びDを
充足しない旨主張する。
しかしながら,前記(2)イ(イ)で述べたとおり,債務者の主張は,そ
の前提を欠くものであるから,理由がない。
(イ)また,債務者は,本件各製品が本件発明1の技術的範囲に属する
というためには,本件各製品が本件発明1の構成要件に記載された全
ての機能を現実のネットワーク上で実行していることを立証する必要
があるが,代替的Eビット解釈は,通常Eビット解釈のオプション的
なものであり,通信事業者が代替的Eビット解釈を使用するようにネ
ットワークを設定していることについての立証がないから,本件各製
品が本件発明1の技術的範囲に属さない旨主張する。
しかしながら,本件各製品は,本件発明1の構成要件を全て充足
し,代替的Eビット解釈を実施する構成を備えている以上,本件発明
1の技術的範囲に属するものと認められ,現実のネットワーク上で通
信事業者が代替的Eビット解釈を使用するようにネットワークを設定
しているかどうかは本件発明1の技術的範囲の属否に影響を及ぼすも
のではないというべきである。
したがって,債務者の上記主張は採用することができない。
(4)まとめ
以上によれば,本件各製品は,本件発明1の技術的範囲に属する。
そして,本件発明2は,本件発明1の送信装置におけるデータの送信方
法の発明であり,両発明の構成は共通すること(争いがない。)によれ
ば,本件各製品におけるデータ送信方法の構成は,本件発明2の技術的範
囲に属するものと認められる。
2権利濫用の成否について
次に,本件事案の内容等に鑑み,債権者による本件各製品についての本件
特許権に基づく差止請求権の行使が権利の濫用に当たる旨の債務者の抗弁の
成否について判断することとする。
(1)前提事実
前記争いのない事実と本件疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すれば,以
下の事実が認められる。
アETSIのIPRポリシー
(ア)第2世代移動通信システム(2G)は,欧州外においては国ごと
に規格が異なるばかりか,一つの国の中ですら規格が異なっており,
普遍的な運用互換性がなかった。また,米国,日本,欧州は,それぞ
れ互換性のない規格に従ったシステムを運用していた。そのような状
況の中,従来の音声サービスだけでなく,データサービス及びマルチ
メディアサービスを提供する第3世代移動通信システム(3G)の普
及促進と付随する仕様の標準化を目的として,ETSI(欧州電気通
信標準化機構)などの世界の標準化団体が結集し,1998年(平成
10年)に3GPPという名称の標準化団体を結成した。
(イ)ETSIは,知的財産権(IPR)の取扱いに関する方針とし
て,IPRポリシーを定めている。
一般に,技術の標準化を進めることによって,製品間の互換性を確
保し,製造・調達のコストを削減し,また,研究開発の効率化や他社
との提携機会の拡大等の効果が見込まれ,さらには,エンドユーザー
にとっても,製品・サービスの利便性の向上,製品価格やサービス料
金の低減につながるといった意義があると考えられるが,他方で,企
業は,知的財産権に基づいて技術の実施を独占することで,競合他社
による当該技術の実施を禁止し,自社の売上げの増加を図っていると
ころ,ある特定の知的財産権が標準化された技術の規格に必須とされ
た場合,当該知的財産権を保有する企業が,その標準規格を使用して
製品化を図る他の企業に対し,当該知的財産権の実施を禁止すると脅
しつつ,法外な実施料やその他の理不尽なライセンス条件を要求し
て,これに強制的に同意させるという状況が策出されるおそれがあ
り,また,他の企業は,当該知的財産権の実施許諾を得られない結
果,既に標準規格の適用のために行った投資(開発投資・設備投資)
が無駄になるおそれがあり,ひいては,技術の標準化による普及が著
しく阻害される可能性があることを踏まえて,通信分野における技術
の標準化の必要性と知的財産権の保有者の権利との間のバランスをと
ることが要請されている。
ETSIのIPRポリシーは,このような要請に応えることを目的
とするものである(3.1項の「方針の目的」参照)。
(ウ)ETSIのIPRポリシーには,次のような規定がある。
aIPRポリシー4.1項は,各会員は,自らが参加する規格技術
仕様の開発の間は特に,ETSIに必須IPRについて適時に知ら
せるため合理的に取り組むものとし,特に,規格又は技術仕様の技
術提案を行う会員は,善意をもって,提案が採択された場合に必須
となる可能性のあるその会員のIPRについてETSIの注意を喚
起する旨を規定し,4.3項は,4.1項の義務は,ETSIにこ
の特許ファミリーの構成要素について適時に知らされた場合には,
全ての既存及び将来のその特許ファミリーの構成要素につき満たさ
れたとみなされる旨を規定する。
bIPRポリシー6.1項は,特定の規格又は技術仕様に関連する
必須IPRがETSIに知らされた場合,ETSIの事務局長は,
少なくとも製造(製造で使用するべく,ライセンシー自身の設計
で,カスタマイズした部品及びサブシステムを製造又は過去から引
き続き製造する権利を含む。),製造した機器の販売,賃貸,処
分,修理又は使用,動作及び方法の使用の範囲で,当該IPRにお
ける取消不能なライセンスを「公正,合理的かつ非差別的な条件」
(FRAND条件)で許諾する用意があることを書面で取消不能な
形で3か月以内に保証することを,当該IPRの所有者に直ちに求
めるものとする旨,上記保証は,ライセンスの相互供与に同意する
ことを求めるという条件に従い行われる場合がある旨を規定し,
6.2項は,6.1項の保証は,保証が行われた時点で指定したI
PRを除外する旨を明示する書面がある場合を除き,その特許ファ
ミリーの全ての既存及び将来の必須IPRに適用されるものとする
旨を規定し,6.3項は,要請されたIPRの所有者の保証が許諾
されない場合,委員会の委員長は,適切な場合,ETSI事務局と
協議の上,問題が解決するまで,委員会が規格又は技術仕様につい
ての作業を停止すべきかどうかについて判断し,「および/また
は」関連の規格または技術仕様の承認を行う旨を規定する。
cIPRポリシー15項6は,IPRに適用される「必須」とは,
(商業的ではなく)技術的な理由で,標準化の時点で一般に利用可
能な通常の技術慣行および最新技術を考慮し,IPRに抵触せずに
規格に準拠する機器又は方法を製造又は販売,賃貸,処分,修理,
使用または動作できないことを意味する旨を規定する。
dIPRポリシー12項は,IPRポリシーはフランス法に準拠す
る旨を規定する。
(エ)IPRポリシーを補足する「IPRについてのETSIの指針」
には,次のような規定がある。
aIPRについてのETSIの指針1.1項は,「本指針の主な特
徴は,次のように簡略化できる」と規定する。
「・会員は,ライセンスの許諾を拒否する権利を含む,自らが保有
するIPRを保持しその利益を得る権利を完全に有する。
・ETSIは,ETSIの技術的な目的に最も資する解決策に基
づく規格および技術仕様を作成することを目的としている。
・この目的を達成するに当たり,ETSIのIPRについての方
針では,通信分野での一般利用の標準化の必要性と,IPRの
所有者の権利との間のバランスを取ることが求められる。
・IPRについての方針は,規格の準備および採用,適用への投
資が,規格または技術仕様についての必須IPRを使用できな
い結果無駄になる可能性があるというリスクを軽減するための
ものである。
・よって,規格作成過程の可能な限り早期に,必須IPRの存在
を知っていることが,特にライセンスが公正,合理的かつ非差
別的な(FRAND)条件を利用できない場合に必要であ
る。」
bIPRについてのETSIの指針1.4項は,ETSIのIPR
についての方針は,機関としてのETSI及びその会員,事務局の
権利及び義務を定義するものであり,ETSIの非会員にも,方針
の下で特定の権利はあるが,法的な義務は有さない旨を規定し,同
項に掲げる「表」中には,次のような記載がある。
「会員の権利」
「・自らのIPRを規格に含めることを拒否すること(8.1項及
び8.2項)。
・規格に関し,公正,合理的かつ非差別的な条件でライセンスが
許諾されること(6.1項)。」
「会員の義務」
「・ETSIに,自らのIPR及び他者の必須IPRについて知ら
せる(4.1項)。
・必須IPRの所有者は,公正,合理的かつ非差別的な条件でラ
イセンスを許諾することを保証することが求められる(6.1
項)。」
「第三者の権利」
「・第三者には,必須IPRの所有者として,又はETSI規格若
しくは文書のユーザーとして,ETSIのIPRについての方
針の下で,次の特定の権利を有する。
○少なくとも製造及び販売,賃貸,修理,使用,動作するた
め,規格に関し,公正,合理的かつ非差別的な条件でライセ
ンスが許諾されること(6.1項)。」
イ本件FRAND宣言に至るまでの経緯
(ア)ETSIの会員である債権者は,1998年(平成10年)12
月14日,ETSIに対し,UMTS規格としてETSIが推進して
いるW-CDMA技術に関し,債権者の保有する必須IPRライセン
スを,ETSIのIPRポリシー6.1項に従って,「公正,合理的
かつ非差別的な条件」(FRAND条件)で許諾する用意がある旨の
宣言をした。
(イ)債権者は,2005年(平成17年)5月4日,韓国において,
本件出願の優先権主張の基礎となる特許出願(優先権主張番号10-
2005-0037774)をした。
(ウ)債権者は,2005年(平成17年)5月9日から13日にかけ
て,3GPPのワーキンググループに対し,その当時の規格を記載し
た本件技術仕様書V6.3.0について,「RLCUMでの動作時
に任意で使用される「代替的Eビット解釈」の導入」及び「RLC
PDUがRLCSDUの最初のオクテットでも最後のオクテットで
もない場合に「長さインジケータ」に設定する新たな所定値の導入」
を要請する旨の変更リクエストを提出した。
その後,上記変更リクエストが採用され,同年6月に発行された3
GPP規格の本件技術仕様書V6.4.0の「拡張ビット(Eビッ
ト)」の項(9.2.2.5項)において,従来からある通常Eビッ
ト解釈のオプション規格としての代替的Eビット解釈(非確認モード
(UM)でデータを伝送する場合に,シーケンス番号(SN)に続く
Eビットについて,上位レイヤーのコンフィギュレーションが代替的
Eビット解釈を使用することを選択した場合にのみ使用される規格)
が記載され,代替的Eビット解釈は,標準規格の一つとされた。
(エ)債権者は,平成18年5月4日,本件出願をした。その後,債権
者は,平成22年12月10日,本件特許権の設定登録を受けた。
(オ)債権者は,2007年(平成19年)8月7日,ETSIに対
し,「IPRの情報についての声明及びライセンスの宣言」と題する
書面を提出することにより,ETSIのIPRポリシー4.1項に従
って,本件出願の優先権主張の基礎となる韓国出願の出願番号,本件
出願の国際出願番号(PCT/KR2006/001699)等に係
るIPRが,UMTS規格(TS25.322等)に関連した必須
IPRであるか,又はそうなる可能性が高い旨を知らせるとともに,
そのIPRが引き続き必須である範囲で,規格に関し,IPRポリシ
ー6.1項に準拠する条件(FRAND条件)で,取消不能なライセ
ンスを許諾する用意がある旨の宣言(本件FRAND宣言)をした。
上記書面には,この保証は,ライセンスを求める者がIPRポリシ
ー6.1項に従い,規格に関し,相互にライセンスを供与することの
条件に従い行われる旨,本件FRANDの構成,有効性及び実行は,
フランス法に準拠する旨の記載がある。
ウ本件FRAND宣言後の経緯等
(ア)アップル社は,2011年(平成23年)4月,米国において,
債権者に対し,債権者が「iPhone」及び「iPad」に関する
アップル社の知的財産権を侵害したと主張して侵害訴訟を提起した。
なお,アップル社主張の知的財産権は,標準規格に必須とされるも
のではない。
(イ)前記(ア)のアップル社による米国での訴訟提起の後,債権者は,
平成23年4月21日,本件申立てをした。
(ウ)aアップル社は,2011年(平成23年)4月29日付け書簡
で,債権者に対し,●(省略)●等を明らかにするよう要請した。
b債権者は,2011年(平成23年)5月13日付け書簡で,ア
ップル社に対し,アップル社が求めるライセンスの条件(対象特許
の特定,期間,アップル社が保有する必須特許のクロスライセンス
の可能性等)を明らかにすること及び今後の交渉について双方機密
扱いで行うよう要請し,さらに,同年6月3日付け書簡で,債権者
は,FRAND条件でアップル社にライセンスを提供する用意があ
るが,当該ライセンスの条件を規定する前に,機密保持契約を締結
することを求める旨を述べた。
アップル社は,同月22日付け書簡で,債権者に対し,●(省
略)●旨を述べた。
これらの経緯を踏まえて,アップル社と債権者は,同年7月20
日付けで秘密保持契約(以下「アップル社と債権者間の秘密保持契
約」という。)を締結した。
(エ)債権者は,2011年(平成23年)7月25日付け書簡で,ア
ップル社に対し,FRAND条件に従って,UMTS規格に必須の債
権者の保有する特許(出願中のものを含む。)の全世界的かつ非独占
的なライセンスを,関連する「●(省略)●%の料率」でライセンス
供与する用意ができていることを提示(以下「債権者の本件ライセン
ス提示」という。)し,●(省略)●旨を伝えた。
これに対し,アップル社は,同年8月18日付け書簡で,債権者に
対し,●(省略)●との意見を述べるとともに,債権者の本件ライセ
ンス提示がFRAND条件に従ったものとアップル社において判断す
ることができるようにするために,アップル社と債権者間の秘密保持
契約に基づいて,債権者がアップル社に支払うことを求めるロイヤル
ティ料率を他社も支払っているかの確認を含む情報,債権者と他社と
の間の必須特許のライセンス契約に関する情報を開示するよう要請し
た。
アップル社の上記意見は,①UMTS規格に不可欠とされる特許の
あらゆる所有者が全体として要求できるロイヤルティ料率の合計には
上限があると考えられており,債権者も別の訴訟において,そのよう
なロイヤルティ料率の合計が「約5%」であるべきだと主張している
ところ,全世界においてUMTS規格に不可欠と宣言された1889
の特許ファミリーのうち,債権者が保有しているものがその5.5%
に当たる103にすぎないこと(2009年に「FairfieldResources
International」が実施した調査結果)に鑑みると,債権者がアップル
社に対して要求できるロイヤルティ料率は,高くても0.275%
(5%×5.5%)と捉えるべきである,②債権者がUMTS規格に
不可欠と宣言する特許は移動体通信チップの機能性にのみ関連するも
のであるから,当該部品の価格あるいは少なくとも通信装置の業界平
均価格を基準とすべきであるところ,債権者提示のライセンス料率
は,●(省略)●を基準とし,その料率に係る数値も上記①の数値を
はるかに上回る点で,法外に高いなどというものである。
(オ)a債権者は,2012年(平成24年)1月31日付け書簡で,
アップル社に対し,●(省略)●などの意見を述べた上で,債権者
の本件ライセンス提示がアップル社にとって不本意な内容であるな
らば,アップル社において,真摯な対案を提示するよう要請をし
た。
bアップル社は,2012年(平成24年)3月4日付け書簡で,
債権者に対し,自社が行ったUMTS規格に必須であると債権者が
主張する日本における三つの特許(特許第4642898号(本件
特許),特許第4299270号及び特許第4291328号)に
関する分析結果を反映したライセンス条件を提案するものとして,
ライセンス契約書案を添付して,ライセンス契約の申出をした。そ
の概要は,同契約書案記載のとおり,●(省略)●%をロイヤルテ
ィとして支払うという内容のものである。
これを受けて,債権者は,同年4月18日付け書簡で,アップル
社に対し,アップル社の上記ライセンス契約の申出について,●
(省略)●ロイヤルティ料率●(省略)●%という金銭的条件が低
額であり不合理であること,●(省略)●などを理由に,FRAN
D条件に基づくライセンス契約の申出に当たらないなどと意見を述
べた。
(カ)aアップル社は,2012年(平成24年)9月1日付け書簡
で,債権者に対し,2G,3G及び4G(LTE)に対応する携帯
機器標準規格必須特許全体を対象として,クロスライセンスの提案
を含むFRAND条件に基づくライセンス許諾の枠組みを提案する
用意がある旨を表明した。
b債権者は,2012年(平成24年)9月7日付け書簡で,アッ
プル社に対し,アップル社の同月1日付け書簡は,●(省略)●な
どの意見を述べた上で,●(省略)●を提案した。
cアップル社は,2012年(平成24年)9月7日付け書簡
(で,債権者に対し,ロイヤルティ料率を算定するに当たってのア
ップル社の基本的な考え,算定基準等を示した上で,全てのフィー
チャーフォン,スマートフォン及び携帯型タブレットに関する両当
事者間の1台当たりのロイヤルティの構成として,携帯機器標準規
格必須特許全体のロイヤルティを1台当たり●(省略)●ドルを上
限とすべきであるとの前提に立ち,債権者がアップル社に請求でき
るロイヤルティ料率をその●(省略)●%(1台当たり●(省略)
●ドル),アップル社が債権者に請求できるロイヤルティ料率をそ
の●(省略)●%(1台当たり●(省略)●ドル)とするライセン
ス案を提示した。
アップル社の上記書簡には,①ロイヤルティ料率を算定するに当
たってのアップル社の基本的な考えとして,「●(省略)●」(訳
文1頁33行~2頁4行,3頁1行~8行,20行~21行),②
「●(省略)●」(訳文4頁28行~39行)などの記載がある。
エ本件特許の位置付け
本件特許は,UMTS規格の本件技術仕様書V6.9.0記載の「代
替的Eビット解釈」に準拠した製品の製造,販売等及び方法の使用をす
るのに避けることのできない必須特許である。
(2)準拠法について
本件は,韓国法人である債権者が,日本法人である債務者に対し,本件
特許権に基づく差止請求権を被保全権利として,債務者に対し,本件各製
品の生産,譲渡等の差止めを求めた仮処分命令申立事件であり,渉外的要
素を含むものであるから,準拠法を決定する必要がある。
特許権に基づく差止請求の準拠法は,当該特許権が登録された国の法律
であると解される(最高裁判所平成14年9月26日第一小法廷判決・民
集56巻7号1551頁)から,本件には,日本法が適用される。
以上を前提に,債権者による本件特許権に基づく差止請求権の行使が権
利の濫用に当たるか否かについて判断することとする。
(3)権利濫用の成否について
債務者は,債権者が意図的に本件特許について適時開示義務に違反した
こと,債権者の本件仮処分の申立てが報復的な対抗措置であること,債権
者が本件FRAND宣言に基づく標準規格必須宣言特許である本件特許権
についてのライセンス契約締結義務及び誠実交渉義務に違反し,いわゆる
「ホールドアップ状況」(標準規格に取り込まれた技術の権利行使によっ
て標準規格の利用を望む者が利用できなくなる状況)を策出しているこ
と,かかる債権者の一連の行為が独占禁止法に違反することなどの諸事情
に鑑みれば,債権者が債務者に対し,本件特許権に基づく差止請求権を行
使することは,権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されない旨主張す
る。
ア(ア)我が国の民法には,契約締結準備段階における当事者の義務につ
いて明示した規定はないが,契約交渉に入った者同士の間では,一定
の場合には,重要な情報を相手方に提供し,誠実に交渉を行うべき信
義則上の義務を負うものと解するのが相当である。
ところで,前記前提事実によれば,①3GPPを結成した標準化団
体であるETSI(欧州電気通信標準化機構)の会員である債権者
は,平成19年8月7日,甲13の書面で,ETSIに対し,本件出
願の国際出願番号等に係るIPR(知的財産権)がUMTS規格(3
GPP規格)に必須であること,この必須IPRについて,ETSI
のIPRポリシー6.1項に準拠するFRAND条件(公正,合理的
かつ非差別的な条件)で,取消不能なライセンスを許諾する用意があ
る旨の宣言(本件FRAND宣言)をしたこと,②IPRについての
ETSIの指針1.4項は,会員の義務として,「必須IPRの所有
者は,公正,合理的かつ非差別的な条件でライセンスを許諾すること
を保証することが求められること」(IPRポリシー6.1項),会
員の権利として,「規格に関し,公正,合理的かつ非差別的な条件で
ライセンスが許諾されること」(IPRポリシー6.1項),第三者
の権利として,「少なくとも製造及び販売,賃貸,修理,使用,動作
するため,規格に関し,公正,合理的かつ非差別的な条件でライセン
スが許諾されること」(IPRポリシー6.1項)を定めていること
が認められる。
上記①及び②と審尋の全趣旨を総合すると,債権者は,ETSIの
IPRポリシー6.1項,IPRについてのETSIの指針1.4項
の規定により,本件FRAND宣言でUMTS規格に必須であると宣
言した本件特許権についてFRAND条件によるライセンスを希望す
る申出があった場合には,その申出をした者が会員又は第三者である
かを問わず,当該UMTS規格の利用に関し,当該者との間でFRA
ND条件でのライセンス契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義
務を負うものと解される。
そうすると,債権者が本件特許権についてFRAND条件によるラ
イセンスを希望する具体的な申出を受けた場合には,債権者とその申
出をした者との間で,FRAND条件でのライセンス契約に係る契約
締結準備段階に入ったものというべきであるから,両者は,上記ライ
センス契約の締結に向けて,重要な情報を相手方に提供し,誠実に交
渉を行うべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当である。
そして,遅くとも,アップル社が,平成24年3月4日付け書簡で
債権者に対し,債権者がUMTS規格に必須であると宣言した本件特
許を含む日本における三つの特許に関するFRAND条件でのライセ
ンス契約の申出をした時点で,アップル社から債権者に対するFRA
ND条件によるライセンスを希望する具体的な申出がされたものと認
められ,アップル社と債権者は,契約締結準備段階に入り,上記信義
則上の義務を負うに至ったものというべきである。
(イ)この点に関し,債権者は,①日本法の観点からは,FRAND宣
言により誠実交渉義務が生じるのは,ライセンス対象特許の有効性を
争うことなく,真にライセンスを受けることを希望する「確定的なラ
イセンスの申出」が必要であると解すべきである,②アップル社の債
権者に対する平成24年3月4日の申出は,債権者の本件特許の抵触
性と有効性を争うものであるから,そもそも「確定的なライセンスの
申出」に該当しないし,③また,アップル社の上記申出の内容は,
「●(省略)●%」という不合理に低額なライセンス料率を提示する
ものであって,交渉が成立しないことを知った上で,申出の外形を形
式的に策出しただけの真にライセンスを受ける意思のないものであ
り,この点においても,上記申出が「確定的なライセンスの申出」に
該当しないとして,債権者には,本件FRAND宣言に基づく誠実交
渉義務が発生していない旨主張する。
しかしながら,債権者の主張は,以下のとおり理由がない。
a上記①及び②について
FRAND宣言に基づく標準規格必須宣言特許についてのFRA
ND条件によるライセンスを希望する申出は,許諾対象特許の有効
性を留保するものであったとしても,その申出の内容が許諾対象特
許が有効であることを前提とする具体的なものであり,FRAND
条件によるライセンスを受けようとする意思が明確であるときは,
上記申出により,FRAND宣言をした者と上記申出をした者との
間で,前記(ア)の信義則上の義務が発生するというべきである。
しかるところ,アップル社の平成24年3月4日付け申出は,許
諾対象特許を本件特許を含む三つの日本国特許に特定し,ライセン
ス料率等の詳細なライセンス条件を記載したライセンス契約書案を
添付した具体的なものであり,その記載内容に照らし,アップル社
におけるFRAND条件によるライセンスを受けようとする意思が
明確であることが認められる。もっとも,上記契約書案の「●(省
略)●」には,「●(省略)●」(訳文2頁2行~4行)との記載
があり,アップル社の上記申出は,許諾対象特許とされた本件特許
の有効性を留保するものといえる。しかし,上記条項の記載内容自
体は格別不合理なものではない上,債権者がアップル社の子会社で
ある債務者に対し本件特許権に基づく本件各製品の輸入,譲渡等の
差止めを求める本件仮処分の申立てをし,債務者がその防御として
本件特許の有効性等を争っていること,同仮処分命令申立事件はア
ップル社の上記申出があった当時も係属中であったこと(審尋の全
趣旨)を踏まえると,アップル社が上記申出において本件特許の有
効性を留保しているからといって,直ちにアップル社においてFR
AND条件によるライセンスを受けようとする意思がないというこ
とはできない。
したがって,債権者の主張①及び②は,理由がない。
b上記③について
アップル社が平成24年3月4日付け申出において提示したライ
センス料率(ロイヤルティ料率)は日本国における●(省略)●%
というものであるが,そのライセンス料率の数値のみからFRAN
D条件に適合しない不合理に低額なものであり,アップル社におい
てFRAND条件によるライセンスを受けようとする意思がないも
のと断ずることはできないし(前記前提事実に照らすと,上記ライ
センス料率は,アップル社が平成23年8月18日付け書簡で示し
た全世界におけるUMTS規格に不可欠と宣言された特許ファミリ
ーのうち,債権者が保有しているものの割合を踏まえたものである
ことがうかがわれる。),アップル社において上記ライセンス料率
以外の条件でライセンス契約を締結する意思が全くなかったとまで
認めることはできない。
したがって,債権者の主張③は,理由がない。
イそこで,債権者において前記ア(ア)の信義則上の義務違反があったか
どうかについて検討する。
前記前提事実と審尋の全趣旨によれば,①債権者は,平成23年7月
20日付けで秘密保持契約(アップル社と債権者間の秘密保持契約)を
締結した後,同月25日付け書簡で,アップル社に対し,FRAND条
件に従って,UMTS規格に必須の債権者の保有する特許(出願中のも
のを含む。)の全世界的かつ非独占的なライセンスを,関連する「●
(省略)●%の料率」でライセンス供与する用意ができていることを提
示(債権者の本件ライセンス提示)し,●(省略)●,その際,債権者
は,上記ライセンス条件の「●(省略)●%の料率」の算定根拠を示さ
なかったこと,②アップル社は,同年8月18日付け書簡で,債権者に
対し,債権者の本件ライセンス提示について,全世界においてUMTS
規格に不可欠と宣言された1889の特許ファミリーのうち,債権者が
保有しているものがその5.5%に当たる103にすぎないこと
(「FairfieldResourcesInternational」が実施した調査結果)からす
ると,債権者がアップル社に対して要求できるロイヤルティ料率は,高
くても0.275%(5%×5.5%)と捉えるべきであることなどを
理由に,債権者の本件ライセンス提示に係るライセンス料率が法外な高
さであり,FRAND条件に従ったものでないとの意見を述べるととも
に,債権者の本件ライセンス提示がFRAND条件に従ったものとアッ
プル社において判断することができるようにするために,アップル社と
債権者間の秘密保持契約に基づいて,債権者がアップル社に支払うこと
を求めるロイヤルティ料率を他社も支払っているかの確認を含む情報,
債権者と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報を開示す
るよう要請したこと,③債権者は,平成24年1月31日付け書簡で,
アップル社に対し,●(省略)●債権者の本件ライセンス提示がアップ
ル社にとって不本意な内容であるならば,アップル社において,真摯な
対案を提示するよう要請をしたが,その際,債権者は,債権者の本件ラ
イセンス提示に係るライセンス料率(ロイヤルティ料率)の算定根拠を
示さなかったこと,④アップル社は,平成24年3月4日付け書簡で,
債権者に対し,債権者がUMTS規格に必須であると宣言した本件特許
を含む日本における三つの特許について,●(省略)●%をロイヤルテ
ィとして支払う旨のFRAND条件でのライセンス契約の申出をしたこ
と,⑤債権者は,同年4月18日付け書簡で,アップル社に対し,アッ
プル社の上記④の申出は,日本における三つの特許の個々につきロイヤ
ルティ料率●(省略)●%という金銭的条件が低額であり不合理である
こと,●(省略)●などを理由に,FRAND条件に基づくライセンス
の申出に当たらないなどと意見を述べたこと,⑥アップル社は,同年9
月1日付け書簡で,債権者に対し,2G,3G及び4G(LTE)に対
応する携帯機器標準規格必須特許全体を対象として,クロスライセンス
の提案を含むFRAND条件に基づくライセンス許諾の枠組みを提案す
る用意がある旨を表明し,さらに,同月7日付け書簡で,債権者に対
し,ロイヤルティ料率を算定するに当たってのアップル社の基本的な考
え,算定基準等を示した上で,全てのフィーチャーフォン,スマートフ
ォン及び携帯型タブレットに関する両当事者間の1台当たりのロイヤル
ティの構成として,携帯機器標準規格必須特許全体のロイヤルティを1
台当たり●(省略)●ドルを上限とすべきであるとの前提に立ち,債権
者がアップル社に請求できるロイヤルティ料率をその●(省略)●%
(1台当たり●(省略)●ドル),アップル社が債権者に請求できるロ
イヤルティ料率をその●(省略)●%(1台当たり●(省略)●ドル)
とするライセンス案を提示したこと,⑦一方,債権者は,同月7日付け
書簡で,アップル社に対し,上記⑥のアップル社の同月1日付け書簡
は,●(省略)●を提案したことが認められる。
これらの認定事実に加えて,本件疎明資料上,アップル社が平成24
年9月7日付け書簡で提示したライセンス案について,債権者がいかな
る対応をしたのか不明であることを総合すると,①アップル社と債権者
間の本件特許権についてのライセンス交渉の過程において,債権者は,
平成23年7月25日付け書簡で,アップル社に対し,本件FRAND
条件に従ったライセンス条件として,UMTS規格に必須の債権者の保
有する特許(出願中のものを含む。)の全世界的かつ非独占的なライセ
ンスについて「●(省略)●%の料率」の提示(債権者の本件ライセン
ス提示)をしたものの,その際には,上記ライセンス条件の算定根拠を
示すことがなかった上,その後,アップル社から,債権者の本件ライセ
ンス提示がFRAND条件に従ったものとアップル社において判断する
ことができるようにするために,債権者がアップル社に支払うことを求
めるロイヤルティ料率を他社も支払っているかの確認を含む情報,債権
者と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する情報を開示するよ
う要請があったにもかかわらず,平成24年9月7日に至っても上記ラ
イセンス条件の算定根拠を示すことはなかったこと,②その間,債権者
は,アップル社が同年3月4日付け書簡で債権者がUMTS規格に必須
であると宣言した本件特許を含む日本における三つの特許について,●
(省略)●%をロイヤルティとして支払う旨のFRAND条件でのライ
センス契約の申出をし,さらには,同年9月7日付け書簡でロイヤルテ
ィ料率を算定するに当たってのアップル社の基本的な考え,算定基準等
を示した上で,クロスライセンスを含む具体的なライセンス案を提示し
ているにもかかわらず,アップル社が債権者の本件ライセンス提示を不
本意とするならば,アップル社において具体的な提案をするよう要請す
るのみで,アップル社が提示したライセンス条件に対する具体的な対案
を示していないことが認められる。
上記①及び②に鑑みると,債権者は,アップル社の再三の要請にもか
かわらず,アップル社において債権者の本件ライセンス提示又は自社の
ライセンス提案がFRAND条件に従ったものかどうかを判断するのに
必要な情報(債権者と他社との間の必須特許のライセンス契約に関する
情報等)を提供することなく,アップル社が提示したライセンス条件に
ついて具体的な対案を示すことがなかったものと認められるから,債権
者は,UMTS規格に必須であると宣言した本件特許に関するFRAN
D条件でのライセンス契約の締結に向けて,重要な情報をアップル社に
提供し,誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違反したものと認める
のが相当である。
これに反する債権者の主張は,採用することができない。
ウ以上のとおり,債権者が,債務者の親会社であるアップル社に対し,
本件FRAND宣言に基づく標準規格必須宣言特許である本件特許権に
ついてのFRAND条件でのライセンス契約の締結準備段階における重
要な情報を相手方に提供し,誠実に交渉を行うべき信義則上の義務に違
反していること,債権者のETSIに対する本件特許の開示(本件出願
の国際出願番号の開示)が,債権者の3GPP規格の変更リクエストに
基づいて本件特許に係る技術(代替的Eビット解釈)が標準規格に採用
されてから,約2年を経過していたこと,その他アップル社と債権者間
の本件特許権についてのライセンス交渉経過において現れた諸事情を総
合すると,債権者が,上記信義則上の義務を尽くすことなく,債務者に
対し,本件各製品について本件特許権に基づく差止請求権を行使するこ
とは,権利の濫用に当たるものとして許されないというべきである。
3結論
以上によれば,本件申立ては,被保全権利についての疎明を欠くので,そ
の余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから却下するこ
ととし,申立費用の負担については民事保全法7条,民事訴訟法61条を適
用して,主文のとおり決定する。
平成25年2月28日
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官大鷹一郎
裁判官高橋彩
裁判官上田真史
(別紙)物件目録
1「iPhone4」
2「iPad2Wi-Fi+3Gモデル」
(別紙1)3GPPTS25.322V6.9.0(抜粋)
1「4.2.1.2Unacknowledgedmode(UM)RLCentities
Figure4.3belowshowsthemodeloftwounacknowledgedmodepeerRLC
entitieswhenduplicateavoidanceandreorderingisnotconfigured.」
(訳文)
「4.2.1.2アンアクナリッジドモード(UM)RLCエンティティ
下記に示す図4.3は,重複回避及びリオーダリングを有しない2つのアンアクナリ
ッジモード(UM)ピアRLCエンティティを示す。」
Transmittin
g
UMRLC
entity
Transmission
buffer
UM-SAP
Receiving
UMRLC
entity
Reception
buffer
UM-SAP
RadioInterface(Uu)
Segmentation&
Concatenation
Ciphering
AddRLCheader
Reassembly
Deciphering
RemoveRLC
header
DCCH/DTCH–UE
CCCH/SHCCH/DCCH/DTCH/CTCH/
MCCH/MSCH/MTCH–UTRAN
DCCH/DTCH–UTRAN
CCCH/SHCCH/DCCH/DTCH/CTCH/
MCCH/MSCH/MTCH–UE
UE/UTRANUTRAN/UE
Figure4.3a:Modeloftwounacknowledgedmodepeerentities
configuredforusewithduplicateavoidanceandreordering」
2「4.2.1.2.1TransmittingUMRLCentity
ThetransmittingUM-RLCentityreceivesRLCSDUsfromupperlayersthrough
theUM-SAP.ThetransmittingUMRLCentitysegmentstheRLCSDUintoUMDPDUs
ofappropriatesize,iftheRLCSDUislargerthanthelengthofavailable
spaceintheUMDPDU.」
(訳文)
「4.2.1.2.1送信UMRLCエンティティ
送信UM-RLCエンティティは,上位レイヤからUM-SAPを通じてRLCSDUsを受信する。
送信UMRLCエンティティは,もしRLCSDUがUMDPDUの利用可能なスペースの長さより
大きい場合には,RLCSDUを適当なサイズのUMDPDUsに分割する。」
3「9.2.1.3UMDPDU
TheUMDPDUisusedtotransferuserdatawhenRLCisoperatingin
unacknowledgedmode.Thelengthofthedatapartshallbeamultipleof8
bits.TheUMDPDUheaderconsistsofthefirstoctet,whichcontainsthe
"SequenceNumber".TheRLCheaderconsistsofthefirstoctetandallthe
octetsthatcontain"LengthIndicators".」
(訳文)
「9.2.1.3UMDPDU
UMDPDUは,RLCがUMモードで動作しているときに,ユーザーデータを転送するた
めに用いられる。データパートの長さは,8ビットの倍数である。UMDPDUヘッダ
は,「一連番号」を含む最初のオクテットで構成される。RLCヘッダは,最初のオク
テットと,「長さインジケータ」を含むすべてのオクテットで構成される。」
Oct1
ELengthIndicator
Data
PAD
LastOctet
ELengthIndicator(Optional)(1)
.
.
.
ESequenceNumber
(Optional)
(Optional)
Figure9.2:UMDPDU
4「9.2.2.5Extensionbit(E)
Length:1bit.
TheinterpretationofthisbitdependsonRLCmodeandhigherlayer
configuration:
-IntheUMDPDU,the"Extensionbit"inthefirstoctethaseitherthe
normalE-bitinterpretationorthealternativeE-bitinterpretation
dependingonhigherlayerconfiguration.The"Extensionbit"inallthe
otheroctectsalwayshasthenormalE-bitinterpretation.
-IntheAMDPDU,the"Extensionbit"alwayshasthenormalE-bit
interpretation.
NormalE-bitinterpretation:
BitDescription
0Thenextfieldisdata,piggybacked
STATUSPDUorpadding
1ThenextfieldisLengthIndicator
andEbit
AlternativeE-bitinterpretation:
BitDescription
0ThenextfieldisacompleteSDU,
whichisnotsegmented,
concatenatedorpadded.
1ThenextfieldisLengthIndicator
andEbit

(訳文)
「9.2.2.5エクステンションビット(E)
長さ:1ビット
このビットの解釈は,RLCのモード及び上位レイヤーのコンフィギュレーションに依
存する。
-UMDPDUにおいて,最初のオクテットに含まれる「拡張ビット」は,上位レイ
ヤーのコンフィギュレーションに応じて,通常Eビット解釈又は代替的Eビット解
釈のいずれかを有する。他の全てのオクテットに含まれる「拡張ビット」は,常
に通常Eビット解釈を有する。
-AMDPDUにおいて,「拡張ビット」は,常に通常Eビット解釈を有する。
通常Eビット解釈:
Bit記述
0次のフィールドは,データ,ピギーバ
ック状態のPDU,又はパディング
1次のフィールドは,長さインジケータ
とEビット
代替的Eビット解釈:
Bit記述
0次のフィールドは,分割,連結,パデ
ィングされていない完全なSDU
1次のフィールドは,長さインジケータ
とEビット

5(1)「9.2.2.8LengthIndicator(LI)
Unlessthe"Extensionbit"indicatesthataUMDPDUcontainsacomplete
SDUwhichisnotsegmented,concatenatedorpadded,a"LengthIndicator"is
usedtoindicatethelastoctetofeachRLCSDUendingwithinthePDU.」
(訳文)
「9.2.2.8長さインジケータ(LI)
「エクステンションビット」が,UMDPDUが分割,連結,パディングのいずれもな
されていない完全なSDUを含むことを示していなければ,「長さインジケータ」は,
PDUの中のそれぞれのRLCSDUが終わる最後のオクテットを示すものとして用いられ
る。」
(2)「Inthecasewherethe"alternativeE-bitinterpretation"isconfiguredfor
UMRLCandanRLCPDUcontainsasegmentofanSDUbutneitherthefirst
octetnorthelastoctetofthisSDU:
-ifa7-bit"LengthIndicator"isused:
-the"LengthIndicator"withvalue"1111110"shallbeused.
-ifa15-bit"LengthIndicator"isused:
-the"LengthIndicator"withvalue"111111111111110"shallbeused.」
(訳文)
「UMRLCのための「代替的Eビット解釈」が設定され,かつ,RLCPDUがSDUのセグメ
ントを含むがSDUの最初のオクテットも最後のオクテットも含まない場合であって,
-7ビットの「長さインジケータ」が用いられるときには,値「1111110」を持つ
「長さインジケータ」を用い,
-15ビットの「長さインジケータ」が用いられるときには,値「11111111111
1110」を持つ「長さインジケータ」を用いる。」

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