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主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人渡辺征二郎ほかの上告受理申立て理由第二の一1及び3並びに同二1
及び4について
1本件は,B株式会社(以下「B社」という。)の株主である上告人が,B社
の取締役であった被上告人らに対し,忠実義務,善管注意義務違反(商法266条
1項5号)の責任,株主に対する利益供与の禁止規定違反(平成15年法律第13
4号による改正前の商法266条1項2号。以下,「商法266条1項2号」とい
うときは,同改正前のものをいう。)の責任等があるとして,損害賠償を求める株
主代表訴訟である。
2原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)当事者等
B社は,ミシン,裁縫用品類等の製造及び販売を目的とする株式会社であり,そ
の株式を東京証券取引所第1部に上場している。株式会社C銀行(平成3年4月に
株式会社D銀行と合併して株式会社D’銀行となり,平成4年9月に商号を株式会
社E銀行に変更した。以下,時期を問わず,「C銀行」という。)は,B社のいわ
ゆるメインバンクである。
F株式会社(以下「F社」という。)は,不動産の売買及び仲介等を目的とした
株式会社であり,B社が100%出資していた会社である。株式会社G(以下「G
社」という。)は,B社の経営の多角化を図るため,ミシン以外の販売部門を独立
させ,昭和63年10月に設立された株式会社であり,H株式会社(以下「H社」
という。)は,同様にB社の割賦販売部門を独立させ,平成元年11月に設立され
た株式会社であり,いずれも,本店をB社本社所在地に置き,B社が19%出資し
ていた会社である。
上告人は,B社の株主である。
被上告人Yは,平成元年6月にB社の取締役(専務)に就任し,同年11月に1
代表取締役(副社長)に就任したが,平成3年1月16日に取締役を辞任した。被
上告人Yは,C銀行副頭取を経て,昭和63年6月にB社の代表取締役(社長)2
に就任し,平成元年11月に代表取締役を辞任して取締役(会長)となったが,平
成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Yは,C銀行取締役(常務)を3
経て,昭和61年6月にB社の代表取締役(副社長)に就任し,平成元年11月に
社長となったが,平成3年1月31日に取締役を辞任した。被上告人Yは,昭和4
43年11月にB社の取締役に就任し,昭和63年6月に専務となり,平成3年1
月17日に代表取締役(副社長)に就任し,同月31日に社長となったが,平成5
年6月に取締役を退任した。被上告人Yは,昭和63年6月にB社の取締役に就5
任し,平成元年6月に常務となり,平成3年6月に専務となり,平成4年6月に代
表取締役(副社長)に就任し,平成5年6月に社長となったが,平成9年3月に取
締役を退任した。
(2)AとB社との交渉の経緯
アAは,昭和45年1月にi社(昭和63年3月に商号を株式会社Iに変更し
た。以下,時期を問わず,「I社」という。)を,その後,昭和53年12月にj
社(昭和63年3月に商号を株式会社Jに変更した。以下,時期を問わず,「J
社」という。)を,それぞれ設立して,その代表取締役に就任していた。Aは,株
式会社K銀行(以下「K銀行」という。),Lリース株式会社(以下「Lリース
社」という。)等の代表取締役等との人脈を通じての融資や,M株式会社(以下
「M社」という。)の資金的援助を背景に,昭和61年以降,I社及びA個人にお
いてB社株を大量に買い付け,昭和62年3月末には,I社が3255万6000
株を保有するB社の筆頭株主になり,Aが300万株を保有する13位の大株主に
なった。
また,Aは,N株式会社(以下「N社」という。),O株式会社(以下「O社」
という。),M社等の株式も大量に取得していた。I社は,株式取得のための資金
として,昭和62年12月までにLリース社及びその関連会社から合計490億円
を借り入れていたほか,昭和63年9月末日までに,株式会社Pを中心とするPグ
ループ系列のノンバンクである株式会社pファイナンス(後に,株式会社p’ファ
イナンスに,更に株式会社Qファイナンスに商号を変更した。以下,時期を問わ
ず,「Qファイナンス社」という。)から,合計966億円を借り入れていた。こ
のQファイナンス社に対する966億円の債務のうち,500億円はB社株174
0万株を担保とするものであり,466億円はN社株925万株を担保とするもの
であった。
イI社及びAがB社の大株主となったことにより,B社の経営陣は,Aへの対
処を検討しなければならない事態となった。Aは,いわゆる仕手筋として知られて
おり,暴力団との関係も取りざたされている人物であったから,B社においては,
そのAの影響力の存在自体が会社の社会的信用を損なうものであり,できるだけ早
期にかつ安値でI社又はAが保有するB社株をB社,C銀行側で引き取って,Aの
影響力を排除することが望ましい解決であると考えられていた。Aとの交渉は,C
銀行出身の被上告人Y及び同Yが当たることになった。23
ウAは,多数の株式の保有を背景にしてB社の役員への就任を要求し,昭和6
2年6月開催の株主総会において,B社の取締役に選任された。
エAは,昭和63年10月ころ以降,被上告人Y及び同Yに対し,I社が保23
3有するB社株の高値での買取りを要求し,また,同年11月下旬ころには,同Y
に対し,B社株を担保にC銀行から融資を受けたいので取り次いでほしいと申し入
れた。C銀行側は,これを受けて,同年12月23日,C銀行系列のノンバンクで
あるRファイナンス株式会社(以下「Rファイナンス社」という。)が,I社に対
し,B社株1000万株を担保に250億円を融資した。
オAは,平成元年6月ころ,B社に対し,B社,C銀行,Lリース社等の出資
を受けて新会社を設立するよう働きかけた。Aの構想は,その新会社に,I社及び
Aが保有するB社株やN社株を保有させ,I社がQファイナンス社から借り入れて
いる966億円を肩代わりさせた上,新会社にB社が所有する不動産を開発させる
というものであった。被上告人Y及び同Yは,Lリース社,C銀行等が加わるの23
であれば,Aがほしいままに新会社を支配することはないと考え,I社が保有する
B社株をできるだけ早く引き取るためには,Aの要請に応じた方が良いと考えるよ
うになった。これに対し,C銀行は,上記新会社構想は,実質的にはB社の損失に
おいてAがB社株を高値で売り抜ける事態を実現させるもので,Aを利するだけで
あると判断し,これに強く反対した。
カ平成元年6月29日開催のB社の株主総会で,Aは再度取締役に選任され,
また,被上告人Yが新たに取締役に選任され,筆頭専務となった。1
被上告人Yは,かつてM社に勤務していたが,昭和61年3月に同社を退職1
し,株式会社S(以下「S社」という。)の社長として,福島県いわき市内の土地
に湧出した温泉を基盤とした高級会員制クラブ「Sクラブ」を発足させようとして
いた。被上告人Yは,S社の資金でB社株を大量に取得し,平成元年4月には,1
AのB社株の取得にも協力し,I社に対し,貸株としてB社株840万株を提供し
ていたが,上記取締役就任後は,Aと一線を画し,B社の業績向上のため努力した
いと考えていた。
キI社がQファイナンス社から融資を受けた966億円のうち200億円につ
いては,弁済期が,2度にわたって延期され,平成元年7月31日となっていた。
被上告人Y及び同Yは,同月に入ってからも,C銀行と,新会社構想について折23
衝を繰り返したが,C銀行は,改めて反対し,これを阻止するため,A,被上告人
Y及び同Yには秘密にしたまま,Qファイナンス社がI社から担保提供を受けて23
いるB社株1740万株について,Pグループで買い取ってもらうという構想を立
てていた。Aは,同月27日,被上告人Y及び同Yに対し,同月末にはPグルー23
プの総帥のTがB社株1740万株を買い取るという話がC銀行との間で出ている
様子があること,Tに株が渡るとB社は食い物にされるであろうことを述べ,被上
告人Yに対し,Tに会って新会社構想を説明して上記200億円の弁済期の延期2
を取り付けるよう依頼した。被上告人Yは,これを受けて,Tの下に赴いたが,2
200億円の弁済期の延期についても,新会社構想についても説明できないままT
の下を辞した。
クAは,平成元年7月28日,被上告人Yに対し,同被上告人がTに新会社2
で債務の肩代わりをする話をしていなかったとして,自分が恥をかいたなどと言っ
て難詰した上,「Yに一筆書いてもらうとTに約束してきた。新会社で肩代わり2
3の約束をすると一筆書いてくれ。」と言って念書の作成を要求した。被上告人Y
は,同Yに対し,念書を書けば悪用されると助言したが,被上告人Yは,Aから22
強く迫られ,「貴殿所有のB社株1740万株のファイナンス或は買取につきB社
が責任をもって行います」旨記載されたAあての書面(以下「Y念書」とい2
う。)を作成した。その後,Aは,Tと会い,Y念書を見せ,Pグループによる2
1740万株の買取りを断念させた。
(3)Aによる300億円の恐喝
アAは,平成元年7月29日,被上告人Y及び同Yに対し,暴力団関係者へ23
のB社株の売却を示唆した。被上告人Yは,C銀行に対してAに対する966億2
231円の融資を要請したが,C銀行はこれを断った。被上告人Y,同Y及び同Y
は,同月31日,Aに対し,B社株の売却をやめるよう懇請したが,Aは,これを
断り,Aが保有するB社株を全部暴力団U会の関連会社に譲渡した旨述べ,さら
に,「新株主はB社にも来るし,C銀行の方にも駆け上がっていく。とにかくえら
いことになったな。」とも述べた。
イ被上告人Yは,同Yと共に,平成元年8月1日,Aに対し,B社株の売却31
の話を元に戻すよう懇請した。Aは,被上告人Yらに対し,その保有するB社株3
をY念書付きで暴力団の関連会社に売却済みである旨信じさせ,これを取り消し2
たいのであれば300億円を用立てるよう要求した。被上告人Yは,B社に暴力3
団が入ってくれば,更なる金銭の要求がされ,経営の改善が進まず,入社希望者も
いなくなり,他企業との提携もままならなくなり,会社が崩壊してしまうと考えた
が,他方で,B社から300億円を出金してAに交付すれば経営者としての責任問
題になると思い悩んだ。
ウAは,平成元年8月4日,被上告人Y及び同Yに対し,300億円を用立31
てる件がまとまらないことを非難し,「大阪からヒットマンが2人来ている。」な
どと述べて脅迫した。C銀行は,同月5日,被上告人Yから窮状を訴えられた3
が,300億円の融資はB社の責任で行うものであり,C銀行は問題が生じても責
任を負わない旨を確約させた後,C銀行系列のノンバンクであるVリース株式会社
(以下「Vリース社」という。)を紹介し,Vリース社がS社を経由してその融資
をすることを了承した。
エ被上告人Yは,平成元年8月6日,同Yの一任を受けた上,上記300億32
円の融資について,同Y及び同Yを含む専務,常務の同意を求めたところ,同Y45
を除く者は同意した。同月8日,B社の臨時の取締役会において,Vリース社か4
らG社に対する300億円の融資について,B社が債務保証をし,その本社の土地
建物を担保として提供すること,G社からの貸出先をS社とすることが出席取締役
全員の賛成により議決された。被上告人Yは,同会議を欠席したが,最終的に4
は,300億円の融資に同意した。
オ上記のような経過により,平成元年8月10日,B社が債務を保証し,B社
所有の土地建物に抵当権を設定した上で,Vリース社からG社に対し,300億円
の貸付けがされ,次いで,G社からS社に対し,いわき市等所在の土地建物を担保
として提供させた上で,300億円の貸付けがされた。その上で,同日及び翌11
日,S社からI社に対し,300億円が融資された。なお,I社に対する現実の交
付額は,2か月分の利息相当分を差し引いた合計296億7406万8494円で
ある。
カAには当初から上記融資金を返済する意思がなく,これを取り戻せる具体的
な見込みもなかったから,その全額の回収は困難な状況にあった。しかも,この3
00億円は,B社としては,全く支払う必要のない金員であり,債務保証や担保提
供をする必要がなかったことも明らかであって,その融資の実質は,Aに対する巨
額の利益供与であった。被上告人らは,これがAに対する巨額の利益供与であっ
て,経営者として本来してはならない性質の行為であることは十分認識していた。
(4)債務の肩代わり及び担保提供
アAは,上記のとおり,300億円を喝取した後も,引き続き,I社のQファ
イナンス社に対する966億円の債務の肩代わりを迫り,B社及びC銀行は対応に
苦慮していた。
(ア)平成元年9月,C銀行から被上告人Yに対し,Y念書で被上告人Yが322
約束した1740万株のファイナンスの実行として,B社の系列会社がQファイナ
ンス社から500億円を借り入れて,それをI社に融資し,I社がQファイナンス
社に返すことにより処理してはどうかという提案があった。Tは,当初は,966
億円全額の肩代わりをしてほしいという意向であったが,後に,B社株1740万
株に相当する債務の肩代わりでも相談の余地があるということになった。被上告人
Yは,同Y,同Yに相談したところ,同Yから,同Yが約束したことであ31412
り,1740万株を1株3400円台で評価をして債務の肩代わりをするのであれ
ば良いのではないかという意見が出され,同Yは異論を唱えなかった。結局,同4
月29日,Qファイナンス社とG社及びF社の2社との間で各300億円(合計6
00億円)をQファイナンス社が貸し付ける旨の金銭消費貸借契約が締結され,同
時にこれらの貸付金が両社からJ社に貸し付けられ,I社が600億円をQファイ
ナンス社に返済するという形を取って債務の肩代わりがされ,Qファイナンス社が
担保として徴求していたB社株1740万株のうち1000万株はG社の債務の,
740万株はF社の債務の担保としてQファイナンス社に差し入れられた。その
後,平成2年3月23日,上記肩代わりの債務者をG社に一本化することとされ,
G社がQファイナンス社から600億円を借り受け,同時にJ社がG社から600
億円を借り受けたこととされた。これにより,I社のQファイナンス社に対する9
66億円の債務のうち600億円の債務につき,G社が肩代わりすることとなっ
た。
(イ)Aは,平成2年4月,B社株3000万株を1株4200円でB社側が買
い取るよう要求した。被上告人Y,同Yらは,Aとの間の問題を解決する良い機31
会であると考え,S社,B社の関連会社及びC銀行の関連会社が各1000万株を
引き取るという方向で,C銀行に検討を求めたが,C銀行は,上記価格で買い取る
ことはできないと判断した。Aは,同月20日,被上告人Yに,K銀行にB社株3
を1株5800円で売却することを検討しているが,その場合にはKグループから
役員が送り込まれることになろうなどと述べ,B社がK銀行の管理下に入ることを
におわせた。Aは,同月26日に,KグループのことはB社側が困るなら考え直し
ても良い,株の買取りは今の資金繰りが付くならば1年後で良いと譲歩の提案をし
てきた。
被上告人Yは,Aの提案を受け,平成2年5月中旬,要旨次のような方策(以1
下「本件方策」という。)を立案し,これを被上告人Yに伝えた。3
①A保有のB社株3750万株は,S社が,1年後に1株5000円で買い取
る。そのころには「Sクラブ」が開場しており,取引先金融機関の了解を得ること
ができる。
②3750万株のうち1000万株はS社が引き受けるが,その余の2750
万株はB社,C銀行の取引先に引き取ってもらう。それまでの金利負担はC銀行,
B社側にバックアップしてもらう。
③S社とI社は,B社株3750万株の売買予約契約を締結する。
④A側に対し,上記買取りまで1875億円(売買代金相当額)を融資する。
この融資金から,I社のQファイナンス社関連の966億円の債務,Rファイナン
ス社に対する250億円の債務,Lリース社に対する440億円の債務等を返済す
るなどして処理する。
⑤上記(3)のとおりA側に交付された300億円については,B社株の代金以
外で回収を図る。
被上告人Yは,B社の主要な役員に対し,本件方策を相談したところ,全員が3
賛成した。C銀行は,本件方策について,1株5000円という価格には賛成しか
ねるが,B社の判断でやらざるを得ないということであれば,資金面については対
応するとの考えを示した。その後,関係者間では,上記④の融資は,H社等のB社
の関連会社が債務の肩代わりをすることによって行うこととされた。
(ウ)本件方策に従い,H社は,平成2年5月24日,Qファイナンス社から,
B社株500万株(I社が保有するもの)を担保として366億円を借り受け,同
日,J社に対し,同額を貸し付けた。I社は,この融資金により,Qファイナンス
社に対する366億円の債務を返済した。これによってI社のQファイナンス社に
対する966億円の債務の残額366億円の債務につき,H社が肩代わりすること
となった。
また,同日,I社とS社の間で,I社が保有するB社株3450万株を代金17
25億円で同年12月31日にS社が買い受けるとの売買予約契約が締結された。
(エ)F社は,平成2年6月14日,その保有するC銀行株40万株及びI社が
保有するB社株500万株を担保として提供するほか,F社所有の不動産に根抵当
権を設定して,Rファイナンス社から,250億円を借り受け,同日,H社に対
し,同額を貸し付けた。更に,H社は,同日,J社に対し,同額を貸し付けた。I
社は,この融資金により,Rファイナンス社に対する250億円の債務を返済し
た。これによってI社のRファイナンス社に対する250億円の債務につき,F社
及びH社が肩代わりすることとなった。
(オ)G社は,平成2年6月14日,B社株300万株(A個人が保有するも
の)を担保として提供して,Lリース社の関連会社であるWファイナンス株式会社
(以下「Wファイナンス社」という。)から,390億円を借り受け,同日,J社
に対し,同額を貸し付けた。I社は,この融資金により,Lリース社に対する44
0億円の債務のうち390億円を返済した。その後,B社は,G社の上記債務につ
いて,担保不足を補うため,B社が所有する小金井第2工場の敷地に根抵当権を設
定した。これによってI社のLリース社に対する440億円の債務の一部につき,
G社が肩代わりすることとなった。
イB社としては,I社のQファイナンス社,Rファイナンス社及びLリース社
に対する各債務について,その肩代わりに協力する必要は本来なかった。しかも,
B社株3750万株を1株5000円と評価し,この売買代金相当額を融資するこ
とについても,この評価は,株価操作も加わるなどして異常な高値となったもので
あった。上記肩代わりは,結局は,B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に
合致するものであり,B社にとって利益になることではなかったことも明らかであ
る。また,例えば,Rファイナンス社の債務の肩代わりについてみると,F社のR
ファイナンス社に対する担保に比較して,J社の提供する担保は,B社株500万
株のみであり,甚だ不均衡であった。S社,I社,J社が破綻すれば,これらの融
資の返済は極めて困難な状況になることが明らかであった。その上,これらの会社
は,肩代わりした債務の返済を行う能力を有しておらず,また,B社の関連会社が
支払不能になれば,B社が最終的にこれを引き受けざるを得ないという前提があ
り,本件方策は,B社にとっては,巨額の損失を被る可能性の高いものであった。
(5)その後の経過
アAは,平成2年7月19日,O社株の株価操作の容疑で逮捕され,同年9月
19日,B社の取締役を辞任した。Aの逮捕により,I社及びJ社が破綻し,J社
からG社,H社等に対する入金も停止した。その後,S社が仕手筋にかかわってい
ることが報道されるなどしたため,S社の信用も失墜し,平成3年1月16日,S
社は和議を申し立て,S社によるB社株の買取り構想も実現不可能となった。F
社,G社及びH社も破綻するに至った。
イG社,B社及びVリース社は,平成3年12月27日,Aに喝取された30
0億円の処理として,B社がG社のVリース社に対する300億円の債務を引き受
けることを合意した。
ウQファイナンス社とB社,G社及びH社とは,平成4年1月16日,B社
が,G社のQファイナンス社に対する600億円の債務のうち267億円及びH社
のQファイナンス社に対する366億円の債務のうち163億円をそれぞれ保証し
履行することなどを内容とする和解を成立させた。B社は,Qファイナンス社に対
し,上記和解に従って,合計430億円を支払い,その後,Qファイナンス社から
返還を受けたB社株1740万株を90億円で売却して同額を回収したがその余の
340億円は回収不能となった。
エF社は,平成9年3月,Rファイナンス社に対して担保として提供した不動
産をC銀行の関連会社に合計100億円で売却し,同様に担保として提供したC銀
行株40万株を5億円で売却し,Rファイナンス社に対する債務に充当した。
オB社は,平成3年12月13日,G社のWファイナンス社に対する390億
円の債務の担保であった小金井第2工場の敷地を約194億円で売却し,その売却
代金によって上記債務の一部を弁済した。
3上告人は,①Aによる恐喝被害に係る金員の交付(前項(3)),②Qファイ
ナンス社に対する966億円の債務の肩代わり(同(4)ア(ア),(ウ)),③Rファ
イナンス社に対するF社の所有物件等の担保提供(同(4)ア(エ))及び④Wファイ
ナンス社に対する小金井第2工場の敷地の担保提供(同(4)ア(オ))の各行為によ
って,B社は合計939億円の損害を受けたと主張して,これに取締役として関与
した被上告人らに対し,(1)忠実義務,善管注意義務違反(商法266条1項5
号)の責任,(2)株主に対する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2
号)の責任等があるとして,損害賠償を求めた。
4原審は,上記の事実関係の下で,次のとおり判断し,上告人の請求を棄却す
べきものとした。
(1)Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア忠実義務,善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
被上告人Yについては,念書を書いた時点において判断に明らかに誤りがあっ2
た。被上告人Yについても,その後のAの脅迫に対し,B社株が暴力団関係者に3
売られるのではないかという恐怖心にかられ,株式の取戻しをAに打診したため
に,300億円の要求を招き,被上告人Yも含めてその提供に応じた点におい1
て,Aとの対応及び判断に誤りがあった。また,いかに脅迫されているとはいえ,
B社にとって,外部に対し全く理由が立たず,かつ返済の当てのない300億円を
融資の形で利益供与することは,会社としてはできないことであって,これを認め
た他の取締役も,本来的には責任を免れない。被上告人らには,取締役として,上
記利益供与を行ったことについて,外形的には,忠実義務違反,善管注意義務違反
があったということができる。
しかし,前記事実関係に照らし,被上告人らの故意を認めることはできない。そ
して,被上告人らの過失の有無について判断すると,まず,念書の作成について
は,被上告人Yが心労を重ね,冷静な判断ができない状況の中で,Aにうまく書2
かされた面があることを否定できず,同被上告人が念書を書いたことをもって直ち
に過失があったということはできない。そして,その後の展開については,被上告
人Y及び同Yとしては,同Yの失態をカバーしたい気持ちもあった上,このま312
ま放置すれば,B社の優良会社としてのイメージは崩れ,多くの企業や金融機関か
らも相手にされなくなり,会社そのものが崩壊すると考えたことから,そのような
会社の損害を防ぐためには,300億円という巨額の供与もやむを得ないとの判断
を行い,他の被上告人もこれに同意したものである。前記のごときAのこうかつで
暴力的な脅迫行為を前提とした場合,当時の一般的経営者として,被上告人らが上
記のように判断したとしても,それは誠にやむを得ないことであった。以上の点を
考慮すると,被上告人Y,同Y及び同Yが300億円の供与を決め,その余の231
被上告人らが同意したことについて,取締役としての職務遂行上の過失があったと
はいえず,被上告人らは商法266条1項5号の責任を負わない。
イ株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)
の責任について
Aに対する300億円の供与は,暴力団の関連会社に売却したB社株を取り戻す
ためには300億円が必要であるとAから脅迫されたことに基づき,Aの支配する
I社に対し,う回融資の形で300億円を融資したものである。B社経営陣の認識
としては,暴力団の関連会社に譲渡された株式を,Aの下に取り戻すために利益供
与をしたものであり,実際には,300億円を喝取されたものであって,商法29
4条ノ2(平成12年法律第90号による改正前のもの。以下同じ。)の「株主ノ
権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明らかである
から,被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。
(2)債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア忠実義務,善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
被上告人Yが発案し,その余の被上告人らを含む主要な役員が了承した本件方1
策は,B社の経営者としては,本来採るべきものではなく,これに基づいて,B社
の関連会社に巨額の債務の肩代わりをさせ,また,B社等としても担保を提供した
ことは,外形的には,取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反するものとい
わなければならない。
しかし,被上告人らは,既に300億円を喝取されたことから,このままAが大
株主としてB社にとどまるならば,更にB社の信用を失墜し,経営に大きな影響を
与える事態が起きかねないと考え,早期にAからB社株の返還を受けてこれを安定
株主に譲渡する必要があり,また,早期に,喝取された300億円を取り返す必要
があると考えて,これが可能な方策がないかと検討していたものである。そして,
当時B社株が市場で1株5000円の価格を付けており,「Sクラブ」が開場すれ
ばS社がB社株を実際に買い受けて債務を弁済することは十分可能であり,B社や
関連会社ではなく,被上告人Yの経営するS社がB社株を買い受けることになれ1
ば,合法的に,しかもB社が損害を受けることなく,Aの問題を解決できるのでは
ないかと判断して,本件方策に従って債務の肩代わりと担保の提供を行ったもので
ある。前記のような喝取事件を経験したB社の取締役としては,以上のような判断
をしたことには無理からぬところがあった。したがって,本件方策に基づいて債務
の肩代わり及び担保提供を行った被上告人らに過失があるということはできず,被
上告人らは,商法266条1項5号の責任を負わない。
イ株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)
の責任について
B社は,Aから債務の肩代わり及び株式の買取りを要求され,これに応ずる方策
として本件方策を採用し,債務の肩代わり及び担保の提供を行ったものであるが,
B社が行ったことは関連会社に対する担保の提供にすぎない。商法294条ノ2の
「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」財産上の利益を供与したことに該当しないことが明ら
かであるから,被上告人らは商法266条1項2号の責任を負わない。
5しかしながら,原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理
由は,次のとおりである。
(1)Aによる恐喝被害に係る金員の交付について
ア忠実義務,善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば,Aには当初から融資金名下に交付を受けた約300億円
を返済する意思がなく,被上告人らにおいてこれを取り戻す当てもなかったのであ
るから,同融資金全額の回収は困難な状況にあり,しかも,B社としては金員の交
付等をする必要がなかったのであって,上記金員の交付を正当化すべき合理的な根
拠がなかったことが明らかである。被上告人らは,Aから保有するB社株の譲渡先
は暴力団の関連会社であることを示唆されたことから,暴力団関係者がB社の経営
等に干渉してくることにより,会社の信用が毀損され,会社そのものが崩壊してし
まうことを恐れたというのであるが,証券取引所に上場され,自由に取引されてい
る株式について,暴力団関係者等会社にとって好ましくないと判断される者がこれ
を取得して株主となることを阻止することはできないのであるから,会社経営者と
しては,そのような株主から,株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合に
は,法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものというべきである。前記事
実関係によれば,本件において,被上告人らは,Aの言動に対して,警察に届け出
るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはで
きないから,Aの理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員をI社に交
付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について,やむを得なか
ったものとして過失を否定することは,できないというべきである。
イ株主の権利行使に関する利益供与禁止規定違反(商法266条1項2号)の
責任について
株式の譲渡は株主たる地位の移転であり,それ自体は「株主ノ権利ノ行使」とは
いえないから,会社が,株式を譲渡することの対価として何人かに利益を供与して
も,当然には商法294条ノ2第1項が禁止する利益供与には当たらない。しかし
ながら,会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行
使することを回避する目的で,当該株主から株式を譲り受けるための対価を何人か
に供与する行為は,上記規定にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」利益を供与する行
為というべきである。
前記事実関係によれば,B社は,Aが保有していた大量のB社株を暴力団の関連
会社に売却したというAの言を信じ,暴力団関係者がB社の大株主としてB社の経
営等に干渉する事態となることを恐れ,これを回避する目的で,上記会社から株式
の買戻しを受けるため,約300億円というおよそ正当化できない巨額の金員を,
う回融資の形式を取ってAに供与したというのであるから,B社のした上記利益の
供与は,商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」されたもので
あるというべきである。
(2)債務の肩代わり及び担保提供(本件方策)について
ア忠実義務,善管注意義務違反(商法266条1項5号)の責任について
前記事実関係によれば,B社としては,本来,債務の肩代わりに協力する必要は
なかった上,B社株を1株5000円とする評価は,株価操作も加わるなどして異
常な高値となっていたものであって,将来株式の買取りがされることを前提とし
て,そのような高値による買取り額と見合う額でされた融資による債務の肩代わり
は,B社株を高値で売り抜けたいというAの思惑に合致するものであり,B社にと
って利益になることではなかったことが明らかである。しかも,更に前記事実関係
によれば,S社,I社,J社が破綻すれば,これらの融資の返済は極めて困難な状
況になることが明らかであった上,関連会社が支払不能になれば,B社が最終的に
関連会社の債務を引き受けざるを得ないものであり,本件方策は,B社にとって
は,巨額の損失を被る可能性の高い方策であったというのである。したがって,被
上告人らは,Aの理不尽な要求に応ずるべきではなく,少なくとも本件方策のよう
な対応をすることを避けるべき義務があったというべきであり,Aの要求を退ける
ために前記300億円の喝取の件を含むAの言動について警察に届け出るなどの適
切な対応をすることが期待できない状況にあったということもできないから,本件
方策を提案し又はこれに同意して債務の肩代わり及び担保提供を行った被上告人ら
の行為について,無理からぬところがあったとして過失を否定することは,できな
いというべきである。
なお,原審は,Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについて
も,本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し,過
失を否定しているが,上記債務の肩代わりは本件方策の提案より前にされたもので
あるから,本件方策に基づく債務の肩代わりとは別途に過失の有無が判断されなけ
ればならない。
イ株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定違反(商法266条1項2号)
の責任について
前記事実関係によれば,本件方策においては形式的にはB社の関連会社が融資の
主体として関与するものの,B社自体やその100%子会社であるF社も所有物件
に担保を設定するなどしている上,関連会社が支払不能になれば,B社が最終的に
関連会社の債務を引き受けざるを得ないという前提があったというのであるから,
本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供の実質は,B社が関連会社等を通じ
てした巨額の利益供与であることを否定することができない。そして,本件方策
は,AがB社株をK銀行等に売却するなどと発言している状況の下で,将来Aから
株式を取得する者の株主としての権利行使を事前に封じ,併せてAの大株主として
の影響力の行使をも封ずるために採用されたものであるから,本件方策に基づく債
務の肩代わり及び担保提供が商法294条ノ2第1項にいう「株主ノ権利ノ行使ニ
関シ」されたものであるというべきである。
なお,原審は,Qファイナンス社に対する600億円の債務の肩代わりについ
て,本件方策に基づく債務の肩代わり及び担保提供と一体のものとして判断し,商
法266条1項2号の責任を否定しているが,これが本件方策に基づく債務の肩代
わりとは別途に判断されなければならないことは商法266条1項5号の責任につ
いて述べたのと同様である。
6以上のとおりであるから,被上告人らに過失がないとして商法266条1項
5号の責任を否定し,また,B社のした利益供与が「株主ノ権利ノ行使ニ関シ」さ
れたものではないとして商法266条1項2号の責任を否定した原審の判断には,
判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいう
ものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そこで,被上告人らの負担すべ
き損害額,利益供与額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻
すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中川了滋裁判官滝井繁男裁判官津野修裁判官
今井功裁判官古田佑紀)

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