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平成20年2月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成18年(ワ)第21248号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成19年11月26日
判決
東京都品川区〈以下省略〉
原告株式会社プリズム
同訴訟代理人弁護士松田純一
同丸山幸朗
同針谷陽子
同大橋君平
同近森章宏
同森田岳人
同菅原清暁
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告甲野一郎
横浜市港北区〈以下省略〉
被告乙野二郎
東京都杉並区〈以下省略〉
被告丙野三郎
東京都豊島区〈以下省略〉
被告丁野四郎
上記4名訴訟代理人弁護士小川秀次
同金森浩児
同黒柳知佳子
同奥島健二
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して,金1000万円並びにこれに対する被告
甲野一郎及び被告丁野四郎は平成18年10月14日から,被告乙野二郎は同
月15日から,被告丙野三郎は同月13日から,それぞれ支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,その従業員であった被告乙野二郎(以下「被告乙野」とい
う。),被告丙野三郎(以下「被告丙野」という。)及び被告丁野四郎(以下
「被告丁野」という)並びに原告と業務請負契約を締結していた被告甲野一郎
(以下「被告甲野」という。)に対して,被告らは,原告の営業秘密を,不正
の競業その他の不正の利益を得る目的で,第三者に開示したところ,同行為は,
不正競争防止法2条1項4号又は7号の不正競争行為に該当し,原告は,被告
らの上記行為により1000万円の損害を被ったとして,不正競争防止法4条
に基づき,上記損害金及びこれに対する本訴状送達日の翌日から支払済みに至
るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,
選択的に,被告らの上記行為は,雇用契約の付随義務として負担する秘密保持
義務の違反(被告乙野,同丙野及び同丁野について)又は機密保持契約の締結
によって負担した秘密保持義務の違反(被告丙野及び被告甲野について)に該
当するとして,債務不履行に基づく損害賠償請求として,上記の損害金及び遅
延損害金の連帯支払を求めている事案である。
1争いのない事実等(証拠により認定した事実については,当該証拠の証拠番
号を摘示した。)
()原告
原告は,帳票類の管理に関する業務用ソフトウェアの開発,製造及び販売
を主たる業務とする株式会社であり,平成18年11月2日,再生手続開始
の申立てをした。
()被告ら
被告乙野,被告丙野及び被告丁野は,原告の従業員であった者であり,被
告甲野は,原告と業務請負契約を締結して原告の業務を行っていた者である。
()本件情報の開示
被告らは,平成18年9月3日,原告本社において,別紙営業秘密目録記
載第2の情報(以下「本件保守契約書情報」という。)を,兼松エレクトロ
ニクス株式会社(以下「KEL」という。)の甲山太郎(以下「甲山」とい
う。)及びKELのビジネス開発室長の乙山次郎(以下「乙山」という。)
に対して開示し,同月10日,別紙営業秘密目録記載第3の情報を,乙山あ
てに,電子メールで送信し,同月22日,別紙営業秘密目録記載第1の情報
を,KELの第1システム営業本部ドキュメントシステム営業部長の丙山五
郎(以下「丙山」という。)あてに,電子メールで送信した(以下,別紙営
業秘密目録記載の各情報を併せて「本件情報」という。)。
()KELとの契約
ア原告及び原告代表者並びにKELは,平成18年4月7日,原告が,K
ELから,返済期限を同年6月30日として,1億円の融資を受けること,
原告代表者が,上記の原告の返済債務を保証すること等を内容とする契約
(以下「本件覚書合意」といい,その書面を「本件覚書」という。)を締
結した(甲21)。
本件覚書の第3条には,以下のとおり規定されている(本件覚書におい
て,甲はKELを,乙は原告を示している。)。
「乙は甲より要求された下記資料を速やかに甲に提供することに同意す
る。また下記項目に係わらず,今後の業務関係の強化,追加支援の検討
の為,甲より追加資料の要望があった場合は,乙は速やかに提供する。
また,乙は甲が必要と判断した場合,甲の指定する公認会計士の監査を
受け入れることに同意する。
1平成17年12月1日より平成18年3月末日までの金員の動きの
記帳された全取引銀行の普通預金通帳の写し及び当座勘定照合表
2平成18年3月1日から3月末日までの資金繰り日計表
3平成18年3月末時点の売掛金台帳
4平成18年5月1日から7月30日までの資金繰り表
5平成15年9月期,平成16年9月期及び平成17年9月期税務申
告書の全て及び付属明細書の写し」
イさらに,原告及び原告代表者並びにKELは,平成18年6月9日,原
告が,KELから,1億3000万円の融資を受け,これと本件覚書合意
に基づく1億円の融資の合計2億3000万円を,同年7月から平成19
年2月まで,8回に分割して返済すること,原告代表者が,原告の上記返
済債務を保証すること等を内容とする契約を締結した(甲22)。
ウ原告は,KELから,上記各契約に基づいて,合計2億3000万円の
貸付けを受けたが,同貸金の返済を全くしていない(弁論の全趣旨)。
2争点
()不正競争行為の有無
ア本件情報は営業秘密に該当するか
(ア)秘密管理性の有無
(イ)有用性の有無
イ不正取得行為の有無
ウ不正の競業その他の不正の利益を得る目的の有無
()雇用契約の付随義務として負担する秘密保持義務の違反又は機密保持契
約の締結によって負担した秘密保持義務の違反の有無
()損害の発生の有無及びその額
3争点に対する当事者の主張
()秘密管理性の有無(争点()ア(ア))について
(原告)
ア本件情報は,原告が設置しているサーバーのうちの,業務支援ソフトウ
ェアである「ピボタル」に関するデータ等(以下「ピボタルデータ」とい
う。)が保存されているサーバー(以下「ピボタルデータサーバー」とい
う。)に蔵置されている(ただし,本件情報のうち,本件保守契約書情報
は,ファイルサーバーのうちの「保守契約情報」の部分に蔵置されていた
ものと推測される。)。
イピボタルデータサーバーへのアクセス制限
(ア)原告においては,その従業員にピボタルデータを使用する必要があ
ると判断される場合は,当該従業員又はその上司による申請を踏まえ,
当該従業員のクライアントパソコンからピボタルデータサーバーにアク
セスできるよう,設定が行われる。
具体的には,まず,システム管理者により,サーバー側において,当
該従業員のクライアントパソコンからネットワークへのアクセス権限が
設定され,さらに,ピボタルデータサーバーへのアクセス権限が登録さ
れ,パスワードが発行される。一方,従業員のクライアントパソコンに
は,ピボタルのソフトウェアがインストールされる。
ピボタルデータサーバーへのアクセス権限を有しない者は,ピボタル
データサーバーへアクセスすることは不可能であり,仮に,クライアン
トパソコンにピボタルソフトウェアをインストールし,自分のユーザー
IDとパスワードを入力したとしても,ピボタルデータサーバーにアク
セスすることはできない。
(イ)ピボタルデータサーバーにアクセスできる者の範囲は,別紙「プリ
ズムサーバアクセス権表」のとおりであり,アクセスできる人員を社内
の人数比でみると,平成18年9月1日時点の従業員総計39人中13
人のみである。
被告らは,SEの丁山六郎(以下「丁山」という。)が,ピボタルデ
ータサーバーにアクセスできた旨主張するが,丁山にピボタルデータサ
ーバーへのアクセス権限はなく,同サーバーへアクセスすることはでき
なかった。
(ウ)ピボタルデータサーバー自体は,厳重に施錠されたサーバールーム
に保管されていた。サーバールームの鍵は,原告内に1つしかなく,情
報システム部の責任者が管理しており,原則として,同人しか,サーバ
ールームに立ち入ることはできなかった。何らかの理由により,上記責
任者以外の者がサーバールームに立ち入る場合には,同責任者の許可を
受け,鍵を受領した上で,入退室についてノートに記録することが必須
となっていた。
ウ原告は,従業員に対して,本件情報を含めて,顧客情報等の個人情報の
重要性について注意喚起をしており,社内向けの研修の実施や対応マニュ
アルの作成をしていた。
従業員も,本件情報が原告の営業秘密であることは十分認識していた。
エ閲覧用パソコンの不存在
(ア)被告らは,平成18年3月末に原告を退職した甲田七郎(以下「甲
田」という。)が使用していたノートパソコンが,退職後も,残された
ままであり,しかも,同パソコンには,同人のユーザーIDとパスワー
ドが記載された付せんが貼付されていたから,原告の従業員は,誰でも,
同人の使用していた上記パソコンを使用して,ピボタルデータサーバー
にアクセスすることができた旨主張する。
しかしながら,甲田のパソコンが退職後も残されたのは,同人が急に
入院することとなって退職したことから,同人と同じ営業部所属の乙田
八郎及び丙田九郎において甲田の業務を引き継ぐことになり,同人のパ
ソコンに保管されているデータやメールを確認したりする必要があった
ためであり,同人のパソコンを閲覧用パソコンとしたのではない。
(イ)また,被告らは,原告従業員は,甲田のパソコンを使用して,ピボ
タルデータサーバーにアクセスしていた旨主張する。
しかしながら,営業担当者は,ピボタルデータサーバーへのアクセス
権限を与えられており,自分のパソコンからピボタルデータサーバーへ
アクセスできたのであるから,あえて,甲田のパソコンを使用してピボ
タルデータサーバーへアクセスする理由も必要性もない。
したがって,被告らの上記の主張は,事実に反することが明らかであ
る。
オ以上の点を総合考慮すれば,本件情報が秘密として管理されていたこと
は明らかである。
(被告ら)
ア原告従業員のうち,ピボタルデータが必要な者は,すべてピボタルデー
タサーバーにアクセスすることができた。
なお,原告においては,ピボタルデータサーバーにアクセスすることが
できる者の地位が明確に定められてはいなかった。
別紙「プリズムサーバアクセス権表」において,ピボタルデータサーバ
ーへのアクセス権限が認められる者として示されている者以外にも,ピボ
タルデータサーバーにアクセスすることができた者がおり,例えば,丁山
は,ピボタルデータサーバーにアクセスすることができた。
イ原告社内では,平成18年3月末に原告を退職した甲田が使用していた
ノートパソコンが,退職後も,残されたままであり,しかも,同パソコン
には,同人のユーザーIDとパスワードが記載された付せんが貼付されて
いたから,原告の従業員は,誰でも,同人の使用していた上記パソコンを
使用して,ピボタルデータサーバーにアクセスすることができた。
ウ原告の営業担当者は,業務の遂行のため,必要なピボタルデータを,従
前その担当者から入手し,アクセスできる従業員の範囲がピボタルデータ
サーバーより広い営業用サーバーに保存していた。そのため,原告内で,
営業用サーバーにアクセスすることができる者は,皆,上記のピボタルデ
ータを閲覧することができた。
エ原告において,従業員に対し,情報管理についての啓蒙が十分に行われ
ていた事実はない。
オ以上より,本件情報は秘密として管理されていなかったというべきであ
る。
()有用性の有無(争点()ア(イ))について
(原告)
ア本件情報は,顧客情報,取引金額,保守契約書情報等を内容とするもの
であるが,これらは,原告が効率的な営業活動を行うために必要不可欠か
つ重要な情報である。例えば,顧客との間の保守契約の終了時期が分かっ
ていれば,営業活動を行うに際しても,契約の更新を促したり,新製品へ
の切り換えを提案するなどして契約関係を継続発展していくことができる。
また,顧客が導入している製品の内容が分かれば,その周辺機器の売り込
みも可能となる。そして,これらの営業活動は,取引金額の大きな顧客を
重視した方がより効率的である。
イ被告らは,被告甲野を経営陣の中心として,原告の業務と同様の業務を
行う新会社を設立し,原告の従業員の引抜きや,取引先の移行を図るとい
う「ノアの箱舟建造計画」を計画していたが,同計画を前提にすれば,本
件情報は,原告の取引先である富士ゼロックス株式会社(以下「富士ゼロ
ックス」という。)を介して,原告と間接的に競合関係にあるKEL,及
び上記新会社にとって有益であることは明らかである。
この点,被告らは,有用性の判断は,情報の保有者を対象として判断す
べきであり,情報を開示した者又は情報の開示を受けた者を対象として判
断すべきではない旨主張する。
しかしながら,情報の保有者と競合関係にある第三者が,当該第三者に
とって有用な情報の開示を受けたとすれば,当該第三者はこれにより利益
を得ることができ,一方,これにより,情報を奪われた保有者は不利益を
受けることなる。そして,情報を開示した被告らは,本件情報を利用して,
原告と競合する事業を行おうとしていた。
したがって,本件において,情報を開示した者又は情報の開示を受けた
者にとって,本件情報が有用であることは十分な意味を持つ。
ウ以上より,本件情報に有用性が認められる。
(被告ら)
ア本件情報は,単に契約金額等を羅列したものであり,その金額等も概数
であるものが多い。本件情報を利用して同種製品を効率的に販売すること
など全く考えられないものであり,本件情報は,営業活動に全く役に立た
ない。
イ原告は,本件情報は,被告らが設立する新会社及びKELにとって有用
性が認められる旨主張するが,有用性は,情報の保有者を対象して判断す
べきであり,情報を開示した者又は情報の開示を受けた者を対象として判
断すべきではないから,原告の上記主張は失当である。
ウまた,そもそも,KELにとって,本件情報に有用性はない。
すなわち,本件情報は,原告が締結した保守契約に関するものであると
ころ,保守事業は,製品を納入した業者が行うものであって,通常,第三
者が行えるものではないから,第三者が本件情報を取得しても,第三者の
事業には何ら役立たないのである。
エしたがって,本件情報に有用性は認められない。
⑶不正取得行為の有無(争点⑴イ)について
(原告)
被告らは,不正の手段により,原告の営業秘密である本件情報を取得した。
(被告ら)
否認する。
⑷不正の競業その他の不正の利益を得る目的の有無(争点()イ)について
(原告)
ア被告らは,KELによる出資等の協力を得た上で,原告と事業内容が酷
似する新会社を設立し,被告らを含む少なくとも原告の従業員十数名を引
き抜き,原告の現在の顧客を対象として営業活動を行うことを目的として,
KELに対して,本件情報を開示したのであるから,当該開示行為は,不
正の競業その他の不正の利益を得る目的を持ってされたものと認められる。
イ被告らは,原告がKELとの間で,平成18年4月7日に締結した,原
告がKELから1億円を借り受けることを内容とする本件覚書合意に基づ
き,本件情報をKELに開示したのであるから,同開示行為は正当な業務
行為であると主張するが,以下の理由から,被告らの同主張は失当である。
(ア)原告は,被告甲野に,KELとの交渉役を担当させていたが,同人
に対し,その交渉に必要な包括的な権限を与えていたことはない。
(イ)KELに対して資料を開示するか否かは,原告の代表取締役が最終
的に判断すべきことであり,被告らが判断すべきことではない。仮に,
KELから原告あてに正式な依頼があれば,資金繰り等経理の状況につ
いては,直接経理担当者あてに問い合わせがあるはずであり,また,原
告社内においても,経営陣の判断に基づく資料を提出するはずである。
それにもかかわらず,被告らの独断に基づき,正式なルートを通さずに,
原告の重要な情報が流出した事実からすれば,被告らの上記行為には,
被告らによる強い背信的意図が感じられる。
(ウ)仮に,本件情報をKELに開示したことが正当な開示であるのであ
れば,被告らは,原告の許可なく,かつ,業務時間外の日曜日に,わざ
わざKELの甲山及び乙山を原告オフィスに引き入れ,資料を閲覧させ
るなどの行動をとるはずがない。
(エ)被告丙野は,原告オフィス内で本件情報を開示した日の翌日,KE
LのA及び丙山あての電子メールにおいて,「新体制新会社設立に向け,
事業計画根拠の整理・立案を進めております」とした上,「昨日の日曜
日には乙山室長,甲山部長にご協力頂いております」と記している。こ
のことから,KELに対する情報開示が,本件覚書合意に基づく開示で
はなく,新会社設立に向けての準備行為であることは否定できない。
(オ)被告らは,原告オフィス内で,本件情報をKELの甲山及び乙山に
開示した際,原告取締役である乙川花子(以下「乙川」という。)も同
席して,上記開示行為を認識していた旨主張するが,乙川は,被告らが
KELの甲山及び乙山に本件情報を開示したことに対して,不審極まり
ないと感じていた。
(被告ら)
アKELとの本件覚書合意締結に至る経緯
(ア)原告は,平成16年11月ころ,KELとの間で,委託料を700
0万円として,ソフトウェアの開発委託契約を締結したが,納期までに
製品を完成することができず,納期を先延ばしにしていたところ,原告
の資金繰りが悪化したため,平成18年3月ころ,KELに対し,未だ
完成していない上記製品の開発に要する資金の融通を申し入れた。
これに対し,KELは,原告の支払能力及び今後の追加融資の可能性
を判断するために,KELが要求する資料を原告が開示することを条件
として,原告の上記申入れを了承した。
このようにして,原告及びKELは,同年4月7日,KELが原告に
対して,返済期限を同年6月30日として,1億円を貸し付けること等
を内容とする本件覚書合意を締結し,これに基づき,KELは,原告に
1億円を貸し付けた。
(イ)原告は,その後も,資金繰りが苦しく,KELに対して,更なる開
発費用の融資を要求し,これを受け,原告及びKELの間で,同月12
日,KELが原告に対して,追加融資として,1億3000万円を貸し
付けること,その返済期限については,本件覚書合意に基づき貸し付け
た1億円との合計2億3000万円を,同年7月から平成19年2月ま
で,8回に分割して返済すること等を内容とする合意をした。
(ウ)しかし,原告は,上記の各貸金を全く返済していない。
イ本件覚書3条は,原告に対して,KELに,原告の資金繰りの状況を示
す資料を開示する義務を負わせているところ,KELは,平成18年9月
上旬ころ,原告に対し,本件覚書3条に基づき,原告の資金繰りの状況を
示す資料の開示を要請したため,被告丙野や,対外的には原告の営業本部
本部長補佐として業務を行っていた被告甲野らは,同条の義務を履行する
ため,本件情報をKEL担当者に開示した。
すなわち,被告甲野は,原告におけるKEL担当者であったが,原告に
対し2億3000万円もの融資を行ったものの返済を一切受けていなかっ
たKELから,上記貸付金についての具体的な返済方法及び返済原資の有
無等についての納得のいく説明を求められ,この求めに応じなければ,K
ELから法的措置を採られてしまうおそれがあると考え,自ら,又は,被
告丙野に指示して,KELに対し,本件情報を開示したのである。
原告としては,KELの上記開示要請を拒む余地はないことから,被告
甲野は,個々の開示について,原告代表者らの判断を仰ぐ必要がないと判
断したものである。
ウ被告甲野は,平成16年以降,原告のKEL担当者として,被告丙野ら
と共に,KELとの交渉に当たってきたのであり,原告は,被告甲野が,
原告のKEL担当者としてKELと交渉するに当たり,同被告に対して,
必要な権限を包括的に与えていた。
なお,被告甲野らとKELの担当者が,本件保守契約書情報に係る書類
の確認を行っている際,乙川も,その場に同席しており,乙川とKEL担
当者は,原告の会社経営の今後等について話をしている。乙川は,当然,
被告らがKEL担当者に本件保守契約書情報を開示していることを認識し
ていた。
エ被告らは,以上の経緯で本件情報をKELに開示したのであるから,同
開示行為は,不正の競業その他の不正の利益を得る目的でされたものとい
うことはできない。
()雇用契約の付随義務として負担する秘密保持義務の違反又は機密保持契
約の締結によって負担した秘密保持義務の違反の有無(争点())について
(原告)
ア雇用契約に基づく付随義務違反
従業員は,雇用契約に基づく付随義務として,使用者の営業上の秘密を
保持する義務を負担している。
被告丙野,被告乙野及び被告丁野は,被告の従業員であったのであるか
ら,雇用契約に基づく付随義務として,秘密保持義務を負担していた。
したがって,上記被告らが,本件情報をKELに開示したことは,上記
の秘密保持義務違反となり,上記被告らは,原告に対して,債務不履行に
基づく損害賠償責任を負う。
イ契約違反
被告甲野は,原告との間で機密保持契約を締結して(甲15),原告の
機密情報を原告の事前の書面による承諾を得ることなく,いかなる第三者
に対しても開示又は提供しないことを約している。したがって,同被告が,
本件情報をKELに開示したことは,上記契約によって負担した機密保持
義務に違反し,同被告は,原告に対して,債務不履行に基づく損害賠償責
任を負う。
また,被告丙野は,原告に入社する際,原告に対して誓約書(甲16)
を提出し,就業したことにより知り得た技術上・営業上のすべての情報及
び顧客情報に関するすべての情報が秘密情報に含まれるとした上で,原告
の許可なく,プロジェクト等に直接関与していない者,情報を知り得ない
者に対して,当該秘密情報を開示,漏洩しないこと,及び自ら使用しない
ことを約束している。したがって,被告丙野が本件情報をKELに開示し
たことは,同被告が上記誓約書の提出によって負担した機密保持義務に違
反し,同被告は,原告に対して,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
(被告ら)
被告らが本件情報をKELに開示したのは,前記()で主張したように,
本件覚書3条及び被告甲野が有する包括代理権に基づく正当な業務であるか
ら,被告らが債務不履行責任を負うことはない。
⑹損害の発生の有無及びその額(争点())について
(原告)
アKELは,プリンタ等の販売,リース及び保守等を主要な業務としてお
り,その最大の得意先は,日本IBM株式会社のホストユーザ(以下「I
BMホストユーザ」という。)であるところ,原告の主要顧客の1つであ
る富士ゼロックスも同様にIBMホストユーザを顧客としており,IBM
ホストユーザのほとんどは,KELか富士ゼロックスのいずれかの製品を
使用している。
昨今,プリンタ業界では,大型汎用プリンタによる一極集中印刷から,
オープン系の中小型プリンタによる分散印刷へ移行する流れにあり,KE
Lや富士ゼロックスも,中小型プリンタの販売に力を注いでいる。
富士ゼロックスは,新規顧客や自社製品の既存ユーザに対し,中小型プ
リンタを販売又はリースする際,帳票出力システムとして,原告の製品を
販売しており,原告は,当該販売先との間で保守契約を締結している。
以上のことから,本件情報は,富士ゼロックスの顧客に関する情報とし
ての意味を有しており,KELは,本件情報を入手できれば,富士ゼロッ
クスの顧客の中小型プリンタの使用期間の終了時期も容易に想像でき,タ
イミングよく,富士ゼロックスの製品からKELの製品への切り換えを促
すことが可能となる。
イ原告の受けた損害
(ア)被告らは,「ノアの箱舟建造計画」という新会社設立計画の実現に
向け,本件情報の開示行為以前から,原告に対する背任行為を重ねてき
た。被告らは,徐々に原告における業務を著しく怠るようになり,被告
らの一連の背信行為によって,原告の売上げは減少し始めていた。
(イ)そして,前記アのとおり,KELは,本件情報を分析することによ
り,富士ゼロックスの顧客である原告の顧客に働きかけ,同顧客を原告
から奪うことができるのであり,被告らが,KELに対して本件情報を
開示したことにより,原告の顧客が奪われ,原告の業績は悪化の一途を
辿り,このようにして,原告は,民事再生手続を申し立てるに至った。
(ウ)原告の利益の減少額
a売上げの減少額
(a)被告らは,本件情報をKELに対して開示したことにより,原
告の売上げは,以下のとおり,減少した。
原告の富士ゼロックスに対する売上げは,平成17年10月から
平成18年3月までの期間(以下「上期」という。)は,合計72
52万9580円であったが,平成18年4月から同年9月までの
期間(以下「下期」という。)は,合計771万4380円まで減
少し,その減少額は約6500万円である。
原告の富士ゼロックスに対する売上げの内訳は,①原告の主力ソ
フトウェアであるDURL及びFormHelper(以下「F
H」という。)の販売,②同製品の保守事業,③その他単発で行う
受託開発やソフトウェアの導入支援等によるものに大別することが
できる。
上記のうち,DURL及びFHの売上げの減少額は,上期の42
46万8300円から,下期の717万7080円を控除した35
29万1220円であり(減少率は約83パーセントとなる。),
DURL及びFHの保守事業による売上げの減少額は,上期の58
7万5000円から,下期の26万7300円を控除した560万
7700円である(減少率は,約95パーセントとなる。)。
(b)この点,被告らは,原告における売上げの減少の理由は,原告
の製品開発の問題であって,被告らの本件情報の開示行為とは関係
がない旨主張する。
しかしながら,原告のすべての取引先に対する,DURL及びF
Hの売上げの減少率は約46パーセント,保守事業による売上げの
減少率は約37パーセントであり,富士ゼロックスに対する売上げ
の減少率のみが飛び抜けて高い。このことから,原告における売上
げの大幅な減少の主たる原因は,被告らのKELへの本件情報の開
示行為であることは明らかである。
b控除すべき経費
(a)原告が富士ゼロックスに対するDURL及びFHの販売並びに
同製品の保守事業のためにのみに要した経費としては,梱包費及び
運送費が挙げられるが,これらの金額は,上期は合計26万222
6円であり,下期は合計21万2866円であった。
(b)DURL及びFHは,原告が開発を行ったソフトウェアである
が,その開発は,平成17年10月以前に既に完了しているから,
同開発費用は控除の対象とならない。
(c)原告の保守事業は,電話や訪問によるサポート作業を外注する
ことで行われており,原告は,保守事業の経費として,外注費を負
担していた。しかし,このサポート作業は,原告の保守契約先すべ
てに対して行っていたものであって,富士ゼロックスに限られてい
たわけではない。また,電話によるサポートについては1名の作業
員が,訪問によるサポートについては1名程度の作業員が,それぞ
れ担当していたにすぎず,サポート作業が少なくなったとしても,
同作業を行うために最低2名程度の作業員は必要となる。
したがって,保守事業における外注費は,原告が保守事業を行え
ば必ず必要となる固定費というべきものであって,富士ゼロックス
に対する売上げの多寡によって変動するものではないから,同外注
費は,控除の対象とはならないというべきである。
c以上を前提に,原告の利益の減少額を計算すると,その額は,富士
ゼロックスに対するDURL及びFHの販売並びに同製品の保守事業
による上期の利益である4808万1074円(4246万8300
円+587万5000円−26万2226円)から,下期の利益であ
る723万1514円(717万7080円+26万7300円−2
1万2866円)を控除した4084万9560円となる。
ウ被告らの得た利益(不正競争防止法5条2項による損害額の算定)
通常,企業が新規に顧客を開拓するためには,営業部員による営業活動
や様々な広告宣伝が必要であり,また,新しく設立された会社は,製品開
発のために多額の費用を投じなければならない。
ところが,被告らは,原告と競合する新会社を設立し,本件情報を利用
して原告の既存の顧客を奪うことで,上記の手間と費用をかけることなく,
容易に年間約6300万円以上の売上げを得ることができた。
したがって,被告らは,本件情報の開示行為により,少なくとも100
0万円の利益を得たといえる。
エ以上より,本件情報の開示行為により原告が実際に被った損害という側
面から見ても,本件情報の開示行為により被告らが得た利益(不正競争防
止法5条2項により,この利益が原告の損害額と推定される。)という側
面から見ても,原告が,本件情報の開示行為について,被告らに請求し得
る損害額は,1000万円を下らない。
(被告ら)
ア原告の利益の減少に係る原告の主張について
(ア)原告は,原告の売上額の減少の主張において,原告の平成17年1
0月から平成18年3月までの期間(上期)の売上げと,同年4月から
同年9月までの期間(下期)の売上げを比較しているが,本件訴訟にお
いて,原告が問題とする被告らの開示行為は,すべて同年9月3日以降
に行われているから,原告の上記主張に係る売上げの減少と被告らの開
示行為との間に因果関係は認められない。
(イ)また,本件情報をKELに開示したことにより,原告の売上げが減
少したというためには,KELが本件情報を利用して原告の顧客に売り
込みを行い,その結果,原告の顧客が原告との契約を打ち切ってKEL
と契約したという事実の立証が必要であるところ,本件において,原告
はそのような立証をしていない。
(ウ)原告の売上げの減少は,原告が開発した製品の品質の悪さ,度重な
る納期の遅れ等による信用失墜が主たる原因なのであり,被告らの開示
行為とは無関係である。
イ被告らの得た利益に係る原告の主張について
原告は,被告らが設立した会社において,本件情報を利用することによ
り,少なくとも1000万円の利益を得た旨の主張をしているが,被告ら
の新会社設立の構想は,あくまでも構想にとどまっており,新会社の設立
登記はされておらず,また,その申請もされていない。仮に,被告らが新
会社を設立し,同社が利益を上げていたという事実があったとしても,新
会社が得た利益が本件情報の開示行為に基づくものであることの主張立証
はなく,また,そもそも,新会社と被告らは別の法人格である以上,新会
社の利益を被告らの利益と同視することはできない。したがって,原告の
上記主張は失当である。
ウ以上より,損害に係る原告の主張は,いずれも失当である。
第3当裁判所の判断
1事実認定
上記争いのない事実等,証拠(甲1,6,8ないし10,12,14の1な
いし4,18,23ないし25,46,52,56,乙1)並びに弁論の全趣
旨によれば,以下の各事実が認められ,これに反する証拠はない。
()当事者
ア原告は,帳票類の管理に関する業務用ソフトウェアの開発,製造及び販
売のほか,販売した製品の保守業務等を行っている株式会社であり,平成
2年3月に設立され,平成18年11月2日,再生手続開始の申立てをし
た。
イ被告乙野,同丙野及び同丁野は,原告の元従業員であり,いずれも営業
本部に所属しており,被告丙野は,営業本部営業1部の部長の地位にあっ
た。被告甲野は,平成15年2月29日,原告との間で,ソフトウェアの
事業開発及び販売活動支援の業務を行うことを内容とする業務請負契約を
締結し,同年3月から,上記業務を行っており,対外的な肩書きは,営業
本部本部長補佐であった。
()本件情報の開示
ア被告丙野は,平成18年9月3日,被告甲野の承諾を得て,原告の本社
内において,KELの甲山及び乙山に対して,本件保守契約書情報を開示
した。
イ被告甲野は,同月10日,乙山に対して,別紙営業秘密目録第3記載の
情報を,電子メールにより送付した。
ウ被告丙野は,同月22日,KELの丙山に対して,別紙営業秘密目録第
1記載の情報を,電子メールにより送付した。
()被告らによる新会社設立計画
被告らは,被告甲野が中心となって,原告と競業する新会社の設立を計画
し,そのための準備をしていたが,同計画による新会社の設立はされなかっ
た。
4損害の発生の有無及びその額(争点())について
事案にかんがみ,まず,争点()について検討する。
()原告が受けた損害について,原告は,①原告の利益の減少を原告の受け
た損害とし,また,②不正競争防止法5条2項により,被告らが得た利益を
原告の受けた損害とすると主張している。
()そこで,まず,被告らが本件情報をKELに開示したことにより,原告
に損害が発生したとえいるかについて検討する。
原告は,上期(平成17年10月から平成18年3月までの期間)におけ
る原告の富士ゼロックスに対する売上げは,合計7252万9580円であ
ったが,下期(平成18年4月から同年9月までの期間)における同売上げ
は,合計771万4380円となり,その減少額は約6500万円である旨
主張する。
しかしながら,本件記録を精査しても,原告の上期及び下期における上記
の売上高について,上記主張を認めるに足る証拠はない。
また,この点を措くとしても,原告の主張する本件情報の開示行為は,上
記1()認定のとおり,平成18年9月3日以降に行われているのであるか
ら,同年4月から9月までの下期の売上高の合計額が,上期(平成17年1
0月から平成18年3月までの期間)の売上高の合計額より減少しているこ
とは,本件情報の開示行為により原告の売上高が減少したことを示すもので
はないことは明らかである(なお,原告の毎年の下期の売上げが,9月のみ
に集中していたような特段の事情も認められない。)。原告も,本件情報の
開示行為以前から,原告の売上高は減少している旨自認しており(弁論の全
趣旨),これを前提とすると,仮に,本件情報の開示行為以降に原告の売上
高が減少したという事実が認められたとしても,それは,本件情報の開示行
為に起因するものではなく,原告の経営状況や市場の動向等の他の要因によ
るものと推測される。
その他に,本件情報の開示行為により,原告に損害が発生したことについ
ての主張立証はない。
したがって,本件情報の開示行為により,原告に損害が発生したとは認め
られない。
()原告に損害が発生したことが認められない以上,損害についての原告の
主張には理由がないが,念のため,被告らが,本件情報をKELに開示する
ことにより利益を得たといえるかについて検討する。
原告は,被告らが,原告と競合する新会社を設立し,本件情報を利用して
原告の既存の顧客を奪うことで,営業活動,宣伝活動及び製品開発のための
費用をかけることなく,年間約6300万円以上の売上げを得ることができ
た旨主張する。
しかしながら,前記1()で判示したとおり,被告らは,原告と競合する
新会社の設立の計画を立て,その準備をしていたが,新会社の設立には至ら
なかったのであるから,原告の上記主張は,その前提に誤りがある。また,
被告らが,本件情報をKELに開示したことにより何らかの利益を得たこと
を認めるに足る証拠もない。
したがって,本件情報の開示行為により,被告らが利益を得たとは認めら
れない。
()以上より,損害の発生等に関する原告の主張を認めることはできない。
第4結論
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず
れも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官山田真紀
裁判官佐野信

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