弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人D名義の上告理由一および三について。
 商法は、株式会社の取締役の第三者に対する責任に関する規定として二六六条ノ
三を置き、同条一項前段において、取締役がその職務を行なうについて悪意または
重大な過失があつたときは、その取締役は第三者に対してもまた連帯して損害賠償
の責に任ずる旨を定めている。もともと、会社と取締役とは委任の関係に立ち、取
締役は、会社に対して受任者として善良な管理者の注意義務を負い(商法二五四条
三項、民法六四四条)、また、忠実義務を負う(商法二五四条ノ二)ものとされて
いるのであるから、取締役は、自己の任務を遂行するに当たり、会社との関係で右
義務を遵守しなければならないことはいうまでもないことであるが、第三者との間
ではかような関係にあるのではなく、取締役は、右義務に違反して第三者に損害を
被らせたとしても、当然に損害賠償の義務を負うものではない。
 しかし、法は、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しか
も株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行に依存するものであることを
考慮して、第三者保護の立場から、取締役において悪意または重大な過失により右
義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の
行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損
害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を
被つた場合であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の
責に任ずべきことを規定したのである。
 このことは、現行法が、取締役において法令または定款に違反する行為をしたと
きは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧規定(昭和二五年法律第十
六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取締役の責任の客観的要件に
ついては、会社に対する義務違反があれば足りるものとしてこれを拡張し、主観的
要件については、重過失を要するものとするに至つた立法の沿革に徴して明らかで
あるばかりでなく、発起人の責任に関する商法一九三条および合名会社の清算人の
責任に関する同法一三四条ノ二の諸規定と対比しても十分に首肯することができる。
 したがつて、以上のことは、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失に
より直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を
賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、取締役の任務懈怠により損害を
受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意または重大な過失を主張
し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主張し
立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定により、取締役に対し損害の賠償を
求めることができるわけであり、また、同条の規定に基づいて第三者が取締役に対
し損害の賠償を求めることができるのは、取締役の第三者への加害に対する故意ま
たは過失を前提として会社自体が民法四四条の規定によつて第三者に対し損害の賠
償義務を負う場合に限る必要もないわけである。
 つぎに、株式会社の代表取締役は、自己のほかに、他の代表取締役が置かれてい
る場合、他の代表取締役は定款および取締役会の決議に基づいて、また、専決事項
についてはその意思決定に基づいて、業務の執行に当たるのであつて、定款に別段
の定めがないかぎり、自己と他の代表取締役との間に直接指揮監督の関係はない。し
かし、もともと、代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行
を担当する職務権限を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社の
ため忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般にわたつて意を用いるべき義
務を負うものであることはいうまでもない。したがつて、少なくとも、代表取締役
が、他の代表取締役その他の者に会社業務の一切を任せきりとし、その業務執行に
何等意を用いることなく、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過す
るに至るような場合には、自らもまた悪意または重大な過失により任務を怠つたも
のと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、原審は、
 一、訴外Eは、訴外F工業株式会社の資産状態が相当悪化しており約束手形を振
り出しても満期に支払うことができないことを容易に予見することができたにもか
かわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠つたため、その支払の可能なこ
とを軽信し、代金支払の方法として右訴外会社代表者としての上告人名義の本件七
二万円の約束手形を振り出した上、被上告人をして本件鋼材一六トンを引き渡させ、
右約束手形が支払不能となつた結果、被上告人に右金額に相当する損害を被らせた
こと
二、右訴外会社の代表取締役である上告人は他の代表取締役であるEの職務執行上
の重過失または不正行為を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、著しくこ
れを怠り、訴外会社の業務一切をEに任せきりとし、自己の不知の間に同人をして
支払不能になるような前示訴外会社代表者上告人名義の本件約束手形を振り出して
本件取引をさせ、上告人の代表取締役としての任務の遂行について重大な過失があ
つたことにより、被上告人に前記損害を被らせるに至つたものであること
 を認定し、商法二六六条ノ三第一項前段の規定に基づいて、上告人に損害賠償の
責任があるとしているのである。原審の右判断は、さきに説示したところに徴すれ
ば、正当として是認できる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することがで
きない。
 同二および四について。
 原判決の認定によれば、前記のように、上告人が右訴外会社の代表取締役に就任
中重大な過失による任務懈怠により被上告人に損害を被らせたというのであるから
上告人には右損害を賠償すべき義務があるものというべく、その後、上告人が所論
のように取締役を辞任したとしても、右義務に影響を及ぼさないものというべきで
ある。原判決に所論の違法はなく、論旨は採ることができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同松田二郎、
同岩田誠、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判
決する。
 裁判官松田二郎の上告理由一についての反対意見は、次のとおりである。
 私は、商法二六六条ノ三についての多数意見に対して、反対するものである。
 私の解するところによれば、同条第一項は、取締役が対外的の業務執行につき第
三者に対し不法行為に因つて損害を与えた場合における規定であつて、次のような
性質を有するものである。第一に、そこにいう「悪意又ハ重大ナル過失」は、取締
役の対外関係について存することを必要とする。すなわち、それは取締役の対会社
関係の任務懈怠において存するものではない。第二に、不法行為についてのこの規
定は、民法七〇九条に対して特別規定の関係に立ち、同条の適用を排除するもので
ある。すなわち、この場合、取締役は、対外的の業務執行上の不法行為につき、悪
意又は重大な過失のある場合に限り、第三者に対してその責に任ずるのであつて、
軽過失については責に任ずるものではない。第三に、この規定は、いわゆる「直接
損害」についての取締役の責任に関するものであつて、いわゆる「間接損害」に関
するものではない。第四に、商法二六六条ノ三第一項は、右のように、第三者に対
し直接、不法行為によつて損害を与えた取締役の責任に関するものである。そして、
それ以外の取締役は、同条第二項が定める要件の存するときに、第三者に対して責
に任ずることになるのである。私は、以下において多数意見を批判しつつ、自己の
見解をいささか詳論したいと考える。
(一) 多数意見は、商法二六六条ノ三について、次の如く主張する。曰く「もとも
と会社と取締役とは委任の関係に立ち、取締役は、会社に対して受任者として善良
な管理者の注意義務を負い(商法二五四条、民法六四四条)、また、忠実義務を負
う(商法二五四条ノ二)ものとされているのであるから、取締役は自己の任務を遂
行するに当たり、会社との関係で右義務を遵守しなければならないことはいうまで
もないことであるが、第三者との間ではかような関係にあるのではなく、取締役は、
右義務に違反して第三者に損害を被らしめたとしても、当然に損害賠償の義務を負
うものではない」と。すなわち、多数意見によれば、取締役は、本来第三者に対し
いわば無責任の存在なのである。しからば、何故に取締役はその第三者に対して責
任を負うのであろうか。この点につき、多数意見はいう。「しかし、法は株式会社
が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動は、その
機関である取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して、第三者保護の
立場から、取締役において悪意または重大な過失により右義務に違反し、これによ
つて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との
間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて
第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問
うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定
したのである」と。これが、多数意見の前記法条について採る基本的の立場である。
そして、この多数意見は、次のような点にその特徴を有する。第一に、多数意見は、
右法条にいう「悪意又は重大なる過失」をもつて、取締役の対会社関係の職務執行
における任務懈怠に関するものとするのである。すなわち、多数意見によれば、こ
こにいう「悪意又は重大なる過失」は、取締役の対外的職務執行における不法行為
上の「悪意又は重大なる過失」を意味するのではないのである。従つて、取締役の
任務懈怠により損害を受けた第三者としては、「その任務懈怠につき取締役の悪意
または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または
過失のあることを主張し立証するまでもない」とされるのである。第二に、多数意
見は、取締役が任務懈怠して、悪意または重大なる過失によつて第三者に損害を被
らしめたときは、「会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を
生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であると問うことなく、当該
取締役は直接第三者に対し損害賠償の責に任ずる」とすることである。そして、商
法二六六条ノ三を論ずる際に通常用いられる表現に従えば、多数意見は、いわゆる
直接損害、すなわち、第三者に直接に加えた損害と、いわゆる間接損害、すなわち、
会社に損害を生ぜしめ延いて第三者に被らしめた損害との双方に対して、取締役は
その責に任ずるというのである。この点は、従来の学説上、あるいは取締役は直接
損害について責任があるものとし、あるいは間接損害について責任があるものとし
て争われたところであるが、多数意見は、取締役が直接損害と間接損害の双方につ
いて責に任ずるものとし、その責任の範囲をきわめて広く認めるものなのである。
 更に、多数意見の特徴は、商法二六六条ノ三と民法の不法行為との関係について
の主張である。曰く、「取締役がその職務を行なうにつき、故意または過失により
直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法行為の規定によつて、その損害を賠償
する義務を負う」と。すなわち、取締役に対して商法の右法条と民法の不法行為の
法条との双方の責任を認めるのであり、責任原因をきわめて広きにわたつて認める
のである。その結果、多数意見によれば、取締役は、職務執行につき「軽過失」に
よつて直接第三者に損害を加えた場合にも、民法の不法行為の規定によりその責を
負うというのである。
 思うに、商法二六六条ノ三については学説きわめて乱立し、殆ど帰一するところ
がなく、比較法的に見ても、取締役の責任は難解のものを多く見るのであるが(た
とえばフランス法の actions sociales)、多数意見はこの難問
に対して、右のような見解を表明しているのである。しかし、わが国のこの点の立
法は、沿革上、外国の諸法制を個々的に採用したため、そこには、ドイツ法系のほ
かスイス債務法や米法、仏法の法系のものも混在していて、問題の解決は甚しく困
難になつているのである。
(二) 一体、多数意見が、いかなる根拠に基づいて、取締役に対して右のような重
大な責任を負わしめるのであろうか。この根拠こそ、まず問うべきところである。
多数意見は、これに関して、次の二つの点からこれを理由づけようとするものと思
われる。一は実質的の理由であり、他は沿革的の理由である。
 まず、前者について検討したい。この点に関し、多数意見のいうところはきわめ
て簡単であり、数行に尽きる。曰く、「法は、株式会社が経済社会において重要な
地位を占めていること、しかも株式会社の活動はその機関である取締役の職務執行
に依存するものであることを考慮して、第三者保護の立場から……規定したのであ
る」と。もとより、現在の資本主義経済のうちにおける株式会社の強大な力に思を
いたすとき、その機関である取締役の責任が重大なるべきことは、一応当然である
と考えられる。しかし、人的会社において無限責任社員が会社債務につき、無限責
任を負担することのあるのは、会社の実質が個人企業に近く、第三者としては無限
責任社員の資力を重視するからである。すなわち、この場合は、会社の資産状態に
比して無限責任社員の資力がきわめて重い比重をもつものといえよう。しかるに、
何が故に物的会社である株式会社において、取締役が第三者に対して多数意見のい
うような重大な責任を負担するのであろうか。これは、当然生ずる疑問であろう。
けだし、商法は株式会社の資本充実を可及的に図り、これによつて第三者保護を期
しているからである。更に、また、特別法である無尽業法によれば、無尽業を営む
株式会社において、会社財産を以てその債務を完済すること能わざるに至つたとき、
無尽契約に基づく会社債務につき各取締役が連帯してその弁済の責に任ずるのであ
るが(無尽業法一一条)、このことと対比しても、何が故に一般法たる商法上の株
式会社において、取締役が多数意見のいうような重大な責任を負担するのであろう
か。このように考えてくるとき、多数意見が株式会社取締役の責任加重の理由とし
て述べるところは、余りにも簡単であり抽象的であつて、われわれのいだく疑問に
対して十分の説明を与えないものと思われる。
 (1) 思うに、近代における株式会社法発展の跡を見るならば、それは株式会社
の大企業化に伴う構造変革に照応して来たことを知り得るのである。わが国におい
ても、明治四四年、昭和一三年、そして昭和二五年の大改正は、いずれもこの経過
を示すものである。ことに昭和二五年の大改正は、従来主としてドイツ法系に立つ
ていたわが株式会社法に対し、アメリカ法系を大幅に採用し、新たに授権資本、無
額面株式などの制度を輸入したが、これは、株式会社が社員たる株主より独立した
ところの「企業自体」として存在することをますます明らかならしめたものである。
そして、「企業自体」の存在が明らかになればなるほど、第三者に対し「企業自体」
が責任を負うこととなるのは当然であり、ここに「企業責任」が重視されることと
なる。今や、立法論として、企業に無過失責任すら負わしむべしと主張されている
のである。法そのものも、人的会社においては、その対外的信用の基礎を必ずしも
会社の資産にのみ依存せしめていないのに対し、株式会社においては、対外的信用
の基礎を取締役の資力に置かず、会社自体の資産に依らしめているのである。従つ
て、今や商法はこれに応じて、株式会社が企業責任を果し得るため、ますます資本
の充実を極力図るのである。既に、昭和一三年の改正法は、整理の場合、会社の取
締役に対して有する損害賠償請求権につき、取締役の財産の保全処分を行い得るも
のとし、また査定という便法を定めたが(商法三八六条一項八・九号)、さらに昭
和二五年の改正法は、取締役の会社に対する責任原因を従来に比して一層明確にし
(商法二六六条)、株主の代位訴訟の制度(商法二六七条以下)をも新たに採用し
たのである。そして、これらは、いずれも取締役の責任を強化したものであるが、
この改正によつて法の遂げようとするところは、会社資本の充実であり、換言すれ
ば、取締役の責任強化の目指すところも、会社の資本充実のために外ならないので
ある。そして、その結果として、第三者は間接に利益を享受することとなり、会社
資本が充実されると、第三者は直接、取締役個人に責任を追求する必要がなくなる
わけである。
 思うに、およそ団体は、それが私法上のものであると公法上のものであるとを問
わず、その団体の資産的基礎が鞏固であるかぎり、団体そのものが対外的に責任を
負えば足り、その構成員または機関構成員をしてその責に任ぜしめる必要はないも
のといえよう。けだし、それによつて第三者の利益は十分保護され得るからである。
国家または公共団体の公務員がその職務を行うについて、故意または過失によつて
違法に他人に損害を加えたとき、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる
が(国家賠償法一条)、その職務執行に当つた公務員は、行政機関としての地位に
おいても、個人としても、被害者に対しその責任を負担しないとされるのは(最高
裁判所昭和二八年(オ)第六二五号同三〇年四月一九日第三小法廷判決、民集九巻
五号五三四頁参照)、このことを示すものといえよう。もとより、株式会社が、国
家やその他の公共団体と団体としての性質上、異なるところのあることは敢て多言
を要しない。しかし、対第三者の関係においては、そこに団体法としての見地より
共通の法理――すなわち、資力ある団体においては、団体が対外的に責に任ずる法
理――の発現を看取し得るのである。しかも、そのような団体において、業務執行
の機関にある者が内容の煩瑣な職務を迅速且つ多量に行わなければならない場合、
何人と雖も避け難いほどの軽過失についてまで、その者に責に任ぜしめるとしたら、
何人もその職に堪えないのである。そして、そこにも亦責任軽減の要求が生じる。
このような観点に立つて考察するとき、団体の不法行為についてその機関が個人と
しても責任を負うか否か、また、その責任の限度如何は、団体によつて解決が異な
り得るのであつて、民法上の公益法人が不法行為をした場合、機関個人にも第三者
に対して責に任ぜしめることが被害者たる第三者の保護に厚い所以であるとしても、
これを根拠として、株式会社が第三者に対し不法行為をした場合、機関たる取締役
にもこれと同様の責任を認めるべしとは、必ずしもいい得ないであろう。けだし、
商法の予定する株式会社は、私法団体のうちにあつて最も資力が充実しているべき
ことを前提とし、その取締役は、内容煩瑣な職務を迅速且つ多量に行うことを前提
としているからである。そして、このことは、商法が民法に対して自主性を保有し、
ことに商法上の制度たる株式会社がまとまつた一体としての独自の法域を形成して
いるため、民法の法人の理論に負うところが少ないことからも、容易に理解し得る
ところである。現に、株式会社の取締役につき、民法の法人の規定の準用されるも
のは、きわめて僅かなのである(商法二六一条三項による商法七八条二項の準用に
よる民法四四条一項及び五四条参照)。この点に関し、ドイツ法上、民法の法人が
不法行為をした場合、その機関個人にも責任が認められているのに拘らず、株式会
社が不法行為をした場合、その取締役の不法行為の責任が著しく制限されているこ
とは、注目に値するのである(この点に関し、大審院が「株式会社の取締役が其の
職務を行うに付、他人に損害を加えたときは、取締役個人としても賠償の責に任ず
べきものとす」とし(大審院昭和七年五月二七日判決、民集一一巻一一号一〇六九
頁)、何等の制限を付さなかつたのは、不当であると考える。もつとも、この判例
は現行商法二六六条ノ三制定以前のものであるから、現行商法の下で改めて検討さ
れるべきものなのである)。
 (2) しかるに、既に述べたように、多数意見は、株式会社の取締役の第三者に
対する責任をきわめて広範囲に認めようとする。私には、それがわが国の株式会社
についての特殊事情に因るものと思われてならないのである。
 思うに、わが国の株式会社数は、今や登記簿上八五万以上という巨大の数に達し
ている(昭和四四年一月一日現在)。そして、これを西独において株式会社数(正
確には株式合資会社の数をも含めて)が僅かに数千であるのに比較するとき、その
差は正に天地霄壤の差というべく、わが国に株式会社形態の企業のあまりにも多い
のに驚くのである。しかも、わが国では右の株式会社のうち、資本金五、〇〇〇万
円以下のものが約六六万以上存在するのであつて、これらの小企業は、いわば法の
本来予定している株式会社以外のものであり、実質的には個人企業に近いものとい
えよう。従つて、これらの群小会社に対しては、本来大企業を対象としてつくられ
た株式会社法の規定にそぐわないため、その規定の多くが無視され、蹂躙されがち
である。いわゆる見せ金による設立が多く、株券は発行されず、貸借対照表の公告
など行われず、株主総会は単に議事録上の存在と化しているものも多いのである。
しかも、これら群小会社が株式会社としての形態の下に取引関係に立つのであるか
ら、その取引の相手方に対し会社にのみ責に任ぜしめるときは、相手方の利益の著
しく害されることはいうまでもない。この現実に直面するとき、情緒的には、群小
株式会社の活動について、その取締役にも責任を負わしめることが取引の安全の見
地より望まれるのである。多数意見が取締役の対第三者責任を広く且つ重く認めよ
うとするのは、ここにその根拠があるものと思われる。このような見解は、群小株
式会社の対外的行為をその取締役個人の行為、すなわち、その個人企業の行為とし
て捉えようとするものといえよう。しかし、このような見解は、小規模・小資本の
株式会社に対して妥当するにしても、株式会社法の本来予定する大企業の株式会社
の取締役に関して、きわめて不当の結果を生じる。けだし、かかる大企業の株式会
社において、会社企業は、決して取締役の個人企業といえないからである。
 しかし、このようにいつても、私は、群小株式会社の横行に対して決して眼を閉
じるものではない。これに対しては、すべからく他の法理によつて解決を図るべき
なのである。
 思うに、法人格の付与は、社会的に存在する団体について、その社会的価値を評
価してなされる一種の立法政策といい得、それは団体をして権利主体として表現せ
しめる点において、法的技術に基づく擬制であるといい得る。そして、法人格の付
与が擬制であるからには、この法人格という「ヴエール」を取去つて実体に迫るこ
とが可能となるのであり、群小株式会社の乱立するわが国においては、この「ヴエ
ール」を取去ることの必要が痛感される。先に、当裁判所が株式会社についてなし
た法人格否認の判決(最高裁判所昭和四三年(オ)第八七七号同四四年二月二七日
第一小法廷判決、民集二三巻二号五一一頁)は、正にその一方法なのである(なお、
法人格否認については、最高裁判所昭和三六年(オ)第九四四号同四三年一一月一
三日大法廷判決、民集二二巻一二号二四五五頁以下の私の意見参照)。要するに、
われわれは、群小株式会社の乱立の現実に直面して、いかにしてこれに対処するか
を考えなければならないが、しかし、株式会社法そのものの適用に当つては、それ
の規整の対象たるべきものは、近代的企業としての株式会社であることを念頭にお
くことを要し、群小株式会社のため、その規定を歪曲してはならないのである。も
つとも、この点より見れば、近時数度に亘つて行われた株式会社法の改正は、株式
会社の構造改革、その大企業化に対応し得たが、その反面、株式会社制度を大規模
のものに限定する措置――たとえば資本の最低額を定めるなど――を採らなかつた
ため、遺憾ながら現在のごとき群小株式会社の乱立の状態を許すに至つたのである。
そして、叙上の問題の根本的解決は、立法に俟つところが少なくなく、われわれは
将来の立法にこの点を期待したいのである。
 (三) 更に、多数意見は、商法二六六条ノ三の沿革を根拠として、その見解の正
当性を主張する。曰く、「このことは、現行法が、取締役において法令または定款
に違反する行為をしたときは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧規
定(昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取締
役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反があれば足りるものとし
てこれを拡張し、主観的要件については、重過失を要するに至つた立法の沿革に徴
して明らかである」と。しかし、私は、この点について、煩をいとわず、若干詳論
したく思うのである。
 (1) まず、現行商法二六六条ノ三と旧二六六条二項との関係であるが、昭和二
五年の改正法に関する解説書中には、右の多数意見のような見解を述べたものが存
在する。その解説書によれば、現行商法の右規定は、旧規定における取締役の責任
を客観的要件と主観的要件において修正したというのである。しかし、現行商法二
六六条ノ三の立法の沿革として、右の解説は、その経過を必ずしも正当に伝えるも
のとはいい得ないと思われる。
 今、株式会社の取締役の責任に関する規定の沿革を見るに、ロエスレル草案一七
八条は、「株式会社ノ義務ニ就テハ会社財産ノミヲ以テ之ニ充ツヘシ但シ第二百二
十八条ノ場合ハ此限ニ在ラス」と規定し、二二八条は、「頭取ノ会社義務ニ対スル
責任ハ各株主ノ責任ト異ナルコトナシ但シ申合規則ニ於テ其在任内ニ生シタル義務
ニ就キ解任後一年間其全財産ヲ以テ連帯責任ヲ有スヘキコトヲ定ムルコトヲ得ヘシ」
と規定した。これによつても、取締役の第三者に対する責任が既に限定されていた
ことに興味を覚えるのである。次いで、明治二三年法律三二号による商法一八八条
は「取締役ハ其職分上ノ責任ヲ尽スコト及ヒ定款並ニ会社ノ決議ヲ遵守スルコトニ
付キ会社ニ対シテ自己ニ其責任ヲ負ウ」と規定し、第三者に対する責任を規定して
いなかつたのである。これに対して、明治三二年の商法一七七条一項は旧法を修正
して、「取締役カ法令又ハ定款ニ反スル行為ヲ為シタルトキハ株主総会ノ決議ニ依
リタル場合ト雖モ第三者ニ対シテ損害賠償ノ責ヲ免ルルコトヲ得ス」と定め、第三
者に対する責任について規定するに至つたが、旧法一八八条の定める取締役の会社
に対する責任は当然のこととして、かかる規定を省いたのであつた。しかるに、明
治四四年の改正法一七七条は、右の両者を併せて規定し、すなわち、一項において
「取締役カ其任務ヲ怠リタルトキハ其取締役ハ会社ニ対シ連帯シテ損害賠償ノ責ニ
任ス」と、また、二項において「取締役カ法令又ハ定款ニ反スル行為ヲ為シタルト
キハ株主総会ノ決議ニ依リタル場合ト雖モ其取締役ハ第三者ニ対シ連帯シテ損害賠
償ノ責ニ任ス」と規定するに至つた。
 もつとも、明治三二年の改正当時及び明治四四年の改正当時において、商法の定
める取締役の第三者に対する責任の本質が果していかに解されていたかについて、
私は多く知り得ないのである。そして、その後においても、この点に関して学説は
必ずしも帰一していなかつたが、その間にあつて、松本烝治博士の見解――博士に
よれば、この第三者に対する責任は債務不履行の責任にあらざると同時に不法行為
上の責任にもあらず、法律の特別規定により認められたる法律上の特別責任である
――が有力であつた。しかし、取締役の責任を以て「特別責任」であるということ
は、いわば問に答えるに問を以てするに似て、必ずしもこの責任の本質を明らかに
するところがなかつたものといえるであろう。これに対して、大審院の判例は、右
一七七条二項の取締役の第三者に対する責任をもつて、会社財産欠陥のため会社が
債権者に対し完全な弁済をなし得ざるに至つたとき、会社債権者が当該取締役に対
し、直接に弁済不足分を請求し得ることを規定したものと解していた(大審院大正
一五年一月二〇日判決、民集五巻一二七頁、昭和八年二月一四日判決、民集一二巻
五号四二三百)。これは、会社の支払い得ない部分について、取締役が補充的責任
を負うと解したものである。そして、この判例は、当時のドイツ商法二四二条の規
定、すなわち、取締役が特定の列挙した行為をした場合、会社債権者は、会社から
弁済を得ることができない限度において、取締役に対する会社の損害賠償請求権を
行使し得るとの規定の解釈に影響されていたものと思われる。いわば、わが商法の
規定を独法的に解釈していたのである。ただ、わが国の判例は、この補充的責任の
性質を明らかにしていないが、ドイツ法では、右のように、会社債権者は、会社が
取締役に対して有する賠償請求権を行使するとされているのであり、従つて、取締
役の会社債権者に対する補充的責任は、「会社の取締役に対して有する損害賠償請
求権の額の範囲内」に限定されていたのである。これは、きわめて重要な点である。
そして、ドイツ法では、会社債権者にこのような取締役に対する賠償請求権の行使
を認めることによつて、フランス法系の債権者代位権の制度のないことを補い、第
三者の被つた間接損害の賠償を図つたものと思われる(この場合、ドイツの一部学
説が、第三者は会社に対して給付すべきことを請求すべきものとしているのは、注
目に値する)。そして、このように考えてくると、わが国の大審院が、右一七七条
二項をもつて、「取締役が会社の機関として職務を執行するに当り、法令又は定款
に反したる行為ありたる為め会社に損害を及ぼし、間接に第三者を害したる場合、
第三者に特に当該取締役に対する直接の損害賠償請求権を与え、以て第三者の権利
保護に遺憾なからしめんとの趣旨の下に設けられたる規定なり」(大審院昭和一五
年一二月一八日判決、大審院判決全集八輯一一九頁)と明言したのは、意味深く感
ぜられる(傍点は、私の附するところである)。従つて、これらの判例によれば、
取締役の対第三者責任は、補充責任、すなわち、会社の第三者に対する損害賠償義
務の存在を前提とし、これに対して補充的のものであり、結局、間接損害、すなわ
ち、会社に損害が生じ、これにより第三者が間接に損害を被つた場合に関するもの
であつたといえるであろう。換言すれば、右法条は、いわゆる「直接損害」を含ん
でいなかつたものと解される。そして、昭和一三年の改正に当り、新たに増加され
た条文との整理の関係上、右一七七条は二六六条となり、すなわち、右一七七条二
項は二六六条二項となつたのである。
 そして、このような沿革は、多数意見を批判するに当り、きわめて重要な意味を
もつのである。何となれば、多数意見は現行商法二六六条ノ三の取締役の責任には
「直接損害」と「間接損害」が含まれるものとし、しかも、右法条をこのように解
することは、右の条文の立法の沿革に徴して明らかであると主張しているからであ
る。しかし、右に述べたとおり、昭和二五年の改正前の商法二六六条二項に至るま
では、判例上、取締役の第三者に対する責任のうちには「直接損害」は含まれてい
なかつたものと思われる。換言すれば、この点において、現行商法二六六条ノ三の
取締役の責任の規定と旧二六六条二項の取締役の責任の規定との間には、明白な断
絶があるのであつて、現行商法二六六条ノ三の規定は、旧二六六条の規定に沿革上
渕源するものとはいい得ないのである。
 (2) これを条文の体裁上から見ても、現行商法の取締役の第三者に対する責任
の規定は、その改正前の旧規定(改正前の商法二六六条二項)と著しく形態を異に
している。すなわち、現行商法二六六条ノ三第一項前段は「取締役ガ其ノ職務ヲ行
フニ付悪意又ハ重大ナル過失アリタルトキハ其ノ取締役ハ第三者ニ対シテモ亦連帯
シテ損害賠償ノ責ニ任ズ」と規定しているのであつて、これは昭和二五年の改正に
当つて、発起人の第三者に対する責任の規定、すなわち、「発起人ニ悪意又ハ重大
ナル過失アリタルトキハ其ノ発起人ハ第三者ニ対シテモ亦連帯シテ損害賠償ノ責ニ
任ズ」(商法一九三条二項。これは昭和二五年の改正前の一四二条ノ二第二項に該
当する)に倣つたものなのである。そこで、問題となるのは発起人の第三者に対す
る責任の規定の本質であるが、この点に関し、多数意見は、この発起人の責任の規
定をもつて第三者に対する不法行為上の責任を認めたものでないと断定し、これを
一つの有力な根拠として、これに倣つたところの現行商法二六六条ノ三をもつて不
法行為上の責任の規定でないと主張するものと思われる。しかし、これもまた十分
の根拠なき見解と思われる。
 思うに、発起人の第三者に対する責任の規定については、昭和二五年の改正法以
前においても、既に相当数の学説は、これを不法行為責任の規定であると解してい
た。しかし、もつとも注目すべきことは、同条制定の沿革なのである。
 今、この発起人の第三者に対する責任の規定の沿革を見るに、これは、明治四四
年の改正法により、商法一四二条ノ二第二項として新たに設けられたものであるが、
この改正に際しては、当時における最新の立法たる一九一一年のスイス債務法が参
酌されたのであつて、すなわち、わが商法の右の規定は、スイス債務法六七一条(
もつとも、スイス債務法はその後一九三六年に改正されている)を参照し、ほぼそ
の主義に従えるものとされているのである(松本烝治博士、商法改正法評論五五頁
(明治四四年))。そして、右スイス債務法の法条は、株式会社の発起人の会社並
びに個々の株主や個々の会社債権者に対する損害賠償責任を規定したものであるが、
スイス法上、この規定の責任は不法行為の原則によるものとされ、またその責任は
連帯責任であると解されていた。もつとも興味深く覚えるのは、この規定をもつて
特別規定であるとし、その理由によつて、この規定は不法行為上の責任に関するス
イス債務法四一条――それは故意過失の不法行為による賠償責任を定めるもの――
に対して優先するものとされ、すなわち、発起人の責任は一般の不法行為の場合よ
り軽減され、発起人は単に「知りて」(Wissentlich)行つた場合だけ
に責に任ずるとされていることである(Bachmann usw.,Das Sc
hweizerische Obligationenrecht,1915,Bd
.Ⅱ,Art.671 Anm,2,3u.11)。(スイス債務法にいう Wisse
n と Absicht の関係につき、同所のAnm.5参照)。これは、わが
国の法制上の表現をもつてすれば、ほぼ発起人は故意について責任を負うというに
該当するであろう。そして、わが国はこのスイス法を「故意又は重大なる過失」と
の形態において採用したものと思われる。もつとも、スイス法の右の解釈は、スイ
ス法上の理論に根拠するものであることを看過し得ないし、またこのような外国法
の規定を採用したわが国としては、必ずしもその外国においてなされた当該規定の
解釈に拘束されるものではないといえよう。しかし、その規定の沿革は、わが国の
解釈としても、十分考慮に容れらるべきであろう。私は、わが国の発起人の第三者
に対する責任の規定が前述のような経路によつてわが国に採用されたこと、そして、
沿革上、それが不法行為の責任に関し、しかも、その責任を軽減したものであるこ
とに、多大の興味を覚えるのである。そして、叙上のことにあたかも照応するよう
に思われるのは、大審院の判例である。すなわち、発起人の第三者に対する責任に
ついての判例には、取締役の第三者に対する責任に関する判例と異り、そこには、
発起人の責任を以て「補充責任」としたり、あるいは「間接費任」とするものを見
出し難いのである。却つて、判例は「この賠償責任は不法行為上の責任と同様」で
あるとし、この見地に立つて「被害者に過失ありたるときは、裁判所は損害賠償の
額を定めるにつきこれを斟酌し得るもの」(大審院昭和一五年三月三〇日判決、民
集一九巻九号六四七頁)としているのであつて、このことはきわめて注目に値する
(なお、明治四四年の改正に当り、発起人の第三者に対する規定の新設につき、一
八八六年五月二二日のベルギー法三四条が参照されたとされているが、この条文は
そこに掲げる一定の事項につき、発起人は、利害関係人に対し連帯してその責に任
ずるとしているのである)。そして、このような経過によつて、明治四四年当時、
主としてドイツ法系に立つていたわが国の会社法のうちに、ドイツ商法に例のない
ところのスイス法系の条文が採用されたのであつて、このことに思をいたすことが、
わが国において発起人の第三者に対する責任、従つて、現行商法二六六条ノ三の取
締役の第三者に対する責任の本質を明らかにするために役立つのである。
 このような見地に立つとき、この発起人の第三者に対する責任の規定に倣つたと
ころの現行商法二六六条ノ三第一項前段をば、取締役の第三者に対する不法行為上
の責任の規定であり、しかも取締役の責任を悪意又は重大な過失に限定したものと
解するのは、むしろ当然とさえ思われる。従つて、同条は、不法行為の一般規定で
ある民法七〇九条に対して特別規定の関係に立ち、これと競合しないのである。そ
して、このように考えてくると、同条同項後段は、そこに挙げた書類がいずれも第
三者に対するものであることに鑑み、その重要な事項についての虚偽の記載をば、
法律上当然に、第三者に対する悪意又は重大な過失のある不法行為と同視すべきも
のとした規定であると解されるのである。
 (四) なお、多数意見は、商法二六六条ノ三第一項の条文の体裁を重視し、これ
を根拠として、同条にいう「取締役ガ其ノ職務ヲ行フニ付」とは、取締役の対会社
関係の職務執行を指すと解そうとするものと思われる。しかし、この点も、多数意
見の根拠となり得るものとは思われない。
 (1) 商法二六六条ノ三は、「取締役ガ其ノ職務ヲ行フ二付悪意又ハ重大ナル過
失アリタルトキ」と規定し、その規定の仕方は民法四四条一項、同法七一五条一項
や国家賠償法一条一項と類似しているのである。この点からも、右条文の取締役の
責任が対外活動における不法行為上の責任であることが窺われるのである。
 (2) 既に述べたように、昭和二五年の改正前における取締役の第三者に対する
責任の規定は「取締役ガ……定款ニ違反スル行為ヲ為シタルトキハ株主総会ノ決議
ニ依リタル場合ト雖モ其ノ取締役ハ……損害賠償ノ責ニ任ズ」と規定し、すなわち、
「定款ニ違反スル行為」といい、また「株主総会ノ決議ニ依リタル場合ト雖モ」と
いい、その取締役の行為が会社内部の行為であること、すなわち、対会社関係の職
務執行に関するものであることを思わせるに足る字句を含んでいたのである。しか
るに、現行商法二六六条ノ三は「取締役ガ其ノ職務ヲ行フニ付……損害賠償ノ責ニ
任ズ」と規定し、そこには何等当該取締役の行為が会社内部の職務執行であること
を思わせるべき字句を見出し得ないのである。
 (3) 商法二六六条ノ三には、取締役の責任の要件として「悪意又ハ重大ナル過
失」が掲げられている。およそ、悪意又は重大なる過失という用語は、諸種の法域
で用いられるものであるが(たとえば、民法四七〇条、六九八条、商法五八一条、
手形法一六条二項、四〇条三項、小切手法一三条、二一条、民訴法九八条一項など)、
不法行為の場合、軽過失を除外する意味において用いられることの多いことは、い
うまでもないところであり、右法条の「悪意又ハ重大ナル過失」をまた、その意味
に解するには何等の妨げなく、しかもそれは、前述のスイス債務法よりの沿革にも
合致するところなのである。
 (4) 更に、多数意見は、おそらく商法二六六条ノ三の「其ノ取締役ハ第三者ニ
対シテモ亦連帯シテ損害賭債ノ責ニ任ズ」のうちの「モ亦」を重視し、これをもつ
てその主張の根拠とするものと思われる。しかし、現に、他の社団法人の機関の第
三者に対する責任の規定、たとえば、昭和二五年の商法改正の翌年、これに倣つて
新たに追加されたと思われる中小企業等協同組合法三八条ノ二第二項前段が、「理
事がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があつたときは、その理事は、第三
者に対し連帯して損害賠償の責に任ずる」と規定し、単に「第三者に対し」とあつ
て、「第三者に対しても亦」と規定していないことを考え合すべきであらう。(そ
の他、たとえば、農業協同組合法三一条ノ二第三項なども、単に「理事は第三者に
対し」と規定している)。そして、中小企業等協同組合法が株式会社法の多くの規
定を準用しており(たとえば、同法四二条、五四条、六九条による商法の規定の準
用)、両法人の代表機関の対外的責任について、格別に性質を異にする規定を設け
る必要がなく、理論上もこれと同一視して可なりと思われるからには、商法二六六
条ノ三の取締役の第三者に対する責任について存する「モ亦」は、重視するに値し
ないといい得よう。畢竟、この点も多数意見の根拠となり得るものとは思われない
のである。
 (5) 右に述べたところによつて明らかなように、商法二六六条ノ三第一項の規
定は、取締役が対外的の職務執行につき第三者に加えたときにおけるその取締役の
責任に関するのである。従つて、同条一項により責任を負う取締役とは、対外的の
職務執行をした取締役に限られるのである。そして、対外的の当該職務執行に当ら
なかつた他の取締役については、同条二項に基づいて対外的責任を負担することが
生じ得るのである。
 (五) 更に進んで、私は、多数意見による商法二六六条ノ三第一項の適用範囲を
検討したい。この点から見ても、私は、多数意見を是認し得ないのである。
 多数意見は、すでに述べたように、商法二六六条ノ三の取締役の第三者に対する
責任のうちに、いわゆる直接損害の外、間接損害も含まれると主張するのである。
しかし、果して間接損害、すなわち、取締役の職務執行により直接第三者に損害を
及ぼしたのではなく、その執行により株式会社が損害を被り、延いて第三者に損害
を及ぼした場合にも、取締役は第三者に対してその責を負うべきであろうか。多数
意見は、この結果を肯定するが、それは、理論的根拠を欠くのみでなく、不当な結
果をも生ぜしめるものなのである。
 (1) まず、株主について考えるに、右商法の法条の第三者中に、株主が含まれ
ることは、現在わが国の通説の認めるところである。従つて、もし、多数意見によ
るときは、取締役が対会社関係の職務執行により会社に損害を生じ、延いて株主に
損害を生じたとき、すなわち、間接損害のときでも、株主はその取締役に対して損
害賠償を請求し得る場合を生じるのである。しかし、今や、株主は取締役の会社に
対する責任追及についていわゆる代位訴訟(商法二六七条以下)の権利を有する以
上、間接損害を被つた株主は、この代位訴訟によつて取締役に対し会社に損害を賠
償すべき旨請求し、もつて会社の資本を充実せしめれば足りるのである。これが、
株主としては、自己の被つた間接損害を填補する所以なのである。そして、この場
合、原告たる株主は、被告たる取締役に対し、会社に給付することを請求すべく、
自己に給付すべきことを請求し得ないのである。けだし、株主は会社の資本充実の
ためにこれを行使するからである。しかるに、もし、株主が間接損害を被つた場合
にも、取締役に対して直接自己に損害賠償を請求し得るものとすれば、結局、株主
が会社財産を分け取りすることを許すこととなり、会社の資本充実を害することを
生じよう。これは、株主による代位訴訟制度の存在理由を失わしめるに至るもので
ある。思えば、昭和二五年の改正法によつて新たに採用されたアメリカ法系の株主
代位訴訟制度――それはドイツ法の知らないところである――によつて、ドイツ法
系に立つわが株式会社法につき、われわれが従来解決に苦心した「株主の間接損害」
の問題は、解決されることになつたのである、(なお、この点につき、一九六六年
のフランス新会社法二四五条参照)。
 (2) 次に、多数意見によれば、取締役の職務執行により会社に損害が生じ、延
いて第三者(株主を除く)が損害を被つたとき、すなわち、間接損害が生じたとき、
その第三者は取締役に対し損害賠償を請求し得ることとなる。しかし、この場合、
間接損害を被つた第三者は、会社に対して損害賠償請求権を有する債権者であるか
ら、債権者代位権(民法四二三条)に基づき会社に代位して、会社が当該取締役に
対して有する損害賠償請求権を行使し、これによつて、会社資産を充実せしめれば
足るのである。そして、この場合も、株主の代位訴訟の場合におけると同様に、第
三者は直接自己に給付を求むべきものでなく、会社に対して給付すべきことを請求
すべきものなのである。けだし、第三者による債権者代位権の行使は、会社自体の
資本充実のためのものであるからである。従つて、このような間接損害を被つた債
権者は、会社の行為により直接に損害を被つた場合におけると異り、代位権の行使
によつて直接自己に給付すべきことを請求し得ないとの制約を受け、また、会社の
取締役に対する賠償請求権を自己に転付(民訴法六〇一条)し得ないとの制約を受
けるのである。この点に関し、現行スイス債務法が「会社が害されたことによつて、
株主または債権者に間接に生じたに過ぎない損害については、会社に対してのみ賠
償の給付をなすべき」旨定めることは(同法七五五条)、意味深く覚えるのである。
そして、株主の代位訴訟制度とこの場合における債権者代位権の制度は、ともに会
社資本の充実という同一目的に資するものと思われるのである。比較法上、アメリ
カ法において、会社債権者に対し、株主の代位訴訟を認めようとの主張を見るのは、
株主の間接損害と債権者の間接損害との間に、多くの共通性のあることを示唆する
ものといえよう。
 しかるに、もし、叙上の見解に反して、債権者が直接自己に対して間接損害の賠
償を求め得るものとすれば、債権者は、各自欲するままに当該取締役に対して損害
賠償を請求し、これによつて自己の満足をはかり得ることとなり、その結果、当該
取締役の資力は減少するに至り、会社はその取締役に対し損害賠償請求権を行使し
ても、もはや実効を多く期待し得ないこととなろう。これは、会社資本の充実を害
するものである。しかも、多数意見によるときは、当該取締役の行為により間接損
害を被つた第三者が多数ある場合、他に先んじて取締役に損害賠償を請求した者の
みが満足を得、第三者のうちに著しい不平等を生じる虞も少なくないのである。要
するに、間接損害の場合、会社債権者は直接、取締役に対して個別的に損害賠償請
求権を行使することは許されない。これは、わが国にはフランス法系の債権者代位
権という制度があり、これによつて、会社自体の資本充実を図り得るからである。
 叙上の説明によつて明らかのごとく、いわゆる間接損害の場合、株主も、債権者
も、ともにその被つた損害につき取締役に対して直接その賠償を求め得ないのであ
る。そうだとすると、間接損害の場合、商法二六六条ノ三を適用する余地は、もは
や存在し得ないのであり、同条が適用されるべき範囲は、僅かにいわゆる直接損害
の場合にのみ限局されることとなろう。そして、当裁判所の判決の近時のもののう
ちに、同条を取締役が第三者に対し直接に加えた損害について適用していると解す
べきものを見るのは(たとえば、最高裁判所昭和三七年(オ)第一四三号同三八年
一〇月四日第二小法廷判決、民集一七巻九号一一七〇頁、昭和三九年(オ)第一〇
二六号同四一年四月一五日第二小法廷判決、民集二〇巻四号六六〇頁。なお、昭和
三一年(オ)第七四号同三四年七月二四日第二小法廷判決、民集一三巻八号一一五
六頁)、同条にいう悪意又は重大なる過失を対第三者関係において存するものとす
るのであり、私として意味深く覚えるのである。
 (3) 従来、商法二六六条ノ三の解釈についての学説は、林立の状態を呈してい
る。しかし、私は叙上の理由により、同条をもつて取締役がその職務執行上の不法
行為により第三者(この第三者中には株主をも含む)に直接加えた損害(直接損害)
の賠償責任の規定であると解し、しかも、この取締役の責任は、悪意または重大な
る過失あるときに限定されるものと解するのである。私は、このように解すること
がきわめて簡明直截であり、かつ、商法二六六条ノ三の沿革にも合致するものと思
うのである。
 商法二六六条ノ三を右のように理解するとき、取締役の責任は次のように要約さ
れる。
 (イ) 取締役は、会社に対し、善管義務(商法二五四条三項、民法六四四条)
と忠実義務(商法二五四条ノ二)を負うから、これに違反し会社に損害を生ぜしめ
たときは、これに対して賠償の責に任ずる。
 (ロ) しかし、取締役は、会社の対外的の取引上の債務につき、当然その責に
任ずることはない。このことは、会社が支払不能に陥つたときでも同様である。も
し、これに反する見解を採るときは、取締役の責任は、恰も既に廃止された株式合
資会社の代表社員の責任と異らぬものとなろう。そのような結論の失当なことは明
らかである。
 (ハ) しかし、取締役は、会社の機関として行動し、不法行為上の悪意または
重大な過失によつて、直接第三者に損害を与えたときは、商法二六六条ノ三第一項
によつて、その取締役は第三者に対して損害賠償の責に任ずる。たとえば、会社の
資産状態が不良で支払停止または支払不能に陥る虞あることを知りながら、これを
秘して他より商品を買入れた取締役は、相手方の商品の所有権を悪意で侵害したも
のとして、相手方に対して損害賠償の責に任ずべきである。会社の取締役は、この
ような意味において、直接第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことが多いと思わ
れる(なお、右の取締役以外の取締役も、同条第二項に規定するところに該当する
ときは、共同不法行為者としての責を負うのである)。
 (a) このような場合、取締役の行為が他面において会社に対する関係で任務
懈怠となるときは、その取締役は、会社に対しても任務懈怠による損害賠償義務を
負い、すなわち、二重の責任を負うことを生じ得る。このような二重責任は、取締
役が第三者にいわゆる「直接損害」を加えた場合に生じるところなのである。
 (b) 右の場合、直接損害を受けた第三者は、その取締役に対して損害賠償請
求権を有するとともに、会社に対しても損害賠償請求権を有する。けだし、その取
締役は会社の機関としてこれを行つたのであり、それは会社としての不法行為でも
あるからである。そして、この場合、会社と当該取締役は不真正連帯債務の関係に
立つ。
 (c) 右の場合、第三者は、会社の行為により損害を被つたのであるから、間
接損害を被つたときと異り、自己の会社に対する損害賠償請求権を確保するため、
会社に代位して、会社の取締役に対する損害賠償請求権を行使し、直接これに自己
に給付すべきことを請求し得、また、自己に転付(民訴法六〇一条)することが認
められる。
 (六) 叙上に述べたところは、株式会社自体の「企業責任」を強調することと、
相表裏する。けだし、株式会社に「企業責任」を認めればこそ、その機関たる取締
役の対外的業務執行上の責任の軽減が可能だからである。もつとも、このことに関
しては、次の点を明らかにすることを要するものと考える。
 (1) まづ、民法の不法行為の規定との関係が問題となる。けだし、民法七一五
条は企業責任についての実定法上の手がかりとして機能しているものの、そこでは
なお使用者の免責事由が規定されているからであり、また、同法七〇九条により、
被用者自身は、事業の執行についての軽過失についてさえ、第三者に対し損害賠償
の責を免れ得ないからである。そして、おそらく、私の見解に反対するものは、こ
れらを一つの根拠として、私の見解をば「取締役に対し特別の恩恵を施すもの」と
して非難するであろう。
 しかし、今や、民法上の学説にあつても、立法論として企業の無過失責任を認む
べきであるとの主張を見、民法七一五条に関しては、被用者の責任を軽減して、そ
の責任を国家賠償法における公務員の責任のごとく改むべきであるとの主張を見る
のである。このような見解に立つときは、取締役の機関としての不法行為上の責任
を悪意・重過失の場合にのみ限定すべきであるとの卑見は、容易に理解され得るで
あろう。そして、私法の発展の跡を大観するとき、いわゆる「民法の商化」が行わ
れ、商法の領域において最初に認められた理論ないし法規が、やがて民法のうちに
採用されて民法の発展に寄与しこれを指導して来たことに思をいたすとき、取締役
の責任軽減を認めた商法二六六条ノ三は、企業責任の原理を法律上明定した先駆的
の規定として民法に影響すべきであろう。そして、私は、やがて民法七一五条が「
企業責任」の理念の下に改めらるる日の来ることを期待したいのである。そして、
少なくとも、この理念の下に同条の解釈が、今後新生面を拓くことが望まれるので
ある。このように考えるとき、現行民法七一五条を根拠として卑見に反対するのは、
「民法の商化」を無視するばかりでなく、これに逆行して、不当にも「商法の民法
化」を主張するものとさえ思われるのである。
 そして、この点につき、民法七一五条二項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督
スル者」の意義について、嘗て、判例は「使用者たる株式会社の取締役にして事業
を監督する者をも包含する」(大審院昭和三年七月九日判決、民集七巻六〇九頁)
としたのに対し、近時における当裁判所の判例が「現実に被用者の選任、監督を担
当していたときにかぎり」同条同項の責任を負うとしたのは(最高裁判所昭和三九
年(オ)第三六八号同四二年五月三〇日第三小法廷判決、民集二一巻四号九六一頁)
(傍点は私の附するところである)、取締役の責任を明確にし、その限定の傾向を
示すものと解され、意味深く覚えるのである。
 (2) なお、私が取締役の不法行為上の責任が軽減されるというのは、取締役が
その機関たる地位において職務執行するについての不法行為のみに関する。従つて、
取締役が機関たる地位に関係なく、個人として第三者に対し不法行為をしたとき、
その取締役が軽過失についても責に任ずることは、当然である。また取締役が職務
執行行為につき第三者に損害を加えたとき、たとえそれが軽過失であるにせよ、会
社自身がその軽過失によつて生じた損害につき賠償の責に任ずることも当然である。
 (七) 今、本件について見るに、原審の確定したところによれば、上告人は訴外
F工業株式会社の代表取締役であり、且つ社長であるところ、右会社の代表取締役
であるEに対し会社業務一切を任せ切り、社長印及び自己の氏名のゴム印を用いて
F工業株式会社々長たる自己の名において手形、小切手を振出す権限をも委ねてい
たのであつて、訴外Eは、右会社の資産状態が悪化していたため代金の支払のでき
ないことを容易に予見し得たのに拘らず、被上告会社より買入れた鋼材の代金支払
のため、上告人より使用を許され預つていた上告人のゴム印・社長印を使用して本
件約束手形を作成し、これを被上告会社に交付したが、その支払は不能になり、被
上告会社に右手形金七二万円に相当する損害を被らしめたというのである。しかし
て、右の如く上告人がEに会社の事務一切を任せて顧みなかつたことは、会社に対
する関係において著しい任務懈怠であることは明らかである。しかし、叙上論じた
ところに照せば、上告人が、法人格否認の法理によつて、本件手形上の責に任ずる
ことのあるは格別、原審認定の事実関係のみでは、未だ上告人自身が被上告会社に
対する関係において商法二六六条ノ三第一項、または第二項の責任を負うものと速
断し難いところがあるのである。原審はすべからく、上告人の行為が被上告会社に
対して同条第一項の定める不法行為上の悪意又は重大な過失に該当したか否か、ま
たは同条第二項に該当したか否かの点について、審理すべきであつたのである。原
審はこの点において審理不尽の誹を免れ得ない。さらば、これらの点について更に
審理せしめるため、原判決を破棄してこれを原審に差戻すのを相当と考える。
 裁判官田中二郎は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。
 裁判官岩田誠の上告理由一についての反対意見は、次のとおりである。
 私は、商法二六六条ノ三、一項の規定は、その前段も後段も一体として、取締役
の特殊の不法行為責任を規定したもので、その「悪意又ハ重大ナル過失」というの
も、第三者に対する関係において存することを要し、多数意見のいうように会社に
対する関係において存すれば足るものとは考えない。したがつて、取締役は、会社
との間では委任の関係に立つからとの理由で、本条を取締役の会社に対する任務違
反の責任を定めたものとする考えには賛成できない。そして本条において取締役が
損害賠償の責に任ずるのは、第三者に対して与えたいわゆる直接損害に限るのであ
つて、取締役の任務違反の結果会社に対し損害が発生したため、会社財産または信
用の失墜を来たし、ひいて会社に対し債権を有する第三者または、会社の株主等が
受けるいわゆる間接損害にはおよばないものと解する。
 一、昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法二六六条(以下旧二六六条と
いう。)は、その一項において、「取締役ガ其ノ任務ヲ怠リタルトキハ其ノ取締役
ハ会社ニ対シ連帯シテ損害賠償ノ責ニ任ズ」と規定し、二項において「取締役ガ法
令又ハ定款ニ違反スル行為ヲ為シタルトキハ株主総会ノ決議ニ依リタル場合ト雖モ
其ノ取締役ハ第三者ニ対シ連帯シテ損害賠償ノ責ニ任ズ」と規定していた。この旧
二六六条一項の規定は、会社と取締役とは委任の関係に立つことを前提として、取
締役がその委任関係上の任務に違反したときは、連帯して会社に対し、損害賠償の
義務あることを定めたものであり、その二項は、本来取締役は会社以外の第三者に
対しては何ら法律関係はないのであるが取締役の会社に対する任務違反が、法令ま
たは定款に違反する行為をなすが如き重大なものの時は、特に第三者を保護するた
め、取締役は第三者に対して、連帯して損害賠償の責に任ずる旨定めたものであり、
この二項に定むる取締役の責任は不法行為によるものではなく、むしろ法律が特に
定めた責任と解する余地があり、そのように解すると、ここにいう第三者の損害と
はいわゆる間接損害に限ると解するのを正当と考える。
 しかし商法は前記昭和二五年法律第一六七号により広汎に亘り重要な改正がなさ
れたのであり、現行商法二六六条ノ三も右改正により追加新設されたものである。
そして右改正後の商法の各条項を見るに、立法者の意思如何にかかわらず、私は、
旧二六六条二項の規定が改正されて現二六六条ノ三、一項の規定になつたのではな
いと解する。旧二六六条一項の規定は現行商法二五四条三項、二五四条ノ二、二六
六条一項(ことに同項五号、取締役の現行商法二五四条三項違反、同二五四条ノ二
違反の行為は当然同号の法令に違反する行為にあたる。)等の各規定のなかに包摂
され、旧二六六条二項の規定は、不要として廃止されたものと解される。何となれ
ば、旧二六六条二項の規定は、特に法律が取締役に負わしめた責任であるとしても、
本来契約関係もなく、不法行為責任もない取締役個人と会社に対する債権者のよう
な第三者との間に損害賠償責任が生ずるというようなことは異例のことであり、し
かも右第三者の損害をいわゆる間接損害に限るとすれば、会社に対する債権者のよ
うな第三者は、会社が旧二六六条一項または現行二五四条ノ二、二六六条一項の規
定により取締役に対し有する損害賠償請求権を債権者代位権により代位行使するこ
とによつて、その目的は達し得られるし、株主は現行二六七条の代表訴訟によつて、
取締役の会社に対する任務違反による責任を追求することによりその目的を達する
ことができるからである。
 二、したがつて私は現行二六六条ノ三の規定は前記改正法により新たに設けられ
た規定であつて、その第一項前段の文言自体からこれを取締役の第三者に対する悪
意または重大な過失による不法行為責任を定めたものと解する。そしてこの前段の
文言自体を見てもこれを多数意見の如く取締役の会社に対する任務違反を規定した
ものと解しなければならない理由を発見できない。次に同条一項後段に規定する事
項は、いずれも取締役が会社と取引関係に入らうとする人または会社の株式を取得
して株主となろうとする者を欺罔し、錯誤に陥れるような文書を作成することで、
このことは、それ自体取締役に悪意または重過失のあることを示すものであるから、
右後段も、また取締役の第三者若くは株主となろうとする者に対する不法行為責任
を規定したものと解すべきこと明らかである。
 三、次に多数意見は、現行二六六条ノ三、一項の悪意または重大な過失は取締役
の会社に対する任務懈怠について存するを要し、「取締役の任務懈怠の行為と第三
者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、会社がこれによつて損害を被つた
結果、ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合
であるとを問うことなく、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべ
きことを規定したのである。このことは、現行法が、取締役において法令または定
款に違反する行為をしたときは第三者に対し損害賠償の責に任ずる旨定めていた旧
規定(昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法二六六条二項)を改め、右取
締役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反があれば足りるものと
してこれを拡張し、主観的要件については、重過失を要するものとするに至つた立
法の沿革に徴して明らかである……したがつて、以上のことは、取締役がその職務
を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合に、一般不法
行為の規定によつて、その損害を賠償する義務を負うことを妨げるものではないが、
取締役の任務懈怠により損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役
の悪意または重大な過失を主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意
または過失のあることを主張し立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定によ
り、取締役に対し損害の賠償を求めることができるわけであり」と判示して、現行
二六六条ノ三の規定は、旧二六六条二項と同じく取締役の不法行為責任を規定した
ものではなく、第三者保護のため取締役の会社に対する任務懈怠により第三者に生
じた損害は、直接損害たると間接損害たるとを問わず、任務懈怠について取締役の
悪意、または重過失あることを要件として法律上特に取締役に責任を負わしめたも
のであり、右悪意、重過失は第三者に対する関係では必要なく、会社に対する任務
懈怠について存在すれば足りるとするのである。右第三者の損害をいわゆる間接損
害に限るとすれば第三者は債権者代位権を行使して目的を達し得、株主は代表訴訟
によつてその目的を達し得るのであるが(間接損害ならば会社が取締役より損害賠
償を得て会社の財産、信用が旧に復すれば、第三者または株主は何ら損害なきに帰
する。)、取締役が任務懈怠について悪意、重過失あるときは、第三者が債権者代
位権等を行使し株主が代表訴訟をする等の繁雑を避けて直接取締役に損害賠償請求
をさせることも或は意義あることといえるかもしれない。しかし直接損害について
は、取締役には第三者の損害発生については何ら悪意、重過失もなく、たゞ方向違
いの会社に対する関係で任務違反に悪意重過失があつたというだけで、取締役はそ
の第三者に生じた直接損害をも賠償する責任があるとすることはおかしい。(一)取
締役の会社に対する悪意または重過失による任務懈怠が、同時に第三者の直接損害
に対しても悪意または重過失ある場合にあたるとき、または(二)取締役の会社に対
する悪意または重過失による任務懈怠が、同時に第三者の直接損害に対しても過失
ある場合にあたるときには多数意見によつて、第三者の直接損害について、取締役
に損害賠償責任ありとすることは許されるかもしれない。何となれば右二つの場合
には、取締役に会社に対する任務違反と同時に第三者に対する不法行為とが競合し
て存在しているからである。しかし(三)取締役は会社に対し悪意または重過失によ
る任務違反はあるが、第三者の直接損害発生に対しては故意も過失も存しないとい
う場合についても、多数意見は、その任務違反と第三者の直接損害との間に相当因
果関係さえあれば、取締役にその第三者の損害賠償の責任を肯定するものである。
してみるとこの(三)の場合は、会社の一機関に過ぎない取締役個人に第三者に対す
る無過失損害賠償責任を認めることになるのである。企業主体に対し無過失損害賠
償責任を認めようとすることは、社会生活の発達複雑化に伴い益々肯定されるとこ
ろであるが、企業主体の一機関に過ぎない個人に無過失責任を認めることは、未だ
容易に是認できない。
 四、更に、当裁判所の判例を見るに、昭和三一年(オ)第七四号同三四年七月二
四日言渡当裁判所第二小法廷判決(民集一三巻八号一一五六頁)は、現行商法二六
六条ノ三と類似の規定である中小企業等協同組合法三八条の二、二頃の規定に基づ
いて、株式会社の取締役に相当する協同組合の理事に対し、その職務を行うにつき
重大な過失があつたとして第三者に生じた直接損害の賠償を命じているが、右事案
においても理事の重大な過失は、第三者の直接損害の発生について存したと認定し
ているものと解されている。また昭和三七年(オ)第一四三号同三八年一〇月四日
言渡同第二小法廷判決(民集一七巻九号一一七〇頁)は、被告(被控訴人、上告人)
は、訴外株式会社の取締役副社長であつたもので、原告(控訴人、被上告人)から
他に流用を許さず訴外会社の発行する新株式の申込証拠金にのみ充当する趣旨で五
〇万円の寄託を受けたが、その後右会社は新株式の発行をしなかつたのみならず、
被告の出席した同会社の役員会で右五〇万円を同会社の経常費に流用する旨議決し、
被告において右金員全額を議決どおり経常費に流用して了つた。右訴外会社は無資
力で右金員を原告に返済できなくなつたので、原告は、訴外会社に対し金員寄託契
約を解除してその返還を求めるとともに、被告に対し、被告は原告から前記の趣旨
で直接現金を受取つたもので、これを右のように経常費に流用したのだから、取締
役副社長としてその職務を執行するにあたり、悪意または重大な過失により原告に
五〇万円の損害を被らしめたので商法二六六条ノ三の規定により五〇万円の損害賠
償を求める。仮りに右主張が理由なしとすれば、被告に対し、民法七〇九条により
五〇万円の損害賠償を請求すると主張した。一審においては原告は、訴外会社に対
する請求のみ容認されたが、被告に対する請求は棄却されたので、控訴したところ
(訴外会社は一審で確定)、二審判決は、一審判決を取消し、原告主張どおりの事
実を認定してその商法二六六条ノ三の請求を容認した事案に対して右控訴審判決を
是認した上告判決である。そして上告審で問題となつたのは、被告の行為と原告に
生じた損害との間に因果関係があるかとの点であつたが、右第二小法廷の判決も、
第三者の直接損害に関するもので取締役の悪意または重過失も第三者の損害に対す
る関係において存したものと判示しているものと解されている。
 以上二つの最高裁判決は、取締役がその職務を行うにつき悪意または重大な過失
ありとしているのは第三者に対する関係においてであり、仮りに第三者に対し悪意、
重過失あるときは、当然に会社に対する関係においても悪意、重過失による任務懈
怠となると解しているとしても、少なくとも右各判決は、第三者に対する関係にお
いても悪意、重過失あるが故に第三者に対する直接損害について取締役に賠償責任
を認めているのである。
 してみれば、多数意見は、悪意または重大な過失は、会社に対する任務懈怠の点
について存すれば足りるとする点で、少なくとも前記第二小法廷の判決と相反する
ものであり、多数意見のように悪意、重過失は会社に対する関係において存すれば
足りるとすると、理論上は企業主体でないその一機関に過ぎない取締役個人に無過
失損害賠償責任を容認する不合理を肯定しなければならなくなること前述のとおり
である。かゝる法律制度全般に亘る大きな問題が存するのに、多数意見は何ら十分
な説明をも示さず前記第二小法廷の判決を変更する結果となるのである。
 五、次に私の意見に対する最大の非難は、現行商法二六六条ノ三を特別不法行為
責任を規定したものとすると、同法は民法七〇九条に対する特別法となり、取締役
が重大な過失によらず、単純な過失によつて第三者に損害を与えたときには、取締
役に損害賠償の責任を負わしめ得ないこととなる点であろう。この点については、
松本裁判官の反対意見で述べられているところと同じ理由により右非難はあたらな
いものと信ずるのであるが、先ず第一に、民法四四条は、法人の不法行為能力を認
めた規定と解されている。法人実在説を前提とした議論である。そうすると、法人
の理事がその職務を行うにつき故意または過失により他人に損害を加えたときは、
それは法人の不法行為として法人が損害賠償の責に任ずる旨規定したのが民法四四
条である。その場合法人の機関として行為をした理事個人の責任如何。法人実在説
をとる以上、機関の行為は、法人の組織のうちに吸収され、法人の行為となつてし
まつて、個人の行為たる意義を失い、機関個人の責任はないと解する考え方もあり
得る。昭和七年(オ)第一三六号同年五月二七日言渡大審院判決(大審院判例集一
一巻一一号一〇六九頁)は、法人の理事がその職務を行うにつき他人に加えた損害
は、法人の不法行為として法人がその損害を賠償する責に任ずるが、右理事も個人
として他人に対し同様不法行為の責任を負う旨判示しているが、この法理は必ずし
も維持されなければならないものではない。少なくとも再考の余地あるものである。
現に国家賠償法一条一項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、そ
の職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、
国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定し、その二項において、「
前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団
体は、その公務員に対して求償権を有する」と規定している。すなわち国家賠償法
一条にいう公権力の行使に当る公務員中には、法人の理事または株式会社の取締役
にも比すべき国又は公共団体の機関たる公務員と、法人の被用者にも比すべき公務
員とを含むけれども、同法は、これら公務員がその職務を行うについて故意・過失
により他人に与えた損害については国又は公共団体が、その公務員の選任監督につ
いて相当の注意をしたか否かを問わず、その損害については、国又は公共団体に無
条件に賠償責任を負わしめ、ただその公務員に故意又は重大な過失があつたときに
は、国又は公共団体はその公務員にその負担した損害額を求償することができるこ
ととしている。すなわち現実にその行為をした公務員は、故意、重過失があつても、
損害を受けた被害者に対しては直接不法行為の責任は負うことはなく、被害者もこ
れをその公務員に請求できないのである。そしてこのことは当裁判所第三小法廷が
既に判例として示しているところである(昭和二八年(オ)第六二五号同三〇年四
月一九日言渡判決。民集九巻五号五三四頁参照。その要旨は「公権力の行使に当る
公務員の職務行為に基く損害については、国または公共団体が賠償の責に任じ、職
務の執行に当つた公務員は、行政機関としての地位においても、個人としても、被
害者に対しその責任を負担するものではない。」)。してみればこの第三小法廷の
判決は前記昭和七年五月二七日の大審院判決とはその考え方を全く異にするもので
あり、学者の中には立法論としては、民法上の法人その他の使用者についても企業
主体たる法人または使用者については無条件に責任を負わしめ、民法七一五条一項
但書の如き免責事由を認める要はなく、現実に行為をした企業主体の機関または被
用者には被害者に対して直接損害賠償の責任を負わしめず、ただ行為者に故意また
は重大な過失があつたときにだけ、企業主体たる法人または使用者をして行為者に
対し求償権を認むべきである。即ち国家賠償法と同一歩調を採るをもつて可とする
と説く者もある。したがつて取締役に不法行為の責任要件を軽減するのは不当だと
する非難はあたらない。
 六、最後に本件について見るに、原審の確定したところによると、訴外Eは、訴
外F工業株式会社の資産状態が相当悪化しており約束手形を振り出しても満期に支
払うことができないことを容易に予見し得たにかかわらず、代表取締役としての注
意義務を著しく怠つたため、その支払の可能なことを軽信し、代金支払の方法とし
て昭和二七年三月四日、右訴外会社代表取締役社長上告人名義の本件七二万円の約
束手形を振り出した上、被上告人をして本件鋼材一六トンを引き渡させ、右約束手
形が支払不能となつた結果、被上告人に右金額に相当する損害を被らせた。一方上
告人は、右訴外会社の業績が不振となつたので昭和二七年一月末頃右訴外会社の業
績向上のため、上告人の地位信用を利用しようと企図していた知人Gから、上告人
には責任をもたせないから名前だけ貸してくれればよいといつて右会社の代表取締
役社長に就任方を懇請されたので、やむなく就任に応じたものであり(就任登記は
同年二月一二日附)、就任のはじめ上告人は訴外会社の実権者である右訴外Eに会
社の現況の説明をきき、自分は多忙であるから週二、三回程度しか出社できないと
ことわつて、社長印および自己の氏名のゴム印を右Eに預け、右訴外会社社長たる
自己の名において、手形、小切手を振り出す権限を同人に委ね、業務一切をEに任
せきりにしていたので、その間にEが上告人の了解を受けることなく上告人の印章
等を使用し、被上告人との間に本件取引をし前記約束手形を振り出したものであり、
買入にかゝる鋼材はEにおいて他に転売し、その代金はことごとく訴外会社の旧債
の支払に充てたが、Eが被上告人と右取引をし右約束手形を振り出したことについ
ては、上告人は全くこれに関与しておらず、上告人は本件取引および鋼材の処分に
ついてもこれを指揮命令したこともなければ、現実にこれに関与したこともなく、
被上告人に対し、上告人は右Eと共同不法行為の責に任ずべきものではないという
のである。してみれば仮りに多数意見がいうように、上告人、訴外会社の代表取締
役社長として会社に対する受任者としての義務(商法二五四条三項、民法六四四条)
および会社に対する忠実義務(商法二五四条ノ二)を有するから、訴外会社の他の
代表取締役の職務執行上の重過失または不正行為を未然に防止すべき義務があるの
に、上告人はこの義務を怠り、訴外会社の業務一切を他の代表取締役Eに委せきり
とし、自己の不知の間に同人をして支払不能になるような本件約束手形を振り出し
て本件取引をさせたことは、上告人の訴外会社の代表取締役としての任務の遂行に
ついて重大な過失があることとなるとしても、右重大な過失は、上告人の訴外会社
に対する任務懈怠について存するだけであつてこれをもつて直に第三者たる被上告
人に生じた損害の発生について上告人に悪意または重大な過失があつたとすること
はできない。
 したがつて、被上告人の上告人に対する本訴請求を容認した原判決は、私見に従
えば、商法二六六条ノ三の解釈適用を誤つた違法があるもので破棄を免れない。そ
してなお上告人に被上告人に対する関係においてもその損害の発生について悪意ま
たは重大な過失があつたか否かを審理させるため、本件を原裁判所に差し戻すべき
ものと思料する。
 裁判官松本正雄の上告理由一および三についての反対意見は、次のとおりである。
 一、先ず、多数意見は、原判決と同じ見地に立つて、「取締役の任務懈怠により
損害を受けた第三者としては、その任務懈怠につき取締役の悪意又は重大な過失を
主張し立証しさえすれば、自己に対する加害につき故意または過失のあることを主
張し立証するまでもなく、商法二六六条ノ三の規定により、取締役に対して損害の
賠償を求めることができる」となし、更に、「会社自体が民法四四条の規定によつ
て第三者に対し損害の賠償義務を負う場合に限る必要もないわけである。」と判示
するが、私は、右の見解に反対である。
 商法二六六条ノ三第一項前段の「取締役ガ其ノ職務ヲ行フニ付悪意又ハ重大ナル
過失アリタルトキハ其ノ取締役ハ第三者ニ対シテモ亦連帯シテ損害賠償ノ責ニ任ズ」
との規定は、明快さを欠き、解釈上説が分れるところではあるが、その法意は、取
締役がその職務執行について故意または過失により第三者に損害を与えた場合には、
会社がその損害を賠償する義務を負うことは当然であるが(民法四四条一項)、当
該取締役としては、その職務を行なうにつき、第三者に対する加害の点に悪意また
は重大な過失があつたときにかぎり、第三者に対して損害賠償の責任を負担するこ
とを定めるにあるものと解するのが自然であり、条理にも適うものと考える。した
がつて、右規定は、民法七〇九条が一般の不法行為について規定したのに対して、
その特別規定として、特殊の不法行為責任を定めたものであり、右民法七〇九条と
は競合しないものなのである。
 おもうに、前叙の如く、取締役が会社の機関として行為した場合には、本来、会
社自体がその行為による責任を負うべきものであるが、右商法二六六条ノ三の規定
は、特にその取締役個人にも責任を負担せしめる場合があることを明らかにすると
同時に、右責任は、取締役がその職務を行なうについて負うべきものであるところ
から、特に悪意または重過失があつたときにかぎり責任があるものとし、軽過失の
場合を除外した点に意義を有するのである。けだし、取締役に対し、その軽過失の
場合においても職務行為について個人的責任を負わせることにすると、近時の複雑
な企業経営においては、安んじて経営の任に当れないおそれがあるばかりでなく、
酷に過ぎるといわざるをえないからである。以上のことは、国家賠償法一条によれ
ば、公権力の行使に当る公務員にその職務を行なうにつき違法行為があつた場合に
は、国または公共団体が損害賠償の責任を負うのであり(同条一項)、当該公務員
個人としては、故意または重大な過失があつたときにのみ、国または公共団体から
求償権を行使されるにとどまる(同条二項)ものとされているのと対比しても首肯
できるところである。
 また、右のように解釈すべきことは、商法が、その二六六条一項において、取締
役に違法な行為、例えば、いわゆる蛸配当をしたというような法令(商法二九〇条)
違反の行為または定款違反の行為があつて、その職務の遂行に当り任務を懈怠した
と認められるときには、当該取締役が会社に対して損害賠償の責任を負うべきもの
とするとともに、二六六条ノ三において、取締役が、第三者との間の営業取引上の
行為その他の職務執行行為から第三者に損害を生ぜしめたときには、これを賠償す
べき責任を定めた条文の配置からも窺えるところである。
 多数意見は、「取締役の責任の客観的要件については、会社に対する義務違反が
あれば足りるものとしてこれを拡張し、主観的要件については重過失を要するもの
とするに至つた立法の沿革に徴して明らかである。」と判示するが、取締役の任務
懈怠行為のうちで最も主要な「法令又ハ定款ニ違反スル行為ヲ為シタルトキ」(商
法二六六条一項五号)について、旧規定(昭和二五年法律第一六七号による改正前
の商法二六六条二項)は、これを取締役の第三者に対する責任の要件として定めて
いたが、右改正法が、これを会社に対する責任の要件として定めるにいたつたこと
からみると、右多数意見のように、「立法の沿革に徴して明らかである」とは断じ
きれないのではなかろうか。
 また、多数意見は、「発起人の責任に関する商法一九三条および合名会社の清算
人の責任に関する同法一三四条ノ二の諸規定と対比しても十分首肯することができ
る。」旨説示しているが、設立中の会社は特別な存在であつて、発起人は未だ営業
活動をしていないのであり、合名会社に至つては、各社員は、会社と連帯して会社
の債務を弁済する責任を負担(商法八〇条一項)しているのであるから(商法一二
一条によれば、原則として業務執行社員が清算人に就任する。)、右発起人ないし
清算人の第三者に対する責任と株式会社の取締役の責任とを比較することは余り意
味がない。右両親定が法文の形の上で商法二六六条ノ三と類似する点を捉えて多数
意見がここに援用するのは、形式論にすぎない。
 二、次に、原判決は、「自己のほかにも会社に代表取締役がおかれている場合に
おいてはその代表取締役の職務執行をも監視警戒し、その過失又は不正行為を未然
に防止すべき義務があるものといわなければならない。」とし、更に、「右監視義
務は、代表取締役が会社のため忠実にその業務全般を統轄遂行し会社の利益を図る
義務を有することから流出するもの」であるとし、本件について「控訴人(上告人)
は代表取締役として他の代表取締役の業務執行を監視しその過失又は不正行為を未
然に防止すべき義務を著しく怠つていたものと解するを相当とする。」と判示して
いる。そして、上告人が右監視義務を果す上において、「取締役としてその職務を
行なうにつき重大な過失」があつたとして、上告人に、被上告人に対する損害賠償
義務を認めた。
 しかし、私は、代表取締役には他の代表取締役の職務執行を監視警戒する義務は
ないと考える。
 1 代表取締役にも取締役として善良な管理者としての注意義務(商法二五四条
三項、民法六四四条)と忠実義務(商法二五四条ノ二)が存在することは明らかで
あるが、他の代表取締役を監視する義務については商法上何等の規定がないばかり
でなく、代表取締役は取締役会の決議によつて選任せられ(商法二六一条一項)、
また、現行法上は会社の業務執行は取締役会が決する(商法二六〇条)のであつて、
代表取締役は取締役会の決するところに従つて、各自または共同して会社を代表し、
会社の業務を執行するのであるから、相互に監視する関係にはない。
 2 代表取締役は対外的に会社を代表する機関ではあるけれども、対内的に業務
全般の執行を担当するとは限らない。もちろん、多くの会社においては社長は代表
取締役であり、会社の業務全般の執行を担当しているけれども、大会社においては、
社長のほかにも、会長、副社長、専務取締役、常務取締役等が代表取締役に就任し
ている場合があり、支店長が代表取締役である場合すらあつて、それぞれ業務を分
担していることが多く見受けられるのである。例えば、数名の常務取締役が、いず
れも代表取締役である場合には、各自が総務、営業、労務、技術、経理等の業務を
分担して執行し、支店長が代表取締役である場合には、その支店長は支店の管轄内
の業務の執行に当つているのが実情であつて、決して代表取締役各自が会社業務全
般の執行に当つているわけではない。もちろん取締役会の構成員としては、代表資
格がない平取締役と同様に会社業務の全般を担当するものであるといえるであらう
が、取締役会は月にせいぜい一、二回開かれるのが通常であり、毎日開かれるわけ
ではないから、会社の実際の業務の執行、事業運営の面では右に述べたとおりの執
行体制が採用されている。
 このように現在、日本には代表取締役を数名以上定めている大会社は多数あつて、
しかも各代表取締役の担当業務がちがつている場合には、代表取締役相互間の職務
執行の監視義務など実際上考えられない。更に極端な実例をとれば、本店の所在地
が東京にある会社の大阪支店長が代表取締役である場合や、ロンドンやニユーヨー
クの支店長が代表取締役である場合に、大阪支店長、ロンドン、ニユーヨーク駐在
の代表取締役が東京の代表取締役の業務執行を監視警戒するなどはできないことで
ある。
 三、原判決は、代表取締役の業務執行についての権限、その法的性格と、会社の
会長、社長、副社長、専務取締役、常務取締役等の職制上の地位にあるものについ
て定款または取締役会の決議によつて定められた業務執行の権限とを混同して、後
者において社長の地位にある者の如きを想定しているのではあるまいか。原判決を
支持する多数意見も亦、同様な誤りを侵している。すなわち、多数意見は、「代表
取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を
有する機関であるから、」他の代表取締役の「不正行為ないし任務懈怠を看過する
に至るようなことは、自らも亦悪意または重大な過失により任務を怠つたものと解
するのが相当である。」と判示するが、代表取締役は前叙の如く、必ずしも常に「
対内的に業務全般の執行を担当する職務権限を有する機関」であるとは限らないか
ら、このように解することによつて代表取締役の他の代表取締役に対する監視警戒
の義務を認めることは、商法上理由がないばかりでなく、実務上も当らないものと
いわなければならない。なお、多数意見は、「任務懈怠を看過する」義務違反と述
べ、ことさら原判決が重点を置いて説示する監視義務違反の表現を避けているよう
であるが、結局は同一の趣旨と解せられる。
 四、ところで本件についてみると、訴外F工業株式会社(以下「F工業」という。)
は、昭和二六年に設立せられた会社であつて、訴外Eが代表取締役として経営に当
つていたが、業績が不振となつたので、訴外Gが、昭和二七年一月末頃F工業の業
績向上のため上告人の地位信用を利用することを企図して、上告人に代表取締役に
就任することを懇請し、上告人をして承諾せしめ、同年二月一二日附で上告人が代
表取締役社長に、前記Eは代表取締役専務取締役になつたこと、そして上告人は、
F工業が同年三月一二日頃(本件手形振出の一週間位後)訴外H毛織に対して振り
出した約束手形を不渡りとし、更にその直後訴外I某に対して振り出した約束手形
をも不渡りとしたなどの、Eの不始末をいたく立腹して、同年三月一六日頃には、
すでに、代表取締役の辞任届を提出し、その辞任は同年五月一〇日附で登記された
ことが原審で認定されている。そうすると、上告人の代表取締役としての就任期間
は、事実上は上告人が主張する如く、わずか一ケ月半に過ぎず、登記簿上約三ケ月
である。また、原審の認定によれば、この間、上告人は二、三回位はF工業に立ち
寄つたが、業務一切をEに任せきりにしており、社長印および自己の氏名のゴム印
をEに預け、F工業社長たる自己の名において手形、小切手を振り出す権限をも同
人に委ねており、Eは上告人の了解を得ることなく、本件約束手形を振り出した上、
被上告人をして本件鋼材を引き渡さしめたもので、上告人は本件取引については何
等関与しなかつたというのであるが、原審は、Eにおいて、右手形振出当時、その
手形金を支払えないことを容易に予見することができたものであり、また上告人に
は、Eの右業務執行を監視する義務があるのに、著しくこれを怠つたものとして、
上告人に対し本件損害賠償義務を認めたのである。
 しかし、私は、右の原判決およびこれを支持する多数意見には賛成できない。あ
る者が社会的に有している地位および信用などを利用する目的で、その者を会社の
取締役として迎えることは、資金を提供した者を取締役に加えたりすることと同様
に通例行なわれているところであり、代表取締役が一、二ケ月のうちに、わずか二、
三回位しか会社に出勤しないとか、会社の代表取締役としてのゴム印を他の者に預
けておくという如きことも世上よくある例であり、それだけで代表取締役としての
任務懈怠とはいえない。
 また、仮に、上告人において原審認定の如く会社に対する任務懈怠があり、これ
によつてEの業務執行を監視することができなかつたからといつて、それだけで直
に商法二六六条ノ三の規定を適用して上告人に責任を負担せしめるべきものでもな
い。すなわち、代表取締役には他の代表取締役を監視警戒する義務がないことはさ
きに述べたとおりであるから、上告人としてはEの本件取引を監視警戒する法律上
の義務を負担するものではない。原判決および多数意見の考え方によれば、本件の
上告人の如きは、代表取締役に在任中に、Eがなしたあらゆる対外的な取引行為、
手形振出行為等によつて第三者に損害を及ぼしたときには、責任を負わされる結果
になるであろう。その不当なことは多言を要しないところである。
 本件において、上告人が商法二六六条ノ三の規定によつて責任を負うのは、上告
人が、F工業の社長たる自己の名において、Eをして会社の手形を振り出さしめる
ことにより、F工業の取引先である被上告人らに損害を与えることについて悪意ま
たは重大な過失が上告人にあつた場合においてのみである。かような悪意または重
過失が被上告人に対してあつたとすれば、被上告人に対して上告人は会社あるいは
Eと連帯して損害賠償の責に任じなければならない場合があり得ることは、さきに
説示したとおりである。
 したがつて原判決は、商法二六六条ノ三の解釈を誤り、前記の点については何等
考慮することなく、上告人に損害賠償の義務があるとしたのであるから、審理不尽
の違法があり、右の違法は原判決の結論に影響があることは明らかであるというべ
く、上告理由一および三はいずれも理由があるから、原判決は破棄を免れず、本件
においては叙上の見地に立つて更に審理を尽くさせる必要があるので、民事訴訟法
四〇七条一項にしたがいこれを原審に差し戻すのが相当である。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    石   田   和   外
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隈   健 一 郎
            裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    関   根   小   郷

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