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裁判例


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         主    文
    原判決を次のとおり変更する。
    被上告人らの請求を棄却する。
    訴訟費用は、原審及び当審を通じ、すべて被上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人大場民男、同荒川敦、同小出義光、同山下恭男、同高村方久の上告理
由第一及び第二点について
 地方公共団体の議会の議員の定数配分を定めた条例の規定(以下「定数配分規定」
という。)そのものの違法を理由とする地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に
関する訴訟が公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇三条の規定による訴訟と
して許されることは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同
五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁平成三年(行ツ)第一一
一号同五年一月二〇日判決・民集四七巻一号六七頁)の趣旨に徴して明らかであり
(最高裁昭和五八年(行ツ)第一一五号同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集
三八巻七号七二一頁、最高裁平成二年(行ツ)第六四号同三年四月二三日第三小法
廷判決・民集四五巻四号五五四頁)、本訴を適法とした原審の判断は、正当として
是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができな
い。
 同第三点について
 一 都道府県議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への定数配分は、現行法上、
次のとおり定められている。すなわち、都道府県の議会の議員の定数については、
地方自治法九〇条一項により、その人口数に応じた定数の基準等が定められている
が、同条三項によれば、右一項による定数は、条例で特にこれを減少することがで
きるものとされている。そして、公選法は、都道府県議会の議員の選挙区は、郡市
の区域によるものとし(同法一五条一項)、ただし、その区域の人口が当該都道府
県の人口を当該都道府県議会の議員の定数をもって除して得た数(以下「議員一人
当たりの人口」という。)の半数に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区
域と合わせて一選挙区を設けなければならず(同条二項。以下「強制合区」という。)、
その区域の人口が議員一人当たりの人口の半数以上であっても議員一人当たりの人
口に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設ける
ことができるとしている(同条三項)。もっとも、強制合区については例外が認め
られており、昭和四一年一月一日当時において設けられていた選挙区については、
当該区域の人口が議員一人当たりの人口の半数に達しなくなった場合においても、
当分の間、条例で当該区域をもって一選挙区を設けることができるものとされてい
る(同法二七一条二項。以下、この規定によって存置が認められた選挙区を「特例
選挙区」という。)。このようにして定められた各選挙区において選挙すべき議員
の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない(同法一五条七項本文)が、
特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定め
ることができるとされている(同項ただし書)。
  右の各規定からすれば、議員の法定数を減少するかどうか、特例選挙区を設け
るかどうか、議員定数の配分に当たり人口比例の原則を修正するかどうかについて
は、都道府県の議会にこれらを決定する裁量権が原則として与えられていると解さ
れる。
 二 そこで、本件における議員定数配分の適否について検討する。
 1 特例選挙区に関する公選法二七一条二項の規定は、社会の急激な工業化、産
業化に伴い、農村部から都市部への人口の急激な変動が現れ始めた状況に対応した
ものであるが、また、郡市が、歴史的にも、政治的、経済的、社会的にも独自の実
体を有し、一つの政治的まとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、こ
の地域的まとまりを尊重し、これを構成する住民の意思を都道府県政に反映させる
ことが、市町村行政を補完しつつ、長期的展望に立った均衡のとれた行政施策を行
うために必要であり、そのための地域代表を確保することが必要とされる場合があ
るという趣旨の下に、昭和四一年法律第七七号による公選法の改正により現行の規
定となったものと解される。そして、具体的にいかなる場合に特例選挙区の設置が
認められるかについては、客観的な基準が定められているわけではないから、結局、
右のような公選法二七一条二項の規定の趣旨に照らして、当該都道府県の行政施策
の遂行上当該地域からの代表を確保する必要性の有無・程度、隣接の郡市との合区
の困難性の有無・程度等を総合判断して決することにならざるを得ないところ、そ
れには当該都道府県の実情を考慮し、当該都道府県全体の調和ある発展を図るなど
の観点からする政策的判断をも必要とすることが明らかである。したがって、特例
選挙区の設置を適法なものとして是認し得るか否かは、この点に関する都道府県議
会の判断が右のような観点からする裁量権の合理的な行使として是認されるかどう
かによって決するよりほかはない。もっとも、都道府県議会の議員の選挙区に関し
て公選法一五条一項ないし三項が規定しているところからすると、同法二七一条二
項は、当該選挙区の人口を議員一人当たりの人口で除して得た数(以下「配当基数」
という。)が〇.五を著しく下回る場合には、特例選挙区の設置を認めない趣旨で
あると解されるから、このような場合には、特例選挙区の設置についての都道府県
議会の判断は、合理的裁量の限界を超えているものと推定するのが相当である。以
上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和六三年(行ツ)第一
七六号平成元年一二月一八日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二一三九頁、最高
裁平成元年(行ツ)第一五号同年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号
二二九七頁)。
 そこで、愛知県議会議員の選挙区等に関する条例(昭和三八年愛知県条例第二号。
以下「本件条例」という。)についてみるのに、原審の適法に確定するところによ
れば、(1) 平成三年四月七日施行の愛知県議会議員の選挙(以下「本件選挙」と
いう。)当時の選挙区は五九であり、このうち南設楽郡、北設楽郡の二選挙区が特
例選挙区とされ、各一人の定数が配分されていた、(2) 愛知県議会では、本件選
挙に先立ち、特例選挙区の存廃も含めて本件条例の改正につき種々検討が続けられ
た結果、最終的には、右の二選挙区を特例選挙区として存置することを前提として、
四増一減案(名古屋市緑区、稲沢市、半田市、春日井市の四選挙区の定数を各一名
ずつ増員し、名古屋市中村区の定数を一名減ずるというもの)が可決成立して、本
件条例が改正された(以下、右改正を「平成二年改正」という。)、(3) 南設楽
郡は、愛知県の東端に位置し、その面積は同県の七・四パーセントを占める区域で
あり、北設楽郡は、愛知県の北東端に位置し、その面積は同県の一二・七パーセン
トを占める区域であるところ、そのいずれもが標高五〇〇メートルから一〇〇〇メ
ートル前後の山々を擁する山間地で、林業をその基幹産業としてきたが、木材関連
産業の低迷のため、産業経済構造の根本的な転換が迫られているとともに、過疎化
及び高齢化対策のための総合的かつ計画的な施策が求められている、(4) 平成二
年の国勢調査の結果による右の二選挙区の配当基数は、南設楽郡選挙区が〇・三一
一六、北設楽郡選挙区が〇・三一二二(右の配当基数の数値は、いずれも概数であ
る。)であった、というのである。
 右の事実関係によれば、愛知県議会は、南設楽郡及び北設楽郡の右のような地理
的、経済的状況やその行政需要などに照らし特例選挙区設置の必要性を判断し、地
域間の均衡を図るための諸般の要素を考慮した上で、これらを特例選挙区として存
置することを決定したものと推認することができる。そして、南設楽郡、北設楽郡
の二選挙区の配当基数は、いまだ特例選挙区の設置が許されない程度にまでは至っ
ていないものというべきであり、他に、愛知県議会が、平成二年改正後の本件条例
において右の二選挙区を特例選挙区として存置したことが社会通念上著しく不合理
であることが明らかであると認めるべき事情もうかがわれないから、同議会が、右
の二選挙区を特例選挙区として存置したことは、同議会に与えられた裁量権の合理
的な行使として是認することができる。したがって、平成二年改正後においても本
件条例が右の二選挙区を特例選挙区として存置したことは適法である。
 2 次に、都道府県議会の議員の選挙に関し、当該都道府県の住民が、その選挙
権の内容、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきであることは憲法
の要求するところであると解すべきであり、公選法一五条七項は、憲法の右要請を
受け、都道府県議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基
準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解さ
れる。もっとも、前記のような都道府県議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への
定数配分に関する現行法の定めからすれば、同じ定数一を配分された選挙区の中で、
配当基数が〇・五をわずかに上回る選挙区と配当基数が一をかなり上回る選挙区と
を比較した場合には、右選挙区間における議員一人に対する人口の較差が一対三を
超える場合も生じ得る。まして、特例選挙区を含めて比較したときには、右の較差
が更に大きくなることは避けられないところである。また、公選法一五条七項ただ
し書は、特別の事情があるときは、各選挙区において選挙すべき議員の数を、おお
むね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとしているとこ
ろ、右ただし書の規定を適用していかなる事情の存するときに右の修正を加え得る
か、また、どの程度の修正を加え得るかについて客観的基準が存するものでもない。
したがって、定数配分規定が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについて
は、都道府県議会の具体的に定めるところが、右のような選挙制度の下における裁
量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。しかし、
定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における
選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右
不平等が生じ、それが都道府県の議会において地域間の均衡を図るなどのため通常
考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは
考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや都道府県の議
会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理
由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるを得ないものというべ
きである。以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである(前掲各小法廷判決)。
 そこで、原審の適法に確定した事実に基づき、平成二年改正後の本件条例におけ
る定数配分の状況についてみるのに、本件選挙当時においては、特例選挙区を除い
たその他の選挙区間における議員一人に対する人口の最大較差は一対二・八九(名
古屋市中区選挙区対西尾市選挙区。以下、較差に関する数値は、いずれも概数であ
る。)、特例選挙区とその他の選挙区間における右最大較差は一対五・〇二(南設
楽郡選挙区対西尾市選挙区)であり、いわゆる逆転現象は二二とおりあったという
のである。そして、本件選挙当時における各選挙区の人口、配当基数は、原判決添
付別表一のとおりであり、これに基づいて、配当基数に応じて定数を配分した人口
比定数(公選法一五条七項本文の人口比例原則に基づいて配分した定数)を算出し
てみると、右人口比定数による特例選挙区を除くその他の選挙区間における議員一
人に対する人口の最大較差は一対二・八四(高浜市選挙区対西尾市選挙区)となり、
特例選挙区とその他の選挙区間の議員一人に対する人口の最大較差は一対五・〇二
(南設楽郡選挙区対西尾市選挙区)となることが計算上明らかである。そうしてみ
ると、愛知県議会が公選法一五条七項ただし書を適用して本件条例の平成二年改正
を行った結果、同項本文に従って議員定数を配分したとした場合と比較して、特例
選挙区を除くその他の選挙区間における議員一人に対する人口の最大較差は、わず
かに拡大しているものの、特例選挙区を含めた場合の議員一人に対する人口の最大
較差に変動はなく、右の一対五・〇二という較差は、南設楽郡選挙区を特例選挙区
として存置したこと(その存置が適法であることは、前記説示のとおりである。)
に由来するものということができる。
  公選法が定める前記のような都道府県議会の議員の選挙制度の下においては、
本件選挙当時における右のような投票価値の不平等は、愛知県議会において地域間
の均衡を図るために通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に
合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものとはいえず、同議会に
与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができる。したがって、平成
二年改正後の本件条例に係る定数配分規定は、公選法一五条七項に違反するもので
はなく、適法というべきである。
 三 結論
  原判決は、平成二年改正後の本件条例の定数配分規定が公選法一五条七項に違
反して無効であると判断し、いわゆる事情判決の制度の基礎に存在するものと解す
べき一般的な法の基本原則に従い、本件請求を棄却した上で、原判決添付選挙区目
録記載の選挙区における本件選挙が違法であることを主文において宣言したもので
あるところ、原判決は、前記判示と抵触する点において失当であり、その限度にお
いて変更を免れないというべきである。
  以上のとおり、原判決には公選法二七一条二項、一五条七項の解釈、適用を誤
った違法があり、本件上告は、右の限度において理由があるから、原判決を変更し
て、被上告人らの請求を棄却することとする。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、八九条、九三条に従い、
裁判官藤島昭、同中島敏次郎の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
 裁判官藤島昭の補足意見は、次のとおりである。
 私は、平成二年改正後の本件条例に係る定数配分規定は、適法というべきである
とした多数意見に同調するものであるが、特例選挙区の設置の適否の判断基準及び
特例選挙区とその他の選挙区間における議員一人に対する人口の較差と公選法一五
条七項との関係について、若干意見を申し述べておきたい。
 一 公選法によれば、都道府県の議会の議員の選挙区は、郡市の区域を単位とす
ることが原則となっているが(一五条一項)、配当基数が〇・五未満の選挙区につ
いては、これを隣接する他の選挙区と合区しなければならず(一五条二項)、さら
に、配当基数が〇・五以上であっても一に満たない選挙区については、任意合区が
認められている(一五条三項)。これらの規定は、各選挙区を通じて選挙人の投票
価値の平等をできる限り実現することを目的としたものと考えられるのであって、
その趣旨とするところに照らすならば、選挙区を合区するかどうかを決するに当た
っては、当該選挙区の配当基数の数値が重要かつ基本的な要素となるということが
できよう。
  他方、公選法が、都道府県の議会の議員の選挙区を原則として郡市を単位とす
るものとしているのは、住民の生活環境や地域感情等を背景として長年の間に形成
されてきた郡市という行政区割ごとに議員の定数を配分することが、その地域の住
民の利益にも合致し、そこで選出された議員を通じて当該郡市の住民の意向を行政
施策に反映させることが、都道府県全体の発展にも寄与するという考え方に立って
いるからであると解される。このように考えると、合区をするということは、右の
ような意義を有する郡市を単位とする特定の選挙区の存続自体を否定することであ
るため、その影響するところは大きく、しかも、いわゆる過疎の選挙区の配当基数
の低下が社会経済情勢の変化に伴う人口の急激な都市集中化の現象に起因すること
を考慮すれば、配当基数のみを唯一絶対の基準として合区をするかどうかを決する
ことが必ずしも妥当でない場合もあり得よう。選挙区の面積の大小、生活環境、住
民感情、交通事情、地理的状況等諸般の事情を考慮し、当該都道府県の行政施策の
遂行上当該選挙区からの代表を確保する必要性の有無・程度、隣接の郡市との合区
の困難性の有無・程度等を総合判断した上、当該都道府県全体の調和ある発展を図
り、都道府県の住民全体の相互理解と利益増進を期するためには、配当基数が〇・
五未満の選挙区についてもあえて合区せず、独立の選挙区として存置させる必要が
ある場合もあり得るというべきである。これが、公選法二七一条二項が、配当基数
〇・五未満の選挙区についても、当分の間、公選法一五条二項の規定にかかわらず、
特例選挙区として存置することを認めているゆえんであると解される。
 二 特例選挙区を設けるかどうかについては、都道府県の議会にこれを決定する
裁量権が与えられていると解されることは多数意見の説示するとおりであるが、以
上に述べたように、配当基数は、選挙区を合区するかどうかを決するに当たっての
重要かつ基本的な基準であり、これが〇・五未満の選挙区については合区が原則と
されていることからすれば、配当基数が〇・五を著しく下回る選挙区を特例選挙区
として存置することは許されず(最高裁昭和六三年(行ツ)第一七六号平成元年一
二月一八日第一小法廷判決参照)、このような選挙区を特例選挙区として存置した
ときは、当該都道府県議会の判断は、合理的裁量の限界を超えているものと推定す
るのが相当である。したがって、この推定を覆すに足りる特段の事情が立証されな
い限り、当該選挙区を特例選挙区として存置したことは、違法というべきことにな
る。この〇・五を著しく下回る数値とは、特例選挙区の設置を認めることが社会通
念に照らして著しく合理性を欠くことが明らかな数値をいうものと解することがで
きる。その数値を具体的に示すことは事柄の性質上難しいことではあるが、投票価
値の平等の要求に譲歩を求めても、あえて過疎地域の郡市にその郡市を代表する一
人の議員を確保し、当該議員を通して当該郡市の住民の意向を都道府県政に反映さ
せることが相当であるとするためには、常識的にみて当該郡市に一定人数を超える
住民が居住していることが必要であること、さらに、「著しく」という言葉自体を
常識的に考察すれば、限界となるべき数値を想定することは必ずしも不可能ではな
いこと等を総合勘案すれば、当該選挙区の配当基数が〇・五の二分の一(〇・二五)
に満たない数値に至ったときは、社会の健全な常識に照らし、配当基数〇・五を著
しく下回るものと評価されてもやむを得ないと考える。したがって、配当基数〇・
二五にも満たない郡市をもって独立の選挙区を設け、あるいは、それを存続させた
とすれば、そのような当該都道府県議会の判断は、社会通念に照らして著しく合理
性を欠くことが明らかなものということができよう。
  この点につき、原判決は、配当基数一を基準として当該選挙区の配当基数がそ
の三分の一以下の場合は、特別の事情の存するときを除き、これを特例選挙区とし
て存置することは違法であると判示している。原判決が、配当基数三分の一以下と
いう数値を特例選挙区の設置の適否に関する判断基準として挙げたのは、議員定数
配分規定の違憲を理由とする衆議院議員選挙無効訴訟において、各選挙区の議員一
人に対する人口の最大較差が一対三未満である具体的数値にとどまる場合につき、
当該定数配分規定は違憲状態にない旨を判示した累次の最高裁判決の趣旨を念頭に
置いたのではないかと推察される。しかし、右の衆議院議員選挙無効訴訟における
最大較差とは、全国の各選挙区の人口を当該選挙区の議員の定数で除した議員一人
に対する人口数を各選挙区ごとに比較した場合における、議員一人に対する人口の
一番少ない選挙区と一番多い選挙区との数値の較差をいうものであり、特例選挙区
の設置が許容される配当基数の限界値とは考え方を異にしている。右の衆議院議員
選挙無効訴訟の直接の目的は各選挙区の人口数に応じてその議員の定数の増減を図
ることにあるが、特例選挙区の設置の適否の問題は、特定の選挙区の存置を否定し
て合区すべきであるかどうかの問題なのである。したがって、右の衆議院議員選挙
無効訴訟における最大較差の合憲性に関する考え方を、特例選挙区の設置の適否に
関する判断に適用することは適当でない。また、原判決が前述した最高裁の累次の
判決の趣旨とはかかわりなく、社会通念に照らし、当該選挙区の配当基数が三分の
一以下になった場合には、これを特例選挙区として存置することは認められないと
いう考え方をしているとすれば、この考え方に賛成し難いことは前述したとおりで
ある。
 三 そうすると、都道府県議会は、配当基数が〇・二五以上〇・五未満の選挙区
については、前記一に述べたような諸般の事情を総合判断して、これを特例選挙区
として存置すべきかどうかを決定すべきことになる。右の総合判断を行うに当たっ
ては、当該都道府県全体の調和ある発展を図る等の観点からの政策的考慮を必要と
するものであるから、その結果、都道府県議会が特例選挙区を設置する必要性を認
めてこれを設置したときは、その判断は、原則的には裁量権の合理的行使として尊
重されるべきであり、裁判所は裁量権の濫用の有無という観点から、その判断の適
否を審査すれば足りると考える。
 四 平成二年改正後の本件条例は、南設楽郡及び北設楽郡の二選挙区を特例選挙
区として存置しているので、この点に関する愛知県議会の裁量権行使の適否につい
て検討するのに、平成三年四月七日の本件選挙施行当時における右の二選挙区の配
当基数は、南設楽郡選挙区が〇・三一一六、北設楽郡選挙区が〇・三一二二であっ
て、いずれも〇・二五を上回っているので、愛知県議会においては、前述した諸事
情を総合判断して、右二選挙区を特例選挙区として存置すべきかどうかを決定すべ
きことになる。そして、原審の適法に確定した事実関係によれば、この点に関する
愛知県議会の判断は、前記の諸事情を総合した上で、政策的考慮の下にされたもの
というべきであって、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があったとは認め
られず、また、特例選挙区制度の趣旨、目的からみて考慮すべき事項を考慮せず、
考慮すべきでない事項を考慮したというような事情はうかがわれないので、その判
断が社会通念に照らして著しく合理性を欠くことが明らかなものとはいえないと考
えられる。したがって、愛知県議会が、右の二選挙区を特例選挙区として存置した
ことについては、裁量権の濫用はなく、同議会の右判断は、裁量権の合理的な行使
として是認することができる。
 五 最後に、以上のように適法に特例選挙区が設けられた場合における、当該特
例選挙区と他の選挙区との議員一人に対する人口の最大較差と公選法一五条七項と
の関係について言及しておきたい。
  特例選挙区の制度は、配当基数〇・五未満の選挙区を強制合区することなく独
立の選挙区として存置し、これに定数一を配分するものであるため、他の選挙区と
の間で議員一人に対する人口数を比較した場合、通常は、そこに三倍を超えるよう
な較差が生じ、特例選挙区の選挙人の投票価値が格段に高くなることは自明の理で
ある。このような較差は、公選法二七一条二項が特例選挙区の制度を認めたことに
伴って、必然的に生じる較差というべきであって、そのことから直ちに定数配分規
定が違法となるものではない。公選法二七一条二項の規定は、昭和四一年法律第七
七号による改正によって現行の規定となり、同法一五条七項ただし書の規定は、そ
の後、同四四年法律第二号によって追加されたものであることを考えると、同法一
五条七項ただし書は、同法二七一条二項の規定により特例選挙区が設置された場合、
右のような較差が生じることを当然の前提とする規定ということができよう。この
ような見地からすると、都道府県議会が公選法一五条七項ただし書を適用して定め
た定数配分規定の適否を検討するに当たって、特例選挙区と他の選挙区との間に生
じる議員一人に対する人口の較差を問題にすることは当を得ない。特例選挙区の問
題は、専らその設置が公選法二七一条二項によって許容されるかどうか、換言すれ
ば、投票価値の平等の要求に譲歩を求めてもあえて当該郡市の代表者を確保するこ
とが、当該都道府県の行政施策を遂行する上で必要であるかどうかの問題に帰着す
るものというべきであり、特例選挙区の設置が適法であるとされた以上、選挙人の
投票価値の平等を図るという観点から各選挙区の議員定数の増減の適否を検討する
論議に、既に投票価値の平等の要求の譲歩の下に議員定数一を配分した特例選挙区
と他の選挙区との間の議員一人に対する人口の較差を持ち出すこと自体、論理的に
矛盾しているといわざるを得ない。選挙人の投票価値の平等の問題は、特例選挙区
を除いた選挙区間において論じられるべきものであると考える。
 裁判官中島敏次郎の補足意見は、次のとおりである。
 私は、特例選挙区の設置については、各都道府県ないし郡市の実情を考慮した都
道府県議会の政策的な判断にゆだねるべきところが少なくなく、裁判所としては、
具体的な特例選挙区の設置に関する都道府県議会の裁量的判断を尊重せざるを得な
いことを前提とし、本件選挙当時において、愛知県議会が南設楽郡選挙区及び北設
楽郡選挙区を特例選挙区として存置していたことが、その裁量の範囲を逸脱するも
ので、著しく不合理であるとまでは断定し難く、したがって、その存置を適法であ
るとした多数意見に同調するものであるが、特例選挙区の存置に関する私の基本的
な考え方について、若干意見を述べておきたい。
 一 都道府県議会の議員の選挙区について公選法が定めるところは、選挙区は、
郡市の区域によることとするが(同法一五条一項)、その人口が議員一人当たりの
人口(当該都道府県の人口を当該都道府県の議員の定数で除して得た数)の半数に
達しないときは、隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設ける(同法一五
条二項。いわゆる強制合区)ことをもって原則とするというものである。これに対
し、特例選挙区の制度(同法二七一条二項)は、人口の急激な異動、地域の急激な
過疎化の現象を背景とし、郡市に係る歴史的経緯や地域的まとまりを尊重し、地域
代表を確保することの必要性を考慮して認められた制度であり、特例選挙区の設置
は、右の強制合区の原則に対する例外的措置として、同法二七一条二項に明示され
ているとおり「当分の間」に限り、強制合区の要請を緩和して認められるものであ
る。その点で特例選挙区の制度は、例外的、経過的、暫定的制度たるの基本的性格
を有するものであり、個々の特例選挙区の存続の適否は、かかる基本的認識に立っ
て検討されるべきものであり、軽々にその存続を当然視すべきものではないと考え
る。また、右にいう「当分の間」の意味するところとして注意すべきは、これが、
すべての特例選挙区の存続を一般的制度として「当分の間」認めるという趣旨では
なく、昭和四一年一月一日当時において設けられていた個々の選挙区の個別具体的
事情に照らして、配当基数が〇・五を割った場合にも直ちに強制合区の原則による
ことはしないという趣旨において、個々の特例選挙区の設置をその事情のいかんに
より「当分の間」に限り認めることを意味するものと考えるのが相当であることで
ある。
 二 以上のとおり、特例選挙区の設置は、配当基数が〇・五を割る場合は強制合
区をしなければならないとの公選法の原則に対する例外的、経過的、暫定的な措置
であり、しかも、その設置を認めた場合には、特例選挙区とその他の選挙区との間
における選挙人の投票価値にかなり大きな不平等状態が生じることにかんがみれば、
都道府県議会において特例選挙区の設置を決定するに当たっては、当該都道府県の
行政施策の遂行上当該地域からの代表を確保する必要性の有無・程度、隣接の郡市
との合区の困難性の有無・程度等を慎重に検討し、投票価値の平等の要請を譲歩さ
せてもなお、このような例外的処理をすることが必要かつ合理的であると判断され
ることを要するものというべきである。そして、どのような場合に、特例選挙区の
設置に関する都道府県議会の判断がその合理的裁量の限界を超えているものと判断
されるかについては、当該郡市及びその属する都道府県の行政施策遂行にかかわる
個別具体的な事情に照らしてこれを総合判断すべきものであって、事柄の性質上、
すべての特例選挙区を通ずる一律の数的な基準を示すことは困難でもあり、また適
切でもないと考える。特例選挙区の設置を決定するに際して、当該選挙区の配当基
数は、選挙人の投票価値にかかわる重要かつ基本的な考慮要素であるから、当該選
挙区の配当基数が〇・五を著しく下回る場合には、そのこと自体からして、当該特
例選挙区の設置は、都道府県議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され
ることは多数意見の説示するとおりであるが、都道府県議会の判断がその合理的裁
量の限界を超えていると判断されるのは、この場合に限られるものではない。当該
選挙区の配当基数が〇・五をかなりの程度下回り、その状態が長期化、固定化して
いるにもかかわらず、都道府県議会が、当該地域からの代表確保の必要性の有無・
程度のみならず、隣接の郡市との合区の困難性の有無・程度について個別具体的に
十分な検討を尽くして特例選挙区の存続の合理性につき納得し得る理由を示すこと
なく、単に当該選挙区が昭和四一年一月一日当時に設けられていたものであり、こ
れを合区することは当該郡市の住民感情にそぐわないなどとして、安易にその存置
を続けるようなときは、前示のような特例選挙区の基本的性格にかんがみ、当該都
道府県議会の判断は、その裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとさ
れる余地があると考える。
 なお、衆議院議員選挙無効訴訟における投票価値の不平等状態の合憲性の判断に
ついては、これが全国のすべての選挙区を通じて議員一人に対する人口が一番少な
い選挙区と一番多い選挙区との間における投票価値の数的不平等状態を問題とする
ものであるから、全国を通じて統一的な数的基準を示すことができると考えられる
のであるが、特例選挙区の設置の適否の問題は、ある郡市の人口がその属する都道
府県の議員一人当たりの人口の半数に達しなくなったときに、どのような個別具体
的な事情があれば、当該郡市を隣接する他の郡市の区域と合区することなく一の選
挙区としての存続を認め、これに議員定数一を配分することが許容されるかという
問題であるから、衆議院議員選挙無効訴訟におけると同様に考えることはできない
ものといわざるを得ない。
 三 これを本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、南北
の両設楽郡では過疎化の進行が続き、その配当基数は、本件選挙当時において、南
設楽郡選挙区が〇・三一一六、北設楽郡選挙区が〇・三一二二に至っていたという
のであって、しかも、本件選挙当時、南設楽郡選挙区の配当基数が全国の各都道府
県において設置された特例選挙区の各配当基数の最低値である事実は公知のところ
である。右の各事実によれば、南北の両設楽郡選挙区の配当基数は〇・五をかなり
の程度下回り、全国的にみても最低の水準にあるのであって、その過疎化は長期化、
固定化しているものとみるべきであろう。したがって、今後の問題としては、愛知
県議会が、右の二選挙区につき、合区の困難性の有無・程度を十分に検討すること
なく、安易にその存置を続けているという事態になったときには、右の両郡が、過
疎化、高齢化対策のための総合的かつ計画的な施策を必要とする行政需要の高い地
域であって、地域代表を確保する必要性が比較的高い地域であることを考慮に入れ
てもなお、その各区域をもってそれぞれ独立の特例選挙区として存続させることが、
同議会の裁量権の範囲を逸脱し、著しく不合理であると判断すべき余地があると考
える。
 四 最後に、特例選挙区の存置が認められた場合の各選挙区間における議員一人
に対する人口の較差の許容性についても若干言及しておきたい。
  多数意見も指摘するように、特例選挙区の存置が認められれば、配当基数が〇・
五を下回る選挙区に議員定数一を配分するのであるから、特例選挙区と当該都道府
県の他の選挙区との間で議員一人に対する人口数を比較すれば、通常は三倍を超え
るような較差が生ずることは自明の理であり、このような較差は、公選法二七一条
二項に基づき特例選挙区の存置が許容されたことの必然的な結果であるといわなけ
ればならない。この点においても、衆議院議員の定数配分規定におけるのと同様に、
各選挙区間における議員一人に対する人口の較差の許容限度について一対三未満と
いうような基準を採用して、特例選挙区を有する都道府県議会議員選挙の適法性に
ついて判断をすることは相当ではないものというべきである。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    大   西   勝   也

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