弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1被告らは,原告Aらに対し,連帯して,各5000円及びこれに対する平成
24年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告組合らに対し,連帯して,各5万円及びこれに対する平成2
4年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告市は,原告Bに対し,1万円及びこれに対する平成24年12月27日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,甲事件原告らに生じた費用の100分の97,被告市に生じた
費用の100分の90及び被告Yに生じた費用の100分の97を甲事件原告
らの負担とし,原告Bに生じた費用の100分の99及び被告市に生じた費用
の100分の7を原告Bの負担とし,甲事件原告らに生じたその余の費用及び
被告らに生じたその余の費用を被告らの負担とし,原告Bに生じたその余の費
用を被告市の負担とする。
6この判決は,第1項から第3項までに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1甲事件請求
(1)被告らは,原告Aらに対し,連帯して,各30万円及びこれに対する平成
24年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告らは,原告組合らに対し,連帯して,各100万円及びこれに対する
平成24年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2乙事件請求
被告市は,原告Bに対し,125万円及びこれに対する平成24年12月2
7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
被告市の市長,交通局長及び水道局長(以下「市長等」という。)は,それ
ぞれが所管する部局の職員に対し,被告市の特別顧問である被告Yを代表とす
る第三者調査チームが作成した記名式での労使関係に関するアンケート(以下
「本件アンケート」という。)に回答することを命じる職務命令を発出し,本
件アンケートに対する回答が回収されたが,同回答は開封等されることなく廃
棄された。
甲事件は,被告市の職員である原告Aら28名並びに被告市の職員により組
織された労働組合,職員団体又はこれらの連合団体である原告組合ら5団体が,
本件アンケートは上記原告らの思想・良心の自由,プライバシー権,政治活動
の自由及び団結権を侵害するなどして違憲・違法なものであるところ,市長等
は,本件アンケートに回答することを命じる違法な職務命令を発出し,被告市
の担当者は,本件アンケートの実施を決定するなどして,いずれも故意又は過
失により,原告Aらに精神的損害を生じさせるとともに,原告組合らに無形的
損害を生じさせたものであり,また,被告市の職員としての身分を有しない被
告Yは,故意又は過失により,本件アンケートを作成してこれを実施させ,上
記原告らに上記各損害を生じさせたものであり,被告市の公務員による行為と
被告Yによる行為は共同不法行為を構成すると主張して,被告市に対しては国
家賠償法1条1項及び民法719条1項に基づき,被告Yに対しては民法70
9条及び719条1項に基づき,連帯して,損害賠償金(原告Aらについては
各30万円,原告組合らについては各100万円)及びこれに対する違法行為
後の日(甲事件訴状送達日の翌日)である平成24年5月11日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
乙事件は,被告市の職員として交通局に所属する原告Bが,上記のとおり本
件アンケートは違憲・違法なものであるところ,交通局長は,本件アンケート
に回答することを命じる違法な職務命令を発出して,故意又は過失により,原
告Bに精神的損害及び弁護士費用相当額の損害を生じさせたと主張して,被告
市に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金125万円及びこれに対
する違法行為後の日(乙事件訴状送達日の翌日)である平成24年12月27
日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
事案である。
1前提事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
ア原告職員らについて
(甲52の1から4まで,53の1から20まで,54,弁論の全趣旨)
(ア)原告職員らは,いずれも被告市の職員であり,その所属部局は,別紙
3所属一覧表の「所属部局」欄記載のとおりである。
(イ)原告職員らは,別紙3所属一覧表の「職員の種別」欄記載のとおり,
単純労務職員,公営企業職員又は一般職員である。
原告職員らのうち,一般職員については労働組合法(以下「労組法」
という。)の適用がなく(地公法58条1項),単純労務職員及び公営
企業職員については労組法の適用がある(地公労法4条,同法附則5
条)。
また,原告職員らのうち,一般職員については地公法36条の政治的
行為の制限を受けるが,単純労務職員及び公営企業職員については同条
の政治的行為の制限を受けない(地方公営企業法39条2項,地公労法
附則5条)。
(ウ)原告職員らの任命権者は,市長部局に所属する者については市長,水
道局に所属する者については水道局長,交通局に所属する者については
交通局長である。
(エ)原告職員らは,別紙3所属一覧表の「所属労働組合等」欄記載のとお
り,原告L組合,同M組合,同N組合又は同O組合に所属している。
イ原告組合らについて(甲57,乙2の資料1,弁論の全趣旨)
(ア)原告K連合会は,原告L組合,同M組合,同N組合及び同O組合等の
労働組合又は職員団体(以下,労働組合,職員団体又はその連合団体を
区別せず,単に「労働組合」又は「組合」ということがある。)により
構成された連合団体であり,平成23年10月1日時点で,構成団体の
構成員数の合計は約2万8800名であった。
(イ)原告L組合は,市長部局の一般職員等で構成された職員団体であり,
平成23年10月1日時点で,構成員数は約1万0700名であり,加
入率は約93.4%であった。
(ウ)原告M組合は,市長部局の単純労務職員等で構成された労働組合であ
り,平成23年10月1日時点で,組合員数は約6400名であり,加
入率は約99.6%であった。
(エ)原告N組合は,交通局の公営企業職員等で構成された労働組合であり,
平成23年10月1日時点で,組合員数は約6500名であり,加入率
は約99.6%であった。
(オ)原告O組合は,水道局の公営企業職員等で構成された労働組合であり,
平成23年10月1日時点で,組合員数は約1600名であり,加入率
は約99.6%であった。
(カ)原告組合らのうち,原告L組合は,労組法上の労働組合に該当せず同
法の適用がないが,その余の労働組合又は連合団体は,同法の適用があ
る。
ウ被告市について(弁論の全趣旨)
被告市は,地方自治法に基づく普通地方公共団体であり,地方公営企業
として,自動車運送事業,鉄道事業及び軌道事業を行う交通局,並びに水
道事業及び工業用水道事業を行う水道局(以下,交通局と併せて「交通局
等」という。)を設置し,これらの管理者として,それぞれ交通局長及び
水道局長(以下「交通局長等」という。)を置いている。
被告市の市長は,平成23年12月19日に就任したZ市長である(以
下,単に「市長」というときは,Z市長を指す。)。
エ被告Yについて(乙1,丙31,被告Y本人)
被告Yは,商法を専門とするP大学法科大学院の教授であるとともに,
弁護士資格を有している。
被告Yは,金融庁・法令等遵守調査室長,厚生労働省・年金記録問題に
関する特別チーム室長,東京電力福島原子力発電所事故調査委員等の公職
を歴任しており,平成22年7月に日本弁護士連合会が策定した「企業等
不祥事における第三者委員会ガイドライン」(以下「日弁連ガイドライン」
という。)の起草メンバーも務めた。
(2)被告市が従前実施した労使関係に関するアンケート
ア被告市は,平成16年11月頃から,被告市における職員厚遇問題が大
きく報道されるようになったことを受けて,同年12月,同問題等につい
て検討するため,大阪市福利厚生制度等改革委員会(以下「改革委員会」
という。)を設置した。そして,被告市の助役(当時)を委員長とし,R
・S大学教授(以下「R教授」という。)らを委員とする改革委員会は,
平成17年4月から平成18年7月にかけて,7次にわたる報告書を作成
した。(甲25,26,乙2)
改革委員会は,平成17年4月の第1次報告書において,被告市におけ
る本質的問題の一つとして労使関係の在り方を指摘し,平成18年5月の
第5次報告書において,労使関係の健全化について,職員団体及び労働組
合との交渉等に関するガイドライン案を提示するとともに,全職員を対象
とする定期的なアンケートの実施を提言するなどした。(乙8)
イ被告市の経営企画室及び総務局は,改革委員会における議論と並行して,
平成18年3月,全職員を対象に,「あなたの職場において労使関係の実
態について疑問に思われることや労使関係の健全化を図っていく上で参考
になると思われることがあれば,自由に記入願います」という内容での,
無記名式で任意のアンケートを実施した。同アンケートは,対象職員数4
万4027名中の有効回答数1132件であり,労使関係に問題がないと
する意見が79件,問題があるとする意見が82件であった。
(甲26,乙2,8)
また,被告市の総務局は,同年10月にも,上記アンケートと同内容の
アンケート(以下,上記アンケートと併せて「平成18年アンケート」と
いう。)を再度実施した。同アンケートは,対象職員数5万3262名中
の有効回答数642件であり,労使関係に問題がないとする意見が34件
で,問題があるとする意見が29件であった。(甲24,26,乙2)
(3)本件アンケートの内容
(なお,以下の(3)から(6)までの日時は,特記しない限り,平成24年を指
す。)
ア平成24年2月10日から同月16日までの間に実施された本件アンケ
ートは,設問項目1から22までで構成されており(以下,設問について
は,別紙4主張対照表の「番号欄」記載のとおり「Q1」などと略称す
る。),各設問における質問内容及び回答方法は,別紙4主張対照表の
「設問内容」欄記載のとおりである。
イ本件アンケートにおける各設問における質問事項はおおむね下記のとお
りであり,各設問について,あらかじめ選択肢及び回答欄が設けられてい
る。(甲1)
なお,本件アンケートのうち,Q6からQ9までの一部,Q16の一部,
及びQ17からQ20までの全部については,任意回答であることが明記
されている。(甲1)

Q1回答者の氏名
Q2職員番号
Q3所属部署
Q4職種
Q5職員区分
Q6労働条件に関する組合活動への参加の有無等
Q7特定の政治家を応援する活動への参加の有無等
Q8職場の関係者からの特定の政治家への投票要請の有無等
Q9紹介カード(特定の選挙候補者陣営への提供を目的として,知
人・親戚などの情報を提供するためのカード。以下同じ。)の配
布を受けた事実の有無等
Q10組合の幹部が職場において優遇されていると思うか等
Q11職員の採用で有利に扱ってもらった者がいるか等
Q12職場において選挙のことが話題になったか等
Q13職場における組合活動及び選挙運動で問題のないものはどれか

Q14被告市の広報活動についてどのように感じているか等
Q15被告市における組合活動や選挙運動に関する自由回答
Q16労働組合加入の有無等
Q17労働組合に加入するメリットをどう感じているか等
Q18労働組合にどのような力があると思うか等
Q19労働組合に加入しないことによる不利益はどのようなものがあ
ると思うか等
Q20労働組合に待遇等の改善について相談したことがあるか等
Q21組合費がどのように使われているか知っているか等
Q22平成17年の職員厚遇問題を受けての労使関係の適正化による
職場の変化についてどう思うか等
(4)本件アンケートの実施に至る経緯等
ア被告Yの特別顧問就任等について
(ア)被告Yは,1月10日,被告市の特別顧問であったW(以下「W特別
顧問」という。)と面談して,被告市の職員による違法行為や勤務時間
内組合活動等の不適正行為(以下,違法行為及び不適正行為を併せて
「違法行為等」という。)が発生している原因について,3月末までに
第三者調査を行うことを依頼されるとともに,市長からも,短時間の電
話で同調査を依頼された。(丙31,被告Y本人)
なお,W特別顧問は,政策コンサルティングを主たる業とする株式会
社WWの代表取締役であり,平成23年12月27日に,市長から,特
別顧問を委嘱されていた。(乙19,丙31)
(イ)被告Yは,1月12日,「大阪市特別顧問及び特別参与の設置等に関
する要綱」(以下「特別顧問設置要綱」という。)に基づき,市長から,
特別顧問を委嘱された。(丙12)
特別顧問設置要綱は,平成23年12月22日から施行されたもので
あり,①特別顧問は,市長又はその指示を受けた者に対し,政策的又は
専門的事項に関し,指導又は助言を行い,また,特別参与は,所属長又
はその指示を受けた者に対し,政策的又は専門的事項に関し,指導又は
助言を行うとともに,政策形成に参画すること,②特別顧問は市長から,
特別参与は所属長から,それぞれ委嘱され,職員の身分を有しないこと,
③特別顧問及び特別参与は,対面での指導又は助言を行った場合等に,
これに要した時間に応じた謝礼を支給されること,④特別顧問及び特別
参与は守秘義務を負うことなどを規定している。(乙3)
(ウ)市長は,1月21日,全局長及び全区長に対し,「特別顧問は僕の身
代わりです。そして特別参与は特別顧問の補助機関。特別顧問や特別参
与は,僕の代わりに担当部局や担当者にヒアリングや調査をやります。
アポイントなしの調査を含めて全てに従って下さい。拒否は僕に対して
も拒めるものだけです。特別顧問や特別参与への協力拒否は,僕への拒
否です。組織の隅々にまでこのことを徹底させて下さい」と記載した電
子メールを送信した。(甲59)
イ被告Yによる本件アンケート作成等について
(ア)被告Yは,2月4日から同月5日にかけて,本件アンケートの原案を
一人で作成し,W特別顧問及び同月1日に特別参与に任命されていたV
弁護士(以下「V特別参与」という。)の意見を聴いた上で,同月8日
に本件アンケートを完成させた。(乙19,丙31,被告Y本人)
なお,本件アンケートが完成して実施された時点においては,被告市
における違法行為等に関する第三者調査を行うチーム(以下「本件調査
チーム」という。)は,代表である被告Yに加え,W特別顧問及びV特
別参与の3名で構成されていた。(乙2)
(イ)被告市の総務局人事部人事課(当時。以下「人事課」という。)の担
当者(人事課長,同課長代理,同係長及び同係員を含む。以下「人事課
担当者」という。)は,2月8日,被告Yから,本件アンケートの実施
について知らされるとともに,各部局の人事担当部署において本件アン
ケートの配布及び回収を実施するよう指示された。(乙31,証人X)
ウ本件アンケートに関する職務命令等について
(ア)被告Yは,本件アンケート調査への回答を職務命令により義務付ける
ため,W特別顧問に指示をして,2月9日付けで,下記1の内容の市長
から各職員宛ての「アンケート調査について」と題する文書(以下「職
員宛て市長メッセージ」という。),及び下記2の内容の市長から各所
属長宛ての「アンケート調査の実施について」と題する文書(以下「所
属長宛て市長メッセージ」といい,職員宛て市長メッセージと併せて
「市長メッセージ」という。)を作成させ,その内容を了解した。
(甲4,5,被告Y本人)

1(職員宛て市長メッセージ)
市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動,組合活動な
どについて,次々に問題が露呈しています。
この際,Y特別顧問のもとで,徹底した調査・実態解明を行ってい
ただき,膿を出し切りたいと考えています。
その一環で,Y特別顧問のもとで,添付のアンケート調査を実施い
ただきます。
以下を認識の上,対応よろしくお願いします。
1)このアンケート調査は,任意の調査ではありません。市長の業
務命令として,全職員に,真実を正確に回答していただくことを
求めます。
正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます。
2)皆さんが記載した内容は,Y特別顧問が個別に指名した特別チ
ーム(市役所外から起用したメンバーのみ)だけが見ます。
上司,人事当局その他の市役所職員の目に触れることは決して
ありません。
調査票の回収は,庁内ポータルまたは所属部局を通じて行いま
すが,その過程でも決して情報漏えいが起きないよう,万全を期
してあります。
したがって,真実を記載することで,職場内でトラブルが生じ
たり,人事上の不利益を受けたりすることはありませんので,こ
の点は安心してください。
また,仮に,このアンケートへの回答で,自らの違法行為について,
真実を報告した場合,懲戒処分の標準的な量定を軽減し,特に悪質な
事案を除いて免職とすることはありません。
以上を踏まえ,真実を正確に回答してください。
2(所属長宛て市長メッセージ)
市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動,組合活動な
どについて,次々に問題が露呈しています。
この際,Y特別顧問のもとで,徹底した調査・実態解明を行ってい
ただき,膿を出し切りたいと考えています。
その一環で,Y特別顧問のもとで,添付のアンケート調査を実施い
ただきます。
以下の対応をよろしくお願いします。
1)各所属長におかれては,Y特別顧問からの指示に基づき,調査
票の配布,回収等を行ってください。
2)このアンケート調査は,任意の調査ではありません。市長の業
務命令として,全職員に,真実を正確に回答していただくことを
求めます。
正確な回答がなされない場合には処分の対象となりうることを
含め,職員への周知徹底をお願いします。
3)調査票の記載内容を,記載した職員以外の職員(Y特別顧問が
個別に示した特別チームを除く)が見ることは厳禁します。
調査票の回収は,庁内ポータルを通じて,または,紙の場合は
封筒に封印して行いますが,その過程で,記載内容が漏れること
が絶対にないようにしてください。
(イ)被告Yは,2月9日正午頃,W特別顧問を通じ,市長に対し,市長メ
ッセージ及び本件アンケートの各設問を記載した用紙(以下「本件アン
ケート用紙」という。)を示し,本件アンケートを実施することを伝え
るとともに,本件アンケートへの回答を職務命令により義務付けるため,
市長メッセージに署名することを依頼した(以下,本件アンケートの作
成及び上記職務命令発出の依頼を「本件アンケートの作成等」とい
う。)。市長は,上記依頼を了承するとともに,本件アンケートの内容
を確認したり修正を求めたりすることなく,そのまま市長メッセージに
署名した(以下,職員宛て市長メッセージに記載された内容の市長から
市長部局の各職員に対する職務命令を「市長職務命令」という。)。
(甲4,5,56,被告Y本人,弁論の全趣旨)
(ウ)人事課担当者は,2月9日午後1時頃,W特別顧問から,市長が署名
した市長メッセージ及び本件アンケート用紙を受領し,本件アンケート
を実施するよう指示された。そして,人事課の係員において,被告市の
総務局長(以下,単に「総務局長」といい,人事課担当者と併せて「総
務局長等」といい,市長等と併せて「市長・総務局長等」という。)か
ら市長部局の各所属長宛ての「労使関係に関する職員のアンケート調査
について(依頼)」と題する文書,及び市長から各任命権者(交通局長
等)宛ての「労使関係に関する職員アンケート調査について(依頼)」
と題する文書(以下,両文書を併せて「本件アンケート依頼文書」とい
う。)を起案し,人事課担当係長,同課担当課長代理及び同課長が順次
決裁(以下,この起案及び決裁を併せて「本件決裁」という。)し,同
日午後4時頃,各部局の人事担当課長に対し,本件アンケート依頼文書
を配布した。(甲46,乙31,証人X)
総務局長は,各所属長宛ての上記文書を発出することにより,市長部
局の各所属長に対し,本件アンケートの実施への協力を依頼した(以下,
この協力依頼と本件決裁を併せて「本件決裁等」という。)。
本件アンケート依頼文書は,市長メッセージ及び本件アンケート用紙
を別添し,「労使関係の適正化を図る取組みとして,別添市長メッセー
ジのとおり,『労使関係に関する職員アンケート調査』を次のとおり実
施します。つきましては,所属職員に周知いただくとともに,調査につ
いてご協力いただきますようよろしくお願いします」と記載され,同調
査について,「調査内容」を本件アンケート用紙記載のとおりとし,
「調査対象」を「大阪市職員(ただし,任期付職員,再任用職員,非常
勤嘱託職員,臨時的任用職員を除く)」とし,「調査期間」を「2月1
0日(金)~16日(木)」とし,「調査実施の職員周知及び調査方法」
について,各所属長宛ての文書では,人事課から各職員の個人アドレス
宛てに調査依頼を送付し,庁内ポータル上のアンケートサイト(以下
「本件アンケートサイト」という。)を使用して回答及び集計を行うこ
ととし,各任命権者宛ての文書では,本件アンケート用紙を各職員に配
布して,各職員が封印した本件アンケート用紙入りの封筒を取りまとめ
て人事課に提出し,業者委託して集計することとしていた。
(甲2,3,46)
(エ)人事課担当者は,被告Yが作成した市長メッセージを参考に,下記内
容の交通局長等から交通局等の職員宛ての「労使関係に関する職員のア
ンケート調査について」と題する文書(以下「交通局長等メッセージ」
という。)を作成した。なお,下記は交通局長名義の文書における記載
であり,水道局長名義の文書は,「交通局」とあるのが「水道局」とな
るのみである。(甲6,7,乙31,証人X)

市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動,組合活動など
について,次々に問題が露呈しています。
大阪市では,別添Z市長のメッセージのとおり,Y特別顧問のもとで,
アンケート調査を実施します。
交通局としても,Z市長と同じ認識のもと,次のとおりアンケート調
査を実施することとします。
・このアンケート調査は,任意の調査ではありません。交通局長の業
務命令として,全職員に,真実を正確に回答していただくことを求
めます。
正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます。
・記載したアンケートの内容は,Y特別顧問が個別に指名した特別チ
ーム(市役所外から起用したメンバーのみ)だけが見ることができ,
上司,交通局その他の市役所職員の目に触れることは決してありま
せん。
調査票の回収は,職員課を通じて行いますが,その過程でも決して
情報漏えいが起きないよう,万全を期してあります。
したがって,真実を記載することで,職場内でトラブルが生じたり,
人事上の不利益を受けたりすることはありません。
・また,仮に,このアンケートへの回答で,自らの違法行為について,
真実を報告した場合,懲戒処分の標準的な量定を軽減し,特に悪質
な事案を除いて免職とすることはありません。
以上を踏まえ,真実を正確に回答してください。
(オ)交通局長等は,2月10日,人事課担当者から,交通局長等メッセー
ジを示され,そのまま交通局長等メッセージに署名した(以下,交通
局長等メッセージに記載された内容の交通局長等から交通局等の各職
員に対する職務命令を「交通局長等職務命令」といい,市長職務命令
と併せて「本件職務命令」という。)。(甲6,7,乙31,証人X)
エ本件アンケートの実施について
(ア)人事課担当者は,2月10日,市長部局の各職員に対し,「労使関係
に関する職員アンケート調査について」という件名で,職員宛て市長メ
ッセージのPDFファイル及び「アンケートの回答手順」と題する文書
ファイルが添付され,本文に下記内容が記載された電子メール(以下
「本件アンケート実施メール」という。)を送信して,本件アンケート
の実施を周知した。(甲3,20,58の3)

労使関係の適正化を図る取組みとして,庁内ポータルアンケートサイ
トにより,記名式のアンケート調査を行います。
このアンケートについての市長メッセージを添付しておりますので,
必ずご覧頂きますようお願いします。
なお,市長メッセージのとおり,この調査は任意によるものではなく,
市長の業務命令として行いますので,必ず回答するようにしてください。
また,真実を正確に回答しない場合には処分の対象となりえます。
調査方法庁内ポータルアンケートサイト
回答方法については,添付ファイルを参考にしてください。
回答期間2月10日(金)~16日(木)
(イ)交通局等の担当者は,2月10日,交通局等の各職員に対し,本件ア
ンケート用紙,交通局長等メッセージ,職員宛て市長メッセージ及び本
件アンケート用紙を封入する封筒を配布して,本件アンケートの実施を
周知した。(甲2,原告C,同B各本人)
オ本件アンケートの回答方法等について
(ア)市長部局に所属する各職員(ただし,任期付職員,再任用職員,非常
勤嘱託職員,臨時的任用職員を除く。以下同じ。)は,市長職務命令に
より,2月10日から同月16日までの間に,本件アンケートサイトを
通じて本件アンケートに回答することを義務付けられた。
(甲3,4,20)
なお,本件アンケートサイトは,本件アンケートのQ1からQ5まで,
Q7,Q8,Q10からQ12まで,Q14及びQ22に必ず回答しな
いと,本件アンケートを終了することができない仕組みとなっていた。
(弁論の全趣旨)
また,上記各職員が本件アンケートサイトにおいて回答したデータは,
2月16日,被告市のサーバーからDVDに移行され,本件調査チーム
が同DVDを保管していた。(丙31,被告Y本人,弁論の全趣旨)
(イ)交通局等に所属する各職員(ただし,任期付職員,再任用職員,非常
勤嘱託職員,臨時的任用職員を除く。以下同じ。)は,交通局長等職務
命令により,2月10日から同月16日までの間に,本件アンケート用
紙を用いて本件アンケートに回答することを義務付けられた。
(甲2,4,6,7)
また,上記各職員が記入した本件アンケート用紙は,各職員が封筒に
封入して封印したものが集められ,本件調査チームが全ての封筒を保管
していた。(丙31)
(5)本件アンケートに関する救済の申立て等
ア原告K連合会,同M組合,同N組合及び同O組合(以下「原告K連合会
ら」という。)は,2月13日,大阪府労働委員会(以下「府労委」とい
う。)に対し,本件アンケートの実施は原告K連合会らに対する支配介入
の不当労働行為(労組法7条3号)に該当すると主張し,救済の申立てを
した。
また,原告K連合会らは,同日,労働委員会規則40条に基づき,府労
委に対し,本件アンケートの実施について,審査の実効確保の措置の申立
てをした。(甲18)
イ府労委は,2月22日,被告市に対し,審査の実行確保の措置として,
府労委が原告K連合会らによる救済の申立ての当否について判断するまで
の間,本件アンケートの続行を差し控えることを勧告した。
ウ甲事件原告らは,4月24日に甲事件の訴えを提起し,原告Bは,11
月7日に乙事件の訴えを提起した。(顕著な事実)
(6)本件調査チームによる調査報告書の作成及び本件アンケートの回答の廃棄

ア本件調査チームは,原告K連合会らから救済及び審査の実効確保の措置
の申立てがされたことを受け,2月17日,当面の間,本件アンケートの
開封及び集計作業を凍結することとした旨を公表した。(乙4)
イ本件調査チームは,3月1日,「大阪市役所で発見された違法ないし不
適正行為について(調査中間報告)」(以下「本件中間報告書」という。)
を作成した。(乙2,丙6)
ウ本件調査チーム(代表である被告Y,W特別顧問及び特別参与13名の
合計15名で構成)は,4月2日,「大阪市政における違法行為等に関す
る調査報告」(以下「本件調査報告書」という。)を完成させた。
(乙2)
本件調査報告書には,本件アンケートを実施する契機となった被告市に
おける違法行為等の内容,本件調査チームが本件アンケートを実施したこ
と,被告市が過去に実施した労使関係の実態に関するアンケートの回答率
が低かったため,職務命令により本件アンケートに回答することを命じた
ことなどが記載されている。(乙2)
エ被告Yは,本件調査報告書が完成し,被告市の特別顧問としての任期が
4月9日に終了することから,同月6日,原告組合らの役員等の立会いの
下で,本件アンケートの回答用紙及び回答データの入ったDVDについて,
全て未開封のままシュレッダーにかけるなどして廃棄した。
(甲56,乙6,被告Y本人)
(7)府労委による救済命令等
ア府労委は,平成25年3月25日,本件アンケートの実施主体は被告市
であり,被告市が本件アンケートを実施したことは原告K連合会らに対す
る支配介入の不当労働行為に該当すると判断して,被告市に対し,「当市
が平成24年2月9日付け『労使関係に関する職員アンケート調査』を実
施したことは,大阪府労働委員会において,労働組合法第7条第3号に該
当する不当労働行為であると認められました。今後,このような行為を繰
り返さないようにいたします」と記載した文書を原告K連合会らに交付す
ることを命じる内容の救済命令(以下「本件救済命令」という。)を発し
た。(甲28)
イ被告市は,本件救済命令を不服として,平成25年4月18日,中央労
働委員会(以下「中労委」という。)に対し,再審査の申立てをした。
(甲57)
ウ中労委は,平成26年6月4日,府労委と同様に判断して,上記再審査
の申立てを棄却する旨の命令をした。(甲57)
被告市は,中労委による上記命令の取消しの訴えを提起しようとしたが,
被告市の議会(以下「市会」という。)において,同訴え提起についての
議案が否決されたため,本件救済命令は確定した。これを受けて,市長等
は,上記アの内容の文書を原告K連合会らに交付した。(弁論の全趣旨)
2争点
(1)被告市の国家賠償責任の有無。具体的には,本件アンケートが違憲・違法
なものであるか否か,市長等による本件職務命令及び総務局長等による本件
決裁等が国家賠償法上違法なものであるか否か,市長・総務局長等に故意又
は過失が存在するか否かである。
(2)被告Yの損害賠償責任の有無。具体的には,本件アンケートが違憲・違法
なものであるか否か,被告Yを代表とする本件調査チームによる本件アンケ
ートの作成等が不法行為法上違法なものであるか否か,被告Yに故意又は過
失が存在するか否かである。
(3)原告らの損害及び因果関係。具体的には,市長・総務局長等の違法行為及
び被告Yの不法行為により原告らが被った損害の有無及びその額である。
3争点(1)(被告市の国家賠償責任の有無)に関する当事者の主張
(原告らの主張)
(1)主張の概要
本件アンケートは,原告職員らの思想・良心の自由(憲法19条),プラ
イバシー権(同13条),政治活動の自由(同21条)及び団結権(同28
条)を侵害し,原告組合らの政治活動の自由(同21条)及び団結権(同2
8条)を侵害する違憲なものであるとともに,労組法7条3号に規定する不
当労働行為に該当する違法なものである。
そして,市長等は,違憲・違法な本件アンケートへの回答を義務付ける本
件職務命令を発出し,総務局長等は,本件決裁等により,違憲・違法な本件
アンケートを実施することを決定するとともに,各所属長及び各任命権者に
対してその実施を依頼したものであり,市長・総務局長等による上記各行為
は,国家賠償法上の違法性を有する(なお,交通局等に所属する原告職員ら
については,交通局長等職務命令のみが国家賠償法上の違法行為に該当す
る。)。
また,市長・総務局長等には,上記各行為をしたことについて故意又は少
なくとも過失が存在する。
したがって,被告市は,原告らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,市
長・総務局長等による上記各行為によって原告らが被った損害を賠償すべき
責任を負う。
(2)本件アンケートの違憲・違法性について
以下のとおり,本件アンケートについては,実施の目的が違法なものであ
って,これを実施する必要性もなく,その手法も不相当なものであったし,
個別の設問内容も,別紙4主張対照表の「原告ら」欄記載のとおり,調査の
必要性がなく,原告らの憲法又は労組法上の権利を侵害するものであったか
ら,本件アンケートは違憲・違法なものである。
ア本件アンケートの目的について
本件アンケートは,平成23年11月の大阪市長選挙において原告組合
らが市長の対立候補であったJ前市長(以下「J前市長」という。)を支
持したことを市長が逆恨みし,原告組合らを敵視して,これを無力化しよ
うとして実施されたものであり,その目的は違法なものであった。
すなわち,市長は,原告組合らがJ前市長を支持したことを逆恨みし,
平成23年12月30日,「組合適正化プログラム」を打ち立てて,被告
市の幹部又は特別顧問に対して指示をして,組合事務所の立ち退き通告及
びこれに係る団体交渉の拒否,チェック・オフの廃止,労働組合に対する
便宜供与を行わない旨定めた大阪市労使関係に関する条例(以下「労使関
係条例」という。)の制定等の様々な組合無力化政策を進めてきた。そし
て,本件アンケートは,このような組合無力化政策の一部に位置付けられ
るものである。
イ本件アンケートの必要性について
以下のとおり,本件アンケートについては,これを実施する必要性を基
礎付ける具体的な事情は存在しなかった。
(ア)本件アンケートの実施以前に被告Yが把握していた被告市における問
題点は,平成18年アンケートに基づく古いものであったり,職員によ
る覚せい剤取締法違反のように労使関係と無関係のものであったりした。
(イ)また,被告市が大阪市庁舎(以下,単に「市庁舎」という。)に設置
していた目安箱(以下「本件目安箱」という。)に入っていた投書につ
いても,本件アンケートの実施時点では,10通を超える程度にすぎな
かったし,その内容も,違法でも不当でもない内容も含まれる上に,投
書をした者の憶測や伝聞が多く,具体性があるものはほとんどなかった。
(ウ)さらに,被告Yは,本件アンケートの実施以前に,わずか1名の内部
告発者から,平成24年1月27日に2時間の聞き取りをしたのみであ
り,3万名を超える被告市の職員のうちわずか1名からの聞き取りしか
していないこと自体が,本件アンケートの必要性を基礎付ける事実がな
かったことを示している。
そして,仮に,上記内部告発者が具体的な事実を述べていたとすれば,
被告Yは,本件アンケートの実施前に,当該事実に係る関係者からの事
情聴取を先行させるべきであった。特に,上記内部告発者において,労
働組合が人事に不当に関与していると述べていたのであれば,人事権を
有していた管理職に対する調査を先行させれば,その真偽が容易に判明
したはずである。
(エ)加えて,本件アンケートは,具体的な違法行為の存在を明らかにした
り,その原因や類似の違法行為を調査したりするためのものではなく,
将来の調査の端緒をつかむための探索的・網羅的なものであったにすぎ
ない。
ウ本件アンケートの手法の相当性及び原告職員らの回答義務について
以下のとおり,本件アンケートは,原告職員らに懲戒処分の威嚇力をも
って回答を強制したもので,手法としての相当性を欠くだけでなく,最高
裁昭和52年12月13日第三小法廷判決・民集31巻7号1037頁
(以下「H社事件最判」という。)及び最高裁平成7年9月8日第二小法
廷判決・裁判集民事176号699頁(以下「G社事件最判」という。)
の趣旨に照らせば,原告職員らの調査協力義務の範囲を逸脱しているもの
であった。
(ア)本件職務命令には,本件アンケートへの回答が任意のものではなく,
これに回答しなかった場合等には懲戒処分を受ける可能性があることが
明記されていたため,原告職員らは本件アンケートに回答することを強
制された。
その上で,本件アンケートは,記名式により,回答者を明確に特定す
ることができる方法(Q1からQ5まで)により行われ,質問事項の一
部(Q1からQ5まで,Q7,Q8,Q10からQ12まで,Q14,
Q22)は,回答を拒否することができない質問方法であった。そして,
市長部局の職員は,本件アンケートサイトを利用して回答するよう命じ
られ,個々の質問に回答しなければ本件アンケートを終了することがで
きず,本件アンケートに回答することのみならず,個々の質問にまで回
答することを事実上強制された。交通局等においては,本件アンケート
用紙が用いられたが,交通局等の職員は,職場の上司から,度々,本件
アンケートに回答すること及び全ての質問に回答することを指示された。
また,本件アンケートの実施に当たって添付された職員宛て市長メッ
セージ及び交通局長等メッセージ(以下「職員宛て市長メッセージ等」
という。)には,「市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活
動,組合活動などについて,次々に問題が露呈しています」と記載され
ており,本件アンケートの設問内容も,違法又は不適切な政治活動や組
合活動に関するものであった。そのため,回答者である被告市の各職員
は,被告市が労働組合により違法又は不適切な活動が行われていると疑
っていると受け取ることになり,本件アンケートは,被告市が組合活動
全般を牽制する意図を有していることを強く印象付けるものとなってい
た。
(イ)H社事件最判は,企業秩序に違反する行為があったことを前提として,
使用者の行う企業秩序違反の調査について,秩序違反の調査に協力する
ことがその職責に照らし職務内容となっていると認められる場合や,調
査対象である違反行為の性質・内容,違反行為見聞の機会と職務執行と
の関連性,より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断し
て,労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められる場
合でない限り,労働者は調査への協力義務を負わないものとしている。
本件アンケートについては,原告らには秩序違反行為が何ら存在しな
いから,具体的な秩序違反行為を前提とするものではなかった。また,
本件アンケートの対象者の大多数は,秩序違反を調査することが職務と
なっている者や秩序違反行為者を管理監督すべき立場にある者でも,具
体的な秩序違反行為を見聞する機会があった者でもないところ,本件ア
ンケートの内容は職務執行に関連するものではなく,調査手法も不相当
なものであったから,原告職員らはこれに協力する義務を負うことはな
い。
そうすると,H社事件最判の趣旨に照らせば,本件アンケートは原告
職員らの調査協力義務の範囲を逸脱しているものであった。
(ウ)G社事件最判は,いわゆる36協定締結等の前提として,使用者が労
働組合加入の有無を把握する必要があった事案において,組合員に動揺
を与えることを目的として労働組合加入についての調査をしたと認めら
れるような場合であれば格別,一般的に使用者が個々の労働者が組合員
であるかどうかを知ろうとしたというだけで,直ちに不当労働行為に当
たるとはいえないとしている。
本件アンケートについては,原告らには秩序違反行為が何ら存在しな
かったから,本件アンケートを実施する必要はなかった。また,本件ア
ンケート実施に至る経緯からすれば,本件アンケートは,市長が有して
いた原告組合らの無力化等の意図に基づき実施されたものと考えられる。
さらに,原告組合らは,自主的な調査を積極的に実行していく意向を示
しており,原告組合らが協力しない状況などはなかったし,本件アンケ
ートの実施に当たって,被告市が組合員に不当な動揺を与えない十分な
配慮をしたともいえない。
そうすると,G社事件最判の趣旨に照らせば,本件アンケートは原告
職員らの調査協力義務の範囲を逸脱しているものであった。
エ本件アンケートの設問内容について
本件アンケートにおける個別の設問内容は,各職員の職務と無関係かつ
原告組合らの活動全般にわたる無限定な質問であったり,原告組合らの内
部問題にわたる質問であったり,原告組合らに対する不当な印象を与え,
その活動に萎縮効果をもたらす質問であったりした。
そして,本件アンケートの設問内容は,別紙4主張対照表の「原告ら」
欄記載のとおり,原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権,政治
活動の自由及び団結権を侵害し,原告組合らの政治活動の自由及び団結権
を侵害するとともに,労組法7条3号に規定する不当労働行為に該当する
ものであった。
オ本件アンケートの実施主体について
以下のとおり,本件アンケートの実施主体は被告市であると法的に評価
すべきであるが,仮に,本件調査チームが本件アンケートの実施主体であ
っても,被告市が国家賠償責任を負うことには変わりがない。
(ア)本件アンケートの実施主体については,①本件アンケートを実施する
意思決定をした者は市長であること,②本件職務命令に基づき,本件ア
ンケートに回答するよう命じた者は市長等であること,③市長・総務局
長等は本件アンケートの内容を把握していたこと,④本件アンケート依
頼文書には,本件アンケートの実施主体が被告市であることが明示され
ていたこと,⑤本件アンケート調査の実施は被告市が取り仕切っていた
こと,⑥本件調査チームは被告市からの独立性・中立性を有しないこと
からすれば,被告市であると法的に評価すべきである。
なお,本件調査チームが被告市からの独立性・中立性を有しないこと
については,①本件アンケートは,市長の指示の下,被告市の人的・物
的資源を用いて行われ,本件職務命令によれば,被告市が回答内容の提
供を受け,その内容を判断して懲戒処分をすることも予定されていたと
解されること,②日弁連ガイドラインに反し,被告市が本件調査チーム
に対し,独立した第三者としての調査を委託したことを示す書面は存在
しないだけでなく,本件調査チームのメンバーは被告市の特別顧問又は
特別参与の地位にあり,独立した第三者委員会としての実質も備えてい
なかったこと,③本件調査チームの一員であるW特別顧問は,市長のブ
レーンとして,市長の指示の下で,被告市の人事評価制度,職員基本条
例案,労使関係条例案,職員の政治的行為の制限に関する条例案等の検
討・作成等を行っており,少なくとも市長と利害関係を有しているから,
日弁連ガイドラインに反し,本件調査チームのメンバーは被告市と利害
関係を有するものであったこと,④被告市,被告Y又は本件調査チーム
は,本件アンケート実施前に,被告市の職員や原告組合らに対し,本件
調査チームが日弁連ガイドラインに基づく独立した第三者委員会である
ことなどを一切説明していないことから明らかである。
(イ)本件アンケートは,被告市が実施したものであったというべきである
が,仮に本件調査チームが実施したものであったとしても,本件アンケ
ートが強制的・権力的なものである以上,原告らの憲法又は労組法上の
権利を侵害するものとして違憲・違法なものである。そして,被告市の
公務員である市長・総務局長等が本件職務命令及び本件決裁等をしたも
のである以上,本件アンケートの実施主体が本件調査チームであったと
しても,被告市が国家賠償責任を負うことに何ら変わりはない。
(3)本件職務命令及び本件決裁等の国家賠償法上の違法性について
ア職務上の注意義務について
職員に対してアンケートに回答することを職務上義務付ける職務命令を
発出したり,アンケートの実施を決定したりするに当たっては,職務命令
の発出やアンケート実施の決定をする者において,そのアンケートが職務
に関連するものであること,及び職員や労働組合の権利を違法に侵害する
ものではないことを確認しなければならない。
本件において,市長・総務局長等は,本件職務命令及び本件決裁等をす
るに当たり,本件アンケートの内容が職務上回答しなければならない事項
であるか,職員や労働組合の権利を違法に侵害する内容となっていないか
を確認し,仮に,職務と関連性のない事項及び職員や労働組合の権利を違
法に侵害する事項が含まれていれば,本件アンケートの内容を修正・変更
する措置を採ったり,本件職務命令を発出することを中止したりすべき職
務上の注意義務を負っていた。
なお,総務局長等は,本件アンケートの実施を依頼する内容の本件決裁
をし,各所属長及び各任命権者に対して本件アンケートへの協力を依頼し
ているところ,この行為は本件アンケートを実施することの決定にほかな
らないものである。
イ国家賠償法上の違法性について
市長・総務局長等は,本件職務命令及び本件決裁等をする前に,本件ア
ンケートの内容を現実に確認していた,又は少なくとも確認する機会があ
ったところ,本件アンケートの内容を確認すれば,本件アンケートが職員
の職務と関連性のない事項や職員及び労働組合の権利を侵害する事項が数
多く含まれていることを知り得たにもかかわらず,上記注意義務に違反し
て,違憲・違法な内容の本件アンケートを修正・変更する措置を採ること
なく,漫然と本件職務命令及び本件決裁等をしたものである。
したがって,市長・総務局長等による本件職務命令及び本件決裁等は,
国家賠償法上の違法行為に該当するものである。
(4)市長・総務局長等の故意又は過失について
ア市長等の故意又は過失について
本件アンケートは,市長が,市長選において原告組合らがJ前市長を応
援したことを不適切な政治活動であるとして,平成23年12月末から平
成24年1月初めにかけて,被告Yに労使関係の調査を依頼することを決
定したことから具体化したものである。また,市長が,平成23年12月
28日の施政方針演説において,「組合を適正化する,ここにも執念を燃
やしていきたい」,「公務員の組合というものをのさばらしておくと国が
破綻してしまいます」などと述べたように,本件アンケートは原告組合ら
の無力化政策の一部であった。
そして,市長等は,本件アンケートの設問内容が回答者の職務と関連性
がなく,原告らの憲法又は労組法上の権利を侵害するものであることを熟
知していたにもかかわらず,本件アンケートに回答するよう命じる本件職
務命令を発出したものであり,原告らの権利を侵害したことについて故意
が存在するというべきである。
また,仮に市長等が本件アンケートの内容を事前に確認していなかった
としても,本件アンケートに回答するよう命じる本件職務命令を発出する
のであれば,市長等は,その内容や態様等が憲法や法律に違反しないよう
調査・確認すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,このような調査
・確認を怠ったものであるから,少なくとも過失が存在するというべきで
ある。
イ総務局長等の過失について
総務局長等は,行政機関の職員として,決裁過程において,違法な職務
命令を発出しないよう調査・確認する注意義務を負っていたところ,この
ような調査・確認を怠ったものであるから,少なくとも過失が存在すると
いうべきである。
なお,市長は,平成24年1月21日,全局長及び全区長に対し,特別
顧問の指示に従うことを命じる内容の電子メールを送信しているが,これ
は,職務権限を持たない私人を職務上の上司とみなすよう命じるものであ
って,その内容が違法であることは明らかであるから,上記電子メールが
存在したとしても,総務局長等は上記注意義務を免れない。
(被告市の主張)
(1)主張の概要
本件アンケートは違憲・違法なものではないし,本件アンケートは市政に
おける違法行為等の原因解明を依頼された本件調査チームにより実施された
ものであって,被告市及び市長・総務局長等はその内容に全く関与していな
い。そして,総務局長等は,本件調査チームによる本件アンケートの実施に
協力するために本件決裁等をしたのみであって,その実施を決定したもので
はない。
また,市長等が本件職務命令により本件アンケートへの回答を義務付けた
ことについても,必要性と相当性があったから,市長等が本件職務命令を発
出したことに国家賠償法上の違法性はない。
そして,市長・総務局長等には,本件調査チームにより違憲・違法な本件
アンケートがされることについての予見可能性も結果回避可能性も存在しな
かったから,故意のみならず過失も存在しない。
したがって,被告市が原告らに対して国家賠償責任を負うことはない。
(2)本件アンケートの違憲・違法性について
ア本件アンケートの実施主体について
本件アンケートの実施主体は,被告市ではなく,日弁連ガイドラインの
基準を満たすように組織され,被告市から独立性・中立性を有する本件調
査チームである。
被告市は,本件アンケートの実施及びその内容には関与しておらず,回
答内容を確認することもできなかった。また,本件調査チームは,費用上
の理由で本件アンケートサイトを利用したにすぎず,同サイトを利用する
に当たっては,被告市が関与することができない形で外部業者に委託して
いるから,本件調査チームの独立性・中立性は否定されない。
なお,本件アンケート依頼文書は,各部局の責任者が主体となって本件
アンケートを実施したかのような体裁となっているが,これは,本件調査
チームの位置付けについて正確な事情を聞かされていない人事課担当者に
より起案されたことによるものであって,本件アンケートの実施主体が被
告市であることを示すものではない。
イ第三者調査の必要性について
市長が労働組合を嫌悪していたといった事実は存在しないし,当時の被
告市の職員による不祥事や労働組合の問題は,表面化したものに限っても
相当深刻なものであった。特に,公共団体については,民間企業と違って
市場原理が働かず,労使関係や組織が独善的なものになりやすいし,首長
が労使関係に介入せずに傍観していたとしても倒産のおそれがないという
特殊性がある。そして,現に,被告市においては,平成18年にも労使問
題が顕在化したものの,完全に改善されたわけではなく,今日に至るまで
様々な不祥事が生じてきて,市民の信頼を損ねてきていた。
そのため,具体的な不祥事の原因を究明するだけではなく,内部統制を
図るためには,本件調査チームによる第三者調査の必要性が高かった。
ウ本件アンケートの目的,必要性,相当性及び設問内容等について
本件アンケートは,市政における違法行為等の原因解明のために,被告
市が被告Yを中心とする本件調査チームに依頼した調査の一環としてされ
たものである。そのため,被告市は,本件アンケートの実施の決定及びそ
の具体的内容の作成に全く関与しておらず,本件アンケートの違憲・違法
性については,被告Yの主張を援用する。
(3)本件職務命令及び本件決裁等の国家賠償法上の違法性について
ア本件職務命令について
①本件アンケートの設問内容を作成した本件調査チームからの要請があ
ったこと,②被告市の職員による不祥事が相次いでおり,本件調査チーム
に徹底した調査及び実態解明をしてもらう必要があったこと,③平成18
年アンケートの回収率が数%にとどまっており,効果的なアンケートにす
る必要があったことからすれば,市長等が本件職務命令によって本件アン
ケートへの回答を義務付ける必要性があった。
また,①使用者が業務命令で第三者による調査に協力させることは,日
弁連ガイドラインで示されている手法であること,②本件職務命令におい
て,本件調査チーム以外は本件アンケートの回答内容を見ることがなく,
内容が外部に漏れないことが明示され,実際にもこれが徹底されていたこ
とからすれば,市長等が本件職務命令を発出したことには相当性があった。
したがって,市長等が本件職務命令を発出したことについて国家賠償法
上の違法性はない。
イ本件決裁等について
総務局長等は,本件調査チームの位置付けについて正確な事情を聞かさ
れることなく,本件決裁等を順次行ったにすぎず,本件アンケートの実施
を決定したものではない。
したがって,総務局長等が本件決裁等をしたことについて国家賠償法上
の違法性はない。
(4)市長・総務局長等の故意又は過失について
ア市長等について
被告市は,公務員の不祥事調査の専門家であり弁護士である被告Yに調
査を依頼していたのであり,市長等は,被告Yにより違法な調査がされる
はずがないと考えていたことから,本件職務命令を発出する前に本件アン
ケートの内容を確認すべきと考える予見可能性がなかった。
また,本件調査チームによる調査については,第三者調査という枠組み
上,調査内容を事前に確認することが想定されていなかったし,その物理
的時間もなかったため,市長等が本件アンケートを一時停止する結果回避
可能性もなかった。仮に,市長等が確認する機会があったとしても,被告
Yがそれを許さなかったため,やはり事前に確認することはできなかった。
さらに,交通局長等は,本件アンケートの実施直前に,交通局長等メッ
セージへの署名を求められたものであり,事前に本件アンケートの内容を
確認する機会がなかったため,更に結果回避可能性がなかった。
したがって,市長等が,本件アンケートの内容を確認することなく,本
件職務命令を発出したことについて,過失は存在しない。
イ総務局長等について
総務局長等は,本件調査チームによる調査が被告市から独立して行われ
るものであって,これに関与してはならないと認識していたのみならず,
第三者委員会によるアンケートの実施はこれまでに経験したことのない事
態であり,かつ急を要する状況であった。
そのため,総務局長等は,事前に本件アンケートの内容を確認していた
としても,立場上,設問内容を修正したり実施を中止したりする権限も期
待可能性もなかった。
したがって,総務局長等が,本件アンケートの内容を確認することなく,
本件決裁等をしたことについて,過失は存在しない。
4争点(2)(被告Yの損害賠償責任の有無)に関する当事者の主張
(甲事件原告らの主張)
(1)主張の概要
本件アンケートは違憲・違法なものであるところ,被告Yは,本件アンケ
ートを作成するとともに,市長等に本件職務命令を発出することを依頼して,
本件アンケートを実施させたものであり,被告Yによる本件アンケートの作
成等は不法行為法上の違法性を有する。
また,被告Yは,本件アンケートの作成等によって,甲事件原告らの憲法
又は労組法上の権利等が侵害されることについて,故意又は少なくとも過失
が存在した。
したがって,被告Yは,甲事件原告らに対し,不法行為に基づき,被告Y
の上記行為によって甲事件原告らが被った損害を賠償すべき責任を負う。そ
して,被告Yの不法行為と被告市の公務員の違法行為は共同不法行為を構成
する。
(2)本件アンケートの違憲・違法性について
本件アンケートが違憲・違法なものであることについては,争点(1)で述
べたとおりである。
(3)本件アンケートの作成等の不法行為法上の違法性について
被告Yは,本件アンケートを作成した上で,W特別顧問を通じて,市長等
に本件職務命令を発出することを依頼するとともに,総務局長等に本件決裁
等をさせて本件アンケートを実施させた。
そして,本件アンケートが違憲・違法なものであることからすれば,被告
Yによる本件アンケートの作成等は,不法行為法上の違法性を有するという
べきである。
(4)被告Yの故意又は過失について
ア被告Yは,被告市が本件アンケートを実施すれば違憲・違法なものとな
ることを自認しているし,少なくとも法令精通義務を負う弁護士である被
告Yにとっては,本件アンケートが違憲・違法なものであることは一見し
て明らかであった。
そうすると,被告Yは,本件アンケートの内容及びその態様が回答者の
職務と関連性がない上に,甲事件原告らの憲法又は労組法上の権利を侵害
するものであることを熟知していたというべきであるから,本件アンケー
トの作成等をしたことについて故意があったというべきである。
イ被告Yは,本件アンケートの作成等をする前提として,憲法や法律に違
反することがないかについて,裁判例の分析等も含めて調査・確認すべき
注意義務を負っていた。
それにもかかわらず,被告Yは,上記注意義務に違反し,裁判例等さえ
十分に分析することなく,本件アンケートの作成等をしたものである。
そうすると,少なくとも被告Yには過失があったというべきである。
(5)被告Yの不法行為責任等について
ア被告Yは,被告市の職員の身分を有していないから,甲事件原告らに対
し,不法行為に基づき,被告Yの上記行為によって甲事件原告らが被った
損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
イ市長・総務局長等の違法行為と被告Yの不法行為との間には客観的関連
共同性があるから,被告市と被告Yは,民法719条1項に基づき,共同
不法行為責任を負うというべきである。
(被告Yの主張)
(1)主張の概要
本件アンケートは,被告市ではなく,被告Yを代表とする本件調査チーム
が実施したものであるところ,本件調査チームは,日弁連ガイドラインに沿
って,被告市から独立性・中立性を有していた。そして,本件調査チームは,
国又は公共団体ではなく,被告市の職員にとっての使用者でもないから,第
三者調査として実施された本件アンケートによって,甲事件原告らの憲法又
は労組法上の権利が直接侵害されることはない。
また,本件アンケートの実施については,高度の必要性があり,その手法
及び設問内容も必要かつ相当なものであったから,違憲・違法なものではな
い。
そして,本件調査チームによる本件アンケート実施は,市政の適正化を目
的とするものであって,労働組合の無力化を目的とするものではなかったか
ら,被告Yに故意又は過失は存在しない。
したがって,被告Yが甲事件原告らに対して不法行為責任を負うことはな
い。
(2)本件アンケートの違憲・違法性について
以下のとおり,本件アンケートについては,被告市から独立した中立の本
件調査チームが実施したものであって,甲事件原告らの憲法又は労組法上の
権利を直接侵害するものではないし,これを実施する高度の必要性があり,
別紙4主張対照表の「被告ら」欄記載のとおり,その手法及び設問内容も必
要性及び相当性を有するものであったから,違憲・違法なものではない。
ア本件アンケートの実施主体について
以下のとおり,本件アンケートの実施主体は,被告Yを代表とする本件
調査チームであった。そして,本件調査チームは,国又は公共団体ではな
く,被告市の職員にとっての使用者でもないから,第三者調査としてされ
た本件アンケートによって,甲事件原告らの憲法又は労組法上の権利が直
接侵害されることはない。
(ア)被告Yが被告市の職員による違法行為等の実態解明についての調査を
依頼されたのは,被告Yがこれまで金融庁を始めとする複数の省庁にお
いて,公務員の不祥事に関する第三者調査を手掛けてきたことによるも
のであり,本件調査チームによる調査は,第三者調査であることが当然
に予定されていた。
また,本件調査チームは,調査の過程においても,終始一貫して,被
告市や市長とは独立した立場で調査を行っており,被告Yが市長と面談
をしたのは,特別顧問の発令を受けた時と,本件中間報告書及び本件調
査報告書を交付した時を含め,わずか4回であり,それぞれ長くとも3
0分程度であった。本件調査チームは,本件アンケートの内容を含め,
調査の手法や本件調査報告書の内容等について,被告市や市長の指示等
は一切受けていない。
さらに,本件調査チームは,それまで被告市とは,契約関係,人的関
係その他一切の利害関係を有しておらず,被告Yは,市長とは全く面識
も人的関係もなかった。
したがって,本件調査チームが被告市から独立かつ中立の立場で調査
を行っていたことは明らかである。
なお,本件調査チームのメンバーが,特別顧問又は特別参与の肩書を
有していたのは,職務上の秘密に関する守秘義務を負わせるとともに,
調査に係る委託料を支払うための法的根拠が必要であったからにすぎず,
何ら独立性・中立性を損なうものではない。
また,W特別顧問が被告市の条例案の作成等に関与したことについて
は,①W特別顧問が特別顧問に就任したのが,本件調査チームによる調
査が行われるわずか2か月前である平成23年12月27日であること,
②それ以前にW特別顧問が被告市と一切の利害関係がなかったこと,③
W特別顧問は,被告市から特別顧問設置要綱に基づく謝礼以外の金員は
受領していないことからすれば,W特別顧問の独立性・中立性を何ら損
なうものではない。
(イ)本件調査チームによる調査が第三者調査であったことは,その調査が
日弁連ガイドラインに沿ったものであったことからも裏付けられている。
すなわち,日弁連ガイドラインは,民間企業のみならず,官公庁等の組
織に対する第三者調査も対象としたものであるところ,本件調査チーム
による調査は,調査報告書の起案権が本件調査チームに専属することや,
調査報告書の内容を被告市に事前開示しないこと,被告市と利害関係を
有しないことなど,日弁連ガイドラインに沿ったものであった。
なお,本件調査チームによる調査に当たって,本件調査チームと被告
市との間で文書は取り交わされていないが,日弁連ガイドラインは第三
者委員会が全て遵守すべき規範を定めたものではなく,これに記載され
たこと全てを行っていなければ第三者調査性が失われるようなものでは
ない。そして,本件調査チームによる調査については,調査期限が平成
24年3月末とされており,手続に時間を要する委任契約の締結が困難
であったことや,公務員に対する第三者調査の場合は,依頼者からの干
渉が行われる危険性が低いので,特段の文書を交わさないことが一般的
であることなどからすれば,被告市との間で文書を交わさなかったこと
をもって,本件調査チームの独立性・中立性が損なわれるものではない。
(ウ)本件調査チームによる調査が被告市から独立かつ中立の立場で行われ
ていたことは,外形的にも明らかであった。
すなわち,被告Yは,調査を開始するに当たって,平成24年1月2
0日,被告市の担当者に対し,本件調査チームによる調査は,被告市か
ら独立した第三者調査であること及び被告市の職員は調査に関与しては
ならないことを説明した上で,本件調査チームの作業スペースを当初予
定されていた人事課前の会議室から,市庁舎屋上階にある会議室に移動
させ,監視カメラを設置して部外者の侵入に備えるなど,被告市からの
独立性・中立性を維持するための措置を採っていた。また,被告Yは,
原告組合らに対し,平成24年2月1日に行われた意見交換において,
被告市又は市長とは一線を画する立場で調査を行うことを明確にしてい
た。さらに,被告Yは,回答結果は本件調査チームのみが確認し,被告
市の職員の目に触れることは決してない旨を職員宛て市長メッセージに
明確に記載しており,本件アンケートの回答についても,被告市の職員
の目に触れない措置を採っていた。
イ本件アンケートの目的について
被告Yは,被告市から独立かつ中立の立場で第三者調査を行うよう依頼
されたものであり,本件アンケートは,飽くまで真のステークホルダー
(利害関係者)である市民のため,被告市を市民不在の組織から市民のた
めの組織に,真に職員が働きやすい透明で公正な組織に改善していくこと
を目的としていた。
被告Yは,被告市及び市長との間に,一切の利害関係を有していなかっ
たものであり,市長による労働組合無力化政策が事実であったとしても,
これに荷担しなければならない理由はなかった。
ウ本件アンケートの必要性について
以下のとおり,本件調査チームが職員全体を対象とする本件アンケート
を実施したことについては,高度の必要性があったものである。
(ア)被告Yが第三者調査の依頼を受けた時点で,被告市では,殺人未遂や
覚せい剤取締法違反等の重大事犯及び実質的ヤミ専従(専従届を出して
いないにもかかわらず専従行為をしている「ヤミ専従」と異なり,完全
に職場を離脱しているわけではない場合を「実質的ヤミ専従」と呼んで
いる。)等の違法行為等が多数表面化していた。
被告Yは,調査の開始に当たり,改革委員会の委員を務めたR教授,
市会交通水道委員会において実質的ヤミ専従を指摘した市会議員,幹部
職員を含む被告市の関係者,被告市の内部通報窓口等を長く務めていた
K弁護士,及び被告市の内部告発者からのヒアリングを行うとともに,
改革委員会等における過去の調査資料や本件目安箱への投書等を確認し
た。
その結果,被告Yは,上記のような不祥事が多発する背景には,従前
から続く労使癒着の構造(使用者である被告市と多数派の労働組合が結
託して,その地位を確保する一方,非正規雇用の職員や少数派の労働組
合が虐げられるといった状況)が存在し,このような構造的問題がある
ことにより,真のステークホルダー(利害関係者)である市民の利益が
害されている可能性が高いとの心証を抱くようになった。
(イ)その上で,被告Yは,このような状況が改善されない原因としては,
①労使の間で不祥事を黙認し合う体質が温存されていることを被告市の
職員が十分に認識しながら,何らかの圧力や権力に屈し,何も言えない
状態にあるか,又は,②使用者側と労働組合がこの状況を良しとして明
示的若しくは黙示的に結託して隠ぺいを図っているのではないかとの仮
説を立てた。
そして,上記①の仮説が正しければ,個々の職員に対して秘密の厳守
を約束してヒアリングをするなどの方法により真実を解明することがで
きる可能性があった。しかし,被告市の職員からは,現在では問題は全
て解決されているという回答ばかりがあったり,実質的ヤミ専従の問題
が指摘されていた交通局による調査は,表面的なものにとどまっていて,
正確な調査が望めなかったり,原告組合らが自主調査に向けた動きを見
せなかったりしたことから,被告Yは,被告市における問題は,上記②
の仮説が該当する可能性が高いと考えた。
(ウ)そこで,被告Yは,上記②の仮説が正しければ,管理する側からのヒ
アリング調査を行うだけでは問題の実態は明らかにならないこと,個別
具体的な事象について質問をするだけではその根本にある原因の解明を
期待することができないこと,不祥事調査の場面においては,職場への
不満や私怨から虚偽の内部告発を行う者がおり,内部告発の信用性を確
認するためにも,対象を限定することなく情報を得ることが必要であっ
たことから,事実解明の手法として,職員全体を対象とするアンケート
を実施することとしたものである。
なお,違法行為等が発生する背景にある企業風土又は統制環境を把握
する上でアンケートの実施が有用であることは,日弁連ガイドラインで
も示されており,実際にも,被告Yは,社会保険庁における調査の際,
職員等に対するアンケートを実施し,一定の成果を上げていた。
エ本件アンケートの手法の相当性及び原告職員らの回答義務について
以下のとおり,本件アンケートの実施に当たり,本件職務命令が発出さ
れていることについては必要性及び相当性があったから,本件アンケート
の手法は相当なものであった。
(ア)本件アンケートの実施に当たって本件職務命令が発出されているとこ
ろ,第三者委員会が,企業等に対し,従業員等に第三者委員会による調
査について優先的に協力することを業務として命令することを求め,こ
れに応じて企業等が業務命令を発出することは,日弁連ガイドラインで
も示されている正当な手法である。
特に,被告市においては,改革委員会により,過去2度にわたり労使
関係に関する平成18年アンケートが実施されているが,これらはいず
れも極めて低い回収率にとどまっており,本件アンケートの実効性を高
めるためには,本件職務命令が不可欠であった。
また,第三者委員会の調査に対する協力を指示する業務命令をするに
際し,調査に対して真実を述べることや,証拠の破棄,隠匿,改ざんや
口裏合わせ等の調査妨害行為を禁止することの指示も必要であることは
日弁連ガイドラインの解説において明確に認められている。現に,本件
調査チームによる調査に際し,調査対象となる書類を破棄・隠匿するな
どの非協力的な対応が確認されており,正確な回答を求める本件職務命
令の必要性は明らかである。
さらに,本件調査チーム以外は本件アンケートの回答内容を見ないこ
とを約束していたことから,懲戒処分事由の有無の確認のために市長等
に上記回答内容を開示することは予定されておらず,本件職務命令にお
いて懲戒処分の対象として想定されていたのは,本件アンケートを物理
的に妨害するなど,外形的な行為から懲戒処分が相当と考えられるよう
な極めて悪質な場合に限られていた。
なお,本件アンケートが記名式とされたのは,調査の実効性を高める
ためであり,被告市による懲戒処分を意図したものではない。
(イ)H社事件最判は,懲戒処分の前提となる調査協力義務の存否が問題と
なった事案であり,使用者による調査の違法性が問題となったものでは
ないから,本件調査チームによる本件アンケートの違法性が問題となっ
ている本件とは性質が異なっている。
また,本件アンケートの必要性に鑑みれば,H社事件最判の趣旨に照
らしても,被告市の職員には本件アンケートへの調査協力義務が認めら
れるというべきである。特に,被告市の職員は公務員であり,公務員に
ついては一般の私人と比較して人権が制限されており,政治活動の自由
及び労働基本権については明文で制約が認められていること,公務員に
ついては労使癒着のような不祥事の問題を自浄する作用が働きにくいこ
とからすれば,公務員の具体的な職務の性質等によっては,私人よりも
受忍すべき範囲が相対的に広く認められることが当然にあり得ると考え
られる。
なお,甲事件原告らのうちには,労組法の適用を受けなかったり,地
公法36条の政治的行為の制限を受けたりする者が含まれているから,
本件アンケートが甲事件原告らとの関係で違法となるか否かについては,
甲事件原告らそれぞれの属性を踏まえ,個別具体的に検討されるべきも
のである。
オ本件アンケートの設問内容について
本件アンケートの内容は,別紙4主張対照表の「被告ら」欄記載のとお
り,甲事件原告らの憲法又は労組法上の権利を侵害するようなものではな
い。
なお,被告Yは,被告市の職員の憲法又は労組法上の権利を侵害すると
いう認識はなく,飽くまで第三者調査であることを前提に,相当な範囲で
本件アンケートを作成したにすぎない。仮に,被告Yが,国又は公共団体
が行うものとして本件アンケートの作成を依頼されていたならば,その前
提で,憲法又は労組法上の権利に配慮した設問内容を作成していた。
(3)本件アンケートの作成等の不法行為法上の違法性について
本件調査チームが実施した本件アンケートは違憲・違法なものではないか
ら,被告Yによる本件アンケートの作成は,甲事件原告らに対する不法行為
を構成するものではない。
なお,仮に,本件アンケートの実施主体が被告市であるとすれば,本件ア
ンケートの原案の作成という被告Yの行為は,被告市による本件アンケート
の実施という公権力の行使の一部に関与したにすぎないことになるから,被
告Yが個人責任を問われることはない。
(4)被告Yの故意又は過失について
被告Yが本件アンケートを実施した目的は,市政の適正化であり,労働組
合の無力化を意図したものではないから,被告Yには故意又は過失は存在し
ないというべきである。
5争点(3)(原告らの損害及び因果関係)に関する当事者の主張
(甲事件原告らの主張)
(1)原告Aらの損害及び因果関係について
ア原告Aらは,本件アンケートの実施に当たり,本件職務命令によって本
件アンケートに回答することを強制された上,本件アンケートに回答しな
ければ懲戒処分等の不利益を受けることも明示されたことから,本件アン
ケートに回答するか否かについての重大な心理的葛藤が生じた。
このように,原告Aらは,本件アンケートに回答した者も最終的に回答
しなかった者も,市長・総務局長等の違法行為及び被告Yの不法行為によ
って,思想・良心の自由,プライバシー権,政治活動の自由及び団結権を
侵害され,多大な精神的苦痛を受けたにもかかわらず,何らの謝罪も受け
ていない。
イそして,原告Aらが受けた上記の精神的苦痛を金銭的に評価すれば,そ
の慰謝料は1名当たり30万円を下らない。
(2)原告組合らの損害及び因果関係について
ア原告組合らは,本件アンケートの実施により,組合員数の減少やストラ
イキ権投票における賛成率の低下等の影響を受けた。
それのみならず,本件アンケートの実施により,原告組合らの組合員に
は,「組合はこれまで違法な活動をしていたのではないか」,「組合は使
用者である当局からにらまれている存在であって,積極的に協力する対象
ではないのではないか」という疑念が生じた。このような疑念のため,多
くの組合員は,原告組合らと距離を置くようになり,原告組合らの活動全
体が萎縮する効果が生じて大きな影響を受けた。
このように,原告組合らは,市長・総務局長等の違法行為及び被告Yの
不法行為によって,政治活動の自由及び団結権を侵害され,無形的損害を
被ったにもかかわらず,何らの謝罪も受けていない。
イそして,原告組合らが受けた上記の無形的損害を金銭的に評価すれば,
その損害額は1組合当たり100万円を下らない。
(原告Bの主張)
ア原告Bは,交通局長の職務命令に基づき,違憲・違法な本件アンケート
に対する回答を強制されたことにより,多大な精神的苦痛を受けた。
このように,原告Bは,交通局長の違法行為によって,思想・良心の自
由,プライバシー権,政治活動の自由及び団結権を侵害され,多大な精神
的苦痛を受けたにもかかわらず,何らの謝罪も受けていない。
イそして,原告Bが受けた上記の精神的苦痛を金銭的に評価すれば,その
慰謝料は100万円を下らず,本件訴訟追行に必要であった弁護士費用相
当損害金は25万円が相当である。
(被告市の主張)
ア原告らの損害及び因果関係に関する主張は争う。
イ原告らは,本件アンケートが実施される以前から,被告市の職員による
違法な政治活動や犯罪行為等によって市民から強い非難を受けていたとこ
ろ,その中で就任した市長の労働組合に対する発言内容や報道機関の論調
を受けて,市長が労働組合を弾圧するのではないかという強い危惧感を持
つようになったと考えられる。
そして,原告らがこのような危惧感による精神的苦痛を受けたとしても,
これは,本件アンケートの実施によって生じたものではなく,原告らが被
告市によって本件アンケートが実施されたと誤解したことに基づくもので
あるし,原告らについては,被告市による様々な施策による不安や懸念が
ない交ぜになっていることが推測される。
ウまた,本件アンケートは,結果として内容を確認されることなく廃棄さ
れているので,原告らに実際上の損害は発生していない。
そして,原告組合らが健全かつ何ら問題のない組合活動をしていれば,
その活動に何らの支障も生じないはずであり,仮に原告組合らの組合活動
に支障が生じたとすれば,その原因の一端は原告組合らにも存在するとい
える。
エしたがって,仮に,原告らに何らかの精神的苦痛や無形的損害が生じて
いたとしても,それが被告市の行為と相当因果関係を有するとはいえない。
(被告Yの主張)
ア甲事件原告らの損害及び因果関係に関する主張は争う。
イ仮に,甲事件原告らにおいて,本件アンケートが市長による労働組合無
力化政策の一環であると受け取ったとしても,それは,市長の従前の言動
に起因したり,被告市の担当者が本件アンケートの実施主体が被告市であ
るかのようにも読める本件アンケート依頼文書等を作成するなどしたこと
に起因したりするものであって,被告Yの行為との間に相当因果関係はな
い。
甲事件原告らが本件アンケートが労働組合の無力化を意図したものと受
け取ったとしても,これは,市長の言動等によるものであって,このよう
な場合にも被告Yが責任を負うことになれば,今後の第三者調査において
は,対象となる企業等の社長の言動等まで考慮した過剰な対応を要求され
ることになり,第三者調査業務に不当な悪影響を及ぼすことになる。
ウ第三者調査においては,不祥事又はこれに関係する事象の有無を確認す
るのは当然であって,本件アンケートによって組合活動による萎縮効果が
生じたという評価は誤っている。原告Aらにおいて何ら後ろ暗いことがな
いのであれば,本件アンケートに回答することに支障はないはずである。
また,本件アンケートの実施と前後して組合活動に対する萎縮効果が生
じていたとしても,それは,被告市における違法行為等に関する報道や市
長の言動等に起因する部分が多分にあり,これによる損害を被告Yに帰す
ることはできない。
エしたがって,被告Yの行為と甲事件原告らの損害との間に相当因果関係
はない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(被告市の国家賠償責任の有無)について
(1)本件アンケートの違憲・違法性について
ア判断枠組み等
(ア)原告らは,被告市の公務員である市長・総務局長等が,本件アンケー
トに回答することを命じる本件職務命令を発出し,本件アンケートの実
施に関する本件決裁等をしたことについて,国家賠償法上の違法性があ
ると主張しているところ,本件アンケートが原告らの憲法又は労組法上
の権利を侵害するものである場合には,これに回答することを義務付け
る本件職務命令や本件決裁等も国家賠償法上違法なものとなり得ること
から,まず,本件アンケートが原告らの憲法又は労組法上の権利を侵害
するものであるか否かについて検討することとする。
(イ)これに対し,被告らは,本件アンケートは被告市から独立した本件調
査チームが実施したものであり,本件調査チームは,国又は公共団体で
はなく,被告市の職員にとっての使用者でもないから,本件アンケート
によって,原告らの憲法又は労組法上の権利が直接侵害されることはな
い旨主張する。
しかしながら,本件アンケートは,回答するか否かが任意のものとし
て実施されたものではなく,地方公共団体であるとともに原告職員らの
使用者でもある被告市の市長等による本件職務命令に基づき,原告職員
らに対して回答を義務付ける権力的・強制的なものとして実施されたも
のである。
そうすると,本件アンケートの実施によって原告らの憲法又は労組法
上の権利が直接侵害されることがおよそないということはできず,被告
らの上記主張は採用することができない。
(ウ)また,被告らは,本件アンケートの実施主体は被告市ではなく,本件
調査チームであると主張しており,前提事実(5)及び(7)並びに証拠(甲
28,57)によれば,本件アンケートについては,府労委及び中労委
における審理において,その実施主体が被告市であるか,それとも本件
調査チームであるかが,主要な争点の一つとして争われたものであるこ
とが認められる。そして,府労委及び中労委においては,被告市による
不当労働行為の有無を判断する前提として,本件アンケートが使用者で
ある被告市によって実施されたものであるか否かを判断する必要があっ
たものと考えられる。
しかしながら,本件訴訟は,国家賠償法1条1項及び民法709条に
基づく損害賠償請求訴訟であって,市長・総務局長等が本件職務命令の
発出及び本件決裁等を行い,被告Yが本件アンケートの作成等を行った
ことについては,当事者間に争いがなく,これらの行為が国家賠償法上
又は不法行為法上の違法性を有するか否かが専ら問題となるものである。
そうすると,本件訴訟においては,本件アンケートの実施主体という
法的評価に関する事実を踏まえ,市長・総務局長等及び被告Yによる上
記各行為が原告らの団結権を侵害する違法なものであったか否かを判断
すれば足り,それとは別に本件アンケートの実施主体という法的評価を
行った上,労組法上の不当労働行為が成立するか否かまでを判断する必
要はないというべきである。
(エ)そして,原告らは,本件アンケートが,原告職員らの思想・良心の自
由,プライバシー権,政治活動の自由及び団結権を侵害し,原告組合ら
の政治活動の自由及び団結権を侵害する違憲なものであるとともに,労
組法7条3号に規定する不当労働行為に該当する違法なものである旨主
張するところ,前記(ウ)で述べたとおり,本件訴訟においては,独立
して不当労働行為の成否を判断する必要はなく,本件アンケートが原告
らの憲法上の上記各権利を侵害するものであるか否かを,本件アンケー
ト全体及び個別の設問内容について,目的の正当性,調査の必要性及び
手法の相当性等を総合的に考慮して判断するのが相当というべきである。
そこで,以下では,本件アンケート全体についての目的の正当性,調
査の必要性及び手法の相当性を検討した上で,個別の設問内容について
検討することとする。
イ認定事実
本件アンケートの目的や必要性等について検討する前提として,本件ア
ンケート実施に至る経緯等について見るに,前提事実に加え,証拠(末尾
に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア)被告市における職員の不祥事
a平成23年8月1日,交通局の職員が覚せい剤取締法違反の容疑で
逮捕され,これを受けて,交通局が同年9月,市営地下鉄及び市バス
の全乗務員を対象とする薬物検査を実施したところ,職員2名から陽
性反応が検出された。(丙19,20)
bまた,平成23年10月26日,大阪市環境局の職員が覚せい剤取
締法違反の容疑で逮捕され,同年12月4日には,大阪市健康福祉局
の職員が殺人未遂の容疑で逮捕された。(丙21,22)
c被告市の職員については,平成19年度から平成23年度途中まで
の約5年間において,違法薬物に係る懲戒処分等が11件,傷害・暴
行等に係る懲戒処分等が29件,窃盗に係る懲戒処分等が32件存在
した。(丙6)
(イ)市長就任後の経緯等
aZ市長は,平成23年11月27日に実施された選挙でJ前市長を
破り,同年12月19日に市長に就任した。(弁論の全趣旨)
b平成23年12月26日に開催された市会交通水道委員会において,
市会議員から,市バスの営業所に勤務する原告N組合の役員が,勤務
時間内組合活動を行っていたこと,上記市長選挙に関連して,J前市
長の推薦人紹介カードが市庁舎内で勤務時間内に配布されていたこと
などの指摘があった。これについて,交通局の幹部職員は,勤務時間
中に組合活動をしていた職員がいたとして謝罪するとともに,同事実
に厳正に対処するとした。また,市長も,同委員会において,労働組
合に認めてきた便宜供与を認めない方向で考えること,市庁舎内での
組合活動については一切認めないこと,組合活動を調査する組織を設
置する考えであることを明らかにした。(甲30,丙3の1)
c市長は,平成23年12月27日,W特別顧問に対し,特別顧問を
委嘱した。(前提事実(4))
d市長は,平成23年12月28日,市会定例会における施政方針演
説において,「大阪市役所のこの組合の体質というものが,今の全国
の公務員の組合の体質の象徴だと思っております。ギリシャをみてく
ださい。公務員,公務員の組合というものをのさばらしておくと国が
破綻してしまいます。ですから,大阪市役所の組合を徹底的に市民感
覚にあうように是正,改善していくことによって,日本全国の公務員
の組合を改めていく,そのことにしか日本の再生の道はないというふ
うに思っております」などと述べ,労働組合の体質を適正化する必要
があると考えていることを明らかにした。(甲8)
e市長は,平成23年12月30日,全局長,全区長,W特別顧問及
びR教授らに対し,午後2時59分頃,市長の施策に反対する政治活
動を行っている労働組合の事務所を立ち退かせる手続を進めることな
どを内容とする電子メール,午後3時30分頃,組合適正化のための
実態調査に年明けから着手することなどを内容とする電子メール,午
後7時47分頃,調査チームを立ち上げて「組合適正化プログラム」
を打ち立てるので,市の組織を挙げて労働組合の適正化に取り組むた
めの協力を求める内容の電子メールをそれぞれ送信した。
(甲31から33まで)
f市長は,平成23年12月31日午後11時22分頃,全局長,全
区長,W特別顧問及びR教授らに対し,不適切事例が後を絶たない労
働組合との間のルール化が必要であるとして,W特別顧問らが中心に
なって「対組合関係適正化条例」の案を作成するよう依頼する内容の
電子メールを送信した。(甲34)
W特別顧問は,市長の上記依頼を受け,平成24年以降,職員基本
条例案,労使関係条例案,職員の政治的行為の制限に関する条例案等
の検討・作成等を行った。(甲49)
なお,平成24年8月1日から施行された労使関係条例は,労働組
合の組合活動に対する便宜供与は行わないものとする旨規定するもの
であった。(甲50の1及び2)
g市長は,平成24年1月4日,被告市の職員に対する年頭挨拶にお
いて,早期に被告市として労働組合との関係の適正化を進めていくつ
もりであることなどを明らかにした。(甲35)
(ウ)被告Yの特別顧問就任等
(なお,以下の(ウ)から(カ)までの日時は,特記しない限り,平成
24年を指す。)
a被告Yは,平成24年1月10日,W特別顧問と面談して,被告市
の職員による違法行為等が発生している原因について,3月末までに
第三者調査を行うことを依頼されるとともに,市長からも,短時間の
電話で同調査を依頼された。(前提事実(4))
b市長は,1月11日,市会定例会において,「大阪市役所の労働組
合はどうですか。トップである僕を徹底的に落としにかかったという
ことでありますので,これは政治に足を踏み込んだら,それは政治的
リスクを負うのは当たり前ですよ」,「通常の労働組合の労使活動は
守っていきますけれども,社長人事に口を出すような,そういう労働
組合は,これはもはや労働組合ではありません。立派な政治団体です。
ですから,政治団体としてしっかり扱っていくというのは当然のこと
でありまして,これから実態調査を徹底的に行いまして,その適正化
に努めていく。政治団体として僕は対処していきたいというふうに思
っております」,「カラ残業や,その他便宜供与。総務局にきのうで
すか,全庁を挙げての実態調査の指示を出しまして,それから外部の
特別顧問-Yさんという強力な実態調査のエキスパート,弁護士なん
ですけども,大体弁護士は僕のこと嫌いなんですが,僕に協力をして
くれるという弁護士があらわれまして,東京からやってきてもらいま
すので,エキスパートに徹底調査をしてもらいます」と述べた。
(丙26)
一方,被告Yは,同日,R教授と面談し,改革委員会の委員として
被告市の改革に取り組んだときの状況や,平成18年アンケートにつ
いては,次第に回収率が低下し,先細りとなったことなどを聴取した。
(丙31,被告Y本人)
c被告Yは,1月12日,特別顧問設置要綱に基づき,市長から,特
別顧問を委嘱された。(前提事実(4))
市長は,同日,記者会見において,被告Yが労働組合の実態調査を
行うことを明らかにした。(甲36)
d市長は,1月21日,全局長及び全区長に対し,「特別顧問は僕の
身代わりです。そして特別参与は特別顧問の補助機関。特別顧問や特
別参与は,僕の代わりに担当部局や担当者にヒアリングや調査をやり
ます。アポイントなしの調査を含めて全てに従って下さい。拒否は僕
に対しても拒めるものだけです。特別顧問や特別参与への協力拒否は,
僕への拒否です。組織の隅々にまでこのことを徹底させて下さい」と
記載した電子メールを送信した。(前提事実(4))
(エ)被告市による調査及び便宜供与の廃止等
a人事課長は,1月11日,各所属の人事担当課長に対し,「労使関
係についての調査について(依頼)」と題する文書を発出し,労使関
係について,有給職免における交渉状況,無給職免における組合活動
状況,勤務時間外における意見交換等の状況,人事案件に関する説明
・意見交換の状況及び職員団体等への便宜供与の状況について,同月
20日までに回答することを依頼したが,被告Yの指示により,同調
査を中止した。(乙14,証人X)
b交通局は,市会交通水道委員会における勤務時間内組合活動等の指
摘を受け,その実態等を解明するため,1月,全局的な調査を開始し
たが,本件調査チームによる調査が開始されたため,交通局による調
査を中断した。そして,本件調査チームが3月1日に本件中間報告書
を作成したことを受け,交通局は,上記調査を再開するよう指示を受
け,組合員ではない管理職を対象とした無記名アンケート等を実施し
た。この無記名アンケートにおいては,人事異動,昇任・昇格及び人
事考課等に関する労働組合との間の協議・事情聴取の有無等に関する
設問が設けられた。(乙2,10)
また,交通局長は,1月13日,各所属長に対し,「交通局におけ
る労働組合支部への便宜供与の廃止について」と題する文書を発出し,
同月18日をもって,交通局の全事業所における便宜供与の許可(目
的外使用許可)を取り消すことを通知した。(乙15)
c総務局長は,1月18日,原告L組合及び原告M組合に対し,庁舎
スペースの便宜供与の許可(目的外使用許可)を取り消すので,同月
31日までに事務機器等を撤去するよう通知した。(甲37,乙16)
d市会議員が,1月18日,市バスの営業所の実地調査を行い,実質
的ヤミ専従及び勤務時間内組合活動等を指摘した。(乙2,丙31)
また,1月27日,市会財政総務委員会において,市会議員から,
交通局の職員が勤務時間内に労働組合の会議に出席していたことの指
摘があった。これについて,交通局の幹部職員は,勤務時間中に労働
組合の会議に出席していた職員がいたとして謝罪するとともに,同事
実に厳正に対処するとした。(甲38)
e総務局長は,1月30日,原告L組合に対し,4月以降,組合事務
所としての目的外使用許可をしないので,3月31日までに退去する
よう通知した。(乙17)
(オ)本件調査チームによる調査の実施
a被告Yは,1月19日,市会の委員会で勤務時間内組合活動につい
て指摘した市会議員らと面談し,市会議員らによる調査の経緯及び被
告市の職員から寄せられた内部告発等について聴取した。(丙31)
b被告Yは,1月20日,約30分間市長と面談し,被告市が市庁舎
に設置している本件目安箱に入れられていた10通から20通程度の
投書を受領するとともに,その内容に関するヒアリングを行った。被
告Yが受領した投書には,労働組合による人事介入が存在すること,
勤務時間内組合活動がされていること,ヤミ便宜供与がされているこ
となどが記載されているものもあった。
(甲56,乙7,丙31,被告Y本人,弁論の全趣旨)
また,被告Yは,同日,被告市の各部局を回って状況を聴取したが,
幹部職員からは,問題となっている事象は例外的なものであって,問
題はほとんど解決されているとの説明があった。
(丙31,被告Y本人)
さらに,被告Yは,同日,被告市の内部通報窓口を長く担当し,大
阪市役所コンプライアンス委員会委員長も務めていたK弁護士と面談
し,被告市における問題状況を聴取した。(丙31)
c被告Yは,1月27日,W特別顧問とともに,被告市の職員である
内部告発者と約2時間面談し,勤務時間内組合活動,労働組合による
人事介入及びヤミ便宜供与に関する事実を聴取した。
(甲56,丙31,被告Y本人)
被告Yは,同日,市庁舎内にある組合事務所を訪問して,労働組合
に関する資料の提供を求めるとともに,市長と面談した。
(乙2,丙31)
d被告Yは,2月1日,W特別顧問及び人事課担当者とともに,原告
組合らの役員と約1時間30分の意見交換をした。(甲21,51)
上記面談において,被告Yは,被告市の特別顧問として職場環境の
適正化のための調査と提言の依頼を受けているため,原告組合らから
話を聞きたいと考えている旨伝えた。これを受けて,原告K連合会の
委員長兼原告N組合の委員長(当時)は,勤務時間中に組合活動をし
ないよう指導を徹底し,交通局による調査にも協力すること,被告Y
から提案された労働組合による内部調査も前向きに検討することなど
を伝えた。(甲21,51)
なお,原告O組合は,2月6日,同月1日の被告Yとの意見交換の
内容について,支部役員の出席する中央闘争委員会において報告し,
今後の対応を協議した。その結果,被告Yから求められた原告組合ら
による内部調査については,これを実施する方向で,その手法も含め
て検討することになった。しかし,その後,本件アンケートが実施さ
れたため,その対応に追われ,内部調査は行われなかった。
(弁論の全趣旨)
(カ)本件アンケートの実施等
a被告Yは,2月4日から同月5日にかけて,本件アンケートの原案
を一人で作成し,W特別顧問及びV特別参与の意見を聴いた上で,同
月8日に本件アンケートを完成させた。(前提事実(4))
bその間,市長は,2月6日,全局長,全区長,被告Y,W特別顧問
及びR教授らに対し,午後4時57分頃,後にねつ造であると判明し
た知人・友人紹介カード配布リストに関する報道に基づき,労働組合
全体が不適切な政治活動を行っていると考えていること,特別顧問で
ある被告Yを中心とするメンバーで徹底した労働組合の実態調査を行
うことが必要であると考えていることなどを内容とする電子メール,
午後5時12分頃,労働組合による人事介入が実際にあるか否かはと
もかく,組合員にそのような事実があると思わせていることが,労働
組合から組合員に対する脅しになっていると考えられることなどを内
容とする電子メールを送信した。
(甲27,39,丙30の1から3まで)
c人事課担当者は,2月8日,被告Yから,本件アンケートの実施に
ついて知らされるとともに,各部局の人事担当部署において本件アン
ケートの配布及び回収を実施するよう指示された。(前提事実(4))
その後,人事課担当者は,2月9日午後1時頃,W特別顧問から,
市長が署名した市長メッセージ及び本件アンケート用紙を受領し,本
件アンケートを実施するよう指示された。そして,人事課担当者は,
本件アンケート依頼文書に係る本件決裁をし,同日午後4時頃,各部
局の人事担当課長に対し,本件アンケート依頼文書を配布した。
(前提事実(4))
d人事課担当者は,2月10日,市長部局の各職員に対し,本件アン
ケート実施メールを送信して,本件アンケートの実施を周知し,交通
局等の担当者は,同日,交通局等の各職員に対し,本件アンケート用
紙,交通局長等メッセージ,職員宛て市長メッセージ及び本件アンケ
ート用紙を封入する封筒を配布して,本件アンケートの実施を周知し
た。(前提事実(4))
e市長部局及び交通局等に所属する各職員は,本件職務命令により,
2月10日から同月16日までの間に,本件アンケートに回答するこ
とを義務付けられた。(前提事実(4))
ウ本件アンケートの目的について
(ア)市長による労働組合「適正化」政策について
a前提事実(4)並びに認定事実(イ)から(カ)までによれば,本件
調査チームによる調査及び本件アンケートが実施されるまでの経緯と
して,①市長は,平成23年12月26日に開催された市会交通水道
委員会において,原告N組合の役員が勤務時間内組合活動を行ってい
たことや,市長選挙に関連して,J前市長の推薦人紹介カードが市庁
舎内で勤務時間内に配布されていたことなどが指摘されると,労働組
合に対する便宜供与や,市庁舎内での組合活動を一切認めない方針で
あることを明らかにするとともに,組合活動を調査する組織を設置す
るという考えを示したこと,②市長は,同月28日の施政方針演説に
おいて,「公務員の組合というものをのさばらしておくと国が破綻し
てしまいます」という強い表現を用いて,労働組合の体質の適正化が
必要であると考えていることを明らかにしたこと,③市長は,同月3
0日,市の幹部職員及びW特別顧問らに送信した電子メールにおいて,
市長の施策に反対する政治活動を行っている労働組合の事務所の立ち
退きの手続を進めることや,市を挙げて労働組合の適正化のための実
態調査に着手し,「組合適正化プログラム」を打ち立てることを明ら
かにしたこと,④市長は,平成24年1月4日の年頭挨拶において,
労働組合との関係の適正化を進めていくことを明らかにしたこと,⑤
市長は,同月11日の市会定例会において,市長選挙に関与した労働
組合は政治団体として扱っていくことや,実態調査のエキスパートで
ある被告Yに労働組合の実態調査をしてもらうと述べたこと,⑥市長
の上記方針を受けて,総務局長及び交通局長は,同月13日及び同月
18日,原告N組合,原告L組合及び原告M組合に対する便宜供与を
廃止する方針を通知したこと,⑦市長は,同月21日,被告市の幹部
職員に対し,Y特別顧問は市長の身代わりであるので,全面的に協力
するよう指示する内容の電子メールを送信したこと,⑧市長は,同年
2月6日,被告市の幹部職員,被告Y及びW特別顧問らに対し,労働
組合全体が不適切な政治活動を行っており,被告Yを中心とするメン
バーによる徹底した労働組合の実態調査が必要であると考えているこ
となどを内容とする電子メールを送信していることが認められる。
bこれらの事実によれば,市長は,被告市の労働組合が組合事務所の
目的外使用許可等の便宜供与を受けているにもかかわらず,市長選挙
において対立候補であるJ前市長を支援する政治活動を行い,また,
市長の当選後も市長の政策に反対する活動を行っていたことから,こ
れを問題視し,労働組合に対する便宜供与を廃止することなどによっ
て,労働組合を「適正化」するという政策を取るようになったものと
認められる。また,市長は,上記政策を推進するため,被告市の幹部
職員及びW特別顧問に対して,被告市を挙げて労働組合の実態調査に
着手することを指示するとともに,労働組合「適正化」の一手段とし
て,本件調査チームによる調査を利用しようと考えていたものと認め
るのが相当である。
そうすると,本件アンケートは,本件調査チームによる調査の一環
として実施されたものであるから,客観的に見れば,市長による労働
組合「適正化」政策の一部を成していたものと評価せざるを得ない。
cこの点,上記事実経過によれば,市長による労働組合「適正化」政
策の中心的課題は,市庁舎内における労働組合の政治活動の防止にあ
ると認められるところ,職員による違法な政治活動が市庁舎内で行わ
れれば,住民の行政の中立的運営に対する信頼が損なわれるおそれが
あることは否定することができないから,そのような政治活動が行わ
れる蓋然性が存在するのであれば,そのような政策を取る必要性もあ
ったものといえる。しかしながら,上記政策の一環としてであっても,
その必要性や労働組合に対する便宜供与をすることによる具体的な弊
害が存在しないにもかかわらず,労働組合の団結権等に与える影響に
配慮して十分な団体交渉を経るなどの手続を取らないまま,労働組合
に対する便宜供与を一方的に廃止することは,上記政策目的との合理
的関連性が認められない以上,労働組合の活動一般を弱体化させるも
のとして,労働組合及びその組合員の団結権等(憲法28条)を侵害
するものであったというべきである。
(イ)本件調査チームの独立性・中立性について
aこれに対し,被告らは,本件調査チームが日弁連ガイドラインに沿
ったものであり,被告市から独立性及び中立性を有する旨主張する。
しかしながら,前提事実(4)並びに認定事実(イ)及び(ウ)に加え,
証拠(甲56,乙1の1及び2,丙31,被告Y本人)によれば,①
日弁連ガイドラインは,企業等の内部調査を実施する内部調査委員会
と区別されるものとして,企業等から独立した委員のみをもって構成
されるものを第三者委員会とし,第三者委員会は,企業等から独立し
た立場で,ステークホルダー(利害関係者)のために,中立・公正で
客観的な調査を行うものとされ,顧問弁護士等の企業等と利害関係を
有するものは委員に就任することはできないと規定していること,②
本件アンケートが実施された時点では,本件調査チームは,被告Yの
ほかに,W特別顧問及びV特別参与のみで構成されていたところ,W
特別顧問は,市長の指示を受けて,被告Yに対して被告市の職員によ
る違法行為等が発生している原因に関する調査を依頼するとともに,
本件アンケートの設問への加筆や市長メッセージの作成を行ったり,
本件アンケートの内容を確認したりするなど,本件アンケートの実施
に深く関与していたこと,③被告Yは,労働組合のみならず,市長を
含む被告市も本件調査チームによる調査の対象としていたこと,④W
特別顧問は,本件調査チームのメンバーとして活動するのと同時に,
被告市の特別顧問として,市長の労働組合「適正化」政策の中核であ
る労働組合への便宜供与の禁止を内容とする労使関係条例案等の作成
について,中心的に関与していたことが認められる。
これらの事実によれば,日弁連ガイドラインは,第三者委員会によ
る企業等の不祥事等の調査について,委員会のメンバーが企業等から
独立していることを特に重視しているものと考えられ,前提事実(1)
のとおり,被告Yは,同ガイドラインの起草メンバーを務めたのであ
るから,そのことを十分に認識していたはずである。それにもかかわ
らず,本件調査チームの主要なメンバーの一人であるW特別顧問は,
正に本件調査チームによる調査の対象である被告市における労使関係
について,本件調査チームによる調査の対象でもある市長の意向を受
けて,市長の政策を推進するための活動を行っていたものである。
そうすると,本件調査チームについては,客観的に見て,被告市か
らの独立性及び中立性は確保されていなかったものといわざるを得な
い。
bこの点,被告Yは,本人尋問において,本件調査チームによる調査
作業で手一杯であり,W特別顧問が被告市と利害関係を有するか否か
を確認することをしなかった旨供述する。
しかしながら,そもそも被告Yは,W特別顧問とは旧知の仲であり,
市庁舎内で打合せをしたり電子メール等でやり取りをしたりしながら,
被告市における労使関係の調査を進めてきたものである(甲49,5
6,丙31,被告Y本人)から,被告YがW特別顧問の活動内容を知
らなかったとは直ちに考え難い。また,仮に,被告Yが本件調査チー
ムの主要メンバーであるW特別顧問が被告市から独立性・中立性を有
するかについて意を払わなかったとすれば,そのことが正に本件調査
チームが被告市からの独立性・中立性を有していなかったことを示す
ものというべきである。
cまた,被告らは,W特別顧問が本件調査チームによる調査のわずか
2か月前に特別顧問を委嘱されたことや,それまでW特別顧問と被告
市には一切の利害関係がなかったこと,W特別顧問は特別顧問設置要
綱に定める謝礼以外の金員を受領していないことからすれば,W特別
顧問は被告市から独立性・中立性を有していた旨主張する。
しかしながら,被告らが指摘する点は形式的な利害関係の有無にと
どまり,上記aのとおり,W特別顧問が市長との実質的な利害関係を
有していたことからすれば,被告らが主張する点は,W特別顧問の独
立性・中立性を示すものとはいえない。
そのほか,被告らは,調査報告書の起案権が本件調査チームに専属
すること,本件調査チームの作業スペースが被告市から独立していた
ことなどを主張するが,いずれも本件調査チームの主要メンバーが調
査対象である市長の政策を推進する立場にあったという問題点を治癒
するようなものとはいえない。
dさらに,後記オ(オ)で説示するとおり,処分権者である市長等が
本件調査チームから本件アンケートの回答内容の提供を受け,それに
基づき懲戒処分を行う可能性もあり得たことをも考慮すると,本件調
査チームが被告市からの独立性・中立性を有していたとは認められな
いから,本件アンケートを含む本件調査チームによる調査が,市長の
労働組合「適正化」政策の一部を成していたという上記評価は左右さ
れないものというべきである。
(ウ)原告組合らを無力化する目的の有無について
a上記で述べたとおり,本件アンケートは市長の労働組合「適正化」
政策の一部を成していたものであるところ,原告らは,本件アンケー
トについて,市長が,平成23年11月の市長選挙において,市長の
対立候補であったJ前市長を原告組合らが支持したことを逆恨みし,
原告組合らを敵視して,これを無力化する目的で実施されたものであ
る旨主張する。
bしかしながら,前提事実(4)並びに認定事実(ウ),(オ)及び
(カ)に加え,証拠(甲56,丙31,被告Y本人)及び弁論の全趣
旨によれば,①被告Yは,平成24年1月12日に市長から特別顧問
を委嘱されるまでの間,被告市やその職員による労働組合である原告
組合らとの間に契約関係,人的関係その他の利害関係を有しておらず,
市長との面識も有していなかったこと,②被告Yは,市長から被告市
の職員による違法活動等の調査を依頼されたことから,R教授に対す
るヒアリングの結果や過去に関与した公務員の不祥事調査における経
験を踏まえ,被告市における労使関係を調査するため,本件アンケー
トを実施することを発案し,その内容についても,本件調査チームの
メンバーであったW特別顧問及びV特別参与の意見を聴いたほかは,
一人で作成したものであり,本件アンケートを実施すること及びその
内容について,市長等を含む被告市の職員の了承や指示を得ることは
なかったことが認められる。
cそうすると,被告Yは,被告市における労使関係を調査するという
目的で,本件アンケートの作成等をしたものと認められ,それを超え
て,市長の意向を受けるなどして,本件アンケートの作成等をするこ
とによって,原告組合らを無力化又は弱体化しようとする意図又は動
機があったとは認め難く,そのほか被告Y自身が上記のような意図又
は動機を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
また,市長において,本件アンケートの作成過程を把握し,被告Y
に指示するなどして,本件アンケートの個別の設問内容を自らの意に
沿うものにしようとしていたと認めるに足りる証拠もない。
(エ)まとめ
以上によれば,本件アンケートを含む本件調査チームによる調査が市
長の労働組合「適正化」政策の一部を成していたことは,本件アンケー
トが原告らの憲法上の権利を侵害するものであったか否かを検討する上
で,重要な要素となるものということができる。
しかしながら,被告Yが本件アンケートの作成等をするに当たって,
原告組合らを無力化又は弱体化しようとする意図又は動機があったとは
認められないし,適正な労使関係を形成すること自体は正当なものであ
って,このような労使関係を形成するためには,従前の被告市と労働組
合との関係において不適正な点があったかどうかを具体的に調査しなけ
ればならないこともまた事実である。
そうすると,本件アンケートを含む本件調査チームによる調査が市長
の労働組合「適正化」政策の一部を成しており,市長による一連の上記
政策の中に,労働組合の団結権等を侵害する違法な施策が存在していた
としても,上記(ウ)で述べたことをも考慮すれば,そのことから直ち
に,本件アンケートが上記団結権等を侵害することを意図するものであ
ったとまではいえない。
エ本件アンケートの必要性について
(ア)被告らは,本件アンケートの必要性として,被告市の職員等による違
法行為等が多発する背景には,従前から続く労使関係癒着の構造が存在
し,使用者側と労働組合が明示的又は黙示的に結託して違法行為等の隠
ぺいを図っているという仮説が該当する可能性が高いことから,管理す
る側のヒアリング調査では問題の実態は明らかにならないこと,個別具
体的な事象についての質問では根本原因の解明を期待することができな
いこと,内部告発の信用性を確認するために対象を限定することなく情
報を得る必要があったことを主張する。
(イ)そこで検討するに,前提事実(2)並びに認定事実(イ),(エ)及び
(オ)に加え,証拠(甲25,56,乙7,8,丙31,被告Y本人)
によれば,本件アンケートが実施された時点における状況として,①被
告市においては,職員厚遇問題が大きく報道されるようになったことを
受け,平成16年12月に設置された改革委員会における議論を踏まえ,
労使関係に関する改革が図られてきたが,平成18年アンケートによれ
ば,労使関係に問題があるとする意見と問題がないとする意見が同数程
度であったこと,②平成23年12月26日の市会交通水道委員会にお
いて,原告N組合の役員が勤務時間内組合活動を行っていたことが指摘
され,交通局の幹部職員がこの事実を認めて謝罪したこと,③平成24
年1月27日の市会財政総務委員会において,交通局の職員が勤務時間
内に労働組合の会議に出席していたことが指摘され,交通局の幹部職員
がこの事実を認めて謝罪したこと,④市庁舎に設置されていた本件目安
箱に対する投書の中には,組合による人事介入,勤務時間内組合活動及
びヤミ便宜供与等について告発するものが含まれており,被告Yが同日
面談した被告市の職員である内部告発者も同様の事実を述べていたこと
が認められる。
そうすると,少なくとも原告N組合については,勤務時間内組合活動
という問題点が一部明らかになっていたものであり,平成18年アンケ
ート,本件目安箱への投書及び内部告発者の告発内容からすれば,被告
市における労使関係に関する調査の必要性がなかったとはいえない。
(ウ)一方,本件アンケートが実施された時点においては,原告N組合以外
の労働組合については,違法行為等が具体的に明らかになっていたわけ
ではなく,全ての労働組合について違法行為等が次々と明らかになって
いるような緊急性の高い事態が発生していたとは認められない。また,
本件目安箱への投書の内容や上記内部告発者の告発内容を具体的に裏付
ける証拠が存在したものとも認められない。
そして,被告Yは,被告市の職員による違法行為等の原因に関する調
査の端緒として本件アンケートを実施したものであり(丙31,32,
被告Y本人),本件アンケートは模索的・探索的な性質を有するもので
あって,被告Yの上記仮説も飽くまで仮説の域を出るものではなかった
ものである。
(エ)また,認定事実(ア)のとおり,本件アンケートの実施前には,被告
市の職員が覚せい剤取締法違反や殺人未遂の容疑で逮捕されるなど,被
告市の職員による違法行為が頻発していたことが認められる。
しかしながら,被告市の職員によるこれらの違法行為については,個
人的な問題である可能性も高く,これが労使関係の問題に起因するもの
とは直ちに考え難いというべきである。
(オ)さらに,認定事実(エ)及び(オ)によれば,本件アンケートの実施
当時,被告市の市長部局及び交通局においては,人事担当課長や管理職
を対象とする調査に着手していただけでなく,原告N組合は,平成24
年2月1日の被告Yとの意見交換において,自主的な内部調査を行うこ
とに前向きな姿勢を見せていたものであり,原告O組合も,内部調査を
実施する方向で検討を開始していたことが認められる。
(カ)そして,被告らが被告市のほぼ全職員を対象とする本件アンケートを
実施した必要性として主張するところは,上記のとおり,管理する側の
ヒアリング調査では問題の実態は明らかにならないこと,及び内部告発
の信用性を確認するため,対象を限定することなく情報を得る必要があ
ったことというものである。
しかしながら,これらの必要性は抽象的なものにとどまっており,被
告市のほぼ全職員を対象とする本件アンケートを実施する十分な必要性
を示すものとはいえない。また,被告Yにおいて,回答者を必要十分な
範囲に絞って本件アンケートを実施するといったことを検討した形跡も
存在しない。
(キ)そうすると,被告Yは,被告市が着手していた被告市の職員や労働組
合の憲法上の権利を侵害する可能性が比較的低い手法による調査の結果
や,原告組合らによる自主的な内部調査の結果を待つことなく,直ちに
被告市のほぼ全職員を対象とする本件アンケートの作成等をしたもので
あるところ,上記(ウ)のとおり,当時,緊急性の高い事態が発生して
いたわけではないことからすれば,被告Yによる上記行動は拙速との評
価を免れないというべきである。
(ク)以上によれば,本件アンケートを実施する必要性が全く存在しなかっ
たとはいえないものの,職務命令をもってほぼ全職員を対象に後記のよ
うな網羅的な質問を内容とするアンケートを実施しなければならない必
要性は乏しいものであったということができる。
オ本件アンケートの手法の相当性について
(ア)前提事実(3)及び(4)並びに認定事実(カ)によれば,本件アンケート
は,被告市のほぼ全職員を対象として,被告市における労使関係に関す
る広範な内容について,本件職務命令により記名式での回答を義務付け
たものであって,しかも,本件アンケートの実施に当たって被告市の職
員に示された職員宛て市長メッセージ等には,真実を正確に回答するこ
とを求めるとともに,正確な回答がされない場合には処分の対象となり
得ることが明記されていたものである。
そうすると,本件アンケートは,懲戒処分の威嚇力を背景に,記名式
で正確な回答をすることを義務付けるものであって,その手法は強制的
なものであったということができるから,このような強制的な記名式の
アンケートを実施する際には,任意の無記名式のアンケートを行う場合
に比べて,その内容が回答者の憲法上の権利を侵害するものとならない
よう細心の注意が払われる必要があったというべきである。
(イ)また,前提事実(4)によれば,本件アンケートの実施に当たって発出
された職員宛て市長メッセージ等には,被告市の職員による違法又は不
適切と思われる政治活動や組合活動について次々と問題が露呈しており,
徹底した調査・実態解明により膿を出し切りたいと考えていると記載さ
れていることが認められる。
そして,本件アンケートの実施に当たって,上記のような記載のある
職員宛て市長メッセージ等が発出されたことによって,回答者である被
告市の職員としては,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政
治活動や組合活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題
点が存在すると考えていると認識することになったものと考えられる。
しかしながら,実際には,上記エ(ウ)で述べたとおり,全ての労働組
合について違法行為等が次々と明らかになっているような緊急性の高い
事態が発生していたものではなかったものである。
そうすると,本件アンケートの実施に当たって発出された職員宛て市
長メッセージ等は,被告市の職員に対し,組合活動への参加を萎縮させ
る効果を有するものであったといえ,このような職員宛てメッセージ等
とともに本件アンケートが実施されたことは,手法として相当性を欠く
ものであったというべきである。
(ウ)これに対し,被告らは,第三者委員会の求めに応じて企業等が業務命
令を発出したり,同業務命令に際し,調査に対して真実を述べることな
どの指示をしたりすることは,日弁連ガイドライン及びその解説におい
て認められている正当な手法であると主張する。
しかしながら,日弁連ガイドラインが,被調査者の憲法上の権利を侵
害するような調査に応じることを命じる業務命令を発出することまでも
容認しているとは考えられないから,本件アンケートの内容が回答者の
憲法上の権利を侵害するものとならないよう細心の注意が払われる必要
があったことには何ら変わりがないというべきである。
(エ)また,被告らは,平成18年アンケートが極めて低い回収率にとどま
っていたため,本件アンケートの実効性を高めるためには,本件職務命
令が不可欠であったと主張する。
確かに,前提事実(2)によれば,任意の方法で行われた平成18年ア
ンケートの回収率はいずれも数%にとどまっていたことが認められる一
方,本件職務命令により回答を義務付けることによって,本件アンケー
トについては,ほぼ100%の回収率を確保することができることにな
ったものと考えられる。
しかしながら,本件アンケートの回収率を重視して,本件職務命令に
より回答を義務付ける以上,その内容が回答者の憲法上の権利を侵害す
るものとならないよう細心の注意が払われる必要性があったことには何
ら変わりがないものというべきである。
(オ)さらに,被告らは,市長等に本件アンケートの回答内容を開示するこ
とは予定されておらず,本件職務命令において懲戒処分の対象として想
定されていたのは,本件アンケートを物理的に妨害するなど,外形的な
行為から懲戒処分が相当と考えられるような極めて悪質な場合に限られ
ていたと主張する。
確かに,前提事実(4)によれば,職員宛て市長メッセージ等には,本
件アンケートの回答内容は本件調査チームのみが見て,被告市の職員の
目に触れることは決してないことが記載されていることが認められる。
しかしながら,前提事実(4)によれば,同メッセージ等には,正確な
回答がされない場合には処分の対象となり得ること,本件アンケートへ
の回答で,自らの違法行為について真実を報告した場合,懲戒処分の標
準的な量定を軽減することが明記されていたことが認められるところ,
これらの記載からは,処分権者である市長等において,本件アンケート
への回答が正確なものか否かを判断して懲戒処分をすることや,本件ア
ンケートへの回答内容を見て懲戒処分の量定を判断することがあり得る
としか理解することができず,被告らが主張するような趣旨を読み取る
ことは困難である。
そうすると,このような相矛盾する記載がされていることからすれば,
本件アンケートの回答者である被告市の職員としては,処分権者である
市長等が本件アンケートの回答内容を確認する可能性もあり得ると考え
ても何ら不自然ではなかったというべきである。
(カ)以上によれば,本件アンケートの手法は強制的なものであったから,
その内容が回答者の憲法上の権利を侵害するものとならないよう細心の
注意が払われる必要があったとともに,本件アンケートの実施に当たっ
て発出された職員宛て市長メッセージ等は,被告市の職員に対して,組
合活動への参加を萎縮させる効果を有するものであったことからすれば,
このような職員宛てメッセージ等とともに本件アンケートが実施された
ことは,手法として相当性を欠くものであったというべきである。
なお,原告らは,H社事件最判及びG社事件最判を指摘して,原告職
員らには本件アンケートへの調査協力義務がなかった旨主張するが,H
社事件最判は,労働基準法上の労働者の調査協力義務について判断し,
G社事件最判は,使用者による不当労働行為の成否について判断したも
のであって,いずれも地方公務員の調査協力義務について直ちに妥当す
るものではないし,原告らが主張する各事実をもって,直ちに原告らに
は本件アンケートに協力する義務がなかったとまではいえないから,原
告らの上記主張は採用することができない。
カ本件アンケートの個別の設問内容について
(ア)Q1からQ5までについて
a前提事実(3)によれば,Q1からQ5までは,回答者の氏名,職員
番号,所属部署,職種及び職員区分を質問するものであることが認め
られる。
これらの質問事項のうち,氏名,職員番号及び所属部署は,本件ア
ンケートを記名式にしたことによるものであり,職種及び職員区分は,
これらによる本件アンケート結果の分類を可能とするためのものであ
ったという被告らの主張は合理的であり,記名式でのアンケートであ
ることを前提とすれば,このような項目の回答を求めたことについて
は必要性があったものということができる。
bこれに対し,原告らは,各個人の特定が職員番号及び部署に及ぶこ
とによって,逃げられないという強制力を及ぼす恐怖感が与えられる
ことや,職種及び職員区分を聞かれることによって,職種や階級との
関係で不利益が与えられるかもしれないという恐怖感が与えられるこ
とを主張する。
しかしながら,職員番号,部署,職種及び職員区分といった客観的
な情報であって,被告市も当然に把握している事実を聞かれることに
よって,上記のような恐怖感が生じるとは考え難く,原告らの上記主
張は採用することができない。
cそうすると,原告らが主張する不利益については,結局,これ以降
の個別の設問の回答を強制されることによる権利侵害の有無のところ
で判断すれば足りるというべきである。
(イ)Q6について
前提事実(3)によれば,Q6は,労働条件に関する組合活動への参加
の有無やその活動内容等を質問するものであり,同活動に誘った人の氏
名については任意回答としていることが認められるところ,原告らは,
同質問が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権及び団結権を
侵害し,原告組合らの団結権を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)思想・良心の自由は,人の内心の表白を強制されないという沈
黙の自由も含むものであるところ,思想・良心そのものではなくと
も,例えば,特定の思想団体への所属等の経歴等の申告を強制する
ことは,実質的に思想内容の表白を強制するものに等しいものとし
て,思想・良心の自由を侵害するものとなり得るものと解される。
そして,Q6は,回答者の思想・良心そのものを質問するもので
はないが,回答者の労働組合加入の有無,労働条件に関する組合活
動への参加の有無やその活動内容,同活動への参加のきっかけが判
明する質問となっているということができる。
(b)しかしながら,労働組合は,労働条件の維持改善その他経済的
地位の向上を図ることを主たる目的として組織されるものである
(労組法2条)し,労働組合加入の動機や組合活動への関与の在り
方は労働者によって様々であるから,労働組合に加入していること
や組合活動に参加していることなど自体が,直ちに特定の思想内容
を推知させるものであるとまではいえない。
また,労働組合は,使用者との団体交渉(労組法6条)や労働協
約の締結(同法14条)等の団体行動を通じて,労働条件の維持改
善を図るものであるところ,このような団体行動においては,例え
ば,団体交渉やチェック・オフに関する労使協定の締結,不当労働
行為に対する救済申立て等において,個々の労働者が労働組合に加
入しているかどうかやその活動内容が使用者に対して開示されるこ
とも予定されているといえる。
なお,上記で述べたところは,労組法上の労働組合には該当しな
い職員団体についてもおおむね同様である。
そうすると,Q6については,質問の必要性があったか否かにつ
いて検討するまでもなく,労働組合加入や組合活動への参加の有無
等が判明する質問への回答を求めることが,直ちに思想内容の表白
を強制するものとして,思想・良心の自由を侵害するとまではいえ
ない。
(c)したがって,Q6が原告職員らの思想・良心の自由を侵害する
ものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)憲法13条は,国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して
も保護されるべきことを規定しているものと解されるところ,個人
の私生活上の自由の一つとして,プライバシーをみだりに侵害され
ない自由も保障されているものと解される。そして,具体的な情報
がプライバシーとして保護されるには,個人の私生活上の事実又は
情報で周知のものではなく,一般人を基準として,他人に知られる
ことで私生活上の平穏を害するような情報であることが必要と考え
られる。
Q6は,労働組合加入や組合活動への参加の有無等が判明する質
問であるものの,開示を求められているのは労働条件に関する組合
活動への参加の有無等に関する事実に限られており,上記a(b)で述
べたところを併せ考慮すれば,このような事実については,一般人
を基準として,他人に知られることで私生活上の平穏を害するよう
な情報であるとまでは認められない。
なお,後記c(d)で述べるとおり,上記事実を開示することによっ
て,回答者において,被告市から何らかの不利益を受けるのではな
いかという懸念や動揺が生じるとしても,このような懸念や動揺は
上記事実の開示そのものに対するものではないから,団結権侵害に
該当する場合であっても,プライバシーを侵害するものとはいえな
い。
(b)したがって,Q6については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害する
ものであったとはいえない。
c団結権の侵害の有無について
(a)憲法28条は労働者及び労働組合の団結権等を保障していると
ころ,例えば,使用者がその雇用する労働者のうち誰が組合員であ
るかを知ろうとすることは,それ自体として禁止されているもので
はなく,労働協約の締結,賃金交渉等の前提として個々の労働者の
組合加入の有無を把握する必要を生ずることも少なくないが,本来
使用者の自由に属する行為であっても,労働者の団結権等との関係
で一定の制約を被ることは免れないものと解される(G社事件最判
参照)。
(b)Q6は,労働条件に関する組合活動への参加の有無やその活動
内容等を質問するものであるところ,被告らは,Q6について,本
件アンケートに先立ち,勤務時間内組合活動やヤミ便宜供与等の存
在が判明していたことから,これらの事実の有無又はこれらに関す
る調査の端緒となる事象の有無を確認する必要性があったと主張す
る。
しかしながら,上記エで述べたとおり,本件アンケートが実施さ
れた時点においては,原告N組合以外の労働組合については違法行
為等が具体的に明らかになっていたわけではないから,被告市のほ
ぼ全職員を対象に,労働条件に関する組合活動への参加の有無やそ
の活動内容等を調査する必要性があったとまでは認め難い。また,
Q6は,組合活動に誘われた事実や参加した組合活動の内容等に関
し,時間帯が勤務時間内か否か,場所が勤務場所か否かを限定する
ことなく質問するものであって,被告らが主張する調査の必要性か
らすれば,広範にすぎることは否定し難い。
しかも,上記のとおり,被告らは,勤務時間内組合活動やヤミ便
宜供与等の事実を調査する端緒として確認する必要があったと主張
していることからしても,個別の職員の組合活動への参加の有無や
その活動内容等を調査しなければならない必要性があったとは認め
難い。
そうすると,Q6については,そもそも,被告市のほぼ全職員を
対象に,個別の職員の組合活動への参加の有無やその活動内容等を
調査しなければならない必要性があったとは認め難い。
(c)また,前記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長
による労働組合「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケー
トには,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政治活動や
組合活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題点が
存在すると考えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添付
されていたものである。
(d)以上で述べたところによれば,Q6は,上記各事項について質
問することによって,回答者である被告市の職員に対し,労働組合
が違法又は不適切な組合活動をしているとの印象を与え,組合活動
への参加を萎縮させる効果を有するというべきである。
また,被告市の職員において,Q16で労働組合への加入歴を回
答するとともに,Q6で組合活動への参加の有無やその活動内容等
を回答した場合,前記オ(オ)で述べた懲戒処分に言及する記載も
相まって,何らかの不利益を受けるのではないかと懸念するのもや
むを得ないといえるから,Q6は,職員に動揺を与える内容のもの
であり,労働組合を弱体化させるものであったということができる。
なお,被告らは,労働組合による違法行為等があったことは本件
アンケートに先立ち既に明らかになっていたと主張するが,上記エ
で述べたとおり,本件アンケートが実施された時点においては,原
告N組合以外の労働組合については違法行為等が具体的に明らかに
なっていたわけではないから,被告らの上記主張は採用することが
できない。また,Q6においては,労働条件に関する組合活動に誘
った人の氏名は任意回答とされているが,上記で述べたことからす
れば,Q6が上記萎縮効果を有するとともに,職員に動揺を与える
内容のものであったことには変わりがないというべきである。
(e)したがって,Q6は,原告らの団結権を侵害するものであった
というべきである。
d小括
以上によれば,Q6は,原告らの団結権を侵害するものであったが,
その他の憲法上の権利を侵害するものであったとはいえない。
(ウ)Q7について
前提事実(3)によれば,Q7は,特定の政治家を応援する活動への参
加の有無等を質問するものであると認められるところ,原告らは,同質
問が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権,政治活動の自由
及び団結権を侵害し,原告組合らの政治活動の自由及び団結権を侵害す
るものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q7は,特定の政治家を応援する活動への参加の有無等を質問
するものであって,回答者の思想・良心そのものを質問するもので
はなく,具体的にどの政治家を応援する活動であるかについて質問
するものでもないから,この質問によって,原告職員らの思想内容
が明らかになるとはいえない。
(b)したがって,Q7については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵害
するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q7は,特定の政治家を応援する活動への参加の有無等を質問
するものであるところ,被告らは,本件アンケートに先立ち,勤務
時間内におけるJ前市長の推薦者紹介カードの配布等が判明してい
たことから,違法又は不適切な政治活動の有無や,それに関する調
査の端緒となる事象の有無を確認する必要があったと主張する。
しかしながら,Q7は,特定の政治家を応援する活動への参加の
有無や参加した活動の内容等に関し,時間帯が勤務時間内か否か,
場所が勤務場所か否かを限定することなく質問するものであって,
被告らが主張する調査の必要性からすれば,過度に広範なものであ
ったといわざるを得ない。
(b)そして,特定の政治家を応援する活動への参加の有無等という
事実は,職務と関連しない私生活上の事実であって,労働組合に加
入して団体行動をする場合に使用者に対して開示されることが予定
されているようなものでもないから,具体的な政治家の氏名の回答
を要求していない点を考慮しても,上記ウで述べたとおり,本件ア
ンケートが市長による労働組合「適正化」政策の一部を成している
ことからすれば,一般人を基準として,他人に知られることで私生
活上の平穏を害するような情報であると認められるとともに,上記
(a)で述べたとおり,Q7は,調査の具体的な必要性が認められる部
分に限定せずに過度に広範に回答を義務付けるものであった。
(c)以上で述べたところによれば,上記エ及びオで述べたとおり,
本件アンケートを実施する必要性は乏しく,本件アンケートは強制
的な手法によるものであったことも勘案すると,原告職員らは,特
定の政治家を応援する活動への参加の有無等という事実の開示を強
制されることによってプライバシーを侵害されたものということが
できる。
なお,Q7においては,特定の政治家を応援する活動に誘った人
の名前は任意回答とされているが,上記で述べたことからすれば,
原告職員らのプライバシーが侵害されたことには変わりがないとい
うべきである。
(d)これに対し,被告らは,違法行為等の調査の一環として特定の
政治家を応援する活動への参加の有無等を確認しているのであり,
職務と関係のない私的な事項であるとはいえないと主張する。
しかしながら,Q7は,違法又は不適切な政治活動とそうではな
い政治活動を何ら区別することなく質問することによって,職務と
関係のない私的な事項についても回答を強制することになっている
ものといわざるを得ないから,被告らの上記主張は採用することが
できない。
(e)したがって,Q7は,原告職員らのプライバシーを侵害するも
のであったというべきである。
c政治活動の自由の侵害の有無について
(a)憲法21条は表現の自由としての政治活動の自由を保障してお
り,地公法36条の政治的行為の制約を受ける地方公務員であって
も,同制約を受けるほかは,政治活動の自由の保障を受けることに
は変わりがないものと解される。
しかしながら,Q7は,特定の政治家を応援する活動への参加の
有無等を質問するものにとどまり,政治活動への参加を禁止又は妨
害したり,逆に政治活動への参加を強制したりするものではないか
ら,原告らの政治活動の自由を侵害するものとまでは認められない。
(b)したがって,Q7については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告らの政治活動の自由を侵害するも
のであったとはいえない。
d団結権の侵害の有無について
(a)Q7は,特定の政治家を応援する活動への参加の有無や労働組
合から参加を誘われたか等を質問するものであるところ,上記b(a)
で述べたとおり,調査の具体的必要性が認められる部分を超えて過
度に広範に回答を義務付けているし,上記ウ及びオで述べたとおり,
本件アンケートは,市長による労働組合「適正化」政策の一部を成
していて,特に本設問は市長が同政策を取るようになった動機に直
接関わるものであるとともに,本件アンケートには,市長等におい
て,労働組合が違法又は不適切な政治活動や組合活動を行っており,
そこには「膿」と表現するほどの問題点が存在すると考えているこ
とを示す職員宛て市長メッセージ等が添付されていたものである。
そうすると,Q7は,上記各事項について質問することによって,
回答者である被告市の職員に対し,労働組合が違法又は不適切な政
治活動をしているとの印象を与え,組合活動への参加を萎縮させか
ねないものであったということができる。
また,上記bで述べたとおり,Q7は原告職員らのプライバシー
を侵害するものであったものである。
(b)しかしながら,前記ウ(ウ)で述べたとおり,本設問は,上記動
機を有する市長の指示等により作成されたものではなく,被告Yが
自らの判断により作成したものであって,被告Yには原告組合らを
無力化又は弱体化しようとする意図又は動機があったとは認められ
ない。また,Q7によって開示を求められる事実は,特定の政治家
を応援する活動への参加の有無等というものであるところ,このよ
うな活動は,憲法28条によって保障される団結権等の行使として
の組合活動の中核的なものであるとはいえない上,Q7においては,
具体的な政治家の氏名の回答は要求されておらず,特定の政治家を
応援する活動に誘った人の氏名も任意回答とされていて,労働組合
の具体的な政治活動の内容の回答を強制するものとはなっていない。
そうすると,Q7の選択肢は,勧誘者について労働組合と労働組
合以外の者という区分けにより質問をしており,労働組合を特別視
していることを考慮したとしても,Q7が,直ちに労働組合に加入
する職員に動揺を与え,同組合を弱体化させる質問であるとまでは
評価することができない。
(c)したがって,Q7が原告らの団結権を侵害するものであったとは
いえない。
e小括
以上によれば,Q7は,原告職員らのプライバシーを侵害するもの
であったが,その他の憲法上の権利を侵害するものであったとはいえ
ない。
(エ)Q8について
前提事実(3)によれば,Q8は,職場の関係者からの特定の政治家へ
の投票要請の有無等を質問するものであると認められるところ,原告ら
は,同質問が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権,政治活
動の自由及び団結権を侵害し,原告組合らの政治活動の自由及び団結権
を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q8は,職場の関係者からの特定の政治家への投票要請の有無
等を質問するものであって,回答者の思想・良心そのものを質問す
るものではなく,また,特定の政治家への投票の有無を質問するも
のでもないから,この質問によって,原告職員らの思想内容が明ら
かになるとはいえない。
(b)したがって,Q8については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵害
するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q8は,回答者が職場の関係者から特定の政治家への投票要請
をされたかどうか等を質問するものであって,回答者自身の投票の
有無や内容,投票要請をされた具体的な政治家及び投票要請をした
人の氏名を回答することは要求されていないところ,職場の関係者
から投票要請をされたという事実それ自体が,一般人を基準として,
他人に知られることで私生活上の平穏を害するような情報であると
まではいえない。
(b)したがって,Q8については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害する
ものであったとはいえない。
c政治活動の自由の侵害の有無について
(a)Q8は,特定の政治家に対する投票要請の有無等を質問するも
のにとどまり,政治活動への参加を禁止又は妨害したり,逆に政治
活動への参加を強制したりするものではないから,原告らの政治活
動の自由を侵害するものとまでは認められない。
(b)したがって,Q8については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告らの政治活動の自由を侵害するも
のであったとはいえない。
d団結権の侵害の有無について
(a)Q8は,特定の政治家に対する投票要請の有無やそれが労働組
合からの要請であるか等を質問するものであるところ,上記(ウ)
d(a)で述べたところと同様,Q8は,上記各事項について質問する
ことによって,労働組合による投票要請それ自体は直ちに違法なも
のではないにもかかわらず,回答者である被告市の職員に対し,労
働組合が違法又は不適切な政治活動をしているとの印象を与え,組
合活動への参加を萎縮させかねないものであったということができ
る。
(b)しかしながら,上記(ウ)d(b)で述べたところと同様,本設問
は,上記動機を有する市長の指示等により作成されたものではなく,
被告Yが自らの判断により作成したものであって,被告Yには原告
組合らを無力化又は弱体化しようとする意図又は動機があったとは
認められない。また,Q8によって開示を求められる事実は,労働
組合からの特定の政治家に対する投票要請の有無等というものであ
るところ,このような投票要請行動は,憲法28条によって保障さ
れる団結権等の行使としての組合活動の中核的なものであるとはい
えない上,Q8においては,具体的な政治家の氏名の回答は要求さ
れておらず,特定の政治家への投票要請をした人の氏名も任意回答
とされていて,労働組合の具体的な政治活動の内容の回答を強制す
るものとはなっていないし,回答の対象も回答者自身の行為ではな
い。
そうすると,Q8の選択肢は,要請者について労働組合と労働組
合以外の者という区分けにより質問をしており,労働組合を特別視
していることを考慮したとしても,Q8が,直ちに労働組合に加入
する職員に動揺を与え,同組合を弱体化させる質問であるとまでは
評価することができない。
(c)したがって,Q8については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告らの団結権を侵害するものであっ
たとはいえない。
e小括
以上によれば,Q8が原告らの憲法上の権利を侵害するものであっ
たとはいえない。
(オ)Q9について
前提事実(3)によれば,Q9は,紹介カードの配布を受けた事実の有
無や紹介カードに記入して返却した理由等を質問するものであると認め
られるところ,原告らは,同質問が原告職員らの思想・良心の自由,プ
ライバシー権,政治活動の自由及び団結権を侵害し,原告組合らの政治
活動の自由及び団結権を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q9は,紹介カードの配布を受けた事実の有無や紹介カードに
記入して返却した理由等を質問するものであって,回答者の思想・
良心そのものを質問するものではなく,また,どの選挙候補者陣営
のための紹介カードであるかを質問するものでもないから,この質
問によって,原告職員らの思想内容が明らかになるとはいえない。
(b)したがって,Q9については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵害
するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q9は,紹介カードの配布を受けた事実の有無や紹介カードに
記入して返却した理由等を質問するものであって,このような事実
は,職務と関連しない私生活上の事実であって,具体的な選挙候補
者陣営の名称の回答を要求していない点を考慮しても,上記ウで述
べたとおり,本件アンケートが市長による労働組合「適正化」政策
の一部を成していることからすれば,一般人を基準として,他人に
知られることで私生活上の平穏を害するような情報であると認めら
れるとともに,上記(ウ)b(a)で述べたところと同様,調査の具体
的な必要性が認められる部分に限定せずに過度に広範に回答を義務
付けるものであった。
そうすると,上記エ及びオで述べたとおり,本件アンケートを実
施する必要性は乏しく,本件アンケートは強制的な手法によるもの
であったことも勘案すると,原告職員らは,このような事実の開示
を強制されることによってプライバシーを侵害されたものというこ
とができる。
なお,Q9においては,紹介カードを配布した人等の名前は任意
回答とされているが,上記で述べたことからすれば,Q9がプライ
バシーを侵害するものであることには変わりがないというべきであ
る。
(b)これに対し,被告らは,本件アンケートに先立ち,勤務時間内
におけるJ前市長の推薦者紹介カードの配布等が判明していたこと
などから,これらに関する調査の端緒となる事象の有無を確認する
必要があったことや,違法行為等の調査の一環として紹介カードの
配布の有無等を確認しているのであり,職務と関係のない私的な事
項であるとはいえないと主張するが,これらの主張を採用すること
ができないことは,上記(ウ)b(a)及び(d)で述べたとおりである。
(c)したがって,Q9は,原告職員らのプライバシーを侵害するも
のであったというべきである。
c政治活動の自由の侵害の有無について
(a)Q9は,紹介カードの配布を受けた事実の有無や紹介カードに
記入して返却した理由等を質問するものにとどまり,政治活動への
参加を禁止又は妨害したり,逆に政治活動への参加を強制したりす
るものではないから,原告らの政治活動の自由を侵害するものとま
では認められない。
(b)したがって,Q9については,質問の必要性があったか否かに
ついて検討するまでもなく,原告らの政治活動の自由を侵害するも
のであったとはいえない。
d団結権の侵害の有無について
(a)Q9は,紹介カードの配布を受けた事実の有無や紹介カードに
記入して返却した理由等を質問するものであるところ,上記(ウ)
b(a)で述べたところと同様,調査の具体的必要性が認められる部分
を超えて過度に広範に回答を義務付けているし,この質問は,平成
23年11月の市長選挙において労働組合によりJ前市長の紹介カ
ードが配布されていたという市会交通水道委員会における指摘を前
提とするものであって,上記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケ
ートは,市長による労働組合「適正化」政策の一部を成していて,
特に本設問は市長が同政策を取るようになった動機に直接関わるも
のであるとともに,本件アンケートには,市長等において,労働組
合が違法又は不適切な政治活動や組合活動を行っており,そこには
「膿」と表現するほどの問題点が存在すると考えていることを示す
職員宛て市長メッセージ等が添付されていたものである。
そうすると,回答者において,Q9が市会交通水道委員会におけ
る指摘を前提とするものであることを認識していた場合,Q9は,
上記各事項について質問することによって,労働組合による紹介カ
ードの配布それ自体は直ちに違法なものではないにもかかわらず,
回答者である被告市の職員に対し,労働組合が違法又は不適切な政
治活動をしているとの印象を与え,組合活動への参加を萎縮させか
ねないものであったということができる。
(b)しかしながら,上記(ウ)d(b)で述べたところと同様,本設問
は,上記動機を有する市長の指示等により作成されたものではなく,
被告Yが自らの判断により作成したものであって,被告Yには原告
組合らを無力化又は弱体化しようとする意図又は動機があったとは
認められない。また,Q9には労働組合に関する記載がない以上,
少なくとも上記認識を欠いている回答者については,上記萎縮効果
を認めることはできないことに加えて,前記(エ)d(b)で述べたこ
とからすれば,紹介カードの配布を受けた事実の有無等の回答を求
めることが,直ちに労働組合に加入する職員に動揺を与え,同組合
を弱体化させる質問であるとまでは評価することができない。
(c)したがって,Q9が原告らの団結権を侵害するものであったと
はいえない。
e小括
以上によれば,Q9は,原告職員らのプライバシーを侵害するもの
であったが,その他の憲法上の権利を侵害するものであったとはいえ
ない。
(カ)Q10について
前提事実(3)によれば,Q10は,組合幹部が職場で優遇されている
と思うか否か及びこれを指摘しづらい理由について質問するものである
と認められるところ,原告らは,同質問が原告職員らの思想・良心の自
由,プライバシー権及び団結権を侵害し,原告組合らの団結権を侵害す
るものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q10は,組合幹部が職場で優遇されていると思うか否か及び
これを指摘しづらい理由について質問するものであって,回答者の
思想・良心そのものを質問するものではないし,この質問によって,
原告職員らの思想内容が明らかになるともいえない。
(b)したがって,Q10については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵
害するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q10は,組合幹部が職場で優遇されていると思うか否か及び
これを指摘しづらい理由について質問するものであって,他者であ
る組合幹部について,職務行為そのものではない私的かつ抽象的な
感想又は意見を明らかにさせるものにすぎず,一般人を基準として,
上記感想等を他人に知られることで私生活上の平穏を害するような
ものであるとは認め難い。
また,上記エ及びオで述べたとおり,本件アンケートを実施する
必要性は乏しく,本件アンケートは強制的な手法によるものであっ
たものの,上記のような職員の感想又は意見を回答させることを端
著として,組合幹部に対する優遇の事実の有無を調査する必要性が
なかったとまではいえない。
そうすると,原告職員らが上記のような感想又は意見の開示を求
められたからといって,プライバシーを侵害されたとまでいうこと
はできない。
(b)したがって,Q10が原告職員らのプライバシーを侵害するも
のであったとはいえない。
c団結権の侵害の有無について
(a)Q10は,組合幹部が職場で優遇されていると思うか否か及び
これを指摘しづらい理由について質問するものであるところ,上記
ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長による労働組合
「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケートには,市長等
において,労働組合が違法又は不適切な政治活動や組合活動を行っ
ており,そこには「膿」と表現するほどの問題点が存在すると考え
ていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添付されていたもの
である。
そうすると,Q10は,上記各事項について質問することによっ
て,回答者である被告市の職員に対し,労働組合の幹部が職場で不
当に優遇されているとの印象を与え,組合活動への参加を萎縮させ
かねないものであったということができる。
(b)しかしながら,被告らが主張するように,組合幹部が職場で優
遇されているとすれば,それ自体が問題であるし,前記b(a)で述べ
たとおり,組合幹部に対する優遇の事実の有無を調査する必要性が
なかったとはいえないことや,その質問内容は抽象的な感想又は意
見を明らかにさせるものにすぎないことを考慮すると,Q10につ
いて,これが直ちに労働組合に加入する職員に動揺を与え,同組合
を弱体化させる質問であるとまでは評価することができない。
(c)したがって,Q10が原告らの団結権を侵害するものであった
とはいえない。
d小括
以上によれば,Q10が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
(キ)Q11について
前提事実(3)によれば,Q11は,職員の採用について有利に取り扱
ってもらった者がいるかなどについて質問するものであると認められる
ところ,原告らは,同質問が原告職員らのプライバシー権及び団結権を
侵害し,原告組合らの団結権を侵害するものであると主張する。
aプライバシー権の侵害の有無について
(a)原告らは,Q11のうち「自分自身が上記のような者の推薦に
より,採用で有利に取り扱ってもらった」という選択肢がプライバ
シー権を侵害するものであると主張する。
しかしながら,被告市の職員として採用されるに当たって,政治
家や組合幹部等の推薦により有利に取り扱ってもらったという事実
は,職員としての身分そのものにも関わるものであって,単なる私
的な事実とはいえない。
また,上記エ及びオで述べたとおり,本件アンケートを実施する
必要性は乏しく,本件アンケートは強制的な手法によるものであっ
たものの,上記のような調査を端著として,地公法15条が定める
能力に基づく任用に反する事例の有無を調査する必要性がなかった
とまではいえない。
そうすると,このような事実を質問することによって,回答者で
ある原告職員らのプライバシーが侵害されたとまではいうことがで
きない。
(b)したがって,Q11が原告職員らのプライバシーを侵害するも
のであったとはいえない。
b団結権の侵害の有無について
(a)Q11は,職員の採用について有利に取り扱ってもらった者が
いるか等を質問するものであるところ,その選択肢の中には,「組
合幹部の推薦により,採用で有利に取り扱ってもらった者がいる」
というものが含まれており,上記ウ及びオで述べたとおり,本件ア
ンケートは,市長による労働組合「適正化」政策の一部を成してお
り,本件アンケートには,市長等において,労働組合が違法又は不
適切な政治活動や組合活動を行っており,そこには「膿」と表現す
るほどの問題点が存在すると考えていることを示す職員宛て市長メ
ッセージ等が添付されていたものである。
また,本件アンケートは,労働組合及びその組合活動に関する質
問が多くを占めており,上記の職員宛て市長メッセージ等も添付さ
れていたことからすれば,Q11の選択肢の中に,他の選択肢と並
んで「組合幹部の推薦により,採用で有利に取り扱ってもらった者
がいる」というものが含まれることによって,組合幹部が職員の採
用に当たって不当な人事介入をしているとの印象を与えることにな
ったものといえる。
そうすると,Q11は,上記事項について質問することによって,
回答者である被告市の職員に対し,組合幹部が職員の採用に当たっ
て不当な人事介入をしているとの印象を与え,組合活動への参加を
萎縮させかねないものであったということができる。
(b)しかしながら,被告らが主張するように,職員の採用について
不当な介入があるとすれば,それ自体が問題であり,その質問内容
が地公法15条が定める能力に基づく任用に反する事例について回
答を求めるものであり,上記a(a)で述べたとおり,そのような事例
を調査する必要性がなかったとはいえないことからすれば,Q11
について,直ちに労働組合に加入する職員に動揺を与え,同組合を
弱体化させる質問であるとまでは評価することができない。
(c)したがって,Q11が原告らの団結権を侵害するものであった
とはいえない。
c小括
以上によれば,Q11が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
(ク)Q12について
前提事実(3)によれば,Q12は,職場において選挙のことが話題に
なったことがあるかなどについて質問するものであると認められるとこ
ろ,原告らは,同質問が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー
権,政治活動の自由及び団結権を侵害し,原告組合らの政治活動の自由
及び団結権を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q12は,職場において選挙のことが話題になったことがある
かなどについて質問するものであって,回答者の思想・良心そのも
のを質問するものではなく,また,回答者自身が話題にした内容や
選挙における具体的な投票行動等について質問するものでもないか
ら,この質問によって,原告職員らの思想内容が明らかになるとは
いえない。
なお,原告らは,Q12の選択肢が話題の具体的な内容を質問し
ており,回答者自身が話題にしたことを記載せざるを得ないと主張
するが,Q12の設問内容を読めば,回答者ではなく,組合幹部や
上司等が話題にしたことを記載すれば足りるものと理解するのが通
常であるから,原告らの上記主張は採用することができない。
(b)したがって,Q12については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵
害するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q12は,職場において選挙のことが話題になったことがある
かや,回答者以外の者が話題にした内容等について質問するもので
あって,回答者自身が話題にした内容や選挙における具体的な投票
行動等についての回答は要求されておらず,職場において選挙のこ
とが話題になったという事実それ自体が,一般人を基準として,他
人に知られることで私生活上の平穏を害するような情報であるとま
ではいえない。
また,上記エ及びオで述べたとおり,本件アンケートを実施する
必要性は乏しく,本件アンケートは強制的な手法によるものであっ
たものの,勤務時間中における選挙の話題の有無について回答させ
ることを端著として,違法又は不適切な政治活動の事実の有無を調
査する必要性がなかったとまではいえない。
そうすると,職場において選挙のことが話題になったことがある
かなどを質問することによって,回答者である原告職員らのプライ
バシーが侵害されたとまではいうことができない。
(b)したがって,Q12が原告職員らのプライバシーを侵害するも
のであったとはいえない。
c政治活動の自由の侵害の有無について
(a)Q12は,職場において選挙のことが話題になったことがある
かなどについて質問するものにとどまり,回答者自身が話題にした
内容や選挙における具体的な投票行動等について質問するものでも
なく,政治活動への参加を禁止又は妨害したり,逆に政治活動への
参加を強制したりするものでもないから,原告らの政治活動の自由
を侵害するものとまでは認められない。
(b)したがって,Q12については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告らの政治活動の自由を侵害する
ものであったとはいえない。
d団結権の侵害の有無について
(a)Q12は,職場において選挙のことが話題になったことがある
かなどについて質問するものであるところ,その選択肢の中には,
「組合の幹部が,勤務時間中に,職務に関連して話題にした」や
「組合の幹部が,勤務時間中に,職務と無関係に話題にした」とい
うものが含まれ,その具体的な内容までも回答を求めており,上記
ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長による労働組合
「適正化」政策の一部を成していて,特に本設問は市長が同政策を
取るようになった動機に直接関わるものであるとともに,本件アン
ケートには,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政治活
動や組合活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題
点が存在すると考えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が
添付されていたものである。
そうすると,Q12は,上記事項について質問することによって,
回答者である被告市の職員に対し,労働組合が違法又は不適切な選
挙活動をしているとの印象を与え,組合活動への参加を萎縮させか
ねないものであったということができる。
(b)しかしながら,上記(ウ)d(b)で述べたところと同様,本設問
は,上記動機を有する市長の指示等により作成されたものではなく,
被告Yが自らの判断により作成したものであって,被告Yには原告
組合らを無力化又は弱体化しようとする意図又は動機があったとは
認められない。また,組合幹部が選挙のことを話題にしたからとい
って,直ちにそれが組合活動としてされたものであると断定するこ
とはできないから,Q12は,組合活動について直接的に調査をす
るものであるとはいえない。さらに,本設問では,回答者自身が話
題にした内容や選挙における具体的な投票行動等についての回答は
求められておらず,前記b(a)で述べたとおり,違法又は不適切な政
治活動の事実の有無を調査する必要性がなかったとはいえないし,
組合幹部に関する選択肢は,勤務時間中のものに限定されているか
ら,上記調査の必要性との関係でも配慮がされているものというこ
とができる。
そうすると,Q12について,これが直ちに労働組合に加入する
職員に動揺を与え,同組合を弱体化させる質問であるとまでは評価
することができない。
(c)したがって,Q12が原告らの団結権を侵害するものであった
とはいえない。
e小括
以上によれば,Q12が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
(ケ)Q13について
前提事実(3)によれば,Q13は,職場における組合活動及び選挙運
動に関して問題のないと思われる選択肢を選択するよう求める質問であ
ると認められるところ,原告らは,同質問が原告職員らの思想・良心の
自由,プライバシー権,政治活動の自由及び団結権を侵害し,原告組合
らの政治活動の自由及び団結権を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q13は,職場における組合活動及び選挙運動に関して問題の
ないと思われる選択肢を選択するよう求めるものであって,回答者
の思想・良心そのものを質問するものではなく,また,この質問に
よって,原告職員らの思想内容が明らかになるともいえない。
(b)したがって,Q13については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵
害するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q13は,職場における組合活動及び選挙運動に関して問題の
ないと思われる選択肢を選択するよう求めるものであって,このよ
うな質問によって,回答者である原告職員らのプライバシーが侵害
されるとは認められない。
(b)したがって,Q13については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害す
るものであったとはいえない。
c政治活動の自由の侵害の有無について
(a)Q13は,職場における組合活動及び選挙運動に関して問題の
ないと思われる選択肢を選択するよう求めるにとどまり,政治活動
への参加を禁止又は妨害したり,逆に政治活動への参加を強制した
りするものではないから,原告らの政治活動の自由を侵害するもの
とまでは認められない。
(b)したがって,Q13については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告らの政治活動の自由を侵害する
ものであったとはいえない。
d団結権の侵害の有無について
(a)Q13は,職場における組合活動及び選挙運動に関して問題の
ないと思われる選択肢を選択するよう求める質問であるところ,上
記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長による労働組
合「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケートには,市長
等において,労働組合が違法又は不適切な政治活動や組合活動を行
っており,そこには「膿」と表現するほどの問題点が存在すると考
えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添付されていたも
のである。
そうすると,Q13は,職場における組合活動及び選挙運動に関
する選択肢を示すことによって,その中には,何ら違法又は不適切
ではないものも含まれるにもかかわらず,回答者である被告市の職
員に対し,上記の選択肢に示されているような組合活動や選挙運動
は全て違法又は不適切なものではないかとの印象を与え,組合活動
への参加を萎縮させかねないものであったということができる。
(b)しかしながら,被告らが主張するように,職員の組合活動や選
挙活動に関する服務についての意識を調査する必要性がなかったと
はいえないことや,その設問内容は抽象的な知識を問うものにすぎ
ないことをも考慮すると,Q13について,直ちに労働組合に加入
する職員に動揺を与え,同組合を弱体化させる質問であるとまで評
価することはできない。
(c)したがって,Q13が原告らの団結権を侵害するものであった
とはいえない。
e小括
以上によれば,Q13が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
(コ)Q14について
前提事実(3)によれば,Q14は,被告市の広報活動についてどのよ
うに感じているのか等を質問するものであると認められるところ,原告
らは,同質問が原告職員らの思想・良心の自由及びプライバシー権を侵
害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q14は,被告市の広報活動についてどのように感じているの
か等を質問するものであって,回答者の思想・良心そのものを質問
するものではなく,この質問によって,原告職員らの思想内容が明
らかになるともいえない。
(b)したがって,Q14については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵
害するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q14は,被告市の広報活動についてどのように感じているの
か等を質問するものであって,被告市の職員である原告職員らが,
被告市の広報活動に対する感じ方を聞かれることによって,プライ
バシーが侵害されるとは認められない。
(b)したがって,Q14については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害す
るものであったとはいえない。
c小括
以上によれば,Q14が原告職員らの憲法上の権利を侵害するもの
であったとはいえない。
(サ)Q15について
a前提事実(3)によれば,Q15は,回答するか否かは任意であるこ
とを明確にした上で,被告市における組合活動や選挙活動について自
由な回答を求めるものであると認められるところ,原告らは,同質問
が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権,政治活動の自由
及び団結権を侵害し,原告組合らの政治活動の自由及び団結権を侵害
するものであると主張する。
bしかしながら,Q15は,自由回答方式で任意の回答を求めるもの
であって,何ら回答しなくても本件アンケートを終了することができ
たものである(前提事実(4))から,Q15については,質問の必要
性があったか否かについて検討するまでもなく,原告らの上記の憲法
上の権利を侵害するものであったとはいえない。
(シ)Q16について
前提事実(3)によれば,Q16は,労働組合への加入の有無及び過去
に加入していた事実の有無を質問するものであると認められるところ,
原告らは,同質問が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権及
び団結権を侵害し,原告組合らの団結権を侵害するものであると主張す
る。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q16は,労働組合への加入の有無及び過去に加入していた事
実の有無を質問するものであって,回答者の思想・良心そのものを
質問するものではなく,上記(イ)aで述べたところからすれば,
この質問が原告職員らの思想・良心の自由を侵害するとまではいえ
ない。
(b)したがって,Q16については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵
害するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q16は,労働組合への加入の有無及び過去に加入していた事
実の有無を質問するものであるところ,上記(イ)bで述べたとこ
ろからすれば,このような情報については,一般人を基準として,
他人に知られることで私生活上の平穏を害するような情報であると
までは認められない。
(b)したがって,Q16については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害す
るものであったとはいえない。
c団結権の侵害の有無について
(a)Q16は,労働組合への加入の有無及び過去に加入していた事
実の有無を質問するものであるところ,被告らは,労働組合加入の
有無により,本件アンケートにおける信憑性や分析の精度が変わっ
てくることに加え,少数派である非組合員の意見を吸い上げるため
には,労働組合加入の有無を質問する必要があったと主張する。
しかしながら,被告らが主張する程度の必要性は,労働組合加入
の有無の事実を強制的に回答させることを正当化するようなものと
はいえないから,被告らの上記主張は採用することができず,Q1
6において個別の職員の労働組合の加入歴を調査しなければならな
い必要性があったとは認め難い。
(b)また,上記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長
による労働組合「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケー
トには,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政治活動や
組合活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題点が
存在すると考えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添付
されていたものである。
(c)以上で述べたところによれば,Q16は,上記各事項について
質問することによって,回答者である被告市の職員に対し,労働組
合に加入することによって不利益を受けるのではないかとの印象を
与え,組合活動への参加を萎縮させる効果を有するというべきであ
る。
また,被告市の職員において,Q16で労働組合の加入歴を回答
するとともに,Q6で組合活動への参加の有無やその活動内容等を
回答した場合,前記オ(オ)で述べた懲戒処分に言及する記載も相
まって,何らかの不利益を受けるのではないかと懸念するのもやむ
を得ないといえるから,Q16は,職員に動揺を与える内容のもの
であり,労働組合を弱体化させるものであったということができる。
なお,Q16においては,労働組合に加入していない理由は任意
回答とされているが,上記で述べたことからすれば,Q16が上記
萎縮効果を有するとともに,職員に動揺を与える内容のものであっ
たことには変わりがないというべきである。
(d)したがって,Q16は,原告らの団結権を侵害するものであっ
たというべきである。
d小括
以上によれば,Q16は,原告らの団結権を侵害するものであった
が,その他の憲法上の権利を侵害するものであったとはいえない。
(ス)Q17及びQ19について
前提事実(3)によれば,いずれも回答するか否かは任意であることを
明確にした上で,Q17は,労働組合に加入することによるメリットを
どう感じているかについて,Q19は,同組合に加入しないことによる
不利益はどのようなものがあると思うかについて,それぞれ質問するも
のであると認められるところ,原告らは,同質問が原告職員らの思想・
良心の自由,プライバシー権及び団結権を侵害し,原告組合らの団結権
を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由及びプライバシー権の侵害の有無について
Q17及びQ19は,任意の回答を求めるものであって,何ら回答
しなくても本件アンケートを終了することができたものである(前提
事実(4))から,Q17及びQ19については,質問の必要性があっ
たか否かについて検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自
由及びプライバシーを侵害するものであったとはいえない。
b団結権の侵害の有無について
(a)Q17は労働組合に加入することによるメリットをどう感じて
いるかについて,Q19は同組合に加入しないことによる不利益は
どのようなものがあると思うかについて,それぞれ質問するもので
あるところ,被告らは,本件アンケートに先立ち,平成18年アン
ケート,本件目安箱への投書及び内部告発者の告発等により労働組
合による不当な人事介入の存在が判明していたこと,事前の内部告
発により労働組合を辞めたいが辞められないといった意見があった
ことから,労働組合加入のメリットに関する認識の有無を通じて,
上記意見の信用性を確認する必要があったと主張する。
しかしながら,労働組合に加入することによるメリットを回答さ
せたからといって,上記意見の信用性が直ちに確認できるわけでは
ないし,それに直接関わる事実については,Q10で回答を求めて
いることからすると,このような設問を行う必要性は希薄であった
といわざるを得ない。
(b)また,Q17及びQ19は,労働組合に加入すること又は加入
しないことによるメリット及びデメリットの両面を質問するのでは
なく,加入するメリットと加入しないデメリットを片面的に質問す
るものとなっているだけでなく,Q17の選択肢の中には「昇進や
異動などの面で有利である」というものが,Q19の選択肢の中に
は,「昇進の道が狭まる恐れがある」,「不本意な場所に異動とな
る恐れがある」というものが,それぞれ含まれている。
(c)そして,上記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市
長による労働組合「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケ
ートには,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政治活動
や組合活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題点
が存在すると考えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添
付されていたものである。
(d)以上で述べたところによれば,Q17及びQ19は,上記各事
項について質問することによって,回答者である被告市の職員に対
し,労働組合が不当な人事介入をしているとの印象を与え,組合活
動への参加を萎縮させかねないものであったということができる。
(e)しかしながら,Q17及びQ19は,いずれも全体が任意回答と
されているだけでなく,組合活動の内容について直接質問するもの
ではなく,労働組合に加入するメリット及び加入しない不利益につ
いて抽象的な感想を求めるものにすぎないから,これが直ちに労働
組合に加入する職員に動揺を与え,同組合を弱体化させる質問であ
るとまでは評価することができない。
(f)したがって,Q17及びQ19が原告らの団結権を侵害するも
のであったとはいえない。
c小括
以上によれば,Q17及びQ19が原告らの憲法上の権利を侵害す
るものであったとはいえない。
(セ)Q18について
前提事実(3)によれば,Q18は,回答するか否かは任意であること
を明確にした上で,労働組合にどのような力があると思うかについて質
問するものであると認められるところ,原告らは,同質問が原告職員ら
の思想・良心の自由,プライバシー権及び団結権を侵害し,原告組合ら
の団結権を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由及びプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q18は,任意の回答を求めるものであって,何ら回答しなく
ても本件アンケートを終了することができたものである(前提事実
(4))から,この質問によって,原告職員らが思想・良心の自由及び
プライバシーを侵害されたとは認められない。
(b)したがって,Q18については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由及び
プライバシーを侵害するものであったとはいえない。
b団結権の侵害の有無について
(a)Q18は,労働組合にどのような力があると思うかについて質
問するものであり,その選択肢の中には,「組合の幹部推薦があれ
ば,市の職員として採用されやすい」,「職員の人事(昇進・異動
など)に対して影響力を持っている」というものが含まれていると
ころ,上記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長によ
る労働組合「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケートに
は,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政治活動や組合
活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題点が存在
すると考えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添付され
ていたものである。
そうすると,Q18は,上記事項について質問することによって,
回答者である被告市の職員に対し,労働組合が不当な人事介入をし
ているとの印象を与え,組合活動への参加を萎縮させかねないもの
であったということができる。
また,上記b(a)で述べたところと同様,このような設問を行う
必要性は希薄といわざるを得ない。
(b)しかしながら,Q18は,全体が任意回答とされているだけで
なく,組合活動の内容について直接質問するものではなく,労働組
合にどのような力があるのかについて抽象的な感想又は意見を求め
るものにすぎないから,これが直ちに労働組合に加入する職員に動
揺を与え,同組合を弱体化させる質問であるとまでは評価すること
ができない。
(c)したがって,Q18が原告らの団結権を侵害するものであった
とはいえない。
c小括
以上によれば,Q18が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
(ソ)Q20について
前提事実(3)によれば,Q20は,回答するか否かは任意であること
を明確にした上で,労働組合に待遇等の改善について具体的に相談した
ことがあるかなどについて質問するものであると認められるところ,原
告らは,同質問が原告職員らのプライバシー権及び団結権を侵害し,原
告組合らの団結権を侵害するものであると主張する。
aプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q20は,任意の回答を求めるものであって,何ら回答しなく
ても本件アンケートを終了することができたものである(前提事実
(4))から,Q20については,質問の必要性があったか否かについ
て検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害するもの
であったとはいえない。
(b)したがって,Q20が原告職員らのプライバシーを侵害するも
のであったとはいえない。
b団結権の侵害の有無について
(a)Q20は,労働組合に待遇等の改善について具体的に相談した
ことがあるか及びその場所と時間帯についてのみ質問するものにと
どまるから,組合活動への参加を萎縮させる効果を有していたとは
認められない。
(b)したがって,Q20については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告らの団結権を侵害するものであ
ったとはいえない。
c小括
以上によれば,Q20が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
(タ)Q21について
前提事実(3)によれば,Q21は,自分が収めた組合費がどのように
使われているか知っているかについて質問するものであると認められる
ところ,原告らは,同質問が原告職員らのプライバシー権及び団結権を
侵害し,原告組合らの団結権を侵害するものであると主張する。
aプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q21は,自分が収めた組合費がどのように使われているか知
っているかについて質問するものにすぎないから,このような質問
によって,回答者である原告職員らのプライバシーが侵害されると
は認められない。
(b)したがって,Q21については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害す
るものであったとはいえない。
b団結権の侵害の有無について
(a)Q21は,自分が収めた組合費がどのように使われているか知
っているかについて質問するものであるところ,被告らは,本件ア
ンケートに先立ち,本件目安箱への投書及び内部告発者の告発等に
より組合費の横領の疑い等があったことから,横領等の不正行為の
有無や,これらに関する調査の端緒となる事象の有無を確認する必
要があったと主張する。
しかしながら,組合費の使途については,労働組合内部の自治に
委ねられるべきものであって,その調査の必要性を基礎付けるよう
な組合費の横領等に関する具体的な嫌疑が存在しないにもかかわら
ず,労働組合以外の者がこれを調査する必要性がそもそも存在する
とはいえないから,被告らの上記主張は採用することができない。
(b)また,上記ウ及びオで述べたとおり,本件アンケートは,市長
による労働組合「適正化」政策の一部を成しており,本件アンケー
トには,市長等において,労働組合が違法又は不適切な政治活動や
組合活動を行っており,そこには「膿」と表現するほどの問題点が
存在すると考えていることを示す職員宛て市長メッセージ等が添付
されていたものである。
(c)以上で述べたところによれば,Q21は,上記事項について質
問することによって,回答者である被告市の職員に対し,労働組合
による組合費の使途に不明朗な点があるとの印象を与え,組合活動
への参加を萎縮させかねないものであったということができる。
また,本件アンケートにおいて,労働組合の自治に委ねるべき事実
について強制的に回答を求め,しかも,労働組合による組合費の使途
に不明朗な点があるかのような印象を与えることは,労働組合に加入
している職員に動揺を与え,労働組合を弱体化させるものであったと
いうべきである。
(d)したがって,Q21は,原告らの団結権を侵害するものであっ
たというべきである。
c小括
以上によれば,Q21は,原告らの団結権を侵害するものであった
が,その他の憲法上の権利を侵害するものであったとはいえない。
(チ)Q22について
前提事実(3)によれば,Q22は,平成17年の職員厚遇問題を受け
て労使関係の適正化が図られたことによる職場の変化についてどのよう
に思うかを質問するものであると認められるところ,原告らは,同質問
が原告職員らの思想・良心の自由,プライバシー権及び団結権を侵害し,
原告組合らの団結権を侵害するものであると主張する。
a思想・良心の自由の侵害の有無について
(a)Q22は,平成17年の職員厚遇問題を受けて労使関係の適正
化が図られたことによる職場の変化についてどのように思うかを質
問するものであって,回答者の思想・良心そのものを質問するもの
ではなく,この質問によって,原告職員らの思想内容が明らかにな
るともいえない。
(b)したがって,Q22については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らの思想・良心の自由を侵
害するものであったとはいえない。
bプライバシー権の侵害の有無について
(a)Q22は,平成17年の職員厚遇問題を受けて労使関係の適正
化が図られたことによる職場の変化についてどのように思うかを質
問するものであって,被告市の職員である原告職員らが,被告市の
職場の変化についてどのように思うかを聞かれることによって,プ
ライバシーが侵害されるとは認められない。
(b)したがって,Q22については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告職員らのプライバシーを侵害す
るものであったとはいえない。
c団結権の侵害の有無について
(a)Q22は,平成17年の職員厚遇問題を受けて労使関係の適正
化が図られたことによる職場の変化についてどのように思うかを質
問するものにとどまるから,組合活動への参加を萎縮させる効果を
有していたとは認められない。
(b)したがって,Q22については,質問の必要性があったか否か
について検討するまでもなく,原告らの団結権を侵害するものであ
ったとはいえない。
d小括
以上によれば,Q22が原告らの憲法上の権利を侵害するものであ
ったとはいえない。
キまとめ
以上を総合すれば,本件アンケートについては,個別の設問のうち,Q
7及びQ9が原告職員らのプライバシーを侵害し,Q6,Q16及びQ2
1が原告らの団結権を侵害するものと認められるから,本件アンケートが
実施されたことにより,原告職員らはプライバシーを侵害され,原告らは
団結権を侵害されたものというべきである。
(2)本件職務命令及び本件決裁等の国家賠償法上の違法性について
ア上記(1)で述べたとおり,本件アンケートは原告らの憲法上の権利を侵
害する設問を含むものであったところ,被告市の公務員である市長・総務
局長等において,本件アンケートへの回答を命じる本件職務命令を発出し
たり,本件アンケートの実施に関する本件決裁等を行ったりしたことは当
事者間に争いがない。
このような場合,市長・総務局長等が職務上通常尽くすべき注意義務を
尽くすことなく漫然と上記各行為をしたと認め得るような事情があれば,
市長・総務局長等の上記各行為は国家賠償法1条1項にいう違法なものと
評価されるものと解される。
イまず,市長等について見るに,市長等は,任命権を有する各職員に対し,
本件アンケートに回答することを義務付ける本件職務命令を発出するに当
たり,本件アンケートに回答させることが職員又は労働組合の権利を違法
に侵害するものではないことを確認し,必要に応じてその内容を修正・変
更するための措置を採ったり,本件職務命令を発出することを中止したり
すべき職務上の注意義務を負っていたものというべきである。
しかしながら,前提事実(4)のとおり,市長等は,本件アンケートの内
容を確認することが可能であったにもかかわらず,その内容を確認するこ
とすらせず,漫然と本件職務命令を発出し,被告市の職員に対し,本件ア
ンケートに回答することを義務付けて,原告らの憲法上の権利を侵害した
ものであるから,上記の注意義務を怠ったものというべきである。
ウまた,総務局長等について見るに,総務局長等は,本件アンケートの実
施のための本件決裁をしたり,各所属長に対して本件アンケートの実施を
依頼したりするに当たり,本件アンケートを実施することが職員又は労働
組合の権利を違法に侵害するものではないことを確認し,必要に応じてそ
の内容を修正・変更するための措置を採ったり,本件アンケートの実施を
中止したりすべき職務上の注意義務を負っていたものというべきである。
しかしながら,前提事実(4)のとおり,総務局長等は,本件アンケート
の内容を承知していたにもかかわらず,漫然と本件決裁等をし,本件アン
ケートの実施に至らせ,原告らの憲法上の権利を侵害したものであるから,
上記の注意義務を怠ったものというべきである。
エしたがって,市長・総務局長等による本件職務命令及び本件決裁等は,
国家賠償法上の違法性を有するものというべきである。
(3)市長・総務局長等の故意又は過失について
アまず,市長等について見るに,上記(2)イで述べたところによれば,市
長等に少なくとも過失が存在したことは明らかというべきである。
これに対し,被告市は,市長等において,公務員の不祥事調査の専門家
であり弁護士である被告Yにより違法な調査がされるはずがないと考えて
いたから,本件アンケートの内容を確認すべきと考える予見可能性がなか
ったと主張する。しかしながら,不祥事調査の専門家であり弁護士でもあ
る被告Yに調査を依頼していたものであったとしても,本件職務命令は,
市長等の権限で発出し,その対象者である職員に対して義務を課すもので
ある以上,本件職務命令により命じる内容が違法なものでないことを確認
すべき注意義務を免れることはないというべきであるから,被告市の上記
主張は採用することができない。
また,被告市は,市長等について,本件アンケートの内容を確認するこ
とは想定されておらず,その物理的時間もなく,被告Yも事前に確認する
ことを許さなかったため,本件アンケートを一時停止する結果回避可能性
もなかったと主張する。しかしながら,市長等が,本件職務命令を発出す
るに当たり,本件アンケートの内容を確認することについて,法令上の制
約は何ら存在しなかったし,被告Yは,市長の委嘱に基づき,本件調査チ
ームによる調査を行っていたにすぎず,市長等が本件アンケートを中止し
たり,時期を遅らせたりするよう命じれば,これを拒絶する法的根拠は何
ら存在しなかったものであるから,被告市の上記主張は採用することがで
きない。
イまた,総務局長等について見るに,上記(2)ウで述べたところによれば,
総務局長等に少なくとも過失が存在したことは明らかというべきである
これに対し,被告市は,総務局長等について,事前に本件アンケートの
内容を確認していたとしても,立場上,設問内容を修正したり実施を中止
したりする権限も期待可能性もなかったと主張する。しかしながら,総務
局長等は,その職務権限に基づき本件決裁等を行ったものであるところ,
法令遵守義務を負う公務員(地公法32条)として,本件アンケートの実
施を依頼する内容の本件決裁等をするに当たり,本件アンケートの内容を
確認し,これが職員又は労働組合の憲法上の権利を侵害するものであれば,
本件決裁等を中止するなどの措置を採るべき注意義務を免れることはない
というべきであるから,被告市の上記主張は採用することができない。
(4)まとめ
以上によれば,被告市は,国家賠償法1条1項に基づき,本件アンケート
の実施によって原告らが被った損害を賠償すべき責任を負うというべきであ
る。
2争点(2)(被告Yの損害賠償責任の有無)について
(1)本件アンケートの作成等の不法行為法上の違法性について
上記1で述べたとおり,本件アンケートは甲事件原告らの憲法上の権利を
侵害する設問を含むものであったところ,前提事実(4)によれば,被告Yは,
本件アンケートを作成するとともに,市長等に本件職務命令を発出するよう
依頼することによって,原告職員らに本件アンケートに回答させたものであ
るから,被告Yの上記行為は,不法行為法上の違法性を有するというべきで
ある。
これに対し,被告Yは,本件アンケートの作成等という被告Yの行為は,
被告市による本件アンケートの実施という公権力の行使の一部であるから,
被告Yが個人責任を問われることはないと主張する。
しかしながら,前提事実(4)のとおり,被告Yは,被告市の特別顧問とし
て,職員としての身分を有しておらず,被告市との間の委任関係に基づき,
私人としての立場で,本件アンケートの作成等をしたものであるところ,こ
のような行為は,国家賠償法1条1項に規定する「公権力の行使」に該当す
るものとはいえないから,被告Yの上記主張は採用することはできない。
(2)被告Yの故意又は過失について
被告Yは,本件アンケートの作成等をするに当たり,本件アンケートの回
答者である被告市の職員及び職員によって組織される労働組合の権利を侵害
することがないよう調査・確認すべき注意義務を負っていたというべきであ
る。
それにもかかわらず,被告Yは,第三者調査を担当する本件調査チームに
よる本件アンケートは,被告市の職員及び労働組合の憲法上の権利を直接侵
害することはないと漫然と考え,本件アンケートの作成等をしたものである
から,少なくとも過失があったものというべきである。
(3)まとめ
したがって,被告Yは,民法709条に基づき,本件アンケートの実施に
より甲事件原告らが被った損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
また,市長・総務局長等の上記違法行為及び被告Yの上記不法行為は,客
観的関連共同性を有するものということができるから,民法719条1項前
段に基づき,被告市と被告Yは,連帯して甲事件原告らに生じた損害を賠償
すべき責任を負うというべきである。
3争点(3)(原告らの損害及び因果関係)について
(1)上記1で述べたとおり,本件アンケートは原告らの憲法上の権利を侵害す
る設問を含むものであったところ,証拠(甲52の1から4まで,53の1
から20まで,54,甲A1,原告C,同D,同E,同F,同B各本人)及
び弁論の全趣旨によれば,①原告職員らは,本件職務命令により,本件アン
ケートへの回答を義務付けられるとともに,正確な回答をしなければ懲戒処
分の対象となり得ることが明示されたことから,本件アンケートに回答する
か否かの心理的葛藤が生じ,本件アンケートに回答した者も,回答しなかっ
た者もいずれも精神的苦痛を被ったこと,②本件アンケートの実施によって,
原告組合らについては,組合員が組合活動に積極的に協力することを差し控
えるようになるなど,その活動に対する萎縮効果が生じ,これによる無形的
損害が生じていることが認められる。
なお,前提事実(1)のとおり,原告職員らの中には労組法の適用がない一
般職員も含まれ,原告組合らの中には労組法の適用のない職員団体も含まれ
ているが,これらの者も憲法上の団結権を保障されているから,上記の精神
的苦痛又は無形的損害を被ったことには変わりがないというべきである。
(2)一方,上記1で述べたとおり,本件アンケートについては,個別の設問の
一部が原告らの憲法上の権利を侵害するにすぎないものである。
また,前提事実(4)から(7)までに加え,証拠(原告C,同B各本人)及び
弁論の全趣旨によれば,①本件調査チームは,原告K連合会らによる救済及
び審査の実効確保の措置の申立てがされたことを受けて,本件アンケートの
開封及び集計作業を凍結するとともに,最終的には本件アンケートの回答を
開封することなく,全て廃棄しており,原告職員らによる本件アンケートの
回答内容は誰の目にも触れていないこと,②原告職員らの中には,本件アン
ケートに回答しなかった者もいるが,そのことによって被告市から懲戒処分
等の不利益を受けることはなかったこと,③本件アンケートの実施について
は,府労委により市長等に文書の交付を命じる内容の本件救済命令が確定し
たことにより,これが不当労働行為に該当する旨の公的判断が既に明らかに
されるとともに,市長等は上記文書の交付をしていることが認められる。そ
して,原告組合らについて,組合員数の減少等が生じているとしても,それ
が本件アンケートの実施の影響によるものであるか否かは必ずしも明らかで
はない。
(3)上記の各事情を総合考慮すると,原告職員らに生じた精神的苦痛に対する
慰謝料としては各5000円が相当であり,原告組合らに生じた無形的損害
に対する損害賠償としては各5万円が相当であるというべきである。
また,原告Bが本件訴訟追行に要した弁護士費用のうち5000円につい
て,交通局長の違法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(4)以上によれば,被告らは,国家賠償法1条1項,民法709条及び同71
9条1項前段に基づき,連帯して,原告Aらに対して各5000円及び原告
組合らに対して各5万円並びにこれらに対する違法行為後の日(甲事件訴状
送達日の翌日)である平成24年5月11日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。
また,被告市は,国家賠償法1条1項に基づき,原告Bに対し,1万円及
びこれに対する違法行為後の日(乙事件訴状送達日の翌日)である平成24
年12月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払義務を負うというべきである。
4結論
よって,原告らの請求は主文第1項から第3項までに掲記の限度で理由があ
るから,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官中垣内健治
裁判官馬場俊宏
裁判官笹井三佳

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