弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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        主        文
   被告人は無罪。
        理        由
(公訴事実)
 被告人は,平成15年5月15日午前10時20分ころ,神戸市a区bc丁目d
番e号所在のガソリンスタンドAにおいて,普通乗用自動車を運転して発進し,同
所設置の計量器の縁石に同車右後輪部を接触させるや,同店従業員B(当時19
歳)の誘導の仕方が悪いとして因縁を付け,同店関係者から同車のタイヤ交換費用
名下に金員を喝取しようと企て,かねて自己が暴力団員であることを知っていた同
店従業員C(当時31歳)に対し,同人をにらみ付けながら,「あいつがハンドル
切れと言ったんやろが。どないすんねん。直さんかい。お前んとこが悪いんちゃう
んかい。どないしてくれんねん。」などと怒号し,引き続き,上記Bに対し,その
顔面に自己の顔を接近させ,同人をにらみ付けながら,「お前が悪いんやろ。上司
の前で,ちゃんと言っ
とけ。」,「お前が悪い。はっきり言え。」などと怒号して脅迫し,同月19日こ
ろ,情を知らない株式会社D従業員Eを介し,上記ガソリンスタンドにタイヤの交
換費用合計10万円の請求書を郵送し,上記Cらに閲覧させてその旨要求し,同人
らをして,もしその要求に応じなければ同人らの生命,身体等にいかなる危害を加
えられるかも知れない旨畏怖させたが,同店従業員が警察官に届け出たため,その
目的を遂げなかったものである。 
(当裁判所の判断)
1 争点
  検察官は,被告人は,Cらに対し,脅迫を加えて畏怖させ,責任を認めさせて
タイヤの交換費用を負担させようとする意図を有していたことは明らかであり,被
告人は,恐喝未遂の罪責を負うことを疑う余地はないと主張し,弁護人は,恐喝行
為というためには,相手方に対する「害悪の告知」が必要であるのに,本件では,
その故意も脅迫行為も存在せず,また,被告人の行為は,社会的相当性を逸脱した
行為ともいえないので,無罪であると主張するので,以下,検討する。
2 証拠上明らかな事実
  関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,これらの事実については,おお
 むね争いはない。
 ① 平成15年5月15日午前10時過ぎころ,上記ガソリンスタンドAにおい
て,被告人が,乗車してきた普通乗用自動車(ベンツ)に給油を受けた後,同車の
ハンドルを右に切りながら発進させようとした際,同車の前方から,同ガソリンス
タンド従業員Bが,「オーライ,オーライ」と言いながら,手を回して誘導してい
たところ,同車の右後輪が給油計量器の縁石に接触し,タイヤ及びタイヤホイール
の一部が破損する事故が発生した。
 ② Bは,直ちにタイヤの様子を見に行き,被告人も,自動車を降りてBと一緒
にタイヤの傷を確認し,Bに対し,「お前,誘導しとったんとちゃうんか。ちゃん
とせえや。頼むわ。段差あるんやったら言わんかい。」と言い,さらに,同人に対
し,「取りあえず直せ。」「代車を持ってきてくれ」などと言った。
 ③ そこで,Bは,応対に困り,同ガソリンスタンド2階事務室へ行き,マネー
ジャーのCに対し,「誘導してるときにお客さんの車こすって,ちょっとお客さん
怒ってるんで。」と説明して1階に降りた。Cは,本社に連絡を取ったところ,
「お客さんが勝手にぶつけたのだから,責任がない。」と言われ,Bに続いて1階
に降りてきた。
 ④ 被告人は,1階待合室でCと会い,あいさつをした後,Cに対し,「お前の
ところのミスで当たったんやろが,どないしてくれんねん。」などと怒って言った
ところ,Cが,「お客さんが運転されてぶつけたんで,お客さんの責任になる。」
と説明したことから,更に,怒り出し,「お前ところが右にハンドル切れって言っ
たから,切ったら当たったんやろが。お前んところが悪いんちゃうんか。直さんか
い。」などと大きな声で言うなどした。
 ⑤ また,そのころ,被告人,C及びBの3人で,タイヤの傷を見て,Cは,
「このタイヤちょっとめくれてるんで,このまま走ると危ないですよ。」などと言
い,スペアタイヤと交換することになり,Cが,その作業に当たったが,サイズが
合わなかったことなどから,結局,元のタイヤを装着したままとすることとした。
 ⑥ そのころ,被告人は,Bを呼び寄せ,同人に対し,「何でこういうことにな
ったんか,もう1回話しとこう。」「お前のミスやというのを上司の前で言うてみ
い。」などと言い,Bは,自分のミスを認める言い方をした。
 ⑦ 被告人は,ベンツの販売会社である株式会社Dに電話をかけて係員のEにタ
イヤの手配を依頼し,Bに電話を替わって,同人が,タイヤのサイズやガソリンス
タンドの所在地等を告げ,さらに被告人が電話を替わり,翌日にタイヤを納入する
こと,代金の請求先はガソリンスタンドとすることを指示した。
 ⑧ 間もなく,被告人は,Cに,「明日,車持ってくる。」と言い置いて,ガソ
リンスタンドを出て,予定していたゴルフに出かけた。
 ⑨ 翌16日,被告人は,知り合いの某に依頼して,ガソリンスタンドに行か
せ,Dから届いたタイヤの交換を受けさせた。なお,Dでは,ガソリンスタンドの
正式名称等が分からなかったため,とりあえず被告人宛の納品書を作成してタイヤ
とともに届け,同月19日ころ,再度,同ガソリンスタンドを経営するF株式会社
宛の納品書及び金額10万円の請求書を作成して送付した。
3 検討
 ① 本件公訴事実は,上記のとおり,Cに対し,同人をにらみつけながら,「あ
いつがハンドル切れと言ったんやろが。どないすんねん。直さんかい。お前んとこ
ろが悪いんちゃうんかい。」と怒号し,更に,Bに対し,その顔面に顔を接近さ
せ,同人をにらみ付けながら,「お前が悪いんやろ。上司の前で,ちゃんと言っと
け。」「お前が悪い。はっきり言え。」などと怒号したとして,それを脅迫行為と
とらえているものであるところ,上記④及び⑥のとおり,被告人は,C及びBに対
し,それぞれ,相手をにらみつけるなどしながら,ほぼ,同趣旨の言葉を,怒鳴り
つけるようにして言っていたことは明らかである。
 ② そこで,被告人のこれらの言動が,脅迫行為に該当するかどうかについて,
以下,検討する。
   被告人の上記の言辞は,本件ガソリンスタンド内でのBの誘導ミスについ
て,CあるいはBに対し,相手の非をなじり,怒りを露わにしたものであって,そ
れ自体,直ちに相手に対する害悪の告知を含むものであるとはいえない。また,そ
のときの被告人の様子について,上記Bは,「言い方は,結構怒ってる感じだっ
た。」,「ちょっと,目を大きく開けて,怒ってるというのは分かった。」,「7
0センチメートルぐらいの距離で,ちょっとだけ前かがみになっていた。」など
と,Cは,「大きい声で怒鳴りながら。」「ちょっと顔を近づけてきて,目を開け
るように。」などと,それぞれ供述しているが,それ以上に,同人らに対し,暴力
等の具体的な危害を加えるかのような気勢を示した状況はうかがえない。
   なお,本件現場に居合わせた兵庫県G警察署のH警察官の検察官及び警察官
に対する各供述調書によれば,同人は,被告人が,Bに文句を言っているのを見
て,近くの従業員に事情を尋ねたところ,従業員は,「私たちの誘導ミスです。」
と答え,H警察官も,その場の状況から,刑事事件ではないと判断して,その場を
立ち去ったことが認められる。同人が現認した状況が,本件経緯の一部にとどまる
としても,少なくともその限りにおいては,営業上のトラブルと判断されるような
ものであったというのであるから,このことも,被告人の行為の違法性に疑問を生
じさせる一事情ということができる。
 ③ 他方,B及びCは,被告人から,上記の言動を示された際の心理状況につい
て,それぞれ,以下のとおり供述している。
   すなわち,Bは,「怒られてたんで,怖いのは怖かったんですけど。」と述
べた後,検察官と,以下のような問答をしている。
   「怖いのは,何かされると思ったから怖かったんじゃないですか。
       まあ,はい,怒ってたんで。
    何をされると思ったんですか。
       ・・・もし手とか出されたら,怖いですよね。
    手を出されたら怖い。
       はい。
    そういうような勢いだったんですか。
       ・・・・・・。
    あなたはそう受け取ったということですね。
       はい。」
   また,弁護人の,「そんな雰囲気はあったの」という問いに対し,
      「それはもう,怒ってたんで,人間怒ったら,それは手出るかもしれ
ないですよ。」
  と供述している。
   さらに,Cも,被告人に対し,会社の方針を伝えたことにつき,「・・・い
や,まあ,怒るの分かって言ったんですけど,会社の指示で言われたんで,それ伝
えないといけないというのが。」と述べた後,検察官との間で,以下のとおりの問
答をしている。
   「それなのに,なぜ,あなたは自分たちで弁償しなきゃいけないかなと思っ
たんですか。
       あっこまで怒っているのに,それ以上よう逆らいませんでした。
    逆らったらどうなるかということは考えたりしましたか。
       いや,怖くて,よう逆らいません。」
   「具体的に何をされると心配したんですか。
       ・・・いや,別にそこまでは考えれませんでした。」
   「換えないで置いておいたら,どういう目に遭うと心配したんですか。
       ・・・そんなん,よう考えませんでした。」
   上記の各供述によれば,Bは,検察官の問いに,一般的な表現として,手を
出されたら怖いと言っているに過ぎず,Cについても,具体的な危害を予想,予感
していた心理状況はうかがえない。そうすると,同人らは,当時,被告人が,強い
怒りを表していたことに,困惑し,漠然としたおそれを感じていたことがうかがわ
れるが,被告人から,暴力や嫌がらせなど,何らかの害悪を加えられることを具体
的に危惧していたとまでは認められない。
 ④ また,Cは,被告人が暴力団員であることを知っていたというのであるが,
Bは,被告人が普通の人だと思い,Cの問いにもそう答えたというのであり,Cの
供述によっても,被告人が,本件一連の経過の中で,暗黙のうちにも,自らが暴力
団員であることを誇示したり,暴力団の威力を示したりしたような状況はうかがえ
ない。なお,Cは,被告人が,本件ガソリンスタンドから出ていく際,「近くに事
務所があるからまた来るわ。」と言い,同人は,それが暴力団事務所だと思ったと
供述しているが,Bは,被告人のこの言葉について,「この店の上に何かあるから
こっちから出てもよかってんけどな。」,「店の上に事務所か会社か何かある。」
という趣旨のことを言っていたと述べていることからすると,その言葉自体に,暴
力団の威力を誇示す
るような調子が含まれていたとは考えにくい。
 ⑤ 以上のとおりであって,被告人は,公訴事実記載の日時場所において,同ガ
ソリンスタンド従業員の誘導に従って自動車を運転していた際,同車の右後輪が給
油計量器の縁石に接触し,タイヤ及びタイヤホイールの一部が破損する事故が起こ
ったことに立腹し,従業員らを責め立ててタイヤ等の交換を求め,自動車販売会社
から,ガソリンスタンドの経営会社に対し,タイヤ等とその請求書を送付させたこ
とが認められる。しかしながら,その行為態様は,上記の経緯等に照らすと,相手
方を畏怖させるに足りる害悪の告知というには合理的な疑いが残るといわざるを得
ない。
4 結論
  したがって,被告人に対する本件公訴事実については,その証明が十分でな
く,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しを
する。
(求刑 懲役3年)
  平成16年3月17日
    神戸地方裁判所第4刑事部
          裁判官  笹  野  明  義

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