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令和2年11月17日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成31年(ワ)第10672号損害賠償請求事件(第1事件)
平成31年(ワ)第10673号不正競争行為等差止請求事件(第2事件)
口頭弁論終結日令和2年9月24日
判決5
原告株式会社リリーラッシュ
第1事件被告A10
第2事件被告B
第2事件被告C
被告ら訴訟代理人弁護士井口敦15
同大場規安
同川井田渚
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。20
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告に対し,連帯して15万9903円及びこれに対する平成31
年4月5日(各人の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。25
2被告B及び被告Cは,別紙顧客情報目録記載の顧客情報を利用してはならない。
3被告B及び被告Cは,上記2の顧客情報を廃棄せよ。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,まつげエクステ専門店を営む法人である原告の元従業員であった被告
Aが,原告と同一市内にあるまつげエクステサロンで勤務を開始した後に原告の5
顧客情報を不正に取得,使用等した行為が不正競争防止法(以下「不競法」とい
う。)2条1項4号所定の不正競争行為に該当し,上記サロンの経営者である被
告B及び被告Cが,不正に取得,使用等されたことを知りながら,又は重過失に
よりそれを知らないで上記顧客情報を使用,開示等した行為が不競法2条1項5
号所定の不正競争行為に該当するなどと主張して,原告が,被告らに対して不競10
法4条に基づき損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるとともに,被告B及び
被告Cに対して不競法3条1項及び2項に基づき別紙顧客情報目録記載の情報
(以下「原告主張顧客情報」という。)の使用の差止め及び廃棄を求める事案であ
る。
2前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容15
易に認められる事実)
原告は,まつげエクステ専門店を営む法人であり,リリーラッシュ国分寺南
口店,リリーラッシュ国分寺南口2号店及びリリーラッシュ国分寺北口店の3
店舗を運営している(以下,リリーラッシュ国分寺南口店を「原告店舗」とい
う。)。(争いがない)20
被告Bは,東京都国分寺市内において美容室を経営しているほか,同市内に
おいて平成29年12月1日から令和元年7月31日までまつげエクステサ
ロン「Lola」を経営していた(なお,Lolaは平成29年12月1日の
開業当初は「Lou」という名称であった。以下,名称変更の前後にかかわら
ず「被告ら店舗」という。)。被告Cは,被告Bとともに上記の美容室で勤務し25
ている。(乙23)
被告Aは,平成28年10月3日,アイリストとして原告に入社し,平成2
9年9月18日に原告を退職した。その後,被告Aは,同年12月1日から令
和元年7月31日まで被告ら店舗でアイリストとして勤務した。(争いがない)
被告Aは,平成29年12月9日,原告従業員であるDに対し,LINE株
式会社が提供しメッセージのやり取り等ができるアプリケーションであるL5
INE(以下,単に「LINE」ということがある。)を使用して,原告店舗で
保管されていたE及びFの顧客カルテを送信するように依頼し,Dは,E及び
Fの顧客カルテのうち,施術履歴が記載された面を写真で撮影し,その画像を
LINEで被告Aに送信した(以下「本件送信行為」といい,本件送信行為に
係る顧客カルテの画像を「本件施術履歴画像」といい,当該画像に係る情報を10
「本件施術履歴」という。)。(甲4,25,26)
3争点
本件施術履歴が「営業秘密」に該当するか(争点1)
ア本件施術履歴が「秘密として管理されている」(以下,この要件を「秘密管
理性」ということがある。)といえるか(争点1-1)15
イ本件施術履歴が「有用な技術上又は営業上の情報」(以下,この要件を「有
用性」ということがある。)及び「公然と知られていないもの」(以下,この
要件を「非公知性」ということがある。)であるといえるか(争点1-2)
被告B及び被告Cが,被告Aの営業秘密不正取得行為が介在したことを知っ
て,又は重大な過失により知らないで,本件施術履歴を取得,使用等したか(争20
点2)
原告の損害額(争点3)
4争点に対する当事者の主張
本件施術履歴が「秘密として管理されている」といえるか(争点1-1)
(原告の主張)25
本件施術履歴を含む顧客カルテは,以下の事情に照らせば,秘密管理性があ
るといえる。
ア原告の顧客カルテを閲覧,使用できる者は,原告が開業してから現在に至
るまで,原告の従業員に限定されていた。
イ原告の顧客カルテは他の情報と明確に区別した上で,バインダーに綴じて
専用の棚に保管しており,そのバインダーの背表紙には「マル秘」のシール5
を付していた。また,原告では,顧客カルテの廃棄,回収,処分の取扱方法
を制限するなど,原告従業員がそれを営業秘密であると認識できるような措
置を講じていた。さらに,原告代表者と従業員との面談,月に一度の全体ミ
ーティング,原告の全従業員が参加している業務連絡用のLINEグループ
などを通じて顧客情報管理についての注意喚起を行っていた。10
ウ原告の就業規則では顧客情報を秘密情報と指定し,退職後であってもそれ
を外部に持ち出したり漏洩したりすることを禁止している。また,被告Aは,
原告に対して入社時誓約書,注意書・反省文,誓約・確認書を作成しており,
それらの書面では顧客情報の持ち出しなどの行為をしないことが約束され
ていた。15
エ原告は,顧客情報管理に実効性を持たせるため,責任や役割を明確にし,
店長や副店長と連携した上で,組織として秘密情報管理体制を機能させてい
る。
オ原告は,原告店舗内に防犯カメラを常設し,顧客情報の不正取得や漏洩を
防止している。20
カ上記アないしオの秘密管理措置により,被告Aは顧客カルテを営業秘密で
あると認識していた。被告Aは,Dに対し,平成29年12月に「Eってい
う私の友達のカルテ,もらえたりしないかな?誰にもバレずに」,「急ぎじゃ
ないけど,Fもいい?」というLINEのメッセージを,平成30年1月に
「私に友達のカルテ送ったことだけは内緒でお願いします!」,「それがバレ25
るかどうかで左右されるっぽい!」というLINEのメッセージを送信して
おり,これらは被告Aが上記の認識を有していたことを裏付けるものである。
(被告らの主張)
本件施術履歴を含む顧客カルテについては,以下の事情に照らせば,秘密管
理性があるといえない。
ア原告では,顧客カルテを店舗間で共有する必要が生じた場合には,原告の5
従業員の私用のスマートフォンなどを用いて,顧客カルテを撮影してLIN
Eに投稿して送信していたところ,原告従業員やその退職者の私用のスマー
トフォンなどに保存された顧客カルテの画像が,原告従業員以外の者に一切
閲覧されていないという保証はない。
また,顧客カルテはバインダーに綴じられてバックルームにある棚に保管10
されていたところ,原告従業員はバックルームに自由に出入りすることが可
能であったから,原告従業員であれば誰でも顧客カルテを閲覧することがで
きたといえる。
イ原告店舗では,被告Aが在職していた当時,顧客カルテを綴っていたバイ
ンダーに「マル秘」のシールは貼られておらず,それは被告Aの退職後に貼15
られたものである。原告従業員が顧客カルテを営業秘密であると認識してい
た事実はない。
ウ被告Aが作成した反省文や誓約・確認書は原告代表者が被告Aに書かせた
ものにすぎないし,原告の就業規則は周知されておらず,被告Aも原告で勤
務していた間にそれを見たことがないから無効である。20
エ原告店舗に設置されている防犯カメラは,顧客情報の不正取得や情報漏洩
を防止するためのものではない。
オ原告では,顧客カルテを私用のスマートフォンなどで撮影してLINEで
投稿して送信されていたため,顧客本人であり,友人でもあるEとFの依頼
があったことから,それほどの抵抗もなく,Dに対して顧客カルテの施術履25
歴の面をLINEで送信するよう依頼したにすぎない。また,Dに対して「私
に友達のカルテ送ったことだけは内緒でお願いします!」,「それがバレるか
どうかで左右されるっぽい!」とのメッセージを送信したが,これらは,被
告Bから顧客情報を持ち出していなければ大丈夫であるとのアドバイスを
受けたため,心配になって送信したものにすぎない。
本件施術履歴が「有用な技術上又は営業上の情報」及び「公然と知られてい5
ないもの」であるといえるか(争点1-2)
(原告の主張)
ア顧客カルテの裏面の施術履歴は,顧客に施術をした太さ,長さ,本数,カ
ール,デザイン,顧客の好みや要望,まつ毛の状態,クセ,流れ,エクステ
を装着する目的,技術担当者に求めるニーズ,顧客の特徴,性格,人柄,注10
意点などを瞬時に確認することができる情報であり,これにより顧客の要望
に応えることが可能になり,カウンセリング時間や施術時間の短縮につなが
り,顧客満足度の向上や経営効率の改善に資するものであるから,事業活動
にとって有用な営業上の情報であるといえる。
イ施術履歴を含む原告の顧客情報は,原告が開業して以来,外部に漏洩した15
り第三者に開示したりすることはなかったから,それらは公然と知られてい
なかったといえる。
(被告らの主張)
否認ないし争う。もっとも,一般論として,顧客情報に有用性や非公知性が
認められることが多いことまでは争わない。20
被告B及び被告Cが,被告Aの営業秘密不正取得行為が介在したことを知っ
て,又は重大な過失により知らないで,営業秘密である本件施術履歴を取得,
使用等したか(争点2)
(原告の主張)
被告Aと被告B及び被告Cは,平成30年1月20日に原告からの通告書を25
受領したことにより訴訟に発展する可能性を察知し,話合いをした結果,不利
になる本件送信行為の隠蔽を図ることにして,被告AがDに対して本件施術履
歴画像の送信を秘密にするよう依頼したものである。これらによれば,被告B
及び被告Cは,本件送信行為について悪意であり,少なくとも重過失があった
といえる。
(被告らの主張)5
否認ないし争う。被告B及び被告Cは,被告Aが本件施術履歴を取得した事
実を別件訴訟で原告から指摘を受けるまで知らなかった。また,被告B及び被
告Cが,被告Aに対し,原告の顧客情報を持ち出したり利用したりすることを
指示した事実も存在しない。
原告の損害額(争点3)10
(原告の主張)
ア本件施術履歴を利用したことにより得られた被告らの利益
5万9903円
イ本件施術履歴に関する使用許諾料
10万円15
(被告らの主張)
否認ないし争う。被告A及び被告Bは,被告ら店舗の経営者ではなく本件施
術履歴の利用によって利益を受けていない。また,EとFは被告Aの友人であ
るから,本件送信行為がなかったとしても被告ら店舗を利用していた。
第3当裁判所の判断20
1原告は,原告主張顧客情報が原告の営業秘密であり,被告Aがそれを不正に取
得,使用等し,被告Bと被告Cはそれが不正に取得,使用等されたことを知りな
がら,又は重過失によりそれを知らないで使用,開示等したと主張して被告らに
対して不競法3条,4条に基づき損害賠償や差止め等を求めている。
しかし,原告主張顧客情報のうち,本件施術履歴以外の情報を被告Aが取得,25
使用等した事実を認めるに足りる証拠はないから,原告主張顧客情報のうち本件
施術履歴以外の情報に係る原告の被告らに対する請求は,その余を判断するまで
もなくいずれも認められない。
2争点1-1(本件施術履歴が「秘密として管理されている」といえるか)につ
いて
営業秘密とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業5
活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものを
いう(不競法2条6項)。被告ADから本件施術履歴画
像を取得していることから,本件施術履歴が営業秘密に該当するか否かを検討
する。
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。10
ア原告では,顧客ごとに,紙に記載された顧客カルテが作成されており,そ
の顧客カルテの表面には顧客の連絡先などの個人情報が,裏面にはまつ毛エ
クステの施術履歴などが,それぞれ記載されていた。(甲6,41,乙21,
22,弁論の全趣旨)
上記の施術履歴の欄には,各施術日ごとに,アイリストが顧客の目の部位15
ごとに付けたエクステンションの本数,種類,太さ,長さ等の施術内容,顧
客の特徴,施術中の会話の内容,施術の価格等の情報が記載されていた。(甲
25,26,39,乙21)
原告の顧客カルテには,それが秘密であることを表示するためのマークな
どは付されていなかった。(争いがない)20
イ原告店舗において,原告の顧客カルテは市販のバインダーにつづられ,そ
のような複数のバインダーが原告従業員が休憩等することもあるバックル
ームに設置された棚に並べて保管されていた。上記のバックルームにはパソ
コンやレジ等が置いてあり,原告従業員しか入室できないが,施錠はされて
おらず,原告従業員は自由に入退室をすることができ,原告従業員が一人で25
休憩や食事をとることもあった。(甲6,証人G)
上記のバインダーには,平成31年3月27日時点では,その背面下部に
赤い丸型のシールに黒いマジックで「秘」と記載されたシール(以下「マル
秘シール」という。)が貼られていた。もっとも,被告Aが原告で勤務してい
た平成28年頃にそのようなシールが貼られていたことを認めるには足り
ない。(後記の事実認定の補足説明。甲6)5
ウ原告は,平成26年3月頃,原告店舗に防犯カメラを設置した。現在,原
告店舗には2つの防犯カメラがあり,その一つはレジを,もう一つは入口付
近を映すものである。顧客カルテが保管されているバックルームの棚付近も
録画される範囲に含まれていた。(甲6,31,証人G)
エ原告の顧客カルテは,「サロンボード」と呼ばれる顧客管理ツールを利用10
し,そこに保存された個人情報と照合することにより,どの顧客のものであ
るかが判明するようになっていた。顧客カルテや上記「サロンボード」は,
原告従業員以外は見ることができなかった。(被告A,弁論の全趣旨)
オ原告では,顧客がいつもとは異なる店舗に来店した際に,原告従業員が顧
客カルテをファスナーが付いたファイルに入れて,他の店舗に持ち運びをす15
ることがあった。(乙21,22,証人G)
原告では,予約を受け付ける際に顧客が希望する日時で予約が取れない場
合には別の店舗で顧客が施術を受けることを促していて,そのようにいつも
とは別の店舗で顧客が施術を受ける際には顧客カルテを店舗間で共有する
ことがあった。原告では,顧客カルテを共有する目的で原告代表者を含む原20
告全従業員をメンバーとする,LINEのグループ(以下「カルテ共有用グ
ループ」という。)が作成されていた。カルテ共有用グループを使用して顧客
カルテを共有する場合には,原告従業員が私用のスマートフォン等で顧客カ
ルテを撮影した上で,その画像をカルテ共有用グループの全メンバーに送信
していた。この送信は,原告代表者や店長の許可などの特別な手続を経るこ25
となくされていた。原告店舗でカルテ共有用グループにおいて顧客カルテを
共有するのは,1日当たり0~5件程度であった。なお,LINEでは,平
成29年12月頃から,送信したメッセージや画像を,送信者が24時間以
内に自ら消去できる機能である送信取消機能を利用することができたが,そ
の機能が利用可能になった後も,カルテの送信後に送信取消機能が使われる
ことはなかった。(乙21,22,証人G)5
カ原告には,以下のとおり記載がされた文書があった。(甲10)
就業規則(抜粋)(甲10,証人G)
「(機密保持)
第24条社員が職務上,あるいは職務を遂行する上で知ることので
きた情報は,業務の遂行のためのみに使用しなければならない。10
2社員は,在職中はもちろんのこと退職後であっても,前項の情報
を他者に漏らしてはならない。この場合,口頭あるいは文書等のい
かなる媒体であっても認めることはない。
3本条でいう情報とは,従業員に関する情報(個人番号,特定個人
情報を含む),顧客に関する情報,会社の営業上の情報,商品につい15
ての機密情報あるいは同僚等の個人の権利に属する情報の一切を
指す。」
顧客カルテの管理マニュアル(甲38,証人G)
「カルテ等の顧客情報は,店外持ち出し,自宅への持ち帰り等を一切禁
止する。」20
「お客様との直接的な連絡(電話番号の交換,LINEの交換)は,一
切禁止する。」
「2号店に向かう場合等で,どうしてもカルテを店外に持ち出さなけれ
ばならない場合は,専用のファイルに入れて持ち出すこと。」
「カルテは毎日所定のファイルに保管するものとし,閉店時に放置する25
などは禁止する。」
「1年以上来店がないカルテは定期的に別の保管場所(2号店の白いボ
ックス)に保管するものとし,必ずオーナーの指示をあおぐこと。」
「万が一,カルテ等を紛失した場合は,オーナー,店長,副店長にただ
ちに報告すること。」
「個人情報の紛失は,お店の存続の危機にかかわるような重大な事故に5
なるので,未然に防止するよう徹底的に取り組むものとする。」
キ被告Aは,原告に対し,以下の記載がある平成28年10月3日付け入社
時誓約書(抜粋)(甲7。以下,この誓約書による合意を「入社時合意」とい
うことがある。)を作成していた。
「このたび貴社に採用されるに当たり,下記の事項を誓約し,厳守履行す10
ることを誓います。」
「私は,在職中に従事した業務において知り得た貴社が秘密として管理し
ている経営上重要な情報(経営に関する情報,営業に関する情報,技術に関
する情報,個人情報(雇用管理情報含む)および顧客に関する情報等で会社
が指定した情報(以下「秘密情報」という))について,退職後においても,15
これを第三者に開示・漏洩したり,自ら使用しないこと。」
「私は,退職する場合には,在職中に入手した文書,資料,図面,写真,
サンプル,磁気テープ,CD-ROMおよびすべての電子情報等,業務に使
用したものは,原状のまますべて返却するとともに,そのコピーおよび関係
資料等も返還し,よって,一切保有しないこと。」20
「私は,秘密情報が貴社に帰属することを確認し,貴社に対して秘密情報
が私に帰属する旨の主張をしないこと。」
「私は,貴社退職後2年間は,在職中に知り得た秘密情報を利用して,国
分寺市内において競業行為は行わないこと。」
クFは,被告Aの中学校の同級生であり,原告店舗では基本的に被告Aを指25
名していた。被告AはFに原告を退職して平成29年12月にオープンする
店で働くかもしれないことを伝えており,原告を退職した後,Fから新しく
オープンした店の予約をしたいとLINEで連絡があったため,被告ら店舗
の場所を教えてFの施術の予約を入れた。(乙21,22)
Eは,被告Aの高校以来の友人であり,高校卒業後も頻繁に会っていた。
Eは,1~2か月に一度の割合で原告の店舗に来店しており,被告Aに対し5
て直接LINEで原告の店舗の予約を依頼し,それを受けて被告Aが予約を
入れていた。被告Aは,Eに対して原告を退職することなどについて相談し
ており,原告を退職した後,Eから新しく開店した店の予約をしたいとLI
NEで連絡があったため,平成29年12月9日の午前10時30分にEの
施術の予約を入れた。(甲4,乙21,22)10
ケ被告Aは,平成29年12月9日午前9時20分頃,Dに対し,LINE
で「Eっていう私の友達のカルテ,もらえたりしないかな?誰にもバレずに」
などと送信した。Dは,「うん!!」,「何時までに??」,「うん!なんじにく
るの?」などと返信し,被告Aは「10:30笑」,「急ぎじゃないけど,F
もいい?」と送信した。Dは,「それは急ぎじゃない?」などと送信し,Eの15
顧客カルテの写真を撮って,同日午前10時11分頃には,その画像(3回
分の,施術内容,施術中の会話,施術の価格等が記載された施術履歴を写し
た画像)をLINEで送信した。また,DはFの顧客カルテの写真を撮って,
同日午前10時29分頃には,被告Aにその画像(8回分の,施術内容,施
術中の会話,施術の価格等が記載された施術履歴を写した画像)や,「Fさ20
ん!裏だけで大丈夫?お客さん遅刻で時間あったや」とのメッセージを送信
し,被告Aは「うん!」,「ありがと!」などとのメッセージを返信した。(前
,甲4)
Dは,平成30年5月11日頃,原告代表者に対し,被告Aに対して本件
施術履歴画像を送信したことについて,深く考えずに送ってしまった旨を述25
べた。(甲20)
コ原告代表者は,平成30年1月18日,被告Aが,原告の店舗から数百メ
ートル離れた位置にある被告ら店舗において就業していることを知った。
(甲21,弁論の全趣旨)
原告は,平成30年1月19日,被告Aに対し,原告の機密情報や顧客情
報の不正使用等について不競法に基づく刑事告訴を検討しているなどと記5
載した通告書を送付した。また,原告は,同日,被告Bに対し,被告Aが機
密情報や顧客情報を持ち出してそれらを不正に使用等していることを知り
ながら同人を雇用しているのであるから,被告Bや被告Cに対しても損害賠
償請求が可能になるなどと記載した通告書を送付した。(乙24ないし26)
サ被告Bは,平成30年1月20日,上記コのとおり原告から通告書の送付10
を受けたため,以前からの知り合いであった被告ら訴訟代理人である井口弁
護士に当該通告書の写真をスマートフォンのメッセージ機能を用いて送信
して対応を相談した。井口弁護士は,被告Bに対し,一般論として,顧客の
連絡先を持ち出して顧客を引き抜く等の行為をしていない限り問題になら
ないとアドバイスした。(乙23,被告B)15
被告Bは,同日,上記アドバイスを受けた後,被告Aに対し,原告から送
付された通知書については原告から顧客情報を持ち出していなければ大丈
夫であるなどの内容を伝えた。被告Aは,その時点では,Dから本件施術履
歴画像を送信してもらったことを被告Bや被告Cに伝えていなかった。(乙
21ないし23,被告A,被告B)20
被告Aは,同日,Dに対し,LINEで「私に友達のカルテ送ったことだ
けは内緒でお願いします!」,「それがバレるかどうかで左右されるっぽい!」
というメッセージを送信した。(甲4)
被告B及び被告Cは,平成30年5月頃,後記シ記載の別件訴訟において,
原告から,被告AがDから本件施術履歴画像の送信を受けたことを示す証拠25
が提出されて,本件送信行為を初めて認識した。(乙23)
シ原告は,平成30年3月19日付けで,被告Aに対し,雇用契約上の競業
避止義務に基づく競業行為の差止訴訟を提起した(東京地方裁判所立川支部
平成30年(ワ)第609号競業差止請求事件)。上記訴訟については,平成
31年1月18日に原告の請求を棄却する判決がされ,同年8月7日に知的
財産高等裁判所において原告の控訴を棄却する判決が,それぞれ言い渡され5
た(同裁判所平成31年(ネ)第10016号)。これらの訴訟では,本件送
信行為が秘密情報の送信に当たり,入社時合意に違反する旨等の主張もされ
ていたところ,知的財産高等裁判所は,この点について,顧客カルテの施術
履歴の情報に秘密管理性を認めることはできず,顧客カルテの施術履歴の情
報は秘密情報ではなく,入社時合意の違反はないなどと判断した。(乙2,110
6)
原告は,平成30年5月31日付けで,被告B及び被告Cに対し,被告A
を違法に引き抜いたとして不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した
(東京地方裁判所立川支部平成30年(ワ)第2767号損害賠償請求事件)。
上記訴訟については,令和2年9月10日に原告の請求をいずれも棄却する15
判決が言い渡された。(乙27)
事実認定の補足説明
原告は,被告Aが原告で勤務していた平成28年頃から,顧客カルテをファ
イリングしているバインダーの背面下部にマル秘シールが貼られていたと主
張し,その主張の根拠として甲6号証を提出し,証人Gは上記主張に沿う供述20
をする。これに対し,被告らは,マル秘シールは被告Aが原告を退職した後に
貼られたものであると主張し,被告Aはそれに沿う供述をする。
甲6号証のマル秘シールの写真は,本件訴訟の準備のために平成31年3月
27日に撮影されたものであり,これによって,いつからマル秘シールが貼ら
れていたかが客観的に明らかになるものではない。また,証人Gの供述と整合25
する客観的証拠は存在しない。かえって,甲6号証には顧客カルテがファイリ
ングされているバインダーが10冊以上写っているところ,そのバインダーの
形や顧客番号を示すと考えられる番号の記載方法などは相互に異なっている
ものも多いのに対し,マル秘シールは大きさが同じで,最後の一冊を除き文字
も同じであり,写真撮影時に比較的近接した時期に一斉に貼付されたことと矛
盾しないことを窺わせるものである。5
以上によれば,被告Aが原告で勤務していた平成28年頃から顧客カルテを
ファイリングしているバインダーの背面下部にマル秘シールが貼られていた
という事実を認めるには足りず,被告Aが原告で勤務していた平成28年頃か
ら顧客カルテをファイリングしているバインダーの背面下部にマル秘シール
が貼られていたという事実は認定できない。10
顧客カルテとその管理について
アイのとおり,原告店舗において,施術履歴等を記載した紙である顧
客カルテは,バインダーにつづられ,バックルームに設置された棚にバイン
ダーが並べて保管されていた。バックルームは,原告の従業員であれば自由
に入退室することができ,従業員が一人で休憩することもあり,従業員であ15
れば,顧客カルテは,バックルームで自由に見ることができたものであった。
顧客カルテは,ファスナーがついたファイルに入れて他の店舗に持ち運び
することがあった。また,顧客カルテを共有する目的で,原告従業員全員を
メンバーとするLINEのカルテ共有用グループが作成されていて,カルテ
共有用グループを使用して顧客カルテを従業員が共有する場合,原告従業員20
が私用のスマートフォン等で顧客カルテを撮影し,それをカルテ共有用グル
ープの全メンバーに送信していて,撮影した従業員の私用のスマートフォン
にその画像が保存されるほか,全従業員のスマートフォン等にも,その画像
が送信され,保存されることとなっていた。このような送信は,原告代表者
や店長の許可などの特別な手続は必要なく,通常業務として行われていた。25
すなわち,原告の従業員は,全ての顧客カルテを少なくとも就業時間中は
誰でも自由に見ることができ,また,その画像は,通常業務の中で,特に上
司の決裁等もなく,私用のスマートフォン等で撮影され,当該カルテを必要
としない者を含む全従業員の私用のスマートフォン等に送信され,保存され
ていたといえる。
イここで,顧客カルテ自体には,秘密であることを示す記載はなく,また,5
本件送信行為の当時,顧客カルテをつづったバインダーに秘密であることを
示す記載等があったとは認められない。
他方,原告は,顧客情報の管理については注意喚起を行っているなどと主
張し,証人Gは,原告店舗では,店長が月に1,2回の頻度で全ての原告従
業員に対して顧客カルテの画像を削除するように口頭で伝え,店長は原告従10
業員が私用のスマートフォンを操作して顧客カルテの画像を削除している
姿を見たこともあった旨供述する(甲39,証人G)。しかし,その供述を裏
付ける客観的証拠はないほか,同供述によっても,口頭で削除の指示を述べ
ただけであり,前記アのとおり全従業員の私用のスマートフォン等に画像が
送信,保存されているとの状況にもかかわらず,口頭の指示を超えて,同グ15
ループ上で顧客カルテの画像を削除するようメッセージを送信したりする
ことなどもなかった。
原告の顧客カルテの管理マニュアル(前記)は,顧客カルテについ
ての一定の取扱いを定めているが,これは顧客カルテ等の一般的な取扱い等
を定めるものであり,カルテ共有用グループの扱いなど顧客カルテに関する20
重要な事項に触れるものでもなかった。また,就業規則や入社時合意では,
職務上知り得た情報の取扱いなどが定められていたが,その対象となる情報
の定義は一般的なものであって,これらによって顧客カルテやその施術利益
が秘密であることが示されているとはいえないものであった。
その他,監視カメラはレジや店舗の入口付近を映すものであって,それが25
バックルームの棚付近も映していたとしても,一般的な防犯対策や不審者に
対する対策を超えて,それによって,顧客カルテそのものを直ちに秘密とし
て管理していたことになるものとはいえない。
ウ上記のとおりの,顧客カルテの客観的な利用,保存等を含めた管理の状況,
顧客カルテが秘密であることを直接示す記載の欠如やそれが秘密であると
認識させる事情の少なさ等の事情を総合的に考慮すると,原告店舗の顧客カ5
ルテの施術履歴は,「秘密として管理されている」(不競法2条6項)という
ことはできない。
エ原告は,原告の顧客カルテの管理状況,就業規則や入社時合意の存在等を
挙げて,顧客カルテが秘密として管理されている旨主張するが,上記に照ら
し,理由がない。10
また,原告は,被告Aが,Dに対し,平成29年12月9日日にLINE
で,「Eっていう私の友達のカルテ,もらえたりしないかな?誰にもバレず
に」などと送信し,平成30年1月20日日に,LINEで「私に友達のカ
ルテ送ったことだけは内緒でお願いします!」「それがバレるかどうかで左
右されるっぽい!」などと送信したことを挙げて,被告Aも顧客カルテを秘15
密として認識していた旨主張する。
しかし,平成29年12月9日のLINEは,被告Aが原告を退職する時
点で原告代表者と被告Aの関係が相当悪化していたこと(乙21,弁論の全
趣旨)や被告Aが原告との間で作成した入社時誓約書などの文言に抵触し得
る形で原告の店舗の近くの被告ら店舗での就業を退職後早々に開始したこ20
となどから,本件施術履歴が秘密情報であるか否かにかかわらず,被告Aが,
自身のための行為を原告代表者等に知られたくないと思う背景があった状
況でされたものであり,かえって,Dがそれに対して逡巡する形跡なく程な
く本件送信行為を行っていることからも,同日のやり取りは,直ちに,被告
AやDを含む原告の従業員において,顧客カルテを秘密として認識していた25
ことの根拠となるものではない。また,平成30年1月20日のLINEは,
前日に原告から顧客情報の不正使用等を指摘する通告書が送付され,これに
ついて被告Bから顧客情報を持ち出していなければ大丈夫であるとアドバ
イスされたものの,被告Bや被告Cには本件送信行為についての報告をして
いなかったために本件送信行為を隠そうとしたものとも解され,また,顧客
カルテが当時言及されていた「顧客情報」に含まれることが明らかな一方,5
それが「営業秘密」など「秘密」であるか否かが当時話題とされていたかは
明らかでなく,上記のLINEにより,被告Aにおいて顧客カルテの情報が
秘密として管理されている情報であるとの認識を有していたことが直ちに
裏付けられるものではない。
以上によれば,顧客カルテの情報の一部である本件施術履歴も秘密管理性を10
欠くから,その余を判断するまでもなく,本件施術履歴が営業秘密であるとは
認められない。したがって,本件送信行為は不正競争に該当しないから,本件
送信行為についての原告の被告Aに対する請求は認められない。
3争点2(被告B及び被告Cが,被告Aの営業秘密不正取得行為が介在したこと
を知って,又は重大な過失により知らないで,営業秘密である本件施術履歴を取15
得,使用等したか)について
上記2で説示のとおり,本件施術履歴は秘密管理性を欠くため営業秘密である
とは認められないから,被告B及び被告Cの不正競争の前提となる被告Aの営業
秘密不正取得行為は認められない。また,上記2のとおり,被告B及び被告
Cは平成30年5月頃まで本件送信行為を知らなかったのであるから,被告B及20
び被告Cにおいて悪意又は重過失により本件施術履歴を取得,使用したとも認め
られない。
したがって,原告の被告B及び被告Cに対する請求はいずれも認められない。
第4結論
よって,その余を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄25
却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官柴田義明5
裁判官棚井啓
裁判官佐藤雅浩
(別紙)
顧客情報目録
1顧客の範囲
E氏,F氏,原告で保管する顧客情報記載の顧客5
2顧客情報の対象
氏名,年齢,生年月日,住所,メールアドレス,携帯電話,職業,趣味,血液型,
ご来店動機,ご紹介者様,カウンセリング内容,まつ毛エクステについての説明,
施術履歴(前回施術した太さ・長さ・本数・カール,前回施術したデザイン,顧客10
の詳細な好み・要望,自まつ毛の状態,自まつ毛のクセ・流れ,顧客がエクステを
装着する目的,顧客が担当技術者にどういったことを求めているか,顧客の特徴,
エクステが絡みやすいかどうか,ビューラーやマスカラをつけて来るなど技術者が
対応困難な顧客の情報,グルーとの相性,顧客の性格・人柄,アレルギーがあるか
どうか,顧客に合わせたテープワークや施術方法の注意点,他店で施術した際の情15
報,家族・友人・仕事・プライベートの情報,遅刻や当日・無断キャンセル情報等)
以上

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