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平成16年(行ケ)第23号 審決取消請求事件
平成16年12月1日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 ローベルト ボツシユ ゲゼルシヤフト ミツト ベシユレンクテル 
ハフツング
 訴訟代理人弁護士 加藤義明,町田健一,角田邦洋,三留和剛,木村育代
 訴訟代理人弁理士 アインゼル・フェリックス=ラインハルト,矢野敏雄
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 辻本泰隆,小曳満昭,佐藤伸夫,井出英一郎
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定め
る。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2002-9060号事件について平成15年9月8日にした審
決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,特許出願をした原告が,拒絶査定を受けたので,上記査定に対する審判
を請求したところ,審判の請求は成り立たない旨の審決があったため,同審決の取
消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 原告は,平成6年6月14日,1993年6月15日にドイツ連邦共和国に
した特許出願に基づく優先権を主張して,発明の名称を「電子制御装置からのデー
タの捕捉検出方法」とする特許出願をした。
 (2) 原告は,平成14年2月13日付けで拒絶査定を受けたので,同年5月20
日,拒絶査定に対する審判を請求した(不服2002-9060号事件)。
 (3) 特許庁は,平成15年9月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決をし,同月19日,その謄本を原告に送達した。
 2 特許請求の範囲の記載(平成14年1月31日付け手続補正書による補正後
のもの)
【請求項1】 データを電子制御装置から捕捉検出する方法であって,
 該電子制御装置では,当該制御装置(10)のデータがインターフェース(1
6)を介して測定装置(18)のデュアルポートRAM(22)に記憶される形式
の方法において,
 制御装置にて,自動車を駆動するためのプログラムを種々異なるプログラムレベ
ルで実行し,
 ここで少なくとも1つのプログラムレベルは点火同期であり,少なくとも1つの
プログラムレベルは時間同期であり,
 制御装置により固有のトリガ情報(50,52,54)が作成され,
 該トリガ情報(50,52,54)をデータと共にデュアルポートRAM(2
2)に記憶し,
 前記トリガ情報(50,52,54)により,データ(56,58,60)が種
々のプログラムレベルについて測定装置に割り当てられる,
ことを特徴とする捕捉検出方法。
【請求項2】 データをシリアルインターフェース(24)を介して制御計算器
(26)に供給し,該制御計算器は伝送されたデータをバッファ記憶する,請求項
1記載の方法。
【請求項3】 データをバッファメモリ(32)から,選択可能なイベントに依存
してメインメモリ,例えばハードディスク(34)にコピーする,請求項1または
2記載の方法。
【請求項4】 イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコ
ピーする,請求項3記載の方法。
【請求項5】 データ捕捉検出の状態を,制御計算器(26)に接続された指示装
置(38)を介して出力する,請求項1から4までのいずれか1項記載の方法。
 3 審決の理由
 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件の特許出願は,特許法
(平成6年法律第116号による改正前のもの,以下同じ。)36条4項,5項2
号及び6項に規定する要件を満たしていないので,拒絶をすべきである,というの
である。
 (1) 原査定の拒絶の理由
  原査定の拒絶の理由の概要は,「この出願は,明細書及び図面の記載が下記の
点で,特許法36条4項並びに5項2号及び6項に規定する要件を満たしていな
い。」というものであって,不備な点として下記の点を指摘している。
                   記
 ア (省略)
 イ (省略)
 ウ 特許請求の範囲には「トリガ情報」とあるが,これが一体何を指しているの
か,「発明の詳細な説明」の欄を参酌しても不明である。
 エ (省略)
 オ 特許請求の範囲には「調整可能な進み時間および/または遅れ時間を備えた
イベント」とあるが,これが一体何を指しているのか,「発明の詳細な説明」の欄
を参酌しても不明である。
 (2) 請求人の主張
 請求人は,平成14年1月31日付けの意見書において,上記拒絶の理由に対し
て概略以下の旨主張している。
 ア トリガ情報について:
 「トリガ情報」とは,上述のように,どの時点および/またはどの角度位置でプ
ログラムを実行すべきかという情報を意味します。このことは[0012]に「こ
のトリガ情報により,デュアルポートRAM22で制御装置10内のプログラムを
実行し,これと同期してそれ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することができ
る。」として示されています。
 イ 調整可能な進み時間および/または遅れ時間を備えたイベントについて:
 日本語として意味が不適切であったため補正いたしました。イベントをコピーす
るに際し,そのイベントの発生に対して進み時間および/または遅れ時間を以てコ
ピーするという意味です。 
 また,請求人は,平成14年8月22日付けの審判請求書の手続補正書におい
て,上記拒絶の理由に対して概略以下の旨主張している。
 ウ トリガ情報について;
 トリガ情報は,デュアルポートRAM22とワークメモリ20との間のデータ交
換と同時に制御装置19によって作成されます。従ってデュアルポートRAM22
では,制御装置10内のプログラム経過が後から実行され,これと同期してそれ自
体一貫性のあるデータが捕捉検出されます。すなわちトリガ情報によって,時間同
期の場合は,いつどのデータが検出されたかが表され,また点火同期の場合は,ど
の点火時点でどのデータが検出されたかが表されます。言い替えるとこのトリガ情
報によって,デュアルポートRAM22で作成され,それ自体一貫性のあるデータ
の有効性を確認することができ,またデータを種々のプログラムレベルについて測
定装置に割り当てることが出来るのです。
 以上補足的に説明しましたが,このことは出願当初の明細書に十分に開示されて
います。
 (3) 明細書の記載と審決の判断 
 そこで,本件出願の明細書の記載と上記請求人の主張を参酌して,原査定のいう
不備について検討する。
 ア 「トリガ情報」について
 特許請求の範囲請求項1には,「トリガ情報」について,「制御装置により固有
のトリガ情報(50,52,54)が作成され,」,「該トリガ情報(50,5
2,54)をデータと共にデュアルポートRAM(22)に記憶し,」,「前記ト
リガ情報(50,52,54)により,データ(56,58,60)が種々のプロ
グラムレベルについて測定装置に割り当てられる,」と記載されているが,請求項
1の記載からは,トリガ情報のデータ構造の概要,いかなる情報から制御装置によ
りどのようにして生成され,トリガ情報によりデータが測定装置に割り当てられる
とはどのような処理を意味しているかについて,明確に把握できない。
 次に,請求人が「トリガ情報」について,「どの時点および/またはどの角度位
置でプログラムを実行すべきかという情報を意味します。」,「トリガ情報によっ
て,時間同期の場合は,いつどのデータが検出されたかが表され,また点火同期の
場合は,どの点火時点でどのデータが検出されたかが表されます。」,「このトリ
ガ情報によって,デュアルポートRAM22で作成され,それ自体一貫性のあるデ
ータの有効性を確認することができ,またデータを種々のプログラムレベルについ
て測定装置に割り当てることが出来るのです。」旨主張する根拠としている,発明
の詳細な説明の記載を検討する。
 段落番号【0012】には,
「デュアルポートRAM22とワークメモリ20との間のデータ交換と同時に制御
装置10により固有のトリガ情報が作成される。このトリガ情報により,デュアル
ポートRAM22で制御装置10内のプログラム経過を実行し,これと同期してそ
れ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することができる。この種のトリガ情報は例
えばデュアルポートRAM22で作成され,それ自体一貫性のあるデータの有効性
を表す。このことは,何れかのプログラムレベルにおいて制御装置内でそれ自体一
貫性のあるデータ部分が新たに計算された場合に,これを同時にデュアルポートR
AM22からただちに受け取ることのできることを意味する。」
と記載されており,この記載から,「トリガ情報」はデュアルポートRAMとワー
クメモリとの間のデータ交換と同時に作成されること,「トリガ情報」は,それ自
体一貫性のあるデータの有効性を表すこと,「トリガ情報」を利用することの効果
として,何れかのプログラムレベルにおいて制御装置内でそれ自体一貫性のあるデ
ータ部分が新たに計算された場合に,これを同時にデュアルポートRAM22から
ただちに受け取ることができることが一応認められる。
 しかしながら,「トリガ情報」の作成については,段落番号【0012】に「制
御装置10により固有のトリガ情報が作成される。」と記載されている一方,「こ
の種のトリガ情報は例えばデュアルポートRAM22で作成され,」との記載もあ
り,「トリガ情報」が作成されるとは,どのような手段が,どのように処理するこ
とを意味しているか明確に把握することができない。
 また,「トリガ情報」を利用することによる測定装置におけるデータの補足検出
について,段落番号【0013】には,「データと共に同時に各プログラムレベル
44,46ないし48に所属するトリガ情報50,52ないし54と,それぞれに
所属するデータ56,58ないし60が伝送される。持続動作の間,測定装置18
は連続的に関連トリガ情報50,52ないし54の状態をデュアルポートRAM2
2で観察し,自身を異なるプログラムレベル44,46ないし48と同期化し,周
期的に所望のデータ56,58ないし60すべてを捕捉検出する。データ56,5
8ないし60はその際,正しい時間順序で記録される。トリガ情報50,52ない
し54により制御装置10内のプログラム経過(このプログラム経過はワークメモ
リ20でシミュレートされる)に同期して,それ自体一貫性のあるデータを捕捉検
出することができる。」と記載されている一方,段落番号【0012】には,「こ
のトリガ情報により,デュアルポートRAM22で制御装置10内のプログラム経
過を実行し,これと同期してそれ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することがで
きる。」との記載もあり,
「トリガ情報」により「制御装置10内のプログラム経過(このプログラム経過は
ワークメモリ20でシミュレートされる)に同期して,」かつ「デュアルポートR
AM22で制御装置10内のプログラム経過を実行し,これと同期して」,それ自
体一貫性のあるデータを捕捉検出するとは,システムがどのような処理を行うこと
により実現しているか明確に把握することができない。
 このように,「トリガ情報」の情報としての特徴,すなわち,どのようなデータ
構造を有し,どのように作成され,デュアルポートRAMに伝送された後にどのよ
うな処理がなされるかについては,発明の詳細な説明を参照しても明確に把握する
ことはできず,「トリガ情報」が請求人が主張するような情報であるという根拠が
発明の詳細な説明に記載されているとも認められない。さらに,「トリガ情報」が
請求人が主張するような情報であって,「トリガ情報」のデータ構造,作成手順,
処理手順,測定装置との関係などが,当業者の間で周知であったとも認められな
い。
 したがって,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明からも,「トリガ情報」を明
確に把握することはできず,それに伴い,他の構成,ステップとの関係も不明確で
あり,請求項1の「制御装置により固有のトリガ情報(50,52,54)が作成
され,該トリガ情報(50,52,54)をデータと共にデュアルポートRAM
(22)に記憶し,前記トリガ情報(50,52,54)により,データ(56,
58,60)が種々のプログラムレベルについて測定装置に割り当てられる,」の
意味も不明確となっており,(2)ア,ウの,トリガ情報は出願当初の明細書に十分に
開示されているとの請求人の主張を認めることができない。
 よって,依然として請求項1に係る発明を明確に把握することができないから,
請求項1は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記
載したものと認めることができない。
 イ イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコピーす
る」について
 特許請求の範囲請求項4には,「イベントを,調整可能な進み時間および/また
は遅れ時間を以てコピーする,請求項3記載の方法」と記載されており,一方,請
求項3には,「データをバッファメモリ(32)から,選択可能なイベントに依存
してメインメモリ,例えばハードディスク(34)にコピーする,請求項1または
2記載の方法。」と記載されていることから,請求項4に記載の「イベント」は,
請求項3に記載の「選択可能なイベント」であると認められる。してみると,請求
項4には,データをバッファメモリからメインメモリにコピーするための選択可能
なイベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコピーする旨が
記載されていることになるが,選択可能なイベントを,どのようにして調整可能な
進み時間および/または遅れ時間を以てコピーするのか,特に,イベントをコピー
するとは,どのような技術的事項を表現しているのか,請求項4の記載からは明確
に把握できない。
 次に,請求項4の記載に対する請求人の「イベントをコピーするに際し,そのイ
ベントの発生に対して進み時間および/または遅れ時間を以てコピーするという意
味です。」旨の主張を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載を検討する。
 段落番号【0012】には,
「測定装置18のデュアルポートRAM22に記憶されたデータは次に伝送区間3
0ないしアダプタ28を介して制御計算器26のインターフェース24に伝送され
る。制御計算器26では伝送されたデータがリングバッファ32にバッファ記憶さ
れ,所定の選択可能なイベントが発生した場合にハードディスク34に転送され
る。データをハードディスク34に転送する際,内部の所定の調整可能な進み時間
および/または遅れ時間が考慮される。これによりデータコピーをイベントの発生
までに実行することができる。ハードディスク34に記憶されたデータは次に制御
計算器26を介して読出すことができる。」
と記載されているが,内部の所定の調整可能な進み時間および/または遅れ時間が
考慮されるのは,データコピー,すなわち,リングバッファ32にバッファ記憶さ
れたデータをハードディスク34に転送する処理に対してであり,選択可能なイベ
ントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコピーすることについ
て記載されているとは認められない。そして,発明の詳細な説明の他の記載を参照
しても,「イベントをコピーするに際し,そのイベントの発生に対して調整可能な
進み時間および/または遅れ時間を以てコピーする」ことについて記載されている
箇所は認められない。
 このように,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明からも,「イベントを,調整
可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコピーする」を明確に把握すること
はできないから,(2)イの請求人の主張を認めることができない。
 したがって,依然として請求項4に係る発明を明確に把握することができないか
ら,請求項4は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみ
を記載したものと認めることができない。
 ウ 次に,本願明細書の発明の詳細な説明が,その発明の属する技術の分野にお
ける通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明
の目的,構成及び効果が記載されているか否かについて検討する。
 本願発明の実施に当たっては,「トリガ情報」の作成,「トリガ情報」によるデ
ータの捕捉検出処理,及び「イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ
時間を以てコピーする」処理が必要となるが,上記ア,イのとおり,発明の詳細な
説明からは,それら処理を明確に把握することができない。また,「トリガ情
報」,「イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコピーす
る」処理が当業者の間で周知であったとも認められない。
 したがって,請求人の主張を考慮しても,本願明細書の発明の詳細な説明は,そ
の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をする
ことができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているとは認める
ことができない。
 (4) むすび
 以上のとおりであるから,本願は,特許法36条4項,5項2号及び6項に規定
する要件を満たしていないので,拒絶をすべきものである。
第3 当事者の主張の要点
 1 原告主張の審決取消事由
 (1) 取消事由1(請求項1の「トリガ情報」に関する判断の誤り)
 審決は,「請求項1の記載からは,トリガ情報のデータ構造の概要,いかなる情
報から制御装置によりどのようにして生成され,トリガ情報によりデータが測定装
置に割り当てられるとはどのような処理を意味しているかについて,明確に把握で
きない。」と判断したが,誤りである。
 ア 請求項1には,「トリガ情報(50,52,54)により,データ(56,
58,60)が種々のプログラムレベルについて測定装置に割り当てられる」と記
載され,プログラムレベルについて,「少なくとも1つのプログラムレベルは点火
同期であり,少なくとも1つのプログラムレベルは時間同期であ」ると記載されて
いるから,請求項1にいうトリガ情報は,点火同期プログラムレベルあるいは時間
同期プログラムレベルにおいて,データを測定装置に割り当てる機能を有するもの
である。
 そして,本願明細書の発明の詳細な説明には,「持続作動の間,測定装置18は
連続的に関連トリガ情報50,52ないし54の状態をデュアルポートRAM22
で観察し,自身を異なるプログラムレベル44,46ないし48と同期化し,周期
的に所望のデータ56,58ないし60すべてを捕捉検出する。データ56,58
ないし60はその際,正しい時間順序で記録される。」(段落番号【0013】)
と記載されており,この記載によれば,トリガ情報は,デュアルポート22内のデ
ータ56,58ないし60を捕捉検出し,検出されたデータを測定装置18に正し
い時間順序で記録させる機能を有することが明確となるところ,この機能が上記
「トリガ情報(50,52,54)により,データ(56,58,60)が種々の
プログラムレベルについて測定装置に割り当てられる」という処理内容であること
は明らかである。したがって,審決が,「トリガ情報によりデータが測定装置に割
り当てられるとはどのような処理を意味しているかについて,明確に把握できな
い。」としたのは誤りである。
 イ また,本願明細書の発明の詳細な説明には,「トリガ情報を有利には測定装
置により連続的に読出し,有利には周期的に捕捉検出するのである。これにより非
常に有利には,測定装置によって制御装置の処理経過に同期してそれ自体一貫した
データセットを捕捉検出することができる。このデータは測定装置で種々異なるプ
ログラムレベルと自動的に同期され,所望の装置読出しに応じて捕捉検出すること
ができる。」(段落番号【0008】),「このトリガ情報により,デュアルポー
トRAM22で制御装置10内のプログラム経過を実行し,これと同期してそれ自
体一貫性のあるデータを捕捉検出することができる。」(段落番号【001
2】),「トリガ情報50,52ないし54により制御装置10内のプログラム経
過(このプログラム経過はワークメモリ20でシミュレートされる)に同期して,
それ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することができる。」(段落番号【001
3】)と記載されており,この記載によれば,トリガ情報は,測定装置において制
御装置のプログラム処理経過に同期してそれ自体一貫性のあるデータセットを読み
出すことを可能とする機能を有することが明らかとなる。そして,同様に,
「デュアルポートRAM22とワークメモリ20との間のデータ交換と同時に制御
装置10により固有のトリガ情報が作成される。このトリガ情報により,デュアル
ポートRAM22で制御装置10内のプログラム経過を実行し,これと同期してそ
れ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することができる。この種のトリガ情報は例
えばデュアルポートRAM22で作成され,それ自体一貫性のあるデータの有効性
を表す。」(段落番号【0012】)と記載されており,この記載によれば,デー
タが一貫性を有する場合には,トリガ情報は制御装置10から常に送出されている
ことが分かり,したがって,トリガ情報が,データの一貫性を示す機能を有するこ
とが明らかとなる。
 そうすると,請求項1のトリガ情報とは,①アに述べたように,デュアルポート
22内のデータ56,58ないし60を捕捉検出し,検出されたデータを測定装置
18に正しい時間順序で記録させる機能のほか,②測定装置において制御装置のプ
ログラム処理経過に同期してそれ自体一貫性のあるデータセットを読み出すことを
可能とする機能,③データの一貫性を示す機能を有するということになるから,審
決が,「「トリガ情報」の情報としての特徴・・・については,発明の詳細な説明
を参酌しても明確に把握することができ」ないとしたのは誤りである。
 (2) 取消事由2(請求項4の「イベントを,調整可能な進み時間および/または
遅れ時間を以てコピーする」との記載に関する判断の誤り)
 審決は,「選択可能なイベントを,どのようにして調整可能な進み時間および/
または遅れ時間を以てコピーするのか,特に,イベントをコピーするとは,どのよ
うな技術的事項を表現しているのか,請求項4の記載からは明確に把握できな
い。」と判断したが,誤りである。
 請求項4には,「請求項3記載の方法」と記載されているところ,請求項3に
は,「データをバッファメモリ(32)から,選択可能なイベントに依存してメイ
ンメモリ,例えばハードディスク(34)にコピーする・・・方法」と記載され,
データをコピーする方法であることが明示されているから,このような請求項3の
記載のもとで,当業者の常識を前提に請求項4を解釈すれば,請求項4のイベント
をコピーするという記載は,イベントデータあるいはイベントに関するデータをコ
ピーする技術的事項を表現していることは明らかである。
 (3) 取消事由3(「明細書の発明の詳細な説明の記載についての判断の誤り)
 審決は,「本願発明の実施に当たっては,「トリガ情報」の作成,「トリガ情
報」によるデータの捕捉検出処理,及び「イベントを,調整可能な進み時間および
/または遅れ時間を以てコピーする」処理が必要となるが,・・・発明の詳細な説
明からは,それら処理を明確に把握することができない。・・・本願明細書の発明
の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容
易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載さ
れているとは認めることができない」としたが,誤りである。
 上記(1)及び(2)のとおり,本願明細書に記載されている「トリガ情報」の作成,
「トリガ情報」によるデータの捕捉検出処理,及び「イベントを,調整可能な進み
時間および/または遅れ時間を以てコピーする」処理の内容はいずれも明確であ
る。
 2 被告の反論
 (1) 取消事由1(請求項1の「トリガ情報」に関する判断の誤り)に対して
 ア 原告は,デュアルポート22内のデータ56,58ないし60を捕捉検出
し,検出されたデータを測定装置18に正しい時間順序で記録させる機能が「トリ
ガ情報によりデータが測定装置に割り当てられる」という処理内容であることが明
らかであると主張するが,何故に明らかであるかについて,何ら言及していないか
ら,原告の主張は根拠がない。したがって,トリガ情報によりデータが測定装置に
割り当てられるとはどのような処理を意味しているかについては,明確に把握する
ことができない。
 イ 原告の主張する「トリガ情報が有する機能」そのものが明確でない上,特許
請求の範囲はもとより,発明の詳細な説明の項にも「トリガ情報」が原告の主張す
る機能を有するもので足りることを示す記載(「トリガ情報」を定義した記載)は
なく,また,「トリガ情報」が原告の主張する機能を有するものを意味するもので
あることが当業者に周知であったという事実もない。したがって,仮に原告の主張
する機能を理解することができたとしても,請求項1の「トリガ情報」が何を指す
のかについては,明らかでない。
 (2) 取消事由2(請求項4の「イベントを,調整可能な進み時間および/または
遅れ時間を以てコピーする」との記載に関する判断の誤り)に対して
 原告は,請求項4のイベントをコピーするという記載が,イベントデータあるい
はイベントに関するデータをコピーする技術的事項を表現していることは明らかで
あると主張するが,これは,「イベントをコピーする」という文言自体が不明確で
あることを自認するものである。また,仮に,請求項4のイベントをコピーすると
いう記載が,イベントデータあるいはイベントに関するデータをコピーする技術的
事項を表現しているということができるとしても,「イベントデータ」が,どのよ
うなデータであるかについては,発明の詳細な説明にも説明がないから,明確でな
いことに変わりはない。
 (3) 取消事由3(「明細書の発明の詳細な説明の記載についての判断の誤り)に
対して
 原告の主張は,上記(1)及び(2)のとおり,失当であるから,これを前提とする主
張も,また失当である。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(「トリガ情報」に関する判断の誤り)について
 (1) 取消事由1のアについて
 ア 原告は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,トリガ情報は,デ
ュアルポート22内のデータ56,58ないし60を捕捉検出し,検出されたデー
タを測定装置18に正しい時間順序で記録させる機能を有するところ,この機能
が,請求項1の「トリガ情報(50,52,54)により,データ(56,58,
60)が種々のプログラムレベルについて測定装置に割り当てられる」という処理
内容であると主張する。
 イ 本願明細書(甲2の願書及び甲3の平成14年1月13日付け手続補正書)
の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
 「本発明では,データを同時に捕捉検出し,パラレルインターフェースを介して
測定装置に伝送する。これにより有利には,制御装置に所定の時点で使用される複
数データ全体を同時に測定装置に伝送することができる。すなわち2重化され
る。」(段落番号【0005】)
 「制御装置10は信号線路12を介して信号発生器14を読出し,この信号を記
憶する。この読出しは例えば所定の時間順序で時分割多重法で行われる。これによ
り制御装置10に記憶されているデータが,制御装置のプログラム実行時間に依存
する所定のクロック周波数でそれぞれ更新されることが保証される。瞬時の信号デ
ータは種々異なるプログラムレベル,例えば点火同期または時間同期でさらに処理
され,同様にワークメモリ20にファイルされる。ワークメモリ20に記憶された
データセットは同時に,パラレルインターフェース16を介して測定装置18のデ
ュアルポートRAM22にも存在する。このようにして原則的にワークメモリ20
のデータ内容の同じコピーが作成され,その際所定の信号選択のために制御装置1
0内のプログラム経過に戻る必要がない。」(段落番号【0012】)
 ウ 上記記載によれば,データ56,58ないし60は,もともと測定装置18
に設けられたデュアルポートRAM22内に存在していたものであるところ,本願
明細書には,トリガ情報の「デュアルポート22内のデータ56,58ないし60
を捕捉検出し,検出されたデータを測定装置18に正しい時間順序で記録させる機
能」に関し,トリガ情報が捕捉検出したデュアルポートRAM22内のデータ5
6,58ないし60を測定装置のどの部分に記録させるのか,あるいは,測定装置
のどの部分に割り当てるのかについての明確な記載がない。
 したがって,請求項1の「トリガ情報(50,52,54)により,データ(5
6,58,60)が種々のプログラムレベルについて測定装置に割り当てられる」
との内容がどのような処理を意味するのかは明確でないといわざるを得ない。原告
の上記主張は,採用することができない。
 (2) 取消事由1のイについて
 ア 原告は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,請求項1のトリガ
情報とは,①デュアルポート22内のデータ56,58ないし60を捕捉検出し,
検出されたデータを測定装置18に正しい時間順序で記録させる機能のほか,②測
定装置において制御装置のプログラム処理経過に同期してそれ自体一貫性のあるデ
ータセットを読み出すことを可能とする機能,③データの一貫性を示す機能を有す
るものであると主張する。
 イ しかし,
 (ア) 上記①の機能について
 上記(1)で判示したように,本願明細書には,トリガ情報が捕捉検出したデュアル
ポートRAM22内のデータ56,58ないし60を測定装置のどの部分に記録さ
せるのかについての明確な記載はなく,したがって,トリガ情報がデータを測定装
置18に正しい時間順序で記録させるということが,どのような処理を意味してい
るかは明確でない。
 (イ) 上記②の機能について
 本願明細書の発明の詳細な説明には,「トリガ情報50,52ないし54により
制御装置10内のプログラム経過(このプログラム経過はワークメモリ20でシミ
ュレートされる)に同期して,それ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することが
できる。」(段落番号【0013】)と記載されており,この記載によれば,「制
御装置10内のプログラム経過」は,ワークメモリ20でシミュレートされ,トリ
ガ情報によりそれに同期して,それ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することが
できるというものである。
 他方,本願明細書の発明の詳細な説明には,「このトリガ情報により,デュアル
ポートRAM22で制御装置10内のプログラム経過を実行し,これと同期してそ
れ自体一貫性のあるデータを捕捉検出することができる。」(段落番号【001
2】)と記載されている。
 そうすると,制御装置10内のもともとのプログラム経過と制御装置10内のワ
ークメモリ20でそれをシミュレートしたものとがあることになるが,本願明細書
には,両者がどのような関係にあるのか,また,それに同期してトリガ情報がデー
タを捕捉検出するということが,どのような技術内容を意味しているのかについて
の明確な記載はなく,したがって,「トリガ情報」によるデータの捕捉検出処理に
ついて,これがどのような処理を意味しているのかを明確に把握することができな
い。
 (ウ) 上記③の機能について
 a 本願明細書の発明の詳細な説明には,「デュアルポートRAM22とワーク
メモリ20との間のデータ交換と同時に制御装置10により固有のトリガ情報が作
成される。このトリガ情報により,デュアルポートRAM22で制御装置10内の
プログラム経過を実行し,これと同期してそれ自体一貫性のあるデータを捕捉検出
することができる。この種のトリガ情報は例えばデュアルポートRAM22で作成
され,それ自体一貫性のあるデータの有効性を表す。」(段落番号【0012】)
と記載されている。この記載によれば,トリガ情報は,制御装置10により作成さ
れるものとデュアルポートRAM22で作成されるものとがあることになるが,本
願明細書には,両者がどのような関係にあるのか,また,デュアルポートRAM2
2で作成されたトリガ情報がそれ自体一貫性のあるデータの有効性を表すというこ
とが,どのような技術内容を意味しているのかについての明確な記載はなく,した
がって,上記③の機能がどのような処理を意味しているかは明確でない。
 b もっとも,この点につき,原告は,デュアルポートRAM22で作成される
トリガ情報は,制御装置10により作成されたトリガ情報と同じ内容のものであ
り,同じ内容のデータを作成することは,トリガ情報のコピーを作成することに他
ならないと主張する。しかし,仮に原告の主張するとおりであるとすると,トリガ
情報がその有効性を表すとされるデータは,トリガ情報が,デュアルポートRAM
22で制御装置10内のプログラム経過を実行し,これと同期して捕捉検出したも
のであるということになるが,(イ)に判示したように,「トリガ情報」によるデータ
の捕捉検出処理については,どのような処理を意味しているのかを明確に把握する
ことができないのであるから,そうであれば,トリガ情報がそれ自体一貫性のある
データの有効性を表すということが,どのような技術内容を意味するのかについて
も,明確に把握することができないといわざるを得ない。
 ウ したがって,原告の主張する「トリガ情報が有する機能」そのものが明確で
ないから,原告の上記主張は,採用の限りでない。
 (3) 以上によれば,「トリガ情報」によるデータの捕捉検出処理について,これ
がどのような処理を意味しているのかを明確に把握することができないから,請求
項1は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載し
たということはできず,取消事由1は理由がない。
 2 取消事由2(「イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を
以てコピーする」との記載に関する判断の誤り)について
 (1) 本願明細書には,「イベント」に関して,次の記載のみがある。
「データをバッファメモリ(32)から,選択可能なイベントに依存してメインメ
モリ,例えばハードディスク(34)にコピーする,請求項1または2記載の方
法。」(特許請求の範囲の【請求項3】)
「イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以てコピーする,請
求項3記載の方法。」(特許請求の範囲の【請求項4】)
「制御計算器26では伝送されたデータがリングバッファ32にバッファ記憶さ
れ,所定の選択可能なイベントが発生した場合にハードディスク34に転送され
る。データをハードディスク34に転送する際,内部の所定の調整可能な進み時間
および/または遅れ時間が考慮される。これによりデータコピーをイベントの発生
までに実行することができる。ハードディスク34に記憶されたデータは次に制御
計算器26を介して読出すことができる。」(段落番号【0012】)
 (2) しかし,以上の記載のみによっては,「イベントを,調整可能な進み時間お
よび/または遅れ時間を以てコピーする」ということが,どのような技術的事項を
表現しているのかを明確に把握することができない。
 (3) そうであれば,請求項4は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことの
できない事項のみを記載したということはできず,取消事由2は理由がない。
 3 取消事由3(「明細書の発明の詳細な説明の記載についての判断の誤り)に
ついて
 1,2に判示したように,本願明細書には,「トリガ情報」によるデータの捕捉
検出処理,及び,「イベントを,調整可能な進み時間および/または遅れ時間を以
てコピーする」処理について,明確に記載されていない。
 したがって,審決が,「本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技
術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度
に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているとは認めることができない」
と判断したことに誤りはなく,取消事由3も理由がない。
 4 以上のとおりであって,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原
告の請求は棄却されるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
         裁判長裁判官    塩  月  秀  平
            裁判官    田  中  昌  利
            裁判官    髙  野  輝  久

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