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         主    文
     原判決を次のとおりに変更する。
     控訴人は被控訴人に対し別紙物件目録(一)記載の建物のうち同目録
(二)記載の部分から立退いてこれを明渡し、かつ昭和四三年九月一五日以降右明
渡まで月金八万円の割合による金員を支払え。
     被控訴人のその余の請求は、これを棄却する。
     控訴人の反訴請求は、これを棄却する。
     訴訟費用は本訴、反訴を通じ第一、二審とも控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人
は控訴人に対し別紙物件目録(一)記載の建物及び土地につき東京法務局新宿出張
所昭和三九年七月一三日受付第一五、六七六号をもつて同日なされた代物弁済を原
因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、昭和四〇年三月四日から昭
和四二年三月三日まで月金一八六、〇〇〇円の割合による全員を支払え。訴訟費用
は本訴反訴を通じ第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び右金員支
払の部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に附加訂正するほか、原判決事実
欄記載のとおりであるからこれを引用する。
 第一、 控訴人の主張
 一、 訴外A及び大明建設株式会社が連帯して被控訴人より借り受けた金員の利
息の利率は月四分の約である。即ちAが月二分の利息を支払い、それとは別に大明
建設株式会社が月二分の謝礼金を支払う約てあつたから、全体としての利息は月四
分の約定となるわけである。
 しかしてAらは借受当日の昭和三八年一〇月一〇日利息謝礼金として金八〇万
円、同年一一月九日利息として金二〇万円、同年一二月九日同金二〇万円、昭和三
九年二月一〇日利息及び損害金として各金二〇万円、同年三月一〇円損害金として
金二〇万円、同年四月二〇日に前日までの損害金として金五三万円を支払い、かつ
右日時元本に金二〇〇万円を弁済した上、控訴人において残債務につき免責的債務
引受をし、そして控訴人は同年五月二三日利息として金一〇万円を支払つた。従つ
て右利息損害金につき前記約定利率を利息制限法所定の利率に引き直しその超過分
を元本債務に充当すると、昭和三九年四月二〇日現在、控訴人において債務引受し
た元本債務は六百数十万円に過ぎないこととなる。
 二、 控訴人の約定した右債務引受契約の際には、これを担保する抵当権の目的
たる別紙物件目録(一)記載の建物及びその敷地(以下本件物件という。)を控訴
人においてAより抵当権つきのまま譲り受けるとともにAの約した本件物件につい
ての代物弁済予約上の地位を承継したものであるところ、その当時における本件物
件の時価は二千万円相当であるから、被控訴人は右予約完結権の行使により僅か六
百数十万円の債権のためその三倍以上の財産を取得しうることとなり、暴利行為と
いうべきであつて、前記契約中少くとも右代物弁済予約上の地位を承継する部分は
民法第九〇条に違反し無効というべきである。従つて被控訴人は右予約完結権の行
使により本件物件の所有権を取得しえないものである。
 三、 (一)仮りに被控訴人が右予約完結権の行使により本件物件の所有権を取
得したとしても、控訴人は被控訴人に対しこれと同時履行の関係にある次の債権を
有するから、その引渡しを求める本訴請求についてはその限度で引換給付の判決が
なさるべきである。即ち、被控訴人の本件貸金債権に対しては、前記一のように、
A及び大明建設株式会社においてその元金の内入として金二〇〇万円及び利息損害
金として金二三三万円を支払い、その後控訴人は利息として金一〇万円を支払つて
いるのであるから、被控訴人が当初に約定した代物弁済予約の完結により本件物件
の所有権を取得した以上、右弁済金合計金四四三万円を不当に利得したことにな
り、その弁済者に対しこれを返還する義務を負うものである。もつとも右のうち四
三三万円はA及び大明建設株式会社が弁済したものではあるが、本件債務引受契約
においては、右訴外人らの被控訴人に対する一切の債権債務を控訴人が承継する約
であつて、そのうちには右の如き将来の一部弁済金返還請求権も包含されており、
またこれに関する譲渡人らからの譲渡通知もその際被控訴人に対しなされていたも
のである。従つて被控訴人は控訴人に対し右合計金四四三万円を本件物件の所有権
移転登記の完了した昭和三九年七月一五日限り返還すべき義務があるところ、被控
訴人は金融業を営む商人であつて本件貸借はその営業のためにした商行為であるか
ら、その翌日以降商事法定利率たる年六分の割合による遅延損害金を支払うべきで
ある。そして本件物件の引渡と右一部弁済企の返還とは対価関係にあるから、控訴
人は右金四四三万円及びこれに対する昭和三九年七月一六日以降完済まで年六分の
割合による金員の支払を受けると引換えにおいてのみ、本件物件を被控訴人に引渡
す義務を負うものに過ぎない。
 (二) 被控訴人の相殺の抗弁につきその主張の事実はすべて争う。
 第二、 被控訴人の主張
 一、 本件消費貸借の利息は月二分、遅延損害金は月四分の約定である。被控訴
人が弁済を受けた控訴人主張の元利金等のうち、貸借当初金八〇万円の利息謝礼金
の支払を受けたことは否認するが、その余はすべて認める。当初支払を受けた金額
は金七〇万円である。
 二、 本件貸借は大明建設株式会社の代表取締役たる訴外BがAに本件建物の建
築を勧めて同会社においてその建築を請負い、その建築資金としてAと右会社が連
帯して被控訴人より借り受けたものであるが、右Bはその融資金を他に流用して右
建築の完成を遅延させ、Aがやむなく本件物件を投げ出すのを待つて、自分の息子
である控訴人により昭和三九年四月二〇日被控訴人に対する残債務を引受けるとと
もに本件物件の所有権を取得し、しかもAに対し買受代金の清算金を支払わないの
みか、本件建物の部屋貸しを始め多額の保証金を取得するにいたつた。本件債務引
受はかような事情の下になされたものであるばかりでなく、本件物件の時価はその
当時一五〇〇万円程度で、これを担保としての銀行融資額はせいぜい五〇〇万円な
いし七〇〇万円が限度であるから、本件代物弁済予約上の地位の承継契約は決して
暴利行為ではない。しかも右予約上の地位の承継は、Aらと被控訴人及び控訴人の
三者間において、Aは被控訴人に元本の一部金二〇〇万円とそれまでの損害金を支
払い、控訴人は本件物件を取得するとともに残債務八〇〇万円を引受けこれに随伴
するAの代物弁済予約等の契約上の地位をそのまま承継する旨を約定したことによ
るものであるから、右代物弁済予約上の地位を承継する契約の部分のみを捉えてそ
の一部の無効を主張することは許されない。
 三 控訴人の同時履行の抗弁は次の理由により失当である。
 (一) 代物弁済の予約後一部弁済があつた場合に予約完結のとき一部弁済金額
を不当利得として返還すべきであるとしても、控訴人は本件物件を買い受けた際、
Aに対する買受代金から大明建設株式会社が被控訴人に支払つていた利息損害金等
の金額を差し引いており、またその余の被控訴人に対する支払はすべてAの出捐に
かかるものであり、一部弁済金として自らの出捐をしていない控訴人がその返還請
求権を取得するはずがない。なお、控訴人が本件債務引受の際A及び大明建設株式
会社において将来取得する不当利得返還請求権を譲り受け当日右訴外人らから被控
訴人にその旨の通知がなされたことは否認する。
 (二) 仮りに、被控訴人が控訴人に対し不当利得返還義務を負い、これと本件
物件の引渡請求とが同時履行の関係にあるとしても、被控訴人は控訴人に対し左記
損害賠償債権を有するから、これと右不当利得返還債務とを本訴において左記順序
により対当額において相殺する。よつて被控訴人の右債務はすべて消滅したことに
なるから控訴人の主張は理由がない。
 (イ) 本訴請求にかかる損害賠償請求権、即ち控訴人において被控訴人が本件
建物の所有権を取得した昭和三九年七月一五日以降別紙物件目録(二)記載の建物
部分を不法に占有しておることにより、被控訴人が控訴人に対し有する月金八万円
の割合による賃料相当の損害の賠償請求権のうち、右日時以降昭和四三年九月一四
日までの分計金四〇〇万円
 (ロ) 控訴人において本件建物中別紙明細表記載の部分を昭和三九年七月一五
日以降不法に占有して第三者に賃貸し、これにより被控訴人が控訴人に対し有する
月合計金二一三、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害の賠償請求権のうち、右日
時以降昭和四〇年二月一四日までの分計金一、四九一、〇〇〇円
 第三、 立証関係
 当審において新たに、控訴代理人は乙第一七号証を提出し、証人A及び同Bの各
証言を援用し、甲第九号証の成立は認めるが、その余の当審提出の甲号各証の成立
はいずれも不知と述べ、被控訴代理人は甲第六号証の一、二、第七号証の一ないし
五、第八号証の一ないし七、第九号証を提出し、証人Aの証言及び被控訴人本人尋
問の結果を援用し、乙第一七号証の成立は不知と述べた。
 第四、 原判決の訂正
 原判決中明らかな誤記と認められる同原本四枚目裏一〇行目の「大明建設」とあ
るのを「A」と、同七枚目裏六行目から七行目の「C」とあるのを「B」とそれぞ
れ訂正し、右同七行目から八行目の「および被告本人の供述」を削る。
         理    由
 一、 被控訴人が昭和三八年一〇月一〇日訴外A及び大明建設株式会社に対し金
一、〇〇〇万円を弁済期昭和三九年二月一〇日、利息は毎月一〇日当月分を持参払
い、これを怠るときは期限の利益を失うこととして貸し付け、その担保としてAが
所有していた本件物件につき抵当権を設定し、かつ選択的な代物弁済の予約をし
て、抵当権設定登記及び代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をし
たことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第二号証の一、原審証人D、
同E、同A、原審及び当審証人Bの各証言並びに原審における被控訴本人の供述を
綜合すると、右Aはこれより先、大明建設株式会社の代表取締役であり控訴人の父
である訴外Bから、金融機関より低利の建築資金の融資が得られるから本件の土地
にビルを建設してはどうかと勧められ、その融資を予期して、他より頭金三〇〇万
円を工面した上、右会社にその建築を依頼し着工するにいたつたが、その後予期に
反して右の融資が得られないためAはその資金に困つた末、Bの勧めにより被控訴
人から大明建設株式会社と連帯して前記のように未完成の本件建物及びその敷地を
担保として金借したものであること、このような経緯のため、利息については、A
との関係においては月二分の約であつたが、これとは別に右会社において謝礼金と
して月二分を被控訴人に支払うことを約定したものであり、遅延損害金については
Aとの関係においても月四分と定めたものであることが認められ、右認定に反する
原審証人Bの供述部分は措信しがたい。
 二、 次に、当審における被控訴本人の供述により成立の認められる甲第六号証
の一、二及び右供述によれば、本件貸借の成立した昭和三八年一〇月一〇日にAら
からその利息及び謝礼金として被控訴人に金七〇万円が支払われたことが認めら
れ、当審証人Bの証言中同日の支払金が金八〇万円であつたとする部分は右証拠に
対比し信用しがたい。そしてその後昭和三九年四月二〇日までの間に利息、損害金
として合計金一五三万円が支払われたこと、右同日被控訴人は元本についても金二
〇〇万円の弁済を受け、同時に控訴人は本件物件を前記抵当権つきのままAから買
い受けた上、残元金八〇〇万円の債務につきAらに代わり控訴人がその債務を引受
け(この引受が免責的債務引受の趣旨であることは弁論の全趣旨により明らかであ
る。)、本件物件についての前記代物弁済予約上の地位を承継したことはいずれも
当事者間に争いのないところである。
 ところで控訴人は右債務引受に当りその支払方法は後日協議することとされたか
ら弁済期の定めのない債務となつた旨主張するので、この点につき検討する。成立
に争いのない甲第一号証、同第二号証の一ないし三、原審証人D、同E、原審及び
当審証人A並びに原審及び当審における被控訴本人の供述によると、当初Aは本件
貸借の弁済期までに建築が完成し、これを処分して弁済に当てるつもりであつた
が、本件の借受金を受領したBがこれを他に流用したりして建築工事は予定どおり
進捗せず、右弁済期当時いまだ完成を見るにいたらなかつたし、他方被控訴人に対
する期限後の損害金の支払も滞り勝ちとなつていたため、Aは右Bから本件物件及
び債務の肩代りについての申出を受けると、容易にこれに応ずるにいたつたこと、
そして被控訴人は昭和三九年四月二〇日右B及び控訴人らからその旨の申込を受
け、前日までの損害金五三万円と元本内入金二〇〇万円の支払を受けることによ
り、控訴人の本件物件の取得及び前記のような残債務の引受を承諾し、翌二一日関
係者が落ち合つて本件物件につき控訴人への所有権移転、前記抵当権の被担保債務
の一部弁済及び控訴人への債務者変更の各登記を経由したことが認められ、かよう
な債務引受の事情と、前示甲第二号証の二、三、原審証人D、同Eの各証言並びに
原審及び当審における被控訴本人の供述を綜合すると、右債務引受に当つては、特
に弁済期を変更したわけでなく、ただ控訴人側より当初は五月中に、その後さらに
六月中には、本件物件を処分するか、又は金融機関に肩代りするかして弁済すると
の申入れを受けて、被控訴人が結局同年六月末日まで代物弁済の予約完結権の行使
を猶予したものと認定することができる。もつとも乙第四号証(同年五月二四日付
領収証)に利息の語が用いられているが、この記載は前示甲第二号証の三及び原審
証人Dの証言と対比すると、いまだ右認定を覆えすに足りるものではない。
 また原審証人Bは少くとも六ケ月の弁済期ないし予約完結権の行使の猶予を受け
た旨供述するが、この供述は前示諸証拠に照らし信をおきがたい。その他、右認定
を覆えし控訴人主張の事実を認めるに十分な証拠はない。
 三、 控訴人は右債務引受及び代物弁済予約上の地位承継は被控訴人の暴利行為
で無効であると主張する。ところで控訴人は前記のとおり残元本八〇〇万円の債務
を引受けたのであるが、それまでの間に支払われた前記利息損害金は利息制限法所
定の利率を超過するものであるから、これを制限内の利率に引き直して元本に充当
すると、控訴人主張のように元本残債務は相当減額されることとなる。しかし、こ
れを考慮した上、本件物件の当時の時価が控訴人主張どおりの二千万円であつたと
してみても、前記認定にかかる債務引受の経緯に徴し被控訴人が控訴人の窮迫、無
経験又は軽率に乗じ過当な利益を得ようとしたような特別の事情は認められない本
件においては、右債務額と目的物件の時価とを比較考量すると、いまだこの程度の
較差をもつて控訴人の債務引受及び代物弁済予約上の地位承継の契約が被控訴人の
暴利行為であつて民法九〇条に違反するものと解することはできない。よつて控訴
人の右主張も採用の限りでない。
 四、 しかして被控訴人が昭和三九年七月一三日代物弁済を原因とする所有権移
転登記をし、翌一四日控訴人に対し代物弁済予約完結の意思表示をして、これが翌
一五日控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。控訴人はその当時債務不履
行の状態ではなかつた旨主張するが、被控訴人が予約完結権の行使を猶予したのは
同年六月末日までであることは前記認定のとおりであつて、それ以上に弁済期ない
し予約完結権の行使時期を猶予したことはこれを認めるに足りる証拠はなく、かえ
つて原審及び当審における被控訴本人の供述によると、控訴人は本件債務引受後同
年五月二三日金一〇万円を支払つた(この事実は当事者間争いがない)のみで約定
のその余の損害金を支払わないのみならず、同年六月末日を経過してもなお元本の
弁済をしなかつたこと、なおそのほか控訴人において独断で保証金を収受して本件
建物の部屋貸しを始め、また前記Aに対する買受代金の清算金をも支払わないこと
を聞いて、被控訴人は不安になり、右予約完結権の行使に及んだものであることが
認められる。従つて被控訴人の右予約完結権の行使は適法有効になされたものとい
うほかはない。
 五、 次に控訴人は右代物弁済を原因とする移転登記は被控訴人に交付した委任
状、印鑑証明等を乱用してなされた旨主張し、原審及び当審において証人Bは右交
付書類が他の目的のためのものであつた趣旨の供述をしているが、この供述部分は
前示甲第二号証の一、原審及び当審における被控訴本人の供述に照し措信しがた
く、他にこれを認めるに足りる証左はない。また控訴人は右登記が前記予約の仮登
記に基づく本登記としてなされなかつたから無効であると主張するが、代物弁済予
約による仮登記があり、しかもその完結の意思表示がなされた場合でも、代物弁済
がなされた以上、仮登記に基づく本登記の方法にようずに直接代物弁済を原因とす
る所有権移転の登記をするには何んらの妨げがあるはずはなく、ただこの場合は仮
登記による順位保全の効力を主張しえないだけのことであるから、右の主張も採用
できない。控訴人はさらに本件登記は予約完結の意思表示前になされているから無
効である旨主張する。なるほど登記当時には未だ登記原因を欠くものではあるが、
本件ではその二日後には代物弁済予約完結の意思表示がなされており、結局その登
記は実体関係に符号するにいたつているのであるから、この程度の前後の齟齬をも
つて右登記が無効であるということはできない。
 六、 してみれば被控訴人は代物弁済により本件物件の所有権を取得したものと
いうべきであり、控訴人が本件建物のうち別紙物件目録(二)記載の部分を占有し
ていることは当事者間に争いのないところであるから、控訴人は被控訴人に対し右
建物部分から立退いてこれを明渡す義務があるものといわなければならない。これ
に対し控訴人は、被控訴人が代物弁済予約の完結により本件物件を取得した以上、
被担保債権につき支払を受けた元利金はこれを返還すべきであつて、これと本件物
件の引渡とは同時履行の関係にあると主張するので、次にこれを検討する。
 <要旨第一>(一) ある債務につき代物弁済の予約がなされた場合には、その予
約は通常当該債務に対する担保的機能を有し、しかもその債務の弁済期
までの元利金と代物弁済予約の目的物との価値とは、少くとも当事者間においては
通常経済的に等価関係に立つものと評価されているものというべきであるから、債
務者より元利金の一部弁済があつた場合に、予約完結権の行使は特段の事情のない
限り妨げられるものではないが、債権者において代物弁済により目的物を取得する
とともに一部弁済による利得をも保有するものとすれば、その限度において二重に
利得する結果となる。従つてかかる場合には債権者は一部弁済にかかる元木及び利
息に相当する額―利息制限法所定の利率を超過する利息を支払つた場合にはその超
過する部分をも含めて―を不当利得として債務者に返還すべき義務を負うというべ
きである。また遅延損害金については、代物弁済予約の当初、将来債務者において
債務の履行を怠ることが通常予見されているとはいえないであろうが、しかし他方
債権者において履行期後直ちに予約完結権を行使するとは限らず、これを猶予して
その間の遅延損害金の支払を受けることも予想されていないわけではないのである
から、遅延損害金についても、利息と同様に代物弁済目的物件の価格と等価関係に
立つものの一部としてこれに包含せしめ、債権者が予約完結権の行使により目的物
件を取得した場合にはこれをも返還すべきものと解するのが相当である。
 従つて本件においては被控訴人は前記のとおり元金、利息及び遅延損害金として
合計金四三三万円の支払を受けているのであるから、これが金員を返還すべきであ
り、また被控訴人はこれを返還しないで代物弁済の目的たる本件物件を取得してい
るのであるから悪意の受益者というべく、従つて被控訴人はその時以降右金員に対
する法定利息をも支払う義務があるものといわなければならない(控訴人はその翌
日以降の遅延損害金を主張しているが、不当利得返還債務は期限の定めのない債務
であつて、受益のときに直ちに履行期が到来するものではない。しかし本件におけ
る控訴人の右主張には法定利息の主張も含まれているものと解して差し支えな
い)。そして控訴人は年六分の商事法定利率による支払を主張するが、被控訴人が
金融業を営んでいるとしても、そのことだけでは商行為を業とする者とはいいがた
いから、その主張は理由がなく、被控訴人は年五分の民事法定利率による法定利息
の支払をすれば足りるというべきである。
 (二) ところが本件においては、右不当利得返還請求権のうち昭和三九年四月
二〇日までに支払われた元金、利息及び遅延損害金計四二三万円について控訴人が
果してその返還請求権を取得したものかどうかが争われており、これにつき控訴人
は、同人がAらの残債務を引受け本件物件を買受けた昭和三九年四月二〇日にAら
から同人らがそれまでに支払つた元利金等についての将来の返還請求権を譲り受
け、Aらから被控訴人にその旨の通知がなされたと主張するが、本件において、特
にかかる譲渡及びその通知がなされた事実については、こ<要旨第二>れを認めるに
足りる証拠はない。しかしながら、右日時にAら、控訴人及び被控訴人の三者間に
おいて、控訴人はAらから本件代物弁済予約の目的物件を譲り受けると
ともに、Aらの被控訴人に対する残債務全部を免責的に引受けて代物弁済予約上の
地位を承継し、また控訴人はAに対しこれに関する清算金を支払う旨約したことは
前記認定のとおりであるから、控訴人はAらに代わり被控訴人に対する本件消費貸
借及び担保関係上の一切の地位を承継取得したものというべきであり、従つてかよ
うな場合には、それ以前における元利金等の一部弁済がAらの出捐にかかるもので
あつたとしても、被控訴人において予約完結権の行使により控訴人から本件物件の
所有権を取得したことによつて生ずる右一部弁済金の返還請求権は、右のとおり本
件消費貸借上の一切の権利義務を承継した控訴人に当然に帰属するものと解すべき
である。そしてその後における遅延損害金一〇万円の弁済は控訴人によりなされた
こと前記のとおりであるから、控訴人はこれをも併せ合計金四三三万円の前示不当
利得返還請求権を取得したものといわなければならない。
 <要旨第三>(三) 次に、代物弁済の予約権の行使による目的物件の給付請求と
一部弁済金の返還請求とが同時履行の関係に立つかどうかを考えてみ
る。ところで代物弁済は目的物件の給付があつて初めて債務消滅という効力が生
じ、その結果として一部弁済金の不当利得返還請求権が発生するものであるため、
目的物件の給付がなされるまではいまだ右の不当利得返還請求権は具体的にその発
生をみるにいたつていない。しかしそうだからといつて、そのことのために直ちに
両請求の間に同時履行の関係を否定しなければならないこととなるわけのものでは
ない。
 けだし、右の場合には、目的物件の給付がなされればその当然の結果として直ち
に一部弁済金の返還請求権が生ずるという関係にあるのであるから、その間に履行
上の牽連関係を認めても別段に支障はなく、これはあたかも弁済とそれにより交付
を求めうる受取証書の請求との間に同時履行の関係が認められているのと同様だか
らである。また本件においては、目的物件が不動産であるため、いまだその引渡は
なくても移転登記の完了によつて代物弁済の効力が生じ、既に一部弁済金の返還請
求権は発生しているのであるから、なおさらのことというべきである。そして代物
弁済の目的物件の給付と一部弁済金の返還とは右にみたとおり密接な関係をもち、
しかも前記(一)で述べたところから明らかなように目的物件と弁済金とは広い意
味の対価関係にあるということができるのであるから、その相互の履行においても
同時履行の牽連関係を認めることが両者間の公平を期する所以であるといわなけれ
ばならない。
 (四) ところが、被控訴人は、控訴人の被控訴人に対する右不当利得返還請求
権に対し本訴においてもその主張の反対債権をもつて相殺の意思表示をしたことは
本件記録により明らかである。
 まず第一順位で相殺に供する反対債権について判断すると、前記のとおり控訴人
は被控訴人が所有権を取得した昭和三九年七月一五日以降も前示本件建物部分を明
渡さず、これを不法に占有しているのであるから、被控訴人に対し右日時以降明渡
にいたるまで賃料相当の損害賠償義務を負うものというべく、そして原案における
被控訴本人の供述によれば、右占有部分の相当賃料は一箇月金八万円であることが
認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。従つて被控訴人は控訴人に対
し右日時以降昭和四三年九月一四日まで月金八万円の割合による損害合計金四〇〇
万円の賠償を求める反対債権を有するものである。
 また第二順位で相殺に供する反対債権につき判断すると、成立に争いのない甲第
四号証、当審における被控訴本人の供述により成立の認められる甲第八号証の一な
いし七及び右供述並びに弁論の全趣旨によると、控訴人は昭和三九年七月一五日以
降本件建物中別紙明細表上欄記載の部分をも不法に占有することにより、それぞれ
一箇月回表下欄記載(ただし同表3の部分については金二六、〇〇〇円)のとおり
の賃料相当の損害を被控訴人に被らしめていることが認められ、他にこれを左右す
るに足りる証拠はないから、被控訴人は控訴人に対し右日時以降昭和四〇年二月一
四日まで月計金二一一、〇〇〇円の割合による損害合計金一、四七七、〇〇〇円
(被控訴人は金一、四九一、〇〇〇円の損害を主張するが右認定金額を超過する部
分についてはこれを認めるに十分な証拠がない。)の賠償を求める反対債権を有す
るものというべきである。
 よつて、控訴人の被控訴人に対する前記金四三三万円及びこれに対する控訴人が
本訴で主張する日時たる昭和三九年七月一六日以降完済まで年五分の割合による利
息の支払を求める受働債権と被控訴人の控訴人に対する右第一順位の自働債権とに
つき、相殺適状となつた日々を基準としてその都度、利息、元本の順序で順次相殺
充当すると、被控訴人の控訴人に対する右自働債権はすべて消滅するとともに、右
受働債権も利息全部及び元本の一部につき対当額において消滅し、さらに同時に受
働債権の右残元本に対し被控訴人の控訴人に対する第二順位の自働債権をもつて相
殺されることにより、受働債権たる控訴人の被控訴人に対する右不当利得返還請求
権はすべて消滅に帰するとともに、右自働債権についても受働債権の右残元本に対
応する金額の限度において先に弁済期の到来したものからの順序により消滅し、そ
の金額も客観的に確定しているものであることは、算数上明らかなところである。
 してみると、控訴人が本件物件の占有部分の引渡と引換給付を主張する前記不当
利得返還請求権は既に消滅しているものといわざるをえないから、控訴人の同時履
行の抗弁は失当として排斥を免れない。
 七、 以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求中、本件建物の前記占
有部分の明渡を求め、かつ昭和四三年九月一五日以降右明渡まで月金八万円の割合
による金員の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、昭和三九年七月
一五日以降昭和四三年九月一四日まで月金八万円の割合による金員の支払を求める
部分は、前記六(四)のとおり本訴において相殺に供したことにより消滅に帰して
いるから失当として棄却すべきであり、また他方控訴人が被控訴人に対し本件代物
弁済に基づく所有権移転登記の抹消登記手続を求め、かつ被控訴人が本件物件の所
有権を取得しなかつたことを前提とする金員の支払を求める反訴請求はいずれも理
由がないものとして排斥すべきである。
 よつて右と異なる原判決を変更し、被控訴人の本訴請求中右の限度においてこれ
を認容し、その余を棄却すべく、控訴人の反訴請求はこれを棄却し、訴訟費用の負
担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 青木義人 裁判官 高津環 裁判官 弓削孟)
 別 紙
  物 件 目 録
(一)東京都新宿区ab丁目c番のd所在
 家屋番号 同町c番のdのe
 一、鉄筋コンクリート造陸屋根四階建店舗兼共同住宅
 床面積 一階、二階、三階、四階いずれも九八・二八平方米
 (右建物の敷地)
 東京都新宿区ab丁目c番のd
 一、宅地 一〇八・二六平方米(三二坪七合五勺)
(二)右建物のうち
 一階 南側ガレージ
 二階 北側六畳、四畳半各一室及びその附属部(バルコニー、押入、浴室、台所
兼食堂)合件三九・四九平方
 米(一二坪二合五勺)を除いた部分
 明  細  書
1 一階北側店舗一二坪(三九・六六平方米)    賃料 四〇、〇〇〇円
2 二階北側一二・二五坪(四〇・四九平方米)   賃料 二五、〇〇〇円
3 三階南側一一坪(三六・三六平方米)      〃  二八、〇〇〇円
4 同東側中央九坪(二九・七五平方米)      〃  二〇、〇〇〇円
5 同北側一〇・二五坪(三三・八八平方米)    〃  二五、〇〇〇円
6 四階南側一〇・二五坪(三三・八八平方米)   〃  三〇、〇〇〇円
7 同東側中央九・七五坪(三二・二三平方米)   〃  二〇、〇〇〇円
8 同北側一〇・二五坪(三三・八八平方米)    〃  二五、〇〇〇円

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