弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     但し、原判決主文第二項に「金三四六万八二八六円」とあるを「金三三
六万八二八六円」と更正する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人浅沼澄次、同神田洋司(以下、上告代理人浅沼澄次らという。)の上
告理由第一点および第三点について。
 本件記録によれば、原判決の理由第一の一の(四)の事実は当事者間に争いがない
との説示は、相当である。また、所論甲第二号証にいわゆる別紙買鉱契約の成立の
有無および甲第二号証の契約と甲第三号証(鉱石売買契約書)との関係に関する原
判決の認定判断は、その拳示する証拠に照らして、首肯するに足りる。論旨は、採
用しがたい。
 同第二点の一、二および上告代理人浜本一夫、同二宮節二郎(以下、上告代理人
浜本一夫らという。)の上告理由第一点ないし第三点について。
 本件硫黄鉱石売買契約においては、被上告人B鉱業株式会社(以下、被上告会社
という。)が本件鉱区から採掘する硫黄鉱石の全量が売買の対象となつていたもの
である旨の原審の認定判断は、原判決挙示の証拠および原審が右証拠により適法に
認定した諸事実によれば、首肯しえないものではない。そして、記録によれば、被
上告人らは、第一審以来、右のとおり被上告会社の採掘する鉱石の全量が売買の対
象となつていた旨主張していたものと認めるのが相当であつて、上告代理人浜本一
夫らの上告理由が指摘する被上告人らの主張の趣旨は、売買の対象となつていたの
は、前述のとおり、採掘鉱石の全量であるが、本件において、被上告人らが上告人
にその引取義務があると主張している二四〇〇トン(湿鉱量)の鉱石は、実際に、
品位七〇パーセント以上のものであつたというにあるものと解すべきである。論旨
は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰
するものであるか、または、被上告人らの主張を正解しないで、原判決に民訴法二
五七条、一八六条の違反があると主張するものであつて、採用することができない。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第四点について。
 原審が適法に確定した事実によれば、本件甲第二号証の契約においては、被上告
会社が上告人に対し昭和三二年中に引き渡す硫黄鉱石の代金中、前渡金四〇〇万円
への充当は、乾鉱量一トンにつき金一〇〇〇円の割合によるとの約旨であつたとい
うのであるから、原審が、所論のいう同年一一月の四車分の鉱石についても、右の
割合で計算を行ない、同年末における前渡金残額は金三八三万円となつた旨判示し
たのは相当であつて、何ら所論の違法はない。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第五点、第六点および第八点ならびに同浜本一
夫らの上告理由第四点について。
 本件硫黄鉱石売買契約は、その期間が更新されて、昭和三三年一二月末日まで存
続することとなつたものである等所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示
の証拠に照らして、首肯しえないものではない(原判決一三枚目裏末行および一五
枚目表三行目に、それぞれ、「昭和三二年」とあるのは「昭和三三年」の誤記と認
める。)。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定
を非難するに帰し、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用のかぎりでない。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第七点、第九点および第一一点ならびに同浜本
一夫らの上告理由第六点の一および第七点について。
 原判決は、つぎのとおり事実を確定している。すなわち、被上告会社は、昭和三
二年四月一六日上告人との間に、期間を同年一二月末日とし、被上告会社が本件硫
黄鉱区から採掘する硫黄鉱石の全量(所論は、全量ではなく、品位七〇パーセント
以上のものにかぎると主張するが、その採用できないことは、すでに説示したとお
りである。)を対象として、原判示硫黄鉱石売買契約(その内容は甲第三号証と同
旨)を締結したが、その後、右契約期間は更新されて昭和三三年一二月末日までと
なつた。ところで、被上告会社は、右契約に基づいて採掘をはじめ、まず昭和三二
年中に鉱石約一七〇トン(乾鉱量)を上告人に引き渡した。ついで同三三年六月鉱
石一一三・九一トン(乾鉱量)を出荷し、その旨を上告人に通知したが、上告人か
ら市況の悪化を理由に出荷中止を要請され、ここにおいて被上告会社は、上告人を
翻意させるべく折衝したが成功せず、同年九月一一日頃には採掘を中止するのやむ
なきに至り、採掘分(乾鉱量にして一六一二・六九トン)は集積して出荷を準備し
たにとどまつた。そして、右一一三・九一トンの鉱石は、ともかく上告人において
引き取つたのであるが、その後は引取を拒絶したまま、同年一〇月二九日被上告会
社に対し、前渡金の返還を要求する通知書(乙第五号証の一)を発するに至り、右
鉱石売買契約の関係は、前記契約期間の満了日である昭和三三年一二月末日の経過
をもつて終了するに至つた、というのである。
 ところで、右事実関係によれば、前記鉱石売買契約においては、被上告会社が右
契約期間を通じて採掘する鉱石の全量が売買されるべきものと定められており、被
上告会社は上告人に対し右鉱石を継続的に供給すべきものなのであるから、信義則
に照らして考察するときは、被上告会社は、右約旨に基づいて、その採掘した鉱石
全部を順次上告人に出荷すべく、上告人はこれを引き取り、かつ、その代金を支払
うべき法律関係が存在していたものと解するのが相当である。したがつて、上告人
には、被上告会社が採掘し、提供した鉱石を引き取るべき義務があつたものという
べきであり、上告人の前示引取の拒絶は、債務不履行の効果を生ずるものといわな
ければならない。
 所論は、被上告会社には、信義にもとる不履行の責任があり、重大な過失がある
と非難し、その根拠として、被上告会社が昭和三二年の出鉱を遅延したこと、同会
社が昭和三三年六月上告人に何の予告もなく鉱石を送つてきたこと、被上告会社は、
鉱石価格の下降を辿る業界の実情をよそに、みずから危険を冒して採掘を続行した
こと等を列挙し、これらが斟酌されるべきであると主張する。しかし、原判決は、
その理由の六において、被上告会社が昭和三二年度中僅少の出鉱をなしたにとどま
つた事情について詳細説示しており、また、上告人側が本件鉱石売買契約の存続に
ついて明確な認識をもたず、ひいて市況の変化に対処して適切な協議の方法をとら
なかつた事実も、原審の認定判示するところであつて、こうした事実関係のもとに
おいては、被上告会社において信義則に違反し、重大な過失があるとする所論は、
採用のかぎりでない。
 よつて、上告人に引取義務を認めた原審の判断は、正当として是認することがで
きる。右のとおりであるから、所論中、売主側が、買主側の要求により、履行の準
備に相当の努力を費した場合には信義則上も買主の引取義務を肯定すべきである旨
の原判示を非難する部分は、その当否を論ずるまでもなく、原判決に影響を及ぼし
えないものとして、排斥を免れない。
 論旨は、いずれも採用することができない。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第一〇点および同浜本一夫らの上告理由第六点
の二について。
 所論は、原判決が、上告人に対し、引取義務の履行不能による損害賠償義務を認
めたことを非難する。
 しかし、原審の確定した前記事実関係によれば、本件のような継続的供給契約に
おいて、被上告会社がその採掘にかかる鉱石を上告人に送付し、上告人がこれを引
き取るべき義務を負うのは、本件硫黄鉱石売買契約関係の存続を前提とするものと
解されるところ、上告人が、その義務に違反し、前示鉱石一六一二・六九トンの引
取を拒絶したまま、昭和三三年末をもつて右契約関係を終了するに至らしめたので
ある以上、右引取義務は、上告人の責に帰すべき事由により履行不能になつたもの
というべきであり、所論原判示は正当である。論旨は採用することができない。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第一二点ないし第一五点ならびに同浜本一夫ら
の上告理由第五点および第八点について。
 所論は、被上告会社が被つた損害の額に関する原判決の判断は違法である旨種々
主張する。
 しかし、被上告会社が引取を拒絶された原判示硫黄鉱石一九四三トン(湿鉱量)
には、甲第三号証における純硫黄一〇キログラムにつき九〇円の約定が適用される
べきであるとした原判決の説示は、正当として是認することができる。所論は、昭
和三二年七月以降の分については、当事者間の協議によつて価格が定められること
を要するのであり、当事者間の協議により右価格が定められなかつた以上、価格の
ない状態にとどまると主張する。しかし、本件のような採掘される鉱石の全量が対
象とされている売買契約において、かような結果を認めることは、却つて不条理で
ある。のみならず、原判示によれば、昭和三二年秋以後、とくに昭和三三年になつ
てから硫黄の市況がとみに悪化したというのであるから、こうした場合には、むし
ろ買主の立場にある上告人の側から協議を求めることが期待されるべきである。し
かるに、その協議が行なわれなかつた(この旨の原審の認定は是認できる。)とい
うのであるから、右原判示は相当であるというべく、所論は、採ることができない。
その他の所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の拳示する証拠に照らして、
首肯しえないものではなく、所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨
判断、事実の認定を非難するに帰する。原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用
することができない(原判決一七枚目裏一行目に「一四八一・四立方メートル」と
あるのは「一四八五・四立方メートル」の、同五行目に「控訴会社」とあるのは「
被控訴会社」の、一九枚目表末行に「金六六八万一八七六円」とあるのは「金六五
八万一八七六円」の、同裏九行目に「六八・九一トン」とあるのは「六八・四九ト
ン」の、二〇枚目表六行目および同裏九行目に、それぞれ、「三四六万八二八六円」
とあるのは「三三六万八二八六円」の、各明白な誤りであると認める。)。
 上告代理人浅沼澄次らの上告理由第一六点および同浜本一夫らの上告理由第九点
について。
 所論は、被上告会社の上告人に対する原判示損害賠償請求権は成立しないとする
その前提において失当であるから、採用のかぎりでない。
 なお、右に説示したところによれば、原判決主文第二項に「金三四六万八二八六
円」とあるのは、「金三三六万八二八六円」の明白な誤りであるから、民訴法一九
四条により、職権で右のとおり更正する。
 よつて、民説法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   林   益   二
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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