弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人岡本喜一、同梶田茂、同近藤健一、同秋山清光の上告理由第一点につ
いて。
 原判決によれば、原審において、ブドウ状球菌の繁殖による原告(被上告人)の
硬膜外膿瘍および圧迫性脊髄炎は、被告(上告人)のした麻酔注射に起因する旨認
定したうえ、この場合、ブドウ状球菌の伝染経路としては、(1) 注射器具、施
術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不完全(消毒後の汚染を含む)(2) 注
射薬の不良乃至汚染(3) 空気中のブドウ状球菌が注射に際し、たまたま附着侵
入すること(話し中のつばにまじつて汚染する場合も含む)及び(4) 保菌者で
ある患者自身の抵抗力の弱まつた際血行によつて注射部位に病菌が運ばれることを
考えられるけれども、結局、本件においては、(2)乃至(4)による伝染を否定
して、(1)の場合即ち、注射器具、施術者の手指、患者の注射部位等の消毒の不
完全(消毒後の汚染を含む)により、注射器具、施術者の手指、患者り注射部位等
に附着していたブドウ状球菌が被上告人の体内に侵入したため生じた病気である旨
認定しているのである。
 医者たる上告人の麻酔注射に起因して患者たる被上告人が前記の如く罹患した場
合において、右病気の伝染につき上告人の過失の有無を判断するに当り、可能性の
ある伝染経路として右(1)乃至(4)を想定し、個々の具体的事実を検討して(
2)乃至(4)につき伝染の経路であることを否定し、伝染の最も再能性ある右(
1)の経路に基づきこれを原因として被上告人に前記病気が伝染したものと認定す
ることは、診療行為の特殊性にかんがみるも、十分是認しうるところであり、原判
決挙示の証拠によるも、右(1)の伝染経路に基づきこれを原因として被上告人が
罹患するに至った旨の原審の認定判断は正当である。
 しかして、右(1)の如き経路の伝染については、上告人において完全な消毒を
していたならば、患者たる被上告人が右の病気に罹患することのなかったことは原
判決の判文上から十分うかがい知ることができ、したがって、診療に従事する医師
たる上告人としては、ブドウ状球菌を患者に対し伝染せしめないために万全の注意
を払い、所論の(1)の医師患者その診療用具などについて消毒を完全にすべき注
意義務のあることはいうまでもなく、かかる消毒を不完全な状態のままで麻酔注射
をすることは医師として当然なすべき注意義務を怠っていることは明らかというべ
きである。原判決はこの点につきかならずしも明示していないが、判文の趣旨が右
であることは十分諒解しうるところである。原判決に所論の違法はない。
 論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採るを得ない。
 同第二点について。
 原判決は、前記注射に際し注射器具、施術者の手指あるいは患者の注射部位の消
毒が不完全(消毒後の汚染を含めて)であり、このような不完全な状態で麻酔注射
をしたのは上告人(被告)の過失である旨判示するのみで、具体的にそのいづれに
ついて消毒が不完全であったかを明示していないことは、所論の通りである。
 しかしながら、これらの消毒の不完全は、いづれも、診療行為である麻酔注射に
さいしての過失とするに足るものであり、かつ、医師診療行為としての特殊性にか
みれば、具体的にそのいづれの消毒が不完全であったかを確定しなくても、過失の
認定事実として不完全とはいえないと解すべきである(最高裁第二小法廷昭和三〇
年(オ)一五五号同三二年五月一〇日判決、民集一一巻五号七一五頁参照)。原判
決には、所論の違法はない。
 論旨は、結局、独自の見解に立って原判決を非難するに帰着するものであって、
採るを得ない。
 同第三点について。
 原判決に示された判断が、正当として是認すべきものであることは、上告理宙第
一点において、説明したとおりである。右判断が、所論の如くに、過失の原因を抽
象的に想定したに過ぎないものでないことは、この説明により諒解すべきである。
原判決に所論の違法はない。
 論旨は、結局、独自の見解に立って原判決を非難するに帰着するものであって、
採るを得ない。
 よって、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎

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