弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成29年6月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(行ケ)第10169号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年4月25日
判決
原告ガーミンリミテッド
同訴訟代理人弁理士矢口太郎
髙橋隼人
被告パイオニア株式会社
同訴訟代理人弁護士田中昌利
上田一郎
山本宗治
同訴訟代理人弁理士豊岡静男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2015-800038号事件について平成28年3月24日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)被告は,平成6年4月28日,発明の名称を「ナビゲーション装置及び方法」
とする発明について特許出願をし,平成15年6月20日,特許権の設定登録(特
許第3442138号。以下「本件特許」という。請求項の数8)がされた。
(2)原告は,平成27年2月25日,本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし
8に係る特許について無効審判を請求し,特許庁はこれを無効2015-8000
38号事件として審理した。被告は,平成27年11月27日,特許請求の範囲等
の訂正を請求した(以下「本件訂正」という。)。
(3)特許庁は,平成28年3月24日,「本件特許の明細書,特許請求の範囲を
訂正請求書に添付された訂正明細書,特許請求の範囲のとおり訂正することを認め
る。本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以
下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月1日,原告に送達された。
なお,出訴期間として90日が附加された。
(4)原告は,平成28年7月29日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲請求項1ないし8の記載は,次のとおりである(甲
18,24)。以下,本件訂正後の本件特許に係る発明を,請求項の番号に従って
「本件訂正発明1」などといい,これらを併せて「本件訂正発明」という。また,
本件訂正後の明細書及び図面(甲18,24)を併せて「本件明細書」という。な
お,文中の下線部は,本件訂正に係る部分を示し,「/」は,原文の改行箇所を示
す(以下同じ。)。
【請求項1】移動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と,/前記現在位置
から経由地を含む前記移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する設定指
令が入力される入力手段と,/前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する時
点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段と,/前記記憶
した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定
する経路データ設定手段と,/前記移動体の現在位置と前記設定された経路データ
とに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導
情報出力手段と,/前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する
制御手段と,/を備え,/前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,/当該
経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現
在位置を示す誘導開始地点とが異なり,/誘導開始地点が,設定された経路上の,
経由予定地点を超えた地点となる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘
導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御することを特徴とするナビゲーショ
ン装置。
【請求項2】請求項1に記載のナビゲーション装置において,/前記経路データ
設定手段は,目的地に対して複数の経路を探索結果として得た場合に,前記得た複
数の経路データの中から何れか1の経路データを選択する選択手段を有し,/前記
選択手段によって1の前記経路データが選択されると,前記制御手段は前記誘導情
報出力手段による誘導情報の出力開始を制御することを特徴とするナビゲーション
装置。
【請求項3】請求項1に記載のナビゲーション装置において,/前記探索開始地
点から誘導開始地点までの前記移動体の軌跡を示す軌跡データを少なくとも取得す
る軌跡データ取得手段を備え,/前記制御手段は,前記取得された前記軌跡データ
に基づいて前記移動体の移動内容を判断するとともに,当該判断した移動内容に基
づいて前記探索開始地点と前記誘導開始地点の異同を判断し,当該判断結果に基づ
いて前記誘導情報出力手段を制御することを特徴とするナビゲーション装置。
【請求項4】請求項1に記載のナビゲーション装置において,/前記探索位置か
ら誘導開始位置までの前記移動体の軌跡を示す軌跡データを少なくとも取得する軌
跡データ取得手段を備え,/前記制御手段は,前記軌跡データ取得手段によって取
得された前記移動体の軌跡データと,前記経路データ設定手段によって設定された
前記経路データと,に基づいて前記探索開始地点と前記誘導開始地点の異同を判断
し,当該判断結果に基づいて前記誘導情報出力手段を制御することを特徴とするナ
ビゲーション装置。
【請求項5】請求項4に記載のナビゲーション装置において,/前記探索開始地
点と,前記誘導開始地点とが異なり,/誘導開始地点が,設定された経路上の,経
由予定地点を超えた地点となる場合に,/前記制御手段は,前記軌跡データ取得手
段によって取得された前記軌跡データと,前記経路データ設定手段によって設定さ
れた前記経路データと,に基づいて,前記経路データに含まれる前記探索開始地点
から前記誘導開始地点までに通過した経由地を検出し,当該検出した経由地を走行
したものとみなして前記誘導開始地点からの前記情報出力手段を制御することを特
徴とするナビゲーション装置。
【請求項6】移動体の現在位置を測定する現在位置測定工程と,/前記現在位置
から経由地を含む前記移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する設定指
令を受信する受信工程と,/前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点
の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶手段に記憶させる記憶工程と,
/前記記憶した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い,当該経路を経路データ
として設定する経路データ設定工程と,/前記移動体の現在位置と前記設定された
経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出
力する誘導情報出力工程と,/を含み,/前記誘導情報出力工程においては,/前
記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が
開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なり,/誘導
開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点となる場合に,前記
誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報を出力すること
を特徴とするナビゲーション方法。
【請求項7】請求項6に記載のナビゲーション方法において,/前記探索位置か
ら誘導開始位置までの前記移動体の軌跡を示す軌跡データを少なくとも取得する軌
跡データ取得工程を含み,/誘導情報出力工程においては,前記取得された前記移
動体の軌跡データと,前記経路データ設定工程によって設定された前記経路データ
と,に基づいて前記探索開始地点と前記誘導開始地点の異同を判断し,当該判断結
果に基づいて前記誘導情報を出力することを特徴とするナビゲーション方法。
【請求項8】請求項7に記載のナビゲーション方法において,/前記探索開始地
点と,前記誘導開始地点とが異なり,/誘導開始地点が,設定された経路上の,経
由予定地点を超えた地点となる場合に,/前記誘導情報出力工程においては,前記
軌跡データ取得工程によって取得された前記軌跡データと,前記経路データ設定工
程によって設定された前記経路データと,に基づいて,前記経路データに含まれる
前記探索開始地点から前記誘導開始地点までに通過した経由地を検出し,当該検出
した経由地を走行したものとみなして前記誘導開始地点から前記誘導情報を出力す
ることを特徴とするナビゲーション方法。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①
本件訂正は適法であるとしてこれを認め,本件訂正発明は,②実施可能要件,③サ
ポート要件,④平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「法」とい
う。)36条5項2号に違反するものではなく,⑤下記の引用例1に記載された発
明(以下「引用発明1」という。)と実質的に同じ発明ということはできないし,
⑥当業者が,引用発明1に引用例2及び3に記載された技術事項を適用しても,容
易に発明をすることができたものではない,というものである。なお,請求項1,
5,6及び8に係る「誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超え
た地点となる」に関する訂正を,以下,「本件訂正事項」という。
ア引用例1:特開昭61-216099号公報(甲1)
イ引用例2:特開平5-313575号公報(甲2)
ウ引用例3:特開平5-164566号公報(甲3)
(2)本件訂正発明1と引用発明1との対比等
本件審決が認定した引用発明1,本件訂正発明1と引用発明1との一致点及び相
違点は,次のとおりである。
ア引用発明1
走行距離センサおよび方位センサの各出力に基づいて自車両の現在位置を検出す
る現在位置検出回路と,/設定装置に自車両の現在位置である出発地および最終行
先地となる目的地が入力されると,出発地に近い交差点の中から出発交差点を,ま
た目的地に近い交差点の中から目的交差点がそれぞれ選択され,出発交差点と目的
交差点の間の最短経路を検索して経路上に存在する途中交差点の位置や番号を記憶
させる経路設定処理を行う手段と,/自車両の現在位置と上記記憶させた途中交差
点に基づいて,通過交差点を手前にして次の交差点の形状を表示する,経路誘導の
ための進路案内表示を行う表示装置と,/自車両の現在位置と出発交差点との距離
と,自車両の現在位置と途中交差点との距離とが,出発交差点から数えて所定番号
の途中交差点まで比較され,出発交差点よりも近いものがなければ,当初設定され
た出発交差点がそのまま出発交差点と認識され,他方,出発交差点よりも近い途中
交差点が存在すると,その途中交差点の座標が出発交差点の座標と置き換えられ,
新たに出発交差点として設定され,スタートスイッチを押すことにより,設定され
た出発交差点から進路案内表示を開始させる手段を有する車両用経路誘導装置。
イ本件訂正発明1と引用発明1との一致点
移動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と,/前記現在位置と前記移動体
が到達すべき目的地が入力される入力手段と,/経由すべき道路を探し,データと
して設定するデータ設定手段と,/前記移動体の現在位置と前記設定されたデータ
とに基づいて前記移動体を誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と,
/前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を備
え,/前記制御手段は,誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記
誘導情報出力手段を制御するナビゲーション装置。
ウ本件訂正発明1と引用発明1との相違点
(ア)相違点1
「入力手段」に関し,本件訂正発明1の「入力手段」は,「現在位置から経由地
を含む移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する」のに対し,引用発明
1の「設定装置」は,「自車両の現在位置である出発地および最終行先地となる目
的地が入力される」が,入力される出発地および目的地が,そのまま経路設定とし
て指示されるものではなく,また経由地を含む指示を行うものではない点。
(イ)相違点2
「データ設定手段」に関し,本件訂正発明1は,「前記設定指令が入力され,経
路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記
憶手段と,前記記憶した探索開始地点を基に前記経路の探索を行い,当該経路を経
路データとして設定する経路データ設定手段」であるのに対し,引用発明1は,
「出発地に近い交差点の中から出発交差点を,また目的地に近い交差点の中から目
的交差点がそれぞれ選択され,出発交差点と目的交差点の間の最短経路を検索して
経路上に存在する途中交差点の位置や番号を記憶させる経路設定処理を行う手段」
である点。
(ウ)相違点3
「誘導情報出力手段」に関し,本件訂正発明1は,「前記移動体の現在位置と前
記設定された経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための
誘導情報を出力する」手段であるのに対し,引用発明1は,「自車両の現在位置と
上記記憶させた途中交差点に基づいて,通過交差点を手前にして次の交差点の形状
を表示する,経路誘導のための進路案内表示を行う表示装置」である点。
(エ)相違点4
「前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を
備え,前記制御手段は,誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記
誘導情報出力手段を制御する」ことに関し,本件訂正発明1は,「記憶した探索開
始地点と,移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導
開始地点と,が異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超
えた地点となる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて
前記誘導情報出力手段を制御する」ものであるのに対し,引用発明1は,「自車両
の現在位置と出発交差点との距離と,自車両の現在位置と途中交差点との距離とが,
出発交差点から数えて所定番号の途中交差点まで比較され,出発交差点よりも近い
ものがなければ,当初設定された出発交差点がそのまま出発交差点と認識され,他
方,出発交差点よりも近い途中交差点が存在すると,その途中交差点の座標が出発
交差点の座標と置き換えられ,新たに出発交差点として設定され,スタートスイッ
チを押すことにより,設定された出発交差点から進路案内表示を開始させる」点。
4取消事由
(1)本件訂正の可否(取消事由1)
ア訂正要件違反(訂正目的違反,新規事項追加,拡張・変更)
イ訂正請求における実施権者の承諾の不取得
(2)本件訂正発明の実施可能要件の判断の誤り(取消事由2)
(3)本件訂正発明のサポート要件の判断の誤り(取消事由3)
(4)法36条5項2号適合性の判断の誤り(取消事由4)
(5)本件訂正発明の新規性の判断の誤り(取消事由5)
(6)本件訂正発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由6)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件訂正の可否)について
〔原告の主張〕
(1)訂正要件違反(訂正目的違反,新規事項追加,拡張・変更)
ア本件訂正前の「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」と,本件訂正
後の「誘導開始地点が…経由予定地点を超えた地点となる場合」とは,一方が他方
を包含するという関係にはならず,単に重なり合う部分があるだけの独立した関係
である。
したがって,本件訂正事項に係る訂正は,下位概念化にも,選択的事項の削除に
も当たらないから,直列限定事項の追加,すなわち「探索開始地点と誘導開始地点
とが異なる場合」の判断に「経由予定地点を超えた地点となる場合」の判断を追加
的に限定してなる技術的事項であると認定すべきである。
イ本件訂正事項が新規事項の追加であるか否かは,「探索開始地点と誘導開始
地点とが異なる場合」の判断に加えて「経由予定地点を超えた地点となる場合」の
判断を追加的に限定してなる直列限定事項の追加が,本件明細書に記載されている
か否かによって判断すべきである。そもそも,ポイントとなる「異なる」や「超え
た地点」といった用語自体,本件明細書の記載中には一度も出現しない。そのため,
このような2つの判断を行うという技術的事項は本件明細書には記載されておらず,
サポートされていない。したがって,本件訂正事項は,新規事項の追加に当たり,
訂正要件を満たさない。
ウ「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」の判断に「経由予定地点を
超えた地点となる場合」の判断を追加的に行うこと又は置き換えることは,特許請
求の範囲を実質的に拡張・変更するものである。
本件訂正事項は,「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」に加えて「経
由予定地点を超えた地点となる場合」を追加的に限定したものであり,単に誘導開
始地点を限定するものではない。
そして,本件訂正前の発明の解決課題からすれば,そもそも「誘導開始地点が経
路上のいずれかの転換点(経由予定地点)を超えた位置にあるかどうか」の判定は
不要であり,これを行うことに限定すること又は置き換えることは,特許請求の範
囲を実質的に拡張・変更するものである。
特に,本件訂正発明1において,「誘導開始地点が経路上のいずれかの転換点
(経由予定地点)を超えた位置にあるかどうか」の判断によって,「探索開始地点
と誘導開始地点とが異なる場合」の判断を置き換えると解釈することは,本件訂正
前の「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」の判断を不要にするものであ
り,明らかに特許請求の範囲を実質的に拡張・変更するものに当たるから,許され
ない。
また,本件訂正発明1の「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該
経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現
在位置を示す誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経
由予定地点を超えた地点となる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導
開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」部分(以下「構成要件G’」と
いう。)は,経路逸脱により1つ目の経由予定地点を経ないで経路上の点に到達す
る場合をも文言上包含するものである。しかし,本件明細書では,設定された経路
を順に走行して,その結果「探索開始地点」と「誘導開始地点」とが「異なる」よ
うになった場合しか想定されていない(【0034】~【0036】)。
エしたがって,このような経路を逸脱した場合をも包含する本件訂正事項は,
新たな技術的事項を導入し,かつ,新規事項を追加するものであるから,明瞭な記
載の釈明ともいえず,訂正要件に明らかに違反するものである。
(2)実施権者の承諾の不取得
被告は,本件訂正請求を行う際に,本件特許のライセンスを受け入れてきた多く
の実施権者からの承諾を得ているとの書面を提出していない。被告は,当審におい
て,実施権者からの承諾を得ていたと主張するが,どのような訂正を目的とするの
かを明確にした承諾ではないし,対象となる特許番号も特定されていない。
したがって,本件訂正請求は,特許法134条の2第9項,127条に反する不
適法なものであるから,特許庁に差し戻してその可否を審理すべきである。
〔被告の主張〕
(1)訂正要件違反(訂正目的違反,新規事項追加,拡張・変更)
ア本件訂正事項は,誘導開始地点が設定された経路上にあることを限定し,さ
らに,「経由予定地点」を超えた地点となる場合であることを限定したものである
から,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当することは明らかである。
イ本件訂正事項に関する「異なる」や「超えた地点」の意義は,【0028】
ないし【0036】の記載を参照すれば明らかであるから,新たな技術的事項を導
入するものではない。
ウ本件訂正発明の解決課題は,経路探索中に自車が走行しており,経由予定地
点設定終了のタイミングにおいて,経由予定地点を既に通過しているような場合で
も,正しい経路誘導を行えるようにすることである。したがって,「誘導開始地点
が経路上の経由予定地点を超えた位置にあるかどうか」という条件は,課題を解決
する経路誘導に必須のものである。本件訂正前の請求項1の記載では,この点が必
ずしも明瞭とはいえなかったので,本件訂正により明瞭にしたのであって,本件訂
正事項が特許請求の範囲を実質的に拡張・変更するものでないことは明らかである。
本件訂正発明1における「誘導開始地点が経路上の経由予定地点を超えた地点と
なる場合」とは,探索開始地点と誘導開始地点とが経路上の経由予定地点を超えて
異なる場合のことを意味しており,本件訂正前の「探索開始地点と誘導開始地点と
が異なる場合」の意味を明確にするために限定したものである。したがって,原告
の「判断を置き換えるものである」,あるいは,「判断を不要にするものである」
との主張は,誤りである。
エしたがって,本件訂正事項は,新規事項を追加するものではなく,不明瞭な
記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮に該当するものであるから,適法である。
(2)実施権者の承諾の不取得
特許法127条における実施権者等の「承諾」については,「訂正審判を請求す
ることを承諾するという趣旨でなされればよく,いかなる訂正を目的とするかまで
明確にした承諾を必要とするものではない。」と解されているところ,被告は,本
件特許を対象に含む全てのライセンス契約において,相手方当事者(通常実施権者)
から,ライセンス対象特許に関して被告が行う訂正について,一般的かつ包括的な
承諾を得ている。
したがって,被告は,本件特許に関し,実施権者等の承諾を既に得ているから,
本件訂正請求に何ら瑕疵はない。
2取消事由2(本件訂正発明の実施可能要件の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
【0036】には,「制御手段」が,①「探索開始地点」と「誘導開始地点」と
が「異なる」こと,②「誘導開始地点」が「設定された経路上の,経由予定地点」
を「超えた」のか否かを判定することについて何ら記載されていない。また,【0
034】ないし【0036】では,設定された経路を順に走行して,その結果,
「探索開始地点」と「誘導開始地点」とが「異なる」ようになった場合しか想定さ
れていないところ,本件訂正発明1は,経路逸脱により1つ目の経由予定地点を経
ないで経路上の点に到達する場合をも包含するものである。
したがって,本件明細書には,「制御手段」が,「前記記憶した探索開始地点と,
…誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点
を超えた地点となる場合」を判定することは,当業者が容易に実施し得る程度に記
載されていない。
〔被告の主張〕
【0018】,【0028】ないし【0036】及び【0038】の記載を総合
すれば,本件訂正発明1は,当業者が容易に実施し得る程度に理解できるものであ
る。また,経路逸脱により1つ目の経由予定地点を経ないで経路上の点に到達する
場合であっても,正確な経路誘導ができることは自明である。
3取消事由3(本件訂正発明のサポート要件の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
前記2〔原告の主張〕のとおり,「制御手段」が,「前記記憶した探索開始地点
と,…誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定
地点を超えた地点となる場合」を判定することは,本件明細書の発明の詳細な説明
欄に記載されていない。
〔被告の主張〕
前記2〔被告の主張〕のとおり,「制御手段」が,「前記記憶した探索開始地点
と,…誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定
地点を超えた地点となる場合」を判定することは,本件明細書の発明の詳細な説明
欄に記載されている。
4取消事由4(法36条5項2号適合性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)「設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点」という特定事項は,単
に誘導開始地点が所定の地点となることを特定しているにすぎず,移動体の移動前
後において「経路誘導を行う経由地が異なる」ことは何ら特定していない。
【0036】には,「出発地点P0から順次図5に実線で示すように走行したもの
として目標経由地点の更新を行う。すなわち,経由地点である経由地番号P1~P3
に対応する位置はすでに通過したとして,自車位置がCにある場合には,次の目標
経由地はP4に対応する地点である旨を…操作者に伝える」としか記載されていない
のであるから,単に誘導開始地点が所定の地点となることを特定しているだけでは,
依然として,経由地番号P1を誘導することに変わりはない。すなわち,「目標経由
地点の更新」を行わない限り,「経路誘導を行う経由地が異なる」ことは明らかに
されないのである。
そのため,単に誘導開始地点が所定の地点となったかを判別するだけでは「経路
誘導を行う経由地が異なる」ことを特定することにはならず,「経路誘導を行う経
由地が異なる」ことを示すためには,より直接的に,「経路探索開始時に設定され
た経由予定地点と,移動体が移動した後の経由予定地点とが異なる」こと,又は
「目標経由地点の更新」を行うことを特定する必要がある。
したがって,本件訂正発明は,発明の構成に欠くことができない事項のみを記載
したものではない(法36条5項2号)。
(2)「設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点」という特定事項は,本
件訂正発明1を不明確にするものである。
誘導開始地点が経由予定地点を超えているか否かの判断を行うことは無意味であ
るだけでなく,本件訂正発明の意義を不明確にするものである。探索開始地点と誘
導開始地点が異なり,誘導開始地点が経由予定地点を超えた位置にない場合,「異
なる場合」の判定の意義からすれば,探索開始地点と誘導開始地点が異なる以上,
探索開始地点ではなく誘導開始地点からの移動開始に基づいて開始するべきである
が,構成要件G’の文脈からすると,探索開始地点からの移動開始に基づいて制御
されると解釈でき,本件訂正発明をまとまりのある技術的思想として捉えた場合に
矛盾が生じることになる。また,経由予定地点を超えた位置にあるか否かという具
体的な判定は,そもそも本件明細書に一切開示されていない。
したがって,本件訂正発明は,発明の構成に欠くことができない事項のみを記載
したものではない(法36条5項2号)。
〔被告の主張〕
(1)「設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点」という特定事項は,
「経路誘導を行う経由地が異なる」ことを示していないとの主張について
本件訂正発明は移動体を目的地まで経路誘導するものであるから,「誘導開始地
点が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点となる場合」には,目的地
に向かって次の経由地を経路誘導の対象とすること,すなわち「経路誘導を行う経
由地が異なる」ことが自明である。よって,原告の主張には理由がない。
(2)「設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点」という特定事項は,本
件訂正発明1を不明確にするものであるとの主張について
原告による本件訂正発明の意義の解釈は誤っており,正しくは,「経路探索中に
自車が走行しており,経由予定地点設定終了のタイミングにおいて,経由予定地点
をすでに通過しているような場合でも,正しい経路誘導を行うこと」であるから,
誘導開始地点が,「設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点」にあること
は,経路誘導に必須のものである。
すなわち,誘導開始地点が経由予定地点を超えた位置にあれば,次なる経由予定
地点を経由地とする誘導が開始されるのである。よって,原告の主張には理由がな
い。
5取消事由5(本件訂正発明の新規性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)引用発明1と本件訂正発明とは,車両を移動させることを想定していない期
間内に,車両を移動させてしまった場合の問題点を解決するという点で,課題が完
全に一致する。
(2)相違点4について
ア引用発明1においても,現在位置を誘導開始地点としており,これはまさに,
再設定前の出発交差点(=探索開始地点)と,現在位置(=誘導開始地点)とが異
なることを判断していることにほかならない。
したがって,本件審決が相違点4として指摘した点は相違点ではない。
イ被告が主張する技術常識(ナビゲーション装置が,現在位置を検出し,それ
を電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,ダイクストラ
法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによって
特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導すること)によれば,少なく
とも,本件特許出願当時のカーナビゲーション装置は,マップマッチングによって
特定された経路上の現在地から目的地まで案内できるものであるから,その現在地
が誘導を開始する地点であるのか,又は経由予定地点を超えた地点であるのかにか
かわらず,あらゆる現在地から目的地まで経路誘導できることになる。そのため,
引用発明1においては,誘導開始指令を与えた地点,つまりスタートスイッチを押
した地点で,その現在地を誘導開始地点として,目的地まで経路誘導することは可
能である。
したがって,相違点4は技術常識であり,何ら相違点ではない。
ウ引用発明1において,自車両が出発地から走行を開始し,「始端交差点に到
達した時点で誘導開始指令を与え忘れて設定経路を走行し,2番目,3番目の交差
点まで到達してしまったような場合」(甲1第829頁右欄9~11行目)とは,
まさに,本件明細書の図5の状態に対応し,その場合でも,そのときの自車の現在
位置に基づいて正しい始端交差点である次の交差点を案内できるものであるから,
引用発明1は,まさに被告の主張する課題解決手段を提供するものである。
(3)相違点1ないし3について
相違点1ないし3は従来技術ないし技術常識に属するものである。
相違点1ないし3に関する本件審決の認定・判断は,要するに,構成要件G’で
はなく,「前記移動体の現在位置と前記設定された経路データとに基づいて前記移
動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と,」
(以下「構成要件E」という。)が単独でも進歩性を有すると判断するものと解さ
れる。
しかし,構成要件Eは,明らかに構成要件G’と関係する構成を含むものではな
く,かつ,一見しただけで本件特許の出願前から存在する技術である。
そもそも,本件訂正発明1において,「経路データ」とは,経由地,すなわち交
差点の情報の集合物である。そして,引用発明1においても「道路地図データ」は,
交差点情報の集合であり,この情報を用いて経路が設定されるはずであるから,両
者が用いる交差点情報は同じである。
このような交差点又は経由地データを用いることは本件特許の出願前から公知で
あり,さらに当時から,交差点をノードとし,交差点同士を結ぶリンクに番号をつ
けてなる地図データが利用されており,これらのナビゲーション装置では,リンク
を用いて経路探索を行い,リンク同士を関連付けて経路データとすることが公知で
あった。これは,甲2の【0003】や【0004】において,ノードやリンクを
用いたナビゲーション装置の説明がされ,図16においては道路データをノードと
リンクで表しているとおりであり,また,甲8及び甲9にも同様に,リンクとノー
ドを用いたナビゲーション技術が開示されている。なお,本件特許の出願時におい
てノードとリンクを用いたナビゲーション装置が周知技術であったことは,被告が
提起した本件特許権の侵害訴訟(東京地裁平成26年(ワ)第25928号)にお
いて,被告も認めるところである。
したがって,相違点1ないし3については,何ら相違点たりえるものではない。
(4)小括
よって,本件訂正発明と引用発明1は同一であり,本件訂正発明は新規性に欠け
る。
〔被告の主張〕
(1)引用発明1の正しい理解について
ア引用発明1の「経路設定手段」と「出発交差点設定手段」について
引用発明1は,「経路設定手段」において,出発地に近い出発交差点と目的地に
近い目的交差点の間の最短経路を検索して経路データを得るものであるが,出発地
から出発交差点まではその方向が表示されるだけで経路誘導は行われていない。そ
して,出発地から出発交差点までの間に,(例えば道に迷うなどの理由によって)
途中交差点が出発交差点より近くなれば,その途中交差点を出発交差点とするので
ある。
また,出発交差点に接近してスタートスイッチを押せば進路案内が開始されるが,
スタートスイッチを押さずに走行した場合にどうなるのかは記載されていない。こ
の点は,合理的に考えれば,「出発交差点設定手段」と同様,自車両の現在位置と
複数の途中交差点との距離を比較し,最も近い途中交差点を出発交差点と認識する
処理を繰り返し,車両が出発交差点に接近してスタートスイッチが押されるのを待
つのであろうと推測されるものである。
イ原告は,引用発明1の「始端交差点に到達した時点で誘導開始指令を与え忘
れて設定経路を走行し,2番目,3番目の交差点まで到達してしまったような場合」
という2つ目の課題態様と,本件訂正発明の構成要件G’が解決しようとする課題
とを比較すると,車両を移動させることを想定していない期間内に,車両を移動さ
せてしまった場合の問題点を解決するという点で,課題が完全に一致すると主張す
る。
しかし,本件訂正発明の課題は,経路探索中に自車が走行しており,経由予定地
点設定終了のタイミングにおいて,経由予定地点を既に通過しているような場合に
おいて,正しい経路誘導を行えるように経路誘導メッセージを伝達することである。
そして,車両を移動させることを想定していない期間内に,車両を移動させてしま
った場合の問題点を解決するという,原告が主張する課題は引用例1には何ら記載
されておらず,引用発明1には存在しないものであるから,引用発明1と本件訂正
発明の課題は一致せず,原告の主張はそもそも前提において誤っている。
ウ本件訂正発明の課題は,経路探索中に自車が走行しており,経由予定地点設
定終了のタイミングにおいて,経由予定地点を既に通過しているような場合におい
て,正しい経路誘導を行えるように経路誘導メッセージを伝達することである。そ
して,本件訂正前の「異なる場合」及び本件訂正後の「探索開始地点と…誘導開始
地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地
点となる場合」のいずれも,経路探索中に自車が走行しているため,経路データが
設定されて経路誘導が開始される時点の誘導開始地点が,設定された経路上におい
て,経由予定地点を超え,探索開始地点と異なっている場合を意味している。
したがって,原告の主張は前提において誤っているが,念のため以下において検
討する。
(2)本件審決の相違点4についての認定及び判断に誤りはないこと
ア本件審決の認定した相違点4は,本件訂正発明の構成要件G’に関するもの
であり,構成要件G’が,本件訂正発明の課題を解決する手段に相当するものであ
る。
イそして,本件訂正発明の課題は,前記(1)ウのように,経路探索中に自車が走
行しており,経由予定地点設定終了のタイミングにおいて,経由予定地点を既に通
過している場合でも,ナビゲーション装置が,正しい経路誘導を行えるように経路
誘導メッセージを伝達することであり,構成要件G’は,本件訂正発明の課題を解
決する手段として,制御手段が,「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データ
が設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示
す誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点
を超えた地点となる場合に,」「前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に
基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」ものである。
これに対して,引用発明1は,「経路設定手段」により経路探索が終了した後に,
車両が出発点から移動し,「出発交差点設定手段」で設定された出発交差点を用い
て進路案内表示が行われるものであるから,経路探索中に自車が走行して,経路探
索終了時に経由予定地点を通過している場合の課題はない。そして,引用発明1は,
出発地から出発交差点に向かう途中で経路を外れて他の交差点にたどり着いた場合,
あるいは,出発交差点に到着してもスタートスイッチを押し忘れた場合に,車両の
現在位置から最短の交差点を出発交差点と置き換える処理を繰り返し,置換した出
発交差点に接近した時にスタートスイッチを押すことにより,正しい経路誘導を行
おうとするものであるから,出発地と出発交差点とを比較して,すなわち探索開始
地点と誘導開始地点とを比較して,それらが異なることを把握することはないので
ある。
したがって,本件審決の相違点4の認定に誤りはない。
(3)本件審決の相違点1ないし相違点3についての認定及び判断に誤りはないこ

引用発明1は,「経路設定手段」により,出発地に近い交差点の中から出発交差
点を,目的地に近い交差点の中から目的交差点を選択し,出発交差点と目的交差点
の間の最短経路を検索して経路上に存在する途中交差点の位置や番号を記憶させて
経路データを得るものである。よって,上記相違点1及び相違点2があるとの認定
に誤りはない。
また,引用発明1においては,出発地から出発交差点まではその方向が表示され
るだけで経路誘導は行われておらず,また,目的交差点から目的地までも経路デー
タはないので,経路データに基づく目的地までの経路誘導は行われていないものと
解される。したがって,相違点3があるとの認定にも誤りはない。
6取消事由6(本件訂正発明の容易想到性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)相違点4について
前記5〔原告の主張〕(2)イ及びウ記載のとおり,相違点4は,被告主張の技術常
識(前記5〔原告の主張〕(2)イ参照)を適用すれば,容易に想到し得るものである。
(2)相違点1ないし相違点3についての認定及び判断の誤り
前記5〔原告の主張〕(3)記載のとおり,相違点1ないし相違点3は,引用発明1
に技術常識を適用すれば,容易に想到し得る。
〔被告の主張〕
(1)たとえ相違点1ないし相違点3が従来技術に属するものであったとしても,
以下に示すとおり,引用発明1を,移動体を出発地から目的地まで経路誘導するよ
うに変更することは,当業者が考えないことであるから,相違点1ないし相違点3
は容易に想到し得たものではない。
引用発明1は,出発地から出発交差点まではその方向が表示されるだけで経路誘
導は行われていないから,出発地から出発交差点に向かう途中で経路を外れて他の
交差点にたどり着いた場合,あるいは,出発交差点に到着してもスタートスイッチ
を押し忘れた場合に,出発交差点から正しい経路誘導を行うという課題が存在する
のであり,出発地から誘導を開始して,出発交差点及び目的交差点を経由して目的
地まで経路誘導するものに変更すれば,引用発明1が本来解決しようとする課題が,
そもそも存在しないものとなる。よって,引用発明1を,移動体を出発地から目的
地まで経路誘導するように変更することは,当業者が考えないことである。
(2)また,相違点2である,「前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する
時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点として記憶する記憶手段」は,誘導開
始地点と探索開始地点とが異なることを確認するための構成要件であり,本件訂正
発明の課題を解決するための手段である。これに対し,引用発明1においては,誘
導開始地点に相当する出発交差点と探索開始地点に相当する出発点とを比較する必
要がないことは前記5〔被告の主張〕(2)イのとおりであるから,出発点を記憶する
記憶手段は備えておらず,また,備える動機付けもない。
よって,相違点2は当業者が容易に想到できる事項ではない。
(3)さらに,甲2,甲8及び甲9やその他の証拠にも,本件訂正発明の構成要件
G’に対応する記載はないから,相違点4は当業者が容易に想到できる事項ではな
い。
(4)したがって,相違点1ないし相違点4が,引用発明1に技術常識(甲2,3,
8,9)を適用すれば,容易に想到できる旨の原告の主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
1本件特許発明について
(1)本件訂正発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであると
ころ,本件明細書(甲18,24)には,おおむね,以下の記載がある。なお,図
3,図5及び図6は別紙1記載のとおりである。
ア産業上の利用分野
本発明はナビゲーション装置及び方法に係り,特に予め設定した経路データを用
いて経路誘導を行うナビゲーション装置及び方法に関する(【0001】)。
イ従来の技術
上記従来のナビゲーション装置では,例えば,次のような動作を行う。いま,図
6を参照して,移動体である自車がスタート地点P0’から最終目的地点Pnに向か
うものとする(【0005】)。
自車位置がスタート地点P0’にあるときに,操作者が経由地点を自動的に設定
する旨の指示をナビゲーション装置に与えると,予め設定されたアルゴリズムに基
づいてナビゲーション装置は,図6に示す経由予定地点P1’,P2’,P3’,
…,Pn’を算出する(【0006】)。
そして,経由予定地点の算出が終了すると,ナビゲーション装置は求めた経由予
定地点P1’から順番に経由予定地点Pn’までの経由予定地点に基づいて経路誘導
を行うためのメッセージを出力する(【0007】)。
ウ発明が解決しようとする課題
上記従来のナビゲーション装置においては,経路探索中に走行していた場合等の
ように探索終了時に自車位置がいくつかの経由地をすでに通過しているような場合
であっても最初に通過すべき経由予定地点P1’を目標経由地点としてメッセージを
出力することとなっていた(【0008】)。
このため,経由予定地点設定終了のタイミングにおいて,経由予定地点P1’,P
2’,P3’をすでに自車が通過し自車位置がC1であったとすると,経由予定地点
P1’,P2’,P3’を通過してきたにもかかわらず,ナビゲーション装置は,次の
目標経由地点はP1’地点である旨のメッセージを出力してしまうこととなっていた
(【0009】)。
従って,このような誤ったメッセージを出力した場合,過った方向へ経路誘導さ
れたり,操作者が当該位置をすでに通過したことを認識して,当該メッセージをキ
ャンセルする等の動作を行わなければならず,操作性が低下するという問題点があ
った(【0010】)。
そこで,本発明の目的は,通過すべき経由予定地点の設定中にすでにそれらの経
由予定地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行えるよう
に経路誘導メッセージを伝達するナビゲーション装置及び方法を提供することにあ
る(【0011】)。
エ課題を解決するための手段
上記課題を解決するために,請求項1に記載のナビゲーション装置の発明は,移
動体の現在位置を測定する現在位置測定手段と,前記現在位置から経由地を含む前
記移動体が到達すべき目的地までの経路設定を指示する設定指令が入力される入力
手段と,前記設定指令が入力され,経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在
位置を探索開始地点として記憶する記憶手段と,前記記憶した探索開始地点を基に
前記経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する経路データ設定手段
と,前記移動体の現在位置と前記設定された経路データとに基づいて前記移動体を
目的地まで経路誘導するための誘導情報を出力する誘導情報出力手段と,前記移動
体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を備え,前記制
御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体
の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点とが異な
り,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点となる場合
に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手
段を制御することを特徴としている(【0012】)。
オ作用
このような構成により,本願請求項1または6に記載のナビゲーション装置また
は方法の発明では,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定
された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定
するまでの間に移動体が移動することにより経路探索を行う際に用いた移動体の現
在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置
に対応する経路誘導を正確に行うことができる。したがって,経路探索を開始して
から,経路設定が為され,当該経路に基づいて移動体の誘導を開始するまでに,あ
る程度の時間を要する場合など,移動体が経路設定を開始した位置から移動したこ
とにより,当該経路探索開始時に設定された交差点などの経由地を通過してしまう
ことがあっても,例えば,当該通過した経由地を経路誘導の対象から除外すれば,
経路誘導を行う移動体の実際の現在位置に基づいて的確に経路誘導を行うことがで
きる。また,本願請求項2に記載のナビゲーション装置の発明では,さらに,複数
経路が探索結果として得られた場合であっても,1の経路データが選択されると,
誘導情報の出力開始,例えば,音声出力の開始または誘導情報の画面表示の開始を
制御することができる(【0018】)。
カ実施例
次に図3,図4及び図5を参照して実施例の動作を説明する。この場合において,
経由地の設定,すなわち,経路データの設定はシステムコントローラ5がCD-R
OMDKの記憶データに基づいて自動的に探索して設定するものとする(【002
8】)。
入力装置11を介して,システムコントローラ5に対し,最終目的地点に対する
経路データの自動設定指令が入力されると(ステップS1),システムコントロー
ラ5は,RAM9の走行軌跡バッファLOBから最新の軌跡データ(最新の通過地
点データ)の格納位置を示す最新データポインタPS(図3の例では,PS=3)を
記憶し,当該最新の通過地点をスタート(出発)地点P0として確定する(ステップ
S2)(【0029】)。
次にシステムコントローラ5は,経由地を自動的に探索し,複数の経路データを
算出する(ステップS3)。なお,経由地は手動設定も可能である。次にシステム
コントローラ5は,算出した複数の経路データのうちからいずれかの経路データを
操作者が入力装置11を介して選択するまで待機状態となる(ステップS4)
(【0030】)。
操作者がいずれかの経由予定地点データ群を選択する旨の指示を入力装置11を
介して与えると,選択された経路データは正式な経路データとして採用される
(【0031】)。
この選択指示の入力タイミングにおいて,システムコントローラ5は,RAM9
の走行軌跡バッファLOBから最新の軌跡データ(最新の通過地点データ)の格納
位置を示す最新データポインタPE(図3の例では,PE=m-1)を記憶し,当該
最新の通過地点Cを探索終了地点PXとする(ステップS5)(【0032】)。
次に選択された経路データを構成する経由地番号データP1~Pn及び各経由地の
経度・緯度データLL1~LLnのうちスタート地点P0から探索終了地点PXまでの
経路データ,すなわち,走行軌跡データLO3~LOm-1を用いて,疑似的に走行し
たものとみなして,目標経由地の自動更新を行い(ステップS6),自動更新後に
実際の経路誘導のためのメッセージを出力する(【0033】)。
より具体的には,経路データの自動設定指令を自車位置がP0の地点で入力し,走
行し続けて,P1,P2,P3を経由して自車位置がPXの地点に至ったときに経路デ
ータの設定が終了した場合を想定する(【0034】)。
この設定期間中に走行軌跡データバッファLOBに蓄えられた走行軌跡データは,
ポインタPS=3~ポインタPE=m-1に対応する走行軌跡データLO3~LOm-1と
なる(【0035】)。
そこで,これらの走行軌跡データLO3~LOm-1を用いて,出発地点P0から順次
図5に実線で示すように走行したものとして目標経由地点の更新を行う。すなわち,
経由地点である経由地番号P1~P3に対応する位置はすでに通過したとして,自車
位置がCにある場合には,次の目標経由地はP4に対応する地点である旨をディスプ
レイ17に表示し,あるいはスピーカ21から音声により操作者に伝えることとな
る(【0036】)。
キ発明の効果
本願発明によれば,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設
定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設
定するまでの間に移動体が移動して経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置と
は異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応す
る経路誘導を正確に行うことができる。したがって,経路探索を開始してから,経
路設定が為され,当該経路に基づいて移動体の誘導を開始するまでにある程度の時
間を要する場合に,移動体が経路設定を開始した位置から移動し,当該経路探索開
始時に設定された交差点などの経由地を通過してしまうことがあっても,例えば,
当該通過した経由地を経路誘導の対象から除外すれば,経路誘導を行う移動体の誘
導案内開始時の実際の現在位置に基づいて的確に経路誘導を行うことができる
(【0038】)。
(2)本件訂正発明の特徴
前記(1)の記載によれば,本件訂正発明の特徴は,以下のとおりのものと認められ
る。
ア本件訂正発明は,ナビゲーション装置及び方法に係り,特に予め設定した経
路データを用いて経路誘導を行うナビゲーション装置及び方法に関するものである
(【0001】)。
イ従来のナビゲーション装置では,移動体である自車がスタート地点P0’から
最終目的地点Pnに向かうため,自車位置がスタート地点P0’にあるときに,操作
者が経由地点を自動的に設定する旨の指示をナビゲーション装置に与えると,経由
予定地点P1’,P2’,P3’,…,Pn’を算出し,それが終了すると,求めた経
由予定地点P1’から順番に経由予定地点Pn’までの経由予定地点に基づいて経路
誘導を行うためのメッセージを出力するところ,経路探索中に走行していた場合等
のように探索終了時に自車位置がいくつかの経由地を既に通過しているような場合
であっても最初に通過すべき経由予定地点P1’を目標経由地点としてメッセージを
出力することとなっていたため,経由予定地点設定終了のタイミングにおいて,経
由予定地点P1’,P2’,P3’を既に自車が通過し自車位置がC1であったとする
と,経由予定地点P1’,P2’,P3’を通過してきたにもかかわらず,ナビゲーシ
ョン装置は,次の目標経由地点はP1’地点である旨のメッセージを出力してしまう
こととなっており,したがって,このような誤ったメッセージを出力した場合,過
った方向へ経路誘導されたり,操作者が当該位置を既に通過したことを認識して,
当該メッセージをキャンセルする等の動作を行わなければならず,操作性が低下す
るという課題が存在した(【0005】~【0010】)。
そこで,本件訂正発明は,通過すべき経由予定地点の設定中に既にそれらの経由
予定地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行えるように
経路誘導メッセージを伝達するナビゲーション装置及び方法を提供することを目的
とするものである(【0011】)。
ウそして,上記課題を解決するために,請求項1に係る本件訂正発明1の構成
を採用することにより,経路探索を開始してから,経路設定が為され,当該経路に
基づいて移動体の誘導を開始するまでに,ある程度の時間を要する場合など,移動
体が経路設定を開始した位置から移動したことにより,当該経路探索開始時に設定
された交差点などの経由地を通過してしまうことがあっても,例えば,当該通過し
た経由地を経路誘導の対象から除外すれば,経路誘導を行う移動体の実際の現在位
置に基づいて的確に経路誘導を行うことができる,という作用効果を奏するもので
ある(【0012】【0018】【0038】)。
2取消事由1(本件訂正の可否)について
(1)訂正目的違反について
ア本件訂正事項は,本件訂正前の請求項1における「前記記憶した探索開始地
点と,…誘導開始地点と,が異なる場合」を,「前記記憶した探索開始地点と,…
誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を
超えた地点となる場合」とするものである。「誘導開始地点」を「設定された経路
上」にあると規定することは,本件訂正前の請求項1の「誘導開始地点」について
より具体的に限定するものである。また,「経由予定地点」は設定された経路上の
「探索開始地点」より先にある地点であるから(【0030】【0031】),
「誘導開始地点」が設定された経路上の「経由予定地点」を超えた地点にあること
をもって「探索開始地点」と異なっていると判断することが可能といえる。
したがって,本件訂正前の請求項1の「探索開始地点」と「誘導開始地点」とが
異なるか否かの判断の具体的な態様として,「誘導開始地点」が「設定された経路
上」において「経由予定地点を超えた地点となる」か否かの判断が含まれるものと
解され,本件訂正事項は,本件訂正前の判断内容を下位概念化するものである。よ
って,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮(特許法134条の2第1項1号)を目
的とするものということができる。
イ原告の主張について
原告は,「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」において,単に経由予
定地点を超えるか否かだけでなく,経路を逸脱しているかなどのあらゆる事象が択
一的な事項となり得るし,逆に,車両位置が所定の地点にあるか否かや,経路を逸
脱しているか否かという判断が常に「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」
の判断を目的に実行されるものであるとは限らず,要するに,両場合は,一方が他
方を包含するという関係にはならず,単に重なり合う部分があるだけの独立した関
係であると主張する。
しかし,経由予定地点を超えるか否かが択一的な事項であるとの判断は,誘導開
始地点が「設定された経路上」にあることを前提とするものであるから,原告の上
記主張は,本件審決の判断を正解しないものである。また,本件訂正事項は,「記
憶した探索開始地点と,…誘導開始地点とが異な」る場合に係る判断内容を,「経
由予定地点を超えた地点となる場合」に具体的に限定したものであり,本件訂正事
項に係る判断を追加したものには当たらないから,原告の上記主張は理由がない。
(2)新規事項の追加について
ア本件訂正事項は,本件明細書の記載(【0018】【0036】等)を総合
することにより導かれる技術的事項であり,新たな技術的事項を導入するものでは
ないから,新規事項の追加(特許法134条の2第9項,126条5項)には当た
らない。
イ原告の主張について
(ア)原告は,本件訂正事項は,「経由予定地点を超えた地点となる場合」の判
断を追加的に限定した直列限定事項の追加であると主張する。
しかし,前記(1)イのとおり,本件訂正事項は,「記憶した探索開始地点と,…誘
導開始地点とが異な」る場合に係る判断内容を,「経由予定地点を超えた地点とな
る場合」に具体的に限定したものであり,本件訂正事項に係る判断を追加したもの
ではないから,原告の上記主張は理由がない。
(イ)原告は,「異なる」や「超えた地点」といった用語自体,本件明細書の記
載中に一度も出現せず,これらの2つの判断を行うことが新たな技術的事項の追加
であると主張する。
しかし,「明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項」(特許法134
条の2第9項,126条5項)とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記
載を総合することにより導かれる技術的事項であり,前記アのとおり,本件訂正事
項はこのようにして導かれる技術的事項の範囲内である。直接的な記載がないこと
を根拠とする原告の上記主張は理由がない。
(3)特許請求の範囲の拡張・変更について
ア前記(2)のとおり,本件訂正事項は,「記憶した探索開始地点と,…誘導開始
地点とが異な」る場合に係る判断内容を,「経由予定地点を超えた地点となる場合」
に具体的に限定したものであり,本件訂正事項に係る判断を追加したものではない
から,特許請求の範囲の拡張・変更(特許法134条の2第9項,126条6項)
に当たらないことは明らかである。
イ原告の主張について
(ア)原告は,本件訂正前の発明の解決課題からすれば,「誘導開始地点が経路
上のいずれかの転換点(経由予定地点)を超えた位置にあるかどうか」の判定は不
要であり,これを行うように限定し,又は置換することは,特許請求の範囲を実質
的に拡張・変更するものであると主張する。
しかし,上記主張は,「記憶した探索開始地点と,…誘導開始地点とが異な」る
との判断と,「誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点
となる」か否かの判断とが,別々に行われるものであることを前提とするものであ
るところ,前記(1)イのとおり,かかる前提は採用できないから,原告の上記主張は
理由がない。
(イ)原告は,本件訂正事項に係る判断は,本件訂正前の「探索開始地点と誘導
開始地点とが異なる場合」の判断を置き換え,この判断を不要にするものであるか
ら,特許請求の範囲を実質的に拡張・変更するものであると主張する。
しかし,前記(1)アのとおり,本件訂正事項は,本件訂正前の判断内容を下位概念
化するものであって,置換するものではないから,原告の上記主張は理由がない。
(ウ)原告は,経路を逸脱した場合をも包含する本件訂正事項は,実質的に特許
請求の範囲を拡張・変更するものであると主張する。
しかし,本件明細書は,設定された経路を順に走行して誘導開始地点に至った場
合しか想定していないから(【0034】),原告の上記主張は理由がない。
(4)訂正請求における実施権者の承諾の不取得について
ア被告は,本件特許を対象に含むライセンス契約において,契約の相手方(通
常実施権者)から,ライセンス対象特許に関して被告が行う訂正について,一般的
かつ包括的な承諾を得ている(乙11の1・2,12~17,弁論の全趣旨)。
したがって,被告は,本件訂正について,実施権者等の承諾を得たというべきで
ある。
イ原告の主張について
(ア)原告は,本来,審判段階で審査されるべき承諾の有無が審査されなかった
のであるから,特許庁に差し戻してその審査を受けるべきであると主張する。
しかし,前記アのとおり,本件訂正に関する承諾が認められるのであるから,本
件訂正を認めた特許庁の判断が誤っていたとはいえず,承諾の有無の審査がされな
かったことの一事をもって,特許庁に差し戻すべきものとはいえない。
(イ)原告は,実施権者等の訂正は,訂正の目的を明確にし,対象特許番号も特
定した上でされなければならないと主張する。
しかし,特許権者と実施権者の間で訂正の可否についていかなる契約を締結する
かは自由であり,訂正の目的を明確にする必要がある旨の原告の主張は採用できな
い。また,特許庁に提出する承諾書の様式見本(甲29)に対象特許番号を記載す
ることになっているからといって,当事者間において,ライセンス対象特許全般に
ついて一般的かつ包括的な承諾を得ることが禁止されているということはできない。
したがって,原告の主張は理由がない。
3取消事由2(本件訂正発明の実施可能要件の判断の誤り)について
(1)発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を
有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び
効果を記載しなければならない(法36条4項)。
本件明細書の記載(【0018】【0028】~【0036】【0038】)か
らすれば,当業者が容易に実施できる程度に発明の詳細な説明が記載されていると
いえる。
(2)原告の主張について
ア原告は,【0036】には,「制御手段」が「探索開始地点」と「誘導開始
地点」とが「異なる」ことを判定すること,及び「誘導開始地点」が「設定された
経路上の,経由予定地点」を「超えた」のか否かという判定事項について,「制御
手段」がその判定を行うことは,何ら記載されていないと主張する。
しかし,【0036】には,走行軌跡データを用いて,出発地点P0から順次図5
に実線で示すように走行したものとして目標経由地点の更新を行うこと,すなわち,
経由地番号P1~P3に対応する経由地点は既に通過したとして自車位置がCにある
場合には,次の目標経由地はP4に対応する地点である旨をディスプレイに表示,又
は,スピーカから音声により操作者に伝えることが記載されており,本件訂正発明
1では,これらの一連の処理を制御する構成をもって「制御手段」と称しているも
のと解される。また,本件訂正発明1の実施例に記載されたCPU7(図1)も
「ナビゲーションシステム全体の制御を行うシステムコントローラ5」全体を制御
し,「表示ユニット13」に対し「制御データ」を送信するものであり,このよう
なCPU7を含む構成をもって「制御手段」と称することも一般的に行われている。
したがって,本件明細書に,「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが
設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す
誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を
超えた地点となる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づい
て前記誘導情報出力手段を制御する」ことを「制御手段」が行うことについて何ら
記載されていないとはいえず,原告の上記主張は理由がない。
イ原告は,【0034】ないし【0036】では,設定された経路を順に走行
して,その結果,「探索開始地点」と「誘導開始地点」とが「異なる」ようになっ
た場合しか想定されていないのであって,経路逸脱により1つ目の経由予定地点を
経ないで経路上の点に到達する場合をも包含する本件訂正発明1について,当業者
が容易に実施し得る程度に記載されていないと主張する。
確かに,本件明細書には,設定された経路を順に走行した場合しか記載されてい
ないが(【0034】~【0036】),経路逸脱により1つ目の経由予定地点を
経ないで経路上の点に到達した場合であっても,本件特許出願当時の技術常識(ナ
ビゲーション装置が,現在位置を検出し,それを電子地図データに対してマップマ
ッチングさせ,ダイクストラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,
マップマッチングによって特定された現在地から目的地まで経路誘導すること)に
照らし,結果的に,本件訂正発明1によって経路誘導可能なことは自明であるから,
原告の上記主張は理由がない。
(3)小括
よって,実施可能要件違反をいう原告の主張は理由がない。
4取消事由3(本件訂正発明のサポート要件の判断の誤り)について
特許を受けようとする発明は発明の詳細な説明に記載したものであることを要す
る(法36条5項1号)。前記3のとおり,本件訂正発明1が,発明の詳細な説明
に記載されているというべきである。
よって,サポート要件違反をいう原告の主張は理由がない。
5取消事由4(法36条5項2号適合性の判断の誤り)について
(1)特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことがで
きない事項のみを記載した項に区分してあることを要する(法36条5項2号)。
したがって,特許請求の範囲の記載には,発明がまとまりのある技術的思想として
明確に把握できるように,また,発明の技術的課題を解決するために必要不可欠な
技術的事項が記載されることが求められるものと解するのが相当である。
構成要件G’を含む本件訂正発明1の記載によれば,「制御手段」は,「前記記
憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始
される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点とが異な」る場合に,「前
記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制
御する」ものである。そして,上記「前記記憶した探索開始地点と,当該経路デー
タが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を
示す誘導開始地点とが異な」る場合の判断の具体的内容として,「誘導開始地点が,
設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点となる場合」の判断であることが
把握でき,そのような構成によって,「通過すべき経由予定地点の設定中にすでに
それらの経由予定地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を
行えるように経路誘導メッセージを伝達する」(【0011】)という目的を達成
するものである。
したがって,構成要件G’を含む本件訂正発明1の記載は,法36条5項2号の
要件を満たすというべきである。
(2)原告の主張について
ア原告は,「目標経由地点の更新」を行わない限り,「経路誘導を行う経由地
が異なる」ことは明らかにされないから,単に誘導開始地点が所定の地点となった
かを判別するだけでは「経路誘導を行う経由地が異なる」ことを特定することには
ならず,「経路誘導を行う経由地が異なる」ことを示すためには,より直接的に,
「経路探索開始時に設定された経由予定地点と,移動体が移動した後の経由予定地
点とが異なる」こと又は「目標経由地点の更新」を行うことを特定する必要がある
と主張する。
しかし,本件訂正発明1の目的は「通過すべき経由予定地点の設定中にすでにそ
れらの経由予定地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行
えるように経路誘導メッセージを伝達する」ことであって,「正しい経路誘導を行
えるように経路誘導メッセージを伝達する」上で,経由予定地点のいずれかを通過
してしまった場合」でない場合には「経路探索開始時に設定された経由予定地点と,
移動体が移動した後の経由予定地点とが異なる」ことは必ずしも必要ではない。し
たがって,この点を記載しないことによって,特許を受けようとする発明の構成に
欠くことができない事項が漏れているとまではいえないから,原告の上記主張は理
由がない。
イ原告は,本件訂正発明の意義(探索開始地点と誘導開始地点とが異なること
を判断すること)からすると,PxがP1を超えているか否かの判断を行うことは無
意味であるだけでなく,本件訂正発明の意義を不明確にするものであると主張する。
しかし,PxがP1を超えた位置にない場合(PxがP1の手前にある場合)につい
て,請求項は何ら規定していないし,仮に,構成要件G’の判断に応じて「前記誘
導情報出力手段を制御する」基準地点をいずれにするとしても,情報出力されるの
は経由地点「P1」という点で変わりはないから,何ら矛盾は生じない。よって,原
告の上記主張は理由がない。
(3)小括
よって,法36条5項2号違反をいう原告の主張は理由がない。
6取消事由5(本件訂正発明の新規性の判断の誤り)について
(1)引用発明1
ア引用例1(甲1)には,おおむね,次の記載がある。なお,第6図は別紙2
記載のとおりである。
(ア)産業上の利用分野
この発明は,進路を案内表示しながら,車両を目的地へと誘導する車両用経路誘
導装置に関する。
(イ)従来技術とその問題点
この種の車両用経路誘導装置にあっては,例えば,特開昭58-150814号
公報に示されるように,通過する主要交差点の座標により目的地までの走行経路を
設定登録させ,各登録交差点への接近が検出されるたびに,その交差点における進
路を画像で案内表示して目的地まで車両を誘導させている。
一般に,進路案内は誘導開始指令に応答して自動的に設定経路の始端に位置する
登録交差点から開始されるため,出発地点から始端交差点へ行くつもりで道に迷っ
て2番目に登録交差点に到達したり,あるいは始端交差点に到達した時点で誘導開
始指令を与え忘れて設定経路を走行し,2番目,3番目の交差点まで到達してしま
ったような場合には,わざわざ誘導開始操作のために始端交差点に逆戻りしたり,
あるいは経路設定操作を最初からやり直す等の面倒,繁雑な操作を要するという問
題があった。
(ウ)発明の目的
この発明は,係る問題点に鑑みてなされたものであり,その目的は,始端交差点
まで逆戻りしたり,あるいは走行経路を再設定することなく,最寄りの進路案内が
可能な交差点から,目的地へと車両を誘導させることができる車両用経路誘導装置
を提供することにある。
(エ)実施例の説明
第2図は,この発明の一実施例に係る車両用経路誘導装置の構成を示すブロック
図である。
同図に示すように,この経路誘導装置は演算装置12およびメモリ13を主体と
するマイクロコンピュータ構成の演算部11を中心として構成され,この演算部1
1の入力側には,走行距離センサ14および方位センサ15の各出力に基づいて現
在位置を検出する現在位置検出回路16,現在地および目的地入力用の設定装置1
7,地図データ記憶装置18,復帰スイッチ21が接続されている。
演算部11の出力側には,表示情報信号を一時記憶する表示記憶装置19を介し
て画像表示用の表示装置(CRT等)20が接続されている。
走行経路の設定にあたっては,設定装置17を操作して自車両の現在地である出
発地および最終行先地となる目的地を設定する処理を行ない(ステップ101),
次に出発地に近い交差点の中から出発交差点を,また目的地に近い交差点の中から
目的交差点をそれぞれ選択し(ステップ102),次にその交差点間を結ぶ最短経
路を自動検索して経路設定処理を終了する(ステップ103)。
以後,本発明の要部に係る出発交差点方向表示処理(ステップ104)へ移行す
る。
以下にこの出発交差点方向表示処理の詳細を第5図のフローチャートおよび第6
図の表示画面説明図を参照しつつ説明する。
演算部11のメモリ13内には,交差点カウンタ値Nの値で指定される一連の交
差点番号エリアが設けられ,各エリアには出発交差点と目的交差点との間を結ぶ設
定経路上に存在する途中交差点の番号が順に記憶されている。
今仮に,出発地(この例では,実際の出発地が含まれるであろう方形領域の中心
座標を仮の出発地としている)の座標を(XS,YS),現在地(この例では後述
のステップ400で求まる)の座標を(X,Y),またカウンタNの値で定まる設
定経路26上の交差点座標を(XN,YN)とする。
この状態でプログラムがスタートすると,まず出発交差点22までの距離に対す
る距離比較対象交差点として,カウンタ値N=0に対応して出発交差点22の次の
交差点24が選択される(ステップ1041)。
次いで,現在地(X,Y)と出発交差点(XS,YS)との距離と,現在地(X,
Y)と比較対象交差点(XN,YN)との距離とが大小比較され(ステップ104
2),出発交差点までの距離の方が短いと判定されるときには(ステップ1042
肯定),カウンタ値Nを+1ずつ更新させつつ(ステップ1043),出発交差点
から数えて2番目,3番目,4番目…の各交差点について同様に出発交差点25と
の距離比較が行なわれる。
そして,カウンタ値N=9に対応して第10番目(必要に応じて増減可)の交差
点までの中に出発交差点よりも近いものがなければ(ステップ1044肯定),カ
ウンタをクリアした後(ステップ1045),当初設定された出発交差点25がそ
のまま出発交差点と認識され,その方向が第6図に示す如く表示画面の左上隅に自
動車図形と矢印状セグメントを用いて表示され,運転者に対して出発交差点に対す
る進路方位情報として与えられる。
他方,第10番目の交差点まで距離比較を行なう間に,出発交差点よりも近い交
差点が存在すると(ステップ1042否定),その交差点の座標(XN,YN)が
出発交差点の座標(XS,YS)と置き換えられ,これにより当該交差点が出発交
差点として新たに設定される(ステップ1047)。そして,新たに設定された出
発交差点の方向が同様にして表示される(ステップ1046)。
以後,このようにして設定された出発交差点に対して300m以内にまで接近す
る間,以上の表示処理(ステップ104)が繰り返され,この結果第10番目まで
の交差点の中で常に最短距離にある交差点が出発交差点として設定され,かつその
方向が表示され続けることになる。
次いで,このようにして設定された出発交差点に対して300m以内にまで接近
すると,表示画面上には当該出発交差点に対する現在進入路とこれから抜け出すた
めの出発路との位置関係が,画面上方を車両進行方向とする交差点図形を用いて案
内表示される(ステップ106)。
この状態において,スタートスイッチが押されれば(ステップ107肯定),以
後上述の処理で設定された出発交差点を用いて進路案内表示が行なわれる。
従って,画面上の方位案内に従って走行すれば,常に出発交差点に到達すること
ができるはずであり,仮に道に迷ったりして当初設定された出発交差点に到達でき
ずとも,実際に到達した交差点が登録交差点である限りは,そこでスタートスイッ
チを押しさえすれば誤りなくその交差点から進路案内を開始させることができ,当
初の出発交差点まで逆戻りしたりあるいは経路を最初から設定しなおす等の煩わし
さから解放される。
イ引用発明1の特徴
前記アの記載によれば,引用例1には前記第2の3(2)アのとおりの引用発明1が
記載されていることが認められ,引用発明1の特徴は,以下のとおりのものと認め
られる。
(ア)引用発明1は,進路を案内表示しながら,車両を目的地へと誘導する車両
用経路誘導装置に関するものである(前記ア(ア))。
(イ)従来の車両用経路誘導装置では,通過する主要交差点の座標により目的地
までの走行経路を設定登録させ,各登録交差点への接近が検出されるたびに,その
交差点における進路を画像で案内表示して目的地まで車両を誘導させており,一般
に,進路案内は誘導開始指令に応答して自動的に設定経路の始端に位置する登録交
差点から開始されるため,出発地点から始端交差点へ行くつもりで道に迷って2番
目に登録交差点に到達したり,あるいは始端交差点に到達した時点で誘導開始指令
を与え忘れて設定経路を走行し,2番目,3番目の交差点まで到達してしまったよ
うな場合には,わざわざ誘導開始操作のために始端交差点に逆戻りしたり,あるい
は経路設定操作を最初からやり直す等の面倒,繁雑な操作を要するという課題が存
在した。そこで,引用発明1は,始端交差点まで逆戻りしたり,あるいは走行経路
を再設定することなく,最寄りの進路案内が可能な交差点から,目的地へと車両を
誘導させることができる車両用経路誘導装置を提供することを目的とするものであ
る(前記ア(イ)(ウ))。
(ウ)上記課題を解決するために,引用発明1は,走行距離センサ及び方位セン
サの各出力に基づいて自車両の現在位置を検出する現在位置検出回路と,設定装置
に自車両の現在位置である出発地及び最終行先地となる目的地が入力されると,出
発地に近い交差点の中から出発交差点を,また目的地に近い交差点の中から目的交
差点がそれぞれ選択され,出発交差点と目的交差点の間の最短経路を検索して経路
上に存在する途中交差点の位置や番号を記憶させる経路設定処理を行う手段と,自
車両の現在位置と上記記憶させた途中交差点に基づいて,通過交差点を手前にして
次の交差点の形状を表示する,経路誘導のための進路案内表示を行う表示装置と,
自車両の現在位置と出発交差点との距離と,自車両の現在位置と途中交差点との距
離とが,出発交差点から数えて所定番号の途中交差点まで比較され,出発交差点よ
りも近いものがなければ,当初設定された出発交差点がそのまま出発交差点と認識
され,他方,出発交差点よりも近い途中交差点が存在すると,その途中交差点の座
標が出発交差点の座標と置き換えられ,新たに出発交差点として設定され,スター
トスイッチを押すことにより,設定された出発交差点から進路案内表示を開始させ
る手段を有する車両用経路誘導装置という構成を採用することにより,画面上の方
位案内に従って走行すれば,常に出発交差点に到達することができるはずであり,
仮に道に迷ったりして当初設定された出発交差点に到達できずとも,実際に到達し
た交差点が登録交差点である限りは,そこでスタートスイッチを押しさえすれば誤
りなくその交差点から進路案内を開始させることができ,当初の出発交差点まで逆
戻りしたりあるいは経路を最初から設定し直す等の煩わしさから解放されるという
作用効果を奏するものである(前記ア(エ))。
(2)本件訂正発明と引用発明1の特徴における相違
本件訂正発明1は,予め設定された経路データを用いて経路誘導を行うナビゲー
ション装置である。「予め設定された経路データ」とは,「探索開始地点」に当た
るスタート地点P0’を基に「経由予定地点」を含むよう算出されたものであるとこ
ろ,本件訂正発明1は,「経由予定地点」のいずれかを通過してしまった場合でも,
正しい経路誘導を行えるように経路誘導メッセージを伝達することを目的とするも
のであり,設定された経路を順に走行して誘導開始地点に至った場合を想定してい
る。そして,その解決手段も,「経路データ」が「探索開始地点」に基づいて設定
されたものであることを前提に,「探索開始地点」が誘導を開始する地点とは異な
る場合には,誘導情報の出力の制御を変更するというものである。そして,「経路
データ設定手段」によって設定される「経路データ」は,「設定指令が入力され,
経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置を探索開始地点」として探索が
行われたものであり,よって,「入力手段」により入力される「探索指令」も上記
「探索開始地点」に当たる現在地点によって指示されるものであり,「誘導情報出
力手段」の出力処理も上記「探索開始地点」を基にした「経路データ」に基づいて
行われるものである。
これに対し,引用発明1は,自車両の現在位置である出発地及び最終行先地とな
る目的地の入力及び出発交差点と目的交差点の間の最短経路の検索が行われ,自車
両の現在位置と上記記憶させた途中交差点に基づいて経路誘導のための進路案内表
示が行われるものである。スタートスイッチが押され進路案内表示が開始されるま
では,自車両の現在位置と出発交差点との距離と,自車両の現在位置と途中交差点
との距離とが,出発交差点から数えて所定番号の途中交差点まで比較が行われるこ
とによって,出発交差点よりも近い途中交差点が存在する場合には新たに出発交差
点として置き換えられて設定されるものである。したがって,進路案内表示に用い
られる経路データの始点は,経路検索のための入力がなされ,検索が開始される地
点である「出発地」に特定されるものではなく,進路案内表示が開始されるまで
「出発交差点よりも近い途中交差点」に何度も変更されるものである。
以上のとおり,引用発明1は,進路案内表示が開始される前に自車が移動してし
まった場合に,経路データの始点を変更して経路データを設定し直すことで対応す
るものであるから,本件訂正発明1が,誘導開始前に自車が走行してしまった場合
に,「探索開始地点」に基づく「経路データ」の始点の設定変更は行わず,よって
「探索開始地点」と異なることをもって「経路データ」上で誘導情報出力の基準と
なる地点(誘導開始地点)のみを変更することで対応することとは,課題解決手段
において異なるものである。そうすると,本件訂正発明1と引用発明1とは,誘導
に係る制御の基となる「経路データ」が「探索開始地点」を始点として特定してい
るか否かにおいて,異なるものと解される。
(3)相違点の認定
前記(1)及び(2)記載の各事実によれば,前記第2の3(2)ウのとおり,相違点1な
いし相違点4が認められる。
(4)原告の主張について
ア相違点4について
原告は,相違点4は,相違点ではないか,少なくとも実質的相違点ではないと主
張する。
しかし,前記(2)のとおり,引用発明1における進路案内表示が基とする経路デー
タの始点は,進路案内表示が開始されるまで「出発交差点よりも近い途中交差点」
に何度も変更され,検索のための入力及び検索指令がなされる「出発地」に特定さ
れるものではないから,本件訂正発明1の「探索開始地点」に相当する上記「出発
地」と,誘導を開始する登録交差点とを比較するものではない。
したがって,引用発明1は,本件訂正発明1の「制御手段」が「記憶した探索開
始地点と,移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導
開始地点と,が異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超
えた地点となる場合」か否かの判断を行う構成を有しないこととなり,相違点4に
おいて実質的に相違するものと解するのが相当である。この点は,仮に,引用発明
1における「出発地」と「出発交差点」が同意義であるとみなせるとしても,同様
である。
また,仮に,引用発明1における,自車両の現在位置と出発交差点との距離と,
自車両の現在位置と途中交差点との距離との最初の比較において,最初の出発交差
点と2番目の登録交差点とが比較されることをもって,本件訂正発明1の「探索開
始地点」と「誘導開始地点」とを比較することに当たるとみなしたとしても,引用
発明1における上記比較は,誘導を開始する地点を決めるためのものであって,そ
もそも比較の対象である2番目の登録交差点は「誘導開始地点」候補にすぎず(比
較の結果,2番目の登録交差点から誘導が開始されないこともある。),さらに,
上記比較は最初の出発交差点と2番目の登録交差点とが地点として異なるという前
提で行われているから,「異な」る場合か否かの判断を行っていることには当たら
ない。
そうすると,本件訂正発明1と引用発明1とは,相違点4の「前記移動体の移動
に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する制御手段と,を備え,前記制御手段は,
誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御
する」点において実質的に相違するというべきである。
イ相違点1ないし相違点3について
(ア)原告は,相違点1ないし相違点3は,相違点でないか,少なくとも実質的
相違点ではないと主張する。
しかし,前記(2)のとおり,本件訂正発明1と引用発明1とは,誘導に係る制御の
基となる「経路データ」が「探索開始地点」を始点として特定しているか否かにお
いて,異なるものである。
そうすると,引用発明1において,上記「出発地」から変更される「出発交差点
よりも近い途中交差点」を始点とする経路データに基づいて進路案内表示を行うこ
とは,本件訂正発明1の「誘導情報出力手段」が「移動体の現在位置と前記設定さ
れた経路データとに基づいて前記移動体を目的地まで経路誘導するための誘導情報
を出力する」ことに相当するとは解されない。この点は,仮に,引用発明1におけ
る「出発地」と「出発交差点」が同意義であるとみなせるとしても,同様である。
したがって,本件訂正発明1と引用発明1とは,相違点3の「誘導情報出力手段」
において実質的に相違するというべきである。また,相違点1の「入力手段」及び
相違点2の「データ設定手段」においても実質的に相違するというべきである。
(イ)原告は,引用発明1では,交差点をどのように通過すればよいかの表示だ
けでなく,表示装置上において,地図上に経路を示す太線の強調表示及び自車位置
(軌跡位置)の表示を行っているのであるから,交差点以外に,経路を特定するた
めのデータを保持し,かつそれを表示装置上に表示することによって,本件訂正発
明1のごとく,「移動体を目的地まで経路誘導する」ことができると主張する。
確かに,原告の主張のとおり,引用発明1においても交差点以外の経路に関する
データを有しているものと解され,よって,本件審決が,引用発明1は「「交差点」
以外に「経路」に関するデータを有していないものである」と判断したことは誤り
であるものの,相違点3において実質的に相違するとの前記(ア)の判断を左右する
ものではない。
(ウ)原告は,引用発明1は,目的地と目的交差点とが同一地点であることを排
除していないと主張する。
しかし,仮に,引用発明1における目的地と目的交差点が同一地点であるとみな
せるとしても,相違点3において実質的に相違するとの前記(ア)の判断を左右する
ものではない。
(エ)原告は,本件審決が認定した相違点1ないし相違点3に係る本件訂正発明
の特定事項と,技術常識とを比較すると,これらの相違点に係る本件訂正発明の特
定事項は,明らかに技術常識に属する事項であると主張する。
しかし,原告が引用する技術常識は,「ナビゲーション装置が,…ダイクストラ
法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基いて,マップマッチングによって特
定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導するものであったこと」という
ものであって,少なくとも,相違点3に係る「誘導情報出力手段」が「探索開始地
点」を基にした上記「経路データ」に基づくことについて言及するものではないか
ら,原告の上記主張は理由がない。
(5)小括
以上のとおりであるから,本件訂正発明1と引用発明1との間には,相違点1な
いし相違点4が存在し,これらは実質的にも相違点であるから,本件訂正発明1が
新規性に欠ける旨の原告の主張は理由がない。そして,本件訂正発明2ないし5は,
本件訂正発明1を引用し,方法の発明である本件訂正発明6ないし8は,物の発明
である本件訂正発明1,同3及び同5にそれぞれ対応するものであるから,本件訂
正発明は,いずれも新規性に欠けるところはないというべきである。
7取消事由6(本件訂正発明の容易想到性の判断の誤り)について
(1)相違点3及び相違点4の容易想到性について
引用発明1は,進路案内表示が開始される前に自車が移動してしまった場合に,
経路データの始点を「出発交差点よりも近い途中交差点」に変更して経路データを
設定し直すことで対応するものであるから,原告が課題として考慮すべきであると
主張する「始端交差点に到達した時点で誘導開始指令を与え忘れて設定経路を走行
し,2番目,3番目の交差点まで到達してしまったような場合」であっても,経路
データの始点を「2番目,3番目の交差点」に設定し直すにすぎず,誘導開始地点
を特定するために,経路データの当初の始点である出発地と「2番目,3番目の交
差点」とを比較する必要はない。
したがって,引用発明1を,相違点3の「誘導情報出力手段」及び相違点4の
「誘導情報出力手段を制御する制御手段」に係る本件訂正発明1の構成に変更する
動機付けがあるとは認め難い。そして,かかる動機付けが認められない以上,仮に,
相違点3及び相違点4に相当する構成が他の文献から公知であるといえたとしても,
引用発明1から相違点3及び相違点4に係る構成が容易に想到し得たものとはいえ
ない。
(2)原告の主張について
ア原告は,引用発明1では,比較処理は,スタートスイッチを押すまでの間,
継続的に実行されているものであるのに対し,本件明細書では経路の選択がされた
後に実行されるものである点で異なるが,本件訂正発明の構成要件G’では,規定
された比較処理がいつ行われるかについての限定はなく,「異なる場合」の意義か
らすれば誘導開始前に実行されていればよいから,引用発明1の場合も含み得ると
主張する。
しかし,本件訂正発明1と引用発明1とは,比較する「探索開始地点」において
異なり,また,「異なる場合」か否かの判断の内容においても異なるから,原告の
上記主張は理由がない。
イ原告は,相違点4は,引用発明1に被告主張の技術常識を適用することによ
って容易に想到し得るものであると主張する。
しかし,原告が引用する技術常識(ナビゲーション装置が,現在位置を検出し,
それを電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,ダイクス
トラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによ
って特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導すること)は,少なくと
も,相違点4に係る「前記移動体の移動に基づいて前記誘導情報出力手段を制御す
る制御手段と,を備え,前記制御手段は,誘導開始地点からの前記移動体の誘導開
始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」ことについて言及するものではな
いから,原告の上記主張は理由がない。
ウ原告は,相違点1ないし相違点3は,引用発明1に技術常識(甲2,3,8,
9)を適用することによって容易に想到し得るものであると主張する。
しかし,引用発明2(甲2)は,車載ナビゲータにおいて,車両が誘導経路から
外れることなく,第1経由地Aを通過し,存在リンク検出部で検出した後方ノード
が第1経由地と一致する場合に,通過判定部は第1経由地を通過したと判定し,そ
の後は,誘導経路メモリに記憶された誘導経路データに基づき,第1経由地Aから
の誘導経路の表示するものであり,それによって,車両が現在向かっている経由地
点での走行方向を該経由地点を通過する前に知ることができ,当該経由地点を通過
する際に,次の経由地点に向かう最適経路から逸脱するおそれがなくなる(【00
15】)というものである。一次探索を行った後,車両がある経由地に接近する都
度,逐次,経由地を基に二次探索を行うものであって,経路データの検索は何度も
行われることから(【0005】),相違点3に係る構成を備えているとは認めら
れない。
また,引用発明3(甲3)は,経路を複数探索する手段と,探索された複数候補
の経路を視認性良く道路地図上に表示して,選択を行わせることができるようにし
た車両走行案内装置が記載されており,相違点3に係る構成を備えているとは認め
られない。
さらに,甲8及び甲9によっても,相違点3に係る構成が開示されているとは認
められない。
したがって,原告主張の技術常識(甲2,3,8,9)を考慮しても,相違点3
に係る構成に容易に想到し得るということはできない。
エ原告は,本件訂正発明1と引用発明1とは,車両を移動させることを想定し
ていない期間内に,車両を移動させてしまった場合の問題点を解決するという点で,
課題が完全に一致すると主張する。
しかし,前記アのとおり,本件訂正発明1と引用発明1とは,課題解決手段にお
いて異なり,そのような課題解決手段を変更する動機付けは認められない。
オ原告は,当業者であれば,引用発明1において交差点以外の情報を「経路デ
ータ」として有するように構成することにより,交差点ではない目的地まで経路誘
導することは容易であると主張する。
しかし,引用発明1の課題解決手段を変更する動機付けが認められないのである
から,仮に,相違点3に相当する構成が公知であるといえたとしても,引用発明1
から相違点3に係る構成が容易に想到し得たということはできない。
(3)小括
したがって,本件訂正発明1が引用発明1に基づいて容易に想到できる旨の原告
の主張は理由がない。そして,本件訂正発明2ないし5は,本件訂正発明1を引用
し,方法の発明である本件訂正発明6ないし8は,物の発明である本件訂正発明1,
同3及び同5にそれぞれ対応するものであるから,本件訂正発明は,いずれも進歩
性に欠けるところはないというべきである。
8結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄
却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官古河謙一
裁判官片瀬亮
別紙1
別紙2

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛