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令和元年(う)第412号不正作出支払用カード電磁的記録供用,窃盗被告事件
令和2年11月6日福岡高等裁判所第1刑事部判決
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役10年に処する。
原審における未決勾留日数中400日をその刑に算入する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は,検察官松井洋作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに
対する答弁は主任弁護人牧野忠,弁護人寳耒隆共同作成の答弁書記載のとおりであ
るから,これらを引用する。
第1本件公訴事実及び論旨
1本件公訴事実は,「被告人は,A,B及び氏名不詳者らと共謀の上,南アフリ
カ共和国所在のRバンク発行の会員番号「●●●」等のデビットカードを構成する
人の財産上の事務処理の用に供する電磁的記録を不正に作出して構成された不正電
磁的記録カード(以下「本件不正カード」という。)46枚を使用して現金を窃取し
ようと考え,別表(添付省略。なお同表には,「大番号」欄,「共犯者」欄,「犯行日
時(頃)」欄,「犯行場所」欄,「使用カードの会員番号」欄,「管理者」欄,「小番号」
欄及び「窃取金額」欄が設けられている。)記載のとおり,更にC,D,E,F,G,
Hらとそれぞれ共謀の上,平成28年5月15日午前6時11分頃から同日午前8
時39分頃までの間,783回にわたり,同表「犯行場所」欄記載の福岡県,長崎
県又は佐賀県所在のコンビニエンスストア72店舗において,人の財産上の事務処
理を誤らせる目的で,本件不正カード46枚を各コンビニエンスストアに設置され
た現金自動預払機に挿入し,本件不正カード46枚の電磁的記録を読み取らせて同
機を作動させ,それらの電磁的記録を人の財産上の事務処理の用に供するとともに,
同機から同表「管理者」欄記載の者がそれぞれ管理する現金合計7830万円を引
き出して窃取した」というものである(不正作出支払用カード電磁的記録供用・窃
盗。以下,これらを包括して「本件犯行」といい,同日を「本件犯行日」という。)。
2論旨
原審証拠上,Aが,Bら共犯者多数と共謀して本件犯行を遂げたことは明らかで
あるところ,論旨は,要するに,原審証拠により認められる間接事実を総合的に評
価すれば,本件犯行に先立ち,被告人とAら共犯者との間に共謀関係(以下,単に
「共謀関係」という。)が成立していたことも優に認められるのに,原判決は共謀関
係の成立を認定するには合理的な疑いが残るとして,一切関与していない旨の被告
人の弁解を排斥せず,被告人に無罪を言い渡しており,その事実認定は論理則,経
験則等に照らして不合理であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らか
な事実誤認がある,というのである。
第2当裁判所の判断の概要
そこで記録を調査し,当審において実施した被告人質問の結果も併せて検討した
ところ,当裁判所は,原判決は,本件の争点である共謀関係の有無を検討する過程
において,検察官が主張する複数の間接事実のみを対象として,かつ,その持つ意
味合いを個別的に分断したまま,「当該間接事実は認められない」あるいは「当該間
接事実からは共謀関係(被告人の関与)を推認できない」旨を説示するにとどまり,
原審証拠から一定の推認力を有する複数の間接事実を適切に抽出し,これらを総合
評価して判断するという観点,すなわち,原審証拠を通じて,共謀関係があったと
解さなければ合理的な説明が不可能ないし極めて困難な事実関係が形成されていた
と認められるか否か,という観点からの検討一切を欠いたため,論理則,経験則等
に照らして不合理な事実認定に陥り,原審証拠によって認められる複数の間接事実
を総合評価しさえすれば優に肯認できる共謀関係を認められないものと誤認してお
り,論旨は理由があると判断した。
以下,詳述する。
第3原判決の概要
1前提事実
原判決は,第2「争点等」の1及び第3「当裁判所の判断」の1「前提事実」に
おいて,次のとおり,本件犯行の前後にわたる事実経過の大枠を説示している。こ
の説示に誤りはなく,当審においても前提とできる。
すなわち,Aが,氏名不詳者らから持ち掛けられて,偽造カードを用いて九州
地方の現金自動預払機から現金を引き出して盗むことを画策し,入手した本件不正
カード100枚をIに持たせて福岡市に向かわせ,本件犯行日の前日夜,Bが,
Aの指示を受けたIから同市内で本件不正カード100枚を受領し,その後,直接
又は間接に,これらを別表「共犯者」欄記載の実行犯ら(別表「大番号1ないし6」
の「共犯者」欄に記載がないのは,Bが実行犯を兼ねていることによる。)に配付し,
本件犯行日,Bほか実行犯らが,別表記載のとおり,本件不正カード46枚を使
用して現金合計7830万円を不正に引き出して窃取し同日,Bが,引き出さ
れた窃取金を直接又は間接に実行犯らから回収して(以下,回収されてまとめられ
た窃取金を「本件窃取金」という。),これ
をJに渡し,同日,同人はAの指示を受け,被告人と連絡を取りあって同市内で
被告人と合流し,本件窃取金の中から190数万円を被告人に渡すと(以下,趣旨
の如何を問わず「本件現金授受」という。),ホテルで待機中のIと合流して同人に
残金を渡し,同人が本件窃取金を空路東京に持ち帰ってAに渡した,というのであ
る。
2原判決の判断過程
原判決は,第2「争点等」の2において,共謀関係の有無が争点であるとして,
原審検察官の論告に沿い,間接事実に関する検察官の主張を時系列順に以下の「検
察官の主張」①ないし⑥のとおり摘示した上,第3「当裁判所の判断」の2ないし
7において,要旨以下ののとおり説示すると,直ちに,第4「結論」に
おいて,「以上によれば,検察官の主張する事実は,いずれも被告人とAらとの共謀
の成立を推認させるものとはいえず,ほかに共謀の成立を積極的に推認させる事情
はない。そうすると,被告人とAらとの間において本件犯行につき共謀が成立した
と認定するには合理的な疑いが残る。」と説示して,本件公訴事実については犯罪の
証明がないと判断した。
検察官の主張①(Aが,被告人を本件犯行に関与させる旨の発言等をしてい
たこと)について
検察官は,本件犯行に先立ち,平成28年3月ないし4月頃,Aが,知人である
KやLに対し,「九州の兄貴」と称する人物を偽造カードを用いた不正引き出しに関
与させる旨の発言をしていて,当該「九州の兄貴」は被告人を指すから,そのよう
なAの発言は共謀関係を裏付けるものであるという。
しかしながら,Kの原審供述に現れる「九州の兄貴も人が用意できるから九州に
も話を振ろうと思う。」「九州の兄貴に幾らつければ失礼じゃないのか。」というAの
Kに対する発言や,Lの原審供述に現れる「九州の兄貴にももうけさせてあげんば」
その他「九州の兄貴に人を集めてもらう」趣旨のAのLに対する発言(以下,併せ
て「A発言」という。)があって,かつ,当該「九州の兄貴」が被告人を指していた
としても,KもLも本件犯行には直接関与しておらず,両名のいうA発言も要する
に「九州の兄貴に話を持ち掛けようと思う」といった限度にとどまっているから,
Aから被告人に対する働き掛けの有無ないし内容は判然としないし,そもそもAが
様々な思惑から虚実を織り交ぜて発言していた可能性が否めない。
したがって,検察官の主張するA発言を前提としたところで,同人が後になって
被告人に対して出し子を集める話を持ち掛けるなどして,被告人との間で本件犯行
につき共謀を遂げたなどと推認することはできない。
検察官の主張②(本件犯行日の前々日の夜に,Aが福岡市で本件犯行につい
てBらに説明した際,被告人もその場にいたことから,被告人も本件犯行の謀議に
加わっていたと推認されること)について
検察官は,本件犯行日の前々日の夜,Aが博多警察署付近のガソリンスタンド(以
下「本件スタンド」という。)において,本件犯行の共犯者らと合流し,本件犯行に
ついて説明した際,被告人もその場にいたことからすれば,この機会に本件犯行に
関する謀議が行われ,これに被告人も加わっていたものと推認できると主張する。
しかしながら,被告人らが原審公判で供述するとおり,共通の知人が同警察署に
呼び出されたことを知って,その知人を案じ,事の成り行きを見守るために集合し
た後,それぞれの移動中の自動車内等,被告人が付近にいない状況において,Aら
が被告人を交えずに,本件犯行について話をした可能性は否めない。
したがって,本件犯行日の前々日の夜,被告人がAほかBを含む実行犯ら数名と
本件スタンドに参集したこと(以下「本件参集」という。)は認められるものの,そ
の場で本件犯行の謀議がされたとまで推認することはできない。
検察官の主張③(BがIから本件不正カードを受領するに当たり,被告人が
AとBの間に入って連絡を取っていたと推認されること)について
検察官は,本件犯行日の前日,Aの指示を受けたIがBに本件不正カード100
枚を渡した際,その前後にわたって,Aと被告人との間及び被告人とBとの間には
それぞれ通話履歴があるのに,AとBとの間には通話履歴がないことを援用して,
被告人がAとBとの間に入って連絡を取っていたものと推認できるという。
しかし,Bの原審供述によれば,Iと合流するに際して指示を出していたのはA
であって,通話履歴が証拠化された携帯電話機の他にも,本件犯行後に捨てた,い
わゆる飛ばしの携帯電話機2台を使っていた,というのであり,Aの原審供述も,
Bに指示をしていたのはAであって,通話履歴が証拠化された携帯電話機の他にも
本件犯行後に捨てた携帯電話機複数を使っていた,というのであるから,捜査機関
が把握できていない携帯電話機を利用したAとBとの間の通話があった可能性は否
めない。
したがって,BがIから本件不正カードを受領した頃,Aと被告人との間及び被
告人とBとの間にはそれぞれ通話履歴があるのに,AとBとの間には通話履歴がな
いからといって,ここから共謀関係の成立を推認することはできない。
検察官の主張④(被告人がJに指示して,Bから本件窃取金等を受領させて
いること)について
検察官は,被告人がJに指示して,Bから本件窃取金等を受領させたものであっ
て,ここから共謀関係を推認できる旨主張する。
しかしながら,Jは原審公判において「Aから連絡をとるように電話番号を教え
られた人と連絡をとって,その人(被告人)から,金を持ってくる人(B)と博多
駅南のレストランS辺りで落ち合ってお金をもらってくれんかねと言われ,付近に
到着後,また同じ番号に電話をかけたら,自動車の色と種類を指定してそこで待っ
とってと言われた。」旨供述するものの,Aも被告人も,原審公判において当該合流
地点を指示したのが被告人である点については否定している上,その時間帯の通話
履歴と突合していくと,通話内容に関するJの説明は必ずしも十分なものではない。
しかも,被告人が本件犯行の内容等を知っていて,その上で報酬等の趣旨で本件窃
取金の一部を受領するつもりであったとすれば,本件窃取金の大部分はJからIに
渡して急ぎ東京に持ち帰らせる必要があるという切迫した状況でもあったから,J
に指示して福岡市内を転々とさせて受領するよりも,B及びJに指示して,あらか
じめ本件窃取金から被告人の報酬分を取り分けて持参させたり,Iが待機するホテ
ルやその周辺で合流して,本件窃取金の一部を受領したりするのが合理的であった
とも考えられる。
そうすると,被告人がJとBとの合流地点を指示した旨のJの原審供述の信用性
には疑問が残り,同人が転々としながら被告人と接触した経緯としては,Aや被告
人が原審公判で供述するとおり,AやBが被告人には本件犯行を秘して行動しつつ,
その過程において,Aが被告人に対する借金を返済するため,Jをして被告人に連
絡を取らせたとみることが十分に可能である。
したがって,被告人がJに指示してBから本件窃取金等を受領させたなどと認め
ることはできない。
検察官の主張⑤(被告人が,本件窃取金から190数万円を受領しているこ
と(本件現金授受))について
検察官は,被告人が本件窃取金から190数万円を受領していることを援用して,
被告人の本件犯行への関与が推認されると主張する。
しかし,Aや被告人の原審供述によれば,本件現金授受は専らAの被告人に対す
る借金返済の趣旨で行われたものであり,本件現金授受以前にも,Aは被告人に対
する借金を度々手渡しで返済していたというのであって,それらの供述が不自然で
あるとまではいえないから,本件現金授受が専らAの被告人に対する借金返済の趣
旨で行われた可能性は否めない。
したがって,本件現金授受をもって,被告人が自己の受領する現金は本件犯行に
よる窃取金の一部であると認識していた,ひいては本件犯行の報酬であると認識し
ていたなどと推認するには足りない。
検察官の主張⑥(本件発覚後,被告人の関与を前提とする言動を被告人や共
犯者がとっていたこと)について
ア検察官は,本件発覚後,A,B及びHが被告人に本件犯行に関連した相談を
していることをもって,被告人の本件犯行への関与を推認できるという。
しかしながら,A,B及びHは,いずれも原審公判において被告人の本件犯行へ
の関与を否定しているから,事後の相談があったからといって,被告人の本件犯行
への関与を推認するには足りない。
イ検察官は,共犯者の1人であるMの捜査段階における供述に基づき,本件犯
行後,Hが「Aが被告人に話を持ってきた」などと話していたことや,被告人がH
やMに対し,「俺は捕まらんけん,B’(B)が全部動いてるけん。状況証拠しかな
い。」と話していたことからすれば,被告人の本件犯行への関与が推認できるとい
う。
しかしながら,Hは被告人の本件犯行への関与を否定しているし,Mには被告人
との間で金銭を巡るトラブルがあったこともうかがわれるから,Mの当該供述の信
用性を認めるに足りない。仮にそのような被告人の発言があったとしても,被告人
が本件犯行に関与していないことを前提とするものともみられるから,検察官の主
張するように推認することはできない。
第4当裁判所の判断
1原判決の判断過程の不合理性について
前記のとおり,原判決は,「第3当裁判所の判断」において,検察官の主張する
個々の間接事実を対象として,当該間接事実ごとに時系列に沿って検討し,「当該間
接事実は認められない」あるいは「当該間接事実からは共謀関係(被告人の関与)
を推認できない」旨の説示を繰り返した末,「第4結論」において,要するに検察
官の主張する間接事実からは共謀関係を推認できず,他に共謀関係を推認できる事
実もない旨説示して,犯罪の証明がないと結論付けている。
しかしながら,本件のように,被告人はもとより他の枢要な共犯者らも共謀関係
を否定する趣旨の供述に終始しているような事案において,個々の間接事実それ自
体から直ちに共謀関係を推認できないのは,ごく自然なことであって,その旨を繰
り返し説示したところで格別意味をなさない。本件における事実認定の焦点ないし
核心は,個々の間接事実それ自体から直ちに共謀関係を推認できるか否かではなく,
原審証拠に基づいて一定の推認力を持つ個々の間接事実を適切に認定,抽出して,
他の間接事実と総合して評価した上で,共謀関係があったと推認するに足りる事実
関係,すなわち,共謀関係があったと解さなければ合理的な説明が不可能ないし極
めて困難な事実関係の形成が認められるか,という点にある(付言するに,原審公
判前整理手続における争点の確認は,原裁判所が作成した,検察官の主張する間接
事実(前記検察官の主張①ないし⑥と概ね同様のもの)を個別に列挙し,これに対
する弁護人の反論を個別に列挙した「争点整理案」に基づいて行われているところ,
その内容と原判決の判断過程を踏まえると,争点整理の段階から,来るべき公判審
理においては間接事実の総合評価が不可欠となることへの目配りが原裁判所の側に
希薄であったうらみがある。本件のような当事者間に深刻な争いがある「間接事実
型」とも称される事案において,間接事実を軸とした争点整理が必要となることは
論を俟たないが,そうであるからこそ,公判廷で解明されるべきは個々の間接事実
の有無ないしその評価それ自体ではなく,それらを総合した先にある主要事実の推
認の可否であるとの観点が重要となる。)。
にもかかわらず,原判決は,前記のとおり,検察官の主張する個々の間接事実の
みを対象として,かつ,当該間接事実が認められるか否か,あるいは当該間接事実
に直ちに共謀関係(被告人の関与)を認めるに足りるほどの高度の推認力があるか
否かを繰り返し説示するにとどまり,原審証拠によって優に認められる間接事実を
看過し,あるいはその推認力を不当に軽視して他の間接事実との総合評価に供さな
かったため,原審証拠を通じて,共謀関係があったと解さなければ合理的な説明が
不可能ないし極めて困難な事実関係が形成されていたと認められるか否か,という
観点からの検討一切を欠いているのであるから,その判断過程は不合理というほか
ない。
以下,原判決の説示に沿って補足する。
A発言について
ア原判決によれば,原審検察官が援用する,平成28年3月ないし4月頃にお
けるA発言,すなわち,AのKに対する「九州の兄貴も人が用意できるから九州に
も話を振ろうと思う。」「九州の兄貴に幾らつければ失礼じゃないのか。」という発言
や,AのLに対する「九州の兄貴にももうけさせてあげんば」その他「九州の兄貴
に人を集めてもらう」趣旨の発言は,「九州の兄貴に話を持ち掛けようと思う」と
いった限度にとどまっていて,Aから被告人に対する働き掛けの有無ないし内容は
判然としないし,Aが虚実を織り交ぜて発言していた可能性も否めないから,A発
言を前提としてみたところで,同人が後になって被告人に対して出し子を集める話
を持ち掛けるなどして,被告人との間で本件犯行につき共謀を遂げたなどと推認す
ることはできない,というのである。
なお,原判決がA発言の存在を認めたのか否か,説示が曖昧で判然としないもの
の,KもLもAの配下にあった者で,被告人とは面識がなかったのに,それぞれが,
近接した時期かつ別機会における「九州の兄貴」に関するAの各発言を具体的に供
述していること等,所論が指摘する諸事情に照らせば,A発言に関するK及びLの
各原審供述の信用性は,これに反する内容のAの原審供述を踏まえても十分肯定で
きるから,A発言の存在それ自体は優に認められる。
イしかしながら,A発言それ自体から直ちに共謀関係を推認できないことは
原判決が説示するとおりであるにせよ,Aは,かねてより東京を拠点として,組織
性のある違法行為に従事する中で,今回は九州北部を中心とする,実行犯多数が必
要となる本件犯行を画策し,共犯者らに指示を出して一斉実行を実現させて本件犯
行を遂げ,更にJに指示して本件窃取金の中から被告人に190数万円を譲渡させ,
自らは即日東京で本件窃取金を回収した人物である。そのAが,本件犯行の1か月
から2か月程度前に,配下のKやLに対し,「九州の兄貴」を「人手がいる儲け話」
に関与させ,自分から利益を配分する趣旨の発言をしていた,というのである。
そうすると,A発言の存在が,まずもって当該「九州の兄貴」の本件犯行への関
与を一定程度推認させる事情に当たることは明らかというべきである。
そこで当該「九州の兄貴」についてみると,Aと被告人との間には概ね20
年来の付き合いがあって,一時期は同じ暴力団に所属したこともあり,Aの検察官
調書(原審甲502<謄本>)には,「あなたにとって,九州の兄貴と言えば誰ですか。」
との検察官の問いに対する,Aの「付き合いがある人としては,福岡の●●●●(※
被告人の名前が記載されている)さんと,熊本のTさんの2人です。」との答えが記
載されている。また,原審公判において,Aは,他人との会話の中で被告人を示唆
して「九州の兄貴」と発言することがあったこと自体については,九州にも後ろ盾
があるかのように振る舞うためであって本件犯行とは無関係である旨留保しつつ,
認めているのである。
また,Aの配下にあって,本件不正カードを本件犯行日の前日に福岡市に運
んでBに渡し,本件犯行後,Jから受領した本件窃取金をAの下に持ち帰るなどの
役割を担ったIは,原審公判において,偽造カードを使った不正引き出しの話をし
ている際にAが「九州の兄貴」と呼ぶ者が1人いて,Aからは福岡に行ったら「九
州の兄貴」に会わせてやるとも言われていたのに,移動日である本件犯行日の前日,
間違って羽田空港ではなく成田空港に行ってしまい,Aから「兄貴を待たせてるん
だぞ。」と怒られて羽田空港に向かい,Aが新たに手配した飛行機に搭乗して福岡に
向かった旨,具体的に供述している。
この供述を,説示した点のほか,原審証拠(原審甲371)に現れた,本
件犯行日の前日昼間における,IとA,同人と被告人との間の電話発着信の状況,
取り分け,午前11時48分から午後零時18分にかけて,Iが発信地を「千葉」
とする電話を4回にわたってAにかけて通話した後,同人が,午後零時25分に被
告人に電話をかけて午後零時34分まで通話するや,午後零時35分にはIに電話
をかけて1分余り通話していることを踏まえて検討すれば,Iのいう「九州の兄貴」
は被告人を指していると解されるのである(なお,Aの原審供述によれば,Iとの
間で同人が供述するようなやりとりをしていたとしても,そこにいう「兄貴」は,
「Iの兄貴分になるかもしれないBのこと」を指しているというのであるが,既に
説示したところに照らしていかにも無理があり,信用できない。)。
そして,Bが本件窃取金を取りまとめてから,Aが東京で本件窃取金を回収
するまでの間,本件窃取金の中から外部に出た現金は,同人から,九州の福岡を生
活の本拠とする被告人に対する,本件現金授受に係るものだけである。
ウ以上によれば,A発言は,その当時における発言の真意等を問う余地が残さ
れているとはいえ,それ自体として,「九州の兄貴」すなわち被告人の本件犯行への
関与を一定程度推認させる間接事実とみるべきである。このことは,その後におけ
るAから被告人に対する働き掛けの有無ないし内容が判然としないこと等,原判決
の説示する諸点によって何ら否定されるべきものではない。
にもかかわらず,原判決は,要するにA発言は共謀関係を推認させるに足りない
旨説示するにとどまり,これを推認過程に供して他の間接事実と総合するという検
討過程に進まなかったのである。このような,共謀関係を直ちに推認させる推認力
がないからといって,A発言の推認力を一転して無と評価するような事実認定の手
法は,論理則,経験則等に照らして不合理である。
本件参集について
ア原判決によれば,本件犯行日の前々日の夜,被告人がAらと博多警察署付近
の本件スタンドに参集していたからといって,直ちにその場で本件犯行の謀議が行
われたとは推認できず,かえって被告人らが原審公判で供述するとおり,専ら同警
察署から呼び出された知人を案じて集合した後,被告人が付近にいない状況におい
て,Aらが被告人を交えずに,本件犯行について話をした可能性が否めない,とい
うのである。
イしかしながら,本件スタンドにおいて被告人を交えて本件犯行の謀議が行
われたなどと直ちに推認できないことは原判決が説示するとおりであるにせよ,原
審証拠上,翌々日の午前6時過ぎから広域にわたって一斉に実行された本件犯行(別
表中「大番号1ないし76」)において,所論が詳細に指摘するとおりの必要不可欠
な役割を果たした面々,すなわち,①A(本件犯行全般の指揮統括),②B(本件不
正カードの受領及び配付,別表中「大番号1ないし6」の実行,同「大番号7ない
し26」の実行犯らの勧誘,本件窃取金及び本件不正カードの回収とこれらのJへ
の引渡し等),③F(別表中「大番号27ないし36」の実行犯らに対する必要情報
の伝達,同「大番号37ないし45」の実行等),④G(別表中「大番号46ないし
59」の実行又は実行犯らの直接若しくは間接の勧誘等)及び⑤H(別表中「大番
号60ないし76」の実行犯らの直接又は間接の勧誘等)が深夜参集していた場に,
被告人も合流していたという事実は揺るがないのである。
そして,所論が詳細に指摘するとおり,原審証拠(原審甲371ないし37
3)により,本件参集の後と認められる時間帯である本件犯行日の前日の午前零時
18分頃から午前1時5分頃にかけて,本件参集の場にいた者らを起点として(被
告人の電話発受信状況については,後述する。),BからC及び別表記載のN,Fか
ら別表記載のE,Gから別表記載のO及び同P,HからM及び別表記載のQと,後
に実行犯となる者らを相手方とする電話連絡が行われ,更にその後の時間帯におい
ても発受信が繰り返されているものと認められることに照らせば,被告人が間近に
いて話に加わっていたかどうかはさておき,本件参集の場にいた被告人以外の者,
すなわちA,B,F,G及びHが,本件スタンドなり,引き続き博多駅付近に移動
中の自動車内なり,移動後の博多駅付近なりにおいて,本件犯行について実行犯の
確保等を話題として話し合ったことは明らかである。この点に関しては,原審公判
においても,Bは要するに「本件スタンドから移動した博多駅付近で,Gの自動車
内でAと本件犯行についての話をしたが,その際には被告人は別の自動車内にいた
のではないか。」と,Aは要するに「本件スタンドで被告人が近くにいないときにB
と1対1で本件犯行について話し,自動車で博多駅に移動中,信号待ちの機会にも
同人と話をした。」と,Hは要するに「本件スタンドでは本件犯行の話をしておらず,
場所を変えて話そうとしたら被告人がついてきてしまい,博多駅付近に自動車を止
めて,被告人に聞かれないように,自分が自動車から降りていってAと話したりし
ていた。」と,三者三様ではあれ,本件犯行について話題にしたことは認める旨の供
述をしているところである。
ところで,本件犯行のように高度な組織性を帯びた犯罪計画を謀議するに際
しては,事前の発覚を防ぐためにも,無関係の第三者を交えずに行うのが当たり前
と考えられるのであって,わざわざ東京から福岡入りしていたAが,自己が画策す
る組織的な不正引き出しについて共犯者らと謀議をする最中あるいはその前後にお
いて,あえて本件犯行について情を知らない者を巻き込むような行動に出るものと
は,経験則に照らし容易に考え難い。
まして,被告人が原審公判で供述するように,要するに「Hと飲食していたら誰
かは言えない知人から連絡があったので,博多警察署に呼び出されたという別の知
人を案じて同警察署近くの本件スタンドに出向いて,その知人が出てきた後,その
知人とは別れて,引き続きAやB,Hらと行動を共にしていたが,本件犯行の話な
ど一切していないし聞いていない。」のだとすれば,図らずも後にことごとく本件犯
行に加わる面々が一同に会している場に被告人も合流し,本件スタンドから博多駅
にかけて行動を共にしていながら,その間,被告人以外の者の間では本件犯行の謀
議が行われていたものの,被告人は終始蚊帳の外に置かれていた,ということにな
るが,偶然にこのような事実経過が生じたなどとは,経験則に照らして容易には考
え難いところである。このことは,後述するとおりの被告人と本件参集の参加者ら
との間における電話発受信状況に鑑みれば,いよいよ明らかである。
ウ以上によれば,本件参集は,それ自体として,被告人の本件犯行への関与を
相当程度推認させる間接事実とみるべきである。このことは,専ら共通の知人を案
じて本件スタンドに集まった可能性も直ちには排斥されないこと,本件犯行の謀議
がなされたものと直ちには認められないこと等,原判決の説示する諸点によって何
ら否定されるべきものではない。
にもかかわらず,原判決は,要するに本件参集の場で被告人を交えて本件犯行の
謀議がされたとは認められない旨説示するにとどまり,本件参集それ自体を推認過
程に供して他の間接事実と総合するという検討過程に進まなかったのである。この
ような,共謀関係を直ちに推認させる推認力がないからといって,本件参集の推認
力を一転して無と評価するような事実認定の手法は,論理則,経験則等に照らして
不合理である。
関係者間の通話状況について
ア原判決によれば,原審証拠上,本件犯行日の前日,BがIから本件不正カー
ド100枚を受領した頃に,Aと被告人との間及び被告人とBとの間にはそれぞれ
通話履歴があるのに,AとBとの間には通話履歴がないからといって,AやBが原
審公判で供述するように,他の携帯電話を利用した通話があった可能性が否めない
から,検察官の主張するような,被告人がAとBとの間に入って連絡を取っていた
という事実ひいては共謀関係の成立を推認することはできない,というのである。
この点,所論が指摘するとおり,AにしろBにしろ,この機会におけるAとBと
の通話に限って別の「飛ばしの携帯電話」を使い,本件犯行後にこれを廃棄すべき
合理的理由は容易に見出せないのであって,詳細は後述するが,原審証拠(原審甲
371)により明らかとなっている通話状況を踏まえてIの原審供述等を総合すれ
ば,通話の内容が本件不正カードの授受を前提としたものであったかどうかはさて
おき,被告人がAとBとの間に入る形で両名と連絡を取り合い,同人に指示をして
同人とIの接触を図っていたものと優に推認できるから,他の携帯電話を使った可
能性を持ち出してこれをも否定する原判決の説示は,経験則に照らして不合理であ
る。
イしかしながら,より問題視すべきは,原判決の通話状況の捉え方である。
すなわち,本件犯行は,①Aが第三者を介して入手し,Iが福岡市に持参してB
に渡し,そこから配分された本件不正カードを使って,同じ時間帯において,多く
の実行犯が,九州北部のあちこちのコンビニエンスストアを転々と移動しながら,
現金自動預払機から1回当たり10万円を引き出すという作業を繰り返した末,
個々の窃取金をBが回収して取りまとめ,相当に高額となることが見込まれる窃取
金全体を,運搬役のIが東京に持ち帰ってAに手渡すという流れが想定されていて,
かつ,②予定よりも不正引き出しの開始時刻が遅れたり,思ったよりも早く本件不
正カードが使えなくなった等の事情変更はありつつも,高額の現金を不正に引き出
して回収するという当初の計画が概ね実現して,同人の下に7600万円超の本件
窃取金が現に届けられた,という事案である。このような本件犯行の実態に鑑みれ
ば,計画の成就に向けて,多数の関係者相互における,対面だけでなく,携帯電話
を介した上での意思疎通と連携が必要不可欠となっていたであろうことは自明で
あって,関係者の範囲や役割を極力解明して事案の真相を解明するに当たっても,
まずは関係者が利用する携帯電話の通話状況全般が,客観的な資料として重要な位
置を占めることは多言を要しない。このことは,通話状況から直ちに会話内容が分
からないからといって,決して軽視されるべきではない。
そして,現に原審証拠(原審甲371ないし373)により明らかとなって
いる,本件犯行日の前後にわたる通話状況の全体像を俯瞰してみれば,所論(当審
で取調べ請求が却下された証拠に基づく部分を除く。)が詳細に指摘するとおり,被
告人と本件犯行に関与した者らとの間や,本件犯行関係者ら相互の間で,連続的な
電話発受信が繰り返し生じていることが明らかである。
前述した本件犯行の実態に照らせば,本件犯行前後における,被告人と本件犯行
に関与した者らとの間における通話状況及びその前後における本件犯行関係者ら相
互の通話状況は,全体として間接事実(群)としての性格を帯びるというべきであ
るが,その中にあっても,本件犯行の全体をカバーするA,B,F,G及びHが一
同に会し,その後の実行犯の確保につながったとみられる本件参集前後の局面と,
IからBへの本件不正カードの譲渡の前後の局面における発受信の状況は,以下に
述べるところに照らし,重要な間接事実と位置付けられる。
a本件参集前後の時間帯における発受信の状況
原審証拠上,被告人は,次項⒝のとおり,本件参集の前後にわたる時間帯に
おいて,本件参集の場にいたA,B及びFだけでなく,後に実行犯となったものの
当時は大分県にいて,本件参集の場にはいなかったEとの間でも,電話連絡を取り
合っていることが認められる。
そして,本件参集を踏まえてその連絡状況を考察すれば,内容はともかく,被告
人が直接又は間接にF,B,G,A及びEと連絡を取り合っている様子が浮き彫り
となっていて(なお,本件参集に先立って,被告人はHと飲食を共にしているから,
同人との意思疎通に欠けるところもない。),この点は,原審証拠上,Aと本件参集
の場にいた者ら(被告人を除く。)との間には,本件参集に先立つ電話発受信の痕跡
がないことと対照的であり,被告人が本件参集を主導したこと,本件参集後に被告
人自身にEと連絡をとる必要が生じていたことが推認できる。
⒝すなわち,原審証拠上,本件参集直前の時間帯と推認できる本件犯行日の前々
日の午後10時38分から午後11時6分にかけて,被告人からF(通話時間33
秒),同人からB(同1分),FからG(同49秒),同人からF(同1分40秒),
同人から被告人(同19秒),FからG(同22秒),Bから被告人(同41秒),G
からF(同11秒)にそれぞれ発信されて通話されているほか,同日午後11時5
7分から翌日(本件犯行日の前日)午前零時1分にかけて,Aが被告人に電話をか
けて通話した後(通話時間4分2秒),40秒足らずで再度Aが被告人に電話をかけ
て通話(同22秒)している。また,同日午前零時18分から同日午前2時16分
にかけて,FからE(通話時間1分10秒),被告人からE(同3分49秒),同人
から被告人(同25秒),Eから被告人(9分28秒),Eから被告人(同1分18
秒),EからF(同1分48秒)にそれぞれ発信され,通話されているのである。
bIがBと接触して本件不正カードを渡した時間帯における発受信の状況
原審証拠上,Iが本件犯行日の前日午後6時頃に福岡空港に到着し,その足
で福岡市内の宿泊先のホテルに向かい,Aの指示で本件不正カードが100枚ある
ことを確認した後,同人からの「ホテルの下にいるこわもてのおっさん(B)」に本
件不正カードを渡すようにとの指示を受け,同ホテル1階出入口付近で,Bと落ち
合って本件不正カードを渡したことは明らかである。そして,この過程における電
話発受信の状況は次項⒝のとおりであり,相互に面識のなかったIとBが落ち合っ
て本件犯行に不可欠な本件不正カードの授受が行われる前後において,AがI及び
被告人と,被告人がB及びAとそれぞれ連絡を取り合っていることが顕著である一
方,AとBが直接連絡を取り合った痕跡がないのである(そもそも,原審証拠上,
AとBとの間の電話発受信が初めて確認できるのは,同日午後11時29分であ
る。)。
このような通話状況からは,意図はともかく,Aだけでなく被告人も,IとBを
確実に接触させるため,同人に合流方法を指示していたものと推認できる反面,こ
の過程において,A,B及び被告人が原審供述で供述するような,AとBとの間で
は通話履歴が証拠化されていない飛ばしの携帯電話を使ったやりとりを別途行って
いて,かつ,その最中に被告人がIとBの接触とは無関係の別件でAやBと話をし
ていた,などという事態が進行していたなどと考える余地はない。
⒝すなわち,原審証拠(原審甲371)により明らかとなっている通話状況に
よれば,福岡空港到着後の同日午後6時17分,IがAに電話をかけ(通話時間4
2秒),その通話終了の32秒後に同人が被告人に電話をかけ(同52秒),午後7
時15分,AがIに電話をかけ(同33秒),その通話終了の4分42秒後に同人が
Aに電話をかけ(同9秒),その通話終了の1分38秒後に同人が被告人に電話をか
け(同51秒),その通話終了の17秒後に被告人がBに電話をかけている(同26
秒)。そして,午後7時42分,同人が被告人に電話をかけ(通話時間12秒),そ
の通話終了の23秒後に被告人がAに電話をかけ(同23秒),その通話終了の25
秒後には被告人がBに(同14秒),27秒後にはAがIに(同32秒),それぞれ
電話をかけている。その後,午後7時48分にBが被告人に電話をかけ(通話時間
38秒),その通話終了の20秒後,被告人がBに電話をかけ(同21秒),午後7
時50分にはAがIに電話をかけているのである(同24秒)。
ウなお,被告人らの原審供述を前提とすれば,被告人が本件犯行とは何ら関係
のない,例えばBとは従業員のスカウト等の件で,Aとは借金返済等の件で,その
他の面々とも本件犯行とは何ら関係しない件で,あちこちとの間で繰り返し電話を
かけたりもらったりして通話していた相手先の大多数が,図らずも後に本件犯行に
関与していたという流れが生じていたこととなるが,このような事態が偶然に生じ
るものとは,経験則に照らし容易には考え難いところである。
エ以上のとおり,
における,被告人と本件犯行に関与した者らとの間の通話状況及びその前後におけ
る本件犯行関係者ら相互の通話状況は,それ自体として,被告人の本件犯行への関
与を相当程度推認させる間接事実(群)とみるべきなのである。
にもかかわらず,原判決は,原審検察官が援用するごく限局された時点における
通話履歴の不存在を部分的に取り上げて,「当該時点において,被告人がAとBの間
に入って同人に指示を出していたと推認できるか否か」のみを検討対象とし,これ
を否定するにとどまり,原審証拠上明らかとなっている通話状況を間接事実(群)
として取り上げず,推認過程に供していないのである。このような事実認定の手法
は,携帯電話による意思疎通を不可欠としたとみるに足りる本件事案の組織性,計
画性を顧みないものであって,経験則に照らして不合理である。
本件現金授受について
ア原判決によれば,本件現金授受が専らAの被告人に対する借金の返済として
行われた可能性は否めないから,本件現金授受をもって,被告人が本件犯行による
窃取金の一部であると認識していた,ひいては本件犯行の報酬であると認識してい
たなどと推認するには足りない,というのである。
イしかしながら,本件現金授受それ自体から直ちに報酬性の認識なり共謀関係
なりを推認できないことは原判決が説示するとおりであるにせよ,原審証拠上,本
件犯行日,実行犯らから回収した合計7830万円もの本件窃取金をBがJに渡し,
本件窃取金が犯罪収益であり,運搬役に届けるべきものであることをAから聞かさ
れているJが,東京への運搬を控えてホテルで待機中のIに届けるまでの間,時間
の余裕がない中で,午後6時頃からAの指示を受け,被告人とも電話で連絡を取り
合ってお互いに移動しながら被告人と落ち合い,本件窃取金の中から,190数万
円を渡し,その後,Iに本件窃取金を渡して,同人が午後9時台の飛行機で東京に
戻り,その足でAと会って本件窃取金を渡した,という事実経過は揺るがないので
ある。
このような,一斉に敢行された不正引き出しと近接した場所,時間帯において,
犯罪収益に他ならない本件窃取金の中から,およそ少額とはいえない190数万円
もの現金を,振込等の送金手段によることなく,Aの指示を受けたJと被告人が連
絡を取り合ってお互いに移動しながら落ち合って渡すという,本件現金授受の態様
は,このような迂遠な方法によらずとも,BやJに手早く取り分けさせて,被告人
の口座に振り込ませること,あるいはBやIと被告人が直接落ち合うことも十分に
可能な状況にあったことに照らし,現金授受の客観的な痕跡を残さず,かつ,本件
窃取金の回収者や東京への運搬役と被告人との直接の接触を避けるための配慮に出
たものと考えるのがまずは自然であり,その反面において,原審公判でAと被告人
が供述するような借金の返済という趣旨説明をいかにも不自然とみるに足りるもの
である。なお,Aは,かつては本件現金授受自体を認めていなかった上(原審甲5
01,A原審供述),原審公判において,被告人を巻き込みたくなかったからBやH
に本件犯行のことを口止めしたりしていたなどと供述している割には,ひとたび露
見したならば被告人に本件犯行への関与の嫌疑が生じることが不可避なはずの本件
現金授受を,電話連絡を繰り返しながら遂げているのであって,このように現に生
じた事実経過と余りにもそぐわないAの原審公判の説明ぶりに照らしても,本件現
金授受が専ら借金返済の趣旨であったとする同人ひいては被告人の原審供述の信用
性は減殺される。
また,Aの原審供述によれば,本件犯行を持ち掛けてきた者に対して,「九州の兄
貴」に窃取金の2.5パーセントを渡す旨説明していたというのであり,本件窃取
金の2.5パーセントが195万7500円と本件現金授受の額と近似する額にな
る点は,本件現金授受が被告人の本件犯行への関与に対する報酬の供与として行わ
れたことを一定程度推認させる事情である。
ウ以上によれば,本件現金授受が,それ自体として,被告人の本件犯行への関
与を相当程度推認させる間接事実であることは明らかである。このことは,原判決
が説示するように専ら借金返済の趣旨で行われた可能性を直ちに排斥できないから
といって,何ら否定されるべきものではない。
にもかかわらず,原判決は,要するに本件現金授受は被告人の報酬性の認識等を
推認させるに足りず,AやBが被告人には本件犯行を秘して行動する過程で,Aが
被告人に対する借金を返済するため,Jをして被告人に連絡を取らせたとみること
が可能である旨説示するにとどまり,本件現金授受を推認過程に供して他の間接事
実と総合するという検討過程に進まなかったのである。このような,共謀関係を直
ちに推認させる推認力がないからといって,本件現金授受の推認力を一転して無と
評価するような事実認定の手法は,論理則,経験則等に照らして不合理である。
本件犯行が発覚した後の被告人らの言動について
原判決によれば,本件犯行が発覚した後,A,B及びHが被告人に相談したから
といって,A,B及びHがいずれも原審公判において被告人の本件犯行への関与を
否定している以上,事後の相談から共謀関係は推認できないというのである。確か
に,原審証拠上,相談の具体的な内容は必ずしも明確となっていない。
しかしながら,少なくとも,原判決が,別表中「大番号60ないし74」の犯行
に関与したMの検察官調書(原審甲448,452。いずれも同人の原審公判にお
ける部分的証言拒絶に伴い,原審が刑訴法321条1項2号前段書面として採用し
たもの)中,同人が直接聞いたという,被告人の本件犯行発覚後の発言に関する供
述の信用性をたやすく否定した点は,是認できない。
すなわち,同供述によれば,①被告人は,平成29年の年明けすぐの頃,H及び
Mがいる場で,Hから「あっちの件,大丈夫。」と聞かれて「俺は捕まらんけん。B’
(Mの説明では,Bのこと)が全部動いてるけん。状況証拠しかない。」と言った,
②同年4月25日,警察がM方に来たため,Mが被告人に電話をかけて「警察来ま
した。」と言ったら,被告人が「弁護士行かせるから。」と言った,③同年8月17
日頃,本件犯行への関与で起訴後保釈中のMが挨拶に行ったら,被告人が「兄弟(M
の説明では,Hのこと)のことも含めて話したんか。」と言ったというのである。こ
のようなMの供述は,その際の状況をはじめ,本件犯行への関与者が捕まっていく
経緯をも含めて相応に具体的であり,実際に聞いたからこそ供述できているとみる
に足りる体験再現性も備えている。他方において,Hが原審公判で「あっちの件,
大丈夫」と聞いた際のやりとりを否認する供述のほか,Mと被告人との間の金銭ト
ラブルをうかがわせるような供述をしているとはいえ,Mと被告人との間に金銭ト
ラブルがうかがえるといった程度の薄弱な説示で直ちに信用性を否定できるような
内容ではない。既に説示したとおりの他の原審証拠から認められる事実関係に照ら
しても,その信用性をたやすく否定した原判決の証拠評価は不合理である。
そして,原判決は,Mの供述するような被告人の発言があったとしても,本件犯
行に関与していないことを前提とするものともみられる旨説示するが,経験則上,
そのような見方を容れる余地もあるというにすぎず,少なくとも,Hから「あっち
の件,大丈夫。」と聞かれて,被告人が「俺は捕まらんけん。B’が全部動いてるけ
ん。状況証拠しかない。」と発言したことについては,もとより直ちに共謀関係を推
認させるものではあり得ないにせよ,被告人の本件犯行への関与を一定程度推認さ
せる間接事実とみるべきであるから,原判決は証拠評価を誤って間接事実を看過し
たか,あるいはその推認力を不当に過少評価したといわざるを得ない。
2被告人の共謀に関する当裁判所の判断
以上のとおり,原判決の判断過程は著しく不合理なものといわざるを得ない
ところ,既に説示したところを踏まえつつ,原審証拠によって認められ,間接事実
として推認過程に供されるべき事実経過の概要(前提事実)を改めて時系列に沿っ
て摘示すると,次のとおりとなる。
アかねてより東京を拠点として,組織性のある違法行為に従事していたAは,
氏名不詳者らから持ち掛けられて,九州北部を中心とする,実行犯多数が必要とな
る本件犯行を画策して実現させたものであるが,本件犯行の1か月から2か月前の
平成28年3月ないし4月頃,配下のKに対して「九州の兄貴も人が用意できるか
ら九州にも話を振ろうと思う。」「九州の兄貴に幾らつければ失礼じゃないのか。」と
いう発言をしたり,配下のLに対して「九州の兄貴にももうけさせてあげんば」そ
の他「九州の兄貴に人を集めてもらう」趣旨の発言をしたりして,「九州の兄貴」す
なわち被告人に話を振って人集め等をしてもらった場合に支払うべき報酬の額につ
いて,話題にしていた(A発言)。
Aは,本件犯行を持ち掛けてきた者に対し,「九州の兄貴」に窃取金の2.5
パーセントを支払う旨話していた。
イ本件犯行日の前々日の深夜,被告人は本件スタンドにおいて,本件犯行(別
表中「大番号1ないし76」)において必要不可欠な役割を果たした面々,すなわち,
①東京から福岡入りしていたA(本件犯行全般の指揮統括),②B(本件不正カード
の受領及び配付,別表中「大番号1ないし6」の実行,同「大番号7ないし26」
の実行犯らの勧誘,本件窃取金及び本件不正カードの回収とこれらのJへの引渡し
等),③F(別表中「大番号27ないし36」の実行犯らに対する必要情報の伝達,
同「大番号37ないし45」の実行等),④G(別表中「大番号46ないし59」の
実行又は実行犯らの直接若しくは間接の勧誘等)及び⑤H(別表中「大番号60な
いし76」の実行犯らの直接又は間接の勧誘等)と合流し(本件参集),自動車で博
多駅付近に移動した後,解散した。
A,B,F,G及びHは,本件参集の頃,本件スタンド,引き続き博多駅付
近に移動中の自動車又は移動後の博多駅付近において,本件犯行について,実行犯
の確保等を話題として話し合い,B,F,G及びHは,それぞれ後に実行犯となる
者に電話をかけた。
ウ本件犯行の前後にわたり,被告人と本件犯行に関与した者らとの間や,本件
犯行関係者ら相互の間で,連続的な電話発受信が繰り返し生じているところ,特に,
被告人は,本件参集に前後する時間帯において,A,B及びFとの間であらかじ
め電話で連絡を取り合って本件参集を主導し,本件参集後,後に実行犯となったも
のの当時は大分県にいて,本件参集の場にはいなかったEとの間においても,電話
連絡を繰り返したほか,IがBと落ち合って本件不正カードを渡した時間帯にお
いて,福岡市内のホテル1階出入口付近で相互に面識のなかったIとBが落ち合う
のに際し,A及びBと順次連絡を取り合い,AとBとの間に入って同人に合流方法
等について指示をしていた。
エ本件犯行日,Aの指示を受けた実行犯らが,別表記載のとおり本件不正カー
ドを利用して現金合計7830万円を不正に引き出して窃取した後,Bが実行犯ら
から窃取金を回収して取りまとめ,その本件窃取金をJに渡し,本件窃取金が犯罪
収益であり,運搬役に届けるべきものであることをAから聞かされているJが,東
京への運搬を控えてホテルで待機中のIに届けるまでの間,午後6時頃からAの指
示を受け,被告人とも電話で連絡を取り合い,お互いに移動しながら被告人と落ち
合い,本件窃取金の中から,被告人に190数万円を渡し,その後,Iに本件窃取
金を渡して,同人が午後9時台の飛行機で東京に戻り,その足でAと会って本件窃
取金を渡した。
オ被告人は,平成29年の年明けすぐの頃,H及びMがいる場で,Hから「あっ
ちの件,大丈夫。」と聞かれて「俺は捕まらんけん。B’が全部動いてるけん。状況
証拠しかない。」と言った。
そして,以上の認定事実は,同時的に連なって存在し,互いに関連し合うこ
とによって推認力を相乗的に強め,被告人の共謀を優に認定できる水準にまで至ら
しめているというべきである。
これを敷衍すると,以下のとおりである。
本件犯行に先立って配下のKやLに対してなされた「九州の兄貴にももうけさせ
てあげんば」等のA発言や,本件現金授受で被告人に渡された190数万
円が,本件犯行により獲得できた本件窃取金7830万円の約2.5パーセントに
相当すること(エ),この比率が,以前にAが「九州の兄貴」に支払う割合として話
していた2.5パーセントに近似することに照らしてみれば,Aはあらか
じめ被告人を本件犯行に関与させ,成功した際には報酬を支払う青写真を描いてい
て,だからこそ,犯罪収益に他ならない本件窃取金の中から,時間に余裕がないに
もかかわらず,予定していた窃取金の2.5パーセントの取り分としての190数
万円を,Jを介して被告人に供与したものと推認するのが自然である。
さらに,イ,ウのとおり,被告人は,本件犯行に近接した時期において,本件犯
行の中核をなすA及びBだけでなく,F,G及びHとも合流して行動を共にし,そ
の後,本件参集の場にはいなかったものの後に実行犯となったEとも電話連絡を繰
り返したほか,本件犯行の実現に不可欠な本件不正カードの受入れに際し,A及び
Bと電話連絡を取り合いながら,AとBの間に入って同人にIとの合流方法等につ
いて指示をし,その他,本件犯行に関与した者らとの間で頻繁に電話連絡を繰り返
しており,本件犯行への関与を濃厚に基礎付ける事情が存在する。
そして,イ及びウを交えて,ア及びエを考察してみれば,A発言の後,A
が実際に九州の兄貴である被告人に本件犯行を持ち掛けて,被告人がこれに応じて
実行犯の確保や本件カードの運び込みといった本件犯行の成就に必要不可欠な事前
準備に関与して,東京を拠点とするAが九州北部を中心とする本件犯行を成功させ
ることができたからこそ,同人から被告人に対する本件現金授受が実現したものと
推認でき,本件現金授受は,まさに被告人がAから持ち掛けられて本件犯行に加わ
ることとし,労力を割いて本件犯行の実現に関与したことへの報酬供与の趣旨で
あったものと認められる。
また,そのような経緯があったからこそ,Bの関与ぶりも含めて,身に覚えのあ
る被告人は,本件犯行後,Mに対し,オのとおり「俺は捕まらんけん。B’(B)が
全部動いてるけん。状況証拠しかない。」と発言したと考えられるのである。
アないしオが,それぞれが独立して推認力を有
するだけでなく,一連の連なりとして相互に推認力を高め合う関係にもあることに
鑑みると,これらの事実関係は,共謀関係を推認するに足りる事実関係,すなわち
被告人が本件犯行に先立ってあらかじめAらと意を通じて共謀を遂げていたものと
解さなければ合理的な説明が不可能か,少なくとも極めて困難な事実関係に当たる
ものと優に認められるというべきである。
被告人は,原審及び当審各公判において,本件犯行については何も知らないまま,
Aらと別件で連絡を取り合っていたにすぎず,本件現金授受は借金の返済として行
われたなどと供述するが,到底信用できない。
弁護人は,原審及び当審を通じて共謀関係を争うが,客観的に認められる事実関
係に照らして信用性の乏しいAや被告人の原審供述を前提とした上で,原判決と同
様の間接事実の分断評価を基調とするものであって,その主張を改めて踏まえてみ
ても,アないしオの事実関係に基づく共謀関係の推認は揺るがない。
にもかかわらず,原判決は共謀関係を否定して被告人に無罪を言い渡したの
であるから,原判決の判断結果もまた,論理則,経験則等に照らし不合理であると
いうほかない。
3結論
以上のとおりであって,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認
があり,破棄を免れない。
論旨は理由がある。
第5破棄自判
よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄することとし,同法
400条ただし書により,当裁判所は,更に次のとおり判決する。
【罪となるべき事実】
第1の1に記載した本件公訴事実と同じである。
【証拠の標目】
別紙(省略)記載のとおり
【共謀関係を認定した理由】
第4において説示したとおりであり,要するに,原審で取り調べられた関係証拠
を適切に評価すれば,共謀関係があったと解さなければ合理的な説明が不可能か,
少なくとも極めて困難な事実関係が形成されていたものと認められる。
【累犯前科】
記載省略
【法令の適用】
被告人の判示所為のうち,各不正作出支払用カード電磁的記録供用の点は別表「大
番号」ごとにいずれも包括して刑法60条,163条の2第2項,1項に,各窃盗
の点は別表「大番号」ごとにいずれも包括して同法60条,235条にそれぞれ該
当するところ,別表「大番号」ごとに1個の行為が2個の罪名に触れる場合である
から,いずれも同法54条1項前段,10条により別表「大番号」ごとに1罪とし
て犯情の重い窃盗罪の刑で処断することとし,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,
前記の前科があるので同法56条1項,57条により判示各罪の刑についてそれぞ
れ再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,
10条により犯情の最も重い別表「大番号6」に係る罪の刑に法定の加重をした刑
期の範囲内で被告人を懲役10年に処し,同法21条を適用して原審における未決
勾留日数中400日をその刑に算入し,原審における訴訟費用は,刑訴法181条
1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
【量刑の理由】
本件は,コンビニエンスストアに設置された現金自動預払機を狙って,多数用意
された不正カードを用い,広域にわたって一斉に敢行された,高度に組織的,計画
的かつ大胆な財産犯であり,窃取金の総額が7830万円と高額であることにも照
らし,犯行全体の犯情は誠に悪質である。
被告人自身,本件犯行の推進役となったAの上位者として,実行犯の確保等の段
取りに関わり,自らは手を汚さず他の共犯者に実行や本件窃取金の回収を委ね,本
件犯行後速やかに本件窃取金から190数万円もの利益分配を受けたのであるか
ら,その犯情は重大である。被告人には前記のとおり累犯前科1犯もあり,その刑
の執行終了後1年2か月ほどで,別種とはいえ大規模な財産犯に関与したのである
から,犯罪傾向も刑事責任を重くする事情として看過できない。
そうすると,不合理な弁解に終始して反省の情をうかがえない中,妻子がいるこ
と,持病があることを斟酌しても,被告人の刑事責任は重く,主文の刑に処するの
が相当である。
検察官中尾貴之公判出席
(裁判長裁判官鬼澤友直裁判官中牟田博章裁判官井野憲司裁判長の異
動に伴い,判決宣告は根本渉裁判長が行った。)

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