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裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人らの負担とする。
         事    実
 第一 当事者の申立
 (控訴人ら)
 「原判決を取消す。被控訴人は控訴人Aに対し三、六四五円、同Bに対し三、五
〇九円、同Cに対し四、一六〇円、同Dに対し三、二三三円及び右各金員に対する
昭和四四年一二月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟
費用は第一、二審ともに被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
 (被控訴人)
 主文と同旨の判決。
 第二 当事者の主張
 当審における当事者の主張は以下附記するほかは原判決事実らん記載のとおりで
あるからここに引用する。
 (控訴人の主張)
 一 本件勤勉手当請求権の確定時期について
 (一) 本件勤勉手当請求権については、任命権者である県教育委員会が、給与
条例二三条二項に基づき成績率の具体的決定をすると共に、基準日到来と同時に、
支給日を支払期日とする勤勉手当請求権を地方公務員において具体的に取得すると
解される。
 即ち、給与条例二三条二項にいう「任命権者が人事委員会の定める基準に従つて
定める割合」とは、給与条例が任命権者に対し、人事委員会が定める基準の範囲内
で、具体的な成績率を定める裁量権を与えていると解されるのであるが、任命権者
がこの裁量権にもとづき、本件の場合のように具体的かつ画一的に成績率の決定を
なした以上、条例上の効果として、職員は当然にその成績率に則した勤勉手当の具
体的請求権を取得する。
 法による委託された行政庁の裁量行為については、第一次的に行政庁の判断がな
されないかぎり、司法権の行使はできないのが原則であることは間違いない。しか
し、行政庁が第一次的裁量権を行使し、具体的な基準を設定すれば、その具体的基
準には規範性が生じ、行政庁が右基準の適用を誤れば、当然に司法の判断の対象と
されるのは、今日の学説判例の態度である。(最高裁第一小法廷行政処分取消請求
事件昭和四〇年(行ツ)一〇一号、昭和四六年一〇月二八日判決、最判民集二五巻
七号一〇三七頁参照)
 地方公務員の勤勉手当請求権は給与条例で定められると同時に、請求権として給
与支払義務者である県に対して権利を取得するものであるから、その権利が具体的
に効力を発生するため、任命権者の成績率の具体的定めが必要とされるのであつ
て、その定めの趣旨は、職員の勤勉手当請求権に不公平、差別のないようにするた
めの公正な手続を確保することを第一義的な目的とするものである。従つてたと
え、それが内部的な基準であつたとしても、その適用に誤りがあれば、その適用に
よつて不利益を蒙むる者は、その是正を求めうることは当然とされなければならな
い。特に地方公務員の勤務条件法定主義は、地方公務員の生存に直結した団交権、
争議権を制限した代償とも云われ、また猟官主義の防止にあると云われる重要な制
度であるから、勤勉手当請求権の具体的に成績率の定めにもとづく査定は、厳格な
司法審査の対象とされ、また勤勉手当請求権は、任命権者の具体的な成績率の決定
によつて、それに対応した具体的債権を取得するものといわなければならない。
 (二) 地方公務員法五八条三項は、地方公務員に原則的に労働基準法の適用を
認めながら、他方で就業規則に関する同法八九条から九三条までの適用を除外して
いる。それは、就業規則で規定すべき事項は地方公務員法自体によつて定められる
が、同法二四条六項で給与、勤勉時間その他の勤務条件は、条例で定めるものとさ
れ、条例、地方公共団体の規則または地方公共団体の機関の定める規程によつて定
められている。このように勤務条件に関する法令等の規定が就業規則に代るものと
なつているので、地方公務員の保護を充分に達成できるものとして、その適用を除
外しているのである。
 ところで就業規則は労働基準法九三条によつて、就業規則に定める基準に達しな
い労働条件を定める労働契約のその部分を無効とし、無効となつた部分は就業規則
の定める基準が適用されるという、いわゆる規範的効力を認められている。
 本件の場合、就業規則の適用が認められているならば、勤勉手当が賃金としての
性質をもつ以上、成績率の定めは、就業規則の規範的効力によつて当然に控訴人等
は、(ア)良好な成績で勤務した場合一〇〇分の六一の適用を受け具体的な請求権
を取得していたこと、明白である。しかるに前記のとおり、地方公務員が就業規則
の適用を排除されたのは、勤務条件を就業規則以上に効力の強い法令によつて定め
られ、保護されるという点にある。それが勤勉手当に関しでは、就業規則以下の保
障しかないという解釈は不合理極まりないというべきである。
 就業規則は、労働基準法八九条で使用者に対し行政官庁に届出義務を科し、更に
同法一〇六条で労働者に対する周知義務を科している。これは、就業規則の内容に
対する行政官庁の監督を容易ならしめることと、労働者の労働条件を規律する就業
規則を労働者に知らしめることによつて、権利、義務関係を明確にしようとする趣
旨に基づく。
 地方公務員の場合であつても、勤務条件が法令で定められるものであればある
程、右就業規則の、労働者保護の精神は遵守されなければならない。従つて、本件
の任命権者である県教委がなした人事委員会に対する給与規則三三条に基づく成績
率の決定の報告および、出先機関の長に対する通知も、右就業規則の届出義務、周
知義務に照らして判断されるべきである。
 地公法五八条四項は地方公務員の勤務条件に関する労働基準監督機関の職権は、
人事委員会が行うものと規定する。これは第一に、人事委員会は職員の利益保護機
関たる性格を有しているので職員の勤務条件が法令の定めるところに従つて適正に
維持されているかどうかを監視、監督する責任を有するものであること、第二に、
人事委員会は、職員の勤務条件についでは最も精通しており、必要がある場合には
適切な措置を速やかに講ずることができること、第三に、地方公共団体という特定
の事務所に勤務する職員の勤務条件についてのみ監督することは、技術的に比較的
容易であることが挙げられる。この精神に基づき給与規則三三条は、「条例及びこ
の規則に基づいて任命権者が定めるべき事項について、これに関する定がされた場
合は、そのつど人事委員会に報告するものとする」と規定したと解される。つまり
人事委員会の地方公務員の勤務条件利益保護機関として、任命権者の勤勉手当の成
績率の決定権の行使を監視、監督するを明らかにした規定である。就業規則に対す
る届出義務と同一性格の定といえよう。そうだとすると、任命権者である県教委
が、出張所長に通知し、更に出張所長が管下各小中学校長に成績率の定を通知した
のは、単純に原判決のいうように「各人毎の成績査定を便宜容易ならしめるために
した行政庁の内部的行為」と解すべきでない。成績率の定によつて、教職員はそれ
に応じた勤勉手当支給を一方的に決定され規律されるのであるから、その法的効果
を発生せしめる当然の帰結として、任命権者である県教委は、その定めを教職員に
周知させる義務を負わなければならない。教職員に対して、五段階の成績率の定め
を周知させることにおいて、その具体的効力は発生するのである。その手続が、通
知である。この理は、就業規則の周知義務と何等異るところがない。
 このように解すると、控訴人等の勤勉手当請求権の確定は、高岡出張所長か、昭
和四四年一一月二一日管内小中学校長に成績率の定を通知し、学校長において、そ
の頃所属職員に告知し得た段階で、支給日を支払期日とした確定債権が発生したも
のとみるべきである。
 (三) 仮に、通知が教職員に対する周知手続でないとしても、任命権者である
県教委の成績率の定は、勤務関係内部の定として、行政規則の性格を持ち、その性
格は、給与条例を補充する法規であるところ、行政規則は、その性格上職員の事前
の同意を前提として形成される法律関係を規律するものであるから、公示(告知)
がなければその効力を生じないという性質のものではない。たゞし、法規の補充命
令たる本件決定の如きは、条例等法規の委任を必要とする。このような性格を有す
る成績率の定は、任命権者がその定をなすと同時に効力を生じ、教職員は成績率に
応じた確定勤勉手当請求権を取得することになる。
 かかる関係においては、任命権者である県教委の成績率の定の通知は、事実行為
にすぎず、勤勉手当支給の便を計るものにすぎないことになる。(なお、行政規則
と目される指定が、法規の性質をもつことがある。)
 そうだとすると、県教委の通知等を「各人毎の成績査定を便宜容易ならしめる内
部行為」とする解釈は、次のような誤りがある。即ち、成績率の五段階決定によ
り、学校長は、五段階のいずれに該当するかどうかを機械的にあではめるにすぎ
ず、全くの裁量権を失い成績査定を行つていない事実、又成績率の定によつて、給
与支払権者自身がこの定に拘束され、この五段階を教職員に規律して適用している
ことを看過するものである。
 勤勉手当が、本来能率給的性格を有するにもかかわらず、現実には、生活給的色
彩が濃厚であるのも、右に述べたように成績率さえ、法的に規律され、成績査定の
裁量性を失わせているところにある。
 以上のとおり、成績率の定、報告、通知は単に行政庁の内部行為と解すべきでな
く、条例の委任を受けて、行政庁が条例を補充すべく具体的な規律を定めたもの
で、教職員の勤勉手当請求権を具体化する内容の細目と手続であるというべきであ
る。
 (四) なお、書面訓告に処分性のないことに関しては、控訴・被控訴人間に争
いがない。先例上、国家賠償法に基づく損害賠償事件で訓告に制裁性を認めている
のは、事実上訓告に制裁性が存していることを認定しているのであつて、訓告の法
的性格として処分性を認めているのではない。若し、訓告に処分性を認めるとすれ
ば、地公法上、懲戒規定に違反し、その訓告は明白且つ重大な瑕疵があり違法無効
というべきである。
 二 被控訴人の主張に対する反論
 (一) 勤勉手当請求権について
 被控訴人は、勤勉手当は任命権者が成績率を定めてはじめて具体的に支給される
額が決定されるものであり、その意味で極めて特殊な性質をもつ手当であると主張
し、「任命権者に職員の勤務成績の判定につき裁量権を与えること」が他の諸手当
との区別の基準であることを強調しているのであるが、この主張によつても勤勉手
当支給の基準をきめるまでの段階において違いがあつても一旦それがきまつてしま
つた後は勤勉手当と他の諸手当との間に何らの差異がなくなることがわかるのであ
る。而して控訴人がくり返し主張しているとおり、任命権者である県教委が給与条
例二三条に基づいて五段階の成績率を決定したのはまさに裁量権に基づいて成績率
を定めたのであり、それ以上裁量の余地はなくなるのである。即ち基準をきめる段
階までは「裁量」があるが「裁量」の結果基準がきまつた以上被控訴人はそれに拘
束されるのである。この意味において勤勉手当と他の諸手当との間に何らの差異は
ない。この段階になれば「勤勉手当以外の手当の額は全て法定の計算方法によれば
自ずから算出される」のと全く同じ意味において勤勉手当額も算出される。
 一度成績率がきまればあとは計算の問題が残るだけである。このことは給与や勤
勉手当以外の手当の場合と全く同じである。例えば条例上給与や手当額が人事院勧
告等によつて改訂された場合に特に個々の職員に対する具体的なあてはめの行為を
待つまでもなく具体的請求権が発生するのであるが、それは支給基準が決まつた以
上は計算の問題が残るにすぎないからである。勤勉手当の場合にのみ個々のあでは
め行為を必要とする被控訴人の主張は失当である。
 (二) 成績率適用の主張について
 被控訴人は昭和四五年六月一五日支給にかかる勤勉手当について、書面訓告を受
けながら「良好な成績で勤務した場合」の適用を受けた者があると主張し、「本件
任命権者の定める成績率は、勤務成績不良の徴表ないし原因たるべき事実を例示し
たもの」であると主張する。本件勤勉手当請求訴訟によつて、成績率が厳格に規定
され、裁量の余地のない方式をとつていることに対する被控訴人の弱点を補おうと
する作為にもとづく違法な措置をここにも暴露している。もし、被控訴人の主張ど
おりであれば、給与条例は、「任命権者は、人事委員会の定める基準に従い計算さ
れた割合による勤勉手当を支給する」と規定されているはずである。給与条例が
「人事委員会が定める基準により定めた……」と、わざわざ任命権者が定めるとし
たのは、不明確な基準で、勤勉手当の支給額を差別や不公正な恣意が働かないよう
にするために、規定しているのである。前記一で述べたように、本件成績率はこの
ようにして被控訴人の主張するような勤務成績不良の徴表ないし原因たるべき事実
を例示したものではない。たとえそれが内部決定であるとしても、その成績率の定
は任命権者自身を拘束するのであつて、それに反する昭和四五年六月一五日支給の
勤勉手当は違法というべきである。
 (三) 本件年次有給休暇請求権について
 この問題は昭和四八年三月二日最高裁第二小法廷判決(昭和四一年(オ)第一四
二〇号賃金請求事件)によつて、結着のみられたところである。
 しかるに、被控訴人は「学校業務の正常な運営を阻害するもの」との基準を一方
的に設定し、本件はそれに該当すると主張している。これは明らかに原判決を正し
く理解しない謬論である。原判決は「客観的に事業の正常な運営が妨げられるよう
な事由が存する場合、すなわち、各学校毎に当該教職員の請求する時季に休暇を与
えることによつて、児童、生徒に対する授業計画に回復しがたいような遅れが生ず
る場合、あるいは児童、生徒を管理するに当り多大な支障を生ずることが予想され
る場合、その他学校業務の正常な運営が阻害される場合で、単に繁忙であることを
もつではこの場合に当らない」とし、「事業の正当な運営の阻害」という「事業」
の判断例を示しているのである。
 また、原判決が各学校とも支障がなかつた旨判示したことをもつて結果論であつ
て、「事前の判断基準」である「事業の正常な運営を妨げる場合」の解釈を誤るも
のがあるというが、原判決の右認定は、年休を承認する時点における状況から、
「事業の正常な運営を阻害」していたか否かを判断していること文脈上明白であつ
て、被控訴人の主張それ自体に誤りがある。
 更に、被控訴人は、原判決が「県教委の示唆を受けた高岡教育事務所長及び同市
教育長らの指導によつて校長が年休を不承認とした」との認定を非難して、「各学
校とも組合大会への出席のため、最低一名のほか組合または分会の役員などについ
ての年休を承認している」と主張するが、教員数が全く同数である志貴野中学校と
伏木中学校を比較すると、志貴野中学校においでは、中体連引率者二名、大会出席
役員九名、大会出席年休一名、伏木中学校においては、中体連引率者一四名、大会
出席役員三名、大会出席年休二名となり、志賀野中学校は一三名、伏木中学校は一
九名の教員が学校不在となる。志貴野中学校の三名が中体連のため「事業の運営を
阻害する」場合に該当するならば、なぜ伏木中学校では年休が承認されたのであろ
うか。被控訴人の主張には一貫性が全くない。」
 (被控訴人の主張)
 一 本案前の抗弁は当審においてこれを撤回する。
 二 勤勉手当請求権の性質について
 (一) 一般に、給与を決定する要素には、職員の年令、資格、勤続年数、経験
年数、能力、職務、勤務成績などがあると考えられるが、実際の給与の決定は、こ
れらの諸要素を全て等価値に考慮したり、また反対に一つの要素のみを考慮すると
いつたような単純な形でなされるのではなく、これらの諸要素が複雑にからみあつ
て給与か決定される場合が多い。これは、給与というものが本来複雑な性質を持つ
ていることを示すものであるが、この複雑性は、給与のあり方に対していろいろな
観点から要求されるところのものが極めて多いことに起因するにほかならない。し
かし、これらの要求を全て基本給の体系の中に盛り込むことは、技術的にも、実際
の運用の上でも困難であり、また給与体系が弾力性を失い、必ずしも好ましいこと
ではない。そこで、経済的、社会的状勢等諸般の事情に応じて、弾力的に基本給を
補完し、調整できる形の給与の存在が必然的に要請される。これが、手当と呼ばれ
る諸々の付加給の存在するゆえんである。
 富山県一般職の職員等の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)におい
て定められている手当をその性質に応じて試みに分類すれば、「1」生活補助給的
手当(扶養手当、通勤手当)、「2」職務加給的手当(給料の特別調整額、特殊勤
務手当)、「3」勤務地による手当(遠隔地手当、へき地手当)、「4」給与水準
を調整する手当(初任給調整手当、調整手当)、「5」超過労働手当(時間外勤務
手当、休日勤務手当、夜間勤務手当、宿日直手当)、「6」業績報償的手当(期末
手当および勤勉手当)などに分類することができる。
 このように、いろいろな性質を持つ諸手当のなかで、一般に賞与と味ばれる期末
手当及び勤勉手当は、業績報償的な手当の範ちゅうに分類されるものであるが、そ
のうちで期末手当は、勤務成績に関係なく支給されること(給与条例二二条)から
みて生活給的色彩をかなりの程度持つものと考えられる一方、勤勉手当は、その者
の勤務成績に応じて支給されるもので、その額の決定が一定の範囲内で任命権者の
裁量にゆだねられていることを考えると、生活給的な性質を全く持たないとはいえ
ないにしても、本来的な意味での業績報償的、能率給的な性質を強く持つものであ
る。
 この場合の業績報償とは、ほんらい個々の民間企業の収益状況と各人毎の従業員
の勤務成績考課に応じて賞与が支給されるべきことを意味する。そして、期末手当
及び勤勉手当は、国家公務員の場合、人事院の民間給与実態調査の結果、民間従業
員には夏季と年末に賞与が支給され、その一部は勤務成績を考慮して支給されてい
る実情にかんがみ、従来の臨時手当および年末手当を期末手当一本にするととも
に、職員の能率増進をはかる見地から新たに期末手当を設けるべき旨の昭和二七年
度における人事院勧告に基づいて制度化されたのにならつて、各地方公共団体にも
採用されたものである。
 勤勉手当以外の手当は、業績報償的性質を有する期末手当をも含めてその額は全
て法定の計算方法によれば自ずから算出されるが、勤勉手当は、右に述べたよう
に、任命権者が成績率を定めてはじめて具体的に支給される額が決定されるもので
あり、その意味で極めて特殊な性質を持つ手当である。これは、勤勉手当が、職員
の勤務成績を正当に評価することによつて健全な勤務意欲を増進させることを目的
とするものであるところから、任命権者に、職員の勤務成績の判定につき、裁量権
を与えることによつて、その運用をその本来の性質に即して弾力的に行おうとする
ことからくるものである。
 このような勤勉手当の性質を考えると、他の手当の場合とは異なつて任命権者に
よる成績率の決定およびそれに引続く勤勉手当の支給額を決定する行為(個々の職
員に対する成績率の具体的な適用)がないかぎり、職員は確定的な勤勉手当の請求
権を取得しないのである。従つて、本件では、控訴人らは一〇〇分の六一の評定を
受けていない以上、一〇〇分の六一の評定を前提とする具体的な勤勉手当請求権を
取得しえず、本件訴訟のように一〇〇分の六一の評定を仮定した場合の勤勉手当の
額と現実に支給されたそれとの差額の支払を直接求める給付訴訟を提起することは
できないのである。
 (三) 控訴人らは、「期末手当及び勤勉手当の支給について」と題する二月一
五日付教育長名の通知中における成績率の表示をもつて成績率の決定と同視し、一
一月一七日付人事委員会に対する成績率の報告によつて具体的な確定請求権を取得
した旨主張する。
 しかしながら、右通知は、教育長の補助執行者としての権限を円滑に行使させる
便宜のため、勤勉手当額の支出決定にあたつての指針を示した行政庁における純然
たる内部行為にすぎず、控訴人らに具体的な確定債権を付与する根拠とはなり得な
い。
 さらに、前記のような勤勉手当の性質からして、一般的な成績率の定のほか、各
人毎の具体的な成績率の適用決定がなければ勤勉手当の具体的な支給額は特定しな
いのである。そして、ほんらい勤勉手当の支給にあたつては、適正な勤務評定制度
を基礎にして個別的に算定されるべきであるが、勤務評定制度が十分に活用されて
いない現状では、書面訓告や懲戒処分を受けたことに徴表される事実を勤務成績不
良性の類型的な例示として、各人毎の具体的な成績率決定の指針ないし基準にする
ことには、十分な合理性が存するものというべきである。
 三 勤勉手当請求権の取得について
 勤勉手当については、任命権者が控訴人らに対して、その成績率を(ア)良好な
成績で勤務した場合一〇〇分の六一に該当すると評定しその支給額を具体的に決定
しない以上、控訴人らは、確定債権として、現実の支給額との差額の給付を求める
請求権を取得することはできない。
 (一) 控訴人らは、いわゆる個人タクシー事業の免許申請事業に関する最高裁
昭和四六年一〇月二八日判決などを引用しつつその主張を展開しているが、いずれ
も正当ではない。
 右判決は、個人の職業選択の自由にかかわりを有する個人タクシー事業の免許の
可否の基準に関する法律の趣旨を具体化した内部的な審査基準の適用についての判
断を示しているものである。
 ところで本件は、該当の教職員全員に勤勉手当を支給することを前提に、その成
績率について、「人事委員会の定る基準」すなわち、「一〇〇分の四〇以上一〇〇
分の九〇以下」の範囲内において任命権者に委ねられた裁量権に関するものであ
る。しかも、その裁量権は、勤勉手当自体の能率給的な性格に由来するものであつ
て、前掲最高裁の事案とは、裁量権の性質内容に根本的な差異が存するのである。
 さらに、右最高裁の立場にたつても、当該事案においては行政庁の申請却下処分
を取消すのみで、その後の措置は判決の拘束力(行政事件訴訟三三条参照)に従い
行政庁において改めて審査、決定することが義務づけられているのみであつて、必
らずも当該申請が認められるとは限らないのである。また、行政事件訴訟法の下に
おいても、行政庁に対する義務づけ訴訟や給付訴訟が認められないことは判例上明
確である。行政庁が第一次的裁量権を行使した後の具体的基準の適用について司法
審査の対象となり得るという抽象的命題を是認したとしても、現行法上、司法権と
行政権の性質からくる以上のような制約、限界を無視することはできない。
 給料表の適用により機械的に計算される給料の支払請求や賃金カツトが違法であ
ることを理由とする差額の支払請求ならびに時間外勤務手当の請求かどが公法上の
当事者訴訟や民事訴訟の形態で許されるのと同じ理を勤勉手当の請求、ことに任命
権者に委された範囲における成績率の適用に関する本件事案に及ぼすことは現行法
上不可能である。
 (二) 控訴人らは、給与条例が「人事委員会の定める基準に従つて定める…
…」と規定しているのは、勤勉手当の支給額を差別や不公正な恣意が働らかないよ
うにするためであると解しているがその趣旨を誤つている。
 控訴人らが指摘するような趣旨は、給与条例や給与規則に規定している措置、こ
とに人事委員会がその成績率の範囲を明記していることで尽されており、その範囲
内において任命権者に成績率の運用に関する判断と決定を委ねることによつて、当
該任命権者が所掌する職員の勤務成績に応じて支給するという勤勉手当本来の能率
給的性格を発揮させる趣旨にほかならない。従つて、成績率の定は、内部行為であ
つて、その適用に関する文言の意味についでも任命権者の意志によつて判断されな
ければならないのである。
 四 各学校長の年休不承認と最高裁昭和四八年三月二日判決との関係について
 (一) 最高裁判所は、前記判決において、労基法第三九条の年休請求権の法的
性質について、「休暇の時季指定の効果は、使用者の適法な時季変更権の行使を解
除条件として発生するのであつて、年次休暇の成立要件としてー使用者の『承認』
の観念を容れる余地はない」旨判示した。
 しかしながら、右最高裁判決の判旨は、本件事案における各学校長の処置が違
法、不当であることを意味するものではない。すなわち、右最高裁の事案は、林野
庁営林署職員または国鉄職員に関する事案であつて、教職員のように労基法三九条
が形式的には適用されるが、地方公務員法や地方教育行政の組織および運営に関す
る法律などによる特例、制約が許容される場合には、労基法の解釈として形成権説
や指定権説を採りながら、教職員の年休について所属長の承認を要するとする原判
決の論旨も充分首肯できるのである。
 仮に、地方公務員たる教職員について、前記最高裁判決の論旨が全面的に妥当す
るとしても、本件事案は、前記判決の事例のように他の事業場への争議行為を応援
するための年休であることを理由に休暇を認めなかつたものではなく、「事業の正
常な運営を妨げる場合」に該当する故をもつて、原告らの休暇を認めなかつたもの
であつて、両者はその事案を異にしているのである。
 また年次休暇の「承認」または「不承認」が、法律上は、使用者による時季変更
権の不行使または行使の意思表示にほかならないことも、前記判決中、国鉄郡山工
場事件の判旨が明言しているところである。
 以上のとおり、前記最高裁の判決は、本件事案における各学校長の処置の違法
性、不当性を導くものではなく、結局、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当
するか否かの問題に帰着するのである。
 (二) 本件事案につき、原判決は、学校業務の正常な運営が阻害されるような
場合の例示として、「児童、生徒に対する授業計画に回復しがたいような遅れが生
ずる場合、あるいは児童、生徒を管理するに当り多大な支障を生ずることが予想さ
れる場合」を挙示している。
 しかしながら、右の例示のうち、前者は、「業務の正常な運営を阻害するもの」
(労働関係調整法七条参照)という争議行為の定議にほぼ匹敵し、その解釈と混同
しているものであつて、到底妥当とはいい難い。
 学校業務の正常な運営という観点からは、予定された授業計画ないし学校行事の
円滑な遂行が阻害されるおそれがあれは足りると解すべきである。
 また、後者の例示基準の可否は別論としても、本件事案の場合には、充分この要
件に該当することは、証拠上も明白であつて、これに該当しないとした原判決の事
実認定は不当である。
 さらに、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該るか否かは、事前の判断基準で
あつて、それは現実に事業ないし業務阻害の結果が発生することまで要するもので
はなく、その発生のおそれがあれば足りるものである(熊本地裁八代支部昭和四五
年一二月二三日判決、労民集二一巻六号一七二〇頁参照)。
 (三) 原判決は、「各学校長が、年休を不承認としたのは県教委からの示唆を
受けた高岡教育事務所長及び同市教育長らの指導によるものであつて、代議員たる
教職員が組合大会へ出席するのを困難にしようとの意図に出たものであると推認で
きる」と判示しているが、きわめて不当な判断である。
 すなわち、各学校長らは、むしろ、組合大会に対する配慮を充分示していたので
ある。
 組合大会の開催日が、中体連行事開催日の決定より後に決定したことは争いがな
い。そして、中体連大会などのために、各学校においては当日、三分の一前後の教
員が不在となり、別の学校行事に組み替えたとしても、これ以上年休を認めること
は各学校における業務の正常な運営を妨げるような状況であつたにもかかわらず、
あえて各学校においては、組合大会への出席のため、最低一名のほか、組合または
分会の役員などについての年休を承認しているのである。控訴人らの所属する各学
校においても、現に、E(高岡西部中)、F(南星中)、G(志貴野中)につい
て、年休が承認され組合大会に出席しているのである。
 以上のとおりであつて、この点に関する原判決の判断には重大な事実誤認があ
る。
 五 控訴人の主張に対する反論
 (一) 勤勉手当の給与に関する通知の性質および成績率の決定について
 控訴人らは、勤勉手当の支給に関する教育長名の通知中における成績率の表示に
よつて、各人の成績率が客観的に確定し、該成績率の段階表示が具体的且つ明確で
あることを理由に、右通知の内容を各職員が知る知らないにかかわらず、各職員は
右成績率の表示によつて具体的な請求債権を有する旨主張するものの如くであるが
不当である。
 すでに述べたとおり、右通知ないし成績率の表示は、具体的な勤勉手当額決定の
ための、任命権者の意図を伝える内部的指針であつて、もともと外部に周知される
べき性質のものではなく、それ故に、条例や規則中においても、通知の周知につい
てはもちろん一般的な通知に関する規定は存しないのである。従つて、成績率の表
示などに関する通知の内容については、その文面の記載文言のみによつて判断され
るべきものではないのである。
 而して、本件事案における(イ)(ウ)(エ)(オ)の区分は、勤務成績不良の
徴表ないし原因たるべき事実を例示したものであり、書面訓告や懲戒処分を受けた
事実の有無のみによつて段階付けが固定してしまうものではない。勤務成績の評価
は、その性質上対象期間中を通じての総合判断によるべきものであつて、一回的な
事実によつて確定するものではないのである。
 そして、書面訓告を受けた事実があつたとしても、(ア)の「良好な成績で勤務
した場合」に位置づけることは可能である。現に、その成績率に関する段階的区分
が本件事案と同じ(成績率の具体的定は異なる)である昭和四五年六月一五日支給
にかかる勤勉手当について、その対象期間中に書面訓告を受けた者約三七〇名中、
礪波、魚津教育事務所管内に限つても、少なくとも一〇名の教職員が良好な成績で
勤務したものと評価され、「良好な成績で勤務した場合」の成績率が適用されてい
る。
 また、書面訓告などを受けない者についても、(イ)以下の評価をすることは理
論上は充分可能である。
 これらの理が、任命権者ないしその補助者の意図であり、実際上もその意図の下
に運用されていることは、原審におけるH証人の証言しているところである。
 (二) 控訴人らは、民間企業における就業規則の性質との比較において、勤勉
手当請求権の主張を展開しているが、いずれも理由がない。
 即ち民間企業における賞与は、就業規則(給与規定)などによつてその基本的事
項が定められているが、各支給期における具体的な支給金額は、生活給的要素や世
間相場のほか、当該企業の収益状況及び各人の勤務成績考課に応じて決定されてい
るのである。
 而して、民間企業においては、各人の勤務成績考課によつて決定されるいわゆる
査定部分の割合が公務員の場合以上に高いことは、勤勉手当に関する人事院勧告の
推移などに照らしでも明らかである。
 そして、各従業員の査定結果やその基礎となる評定、考課の具体的内容を、賞与
の支給に当つて、各人に周知させることは法律上、必要でないし、実際上もそのよ
うなことは行なわれていないのである。従つて、民間企業における就業規則との比
較を理由として勤勉手当請求権の具体的な取得を主張する控訴人らの見解は理由が
ない。
 六 書面訓告の性質について
 任命権者が控訴人らに対して一〇〇分の五五の成績率を適用したのは、書面訓告
の原因たるべき控訴人らの義務違反行為であることは被控訴人が従来から主張して
いるところであるが、なお予備的に以下のとおり主張する。
 (一) 書面訓告は、職員に対する事実上の注意であつて、職員の法律上の地位
には全く影響を生じないものであつて、その有効、無効を問題とする余地は存しな
いのである。(長野地裁昭和三九年三月一四日判決、行裁例集一五巻三号四四〇
頁、神戸地裁昭和三九年七月一五日判決、行裁例集一五巻七号一四一五頁参照)
 もし、その違法性や無効性について論じるのであれば、行政事件訴訟法三条にい
う「無効等確認の訴え」及び「処分の取消しの訴え」の対象となる「行政庁の処
分」または「公権力の行使」に当たる事実行為として、取消と無効の峻別を前提
に、その瑕疵が重大かつ明白であつて無効原因に該当することを論証しなければな
らない筈である。
 (二) 而して、仮に各学校長の年休不承認(時季変更権の行使)が違法である
としても右不承認ないし、書面訓告には到底無効原因たる瑕疵が存するとはいい得
ない。
 すなわち、控訴人らの所属する各学校において当日、多数の教職員が学校で勤務
できない状態にあつたことは控訴人らも熟知していたところである。
 したがつて、そのような状況の下でさらに、休暇を承認することが、「事業の正
常な運営を妨げる場合」には該らず、ひいては年休不承認の違法であることが一見
して明らかであつたとはいえない。
 (三) また、控訴人らに対する書面訓告が行政訴訟の対象となる行政上の処分
または事実行為に該当しないと解する場合には本件書面訓告について、その無効宣
言判決を得て救済を図ることは不可能であり、ただその書面訓告のため損害を受け
不法行為の要件を充すような場合に損害賠償等の方法により損害の回復を図るほか
ないのである。」
 第三 証拠関係(省略)
         理    由
 一 原判決理由らん第二の一項(同判決二三枚目表二行目から裏末行まで)の判
示記載の事実は当事者間に争いがないから右記載をそのままここに引用する。
 二 ところで、控訴人らが本訴請求において主張の骨子とするところは、控訴人
らが昭和四四年一二月五日に支給を受けるべき勤勉手当は良好な成績で勤務した場
合の一〇〇分の六一という成績率を適用して計算出された相当額の請求権として具
体的に発生しており、そして右請求権の確定時期は、おそくとも、富山県教育委員
会高岡事務所長が同年一一月二一日管内小中学校長に成績率の定を通知し、次いで
学校長がその頃所属職員に右定を告知し得た段階においてであり、控訴人らは具体
的に決定された右勤勉手当を法規所定の基準日到来と同時に支給日を支払期日とす
る請求権として取得したものであるというのである。
 そこで、控訴人らの主張する本件勤勉手当請求権がその主張する時期において確
定し、かつ具体的請求権として発生しうるべきものなのかどうかにつき先ず検討さ
れなければならない。
 三 (一) 公立学校の教員たる控訴人らが地方公務員として支給を受けるべき
勤勉手当は、教育公務員特例法三条、二五条の五第一項、地方公務員法二五条に基
づき定められた富山県一般職の職員等の給与に関する条例(成立に争いのない乙第
一号証ー以下本件条例という)二条、二三条にその根拠をおいていることは明らか
である。
 而して、同条例二三条一項においては、「勤勉手当は基準日(本件においては一
二月一日)にそれぞれ在職する職員に対し、基準日以前六月以内の期間におけるそ
の者の勤務成績に応じてそれぞれ基準日から起算して一五日をこえない範囲内にお
いて人事委員会規則で定める日に支給する。」と定め、同条二項においては、勤勉
手当の額は、基準日に在職する職員が基準日現在において受けるべき給料の月額及
びこれに対する調整手当の月額の合計額に任命権者が人事委員会の定める基準に従
つて定める割合を乗じて得た額とする旨定めている。そして、右条例をうけて、富
山県一般職の職員等の給与に関する(人事委員会)規則(成立に争いのない乙第二
号証ー以下本件給与規則という)は、条例二三条二項所定の「任命権者か人事委員
会の定める基準に従つて定める割合」に関し、同規則三二条四項において、これを
「期間率」に「成績率」を乗じて得た割合とし、さらに、同条五項(2)は、右期
間率は基準日以前六月以内の期間における職員の勤務期間に応じてそれぞれの勤務
期間に対応する期間率を指すものとし、これを別表(同規則別表第25第2欄)で
百分の四〇ないし百分の百の範囲内で細目化し、次いで、同条一〇項(2)は、本
件の基準日(すなわち一二月一日)の区分における成績率につき、一〇〇分の四〇
以上一〇〇分の九〇以下の範囲内で各任命権者がこれを定めるものとする旨規定し
ているのである。
 以上の各規定を総合すると、勤勉手当の性質を生活給的な給与又は能率給的給与
のうち、いずれの方に重点をおいて理解するにしても、当該職員の勤勉手当が、少
くとも前記条例及び給与規則により定められた範囲内において任命権者が右職員に
対する成績率を個別的かつ具体的に決定するのでなければその支給額が最終的に確
定されえない性質のものであることは明らかであるといわなければならない。
 (二) そこで進んで、勤勉手当の支給額が具体的に確定する経過、ないしその
時期、換言すれば、当該職員(すなわち本件においては控訴人らのこと)が被控訴
人に対し具体的な勤勉手当請求権としてこれを取得する時期について検討する。
 先ず、任命権者の当該職員に対する勤勉手当の成績率決定に関し、その決定基準
及び決定の告知方法等については本件条例はもとより本件給与規則は何らの規定も
設けていないのである。ただ、「富山県一般職の職員等の給与に関する条例および
規則の運用について」と題する富山県人事委員会の各任命権者あての文書(前記乙
第二号証中所収)によれば、その「第一七期末手当および勤勉手当」の9項には、
「任命権者は(本件給与)規則第三二条第一〇項に規定する職員の成績率を定める
については当該職員の勤務成績報告書または勤務成績を判定するに足ると認められ
る事実を考慮して行なうものとする。」と謳つている。右は同委員会が任命権者に
対し、本件給与規則三二条の解釈適用に関し、補充的に指針を与える一種の「指
令」(国家公務員法一六条三項参考)と解せられ、各任命権者の当該職員に対する
成績率決定に際しての基本的な運用指針であることは明らかであるが、これによつ
ても、成績率の決定については、任命権者は当該職員の勤務成績を判定するに足る
事実を考慮してこれを行なうべきであるという人事行政上当然ではあるが、極めて
抽象的な指針を与えるのみで、勤勉手当の成績率決定における具体的な準則とはい
い難いのである。
 してみると、任命権者は、当該職員の勤勉手当の成績率を決定するには、勤勉手
当が当該職員の勤務成績に応じて支給される給与の一種であること(本件条例二三
条一項参照)にかんがみ、その規定の趣旨に合致するよう右決定権を行使すれば足
りるのであつて、その成績率判定の基準、判定の方法等は前記のとおり本件給与規
則所定の範囲(すなわち一〇〇分の四〇以上一〇〇分の九〇以下)内では任命権者
の裁量に一任されているものと解することができるのである。
 もつとも、任命権者が裁量により職員の勤勉手当の成績率を決定しうるとして
も、勤勉手当の支給の財源である当該地力公共団体すなわち被控訴人側の当該年度
における支出予算の範囲からの制約をうけ、また、富山県一般職の職員全体相互間
において成績率が公平に決定せられていること、(従つて、行政庁の内部でも成績
率の決定権者(任命権者)に対して成績率決定に関する一定の基準が設けられてい
ることは後記のとおりである)を要する点は自明の理というべきであろう。
 また、当審証人Iの証言によれば、国家公務員の給与につき初めて勤勉手当が創
設された昭和二七年度以降昭和四二年度までの間、勤勉手当は期末手当と同様に一
定の率をもつて支給するという運用方法がとられていたことが認められる(従つ
て、地方公務員の場合も同様の方法で勤勉手当が支給されていたことは弁論の全趣
旨により容易に推認されうる)のであるが、だからといつて、法律又は条例に定め
られた勤勉手当本来の性質が任命権者の運用方法如何により変質するものでないこ
とはいうまでもない。さればこそ、同証人の証言により認められるように、昭和四
二年秋頃、国家公務員の勤勉手当の支給については法律の趣旨に従い運用すべきこ
とが次官会議で確認され、昭和四三年度以降の勤勉手当の支給は法律の趣旨どおり
実施されているのであり、この点は地方公務員の場合も同様であると解せられる。
 従つて、また、任命権者は成績率の決定に関し過去の運用の実績に拘束されるこ
ともないと解して妨げないであろう。
 (三) ところで、控訴人らの本件勤勉手当に関し任命権者が如何なる経緯でそ
の成績率を決定したかにつき考察してみるに、成立に争いのない甲第一四号証、乙
第三ないし第五号証及び原審証人Hの証言によると、原判決三七枚目表末行から三
八枚目裏二行目まで記載の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠
はない。
 右認定事実によれば、県教育委員会が本件勤勉手当に関し、これを五段階に評価
することとし、さらに各段階についての成績率を前記のとおりに決定したのが昭和
四四年一一月一五日であること、次いで、右決定に基づき高岡教育事務所長が控訴
人ら勤務の各中学校長提出にかかる各教員についての前記決定に則り計算した勤勉
手当額の明細書に基づき本件勤勉手当に関する支出負担行為及び支出の決議をした
のが同年一二月三日であることが認められるから、控訴人らについて高岡教育事務
所長が本件勤勉手当の成績率を定めたのは右日時であると解することができるので
ある。
 而して、高岡教育事務所長が控訴人らの本件勤勉手当の成績率を決定すべき権限
を有することは、原審証人Hの証言及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律
二六条により明らかであるところ、同事務所長が右成績率を決定するに際しては、
県教育委員会の決定した五段階毎に定められた前記認定の成績率に依拠すべきこと
はいうまでもないところである。
 (四) 問題は、同事務所長が右成績率決定に際してよりどころとしたところの
県教委の決定にかかる成績率の基準につきその性質を如何に考えるべきかというこ
とである。
 この点につき、控訴人らは右基準をば給与条例を補充する法規としての行政規則
と解し、任命権者である県教委が本件給与条例二三条に基づいて五段階の成績率を
定めた以上、任命権者は右基準に拘束され、あとは個々の職員について右決定にか
かる基準に則り勤勉手当額を機械的に算定すれば足りると主張するのである。
 しかしながら右主張は以下の理由によりたやすく賛同し難い。
 (1) 本件条例及び給与規則は、すでに述べたとおり、任命権者が本件勤勉手
当の成績率を定めるには一〇〇分の四〇以上一〇〇分の九〇以下の範囲内でこれを
決定することと定めているだけであつて、任命権者が各職員のそれぞれの成績率を
決定するに際しては、予め、一定の基準を設けてそれに則り決定を行わなければな
らないとか、右基準を設けるならばこれを職員一般に公知させるべきであるという
義務は何ら課していないのである。任命権者は本来右給与規則所定の範囲内で法規
の趣旨に則り合目的的に右決定権を行使すれば足りるわけである。前記のように本
件条例及び給与規則が任命権者に認めている裁量処分権の実質はこの各職員に対す
る具体的個別的な成績率の決定そのものにあるのであつて、成績率の段階別による
基準を設定することに本来の裁量権があるというものではないのである。
 (2) しかしながら、国といわず、いずれの地方公共団体とを問わず、およそ
件命権者が当該職員の勤勉手当における成績率を決定するに際しては、予め何らか
の基準を設定し、その基準に則り成績率を決定していることが多いのは公知の事実
であり、また右基準の内容も千差万別であることも、当審証人Iの証言により認め
られるところである。これはいうまでもなく、勤勉手当が国又は地方公共団体の支
出予算の範囲内で支給されることにかんがみ、支出額の予め計数可能な基準の設定
を必要とすること、大量の行政事務を短期間に迅速処理すべきこと、庁内全体の適
正公平な処理等の要請から不可避的にその設定を促しているものということができ
るのであろうが、同I証人の証言にもあるように、成績率決定の基準として、成績
普通者と成績不良者の二段階のみを設けているにすぎない行政庁のあるのをみても
わかるように、基準を設定しても、任命権者の当該職員の成績率を決定するに際し
では依然として個別的具体的な成績率の決定という裁量処分権の行使によらなけれ
ば、当該職員の成績率は最終的に確定されえないのである。
 (3) これに対し、控訴人らは、富山県教育委員会が定めた本件五段階による
成績率は基準としては極めて明白であり、高岡事務所長において当該職員の成績率
を決定するに当つては裁量権限を行使すべき余地は全くないではないかと主張する
のである。
 <要旨>なるほど、県教委の設けた五段階による本件成績率は基準として一応明確
なものといえようが、しかし右基準は、任命権者が当該職員の具体的個別的
な成績率を決定するに際しての重要ではあるが一つの準則にすぎないのであつて、
準則のすべてであると解することは相当ではないのである。けだし、任命権者は当
該職員の成績率を定めるに当つては当該職員の勤務成績を決定するに足りると認め
られる事実を基礎として右事実を考慮しながら成績率の判定を行なうのが、右決定
権行使の基本的義務だからであり(前記人事委員会の各任命権者あての指針参
照)、また、このような意味での裁量権そのものは行政庁内部における基準が設定
されたからといつて、直ちに消滅するとも考えられないからである。ー控訴人ら
は、最高裁昭和四六年一〇月二八日判決(最高裁民事判例集二五巻七号一〇三七頁
所収)を援用し、行政庁が第一次的裁量権を行使し、具体的な基準を設定すれば、
その具体的基準には規範性が生じ、行政庁が右基準の適用を誤れば、当然に司法の
判断の対象となると主張するのである。
 しかしながら、控訴人らの援用する最高裁判決は本件の先例として適切なものと
いうことはできない。けだし、同判決で強調する点は、個人タクシー事業の免許の
許否は個人の職業選択の自由という重要な法益にかかわりを有するものであるこ
と、同免許の申請人は、多数の者のうちから少数特定の者を具体的個別的事業関係
に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁に対し、公正な手続によつて
免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有すること、すなわち、行政庁は免許
の許否を決しようとする場合において、事実の認定につき行政庁の独断を疑うこと
が客観的にもつともと認められるような不公正な手続を排し、内部的にせよ道路運
送法六条一項各号の趣旨を具体化した審査基準の適用は公正かつ合理的に行わなけ
ればならず、右基準の内容が微妙高度の認定を要するようなものである等の場合に
は右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対しその主張と証
拠の提出の機会を与えなければならないこと等にあると解せられる。
 しかるに、本件における控訴人らは右最高裁の判例における個人タクシー事業の
免許申請者とは、その法律関係における地位を異にするのである。すなわち、控訴
人らは教育公務員としてその従事する勤務上の成績につき継続的かつ包括的な任命
権者の評定を受けるべき立場にあるのであるから、任命権者によつてなされる控訴
人らに対する本件勤勉手当の成績率の決定は、とりもなおさず、控訴人らに対する
勤務成績の評定を勤勉手当の支給に際して、その成績率という数値で具体化したも
のということができるだけでなく、右評定は本来任命権者の側での一方的な作業に
まつものであつて、評定を受ける者の関与を何ら要しないことがらであること等に
おいて重要な差異があるということができのである。
 従つて、これらの点にかんがみると、控訴人らが公務員として任命権者に対しそ
の成績率の決定につき、自己に有利な資料の主張及び証拠の提出の機会を与えるよ
う請求できるような法的利益を有するものとはいえないし、他方、任命権者におい
ても当該職員の成績率決定に際して、その決定基準のすべてを明らかにし、又は当
該職員を聴聞しなければならない義務を負うものと解すべき余地もないといわざる
をえないのである。
 (五) そうだとすると、控訴人らが任命権者においてなした勤勉手当の成績率
決定を争いうるのは、右決定権の行使が本件条例及び給与規則が定めた裁量権の範
囲をこえ、又はその濫用があつた場合に限られる(行政事件訴訟法三〇条参照)の
であつて、単に、行政庁内部における基準のひとつにすぎぬ本件勤勉手当の五段階
別による成績率の一要件事実(すなわち、本件においては「書面訓告を受けた場
合」)該当だけの有無を争つて、任命権者の本件勤勉手当の成績率決定を論難する
のは当らない筋合というべきである。
 そして、前示五段階による成績率のうち、「良好な成績で勤勉した場合」以外の
成績率の適用を受け、その措置を受けた者が、右によつて裁量権の逸脱を理由にこ
れが行政庁の処分(決定ないし措置)を違法として争い救済を求めようとするに
は、別途、法所定の行政争訟によつてこれについての不服申立をなし是正を求める
か、ないしはこれを原因とする損害賠償請求をなす等の方法によるほかないという
べきである。
 四 以上の次第で、控訴人らの主張する―法規に基づく―本件勤勉手当請求権は
これを認めるに由ないこと明らかであるから、その余の争点について論及するまで
もなく本訴請求は失当として排斥を免れない。
 よつて、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は結局正当であるから、民事訴訟
法三八四条二項に則り本件各控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事
訴訟法九五条、八九条、九三条を適用し主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 三和田大士 裁判官 夏目仲次 裁判官 山下薫)

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