弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成17年10月16日午後7時40分ころ,鹿児島県熊毛郡a町b
番地被告人方において,女児を分娩したが,同児を殺害しようと企て,同日午後7
時50分ころから午後8時ころまでの間,前記被告人方及びその付近において,同
児の顔面等を自己の左上腕部付近に押し付けて圧迫したり,同児の頸部に臍帯を数
回巻きつけて緊縛するなどし,よって,そのころ,同所において,同児を窒息死さ
せて殺害したものである。
(事実認定の補足説明)
1弁護人は,被告人が,自ら出産した女児(以下「被害児」という。)に対し,
殺意をもって,その顔面等を自己の左上腕部付近に押し付けて圧迫した事実はな
く,また,その後,被告人が,被害児の頸部に臍帯を数回巻きつけて緊縛したこ
とは事実であるが,その時点において,被害児は,既に死亡していた可能性があ
るとして,被告人の無罪を主張しており,被告人も,公判廷において,これに沿
う供述をするので,以下検討する。
2前提事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
・被告人は,平成17年4月,医師の診察により,妊娠4か月であることを知
り,すぐに同棲相手に妊娠の事実を告げたが,同棲相手が,出産に対して消極
的な反応を示したため,中絶することを考えた。
しかし,被告人は,妊娠4か月目に入ると,法律上中絶が禁止されていると
思い込んでいたため,胎児の処置をどうすべきか思い悩んでいた。
被告人は,同年5月ころ,陰部から出血があったことから,流産したのでは
と思い,同棲相手にもその旨告げたが,同年8月ころから胎動が始まり,妊娠
が続いていることが分かった。
・被告人は,同年10月16日午後7時40分ころ,前記被告人方において,
被害児を出産した後,被告人方と隣接する両親宅のベランダに干してあるバス
タオルを取るため,タオルケットにくるんだ被害児を抱きかかえて室外に出て
歩いて行ったところ,途中で実母に声をかけられ,実母からバスタオルを受け
取り,さらに,両親宅のベランダに干してあったバスタオルを取って,前記被
告人方に戻った。
・被告人は,同日午後8時ころ,前記被告人方の浴室において,被害児の頸部
に臍帯を数回巻き付けて緊縛した。
・被告人は,死亡した被害児の死体をゴミ袋に入れて自分の部屋に置いた。
その後,被告人は,両親に促されて病院に行ったところ,医師に出産したこ
とを見抜かれ,連絡を受けた被告人の父が,被告人の部屋で被害児の死体を発
見した。
3被害児の死亡時期について
まず,被害児の死亡時期が,その頸部に臍帯を巻き付ける前だったのか,後だ
ったのかについて検討する。
この点,鑑定書によると,被害児の頸部に,紐類,縄類等の索状物の圧迫によ
って,被害児の生前に生じたと推定される皮下出血又は索状間出血が存在するこ
とが認められる。そうすると,被告人が,被害児の頸部を臍帯で緊縛した時点に
おいて,被害児は,まだ生存しており,被告人が被害児の頸部に臍帯を巻きつけ
たことで窒息死したと認められる。
したがって,この点に関する弁護人の主張には理由がない。
4殺意の有無について
・被告人の捜査段階における供述について
ア供述要旨
被告人は,捜査段階において,以下のとおり供述している。
私は,平成17年10月初めころ,お腹の中の子さえいなければ,同棲相
手や家族とともに生活を続けられると考え,皆に内緒で出産し,その直後に,
生まれてきた子の首を臍帯で締め付けて始末し,庭にでも埋めればいいなど
と思うようになった。同月16日午後7時40分ころ,自室で家族に気付か
れないよう注意しながら被害児を出産したが,被害児が泣いたりしないうち
に始末しなければならないという気持ちと,被害児への愛おしさが入り交じ
り,とりあえず,隣の部屋にいる家族に知られないよう,被害児を外に連れ
出すとともに,陰部からの出血を拭くためにタオルを取りに行くことにした。
被害児をタオルケットにくるみ,左手で抱いて外に出て,自宅の隣にある両
親宅の裏手を回り,両親宅のベランダに干してあるタオルを取りに向かった。
途中,貧血を起こしたので,被害児を左手に抱いたまま,右手を両親宅の壁
について,中腰になって少し休んだ。すると,突然,右後ろの方から,実母
に「どうしたの,その血は。」と声をかけられた。私は,実母に気づかれな
いうちに,早く被害児を始末しなければならないと考え,ほぼ仰向けの状態
で抱いている被害児の臀部に当てている左手の手のひらと左腕を少し内側に
捻りながら,左肘を曲げて左腕を体の方に引き付け,抱いている被害児を自
分の体の左腕から左胸にかけての部分に強く押し付けて,被害児が息ができ
ないようにした。被害児には,タオルケットを被せていたので,はっきりと
は分からなかったが,被害児の鼻と口の辺りが自分の左腕の力こぶの辺りに
当たった感触があった。私は,このようにして,2,3分間,被害児の鼻と
口を自分の腕に押し付けた。私は,風呂場で血を洗い流した後,被害児の顔
を直視することができず,もしかしたら死んでいるかもしれないと思ったが,
いずれにしても最後まで始末を付けることをやり遂げなければならないとい
う気持ちから,被害児の頸部に臍帯を巻き付けた。
イ信用性について
被告人の捜査段階における供述は,妊娠したと分かってから殺害を決意す
るまでの経緯や出産前後の状況について,具体的かつ自然な内容であり,不
自然,不合理なところはなく,被告人が,出産後被害児に対して抱いた複雑
な胸の内や,被害児の顔面を圧迫した際の行為態様,突然,実母に呼びかけ
られ,出産したことが露見する前に被害児を殺害しなければならないという
状況に陥った際の心理状態等について,実際に経験した者にしか語り得ない
ような迫真性が認められる。被害児の鼻と口の辺りを自らの身体に強く押し
付けたという点や,その後に臍帯を被害児の頸部に巻き付けたという点も,
鑑定書によって認められる被害児の死体の状況とよく符合する。
なお,被告人は,公判廷において,捜査段階における前記供述は,取調官
から強く言われるなどして押し付けられたものである旨弁解している。しか
しながら,被告人は,平成17年11月25日の朝から任意の取調べを受け,
警察官に対し,被害児は死産であったなどと虚偽の供述をしていたが,その
日のうちに殺害事実を認めて逮捕され,その後捜査段階を通じてほぼ一貫し
て前記のような供述をしていたことが認められ,逆に,被告人が,後記の公
判供述と同旨の供述をしていた形跡はうかがえない。被告人が,本件起訴の
後に検察官に出した手紙からも,検察官調書の内容に不満を抱いている様子
は一切うかがえない。被告人の捜査段階における供述の内容を見ても,臍帯
を巻き付けた回数やその時の力の入れ具合等,記憶にない箇所はそのまま記
憶にないとの供述記載になっていたり,臍帯を巻き付けた時に被害者が生き
ていたのか死んでいたのか分からないという供述も,供述調書にそのまま録
取されるなど,被告人の捜査段階における供述は,被告人の言い分をよく反
映したものであることがうかがわれる。被告人の検察官調書には,被告人が
出産前に,お腹に刺激を与えれば流産するのではないかと思い,できるだけ
たくさんビールを飲んだり,煙草を吸う本数を増やしたり,ヒールの高い靴
で歩き回ったりしたとの供述もあるが,これなどは取調官の創作,誘導によ
るものとは考え難い。したがって,被告人の前記弁解は,およそ不合理なも
のといわざるを得ず,信用することができない。
また,弁護人は,被告人が,当時,貧血でふらついている状態であり,そ
のような状態で,身長が約50センチメートル,体重が約3130グラムあ
る被害児を,利き腕ではない左手のみで抱きかかえ,窒息死させるほど強い
力で被害児の顔面を圧迫することは困難であり,むしろ,それより前に,被
告人が,エアコンの室外機の付近で,貧血によりしゃがみこんだ際,被害児
の顔面等が圧迫された可能性が高い旨主張する。
しかし,当時,被告人は,貧血状態にあったにせよ,被害児を抱きかかえ
たまま,かなりの距離を歩き回っており,意識は清明であったといえ,嬰児
である被害児を,前記のような行為態様で被害児を窒息させることは十分可
能であると認められる。逆に,被告人が貧血でしゃがみこんだ程度で,窒息
させるほど,被害児の顔面が長時間圧迫された状態になるとは到底考え難い。
よって,弁護人の主張には理由がない。
以上より,被告人の捜査段階における供述には高度の信用性が認められる。
・被告人の公判供述について
被告人は,公判廷において,捜査段階における前記供述を翻し,「出産した
ときは,被害児を育てていこうという気持ちが強く,家族に見つけてもらいや
すいように,自分の部屋で出産した。タオルを取りに,被害児を抱いて外に出
て行ったところ,貧血を起こしてふらつき,そこで,急に実母に声をかけられ
たため,びっくりして体に力が入り,1,2分間,左手に抱えていた被害児を
自分の体に押し付けるような形になったが,被害児にタオルケットを被せてい
たこともあり,被害児の顔がどちらを向いていたか分からなかった。そのとき,
被害児に対する殺意はなかった。その後,被害児が生きているのか死んでいる
のか分からなかったが,生きていてもすぐに死んでしまうだろうと考え,死産
であったとの理由をつけるために臍帯を巻き付けた。」との供述をしている
しかし,被告人の公判供述は,捜査段階における供述を合理的理由なく変遷
させるものである。また,供述内容を見ても,単に,実母に声をかけられて驚
いたというだけで,1,2分もの間,体に力が入り,窒息させるほど被害児の
顔を圧迫するような状態になるとは到底考え難い。さらに,被告人は,出産し
たことを家族に見つけてもらって,被害児を育てていこうと考えていた旨供述
しているが,被告人が,家族に妊娠,出産を隠してきたことは明らかで,出産
したことを見つけてもらおうという意図の下に行動していたとは考えにくく,
また,そういう意図があったのであれば,被告人が,実母から声をかけられた
際,被害児を出産したことを告げなかったのは,余りに不合理といわざるを得
ない。それどころか,被告人の実母の捜査段階での供述によると,実母が被告
人に声をかけた際,被告人は,「流産した」と述べたとされており,被告人も
当時の記憶はないとしながらも,この点を争っていないところ,被告人に,被
害児を育てる意思があるのであれば,実母に対し,被害児を出産したことを隠
すために,あえてこのような嘘をつくとは考え難い。被告人の出産後の行動を
見ても,被害児の生命維持に必要な行為を何ら行っておらず,逆にぐったりし
ているのを見て,生死を確かめることなく,頸部に臍帯を巻き付けて被害児を
絶命させており,被害児を育てていこうとの考えと大きく矛盾する行動をとっ
ている。
以上からすれば,被告人の公判廷における供述は,不自然,不合理であって
到底信用することができない。
・したがって,被告人が被害児に対する殺意を有していたことを優に認定する
ことができる。弁護人の主張には理由がない。
5以上からすれば,被告人は,殺意をもって,被害児の顔面等を自己の左上腕部
付近に押し付けて圧迫したり,被害児の頸部に臍帯を数回巻きつけて緊縛するな
どして,被害児を殺害したものと優に認めることができる。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,自ら出産した被害児を,その直後に殺害した殺人の事案であ
る。
まず,本件犯行に至る経緯・動機についてみると,被告人は,平成17年4月に,
自らが同棲相手との間の子を身ごもっていて既に妊娠4か月目であることを知り,
これを同棲相手に伝えたところ,同棲相手が出産について消極的な反応を示したた
め,中絶することを考えた。しかし,被告人は,妊娠4か月に入ると,法律上中絶
が禁止されていると思い込んでいたため,胎児の処置をどうすべきか思い悩んだ。
被告人は,妊娠していることを周囲には隠しながら,流産すればよいとの考えから,
飲酒,喫煙の量を増やしたり,ヒールの高い靴で歩き回ったりしたが,流産するこ
となく,出産期を迎えた。そこで,被告人は,秘密裏に出産した直後に殺害するこ
とを決意し,出産後に被害児に対する愛おしさから葛藤を生じつつも,結局,殺害
を決行したものである。この点,同棲相手からの反応が好意的なものでなかったこ
とが不幸な結末を招いた一因ではあるものの,中絶できないのか相談したりするこ
となく,漫然と妊娠を継続し,同棲相手から嫌われたくないとの理由から,出産し
た我が子を殺害したもので,動機は誠に自己中心的で短絡的というほかなく,親と
しての無責任な態度には厳しい非難が妥当する。また,本件犯行の態様をみるに,
被告人は,確定的な殺意をもって,自らが出産したばかりの被害児に対し,その口
や鼻を自らの身体に強く押し付けて圧迫した後,被害児の頸部に臍帯を何重にも巻
き付けて緊縛した結果,被害児を窒息死させたものであって,極めて冷酷かつ残忍
な犯行というべきである。被告人は,以前にも,流産した後,死胎を海に流して遺
棄した経験を有しているとのことであり,人間の尊厳に対する理解に乏しく,規範
意識が鈍磨しているといわざるを得ない。被告人から臍帯で頸部を緊縛されるなど
して窒息した際に被害児が被った肉体的苦痛はもとより,この世に生を受けた途端,
本来,愛情を注いでくれるはずの存在である実母から,無慈悲にもその生命を奪わ
れた被害児の哀れさは筆舌に尽くし難く,被害児が持っていたはずの人生の無限の
可能性に思いを致すと,そのすべてを身勝手な動機から奪い取った本件犯行の結果
は誠に重大である。にもかかわらず,被告人は,公判廷において,反省の弁を述べ
るものの,不合理な弁解に終始しており,真に反省しているとは認め難い。なお,
従前,本件のようないわゆる嬰児殺の事案については,刑の執行が猶予されるケー
スが多かったことは否定できない。しかしながら,本件では,嬰児殺の中でも悪質
と評価すべき事情が前述のとおり指摘できる。また,児童虐待等,親の子に対する
加害行為についての社会的関心が一層高まるとともに,人の生命を奪う犯罪に対す
る社会的非難が一層高まっている現在の状況の下,平成17年1月1日施行の刑法
改正により,殺人罪の法定刑の下限が懲役3年から5年に引き上げられたことなど
に鑑みれば,生命侵害という結果において何ら他の殺人と異なるところのない嬰児
殺の多くを執行猶予とするような量刑の在り方が,今後も社会的妥当性を保ち続け
るのか,検討すべきである。
以上からすれば,被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。
前記のような諸事情に鑑みれば,本件において,被告人の実父らが,被告人の更
生を支援する旨述べていること,被告人の同棲相手も自己の発言が被告人を悩ませ
てしまったことの責任を感じ,被告人の社会復帰後に入籍して助け合っていきたい
と述べていること,被告人が,本件につき反省の弁を述べていること,被告人にこ
れまで前科がないこと,被告人には,小学生の子供がいること,その他被告人の刑
事責任を軽くする方向に働く事情を十分考慮しても主文の実刑は免れないものと判
断した。
(検察官樋口正行,国選弁護人保澤享平各出席)
(求刑懲役5年)
平成18年3月10日
鹿児島地方裁判所刑事部
裁判長裁判官大原英雄
裁判官渡部市郎
裁判官藪崇司

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