弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告人指定代理人鰍沢健三(名義)、同上野国天、同藤井康夫、同田中志満夫、
同高橋勝義、同足立高八郎の上告理由について。
 所論は、要するに、原判決は、道路運送法に基づく自動車運送事業および聴聞の
各性質について、同法の解釈、適用を誤り、また、本件において実施された聴聞手
続を不公正とした判断および右不公正が本件処分の違法事由となるとした判断にお
いて、それぞれ理由そごの違法を犯している、というのである。
 原審の適法に確定した事実は、おおむね、つぎのとおりである。
 (1) 上告人は道路運送法三条二項三号に定める一般乗用旅客自動車運送事業(
一人一車制の個人タクシー事業)の免許に関する権限を有するところ、昭和三四年
八月一一日、当面の輸送需要をみたすため一般乗用自動車の増車を決定、そのうち、
個人タクシーのための増車数を九八三輛と定め、これに対応するものとして、同年
九月一〇日までに六六三〇件の個人タクシー事業の免許申請を受理し、被上告人は
同年八月六日免許を申請して受理された。
 (2) 上告人は、聴聞による調査結果に基づき免許の許否を決するため、担当課
長はじめ約一〇名の係長の協議により、道路運送法六条一項各号の趣旨を具体化し
た審査基準として、第一審判決別表のとおり、一七の項目および内容につき、審査
基準欄記載のような基準事項(第一次と第二次の審査基準があり、前者をみたした
者について後者を適用する)を設定し、一方、右基準事項に基づいて聴聞概要書調
査書と題する書面(以下聴聞書という。)を作成し、その項目および聴聞内容の各
欄には、右第一審判決別表の調査事項の項目および内容の各欄に掲げた事項とほぼ
同一のもの(ただし、右別表6の内容欄に記載してある他業関係は掲げられていな
い)を記載して、聴聞担当官約二〇名が各申請人について右聴聞書の各項目ごとに
聴聞を行つてその結果を記入することとし、昭和三四年九月中旬から同三五年三月
までの間聴聞を実施し、被上告人に対しては、昭和三五年二月一一日に聴聞を行つ
た。
 (3) 上告人は、右聴聞手続と並行して、差し迫つた年末の輸送事情緩和のため、
昭和三四年一二月二日、前記基準中、優マーク、経験年数一〇年以上、年令四〇才
以上の基準に該当する者のうち、免許することに全く問題がないと思われるもの一
七三名を第一次分として免許し、ついで、前記聴聞の結果につき基準を適用して審
査した末、昭和三五年七月二日第二次分として六一一名を免許したが、被上告人に
ついては、前記第一審判決別表の第一次審査基準のうち、6の「本人が他業を自営
している場合には転業が困難なものでないこと」および7の「運転歴七年以上のも
の」に該当しないとして、そのことから道路運送法六条一項三号ないし五号の要件
をみたさないものと認め、右七月二日付で申請を却下した。
 (4) 聴聞担当官のうち前記基準の協議に関与した七、八名の係長以外のものは、
被上告人の担当官をも含め、前記第一審判決別表の基準事項の存在すら知らず、聴
聞開始前に上司から聴聞書の項目および聴聞内容について説明をうけただけで、右
基準事項については何らこれを知らされることなく、被上告人の聴聞担当官にあつ
ても、被上告人の申請の却下事由となつた他業関係(転業の難易)および運転歴(
軍隊における運転経験をも含む)に関しても格別の指示はなされず、したがつて、
右担当官は、被上告人が洋品店を廃業してタクシー事業に専念する意思があるかど
うか、軍隊における運転経験があるかどうか等の点について思いいたらず、これら
の点を判断するについて必要な事実については何ら聴聞が行われなかつた、という
のである。
 おもうに、道路運送法においては、個人タクシー事業の免許申請の許否を決する
手続について、同法一二二条の二の聴聞の規定のほか、とくに、審査、判定の手続、
方法等に関する明文規定は存しない。しかし、同法による個人タクシー事業の免許
の許否は個人の職業選択の自由にかかわりを有するものであり、このことと同法六
条および前記一二二条の二の規定等とを併せ考えれば、本件におけるように、多数
の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許
否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが
客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せ
られる。すなわち、右六条は抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるか
ら、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正
かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するよう
なものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、
申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきで
ある。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受く
べき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請
の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由とな
るものというべきである。
 原審の確定した事実に徴すれば、被上告人の免許申請の却下事由となつた他業関
係および運転歴に関する具体的審査基準は、免許の許否を決するにつき重要である
か、または微妙な認定を要するものであるのみならず、申請人である被上告人自身
について存する事情、その財産等に直接関係のあるものであるから、とくに申請の
却下処分をする場合には、右基準の適用上必要とされる事項については、聴聞その
他適切な方法によつて、申請人に対しその主張と証拠の提出の機会を与えなければ
ならないものと認むべきところ、被上告人に対する聴聞担当官は、被上告人の転業
の意思その他転業を困難ならしめるような事情および運転歴中に含まるべき軍隊に
おける運転経歴に関しては被上告人に聴聞しなかつたというのであり、これらの点
に関する事実を聴聞し、被上告人にこれに対する主張と証拠の提出の機会を与えそ
の結果をしんしやくしたとすれば、上告人がさきにした判断と異なる判断に到達す
る可能性がなかつたとはいえないであろうから、右のような審査手続は、前記説示
に照らせば、かしあるものというべく、したがつて、この手続によつてされた本件
却下処分は違法たるを免れない。
 以上説示するところによれば、本件処分を取り消すべきものとした原判決の判断
は正当として首肯することができ、所論は、ひつきよう、以上の判示と異つた見解
に立脚して原判決を攻撃するものというべきである。所論はすべて理由がなく、採
用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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