弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人森健市の上告理由について
一 原審の確定した事実関係は次のとおりであり、この事実認定は原判決挙示の証
拠関係に照らして首肯することができる。
 1 上告人と甲野春夫とは昭和四二年五月一日に婚姻の届出をした夫婦であり、
同四三年五月八日に長女が、同四六年四月四日に長男が出生した。
 2 上告人と春夫との夫婦関係は、性格の相違や金銭に対する考え方の相違等が
原因になって次第に悪くなっていったが、春夫が昭和五五年に身内の経営する婦人
服製造会社に転職したところ、残業による深夜の帰宅が増え、上告人は不満を募ら
せるようになった。
 3 春夫は、上告人の右の不満をも考慮して、独立して事業を始めることを考え
たが、上告人が独立することに反対したため、昭和五七年一一月に株式会社 D 
(以下「D」という)に転職して取締役に就任した。
 4 春夫は、昭和五八年以降、自宅の土地建物を D の債務の担保に提供して
その資金繰りに協力するなどし、同五九年四月には、D の経営を引き継ぐことと
なり、その代表取締役に就任した。しかし、上告人は、春夫が代表取締役になると
個人として債務を負う危険があることを理由にこれに強く反対し、自宅の土地建物
の登記済証を隠すなどしたため、春夫と喧嘩になった。上告人は、春夫が右登記済
証を探し出して抵当権を設定したことを知ると、これを非難して、まず財産分与を
せよと要求するようになった。こうしたことから、春夫は上告人を避けるようにな
ったが、上告人が春夫の帰宅時に包丁をちらつかせることもあり、夫婦関係は非常
に悪化した。
 5 春夫は、昭和六一年七月ころ、上告人と別居する目的で家庭裁判所に夫婦関
係調整の調停を申し立てたが、上告人は、春夫には交際中の女性がいるものと考え、
また離婚の意思もなかったため、調停期日に出頭せず、春夫は、右申立てを取り下
げた。その後も、上告人が D に関係する女性に電話をして春夫との間柄を問い
ただしたりしたため、春夫は、上告人を疎ましく感じていた。
 6 春夫は、昭和六二年二月一一日に大腸癌の治療のため入院し、転院して同年
三月四日に手術を受け、同月二八日に退院したが、この間の同月一二日に D 名
義で本件マンションを購入した。そして、入院中に上告人と別居する意思を固めて
いた春夫は、同年五月六日、自宅を出て本件マンションに転居し、上告人と別居す
るに至った。
 7 被上告人は、昭和六一年一二月ころからスナックでアルバイトをしていたが、
同六二年四月ころに客として来店した春夫と知り合った。被上告人は、春夫から、
妻とは離婚することになっていると聞き、また、春夫が上告人と別居して本件マン
ションで一人で生活するようになったため、春夫の言を信じて、次第に親しい交際
をするようになり、同年夏ころまでに肉体関係を持つようになり、同年一〇月ころ
本件マンションで同棲するに至った。そして、被上告人は平成元年二月三日に春夫
との間の子を出産し、春夫は同月八日にその子を認知した。
二 甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関
係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して
不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係
を持つことが甲に対する不法行為となる(後記判例参照)のは、それが甲の婚姻共
同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為というこ
とができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則
として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからで
ある。
三 そうすると、前記一の事実関係の下において、被上告人が春夫と肉体関係を持
った当時、春夫と上告人との婚姻関係が既に破綻しており、被上告人が上告人の権
利を違法に侵害したとはいえないとした原審の認定判断は、正当として是認するこ
とができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例(最高裁昭和五一年(オ)
第三二八号同五四年三月三〇日第二小法廷判決・民集三三巻二号三〇三頁)は、婚
姻関係破綻前のものであって事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用するこ
とができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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