弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 被告は原告に対し、一六六万四八四六円及びこれに対する平成三年一月三〇日
から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
二 被告の控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、五分の四を原告の負担とし、その余を被告の負
担とする。
四 この判決の第一項の1は仮に執行することができる。
       事実及び理由
(注) 以下の第一~第三(争点に対する判断より前の記載)において、一二ポイ
ント相当文字の部分(編注、本書での九ポイント相当文字の部分)は、項目行に該
当する部分か、当審における主張、判断の補充部分となっている。一〇ポイント相
当文字部分(同上、本書での八ポイント相当文字部分)は、略記方法や、誤字等の
補正をし、漢字の使用等の表現上の関係で手直しをした部分がある以外、原判決の
引用である。なお、当審判決自体の注釈行になっている箇所も存する。
第一の一 請求の趣旨(一審時)
 被告は原告に対し、金一六四八万一三〇八円及び内金五〇一万二九九八円に対す
る平成三年一月三〇日(訴状送達日の翌日)から、内金一一四六万八三一〇円に対
する平成四年八月一三日(訴えの変更申立書送達日の翌日)から各支払済みまで年
五分の割合による金額(民法所定の遅延損害金)を支払え。
第一の二 原告の控訴の趣旨と被告の答弁
原告は、
「原判決を次のとおり変更する。
 被告は原告に対し、一六三四万七四〇六円及びうち五〇一万二九九八円に対する
平成三年一月三〇日から、残り一一三三万四四〇八円に対する平成四年八月一三日
からいずれも支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。」との判決並びに仮
執行宣言を求め、被告は原告の控訴棄却を求めた。
(注1) 原告の当審における請求は、一審時の請求の趣旨から、右の控訴の趣旨
に示したところに限定された。その内容は、別紙請求認容一覧に記載のとおり。そ
こに記載の原告の当審請求額総計は、出願補償合計六万〇四一六円、登録補償合計
一二万七五〇〇円、実施補償合計一六一五万九五〇〇円を合わせた一六三四万七四
一六円となるが、控訴の趣旨に右本文の一六三四万七四〇六円の記載があり、一〇
円下回った記載があるので(誤記と思われる)、この額をもって当審での請求額と
理解する。
(注2) 右に関連して、原告は、「出願報酬」、「登録報酬」、「実施報酬」な
いし「実績報酬」という用語を用いるが、本判決でも、原判決と同様、それぞれ
「出願補償」、「登録補償」、「実施補償」の用語に対応するものとして、以下に
整理する。
第一の三 被告の控訴の趣旨と原告の答弁
 被告は、「原判決中被告敗訴部分を取り消す。原告の請求を棄却する。」との判
決を求め、原告は被告の控訴棄却を求めた。
第二 事案の概要
一 序
 本件は、被告の研究開発部門に勤務していた原告が、その勤務中にしたいわゆる
職務発明・考案につき被告に特許・実用新案登録を受ける権利を承継させたので、
特許法三五条三項・実用新案法九条三項に基づき、被告を退職後、その相当の対価
の支払を求めるものである。
二 争いのない事実(一部、認定事実を含む)
1 被告は、合成繊維を原料とする撚糸縫糸延縄釣糸の製造販売等を目的とする会
社である。原告は、昭和四六年に研究開発部門勤務者として被告に入社し、その後
昭和四七年七月に研究開発室次長に、昭和四九年七月に部長待遇の研究開発室室長
に就任し、昭和六〇年一月三一日自己都合により退職した。
2 原告の在任期間中に原判決別紙発明・考案目録(一)ないし(一八)記載の各
発明・考案(以下これらを個別に指称するときは、「(一)考案」「(三)発明」
というように、同目録記載の各番号を冠していい、また、これらを一括して指称す
るときは、「本件発明・考案」という)について、特許又は実用新案登録の出願
((一)、(四)考案、(五)、(七)発明、(八)考案、(九)、(一一)、
(一二)、(一四)、(一六)、(一七)、(一八)発明は被告の単独出願であ
り、他は被告と三菱化成工業(株)との共同出願)がされ、このうち(一一)、
(一三)、(一六)、(一七)の各発明を除くその余の発明・考案についてはいず
れも設定登録がされている。
(注) (一五)発明は、一審の口頭弁論終結後の平成四年一一月二七日に特許権
の設定登録がされた(甲第一二七号証)。しかし、原告は、同発明の登録補償に当
たる対価を主張、請求していない。
3 原告は、本件発明・考案のうち原判決別紙発明・考案目録(一)、(二)及び
(六)ないし(一八)記載の発明ないし考案をそこに記載のとおり、単独又は共同
で発明・考案し、各発明・考案について特許・実用新案登録を受ける権利を被告に
譲渡して承継させたが、右各発明・考案は被告の業務範囲に属し、かつ被告におけ
る原告の職務に属するものであった。
 原告は、(三)発明、(四)考案及び(五)発明も右と同様である旨主張する
が、この三件については、原告が発明者又は考案者かどうか、したがってこれを被
告に譲渡して承継させたかどうか、後記のとおり争いがある。
4 原告は、退職時に被告から被告退職金規定により通常支払われるべき退職金以
外に、五〇万円を受領した。
5(一) 被告は、昭和五三年から現在まで一四年間にわたり、(二)考案を実施
して少なくとも釣糸「ホンテロン」を製造販売してきた。
(二) 被告は、昭和五四年から現在まで一三年間にわたり、(五)発明を実施し
て少なくとも釣糸「フロートライン」を製造販売してきた。
(三) 被告は、(一〇)発明を実施して、少なくとも釣糸「マスターキング」、
「アクアキング」及び「鮎ごころ」を製造販売した。
(四) 被告は、(一)考案、(三)発明、(四)考案、(六)発明、(七)発
明、(八)考案、(九)発明、(一一)発明、(一二)発明、(一四)発明、(一
五)発明、(一六)発明、(一七)発明をいずれも実施していない。
(注) 原告は、当審の準備書面で、(一五)発明の実施を主張しているようであ
るが、同発明の実施補償を請求していない。
6 原告の在職当時、被告には従業者のした職務発明・考案に関する規定は全く存
在しなかった。
三 争点
1 (二)考案及び(五)発明につき特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対
価請求権は時効消滅したか。
2 退職時支払の五〇万円について、特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対
価全額として授受される旨の合意が成立していたか。
3 (三)発明、(四)考案及び(五)発明について、原告が発明者又は考案者と
認められるか。
4 被告における(一〇)、(一三)、(一八)発明の実施品は何か。
5 原告が被告に対し請求し得る特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価は
いくらが相当か。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(消滅時効の抗弁の成否)
【被告の主張】
 仮に(二)考案及び(五)発明に関して原告に職務発明・考案を受ける権利の承
継の対価請求権が発生したとしても、被告は、それらの各出願日((二)考案につ
いて昭和五三年七月一九日、(五)発明について昭和五四年六月一日)以前に原告
から特許・実用新案登録を受ける権利を承継したので、右各対価請求権は、遅くと
も右各出願日からそれぞれ一〇年の経過をもって、時効により消滅した。よって、
被告は、本訴において右消滅時効を援用する。
【原告の主張】
 特許・実用新案登録を受ける権利の承継があった場合の職務発明・考案の承継の
対価請求権は、特許・実用新案登録出願に際して支払われる出願補償、特許権又は
実用新案権の設定登録がされ、特許権又は実用新案権が形成されたことに対して支
払われる登録補償と、特許発明又は登録実用新案の実施により使用者に生じた利益
に対して支払われる実施補償とに大別することができる。消滅時効の起算点であ
る、権利を行使することができる時とは、具体的に従業者が会社に対してその権利
を行使できた時と解すべきであり、本件のように職務発明規定がない場合には従業
者が退職した時がそれに当たるが、仮にそうでないとしても、右のうち、出願補償
は出願時に、登録補償については、特許登録又は実用新案登録時に対価請求権が発
生するから、その消滅時効起算日も右出願日又は登録日となるが、実施補償につい
ては、実施により使用者が利益を享受した時点で対価請求権が発生するので、
その時点が消滅時効の起算日である。したがって、仮に本件において(二)考案及
び(五)発明の出願補償金請求権について消滅時効が完成したとしても、それを除
いた残余の補償金(実施補償金等)請求権については時効期間が経過してない。
 特許権及び実用新案権は存続期間を有しており、この権利の価値は権利終了時に
おいて初めて客観的に明らかとなる。譲受時に客観的価値が決まっているというの
は、理屈にすぎない。特許法三五条で発明者を保護しようとしたのは、労働法制の
一つと位置付けられる。従業員の立場にありながら、会社に対して一〇年以内に請
求をしなければ、その権利が時効によって消滅するというのは、一方で与えた権利
を、他方で奪っているに等しい。
二 争点2(退職時支払の五〇万円の趣旨)
【被告の主張】
 原告が退職するに際して、原告から被告に対し、所定の退職金以外に、在職中に
した発明・考案及びこれらの実施により被告が利益を得たなど、被告に貢献した原
告の功績に対してそれ相当の金額を支払ってほしい旨の申出があった。そこで、被
告は、原告の貢献度について調査の上、原告に対し、退職金とは別に本件発明・考
案の特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価として五〇万円が相当と評定
し、原告もこれを了承したので五〇万円を支払った。その結果、原告は被告を円満
退職し、その旨記載した挨拶状(乙第一号証)も関係各位に送付しているので、本
件五〇万円支払の時点で、原告・被告間の右譲渡承継に関する債権債務関係はすべ
て清算されたことは明らかである。
【原告の主張】
 被告の主張は否認する。被告の退職金規定第五条には、「退職金の増額」と題し
て、「任職中特に功労顕著であったと会社が認めた場合は、退職金を増額して支給
することがある。」との規定がある(甲二〇号証の1~3)。原告は、右規定に基
づき退職金の増額分として被告から五〇万円を受領したのであり、その支払明細書
(甲第二一号証)には、「貴殿の退職金支払額及び株式代金は下記の通りです。」
と記載され、その下に「功労金五〇〇、〇〇〇(円)」と記載されているだけで、
これが本件発明・考案につき特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価である
という趣旨の記載は全くない事実からも、被告主張が根拠のないものであることが
裏付けられる。
 被告が原告に支払った五〇万円は功労金であって、職務発明の対価ではない。被
告は、特許については前例がないから出さないと回答したのであり、五〇万円は、
被告の退職金規定五条の規定に基づいて支払われたものである。
三 争点3((三)発明、(四)考案及び(五)発明について、原告が発明者又は
考案者と認められるか)
(注) 原判決は、(三)発明、(四)考案については、この争点の原告の主張を
認めなかった。原告はこれを理由とする請求棄却部分の不服を主張していない。審
理の流れを理解するために一応以下に摘記するが、(三)発明、(四)考案につい
てのこの争点は、当審の審理から除外されている。(三)発明、(四)考案の対価
額について、後に争点として掲げているのも、同様の意味を持つ。
【原告の主張】
1 (三)発明
 原判決別紙公報(3)の発明者欄には原告の氏名が掲載されていないが、真実は
三菱化成工業(株)の従業員【A】、同【B】及び当時被告の従業員であった原告
が(三)発明をした。ところが、三菱化成工業(株)が被告に無断で単独名義で特
許出願したため、同社に対し、被告側から右出願が不当であることを指摘し、その
結果同社が自己の非を認め被告の共同出願とする出願願書の補正がなされたのであ
る。特許法上発明者については出願願書の補正は認められていないので、原告が同
公報上発明者として掲載されていないが、原告が右発明の共同発明者だからこそ、
被告が共同出願人となることができたのである。
2 (四)考案
 本当の考案者は原告である。原判決別紙公報(4)では、【C】が考案者として
掲載されているが、【C】は被告の先代社長であるため、同考案の登録出願願書に
勝手にその旨記載して出願し、その結果そのようになったのである。同人に右考案
をするような技術的能力はなかった。
3 (五)発明
 原判決別紙公報(5)でも【C】が発明者として掲載されているが、同人には右
発明をするだけの能力はなく、真実は原告が発明者である。原告が被告の特許出願
担当者であった旨の被告主張は虚偽であり、当時発明・考案の出願手続はすべて本
社企画室の【D】が担当しており、そのころ洲本工場に勤務していた原告がこれに
関与する余地はなかった。また、被告提出の【C】から被告に対する(五)発明の
譲渡証書(乙第四七号証)は、その譲受人欄に押捺されている被告の記名印判が当
時被告で使用されていたものとは異なり(甲第六一号証、第六二号証のそれと甲第
六三号証ないし第六六号証のそれとの対比により明白)、偽造文書である。
【被告の主張】
(三) 発明、(四)考案及び(五)発明の発明者又は考案者は、原判決別紙発
明・考案目録(三)ないし(五)の各発明者又は考案者欄に記載の者である(原判
決別紙公報(3)、(4)、(5))。
1 (三)発明
 右発明が三菱化成工業(株)と被告とによって共同出願されるに至った経過は、
次のとおりである。当時、三菱化成工業(株)はポリエステル原料のメーカー、被
告はそのユーザーという関係にあった。そのため、両者は従来から友好協力関係に
あり、そうした中で三菱化成工業(株)が独自に開発したポリエチレンテレフタレ
ート―インフタレート共重合体について、被告がこれを三菱化成工業(株)から購
入して積極的に使用するという新たな目的が両者間で合意され、この目的達成のた
めに、三菱化成工業(株)の完成した(三)発明について、両者が共同して特許出
願するという形式が採用されるに至ったのである。原告は、右特許発明に何ら関与
していない。
2 (四)考案
 【C】は、高分子合成繊維製の釣糸及びガットについては業界の草分け的存在で
あり、既に昭和三三年ころから高分子合成繊維を用いた釣糸及びガットなどを考案
しており、同人は営業面で社長の職にありながらも、同時に徹底した技術屋でもあ
った。(四)考案は【C】のした考案である。
3 (五)発明
 (五)発明は、ポリアミド系又はポリエステル系合成繊維モノフィラメントを釣
糸に用いたものである。このような高分子合成繊維製中空糸は、用途は異なるもの
の、既に昭和三九年当時【C】によって発明されていた。(五)発明は、このよう
な技術蓄積を基にして、【C】が自ら着想し、社内の技術陣に命じて完成させた発
明である。原告は、【C】の指示によって単に中空率を計算するとともに、特許出
願担当者として特許事務所に出願依頼をする際にはすべて原告を経由していた関係
上、(五)発明の特許出願願書添付の明細書の草案をまとめたにすぎない。発明者
が【C】のみであることは、当時作成された同発明の【C】から被告に対する譲渡
証書(乙第四七号証)によっても明らかであり、原告も当時そのことに何の異論も
なかった。
四 争点4(被告における、(一〇)、(一三)、(一八)発明の実施品は何か)
1 (一〇)発明について
【原告の主張】
(一) 昭和五九年度被告洲本工場における押出工程管理実績表の記載
 甲第五五号証の1ないし12(昭和五九年一月から同年一二月までの間の被告洲
本工場における押出紡糸機の押出紡糸工程表の写し)に基づき、被告洲本工場にお
ける釣糸「マスターキング」「鮎ごころ」「アクアキング」及びテニスラケット用
ガット「芯用キング」の製造工程及び製造実績を整理すると、原判決別表3―1
(同表の1ないし4欄記載の数字は、それぞれ第一ないし第四ローラーの上を糸が
走るスピード(分速m/min)を示す)記載のとおりとなる。一方、(一〇)発
明の未延伸モノフィラメントの、①押出第一工程の延伸倍率は二・八~四・〇倍、
②押出第二工程の延伸倍率は一・五~二・五倍、③押出第三工程の捲取比は〇・九
~一・〇倍である(原判決別紙公報(10)「特許請求の範囲」欄参照)。
 右両者を対比すると、原判決別表3―1記載の①第一ローラーのスピードと第二
ローラーのスピードの比率、②第二ローラーのスピードと第三ローラーのスピード
の比率、③第三ローラーのスピードと第四ローラーのスピードの比率はいずれも、
(一〇)発明の①ないし③の押出工程の延伸倍率・捲取比率の範囲内に設定されて
いることが明らかである。したがって、被告が昭和五九年当時(一〇)発明を実施
して釣糸「マスターキング」「鮎ごころ」「アクアキング」及びテニスラケット用
ガット「芯用キング」を製造販売していたことは明らかである。
(二) 釣糸製品について
 被告は、昭和五六年に(一〇)発明を実施して、釣糸製品「マスターキング」、
「鮎ごころ」、「アクアキング」の製造販売を開始し現在もこれを継続している。
そのことは、現実に販売されている製品(釣糸「アクアキング」(検甲第四号証、
第一六号証、第一七号証)、釣糸「トトマスター」(検甲第五号証)、釣糸針付
「マスタッド」(検甲第六号証))及び被告の製品カタログの記載(「鮎ごころ」
について昭和六〇年度(甲第三二号証の1・一八頁)、昭和六二年度(甲第五二号
証二二頁)、「アクアキング」について昭和五七年度(甲第四二号証)、昭和六〇
年度(甲第三二号証の1・七頁)、昭和六二年度(甲第五二号証一〇頁)、平成三
年度(甲第三二号証の2・七枚目))からも明らかである。
(三) テニスラケット用ガット製品について
 被告は、昭和五六年に(一〇)発明を実施してテニスラケット用ガット製品(二
六〇〇MC HY―SHEEPミクロ・レディス(高分子ブレンド)、四五〇〇M
C HY―SHEEPミクロ(高分子ブレンド)等)の製造販売を開始し、現在も
これを継続している。(一〇)発明の特許出願願書添付明細書の発明の詳細な説明
中には、「ポリエチレンテレフタレートモノフィラメントは、ナイロンモノフィラ
メントに比し剛性が大きく、釣り糸特にはりす、テニスラケットのガット、その他
剛性が要求される用途に好適な性質を有する」との記載(原判決別紙公報(10)
1欄18~22行)がある。テニスラケット用ガットでは世界的に六〇%ものシェ
アを誇る被告が右ガット製品の製造販売のために(一〇)発明を実施しないなどと
いうことはおよそ考えられないことである。現に、原告が平成三年九月二三日淡路
島のスーパーマーケット・ジャスコで購入した被告製品のテニスラケット用ガット
製品二六〇〇MC HY―SHEEP及び四五〇〇MC HY―SHEEPについ
て、
直ちに鑑定依頼をした兵庫県立工業技術センターにおける試験結果では、いずれも
芯材を取り出し加熱してフィルムにした後、赤外線反射法により測定したところ、
これらの赤外線スペクトルはポリエチレンテレフタレートのそれに類似していると
の試験成績(甲第四五号証)が出ており、このことからすれば、被告が現在も(一
〇)発明の製造法を使用してテニスラケット用ガット製品を製造販売していること
は明白である。
【被告の主張】
(一) 釣糸製品関係
(1) マスターキング
 被告は、昭和四〇年代の後半から昭和五八年までの間に(一〇)発明とは無関係
に(株)東レから通常のポリエステル糸を購入してマスターキングを製造販売して
いた。被告は、昭和五六年ないし昭和五七年に(一〇)発明に係る共重合体ポリエ
ステル糸を用いて試作・研究を行い、昭和五八年と昭和五九年に同発明の方法によ
りマスターキングを製造し、それを販売したが、昭和六〇年代の初頭から市場にお
いて釣糸の低伸度化の要請が強くなり、第一押出工程の延伸倍率を二・八倍((一
〇)発明の第一押出工程の延伸倍率の下限値)未満に変更して製造している。この
条件変更時期は原告が退職した後であり、その結果、被告は、市場の要請に迅速か
つ柔軟に対応することができたのである。
(2) 鮎ごころ
 被告は、昭和五六年ないし昭和五七年に(一〇)発明に係る共重合体ポリエステ
ル糸を用いて試作・研究を行い、昭和五八年と昭和五九年に同発明の方法により鮎
ごころを製造し、それを販売したが、昭和六〇年代の初頭から市場において釣糸の
低伸度化の要請が強くなり、第一押出工程の延伸倍率を二・八倍((一〇)発明の
第一押出工程の延伸倍率の下限値)未満に変更して製造している。この条件変更時
期は原告が退職した後であり、その結果、被告は、市場の要望に迅速かつ柔軟に対
応することができたのである。なお、このような改良を加えても「鮎ごころ」は市
場に受け入れられず、昭和六二年以降は製造販売を中止している。
(3) アクアキング
 被告は、昭和五六年から(一〇)発明に係る共重合体ポリエステル糸を用いて同
発明の方法によりアクアキングを製造し、それを販売したが、昭和六〇年代の初頭
から市場において釣糸の低伸度化の要請が強くなり、〇・二号ないし〇・四号及び
〇・六号の細物を除き、第一押出工程の延伸倍率を二・八倍((一〇)発明の第一
押出工程の延伸倍率の下限値)未満に変更して製造している。この条件変更時期は
原告が退職した後であり、その結果、被告は、市場の要望に迅速かつ柔軟に対応す
ることができたのである。
(二) テニスラケット用ガット製品関係
 被告は、現在ラケット用ガット製品(軟式硬式テニス用、バトミントン用など一
切の製品を含む)について、ポリエステルを原料化合物とする(一〇)発明を用い
ていない。すなわち、被告は、昭和五七年までは(株)東レから通常のポリエステ
ル糸を購入してテニスラケット用ガット製品を製造していた。被告は、昭和五八年
と昭和五九年には(一〇)発明を実施したが、その売上額は昭和五八年が四三一七
万四六八八円、昭和五九年が七八八七万四八七五円にとどまる。昭和六〇年以降
は、硬式テニスラケット用ガット製品にはほとんどすべてナイロン糸を使用し、残
りのわずかな製品及び軟式テニスラケット用ガット製品の一部はポリエステルを原
料化合物としているが、その製造条件は(一〇)発明の製造法とは全然異なり、そ
の第一延伸工程で採用されている延伸倍率は(一〇)発明の下限値二・八倍よりは
るかに低い二・三〇~二・六〇倍の範囲内である。被告も、原告主張の被告製品の
硬式テニスラケット用ガット製品二六〇〇MC HY―SHEEP及び軟式テニス
ラケット用ガット製品四五〇〇MC HY―SHEEPがポリエチレンテレフタレ
ート(正確にはポリエチレンテレ・イソフタレート)から成ること自体は否定しな
い。しかし、原料化合物がポリエチレンテレ・イソフタレートであるということ
と、被告が(一〇)発明を実施しているということとは無関係である。被告の実施
している「芯用キング」の第一延伸工程で採用されている延伸倍率は前記のとおり
であって、被告が(一〇)発明を実施していないことは明らかである。
2 (一三)発明について
【原告の主張】
 被告は、(一三)発明を実施して「モノガット」を製造販売している。被告は、
(一三)発明が特許庁審査官によって拒絶査定されており、実質的な特許性が欠如
している旨主張するけれども、(一三)発明は、審査官の挙げた引用例(公知例)
から容易に推考できる発明ではないから、被告としては拒絶査定に対し不服審判請
求をすべきであった。したがって、被告としては自らすべきことをしないで、拒絶
査定されたことを理由に、承継の対価支払を拒むことはできない。
【被告の主張】
 被告は、いったん昭和五九年に(一三)発明を実施して「モノガット」の製造販
売を開始したが、出荷商品の返品があったため、直ちに製造・販売を中止した。ま
た、(一三)発明の特許出願については、平成四年三月二日付けで特許庁審査官か
らポリエチレンテレフタレートモノフィラメントの製造法における延伸条件を変化
させてみるようなことは、引用例(公知例)から当業者が容易に試み得ることとす
るのが相当である、との理由で拒絶査定(乙第四五号証)があり、右拒絶査定は確
定している。特許庁審査官の右判断は、(一三)発明に実質的な特許性が欠如して
いるとの判断であり、共同出願人の被告と三菱化成工業(株)は特許関係の専門家
を含めて種々協議した結果、右判断を覆すことは困難との結論に達し、不服申立て
をしなかったものである。したがって、このように実質的な特許性が欠如している
(一三)発明について被告が承継の対価を支払う義務はない。
3 (一八)発明について
【原告の主張】
 被告は、昭和五九年七月から平成四年六月までの間に(一八)発明を実施して、
中空・特殊オイル入りのHY―O―SHEEPシリーズのテニスラケット等各種の
ラケット用ガットを製造販売した。
【被告の主張】
 (一八)発明の出願願書添付明細書の特許請求の範囲欄では、「乾燥した状態の
中空孔に注油する」こと及び「ガット表面に油剤を塗布する」ことが構成要件とな
っている(原判決別紙公報(18)特許請求の範囲欄参照)。しかし、被告は注油
前に中空孔を乾燥しておらず、その点で(一八)発明を実施しているとはいえな
い。
 また、ガットの表面に油剤を塗付することは、被告が昭和三〇年代から既に実施
していることである。被告は、実公昭五〇―一〇〇五四号公報(原判決別紙公報
(19))記載の方法により中空・特殊オイル入りのHY―O―SHEEPシリー
ズのテニスラケット等各種のラケット用ガットを製造販売しており、(一八)発明
を実施していない。
五 争点5(相当な承継対価額)
【原告の主張】
1 出願補償
(一) 特許関係 五万四九九八円
 出願件数は全部で一四件あり、一件当たりの補償額は五〇〇〇円(ただし、
(六)発明及び(一五)発明については発明者二名につき二分の一あての二五〇〇
円、(三)発明、(一〇)発明及び(一三)発明については発明者三名につき原告
取得分は三分の一あての一六六六円)が相当なので、原告が被告に対し請求し得る
特許関係の出願補償額は合計五万九九九八円となる。
(注) 原告は、原判決が(一三)発明の出願補償額を一二五〇円と認定したこと
に対する不服を述べていない。したがって、当審の審理の範囲は、原審が認定した
右の額に限定される。
(二) 実用新案関係 一万〇五〇〇円
 出願件数は全部で四件あり、一件当たりの補償額は三〇〇〇円(ただし、(二)
考案については考案者二名につき原告取得分は二分の一あての一五〇〇円)が相当
なので、原告が被告に対し請求し得る実用新案関係の出願補償額は合計一万〇五〇
〇円となる。
2 登録補償
(一) 特許関係 一〇万七五〇〇円
 登録件数は全部で九件あり、一件当たりの補償額は一万五〇〇〇円(ただし、
(六)発明については発明者二名につき原告取得分は二分の一あての七五〇〇円、
(三)発明及び(一〇)発明については発明者三名につき原告取得分は三分の一あ
ての五〇〇〇円)が相当なので、原告が被告に対し請求し得る特許関係の登録補償
額は合計一〇万七五〇〇円となる。
(二) 実用新案関係 三万五〇〇〇円
 登録件数は全部で四件あり、一件当たりの補償額は一万円(ただし、(二)考案
は考案者二名につき二分の一あての五〇〇〇円)が相当なので、原告が被告に対し
請求し得る実用新案関係の登録補償額は合計三万五〇〇〇円となる。
(注) 右の合計一四万二五〇〇円が一審での登録補償の請求額であったが、前記
五頁の(注1)に指摘のとおり、当審で主張された登録補償額は一二万七五〇〇円
にとどめられた(別紙請求認容一覧参照)。
3 実施補償
(一)(二)考案について
(1) 釣糸「ホンテロン」関係 一三三万七二九五円
 被告は、昭和五三年から現在まで一四年間にわたり(二)考案を実施して釣糸
「ホンテロン」を製造販売してきた(この点は争いがない)。ところで、釣糸「ホ
ンテロン」は号柄によって重量を異にし、各号柄五〇メートル当たりの重量は原判
決別表1―2のA表記載のとおりである。そして、これで原判決別表1―1(昭和
五九年一年間に被告が製造した釣糸「ホンテロン」の品名及び重量をまとめたも
の)記載の釣糸「ホンテロン」の各号柄ごとの重量を除すると、原判決別表1―2
のB表記載のとおり、昭和五九年一年間に被告が製造販売した釣糸「ホンテロン」
の本数は、一本当たりの長さを五〇メートルとした場合、合計三五万三七八二本と
なる。同製品の一本五〇メートル当たりの平均販売単価は二七〇円であり、(二)
考案の考案者の数は原告を含めて二名である。また、実用新案の場合、実施補償額
は、売上金額の〇・二%が相当である。そこで、以上の各数値を基礎として原告の
取得すべき釣糸「ホンテロン」関係の実施補償金額を計算すると、次の算式により
合計一三三万七二九五円となる。
270×353,782=95,521,140
95,521,140×0.002×14×1/2=1,337,295
(2) 被告は、昭和六三年一〇月三一日、(有)よつあみとの間に、同社が製造
販売した超硬ハリスが(二)考案の技術的範囲に属することを確認し、同社が被告
に対し五三万円を支払う旨の和解契約を締結し、その後右金額の支払を受けた。右
金額の名目は契約書(甲第三六号証の1)上では解決金と記載されているが、その
実質は(二)考案の実施料相当額の損害賠償金であり、原告から実用新案登録を受
ける権利を承継したことにより得た利益である。このうち原告の取得分はその一〇
%に相当する五万三〇〇〇円と評定されるべきである。
(二)(五)発明について(釣糸「フロートライン」関係 二一三万八〇三九円)
 被告は、昭和五四年から現在まで一三年間にわたり(五)発明を実施して釣糸
「フロートライン」を製造販売してきた(この点は争いがない)。ところで、釣糸
「フロートライン」は号柄によって重量を異にし、各号柄五〇メートル当たりの重
量は原判決別表2―2のA表記載のとおりである。そして、これで原判決別表2―
1(昭和五九年一年間に被告が製造した釣糸「フロートライン」の品名及び重量を
まとめたもの)記載の釣糸「フロートライン」の各号柄ごとの重量を除すると、原
判決別表2―2のB表記載のとおり、昭和五九年一年間に被告が製造販売した釣糸
「フロートライン」の本数は、一本当たりの長さを五〇メートルとした場合、合計
二八万一一三六本となり、同製品の一本五〇メートル当たりの平均販売単価は一九
五円である。また、特許の場合、実施補償額は、売上金額の〇・三%が相当であ
る。そこで、以上の数値を基礎として原告の取得すべき釣糸「フロートライン」関
係の実施補償金額を計算すると、次の算式により合計二一三万八〇三九円となる。
195×281,136=54,821,520
54,821,520×0.003×13=2,138,039
(三)(一〇)発明について
(1) 釣糸関係
① マスターキング関係 一二五万九六八九円
 被告は、昭和五六年から現在まで一一年間にわたり(一〇)発明を実施して釣糸
「マスターキング」を製造販売してきた。ところで、釣糸「マスターキング」は、
原判決別表3―2の①A表記載のとおり、使用単糸直径ごとに重量を異にし、これ
で原判決別表3―1(昭和五九年一年間に被告が製造した釣糸「マスターキン
グ」、「鮎ごころ」、「アクアキング」、テニスラケット用ガット「芯用キング」
の品名及び重量をまとめたもの)記載の釣糸「マスターキング」の重量を使用単糸
直径ごとに除すると、昭和五九年一年間に被告が製造販売した釣糸「マスターキン
グ」の本数は、原判決別表3―2の①B表記載のとおり、合計二〇万四四九五本と
なる。同製品の一本当たりの平均販売単価は五六〇円であり、(一〇)発明の発明
者の数は原告を含めて三人である。また、特許の場合、実施補償額は、売上金額の
〇・三%が相当である。そこで、以上の数値を基礎として原告の取得すべき釣糸
「マスターキング」関係の実施補償金額を計算すると、次の算式により合計一二五
万九六八九円となる。
560×204,495=114,517,200
114,517,200×0.003×11×1/3=1,259,689
② 鮎ごころ関係 一五六万六二六六円
 被告は、昭和五六年から現在まで一一年間にわたり(一〇)発明を実施して釣糸
「鮎ごころ」を製造販売してきた。ところで、釣糸「鮎ごころ」は号柄によって重
量を異にし、各号柄五〇メートル当たりの重量は釣糸「ホンテロン」と同様原判決
別表1―2のA表記載のとおりである。そして、これが原判決別表3―1記載の釣
糸「鮎ごころ」の各号柄ごとの重量を除すると、原判決別表3―2の②記載のとお
り、昭和五九年一年間に被告が製造販売した釣糸「鮎ごころ」の本数は、一本の長
さを五〇メートルとした場合、合計二五万四二六四本となり、同製品の一本当たり
の平均販売単価は五六〇円であり、(一〇)発明の発明者の数は原告を含めて三人
である。また、特許の場合、実施補償額は、売上金額の〇・三%が相当である。そ
こで、以上の数値を基礎として原告の取得すべき釣糸「鮎ごころ」関係の実施補償
金額を計算すると、次の算式により合計一五六万六二六六円となる。
560×254,264=142,387,840
142,387,840×0.003×11×1/3=1,566,266
③ アクアキング関係 一〇八万六五〇六円
 被告は、昭和五六年から現在まで一一年間にわたり(一〇)発明を実施して釣糸
「アクアキング」を製造販売してきた。ところで、釣糸「アクアキング」は号柄に
よって重量を異にし、各号柄五〇メートル当たりの重量は釣糸「ホンテロン」と同
様原判決別表1―2のA表記載のとおりである。そして、これで原判決別表3―1
記載の釣糸「アクアキング」の各号柄ごとの重量を除すると、原判決別表3―2の
③記載のとおり、昭和五九年一年間に被告が製造販売した釣糸「アクアキング」の
本数は、一本の長さを五〇メートルとした場合、合計一七万六三八一本となり、同
製品の一本(五〇メートル)当たりの平均販売単価は五六〇円であり、(一〇)発
明の発明者の数は原告を含めて三人である。また、特許の場合、実施補償額は、売
上金額の〇・三%が相当である。そこで、以上の数値を基礎として原告の取得すべ
き釣糸「アクアキング」関係の実施補償金額を計算すると、次の算式により合計一
〇八万六五〇六円となる。
560×176,381=98,773,360
98,773,360×0.003×11×1/3=1,086,506
(2) テニスラケット用ガット芯用キング関係 二九五万八七〇五円
 被告は、昭和五六年から現在まで一一年間にわたり(一〇)発明を実施してテニ
スラケット用ガット「芯用キング」を製造販売してきた。ところで、原判決別表3
―1記載の「芯用キング」の総製造重量は二二五一キログラムであり、これを一本
一二メートル当たりの重量五・四四グラムで除すると、昭和五九年一年間に被告が
製造販売したテニスラケット用ガット「芯用キング」の本数は、一本当たりの長さ
を一二メートルとした場合、合計四一万三八〇五本となり、同製品の一本当たりの
平均販売単価は六五〇円であり、(一〇)発明の発明者の数は原告を含めて三人で
ある。また、特許の場合、実施補償額は、売上金額の〇・三%が相当である。そこ
で、以上の数値を基礎として原告の取得すべきテニスラケット用ガット「芯用キン
グ」関係の実施補償金額を計算すると、次の算式により合計二九五万八七〇五円と
なる。
650×413,805×0.003×11×1/3=2,958,705
((一〇)発明の実施補償金について、原告が控訴審で主張した事項)
◇ 特許権、実用新案権には実施権と禁止権がある。実施権は、本件発明・考案が
職務発明などとして、被告が無償のものを有するから、特許権、実用新案権の譲受
により、被告が有するに至った権利は、禁止権のみである。特許権、実用新案権の
価値は、何よりも、禁止権、差止請求権であるといわれている。この禁止権は実施
料請求権ではなく、差止請求権を本質とする。この権利があるゆえに、被告は売上
をすることができたのであり、この売上は、実施権を有することのみの結果ではな
く、実施権と禁止権との競合の結果による。したがって、第三者との間に実施契約
を締結した実施料のみが禁止権の対価とすることは特許権の本質をみないものであ
る。
 このようにみると、この禁止権の価値は、原判決が認定したような売上総額の三
分の一などというものではなく、売上総額の三分の二とみるべきであり、少なくと
も二分の一とみるべきである。
◇ 本件実施品は、押し出し工場で良品のみを採用し、かつ、即日と三日後の二回
検査し、合格品のみを糸巻き仕上げ工場で糸巻きにする工程となっている。不良品
はそもそも工場からは出ない。歩留まり率は一〇〇%である。
◇(一〇)発明は特許権となっているから、実施料率は、原判決が認定したような
二%ではなく、三%と認めるべきである。
◇(一〇)発明の原告以外の三名の発明者は、三菱化成工業(株)の従業員であっ
た。そうすると、原告の貢献等は決して、原判決認定のような四分の一にとどまら
ず、二分の一である。
◇ 原判決は、対価相当額を、被告が受けるべき利益の持分分の四〇%が相当であ
るとしたが、原告が被告の研究開発室長であったことからすると、少なくとも八〇
%は認めるべきである。
(四)(一三)発明について(「モノガット」関係 一〇万八八一〇円)
 被告は、昭和五九年一月から平成三年一二月末日まで八年間にわたり(一三)発
明を実施して「モノガット」を製造販売してきた。ところで、昭和五九年一年間に
被告が製造販売した「モノガット」の総重量は、原判決別表4記載のとおり、合計
二五五一・四キログラムであり、これを一個当たりの重量二一グラムで除すると、
昭和五九年一年間に被告が製造販売した「モノガット」の個数は合計一二万〇九〇
〇個となり、同製品の一個当たりの平均販売単価は一五〇円であり、(一三)発明
の発明者の数は原告を含めて四人である。また、特許の場合、実施補償額は、売上
金額の〇・三%が相当である。そこで、以上の数値を基礎として原告の取得すべき
「モノガット」関係の実施補償金額を計算すると、次の算式により合計一〇万八八
一〇円となる。
150×120,900×0.003×8×1/4=108,810
(注) 原告は、(一三)発明の実施補償を認めなかった原判決に対する不服を述
べていない。したがって、右の(四)の主張は、当審の審理の対象ではない。
(五)(一八)発明について(ラケット用ガット関係 五七六万円)
 被告は、昭和五九年七月から平成四年六月まで八年間にわたり(一八)発明を実
施して各種ラケット用ガットを製造販売してきた。月産五万本、一本当たりの平均
販売単価六〇〇円として原告の取得すべき右ラケット用ガット関係の実施補償金額
を計算すると、次の算式により合計五七六万円となる。
600×50,000×12×8×0.002=5,760,000
【被告の主張】
仮に、原告に本件発明・考案についての承継対価請求権があるとしても、原告主張
額は過大である。
1 出願補償・登録補償について
 原告主張の基準金額に従うとしても、原判決別表5記載のとおり、被告が原告に
対し支払うべき出願補償金額は合計五万一六七〇円、同じく登録補償金額は合計一
一万一二五〇円であり、これらの総計は一六万二九二〇円となるにすぎない。
2 実施補償について
(一) 原告の実施補償金額の計算方法の不当性
原告の実施補償金額の算定に関する主張は、次の諸点において誤りがある。
(1) 原告は、歩留まり率を考慮せずに工場での生産品のすべて一〇〇%が商品
となって販売されることを前提に実施補償金額を計算するという初歩的な誤りを犯
している。実際に工場で生産した製品を商品として販売するに当たっては、工程通
過時に必然的に生ずる屑部分、物性検査用のサンプル部分、不良品等の除外品、汚
れ不合格品、在庫処分品、出荷先からの返品等の出ることは理の当然である。ちな
みに釣糸「ホンテロン」でいえば、昭和五九年当時のその歩留まり率は約六五%で
ある。
(2) 原告は、製品一個当たりの重量(目付)についても、実際よりも小さい値
で計算している。
(3) 原告は、職務発明・考案の実施補償金の料率をいずれも〇・三%ないし
〇・二%としている。しかし、これは「国家公務員の職務発明等に対する補償金支
払要領(五九特総第一三六六号)」(以下「国の基準」という)とも大きく乖離
し、本件事案においてこのような高率の補償を認めるべき特段の理由はない。
(4) 原告は、一律に昭和五九年の生産量を基準としてこれに実施期間を乗じて
計算しており、その前後の現実の生産実績を無視している。
(二) 正当な実施補償金額
 前項の諸点を修正して算定すると、被告が原告に対して支払うべき実施補償金額
は、以下算定のとおり、合計八八万五三〇五円となる。
(1)(二)考案の実施補償金 七一万二五六三円
① 釣糸「ホンテロン」関係
 被告は、(二)考案を実施して、昭和五三年七月から平成三年一月二一日までの
間に合計八億六三四一万七〇〇〇円相当の釣糸「ホンテロン」を製造販売した。こ
れに対する同考案の実施料率としては右販売額の三%が妥当であり、これが同考案
を実施することにより被告が得た利益に相当する。したがって、(二)考案の実用
新案登録を受ける権利取得によって被告がこれまでに得た利益は、次の算式により
二五九〇万二五一〇円となる。
863,417,000×0.03=25,902,510
 そして、国の基準では、国の収入実績が一〇〇万円を超える場合において、国が
発明者に対し支払う補償金の額は、次の計算式で求められることになっている。
(当該収入実績-1,000,000)×(5/100)+180,000
 本件について、右計算式に従い、かつ(二)考案の考案者が二名であることを考
慮して算定すると、(二)考案の実施に伴い原告の取得すべき実施補償金額は、次
の算式のとおり七一万二五六三円となる。
〔(25,902,510-1,000,000)×(5/100)+180,0
00〕×1/2=712,563円
② 被告が(有)よつあみから受領した五三万円
 原告は、実施料としての対価と損害賠償金とを全く区別せず両者を混同して主張
している。しかし、実施料と損害賠償金とはその性格が基本的に異なる。特許法三
五条四項は「受けるべき利益」と規定しており、損害賠償金はそこにいう利益とは
いえない。のみならず、原告は、(有)よつあみに対し侵害を示唆する一方で、本
件において被告に対し対価を求めており、その不当性たるや甚だしいものがあり、
その点でも右請求は認められるべきものではない。
(2)(一〇)発明の実施補償金 一七万二七四二円
 被告が(一〇)発明を実施した結果、昭和五六年五月一九日から平成二年一二月
までの間に得た売上の合計額は三億四一六四万五五六三円である。右発明は、独占
力の高い発明でもなく、その他特段考慮すべき事情もないから、右利益に相当する
実施料率は右売上額の三%で十分である。結局、右発明の特許を受ける権利取得に
よって被告が得た利益は、次の算式のとおり一〇二四万九三六七円である。
341,645,563×0.03=10,249,367
本件について、前記国の基準に従って計算すると、相当な実施補償金額は六九万〇
九六八円である。
 そして、(一〇)発明の発明者は四人なので、原告の取得すべき実施補償金額は
この四分の一の一七万二七四二円となる。
(3) 原告の技術レベルは、原告本人の供述からも明らかなとおり、前勤務先の
日本合成化学工業(株)の研究関係部門に一九年も勤務していたにもかかわらず、
わずか数件の出願を共同発明として行っているにすぎず、客観的にみて、原告が被
告に入社した当時の技術レベルは決して高いものとはいえなかった。
このような原告に対し、被告は、技術的に教育し、部下を与え、技術開発の責任者
としての地位を与え、多額な研究開発費、研究設備費を与えて発明を完成し得る環
境を整えたのである。すなわち、被告は原告が発明を完成するに際して多大な貢献
をしているのである。現に、昭和三三年から原告が入社するまでに被告は一〇数件
の特許・実用新案の出願を行っており、合成繊維の釣糸、及びガットについては当
業界の草分け的存在であった(乙第六ないし第一三号証)。右事実は被告の支払う
べき承継の対価算定に際し十分に参酌されなければならない。
3 まとめ
 以上によれば、被告が原告に対し支払うべき補償金額は、消滅時効の抗弁が認め
られない場合でも、前記1・2の合計一〇四万八二二五円から退職時に支払済みの
五〇万円を控除した五四万八二二五円にすぎない。
第四 争点に対する判断
一 争点1(時効消滅の成否)
 原告が在職当時、被告には従業員がした職務発明・考案の取扱いについて格別の
社内規定はなかったこと、したがって原告が本件特許・実用新案登録を受ける権利
を被告に譲渡して承継させなければならない義務もなかったことは当事者間に争い
がなく、甲第一号証ないし第一〇号証の各1・2、第一一号証、第一二号証の1・
2、第一三号証、第一四号証の1・2、第一五号証ないし第一七号証、第一八号証
の1・2、第六七号証ないし第九二号証、原告本人(原審第一、二回)尋問の結果
に弁論の全趣旨を総合すれば、従業者が発明・考案をした都度、被告がこれを随時
弁理士に依頼し自己の権利として特許・実用新案登録の出願をしていたことが認め
られる。
 ところで、「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を受ける権利」は、特許
権、実用新案権とは別個の独立した権利として規定されており(特許法三三条、同
条を準用する実用新案法九条二項)、「特許を受ける権利」又は「実用新案登録を
受ける権利」を使用者に承継させることに対する対価が、特許法三五条四項、実用
新案法九条三項で定められている。そして、この特許・実用新案登録を受ける権利
を承継させることの対価は、承継の時において一定の額として算定し得るはずなの
で、従業者がした職務発明・考案について特許・実用新案登録を受ける権利を使用
者に承継させた時に、相当の対価の請求権が発生し、契約・勤務規則に特段の定め
がなく、その他対価請求権の行使を妨げる特段の事情のない限り、特許・実用新案
登録を受ける権利の承継の時に対価請求権を行使し得るものと解するのが相当であ
る。したがって、右請求権についての消滅時効は、特段の事情のない限り、その承
継の時から進行するものというべきである。
 特許法三五条四項(実用新案法九条三項)は、対価の算定につき、「その発明に
より使用者等が受けるべき利益の額」を考慮すべきことを定めているが、この利益
とは、「受けるべき利益」とされていることからも明らかなように、その発明によ
り現実に受けた利益を指すのではなく、受けることになると見込まれる利益、すな
わち、使用者等が権利承継により取得し得るものの承継時における客観的な価値を
指すものである。対価は、出願補償、登録補償と実施補償に分けて算定される場合
が多いし、後記のとおり、本件もそのような手法で認定することになるところ、出
願、登録、実施の有無は、権利承継させた時における「相当の対価」を評定するに
当たり重要な参考資料となるものの、これが直接の算定根拠となるものではないの
で、この認定手法が採られることのあることをもって、右の判断が左右されるもの
ではない。
 これを本件についてみると、被告が対価請求権の時効消滅を主張している(二)
考案及び(五)発明は、遅くとも被告名義による各出願日((二)考案は昭和五三
年七月一九日、(五)発明は昭和五四年六月一日)に、発明者・考案者から被告へ
特許・実用新案登録を受ける権利の承継があったものと認めることができる。そし
て、本件訴訟の訴状の提出日は平成三年一月二一日であった。そうすると、これら
の発明・考案に関する特許・実用新案登録を受ける権利の承継に伴う原告の対価請
求権に関する原告主張の事実がすべて認められるとしても、その権利を行使し得る
時から一〇年を経過しており、この間、原告が権利を行使するのを妨げるべき特段
の事実関係があったものとも認められない。したがって、この二つの考案、発明に
関する原告主張の権利は、時効により消滅したことになり、この権利に係る原告の
請求は、その余の点について検討するまでもなく、失当である。
二 争点2(退職時に支払の五〇万円の趣旨)
 被告は、退職時に支払われた五〇万円は、本件発明・考案の特許・実用新案登録
を受ける権利の譲渡による承継の対価全額であり、原告もそれが全額であることを
了承して受領したので、その支払により、原告・被告間の右承継に関する債権債務
は清算された旨主張する。
 しかしながら、甲第二一ないし第二三号証、第三三号証に原告本人(原審第一、
二回)尋問の結果を総合すれば、原告は、退職直前の昭和六〇年一月二八日、兵庫
県洲本市内の喫茶店で、被告代表取締役【E】と面談し、その際、【E】に対し、
自分が在職中にした発明、考案及び工程改善努力等の被告に対する貢献を正当に評
価して、通常の退職金以外の清算を別途するよう求めたこと、しかし、【E】は、
その場で原告に対し明確な回答をせず、両者間において、原告の要求の諾否及び金
額の多寡などの詳細な内容の詰めた話合いはされなかったこと、その後原告と、被
告の専務取締役【F】及び総務部長兼経理部長【G】の三名は、同年二月一三日、
同市内の食堂で原告の右要求に関して再度話合いの機会を持ち、そこで被告側から
原告に対し、支給額を四二〇万六七〇〇円とした「退職金計算」と題するメモを交
付し、そこに記載した通常の退職金とは別に五〇万円を支払う提案がされたが、原
告は、要求額は被告提示の増額分を含めた退職金額と比較しても一桁違うと答えて
右提案を拒絶し、結局その日には結論が出ず物別れに終わったこと、その後、被告
から原告に対し一方的に、功労金五〇万円を含む退職金と退職に伴って被告側で買
い取る株式の代金の額を記載した同月二〇日付けの書面(甲第二一号証)と、「御
回答書」と題する同日付けの書面(甲第二三号証)が郵送されてきたこと、この
「御回答書」と題する書面には、「(2/13/面談の折、貴殿の申し出による特
許、実用新案等貢献度評価の件)上記の件、社内で検討致しました結果、当初御説
明申し上げました通り退職金の増額(功労金)として考慮致しておりますので支払
額の変更の意思はございません。従いまして、貴意の御要望には応じ兼ねますので
御了承願います。」と記載されていたこと、原告が右書面に応答しないうちに、同
月二〇日、被告から原告の預金口座に税引金額四七五万四七五〇円が振込送金され
たことが認められる。
 右認定事実によれば、原告・被告間において、職務発明・考案の承継の対価全額
を五〇万円とする旨の合意が成立していたものとは認められない。したがって、こ
の金額の支払によって本件承継に関する原告・被告間の債権債務関係が清算された
ものと解することはできず、右合意の成立を前提とする被告の主張は採用できな
い。
 また、甲第二〇号証の三によれば、被告の退職金規定の五条に、「任職中特に功
労顕著であったと会社が認めた場合は、退職金を増額して支給することがある。」
と規定されていることが認められる。そして、前記の「御回答書」と題する書面
に、「退職金の増額(功労金)として考慮している」との記載があることに照らす
と、原告からの前記要求に関する合意が原、被告間に成立しないままに、原告が被
告を退職するに至ったため、被告が退職金の増額として五〇万円を原告に支払った
ものというべきである。したがって、右五〇万円の支払をもって、本件承継の対価
の一部清算があったものと認めることもできない。
 なお、原告は被告を円満退職した旨記載した挨拶状を関係者に郵送しているが
(乙第一号証)、一般にこの種挨拶状が単なる社会儀礼上の意味以外に格段の意義
を有しない文書であることは経験則上明らかなので、そのような事実があっても以
上の判断を動かすことはできない。
被告の前記主張は理由がなく、また、五〇万円を本訴請求額から控除することもで
きないというべきである。
三 争点3((三)発明及び(四)考案について原告が発明者又は考案者として関
与したか)
(注) 原告は、この点を前提にする請求を控訴の趣旨から除外しているので、当
審の審理の対象外である。原判決は、この争点に対し次の判断をしているが、これ
は、当審の判断から除外される。
 原告は、(三)発明の共同発明者であり、(四)考案の考案者であると主張する
が、本件全証拠によるも、右原告主張事実を認めるに足りない。
 したがって、右考案及び発明に係る原告の請求は、その余の点について検討する
までもなく、失当であることに帰する。
四 争点4(被告における(一〇)、(一三)、(一八)発明の実施品は何か)
(事実関係)
1 (一〇)、(一三)、(一八)発明の各技術内容
(一)(一〇)発明
 (一〇)発明の構成要件を分説すると(原判決別紙公報(10))、①ポリエチ
レンテレフタレート一〇〇重量部、及びテレフタル酸成分対イソフタル酸成分のモ
ル比が九七対三~八〇対二〇である変性ポリエチレンテレフタレート五~一五〇重
量部の混合物から成る未延伸モノフィラメントを、②八五~一〇〇℃の湿熱条件下
二・八~四・〇倍延伸し、③さらに一八〇~二五〇℃の気体雰囲気中で一・五~
二・五倍延伸し、④次いで一八〇~二五〇℃の気体雰囲気中で〇・九~一・〇倍の
捲取比で熱処理することを特徴とする、⑤ポリエチレンテレフタレートモノフィラ
メントの製造法となること、明細書の発明の詳細な説明の欄には、「本発明者ら
は、……特定のポリエチレンテレフタレート混合物を原料とし、特定の条件により
延伸および熱処理を行うときは、直接強度や透明性などを損うことなく、衝撃に対
する結節強度および引張りに対する結節強度をナイロンモノフィラメントのそれと
同等あるいはそれ以上にまで改善し得ることを知得して本発明を完成した。」(原
判決別紙公報(10)2欄15~22行)、右構成要件②について、「延伸倍率が
小さすぎると衝撃に対する結節強度の向上は見られず、」(原判決別紙公報(1
0)5欄5~7行)、右構成要件③について、「延伸倍率が小さすぎると衝撃に対
する結節強度の大きいモノフィラメントを得ることができず、」(原判決別紙公報
(10)5欄22~24行)との各記載があることが認められ、これらの記載に照
らして考えると、(一〇)発明の技術的意義の一つがモノフィラメントの延伸倍率
を前記の各範囲に限定した点にあることは明らかである。
(二)(一三)発明
 (一三)発明の構成要件を分説すると(原判決別紙公報(13))、①未延伸ポ
リエチレンテレフタレートモノフィラメントを、②八五~一〇〇℃の湿熱条件下
二・〇~二・五倍延伸し、③さらに二〇〇~三〇〇℃の気体雰囲気中で二・〇~
四・〇倍延伸し、④次いで二〇〇~三〇〇℃の気体雰囲気中で一・〇~〇・九の捲
取比で熱処理することを特徴とする、⑤ポリエチレンテレフタレートモノフィラメ
ントの製造法となること、明細書の発明の詳細な説明中には、「この方法(裁判所
注記・従前技術である(三)発明の方法)によるときは、強度特に衝撃に対する結
節強度がすぐれたモノフィラメントを製造することができるが、直接引張強力にバ
ラツキが見られ、なお改善が望まれていた。」(原判決別紙公報(13)1頁右下
欄9~12行)、「本発明者らは、上記のような要求に応えるべくさらに研究を重
ねた結果、特定の条件により延伸および熱処理を行うときは、上記従来法で製造し
たモノフィラメントに比し、直接引張強力がすぐれ、しかもそのバラツキが大きく
改善されたモノフィラメントを得ることができることを知得して本発明を完成し
た。」(原判決別紙公報(13)1頁右下欄17行~2頁左上欄3行)との各記載
があることが認められ、これらの記載に照らして考えると、(一三)発明の技術的
意義の一つが(一〇)発明と同様にモノフィラメントの延伸倍率を前記の各範囲に
限定した点にあることは明らかである。
(三)(一八)発明
 (一八)発明の特許請求の範囲1の発明の構成要件を分説すると(原判決別紙公
報(18))、①中空孔を有する合成樹脂ガットを乾燥させ、②その乾燥した状態
の中空孔に注油すると共に、③ガット表面に油剤を塗付することを特徴とする、④
ガットの製造法となる。
2 被告の洲本工場における昭和五九年当時の押出紡糸工程の実績内容
 証拠(甲第五五号証の1~12、第五六号証、原告本人(原審第一、二回))に
よれば、原告は、昭和四九年七月から研究開発室室長として、被告の洲本工場に勤
務していたこと、同工場においては押出紡糸機を使用して釣糸及びテニスラケット
用ガットを製造していたこと、原告は、工程管理及び品質管理の必要上、昭和五七
年ころから従業員に命じて、同工場における毎日の製造工程内容に関して、①製造
「月日」、②「製品名」、③「ノズル倍率(押出紡糸機のノズルの穴径・数、最高
延伸倍率(第三ローラーのスピードを第一ローラーのスピードで割った値))」④
「ロットNo.、チップ名(原材料樹脂のロット番号・名前)」、⑤「バイエルゲ
ージ(樹脂の送り量を決めるモーターの回転目盛数値)」、⑥「第一ないし第四の
各ローラーの糸送りスピード(分速m/min)」、⑦製造された製品の重量等の
詳細、を「押出紡糸工程表」に記載させ、その原本を会社に保管する一方で、自ら
はその写しを手元に置いていたこと、このうち昭和五九年分の「押出紡糸工程表」
の写しが甲第五五号証の1~12(本項で単に「押出紡糸工程表」と表記するの
は、これを指す)であること、甲第五五号証の1~12に基づき、同年度の洲本工
場における毎日の工程内容を整理すると、原判決別表3―3(釣糸「マスターキン
グ」「鮎ごころ」「アクアキング」及びテニスラケット用「芯用キング」関係)、
原判決別表4(「モノガット」関係)記載のとおりとなることが認められる。この
うち、原判決別表3―3(同表の1ないし4欄記載の数字は、それぞれ前記第一な
いし第四ローラーの上を糸が走るスピード(分速m/min)を示す)によれば、
①第一ローラーのスピードと第二ローラーのスピードの比率、②第二ローラーのス
ピードと第三ローラーのスピードの比率、③第三ローラーのスピードと第四ローラ
ーのスピードの比率がいずれも、(一〇)発明の前記構成要件②ないし④の押出工
程の延伸倍率・捲取比率の範囲内に設定されていることが明らかである(別紙(一
〇)発明関係製品一覧の「2/1」「3/2」「4/3」の欄参照。ただし、三月
二四日及び同月二六日の鮎ごころ一号の分と、同日のアクアキング一・五号及び七
月三〇日のアクアキング一号の分を除く。これらはいずれも第一延伸倍率が二・七
倍なので、(一〇)発明の構成要件②を充足しない。原告は、二・七倍の倍率も
(一〇)発明の均等の範囲内だと主張するが、均等に当たることの要件の主張立証
はなく、採用することができない)。
3 釣糸製品の販売状況等
 証拠(甲第二四~第二六号証、第三二号証の1・2、第四二、第五二、第九八号
証、検甲第四、第五、第一五、第一六、第一七号証、乙第四号証、原告本人(原審
第一、二回))に弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、釣糸「アクアキング」、同
「トトマスター」、ノルウェーの「マスタッド」社製造の釣鉤に釣糸として「アク
アキング」を組み合わせた数種類の仕掛、「アクアキング」を使用した鮎釣用の空
中道糸を現在も販売しており、うち「トトマスター」以外は被告の製品カタログに
も記載されており、最近も(一〇)発明の特許登録番号を掲載した被告の製品が製
造販売されていること(商品名「ハリスホンテロン 50m」)、「鮎ごころ」も
昭和六一年の途中まで販売されていたことが認められる。また、証拠(乙第四四、
第四八号証、検甲五号証、原告本人(原審第一、二回))によれば、右「トトマス
ター」とは、被告洲本工場内で「マスターキング」と呼ぶポリエチレンテレフタレ
ートモノフィラメントを八本ねじり合わせた組糸の商品名であることが認められ
る。
4 テニスラケット用ガット製品の販売状況等
 証拠(甲第四四~第四六号証、検甲第一三、第一四号証)に弁論の全趣旨を総合
すれば、原告が平成三年九月二三日淡路島のスーパーマーケット・ジャスコで購入
した被告製品の硬式テニスラケット用ガット製品二六〇〇MC HY―SHEEP
及び軟式テニスラケット用ガット製品四五〇〇MC HY―SHEEPについて、
直ちに鑑定依頼をした兵庫県立工業技術センターにおける試験結果では、いずれも
芯材を取り出し加熱してフィルムにした後、赤外線反射法により測定したところ、
これらの赤外線スペクトルはポリエチレンテレフタレートのそれに類似していたと
の試験成績が出ていることが認められる。
(判断)
1―1 (一〇)発明の実施品
 被告が(一〇)発明を実施して昭和五八年から昭和五九年末まで釣糸「マスター
キング(トトマスター)」、「鮎ごころ」及びテニスラケット用ガット「芯用キン
グ」を、昭和五六年から昭和五九年末まで釣糸「アクアキング」を、それぞれ製造
販売していたことは争いがなく、前記(事実関係)3、4記載のその後の販売状況
及び後記の被告のこの点に関する反証内容等弁論の全趣旨をも併せ考えると、被告
は、昭和六〇年以降も、「アクアキング」や軟式テニスラケット用ガット等につい
て、第一工程の延伸倍率が(一〇)発明と相違する旨記載され、その製造条件等の
一覧表が添付された、被告常務取締役管理部長作成の実施報告書(乙第一六号証)
の作成日である平成三年九月三日の直前である同年八月末まで(ただし「鮎ごこ
ろ」については昭和六〇年末ころまで)、(一〇)発明の方法により釣糸「マスタ
ーキング(トトマスター)」、「アクアキング」(「アクアキング」を使用して他
の商品名で販売されている商品を含む)、「鮎ごころ」及びテニスラケット用ガッ
ト「芯用キング」を製造し、平成三年末ころまで(ただし「鮎ごころ」については
昭和六一年途中まで)販売したものと認められる。
1―2 (一〇)発明の実施品に関する被告の主張について
 被告は、原告が在職していた昭和五八年、五九年には(一〇)発明を実施して釣
糸及びテニスラケット用ガットを製造販売していたが、昭和六〇年一月原告退職後
は製造方法中第一押出工程の延伸倍率を変更し、右発明を実施していない旨主張
し、右主張に沿う証拠として乙第一六号証、第二四号証、第四三号証、第四八号証
(いずれも被告常務取締役管理部長作成の実施報告書)を提出するが、①甲第二三
号証の記載に照らし、本件特許・実用新案登録を受ける権利の承継の対価を五〇万
円とする旨の合意が成立していないことは明らかなのに、合意が成立している旨執
拗に主張し、その旨記載した被告総務部長兼経理部長作成の陳述書を提出した上、
被告申請証人にもその旨供述させたり、②また、当初は、(一〇)発明を実施した
のは、「アクアキング」の細物のみであると主張して、その旨の実施報告書を提出
し、原告が甲第五五号証を提出して初めて、「マスターキング」、「鮎ごころ」、
「アクアキング」の太物及び「芯用ガット」について、甲第五五号証で明らかにさ
れた昭和五九年末まで(一〇)発明を実施したことを認めるなど、被告の応訴態度
が誠実さを欠くと認められることを考え併せると、被告の右主張・立証をもってし
ても、当裁判所の前記認定を変更することはできない。
2 (一三)発明の実施品
 昭和五九年一年間の被告洲本工場における「モノガット」の製造工程実績は原判
決別表4(同表の1ないし4欄記載の各数字の意味は前記のとおり)記載のとおり
であり、同表によれば、①第一ローラーのスピードと第二ローラーのスピードの比
率、②第二ローラーのスピードと第三ローラーのスピードの比率、③第三ローラー
のスピードと第四ローラーのスピードの比率がいずれも、(一三)発明の前記構成
要件②ないし④の押出工程の延伸倍率・捲取比率の範囲内に設定されていることが
明らかである。右事実に甲第五六、第六〇号証及び原告本人(原審第一、二回)尋
問の結果並びに弁論の全趣旨を併せ考えると、昭和五九年当時被告が(一三)発明
を実施して「モノガット」を製造販売していたことは明らかであり、被告のこの点
に関する反証内容等弁論の全趣旨をも併せ考えると、被告は、遅くとも昭和五九年
以降別表三年一二月末日まで(一三)発明を実施して「モノガット」を製造販売し
たものと認めるのが相当である。
なお、右認定に反する被告主張は、前記1―2(被告の主張について)と同様の理
由により採用できない。
 もっとも、被告主張のとおり(第三、四2(被告の主張))、同発明についての
特許出願は拒絶査定され、同査定は確定している(乙第四五号証、弁論の全趣
旨)。
(注) 原告は、(一三)発明の実施補償を認めなかった原判決に対する不服を述
べていない。したがって、右の2のとおり原判決の判断をそのまま掲記したが、こ
れは、本件の全容を理解するためのものにとどまり、当審の直接の審理の対象に係
るものではない。ただし、同発明の出願補償が認められた点に被告の控訴があり、
この点は当審の審理の対象である。
3 (一八)発明の実施品
 原告は被告が昭和五九年七月から平成四年六月まで(一八)発明を実施してテニ
スラケット等各種のラケット用ガットを製造販売した旨主張するが、当審で提出さ
れた甲第一〇二号証、検甲第一八号証を含めた本件全証拠をもってしても、原告主
張の右事実を具体的に認めるに足りない。
五 争点5(原告が被告に対し請求し得る対価補償額)
1 前提判断
 特許法三五条三項、四項、実用新案法九条三項には、従業者が職務発明・考案に
ついて使用者に特許・実用新案登録を受ける権利を承継させたときは、相当の対価
の支払を受ける権利を有すること、その対価の額は、その発明ないし考案により使
用者が受けるべき利益の額及びその発明ないし考案がされるについて使用者が貢献
した程度を考慮して定めなければならないことが規定されている。そして、前示の
とおり、右相当な対価の支払請求権は、契約、勤務規則に別段の定めがあるなどの
特段の事情のない限り、特許・実用新案登録を受ける権利の承継の時に発生し、対
価の額はその時点における客観的に相当な額を定めるべきであるが、承継の時より
後に生じた事情、例えば、特許・実用新案権の設定登録がなされたか否か、当該発
明・考案の独占的実施又は実施許諾によって使用者が利益を得たか否か、得た場合
はその利益の額等も、右時点における客観的に相当な対価の額を認定するための資
料とすることができるものと解するのが相当である。
 なお、被告は原告のした職務発明・考案については当然に無償の通常実施権を有
するので、前記法条にいう使用者が「受けるべき利益」とは、被告がその発明・考
案を実施することによる利益を意味するものではなく、それを超えて、権利を承継
したことにより得られる権利を独占すること(特許法等により法律上他者に対して
その発明・考案の実施を禁止し、又は許諾し得る場合と、その技術を秘匿して事実
上その技術を独占し得る場合とがある)による利益を意味する。
 これを本件についてみると、(二)考案及び(五)発明については対価請求権が
時効消滅したことは前判示のとおりであり、
原判決は、原告が(三)発明及び(四)考案の権利を承継させたものとは認めなか
ったのに、原告はこれを控訴の対象としていない。したがって、以下で対価額の判
断対象となるのはその余の発明・考案に関するものとなる。
 そのうち被告が(一)考案、(六)発明、(七)発明、(八)考案、(九)発
明、(一一)発明、(一二)発明、(一四)発明、(一五)発明、(一六)発明、
(一七)発明を実施していないことは当事者間に争いがなく、またこれら発明・考
案につき特許・実用新案登録を受ける権利を承継したことにより被告が「受けるべ
き利益」についての具体的な主張立証もない。
 (一八)発明については、前に示したとおり(五五頁)、これを被告が実施した
事実を具体的に認めるに足りる証拠はなく、また同発明につき特許を受ける権利を
承継したことにより被告が「受けるべき利益」についての具体的な主張立証もな
い。
 (一三)発明について、原判決は、「被告はこれを実施して商品を製造販売して
いることは認められるが、同発明につき特許を受ける権利を承継したことにより被
告が『受けるべき利益』についての具体的主張立証はない。また、その特許出願は
拒絶査定され特許を受けることができないことが確定しているので、結局、同発明
につき特許を受ける権利を承継したことにより被告が『受けるべき利益』は僅少と
評価せざるを得ない。」と判断し、その実施補償相当の対価請求権の原告の主張を
排斥した。これにつき、原告は控訴で不服を述べていない。
 次に、特許・実用新案登録を受ける権利を承継した職務発明・考案を被告が実施
して商品を製造販売している場合、その製造販売をすることができる法的根拠は、
被告がその権利について無償の通常実施権を有するからではあるけれども、それだ
けの製造販売の実績を上げることができた経済的理由は、被告の企業努力はもちろ
んであるが、それ以外にそれを超えて、被告が権利を承継してその発明・考案の実
施権を独占することができたことに起因する部分があることは明らかである(すな
わち、被告の販売実績は法定の通常実施権を得ての企業努力に基づく部分と独占権
に基づき他企業の製造販売を禁止することができた結果に基づく部分の合計と考え
られる)。
そこで、次に(一〇)発明についてこれを具体的に検討する。
2 (一〇)発明の相当な対価額(実施補償相当分)
(一) 売上総額の認定手法
 被告は、主位的に、同発明の技術的範囲に属する製品は限定されているとの前提
に立った上で、同発明の出願公告日である昭和六〇年四月一六日から平成三年八月
末日まで六年と四・五か月間におけるマスターキング(トトマスター)、アクアキ
ング、鮎ごころの三種の釣糸と、ガットの芯用キングの売上総額は一五七七万八〇
〇〇円にすぎないと主張し、仮に、すべての製品が同発明の技術的範囲に属するも
のとしても、この間の釣糸の売上総額は二億二六二八万一〇〇〇円にとどまり、ガ
ットの売上総額は一〇億四八四〇万円にとどまると主張する。そして、被告は、後
者の主張を裏付けるものとして、公認会計士が作成した「釣糸及びガット品種別売
上高」の一覧表を添付した監査報告書を、乙第五三号証として提出する。
 しかし、当裁判所は、この書証に記載の売上高は、被告の右各製品の売上高を正
確に証明するものではないと判断する。その理由は、次のとおりである。まず、被
告主張によると、この書証は、公認会計士が、被告の関係帳簿の原本を閲覧してま
とめたものだというのであるが、いかなる原簿に基づいて作成されたのかの説明は
一切ない。また、被告の主張によると、ここに記載の売上高は、製品の歩留まりを
も換算した上での実際の売上高だというのであるが、歩留まり率等、その算出根拠
も明らかでない。さらに、後記認定の昭和五九年の各製品売上高は、原告が当時実
際に記帳していた甲第五五号証から判明する被告工場での製造量(原判決別表3―
3)に基づく算定結果であるが、これに比し、右書証記載の売上高は、甲第五五号
証からの算定結果の前者の歩留まり率を念頭においてみても、特に釣糸の売上高が
少ない。乙第五三号証に、昭和五九年の製品売上高も記載され、甲第五五号証から
判明する昭和五五年の売上高との関係でも示されていれば、なおその内容も吟味す
ることが可能なのに、その内容の対比もできない。これに加え、乙第五三号証に記
載されている昭和六一年から少なくとも平成元年の間の売上高は、好景気の最中に
あったのに、年々売上高が減少するという記載となっている。このことを説明する
資料もない。以上の諸点から、当裁判所は、乙第五三号証の記載は、被告の売上高
を認定できる証拠として採用し難いとの結論に達した次第である。
 そして、他には、昭和六〇年以降の各製品の売上高を直接に認定すべき証拠はな
いので、当裁判所も、原判決と同様、以下に認定する昭和五九年の一年間の製品製
造実績に基づいて、昭和六〇年以降も、昭和五九年と同様の売上高があったものと
推定して認定する手法を採用することとする。ただし、歩留まり率については、当
審で新たな書証が提出されたので、原判決の数値を見直した。
(二) 売上総額
① マスターキング(トトマスター)
 前認定のとおり、被告は、出願公告日である昭和六〇年四月一六日から平成三年
八月末日まで六年と四・五か月間にわたり(一〇)発明を独占して実施して釣糸
「マスターキング(トトマスター)」を製造し、同年末ころまで販売してきたもの
と認める。次に、証拠(甲第六〇号証、乙第四八号証)及び弁論の全趣旨によれ
ば、釣糸「マスターキング(トトマスター)」は、原判決別表3―4①A表記載の
とおり、使用単糸直径の太さにより重量を異にすること、原告主張の要領に従い釣
糸「マスターキング(トトマスター)」の重量を使用単糸直径ごとに除すると、昭
和五九年一年間に被告が製造販売した釣糸「マスターキング(トトマスター)」の
本数は、原判決別表3―4①B表記載のとおり、合計一五万六五一四本となること
(製品別のキログラム小計は、別紙(一〇)発明関係製品一覧のL行(集計行)を
参照)、同製品の一本(五〇メートル)当たりの平均販売単価は五六〇円であるこ
とが認められる。
 これは製造された釣糸の計算であるが、乙第五八号証及び当審証人【H】によれ
ば、生産工程における不良率が六・五%、市場からの返品率が二・〇%、宣伝用の
無料供試品の率が一・二%あることが認められ、これらの合計九・七%を控除して
実際に商品として販売され代金を受領できる部分の割合(歩留まり率)は九〇・三
%と認められる。右書証及び証言には、原糸在庫率、期末製品在庫率をそれぞれ二
二・九%、四・八%とし、これも合わせて控除したのが歩留まり率であるとする記
載及び供述部分がある。しかし、この二つは共に、当該年度だけでは処理できない
製品の率を挙げたものにすぎず、売上高の減少を示す割合であるとは考えられな
い。したがって、この二つを歩留まり率認定の根拠とすることはできない。
 そうすると、昭和五九年一年間の被告の釣糸「マスターキング(トトマスタ
ー)」の売上総額は、次の算式により合計七九一四万六〇〇〇円となる。
560×156,514×0.903=79,146,000
 そして、(一〇)発明の実施を中止した旨の被告主張は前判示のとおり採用でき
ず、特別な事情も認められないから、六年と四・五か月間に製造した分の売上総額
は、昭和五九年一年間分に、六と一二分の四・五を乗じた五億〇四五五万五七四七
円と推定するのが相当である。
② 鮎ごころ
 前認定のとおり、被告は、出願公告日である昭和六〇年四月一六日から同年末こ
ろまで八か月半の間にわたり(一〇)発明を独占して実施して釣糸「鮎ごころ」を
製造し、昭和六一年途中まで販売してきたものと認める。次に、証拠(甲第六〇号
証、乙第四八号証)及び弁論の全趣旨によれば、釣糸「鮎ごころ」は、原判決別表
3―4②A表記載のとおり、号柄によって重量を異にすること、原告主張の要領に
従い釣糸「鮎ごころ」の各号柄ごとの重量(ただし、原判決別表3―3中の三月二
四日及び二六日製造分の三一キログラムは、前記四の2末尾に判示のとおり同発明
の実施には該当しないので除外して計算)を除すると、昭和五九年一年間に被告が
製造販売した釣糸「鮎ごころ」の本数は、原判決別表3―4②B表記載のとおり、
一本の長さを五〇メートルとした場合、合計二七万四六九四本となること(製品別
のキログラム小計は、別紙(一〇)発明関係製品一覧のL行(集計行)を参照)、
同製品の一本(五〇メートル)当たりの平均販売単価は五六〇円であることが認め
られる。
歩留まり率を九〇・三%と認めるべきことは、マスターキングの場合と同様であ
る。
 そうすると、昭和五九年一年間の被告の釣糸「鮎ごころ」の売上総額は、次の算
式により合計一億三八九〇万七二六二円となる。
560×274,694×0.903=138,907,262
 そして、(一〇)発明の実施を中止した旨の被告主張は前判示のとおり採用でき
ず、特別な事情も認められないから、八か月半に製造した分の売上総額は、昭和五
九年一年間分に、一二分の八・五を乗じた九八三九万二六四四円と推定するのが相
当である。
③ アクアキング
 前認定のとおり、被告は、出願公告日である昭和六〇年四月一六日から平成三年
八月末日まで六年と四・五か月間にわたり(一〇)発明を独占して実施して釣糸
「アクアキング」を製造販売してきたものと認める。次に、証拠(甲第六〇号証、
乙第四八号証)及び弁論の全趣旨によれば、釣糸「アクアキング」は原判決別表3
―4③A表記載のとおり号柄によって重量を異にすること、原告主張の要領に従い
釣糸「アクアキング」の各号柄ごとの重量(ただし、三月二六日の一・五号及び七
月三〇日の一号の分の三三・二キログラムは、前記四の2末尾に判示のとおり同発
明の実施には該当しないので除外して計算)を除すると、昭和五九年一年間に被告
が製造販売した釣糸「アクアキング」の本数は、原判決別表3―4③B表記載のと
おり、一本の長さを五〇メートルとした場合、合計七万七三二〇本となること(製
品別のキログラム小計は、別紙(一〇)発明関係製品一覧のL行(集計行)を参
照)、同製品の一本(五〇メートル)当たりの平均販売単価は五六〇円であること
が認められる。
歩留まり率を九〇・三%と認めるべきことは、マスターキングの場合と同様であ
る。
 そうすると、昭和五九年一年間の被告の釣糸「アクアキング」の売上総額は、次
の算式により合計三九〇九万九一七八円となる。
560×77,320×0.903=39,099,178
 そして、(一〇)発明の実施を中止した旨の被告主張は前判示のとおり採用でき
ず、特別な事情も認められないから、六年と四・五か月間に製造した分の売上総額
は、昭和五九年一年間分に、六と一二分の四・五を乗じた二億四九二五万七二五七
円と推定するのが相当である。
④ テニスラケット用ガット芯用キング
 前認定のとおり、被告は、出願公告日である昭和六〇年四月一六日から平成三年
八月末日まで六年と四・五か月間にわたり(一〇)発明を独占して実施してテニス
ラケット用ガット「芯用キング」を製造販売してきたものと認める。次に、証拠
(甲第六〇号証、乙第四八号証)及び弁論の全趣旨によれば、原判決別表3―3記
載の「芯用キング」の総製造重量は二二四八・六キログラムであり、これを単位一
本一二・三メートル当たりの重量六グラムで除すると、昭和五九年一年間に被告が
製造販売したテニスラケット用ガット「芯用キング」の本数は、単位一本当たり一
二・三メートルで、合計三七万四七六六本となること、同製品の単位一本(一二・
三メートル)当たりの平均販売単価は六五〇円であることが認められる。
 これは製造された釣糸の計算であるが、乙第五八号証及び当審証人【H】によれ
ば、生産工程における屑率が七・四%、製品検査工程における不合格率が九・〇
%、市場からの返品率が六・〇%、宣伝用の無料供試品の率が一・五%あることが
認められ、これらの合計二三・九%を控除して実際に商品として販売され代金を受
領できる部分の割合(歩留まり率)は七六・一%と認められる。右書証及び証言に
は、期末製品在庫率を九・三%とし、これも控除したのが歩留まり率であるとする
記載及び供述部分がある。しかし、これは、当該年度だけでは処理できない製品の
率を挙げたものにすぎず、売上高の減少を示す割合であるとは考えられない。した
がって、これを歩留まり率認定の根拠とすることはできない。
 そうすると、昭和五九年一年間の被告のテニスラケット用ガット「芯用キング」
の売上総額は、次の算式により合計一億八五三七万八〇〇二円となる。
650×374,766×0.761=185,378,002
 (一〇)発明の実施を中止した旨の被告主張は前判示のとおり採用できず、特別
な事情も認められない。そして、芯用キングのうち、製品番号二六〇〇MCタイプ
は、(一〇)発明のポリエステルを三一・八重量%芯糸に用い、残りはナイロン繊
維を用いていること、製品番号四五〇〇MCタイプは、ポリエステルを二九・五重
量%用い、残りをナイロン繊維としていることが、乙第五八号証と弁論の全趣旨に
より認められる。前記六年と四・五か月間に製造した芯用キングのうちの製品番号
別の割合は判然としないが、乙第五三号証からすると、少なくとも、四五〇〇MC
タイプのものが二六〇〇MCタイプのものの二倍以上であったことが推測される。
このことからすると、芯用キングのうち、(一〇)発明の実施分は、売上額の三〇
%と推定するのが相当である。
 そうすると、芯用キングのうち、同発明の実施相当分の売上総額は、昭和五九年
一年間分に、六と一二分の四・五を乗じ、これに更に三〇%を乗じた三億五四五三
万五四二九円と推定される。
⑤ 実施品の売上総額
以上①~④の(一〇)発明の実施品の売上を合計した総額は一二億〇六七四万一〇
七七円となる。
(三) 実施料相当額
 右売上総額のうち、同発明につき特許を受ける権利を承継したこと、すなわち同
業他者に対し同発明の実施を禁止することができたことに起因する部分が、法定の
通常実施権を得たままであった場合との対比で、いかなる場合なのかを明確にし得
る事実関係を認めることはできない。そうすると、同発明の実施を禁止することが
できたことに起因する部分は、売上総額の二分の一を超えるものとも、これに満た
ないものとも認めることができず、結局、二分の一に相当するものとしか認めるこ
とができない。したがって、右部分は、六億〇三三七万〇五三八円となる。
 次に、同発明を第三者に実施許諾したと仮定した場合の実施料率を考えるに、こ
れを直接認定するに足りる証拠はないが、社団法人発明協会研究所が平成四年四月
ころ行った実態調査によれば(「技術取引とロイヤルティ」発明協会研究所編、発
明協会発行)、実施料率における料率分布では、最も多かった料率は三%以下二%
超であること、同発明が特に優れたものとは認められず、同発明の延伸倍率を外れ
た近似の延伸倍率でも同程度の製品の製造が可能であり(乙第四四号証)、現実に
も原告在職当時に前記認定のとおり同発明の延伸倍率に該当しない延伸倍率を適用
して製品(「鮎ごころ」「アクアキング」)を製造販売したことがあること、他方
において、被告は、継続して同発明を実施してきており、工業的に無意味なものと
も認められないことなどを考慮すると、同発明の実施を第三者に許諾すると仮定し
た場合の実施料率は二・五%と認めるのが相当である。そうすると、同発明につき
特許を受けることができる権利を譲り受けたことにより被告が受けるべき利益に相
当する、同発明を第三者に実施許諾した場合の実施料相当額は、次の算式のとおり
一五〇八万四二六三円となる。
603,370,538×0.025=15,084,263
 同発明の発明者は四名なので、その四分の一に相当する三七七万一〇六六円が原
告持分に相当する部分ということになる(同発明の発明者四名のうち原告を除くそ
の余の三名は三菱化成工業(株)の従業員、原告のみが被告の従業員なので、原告
の持分四分の一は全部優先的に被告に承継されたものと考える)。
(四) 対価相当額の認定
 本件発明当時原告は部長待遇の研究開発室室長の職にあり、同発明は原告の職務
の遂行そのものの過程で得られたものであること、同発明は、被告被用者の協力を
得た上、被告作業現場に蓄積された経験等を利用して成立したいわゆる工場考案の
色彩が濃厚であり、原告としては、被告の設備及びスタッフを最大限活用して発明
したものであること、その他本件に現れた諸事情を総合考慮すると、同発明につい
て被告が貢献した程度を考慮すれば、右(二)認定の被告が受けるべき利益の持分
分の四〇%に相当する一五〇万八四二六円をもって同発明につき特許を受ける権利
の承継に対する相当な対価と認めるのが相当である。
3 その余の発明・考案関係の相当対価額と、(一〇)発明の出願補償、登録補償
相当分の相当対価額
 社団法人発明協会研究所が昭和六一年に実施した実態調査の結果によると(「職
務発明と補償金」発明協会研究所編著、発明協会発行)、相当部分の企業が権利承
継させた従業員の職務発明について、出願時と登録時に補償金を支払っているこ
と、特許発明の出願時補償金額は、一律定額の場合最低九〇〇円から最高一万五〇
〇〇円で平均四五一四円であること、その登録時補償金額は、一律定額の場合最低
三〇〇〇円から最高五万円で平均一万二二二〇円であることが認められる。
 (一)考案、(六)及び(七)発明、(八)考案、(九)発明、(一一)ないし
(一八)発明についても、原告は被告に対し出願時補償金及び登録時補償金に相当
する対価請求権を有すると認めるのが相当であり、(一〇)発明についても同様で
ある。右調査時点よりの物価上昇等を考慮すると、原告主張のとおり、出願補償は
特許五〇〇〇円、実用新案三〇〇〇円、登録補償は特許一万五〇〇〇円、実用新案
一万円と認めるのが相当なので、原告は、別紙請求認容一覧の当審認定欄のとお
り、右各考案・発明に関し合計一五万六四二〇円の相当対価請求権を有するものと
いうべきである(考案者数、発明者数に応じて除した額。出願補償合計五万〇一七
〇円、登録補償合計一〇万六二五〇円。(一五)発明は平成四年一一月二七日に特
許権の設定登録がされたが、原告はこの登録補償相当の対価請求権を主張していな
いので、この分は除外する)。
4 相当対価額合計
被告が支払うべき相当対価額は、2と3の合計一六六万四八四六円となる。
六 結論
 以上の次第で、本訴請求は、右金額の支払を求める限度で理由がある。これを下
回る金額の請求を認容した原判決に対する原告の控訴は一部理由があり、右金額と
これに対する訴状送達日の翌日から遅延損害金の支払を命じる趣旨で原判決を変更
することとするが、被告の控訴は理由がないので棄却する。訴訟費用の負担につ
き、民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ
適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 山崎杲 塩月秀平)
別紙発明関係製品一覧(省略)
<27588-001>

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