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平成23年(受)第1561号認知無効,離婚等請求本訴,損害賠償請求反訴
事件
平成26年1月14日第三小法廷判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中島宏樹,同北舘篤広の上告受理申立て理由第1について
1本件は,血縁上の父子関係がないことを知りながら上告人を認知した被上告
人が,上告人に対し,認知の無効の訴えを提起した事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)被上告人は,平成15年3月▲日,上告人の母と婚姻し,平成16年12
月▲日,上告人(平成8年▲月▲日生まれ)の認知(以下「本件認知」という。)
をした。上告人と被上告人との間には血縁上の父子関係はなく,被上告人は,本件
認知をした際,そのことを知っていた。
(2)上告人と被上告人は,平成17年10月から共に生活するようになった
が,一貫して不仲であり,平成19年6月頃,被上告人が遠方で稼働するようにな
ったため,以後,別々に生活するようになった。上告人と被上告人は,その後,ほ
とんど会っていない。
(3)被上告人は,上告人の母に対し,離婚を求める訴えを提起し,被上告人の
離婚請求を認容する判決がされている。
3原審は,民法785条及び786条は,血縁上の父子関係がない場合であっ
ても認知者による認知の無効の主張を許さないという趣旨まで含むものではないな
どとして,被上告人による本件認知の無効の主張を認め,被上告人の請求を認容す
べきものとした。
4所論は,認知者自身による認知の無効の主張を認めれば,気まぐれな認知と
身勝手な無効の主張を許すことになり,その結果,認知により形成された法律関係
を著しく不安定にし,子の福祉を害することになるなどとして,血縁上の父子関係
がないことを知りながら本件認知をした被上告人がその無効の主張をすることは許
されないというのである。
5血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきである
ところ,認知者が認知をするに至る事情は様々であり,自らの意思で認知したこと
を重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でな
い。また,血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知については,利害関
係人による無効の主張が認められる以上(民法786条),認知を受けた子の保護
の観点からみても,あえて認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に
乏しく,具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによ
りこの主張を制限することも可能である。そして,認知者が,当該認知の効力につ
いて強い利害関係を有することは明らかであるし,認知者による血縁上の父子関係
がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解
することもできない。
そうすると,認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした
認知の無効を主張することができるというべきである。この理は,認知者が血縁上
の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはな
い。
6以上によれば,被上告人は本件認知の無効を主張することができるとして,
被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は,是認することができる。論
旨は採用することができない。
よって,裁判官大橋正春の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文
のとおり判決する。なお,裁判官木内道祥の補足意見,裁判官寺田逸郎の意見があ
る。
裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
私は多数意見に賛同するものであるが,以下のとおり,補足して意見を述べる。
認知者は,錯誤の有無を問わず,認知無効の主張をすることができないとの解釈
は,文理上,成り立ちえないものではないが,明治の民法立法時における認知の無
効・取消については十分な議論がなされていたとはいえず,立法者がこのように解
していたか否かは必ずしも明らかではない。
私は,真実に反する認知は無効であり,真実に反する以上,認知者も錯誤の有無
を問わず民法786条により認知の無効を主張することができ,真実である限り,
詐欺強迫による認知の取消もできないと解する。その理由は以下のとおりである。
実親子関係が公益および子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基
準によって一律に決せられるべきであること(最高裁平成18年(許)第47号同
19年3月23日第二小法廷決定・民集61巻2号619頁参照)は,認知による
父子関係についても同様である。錯誤無効を認める場合,錯誤者に重大な過失があ
れば無効を主張できず,血縁関係についての錯誤ではない動機の錯誤であっても表
示されていれば要素の錯誤となり無効を主張できるという錯誤についての法理が適
用されないとする根拠はなく,これが,前記の一義的・一律に親子関係が決せられ
るべきとの要請に反することは明らかである。これと同様の理由により,詐欺強迫
等の意思表示の瑕疵による取消ができるとの解釈にも賛同できない。
認知者が血縁のないことを知りながら認知した場合に認知無効の主張を許さない
ことは,子から法律上の父を奪わないという意味で子の福祉に資するということは
できるが,民法786条は,子以外の利害関係人も認知無効の主張をすることを認
めており,この利害関係人には,子の母,認知者の妻,認知によって相続権を害さ
れる者なども含まれる。また,同条による認知無効の主張については期間の制限も
設けられてはいない。従って,認知者の無効主張を制限したことによる子の父の確
保の実効性はわずかなものでしかなく,そのことをもって,被認知者の地位の不安
定を除去できるものではない。本件において,被上告人に認知無効の主張が許され
なかったとしても,被上告人の訴えが斥けられるにすぎず,被上告人と上告人の間
の法律上の父子関係の存在を確定するものではない。現在,認知無効を主張するの
が被上告人だけであったとしても,今後,新たに利害関係人が生ずることもありう
るのであり,将来,被上告人以外の利害関係人から認知無効の訴えが提起される
と,被上告人と上告人の間の法律上の父子関係は否定されざるをえないのである。
法律上の父子関係の成立について,民法は,夫婦の子については同法772条に
よって嫡出否認の訴えによってしか覆すことができない強力な父子関係の成立の推
定をするものとして,血縁関係との乖離の可能性を相当程度認め,婚姻を父子関係
を生じさせる器とする制度としているということができるが,婚姻関係にない男女
から出生した子については,同法786条が認知無効の主張を利害関係人に広く認
め,期間制限も設けていないように血縁関係との乖離を基本的に認めないものとし
ていると解される。
また,認知無効の訴えは血縁関係の不存在を原因とするものであり,嫡出推定を
受けない父子関係について認められている親子関係不存在確認の訴えと法的には同
様の機能のものであると解されるが,親子関係不存在確認の訴えについては,父か
らの提訴も認められているのであり,認知無効についてこれと異なる解釈をするこ
とが均衡を得ているとはいえない。
したがって,血縁関係のないことを知って認知した認知者についても認知無効の
主張を許すと解することが相当であり,前記の親子関係が一義的・一律に定められ
るべきであるという要請を考慮すると,一般的な子の福祉という観点からもそのよ
うに解することができる。
なお,原審の認定によると,上告人にはフィリピン人である血縁上の実父が存在
しており,既に法律上の父が存在する子に対する認知としてその効力が問題となり
うる(既に存在する法律上の父のあり方によっては,後の認知が無効なのか取消う
べきものかが異なりうる。例えば,我が国において認知届が誤って受理されたとし
て,被認知者が推定を受ける嫡出子,認知判決による子であるか,既に任意認知さ
れた子,推定を受けない嫡出子であるかによって異なりうる)が,本件において
は,その点を論じるまでもなく,被上告人の認知無効の請求が認められるものであ
る。
裁判官寺田逸郎の意見は,次のとおりである。
本件において原審の判断を是認すべきものとする多数意見の結論には賛同するも
のの,その理由付けの重要な部分について見解を異にするので,以下に考え方を明
らかにしておきたい(なお,文中の条文引用は,特別の表示のない限り,民法にお
けるものである。)。
1多数意見は,いったん認知をしておきながら,後に,実際には血縁上の父子
関係がないとして自らその認知が無効であると主張することについて,786条の
適用により原則的にこれが許されるとする解釈に立って結論を導くのであるが,こ
の解釈にはただちに与することができない。
(1)嫡出でない子との父子関係は,「血縁による父子」という事実関係が存す
ることを基礎とする関係として概念づけられているとはいえ,その確立過程に関し
ては,これを規律する779条から787条までの規定を通してみると,父である
と主張する者が,その血縁を証明することなく,届出という方式での意思表示をす
ることにより「認知」という形での父子関係が生じ,これが覆るのは,子や母らの
利害関係人が認知無効の訴えを提起し,そこでその旨の証明がされた場合に限られ
るものとする一方,認知がされない場合における子の側からの父子関係の求めは,
認知の訴えでその関係の存在を証明することによって実現を図らなければならず,
求められた者の側で父であることを否定したければ,この訴えにおいて争わなけれ
ばならないのであって,いずれも,訴えでの決着が付けば,その結果が両者の関係
を確定することとなるというのが基本構造であると解されている。この構造につい
ての理解の下で,子その他の利害関係人が認知に対して反対事実を主張することが
できる旨を規定する786条を,父であると主張する者により認知がされたとき
に,これを覆すことができる者の範囲を定め,事実関係を基礎とすることからくる
決着の付け方を明らかにしたものであると解することに全く無理なところはない。
そして,785条をも併せ参照すると,唯一自らの意思のみによって父子関係の確
立に向けてのイニシアティブをとることができるとされている父となる立場にある
者が,認知をした後に自らの姿勢を翻し,その無効を主張することは,上記の規定
が想定する場面とは異なる場面としてみて,たとえ父子関係がないことを理由とす
る場合でもそれ自体では許されるべきではないという考え方を起草者がとっていた
と伝えられることにも十分肯ける。むしろ,嫡出子との父子関係について,妻が生
んだ子との父子関係をいったん承認した後はこれを否定して嫡出否認の訴えを提起
することを許さないと規定する776条をも参照するならば,親子関係をいたずら
に不安定にしないという趣旨において一貫する姿勢をそこに見いだすことができる
のである。上記のような解釈は,現に,少なくとも戦前では有力であったし,大審
院判例も,直接の判旨とはいえないかもしれないが,これに沿う一般論を示してい
たのである(大審院大正10年(オ)第857号同11年3月27日判決・民集1
巻137頁)。
(2)これに対し,多数意見は,786条の「利害関係人」には認知者自身が含
まれると解すべきであると論ずるのであるが,そこには,上記のような規定の構造
や解釈をめぐる経緯に逆らってまでそのように解するについての積極的な理由が示
されているとはいい難い。
多数意見では,そのように解する理由として,認知者が認知をするに至る事情が
様々であることから認知者自身による無効の主張を一切許さないとすることが相当
でないこと,血縁上の父子関係がない場合には利害関係人によってそれを理由に認
知無効の主張がされるから,あえて認知者自身による無効の主張を制限する理由は
ないこと,具体的事案に応じて無効の主張を制限したければ権利濫用の法理などに
よることが可能であることの3つが挙げられている。認知者自身による効力の否定
が一切許されないとすることは相当でなく,また,無効の主張ができることとして
もこれを制限する法技術があり得ないことはないことには,異論はあるまい。しか
し,ここでの問題は,無効の主張を許すことを原則とすべきか許さないことを原則
とすべきかであって,上記のことがいえるとしても,それで認知者自身が無効を主
張することができるよう配慮しなければならない積極的な理由が示されているとい
うわけではない。また,血縁上の父子関係がない場合には利害関係人によってそれ
を理由に認知無効の主張がされることを考慮すべきであるとしても,ここでは,い
ったん認知がされた以上は子の身分関係の安定を考慮して利害関係人において認知
無効の主張を控えるような場合であってすら,認知者自身が態度を翻して血縁上の
父子関係がないことを明らかにして認知無効を主張することを許すべきなのかがま
さに問われなくてはならないのであって,これに対する肯定的な答えなくしては納
得を得るには至らないのである。
(3)その意味では,多数意見が実質的に考慮していることは,血縁上の父子関
係がないという事実自体が大いに尊重されなければならないということにほかなら
ないのではないかと思われる。しかし,血縁上の父子関係がないという事実自体が
尊重されなければならないことはそのとおりであるとしても,そのことがここでの
決め手となるべきかどうかについては異論もあろう。
認知がされたが,実際には血縁上の父子関係がなかったという場合に,認知者に
そのことについての認識の誤りがあったときは,認知された結果を是正すべき何ら
かの手立てが用意されていて然るべきである。しかし,そのことは,認知の意思表
示に瑕疵があるものとしてこれを取り消し,あるいは無効とすることにより多くが
解決できることであるように思われる。これに対して,木内裁判官は,補足意見の
中で,意思表示に瑕疵がある場合の無効・取消しを認めるについて消極論を展開さ
れている。本件とは直接の関わりがない部分なので詳論は避けるが,認知をしよう
とする者の意思表示によって認知の効力が生ずるものと構成しながら,その意思表
示に瑕疵があった場合に効力を争う余地を認めないとする理由はないのではあるま
いか。それでは実際には父子関係がある場合において実体的事実を軽んじすぎるこ
とになるという考え方なのかもしれないが,それは,その意思がある子の側で父子
関係があると主張し,自ら認知の訴えを提起することによって対応するのが本来の
在り方に沿うところであるといえよう。
他方,実際には血縁上の父子関係がないのに認知がされている場合にあっても,
そもそも認知者がそのことを承知の上で認知をしていることも少なくあるまい。例
えば,男性が子の母との生活実態から自らの子として育てる意思があって認知をす
る場合がそれである。殊に,本件のように婚姻・認知により準正嫡出子となる場合
(789条)には,当該男女が協議の上,嫡出子とする目的で男性において認知を
したものとみるべき例が多いといえよう。そのような場合に,仮に認知はふさわし
くないと正しく理解し,あるいはそもそも準正の仕組みが欠けていたとしたなら
ば,当事者は養子縁組により嫡出子とする対応をとった蓋然性が高い。認知の届出
が事実に反する場合に養子縁組の届出としての効力を認めるかどうかについては,
認知には形式上当事者の合意という要素が欠けているし,未成年養子縁組には家裁
の許可が必要であることなどを考慮すると,これを肯定することはできないであろ
うが(最高裁昭和54年(オ)第498号同年11月2日第二小法廷判決・裁判集
民事128号87頁参照),当事者の関係を実質的にみると,このような認知につ
いて,父となった者が自ら時期を選んで一方的に親子関係を解消することを可能と
するというのでは,養子縁組によった場合とあまりにも結果に差が生じてしまうこ
とが懸念される。もっとも,逆に,このような例において,父母との関係が悪化
し,解消され,養子縁組であったなら子との関係で離縁をすることを求め得る状況
となった場合にも,認知無効の主張ができないとする以上,父子関係を解消するこ
とができるとは限らなくなるのであって,認知無効の主張を原則的に許すべきとす
る立場にあっては,この不都合に目が向いているのかもしれない。そうなると,上
記のような関係が不安定であることによる子の不利益と安定すぎることによる父の
不利益とが天秤にかけられることになるわけであるが,養子縁組によるのではなく
認知によると決めるのは主として父となる認知者の選択によるものであるから,こ
の天秤が結果として父側に不利に傾いてもやむを得ないといえよう。したがって,
ここでも,認知者たる父側の認知無効の主張を原則的に許すべきとする立論に根拠
を与える事情をはっきりと見いだせるわけではない。
(4)以上のとおりで,多数意見のこの点に関する見解は,規定の構造などから
立法当初から取られてきた有力な考え方を覆すほど実質のある根拠によるかどうか
が疑わしい。認知がされたが,実際には血縁上の父子関係がなく,認知者にこのこ
とについての認識に誤りがある場合に,その結果を是正すべき手立てとして,認知
の意思表示に瑕疵があるものとしてこれを取り消し,あるいは無効とすることによ
るのでは解決策として十分でないことや,認知者が血縁上の父子関係が実際にはな
いことを承知の上で認知をしている例が極くまれであることについてより実証的な
結果が示されるようであればともかく,そうでないのに解釈としてこれに従うこと
には躊躇をおぼえざるを得ないのである。
2上記1で論じたところにもかかわらず,大橋裁判官と異なり,本件で認知者
たる被上告人に認知無効の主張が許されるべきであるとの結論を正当とするのは,
本件には特殊な事情があると考えるからである。それは,本件では,認知者による
認知があった当時から,フィリピン国籍の特定された実父があることが原審の認定
で明らかにされているということである。
(1)この原審の認定は,嫡出でない子の親子関係の成立を規律する法の適用に
関する通則法29条1項本文によると,被認知者である上告人に父があったかにつ
いては出生当時の父(かどうかが問題となる者)の本国法によることとされ,本件
では父と目される男性はフィリピン国籍との認定であるから,フィリピン法による
べきであるところ,フィリピン家族法(1988年施行)175条,172条で
は,「父かどうかは,認知を経ることなく,血縁上の父という事実関係が証明され
るかどうかで決まる」という原則がとられているとみられるため,その旨の証明が
あったことにより当該男性が父(上告人がその嫡出でない子)とされ,平成20年
頃死亡したとされていることから,被上告人による認知がされた当時である平成1
6年において父が存在したことになるということであると解される。
(2)ところで,日本の民法下では,認知は,その性格上,現に父がある子を対
象としてはすることができないと解される。父が重複することがあってはならない
ことは,嫡出子の場合に限られるものではなく嫡出でない子にも共通の制約である
はずで,これは親子関係の公的な秩序として許されるべきではないのである。この
点については明文の規定を欠くが,より一般的に父子関係がないことを理由に無効
となることが786条で明らかにされているから,ことさらに規定を置くことは避
けられたのであろう。ただし,上記のとおり,この場合には,一般的に父子関係が
ないことを理由に無効とする場合と異なり,公的な秩序に反することが無効の根拠
となるわけであるから,例外的に,認知者自身も,父が重複していたことを理由と
して認知が無効であることを主張することができると解すべきである。そうである
とすると,結局,本件の場合には,被上告人による本件認知が無効であったことを
被上告人本人の申立てにより認めることには支障がないと解すべきことになる
(注)。
(注)779条は,嫡出でない子は,その父又は母が認知をすることができる
旨を定めるが,これは嫡出子については認知が問題とならないということ
を前提とした上で,認知の主体がその子と父又は母の関係に立つ者に限ら
れることを規定したものであって,これを反対解釈して,既に他の者の
「嫡出でない子」となっている子を別の者が認知することは認められるの
であると解することは相当でない。また,これに反する認知が無効とされ
るべきかどうかについては,本文に記したとおり規定を欠くところ,婚姻
の場合の重婚は無効ではなく取り消し得べきものとされていて(732
条,744条),これを類推適用すべきとする考え方もあり得ようが,婚
姻の場合には,通常存すると考えられる後婚の経過的実態を考慮して将来
に向かってのみ効力を否定することとした上で関係の調整を図ろうとする
関係で,特別に取消しの構成が取られていると考えられるのに対し(74
8条参照),認知の場合には,そのように実態を尊重すべき関係にあると
は限らない事情にある。本件のように血縁上の父子関係がないとして利害
関係のある第三者からの無効主張がされる場合に当てはまることが通例で
もあろうし,少なくとも,そのような場合にまで,あえて認知者からの認
知無効の訴えによって効力を否定することはできないと解することもない
ように思われる。
(3)かくして,本件では,原審の採った結論を維持すべきものであると考える
のである。
裁判官大橋正春の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,被上告人は上告人との間に血縁上の父子関係が存在し
ないことを理由として認知の無効を主張することができないと考えるものであり,
その理由は以下のとおりである。
被上告人は上告人が自らの実子でないことを認識した上で自由な意思によって本
件認知を行ったもので,本件は,不実であることを認識した上で自由な意思により
認知をした父が反対の事実を主張して認知無効の主張をすることができるか否かが
争点となっている事案であり,民法785条及び786条の解釈が問題となる。ま
た,子その他の利害関係人が反対の事実を主張して認知の無効を主張できることは
当然の前提となっているのであるから,本件で問われているのは,子その他の利害
関係人のいずれもが認知の効力を争わない状況の中で,不実の認知をした父に血縁
上の父子関係が存在しないことを理由に認知の無効を主張することを許すか否かと
いう限定された問題ということになる。
大審院大正10年(オ)第857号同11年3月27日判決・民集1巻137頁
は,傍論としてではあるが,民法785条及び786条と同一の内容を規定する昭
和22年法律第222号による改正前の民法833条及び834条について,「民
法833条は認知を為したる父又は母は其の認知を取消すことを得ずと規定し認知
を為したる父又は母は任意に其の認知を取消すことを得ざると同時に認知が真実に
反するの事由を以ても亦之を取消すことを得ざるものと為したり。従て同条は認知
を為したる父又は母に其の認知が真実に反する事由を以て其の無効なることを主張
することを許さざる趣旨なりと解するを得べし(片仮名を平仮名にし,原則として
常用漢字表の字体とした)」と判示している(同趣旨を述べるものとして,大審院
昭和11年(オ)第2702号同12年4月12日判決・大審院判決全集4輯8号
16頁)。民法786条が認知に対して反対の事実を主張することができる者を子
その他の利害関係人に限っていること,その反対解釈として認知をした父は反対の
事実を主張することができないこと,したがって,同法785条は認知した父は認
知が事実に反することを理由にその無効を主張することを許さない趣旨を定めたも
のであるとの上記大審院判決の解釈は,文理的にも無理のないものである。民法7
86条が反対の事実を主張できる者として父を挙げていない理由として,認知者自
身が認知の無効を主張することが想定されていなかったにすぎないといわれること
があるが,同法785条が認知をした父自身が認知の効力を否定することがあるこ
とを前提にした規定であることを考えれば,立法者がこれを想定しなかったとは考
え難く,同法786条が父を除いているのは立法者の明確な意思を示すものと理解
すべきである。また,認知した父に反対の事実の主張を認めないことにより,安易
な,あるいは気まぐれによる認知を防止し,また認知者の意思によって認知された
子の身分関係が不安定となることを防止するとの立法理由には十分な合理性があ
る。
私は,法律の解釈は常に文理解釈によるべきであるとの立場をとるものではない
が,条文の文言から大きく離れた解釈を採る場合には,これを正当化する十分な実
質的な根拠が必要であると考える。
これを本問題についてみると,認知した父にも反対の事実を主張して認知の無効
の主張をすることを認めるべきであるとする論者が根拠として述べる「最も利害関
係の深い認知者にも認めるべきである」ということは十分な実質的根拠となり得な
い。ここで問題になっているのは認知者の意向によって被認知者の地位を不安定に
することを許してよいかということであり,この点では認知した父は子その他の利
害関係人とは全く異なる立場に立つのであるから,他の利害関係人に認められるか
ら当然に認知した父にも認めるべきであるということにはならない。また認知した
父による認知の無効の主張を認めないとしても子が認知の無効の主張をすることは
妨げられないのであるから,子に対して血縁関係のない父子関係をその不利益に強
制することにはならない。本件では,上告人は被上告人の認知によって平成17年
12月▲日に日本国籍を取得して以来今日まで長年にわたり日本人としての生活を
送ってきたもので,被上告人の請求が認められる場合には日本国籍を失いフィリピ
ンに強制送還されるおそれがあり,上告人の地位が被上告人の意思によって不安定
なものとなることは明らかである。民法785条及び786条はこうした事態を避
けるために,認知した父に反対の事実を主張して認知の無効の主張をすることを許
さない旨定めたものであると解すべきである。
認知した父は反対の事実を主張して認知の無効の主張をすることができないと解
することに対しては,血縁上の父子関係が存しないにもかかわらず,それが法律上
の父子関係として存続することを容認することになるが,法律上の父子関係は,血
縁上の父子関係を基礎とするものではあるものの,民法上,血縁上の父子関係が存
しなければ法律上の父子関係も存し得ないものとはされていないこと,あるいは血
縁上の父子関係が存すれば必ず法律上の父子関係が存することになるものともされ
ていないことは,嫡出否認制度や認知制度などに照らしても明らかであり,このよ
うな点からみても,上記のように解し,その結果として血縁上の父子関係の存しな
い法律上の父子関係の存在を容認することになったとしても直ちに不合理であると
はいえない(注)。むしろ,認知した父に反対の事実を主張して認知の無効の主張
をすることを許さないことに合理性があることは前述したとおりである。
(注)多数意見も権利濫用の法理などにより認知した父による認知の無効の主
張が制限されることがあることを認めているが,この場合には,血縁上の
父子関係が存しない法律上の父子関係の存在が容認されることになる。
よって,被上告人は自らした認知の無効を主張できるとした原審の判断には,判
決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。
(裁判長裁判官大谷剛彦裁判官岡部喜代子裁判官寺田逸郎裁判官
大橋正春裁判官木内道祥)

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