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平成12年(ワ)第26626号 特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結の日 平成14年2月5日
   判      決
          原告    ノボザイムズ アクティーゼル
ス カブ
       訴訟代理人弁護士    片山英二
同北原潤一
同村上 寛
同江幡奈歩
訴訟復代理人弁護士本多広和
補佐人弁理士小林純子
       被      告     明治製菓株式会社
          訴訟代理人弁護士    田澤 繁
          同柏木俊彦
         補佐人弁理士平木祐輔
同石井貞次
同大屋憲一
          主      文
      1 原告の請求をいずれも棄却する。
      2 訴訟費用は原告の負担とする。
      事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,別紙物件目録記載の物件を製造し,販売してはならない。
 2 被告は,上記物件を廃棄せよ。
 3 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要等
 1 争いのない事実等
  (1) 当事者
    原告は,デンマーク王国に本社を有する会社であり,主に産業用酵素の製
造販売を業としている。
    被告は,各種菓子その他の食料品,化学製品等の製造販売を業とする会社
である。
  (2) 原告の有する特許権
   ア 原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」といい,請求項1に係る発
明を「本件第1発明」,請求項4に係る発明を「本件第2発明」といい,これらを
併せて「本件発明」という。)を有している。
     なお,本件特許権は,登録日において,ノボ・ノルディスク・アクティ
ーゼルス・カブが有していたが,平成12年11月13日,会社分割により新設さ
れた原告に一般承継された(甲3の1,2)。
     発明の名称 エンドグルカナーゼ酵素を含んでなるセルラーゼ調製物
     登録番号 第3110452号
     出願年月日  平成3年5月8日
     出願番号  特願平3-509707
     優先権主張  1990年(平成2年)5月9日
            デンマーク王国出願に基づく
     登録年月日  平成12年9月14日
 特許請求の範囲
     【請求項1】
    「次の性質:
  (a)SDS-PAGEにより測定した見かけ分子量が約43kDであ
る;
  (b)pH6.0~10.0の範囲で活性である;
  (c)pH3~9.5の範囲のpH値において安定である;
  (d)非晶質セルロ-スを分解する;及び
  (e)セロビオ-スβ-p-ニトロフェニルを実質的に分解しない;
   を有するフミコ-ラ(Humicola)属微生物由来のエンドグルカナーゼ酵
素。」
     【請求項4】
      「配列番号:2に示す1位のアミノ酸から284位のアミノ酸までの
アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素。」
   イ 本件第1発明の構成要件
     本件第1発明の構成要件を分説すると,以下のとおりである。
    A 次の性質を有するエンドグルカナーゼ酵素であること
     ① SDS-PAGEにより測定した見かけ分子量が約43kDである
② pH6.0~10.0の範囲で活性である
     ③ pH3~9.5の範囲のpH値において安定である
     ④ 非晶質セルロ-スを分解する
     ⑤ セロビオ-スβ-p-ニトロフェニルを実質的に分解しない
    B フミコーラ属微生物由来のエンドグルカナーゼ酵素であること   
   ウ 本件第2発明の構成要件
     本件第2発明の構成要件を分説すると,以下のとおりである。
    C エンドグルカナーゼ酵素であること
    D 別紙「本件アミノ酸配列」記載に係るアミノ酸配列目録記載の1位の
アミノ酸から284位のアミノ酸までのアミノ酸配列(以下「本件アミノ酸配列」
という。)を有すること
(3) 被告の行為
被告は,平成9年ころから,商品名を「MEIJICELLULASEHFP-100 
Cellulaseenzyme」と称するエンドグルカナーゼ酵素を含有する製品(以下「被告
製品」という。)を日本国内において製造販売している。
  (4) 被告製品に係る本件発明に関する構成要件充足性
   ア 上記「本件第1発明の構成要件」中,上記下線部分を除き,被告製品
は,本件第1発明における上記各構成要件を充足する。
イ 本件第2発明に係る「本件アミノ酸配列」記載のアミノ酸配列と別紙
「被告製品アミノ酸配列」(以下「被告製品アミノ酸配列」という。)を対比する
と,各配列記載に係る下線部分のアミノ酸以外の部分のアミノ酸の配置が同一であ
る。
  (5) 原告による訂正請求
原告は,特許庁に対し,平成14年1月4日付け訂正請求において,本件
第1発明に関する特許請求の範囲を以下のとおり,訂正する旨請求した(甲59。
なお,下記下線部分が,訂正請求により追加された部分である。)。
   「次の性質
   (a)SDS-PAGEにより測定した見かけ分子量が約43kDである;
   (b)pH6.0~10.0の範囲で活性である,ここで酵素活性は,
(イ)35g/LのCMCを含む基質溶液と測定されるべき酵素溶液とを,基質溶
液10mlと酵素溶液0.5mlの体積比で混合し,(ロ)反応混合物を40℃に
温度調節した粘度計に移し,(ハ)混合直後に反応混合物の粘度を測定し,(ニ)
前期混合の30分後に反応混合物の粘度を測定し,そして(ホ)粘度を1/2に低
下させる酵素活性を1酵素活性単位と定義することにより決定されるCMC-エン
ドアーゼ活性により決定される;
   (c)pH3~9.5の範囲のpH値において安定である,ここで酵素活性
は,(イ)35g/LのCMCを含む基質溶液と測定されるべき酵素溶液とを,基
質溶液10mlと酵素溶液0.5mlの体積比で混合し,(ロ)反応混合物を40
℃に温度調節した粘度計を移し,(ハ)混合直後に反応混合物の粘度を測定し,
(ニ)前期混合の30分後に反応混合物の粘度を測定し,そして(ホ)粘度を1/
2に低下させる酵素活性を1酵素活性単位と定義することにより決定されるCMC
-エンドアーゼ活性により決定される;
   (d)非晶質セルロ-スを分解する;
   (e)セロビオ-スβ-p-ニトロフェニルを実質的に分解しない;及び
   (f)フミコ-ラ・インソレンス(Humicolainsolens)DSM1800由来
の,配列番号2に示す1位のアミノ酸から284位のアミノ酸までのアミノ酸配列
を有し且つSDS-PAGEにより測定した約43kDの見かけ分子量を有するエ
ンドグルカナーゼに対して産生されるポリクローナル抗体と免疫反応性である;
    を有するフミコーラ(Humicola)属微生物由来のエンドグルカナーゼ酵
素。」
 2 事案の概要
   本件は,原告が被告に対し,別紙物件目録記載の物件の製造販売は,本件特
許権を侵害する行為であると主張して,別紙物件目録記載の物件の製造販売行為の
差止め及び同製品の廃棄を求める事案である。
 3 本件の争点
  (1) 被告製品は,本件第1発明の技術的範囲に属するかどうか
   ア 構成要件A②及びA③の解釈
   イ 構成要件A②及びA③の記載が不明確であるかどうか
   ウ 構成要件A②を限定解釈する必要性の有無
   エ 被告製品は,構成要件A②及びA③を充足するかどうか
  (2) 被告製品は,本件第2発明の技術的範囲に属するかどうか
  (3) 本件特許には明らかな無効理由が存在するかどうか
第3争点に関する当事者の主張
 1 争点(1)アについて
  【原告の主張】
 ①本件第1発明の本質は,本件第1発明に係る産業分野において,従来公知
のセルロース分解酵素と比較して,非常に有用で商業的にも非常に成功したエンド
グルカナーゼ酵素を精製・単離したという点にある。②本件第1発明に係るエンド
グルカナーゼ酵素は,これらの産業分野における使用条件である,pH6.0~1
0.0の範囲において活性,pH3~9.5の範囲において安定であることが必須
であり,これらのpH領域以外での活性及び安定性があるか否かは問題とならない
ものである。③原告は,本件特許の特許協力条約に基づく出願における国際予備審
査段階及び日本での国内段階において,本件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵
素を特定するのに必要不可欠な構成要件A,A①及びB以外に本件第1発明に係る
エンドグルカナーゼ酵素を特定する構成要件の追加を求められたことに対応して,
上記②のようなものとして構成要件A②及びA③を追加したのである。④構成要件
A②及びA③の文言上も,pH6.0~10.0の範囲において活性,pH3~
9.5の範囲において安定であることしか記載されていない。⑤構成要件A②及び
A③の基礎となっている「pH6.0と10.0との間で活性である」(本件特許
明細書(甲2)7頁14欄21行目から22行目)及び「pH3と9.5との間で
安定である」(同13行目)との記載は,それぞれのpH範囲外での活性及び安定
性の有無を問題としていない。⑥本件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素の活
性及び安定性が,構成要件A②及びA③の範囲の外においても活性であること,あ
るいは安定であることが,本件第1発明の作用効果を達成できないものにするわけ
ではない。
   構成要件A②は,「活性」についてのものであって,至適pHに関しては何
ら言及していない。当業者においては,至適pHと「活性」は異なる指標として認
識されており,本件特許明細書においてもこれらを明確に区別して用いている。し
たがって,構成要件A②の「活性」は,至適pHを意味するのではない。
   構成要件A②は,pH6.0~10.0の間で活性のないエンドグルカナー
ゼ酵素は本件第1発明の構成要件に該当しないという意味で,構成要件A③は,p
H3~9.5の間で安定でないエンドグルカナーゼ酵素は本件第1発明の構成要件
に該当しないという意味で,本件第1発明の構成要件に該当しない範囲を明確にし
ている。
   酵素研究の権威であるマサチューセッツ工科大学のA博士,地中海大学のB
博士,東京大学のC教授及びケンブリッジ大学のD教授から,以上のような原告主
張に係る構成要件A②及びA③の解釈が正しい旨の意見書が提出されている。
  【被告の主張】
  (1) 構成要件A②について
    構成要件A②は,「pH6.0~10.0の範囲で活性である」というも
のであるが,その文言及びエンドグルカナーゼ酵素を含む酵素というものの活性と
pHの関係に関する基本的な性状からすると,当該構成要件は,①至適pHがpH
6.0~10.0の範囲内にあること,②pH6.0~10.0の全pH領域にお
いて活性であると共に,この範囲外のpH領域においては活性でないことが必要で
あるというべきである。そして,このように解さないと,構成要件A②によって本
件第1発明を特定したことにならない。
  (2) 構成要件A③について
構成要件A③は,「pH3~9.5の範囲のpH値において安定である」こ
とであるが,その文言及びエンドグルカナーゼ酵素を含む酵素というものの安定性
とpHとの関係に関する基本的性状からすると,当該構成要件は,少なくとも,p
H3~9.5の全pH領域において安定であると共に,この範囲外のpH領域にお
いては不安定であることが必要であるというべきである。そして,このように解さ
ないと,構成要件A③によって本件第1発明を特定したことにならない。
 2 争点(1)イについて
  【原告の主張】
   以下に述べるとおり,構成要件A②及びA③は,不明確な記載とはいえな
い。
  (1) 構成要件A②における「活性」について
    エンドグルカナーゼ酵素が基質であるセルロースを加水分解する能力を
「活性」といい,その「活性」の高低は,酵素が基質であるセルロースを分解する
速度(反応速度)を意味する。そして,反応速度とは,反応開始の直後における速
度(反応初速度)を意味し,酵素の活性は,この反応初速度を測定することによっ
て得られる。反応初速度を測定する方法として,当業者においては,①酵素がセル
ロースを分解する際に生成する還元糖を定量する方法,②酵素が溶液中に含有され
るセルロースを分解することにより,当該溶液の基質重合度(粘度)が減少するこ
とに着目し,当該減少の割合を測定する方法などが通常利用されており,その一部
は,本件特許明細書においても明示されている。したがって,エンドグルカナーゼ
酵素の活性は,このような公知の測定方法に基づき,当業者の常識の範囲内で実験
条件を適宜選択して測定することができる。
    本件特許明細書においては,「本発明のセルラーゼ調製物は,そのエンド
グルカナーゼ成分が総合タンパク質当り少なくとも約50CMCエンドアーゼ単位
のCMCエンドアーゼ活性を示す有益なものである」(本件特許明細書4欄13な
いし16行目)との記載がある。そして,上記CMCエンドアーゼ活性は,本件特
許明細書4欄31行目以降に記載の方法で,CMCの低下する粘度から測定するこ
とができる。したがって,本件第1発明において活性であるか否かの基準は,本件
特許明細書の記載に基づき,「エンドグルカナーゼ成分が総合タンパク質1㎎当た
り少なくとも約50CMCエンドアーゼ単位のCMCエンドアーゼ活性を示す」か
否かに求めることができる。
  (2) 構成要件A③における「安定」について
   各pHに対するCMCアーゼ活性の安定性の測定方法については,酵素試
料を含有した酵素溶液を各pHにおいて一定時間インキュベートし,その後,至適
pHと思われるpHに戻して,インキュベート前とインキュベート後の活性を比較
して残存活性を測定する方法が当業者において確立している。したがって,本件特
許明細書においてCMCアーゼ活性の安定性の測定方法・条件につき特段の明示が
なくても,当業者が上記の測定方法を容易に特定,実施できるものである。
 (3) なお,被告が主張する「E法」は,被告が引用するE教授の論文の中で使
用されたものであるというのみで,その内容は不明確であり,かつ,被告が実施し
た実験方法は,酵素の量に比べて基質の量が極端に少ないものであって,本件特許
に係るエンドグルカナーゼ酵素の活性の測定方法としては不適切である。
  【被告の主張】
  (1) 構成要件A②について
   ア 活性の点について
     構成要件A②は,単に「pH6.0~10.0の範囲で活性である」と
いうのみで,至適pHにおける最大活性の何パーセント以上を活性とするかという
基準は,本件特許明細書の特許請求の範囲においてはもちろん発明の詳細な説明中
にもこれを示唆するものは何も見当たらない。したがって,構成要件A②はその範
囲が特定できず,エンドグルカナーゼ酵素を含有する被告製品がこの要件を充足す
るのかどうかを確知することができない。
     本件特許明細書には,活性かどうかを「エンドグルカナーゼ成分が総合
タンパク質1㎎当たり少なくとも約50CMCエンドアーゼ単位のCMCエンドア
ーゼ活性を示す」かどうかで決定する旨の記載はないし,本件特許明細書における
CMCエンドアーゼ単位は,pH9.0のものであるから,他のpHによる実験に
適用できるものではない。
   イ 測定方法・条件について
     酵素の活性がpHの変化によってどのように変化するか(酵素活性のp
H依存性)を調べるためには,一定の条件下でpHの設定をいろいろ変化させて,
酵素活性の変化を測定する必要があり,酵素活性のpH依存性は,このような測定
に基づいて,活性-pH曲線として表される。そして,酵素活性のpH依存性は,
それぞれのpH設定に用いる緩衝液の種類,酵素と基質の濃度,反応時間,温度,
活性測定方法などの要因によって大きく異なる結果になることは,酵素という技術
分野において周知の事実である。したがって,ある酵素が一定のpH範囲で活性と
いう場合,何パーセント以上の相対活性をもって活性とみるかという上記基準に加
えて,どのような方法・条件で測定するのかということが示されなければならな
い。しかるところ,本件特許明細書中には,これら測定方法等の記載がない。した
がって,この点からも,構成要件A②はその範囲が特定できず,エンドグルカナー
ゼ酵素を含有する被告製品がこの要件を充足するのかどうかを確知することができ
ない。
     原告が提出している実験結果(甲7の1)と九州大学E教授の論文に記
載されている測定方法(以下「E法」という。)による実験結果(乙13,29,
51,52)やF博士の論文に記載されている測定方法(以下「F法」という。)
による実験結果(乙24)やIUPAC法による実験結果(乙53)は,測定結果が大き
く異なるが,このことは,上記主張を裏付けているといえる。
  (2) 構成要件A③について
    本件特許明細書の特許請求の範囲はもちろん発明の詳細な説明中にも,
「pH3~9.5の範囲のpH値において安定である」との要件に関し,何パーセ
ント以上の酵素活性が残存している場合に安定とみるかの基準も,その測定方法・
条件も,一切記載も示唆もされていない。「pH3~9.5の範囲のpH値におい
て安定である」というためには,pHを種々に調整した酵素溶液を多数用意して,
一定の基準と方法・条件で残存活性を測定してみなければならないのであるが,本
件特許明細書のどこにもそのような記載は見当たらない。したがって,被告製品が
この要件を充足するかどうか確知できない。
3 争点(1)ウについて
【原告の主張】
 (1) 構成要件A②について
 上記2【原告の主張】(1)①の方法で,被告製品に関して,実験を行ったと
ころ,被告製品は,pH6.0~10.0の範囲において「活性」であった(甲7
の1)。
    また,本件特許明細書の記載に基づき,「エンドグルカナーゼ成分が総合
タンパク質1㎎当たり少なくとも約50CMCエンドアーゼ単位のCMCエンドア
ーゼ活性を示す」か否かについて,被告製品に関して,実験を行ったところ,被告
製品は,pH6.0~10.0の範囲において「活性」であった(甲39,4
5)。
(2) 構成要件A③について
 上記2【原告の主張】(2)の方法で,被告製品に関して,実験を行ったとこ
ろ,被告製品は,pH3~9.5の範囲において「安定」であつた(甲7の1)。
(3) 仮に,構成要件A②及びA③の解釈について被告が主張するような解釈を
とるとしても,被告製品は,構成要件A②及びA③を充足する(甲7の1,甲4
4,45)。
 【被告の主張】
  (1) 上記2【被告の主張】(1)のとおり,本件特許明細書には,何パーセント
以上の相対活性をもって活性とみるかということやどのような方法・条件で測定す
るのかということが記載されていないから,原告提出の上記実験結果をもって,被
告製品が構成要件A②を充足するということはできない。また,E法による実験結
果(乙29,52)やF法による実験結果(乙24)やIUPAC法による実験結果(乙
53)によると,被告製品の至適pHは5.0であるし,原告提出の上記実験結果
やE法による上記実験結果やF法による上記実験結果やIUPAC法による上記実験結果
によっても,pH6.0~10.0の範囲外のpH領域においても活性であるか
ら,これらの点からも,被告製品が構成要件A②を充足するということはできな
い。
  (2) 上記2【被告の主張】(2)のとおり,本件特許明細書には,何パーセント
以上の酵素活性が残存している場合に安定とみるかの基準も,その測定方法・条件
も記載されていないから,原告提出の上記実験結果をもって,被告製品が構成要件
A③を充足するということはできない。また,原告提出の上記実験結果やE法によ
る実験結果(乙30)や被告が原告提出の上記実験結果と同一の条件で行った実験
結果(乙31)によっても,pH3~9.5の範囲外のpH領域においても安定で
あるから,この点からも,被告製品が構成要件A③を充足するということはできな
い。
 4 争点(1)エについて
  【被告の主張】
   後記6【被告の主張】のとおり,本件特許には明らかな無効理由があるが,
仮に無効理由が明らかとまではいえないにしても,乙16号証及び乙14号証の記
載からすると,少なくとも,本件第1発明には,上記各文献に記載されているE法
によって測定した至適pH5.0という性状は含まれないと解釈すべきである。そ
うすると,被告製品に係るE法により測定した至適pHは5.0であるから,この
点においても,被告製品は,本件第1発明の技術的範囲に属するとはいえない。
【原告の主張】
   被告主張の根拠である上記文献に記載されたエンドグルカナーゼ酵素は,本
件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素と全く別のものであるから,先行技術を
理由として被告製品に含有されるエンドグルカナーゼ酵素が構成要件A②を充足し
ないということはできない。
 5 争点(2)について
【原告の主張】
  (1) 文言侵害について
   ア 触媒コア部分の相違について
     上記争いのない事実記載のとおり,被告製品アミノ酸配列と本件アミノ
酸配列では,触媒コア部分(4位,38位,70位)のアミノ酸の配置が,3つ異
なっている。
     しかしながら,被告製品アミノ酸配列と本件アミノ酸配列では,①とも
に触媒活性を発生させるアミノ酸配列10位及び121位のアスパラギン酸が存在
し,かつ,三次元構造上同一の位置にあり,②また,触媒コア部分の表面にある,
活性部位を含む結合溝(エンドグルカナーゼ酵素に結合したセルロース分子に属す
る原子から5オングストローム以内の原子を少なくとも1つ有する残基であり,配
列番号6から10,12から15,18,21,45,48,82,111,11
9,121,127から130,132,146から149,178及び179の
アミノ酸残基がこれに該当する)が三次元構造上同一の位置にある。したがって,
被告製品に含有されるエンドグルカナーゼ酵素と本件第2発明に係るエンドグルカ
ナーゼ酵素とは,両者の酵素の同一性を認めるための構造及び活性が同一である。
この点は,原告が行った実験結果においても,被告製品に含有されるエンドグルカ
ナーゼ酵素が,本件第2発明に係るエンドグルカナーゼ酵素と同一の活性を有して
いることによって裏付けられている。
   イ 触媒コア部分以外の相違について
     触媒コア以外の部分において,被告製品アミノ酸配列の222位のアミ
ノ酸はグリシン(Gly)となっているが,本件アミノ酸配列でアスパラギン(A
sn)となっている。しかし,この部分でのアミノ酸の部分的相違は,酵素の触媒
活性に影響を与えない。
   ウ その他の相違点について
     被告製品アミノ酸配列には,1位のN末端側から順にピログルタミン酸
(pGlu),アスパラギン(Asn),シスチン(Cys),グリシン(Gl
y)及びセリン(Ser)の5つのアミノ酸が付加されている。しかしながら,こ
れら5つのアミノ酸は,本件第2発明における配列番号1位から284位のアミノ
酸にさらに付加されたものである。また,これら5つのアミノ酸は,活性の中心か
ら離れた位置に存在しており,酵素の基質結合及び触媒活性に重要な影響を及ぼす
ものではない。そうすると,これら5つのアミノ酸が存在したとしても,本件第2
発明の構成要件充足性を否定することにはならない。
   エ 以上のとおり,本件アミノ酸配列と被告製品アミノ酸配列とでは,その
アミノ酸の配置に差異があるが,生化学の常識からすれば,被告製品に含有される
エンドグルカナーゼ酵素と本件第2発明のエンドグルカナーゼ酵素は,全く同一の
ものであって,被告製品に含有されるエンドグルカナーゼ酵素は,本件第2発明の
技術的範囲に属する。
  (2) 均等論について
    以下述べるとおり,本件第2発明に係る本件アミノ酸配列と被告製品アミ
ノ酸配列は均等であるから,被告製品に含有されるエンドグルカナーゼ酵素は,本
件第2発明の技術的範囲に属する。
   ア 第1要件(非本質的部分)   
本件第2発明の作用効果からすれば,本件第2発明の本質的部分は,本
件アミノ酸配列に示されたアミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素が酵素活
性をもたらすことであるところ,本件アミノ酸配列と被告製品アミノ酸配列とのア
ミノ酸の違いは,上記(1)で述べたとおり,酵素の活性に何ら影響するものではな
く,これらは同一の構造及び活性を有する。したがって,本件第2発明に係る本件
アミノ酸配列と被告製品アミノ酸配列は,本件第2発明の本質的部分に違いがな
い。
仮に,被告が主張するように,アミノ酸が1つでも異なればすべて均等
も否定されることになると,自然に発生する遺伝子組み換え,自然環境の違いなど
により,ある一定の確率でアミノ酸が一部欠失,置換,負荷された変異体が発生す
ることは当業者の常識に属する事柄であるから,このような変異体について均等の
成立する余地がなくなり,不合理である。
イ 第2要件(置換可能性)
  本件第2発明のアミノ酸配列のアミノ酸の配置と被告製品アミノ酸配列
に係る違いは,酵素の活性に何ら影響するものではなく,これらは同一の構造及び
活性を有する。したがって,本件アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素と
被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は同一の作用効果を有し,
両者のアミノ酸配列は置換可能性がある。
ウ 第3要件(置換容易性)
  当業者において,本件アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素が
フミコーラ属微生物から精製・単離できることが分かれば,フミコーラ属由来の微
生物から,同一の構造,酵素としての性質を有するエンドグルカナーゼ酵素を精
製・単離することは容易であったといえる。したがって,被告が,被告製品アミノ
酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素を精製・単離することは,被告製品の製造
時点において容易に想到することができたものである。
エ 第4要件(公知技術の抗弁)
  本件特許出願時,本件第2発明に係るアミノ酸配列を有するエンドグル
カナーゼ酵素が存在することは全く知られておらず,当業者においてこれを容易に
精製・単離できるものではなかった。したがって,本件特許出願当時,本件アミノ
酸配列と実質的に同一の被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素が
存在することも知られておらず,このような酵素が当業者において本件特許出願時
に容易に精製・単離できたものではない。
オ 第5要件(意識的除外)
  本件第2発明に係る出願手続において,原告が被告製品アミノ酸配列を
有するエンドグルカナーゼ酵素を特許請求の範囲から意識的に除外したなどという
事情はない。
  原告は,一部の請求項に係る発明を先に権利化させるべく,アミノ酸が
除去,付加,置換されたアミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素に関する請
求項について別途分割出願にて権利化させるために削除したにすぎないから,原告
が本件アミノ酸配列においてアミノ酸が除去,付加,置換されたアミノ酸配列を有
するエンドグルカナーゼ酵素が本件第2発明の技術的範囲に属さないことを承認し
たか,又はそのように解される行動をとったことはない。
【被告の主張】
  (1) 文言侵害について
   ア 2つの酵素が同一の酵素といえるためには,酵素の3つの構成部分であ
る触媒コア(触媒領域),リンカー(ヒンジともいう)及び基質結合ドメインのす
べてが一体として同一でなければならず,そのうちの1つでも異なれば相互に異な
る酵素である。触媒コア,リンカー及び基質結合ドメインは,酵素の働きにおいて
それぞれ意味があり,三位一体として酵素を構成する。本件第2発明のエンドグル
カナーゼ酵素も,これら3部分が一体となってなる,1位から284位までの28
4個のアミノ酸配列で特定された酵素である。
   イ 本件アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素と被告製品アミノ酸
配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は,アミノ酸が9個も異なるのであるから,
両者が生化学的に同一であるとはいえない。
   ウ 本件第2発明は,エンドグルカナーゼ酵素をタンパク質の一次構造であ
るアミノ酸配列だけで特定したものであり,原告が主張するような,触媒コア部分
の「構造」は,本件特許明細書には全く記載されていない。したがって,原告の主
張は,本件第2発明の構成要件でない事項をもって本件第2発明に係るエンドグル
カナーゼ酵素と被告製品に含有されるエンドグルカナーゼ酵素の異同を論じようと
するものであるから,失当である。
   エ 本件特許明細書には活性-pH曲線の形状及びその前提をなす測定方
法・条件がまったく示されていないから,本件第2発明に係るエンドグルカナーゼ
酵素と被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素の性質,すなわち,
活性が同一かどうかは,判断することができない。したがって,両酵素のアミノ酸
配列の違いが酵素の性質(活性)にまったく影響を与えないとの原告の主張は,根
拠がない。
  (2) 均等論の点について
ア非本質的部分の点について
本件第2発明は,①エンドグルカナーゼ酵素であること及び②本件アミノ
酸配列を有すること,というわずか2つの構成要件だけから構成され,しかもその
うち上記①は単に公知な酵素の種類を記載したものにすぎない。本件第2発明の構
成から抽出される技術的思想の中核をなす特徴的部分は,エンドグルカナーゼ酵素
を本件アミノ酸配列によって特定したこと自体と解するのが相当である。そうする
と,被告製品アミノ酸配列は本件アミノ酸配列とアミノ酸の配置が9個も相違する
から,被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は,本質的部分にお
いて本件第2発明の構成と異なるというべきである。
   イ 置換可能性の点について
 被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素と本件アミノ酸
配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は,触媒コア部分のアミノ酸配列においてア
ミノ酸が3個相違しており,両酵素の触媒コア部分のアミノ酸配列の三次元構造が
異なること,被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は,本件第2
発明の作用効果とされている活性なpH範囲より幅広いpH範囲で活性であり,そ
の点で本件第2発明の作用効果とは相違することからすると,両者のアミノ酸配列
には置換可能性がないというべきである。
   ウ置換容易性の点について
エンドグルカナーゼ酵素のアミノ酸配列における1個のアミノ酸の違い
でもそれが酵素の特性にどのような違いをもたらすかは当業者において予測できな
いところ,本件アミノ酸配列と被告製品アミノ酸配列とは9個アミノ酸が違ってい
るのであるから,本件アミノ酸配列を被告製品アミノ酸配列に置換することについ
て容易に想到することができたということはない。
   エ 意識的除外の点について
 原告は,本件特許出願手続において,本件アミノ酸配列において「1個
~複数個」又は「1個~数個」のアミノ酸が除去,付加及び/又は置換されたアミ
ノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は本件第2発明の技術的範囲に属しない
ことを承認したか,あるいは少なくともそのように解される行動をとった。上記と
おり,被告製品アミノ酸配列は本件アミノ酸配列とアミノ酸9個が相違し,うち5
個のアミノ酸は本件アミノ酸配列に付加されたものであり,4個のアミノ酸は本件
アミノ酸配列のアミノ酸を置換したものであるから,被告製品アミノ酸配列は,本
件アミノ酸配列において「1個~複数個」又は「1個~数個」のアミノ酸が付加及
び置換されたアミノ酸配列に該当する。したがって,原告は,このように出願手続
において,被告製品アミノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素を意識的に除外
したといえる。
 6 争点(3)について
【被告の主張】
  (1) 進歩性,新規性の欠如が明らかであること
ア本件第1発明は,乙16号証及び乙14号証に記載されているフミコー
ラ・インソレンス由来のエンドグルカナーゼ酵素(CMCアーゼ)(以下「林田エ
ンドグルカナーゼ酵素」という。)に対して,新規性,進歩性を欠いている。
   イ 本件第1発明の構成要件A,A①,A③,A④,A⑤及びBの各内容
は,乙16号証に明確に記載されている(なお,構成要件A⑤については,乙14
号証にも記載されている。)。また,構成要件A②も,本件特許明細書にその基
準,測定方法・条件が示されていないので,乙16号証及び乙14号証に記載され
ている林田エンドグルカナーゼ酵素のE法で測定した至適pH5.0という性状と
区別がつかない。そして,乙16号証と乙14号証は相互に関係を有しない文献と
いうのではなく,フミコーラ・インソレンスYH-8が生産するセルラーゼという
同一のテーマに関する同一著者(E教授)の文献であって,かつ乙14号証がその
研究の総説的論文であり,乙16号証の論文は乙14号証の論文に引用されている
という関係に立っている。このような場合,乙16号証と乙14号証は特許法29
条1項に基づく新規性の判断において一体として1つの刊行物と評価されるべきで
ある。したがって,本件第1発明は,このように1つの刊行物と評価されるべき乙
16号証及び乙14号証に記載された発明というほかないのであるから,特許法2
9条1項の無効理由を有することが明らかである。
   ウ 仮に,乙16号証と乙14号証を1つの刊行物と評し得ないとしても,
本件第1発明は,乙16号証及び乙14号証に記載されたものに基づいて当業者が
容易に発明できたものということができるから,特許法29条2項の無効理由を有
することが明らかである。
  (2) 記載不備が明らかであること
    上記2【被告の主張】(1)及び(2)のとおり,本件特許明細書の記載から,
構成要件A②及びA③の範囲が定まらないから,本件第1発明を実施することがで
きず,また,あるエンドグルカナーゼ酵素が本件特許請求の範囲に該当するか否か
を判断することもできないから,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,その発
明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることが
できる程度にその発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,また,本件特許
請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項が記載されているともいえな
い。
  (3) 以上のとおり,本件第1発明には無効理由が存することが明らかであるか
ら,本件第1発明に基づく本件請求は,権利の濫用として許されないものといわな
ければならない。
【原告の主張】
  (1)新規性,進歩性欠如について
  乙14号証及び乙16号証に記載された林田エンドグルカナーゼ酵素は,
本件発明に係るエンドグルカナーゼ酵素とは別のものであるから,この点に関する
被告の主張は理由がない。
  (2) 記載不備について
    上記2【原告の主張】のとおり,構成要件A②及びA③の各記載には不明
確な部分はない。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)について
  (1) 争いのない事実並びに証拠(甲2,17,18,乙26,27,33,3
8ないし40)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
   ア 本件発明は,エンドグルカナーゼ酵素そのものを対象とする物の発明で
ある。
   イ 本件特許明細書13欄,14欄には,実施例1について,以下の記載が
ある。
     「3.~43kDのエンドグルカナーゼの特性決定
       (中略)
       酵素の特性:
       この酵素はpH3と9.5との間で安定である。
       (中略)
       この酵素は約50℃で最大活性を示すと共にpH6.0と10.0
との間で活性である。」
   ウ ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,国際予備審査段階に
おいて,PCT出願に係る本件特許請求項1について,欧州特許庁から,その内容
が十分に特定されていないので,PCT出願における請求項5に記載された等電点
約5.1を有するという性質により,エンドグルカナーゼ酵素の特定をするよう求
められた。そこで,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,上記のよう
に特定することに代えて,本件特許請求項1の特許請求の範囲に,本件特許明細書
実施例1に記載されている「pH6.0と10.0との間で活性である」という性
質(構成要件A②)を追加した。その後,ノボ・ノルディスク・アクティーゼル
ス・カブは,日本での国内段階において,特許庁審査官から,本件特許請求項1の
「エンドグルカナーゼ成分」は,至適pH及び特定の抗体との結合性のみで特定さ
れているため,「エンドグルカナーゼ成分」なる用語に含まれる範囲が不明瞭であ
るとの拒絶理由通知を受けた。そこで,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・
カブは,本件特許請求項1の特許請求の範囲に,本件特許明細書実施例1に記載さ
れている「pH3と9.5の間で安定である」という性質(構成要件A③)を追加
した。
  (2) 構成要件A②及びA③は,それぞれ「pH6.0~10.0の範囲で活
性」,「pH3~9.5の範囲のpH値において安定である」とのみ記載されてい
るから,この文言のみからすると,これらの範囲外のpH値において活性かどう
か,安定かどうかという点については,このように限定している以上,これらの範
囲外のpH値においては活性ではない,安定ではないという趣旨と解することもで
きるし,これらの範囲外のpH値において活性かどうか,安定かどうかという点に
ついては,触れられていないから,これらの範囲外のpH値において活性かどうか
安定かどうかは無関係であるという趣旨に解することもできる。したがって,文言
のみからは,これらの範囲外のpH値において活性かどうか安定かどうかという点
については明らかでない。また,本件特許明細書(甲2)によると,発明の詳細な
説明中には,構成要件A②及びA③の意義に関連する記載としては,上記(1)イ認定
に係る実施例1の記載しかないものと認められるから,発明の詳細な説明を参酌し
ても,上記範囲外のpH値において活性かどうか,安定かどうかという点について
は,明らかではない。このように特許請求の範囲の文言及び発明の詳細な説明の記
載が不明確である以上,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲を限定的に解
釈せざるを得ない。
  (3) 上記(1)ア認定のとおり,本件発明は,エンドグルカナーゼ酵素そのもの
を対象とする物の発明であるから,物として特定していなければならないことに,
上記(1)ウ認定に係る出願経過を併せて考慮すると,構成要件A②及びA③は,本件
第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素を特定するために追加された要件であると
認められる。なお,原告は,構成要件A③は,これを追加する前の本件特許請求項
1には,「フミコーラ属微生物由来の」という要件がなかったから,構成要件A③
の追加が必要であった旨主張するが,上記(1)ウ認定の出願経過からすると,構成要
件A③が,本件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素を特定するために追加され
たことは明らかであって,それが結果的に必要であったかどうかは,上記認定を左
右しないものというべきである。
    原告は,本件第1発明に係るエンドグルカナーゼ酵素は,本件第1発明に
係る産業分野における使用条件である,pH6.0~10.0の範囲において活
性,pH3~9.5の範囲において安定であることが必須であり,これらのpH領
域以外での活性及び安定性があるか否かは問題とならないものであると主張する。
しかしながら,本件第1発明は,エンドグルカナーゼ酵素そのものを対象とする物
の発明であるから,特定の用途との関係で,その構成要件を解釈することはできな
い。また,そもそも,特許発明は,産業上利用することができるものでなければな
らない(特許法29条1項柱書)から,構成要件A②及びA③が,上記原告が主張
するような意味のものであれば,産業上利用することができる酵素として当然の性
質を記載したものに過ぎず,上記(1)ウ認定の出願経過を経て本件第1発明に係るエ
ンドグルカナーゼ酵素を更に特定したものと解することはできない。
  (4) そうすると,本件第1発明に係る構成要件A②及びA③の各要件は,①当
該酵素が,pH6.0~10.0の範囲において活性であり,それ以外の範囲で活
性でない(構成要件A②),②当該酵素が,pH3~9.5の範囲において安定で
あり,それ以外の範囲で安定でない(構成要件A③),とそれぞれ解釈するのが相
当である。
  (5) 原告は,構成要件A②及びA③に係る文言は,当業者において,原告が主
張するように理解されると主張し,この主張に沿うものとして,専門家(マサチュ
ーセッツ工科大学のA博士,地中海大学のB博士,東京大学のC教授及びケンブリ
ッジ大学のD教授)の意見書(甲22の1,甲23の1,甲31,32)を提出
し,また,当業者においては,ある酵素のpH活性及び安定性が認められたpH領
域のある特定の一部の領域において活性がある又は安定であることを当該酵素の特
定として表示することが通常行われていると主張し,この主張に沿うものとして,
製品カタログ(甲24の1ないし4)を提出する。しかしながら,上記各意見書
は,いずれも構成要件A②及びA③に係る文言を一般的にいかに解釈するかという
ことを述べたものに過ぎず,本件第1発明の特許請求の範囲の記載としての構成要
件A②及びA③を,発明の詳細な説明の記載や出願経過等も考慮したうえで,いか
に解釈するかということを述べたものではないし,上記製品カタログは,当該製品
の説明に過ぎず,直接に本件第1発明の特許請求の範囲の記載の解釈を裏付けるも
のではない。したがって,上記意見書等を根拠とする原告の上記主張は理由がな
い。
  (6) 以上を前提として,被告製品が構成要件A②及びA③を充足するかどうか
検討する。
   ア 証拠(甲7の1,甲44)及び弁論の全趣旨によると,被告製品のエン
ドグルカナーゼ酵素について,酵素がセルロースを分解する際に生成する還元糖を
定量する方法で測定したところ,以下の(ア),(イ)の事実が認められるから,この測
定結果からすると,被告製品のエンドグルカナーゼ酵素は,構成要件A②及びA③
の範囲外のpH値においても活性又は安定しているものということができる。
    (ア) pH10.0において生成された還元糖量を活性であることの基準と
すると,構成要件A②のpH範囲外であるpH約4.5~6.0(甲7の1のサン
プル#1-4),pH5.0~6.0(甲7の1のサンプル#2-1),少なくと
もpH5.0~6.0(甲44)においてそれより高い活性を有する。
    (イ) 被告製品は,pH3~9.5の範囲外であるpH10.0において
も,範囲内と同様に安定である(甲7の1)。
   イ 総タンパク質1㎎当たり少なくとも約50CMCエンドアーゼ単位のC
MCエンドアーゼ活性を示すか否かが構成要件A②にいう活性であるか否かの基準
である旨の原告の主張(前記第3の2【原告の主張】(1))を前提にしても,証拠
(甲45)及び弁論の全趣旨によると,被告製品のエンドグルカナーゼ酵素は,構
成要件A②のpH範囲外であるpH5.0におけるCMCエンドアーゼ単位が90
単位を示すことが認められるから,構成要件A②を充足しない。
   ウ そして,他に,被告製品のエンドグルカナーゼ酵素が,上記(4)で述べた
本件第1発明に係る構成要件A②及びA③の各要件,すなわち,①当該酵素が,p
H6.0~10.0の範囲において活性であり,それ以外の範囲で活性でないこと
を要し(構成要件A②),②当該酵素が,pH3~9.5の範囲において安定であ
り,それ以外の範囲では安定ではないことを要する(構成要件A③)ことを充足す
ることを認めるに足りる証拠はない。
  (7) 以上のとおりであって,被告製品は,本件第1発明に係る構成要件A②及
びA③の各要件を充足していないのであるから,原告の本件第1発明に基づく請求
は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
  (8) なお,前記第2の1(5)のとおり,原告は,平成14年1月4日付けで,
本件第1発明に関して訂正請求をしているので,この点について付言するに,弁論
の全趣旨によると,当該訂正請求は,酵素活性の測定方法を粘度法に特定するため
に行われたものであると認められる。証拠(甲45,57)及び弁論の全趣旨によ
ると,被告が訂正請求において明示した測定方法に基づいて被告製品を測定したと
ころ,当該被告製品のエンドグルカナーゼ酵素は,pH5.0における活性が,p
H10.0における活性よりも高い活性を有しており,また,pH3~9.5の範
囲外のpH領域においても,当該範囲内におけるのと同様の安定性を有しているこ
とが認められる。そして,このような認定事実と上記認定判断した本件第1発明に
係る構成要件A②及びA③の解釈からすると,被告製品は,構成要件A②及びA③
の各要件をいずれも充足しないということになる。そうすると,仮に原告請求に係
る当該訂正が認められたとしても,被告製品が,当該訂正後の本件第1発明の特許
請求の範囲に含まれないということに変わりはない。
 2 争点(2)について
 (1) 争いのない事実並びに証拠(甲13の1,甲53,乙2ないし9,26,
27,33ないし39,58ないし66)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実
が認められる。
ア 本件第2発明に係る配列番号2は,本件アミノ酸配列のとおりであると
ころ,被告製品アミノ酸配列と本件アミノ酸配列とを対比すると,両者は,以下の
部分が異なっている。
    (ア) 触媒コア部分に位置する3つのアミノ酸
     a 被告製品アミノ酸配列の4位のアミノ酸がリジン(Lys,K)で
あるのに対し,本件アミノ酸配列の4位のアミノ酸はアルギニン(Arg,R)で
ある。
     b 被告製品アミノ酸配列の38位のアミノ酸がロイシン(Leu,
L)であるのに対し,本件アミノ酸配列の38位のアミノ酸はイソロイシン(Il
e,I)である。
     c 被告製品アミノ酸配列の70位のアミノ酸がフェニルアラニン(P
he,F)であるのに対し,本件アミノ酸配列の70位のアミノ酸はロイシン(L
eu,L)である。
 (イ) 触媒コア以外の部分に位置するアミノ酸
      被告製品アミノ酸配列の222位のアミノ酸が,グリシン(Gly)
であるのに対し,本件アミノ酸配列はアスパラギン(Asn)である。
    (ウ) 触媒コア部分のN末端に付加された5つのアミノ酸
被告製品アミノ酸配列には,1位のN末端側から順にピログルタミン
酸(pGlu),アスパラギン(Asn),シスチン(Cys),グリシン(Gl
y)及びセリン(Ser)の5つのアミノ酸が付加されている。
   イ 本件第2発明についての出願経過は,次のとおりであったことが認めら
れる。
 (ア) 配列番号2のアミノ酸配列に係るエンドグルカナーゼ酵素に関する本
件第2発明についての審査請求時における特許請求の範囲は,以下のとおりであっ
た。
 「6.エンドグルカナーゼ活性を示す酵素であって,添付の配列表ID
#2に示されるアミノ酸配列を有する酵素またはエンドグルカナーゼ活性を示す前
記酵素の誘導体。」
(イ) 上記請求項6に係る発明について,特許庁審査官は,平成11年6月
7日付けで,「前記酵素の誘導体」の部分に関し,「酵素の誘導体なる記載は,ど
のような誘導体を含み得るのかその範囲が不明瞭である」との理由で拒絶理由通知
書を発した。
(ウ) この拒絶理由に対して,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カ
ブは,平成11年12月22日付けで手続補正書を提出し,上記請求項6に係る発
明のうち「前記酵素の誘導体」に関する部分の特許請求の範囲を,以下のとおり補
正した。
 「2.配列番号:2又は4に示すアミノ酸配列を有するエンドグルカナ
ーゼ酵素。」
 「3.配列番号:2又は4に示すアミノ酸配列において,1個~複数個
のアミノ酸の除去,付加及び/又は置換により修飾されたアミノ酸配列を有し,且
つ非晶質セルロースを分解し,セロビオースβ-p-ニトロフェニルを分解しないエン
ドグルカナーゼ酵素。」
 「4.配列番号:2又は4に示すアミノ酸配列において,1個~数個の
アミノ酸の除去,付加及び/又は置換により修飾されたアミノ酸配列を有し,且つ
非晶質セルロースを分解し,セロビオースβ-p-ニトロフェニルを分解しないエンド
グルカナーゼ酵素。」
 「5.配列番号:2に示すアミノ酸配列のNー末端に1個~複数個のア
ミノ酸の付加により修飾されたアミノ酸配列を有し,且つ非晶質セルロースを分解
し,セロビオースβ-p-ニトロフェニルを分解しないエンドグルカナーゼ酵
素。」
   上記補正は,審査請求時において分けて記載していた配列番号2に示
すアミノ酸配列に係る請求項と配列番号4に示すアミノ酸配列に係る請求項をまと
めて記載すると共に,これらの各アミノ酸配列そのもので特定されたエンドグルカ
ナーゼ酵素の発明とその一部のアミノ酸が置換・欠失・付加されたアミノ酸配列の
エンドグルカナーゼ酵素の発明を個別の請求項として記載したものであった。
(エ) 上記請求項3ないし5を含む請求項に対し,特許庁審査官は,平成1
2年4月4日付けで,以下の理由により拒絶理由通知書を発した。
  「引用文献2には,シュードモナス属微生物由来のセルラーゼとそれを
コードするDNAが記載されており,本願の請求項3~13に記載される発明は,
引用文献2に記載される発明と実質的に同一である。」
  「引用文献3には,シュードモナス属微生物由来のセルラーゼのアミノ
酸配列及びそれをコードするDNAの塩基配列が記載されている。酵素等の公知の
DNAの触媒活性部分等の一部をプライマ-として同酵素をコードするDNAを別
の微生物から得ようとすることは,当該分野における周知技術であるから(引用文
献4参照),引用文献1によりセルラーゼを産生することが公知のフミコラインソ
レンスDSM1800に上記周知技術を適用して,引用文献3により記載されるD
NAの一部をプライマーとして用いてセルラーゼをコードするDNAを得ようとす
ることは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。」
(オ)上記拒絶理由通知書に対して,ノボ・ノルディスク・アクティーゼル
ス・カブは,平成12年5月19日付けで意見書及び手続補正書を提出し,上記請
求項3ないし5を削除した。また,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブ
は,当該手続補正書において,請求項2に関し,配列番号2のアミノ酸配列に係る
ものについては,1位のアミノ酸から始まる旨の補正を行った。
その後,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,配列番号
4に関する記載を削除するなどして,本件特許請求の範囲請求項4のようになっ
た。
    (カ)ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,平成12年に,本
件特許の分割出願をした。当該分割出願に係る請求項2,4,6の各特許請求の範
囲は,以下のとおりである。
    「【請求項2】配列番号:2に示す1位のアミノ酸から284位のアミ
ノ酸までのアミノ酸配列において,1個~複数個のアミノ酸の除去,付加及び/又
は置換により修飾されたアミノ酸配列を有し,且つ非晶質セルロースを分解し,セ
ロビオースβ-p-ニトロフェニルを実質的に分解しないエンドグルカナーゼ酵
素。」
「【請求項4】配列番号:2に示す1位のアミノ酸から284位のアミ
ノ酸までのアミノ酸配列において,1個~数個のアミノ酸の除去,付加及び/又は
置換により修飾されたアミノ酸配列を有し,且つ非晶質セルロースを分解し,セロ
ビオースβ-p-ニトロフェニルを実質的に分解しないエンドグルカナーゼ酵
素。」
「【請求項6】配列番号:2に示すアミノ酸配列のNー末端に1個~複
数個のアミノ酸の付加により修飾されたアミノ酸配列を有し,且つ非晶質セルロー
スを分解し,セロビオースβ-p-ニトロフェニルを実質的に分解しないエンドグ
ルカナーゼ酵素。」
   ウ アミノ酸配列におけるわずかなアミノ酸の違いでも,酵素の活性,安定
性などの特性に予想もしない変化をもたらすことがある。
  (2) 以上認定した事実からすると,被告製品アミノ酸配列は,本件アミノ酸配
列と異なっているところ,ノボ・ノルディスク・アクティーゼルス・カブは,以上
のとおり,本件アミノ酸配列の一部のアミノ酸が置換・欠失・付加されたアミノ酸
配列のエンドグルカナーゼ酵素の発明を,本件特許の請求の範囲から削除し,分割
出願しているのであるから,本件第2発明には,本件アミノ酸配列と異なるアミノ
酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素は含まれないことはもとより,本件アミノ
酸配列の一部のアミノ酸が置換・欠失・付加されたアミノ酸配列のエンドグルカナ
ーゼ酵素は,本件第2発明に係る特許請求の範囲の記載から意識的に除外されたも
のと認められる。
    そうすると,被告製品は,本件第2発明の技術的範囲に属さないし,均等
となることもないというべきである。
  (3) この点,原告は,本件アミノ酸配列と被告製品アミノ酸配列とのアミノ酸
の違いは,酵素の活性に何ら影響するものではなく,これらは同一の構造及び活性
を有すると主張する。しかしながら,仮に,この点が認められたとしても,上記(2)
で述べたところからすると,被告製品は,本件第2発明の技術的範囲に含まれず,
均等となることもないというべきである。
 3 結論
   以上の次第で,原告の被告に対する本件請求は,いずれも理由がないから,
主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第47部
   裁判長裁判官森 義之
   裁判官内藤裕之
   裁判官上田洋幸
(別紙)
物件目録
下記1又は2のエンドグルカナーゼ酵素を含有する製品。なお,これらの製品
は「MEIJICELLULASEHEP-100Cellulaseenzyme」等の商品名で販売されることも
ある。

1 次の性質を有するフミコ-ラ・インソレンス(Humicolainsolens)由来のエン
ドグルカナ-ゼ酵素
① SDS-PAGEにより測定した見かけ分子量が約43kDである
② pH6.0~pH10.0の範囲でCMCア-ゼ活性(カルボキシメチル
セルロ-ス(CMC)を分解する酵素活性)を有している
③ pH3~pH9.5の範囲のpH値において安定である
④ 非晶質セルロ-スを分解する酵素活性を有している
⑤ セロビオヒドラ-ゼ活性(セロビオ-スβ-p-ニトロフェニルを分解す
る酵素活性)を実質的に有していない
2 別紙被告製品アミノ酸配列記載のアミノ酸配列に示す1位から284位のアミ
ノ酸配列を有するエンドグルカナーゼ酵素
被告製品アミノ酸配列本件アミノ酸配列

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激動の時代に
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