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裁判例


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       略 語 表(主文及び理由)
(この判決においては、以下の略語を用いる。ただし、正式の用語を用いることも
ある。)
本件原子炉施設 被告が福井県敦賀市白木に建設中の高速増殖炉(
        高速原型炉)「もんじゅ」、すなわち本件許可処分
        に係る原子炉及びその付属施設
本件許可処分  内閣総理大臣が昭和五八年五月二七日付けで被告
        に対してした本件原子炉施設の処置許可処分
本件許可申請  被告が昭和五五年一二月一〇日付けで内閣総理大
        臣に対してした原子炉設置許可申請(ただし、昭
        和五六年一二月二八日付け及び昭和五八年三月一
        四日付けでそれぞれ一部補正されている。)
本件安全審査  内閣総理大臣(所部の機関は科学技術庁)及び原
        子力安全委員会が本件許可申請に対して、規制法
        二四条一項三号及び四号の要件適合性についてし
        た審査
動燃      動力炉・核燃料開発事業団(被告の旧名称)
サイクル機構  核燃料サイクル開発機構(被告の新名称)
安全委員会   原子力安全委員会
安全審査会   原子炉安全専門審査会
基本法     原子力基本法(昭和三〇年法律第一八六号)
設置法     原子力委員会及び原子力安全委員会設置法(昭和
        三〇年法律第一八八号)
規制法     核原料物資、核燃料物資及び原子炉の規制に関す
        る法律(昭和三二年法律第一六六号)
電気事業法   電気事業法(平成九年法律第八八号による改正後
        のもの)
原子炉規制   試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に
        関する規制(昭和三二年一二月九日総理府令第八
        三号)
立地審査指針  原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断の
        めやすについて(昭和三九年五月二七日原子力委
        員会決定)
評価の考え方  高速増殖炉の安全性の評価の考え方について(昭
        和五五年一一月六日原子力委員会決定)
気象指針    発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針に
        ついて(昭和五七年一月二八日原子力委員会決定)
許容被曝線量等 原子炉の設置、運転等に関する規則等の規定に基
を定める件   づき、許容
被曝線量等を定める件(昭和三五年九
        月三〇日科学技術庁告示第二一号)
安全設計審査指 発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計指針に
針       ついて(昭和五二年六月一四日原子力委員会決定)
プルトニウムに プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必
関するめやす線 要なプルトニウムに関するめやす線量について(
量について   昭和五五年一一月六日原子力委員会決定)
安全評価審査指 発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査
針       指針(昭和五三年九月二九日原子力委員会決定)
線量評価指針  発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対す
        る評価指針について(昭和五一年九月二八日原子
        力委員会決定)
耐震設計審査指 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針につ
針       いて(昭和五六年七月二〇日原子力委員会決定)
本件事故又は本 平成七年一二月八日に本件原子炉施設において発
件ナトリウム漏 生した二次冷却材ナトリウム漏えい事故
えい事故
安全総点検   被告が本件事故後に、科学技術庁の「もんじゅ安
        全総点検チームが策定した「もんじゅ安全総点検
        の基本方針」等を踏まえて取りまとめた「もんじ
        ゅの安全総点検に関する実施計画」に基づき行っ
        た本件原子炉施設全般にわたる総合的な点検
日本原子力発電 日本原子力発電株式会社
関西電力    関西電力株式会社
中部電力    中部電力株式会社
浜岡一号炉   中部電力の浜岡原子力発電所一号炉
常陽      被告が設置した高速増殖炉(高速実験炉)
ふげん     被告が設置した新型転換炉
LMFBR   液体金属冷却高速増殖炉
PWR     加圧水型軽水炉
BWR     沸騰水型軽水炉
RMBK    黒鉛減速沸騰水型原子炉
FPガス    核分裂生成物のうち気体状のもの
ICRP    国際放射線防護委員会
IAEA    国際原子力機関
WHO     世界保健機構
UNSCEAR 国際連合原子放射線の影響に関する科学委員会
OECD/NE 経済協力開発機構原子力機関

NRC     米国原子力規制委員会
USAEC   米国原子力委員会
NCRP    米国放射線防護測定審議会
チェルノブイリ ソビエト連邦ウクライナ共和国所在のチェルノブ
四号炉     イリ発電所
四号炉
チェルノブイリ 昭和六一年四月二六日にチェルノブイリ発電所四
事故      号炉において発生した事故
PFR     英国のドーンレイ所在の高速増殖炉
エンリコ・フェ 米国ミシガン州所在のエンリコ・フェルミ一号炉
ルミ炉
ERB―I   米国アイダホ州所在の増殖実験炉一号炉
セイラム一号炉 米国ニュージャージ州所在のセイラム原子力発電
        所一号炉
スーパーフェニ フランスのクレイマルヒル所在の高速増殖炉
ックス
フェニックス  フランスのマルクール所在の高速増殖炉
TMI二号炉  米国ペンシルバニア州所在のスリーマイルアイラ
        ンド原子炉発電所二号炉
TMI事故   昭和五四年三月二八日にTMI二号炉において発
        生した事故
サリー二号炉  米国バージニア州所在のサリー原子力発電所二号
        炉
       主   文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告は、福井県敦賀市白木地区に、昭和五八年五月二七日許可に係る高速増殖
炉「もんじゅ」(以下「本件原子炉施設」という。)を建設し、運転してはならな
い。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
 主文同旨
第二 事案の概要及び当事者の主張
一 事案の概要
 本件は、被告が福井県敦賀市白木地区に建設中の高速増殖炉(高速原型炉)「も
んじゅ」の周辺に居住する住民である原告らが、本件原子炉施設の建設及び運転が
行われるならば、重大事故が発生する具体的可能性があり、原告らは、右の事故発
生時において生命、身体に対する重大な被害を及ぼす放射線被曝を受けることはも
とより、平常運転時においても、同様の重大な被害を及ぼす放射線被曝を受ける旨
主張して、また、本件原子炉施設から放出される放射線による環境汚染により、健
康な生活を維持し、快適な生活を求めるため良好な環境を享受する権利を侵害され
る旨主張して、本件原子炉施設の建設及び運転の差止めを求めた事案である。
二 当事者の主張
 本件の主たる争点は、本件原子炉施設の建設及び運転により、原告らの生命、身
体に重大な被害が及ぶか否かである。
 右争点に関する原告らの主張は、第三分冊「原告らの主張」記載のとおりであ
り、被告の主張は、第四分冊「被告の主張」記載のとおりである。
 なお、争点に関する
当事者の主張はほぼ右書面で尽くされていると考えられるが、その他右書面に表れ
ていない主張を含めて、理由においては、判断の前提として、当事者の主張の要点
を適宜摘示する。
第三 証拠
 本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
       理   由
第一章 当事者
第一 原告ら
 原告らは、本件原子炉施設からの距離が約一一キロメートルから五八キロメート
ルの範囲に居住する住民である。
第二 被告
 被告は、本件原子炉施設を建設中の者であり、本件原子炉施設を運転しようとす
る者である。なお、被告は、平成一〇年一〇月一日、動力炉・核燃料開発事業団か
ら核燃料サイクル開発機構に法人名が変更されている。
第二章 本件原子炉施設の特徴
第一 本件原子炉施設の特徴
 争いのない事実並びに乙一ないし三、乙五、乙イ二及び乙イ四によれば、本件原
子炉施設の特徴について、次のとおりと認められる。
一 本件原子炉施設は、被告が、福井県敦賀市白木地区に建設中の、熱出力七一万
四〇〇〇キロワットの高速増殖原型炉であり、電気出力約二八万キロワットの発電
設備を有している。
二 本件原子炉施設は、核分裂反応によって発生したエネルギーを利用する広義の
原子炉施設に属するが、現在、一般的に発電の用に供されている原子炉(軽水炉)
と比べて、次のような特徴を有する。
1 ウラン等の質量数の大きい元素の中には、核分裂を起こしやすいもの(核分裂
性物質という。)があり、例えばウランの同位体であるウラン二三五や、プルトニ
ウムの同位体であるプルトニウム二三九は、エネルギーの低い中性子によって容易
に核分裂し、熱エネルギーを放出する。軽水炉は、この性質を利用し、主としてウ
ラン二三五を使用して核分裂反応を起こさせ、これによって生じた熱をエネルギー
として利用し、発電の用に供する。
 しかし、ウラン二三五は、天然に産出するウランの中の約〇・七パーセントを占
めるに過ぎず、九九パーセントを占めるウラン二三八は、核分裂しにくい(燃えな
い)ウランであり、そのままでは原子炉の燃料として利用できないものであるが、
ウラン二三八は、中性子を一個吸収すると、核分裂を起こすプルトニウム二三九に
転換する性質を有する。そこで、本件原子炉施設においては、炉心燃料部分で核分
裂反応を起こさせ、これによって生じた熱をエネルギーとして利用し、発電の用に
供するのは軽水炉と同様であるが、これ
と同時に、右核分裂反応の際に生じた中性子によって、燃料部分の燃えないウラン
を燃えるプルトニウムに転換し、消費した以上の燃料を生産することを図り、炉心
中央にプルトニウムとウランの混合酸化物からなる炉心燃料を配置し、その周辺
に、ウランの酸化物からなるブランケット燃料を配置している(このことから、増
殖炉と呼ばれる。)。なお、軽水炉においても、燃料中のウラン二三八の一部がプ
ルトニウム二三九に転換されるが、その量は消費される燃料に比べて少なく、増殖
は行われない。
2 軽水炉においては、核分裂反応によって生じた直後の高いエネルギー(速度)
を有する中性子(高速中性子という。)ではウラン二三五の新たな核分裂反応を起
こす確率が低いことから、これを減速し、新たな核分裂反応を起こす確率の速度の
遅い中性子(熱中性子という。)にしており、その減速材として、軽水(普通の
水)を用いる(このことから、軽水炉と呼ばれる。)。
 これに対し、本件原子炉施設においては、燃料の増殖を図るためには、中性子を
減速することなく、高いエネルギーを有する高速中性子のまま利用する必要がある
ことから、減速材を用いない(このことから、高速炉と呼ばれる。)。他方で、高
速中性子では核分裂反応が起きる確率が低いことから、燃料中の核分裂性物質の割
合を軽水炉より高めている。
3 軽水炉においては、核分裂によって生じた炉心の熱エネルギーを除去して炉心
の温度を調節すると共に、この熱を外部に取り出すための物質(冷却材)として
も、軽水が用いられる。すなわち、軽水炉においては、軽水が、減速材と冷却材の
役割を兼ねている。
 これに対し、本件原子炉施設は、高速中性子を用いるため、減速効果の大きい軽
水を冷却材として用いることはできず、冷却材としては、中性子を減速する効果が
小さく、かつ、冷却材としての性質上熱伝導度が高い物質を用いることが望まし
い。そこで、本件原子炉施設においては、右性質を有し、かつ、大気圧下において
九八℃から約八八〇℃までの広い範囲で液体として存在し、高い温度でも加圧する
必要のない金属ナトリウムを冷却材として用いている。
4 現在発電の用に供されている軽水炉は、規制法上は、「実用発電用原子炉」に
位置づけられ(同法二三条一項一号)、電気事業法上は、「事業用電気工作物」に
当たる(同法三八条三項。平成七年法律第七五号による改正後のもの。以下同じ。

 これに対し、本件原子炉施設は、規制法上は、「研究開発段階にある原子炉」に
位置づけられ(同法二三条一項四号)、電気事業の用に供するものではないことか
ら、電気事業法上は、「事業用電気工作物」のうちの「自家用電気工作物」に当た
る(同法三八条四項。同条三項により、「事業用電気工作物」に関する規定が原則
として適用される。)。
第二 本件原子炉施設の原子力開発上の位置づけ
 本件原子炉施設は、高速増殖炉の開発段階としては、実験炉と将来炉(実証炉又
は実用炉)の中間に位置する「原型炉」に当たる。したがって、本件原子炉施設は
「液体金属冷却高速増殖(LMFBR)原型炉」である。
第三章 差止請求権の根拠
第一 当事者の主張
 本件の請求は、本件原子炉施設の建設及び運転が行われるならば、重大事故が発
生する具体的可能性があり、原告らは、右の事故発生時において生命、身体に対す
る重大な被害を及ぼす放射線被曝を受けることはもとより、平常運転時において
も、同様の重大な被害を及ぼす放射線被曝を受ける旨主張して、また、本件原子炉
施設の放出する放射線による環境汚染により、健康な生活を維持し、快適な生活を
求めるため良好な環境を享受する権利を侵害されている旨主張して、本件原子力発
電所の運転の差止めを求めるものである。
 原告らは、右の差止請求の根拠は、原告らそれぞれの人格権及び環境権に基づく
妨害予防請求権の行使であると主張し、人格権については「主として人格的属性を
対象とし、その自由な発展のため、第三者による侵害に対し、保障されなければな
らない諸利益の総体」、環境権については、「人が健康な生活を維持し、快適な生
活を求めるための、良き環境を享受し、かつこれを支配しうる排他的な権利」であ
るとしている。これに対して、被告は、人格権に基づく差止請求権は、広範囲の人
格的利益のすべてが差止請求権の根拠となるものではなく、生命、身体等の重要な
保護法益が現に侵害され又は将来侵害されようとする場合にのみ認められるべきで
ある、環境権については、実体法上の根拠を欠き、具体的な私法上の権利としては
認められない旨主張している。
第二 当裁判所の判断
一 人格権に基づく差止請求について
 個人の生命、身体が極めて重大な保護法益であることはいうまでもなく、個人の
生命、身体の安全を内容とする人格権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利
というべきであり、生命、身体を違法に侵害され、又は侵害されるおそれのある者
は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将
来生じる侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができると解するの
が相当である(最高裁判所大法廷昭和六一年六月一一日判決参照)。他方、これら
の法益を内容としない利益については、本件原子炉施設の建設及び運転の差止請求
の根拠にはならないと解するべきである。
 二 環境権に基づく差止請求について
 原告らの主張する環境権については、そのような権利が認められていると解する
べき実体法上の根拠はなく、また、環境は国民一般が共通に享受する性格のもので
あるから、そのようなものについて個々人が排他的に支配しうるような私法上の権
利を有していると認めることには疑問がある上、その権利の内容及びこれが認めら
れるための要件も明らかとはいえないから、環境権が実体法上独立の権利として差
止請求の根拠となると解することは困難である。
第四章 訴えの利益
第一 本件原子炉施設の建設、試運転の状況
一 乙イ五六及び乙イ五七並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 被告は、昭和五八年五月二七日付けで内閣総理大臣から本件原子炉施設につき
原子炉設置許可を受け、昭和六〇年八月二日付けで原子炉格納容器等についての設
計及び工事の方法の認可を受け、本件訴え提起(昭和六〇年九月二六日)後の同年
一〇月二五日に本件原子炉施設の建設が開始された。
2 被告は、その後、安全委員会の安全審査を経て、昭和六一年三月二五日付け、
昭和六二年二月六日付け及び平成三年二月一九日付けで、原子炉設置の各変更許可
を受け、施設の具体的内容については、原子炉容器及び一次主冷却系設備等(昭和
六一年一月三〇日付け)、二次主冷却系設備及び炉外燃料貯蔵槽設備等(同年七月
一一日付け)、計測制御系統施設等(同年一一月二五日付け)、炉心、燃料集合
体、蒸気タービン等(昭和六二年四月三〇日付け)、廃棄物処理設備、非常用電源
設備(同年九月八日付け)、固体廃棄物貯蔵庫等(平成二年三月六日付け)、試験
用集合体等(平成三年一二月一七日付け)をそれぞれ対象とする合計七回の設計及
び工事の方法の認可を受け(その後、平成六年五月二三日にも同認可を受け
た。)、これに基づいて、昭和六一年三月から平成三年四月までの間、原子炉建物
等の工事及び機器、配管の据
付工事を行った。
3 また、被告は、工事完了の程度に応じ、逐次、規制法及び電気事業法に基づく
使用前検査の申請を行い、各使用前検査を進めた。また、被告は、通商産業大臣の
試験使用の承認を得て、試運転として、平成三年五月に本件原子炉施設の総合機能
試験を、平成四年一二月には性能試験を開始した。
 右性能試験においては、起動試験として、炉心で発生させた熱を一次、二次冷却
系を介して水・蒸気系に伝えるなどして、系統全体の昇温に伴う各種の制御特性の
試験を行い、その後、出力を四〇パーセント、七五パーセント、一〇〇パーセント
と段階的に上昇させ、本件原子炉施設の定常運転性能及び過渡運転性能に対する総
合的な性能を確認する出力試験に移行した。しかし、平成七年一二月八日四〇パー
セント出力における過渡運転特性を確認するための出力上昇操作中に、二次主冷却
系配管からナトリウムが漏えいする事故(以下「本件ナトリウム漏えい事故」又は
「本件事故」という。)が発生し、その後現在に至るまで運転を中断しており、現
在もなお運転再開の時期は定まっていない。
 また、本件事故後、使用前検査は行われておらず、現在のところ、本件原子炉施
設の施設の大部分について使用前検査が終了していない。
二 右事実からすると、①本件訴えが提起された時点では本件原子炉施設の建設は
開始されていなかったが、その後建設が開始され、平成三年四月に原子炉建物等の
工事及び機器、配管の据付工事を一応終えたのであるから、本件原子炉施設の建設
は既に終了しており、本件建設差止請求は訴えの利益を欠くのではないか、②本件
原子炉施設の建設が終了していないとしても、本件原子炉施設は現在運転を中止し
ており、運転再開の時期も定まっていないのであるから、本件原子炉施設の建設が
完了される可能性はなく、本件建設差止請求は訴えの利益を欠くのではないか、③
右②と同様の理由で本件運転差止請求は訴えの利益を欠くのではないかが問題とな
る。
第二 本件原子炉施設の建設の完了の有無
一 そこで、まず、本件原子炉施設の建設が終了したか否かについて判断するに、
本件原子炉施設のような研究開発段階にある原子炉に対する法的規制をみると、次
のとおりである。
 研究開発段階にある原子炉を設置しようとする者は、まず、その設置について、
原子力安全委員会の安全審査を経て、内閣総理大臣の許可を受けなければならず
(規制法二三条
一項四号)、設計及び工事の方法についての科学技術庁長官の認可を受けて工事に
着手し同法二七条一項、七四条の二第一項、昭和四二年八月一日付け総理府告示第
三三号第二の三)、工事及び性能について同長官の検査を受けて、これに合格した
後でなければ原子炉施設を使用してはならない(規制法二八条一項、七四条の二第
一項、前記告示第二の四、使用前検査。なお、試験炉規則三条の四により、検査は
段階的に行われる。)。原子炉設置者が設置許可に係る原子炉の構造等を変更しよ
うとするときは、原子力安全委員会の安全審査を経て、内閣総理大臣の許可を経な
ければならず、原子炉施設の工事計画等を変更したときは、これを科学技術庁長官
に届け出なければならない(規制法二六条一項、二項、前記告示第二の一)。
 そして、原子炉容器その他溶接をするものについては、溶接方法について科学技
術庁長官の認可を受け、その溶接につき同長官の検査を受けて、これに合格した後
でなければこれを使用してはならない(規制法二八条の二第二項、一項、七四条の
二第一項、前記告示第二の三及び四)。
 また、事業用電気工作物を設置しようとする者は、電気事業法に基づき、その工
事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(同法四七条)、工事
完了後に同大臣の検査を受けて、これに合格した後でなければ事業用電気工作物を
使用してはならない(同法四九条、使用前検査。なお、同法施行規則六九条によ
り、
検査は段階的に行われる。)。
二 そうすると、原子炉施設は、使用前検査が終了するまでは、規制法及び電気事
業法上運転することが許されないのであるから、使用前検査が終了するまでの段階
では、当該原子炉施設は未完成、すなわち建設途中のものと評価するべきである。
 そこで、これを本件原子炉施設について検討するに、前記(第一、一)のとお
り、本件原子炉施設は、現在においても、施設の大部分について使用前検査が終了
していないのであるから、少なくとも規制法及び電気事業法上は、未完成というべ
きである。そして、後記するとおり、本件原子炉施設は本件事故後に安全総点検を
実施し、その結果、必要な改善方針を策定し、その措置を講じようとしているもの
であることを考えると、本件原子炉施設は今以て建設途中の施設であると認められ
る。
第三 本件原子炉施設の運転再開の見通しの有無
一 次に、本件原子炉施設の運転再開の見通し
の有無について検討するに、乙イ二五、乙イ四七、乙イ五一、乙イ五九ないし六二
及び乙イ六五ないし六八によれば、次の事実が認められる。
1 被告は、平成八年から平成九年にかけて、本件原子炉施設につき安全総点検を
行い、本件原子炉施設の設備全般、手順書全般及び品質保証活動等について、設計
まで遡って点検を行い、その結果改善すべき事項、反映すべき事項について、必要
な改善方針を策定した。
2 原子力委員会は、平成八年三月、国民各界各層から幅広い参加を求め、多様な
意見を今後の原子力政策に反映させることを目指し、「原子力政策円卓会議」を設
置し、同会議は、同年一〇月、本件原子炉施設の扱いを含めた将来の高速増殖炉開
発の在り方について幅広い立場から議論を行う場を設けること等を提言した。
3 原子力委員会は、平成九年一月三一日、「高速増殖炉懇談会の設置について」
において、高速増殖炉の開発について幅広い審議を行い、本件原子炉施設を含めた
将来の高速増殖炉開発の在り方について、国民各界各層の意見を原子力政策に反映
させることを目的として、有識者一六名からなる高速増殖炉懇談会を設置した。
 高速増殖炉懇談会は、平成九年一二月一日付け報告書「高速増殖炉研究開発の在
り方」において、将来の原子力ないしは非化石エネルギー源の一つの有力な選択肢
として、高速増殖炉の実用化の可能性を技術的、社会的に追求するために、その研
究開発を進めることが妥当であるとした上で、今後高速増殖炉の研究開発を遂行す
るに当たって留意すべき基本的事項として、①安全の確保、②立地地元住民及び国
民の理解促進と合意形成、③コスト意識の醸成と計画の柔軟性、社会性、④核不拡
散の努力の四点を挙げた。そして、本件原子炉施設については、①原子力のような
大型技術の開発においては、研究開始後、十分吟味した信頼のおける技術的可能性
を得るまでには莫大な研究とかなりの時間が必要であり、若干のゆとりをもって結
論を得られるようにしておく必要があるので、本件原子炉施設を使用して研究開発
を続けることは必要なことと考える、②被告の前身動燃の改革が確実に実施され、
研究開発段階の原子炉であることを認識した慎重な運転管理が行われることを前提
に、本件原子炉施設での研究開発が実施されることを望む、③本件原子炉施設での
研究開発に当たっては、原型炉としてのデータを着実に蓄積すると共に、マイナー
アクチ
ニド燃焼など新たな分野の研究開発に資するデータを幅広く蓄積すべきである、④
本件原子炉施設を高速増殖炉の研究開発の場として、内外の研究者に広く開放する
ことも重要であると指摘した。
 原子力委員会は、右報告書を受けて、平成九年一二月五日、「今後の高速増殖炉
開発の在り方について」において、右報告書の結論は妥当であり、今後は同報告書
を尊重して高速増殖炉開発を進める旨決定した。
4 平成一〇年五月一三日、原子力基本法及び動力炉・核燃料開発事業団法の一部
を改正する法律(以下「動燃改組法」という。)が成立し、同年一〇月一日、被告
は動燃からサイクル機構に法人名が変更された。サイクル機構が行う高速増殖炉の
研究開発原子力委員会の議決を得て内閣総理大臣が定める基本方針にしたがって実
施されなければならないとされており(核燃料サイクル開発機構法二七条、同法附
則六条)、原子力委員会は、同年一〇月、被告の業務の在り方を「核燃料サイクル
開発機構の業務の在り方について」に取りまとめ、内閣総理大臣は、右取りまとめ
を踏まえて、あらかじめ原子力委員会の議決を得た上で、同年一〇月一日、「核燃
料サイクル開発機構の業務に関する基本方針」を定めた。右基本方針においては、
被告の業務に関する基本的事項として、高速増殖炉を、将来の非化石エネルギー源
の一つの有力な選択肢に位置づけ、実用化への可能性を追求するため、着実な研究
開発を実施するとされており、本件原子炉施設についても、安全工学関連技術を重
視しつつ、幅広いデータを着実に蓄積していくとされている。
5 平成一〇年に開催された第一回高速増殖炉に関する日仏専門家会合において
は、両国が高速増殖炉の研究開発路線を堅持していくこと及び引き続き情報交換や
共同研究を行っていくことが合意された。また、同年一〇月に開催された第一回高
速増殖炉に関する日露専門家会合においても、今後とも協議を継続し、高速増殖炉
分野の協力内容の具体化に向けて作業していくことが合意された。
二 以上認定した事実に加え、本件原子炉施設が現在運転を停止しているのは、本
件事故の発生のためであるところ、本件事故が発生したのは、試運転としての性能
試験のうちの出力試験中のことであったこと、本件訴訟において、被告は、今後も
本件原子炉施設の建築、運転をする意思のあることを明らかにしていることを併せ
考慮すれば、本件原子炉施設は現在運転を
中止しており、運転再開の時期も定まっていないとはいうものの、近い将来、試運
転を再開し、建設を完了し、正式に運転されるに至る蓋然性は高いと認められる。
第四 結論
 したがって、本件建設及び運転差止請求のいずれについても、原告らには訴えの
利益が認められるというべきである。
第五章 本件訴訟における審理及び判断の在り方
第一 本件訴訟の審理及び判断の対象となる事項
一 本件訴訟の審理及び判断の対象となる本件原子炉施設
 被告は、本件事故後、本件原子炉施設の安全総点検を実施し、その結果、改善す
べき事項、反映すべきとされた事項については、必要な改善方針を策定しており、
被告は右方針にしたがって現在の設備を改善した上で本件原子炉施設を建設及び運
転する予定であるから、本件訴訟の審理の対象となるのは、右改善措置が講じられ
た本件原子炉施設である旨主張する。これに対して、原告らは、①安全総点検には
法令上の根拠がない、②安全総点検及びこれに基づく改善措置には国会による予算
措置が講じられていない、③本件許可処分に対する変更許可等はもちろんその申請
もされていない、④改善措置は具体性を欠いていて不確定である、⑤本件原子炉施
設は、現状設備を前提とした建設と運転が可能な状態にあり、現状施設を前提とし
た建設と運転のおそれがあることを理由に、本件訴訟の審理の対象となるのは、現
状設備を前提とした本件原子炉施設である旨主張する。
 この点、前記(第四章第二)のとおり、本件原子炉施設は一旦試運転の段階まで
至ったものの、いまだ建設途中の施設であって、今後安全総点検の結果を踏まえた
改善策を施した上で、これを運転に供することを予定しているものである。そし
て、原告らは、本件原子炉施設が実際に運転される場合を想定し、これにより原告
らの生命、身体が侵害されるとして本件差止めを求めているのである。そうする
と、本件建設及び運転差止請求の判断の対象となるのは、現在(口頭弁論終結時)
において被告が将来建設及び運転すると予想される本件原子炉施設である。安全総
点検に基づく改善措置についても、それが実施される蓋然性がある場合には、将来
建設及び運転されると予想される本件原子炉施設は、当該改善措置が講じられた施
設というべきであり、これが審理の対象とされるべきである。原告らの主張する、
安全総点検に法令上の根拠がないことや、予算措置が講じられていないこと
、本件原子炉施設の変更許可等やその申請がされていないことなどの事情は、改善
措置の実施される蓋然性の有無の判断要素にすぎないというべきである。そして、
被告が主張する改善措置が実施される蓋然性の有無については、各改善措置によっ
て異なり得るものであるから、該当箇所において適宜判断を示すこととする。
二 主観的利益
1 前記のとおり、本件建設及び運転差止請求は、原告らの個人の生命、身体の安
全という人格権に基づく請求として扱うべきであるから、本件訴訟において、原告
らが、自己の生命、身体に対する安全とは無関係な事項を差止請求の根拠として主
張することはできないというべきである。
2 そうすると、原告らは、本件原子炉施設の設置許可申請に対する安全審査(以
下「本件安全審査」という。)が、高速増殖炉についての総合的安全審査を欠き、
かつ、手続、資料の民主性、公開性にも欠け、住民自治の観点を全く欠落している
ことを理由に、同手続には重大かつ明白な瑕疵がある旨主張するが、許可の手続そ
のものは、直接に本件原子炉施設の建設及び運転が原告らの生命、身体の安全を侵
害することと結びつくものではないから、原告らの右主張は、本件訴訟の審理、判
断の対象とならないというべきである(これに対して、本件安全審査の内容は、後
記(第七章第二、四)のとおり、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針
において安全性を確保し得るものか否かについて、専門技術的見地から審査するも
のであるから、本件原子炉施設の設計の妥当性を判断する際の重要な要素とな
る。)。
第二 立証責任
 人格権に基づく原子力発電所の建設及び運転の差止訴訟においても、そのほかの
人格権に基づく差止訴訟と同様、当該原子力発電所に安全性に欠ける点があり、原
告らの生命、身体の安全性が侵害される危険性があることについての立証責任は、
差止めを求める原曽らが負うべきものと解される。
 そして、本件原子炉施設についてこれを具体的に想定すれば、原告らは、①本件
原子炉施設の運転による放射性物質の発生、②本件原子炉施設の平常運転時又は事
故時における右放射性物質の外部への排出の可能性、③右放射性物質の拡散ひいて
は右放射性物質の原告らの身体への到達の可能性、④右放射性物質に起因する放射
線による被害発生の可能性について、立証しなければならないというべきである。
 しかし、前記(第二章)のとおり、本件
原子炉施設を含め、原子力発電所は、大量の放射性物質を内蔵する施設であり、ま
た、その運転は高度かつ複雑な科学技術を用いて核燃料の放射性物質の核分裂反応
を制御しながら継続的に起こし、これにより発生する熱エネルギー利用して発電す
るというものであるから、常に潜在的危険性を内包しておりこのような技術利用の
前提となる安全管理が不十分である場合には、右の潜在的危険が顕在化する可能性
を有するものである。そして、右安全管理の方法は、原子炉施設によって異なり得
るものであり、しかも、これに関する資料はすべて被告の側で保有している。これ
らの事実にかんがみれば、本件原子炉施設の安全性については、被告の側におい
て、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、
必要な資料を提出した上で立証する必要があり、被告が右立証を尽くさない場合に
は、本件原子炉施設に安全性に欠ける点があることが事実上推定されるものという
べきである。
 そして、被告において、本件原子炉施設の安全性について一応の立証をした場合
は、立証責任を負う原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更なる
立証を行わなければならない。
第三 公益性
 原告らは、原子炉の運転差止めの判断基準である事故発生の具体的可能性、被害
発生の具体的可能性は相対的な概念であり、その差止めにより失われる公益との相
関で判断すべきであるとした上で、公益性がないか、あったとしても公益性が低下
している施設については、差止めの許容の基準は低くなり、相対的に事故発生の具
体的可能性と被害発生の具体的可能性の証明が低いものであっても、運転差止めの
請求を認容すべきであると主張する。
 しかし、原告らのいう「事故発生の具体的可能性、被害発生の具体的可能性の証
明が低い」場合が、通常民事訴訟において要求される程度に至る程度に証明できな
い場合をいうのだとすれば、原告らの主張を採用することはできない。なぜなら、
そのように解すると、公共性、公益性のない施設は、具体的に個人が被害を受ける
おそれが訴訟上認められない場合であっても、社会的に不要なものとして、建設や
運転の差止めを求めることができることになり、個人の生命、身体の安全を保護法
益としてする人格権に基づく差止請求とは相容れない結論を承認することになるか
らである。
 この点に関し、道路を走行する自動車騒音等を理由として、その道路の周辺に居
住する者が道路の供用の差止めを求めた訴えについて、最高裁第二小法廷平成七年
七月七日判決は、違法性の判断要素につき、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害
利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を
比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採ら
れた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情を総合的に考慮し
て決すると判示している。
 しかし、右は、侵害行為すなわち被害発生の具体的可能性が証明されていること
を前提に、その侵害が差止めを認めるに足りるものかどうかを判断する要素とし
て、その態様、程度と共に侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要等を考慮する
というものであって、差止めの対象となる施設の公共性、公益性の有無によって、
事故発生ないし被害発生の具体的可能性の証明の程度が左右されるというものでは
ない。
 したがって、本件原子炉施設において、事故発生ないし被害発生の具体的可能性
が立証されない限りは、本件原子炉施設の建設及び運転の差止請求が認められる余
地はないというべきである。
 もっとも、後記(第六章第二)のとおり、本件原子炉施設の安全性の判断におい
ては、本件原子炉施設の利用により得られる利益(以下「有益性」という。)が一
つの判断要素となることを否定できない。しかし、人の生命、身体に対する危険が
許されるのは、それが社会的にその影響を無視することができる程度まで低いもの
である場合に限られ、有益性によりこれを超える危険を正当化することは許されな
いと解されるから、求められる有益性は、右の程度の危険を正当化するものであれ
ば足りる。
第六章 本件原子炉施設の安全性の意義
第一 原子炉施設の潜在的危険性
一 原子炉施設の潜在的危険性
 規制法二四条一項四号は、原子炉設置許可の要件として、当該申請に係る原子炉
の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。)、核燃料物質によって
汚染された物(原子核分裂生成物を含む。)又は原子炉による災害の防止上支障が
ないことを要求している。右規定からすると、規制法が想定している原子炉施設の
潜在的危険性とは、主として放射性物質によってもたらされる危険であると解され
る。そして、本件差止訴訟における原子炉施設の潜在的危険性も、右と異なる意義
に解する必要はないから、同じく主として放射性物質
による原告らの生命、身体に対する危険性と解するのが相当であり、原子炉施設に
おける安全性の確保は、結局は、右の放射性物質の有する危険性をいかに顕在化さ
せないかという点にあると解される。
 そこで、次に、放射線と人体に及ぼす影響について検討する。
二 放射線の種類と人体に及ぼす影響
 争いのない事実並びに乙二及び乙ロ一によれば、次の1ないし5の事実が認めら
れる。
1 放射性物質、放射能、放射線
 放射性物質とは、放射能を持つ核種を含んだ物質のことをいい、ここで放射能と
は、放射線(正しくは電離放射線であるが、以下単に「放射線」と呼ぶこととす
る。)を放出する性質のことをいう。放射性物質は、天然にも存在するが、人工的
にも生成され、本件原子炉施設を含む全ての原子炉内にも、種々の核種の放射性物
質が存在し、また、運転により生成される。
2 放射線の種類と性質
 放射線には、アルファ線、ベータ線、中性子線等の粒子線と、ガンマ線、エック
ス線等の電磁波とがあるが、これらの放射線は、その種類ごとに物質との相互作用
及びその透過力に大きな違いがある。
 アルファ線は、アルファ粒子(陽子、中性子各二個からなるヘリウムの原子核)
の流れであり、アルファ粒子は、質量及び電荷が大きいことから、物質との相互作
用が大きいため、透過力が極めて小さく、空気中でも数センチメートル程度しか透
過できず、薄い紙一枚でも遮へいすることができる。
 ベータ線は、ベータ粒子(荷電粒子線=電子)の流れであり、ベータ粒子はアル
ファ粒子に比べ、質量が約七〇〇〇分の一、電荷が半分であることから、物質との
相互作用がはるかに小さいが、それでも、空気中で数十センチメートルないし数メ
ートルしか透過できず、数ミリメートルの厚さのアルミニウム板で遮へいすること
ができる。
 中性子線は、中性子の流れであり、中性子の速度により物質との相互作用が異な
り、低速度のものは透過力が小さいが、高速度のものは透過力が大きい。しかし、
中性子は、水のように水素を大量に含む物質中では、水素の原子核と衝突すること
によって減速されるので、水等により遮へいすることができる。
 ガンマ線及びエックス線は、波長の非常に短い電磁波であり、質量も電荷も持た
ないことから、物質との相互作用が極めて小さいため、透過力は非常に大きく、こ
れを遮へいするためには厚い鉛板、鉄板、コンクリート等が必要である。
3 人間
の放射線による被曝
 人間の放射線による被曝は、体外に存在する放射性物質からの放射による外部被
曝と、体内に取り込んだ放射性物質からの放射線による内部被曝とに分けられる。
このうち、外部被曝の場合には、アルファ線やベータ線のような透過力の小さい放
射線の場合は身体内部の諸器官はほとんど被曝せず、皮膚のみの被曝にとどまる
が、ガンマ線のような透過力の大きい放射線である場合は、身体内部の諸器官も含
め全身がほぼ均等に被曝する。これに対し、内部被曝の場合には、体内に取り込ま
れた放射性物質から放出される放射線のエネルギーが、直接身体内部の諸器官に吸
収されることにより、アルファ線やベータ線は、そのほとんどの工ネルギーを周囲
に与えることになる。
 内部被曝の特徴として、①放射線の線量は線源との距離の二乗に反比例するとこ
ろ、内部被曝では線源との距離が近いため被曝線量が増えること、②アルファ線及
びベータ線の影響が重要になること、③よう素やストロンチウムなど特定器官に蓄
積する傾向を有する場合には、その特定器官(よう素の場合は甲状腺、ストロンチ
ウムの場合は骨)に被曝が集中すること、④放射能が減衰して消失するか排泄機能
により体外に出るまで被曝炉続くことが指摘される。
4 放射線の量の単位
 放射線の量を表す単位としては、レントゲン、ラド、レム等がある。
 レントゲンは、放射線が物質に照射された量(照射線量)の単位であり、空気に
ガンマ線、エックス線を照射した時に発生する電荷(イオン)の数ををもとにした
単位である(一レントゲンは、一キログラムの空気に二・五八×一〇のマイナス四
乗クーロン個のイオンを作るようなガンマ線又はエックス線の照射線量であ
る。)。
 ラドは、放射線が物質に当たった時に、その物質にそのエネルギーが吸収される
量(吸収線量)を表す単位であり、人間の場合は、一レントゲンの放射線が当たる
と、約一ラド吸収される。
 レムとは、放射線の人体に対する影響を表す放射線の量(線量当量)の単位であ
り、放射線が人体に与える影響は、吸収線量のみならず、放射線の種類やエネルギ
ーによって異なり、また生体の組織によっても異なるために、放射線防護の目的か
ら、被曝の影響を全ての放射線に共通する尺度で評価するために用いられるもので
ある。その数値は、組織の吸収線量と線質係数の積で求められ、人が一レントゲン
のガンマ線を被曝したとき、その
人に及ぼす影響は約一レムとされる(以下、単に「線量」というときは、原則とし
てこの線量当量をいう。)。
 なお、現在、我が国の原子力の安全規制体系においては、レントゲンに代わって
クーロン毎キログラム(一レントゲン=二・五八×一〇のマイナス四乗クー口ン毎
キログラム)が、ラドに代わってグレイ(一ラド=〇・〇一グレイ)が、レムに代
わってシーベルト(一レム=〇・〇一シーベルト)が用いられているが、本判決に
おいては、原則として旧単位を用いることにする。
5 放射線の人間に与える障害の種類と内容
 放射線の人間に与える障害には、被曝した個人に現れる身体的障害とその子孫に
現れる遺伝的障害とがある。このうち、身体的障害には、短期間に比較的高線量の
放射線を被曝した場合に、急性死亡、白血球の減少、脱毛、皮膚障害等の症状とし
て現れる急性障害(「確定的影響」ともいう。)と、比較的低線量の放射線を被曝
した場合でも、数か月から数年以上、長い場合には数十年の潜伏期を経てから、白
血病その他のがん、白内障等の症状として現れる晩発性障害とがある。これらのう
ち、急性障害の場合は、線量の大きさと症状の「重さ」との間に相関関係があると
されているが、晩発性障害及び遺伝的障害(以下この両者をあわせて「晩発性障害
等」という。また、「確率的影響」ともいう。)の場合には、右の相関関係は認め
られない。
6 放射線による障害の特徴
 右の放射線の人間に与える障害は、放射線が生体を構成する細胞や分子を破壊
し、時にはDNAの突然変異を引き起こすことによって生じるものであるため、そ
の障害は、症状の非特異性(放射線障害は、すべての臓器、組織に起こり得るもの
であり、放射線によって生ずる変化は、他の原因でも起こり得ること)、症状の遅
発性(数年、数十年を経た後に現れるものもあること)、症状の複雑性(再発、併
発、悪性変化など完治し難いこと)などの特徴を有する。
 このように、放射線障害は、その症状が他の原因によっても生じ得るものである
こと、殊に晩発性障害等は、被曝と発現との間の時間が長いこと、被曝により必ず
発現するものではないことと相まって、特定の個人についてその症状が放射線によ
るものであるかどうかを判別することは困難な場合が多い(当事者間に争いがな
い。)。
(一) 高線量の放射線による障害の場合
 高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、その被
曝線量とそれによって生じる障害との関係が比較的よく判明しており、また、低線
量の放射線を被曝した場合の急性被曝については、二五ラド以下では臨床症状はほ
とんど発生しない。したがって、しきい値(ある作用因子が生体に反応を引き起こ
すか、引き起こさないかの限界の線量。「しきい線量」ともいう。)の存在がかな
りの程度明らかになっている(当事者間に争いがない。)。
(二) 低線量の放射線による障害の場合
 他方、低線量の放射線を被曝した場合の白血病その他のがん等の晩発性障害等の
発生については争いがあり、原告らは、被曝線量と晩発性障害等の発生との間には
直線的比例関係にあり、どのような低線量であっても晩発性障害等を生ずるのであ
り、放射線による晩発性障害等の発生についてはしきい値がないと主張している
(なお、被告も、被曝線量と晩発性障害等の発生との関係は、低線量・低線量率の
被曝ではいまだ解明されていないとしながらも、結局しきい値がないという前提に
立っている。)。
 この点については、原告らも指摘する次の研究結果等が存在するので、以下、こ
れらの研究結果等について検討する。
(1) セラフィールド再処理工場周辺住民の白血病
 甲ロ四によれば、一九八三(昭和五八)年一一月、英国のヨークシャーテレビ局
が、そのドキュメンタリー番組で、セラフィールド再処理工場周辺の町村では子供
のがんや白血病の発生率が全国平均より遙かに高く、同工場から二・四キロメート
ル離れたシースケール町では全国平均の一〇倍であり、その原因は再処理場から放
出された放射性物質であるとの放映を行ったこと、これを受けて、英国政府は、ダ
グラス・ブラック卿を委員長とする諮問委員会を組織し、同委員会は、一九八四
(平成元年)七月、政府に報告書を提出したが、右報告においては、同工場南側の
シースケール町を含むミロム地区の二五歳未満の若年層の間では、白血病死亡率が
一九六八年から七八年までの間では四倍、一九五九年から七八年の間では二倍とな
っており、シースケール町では一〇歳未満の白血病が期待値に対し約一〇倍高く、
小児悪性リンパ腫罹患率は、イギリス北部地域の七六五の同規模の区の中で三番目
に高く、シースケール町を含むミロム地区の二五歳未満の白血病死亡率は同程度の
人口の一五二地方自治区の中で二番目に高いなど、これらの地区の白血病発生率は
高いとしたが、その原因については、公表
された放射性物質の放出データから計算される周辺住民の被曝線量からは右のよう
な白血病の異常発生は説明できないとして、不明であるとされたことが認められ
る。
 しかし、甲ロ五ないし七によれば、その後、一九九〇(平成二)年二月、M・
J・ガードナーらは、セラフイールド再処理工場周辺の西カンブリア地方で生ま
れ、一九五〇年から八五年の間に二五歳以下で白血病患者(五二人)、非ホジキン
ス氏リンパ腫患者(二二人)、ホジキンス氏病患者(二三人)と、これらの患者と
同性で年齢も近い一〇〇一人の対照群とを比較したこと、その結果、論文「英国セ
ラフィールド核施設周辺の子供たちに生じている白血病、リンパ腫についての調査
研究」において、白血病と非ホジキンス氏リンパ腫に罹患する相対的危険率が、同
工場から五キロメートル以上離れたところで生まれた子供は〇・一七、子供の受胎
期に父親が同工場で雇われていた場合は二・四四、子供の受胎前に父親が〇・一レ
ム以上被曝している場合は六・四二と、同工場近くで生まれた子供と、父親が核施
設で働いている子供に高かった事実から、父親が受胎前に放射線に被曝すること
は、その子孫に白血病が発生することと関連しているとしたことが認められる。
 他方、乙ロ一七によれば、国際連合原子放射線の影響に関する科学委員会(UN
SCEAR)は、右ガードナーの論文に対して、もしこれが正しければ大きな意義
があるとしながらも、他の集団で得られた最近の結果はガードナーらの結論を支持
していないこと、セラフィールド再処理工場で働く父親で見つかった白血病の相対
リスクの統計的増加は、わずか四人の患児に基づいているにすぎず、大部分の他の
患児の父親は他の工場施設で働いていたこと、被曝親についての他の観察結果との
整合性がないこと、右ガードナーの論文が指摘したように、一レムほどの低い放射
線量が白血病の集積発生を誘発するものなら、同じ線量で同じ集団に別の疾患が誘
発されるものと予測されるのに、同工場付近では、そのような遺伝病の発生は報告
されておらず、ロシア連邦での長期追跡にも報告がなく、そのほかの核施設の周辺
からも報告がないことなどから、右結論が強く正しいとは言えないだろうと指摘し
ていることが認められる。
(2)ドーンレイの再処理施設周辺住民の白血病
 甲ロ五によれば、スコットランドのドーンレイの再処理施設周辺においても、一
九七九(昭和五
四)年から八四(昭和五九)年の間の若年齢の白血病発生率が、スコットランド地
方の期待値に比べ六倍も高く、特に同施設から一二・五キロメートル以内では一〇
倍高いという有意な結果が明らかにされたことが認められる。
 しかし、他方で、甲ロ五によれば、右調査において対象とされた白血病患者の数
は五例ないし六例であり、症例の絶対数が統計的分析の冒的には少ないかもしれな
いとされていることが認められる。
(3)福島原発の労働者の被曝による染色体異常
 甲一四ないし一八によれば、昭和六三年、福島県環境医学研究所の村本淳一が、
昭和五九年から六三年の五年間に集積線量一五レム未満の被曝を受けた福島第一及
び第二原子力発電所に従事する二〇歳代から六〇歳代までの労働者の一一五名を対
象とした、末梢血リンパ球の染色体異常の調査研究を実施したこと、その結果、染
色体は人間においては一つの細胞に四六本あり、正常なものは途中に動原体と呼ば
れるくびれが一か所あるところ、調査対象となった労働者には、くびれが二か所に
ある二動原体染色体やリング状の環状染色体が細胞全体の〇・二二パーセンドにみ
られ、一般住民の細胞に検出された同種の染色体異常の出現頻度〇一二パーセント
と比較すると二倍近いことが判明したこと、この染色体異常の出現頻度は、集積被
曝線量が多くなるほどその出現率が高くなる傾向にあり、集積被曝線量が一四レム
の労働者について、一般住民の五倍の値となっていることが認められる。
 しかし、染色体異常の出現頻度が、直ちに放射線に基づく障害の発生と結びつく
と認めるまでの証拠はないこと、調査の対象とされた労働者は一一五名にとどま
り、その統計的な意味には疑問の余地も残されているとみるべきである。
(4)ハンフォード原子力施設の労働者のがん死
(イ)甲ロ九によれば、ジョージ・ニールとアリス・スチュアートは、米国のハン
フォード原子力施設で働き、原爆製造計画に携わってきた労働者の一九四四(昭和
一九)年から七八(昭和五三)年までの間の四万四一〇一人の被曝と、一九四四年
から八六(昭和六一)年までの間の死亡者九四四三人の死亡者のうちのがん死者と
の関係について分析したこと、その結果、ジョージ・ニールらは、低線量の被曝を
含むいかなる線量の被曝であってもがん死のリスクがあり、右リスクが被曝年齢と
正の相関があることが明らかになったとし、固形の腫瘍よりも白血病を引
き起こしやすいとか、線量率が低い放射線の場合はがんになる割合が低くなるとい
う考え方には賛同できないとしたことが認められる。
 しかし、他方で、乙ロ九によれば、一九九四(平成六年)年、UNSCEAR
は、右分析に対して、主に非標準的かつ不適切な統計手法を用い、死亡年齢、死亡
した暦年、職業、雇用期間などを正しく考慮していないと指摘していることが認め
られる。
(ロ)また、乙ロ一四によれば、マンクーソーらは、ハンフォード原子力施設で一
九四四(昭和一九)年から七二(昭和四七)年までの間に死亡した一三三六名の非
被曝及び二一八三名の被曝男性労働者について、発がんと放射線被曝との関係の調
査を行ったこと、その結果、累積線量とがん死亡率、特に肺、膵臓及び骨髄のがん
による死亡率との間に有意な関連が見い出されたとし、また、各種のがんの倍加線
量(自然に発生する突然変異と同じ数の突然変異を発生させる放射線量)を算定す
ると、一ラド当たり、がん全体で八パーセント、膵臓がんで一四パーセント、肺が
んで一六パーセント、リンパ系、造血系のがんで四〇パーセント、骨髄がん(骨髄
性白血病及び多発性骨髄腫)で一二五パーセントの過剰ながんリスクに相当するの
であるとしたことが認められる。
 しかし、他方で、乙ロ一三によれば、国際放射線防護委員会(ICRP)内に設
置された放射線影響に関する専門委員会は、一九七九(昭和五四)年、右マンクー
ソーらの調査について、被曝量が体外被曝のみで、体内被曝、医療被曝を考慮して
おらず、また正規分布でないこと、がん死亡を死亡全体のパーセントで比較する方
法を採っていること、死亡率の対象を米国の一九六〇年の統計から採っているこ
と、多発性骨髄腫、膵臓がんの死亡が多いが、これは別の原因(例えば化学物質)
を考えた方がよいこと、発がんまでの潜伏期が考慮されていないこと、被曝例の方
が高年齢であり、したがってがんによる死亡が増える可能性があること、他の疫学
者の結論と反対であることから、信用するに足りない旨批判していることが認めら
れる。また、乙ロ一四によれば、米国科学アカデミー内の電離放射線生物影響委員
会(BEIR委員会)は、一九八〇(昭和五五)年、BEIR―Ⅲ報告書におい
て、右調査について、右調査による多発性骨髄腫や膵臓がんのリスク推定値は論理
的見地に立てば信じがたいほど高いものであり、この推定値によると、一般集
団の中における多発性骨髄腫等の病因の中で自然放射線の役割がありそうもないほ
ど大きなものとなってしまうこと、調査対象が少なく、明らかに統計的な力を欠い
ていることを指摘していることが認められる。
 さらに、乙ロ一四によれば、マンクーソーらの報告が契機となって、多くの研究
者によってハンフォード原子力施設の労働者に関する研究が行われたが、①サンダ
ースは、被曝労働者の寿命は、彼らの兄弟姉妹の寿命よりも長命であり、しかも、
右兄弟姉妹の寿命は非被曝労働者のそれよりも長かったとし、また、被曝した労働
者達の間で、一九四四(昭和一九)年から七二(昭和四七)年の期間中のがん死者
の累積被曝線量が、同時期における他の原因での死亡者あるいは生存者のそれより
高いという傾向はないとしていること、②ミルハムは、同施設の労働者の多発性骨
髄腫と膵臓がん、結腸がんによる比死亡率に有意な相異は見い出されていないとし
ていること、③マークスらは、二年間以上ハンフォードに雇用され、その雇用が一
九六〇(昭和三五)年一月以前にわたっている白人労働者七七二九名の累積線量に
関して死亡割合を比較した結果、被曝線量と膵臓がん、多発性骨髄腫の発生率と間
には有意な関連が認められるが、肺がんによる死亡率との間には有意な関連は認め
られないとしていること、④ハチソンらは、スチュアートとニールの死亡率分析を
再現し、被曝線量と多発的骨髄腫、膵臓がんの発生率との間には統計的に有意な関
連が認められるがその他すなわちがん全体や肺がん、骨髄性白血病、リンパ性白血
病等との間には有意な関連は認められないとしていることが認められる。
(5) オークリッジ国立研究所の職員のがん死
 甲ロ一〇によれば、ウイングは、一九四三(昭和一八)年から七二(昭和四七)
年までの間、米国テネシー州オークリッジ国立研究所に雇用されていた白人職員に
ついて、一九八四(昭和五九)年時点での生存者八三一八名、死亡者一五二四名の
追跡調査を行ったこと、その結果、一九七七(昭和五二)年までの調査においては
放射線とがんとの相関関係ほ見つからなかったが、体外放射線被曝後約二〇年に達
するデータが蓄積された一九八四年の調査においては、潜伏期間を一〇年及び二〇
年とした場合には、放射線と死亡のすべての原因との間には一レムあたり二・六八
パーセント増、特にがん死亡率との間には一レムあたり四・九四パーセント増と
いう相関関係がみられるとしたことが認められる。
 しかし、他方で、乙ロ九によれば、UNSCEARは、右調査結果に対して、右
有意な関係は喫煙関連がんによるところが大きいことが明らかにされていると指摘
していることが認められる。
(6) スチュアートの見解
 乙ロ一一によれば、一九七〇(昭和四五)年、スチュアートとニールは、出生前
の短期間に一ラドの放射線の被曝を受けた一〇〇万人の子供の中に、一〇歳以前に
三〇〇から八〇〇の放射線発がんによる過剰死があるだろうと評価したことが認め
られる。
 しかし、他方で、乙ロ一一によれば、米国放射線防護測定審議会(NCRP)
は、一九七六(昭和五一)年、右超過発生は、胎児期に受けた低線量被曝に起因す
るというよりは、むしろ、放射線以外の要因による可能性があるとしていること、
乙ロ一二によれば、ICRPの一九八一(昭和五六)年会議において、トッター、
マクファーソンらが、胎内被曝が小児がんの原因と結論するのは誤りであって、小
児がんの発生にとって放射線以外の要因の方が重要であると指摘したことが認めら
れる。
(7)プレストンとピアスの見解
 甲一二によれば、一九八七(昭和六二)年九月、プレストンとピアスは、論文
「原爆被曝者の線量推定方式の改定によるがん死亡リスク推定値への影響」におい
て、新しい線量評価システム(DS八六)に基づき、がんと白血病の死亡リスク評
価を行い、中性子の生物学的効果比(RBE)を一〇と仮定した場合の過剰相対リ
スク(ある線量の放射線によって増加した障害数を、もともとの障害発生数で除し
たもの。)を一〇〇レム当たり〇・六六としたこと、これをもとに日本人の致死が
んの死亡リスクを計算すると、一〇〇万人レム当たり一六二〇人、白血病死の死亡
リスクは一〇〇万人レム当たり一二〇人、合計一〇〇万人レム当たり一七四〇人と
なることが認められる。
 しかし、他方で、甲一二によれば、右論文は、一〇〇ないし二〇〇レムという高
線量、高線量率の被曝に関するデータをもとにしたものであること、プレストンら
自身も、高線量の被曝におけるリスクを基に低線量の被曝におけるリスクを検討す
る際に、種々の仮定を置いており、不確実性があること、低線量の被曝と発がんの
リスクとの関係についてはほとんど推論でぎないことを指摘していることが認めら
れ、右論文は低線量域においても線量とリスクが比例関係にあることを
論証したものではない。
(8) 検討
 右認定の事実によれば、原告らの主張には、相当程度の調査研究等の資料が存在
するということができるが、他方、これらの資料に対しては、公的な機関や専門家
によって疑問点が指摘されるなどしていることも認められる。また、乙ロ一〇によ
れば、清水由紀子、加藤寛夫、シュールは、一九八八(昭和六三)年、論文「寿命
調査第一一報第二部 新線量DS八六における一九五〇年から八五年のがん死亡
率」において、高線量の被曝で得られたリスク係数から低線量の被曝のリスクを外
挿することはしばしば困難であるので、低線量の被曝で得られたリスク係数を全線
量範囲で得られた係数と比較した結果、〇・二グレイ(なお、「グレイ」は吸収線
量であり、単純にレム等の単位に換算することはできないが、便宜換算すると、一
グレイは約一〇〇レムに相当する。)未満では、リスク係数の増加はいずれのがん
部位においても統計学的に有意ではないこと、対照群(〇グレイ)の場合よりも統
計学的に有意に高いがん死亡率が認められる最低の線量範囲は、白血病以外の全部
位のがん及び肺がんで〇・二から〇・四九グレイ、白血病及び乳がんで〇・五から
〇・九九グレイ、胃がんで一から一・九グレイ、・結腸がんで二グレイ以上である
としていることが認められ、しかも、乙ロ一によれば、ICRPは、右報告書を検
討した結果、統計学的に有意ながんの過剰は、九五パーセント信頼幅では、二〇レ
ム以上の線量で認められ、それより低い信頼レベルでは、五レム程度の線量で認め
られるとし、それ以下のデータについては信頼性は認められないとしていることが
認められる。
 そして、乙ロ九によれば、UNSCEARは、自然放射線の被曝による人体影響
に関して、バックグラウンド放射線被曝の影響は、他の多くの致死がんに比べ、白
血病の方がはるかに評価しやすいと考えられるところ、コネチカット州、日本、フ
ランス、米国、スウェーデン、中国における研究では、白血病とバックグラウンド
放射線の間に有意な関連は認められないとしていること、乙二によれば、日本国内
における自然放射線の地域差は約四〇ミリレムほどあるが、地域を相互に比較して
も、晩発性障害等の発生率に有意な差はないことがそれぞれ認められる。
 さらに、乙ロ六によれば、BEIR委員会が、一九九〇(平成二)年、BEIR
―Ⅴ報告書において、広島、長崎の原爆被曝
者の子供に関する約七万五〇〇〇の出産(そのうち三万人〇〇〇については、両親
のどちらか一方が被曝している。)についての研究によれば、死産、出生時の体
重、先天性異常、小児期の死亡率、白血病、性比のいずれについても被曝の影響は
見られていないこと、被曝者の子供、対照群の双方について、①研究対象を一九四
五(昭和二〇)年五月から五八(昭和三三)年の間に広島あるいは長崎で出生し、
一方あるいは両方の親が爆心から二〇〇〇メートル以内にいた子供、②年齢及び性
を一致させた集団で、一方の親が二五〇〇メートル以内にいて、他方の親が二五〇
〇メートル以遠にいたかあるいは被曝していない集団、③年齢及び性を一致させた
集団で両親ともに被曝していない集団に拡大したが、統計的に有意な差は認められ
ないとしていることが認められる。
 そうすると、直ちに原告らの主張するように放射線被曝と晩発性障害等の発生と
の間にしきい値がないことを自然科学的な意味において断定することは困難であ
る。
 しかしながら、乙二及び乙ロ一によれば、低線量の被曝と晩発性障害等の発生と
の間の関係については、しきい値があるとする見解はほとんどなく、他方、しきい
値がないものと断定する見解も有力ではなく、最も有力な見解は、しきい値がない
とまでは断定できないが、そう推定すべきであるとする見解ないしは放射線防護の
観点からそう仮定すべきであるとする見解である拠ことが認められる。
 そうすると、低線量域における被曝線量と晩発性障害等の発生との間の関係につ
いては、現在においても未だ十分に解明されていない状況にあり、自然科学的証明
の問題としてこれを断定することは困難である。しかし、右のとおり放射線防護の
観点等からしきい値がないものと推定ないし仮定するのが一般的な見解であるこ
と、統計的調査等は、その性質上収集できる対象は常に限定され、また、人間の生
命、身体の被害に関しては実験が許されず、他の動植物による実験結果を人間に外
挿することは科学的に限界があり、民事訴訟において通常要求される程度に証明す
ることには困難が伴うといえること、放射線が人間の生命、身体に有害なものであ
ることは明白な事実であり、放射線から保護されるべき利益は人の生命、身体とい
う重大なものであること、人間の生理、病理、遺伝等に関してはいまだ解明されて
いない点も多いことなどに照らせば、法的な評価としては、右
認定の事実からすれば、低線量域における被曝線量と晩発性障害等の発生との間の
関係については、しきい値がないものと認めるのが相当である。
第二 本件原子炉施設の安全性の意義
一 本件原子炉施設の安全性の意義
 前記(第一、一)のとおり、原子炉施設における安全性の確保は、放射性物質の
有する危険性をいかに顕在化させないかという点にある。ここで、前記(第一、
二)のとおり、放射線障害の発生にはしきい値がないと仮定すべきである一方で、
弁論の全趣旨によれば、本件原子炉施設を含むすべての原子炉施設は、その通常の
運転によっても不可避的にある量の放射性物質を環境に放出するものであることが
認められるから、原子炉施設の運転は、常に、人の生命、身体に対する危険ないし
害を伴うということができる。
 そうすると、原子炉施設における安全性の確保が、いかなる意味においても完全
に放射線障害の発生を防止することをいうと解すると、原子炉施設が放射線を環境
に全く放出しないものであることが必要となり、原子炉施設の設置は現実にはおよ
そ許容される余地がないことになる。しかしながら、人の生命、身体に対する害
や、その危険性が絶対的に零でなければ社会においてその存在が認められないとす
るならば、原子炉施設のみならず、現代社会において受け入れられている科学技術
を利用した各種の機械、装置、施設等も、何らかの事故発生等の危険性を伴ってい
る以上、その存在を許されないことになるが、人類はこのような科学技術を利用し
た各種の機械、装置、施設等の危険性が社会通念上容認できる水準以下であると考
えられる場合には、その危険性の程度と科学技術の利用により得られる利益の大き
さを考慮した上で、なお安全性を有するものとして利用している。
 したがって、原子炉施設の安全性の確保とは、原子炉施設が不可避的に一定の放
射性物質を環境に放出するものであることを前提とした上で、その放射性物質の放
出を可及的に少ないし、これによる災害発生の危険性をいかなる場合においても社
会通念上容認できる水準以下に保つことにあると解するべきである。
 そうしてみると、原子炉施設の運転に伴い放出される放射性物質に起因する放射
線による障害の発生が社会通念上無視し得る程度に小さい場合には、原子炉施設の
運転による原告らの生命、身体に対する侵害の具体的可能性があるとはいえず、本
件建設及び運転差止請求は棄却
されるものと解する。
二 本件原子炉施設の公益性について
 前記一のとおり、原子炉施設の安全性の確保とは、人の生命、身体に対する害
や、その危険性が絶対的に零であることではなく、その危険性の程度と科学技術の
利用により得られる利益の大きさを共に考慮に入れた上で、原子炉施設の有する潜
在的危険性を顕在化させないよう、放射性物質の環境への放出を可及的に少なく
し、これによる災害発生の危険性を社会通念上容認できる水準以下に保つことをい
うから、公益性というかはともかく、本件原子炉施設の利用により得られる利益の
大きさ(有益性)は、安全性の判断における一つの要素となることを否定できない
というべきである。
 もちろん、原子炉施設の運転に伴う放射線の環境への放出による危険ないし損害
は、人の生命、身体の安全という最大限の尊重を必要とする重大な法益に対するも
のであるから、原子炉施設の運転によって得られる利益と単純に金銭的に比較衡量
すべきものではなく、人の生命、身体に対する危険性は、社会通念上容認できる水
準以下、すなわち社会的にその影響を無視することができる程度まで低いものであ
ることが当然に要求され、原子炉施設の有益性を理由としてこれを超える危険を正
当化することは許されないというべきである。したがって、「有益性」は、人の生
命、身体に対する危険が社会通念上無視できる程度まで低いものであるとしても、
それは零ではない以上、この危険をもたらす活動には、右危険を超えるだけの有益
性が要求されるという限りにおいて、本件原子炉施設の安全性の判断に含まれるも
のと解するべきである。
 このように、本件原子炉施設においても、安全性の一つの要素として、有益性が
要求されると解するべきであるが、人の生命、身体に対する危険が許されるのは、
それが社会的にその影響を無視することができる程度まで低いものに限られるか
ら、求められる有益性は、右の程度の危険をもたらす活動を正当化するものである
ことが必要であり、また、それで足りるというべきである。
 これを本件原子炉施設についてみるに、前記(第二章第二)のとおり、本件原子
炉施設は、高速増殖炉の開発の第二段階に位置づけられる「高速増殖原型炉」であ
り、将来高速増殖炉を実用化して電力供給の用に供することを目的として、その研
究のために建設、運転されるものであって、電力源の開発という有益性を有するこ
とは明ら
かであり、この程度の有益性があれば、社会的にその影響を無視することができる
程度の危険性を正当化するには十分であって、これ以上に、本件原子炉施設ないし
高速増殖炉の発電コストが経済的に見合うものであるか否か、他の合理的なエネル
ギー供給の手法があるか否か等の点を検討する必要はないというべきである。
第七章 本件原子炉施設の設計における安全性の確保
第一 本件原子炉施設の設計の概要
 乙一六、乙二二及び乙イ六によれば、本件原子炉施設の概要について、次のとお
りと認められる。
一 原子炉本体
1 炉心
 炉心は、原子炉の出力を主に担う炉心燃料集合体一九八体、プルトニウムの増殖
を主に目的とするブランケット燃料集合体一七二体、原子炉の出力調整や停止等に
用いる制御棒集合体一九体及び中性子遮へい体等から構成され、これらが炉心支持
板の上に配列され、原子炉容器に収納されている。原子炉容器は、ステンレス鋼製
の縦型円筒容器であり、その内径は約七・一メートル、全高は約一七・八メートル
である。
2燃料集合体
 炉心燃料集合体は、内部に一体当たり一六九本の炉心燃料要素を配列し、外側を
ステンレス鋼製のラッパ管で被覆したものであり、長さ約四・二メートルの正六角
柱の形状をしている。炉心燃料要素は、長さ約二・八メートル、外径約六・五ミリ
メートルのステンレス鋼製の燃料被覆管の中に、プルトニウム・ウラン混合酸化物
の粉末又は劣化ウランの粉末を円柱状に焼き固めた燃料ペレットを詰めたものであ
る。そして、各炉心燃料要素にワイヤスペーサを巻くことによって相互の間隔を保
持して接触を防ぎ、炉心燃料要素の間のナトリウムの流路を確保ずる構造である。
 ブランケット燃料集合体は、外形的には炉心燃料集合体とほぼ同じであるが、内
部には、ウランのペレットを詰めたブランケット燃料要素が一体当たり六一本収め
られている。
3 制御棒
 制御棒は、これを炉心に挿入することによって、中性子を吸収し、核分裂反応を
低下させるものであって、調整棒(微調整棒三体、粗調整棒一〇体)と非常用制御
設備としての後備炉停止棒(六体)がある。
 原子炉の通常の起動、停止、運転は調整棒の引き抜き、挿入によって行う。ま
た、原子炉を緊急停止する必要が生じた場合には、調整棒及びこれを駆動する機構
等からなる主炉停止系、並びに後備炉停止棒及びこれを駆動する機構からなる後備
炉停止系が独立して同時に作動す
る(主炉停止系及び後備炉停止系を併せて「原子炉停止系」という。主炉停止系及
び後備炉停止系は、その一方のみの作動によっても、原子炉を停止することができ
る。なお、計測制御系統施設のうち、異常状態を検知し、原子炉の緊急停止を行わ
せる系統は「安全保護系」と呼ばれる。)。
二 原子炉冷却系統施設
1 一次主冷却系設備
 本件原子炉施設の炉心で発生した熱は、原子炉容器内を流れる一次冷却材(ナト
リウム)によって取り出され、中間熱交換器を介して二次冷却材(ナトリウム)に
伝達される。
 これには、独立した三つの系統(A、B、Cの各ループ)があり、それぞれの系
統は同様に、配管、弁、ナトリウムを循環させる循環ポンプ及び中間熱交換器等の
設備を有する。
 なお、原子炉容器及び一次冷却系設備のうち、一次冷却材を封じ込める障壁を形
成する範囲を原子炉冷却材バウンダリという。また、原子炉冷却材バウンダリを形
成する原子炉容器等については、接続された配管の一部と共に、これらを下に包み
込むようにステンレス鋼製の容器であるガードベッセルを設置する。これは、万
一、原子炉冷却材バウンダリからナトリウムが漏えいした場合であっても、これに
よって原子炉の冷却に必要な冷却材を確保するためのものである。
 また、ナトリウムと空気との接触を防ぐ目的で、原子炉容器内等の一次冷却材の
ナトリウム液面を、不活性ガスであるアルゴンガスのカバーガスで覆うほか、一次
主冷却系の配管等を設置する部屋は、冷却材の漏えいに備え、不活性ガスである窒
素を充填する。
2 二次主冷却系設備並びにタービン及び付属設備
 中間熱交換器で二次冷却材に伝えられた熱は、蒸気発生器を介して水・蒸気系に
伝達され、蒸気タービンを動かす。
 二次主冷却系も、三系統の一次主冷却系にそれぞれ対応して独立した三つの系統
(A、B、Cの各ループ)があり、それぞれの系統は、同様に、配管、弁、ナトリ
ウムを循環させる循環ポンプ、蒸気発生器等の設備を有している。
 蒸気発生器は、二次冷却材の熱を、蒸気発生器伝熱管を介して水・蒸気系に伝え
る熱交換器であり、水を蒸気(過熱蒸気)に変える蒸発器と、生成された蒸気を更
に過熱する過熱器とからなる。また、蒸気発生器の周りには、蒸気発生器で水が漏
えいした場合にこれを検出する水漏えい検出設備及び圧力上昇等を抑制するナトリ
ウム・水反応生成物収納設備が設けられる。
 一次冷却系と
二次冷却系とは中間熱交換器によって分離され、炉心を通るため炉心の中性子によ
って放射化される一次冷却材の放射性物質が二次主冷却系に混入することのないよ
うにされる。タービン設備は、過熱蒸気を利用して蒸気タービンを駆動し発電を行
う設備であり、これは、水及び蒸気を利用して発電を行う点で軽水炉のものと本質
的には異ならない。
3 補助冷却設備
 二次主冷却系設備から分岐する形で補助冷却設備三系統が設置されており、原子
炉停止時には、これを作動させて炉心を冷却し除熱する。
三 工学的安全施設
 原子炉容器及び一次主冷却系設備等、本件原子炉施設の原子炉の主要部分は、内
径約四九・五メートル、高さ約七九メートルの鋼製の容器である原子炉格納容器に
収納される。また原子炉格納容器の周囲を取り囲む形で、鉄筋コンクリート構造物
である外部遮へい建物が設置され、原子炉格納容器の胴部と外部遮へい建物との間
の下部空間(アニュラス部)は、アニュラス循環排気装置によって負圧に保たれ
る。
 これらの原子炉格納施設及び前述したガードベッセル、補助冷却設備等は、周辺
環境への放射性物質の異常な放出、拡散を防止するための施設であり、工学的安全
施設と呼ばれる。
四 その他の設備
 本件原子炉施設には、右一ないし三に述べたほか、計測制御系統施設(原子炉計
装、プロセス計装、原子炉制御設備、原子炉保護設備、工学的安全施設作動設備及
び中央制御室)、放射性廃棄物廃棄施設(気体廃棄物処理設備、液体廃棄物処理設
備及び固体廃棄物処理設備)、核燃料物質の取扱施設及び貯蔵施設(燃料取扱及び
貯蔵設備)、放射線管理施設、非常用電源設備を含む電気設備、換気空調設備及び
各種の補助的設備が設けられる。
第二 判断の手法
 以下、本件原子炉施設の設計において安全性が確保されているか否かについての
当裁判所の判断の手法を示すが、その前提として、本件原子炉施設に対する安全規
制及び本件安全審査の対象等について検討する。
一 本件原子炉施設に対する安全規制
 本件原子炉施設のような研究開発段階にある原子炉の設置許可申請から設置許可
に至るまでの手続は、当事者間に争いがなく、次のとおりと認められる。
1 研究開発段階にある原子炉を設置しようとする者は、規制法二三条、同法施行
令六条、原子炉規則一条の三に基づき、内閣総理大臣に対し、原子炉の設置許可申
請を行う。
2 内閣総理大臣は、右許可申請が規
制法二四条一項各号所定の許可要件に適合しているか否かを審査する。審査は、そ
の所部の機関である科学技術庁が行う。
3 科学技術庁は、右審査に当たり、必要に応じ、原子力安全技術顧問(原子力の
安全に関する各専門分野において、高度な専門技術的知見を持つ学識経験者の中か
ら、科学技術庁長官が委嘱した者)から、その専門技術的見地からの意見を徴す
る。科学技術庁は、その意見を求めるに当たって必要があるときは、関係の原子力
安全技術顧問による会合を開催する。
4 内閣総理大臣は、右許可申請につき、規制法二四条一項一号、二号及び三号
(経理的基礎に係る部分に限る。)の各要件適合性については原子力委員会に、同
項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号の各要件適合性については原子
力安全委員会(以下「安全委員会」という。)にそれぞれ諮問する。右諮問に際し
ては、科学技術庁が行った安全審査の内容をまとめた安全審査書案が安全委員会に
提出される。
5 原子力委員会は、右許可申請が規制法二四条一項一号、二号及び三号(経理的
基礎に係る部分に限る。)の各要件適合性について審議し、内閣総理大臣に対しそ
の結果を答申する。
6 安全委員会は、右許可申請が規制法二四条一項三号(技術的能力に係る部分に
限る。)及び四号の各要件適合性について審議し、内閣総理大臣に対しその結果を
答申する。
 安全委員会は、四号の要件に関しては、必要に応じ、同委員会に設置されている
原子炉安全専門審査会(以下「安全審査会」という。)にその調査審議を指示する
(設置法一六条)。安全審査会の審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関
の職員のうちから、内閣総理大臣が任命するとされている(設置法一七条)。
 安全審査会は、原子炉の安全性に関する専門の事項について適切かつ効率的に調
査審議を行うために部会を置くことができ(原子炉安全専門審査会運営規程七
条)、通常は、原子炉設置許可申請ごとに部会が置かれる。部会は、調査審議の方
針等を検討した上、専門分野別にグループ分けを行い、グループ単位あるいは部会
全体で調査審議を行う。部会は、その状況及び結果を適宜安全審査会に報告し、安
全審査会における審議に付する。
 さらに、安全委員会は、四号の要件適合性を審議するに当たり、公開ヒアリング
等を実施して、当該原子炉施設固有の安全性について地元住民の意見を参酌する
(「原子力安全委員会の当
面の施策について」昭和五三年一二月二七日原子力安全委員会決定、昭和五七年一
一月二五日一部改正)。
7 内閣総理大臣は、原子力委員会及び安全委員会の各答申を十分に尊重し(規制
法二四条二項)、またあらかじめ通商産業大臣の同意(規制法七一条一項一号)を
得た上、当該設置許可申請の許否について最終的な判断をし、処分を行う。
二 本件原子炉施設の設置許可処分における安全審査
 乙七ないし一〇、乙一一ないし一四の各一ないし三、乙一六、乙一七、乙二〇、
乙二二及び乙イ六によれば、本件許可処分の手続について、次の事実が認められ
る。
1 被告は、昭和五五年一二月一〇日、内閣総理大臣に対し、規制法二三条に基づ
き、本件許可申請をした(なお、被告は、昭和五六年一二月二八日と昭和五八年三
月一四日の二回にわたって、右申請書及び同添付書類の一部を補正した。)。
2 内閣総理大臣は、直ちに、科学技術庁に右申請に係る審査を行わせた。
3 科学技術庁は、必要に応じ、原子力安全技術顧問から専門技術的見地からの意
見を聴取するなどした上、本件許可申請は規制法二四条一項各号の各許可要件に適
合すると判断した。
4 内閣総理大臣は、昭和五七年五月一四日、科学技術庁の右意見を付して、本件
許可申請について、規制法二四条一項一号、二及び三号(経理的基礎に係る部分に
限る。)の各要件適合性については原子力委員会に、また、同項三号(技術的能力
に係る部分に限る。)及び四号の各要件適合性については安全委員会にそれぞれ諮
問した。安全委員会への諮問に際しては、科学技術庁における安全の内容をまとめ
た安全審査書案が安全委員会に提出された(なお、昭和五八年三月にその一部が修
正されている。)。
5 原子力委員会は、右諮問を受けて審議した結果、昭和五八年四月二六日、内閣
総理大臣に対し、本件許可申請が右各要件に適合していると認める旨答申した。
6 安全委員会は、右諮問を受けて、昭和五七年五月一四日、安全審査会に対し規
制法二四条一項四号に係る事項について調査審議を指示した。当時、安全委員会
は、原子炉工学、核燃料工学、熱工学、放射線物理学等の原子炉施設に関する専門
的分野を始め、地震学、地質学及び気象学等に及ぶ広範な分野から選ばれた審査委
員四四人により構成されていた。
7 安全委員会は、右指示に係る調査審議を適切かつ効率的に行うため、昭和五七
年五月一八日、二八人の審査委員か
らなる第一六部会を設置した。
8 第一六部会は、主として原子炉施設に係る事項を担当するAグループ、主とし
て公衆の被曝線量評価等の環境面に係る事項を担当するBグループ、主として地
質、地盤、地震、耐震設計等の自然的立地条件に係る事項を担当するCグループに
分かれ、各グループにおいて詳細な検討をした。また、同部会は、随時、全体の会
合を開いて各グループに関係する事項の検討を行い、現地調査も行った。そして、
同部会は、適宜その審査状況を安全審査会に報告し、安全審査会の審議に付した。
 第一六部会においては、全体会合七回、現地調査八回、Aグループ会合二一回、
Bグループ会合一四回、Cグループ会合一〇回の会合等が開催された。
9 安全委員会は、昭和五七年七月二日、福井県敦賀市において公開ヒアリングを
開催した。右公開ヒアリングにおいて提出された意見等のうち、規制法二四条一項
三号(技術的能力に係る部分に限る。)に係る事項については、これを直接これを
参酌し、同項四号に係る事項については、同年九月二日、安全審査会にこれを参酌
するよう指示した。
10 第一六部会は昭和五八年四月一二日、それまでの調査審議の結果を安全審査
会に報告した。安全審査会は、右報告を基に更に調査審議を行い、同年四月二〇
日、本件許可申請が規制法二四条一項四号の要件に適合すると判断する旨の調査審
議結果を安全委員会に報告した。
11 安全委員会は、本件許可申請の規制法二四条一項三号(技術的能力に係る部
分に限る。)の要件適合性については自ら審議し、また、同項四号の要件適合性に
ついては安全審査会の右報告を踏まえた上で審議した。その結果、安全委員会は、
昭和五人年四月二五日、内閣総理大臣に対し、本件許可申請が右各要件に適合して
いると認める旨答申した。
12 内閣総理大臣は、原子力委員会及び安全委員会の右各答申を受け、また、昭
和五八年四月二八日に通商産業大臣の同意を得た上、本件許可申請は規制法二四条
一項各号の要件に適合していると判断し、同年五月二七日、規制法二三条一項に基
づき、本件許可処分をした。
13 なお、内閣総理大臣(所部の機関は科学技術庁)及び安全委員会(安全審査
会を含む。)が本件許可申請に対して規制法二四条一項三号及び四号の要件適合性
についてした審査を「本件安全審査」という。
三 本件安全審査の対象
 規制法は、その規制対象を、精錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉
の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質の使用等(第六
章)、国際規制物質の使用(第六章の二)に分け、それぞれについて内閣総理大臣
の指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、第四章所定の原
子炉の設置、運転等に対する規制は、専ら同章所定の事項をその対象とするもので
あって、他の各章において規制することとされている事項をその対象とするもので
はないと解される。
 また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容を見ると、原子
炉の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事
方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期
検査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各規制が段階的に行われるこ
ととざれている(なお、規制法七三条は、本件原子炉のような発電用原子炉施設に
ついて、二七条ないし二九条の適用を除外するものとしているが、これは、電気事
業法四一条、四三条及び四七条により、その工事計画の認可、使用前検査及び定期
検査を受けなければならないとされているからと解される。)。したがって、原子
炉施設の設置許可の段階においては、専ら当該原子炉施設の基本設計ないし基本的
設計方針のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方法の認可(二
七条)の段階で規制の対象とされる当該原子炉施設の具体的な詳細設計及び工事の
方法は規制の対象とはならないと解される。
 右の規制法の規制の構造に照らすと、本件安全審査は、本件原子炉施設の安全性
に係るすべてをその審査対象とするものではなく、その基本設計ないし基本的設計
方針に係る事項のみをその対象とするものと解される。
四 当裁判所の判断の手法
 右認定のとおり、本件原子炉施設の設計における安全性の確保については、規制
法二四条一項四号の要件適合性の問題として、本件安全審査において調査審議さ
れ、同号の要件に適合する旨の判断がされている。そして、本件安全審査におい
て、科学技術庁は、原子力安全技術顧問から専門技術的見地からの意見を聴取して
いること、また、安全審査会の審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の
職員のうちから内閣総理大臣が任命するとされていることから明らかなように、本
件安全審査は、学識経験者や関連行政機関の職員等、原子力発電所に関する専門
家によって行われたものということができる。そうすると、本件安全審査における
調査審議及び判断の結果は、本件原子炉施設の設計における安全性が確保されない
か否かの判断において、重要な証拠となるということができる。
 すなわち、本件安全審査の調査審議及び判断の合理性が肯定された場合には、原
則として、被告は、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針における安全
性の確保について一応の立証を尽くしたということができるから、このような場合
は、立証責任を負う原告らにおいて、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計
方針において安全性が確保されないところのあることについて更なる立証を行わな
ければならないと解される。
 したがって、本判決においては、まず、本件安全審査の調査審議及び判断の合理
性について判断し、次いで、本件安全審査の合理性に対する原告らの反論並びに本
件原子炉施設の詳細設計及び工事の方法に関する争点について判断を示すことにす
る。
 そして、争いのない事実並びに乙九及び乙一四の三によれば、本件安全審査にお
いては、平常時はもちろん、地震、機器の故障その他の異常時においても、一般公
衆及び従業員に対して放射線障害を与えず、かつ、万が一の事故を想定した場合に
も一般公衆の安全が確保されることを基本方針とし、具体的には、①立地条件に係
る安全確保対策、②平常運転時の被曝低減に係る安全確保対策、③事故防止に係る
安全確保対策、④公衆との離隔に係る安全確保対策について審査したことが認めら
れる。
 そこで、以下では、右の順序に従って、本件安全審査の調査審議及び判断の合理
性、本件安全審査の合理性に対する原告らの反論並びに本件原子炉施設の詳細設計
及び工事の方法に関する争点について判断を示すことにする。
第三 本件原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策
一 本件安全審査の内容
 乙六ないし一〇、乙一四の一ないし三、乙一六、乙二二、乙二三及び乙イ六並び
に弁論の全趣旨よれば、本件原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策についての
本件安全審査の内容について、次のとおりと認められる。
1 審査基準及び審査方針
 本件安全審査においては、「評価の考え方」に基づき、「安全設計審査指針」、
「耐震設計審査指針」、「原子力発電所の地震、地盤に関する安全審査の手引き」
(昭和五三年八月二三日安全審査会決定)を参考とし、本件原子炉施設がその基本

計ないし基本的設計方針において、立地条件に係る安全が確保されるかどうかを判
断するものとし、地盤、地震、気象、海象等が審査されたが、このうち、地盤及び
地震については、次の事項を重点的に審査した。
(一) 本件原子炉施設の敷地(本件敷地)の地盤は、本件原子施設に損傷を与え
るような大規模な地滑りや山津波を発生するおそれはないか。本件敷地の地盤のう
ち、原子炉施設の支持地盤は、その施設を支持する上で十分な地耐力を有すると共
に、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こすおそれはないか。
(二) 本件敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震
が、過去の地震歴等から適切に選定されているか。これらの地震が本件敷地に及ぼ
すと考えられる影響を十分吟味した上で、原子炉施設の敷地基盤における設計用基
準地震動が十分安全余裕をもって設定されているか否か。
(三) この設定された設計用基準地震動に対しても、工学的、技術的見地からみ
て、申請の対象となる本件原子炉施設について、十分安全余裕のある耐震設計を講
ずることができるか否か。
2 敷地
(一) 本件安全審査においては、次の事項を確認した。
 本件敷地は、福井県敦賀市白木に属し、敦賀市市街地より北西約一二キロメート
ル、美浜町中心街より北東約一六キロメートル、敦賀半島北端部に位置している。
 本件敷地は、背後を標高三〇〇ないし六〇〇メートルの山地によつで囲まれ、中
央部は段丘ないし扇状地を呈する丘陵部で、勾配七分の一から一〇分の一の緩い斜
面になっている。
 原子炉本体は、海岸線から約七〇メートル山側に位置し、本件敷地の山裾を掘削
した岩盤上に設置される。原子炉本体の中心から本件敷地境界までの最短距離は北
東方向約五七〇メートルである。
 本件敷地の面積は約一〇八万平方メートルであるが、このうち発電所設備用地は
陸部造成による約二三万平方メートルと海面埋立による約八万平方メートルの合計
約三一万平方メートルである。
(二) そして、本件安全審査においては、本件敷地の広さは、法令で規制される
周辺監視区域の設定において十分な条件を有しており、また、周辺公衆との離隔の
確保についても、「立地審査指針」に示される条件を満足しているので、妥当であ
ると判断した。
3 地震
(一) 耐震設計上想定すべき地震
 本件安全審査においては、①本件原子炉施設の耐震設計において考慮する地震
動は、本件敷地に最も大きな影響を与えると考えられる地震に基づき想定する必要
があり、このためその強さの程度に応じて基準地震動S1をもたらす設計用最強地
震及び基準地震動S2をもたらす設計用限界地震をそれぞれ適切に想定することが
要求される、②設計用最強地震としては、過去に本件敷地又はその付近に影響を与
えたと考えられる被害地震及び近い将来本件敷地に影響を与えるおそれがあると考
えられる活動度の高い活断層による地震の中から、最も影響の大きいものを想定す
ることが要求される、③設計用限界地震としては、右最強地震を上回るものがある
場合には、その活動度の大小の程度を考慮した本件敷地周辺の活断層及び地震地帯
構造に基づき、工学的見地からの検討を加えて、このうち本件敷地に対して最も影
響の大きい地震を想定し、また、直下地震を想定することが要求されるとした上
で、次の事項について審査した。
(1) 過去の被害地震
(イ) 地震資料
 本件安全審査においては、過去の被害地震の調査に用いられ地雷資料の信頼性及
び他の地震資料との相違点について検討し、地震の想定に当たって使用された地震
資料が、地震の規模、震央位置、震源深さ、余震域、被害状況等の十分な情報を有
するものか否かを審査した。
 そして、本件安全審査においては、本件許可申請において地震資料として採用さ
れている「日本被害地震総覧」は、既往の種々の地震資料を基に最新の研究成果を
取り入れて編集されたもので、我が国において最も充実し、かつ、信頼性のある被
害地震の資料の一つであると一般に認められているものであり、適切であると判断
した。
(ロ) 敷地周辺の主な地震
 本件安全審査においては、本件敷地に影響を及ぼすおそれのある地震の規模、震
央位置とその震度分布、被害状況等との整合性について検討し、本件敷地に影響を
与えたか、又は与えたと推定される過去の地震が適切に選定されているか否か、ま
た、それらの地震の規模、震央位置の想定が妥肪当であるか否かを審査した。
 本件許可申請においては、「日本被害地震総覧」による地震の規模、震央位置、
余震域、被害状況等の情報に基づいて、本件敷地からの震央距離が約一五〇キロメ
ートル以内のすべての被害地震がリストアップされ、この中から、本件敷地に影響
を及ぼす被害地震として、天平美濃の地震(西暦七四五年、マグニチュード七・
九、震央距離六一・一キロメートル
)、元暦近江の地震(一一八五年、マグニチュード七・四、震央距離四九・七キロ
メートル)、正中近江の地震(一三二五年、マグニチェード六・七、震央距離一
八・二キロメートル)、天正畿内の地震(一五八六年、マグニチュード八・一、震
央距離七八・八キロメートル)、寛文近江の地震(一六六二年ヘ、マグニチュード
七・八、震央距離五四・一キロメートル)、文政近江の地震(一八一九年、マグニ
チュード七・四、震央距離六六キロメートル)、濃尾地震(一八九一年、マグニチ
ュード七・九、震央距離五七・二キロメートル)、北丹後地震(一九二七年、マグ
ニチュード七・五、震央距離八二・一キロメートル)、福井地震(一九四八年、マ
グニチュード七・三、震央距離四四・六キロメートル)、越前岬沖地震(一九六三
年、マグニチュード六・九、震央距離二一キロメートル)が選定されている。
 本件安全審査においては、右被害地震は、一般家屋に被害が発生するとされてい
る気象庁震度階Vを一応の目安として選定されていることなどから、本件敷地周辺
の主な地震の選定及び地震の規模、震央位置の想定は妥当であると判断した。
(2) 活断層
(イ) 調査
 本件安全審査においては、文献調査、空中写真判読による調査及び現地調査等の
実施状況とその内容について検討し、海域を含む本件敷地周辺に存在する活断層に
ついて、その位置、長さ、活動性等の状況を把握するため、文献調査、空中写真判
読、現地調査等により、十分な調査が実施されているか否かを審査した。
 そして、本件安全審査においては、陸域については「日本活断層図」(地質調査
所、昭和五三年)等関連の断層分布図及び既往の文献を基にして、空中写真判読、
現地調査を実施した結果によって、また、海域については「海底地質構造図(若狭
湾東部)」(海上保安庁、昭和五五年)等、本件敷地周辺海域で実施された音波探
査結果によって、本件敷地周辺の断層の存在及びその活動性等が確認されており、
必要な調査が行われていると判断した。
(ロ) 敷地周辺の活断層
 本件安全審査においては、活断層についての調査内容、活断層の規模、活動度等
の評価及び本件敷地において考慮する必要のある活断層の選定の妥当性について検
討して、本件敷地周辺に存在し、本件敷地に影響を与える可能性のある活断層の位
置、規模、変位様式、活動性等の状況が適切に把握されているか否かを審査した
(a) 文
献調査による敷地周辺の活断層
 本件許可申請においては、本件敷地への影響を検討する必要のある本件敷地周辺
の主な活断層として、陸域については、「日本活断層図」、「日本の活断層分布
図」(地質学論集第一二号、昭和五一年)及び「日本の活断層」(活断層研究会、
昭和五五年)等の関連文献による検討により、柳ケ瀬断層、甲楽城断層、野坂断
層、三方断層、木ノ芽峠断層、花折断層及び濃尾断層系等が挙げられており、ま
た、海域については、「海底地質構造図(若狭湾東部)」、「日本の活断層」によ
る検討により、敦賀湾口から干飯崎海岸付近の断層(S―8断層)、干飯崎西側海
域の二本の連続する断層(S―1+S―6断層)及び敦賀半島西側海域の雁行する
断層(S―21ないしS―27断層)が挙げられている。
 本件安全審査においては、右各文献は最新の知見をとり入れ、活断層に関する既
往の種々の文献を集約しているものと認められるから、これらの文献により本件敷
地周辺の主な活断層存在を推定することは妥当であり、また、右の活断層の選定
は、その断層の活動によって本件敷地に気象庁震度階V程度以上の影響を及ぼすこ
とを想定してされており、妥当であると判断した。
(b) 敷地周辺の主な活断層の性状
 本件許可申請においては、前項で選定された活断層の性状は次のとおりとされて
いるところ、本件安全審査においては、関連資料の検討、その他これを確認するた
めに行った空中写真判読、現地の断層露頭の観察等の調査により、その内容は妥当
であると判断した。
(い) 柳ケ瀬断層
 本断層は、琵琶湖北部の滋賀県伊香郡木ノ本町付近から、福井県今庄町西方上板
取に至る区間にあるとされ、谷の直線性が断層地形を示唆するものとして推定され
ている断層である。
 その活動性については、椿坂峠から南の部分一九キロメートルについては、最大
幅五〇メートル以上の高破砕帯の存在、左横ずれの明瞭な変位地形が認められるこ
と、雁ケ谷では縄文土器を出土した地層に変位を与えていることなどから、活動度
の高い活断層として考慮する必要がある。他方、椿坂峠から北の部分は、武蔵野期
相当と判断される扇状地堆積物に変位を与えていないことなどから、南部に比べ活
動性が低いと考えられるが、リニアメントが連続して認められ、B級活断層と指摘
する文献もあることから、木ノ本町から上板取北方の二ッ屋跡までの全長二八キロ
メートルについて、第四紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
(ろ) 甲楽城断層
 本断層は、南条郡α大谷から干飯崎にある海岸が断層崖であるとして指摘されて
いる断層であり、陸域にみられる部分と海域の部分(S―8断層)とは連続するも
のとし、大谷沢から干飯崎沖までの長さ二〇キロメートルの断層として考慮するこ
とが適切である。
 その活動性については、武蔵野期以降の活動性は認められないとも考えられ、新
しい時期に活動したと推定されるものではないが、B級の活断層と指摘している文
献もあることなどから、第四紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
 なお、柳ケ瀬断層と甲楽城断層の関連については、空中写真判読の結果から両断
層を連続するリニアメントが認められないこと、また、現地調査の結果柳ケ瀬断層
の北に連続する破砕帯が認められないことなどから、両断層は連続しないとして差
し支えない。
(は) 野坂断層
 本断層は、三方郡美浜町北田付近から関峠、敦賀市長谷に至る数キロメートルの
断層とされている。
 その活動性については、新しい時期の活動を示す証拠は認められなかったが、長
谷扇状地、野坂南方山地に河谷の屈曲等の変位地形が認められること、B級の活断
層と指摘する文献があることなどから、第四紀後期の活動の可能性を考慮すること
が適切である。
(に) 三方断層
 本断層は、三方郡美浜町久々子湖東岸から遠敷郡上中町新道間に存在する、長さ
約一〇数キロメートルとされている断層であるが、その長さはリニアメントが認め
られる久々子湖東岸から新道までの一八キロメートルとすることが適切である。
 その活動性については、必ずしも明らかではなく、活動性の高いものではない
が、B級の活断層と指摘する文献があることなどから、第四紀後期の活動の可能性
を考慮することが適切である。
(ほ) 木ノ芽峠断層
 本断層は、敦賀平野の沈降性地形に関連して、敦賀市山付近から同市道ノロ、同
樫曲を通り、同市葉原付近に至る断層とされており、敦賀市雨谷から同新保までの
一四キロメートル及びその南西に多少離れた約一〇キロメートルのリニアメントの
位置にあると考えられる。
 その活動性については、活動度の高い断層であるという指摘はないが、B級の活
断層とされ、一部には尾根の屈曲や段丘堆積層を変位させている断層露頭がみられ
ることなどから、右各リニアメントが連続するものと仮定し、長さ二五キロ
メートルとした上で、第四紀後期の活動の可能性を考慮することが適切である。
(へ) 花折断層
 本断層は、京都の東部から高野川沿いに北上し、途中越、花折峠を通り、滋賀県
高島郡朽木村市場から、檜峠、高島郡今津町保坂付近に達する地形的に明瞭な断層
線谷を成す全長五六キロメートルの断層とされている。
 その活動性については、花折峠以南の二八キロメートルについては活動性の高い
活断層として取り扱うことが適切と考えられる(ただし、結論としては、本件敷地
からの距離が遠く、その影響が小さいことが明らかであるため、特に考慮の必要は
ない。)。また、全長五六キロメートルを地震地体構造との関連で考慮することが
必要である。
(と) 濃尾断層系
 本断層系は、岐阜市古市場付近から福井県今立郡池田町野尻付近までの数条の断
層群が濃尾地震時に部分的に活動したと指摘されているものであり、温見、根尾
谷、梅原の主要三断層によって構成されるとされている。
 その活動性については、活動性が高く、本件敷地に与える影響が大きい(ただ
し、結論としては、歴史地震によって評価することで十分である。)。
(ち) S―8断層
 本断層は、干飯崎沖より海岸に並行して南東に延びる長さ約一五キロメートルの
構造線であり、陸上の地質構造から、陸域の甲楽城断層と同一のものと推定されて
いる。したがって、甲楽城断層の項で述べたとおり、本断層と大谷沢で確認された
陸域の部分の連続したものを甲楽城断層として評価する必要がある。
(り) S―1+S―6断層
 本断層は、越前岬沖から干飯崎沖に至る新第三紀鮮新世又は第四紀更新世初期に
対比される地層内に存在が推定される、長さ数キロメートルないし一〇数キロメー
トルの雁行又は断続する数条の断層のうち、連続するとみられる二〇キロメートル
の断層とされている。
 その活動性については、第四紀後期の活動の可能性を考慮することが適切であ
る。
(ぬ) S―21ないしS―27断層
 本断層は、敦賀半島西方海域に存在が推定される長さ二ないし四・五キロメート
ルの断層の雁行した全長約一七キロメートルに及ぶ断層とされている。
 その活動性については、活動時期は新しいものではないと考えられるが、第四紀
後期の活動の可能性を考慮することが適切である。なお、これらの断層群と野坂断
層とは地質構造上調和的であるが、音波探査の結果、両断層間の海域には断層が認
められないこと
から、これらの断層群と野坂断層は連続しないものとして差し支えない。
(c) 敷地付近のリニアメント
 本件許可申請においては、本件敷地付近に認められるリニアメントは、いずれも
活断層に伴う変位地形ではないとされている。
 本件安全審査においては、本件敷地付近の白木―丹生リニアメントにつトいて
は、現地調査の結果、リニアメント付近に小規模な粘土化帯が幾つか認められるも
のの、リニアメントに沿った連続する断層は認められず、また、粘土化帯を不整合
に覆っている下末吉期相当層に対比される地層には変位は認められないこと、この
他のリニアメントについても、現地調査の結果、小規模な粘土化帯は認められるも
のの、問題となる断層は認められないこと、本件敷地付近の海域で実施された音波
探査の結果によると、敷地付近の海域には断層は認められないことから、本件敷地
付近に判読されたりニアメントを活断層に伴う変位地形でないとすることは妥当で
あると判断した。
(ハ)活断層と微小地震及び歴史地震との関連
 本件許可申請においては、微小地震の観測により断層の現在の活動性が顕著に認
められるもの、歴史地震との関連が認められるものは、活動度の高い活断層として
評価するとした上で、微小地震の観測資料により現在の活動性が顕著であると認め
られる活断層、歴史地震との関連が明確になっている活断層はないものとされてい
る。
 本件安全審査においては、比較的古くから行われている微小地震観測等の関連文
献を検討し、右(ロ)で選定された各活断層について、これらに沿う微小地震の明
確な線状配列などはみられず、微小地震の生起状況が断層の現在における顕著な活
動性を示していると認められるものはないこと、歴史地震との関連については、現
在のところ、濃尾断層系のように地震断層とされているもの以外には、明確に歴史
地震の震源となったか、地震時に変位を示したとする根拠が認められるものはな
く、歴史地震と関連があると認められる活断層はないとして差し支えないと判断し
た。
(ニ)活断層から想定される地震
 本件安全審査においては、活断層の調査結果に基づき、設計上考慮すべき活断層
が的確に選定されているか否か、これによる地震の想定が妥当であるか否かを審査
した。
 本件許可申請においては、設計上考慮する活断層とこれから想定される地震とし
て、陸域からは、柳ケ瀬断層による地震(断層長さ二八キロメートル
、マグニチュード七・二、震央距離二一キロメートル)、甲楽城断層による地震
(海域のS―8断層を含む断層長さ二〇キロメートル、マグニチュード七・○、震
央距離二・五キロメートル)、野坂断層による地震(断層長さ七キロメートル、マ
グニチュード六・三、震央距離一四キロメートル)、三方断層による地震(断層長
さ一八キロメートル、マグニチュード六・九、震央距離二四キロメートル)、木ノ
芽峠断層による地震(断層長さ二五キロメートル、マグニチュード七・二、震央距
離一六・五キロメートル)を、海域からは、S―1+S―6断層による地震(断層
長さ二〇キロメートル、マグニチュード七・○、震央距離二〇・二キロメート
ル)、S―21ないしS―27断層による地震(断層長さ一七キロメートル、マグ
ニチュード六・九一、震央距離一二・一キロメートル)が選定されており、右にお
いては、経験式(松田式)に基づいて断層から想定される地震の規模を想定してい
る。
 本件安全審査においては、前記(ロ)のとおり選定された断層は妥当であり、地
震の規模の想定のために用いられている松田式は、日本の内陸における地震断層の
長さと地震の規模との関係から求められたものであり、妥当であると判断した。
(3) 地震地体構造
 本件安全審査においては、本件敷地周辺の地震地体構造から想定される地震の規
模、震央位置等が適切に定められているか否かについて審査した。
 本件許可申請においては、本件敷地周辺において起こり得る限界的な地震を活断
層との関連で考慮するものとし、本件敷地周辺において規模の大きい活断層である
花折断層の位置にマグニチュード七・八、震央距離六〇キロメートルの地震が想定
されている。
 本件安全審査においては、右地震の想定について、過去の地震の生起状況等か
ら、マグニチュード七と四分の三が起こりうる地震の上限であるとする知見が得ら
れていること、花折断層から想定される地震規模がほぼこれに対応することなどか
ら、ここに限界的な地震が発生する可能性を考慮していることは安全評価上適切で
あると判断した。なお、濃尾断層系の属する地域は、起こり得る限界的な地震の規
模が本件敷地周辺の地域より大きいとされているが、これについては濃尾断層系に
よって本件敷地への影響が評価されているので支障はないと判断した。
(4) 直下地震
 本件安全審査においては、直下地震の規模、震源距離等が適切
に想定されているか否かを審査した。
 本件許可申請においては、マグニチュード六・五の地震が震央距離一〇キロメー
トルの位置に想定されている。
 本件安全審査においては、直下地震に相当する地震としては、その地域の地質構
造や地震の生起状況によって想定するのが望ましいが、その規模及び位置を特定す
ることが困難であり、また、この地震は実際に発生する地震との関連よりも、むし
ろ起こった場合を想定することを要求されている地震であることから、右直下地震
の想定は、震源域における地震の被害状況の観測等から得られている知見からみ
て、安全評価上適切であると判断した。
(5) 最強地震及び限界地震
 本件安全審査においては、考慮すべき地震から最強地震及び限界地震が適切に選
定されているか否かを審査した。
(イ) 最強地震
 本件許可申請においては、最強地震として、考慮の対象とされた歴史地震のう
ち、濃尾地震、寛文近江の地震、天平美濃の地震、越前岬沖地震、天正畿内の地震
の各地震及び柳ケ瀬断層(南部)から想定される地震(マグニチュード七・○、震
央距離二五キロメートル)が選定されている。
 本件安全審査においては、本件敷地周辺の主な被害地震が敷地に与える影響を検
討した結果、右各地震はその規模及び震央距離から想定される最大震幅等、本件敷
地に与える影響がその他の地震よりも大きいと認められるので、歴史地震の選定に
支障はなく、また、柳ケ瀬断層南部の約一九キロメートルは、前記((2)、
(ロ)、(b)、(い))のとおり、活断層の疑いが高いことから、最強地震の対
象として選定されたことは適切であると判断した。なお、地震断層である濃尾断層
系から想定される地震については、歴史地震において考慮されているので支障はな
いと判断した。
(ロ) 限界地震
 本件許可申請においては、限界地震として、甲楽城断層から想定される地震、木
ノ芽峠断層から想定される地震、S―21ないしS1―27断層から想定される地
震、柳ケ瀬断層から想定される地震、地震地体構造の見地から想定される地震及び
直下地震が想定されている。
 本件安全審査においては、活断層、地震地体構造から想定される地震及び直下地
震の想定は、前記((2)、(ニ)、(3)及び(4))のとおり妥当であるか
ら、限界地震の選定は適切であると判断した。なお、前記((2)、(ニ))にお
いて考慮する必要があるとされた諸断層に
よる地震が敷地に与える影響は、右断層の影響を上回るものではないことから、こ
れら四つの断層で代表させたことに支障はないと判断した。
(6) まとめ
 以上のことから、本件安全審査においては、本件許可申請における過去の被害地
震、活断層、地震地体構造及び直下地震の評価、これらによる最強地震及び限界地
震の想定はいずれも妥当であると判断した。
(二) 基準地震動
本件安全審査においては、基準地震動S1及びS2の諸特性が、最強地震及び限界
地震から適切に評価されているか否かを審査した。
(1) 地震動特性
 本件安全審査においては、最大振幅について、考慮すべき地震と本件敷地との相
互関係、算定法等の妥当性を、周波数特性について、その特性を定めるために採用
した方法の信頼性、本件敷地の地盤特性との適合性等を、継続時間等について、地
震規模との関連性をそれぞれ検討し、地震動の策定に際して、その最大振幅、周波
数特性、継続時間と振幅包絡線の経時的変化が適切な方法で評価されているか否か
を審査した。
(イ) 地震の最大振幅
 本件許可申請においては、地震と本件敷地との相互関係について、歴史地震につ
いては震央からの距離で表し、断層による地震についてはその中心付近からの距離
で表している。また、最大速度振幅は、地震動の観測結果に基づいた経験式(金井
式)によって求められている。
 本件安全審査においては、右地震と本件敷地との相互関係の表現方法、最大速度
振幅を求めた金井式はいずれも妥当であると判断した。
(ロ) 地震の周波数特性
 本件許可申請においては、周波数特性は、岩盤における地震観測資料を整理し、
工学的な検討を加えて提案されている解放基盤表面における標準スペクトル(いわ
ゆる大崎の方法に基づく大崎スペクトル)に基づいて定められている。
 本件安全審査においては、右標準スペクトルは使用した個々のデータを吟味した
上でされたもので、国内外における既往の種々の研究内容と比較しても整合性があ
り、信頼できるものであること、調査の結果、本件敷地の地盤は堅硬、均質で相当
な広がりのある岩盤であり、その横波速度が約一九キロメートル毎秒であるとされ
ていること、右標準スペクトルは主として硬質地盤上において観測された地震動特
性から作成されていることから、敷地での地震動の周波数特性として右スペクトル
を採用することは支障のないものと判断した。そして、周波数
特性は、考慮すべき地震の規模、震央距離及び敷地の地盤特性を反映したものであ
ること、作成に際しては信頼性があると認められる方法によっていることから、妥
当であると判断した。
(ハ) 地震動の継続時間等
 本件許可申請においては、地震動の継続時間等については、地震規模、継続時間
及び振幅包絡線の経時的変化との関連を、地震観測記録を基に検討して提案されて
いる方法に基づき定められている。すなわち、継続時間としては地震動の開始から
実効上消滅するとみなされる時間により、また、振幅包絡線の経時的変化は、地震
の規模及び継続時間に関連させて定められている。
 本件安全審査においては、右継続時間等の定め方は妥当であると判断した。
(2) 応答ベクトル及び模擬地震波
 本件安全審査においては、基準地震動S1及びS2の諸特性が、最強地震及び限
界地震のそれぞれによって与えられた条件に適合するか否かを審査した。
 本件許可申請においては、基準地震動は、地震の規模と震源距から求められた最
大速度振幅と標準スペクトルから得られる応答スペクトルと、それに合致するよう
に人工的に作成された模擬地震波との二方法で表されている。
(イ) 準地震動の応答スベクトル
 本件許可申請においては、基準地震動S1の応答スペクトルは、濃尾地震、寛文
近江の地震、天平美濃の地震、越前岬沖地震、天正畿内の地震及び柳ケ瀬断層(南
部)から想定される地震等、比較的影響の大きいとみられる地震について求められ
ており、これを包絡するように定めた応答スペクトルで代表するとされている。基
準地震動S2の応答スペクトルは、甲楽城断層、木ノ芽峠断層、S―21ないしS
―27断層及び柳ケ瀬断層(全長)の各断層から想定される地震について求められ
ており、これを包絡するように定めた応答スペクトルで代表するとされている。
 本件安全審査においては、右基準地震時動S1及びS2の各々につき代表すると
された応答スペクトル(最大速度振幅はS1が一三・八カイン、S2が一八・二カ
イン)は、その影響が他の応答スペクトルを上回っていることから、安全評価上差
し支えないと判断した。なお、直下地震、地震地体構造の見地から想定される地震
についても、右基準地震動S2の応答スペクトルに包絡されるので差し支えないと
判断した。
(ロ) 基準地震動の模擬地震波
 本件許可申請においては、地震動の継続時間と振幅包絡線の経
時的変化を条件とし、位相を乱数とした正弦波の重ね合わせによって、右(イ)で
定めた応答スペクトルに合致するように模擬地震波が作成されており、設計に用い
られる基準地震動S1の模擬地震波の最大振幅は一九・○カイン、基準地震動S2
のそれは二二・八カインとされている。
 本件安全審査においては、模擬地震波を作成するに当たっては、そのスペクトル
強さが設定した基準地震動の応答スペクトルの強さを下回らないこと、スペクトル
の落ち込みが著しくないこと等が必要であるとして審査したが、右模擬地震波のス
ペクトル強さが基準地震動の応答スペクトルを全体として上回り、また、部分的に
みても設計上重要な固有周期近傍で大きく下回らないことを確認したことから、作
成された模擬地震波の、基準地震動の応答スペクトルに対する適合性は妥当である
と判断した。
(3) まとめ
 以上のことから、本件安全審査においては、本件敷地に想定さる基準地震動S
1、S2の諸特性の策定方法及び耐震設計に用いられる基準地震動は妥当であると
判断した。
4 地盤
(一) 敷地の地盤
(1) 本件安全審査においては、関連資料の検討のほか、地表地質踏査、試掘坑
調査、トレンチ調査、ボーリングコアの確認等の現地調査の結果を踏まえ、本件原
子炉施設の設置予定地付近の地盤は、地震時等に崩壊し、施設の安全性に影響を与
えることがないか否かを審査した。
(2) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(イ) 調査結果によれば、本件敷地の地質は、新期花崗岩類に属する黒雲母花崗
岩からなり、平坦部には段丘ないし扇状地堆積層が分布している。
(ロ) 敷地基盤を構成する黒雲母花崗岩は、稜線表層部で風化作用によるマサ化
が認められるものの、この風化帯を除き、ほぼ堅硬、均質な岩盤から構成されてい
る。
(ハ) ボーリング調査、試掘坑調査及びトレンチ調査等から基盤岩中には節理系
に支配された粘土化帯が局部的に認められるが、いずれも小規模で連続性に乏し
く、原子炉施設の安全性に影響を与える性質のものとは認められない。
(ニ) 本件敷地背後の山地は、本件原子炉施設の地盤と同様の花崩崗岩からな
り、一部小規模な粘土化帯が認められるが、切取斜面に対しては差し目の方向とな
っており、また、風化の程度は漸次変化しているので、問題となる不連続面は存在
せず、切り取りにより風化の著しい表層部が取り除かれるので、法
面は比較的堅硬な岩盤で構成されている。
(ホ) 本件原子炉施設後背地の平坦部には敷地造成時の掘削土が盛り立てられる
が、この盛土斜面の基盤となる段丘ないし扇状地堆積層は層厚五ないし二五メート
ルの花崗岩砂礫層であり、淘汰不良ながらよぐ締まっている。
(ヘ) これらの切取斜面、盛土斜面について、ボーリング調査、試掘坑調査、岩
盤、堆積層、盛土の強度及び変形特性等の詳細な調査結果に基づき安定解析を行っ
た結果によっても、地震時等に崩壊が起こることはないものと判断されるが、更に
安全性の向上を図るため、法面保護、地下水位低下等の適切な対策を講じることと
されている。
(3) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件敷地の地
盤は地震時にも崩壊などによって施設に影響を与えるおそれはなく、安定した地盤
であると判断した。
(二) 原子炉設置地盤
 本件安全審査においては、地震に関する調査、試験方法の妥当性、強度特性及び
変形特性の評価の妥当性並びに支持力、すべり等に対する安全性について、関連資
料の検討のほか、試掘坑調査、トレンチ調査、ボーリングコアの確認等の現地調査
の結果を踏まえて検討し、本件原子炉施設を支持する地盤は、施設の自重や想定さ
れる地震時の荷重によって不等沈下や地盤破壊等が起こることがなく、本件原子炉
施設の安全性を十分確保できるものか否かを審査した。
(1) 調査、試験
 本件許可申請においては、本件原子炉施設の設置地盤について、地表地質調査、
弾性波試験、ボーリング調査、試掘坑調査、岩石・岩盤試験等の各種調査及び試験
が実施されている。
 本件安全審査においては、これらの強度特性、変形特性及び岩盤の性状等に関す
る調査内容は、原子炉設置地盤の安全性評価を行う上で十分なものであると判断し
た。
(2) 地盤物性
(イ) 原子炉設置地盤の性状
 本件安全審査においては、次の事項を確認した。
本件許可申請書に添付された地質断面図によると、本件原子炉施設の基礎岩盤は、
全体としてCH級(電研式岩盤分類による。以下同じ。)ないしB級の堅硬、均質
な花崗岩で構成されている。試掘坑の調査結果によれば、原子炉設置地盤のEL+
五メートルには、幾つかの粘土化帯が認められるが、粘土化帯相互間の特定方向へ
の連続性や密集部は認められず、その規模は最大のもので一〇〇メートル前後、大
部分は二〇ないし三〇メートル程度であり、また粘
度化帯の幅は、局部的に九〇センチメートル程度の所もあるが、大半は一〇センチ
メートル以下である。トレンチ調査の結果によれば、これら粘土化帯は基盤を覆う
段丘ないし扇状地堆積層に影響を与えておらず、活動性が問題となるものではな
い。そして、試掘坑内の弾性波試験の結果によれば、基礎岩盤の弾性波速度は、P
波で約四・三キロメートル毎秒、S波で約一・九キロメートル毎秒であり、方向に
よる顕著な差異は認められない。
(ロ) 岩石、岩盤物性
 本件許可申請においては、岩石物性ついて、試掘坑内で採取したブロックサンプ
ル試料及びボーリングコアより採取した試料により、一般物性、強度特性及び変形
特性に関する諸試験が実施されている。
 本件安全審査においては、右諸試験の試験結果は、堅硬な岩石、岩盤として一般
的なものであると認められること、試掘坑内における坑道間弾性波速度の測定値に
は方向による顕著な差異はなく、岩石・岩盤試験によって得られた物性についても
特に方向による差があるとは認められず、岩盤には問題となる異方性はないとして
支障がないと認められること、岩盤物性のバラツキについては、岩石の強度試験、
RQD値、現位置せん断試験及び弾性波試験等の結果、基礎岩盤における各岩級の
分布状態を反映しているものと認められることから、本件許可申請における岩石・
岩盤試験の方法及び評価は妥当であると判断した。
(3) 地盤の安定性
(イ) 支持力に対する安全性
 本件安全審査においては、岩盤の平板載荷試験結果によると、最大約二一〇キロ
グラム毎平方センチメートルの荷重を与えてもCH級の岩盤の荷重―変位曲線に変
曲点が認められないので、常時の接地圧約五キログラム毎平方センチメートル、地
震時の最大接地圧約一四キログラム毎平方センチメートルに対し、支持力が問題と
なるものではないこと、基礎岩盤にはD級、CL級の岩盤等が一部分布するが、そ
れらの分布状態を考慮した安定解析によっても、基礎岩盤は地震時に破壊を生ずる
ことがなく、安全上支障がないものと認められることから、岩盤の支持力に対する
安全性の検討に用いられた試験の結果及びその評価は妥当であり、本件原子炉施設
の基礎岩盤は本件原子炉施設を支持する十分な耐力を有していると判断した。
(ロ) すべりに対する安全性
本件安全審査においては、岩盤のせん断試験結果によって求められた各岩級ごとの
せん断抵抗力と基礎底
面におけるこれらの各岩級分布状態から、地震時の基礎底面のすべり抵抗力は、鉛
直方向地震力を考慮して約二一五万トンとなり、一方、限界地震時に本件原子炉建
物基礎底面に作用する地震力は約四三万トンとなるので、すべりに対して約五の安
全率となることを確認し、すべりに対する安全性の検討に用いられた岩盤試験の結
果及びその評価は妥当であり、本件原子炉施設の基礎岩盤は地震力によるすべりに
対して十分な安全性を有していると判断した。
(ハ) 沈下に対する安全性
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の基礎岩盤の大部分を占めるCH級な
いしB級の岩盤は、岩石・岩盤試験によって得られた変形特性から、圧密やクリー
プによる沈下が問題となるものではないこと、基礎岩盤にはCL級以下の岩盤も一
部存在するが、その全体面積に占める割合はCL級岩盤が約四パーセント、D級岩
盤、粘土化帯が一パーセント以下と少なく、CH級以上の堅硬な岩盤の間に分散し
ていることから、不等沈下が予想されるものではないと判断した。
(4) 以上のことから、本件安全審査においては、本件原子炉施設の地盤は原子
炉格納施設等の主要構造物を設置する地盤として十分な安全性を有すると判断し
た。
5 気象
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の設計に当たって考慮された気象条件
は、本件原子炉施設から約一二キロメートルに位置し、同一の気象区(日本海側型
北陸・山陰型気候区)に属している敦賀測候所の観測資料を考慮したものであって
妥当であり、また、本件原子炉施設の安全解析に用いられた気象観測方法、統計処
理方法、大気拡散の解析方法等は、「気象指針」に適合したものであって、妥当で
あると判断した。
6 水理
(一) 洪水本件安全審査においては、本件原子炉付近には、河川として本件敷地
内を流れる渓流があるが、渓流の大きさと地形からみて、本件原子炉施設が洪水被
害を受けることはないと判断した。
(二) 発電所用水の確保
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の運転に必要な淡水の使用量は、最大
でも一日当たり一〇〇〇立方メートルであり、この淡水は本件敷地内を流れる渓流
から取水することとしているが、右渓流の流量は渇水時でも一日当たり約一〇六〇
立方メートル以上あり、発電所用水の確保は可能であると判断した。
(三) 海象
 本件安全審査においては、①潮位については、本件敷地より南東約一二キロメー
トルに
位置する敦賀湾敦賀検潮所の観測記録による既往最高潮位は、東京湾中等潮位十
一・二八メートルとされており、②波浪については、昭和四八年八月から昭和四九
年九月までの間の敷地前面海域における観測によると、有義波高は四メートル以下
が九七パーセント、最大波高は九・五七メートルとされているところ、本件原子炉
施設の主要な建物の整地面高さはEL+二一・○メートル以上であり、また、敷地
前面に設けられている防波護岸は、これらに対して十分耐えられるように設計する
こととされていることから、海象によって本件原子炉施設の安全性が損なわれるこ
とはないと判断した。
7 社会環境
 本件許可申請においては、本件敷地付近の社会環境について、原子炉を中心とす
る半径一〇〇キロメートル以内の人口分布、半径五キロメートル以内の集落及び公
共施設、敦賀市等における産業活動、交通の状況、開発計画等について、関係行政
機関が作成した統計資料等により調査されている。
 本件安全審査においては、右調査とその結果について、次のとおり審査した。
(一) 人口分布
 本件許可申請においては、仮想事故時の全身被曝線量の積算値を計算するための
敷地を中心とした人口分布及び西暦二〇二五年における人口分布については、それ
ぞれ昭和五〇年一〇月に実施された国勢調査の結果及び厚生省人口問題研究所が推
計した資料を基に調査されている。
 本件安全審査においては、右人口分布の調査は妥当であると判断した。
(二) 周辺の産業活動
 本件許可申請においては、本件敷地周辺の産業活動について、関係行政機関作成
の統計資料等によって、敦賀市を中心として調査されており、右調査によれば、敦
賀布における産業別就業状況は、第一次産業約一一パーセント、第二次産業約三八
パーセント、第三次産業約五一パーセント(昭和五〇年国勢調査による。)とされ
ている。
 本件安全審査においては、本件敷地付近には被告の新型転換炉「ふげん」、日本
原子力発電敦賀原子力発電所、関西電力美浜原子力発電所を除いて特別な産業活動
は見当たらず、敦賀市における主な産業は卸売・小売業、サービス業、製造業であ
り、これらの産業活動が本件原子炉施設の安全性に影響を与えることはないと判断
した。
(三) 周辺の交通
 本件許可申請においては、本件原子炉施設周辺の交通について、陸上交通は、鉄
道路線として国鉄北陸本線及び小浜線が、道路として国道八号
線、同二七号線及び北陸自動車道があるが、いずれも本件敷地中心から一〇キロメ
ートル以上離れていること、最寄りの道路は本件原子炉施設の炉心からの最短距離
が約一・ニキロメートルの県道佐田立石敦賀線であること、海上交通は、重要港湾
に指定されている敦賀港が本件敷地から約一二キロメートル離れたところにあるこ
と、航空関係については、本件敷地周辺に飛行場はなく、本件原子炉施設上空に定
期航空路もないこと、本件原子炉施設周辺空域は航空自衛隊の練習区域となってい
るが、防衛庁通達によって発電所上空域は原則として飛行してはならないとされて
いることから、各交通関係については、本件原子炉施設の安全性に影響を及ぼすこ
とはないものと判断した。
8 耐震設計
 本件安全審査においては、本件原子炉施設の耐震設計について、耐震設計の方
針、施設の耐震重要度の分類、地震力の算定、地震力と他の荷重の組み合わせ及び
地震時における応力等の許容限界等の妥当性について検討し、本件原子炉施設が、
想定されるいかなる地震力に対しても、これが大事故の誘因とならないよう、十分
な耐震性を有するか否かについて審査した。
 その結果、本件安全審査においては、次のとおり、本件原子炉施設の耐震設計の
基本的方針は妥当であり、施設の耐震性を十分確保し得るものと判断した。
(一) 耐震設計の重要度分類
 本件安全審査においては、LMFBRの設計の特徴を踏まえ、施設の持つ安全機
能からみた耐震重要度分類の方針及び各施設の重要度分類の妥当性について検討
し、本件原子炉施設が地震により機能を失うことによって想定される環境への影響
の観点から、LMFBRの設計の特徴を十分に踏まえた耐震設計上の重要度分類が
されているか否かを審査した。
(1) 耐震重要度分類の方針
 本件許可申請においては、自ら放射性物質を内蔵しているか、又は内蔵している
施設に直接関係しており、その機能喪失により放射性物質を外部に拡散する可能性
のあるもの、これらの事態を防止するために必要なもの及びこれらの事故発生の際
に外部に放散される放射性物質による影響を低減させるために必要なものであっ
て、その影響効果の大きいものをAクラスとし、更に、Aクラスの施設のうち特に
安全上重要な施設はAsクラスとしている。また、右において影響効果が比較的小
さいものをBクラスとし、Aクラス、Bクラスに属さないものをCクラスとしてい

が、ナトリウムの性状を考慮し、Aクラス以外の施設で大量の液体ナトリウムを内
蔵する施設はBクラスとしている。
 本件安全審査においては、右分類の方針は、放射性物質の外部放散による環境へ
の影響を防止するために必要な機能をその影響の程度の重大性に応じて分類する方
針であり、妥当であると判断した。
(2) 各施設の重要度分類
(イ) 本件許可申請においては、主要な施設の重要度は次のように分類されてい
る。
(a) Aクラスの施設
 ①原子炉冷却材バウンダリを構成する機器、配管、②制御棒及び制御棒駆動機構
(原子炉自動停止時の制御棒挿入に関する部分)、③原子炉格納容器、④補助冷却
設備及び二次主冷却系設備(中間熱交換器からみて蒸気発生器の止め弁まで)、⑤
炉外燃料貯蔵槽のうち燃料貯蔵容器及び回転ラック並びに水中燃料貯蔵設備の燃料
池及び貯蔵ラック、⑥ガードベッセル、⑦アニュラス循環排気装置、⑧原子炉カバ
ーガス等のバウンダリを構成する機器、配管等。
 なお、このうち①ないし⑤はAsクラスとされている。
(b) Bクラスの施設
 一次ナトリウム純化系設備、廃棄物処理設備、二次ナトリウム補助設備等。
(c) Cクラスの施設
 発電器、蒸気タービン設備、淡水供給設備等、その他A及びBクラスに属さない
もの。
(d) なお、主要施設の持つ機能を維持するために必要な補助施設は、主要設備
と同等の重要度に分類される。また、これらの主要施設及び補助施設を支持する構
造物については、その施設の耐震設計に用いられる地震動によって支持機能を失わ
ないことを確認することとする。
(ロ) 本件安全審査においては、これらの各施設の重要度は、基本方針に従い、
施設の機能に基づいて分類されており、また、要求される機能に関連する補助施設
等も考慮して、当該機能が損なわれることがないように配慮されていると認められ
るので、妥当であると判断した。
(二) 地震力の算定
 本件安全審査においては、地震力の算定に用いる層せん断力係数、震度、地震
動、静的解析及び動的解析による地震力の算定方法について検討し、地震力の算定
が施設の重要度に応じた適切な方法によっているか否かを審査した。
(1) 静的解析に基づく地震力
 本件許可申請においては、標準せん断力係数を○・二とし、建物、構造物の振動
特性、地盤の種類等を考慮して求められる層せん断力係数から、静的解析に基づく
水平地震力を求め、また、鉛直地震力については、震度○・三を基準とし、建物、
構造物の振動特性、地盤の種類等を考慮した高さ方向に一定の震度(鉛面震度)が
垂直方向に作用するものとされた。
 そして、静的解析に際しては、Aクラスの建物、構造物については、層せん断力
係数の三倍及び鉛直震度から求められる地震力を静的地震力として用い、機器、配
管では、建物、構築物に対する層せん断力係数の値を水平震度としたもの及び鉛直
震度の一・二倍から求められる地震力が静的地震力とされ、Bクラスについては、
層せん断力係数の一・五倍、Cクラスについては、層せん断力係数の一・○倍から
それぞれ求められる地震力が静的地震力とされた。
 本件安全審査においては、右静的地震力の算定方法は、最新の知見に基づいたも
のであり、支障はないと判断した。
(2) 動的解析に基づく地震力
(イ) 本件許可申請においては、動的解析に基づく地震カについて、次のとおり
とされている。
(a) 動的解析は、各施設を集中質点系等の解析モデルに置換して、剛性及び減
衰量を適切に評価し、地盤との相互作用を考慮した上、スペクトルモーダル解析
法、時刻歴モーダル解析法又は時刻歴直接積分法によって行う。
(b) A及びAsクラスの施設の地震応答解析は、基本的には施設が弾性的挙動
をするものとして行われるが、建物、構築物については、基準地震動S2に対して
弾性範囲をある程度以上超える場合にあっては、その超える程度を安全上支障のな
い範囲に制限した上、適切な減衰量、剛性を考慮するか、又は実験等に基づく復元
力特性を考慮して行う。
(c) 動的解析に際しては、基準地震動を敷地のEL+五メートルの位置に想定
し、設置される建物、構築物等の地震波動に与える影響を適切に考慮して入力地震
動を定める。
(ロ) 本件安全審査においては、動的解析に基づく地震力の算定についての基本
方針は妥当であると判断した。すなわち、
(a) 本件許可申請における動的解析の手法は、既に工学的に一般的になってい
て実績もある上、弾性範囲をある程度以上超える場合には、建物、構築物の構造特
性等を考慮して、十分その安全性を確認する方針となっており、支障はないと判断
した。
(b) 本件許可申請における地震応答解析における地震動の取り扱いについて
は、重要な建物、構築物の設置レベル付近では、微小な粘土化帯の存在がみられる
が、全体として堅硬な岩盤が分布
し、その横波速度が約一・九キロメートル毎秒程度となっていること、これより下
方はその横波速度もほぼ一様に漸増する傾向がみられることなどから、このような
敷地の地盤条件で基準地震動を定めることは適切であると判断した。
(三) 荷重の組合せと許容限界
(1) 本件安全審査においては、原子炉施設の耐震設計においては、常時作用す
る荷重、運転時に施設に作用する荷重等と地震による荷重とを加算して考慮しなけ
ればならないとした上で、地震力と他の荷重との組合せ法の妥当性と、その組合せ
荷重状態で施設に許容される応力限界等について検討し、A、B及びCクラスの施
設については、弾性とみなされる範囲の状態を維持できるか否か、また、Asクラ
スについては、基準地震動S2による地震力に対して弾性とみなされる範囲を超え
ることがあっても、その施設の機能に影響を及ぼすおそれがない程度であるか否か
を審査した。
(2) 本件許可申請においては、荷重の組合せと許容限界の基本的方針につい
て、次のとおりとされている。
(イ) Aクラスの建物、構築物については、常時作用している荷重及び運転時に
施設に作用する加重と、基準地震動S1による地震力又は静的地震力と組み合わ
せ、その結果発生する応力に対して、安全上適切と認められる規格及び基準による
許容応力度を許容限界とする。
 そして、Asクラスの建物、構築物については、右に加え、更に常時作用してい
る荷重及び運転時に作用する荷重と基準地震動S2による地震力とを組み合わせ、
その結果発生する応力に対して建物、構築物の終局耐力に妥当な安全余裕を持たせ
る。
(ロ) B、Cクラスの建物、構築物については、常時作用している荷重及び運転
時に作用する荷重と静的地震力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対し、安
全上適切と認められる規格及び基準による許容応力度を許容限界とする。
(ハ) Aクラスの機器、配管については、通常運転時、運転時の異常な過渡変化
時及び事故時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動S1による地震力又は静的地震
力とを組み合わせ、その結果発生する応力に対して降伏応力又はこれと同等な安全
性を有する応力を許容限界とする。
 Asクラスの機器、配管については、右に加えて、通常運転時、運転時の異常な
過渡変化時及び事故時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動S2による地震力を組
合せ、その結果発生する応力に対して構造物
が局部的に降伏して塑性変形する場合でも、過大な変形、亀裂、破損等が生じるこ
とによってその施設の機能に影響を及ぼすことがないこととする。
(ニ) B、Cクラスの機器、配管についても、Aクラスの場合と同様の荷重の組
合せ及びその許容限界を用いる。
(ホ) 地震時に機能の維持を要求される施設に含まれる動的機器の地震時におけ
る動作機能については、実験等により確認する。
(ヘ) 地震力と組み合わせる運転時の異常な過渡変化時及び事故時に生じる荷重
は、地震によって引き起こされる事象によって作用する荷重とするが、地震によっ
て引き起こされるおそれがなくても、長期間作用する事故時の荷重については、基
準地震動S1による地震力又は静的地震力との組合せを考慮する。
(3) 本件安全審査においては、右荷重の組合せと許容限界についての基本的方
邸針を妥当であると判断した。すなわち、
(イ) 荷重の組合せに対する方針は、合理的で、妥当なものである。
(ロ) 許容限界については、建物、構築物の場合は、基準地震動S1による地震
力、又は静的地震力に対しては安全上適切と認められる規格及び基準による許容応
力度とされ、機器、配管の場合についても、材料の降伏応力程度とされていること
から、弾性範囲にあると認められる。また、基準地震動S2による地震力に対し
て、建物、構築物については、終局耐力に余裕を考慮して許容限界を定め、十分な
変形能力を有していることを、機器、配管については、過夫な変形、亀裂、破損を
起こさないことをそれぞれ確認することにより、施設の機能を喪失しないことが基
本方針とされているので支障はない。
(ハ) 重要な動的機器の動作機能については、実験等によってその機能を確認す
る方針とされているので適切である。
9 本件安全審査の結論
 本件安全審査においては、調査審議の結果、本件原子炉施設の立地条件に係る安
全性について、本件原子炉施設が審査基準に適合し、その基本設計ないし基本的設
計方針において、本件原子炉施設の周辺において発生するおそれのある地震を含
め、本件原子炉施設の立地条件を考慮しても、本件原子炉施設の安全性を確保する
ことができ、原子炉等による災害の防止上支障がないものと判断した。
二 本件安全審査の合理性
1 審査基準及び審査方針の合理性
 「耐震設計審査指針」は、原子炉施設を構成施設の耐震設計上の重要度に配慮
し、地震学上の知見に
基づいて作成されたものであって、設計上の耐震性が十分に確保できる内容であ
り、また「原子力発電所の地震、地盤に関する安全審査の手引き」は、地質学上の
知見に基づいて作成されたものであって、原子炉施設の敷地の地質、地盤について
原子炉施設の自己荷重や地震その他の想定された加重に対する安全性を十分に確保
できる内容であると認められる。その他、本件原子炉施設の立地条件に係る安全確
保対策に関する本件安全審査に用いられた審査基準及び審査方針に不合理な点があ
るとは認め難い。
2 審査内容の合理性
(一) 立地、気象、水理、社会環境に関する本件安全審査の調査審議及び判断に
不合理な点があるとは認め難い。
(二) 地盤に係る安全性については、①敷地付近及び敷地周辺において、将来、
土地の大きな陥没や火山活動など、大きな地変が発生し、本件敷地に影響を及ぼす
おそれのないこと、②本件敷地において地すべりや山津波などが発生し、本件原子
炉施設に損傷を与えるおそれのないこと、③敷地周辺で想定される地震等によっ
て、本件敷地の地盤が崩壊するおそれのないことがそれぞれ必要であると解される
ところ、本件安全審査においては、本件敷地の地盤は、地震時にも崩壊などによっ
て施設に影響を与えるおそれはなく、安定した地盤であること、本件原子炉施設を
支持する地盤は、施設の自重や想定される地震時の荷重によって不等沈下や地盤破
壊等が起こることがなく、本件原子炉施設の安全性を十分確保できることが確認さ
れており、本件許可申請について右①ないし③が満たされることが確認されたとい
うことができるから、本件安全審査の調査審議及び判断に不合理な点があるとは認
め難い。
(三) 耐震設計については、原子炉施設の耐震設計が適切に行われたといいうる
ためには、①施設の耐震設計上の重要度分類が適切に行われていること、②設計用
最強地震及び設計用限界地震想定の前提となる考慮すべき地震の選定が適切に行わ
れていること、③設計用最強地震によってもたらされる基準地震動S1及び設計用
限界地震によってもたらされる基準地震動S2について、地震動の諸特性が適切に
決定されていること、④耐震設計が十分な耐震安全性を確保し得る適切な手法で行
われることがそれぞれ必要であると解されるところ、本件安全審査においては、本
件許可申請について右①ないし④が満たされることが確認されたということができ
るから
、本件安全審査の調査審議及び判断に不合理な点があるとは認め難い。
3 以上のとおり、本件安全審査における本件原子炉施設の立地条件に係る安全性
の判断は、合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができ、これに
前記(第二、四)で述べた本件安全審査の性格を考え合わせれば、この点につい
て、原告らの主張、立証のない限り、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本
的設計方針において、立地条件に係る安全性を確保し得るものと推認することがで
きる。
 そこで、次に、立地条件に係る安全確保対策に関して、本件安全審査の合理性に
対する原告らの反論並びに本件原子炉施設の詳細設計及び工事の方法に関する争点
について判断を示すことにする。
三 原告らの主張について
1 「耐震設計審査指針」について
(一) 歴史地震重視について
(1) 原告らは、「耐震設計審査指針」は、歴史的証拠から、過去において本件
敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震(歴史地震)を中心とする考え
方である(基準地震動S1、S2を区分しているのもその結果である。)ところ、
この考え方は古く、要注意断層の考え方に立つべきであるから、同指針は不合理で
ある旨主張する。また、「耐震設計審査指針」は活断層を軽視しているとも主張す
る。
 しかし、甲ハ六五によれば、原告らの指摘する要注意断層とは、松田時彦が昭和
五六年に提唱した考え方であるところ、甲ハ六五によれば、これは、無地震経過率
の大小により、ある活断層について、最新の大地震以降現在までの経過年数を、そ
の断層の平均活動間隔(第四紀後期(およそ一〇数万年前以降現在までをいう。)
における平均の再来間隔年数)で除した値を危険度とし、危険度が○・五以上に達
した断層を要注意断層とする、又は、同一断層帯における地震の続発性の見地か
ら、歴史地震の有無により、一つの長い断層帯の一部分が比較的最近(歴史時代)
に大地震を起こしている場合、その残余の区間で大地震が発生する可能性が大きい
として、右断層帯を要注意断層とする考え方であることが認められる。
 そうすると、右要注意断層の考え方は、歴史的資料から得られた過去の地震の発
生時期等を基に、活断層(構造線ないし断層帯)の中から要注意断層を認定するも
のであるから、それ自体、歴史地震を基本とする考え方であって、この点では「耐
震設計審査指針」と異なるところはない。また、同指針
は、「大地震は一般に同一地域で繰り返し発生すると認められているので、基本的
には設計用最強地震のマグニチュードは敷地あるいはその近傍に影響を与えた過去
の地震によって定められるものと考えられる。」とする一方、「古い地震資料には
不備があるかもしれないことを考慮し、また、有史期間にはたまたま発生しなかっ
たくり返し期間の長い地震の生起を看過することがないよう、確実な地質学的証拠
と工学的判断に基づいて近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活
断層による地震を考慮に入れることとする。」とした上で、災害防止の観点から最
も重要なAsクラスの施設の耐震設計に際しては、地震を引き起こす可能性のある
活断層をすべて考慮することとしているのであるから、同指針が要注意断層の立場
に立っていないからといって、耐震設計の審査基準として合理的でないということ
はできないし、活断層を軽視しているということもできない。
 また、甲ハ六五によれば、要注意断層の考え方は、地震の予知の基礎資料とする
ために提唱されたものであって、要注意断層とされた構造線ないし断層帯が一つの
活断層として活動するものとして、その規模やエネルギーの大小を求めるものでは
ないことが認められるから、右考え方により直ちに「耐震設計審査指針」が不合理
になるものでもない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) また、原告らは、長期間地震が発生していないブロック境界の断層につい
て認められる空白域では、歪エネルギーが蓄積されている可能性があるところ、
「耐震設計審査指針」は、この空白域に発生する地震を考慮しておらず、不合理で
ある旨主張する。
 右原告らの主張は、金折裕司が提唱する「マイクロプレートモデル」に依拠する
ものと解されるところ、甲ハ六七(右金折の著作)には、甲楽城断層の北部等がブ
ロック境界の断層について認められる空白域であるとして図示されているが(同書
証一九八頁のDないしF)、同書証では、右のような空白域から想定される地震に
ついて、「歴史地震の発生が知られていないブロック境界については、地震の空白
域や次の地震で破壊する領域を予測することが困難である。」とし、「仮にそれを
構成する大規模な活断層を次の地震での破壊域とみなし、地震危険度評価を試み
る。」と断った上で、右DないしFの空白域を破壊域とあえて仮定し、想定される
地震の
マグニチュード等を試算しているにすぎないのであって、右DないしFの部分にお
いて地震が発生する蓋然性があることや、その近辺の複数の活断層が同時活動する
蓋然性があることは述べられていない。
 したがって、この点に関する原告らの主張はその前提を欠くものである。
(二) 考慮すべき活断層について
(1) 原告らは、「耐震設計審査指針」が、①基準地震動S1の発生源としての
活断層としては、A級活断層(平均変位速度が一ミリメートル毎年以上のもの)に
属し、一万年前以降に活動したもの又は地震の再来期間が一万年未満のものとし、
②基準地震動S2の発生源としての活断層としては、B級活断層(平均変位速度が
○・一ミリメートル毎年以上一ミリメートル毎年未満のもの)及びC級活断層(平
均変位速度が○・一ミリメートル毎年未満のもの)に属し、五万年前以降に活動し
たもの又は地震の再来期間が五万年未満のものとしていることについて、本来、活
断層とは、「新生代第四紀の間に動いたこと価のある断層」を指し、実際にも、数
万年から数十万年の再来周期で活動したと認められる断層が存在するのに、五万年
前以降の活動が認められない断層は原子力発電所の建設上問題とすべきでないとす
ることには合理的な根拠がなく、考慮すべき活断層を右のように限定するのは不合
理、不十分である旨主張する。
 しかし、前記(第六章第二、一)のとおり、原子炉施設の安全性の確保とは、放
射性物質の環境への放出を可及的に少なくし、これによる災害発生の危険を社会通
念上容認できる水準以下に保つことであるから、どの程度過去にさかのぼって活動
歴のある断層を考慮の対象とすべきかという問題も、右の安全性の確保という観点
から判断すべき事柄である。したがって、考慮の対象とすべき活断層の選定の当否
は、必ずしも、学術上の活断層の定義による必要はなく、それが原子炉施設の安全
性を確保するための考慮対象として相当性、合理性を有するか否かによって決する
べきである。
 そこで検討するに、甲ハ一によれば、専門的には、活断層とは、第四紀あるいは
第四紀後期に活動した断層で、将来も活動する可能性のある断層をいうと考えられ
ているが、具体的に何年前からのものをいうのかについては定説とまでいえるもの
はないことが認められ、また、実際に歴史時代に入ってから、日本国内で五万年を
大幅に超える再来期間で大地震が起こったと認めるべ
き資料もない。そして、乙八二○によれば、そもそも「耐震設計審査指針」が、五
万年前以降の活動が認められる活断層について評価すべきこととしているのは、地
質時代的にみて最近まで繰り返し活動していた断層は将来も活動して地震を起こす
可能性があること、このような断層の調査結果から繰り返しの期間の大半は約一万
年以内、これより長いものでも約五万年以内に納まっていること、一般に活動度が
高ければ高いほど繰り返し期間が短いとされていることなどの地震学、地質学等の
知見に基づく工学的な判断によるものであると認められる。右認定の事実に照らせ
ば、同指針が、五万年前以降の活動が認められる活断層について評価すべきとした
ことは、原子炉施設の安全性の確保という観点からみたとき、相当性、合理性を有
するというべきである。
 したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(2) なお、原告らは、C級活断層が活動して発生する地震でも、一万年がおお
よその再来期間とされており、新しい見解によっても、C級活断層で断層の長さ二
〇キロメートルのものの歪みの蓄積期間は、一万三三四〇年から四万〇九七〇年と
されていることから、B級、C級の活断層であっても、すべて五万年以内に活動す
るのであるとして、「耐震設計審査指針」が、B級、C級の活断層について、五万
年前以降に活動したもの又は地震の再来期間が五万年未満のものに限定して考慮す
ることとし、五万年前以降の活動の証明を要求しているのは不合理である旨主張す
る。
 しかし、右の主張は、B級、C級の活断層はすべて地震を起こすことを前提にし
たものであるところ、右関係が成り立つことを示す証拠はないから、原告らの右主
張はその前提を欠くものというほかない。
 また、原告らは、B級の活断層は、平均変位速度が○・一ミリメートル毎年以上
一ミリメートル毎年未満のものをいうところ、これが五万年前以降活動したことが
ないとすれば、五万年の間の変位量の蓄積は五メートルから五〇メートルというこ
とになるが、そのような変位は莫大なエネルギーの蓄積を意味するか、又はおよそ
ありえないものであるから、「耐震設計審査指針」の変位量と蓄積期間の関係は矛
盾している旨主張する。
 しかし、右主張は、断層の変位がすべて歪みとして蓄積され、地震により放出さ
れることを前提とするものであるところ、右関係が成り立つことを示す証拠はない
から、原告
らの右主張はその前提を欠くものというほかない。
(三) 直下地震について
(1) 原告らは、「耐震設計審査指針」が、設計用限界地震の基準地震動を決定
する際、直下型地震としてマグニチュード六・五の地震を深さ一〇キロに想定する
としていることについて、地表に断層が現れずにマグニチュード六・五を超える直
下型地震が発生した例があるから、右マグニチュードの想定は不合理である旨主張
する。
 この点、甲ハ七二によれば、昭和二年北丹後地震(マグニチュード七・三)、昭
和一八年鳥取地震(マグニチュード七・二)、昭和二三年福井地震(マグニチュー
ド七・一)、昭和五九年長野県西部地震(マグニチュード六・八)は、いずれも活
断層がないか、ほとんどないところで発生したこと、これを踏まえると、原子力発
電所の耐震設計上、マグニチュード六・八ないし七・一程度の直下型地震を想定す
べきであるとの意見があることが認められ、証人P1(P1調書一・一二丁表、同
裏、一四丁表ないし一六丁裏)も同旨の証言をする。
 しかし、証人P2の証言(P2調書一・二四丁裏ないし二七丁表、同四三丁裏、
四三丁表、P2調書二・六二丁裏)によれば、「耐震設計審査指針」は、設計用限
界地震を定めるにおいて、過去の地震の発生状況、その活動度の大小の程度を考慮
した敷地周辺の活断層の性質、地震地体構造に基づき、地震学的知見に工学的見地
からの検討を加えて、このうち敷地に対して影響の大きいものを考慮するものとし
ているが、これに当たって、原子炉施設の設置場所について、十分な文献調査や現
地調査をした上で、過去にマグニチュード六・五ないしこれに近い規模の直下型地
震が発生した事実が認められず、また、大規模な直下型地震が生じやすいと考えら
れる地形、地質等の指摘がされたという事実も認められない場合であっても(本件
原子炉施設においてこれらの事情が認められないことは前記一、3及び同4のとお
りである。)、なお直下地震として想定するとしたものであることが認められるの
であって、「耐震設計審査指針」の直下地震の想定は、要するに十分な調査をして
直下型地震の発生可能性が低いことを確認した上でなお要求される想定であって、
保守的な想定といえることが認められる。
 したがって、原告らの主張するように、地表に断層が現れずにマグニチュード
六・五を超える直下型地震が発生した例があり、これに基づき直下地震
の想定を引き上げるべきであるという見解があるからといって、そのことから直ち
に「耐震設計審査指針」における直下地震の想定が不合理であるということはでき
ない。
 なお、原告らは、昭和五八年日本海中部地震(マグニチュード七・七)の発生を
もって、「耐震設計審査指針」の直下地震の想定を非難するが、同地震は直下型地
震ではない。
(2) 原告らは、「耐震設計審査指針」における直下地震の想定は、基礎岩盤が
断層によって破壊されることや、また、直下地震による「衝撃的破壊」について想
定していないことは不合理である旨主張する。
 しかし、「原子力発電所の地震、地盤に関する安全審査の手引き」は、地盤に係
る安全審査として、原子炉施設の敷地地盤のボーリング調査を行い、原子炉施設の
安全性に影響を及ぼすような断層の存在しないことを確認することを要求している
から、「耐震設計審査指針」の直下地震の想定において、基礎岩盤が断層によって
破壊される事態を想定していないことは不合理ではないし、甲ハ六〇によれば、
「衝撃的破壊」は、いまだ確証の得られたものではないと認められるから、およそ
原子炉施設の設置場所の地盤の調査結果と無関係に考慮しなければならないという
こともできない。したがって、「耐震設計審査指針」の直下地震の想定において、
衝撃的破壊が考慮されていないことに不合理な点はないというべきである。
(四) 鉛直地震力について
 原告らは、「耐震設計審査指針」においては、地震の鉛直地震力の設定につき、
動的地震力の鉛直地震力については、基準地震動の最大加速度(水平方向)の二分
の一とし、静的地震力の鉛直地震力については、震度○・三(水平方向の標準せん
断力の二分の一に相当する。)とされているが、兵庫県南部地震の観測記録の中に
は、水平動を上回る上下動がみられるから、右鉛直地震力の設定は不当である旨主
張する。
 この点、甲ハ六〇(検討会報告書)には、兵庫県南部地震による観測記録中には
上下動の最大加速度が水平動の最大加速度の二分の一を上回るものがみられる旨の
記述がある。しかし、同報告書は、これと並んで、右観察記録の中には、埋立地盤
のような軟弱な表層地盤(水平方向の加速度の増幅が抑えられる一方、上下方向の
加速度の増幅は抑えられないため、上下方向の加速度が相対的に大きくなる場合が
あると言われている。)における観測記録や、高層ビルの地下階で得ら
れた観測記録のように構造物の影響を強く受けていると考えられるものが含まれる
ため、これらを除外した観測記録一二五件について分析したところ、上下動と水平
動の最大加速度振幅の比は、平均的にほぼ二分の一を下回る結果が得られたことを
も明らかにしている。
 また、同報告書によれば、上下動と水平動の両方向の地震動が作用する場合、一
般に、上下方向と水平方向と地震動の最大加速度の生起時刻及び施設の上下方向と
水平方向の振動特性の差等により、両方向の最大応答の発生時刻が異なることか
ら、右観測記録中、時刻歴波形の得られている観測記録二三件について、水平方向
の最大加速度の発生時刻における水平方向に対する上下方向の加速度振幅の比を分
析した結果、平均値は○・一程度、最大値は○・三程度となり、右比の値は二分の
一を大きく下回ることが認められるところ、「耐震設計審査指針」においては、水
平地震力と鉛直地震力とが、同時に不利な方向で作用することを想定することを要
求しているのであるから、右観測記録によって鉛直地震力を水平地震力の二分の一
としていることの合理性が失われるものではないというべきである
 そして、弁論の全趣旨によれば、構造物には常時自重が作用するため、構造物は
長期荷重としては一般に水平方向よりも鉛直方向に十分な裕度をもって設計され、
そのため、短期荷重としての鉛直地震力が構造物に与える影響は小さく、構造物の
耐震設計を支配するのは水平地震力であるといえること、原子炉施設の建物は、厚
い壁で構成される鉄筋コンクリート造の壁式構造が主体であって壁量が多いため、
全体的に上下方向には剛性の高い剛構造となっていることから、上下方向の地震力
に対し、一般建築物と比べてはるかに大きな安全余裕を有することが認められる。
 以上によれば、「耐震設計審査指針」の鉛直地震力の評価は、兵庫県南部地震で
得られた知見に照らしても、その合理性が否定されるものではないというべきであ
る。
(五) 遠距離地震について
 原告らは、「耐震設計審査指針」が遠方の地震を考慮することとしていないのは
不合理である旨主張する。
 しかし、「耐震設計審査指針」は、遠距離地震を考慮することを求めているか
ら、原告らの主張は失当である。
2 地震について
(一) 過去の被害地震(歴史地震)について
 原告らは、本件安全審査において、敷地周辺に被害を及ぼした過去の地震を本件
敷地か
らの震央距離が一五〇キロメートル以内のものに限ったことは不合理である旨主張
する。
 この点、前記(1、(五))のとおり、「耐震設計審査指針」は、遠距離地震を
考慮することを求めているところ、本件安全審査においては、基準地震動の策定に
当たり、本件敷地からの震央距離が一五〇キロメートル以遠の歴史地震を考慮して
いないことは当事者間に争いがない。しかし、証人P2の証言(P2調書一・二九
丁裏、四三丁表)によれば、これは、これら遠方の地震が本件敷地に与える影響
が、考慮した地震のそれを下回るからであることが認められ、これに反する証拠は
ない。
 したがって、本件安全審査において、震央距離が一五〇キロメートル以遠の歴史
地震を考慮しなかったことは、不合理ではなく、原告らのこの点についての主張は
理由がない。
(二) 活断層の存在、連続性、同時活動性、活断層から発生する地震について
 原告らは、活断層の存在、連続性、同時活動性、活断層から発生する地震等につ
いての本件安全審査には誤りがある旨主張する。
(1) リニアメントについて
 原告らは、本件敷地周辺には、白木―丹生間にほぼ南北方向に延びる延長約四キ
ロメートルのリニアメント(以下「白木―丹生リニアメント」という。)が存在す
るほか、立石―浦底間にもリニアメントが、また本件敷地の近傍にやや不明瞭な三
本のリニアメントがそれぞれ存在するなど、本件敷地は多数の断層に取り囲まれて
いるところ、これらは活断層であるから、本件安全審査においてこれらを評価の対
象としなかったことは不合理である旨主張する。
 この点、証人P2の証言(P2調書一・三〇丁裏ないし三二丁裏)及び乙ハ一に
よれば、リニアメントは、断層の活動によって形成される場合もあれば、浸食等に
よって形成される場合もあることから、リニアメントに対応する活断層が存在する
か否かは、断層変位を特徴づける他の地形的特徴の有無や地表踏査の結果に基づき
判断する必要があることが認められるので、以下、原告らの指摘する各リニアメン
トにっき、この点を検討する。
(イ) 白木―丹生リニアメントについて
 乙ハ一によれば、白木―丹生リニアメントは、「[新編]日本の活断層」におい
て、確実度Ⅲ、すなわち活断層の可能性があるが、変位の向きが不明であったり、
他の原因によってリニアメントが形成された疑いが残るもので、活断層である確率
が五〇パーセント以下の
ものと位置づけられていることが認められる。
 そして、乙一六―六―三―三〇頁によれば、本件許可申請に際して、被告は、白
木―丹生間リニアメント付近の地質等について調査を行い、①右リニアメント沿い
に、断層の存在を特徴づけるような変位地形は認められないこと、②右粘土化した
部分を覆う地層(第四紀層の堆積層)に、活断層運動による変位は認められないこ
とを確認したことが認められる。
 また、証人P2の証言(P2調書一・三六丁裏ないし三八丁裏)によれば、本件
安全審査においては、右被告の調査の妥当性を確認した上、右リニアメントに対応
する位置に、粘土化した花崗岩が所々認められたが、リニアメントが断層運動によ
って形成された場合には、その力学的作用によって元々の岩石組織は破砕されるの
が一般的であるところ、粘土化した花崗岩の中の岩石組織は破砕されずそのまま残
されていることが確認されており、リニアメントが断層運動によって形成された場
合の一般的特徴が見られないこと、その他断層の活動の存在を示唆するような地形
的特徴が認められないことなどから、白木―丹生リニアメント上に所々みられる粘
土化帯は、断層活動以外の原因で生じた節理面(岩石の割れ目)を有する花崗岩
が、熱水変質作用(地下深部の温度の高い水溶液等により、岩石を構成している鉱
物が化学的に変質して新しい鉱物が生じる作用)を受けて生じたものと考えられる
とした。そして、他に右リニアメントに対応する断層が存在することを根拠づける
ような地質的特徴はないとした上で、右リニアメントは、右の理由で粘土化した軟
弱な部分が選択的に浸食されることによって低地帯が形成され、その端部が線状模
様になった地形であると考えるのが合理的であり、活断層の活動によって形成され
た地形ではないと判断したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠
はない。
 このように、右リニアメントに対応する断層が存在するとは認め難いというべき
であり、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、原告らのこの点についての主
張は理由がない。
(ロ) 立石―浦底間のリニアメントについて
 立石―浦底間のリニアメントは、平成三年に発刊された「[新編]日本の活断
層」(甲ハ二三)において確実度Ⅲから確実度1に変更されたから、現時点では右
リニアメントは活動層と判断するのが相当である。しかし、右リニアメントは、長
さが約四キロメー
トルと短いから、これが活断層であるとしても本件原子炉施設の地盤の健全性に影
響を及ぼすものではなく、本件原子炉施設の安全性を左右するものではないことが
明らかである。
(ハ) 他のリニアメントについて
 証人P2の証言(P2調書一・三八丁表)及び乙一六・六―三―三〇頁によれ
ば、本件安全審査においては、白木―丹生リニアメント以外の三本のリニアメント
については、現地踏査の結果、右各リニアメントの延長線上に、局所的に、幅数セ
ンチメートルないし数十センチメートル程度、比較的連続性があるもので幅ニメー
トル以下の粘土化帯が認められたが、粘土化帯をリニアメントが走行する方向に追
跡したところ、破砕帯は認められず、未変質部分が現れ、堅岩露頭が分布すること
が観察されたこと、他に断層の存在を特徴づけるような変位地形は認められないこ
とから、これらのリニアメントは断層の活動によって形成された地形ではないこと
を確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、これらのリニアメントに対応する断層が存在するとは認め難いとい
うべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、原告らのこの点につい
ての主張は理由がない。
(2) 敦賀半島西岸断層について
 原告らは、城ケ崎沖合から敦賀半島の白木―丹生間の谷を通り、S―16断層の
北部まで、延長約一九キロメートルの横ずれ段層(敦賀半島西岸断層)があり、こ
れによってマグニチュード六・九の直下型地震が生じる旨主張する。
 そして、原告らは、その根拠として、①リニアメントの存在、②三角末端面の存
在、③三角形状の地塊の移動、④海底断層の存在等の地形的特徴を挙げるので、以
下、これらの点について検討する。
(イ) リニアメントの存在について
 原告らは、白木―丹生リニアメントに平行するリニアメントが存在することを根
拠として主張し、証人P1もこれに沿う証言をする(P1調書三・三七丁裏、三八
丁表)
 しかし、右証言は、リニアメントらしきものが白木―丹生リニアメントの西側に
もう一本あるが、直線的にずっと続いているとは必ずしも確認できなかったという
ものにとどまるし、「[新版]日本の活断層」(乙ハ一)においても、白木―丹生
リニアメントの西側にこれに平行するようなリニアメントは図示されていないこと
からすると、右リニアメントの存在自体、なお疑問が残るというべきである。

ロ) 三焦末端面について
 原告らは、白木峠南方一キロメートルに存在する尾根筋には、西側側面が途中で
断ち切られたような三角形状の地形があり、これが活断層運動によって形成された
三角末端面であることを根拠として主張する。
 しかし、証人P2の証言(P2調書一・四四丁表ないし四七丁表)によれば、①
仮に右三角形状の地形が活断層運動によって形成された三角末端面であるとすれ
ば、その西側斜面のすそを通ってリニアメントが走行しているのが普通であるが、
右西側斜面にはリニアメントは認められないこと(なお、前記((1)、(イ))
のとおり、白木―丹生間のリニアメントは断層運動により形成されたものではな
い。)、②原告ら主張のリニアメントの走向方向と、右三角形状の地形の等高線の
走向方向とは一致しなければならないところ、両者の走行方向は斜交していて一致
しないこと、③活断層運動によって三角末端面が形成される場合には、複数の三角
末端面のすそが線状につながることが普通であるが、原告ら主張の断層の走行方向
には右三角形状の地形の外に三角形状の地形は認められていないこと、④他に活断
層運動による変位地形も認められないことが認められ、これに反する証拠はない。
したがって、右三角形状の地形が、活断層運動によって形成された断層変位地形と
しての三角末端面に当たると認めることはできないというべきである。
(ハ) 地塊の移動について
 原告らは、敦賀半島西岸断層、S―21ないしS―26断層及びS―12ないし
S―17断層によって区切られる三角形の地塊(特牛崎地塊)を敦賀半島西岸断層
に沿って南方に移動させた場合、山の尾根筋や海岸線が東西にわたってなめらかに
連続することから、右地塊が北方に移動したことによって横ずれ断層である敦賀半
島西岸断層が形成された旨主張する。
 しかし、証人P2の証言(P2調書一・四四丁表、同裏)によれば、仮に右地塊
が北方へ移動したものであるならば、右地塊の北縁には東西方向の断層がなければ
ならないと認められるところ、乙一六・六―三―一〇一頁によれば、右地塊の北縁
にあるS―12ないしS―14断層の走行方向はいずれもほぼ南北方向であり、そ
の北にあるS―1ないしS―16の断層群の走行方向も同じく南北方向であること
が認められるのであって、右地塊の移動から敦賀半島西岸断層の存在を根拠づける
ことはできないというべきである。
(二)
 海底断層の存在について
 原告らは、海上保安庁水路部の海底音波探査の結果、S―17断層と本件原子炉
施設との間の海域(白木北方沖合)及び白木―丹生間のリニアメントの南側部分
(美浜原子力発電所の南方付近)の海域にいくつもの枝分かれした断層が認められ
るとし、敦賀半島西岸断層が右の地点を走行する旨主張する。
 しかし、乙一六・六―三―一〇一頁、一〇三頁によれば、海上保安庁水路部の資
料においては、白木北方沖合については、S―17断層の部分に海底断層の存在が
推定されるにとどまり、右断層と陸域との間には断層の存在は推定されていないこ
と、また、美浜原子力発電所の南方付近の海底にも断層の存在は示されていないこ
とが認められる。また、S―17断層と陸域との間に活断層の存在を示す地形的な
特徴も認められない。したがって、海底断層の存在から敦賀半島西岸断層の存在を
根拠づけることはできないというべきである。
(ホ) なお、原告らは、甲ハ四九の海上保安庁水路部の海底音波探査記録によれ
ば、敦賀半島西岸半島の存在を示す地層の乱れがあることがうかがわれる旨主張す
るが、右証拠は不鮮明なものである上、地層の乱れがすなわち断層であるというこ
とにもならないから、右証拠から同断層の存在を認めることはできない。
(ヘ) 以上からすると、敦賀半島西岸断層の存在を認めるに足りる証拠はないか
ら、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) 海底断層S―1、甲楽城断層、山中断層及び柳ケ瀬断層の連続性、同時活
動性について
(イ) 原告らは、海底断層S―1、甲楽城断層、山中断層及び柳ケ瀬断層は雁行
しているから、一つの断層系として評価すべきであり、これらが一体となって活動
すれば、被告が考慮すべき限界地震を上回る地震動が生じる旨主張する。
(ロ) しかし、前記(一、3、(一)、(2)、(ロ)、(b))に加え、甲ハ
二三及び乙一六・六―三―九ないし一五頁によれば、本件安全審査においては、次
のとおり、文献調査、空中写真判読、現地調査、海上保安庁の調査活動等に照ら
し、右各断層の間に連続性は認められず、また、右各断層が一つの断層系としてそ
の全域が同時に活動するとは認められないことを確認したことが認められ、その合
理性に疑いを入れるような証拠はない。
 すなわち、①甲楽城断層の海域部については、海上保安庁水路部資料により、沖
合数百メートルの海底に大谷沢
沢口から干飯崎沖までに推定断層が図示されているが、音波探査結果によれば、干
飯崎沖に断層が推定されるものの、この推定断層は干飯崎沖より北西方向へは延長
していないと判断できるので、甲楽城断層とS―1断層との間に連続性は認められ
ない(乙一六・六―三―一四頁、一五頁)。
 ② 甲楽城断層の陸域については、大谷沢の沢口に認められた破砕帯を覆う扇状
地の堆積物が断層によって変位を受けていないこと、大谷沢付近に変位地形がみら
れないことから、五万年前以降の活動はないと判断できる(乙一六・六―三―一五
頁)。
 ③ 柳ケ瀬断層については、椿坂峠から南の部分では活動性は高いと考えられる
が、椿坂峠から北の部分では、活動性は低いと考えられ、柳ケ瀬断層の活動性は、
椿坂峠付近を境にして、北側と南側とで異なる(乙一六・六―三―一二頁)。
 ④ 山中断層は、柳ケ瀬断層北端部と甲楽城断層南端部の間に位置し、北西―南
東方向に走向する長さ五キロメートルの断層である(甲ハ二三)。
 ⑤ 甲楽城断層と柳ケ瀬断層との関連については、空中写真判読からは両断層を
結ぶリニアメントが認められないこと、地表地質調査の結果、柳ケ瀬断層北端部か
ら甲楽城断層南端部へ連続する破砕帯が認められないこと、柳ケ瀬断層の両側の古
生層は構成岩種や地質構造が明瞭に異なるが、甲楽城断層南端部では両側の地質に
明瞭な差がないから、両断層の形成過程は異なると考えられること、柳ケ瀬断層は
五〇ないし六〇度の西側傾斜、甲楽城断層は六〇度の東側傾斜ないしは九〇度の垂
直方向であり、断層面の傾斜方向と傾斜角度が異なること、両断層の破砕帯にみら
れる条線が各々異なった産状を示していることなどから、両断層間に連続性は認め
られない(乙一六・六―三―一二頁、一三頁)。
(ハ) このように、甲楽城断層と柳ケ瀬断層には連続性は認められず、また、甲
楽城断層と柳ケ瀬断層とが山中断層を介して連続する、あるいはこれらの断層が一
つの断層系として同時に活動すると考える根拠もないというべきである。
(二) これに対して、証人P1は、右各断層が連続していなくても、これらが雁
行していることのみから、一本の断層系として考慮すべきである旨の証言をするが
(P1調書二・六三丁裏、証人P1調書四・四九丁表)、右考え方には、合理的根
拠が述べられていないし、右考え方が学界において支持されているとも認められな
いから、採用
できない。
 また、原告らは、蝶番断層の場合は、一本の断層であっても傾斜が部分的に異な
ることがあるとして、柳ケ瀬断層と甲楽城断層の断層面の傾斜が異なることは、両
者が一本の断層であることを否定する理由にはならない旨主張する。
 乙ハ一四によれば、蝶番断層とは、断層の一方の地塊が断層面に垂直な方向を軸
として、他方の地塊に対して相対的に回転運動した断層であることが認められると
ころ、断層の両端で低下側が逆になることはあっても(すなわち、南北に走る断層
の北半分では断層の西側が低下し、断層の南半分では断層の東側が低下するな
ど。)、断層の両端で断層面の傾きが逆になることはない(すなわち、南北に走る
断層の北半分と南半分で、傾斜面が逆になることはない。)というべきである。し
かし、前記((ロ)、⑤)のとおり、甲楽城断層と柳ケ瀬断層とは傾斜が逆である
から、蝶番断層としての特徴を有していない。また、他に甲楽城断層と柳ケ瀬断層
が蝶番断層であるとする学術的見解があるという証拠もない。
 なお、原告らは、「[新編]日本の活断層」(甲ハ二三)では、甲楽城活断層は
「西側対低下」とされているのに、本件許可申請書においては、甲楽城断層の傾斜
について、「六〇度E」と記載されていることから(乙一六・六―三―一三頁)、
甲楽城断層と柳ケ瀬断層の傾斜が異なるとした本件安全審査は、甲楽城断層の傾斜
を誤って評価したものである旨主張するが、本件許可申請書の「六〇度E」の記載
は、傾斜が東側方向の水平面から下方に六〇度傾いていることを意味するものと解
されるから、逆断層である甲楽城断層においては、右記載は隆起側は東側で西落ち
(西側低下)を示すことになるのであって、右記載は「[新編]日本の活断層」の
記載と矛盾するものではない。
(ホ) したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(4) 野坂断層とS―21ないしS―27断層の連続性について
 原告らは、野坂断層とS―21ないしS―27断層とは連続しており、右断層か
らはマグニチュード七・三の地震が発生する旨主張する。
 しかし、乙一六・六―三―二六頁、二七頁、一〇一頁によれば、海上保安庁の音
波探査において、S―21ないしS―27断層と野坂断層との間の海域に断層は推
定されていないことが認められ、他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はないか
ら、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(5) S―15ないしS―17断層と白木―丹生リニアメントの同時活動性につ
いて原告らは、S―15ないしS―17断層と白木―丹生リニアメントは連続して
いる旨主張する。
 しかし、甲八七〇及び乙一六・六―三―三〇頁、三一頁によれば、S―15ない
しS―17断層については、海上保安庁水路部は、その海底地質構造図において、
S―15、S―17断層を伏在断層としてその存在を推定しているにとどまり、活
断層であるとはしていないことが認められる。また、前記((1)、(イ))のと
おり、白木―丹生リニアメントは活断層運動によって生じたものとは認められな
い。したがって、S―15ないしS―17断層と白木―丹生リニアメントを一体と
して評価すべき理由はないから、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(6) 連続しない複数の断層の同時活動性について
 原告らは、型が異なり連続性が認められない断層であっても、近傍に存在する場
合には同時に活動する可能性があることを前提とした上で、①山中断層と甲楽城断
層と柳ケ瀬断層、②白木―丹生リニアメントとS―15ないしS―17断層、③野
坂断層とS―21ないしS―27断層、④木ノ芽峠断層(敦賀断層)と花折断層が
同時に活動する可能性がある旨主張し、さらに、地震地体構造を考えると、①花折
断層で地震が発生するとしても、木ノ芽峠断層も動くとみるべきであるから、震央
距離は六〇キロメートルから五〇キロメートルとなる、②山中断層と甲楽城断層と
柳ケ瀬断層は、一体となった断層系として考える必要があり、甲楽城断層の位置に
マグニチュード七・八の地震が発生する旨主張する。
 この点、平成七年の兵庫県南部地震において、近傍にある複数の断層が同時に活
動したことは当事者間に争いがない。しかし、甲ハ六〇によれば、兵庫県南部地震
は、六甲―淡路断層帯という、既知の活断層の密集体の一部が変位したことにより
発生したものと解されているところ、右断層帯は従前から安全委員会において一連
の断層として評価されていたものであったことが認められ、何ら関連性のない断層
が、近傍にあるということだけを理由に同時に活動したものではない。したがっ
て、兵庫県南部地震の発生をもって、断層が近傍に存在する場合には同時に活動す
る可能性があるということはできず、他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はな
い。なお、後記(8)のとおり、金折裕司が提唱
する「マイクロプレートモデル」は、そもそも、構造線を構成する複数の活断層が
同時に活動し、格別に大きい地震が発生することを内容とするものではない。
 したがって、原告らの主張はその前提を欠くものである。なお、山中断層と甲楽
城断層と柳ケ瀬断層が連続しないことは前記(3)の、②白木―丹生リニアメント
とS―15ないしS―17断層の同時活動性がないことは前記(5)の、③野坂断
層とS―21ないしS―27断層が連続しないことは前記(4)のとおりである。
(7) 木ノ芽峠断層(敦賀断層)と柳ケ瀬断層の同時活動性について
 なお、甲ハ六六には、木ノ芽峠断層と柳ケ瀬断層が、約七〇〇年前に同時に活動
した可能性があり、これを古文書のデータなどと照らし合わせると、一三二五年に
これらの断層が同時に活動して地震を引き起こした可能性が高く、将来、木ノ芽峠
断層と柳ケ瀬断層が同時に動いた場合、マグニチュード七・二の地震が発生する可
能性があるとの記載がある。しかし、本件安全審査においては、木ノ芽峠断層と柳
ケ瀬断層が同時に活動することは想定していないが、前記(一、3、(一)、
(1)、(ロ))のとおり、右一三二五年の地震(正中近江の地震)は、設計用最
強地震の選定に当たって考慮されており、前記(一、3、(一)、(2)、(ニ)
及び同(5)、(ロ))のとおり、木ノ芽峠断層及び柳ケ瀬断層から発生する地震
については、それぞれマグニチュード七・二を想定して設計用限界地震として考慮
しているから、右文献は本件原子炉施設の安全性を左右するものではない。
(8) マイクロプレートモデルについて
 原告らは、金折裕司が提唱する「マイクロプレートモデル」に基づき、マイクロ
プレート境界である敦賀湾―伊勢湾構造線上にある甲楽城断層、柳ケ瀬断層系では
大規模な地震が発生し、その場合、右境界から一一キロメートルの距離に位置する
本件原子炉施設に危険が及ぶ旨主張する。
 しかし、甲ハ三七によれば、マイクロプレートモデルは、マグニチュード六・四
以上の被害地震が、活断層を結ぶ線で定義される構造線やブロック境界線に沿って
発生していることから、中部日本のブロック構造モデルとして提唱され、その後日
本列島全域に拡張された理論であること、その内容は、右ブロック境界の活動には
静穏期と活動期とがあり、活動期に入ると地震が構造線やブロック境界線上で間欠
的に発生し、境界全体が活
動した断層で全て覆われると活動期が終息するというものであることが認められ
る。したがって、右理論は、構造線を構成する複数の活断層が同時に活動し、格別
大きい地震が発生する旨を述べたものではなく、右理論により、甲楽城断層、柳ケ
瀬断層系が一つの断層として活動するということはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(9) 近畿三角地帯について
 原告らは、花折・金剛構造線、敦賀湾・伊勢湾構造線及び中央構造線によって囲
まれる近畿三角地帯の底辺に当たる中央構造線の活動性が高まっており、そのうち
の一〇〇キロメートルが動いた場合には、マグニチュード八・二の巨大地震が発生
し、その場合、本件原子炉施設の敷地に大きな影響を与える旨主張する。
 この点、右主張にいう一〇〇キロメートルがどの範囲を指すのかについて、原告
らの主張は不明確であるが、仮に本件原子炉施設の敷地に最も近いところ(奈良県
五条から三重県伊勢までの約一〇〇キロメートル)を検討すると、証人P1の証言
(P1)調書四・三九丁裏、四〇丁表)及び甲ハ二三によれば、五条以西(近畿三
角地帯の底辺の左側になる。)と以東とでは活動度に大きな相違があり、五条以東
では約五〇万年前以降は活動が停止していることが、乙八五によれば、高見峠付近
にはリニアメントがあるが、右リニアメントは、明瞭な活断層地形を示さないリニ
アメントであり選択的浸食により生じた可能性もあるため、「[新編]日本の活断
層」では確実度Ⅲとされていることがそれぞれ認められ、近畿三負地帯の底辺に当
たる中央構造線が一〇〇キロメートルにわたって動く現実的可能性があると認める
に足りる証拠はないというべきである。
 また、証人P1の証言(P1調書四・四一丁表)及び乙ハ六によれば、本件原子
炉施設から中央構造線までは、最も近いところで約一五〇キロメートルの距離があ
ることが認められ、また、証人P1の証言(P1調書四・四一丁表、同裏)及び証
人P2の証人調書(P2調書一・添付⑩)によれば、この距離で仮にマグニチュー
ド八・二の地震が発生したとしても、震度Vのゾーンに入ることが認められるか
ら、本件原子炉施設の敷地に対するその影響は、考慮すべき限界地震として選定し
た甲楽城断層(震度Ⅵのゾーン)よりも小さいことが明らかであり、中央構造線の
活動は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではない。
 した
がって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(10) 甲楽城断層による地震の想定について
 原告らは、甲楽城断層による地震はマグニチュード七・三、本件敷地との最短距
離約一二・五キロメートル(震央距離一五キロメートル)として評価すべきである
のに、本件安全審査においてマグニチュード七・〇、震央距離一一・五キロメート
ルと評価したのは誤りである旨主張する。
 この点、甲ハ六七・一九九頁には、甲楽城断層の位置に対応するとみられる「空
白域D」に発生する地震としてマグニチュード七・三と記載されている。しかし、
右は、長期間地震が発生していないブロック境界の断層について認められる空白域
では歪エネルギーが蓄積されているという空白域の考え方に基づくものであるとこ
ろ、前記(1、(一)、(2))のとおり、右考え方は、「歴史地震の発生が知ら
れていないブロック境界については、地震の空白域や次の地震で破壊する領域を予
測することが困難である。」として、「仮にそれを構成する大規模な活断層を次の
地震での破壊域とみなし、地震危険度評価を試みる。」と断った上で、空白域を破
壊域とあえて仮定し、想定される地震のマグニチュード等を試算しているにすぎな
いのであって、空白域において地震が発生する蓋然性があることや、その近辺の複
数の活断層が同時活動する蓋然性があることを述べたものではない。したがって、
甲ハ六七の記載から、本件安全審査における甲楽城断層の評価が不合理であるとい
うことはできない。
 そして、前記(一、3、(一)、(2)、(ロ)、(b)、(ろ))のとおり、
本件安全審査においては、甲楽城断層は大谷沢から干飯崎沖までの長さ二〇キロメ
ートルの断層として考慮することが適切であるとしているが、乙一六・―三―四
頁、一五頁、六―五―三一頁によれば、右判断に当たっては、①地形調査の結果か
ら、現海岸はリニアメント付近にあった断層崖が海岸浸食によって後退し、現在に
至ったものと推定され、これによれば、右断層は海底に認められるリニアメント状
地形の位置に推定するのが適切と考えられること、②海上保安庁の資料及び被告の
行った音波探査の結果によれば、海底のリニアメント状地形に沿って大谷付近から
干飯崎沖までの約一八・五キロメートルにわたり伏在断層が推定されること、③陸
域については、大谷と敦賀市杉津の中間の沢に長さ約一・五キロメートルのリニア

ントが認められるにすぎず、現地の露頭調査では、右陸域のリニアメントの位置に
対応する大谷付近の大谷沢口に幅五〇ないし一二〇メートルの比較的規模の大きな
破砕帯が認められることを確認していることが認められ、その合理性に疑いを入れ
るような証拠はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
3 地盤について
(一) 岩級(岩盤)分類について
 原告らは、岩級分類においては、CH級は「やや不良」、CL級以下は「不適」
とされているのに、本件安全審査において、本件原子炉施設の基礎岩盤について、
大部分がCH級からB級にあることから、「全体として堅硬、均質な花崗岩で構成
されている」としていることは不当である旨主張する。また、一部にはCL級以下
の岩盤も存在するから、本件原子炉施設の基礎岩盤が良好であるとはいえない旨主
張する。
 この点、甲八三によれば、田中式の岩級分類において、CH級は「やや不良」、
CM級以下は「不適」とされていることが認められる。しかし、証人P2の証言
(P2調書二・八丁表)及び甲ハ三によれば、右岩級分類はダムの基礎岩盤を対象
としたものであり、「やや不良」、「不適」という評価内容も、ダム建設について
のものであること、本件原子炉施設の岩盤にかかる重量は、ダムより遥かに小さい
ことが認められるから、右評価内容はそのまま本件原子炉施設に当てはまるもので
はないというべきである(なお、本件安全審査においては、電研式の岩級分類が用
いられている。)。
 そして、乙一六・六―三―三五頁、三六頁、一三一ないし一三七頁によれば、本
件安全審査においては、本件原子炉施設の基礎岩盤中には、CL級以下の岩盤が一
部存在するものの、それはごくわずかなものがCH級以上の岩盤に包み込まれたよ
うな形で存在するにすぎず、大部分はCH級ないしB級の花筒岩からなる岩盤で構
成されていることを確認した上で基礎岩盤が良好である旨判断したことが認められ
るのであって、CL級以下の岩盤が存在することは、右判断の合理性を左右するも
のではないというべきである。
 また、そもそも、乙一六・六―三―三九頁によれば、本件安全審査においては、
岩級ごとに行った岩盤試験の結果に基づき、十分な支持力、せん断抵抗力等が認め
られたことを確認した上で本件原子炉施設の基礎岩盤が安全であると判断したこと
が認められ、岩級分類のみから右結論を導いているの
ではないから、岩盤の一部に「不適」とされるものがあったとしても、直ちに本件
安全審査の合理性を左右するものではない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(二) 岩盤良好度評価(RQD評価)について
 原告らは、ボーリング調査を基にした岩盤良好度評価(RQD評価)によれば、
本件原子炉施設を設置する計画標高付近では、「非常に悪い」、「悪い」が圧倒的
に多く、総合評価をすると、右の付近の花崗岩類の岩質は劣悪である旨主張する。
 しかし、証人P2の証言(P2調書二・七丁表、同裏)によれば、RQD評価
は、ボーリングコアを採取した際に、長さ一〇センチメートル以上のコアがどの程
度採取されたかによって岩盤の良好度を評価しようとするものであり、岩盤試験等
の手法が確立される以前に重視されていた評価方法であるが、これによって、岩盤
の強度を直接に判断し得るものではないことが認められる。
 また、そもそも、前記(一)のとおり、本件安全審査においては、岩級ごとに行
った岩盤試験の結果に基づき、十分な支持力、せん断抵抗力等が認められたことを
確認した上で判断しているのであって、RQD評価を直接の根拠として結論を導い
たものではないから、RQD評価は、直ちに本件安全審査の合理性を左右するもの
ではない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) サンドイッチ地盤について
 原告らは、本件原子炉施設設置場所の地盤は、堅硬な岩盤の間にやや軟岩である
岩盤が挟まれた、いわゆるサンドイッチ地盤であり、地震に極めて弱い地盤である
旨主張する。
 この点、証人P1の証言(P1調書二・九四丁裏)及び甲ハ二二によれば、サン
ドイッチ地盤とは、昭和五三年六月の宮城県沖地震後に、新聞記者が、ビルが設置
されていた表層地盤について硬い地層と軟らかい地層が上下方向に交互に重なり合
っている状態を便宜そのように呼んだものであり、学術用語として承認されたもの
ではないことが認められる。
 そして、本件原子炉施設は、表層地盤を除去して露出させた岩盤の上に設置され
ていることは当事者間に争いがないところ、表層地盤の内部に軟らかい地層が含ま
れることと、岩盤の内部に岩級の差異が存することは異なるから、本件原子炉施設
の基礎岩盤をサンドイッチ地盤と呼ぶことはできない。
 また、前記(一)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の
基礎岩盤中には、CL級以下の岩盤が一部存在するものの、そのことが基礎岩盤の
安全性に影響を及ぼすものでないことを確認している。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(四) 沖積地について
 原告らは、本件原子炉施設の地盤は基盤をカットして造成した土地と沖積地との
双方をまたいでいる旨主張する。
 しかし、本件原子炉施設の地盤が沖積地をまたいでいることを認めるに足りる証
拠はない。また、前記(一)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設
の基礎岩盤中には、CL級以下の岩盤が一部存在するものの、そのことが基礎岩盤
の安全性に影響を及ぼすものでないことを確認している。
 したがって、沖積地をまたいでいることにより本件原子炉施設の地盤の安定性が
確保されないとはいえず、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(五) 粘土化帯等について
 原告らは、本件原子炉施設設置場所で採取されたボーリングコア中に粘土化帯、
条線(条痕)、鏡肌等が認められるから、本件原子炉施設直下の岩盤は断層活動に
よって粉砕されている旨主張する。
 この点、乙一六・六―三―三六頁、一六八頁によれば、右岩盤には粘度を含む部
分(粘土化帯)の存在が認められるが、この点について、証人P2は、右粘度化帯
は、相互に特定方向へ連続する関係は認められないことなどから、断層活動以外の
原因、すなわち節理面を有する花崗岩が熱水変質作用を受けて生じたものと考えら
れる旨証言している(P2調書二・一二丁裏)。また、本件許可申請書のボーリン
グ柱状図(乙一六・六―三―一六八頁)には、破砕帯がある旨の記載があるが、こ
の点について、証人P2は、右破砕帯もまた、ピンク粘土があるとされていること
などから、圧力がかかった熱水が入ったときの破砕であり、断層運動によって生じ
た破砕帯ではない旨証言している(P2調書二・一五丁表ないし一六丁裏)。そし
て、本件許可申請書のボーリング柱状図(乙一六・六―三―一四二頁、一四五頁)
には、粘土化帯部分の一部に条線や鏡肌がみられるとの記載があるが、それらはご
く一部にすぎない上、証人P2も、条線の方向も特定方向に連続していないこと
や、鏡肌に断層運動による条痕が付いていないことなどから、右条線や鏡肌もまた
断層運動により発生したものではない旨証言している(P2調書二・一七丁表)。
また、証人P1も、本件原子炉施設設置場所
で採取されたボーリングコアの条線等について、これによって原子力施設に支障が
あるということはできない旨証言している(P1調書三・二一丁表ないし二二丁
表)。これらの事実からすると、粘土化帯の存在によって、本件原子炉施設直下の
岩盤が断層運動によって粉砕していると認めることはできないというべきであるか
ら、原告らのこの点についての主張は理由がない。
4 耐震設計について
(一) 施設の重要度分類について
 原告らは、一次冷却材を内蔵する施設や使用済燃料を冷却するための施設を、い
ずれも耐震設計上AクラスとせずBクラスとしたのは不合理であり、耐震安全性を
確保できない旨主張する。
 この点、乙一六・八―一―一一五ない一一七頁によれば、一次冷却材を内包する
施設としては、一次ナトリウム充填ドレン系設備、一次ナトリウム純化系設備等
を、使用済燃料を冷却するための施設としては、炉外燃料貯蔵槽冷却設備のうち地
震後の冷却に必須でないもの、水中燃料貯蔵設備の燃料池水冷却浄化装置をそれぞ
れBクラスとしていることが認められる。
 しかし、乙一六・八―一―九九頁及び弁論の全趣旨によれば、本件安全審査にお
いては、これらの機器、設備のうち、一次ナトリウム充填ドレン系設備、一次ナト
リウム純化系設備等は、原子炉冷却材バウンダリにバルブを介して直接接続される
もので、一次冷却材を内包するものの、放射性物質を含む量が少なく、その機能が
喪失した際の環境への影響も小さいといえることから、また、炉外燃料貯蔵槽冷却
設備のうち地震後の冷却に必須でないもの、水中燃料貯蔵設備の燃料池水冷却浄化
装置も同様の理由からBクラスとしたことを確認したことが認められ、これが不合
理であるという証拠はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(二) 基準地震動の策定について
 原告らは、本件安全審査において、金井式及び松田式を用い、またいわゆる大崎
の方法に基づいて、基準地震動作成のための応答スペクトルの策定を審査したこと
は、十分保守的なものではなく、自然の地震波がこれを上回る可能性があるから、
不合理である旨主張する。
(1) 松田式について
(イ) 原告らは、松田式が誤差を内包するものであり、単なる目安でしかなく、
合理的な式とはいえない旨主張し、その根拠として、①活断層による断層線が全て
地表に表れるとは限らず、断層線が短く評価されがちであり、現実の地震によって
地表に現れた断層線の長さを松田式に適用した場合、地山震規模の想定が過小評価
となること、②松田式自体に大きな誤差が含まれること、③松田式を作成した松田
時彦自身によって「新松田式」が提案されていることを挙げる。
(ロ) しかし、①の点については、本件安全審査においては、前記(一、3、
(一)、(2))のとおり、地表に現れている部分だけではなく、地質学的見地等
から、地下の地質構造も推定した上で活断層の長さの妥当性を評価し、その長さを
松田式に当てはめており、原告らの主張するように、地表に現れている部分のみを
断層線と評価しているわけではないから、原告らのこの点についての主張はその前
提を欠くものである。
(ハ) ②の点については、乙八一六によれば、松田式は、断層の長さとその断層
が引き起こす可能性のある最大のマグニチュードを推定するために提案された経験
式であるが、他方で、断層の長さとその断層が引き起こす可能性のある最大のマグ
ニチュードの関係について、保守的に評価することまでは目的としていないことが
認められる。したがって、当該断層が引き起こす地震が松田式により算出された最
大マグニチュードを超える大きさのものとなる可能性は否定できない。
 しかし、弁論の全趣旨によれば、松田式は、本件原子炉施設を始め、他の原子炉
施設においても活断層による地震のマグニチュードを算出する際に有用な経験式と
して、「新松田式」が提案された後も用いられていることが認められる。
 また、①前記(一、3、(二)、(1)及び同(2))のとおり、設計に用いる
基準地震動の模擬地震波(最大速度振幅はS1が一九・〇カイン、S2が二二・〇
カイン)は、最強地震及び限界地震から求められた基準地震動の応答スペクトル
(最大速度振幅はS1が一三・八丁八カイン、S2が一八・二カイン)を下回らな
いように、いわば拡幅して作成されていること、②乙ハ一七及び乙ハ一八によれ
ば、耐震設計において本件原子炉施設の床応答スペクトルを作成するに当たって
は、適切な減衰定数を定めて求めた床応答スペクトルに対し、スペクトルが右下が
りにある周期範囲ではスペクトルを右側、スペクトルが左下がりにある周期範囲で
は左側にそれぞれ一〇パーセント平行移動させるなどの方法でスペクトルの拡幅を
行って安全側の地震力設定となるようにしていると認められること、③前記(一、
8、(
三)、(2))のとおり、Asクラスの建物、構築物については、常時作用してい
る荷重及び運転時に作用する荷重と基準地震動S2による地震力とを組み合わせ、
その結果発生する応力に対して建物、構築物の終局耐力に妥当な安全余裕を持たせ
るように設計し、的クラスの機器、配管については、通常運転時、運転時の異常な
過渡変化時及び事故時に生じるそれぞれの荷重と基準地震動田による地震力を組み
合わせ、その結果発生する応力に対して構造物が局部的に降伏して塑性変形する場
合でも、過大な変形、亀裂、破損等が生じることによってその施設の機能に影響を
及ぼすことがないように設計されること、すなわち、原子炉冷却材バゥンダリや制
御棒駆動機構等、本件原子炉施設の安全上特に重要な施設については、工学的見地
から発生することを予期することが適切と考えられる地震を超える地震に対し、弾
性の範囲を超えて施設に変形等が生じるに至ったとしても、放射性物質の封じ込め
等の当該施設に期待される安全機能が確保できるよう、十分な余裕を持たせて設計
されると認められることからすれば、本件原子炉施設の耐震設計は、基準地震動の
策定から個別具体的な耐震設計までの全体において保守性を確保するものというこ
とができる。
 そうすると、松田式に誤差があるとしても、右誤差は、右の基準地震動の策定や
個別具体的な耐震設計における保守性の確保によって吸収することが相当程度可能
というべきであるところ、松田式の適用に当たって、現実の地震との間で右保守性
の確保によっては吸収することのできないような多大な誤差が生じると認めるに足
りる証拠はない。
 したがって、松田式に誤差が含まれることから、直ちに本件原子炉施設の耐震設
計が不合理であるということはできない。
(二) ③の点については、「新松田式」とは、松田時彦が、平成七年六月、最近
の検討結果として二本の直線で表される活断層の長さとそれによる地震のマグニチ
ュードとの関係式を示したものであり、原告らは、これによると甲楽城断層のマグ
ニチユードは大きくなる旨主張する。しかし、前記のとおり、松田式は、本件原子
炉施設を始め他の原子炉施設における活断層による地震のマグニチュードを算出す
る際に有用な式として、「新松田式」が提案された後も用いられているが、これに
対して、「新松田式」は策定根拠が全く明らかにされていない。そうすると,「新
松田式」が
策定されたことから直ちに松田式による甲楽城断層のマグニチュードの評価が過小
評価であるということはできない。
(ホ) したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 金井式について
(イ) 金井式の妥当性について
 原告らは、金井式の作成の基礎となった観測データはマグニチュード四・〇から
五・一の地震のものであるから、マグニチュード七以上の大規模な地震に適用する
ことはできず、また、遠距離の地震の場合、金井式の計算値は、実測値の四分の一
から五分の一にしかならないとして、金井式を適用した本件原子炉施設の耐震設計
では耐震安全性を確保できない旨主張する。
 しかし、一般に、地震動の水平方向における最大速度振幅は、実測結果に基づい
た経験式によって定めることができるとされており、弁論の全趣旨によれば、金井
式は、本件原子炉施設を始め原子炉施設における解放基盤表面上での基準地震動策
定に際して用いられ、現在も広く活用されている有用な経験式であることが認めら
れる。
 また、乙ハ一五によれば、金井式は、日本海中部地震(マグニチュード七・
七)、宮城県沖地震(マグニチュード七・四)、根室半島沖地震(マグニチュード
七・四)及び十勝沖地震(マグニチュード七・九)の各地震について、地震の震源
及び観測点が共に日本列島の太平洋岸沖にある場合は地震加速度の良い推定を与
え、震源が太平洋岸又は日本海岸の沖合いずれにあっても、観測点が日本海側の場
合は距離減衰の傾度が大きく、おおよそ震源距離一〇〇キロメートル以上の遠距離
になると計算値は実測値より大きくなるとされていることが認められる。
 したがって、マグニチュード七以上の地震、あるいは震央距離一〇〇キロメート
ル以上の遠くの地震についても、金井式は適用し得るものというべきであるから、
原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ロ) 金井式の適用範囲について
 原告らは、金井式の基礎となったデータは、本件原子炉施設の基礎岩盤よりかな
り硬い岩盤上の観測データに基づいているから、金井式を本件原子炉施設に適用す
ることはできない旨主張し、証人P1もこれに沿う証言をする(P1調書二・二一
丁表)。
 しかし、乙ハ一五によれば、金井式作成の基礎となった観測データは、日立鉱山
の地下三〇〇メートルの、縦波速度が毎秒約五・五キロメートル、そこから推定さ
れる横波速度が毎秒約三キロメートルの岩
盤上のものとされていることが認められるが、乙八九によれば、その後、昭和四〇
年の松代群発地震の際、岩盤表面上における地震動の観測記録が得られたことか
ら、その地震動データについても考慮が払われ、現在では、金井式は、解放基盤表
面上の地震動の強さを推定する式としてふさわしいものとされていることが認めら
れる。
 そして、前記(一、4、(二)、(3))に加え、乙一六・六―三―三六ないし
四〇頁によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の基礎岩盤は堅硬、均
質で相当な広がりのある解放基盤表面であることを確認したことが認められるか
ら、金井式を本件原子炉施設の耐震設計に用いることに不合理な点はなく、原告ら
のこの点についての主張は理由がない。
(ハ) 金井式の適用限界について
 原告らは、金井式には、限界距離(原告らは、マグニチュード七の場合は一三・
六キロメートルであると主張する。)内の地震には適用できないから、右限界距離
内の甲楽城断層(マグニチュード七・〇、震央距離一一・五キロメートル)から想
定される地震に金井式を適用したことは不合理である旨主張する。
 しかし、原告らの主張する限界距離の概念が学説上受け入れられていると認める
に足りる証拠はない。また、限界距離の概念を採用した場合、限界距離内での最大
速度振幅をいかに算定するのか、そもそも不明である(原告本人P3の供述(P3
調書二・三八頁、三九頁)によれば、限界距離までは金井式を適用し、限界距離内
ではわずかずつ最大速度振幅が大きくなるとするか、断層モデルという別のモデル
を使用するようであるが、その度合いや具体的な適用方法は明らかでない。)。
 また、原告本人P3の供述(P3調書二・四五頁)によれば、甲楽城断層に金井
式をそのまま適用する場合(乙八九によれば、大崎の方法では、近傍の地震につい
ては、距離が近づくにつれて最大加速度が増大するといった関係が成立しないこと
から、震央域という概念を用い、震央域の外縁部分における最大速度振幅を金井式
に求め、震央域の内部においては、一定値をもって評価することが行われていると
ころ、甲楽城断層のマグニチュード七・〇の場合は、震央域外縁距離は一〇キロメ
ートルとされ、震央距離が一〇キロメートルまでの範囲では金井式を用いて最大速
度振幅を求め、それ以下の距離では、常に震央距離一〇キロメートルにおける最大
速度振幅によって評価す
るが、甲楽城断層は震央距離が一一・五キロメート捌ルであるから、金井式をその
まま適用することになる。)と、原告らの主張する限界距離の考えに立った場合と
で、求められる最大速度振幅の値に有意な差が生じることはないことが認められ
る。
 したがって、本件安全審査において甲楽城断層による地震に金井式を適用したこ
とが不合理であるということはできず、原告らのこの点についての主張は理由がな
い。
(ニ) 金井式の誤差について
 原告らは、金井式の誤差は少なくとも二・五倍程度ある旨主張し、その根拠とし
て、田中貞二の「金井式に関する調査」と題する論文(甲ハ五五)のデータを基に
計算した結果及び甲八九の図を指摘する。
 しかし、原告らの指摘する田中論文(甲ハ五五)には、金井式の誤差について、
マグニチュードの誤差を考慮しなければ平均値に対する一σの変動幅は約〇・八四
倍から一・二〇倍、マグニチュードの誤差のみを考慮した場合の平均値に対する一
σの変動幅は約〇・六四倍から一・五七倍と記載されているのであって、二・五倍
程度の誤差が生じるという記載はない(なお、原告らは、証人P4の証人調書(P
4調書一)添付④の、一σの範囲にデータのある確率は〇・六八二七、二σの範囲
にある確率は〇・九五四五、三σの範囲にある確率は〇・九九七三であるとの記載
から、右田中論文のマグニチュードの誤差のみを考慮した場合の「一σは約〇・六
四から一・五七」の数字を三倍して三σを求めると約二・五倍になる旨主張する
が、右添付④の平均値に対する一σの変動幅は正規分布についてのものであって、
金井式における震央距離及びマグニチュードと地震動の最大速度振幅の関係が正規
分布になるとの証拠は全くないから、右は原告らの誤解によるものと思われる。)
上、そのような実例があるとの証拠もない。また、甲八九の図は、説明文中に「こ
の測定点がどのような場所を選んで設置されているのかははっきりしない。」と記
載されているところがらみて、岩盤上の測定結果ではない可能性があるから、右を
直ちに金井式による算出結果と対比することは相当でなく、他に金井式の誤差が少
なくとも二・五倍であると認めるに足りる証拠もない。
 そして、前記(イ)のとおり、金井式は、震源が太平洋岸又は日本海岸の沖合い
ずれにあっても、観測点が日本海側の場合はおおよそ震源距離一〇〇キロメートル
以上の遠距離になると計算値は実
測値より大きくなるとされていることが認められるのであって、金井式は日本海岸
にある本件原子炉施設に関しては保守的な計算式ということができる。
 もっとも、乙八九によれば、金井式は、茨城県の日立鉱山地下三〇〇メートルの
坑道内で得られた地震観測記録等に基づく実験式を、近距離まで適用可能なものに
改定したものであるが、岩盤上での震源距離及びマグニチュードと最大速度振幅と
の関係について保守的に評価することまでは目的としていないことが認められる。
したがって、田中論文が指摘するような誤差をもって、現実にある断層で起きた地
震の最大速度振幅が、金井式により算出された最大速度振幅を超える可能性がある
ことは否定できない。
 しかし、金井式は、前記(イ)のとおり、岩盤における最も確からしい地震の影
響を評価する際に有用な経験式として、現在でも広く活用されているものであり、
また、前記((1)、(ハ))のとおり、原子炉施設の耐震設計は、基準地震動の
策定から個別具体的な耐震設計までの全体において保守性を確保する体系を採用し
ているといえる。したがって、金井式に誤差があるとしても、右誤差は、右の基準
地震動の策定や個別具体的な耐震設計における保守性の確保によって吸収すること
が相当程度可能というべきであるところ、金井式の適用に当たって、現実の地震と
の間で右保守性の確保によっては吸収することのできないような多大な誤差が生じ
ると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、金井式に誤差が含まれることから、直ちに本件原子炉施設の耐震設
計が不合理であるということはできないから、原告らのこの点についての主張は理
由がない。
(3) 大崎の方法について
(イ) 実地震動の包絡について
 原告らは、大崎の方法により求められる基準地震動の応答スペクトル(大崎スペ
クトル)は、すべての地震動を包含するものではないから、実地震動において耐震
設計で想定された以上の力が加わるおそれがある旨主張する。
 しかし、乙八九によれば、「耐震設計審査指針」の解説の一部とすることを目的
に作成された「原子力発電所設計用の基準地震動評価に関するガイドライン」にお
いて、大崎スペクトルと実地振動スペクトルとの差が数量的に比較されているが、
これによると、大崎スペクトルは実地震動スペクトルをほぼ包絡しており、大崎ス
ペクトルがわずかながら実地震動スペクトルを下回っているのは、マ
グニチュ」ド六の遠距離地震に適用される標準スペクトルについて周期〇・〇二な
いし〇・一〇秒の周期範囲と、マグニチュード七の中距離地震に適用される標準ス
ペクトルについて〇・〇二ないし〇・一三秒の周期範囲に限られることが認められ
る。
 そうすると、一般に、建物の床応答スペクトルは、建物の固有周期において最大
となるところ、原告本人P3の供述(P3調書一・五六頁、五七頁)及び甲ハ五二
の添付⑭によれば、本件原子炉施設の原子炉建物の固有周期は約〇・二秒であると
認められるから、前記各周期範囲における大崎スペクトルと実地震動スペクトルと
のわずかなスペクトル強度の差が、本件原子炉施設の原子炉建物の床応答スペクト
ルに及ぼす影響は極めて小さく、耐震設計上問題となるものではないというべきで
ある。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ロ) 安全余裕について
 原告らは、大崎の方法には安全余裕がないから、右床応答スペクトルの示す加速
度が想定以上に及ぶ可能性があり、実地震動によって耐震設計で想定された以上の
力が加わるおそれがある旨主張する。
 しかし、乙八九によれば、大崎スペクトルは、マグニチュード六の遠距離地震に
適用される標準スペクトルについて周期〇・〇二ないし〇・一〇秒の周期範囲と、
マグニチュード七の中距離地震に適用される標準スペクトルについて〇・〇二ない
し〇・一三秒の周期範囲を除いて、実地震動スペクトルを上回っており、この限り
では安全余裕があることが認められる。
 また、前記((1)、(ハ))のとおり、床応答スペクトルを作成するに当たっ
ては、適切な減衰定数を定めて求めた床応答スペクトルに対し、スペクトルが右下
がりにある周期範囲ではスペクトルを右側、スペクトルが左下がりにある周期範囲
では左側にそれぞれ一〇パーセント平行移動させるなどの方法でスペクトルの拡幅
を行って安全側の地震力設定となるようにしている上、本件原子炉施設の耐震設計
は、基準地震動の策定から個別具体的u耐震設計までの全体において保守性を確保
するものであり、基準地震動の模擬地震波の作成等の場面においても保守的な想定
をしている。
 そして、弁論の全趣旨によれば、大崎の方法は、ほぼ解放基盤上と考えられる場
所において実測された地震動特性を整理し、工学的検討を加えて標準化した応答ス
ペクトルであり、本件原子炉施設を始め、他の原子炉施設
の耐震設計においても有用な方法として現在でも広く用いられていることが認めら
れる。
 このようにみると、大崎の方法に安全余裕が十分にはないとしても、そのことか
ら直ちに、本件原子炉施設の耐震設計に大崎スペクトルを用いることが合理性を失
うものではないというべきである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ハ) 修正大崎スペクトルについて
 原告らは、長周期側の地震動をより大きく見積もる一九九四年版の大崎スペクト
ルが発表されたことにより、従前の大崎スペクトルは妥当性を失ったから、これを
用いて行われた本件原子炉施設の耐震設計は不合理である旨主張する。
 しかし、甲ハ五七によれば、修正大崎スペクトルは、作成者の大崎順彦自身が、
一般の土木・建築構造物用として位置づけていることが認められ、右修正大崎スペ
クトルは、剛構造の原子力発電所よりも固有周期が長い建物等に適用することを予
定したものというべきであって、原子力発電所に適用されるべきものとはいえな
い。また、前記(イ)のとおり、本件原子炉施設の原子炉建物の固有周期は短周期
であるから、長周期側の地震動を大きく見積もる修正大崎スペクトルによって本件
原子炉施設の耐震設計に従前の大崎スペクトルを用いたことが合理性を失うもので
はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ニ) 兵庫県南部地震について
 原告らは、兵庫県南部地震の際に神戸大学のトンネル内で観測された地震動の応
答スペクトルが大崎スペクトルを長周期側で上回ったことから、大崎の方法は合理
性を失った旨主張する。
 この点、乙八九によれば、大崎スペクトルは、露出した岩盤表面上ないしはごく
岩盤表面に近い箇所、すなわちほぼ解放基盤表面上と考えられる箇所に設置された
地震計によって観測された実地震動記録を基に作成されたものであることが認めら
れる。
 しかし、甲八六〇によれば、神戸大学で観測された地震動は、花崗岩上に厚さ
一・三メートルの埋戻土又は表層土があり、さらに、その上の厚さ九五センチメー
トル上のコンクリート床上に設置された地震計によるものであって、解放基盤表面
上と考えられる箇所に設置された地震計によるものではないことが認められる。ま
た、乙八九によれば、大崎スペクトルは、横波速度の値がほぼ毎秒〇・七ないし
一・九キロメートルまでの範囲の堅さの岩盤に対してよく適用するとさ
れていることが認められるのに対し、甲八六〇によれば、神戸大学に設置された地
震計の直下九五センチメートルから二二五センチメートルまでの範囲にある埋戻土
又は表層土の横波速度は、毎秒〇・二四キロメートル程度であることが認められ
る。
 そうすると、神戸大学の地震計設置箇所が大崎の方法の前提となる解放基盤表面
といえないことは明らかであるし、兵庫県南部地震の際に、神戸大学で観測された
最大速度振幅が大きな値を示したのは、埋戻土や表層土といった表層地盤の増幅等
の影響によるものと考えられており(甲八六〇)、表層地盤を取り除いて岩盤に直
接設置されている本件原子炉施設をこれと同列に論じることはできないから、右神
戸大学で観測された地震動によって大崎スペクトルの合理性が失われるものではな
い。
 さらに、地震動の応答スペクトルが、大崎スペクトルを長周期側で上回ったこと
については、前記(イ)のとおり、本件原子炉施設の建物及び構築物は剛構造であ
り、その固有周期は約〇・二秒程度であるから、本件原子炉施設の建物及び構築物
が長周期側の地震動との共振によって大きな影響を受けるということはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) 構造計算について
 原告らは、「設計及び工事の方法の認可申請書」添付の構造計算書中、ガードベ
ッセルの耐震性に関する応力評価の中で、「下部サポート外面」における「一次応
力+二次応力の判定」の欄において、求められた応力値(三三・三)がかっこ内の
値(三〇・二)を超えているにもかかわらず、結論において「地震時に発生する各
応力は許容値を満足しており、安全である。」としていることは誤りである旨主張
する。
 しかし、乙ハ一一によれば、右の応力値は、地震動のみによる一次応力と二次応
力とを加えて求めた応力の最大値と最小値との差を示すものであり、右の差すなわ
ち変動値が設計降伏点(SY)の二倍以下であれば疲れ解析は不要であるが、二S
Yを超えるときは弾塑性解析により求められる応力値を用いて疲れ解析を行うこと
が必要となるものであるところ、被告は、右の変動値(三三・三)が判定値(三
〇・二)を超えたことから、疲れ解析を実施し、その結果、疲れ累積係数が〇・〇
〇一であり、許容値の一・〇以下であることを確認し、許容値を満足すると判断し
たことが認められる。
 これに対し、原告本人P3は、右判定値を
超えた場合に疲れ解析をすることは適切でなく、右判定基準自体が誤りである旨供
述するが(P3調書二・六一ないし六四頁、六六頁、六七頁)、乙ハ一七及び乙ハ
一九によれば、疲れ解析は、地震時の繰り返し荷重によって応力が繰り返し構造物
にかかり、破損(疲労破損)に至ることを防止するために、「発電用原子力設備に
関する構造等の技術基準」(昭和五五年通商産業省告示五〇一号)や原子力発電所
耐震設計技術指針(社団法人日本電気協会)に基づいて行われる解析であることが
認められ、右は疲労強度の点から材料の健全性を検討するものであるから、右判定
基準は合理的なものということができる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
四 当裁判所の判断
 以上によれば、本件原子炉施設は、立地条件に係る安全確保対策との関連におい
て、原子炉等による災害の防止上支障がないものと認められ、本件原子炉施設にお
いて、立地条件との関連において、事故が発生し、原告らの生命、身体に被害が及
ぶ具体的な危険性があるとは認られない。
第四 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策
一 本件安全審査の内容
 乙七ないし一〇、乙一四の一ないし三、乙一六、乙二二、乙二三及び乙イ六並び
に弁論の全趣旨よれば、本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全
確保対策についての本件安全審査の内容について、次のとおりと認められる。
1 審査基準及び審査方針
 本件安全審査においては、「評価の考え方」、「許容被曝線量等を定める件」
(昭和三五年九月三〇日科学技術庁告示第二一号)、「気象指針」に基づき、「安
全設計審査指針」、「線量評価指針」等を参考として、本件原子炉施設が、その基
本設計ないし基本的設計方針において、平常運転に伴って環境へ放出される放射性
物質による公衆の被曝線量を十分低く抑えることとなっているものであるかどう
か、すなわち、平常運転時における安全性を確保し得るものであるかどうかを判断
するものとし、以下の事項について審査した。
(一) 本件原子炉施設の平常運転に伴って環境へ放出される放射性物質の量を十
分低く抑え得るような対策(被曝低減対策)が講じられているか否か。すなわち、
(1) 燃料被覆管内から一次主冷却系及び一次アルゴンガス系などからなる一次
系中に現われた放射性物質については、これをできるだけ一次系内に閉じ込められ

か否か。
(2) 一次系外に現れた放射性物質を、その形態に応じて適切に処理し得る放射
性廃棄物廃棄施設が設けられるか否か。
(3) 平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の放出量及び環境における
濃度、線量率等を適切に監視することができる設備が設けられるか否か。
(4) なお、本件原子炉施設に内蔵する放射性物質からの放射線による公衆の被
曝を十分低く抑えることができるか否か。
(二) 平常運転に伴って環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量の評
価が、「許容被曝線量等を定める件」二条の定める原子炉施設における周辺監視区
域外の許容被曝線量(以下「公衆の許容被曝線量」という。)一年間につき〇・五
レムを下回り、かつ、合理的に達成できる限り低く保つよう設計上の対策が講じら
れているといえるものであるか否か。
2 被曝低減対策
(一) 放射性物質の一次系中への出現の抑制及び一次系内への閉じ込め
(1) 本件安全審査においては、放射性物質が燃料被覆管内から一次系中に現れ
ることを抑制することができるか否か、一次系中に現れる放射性物質をできるだけ
一次系内に閉じ込めることができるか否かについて審査した。
(2) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(イ) 一次系中への出現の抑制
 本件原子炉施設の平常運転時において原子炉施設に内包される放射性物質には、
①燃料としての核燃料物質、②燃料の核分裂反応によって生じる核分裂生成物、③
炉心燃料集合体等の炉心構成要素の構造材等が中性子により放射化されることによ
って生じる放射化生成物(この中には、一次冷却材として使用されるナトリウムが
中性子により放射化されて生じる放射性ナトリウム及び原子炉のカバーガスとして
使用されるアルゴンガス等が中性子により放射化されて生じる放射性アルゴンガス
も含まれる。)がある。
 しかし、①及び②の放射性物質については、これらの放射性物質は燃料内に存在
し又は燃料内から発生するものであるところ、燃料を覆う燃料被覆管の健全性に関
して、①炉心燃料要素の内圧は、ガスプレナムの容積を十分とることにより抑えら
れており、燃料被覆管のクリープ寿命分数和は、燃焼進行後の核分裂生成ガスの放
出率を一〇〇。パーセントとして評価した場合においても約〇・三であり、設計上
の制限値である一以下となること、②被覆管に生じる応力は、SUS三一六相当ス
テンレス鋼の許
容応力を十分に下回っており、また、全使用期間中に予想される各種出力変動によ
る被覆管の累積疲労も設計疲労寿命と比べて十分小さいこと、③燃料被覆管に生じ
る歪みは、気体状の核分裂生成物による内圧、高速中性子の照射によるスエリン
グ、照射クリープ変形に起因する外径増加であるが、右外径の増加量を七パーセン
ト程度に抑えると、冷却機能は十分維持され、燃料被覆管の健全性も損なわれない
と評価されたところ、本件原子炉施設においては、燃料被覆管の材料に耐スエリン
グ性に優れたSUS三一六相当ステンレス鋼を使用することによって、燃料被覆管
の使用期間末期でも、燃料被覆管の外径増加を約六パーセント以下となるように抑
えられることから、本件原子炉施設の燃料被覆管は全使用期間にわたってその健全
性が保たれ、①及び②の放射性物質は燃料被覆管内に閉じこめられる(乙一六・八
―一―五、八―三―七ないし九頁、七一頁)。
 また、③の放射性物質については、炉心構成要素等の構造材等に一次冷却材であ
るナトリウムとの共存性に優れたステンレス鋼を用いること、一次冷却材であるナ
トリウムの純度管理を行い得るコールドトラップ等を設けて右構造材等を腐食の生
じにくい状態に保つことにより、右放射化生成物が腐食によって一次冷却材中に溶
け出して一次系中に現れることを抑制できる(乙一六・八―一―二五頁)。
(ロ) 右(イ)の抑制対策を前提にしても、燃料被覆管にピンホール(極めて微
小な穴)等の欠陥があった場合には、一次冷却材中に放射性物質が漏えいする。ま
た、一次冷却材の純度管理を行っても、一次冷却材中に放射化生成物が現れること
は避けられないし、一次冷却材としてナトリウムを、原子炉のカバーガスとしてア
ルゴンガスをそれぞれ使用するため、このナトリウム及びアルゴンガスが放射化す
ることも避けられない。
 しかし、原子炉冷却材バウンダリ及び原子炉カバーガス等のバウンダリは十分な
強度を持たせた機器、配管等から構成されること、一次アルゴンガス系に放射能を
減衰できる常温活性炭吸着塔を設置することから、一次系中に現れた放射性物質を
できるだけ一次系内に閉じ込めることができる(乙一六・八―一―六頁、八―七―
一五頁、一六頁、八―八―七頁)。
(3) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設では放射性物質が燃料被覆管内から一次系中に現れることを抑制し
、一次系中に現れる放射性物質をできるだけ一次系内に閉じ込めることができると
判断した。
(二) 一次系外に現れた放射性物質の処理
 本件安全審査においては、一次系外に現れた放射性物質を、その形態に応じて適
切に処理し得る放射性廃棄物廃棄施設が設けられているか否かを審査した。
(1) 放射性気体廃棄物処理設備
(イ) 本件安全審査においては、放射性気体廃棄物の発生量と処理能力、放出管
理、換気設備の性能等について検討し、放射性気体廃棄物処理設備が、適切なろ
過、貯留、減衰、管理等を行うことにより、周辺環境に放出される放射性物質の濃
度及び量を合理的に達成できる限り低減できる設計であるか否かを審査した。
(ロ) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 一次アルゴンガス系設備の圧力制御に伴い排出される廃ガス等の放射性希
ガスを含んだ廃ガスは、活性炭吸着塔装置にて、キセノンは約三〇日間、クリプト
ンは約四〇時間保持できる設計とされる(乙一六・八―一二―二頁、三頁)。
(b) 換気設備の系統には、微粒子フィルタを設置することにより、放出放射性
物質の量を低減する設計とされる(乙九・一一五頁)。
(c) 放射性気体廃棄物処理設備及び換気設備からの放射性気体廃棄物は、放射
性物質の濃度を監視し、排気筒から放出されることとされる(乙一六・八―一二―
二頁)。
(d) 放射性気体廃棄物による一般公衆の被曝線量は、後記3のとおり、放出さ
れる放射性液体廃棄物によるものと合計しても、法令に定める許容被曝線量を十分
下回っており、合理的に達成できる限り低くするための設計上の対策が取られてい
る(乙九・一一五頁)。
(ハ) 本件安全審査においては、以上の事実を確認したことから、本件原子炉施
設の放射性気体廃棄物処理設備の設計及び処理方法は妥当であると判断した。
(2) 放射性液体廃棄物処理設備
(イ) 本件安全審査においては、放射性液体廃棄物の発生量と処理能力、放出管
理等について検討し、放射性液体廃棄物処理設備が、適切なろ過、蒸発処理、脱塩
処理貯留、減衰、管理等を行うことにより、周辺環境に放出される放射性物質の濃
度及び線量を合理的に達成できる限り低減できる設計であるか否かを審査した。
(ロ) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 放射性液体廃棄物処理設備には、処理する廃液の性状に応じて、廃液受入
タンク
、洗濯廃液受入タンク、廃液蒸発濃縮装置、洗濯廃液蒸発濃縮装置、脱塩塔等が設
けられるが、これらの設備は、処理容量等からみて、発生廃液を十分処理する能力
を有する(乙一六・八―一二―四ないし六頁)。
(b) 右設備は、適切な材料の選定、タンク水位等の警報、インタロック等によ
る漏えいの発生防止、漏えい検知器等による漏えいの早期検知及び主要を機器を独
立した区画設けるか、周辺に堰を設けるか等による漏えいの拡大防止等が行える設
計とされる(乙一六・八―一二―六頁、七頁)。
(c) 右設備で処理された処理水は、その一部が機器洗浄水として再使用される
が、洗濯廃液の処理水等放射能レベルの著しく低いものは、あらかじめ放射性物質
の濃度が十分低いことを確認した後、モニタによって監視しながら復水器冷却水と
混合希釈して放出する(乙一六・八―一二―四頁、五頁)。
(d) 放射性液体廃棄物放出による一般公衆の被曝線量は、後記3のとおり、放
出される放射性気体廃棄物によるものと合計しても、許容被曝線量を十分下回って
おり、合理的に達成できる限り低くするための設計上の対策もとられている(乙
九・一一五頁)。
(ハ) 本件安全審査においては、以上の事実を確認したことから、本件原子炉施
設の放射性液体廃棄物処理設備の設計及び処理方法は妥当であると判断した。
(3) 放射性固体廃棄物処理設備
(イ) 本件安全審査においては、従事者の被曝低減対策、放射性固体廃棄物の発
生量、固体廃棄物貯蔵庫の貯蔵及び遮へい能力等について検討し、放射性固体廃棄
物処理設備が、遮へい、遠隔操作等によって、従事者の被曝線量を合理的に達成で
きる限り低減できる設計であるか否か、また、発生する放射性固体廃棄物を貯蔵す
る容量が十分であると共に、放射性固体廃棄物の貯蔵による本件敷地周辺の空間線
量率を合理的に達成できる限り低減できる設計であるか否かを審査した。
(ロ)そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 濃縮廃液及び使用済樹脂は、アスファルト固化装置によりアスファルトと
混合加熱し、水分を蒸発して、ドラム詰めされる。ドラム充填室には、従事者の被
曝線量を低減できるよう、遮へい壁、鉛ガラス等が設けられるが、ドラム缶の移動
及びドラム詰めば遠隔操作で行える設計とされる。圧縮可能な雑固体廃棄物は、ベ
イラにて圧縮処理し、ドラム詰めされる。また、使用済活性炭はドラム
詰めされ、使用済排気用フィルタ類は梱包される(乙一六・八―一二―八頁、九
頁)。
(b) 固体廃棄物貯蔵庫は、推定される放射性固体廃棄物の約一五年分を貯蔵保
管でき、必要に応じて増設される。また、使用済制御棒集合体等は、その放射能を
減衰させるため、水中燃料貯蔵設備及び固体廃棄物貯蔵プールに貯蔵保管される
(乙一六・八―一二―八頁)。
(c) 放射性固体廃棄物の貯蔵保管に当たっては、従事者の被曝線量を低減する
ため、必要なものについては十分な遮へいを設けると共に、遠隔操作が可能なよう
に設計される(乙二八・八1一二1八頁)。
(d) 固体廃棄物貯蔵庫からの直接線量(内蔵する放射性物質からの放射線が周
辺に直接到達するもの)及びスカイシャイン線量(放射線が空気中の分子等により
散乱されて周辺に到達するもの)は、原子炉格納容器内線源等によるものと合計し
て、人の居住の可能性のある本件原子炉施設敷地境界外において、合理的に達成で
きる限り低くなるように設計され、管理される(乙九・一一七頁、乙一〇)。
(ハ) 本件安全審査においては、以上の事実を確認したことから、本件原子炉施
設の放射性固体廃棄物処理設備及び放射性廃棄物貯蔵設備の設計及び処理方法は妥
当であると判断した。
(4) なお、本件許可処分の後、被告は昭和六〇年二月一八日付け及び昭和六一
年九月二九日付けでそれぞれ原子炉設置変更許可申請をし、これに対して昭和六一
年三月二五日付け及び昭和六二年二月六日付けでそれぞれ右設置変更が許可され、
それに基づいて、①右(1)の希ガス除去・回収設備は削除する一方、一次アルゴ
ンガス系設備に設けられる常温活性炭吸着塔の放射能減衰能力を向上し、②右に述
べた液体廃棄物処理設備の廃液蒸発濃縮装置からの濃縮廃液や使用済樹脂をアスフ
ァルト固化するとしていたものを、プラスチック固化することとし、③本件原子炉
施設の従業員が使用した衣類等の洗濯については洗濯廃液蒸発濃縮装置を削除し、
ドライクリーニングを採用するなどの設備変更が行われた。これらについては、右
設置変更許可に際しての安全審査において、平常運転時における被曝低減対策に係
る安全性が確保されることが確認されている。
(三) 放射性物質の放出量等の監視
(1) 本件安全審査においては、平常運転に伴って環境に放出される放射性物質
の放出量及び環境における濃度、線量率等を適切に監視することがで
きる設備(放射線管理設備)が設けられているか否かを審査した。
(2) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(イ) 気体廃棄物については、気体廃棄物処理設備及び換気空調設備からの各排
気を排気筒から放出するに先立ち、右各設備及び右各設備に至る各系統並びに各室
内の放射性物質濃度ないし放射線レベルを、放射線監視設備のプロセスモニタやエ
リアモニタによって監視すると共に、資料採取分析等による放射能測定を行い、さ
らに、排気筒からの放出後は、モニタリングポスト等の屋外放射線監視設備あるい
は環境試料の放射性物質濃度の測定等によって監視する(乙一六・八―一三―七な
いし一一頁、九―三―一頁、三頁)。
(ロ) 液体廃棄物については、液体廃棄物処理設備からの排水を放水口から放出
するに先立ち、右設備及び右設備に至る各系統における放射性物質濃度等を、プロ
セスモニタ、漏えい検出器、モニタタンクの試料採取分析等によって常に監視し、
放出時には、放射性物質の濃度を排水モニタによって常に監視し、また、放出後
は、環境試料の放射性物質濃度の測定等によって監視する(乙一六・八―一三―七
ないし一一頁、九―三―一頁)。
(ハ) 右各種の放射線モニタや屋外放射線監視設備等が検知、計測した各情報捌
は、すべて中央制御室において把握することが可能であり、検知、計測した内容に
異常が認められる場合には、自動的に警報を発して運転員の注意一を喚起する(乙
一六・八―一三―五ないし九)。
(3) 本件安全審査においては、以上の事実を確認したことから、本件原子炉施
設の放射線管理設備は、平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の放出量及
び環境における濃度、線量率等を適切に監視することができると判断した。
(四) 原子炉施設から直接放出される放射線の抑制
(1) 本件安全審査においては、放射性物質の放出を抑制することに加え、内蔵
する放射性物質から放出される放射線よる周辺公衆の被曝についても十分低く抑え
得るような対策が講じられているか否かについて審査した。
(2) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(イ) 原子炉本体からの放射線については、原子炉容器の周囲に設置された、郷
厚さ約二メートルの六角形筒状の鉄筋コンクリート構造物である原子炉容器室壁及
び原子炉容器の上部に設置されたステンレス鋼、炭素鋼の多重層構造である遮へい
プラ
グ等によって遮へいする(乙一六・八―一三―二頁)。
(ロ) 原子炉容器室壁及び一次主冷却室壁によって、一次主冷却機器等の放射化
を防止し、原子炉からの放射線を減衰させる(乙一六・八―一三―二頁、三頁)。
(ハ) 原子炉容器及び一次主冷却系等を収納する原子炉格納容器の外側には、鉄
筋コンクリート構造物である外部遮へい建物を設置し、これによってその外側への
放射線を更に減衰させる(乙一六・八―一三―三頁)。
(ニ) 原子炉補助建物、燃料取扱及び貯蔵設備等についても、壁コンクリート、
水、鉄、鉛などによって必要な遮へいを行う(乙一六・八―一三―三頁)。
(ホ) 周辺公衆の被曝が十分低く保たれていることを監視するため、放射線管理
設備を設置する(乙一六・八―一三―五頁)。
(3) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設に内蔵する放射性物質からの直接線量及びスカイシャイン線量は、無視できる程
度に十分小さな値となると判断した(乙一六・八―一三―四頁)。
3 平常運転時における公衆の被曝線量評価
 本件安全審査においては、平常運転時における安全性を確保するための安全設計
の妥当性を確認した上で、その妥当性を別個の側面から確認するために、本件原子
炉施設の通常運転時に周辺環境に放出される放射性物質による一般公衆の被曝線量
が、「許容被曝線量等を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」を十分下回
り、かつ、合理的に達成できる限り低く保たれ得る(ALARAの考え方を満た
す)といえるか否かを審査した。
(一) 本件許可申請における本件原子炉施設周辺の一般公衆の被曝線量評価の内

 本件安全審査においては、本件許可申請における本件原子炉施設周辺の一般公衆
の被曝線量評価について、次のとおりと確認した。
(1) 大気中に放出される放射性物質の年間放出量
(イ) 気体廃棄物中の放射性物質は、核分裂生成物である放射性希ガス及び放射
性よう素並びに一次冷却材中の不純物及び炉上部カバーガスのアルゴン等の放射化
反応により生成する放射性アルゴンである。
(ロ) 年間放出量の計算は次の項目に分けて行われている。
(a) 気体廃棄物処理設備から放出される希ガス及びよう素
 気体廃棄物処理設備に収集される気体廃棄物は、一次アルゴンガス系設備の圧力
制御に伴い排出される廃ガス、燃料取扱い及び貯蔵設備のガス置換に伴い排出され
る廃ガス、使用済燃料の洗浄廃ガス、遮へいプラグ周りの機器のガス置換に伴い排
出される廃ガス等であり、気体廃棄物処理設備に移行する希ガス及びよう素の量
は、各廃ガスごとに、廃ガス中に混入する一次アルゴンガスの量、一次アルゴンガ
ス中の希ガス及びよう素の濃度齪等を考慮して計算されている。更に、燃料取扱い
及び貯蔵設備からの廃ガスについては、燃料取扱時に欠陥燃料から燃料移送ポット
内に放出される希ガス及びよう素についても考慮して計算されている。
 気体廃棄物処理設備から排気筒を経て放出される希ガスの量は、気体廃棄物処理
設備に移行したキセノン、クリプトンが、活性炭吸着装置においてそれぞれ三〇日
間、四〇時間保持されるものとして計算されている。よう素については、希ガスと
同様に活性炭吸着搭に導かれ、ほとんど除去されるので放出量の計算に当たっては
無視されている。
(b) 原子炉格納施設の換気により放出される希ガス及びよう素
 原子炉格納施設の換気により放出される気体廃棄物中の放射性物質は、機器、弁
等から原子炉格納容器内に漏えいした炉上部カバーガス中に含まれる希ガス及びよ
う素であり、その希ガス及びよう素の量は、炉上部カバーガスの漏えい率、炉上部
カバーガス中の放射性物質の濃度、原子炉停止時の換気回数、原子炉運転時の換気
量、原子炉格納容器内での減衰時間等を考慮して、原子炉停止時と原子炉運転中に
分けて計算されており、原子炉停止時の換気回数は、先行軽水炉の最近の運転実績
等を参考にして年一〇回としている。
(c) 原子炉補助建物の換気により放出される希ガス及びよう素
 原子炉補助建物の換気により放出される気体廃棄物中の放射性物質は、一次アル
ゴンガス系設備及び気体廃棄物処理設備から原子炉補助建物に漏えいした一次アル
ゴンガス、放射性廃ガス等の中に含まれる希ガス及びよう素であり、換気により放
出される希ガス及びよう素の量は、一次アルゴンガス、放射性廃ガス等の漏えい率
及び漏えいしたガス中の放射性物質の濃度等を用い、原子炉補助建物における減衰
効果を無視して計算されている。
(d) 共通保修設備から放出されるよう素
 共通保修設備から放出される気体廃棄物中の放射性物質は、機器洗浄廃ガスの中
に含まれるよう素(機器洗浄の際に機器表面に付着していた一次冷却材から移行し
たもの)であり、その量は、一次冷却材中のよう素の洗浄廃ガスヘの移行率等を考
慮して
計算されている。
(ハ) 計算の結果、希ガスの年間放出量は約二三〇〇キュリー、よう素の年間放
出量は、よう素一三一約〇・〇〇四四キュリー、よう素一三三約〇・〇〇〇四キュ
リーであるとされた。なお、他に放射化生成物としてアルゴン三七、アルゴン三
九、アルゴン四一が生成されるが、これらの年間放出量はそれぞれ約五キュリー、
約四〇キュリー、約一〇キュリーであり、希ガスの年間放出量に含めて評価されて
いる。
(2) 海洋中に放出される放射性物質の年間放出量
(イ) 液体廃棄物は機器、使用済燃料等の洗浄の際に生じる廃液、各建物機器か
らのドレン、床ドレン、防護衣類等を除染する際に生ずる洗濯廃液等であり、これ
らの中に含まれる主な放射性物質は、一次冷却材中に漏えいした核分裂生成物、一
次冷却材中の放射性腐食生成物及び放射化ナトリウムである。
 発生した液体廃棄物は、その性状に応じて分離回収された後、液体廃棄物処理設
備で蒸発濃縮、脱塩等の処理が行われ、処理水は放射性物質の濃度、水質等を考慮
して再使用、再処理又は所外放出される。
(ロ) 環境に放出される液体廃棄物の量は、処理モード、処理設備の性能、処理
水の再使用の割合等を考慮して計算されており、その結果、液体廃棄物の年間放出
量の計算値は約三五〇〇立方メートルで、その中に含まれる放射性物質の量はトリ
チウムを除いて約〇・一四キュリーとされた。ただし、液体廃棄物中の放射性物質
による被曝線量の計算を行うに当たっては、処理水の再使用の条件等を考慮して、
放射性物質の年間放出量はトリチウムを除いてニキュリー、トリチウムについては
海外高速炉の実状を参考として二五〇キュリーとされた。
(3) 被曝線量の計算
(イ) 気体廃棄物中の希ガスによる全身被曝線量
 気体廃棄物中の希ガスによる全身被曝線量の計算は、排気筒から放出され拡散移
動する放射性雲からのガンマ線による外部全身被曝線量を対象に行われ、計算に当
たっては、希ガスの年間放出量及びガンマ線の実効エネルギーを基礎に、連続放
出、間けつ放出の放出モードを考慮して、気象資料の統計整理により得られた風向
別大気安定度別風速逆数の総和及び平均を用いて「線量評価指針」に示された方法
により、周辺監視区域外における希ガスのガンマ線による全身被曝線量が計算され
た。
 計算の結果、希ガスのガンマ線による全身被曝線量は、周辺監視区域外の最大と
なる場所におい
て年間約〇・〇七四ミリレムであるとされた。
(ロ) 液体廃棄物中の放射性物質による全身被曝線量
 液体廃棄物中の放射性物質による全身被曝線量の計算は、放射性物質が海産物を
介して人体に摂取される場合の内部全身被曝線量を対象に行われ、計算に当たって
は、人体の放射性物質の摂取率は、海水中の放射性物質濃度、海産物の濃縮係数、
海産物摂取量等を考慮して、「線量評価指針」に示された方法により、周辺監視区
域外における全身被曝線量が計算された。なお、海水中の放射性物質濃度について
は、復水器冷却水放水口濃度が用いられた。
 計算の結果、液体廃棄物中の放射性物質による全身被曝線量は、年間約〇・〇六
六ミリレムであるとされた。
(ハ) 甲状腺被曝線量の計算
 甲状腺被曝線量の計算は、気体廃棄物中のよう素及び液体廃棄物中のよう素に着
目し、これが呼吸、葉菜及び海産物を介して、成人、幼児及び乳児にそれぞれ摂取
される場合の内部甲状腺被曝線量を対象に行われた。気体廃棄物中のよう素による
甲状腺被曝経路は、呼吸摂取、葉菜摂取及び牛乳摂取があるが、本件原子炉施設近
辺においては乳牛が飼育されておらず、また、牧草地もないことから、被曝経路と
しては、呼吸摂取と葉菜摂取が扱われた。
 人体のよう素摂取率は、空気中又は海水中のよう素濃度、呼吸率、空気中のよう
素が葉菜に移行する割合、海産物の濃縮係教、食物摂取量等を考慮して、「線量評
価指針」に基づき計算されたが、右計算に当たっては、よう素の地表空気中濃度
は、年間放出量と、気象資料の統計整理により得られた風向別大気安定度別風速逆
数の総和及び平均を用いて求め、海水中のよう素濃度は、復水器冷却水放水口濃度
が用いられた。また、人体に摂取されたよう素の甲状腺に移行する割合は、摂取食
物中に含まれる安定よう素の量によって変化することを考慮し、各被曝経路におけ
る安定よう素摂取量に応じて計算された。
 計算の結果、よう素に起因する甲状腺被曝線量は、本件敷地境界外の最大となる
場所において、幼児及び乳児がよう素を呼吸及び葉菜を介して摂取し、かつ、海草
類を摂取するとした場合が最大となり、その値は年間約〇・六六ミリレムであると
された。
(二) 本件安全審査における評価
 本件安全審査においては、本件許可申請における本件原子炉施設周辺の一般公衆
の被曝線量評価について、次のとおり、妥当であると判断した。
(1) 計算方
法の妥当性
 放射性物質の環境への放出については、海外高速炉における燃料被覆管の欠陥の
程度等の実績を参考とし、放射性物質が原子炉から排気口又は放水口に至るまでの
過程について解析し、放出径路ごとに計算されている。
 大気中に放出された放射性物質による一般公衆の被曝線量は、本件敷地における
一年間の気象資料を用いて算出された空気中濃度を基に計算され、また、海洋中に
放出された放射性物質による一般公衆の被曝線量は、復水器冷却水放水口濃度を用
いて計算されている。
 放射性物質の環境への放出量及び一般公衆の被曝線量の計算は、「線量評価指
針」を参考とし、その評価に際しては、LMFBRの設計の特徴を考慮して行われ
ている。
 以上のような本件許可申請における計算方法は、「線量評価指針」の考え方を参
考としており、また、炉型の違いにより同指針の方法が直接適用できない放出放射
性物質の発生源の計算については、本件原子炉施設の設計条件、運転計画及び関連
する試験研究の成果に基づいて行われており、妥当である。
(2) 計算結果の妥当性
 計算された周辺監視区域外での被曝線量の最大値は、全身被曝線量が年間約〇・
一四ミリレム、甲状腺被曝線量が年間約〇・六六ミリレムであり、本件原子炉施設
は、通常運転時における環境への放射性物質の放出量について、「許容被曝線量等
を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」を下回るのみならず、ARALAの
考え方を満たすような設計上の対策が講じられていると判断した。
 なお、右で評価された被曝線量のほかに、本件原子炉施設からの直接線量及びス
カイシャイン線量並びにベータ線による皮膚被曝線量、海水浴中に受ける被曝線
量、大気中に放出された粒子状放射性物質に起因する被曝線量等があるが、直接線
量及びスカイシャイン線量は、本件敷地境界外で合理的に達成できる限り低くなる
ように原子炉施設を設計し、管理することとしていること、これらの線量は、距離
が離れるに従って急激に減少するという性質を持っているため、一般公衆の被曝線
量に寄与する地点は周辺監視区域近傍に限られること、ベータ線による皮膚被曝線
量等については、「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の被曝線
量評価について」に示されているように、一般に極めて小さい寄与しか与えないこ
とから、これらによる線量を考慮しても、周辺監視区域外における被曝線量は、
「許
容被曝線量等を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」を十分下回っている。
4 本件安全審査の結論
 本件安全審査においては、調査審議の結果、本件原子炉施設の平常運転時におけ
る被曝低減に係る安全確保対策について、本件原子炉施設が審査基準に適合し、そ
の基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における公衆の被曝線量を
十分低く抑えることができ、原子炉等による災害の防止上支障がないものと判断し
た。
二 本件安全審査の合理性
1 審査基準及び審査方法の合理性
(一) 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策につい
ての本件安全審査に用いられた審査基準及び審査方針には、次に述べる「許容被曝
線量等を定める件」を除いて、不合理な点があるとは認め難い。
(二) 「許容被曝線量等を定める件」について
(1) 「許容被曝線量等を定める件」は、公衆の被曝線量を具体的数値により計
算した場合に、右線量が社会的にその影響を無視することができる線量と解されて
いる公衆の許容被曝線量を下回ること、さらに合理的に達成できる限り低く保つよ
う設計上の対策が講じられていることを確認するために用いられる「公衆の被曝許
容線量」を定め、また、これを合理的に達成できる限り低く保つこと(ALARA
の考え方)を要求している。これは、いずれも世界で最も支配的かつ妥当な数値と
して採用され続けていると認められる国際放射線防護委員会(ICRP)の一九五
八(昭和三三)年勧告を尊重したものである(当事者間に争いがない。)。
(2) ところで、乙ロ一、乙ロ三及び乙ロ五によれば、ICRPは、一九六五
(昭和四〇)年及び一九七七(昭和五二)年の勧告においては、放射線作業従事者
に対する線量当量限度を一年間につき五レム、公衆に対する線量当量限度を一年間
につき〇・五レム(ただし、生涯線量当量限度は、年当たり〇・一レム)としてい
たが、一九八五(昭和六〇)年のパリ声明において、公衆に対する実効線量当量限
度につき、主たる限度を一年間につき〇・一レムとし、生涯にわたる平均の年線量
が主たる限度を超えない場合、数年にわたって許される補助的限度として一年間に
つき〇・五レムとし、従来の勧告においては、主たる限度を一年間につき〇・五レ
ムとしていたのを、一年間につき〇・一レムと改めたこと、一九九〇(平成二)年
の勧告においては、実効線量当量限度の用語に代えて
、実効線量限度及び等価線量の用語を導入し、臓器毎の荷重係数についても見直し
を行って詳細に定めたが、公衆に対する実効線量限度の勧告値については、一年間
につき〇・一レムから変更されてないことが認められる。
(3) そして、これを受けて、我が国でも、現在では、「許容被曝線量等を定め
る件」を改廃し、「線量当量限度を定める件」(昭和六三年七月二六日科学技術庁
告示第二〇号)三条が、「公衆の許容被曝線量」につき、実効線量当量で一年間に
つき〇・一レムとし、更にALARAの考え方の要件を定めている。
(4) そうすると、現在においては、「許容被曝線量等を定める件」の定める
「公衆の許容被曝線量」は合理性を失い、現在合理性を有するのは「線量当量限度
を定める件」のそれというべきである。
 しかし、「許容被曝線量等を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」が合理
性を失ったことをもって本件安全審査が直ちに合理性を失い、本件原子炉施設の平
常運転時における安全性が確保されなくなるものではなく、「線量当量限度を定め
る件」の定める「公衆の許容被曝線量」である一年間につき〇・一レム及びALA
RAの考え方の要件に照らしたとしても、本件安全審査の結論に差異がないと認め
られる限り、本件安全審査の合理性はなお維持されるというべきである。そこで、
以下においては、「線量当量限度を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」及
びALARAの考え方の要件に基づいて本件安全審査の妥当性を検討することとす
る。
(5) なお、乙四によれば、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関す
る指針について」(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)において、放射性希
ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する
全身被曝線量の合計値については年間五ミリレム(〇・〇〇五レム)、放射性よう
素に起因する甲状腺被曝線量については年間一五ミリレム(〇・〇一五レム)の線
量目標値が定められていることが認められる。この数値は、本件安全審査が公衆の
被曝線量を合理的達成できる限り低く保つよう設計上の対策が講じられていること
を確認したことの妥当性を検討する際の参考となる数値であるといえる。
2 審査内容の合理性
(一) 被曝低減対策について
(1) 放射性物質の一次系中への出現の抑制と一次系内への閉じ込めについて
は、①燃料被覆管の健全性、炉心構成
要素等の構造材等の健全性が確認されたこと(一、2、(一)、(2)、(イ))
によって、放射性物質が燃料被覆管内から破壊、腐食等によって一次系中に現れる
ことを抑制できることが確認されたといえ、②一次系が十分な強度を持たせた機
器、配管等から構成されること、一次アルゴンガス系に放射能を減衰できる常温活
性炭吸着塔が設置されること(一、2、(一)、(2)、(ロ))によって、一次
系中に現れた放射性物質をできるだけ一次系内に閉じ込めることができることが確
認されたといえる。
(2) 放射性廃棄物廃棄施設については、気体廃棄物処理施設、液体廃棄物処理
施設、固体廃棄物処理施設の健全性が確認されたこと(一、2、(二)、(1)な
いし(3))によって、一次系外に現れる放射性物質の環境への放出をできる限り
低く抑えることができることが確認されたといえる。
(3) 放射線管理設備については、その性能及び健全性が確認されたこと(一、
2、(三))によって、放射性物質の放出量及び放出後の環境中における濃度、線
量率等を監視することができることが確認されたといえる。
(二) 平常運転時の公衆の被曝線量評価について
(1) 被曝線量評価において用いられた計算方法には、不合理な点があるとは認
め難い。
(2) そして、右解析の結果得られた周辺監視区域外での被曝線量の最大値は、
全身被曝線量が年間約〇・一四ミリレム、甲状腺被曝線量が年間約〇・六六ミリレ
ムであり、いずれも、現在妥当性を有する「線量当量限度を定める件」の定める
「公衆の許容被曝線量」年間〇・一レムを十分に下回っている。また、右被曝線量
は、「発電用軽水炉施設周辺の線量目標値に関する指針について」の定める放射性
希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因す
る全身被曝線量の合計値について年間五ミリレム、放射性よう素に起因する甲状腺
被曝線量について年間一五ミリレムの線量目標値をも下回っており、ALARAの
考え方も満たしているといえる。そうすると、平常運転時における公衆の被曝線量
を十分低く抑えることができるとの結論においても、不合理な点があるとは認め難
い。
3 以上のとおり、本件安全審査における本件原子炉施設の平常運転時における被
曝低減対策に係る安全性の判断は、合理的根拠に基づいて行われたものであると認
めることができ、これに前記(第二、四)認定の本件安
全審査の性格を考え合わせれば、この点について、原告らの更なる主張、立証のな
い限り、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運
転時における被曝低減対策に係る安全性を確保し得るものと推認することができ
る。
 そこで、次に、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性に関して、本件安
全審査の合理性に対する原告らの反論並びに本件原子炉施設の詳細設計及び工事の
方法に関する争点について判断を示すことにする。
三 原告らの主張について
1 「許容被曝線量等を定める件」ないし「線量当量限度を定める件」とICRP
の勧告について
(一) 原告らの主張
 原告らは、「許容被曝線量等を定める件」ないし「線量当量限度を定める件」の
基礎となったICRPの勧告する公衆に対する許容線量(ここでは、線量当量限
度、実効線量当量限度、実効線量限度等の総称として用いる。)は、最近の研究成
果により低線量や微量線量の影響についての知見が一層詳細になっているのに、こ
れが反映されておらず、何ら根拠のないものとなっている、また、ICRPの勧告
は原子力企業の利益を偏重した不合理なものであるなどと主張するので、以下、I
CRPの勧告の概要を検討した上で、原告らの主張について判断を示すこととす
る。
(二) ICRP勧告の概要
 乙ロ一、乙ロ三及び乙ロ五並びに弁論の全趣旨によれば、ICRP勧告の概要に
ついて次のとおりと認められる。
(1) ICRPは、一九二八(昭和三)年に、第二回国際放射線医学会議によっ
て、「国際エックス線及びラジウム防護委員会」として創立され、その後、放射線
利用の多様化や原子力開発利用の進展により、急速に拡大する放射線防護の分野を
一層効果的に網羅するため、一九五〇(昭和二五)年に国際放射線防護委員会(I
CRP)と改称され、現在に至っている。ICRPは、世界保健機構(WHO)及
び国際原子力機関(IAEA)と公的な関係を有すると共に、国際連合原子放射線
の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)、経済協力開発機構原子力機関(O
ECD/NEA)等と協力関係を有している。
(2) ICRPは、一九二八(昭和三)年に最初の報告書を刊行し、一九五〇
(昭和二五)年の組織改正以降は、一九五八(昭和三三)年、一九六四(昭和三
九、ただし刊行の年)年、一九六五(昭和四〇)年、一九七七(昭和五二)年及び
一九九〇(平成二)年に一
般勧告を行ってきたが、その間も、最新の科学的知見に基づいて基本的勧告の修
正、拡大を続けていると共に、より専門的な問題についての報告を、一般勧告の中
間に公表している。
(3) ICRPは、勧告を行うに当たって、低線量放射線被曝と晩発性障害及び
遺伝的障害の発生に関するしきい値の存否について、しきい値の存在を積極的に肯
定する知見がないので、どのような低い線量でも白血病その他の悪性腫瘍を含む身
体的障害及び遺伝的障害を発現させる危険があるという慎重な仮定をするという方
針が放射線防護の基礎として最も合理的であるとして、しきい値の不存在を仮定し
ている。
 そして、その上で、被曝をもたらす活動から得られる利益を考慮すると共に一他
の職業上ないし日常生活におけるリスクとの比較をしつつ、社会的に容認又は正当
化し得る線量の限度を提供している。
(4) 前記(二、1、(二)、(2))のとおり、ICRPは、一九六五(昭和
四〇)年及び一九七七(昭和五二)年の勧告においては、放射線作業従事者に対す
る線量当量限度を一年間につき五レム、公衆に対する線量当量限度を一年間につき
〇・五レム(ただし、生涯線量当量限度は年当たり〇・一レム)とした。更に、一
九八五(昭和六〇)年のパリ声明においては、公衆に対する実効線量当量限度につ
き、主たる限度を一年間につき〇・一レムとし、生涯にわたる平均の年線量が主た
る限度を超えない場合、数年にわたって許される補助的限度として一年間につき
〇・五レムとした。そして、平成二(一九九〇)年勧告では、公衆に対する実効線
量限度を〇・一レムとした。
 これを詳細にみるに、一九七七(昭和五二)年勧告において、ICRPは、「委
員会が以前に勧告した線量当量限度は二〇年以上にわたって使われてきた。それは
国際的に広く使われ、多くの国及び地域において法律の中に組み入れられてきた。
更に、委員会が勧告した線量制限体系が、十分なレベルの安全を保つことに失敗し
たことを示す証拠は何もない。しかし、委員会は、線量当量限度のレベルをいくら
かでも変える必要があるかどうかを決定するために、委員会の線量当量限度を現在
の知識に照らして見直すことが適切と考える。」と述べた上で、放射線誘発がんに
関する死亡のリスク係数は、男女及び総ての年齢の平均値として一レム当たり約一
万分の一であると仮定し、公衆の個々の構成員の容認できるであろう死亡リ
スクを年当たり一〇万ないし一〇〇万分の一とすると、そのためには、公衆の個々
の構成員の生涯線量当量を一生涯を通して年当たり〇・一レムの全身被曝に相当す
る値に制限すればよく、ICRPの勧告値である一年間につき〇・五レムという全
身線量当量限度は、これを決定グループに適用したとき、これと同程度の安全を確
保することが分かっているので、長期間にわたって高線量率で被曝する人々には右
の年当たり〇・一レムという生涯線量当量を適用すること等の条件のもとに、右勧
告値を維持するとしている。
 そして、一九八五(昭和六〇)年のパリ声明において、ICRPは、公衆に対す
る実効線量当量限度につき、主たる限度を一年間につき〇・一レムとするが、生涯
にわたる平均の年線量が主たる限度を超えない場合、数年にわたって許される補助
的限度として一年間につき〇・五レムとし、従来の勧告においては、主たる限度を
一年間につき〇・五レムとしていたのを、一年間にっき〇・一レムと改めた。
 その後、一九九〇(平成二)年勧告において、ICRPは、実効線量当量限度の
考え方を改め、実効線量限度及び等価線量の用語を導入し、臓器毎の荷重係数につ
いても見直しを行って詳細に定めると共に、作業者に対する実効線量限度の勧告値
について、従来、一年間につき五レムであったのを、五年平均で一年間につき二レ
ム(ただし、いずれの一年間においても五レムを限度とする。)と改めているが、
公衆に対する実効線量限度の勧告値については、一年間につき〇・一レムのまま変
更されていない。
 このように、ICRPの勧告は、常に再検討が加えられてきており、公衆に対す
る許容線量(一九七七(昭和五二)年の勧告では線量当量限度、一九八五(昭和六
〇)年の勧告では実効線量当量限度、一九九〇(平成二)年の勧告では実効線量限
度であるが、すべて「許容線量」と表記する。)値としては、一九八五(昭和六
〇)年のパリ声明以前は年間〇・五レムとされてきたが、パリ声明以降は年間〇・
一レムとされている。
(5) ICRPは、許容線量の勧告をすると同時に、被曝線量と晩発性障害及び
遺伝的障害の発生との間にしきい値がないと仮定する以上、いかなる被曝でもある
程度の危険を伴うことになることを前提として、同時に被曝線量をできる限り少な
くするべきであるとの勧告を行ってきた。ただし、その文言には変遷があり、一九
五八(昭和三三)年の
勧告では、「すべての線量を実行可能なかぎり(いわゆるALAP」低く保つべき
こと、及び、どんな不必要な被曝もすべて避けるべきであることを強く勧告す
る。」とされていたのが、一九六五(昭和四〇)年の勧告では、「いかなる不必要
な被曝も避けるべきであること、並びに、経済的及び社会的な考慮を計算に入れた
上、すべての線量を容易に達成できる限り低く(いわゆるALARA)保つべきで
あることを勧告する。」とされ、一九七七(昭和五二)年の勧告では、「すべての
被曝は、経済的及び社会的な考慮を計算に入れながら、合理的に達成できる限り低
く保つべきであることを勧告する。」とされた。
(三) 原告らの主張の検討
(1) ICRP勧告の表現の変遷
 原告らは、ICRPは被曝線量をできる限り少なくするべきであるとの勧告を行
ってきたが、その表現が徐々に緩やかなものに変遷しているのは(「可能な」から
「実効可能な」へ、さらに「容易に達成できる」から「合理的に達成できる」
へ)、ICRPが原子力商業利用の開始と共に変質し、原子力産業の要請に合わせ
る方向を取り始めたことを示すものであるから、合理性を欠くものである旨主張す
る。
 しかし、乙ロ四によれば、このような文言の変遷の背景には、放射線及び捌原子
力利用の拡大とそれに伴う放射線防護、管理の経験の積み重ねの結果、当初の定性
的な表現では、解釈にある程度の困難が生じたため、同じ目的を持つより定量的な
表現を望む要求が出たことがあり、表現が変わってもその意図は同一であることが
認められるから、原告らの主張はその前提を欠くものである。
(2) 確率的影響のうち致死がんの確率係数について
 原告らは、ICRPは、確率的影響のうち致死がんの確率係数が、全集団で一レ
ム当たり一万分の五であるという仮定に基づいて、公衆の許容線量値を勧告してい
るが(一九九〇(平成二)年の勧告)、広島、長崎の原爆被曝線量の再評価等によ
って、右リスク係数が誤りであることが明らかになったから、ICRPの公衆の許
容線量についての勧告値の妥当性は失われたと主張する。また、原告らは、ICR
Pの勧告においては、低線量・低線量率の被曝における右確率係数について、高線
量・高線量率の被曝における観察から直接に得られるリスク係数に、線量・線量率
降下係数(DDREF係数)として二を採用してこれで除しているが、右係数は何
らの根拠もなく導き出
されたものであり、不当に低線量・低線量率の被曝における確率的影響のリスクを
低く見積もったものである旨主張する。
 そこで検討するに、乙ロ一及び弁論の全趣旨によれば、ICRPは、一九九〇
(平成二)年の勧告において、確率的影響のうち致死がんの確率係数として、それ
までの一レム当たり一万分の一から、一レム当たり一万分の五に引き上げたが、こ
の計算に当たり、DDREF係数として二を採用し、右係数の数値の選択について
はやや恣意的であり、多分に保守的かもしれないとしていることが認められる。
 ところで、甲一一、甲一二及び甲ロ三によれば、一九八〇(昭和五五)年ごろか
ら、米国のローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)及びオークリッジ国立研
究所(ORNL)の研究員らにより、それぞれ、広島、長崎の原爆被曝者の放射線
被曝線量の推定の見直し作業が行われるようになり、その結果、その線量は、同研
究所が一九六五(昭和四〇)年に発表した従来の線量評価システム(丁六五D)に
比べて大幅に低いことが判明したこと、これを受けて、一九八一(昭和五六)年以
降日米両国に線量再評価検討委員会が設置された後、一九八三(昭和五八)年に
は、広島、長崎原爆放射線量の再評価に関する合同委員会が設置され、一九八六年
三月、日米合同の上級委員会において、新しい線量評価システム(DS八六)が承
認されたこと、これによると、丁六五Dと比較して、広島ではガンマ線が二ないし
三・五倍に増加する一方、中性子線は一〇分の一に減少し、長崎ではガンマ線はほ
とんど変化がなかったが、中性子線は二分の一ないし三分の一に減少したことが認
められる。
 また、前記(第六章第一、二、6、(二)、(7))のとおり、一九八七(昭和
六二)年九月、プレストンとピアスは、論文「原爆被曝者の線量推定方式の改、一
定によるがん死亡リスク推定値への影響」において、右DS八六に基づきがんと白
血病の死亡リスク評価を行い、中性子の生物学的効果比(RBE)を一〇と仮定し
た場合の過剰相対リスクを一〇〇レム当たり〇・六六としたこと(これをもとに計
算した日本人の致死がんの死亡リスクは一〇〇万人レム当たり一六二〇人、白血病
死の死亡リスクは一〇〇万人レムあたり一二〇人、合計一〇〇万人レム当たり一七
四〇人となる。)こと、甲ロ一四によれば、一九八八(昭和六三)年五月、清水由
紀子らは、DS八六を用いて確率的影響
のうち致死がんのリスク評価を行い、がん死のリスクとして一〇〇万人レムあたり
一三〇〇人と発表したこと、甲イ一七一によれば、一九八八(昭和六三)年、UN
SCEARは、確率的影響のうち致死がんのリスクを、一〇〇万人レムあたり、絶
対モデルで四〇〇から五〇〇人、相対モデルでは七〇〇人から一一〇〇人とし、ま
た、一九九〇(平成二)年、BEIRは、BEIR―V報告書において、確率的影
響のうち致死がんのリスクを、相対モデ郷ルで一〇〇万人レムあたり八八五人とし
たこと、甲ロ一七によれば、一九九二(平成四)年、英国放射線労働者全国登録
(NRRW)のデータによると、がん及び白血病のリスク推定値は、統計的不確か
さが大きいとされるが、ICRPの一〇〇万人レムあたり四〇人(白血病)及び四
〇〇人(がん)というリスク推定値の約二倍となっていること、乙ロ一五によれ
ば、ロットブラットは、一九七八(昭和五八)年、「放射線業務従事者に対するリ
スク」と題する論文において、すべてのがん死に対するリスクとして、一〇〇万人
レムあたり八〇〇人としていること(なお、これは、広島原爆被曝者の放射線誘発
リスクを求めるに当たり、いくつかの単純な仮定のもとで、平均線量を評価するこ
とができることから、これにより一レムあたり二四〇×一〇マイナス六乗であると
した上で、この高い値の信頼性は、本当は早期に広島に入っていないのに、放射線
被曝の犠牲者に与えられた追加的な利益を受けるために嘘の主張をした人々がいた
ことから、幾つかの報告された白血病の症例が誤っているということに照らして疑
問もあるが、白血病がまれであることを考えると、多くの人々がもっともらしく聞
こえる嘘の主張をしたということはありそうもなく、もし、三分の一が嘘のケース
だとすると、そのリスクファクタは一レムあたり一六〇×一〇マイナス六乗になる
とした上で、全体のリスクは白血病の五倍であるという原子放射線の影響に関する
国連科学委員会が示唆した手順に従い、この数字に五を乗じれば、ICRPが勧告
した一レムあたり一〇〇×一〇マイナス六乗の八倍に当たる一レムあたり八〇〇×
一〇マイナス六乗の全体リスクファクタが得られるとしているものである。)が、
それぞれ認められる。また、証人P5は、DS八六により、確率的影響のうち致死
がんのリスクは一〇〇万人レムあたり一〇〇〇人であるという認識が得られた旨証
言する
(P5調書一・一一丁表、P5調書二・一丁表)。
 しかし、他方で、プレストンとピアスの論文については、前記(第六章第一、
二、6、(二)、(7))のとおり、低線量域においても線量とリスクが比例関係
にあることを論証したものではないと認められること、甲ロ一七によれば、NRR
Wのがん及び白血病のリスク推定値に対しては、統計的不確かさが大きいとされて
いること、乙ロ一五及び乙ロ一六によれば、ロットブラットの見解に対しては、白
血病による死亡のリスクを推定する方法や根拠となる具体的データが全く明示され
ていない上、一九七七(昭和五二)年UNSCEAR報告書における数値を引用す
るに当たり、自己の結論に有利な数値のみを示しており、九〇パーセント信頼値を
無視しているとの批判がされていることがそれぞれ認められる。また、前記(第六
章、第一、二、6、(二)、(8))のとおり、放射線被曝と晩発性障害等の発生
との間にはしきい値がないと仮定すべきではあるが、他方で、低線量の被曝とリス
クの増加はいずれのがん部位においても統計学的に有意ではないこと、自然放射線
の被曝による人体への影響に関して、地域差との有意な関連は認められないこと、
広島、長崎の原爆被曝者の子供の出産において、統計的に有意な差は認められない
ことなども認められる。
 また、乙ロ一によれば、ICRPの一九九〇(平成二)年の勧告は、高線量・高
線量率の場合の確率的影響のうち致死がんの確率係数につき、一レムあたり一万分
の一〇(一〇〇万人レムあたり一〇〇〇人)とした上で、DDREF係数で除して
一レムあたり一万分の五(一〇〇万人レムあたり五〇〇人)としていることが認め
られ、DDREF係数を考慮する以前の段階では、右各証拠の指摘するリスクと大
幅に異なる点はない。そして、DDREF係数については、右係数の数値の選択は
やや恣意的であり、多分に保守的かもしれないとされているとはいえ、日本の原爆
被曝者のデータの直接の統計的評価からは、DDREF係数は約二よりもそれほど
大きくはなりそうにないとされていること、動物の研究から得られたDDREF係
数は二から一〇であること、他の機関により過去に実際に用いられたDDREF係
数はすべて二以上であり、五、一〇とするものもあったことなどを根拠として、保
守的な値としてDDREF係数として二を採用していることが認められるのであっ
て、その数
値には合理的な根拠があるということができる。
 そして、ICRPの公衆に対する許容線量の勧告は、致死がんの確率係数に加え
て、一年間につき〇・五レム以下の継続した被曝の影響について、年齢別死亡率の
変化が非常に小さいというデータが得られていること、自然放射線による線量と同
等の線量であれば、その影響は社会的に無視しうるほど小さいといえることを重視
し、自然放射線からの年実効線量が〇・一レムであり、その地域格差の幅も約〇・
一レムであることから、一年間につき〇・一レムと定めたものと解されるのであっ
て、致死がんの確率係数から直ちに公衆に対する許容線量を導いているものではな
い。したがって、DS八六による広島、長崎原爆被曝者の被曝線量の再評価の結果
によって、直ちに右勧告値が不当になるものではないというべきである。
 また、乙ロ一によれば、ICRPは、一九九〇(平成二)年の勧告に際して、前
回の一九七七(昭和五二)年の勧告以降の新知見を調査、検討しており、DS八六
に基づく新たなリスク推定値に関する論文(前記のプレストン、ピアスの論文「原
爆被曝者の線量推定方式の改訂によるがん死亡リスク推定値への影響」も含む。)
を検討したほか、BEIRのBEIR―V報告書、UNSCEARのリスク推定値
も検討した上で、放射線誘発がんに関する死亡のリスク係数を見直し、従来の一レ
ム当たり約一万分の一から一レム当たり約一万分の五に引き上げたこと、しかし、
作業者に対する許容線量については、従来の一年間につき五レムであったのを、五
年平均で一年間につき二レム(ただし、いずれの一年間においても五レムを限度と
する。)と改めたものの、公衆に対する許容線量の勧告値については一九八五(昭
和六〇)年のパリ声明における一年間につき〇・一レムを更に引き下げる必要はな
いとしたことが認められ、ICRPは、原告らの主張に沿う見解及びこれらに対す
る批判も考慮した上で勧告を行っているものと認められる。
(3) 「正当化」と経済性について
 原告らは、ICRPの勧告は、放射線被曝を伴う行為について「正当化」、すな
わち行為によって被曝する個人又は社会に対して、それが引き起こす放射線被害を
相殺するのに十分な便益を生むことを要求しているが、これは侵害される人の生
命、身体と放射線被曝を伴う行為により得られる利益とを金銭的に評価して比較す
る考え方であって、企業の利益
を偏重する不合理な要件である旨主張する。
 この点、乙ロ一によれば、ICRPの勧告は、放射線被曝を伴う行為について
「正当化」を要求しており、「正当化」とは、当該行為によって被曝する個人又は
社会に対して、それが引き起こす放射線被害を相殺するのに十分な便益を生むこ
と、すなわち当該行為の正味便益がプラスであることとしていることが認められ
る。しかし、同勧告では、更に、行為の「最適化」を要求し、その過程で、社会に
おいて便益を享受する者と損害を受ける者とが同じ獅分布を示すことはなく、不公
平を生じることとなるので、この不公平を制限するために、個人に対する線量拘束
値を設けるとし、これに基づき、公衆に対する許容線量の勧告がされていることが
認められる。したがって、ICRPの勧告が、人の生命、身体よりも企業の利益す
なわち放射線被曝を伴う行為を優先する考え方であるとはいえない。
 また、右(2)のとおり、ICRPの公衆に対する許容線量の勧告は、致死がん
の確率係数に加えて、一年間につき〇・五レム以下の継続した被曝の影響につい
て、年齢別死亡率の変化が非常に小さいというデータが得られていること、自然放
射線による線量と同等の線量であれば、その影響は社会的に無視しうるほど小さい
といえることを重視し、自然放射線からの年実効線量が〇・一レムであり、その地
域格差の幅も約〇・一レムであることから、一年間につき〇・一レムと定めたもの
と解されるのであって、右勧告値は、「正当化」を量的に評価して定められたもの
でもない
(4) 線量目標値に関する指針について
 なお、前記(二、1、(二)、(5))のとおり、「発電用軽水型原子炉施設周
辺の線量目標値に関する指針について」において、放射性希ガスからのガンマ線に
よる全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の合計値
については年間〇・〇〇五レム、放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量について
は年間〇・〇一五レムとの線量目標値が定められているが、右指針で定められた線
量値は、ALARAの考え方を具体化した目標値であるから、実効線量当量限度に
関する一CRPの勧告の妥当性を左右するものではない。
(四) まとめ
 右認定のとおり、ICRPの勧告値が不当であるとする原告らの主張に沿う見解
もみられるが、これらの見解にはそれぞれ専門家による批判等が存在すること、I
CRPの勧告値は、自然放射線による線量と同等の線量であれば、その影響は社会
的に無視しうるほど小さいことに重要な根拠を置してレることに加え、ICRPの
組織、性格、活動等の事実に照らせば、ICRPは、現在も、各種の研究結果の検
討を続けており、原告らの主張に沿う見解及びこれらに対する批判も考慮した上で
勧告を行っているとみられるのであって、ICRPの勧告値の合理性を否定するこ
とはできないというべきである。したがって、ICRPの勧告値を放射線被曝によ
る人の生命、身体に対する危険性を社会的に無視し得る程度に小さく保つための基
準として用いることは、ALARAの考え方の要件と共に用いる限りにおいては、
合理的なものというべきであり、原告らのこの点についての主張は理由がない。
 2線量評価指針について
(一) 濃縮係数について
 原告らは、「線量評価指針」の示す被曝線量評価に用いる濃縮係数は、仮定的な
ものであり、これに基づいた被曝線量評価は現実性がない旨主張する。
 しかし、乙四・八〇頁及び乙一六・九―五―二〇、二六頁によれば、右濃縮係数
の値は、UCRL(カリフォルニア大学の放射線研究所)の報告書に基づくもので
あること、右報告書の濃縮係数の報告値は、海産生物の食用部分に対する安定元素
(放射性崩壊をしない元素)の濃度測定値を広く文献から求め、これを取りまとめ
て代表的な値を算出したものであり、また、右報告書においては、フィールドで観
察された放射性核種の濃縮係数と安定元素の濃度から求めた濃縮係数とを対比し、
両者が一致することを確認したことが認められる。
 したがって、「線量評価指針」の濃縮係数は十分信頼できるものということがで
きるから、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(二) 海産物摂取量について
 原告らは、「線量評価指針」が、海産物摂取量について、周辺住民の中でも標準
的なものを対象とし、極端な摂取をする極めて少数の住民を対象としていないの
は、安全側に立った評価とはいえないと主張する。
 しかし、原子炉施設の平常運転に伴う周辺公衆の被曝線量評価は、被曝低減対策
が講じられていることを前提として、その妥当性を確認するために、原子炉施設の
通常運転時に周辺環境に放出される放射性物質による一般公衆の被曝線量が、「許
容被曝線量等を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」を十分下回るのみなら
ず、ALARAの考え方に基づき、これ
を十分に下回るように設計されていることを確認するために行うものである。右評
価の目的に照らせば、「線量評価指針」が、食物摂取による被曝線量の評価を、現
実に存在する被曝経路について、集落における各年齢グループの食生活の態様等が
標準的である人を対象として行うこととしていることは合理的であるというべきで
あり、また、前記(一、3、(一)及び同(二)、(1))のとおり、本件原子炉
施設の平常運転に伴う周辺公衆の被曝線量評価においては、保守的な評価条件を置
いているのであるから、これに加えて、原告らの主張するようにあえて特殊な食生
活を送る周辺公衆を対象とする理由はないというべきである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) 放射性液体廃棄物による外部被曝について
 原告らは、「線量評価指針」が放射性液体廃棄物による外部被曝線量評価を行う
こととしていないのは過小評価であると主張する。
 しかし、乙四・八二頁によれば、「線量評価指針」は、外部被曝経路として、液
体廃棄物中の放射性物質に起因する海水浴、ボート遊び中等に受ける外部全身被曝
等も考えられるが、これらは、海産物摂取による被曝経路からのものに比べ、一桁
以上小さい寄与しか与えないことから、被曝線量評価の対象として考慮する必要は
ないとしていることが認められ、これに反する証拠はないから、右外部被曝の評価
を行わないことが、右(二)の原子炉施設の平常運転時における周辺公衆の被曝線
量評価の目的に照らして不合理であるとはいえない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
3 気体廃棄物の評価について
(一) 燃料被覆管の欠損率について
 原告らは、評価条件として、燃料被覆管の欠損率(欠陥率)を一パーセントとす
る根拠はない旨主張する。
 しかし、前記(一、2、(一)、(2)、(イ))及び後記(第五、三、2、
(三))のとおり、本件原子炉施設の燃料被覆管は健全性が維持され得る。さら
に、これに加え、乙一六・八―九―八頁、九頁、一六頁、四二頁によれば、本件安
全審査においては、本件原子炉施設には、燃料の破損の発生及び破損燃料の存在位
置を検知し得る破損燃料検出装置が設置され、かつ、燃料破損時に設定値を超える
と、炉心を保護するため「破損燃料検出」の原子炉トリップ信号が自動的に発せら
れ、原子炉は緊急停止する設計になっていることを確認したこ
とが認められる。そうすると、燃料被覆管の欠陥率が一パーセントの状態(これ
は、乙一六・八―三―一六頁によれば、燃料要素約三万三〇〇〇本のうちの約三三
〇本が破損した状態に当たる。)で運転されるということは、ほとんど起こり得な
いということができ、右評価条件は十分保守的であるといえる。したがって、原告
らのこの点についての主張は理由がない。
(二) 粒子状放射性物質について
 原告らは、気体廃棄物中に存在するコバルト六〇、マンガン五四、ストロンチウ
ム九〇、セシウム一三七等の粒子状放射性物質を評価していないのは不当である旨
主張する。
 しかし、乙イ六九によれば、右核種は、原子炉施設の平常運転時の気体廃棄物中
にはほとんど存在しないことが認められるから、被曝評価に与える影響は小さいも
のと認められる。したがって、右核種の評価を行わないことが、原子炉施設の平常
運転時における周辺公衆の被曝線量評価の目的に照らして不合理であるとはいえな
い。
 なお、乙一六・九―四―一二頁、一八頁、九―五―六ないし八頁によれば、液体
廃棄物による被曝評価においては、右核種は、その放出及び放出経路が評価された
上で考慮されていることが認められる。
(三) 希ガスの放出回数について
 原告らは、原子炉格納施設の換気による希ガスの放出回数を年間一〇回とする根
拠はない旨主張する。
 しかし、乙一六・八―一四―三頁によれば、右換気は、原子炉停止時に被告の従
業員が原子炉格納容器内に立ち入る際にされるものであることが認められるとこ
ろ、前記(一、3、(一)、(1)、(ロ)、(b))のとおり、本件安全審査に
おいては、右換気回数は、先行軽水炉の最近の運転実績等を参考にして想定したも
のであることを確認している。また、弁論の全趣旨によれば、我が国の原子力発電
所の年間停止回数の平均値は二回未満であることが認められる。そうすると、右評
価条件は十分保守的ということができ、原告らのこの点についての主張は理由がな
い。
(四)計算過程について
 原告らは、①気体廃棄物中の希ガスによる全身被曝線量評価は、適切な現地実験
を行わずに、パスキル拡散式を用いて計算していること、②大気中の濃度計算で
は、風がほとんどない静穏時の拡散を有風時に置き換えて計算していることなど、
計算過程に問題があり不当である旨主張する。
 しかし、乙四・一二六頁、一二七頁、一三七ないし一三九頁、一四六
頁によれば、右線量評価は、「気象指針」に準拠したものであることが認められ
る。
 そして、乙四・一四六頁によれば、「気象指針」が静穏時の風速を秒速〇・五メ
ートルとして有風時の拡散式を適用することとしているのは、静穏時に適用できる
適切な拡散式が現在存在しないところ、一般的に静穏時とされている場合でも、感
度のよい風速計で見ると秒速〇・五メートル以上の風速を示していることが多く、
静穏時においても大気による拡散希釈は行われているものと考えられる上、静穏時
における放射性雲からのガンマ線被曝も極端に高い観測値が得られていないことに
よるものであることが認められ、右拡散式に特段不合棚理な点は認められない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
4 液体廃棄物の評価について
 原告らは、放射性液体廃棄物の年間放出量について、①共通保修設備廃液の二〇
パーセントが処理後再使用しないまま放出されるとしていること、②液体廃棄物中
の放出核種とその構成比、③トリチウムの放出量を二五〇キュリーとしていること
の三点は、根拠がなく恣意的である旨主張する。
 しかし、①については、乙一六・九―四―一一頁、一二頁によれば、本件安全審
査においては、そもそも共通保修設備廃液は、蒸発濃縮後、濃縮廃液は固体廃棄物
として処理し、蒸留水は脱塩塔で更に浄化した後、原則として再使用されることを
確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。したがっ
て、その二〇パーセントが放出されるとした評価条件は十分保守的ということがで
きる。②については、乙一六・九―四―一二頁、二三頁によれば、本件安全審査に
おいては、燃料被覆管の欠陥率一パーセント等の条件を前提に、各種放射性廃棄物
処理設備の性能等を考慮した上で核種と構成比が算定されていることを確認したこ
とが認められ、これを不合理とする証拠はない。③については、前記(一、3、
(一)、(2)、(ロ))のとおり、本件安全審査においては、海外の高速炉の実
状を参考にして設定されていることを確認したことが認められ、その合理性に疑い
を入れるような証拠はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
5 プルトニウムについて
 原告らは、本件原子炉施設において燃料として用いられているプルトニウム(プ
ルトニウム二三九。以下同じ。)は、放射性物質の中で最も毒性の強い物
質であり、これを十分管理することはできないから、本件原子炉施設の安全性は確
保されない旨主張する。
 しかし、前記(第六章第二、一)のとおり、原子炉施設の安全性の確保とは、原
子炉施設の有する潜在的危険性を顕在化させないよう、放射性物質の環境への放出
を可及的に少なくし、これによる災害発生の危険性を社会通念上容認できる水準以
下に保つことであるから、本件原子炉施設においてこれが満たされている限り、本
件原子炉施設の安全性は確保されているということができる。したがって、本件原
子炉施設において燃料としてプルトニウムを用いているということだけで、本件原
子炉施設の安全性が確保されないということはできない。
 ところで、プルトニウムは、①天然には存在しない人工放射性核種である、②ア
ルファ線放射性核種であり、比放射能(単位質量あたりの放射能)がウラン二三五
より高い、③半減期が二万四一〇〇年と長いという特徴を有することは当事者間に
争いがない。
 しかし、前記(第六章第一、二、2)のとおり、放射線には、アルファ線、ベー
タ線、中性子線、ガンマ線、エックス線といった種類があるが、右種別のほかに人
工放射性核種の放射線と自然放射性核種の放射線とで違い那あるという証拠はな
い。そして、乙ロ三によれば、放射線の種類の相違による人体に与える影響の相違
は、被曝の影響を全ての放射線に共通する尺度で評価するために用いられる線量当
量(単位はレム又はシーベルト)を定めるに当たって、吸収線量及び生体の組織に
よる相違と共に考慮されていることが認められる。
 また、右のとおり線量当量は吸収線量を考慮に入れた単位であるところ、前記
(第六章第一、二、4)のとおり、吸収線量(単位はラド又はグレイ)とは、照射
された放射線が物質に当たった時に、その物質にそのエネルギーが吸収される量で
あるから、放射線の照射量を決定する要素として半減期の長さも考慮されていると
いうことができる。
 そうすると、原子炉施設の安全性が確保されているか否かを判断するためには、
右線量当量を単位として放射性物質の環境への放出量を評価し、その影響がこれを
無視することができる程度まで低いか否かを問題とすれば足り、それ以上に、プル
トニウムが人工放射性核種であること、アルファ放射性核種であることや半減期の
長さを独立に評価する必要はない。
 なお、②の点については、乙ロ一八によれば、プ
ルトニウムの比放射能は、ウラン二三五と比べれば高いが、天然に存在するラジウ
ム、ラドンのそれよりは低いから、プルトニウムだけが特別に危険であるとはいえ
ない。したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
四 当裁判所の判断
 以上によれば、本件原子炉施設は、平常運転時における公衆の被曝線量を十分低
く抑えることができ、これによる原告らの生命、身体への影響は無視しうるほど小
さいと認められるから、本件原子炉施設の平常運転時において、原告らの生命、身
体に被害が及ぶ具体的な危険性があるとは認められない。
第五 本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策
一 本件安全審査の内容
 乙七ないし一〇、乙一四の一ないし三、乙一六、乙二二、乙二三及び乙イ六並び
に弁論の全趣旨によれば、本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全確保対策につ
いての本件安全審査の内容について、次のとおりと認められる。
1 審査基準及び審査方針
 本件安全審査においては、「評価の考え方」、「気象指針」、「プルトニウムに
関するめやす線量について」に基づき、「安全設計審査指針」、「安全評価指
針」、「線量評価指針」等を参考として、本件原子炉施設がその基本設計ないし基
本的設計方針において、多重防護の考え方に従って、各種の事故防止対策が講じら
れ、安全が確保されるか否かを判断するものとし、次の事項について審査した。
(一) 異常発生防止対策
 所要の異常発生防止対策が講じられているか否かを判断するため、原子炉が安定
した運転を維持し得るか否か、燃料被覆管や原子炉冷却材バウンダリ及び原子炉カ
バーガス等のバウンダリの各々の健全性が確保されるか否か、次の事項について審
査した。
(1) 原子炉の運転が安定した状態に維持されるために、原子炉のすべての運転
範囲で固有の負の反応度フィードバック特性を有する設計であると共に、燃料被覆
管や原子炉冷却材バウンダリ及び原子炉カバーガス等のバウンダリの各々の健全性
を確保するために必要な諸変数が、適切な範囲に維持され、かつ、監視できる設計
であるか否か。
(2) 燃料被覆管の健全性が確保されるために、①燃料ペレットの過度の膨張、
②熱応力や燃料被覆管内に生成する気体状核分裂生成物の圧力、③燃料被覆管を冷
却する能力の低下、④一次冷却材中の不純物等に起因する化学的腐食、⑤燃料集合
体の変形や損傷に対して、いずれも燃料被覆管が損傷し
ないように配慮されているか否か。
(3) 原子炉冷却材バウンダリの健全性が確保されるために、①熱的過渡変化等
に対して、②原子炉容器については中性子の照射に対して、③一次冷却材中の不純
物等に起因する化学的腐食に対して、いずれも原子炉冷却材バウンダリが損傷しな
いように配慮されているか否か、また、原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性
が確保されるために、①十分な強度を有するように設計され、②カバーガス中の不
純物に起因する化学的腐食に対して損傷しないように配慮されているか否か。
(二) 異常拡大防止対策
 所要の異常拡大防止対策が講じられているか否かを判断するため、次の事項につ
いて審査した。
(1) 仮に何らかの異常が発生した場合にも、所要の措置が採れるように、その
異常の発生を確実に検知し得る設計であるか否か。
(2) 何らかの異常が発生した場合に、その異常が拡大したり、更には、放射性
物質が環境へ異常に放出するおそれのある事態に発展することを未然に防止するた
めに、原子炉を速やかに停止し、原子炉が緊急停止した後も炉心を冷却することが
できるように対策が講じられているか否か。
(3) 安全保護設備が、その機能を確実に発揮できるように信頼性が確保され得
る設計であるか否か。
(三) 放射性物質異常放出防止対策
 所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられているか否かを判断するため、右
(一)及び(二)の対策にもかかわらず、仮に放射性物質を環境に異常に放出する
おそれのある事態が発生した場合においても、なお放射性物質の環境への異常な放
出という結果を防止することができるか否かを判断するため、次の事項について審
査した。
(1) 原子炉施設の破損、故障等に起因して、原子炉内の燃料の破損等による多
量の放射性物質の放散の可能性がある場合に、これらを抑制又は防止するための機
能を備えるよう設計された施設(工学的安全施設)が設置されているか否か。
(2) 工学的安全施設が、その機能を確実に発揮できるように、信頼性が確保さ
れ得る設計であるか否か。
(四) 事故等の解析評価
 以上(一)ないし(三)を踏まえた上で、右事故防止対策に係る安全設計につい
て、通常運転時を超える異常状態を具体的に想定し、それらの事象に対して本件原
子炉施設における事故防止対策に係る安全機能が適切に確保され得ることを確認す
るため、「評価の考え方」、「立地審査指針
」等に基づき、「安全評価指針」等を参考とし、LMFBRの特徴を考慮して、次
の目的でされた「運転時の異常な過渡変化」、「事故」及び「技術的には起こると
は考えられない事象」の解析評価の妥当性を審査した。
(1) 「運転時の異常な過渡変化」は、本件原子炉の通常運転時において何らか
の外乱が加わった時点で、あえて制御されずに放置されるものと仮定した場合に、
燃料被覆管又は原子炉冷却材バウンダリに過度の損傷をもたらす可能性のある事象
であり、右事象が仮に発生したものと想定した場合の解析評価により、右異常な過
渡変化が安定して終止すること及び燃料被覆管及び原子炉冷却材バウンダリの健全
性を確保するために設置された安全保護設備等の設計の妥当性を総合的に確認す
る。
(2) 「事故」は、「運転時の異常な過渡変化」を超える異常な状態であって、
発生頻度は小さいが、万一、発生した場合には本件原子炉施設から環境へ放射性物
質を異常に放出するおそれがある事象であり、右事故が仮に発生したものと想定し
た場合の解析評価により、事故の拡大を防止し、放射性物質が環境へ異常に放出さ
れることを抑止するために設置された工学的安全施設等の設計の妥当性を総合的に
確認する。
(3) 「技術的には起こるとは考えられない事象」は、LMFBRの運転実績が
僅少であることから、発生頻度は無視し得るほど極めて低いが、その結果が重大で
あると想定される事象であり、右事象が仮に発生したものと想定した場合の解析評
価により、その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する防止対策との関連に
おいて、放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認する。
2 異常発生防止対策
(一) 原子炉の安定した運転の維持
 本件安全審査においては、燃料被覆管及び原子炉バウンダリの各健全性を十分余
裕を持って確保するためには、原子炉の運転を安定した状態に維持することが必要
であるとして、本件原子炉施設が、①その本来の性質として、安定に制御し得る性
質を有する設計とされているか否か(原子炉の自己制御性)、②原子炉出力、冷却
材流量、給水流量、主蒸気温度及び主蒸気圧カを安定して制御することのできる設
備を有するか否か(原子炉制御設備)を審査した。
(1) 原子炉の自己制御性
(イ) 原子炉の安定した運転を維持するためには、原子炉出力が上昇すると、原
子炉固有の特性として出力が抑制される性質(負の反応度
フィードバック特性、出力抑制効果)を有するように炉心が設計されていることが
必要である。
 出力抑制効果を規定する反応度効果を代表するものには、ドップラ効果とボイド
効果とがある。ドップラ効果とは、原子炉の出力が上昇し燃料温度が上昇すると、
炉心の中性子がウラン二三八に捕獲される割合が多くなる結果、核分裂反応の割合
が低下して出力が低下するという原子炉固有の効果であり、ボイド効果とは、冷却
材中のボイド(気泡)の発生、消滅等が原子炉の出力に及ぼす影響を指し、ボイド
の発生が出力を上昇させるか否かは、原子炉の形式や炉心の設計によるが、本件原
子炉施設のような高速増殖炉の場合、冷却材ナトリウム中にボイドが発生すると、
出力を上昇させる可能性がある。
 そこで、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 本件原子炉施設の炉心の反応度効果においては、ドップラ効果が支配的で
あり、ドップラ係数が大きな負の値を有しているため、その他の反応度効果を勘案
しても、炉心は、予想されるすべての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィード
バック特性を有する(乙一六・八―三―二六頁、五〇頁)。
(b) 本件原子炉施設においては、炉心中央付近ではボイド効果は正である(気
泡があると正の反応度が投入される)。しかし、冷却材ナトリウムの沸点は大気圧
下で約八八〇℃であるのに対し、運転時の冷却材ナトリウムの最高温度は約六五九
℃であることから、予想されるすべての範囲において、ナトリウムが沸騰すること
はない。また、カバーガスを冷却材中に巻き込まないようにするため、ディッププ
レートが設置される。したがって、ボイド効果が問題となることはない(乙一六・
八―三―五三頁、八―四―六頁、一〇―三―一〇頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設は固有の自己制御性を有しており、安定した運転を維持することができると判断
した。
(2) 原子炉制御設備
(イ) 本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 原子炉制御設備は、原子炉出力制御系、主冷却系統流量制御系、給水流量
制御系、主蒸気温度制御系及び主蒸気圧力制御系からなる(乙一六・八―九―一七
頁)。
(b) ①原子炉の出力や原子炉容器出口冷却材温度は、原子炉出力制御系により
制御棒を操作することによって、②炉心及び一次、二次主冷却系を流れる冷却材の
流量は、主冷
却系流量制御系により一次、二次主冷却系の循環ポンプの駆動モーターの回転数を
調整することによって、③蒸気発生器への給水流量は、蒸気発生器への給水流量及
び蒸発器出口蒸気温度の過熱度を自動的に調節することによって、④主蒸気の温度
は、基本的には原子炉容器出口冷却材温度を制御することによって、⑤主蒸気の圧
力は、主蒸気圧力制御系により蒸気加減弁を自動的に調節することによって、それ
ぞれ制御され、あらかじめ設定した値に維持する(乙一六・八―九―一八頁ないし
二一頁)。
(c) タービンの負荷が大きく減少して主蒸気の温度が過度に上昇したり、蒸気
の圧力が変動した場合には、主蒸気温度制御系や主蒸気圧力制御系によって、過熱
器入口蒸気を過熱器出口側にバイパスする系統の弁の開度を調節したり、タービン
バイパス弁を開くことによりて、設定された値に維持する(乙一六・八―九―二〇
頁、二一頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設は、原子炉出力等を適切に制御することができ、安定した運転を維持することが
できると判断した。
(二) 燃料被覆管の健全性の確保
 炉心を構成する炉心燃料集合体は、一体に一六九本の炉心燃料要素とこれを収納
するラッパ管等からなり、炉心燃料要素は、プルトニウム・ウラン混合酸化物等を
焼き固めた多数の燃料ペレットとこれを収納する燃料被覆管等からなり、燃料被覆
管は、燃料ペレットを管内に保持すると共に、燃料ペレット内の棚核分裂により発
生する熱を冷却材に伝達し、核分裂に伴って生じる放射性物質を管内に封じ込める
機能を有する(乙一六・八―一―五頁、八―三―二頁)。
 本件安全審査においては、①燃料被覆管に生じる内圧や熱応力、あるいは冷却材
中の不純物等による腐食、②燃料ペレットの過度の膨張、③冷却材流量の低下及び
④ラッパ管の変形等、燃料被覆管が損傷する原因となる可能性のある事象につい
て、健全性を確保するための対策が講じられているか否かを審査した。
(1) 燃料被覆管の基本的健全性
(イ) 原子炉の運転に伴い、燃料被覆管は中性子照射によりスエリング(膨張)
したり、熱応力が生じるほか、燃料ペレット内に生じる気体状の核分裂生成物の圧
力(内圧)が加わり、また、燃料被覆管は、冷却材中の不純物等による腐食にもさ
らされることから、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 燃料被覆
管の材料としては、耐スエリング性や高温強度に優れ、耐食性にも優れたステンレ
ス鋼(SUS三一六相当ステンレス鋼)を使用する(乙一六・八―三―七頁)。
(b) 燃料被覆管は、運転温度における内圧等に十分耐え得る内径や肉厚にする
と共に、内部にガスプレナム(空間)を設けて、核分裂生成物が蓄積しても内圧が
過大にならないようにされる(乙一六・八―三―四頁、九頁)。
(c) 燃料要素が軸方向に膨張しても、過大な熱応力が燃料被覆管に生じること
のないよう、燃料要素の上端を固定せず、上部に十分な空隙を設ける(乙一六・八
―三―一〇頁)。
(d) 冷却材中に存在して腐食の原因となる酸素などの不純物を一次ナトリウム
純化系のコールドトラップで除去し、冷却材を高純度に維持する(乙一六・八―八
―三頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉捌
施設のスエリング、内圧、熱応力及び腐食に対する燃料被覆管の基本的健全性は十
分確保されると判断した。
(2) 燃料ペレットの膨張等に対する健全性の確保
(イ) 本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 燃料ペレットの溶融や過度の膨張によって燃料被覆管が損傷することのな
いよう、燃料であるプルトニウム・ウラン混合酸化物の融点が約二七四〇℃である
ことから、燃焼中の融点の低下等を考慮して、燃料ペレットの設計条件(熱的制限
値)を二六五〇℃とした。そして、定格出力運転時及び運転時の異常な過渡変化時
(過出力時)における燃料ペレットの最高温度を保守的に評価した結果、いずれの
場合においても右の設計条件を満足し、燃料ペレットは溶融しない(乙一六・八―
三―七頁、三三頁、三五頁)。
(b) 燃料ペレットの熱膨張及び核分裂生成物等の蓄積によるスエリング(膨
張)に対しては、燃料ペレットと燃料被覆管との間に間隙が設けられていることか
ら、燃料被覆管が過大な力を受けることはない。また、燃焼が進んで燃料ペレット
のスエリングが進んでも、燃料被覆管自体の内径がスエリング及びクリープにより
増加するため、接触により生じる応力が過大となって燃料被覆管が損傷することは
ない(乙一六・八―三―八頁、九頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設において、燃料ペレットの溶融によって燃料被覆管が損傷したり、あるいは燃焼
に伴う燃料ペレットの熱膨張、ス
エリング、焼きしまり、クラック等によって、燃料被覆管の健全性が損なわれるこ
とはないと判断した。
(3) 冷却材流量低下に対する健全性の確保
(イ) 燃料要素間を流れる冷却材の流量が減少すると、冷却能力の低下による温
度上昇によって、燃料被覆管が損傷する可能性がある。
 そこで、本件安全審査においては、①所定の冷却材を炉心に安定して供給すると
共に、②燃料ペレットが発生する熱量と冷却材が除去する熱量とのバランスを保つ
ことができるように、次のとおりの対策が講じられていることを確認した。
(a) 炉心への冷却材の安定した供給
 冷却材を内包する原子炉冷却材バウンダリ及び炉内構造物は、設計上必要な強度
を持たせ、炉心への流路を確保する上で十分な構造健全性を確保する。また、冷却
材を循環させる一次主冷却系循環ポンプは、所要の冷却材流量を循環させる能力が
あり、原子炉出力に見合う所要の流量を安定して炉心に供給する(乙一六・八―三
―一一頁、八―四―二頁、六頁、七頁、八―九―一七頁、一九頁、二〇頁)。
(b) 炉心への冷却材流量及び流路の確保
 燃料集合体のエントランスノズルに設けられた冷却材流入孔(オリフィス孔)と
炉心支持板の連結管に設けられたスリットの組合せにより、炉心内の各燃料集合体
の位置に応じて、その発熱量(出力規模)に見合った冷泌却材の流量配分を行うと
共に、エントランスノズルには、多数の冷却材流入孔を設けて流路閉塞を防止する
(乙一六・八―三―五頁、三一頁、三二頁、五七頁)。
 温度差による湾曲により燃料要素が互いに接触することを防止し、燃料集合体内
における所要の冷却材流量や冷却材流路を確保するため、燃料要素にはワイヤスペ
ーサを巻き付ける。また、炉心燃料集合体の出口には、冷却材の温度等を測定する
検出器(炉心出口計装)を設置し、冷却材流量に異常がないことを常時監視する
(乙一六・八―三―五頁、一〇頁、八―九―七頁)。
 燃料被覆管の外径は、気体状の核分裂生成物による内圧や高速中性子の照射によ
って生じるクリープ及びスエリングによって、使用期間中徐々に増加するが、右外
径の増加量を七パーセント程度に抑えると、冷却機能は十分維持され、燃料被覆管
の健全性も損なわれないと評価されるところ、本件原子炉施設においては、燃料被
覆管の材料に耐スエリング性に優れたSUS三一六相当ステンレス鋼を使用するこ
とによって、燃料被覆管の
使用期間末期でも、燃料被覆管の外径増加を約六パーセント以下に抑える(乙一
六・八―三―七ないし九頁、七一頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設においては、燃料要素が温度差によって湾曲し、あるいは燃料被覆管の外径が増
加することによって冷却材の流路閉塞が生じ、その部分の温度が上昇して燃料が溶
融することはないと判断した。
(4) ラッパ管の変形に対する健全性の確保
(イ) 本件安全審査においては、燃料要素を収納するラッパ管は、エントランス
ノズル等と併せて、燃料要素を冷却するのに必要な冷却材流量や冷却材流路を確保
する機能を有するので、ラッパ管の過大な変形によって燃料被覆管が損傷すること
がないよう、次のとおりの対策が講じられていることを確認した。
(a) 本件原子炉施設のラッパ管は、燃料被覆管と同様、耐スエリング性に優
れ、熱的、機械的荷重による変形に十分に耐える強度を有するSUS三一六相当ス
テンレス鋼を使用することにより、輸送時や運転時における種々の力に十分耐える
と共に、中性子照射によるスエリングに対しても十分な健全性を有する(乙一六・
八―三―六頁、一〇頁、四四頁)。
(b) 燃料集合体相互の間隔を十分にとると共に、ラッパ管の上部、中間部及び
下部の三か所にスペーサパッドを設け、燃料集合体に熱湾曲等による曲がりが生じ
たとしても、各燃料集合体は、右スペーサパッドによって隣接する燃料集合体と相
互に支持、拘束される。また、地震時においても、燃料集合体が受ける力はスペー
サパッドを通じて互いに伝えられ、いずれの場合にも最終的には炉心全体を取り巻
く円筒状の構造物(炉心槽)によって受け止められる。したがって、熱湾曲等や地
震によって、ラッパ管に過大な変形が生じることはない(乙一六・八―三―六頁、
一〇ないし一四頁)。
(c) 燃料集合体は、下端部のエントランスノズルを炉心支持板の連結管内に挿
入し、下部のみを固定して炉心において直立支持させ、上部は固定せず、しかも十
分な空隙を設けた構造としており、上部方向への熱膨張が生じても、燃料集合体に
過大な変形が生じることはない(乙一六・八―三―一〇ないし一二頁、一四頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、燃料集合体の
ラッパ管の健全性は確保されており、炉内の変形挙動と炉心槽等による拘束との相
互作用によ
って、燃料集合体が大きく変形、湾曲し、内部の燃料被覆管が損傷することはない
と判断した。
(三) 原子炉バウンダリの健全性の確保
 原子炉バウンダリは、原子炉冷却材バウンダリと原子炉カバーガスのバウンダリ
とで形成され、異常な事態が発生した場合には、放射性物質を封じ込める機能を有
する。
(1) 原子炉冷却材バウンダリ
(イ) 本件安全審査においては、原子炉冷却材等のバウンダリの健全性が、①運
転中に受けることが予想される荷重、②中性子照射、③腐食などによって損なわれ
ないか否かについて審査した。
(ロ) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 運転中に受ける荷重に対する健全性の確保
 原子炉冷却材バウンダリの機械的健全性を確保するために、原子炉冷却材バウン
ダリを構成する機器、配管等について、次のとおり、高温のナトリウム環境の下で
使用されることを考慮した適切な材料の選定を行い、予想される運転状態において
生じる荷重に対して十分な強度を確保し、さらに、原子炉容器及び配管を始めとす
る原子炉冷却材バウンダリの熱的過渡変化が過大にならないようにする。
(い) 原子炉冷却材バウンダリは、高温強度とナトリウム環境下での使用に対す
る適合性が良好なステンレス鋼(SUS三〇四ステンレス鋼)を材料として使用
し、冷却材の圧力等を考慮した設計とする。また、耐震設計分類上はAsクラスと
しての耐震設計を行い、プラントの寿命中に想定される熱荷重、地震荷重等の必要
な組合せに対して十分な強度を有するようにする(乙一六・八―一―六六頁、六七
頁、一一三頁、八―四―二ないし四頁)。
(ろ) 通常の起動又は停止時には、冷却材の昇温速度又は降温速度が過大になら
ないように制限し、また、定格出力運転時の原子炉容器出口ナトリウム温度(約五
二九度℃)を原子炉出力制御系によってほぼ一定に保つなど、原子炉冷却材バウン
ダリに加わる熱的過渡変化が小さくなるようにする(乙一六・八―一―六七、八―
四―三、八―九―一八頁)。このように、原子炉冷却材バウンダリは、寿命時間を
通じて、熱的過渡的変化及びクリープに十分耐え得る強度を持たせる。
(は) さらに、一次主冷却系の配管の熱膨張に関しては、配管を要所で曲げるこ
とによってこれを吸収させ、過大な熱応力が発生しないようにする(乙一六・八―
四―三頁、一〇―三―二四頁)。
(b) 中性子照射の影響に対す
る原子炉容器の健全性の確保
 金属材料は、一般に、過度の中性子照射を受けると延性(伸びる性質)が低下
し、もろくなる(脆化する)傾向がみられるところ、本件原子炉施設においては、
原子炉容器の材料に延性の高いステンレス鋼を使用すると共に、炉心と原子炉容器
との間に中性子遮へい体を置いて、原子炉容器に対する過度の中性子照射を防止す
る(乙一六・八―三―一頁、五九頁、八―四―二頁、一四頁)。
 また、原子炉容器内に原子炉容器と同一材料の試験片を挿入し、原子炉の供用期
間中、右試験片を適宜取り出して試験することにより、供用期間脳中を通じ、原子
炉容器の中性子照射による影響の程度を把握できる設計とする(乙一六・八―四―
二頁、六頁、一〇頁)。
(c) 腐食に対する健全性の確保
 原子炉冷却材バウンダリは、その内面で冷却材と接しているため、冷却材中の不
純物による化学的腐食に対しても、その健全性を確保する必要があることから、原
子炉冷却材バウンダリの材料として、耐食性に優れたステンレス鋼を使用すると共
に、腐食の原因となる冷却材中の不純物を一次ナトリウム純化系のコールドトラッ
プで除去することなどによって、冷却材を高純度の状態に維持し、腐食に対する健
全性を確保する(乙一六・八―四―四頁、八―八―三頁)。
(d) その他
 原子炉容器の母材及び溶接部等については、試験片を原子炉容器内に挿入し、中
性子照射等による材料特性の変化を監視できる設計とする。
 原子炉冷却材バウンダリからの冷却材漏えいに対しては、バウンダリを構成する
機器及び配管にガスサンプリング型又は接触型ナトリウム漏えい検出器を設け、こ
れらにより速やかに検出できるようにし、また、安全保護系としての原子炉容器ナ
トリウム液位、原子炉格納容器床下雰囲気温度、ガードベッセル内漏えいナトリウ
ム液位及び原子炉格納容器床上放射能の測定によっても冷却材漏えいを検出できる
ようにすることにより、冷却材漏えいの速やかかつ確実な検出ができる(乙一六・
八―四―三頁、一〇頁、一一頁、八―五―三頁、七頁)。
 原子炉冷却材バウンダリとなる機器及び配管は、原子炉の運転開始後、重要な部
分に対し、供用期間中定期的に検査が行えるように、検査機器等を検査箇所に接近
する配置が考慮される(乙一六・八―一―三、六頁、八―四―一〇頁)。
(ハ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子
炉施設の原子炉冷却材バウンダリの健全性は確保されると判断した。
(2) 原子炉カバーガス等のバウンダリ
(イ) 本件安全審査においては、原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性が、
①運転中に受けることが予想される荷重、②カバーガス中の不純物に起因する腐食
によって損なわれないか否かを審査した。
(ロ) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(a) 運転中における荷重に対する健全性の確保
 本件原子炉施設においては、出力運転時には一次アルゴンガス系の圧力はほぼ一
定に保たれるが、一次アルゴンガス系の機器、配管等は、右出力運転時の圧力より
も十分高い圧力に耐え得る強度を有する(乙一六・八―四―四頁、八―八―三八
頁)。
(b) 不純物による腐食に対する健全性の確保
 原子炉カバーガス等のバウンダリの材料としては、耐食性に優れたステ卿ンレス
鋼(SUS三〇四ステンレス鋼)を使用しており、一方、カバーガス(冷気材と空
気との接触を防止する冷却材液面を覆うガス)として使用するアルゴンは不活性で
あり、かつ、高い純度のものを用いることから、カバーガス中の不純物によって原
子炉カバーガス等のバウンダリが腐食することはない(乙一六・八―一―七三頁、
八―四―四頁、一四頁、八―八―八頁)。
(ハ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設の原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性は確保されると判断した。
3 異常拡大防止対策
(一) 異常状態の早期検知(計測制御装置の設置)
(1) 本件安全審査においては、本件原子炉施設には、原子炉の運転中、何らか
の原因によって異常状態が発生した場合に、原子炉の緊急停止後、所要の措置鵬が
講じられるよう、異常状態の発生を早期に、かつ、確実に検知することができるか
否かを審査した。
(2) そして、本件安全審査においては、次の事項を確認した。
(イ) 原子炉が安定した運転状態にあることを確認するため、炉心の中性子束、
原子炉容器出口ナトリウム温度、一次主冷却系流量、原子炉容器ナトリウム液位等
をそれぞれ検出する装置をそれぞれ所定の位置に設置し、その状態を監視する(乙
一六・八―一―四五頁、八―九―二頁、一二頁、一三頁)。
(ロ) 燃料被覆管の破損を検知するために、一次主冷却系配管及び一次アルゴン
ガス系配管に破損燃料検出装置を設置する(乙一六・八―九―二頁、八頁、一〇頁
)。
(ハ) 一次冷却材及び二次冷却材であるナトリウムの漏えいを検知するため、主
要な機器及び配管にナトリウム漏えい検出器等を設置する(乙一六・八―四―九、
八―五―三、八―九―一五頁)。
(ニ) 蒸気発生器伝熱管からの水及び蒸気の漏えいを検知するため、二次主冷却
系配管及び蒸気発生器(蒸発器、過熱器)カバーガス空間に水素計を、蒸発器カバ
ーガス空間にカバーガス圧力計を、ナトリウム・水反応生成物収納設備に圧力解放
検出器をそれぞれ設置する(乙一六・八―五1三頁、八―九―一五頁)。
(ホ) 運転員が異常の徴候を集中的に監視できるように、計測制御装置が検知、
計測した各信号は中央制御室の中央制御盤等に表示される。また、何らかの異常状
態が発生した場合には、その程度に応じて自動的に警報が発せられる(乙一六・二
四頁、八―九―三七頁)。
(3) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設の計測制御設備の設計は妥当であり、運転員は異常状態の発生を早期に検知し、
原子炉の緊急停止等、所要の措置を速やかに講じることができると判断した。
(二) 安全保護設備の設置
 本件安全審査においては、本件原子炉施設において何らかの原因によって異常状
態が発生して、迅速に措置を講じなければ燃料被覆管や原子炉バウンダリの各健全
性に重大な影響を及ぼすおそれのある場合に、自動的に所要の措置を講じる安全保
護設備として、①異常状態を検知すると制御棒を自動的に挿入し、原子炉の出力を
低下させる原子炉緊急停止装置及び②原子炉停止時に炉心を冷却する補助冷却設備
が設けられているか否か、安全保護設備は、運転員の操作を要することなく自動的
に作動し、また、その作動について信頼性を有するか否かを審査した。
(1) 原子炉緊急停止装置
(イ) 原子炉緊急停止装置は、①原子炉を緊急停止する原子炉トリップ信号を発
する安全保護系と、②制御棒を炉心に挿入する原子炉停止系とから構成されてお
り、本件安全審査においては、原子炉緊急停止装置につき、次の事項を確認した。
(a) 安全保護系については、論理回路や原子炉トリップ遮断器等の信号伝達回
路を多重化すると共に、多重化した信号伝達回路が同一の原因によって同時に機能
が喪失したり、相互干渉が起こらないように、電気的にも物理的にも分離して独立
性を有する。また、原子炉の運転中もその機能を確認できるように、試
験可能性を考慮して回路を構成する(乙一六・八―一―六一頁、六五頁、八―九―
五ないし八頁、一三頁)。
(b) 原子炉停止系は、相互に独立した二系統(主炉停止系と後備炉停止系)か
らなり、いずれか一系統のみであっても炉心を臨界未満にでき、かつ低温状態で臨
界未満を維持できる(乙一六・八―一―五二ないし五四頁、八―三―一五ないし一
八頁)。
(c) 各制御棒は重力により炉心に挿入されるが、確実に挿入されるように種々
の対策を講じている。すなわち、①主炉停止系及び後備炉停止系共に、マグネット
(電磁石)によって制御棒を保持する機構を採用していることから、仮に電源を喪
失した場合には、制御棒保持用マグネットが消磁して、即時に制御棒が自動的に炉
心に挿入されるフェイルセイフ機能を有している。また、②主炉停止系の制御棒は
ガス圧力により、後備炉停止系の制御棒はばねの力によりそれぞれ加速挿入され、
制御棒駆動機構ごとに、独立した制御棒保持用マグネット及び加速機構を個別に備
える。機器の信頼性の観点からは、主炉停止系と後備炉停止系とで制御棒駆動機構
の構造や制御棒の保持構造を別異にするなどして、共通原因による故障が同時に生
じないようにする。原子炉緊急停止装置についても、原子炉トリップ回路の機能試
験を行うなどして、その信頼性を確認できる設計とする(乙一六・八―三―一五な
いし一八頁、八―九―三〇頁、三一頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設の原子炉緊急停止装置の設計は妥当であると判断した。
(2) 補助冷却設備
(イ) 原子炉緊急停止のために制御棒が挿入されると、原子炉の出力はほぼ瞬時
に停止するが、炉心に残留する崩壊熱を除去する必要があることから、補助冷却設
備が設けられており、本件安全審査においては、補助冷却設備につき、次の事項を
確認した。
(a) 原子炉を停止すると、一次主冷却系及び二次主冷却系の各循環ポンプは、
いずれも自動的に主モータからポニーモータによる駆動に切り替わって低速運転に
移行し、同時に、二次主冷却系の冷却材流路が蒸気発生器側から補助冷却設備側に
自動的に切り替えられて、空気冷却器用送風機が起動する。そして、原子炉停止後
に炉心に残存する熱は、ポニーモータによって循環される冷却材によって一次主冷
却系から二次主冷却系に伝えられ、更に二次主冷却系から分岐した補助冷却設備
に伝えられて、同設備の空気冷却器から大気中に放出される(乙一六・八―六―五
頁)。
(b) 補助冷却設備は、二次主冷却系設備三ループにそれぞれ接続された独立の
三ループからなるが、そのうち一系統が運転すれば、原子炉停止時の炉心冷却に必
要な除熱量を確保することができる(乙一六・八―四―二頁、八―五―二頁、八―
六―二頁、五頁、六頁)。
(c) ポニーモータや空気冷却器用送風機等の動的機器は、系統ごとに独立した
非常用電源に接続され、外部電源が喪失してもその機能を確保できる。また、補助
冷却設備及び非常用電源については、原子炉の運転中も弁等の作動確認など所定の
検査を定期的に行い、その信頼性を確保できる設計とする(乙一六・八―一―三六
頁、七六頁、八―六―六頁、七頁、八―一〇―二頁、一〇頁)。
(d) 中間熱交換器及び空気冷却器を炉心よりも順次高い位置に配慮するなど、
万が一、右の動的機器が作動しない場合であっても、冷却材の自然循環(冷却材の
自然対流)によって炉心の崩壊熱を除去できる(乙一六・八―六―六頁)。
(e) 原子炉停止時に一次主冷却系及び二次主冷却系の各循環ポンプの駆動がポ
ニーモータに切り替わる際に、炉心冷却材流量の急減によって原子炉冷却材バウン
ダリの熱的過渡変化が過大になることがないよう、各循環ポンプには適切な回転慣
性を持たせる(乙一六・八―四―七頁、八―六―五頁)。
(ロ) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
設において、補助冷却設備の設計は妥当であると判断した。
4 放射性物質の環境への異常放出防止対策
(一) 本件安全審査においては、仮に原子炉バウンダリが破損するといった事態
が発生した場合においても、なお放射性物質を環境へ異常に放出することを防止す
るために、工学的安全施設が設けられているか否か、右工学的安全施設は十分な信
頼性を有するか否かを審査した。
(二) そして、本件安全審査においては、次のとおり、放射性物質を環境に異常
に放出することを防止するために、工学的安全施設の設置及びその信頼性につい
て、次の事項を確認した。
(1) 工学的安全施設の設置
(イ) 補助冷却設備
 補助冷却設備は、前記(3、(二)、(2))のとおり、異常状態発生時にその
拡大防止機能を有することに加え、事故時にも、原子炉が緊急停止した後に炉心を
冷却する機能を持つものであり、安全保護設備で
あると共に工学的安全施設である。
補助冷却設備は、相互に独立した三系統で構成され、一系統のみの運転でも原子炉
停止時の炉心の冷却に必要な除熱量を確保できる上、前記のとおり、自然循環によ
っても炉心を冷却し得ることから、事故時においても、十分な能力と信頼性をもっ
て炉心の冷却機能を果たすことができる(乙一六・八―七―一二頁ないし一四
頁)。
(ロ) ガードベッセル
 ガードベッセルは、原子炉容器、一次主冷却系中間熱交換器及び一次主冷却系循
環ポンプの各下部を、これらの機器に接続された配管と共に包み込むよう設置され
た上端開放のステンレス鋼製容器であり、一次冷却材の漏えいが生じた場合であっ
ても、ガードベッセルが設置されている部分では、漏えいしたナトリウムをガード
ベッセルによって受け止め、ガードベッセルが設置されていない部分では、配管を
高所に配置するなどの設計上の考慮をすることにより、原子炉容器内には一次主冷
却系の循環機能を維持するのに必要な冷却材を常に確保し、右(イ)の補助冷却設
備とあいまって、炉心の冷却を維持できる(乙一六・八―四―三頁、四頁、八頁、
八―七―一〇頁、一一頁)。
(ハ) 原子炉格納施設
 原子炉格納施設は、原子炉バゥンダリから漏えいした放射性物質を右施設内に封
じ込めるためのものであって、気密・耐圧構造の鋼製原子炉格納容器、鉄筋コンク
リート製外部遮へい建物から構成され、原子炉容器、一次主冷却系設備等の原子炉
施設の主要部分を収容する。
 原子炉格納容器と外部遮へい建物との間には、密閉部分(アニュラス部)を設置
し、これを常時負圧に保つことによって、原子炉格納容器から放射性物質の漏えい
があった場合でも、これが周辺に拡散されることを防止し、原子炉格納施設は二重
格納の機能を有する。
 原子炉格納容器は、放射性物質を外部から隔離するために重要な障壁であり、そ
の気密性を確保する必要があることから、原子炉格納容器を貫通する各配管には、
事故時に必要とされるものを除き、原則として、原子炉格納容器の内側と外側に各
一個ずつ、遠隔操作の隔離弁を設ける。また、原子炉格納容器の運転員等の出入口
(エアロック)は二重扉を持つ密閉構造とし、機器搬入口は二重ガスケット(シー
ル材)でシールし、扉をボルート締めする構造とするなど、十分な気密性を確保し
ている。そして、原子炉格納容器内の冷却材液位の異常な低下や原子炉格納容器内
の圧力、温度又は放射能レベルの上昇等の異常を示す信号が検出されると、原子炉
格納容器隔離信号が発せられ、隔離弁は自動的かつ確実に閉鎖し、原子炉格納容器
は隔離され、放射性物質の異常な放出を防止できる(乙一六・八―七―四頁、五
頁、八―九―三三頁、三四頁、四四頁)。
 事故時に原子炉格納容器の気密性を確保する観点から、最も厳しい条件を与える
と想定されるのは、一次冷却材漏えい事故であることから、一次冷却材漏えい時の
温度と圧力に耐え得るように原子炉格納容器を設計する。また、漏えいしたナトリ
ウムの燃焼によって原子炉格納容器内の圧力や温度が上昇することを抑制するた
め、①一次冷却材及び二次冷却材を含む機器、配管の置かれている原子炉格納容器
室を、通常運転時は不活性ガスである窒素で満たし、②右各室の床面、天井及び壁
面に鋼製のライナを設置して、ナトリウムがコンクリートと直接接触することを防
止すると共に、各室の気密性を保持し、③原子炉容器室に貯留槽を設け、ナトリウ
ムがガードベッセルから溢流した場合、ナトリウムを溢流管により貯留槽に導き収
納することによって、漏えいしたナトリウムによる熱的影響を緩和できる(乙一
六・八―七―六頁、一〇―三―二六頁)。
(二) アニュラス循環排気装置
 アニュラス循環排気装置は、アニュラス部を常時負圧に保ち、原子炉格納容器か
らアニュラス部に漏えいした放射性物質を除去するための設備である。
 アニュラス循環排気装置は、アニュラス循環排気ファン、排気装置フィルタユニ
ット(微粒子用フィルタユニット、よう素用フィルタユニット)等から構成され
る。アニュラス循環排気ファンは、常時運転によりアニュラス部を常時負圧に保つ
と共に、微粒子用フィルタユニットで浄化した空気を再循環させ、その一部を排気
筒へ導く。万一、原子炉格納容器内で放射性物質が異常放出する事態が発生し、原
子炉格納容器隔離信号が発せられると、通常時はよう素用フィルタユニットをバイ
パスしている排気筒への循環路がよう素用フィルタユニットを通る循環路へと自動
的に切り替わり、よう素の除去を行う(乙一六・八―七―八頁、九頁、二一頁)。
 アニュラス循環排気装置は、相互に独立した二系統からなり、一系統のみの運転
によっても所定の機能を果たすことができ、よう素用フィルタユニットは、よう素
除去効率が九九パーセント以上となるように設計する(乙一六・八―
七―九頁)。
 アニュラス循環排気装置を構成する主要な機器については、作動試験を定期的に
行い、所定の機能が維持されていることを確認する。また、フィルタ前後の差圧を
基にして、フィルタの目詰まりを監視できる設計とする(乙一六・八―七―八頁、
九頁)。
(ホ) 一次アルゴンガス系収納施設
 一次アルゴンガス系収納施設は、配管の破損等による一次アルゴンガス漏えい事
故が万一生じた場合であっても、常温活性炭吸着塔内に吸着した放射性物質を環境
に異常に放出することを防止するための施設であり、一次アルゴンガス系設備の常
温活性炭吸着塔を収納する常温活性炭吸着塔収納設備と隔離弁等から構成され、一
次アルゴンガス漏えい事故が万一生じた場合であっても、常温活性炭吸着塔内に吸
着した放射性物質を環境に異常に放出することを防止する(乙一六・八―七―一五
頁、一〇―三―六八頁)
(2) 工学的安全施設の信頼性
(イ) 工学的安全施設は、使用条件等に対する十分な安全余裕を持たせ、動的機
器を有する系統についてはその各々に多重性を持たせることで機能を同齢時に喪失
しないよう配慮し、また、これらの系統の各機器を非常用電源設備に接続して、外
部電源喪失時にも安全機能を失わないようにする(乙一六・八―一―四頁、八頁、
八―七―一頁)。
(ロ) 安全保護系からの信号を受けて工学的安全施設を作動させる工学的安全施
設作動設備についても、多重性、独立性を確保し、非常用電源設備に接続し、高い
信頼性を確保する(乙一六・八―九―三二頁)。
(ハ) 工学的安全施設はすべてAクラスの耐震設計を行い、そのうち、放射性物
質の拡散を直接防ぐための設備である原子炉格納容器及びそのバウンダリを構成す
る配管、弁等及び原子炉停止後の炉心の冷却を確保するための設備である補助冷却
設備については、その重要性からAsクラスの耐震設計を行い、地震時においても
所要の機能を確実に果たすようにする(乙一六・八―一―一一三頁、一一四頁)。
(3) 本件安全審査においては、以上の事項を確認したことから、本件原子炉施
剛設の工学的安全設備の設計は妥当であると判断した。
5 運転時の異常な過渡変化の解析
(一) 意義
 運転時の異常な過渡変化の解析評価は、事故防止対策に係る安全性を確保するた
めの安全設計(異常発生防止対策、異常拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対
策)がされていることを前提として、原子
炉施設の運転状態において、原子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一故障
又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作などによって、原子炉の通常運転を超える
ような外乱が原子炉施設に加えられた状態及びこれらと類似の頻度で発生し、原子
炉施設の運転が計画されていない状態に至る事象を想定し、これらの事象が発生し
た場合における安全保護系、原子炉停止系等の設計の妥当性を確認するために行う
ものである。
(二) 本件安全審査の審査方針
 本件安全審査においては、運転時の異常な過渡変化として選定された事象が妥当
であるか否かを審査した上、それぞれの事象について次の項目を具体的な判断基準
として取り上げ、被告の実施した運転時の異常な過渡変化の解析を審査、評価し
た。
(1) 燃料被覆管が、プレナムガスの内圧により破損しないよう、被覆管肉厚中
心温度は八三〇℃以下であること。
(2) 冷却材が沸騰しないよう、炉心ナトリウム温度は沸点未満であること。
(3) 燃料被覆管が燃料溶融により破損しないよう、燃料温度は融点未満である
こと。
(4) 原子炉冷却材バウンダリの温度は、六〇〇℃、最高使用温度(℃)の一・
四倍のいずれをも超えないこと。
(三) 本件許可申請における解析対象
 本件許可申請においては、運転時の異常な過渡変化として、次の事象が取り上げ
られている。
(1) 炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化
①未臨界状態からの制御棒の異常な引き抜き、②出力運転中の制御棒の異常な引き
抜き、③制御棒落下
(2) 炉心内の熱発生又は熱除去の異常な変化
①一次冷却材流量減少、②一次冷却材流量増大、③外部電源喪失、④二次冷却材流
量減少、⑤二次冷却材流量増大、⑥給水流量喪失、⑦給水流量増大、⑧負荷の喪失
(3) ナトリウムの化学反応
 蒸気発生器伝熱管小漏えい
(四) 本件許可申請における運転時の異常な過渡変化の解析内容
 本件安全審査においては、本件許可申請における運転時の異常な過渡変化の解析
について、次のとおりと確認した。
(1) 未臨界状態からの制御棒の異常な引き抜き
(イ) 事象の内容
 制御棒駆動機構の誤動作又は運転員の誤操作により未臨界状態から制御棒が連続
的に引き抜かれ、中性子束が急速に上昇する場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 過渡変化の初期状態として、原子炉は未臨界状態にあるものとする。
(b) 初期の原子炉熱出力は定格値の一・一パーセン
トとし、原子炉核出力は定格値の一〇のマイナス六乗パーセントとする。
(c) 炉心の冷却材流量は定格値の四九パーセント、原子炉容器入口ナトリウム
の初期温度は三〇〇℃とする。
(d) 最大の反応度価値を持つ調整棒一本が最大速度で引き抜かれるものとし、
反応度挿入率は三セント毎秒とする。
(ハ) 解析結果
 異常発生後、「出力領域中性子束高(低設定)」の信号により、原子炉は自動停
止する。この事象による最大到達原子炉出力は定格値の約四八パーセント、燃料最
高温度は約五九〇℃、被覆管肉厚中心最高温度は約三六〇℃、炉心のナトリウム最
高温度は約三六〇℃にとどまる。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(2) 出力運転中の制御棒の異常な引き抜き
(イ) 事象の内容
 原子炉出力制御系の誤動作又は運転員の誤操作などにより、原子炉出力運転状態
から制御棒が連続的に引き抜かれ、中性子束が急速に上昇する場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 最大の反応度価値を持つ調整棒一本が最大速度で引き抜かれるものとし、
反応度挿入率は三セント毎秒とする。
(ハ) 解析結果
 異常発生後、「出力領域中性子束高(高設定)」の信号により、原子炉は自動停
止する。この事象による原子炉の最大出力は定格値の約一一八パーセントであり、
燃料最高温度は約二四五〇℃、被覆管肉厚中心最高温度は約七〇〇℃である。ま
た、炉心のナトリウム最高温度は約六九〇℃にとどまり、被覆管肉厚中心温度及び
ナトリウム温度については、初期原子炉出力が定格値の九一パーセントの場合が最
も厳しくなるが、それぞれ約七二〇℃、約七一〇℃である。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(3) 制御棒落下
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に、制御棒駆動装置の故障又は誤動作によって、制御棒一本が
引抜位置から炉心内に落下した場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a
) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 調整棒一本の落下による原子炉出力の減少幅が小さく、原子炉が自動停止
に至らない場合として、マイナス二〇セントの反応度が挿入されるものとする。
(c) 制御棒落下による最大線出力の増加率は一〇パーセントとする。
(d) 原子炉出力制御系は自動運転されているものとする。
(ハ) 解析結果
 調整棒が落下し、負の反応度が挿入されるので、原子炉出力及び原子炉容器出口
ナトリウム温度を設定値に制御する原子炉出力制御系の動作によって微調整棒が引
き抜かれ、初期運転状態の近傍に復帰する。この事象による原子炉の最大出力は定
格値の約一〇四パーセントである。燃料最高温度は約二五六〇℃、被覆管肉厚中心
最高温度は約七一〇℃である。また、炉心のナトリウム最高温度は約六九〇℃とな
る。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(4) 一次冷却材流量減少
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に一次主冷却系循環ポンプ主モータの電源喪失等により、炉心
流量が減少する場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 定格出力運転中に一次主冷却系循環ポンプ一台の主モータがトリップし、
同ポンプはポニーモータによる低速運転に移行するものとする。
(ハ) 解析結果
 一次冷却系循環ポンプのトリップが発生すると、そのループの冷却材流量が減少
し、「一次主冷却系循環ポンプ回転数低」信号により原子炉は自動停止する。原子
炉容器出口ナトリウム温度は約五四〇℃まで、原子炉容器入口ナトリウム温度は約
四三〇℃までの上昇にとどまる。被覆管肉厚中心最高温度は約七一〇℃にとどま
り、炉心のナトリウム最高温度は約七〇〇℃となる。また、燃料温度は初期値より
わずかに上昇するだけである。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(5) 一次冷却材流量増大
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に一次主冷却
系流量制御系の故障等によって、炉心流量が異常に増大し、原子炉出力が上昇する
場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 一次冷却材流量は、同流量制御系の故障により、一ループの一次主冷却系
循環ポンプの回転数の上限値に対応する流量まで増大するものとする。
(c) 原子炉出力制御系は自動運転されているものとする。
(d) 制御棒引き抜き阻止による原子炉出力の抑制は無視するものとする。
(ハ) 解析結果
 一次冷却材流量の増大により、中間熱交換器一次側出口ナトリウム温度が異常に
上昇し、「中間熱交換器一次側出口ナトリウム温度高」信号により原子炉は自動停
止する。原子炉容器出口ナトリウム温度は、定格運転時に比べてほとんど上昇しな
い。原子炉容器入口ナトリウム温度は約四三〇℃までの上昇にとどまる。また、燃
料最高温度は約二四八〇℃、被覆管腐厚中心最高温度は約六九〇℃にとどまる。炉
心のナトリウム最高温度は約六八〇℃にとどまり、沸点に達しない。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となること
はない。
(6) 外部電源喪失
(イ) 事象の内容
 送電系統又は所内電源設備の故障等により、外部電源が喪失し、運転状態が乱さ
れる場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 最も厳しい場合として、所内常用電源の供給がすべて失われるものとす
る。
(ハ) 解析結果
 電源喪失が発生すると、一次、二次主冷却系循環ポンプの駆動力が喪失し、「常
用母線電圧低」信号により原子炉は自動停止する。原子炉容器出口ナトリウム温度
は約五四〇℃まで、原子炉容器入口ナトリウム温度は約四三〇℃までの上昇にとど
まる。また、被覆管肉厚中心最高温度は約七三〇℃、炉心のナトリウム最高温度は
約七二〇℃にとどまる。燃料温度は初期値よりわずかに上昇するだけである。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(7) 二次冷
却材流量減少
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に、二次主冷却系循環ポンプ主モータの電源喪失等により、二
次冷却材流量が減少し、原子炉容器入口ナトリウム温度が上昇することを想定す
る。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 定格出力運転中に二次主冷却系循環ポンプ一台がトリップし、同ポンプは
ポニーモータによる低速運転に移行するものとする。
(ハ) 解析結果
 二次主冷却系循環ポンプのトリップが発生すると、「二次主冷却系循環ポンプ回
転数低」信号により原子炉は自動停止する。原子炉容器出口ナトリウム温度は定格
運転時に比べてほとんど上昇せず、原子炉容器入口ナトリウム温度についても約四
三〇℃までの上昇にとどまる。被覆管肉厚中心最高温度は約六八〇℃であり、炉心
のナトリウム最高温度は約六七〇℃である。また、燃料温度は初期値以上に上昇す
ることはない。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダ柵りの健全性が問題となる
ことはない。
(8) 二次冷却材流量増大
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に、二次主冷却系循環ポンプの可変速流体継手付M―Gセット
の故障等により、二次冷却材流量が増大し、原子炉容器入口ナトリウム温度が低下
し、原子炉出力が上昇する場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 二次冷却材流量は、同流量制御系の故障により一ループの二次主冷却系循
環ポンプの回転数の上限値に対応する流量まで増大するものとする。
(c) 原子炉出力制御系は自動運転されているものとする。
(ハ) 解析結果
 二次冷却材流量の増大により、蒸発器出口ナトリウム温度が異常に上昇し、「蒸
発器出口ナトリウム温度高」信号により原子炉は自動停止する。原子炉容器出口ナ
トリウム温度は定格運転時に比べほとんど上昇しない。原子炉容器入口ナトリウム
温度は約四四〇℃までの上昇にとどまる。また、燃料最高温度は約二三六〇℃、被
覆管肉厚中心最高温度は約六八〇℃、炉心のナトリウム最高温度は約六七〇℃にと
どまる。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。
また、原子炉冷却材バウンダリの温度は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却
材バウンダリの健全性が問題となることはない。
(9) 給水流量喪失
(イ) 事象の内容
 主給水ポンプの故障等により、給水流量が喪失し、蒸気発生器での除熱が不足
し、原子炉容器入口ナトリウム温度が上昇することを想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 主給水ポンプが二台同時にトリップするものとする。
(ハ) 解析結果
 主給水ポンプ二台がトリップすると、蒸気発生器の給水流量が減少し、蒸気発生
器での除熱量が減少するため、蒸発器出口ナトリウム温度が上昇し、「蒸発器出口
ナトリウム温度高」信号により原子炉は自動停止する。原子炉容器出口ナトリウム
温度は定格運転時に比べてほとんど上昇しない。原子炉容器入口ナトリウム温度は
約四五〇℃までの上昇にとどまる。また、被覆管肉厚中心最高温度は、約六八〇℃
にとどまり、炉心のナトリウム最高温度は約六七〇℃までの上昇にとどまる。な
お、燃料温度は初期値以上に上昇することはない。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となること
はない。
(10) 給水流量増大
(イ) 事象の内容
 給水設備の故障等により、給水流量が増大し、原子炉容器入口ナトリウム温度が
低下し、原子炉出力が増加する場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 給水流量は主給水ポンプ二台の回転数の上限値に対応する流量まで上昇す
るものとする。この時、蒸発器出口蒸気温度の制御は行われないものとする。ま
た、蒸発器出口蒸気温度の低下による給水遮断は生じないものとする。
(c) 原子炉出力制御系は自動運転されているものとする。
(ハ) 解析結果
 蒸気発生器の給水流量が定格値の約一三〇パーセントまで増大し、蒸気発生器に
おける熱交換量が増加するため、蒸発器出口ナトリウム温度及び中間熱交換器一次
側出口ナトリウム温度がそれぞれ約一一℃、約八℃低下する。この結果、原子炉容
器出口ナトリウム温度は一時的に降下するが、原子炉出力制御系の動作により、過
渡変化の始まる前の温度近傍に復帰する。原子炉出力は定格値
の約一〇八パーセントまで上昇して整定する。原子炉容器入口ナトリウム温度も定
格値以上に上昇することはない。また、燃料最高温度は二四五〇℃、被覆管肉厚中
心最高温度は約六八〇℃にとどまる。炉心のナトリウム最高温度は約六七〇℃にと
どまる。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(11) 負荷の喪失
(イ) 事象の内容
 外部送電系統の故障やタービン制御系統の誤動作あるいはタービンの故障により
タービン負荷が喪失し、給水ポンプがトリップして蒸気発生器の除熱が不足し、原
子炉容器入口ナトリウム温度が上昇する場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 負荷が完全に喪失するものとし、このとき主給水ポンプがトリップするも
のとする。
(c) 一次主冷却系の除熱に対して厳しい条件として、負荷喪失によるタービン
のトリップ及び「タービントリップ」信号にもとづく原子炉の自動停止は無視す
る。また、この場合タービンバイパス弁及び主蒸気逃し弁は働かないものとし、過
熱器出口安全弁及び蒸発器出口安全弁が作動するものとする。
(ハ) 解析結果
 定格値の一〇〇パーセントから〇パーセントヘの負荷喪失が発生すると、タービ
ンの余剰蒸気は過熱器出口安全弁及び蒸発器出口安全弁から系外へ放出される。主
給水ポンプの停止に伴い蒸気発生器への給水流量が減少し、蒸気発生器の除熱能力
が減少するため蒸発器出口ナトリウム温度が上昇し、「蒸発器出口ナトリウム温度
高」信号により原子炉は自動停止する。原子炉容器出口ナトリウム温度は、定格運
転時に比べほとんど上昇しない。原子炉容器入口ナトリウム温度は約四五〇℃まで
の上昇にとどまる。また、被覆管中心温度は約六八〇℃、炉心のナトリウム最高温
度は約六七〇℃までの上昇にとどまる。なお、燃料温度は初期値以上に上昇するこ
と珊はない。
 したがって、燃料、被覆管及び冷却材の温度はいずれも制限値を十分下回ってお
り、燃料の健全性が損なわれることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は、制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が問題となるこ
とはない。
(12) 蒸気発生器伝
熱管小漏えい
(イ) 事象の内容
蒸気発生器の伝熱管で水の小漏えいが生じ、ナトリウム中への水漏えいにより微小
な規模のナトリウム・水反応が生じる場合を想定する。
(ロ) 解析条件
(a) 原子炉は定格出力運転状態にあるものとする。
(b) 解析対象ループは、水素の輸送遅れ時間を考慮し、二次主冷却系配管長が
最長のループとする。
(c) 水漏えいの位置は水漏えい検出器での遅れ時間を考慮し、蒸発器の管束部
上部とする。
(d) 水漏えい率範囲は〇・一グラム毎秒以下とする。
(ハ) 解析結果
 水漏えい検出設備により、水漏えいを早期に検出し、十分な時間的余裕をもって
運転員が水漏えい信号を発し、それに基づいて、水・蒸気側の遮断、内部保有水の
ブロー等のプラント自動停止操作が行われ、ナトリウム・水反応は停止される。隣
接伝熱管の損耗は無視でき、その健全性が損なわれることはない。
 また、この場合、プラント自動停止操作が行われると、二次主冷却系循環ポンプ
がトリップされ、「二次主冷却系循環ポンプ回転数低」信号により、原子炉は自動
停止し、炉心及び原子炉冷却材バウンダリにとっては、前記((7))のコ一次冷
却材流量減少事象」と同様な過渡変化となる。燃料の健全性並びに原子炉冷却材バ
ウンダリの健全性が問題となることはない。
(五) 本件安全審査における評価
(1) 事象選定の妥当性
 運転時の異常な過渡変化として取り上げられている事象については、「評価の考
え方」に基づき、「安全評価審査指針」等を参考として、事象選定解析の結果をも
考慮して炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化、炉心内の熱発生又は熱除去の
異常な変化、ナトリウムの化学反応それぞれに対して、過渡変化の結果が厳しくな
る事象が選定されており、事象の選定は妥当であると判断した。
(2) 解析方法の妥当性
(イ) 事象の解析に当たって考慮する範囲については、サイクル期間中の炉心燃
焼度変化や燃料交換等による長期的な変動及び運転中予想される異なった運転モー
ドが考慮されており、計測制御系、安全保護系等の作動状況及咽び運転員の操作の
態様が考慮されている。解析に使用されているモデル及びパラメータについては、
それぞれの事象に応じて評価の結果が厳しくなるように選定されており、また、パ
ラメータに不確定因子が考えられる場合には、安全余裕が見込まれている。
(ロ) 解析に当たっては、作動を要求される
安全系の機能別に結果を最も厳しくする単一故障が仮定されており、事象の影響を
緩和するのに必要な運転員の手動操作のための時間的余裕は適切に見込まれてい
る。また、各事象の解析に使用されている計算コードは、実験結果等との比較によ
りその使用の妥当性が確認されている。これらのことから、右解析の方法は妥当で
あると判断した。
(3) 解析結果の妥当性
 いずれの事象の解析結果においても、被覆管肉厚中心温度、炉心ナトリウム温
度、燃料、原子炉冷却材バウンダリの温度はいずれも制限値を十分下回っていると
判断した。
(4) 結論
 以上から、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、自己制御性と安全保護
機能の動作があいまって、運転中に起こる異常な過渡変化を安定に収束し、燃料及
び原子炉冷却材バウンダリの健全性を保持できる設計であると判断した。
6 各種事故解析
(一) 意義
 各種事故の解析評価は、事故防止対策に係る安全性を確保するための安全設計が
ざれていることを前提として、発生頻度は極めて小さいが、万一発生した場合に
は、原子炉施設からの放射能の放出の可能性がある事象を選定し、これらの事象の
発生及び拡大を防止するために、各種の対策が取られていることを確認した上で、
万一これが発生した場合にも、その拡大を防止し、周辺への放射能の異常な放出を
抑止するための十分な安全防護対策がされているといえるか否か、安全防護機能の
設計の妥当性を確認するために行うものである。
(二) 本件安全審査の審査方針
 本件安全審査においては、事故として選定された事象が妥当であるか否かを審査
した上、それぞれの事象について、事故の発生及び拡大を防止するための対策が取
られていることを確認し、次の項目を具体的な判断基準として取り上げ、事故の解
析を審査、評価した。
(1) 炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること。
(2) 原子炉冷却材バウンダリの温度は、六五〇℃、最高使用温度(℃)の一・
六倍のいずれをも超えないこと。
(3) 格納容器バウンダリの温度及び圧力は最高使用温度(一五〇℃)及び最高
使用圧力(〇・五キログラム毎平方センチメートルG)以下であること。
(4) 周辺の公衆に対し著しい放射線被曝のリスクを与えないこと。
(三) 本件許可申請にける解析対象
(1) 炉心内の反応度の増大に至る事故
①制御棒急速引抜事故、②燃料スランピング事故
へ③気泡通過事故
(2) 炉心冷却能力の低下に至る事故
 ①冷却材流路閉塞事故、②一次主冷却系循環ポンプ軸固着事故、③二次主・冷却
系循環ポンプ軸固着事故、④主給水ポンプ軸固着事故、⑤一次冷却材漏えい事故、
⑥二次冷却材漏えい事故、⑦主蒸気管破断事故、⑧主給水管破断事故
(3) 燃料取扱いに伴う事故
 ①燃料取替取扱事故
(4) 廃棄物処理設備に関する事故
 ①気体廃棄物処理系破損事故
(5) ナトリウムの化学反応
 ①ダンプタンクからのナトリウム漏えい事故、②オーバフロー系からのナトリウ
ム漏えい事故、③コールドトラップからのナトリウム漏えい事故、④蒸気発生器伝
熱管破損事故
(6) 原子炉カバーガス系に関する事故
 ①一次アルゴンガス漏えい事故
(四) 本件許可申請における各種事故の解析内容
(1) 制御棒急速引抜事故
(イ) 事故の内容
 原子炉の起動時又は出力運転中に、何らかの原因で、調整棒一本が技術的に考え
得る最大度で連続的に引き抜かれることにより、異常な反応度が挿入され、原子炉
出力及び炉心各部の温度が上昇する事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生郷
の可能性は極めて低い。
(い) 制御棒駆動機構は、駆動モータの回転数に対応する引抜速度以上の急速な
引き抜きは、制御回路及び駆動モータ単体の容量の限界により起こらないようにす
る。
(ろ) 制御棒は同時に一本しか引き抜けず、かつ、急速に引き抜くことができな
いように制限する設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解析
(a) 未臨界状態からの制御捧急速引抜事故
(い) 解析条件
① 事故発生時の初期状態として、原子炉は未臨界状態にあるものとする。
② 初期の原子炉熱出力は、定格値の一・一パーセント、原子炉核出力は定格値の
一〇のマイナス六乗パーセントとする。
③ 炉心の冷却材流量は定格値の四九パーセント、原子炉容器入口のナトリウムの
初期温度は三〇〇℃とする。
④ 制御棒急速引抜事故による反応度挿入率は、調整棒駆動モータの物理的に考え
得る最大速度に対応する反応度に余裕を見込んで七セント毎秒とする。
(ろ)解析結果
 事故発生後、「出力領域中性子束高(低設定)」の信号により、原子炉は自動停
止する。この場合の最大出力は定格値の約八二パーセント
、燃料最高温度は約六九〇℃、被覆管肉厚中心最高温度及びナトリウム最高温度は
共に約三八〇℃までの上昇にとどまる。
 したがって、燃料及び被覆管の各温度は過度に上昇することはなく、炉心冷却能
力が失われることはない。
(b) 出力運転中の制御棒急速引抜事故の解析
(い) 解析条件
①原子炉出力は定格出力の一〇二パーセントとする。
②制御棒急速引き抜きによる反応度挿入率は、調整棒駆動モータの物理的に考え得
る最大速度に対応する反応度に余裕を見込んで、七セント毎秒とする。
(ろ)解析結果
 事故発生後、「出力領域中性子束高(高設定)」の信号により、原子炉は自動停
止する。この場合の最大出力は定格値の約一二パーセント、燃料最高温度は約二四
二〇℃、被覆管肉厚中心最高温度は約七〇〇℃、ナトリウム最高温度は約六八〇℃
までの上昇にとどまる。なお、被覆管肉厚中心温度及びナトリウム温度について
は、初期原子炉出力が定格値の約八六パーセントの場合が最も厳しくなり、それぞ
れ約七二〇℃、約七一〇℃となる。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれること
はない。
(2) 燃料スランピング事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、何らかの熱的あるいは機械的原因で燃料ペレットが燃料被
覆管内で下方に密に詰まる事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 燃料製作時には、燃料焼結、成形に十分に注意を払う。また、燃料体の製
造及び検査を厳格に行う。
(ろ) 被覆管を高精度で製作し、燃料ペレットとの間には必要以上に間隙が生じ
ないようにする。
(は) 燃料集合体の運搬及び取扱時には十分な注意を払い、燃料集合体に損傷が
加わらないようにする。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 保護動作の設定値に達しない程度の軽微な原子炉出力の上昇に備えて、原
子炉容器出口ナトリウム温度を一定に制御する原子炉出力制御系の動作やセットバ
ック動作により、原子炉出力が異常に上昇することを防止する設計とする。
(ろ) 運転状態の監視及
び炉心の異常監視を行うために、炉心燃料集合体の出口に温度計等を設置し、異常
が発生すれば中央制御室に警報が発せられ、運転員の注意を喚起する。
(は) 原子炉出力が異常に上昇した場合、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
①原子炉出力は定格出力の一〇二パーセントとする。
②スランピング現象は、最大の反応度価値をもつ一体の燃料集合体内の全燃料要素
で同時に発生するものとする。
③スランピングにより、燃料は理論密度の一〇〇パーセントになって炉心下部に落
下するものとする。上部軸方向ブランケットは、最初の位置にそのまま残るものと
する。
④スランピングによる反応度挿入はステップ状とする。
(b) 解析結果
 事故発生後、「原子炉容器出口ナトリウム温度高」信号により、原子炉は自動停
止する。燃料集合体のスランピングによる挿入反応度の最大値は約七セントであ
り、この場合、原子炉の最大出力は定格値の約一一五パーセーントにとどまり、燃
料最高温度は約二五八〇℃であり、融点に達しない。被覆管肉厚中心最高温度は約
七二〇℃、ナトリウム最高温度は約七一〇℃にとどまり、沸点に達しない。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれること
はない。
(3) 気泡通過事故
(イ) 事故の内容
 何らかの原因により、原子炉容器内の一次冷却材中に気泡が混入し、燃料集合体
下部のエントランスノズルを通して、気泡が冷却材と共に炉心内を通過する事故を
想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 原子炉容器出口ノズルは液面下約五メートルに設置し、また、原子炉容器
上部プレナム中にディッププレートを設置することにより液面の波立ちを生じにく
くし、カバトガスを巻き込むことがないようにする。
(ろ) 一次冷却材充てんの際、一次主冷却系配管、弁及び中間熱交換器に設けら
れたガス抜きラインによりガス抜きを行いうる設計とし、残存ガスの混入を防止す
る。また、炉内構造物等には、ガス抜き穴を設け、下部プレナムでのガスの滞留を
防止する。
(は) 原子炉容器入口ノズルから原子炉容
器下部プレナムへ流入したナトリウムは、高圧プレナム又は低圧プレナムを経て燃
料集合体その他の炉心構成要素へと至るが、その間に下部プレナム中での旋回流の
効果並びにフローホール、プレナム、連結管、燃料集合体エントランスノズル等に
設けたオリフィス孔などを通過するため、仮に大きな気泡が炉容器入口ノズルから
混入したとしても、燃料集合体等に至るまでには微細な気泡に分断されて炉心部が
気泡で覆われることのない設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解祈
(a) 解析条件
①原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
②気泡の大きさは、最大量として、高圧プレナム内の連結管の形状から二〇リット
ルとし、これが一斉に全炉心を通過するものとする。
③気泡によって覆われた燃料要素と気泡との熱伝達に関しては、燃料要素の温度が
高くなるように断熱とする。
(b) 解析結果
 事故発生後、「出力領域中性子束高(高設定)」の信号により原子炉は自動停止
する。原子炉の最大出力は定格値の約一六三パーセントに達するが、燃料最高温度
は初期温度よりわずかに上昇するだけであり、融点を十分下回る。被覆管肉厚中心
最高温度は約六八〇℃、ナトリウム最高温度は約六七〇℃であり、沸点には達しな
い。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれること
はない。
(4) 冷却材流路閉塞事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、炉心の冷却材中の不純物が蓄積したり、炉心に異物が詰ま
ったりして局部的に冷却材の流路が閉塞し、燃料要素が過熱される事故を想定す
る。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 燃料要素の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規格、基準
に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行う。
(ろ) 一次冷却材の純度は、適切な管理の下に、十分な純度を維持する。
(は) 炉心燃料集合体は、冷却材の流入口において各方向に多数の穴を開け、各
方向の穴が同時に塞がることがないようにする。
(b) 万一事故が発生した場合に
も、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講じられる。
(い) 運転状態の監視及び炉心の異常監視のために炉心燃料集合体の出口に温度
計等を設置し、異常が発生すれば中央制御室に警報が発せられ、運転員脳の注意を
喚起する。
(ろ)燃料被覆管が破損した場合には、燃料要素より放出される核分裂生成物を破
損燃料検出装置で検出する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
① 原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
② 燃料集合体内の一サブチャンネルが瞬時に完全閉塞された場合を想定する。
③ 閉塞物質の物性値は構造材の値を使用する。
④ 閉塞の軸方向位置は炉心部上端とする。
⑤ 冷却材の流れによる軸方向の熱移行は考慮しない。
⑥ 核分裂生成ガスのジェット衝突領域での被覆管外表面熱伝達係数は実験データ
に基づき1W/cm2℃とする。
(b)解析結果
 閉塞された流路に接する燃料要素の被覆管肉厚中心最高温度は約七三〇℃であ
り、また、仮にある燃料要素が破損して、隣接燃料要素に核分裂生成ガスがジェッ
ト衝突した場合を想定しても、被覆管肉厚中心最高温度は約七六〇℃であって、被
覆管破損の制限値以下であるっ核分裂生成ガス放出の継続時間はたかだか数分間程
度であり、その後は被覆管温度は初期の温度に復帰する。
 したがって、燃料集合体内の一サブチャンネルが閉塞された場合においても、被
覆管の温度は過度に上昇することはなく、仮にある燃料要素が破損し核分裂生成ガ
スが放出することを想定した場合においても、隣接燃料要素の健全性が損なわれる
ことはない。
(5) 一次主冷却系循環ポンプ軸固着事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、一台の一次主冷却系循環ポンプの回転軸が何らかの原因で
瞬時に固着することにより、一次冷却材流量が急減し、炉心冷却能力が低下する事
故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 一次主冷却系循環ポンプの材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等
は、諸規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行
う。
(ろ) 一次主冷却系循環ポンプ及びモータの故障を検出して警報を出して運転員
の注意を喚起すると共に、異常が継続した場合には自動的にポンプを停止する設計
とする。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自
動停止により終結する。また、事故ループの一次主冷却系での逆流を防止するた
め、原子炉容器入口に近い配管部に逆止弁を設ける。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
①原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
②事故を想定するループの一次主冷却系循環ポンプは、最も厳しい場合を仮定して
瞬時に回転を停止するものとする。
(b) 解析結果
 事故が発生すると、そのループの流量は急速に減少し、「一次主冷却系循環ポン
プ回転数低」の信号により、原子炉は自動停止する。原子炉トリップ信号により、
健全な一次、二次主冷却系循環ポンプもトリップされ、炉心流量が減少し、原子炉
出力も低下する。健全なループの一次、二次主冷却系循環ポンプの回転数がコース
トダウンし、所定の値になった時点で、健全な二つのループの一次、二次主冷却系
循環ポンプはポニーモータによる低速運転に自動的に引き継がれ、炉心流量は定格
値の約五パーセントが確保される。
 原子炉容器出口ナトリウム温度は、事故発生直後一時的に約五四〇℃まで上昇す
るが、原子炉容器入口ナトリウム温度は約四四〇℃までの上昇にとどまる。燃料最
高温度は初期温度よりわずかに上昇するだけであり、融点を十分下回る。被覆管肉
厚中心最高温度は約八〇〇℃であって、被覆管破損の制限値以下である。炉心のナ
トリウム最高温度は約七九〇℃であり、沸点に達しない。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれること
はない。
(6) 二次主冷却系循環ポンプ軸固着事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、何らかの原因で一台の二次主冷却系循環ポンプの回転軸が
瞬時に固着することにより、二次冷却材流量が急減し、中間熱交換器での除熱能力
が低下する事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 二次主冷却系循環ポンプの材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等
は、諸規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行
う。
(ろ) 二次主冷却系循環ポンプ及びモータの故障を検出して警報を出し、運転員
の注意を喚起すると共に、異常が継続
した場合には自動的にポンプを停止する設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
①原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
②事故を想定するループの二次主冷却系循環ポンプは、最も厳しい場合を仮定して
瞬時に回転を停止するものとする。
(b) 解析結果
 事故が発生すると、そのループの流量は急速に減少し、「二次主冷却系循環ポン
プ回転数低」の信号により原子炉は自動停止する。原子炉トリップ信号により健全
な一次、二次主冷却系循環ポンプもトリップされ、炉心流量の減少及び原子炉出力
の低下が生じる。健全なループの一次、二次主冷却系循環ポンプの回転数がコース
トダウンし、所定の値になった時点で、一次、二次主冷却系循環ポンプはポニーモ
ータによる低速運転に自動的に引き継がれ、炉心流量は定格値の約四パーセントが
確保される。
 原子炉容器出口ナトリウム温度は初期値よりほとんど上昇せず、原子炉容器入口
ナトリウム温度は約四五〇℃までの上昇にとどまる。被覆管肉厚中心最高温度は約
七三〇℃であって、被覆管破損の制限値以下である。炉心のナトリウム最高温度は
約七三〇℃であり、沸点に達しない。また、燃料温度は初期値から上昇することは
ない。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれること
はない。
(7) 主給水ポンプ軸固着事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、何らかの原因で一台の主給水ポンプの回転軸が瞬時に固着
することにより、給水流量が急減し、蒸気発生器での除熱能力が低下する事故を想
定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 主給水ポンプの材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規格、
基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行う。
(ろ) 主給水ポンプの故障を検出して警報を出し、運転員の注意を喚起すると共
に、異常が継続した場合には自動的にポンプを停止する設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解析
(a
) 解析条件
① 原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
② 軸固着が生じた主給水ポンプは、最も厳しい場合を仮定して瞬時に回転を停止
するものとする。
(b) 解析結果
 事故が発生すると、各ループの蒸気発生器給水流量が減少し、これに伴い、蒸発
器及び過熱器での除熱量が減少するので、蒸発器出口ナトリウム温度が上昇し、
「蒸発器出口ナトリウム温度高」信号により原子炉は自動停止する。そして、原子
炉トリップ信号により、一次、二次主冷却系循環ポンプがトリップする。一次、二
次主冷却系循環ポンプの回転数がコーストダウンし、所定の値になった時点で、一
次、二次主冷却系循環ポンプはポニーモータによる低速運転に自動的に引き継が
れ、炉心流量は定格値の約七パーセントが確保される。
 この事故において、原子炉容器出口ナトリウム温度は初期値よりほとんど上昇せ
ず、原子炉容器入口ナトリウム温度は約四四〇℃までの上昇にとどまる。被覆管肉
厚中心最高温度は約六八〇℃であって、被覆管破損の制限値以下である。炉心のナ
トリウム最高温度は約六七〇℃であり、沸点に達しない。また、燃料温度は初期値
よりほとんど上昇することはない。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度
は制限値を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれること
はない。
(8) 一次冷却材漏えい事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、何らかの原因で原子炉冷却材バウンダリの配管が破損し、
一次冷却材が漏えいする事故を想定する。配管破損の形態としては、一次主冷却系
配管における割れ状の漏えい口又は一次主冷却系配管に接続するドレン系統等の小
口径配管における最大規模の漏えい口を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 一次主冷却系の配管、機器の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等
は、諸規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行
う。
(ろ) 一次主冷却系の配管、機器には、高温強度とナトリウム環境効果に対する
適合性が良好なステンレス鋼を使用する。
(は) 一次主冷却系の配管は、エルボを用いて引き回し、十分な撓性(たわめる
ことができる性質)を備えたものとする。
(に) 冷却材温度変化による熱応力等を制限すると共に、このような応力を考慮
した設計とする。
(ほ) 一次主冷却系の配管、機器は、設計地震力に十分耐えるように設計され
る。
(へ) 一次冷却材の純度管理により腐食を防止する。
(と) 一次主冷却系の配管、機器は、内部の冷却材流速が適切で、過大な圧力損
失や浸食のおそれのない設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 原子炉冷却材バウンダリを構成する配管、機器には、ナトリウム漏えい検
出器を設置する。
(ろ) ナトリウム漏えい量に対応し、「原子炉容器ナトリウム液位低」信号、
「ガードベッセル内漏えいナトリウム液位高」信号、「原子炉格納容器床下雰囲気
温度高」信号のいずれかにより原子炉が自動停止するようにする。
(は) 一次主冷却系の循環に支障を来すことなく安全に炉心の冷却が行えるよう
に、原子炉容器出口ノズルの上端より上方に適切な余裕をもって、最低限保持され
なければならない液位(エマージェンシ・レベル)を規定し、この液位以上に原子
炉容器内ナトリウム液位が保持される設計とする。
(に) 漏えいしたナトリウムの熱的影響を緩和するため、①原子炉容器室及び一
次主冷却系室内は低酸素濃度の窒素雰囲気に保ち、ナトリウムが漏えいした場合の
燃焼反応を抑制する、②漏えいしたナトリウムがコンクリートと直接接触すること
を防止するために、床面等に鋼製のライナあるいは貯留槽を設置する、③内部コン
クリートの長期にわたる温度上昇を抑制するために、コンクリート冷却設備を設置
する、④原子炉容器室において、ガードベッセル外の配管部から漏えいしたナトリ
ウムは、配管周りに設置した覆いにより、ガードベッセル内に導き、更に、ガード
ベッセルからの溢流分がある場合には、溢流管により貯留槽に収納し、長期的に保
持する対螂策を行う、⑤一次主冷却系室において、ガードベッセル外の配管部から
漏えいしたナトリウムは、中間床の開口部を介して下部室の床ライナ上に貯留して
長期的に保持する、などの対策を行うことにする。
(ほ) 万一、原子炉格納容器雰囲気中へ放射性物質が漏えいした場合において
も、原子炉格納容器により閉じ込められ、わずかにアニュラス部へ漏えいした放射
性物質は、同部を常時負圧に維持することにより直接大気中へ漏
えいすることのないようにする。
(ハ) 事故解析
(a) 炉心冷却能力の解析
(い) 解析条件
① 原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
② 配管の破損位置は、破損口の内側圧力が最も高く、最大の流出速度を与える原
子炉容器入口ノズル付近とする。
③ 破損口の大きさは割れ状の漏えい口として十分大きな二二平方センチメートル
とする。
④ 外部電源は使用できないものとする。
⑤ 単一故障として、一系統において、ポニーモータによるポンプ低速運転への引
き継ぎは行われないこと、二台ある汲み上げポンプのうちの一台が機能しないこと
を仮定する。
(ろ) 解析結果
 事故直後のナトリウムの流出流量は約八〇キログラム毎秒と、炉心での通常運転
時流量約四二七〇キログラム毎秒に比較してわずかであり、炉心冷却に対する影響
は小さい。
 ナトリウムの流出に伴って原子炉容器のナトリウム液位が低下し、事故発生約一
九〇秒後に、「原子炉容器ナトリウム液位低」信号により、原子炉は自動停止し、
原子炉トリップ信号により一次及び二次主冷却系循環ポンプはトリップする。ナト
リウムの流出流量は循環ポンプがトリップしてコーストダウンするに従って減少
し、ポンプが低速運転に移行した時点で約三四キログラム毎秒である。炉心流量は
ポンプのコーストダウンに従って減少し、事故後約二三〇秒で定格流量の約六パー
セントに落ち着く。事故後二三〇秒の時点では、炉心の崩壊熱は原子炉定格出力の
約四パーセントであるので、炉心の冷却は十分に行われ、また、原子炉冷却材バウ
ンダリの温度は過度に上昇することはない。被覆管肉厚中心最高温度は約七四〇℃
であって、被覆管破損の制限値以下である。炉心のナトリウム最高温度は約七三〇
℃であり、沸点に達しない。また、燃料最高温度は初期値よりほとんど上昇するこ
とはない。
 したがって、燃料、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはな
く、炉心の冷却能力が失われることはない。また、原子炉容器のナトリウム液位
は、ガードベッセル又は配管の高所引き回しによってエマージェンシ・レベル以上
に維持され、冷却材の循環に支障を来すことはない。
(b) 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
(い) 解析条件
① 原子炉出力運転中に、ナトリウムが二二平方センチメートルの破損口から漏え
いして部屋の床ライナ上に溜まるものとし、ナトリウムの流出過程を考慮する。
② 破損
位置はホットレグ(中間熱交換器入口)配管とするが、ナトリウム漏えい量につい
ては、ナトリウム液位が整定するまでの漏えいが最大となる位置を想定し、更にオ
ーバフロー系によるナトリウム汲み上げの影響も考慮して二一〇立方メートルとす
る。漏えいナトリウムの温度は一次主冷却系ホットレグ温度に余裕をみて五三一℃
とする。
③ 室内の初期酸素濃度は3V/oとする。
④ 室内は内外圧差100mmaqに対して100%の/dの通気率があるものと
する。また、外部は空気雰囲気とする。
⑤ 漏えいナトリウムと酸素との反応式は、2Na+1/2O3→Na2O+10
4kcal/molとする。
(ろ) 解析結果
 漏えいナトリウムが落下する中間床鋼板及び貯留される床ライナの最高温度はい
ずれも約四一〇℃であり、設計温度五三〇℃以下にとどまる。建物コンクリートの
最高温度は約一二〇℃であり、事故発生三〇日後には六四℃以下に低下し、コンク
リートの健全性を損なうことはない。原子炉格納容器の内圧上昇は約〇・〇二八キ
ログラム毎平方センチメートルであり、最高使用圧力〇・五キログラム毎平方セン
チメートルGを十分下回り、温度上昇もわずかである。なお、この場合のナトリウ
ム燃焼量は約二・七トンである。
 したがって、原子炉格納容器の健全性が問題となることはない。
(c) 核分裂生成物の放出量及び被曝線量の評価
(い) 解析条件
① 事故発生直前まで、原子炉は定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたって
運転されていたものとする。
② 通常運転時に一パーセントの燃料欠陥率を想定する。
③ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出される核分裂生成物の量は、希ガスは
漏えいナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量、よう
素は燃焼ナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量とす
る。漏えいナトリウム量は二一〇立方メートル、燃焼ナトリウム量は二・七トンと
する。
④ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたよう素のうち、九五パーセント
はエアロゾルの形態をとり、残り五パーセントはエアロゾルの形態をとらないもの
とする。
⑤ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたエアロゾル状よう素はプレート
アウト等による減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果
を考えない。
⑥ 漏えいナトリウムを貯留する部屋から原子炉格納容器床上への漏え
い率は100%/d(100mmaq時))として事故時圧力により換算するが、
最低漏えい率は100%/dとする。
⑦ 原子炉格納容器床上へ漏えいしたエアロゾル状よう素はプレートアウト等によ
る減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑧原子炉格納容器からの漏えい率は、この事故時の原子炉格納容器圧力に対応する
漏えい率を下回らない値とする。
⑨ 原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り
三パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑩ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九九
パーセントとする。
⑪ よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇分間はよう素除去効果
を考慮しない。
⑫ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑬ 事故の評価期間は原子炉格納容器内圧が原子炉格納容器からの漏えいが無視で
きる程度に低下するまでの期間として、三〇日間とする。
⑭ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑮ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については「気象指針」に従っ
て評価するものとする。
(ろ) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約〇・〇三一キュリー(よう素
一三一等価量、以下同じ。)、希ガス約六八キュリー(ガンマ線エネルギー〇・五
MeV換算値、以下同じ。)である。この大気中に放出された核分裂生成物の放射
性雲による被曝線量及び原子炉格納容器内に浮遊する放射能による直接線量及びス
カイシャイン線量を計算した結果、本件敷地境界外で最大となる場所において小児
甲状腺約〇・〇〇〇二四レム、全身約〇・〇〇四一レムである。
(9) 二次冷却材漏えい事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、何らかの原因で二次主冷却系配管が破損し、二次冷却材が
漏えいする事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 二次主冷却系の配管、機器の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等
は、諸規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行
う。
(ろ) 二次主冷却系の配管、機器には、高温強度とナトリウム
環境効果に対する適合性が良好なステンレス鋼を使用する。
(は) 二次主冷却系の配管は、エルボを用いて引き回し、十分な撓性を備えたも
のとする。
(に) 冷却材温度変化による熱応力等による応力を制限すると共に、このような
応力を考慮した設計とする。
(ほ) 二次主冷却系の配管、機器は、設計地震力に十分耐えられる設計とする。
(へ) 二次冷却材の純度管理により腐食を防止する。
(と) 二次主冷却系の配管、機器は、内部の冷却材流速が適切で過大な圧力損失
や浸食のおそれのない設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 二次主冷却系の機器、配管を収納する部屋には、ナトリウムの漏えい検出
器及び火災検知器を設置する。
(ろ) ナトリウム漏えいに伴って、中間熱交換器での除熱能力が低下する場合に
は、「中間熱交換器一次側出口ナトリウム温度高」信号により原子炉が自動停止す
るようにする。
(は) 漏えいしたナトリウムとコンクリートが直接接触することを防止するため
に、床面に鋼製のライナを設置し、漏えいしたナトリウムは、貯留タンク内へ導く
か、ダンプタンク、オーバフロータンク、貯留タンクを設置している部屋の底部へ
導き貯留する設計とする。これらの部屋には燃焼抑制板を設置し、漏えいしたナト
リウムの燃焼による影響を抑制する。
(に) 火災検知器の信号で空調ダクトを全閉とし、また、火災検知器、ナトリウ
ム漏えい検出器等によって漏えいが確認された場合には手動でオーバフロータンク
からの汲み上げを停止する等、熱的影響の拡大を防止できるようにする。
(ほ) 各室への出入口近傍には、ナトリウム用消火設備を設置し、また、防護
服、防護マスク及び携帯用空気ボンベ等の消火支援器具を配置する。
(ハ) 事故解析
(a) 炉心冷却能力の解析
(い) 解析条件
① 原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
② 二次主冷却系循環ポンプと中間熱交換器入口の間で配管破損が生じるものと考
え、中間熱交換器二次側での除熱能力が瞬時に完全喪失するものとする。
(ろ) 解析結果
 中間熱交換器での二次側流量が喪失することにより、そのループの中間熱交換器
一次側出口ナトリウム温度が上昇し、「中間熱交換器一次側出口ナトリウム温度
高」の信号により原子炉は自動停止し、これに伴い、原子炉出力は急速に低下す
る。原子炉トリップ信号
により、一次、二次主冷却系循環ポンプはトリップされ、冷却材流量はコーストダ
ウンする。ポンプの回転数が所定の値になった時点で、一次、二次主冷却系循環ポ
ンプはポニーモータによる低速運転に自動的に引き継がれ、炉心流量は定格値の約
四パーセントが確保される。
 原子炉容器出口のナトリウム温度は初期温度よりほとんど上昇しない。また、中
間熱交換器一次側出口のナトリウム温度は、約五三〇℃までの上昇にとどまる。被
覆管肉厚中心最高温度は約七七〇℃であって、被覆管破損の制限値以下である。炉
心のナトリウム最高温度は約七七〇℃であり、沸点に達しない。燃料最高温度は初
期値よりほとんど上昇することはない。
 したがって、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはなく、炉心
の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度は制限値
を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。
(b) 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
(い) 解析条件
① 原子炉出力運転中に、室内空間容積が最大の二次主冷却系配管室又は最小の過
熱器室でナトリウムが漏えいするものとする。漏えいナトリウムは室内雰囲気と反
応して燃焼するものとし、流出過程を考慮する。
② 破損口の大きさは割れ状の漏えい口として十分大きな一五平方センチメートル
とする。漏えいナトリウムの温度は五〇七℃とする。
③ 室内の初期酸素濃度は心。21v/oとする。
(ろ) 解析結果
 二次主冷却系配管及び過熱器室の床ライナの最高温度は、約四一〇℃及び約四五
〇℃であり、いずれも設計温度五〇〇℃を下回る。建物コンクリートの温度は最高
約一二〇℃であり、コンクリートの健全性が損なわれることはない。また、ナトリ
ウムの燃焼に伴う雰囲気圧力の上昇は、それぞれ約〇・二六キログラム毎平方セン
チメートル及び約〇・一一キログラム毎平方センチメートルであり、いずれも建物
耐圧値の〇・六キログラム毎平方センチメートルGを下回る。
 したがって、漏えいナトリウムの熱的影響により建物の健全性が問題となること
はない(なお、昭和六〇年二月一八日付け原子炉設置変更許可申請に際して、床ラ
イナの最高温度は五三〇℃に変更された。)。
(10) 主蒸気管破断事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に何らかの原因で蒸気発生器とタービンの間の主蒸気管が破断
し、蒸気の流出から水・蒸気系
の運転が行えなくなり、蒸気発生器での除熱能力が低下する事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 主蒸気管の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規格、基準
に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行う。
(ろ) 主蒸気圧力が異常に高くなることを防止するため、タービンバイパス弁、
主蒸気逃し弁、過熱器出口安全弁及び蒸発器出口安全弁を設ける。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
① 原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
② 主蒸気の流出量が最大となるように、三ループの主蒸気管の結合点とタービン
の間で主蒸気管の完全破断が生じるとする。
(b) 解析結果
 主蒸気管の破断により、タービン駆動の主給水ポンプの蒸気源が喪失し、蒸気流
量は事故発生直後一時的に増大した後減少する。この結果、蒸発器出口ナトリウム
温度は一時的に低下した後上昇し、「蒸発器出口ナトリウム温度高」信号により原
子炉は自動停止する。また、原子炉トリップ信号により、一次主冷却系循環ポンプ
はトリップされ、コース十ダウンにより各流量が低下した後、一次、二次主冷却系
循環ポンプの回転数が所定の値になった時点で、一次、二次主冷却系循環ポンプは
ポニーモータによる低速運転に自動的に引き継がれ、炉心流量は定格値の約七パー
セントが確保される。
 原子炉容器出口ナトリウム温度は初期値よりほとんど上昇せず、原子炉容器入口
ナトリウム温度は約四六〇℃までの上昇にとどまる。被覆管肉厚中心最高温度は約
六八〇℃であって、被覆管破損の制限値以下である。炉心のナトリウム最高温度は
約六七〇℃であり、沸点に達しない。また、燃料最高温度は初期値より上昇するこ
とはない。
 したがって、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはなく、炉心
の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度は制限値
を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。
(11)主給水管破断事故
(イ)事故の内容
 原子炉出力運転中に何らかの原因で主給水ポンプと蒸気発生器の間の主給水管が
破断し、蒸気発生器へめ給水量の減少から水・蒸気系の運転が行えなくなり
、蒸気発生器での除熱能力が低下する事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために、主給水管の材料選定、設計、製作、据
付、試験、検査等は諸規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管
理を十分に行い、破断の可能性を少なくする対策が講じられるので、事故発生の可
能性は極めて低い。
(b) 万一事故が発生した場合も、原子炉自動停止により終結する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
①原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
②給水の流出量が最大となるように、主給水ポンプと三ループの蒸気発生器給水管
分岐点の間で完全破断が生じるとする。
③蒸気発生器の水・蒸気側の除熱量が瞬時に零になるものとする。
(b) 解析結果
 主給水管の破断により、蒸発器出口ナトリウム温度が上昇し、その結果、「蒸発
器出口ナトリウム温度高」信号により原子炉は自動停止する。また、原子炉トリッ
プ信号により、一次、二次主冷却系循環ポンプはトリップされ、コーストダウンに
より各流量が低下した後、一次、二次主冷却系循環ポンプの回転数が所定の値にな
った時点で、一次、二次主冷却系循環ポンプはポニーモータによる低速運転に自動
的に引き継がれ、炉心流量は定格値の約七パーセントが確保される。
 原子炉容器出口ナトリウム温度は初期値値よりほとんど上昇せず、原子炉容器入
口ナトリウム温度は約四六〇℃までの上昇にとどまる。被覆管肉厚中心最高温度は
約六八〇℃であって、被覆管破損の制限値以下である。炉心のナトリウム最高温度
は約六七〇℃であり、沸点に達しない。また、燃料最高温度は初期値より上昇する
ことはない。
 したがって、被覆管及びナトリウムの各温度は過度に上昇することはなく、炉心
の冷却能力が失われることはない。また、原子炉冷却材バウンダリの温度は制限値
を十分に下回るので、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。
(12) 燃料取替取扱事故
(イ) 事故の内容
 燃料取替作業中に、燃料出入設備において取扱中の燃料移送ポットが何らかの原
因により破損し、燃料移送ポット中のナトリウムが全て喪失して、燃料被覆管の破
損を生じる事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 燃料取扱設備
のうち、安全上重要な機器の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規
格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や伽工程管理を十分に行い、破損
や漏えいの起こる可能性を少なくする。
(ろ) 燃料吊上機構は、駆動源の喪失に対し現状維持の設計とする。
(は) 燃料をつかんでいる間グリッパが閉じないように、機械的インターロック
装置を設ける。
(に) 燃料吊上機構は、故障が生じないよう設計上考慮し、操作開始前に十分な
試験、検査を行う。
(ほ) 燃料出入設備による燃料取替作業中、使用済燃料はナトリウムの入った燃
料移送ポットに収容し、燃料移送ポットは気密性の高い燃料出入設備本体に収容
し、かつ、燃料出入設備本体には外部から冷却できる間接冷却装置を設けへ取扱中
の燃料の温度が過度に上昇することのない設計とする。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 燃料出入設備による燃料取替作業中に燃料が破損し、ガス状の核分裂生成
物が放出された場合に、燃料出入設備がこの漏えいを抑制する設計とする。
(ろ) 燃料出入設備通路ヘガス状の核分裂生成物が漏えいした場合においても、
燃料出入設備通路の雰囲気ガスは、燃料取扱設備室換気装置によって常時排気筒へ
導く設計とし、また「燃料出入設備気相部放射能高」信号により、換気装置の排気
フィルタユニット及び排気ファンを非常用に切り替え、フィルタにより浄化した後
排気筒へ導き、大気中へ放出される核分裂生成物の量を抑制する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
① 事故はサイクル末期の最大出力燃料集合体の移送時に生じたとする。
② 事故は原子炉停止の一〇日後に生じたとし、原子炉停止後の放射能の減衰は考
えるものとする。
③ 燃料被覆管の全てが破損し、燃料要素ガスプレナム中の核分裂生成物が燃料出
入設備内に放出されるものとする。
④ 燃料出入設備内の気相部より建物への漏えい率は、0・1%/d
とする。
⑤ 「燃料出入設備気相部放射能高」の信号により、換気装置の排気フィルタユニ
ット及び排気ファンは非常用に切り替えられるものとする。
⑥ 燃料取扱設備換気装置のフィルタのよう素除去効率は九五パーセントとする。
⑦ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑧ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するもの
とする。
(b) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約二二キュリー、希ガス約六八
キュリーであり、この大気放出に伴う被曝線量は、本件敷地境界外で最大となる場
所において、小児甲状腺約〇・一七レム、全身約〇・〇〇〇〇六一レムである。
(13) 気体廃棄物処理設備破損事故
(イ) 事故の内容
 何らかの原因で気体廃棄物処理設備の一部が破損し、その系に保持されていた核
分裂生成物が系統外に放出される事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 気体廃棄物処理設備の配管及び機器の材料選定、設計、製作、据付、試
験、検査等は諸規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理、工程管理を十
分に行い、破損や漏えいの起こる可能性を少なくする。
(ろ) 廃ガス貯槽のガス圧が貯槽の最高使用圧力を下回るように、廃ガス圧縮機
の吐出圧力を決め、破損の可能性を少なくする。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 廃ガス受入弁及び廃ガス貯槽出口弁を設け、放射性ガスの放出を抑制す
る。
(ろ) 気体廃棄物処理設備から原子炉補助建物内に核分裂生成物が放出されたと
しても、換気設備によって、常時排気筒に導く。
(は) 排気筒には、放射性ガスの監視装置を設け、周辺環境に対する最終の監視
を行う。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
 事故発生の直前まで、原子炉は定格出力の一〇二パーセントで長時間運転されて
いたものとする。
(ろ) 通常運転時に一パーセントの燃料欠陥率を想定する。
(は) 廃ガス貯槽へは、廃ガス貯槽の貯留容量に見合う最大量の希ガスが流入し
たものと仮定し、その時点で、希ガス貯槽にたくわえられていた全ての核分裂生成
物が瞬時に原子炉補助建物内へ放出されるものとする。
(に) 原子炉補助建物内へ放出された核分裂生成物は、瞬時に大気へ放散される
ものとする。
(ほ) 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」
に従って評価するものとする。
(b) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約〇・一九キュリー、希ガス約
九七〇キュリーであり、この大気放出に伴う被曝線量は、本件敷地境界外で最大と
なる場所において、小児甲状腺約〇・〇四二レム
、全身約〇・〇〇四一レムである。
(14) ダンプタンクからのナトリウム漏えい事故
(イ) 事故の内容
 メンテナンス時に一次主冷却系室を空気雰囲気に置換した状態で、何らかの原因
により一次ナトリウム充填ドレン系のダンプタンクからの放射性物質を含んだナト
リウムが漏えいする事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために、一次ナトリウム充填ドレン系のダンプ
タンク及びその接続配管の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規
格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行い、破損や
漏えいの起こる可能性を少なくする対策が講じられるので、事故発生の可能性は極
めて低い。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) ダンプタンクにナトリウムをドレンし、雰囲気を空気に置換した場合に
は、当該室のドアは常時閉とし、ナトリウム漏えい事故が生じた場合にも、雰囲気
を外気と遮断し、ナトリウムの燃焼を抑制する。
(ろ) ナトリウム漏えい検出器でナトリウム漏えいを早期に検出して中央制御室
に警報を発すると共に、火災検知器等によりナトリウムの燃焼を検知して、当該室
の雰囲気遮断弁を閉じる設計とする。
(は) 漏えいしたナトリウムがコンクリートと直接接触することを防止するため
に、床面等に鋼製のライナを設置する。
(に) 原子炉格納容器雰囲気中に放射性物質が漏えいした場合においても、原子
炉格納容器の隔離を行い、大気中に放出される放射性物質の量を抑制する。
(ハ) 事故解析
(a) 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
(い) 解析条件
① ナトリウムの漏えい量は、一次ナトリウム充填ドレン系のダンプタンク内に貯
留されるナトリウムの最大量二〇〇立方メートルとし、その温度は二〇〇℃とす
る。漏えいしたナトリウムは瞬時に床ライナ上に溜まり、プールを形成するものと
する。
② 室内の初期酸素濃度は21v/o。(空気雰囲気)とする。
③ 室内は内外圧差100mmaqに対して100%/dの通気率があるものとす
る。また、外部は空気雰囲気とする。
(ろ) 解析結果
 ナトリウムを貯留する一次主冷却系室床ライナの最高温度は約二九〇℃であり、
設計温度五三〇℃を十分に下回っている。原子炉格納容器の内圧上昇は約〇・〇〇
三キログラム毎平方センチメートルで
あり、最高使用圧力〇・五キログラム毎平方センチメートルGを十分に下回ってい
る。また、温度の上昇もわずかである。なお、この場合のナトリウム燃焼量は約
五・二トンである。
 したがって、原子炉格納容器の健全性が問題になることはない。
(b) 核分裂生成物の放出量及び被曝線量の評価
(い) 解析条件
① 原子炉停止直前まで、原子炉は定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたっ
て運転されていたものとする。
② 通常運転時に一パーセントの燃料欠陥率を想定する。
③ 外部電源は使用できないものとする。
④ 原子炉停止後一〇日の時点でナトリウム漏えいを想定する。
⑤ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出される核分裂生成物の量は、希ガスが
漏えいナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量、よう
素が燃焼ナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量とす
る。漏えいナトリウム量は二〇〇立方メートル、燃焼ナトリウム量は五・二トンと
する。
⑥ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたよう素のうち、九五パーセント
はエアロゾルの形態をとり、残り五パーセントはエアロゾルの形態をとらないもの
とする。
⑦ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたエアロゾル状よう素はプレート
アウト等による減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果
を考えない。
⑧ 漏えいナトリウムを貯留する部屋から原子炉格納容器床上への漏えい率は10
0%/d(100mmaq時)として事故時圧力により換算するが、最低漏えい率
は100%/dとする。
⑨ 原子炉格納容器床上へ漏えいしたエアロゾル状よう素はプレートアウト等によ
る減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑩ 原子炉格納容器からの漏えい率は、この事故時の原子炉格納容器圧力に対応す
る漏えい率を下回らない値とする。
⑪ 原子炉格納容器からの漏えいは九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り三
パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑫ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九九
パーセントとする。
⑬ よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇分間はよう素除去効果
を考慮しない。
⑭ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑮ 
事故の評価期間は原子炉格納容器内圧が原子炉格納容器からの漏えいが無視できる
程度に低下するまでの期間として、三〇日間とする。
⑯ 環廃への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑰ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(ろ) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約〇・〇二キュリー、希ガス約
二・〇キュリーである①この大気中に放出された核分裂生成物の放射性雲による被
曝線量及び原子炉格納容器内に浮遊する放射能による直接線量及びスカイシャイン
線量を計算した結果、本件敷地境界外で最大となる場所において、小児甲状腺約
〇・〇〇〇〇八四レム、全身約〇・〇〇〇〇四四レムである。
(15) オーバフロー系からのナトリウム漏えい事故
(イ) 事故の内容
 原子炉の出力運転中に何らかの原因により一次ナトリウムオーバフロー系から放
射性物質を含んだナトリウムが漏えいする事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するため、一次ナトリウムオーバフロー系の配管及
び機器の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規格、基準に適合させ
るようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行い、破損や漏えいの起こる可能
性を少なくする対策が講じられるので、事故発生の可能性は極めて低い。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) ナトリウム漏えい検出器でナトリウムの漏えいを早期に検出して中央制御
室に警報を発するようにする。更に、オーバフロータンクの液位が異常に低下した
場合には、オーバフロータンク内の液面計でナトリウムの漏えいを検出し、警報を
発して運転員に注意を喚起し、運転員は、これらの警報に基づき、一次ナトリウム
オーバフロー系の電磁ポンプを停止させる等の漏えい抑制措置をとるようにする。
(ろ)ナトリウム漏えい量が増加した場合、「原子炉格納容器床下雰囲気温度高」
信号等により、一次ナトリウムオーバフロー系の電磁ポンプによる汲み上げを自動
的に停止する。
(は) 原子炉格納容器雰囲気中に放射性物質が漏えいした場合においても、原子
炉格納容器を隔離し、大気中に放出される放射性物質の量を抑制する。
(に) 一次ナトリウムオーバフロー系の配管、機器を設置する部屋は、低酸
素濃度の窒素雰囲気に保つことにより、ナトリウムが漏えいした場合の燃焼反応を
抑制する。
(ほ) 漏えいしたナトリウムがコンクリートと直接接触することを防止するため
に、床面等に鋼製のライナを設置する。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
① 事故発生直前まで、原子炉は定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたって
運転されていたものとする。
② 通常運転時に一パーセントの燃料欠陥率を想定する。
③ 外部電源は使用できないものとする。
④ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出される核分裂生成物の量は、希ガスが
漏えいナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量、よう
素が燃焼ナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴ×ガス中の全量とす
る。漏えいナトリウム量は一九〇立方メートル、燃焼ナトリウム量は二・七トンと
する。
⑤ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたよう素のうち、九五パーセント
はエアロゾルの形態をとり、残り五パーセントはエアロゾルの形態をとらないもの
とする。
⑥ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたエアロゾル状よう素はプレート
アウト等による減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果
を考えない。
⑦ 漏えいナトリウムを貯留する部屋から原子炉格納容器床上への漏えい率は10
0%/d(100mmaq時)として事故時圧力により換算するが、最低漏えい率
は100%/dとする。
⑧ 原子炉格納容器床上へ漏えいしたエアロゾル状よう素はプレートアウト等によ
る減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑨ 原子炉格納容器からの漏えい率は、この事故時の原子炉格納容器圧力に対応す
る漏えい率を下回らない値とする。
⑩ 原子炉格納容器からの漏えいは九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り三
パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑪ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九九
パーセントとする。
⑫ よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇分間はよう素除去効果
を考慮しない。
⑬ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑭ 事故の評価期間は原子炉格納容器内圧が原子炉格納容器からの漏えいが無視で
きる程度に低下するまでの期間として、三〇日間とする

⑮ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑯ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(b) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約〇・〇三一キュリー、如希ガ
ス約六八キュリーである。この大気中に放出された核分裂生成物の放射性雲による
被曝線量及び原子炉格納容器内に浮遊する放射能による直接線量及びスカイシャイ
ン線量を計算した結果、本件敷地境界外で最大となる場所において、小児甲状腺約
〇・〇〇〇二四レム、全身約〇・〇〇四一レムである。
(16) コールドトラップからのナトリウム漏えい事故
(イ) 事故の内容
 原子炉の出力運転中に何らかの原因により一次ナトリウム純化系のコールドトラ
ップから放射性物質を含んだナトリウムが漏えいする事故を想定する。
(ロ) 事故発生及び拡大防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために、一次ナトリウム純化系の配管及び機器
の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規格、基準に適合させるよう
にし、また、品質管理や工程管理を十分に行い、破損や漏えいの可能性を少なくす
る対策が講じられるので、事故発生の可能性は極めて低い。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) ナトリウム漏えい検出器でナトリウムの漏えいを早期に検出して中央制御
室に警報を発するようにする。更に、一次ナトリウムオーバフロータンクの液位が
異常に低下した場合には、オーバフロータンク内の液面計でナトリウムの漏えいを
検出し、警報を発して運転員に注意を喚起し、運転員は、これらの警報に基づき、
オーバフロー系の電磁ポンプを停止させる等の漏えい抑制措置をとるようにする。
(ろ) ナトリウム漏えい量が増加した場合、「原子炉格納容器床下雰囲気温度
高」信号等により、一次ナトリウムオーバフロー系の電磁ポンプによる汲蜘み上げ
を自動的に停止する。
(は) 原子炉格納容器雰囲気中に放射性物質が漏えいした場合においても、原子
炉格納容器を隔離し、大気中に放出される放射性物質の量を抑制する。
(に) 一次ナトリウム純化系の配管、機器を設置する部屋は、低酸素濃度の窒素
雰囲気に保つことにより、ナトリウムが漏えいした場合の燃焼反応を抑制する。
(ほ) 漏えいしたナトリウムがコンクリートと直
接接触することを防止するために、床面等に鋼製のライナを設置する。
(ハ) 事故解析
(a) 漏えいナトリウムによる熱的影響の解析
(い) 解析条件
① 原子炉出力運転中に、ナトリウムが七〇立方メートル漏えいするとし、漏えい
ナトリウムの温度は五三一℃とする。
② ナトリウムの流出過程を考慮して解析する。
③ 室内の初期酸素濃度はし。3v/oとする。
④ 室内は内外圧差100mmaqに対して100%/dの通気率があるものとす
る。また、外部は空気雰囲気とする。
(ろ) 解析結果
 ナトリウムを貯留する一次ナトリウム純化系室床ライナの最高温度は約四八〇℃
であり、設計温度五三〇℃を下回っている。原子炉格納容器の内圧上昇は約〇・〇
二一キログラム毎平方センチメートルであり、最高使用圧力〇・五キログラム毎平
方センチメートルGを十分に下回っている。また、温度の上昇もわずかである。な
お、この場合のナトリウム燃焼量は約二・〇トンである。
 したがって、原子炉格納容器の健全性が問題になることはない。
(b) 核分裂生成物の放出量及び被曝線量の評価
(い)解析条件
① 事故発生直前まで、原子炉は定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたって
運転されていたものとする。
② 通常運転時に一パーセントの燃料欠陥率を想定する。
③ 外部電源は使用できないものとする。
④ ナトリウム漏えいに伴い、コールドトラップに蓄積されている全てのよう素が
流出するものとする。
⑤ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出される核分裂生成物の量は、希ガスが
漏えいナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量、よう
素が燃焼ナトリウム中の全量及び原子炉格納容器内一次アルゴンガス中の全量とす
る。漏えいナトリウム量は七〇立方メートル、燃焼ナトリウム量は二・〇トンとす
る。
⑥ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたよう素のうち、九五パーセント
はエアロゾルの形態をとり、残り五パーセントはエアロゾルの形態をとらないもの
とする。
⑦ 漏えいナトリウムを貯留する部屋に放出されたエアロゾル状よう素はプレート
アウト等による減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果
を考えない。
⑧ 漏えいナトリウムを貯留する部屋から原子炉格納容器床上への漏えい率は10
0%/d(100mmaq時)として事故時圧力により換算するが、最低漏えい率
は100%/dとする。

 原子炉格納容器床上へ漏えいしたエアロゾル状よう素はプレートアウト等による
減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑩ 原子炉格納容器からの漏えい率は、この事故時の原子炉格納容器圧力に対応す
る漏えい率を下回らない値とする。
⑪ 原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り
三パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑫ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九九
パーセントとする。
⑬ よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇分間はよう素除去効果
を考慮しない。
⑭ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑮ 事故の評価期間は原子炉格納容器内圧が原子炉格納容器からの漏えいが無視で
きる程度に低下するまでの期間として、三〇日間とする。
⑯ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑰ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(ろ) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約〇・〇八九キュリー、希ガス
約六二キュリーである。この大気中に放出された核分裂生成物の放射性雲による被
曝線量及び原子炉格納容器内に浮遊する放射能による直接線量及びスカイシャイン
線量を計算した結果、本件敷地境界外で最大となる場所において、小児甲状腺約
〇・〇〇〇六ハレム、全身約〇・〇〇三二レムである。
(17) 蒸気発生器伝熱管破損事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転中に、何らかの原因で蒸気発生器の伝熱管が破損し、ナトリウ
ム・水反応による顕著な圧力上昇が生じるような大規模な水漏えい事故を想定す
る。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために次の対策が講じられるので、事故発生の
可能性は極めて低い。
(い) 蒸気発生器の伝熱管の材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸
規格、基準に適合させるようにし、また、品質管理や工程管理を十分に行う。
(ろ) 蒸気発生器は、水側、ナトリウム側とも高い純度管理のもとで運転され、
水側及びナトリウム側からの伝熱管の材料腐食を抑制する。
(は) 水漏えい検出設備を設置することにより、万一、伝熱管小破損が生じた
場合には、早期に水漏えいを検出し、運転員により発せられる水漏えい信号に基づ
くプラント運転自動停止操作により、ナトリウム・水反応を終息させる。
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 蒸発器と過熱器は、いずれも圧力開放板を介してナトリウム・水反応生成
物収納設備に接続され、事故が生じた蒸気発生器内のナトリウム側圧力が圧力開放
板の設定圧力まで上昇すると、圧力開放板は自動的に破れてナトリウム・水反応生
成物収納設備に開放され、圧力の顕著な上昇が抑制されるようにする。
(ろ) ナトリウム・水反応により発生する水素ガスは収納設備に放出され、これ
に付随するナトリウム及び反応生成物のうち液体、固体は、収納容器で分離回収さ
れることとし、水素ガスは収納容器用圧力開放板を介して大気へ放出、燃焼処理さ
れる。
(は) 蒸発器に設けたカバーガス圧力計及び蒸発器又は過熱器の圧力開放板の開
放検出信号によって、蒸気発生器の水・蒸気側の遮断、内部保有の水及び蒸気の急
速ブロー、二次主冷却系循環ポンプ主モータトリップ等の一連のプラント自動停止
操作が行われ、ナトリウム・水反応現象が停止される卿ようにする。
(に) 蒸気発生器、二次主冷却系配管、中間熱交換器、二次主冷却系循環ポンプ
等の機器、配管は、ナトリウム・水反応による圧力上昇に対して構造強度上十分な
余裕を持つ設計とする。
(ほ) 一次、二次主冷却系循環ポンプにポニーモータを設置し、ポンプトリップ
時にポニーモータによる低速運転を行い、一ループのみにても定格出力時炉心流量
の約四パーセントを確保し、原子炉停止後の崩壊熱除去が行える設計とする。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
① 原子炉出力は、定格出力の一〇二パーセントとする。
② 解析対象ループは、二次主冷却系配管長が最短のループとする。
③ 初期スパイク圧評価としては、蒸発器の管束部下部において伝熱管一本棚」が
瞬時に完全破断を起こすものとする。準定常圧評価としては、伝熱管破損伝播の影
響を考慮し、伝熱管四本が同時に完全破断するものとする。
④ 蒸気発生器及びナトリウム・水反応生成物収納容器の圧力開放板は、設定圧力
に誤差を考慮した最大圧力で開放するものとする。
(b) 解析結果
 破断初期において蒸発器胴部に作用するいわゆる初期スパイク圧力のピーク値は
約二三キログラム毎平方センチメー
トルであり、蒸発器の胴の歪みは少さく、塑性歪みには至らない。この初期スパイ
ク圧の伝播に対して、中間熱交換器及び二次主冷却系の機器、配管は塑性歪みを生
じるには至らず、各設備の健全性は保たれる。
 また、初期スパイク圧減衰後から事故終止まで持続している準定常圧は、伝熱管
破損伝播による影響も含め、蒸気発生器において約九キログラム毎平方センチメー
トル以下及び中間熱交換器二次側において約一三キログラム毎平方センチメートル
以下であり、準定常圧に対しても蒸気発生器、二次主冷却系機器、配管及び中間熱
交換器の歪みは塑性歪みには至らず、各設備の健全性が損なわれることはない。
 したがって、この事故が生じると、ナトリウム・水反応生成物収納設備の作動に
より、プラント自動停止操作が行われ、「二次主冷却系循環ポンプ回転数低」信号
により原子炉は自動停止する。これに伴い、健全ループの各循環ポンプはポニーモ
ータにより低速運転され、炉心の冷却能力が失われることはなく、また、原子炉冷
却材バウンダリの健全性が損なわれることはない。
(18) 一次アルゴンガス漏えい事故
(イ) 事故の内容
 原子炉出力運転時に、何らかの原因により原子炉補助建物内の常温活性炭吸着塔
付近の一次アルゴンガス系の配管が破損し、核分裂生成物を含んだ一次アルゴンガ
スが原子炉補助建物内の常温活性炭吸着塔収納設備内に放出される事故を想定す
る。
(ロ) 事故発生及び拡大の防止のための対策
(a) この事故の発生を防止するために、一次アルゴンガス系の配管及び機器の
材料選定、設計、製作、据付、試験、検査等は、諸規格、基準に適合させるように
し、また、品質管理や工程管理を十分に行い、破損や漏えいの可能性を少なくする
対策が講じられるので、事故発生の可能性は極めて低い
(b) 万一事故が発生した場合にも、事故拡大の防止を図るため、次の対策が講
じられる。
(い) 一次アルゴンガス系の常温活性炭吸着塔は、気密性の高い常温活性炭吸着
塔収納設備内に収容される。
(ろ) 一次アルゴンガスが漏えいした場合、小規模の漏えいに対しては、一次ア
ルゴンガス系設備室の放射線監視装置で検知できるようにし、運転員の手動操作に
よって一次アルゴンガス系設備排気側の原子炉格納容器隔離弁、一次アルゴンガス
系収納施設隔離弁を閉鎖する等の漏えいの抑制措置をとることができる設計とす
る。また、大規模な漏えいが生じ
た場合には、「一次アルゴンガス系流量高」の異常信号により検知し、自動的に一
次アルゴンガス系設備排気側の原子炉格納容器隔離弁、一次アルゴンガス系収納施
設隔離弁を閉鎖する等の漏えいの抑制措置を取ることのできる設計とする。
(は) 一次アルゴンガス系から、原子炉補助建物内に放射性ガスが放出されたと
しても、換気設備によって常時排気筒に導く。
(に) 排気筒には放射性ガスの監視装置を設け、周辺環境に対する最終の監視を
行う。
(ハ) 事故解析
(a) 解析条件
① 事故発生直前まで、原子炉は定格出力の一〇二パーセントで長時間運転されて
いたものとする。
② 通常運転時に一パーセントの燃料欠陥率を想定する。
③ 外部電源は使用できないものとする。
④ 常温活性炭吸着塔内に貯留されている核分裂生成物は、圧力が大気圧になるま
で放出されるとする。更に、その後も残存量の一〇パーセントが拡散により漏えい
するものとする。
⑤ 一次アルゴンガス系収納施設の漏えい率は事故後初期は100%/dとし、そ
の後は一次アルゴンガス系収納施設の内圧の低下に応じた漏えい率とする。
⑥ 常温活性炭吸着塔収納設備より原子炉補助建物内へ漏えいした核分裂生成物は
全て大気に放出されるとする。
⑦ 事故の評価期間は、一次アルゴンガス系収納施設の内圧が一次アルゴンガス系
収納施設からの漏えいが無視できる程度に低下するまでの期間として、三〇日間と
する。
⑧ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(b) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約一・一キュリー、希ガス約二
万四〇〇〇キュリーであり、この大気放出に伴う被曝線量は、本件敷地境界外で最
大となる場所において小児甲状腺約〇・二二レム、全身約〇・〇七七レムである。
(五) 本件安全審査における評価
(1) 事象選定の妥当性
 事故として取り上げられている事象については、「評価の考え方」に基づき、
「安全評価指針」等を参考とし、事象選定解析の結果をも考慮して炉心内の反応度
の増大、炉心冷却能力の低下、燃料取扱いに伴う事故、ナトリウムの化学反応、原
子炉カバーガス系に関する事故のそれぞれに対して事故の結果が厳しくなる事象が
選定されており、妥当であると判断した。
(2) 解析方法の妥当性
(イ) 事象の解析に当たって考慮する範囲については、サイクル期間中
の炉心燃焼度変化や燃料交換等による長期的な変動及び運転中予想される異なった
運転モードが考慮されているほか、工学的安全施設等の動作状況及び運転員の操作
の態様も考慮されている。解析に使用されているモデル及びパラメータについて
は、それぞれの事象に応じて評価の結果が厳しくなるように選定されており、ま
た、パラメータに不確定因子が考えられる場合には、十分な安全余裕が見込まれて
いる。
(ロ) 解析に当たっては、作動を要求される安全系の機能別に、結果を最も厳し
くする単一故障が仮定されており、事象の影響を緩和するのに必要な運転員の手動
操作のための時間的余裕は適切に見込まれ、工学的安全施設の動作が要求される場
合には、外部電源の喪失が考慮されている。また、各事象の解析に使用されている
計算コードは、実験結果等との比較によりその使用の妥当性が確認されている。こ
れらのことから、右解析の方法は妥当であると判断した。
(3) 解析結果の妥当性
 いずれの事故の解析結果においても、炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、
十分な冷却が可能であり、冷却材バウンダリの温度、格納容器バウンダリの温度及
び圧力は制限値を下回り、周辺の公衆に対し著しい放射線被曝のリスクを与えるこ
ともないと判断した。
(4) 結論
 以上から、本件安全審査においては、事故事象によっても、炉心の冷却能力が長
期間にわたり十分確保され、核分裂生成物の放出に対しても敷地周辺への影響は大
きくならないよう十分抑止されているとして、本件原子炉施設の安全防護機能の設
計は妥当であると判断した。
7 技術的には起こるとは考えられない事象の解析
(一) 意義
 技術的には起こるとは考えられない事象の解析は、事故防止対策に係る安全性を
確保するための安全設計がされていることを前提として、発生頻度は無視し得るほ
ど極めて低いが、炉心が大きな損傷に至るおそれがある事象を選定し、この事象と
これに続く事象経過に対する防止対策との関連において、放射性物質放散に対する
障壁の抑制機能を評価するため、原子炉施設の深層防御の観点から行うものであ
る。
(二) 本件安全審査の審査方針
 本件安全審査においては、起因となる事象の発生を仮定して、事象経過に対する
防止対策との関連において炉心損傷の程度を評価し、一部の機器等に設計条件を超
える結果が生じても、放射性物質放散に対する障壁としての原子炉冷却材バウン
ダリのナトリウム保持機能等又は格納容器バウンダリによる最終的な放射性物質の
放散に対する抑制機能が適切に保たれ、事象に応じて放射性物質の放散が適切に抑
制されるか否かを審査、評価した。
 そして、右審査においては、放射性物質の放散が適切に抑制されることの判断基
準について、「立地審査指針」及び「プルトニウムに関するめやす線量について」
に示されているめやす線量を参考とした。
(三) 本件許可申請における解析対象
(1) 局所的燃料破損事象
(イ) 燃料要素の局所的過熱事象
(ロ) 集合体内流路閉塞事象
(2) 一次主冷却系配管大口径破損事象
(3) 反応度抑制機能喪失事象
(イ) 一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
(ロ) 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
(四) 本件許可申請における技術的には起こるとは考えられない事象の解析内容
(1) 局所的燃料破損事象
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に何らかの原因によって燃料が局所的に溶融し、溶融部分が周
辺の炉心燃料に伝播する事象であり、この場合、炉心の大規模な損傷が生じるおそ
れがある。
 起因事象としては、燃料要素に局所的過熱が生じ燃料が溶融する事象(燃料要素
の局所的過熱事象)と集合体内の冷却材流路の閉塞が生じ燃料が損傷する事象(集
合体内流路閉塞事象)を想定する。
(ロ) 事故経過に対する防止対策
(a) 燃料の製造工程は自動化されており、燃料の富化度を変えるたびに全工程
をクリーンアップするという工程管理上の配慮と十分な品質管理により、富化度の
異なる燃料が誤装荷されることのないようにする。
(b) 万一この事象が発生し、燃料被覆管が破損した場合には、燃料要素より放
出される核分裂生成物をカバーガス法破損燃料検出装置あるいは遅発中性子法破損
燃料検出装置で検出し、中央制御室に警報を発して運転員の注意を喚起する。更
に、事象が進展し放出される核分裂生成物が増加すれば、遅発中性子法破損燃料検
出装置からの原子炉トリップ信号により、原子炉を自動停止する。
(ハ) 燃料要素の局所的過熱事象の解析
(a) 解析条件
① 炉心中央部で燃料の相対線出力が二〇〇パーセントとなると仮定する。
② 溶融燃料と冷却材の相互作用に寄与する溶融燃料の初期放出量は一〇グラムと
する。
③ 溶融燃料と冷却材の相互作用による燃料微粒子化時定数を一〇ミリ秒とし、粒
子化後の燃料の半径は一七七マイクロメ
ートルとする。
④ 燃料放出による冷却材流路の閉塞率は九〇パーセントとし、閉鎖軸方向長さは
一センチメートルと三センチメートルの両者を仮定する。
⑤ 溶融燃料初期放出に伴い、遅発中性子法破損燃料検出装置及びカバーガス法破
損燃料検出装置により発せられる燃料破損警報による手動での原子炉停止は無視す
る。
(b) 解析結果
 放出された溶融燃料と冷却材の相互作用により圧力が発生すると共に、ガスブラ
ンカッティング作用により被覆管の温度が上昇する。発生圧力によるラッパ管の変
形は弾性範囲内であって、隣接ラッパ管の健全性が損なわれることはなく、また、
被覆管の温度は七〇〇℃未満であって、周囲の燃料被覆管が破損することはない。
 燃料粒子による冷却材流路閉塞が軸方向長さ一センチメートルの場合は、溶融燃
料放出による破損伝播は生じない。軸方向長さ三センチメートルの場合には、緩慢
な破損伝播が生じるが、隣接燃料集合体のラッパ管の健全性は確保され、原子炉は
燃料破損に伴う遅発中性子法破損燃料検出装置からの原子炉トリップ信号により自
動停止される。なお、原子炉停止後のポニーモータ運転時においても、炉心のナト
リウム最高温度は約六八〇℃にとどまり、沸点に達しない。
(二) 集合体内流路閉塞事象の解析
(a) 解析条件
① 燃料集合体中央部で流路面積の三分の二が閉塞するものとする。
② 集合体内流路閉塞率に対応する流量は、模擬燃料集合体の流動試験で得られた
閉塞率と流量低下率との関係を適用する。
③ 燃料集合体の出口温度計による異常の検出、破損燃料発生に伴う遅発中性子法
破損燃料検出装置及びカバーガス法破損燃料検出装置により発せられる燃料破損警
報による手動での原子炉停止は無視する。
(b) 解析結果
 冷却材流路閉塞に伴い、閉塞部下流域の冷却材流量は低下し、冷却材温度及び燃
料被覆管温度が上昇するが、閉塞した燃料集合体のナトリウム最高温度は炉心部で
の沸点未満であって、ナトリウムの沸騰は生ぜず、また、被覆管肉厚中心最高温度
は九八〇℃未満であって、燃料被覆管は溶融することはない。
 燃料被覆管からの核分裂生成ガスの放出を仮定した場合、核分裂生成ガスにより
隣接被覆管温度が上昇し、局所的破損が拡大することがあるが、その場合にも遅発
中性子法破損燃料検出装置からの原子炉トリップ信号により原子炉は自動停止され
る。なお、原子炉停止後のポニーモータ運転時妬に
おいても、炉心のナトリウム最高温度は約七三〇℃にとどまり、沸点に達しない。
(2) 一次主冷却系配管大口径破損事象
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に何らかの原因によって炉心の冷却が損なわれる事象であっ
て、この場合、燃料が溶融し炉心の大規模な損傷を生じるおそれがある。
 起因事象としては、一次主冷却系配管の大規模な破断が生じ、冷却材が流出する
事象を想定する。
(ロ) 事故経過に対する防止対策
(a) 原子炉容器入口配管のガードベッセル付け根部において、ガードベッセル
本体と入口配管部ガードベッセル内空間を仕切る構造を設けることにより、配管破
損時に入口配管部ガードベッセル内の漏えいナトリウムの液位を上昇させ、破損口
からのナトリウムの流出を早期に低減する。
(b) 入口配管部ガードベッセル上端からガードベッセル本体上端に通じるナト
リウムの溢流回収路を設け、入口配管部ガードベッセルから外部に溢れ出るナトリ
ウム量を抑え、ガードベッセル内液位を確保する。
(c) 「原子炉容器ナトリウム液位低」信号により原子炉が自動停止する際に、
一次主冷却系循環ポンプに可変速流体継手付M―Gセットの囲転慣性を付加するこ
とにより、炉心への冷却材流入量の低下を抑制する。原子炉の自動停止に際して
は、補助冷却設備起動信号が発せられ、その後は補助冷却設備空気冷却器及びポニ
ーモータによる一次、二次主冷却系循環ポンプの低速運転により炉心の冷却を行う
と共に、ディーゼル発電機を起動し、電源喪失に備える。
(d) 「原子炉容器ナトリウム液位低低」信号により原子炉容器とオーバフロー
タンクを連絡しているカバーガス連通管止め弁を全開し、原子炉容器液位低下によ
るカバーガス圧力の降下を促進することにより、破損口からのナトリウムの流出を
抑制する。
(ハ) 炉心冷却能力の解析
(a) 解析条件
① 一次主冷却系配管の破損位置は原子炉容器入口ノズル部とし、破損口の大きさ
は両端完全破断とする。
② 原子炉は「原子炉容器ナトリウム液位低」信号により自動停止されるものとす
る。
③ 「原子炉容器ナトリウム液位低」信号により、一次主冷却系循環ポンプの可変
速流体M-Gセットの切離しが阻止され、その回転慣性を考慮するものとする。
(b) 解析結果原子炉自動停止による補助冷却設備作動信号によって、補助冷却
設備に珊よる崩壊熱除去が開始され、ポニーモータによる一次、二次主冷
却系循環ポンプの低速運転に移行する。
 炉心において最も厳しい結果を示す中心部の燃料最高温度、燃料被覆管肉厚中心
最高温度及びナトリウム最高温度は、それぞれ約二三九〇℃、約九九〇℃及び約九
九〇℃となり、燃料及び被覆管の溶融は生じず、燃料の破損割合は約三パーセント
と小さく、炉心は大きな損傷に至ることはない。
(二) 流出ナトリウムの熱的影響の解析
(a) 解析条件
① 流出したナトリウムの燃焼形態としては、流出過程におけるスプレー化、中間
床上及び最終貯留部でのプール形成を考慮するものとする。
② 室内の初期酸素濃度は3v/oとする。
③ 流出ナトリウム量は一八〇立方メートルとし、流出ナトリウム温度は五二九℃
とする。
④ 一次主冷却系室から原子炉格納容器床上への漏えい量は圧力差100mmaq
に対して100%/dの割合とする。
(b) 解析結果
 流出したナトリウムの燃焼量は約二・二トンで、これによる一次主冷却系室床ラ
イナ温度の最高値は約四八〇℃で設計温度の五三〇℃を下回っている。原子炉格納
容器の内圧上昇は、約〇・〇二二キログラム毎平方センチメートルにとどまり、最
高使用圧力の〇・五キログラム毎平方センチメートルGを超えることはない。
 また、温度上昇もわずかであり、したがって、原子炉格納容器の健全性が損なわ
れることはない。
(ホ) 被曝評価
(a) 解析条件
① 一次主冷却系室内に放出される核分裂生成物の量は、希ガスが全燃料要素ギャ
ップ中内蔵量の一〇パーセント及び漏えいナトリウム中の全量、よう素が全燃料要
素ギヤツプ中内蔵量の一〇パーセント及び漏えいナトリウム中の全量合計のナトリ
ウム燃焼割合分とする。
② 一次主冷却室に放出されるよう素のうち、九五パーセントはエアロゾルの形態
をとり、残り五パーセントはエアロゾルの形態をとらないものとする。
③ 一次主冷却室内のエアロゾル状よう素はプレートアウト等による減衰を考慮す
るが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
④ 原子炉格納容器床上へ漏えいしたエアロゾル状よう素はプレートアウト等によ
る減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑤ 一次主冷却室から原子炉格納容器床上雰囲気中への漏えい率は100%/d
(100mmaq時)とし、最低漏えい率は100%/dとする。
⑥ 原子炉格納容器からの漏えい率は、この事象時の原子炉格納容
器圧力に対応する漏えい率を下回らない値とする。
⑦ 原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り
三パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑧ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九九
パーセントとする。よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇分間は
よう素除去効果を考慮しない。
⑨ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑩ 事故継続時間は三〇日間とする。
⑪ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑫ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(b) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約一・九キュリー、希ガス約九
六〇〇キュリーであり、この大気放出に伴う被曝線量は、本件敷地境界外で最大と
なる場所において小児甲状腺約〇・〇一五レム、成人甲状腺約〇・〇〇三七レム、
全身約〇・〇二レムである。
(3) 反応度抑制機能喪失事象
(イ) 事象の内容
 原子炉出力運転中に何らかの原因によって炉心流量が減少し、若しくは異常な反
応度が挿入された際に、反応度抑制機能が喪失ずる事象であり、この場合、燃料が
溶融し炉心の大規模な損傷が生じるおそれがある。
 起因事象としては、外部電源喪失により炉心流量が減少し(一次冷却材流量減少
時)、若しくは制御棒が連続的に引き抜かれることにより炉心に異常な反応度が挿
入され(制御棒異常引抜時)、原子炉の自動停止が必要とされる時点で反応度抑制
機能喪失を重ね合わせた事象を想定する。
(ロ) 事故経過に対する防止対策
(a) 遮へいプラグ下面に作用する圧力により生じるプラグ等の隙間を通ってナ
トリウムが炉上部ピットへ噴出することを抑制する構造とする。
(b) 事象発生後の炉心の崩壊熱は、自然循環により除去できる構造とする。
(c) 「原子炉格納容器床上雰囲気圧力高」信号又は「原子炉格納容器床上雰囲
気放射能高」信号により原子炉格納容器の隔離が行われる。原子炉格納容器は機密
性が高く、また、わずかにアニュラス部へ漏えいした放射性物質は、アニュラス部
が常時負圧に維持されているため、直接大気中へ漏えいすることはなく、更に、ア
ニュラス循環排気装置は、アニュラス部の空気を
浄化再循環すると共に、浄化した空気の一部を排気筒より放出する。
(ハ) 一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象の解析
(a) 炉心冷却能力の解析
(い) 解析条件
① 炉心の状態は平衡炉心の燃焼末期とする。
② 外部電源喪失と反応度抑制機能喪失を重ね合わせた事象を対象とする。
③ 炉心損傷後の膨張過程における有効仕事量の評価に当たっては、二相燃料の等
エントロピー膨張を仮定する。
④ 構造物の耐衝撃評価に当たっては、膨張過程における最大有効仕事量として五
〇〇メガジュールを考慮する。
⑤ 崩壊熱除去の評価に当たっては、一次主冷却系、二次主冷却系及び補助冷却設
備の自然循環のみを期待する想定とする。
(ろ) 解析結果
 炉心はナトリウム沸騰、被覆管溶融移動、燃料スランピングが生じた時点で即発
臨界に達し、膨張によっで未臨界となる。炉心損傷後の最大有効仕事量は約三八〇
メガジュールとなる。炉心部で発生する圧力荷重によって、原子炉容器に歪みが生
ずるが、ナトリウムが漏えいするような破損は生じない。また、一次主冷却系機
器、配管についても一部歪みが生じるものの、ナトリウムが漏えいするような破損
は生じない。炉心部から放出された溶融燃料は、周辺のナトリウム及び構造材に熱
を伝達すると共に、原子炉容器内構造物水平部等に保持される。
 崩壊熱の除去については、崩壊熱の除去のために必要な一次主冷却系の循環流路
が確保されており、その自然循環と二次主冷却系及び補助冷却設備の作動により除
熱機能は確保される。二次主冷却系の二ループの強制循環除熱(ポニーモータ一台
不作動)を想定した場合には、除熱能力は更に大きくなる。なお、遮へいプラグ下
面へのナトリウムスラグの衝突に伴うナトリウムの原子炉格納容器床上部への噴出
量は約二九〇キログラムとなる。
(b) 噴出ナトリウムの熱的影響の解析捌
(い) 解析条件
① 原子炉格納容器床上へのナトリウム噴出量を四〇〇キログラムとする。
② ナトリウムは床上雰囲気中で瞬時に空気と反応するものとし、その燃焼熱と原
子炉格納容器雰囲気中へ放出された核分裂生成物の崩壊熱の全てが、原子炉格納容
器内雰囲気ガスの温度上昇に費やされるものとする。
(ろ) 解析結果
 四〇〇キログラムのナトリウム噴出に伴い、原子炉格納容器内雰囲気ガスは、初
期に温度が約一四〇℃、内圧が約〇・三三キログラム毎平方センチメートルGまで
上昇した後、下
降し続ける。
 したがって、原子炉格納容器内圧、温度とも設計値を下回っており、放射性物質
の放散を抑制できる。
(c) 被曝評価
(い) 解析条件
① 原子炉格納容器床上に放出される核分裂生成物の量は、炉内存在量に対して、
希ガスが一パーセント、よう素が一パーセント、プルトニウムが〇・一パーセント
とする。
② 放出されるよう素のうち、九五パーセントはエアロゾルの形態をとり、残り五
パーセントはエアロゾルの形態をとらないものとする。
③ 原子炉格納容器床上へ漏えいしたエアロゾル状よう素はプレートアウト等によ
る減衰を考慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
④ 原子炉格納容器からの漏えい率は、この事象時の原子炉格納容器圧力に対応す
る漏えい率を下回らない値とする。
⑤ 原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り
三パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑥ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九九
パーセントとする。よう素用フイルタユニットヘの系統切替達成までの一〇分間は
よう素除去効果を考慮しない。
⑦ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑧ 事故継続時間は三〇日間とする。
⑨ 環境への希ガス、よう素等の核分裂生成物の放出は排気筒より行われるものと
する。
⑩ 環境に放出された希ガス、よう素等の大気中の拡散については、「気象指針」
に従って評価するものとする。
(ろ) 解析結果
 大気中に放出される放射能は、よう素約七七キュリー、希ガス約二六〇〇キュリ
ー及びプルトニウム約二・〇キュリーである。このよう素及び希ガスの大気放出に
伴う被曝線量は、本件敷地境界外で最大となる場所において、小児甲状腺約一・一
レム、成人甲状腺約〇・三七レム、全身約〇・〇六九レムである。プルトニウムの
大気放出に伴う被曝線量は、本件敷地境界外で最大となる場所において、骨表面、
肺及び肝のそれぞれに対し約〇・〇七一ラド、約〇・〇一四ラド及び約〇・〇五ラ
ドである。
(二) 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象の解析
(a) 解析条件
① 炉心の状態は、初装荷炉心の燃焼初期とする。
② 制御棒の異常な引き抜きと反応度抑制機能喪失を重ね合わせた事象を対象とす
る。
(b) 解析結果
 冷却材流路に放出
された溶融燃料は冷却材の移動と共に掃き出され、炉心は未臨界となる。また、炉
心部は部分的な損傷にとどまり、事象終了後の炉心部の冷却は確保できる。したが
って、本事象の結果は一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象に包絡され
る。
(五) 本件安全審査における評価
(1) 事象選定の妥当性
 取り上げられている事象は、「評価の考え方」に基づき、海外LMFBRの評価
例等も参考として選定されており、妥当であると判断した。
(2) 解析方法の妥当性
 事象の解析に当たって考慮する範囲については、サイクル期間中の炉心燃焼度変
化や燃料交換等による長期的な変動及び運転中予想される異なった運転モードが考
慮されているほか、工学的安全施設等の動作状況及び運転員の操作の態様も考慮さ
れている。解析に使用されているモデル及びパラメータについては、それぞれの事
象に応じて合理的に選定されており、また、各事象の解析に使用されている計算コ
ードは、実験結果等との比較によりその使用の妥当性が確認されている。これらの
ことから、解析の方法は妥当であると判断した。
(3) 解析結果の妥当性
 いずれの事象の解析結果においても、放出される放射性物質による本件敷地境界
外の公衆の被曝線量は「立地審査指針」及び「プルトニウムに関するめやす線量に
ついて」に示されているめやす線量を下回ることから、放射性物質の放散が適切に
抑制されると判断した。
(4) 結論
 以上から、本件安全審査においては、技術的には起こるとは考えられない事象に
よっても炉心は冷却され、防止対策との関連において放射性物質の放散が適切に抑
制されるとして、妥当であると判断した。
8 本件安全審査の結論
 本件安全審査においては、調査審議の結果、本件原子炉施設の事故防止に係る安
全確保対策について、本件原子炉施設が審査基準に適合し、その基本設計ないし基
本的設計方針において、事故防止対策に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、
事故防止対策との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとし
た。
二 本件安全審査の合理性
1 審査基準及び審査方針の合理性
 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての本件安全審査に用いられ
た審査基準及び審査方針に不合理な点があるとは認め難い。
2 異常発生防止対策、異常拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策の合理

(一) 異常発生防止対策について
は、原子炉がすべての運転範囲で固有の負の反応度フィードバック特性を有する設
計であること(一、2、(一)、(1))、燃料被覆管や原子炉冷却材バウンダリ
及び原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性を確保するために必要な諸変数を適
切な範囲に維持できる設計であること(同(2))から、原子炉の運転は安定した
状態に維持されることが確認された。また、燃料被覆管(一、2、(二))、原子
炉冷却材バウンダリ(同(三)、(1))、原子炉カバーガス等のバウンダリ(同
(三)、(2))の各健全性が確認された。これによって、所要の異常発生防止対
策が請じられていることが確認されたといえる。
(二) 異常拡大防止対策については、異常の発生を確実に検知し得る設計である
こと(一、3、(一))、何らかの異常が発生した場合に、原子炉を速やかに停止
し、原子炉が緊急停止した後も炉心を冷却できること(同(二))等安全保護系の
信頼性が確認されたことから、所要の異常拡大防止対策が講じられていることが確
認されたといえる。
(三) 放射性物質異常放出防止対策については、工学的安全施設として、原子炉
が緊急停止した後に炉心を冷却するための補助冷却設備が設置されること(一、
4、(二)、(1)、(イ))、一次冷却材の漏えいが生じた場合であっても、漏
えいしたナトリウムを受け止め、炉心の冷却の維持に必要な冷却材を確保するため
のガードベッセルが設置されること(同(ロ))、原子炉バウンダリから漏えいし
た放射性物質を封じ込めるために、原子炉格納容器、外部遮へい建物及び両者の間
の負圧の密閉部分(アニュラス部)からなる原子炉格納施設が設置されること(同
(ハ))、アニュラス部を常に負圧に保ち、原子炉格納容器からアニュラス部に漏
えいした放射性物質を除去するために、アニュラス循環排気装置が設置されること
(同(二))、配管の破損等による一次アルゴンガス漏えい事故が生じた場合であ
っても、常温活性炭吸着塔内に吸着した放射性物質を環境に異常に放出することを
防止するための一次アルゴンガス系収納施設が設置されること(同(ホ))が確認
され、その信頼性が確認されたことから、所要の放射性物質異常放出防止対策が講
じられていることが確認されたといえる。
(四) そうすると、本件原子炉施設における事故防止対策に係る安全性が確保さ
れたという結論においても、不合理な点は認め難いという
べきである。
3 「運転時の異常な過渡変化」、「事故」、「技術的に起こるとは考えられない
事象」の解析評価の合理性
(一) 「運転時の異常な過渡変化」、「事故」、「技術的に起こるとは考えられ
ない事象」の三種類に分けて通常運転時を超える異常状態を想定している点につい
ては、「運転時の異常な過渡変化」は、本件原子炉の使用期間内に一度は起こる可
能性のある燃料被覆管又は原子炉冷却材バウンダリに過度の損傷をもたらす可能性
のある事象であり、その解析評価は、その発生を想定した場合に、右異常な過渡変
化を安定して終止させ、燃料被覆管及び原子炉冷却材バウンダリの健全性を確保す
るために設置された安全保護設備等の設計の妥当性を総合的に確認することを目的
として行われるもの、「事故」は、「運転時の異常な過渡変化」を超える異常な状
態であって、発生頻度は小さいが、万一、発生した場合には本件原子炉施設から環
境へ放射性物質を異常に放出するおそれがある事象であり、その解析評価は、その
発生を想定した場合に、その拡大を防止し放射性物質が環境へ異常に放出すること
を抑止するために設置された工学的安全施設等の設計の妥当性を総合的に確認する
ことを目的として行われるもの、「技術的に起こるとは考えられない事象」は、L
MFBRの運転実績が僅少であることから、発生頻度は無視し得るほど極めて低い
が、その結果が重大であると想定される事象であり、その解析は、その起因となる
事象とこれに続く事象経過に対する防止対策との関連において、放射性物質の放散
が適切に抑制されることを目的として行われるものであって、それぞれその目的を
異にするものであるから、このような多方面からの評価によって本件原子炉施設に
おける事故防止対策に係る安全機能が適切に確保され得ることを確認することに不
合理な点があるとは認め難い。
(二) また、「運転時の異常な過渡変化」、「事故」、「技術的に起こるとは考
えられない事象」の各事象の解析評価において用いられた解析条件に不合理な点が
あるとは認め難い。
(三) そして、右各事象の解析結果からは、次のようにいうことができる。
(1) 「運転時の異常な過渡変化」の解析結果については、いずれの事象におい
出ても燃料及び原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれないことが確認された
といえる。
(2) 「事故」の解析結果については、いずれの事故においても、炉心の冷却能
力が失われたり、原子炉格納容器、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれた
りすることなく事故が終息すること、本件原子炉施設の周辺公衆の被曝線量も、全
身被曝線量についてはいずれの事故においても「線量当量限度を定める件」の定め
る「公衆の許容被曝線量」年間〇・一レム(なお、「許容被曝線量等を定める件」
の定める年間〇・五レムは現在妥当性を失っていることは、前記(第四、二、1、
(二))のとおりである。)を下回り、一次アルゴンガス漏えい事故における小児
の甲状腺被曝線量のみが〇・二二レムと、右〇・一レムを超えているものの、公衆
が過大な被曝を受けることがないことが確認されたといえる。
(3) 「技術的に起こるとは考えられない事象」の解析結果については、炉心は
冷却され、本件原子炉施設の付近住民が、「立地審査指針」、「プルトニウムに関
するめやす線量について」に定める「めやす線量」を超える被曝をすることがない
ことが確認されたといえる。
(4) そうすると、本件原子炉施設における事故防止対策に係る安全性が適切に
確保され得るという結論においても、不合理な点は認め難いというべきである。
4 以上のとおり、本件安全審査における本件原子炉施設の事故防止対策に係る安
全性の判断は、合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができ、こ
れに前記(第二、四)の本件安全審査の性格を考え合わせれば、この点について、
原告らの更なる主張、立証のない限り、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基
本的設計方針において、事故防止対策に係る安全性を確保し得るものと推認するこ
とができる。
 そこで、次に、事故防止対策に係る安全性に関して、本件安全審査の合理性に対
する原告らの反論並びに本件原子炉施設の詳細設計及び工事の方法に関する争点に
ついて判断を示すことにする。
三 原告らの主張について
1 審査基準について
(一) 「立地審査指針」及び「プルトニウムに関するめやす線量について」につ
いて
 原告らは、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての具体的審査基
準である「立地審査指針」及び「プルトニウムに関するめやす線量について」に示
されている「めやす線量」は、「許容被曝線量等を定める件」ないし「線量当量限
度を定める件」の定める「公衆の許容被曝線量」より大きな線量であり、不当であ
る旨主張する。
 しかし、「めやす線量」は、あ
くまでも本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性を判断するための一方法とし
て、その判断の際に目安として用いられる線量であって、公衆にその線量値までの
被曝を許容するものとしての前記「公衆の許容被曝線量」とはその意義を異にする
ものであるから、原告らの主張は理由がない。
(二) 「評価の考え方」について
(1) 「炉心崩壊事故」などの「シビアアクシデント」について
 原告らは、「評価の考え方」において、LMFBRの安全評価について「炉心崩
壊事故」などの「シビアアクシデント」が評価の対象とされていないことは不当で
ある旨主張する。
 この点、「シビアアクシデント」とは、「設計基準事象」を大幅に超える事象で
あって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御
ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象をいうこと、「シ
ビアアクシデント」の重大さは、炉心の損傷の程度や格納施設の健全性の喪失の程
度によるものとされていること、軽水炉において、TMI事故やチェルノブイリ事
故を契機に、放射性物質の周辺環境中への放出を抑制する最後の砦である原子炉格
納容器の加圧破損の防止という問題が一躍重要視されるようになり、米国を中心と
して、我が国や欧州諸国等において、アクシデントマネージメント、すなわち「シ
ビアアクシデント」への拡大防止対策及び「シビアアクシデント」に至った場合の
影響緩和対策を検討する目的の下に「シビアアクシデント」に関する様々な研究、
検討が進められた結果、「シビアアクシデント」の対策としてアクシデントマネー
ジメントが有効であることが認識されるところとなっていることは、当事者間に争
いがない。
 しかし、「評価の考え方」は、多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策が講
じられていることを確認することを要求しており、これが確認されれば、「シビア
アクシデント」が発生しないことが確認されたといえるのであるから、それ以上に
「評価の考え方」が「シビアアクシデント」を評価の対象としていないことをもっ
て、審査基準として不合理であるということはできない。また、乙イ七・九九二頁
によれば、我が国においては、「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデ
ント対策としてのアクシデントマネージメントについて」(平成四年五月二八日原
子力安全委員会了承)によって、アクシデントマネージメントの有効性
が指摘され、その実施が勧告されていることが認められるが、右勧告は、我が国の
軽水炉の安全性は、現行の安全規制の下に、多重防護の思想に基づき厳格な対策を
講じることによって十分確保されているとした上で、シビアアクシデント対策とし
てのアクシデントマネージメントについては、その整備を原子炉設置者において自
主的に行うこととし、原子炉設置許可の際の安全審査の対象とはしていないもので
ある。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 「技術的には起こるとは考えられない事象」について
 原告らは、「評価の考え方」は、LMFBRの運転実績が僅少であることにかん
がみ、「「事故」より更に発生頻度は低いが結果が重大であると想定される事象」
(本件許可申請においては「技術的には起こるとは考えられない事象」)につい
て、その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する防止対策との関連において
十分に評価を行い、放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認することを要
求しているが、右概念は根拠を欠いた不当なものである旨主張する。
 しかし、証人P4の証言(P4調書一・七ないし九頁)及び乙イ七・六五五頁に
よれば、「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価は、「運転時の異
常な過渡変化」及び「事故」の解析評価によって、本件原子炉施設の事故防止対策
に係る安全設計の妥当性を確認した上で、更に、LMFBRの運転実績が僅少であ
ることにかんがみ、「事故」より更に発生頻度は低いが結果が重大であると想定さ
れる事象について、その起因となる事象とこれに続く事象経過に対する防止対策と
の関連において、放射性物質の放散が適切に抑制されること、すなわち、本件原子
炉施設の安全裕度を確認することを目的とするものと認められ、根拠を欠くものと
はいえない。また、具体的な事象選定基準は定められていないが、評価の目的に照
らして事象を適切に選択することは十分可能であると認められるから、原告らのこ
の点についての主張は理由がない。
2 異常発生防止対策、異常拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策につい

(一) 多重防護の考え方について
 原告らは、本件安全審査における多重防護の考え方では本件原子炉施設の安全性
は確保されない旨主張する。
 しかし、前記(二、2)のとおり、①異常事象の発生を防止し(異常の発生防
止)、次に、②仮に異常事象が発
生したとしても、それが拡大し事故(周辺環境へ放射性物質を大量に放出するに至
るおそれのある事態)に発展することを防止し(異常事故の拡大及び事故への発展
の防止)、更には③万一事故に発展したとしても周辺環境へ放射性物質が大量に放
出されることを防止する(放射性物質の異常放出の防止)という考え方に立脚した
設計がされていれば、本件原子炉施設の安全性を確保することができるといえると
ころ、本件安全審査にいう「多重防護」も右の考え方をいうのであるから、安全性
の確保について十分な合理性を有するものである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は、失当である。
(二) 原子炉の安定した運転の維持について
(1) ボイド係数について
 原告らは、本件原子炉施設は、ナトリウムの沸騰によりボイド係数が正となるか
ら、原子炉の安定した運転の維持は難であり、本質的に欠陥を有する旨主張する。
 本件原子炉施設において、ナトリウムが沸騰した場合のボイド系数は炉心中央付
近で正であることは当事者間に争いがない。しかし、前記(一、2、(一)、
(イ)、(b))のとおり、本件安全審査においては、ナトリウムが沸騰しないよ
うに設計されていることを確認しており、これを敷桁すると、次のとおりである。
① 一六・八―三―三〇ないし三三頁、五二頁、五四頁によれば本件安全審査にお
いては、原子炉の主たる出力を担う炉心燃料集合体からの発熱が、ブランケット燃
料集合体からの発熱の約九倍以上あるので、炉心燃料集合体に対しては高い圧力で
ナトリウムを供給してナトリウムの流量を大きくし、ブランケット燃料集合体に対
しては低い圧力でナトリウムを供給してナトリウムの流量を小さくするため、原子
炉容器内には、炉心燃料集合体にナトリウムが流入する高圧プレナムとブランケッ
ト燃料集合体にナトリウムが流入する低圧プレナムとが設けられていること、炉心
燃料集合体及びブランケット燃料集合体からの発熱は、いずれも周辺領域から中心
領域に近づくにしたがって大きくなるため、炉心燃料集合体を装荷する領域につい
ては、内側炉心五領域と外側炉心三領域との八流量領域に、また、ブランケット燃
料集合体を装荷する領域については、三流量領域にそれぞれ分割した上、炉心燃料
集合体についてはエントランスノズルが挿入される連結管に設ける流量調節機構
(スリット)並びにエントランスノズルのオリフィス孔との組合
せにより、また、ブランケット燃料集合体については、連結管下端に設ける流量調
節機構により、分割した領域ごとに発熱に応じたナトリウムの流量を確保するこ
と、これにより、定格出力時における炉心燃料集合体部及びブランケット燃料集合
体部の各ナトリウムの最高温度は、それぞれ約六五九℃及び約六九六℃と、いずれ
もナトリウムの沸点(大気圧下で約八八〇℃)に対して十分余裕あるものとなるこ
とを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、本件原子炉施設においてナトリウムが沸騰しボイドが生じるとは想
定し難い。
② また、沸騰以外にナトリウム中にボイドが生じる要因としては、カバーガスの
ナトリウム中への混入等が考えられるところ、本件安全審査においては、前記
(一、6、(四)、(3))のとおり、ナトリウム液面真下に液面の波立ちを防止
するディッププレートが設けられること、これによって、ナトリウム液面の波立ち
は生じにくく、このため、液面上のカバーガスがナトリウムに混入することはない
こと、仮に何らかの原因によりナトリウム中に気泡が混入したとしても、炉内構造
物等にガス抜き孔が設けられることから、混入した気泡はカバーガス中に排出さ
れ、原子炉容器下部プレナムでの気泡の滞留は防止されること、ナトリウムを充て
んする際にナトリウムと共にガスが混入したとしても、一次主冷却系配管、弁及び
中間熱交換器に設けられたガス抜きラインによってガス抜きが行われ、右ガスがナ
トリウム中に残存することがないことを確認しており、その合理性に疑いを入れる
ような証拠はない。
③ そして、乙一六・八―三―二六頁、五〇頁、乙イ二及び乙ホ一の一(証人P6
調書一)九丁裏、一〇丁表によれば、本件安全審査においては、ドップラ係数、燃
料温度係数、冷却材温度係数等を総合した出力係数がすべての運転範囲で常に負に
保たれ、すべての運転範囲において、原子炉固有の負の反応度フィードバック特性
を有していることを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証
拠はない。
④ なお、本件安全審査においては、前記(一、6、(四)、(3))のとおり、
「事故」として「気泡通過事故」(原子炉容器内の一次冷却材中に気泡が混入し、
燃料集合体下部のエントランスノズルを通して、一次冷却材と共に右気泡が炉心内
を通過するという事象)を想定した解析評価について審
査しているが、右解析評価においては、炉内構造物等に設けられるガス抜き孔の効
果を無視した場合に滞留することとなる最大量の気泡が通過するものとして、原子
炉容器下部プレナム中の高圧プレナムの連結管間隙空間容積のうちスリット上端よ
り上の部分の体積に相当する二〇リットルの気泡を考えるものとし、また、右気泡
が炉心支持板の下部から一斉に燃料集合体へ上昇するなどの厳しい前提条件を仮定
しても、解析の結果、ナトリウムの最高温度は過度に上昇することはなく、ナトリ
ウムは沸騰しないとの結果が得られており、その妥当性を確認している。
 さらに、前記(一、5及び同6)のとおり、本件安全審査においては、「運転時
の異常な過渡変化」として、「出力運転中の制御棒の異常な引き抜き」、「一次冷
却材流量減少」及び「蒸気発生器伝熱管小漏えい」等を、また、「事故」として、
「制御棒急速引抜事故」及び「一次冷却材漏えい事故」等を想定した解析評価につ
いて審査しているが、解析の結果、いずれの事象においても、ナトリウムは沸騰し
ないとの結果が得られており、その妥当性を確認している。また、前記(一、7)
のとおり、本件安全審査においては、「技術的には起こるとは考えられない事象」
として、「一次主冷却系配管大口径破損事象」及び「一次冷却材流量減少時反応度
抑制機能喪失事象」を想定した解析評価について審査しているが、解析の結果、ナ
トリウムの沸騰は生じるものの、炉心は冷却され、かつ、原子炉格納容器の健全性
は損なわれないこと等から、放射性物質の放散は適切に抑制されるとの結果が得ら
れており、その妥当性を確認している。
 このようにみると、本件原子炉施設においてボイド係数を問題にする必要はない
というべきである。
 原告らは、チェルノブイリ四号炉において、反応度事故が発生したことを指摘す
る。しかし、後記(第一〇章第二)のとおり、右の事故の原因は、チェルノブイリ
四号炉はRMBKであるため常にボイドが存在するのに、ボイド係数が大きな正の
値となり、ボイド係数に燃料温度係数等を総合した出力係数が、定格出力運転時に
は負の値であるものの、低出力運転時には正の値となる炉心特性を有していたこと
及び運転員の規則違反にあるところ、右事故の原因は、本件原子炉施設に共通する
ものではなく、右事故の発生は本件原子炉施設の安全性を左右するものではない。
 したがって、原告らのこの点に
ついての主張は理由がない。
(2) 即発中性子の寿命と遅発中性子の割合について
 原告らは、本件原子炉施設は、軽水炉と比べると、即発中性子の寿命が短く、か
つ、遅発中性子の割合が少ないから、反応度事故に至る可能性が高い旨主張する。
 この点、本件原子炉施設における即発中性子の寿命(一〇〇万分の一秒)は、軽
水炉のそれ(一万分の一秒)より短いこと、本件原子炉施設におけるすべての中性
子に占める遅発中性子の割合(〇・〇〇三四ないし〇・〇〇三八)は、軽水炉のそ
れ(〇・〇〇五ないし〇・〇〇七)の半分程度であることは、当事者間に争いがな
い。
 しかし、そのことから直ちに本件原子炉施設が軽水炉に比べて即発臨界に至る可
能性が高いということはできない。
 すなわち、原子炉において核分裂反応に伴って発生する中性子には、核分裂反応
に際し即発的に発生する即発中性子と、ある程度遅れて発生する遅発中性子とがあ
り、原子炉が臨界状態で運転されているときには、即発中性子だけで臨界状態とさ
れているのではなく、遅発中性子が寄与することにより臨界状態とされているとこ
ろ、即発中性子の寿命は、軽水炉であれ高速増殖炉である本件原子炉施設であれ、
一万分の一秒以下であるため、即発中性子を利用して原子炉を制御することはでき
ず、原子炉の制御は、遅発中性子を利用して行われることは当事者間に争いがな
い。
 そうすると、即発中性子の寿命の長短は、原子炉制御の困難さとは直接関連する
ものではなく、他方、遅発中性子の寿命は、軽水炉においても、本件棚原子炉施設
においても、平均して一〇秒程度であるから、この点で本件原子炉施設の制御が軽
水炉より困難であるということはできない。
 もっとも、軽水炉においても、本件原子炉施設においても、炉心に投入される反
応度がすべての中性子に占める遅発中性子の割合と同じ値になった場合には、いわ
ゆる即発臨界となり、もはや原子炉の制御を行うことはできないところ、本件原子
炉施設の遅発中性子割合は、軽水炉のそれの半分程度であるから、数値的には、即
発臨界に至るまでの反応度は軽水炉より小さく、容易に即発臨界に至ることにな
る。しかし、右遅発中性子の割合を念頭に置いて、炉心に投入される反応度がすべ
ての中性子に占める遅発中性子の割合の値に比し十分に小さくなるように設計すれ
ば、余裕を持って反応度を制御することができる。
 そして、乙一六・八―三―
五〇頁及び乙ホ一の一(証人P6調書一)二一丁裏、二二丁表によれば、本件原子
炉施設において制御棒操作により炉心に投入される反応度は、最大の場合であって
も、一秒当たり〇・〇〇〇〇八△k/k以下であり、すべての中性子に占める遅発
中性子の割合の値に比し約一〇〇分の二以下と十分に小さくなっていること、すな
わち、即発臨界となるときの反応度の大きさ(一ドル=一〇〇セント)に比し、一
秒当たり約二セント(〇・〇〇〇〇八÷〇・〇〇三四ないし〇・〇〇三八)と十分
に小さな値であることを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるよう
な証拠はない。
 そうすると、本件原子炉は制御棒の操作により十分な時間的余裕をもって反応度
を制御できるといえるから、本件原子炉施設が軽水炉に比べて即発臨界に至る可能
性が高いということはできない。
 そして、前記(一、2、(一)、(2))に加え、乙一六・八―一―四五頁、四
九頁、八―九―一頁、一七ないし二一頁によれば、本件安全審査においては、本件
原子炉施設の通常運転時に原子炉出力を変更する場合や、運転状態を乱すような何
らかの外乱が入った場合、原子炉出力等を安定に制御し、併せて、炉心の中性子
束、一次冷却系の流量、原子炉容器出口のナトリウム温度等の重要な諸変数を適切
な範囲に維持するために、原子炉制御設備が設置されることを確認したことが認め
られ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 また、前記(一、2、(一)、(1)、同3、(一)及び同3、(二)、
(1))に加え、乙一六・八―九―四二頁によれば、本件安全審査においては、本
件原子炉施設は、原子炉固有の負のフィードバック効果を有するので、何らかの原
因によって通常運転を逸脱するような異常な正の反応度が投入された場合にも、こ
れによる原子炉出力の上昇は抑制されること、右反応度の異常に伴って中性子束が
異常に上昇した場合には、中性子束検出器がこれを検出し、原子炉トリップ信号が
自動的に発せられ、原子炉停止系が作動することによって直ちに炉心へ制御棒が挿
入されて原子炉は自動停止し、次いで補助冷却設備によって炉心が冷却されるこ
と、検出器には、中性子束検出器のほか、一次主冷却系循環ポンプ回転数検出器や
一次主冷却系流量検出器等があり、一次主冷却系循環ポンプの回転数又は一次主冷
却系の流量等と中性子束との不一致を検知した場合にも、原子炉トリップ信
号が自動的に発せられることを確認したことが認められる。
 このようにみると、本件原子炉施設において反応度事故に至ることは想定し難い
ということができる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) 原子炉固有の負のフィードバック効果について
 原告らは、出力係数は計算値にすぎないから、本件原子炉施設がすべての運転範
囲で原子炉固有の負のフィードバック効果を有するとはいえない旨主張する。
 しかし、前記(一、2、(一)、(1))のとおり、本件安全審査においては、
本件原子炉施設が原子炉固有の負のフィードバック効果を有することを確認してお
り、他方、右出力係数の妥当性に疑いを入れるような証拠は全くないから、原告ら
のこの点についての主張は理由がない。
(三) 燃料被覆管の健全性について
(1) スエリング、圧力の上昇等について
 原告らは、本件原子炉施設の燃料被覆管の健全性は維持しえない旨主張し、その
根拠として、①燃料ペレツトのスエリングに伴う燃料被覆管の膨張、②燃料被覆管
のスエリング、③核分裂生成物(FP)ガスによる燃料被覆管内の圧力の上昇、④
燃料被覆管の温度変化による熱応力、⑤燃料集合体内部の温度差や冷却材の流動圧
による炉心燃料要素の湾曲、⑥右湾曲によるラッパ管への接触によって発生する燃
料被覆管の損傷、⑦右湾曲によって発生する冷却材の流路の閉塞に伴う温度上昇、
⑧燃料ペレットの融点の低下、⑨焼きしまり及びクラックによる溶融等を指摘す
る。
 以下、原告らの主張する点それぞれについて検討する。
(イ) ①ないし⑦の主張について
 乙一六・八―三―四頁、七ないし九頁及び乙ホ一の一(証人P6調書一)二六丁
表によれば、本件安全審査においては、燃料ペレットの熱膨張やスエリングによっ
て、燃料被覆管が過大な力を受けないように、燃料ペレットと燃料被覆管との間に
は適切な間隔が設けられること、燃料の核分裂反応が進み、燃料ペレットが膨らん
で燃料被覆管との間隙がなくなった時点では、燃料被覆管自体がスエリング及びク
リープによってその内径が増加するため、燃料被覆管が燃料ペレットから過大な力
を受けることはないこと、燃料被覆管のスエリングは、照射実績により、直接燃料
被覆管の健全性を損なうものではないことが示されていること、燃料被覆管の内部
にガスプレナムという空間が設けられること、燃料被覆管は、応力や圧力、通常運
転時及び運転時の異常な過渡変化時における温度変化に十分耐えうる強度を有する
ステンレス鋼製とされ、湾曲拘束による応力等に対して十分な強度を有することを
確認しており、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 また、本件安全審査においては、前記(一、2、(二)、(3)、(イ)、
(b))のとおり、各燃料集合体の発熱量に見合うように、燃料集合体ごとに冷却
材の流量が適切に配分されること、また、燃料被覆管を冷却する冷却材の流路を確
保するため、各燃料被覆管にはそれぞれワイヤスペーサが巻かれることにより、た
とえ燃料被覆管が湾曲しても、燃料集合体のラッパ管に接触したり冷却材の流路が
閉塞することのないことを確認している。
 そうすると、本件原子炉施設においては、原告の主張する①ないし⑨の事象のう
ち、①ないし⑦の事象が起こる可能性は極めて低いということができる。
(ロ) 燃料ペレットの融点の低下について
 前記(一、2、(二)、(2))に加え、乙一六・八―三―二頁、七頁、八頁に
よれば、本件安全審査においては、①本件原子炉施設の通常運転時における燃料ペ
レットの最高温度は、燃料温度が最高となる燃焼開始直後でも約二三五〇℃であ
り、過出力状態においても約二六〇〇℃であること、②一方、本件原子炉施設で使
用されるプルトニウム・ウラン混合酸化物燃料ペレットの融点は、未照射燃料では
約二七四〇℃であり、燃焼初期には燃焼に伴うプルトニウムの濃度変化や酸素と金
属元素との比率の変化によって融点が低下するが、その場合も二六五〇℃以上であ
ること、③燃焼が進んだ段階では、融点は二六五〇℃より低下するものの、融点の
低下よりも燃焼に伴う燃料の線出力密度の減少による燃料ペレット温度の低下の方
が大きいので、最も厳しい条件となるのは燃焼初期であり、このときの燃料ペレッ
トの設計温度を二六五〇℃とすることによって、すべての運転範囲において燃料ペ
レットの溶融を防ぐことができることを確認したことが認められ、その合理性に疑
いを入れるような証拠はない。
 したがって、本件原子炉施設においては、燃焼に伴う燃料ペレットの融点の変化
により、燃料が溶融し、燃料被覆管の健全性が損なわれる可能性は極めて低いとい
うことができる。
 なお、乙一六・八追補―Ⅳ―一ないし四頁によれば、本件原子炉施設の燃料ペレ
ットの設計上の設計最高温度は、未照射のプルトニウム・ウラン混
合酸化物燃料の融点に関し、E・A・エイトケンとS・K・エバンスによって行わ
れたプルトニウム濃度及び酸素と金属元素との比率を変えた測定の結果(一九六九
(昭和四四)、一九七一(昭和四六)年)や、核分裂生成物の蓄積の影響に関し、
P7らによって行われた模擬核分裂生成物を添加したプルトニウム・ウラン混合酸
化物燃料に対する一トン当たり一七万メガワット日相当の燃焼度までの融点の測定
の結果(一九六九年)を基に、燃焼度が一トン当たり五万メガワット日までは二六
五〇℃、燃焼度が一トン当たり五万メガワット日以上は右温度から一トン当たり一
万メガワット日ごとに七℃の割合で低下するとした上で、測定の誤差等をも考慮し
て設定されたものであり、また、右温度制限値は、実際に照射されたプルトニウ
ム・ウラン混合酸化物燃料(最大燃焼度一トン当たり約二〇万メガワット日)につ
いて測定された米国のデータと比較しても保守側にあることを確認したことが認め
られる。
(ハ) ⑨燃料ペレットの焼きしまり及びクラックについて
 原告らは、燃焼が進むと、燃料ペレットに焼きしまり又は温度差等を原因とする
クラック(ひび割れ)が生じ、これによって燃料被覆管が損傷する旨主張する。
 この点、甲イ二八には、燃焼が進むと、燃料ペレットは体積を減じ、変形して被
覆管内部に隙間ができ、外圧によって被覆管がつぶれてペレットはクラックを起こ
し、このクラックが拡大する旨の記載がある。
 しかし、右記載は、理論的な可能性を指摘したものにすぎず、右記載から直ちに
本件原子炉施設の燃料ペレットにおいて同様の事態が生じるということはできな
い。また、乙イ七一によれば、本件安全審査においては、燃焼初期に発生する燃料
ペレットの焼きしまり及びクラック等については、本件原子炉施設と同一の仕様の
燃料ペレットを用いた日本原子力研究所の材料試験炉JMTRにおける照射試験に
より、照射によって燃料カラム長(燃料被覆管内に複数ある燃料ペレットの最上端
から最下端までの長さ)及び径方向に燃料の健全性にとって問題となるような収縮
が生じることのないことを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるよ
うな証拠はない。
 また、乙一六・八―三―七頁、八頁、六四頁及び乙イ五六によれば、本件安全審
査においては、燃焼が進んだ段階での燃料のふるまいについても、本件原子炉とほ
ぼ同一の仕様の燃料要素を用いた英国の
ドーンレイ炉、仏国のラプソディー炉及び高速実験炉「常陽」における照射実績か
ら、本件原子炉の定格線出力密度(一センチメートル当たり約三六〇ワット)を上
回る一センチメートル当たり四七〇ワット以上の線出力密度及び本件原子炉の最高
燃焼度(一トン当たり約九万八〇〇〇メガワット日)を上回る一トン当たり約一一
万メガワット日の燃焼度においても、燃料要素の健全性が確保されることを確認し
たことが認められる。
 したがって、本件原子炉施設においては、燃料ペレットの焼きしまり及びクラッ
ク等の燃料のふるまいが原因となって燃料が溶融し、燃料被覆管の健全性が損なわ
れることは想定し難いということができる。
(2) 一次冷却材流量減少時の健全性について
 原告らは、本件原子炉において、何らかの原因で一次冷却材の流量が減少した場
合、燃料が溶融して再臨界を起こす危険性がある旨主張し、その根拠として、本件
原子炉施設の燃料の最高温度が燃料の融点に近い上、燃焼開始後に右融点が低下す
ることを指摘する。
 しかし、前記(1)のとおり、本件原子炉においてはすべての運転範囲において
燃料の溶融が防がれることを確認しており、また、前記(一、5、(四)、(4)
及び同6、(四)、(8))のとおり、本件安全審査においては、「運転時の異常
な過渡変化」として「一次冷却材流量減少事象」を、「事故」とし「一次冷却材漏
えい事故」を想定した解析評価について審査しているが、解析の結果、いずれの事
象においても、燃料温度は融点を十分に下回るとの結果が得られており、その妥当
性を確認している。
 したがって、本件原子炉施設においては、一次冷却材の流量減少によって燃料が
溶融することは想定し難いということができる。
(四) 原子炉冷却材バウンダリの健全性について
配管等の健全性について
(イ) 熱応力やクリープ疲労等に対する配管の健全性について
原告らは、本件原子炉施設は、軽水炉と比べると、配管の受ける熱応力一が大き
く、このため、配管の肉厚を薄くし、配管の引き回しを長くしているが、これらの
措置によっては配管にかかる熱応力を吸収することは困難であり、また、原子炉の
運転、停止、異常時の温度上昇、緊急停止等によって繰り返し配管に熱応力が加え
られると、これによる繰り返しひずみとクリープとの相互作用によって配管の疲労
寿命が低下し、配管が破損、破断する旨主張する。
 しかし、前記(一
、2、(一)、(2)及び同(三)、(1))に加え、乙一六・八―一―二五頁、
六六頁、六七頁、七〇頁、八―四―二ないし四頁、八―五―二頁によれば、本件安
全審査においては、原子炉冷却材バウンダリを構成する機器及び配管には、高温で
の強度に優れたステンレス鋼が使用されること、原子炉冷却材バウンダリに及ぶ熱
的過渡変化が抑制されるように、本件原子炉施設の通常運転時には、冷却材の温度
をほぼ一定に維持できるように原子炉制御設備が設置されると共に、本件原子炉施
設の起動時又は停止時には、冷却材ナトリウムの昇温速度又は降温速度を制限する
ことを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。そ
うすると、本件原子炉施設は、機器や配管等について、クリープ破断、過大なクリ
ープ変形、疲労破損、クリープ疲労破損等の防止について適切な配慮がされている
ということができ、本件原子炉施設の配管が熱応力やクリープ疲労等によって破
損、破断する可能性は極めて低いということができる。
 なお、乙一六・一〇―三―二四頁によれば、本件安全審査においては、一次主冷
却系設備及び二次主冷却系設備の各配管を引き回すに当たっては、エルボ(曲げ
管)を用い、エルボの撓性により配管の熱膨張による変形が吸収されるようになっ
ていることを確認したことが認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ロ) ナトリウム中の不純物による腐食や浸炭、脱炭に対する配管等の健全性に
ついて
 原告らは、①冷却材として使用されるナトリウムが酸化ナトリウム等となって配
管の材料であるオーステナイト系ステンレス鋼を激しく腐食させ、②一次主冷却系
においては、配管の材料であるオーステナイト系ステンレス鋼中の炭素がナトリウ
ム中に溶解して高温部から低温部に移行し、二次主冷却系においては、蒸発器の伝
熱管の材料であるクロム・モリブデン鋼から脱炭した炭素がナトリウム中に溶解
し、その配管の材料であるオーステナイト系ステンレス鋼に浸炭するとし、右の腐
食や浸炭、脱炭によって配管等が破損したり、破断したりする旨主張する。そこ
で、以下、原告らの主張する点それぞれについて検討する。
(a) ナトリウム中の不純物による配管等の腐食について 
 乙一六・八―一―二五頁、八―八―三頁、六頁、三五頁、三七頁によれば、本件
安全審査においては、ナトリウム中の不純物を除去
するためにコールドトラップが設置され、これによって、本件原子炉施設の通常運
転中のナトリウム中酸素濃度は一〇PPm(一PPmは一〇〇万分の一)以下に保
たれることを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はな
い。したがって、ナトリウム中に不純物が生じ、右不純物による腐食によって配管
が破損したり、破断したりすることは想定し難いということができる。
(b) 浸炭、脱炭について
 浸炭や脱炭は、活性炭素濃度の相違(これは、温度や材料の種類により異な
る。)により、ナトリウムを介して炭素が移行し、ナトリウム接液部の構造材の表
面近傍の炭素濃度が変化することであり、これが起こると材料の強度特性に影響を
及ぼすおそれがある。
 この点、弁論の全趣旨によれば、一次主冷却系配管の材料であるオーステナイト
系ステンレス鋼は、浸炭する傾向となること、また、二次主冷却一系設備の配管や
過熱器の伝熱管の材料であるオーステナイト系ステンレス鋼と、蒸発器の伝熱管の
材料であるクロム・モリブデン鋼とにおける活性炭素濃度の相違により、オーステ
ナイト系ステンレス鋼は浸炭し、また、クロム・モリブデン鋼は脱炭される傾向に
あることが認められる。しかし、前記(一、2、(三)、(1))のとおり、本件
安全審査においては、本件原子炉施設の一次主冷却系配管及び蒸気発生器の伝熱管
の材料には、その使用条件に適合する材料が使用されることが確認されている上、
配管や伝熱管の具体的な設計において、浸炭、脱炭による材料の強度低下を考慮し
た設計がされていないと疑わせるような証拠はなく、また、これまでに浸炭や脱炭
により配管や伝熱管が強度を失って破損したという事例があるという証拠もないこ
とからすれば、本件原子炉施設において、配管や伝熱管が脱炭や浸炭により破損す
る可能性があるとはいえない。また、仮に配管や伝熱管が破損した場合であって
も、前記(一、6、(四)、(8)、同(9)及び同(17))のとおり、事故は
安全に終息させることができるものと認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 配管における破損の様相について
(イ) 原告らは、一次主冷却系設備や二次主冷却系設備における配管の破損は、
ナトリウムと構造材との共存性、熱応力、クリープ疲労、地震による外力等、複雑
な原因が組み合わさって起こるものであるから、本件原子炉
施設においても瞬時両端完全破断が起こる旨主張する。
 しかし、前記(一、2、(三)、(1))のとおり、一次主冷却系設備の配管及
び二次主冷却系設備の配管については、それが破損する可能性は低く抑えられてい
るし、乙ホ二の一(P8調書一)四一丁表ないし四二丁表には、万一、破損が生じ
るとしても、右破損は、熱膨張や過渡的な熱応力の繰り返しによる肉厚を貫通した
疲労き裂の形態を取るため、冷却材の漏えいは、配管の表面部に生じた微小な開口
部からの冷却材の漏えいとなる上、配管内は低圧であるから、急速な破断に進展す
るおそれはなく、また、右漏えいは、ナトリウム漏えい検出器により早期に検出さ
れ、原子炉を停止するなどの所要の措置が採られることから、漏えい先行型破損
(LBB)の様相となる旨証言しており、右証言は十分合理的であり、信用でき
る。
 したがって、配管の瞬時両端完全破断が起こることは想定し難いから、原告らの
この点についての主張は理由がない。
(ロ) 原告らは、一九八六(昭和六一)年一二月にアメリカのサリー原子力発電
所二号炉(PWR)で発生した二次系給水ポンプ入口配管の大口径破断事故を根拠
に、本件原子炉施設においても、一次主冷却系設備の配管において大口径破断が起
こる可能性がある旨主張する。
 この点、後記(第一〇章第一一)のとおり、右事故の原因は、不十分な水質管理
の下に生じた腐食と不適切な配管の接続によって生じた冷却水の流れの急変による
侵食とが重なって配管の内面が著しく減肉され、破断するに至ったことにある。し
かし、サリー二号炉は、PWRであるところ、PWRは、配管内の圧力が一〇〇気
圧を超えるが、本件原子炉施設の一次主冷却系の配管内の圧力は八気圧程度であ
り、PWRと比べて十分の一にも及ばないことは当事者間に争いがない。そうする
と、前記(一、2、(三)、(1))のとおり、本件安全審査においては、一次主
冷却系設備の配管の健全性を確認しているが、仮に破断が起こることを仮定して
も、大口径破断を起こすことは考えられない。
 したがって、右サリー二号機の事故の発生によって、本件原子炉施設の安全性が
否定されるものではない。
(ハ) 原告らは、平成三年六月に本件原子炉施設の二次主冷却系配管が設計とは
逆方向に変位した事象、一九九〇(平成二)年四月にスーパーフエニックスで発生
した二次系ナトリウム漏えい事故、一九六六(昭和四一
)年一〇月のフランスの実験炉ラプソディでの二次系ナトリウム注入配管破裂事
故、一九六七(昭和四二)年五月の英国の高速実験炉DFRでの一次冷却系配管か
らのナトリウム漏えい事故等、国内外の高速増殖炉において発生した事故例を挙
げ、、本件原子炉施設の一次、二次主冷却系設備の配管において瞬時両端完全破断
が起こる可能性がある旨主張する。
 しかし、証人P9の証言(P9調書一・一七丁表ないし一八表)、乙イ四七・
三・四・四―四頁、乙イ四八・三・四・四―一頁、六頁、七頁及び乙イ五一によれ
ば、本件原子炉施設で生じた事象は、二次主冷却系設備の配管が原子炉格納容器を
貫通する部位に気密性をもたせるために設けられたベローズ(蛇腹状の伸縮可能な
継手)を製作するに当たって、その剛性を計算値よりも硬く製作したために生じた
ものであったところ、右事象の発生後、右変位の原因となった剛性の大きい二層式
のベローズを単層のものに交換する等の改善工事を実施した結果、右のような異常
な熱変位挙動が剛生じないこと、さらにはその他の機器、配管についても応力の評
価をした結果等から右のような異常な熱変位挙動が他の場所においても生じないこ
とが確認されていること、乙一六・八―四―二頁、三頁、一〇頁、一一頁、一九
頁、二一頁、乙イ二六・三・四・三―八頁によれば、配管の溶接部については、非
破壊検査等の所定の検査によって異常のないことを確認し、予熱ヒータについて
も、短絡等が生じれば一電源系から自動的に切り離す保護装置が設けられているこ
とがそれぞれ認められるから、現在右配管が瞬時に完全破断する可能性があるとは
認められない。
 また、甲イ五一及び甲イ九三によれば、原告らの主張する海外の高速増殖炉にお
ける事故は、いずれも二次主冷却系設備の配管が瞬時に両端完全破断したものでは
ないことが認められるから、これらの事故等が発生した事実から本件原子炉施設に
おいて一次、二次主冷却系設備の配管が瞬時に両端完全破断する可能性があるとい
うことはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) 配管、機器等の保守点検について
 原告らは、一次冷却材のナトリウムが放射化されるため、原子炉の停止中も一次
主冷却系設備の配管には近づくことができず、また、原子炉の停止中も凝固を避け
るためにナトリウムを高温に保つから、配管等の保守点検作業が不可能である旨主

する。
 しかし、前記(一、2、(三)、(1)、(ロ)、(d))のとおり、本件安全
審査においては、原子炉冷却材バウンダリとなる機器及び配管は、原子炉の運転開
始後、重要な部分に対し、供用期間中定期的に検査が行えるように、検査箇所へ検
査機器等を接近することができるように配置が考慮されることが確認されている。
また、一六・八―二―一三頁、一四頁、八―八―二頁によれば、本件原子炉施設の
一次主冷却系のナトリウムをドレンする一次ナトリウム充填ドレン系が設けられる
こと、原子炉室壁及び一次冷却系室壁により、炉心からの放射線によって主要な一
次冷却系機器が放射化されることを抑制できることが認められるから、本件原子炉
施設の一次主冷却系の配管等の保守点検作業が不可能であるとはいえないし、また
それがために重大な事故が発生する具体的可能性があるとも認められない。
(五) 原子炉カバーガスのバウンダリの健全性について
 原告らは、フランスのスーパーフエニックスにおいて一九九〇(平成二)年六月
に発生した原子炉容器内のナトリウム液面を覆っているアルゴン・カバーガス中に
空気が混入した事故が発生したことを挙げ、本件原子炉施設においても同様の事故
が起こる旨主張する。
 この点、後記(第一〇章第五)のとおり、右事故の原因は、フィルタカートリッ
ジ系カバーガスの放射能測定系のポンプシール膜が部分的に裂け、空気がカバーガ
スに混入し、その結果、一次系ナトリウムが酸素等により汚染し、プラギング温度
が上昇したことにある。これに対し、乙一六・八―八―一〇頁、三八頁によれば、
本件安全審査においては、本件原子炉施設の一次アルゴンガス系内の圧力は、右ア
ルゴンガス系が配置される各部屋の雰囲気の気圧よりも若干高くなるように保持さ
れることを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はな
い。したがって、本件原子炉施設において、仮に右アルゴンガス系の設備に破損が
生じたとしても、アルゴン・カバーガス中に空気が混入することは想定し難い。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(六) 蒸気発生器について
 原告らは、本件原子炉施設の蒸気発生器につき、①蒸気発生器の伝熱管は、応力
腐食割れ、腐食、脱炭、浸炭などにより損傷する、②蒸気発生器の伝熱管に採用さ
れているヘリカルコイル型は、溶接時における残留応力が問題であると共に、伝熱
管の組立てが困難である、③供用期間中の検査に使用することとされている探傷用
プローブが、本件原子炉施設の総合機能試験の際に一部の伝熱管に挿入できなかっ
たことからすると、伝熱管内には四ミリメートル以上の溶接の垂れ込みがあるなど
と主張して、本件原子炉施設においては蒸気発生器伝熱管破損事故が発生するおそ
れがある旨主張する。また、原告らは、④本件安全審査において水漏えい検出設備
である水素計の設置箇所や機能が審査されていないのは不当である旨主張する。こ
の点についての当裁判所の判断は、原告らの主張が多岐にわたるので、蒸気発生器
伝熱管破損事故に関する原告らの主張に対する判断と併せて、後記(第九章第一)
において別項を設けて判断する。
(七) 原子炉停止系の信頼性について
(1) 共通原因故障について
 原告らは、本件原子炉施設には、原子炉停止系として作動原理を同じくする調整
棒及び後備炉停止棒の二系統のスクラム機構しかないので、調整棒と後備炉停止棒
にコモンモード・フェイリア(共通原因故障)が発生した場合には、原子炉が停止
不能の状態に陥る旨主張する。そして、この点、証人P10の証言(P10調書
五・三七ないし三九頁)、甲イ一三及び甲イ一三九には、他の原子炉施設において
共通原因故障が現実に発生した旨の証言ないし記載がある。
 しかし、前記(一、3、(二)、(1))に加え、乙一六・八―一―五二頁、五
四頁、六一頁、六二頁、八―三―一五ないし一八頁、八―九―三〇頁、三一頁及び
乙イ二によれば、本件安全審査においては、①本件原子炉施設の原子炉停止系は、
互いに独立した主炉停止系と後備炉停止系とから構成されており、このうちいずれ
か一方の系統が作動しさえずれば本件原子炉を確実に停止することができること、
②原子炉停止系を作動させる安全保護系を構成する検出器、論理回路及び原子炉ト
リップ遮断器は、同じ機能を有するものが二つ以上設けられており(多重性)、か
つ、③右検出器等は、その各々が環境条件の変動(機器がさらされる雰囲気の温
度、湿度の上昇等)や運転状態の変動(機器に供給される電源の喪失等)があって
も、同時に故障したり、一つの機器に故障が生じても、その影響を受けて他の機器
が故障したりすることがないように考慮した対策が講じられている(独立性)こ
と、④原子炉の緊急停止に際しては、重力により制御棒が炉心内に挿入されるが、
加速機構
も働き、主炉停止系の制御棒はガス圧力により、後備炉停止系の制御棒はばねの力
により、それぞれ炉心内に加速挿入される設計となっていること、⑤原子炉停止系
の制御棒を保持する電磁石及び右加速機構は、個々の制御棒駆動機構ごとに個別に
備え付けられ、独立性を有していることを確認したことが認められ、その合理性に
疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、本件原子炉施設においては、原子炉停止系及び安全保護系が共通の
原因によって故障が生じることはなく、本件原子炉施設が停止不能の状態に陥るこ
とは想定し難いということができるから、原告らのこの点についての主張は理由が
ない。
(2) 自己融着について
 原告らは、本件原子炉施設においては、ナトリウム中での自己融着によって制御
棒が固着し、原子炉の緊急停止が阻害される旨主張する。
 自己融着とは、同一の金属材料が高温下で互いに強い力で接触した場合に、材料
間の原子の拡散により融着する現象であり、金属材料の一般的性質である。しか
し、本件原子炉施設において自己融着が起こると認めるに足りる証拠はないし、ま
た、仮に起こるとしても、後記(第八章第一、五)のとおり、巡視、点検や定期自
主検査が適切に行われることにより、これを十分回避することが可能であると認め
られるから、自己融着は本件原子炉施設の安全性を左右するものではないというべ
きである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) セイラム一号炉、浜岡一号炉の事故について
 原告らは、一九八三(昭和五八)年二月に米国のセイラム一号炉(PWR)にお
いて、制御棒が電流遮断機(本件原子炉施設の原子炉トリップ遮断機に相当す
る。)の固着により自動的に挿入されなかった事象や、昭和六三年二月に中部電力
の浜岡一号炉(BWR)において、原子炉再循環ポンプが停止した時に原子炉が緊
急停止しなかったことを挙げて、本件原子炉施設においても、原子炉の緊急停止に
失敗するおそれがある旨主張する。
 しかし、乙イ七四によれば、浜岡一号炉では、もともと原子炉再循環ポンプの停
止信号によって直接原子炉を緊急停止する仕組みにはなっていなかったことが認め
られ、これに反する甲イ一三は採用できない。したがって、原告らの主張はその前
提を欠くものである。
 また、後記(第一〇章第一三)のとおり、セイラム一号炉の固着の原因は、電流
遮断器可動部(ラッチ部)の
潤滑が適切でなかったという保守、点検上の過誤によるものであった。しかし、後
記(第八章)のとおり、保守、点検を含めた本件原子炉施設における運転段階にお
ける安全確保対策は、その安全性を確保するのに十分なものということができる。
 したがって、右事故と同様の事故が本件原子炉施設において発生することは想定
し難く、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(4) 地震時の電源喪失について
 原告らは、地震などによって停電が起こった場合は、制御棒を挿入する原子炉緊
急停止装置が同時に故障し、原子炉の緊急停止に失敗する旨主張する。
 この点、証人P10はこれに沿う証言をし(証人P10調書五・四五頁、四六
頁)、甲イ一九九にもこれに沿う記載がある。
 しかし、前記(一、3、(二)、(1))に加え、乙一六・八―一―三五頁、一
一三頁、八―九―二八頁、二九頁、四二頁、八―一〇―五ないし七頁及び乙イ五に
よれば、本件安全審査においては、①一定以上の地震動を検知した場合や外部電源
を喪失した場合には、安全保護系の原子炉トリップ信号(「地震加速度大」信号、
「常用母線電圧低」信号)により、原子炉は緊急停止すること、②原子炉緊急停止
装置は、安全上特に重要な施設としてAsクラスの耐震設計が行われ、系統的にも
多重性、独立性を有していること、③主炉停止系及び後備炉停止系の各制御棒につ
いては、全体モックアップ試験を行って、地震時でもこれを挿入し得ることが総合
的に確認されたこと、④外部電源喪失に対しても、非常用電源設備が備えられてい
るほか、原子炉緊急停止装置には、電源を喪失した場合、制御棒保持用電磁石が消
磁して即時に制御棒が自動的に炉心に挿入されるというフェイルセイフ機能がある
ことを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、本件原子炉施設においては、設計用限界地震を想定しても、緊急停
止機能が失われることはなく、地震とそれに伴う外部電源の喪失によって、原子炉
を緊急停止することができなくなることは想定し難いということができるから、原
告らのこの点についての主張は理由がない。
(5) 制御棒駆動電動機の駆動荷重増加について
 なお、本件原子炉施設の試運転中の平成四年九月二八日に、主炉停止系の一三本
ある制御棒駆動機構のうち、微調整棒用の駆動機構三本において、制御棒を駆動す
る電動機の駆動荷重が増加する
という事象が生じ、平成六年一一月一一日及び平成七年五月二四日にも右三本のう
ち一本に同様の事象が発生した。
 しかし、乙イ七三によれば、右荷重増加の原因は、制御棒駆動機構の駆動軸と上
部案内管部の遮へい体との間隙にナトリウム化合物が付着したことによるものであ
り、右ナトリウム化合物はアルゴンガス中の不純物とナトリウム蒸気等の反応によ
り生成されたものと推定されるところ、右事象は、①増加した荷重の程度が荷重限
界を下回るものであったこと、②荷重の増加が一時的なものであり、すぐに通常の
荷重に復帰したこと、③主炉停止系の他の制御棒駆動機構一〇本及び後備炉停止系
の制御棒駆動機構六本には右のような事象は生じてなかったことから、原子炉の安
全性に影響を及ぼすものではなかったことが認められる。
 したがって、右事象の発生により本件原子炉施設の安全性が否定されるものでは
ないというべきである。
(八) 緊急炉心冷却装置(ECCS)について
 原告らは、緊急炉心冷却装置が存在しない本件原子炉施設は、安全性が確保され
ない旨主張する。
 この点、軽水炉においては、緊急炉心冷却装置の設置が要求されているが(「安
全設計審査指針」指針四〇参照)、証人P9の証言(P9調書一・三六丁、三七丁
表)によれば、これは、軽水炉では、冷却材(軽水)が高温、高圧で使用されるた
め、冷却材が漏えいした場合、圧力が低下することにより冷却材が沸騰(減圧沸
騰)し、炉心から冷却材が喪失する事態となる可能性があるためであることが認め
られる。
 しかし、前記(2、(二)、(1))のとおり、本件原子炉施設においては、冷
却材ナトリウムはいかなる運転範囲においても沸騰することはなくまた前記(一、
6、(四)、(8)、(ロ)、(b)、(は))に加え、証人P9の証言(P9調
書一・三六丁裏ないし三九丁裏)、乙一六・八―一―二九頁、乙イ四及び乙ホ二の
一(証人P8調書一)八八丁裏、八九丁表によれば、本件安全審査においては、配
管の高所引回し及びガードベッセルの設置により、冷却材が漏えいした場合であっ
ても、冷却材は最低限保持されなければならない液位(エマージェンシ・レベル)
以上に保持されること、冷却材の漏えい時に、配管のむち打ちや流出流体のジェッ
ト力によってガードベッセル等が損傷を受けることはないことを確認したことが認
められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 し
たがって、本件原子炉施設において冷却材が喪失する事態に陥ることは想定し難い
から、本件原子炉施設に緊急炉心冷却装置がないからといって、その安全性が確保
されないものではなく、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(九) 「フェイルセイフ」及び「フール・プルーフ」について
 原告らは、本件原子炉施設には、フェイルセイフ(故障、誤動作が生じたときに
機器は安全側に作動するという原則)、フール・プルーフ(人為的ミスにより重大
な事態を引き起こすことがあり得ないという原則)が成り立たない旨主張する。
 しかし、前記(一、3、(二)、(1)、(イ)、(b)及び三、2、(七)、
(4))のとおり、本件安全審査においては、安全保護系について、フェイルセイ
フの設計とされることを確認したことが認められ、これが不合理であるとする証拠
はない。したがって、本件原子炉施設においてフェイルセイフが成り立たないとい
うことはできない。
 フール・プルーフについては、確かに、後記第一〇章のチェルノブイリ事故、T
MI事故等にみられるように、基本設計において安全性が確保し得るものとされた
原子炉施設であっても、その後の段階である建設、運転等において重大な瑕疵があ
れば、設計上は予想されていなかった重大な事故が発生する可能性があることを否
定することはできない。すなわち、運転段階においていかなる人為ミスが生じた場
合であっても、絶対に事故を起こさない設計とすることは理想であるとしても、現
実的には不可能ということができ、本件原子炉施設の安全性を確保するためには、
一定水準以上の運転管理等が行われることが必要と解される。
 しかし、後記第八章のとおり、本件原子炉施設における運転段階における安全確
保対策は、その安全性を確保するのに十分なものということができるから、本件原
子炉施設において運転等における重大な瑕疵によって重大な事故が発生する具体的
可能性があるとはいえないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
3 「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評価について
(一) 事象の選定について
 原告らは、本件原子炉施設の「運転時の異常な過渡変化」や「事故」の解析評価
は、限られたいくつかの事故等を想定して解析評価したものにすぎず、不十分であ
る旨主張する。
 この点、多数の機器で複雑に構成
された原子炉施設においては、理論上発生する可能性のある事故を網羅的に検討す
るならば、極めて多数の事故を想定し得ることは明らかである。しかし、「安全評
価審査指針」は、軽水炉の安全評価を行うに際して想定すべき事象として、加圧水
型軽水炉(PWR)については「運転時の異常な過渡変化」として一四種類、「事
故」として九種類、沸騰水型軽水炉(BWR)については「運転時の異常な過渡変
化」として一二種類、「事故」として六種類を定めている(乙四・二六八頁、二六
九頁)。また、「安全評価審査指針」は、「原子炉の運転状態において原子炉施設
寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作な
どによって、原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加えられた状態
及び、これらと類似の頻度で発生し、原子炉施設の運転が計画されていない状態に
いたる事象」を「運転時の異常な過渡変化」とし、「運転時の異常な過渡変化を超
える異常状態であって、発生頻度は小さいが、発生した場合は原子炉施設からの放
射能の放出の可能性があり、原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要
のある事象」を「事故」としていること、そして、「運転時の異常な過渡変化」に
ついては、原子炉施設が制御されずに放置されると、燃料又は原子炉冷却材圧カバ
ウンダリに過度の損傷をもたらす可能性のある事象を想定し、これら事象が発生し
た場合における安全保護系、原子炉停止系等の設計の妥当性を確認するという観点
から、「事故」については、原子炉施設からの放射線による敷地周辺への影響が大
きくなる可能性のある事象を想定し、これらの事象が発生した場合における工学的
安全施設等の設計の妥当性を確認するという観点から、それぞれの目的、範囲に従
って評価の対象とすべき代表的事象を選定するとしていること、類似の「運転時の
異常な過渡変化」又は類似の「事故」が二つ以上ある場合には、結果が最も厳しく
なるもので代表させることができるとしていること、安全性の解析に当たっては、
当該原子炉の通常運転範囲全域について考慮すると共に、想定された事象に加え、
作動を要求される安全系の機能別に結果を最も厳しくする単一故障を仮定し、か
つ、工学的安全施設の作動が要求される場合には外部電源の喪失を仮定しなければ
ならず、解析に当たって使用するモデル及びパラメータは評価の結果が厳しくなる
よう
に選定しなければならないとしている(乙四・二六四ないし二六七頁)。
 そして、「評価の考え方」は、右「安全評価指針」を参考とし、これにLMFB
Rの特徴を考慮して「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評価を行うこ
とが必要であるとし、「運転時の異常な過渡変化」として一二種類、「事故」とし
て一四種類を例示している(乙四・四九二ないし四九四頁)。
 右「安全評価指針」及び「評価の考え方」の定めは、原子炉施設の安全審査にお
いては、原子炉施設の事故防止対策に係る安全性を確認するために、原子炉施設寿
命期間中に現実に発生するおそれがあると想定される事象のうち、安全保護系、原
子炉停止系、工学的安全施設等の設計の妥当性の確認の観点から、評価の対象とす
べき代表的な具体的事象を適切に選定して、これらにつき評価結果が厳しくなるよ
うな前提条件を設定した上で解析評価し、安全性を確保することができるとの結論
が得られれば、他の態様の事故については、選定された事故よりも原子炉施設の安
全性を損なうおそれが少ないものとして、具体的な解析を行うまでもなく原子炉施
設の安全性が確保されるという考え方に基づいているものと解することができると
ころ、右考え方を不合理であるとする証拠はない。したがって、本件原子炉施設に
ついて解析評価の対象として選定された事象の数が少ないことをもって、直ちに本
件安全審査が不合理であるということはできない。
 もちろん、具体的に想定して解析する事故等は、代表的な事象を適切に選定した
ものでなければならないが、この点については、各解析評価に関する部分で判断を
示すことにする。
(二) 単一故障の仮定について
 原告らは、異常事態の発生には多重故障やいくつかの誤操作が関与しているにも
かかわらず、本件原子炉施設の「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評
価に際して、機器の単一故障のみを仮定しているのは不合理である旨主張する。
 この点、「安全設計審査指針」は、安全系(「安全設計審査指針」でいう「安全
上重要な構築物、系統及び機器」の一部をなすものであって、かつ、想定すべき事
象により生じる異常な状態を速やかに収束させ、又はその拡大を防止し、あるいは
その結果を緩和することを主たる機能とするもの。)に属する各系統は、単一故障
を仮定してもその安全機能を損なわない設計であること、「安全評価指針」は、各
事象の解析に
当たっては、想定された事象に加え、作動を要求される安全系の機能別に結果を最
も厳しくする「単一故障」を仮定することをそれぞれ要求している(乙四・三〇
頁、二六七頁)。
 ところで、「安全評価指針」において右の単一故障の仮定を要求しているのは、
安全系の設計が「安全設計審査指針」の要求を満足していることを確認すると共
に、作動を要求されている諸系統間の協調性や、手動操作を必要とする場合の運転
員の役割等を合め、安全系全体としての機能と性能を確認しようとするものである
ことが認められ、右によれば、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針の妥当
性を確認するために行う」運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評価は、
単に安全系の設計が「安全設計審査指針」の要求を満足することを確認することを
目的とするものではなく、安全系全体を統合的に検討しようとするものであり、そ
の目的において十分な合理性を有する。
 そして、「安全評価指針」は、単一故障の仮定を考慮すべき範囲として、当該想
定事象に対して安全機能を果たすべき系統全般、すなわち、当該事象に対して作動
が要求される全ての安全系であって、補助施設や非常用電源も含むとしているこ
と、単一故障の仮定は、当該事象に対して果たされるべき安全機能の観点から結果
を最も厳しくするものを選定し、かつ、一つの選定事象について二つ以上の安全機
能が要求される場合には、機能別に単一故障を仮定しなければならないとしている
こと、事故の解析に当たって、工学的安全施設の作動が要求される場合には、外部
電源の喪失を考慮しなければならないとされていることが認められる(乙四・二六
七頁)。
 右によれば、単一故障の仮定といっても、機能別、すなわち作動を要素される系
統ごとに順次単一故障を仮定するのであるから、単に一つの故障のみを仮定するも
のではなく、また、結果を最も厳しくする単一故障を仮定するのであるから、結果
を同じくする複数の故障を仮定することと同視し得る上、更に、工学的安全施設の
作動に関しては外部電源の喪失も考慮するとしているのであるから、必然的に複数
の故障を仮定するものであることが明らかである。もちろん、放射性物質の拡散に
対する多重防壁のすべてが、無条件に機能しないということも理論上は仮定でき
る。しかし、前記(一、1)のとおり、本件原子炉施設においては、事故防止に係
る安全確保対策として、①
異常事象の発生を防止し(異常の発生防止)、次に、②仮に異常事象が発生したと
しても、それが拡大し事故(周辺環境へ放射性物質を大量に放出するに至るおそれ
のある事態)に発展することを防止し(異常事故の拡大及び事故への発展の防
止)、更には③万一事故に発展したとしても周辺環境へ放射性物質が大量に放出さ
れることを防止する(放射性物質の異常放出の防止)設計がされ、本件安全審査に
おいてその妥当性が確認されているのであって、「運転時の異常な過渡変化」及び
「事故」の解析は、右のように本件原子炉施設の安全設計の妥当性を確認した上
で、更にあえて「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の発生を想定し、「運転
時の異常な過渡変化」については、炉心が損傷に至る前に収束され通常運転に復帰
できる状態になること、「事故」については、炉心の溶融のおそれがないこと及び
放射線による敷地周辺への影響が大きくならないよう核分裂生成物放散に対する障
壁の設計が妥当であることを確認し、右安全設計の妥当性を別の側面から確認する
ためのものである。このような「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評
価の目的、そして、本件原子炉施設の安全保護系や工学的安全施設については、前
記(一、3、(二)及び同4)のとおり、①強度等において十分な余裕をもった設
計となっていること、②外部電源が喪失した場合においても、非常用電源をその電
源とするなど所定の機能が発揮されるようになっていること、③原子炉の運転開始
後においても定期的にその性能確認のための試験、検査が実施できる構造となって
いることなど、設計上非常に高い信頼性を有しており、異常事象や事故が発生した
としても、その発生に伴って作動することが要求される安全保護系や工学的安全施
設に同時に故障が発生する可能性は極めて低いことが確認されていることからする
と、右のような単一故障の仮定には十分な合理性があるといえ、理論上多重防護の
すべてが無条件に機能しないということを仮定し得るからといって、「運転時の異
常な過渡変化」及び「事故」の解析評価において、全ての機器の不作動やこれに近
い仮定を前提として安全性が確認されなければならないとすることは、そもそも解
析評価の目的と矛盾し、合理性に欠けるというべきである。
 したがって、「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評価における機器
の単一故障の仮定は合理的であ
り、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) 「燃料スランピング事故」について
 原告らは、スランピング現象が最大の反応度価値を持つ一体の燃料集合体内の全
燃料要素で同時に発生するという解析条件は、恣意的に反応度の範囲を限定したも
のであること、燃焼の進展に伴う融点の低下を考慮していないこと、スランピング
した燃料による燃料被覆管の脆化を考慮しないことを理由に、「燃料スランピング
事故」の解析評価は不合理である旨主張する。
(1) 解析条件について
 証人P9の証言(P9調書二・五四丁表ないし五八丁表、P9調書七・二六丁裏
ないし二八丁裏)及び乙ホ二の一(証人P8調書一)一八丁表ないし一九丁裏によ
れば、「燃料スランピング事故」は、ステップ状の正の反応度が投入された場合
に、本件原子炉施設の炉心の冷却能力が失われることはないか、また、原子炉冷却
材バウンダリの健全性が損なわれることはないかを評価するために想定された事故
であり、燃料スランピングは、本件原子炉の炉心の応答特性を把握するために、ス
テップ状の正の反応度が投入される物理モデルとして想定された事象であって、万
一の場合に現実に本件原子炉施設においてそのような事故が起こり得ることを前提
としたものではないことが認められる
 そして、前記(一、6、(四)、(2))に加え、乙一六・一〇―三―七頁及び
乙ホ二の一(証人P8調書一)二一丁表ないし二二丁表、二三丁表によれば、本件
安全審査においては、最大の反応度価値を有する燃料集合体の一六九本の燃料要素
すべてで同時にスランピングが生じるという解析条件は保守的であり、妥当である
と判断したことが認められるところ、前記(一、6、(四)、(2)、(ロ)、
(a))のとおり、本件原子炉施設には燃料スランピングの発生防止対策が十分に
講じられていること、乙ホ二の一(証人P8調書一)二一丁表によれば、我が国の
高速実験炉「常陽」や海外の高速炉において、このような現象は起きていないこと
が認められることに照らせば、本件原子炉施設において燃料スランピング事故が現
実に発生する具体的可能性があるとは認められないし、他にこれを認めるに足りる
証拠もない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 燃料の融点の低下について
 前記(2、(三)、(1)、(ロ))のとおり、本件安全審査においては、燃焼
の進展に伴う燃料
融点の低下については、一般的には燃焼が進んだ段階では融点が漸減するとはいえ
るが、他方、出力密度が減少することによる燃料温度の低下の方が大きくなるた
め、結局、燃料温度が最高となるのは燃焼開始直後であることを確認したことが認
められる。
 したがって、燃焼の進展に伴う融点の低下は、右事象の評価結果に影響を及ぼす
ものではないといえるから、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) スランピングした燃料の燃料被覆管への接触について
 前記(1)のとおり、「燃料スランピング事故」は、ステップ状の正の反応度が
炉心に投入された場合の炉心の応答特性を把握するための物理壬デルとして想定さ
れたものであり、スランピングを起こした燃料ペレットが燃料被覆管に接触するか
等、燃料ペレット自体の挙動を解析するものではない。すなわち、証人P9の証言
(P9調書二・五四丁表ないし五八丁表)によれば、スランピング現象について
は、それにより炉心に投入される正の反応度の大きさを求めるためだけに想定され
るものであり、解析に際しては、右により求められた正の反応度の大きさを前提と
した上で、健全な形状の燃料要素を有する炉心を解析対象として燃料温度等が計算
されることが認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(4) 中性子照射による燃料被覆管の脆化について
 乙一六・一〇―一―二頁によれば、本件安全審査においては、右解析評価におい
て判断基準の一つとしている燃料被覆管の肉厚中心温度に関する制限値につき、実
際に中性子を照射した燃料被覆管に対する急速加熱試験の結果等を基に安全余裕を
持たせて設定された値であることを確認したことが認められ、その合理性に疑いを
入れるような証拠はない。そうすると、中性子照射による燃料被覆管の脆化によっ
て、燃料被覆管の健全性が影響を受けるとはいえないから、これを考慮していない
ことに不合理な点はないということができる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(四) 「気泡通過事故」について
 原告らは、ナトリウム沸騰のように気泡が炉心近くで連続して発生するという前
提条件を置いた場合には、投入される反応度が更に大きく、しかも持続するごとを
指摘し、「気泡通過事故」の解析評価の解析条件として、二〇リットルの気泡が一
斉に炉心を通過するとしたことは恣意的で、不合理ある旨主張す
る。
 しかし、「気泡通過事故」は、何らかの原因により原子炉容器内の一次冷却材中
に気泡が混入し、燃料集合体下部のエントランスノズルを通じて、一次冷却材と共
に右気泡が炉心内を通過するという事故であるところ、証人P9の証言(P9調書
二・三七丁表)及び乙ホ二の一(証人P8調書一)二七丁表ないし二九丁表によれ
ば、本件原子炉施設において何らかの原因により一次冷却材中に気泡が混入し滞留
する場合の気泡の最大量は、気泡の排出経路であるガス抜き孔の効果を無視した場
合であっても、原子炉下部プレナム中の高圧プレナムの連結管間隙空間容積のうち
スリット上端より上の部分の体積に相当する量(二〇リットル)であることが認め
られる。そうすると、ナトリウムの沸騰を除けば、右二〇リットルが気泡混入の物
理的最大値ということができる。
 そして、ナトリウムの沸騰については、前記(2、(二)、(1))のとおり、
本件原子炉施設においてナトリウムが沸騰しボイドが生じることは想定し難いか
ら、ナトリウムが沸騰するという前提を置かないことに不合理な点はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(五) 「二次冷却材漏えい事故」について
(1) 原告らは、「二次冷却材漏えい事故」の解析評価(漏えいナトリウムによ
る熱的影響評価)の解析条件として、二次主冷却系配管の破損口の大きさを一五平
方センチメートルの割れ状の破損口としていることについて、右解析条件は恣意的
なものであり、瞬時両端完全破断を解析条件として仮定すべきである旨主張し、そ
の根拠として、フランスの高速原型炉スーパーフェニックスにおいては二次系ナト
リウム配管が完全破断する事故を想定していることを指摘する。
 しかし、前記(2、(四)、(2))のとおり、二次主冷却系配管に万一破損が
生じるとしても、右破損は肉厚を貫通した疲労亀裂という形態をとり、配管の内圧
が低いために、急速な破断に発展するおそれはない。また、乙ホ二の一(P8調書
一)四二丁裏には、肉厚を貫通した疲労亀裂の大きさは、長さが管の直径の二分の
一、幅が管の厚さの二分の一のスリット状の大きさを超えることはない旨の証言が
あり、右証言は合理的であり信用できる。そうすると、漏えいナトリウムによる熱
的影響の解析条件として、破損口の大きさを右スリット状の漏えい口の大きさに相
当する一五平方センチメートルとしたことは合理
的というべきであり、フランスのスーパーフェニックスの事故想定は、右認定を覆
すものではない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 原告らは、「二次冷却材漏えい事故」の解析評価(漏えいナトリウムによ
る熱的影響評価)において、①床ライナの温度上昇がより大きい小、中規模漏えい
時の局所的なナトリウムの燃焼による床ライナの温度上昇が解析評価されていない
こと、また、②界面反応による腐食が解析条件において考慮されていないことは不
当である旨主張する。
 しかし、①の点については、乙イ四一及び乙イ四五によれば、右解析評価は、炉
心冷却能力の解析評価において前提とする二次主冷却系の系統分離が、漏えいナト
リウムの熱的影響によって損なわれないか否かを確認することを目的とするもので
あること、右評価の目的からすると、右系統分離のための障壁を形成する建物、構
築物の健全性に最も大きな影響を及ぼすのは、事故ループにおける雰囲気温度の上
昇に伴う内圧の上昇であり、内圧の上昇については、大規模漏えいの場合の方が
小、中規模漏えいの場合よりも大きいことから、右内圧の上昇が実際よりも十分に
厳しい結果となるように、考えられる最大規模の漏えいを想定し、また、漏えいし
たナトリウムの燃焼形態については、右の内圧の上昇が実際よりも厳しい結果にな
るように、スプレイ燃焼するという条件が設定されたことが認められる。
 このように、右解析評価は、床ライナ自体の機械的健全性を定量的に確認するた
めのものではなく、右解析条件は、床ライナの健全性にとって最も厳しい条件とし
て設定されたものではない。確かに、右評価の際には、床ライナの温度上昇も併せ
て評価されているが、乙イ四五によれば、これは、内圧二の上昇に着目した右条件
下において、機械強度的に余裕のある床ライナが設置され得ることを念のために確
認したにすぎないものと認められる。したがって、床ライナの温度上昇がより厳し
い小、中規模漏えい時の局所的なナトリウムの燃焼による床ライナの温度上昇が解
析評価されていないことは、右解析評価の合理性を左右するものではない。
 また、②の点ついても、同様に、右解析評価は、床ライナの機械的健全性を確認
するための解析評価ではないから、右解析評価において界面反応による腐食を考慮
していないことは、右解析評価の合理性を左右するものではない(なお、弁論の全
趣旨によれば、右解析評価において想定されている大規模漏えい時には、ナトリウ
ムが床ライナ上でプール燃焼するため、ナトリウム、酸素及び鉄の界面がほとんど
存在しないことが認められる。)。
 もっとも、前記(一、6、(四)、(9)、(ロ)、(b)、(は))に加え、
乙一六・八―一―六頁、七頁、九頁、二七頁、二八頁、三一頁、三二頁及び乙イ四
五によれば、床ライナの設置目的は、冷却材として使用されるナトリウムは、化学
的に活性であり、酸素やコンクリートに含まれる水とも激しく反応するため、漏え
いしたナトリウムとコンクリートが直接接触すると、ナトリウムとコンクリート中
の水分が反応し、圧力上昇やコンクリートの脆弱化により建物の健全性が失われる
ことがあり、建物の健全性が失われると、二次主冷却系の他の系統に影響が及ぶ可
能性があることから、ナトリウムの化学反応及びナトリウム火災に対する対策の一
つとして、ナトリウムが万一漏えいした場合であっても、鋼製の床ライナによっ
て、漏えいナトリウムとコンクリートとの直接接触を防止することであり、本件安
全審査においては、この基本設計ないし基本的設計方針を妥当であると判断したこ
とが認められる。
 そうするとナトリウム漏えい時の床ライナの温度上昇のために、床ライナの漏え
いナトリウムとコンクリートとの直接接触を防止するという機能が損なわれるとい
う場合、たとえば、床ライナの温度が床ライナの融点を超えた場合や、床ライナが
熱膨張して壁面と干渉し又は局所的なひずみが発生して床ライナに損傷が生じる場
合には、床ライナにより漏えいナトリウムとコンクリートとの直接接触を防止する
という設計の妥当性が失われる可能性がある。
 この点については、本件ナトリウム漏えい事故及びその後に得られた知見が関連
するので、後記(第九章第二)に別項を設けて判断する。
(六) 「蒸気発生器伝熱管破損事故」について
 原告らは、「蒸気発生器伝熱管破損事故」の解析評価の解析条件について、①初
期スパイク圧の設計基準リーク(前提事象として伝熱管一本が瞬時に両端完全破断
することを仮定する)、準定常圧の設計基準リーク(伝熱管四本が同時に両端完全
破断する水リーク率を想定する)は、いずれも恣意的で合理性がない、②主蒸気止
め弁の開固着又は主蒸気管破断を想定していないのは不合理である
旨主張し、本件原子炉施設において「蒸気発生器伝熱管破損
事故」が発生した場合には、炉心にまで影響が及び、炉心溶融事故となる可能性が
ある旨主張する。この点についての当裁判所の判断は、原告らの主張が多岐にわた
るので、蒸気発生器の安全設計に関する原告らの主張に対する判断と併せて、後記
(第九章第一)において別項を設けて判断する。
4 「技術的には起こるとは考えられない事象」について
(一) 事象の起こる具体的可能性について
(1) 原告らは、反応度事故に基づく「炉心崩壊事故」は現実的に起こり得るも
のであって、「技術的には起こるとは考えられない事象」ではない旨主張し、その
根拠として、①本件原子炉施設は、軽水炉と比べると、即発中性子の寿命が短く、
かつ遅発中性子の割合が少ないため、異常な反応度が投入された場合には容易に燃
料が溶融すること、②ボイド反応度が正であること、③炉心内の燃料が反応度を最
も高くするように配置されておらず、炉心内には臨界になり得る量の数倍ないし十
数倍の核分裂性物質が燃料として装荷されているため、炉心の変形等によって正の
反応度が投入されること、④炉心の発熱密度が高いことを挙げる。
 しかし、①については、前記(2、(二)、(2))のとおり、本件原子炉施設
において即発中性子の寿命が軽水炉のそれと比べて短く、また、遅発中性子の割合
が軽水炉のそれと比べて少ないことは、本件原子炉施設の安定した制御に当たって
問題となるものではない。
 ②についても、前記(2、(二)、(1))のとおり、本件原子炉施設において
ナトリウムが沸騰しボイドが生じることは想定し難いから、これにより反応度事故
が発生することは想定し難い。
 ③、④については、本件原子炉施設の炉心には、原子炉の運転を維持するため、
最小臨界量を超えた燃料が装荷されており、プルトニウムは、高速中性子に対する
核分裂断面積(核分裂を起こす確率)が熱中性子に対するそれと比べて小さいた
め、本件原子炉においては、プルトニウム富化度の高い燃料を用いると共に、炉心
燃料要素の配列を密にして核分裂連鎖反応を効率的に起こさせるようになっている
ことは当事者間に争いがない。したがって、本件原子炉施設は、同規模の出力の軽
水炉と比べると、炉心に装荷される核分裂性物質が多く、また、発熱密度(炉心の
単位体積当たりの発熱量)も大きい。しかし、前記(一、2、(2)、(4)及び
三、2、(二)、(1))のとおり、本件安全審査におい
ては、本件原子炉施設において、炉心燃料集合体の変形による反応度投入を防止す
る対策が取られていること、冷却材ナトリウムは、軽水に比べ冷却能力に優れてい
る上、冷却材は炉心に安定して供給され、発熱量に応じた流量が確保されることを
確認しているから、本件原子炉施設において、燃料の配置、燃料の装荷量及び発熱
密度の点から反応度事故が発生する具体的可能性があるとはいえない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」について
 原告らは、停電によるポンプ停止時に制御棒挿入装置が故障する可能性があるか
ら、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」は現実に起こり得るもので
あって、「技術的には起こるとは考えられない事象」ではない旨主張する。
 この点、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」は、外部電源の喪失
に伴う一次冷却材流量の減少と、緊急停止の失敗とを重ね合わせた事象であるか
ら、個別に検討する。
(イ) 外部電源の喪失に伴う一次冷却材流量の減少について
 乙一六・八―一―七頁、三九頁、四七頁、四八頁、八―四―六頁、七頁、一〇―
二―一二頁、一九頁、二〇頁によれば、本件安全審査においては、外部電源の喪失
に備えて、本件原子炉施設の非常用所内電源設備は、必要な容量を持つディーゼル
発電機三台、蓄電池三組が各々独立した部屋に収納され、かつ、独立分離した非常
用母線に接続されていること、外部電源喪失時に、ディーゼル発電機三台のうち一
台が起動に失敗すると仮定したとしても、燃料の許容設計限界及び原子炉冷却材バ
ウンダリの設計条件を超えることなく原子炉を停止して冷却できること、一次主冷
却系循環ポンプは、それ自体の構造として、万一、主モータの駆動電源が喪失した
場合であっても、冷却材流量が急激に減少することのないようポンプの回転慣性が
設定されている上、非常用電源で駆動されるポニーモータがこれを引き継ぎ、一定
の炉心部流量を確保する設計とされていることを確認していることが認められ、そ
の合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、本件原子炉施設においては、外部電源が万一喪失した場合において
も、一次冷却材流量の減少により、燃料の許容設計限界及び原子炉冷却材バウンダ
リの設計条件を超えるような事態に陥ることは想定し難いから、原告らのこの点に
ついての
主張は理由がない。
(ロ) 緊急停止の失敗について
 前記(2、(七)、(1))に加え、乙一六・八―九―一六頁、二五頁、二六
頁、四二頁、八―一―一九頁、二三頁、二五頁、五二ないし五四頁、六一ないし六
三頁、八―三―一八頁によれば、本件安全審査においては、仮に外部電源喪失その
他の理由により一次冷却材の流量が減少した場合、本件原子炉施設の安全保護系
は、中性子束及び一次冷却材流量、原子炉容器ナトリウム液位等の異常状態から多
様な原子炉緊急停止信号が発せられること、本件原子炉の緊急停止を行う安全保護
系及び原子炉停止系は、地震時の荷重に対しても十分な強度を有するように設計さ
れること、安全保護系については、それを構成する回路等に、同じ機能を有するも
のを二つ以上設け(多重性)、かつ、右の回路等が、同時に故障することがないよ
うに独立性が確保されるように考慮した対策が講じられるから、安全保護系を構成
する右の回路等の一つが故障した場合にも、その安全機能は確実に維持され、原子
炉停止系に原子炉トリップ信号を発することができること、原子炉停山系は、互い
に独立した主炉停止系と後備炉停止系とから構成されており、いずれも本件原子炉
の緊急停止時に作動して炉心へ制御棒が挿入されるが、このうちいずれか一方の原
子炉停止系が作動しさえずれば本件原子炉を確実に停止することができる構造とな
っていること、安全保護系及び原子炉停止系は、いずれも外部電源が喪失した場合
にも制御棒を自動的に炉心に挿入して原子炉を停止できるように、いわゆるフェイ
ルセイフ機能を持たせる設計となっていること、本件原子炉施設の安全保護系及び
原子炉停止系は、想定されるいかなる地震力に対してもその機能が保持できるよう
に耐震設計が講じられることが確認されたことが認められ、その合理性に疑いを入
れるような証拠はない。
 したがって、本件原子炉施設においては、外部電源が万一喪失した場合において
も、緊急停止に失敗するような事態に陥ることは想定し難いから、この点について
の原告らの主張は理由がない。
(3) 原告らは、本件原子炉施設においては、軽水炉において考慮されている制
御棒の抜け出し事故や冷却材喪失事故と同様の事故の発生によって、「炉心崩壊事
故」が発生する旨主張する。
 しかし、制御棒が原子炉の運転中に何らかの原因で抜け出すことについては、弁
論の全趣旨によれば、PWRにお
いては、その炉内の圧力が約一六〇気圧という高い圧力であるため、圧力による制
御棒の飛び出しを考慮する必要があることが認められるが、乙一六・八―四―一四
頁によれば本件原子炉施設の場合には、その炉内の圧力が原子炉容器入口で約八キ
ログラム毎平方センチメートル、同出口で約一キログラム毎平方センチメートルと
低圧であることが認められるから、右のような事態が発生することは想定し難い。
 また、冷却材の喪失については、乙一六・八―一―七一頁、八―七―一〇頁及び
乙ホ一の一(証人P6調書一)四四丁表ないし四五丁表によれば、本件安全審査に
おいては、本件原子炉施設の一次主冷却系の機器及び配管は、原則として、原子炉
容器出口ノズルの上端より上方に適切な余裕をもって最低限保持されなければなら
ない液位(エマージェンシ・レベル)より上方に定めた基準高さ(システム・レベ
ル)以上に配置することとし、また、右システム・レベル以下に配置する機器又は
配管についてはガードベッセルの中に配置し、さらに、右ガードベッセルの上端の
縁の高さはシステム・レベル以上になるようにし、かつ、ガードベッセルの空間容
積は原子炉容器内ナトリウム液位をエマージェンシ・レベル以上に保持できるよう
に定めるものとしており、このような一連の対策から、仮に原子炉冷却材バウンダ
リから冷却材が漏えいした場合も、漏えいしたナトリウムはガードベッセルによっ
て保持され、炉心の冷却に必要な原子炉容器内のナトリウム液位は保持されること
を確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。そうす
ると、本件原子炉施設においては、炉心冷却に支障を来すような冷却材喪失事故が
発生することは想定し難い。
 したがって、制御棒の抜け出し事故や冷却材喪失事故を解析評価していないこと
に不合理な点はないというべきであり、原告らのこの点についての主張は理由がな
い。
(4) このようにみると、「技術的には起こるとは考えられない事象」が本件原
子炉施設において実際に起こる具体的可能性があるとは認められないというべきで
あるから、その解析評価の妥当性やその他の原告らの主張する点について判断する
までもなく、「技術的には起こるとは考えられない事象」に関して、本件原子炉施
設に原告らの生命、身体を侵害する具体的可能性があるとはいえないことになる。
しかし、念のために、以下、他の原告らの主張につ
いても判断を示すこととする。
(二) 解析評価における解析条件等について
(1) 原告らは、「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価は既に
その誤りが明らかとなったWASH―一四〇〇(ラスムッセン報告)等確率論的安
全評価に基づいてされたものであるから、不当である旨主張する。
 しかし、「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価は右の考え方を
参考にしているものの、その評価値等に依拠していると認めるに足りる証拠はない
から、原告らの主張はその前提を欠く。
(2) 原告らは、「炉心崩壊事故」は現時点では十分解明されていないとし、ま
た、事象選定基準が不明確であるとして、「技術的には起こるとは考えられない事
象」の解析評価は、最悪の事態を想定して行うべきであるのに、これを想定してい
ないのは不合理である旨主張する。
 しかし、「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価は、「運転時の
異常な過渡変化」及び「事故」の解析評価と同様、事故防止対策に係る安全設計の
妥当性を別の側面から確認するものであり、「事故」を超える範囲において当該原
子炉施設の放射性物質の放散が適切に抑制されるか否かを確認すためにされる(そ
して、右確認の結果、各種の安全機能がどのように働くかも付随的に明らかにされ
る。)ものである。したがって、起因事象の選定においては、右解析の目的に照ら
し、代表的な具体的事象を適切に想定すれば足りるというべきであるから、「運転
時の異常な過渡変化」及び「事故」に係る安全評価で想定する範囲を大幅に超え
て、右評価目的を損ねるような事象を想定する必要はないと解される。したがっ
て、原告らの主張するようにただ「最悪の事態」を想定しなればならないものでは
ない。
 そして、「炉心崩壊事故」については、前記(一、2ないし4)のとおり、本件
安全審査においては、本件原子炉施設に所要の事故防止対策が講じられていること
を確認しており、これらの事故防止対策を前提とする限り、本件原子炉施設におい
て「炉心溶融」や「出力暴走」が起こるとはそもそも考えられないから、本件原子
炉施設について、「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価において
起因事象として想定された「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」及び
「制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象」(これらが「炉心崩壊事故」につな
がる可能性のある事象であ
る。)の事象選定が不合理であるとはいえない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) 原告らは、「炉心崩壊事故」を位置づけの極めてあいまいな「技術的には
起こるとは考えられない事象」として取り扱い、その解析評価において「運転時の
異常な過渡変化」及び「事故」と同様の保守的な解析条件を置いていないことは不
合理である旨主張する。
 この点、前記(一、1、(四)、(3))のとおり、本件安全審査の「技術的に
は起こるとは考えられない事象」の解析評価は、LMFBRの運転実績が僅少であ
ることから、評価の考え方」に基づいて、「事故」より更に発生頻度は低く、その
発生頻度は無視し得るほど極めて低いが、炉心が大きな損傷に至るおそれがある事
象を選定し、この事象とこれに続く事象経過に対する防止対策どの関連において、
放射性物質放散に対する障壁の抑制機能を評価するため、原子炉施設の深層防御の
観点から行うものであり、そして、弁論の全趣旨によれば、「技術的には起こると
は考えられない事象」の解析評価に当たっては、「事故」の範囲を超えるより厳し
い事象(機器の多重故障等を仮定して初めて発生が想定できる発生頻度の小さい事
象)の中から代表的なものを想定して、その起因事象の発生以降の事象経過をでき
る限り忠実に評価することとし、「評価の考え方」にいう「防止対策」のうち、事
象経過の中で作動が期待できると判断するに足りる十分な根拠のある設備について
は、その作動を考慮した上で、放射性物質の放散が適切に抑制されることを確認す
ることが認められる。
 右から明らかなように、「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価
は、軽水炉には要求されておらず、本件原子炉施設のようなしLMFBRについて
のみ、その運転実績が僅少であることにかんがみて要求されるものである上、本件
原子炉施設においてその発生を想定し難いことは、事故防止対策に係る安全設計並
びに「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」の解析評価によって既に確認された
ということができるのであるから、「技術的には起こるとは考えられない事象」の
解析評価は、その起因事象の選定の段階において、必然的に、機器の多重故障等の
大きな保守的仮定が含まれることになる。そうすると、右起因事象に組み合わせる
評価条件については、更に保守性を考慮しないとしても、また、解析評価に使用す
るモデル
及びパラメータについて、最も確からしいものを用いた解析を行って事象経過を忠
実にたどることとしても、不合理とはいい難く、かえって、「防止対策」との関連
において、本件原子炉施設の安全余裕が確認できるほか、「事故」の範囲を超える
か否かや、事故シナリオが飛躍的に変化して、例えば再臨界を引き起こすような仮
想的炉心崩壊事故に至り、周辺公衆に対する放射線被曝のリスクが急増することに
至らないことを確認することも可能となり、評価結果の多面的活用にも道が開かれ
るということができる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) 「1次主冷却系配管大口径破損事象」の解析評価について
(1) 配管の破損位置について
 原告らは、「一次主冷却系配管大口径破損事象」の解析評価において、配管の破
断位置を原子炉容器の入口ノズル部としているが、配管の破断はどこで起きるか予
測できないので、ガードベッセルに覆われていない部分における破断を仮定すべき
であるから、右想定は不合理であり、本件原子炉施設においてこれを超える事故が
起こり得る旨主張する。
 しかし、「一次主冷却系配管大口径破損事象」とは、原子炉出力運転中に一次主
冷却系配管に大規模な破断が生じ、一次冷却材が流出するという仮定上の事象であ
るが、その評価に関し、その破断位置をどう仮定するかについては、炉心を冷却す
る能力を評価する観点から、破断によって炉心内のナトリウムの温度が最も高くな
るような位置を仮定するのが望ましいということができる。そして、乙一六・一〇
―四―一三頁及び乙ホ二の一(証人P8調書一)八七丁表ないし八八丁表によれ
ば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の一次主冷却系配管の原子炉容器入
口ノズル部、一次主冷却系循環ポンプ出口部やガードベッセルに覆われていない原
子炉容器入口配管高所部等について、右各部位が破断した場合の炉心内のナトリウ
ムの最高温度を評価した結果、原子炉容器入口ノズル部に破断が生じた場合が最も
高くなるとして、右部分を破断位置としたのは妥当であることを確認したことが認
められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 これに対して、原告らは、破断位置を原子炉容器入口ノズル部としても、大口径
配管破断が起こった場合には、配管がむちのようにしなる「ホイッピング現象」が
起こるので、ガードベッセルが破損したり、破断口がガードベッセ
ルの外に飛び出すなどして、原子炉容器内液位が保持できなくなる旨主張し、甲イ
一九九にはこれに沿う記載がある。
 しかし、乙一六・八―一―二九頁及び乙ホ二の一(証人P8調書一)八八丁裏、
八九丁表によれば、一次主冷却系配管が破断したとしても、一次主冷却系配管内の
冷却材の圧力は軽水炉に比して十分低く、冷却材の流出によって配管が「ホイッピ
ング現象」を起こすような流出流体のジェットカが生じることはなく、これによっ
てガードベッセル等が損傷するおそれはないことが認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) ナトリウムの漏えい量及び燃焼量について
 原告らは、「一次主冷却系配管大口径破損事象」の解析評価において、破損口か
ら漏えいするナトリウムの量を一八〇立方メートルとし、また、解析結果として、
右漏えいしたナトリウムの燃焼量を約二・二トンとしていることについて、右漏え
い量及び燃焼量の想定は、「一次冷却材漏えい事故」におけるナトリウム漏えい量
及び燃焼量よりも過小であり、不合理である旨主張する。
 この点、前記(一、6、(四)、(8)及び同7、(四)、(2))のとおり、
「一次冷却材漏えい事故」の解析評価におけるナトリウム漏えい量は二一〇立方メ
ートル、燃焼量は二・七トンであるのに対し、「一次主冷却系配管大口径破損事
象」の解析評価におけるナトリウム漏えい量は一八〇立方メートル、燃焼量は二・
二トンとされている。
 しかし、乙一六・一〇―三―二九頁及び乙ホ二の一(証人P8調書一)九〇丁裏
ないし九二丁表によれば、二次冷却材漏えい事故」の解析評価におけるナトリウム
漏えい量は、原子炉容器内のナトリウム液位が落ち着くまでの最大漏えい量を考え
たこと、右最大漏えい量については、三系統ある一次主冷却系のうち配管が破損し
た系統を除く残りの二系統の循環ポンプが、ポニーモータによって駆動される低速
運転へ移行したときに、一次主冷却系内のナトリウム液位のバランスを考慮して算
出される漏えい量(一八〇立方メートル)と、オーバフロータンクからの最大汲み
上げ量(二六立方メートル)とを合計して二一〇立方メートルとしたものであるこ
と、ナトリウムの燃焼量については、漏えいしたナトリウムの燃焼形態としては、
破損口からスプレー状に漏えいしたナトリウムの燃焼と、一次ダンプタンク室でプ
ール状に貯留したナトリウムの燃焼とを
考慮し、また、燃焼に寄与する酸素量としては、一次主冷却系内の窒素雰囲気中に
わずかに残存する酸素と漏えいナトリウムとの反応による燃焼熱を大きく見積もる
ために、右残存酸素は、窒素雰囲気に維持される場合のそれは二体積パーセント以
下の濃度であるところ、右濃度に余裕を持たせて三体積パーセントと仮定するなど
の厳しい前提条件の下で解析した結果、約二・七トンとしたものであることが認め
られる。
 これに対して、乙一六・一〇―四―一四頁、一五頁及び乙ホ二の一(証人P8調
書一)九一丁表、同裏によれば、「一次主冷却系配管大口径破損事象」の解析評価
におけるナトリウム漏えい量は、原子炉容器内のナトリウム液位が落ち着くまでの
最大漏えい量を考える点では「一次冷却材漏えい事故」と同じであるが、「一次主
冷却系配管大口径破損事象」の解析評価における配管破損は両端完全破断の仮定で
あるため、破断口から漏えいするナトリウムの流出が速く、したがって原子炉容器
内のナトリウム液位の低下も早くなるため、早期にオーバフロータンクからのナト
リウム汲み上げ停止信号が発せられてナトリウムの汲み上げが停止されることか
ら、オーバフロータンクからのナトリウムの汲み上げ量は無視できるとして、三系
統ある一次主冷却系のうち配管が破損した系統を除く残りの二系統の循環ポンプ
が、ポニーモータによって駆動される低速運転へ移行したときに、一次主冷却系内
のナトリウム液位のバランスを考慮して算出される漏えい量(一八〇立方メート
ル)としたものであること、ナトリウムの燃焼量については、「一次冷却材漏えい
事故」と同様の条件の下で解析した結果、約二・二トンとしたものであることが認
められる。
 したがって、両者のナトリウム漏えい量及び燃焼量の違いは合理的であり、「一
次主冷却系配管大口径破損事象」の解析評価におけるナトリウム漏えい量及び燃焼
量の想定が過小で不合理であるということはできない。
(四) 「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象について
(1) 計算コードの妥当性について
 原告らは、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」の解析評価に用い
られた「SAS―3D」コード、「VENUS―PM」コードの各計算コードは、
パラメータを変えれば結果が大幅に変わる、不確かさの大きいものである上、コー
ド全体の実験的検証ができていない旨主張する。
 この点、弁論の全趣旨に
よれば、「SAS―3D」コ―ド、「VENUSPM」コードとも、多数のパラメ
ータを有する複雑な計算コードであることが認められる。したがって、パラメータ
を変えれば得られる計算結果が大幅に変わることは明らかである。しかし、およそ
適切なパラメータを代入することが不可能であるならばともかく、適切なパラメー
タを代入した場合には適切な結果が得られるのであれば、パラメータを変えれば計
算結果が大幅に変わることのみから直ちに当該計算コードの妥当性が否定されるも
のではないというべきである。そして、両計算コードが、適切なパラメータを代入
することが不可能なものであることや、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪
失事象」の解析評価において適切でないパラメータが代入されたことをうかがわせ
るような証拠はなく、かえって、本件安全審査においてその妥当性が確認されてい
る。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 計算コードの接続条件について
 原告らは、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」の解析評価におい
て、右事象の経過のうち、起因過程を「SAS―3D」コード、炉心崩壊過程を
「VENUS―PM」コード等によって解析し、両者は全反応度が一ドル近傍に到
達した時点において接続するとしていることについて、①接続時点の明確性に欠け
る、また、②その際、「SAS―3D」コードによる多数のチャンネルの計算結果
を一本化して「VENUS―PM」コードに入力していることは不合理である旨主
張する。
 しかし、乙ホ二の一(証人P8調書一)七〇丁裏、七一丁表及び乙ホ二の五(証
人P8調書五)一五丁裏によれば、「VENUS―PM」コードによる解析は、即
発臨界を超え炉心崩壊に至る領域において妥当性を持つことが認められる。したが
って、「SAS―3D」コードから「VENUS―PM」コードヘの接続は、即発
臨界に至った時点で行うのが適切ということになる。そして、証人P9の証言(P
9調書五・五〇丁表ないし五一丁裏)によれば、全反応度が一ドル近傍(一ドルが
即発臨界に達する反応度である。)に到達した時点において「「SAS―3D」コ
ードを「VENUS―PM」コードに接続するという趣旨は、即発臨界に至った時
点で両者を接続するが、コードの都合上その接続時点が前後に若干のずれを伴うこ
とから「近傍」という表現がされていることが認めら
れる。したがって、右接続時点が不明確であるということはできない。
 また、乙ホ二の一(証人P8調書一)七一丁裏、七二丁表によれば、本件安全審
査においては、「VENUS―PM」コードは、「SAS―3D」コードのチャン
ネルに対応させた計算領域を設定して計算できること、「SAS―3D」コードで
計算された燃料温度、冷却材ボイド等率、反応度の時間変化等は可能な限り忠実に
「VENUS―PM」コードへ受け渡されていることが認められ、多数のチャンネ
ルの計算結果を一本化しているという事実は認められない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) 燃料要素の破損位置、破損口の長さについて
原告らは、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」の解析評価におい
て、①燃料要素の破損位置を軸方向中央部からやや上部の位置に想定し、②燃料要
素の破損口の長さを五センチメートルと想定したのは恣意的で、不合理であり、破
損位置は中央とし、破損口の長さは三〇センチメートルとすべきである旨主張す
る。
 この点、被告の実施した「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」の解
析評価のうち、本件原子炉施設にとって有効とされたものは、いずれも、燃料要素
の破損位置を軸方向中央部からやや上部の位置に想定し、燃料要素の破損口の長さ
を五センチメートルと想定したものであることは当事者間に争いがない。そして、
証人P4の証言(P4調書一・四五頁、四六頁、一一〇頁)よれば、燃料要素の破
損位置を軸方向中央部とすると出力はより大きくなること、燃料要素の破損口が長
くなると同じく出力はより大きくなることが認められる。
 しかし、①の燃料要素の破損位置については、証人P4の証言(P4調書一・一
一二頁)及び乙イ一八によれば、実験(CABRI試験)結果によれば、破損口の
位置は、概ね燃料要素の高さの約〇・六五(破損位置のフィッサイル下端からの高
さ÷フィッサイル全長)の位置となったことが認められる。また、証人P4は、燃
料要素の燃料が溶融して燃料要素の内圧が上昇するとき、燃料被覆管は、材料強度
の弱いところで破損するところ、材料強度は、一般的に温度が高くなるほど低下
し、本件原子炉施設の被覆管の温度分布は軸方向の上の部位が高く、したがって軸
方向の上の部分の強度が弱いことから、内圧と燃料被覆管の強度との兼ね合いで、
燃料要素の高さの〇・六ない
し〇・七の位置で破損することが合理的に説明できる旨証言しており(P4調書
一・一二〇頁)、右証言は合理的であり信用できる。もっとも、証人P4の証言
(P4調書二・二ないし四頁)によれば、別の実験(TREAT―PFR試験)結
果においては、燃料要素が軸方向中央で破損したものもあったことが認められる
が、証人P4は、CABRI実験の方が、定常運転状態から模擬している点で、T
REAT―PFRよりも精度が高い旨証言していること(P4調書二・九頁)に照
らすと、右実験結果の存在をもって、本件原子炉施設において燃料要素が軸方向中
央で破損する可能性があると認めることはできない。したがって、燃料要素の破損
位置を軸方向中央部からやや上部の位置とした解析条件に不合理な点はないという
べきである。
 また、②の破損口の長さについては、証人P4ば、本件原子炉施設の炉心燃料要
素は、直径六・五ミリメートル、炉心部の高さが九三センチメートルであるから、
これが破損した瞬間に同時に三〇センチメートルにわたって穴が開くとは考え難い
旨証言しており(P4調書一・四〇頁)、右証言は合理的であり信用することがで
きる。また、他に燃料要素の破損口の長さが瞬時に五センチメートルを超え得るこ
とを認めるに足りる証拠はない。したがって、燃料要素の破損口の長さを五センチ
メートルとした解析条件に不合理な点はないというべきである。
 なお、原告らは、燃料の破損態様については実験的検証が不十分である旨主張す
るが、実験的検証が少ないか否かは多分に評価の分かれるところであって、右原告
らの主張は被告が想定した燃料の破損態様に不合理な点があることを具体的に指摘
するものとはいえないし、右燃料の破損態様は右のとおり合理的根拠に裏付けられ
たものということ炉できる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理がない。
(4) 反応度投入率の算定について
 原告らは、反応度投入率の一秒当たり三五ドルとされる根拠が不明であり、これ
よりも大きな反応度の投入が起こる旨主張する。
 しかし、乙一六・一〇―四―二〇頁によれば、右反応度投入率の」秒当たり三五
ドルとは、一次冷却材流量減少と反応度抑制機能喪失との重ね合わせ事象におい
て、最も厳しい一結果を示す平衡炉心の燃焼末期に、ナトリウムの沸騰、燃料被覆
管の溶融移動及び燃料のスランピングが生じた時点で即発臨界に達する時の反応度
投入
率であるところ、右反応度投入率は「SAS―3D」コードにより算出されたもの
であることが認められる。また、乙ホ二の一(証人P8調書一)七五丁表によれ
ば、本件安全審査においては、右反応度投入率は、その前提となる条件が厳しく設
定されていること、燃焼度の異なる三つの状態の炉心(初装荷炉心の燃焼初期、平
衡炉心の燃焼初期及び平衡炉心の燃焼末期)について比較して最も厳しい結果を示
した平衡炉心の燃焼末期での炉心状態を用いていること、使用されている計算コー
ドは実験結果等に照らし妥当なものであることを確認したことが認められ、その合
理性に疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(5) 炉心損傷後の最大有効仕事量について
(イ) 原告らは、炉心損傷後の最大有効仕事量を三八〇メガジュールとする解析
結果は過小評価である旨主張し、その根拠として、①被告が行った同一事象につい
ての別個の解析結果においては炉心損傷後の最大有効仕事量は九九二メガジュール
となったこと、②一九五六(昭和三一)年にH・A・ベーテとJ・H・テイトが提
唱した解析モデル(いわゆる「ベーテ・テイトモデル」)に基づいて計算すれば、
本件原子炉施設の炉心崩壊における機械的エネルギーはTNT火薬に換算して少な
くとも三〇〇キログラムの爆発に相当すること、③旧西ドイツの高速原型炉SNR
三〇〇において、炉心崩壊事故における機械的エネルギーについて、被告の計算で
は最高三七〇メガジユール(本件原子炉施設と同じく一気圧までの膨張に換算する
と約九三〇メガジュール)とされていたのが、ブレーメン大学ドンデラー博士らの
グループが、初期遷移過程で再臨界に達した場合の爆発エネルギーを計算した結
果、最大の場合には八〇六メガジェール(一気圧までの膨張に換算すると二〇二一
メガジュール)となり、被告が計算した三七〇メガジュールの約二・二倍の数値と
なったことを指摘する。
(ロ) しかし、①については、原告らの指摘する被告が行った別の解析結果は、
燃料棒の破損口を三〇センチメートルとして解析したものであるところ、前記
(3)のとおり、右想定は非現実的であり、また、証人P4の証言(P4調書一・
三九ないし四二頁)、乙イ一六の一及び乙イ三二によれば、右解析は、単に「SA
S―3D」コードの特性とパラメータの影響度を把握することを目的として、物理

に合理的な範囲を超えて大きくパラメータを変更して解析したものであることが認
められるから、右解析結果をもとに、本件原子炉施設において実際に九九二メガジ
ュールの機械的工ルギーが発生する可能性があるということはできない。
 ②については、乙ホ二の一(P8調書一)七六丁表ないし七七丁裏によれば、原
告らの指摘する「べーテ・テイトモデル」は、LMFBRの開発初期に、炉心崩壊
に伴う機械的エネルギーの放出を簡便に評価するために作成された簡易モデルであ
ること、このため、右モデルは、解析に当たり、単に炉心体積や熱出力の増加率の
みによって炉心崩壊に伴う機械的エネルギーを算定するにすぎず、炉心内の出力や
温度の分布を考慮せず、ドツプラ効果による負のフィードバック効果も無視する等
極端な仮定を置いて評価する素朴なものであること、しかし、炉心崩壊に伴う機械
的エネルギーの放出量は、単に炉心体積や熱出力の増加率のみによって的確に計算
できるものではなく、炉心崩壊に伴う燃料被覆管の溶融と移動、炉内での燃料の態
様、燃料とナトリウムの熱的な相互作用等多くの要因に基づいて計算されるもので
あるから、右モデルは、現在の科学的知見に照らして不合理であるというべきであ
ること、右理論の提唱者であるベーテ自身もこれを肯定していることが認められ
る。
 ③については、証人P4の証書(P4調書一・七九ないし八五頁)及び乙イ一九
の一によれば、ドンデラーの計算に対しては、カールスルーエ研究所グループが、
燃料集合体におけるオリフィス孔の存在あるいは閉塞の形成という明白な事実を無
視したことによる数値的不安定(コードの不完全性)による結果であり、コードの
不完全さのみを修正して再計算をしたところ、一桁小さい八〇メガジュールという
結論が出た旨批判していることが認められる。また、本件原子炉施設とSNR三〇
〇はその構造が同一ではない。したがって、右計算結果から直ちに、本件原子炉施
設における炉心崩壊事故においても同様の機械的エネルギーが発生するということ
はできない。また、セオファネスの結論も、直ちに本件原子炉施設における「一次
冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」の解析評価に当てはまるものとはいえ
ないし、これを認めるに足りる証拠もない。
(ハ) また、証人P4の証言(P4調書一・七五ないし七八頁)、乙イ一八及び
乙イ三二によれば、被告は、本件許可処分後に
、技術的知見の向上に伴い評価方法を改善し、評価にかかわる物理現象等の不確か
さの低減を図った上で、再度「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」の
解析評価(以下「新たな解析評価」という。)を行ったこと、右解析評価の結果、
「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」において発生する最大の機械的
エネルギーは、一気圧までの等エントロピー膨張による仕事量に換算して一一〇メ
ガジュール、より詳細に物理現象に即した解析をし、原子炉容器等に作用する機械
的エネルギーを炉心上部のナトリウムスラグ(ナトリウムの固まり)の運動エネル
ギーから求めた仕事量は一六メガジュールとなるとの結果が得られ、本件許可処分
当時の最大有効仕事量が低減されたことが認められる。
 すなわち、本件許可申請時の解析評価においては、起因過程(一次冷却材流量減
少時の反応度抑制機能喪失から炉心の損傷が生じるまでの事象の進行過程)につい
て、「SUS―3D」コードを用いて解析評価したところ、機械的炉心崩壊過程に
移行するという結論が出たことから、「VENUS―PM」コードに接続して機械
的炉心崩壊過程における機械的エネルギーの発生を解析した。しかし、乙イ一八に
よれば、新たな解析評価においては、起因過程について、「SUS―3D」コード
を改良し、燃料破損後の燃料移動挙動に関してより詳細なモデルを有する「SUS
―4A」コードを用いて解析したところ、燃料軸方向膨張及びFPガス圧等による
燃料の分散等について現実的な想定をすると、これにより大きな負の反応度が投入
されるため、多数の燃料集合体が同時に破損することはないことから、機械的炉心
崩壊過程には進展せず、遷移過程(起因過程に続き、燃料が集合体内で溶融、分散
配置した状態から炉心の溶融が徐々に拡大する事象の進行過程)に移行する旨の結
果が出たこと、そして、遷移過程については、これを解析する「SIMMER―
Ⅲ」コードを用いて解析したところ、最も保守的なケースにおいては再臨界に至る
ものの、これにより発生する最大の機械的エネルギーは、一気圧までの等エントロ
ピー膨張による仕事量に換算して一一〇メガジュール、より詳細に物理現象に即し
た解析をし、原子炉容器等に作用する機械的エネルギーを炉心上部のナトリウムス
ラグの運動エネルギーから求めた仕事量は一六メガジュールとなるとの結果が得ら
れたことが認められる。
 この
点、原告らは、新たな解析評価は機械的エネルギーの発生を小さくする事象を大き
く見積もった結果によるのであって、右解析結果以上の機械的エネルギーが発生し
ないとする根拠はない旨主張する。
 しかし、右解析の過程に具体的に不合理な点があるとは認められないし、他に本
件原子炉施設において右解析結果以上の機械的エネルギーが発生すると認めるに足
りる証拠もない。
(ニ) なお、原告らは、炉心崩壊事故の研究には実験データが少ないから、被告
が解析に用いた計算コードが妥当である保証はなく、これを使用して導かれた結論
もそれが最大値となる保証はない旨主張する。しかし、実験データが少ないか否か
は多分に評価の分かれるところであって、右原告らの主張は計算コードに不合理な
点があることを具体的に指摘するものとはいえないし、他に計算コードが不合理で
あることを窺わせるような証拠もない。
(ホ) したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(五) 再臨界事故について
 原告らは、本件原子炉施設においては、原子炉容器の破壊を伴い外部環境に壊滅
的被害を与えるような再臨界事故が起こり得ると主張し、その根拠として、①炉心
崩壊後に生じる塊状の堆積物(デブリ)の再集結による再臨界事故発生の可能性
や、②最初の爆発に続くナトリウムの蒸気爆発により燃料が再び密に集められ、再
臨界事故に至るというR・E・ウェッブの考え方を指摘する。
 しかし、①のデブリの再集結については、乙一六・一〇―四―二一頁及び乙ホ二
の一(証人P8調書一)七七丁裏ないし七九丁表によれば、本件安全審査において
は、「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」時における本件原子炉施設
の挙動の推移を評価した結果、溶融物質は原子炉容器内で分散し、最終的には各種
の構造物の上に堆積層(デブリベッド)となって再配置されるが、右デブリベッド
は広範囲にかつ薄く堆積するので、未臨界状態を保つ形状が維持されることを確認
したことが認められ、また、前記((四)、(5))のとおり、SIMMER―Ⅲ
コードによる「一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象」時の遷移過程の解
析評価においては、最も保守的なケースにおいては再臨界に至るものの、これによ
り発生する最大の機械的エネルギーは、一気圧までの等エントロピー膨張による仕
事量に換算して一一〇メガジュールであり、原子炉容器等に作用する機械エネル
ギーをナトリウムスラグの運動エネルギーから求めた仕事量は一六メガジュールと
なり、この程度の機械エネルギーに対しては、一次系バウンダリの構造的な健全性
は余裕をもって保持されるとの結果が得られており、原子炉容器の破壊を伴うよう
な再臨界が発生するとの結論は得られていない。したがって、本件原子炉施設にお
いて再臨界事故が発生する可能性があるとはいえない。
 ②のウェッブの考え方については、乙イ一五によれば、ドイツのカールスルーエ
原子力センターが、「ウェッブの仮説には計算上重大な誤りと非現実的な事故条件
が含まれており、しかも彼のシナリオは物理条件を逸脱している。」と述べている
ことが認められるから、その合理性には疑問があるといえ、右考え方から直ちに本
件原子炉施設において再臨界事故が発生する可能性があるということはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(六) ポニーモータによる崩壊熱の除去について
原告らは、わずか八パーセントの流量しか持たないポニーモータによる冷却では崩
壊熱を除去し得ないから、崩壊熱により重大な事故が起こり得る旨主張する。
 しかし、乙一六・一〇―四―二〇頁、二一頁及び乙ホ二の一(証人P8調書一)
七二丁表ないし七四丁裏、七九丁裏、八〇丁表によれば、本件安全審査において
は、ポニーモータによる炉心の冷却を考慮しなくても、一次主冷却系、二次主冷却
系及び補助冷却設備における各自然循環のみによって崩壊熱を除去するという前提
条件で解析評価し、その結果、右崩壊熱を除去するに十分な除熱能力が確保され、
これに二次主冷却系のポニーモータによる二ループの強制循環を仮定すれば、むし
ろ除熱能力はさらに大きくなり、崩壊熱を十分な余裕をもって除去できることを確
認したことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
四 当裁判所の判断
 以上によれば、本件原子炉施設は、事故防止対策に係る安性との関連において、
原子炉等による災害の防止上支障がないものと認められ、本件原子炉施設に、事故
が発生し、原告らの生命、身体に被害が及ぶ具体的な危険性があるとは認められな
い。
第六 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策
一 本件安全審査の内容
 乙四、乙七ないし一〇、乙一四の一ないし三、乙一六、乙二二、乙二三及び乙イ
六並びに弁
論の全趣旨によれば、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策に係る本
件安全審査の内容について、次のとおりと認められる。
1 意義
 公衆との離隔に係る立地条件の適否を判断する(立地評価)ための想定事故(磁
重大事故及び仮想事故)の解析評価は、「立地審査指針」に基づき、公衆との離隔
の確保の面から原子炉施設の立地条件の適否を評価するために行われるものであ
る。
2 本件安全審査の審査方針
 本件安全審査においては、「立地審査指針」、「評価の考え方」及び「プルトニ
ウムに関するめやす線量について」に基づき、「線量評価指針」等を参考として、
次の項目を具体的な判断基準として、本件許可申請おける立地評価のための想定事
故の解析評価について、審査を行った。
(一) 原子炉の周囲は、原子炉から「ある距離の範囲内」は非居住区域であるこ
と。右「ある距離の範囲」を判断するためのめやすとして、重大事故の場合につい
て、甲状腺(小児)に対して一五〇レム、全身に対して二五レムの線量を用いる。
(二) 原子炉から「ある距離の範囲内」であって、非居住区域の外側は低人口地
帯であること。右「ある距離の範囲」を判断するためのめやすとして、仮想事故の
場合について、甲状腺(成人)に対して三〇〇レム、全身に対して二五レムの線量
を用いる。
(三) 原子炉敷地は、人口密集地帯から「ある距離」だけ離れていること。右
「ある距離」を判断するためのめやすとして、仮想事故の場合における全身被曝線
量の積算値に対して二〇〇万人レムを参考とする。
(四) プルトニウムを燃料とする原子炉と公衆が居住する区域との間に「ある適
当な距離」を保つこと。右「ある適当な距離」を判断するためのめやすとして、骨
表面に対して一二ラド、肺に対して一五ラド、肝に対して二五ラドのプルトニウム
に係る線量を用いる。
3 本件許可申請における重大事故の解析内容
(一) 一次冷却材漏えい事故
(1) 事故想定の趣旨
 技術的見地から想定しうる最大規模の放射性物質が原子炉格納容器内に放出され
る場合の核分裂生成物の放出量と被曝線量を評価するため、一次冷却材漏えい事故
を想定する。
(2) 解析
(イ) 解析条件
① 原子炉は、定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたって運転されていたも
のとする。
② 事故後原子炉格納容器上に放出される核分裂生成物の量は、炉心内蔵量に対
し、希ガス一〇パーセント、よう素一パ
ーセントの割合とする。
③ 原子炉格納容器上に放出されたよう素のうち、九〇パーセントはエアロゾルの
形態をとり、残り一〇パーセントはエアロゾルの形態をとらないものとする。
④ 原子炉格納容器内のエアロゾル状よう素はプレートアウト等による減衰磁を考
慮するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑤ 原子炉格納容器からの漏えい率は1%/dとする。
⑥ 原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り
三パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑦ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九五
パーセントとする。また、よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇
分間はよう素除去効果を考慮しない。
⑧ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑨ 事故継続時間は三〇日間とする。
⑩ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑪ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(ロ) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約二四〇キュリー、希ガス約四
万七〇〇〇キュリーであり、この大気放出に伴う被曝線量は、敷地境界外で最大と
なる場所において小児甲状腺約一・八レム、全身約O・一五レムである。
(二) 一次アルゴンガス漏えい事故
(1) 事故想定の趣旨
 技術的見地から想定しうる最大規模の放射性物質の量が原子炉格納容器内に放出
される場合の核分裂生成物の放出量と被曝線量を評価するため、一次アルゴンガス
漏えい事故を想定する。
(2) 解析
(イ) 解析条件
① 原子炉は、定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたって運転されていたも
のとする。
② 事故後、原子炉格納容器外の常温活性炭吸着塔内に貯留されている希ガス及び
よう素の全量が常温活性炭吸着塔収納設備内に放出されるものとする。
③ 事故後、原子炉格納容器内の原子炉容器上部カバーガス及び一次アルゴンガス
系圧力調整タンク中の希ガス及びよう素が、常温活性炭吸着塔収納設備に移行する
とし、その量は原子炉格納容器内のカバーガス及び圧力調整タンクの中の量の五パ
ーセントとする。
④ 一次アルゴンガス系収納施設の漏えい率は100%/dで一定とし、漏えいし
た希ガス及
びよう素は大気へ放出されるものとする。
⑤ 事故継続時間は三〇日間とする。
⑥ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
(ロ) 解析結果
 大気中に放出される核分裂生成物の量は、よう素約二・五キュリー、希ガス約七
万人〇〇〇キュリーであり、この大気放出に伴う被曝線量は、敷地境界外で最大と
なる場所において小児甲状腺約〇・四九レム、全身約〇・二五レムである。
4 本件許可申請における仮想事故の解析内容
(一) 仮想事故解析の趣旨
 技術的には起こるとは考えられない事象及び重大事故として取り上げた事象を踏
まえて、より多くの放射性物質の放出量を仮想して評価を行う。
(二) 解析
(1) 解析条件
① 原子炉は、定格出力の一〇二パーセントで長時間にわたって運転されていたも
のとする。
② 事故後、原子炉格納容器上に放出される核分裂生成物の量は、炉心内蔵量に対
し、希ガス一〇〇パーセント、よう素一〇パーセント及びプルトニウム一パーセン
トの割合とする。
③ 原子炉格納容器上に放出されたよう素のうち、九〇パーセントはエアロゾルの
形態をとり、残り一〇パーセントはエアロゾルの形態をとらないものとする。
④ 原子炉格納容器内のエアロゾル状よう素はプレートアウト等による減衰を考慮
するが、非エアロゾル状よう素及び希ガスは右減衰効果を考えない。
⑤ 原子炉格納容器からの漏えい率は1%/dとする。
⑥ 原子炉格納容器からの漏えいは、九七パーセントがアニュラス部に生じ、残り
三パーセントはアニュラス部外に生じるものとする。
⑦ アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットのよう素除去効率は九五
パーセントとする。また、よう素用フィルタユニットヘの系統切替達成までの一〇
分間はよう素除去効果を考慮しない。
⑧ プルトニウムの大気放出量の評価に当たっては、プルトニウムはエアロゾルの
形態をとるものとし、フィルタによる除去効率は九五パーセントとする。
⑨ 原子炉格納容器内の放射能による直接線量及びスカイシャイン線量については
原子炉格納容器等の遮へいを考慮して評価する。
⑩ 事故継続時間は三〇日間とする。
⑪ 環境への核分裂生成物の放出は、排気筒より行われるものとする。
⑫ 環境に放出された核分裂生成物の大気中の拡散については、「気象指針」に従
って評価するものとする。
⑬ 全身被曝線量の積算値の算出に当
たっては、大気拡散条件は大気安定度F型、水平方向拡散幅三〇度及び平均風速
一・五メートル毎秒、放出点は3地上高五〇メートルとする。拡散方向は積算値が
最大となる南南西とし、人口は昭和五〇年の国勢調査結果及び西暦二〇二五年の推
定値を用いる。
(2) 解析結果
 大気中に放出される放射能量は、よう素約二三〇〇キュリー、希ガス約四七万キ
ュリー及びプルトニウム約五一キュリーである。このよう素及び希ガスの大気放出
に伴う被曝線量は、敷地境界外で最大となる場所において、成人甲状腺約四・五レ
ム、全身約一・四レムであり、全身被曝線量の積算値は、昭和五〇年の人口に対し
て約一三万人レム、西暦二〇二五年の推定入口に対して約一七万人レムである。
 プルトニウムの大気放出に伴う被曝線量は、敷地境界外で最大となる場所におい
て、骨表面、肺及び肝のそれぞれに対し、約〇・九九ラド、約〇・一九ラド及び約
〇・二一ラドである。
5 本件安全審査における評価
(一) 事象選定の妥当性
 重大事故は、放射性物質の拡大の可能性を考慮し、技術的見地からみて最悪の場
合には起こるかもしれないものの中から、原子炉格納容器内放出に係る事故として
「一次冷却材漏えい事故」が、原子炉格納容器外放出に係る事故として「一次アル
ゴンガス漏えい事故」がそれぞれ選定され、技術的に最大と考えられる放射性物質
の放出量を想定して評価されており、他方、仮想事故は、「技術的には起こるとは
考えられない事象」及び「重大事故」として取り上げた事象等を踏まえて、より多
くの放射性物質の放出量を仮想して評価されているとして、これらの想定は、「評
価の考え方」に従うものであり、妥当であると判断した。
(二) 解析方法の妥当性
 放射性物質の放出量及び被曝線量の評価は、重大事故及び仮想事故の趣旨に照ら
して、それぞれ「安全評価指針」を参考として、十分厳しくなるような解伽析条件
を用いて行われているとして、右解析方法は、「評価の考え方」に適合するもので
あり、妥当であると判断した。
(三) 解析結果の妥当性
 いずれの解析結果においても、放射性物質の大気中への放出量、厳しい気象条件
等を用いて計算された甲状腺及び全身の被曝線量並びに全身被曝線量の積算値は、
「立地審査指針」及び「プルトニウムに関するめやす線量について」の定めるめや
す線量を十分下回っており、「立地審査指針」に示されている非居住区域及び低
人口地帯であるべき範囲は、いずれも本件敷地内に包含されることになり、また、
本件原子炉施設は人口密集地帯からも十分離れており周辺公衆との離隔は十分確保
されていると認められることから、本件原子炉施設の立地条件は、「立地審査指
針」に十分適合すると判断した。
(四) 結論
 以上から、本件安全審査においては、調査審議の結果、本件原子炉施設の公衆と
の離隔に係る安全性について、本件原子炉施設が審査基準に適合し、その基本設計
ないし基本的設計方針において、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るもの、す
なわち、公衆との離隔に係る立地条件において、原子炉等による災害の防止上支障
がないものとした。
二 本件安全審査の合理性
1 審査基準及び審査方法の合理性
 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての本件安全審査に用いられ
た審査基準及び審査方針に不合理な点があるとは認め難い。
2 審査内容の合理性
(一) 解析において用いられた解析条件に不合理な点があるとは認め難い。
(二) そして、右解析の結果は、「立地審査指針」及び「プルトニウムを燃料と
する原子炉の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」に示さ
れている非居住区域及び低人口地帯であるべき範囲は、いずれも本件敷地内に包含
されることになるというものであったのであるから、公衆との離隔に係る安全性を
確保し得るという結論においても、不合理な点があるとは認め難い。
3 以上のとおり、本件安全審査における本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安
全性の判断は、合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができ、こ
れに前記(第二、四)の本件安全審査の性格を考え合わせれば、この点について、
原告らの更なる主張、立証のない限り、本件原子炉施設は、公衆との離隔に係る安
全性を確保し得るものと推認することができる。
 そこで、次に、公衆との離隔に係る安全性に関して、本件安全審査の合理性に対
する原告らの反論について判断を示すことにする。
三 原告らの主張について
1 事象選定に関する主張について
 原告らは、本件原子炉施設の立地評価のための想定事故の解析評価において想定
されている事故の選定が恣意的である旨主張し、その根拠としてTMI二号炉事故
では、仮想事故を上回る放射線放出が現実に起こったことを指摘する。
 しかし、立地評価のための想定事故の解析評価は、本件原子炉施設の
事故防止対策に係る安全設計が妥当であることを確認し、更に「運転時の異常な過
渡変化」、「事故」及び「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析評価に
よりその妥当性を別の側面から確認した上で、なお本件原子炉施設が、その基本設
計及び基本的設計方針において、災害防止上支障がないものであるか否かを判断す
る一環として、本件原子炉施設と公衆との離隔の確保の妥当性を確認するために行
われるものである。
 このように、立地評価のための想定事故の解析評価は、本件原子炉施設の基本設
計ないし基本的設計方針において災害防止上支障ないものであるか否かを判断する
ためのものであり、かつ、事故防止対策に係る安全設計の妥当性(前記第五、一、
2ないし4)及び各種事故等の解析(同5及び同6)を前提とするものであるか
ら、これに当たって想定すべき事故は、各種事故等の解析評価において取り扱われ
た各事故以上のものである必要があるが、基本設計ないし基本的設計方針で採られ
ている事故防止対策をすべて無効とするような事故を想定することは、解析評価の
目的に反することになる。したがって、ガードベッセルや原子炉格納容器等の安全
防護施設の存在を無視し、あるいは、これらが全く機能しないような場合において
初めて発生し得る事故の状態までを考慮する必要はない。
 右を前提に考えれば、本件安全審査の立地評価のための想定事故の解析評価にお
ける事象の選定が不合理であるということはできないというべきである。
 そして、原告らの主張するTMI事故は、後記(第一〇章第九)のとおり、原子
炉施設の運転管理に起因して発生したものであるから、右の趣旨で行われる立地評
価において考慮する必要はない。なお、甲イ一五〇によれば、同事故による周辺公
衆の被曝線量は、個人平均で約一ミリレムであると推定されていることが認められ
るから、右事故により周辺公衆が過大な被曝を受けた事実はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
2 評価手法に関する主張について
 原告らは、本件原子炉施設の立地評価のための想定事故の解析評価について、放
出放射性物質の量、放出形態、気象条件、人口条件等の根拠が不明確であり、想定
した事象の評価手法が恣意的である旨主張する。
 しかし、乙一六・一〇―五―一八頁、一九頁によれば、本件安全審査において
は、重大事故及び仮想事故については、放射性物質の
量、放出形態、拡散、希釈の状況等につき、気象指針に基づいた評価方法が設定さ
れていること、仮想事故については、昭和五〇年の国勢調査結果と西暦二〇二五年
の人口の推定値が人口条件として用いられていることを確認したことが認められ
る。
 なお、原子炉施設から環境へ放出される放射性物質からの放射線による公衆の被
曝の形態は、放射性物質の放出量、放出形態等により種々のものが考えられるが、
右の解析評価においては、主要な被曝の形態を考慮すれば、必要とされる離隔の程
度は十分合理的に判断可能であるから、考えられる被曝の形態のすべてを考慮しな
いとしても、当該解析評価が不合理であるということはできない。
 したがって、原告のこの点についての主張は理由がない。
四 当裁判所の判断
 以上によれば、本件原子炉施設は、公衆との離隔に係る安全性との関連におい
て、原子炉等による災害の防止上支障がないものと認められ、本件原子炉施設に、
公衆との離隔との関連において、原告らの生命、身体に被害が及ぶ具体的な危険性
があるとは認められない。
第八章 本件原子炉施設の運転段階における安全確保対策
第一 本件原子炉施設の運転段階における安全確保対策
 第七章で述べたとおり、本件原子炉施設においては、その設計において十分な安
全確保対策が講じられていると認められるが、異常状態の発生を未然に防止し、ま
た、異常状態が発生した場合にその拡大を防止するためには、原子炉施設の安定し
た運転を維持することが必要である。そして、そのためには、①本件原子炉施設の
運転が十分な保安管理体制の下に行われること、②その運転が、適切な運転操作手
順に従って、十分な運転技術を有する運転員によって行われること、③その運転段
階を通じて、設置した設備の機能、性能が十分に維持されることが必要と解され
る。
 この点、証拠(関係箇所に掲記する。)によれば、被告は、本件原子炉施設の安
定した運転を維持するため、次のとおりの運転段階における安全確保対策を講じて
いることが認められる。
一 保安管理体制の確立
1 原子炉設置者は、試験炉規則一五条一項に列挙された事項について保安規定を
定め、科学技術庁長官の認可(規制法三七条一項、七四条の二、昭和四二年総理府
告示第三三号)を受けなければならないとされているところ、被告は、本件原子炉
施設の設備、機器の据付け終了後、試運転の段階に入り、炉心燃料集合体の
装荷を開始した平成五年一〇月、保安規定を定め、科学技術庁長官の認可を受け
た。その後も、試運転の進展等に伴い、逐次、同長官の変更認可を受けて保安規定
の改正を行い、本件原子炉施設の保安管理体制を整備した(乙イ七九)。
2 被告の現在の原子炉施設保安規定(乙イ七九)に基づく本件原子炉施設の保安
管理体制は次のとおりである。
(一) 高速増殖炉もんじゅ建設所(以下「建設所」という。)に、原子炉施設の
保安に関する職位として建設所長(以下「所長、という。」、管理課長「安全管理
課長、技術課長、プラント第一課長、プラント第二課長、環境保全課長その他を置
き、所長は原子炉施設の保安に関する業務を総括し、プラント第一課長は原子炉施
設の運転に関する業務を、プラント第二課長は原子炉施設の保修及び改造に関する
業務をそれぞれ行う(保安規定四条)
(二) 被告本社に中央安全委員会を、建設所に原子炉等安全審査委員会をそれぞ
れ置き、中央安全委員会は原子炉施設の保安に関する被告理事長の諮問事項を、原
子炉等安全審査委員会は原子炉施設の保安に関する所長の諮問事項をそれぞれ審議
する(保安規定五ないし七条)。
(三) 被告は、原子炉主任技術者免状を有する者のうちから、原子炉施設の運転
に関し保安の監督を誠実に行うことを任務とする原子炉主任技術者(以下「主任技
術者」という。)を選任する。主任技術者は、原子炉の運転に保安上必要な場合に
は、運転に従事する者に指示をし、所長に対し意見を具申する。所長は右の意見を
尊重し、運転に従事する者は右の指示に従わ癒ければならない(保安規定八ないし
一〇条)。
(四) そして、被告は、右に述べた保安管理組織のほか、所長の下に、①建設所
において品質保証活動の推進に当たる「品質保証推進グループ」、②本件原子炉施
設の安全総点検の結果等を踏まえたナトリウム漏えい対策に係る設備等の改善方策
の検討等を行う「改革推進グループ」をそれぞれ設置し、本件原子炉施設の安全性
及び信頼性のより一層の向上を図る(乙イ八〇)。
二 運転体制
1 プラント第一課長は、原子炉施設の運転に必要な知識を有する者を確保し、原
子炉施設の運転に必要な構成人員を揃えなければならない(保安規定一二条)。具
体的には、当直長、当直長補佐その他の運転員からなる班を五つ編成して「三交替
制で本件原子炉施設の運転操作を行わせる体制を取る(乙イ八二)。
2 被告は、本件原子炉施設の設計、建設経験者のほか、実験炉「常陽」、新型転
換炉「ふげん」又は軽水炉の運転経験を有する者、さらに、大洗工学センターでナ
トリウム技術に係る研究開発に従事した者その他を本件原子炉施設の運転員として
配置する(乙一六・五―四頁、八―一五―一頁)。
3 また、軽水炉に関する技術、知識、経験を本件原子炉施設に反映せるため、日
本原子力発電との間で運転員の派遣について協力協定を締結し、右協定に基づき、
同社を含む電力会社各社から、運転員等の派遣を受ける(弁論の全趣旨)。
三 運転手順書等
1 本件原子炉施設の保安のためには、その運転操作が、適切な運転手順に従って
行われることが重要である。そこで、被告は、保安規定を前提に、本件原子炉施設
の保安上、具体的に遵守すべき事項等を、保安規定運営要領、プラントの起動、停
止手順書、異常時運転手順書、故障時運転手順書及び各設備ごとの設備別運転手順
書等(以下、これらの手順書等を一括して「運転手順書等」という。)として定め
た(乙イ四七・三・三―四頁及び乙イ四八・三・三―八頁)。
 「常陽」の試運転以降、現在に至るまでの運転から得られた運転経験は、「常
陽」の異常時運転手順書等、多数の運転手順書等として体系化されているが、本件
原子炉施設の運転手順書等を定めるに当たっては、これらが十分に参考にされた
(弁論の全趣旨)。
2 また、安全総点検の結果、保安規定や運転手順書等について、改善すべき事項
が指摘されたことから、被告は、平成一〇年一〇月、保安規定等を改正し、ナトリ
ウム漏えい時に、当直長が漏えいの影響の抑制のために適切な措置を講じることが
できるなど、その役割を明確にした(保安規定二〇条、乙イ四七・三・三―一頁、
二頁、四頁、五頁、八頁及び乙イ八二)。
 異常時運転手順書及び故障時運転手順書についても、従前は「概要」、「フロー
チャート」及び「細目」から構成されていたが、異常時の運転操作を確実なものと
するため、「細目」に一本化する方向で改定作業を進める(乙イ四七・三・三―八
頁及び乙イ四八・三・三―一四ないし四一頁)。
 そして、右の運転手順書等については、後述する「もんじゅ」シュミレータでの
模擬運転によって、その内容等が適切であることを事前に確認した上で、本件原子
炉施設の運転を開始することを予定している(乙イ八一及び乙イ八二)。
四 運転員の運転技能の維持、向上
1 
本件原子炉施設の中央制御室の中央制御板等の配置や計器表示、警報表示等の設備
について、運転員の誤操作を防止し、運転員が本件原子炉施設の状態を正確かつ迅
速に把握できる施設として設計されていることが認められるが(乙一六・八―一―
四九頁、八―九―三七頁)、原子炉施設の保安のためには、その運転操作が、十分
な運転技能を有する運転員によってされる必要がある。そこで、被告は、運転員の
運転技能の維持、向上を図るため、以下の措置を取っている。
(一) 運転員の配置
 被告は、前記(二、2)のとおり、「常陽」、「ふげん及び軽水炉の運転経験や
大洗工学センターでの研究開発経験が本件原子炉施設の保安に反映されるよう考慮
し、教育訓練等によって適切な運転技能を修得させた後、運転員として配置する
(保安規定八九条、九〇条、乙イ四七・主・三―一〇頁及び乙イ八三)。
 具体的には、①本件原子炉施設について十分な知識を有する者等であって、②
「もんじゅ」シミュレータ(運転訓練施設)を用いて行う通常運転時及び事故時の
運転操作に関する運転実技試験等に合格し、③運転責任者の職務を遂行するために
必要な実務知識に関する口頭試験に合格した者を、本件原子炉施設の運転責任者で
ある当直長に選任する。また、当直長輔佐その他の運転員についても、運転経験年
数の長短に応じて階層的に区分した上で、「もんじゅ」シミュレータを用いた訓練
課程を終了した者等を配置する(乙イ八三)。
(二) 配置後の運転技能の維持、向上
 運転員の配置後も運転操作を通じての日常的教育(いわゆるOJT)のほか、
「もんじゅ」シミュレータを用いた運転操作訓練や被告の内外の各種技術研修の受
講等により、運転員の運転技能の維持、向上を図る(乙イ四七・三・三―一〇頁、
乙イ八一及び乙イ八三)。
 被告は、従前、運転員を大洗工学センターの「常陽」やナトリウム施設に派遣
し、「常陽」等の運転員の指導の下に、訓練運転員として運転業務に従事させる等
の技術研修を行っていたが、平成三年四月以降は、本件原子炉施設敷地内に設置し
た「もんじゅ」シミュレータを用いて、運転員の運転技能の程度に応じた階層別の
運転操作訓練や、一つの班(運転直)を構成する運転員相互間の指示・連絡系統の
連携訓練等(直内連携訓練、・直間連携訓練)を行っている(乙イ四七・三・三―
一〇頁、乙イ八三)。「もんじゅ」シミュレータは、本件原子炉施設
の中央制御室を実規模で模擬した教育訓練施設であり、プラントの異常状態を任意
に模擬し、受講者に右異常時の措置を行わせることによって、臨場感を持たせた運
転操作を行うことができる(乙イ八一)。
 また、被告が行う技術研修の受講に加え、適宜、軽水炉の運転訓練センター等で
の訓練課程を受講させることによって、運転員の運転技能の維持向上を図る(乙イ
四七・三・三―一〇頁)。
2 さらに、被告は、安全総点検における教育訓練内容についての点検の結果に基
づき、以下のような改善を行った。
(一) 教育訓練を確実に実施するため、建設所に、その推進を図り、教育訓練状
況の把握等を行う「教育担当」を置いた(乙イ四七・三・三―三頁、九頁、乙イ五
一及び乙イ八三)。
(二) 「もんじゅ」シミュレータを、運転員が現場の状況等を模擬映像で確認で
きるよう改造した上で、二次系ナトリウム漏えいを想定した教育訓練を開始した
(乙イ四七・三・三―一〇頁及び乙イ八三)
(三) 所長は、毎年度、原子炉施設の保安に関する教育訓練計画を定め、非常事
態に対処するための総合的実地訓練を年一回以上実施することとし(保安規定八九
条、九〇条)、平成八年四月からは、ナトリウム漏えい事故を想定し、ナトレック
ス(ナトリウム火災用消化器)を使用するナトリウム取扱・消火訓練やナトリウム
漏えい時の運転員の基本動作の習熟を図る異常時模擬訓練を年一回行っており、平
成一〇年一二月一〇日には、二次主冷却系Aループからのナトリウム漏えい事故を
想定した総合防災訓練を運転員を含む職員等約二〇〇名で行った(乙イ四七・三・
三―一〇頁、乙イ八三及び乙イ八四)。
3 なお、被告は、今後も教育訓練内容の更なる強化を図り、逐次、改善措置を講
じる予定であり、具体的には、運転員に対する十分な教育訓練期間を確保するた
め、現在の五斑三交代制に代えて、六班三交代制の導入を検討している(乙イ四
七・三・三―三頁、一〇頁、乙イ八二及び乙イ八三)。
五 設備の機能、性能の維持
1 原子炉施設の安全性を確保するためには、安全性の確保に必要な系統・機器等
について、設計上要求される性能・機能が、運転段階においても十分維持されるこ
とが必要であることから、原子炉施設は、使用前検査(規制法二八条)に合格した
後も、毎年一回、その性能が法令で定める技術上の基準に適合しているか否かにつ
いて定期検査を受検することとされている(
規制法二九条)。また、原子炉設置者は、保安のために必要な措置として、原子炉
施設の巡視、点検や定期自主検査を行うこととされている(規制法三五条、試験炉
規則九条、一〇条)。
2 試験、検査等
 被告は、以下のような巡視、点検や定期自主検査を行い、これらの結果に基づい
て設備の改善等を行って、系統、機器等の性能、機能の維持、向上を図ることとし
ている。
(一) 巡視、点検
 当直長は、毎日一回以上、本件原子炉施設内を巡視し、①原子炉冷却系統施設
(一次、二次主冷却系設備、補助冷却系設備)、②制御棒駆動設備及び③電源、給
排水、排気の各施設(ディーゼル発電機、所内電源設備、液体、気体廃棄物処理設
備、換気空調設備等)を点検し、異常がないことを確認する(試験炉規則九条、保
安規定一三条)。
 また、当直長は、原子炉の起動開始前及び停止後には、原子炉施設全体の状態を
点検し、異常の有無を確認する(保安規定一六条一項)。
(二) 定期自主検査
 被告は、定期自主検査として、次のとおり、試験炉規則一〇条が定める事項等に
ついて、試験、検査を行い、異常がないことを確認することとしている。
(1) 原子炉の停止中は、実際に原子炉停止系を作動させて、安全保護系の回路
等の設定値やその機能を確認する「安全保護回路等の設定値確認検査」及び「安全
保護回路等機能検査」を一年ごとに行う(試験炉規則一〇条一号、保安規定二六条
一項、七四条、別表五、別表一九―(1))。
(2) 原子炉の運転中には、原子炉停止系を作動させないよう原子炉トリップバ
イパス遮断器に切り替えた上で、安全保護系の回路の機能を確認するため、原子炉
トリップ回路の模擬試験を一か月ごとに行う(試験炉規則一〇条一号、保安規定二
六条二項、七四条、同別表一九―(2)及び乙一六・八―九―三一頁)。
(3)  サーベイメータやモニタリングポスト等の施設内外の放射線測定用の計
測器類については、「放射線計測器類の点検・校正」及び「環境放射能計測器の点
検・校正」を一年ごとに行う(試験炉規則一〇条二号、保安規定四七条四項、四八
条四項、六五条一項、二項、七四条、別表一四、別表一七―(1)、同(2)、別
表一九―(1))。また、アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタユニットの
バイパス回路の切替試験等、試験炉規則一〇条に定めのない事項についても各種の
試験、検査を行い(保安規定別表一九―(1)、(2)
)、原子炉施設の保安上重要な警報装置の機能(保安規定一八条一項)や原子炉ト
リップ時の制御棒の挿入時間等の運転上の条件(保安規定第四節)等が維持されて
おり、異常がないことを確認する。   
3 設備の改善等
 右に述べた巡視、点検や定期自主検査の結果、設備の補修、改善等を要するとさ
れた箇所については、原子炉主任技術者の意見を徴した上で保修作業等を行うと共
に、その終了後は、右箇所の点検や性能試験を行い、正常な状態に復したことを確
認する(保安規定七六条ないし七八条)。
 なお、安全総点検では、試運転開始(平成三年五月)から平成九年五月までの六
年間に作成された保修票約一〇〇〇件についても点検をしたが、保修の対象となっ
た事象が原子炉の安全性に影響を及ぼすものではないこと、保修作業が妥当であっ
たこと及び今後同様の事象が発生することを防止するための適切な措置が講じられ
ていることを確認した(乙イ四七・三・四・四―一頁、二頁、五頁、六頁及び乙イ
五一)。
 また、安全総点検では、試運転段階において発生した事故へ故障についても点検
したが、右事故、故障の発生原因を踏まえた設備改善策等が妥当であること、同様
の事故、故障が生じないように併せて講じられた設備改善措置が妥当であることも
確認した(乙イ四七・三・四・四―一頁、乙イ四八・三・四・四―一ないし一一頁
及び乙イ五一)。
第二 当裁判所の判断
 右認定の事実によれば、本件原子炉施設の運転段階における安全確保対策は、運
転に起因する事故の発生を防止するのに十分なものと認められ、本件原子炉施設に
おいて、運転に起因する事故が発生し、原告らの生命、身体に被害が及ぶ具体的な
危険性があるとは認められない。
第三 原告らの主張について
一 原告らは、次の各事実を指摘して、被告には本件原子炉施設を運転するだけの
技術的能力がないから、本件原子炉施設の適切な運転をすることができず、本件原
子炉施設は安全性を欠く旨主張する。
1 本件ナトリウム漏えい事故の発生
 本件ナトリウム漏えい事故は、二次主冷却系の温度計さや管が破損してナトリウ
ムが漏えいした事故であるが、右破損の原因はさや管が徐々に細くなる形状のテー
パ状ではなく、段付き構造のさや管を設置したために、配管内を流れるナトリウム
の流体力によってさや管の細管部に高サイクル疲労が生じたこと、すなわち温度計
の設計ミスにあったが、これは初歩的なミ
スであり、被告の品質保証活動、技術の継承に問題があることが露呈した。
 また、本件事故により、ナトリウムの燃焼温度の想定が誤まっていたことが判明
したが、被告は、床ライナの損傷防止対策について有効な解決策を打ち出すことが
できず、現在においても運転再開の目処が立っていない。そして、本件事故によ
り、運転手順書を構成する「概要」「フローチャート」「細目」の三文書の内容が
互いに矛盾していたことが判明したが、被告はこの矛盾を事前にチェックすること
ができなかった。さらに、本件事故においては、本件原子炉施設のナトリウム漏え
い検出機能に欠陥があることも判明した。
 これらの事実は、被告に原子炉を適格に運転遂行する能力が欠如していることを
示すものである。
2 配管の設計ミス
 平成三年六月、本件原子炉施設において、総合機能試験の準備として予熱用の電
気ヒーターで二次主冷却系配管を加熱した際に、配管が熱膨張により設計とは全く
逆方向に変形し、また、同年七月、同じく総合機能試験において蒸気発生器細管の
溶接箇所に定期検査用のプローブがひっかかり、プローブを削るという事件が発生
し、被告の品質保証活動が不十分であることが露呈した。また、被告は、これらの
重大な事実を内部告発によって明らかにされるまで隠し、自らの技術的能力の欠如
を覆い隠していたのであって、これは、被告に原子炉を適格に運転する能力が欠如
していることを示すものである
3 東海村の再処理工場の事故
 平成九年三月一一日、被告の東海村再処理工場の放射性廃棄物アスファルト固化
工程において、TNT火薬に換算して数十キログラム程度と推定される大規模な爆
発事故が発生した。この事故の原因は、運転条件を変更したことにあったが、右運
転条件の変更は現場サイドだけで決められ、被告の技術者の検討を経ていなかった
ものと解される。これもまた、被告に原子炉を適格に運転遂行する能力が欠如して
いることを示すものである。
4 事故情報の秘匿体質
 被告は、本件ナトリウム漏れ事故において、事故を過小なものに仮装するため、
事故直後に事故現場を撮影したビデオテープを隠し、事故後二回目に撮影したビデ
オテープを更に一分間に編集したビデオのみを公開しており、追及されて二回目に
撮影したオリジナルのビデオテープを、更に追及されてようやく事故直後のビデオ
テープを公開した。また、被告は、規制法六七条に基づいて科
学技術庁長官に本件事故を報告するに当たり、虚偽の事実を報告し、規正法違反
(虚偽報告の罪)により、被告が罰金二〇万円、被告の職員二人が各罰金一〇万円
の刑事処分を受けた。
 さらに、被告は、右東海村再処理工場の事故についても、事故情報を隠匿し、虚
偽報告を行ったことで刑事処分を受けた。
 これらの事実からすれば、被告の組織をあげての事故隠し体質は明らかであり、
これは、被告に原子炉を適格に運転遂行する能力が欠如していることを示すもので
ある。
二 しかし、これまで認定してきたとおり、本件原子炉施設がその設計において安
全性を確保し得るものであり、運転段階においても前記(第一)で判断したような
安全確保対策が取られていれば、本件原子炉施設において事故の発生は防止される
ということができ、原告らが指摘するような過去の事故や組織の体質は、これを十
分に考慮しても、本件原子炉施設において、運転に起因する事故が発生し、原告ら
の生命、身体に被害が及ぶ具体的な危険性があると認めるには足りないというべき
である。
 したがって、この点についての原告らの主張は理由がない。
第九章 蒸気発生器伝熱管破損事故の防止対策及び本件ナトリウム漏えい事故につ
いて
第一 蒸気発生器伝熱管破損事故について
 原告らは、本件原子炉施設において、蒸気発生器伝熱管破損事故が発生するおそ
れがあり、また、その場合には、炉心にまで影響が及び、炉心溶融事故となる可能
性がある旨主張する。
 そこで、以下、右原告らの主張について検討するが、まず、本件原子炉施設の蒸
気発生器の概要、蒸気発生器伝熱管破損事故の意義、本件安全審査の内容(事故防
止に係る安全確保対策)について検討した上で、原告らの主張に対して判断を示す
ことにする。
一 本件原子炉施設の蒸気発生器設備の概要
 次の事実は当事者間に争いがない。
 本件原子炉施設の蒸気発生器は、二次冷却材ナトリウムの熱を水、蒸気系に伝達
する熱交換器であり、ナトリウムの熱によって水を蒸気(過熱蒸気)に変える蒸発
器と、蒸発器で生成された蒸気(過熱蒸気)を更に過熱する過熱器とから成り、い
ずれも、外径約三メートルの胴部の中に、ヘリカルコイル(らせん)形の伝熱管約
一五〇本を内蔵する構造となっており、伝熱管の内部を被加熱体である水、蒸気が
流れ、伝熱管の間を加熱体であるナトリウムが胴部の上部から下部へ下降し、伝熱
管壁を介して熱交換が行わ
れる。
 蒸発器及び過熱器は、二次主冷却系三系統の系統ごとに各一基ずつ設置されてお
り、蒸気発生器設備として、蒸発器及び過熱器のほか、ナトリウム・水反応生成物
収納設備等が設置されており、また、蒸気発生器計装として、水漏えい検出設備等
が設置されている。
二 事故の意義
 蒸気発生器伝熱管破損事故とは(本件原子炉の出力運転中に何らかの原因で蒸気
発生器の伝熱管が破損し、大規模なナトリウム・水反応によって、当該蒸気発生器
を有する二次主冷却系ループ内の圧力が過度に上昇した場合に、右の蒸気発生器を
始め、当該蒸気発生器を有する二次主冷却系ループの中間熱交換器等が損傷するお
それのある事象である。
 すなわち、蒸気発生器伝熱管が破損すると、圧力差によって水、蒸気がナトリウ
ム中に漏えいしてナトリウム・水反応が生じ、次のように隣接する伝熱管等がその
影響を受けるおそれがある。
1 水漏えい率(単位時間当たりの水漏えい量)が毎秒〇・一グラム程度を下回る
場合には、影響の及ぶ範囲は最初の漏えい管自身に限定され、反応生成物によって
リーク孔が塞がれてナトリウム・水反応が終止するか、リーク孔が腐食により拡大
する。
2 水漏えい率が毎秒〇・一グラム程度を上回ると、ナトリウム中に噴出する水、
蒸気が、高温で腐食性の噴出流(リークジェット)を形成し、リークジェットにさ
らされた隣接伝熱管が、主として腐食によって損耗、減肉し、破損に至るおそれが
生ずる(このような現象を「ウェステージ(損耗)現象」といい、初期事象に引き
続き、ウェステージ現象によって隣接伝熱管に破損が伝播し、右伝熱管が破損する
ことを「ウェステージ型破損」又は「ウェステージ型二次破損」という。)。
3 水漏えい率が毎秒一〇グラム程度以上になると、リークジェットが周囲の複数
の隣接伝熱管に影響を及ぼすようになるため、伝熱管にウェステージ型破損が生じ
るおそれがある。
4 水漏えい率が毎秒約一キログラム程度を上回るようになると、隣接伝熱管にウ
ェステージ型破損が発生するおそれがあるほか、ナトリウム・水反応によって生じ
る高温の反応熱のために伝熱管壁が過熱されて、伝熱管の機械的強度が低下し、伝
熱管が内部の圧力によって急速に膨れて破裂する(この現象を「高温ラプチャ(破
裂)現象」といい、高温ラプチャ現象によって隣接伝熱管が破損することを「高温
ラプチャ型破損」という。)おそれが生じる。一般
に、ウェステージ型破損よりも、高温ラプチャ型破損の方が、短時間に多数の伝熱
管を破損させるおそれが高いとされる。
 また、大量の水素ガスが発生して系内の圧力上昇が顕著となり、二次主冷却系各
部や原子炉冷却材バウンダリである中間熱交換器伝熱管に圧力荷重を与えることか
ら、機器の健全性が損なわれるおそれが生じる。
三 本件安全審査の内容
1 異常発生防止対策
 証人P9の証言(P9調書四・五八丁表、同裏及びP9調書七・一三丁表ないし
一四丁表)、乙一六・八―五―二頁、一〇―二―三七頁、一〇―三―六三頁及び乙
イ四三によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、蒸気発生器
伝熱管からの水、蒸気の漏えいを防止するために、次の対策(異常発生防止対策)
が講じられていることを確認したことが認められる。
(一) 伝熱管の材料には、蒸発器、過熱器のそれぞれについて、その使用条件に
適合する材料が使用される。
(二) 伝熱管の溶接部は、構造信頼性や欠陥検出性に優れた突き合わせ溶接継手
構造とした上、全自動の電気溶接機で施工し、非破壊検査等の所定の検査を行う。
(三) 伝熱管の腐食を防止するため、ナトリウム純度及び水質を管理するコール
ドトラップ、プラギング計、脱気器、復水脱塩装置等が設置される。
2 異常拡大防止対策(影響緩和対策)
 乙一六・八―五―六頁、八―九―一五頁、一〇―二―三七頁、一〇―三―六二頁
ないし六四頁及び乙イ四三によれば、本件安全審査においては、万一、蒸気発生器
伝熱管が損傷し、水、蒸気の漏えいが発生した場合であっても、水、蒸気の漏えい
規模が拡大したり、系内の圧力が顕著に上昇することを防止し、事象ないし事故を
安全に終止させることができるように、次の影響緩和対策が講じられていることを
確認したことが認められる。
(一) 設備等
(1) 水・蒸気系と一次主冷却系との間には二次主冷却系が設けられる。
(2) 様々な規模の水漏えいに対し早期にその発生を検知するための設備とし
て、水素計、カバーガス圧力計及び圧力開放板開放検出器が設置される。
(3) 大規模なナトリウム・水反応の影響を緩和するため、圧力開放板や反応生
成物収納容器等から構成されるナトリウム・水反応生成物収納設備が設置される。
(二) 漏えいの検知等
 微小な水、蒸気の漏えいが生じてナトリウム中水素濃度の上昇率が増加した場合
には、ナトリウム中水素計の警報に
よって運転員が手動操作で水漏えい信号を発する。右上昇率が更に増加した場合に
は、自動的に水漏えい信号が発せられる。水、蒸気の漏えいが中規模以上である場
合には、蒸発器カバーガス圧力計又は圧力開放板開放検出器により自動的に水漏え
い信号が発せられる。
(三) 事象、事故の終止等
 水漏えい信号が発せられると、漏えいの規模に関係なく、自動的に二次主冷却系
循環ポンプ及び主給水ポンプの運転が停止し、蒸気発生器の水・蒸気側が遮断され
ると共に、水・蒸気系の高速ブロー系が作動して伝熱管内に保有する水、蒸気が急
速にブロー(排出)され(過熱器及び蒸発器の隔離を含む右一連の動作を「蒸気発
生器の緊急停止」という。)、ナトリウム・水反応は安全に終息する。また、原子
炉は、右各ポンプの停止に伴う「二次主冷却系循環ポンプ回転数低」信号や「二次
主冷却系流量低」信号によって緊急停止する。
 蒸気発生器伝熱管から大規模な水、蒸気の漏えいが起こり、万一、ナトリウム 
水反応により二次主冷却内の圧力が異常に上昇した場合には、蒸気発生器及び原子
炉の各緊急停止に加え、圧力開放板が開放されて過度の圧力上昇を抑えると共に、
右反応により生成した水素ガスやその他のナトリウム・水反応生成物は反応生成物
収納容器内に回収され、右水素ガスは分離されて燃焼処理される。
3 事故の解析評価
(一) 設計基準リークの想定
 乙一六・一〇―三―六五頁、乙イ四三及び乙ホ二の一(証人P8調書一)四七表
ないし五〇丁裏によれば、被告は、「蒸気発生器伝熱管破損事故」の解析評価にお
いて、評価の前提として、安全上余裕を持って想定すべき伝熱管の最大水漏えい率
(以下「設計基準リーク」という。)を設定したこと、そして、水、蒸気がナトリ
ウムに接した直後に発生する急峻な圧力パルス(初期スパイク圧)の評価の前提と
しては、伝熱管一本が瞬時に両端完全破断(いわゆるギロチン破断)した際の水漏
えい率を、初期スパイク圧減衰後、事故終止まで持続する水素ガスの圧力(準定常
圧)の評価の前提としては、水、蒸気の漏えいが周囲の伝熱管(隣接伝熱管)に影
響を及ぼし、隣接伝熱管が二次的に破損するメカニズムとしては、ナトリウム中に
水、蒸気が噴出して形成されるリークジェットによるウェステージ(損耗)型破損
を前提として、伝熱管四本の両端完全破断に相当する水漏えい率を想定したことが
認められる。
 また、右各証拠に
よれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方
針において、伝熱管の破損に対して十分な発生防止対策が取られていることに照ら
して、初期スパイク圧の評価の前提として、伝熱管一本が瞬時に両端完全破断した
際の水漏えい率を仮定することは、保守的な解析条件ということができ、妥当であ
ると判断したこと、漏えいの位置についても、水漏えい率が最大となる蒸発器の管
束部の下部を破損位置としていることから、妥当であると判断したことが認められ
る。
 そして、右各証拠に加え、甲イ三八三によれば、本件安全審査においては、被告
等が行った実験結果等によると、一本の伝熱管の最初の破損規模が伝熱管一本の最
大水漏えい率未満では右の破損伝播が生ずるが、その場合に初期に破損した伝熱管
及びその周囲で破損した伝熱管の水漏えい率の合計は、最大でも二本の伝熱管が完
全破断して漏えいする水漏えい率を若干上回る程度であることなどから、準定常圧
の評価の前提として、伝熱管四本が同時に完全破断した場合に相当する水漏えい率
を仮定することは、保守的な解析条件ということができ、妥当であると判断したこ
とが認められる。
(二) 解析結果
 乙一六・一〇―三―六三ないし六五頁によれば、本件安全審査においては、①蒸
気発生器を流れる二次冷却材ナトリウムには放射性物質は含まれておらず、蒸気発
生器は、二次主冷却系の各系統ごとに独立して設置されていることから、本件原子
炉施設において、一系統の蒸気発生器設備に伝熱管の破損事故が万一発生したとし
ても、他の健全な二系統の蒸気発生器設備に影響が及ぶことや、その影響が炉心に
影響に及ぶことはなく、周辺に放射性物質が異常に放出される危険のないことを確
認したこと、また、②被告が右の設計基準リーク(初期スパイク圧の評価の前提は
伝熱管一本の両端完全破断に相当する水漏えい率、準定常圧の評価の前提は伝熱管
四本の両端完全破断に相当する水漏えい率をそれぞれ想定している。)を前提に蒸
気発生器伝熱管破損事故について解析評価し、事故は安全に終止し、また、これに
より生じる初期スパイク圧及び準定常圧に対し、蒸気発生器、二次主冷却系の機
器、配管及び中間熱交換器を含む原子炉冷却材バウンダリの健全性は保たれるとい
う結論が得られたことについて、その妥当性を確認したことが認められる。
四 原告らの主張について
1 異常発生防止対策につ
いて
(一) 応力腐食割れ、腐食、脱炭、浸炭等による蒸気発生器伝熱管の損傷に対す
る防止対策について
(1) 原告らは、本件原子炉施設の蒸気発生器の伝熱管は、応力腐食割れ、腐
食、脱炭、浸炭などにより損傷する旨主張する。
(イ) 応力腐食割れについては、弁論の全趣旨によれば、機器、配管に係る①材
料の耐食性の低下、②腐食環境の存在、及び③過度の応力の存在という三つの要素
が重畳したときに初めて生じるものであり、右各要素のうちの一つでも取り除く
か、あるいは、右各要素を緩和ないし低減すれば、その発生を防止できることが認
められる。
 そして、証人P9の証言(P9調書七・一三丁表、裏)乙一六・八―五―二頁、
一〇―二―三七頁及び乙イ四三によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施
設の蒸気発生器(蒸発器及び過熱器)の伝熱管の材料として、使用条件に対する材
料の特性を考慮し、水を蒸気に変える蒸発器の伝熱管には、水、蒸気の環境下で使
用されるため、応力腐食割れにも強いクロム・モリブデン鋼が、高温の過熱蒸気の
環境下で使用される過熱器の伝熱管には、高温での強度に優れたオーステナイト系
ステンレス鋼がそれぞれ使用されることを確認し、使用環境の要素についてみる
と、過熱器の伝熱管には、湿分を含まない過熱蒸気を流入させることとしているこ
と、応力腐食割れの発生に深く関係する溶存酸素等が十分低減された水質に維持で
きるように脱気器等が設置されることを確認したことが認められ、その合理性に疑
いを入れるような証拠はない(なお、ナトリウム中の酸素は、ナトリウムが化学的
に活性であり、ナトリウムの化合物として存在するため、応力腐食割れの要因には
ならない。)。そうすると、本件原子炉施設においては、右応力腐食割れの発生の
原因となる三要素のうち、少なくとも①と②を取り除き、あるいはこれらを緩和な
いし低減することができるといえるから、伝熱管の応力腐食割れの発生の可能性は
極めて低いということができる。
(ロ) ナトリウムによる伝熱管の腐食についても、前記(第七章第五、三、2、
(四)、(1)、(ロ)、(a))及び右(イ)のとおり、本件安全審査において
は、右腐食の原因となるナトリウム中の酸素等の不純物を適切に除去できるように
コールドトラップが設けられること、脱気器や水中の不純物を取り除復水脱塩装置
等が設置されることを確認している。
 したがって、本
件原子炉施設においては、ナトリウムによる腐食による伝熱管の破損の可能性は極
めて低いということができる。
(ハ) ナトリウム中での脱炭や浸炭については、前記(第七章第五、三、2、
(四)、(1)、(ロ)、(b))のとおり、本件原子炉施設の過熱器の伝熱管の
材料であるオーステナイト系ステンレス鋼と、蒸発器の伝熱管の材料であるクロ
ム・モリブデン鋼とにおける活性炭素濃度の相違により、オーステナイト系ステン
レス鋼は浸炭し、また、クロム・モリブデン鋼は脱炭される傾向にあることが認め
られる。しかし、本件安全審査においては、本件原子炉施設の蒸気発生器の伝熱管
の材料には、その使用条件に適合する材料が使用されることを確認している上、配
管や伝熱管の具体的な設計において、浸炭、脱炭による材料の強度低下を考慮した
設計がされていないと疑わせるような証拠はなく、また、これまでに浸炭や脱炭に
より配管や伝熱管が強度を失って破損したという事例があるという証拠もないこと
からすれば、本件原子炉施設において、伝熱管が脱炭や浸炭により破損する可能性
があるとはいえない。また、仮に伝熱管が破損した場合であっても、事故を安全に
終息させることができることは前記(三、3)のとおりである。
(ニ) したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(二) 溶接時における残留応力、組立ての困難さについて
 原告らは、本件原子炉施設の蒸気発生器の伝熱管に採用されているヘリカルコイ
ル型は、溶接時における残留応力が問題であると共に、伝熱管の組み立てが困難で
ある旨主張する。
 しかし、溶接部があるからといって、直ちに危険であるということはできない
し、証人P9の証言(P9調書七・一四丁表)、・乙一六・一〇―三―六三頁及び
乙イ四三によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の蒸気発生器伝熱管
の溶接部は、構造信頼性や欠陥検出性に優れた突き合わせ溶接継手構造とした上、
全自動の電気溶接機で施工し、非破壊検査等の所定の検査の結果、異常のないこと
が確認されたことが認められ、その合理性に疑いを入れるような証拠はない。
したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) 溶接のたれ込みについて
 原告らは、平成3年七月に本件原子炉施設の蒸発器伝熱管内で、伝熱管の傷の有
無等を検査するために管内に挿入した探傷プローブが引っ掛かるという事象が発生
したこ
とから、右事象が発生した原因は伝熱管の溶接のたれ込みであり、このような溶接
のたれ込み部分では腐食、振動、応力集中によって伝熱管が損傷するおそれがあ
り、また、被告が右事象の対策として右プローブの保護カバーを削ったことによ
り、右プローブの探傷性能が低下した旨主張し、証人P10(P10調書一・五三
丁裏ないし五六丁表)はこれに沿う証言をする。
 しかし、証人P9の証言(P9調書七・一五丁表、同裏)によれば、右事象が発
生した原因は、右プローブのケーブルを伝熱管内に挿入した際にケーブルが伝熱管
と接触し、摩擦が増加したことによることが認められる。また、前記(二)のとお
り、本件安全審査においては、本件原子炉施設の蒸気発生器伝熱管の溶接部は、構
造信頼性や欠陥検出性に優れた突き合わせ溶接継手構造とした上、全自動の電気溶
接機で施工し、被破壊検査等の所定の検査の結果、異常のないことが確認されてお
り、他に溶接のたれ込みが存在することを認めるに足りる証拠はない。
 そして、探傷プローブの性能については、証人P9の証言(P9調書七・一六丁
表、同裏)によれば、保護カバーはセンサーではなく、探傷性能とは無関係である
ことが認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(四) 流動不安定現象について
 原告らは、本件蒸気発生器には流動不安定現象により安全性が確保できないと主
張し、その根拠として、平成七年五月に本件原子炉施設の原子炉が自動停止したこ
とについて、右事象は、本件原子炉施設の蒸気発生器のように、ダウンカマー部
(蒸気発生器内の流動しない静止ナトリウム中にある伝熱管の下降管)を有する蒸
気発生器特有の流動不安定現象により発生したことを指摘し、甲イ一九〇にはこれ
に沿う記載がある
 しかし、甲イ二二三、乙イ四七・三・四・四―四頁、乙イ四八・三・四・四―三
頁及び乙イ五一によれば、右事象は、水・蒸気系の流量等の制御回路の制御定数の
設定が適切でなかったことによるものと判断されていることが認められ、本件原子
炉施設の蒸気発生器にダウンカマー部が存在することによるものではないのである
から、原告らのこの点についての主張は理由がない。
2 異常拡大防止対策(影響緩和対策)について
(一) 水素計について
(1) 原告らは、本件安全審査において水漏えい検出設備である水素計の設置箇
所や機能が審査されていない旨主張する

 しかし、甲イ三〇二、乙一六・八―九―一五頁及び乙イ四三によれば、本件安全
審査においては、二次主冷却系配管のナトリウム中の水素計については、毎秒約
〇・一グラム未満の微小な漏えいでも確実に検出し得るものであること、また、蒸
気発生器カバーガス空間にも水素計が設けら為ることを確認したことが認められ
る。そして、これ以上の水素計の具体的な設置位置については、詳細設計が定まら
なけば決定することができないと認められるから、これを本件安全審査において審
査しなかったことに不合理な点はないというべきである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) また、原告らは、本件原子炉施設のナトリウム中水素計による検出には限
界があり、また、水漏えいの検知は原子炉トリップ信号と連動されておらず、水漏
えい信号を発するためには運転員が操作しなければならず、右操作の遅れによっ
て、重大な結果に至ることを未然に防止できない旨主張し、甲イ三八五にはこれに
沿う記載がある。
 しかし、右(1)のとおり、本件原子炉施設のナトリウム中水素計は、毎秒約
〇・一グラム未満の微小な漏えいをも確実に検出し得るものであって、その性能に
ついては、被告が実際にナトリウム中に微量の水ないし水素を注入する試験を行っ
て確認したことが認められる。これに対し、証人P10は、本件原子炉施設の水素
計は、他の健全な伝熱管に破損が伝播する前に小、中規模の漏えいを検知すること
はできない旨証言するが(証人P10調書五・七六ないし七八頁)、右証言は合理
的根拠が示されておらず、採用できない。
 そして、運転員の操作については、乙イ四三によれば、微小な漏えいの場珊合に
は、運転員が、水素計が発する警報に基づいて水漏えい信号を発するとされている
が、漏えい規模が拡大して毎秒約〇・一グラムを超える小、中規模の水漏えいとな
った場合には、隣接伝熱管に破損が伝播するおそれが生じるので、水素計三基のう
ち二基がナトリウム中水素濃度の顕著な上昇を検知した時点、更には蒸発器カバー
ガス圧力計や圧力開放板検出器が検知した時点で、運転員が操作するまでもなく、
自動的に水漏えい信号が発せられ、蒸気発生器及び原子炉の各緊急停止に至るとさ
れていることが認められる。そうすると、微小な漏えいの場合には、運転員が水漏
えい信号を発するとしても、前記二のとおり、毎秒約〇・一グラム未満の微
小な漏えいの場合は直ちに隣接伝熱管に破損伝播が生じるものではなく、また、運
転員が適切な措置を講じることなく漏えい規模が拡大して、毎秒約〇・一グラムを
超える小、中規模の水漏えいとなった場合には、運転員が操作するまでもなく、自
動的に水漏えい信号が発せられ、蒸気発生器及び原子炉の各緊急停止に至るのであ
るから、運転員の水漏えい信号の操作遅れが重大な結果を招来する危険性を有して
いるということはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) 原告らは、本件原子炉施設のナトリウム中水計は、その検出特性上、漏え
い率が毎秒〇・一グラムから毎秒一キログラムまでの範囲は、漏えいを検出するま
でに数十秒を要するから、蒸気発生器の緊急停止が遅れる旨主張する。
 しかし、前記二のとおり、毎秒約〇・一グラム未満の微小な漏えいの場合は直ち
に隣接伝熱管に破損伝播が生じるものではない。毎秒〇・一グラムから一キログラ
ムの水漏えい率においては破損伝播の可能性が生じ、甲イ三八三及び乙イ八六によ
れば、この場合は水素計の検出時間は最短約一分程度であることが認められるが、
この程度の水漏えい率における破損伝播の拡大する速度はそれほど大きくないか
ら、この時間内に多大な破損伝播が生じるとはいえない。そして、毎秒一キログラ
ム程度を上回る水漏えい率の場合は、乙イ四四によれば、水素計からの水漏えい信
号よりも、カバーガス圧力計の信号や圧力開放板検出器の信号が早く発せられるこ
とになることが認められる。
 そうすると、水素計の検出時間の遅れにより、本件原子炉施設の緊急停止が遅
れ、重大な事態が生じることは想定し難いというべきである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(二) ナトリウム・水反応による二次主冷却系配管の大口径破断等について
 原告らは、本件原子炉施設の蒸気発生器の伝熱管が破損した場合には、ナトリウ
ム・水反応により、中間熱交換器の破壊、二次主冷却系配管の大口径破断等が生じ
る旨主張する。
 しかし、乙一六・一〇―三―六二ないし六四頁及び乙イ四三によれば、本件安全
審査においては、本件原子炉施設において万一蒸気発生器の伝熱管から二次主冷却
系内の圧力が顕著に上昇するような大規模な水漏えいが発生した場合には、二次主
冷却系の各系統ごとに設置されたナトリウム・水反応による生成物を収納する反応
生成物収
納容器設備へと続く圧力開放板が破れ、二次主冷却系内の圧力を逃がして二次主冷
却系内の過度の圧力上昇を防止すると共に、圧力開放板の開放を検出した信号によ
って、自動的に、主給水ポンプの停止、伝熱管内に残留した水、蒸気の急速ブロー
が行われる結果、ナトリウム・水反応は終止し、また、各ポンプの停止に伴い、
「二次主冷却系循環ポンプ回転数低」信号、「二次主冷却系流量低」信号によって
原子炉が自動停止することを確認したことが認められ、その合理性に疑いを入れる
ような証拠はない。したがって、本件原子炉施設において、蒸気発生器の伝熱管の
破損によるナトリウム・水反応により二次主冷却系配管の大口径破断等が生じるこ
とは想定し難く、原告らのこの点についての主張は理由がない。
3 事故の解析評価について
(一) 設計基準リークについて
 原告らは、「蒸気発生器伝熱管破損事故」に係る解析評価の解析条件のうち、初
期スパイク圧の評価の前提として、伝熱管一本が瞬時に両端完全破断することを仮
定したこと、準定常圧の評価の前提として、伝熱管四本が同時に両端完全破断した
場合に相当する水漏えい率を仮定したことは、いずれも恣意的で合理性がなく、こ
れ以上の事故が発生する旨主張する。そして、その根拠として、英国のPFRの事
故において高温ラプチャ型破損(以下「高温ラプチャ」という。)により四〇本の
伝熱管が破損したこと、海外のPWRの蒸気発生器伝熱管破損事故の解析の前提条
件等を挙げるので、以下検討する。
(1) 高温ラプチャの発生について
(イ) 伝熱管破損伝播試験について
 原告らは、被告がSWAT―3を用いて行った伝熱管破損伝播試験について、本
件原子炉施設の定格出力時の蒸発器を模擬したRUN―16やRUN―19におい
て、伝熱管が高温ラプチャによって破損したことを挙げ、本件原子炉施設の蒸気発
生器の伝熱管が高温ラプチャによって破損する具体的可能性がある旨主張する。
(a) この点、乙イ四三及び四四によれば、次の事実が認められる。
① 被告は、昭和五六年、本件原子炉施設の定格出力時の蒸発器を模擬して伝熱管
破損伝播試験RUN―16を行ったが、右試験においては、初期水リーク率を毎秒
二・二キログラムとし、リークジェットのターゲットとなる伝熱管(ターゲット
管)としては、ターゲット管の破損による水漏えい率の拡大を模擬するための静止
水管(水、蒸気の流動がない
ようにした伝熱管)と、伝熱管内部の圧力条件を模擬するためのガス加圧管(水、
蒸気の代わりに窒素ガスを充填した伝熱管)とを用いた(この点で、いずれのター
ゲット管も実際の本件原子炉施設の条件を模擬したものではない。)。その結果、
静止水管六本のうち一本が、また、ガス加圧管四八本のうち二四本が、それぞれ高
温ラプチャによって破損するという結果が得られた。
② 一方、被告は、昭和五七年、本件原子炉施設の三〇パーセント負荷時の蒸発器
を模擬して伝熱管破損伝播試験RUN―17を行ったが、右試験においては、初期
水リーク率を毎秒一・四六キログラムとし、ターゲット管としては、ガス加圧管五
九本のほか、流水管(水、蒸気を流動させている点、本件原子炉施設の蒸気発生器
伝熱管の水・蒸気側の流動条件を模擬した伝熱管)四本を用いた。その結果、ガス
加圧管、流水管とも破損は生じなかった。
③ そして、被告は、昭和六〇年、本件原子炉施設の蒸発器の伝熱管内の冷却効果
等の条件を可能な限り模擬したRUN―19を行ったが、右試験においては、初期
水リーク率(一次リーク平均注水率)を毎秒一・八五キログラムとし、ターゲット
管としては、流水管三本及びガス加圧管一五本を用いた。その結果、ガス加圧管は
五本が高温ラプチャによって破損したものの、流水管は破損しなかった。
(b) 右認定の各試験の結果によれば、高温ラプチャによって破損したターゲッ
ト管は、いずれも本件原子炉施設の水、蒸気の流動条件を模擬していない静止水管
及びガス加圧管であって、本件原子炉施設の水、蒸気の流動条件を模擬した流水管
は全く破損していない。そうすると、右各試験結果から、本件原子炉施設の蒸気発
生器の伝熱管が高温ラプチャによって破損する具体的可能性があるということはで
きず、かえって、高温ラプチャによる破損は想定し難いということができる。
(c) これに対して、原告らは、被告がSWAT―3を用いて行った伝熱管破損
伝播試験RUN―19は、RUN―16と比べて、伝熱管内の冷却効果の条件(水
側条件)だけでなく、初期水リーク率、注水時間及び注水量に関する試験条件を切
り下げているから、試験条件が保守的でなく、これをもって本件原子炉施設の蒸気
発生器の伝熱管が高温ラプチャによって破損しないとはいえない旨主張する。
 しかし、甲イ四四三によれば、被告は、RUN―19において、本件原子炉施設
の蒸気
発生器伝熱管において高温ラプチャが発生しないことを念のため最終的に確認する
ために行うこととし、この目的に照らし、本件原子炉施設の蒸発器の各種条件を可
能な限り模擬する実験を行うこととしたことが認められる。
 また、RUN―19とRUN―16を比較すると、初期水リーク率については、
RUN―19は一・八五キログラム毎秒、RUN―16は二・二キログラム毎秒で
あり、RUN―19の方が小さい。しかし、乙イ四四によれば、RUN―19にお
ける右初期リーク率は、RUN―16及びそれ以前に実施したRUN―15までの
試験結果を総合的に検討した結果、ガス加圧管等で観察された高温ラプチャは、水
リーク率が二キログラム毎秒前後の場合に発生すると考えられることから設定され
たものであることが認められ、RUN―19の一・八五キログラム毎秒が、RUN
―16の二・二キログラム毎秒よりも保守的でないということはできない。
 次に、注水時間については、RUN―19の三二秒に対し、RUN―16は六〇
秒であり、RUN―19の方が短い。しかし、乙イ四四によれば、RUN―16と
RUN―19においてガス加圧管が高温ラプチャによって破損するに至るまでに要
した最小時間は、それぞれ約一二秒及び一三秒とほぼ同一時間となっていること、
ナトリウム・水反応の反応熱によるナトリウム温度の上昇やそれに伴うナトリウム
伝熱管内の温度及び応力の状態は、初期水漏えい開始後約一〇秒もあれば安定する
ことが認められるから、カバーガス圧力計が水漏えいの検出に要する時間約一〇秒
(乙イ四四により認められる。)を考慮しても、水リーク率が二キログラム毎秒前
後の場合においては、注水開始から三〇秒程度水漏えいが継続すれば、高温ラプチ
ャ発生の有無を確認する上で何ら支障となるものではないということができる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(d) また、原告らは、SWAT―3による各試験について、ナトリウム圧力が
模擬されていない点で誤りがある旨主張し、証人P10はこれに沿う証言をする
(P10調書二・一一丁裏、一一丁表、P10調書四・八二頁、八三頁)。
 しかし、乙イ四三によれば、右各試験においては、ナトリウム圧力は、本件原子
炉施設で実際に圧力開放板が破裂して圧力を開放する際の作動圧力を含めて模擬さ
れたことが認められるから、右主張は失当である。
(ロ) 隔
離、ブローの失敗等について
 原告らは、水・蒸気系の隔離後にブローが行われたり、ブローに失敗したり、更
には隔離とブローが双方とも失敗したりした場合には、水、蒸気の流動が失われる
ことから、蒸気発生器伝熱管が高温ラプチャ型破損によって多数破損する旨主張
し、その根拠として、美浜原子力発電所二号炉で平成三年二月九日に発生した蒸気
発生器伝熱管破損事故において伝熱管の破断と加圧器の逃し弁の不作動という多重
故障が生じたことを指摘する。
 しかし、乙イ四三及び乙イ四四によれば、本件原子炉施設の蒸気発生器は、高速
ブロー系の放出弁が水・蒸気系の蒸気発生器の隔離に先立って開放されるように設
定されていることが認められるから、水、蒸気のブロー操作時に伝熱管内の水、蒸
気の流動が完全に停止することは想定し難く、他にブローに失敗したり、更には隔
離とブローが双方とも失敗する可能性があると認めるに足りる証拠はない。原告ら
の指摘する美浜原子力発電所の事故については、右事故に係る通商産業省及び原子
力安全委員会の調査報告書(甲イ一一八)において、加圧器逃し弁が作動しなかっ
た原因は右弁が空気を供給することにより開く方式であったところ、定期検査の際
に、右弁に空気を供給する系統の元弁を誤って閉止したために、右弁を開くために
必要な空気が供給されなかったことにあるとされており、それが、設計上の問題で
はなく、運転管理上の問題に起因するものであったことが明らかにされている。そ
して、前記第八章のとおり、本件原子炉施設の運転段階における安全確保対策は、
その安全性を確保するのに十分なものということができるから、右事故が発生した
事実は、本件原子炉施設において多重故障が起こることの根拠となるものではない
というべきである。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ハ) ドイツのインターアトム社の伝熱管破損伝播試験について
 原告らは、ドイツのインターアトム社の伝熱管破損伝播試験において、水流動の
ある伝熱管(流水管)でも高温ラプチャが発生したことから、伝熱管内部の水、蒸
気の流動が失われなくとも、高温ラプチャが発生する旨主張する。
 しかし、甲イ四四三及び乙イ四四によれば、インターアトム社が試験に用いた三
種類のターゲット管は、外径が二六・九ミリメートル、一七・二ミリメートル及び
二五ミリメートルの細径管であること、他方、本件原子炉
施設蒸発器伝熱管やSWAT―3を用いた試験(以下「SWAT試験」という。)
のターゲット管は、外径が三一・八ミリメートルの太径管であることが認められ
る。そうすると、右インターアトム社の実験は、本件原子炉施設蒸発器伝熱管を模
擬したものではないというべきであり、右試験結果から、本件原子炉施設蒸気発生
器伝熱管において、高温ラプチャが発生する具体的可能性があるということはでき
ない。
 また、いわゆるラプチャ(破裂)型破損には、短時間に伝熱管の機械的強度が低
下して破裂に至る典型的な高温ラプチャのほか、隣接伝熱管が比較的長時間にわた
ってリークジェットを受けて伝熱管にウェステージ(損耗、肉厚減少、減肉)が生
じ、右伝熱管の機械的強度自体が低下して起こるウェステージ先行型ラプチャがあ
る。そして、インターアトム社の実験については、①前記のとおり、本件原子炉施
設の蒸発器伝熱管やSWAT試験のターゲット管が太径管(外径三一・八ミリメー
トル)であるのに対して、インターアトム社が試験に用いた三種類のターゲット管
はいずれも細径管(二六・九ミリメートル、一七・二ミリメートル、二五ミリメー
トル)であるから、インターアトム社の各ターゲット管は、本件原子炉施設の蒸発
器伝熱管やSWAT試験に比べて、伝熱管全体がリークジェットに包まれ全面的に
反応熱によって加熱されやすく、ウェステージ先行型の高温ラプチャが発生しやす
い条件下にあったこと、②乙イ八六によれば、インターアトム社が行った伝熱管破
損伝播試験のうち、ターゲット管として、本件原子炉施設の蒸発器と同様の材料が
用いられ、かつ、流水管が用いられたテスト(VERSUCH)3、同4及び同7
の三回の各試験のいずれにおいても、水リーク率毎秒約六〇ないし一七五グラムに
おいて、約二〇ないし五〇秒前後にわたり水リークが継続した後、流水管が破裂し
ていること(この場合、当初の水リークによって伝熱管が相当程度減肉したと考え
られるから、このような条件下でウェステージ先行型の高温ラプチャが発生したこ
とは十分にありうる。)、③乙イ八六・三二〇頁の写真によれば、テスト7におい
ては、冷却効果のある流水管は外形が大きく膨れていないのに対し、冷却効果のな
いガス加圧管は大きく開口して破損しており、前者はウェステージ先行型破損をし
たのに対して、後者は典型的な高温ラプチャ型破損をしたことがそれぞれ認めら
れる。
 そうすると、インターアトム社の伝熱管破損伝播試験において見られた流水管の
破損は、典型的な高温ラプチャとは異なると解されるから、この点からみても、右
試験結果から、本件原子炉施設の蒸気発生器伝熱管において、高温ラプチャが発生
する具体的可能性があるということはできない。
(ニ) PFR事故について
 原告らは、昭和六二年二月に、英国の高速増殖原型炉PFRにおいて蒸気発生器
伝熱管が四〇本破損した事故(以下「PFR事故」という。)が発生したことか
ら、本件原子炉施設においても右事故と同様に高温ラプチャにより伝熱管が多数破
損する事故が発生する可能性がある旨主張し、甲イ三八五にはこれに沿う記載があ
る。
 そこで、以下、右事故の発生及び拡大の原因について検討し、本件原子炉施設に
おいて同様の事故が発生する可能性があるか否か検討する。
(a) 事故発生及び拡大の原因
 PFR事故については、①甲イ二一二及び甲イ六一によれば、過熱器内の内筒
(六枚の曲板の端を溶接せずに重ね合わせて円筒状に組み上げたもの)の隙間から
漏えい流が生じ、これによって周辺の伝熱管が振動して内筒と擦れ、フレッティン
グ摩耗によって一三本の伝熱管に減肉が生じ、右減肉と振動による疲労とによって
一本の伝熱管に亀裂が入って蒸気の漏えいが始まり(初期事象)、その影響によっ
て、やはり減肉、疲労していた他の伝熱管に破損が伝播して(二次破損)事故が拡
大したこと、②甲イ一二五及び甲イ二一二によれば、事故当時、ナトリウム中水素
系が自動トリップ機能から取り外されており、更に、事故を起こしたループの水素
計自体がその一時間前に全数故障していたため、漏えいを早期に検知することがで
きなかったこと、③乙イ四三及び乙イ四四によれば、PFRの過熱器には蒸気を短
時間で排出する高速ブロー系が設置されておらず、ブロー弁が作動を開始してから
完全に開き終わるまでに約二三秒を要するような低速ブロー系しか設置されていな
かったため、蒸気発生器の緊急停止によって蒸気の流動が停止してその冷却効果が
失われたにもかかわらず、低速ブロー系による減圧が速やかに開始されず、当初の
一五秒間はほとんど減圧しなかったことから、多数の伝熱管が過熱して高温ラプチ
ャが発生し、事故が拡大したことがそれぞれ認められる。
(b) 本件原子炉施設との関係
 PFR事故の初期事象の原因は、右のとおり、過熱器の内筒
が重ね合わせ構造であったこと及び内筒がナトリウムの流路であったために漏えい
流が生じたことにあるが、これに対し、甲イ六一、乙イ四三、乙イ四四及び乙ホ二
の一(証人P8調書一)五二丁表ないし五三丁裏によれば、本件原子炉施設の蒸気
発生器の内筒は、これとは異なる溶接による一体構造であって、ナトリウムの漏え
い流が生じることはないこと、また、ナトリウムの流路を形成するものでもないた
め、運転時でもナトリウムは流動せず、仮に内筒に孔が開いたとしても、管束側に
漏れ出す力が働くことはないことが認められる。
 また、事故拡大の原因については、乙イ四三、乙イ四四及び乙イ七九によれば、
本件原子炉施設では、ナトリウム中水素計を自動トリップ機能から取り外すことは
設計上予定されていないこと、蒸発器、過熱器のいずれにも高速ブロー系が設置さ
れており、高速ブロー系のブロー弁が水・蒸気系の隔離に先立って開放されるよう
に設定されていることから、水、蒸気のブロー操作時に伝熱管内の水、蒸気の流動
が完全に停止することはないことが認められる。
 したがって、本件原子炉施設において、PFR事故と同様の事故が発生すること
は想定し難いというべきである。
(c) 原告らの主張について
(い) 原告らは、高速ブロー系は高温ラプチャ型破損を防止するのに有効でない
旨主張し、その根拠として、PFR事故後に開催された平成元年の日英専門家会議
の際、英国専門家が、①PFRでは、当初高速ブロー系が設置されていたが、有効
でないという理由で取り外されていた旨発言したこと、②高速ブロー系があれば、
破損伝熱管は一〇本は減少した旨発言したこと、③PFR事故では、破損孔からの
リーク量が大きいので、高速ブロー系の効果は大きくないかもしれない旨発言した
ことを指摘する。
 しかし、①の点については、乙イ四四によれば、PFRにおいては、事故後、調
査結果を踏まえて高速ブロー系の重要性が認識され、再びこれが設置されたことが
認められるから、事故前に取り外されていたことをもって、高速ブロー系が有効で
ないということはできない。
 ②の発言については、乙イ四四によれば、PFR事故の原因調査を担当した英国
AEA社の技術者が、仮に過熱器に高速ブロー系が設置されていたならば、破損し
たのはフレッティングを受けていた初期漏えい管と他の伝熱管三本に止まっていた
であろうと発言していることが認められ
ることに照らせば、右発言を高速ブロー系が設置されていてもなお高温ラプチャが
生じるという趣旨に解することはできないというべきである。
 ③の発言についても、PFR事故においては多数の伝熱管が破損したことから、
多数の伝熱管が破損した後は破損孔からのリーク量が大きいため、減圧の効果は大
きくないかもしれない旨を述べたものと解することができ、PFR事故時の状況を
離れて、一般的に、高速ブロー系の本来的な減圧機能や高温ラプチャの発生防止機
能に占める効果が大きくないとする趣旨と解することはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ろ) 原告らは、PFR事故の際、蒸気発生器が緊急停止した一〇秒後に、過熱
器伝熱管内の蒸気圧力は七気圧に低下しており、PFRの蒸気発生器の低速ブロー
系は、本件原子炉施設の蒸気発生器の高速ブロー系の能力と同程度であるから、本
件原子炉施設においても高温ラプチャが発生するおそれがある旨主張する。
 この点、甲イ二一二及び乙イ四四によれば、PFR事故においては、蒸気発生器
が緊急停止した一〇秒後には、蒸気圧力が七気圧まで低下したことが認められ、甲
イ二一二には「自動的な防護動作は、わずか一〇秒の間で有効に完了した。」旨の
記載があることが認められる。しかし、乙イ四四によれば、PFRの過熱器の低速
ブロー系は、トリップ発報後の最初の一五秒間はほとんどブローできないことが認
められ、右証拠は、甲イ二一二の記載を踏まえた上で被告が英国AEAにした照会
に対する回答であるから、これに照らせば、右甲イ二一二の記載は誤りであると解
される。したがって、右の減圧は、原告らが主張するように、低速ブロー系が作動
したことによるものではなく、むしろ、甲イ一二五の一及び乙イ四四にあるとお
り、低速ブロー系の作動が間に合わなかったことから高温ラプチャ型破損に至り、
その破損口から蒸気が過熱器のナトリウム側に漏出したことによるものと解するの
が自然である。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(は) なお、甲イ二一二及び乙イ四四によれば、PFR事故では四〇本の過熱器
伝熱管が破損したが、これによる水漏えい率は、蒸発器伝熱管一本を想定したPF
Rの設計基準リークを下回る上、本件原子炉施設の準定常圧の設計基準リークをも
下回るものであったことが認められる。したがって、この点からみても
、PFR事故は、本件安全審査の合理性ひいては本件原子炉施設の安全性を左右す
るものではないというべきである。
(ホ) 安全総点検の結果について
 原告らは、被告が平成八年から九年にかけて実施した本件原子炉施設の安全総点
検の結果において、蒸気発生器伝熱管の構造健全性評価手法等の検証を行うとした
ことは、本件原子炉施設において高温ラプチャの発生するおそれがあることを示す
ものである旨主張する。
 この点、乙イ四四及び乙イ四七・三・四・五―二頁、六頁によれば、確かに、安
全総点検の結果報告書には、蒸発器のブロー動作中に安全裕度が少なくなる場合が
あり、構造健全性評価手法を整備する必要がある旨記載されていることが認められ
る。
 しかし、乙イ四三、乙イ四四及び乙イ四七・三・四・三―六頁によれば、安全総
点検における右の指摘は、本件原子炉施設の蒸発器伝熱管の材料で餅あるクロム・
モリブデン鋼について、高温ラプチャ型破損の評価に必要な急速破損時の強度デー
タが不足していたため、いわば簡易な手法として、比較的緩慢なひずみ速度による
引張試験で得られた強度データを補正して解析を行った結果、安全裕度が少ない場
合があるとされたことから、右クロム・モリブデン鋼の急速破損時の強度データを
取得し、計算コード等の信頼性を確認した上で、再度評価を行う必要がある旨を述
べたものであることが認められるから、右は、直ちに本件原子炉施設の蒸気発生器
において、高温ラプチャ型破損が生じるおそれがあるとするものではないと解され
る。
 また、乙イ四三及び乙イ四四によれば、被告は、右安全総点検における指摘を踏
まえ、クロム・モリブデン鋼伝熱管について、急速加圧試験、急速加熱試験を行
い、急速内圧破損時の強度データを採取し、構造健全性評価手法の改定や高温強度
基準値の策定、さらに解析コードの検証等の検証を行い、これら最新の知見に基づ
いて、本件原子炉施設の過熱器及び蒸発器について再評価をした結果、いずれもす
べての運転条件において高温ラプチャ型破損が発生する条件とはならない旨の結論
を得たことが認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) 周辺の伝熱管の損傷について
 原告らは、美浜原子力発電所二号炉で平成三年二月九日に発生した蒸気発生器伝
熱管破損事故や前記PFR事故を根拠として、一本の伝熱管が破損した場合には、
その周辺の伝熱管に
おいても同一の原因で破損に至るような損傷が進んでいる旨主張する。
 しかし、右美浜発電所二号炉の事故の原因については、右事故に係る通商産業省
及び原子力安全委員会の調査報告書(甲イ一一八)において、伝熱管の振動を防止
するために設置されていた「振止め金具の施工が設計どおりであれば伝熱管破断及
び周辺管の磨耗は発生しなかったと判断する。」とされており、それが、設計上の
問題ではなく、施工上の問題に起因するものであったことが明らかにされている。
そして、前記(第八章)のとおり、本件原子炉施設における運転段階における安全
確保対策は、その安全性を確保するのに十分なものということができるから、右事
故が発生した事実から、本件原子炉施設においても、一本の伝熱管が破損した場合
には、その周辺の伝熱管においても同一の原因で破損に至るような損傷が進んでい
るということはできない。
 また、PFRの事故の原因は、前記((1)、(二)、(a)及び同(b))の
とおり、過熱器の内筒曲板を重ね合わせた隙間からナトリウムが漏れ、漏れたナト
リウムの流れによって伝熱管が振動し、内筒と擦れて磨耗し、減肉するというフレ
ッティング現象が起きたことにあり、内筒の構造に設計上問題があったことにある
ところ、本件原子炉施設の蒸気発生器の内筒は、これとは異なる溶接による一体構
造であって、ナトリウムの漏えい流が生じることはなく、また、ナトリウムの流路
を形成するものでもないため、運転時でもナトリウムは流動せず、仮に内筒に孔が
開いたとしても、管束側に漏れ出す力が働くことはない。したがって、PFR事故
が発生した事実から、本件原子炉施設の蒸気発生器において同様の事故が起こると
いうことはできないから、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(3) BN―三五〇の蒸気発生器事故について
 原告らは、一九七三(昭和四八)年に、旧ソ連の高速増殖原型炉BN―三五〇で
発生した蒸気発生器伝熱管からの水漏えい事故を挙げて、本件原子炉施設の蒸気発
生器の安全性は確保されない旨主張する。
 しかし、甲イ五七によれば、右事故は、伝熱管下部の、キャップを用いた溶接方
法によって溶接した部位の欠陥により生じたことが認められるところ、前記(三、
1、(二))のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の蒸気発生器伝
熱管は、構造信頼性や欠陥検出性に優れた、伝熱管同士を突き合わせ
て自動溶接する構造とされることを確認している。したがって、本件原子炉施設に
おいて右事故と同様の事故が起こることは想定し難いから、原告らのこの点につい
ての主張は理由がない。
(4) 海外の軽水炉の設計基準事故の見直しについて
 原告らは、近年、海外では軽水炉の蒸気発生器細管の破断事故の事故評価が厳し
い方向で見直されていることからすれば、本件原子炉の事故想定は不十分である旨
主張する。すなわち、原告らは、①アメリカでは、原子力規制委員会が報告NUR
EG―〇八四四において、蒸気発生器伝熱管破損のリスク評価と伝熱管の健全性の
問題を取り上げており、その中で、設計基準事象の再評価に関して、複数本の破断
及び主蒸気管の破断事象との組合せを今後の継続検討課題としていること、②フラ
ンスでは、二本破断を状態四(一万炉年から一〇〇万炉年に一回程度の発生頻度の
事象)として想定していること、③ドイツでは、「主蒸気管破断と蒸気発生器伝熱
管破損」「蒸気発生器伝熱管破損と主蒸気安全弁開固着」の複合事象の解析が行わ
れていることを指摘する。
 しかし、軽水炉の蒸気発生器と本件原子炉施設のそれとは、構造材の使用条件や
冷却材等が全く異なっている。したがって、本件原子炉施設の「蒸気発生器伝熱管
破損事故」の解析評価に当たって設定された前提条件が海外の軽水炉のそれと異な
ることをもって、直ちに右解析評価の前提条件が不当であるということはできない
から、原告らの右主張は失当である。
(二) 主蒸気止め弁の開固着又は主蒸気管破断について
 原告らは、PWRでは、事故想定に際し、主蒸気止め弁の開固着又は主蒸気管破
断をも併せて想定しているのに、本件安全審査においてこれを想定していないのは
不合理である旨主張し、甲イ一九〇にはこれに沿う記載がある。
 この点について、甲イ一一五によれば、PWRにおいて、蒸気発生器の事故を評
価するに当たって主蒸気止め弁の開固着や主蒸気管破断の想定を重ね合わせている
のは、PWRでは、蒸気発生器伝熱管を境界として、放射性物質を含む冷却系(一
次冷却水)と放射性物質を含まない水・蒸気系(二次冷却水)とが接していること
から、環境への放射性物質の影響を評価する目的によるものであることが認められ
る。
 しかし、本件原子炉施設の蒸気発生器において、伝熱管を境界として接する二次
冷却材ナトリウムと水、蒸気とは、いずれも放射性物質を含
まないから、右目的での事故想定が必要とは解されない。また、仮にPWRのよう
に主蒸気止め弁の開固着や主蒸気管破断の想定を重ね合わせたとすれば、高速ブロ
ー系の効果が高まり、ナトリウム・水反応はより早期に終止するものと解されるか
ら、この点でも、右事故想定をしていないことは、本件安全審査の合理性ひいては
本件原子炉施設の安全性を左右するものではない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
五 まとめ
 以上からすれば、本件原子炉施設において、蒸気発生器伝熱管破損事故が発生
し、その場合にその影響が炉心にまで及び、炉心溶融事故等の重大事故の発生に至
り、原告らの生命、身体に危害が及ぶ具体的な危険性があるとは認められない。
第二 本件ナトリウム漏えい事故について
 原告らは、平成七年一二月六日に本件原子炉施設において発生した二次冷却材ナ
トリウム漏えい事故(以下「本件事故」という)によって、本件原子炉施設の危険
性が明らかになった旨主張する。そこで、以下、本件事故の概要及び原因を認定し
た上で、右事故と本件原子炉施設の安全性との関係について判断を示すこととす
る。
一 本件事故の概要
1 事故の発生状況
 本件事故は、二次主冷却系のCループにおいて、中間熱交換器出口側の配管に取
り付けられていた温度計(以下「本件温度計」という。)が、さや段付部で折損
し、右折損部からさや太管部及びニップル部を経て、二次冷却材が、温度計コネク
タ部分から原子炉補助建物地下一階にある二次主冷却系配管室(C)(以下「本件
配管室」という。)内に漏えいしたものである。
2 事故の結果
(一) 機器の損傷等
 乙イ九・四―一ないし一四頁及び乙イ一〇・Ⅰ―三―一一ないし一三頁、同Ⅱ―
二―二頁、三頁によれば、次のとおりと認められる。
 本件事故により、約〇・七トン(二次主冷却系Cループ内にあるナトリウム量全
体(約二八〇トン)の約〇・三パーセント)のナトリウムが漏えいし、漏えいした
ナトリウムにより、本件温度計直下に配置されていた換気ダクト、グレーチング
(保守用足場)及び床ライナが損傷を受け、近傍の壁面コンクリートも影響を受け
た。すなわち、①換気ダクトについては、漏えい箇所の直下に当たる換気ダクト吸
入口近傍に、幅約三〇センチメートル、円周に沿った長さ約八〇センチメートル程
度の欠損部が生じ、欠損部周辺に高さ約一五センチメートル程度のナトリ
ウム化合物が堆積し(加熱温度は、最高で八〇〇℃と推定されている。)、②グレ
ーチングについては、漏えい箇所の直下に当たるグレーチングには、最大で幅約四
二センチメートル、長さ約三九センチメートルの半楕円状の欠損部が生じ、欠損部
分周辺に高さ一五センチメートル程度のナトリウム化合物が堆積し(加熱温度は、
最高で一一五〇℃と推定されている。)、③床ライナについては、床ライナ上に漏
えいしたナトリウムと本件配管室内の雰囲気中の酸素等が化合して生成されたナト
リウム化合物が堆積し、漏えい箇所の直下では、局所的に〇・五ないし一・五ミリ
メートル程度の板厚減少が観察されたが、貫通するに至った部分はなく、漏えい箇
所の近傍でも、ほとんどの場所で六ミリメートル以上の板厚が計測され(加熱温度
は、最高で七五〇℃と推定されている。)、④壁面コンクリートについては、ナト
リウム漏えいが発生した箇所近傍の原子炉補助建物壁面コンクリートの一部(約
四・五平方メートル)に深さ一ミリメートル程度の黒灰色の変色が生じたが、その
影響は表層部にとどまり、ナトリウムとコンクリートの反応生成物は検出されず、
構造耐力、遮へい性能への影響はないものと判断された。
 また、本件事故の際に漏えいしたナトリウムは、本件配管室内の雰囲気中の酸素
等と化合してナトリウム化合物を生成し、一部は前述のとおり本件配管室内に堆積
したが、一部は本件配管室内の雰囲気中にナトリウム・エアロゾル(粒径数ミクロ
ンから一ミクロン以下の微粒子状のナトリウム化合物)となって浮遊し、その一部
は本件温度計直下に配置されている換気ダクトへ吸入され、屋上の排気ガラリから
環境に放出されたが、更にその一部が右排気ガラリの近傍に設置されていたC系空
気取入口から再び原子炉補助建物内のCループ系各室に吸入され、Cループ系各室
周辺(原子炉補助建物床面積の約一〇・五パーセントに当たる約五五八〇平方メー
トルの範囲)に拡散されたが、一部のナトリウム漏えい検出器及び換気装置を除い
て、機器、電気計装品及び制御盤類の機能に支障が生じた事実はなかったことが確
認された。
(二) 環境に対する影響
 甲イ二四三及び乙イ九・四―二五ないし三一頁、一〇六頁によれば、次のとおり
と認められる。
(1) 放射性物質の放出
 二次冷却材には炉心で生成されて移行したトリチウムを除いて、放射性物質を含
んでいないため、放射性物質の
炉外への放出量は、トリチウム四×一〇の七乗ベクレルと推定されており、これ
は、原子力発電所から平常時に放出されるトリチウム量(気体廃棄物)と比べても
十分に小さい値であった。また、本件事故の際の放射線モニタ等の指示値は、通常
のバックグラウンドレベル(自然に存在する量)であり、本件事故の前後におい
て、本件原子炉施設の敷地内外の環境監視設備で採取した空気中浮遊じん、ガス状
物質、雨水などの降下物等の環境試料の計測値は、本件事故前までに確認されてい
る実測値の範囲内であった。また、本件事故によって発生し、本件配管室等から回
収されたナトリウム化合物の分析結果からも、放射性核種は検出されなかった。
 このように、本件事故においては、放射性物質の放出による周辺の環境への影響
はなかった。
(2) ナトリウム・エアロゾルの影響
 本件原子炉施設の敷地内の風上及び風下側と敷地外で採取した土壌サンプルを分
析した結果、ナトリウム量は塩分等のバックグラウンドの範囲内であり、風下側の
植物などに、ナトリウム・エアロゾル飛散の影響とみられる痕跡は観察されなかっ
たことから、環境に放出されたナトリウム・エアロゾルは、本件事故当時の気象条
件下(風速毎秒一一メートル、小雨)においては、急速に無害な炭酸化合物に変化
し、塩分等のバックグラウンドと区別できない程度に拡散され、希釈されたと判断
された。
 また、本件事故によって生じたナトリウム・エアロゾルがすべて建物外に放出さ
れ、そのすべてが有害な水酸化ナトリウムの形態で拡散されるという厳しい仮定を
しても、敷地境界における水酸化ナトリウムの濃度は一立方メートル当たり約〇・
〇五ミリグラムと評価され、わが国の産業用に定められた作業環境下における許容
濃度基準である一立方メートル当たり二ミリグラムを下回るものであった。
 このように、本件事故においては、化学物質の放出による環境への影響もなかっ
た。
(三) 炉心冷却能力に対する影響
 証人P11の証言(P11調書一・一五丁裏ないし一六丁裏)及び乙イ九・五―
一ないし八頁、添二―一ないし三頁によれば、次のとおりと認められる。
 本件事故における二次冷却材の漏えいは、漏えいが生じた系統の除熱能力を直ち
に低下させる規模のものではなく、他の二系統も健全に機能していたことから、本
件事故の際の炉心冷却能力は十分保たれていた。
 また、本件事故の発生から終止に至
るまでのプラントパラメータ(原子炉の運転記録)を検討しても、原子炉出力は、
原子炉の通常停止操作の開始により低下し始め、原子炉の手動トリップにより約四
〇パーセント出力から〇パーセント出力に急激に減少していること、一次冷却材温
度は原子炉出力の低下に伴い順調に低下していること、原子炉容器内のナトリウム
液位は、炉心燃料を冷却するのに十分な液位が確保されていたことが確認された。
 このように、本件事故において、炉心の冷却能力が影響を受けた事実はなかっ
た。
(四) 床ライナの健全性への影響
 本件事故において、本件配管室の床ライナに板厚減少が生じたことは前記(一)
のとおりであるが、右床ライナについては、ほとんどの部分で六ミリメートルの板
厚が計測され、局所的に〇・五ないし一・五ミリメートル程度の板厚減少が観察さ
れたにとどまり、ナトリウムとコンクリートが直接接触した事実はない。
 このように、本件事故において、本件配管室の床ライナは、十分な健全性を有し
ていた。
 なお、原告らは、本件事故においては、リッドが変形したから、本件床ライナの
健全性は維持されたとはいえない旨主張する。この点、甲イ二四二によれば、本件
事故においてリッドが変形した事実が認められるが、右のとおり、ナトリウムとコ
ンクリートが直接接触した事実はないのであるから、原告らの主張は失当である。
二 本件事故の原因
1 本件温度計の破損原因
 乙イ九・三―一ないし二六頁、乙イ一〇・Ⅰ―二―一ないし一二頁及び乙イ一二
によれば、次のとおりと認められる。
(一) 本件事故は、本件温度計が、本件さや管のさや段付部に生じた高サイクル
疲労により破損したことにあると判断されている。
(二) 本件温度計に高サイクル疲労が生じた原因は、本件温度計について、設計
段階では考慮されていなかった対称渦に伴う抗力方向(ナトリウムが流れる方向と
同じ方向)の振動であると判断された。
(三) そして、本件温度計が右の流力振動を回避できなかった理由は、次のとお
り、メーカーの設計及び被告の審査が不十分であったことにある。
(1) メーカーは、設計に際し、カルマン渦による揚力方向の振動については評
価を行い、米国機械学会(ASME)の基準を満足することを確認したが、対称渦
等による抗力方向の振動については設計上の認識がなく、評価を行わなかった。ま
た、カルマン渦との共振が回避され、特段の荷重を
受けないと考えたことから、温度計のさや形状は、さや段付部への応力集中を生じ
やすい、曲率の小さな段付形状となった。そして、平成三年一二月、ASMEに刑
おいて、抗力方向の振動を含む流力振動に対する設計指針が追発行されたが、これ
を知らなかったため、これに基づく設計の評価を行わなかった。
(2) 被告は、本件温度計がナトリウム内包壁(ナトリウムバウンダリ)を構成
する機器であることを念頭に置いて、さやの形状を検討することをせず、また、A
SMEの指針の追加発行後も、温度計について問題意識を持たなかったため、設計
の見直しを求めなかった。
(四) また、破損した本件温度計は、熱電対がさや段付部近傍で曲がった状態で
挿入されていたため、流力振動が他の温度計よりも大きくなっていた。
2 設備腐食の原因
 乙イ一〇・1―四―一六ないし二〇頁によれば、次のとおりと認められる。
(一) 鋼材の腐食機構
 本件事故においては、鋼製の換気ダクト、グレーチング及び床ライナが損傷した
が、その腐食機構は次のとおりであった。
(1) 床ライナの腐食
 本件温度計部分から漏洩したナトリウムは、本件配管室の雰囲気中の酸素と反応
しながら、下方の換気ダクト、グレーチングを経て床ライナ上に落下して堆積す
る。右堆積物は、当初、主として未燃焼のナトリウムと酸化ナトリウムからなり、
その上部表面ではナトリウムが燃焼し、堆積物の下部では酸化ナトリウムが鋼材面
と接触しているが、時間の経過と共に、ナトリウムの燃焼により生成される酸化ナ
トリウム(固体)は堆積物の下部で層をなし、落下するナトリウムはその表面で燃
焼する状況となる。また、堆積物の下部では、鉄と酸化ナトリウムの反応により鋼
材が腐食し、ナトリウム鉄複合酸化物が生成される。
 高温でも固体である酸化ナトリウムの生成及び堆積物への混入が継続すると、堆
積物の下部では、酸化ナトリウムに阻まれて、鋼材の腐食面からの、高温では液体
であるナトリウム・鉄複合酸化物の移動が困難になるため、鋼材の腐食面において
ナトリウム・鉄複合酸化物の存在割合が高くなり、これによって反応が抑制され、
鋼材の腐食は徐々に進展しなくなる。
 堆積物上部表面におけるナトリウムの燃焼が停止し、温度が下がり始めると、ナ
トリウム・鉄複合酸化物は固体となって鋼材の腐食面を覆うため、鋼材の腐食はほ
とんど進行せず、床ライナの損傷も進まなくなる。
(2
) 換気ダクト及びグレーチングの腐食
 換気ダクト及びグレーチングにおいても、床ライナと同じように、鉄と酸化ナト
リウムの反応により鋼材が腐食し、ナトリウム・鉄複合酸化物が生成されたと解さ
れるが、換気ダクト及びグレーチングは、床ライナよりも高温の環境であったこ
と、空間にあったことから、漏えいしたナトリウムの落下により、常に鋼材面に存
在するナトリウム・鉄複合酸化物が除去され、鋼材の表面が現れることになり、ナ
トリウムの漏えいの継続中、抑制されることなく腐食が進行したと解される。
3 運転管理上の問題
 乙イ九・二―五ないし一六頁、二―三三頁及び乙イ一二によれば、次のとおりと
認められる。
 本件原子炉施設の設備設計段階では、二次冷却材漏えい事故の区分及び運転につ
いては、①配管の損傷が大きく、蒸発器のナトリウムの液位が低下して「蒸発器液
位低低」の信号が発せられた場合は、大規模漏えいに当たるとして、右信号により
原子炉を自動トリップすると共に換気装置を自動停止する。ナトリウムは、原子炉
緊急停止後短時間で行う緊急ドレンによりドレンする。②ガスサンプリング式ナト
リウム漏洩検出器(配管と保温材の内装板との間の空気を吸引し、これを計測し、
配管部などのクラックからの微小な漏えいを検知することができるもの)がナトリ
ウムを検知するにとどまる微小な漏えいについては、小規模漏えいとし、原子炉の
通常停止を行う。この場合、換気装置は停止せず、ナトリウムは通常ドレンにより
ドレンする。また、通常停止操作中、ナトリウムの漏えい規模が拡大するようであ
れば、以後、中規模漏えい又は大規模漏えいの手順に従う。③小規模漏えいに比し
て漏えいの規模が拡大し、オーバフロータンクのナトリウム液位等に有意な変化が
認められる場合、あるいは漏えいしたナトリウムが配管の保温材の内装板と保温材
を経て室内に漏れ出し、火災検知器の作動又は白煙の発生に至った場合は、中規模
漏えいとして、原子炉の手動トリップを行う。ナトリウムは、オーバフロータンク
のナトリウム液位等に有意な変化が認められる場合には、原子炉停止後短時間で行
う緊急ドレンによりドレンし、右の変化が認められない場合には、ナトリウム温度
が四〇〇℃まで降下した段階で行う緊急ドレンによりドレンする。また、換気装置
は^緊急ドレンに必要な弁操作終了まで運転する、という検討がされていた。
 しかし、本件原子
炉施設の異常時運転手順書(以下「運転手順書」という。)は、概要、フローチャ
ート及び細目から構成され、運転員は細目に記載されている手順にしたがって訓練
を受けていたところ、火災検知器の作動及び白煙の発生は、細目の小規模漏えい及
び中規模漏えいの両欄に記載されたため、運転員において、火災検知器の作動又は
白煙の発生があれば中規模漏えいと判断することができる記載とはなっておらず、
また、その記載内容も、小規模漏えい及び中規模漏えいの各欄において、「白煙の
発生状況」を監視すべきこととされるにとどまり、漏えい規模の判断基準は明記さ
れていなかった。
 そのため、本件事故時においては、ナトリウム検知器の作動と相前後して、火災
検知器の作動及び白煙の発生が認められたのであるから、この時点で中規模漏えい
と判断して原子炉の手動トリップを行うべきであったが、オーバフロータンクのナ
トリウム液位に有意な変化が認められなかったことから、これを小規模漏えいと判
断し、前記②の手順に従って原子炉の通常停止を開始し、換気装置の運転も継続し
ていたところ、火災検知器の発報範囲等が拡大したことから、ナトリウムの漏えい
規模が拡大したと判断して、以後、中規模漏えいの手順に従うこととし、前記③の
手順に従って原子炉の手動トリップを行ったため、原子炉の手動トリップが行われ
たのは事故発生の一時間三三分後であり、ナトリウムの漏えいが停止したのは事故
発生の約三時間四〇分後であった。仮に火災検知器の作動及び白煙の発生を確認し
た時点で手動トリップがされていれば、事故発生から手動トリップに至るまでの時
間は短縮され、ナトリウムの漏えい量や施設の損傷の程度はいずれも本件事故を下
回るものとすることが可能であった。
三 本件事故と本件原子炉施設の安全性
1 温度計について
(一) 前記(二、1)のとおり、本件事故の原因は、本件温度計が、本件さや管
のさや段付部に生じた高サイクル疲労により破損したことにあり、その原因は、結
局のところ本件温度計の設計(抗力方向の振動に対応する設計がされていなかっ
た)及び取付(熱電対を曲げて挿入した)にあった。
(二) しかし、本件事故において漏えいしたナトリウムの量は約〇・七トンと、
本件許可申請における「二次冷却材漏えい事故」の解析評価において予想されたナ
トリウムの漏えい量を下回る漏えい量であって、本件事故程度の規模のナトリウム
の漏えい自体は、設計において予想されていたということができ、これに対する異
常拡大防止対策が妥当なものであれば、本件原子炉施設の安全性は確保されるとい
うことができる。
 また、本件事故の際、炉心の冷却能力が維持されていたことは、前記(一、2、
(三))のとおりである。
(三) さらに、証人P11の証言(P11調書二・一一ないし一五頁)、乙イ二
五、乙イ四七・四―一頁、三頁、六頁及び乙イ四八・三・一・一―二七ないし三六
頁によれば、被告は、安全総点検の結果、本件原子炉施設において使用している温
度計で、本件さや管と形状が同一である四八本のうち、①今後も使用する必要があ
る本件温度計を含む四二本(一ループ当たり一四本、計四二本)については、新た
に定めた温度計設計方針に適合するものに交換し、②他のもので兼用可能な六本
(補助冷却設備一ループ中二本、計六本)については撤去することとしているこ
と、右交換する温度計のさや管は、段付構造のないテーパ形状(円錐状)のものと
し、配管内への突出し長さ、テーパ状の形状及び配管への取付方式については、配
管内の温度分布解析に基づき温度計測上要求される即応性の度合及び設置部分の流
速に応じて定め、さや管が万一破損した場合であっても、漏えいしたナトリウムが
温度計の内側にとどまる構造とすることが認められる。
 そして、右改善措置は、右のとおり具体的な内容のものであること、乙イ四二及
び乙イ五一によれば、右改善措置は報告書の形にまとめられて科学技術庁や安全委
員会に提出され、科学技術庁の「もんじゅ安全総点検チーム」及び安全委員会は右
改善措置を検討した上でこれを妥当と評価したことが認められること、本件原子炉
施設は現在運転に供されておらず、配管や温度計の一部が撤去されているために現
状のままではこれを起動することができないこと、証人P11の証言(P11調書
一・五九、P11調書二・五五頁)及び乙イ四六によれば、被告は本件原子炉施設
を現状設備のまま運転することを予定していないと認められることからすれば、原
告らの指摘する①安全総点検には法令上の根拠がないこと、②安全総点検及びこれ
に基づく改善措置には国会による予算措置が講じられていないこと、③本件許可処
分に対する変更許可等はもちろんその申請もされていないことなどの事情を十分考
慮しても、なお、右改善措置が実現される蓋然性は十分に認められると
いうべきである。
(四) 以上によれば、本件原子炉施設の温度計の設計、取付に誤りがあったこと
は、本件原子炉施設の安全性を失わせるものではないというべきである。
2 床ライナについて
(一) 本件事故と床ライナへの影響
本件安全審査においては、鋼製の床ライナの設置によりナトリウムとコンクリート
の直接接触を防止することを基本設計ないし基本的設計方針として審査の対象とし
ている。
 前記(一、2、(一))のとおり、本件事故において、本件配管室の床ライナに
板厚減少が生じたが、右床ライナについては、ほとんどの部分で六ミリメートルの
板厚が計測され、局所的に〇・五ないし一・五ミリメートル程度の板厚減少が観察
されたにとどまり、ナトリウムとコンクリートが直接接触した事実はく、床ライナ
は、十分な健全性を有していた。
 しかし、本件事故を契機とする事故原因の調査過程において、本件安全審査当時
は認識されていなかった二つの知見、すなわち、①被告が本件事故後に行った燃焼
実験Ⅱにおいて、床ライナの一部が局所的に損傷したことから、空気の供給状況等
の条件いかんによっては、ナトリウムと鉄と酸素が関与する界面反応による腐食に
より、床ライナ等の鋼材が損傷する場合があるという知見、②推定される本件事故
時の床ライナ温度及び最新のナトリウム燃焼解析コードを用いて解析した床ライナ
の温度は、いずれも設計温度を上回るという知見が得られており、右各新知見が漏
えいナトリウムとコンクリートとの直接接触を鋼製の床ライナの設置により防止す
るという設計に基づく本件原子炉施設の安全性に影響を与えるか否かが問題となる
(なお、原告らは、右①の知見については、本件許可処分当時既に明らかになって
いた知見であるから、新知見ではない旨主張している。確かに、乙イ四一によれ
ば、一九七九(昭和四四)年に、英国原子力局は、ナトリウムが燃焼して酸化ナト
リウムや過酸化ナトリウムとなり、水と接触してできた水酸化ナトリウムが共存す
る場合には、鉄がかなりの腐食速度を示すことを報告しており、右は高速増殖炉設
計の分野でも入手可能であったことが認められるから、右知見は厳密な意味での新
知見とは言い難い。しかし、本件訴訟の対象は、現在において将来建設、運転され
ると予測される本件原子炉施設であるから、新知見であるか否かは本件訴訟の審
理、判断に影響するものではない。したがって、ここでは便
宜的に新知見として扱うこととする。)。
 そこで、まず、本件安全審査における床ライナに関する審査の概要を示した上
で、右各新知見の内容と本件原子炉施設の安全性の関係について検討する。
(二) 本件安全審査における床ライナに関する審査
 前記(第七章第五、三、3、(五)、(2))のとおり、本件安全審査において
は、冷却材として使用されるナトリウムは、化学的に活性であり、酸素やコンクリ
ートに含まれる水とも激しく反応するため、漏えいしたナトリウムとコンクリート
が直接接触すると、ナトリウムとコンクリート中の水分が反応し、圧力上昇やコン
クリートの脆弱化により建物の健全性が失われることがあり、建物の健全性が失わ
れると、二次主冷却系の他の系統に影響が及ぶ可能性があることから、ナトリウム
の化学反応及びナトリウム火災に対する対策の一つとして、漏えいしたナトリウム
とコンクリートが直接接触することを防止するために、鋼製の床ライナが設置され
ること、これによって、万一ナトリウムが漏えいした場合であっても、鋼製の床ラ
イナによって、漏えいナトリウムとコンクリートとの直接接触を防止し得ることを
確認している。
(三) 界面反応による床ライナの腐食に関する新知見と本件原子炉施設の安全性
(1) 界面反応による腐食に関する新知見
(イ) 乙イ一〇・Ⅱ―二1―二ないし一九頁、乙イ四一及び乙イ四二によれば、
次の事実が認められる。被告は、本件事故後、本件床ライナの板厚が減少した原因
を解明すると共に、将来の対策を講じるため、燃焼実験Ⅰ、燃焼実験Ⅱ及びナトリ
ウムの
漏えい時のナトリウム燃焼解析を行った。
 燃焼実験Ⅰは、被告が平成八年四月八日に行った実験であり、内容積約一〇〇立
方メートルの鋼製円筒容器の実験装置内で、約一時間三〇分間ナトリウムを漏えい
させた。実験の結果、実験装置の床部には、酸化ナトリウムを主体としてナトリウ
ム酸化物が山状に堆積し、換気ダクト表面の破損は確認されなかったものの、グレ
ーチングには一部で破損と減肉が、また、床部の鋼製の受け皿には漏えい部直下近
傍で最大で約一ミリメートルの減肉がそれぞれ認められた。そして、鋼材の腐食速
度は本件事故のそれとほぼ一致した。
 燃焼実験Ⅱは、被告が同年六月七日に行った実験であり、内容積約一七〇立方メ
ートルのコンクリート製矩形容器内で、本件事故時におけるナトリウム漏えい時間
と同じ三時間四
〇分間ナトリウムを漏えいさせた。実験の結果、床ライナ上には溶融体が凝固した
堆積物が平板状に広がると共に、漏えい部直下近傍の床ライナが損傷し、五つの貫
通孔が確認された。そして、鋼材の腐食速度は、本件事故及び燃焼実験における鋼
材の腐食速度よりも著しく早かった。
 そして、被告は、燃焼実験Ⅱでは、燃焼開始後三時間二〇分ころには床ライナが
破損し、大小五個の貫通孔が生じるに至ったが、燃焼実験Ⅱの鋼材の腐食速度は本
件事故及び燃焼実験Ⅰの鋼材の腐食速度より著しく早いこと、本件事故と燃焼実験
Ⅱとでは、床ライナ上における堆積物の様相が異なっていることからすると、本件
事故時の腐食機構は、燃焼実験Ⅰにおける鋼材の腐食機構と同様であり、燃焼実験
Ⅱ腐食機構は、本件事故時の腐食機構とは異なると解した。
 すなわち、本件事故及び燃焼実験Ⅰでは、前記(二、2、(一)、(1))のと
おり、酸化ナトリウムと鉄が高温で反応する「ナトリウム・鉄複合酸化型腐食」が
主体的であり、燃焼実験Ⅱでは、ナトリウムの燃焼に伴って部屋の温度が高温にな
り、コンクリート部から多量の水分が放出され、この水分により堆積物中の水酸化
ナトリウムの割合が増加して溶融体となり、これに溶け込んだ過酸化ナトリウムが
過酸化物イオンとなって鉄を腐食する「溶融塩型腐食」(界面反応による腐食)が
主体的であったとした。そして、この違いは、本件事故時及び燃焼実験Ⅰでは、ナ
トリウム燃焼部への多量の水分の供給はなかったが、燃焼実験Ⅱでは、コンクリー
ト製の実験セルの空間容積が実際の配管室の容積と比べて小さい上、コンクリート
壁がナトリウム漏えい部に接近していたことなどから、ナトリウム燃焼部にコンク
リート壁表面から多量の水分が供給されたため、水酸化ナトリウムの割合が増加し
たことから生じたものとした。
(ロ) これに対し、乙イ四一及び乙イ四二によれば、安全委員会は、右腐食機構
の相違について、いずれの場合も溶融塩が関与した腐食機構が働いたとみることが
重要であるとし、被告の右推論の当否を論じるには更に科学的知見が必要であると
した上で、現時点において、ナトリウム燃焼による鋼材の腐食機構の動的な過程及
びそれに及ぼす温度、物質の移動等の因子の影響については必ずしも十分に解明さ
れているとはいえず、本件原子炉施設において、どのような条件下で燃焼実験Ⅱの
ような「溶融塩型腐食」が発生するの
かについては、十分明らかではないとした上で、燃焼実験Ⅱのような事態をも視野
に入れた腐食抑制対策を考えることが当面最も重要なことであるとしていることが
認められる。
(ハ) この点、前記のとおり、燃焼実験Ⅱの実験条件は、空間容積及びコンター
リート壁との接近距離において、本件原子炉施設の配管室より小さい。そして、証
人P11の証言(P11調書二・四一頁、四二頁、八三頁、一七五頁、一七六頁)
によれば、「溶融塩型腐食」が生じるためには、①床ライナを腐食させる過酸化ナ
トリウムが形成されること、②過酸化ナトリウムが安定して存在するために大量の
溶融状態の水酸化ナトリウムが存在することが必要であること、水酸化ナトリウム
が大量に存在するためには、大量の水分の供給が必要であることが認められる。こ
の水分の供給は、室内の雰囲気あるいは壁面コンクリートからのものしか考えられ
ないから、界面反応による腐食の発生においては、ナトリウムの漏えいした空間の
容積及びコンクリート壁との接近距離は重要な要素であると考えられる。そうする
と、前記(イ)のとおり、燃焼実験Ⅱの実験条件は、空間容積及びコンクリート壁
との接近距離において本件原子炉施設の二次主冷却系の配管室より小さく又は近い
から、証人P11の証言(P11調書二・三九頁ないし四四頁)及び乙イ四五にも
あるとおり、本件原子炉施設において、現実に「溶融塩型腐食」による床ライナの
損傷が生じる可能性は低いということができる。
 しかし、本件事故の床ライナ上の堆積物中の水酸化ナトリウムの濃度は二・六パ
ーセントであり、燃焼実験Ⅱのそれは三五・一パーセント(床ライナが穴が開いた
とされる実験開始後三時間二〇分では約一〇パーセント)であったところ(乙イ一
〇・Ⅱ―二―三一頁、乙イ四八・三・一・三―一〇八頁)、乙イ四八・三二・三―
九二頁、九四頁によれば、被告が本件事故後に実施した、二次冷却材漏えい(小、
中規模漏えい)時の本件原子炉施設の二次冷却系配管室及び過熱器室の床ライナ上
の堆積物中の水酸化ナトリウム濃度の解析の結果、配管室、過熱器室のいずれにお
いても二五パーセント以上に達していることが認められることからすれば、本件原
子炉施設において、「溶融塩型腐食」による床ライナの 損傷が生じる可能性を否
定することはできないというべきである。
(2) 本件原子炉施設の安全性との関係
(イ) そこで、「
溶融塩型腐食」という知見によって、鋼製の床ライナを設置することによりナトリ
ウムとコンクリートとの直接接触を防止するという設計に基づく本件原子炉施設の
安全性が損なわれるか否かについて検討する。
 この点、証人P11の証言(P11調書二・四七頁、四八頁)、乙イ二六・三・
一・三-七四頁、乙イ四八・三・一・三―九〇頁及び甲イ三五七によれば、被告
は、本件事故後、燃焼実験Ⅱで生じたような「溶融塩型腐食」を仮定した二次冷却
材漏えい事故時のナトリウム燃焼解析を行ったこと、右解析においては、解析条件
として、ループ内のナトリウムドレンが完了するまでに八〇分を要するものとし、
ナトリウム漏えい率(単位時間当たりの漏えい量)を一時間当たり〇・一トン及び
〇・〇一トンとして解析した結果、本件原子炉施設の二次系配管室、過熱器室及び
蒸発器室に設置されている板厚約六ミリメートルの床ライナの腐食による減肉量
は、中央値で三・二ないし三・三ミリメートル(下限値で一・九ないし二・〇ミリ
メートル、最大値での腐食が継続することを仮定した上限値で五・二ないし五・五
ミリメートル)となったことが認められる。
 そうすると、右で上限値を取った場合は、貫通孔が生じるには至らないとして
も、床ライナの残存肉厚は〇・五ないし〇・八ミリメートルとなり、十分な床ライ
ナの肉厚が確保されているとまではいえないことになる。
(ロ) しかし、証人P11の証言(P11調書二・一五頁、二六ないし三〇
頁)、乙イ二六・三・一・三―一ないし五五頁、八七ないし九八頁、乙イ三一、乙
イ四六、乙イ四八・三・一・三―一四ないし四七頁、六一ないし六三頁、一一二な
いし一二三頁及び乙イ五一によれば、被告は、本件原子炉施設の安全総点検の結果
を踏まえ、万一ナトリウム漏えい事故が発生したとしても、床ライナのナトリウム
とコンクリートの直接接触防止の機能を維持することができるように、次のような
改善措置を講じ、これらの改善措置を行った上で本件原子炉施設の運転を再開する
こととしていることが認められる。そして、前記(1、(三))のとおり、これら
改善措置が実現される蓋然性は十分に認められるところである。
(a) 検出、監視システムの充実
ナトリウム漏えいの有無及び推移の確認並びに漏えい場所の特定の判断をより確実
かつ迅速に行うため、セルモニタ、カラーITV(工業用カラーテレビ)及び総合
漏えい監視
システムを設置し、漏えいの検出、監視を強化する。
 これによって、ナトリウム漏えいが生じた場合に、運転員が中央制御室におい
て、右確認、判断に必要な情報をリアルタイムで把握し、漏えい箇所の特定や立入
りの可否及び原子炉停止等の運転操作上の判断をより迅速かつ適切に行うことがで
きる。
(b) 二次主冷却系設備及び補助冷却設備の対策
(い) ナトリウムドレン機能の強化
 ナトリウムのドレン機能を強化する以下の設備改善を施すことによって、二次主
冷却系循環ポンプ入口部に至る配管にドレン用配管(ドレンライン)を追加設置す
ると共に、オーバフロータンクやダンプタンクに至るドレン用の母配管を大口径化
すること、ドレン弁を遠隔電動化、多重化(二重化)すると共に、非常用電源に接
続すること、運転員が、より確実かつ迅速に漏えい時の操作を行うことができるよ
う、表示機能を改善すると共に、一連の操作を一括して行う緊急ドレン手動スイッ
チを設ける。これにより、万一の漏えい発生時にも、漏えい発生からドレン完了ま
での時間が短縮され、小規模漏えいの場合、運転員が緊急ドレン操作を行うまでの
判断時間を考慮したとき、現状設備では漏えい発生からドレン完了まで約八〇分を
要するのが、改善後は約半分(約四〇分)に短縮される。
(ろ) 燃焼及びエアロゾル拡散の抑制機能の強化
 中規模又は小規模のナトリウム漏えいの場合であっても、セルモニタの信号によ
って換気空調設備が自動停止するよう、その自動停止機能を強化する。また、大規
模漏えいを想定した「蒸発器液位低低」信号による換気空調設備の自動停止につい
ても、インタロック(論理回路)を変更し、より確実に停止するようにする。これ
によって、ナトリウムが漏えいし、ナトリウム・エアロゾル等が機器、配管の保温
構造の外へ及ぶような場合には、その漏えい規模にかかわらず、換気空調設備は確
実に自動停止することになり、外気の流入及び漏えいナトリウムの燃焼を抑制し、
またナトリウム・エアロゾルの拡散も抑制することができる。
 また、二次主冷却系設備、補助冷却設備及び二次ナトリウム補助設備が設置され
ている部屋の区画化を行い、各区画間の通気率を抑制することによって、漏えいナ
トリウムの燃焼及びナトリウム・エアロゾルの拡散を抑制すると共に、後記(に)
の窒素ガス注入の効果を高めることができる。
(は) 壁、天井への断熱構造物の設置
 各区画
内の室の壁、天井のコンクリート表面に断熱材と鋼板とを組み合わせた断熱構造物
を設置する。これによって、ナトリウム漏えい時の壁、天井のコンクリート温度の
上昇が抑制され、コンクリートからの水分の放出を抑制し、ナトリウム・エアロゾ
ルと水との反応を抑制することができ、また、漏えいナトリウムとコンクリートと
の直接接触も防止できる。
(に) 窒素ガス注入設備の設置
 窒素ガス注入設備を設置し、ナトリウムの漏えいが発生した区画全体に窒素ガス
を注入する。これによって、漏えいナトリウムの燃焼に供される区画内の雰囲気中
の酸素量が減少するため、漏えいナトリウムの燃焼をより確実に終息させることが
できる。
 また、窒素ガス注入時の区画内の雰囲気圧力の上昇を抑制するため、圧力逃がし
ラインを設置する。
(c) 運転手順書の改善
(い) ナトリウム漏えい検出器又はセルモニタ等によりナトリウムの漏えいを確
認した場合には、漏えい規模のいかんにかかわらず、直ちに原子炉の手動トリップ
操作を行うこととする(なお、大規模漏えい時に、蒸発器液面計が「蒸発器液位低
低」信号を発した場合には、原子炉は自動的に停止し、換気空調設備も自動停止す
る。)。
(ろ) セルモニタ等によって、漏えいナトリウムやナトリウム・エアロゾルが配
管の保温構造の外に及んでいることが確認された場合には、運転員は、前記緊急ド
レン手動スイッチにより、ナトリウムの緊急ドレン等を行うこととする(なお、こ
の場合、セルモニタの信号により換気空調設備は自動停止する。)。
 これによって、運転員はより迅速かつ適切に緊急ドレン等の操作を行い、漏えい
ナトリウムによる影響を抑制することができる。
(ハ) そして、証人P11の証言(P11調書二・三〇頁ないし五五頁)、乙イ
二六・三・一・三―五七ないし八〇頁、乙イ四六・一四ないし一八頁、乙イ四七・
三・一・三―四頁、一五ないし一八頁及び乙イ四八・三・一三―六六ないし九六頁
によれば、被告は、右改善措置を前提として、前記ASSCOPSコードを用い
て、次のとおり、二次系ナトリウム漏えい事故における床ライナの腐食について解
析評価したことが認められる。
(a) 解析条件
① 原子炉出力運転中に、配管の保温構造の外にナトリウムが漏えいするような小
規模漏えい(毎時〇・〇一トン)から、大規摸のナトリウム漏えい(毎時一一九ト
ン)までを想定する。
② 漏えいが生じる
部屋としては、燃焼に供される酸素の量及び空間の大小等を考慮して、最も影響が
大きいと予想される部屋として、空間容積の最も大きい二次主冷却系配管室、最も
小さい過熱器室及び蒸発器室及び外気の通気率が大きい補助冷却設備空気冷却器室
等を想定する。
③ 漏えいナトリウムの燃焼形態としては、スプレイ燃焼とプール燃焼とが同時に
進行するものとする。
④ ナトリウム漏えいが継続する時間は、ドレン機能強化策を考慮して、二次主冷
却系設備の場合、小規模漏えいでは四〇分、大規模漏えいでは三〇分とする。運転
員の判断時間については、安全評価審査指針を参考に一〇分とする。
⑤ セルモニタ等は漏えいの発生を短時間で検知することができるが、換気空調設
備の停止については、常に、漏えい発生から二分を要することとする。
⑥ 建物内の区画化及び壁、天井への断熱構造物の設置の効果は考慮するが、窒素
ガス注入設備による窒素ガスの注入については、燃焼抑制効果の評価上はその効果
を考慮しないこととする。
(b) 評価結果
 床ライナの減肉を厳しく評価するため、鋼材の腐食試験によって得られた「溶融
塩型腐食」の腐食速度の最大値(減肉速度データの九五パーセント信頼限界の上限
値)と中央値を用いて、床ライナの温度が三〇〇℃以上になれば「溶融塩型腐食」
が発生すると仮定して解析を行った結果、減肉量が最も厳しくなるのは、ナトリウ
ムの漏えい率が毎時〇・一トンの場合であり、この場合の二次主冷却系配管室、過
熱器室及び蒸発器室における各床ライナの減肉量は、中央値で一・五ないし一・六
ミリメートル、最大値での腐食が継続することを仮定した上限値で二・五ないし
二・六ミリメートルとなった。
(ニ) このように、本件原子炉施設においては、改善措置を前提にした場合に
は、二次冷却材漏えい事故において「溶融塩型腐食」の発生を仮定しても、床ライ
ナの腐食によりナトリウムとコンクリートが直接接触する事態に至る具体的可能性
は認められないというべきである。したがって、「溶融塩型腐食」という新知見に
よって、本件原子炉施設の安全性が失われるものではない。
(3) 原告らの主張について
(イ) 腐食速度について
(a) 原告らは、被告の行った界面反応による腐食の腐食速度の評価について、
これ以上の速度で腐食が進行する可能性がある旨主張する。
 しかし、証人P11の証言(P11調書二・四八ないし五一頁)及
び乙四二の一によれば、被告は、右評価の前提として、腐食減肉試験を行って「溶
融塩型腐食」の腐食速度を求めた上、上限値の評価については、右試験で得られた
腐食速度のうち、九五パーセント信頼幅の上限値の速度の腐食が漏えいの初期から
生じると仮定し、右上限値の腐食速度のまま推移するものとして評価を行ったもの
であること、安全委員会は、右腐食速度について、現段階では空気中における最も
高い値を与えると考えて差し支えないとしていることが認められる。そうすると、
「溶融塩型腐食」の発生を仮定した場合であっても、被告が評価に用いた以上の腐
食が発生するおそれはないということができるし、また、これに反する証拠もな
い。
(b) また、原告らは、本件事故は、低温、低湿分の冬季に発生したが、春から
秋にかけての湿分の多い外気条件下では、水酸化ナトリウムが多量に生成し、燃焼
実験Ⅱと同様、床ライナに貫通孔が生じる可能性がある旨主張する。
 しかし、乙イ四八・三・一・三―八七頁、八八頁によれば、右評価は、気温三五
℃における湿度八〇パーセントという、夏季に相当する湿分の多い雰囲気条件下を
部屋の初期条件として評価したものであることが認められる。また、右のとおり、
右評価による床ライナの減肉量は、「溶融塩型腐食」には大量の水酸化ナトリウム
が存在することが必要であるのに、水酸化ナトリウムの生成量とは無関係に、漏え
いの初期から「溶融塩型腐食」が発生するものとし、さらに、上限値については、
当該温度における最大値の腐食速度のまま推移するものとして評価したものである
ことが認められるから、外気条件のいかんによってこれ以上の腐食速度となること
はあり得ないというべきであり、これに反する証拠もない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ロ) 漏えい継続時間について
(a) 原告らは、被告の前記評価において、現状設備ではナトリウム漏えい発生
後、漏えいが停止するまでの時間を八〇分、改善措置を講じた後は最大四〇分とし
たことについて、現実の事故の際にそのように手際よくいく保証はなく、本件事故
時のように、漏えい停止まで三時間四〇分を要せば、貫通孔が開く旨主張する。
 まず、現状設備の場合については、確かに、本件事故時の運転手順を前提とする
限り、本件事故のようなナトリウムの漏えいの場合は、八〇分で漏えいが停止する
とは認められない。しか
し、乙イ四八・三・一・三―七二ないし七四、七七頁及び弁論の全趣旨によれば、
運転手順書を改善し、いかなる規模のナトリウム漏えいであっても原子炉をトリッ
プし、ナトリウムについて原子炉停止後短時間で行う緊急ドレンを行うこととすれ
ば、運転員がドレン操作を行うまでの判断に要する時間を一〇分間としても、八〇
分でナトリウムの漏えいが停止することが認められる。そして、右の運転手順の変
更は現実的でないとはいえない。そうすると、被告が前記評価においてナトリウム
の漏えいが停止するまでの時間を八〇分としたことが不合理であるとはいえない。
 改善措置を講じた場合についても、乙イ四八・三・一・三―七一ないし七三頁、
八九頁によれば、いかなる規模のナトリウム漏えいであっても、運転員がドレン操
作を行うまでの判断に要する時間を一〇分間としても、四〇分でナトリウムの漏え
いが停止することが認められる。
(b) また、原告らは、大規模な破断が生じた場合、炉心の冷却を維持・継続す
るために、ナトリウム漏えい火災をあえて放置しなければならない事態が想定され
うる旨主張する。
 しかし、前記(第七章第五、一、3、(二)、(2))のとおり、本件原子炉施
設は、原子炉の停止後は、一系統の補助冷却設備が作動すれば除熱を行い得るよう
に設計されているから、炉心を冷却するために、ナトリウムが漏えいしているにも
かかわらず当該ループを停止してドレンをすることなく、また、漏えいしたナトリ
ウムの燃焼を放置するという事態が生じうることは、三系統ある二次主冷却系配管
の全てにおいて、同時にナトリウム漏えいが生じる場合のほかには考えられない
が、このような事態が起こる可能性があると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(ハ) P12証言調書について
 原告らは、乙ホ三の一(証人P12調書)の証人P12の証言内容からすれば、
「二次冷却材漏えい事故」において床ライナに貫通孔が通じる旨主張する。
 しかし、証人P12の証言中に、右の趣旨に解することのできる部分はないとい
うべきであるから、原告らの右主張は理由がない。
(四) 床ライナの温度上昇に関する新知見と本件原子炉施設の安全性
(1) 床ライナの温度上昇に関する新知見
 前記(第七章第五、一、6、(四)、(9))のとおり、本件許可申請の「二次
冷却材漏えい事故」の解析評価にお
いて、熱的影響評価の際に前提とされた床ライナの設計温度は、五〇〇℃であった
(昭和六〇年二月一八日付け原子炉設置変更許可申請に際して五三〇℃に変更され
た)。
 ところが、乙イ四一によれば、本件事故の際の本件床ライナの温度は、局所的に
七〇〇℃ないし七五〇℃に達したと推定されたことが認められる。また、乙イ四一
によれば、本件事故後、被告が、ナトリウム解析コード(ASSCOPSコード
(Ver.2・0))を用いて本件原子炉施設に実際に設置されている厚さ六ミリ
メートルの床ライナのナトリウム漏えい時の温度上昇を解析した結果、床ライナの
温度は、①大規模漏えい時(漏えいナトリウムが床ライナ床面に全体的にプール状
に広がった場合)における二次主冷却系配管室で最高約六二〇℃、過熱器室で最高
約七五〇℃、②中規模又は小規模漏えい時における二次主冷却系配管室で最高約八
八〇℃、過熱器室で最高約八五〇℃となった。このように、本件事故及び右解析結
果は、共に右床ライナの設計温度を超えるものであった。
(2) 本件原子炉施設の安全性との関係
(イ) そこで、右設計温度を上回る温度上昇が起こることにより、本件原子炉施
設の安全性が失われる否かについて検討する。
 この点、乙イ四一、乙イ四五及び乙ホ二の二(証人P8調書二)九丁表、同裏に
よれば、右設計温度は、二次冷却材漏えい事故の解析評価において、漏えいしたナ
トリウムがプール状に滞留するという解析条件の下で、床ライナが全面一様に加熱
されても、熱膨張によって壁面と干渉しないように設計するための基準となる温度
として設定されたものであり、この温度を超えれば床ライナがその機能を喪失する
という温度ではないことが認められる。
 そうすると、設計温度を超えたことによって直ちに本件原子炉施設の安全性が失
われるということはできず、温度上昇に関する知見を前提としたときに、具体的
に、本件原子炉施設の床ライナが漏えいナトリウムとコンクリートとの直接接触防
止という機能を維持することができるか否かを検討すべきである。
 そして、床ライナは鉄であり、その融点は約一五〇〇℃であるから、床ライナの
溶融が生じることはない。したがって、床ライナの機能において問題となるのは、
床ライナが熱膨張して壁面と干渉し、又は局所的なひずみが発生し、これを原因と
して床ライナに損傷が生じる可能性があるか否かである。
 この点、乙イ四
一によれば、本件事故後、被告が二次冷却材を保養する系統、機器を収納する部屋
の床ライナの機械的健全性について解析を行ったこと、その結果、本件原子炉施設
に実際に設置されている床ライナは、①漏えいナトリウムが床ライナ全面に広がっ
た場合については、二次主冷却系配管室(A)北側では約六三〇℃、二次主冷却系
配管室(C)北側では約七〇〇℃、他の二次主冷却系配管室及び過熱器室では約九
五〇℃ないしはそれ以上になっても、熱膨張により壁面と干渉することはなく、機
械翻的に破損することはない、②漏えいナトリウムが局所的に滞留した場合につい
ては、熱荷重によるひずみが集中する部位であっても、九〇〇℃ないし九五〇℃ま
では、リブ(ひずみを拘束するために床ライナ裏面に溶接されている構造物)が剥
離することはあるが、床ライナ自体が損傷することはないとされたことが認められ
る。
(ロ) また、前記((三)、(2)、(ロ))のとおり、被告は、本件原子炉施
設の安全総点検の結果を踏まえ、万一ナトリウム漏えい事故が発生したとしても、
床ライナのナトリウムとコンクリートの直接接触防止の機能を維持することができ
るように、改善措置を講じている。
 そして、被告は、右改善措置を前提として、前記ASSCOPSコードを用い
て、前記((三)、(2)、(ハ)、(a))と同一の解析条件で、二次冷却材漏
えい時の本件原子炉施設の床ライナの温度上昇について解析評価しており、乙イ四
八・三・一・三―六七頁、七二ないし八〇頁、九一頁ないし九五頁によれば、その
結果は、次のとおりであったことが認められる。
(a) 大規模(毎時一一九トン)のナトリウム漏えいの場合、二次主冷却系配管
室(配管室・ポンプ室区画)の床ライナの最高温度は、本件事故当時の設備(現状
設備)における約六二〇℃に対し、区画化等の効果により、設備改善後は約五二〇
℃に抑制される。
(b) 空間容積の小さい過熱器室及び蒸発器室(蒸気発生器室区画)において大
規模(毎時一〇〇トン)のナトリウム漏えいを想定した場合には、区画化の効果が
比較的小さく、また、壁、天井への断熱構造物の設置によりコンクリートへの放熱
が相対的に小さいが、床ライナの最高温度は、過熱器室の場合、現状設備における
約七五〇℃が設備改善後は約七三〇℃に、蒸発器室の場合、現状設備における約八
一〇℃が設備改善後は約八〇〇℃にそれぞれ抑制される。
(c
) 空気冷却器室(空気冷却器室区画)の下部キャッチパンへの大規模漏えい(漏
えい率毎時四三トン)の場合、区画化の効果が最も著しく、下部キャッチパンの温
度は、現状設備では、約八五〇℃が一時間以上継続するのに対し、設備改善後は短
時間のうちに約七六〇℃から約五三〇℃に降下する。一方、同室の上部キャッチパ
ンへの大漏えい(漏えい率毎時五三トン)の場合、上部キャッチパンの最高温度は
現状設備では約七九〇℃であるのに対し、設備改善後は約八四〇℃となった。しか
し、現状設備では高温状態が一時間二〇分ほど継続するのに対し、設備改善後は温
度が五〇分程度で二〇〇℃以下に降下する。
(d) 小、中規模漏えい時(毎時〇・一トン)には、配管室の床ライナ温度が局
所的に最高約八四〇℃に達する点で、現状設備と設備改善後とで差異はないが、設
備改善によって、温度降下までの時間が半分程度に短縮される。
(ハ) このようにみると、本件原子炉施設において、二次冷却材漏えい事故の際
の床ライナの温度上昇が原因となってナトリウムとコンクリートが直接接触する事
態に至る具体的性は認められないというべきである。したがって、床ライナの温度
上昇に関する新知見によって、本件原子炉施設の安全性が失われるものではない。
(3) 原告らの主張について
(イ) 設計温度について
 原告らは、設計温度は、被告が安全委員会に対して設計を約束した事項であるか
ら、本件事故において右設計温度を超える事態が生じたことにより、本件原子炉施
設の設計の妥当性は失われる旨主張する。
 しかし、前記((2)、(イ))のとおり、設計温度は、「二次冷却材漏えい事
故」の解析評価において、漏えいしたナトリウムがプール状に滞留するという解析
条件の下で、床ライナが全面一様に加熱されても、熱膨張によって壁面と干渉しな
いように設計するための基準となる温度として設定されたものであり、この温度を
超えれば床ライナがその機能を喪失するという温度ではないから、設計温度を超え
たことによって直ちに本件原子炉施設の設計の妥当性が失われるということはでき
ず、原告らの主張はその前提を欠くものである。
(ロ) 解析に用いた計算コードについて
 原告らは、被告の前記解析に用いられたASSCOPSコードは信頼性を欠く旨
主張する(なお、原告らは、本件許可申請に際しての「二次冷却材漏えい事故」の
解析評価(漏えいナトリウムに
よる熱的影響評価)に用いられたSPRAY―Ⅱコード及びSOFIRE―MⅡコ
ードについても信頼性を欠く旨主張するが、ASSCOPSコードはSPRAY―
Ⅱコードの改定コードであるSPRAY―Ⅲコード及びSOFIRE―MⅡコード
を融合させたコードである上、右本件許可申請に際しての解析評価の床ライナ温度
の解析結果は、被告の前記解析の床ライナ温度の解析結果よりも低いから、ここで
はASSCOPSコードについて検討する。)。
 この点、甲イ三五七及び乙イ四八・三・一・三―一〇三頁、一〇四頁、一〇六頁
ないし一〇八頁によれば、右計算コードは、本件原子炉施設建設段階に開発された
原コードを改良し、大規模漏えいのみならず、小、中規模漏えいについても解析で
きるようにしたものであること、中規模漏えい時の解析については、被告が従前行
ったナトリウム燃焼実験との比較から、また、小規模漏えい時の解析については、
燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱとの比較から、その妥当性を確認したこと(解析結果
は、ナトリウム燃焼実験の測定値とおおむね一致し、また、燃焼実験Ⅰ及び燃焼実
験Ⅱにおける測定値のほとんどを包絡すると共に、測定値よりも高い傾向を示し
た)が認められ、また、乙イ四一によれば、安全委員会も、右計算コードを用いた
前記((2)、(ロ))の解析結果と本件事故、燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱの床ラ
イナ温度及び温度変化の傾向がおおむね一致していることから、右解析結果に基づ
いて検討することは可能であるとしたことが認められる。
 そうすると、右計算コードは、床ライナの温度を評価する計算コードとして信頼
できるものといえる。したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
3 原告らの本件事故に係るその他の主張について
(一) LBBの思想について
 原告らは、本件事故時において、ナトリウム漏えい検出器による検知が、火災報
知器による検知に遅れたことは、微小な漏えいを検出できないことを示すものであ
り、このことは、LBB思想(破断等により大規模な漏えいに至る前に小規模漏え
いの段階で漏えいを検知する考え方)を前提とする本件原子炉施設の設計の欠陥を
示すものである旨主張する。
 この点、本件事故時において、ナトリウム漏えい検出器による検知が、火災報知
器による検知に遅れたことは当事者間に争いがない。しかし、証人P11の証言
(P11調書一・一九ないし二一頁)
及び乙ホ二の三(証人P8調書三)四三丁表、同裏によれば、LBB思想は、外径
が一インチ(二五・四ミリメートル)に満たない程度の小口径配管に適用すること
は元来予定されていないこと、本件さや管は外径が一〇ミリメートルであり、右思
想の適用範囲にないことが認められる。
 また、被告は、二次主冷却系の機器、配管を収納する部屋にナトリウム検出器及
び火災検知器を設置しているが、証人P11の証言(P11調書一・二一頁、二二
頁)及び乙一六・一〇―三―三四頁によれば、火災検知器も、ナトリウム漏えいの
影響が雰囲気中に及んだ場合にはこれを検知する能力を有することが認められる。
そうすると、ナトリウム漏えいの検知の役割を担う点では、ナトリウム漏えい検出
器と火災検知器に差異はなく、本件原子炉施設の設計においては、いずれかが先に
検知することが予定されているといえる。
 したがって、本件事故時にナトリウム漏えい検出器による検知が火災報知器によ
る検知に遅れたことは、本件原子炉施設の設計に欠陥があることを意味するもので
はないから、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(2) ナトリウム・コンクリート反応について
 原告らは、本件事故によって本件配管室の壁面コンクリートに深さ一ミリメート
ル程度の黒灰色の変色が生じたのは、ナトリウム・コンクリート反応によるもので
あり、このことにより、本件原子炉施設の安全性が確保されないことが明らかにな
った旨主張する。
 確かに、右変色は、何らかの化学反応によって生じたと考えるのが自然であるか
ら、ナトリウムとコンクリートの化学反応が起こったと考えることもあながち根拠
のないものではない。
 しかし、前記(一、2、(一))のとおり、本件事故において、ナトリウムのコ
ンクリートに対する影響は表層部にとどまり、ナトリウムとコンクリートとの反応
生成物は検出されず、構造耐力、遮へい性能への影響はないものと判断されてお
り、ナトリウム・コンクリート反応によって、コンクリートの健全性が失われた事
実はない。また、乙イ四五によれば、本件配管室の壁面コンクリートの厚さは約一
メートル近くあり、熱伝導が悪いために短時間高温に曝されてもコンクリートの内
部までは昇温しないことが認められる。そうすると、原告らの指摘する変色の事実
は、その原因がナトリウムとコンクリートの化学反応であった否かにかかわらず、
本件原子炉施設の安
全性を左右するものではないというべきである。
 なお、ドイツ・カールスルーエの実験(甲イ三五〇の二)は、円柱状のコンクリ
ート試験体の上部に鉄製の環を取り付けてナトリウムをため、最大九時間にわたっ
て燃焼するナトリウムとコンクリートとを全面的に接触させたものであり、右実験
においては、鉄製の環は破壊されたが、コンクリート試験体が損傷したとの結果は
示されていない。
 また、アメリカ・ハンフォードの実験(甲イ四一〇の一)は、コンクリート試験
体とナトリウムのプールとが鉄製ライナによって垂直に仕切られる状態を作り、ラ
イナにスリットと穴を設け、これを通じてプールのナトリウムがコンクリートと接
し得るようにした上で、コンクリートとライナを密着させたものと、コンクリート
とライナとの間に約六・四ミリメートルの隙間を設けたもの(スリット等から流入
したナトリウムはコンクリートと全面的に接する。)について実験を行い、前者に
ついてはナトリウムを約七五〇℃に加熱して一九時間実験を継続し、後者について
はナトリウムをその沸点である八八〇℃まで加熱して三時間実験を継続したという
ものであり、右実験においては、鉄製床ライナのスリット等の周辺が激しく腐食し
たこと、ナトリウム・コンクリート反応によって水及び水素が発生したことが認め
られるが、コンクリートにひびが入ることはなかったとされている。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(三) ナトリウム漏えい検出器の不備について
 原告らは、本件原子炉施設の二次主冷却系配管に設置されているナトリウム漏え
い検出器は、①発報した検出器については中央制御室の中央制御盤で特定一するこ
とができるが、右検出器の具体的な計測値は中央制御室で確認することはできず、
中央制御室の外の現場制御盤において確認しなければならない構造となっており、
ナトリウム漏えいの状況を迅速かつ適切に把握することができない、②漏えい規模
が小さい場合には検出遅れが一時間単位にもなりえるとして、機能上不備がある旨
主張する。
 しかし、①の点については、前記(一、2、(三))のとおり、本件事故時に
は、燃料被覆管等の健全性維持に必要な炉心の冷却は完全に保たれていたから、現
場制御盤で確認しなければならないことが本件事故においてナトリウム漏えいを拡
大したとはいえない上、前記(2、(三)、(3)、(ロ)、(a))のと
おり、現状設備においても、運転手順書の改善により事故後八〇分間でナトリウム
の漏えいは停止するものと認められ、右時間で漏えいが停止すれば、本件原子炉施
設の安全性が損なわれることはない。また、前記(2、(三)、(2)、(ロ)、
(a))のとおり、改善措置が講じられた後は、セルモニタ、カラーITV及び総
合漏えい監視システムが設置され、運転員は中央制御室において、ナトリウムの漏
えいの有無及び推移を確認できる。
 ②の点については、乙ホ二の三(証人P8調書三)七二丁表、同裏には、漏えい
規模が小さい場合には検出遅れが一時間単位にもなりうる旨の証言がある。しか
し、甲イ二四三によれば、本件原子炉施設のナトリウム漏えい検出器は、ナトリウ
ム・エアロゾル濃度が一立方センチメートル当たり一〇のマイナス一〇乗グラム以
上であれば検出することができる感度を有し、通常の漏えいの場合、気体の吸引及
びデータ処理に要する時間を考慮しても、平均一分から二分程度でこれを検出でき
ることが認められるのであって、右証言も、本件事故におけるナトリウムの漏えい
量の場合にそのような検出遅れがありうるとしたものではなく、これを遥かに下回
り、ナトリウムが数時間の間に五グラムないし一〇グラム程度しか漏えいしないよ
うな微小漏えいの場合に、検出まで長時間を要する場合があるという趣旨と解され
る。そうすると、そのような微小漏えいの場合に検出遅れがあるとしても、本件原
子炉施設の安全性に影響しないことは明らかであるから、本件原子炉施設のナトリ
ウム漏えい検出器に不備があるということはできない。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(四) 火災検知器の不備について
 原告らは、本件原子炉施設の二次主冷却系配管室に設置されている火災検知器
は、ナトリウムの漏えい検知の機能も有しているところ、右検知器の発報は中央制
御室から約二・六メートル離れた所に設置してある火災報知器により確認しなけれ
ばならない構造となっており、ナトリウム漏えいの状況を迅速かつ適切に把握する
ことができない旨主張する。
 しかし、本件事故時には、燃料被覆管等の健全性維持に必要な炉心の冷却は完全
に保たれていたから、火災報知器により確認しなければならないことが本件事故に
おいてナトリウム漏えいを拡大したとはいえないし、前記(2、(三)、(3)、
(ロ)、(a))のとおり、現状設
備においても、事故後八〇分間でナトリウムの漏えいが停止すると認められ、右時
間で漏えいが停止すれば、本件原子炉施設の安全性が損なわれることはない。ま
た、前記(2、(三)、(3)、(ロ)、(a))のとおり、改善措置が講じられ
た後は、運転員は中央制御室において、ナトリウムの漏えいの有無及び推移を確認
することができる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(五) オーバフロータンクのナトリウム液面計の不備について
 原告らは、本件事故によって、本件原子炉施設のオーバフロータンクのナトリウ
ム液面計は、一目盛りが〇・七トンないし〇・八トンと感度が低く、漏えい規模を
適切に判断することができず、機能に不備があることが明らかになった旨主張す
る。
 しかし、前記(二、3)のとおり、本件原子炉施設においては、小、中規模のナ
トリウムの漏えいは、ガスサンプリング式ナトリウム漏えい検出器や火災検知器に
よって検知することとされていたのであるから、右オーバフロータンクの感度が低
いからといって、ナトリウム漏えいの検知に不都合はないといえる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(六) ドレン関連機器の不備について
 原告らは、本件事故によって、本件原子炉施設の二次主冷却系のナトリウムドレ
ン関連設備は、原子炉停止後直ちに行う緊急ドレンが一〇同程度しか行い得ないも
のであるから、健全性を欠くことが明らかになった旨主張する。
 しかし、前記(第七章第五、一、6、(四)、(9))のとおり、二次冷却材漏
えい事故に対する防止対策が取られていることにかんがみると、原子炉停止後直ち
に行う緊急ドレンが一〇回程度行えれば(甲イ三〇一によれば、原子炉停止後直ち
に行う緊急ドレンを一〇同程度行っても健全性が損なわれないことが確認されてい
ることが認められる。)、二次冷却材漏えい事故には十分対応できるといえる。
 また、前記(2、(三)、(2)、(ロ)、(b)、(い))のとおり、被告
は、本件事故を踏まえた設備改善措置として、ドレン機能の強化を予定しており、
乙イ四八・三・一・三―五五頁によれば、改善措置を講じた後の本件原子炉施設に
つき、緊急停止時の設備の構造健全性を評価した結果、原子炉停止後直ちに行う緊
急ドレンを約四〇回行ったとしても、その健全性を確保し得る見通しが得られてい
ることが認められる。
 したがって
、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(七) 運転手順書の不備について
 原告らは、本件原子炉施設の運転手順書の記載には不備があり、運転員がこれに
依拠して運転したことによって、本件事故において原子炉のトリップ等の一連の操
作が遅れ、事故の拡大につながった旨主張する。
 この点、前記(二、3)のとおり、運転手順書の細目の記載が正確であれば、本
件事故において、原子炉のトリップ、ナトリウムの漏えい停止及び換気空調設備の
停止までの時間はいずれもより短縮されたものと認められる。
 しかし、本件事故時には、燃料被覆管等の健全性維持に必要な炉心の冷却は、完
全に保たれていたから、本件事故後の運転によって本件原子炉施設の安全性が損な
われたということはできない。
 また、前記(2、(三)、(2)、(ロ)、(c))のとおり、被告は、本件事
故を踏まえた設備改善措置として、運転手順書の改善を行い、運転員は、セルモニ
タ等によってナトリウムの漏えいが検知され、ナトリウムの漏えいを確認した場合
は、漏えいの規模ににかかわらず、原子炉を直ちにトリップすると共に、原子炉停
止後直ちに行う緊急ドレンを行うように改善する予定であることが認められる。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
(八) 水素爆発の危険性について
 原告らは、燃焼実験Ⅱにおいては水素爆発が起こったとして、本件原子炉施設に
おいても水素爆発が起こり得る旨主張する。
 しかし、乙イ九・添四―二〇頁によれば、燃焼実験Ⅱにおける水素濃度は〇・一
七パーセントであったことが認められ、水素の燃焼限界値である四パーセントを下
回っていたことが認められるから、右実験においては水素の蓄積燃焼としての水素
爆発は発生しなかったというべきである。確かに、右証拠によれば、原告らの指摘
するとおり、ナトリウムとコンクリートが接触して発生した水素が燃焼したことが
認められるが、右は水素の蓄積燃焼ではないことが明らかであるから、右燃焼の事
実をもって水素濃度が燃焼限界値以下でも蓄積燃焼を起こすということはできな
い。
 したがって、原告らのこの点についての主張は理由がない。
四 まとめ
 以上からすれば、本件事故の発生により、本件原子炉施設の安全性が確保されな
いことが明らかになったといえないことはもちろん、本件原子炉施設において、
「二次冷却材漏えい事故」が発生し、その場合にその影
響が炉心にまで及び、炉心溶融事故等の重大事故の発生に至り、原告らの生命、身
体に危害が及ぶ具体的な危険性があるとは認められない。
第一〇章 他の原子炉施設における事故について
第一 はじめに
 原告らの主張の中には、過去に他の原子炉施設において発生した事故を挙げ、本
件原子炉施設においても同様の事故が起こる可能性があるとして、本件原子炉施設
が安全性を欠く旨主張するかのようにみられる部分がある。
 しかし、他の原子炉施設は、その程度はともあれ、本件原子炉施設とはその設
計、構造、設備を異にするものであるから、他の原子炉施設において発生した事故
が直ちに本件原子炉施設において発生する具体的可能性があるということはできな
い。もっとも、他の原子炉施設の事故発生の原因となった事象が起こる可能性が本
件原子炉施設においても存在し、本件原子炉施設において右事象からの事故の発
生、拡大、事故の影響の拡大を防止するための十分な対策が取られていない場合に
は、当該原子炉施設で発生した事故と同様の事故が本件原子炉施設においても発生
し、かつ、その場合に安全性が確保されないといえる場合があると考えられる。
 本判決においては、第七章の関連箇所において、適宜、他の原子炉施設において
発生した事故に関する原告らの主張を取り上げて判断を示してきたところである
が、本章では、原告らの主張する他の原子炉施設で起きた事故のうち重大なもの又
は本件原子炉施設と関連が深いと考えられるものについて、事故の経過と原因を検
討し、これと同様の事故が本件原子炉施設においても発生する可能性があるか、仮
に発生した場合に本件原子炉施設の安全性が確保されない可能性があるかについて
判断を示すことにする。
第二 チェルノブイリ事故
一 事故の概要及び原因
1 事故の概要
 争いのない事実並びに甲六及び乙イ二四によれば、次のとおりと認められる。
 チェルノブイリ四号炉は、当時のソビエト連邦ウクライナ共和国のチェルノブイ
リに設置された熱出力三二〇万キロワット、電気出力一〇〇万キロワットの黒鉛減
速軽水冷却沸騰水型原子炉(RMBK)である。
 一九八六(昭和六一)四月二六日、外部電源喪失によりタービンの蒸気供給が停
止された場合、惰性で回っているタービン発電機からの電力で非常用炉心冷却系設
備のポンプ等をどの程度稼働させることができるかを確認する試験中、原子炉出力
が急激に増大し、こ
れを抑えることができなかったことから、燃料チャンネル及び原子炉上部の構造物
が破壊され、燃料及び黒鉛の一部が飛散し、原子炉建屋も破壊され、大量の放射性
物質が環境へ放出された。
2 事故の影響
 事故によって三一名が死亡し、また、三〇キロメーートル圏内の住民約一三万五
〇〇〇人が避難した。特定の地域の住民の被曝線量は〇・〇三ないし〇・〇四レム
に達したとみられるが、大多数は〇・〇二五レム以下の外部被曝線量であり、急性
障害はみられなかったとされている。また、ソビエト連邦によれば、避難住民の外
部被曝集団線量は約一六〇万人レムとしている(なお、この点については、住民の
急性障害が存在したことや、子供を中心に晩発性障害(発がん)が多発しているこ
と等を示す証拠も存在するところである。)
3 事故の原因
 事故の原因は、①原子炉が炉心特性として低出力運転時には反応度出力係数が正
の値となり、正の反応度フィードバック特性を有するにもかかわらず、原子炉緊急
停止系の設計が右炉心特性に十分対応したものではなかったこと(設計上の要
因)、②運転員に多数かつ重大な規則違反があったなど、運転管理体制及び発電所
全般の安全確保に対する意識が極めて不十分であったこと(運転規則違反)にあっ
たことが認められる。
 なお、右運転規則違反について、違反ではない、若しくは重大な違反でなく運転
員を責めることはできないとする見解のあることが認められるが(甲イ二七、甲イ
一七九、甲イ一九九、甲イ三七二等)、これらの証拠を前提としても、運転員が運
転規則と異なる運転を行ったという事実はこれを明らかに認めることができる。
二 本件原子炉施設との関係
 チェルノブイリ四号炉は、RMBKであり、LMFBRである本件原子炉施設と
は炉型を異にする。そして、右事故の事故原因のうち、①については、本件原子炉
施設では、前記(第七章第五、三、2、(二)、(1))のとおり、すべての運転
範囲において、ボイドが発生することはないから、ボイド係数が正であるという問
題は生ぜず、かつ、出力係数は負である。また、甲六によれば、チェルノブイリ四
号炉には、反応度操作余裕(チェルノブイリ四号炉は、制御棒の持つ負の反応度は
原子炉を緊急停止させるに十分なものであったが、制御棒の挿入速度が炉心の長さ
に比べて遅く、制御棒を炉心に完全に挿入するには約一八秒を要するものであっ
た。そのため、緊急停
止のために必要な負の反応度を速やかに挿入することができずに原子炉の緊急停止
に失敗する可能性を回避するため、運転中は常に何本かの制御棒を炉心に挿入して
おき、緊急停止の実効性を確保する必要があった。この緊急停止を可能にするため
制御棒の挿入が、反応度操作余裕の考え方である。)の確保が必要であったが、本
件原子炉施設は、一ないし二秒以内に制御棒を炉心に挿入することができ、反応度
操作余裕は必要でないことが認められる。したがって、①の事故原因は本件原子炉
施設には当てはまらない。また、②の運転員の規則違反については、運転員の規則
違反ではないという見解もあるが、いずれにしても設計上予定されていない運転が
意図的にされたことには変わりがないところ、本件原子炉施設において意図的に設
計上予定されていない運転がされる具体的可能性があると認めるに足りる証拠はな
い。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第三 EBR―Iの燃料溶融事故
一 事故の概要と原因
 甲イ四六、甲イ三七六及び乙イ七六によれば、次のとおりと認められる。EBR
lIは、米国アイダホ州の国立工学研究所内に設置されている小型の高速実験炉
(電気出力二〇〇キロワット)であり、炉心は四回(マークⅠからマークⅣまで)
にわたり取り替えられ、その間、多くの実験が行われた。
 マークⅡ炉心での運転において、炉心の温度がある温度以上に上昇すると温度係
数が正になり、炉心に正の反応度が入ることが判明したことから、一九五五(昭和
三〇)年一一月二九日、その原因を解明するために各種の試験が行われた。
 右試験では、故意に二つの原子炉安全系(出力急上昇時に機能するスクラム及び
一次冷却材流量が少ないと原子炉を起動できないようにするインタロック)を外し
た上で原子炉の出力上昇操作を行い、出力上昇に伴って温度係数が正になり、更に
出力が上昇して炉周期が一秒になった時点で、試験担当者が口頭で運転員に急速ス
クラム(制御棒の急速挿入による原子炉の緊急停止)を指示したが、運転員は誤っ
て低速スクラム(制御棒の通常速度での挿入による原子炉の停止)ボタンを押して
しまった。試験担当者は直ちに急速スクラムボタンを押したが、この間の時間遅れ
が約二秒あったことから、出力が急上昇し、炉心は燃料体積の四〇ないし五〇パー
セントが溶融した。
 右事故の原因は、急速スクラムを
行うべきであったところ、運転員が誤って低速スクラムをしたことにあった。ま
た、マークⅡ炉心が正の反応度をもたらしたのは、燃料の照射に伴う変化の検査の
ため、燃料要素を取り出しやすいように長手方向のワイヤ・スペーサを取り去り、
かつ、燃料要素の固定を緩くしてあったために、高温になると燃料要素が湾曲した
ためであった。
二 本件原子炉施設との関係
 右事故の原因は、故意に二つの原子炉安全系を外した上で原子炉の出力上昇操作
を行ったことにあるが、本件原子炉施設において、意図的に設計上予定されていな
い運転がされる具体的可能性があると認めるに足りる証拠はない。また、前記(第
七章第五、一、2、(二)、(3)及び同(4))のとおり、本件原子炉施設の炉
心は、燃料要素の外周にワイヤ・スぺーサを設けて相互の接触を防止し、さらに燃
料要素を六角形のラッパ管の中に入れ、燃料要素が過度に変形することを防止する
と共に、軸方向には自由に膨張できる構造とされているので、燃料要素の過度の変
形によって正の反応度が投入され、燃料溶融等に至るおそれは極めて低いといえ
る。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第四 エンリコ・フェルミ炉の燃料溶融事故
一 事故の概要と原因
 証人P9の証言(P9調書七・二一丁表ないし二三丁裏)、甲イ二六、甲イ四七
及び乙イ七六によれば、次のとおりと認められる。
 エンリコ・フェルミ炉は、電力会社(デトロイト・エジソン社)及びメーカ連合
体が米国ミシガン州に設置した、濃縮ウラン合金をジルコニウムで被覆した燃料を
用いた商業用ループ型LMFBR(電気出力六万五九〇〇キロワット)である。
 一九六六(昭和四一)年一〇月五日、出力上昇試験中、熱出力三万キロワットに
達したとき、炉内中性子束変化率の乱れと、一部の燃料集合体出口の冷却材温度の
上昇があり、更に原子炉建屋の上部排気ダクト内放射能高の警報が発したため、出
力降下操作を行い、手動スクラムで原子炉を停止したが、二体の燃料集合体の融着
が確認された。
 右事故の原因は、原子炉容器底部の整流板のジルコニウム製カバー(厚さ一ミリ
メートル、ネジで固定)のうちの一枚が、冷却材の流動により振動、剥離し、これ
が燃料集合体の冷却材入口を閉塞したため、冷却材流量が低下して燃料温度が上昇
したことにあった。
二 本件原子炉施設との関係
 右事故の原因は、要
するに原子炉容器内の構造物が脱落して冷却材流路を塞いだことにある。しかし、
本件原子炉施設においては、前記(第七章第五、一、2、(二)、(3)、
(イ)、(b))のとおり、炉心燃料集合体の冷却材入口部分(エントランスノズ
ル)に多数の冷却材流入孔(オリフィス孔)を設け、冷却材流路を多重化すること
により、冷却材流路の閉塞を防止しており、部品の脱落等により冷却材の流路が閉
塞するおそれはない。また、前記(第七章第五、一、3、(一)、(2)、
(ロ))に加え、乙一六・八―九―四二頁によれば、万一燃料が破損した場合で
も、複数の破損燃料検出装置によってこれを早期に検知し、遅発中性子法破損燃料
検出装置の信号が設定値を超えた場合には原子炉は緊急自動停止され、事故を終息
できることが認められる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第五 スーパーフェニックスの一次系カバーガス中の空気混入によるナトリウム汚

一 事故の概要と原因
 乙イ七六によれば、次のとおりと認められる。
 スーパーフェニックスは、フランスのクレイマルビルに設置されたタンク型の高
速実証炉(熱出力三〇〇万キロワット、電気出力一二四万キロワット)である。
 一九九〇(平成二)年六月一〇日、出力上昇中にナトリウムの不純物濃度の指標
となるプラギング温度が上昇し、一四〇℃で安定したが、通常の一時的現象と考え
られた。同月二〇日、プラギング計の特性曲線上に一八〇℃に相当するプラギング
温度が観測されたが、水素化合物によるものであり、水素は中間熱交換器の伝熱管
を透過して二次系に抜けるので、注意を払う必要はないとされた。同月二六日、一
次ナトリウム純化系のコールドトラップのうち一基が閉塞し、同月三〇日にはもう
一基も閉塞した。
 右事故の原因は、フィルタカートリッジ系カバーガスの放射能測定系のポンプシ
ール膜が部分的に裂け、カバーガスに空気が混入し、その結果、一次系ナトリウム
が酸素等により汚染され、プラギング温度が上昇したことにあった。なお、酸素の
混入量は、酸化ナトリウム換算で三〇〇ないし三五〇キログラムと推定された。
二 本件原子炉施設との関係
 前記(第七章第五、三、2、(五))のとおり、本件原子炉施設においては、一
次アルゴンガス系内の圧力は、右アルゴンガス系が配置される各部屋の雰囲気の気
圧よりも若干高くなるように保持され
るから、本件原子炉施設において、仮に右アルゴンガス系の設備に破損が生じたと
しても、アルゴン・カバーガス中に空気が混入することは想定し難い。また、前記
(第七章第五、三、2、(四)、(1)、(ロ)、(a))のとおり、ナトリウム
中の不純物を除去するためにコールドトラップが設置され、これによって、本件原
子炉施設の通常運転中のナトリウム中酸素濃度は一〇PPm以下に保たれるから、
ナトリウム中に不純物が生じ、右不純物による腐食によって配管が破損したり、破
断したりすることは想定し難い。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第六 スーパーフェニックスのナトリウム漏えい事故
一 事故の概要と原因
 証人P9の証言(P9調書七・三八丁表ないし三九丁裏)、甲イ二九ないし三三
及び甲イ六二によれば、次のとおりと認められる。
 一九八七(昭和六二)年三月、スーパーフェニックスの炉外燃料貯蔵槽から液体
ナトリウムが漏えいした。漏えい量は当初五〇〇リットル/日であったが、四月中
旬以降止まった。
 右事故の原因は、炉外燃料貯蔵槽と支持板の溶接が適切にされていなかったこと
に加え、水を張った試験後の不十分な水抜きにより溶接部分にさびが生じ、このさ
びとナトリウムとが反応して生成された水素が材料(炭素鋼)中に浸透したことに
より、残留応力の下で割れが生じ、ついには炉外燃料貯蔵槽を貫通したことによる
と考えられている。
二 本件原子炉施設との関係
 右事故の原因は、不十分な溶接と水抜きにあるところ、前記(第四章第二、一)
のとおり、本件原子炉施設において、溶接をするものについては、溶接方法につい
て科学技術庁長官の認可を受け、その溶接につき同長官の検査を受けて、これに合
格した後でなければこれを使用してはならない(規制法二八条の二第二項、一項、
七四条の二第一項、昭和四二年八月一日付総理府告示第三三号告示第二の三及び
四)こととされており、また、証人P9の証言(P9調書七・四〇丁表)によれ
ば、本件原子炉施設の溶接は、資格を有する技師により、強度、耐久性等において
十分信頼性のある方法で行われ、溶接前後の検査が行われること、本件原子炉施設
の炉外燃料貯蔵槽は、製作、据付の段階を通じて、水を入れることは予定していな
いことが認められる。そうすると、本件原子炉施設において、右事故と同様の事故
が発生することは想定し
難い。また、証人P9の証言(P9調書七・三八丁表)及び甲イ六二によれば、右
事故において原子炉の機能が影響を受けた事実はなかったことが認められる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第七 フェニックスの異常な反応度低下
一 事故の概要と原因
 証人P9の証言(P9調書七・三〇丁裏、三一丁表)、甲イ九五、九七、甲イ一
七四及び乙イ七六によれば、次のとおりと認められる。
フェニックスは、フランスのマルクールに設置されたタンク型高速原型炉(電気出
力二五万キロワット)である。
 一九八九(平成元)年八月、九月、平成二年九月の三回、炉心の反応度(中性子
検出器の信号)が異常に低下して、原子炉が自動停止した。
 右反応度低下については、当初は、①一次冷却系のアルゴンガスが何らかの原因
で液体ナトリウム中に巻き込まれ、アルゴンガスが炉心周辺部を通過したと推定さ
れ、炉心へのガスの注入試験を含め様々な原因調査が行われた。その結果、ガスの
巻き込みが原因であると仮定した場合には、数百リットルにも及ぶ極めて大量のガ
スが炉心周辺部を通過することが必要になるが、このようなことは現実的には想定
し難いことから、結局、ガスの巻き込みは原因ではないとされた。また、②電気的
なノイズが原因として検討されたが、現在のところ、原子炉容器の下部に設置され
ている検出器による中性子束の変化は、電気的なノイズによるものではなく、実際
の中性子束の変化を表したものであると考えられている。このため、③燃料集合体
の変位等、他の原因に注目した調査が行われている。
二 本件原子炉施設との関係
 右事故は、原因が解明されているとは言い難いが、前記(第七章第五、一、2、
(一)、(イ)、(b)、同2、(二)、(4)及び同(3)、(二)、(1))
のとおり、本件原子炉施設においては、アルゴンガスの巻き込み対策が十分されて
いること、燃料集合体は過大な変形等を防止し得る構造となっていること、中性子
束が異常に変化した場合は、原子炉緊急停止装置が働き原子炉が停止することか
ら、本件原子炉施設においては、右事故の原因として考えられているいずれかの原
因によって事故が起こることは想定し難い。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第八 フェニックスの中間熱交換器からの二次系ナトリウム漏えい事故
一 事故
の概要と原因
 甲イ五二及び乙イ七六によれば、次のとおりと認められる。
 一九七六(昭和五一)年七月一一日、六基ある中間熱交換器(ステンレス鋼製)
の一つの頂部からナトリウムが漏えいして小火災が発生し、同年一〇月三日にも別
の中間熱交換器の同じ箇所からナトリウムが漏えいして火災を引き起こした。
 右事故の原因は、下降管と中間熱交換器胴との間に予想を上回る熱膨張差が生じ
たことにより、二次系ナトリウム出口の上蓋と内壁をつなぐ溶接部(七月の事
故)、二次系ナトリウム出口部の上部プレート(一〇月の事故)に破損が生じたこ
とにある。
二 本件原子炉施設との関係
 前記(第七章)に加え、乙イ七六によれば、本件原子炉施設の中間熱交換器につ
いては、すべての運転状態において生じると考えられる圧力、熱荷重、地震荷重等
の必要な荷重の組合せに耐え、かつ機能を維持できるよう設計されていること、万
一漏えいがあった場合も、これを速やかに検出できることが認められる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第九 TMI事故
一 事故の概要及び原因
 甲イ一六、甲イ一五〇及び甲イ三八八によれば、次のとおりと認められる。
1 事故の概要TMI二号炉は、米国ペンシルバニア州スリーマイル島上に設置さ
れたPWR(電気出力九五万九〇〇〇キロワット)である。
 一九七九(昭和五四)年三月二八日、原子炉は定格の九七パーセントの出力で運
転されていたが、何らかの事情により、二次系の主給水ポンプが停止し、ほぼ同時
にタービンが停止した。その結果、一次系の温度、圧力が上昇し、加圧器逃し弁が
開き、原子炉がスクラムした。
 これにより、一次系圧力は急速に低下しへ加圧器逃し弁の閉設定圧力以下となっ
たが、この弁が故障して開いたままの状態となり、一次冷却材が格納容器に流出
し、小規模の一次冷却材喪失事故の状態となった。
 そして、二分後に非常用炉心冷却装置高圧注水系が自動起動したが、一次冷却材
が局所的に沸騰を起こし、発生した蒸気泡が冷却材を加圧器に押し上げて、一次冷
却材の量が増加しているかの如き現象を呈したことから、運転員は、高圧注水ポン
プ一台を停止し、もう一台の流量を最低限にまで絞った。そのため、一時冷却材は
ますます減少し、蒸気泡が増加したことから、冷却材ポンプの振動が激しくなり、
ポンプの破損をおそれた運転員は、冷却材ポンプ四台
全てを停止した。これにより、ポンプが運転されている間は循環して炉心を冷却し
ていた水、蒸気の流れが止まり、蒸気と水が分離し、炉心の上部が蒸気中に露出し
た。炉心は三分の二ほど露出したと推測され、露出した燃料は温度が急上昇し、大
量の放射性物質が一次系内に放出された。また、燃料被覆管と蒸気が反応して、大
量の水素が発生した。
2 事故の影響
 環境へ放出された放射性物質の大部分は、気体状の放射性物質であり、放射性希
ガス約二五〇万キュリー、放射性よう素のうち、よう素一三一が約一五キュリーと
推定された。放出経路は、主として放射性物質を含んだ一次冷却材が抽出され、補
助建屋内の抽出、充填系で脱気される際に出てくる放射性ガスが配管や機器の漏え
い箇所から外へ出たもので、補助建屋の換気系によって、排気筒から環境に放出さ
れたものであり、液体状の放射性物質は微量であり、問題となるものではなかっ
た。
 環境に放出された放射性物質による周辺公衆の外部全身被曝量については、半径
八〇キロメートル以内の住民約二一六万人についての集団線量の現在最も信頼でき
る値としては、家屋の遮へい効果等を考慮した場合、約二〇〇〇人レム(個人の被
曝線量は平均約一ミリレム)と推定されている。
3 事故の原因
 右事故の経過によれば、主給水喪失が炉心損傷にまで拡大した決定的要因は、①
加圧器逃し弁が約二時間二〇分にもわたって開放されたままの状態に置かれていた
こと、②高圧注水ポンプの流量が約三時間一六分にもわたり最小限にしぼられた状
態にあった点にあった。
二 本件原子炉施設との関係
 TMI二号炉は、PWRであり、LMFBRである本件原子炉施設とは炉型を異
にし、加圧器逃し弁は存在しないから、本件原子炉施設において、右事故と同様の
事故が発生することは想定し難い。また、右事故の原因は、直接的には運転員が原
子炉の状況を的確に把握できなかったことから適切な運転操作を行えなかったとい
う、計測制御装置と運転管理に問題があったことにあるところ、前記(第七章第
五、一、3、(一))のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の計測
制御装置の信頼性を確認しており、また、前記(第八章)のとおり、本件原子炉施
設の運転段階における安全確保対策は、その安全性を確保するのに十分なものとい
うことができる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するもので
はない。
第一〇 PFRの一次主冷却系循環ポンプ潤滑油の一次系ナトリウム中への混入
一 事故の概要と原因
 乙イ七六によれば、次のとおりと認められる。
 PFRは、実験炉DFRに続いてイギリスのドーンレイに建設された電気出力二
七万キロワットのタンク型高速原型炉である。
 PFRは、一九九一(平成三)年五月から、ほぼ一〇〇パーセントの出力で運転
中であったが、同年六月二九日、一次主冷却循環ポンプの上部ベアリングが過熱
し、プラントを手動で停止した。
 右事故の原因は、同年六月二四日に、ポンプの軸封ガスの流量が零に低下し、こ
れがアルゴンガス系統のフィルターの目詰まりと判断され、翌二五日に運転員によ
り回復措置としてアルゴン系統を負圧にしての換気操作が行われたことから、ポン
プ容器内のカバーガスが減圧され、ナトリウム液位が上昇して潤滑油のドレンタン
ク内に浸入し、以前から蓄積していた最大で一七リットルの潤滑油を押し出す形で
ナトリウム中に混入させ、その後、同月二九日まで潤滑油の流出が続き、推定約三
五リットルのベアリング潤滑油が一次系ナトリウム中へ混入し、潤滑油系統の油量
が不足してベアリングの過熱が起こったことにあった。
二 本件原子炉施設との関係
 乙イ七六によれば、本件原子炉施設の一次主冷却系ポンプの上部ベアリング潤滑
油のシール部からの漏えいについては、PFRと異なり、二重の回収構造が採用さ
れており、一段目の回収構造で回収しきれず、二段目の回収構造内の油量が異常に
増加した場合には中央制御室に警報を発し、更に増加した場合にはポンプをトリッ
プさせるシステムを採用していること、また、潤滑油のタンクへの回収方法は、重
力で落下する方式としており、PFRのような負圧操作を行う必要はないこと、そ
して、一次主冷却系循環ポンプにはナトリウム液位計が設置され、液位の異常な上
昇、下降を監視すると共に、ナトリウム液位と油回収構造との間に十分なレベル差
を設けて、油回収構造にナトリウムを吸い上げてしまうことのない設計となってい
ることが認められる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第一一 サリー二号炉における配管破断事故
一 事故の概要と原因
 甲イ八ないし一二及び乙イ七七によれば、次のとおりと認められる。
 サリー原子力発電所二号炉は、米国バージニア州サリー郡のジェームズ川ほとり
に設置され
たループ型PWR(電気出力七七・五万キロワット)である。
 一九八六(昭和六一)年一二月九日、全出力で運転中、三ループのうち一ループ
の主蒸気隔離弁が誤って開となったが、これにより入口側ヘッダ圧力がランプ状に
上昇したため、主給水ポンプの入口側配管のエルボ部付近に亀裂が貫通して蒸気が
吹き出し、数秒後に全周破断した。原子炉は、主蒸気流量と主給水流量の不一致警
報が発報した後、「蒸気発生器水位低低」信号によりトリップした。
 右事故の原因は、不十分な水質管理の下に生じた腐食と不適切な配管の接続(テ
ィーとエルボが近接した構造であった)によって生じた冷却水の流れの急変による
侵食(エロージョン/コロージョン)とが重なって配管の内面が著しく減肉され、
破断するに至ったことにあった。
二 本件原子炉施設との関係
 乙イ七七によれば、本件原子炉施設においては、適切な配管引き回し及び水、蒸
気の流速条件によりエロージョン/コロージョンは抑制されることが認められる。
また、前記(第七章第五、三、2、(四)、(1)、(ロ)、(a))のとおり、
ナトリウム中の不純物を除去するためにコールドトラップが設置され、これによっ
て、本件原子炉施設の通常運転中のナトリウム中酸素濃度は一〇PPm以下に保た
れる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第一二 福島第二原子力発電所三号炉における金属片の侵入
一 事故の概要及び原因
 甲イ一四、二二一、二二二及び乙イ七八によれば、次のとおりと認められる。
 福島第二原子力発電所三号炉は、東京電力が福島県双葉郡富岡町に設置したBW
R(定格電気出力一一〇万キロワット)である。
 一九八九(昭和六四)年一月一日午後七時二分、出力一〇三万キロワットで運転
中、原子炉再循環ポンプの一つに振動大の警報が発生したが、ポンプの回転数をわ
ずかに低下させたことで警報レベル以下となったため、出力一〇〇万キロワットで
運転を継続した。同月六日午前四時二〇分、同ポンプから振動大の警報が再発生し
たため、ポンプの回転数を徐々に下げ、階段的に出力を七四万キロワットに下げた
にもかかわらず、振動値が低下しなかったので、原子炉を停止した。
 右事故の原因は、ポンプの水中軸受リングと軸受本体の溶接部が、強度上の余裕
が少ない溶接構造であった上、溶込みが不足していたことから、回転に伴ってリン
グ上下面に
圧力差が変動的に生じ、リングの固有振動数と重なると、軸受本体とリングの溶接
部に大きな変動応力がかかるため、右溶接部が疲労破断し、リングが脱落したこと
にあった。
二 本件原子炉施設との関係
 乙イ七八によれば、本件原子力施設の一次系主循環ポンプには、水中軸受リング
に相当する構造はないことが認められ、右事故と同様の事故が本件原子炉施設にお
いて発生する可能性はないといえる。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第一三 セイラム一号炉の制御棒不作動
一 事故の概要と原因
 乙イ七五によれば、次のとおりと認められる。
 セイラム一号炉は、米国ニュージャージ州に設置された電気出力一〇九万キロワ
ットのPWRであり、一九六八年八月に建設が開始され、一九七六年一二月に初臨
界となった。
 一九八三年二月二五日、定期検査と燃料入れ替えを終えて運転を再開したが、そ
の際、「蒸気発生器水位低低」信号によって原子炉保護系から原子炉停止信号が発
生したにもかかわらず、原子炉緊急自動停止装置が作動しなかった。プラントのパ
ラメータがスクラムと一致しないことから、制御棒が挿入されていないことに気付
いた運転員が、原子炉停止信号の約三〇秒後に手動で原子炉を停止したため、器械
の損傷等は全くなかった。
 右事故の原因は、原子炉保護系から原子炉自動停止装置に自動停止信号が入力さ
れたにもかかわらず、原子炉自動停止装置のブレーカが二台とも開動作に失敗した
ためであり、これは、電流遮断器可動部(ラッチ部)の潤滑が適切でなかったとい
う保守、点検上の過誤に起因するものと考えられている。
二 本件原子炉施設との関係
 右事故の原因は、適切な保守点検がされていなかったことにあるところ、本件原
子炉施設においては、前記(第八章第一、五)のとおり、当直長が、毎日一回以上
制御棒駆動機構設備を点検し、また、定期自主検査として、①原子炉の停止中は、
実際に原子炉停止系を作動させて、安全保護系の回路等の設定値やその機能を確認
する「安全保護回路等の設定値確認検査」及び「安全保護回路等機能検査」を一年
ごとに行い、②原子炉の運転中には、原子炉停止系を作動させないよう原子炉トリ
ップバイパス遮断器に切り替えた上で、安全保護系の回路の機能を確認するため、
原子炉トリップ回路の模擬試験を一か月ごとに行うこととされているから、本件原
子炉施設にお
いて右事故と同様の事故が発生することは想定し難い。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第一四 SL―一の臨界事故
一 事故の概要と原因
 甲イ三七五及び甲イ三八五によれば、次のとおりと認められる。
 SL―一は、米国アイダホ州に設置された二〇〇キロワットの電力及び四〇〇キ
ロワットの暖房用電気等価エネルギーを発生するBWRである。
 一九六一(昭和三六)年一月三日、定期保守等のための停止から運転を再開する
ために、制御棒駆動モーターを取り付ける作業中、原子炉が突如暴走して炉が爆発
し、作業に当たっていた作業員三人が全員死亡した。
 右事故の原因は完全には解明されていないが、制御棒が手で急速に引き上げられ
たことから大きな反応度が添加され、出力が上昇して熱膨張と気泡が発生し、これ
により炉内の圧力が上昇して更に制御棒を引き抜く方向に働き、爆発に至ったもの
と考えられている。
二 本件原子炉施設との関係
 前記(第七章第五、一、6、(四)、(1)、(ロ)、(a))のとおり、本件
原子炉施設においては、通常運転時の制御棒引抜最大速度は制限され、かつ、駆動
モータの最大駆動速度は電源と負荷の関係等から物理的に制限されるため、運転時
の異常な過渡変化時又は事故時の基準を超えるような過度な反応度添加率が添加さ
れることはないから一制御棒の異常な引き抜きによって反応度事故が起こることは
想定し難い。
 したがって、右事故の発生は、本件原子炉施設の安全性を左右するものではな
い。
第一五 まとめ
 以上のとおり、過去に他の原子力発電所において発生した事故は、その発生の原
因となった事象が本件原子炉施設において発生する具体的可能性が存在するとも、
また、本件原子炉施設において右事象からの事故の発生、拡大、事故の影響の拡大
を防止するための十分な対策が取られていないとも認められない。
 もちろん、他の原子力発電所における事故は、多々の重要な教訓を含むものであ
り、これらの教訓は、本件原子炉施設を含む全ての原子炉施設の設計、建設及び運
転に当たって生かされなければならないものといえる。しかし、これらの事故の発
生が、直ちに本件原子炉施設の安全性に影響するものと言い難いことはこれまで述
べてきたとおりである。
第一一章 結論
 以上判示したところによれば、①本件原子炉施設の平常運転時に環境に放出され
る放射性物質に
よる原告らへの生命、身体への影響は無視し得るほど小さいというべきであるか
ら、本件原子炉施設が建設、運転されると、その平常運転時において原告らの生
命、身体が侵害される具体的な危険があるとは認められない(第七章第四)。ま
た、②本件原子炉施設の設計における立地条件、事故防止及び公衆との離隔に係る
各安全確保対策並びに本件原子炉施設の運転段階における安全確保対策は、いずれ
も本件原子炉施設の安全性を確保し得るものということができ、原告らの主張を検
討しても、右の安全確保対策に欠けるところはないというべきであるから、本件原
子炉施設が建設、運転されると、大量の放射性物質が環境に放出されるような事故
が発生し、原告らの生命、身体が侵害される具体的な危険があるとは認められない
(第七章第三、第五、第六、第八章)。
 よって、本件原子炉施設の建設及び運転の差止めを求める本件請求はいずれも理
由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六五条一
項本文を適用して、主文のとおり判決する。
福井地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 岩田嘉彦
裁判官 酒井康夫
裁判官 岩崎邦生
 〔原告の主張〕
第一章 序論
第一 はじめに
 原告が本件もんじゅ訴訟を提起したのは一九八五年九月二六日であった。第一回
口頭弁論は翌八六年四月二五日に開かれ、原告・P13が「私たちには後世に対す
る責任がある。科学者よ、著るなかれ」と訴えた。
 それ以来、原告は一貫して、本件もんじゅにおいては、内包するプルトニウムを
はじめとする放射能の危険性を前提として、①化学的活性の強いナトリウムを使用
しているので、配管破断などによるナトリウム漏洩火災事故が起こりやすいこと、
②蒸気発生器の伝熱管破断が起きるとナトリウムと水の爆発的反応が起きて蒸気発
生器が破壊されその影響は一次系に及ぶこと、③出力暴走事故がチェルノブイリ原
発よりも起こりやすく、炉心崩壊事故に至ること、④直下型等の大地震が起こった
場合、ナトリウム配管が破断してナトリウムが漏洩したり、原子炉施設が倒壊して
放射性物質が外部に放出される危険性があることを主張してきた。
 また、本件もんじゅは再処理工場と並んでプルトニウム・リサイクルの要であ
り、発電・再処理・輸送等のあらゆる段階で放射性物質が環境中に放出される危険
性があることも指摘してきた。
第二 もんじゅは研究開発段階の原子炉である
一 もん
じゅはプルトニウムの増殖を目的とする
 「もんじゅ」はプルトニウムとウランの混合酸化物を燃料とする液体ナトリウム
冷却の、発電設備を備えた高速増殖原型炉で、熱出力は七一・四万キロワット、電
気出力は二八万キロワットである。現在、わが国で実用化されている発電用原子炉
は、三~四パーセントの低濃縮ウランを燃料とし、軽水(普通の水)を減速材及び
冷却材とし、速度の遅い熱中性子(秒速約二~三キロメートル)を核分裂反応に使
用する「軽水炉」である。軽水炉においても核反応によって核分裂性のプルトニウ
ムは生成されるが、消費した量よりも少なく、いわゆる増殖機能を持っていない。
これに対し「高速増殖炉」は、核分裂の連鎖反応が主として高速中性子(秒速約二
万キロメートル)により行われるものであって、核分裂性物質のうちプルトニウム
二三九等の一定の物質について当該連鎖反応に伴い生成する量のその消滅する量に
対する比率が一を越えるものである。「高速」中性子を用いて「増殖」を目的とす
るから高速増殖炉と呼ばれている。
 動力炉による発電の実用化に向けての開発段階としては、一般的に、①実験炉、
②原型炉、③実証炉、④実用炉の各段階を踏んで開発する方式が取られている。わ
が国においては、①高速増殖実験炉としては発電設備を持たない原子炉である「常
陽」があり、②高速増殖原型炉としては、発電設備を持つ本件「もんじゅ」があ
る。それ以降は、③経済性を実証することを目的とした高速増殖実証炉を経て、④
高速増殖実用炉に至るものとされていた。
 従って、もんじゅは試験開発段階の高速増殖原型炉である。
二 もんじゅ発電プラント計画の概要
 もんじゅの主要系統図は図1―1―1のとおりである
 原子炉は、炉心及び炉内構造物を円筒状の鋼製容器に納めたものであり、定格出
力時の一次冷却材ナトリウムの温度は、原子炉容器入口で三九七℃、出口で五二九
℃である。炉心に装荷される炉心燃料は核分裂性のプルトニウムが約一六~二一パ
ーセントも富化されたプルトニウム・ウラン混合酸化物である。これらをとりまく
ブランケットは二酸化ウラン(劣化ウラン)で構成され、炉心は全体としてほぼ正
六角形の断面形状をしている。原子炉停止系は制御棒のみであり、軽水炉における
ボロン水注入等原理の異なる停止系を有してはいない。
 炉心で加熱された一次冷却材ナトリウムは配管を通って中間熱交換器に至り、そ
こで
細い伝熱管を隔てて二次冷却材ナトリウムに熱を伝達し、炉心に戻る。一次主冷却
系はABCの三系統からなり、各系統はそれぞれ、中間熱交換器、一次主循環ポン
プ、主配管及び弁等で構成されている。
 二次冷却材ナトリウムは、中間熱交換器において細い伝熱管を隔てて一次冷却材
ナトリウムから熱を受け取り、その熱を蒸気発生器において、細い伝熱管を隔てて
水に伝達して水を蒸気に変え、更に過熱する機能を有する。二次冷却材ナトリウム
は中間熱交換器に定格出力時には三二五℃で流入し、加熱されて五〇五℃で流出す
る。二次主冷却系は一次冷却系のABC三系統に対応して三系統に分かれており、
各系統はそれぞれ、二次主循環ポンプ、蒸気発生器、主配管及び弁等で構成されて
いる。ナトリウム漏洩事故を起こしたのは、このうちのCループの二次主冷却系配
管である。
 蒸気発生器は、蒸発器と過熱器によって構成される。加圧された水は、蒸発器に
おいて、細い伝熱管を隔てて二次冷却材ナトリウムから熱を受け取って蒸気にな
り、過熱器において、細い伝熱管を隔てて更に二次冷却材ナトリウムから熱を受け
取って、約一二七気圧、四八三℃の高圧過熱蒸気となってタービン室に至ってター
ビンを回転させて発電し、復水器で冷却されて再び水となって蒸発器に至る構造と
なっている。
第三 もんじゅの危険性の根源―放射能
 原子力発電所の危険性の根源は、原子炉に人体に有害な大量の放射性物質を内包
することにある。平常時でも一定程度環境中に放出し、事故時にはその多くが環境
中に飛び出してくる。事故が一旦発生すれば、放射能汚染は全世界的な規模に広が
り、その被害は未来にも及ぶことはチェルノブイリ事故が如実に示している。放射
線の人体に与える影響には、被曝した個人へ与える急性障害・晩発性障害の他に、
その子孫に与える遺伝的障害も存在するのである。
 もんじゅは、プルトニウムとウランの混合酸化物を燃料として使用する。プルト
ニウムの量は一・四トンであり、そのうち燃えるプルトニウム(プルトニウム二三
九と二四一)は一トンである。これは長崎に投下された原子爆弾の五〇個以上の量
に相当する。
 酸化プルトニウムは直径一ミクロン程度の微粒子となって空気中に漂いやすく、
体内に取り込まれやすい。一旦体内に取り込まれると、肺や骨、肝臓などの組織に
沈着し、破壊力の強いアルファ線を出して周辺組織を被曝する。そのため、肺ガン
や骨腫瘍、肝臓ガン、白血病の原因となり、生殖腺に達して遺伝障害の原因にな
る。
 使用済核燃料に含まれるプルトニウムの僅か一グラムは、公衆一八億人分の年摂
取限度となる程の非常に強い毒性をもっている。一旦事故が起こって炉内にあるプ
ルトニウムの一パーセントが環境中に放出されたと仮定すると近隣市町村は壊滅的
な打撃をうけ二〇万人がガンで死亡するという取り返しのつかない甚大な被害が発
生する。
第四 ナトリウム漏洩火災の危険性
一 ナトリウムは化学的活性が強い
1 ナトリウムと空気中の酸素は、次のような反応によって激しく燃焼し、熱を出
す。
2Na(ナトリウム)+1/202(酸素)Na20(酸化ナトリウム)
2Na(ナトリウム)+02(酸素) Na202(過酸化ナトリウム)
 ナトリウムが放射化する一次系ではナトリウム漏洩は直接放射性物質が環境中へ
放出されることを意味するので機器室や配管室は酸素を少なくした窒素雰囲気とさ
れているが、二次系では空気のままであるから漏出した場合にナトリウム火災が発
生することになる。
2 ナトリウムは水と触れると次のように爆発的に反応して水素を出し、その衝撃
力によって機器や配管を破壊する。さらに苛性ソーダ(NaOH、水酸化ナトリウ
ム)などの有害物質を発生させ、かつ熱を出す。
Na(ナトリウム)+H2O(水)NaOH(苛性ソーダ)+1/2H2(水素)
2Na(ナトリウム)+H2O(水)NaOH(酸化ナトリウム)+H2(水素)
 更にナトリウムの酸化物も水と反応して苛性ソーダを生成する。
Na2O(酸化ナトリウム)+H2O(水) 2NaOH(苛性ソーダ)
Na2O2(過酸化ナトリウム)+H2O(水)2NaOH(苛性ソーダ)+1/
2H2(水素)
3 更に、鉄がこれらの反応生成物と反応して腐食し、鋼製床ライナに穴をあけて
ナトリウムとコンクリートが直接接触する恐れがあることも、もんじゅで起こった
ナトリウム漏洩火災事故及びナトリウム燃焼実験Ⅱの結果、「新知見」として得ら
れた。
Fe(鉄)+3Na2O(酸化ナトリウム)Na4FeO3(複合酸化物)+2N

ナトリウム漏洩火災事故の発生
 もんじゅは、一九九五年一二月八日、使用前検査の一環として電気出力四〇%で
運転中、Cループ二次系主配管に差し込まれていた温度計が設計ミスから高サイク
ル疲労により破損し、配管内を流れていた高温のナトリウムが温度計の隙間から
外部に漏洩した。漏洩したナトリウムは直ちに白煙を上げながら燃焼して落下し、
配管の直下にあった空調ダクト等の機器を損傷し、床ライナを溶融減肉させた。そ
の後のナトリウム燃焼実験Ⅱにおいては、床ライナに大小五個の穴があき、降り注
いだナトリウムがその穴を貫通してコンクリートと接触してナトリウムコンクリー
ト反応が起き、発生した水素が空気と反応して爆発的に燃焼した。ナトリウム燃焼
による高温下では、ナトリウムと酸素と鉄が反応して鋼製床ライナを腐食し、貫通
孔をあける恐れがあることが判明したのである。
 ナトリウムが多量にコンクリート上に注ぐと、コンクリートの中に含まれている
多量の水と激しく反応し、コンクリートの破片を飛び散らせると同時にコンクリー
トを劣化させ、発生した水素が空気と反応して爆発して、コンクリート造りの格納
容器を破壊して中間熱交換器や一次系配管を破壊し、放射化した一次系ナトリウム
を放出させると同時に、原子炉内のナトリウムが減少して暴走事故が起こったり、
放射性物質を放出したりする恐れがあることが明白となった。
 ナトリウム漏洩事故は、ナトリウムを取り扱うことの困難性をまざまざと見せつ
けたと同時に、情報を隠した被告動燃に原子力を取り扱う能力が無いこと、安全審
査に重大な誤りがあったことを白日の下にさらしたのである。
第五 蒸気発生器伝熱管大量破壊の危険性
 わずか三ミリメートルの壁をへだてて高温のナトリウムと高圧の水・水蒸気が接
して熱交換を行う蒸気発生器は、もんじゅのアキレス腱である。
 イギリスの原型炉PFRの蒸気発生器において、一九八七年、一本の破断からわ
ずか一〇秒程度のうちに三九本の伝熱管を破断し、更に七〇本を損傷するという重
大事故が発生した。その原因は、ナトリウム・水反応によって発生した高熱のため
に伝熱管壁の機械的強度が低下して内圧によって伝熱管が破断する「高温ラプチ
ャ」現象であった。
 ところで、被告動燃は一九八一年の段階でもんじゅの定格運転時の条件を模擬し
た実験を行っており、その結果は驚くべきことに「高温ラプチャ」現象による伝熱
管二五本の破断であった。しかし、被告動燃はこの実験結果を科学技術庁にも原子
力安全委員会にも隠し通して安全審査を受けたのである。この事実は一九九九年二
月末に被告動燃が開示した資料によってようやく明らかになったものであるが、被
告動燃の情報隠し体質をよく示し
ている。同時に、小規模の腐食やウェステージの実験から推定した、「当初一本破
断+三本の伝播破損」という仮定をおいて事故解析を行った安全審査が、根底から
間違っていたことをも明らかにした。
第六 出力暴走して炉心崩壊が起こる恐れがある
 一九八六年四月二六日にチェルノブイリ原子力発電所四号炉で史上最悪の原発災
害が起こった。運転員が原子炉を停止しようとしたことを契機に炉心の出力が上が
り、コントロール不能となって爆発し、原子炉内にある放射性物質を地上高く噴き
上げて地球規模の放射線汚染を引き起こしたのである。
 高速増殖炉の目的は「発電」と「核燃料の増殖」である。両方の目的を達するた
めに、「高速」中性子を使い、炉心に燃料をぎゅうぎゅうに詰め込み、際どい運転
をする必要がある。もんじゅにおいては、①炉心の出力密度が高く、燃料棒の間隔
が狭くて冷却材が通りにくい、②燃料が溶けて寄り集まったりすれば再び臨界に達
して出力が上昇する恐れがある、③冷却材が沸騰するとますます出力が上昇する、
④原子炉を停止する機構として制御棒しかないので地震などの際に制御棒が挿入さ
れないと出力を抑えられない等、軽水炉にない特徴を持っているために、軽水炉よ
りも出力暴走事故が起きやすい。
 高速増殖炉においては、冷却機能が止まったのに緊急停止ができないと燃料が溶
融して炉心内部で核爆発を引き起こす恐れがあり、炉心崩壊事故として非常に恐れ
られている。旧西ドイツの原型炉SNR三〇〇やアメリカのクリンチリバー原型炉
が中止になった原因の一つが炉心崩壊事故の恐れであった。
第七 地震によって倒壊する恐れがある
 もんじゅの冷却材ナトリウムの配管は上下左右に曲がりくねり、迂回して機器と
機器とを結んでいる。運転時と停止時の温度差が大きく、配管が大きく延び縮みす
るために配管を空中でくねらせているのである。その上に配管の厚みもわずか一セ
ンチメートルである。原子炉を緊急停止したときに急激に下がる温度によって配管
が破壊されないためである。もんじゅではこのような「薄くてベランベラン」の配
管をバネ付のハンガーやレストレイントで天井から釣り下げ、壁からの棒で支え
る。直下型等の大地震が起きた場合に、この配管が落下してナトリウムが漏洩する
恐れがある。
 兵庫県南部地震はマグニチュード七・二の直下型の地震であって未曾有の被害を
もたらしたが、反面、地震学の急速な発展を
もたらした。現在の知見に従えば、危険なのは地震の空白域であり、また地震の再
来年数の相当割合が経過した活断層である。この観点でもんじゅ敷地周辺を見れ
ば、甲楽城断層北部の空白域が問題となる。また、白木―丹生リニアメントとS1
5~17は連続していると考えられるが、仮に連続していなくても、兵庫県南部地
震の時のように同時に動くことはあり得る。この断層群が活動したときの地震動の
大きさは、安全審査の際に想定したものを大幅に上回る。想定外の大きな地震動が
本件敷地を襲ったとき、多数の建屋と設備が同時に倒壊し、放射性物質が外部に放
出される可能性は極めて高い。
第八 高速増殖炉の歴史と撤退
 高速増殖炉は「発電をしながら、燃やした以上の燃料を作り出す」ものであり、
「夢の原子炉」と宣伝されてきた。その構想はアメリカの原子爆弾開発(マンハッ
タン計画)の中から生み出され、一九四七年には実験炉クレメンタインが稼働し、
一九五一年には世界最初の原子力発電を実験炉EBR―Iが実現した。しかし、一
九五五年のEBR―1の炉心溶融事故、一九六六年のエンリコ・フェルミ実験炉の
炉心溶融事故、一九八四年から八五年にかけてSNR三〇〇で頻発したナトリウム
漏洩火災事故、一九八七年に起こったPFRの蒸気発生器伝熱管破断事故、一九八
九年から立て続けに起こったフランスの原型炉フェニックスの出力異常振動事故な
ど、高速増殖炉の根幹にかかわる重大事故が相次いだ。
 高速増殖炉は本質的に大きな危険性をはらんでいて技術的にその危険性を閉じこ
めることが出来ず、原子力発電所として経済的になりたたないことが次第に明らか
となり、クリンチリバー原型炉は一九八三年に計画が中止され、SNR三〇〇も九
一年に建設計画は断念され、PFRも九四年に閉鎖されている。世界唯一の実証炉
として一歩先を進んでいたフランスの高速増殖実証炉スーパーフェニックスも、一
九九七年に至って研究炉の道さえ断たれ、廃炉が決定された。
第九 設置許可処分の無効確認と建設・運転の差止の判決を確信する
 世界中で高速増殖炉開発が断念された原因は、その危険性と非経済性にある。
 もんじゅは今、ナトリウム漏洩事故以来運転を停止している。高速増殖炉は既に
過去のものであり、もんじゅはこのまま廃炉になるべき運命にある。
われわれ原告は、福井地方裁判所の判決によって、本件許可処分の無効が確認さ
れ、運転の差止が認
められることを確信するものである。
第二章 人格権・環境権に基づく差止請求
第一 「もんじゅ」民事差止訴訟の法的根拠
 本件「もんじゅ」民事差止訴訟は、人格権又は環境権に基づく差止訴訟である。
 すなわち、原告らは、「もんじゅ」から約五八キロメートル以
内の周辺地域である福井県下に居住する住民であり、本件施設における事故発生の
際はもとより、平常運転時においても、大気や海水中に放出される放射性物質によ
って、その生命身体を損傷され、生活・職業等に重大な被害を受けるおそれがある
から、人格権又は環境権に基づき、「もんじゅ」の建設・運転に対する差止を請求
するものである。
第二 人格権に基づく差止請求について
 まず人格権に基づく差止請求については、いわゆる「北方ジャーナル事件」に関
する最高裁判決が指摘するように、個人の生命・身体は極めて重大な法益であり、
個人の生命・身体の安全を内容とする「人格権は、物権の場合と同様に排他性を有
する権利というべきである」から、生命・身体を違法に侵害され、又は侵害される
おそれのある者は、「人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為
を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差し止めを求めるこ
とができるものと解するのが相当である」(最高裁判所昭和五六年(オ)第六〇五
号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁、判時一一九四号六頁
―北方ジャーナル事件)。
 そして、原告らは、「もんじゅ」の周辺地域に居住する住民であり、本件施設に
おける事故発生の際はもとより、平常運転時においても、大気や海水中に放出され
る放射性物質によって、その生命・身体を損傷され、生活・職業等に重大な被害を
受けるおそれがある者に該当することは明らかであるから、人格権に基づき「もん
じゅ」の建設・運転の差止めを求める本件請求は、民訴法上請求権としての適格性
を有し、本件訴えは適法というべきであり、このことは、東北電力女川原発訴訟第
一審判決を始めとする、一連の原発民事差止訴訟判決が、等しく認めるところであ
る。(仙台地裁平成六年一月三一日判決判時一四八二号三頁=東北電力女川原発訴
訟第一審判決、大阪地裁平成五年一二月二四日判決判時一四八〇号一七頁=高浜原
発訴訟判決、金沢地裁平成六年八月二五日判決判時一五一五号三頁=志賀原発訴訟
第一審判決参照)。
第三 環境権に基づく差止訴訟につい

 また、環境権に基づく差止訴訟についても、環境に関わる地域住民は、憲法一三
条、二五条に基づき、健康な生活を維持し、快適な生活を求めるため良好な環境を
享受し、かつこれを支配しうる権利、すなわち環境権を有しており、放射能による
環境の汚染が、人の生命健康の侵害にいたらない段階であっても、放出される放射
能による環境権侵害を防止する観点から差止を請求しうるものと解すべきである。
これまでの公害の経験は、まず公害源の周囲の環境が汚染され、ついで動植物に広
がり、最後に人体被害に到達するというのが公害のメカニズムであることを教えて
おり、有効な公害防止のためには、人体被害が発生した段階で処置を講ずるのでは
手後れであり、最初の環境汚染の段階で徹底的な防止策を講じることが不可欠だか
らである。
 環境権に基づく差止訴訟が認められるべきことは、横断歩道橋の設置により従来
の方法による道路通行権の行使が妨害され、自動車の交通量と速度の増加に伴う排
気ガスの増大によって健康の損傷、風致・美観の破壊等の損傷を被り、環境権が侵
害されることを理由として申請人適格を認めた国立歩道橋執行停止事件の東京地裁
決定(東京地裁昭和四五年一〇月一四日決定=行集二一巻一〇号一一八七頁)、
「生活環境をその受忍すべき限度をこえて破壊されないことについて有する利益
は、法的保護に値する利益であるといいうる」として実質的に環境権を法的保護に
値する利益だとした右本案事件の東京地裁判決(東京地裁昭和四八年五月三一日判
決=判時七〇四号三一頁)を始めとする判例が、従来から、明示的に認め、又はこ
れを人格権の一部として実質的に容認してきたところであるが、原発民事差止訴訟
においても、東北電力女川原発訴訟第一審判決(仙台地裁平成六年一月三一日判決
=判時一四八二号三頁)が、これを認めたところである。
 これに対し、環境権の主体となる権利者の範囲、権利の対象となる環境の範囲、
権利の内容が不明確であるとの批判があるが、本件の具体的・個別的な事案に即し
て考えれば、原告らは、「もんじゅ」から約五八キロメートル以内の周辺地域に居
住する住民であり、本件施設における事故発生の際はもとより、平常運転時におい
ても、大気や海水中に放出される放射性物質によって、その生活環境を損傷され、
生活・職業等に重大な被害を受けるおそれがある者に該当することは明らかであっ
て、権利者の範囲
等が不明確であるとは即断し得ない。
 加えて、前記女川原発訴訟第一審判決を契機として、次のような見解も明らかに
されている。「環境権については、地域住民の身体・健康・生活への具体的被害が
生ずる前段階である環境破壊や悪化の段階で侵害行為を食い止めると共に、個々の
住民の権利侵害とあわせて地域的広がりを持つ環境破壊を阻止できる有力な根拠と
なりうることも事実である。原子炉の炉心の溶融が起こり、原子炉格納容器が破壊
され、核分裂生成物等が大量に且つ広域に放出される最悪の事態が引き起こされた
場合は悲惨な被害の発生が予測しうる。本件のように、一度事故が発生すると想像
を絶する範囲で、また長期間にわたり汚染状態が継続する場合も予測され、晩発性
障害及び遺伝性障害について十分に解明されていない現状では、個別的被害が予測
される者の人格権を根拠に差止請求を議論することはもとより必要であるが、環境
権に基づく差止請求の当否について、権利性の実体論についてはともかくとして、
原発事故で想定しうる事態を直視した場合、環境権ないしは環境権的利益に基づく
議論の方がより適当な場合が多いのではないか」(河野弘矩・判例評論四二七号三
八頁=判時一四九七号一八四頁)。
 よって、環境権に基づく本件請求についても、民訴法上、請求権として民事裁判
の審査対象としての適格性を有しているものというべきであり、環境権に基づく
「もんじゅ」の建設・運転差止請求も、また、民訴法上の請求権としての適格性を
有し、本件訴えは適法であるというべきである(同旨仙台地裁平成六年一月三一日
判例判時一四八二号三頁=東北電力女川原発訴訟第一審判決)。
第四 まとめ
 以上のとおり、人格権又は環境権に基づく、本件「もんじゅ」民事差止請求25
訴訟は適法である。
第三章 立証責任と立証の負担
第一 「もんじゅ」の安全性に関する立証の負担と事実上の推定
 本件民事差止訴訟において、原告らが主張、立証すべき事実は、①本件原子力発
電所「もんじゅ」の運転による放射性物質の発生、②「もんじゅ」の平常運転時及
び事故時における右放射性物質の外部への排出の可能性、③右放射性物質の拡散の
可能性、④右放射性物質の原告らの身体への到達の可能性、⑤右放射性物質に起因
する放射線による被害発生の可能性に限られ、右①ないし⑤の点について原告らが
必要な立証を行えば、「もんじゅ」の安全性については、被告の側
において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、十分な根拠を示し、
かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、被告
が右立証を尽くさない場合には、「もんじゅ」に安全性に欠ける点があることが事
実上推定(推認)されると解すべきである(仙台地裁平成六年一月三一日判決判時
一四八二号三頁=東北電力女川原発訴訟第一審判決参照)。
第二 被告に立証の負担を課すべきべき理由
 けだし、民事訴訟における立証責任が、民事訴訟の合目的性及び平均的正義の要
請に照らして、原告のみならず、被告にも応分に与えられるべきことは広く認めら
れた証明責任に関する原則である(ローゼンベルグ「証明責任論」一〇二~一〇四
頁=判例タイムズ社)。
 そして、本件「もんじゅ」差止訴訟においては、第一に、放射性物質が人間の生
命身体及び動植物に対して極めて有害であることは公知の事実であり、我が国も法
律もまたそれを前提として放射性物質の取扱等について厳重な規制を行っていると
ころであるうえ(放射性同位元素等による放射線被害の防止に関する法律三、四、
六、七条。原子炉規制法二四、二八、三五、三七条。原子力損害賠償法三条)、放
射性物質が大量に環境に放出された時の被害の甚大性については、スリーマイル、
チェルノブイリ両原発事故の例を見ても明らかであるから、ひとたび重大事故が発
生した場合、人間の生命身体をもおびやかす恐れのある原発を建設・運転しようと
する者には、原発の安全性を自ら積極的に立証することが要求されるものというべ
きである。
 第二に、原発の歴史は極めて短く、その技術は確立されたものとは未だいえない
ことも前述の事故例に照らして明らかであり、とりわけ、本件「もんじゅ」は、安
全性の実証されていない研究途上の高速増殖炉原型炉であるうえ、現実にも、ナト
リウム漏洩事故を始めとする幾多の重大事故を起こしているのであるから、かかる
未完成の技術に依拠せざるをえない「もんじゅ」を、あえて建設・運転しようとす
る者には、その安全性を自ら積極的かつ十分に立証することが要求されるというべ
きである。
 第三に、被告は、「もんじゅ」の施設の位置、具体的構造、機能、安全対策ない
し危険回避のための措置に熟知し、それらに関する証拠を容易に提出しうる立場に
あるのに対し、原告らは「もんじゅ」から将来発生するかも知れない被害の程度を
正確に予測し、立証しつくすことが被告に比べて困難な立場にあるのであるから、
挙証の容易性、困難性の観点から、被告にこそ、「もんじゅ」の安全性に関する立
証責任を負担させるのが、公平の原則に合致するというべきである。
第三 同種判例について
 以上の考え方は、同種判例の採るところである。
 すなわち、東北電力女川原発訴訟に関する第一審判決(仙台地裁平成六年一月三
一日判決=判時一四八二号三頁)は、次のとおり判示している。
 「人格権等に基づく原子力発電所の建設又は運転についての差止訴訟において
は、当該原子力発電所に安全性に欠ける点があり、原告らに被害が及ぶ危険性があ
ることについての立証責任は、人格権に基づく差止訴訟一般の原則どおり、原告が
負うべきものと解される。
 したがって、これを本件に即してみれば、原告らは、①原子力発電所の運転によ
る放射性物質の発生、②原子力発電所の平常運転時及び事故時における右放射性物
質の外部への排出の可能性、③右放射性物質の拡散の可能性、④右放射性物質の原
告らの身体への到達の可能性、⑤右放射性物質に起因する放射線による被害発生の
可能性について、立証責任を負うべきことになる。
 他方、本件原子力発電所は、ウラン二三五を燃料として使用し、その稼働によ
り、内部に毒性の強いプルトニウム二三九など人体に有害な放射性物質を大量に発
生させるものであること、原告らは、本件原子力発電所から二〇キロメートルの範
囲内に居住していることは前に判示したとおりであり、したがって、原告らは、い
ずれも本件原子力発電所における事故等による災害により、その生命・身体等に直
接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者ということがで
きるのであり、また、本件原子力発電所は平常運転時においても一定の放射性物質
は環境に放出することは避け難いことは前に判示したとおりである。
 右のとおり、原告らは、既に前記①ないし⑤の点について原告らの必要な立証を
行っていること、本件原子力発電所の安全性に関する資料をすべて被告の側が保持
していることなどの点を考慮すると、本件原子力発電所の安全性については、被告
の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示
し、かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、
被告が右立証を尽くさない場合には、本件原子力発電所に安全性に欠ける点が
あることが事案上推定(推認)されるものというべきである。
 そして、被告において、本件原子力発電所の安全性について必要とされる立証を
尽くした場合には、安全性に欠ける点があることについての右の事実上の推定は破
れ、原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更なる立証を行わなけ
ればならないものと解すべきである。」
 また、志賀原発訴訟第一審判決(金沢地裁平成六年八月二五日判決=判時一五一
五号三頁)も、「本件原子力発電所の安全性については、まず、被告において、相
当の根拠を示して安全性に欠けるところがないことを明らかにすべきであり、被告
がこれを行わない場合には、本件原子力発電所は安全性に欠けるところがあるとの
事実上の推認が働くと解するのが相当である」と判示している。
 この考え方は、伊方原発訴訟上告審判決(最高裁平成四年一〇月二九日判決=判
時一四四一号四七頁)の「当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行
政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、ま
ず、その依拠した具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の
判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があ
り、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に
不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである」との考え方を民
事差止訴訟の場で展開したものであると評価されており(交告尚史「東北電力女川
原発訴訟判決の論点」ジュリスト一〇四九号三九頁)、原子力発電所に対する民事
差止訴訟における確定した判例というべきである。
第四 本件における立証の負担の具体的内容
 以上のとおり、「もんじゅ」の安全性については、被告の側において、まず、そ
の安全性に欠ける点のないことについて、十分な根拠を示し、かつ、非公開の資料
を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、被告が右立証を尽くさな
い場合には、「もんじゅ」に安全性に欠ける点があることが事実上推定(推認)さ
れるものと解すべきである。
 これを具体的にいえば、まず、被告側において「もんじゅ」の機器の具体的な設
計とその機能を明らかにし、設計基準事故の選定、事故を模擬した実験、事故時の
安全解析の内容を確定して許可申請を行い、これについて安全審査を受けて許可さ
れた状態であることをまず立証する必要
がある。原告らは、このような被告の立証を踏まえて、実際の事故の経過と矛盾す
る点、選定された設計基準事故が過小であること、実験の条件の選定が不合理であ
ること、解析の手法における疑問点などを具体的に論証して、「もんじゅ」に安全
性に欠ける点があることを論証することになる。
 そして、本件訴訟において、「もんじゅ」に安全性に欠ける点があることは、原
告らがこれを立証してきたうえに、何より、現案に発生したナトリウム漏洩事故と
その原因究明の中で突証されたものというべきである。
 なお、同様の判断手法を用いて検討した結果、操業の差止を認めた判例として、
産業廃棄物最終処分場使用操業差止仮処分事件決定(仙台地裁平成四年二月二八日
決定=判時一四二九号一〇九頁)があり、同決定は、「一般の住民が、専門業者を
相手として、業者の営業に関して生じる健康被害・生活妨害を理由に、操業差止め
を求めている事案においては、証明の公平な負担の見地から、住民が侵害発生の高
度の蓋然性について一応の立証をした以上、業者がそれにもかかわらず侵害発生の
高度の蓋然性のないことを立証すべきであり、それがない場合には、裁判所として
は、侵害発生の高度の蓋然性の存在が認められるものとして扱うのが相当である」
という前提のもとに、「債務者がこれまで呈示した本件処分場からの浸出液汚染防
止方策は、どれも決め手を欠く内容のものである。」として、産業廃棄物最終処分
場の使用操業の差止を命じている。
第四章 差止の利益と審理対象
第一 もんじゅの建設、運転の現段階と被告の主張
 「もんじゅ」は、昭和五八年五月二七日付で内閣総理大臣の原子炉設置許可を受
け、昭和六〇年八月二日付で原子炉格納容器等について科学技術庁長官の設計及び
工事の方法の認可を受け、その後、三度の原子炉設置の変更許可を受け、八度の設
計及び工事の方法の認可を受け、これに基づく原子炉建物等の工事及び機器・配管
の据付工事を行い、各工事完了の程度に応じて、逐次、通産大臣の試験使用承認を
得て、原子炉等規制法及び電気事業法に基づく科技庁長官の使用前検査を進め、同
検査の一環として、電気出力約四〇パーセントの状態で原子炉の緊急停止試験(プ
ラントトリップ試験)を行うため、平成七年一二月六日二二時に原子炉を起動し、
その後、原子炉出力約四五パーセントに向けて出力上昇操作中であったところ、同
月八日一九時四七分、原子
炉出力が約四三パーセントに上昇した段階で警報が鳴り、本件事故が発覚したたた
め、原子炉施設の大部分について、使用前検査が終了するに至らないまま現在に至
っている。
 本件事故の際に制御棒を全数挿入し、核分裂の連鎖反応を停止させた低温停止状
態に移行しており、現在は、崩壊熱の発生量が冷却系その他自然放熱量を下回るた
め、ナトリウムの温度を融点以上に保つため、ヒーターにより加熱しなければなら
ない状態である。また、本件事故後に二次主冷却系cループの温度計及び配管の一
部などが撤去されたため、一次主冷却系及び二次主冷却系の各cループを使用する
ことができず「このままの状態では原子炉を起動することはできない。
 ところで、被告は、以上の状態を前提として、「安全総点検」の結果を踏まえた
変更許可申請等と同許可等が出されるまでは、現実には、原子炉を運転する可能性
はないから、人格権、環境権侵害の危険性はないと主張するが(被告動燃準備書面
(一四))、「安全総点検中」であっても、建設・運転の差止は認容されるべきで
あり、被告の右主張は理由がない。
第二 安全総点検中であっても建設運転の差止が認められるべきこと
 すなわち、安全総点検はナトリウム漏洩火災事故に対する対策の問題に限られて
いてそれ以外の問題については何ら対策がとられる予定はないうえに、安全総点検
中であっても、本件原子炉設置許可処分に基づく建設・運転が可能である以上、そ
の建設・運転の差止を求める利益はあるものと解すべきである。
 これは完成前の原子炉につき、未だ運転行為に向けて建設等の準備が進行してい
る段階においても、妨害予防請求としての建設・運転の差止が可能であることと理
論的には全く同じであり、事実、後者について、未だ不確定な将来の設置許可変更
の可能性や使用前検査等を理由として、建設・運転の差止が許されないとする見解
は存在しない。
 被告は、「安全総点検中」であると主張するが、安全総点検と改善策は、法的根
拠のない、被告の内部的な作業に過ぎず、国会による予算措置も講じられておら
ず、本件原子炉設置許可処分に対する変更許可等の許認可はおろか、その申請も出
されてはいない。
 また、被告が行おうとしている改善策の内容は、「もんじゅの安全総点検」実施
状況とりまとめ(乙イ二五)等の証拠によっても、具体性を欠いていて、不確定で
あるうえ、被告の主張する対策が改善策として十
分であるとの実証的裏付もない。たとえば、今回のナトリウム漏洩事故により、燃
焼して高温になったナトリウムが落下して床ライナーに穴があき、ナトリウムコン
クリート反応が起きて水素爆発が生じる危険性があることが明らかになったが、被
告による「施設の改善」の内容では、床ライナー自体については現状のままであ
り、他の組合せでカバーしょうとしているに過ぎず、これでは床ライナー自体の根
本的欠陥をそのまま持ち越すことになり、十分な改善策と言うことはできない。さ
らに、蒸気発生器の細管破断の問題についても、被告は、「想定事故条件によって
は安全裕度が少ないケースもあることから、(中略)、蒸気ブローダウンにおける
伝熱管内圧力・温度の早期低減対策(例えば蒸気放出弁の増設)等の安全向上策を
講じることとする」(被告準備書面(一四)六〇頁)として、施設の改善策の内容
が一義的に確定してはいないことを認めている。
 加えて、被告は、本件原子炉設置許可処分の取消や運転停止命令(原子炉等規制
法三三条)も、また施設使用の停止等の命令(同三六条)も受けていないから、
「もんじゅ」は、本件設置許可にかかる基本設計による現在の設備を前提とした建
設と運転(当面は使用前検査としての運転)が可能な状態にあり、未だ建設と運転
の恐れはあるというべきである。
 以上のとおり、被告の主張する「安全総点検」は、未だ不確定な作業予定に過ぎ
ず、まして改善策として十分であるとの実証的裏付もないうえに、現状における
「もんじゅ」は、本件原子炉設置許可処分に基づく運転を予定し、かつ、それが可
能な法的状態にあるのであって、また、「安全総点検」はナトリウム漏洩火災事故
に対する対策の問題に限られていて、それ以外の問題については何ら対策がとられ
る予定はないことから、原告らは、そのような状態にある「もんじゅ」につき、建
設・運転の差止を求めているのである。
 すなわち、本件「もんじゅ」民事差止訴訟における審理対象は、本件原子炉設置
許可処分に基づく建設・運転の可能な状態にある現在の「もんじゅ」そのものであ
るというべきである。
 被告動燃は、今後、安全総点検の結果を踏まえた改善策を施し、必要な法律上の
手続きを履践して、安全確保の考え方が現実の施設に反映していることの確認を得
て、より一層安全性及び信頼性の向上した施設として、運転に供することを予定し
ているから、「改善策の施さ
れたもんじゅ」が差止請求の対象となる「もんじゅ」であると主張する。
 そして、被告動燃は、改善策として「運転手順書を整備すること」「教育訓練内
容を改善すること」「セルモニタ、カラーテレビ、総合漏えい監視システムを設置
すること」「ドレン配管の追加・大口径化」「換気空調設備の自動化」「部屋の区
画化」「壁・天井への断熱構造物の設置」「窒素ガス注入設備の設置」などを羅列
する。そして「改善策を前提に解釈評価した結果床ライナの健全性は損なわれない
ことを確認した」と自画自賛する。
 しかも、被告動燃は、改善策は科学技術庁の「もんじゅ安全総点検チーム」から
も原子力安全委員会によっても妥当と認められたと主張し、あたかも、改善策の実
現には何の支障もなく、改善策を施されたもんじゅが運転に供されるかのように思
わせようとしている。
 しかし、改善策を施されたもんじゅが運転に供される可能性は現時点=口頭弁論
終結時には全く存在しない。従って、以下に簡単にまとめた理由で本件訴訟の対象
は「設置許可処分が予定しているもんじゅ」である。
① 被告は「もんじゅは総合機能試験・性能試験の途中であり使用前検査も終了し
ていないので未完成・建設途上である。建設途上の設備については、被告が予定し
ている設備が判断の対象となる」と主張するが、もんじゅは臨界に達して発電もし
ていたのであるから建設途上とは言えない。現在のもんじゅは事故を起こして止ま
っており今後の処分の目処が立っていないと言う状態であるから、状況が全く異な
る。
② 原告が訴訟を提起した時にはたしかにもんじゅは建設途上であったが、その目
標ないし内容は許可処分によって基本設計ないし基本的設計方針が確定していた。
しかし、現在では「改善策」の内容も不明確であり、後述するように被告国(「訴
外国」と改める。以下同じ。)と被告動燃との間でさえ考え方を異にしている。
③ 原子炉の設置・運転は許認可事業であり、「改善策」が実施されるためには、
「変更許可申請」が出され、それについての安全審査が行われ、許可ないし認可を
受けなければならないにもかかわらず、現在その目処は立っていない。
 ところで、おかしなことに、改善策の内容は、被告動燃と被告国とで明確に異な
っている。
 被告国は、「本件原子炉施設で燃焼実験Ⅱで観察された腐食が発生したと仮定し
た場合、床ライナの減肉量は、最大で五・二ないし五・五ミリ
メートルになりうる」と認めた上で、この程度の減肉なら「減肉量に相応した板厚
等を採用するなどの具体的設計段階における対処によってライナの機械的健全性を
維持することは十分に可能である」と主張し、P8陳述書(乙イ四五号証)やP1
2証言等を引用する。
 たしかにP8陳述書六頁には「界面反応による腐食に対しては、減肉量に相応し
た板厚等の具体的設計によってライナの機械的健全性を維持することは十分可能で
す」と記載されており、また、P12証人は肉厚について「一〇ミリメートル、一
五ミリメートル」という数字を口にしている。しかし、床ライナの厚みが増す程、
高温のナトリウムと接触する床ライナの表面と、反対側の裏面との間に生ずる温度
勾配が大きくなり、それにつれて、コンクリート床上に設けられたフレーム(止め
枠)に各所で溶接止めされている床ライナにも異常な力が加わって変形も深刻かつ
複雑になってくる。もちろんこのような変形は厚さ六ミリメートルでも生ずる。し
かし、首の皮一枚であると計算した被告動燃の解析では、使用した計算コードAS
SCOPSが単純なモデルに基づいているために、ナトリウムの落下が長引けば長
引く程複雑さを増してくる床ライナの内部の温度勾配や変形まではとても計算でき
ない。それでナトリウム落下中は床ライナには温度勾配も変形も生じないとして、
その中心での温度妬を平均温度とし、それに基づいて腐食量を算出することしかや
っていない。だから、被告動燃の計算結果も近似に過ぎず、実際の床ライナでは、
計算よりも腐食が進む箇所も、その逆の箇所もあるし、変形の歪みによってひび割
れする可能性もある。床ライナの厚みが増えれば増える程、床ライナの腐食量を推
定するのに被告動燃が採用した計算方法の結果と実際の床ライナの損傷状態との間
の乖離が大きくなることは、金属工学の専門家なら熟知していることである。
 P8証人は、科学的誠実さに欠けた証言をくり返しており、右陳述書も、自己が
ナトリウム漏えい火災事故の調査には全くタッチしていないにもかかわらず、ま
た、金属工学の専門家でもないにもかかわらず、極めて「政治的に」あるいは「思
いつき的に」述べられている。被告国の主張は全面的にP8陳述書に依拠している
が、P12証人も「肉厚をあんまり厚くし過ぎますと、例えば熱膨張等で、多少ひ
ずみが出たりしますと、かえって困ることがあります」(P12一一
八頁)と述べているとおりである。
 被告国が、何ゆえに「床ライナの肉厚を厚くする」ことを主張しているのか原告
は理解することができないが、とにかく被告国の主張は「減肉量に相応した板厚等
を採用するなどの具体的設計段階における対処」である。
 一方、被告動燃の言う改善策は前述した通りであり、そこでは「肉厚を増やす」
との提案は全く出ていない。
 このように、被告動燃と被告国との間で、改善策について大きな食い違いが生じ
ていると言うことは、改善策なるものが、状況次第でさまざまに変わりうると言う
ことである。これは、改善策の不確実性を意味するものであり、このような「改善
策をほどこされたもんじゅ」なるものは、あいまいすぎて、審理の対象になりえな
いことは明らかである。
第三 同種判例も現状を前提として判断していること
 同種事案に関する判例を検討しても、蒸気発生器の伝熱管が破断する危険性が争
点となった高浜原発訴訟判決(大阪地裁平成五年一二月二四日判決=判時一四八〇
号一七頁)は、判決の直後である平成六年一月から蒸気発生器の全面的な取替え工
事が予定されていた高浜原発二号機について、右蒸気発生器の取替え工事が予定さ
れていることを考慮の外に置き、現状を前提として、伝熱管が破断する危険性如何
につき判断しているが、これも差止訴訟が現状を前提として判断すべき性質のもの
であるからにほかならない。
 また、神戸地裁伊丹支部昭和四九年二月二五日決定(判時七四二号九一頁)は、
公害防止条例に基づき建設許可を受けている生コンクリート製造会社の生コン工場
建設につき、県から建築基準法違反が是正されるまで工事中止を勧告、され、会社
もこれを受諾して工事を中止し、改善工事を行う可能性もある場合においても、粉
塵、排気ガス、水質汚濁、騒音等の公害が発生して生活環境が破壊されるおそれが
あることを理由とする周辺住民の生コン工場の建設禁止仮処分申請を認容してい
る。これは、生コンクリート製造工場の施工者が建設工事を中断しており、「工場
よりの粉塵発生は県の防止条例の基準内に抑えるほか、排水、水質汚濁、騒音等に
ついても被害が出ないように配慮する」旨主張し、今後改善工事を行う可能性があ
るとしても、現状の施設を前提とする限り、粉塵、排気ガス、水質汚濁、騒音等の
公害が発生して生活環境が破壊されるおそれがある以上、現状を前提として、建設
禁止を命じるべきであ
るとの考えに基づくものである。
第四 設置変更許可申請の可能性は差止の判断には影響しないこと
 以上のとおり、現状では危険であることの明らかな「もんじゅ」については、正
に本件原子炉設置許可処分に基づく現状を前提として、その建設・運転の差止が認
められるべきであり、「安全総点検中」であること、また、設置許可処分等の変更
の可能性があることいった不確定な要因をもって、その建設・運転の差止の可否が
決せられてはならない。
第五章 もんじゅの潜在的危険性の根源―放射能
第一 危険性の根源
一 放射能の危険性
1 もんじゅの潜在的危険性
 高速増殖炉もんじゅの潜在的な危険性とは、その運転時に核燃料物質であるプル
トニウムとウランの混合酸化物を燃料として燃焼させるため、燃焼の際に燃料のプ
ルトニウム二三九を含む人体に有害な放射性物質が大量に原子炉内に発生すること
である。原子力発電所では、その構造上、原子炉内の燃焼によって発生した放射性
物質をすべて原子炉内に閉じ込めることはできず、運転時に環境へ一定量放出する
ことが避けられない。
 また、原子力施設も人工の施設である限り、どのような安全上の対策を講じたと
しても、絶対的に原子炉格納容器そのものが破壊されるような事故を発生させない
ようにすることが不可能なことは明らかである。
 一度原子力発電所で原子炉格納容器が破壊され炉内の放射能が環境へ放出される
事故が発生すれば、全世界的な規模での放射線汚染は広がり、その被害が甚大かつ
深刻なものになることはチェルノブイリ事故の現実が如実に示している。
2 放射線の種類と人体への影響
(一) 放射線は、電子等の荷電粒子及び中性子等の非荷電粒子からなる粒子線と
電磁放射線とに分かれる。粒子線であるベータ線、アルファ線、中性子線、電磁波
であるエックス線、ガンマ線等は物質と反応してその物質を電離させる能力があ
り、総称して電離放射線と呼ばれる。
 放射能という言葉は、もともと放射線を出す能力を指す言葉であるが、その能力
をもつ放射線物質の意味に使われることが多い。
(二) アルファ線は、ヘリウムの原子核(アルファ粒子)が高いエネルギーを持
って飛んでいる粒子の流れである。物に当たるとその表面近くで止まってしまい、
貫通力はない。ところが、そのわずかな間に持っていたエネルギーのすべてを与え
ることになるので、当たった部分に対する破壊力は極めて大きく、人体に
対して危険度の高い放射線の一つである。アルファ線を出す物質には、ウラン、プ
ルトニウム、ラジウムなどがある。
(三) ベータ線は、電子の流れで、マイナス電荷を持った電子が多い。薄い紙な
どは貫通するが、薄い金属板などで止められてしまう。原子炉の中でウランが燃え
てできる死の灰のほとんどは、べータ線を出す。
(四) ガンマ線は、基本的には光と同じ性質を持ち、光よりエネルギーの強い電
磁波である。貫通力が強く、人体に対して奥深くまで入ったり、突き抜けたりす
る。ガンマ線はふつう、アルファ線やべータ線といっしょに放出される。
3 放射線による被曝の人体への影響
(一) 人体はタンパク質などの一種の化学物質でできているが、それらの化学結
合は電子がつくっている。そのような物質中の電子を跳ね飛ばすことを電離とい
う。放射線が人体に入って来たり突き抜けると、自分が持っていたエネルギーによ
ってこの電離を起こす。
 放射線のエネルギーは化学結合をつくっている電子よりもはるかに大きいので人
体に放射線が通ればかならず傷つく。とくに、細胞核中の染色体とその上に配置さ
れた遺伝子(DNA)が傷がつくことが問題で、それがすぐに障害になるとは言え
ないが、この傷がさまざまなかたちで顕在化する。それが放射線の影響である。
(二) 人間の放射線による被曝には、人体の外部に存在する放射性物質からの放
射による外部被曝と、呼吸や食物、飲料水などの経路により環境に放出された放射
性物質を摂取して体内に取り込み、人体内部に取り込んだ放射性物質からの放射に
よる内部被曝とがある。
 外部被曝の場合、アルファ線やベータ線のような透過力の小さい放射線の場合
は、身体内部の諸器官はほとんど被曝せず皮膚のみにとどまるが、ガンマ線のよう
に透過力の大きい放射線の場合は、身体内部の諸器官も含め全身がほぼ均等に被曝
する。これに対し、内部被曝の場合は、体内に取り込まれた放射性物質から放出さ
れる放射線のエネルギーが、直接身体内部の諸器官に吸収されることになり、アル
ファ線やべータ線は、そのほとんどのエネルギーを周囲に与えることになる。
(三) 放射線による被曝は、外部被曝で大量の放射線を皮膚にあびたとしても痛
覚や温覚がなく、呼吸や食物等を摂取することにより内部被曝した場合にも、嗅覚
や味覚で感じとることができないという特徴があり、そのため個人のみの知識・力
量だけでわが身を
被曝による影響から守ることは不可能である。
4 放射線の人間に与える障害の種類
(一) 身体的障害と遺伝的障害
 放射線の人間に与える障害には、被曝した個人に現れる身体的障害と、その被曝
した個人の子孫に現れる遺伝的障害とがある。遺伝的障害は、放射線の照射によ
り、DNAの塩基配列が変えられてしまう突然変異や、染色体の構造自体やその数
まで変えてしまう染色体異常があり、生殖細胞またはその原基細胞に起きることに
より、その子孫にもたらされる遺伝的影響による障害である。
(二) 急性障害と晩発性障害
 身体的障害には、短期間に比較的高線量の放射線を被曝した場合、吐き気、倦怠
感、下痢、白血球の減少、脱毛、紅紫斑、水泡、皮膚炎、急性潰瘍等の症状を引き
起こし、高線量被曝の場合には死に至る急性障害と、短期間に高線量の放射線を被
曝したときだけでなく、低線量の放射線を長期間被曝した場合、数カ月から数年以
上、長い場合には数十年の潜伏期間を経て、白血病その他の癌、白内障、寿命短
縮、生殖力や免疫力の低下等の症状をもたらす晩発性障害とがある。
 急性障害は、全身または身体の大部分が短時間におよそ二〇ラド(〇・二グレ
イ)以上の被曝を受けた場合に生じ、ほぼ五〇〇ラド(五グレイ)で死亡率は一〇
〇パーセントに達する。急性障害における放射線の致死作用のうち最も重要なもの
は、造血組織、とりわけ骨髄における影響である。骨髄の幹細胞は放射線の影響を
極めて受けやすい細胞である。骨髄組織の破壊はすべての種類の血液細胞の形成を
抑制する結果を招く。一〇〇ラド(一グレイ)から五〇〇ラド(五グレイ)の線量
域において、骨髄の破壊の程度が著しい場合には、通常六週間以内に死亡する。五
〇〇ラドから二〇〇〇ラド(五グレイから二〇グレイ)の線量域においては、胃腸
管系の細胞死が原因となりさらに早期に死に至る。二〇〇〇ラド(二〇グレイ)以
上の非常に高い線量を被曝した場合には、脳細胞の変性、大脳の浮腫、脳血管の炎
症などにより中枢神経の病理学的変化によって更に急速に死に至る(甲一〇・四二
ら五二頁)。
5 最近の放射線の危険性に対する認識の深まりとその知見
(一) セラフィールド再処理工場周辺住民の白血病被害の顕在化
(1) 一九八三年一一月イギリスのヨークシャーテレビ局は、そのドキュメンタ
リー番組で、セラフィールド再処理工場周辺の町村では子供のガンや白血病の発生
率が全国平均よりはるかに高く、二・四キロメートル離れたシースケール町では全
国平均の一〇倍になっており、その原因は再処理工場から放出された放射性物質で
あるという放映を行った(甲ロ四)。
(2) 右報道は英国内に大きな衝撃を与え、英国政府はダグラス・ブラック卿を
委員長に指名して、専門家からなる諮問委員会を組織し、右委員会一九八四年七月
英国政府に報告書を提出した。
 右報告は、セラフィールド工場南側のシースケールを含むミロム地区の二五才未
満の若年者の間では、白血病死亡率が一九六八~七八年の間で四倍、一九五九~七
八年の間では二倍となっており、シースケールでは一〇才未満の白血病が期待値に
対し約一〇倍高く、小児悪性リンパ腫罹患率は、英国北部地域の七六五の同規模の
区の中で三番目に高く、シースケールを含むミロム地方区の二五才未満の白血病死
亡率は同程度の人口の一五二地方自治区の中で二番目にランクされ、これらの地区
の白血病発生率は高いことを認めた。しかし、その原因については、公表された放
射性物質の放出データから計算される周辺住民の被曝線量からは、このような白血
病の異常発生は説明できないとして不明であるとしている(甲ロ四)。
(3) 一九九〇年二月、M・J・ガードナーらは英国医学学会誌に、セラフィー
ルド再処理工場周辺の西カンブリア地方で生まれ、一九五〇年~八五年の間に二五
才以下で白血病患者(五二人)、非ホジキンス氏リンパ腫患者(二二人)、ホジキ
ンス氏病患者(二三人)と、これらの患者と同性で年齢も近い一〇〇一人の対照群
とを比較した、「英国セラフィールド核施設周辺の子供たちに生じている白血病、
リンパ腫についての調査研究」という論文を発表した。
 M・J・ガードナーらは右論文で、白血病と非ホジキンス氏リンパ腫にかかる相
対危険率が、セラフィールドから五キロメートル以上に離れた所で生まれた子供は
〇・一七、子供の受胎期に父親がセラフィールドで雇われていた場合二・四四、子
供の受胎前に父親が一〇〇ミリシーベルト以上被曝をしている場合は六・四二と、
セラフィールド近くで生まれた子供と、父親が核施設で働いている子供に高かった
事実から、ブラック卿の報告書の結論とは異なり、「父親が受胎前に電離放射線で
被曝することは、彼らの子孫に白血病の発生をもたらす事と関連している」と因果
関係を認めている(甲ロ一六・三頁、二二頁)。
(4
) 英国では、スコットランドのドーンレイの再処理施設
 周辺においても、一九七九~八四年の期間の若年齢の白血病発生率が、スコット
ランド地方の期待値に比べ六倍も高く、特に一二・五キロメートル以内では一〇倍
も高いという有意な結果が明らかにされている(甲ロ五)。
(二) 福島原発の労働者の被曝による染色体異常の発覚
(1) 一九八八年福島県環境医学研究所の村本淳一専門研究員は、一九八四~八
八年の五年間に集積線量一五レム未満の被曝を受けた福島第一及び第二原子力発電
所に従事する二〇代から六〇代までの労働者の一一五名を対象とした、末梢血リン
パ球の染色体異常の調査研究の結果を発表した(甲一四~一八)。
(2) 染色体は人間においては一つの細胞に四六本あり、正常なものは途中に動
原体と呼ばれるくびれが一カ所ある。調査対象となった原発労働者では、くびれが
二カ所ある二動原体染色体やリング状の環状染色体は細胞全体の〇・二二パーセン
トにみられ、一般住民の細胞に検出された同種の染色体異常の出現頻度〇・一二パ
ーセントと比較すると二倍近いことが判明した。
 この染色体異常の出現頻度は、集積被曝線量が多くなるほど、その出現率が高く
なる傾向にあり、集積被曝線量が一四レムの労働者について、一般住民の五倍の値
となっている。
(3) 福島原発の労働者の血液細胞にあらわれた染色体異常の発生頻度の一般住
民との有意な違いは直ちにこれらの異常染色体を持った人々が被曝によるガンや白
血病などの健康上の影響を受けたと言えるものではない。
 しかし、職業人に対する許容被曝線量である年間五レム(現在の規制は五年間の
平均値が年間二レム)以下でも、福島原発に従事する労働者に染色体異常が発生し
ている事実の発覚は、わが国の原子力発電所内に従事する労働者が、被曝により危
険な状況に晒されている実態を明らかにした。
(三) 広島、長崎の被曝線量の再評価と放射線リスク評価の見直し
(1) ある集団が放射線の一定の量の被曝を受ければ、一定の確率でガン死が発
生するという考え方に基づき、ある一定量の放射線をあびた場合に、生涯の間にど
れくらいの確率でガン死するかという尺度を、リスク評価あるいはリスク係数と呼
ぶ。
 ICRPは一九七七年勧告において、全身均等照射による放射線誘発ガンに関す
る死亡リスク係数を、男女及びすべての年齢の平均値として一レム当たり約一万人
分の一であ
るとして、一万人シーベルト(一〇〇万人レム)あたり一〇〇人から一二五人とし
ていた。
(2) 従来の発ガン等のリスク評価の基礎データは、広島・長崎の原爆被曝者を
対象として被曝線量を推定した米国オークリッジ国立研究所が一九六五年に発表し
たT六五Dと呼ばれる評価システムであった。
 これに対し、一九八一年に米国のローレンス・リバモア国立研究所とオークリッ
ジ国立研究所の研究員らが、それぞれ、広島・長崎の原爆被曝者の放射線被曝線量
の推定の見直し作業を行った結果を発表したところ、その結果はいずれも、従来用
いられてきたところのT六五Dの線量に比較し大幅に低いことが明らかにされた。
そのため、T六五Dを基礎資料として行われてきた放射線のガン死リスク評価が著
しく過小である疑いが生じ、一九八三年に日米両国合同による線量再評価委員会が
設置された。右委員会において広島、長崎の原爆被曝線量の再評価の作業がなさ
れ、その上級委員会によって一九八六年に新たに承認されたのが、DS八六と呼ば
れる広島・長崎の新たな線量評価システムである(甲一一、甲ロ三)。
 放射線量に関しDS八六とT六五Dを比較すると、広島では、DS八六の中性子
線はT六五Dのおよそ一〇分の一であり、それだけT六五Dの中性子は過大評価で
あった。逆にDS八六のガンマ線推定値は、T六五Dの二~三・五倍となり、長崎
では、DS八六の中性子線はT六五Dのそれの二分の一ないし三分の一となり、ガ
ンマ線はほとんど変わらない。
 右線量評価システムの再評価より、実際に生じている被爆者たちの発ガンとガン
死を説明するには、今まで考えられてきたよりもガンマ線をはるかに大きく評価し
なければならなくなり、放射線の影響についてのこれまでの認識を一層厳しく見な
ければならなくなった。
 また、広島、長崎の被曝データは年々蓄積が進んでおり、一九八五年までのガン
死亡率に関する放射線影響研究所の寿命調査によると、被曝から四〇年の歳月が経
っているが、被曝当時一〇歳代あるいはそれ以下であった若い年齢層での被曝した
人が、現在五〇歳とか六〇歳というガン年齢を迎え、その年齢に達してからのガン
による死亡が非常に多いことが顕著であることが判明してきており、放射線につい
ての危険が再認識されるに至っている(甲ロ一四・二頁、五四頁、第二七回P5証
人六丁表~七丁表)。
(3) 一九八七年九月、プレストンとピアス
は、新しい線量評価システムであるDS八六を用いてガンと白血病の死亡リスク評
価を行い、「原爆被爆者の線量推定方式の改定による癌死亡リスク推定値への影
響」という論文を発表している(甲一二)。これによると、ガン死リスク係数は一
万人シーベルト(一〇〇万人レム)あたり一六二〇人、白血病死のリスク係数は一
万人シーベルト(一〇〇万人レム)あたり一二〇人で、合計すると一万人シーベル
ト(一〇〇万人レム)あたり一七四〇人となる。
 一九八八年五月、放射線影響研究所の清水由紀子らは、一九五〇年から一九八五
年までの広島・長崎の死亡率追跡調査をもとにDS八六の線量評価に従いガン死リ
スクを推定しているが、一万人シーベルト(一〇〇万人レム)あたり一三〇〇人の
ガン死という結果が示されている(甲ロ一四)。
 放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は一九八八年一万人シ
ーベルト(一〇〇万人レム)あたり、絶対モデルでは四〇〇人~五〇〇人、相対モ
デルでは七〇〇人~一一〇〇人、一九九〇年アメリカ科学アカデミーの電離放射線
の生物的影響に関する委員会(BEIR―V)は、相対モデルで八八五人の放射線
によるガン死というリスク評価を公表している(甲イ一七一・一頁)。
(4) P5は、本件裁判において、広島、長崎の被曝線量のDS八六による再評
価により、放射線によるガン死のリスク評価について、一万人シーベルト(一〇〇
万人レム)あたり一〇〇〇人のガン死が出るという認識が得られたとする(第二七
回P5証人一一丁表、第二八回同証人一丁表)。
(四) ハンフォードの追跡調査等にみられる低線量被曝の危険性とICRPのリ
スク評価の誤り
(1) ジョージ・ニールとアリス・スチュアートは、一九四四~七八年までの米
国の原爆製造計画に携わってきたハンフォードの原子力施設で働いていた労働者四
万四一〇一人の被曝と一九四四~八六年までの期間の死亡した者九四四三人のうち
のガン死との関係について再分析をした。
 再分析の結果、ジョージ・ニールらは、いかなる線量レベルでもガン 死のリス
クがあり、ガン死のリスクが被曝年齢及び死までの期間と正の相関をもつことが明
らかになったとし、固形の腫瘍よりも白血病を引き起こしやすいとか、線量率が低
い放射線によってガンになる割合が低くなる(ICRP一九九〇年勧告が導入して
いる線量率有効因子またはDREF仮説)とかいう考え方
に賛同できないとしている(甲ロ九・一、五、六頁)
 右論文は、実際の被曝者集団について分析したところ、大変低い被曝線量のとこ
ろまでガンの発生が顕著であることを明らかにしている(P5証人二七回一〇丁表
~同裏)。
(2) ウイングは、一九四三年から一九七二年までアメリカテネシー州オークリ
ッジ国立研究所に雇用されていた白人職員を一九八四年においてその時点の生存者
八三一八名、死亡者一五二四名の追跡調査を行った。右調査結果によると、一九七
七年までの調査では放射線とガンとの相関関係は見つからなかったが、体外放射線
被曝後二〇年に達するくらいのデータが蓄積された一九八四年の調査で、放射線が
死亡のすべての原因に一〇ミリシーベルトあたり二・六八パーセント増と関係し、
特にガン死亡率との関係では一〇ミリシーベルトあたり四・九四パーセント増と、
その相関関係が明らかになった(甲ロ一〇)。
 オークリッジの右追跡調査の結果は、放射線とガン死との関係が、長い年月を経
て初めてはっきりすることを示している(P5証人二七回一一丁表~一二丁裏)。
(3) 一九九二年に発表された九五〇〇人以上(うち六六〇〇人は既に死亡)の
英国の放射線労働者全国登録(NRRW)のデータによると、ガン及び白血病のリ
スク推定値は、統計的不確かさが大きいとされるが、ICRPの一万人シーベルト
(一〇〇万人レム)あたり四〇人(白血病)及び四〇〇人(ガン)というリスク推
定より二倍高い値となった(甲ロ一七、P5証人二七回一二丁裏~一四丁裏)。
(4) ICRPは、一九九〇年勧告において、名目値で放射線よるガン死のリス
ク評価につき、一万人シーベルト(一〇〇万人レム)あたり五〇〇人とガン死とい
う値を示した。右数値は、低線量域・低線量率における放射線の被曝は高線量域・
高線量率でのそれよりも影響は低いという誤った考え方を前提に、低線量及び低線
量率に有効性因子(DDREFないしはDREF)という概念を導入し、DDRE
F二という値を使用し、DS八六の線量評価で示されたリスク推定値を二分の一に
してしまったものである。
 しかし、ハンフォード原子力施設、オークリッジ国立研究所及び英国の放射線労
働者全国登録の右調査結果は、低線量域・低線量率における放射線の被曝は高線量
域・高線量率でのそれよりも影響は低いとして有効性因子(DDREFないしはD
REF)という概念を導入した
ICRPのリスク推定が誤っていることを示すものである(P5証人二七回一三丁
裏)。
二 プルトニウムの危険性
1 莫大なもんじゅ炉内のプルトニウムの放射能量
(一) プルトニウムは原子番号九四の自然界には本来存在しない元素であって、
超ウラン元素の一つである。
(二) プルトニウムの安定した形態は酸化プルトニウムであり、軽水炉型原発は
二酸化ウランを燃料として使用するが、もんじゅではこのプルトニウムとウランの
混合酸化物である酸化プルトニウムを燃料として使用する。もんじゅで炉内に入れ
られる一二二・五トンの燃料のうちプルトニウムの量は一・四トンで、右プルトニ
ウムのうち燃えるプルトニウムであるプルトニウム二三九とプルトニウム二四一の
占める割合は一トンである。これは長崎に投下された原爆の五〇個分以上の量に相
当する(甲イ一九九・二〇七~二〇八頁)。
(三) もんじゅでは、このようなプルトニウムとウランの混合酸化物を燃料とし
て原子炉で燃焼させるだけでなく、さらに燃えないウラン二三八に高速中性子をあ
て燃えるプルトニウム二三九に変換する増殖も行われることになるので、運転時に
は軽水炉と比べ莫大な量のプルトニウムが炉内に内蔵されることになる。もんじゅ
(電気出力二八万キロワット)の炉内に内蔵されるプルトニウムの放射能の量は、
軽水炉原子力発電所(電気出力一〇〇万キロワット)と比較すると左記のとおりで
ある(乙一六・一〇―五―二九、甲五・七九頁―比較の数字の単位はキュリー)。
 もんじゅ(二八万KW)軽水炉原発(一〇〇万KW)
プルトニウム二三八    四三〇、〇〇〇    五七、〇〇〇
プルトニウム二三九     五七、〇〇〇    二一、〇〇〇
プルトニウム二四〇     八三、〇〇〇    二一、〇〇〇
プルトニウム二四一 一四、〇〇〇、〇〇〇 三、四〇〇、〇〇〇
プルトニウム二四二         二四
 もんじゅは電気出力では軽水炉の三割程度でしかないにもかかわらず、原子炉内
に内蔵するプルトニウムの放射能の量では一五〇〇万キュリーと軽水炉の四倍以上
となる。
(四) 原子炉で燃焼された使用済燃料のなかに含まれるプルトニウムは、右のと
おり五つの同位体(二三八、二三九、二四〇、二四一、二四二)で構成されている
が、そのうち代表的なものは、核分裂を起こしやすく、半減期が二万四一〇〇年と
長いプルトニウム二三九である。半減期が長
いということは、長い間放射能を出し続けるということである。
 プルトニウム二三八、二四〇、二四一は、一グラム中の放射能の強さ(時間当た
りの壊変数)はプルトニウム二三九よりいずれも大きくその毒性は、プルトニウム
二三九より強い。
2 プルトニウムの人体への摂取経路とその危険性の深まり
(一) プルトニウムは物にあたるとその表面近くで止まってしまう貫通力のない
アルファ線を出すので外部被曝はそれほど問題とならない。プルトニウムでは、大
気を呼吸によって鼻から吸い込むことや、汚染された食物、飲料水を口から摂取す
ることにより、プルトニウムが、身体内部の諸器官に吸収され、それらの細胞に対
しアルファ線が放射し影響を与える内部被曝が大きな問題となる。
(二) 原子炉から環境へ放出されるようになったプルトニウムは、安定した酸化
プルトニウムの状態で大気中に漂う。大気中漂う酸化プルトニウムは、直径一ミク
ロン前後の微粒子の状態であるので、呼吸器系から生体内へ取り込まれやすい。鼻
から空気の吸入により呼吸器系を通っての体内へ取り込まれると、酸化プルトニウ
ムは非常に溶けにくい物質なので、一旦体内に入るとなかなカ体外へ排出されな。
そのため、プルトニウムカ気管や肺の繊毛、肺の組織に沈着し、長く留まりその細
胞が長期間にわたってアルファ線によって被曝するとその強い破壊力によって細胞
が破壊され肺ガンの原因となる。また、気管、気管支、肺の呼吸器系に入ったプル
トニウムの一部は、血液や体液に取り込まれ骨や肝臓に達し、骨腫瘍、肝臓ガン、
白血病の原因となったり、生殖腺に達し遺伝障害の原因となる。
 一方汚染した食物や飲料水などから口から摂取されたプルトニウムは、食物等と
一緒に胃、小腸、大腸などへ運ばれ、それらの消化器官の壁から血液や体液に取り
込まれ、吸入摂取と同様の経路をたどり骨や肝臓に達し、骨腫瘍、肝臓ガン、白血
病の原因となったり、生殖腺に達し遺伝障害の原因となる。
(三) 経口摂取され消化器官から入ってくるプルトニウムについては、吸収摂取
と比較し以前はそれほど影響がないものと考えられていた。消化器官壁から血液や
体液に入ってくる吸収率について、ICRPは一九七九年の公報三〇で、一〇万分
の一とか一万分の一という数値とし、わが国も右数値を採用していた。ところが、
一九八六年の公報四八では、一〇〇〇分の一という数値に改定した。右経口摂取
に関する吸収率の改定は、ICRP自身がプルトニウムの危険性が、従来考えてい
たよりも更に高いという認識を持ったからである。わが国も一八八九年(平成元
年)、プルトニウムの経口摂取の吸収率につき、ICRPのより厳しい認識を採用
している(甲イ一七一・三頁、甲ロ一八・六四一頁、P5証人二七回一六丁表~一
八丁裏)。
3 一グラムで一八億人分の摂取限度となるプルトニウムの危険

(一) わが国では、放射線関係の業務に従事する労働者につき、プルトニウムな
どの放射性物質の年摂取限度は、試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に
関する規則等の規定に基づく線量当量限度等を定める件(昭和六三年七月二六日科
学技術庁告示第二〇号)により定められている。右告示では、職業人に対し年間五
〇ミリシーベルトという線量当量限度という被曝の規制値を定めている。年摂取限
度とは、職業人へ右五〇ミリシーベルトになるような被曝を与えるプルトニウムな
ど放射性物質の摂取量のことで、これはプルトニウムなどの放射能量で表示され、
その単位はベクレルで測られる(P5証人二七回一九丁表~裏)。
(二) プルトニウムで代表的なプルトニウム二三九の年摂取限度は、酸化物での
吸入摂取の場合五九〇ベクレル、重量だと〇・二六マイクログラム(一グラムの一
億分の二六)である。
 チェルノブイリ事故で、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアなどの周辺地域で深刻
な土壌汚染をもたらし、ヨーロッパでは食品等のなかに取り込まれ大きな被害をも
たらしたセシウム一三七の吸入摂取の年摂取限度は五四万ベクレルである。プルト
ニウム二三九の摂取限度は五九〇ベクレルであるから、プルトニウム二三九と比較
し、セシウム一三七の摂取限度は一万倍近い量となっている。これは、プルトニウ
ム二三九がセシウム一三七と比較し一万倍危険であるということである。
 原子力発電所の燃料となるウラン二三八の酸化物吸入の年摂取限度は一五〇〇ベ
クレルで、重量にすると〇・一二グラムあり、プルトニウム二三九の四六万倍であ
る。これは、プルトニウム二三九はウラン二三八と比較して四六万倍危険であると
いうことである。
 右プルトニウム二三九の年摂取限度のセシウム一三七やウラン二三八との比較か
らも、プルトニウムの毒性が如何に強く危険なものかが窺える。(P5証人二七回
二一丁裏~二二丁裏、甲イ一七一・四頁)
(三) 原子力発電所から取り出
される使用済燃料に含まれるプルトニウムの成分には、前述したようにプルトニウ
ム二三九より更に毒性が強いプルトニウム二三八、二四〇、二四一がそれぞれ含ま
れている。
 プルトニウム二三九単独の場合の年摂取限度は〇・二六マイクログラムである
が、使用済燃料のなかのプルトニウムには、プルトニウム二三九より毒性が強いプ
ルトニウム二三八などの同位体を含むため、その毒性が更に強くなり、プルトニウ
ム二三九単独の場合の約一〇分の一にあたる二八ナノグラム(〇・〇二八マイクロ
グラム)が年摂取限度となる。
(四) 右数値は職業人に対するものであり、わが国の現在の公衆に対する線量当
量限度が年間一ミリシーベルト(〇・一レム)という規制値からすると、公衆の年
摂取限度は職業人の五〇分の一となるから、公衆に対しては〇・五六ナノグラム
(一億分の六グラム)が年摂取限度になる。
 これは、原子力発電所の使用済燃料に含まれている一グラムのプルトニウムは、
公衆一八億人分の年摂取限度になるということを意味する(甲イ一七一・五頁、第
二七回P5証人尋問調書二三丁裏~二五丁裏)。
4 マンハッタン計画作業労働者のプルトニウム被曝によるガン死の疑い
(一) わが国の「プルトニウムに関するめやす線量について」の解説では、米国
の原爆製造計画であるマンハッタン計画に一九四四~四五年にかかわり、プルトニ
ウムの精製作業中に硝酸プルトニウムの蒸気を吸収した作業者につき、三七年経過
後の調査によっても、プルトニウムに由来すると考えられる健康影響は見られない
としている(甲ロ一八・六三五頁)。
(二) しかし、G・L・ヴェルツとJ・N・P・ローレンスは、一九九一年八月
ヘルス・フィジクスという雑誌のなかで、マンハッタン計画にかかわったプルトニ
ウム作業労働者に対し四二年間にわたり追跡調査したところ、プルトニウムの沈着
量が現行の放射線防護基準以下と推定される低い線量で、肺ガン二名、骨肉腫一名
の死者がでたと発表している(甲ロ一九)。
(三) ガンは、プルトニウムによって引き起こされる可能性がある病気であり、
骨肉腫は一般の放射線以外の影響によっては、余り起こりにくいガンの種類であ
る。マンハッタン計画に従事した労働者の肺ガンなどの死亡は、十分にプルトニウ
ムが原因になったという考えもできる(P5証人二八回四八丁裏~五〇丁表)。
三 チェルノブイリ事故が明らかにした放射能の
危険性
1 原発事故史上最大の環境への放出放射能量
(一) 一九八六年四月二六日、旧ソ連(現在のウクライナ共和国)のチェルノブ
イリ原子力発電所四号炉で起こった出力暴走事故の現実は、原子力発電所で実際に
事故が起こった場合の放射能の被害の恐ろしさ・深刻さを現実のものとして見せつ
けた。
(二) 一九八六年八月IAEA(国際原子力機関)に提出された旧ソ連政府の事
故報告書によると、チェルノブイリ事故が発生した同年四月二六日から同年五月六
日までの間原子炉から環境へ放出された放射性物質は、次頁の表のように気体であ
るキセノン等の希ガスは炉内からほぼ一〇〇パーセンート放出されその量は五〇〇
万キュリー、その他のヨウ素一三一、セシウム一三七、ストロンチウム九〇、プル
トニウム二三九等のエアゾル放射能は五〇〇〇万キュリーの合計一億キュリー放出
されたとされている(甲六・二五頁、甲イ三七二・二七頁)。
 チェルノブイリ事故が発生するまでは原発史上最大の事故と言われた一九七九年
三月二八日アメリカのペンシルバニア州スリーマイル島原子力発電所の事故での放
射能の放出量は、公式の報告では希ガスが約二五〇万キュリー、ヨウ素一三一約一
五キュリーとされている。チェルノブイリ事故の放射能の放出量は、スリーマイル
島の原発事故と比較し桁違いに大きいものである。
(三) しかし、右ソ連報告書の数値は事故から一〇日後の五月六日時点の放射能
量に換算された値であって、五月六日以降もかなりの放射能放出があったことを示
唆する敷地上空の空気中放射能測定データが明らかになっている。
 京都大学原子炉実験所の今中哲二は、ソ連報告書に示されているデータやヨーロ
ッパ諸国で公表された放射能汚染データからの総沈着量の推定等から、セシウム一
三七はソ連報告書の三倍の三〇〇万キュリー(炉内の四三パーセント)、ヨウ素一
三一は七倍の五〇〇〇万キュリー(五月六日換算で二〇〇〇万キュリー、炉内の五
五パーセント)の放射能が炉内から大気中へ放出されたとしている(甲イ三七二・
二七頁)。
 また、事故から一〇年を経過した一九九六年、ウクライナの専門家が発表した報
告書では、炉内存在量の一五パーセント近くが環境に放出され、その総放出量は二
億九六〇〇万キュリー(1・09×1019Bq)と、ソ連報告書の約三倍の数値
となっている(甲ロ二一・九九頁前頁の表の数値)。
 もんじゅで事故が起こっ
た際環境への放出が問題となるプルトニウム二三九はソ連報告書では炉内の三パー
セントにあたる七〇〇キュリー、右ウクライナの報告書によると炉内の三・五パー
セントにあたる八一〇キュリー(3・5×1019Bq)が大気中に放出されたと
している。
2 チェルノブイリ原発から炉外へ放出された核種
(一) チェルノブイリ原発事故でまず問題になった核種はヨウ素一三一である。
半減期は八日と比較的短いが、とにかく大量に出て遠くまで飛んでくる。ヨウ素は
牧草の表面につき、それを食べた乳牛を汚染し、ミルクを汚染する。それらを食べ
たり飲んだりすることで、多くのヨウ素一三一が人間の体内に入り、甲状腺に取り
込まれる。
 ヨウ素一三一の影響は、とくに小さな子供に深刻となる。子供の甲状腺は小さ
く、大人の一〇分の一だから、同量の放射能を取り込むとその危険性は一〇倍にな
る。信州大学医学部が一九九一年から五回にわたってベラルーシの汚染地域と非汚
染地域で現地調査したところ、汚染地域での子供の甲状腺障害の発生率は非汚染地
域の一〇倍であるとの結果が出ている(甲ロ一三の三)。胎児の場合はさらに大き
な影響を受け、その危険性はだいたい大人の約一〇〇倍と考えられている。
(二) 次に問題になったのは、セシウム一三四とセシウム一三七である。セシウ
ムはガンマ線を出すので測定しやすく、地面、食品などの測定値として示され、放
射能汚染の指標となる。セシウム一三四は半減期が二年、セシウム一三七は三〇年
と、とても寿命が長い。セシウムは地面の表面に留まり、牧草、野菜などあらゆる
ものに入り込み、食品をとおして長期間人類に影響を与え続ける。セシウムは筋肉
や生殖腺に集まり、全身に影響を与える。
(三) プルトニウムは、わずか一グラムが公衆一八億人分の摂取限度となる、寿
命が長い(プルトニウム二三九の半減期は二万四一〇〇年、プルトニウム二四〇の
半減期は六五八〇年)猛毒の放射性物質である。これが体内に取り込まれると、肺
ガン、肝臓ガン、骨腫瘍、白血病などを発生させる。
(四) ストロンチウム九〇の半減期は二八年で、化学的物質がカルシウムと似て
いるため生物の骨に集まりやすく、とくに成長期の子供達にとって深刻な影響をも
たらす。
3 チェルノブイリ事故による住民避難と汚染地域の拡がり
(一) チェルノブイリ原子力発電所から北西四~五キロメートルに位置する原発
関係者のための造ら
れたプリピャチ市では、事故直後の四月二六日午前九時の放射線量が毎時一四~一
四〇ミリレントゲンに達したため、事故発生からの約三六時間後の四月二七日午後
二時から四万五〇〇〇人の住民の強制避難一三〇〇台のバスを使って実施された。
避難実施中の放射線量は毎時二九〇~一四〇〇ミリレントゲンだったとされる。
 五月二日にはプリピャチ市以外のチ土ルノブィリ原子力発電所から半径三〇キロ
メートル以内にある七〇もの町や村から九万人の住民避難が決定され、事故から一
〇日後の五月六日には三〇キロメートル圏内に居住しているプリピャチ市の住民も
含めた一三万五〇〇〇人の避難がほぼ完了したと言われている。
(二) セシウム一三七が一平方キロメートルあたり一キュリー以上の汚染地域
は、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの三国で、わが国の本州の六〇パーセントに
匹敵する一四・五万平方キロメートルに広がり、その地域は、次頁の図にあるよう
にチェルノブイリ原発周辺ばかりでなく、飛び地のように六〇〇キロメートルも離
れた場所までおよんでいる。
 一九九一年にベラルーシ、ロシア、ウクライナの三国では、これらの汚染地域の
うち、セシウム一三七が一平方キロメートルあたり四〇キュリー以上の地域を避難
ゾーン、一五~四〇キュリーの地域を住民の移住を義務づける移住ゾーン、五~一
五キュリーの地域を希望すれば移住が認められる移住権利ゾーン、一~五キュリー
の地域を放射能の管理が必要な放射能管理強化ゾーンと定め、事故当初の三〇キロ
メートル圏内だけでなく、放射能汚染の深刻な地域からの避難を義務づけている。
三カ国を合わせた移住義務対象地域の面積は一万平方キロメートル余りにおよび、
日本では福井県(四二〇〇平方キロメートル)、京都府(四六〇〇平方キロメート
ル)、大阪府(一九〇〇平方キロメートル)を合わせた面積に相当する範囲となる
(甲ロ二一・一四~一五頁)。
4 公表された急性障害と明らかにされつつあるその実態
(一) ソ連報告書によると、チェルノブイリ原発事故による被曝によって急性の
放射線障害が現れたのは二三七人でその全員が原発職員と消防士であり、そのうち
二八人が三カ月以内に死亡し、事故による死者は、破壊された原子炉建屋に閉じ込
められた一人、事故当日火傷で死亡した一人、他の原因による死者一人を加えて合
計三一人だったとし、三〇キロ圏内から避難した一三万五〇〇〇人の一
般住民のなかには急性放射線障害が生じた者は一人もいなかったとされている。右
周辺住民に一件の急性放射線障害もなかったというソ連報告書の見解は、一九九一
年ソ連崩壊後もIAEAやWHO(世界保健機構)などに受け継がれ現在に及んで
いる。
(二) しかし、一九九二年四月に暴露されたソ連共産党秘密議事録には、「五月
六日九時現在、病院収容者は三四五四人になった。そのうち二六〇九人が入院治療
中であり、その中には幼児四七一人が含まれている。確かな情報によれば、放射線
障害が現れた者は三六七人、うち子供一九人となっている。そのうち三四人が重体
である。モスクワの第六病院に入院治療中の者は一七九名で、その中には二名の子
供がいる。」などと事故直後に病院へ収容されたり放射線に被曝した人の数が記録
されており、事故処理作業に従事しなかった住民にも急性放射線障害が発生してい
た事実が明らかとなっている(甲ロ二一・一三五頁)。
 ロシア科学アカデミー社会科学研究所のウラジーミル・ルパンディンは、ベラル
ーシ共和国ゴメリ州ホイキ二地区の地区中央病院に残されていた事故当時作成され
た住民のカルテを一九九二年に調査した結果、八二件の放射線被曝例の記録を見い
だし、うち八件に急性放射線障害を確認し、そのことからチェルノブイリ周辺三〇
キロメートル圏全体では、少なくとも一〇〇〇件の急性障害があったとしている
(甲ロ・一四〇頁~一四六頁)。
 右八件の急性放射線障害と確認された事例のうち、四月二六日と二七日チェルノ
ブイリ原子力発電所の北方一七・五キロメートルにあるボルシチェフカ村のプリピ
ャチ河畔で日光浴と魚釣りをして過ごしたため一〇〇レムから三〇〇レムという非
常に高いレベルの放射能を被曝(ボルシチェフカ村の放射線レベルの四月二六日及
び二七日の記録はないが四月二八日で一二〇ミリレントゲン/時であったことから
それ以上であったことが推測される)した二〇歳の男性は、嘔吐、全身衰弱、胃
痛、頭痛、口渇、高熱(三九度)、便秘などの症状を訴えホイニキ地区中央病院へ
五月一日入院し、右病院での検査の結果、肝臓からガンマ線五~一〇ミリレントゲ
ン/時、甲状腺から一・五ミリレントゲン/時が測定され、白血球数の三六〇〇の
減少も見られ、全身衰弱、吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、会話困難により五月三日
にはゴメリ州立病院へ転院したとされるが、右症例は急性放射線障害の典型
例である。
5 明らかになってきた子供達を中心とした晩発性障害の実態
 これに対して、比較的低いレベルの放射線をあびたとき生じる晩発性障害があ
る。被曝から時間が経過してから被害が発生するのが特徴である。
 晩発性障害の最も典型的なものに白血病とガンがあり、広島・長崎の被曝者の場
合、白血病は早くて被曝後約四、五年くらいから、他のガンでは一〇年くらいから
あらわれだすのが一般であった。しかし、チェルノブイリの場合には、事故後四年
目ころからベラルーシやウクライナの汚染地域で子供達に甲状腺疾患などさまざま
な症状が急増していることが伝えられはじめた。また貧血や運動機能低下、免疫機
能の低下なども報告されており、これは広島や長崎で原爆ブラブラ病といわれた病
状とよく似ている。小児甲状腺ガンの増加は一九九〇年から顕著にあらわれ、以後
増え続けている。
 チェルノブイリでもこの晩発性障害があらわれてきているが、放射能が胎児に大
きな影響を与え、知能障害や新生児死亡につながっている。
(一) 甲状腺ガン
 ベラルーシ共和国ミンクスの保健局の高度に汚染ざれた地区の調査によると子供
の甲状腺ガンの発生は一九八六~八九年では年間二~六例で平均四例だったのに、
一九九〇年以降は、九〇年二九例、九一年五五例、九二年前半三〇例と大幅に増加
した。特に汚染のひどかったゴメリ地区では、九一年三八例、九二年前半一三例を
記録し、これは世界平均である「百万人の子供で一年間に一人」の八〇倍にあたる
(甲ロ一三の一)。
 一九九五年一一月には、これまで事故との因果関係を認めてこなかったWHO
(世界保健機関)も、ジュネーブで開かれた「チェルノブイリその他の放射線事故
による健康影響に関する国際会議」で、チェルノブイリ原発の周辺地域で多発して
いる小児甲状腺ガンについて、ようやくチェルノブイリ事故にともなう放射能が原
因であるとの結論を出すに至った。
(二) 先天性胎児障害
 晩発性障害としては、ほかにも遺伝子的影響がある。
 放射線が生殖細胞の遺伝子や染色体に異常を与えることで起きるとされる先天性
異常である。
 ベラルーシ共和国では、口唇・口蓋裂、腎臓・尿管異常、多指症等の形成不全が
みられる先天性胎児障害は、事故前(一九八二~八五年)と事故後(一九八七~九
三年)を比較すると、次頁の表に示されるように、その増加は放射能汚染度が強い
ほど大きい傾向、すなわち、一
平方キロメートル当たりセシウム一三七が一五キュリー以上の汚染地域では一〇〇
〇人当たり三・八七人±〇・三一人(症例数一五一)から六・九二人±〇・三八人
(症例数三三七)へと七九パーセント増、一~五キュリーの汚染地域では四・六一
人士〇・一九人(症例数五五九)から六・二二人±〇・一九人(症例数一一〇八)
へ三五パーセント増、他の汚染の低い地域では、四・七二人±〇・一八人(症例数
六七八)から五・八六人±〇・一九人(症例数一二一七)へと二四パーセント増と
いう結果が統計的にも明らかになっている(甲イ三七二・七一責)。
(三) 小児の末梢血リンパ球染色体異常
 チェルノブイリ原発三〇キロメートル圏内のベラルーのゴメリ州のブラーギン地
区に事故から約二週間放射能にさらされ五月七~八日に三〇キロメートル圏外のミ
ンクス州のクリーン地域へ避難した子供達(以下「三〇キロメートル圏から避難し
た子供達」という)と、ブラーギン市で一カ月放射能にさらされ一カ月後にクリー
ン地域へ避難し、三カ月あまり滞在した後、ブラーギン市へ戻った子供達(以下
「ブラーギン市の子供達」という)、それにチェルノブイリ原発から三〇〇キロメ
ートル離れたミンクス市などの子供達(以下「対照グループの子供達」という)の
それぞれの末梢血リンパ球の染色体について一九八六年に検査したところによると
横書た圭ろによると下の表のように、①、染色分体型の染色体異常(切断、交換)
を持つ細胞一〇〇個あたりの頻度は、対照グループの子供達一・四±〇・二に対
し、三〇キロメート圏から避難した子供達六・八±〇・二、ブラーギン市の子供達
七・七±〇・二、②、染色体にくびれが二カ所ある二動原体染色体やリング状の環
状染色体などの異常の細胞一個あたりの出現頻度は、対照グループの子供達〇・〇
〇〇六に対し三〇キロメートル圏から避難した子供達〇・〇〇九五、ブラーギン市
の子供達〇・〇〇五三と、汚染地域に居住していた子供達とそうでない地域に居住
していた子供達の間に有意な違いが生じている。
 なお、その後の一九九一年の検査において、放射能汚染地域の子供達の末梢血リ
ンパ球に観察される染色体異常の頻度は、年々増加する状態が継続していることが
明らかになっている(甲イ三七二・七二頁~七四頁)。
(四) 子供達の健康状態への影響
 ベラルーシ共和国で被曝した子供達のうち三万三四八八人の健康状態のチェック

医療記録の収集などの疫学的調査によると、一九八七年には完全に健康であると認
められる子供の割合は六一・三パーセントだったのが一九九二年には一八・六パー
セントに減少し、それに引き替え、何らかの慢性疾患を持つ子供は、一九八七年は
一〇・九パーセントであったが一九九二年には三〇・三パーセントと増加した。
 被曝した子供達のうち、三〇キロ圏から避難した子供達の腫瘍、悪性腫瘍、甲状
腺ガンの発生率は特に高く、ベラルーシ全体との発生率と比較すると、下の表に示
されるように、一〇〇〇人あたりの発生率は、腫瘍は二・七六人で三・二倍、悪性
腫瘍は二・二一人で一八・四倍、甲状腺ガンは二・二一人で実に七三・七倍と、チ
ェルノブイリ事故は周辺に住む子供連の健康状態へ大きな影響を与えている(甲イ
三七二六三頁~六五頁)
6 世界を覆いつくした放射能汚染
(一) 爆発したチェルノブイリ原発から飛び出した放射能の一部は、炉心の熱に
よっていったん蒸発した後、すぐに凝縮して粒子となった。この粒子は風にのって
流れていく。これが放射能雲であり、放射能雲が通過した地域は放射能をあびる。
また、この放射能の粒子は、触れるものにすべて付着するので、環境中のありとあ
らゆるものが汚染される。雲が通過してからも、この付着した放射能の粒子から引
き続き放射線をあびることになる。不揮発性の放射能であるジルコニウム九五など
は、大きな粒子として放出されるから、現場近くに落ちる。それに対し、揮発性の
高いヨウ素一三一やセシウム一三七などは、気体や微粒子として一〇〇〇~二〇〇
〇メートル、あるいはそれ以上の高さまで噴き上げられ、北西へ南西へと風向きを
変えながらヨーロッパ、そして北半球全域に拡がり、遠くまで運ばれた。
(二) 四月二九日チェルノブイリ原発から一三〇〇キロメートル離れたスウェー
デンで通常の一〇〇倍の放射能が観測された。
 同国では、一時、毎時一ミリレムが記録されたこともある。毎時一ミリレムとい
う数値は、日本で原子力委員会が一九八〇年六月に決定した『原子力発電所等周辺
の防災対策について』によれば、防御の準備体制に入るための目安とされる数値で
ある。
(三) ヨーロッパ大陸を吹く風の向きが変わった五月一日には、通常の西ドイツ
でも三〇、スイスでも一〇倍の放射能が観測された。チェルノブイリ原発から一〇
〇〇キロメートルも二〇〇〇キロメートルも離れたヨーロッパで
さえ、凄まじいばかりの放射能汚染に見舞われた。
 西ドイツの都市レーゲンスブルグにおける浮遊塵中の放射能は、一立方メートル
あたり、一四二八・三ピコキュリーであり、北イタリアにおける野菜一キログラム
あたりの放射能は一〇万ピコキュリーであった。
 チェルノブイリから五〇〇キロメートルしか離れていないポーランドでは、事態
はもっと深刻であった。政府は、子供や妊婦には外出を避けるように呼びかけ、特
に一六歳以下のすべての子供達にはヨウド剤を配布し、牧草を食べている牛の牛乳
の飲用を禁止した。
 イギリスでも、北部地域で牛乳から平常値の二〇〇倍の放射能が検出され、七歳
以下の小学生に対するミルクの給食が禁止された。
 スウェーデン政府は、ソ連、ポーランド、チェコスロバキア、ルーマニア、ブル
ガリアからの肉・じゃがいも、野菜等の生鮮食品の輸入を禁止し、西ドイツもそれ
にならった。
(四) チェルノブイリから約七〇〇キロメートル離れたモスクワにおいても、購
入された牛乳から一リットル当たり一三〇〇ピコキュリーのヨウ素一三一が検出さ
れている。
7 わが国へのチェルノブイリ事故の影響
(一) 摂取制限値を超える放射能の検出
 放射性物質は、八〇〇〇キロ離れた日本へもやってきた。検出された核種は、ヨ
ウ素一三一、セシウム一三七のみならず、ルテニウム一〇三、テルル一三二などに
も及んでいる。
 わが国で検出された雨水一リットル当たりのヨウ素一三一は、千葉では一三三〇
〇ピコキュリー、東京で九三〇〇ピコキュリー、島根で八九二三ピコキュリー、福
島で八三二〇ピコキュリー、神奈川で五四〇〇ピコキュリー、秋田で五一〇〇ピコ
キュリーといずれも飲料水の摂取制限値三〇〇ピコキュリーを越えたものであっ
た。
 ヨモギ一グラム当たりの数値でも、福井衛生研究所で一五・一ピコキュリー、敦
賀で一六ピコキュリー検出されている。
(二) 規制値を超え積み戻された輸入食品
 一九八六年一二月に横浜・神戸両港に荷揚げされたトルコ産へーゼルナッツ三〇
トンから五二〇~九八〇ベクレル(一キロ当たり)のセシウムが検出された。その
後も翌年一月に輸入されたトルコ産月桂樹五二トンから四九〇~六七〇ベクレル
(一キロ当たり)、セージ(サルビア)の葉一四・五トンから一〇〇〇~三〇〇〇
ベクレル(一キロ当たり)、フィンランド産の牛胃一・二六トンから四四〇ベクレ
ル(一キロ当たり)、スウェーデ
ン産トナカイ肉から三八九ベクレル(一キロ当たり)のそれぞれセシウムを検出し
た(甲九)。
 右の数値は、わが国の規制値である一キロ当たり三七〇ベクレルを超えるためこ
れらの食品はわが国への輸入を拒否され積み戻しになった。一九九四年一一月まで
の間、制限値を超える放射能が検出されたため、ハーブ茶、きのこ、ぜんまい、セ
ージ葉等の輸入食品が三〇数回にわたり積み戻しになり、輸入できなくなった(甲
イ三七二・九四頁)。
8 沈着した放射能の影響によるガン及び白血病の死者予測
(一) ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所のミハイル・V・
マリコは、チェルノブイリ事故のもたらした放射線汚染のデータを総合的に分析
し、その集団被曝線量から長期的なガンと白血病への影響を予測している。
(二) 右予測によると、チェルノブイリ事故により大気中へ放出された放射能の
うちベラルーシ、ロシア、ウクライナ三国に、セシウム一三七は一二〇万キュリ
ー、ヨウ素一三一は一九四〇万キュリーが沈着していることから、集団実効線量当
量の合計は三二万八五〇〇人シーベルトとなり、それにリスク係数を乗じるとガン
と白血病による死者は、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの旧ソ連国内だけで約四
万四〇〇〇人となるとしている。全世界的にみると、旧ソ連国外にも、ベラルーシ
など旧ソ連国内と同量のセシウム一三七が沈着しているから、チェルノブイリ事故
の放射線汚染により約九万人がガンや白血病で死者を生み出すことになる。
 これは広島、長崎への原爆投下によってもたらされたガンと白血病の死者と同じ
程度であることを意味するとしている(甲ロ二一・一〇七頁)。
(三) わが国でチェルノブイリ事故と同程度の放射能を放出する原発事故が起き
たとすると、わが国はベラルーシ、ロシア、ウクライナと比較し平均寿命が一〇~
一五年以上長く、人口密度も高いこと(日本の人口密度は一平方キロメートルあた
り三二七人であるが、ベラルーシは四八・二人、ロシアは三六・六人、ウクライナ
は八四・二人)から、ガン及び白血病の犠牲者数はベラルーシなど三国の約四万四
〇〇〇人という数ではおさまらず、その七~八倍というものになる。
第二 もんじゅにおいて起こり得る事故の放射能被害の甚大性
一 最高裁も指摘するもんじゅの危険性
 もんじゅでは、第六章第四「炉心崩壊事故解析の誤り」で述べるように、ウラン
とプルトニウムの
混合酸化物の燃料を高速中性子によって核分裂連鎖反応を起こしエネルギーを発生
させる仕組になっているため、出力暴走により炉心崩壊事故を招く危険性は軽水炉
と比較し格段と高い。
 最高裁ももんじゅ上告審の判決で、「炉心の燃料としてはウランとプルトニウム
の混合酸化物が用いられ、炉心内において毒性の強いプルトニウムの増殖が行われ
ることが明らかであって、・・・・・安全性に関する各審査に過誤・欠落がある場
合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定
される」(最高裁平成四年九月二二日判決・判例時報一四三七号四二頁)と、もん
じゅは、その炉心特性から、安全審査に過誤・欠落があり事故が起こった場合、甚
大な被害が起こるとしている。
二 非現実的な設置許可申請書における事故想定
1 被告動燃は、「放射性物質の封じ込めば万全を期しており、したがって、周辺
公衆に放射線障害を与えるような事態が発生することは考えられない」(被告動燃
準備書面(二)一四〇頁)という考え方を前提とし、本件設置許可申請書の重大事
故を超えるような技術的見地から起こるとは考えられない事故である仮想事故にお
いてももんじゅで起こり得る炉心崩壊事故により原子炉や原子炉格納容器のそのも
のの健全性が破壊され、原子炉内から大量の放射能が環境へ放出される事故想定を
行っていない。
 そのため右設置許可申請書の仮想事故の想定では、大気中に放出される核分裂生
成物の量は、
・ヨウ素(I―一三一等価)        約二、三〇〇キュリー
・希ガス(ガンマ線〇・五メガボルト換算)約四七〇、〇〇〇キュリー
・プルトニウム              約五一キュリー
という数値となっているが、これらの炉内存在量のうち大気中に放出される割合は
ヨウ素は〇・〇〇四五パーセント、希ガスは〇・二四パーセント、そしてプルトニ
ウムにいたっては〇・〇〇〇三四パーセントという著しく過小なものとなってい
る。
2 アメリカ原子力委員会(AEC)は、一九七五年に公表した「WASH―一四
〇〇」(ラムスッセン報告)において、軽水炉において炉心崩壊事故などの重大事
故時に原子炉格納容器の健全性が破壊され原子炉内の放射能が大気中へ放出された
場合における災害評価を行っている。右災害評価では、加圧水型軽水炉において炉
心冷却系が故障して炉心熔融を起こし、さらに格納容器の天井から大量の水を
撒き散らせる格納容器スプレイシステムと熱除去系も故障するため、格納容器の圧
力上昇を押さえることができず、格納容器がその耐圧限度を突破して破裂するとい
う事故タイプ(PWR―二)では、プルトニウムの大気中への放出量は炉心内蔵量
の〇・四パーセント、沸騰水型軽水炉において、炉心冷却系が故障して炉心が熔融
し格納容器の床に落下し蒸気爆発を起こし格納容器が破壊されるという事故タイプ
(BWR―一)では、プルトニウムの大気中への放出量は炉心内蔵量の〇・五パー
セントとしている。
 右事故タイプはいずれも軽水炉の炉心熔融事故によるものであるが、高速増殖炉
である本件もんじゅで想定される事故は、炉心が崩壊して出力が暴走する事故であ
り、そこでは炉心燃料が気化するから、プルトニウムの大気中への放出量は、軽水
炉のそれに比べかなり大きく、控えめな数字としても炉内存在量の一パーセントと
すべきである(P5証人二八回五三丁表~裏)。
3 チェルノブイリ事故では、出力暴走により原子炉格納容器が破壊されたが、数
字的に過小であると批判がなされているソ連報告書でも、希ガスは炉内存在量の一
〇〇パーセント近くにあたる五〇〇〇万キュリー、ヨウ素一三一は炉内存在量の二
〇パーセントにあたる七三〇万キュリー、プルトニウム(二三八、二三九、二四
〇、二四一)は炉内存在量一四万二五〇〇キュリーの三パーセントにあたる四二七
五キュリーが大気中に放出されるとしている(甲六・二五頁)。
4 炉内存在量の〇・〇〇〇三四パーセントにあたる五一キュリーしかプルトニウ
ムが大気中に放出しないとする被告動燃本件もんじゅ設置許可申請書の仮想事故想
定の放射能の放出量の数値は、アメリカ原子力委員会の「WASH―一四〇〇」に
おける軽水炉の重大事故時のプルトニウム放出量との比較、そして現実に起こった
チェルノブイリ事故でのプルトニウムなどの大気中への放出割合からいっても、非
現実的なものだと言わなければならない。
三 もんじゅで起こり得るべき事故の被害
1 はじめに
 本件全審査では、仮想事故を想定する際、高速増殖炉がその炉心特性などから崩
壊事故や出力暴走事故を起こす危険性が軽水炉型原発に比較し、はるかに大きいに
もかかわらず、出力暴走により炉心崩壊が起こり原子炉及び原子炉格納容器の健全
性そのものが破壊されるという事故を想定しなかったため、大気中に放出されるプ
ルトニウムがわずか
五一キュリーなどとその放出される放射能の量は不当に少ない数値となっている。
 これに対し、原子力資料情報室のP5は、もんじゅの危険性を立証するため、も
んじゅにおいて炉心崩壊事故が実際に起こった場合の事故想定について、自ら行っ
た解析結果に基づき民事訴訟事件で証言した。また、京都大学原子炉研究所助手で
あったP14は、スリーマイル島やチェルノブイリで原発事故が起こってしまった
現実を踏まえ、その著書「原発事故・・・・・・その時、あなたは!」(甲ロ二
〇)で、わが国に点在する原発で事故が起こった場合の事故想定をしているが、そ
のなかでもんじゅで炉心崩壊事故が起こった場合の事故想定もしている。
2 二〇万人のガン死―P5の事故想定
(一) もんじゅでの炉心崩壊事故の想定条件
(1) P5の本件もんじゅで予想される炉心崩壊事故の想定とは、原子炉容器内
の一次冷却材のナトリウムが、ポンプの異常などによりその流量が減り、炉心が過
熱状態になり、冷却材のナトリウムが沸騰して炉心熔融を起こし、ナトリウムが蒸
発するため原子炉の出力が上昇し、第一次の暴走が起き、そこで溶けた燃料とナト
リウムが反応して蒸気爆発を起こし爆発によって炉心が押し下げられ収縮が起こ
り、これが原因で再臨界に達し、第二次の大爆発へと発展し、それにより原子炉容
器が破壊され、格納容器の健全性が破壊され、大量の放射能が原子炉から放出され
るというものである(P5証人第二八回四二丁表、同二二丁裏~二四丁表、甲イ一
七七・一四頁)。
(2) プルトニウムの放出量は、炉内存在量の一パーセントがエアロゾルとなっ
て外部環境に放出されることを設定しており、炉内存在量の〇・〇〇〇三四パーセ
ントのプルトニウムしか大気中へ放出されないとする本件安全審査の数値に比べれ
ば三〇〇〇倍近い数値となるが、数一〇パーセント程度の放出を見なければならな
いというリチャード・ウェブの考え方からすると、炉心崩壊事故のプルトニウムの
放出量としてはむしろ控えめな数値としている(P5証人第二八回四二丁表5
裏)。
(3) 右災害評価にあたっては、放出高度は二〇〇メートル、大気安定度は最も
よく出現する標準的な大気の状態であるD、風速は三メートルとし、「発電用原子
炉施設の安全解析に関する気象指針について」(昭和五二年六月一四日原子力委員
会決定)に基づいて、各地点のプルトニウムの大気中の濃度を求め、避難
せずその大気を吸入した人に対して、「プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評
価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」に従って、肺、骨表面、肝
臓の被曝線量、実効線量当量を計算し、他の放射性物質の影響は無視しプルトニウ
ムだけの影響を評価し、そのプルトニウムの影響の評価についても、土壌汚染や
水、食料の汚染になって体内に入ってくる経路は無視し、大気中にプルトニウムが
拡散し、そこにいた人が呼吸によってプルトニウムを吸入すると、それがプルトニ
ウムの内部被曝になって影響を与えることだけを評価している。
(二) 近隣市町村の壊滅的打撃と二〇万人のガン死
(1) 本件もんじゅにおいて右に述べたような炉心崩壊事故が起こることによ
り、原子炉及び原子炉格納容器の健全性は破壊され、炉内存在量の一パーセントに
あたるプルトニウムがエアロゾルとなって大気中へ放出され、それが南々西の風に
より京都、大阪方面へ運ばれて行くと仮定すると、P5による災害評価では以下の
ような壊滅的な被害が予測される(甲イ一七一・一七頁~一八頁及び末尾添付図
表、P5証人二八回四一丁裏~五一丁表)。
(2) もんじゅから二四~二五キロメートル以内に位置する敦賀市白木地区、美
浜町、三方町、小浜市などの市町村では、そこに住んでいる住民に対し骨表面(人
体組織においてはその影響が最も厳しい部位)では一〇シーベルト(一〇〇〇レ
ム)、実効線量当量(全身に被曝した場合にどういう影響を与えるかということに
換算した値)では一シーベルト(一〇〇レム)の被曝をもたらすことになり、それ
らの住民は深刻な急性の障害か、急性の死亡まで至るという壊滅的な打撃を受け
る。
(3) もんじゅから七四キロメートルの距離にある京都の北端に及ぶまでの範囲
では、その被曝量は被告国が基準として定める「プルトニウムに関するめやす線量
について」の骨表面のめやす線量二・四シーベルトを超えることになり、その範囲
では急性障害が発生し、被告国の基準に従ったとしても、その範囲内では人が住む
べきではなく無人化しなくてはならないことになる。
(4) 被告国の「原子力発電所等周辺の防災対策について」(昭和五六年六月三
〇日原子力安全委員会決定)では、原発事故により放射性物質が大量に大気中に放
出した場合の周辺住民の退避についての指標につき、一〇〇ミリシーベルト以上の
放射線汚染が予測される場合、乳幼児、児童、妊婦だけでなく成人も、コンクリー
ト建屋の屋内に退避するか、退避しなければならないとしている。この一〇〇ミリ
シーベルトを超える範囲は、もんじゅから一四〇キロメートルの範囲である大阪市
や神戸市まで及ぶ。
 もんじゅの事故によりその炉内の一パーセントのプルトニウムが大気中へ放出さ
れ、それが南々西の風に運ばれ関西方面へその汚染が拡がるとすると、昭和五〇年
当時の人口統計でも千数百万人の京阪神地区に住む住民が退避しなければならない
ことになるのである。
(5) 集団被曝線量の計算値は、プルトニウムの影響だけで二〇〇万人シーベル
ト(二億人レム)に及び、その内部被曝の晩発性効果によって二〇万人ものガン死
をもたらすことになる。この二〇万人のガン死という数値は、DS八六による広
島、長崎の被曝線量の再評価など最近低線量域での放射線の危険性が明らかにされ
てきたことから、P5自身が放射線によるガン死リスク評価を、一万人シーベルト
(一〇〇万人レム)あたり一〇〇〇人のガン死という認識のもとに算出したもので
あるが、ICRPの一九九〇年勧告の一万人シーベルト(一〇〇万人レム)あたり
五〇〇人というガン死リスク評価に従ったとしても、被曝した一六二九万人のうち
から一〇万人ものガン死をもたらすことになる。
3 敦賀市で二万三〇〇〇人の急性障害死―P14の事故想定
(一) もんじゅでの炉心崩壊事故の想定条件
チェルノブイリ事故の大惨事の経験を踏まえ、P14はその著書「原発事
故・・・・・その時、あなたは!」(甲ロ二〇)のなかで、もんじゅにおいて炉心
崩壊事故が起こった場合の災害評価を行っている。右災害評価の手法は、アメリカ
原子力委員会が一九七五年に公表した軽水炉における災害評価に関する「WASH
―一四〇〇」にならい、加圧水型原発で炉心冷却系が故障して炉心熔融を起こし、
格納容器内の圧力上昇を抑えることができず、耐圧限度を突破して破裂し、格納容
器内に充満していた大量の放射能が環境に噴き出すという事故と同じものが、もん
じゅで起こったことを想定し災害評価を行っている。
(2) 右被曝量の計算においては、P5の災害評価と異なり、プルトニウムだけ
でなく炉内のヨウ素、セシウム、キセノンなど全て放射性物質も大気中に放出され
るものとし、プルトニウムについては、炉内存在量一〇パーセントが放出され、体
内被曝については、汚染された水や食物からの
経口摂取は無視し、呼吸によって取り込んだものだけを考えると仮定している(甲
ロ二〇)。
(二) 敦賀市では急性障害により二万三〇〇〇人が死亡
(1) 右事故想定をもとにP14は、①急性障害による死亡、②晩発性障害によ
るガン死、③長期避難をすべき領域の三点に関し、本件もんじゅの災害評価を行っ
ている(甲二〇・四八頁~五〇頁)。
(2) ①急性障害による死亡については、被曝した場合五〇パーセントの人が死
亡する半数致死線量につき一CRPの四シーベルト(四〇〇レム)という基準を採
用し死者の数を算定しているが、それによると図①に図示するように、本件もんじ
ゅから南々東約一一キロメートルの距離付近にある敦賀市では人口の約五〇パーセ
ントに該当する二万三一二二人が、北東一二~三キロメートルの距離にあるαでは
人口の約三〇パーセントに該当する九三六人が、南々東約一五キロメートルの距離
にある美浜町で人口の約七パーセントに該当する七三二人が急性障害で死亡する結
果となる。
(3) ②被曝による晩発性の影響であるガン死亡の数は、集団被曝線量を計算し
その結果から京都、大阪など人口が密集する関西方面へ南々西方向の風が吹いてい
た場合は約三〇〇万人、岐阜県や静岡県方向へ東南東の風が吹いていた場合は約一
五〇万人、東京方面へ東風が吹いていた場合は約一四〇万人、福井市、金沢市方面
へ北々東の風が吹いていた場合は約八〇万人というものとなる(図②)。
(4) 右数値は、集団被曝線量に対し、一万人シーベルト(一〇〇万人レム)あ
たり四〇〇〇人が被曝の影響によるガン死するというゴフマンのガン死リスク評価
にしたがって計算された数値であるが、関西方面のガン死は、P5のガン死リスク
評価(一万人シーべルトあたり一〇〇〇人)では約七五万人、ICRPのガン死リ
スク評価(一万人シーベルトあたり五〇〇人)でも約三七・五万人となる。
(五) ③長期避難をすべき領域とは、原発事故によってセシウム一三七のような
半減期の長い放射能が地面を汚染するので、何十年にわたり居住不可能となる領域
である。チェルノブイリ事故の際、旧ソ連は避難基準の目安の一つとして、セシウ
ム一三七の地面汚染度濃度につき、一平方メートルあたり一四八万ベクレル(一平
方キロメートルあたり四〇キュリー)、ロシア共和国は旧ソ連よりも約三倍厳しい
一平方キロメートルあたり一五キュリーという避難基準を示した
。右基準に従うと長期避難をすべき領域は、図③のように、旧ソ連の緩い基準でも
京都市、大阪市、名古屋市も及び、ロシア共和国の厳しい基準では、鳥取県、岡山
県、和歌山県、静岡県、長野県のそれぞれ一部まで含むきわめて広い領域となる。
四 甚大な放射能被害の蓋然性から建設・運転は差し止められるべきである。
 もんじゅはその炉心特性から、出力暴走し炉心崩壊事故を起こす危険性が軽水炉
と比較し桁違いに高いにもかかわらず、被告動燃は原子炉格納容器の健全性を前提
とし、炉内から大気中へのプルトニウム等の放出量を著しく過小評価し、設置許可
申請書を国へ提出しているが、ひとたびもんじゅで炉心崩壊事故が起こってしまえ
ば、原子炉及び原子炉格納容器が破壊され、プルトニウムを含む原子炉内の大量の
放射能が大気中に放出され、被曝による急性あるいは晩発性の取り返しのつかない
甚大な被害がもたらされることは、P5やP14の災害評価から見ても明らかであ
る。
 もんじゅが建設・運転されることになれば、原子炉格納容器そのものが破壊され
るような炉心崩壊事故が起こり得る蓋然性は軽水炉と比較し、格段と高いことは明
らかであるから、被告動燃のもんじゅの建設・運転は差し止められるべきである。
第六章 もんじゅの危険性
第一 ナトリウム漏洩火災事故はもんじゅの安全性を揺るがせた
一 問題の所在―何が問われているか。
1 もんじゅの安全確保の根幹に関わる重大事故
 一九九五年一二月八日に発生したもんじゅのナトリウム漏洩火災事故は連日のよ
うに新聞紙上を賑わせ、社会を大きく震憾させただけではなく、技術的に重大かつ
困難な問題を投げかけた(甲イ第二五〇号~甲イ二七二号証)。福井県、福島県、
新潟県の県知事は合同して国に対し本件事故を「核燃料リサイクルの中核とされて
いる高速増殖炉の安全確保の根幹に関わる重大事故」ととらえ、事故の徹底究明と
情報公開を求めた異例の提言を行った。被告動燃も本件事故を「もんじゅの安全確
保の根本に関わる重大な事故」と受け止めざるを得なかった(検討結果報告書第一
回一―一)。
2 安全審査の誤りを示した事故
 本件ナトリウム漏洩火災事故は、安全確保の根幹に関わる重大事故であったとい
うにとどまらず、安全審査の誤りを明確にした事故でもあった。
 すなわち、安全審査で審査された二次系ナトリウム漏洩事故の事故解析におい
て、一五〇トンのナトリウムが漏洩しても
ナトリウムとコンクリートの反応を食い止める機能を持つ床ライナの最高温度は四
六〇度で、設計温度である五三〇度には余裕があり、床ライナの損傷、ナトリウ
ム・コンクリート反応による損傷や破壊などは起こり得ないとされてきた。
 しかし、実際には想定された漏洩量の約二〇〇分の一足らずの漏洩で、床ライナ
の温度は設計温度を二〇〇度以上も上回り、腐食反応により床に窪みが生じたので
ある。さらに、その後のナトリウム燃焼実験では、条件によってはもんじゅにおい
ても床ライナに大きな穴があき、コンクリートとナトリウムが直接接触し、ナトリ
ウム・コンクリート反応によって床が崩壊し、機器の破壊、放射能の大量漏洩につ
ながる大規模な事故が発生する可能性も明らかとなった。
 この事実を、原子力安全委員会は乙イ第一二号証の報告書(一四頁、二六頁、二
七頁)において認めている。即ち、
(一) 事故の直接の原因となったナトリウム温度計の破損は設計ミスを見逃した
ためであることを認め、同じ様な欠陥がもんじゅのほかの部分にも潜んでいる可能
性があることを指摘している。
(二) もんじゅの安全審査で二次系ナトリウムの漏洩事故について、大規模事故
を想定すれば、これよりも小規模な事故による危険性は全て包括されるという「大
は小を兼ねる」という誤った認識に立っていたことを認めた。
(三) 床ライナが高温でナトリウム酸化物によって腐食されるということについ
て、本件事故発生まで、「知見も問題意識もなかった」ことを、安全委員会が自ら
認めた。このように原子力安全委員会自身が自ら、本件安全審査及び安全審査シス
テム自体に過誤があったことを認めている。
3 証明された動燃の技術的能力の欠如
 また、ナトリウム漏洩火災事故にとどまらず、被告動燃の技術的能力を疑わせる
事実が二年間で次々と明らかとされた。
 すなわち、本件事故及びその際の虚偽報告とビデオテープの改纂、九七年三月の
被告動燃の東海再処理工場の事故とその後の悪質な隠蔽工作、被告動燃のふげん発
電所による度重なる放射能漏れ事故とその秘匿、放射性廃棄物の杜撰極まりない保
管、被告動燃による予算の不正流用などがそれである。被告動燃が原子力技術を取
り扱う技術的能力も倫理的誠実さも持ち合わせない集団であることが明確となった
のである。
4 許可は無効であり、もんじゅの運転は許されない。
 本章においては、ナトリウム漏洩事故の問
題点を解明し、被告動燃にもんじゅを安全に設置し、適格に運転する技術的能力が
ないことを指摘するとともに、本件安全審査に明白かつ重大な誤りがあるため無効
であることを論ずる。
 結論的には、本件事故によって本件安全審査は安全確認に重大な過誤があるため
無効であり、被告動燃によるもんじゅの運転は絶対に許されてはならないことを明
らかにする。
二 ナトリウム漏洩火災事故で明らかになったこと
1 火災検知器の発報から漏洩終了まで
(一) 漏洩発生前の状況
 もんじゅでは原子炉等規制法に基づく使用前検査の一環として、電気出力四〇%
でのプラント・トリップ試験(緊急停止試験)を行うため、一九九五年一二月六日
原子炉を起動し、一二月八日午後四時三〇分、発電機を併入(発電を開始)して、
熱出力四五%への出力上昇操作が実施されていた。
(二) 火災検知器発報
 一二月八日午後七時四七分一三秒、原子炉熱出力四三%(電気出力四〇%)で運
転中のもんじゅで突然、「Cループ中間熱交換器二次側出口Na温度高」の警報が
発せられた。続いて四七分一九秒及び四六秒、Cループ二次主冷却系配管室(以下
配管室)の二箇所で煙感知式火災検知器が警報を発した。煙の発生原因としては、
まず、ナトリウムの漏洩が考えられるが、この時点でナトリウム漏洩警報は出てい
ない。警報を発した温度計の指示値は、図六―一―二―二に見られるように、一旦
二〇〇度あたりまで下がったあと、急激に上昇して振り切れるという異常な挙動を
示していた。これに対し当直長がどのような指示を出し運転員がどのように振舞っ
たか、被告動燃及び被告国のいずれの報告書にも触れられていない。
(三) ナトリウム漏洩警報
 火災検知器警報から一分以上後の午後芯時四八分二五秒及び五五秒、「Cループ
二次主冷却系Na漏洩」警報が、配管室Cの二箇所で発報している。ナトリウム漏
洩の事態がこの時からはっきりしたことになる。Na漏洩検出器はLBBの考え方
に基づき、漏洩を微少な段階で発見し、それによって火災にいたる事態を未然に防
ぐ手段であった。当然、火災検知器が警報を発する前にNa漏洩警報の発報がある
ものと期待されていたが、今回の事故では、その期待は裏切られ火災警報が先行し
た。これは火災防止設計の基本に抵触する重大事であるが、この点に注意を払った
報告書はない。
(四) 第一回現場確認
 マニュアル(異常時運転手順書)に従って運
転員二名が現場(配管室C)へ行き、うち一名が扉を少し開けて『煙の発生を確
認』した。
 この表現は被告動燃第一次報告書(四六頁)によるが、科学技術庁第一次報告書
では、『雰囲気がもやっている』という暖昧な表現に変わっている(二―三頁)。
一方、被告動燃から福井県原子力安全対策課に当日午後八時四〇分に入った第一報
は、『現場からは煙が出ている模様』という表現であり、『もやっている』ではな
かった(高速増殖炉もんじゅの二次系ナトリウム漏洩事故について)平成七年一二
月二五日原子力安全対策課記者発表七―一一八)。煙の発生が認められた場合、手
順書は原子炉手動トリップの操作をすることを求めている。後に言い替えられた暖
昧な表現は、右記録をつきあわせてみると、原子炉トリップ不履行に対する手順書
違反の追求を逃れるための虚言の疑いを拭いされない。
(五) 誤った通常停止操作
 当直長はCループ二次冷却系の蒸発器及びオーバーフロータンクのNa液位に変
化が見られなかったところから、ナトリウムの漏洩規模は小さいと判断、小規模漏
洩時の手順書に従い、通常停止の操作に入ることを決めた。しかし手順書に定めら
れているプラント第一課長へ連絡し、通常停止の了解を取るための時間に要した結
果、午後八時〇分に通常停止の操作をすることになった。
 通常停止とは一時間あたり一五度ずつ温度を下げていく極めてゆっくりした停止
モードである。自動車に例えればそれまで踏んでいたアクセルから足を離した程度
の意味しか認められず、通常停止とは言ってもそれは運転の継続と殆ど変わること
がなく、冷却系のポンプは停止操作以前と全く同じように回し続けなければならな
いためナトリウムの漏洩量に変化はない。
 結局、通常停止の選択は、緊急に追られている漏洩防止対策を放棄したことを意
味し、右対策がとられたのは通常停止操作から一時間二〇分後の原子炉停止後のこ
とである。
(六) 大幅に遅れた原子炉トリップ
 午後八時五〇分、二回目の現場確認が行われた。第一回の確認から実に一時間を
経過しての現場確認であった。
 確認は、被告動燃第一次報告書(四七頁)の表現では「配管室の扉を少し開け白
煙の増加を確認」とあり、科学技術庁第一次報告書(二―二九頁)では「配管室の
扉をゆるめたところ白煙が扉の隙間から出てきた」とされており、両報告書のニュ
アンスは若干異なっている。その頃までに火災検知器の発
報が相次いだこともあって、当直長、プラント第一課長、炉主任技術者の三者で火
災が拡大していると判断を下し、午後九時一〇分原価子炉手動トリップを決定し
た。しかし原子炉トリップ操作前にタービントリップを先行させたため、実際のト
リップ操作は決定から一〇分後の午後九時二〇分に実施された。このようにして事
故発生から一時間三三分後にようやく原子炉が停止されたのである。
(七) ナトリウム緊急ドレン
 ナトリウム漏洩を停止させるためには、原子炉トリップ後、早急に冷却材主循環
ポンプの低流量駆動用ポニーモーターを停止させ、引き続いて漏洩ループ内のナト
リウムを緊急にドレンすることが必要である。しかし、今回ポニーモーターは原子
炉トリップ後も一時間三四分遅れて開始された。またCループにナトリウムを補給
し続けていたオーバーフロータンク汲み上げも、原子炉トリップ後一時間二六分た
ってから停止された。その間漏洩ループ内のナトリウムは補給され続け、ポンプは
漏洩を加速し、緊急ドレンの遅れによりナトリウム漏洩とその火災はさらに長引く
こととなった。
(八) 空調設備の運転
 ナトリウムが漏洩燃焼した配管室Cの換気空調系は、午後一一時一三分、ナトリ
ウムドレンに伴う「蒸気発生器液位低低」信号の発報によって自動的に停止するま
で動かされ続けてきた。このように換気空調系が事故発生の三時間二六分後まで運
転されていたことによって火災の拡大、長期化をもたらしたと考えられ、空調ダク
トの溶融破損という事態も重なって、後述のとおり酸化ナトリウムなど燃焼生成物
が原子炉補助建屋内及び屋外に拡散する事態に至った。
(九) 火災事故
 二次系主冷却系配管室から漏洩したナトリウムは約七五〇キログラムと言われて
いる。漏洩したナトリウムは直ちに白煙を上げながら高温で炎上して配管の直下に
あった空調ダクトに直径一メートルの穴、グレーチング(工事用足場の金網)に直
径三〇センチメートルの穴をそれぞれあけたうえ、床ライナーを溶融変形させた。
また、ナトリウムの燃焼でできた酸化ナトリウム化合物が、運転を続けていた空調
ダクトを通じて補助建屋の延床面積の二〇パーセント以上にあたる五,五八〇平方
メートルに拡散し、機器、盤類、ケーブルなどに付着しただけでなく、前述のとお
り空調ダクトを通じて屋外にも拡散した。このナトリウム化合物はやがて空気中の
水分を吸収して苛性ソーダとなり金属
類を腐食させ種々のトラブルや事故の原因となる可能性を秘めている。
2 ビデオ隠しと虚偽報告
(一) 通報の遅れ
 本件事故は一二月八日午後七時四七分に発生したが、被告動燃から福井県への連
絡は午後八時三五分、敦賀市へは午後八時四八分と、いずれも事故発生から一時間
余り遅れている。
 原子炉設置者が行う事故後の関係自治体への通報連絡は、事故発生時に自治体が
住民の安全を図るための措置を講ずるために迅速になされる必要があり、これが守
られていないばかりか、後述のとおり虚偽報告をするに至っては原子炉設置者とし
ての適性を疑われる重大な問題である。
(二) 事故隠し
(1) ビデオ隠しの事実経過
 本件事故直後、事故現場を撮影したビデオは一二月九日午前二時に撮影されたも
の一本と同日午後四時のもの二本の合計三本が存在したが、被告動燃はこのうち一
本を事故を過小なものに見せかけるため編集を行なって公表し、オリジナルテープ
の存在を隠匿した。しかし、福井県やマスコミによる追求によって被告動燃は右テ
ープ三本の存在を明らかにせざるを得なくなった。
右ビデオ隠しの事実経過の概要をまとめると次の通りとなる。
① 一月八日午後七時四七分
 本件事故発生。
② 一二月九日午前二時五分
 作業員五名が配管室に入室、環境調査を行うとともに一〇分間のビデオ撮影及び
写真撮影を行った。
 所長の部屋でビデオを再生したうえ、三本のビデオテープにダビングし本社と所
内に一本ずつ置き、一本は消去した。事故直後の一二月九日午前二時の段階で撮影
されたこのビデオは一二月二二日まで存在が隠され続けた。
③ 一二月九日午前一二時
 もんじゅ建設所次長が被告動燃本社、科技庁に「午前一〇時に配管室へ入室し
た」と虚偽の報告をし、記者会見もした。その時、ビデオは撮っていないと記者に
明言している。
④ 一二月九日午後四時
 もんじゅに出張中の本社主幹が午前二時のビデオを被告動燃本社に持ち帰った。
このビデオは被告動燃本社で再生されていたが、一般に対しては一二月二二日に発
覚するまで秘匿していた。
⑤ 一二月九日午後四時一〇分
 九名の作業員が配管室に入室、ここで四分と一一分の二本のビデオ撮影がなされ
た。
⑥ 一二月九日午後四時三〇分
 右ビデオを所長、副所長の前で再生した。その場で一一分のビデオを一分間のビ
デオに編集することが指示され、漏洩箇所の温度計や大きく穴が開いた空調ダクト
など生々
しい映像部分がカットされた一分間ビデオが作られ、科技庁運転管理専門官(運専
管)、福井県担当者に見せて報告し同時に、記者にも発表された。しかし運専官や
福井県担当者からもっと長いオリジナルテープがあるのではないかと追求さ拠れ、
同日午後七時すぎ一一分ビデオを四分間のものに編集して、これが全てであると嘘
をついて、オリジナルテープの存在をあくまでも隠し通した。
 被告動燃が右一一分と四分のビデオ二本が存在し、ビデオ隠しをしていた事実を
認めたのは二一月二〇日になってからのことである。
(2) 虚偽報告
 被告動燃は一二月一九日原子炉等規制法六七条に基づいて科技庁長官に右事故を
報告するにあたり、配管室への初期入域調査が一二月九日午前二時であるにも拘ら
ず右事実をことさら秘匿したうえ、同日午前一〇時に行ったと明らかに虚偽の事実
を報告した。火災直後のビデオを隠し、オリジナルテープから事故を過小なものに
仮装するためダビングテープの編集を行なうなど一連の「事故隠し」の経緯から見
ると、右虚偽報告は個人的な些細なミスではなく、被告動燃の組織的な行為である
と認められる。
3 床ライナ等の損傷―事故が明らかにしたこと
 本件事故は、二次主冷却系配管に取り付けられた温度計のさや管が折損し、右配
管内のナトリウムがさや管を伝わって配管外に約七五〇キログラム漏洩したもので
ある。
 漏洩したナトリウムは、漏洩と同時に白煙を上げながら高温で炎上し、落下して
次のとおり各設備機器を損傷した。
(一) 空調ダクト、グレーチング二次冷却系配管の直下に通っていた空調ダクト
はナトリウム火災によって損傷し直径一メートルの大きな穴が空いた。
 また、同配管の真下にグレーチング(工事用足場の金鋼)が通っていたが、グレ
ーチングにも直径三〇センチメートルも穴が空いた。
 これらは、本件の事故以前には、設置許可申請書及び安全審査書において全く予
想すらされていなかった損傷であり、ナトリウムが果たして、いかなる温度で燃焼
したかが大きな問題となった。
 被告動燃は、動燃第四報(乙イ第九号証)において、グレーチングについては加
熱温度は一、〇〇〇~一、〇五〇度と推定し、空調ダクトの加熱温度は八〇〇度以
下と推定している。
 これに対し、金属材料研究所はグレーチングの欠損部の調査で最高温度を一、〇
五〇度と推定したデータを発表し、被告動燃の報告と開きを見せている。被告動
燃の報告はグレーチング欠損部に着目するものではなく、残留したグレーチング片
を重視するものである。しかし、残留したグレーチング片の金属組織形態から評価
される温度は、あくまで残留したその部分の温度である。グレーチングの最高温度
点は残留部にではなく、損傷中央部の溶けて無くなった部分にあったと考えるのが
自然である。したがって欠損した部分の温度も八五〇~一、一五〇度であったとす
る議論は相当ではなく、到達最高温度は一、一五〇度以上あったということしか言
えないはずである。いずれにしても被告動燃の言う「一、〇〇〇~一、〇五〇度」
あるいは金属材料技術研究所のいう「一、〇五〇~一、一五〇度」という温度は、
「再現実験」でのグレーチング部の測定値と比べてかなり高いものになっている。
 かかる温度がどのように推定されるかという問題は、床ライナ、コンタリート、
リッドが、如何なる温度にさらされたという問題に大きく影響するものである。
(二) 床ライナ
 床ライナは厚さ六ミリメートルの鋼板でありナトリウム漏洩にナトリウムとコン
クリートとの接触を防止するために設けられた設備である。しかももんじゅの三次
系においては、ナトリウム漏洩時の事故の拡大を防止する設備としては、これが唯
一のものである。本件事故時、漏洩のあった温度計真下の床ライナには穴が空くと
いう最悪の事態こそ回避されたものの、床ライナに波打つように大きく変形し、コ
ンクリート壁との隙間の覆いとして取り付けられたリッドを持ち上げ破損させた。
床ライナは局所的に〇、五~一、五ミリメートルの板厚減少(乙イ第九号証、動燃
第四報四―八)が観察されており、まさに首の皮一枚のところで事故の拡大がさけ
ら肌たと言える。したがって、事故調査にあっては、火災現場の具体的調査を床ラ
イナだけに「ナトリウムとコンクリートとの接触を防止する」機能を期待する、現
在の設計に関わる考え方にまでさかのぼった検討に役立てようとする姿勢こそが必
要であるが、推積したナトリウム化合物のまともな調査は遂に行われなかった。即
ち、床ライナ上に推積したナトリウム化合物は重量にして約三〇〇キログラムもあ
ったとされているが、そこから直接採取された分析用試料はわずか三個しかなく、
しかも三個の試料は元々推積物の除去作業方針を立案する為に採取させたものであ
って、影響調査を目的として採取されたものではない。被告動燃第四
報にはこれら以外に四個の試料を分析した結果が報告されているが、それらは「床
推積物回収後のドラム缶、ペール缶より試料をサンプリング」したものすぎず、
(動燃第四報四―八七)採取位置が全く確定されていない。
 そのため、床ライナに直に接していた化合物についての情報が全く得られないま
まになっており、床ライナの減肉調査にとって致命的な損失を与えている。
 被告動燃は、遠方部の床ライナから切り取った試料を利用して「熱履歴試験」を
行い、「漏洩近傍の床ライナ金属組織と比較し」金属組織形態の類似性から床ライ
ナの最高到達温度は六五〇~七〇〇度より若干低めの値となっているだけでなく、
右推定には重大な疑問がある。
 例えば被告動燃の言う「最高到達温度」を指しているのか、あるいは再現実験で
も測定されたような瞬間的な温度変化も考慮にいれたものであるかは不明である。
組織比較のための「熱履歴試験」が等温加熱試験であるところがらすれば、そこか
ら求められるのは平均的な温度であると考えられる。
 また、床ライナの金属組織は一例しか示されていない。そして比較に用いる「熱
履歴試験」の組織についても数例が示されるに止まっており、その加熱条件も温度
以外は明らかにされていない。被告動燃による「推定」の妥当性を確認するには金
属組織調査の全体についての試料が示されるべきである。(検討結果報告書第三回
六八、六九頁)
(三) リッド
 リッドは、厚さ二ミリメートルの鋼板であり、床ライナとコンクリート壁との隙
間を覆いナトリウムとコンクリートとの接触を防止するために取り付けられた設備
である。
 本件事故で後述のコンクリート壁が黒く変色した部分に近いリツドの接合部は、
リツド接合カバーの左但が浮き上がり、カバーとリツド接合用ビス三本が外れてお
り、カバーはリッドに対し三〇センチメートル浮き上がっていた。
リッド下面には、補強板が取り付けられているが、補強板は床ライナ立ち上がり部
と接触しており、リッド及びカバーの浮き上がりは床ライナ立ち上がり部が、補強
板を強く押し上げた結果と考えられる。被告動燃はリツドの到達温度六〇〇度以下
と推定している。
(四) コンクリート
 壁本件事故の発生箇所は、一次系と壁一枚で接する原子炉補助建屋の壁コンクリ
ート壁に近接し、コンクリート壁には大きく深さ一ミリメートルの黒灰色への変色
がみられた。
 そもそも、コンクリートはセメン
ト、石、水の混合物であり、ナトリウムは水や酸素と激しく反応する。そのために
高速増殖炉の設計にあたってはナトリウムがコンクリートと反応しないようにする
ことが基本原則であったが、これがもろくも崩壊したのである。即ち、コンクリー
ト変色部のナトリウム化合物の含有量は、該当部の深さ一センチメートルまでの試
料において高い数値を示している。(動燃第四報四―一三)のであって、右事実か
らナトリウムが直接コンクリートと接触した事が明白だからである。
 高速増殖炉で先行するスーパーフェニックスでは壁のコンクリートをナトリウム
から保護するため、床だけではなく壁にも鉄製ライナが施されたのであるが、被告
動燃は右事実を知りながら、右対策を講ずることなく本件事故を招いたのである。
そのうえ度重なる指摘にも拘わらず、被告動燃は右対策を講ずることがないまま現
在に至っている。
 また、被告動燃第四報は、コンクリート壁、コンフリー下床及びリツド下のコン
クリート壁の受熱温度をそれぞれ四〇〇度、五一〇度、五七〇度と推定している。
(四―一三)
 ナトリウムとコンクリートの反応に関しては、米国のサンディア研究所などで大
がかりに実験がなされ、温度が四〇〇~五〇〇度以上になると爆発的な反応が発生
することが判明されている。今回のコンクリート床の推定温度は五一〇度で破局的
な反応が始まる温度であり、さらにリッド下コンクリート壁ではその推定温度は五
七〇度で既に破局的反応が始まる温度領域に入っていた。もしリッドやライナに破
損が起きていればこれらのコンクリートはナトリウムと一気に反応をおこした可能
性が強い(検討結果報告書、第三回)。
 再現実験でその度に状況が変わったように、事故時の状況はほんのわずかのこと
で著しく変わってくるのであって、本件事故においても条件次第でナトリウムとコ
ンクリートの反応が第二段階に進み、一気に制御できない状況になるおそれは十分
にあったのであり、本件事故の結果を軽視することはできない。
(五) ナトリウム化合物
 本件事故ではナトリウム漏洩を知りながら、原子炉停止と二次系ナトリウムの緊
急ドレンを長時間にわたって遅らせた。更に、空調設備の運転を停止させなかった
ために火災の拡大とナトリウムエアロゾルによる汚染を拡大してしまった。ナトリ
ウムエアロゾルによる汚染範囲は漏洩したC系列だけでなく、B系列や共通領域ま
でに及び、その延
床面積は合計で五五八〇平方メートルにも達している。
 ナトリウムは水に接触すると激しく反応して水素を発生し、また、空気に触れれ
ば、燃焼すると言う性質も有する。その結果、水酸化ナトリウム、酸化ナトリウ
ム、過酸化ナトリウムなどが生成されるが、それらはいずれも激しい腐食性を有す
る。時間の経過とどもに腐食性は低減されるが、電気系統に入ったものは接触不良
をおこすし、水分があれば再び腐食牲を帯びるので、結局、これら化合物を完全に
除去しない限り、システムの安全を保てないことになる。
4 事故の拡大を防止できなかった原因
(一) 本件事故は一九九五年一二月八日午後七時四七分に発生したが、
(1) 原子炉の手動トリップの実施は、事故発生から一時間三三分を経過した午
後九時二〇分であり、
(2) 本件はナトリウム漏洩事故であるから事故発生箇所の配管から緊急にナト
リウムをドレン(抜き取り操作)する必要があったにもかかわらず、これが実施さ
れたのは事故発生から約三時間も経過した後の午後一〇時四六分であり(しかも、
右ドレン操作の完了までに約一時間二〇分を要している)、
(3) 火災の拡大防止に必要不可欠な換気空調システムの停止は、事故発生から
約三時間二六分後に実施されたこと(しかも、右停止操作は運転員の判断によるも
のではなく、右(2)のナトリウムドレンによる「蒸気発生器液位低低信号」の発
報に伴う自動停止である)、などによれば、被告動燃は本件事故の拡大を防止し、
これを終息させるための措置を何ら自覚的には講じなかったものと言わざるをえな
い。
(二) そして右のとおり本件事故の拡大を防止できなかったことは、本件「もん
じゅ」の設計および構造土、
(1) 本件事故の発生を迅速かつ正確に認知する機能がなく、
(2) 本件事故の規模を正確に把握する機能もなく、
(3) 従って、本件事故の拡大を防止するための機能が不備であった、という
「もんじゅ」の根本的な欠陥を露呈させたものである。
 以下、その要点を指摘する。
(三) 本件事故の発生を認知する機能の不備
(1) 火災検知システムの不備
① 本件事故の発生現場である配管室(C)には、煙感知型の火災検知器が設置さ
れており、これはナトリウム漏洩の検出器の機能も有している。この火災検知器の
発報は中央制御室の火災報知器で確認できることとなっているが、この火災報知器
は中央制御室からは二・六メートル
離れた別の場所に設置してあり、運転員はこれに近づいて目視しなければ表示内容
を確認することができない構造となっている。即ち、火災検知器の発報は中央監視
盤の画像表示装置によって即時、一目で認知することはできないのである。
② 右に加え、火災報知盤の音響停止スイッチを入れると火災検知器の発報が停止
し、この停止スイッチが入っている間は新たな発報信号が入っても警報が鳴らない
設計となっていた。
③ このような設計および機能の不備から、本件事故発生後の午後八時三〇分頃か
ら火災検知器が再度発報を始め、午後八時四〇分頃以降には発報箇所が急増したに
もかかわらず、中央制御室内ではこれらを何ら認知できなかったのである。
(2) ナトリウム漏洩検出システムの不備
① 二次主冷却系配管には、配管表面と内装板の空隙部の気体を吸引サンプリング
する方法によるナトリウム漏洩検出器が設備されている。
 警報しか発せられず、中央制御室の中央監視盤で発報した個々の検出器を特定で
きる設計となっている。しかし、右検出器による具体的な計測値は中央制御室で確
認することはできず、中央制御室の外の現場制御盤のチャートで確認しなければな
らない構造となっている(注 本件では原子炉補助建屋五階の、A―五一二室にあ
る現場制御盤まで運転員が出向いて計測値を確認している)。
② このようなナトリウム漏洩検出システムは、ナトリウムの漏洩状況を迅速、正
確、連続的に把握するものとしては極めて不備である。
(3) ナトリウム漏洩検出器の機能上の問題
① 本件ナトリウム漏洩検出器においては、サンプリングノズルから検出器までサ
ンプリングされた気体が移動するのに要する時間およびデータ処理時間のため平均
で約一~二分の検出遅れがありうるとされる(甲イ・二四三・二―一二頁)。この
点、P8証人は漏洩規模が小さい場合には、検出遅れは一時間単位にもなりうると
証言する(第一七回弁論・七二丁表)。
② ナトリウム漏洩検出器がナトリウムの漏洩状況を迅速、正確、連続的に把握す
るための重要な機器であることは前記のとおりである上、漏洩規模(量)の大小に
かかわらずナトリウム漏洩事故は極めて重大な結果をもたらすことが本件事故によ
って明らかになった以上、本件ナトリウム漏洩検出器の右の検出遅れ(タイムラ
グ)は、検出器の機能の不備と言わざるをえない。
(四) 本件事故の規模を把握する機能の不備
(1
) オーバーフロータンクのナトリウム液位計の設計上(機能上)の不備
① ナトリウムドレンのための設備としてオーバーフロータンクがあり、この液位
はナトリウム漏洩の規模(漏洩ナトリウム量)を把握するための指標とされてい
る。本件事故においても運転員は、右の理解に即してオーバーフロータンクのナト
リウム液位計の表示を注視し、これに変化が認められないことから、本件事故によ
るナトリウム漏洩規模は小さいと判断し、その旨の措置を講じたとされる(甲イ二
四三・五頁)。
② しかしながら、そもそもオーバーフロータンクのナトリウム液位計によって漏
洩したナトリウムの量を詳細にわたり測定しようとする設計思想自体に疑問があ
る。なぜならオーバーフロータンクの設備の規模からして、さほど容易に詳細な測
定が可能とは思われないからである。現に本件のオーバーフロータンクナトリウム
液位計は、チャート一目盛りがナトリウム量に換算して〇・七~〇・八トンと感度
カ低く(注 本件事故による漏洩ナトリウム量は約〇・七トンと推測されてい
る)、しかも液位計自体に約三%の誤差がふくまれているのである。
③ ナトリウム漏洩事故の拡大防止策を講じるために、漏洩ナトリウム量を正確に
把握する必要があることはいうまでもない。そのために例えばオーバーフロータン
クの構造をナトリウム液位の変化がより詳細に計測できるよう、使用範囲部分の径
を細くし、波立ち防止対策を施した構造にすることなどが必要だったのである。ま
た仮にそのような構造が困難であれば、全く別の漏洩ナトリウム量の計測設備を設
おるべきである。
④ いずれにせよ現実のオーバーフロータンクのナトリウム液位計は前記のとおり
低感度のものであり、運転員はこれに依存して本件事故を小規模なものと判断し、
原子炉のトリップ操作もせず漫然と事故を拡大させたものである。この原因と責任
は第一に右ナトリウム液位計の設計上(機能上)の不備求められるべきである。
(五) 本件事故の拡大防止のための設計上の不備等
(1) 緊急ドレン機能の不備
① 本件事故を認知した後、直ちにナトリウムの緊急下レシを実施すれば(少なく
とも事故発生から二〇分後にドレンを実行すれば)、ナトリウム漏洩量は三分の一
以下に止まったと評価されている(甲イ三〇一号証二三頁)。右評価によれば、本
件事故による重大な結果の発生は、ナトリウムの緊急ドレンの遅れが一因となった
と理解される。
② 本件でナトりウムの緊急ドレンが遅れた原因は、後述の「異常時運転手順書」
の各記載内容の不備も一因だが、設計上の問題としては次の点が留意されるべきで
ある。
 ナトリウムの緊急ドレンは、定格運転温度(本件事故発生当時は中間熱交換器出
口で約四八〇度)の二次系ナトリウムを直ちに低温度(定格運転時に二三〇度、あ
るいは予熱温度二〇〇度)のドレン関連機器(オーバーフロータンク、ダンプタン
ク、ドレン配管その他の機器)に移送するものであり、その際には右の温度差に伴
う熱衝撃によるドレン関連機器の健全性が問題となる。
 そして本件事故において運転員は、右の認識に基づき本件「もんじゅ」の「設備
別運転要領書」に従って、ナトリウム温度が四〇〇度に低下するのを待ってドレン
を実施したとされている(注 本件事故発生から約三時間も経過した午後一〇時四
六分ころからドレン開始)。
 なおドレン関連機器の熱衝撃への耐用性について、本件設備はその供用期間を通
じて約一〇回の緊急ドレン(=温度低下を待たないドレンの実施)の範囲内で健全
性を確保できるだけであることが判明している。(甲イ三〇一号証二三頁、参―一
三頁)。
③ 以上によれば、本件のナトリウム漏洩事故においては、ナトリウムの緊急ドレ
ンが事故拡大の防止策として有効ではあるが、この防止策の実施は本件設備の健全
性の確保との関係で限界があり(右により約一〇回)、本件事故ではこれを実施し
なかったこと、換言すれば本件事故の規模では、事故の拡大防止に有効なナトリウ
ムの緊急ドレンを実施することができなかったことが明らかとなったのである。そ
して、本件事故において緊急ドレンが実施できなかったことは、右のとおり関連機
器の耐用性の欠如によるものだから、これは緊急ドレンの機能ないし設備の不備で
ある。
(2) 換気空調システムの停止の遅れ
① 二次系でのナトリウム漏洩事故の場合、ナトリウム火災の拡大防止および火災
によって生じるナトリウム・エアロゾルの環境等への拡散を防止するため換気空調
システムの早期停止が必要である。
② この点、本件許可申請書の添付書類(乙イ第六号証、甲イ第四二〇号証、一〇
―三―三四)には、「火災検知器の信号で空調ダクトを全閉とする」とされている
にもかかわらず、本件事故においては実施されず、ナトリウムドレン操作による
「蒸気発生器液位低低信号」に基づく気空調システム
の自動停止(同日午後一一時二一分五三秒)まで換気が継続された。これにより、
本件事故による火災は長時間継続し、周辺環境にナトリウム・エアロゾルを放散し
たのみならず、排気設備と吸気設備の位置関係から一旦排気されたナトリウム・エ
アロゾルが再度吸気され、本件施設内にも広範囲にナトリウム・エアロゾルが拡散
することとなった。
③ 換気空調システムの停止が右のとおり遅れた原因の一は、後述の「異常時運転
手順書」の記載の不備にある。
 即ち、右「手順書」の「フローチャート」(注 「異常時運転手順順書」の種別
と、その内容の問題点は後述のとおり)では、原子炉停止操作の後、換気空調シス
テムの停止操作は緊急ドレン操作と並行して行うべきものと記載されているが、右
「手順書」の「細目」には右停止操作を緊急ドレン操作の後に行うべきものと記載
されている。そして運転員は右「細目」に従って運転操作したことにより換気空調
システムの停止の遅れが生じたとされる。
④ 換気空調システムの停止の遅れが右のとおり「手順書」の不備にあるとして
も、ナトリウム漏洩事故の拡大防止策として右停止操作の早期実施は前記のとおり
本来的に必要不可欠のものであり、これを運転員が理解していなかったこと自体、
被告動燃の責任がある。
(3) 「異常時運転手順書」の問題―原子炉のトリップの遅れ
① 本件事故を想定して、被告動燃は二次主冷却系のナトリウム漏洩に関して「異
常時運転手順書」(以下、「手順書」という)を作成している。
 しかしながら、「手順書」の内容が本件事故への対処にあたり甚だ混乱と不明確
の原因となったことは周知のとおりである。
② 即ち、
 第一に、「手順書」は一のものではなく、「概要」と「フローチャート」を「細
目」の三つの種類があり、その内のどれを手順の基本とするのか明らかではなかっ
たこと。
 第二に、本件事故においては火災検知器とナトリウム漏洩検出器の発報があった
がオーバーフロータンクナトリウム液位計に変化がなく、かつ事故発生現場付近で
炎が見えないことから運転員は小規模のナトリウム漏洩と判断したこと。
 第三に、火災検知器の発報について「手順書」の、
(イ) 「フローチャート」では、これを原子炉の手動トリップ(停止)の事由と
していたが、
(ロ) 「概要」および「細目」ではこの点について全く記載がなく、
(ハ) 右(1)と(2)について、運転員も責任者(当
直長)も認識がなく、従って「細目」に従って運転していた運転員は原子炉の手動
トリップを全く考慮しなかったことが明らかである。
③ 要するに、本件事故の拡大防止について被告動燃は人的対応態勢(運転手順の
周知方)も全く欠落させていたのである。
(四) まとめ
 本件は約〇・七トンのナトリウム漏洩事故とされる。この規模のナトリウム漏洩
に対して被告らが予定していた(はずの)事故拡大防止対策が有効、適切なもので
あったか否かにつき、被告らはこれを積極的に論証することができない。
 他方、被告らは本件許可申請書では、一五〇トンのナトリウム漏洩を想定し、そ
の場合でも本件原子炉の健全性は確保されるから本件事故は許可申請書が想定した
範囲内である(「大事故は小事故を兼ねる」との論理か?)と強弁するようであ
る。
 しかし、本件事故において以上のようにその拡大防止ができなかったこと、さら
に本件事故の規模においても本件許可申請書の想定事象を超える事象が現に生じた
こと(床ライナーの温度上昇など)について、被告らは何ら合理的な説明をするこ
とができないのである。
 以上の厳然たる事実によれば、ナトリウム漏洩事故はその規模の大小に関わらず
本件許可処分が机上(計算上)で想定した態様および規模とは全く異なる挙動を示
すものであり、従って右許可処分そしてこれに基づく被告動燃による「もんじゅ」
の運転は何ら原告らの安全を確保するものではないことが明らかである。
5 温度計の設計ミスは見逃された
(一) 温度計の構造
 本件破損した温度計の構造は、甲イ第三〇一号証参考に付された参―2図に記載
された2次系の温度計の図のとおりであった。この温度計の際立りった特徴は、そ
の根本の部分が段付き構造となりていることと、細管部が、長く配管内に突き出し
ていることにある。
 この段付き部の曲率は、設計時には指定されておらず、曲率半径は加工時に使用
されたバイトの刃先の丸みによって決められることになり、現実に出来上がった物
の曲率は、〇・一ミリメートルであった。
(二) 温度計さや破損のメカニズム
(1) 科学技術庁平成八年五月二三日付報告書(甲イ第三〇一号証)の記載
 右報告書は、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡(SEM)による破断面観察の結果
として、温度計さやが破損した原因について、対称渦放出を伴う抗力方向の流力振
動による高サイクル疲労により破損したとした。
 また、SEMによる観察によって、最初に少なくとも一五個にき裂の進展が早ま
ったとされ、運転履歴に基づくき裂進展解析により、初期の一〇〇パーセント流量
運転で最終破断に至ったとされた。このき裂は、同報告書添付の図面(参―3)に
よれば、一九九五年四月以前には細管の内径に達し、その全周の半分以上にき裂が
及んでいたことが窺われる。
(三) 破損の原因(設計ミス)
(1) 甲イ第三〇一号証の報告書は、この破損が、ナトリウムの流れに伴う温度
計さやの振動に起因し、曲率半径の小さい断付部での応力集中から高サイクル疲労
によってき裂が発生したと結論付けている。
 そもそも、このような断付き構造部分に応力が集中することは、機械工単の常識
に属する事柄である。だから、「応力集中が起こりやすい断付き部に曲率を取ると
いうことは、機械設計の基本的配慮事項である。たとえ何らかの基準によって振動
が生じないと判断されても、応力が集中しやすい断付き部に曲率を取らない構造を
是認することにはならないし、理由のいかんにかかわらず、機械設計の基本的な配
慮事項に欠けた設計が製造者の公式な設計となったことは重視すべき問題である。
 これらのことから、温度計さやは明らかに設計ミスであったと言わざるをえな
い。」
 (乙イ第一二号証一二ページ平成八年九月一九日付原子力安全委員会原子炉安全
専門審査会研究開発用炉部会高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏洩ワーキンググ
ループ報告書)のである。
(2) 甲イ第三〇一号証(一四ページ)によれば、以下のとおりとされている。
 「ナトリウムの流れに関して、メーカーはカルマン渦の影響を受けないことの解
析を、米国機械学会(ASME)の基準(1974年制定の基準:ASME―PT
C 19・3)を参考にして行つたとしている。」
 カルマン渦の振動数と温度計の固有振動数を解析した上、「メーカは、ASME
の基準では振動発生防止のためには渦の振動数と温度計の固有振動数の比が〇・八
位下であることとされており、一方、解析で得た渦の振動数と温度計の固有振動数
との比が〇・五であることから、この温度計では流体に起因する振動は生じないも
のと評価した。」
 「温度計の設計評価においてメーカーが参考にしたとするASMEの基準は、テ
ーパ状(段差がつくことなく徐々に細くなっている形状)の温度計さやについての
評価法を定めたものであり、振動発生防止のために
定められた上記〇・八という値も、テーパ状の形状のものについて与えられている
ものであった。従って、ASMEの記載を正確に理解せず、段付き構造であるもの
にこの数値をそのまま適用するという判断にはミスがあった。」
 「このASMEの基準は、PTC(性能試験規約)のうち、温度計測についての
基準であるが、一方一九九一年に、PTCとは別のBoier&Pressure
 VesselCode SEC―・、Div.Appendix N1300
(ボイラー及び圧力容器規格のうちの第三編である原子カプラント機器の構造に関
する規格の付録)に、円管や管群の流力振動に関してその可能性と回避あるいは抑
止についての条件が、ASME同基準では、流れから円管に働く力のうち、197
4年のPTC19・3で回避の条件が定められていた流れの方向に対して垂直方向
に働く力によって揚力方向に生じる振動のほかに、今回の破損の原因と考えられる
流れの方向に作用する力(抗力方向)による振動の回避の条件が示されている。
 メーカーは、社内にASMEの基準を入手、管理する部局を持ち、この資料を入
手していたものの、抗力方向の振動の記載があることを、温度計設定の関係者が認
識したのは、漏洩事故後の調査においてであった。」
を、そのままこの段付き構造の温度計ウェルに適用して、その基準に合致するから
良しとの結論を導いた。メーカーには、段付き部を設けてはならないという機械設
計における基本的な常識も、このASME基準に対する理解も欠けていたのであ
る。
 一方、被告動燃は、温度計の応答時間についてはメーカーに仕様を示し、熱応力
を緩和する観点から、温度計さやの配管への直接溶接方式についてコメントを出し
たものの(これを受けて、メーカーは、管台方式に変更している)、流動振動につ
いての配慮が欠けていた。そもそも被告動燃には、段付き構造の可否やASME基
準の適用の可否を判断するだけの機械工学の専門家がいなかった可能性すらある。
 被告動燃に、仮に機械工学の専門家がいたとしても、この温度計設計の可否につ
いての判断に関与していなかったか、あるいは関与したものの、安易にその問題点
を見過ごしたことは明らかである。いずれにせよ被告動燃には、これをチェックす
るだけの能力が全く備わっていなかった。
(3) 固有振動数の推定について見ても、同報告書によれば、設計時の評価で
は、主に温
度計さや細管部が振動する二次モードについて二三〇ヘルツ、温度計全体が振動す
る一次モードでは二〇〇ヘルツと評価されていたが、今回の解析では、温度計さや
細管部が振動する二次モードについて二六〇ヘルツ、温度計全体が振動する一次モ
ードでは一六五ヘルツとされた。当初の評価は、著しく誤っていたということにな
らざるをえない。しかも、この固有振動数の評価も、メーカーが行ったとされてい
るのみで、被告動燃が行なった様子は窺えない。固有振動数を、被告動燃自身が再
評価してチェックするということもなかったのか、あるいは安易にメーカーの評価
を鵜呑みにしたのかであり、いずれにせよ被告動燃の能力の欠如が窺われる。
(四) 設計全体の信頼性の欠如
 「もんじゅ」の設計には、多重的な審査がなさることとなっているはずである。
ところが、この多重的な審査が全く機能せずに、杜撰な評価のままに設計が通り、
事故に至っている。
 この温度計さやの設計では、被告動燃は設計をメーカーに任せ切りで、被告動燃
自身は、前記のとおり、温度計さやを配管に直接溶接することについて設計変更を
求めたことがあったにせよ、ほとんど審査らしい審査をしていなかった。あるい
は、被告動燃には、その審査を行なうだけの組織体制も能力もなかった可能性が高
い。
 もともと、「もんじゅ」の設置者である被告動燃自身が、みずから設置者として
責任をもって設計しなければならないところ、被告動燃自身は単なる設計の審査者
に堕し、その設計のほとんどをメーカーに任せたことに問題があると思われる。し
かも、被告動燃によるメーカーへの審査は、右のとおり杜撰としか言いようのない
ものであった。
 このようなメーカーによる杜撰な設計と被告動燃による杜撰な設計審査とは、他
の設計についても、同様に存在する可能性が否定できない。
 前記ワーキンググループ報告書(乙イ第一二号証一四ページ)も、次のとおり言
う。
 「被告動燃および製造者の品質保証活動の体制は形式的には整っていたが、温度
計の設計ミスが見過ごされていたということから、もんじゅの他の機器について問
題が潜んでいないとは言い切れない。行政庁は安全性総点検によりもんじゅの安全
性を再確認することとしており、品質保証活動を含めた安全性総点検が実施される
ことが必要である。」
 しかし、この安全性確保の体制の中には、本来、科学技術庁や原子力安全委員会
自身も組み込
まれていることを忘れてはならない。これらの多重審査の中で、この基本的な設計
ミスやひいてはワーキンググループが指摘するような被告動燃および製造者の品質
保証活動の体制の問題点は、完全に見過ごされてしまったのである。
 「もんじゅ」の設計には、全体として信頼性が欠如しているのであり、全ての機
器についての安全性の総点検のみならず、安全審査の体制を含めた全てについて、
詳細な再評価が必要なのである。
三 燃焼実験Ⅰ及びⅡで明らかになったこと
1 被告動燃は何故「再現実験」という名の燃焼実験を行ったか。
(一) 被告動燃は、本件ナトリウム漏洩火災事故を追試・模擬することを目的と
して、一九九六年四月八日(第一回)及び同年六月七日(第二回)にナトリウム漏
洩燃焼実験を実施した(動燃第四報・乙イ第九号証添四・一以下)。
 この実験は、巷間、ナトリウム漏洩火災事故の「再現実験」と喧伝されていた。
被告動燃はこの実験で、ナトリウム漏洩火災事故がいつでも「再現」できる程度の
ものに過ぎず、事故の過程を管理・把握できていた(従ってナトリウム漏洩火災事
故は「もんじゅ」の安全性に対する信頼を疑わせるものではない)ことを明らかに
したがったものと推測される。
(二) 本来「再現実験」というのは、推定した事故の経過を実験によって確かめ
る目的で行われる。しかし、現実におきたナトリウム漏洩火災事故の場合は、事故
の経過を推定するのに役立つ大事な証拠資料(特に床ライナ上にこんもりと積み上
がっていたナトリウム化合物の山)が、事故現場の取り片づけを優先して行ったた
めに、十分に保存されていないので、事故経過の推定が困難であり、その為「再現
実験」との触れ込みで始められた実験だが、実は、事故がどのように進み、どのよ
うにして施設や機器が破損していったかを推定するためのものでしかなくなってい
た。
 原告は、「再現実験」のこのような限界を予めかつ再三にわたって指摘してきた
(甲イ第三三〇号証三六頁等)。そして第二回目の「再現実験」については、その
内容を確認するために原告は検証申立を行い、裁判所も強い関心を示した。しか
し、現場が茨城県大洗であって遠いこと、機器の配置などの準備段階から終了後の
現場確認までの全てを検証すると最低三日はかかることから、被告動燃が原告に対
して、実験中にさまざまな角度から撮影したビデオテープの全てを原告に渡し、原
告がそれを裁判
所に証拠として提出することを条件に、原告は検証申立を取り下げた。
2 燃焼実験Ⅱでは床ライナに穴があいた
(一) 第一回(一九九六年四月八日)
 被告動燃は最初に、鋼鉄製の実験装置を使って「燃焼実験1」を実施した(科学
技術庁第二報・乙イ二二号証二四~二五頁)。実験装置の中で、二次主冷却系の配
管に見立てた配管から高温のナトリウムが、ナトリウム漏洩火災事故時と同じよう
な状態で、漏れて燃えながら落下するようにし、ナトリウム漏洩火災事故と同様に
約三時間続ける予定だったが、実験開始後約一時間三〇分程度で、生成したナトリ
ウムエアロゾルによって換気系が目詰まりして使えなくなったため、実験を中止し
た。
 しかし、それまでの実験装置内の様子は、ナトリウム漏洩火災事故の現場のそれ
に近いものと思われたため、科学技術庁の「タスクフォース」は実験を「成功」と
判断し、予定されていた二回目の実験で、「再現実験」を終わると発表していた。
(二) 第二回(一九九六年六月七日)
 二回目の「燃焼実験Ⅱ」は、コンクリート製の実験装置(一七〇立方メートル)
内で、「燃焼実験1」の場合と同様に、ナトリウム漏洩火災事故時と同じような状
態でナトリウムを漏らし、燃焼させた。燃焼実験Ⅰのような不具合は起こらず、予
定通り、約三時間半実験を続けて終了した。
 しかし、実験終了前後に、装置内では全く予想外の出来事が起こっていたのであ
る。まず実験装置の下部では結露水とナトリウムを含んだ黒い滴下物が認められ、
床ライナを模擬した鉄板の五カ所に大小の穴(最大約二八センチメートル×約二二
センチメートル、最小直径約一・五センチメートル)があいていた。その上に、実
験中もとり続けていたビデオに、それらの穴に落下したナトリウムが、むき出しに
なったコンクリート床と反応し、発生した水素が爆発的に激しく燃え上がる様子が
はっきりと記録されていた(検甲「ナトリウム漏洩燃焼実験Ⅱ」)。ナトリウムが
漏洩した場合に予想される最悪の事故とされるナトリウム・コンクリート反応が起
こり、発生した水素の爆発乃至爆燃が起きたのである(甲第三〇四号証)。
(三) 動燃の意図と大きく反した「床ライナの穴あき」
 燃焼実験Ⅱの結果は、動燃及び科学技術庁の意図と全く相反するものであった。
原告は燃焼実験は「再現実験」にはならないと主張し実験を疑問視してきたが、現
実に発生する事故は、事故時の条件や
事故原因及び事故齢経過によって千差万別であり、予想の範囲内には決して収まる
ものではないことを明らかにした点で、「燃焼実験Ⅱ」には大きな意味があった。
すなわち、燃焼実験の意義は、逆説的だが高速増殖炉における事故予測が困難乃至
不可能であること、従って高速増殖炉では何が起こるかわからず危険であることを
社会的に周知させた点にある。
四 「新たに判明した知見」―高温腐食の危険性
1 床ライナの役割―危険なナトリウム・コンクリート反応の防止
(一) もんじゅにおいては、ナトリウム配管室や機器室の部屋の床面に鋼製ライ
ナが施工されており、それによって「ナトリウム漏洩に対しても床コンクリートと
ナトリウムの接触を防止している」とされている。
 コンクリートとナトリウムの接触を防止しなければならない理由は、ナトリウム
がコンクリートと触れると激しい反応を起こし、コンクリートを破壊すると共に、
爆発しやすくて危険な水素を発生することにある。コンクリートは固く乾いている
ようでもその五〇%以上は水であり、しかもコンクリートを加熱すると一〇〇℃前
後から自由水が外部に出てくるようになり、二六〇℃からは結晶水(結合水)の脱
水が始まって、コンクリートからは大量の水が出てくる。特に温度が五〇〇℃を越
えると水酸化カルシウムの脱水分解が始まり、コンクリートの強度は急激に低下す
る。ナトリウムは空気中に出てきた水蒸気とも反応し、又、コンクリートの内部に
入って内部の水とも激しく反応する。コンクリート内で発生した水素は逃げ場がな
いために、内部に大きな応力を生む。応力が限界を越えるとコンクリートは激しく
砕け、その破片はミサイルのように四方に飛び散る。それと同時に未燃焼のナトリ
ウムも四方に飛び散り、新たな火の手が上がることになる。そのすさまじさは「一
旦始まると人為的にコントロール出来なかった」(動燃技報一九八三年、甲イ第二
七八号証)とされている程である。又、コンクリートの塊の上に鋼鉄製の衝立(肉
厚五ミリメートル)をおいてその中でナトリウムをプール燃焼させた実験では鋼鉄
製衝立は完全に破壊され、燃焼ナトリウム温度がある一定の温度以上になると加熱
しなくてもナトリウムコンクリート反応は自己触媒的に持続してコンクリート塊が
破壊されることも判明している(甲イ第三五〇号証)。
(二) 原子炉格納容器も配管室の仕切り壁もコンクリート製であるので、ナ
トリウムが配管等から漏洩した発生した場合、そのナトリウムがコンクリートと接
触することは絶対に避けなくてはならない。そのために、動燃は、一次冷却系では
床のみならず壁も天井も鋼製ライナを張り巡らし、ナトリウムの燃焼を抑える窒素
雰囲気としたが、二次冷却系では、「ナトリウムは放射化されていない」としてナ
トリウム燃焼の危険性を軽視し、床にライナを張るだけで壁と天井はコンクリート
のままとし、燃焼を抑制する窒素雰囲気とはしなかった。
2 五七〇℃でも鉄が溶ける-溶融塩腐食のメカニズム
(一) 鉄そのものの融点は約一五〇〇℃であるから、それよりも温度が低ければ
固体のままである。しかし、高温で燃焼しているナトリウムと接触すると、酸素の
存在下では、鉄は約一五〇〇℃よりもずっと低い温度で溶けてしまう。ナトリウム
漏洩火災事故で六ミリメートルの鋼製床ライナが一・五ミリメートル減肉し、燃焼
実験Ⅱで大小五カ所の貫通孔が生じたのは、このような「鉄とナトリウムと酸素が
高温下で共存した場合に、鉄が腐食して溶融する」現象が発生したためである。鉄
が純粋のナトリウム(金属ナトリウム)と接触しただけで酸素が存在しない場合に
はほとんど溶けないのと比較して、極めて重要な特筆すべき性質だと言える。
(二) ところで、例えば氷の上に食塩を撒くと氷が溶けるのは、水(融点〇℃)
と食塩を混ぜたものの融点は水の融点よりも低くなるからであると説明されてい
る。鉄の酸化物とナトリウムの酸化物が混合して、融点がそれぞれの融点よりもず
っと低くなることについて、P12証人は、「(通常は、それぞれ単体だと融点が
高いけれども、混合して来ると、どこか非常に極端に低くなるというような点がで
きるかという質問に対して)これは共晶点という名前で呼ばれます。これはこうい
う酸化鉄と酸化ナトリウムの体系だけでなくて、いろいろなところで見られます」
と述べ、原子力安全委員会第二報告書が掲げた「鉄・ナトリウム・酸素三元系状態
図FeO‐Na2O擬二元系状態図」(乙イ第四一号証参一三頁)」に関しては、
「これは俗に状態図と呼ばれる図でございます。この特定の図で申しますと、この
横軸左下にFeO、これは酸化鉄でございますね。右の端のほうにNa2O、これ
は酸化ナトリウムでございます。これがどのくらいの比率で混じっているかという
のが横軸の数字でございます。つまり左のほう、〇・一とい
うのは、酸化鉄が一〇%、酸化ナトリウムが九〇%ありますよという意味です。縦
軸は温度でございまして、そういう混合物が、温度が変化したときにどういうふう
に状態が変化していくかということを示したものでございます」(P12証人二七
回五八~六二頁)と述べている。この状態図によれば、融点は、酸化鉄だけの場合
だと約一三七〇℃、酸化ナトリウムだけの場合だと約一一五〇℃と高いのに、混合
割合によっては、融点が約五九〇℃と極端に低くなる点があることがわかる。つま
り、混合割合が適当であれば、約五九〇℃で鉄は溶けてしまうのである。
(三) 更に、①水酸化ナトリウムは三二三℃で溶ける、②過酸化ナトリウムは六
七五℃で溶ける、③鉄とナトリウムと酸素の複合酸化物(Na4FeO3)は六三
一℃で分解することを考えると、五七〇℃以上の温度になればこれらが混合した液
体が存在しうる(原子力安全委員会第二報告書、乙イ四一号証参―六~七頁)。ナ
トリウム漏洩火災事故の時には床ライナ温度は七〇〇~七五〇℃に達していたと推
定されているから、床ライナの表面では、ナトリウムの酸化物と複合酸化物の混合
溶液が存在して鉄を腐食させたと推定できるし、燃焼実験Ⅱの場合には、床ライナ
温度は八〇〇~八五〇℃で推移したのであるから同様なメカニズムで鉄を腐食した
と推定できる(同参―八~九頁)。
(四) このような「溶融塩腐食」が問題となるのには、固体(鉄)と液体(溶融
塩)が接触したほうが、固体と固体が接触した場合よりも腐食速度(反応速度)が
桁違いに大きくなる(固体と固体では点で接触するのに、固体と液体では面で接触
する)からである(同参―六頁)。しかも、一旦液体が形成されれば、腐食して出
来た生成物は容易に他に移動して新しい鉄の面が現れて混合溶液が接触して更に腐
食するので、腐食が一気に進行する。
3 もんじゅでも燃焼実験Ⅱと同じような腐食が起きる―動燃・科学技術庁批判
(一) ところが被告動燃及び科学技術庁は、「ナトリウム漏洩火災事故と燃焼実
験1ではNaFe複合酸化型腐食が起こり、燃焼実験Ⅱでは溶融塩腐食が起こった
のであって、腐食機構が異なる」と主張し、「もんじゅでは、燃焼実験Ⅱとは環境
が違うから床ライナに穴は開かない」と強調する。
 この理由として被告動燃及び科学技術庁は、「ナトリウム漏洩火災事故では①ナ
トリウム酸化物の堆積物の上に燃えなかったナトリウ
ムが落下したので過酸化ナトリウムが酸化ナトリウムに還元された、②ナトリウム
は堆積物の上で燃えたので酸素は堆積物の中にはほとんど取り込まれなかった、③
鉄は主として酸化ナトリウムと反応して複合酸化物を作って腐食した(NaFe複
合酸化型腐食)が、燃焼実験Ⅱでは①コンクリートから放出された水のためにナト
リウム酸化物が水酸化ナトリウムに変わった、②水酸化ナトリウムは液体となって
酸化ナトリウムや過酸化ナトリウムを溶かし込んだ、③鉄は主として過酸化ナトリ
ウムから生ずる過酸化イオンにより腐食した(溶融塩型腐食)」とする。つまり、
水酸化ナトリウムの存在の有無が両者を分けるとするのである。
(二) この点につき、被告動燃のP11証人は「(溶融塩型腐食が生ずるには)
高温で安定な水酸化ナトリウムのような状態といいますか、液体状のようなもの、
これがライナの上に液状にたまりまして、そこに過酸化ナトリウムというものが充
分溶け込んで維持されると言う、そういうことが必要」「水酸化ナトリウムが大量
に存在することが必要でございます」と述べた上で、「燃焼実験Ⅱでは、燃焼が始
まってから一時間強くらいで、コンクリートの温度が一〇〇度くらいに上がったと
思われまして、その時期から大量の水分が放出されまして、それで水酸化ナトリウ
ムの生成が促進された」とし、燃焼実験Ⅱが特別に、装置そのものが総コンクリー
ト製で空間容積が狭く、燃焼部と壁の距離が短いことを強調し、「(もんじゅで溶
融塩型腐食が起こる条件のそろう可能性は)極めて低いというふうに思っていま
す」と断言する(P11証人五〇回三九~四三頁)。たしかに、動燃第五報の「漏
洩部近傍の床ライナ上堆積物の分析結果の比較」によれば、もんじゅナトリウム漏
洩火災事故では二・六%であるのに燃焼実験Ⅱでは三五・一%も存在する(乙イ一
〇号証Ⅱ―二―三一頁)と記載されており、P11証人の証言を裏付けているよう
に見える。
 ところが、動燃第六報(乙イ四八号証)の燃焼実験Ⅱにおける「堆積物プール内
の化合物濃度」のグラフ(三・一・三―一〇八頁)によれば、水酸化ナトリウムの
濃度は、当初の〇%から直線的に上昇していくが、床ライナに穴があいたと推定さ
れる三時間二〇分やナトリウムの漏洩が終了した三時間四二分後頃でも一〇%に達
したに過ぎない。その後の四時間経過後頃から上昇するが、五時間経過後でも二〇
%である。
P11は「(水酸化ナトリウムの量について)三〇%というか、分析ではそういう
ふうになっているんじゃないかと思います。実験が終わってから分析したものでは
なかったでしょうか。私は実験で、実際の測定から、そう(三〇%)であったとい
うふうに思いますけど」といいながら、原告代理人の質問「穴があいた時点では、
このデータで言うと、一〇%くらいになるんですけど、最後に測定したとき三割だ
ったとしても、穴があいた時点ではもっと低かった可能性もありますね。少なくと
もこの解析データを使用するんであれば」に対しては「そうですね、これが、それ
を表しているんだとすれば、確かにこのグラフからはそういうふうに読めますね」
としぶしぶ、燃焼実験Ⅱでもナトリウム漏洩中には水酸化ナトリウムの濃度が低か
ったことを認めている。
 ところで、動燃は後述するASSCOPSコードを使って、もんじゅの配管室と
過熱器室で、堆積物中の水酸化ナトリウム濃度の解析を行っている。その結果、ナ
トリウム漏洩中の最高値としては、配管室では、小規模漏洩(毎時〇・〇一トンの
漏洩)では三〇%を越え、中規模漏洩(毎時〇・一トンの漏洩)でも三〇%程度
(三・一・三―九二頁の図5)であり、過熱器室では、小規模漏洩(毎時〇・〇一
トンの漏洩)では三〇%程度、中規模漏洩(毎時〇・一トンの漏洩)では二五~二
七%程度(三・一・三―九四頁の図12)の値を得ている。P11はこのデータが
でていることについて、「そうですね。中身、ちょっと見ないとわかりませんが、
確かにそのデータはそうですね」と、もんじゅで水酸化ナトリウムの比率が三〇%
前後となることをしぶしぶ認めている。
 被告動燃と科学技術庁は、水酸化ナトリウムが大量にあることが溶融塩腐食の最
大の原因であるとして、もんじゅで起こったナトリウム漏洩火災事故と燃焼実験Ⅱ
の違いを強調しているが、もんじゅでも堆積物中の水酸化ナトリウムの濃度が燃焼
実験Ⅱでの濃度を越えることは被告動燃の計算によっても明らかになっており、溶
融塩腐食が起こることを否定できないことになる。
(三) この腐食メカニズムに関しては、P12証人が「溶融塩腐食説を打ち出し
たのはワーキンググループ(原子力安全委員会)でございますから、ワーキンググ
ループは、当然、こっちのほうが正しいと内心思っていらっしゃると思うんです。
これはもう当たり前のことではないでしょうか。しか
しながら、相手(動燃・科学技術庁)の推論も必ずしも否定はできないと、こちら
の推定も、まだ残念ながら絶対的に正しいという証拠がないと、そういう段階でと
いうことだと思います」「まだまだ解明すべき点が多々ある、そのように承ってお
ります」と述べているように、未解明な部分が非常に多いのである。
4 高温腐食実験は極めて難しい
(一) 床ライナに穴があくかどうかを検討する上で最も困難であるのは腐食の反
応速度をどのように見るかである。ナトリウム漏洩火災事故に関し、原子力安全委
員会は第二報告書(乙イ第四一号証 参―七頁)において「一~一・五ミリメート
ルの減肉がいかなる速度でどの時期に起こったかを正確に知ることは出来ない」と
述べているとおり、「七〇〇~七五〇℃の温度で漏洩時間の三時間四〇分の間に定
常的に進行した」のか、「燃焼初期又は中期に、ナトリウムが高温で燃焼しながら
落下しナトリウム酸化物とナトリウムが豊富に存在している時に腐食が一気に進行
した」のかは不明である。なぜなら、実験はわずかになされているが、高温状態で
腐食機構を調べることは、実験的制約が多く過ぎて正確なデータが得られないから
である。
 大きな理由は次のようなものである。
① 試験容器および試験片が小さい。
 動燃が第五報で報告している「金属材料高温化学反応試験」(乙イ第一〇号)に
よれば、実験装置のうち実際に溶液を入れる部分は直径一五センチメートル、高さ
数センチメートルであり、試験片は厚さ一センチメートル、縦横一・五センチメー
トルに切り抜いた切片の真ん中に直径〇・七センチメートルの穴をあけたものであ
る。まず、水酸化ナトリウム+過酸化ナトリウムの液体の中に小さな試験片をひた
し、溶液を撹神し、試験終了後に試験片を引き上げて表面を観察するのである。小
さい容器であり、上部が薄くて下部が濃いといった濃度勾配ができる。
② 試験片は新品であり、かつ試験時間が一〇~三〇分と短い。反応速度は、減肉
した量を表面積と時間で割って算出する。ところが減肉が進むと残った固体の部分
が小さくなり、表面積も変わってくる。しかも、金属表面が凸凹になると表面積は
更に変わってくる。反応速度を計算するためには、表面積がかわらない範囲で実験
を行うので、まず表面がなめらかな新品の金属を使用し、しかも表面に凸凹が生じ
ないうちに短時間で終わらせるのである。しかし、新しい試験片よりも
腐食が進んだものの方が、表面が凸凹して来ると考えられる(Ⅱ―二―二一頁で
は、表層の細かい選択腐食痕が認められるとする)。その場合には、液体と試験片
の接触面積は表面がなめらかな場合よりも当然に大きくなり、腐食は進行し易くな
る。従って、実験で算出した反応速度よりも早い速度で腐食が進行することが充分
に予測できる。
 特に孔食が生じた時は問題である。「孔食というのは、ちょうどきりで突いたよ
うに非常に鋭い小さな、まるできりで穴をあけたような形で腐食がどんどん先に進
行していくようなものを申します。で、こういう形の腐食は、自己加速の傾向がご
ざいます。自分でどんどん腐食のスピードをあげていくような傾向もございます。
英語ではピッティングと申します」(P12証人二七回六七~六八頁)というもの
である。また、選択的腐食といって、合金の一つの成分だけ溶かして表面が凸凹に
なる腐食も存在するので、短時間の実験から計算して反応速度よりももっと早く反
応が進むことも考えなくてはならないが、定量的な実験はなされていない。
③ 高温では試験片のみならず試験容器自体が腐食する。八〇〇℃という温度では
溶液として使用した過酸化ナトリウムは、試験片を腐食するのみならず、試験ポッ
トとして使用されていたニッケルそれ自体を腐食するので正確なデータがとれな
い。P12証人も「非常に高い温度での実験というのは、それでなくても、そうい
う温度に上昇してその温度にきちんと保たなくてはいけないとか、それから、もち
ろん実験装置そのものがその温度にちゃんと耐えるようなものでないといけないと
か、その他もろもろ、いろいろやっぱりそれは、普通の温度の実験よりもはるかに
難しいんだろうなと思います」と述べているとおりである(P12証人二七回六六
~六七頁)。
 こう言った理由から、動燃の実験では、実際に得られた試験片データ五七のうち
三八を有効とし、他は適切ではないとして採用されなかった。動燃はその理由とし
て、試験ポットも腐食したことと溶液の濃度勾配を挙げている。
(二) このような技術的に困難な腐食実験から得られたものとして、動燃第五報
は減肉速度の図をかかげ(乙イ一〇号証Ⅱ―二―七一頁)、科学技術庁第二報(乙
イ一三号証参―三三頁)も原子力安全委員会第三次報告書(乙イ四二―二号証一六
頁)も引用している。P12証人は「実験のその道のプロがやった結果でございま

」と述べて、専門家がやったのだから信用できるとするようであるが、やはり、高
温付近では誤差が大きく信頼性が低いと言わざるを得ない。
五 ナトリウム漏洩火災事故の熱的影響解析―計算と現実の大きな食い違い
1 安全審査における熱的影響解析の変遷
(一) 二次系ナトリウム漏洩事故における、漏洩したナトリウムが燃焼すること
による熱的影響解析は、当初の一九八〇年(昭和五五年)一二月一〇日付許可申請
書(甲イ第四二〇号証)においては、真剣にあるいは定量的に検討されてはいなか
った。つまり、「漏洩したナトリウムの顕熱及び燃焼熱によって、部屋の雰囲気温
度あるいはライナ又はナトリウム受け皿の温度が上昇し、ナトリウムとコンクリー
トの接触防止機能に悪影響を与える可能性がある」としながらも、「ナトリウム漏
洩によりナトリウム火災が発生するが、二次主冷却系の各ループはそれぞれループ
毎に独立な部屋に設置し、コンクリート壁で仕切る等の防火上の隔離が行われてい
る」とした上で、「部屋の床面には、鋼製ライナ又はナトリウム受皿が施工され、
万一のナトリウム漏洩に対しても床コンクリートとナトリウムの接触を防止してい
る」とされているのみである。
 そこには床ライナは何度の温度上昇まで耐えられるのか、漏洩したナトリウムは
床ライナ上でどのような燃焼の挙動を示すのか、その結果温度は何度になるのかな
どの具体的な熱的影響の評価は一言も記載されていない。現実に起きたナトリウム
漏洩火災事故と対比するとき、右許可申請の非科学性と杜撰さはあきらかである。
(二) 一九八一(昭和五六)年一二月二八日に提出された「許可申請書の一部補
正について」(甲イ第四二一号証、乙一六号証)において、ようやく熱的影響の解
析が行われた。
 漏洩ナトリウムに関する熱的影響解析として考えられたのは、二次系配管からナ
トリウムが漏洩して床ライナ上に溜まり、床ライナ上を流れて連通管に達し、連通
管を通って階下にあるオーバフロータンク又はダンプタンク部屋の燃焼抑制板の下
部に行き、そこで貯留して窒息消火するという仮定をおいた場合である。もんじゅ
の二次主冷却系配管は三つのループに分離されているが、同じループの機器配管を
収納する部屋は相互に開口部でつながっている。熱的影響は、漏洩発生場所によっ
て異なるので、燃焼に伴う雰囲気圧力の上昇を最も抑制しにくく、燃焼反応に寄与
する酸素量が最も大きい
最大の容積の配管室(本件ナトリウム漏洩火災事故が発生した配管室)と、熱の影
響が顕著に現れる関係から容積が最も小さい過熱器室の二カ所について、解析がな
されている。
 結果が最も厳しくなるようにとしておかれたモデルが、①ホツトレグから配管室
では一五〇立方メートル、過熱器室では六〇立方メートルが、配管にあいた一五平
方センチメートルの円孔から漏洩する、②ナトリウムはスプレイ燃焼して漏洩室内
の圧力を高める(但し、床ライナにまで降り注ぐとは考えていない)、③燃焼しな
いで床ライナ上に溜まったナトリウムは床ライナを加熱する、である。使用された
コードは、スプレイ燃焼を扱うSPRAY―Ⅱコードのみであり、床上に溜まった
ナトリウムの燃焼を扱うSOFIRE―MⅡコードは使用されていない。
 火災検知器の信号によって空調ダクトは全閉になるとの仮定の下では、配管室の
床ライナ最高温度は約四一〇℃、過熱器室の床ライナ最高温度は約四五〇℃であっ
て、「設計温度五〇〇℃以下にとどまる」とされ、「漏洩ナトリウムによる熱的影
響については、十分に厳しい条件を仮定しても、部屋の内圧および床ライナの温度
はいずれも設計値以下であり、その健全性が損なわれることはない」と結論づけら
れた。
(三) 一九八五年(昭和六〇年)には変更許可申請がなされ、八月九日付「変更
許可申請書の一部補正について」(甲イ第四二二号証)においては、過熱器室での
漏洩量を九五立方メートルに変えた他は仮定は同じであるが、SPRAY―Ⅱコー
ド以外に、床上に溜まったナトリウムのプール燃焼を取り扱うSOFIRElMⅡ
コードを使用した。そのために結果の数値が変わり、配管室の床ライナ最高温度は
約四六〇℃、過熱器室の床ライナ最高温度は約五二〇℃となった。これは一旦「設
計温度」として記載された五〇〇℃を越えている。ところが不思議なことに設計温
度は突然「五〇〇℃」から「五三〇℃」に上昇させられた。そして、「設計温度五
三〇℃以下にとどまる」とされ、「床ライナの健全性は損なわれることはない」と
の結論が導かれたのである。
2 「設計温度」は越えてはならない最高値だが、現実の事故では大きく上回った
(一) 温度は、前述したように、「明示せず」から「五〇〇℃」へ、更に「五三
〇℃」へと大きく変遷した。その理由については許可申請書にも補正書にも一切記
載されておらず、従って不明である。推測す
るに、右の設計温度の上昇は事故解析に使用した計算コードの差異によるものと思
われるが、新たに計算コードを用いる度に「設計温度が上昇する」ということは原
告にとっては「手品」を見せつけられているような思いである。構造上何の変更も
ないのに床ライナの設計温度が変化することは常識では理解できない。
(二) 一般的に安全審査においては、安全性を判断する「基準」として具体的な
数値が定められている。例えば、「燃料被覆管がプレナムガスの内圧により破損し
ないよう、被覆管肉厚中心温度は八三〇℃以下であること」「冷却材が沸騰しない
よう、炉心ナトリウム温度は沸点(注・約八八〇℃)未満であること」「燃料被覆
管渉燃料溶融により破損しないよう、燃料温度は融点未満であること」「原子炉冷
却材バウンダリの温度は、六〇〇℃と最高使用温度(℃)の一・四倍をいずれをも
超えないこと」とされている(乙イ第六号証一〇―一―一頁)のである。これを比
較すると「設計温度」は安全評価の際の一応の「基準」であり、この数値を超えな
いことで安全であると評価されている。
 この点につき、原子力安全委員会は第一次報告書(乙イ第一二号証)において、
「スライド構造により壁コンクリートと干渉しないとした床ライナの温度」とし、
P12証人は「設計温度を何を基準として決めたのかは、これは私ども(原子力安
全委員会)は承知いたしません。そういう温度で設計すると言うことを申請者が申
し出たということでございます。で、最高温度がそれを超えてしまっては、これは
設計温度の意味というものが、多少失われてしまいますから、そういう設計温度で
設計して機能が維持できるということを示すために、その最高温度がそこに記載さ
れたものと理解しました」と証言する(P12証人二七回二九~三六頁)。つまり
「設計温度」は設置者である動燃が、床ライナの温度をその一定の温度以下になる
ように設計すると約束した温度、その温度以下でなら床ライナの機能が維持できる
と約束した温度ということのようである。
 許可申請書や補正書、変更許可申請書や補正書に自ら記載した「五三〇℃」とい
う温度は一右に述べた意味で被告動燃にとっては遵守すべき「最高値」であり、被
告国にとっては被告動燃に遵守させるべき「最高値」である。
(三) ところが、現実に発生したナトリウム漏洩火災事故においては、床ライナ
の最高温度は七〇〇~七五〇℃に
達したと推定され、一部で一~一・五ミリメートル減肉するという床ライナの損傷
が起こり、燃焼実験Ⅱにおいては、床ライナの温度は八〇〇~八五〇℃で推移し、
貫通孔が発生した付近では実験開始後三時間二〇分頃に一〇〇〇℃を超える値が記
録された(乙イ第四一号証四~五頁)。
 これらの値は設計温度を大幅に超過するものである。いやしくも被告動燃が自ら
遵守を約束し、被告国も安全審査において是とした「設計温度」を超える事故が現
実に起こった以上、被告らが依拠する設計の妥当性は破れたと言うべきである。
3 ナトリウムの燃え方・・・スプレイ燃焼の軽視
(一) ナトリウムが漏洩した場合どのように燃焼するかについての実験は、一九
六〇年代から、アメリカのハンフォード研究所や旧西ドイツのカールスルーエ原子
力研究所等で行われるようになり、漏洩形態によって、①配管等から漏洩するナト
リウムが細かい液滴となって飛散し、落下するときに液滴の表面でナトリウムと酸
素が反応するスプレイ燃焼、②漏洩ナトリウムが棒状に落下し、さらに床に衝突し
て飛散する状態においてナトリウムと酸素が反応するコラム燃焼、③漏洩したナト
リウムが床にプール状に広がりその表面で酸素と反応するプール燃焼に大別される
ことが判明した。
 動燃は、配管の回りを内装板が取り囲み、それを保温材でくるみ、その上を外装
板が覆うので、配管から漏洩したナトリウムは外装板の隙間から柱状になって真っ
直ぐに落下し床面に当たって液滴状に跳ね返ったところで燃焼するという比較的穏
やかな「コラム燃焼」を考えた。この場合、床では溜まったナトリウムが「プール
燃焼」すると考えたのである。
(二) しかし、現実に起こったナトリウム漏洩火災事故では、温度計の隙間から
空気中に直接にでたナトリウムが漏洩口で激しく燃焼し、落下しながら更に空調ダ
クトやグレーチング等に当たって跳ね返り飛散して燃焼した。コラム燃焼と違っ
て、スプレイ燃焼は、細かい液滴となって空間的に広がって燃焼するので、ナトリ
ウムと空気の接触面積がコラム燃焼の場合よりもけた違いに大きいので激しく燃
え、周囲を高温にする。スペイシのアルメリア太陽光発電所においては、太陽光に
よって集積された熱を水に伝達する媒体物質として、高速増殖炉と同様にナトリウ
ムが大量に使用されているところ、一九八六年八月、ナトリウム配管からナトリウ
ムが上向きにスプレイ状に噴出し
、直ちに発火して機械室の天井を破壊して隣接するコンピューター室に燃え移り、
更に制御室へと燃え広がるナトリウム漏洩火災事故が発生した。ケーブルが損傷し
たためにバルブやポンプの操作が不可能となり、発電所の建物の重要部分は破壊さ
れた。このとき、ナトリウム燃焼のために周辺では一〇〇〇℃をはるかに越える高
温に達していたと推定されている。予想を大きく越える高温を出すに至ったスプレ
イ燃焼のメカニズムは必ずしも解明されてはいない。スーパーフェニックス高速増
殖炉実証炉の運転再開にかかわる原子力施設安全局(DSIN)の審査において、
二次冷却系配管のギロチン破断時の建屋健全性評価の見直しが行われたのも、この
スペインの火災事故が大きな衝撃を与えたからである(スーパーフェニックス発電
所に関するラヴェリー報告・甲イ第一八二号証の一、一七頁)。
 ナトリウム漏洩火災事故でも、スプレイ燃焼の影響によって空調ダクトもグレー
チングも床ライナも、動燃の予想をはるかに越え、大きな損傷を受けた。
4 動燃はナトリウム燃焼実験の結果を隠していた。
(一) スプレイ実験では八八〇℃が記録されていた
 動燃は、スプレイ燃焼に関しては、一九七七年頃からナトリウムを上向きに噴出
する実験を行った。容積一・九立方メートルの小さな密閉容器で、最大でも一二秒
間に四〇〇グラムのナトリウムを上向きに噴出させるような小さな実験であって、
ガス圧力を測定することを目的としており、床に受皿は設置されなかった。コラム
燃焼とプール燃焼に関しては、容積二一立方メートルの容器の下部に受皿をおい
て、コラム状に落下させたナトリウムを受け止めて燃焼する際の受皿の側壁外面の
温度を測定したところ、最高温度は四七五℃だと報告されている(甲イ第四二七号
証)。
 許可申請書及び補正書を提出した後の一九八二年になって、動燃は三菱重工業株
式会社高砂研究所に委託研究(甲イ第四二四号証)を行わせた。その実験は二一立
方メートルの密閉容器で天井からナトリウムをコーン状に約一分間スプレイ噴射
し、床に並べた受皿でそれを受けるものである。ナトリウムスプレイ燃焼実験を窒
素雰囲気で行ったり、空気中で行ったりしたところ、空気中の実験では、受皿ナト
リウム最高温度として「八八〇℃」という数値が記載されている(一六二頁)。と
ころでこの八八〇℃との数値であるが、一一七頁の図を見ると、キャッチパンの計

温度は八八〇℃以上の値を示しているのに、オーバースケールであるとして数値が
打ち切られている。従って、八八〇℃が最高温度と言うことではなく、「八八〇℃
以上になった」と考えるべきである。
 さらに、もんじゅ第一次安全審査(行政庁審査)において、宿題として指摘され
た五三項目のうちの二九項目で「ナトリウム漏洩時におけるエアゾルの挙動、ナト
リウムと水分との反応現象について実験的に確認する、また火災解析コードの検証
を行う」とされたため、動燃は更に実験を行った(甲イ第七号証「詳細設計段階等
で検討すべき事項」)。
 一九八三年には、容積二・七立方メートルの装置でナトリウムを漏洩させたとこ
ろ、床最高温度は五五〇℃となった。容積二七立方メートルの装置の実験では漏洩
を終了させた後になって最高温度六四〇℃や六五〇℃のケースが現れている。一九
八五年に変更申請した頃のプール燃焼実験では最高温度六六〇℃、五七〇℃のケー
スもあり、又、配管からのナトリウム漏洩形態確認試験では約六四〇℃、大規模総
合試験では六八〇℃が観測されている。
 一九八八年からは容積一〇〇立方メートルの密閉容器で数百キログラムのナトリ
ウムをコラム状に漏洩させた八回の実験を行い、そこでは、受皿最高温度は最高で
七〇〇℃、コラム流衝突板の局所最高温度は最高で八三〇℃にもなっている。容積
一〇〇立方メートルの密閉容器での二五〇℃のナトリウムをスプレイ燃焼させた実
験でも床温度は七六〇℃にも達している。
 動燃は、このように様々な実験を行い(甲イ第四二七号証)、床ライナ最高温度
が設計温度五三〇℃(当初は五〇〇℃)を越える場合もあることを十分に知悉して
いた。
(二)動燃は燃焼実験経過を全く報告せず、対応策もとっていなかった
 だが、こうした実験データについては、動燃から科技庁又は原子力安全委員会に
あてて示されてはおらず、ましてや一般に公開されたものではなかった。
 原子力安全委員会第一次報告書(乙イ第一二号証、平成八年九月二〇日)の二七
頁には、「ワーキンググループは、動燃におけるナトリウムの燃焼実験に関して時
に床ライナ温度に関して詳細な説明を受けた」と、初めて動燃から説明をうけたこ
とを驚きをもって記載している。動燃は原子力安全委員会に対して「原子炉設置許
可の申請以前において空気中のプール燃焼実験を三例行い、受皿に設置した熱電対
の測定値は五〇〇℃以下」であり、「原子炉設置許可の申請後に実施した空気中に
おけるスプレイ燃焼実験及びコラム燃焼実験において受け皿に設置した熱電対の測
定値は五〇〇℃~八八〇℃を観察している」と説明した模様である。
 しかも、動燃は「このような結果が得られていたが、動燃は床ライナの設計温度
あるいは健全性評価の見直しは行っていない」(原子力安全委員会第二次報告書
(乙イ第四一号証一八頁)。ここには動燃の隠蔽体質、閉鎖体質、一旦決めてしま
えばその後にどのような実験情報や事故情報を得ても反省して見直すことをしない
という体質が良く現れている。
(三) 原子力安全委員会は安全解析の結果を鵜呑みにしていた
 一方、原子力安全委員会にも、安全審査に当たって実験データを求め、計算の詳
細を求めようとせず、申請書だけを鵜呑みにして実質的な審査をしなかったという
問題があることをナトリウム漏洩火災事故は明らかにした。つまり、原子力安全委
員会は、一九九五年にナトリウム漏洩火災事故が発生し、ワーキンググループを組
織してその調査を行うまでは、燃焼実験に関する報告は受けておらず、当然にも床
ライナの温度が設計値を超えるケースが多数回存在し、その最高は八八〇℃以上と
いう高温に達していることについての認識は全くなかったのである。
 事故想定においては、大規模漏洩による床全面加熱が最も厳しい条件であるとさ
れていたが、八八〇℃という高温の実験データが得られていたら、モデルの見直
し、計算コードの見直しをするべきであるのにそれをしていなかった。もし、安全
審査の時にデータが提出されていたとしたら、事故解析は当然異なっていたはずで
ある。P12証人は「そういう観測値があったということになりますと、これは推
測でございますが、当然、この観測をされた非常に高い温度と設計温度、あるいは
計算された最高温度との関係はどうなっておりますかという、この質問は当然でた
と思われます」と述べており、データを隠した動燃に対して「なぜださなかったか
というのは私どもは存じません。これは動燃の判断でございましょう。ただ、そう
いう技術情報等については、できる限りこれを開示していくというのが極めて望ま
しいことだというのは、これはもう明らかなことでございます」と穏やかではある
が厳しい批判を行っている。
 いずれにせよ、安全審査に提出されていた安全解析の結果をはるかに上回る実験
結果が得られていたにもか
かわらず、そのことを不問にしたまま行われた本件安全審査には重大な瑕疵があ
る。
5 使用されたSPRAYコードとSOFIREコードの計算は実験とあわない。
(一) 安全解析に使用された計算コードの変遷
 安全解析に使用されたコードは、当初の許可申請補正においては、スプレイ燃焼
を扱うSPRAY―Ⅱコードのみであり、配管室の床ライナ最高温度は約四一〇
℃、過熱器室の床ライナ最高温度は約四五〇℃であって、「設計温度五〇〇℃以下
にとどまる」とされた。一九八五年(昭和六〇年)八月九日付「変更許可申請書の
一部補正について」(甲イ第四二二号証)においては、過熱器室での漏洩量を九五
立方メートルに変えた他は仮定は同じであるが、SPRAYlⅡコード以外に、床
上に溜まったナトリウムのプール燃焼を取り扱うSOFIRE―MⅡコードを使用
した。そのために結果の数値が変わり、配管室の床ライナ最高温度は約四六〇℃、
過熱器室の床ライナ最高温度は約五二〇℃となったが、設計温度を上昇させて、
「設計温度五三〇℃以下にとどまる」とされた。
 つまり、数値が変わった理由は、単に使用した計算コードが違ったためである。
(二) SPRAYコードによる解析は過小評価になる
 噴出したナトリウムが天井に衝突して液滴化し、空中を燃焼しながら落下し、燃
え残ったナトリウムはプールを形成する。しかしプール状に溜まったナトリウムは
燃焼しないというのがモデルである。
 一九八二年に三菱重工が委託研究したスプレイ燃焼の実験(甲イ第四二四号証)
の結果を用いて、動燃が一九八三年七月にまとめた「ナトリウムスプレー燃焼の解
析(Ⅱ)」(甲イ第四二五号証)によれば、ナトリウム燃焼実験の解析結果は、実
験値とはあわなかった。壁の温度変化は実験の半分程度(四五~五三%)であり、
プールの平均温度は、かなりの過小評価であった。これは動燃自身が「検証結果
は、スプレイ燃焼については、特に空気雰囲気条件において、同時に起こるプール
燃焼の効果をSOFIREコードで取り扱うことができないために、解析が過小評
価傾向になり、非保守側の評価をするような解釈をうけざるを得ない状況にあっ
た」(乙イ第五〇号証)と認めているところである。つまり、安全解析の結果が実
験値を下回り、安全解析用の計算コードとしては失格であるということであり、原
子力安全委員会が一九八三年四月二五日に内閣総理大臣宛に答申
した際に記載されている「使用計算コードの妥当性についても、実験結果との比較
等により検証されていることを確認した」ことが虚偽であることが判明した。
(三) SOFIREコードがあうのは低温度のみ
 SOFIREコードは、床一面にナトリウムがプール状に存在し、その表面で燃
焼し、熱を対流や輻射を通じて天井や壁に伝え、同時に、床上に存在するナトリウ
ムを通じて熱を床ライナに伝えるモデルを採用している。プール状になったナトリ
ウムを薄くスライスし、それぞれのスライスの温度は一点で近似する。床ライナ
も、スライスしてそれぞれの温度を一点で近似する。つまり、床ライナの温度は、
全面にナトリウムが溜まり、温度を一点で近似して計算するために、いかに部屋の
面積が広くても、漏洩直下でも、そこから遠く離れていても同じ温度であるとされ
る。従って、小さな容器でプール燃焼実験を行った場合には、実験結果を計算で表
すことが出来ても、今回事故がおきたような広い配管室の場合に全ての床面が同一
温度であるという仮定で計算した場合には、低い値が出ることは容易に想像しう
る。
 しかも、ナトリウムの燃焼面と床ライナの間は、いつでもナトリウムの層が存在
しているのであるから、床ライナの温度は沸点である八八〇℃を越えることはな
い。越えるとナトリウムは気体となり、プール燃焼の仮定自体が崩れるからであ
る。
 動燃は、乙イ第五〇号証一頁で、「プール燃焼実験については一九七六に行われ
た委託研究の結果を解析して検証した結果、良好な結果が得られている」とする
が、右実験は三菱重工に委託したものであって、同社は容積二一立方メートルの密
閉容器の床にステンレス製受皿をおいて底板の下面と側壁の外面に熱電対を設置し
て計測し、その結果、ナトリウム温度四〇〇℃で七回実験して床温度二九〇~三五
〇℃、ナトリウム温度五三〇℃で四回実験して床温度四〇〇~四六〇℃となってい
る(甲イ第四二七号証)。温度が低い理由としては、密閉容器であるために酸素が
すぐになくなり、床の上のナトリウムプール表面での燃焼が止まったために、ナト
リウムからは床に熱が逃げる一方になり、ナトリウムの温度が低下したためであ
る。動燃はこの実験データをコードであわせられるとするだけであって、その後
に、プール燃焼実験で、五五〇℃、六六〇℃、ナトリウム流動性実験で六四〇℃、
六五〇℃、六八〇℃等の値が出ている(甲イ
第四二七号証)ことについて計算コードで合わせたのかどうかについては何も発表
されていない。これは、コードが実験値を再現出来なかったため公表していないの
ではないかと思われる。いずれにせよ、床ライナ温度が低いケースだけについて言
及し、「良好な結果が得られている」と言うだけであって、全く信用できない。
6 ASSCOPSコードは信頼できるコードではない
(一) 公開されたコードではない
 ところで、許可処分が出された後、動燃は計算コードの開発を行い、「今回改め
て、床ライナ温度に着目した解析を行うために、漏洩した室内でスプレイ燃焼とプ
ール燃焼を同時に解析できるコードを用いた」(乙イ第四一号証(安全委員会第二
次報告書)とされる。動燃はASSCOPSコードを使用して種々の計算を行って
いるが、まずこのASSCOPSコードは、現在のところ、一切内容が公開されて
いないことを強調したい。
 動燃広報室は、公開しない理由について、「欧州国際機関(OECD/NEA)
に英語版のコードマニュアルを送付し、いくつかのベンチマーク解析により性能確
認が行われる。また計算機プログラムの知的財産権及び著作権を保護するために、
公開に先立ちオリジナリティーを財団法人ソフトウェア情報センターにプログラム
登録する。これらに数年かかる」としている。ASSCOPSコードは性能の良い
パソコンで動く程度の規模の小さなコードであるため、動燃広報室は「パソコン版
による利用も検討している」とする(甲イ第四一五号証)が、これは計算のための
初期値を与えると結果が出るものだが、ブラックボックスであってどのようなモデ
ルを採用し、どのような仮定を置いたコードかはわからない。
 一般に科学技術の分野における計算コードは、それを様々な研究者が様々な条件
を入れて使用し、コードのエラーや特異な問題点を指摘して改良していくものであ
る。コードを公開し、批判的にコードを使用していくことこそがオープンな科学技
術の世界である。動燃は、炉心崩壊事故の計算コードであるSIMMERⅡについ
て、ドイツのブレーメン大学グループが新バージョンの使用許可を動燃に対して求
めた際に、同大学グループが過去に旧バージョンを使用した解析結果の解釈に誤り
があったことを理由にこの請求を拒否した(甲イ第四〇六号証)。科学的研究にあ
っては、自由な議論と批判が保証されなくてはならないし、それによっ
て初めて進歩があるといえる(甲イ第四〇七号証)。公表もしないで、又、使用も
拒否して、自己の計算結果のみを、モデルと仮定と計算方法を公表しないで提示し
て「信用しろ」といっても、それは信用に値しない。
(二) ナトリウム漏洩火災事故以前の燃焼実験とあわせられない
 まず、モデル全体としては、二つの部屋を考える。一つ(セル1)では、となり
の部屋(セル2)から漏洩してきたナトリウムが床一面に広がってプール状で燃焼
するものであり、SOFIREコードを使用する。問題は漏洩が起きるセル2であ
るが、スプレイ状に広がって燃焼するのでSPRAYコードは使用する。未燃焼で
落下したナトリウムは床の上に溜まることになるが、バージョン一・〇~一・一で
は床一面に広がっても燃焼しない仮定が置かれている(乙イ第五〇号証の図A―
2)。ナトリウムのプールからの熱輻射はとりいれているが、一つの部屋でプール
燃焼とスプレイ燃焼が同時に起きている現象を取り扱えない。動燃は、バージョン
一・一を用いて三菱重工に委託した実験結果(甲イ第四二四号証)を解析している
が、七六頁の図Ⅳ―3に明らかなように、ナトリウムプール温度は、計算では実験
開始後三〇秒で四四〇℃になり、その後若干上昇するが四六〇℃程度が最高であ
る。ところが実験結果は、実験開始後一五秒で、直下近傍では六〇〇℃を越え、六
〇秒後には直下で八八〇℃になっているのであるから、全く実験を再現出来ないコ
ードであることが判明した。
 そこで、動燃はバージョン二・〇を開発し、セル2でスプレイ燃焼とプール燃焼
を同時に取り扱えることができるとした。動燃第五報(乙イ第一〇号証)三・一・
三―〇三頁によれば、「バージョン二・〇は、もんじゅの建設段階に開発された解
析コードに対して中小規模の漏洩にも対応した解析を可能にするよう改良したもの
であり、ナトリウム燃焼に伴う床ライナ温度の推移など熱的影響に係わる挙動全体
を解析するコードである」とされている。
 動燃は、「もんじゅナトリウム燃焼事故以前に実施された燃焼実験の解析を行っ
た結果、計算の妥当性が示された」として、動燃第五報(乙イ第一〇号証)三・
一・三―一〇六の図三で、①一九八五年七月に実施したプール燃焼実験(右側)
と、②同年九月に実施したプール燃焼実験(左側)と計算結果の比較を図示してい
る。
 温度を比較してみると、①では、受皿最高温度六六〇℃を計
算でだしているが、②では、燃焼抑制板中心温度の実験値約七三〇℃を再現出来て
いない。もっとも、この実験装置は、漏洩したナトリウムが下部の燃焼抑制槽に導
かれて燃焼しながら窒息消火する状況を検証する実験装置であり、ASSCOPS
コードはこのようなケースを取り扱えないのであるから、もそもそも比較すること
は出来ない。つまり、ASSCOPSコードの実験による検証は失敗しているとい
うべきである。
(三) ナトリウム漏洩火災事故も燃焼実験Ⅱもあわせられない
 次に、動燃は、燃焼実験Ⅰ、燃焼実験Ⅱの結果をASSCOPSコードで再現で
きるとするが、次のような基本的な問題が存在する。
① スプレイ燃焼を起こしている部屋で同時にプール燃焼を取り扱う方法につい
て、本来別々のコードをどのように接続したのかについては、何の説明も記載され
ていない。
② SOFIREコードはもともとナトリウムが床全面に一様に貯留して表面で燃
焼するモデルを取り扱っている。ところが、「図1 燃焼実験Ⅱの解析モデル」に
よると、床ライナのうち七・〇平方メートルだけナトリウムが堆積し、その他の部
分にはナトリウムは堆積していない。当然にも、床ライナはナトリウムが堆積した
部分とその他の部分の二領域に分割され、その温度は異なってくる。ところが、床
ライナを二領域に分割した場合に、どのようにコード上取り扱うかについては何の
記載もない。
③ 床に落下したナトリウムが燃焼する際の面積について、三・一・三―一〇五頁
に、プール燃焼面積=ナトリウム漏洩率×(一―スプレイ燃焼割合)÷面積広がり
の相関という式が示されているが、実験が全くなされていない上に、ナトリウム漏
洩火災事故と燃焼実験Ⅰでは堆積物は漏洩口直下に存在したが、燃焼実験Ⅱではほ
とんど堆積していなかったのであるから、この式が成立する根拠は存在しないとい
っていい。「燃焼実験Ⅱはプール広がり状況の推定が困難である」ことは、動燃自
身が認めている(三・一・三―一〇三頁)のである。
④ コーン状の液滴状燃焼領域の中で漏洩口と床ライナの間に、グレーチングの上
とおぼしきあたりにプールが存在している。動燃のP11が「このグレーチングで
のプール燃焼というのは、ないと思うんですね。それは下におちるだけですから、
すかすかのものですから、そこでプール状にたまるということはあり得ないんで
す。」と証言する(P11証人五〇回一二
八頁)とおり、このモデルはおかしい。又、燃焼実験Ⅱでは一・七平方メートルと
されているが、このプール状に溜まったナトリウムが燃焼するのか燃焼しないのか
も判然としない。もし燃焼するとの仮定をおいているならば、これもSOFIRE
コードで取り扱うことになるであろうが、この場合、他のコードといかに接続する
かは何も記載されていない。
⑤ 事故解析であるから、最も厳しい結果が発生するようなモデルと初期条件を与
えるべきであるのに、計算で得られた数値は実験でえられた数値を下回っている。
たとえば、燃焼実験Ⅱの解析結果(添―Ⅱ―二―一一)のうち、模擬漏洩部直下の
周囲五〇センチメートルの領域における床ライナ温度を見ると、実験では開始後一
〇分程度で約八〇〇℃になり、約一時間三〇分経過後から八六〇度を越えて、九〇
〇℃に迫っている。この床温度の測定方法は、熱電対を床ライナの下側につけて測
定するので、落下するナトリウムの燃焼部分が直接に接触することはない。このグ
ラフを見ると横軸は時間単位であるので分単位に引き延ばすと、九〇〇℃近い温度
や時には九一〇℃近い数値も数分あるいは十分程度継続していることが判明する。
ところが、解析結果は、開始後一五分程度で八二〇℃に至るとその後は徐々に温度
を下げていく。直下の実験データについては平均値程度しか計算できないことにな
っている。安全側にたつならば、計算コードの計算結果はより高温を示すものでな
くてはならないのに、そうなっていない。前述したように、高温状態においては、
短時間で腐食が進行することがわかっているから、この高温状態を計算できないA
SSCOPSコードは致命的な欠陥を持っている。
7 腐食を考慮するともんじゅでも穴が開く
(一) 動燃の計算でも「首の皮一枚」残るだけ
 動燃は、溶融塩型腐食を仮定して、ナトリウム漏洩が八〇分間継続した場合に、
床ライナがどの程度減肉するかを、ASSCOPSコードを使用して計算した(乙
イ四八号証三・一・三―九〇頁、甲イ三五七号証三九頁)。その結果は左記の通り
であった(漏洩率の単位・トン/毎時、減肉量の単位・ミリメートル)。
漏洩室 燃焼解析条件ライナ腐食減肉量(ミリメートル)
漏洩率換気の継続 中央値・下限値~上限値
配管室一・〇有三・三二・〇~五・四
配管室〇・五無三・二二・〇~五・三
配管室〇・五有三・三二・〇~五・五
配管室〇・一無三・三二・〇~五
・四
配管室〇・一有三・三二・〇~五・四
配管室〇・〇一無三・三二・〇~五・四
配管室〇・〇一有三・三二・〇~五・五
過熱器室〇・一無三・三二・〇~五・四
過熱器室〇・一有三・四二・〇~五・五
過熱器室〇・〇一無三・三二・〇~五・四
過熱器室〇・〇一有三・三二・〇~五・四
 これによれば、ナトリウム漏洩火災事故が発生した配管室でも、それより狭い過
熱器室でも、また、ナトリウム漏洩火災事故時の漏洩率約〇・一七トン/毎時より
大きな大漏洩時でも、小さな漏洩時でも、腐食速度を九五%信頼値でとると、全て
の場合に、五・四~五・五ミリメートル減肉し、〇・六~〇・五ミリメートルとい
う、まさに「首の皮一枚」しか、床ライナは残らないという結果になっている。八
〇分漏洩するという仮定は、「火災報知器の発報までに五分、手動停止をすると判
断するまでに一〇分、原子炉停止操作に一分、停止確認に六分、ドレン準備に八
分、ドレン完了までに五〇分」の合計八〇分をとったものであるが、現実の事故の
際にそのように手際よくいく保証はない。現実のナトリウム漏洩火災事故では三時
間四〇分であったから、このままだと貫通孔が開くのは必然的となる。
(二) ナトリウム漏洩火災事故は冬季に発生したので床ライナに穴があかなかっ

 ところで、現実に起こったナトリウム漏洩火災事故では床ライナは一~一・五ミ
リメートルの減肉は生じたが、床ライナには穴はあかなかった。
 被告動燃の前記解析においては、室内の湿分が床ライナの穴あきの決定的な要因
となっている。であるとすると、仮にナトリウム漏洩火災事故が湿分の少ない冬季
(事故は一二月八日発生)ではなくて春から秋にかけての湿分の多い外気条件の下
が起きれば、その外気が換気ダクトを通じて室内に引き込まれ、ナトリウムが漏洩
した配管室でも充分な湿分によって床ライナに大きな穴があき、水素の爆発・燃焼
が起こったはずである(甲イ第三三三号証)。動燃の広井博もんじゅ建設所技術課
長も「夏場でかつ事故後も換気していたら、指摘される反応(穴あき及び水素爆
発)が起こった可能性は否定できない」と認めている(甲イ三三五号証)。
 現に、被告動燃の右解析においては、いずれの場合にも、室内での湿分は高く想
定されているために、ナトリウム漏洩火災事故が発生した配管室においても、八〇
分の漏洩では「首の皮一枚」の状態となり、ナトリウム漏洩火災事故時のように漏
洩が三時間四〇分も続けば、床ライナに確実に穴があく、という結果が得られてい
る。
(三) 穴が開くとナトリウムと床のコンクリートとの間の反応が深刻な問題とな

 漏洩時間が長くなったときについて、P12証人は、「(仮定として同じように
減肉していけば)そのままのばしていけばそうなるでしょうね」「漏洩時間、つま
りはナトリウムが燃焼している時間と考えてよろしいかと思いますが、時間が延び
れば延びるほど事態は深刻になるのは、これは明らかでございます」「(ライナに
穴が開いてしまうことになると床コンクリートとナトリウムの接触を防止する機能
は失われること)それはそのとおりでございます。そういう状態になるということ
になれば、しかも、それを防ぐ方法がないということになれば、その設計方針は実
現しないということになります」と延べ、基本設計ないし基本的設計方針が破れる
ことを認めている。P12証人は一般にナトリウム・コンクリート反応と呼ばれる
反応が起こりまして、コンクリートがかなり侵されるということはだいたいわかっ
ております」「(ライナの腐食が更に進むことも推定できないことではございませ
ん)と述べるが、その反応がもっと進むとコンクリートは崩れさり、発生した水素
が酸素と混合して爆発し、最悪の場合には配管室は崩壊する。
六 高温腐食を考慮しなかった誤り―「問題意識があれば知り得た知見」とは何の
ことか
1 高温腐食に関する被告等の主張
(一)動燃の主張
 被告動燃は、加熱温度に関しては「床ライナの健全性は確保される」とするが、
腐食もあわせて考慮した場合にも、「燃焼実験Ⅱで起きた溶融塩型腐食がもんじゅ
で起こる条件のそろう可能性は極めて低い」としながらも、溶融塩型腐食が起こり
漏洩時間が、現在の設備のもとでは最短八〇分続いたケースの計算をしたところ、
二次系配管関係のどの部屋でナトリウム漏洩が発生しても、床ライナの厚みが〇・
五ミリメートルしか残らないことがわかったため、「改善策」を主張してそれに逃
げ込もうとしている。
 被告動燃のいう高温腐食に対する「改善策」なるものは、①ナトリウムドレンの
機能を強化すること、②壁・天井に断熱材を設置すること、③事故時に窒素を注入
できる設備を付けること、である。しかし、これらは安全審査の誤りを認めた「基
本設計の変更」に該当するのに、被告動燃は「変更許可申請」さえ一つも提出して
いない。もんじ
ゅ原子炉の設置・運転は、言うまでもなく許認可事業であるから被告動燃だけで右
「改善策」を実施できないことは当然である。
 しかも、被告動燃のいう改善策は対症療法に過ぎない。すなわち、高温腐食に対
する抜本的な改善策は、①一次系と同様に二次系の各部屋を全部窒素雰囲気にして
燃焼を抑制する、②漏洩ナトリウムが床ライナ上を流れて連通管を通って階下に行
って窒息する設計ではなく、配管に沿って部屋を細分化し、漏洩が起きたらその一
室に窒素を注入して窒息消火する、③そのうえで床ライナを鋼製ではなくセラミッ
クなどナトリウムと反応しない材質のものにするなどであるのに、相変わらず鋼製
の床ライナで漏洩ナトリウムを受けるとの発想を変えていない。
 更に、被告動燃が改善策で良いとする根拠は、ASSCOPSコードに「腐食速
度」を考慮して計算した結果である。ASSCOPSコードが信頼できないコード
であり、実験から求めた「腐食速度」も高温の場合には信用できないものであるこ
とは前述したとおりである。鋼製の床ライナは一旦穴があけば腐食により急速に穴
は拡大する。この危険を封じ込めることができない
 被告動燃の改善策は、法的にも無効であるばかりか、技術的にも「砂上の楼閣」
である(甲イ四〇九号証八~一二頁)。
(二) 被告国の主張
 被告国は、準備書面(七)において、「本件事故を契機とする事故原因の調査過
程において、本件安全審査当時は認識されていなかった二つの知見が得られた」と
する。一つは、「推定される本件事故時の床ライナの温度及び最新のナトリウム燃
焼解析コードを用いて解析した床ライナの温度は、いずれも設計温度を上回るとい
う知見」であり「鋼材の熱膨張という点からすると、温度が上昇し、ライナが熱膨
張して壁面と干渉し、又は局所的なひずみが発生することになれば、これが原因で
ライナに損傷が生ずる可能性がある」としている。更に「空気の供給状況等の条件
いかんによっては、ナトリウムと鉄と酸素が関与する界面反応による腐食により、
床ライナ等の鋼材が損傷するという知見は、安全審査当時には得られていなかった
が、新たに知見として得られた」とする。そのうえで、「実験Ⅱで生じたような界
面反応による腐食を仮定したナトリウム燃焼解析の結果((一)で述べた計算)に
よれば、板厚約六ミリメートルのライナに対する肉厚は残存しており、貫通孔が生
じるには至ってはいない
ものの、残存肉厚は上限値で見る限り〇・五ないし〇・八ミリメートルとなり、安
全裕度が充分あるとまではいいがたい」とし、又「現時点において、ナトリウム燃
焼による鋼材の腐食機構の動的な過程、及びそれに及ぼす温度、物質の移動等の因
子については、かならずしも十分に解明されているとはいえない状況にあり、本件
原子炉施設において、どのような条件下であれば、燃焼実験Ⅱのような界面反応に
よる腐食が発生するのかについては、充分あきらかではない」と認めている。
(三) 原子力安全委員会の言う「問題意識があ駐ば知り得た知見」とは
 ところが、原子力安全委員会は、温度計の振動に関するアメリカ機械学会(AS
ME)の規格については「知っているべき知見」としたのに対して、界面反応によ
る腐食という知見を「問題意識があれば知り得た知見」と位置づけた。これは、安
全審査の当時に誰にも知られていなかった知識というものではなく、高速増殖炉の
開発関係者(動燃)と審査関係者(科学技術庁及び原子力安全委員会)が「問題意
識をもっていなかったために知らなかった知見」という意味である。伊方原発最高
裁判所判決が「現在の科学技術水準に照らして審査されるべきである」と言ってい
る場合の「現在の科学技術水準」とは、安全審査時には全く判明していなかった科
学技術、つまり「問題意識をもって調査研究しても知り得なかった知見」であって
も含むが、原子力安全委員会はそこまで強弁するのではなく、ただ「問題意識をい
かに持つかが課題である」として、問題をそらしてしまっている(乙イ四一号証九
~一一頁)。
 この点に関し、P12証人は、もんじゅ許可申請時に安全審査を担当した原子力
安全委員会原子炉安全専門審査会一六部会のメンバーで金属材料研究所のP23も
知見をもっておらず、問題意識もないので何処にも問い合わせしなかったと述べて
いる。しかし、以下のべるように、高速増殖炉の分野でも腐食は問題になっていた
のであり、「問題意識がなかった、だからしょうがなかったのだ」といって、設置
者も審査者も免責される話では絶対にない。
2 腐食は安全審査当時でもある程度は考慮されていた
(一) 許可申請書提出当時、問題とされていた腐食は、①配管機器が常時ナトリ
ウムに接触していることにより発生する腐食と②蒸気発生器の伝熱管破損事故にお
ける腐食である。
 まず、①配管・機器における腐食としては、「
減肉」(一般腐食であり、全面腐食だが、HA20・HaOHがあると粒界腐食が
見られる)、「表面変質」、「脱炭および浸炭」(高い温度の所では炭が鋼からナ
トリウムに移行し、低いところでナトリウムから鋼に沈着する現象)である。実験
としては、ナトリウムが配管の中を流れる温度が考慮されて、五〇〇℃~六〇〇℃
のところで行われ、腐食速度は年当たり数マイクロメートル程度と考えられてい
た。酸素濃度が高いと腐食が激しいことはわかっていたが、考慮されていた腐食の
範囲は正常運転時に酸素濃度が低い配管の中で進行する腐食だけであった。
(二) 次に、②蒸気発生器の伝熱管破損事故(伝熱管の肉厚は蒸発器で三・八ミ
リメートル、過熱器で三・五ミリメートル)においては、まずナトリウム・水反応
により圧力上昇が生じ、それが伝播していくが、その破損伝播としては、圧力以外
に腐食が考慮されていた。古川和男「原子炉工学講座・液体ナトリウム技術」七一
年一一月(甲イ第二七七号証)には、「蒸気発生器を単一壁にしたことで発生する
問題(二重管壁にして中にHe,NaKを介在させた時には生じなかった問題)の
一つとして[小規模水漏れによる材料損耗(wastage)]がある。極めて微
小な穴から水が小漏洩すると、噴出水とナトリウムの接触面はトーチ状になって非
常に高温となる。また、その付近にはNa0H・Na20などが形成され、溶融塩
腐食およびエロージョンが激しく起きる」と記載されており、蒸気発生器に関して
は、溶融塩腐食までも考慮されていたことが判明する。また、一九六二年にはフェ
ルミ炉の蒸気発生器においては、運転開始後二週間でナトリウム・水反応が起こ
り、四五本の伝熱管に漏洩が起こったとされている。組立作業中に用いた洗浄液
(1/3Na0H,2/3NaN03)が原因で応力腐食割れを起こしたとされて
おり(甲イ第五三号証)、この事故の後、アメリカとイギリスが中心となって機構
究明がなされ、孔の大きさと隣接配管の位置などが適当であれば、数秒間で穴があ
き、大漏洩・爆発に発展してしまうことが示された(甲イ第二七七号証)。
 更に蒸気発生器では、ナトリウム・水反応で水酸化ナトリウムと酸化ナトリウム
が発生することは判明しており、「反応ジェットはエロージョンとコロージョンの
相乗効果を持った浸食性のジェット流となり、隣接する伝熱管に当たるとウェステ
ージ(WASTAGE
・損耗の意味)と呼ばれる管壁の損耗を引き起こす」とされており(甲イ第二三号
証)、甲イ第三〇二号証には「水がナトリウム側にリークする。孔の表面でナトリ
ウム側に滞留する反応生成物が伝熱管表面のコロージョンを引き起こす」ことが記
載されている。このように、特に蒸気発生器に置いては、1/3Na0H,2/3
NaN03の存在などによって、伝熱管が溶ける溶融塩腐食が起こることはわかっ
ていたのである。
(三) 一方、前述したように、コンクリートの温度が高くなると、水分は大量に
放出されるので、大気中の水分とあわせると、ナトリウムが空中で燃焼した場合に
も、蒸気発生器において発生した溶融塩腐食と同様の反応に必要な、十分な水分が
あるといえる。
3 「ハンフォードの実験」は」九七五年に報告されていた
 アメリカのハンフォード工学開発研究所では一九七五年までに、「ナトリウム・
コンクリート反応、ライナの役割及びナトリウム火災の消火」の研究の一環とし
て、ナトリウムを受皿に漏洩させる実験の他に、垂直のコンクリート面とナトリウ
ムプールとの間を予め傷をつけたライナで遮い、ナトリウムを七五〇℃又は八八〇
℃に加熱した場合のライナの挙動を見る実験も行われた。ライナにあけた直径約
七・一ミリメートルの穴は四四ミリメートル×三九ミリメートルに拡大し、ライナ
自体は傷をつけた近くの局所的な領域で激しく腐食していたのである(甲イ四一〇
―二号証三~四頁)。この論文は平成一〇年に衆議院科学技術委員会でもとりあげ
られ、動燃の職員が七五年にアメリカで報告された会議に出席していたことが判明
した。しかし、この職員は「腐食が問題となった記憶はない」、つまり問題意識は
全くなかったと述べているようである(甲イ四一二号証一五~一六頁)。
4 「フーバーの実験」は一九七五年に報告されていたドイツのカールスルーエ原
子力工学センターでは、一九七五年、フーバーが「ナトリウム表面火災の研究と防
護システムの試験」結果を発表し、このなかで一九〇キログラムで六六〇℃のナト
リウムが受皿中で燃焼したときに、一一〇〇℃を記録した他、受皿として使用した
フェライト鋼が、酸化ナトリウム、過酸化ナトリウム、鉄などの混合によって腐食
磨耗し、金属製の熱電対も急速に腐食が進行したと報告されている(甲イ四三三―
二号証五頁)。P12証人はこの論文について「実は、電気化学会からご指摘を受
けま
して読んだことがございます」「こういう論文があったということを、実は私ども
知りませんでしたのですが、こういう論文があったということで、これはワーキン
ググループでも大変重視していろいろ調査したところでございます」「空気中にナ
トリウムが漏れたときに燃焼をいかに抑制するかというのが論文の主題であったと
いうふうに私は理解しました。その際に実験装置等を後でよく調べてみたらという
ことで、こういうことが発見されたというのが、割と短い記述なんでございます
が、それが確かに記載されておりました」「(それが非常に重要な知見だったとい
う認識は)今にして思えばということでございます」と述べて、非常に重要な知見
であったことを証言する(P12証人二七回九二~九四頁)。ところが、論文の趣
旨が燃焼抑制であったためか、問題として意識されるに至らず、素通りされてしま
ったのである。
5 電気化学会=「設計審査時点でも問い合わせがあれば適切な提案・助言が可
能」
(一) ワーキンググループは、腐食に関する知見が、設置許可当時どのようなも
のであったかについて重大な関心を持ち、電気化学会に対して、「ナトリウム漏洩
事故に伴い発生した鉄・ナトリウム・酸素系での鉄鋼の腐食に関し、燃焼ナトリウ
ムと接触した鉄が酸素の存在のもとに鉄の融点以下で損傷し得るという知見が、も
んじゅの設計・審査時点で一般的に存在したか、あるいは予測可能であったか」調
査を依頼した。電気化学会は「結論から言って、損傷の発生する可能性を予測する
ことは可能であったと判断される」とし、「必要な情報開示の下に本会の専門家に
問い合わせ・調査、依頼があれば、他分野の専門家(今回の例では鉄鋼精錬分野)
との協力により、適切な提案又は助言が可能な知見を本会は有していたといえる」
と結論づけている。
(二) 同時に、電気化学会は、これらの情報は高速増殖炉の分野以外の分野の専
門家がもっていただけではなく、一九七九年の段階でイギリス原子力局は、ナトリ
ウムが燃焼して酸化ナトリウムや過酸化ナトリウムになり、水と接触してできた水
酸化ナトリウムが共存する場合には鉄がかなりの腐食速度を示すことを詳細に報告
しており、それは高速増殖炉設計の分野では入手可能であったと述べている(乙イ
四一号証参―一四~一八頁)が、これは極めて重要な指摘である。つまり、動燃、
科学技術庁及び原子力安全委員会は、国内におけ
る他分野への問い合わせをしなかっただけではなく、同じ高速増殖炉の分野でも外
国には問い合わせをしなかったことが他分野の研究者から鋭く指摘されたのであ
る。
6 「問題意識がなかった」ことが大問題である
 以上述べた事実は、高速増殖炉関係者が、閉鎖的で独善的で、必要な情報を開示
せず、又必要な情報を集めず、情報に接しても問題意識を持たなかったために重要
なポイントを見落としてきたことを示している。「問題意識がなかった」というこ
とは、もんじゅの床ライナの健全性を判断するにあたって、床ライナに漏洩落下す
るナトリウムの量の多寡にだけ心を奪われ、一五〇立方メートルものナトリウムが
漏洩しても、そのほとんどは燃焼することもなく、床ライナ上を速やかな流れ去る
ことで安全に事故は終息する、との思い込みに、被告動燃はもちろん、原子力安全
委員会も取り付かれていたことを意味する。
 したがって、「問題意識がなかったから知れなかった知見」が腐食だけに限られ
る保証は全く存在しない。あそこにもここにもどこにも、もんじゅには様々に危険
が潜んでいることを「高温腐食」は教えてくれたのである。
七 「基本設計」は破綻した・・・・・ナトリウム・コンクリート反応が現実に起
った
1 ナトリウム・コンクリート反応の防止は「基本設計」の内容である
 被告動燃は第一次の許可申請書でも抽象的に記載されたとおり(乙二三・一〇―
三―三四)、ナトリウムと床コンクリートの接触を防止すること、従ってナトリウ
ムと床コンクリートの間に鋼製のライナを設けることは、「もんじゅ」の安全性を
確保するための根幹である(被告らの主張によれば「基本設計」の内容)としてい
る。
 この点、原子力安全委員会委員長のP12も、
 「当時も、現在も、ナトリウムとコンクリートが接触したときに何がどういうふ
うに起こるということが、完全に解明されていたわけではないと理解しておりま
す。ただ、非常に様々なことが起こるであろうことは、当然予測されたわけでござ
いまして、そういうものを未然に防いでおくにしくはないという、そういう設計方
針であったというふうに理解しております。」(P12証人・二七回・一三頁~一
四頁)と証言する。ここでのコンクリートは、被告動燃同様に、床コンクリートを
指していることは明らかである。
 しかし、二次冷却系のナトリウム配管が設置されている部屋は、いずれも壁や天
井もコンクリー
トが剥き出しのままである。したがって、床ライナによってナトリウムと床コンク
リートの直接接触を防止すれば足りるとする被告らの「基本設計」は、二次系配管
からのナトリウム漏洩事故が発生したとしても、壁や天井ではナトリウムとコンク
リートの直接接触は、絶対に起こらないということを前提にしている。本件ナトリ
ウム火災事故は、この「基本設計」が破綻したことを、現にナトリウム・コンクリ
ート反応が発生したことによって明らかにした。
2 ナトリウム・コンクリート反応の危険性
(一) ナトリウムは水と接触すると爆発的に反応し、水酸化ナトリウムと水素が
生成、発生する。
2Na+2H2O→2NaOH+H2
 コンクリートは水とセメントと砂利の混合物であり、水が重量にして約半分を占
める。従ってナトリウムはコンクリートと接触すると、その中に含まれている水分
と反応するが、反応時にコンクリート内部で水素ガスが発生する。そのため場合に
よってはコンクリートが破壊されたり、大量のナトリウムとコンクリートが反応す
れば発生した水素が空気中の酸素と化合して爆発を起こす可能性もある。
(二) 「もんじゅ」においては、二次系のナトリウム配管室や器室の部屋の床面
に鋼製ライナが施工されており、それによってナトリウム漏洩に対しても床コンク
リートとナトリウムの接触を防止しているとされている。
 コンクリートとナトリウムの接触を防止しなければならない理由は、右のとおり
ナトリウムがコンクリートと触れると激しい反応を起こし、コンクリートを破壊す
ると共に危険な爆発しやすい水素が発生することにある。コンクリートは固く乾い
ているようでもその五〇パーセント以上は水であり、しかもコンクリートを加熱す
ると一〇〇度前後から自由水が外部に出てくるようになり、二六〇度からは結晶水
(結合水)の脱水が始まって、コンクリートからは大量の水が出てくる。特に温度
が五〇〇度を越えると水酸化カルシウムの脱水分解が始まり、コンクリートの強度
は急激に低下する。ナトリウムは空気中に出てきた水蒸気とも反応し、又、コンク
リートの内部に入って内部の水とも激しく反応する。コンクリート内で発生した水
素は逃げ場がないために、内部に大きな応力を生む。やがて限界を越え、コンクリ
ートは激しく砕け、その破片はミサイルのように四方に飛び散る。それと同時に未
燃焼のナトリウムも四方に飛び散り、新たな火の手
が上がることになる。そのすさまじさは「一旦始まると人為的にコントロール出来
なかった」とされている。又、コンクリートの塊の上に鋼鉄製の衝立(肉厚五ミリ
メートル)をおいてその中でナトリウムをプール燃焼させた実験では鋼鉄製衝立は
完全に破壊され、燃焼ナトリウム温度がある一定の温度以上になると加熱しなくて
もナトリウム・コンクリート反応は自己触媒的に持続してコンクリート塊が破壊さ
れることも判明している(甲イ・三五〇)。
(三) ところで原子炉格納容器も配管室も、その仕切り壁はコンクリート製であ
るので、ナトリウムが配管等から漏洩した場合であっても、ナトリウムがコンクリ
ートと接触することは絶対に避けなくてはならない。そのために、動燃は、一次冷
却系では床のみならず壁も天井も鋼製ライナを張り巡らし、かつ室内をナトリウム
の燃焼を抑える窒素雰囲気(即ち、室内の酸素量を大気中よりも低下・減少させ
る)としたが、二次冷却系では「配管断内のナトリウムは放射能を帯びていないの
で、漏洩しても危険はない」としてナトリウム燃焼の危険性を軽視し、床にライナ
を張るだけで壁と天井はコンクリートのままとし、室内は燃焼を抑制する窒素雰囲
気とはせず、通常の状態(空気雰囲気)とした。
(四) 本件ナトリウム火災事故は右の二次冷却系で発生した事故である。そして
少なくとも壁との間では、絶対に避けなければならないナトリウム・コンクリート
反応が事実として発生したのである。
3 本件ナトリウム火災事故におけるナトリウム・コンクリート反応
(一) 本件ナトリウム火災事故後の初期に撮影された写真には、ナトリウム堆積
物に最も近い部所に、著しい段差と変形が生じたりッドがあり、その真上のコンク
リート壁には明らかな変色と変質の跡が見られる(動燃第一報、甲イ・二三九・九
八頁~一〇〇頁)。
 動燃第二報(甲イ・二四〇)によれば、「ナトリウム漏洩の発生したA―四四六
室のコンクリート壁にはナトリウム化合物が付着し、変色が認められる」、「当該
部のコンクリート表面については、健全部と比較し塗れ色を呈していることが確認
されている。また表面にはヘアクラックが認められており発生原因を調査中であ
る。打診検査においては、当該箇所中央部(黄色部)の一部について異音のする箇
所が確認されている。これについては浮きの発生等が考えられるため、現在原因を
解明中である」とされている。
 
以上の諸現象について科学技術庁第二次報告書では次のとおり説明されている(乙
イ・九・三一頁)。
 「コンクリート壁部表面に付着したナトリウム化合物除去後のコンクリートに
は、深さ一mm程度まで黒灰色を呈している部分(面積約四m2)が認められた。
上記試料のX線回析分析によるセメントや骨材中の鉱物の状態、及び熱分析による
質量変化からみて、表面から一cmまでの平均的な受熱温度は四〇〇℃以下と推定
した。
 黒灰色部及びその周辺の壁表面にはひびが認められるが、ひびは健全部の表面に
も存在している。ひびの数や方向性は、両者の間で大差ないが、黒灰色部及びその
周辺のひびの幅は多少大きい傾向があった(健全部では一般的に、〇・四mm以下
であるが、〇・五~〇・九mmになっていた)。ひびの発生した主要な原因は、コ
ンクリート打設時の乾燥収縮と考えられるが、黒灰色部及びその周辺では、ナトリ
ウム漏洩に伴う受熱による乾燥促進のため、ひびの幅が拡大した可能性がある。
 また、黒灰色部の一部に表層が浮いていると思われる部分が四箇所(合計面積約
〇・五m2)存在した。コンクリートサンプリング後の孔内部の目視観察で、表面
より深さ二cm程度の位置に浮き剥離面とみられるひびが認められた。」
(二) 以上のとおり、事実としてコンクリート(壁)と高温のナトリウムが接触
し、相互の反応が発生した。この点はコンクリート表面にナトリウム化合物が付着
していることからも明らかである。そしてナトリウムの接触経路については、ナト
リウム漏洩部(温度計検出部)直下のダクトやグレーチングの著しい損傷から見
て、右漏洩部から直下にコラム状に落下したのではなく、溶断したフレキシブル管
(チューブ)に接触して周辺に撒き散らされ、その後は右漏洩部から大小さまざま
な液滴や霧状のミストとなって飛散したものとも推定される。この飛散したナトリ
ウムの一部がコンクリート壁を直撃した可能性もあるし、また一度ダクトにふりか
かったナトリウムが溶け落ちる前のダクト表面で跳ね返ってコンクリート壁に接触
した可能性もある。
 この点、燃焼実験Ⅱでは「実験開始後二分一秒に漏洩ナトリウムのグレーチング
とライナヘの最初の落下が認められた。また初期漏洩時にはリッドに落下するナト
リウム液滴や側壁コンクリートへのナトリウムの飛散が認められた」(動燃第四
報、乙イ・九・添四―一〇)とされており、この実験結
果からも本件ナトリウム火災事故においてナトリウムとコンクリートの直接接触即
ち、ナトリウム・コンクリート反応が起こったことは疑いの余地がない。
(三) 以上のとおり本件ナトリウム火災事故では、絶対に起こってはならないと
されるナトリウム・コンクリート反応が少なくともコンクリート壁との間では現に
発生したのである。
 この点、動燃は「漏洩部近傍のコンクリートは、表面部分がある程度の熱的影響
を受けたが、ナトリウムとコンクリートの反応生成物は検出されず、また、構造耐
力、遮蔽性能への影響はないものと判断された」(動燃第四報、乙イ・九・四―一
四)と述べ、科学技術庁も「ナトリウム漏洩に伴い影響を受けた部分は、一部の表
層部(深さ二センチメートル程度)であり、鉄筋コンクリート壁の構造強度上、耐
久性能上および遮蔽性能上、問題となる影響はなかったと判断された」(科学技術
庁第二報、乙イ・九・三〇頁)などと述べる。
 しかし被告らの右の主張は詭弁以外の何物でもない。前記のとおり、「もんじ
ゅ」においては、仮に「事故」が起こったとしてもナトリウムとコンクリートは、
床であれ、壁や天井であれ、絶対に接触することがない、というのが「基本設計」
の内容だったのである。そこでは「構造耐力」や「構造強度」あるいは「遮蔽性
能」に影響を及ぼさない限度でのナトリウムとコンクリートとの接触(反応)は許
容されるなどということは、およそ想定されていなかったのである。
4 壁にもライナを・・・・・スーパーフェニックスの教訓
 一九九六年三月八日に行われた「科学技術庁原子力安全局とフランス原子力施設
安全局とによる第九回原子力安全に関する情報交換会合」においては、フランス側
から、高速増殖炉「フェニックス」、「スーパーフェニックス」で発生した火災
と、それに対して採られた対策が説明された。その説明によれば、スーパーフェニ
ックスでは、一九九二年から九四年にかけて、床ライナに加えてコンクリート壁に
もうイナが設けられている(甲イ・四四八)。そして以上、詳述したとおり、「も
んじゅ」の壁にはライナが存在しない。スーパーフェニックスの右の教訓(知見)
を得ていたにもかかわらず「もんじゅ」の壁はライナで防護されなかった。
5 水素爆発の危険性
(一) ナトリウム・コンクリート反応の危険性の一に水素爆発があることは前記
のとおりである。そして燃焼実験Ⅱでは、床ライナに
穴があき、ナトリウムがその穴から床のコンクリートを襲った。その結果、床ライ
ナと床コンクリートとの間に水素が蓄積した。実験を撮影したビデオの映像には、
その水素が爆発的に燃焼する姿が捉えられていた。
 この点について、動燃第四報は次のように述べる。
 「実験終了後のビデオ映像では、ナトリウム供給配管等の残留ナトリウムを追い
出す操作をした際、ナトリウムがライナ上に落下し、ライナの開口部にほぼ相当す
る位置で白色(周囲はオレンジ色)で半球状あるいは球状の発光が断続的に観察さ
れた。この発光が水素の燃焼によるものとすると、開口部からライナ下に侵入した
ナトリウムと床コンクリート等とが反応して局所的に水素が発生し、直ちに水素燃
焼を起こしたことが推定される。
 但し、〇・一七%は水素の燃焼下限濃度四%と比較して十分低い濃度であり、水
素が蓄積して燃焼や爆発を起こすような状況ではなかったと考えられる。」(乙
イ・九・添四―二〇)。
(二) しかしこれは苦し紛れの言い逃れである。燃焼の下限濃度が四パーセント
で、実際の水素濃度が〇・一七パーセントだったのだとすれば、どうやって水素が
燃焼できるのか? 右ビデオ映像から明らかなとおり、事実として水素燃焼は起こ
ったのである。
 水素は軽い気体であり、空間に一様な濃度で分布することはない。動燃がここで
引いてきた〇・一七パーセントという水素濃度は、燃焼実験Ⅱの実験セル内の床か
ら六メートルの点からサンプリングされた空気中の濃度であり、水素燃焼が起こっ
た床ライナ破損部あるいは床ライナと床コンクリートに挟まれた空間の水素濃度で
はない。実際には、その部分の空間には、燃焼下限濃度を上回る水素の蓄積があっ
たからこそ、水素が白色の光をあげて燃焼したのである。もちろん、水素が蓄積し
た空間の容積が小さければ、燃焼によって放出されるエネルギー量も小さいものと
なる。しかし、それが床ライナを破損する程度のものであれば、水素燃焼と床ライ
ナの破損は相互拡大的に進展することになり、事態は一気に破局に向かうのであ
る。
6 まとめ
 本件ナトリウム火災事故および燃焼実験Ⅱによって、
 第一に、「もんじゅ」の設計思想および「基本設計」、従って安全審査そのもの
が崩壊したこと(被告らは、ナトリウムがコンクリート壁に降りかかるような事故
形態を全く想定していなかったし、そもそも右のとおり、ナトリウムとコンクリー
トと
の接触をありえないものと考えていた)。
 第二に、現在の「もんじゅ」の施設、設備の構造からはナトリウム・コンクリー
ト反応が現実の事故として起こり得ること。が明らかとなった。ナトリウム・コン
クリート反応の重大な危険性に鑑みれば、この危険性が現実化した「もんじゅ」の
本件許可処分には重大かつ明白な違法があり、その運転は差し止められなければな
らない。
八 「設計基準事故」の安全解析の破綻・・・・国と動燃は二次系のナトリウム漏
洩事故を過小評価し、本件ナトリウム火災事故を想定もしていなかった
1 はじめに・・・・・・被告らの設計思想の破綻
(一) 被告らはナトリウムの漏洩・火災事故、とりわけ二次系での右事故の発生
を軽視ないし過小評価してきた。その前提にはLBBという安全設計思想があり本
件ナトリウム火災事故はこの思想の破綻をも明らかにした。
(二) 「もんじゅ」についてLBBの思想は概略次のようなものである。
 即ち、「もんじゅ」のナトリウム配管内部の圧力は数気圧であり、軽水炉と比較
して格段に低い。また配管はステンレス鋼でできており、延性も大きいから、突然
ギロチン破断したり折れ曲がったりすることは考えにくい。従って、仮に配管の溶
接部分に亀裂が発生しそれが次第に大きくなって穴があき、ナトリウムが漏れるよ
うになってもいきなり多量に漏れることはない。大きな漏れの前には必ず微少な漏
れが先行すると考えられた。これが、LBB(Leak before BRea
k)の思想である。動燃訴訟対策室長であったP9証人が「もし漏洩が起こるとす
れば、非常に微少な漏洩から進展するということでして、漏洩検出に力をいれまし
て、それによって安全性を確保するということが基本の考え方でして、漏洩検出に
よって配管の健全性を確保していくということにしています」と強調した(P9証
人・二三回・一七丁裏)のはこの考えによる。
 しかし「もんじゅ」では、配管の周囲には内側から順に、内装板、二七センチメ
ートル程度の厚さの保温材、外装板が巻かれており、配管と内装板の間には約二セ
ンチメートルの隙間がある。ナトリウム検出器はこの隙間の空気を吸引するシステ
ムとなっている。これでは、本件ナトリウム火災事故のように、温度計が外部から
外装板・保温材・内装板を貫通して配管内に差し込まれる構造を持ち、その温度計
の内部を通ってナトリウムが外部に漏れだして火災になっ
た場合には、設置したナトリウム漏洩検出器は役に立たないことになる。
 しかし、よく考えて見れば、主配管からはサンプリングなどのために多くの枝管
がでており、温度測定のために温度計が差し込まれてもいる。軽水炉でも主配管か
らの漏洩よりも枝管からの漏洩の方が多く起こっているのだから、微少な漏洩の段
階で検出ができないことがある。これはLBB思想が破綻したことを示している。
 そして現実に、本件ナトリウム火災事故が突発した。
(三) この事態に対して被告らは、「LBBの思想は細い管には適用されない」
などと主張するに至った。即ち、証人P8は、「LBBの概念というのは、一B配
管、一Bというのは、一インチ(二五・四ミリメートル)と考えていただければい
いわけでございます。要するに一B配管よりも小さいものに対しては適用しないと
言うことでございまして、おのずと今回のものについては、私どももLBBの概念
を適用するなんて気は毛頭ございませんで、この管がいわゆるギロチン破断して
も、その出てくるナトリウムの量は、事故想定をしている範囲内に充分収まってい
るので、安全上も問題ないという判断をしたわけであります」などと証言する(P
8証人・一七回・四三丁表)。
 つまり一インチ以下の管(温度計の保護管も含まれる)についてはそこからナト
リウムが漏洩してもたいした漏洩ではないから、安全上無視してもいいということ
である。
 動燃や科学技術庁はこれまでLBBがあるからナトリウムが漏れても安全だとい
い続け、原告ら一般の人々はそれを信じてきた。LBBが主配管からでている径の
細い配管(今回の温度計もその一つである)には適用されないなどということは考
えてもいなかったし、その旨の説明もなかった。なぜなら動燃や科学技術庁が「L
BBの適用には限界がある」とは言ってこなかったからである。だが、関係者の内
部では、一インチ以上の管について微少な漏れを検出できればLBBは成り立つと
考えていたようである。要するにLBBは狭い範囲内だけで適用があるいい加減な
安全思想であり、P9証人が証言するような万全の安全思想ではなかったのであ
る。本件ナトリウム火災事故はこれを実証し、動燃(P9証人)の主張の欺購性を
明らかにした。
2 本件ナトリウム火災事故は二次系を軽視した結果である
(一) 本件ナトリウム火災事故は二次系の軽視に起因するものである。
 即ち、本件ナト
リウム火災事故から二ケ月後にP15「もんじゅ」所長は、「事故は核分裂生成物
がない二次系で起きました。一次系に比べ、これまでの力の入れ具合という点で甘
かったのかな、と今にして思います。原子力技術者は核分裂生成物をどう閉じ込め
るかに全力を注ぎます。その努力を一〇〇とすると、ナトリウムを閉じ込める努力
は一〇分の一ぐらいでしょうか」(甲イ・三三四、中日新聞、一九九六・二・一
〇)と述べている。また「もんじゅ事故は、二次主冷却系からのナトリウムの漏え
いであり、放射性物質による環境への影響はなく、炉心冷却能力への影響等もなか
った。この意味で、原子炉等規制法が要求する災害防止上の観点からは、もんじゅ
の安全性は確保されていた。」(原子力安全委員会第3報、乙イ・四二の二・一
頁)
などの被告側の見解が示されている。しかしこれらは誤っている。
(二) 「もんじゅ」の二次系は原子炉の通常および緊急停止後には、二次系に接
続した空気冷却器とともに、炉心の核燃料から出る崩壊熱を除去するための補助冷
却システムの一環として機能するのであり、「もんじゅ」の安全確保上、重要・不
可欠な部分である。
 即ち「もんじゅ」の崩壊熱除去系は二次系に依存しており、仮に複数の系統
(「もんじゅ」ではA、B、Cの三つのルートの二次系があり、本件ナトリウム火
災事故はC系統で発生した)で本件のような破断が発生すれば炉心の除熱・冷却能
力は著しく損われる。その場合炉心の冷却を維持・継続するために、ナトリウム漏
洩火災をあえて放置しなければならない(即ち、炉心の除熱・冷却能力を確保する
必要からナトリウムをドレンすることができず、ナトリウムの漏洩・火災を放置
し、受忍すること)事態も予想される。
 また本件ナトリウム火災事故(壁コンクリートとナトリウムの反応、および床ラ
イナと一体の機能を有すると推測されるリッドの変形)および燃焼実験Ⅱ(床ライ
ナの貫通・損傷)により、「もんじゅ」でナトリウム・コンクリート反応が起こる
ことが明らかになった以上、この反応の拡大により他の崩壊熱除去系(AおよびB
系統)の機能に支障が生じることも予測される(例えば最悪の想定として、ナトリ
ウム・コンクリート反応による水素爆発の発生と、これによるA・B・C各系統の
隔壁の破損による他系統の機能停止)。この点被告らはナトリウムの大規模漏洩
(一五〇立方メートル)による漏洩室内での燃焼
とこれによる内圧の上昇しか考慮しておらず、コンクリート(床または壁)の破損
と、これによる他の崩壊熱除去系の機能不備の可能性を全く想定していない。
 二次系ナトリウム漏洩事故は、右のとおり「もんじゅ」の高速増殖炉としての危
険性を顕現する可能性を有するものである。
(三) 本件ナトリウム火災事故の右のような本質的危険性を理解すれば、「二次
系だったから『もんじゅ』の基本設計による安全性は確保された」などという弁解
が成立する余地はない。
3 大規模漏洩しか想定しなかったことの誤り
(一) 原子力安全委員会は、その第一回報告書(第一報、乙イー・一二)で、
「当時の安全審査においては、室の床全面にナトリウムが溜まって床ライナが全面
加熱されることが最も厳しい条件と考えられており、局所的な燃焼については議論
が行われていなかった」(二六頁)と述べ、本件ナトリウム火災事故を全く想定し
ていなかったことを認めている。
 また、「今回の事故及び燃焼実験―Ⅱの結果から鉄、ナトリウム及び酸素が関与
する界面反応が問題となっている。一般に酸化物の反応の研究は、熱力学的研究や
状態図研究に関しては様々な分野において古くから行われてきたものの、鉄、ナト
リウム及び酸素が関与する界面反応に関しては十分な知見の蓄積はなく、高速炉分
野においてナトリウム漏洩燃焼時に、燃焼ナトリウムと接触した鉄が酸素の存在の
もとに、鉄の融点以下で損傷し得るという知見と問題意識はなかった。」(二七
頁)とも述べている。
 このように安全審査で考慮されていたのは床ライナの全面一様な加熱であり、破
損の形態も床ライナが熱膨張によって壁にぶつかり、その反力によって壁が破損す
ることを回避するというモデルだった。
(二) しかし漏洩ナトリウムによる床ライナの全面加熱が本当に「最も厳しい」
条件であったか否かは疑わしい。例えば原子力安全委員会第一報(乙イ・一二)に
は動燃が「原子炉設置許可の申請以前において空気中のプール燃焼実験を三例行
い」、申請後には「空気中におけるスプレイ燃焼実験及びコラム燃焼実験」(二七
頁)を行ったとされている。そしてこれらの実験の目的は「安全審査」における
「解析モデルの検証」にあったとされている。何度も何度も実験を繰り返したと思
われるが、そこからは局所加熱についても化学反応についても何ら知見が引き出せ
なかったのだろうか。また動燃第四報(乙イ・九)
の添付資料に「空気雰囲気でのナトリウム漏洩燃焼試験について」(添四―二)の
簡単な紹介があるが、例えば「対策設備実証」としながらも、漏洩高さが二メート
ルしか無いなど、それらの実験条件は「もんじゅ」の設備様式と異なり、首を傾げ
たくなるものばかりである。これまでに長い年月をかけて行われてきた一連の実験
が、結果として現実の本件ナトリウム火災事故、あるいは燃焼実験Ⅱにおいて床ラ
イナに現れた現象を予測する上で役に立たなかったこと、それどころか、むしろ結
果的にナトリウム火災の威力を過少に評価する根拠になってしまったことは深刻で
ある。現在のところ動燃以外にこのような規模の大きいナトリウム燃焼試験を行え
る専門の機関は国内には存在していないのであり、そうであれば動燃の「技術的能
力」を論ずるまでもなくこのような未知・未解明の技術分野に属する事項が原子炉
の技術として採用されるべきではないからである。
(三) また、鉄とナトリウムと酸素が関与する界面反応の知見の有無については
別途論述するが、少なくともナトリウムが流れる配管内の腐食については、酸素の
混入があると複合酸化物が形成され腐食が促進されることは一九七〇年代には知見
が得られており、動燃や原子力安全委員会は当然にこれを認識していたはずであ
る。そのような知見が何故、漏洩時の問題事項として検討されなかったのか重大な
疑問がある。従ってこの点に関する原子力安全委員会の前記の「言い訳」をそのま
ま認めることはできない。
(四) いずれにせよ技術(者)レベルでの弁解や釈明はともかくとして、原子炉
設置許可処分の当否を争う訴訟のレベルでは原子力安全委員会の前記の主張が法的
に許容される余地はない。なぜなら、伊方原発最高裁判決が示したとおり、「許可
処分当時の科学的知識によれば、当該基本設計が講じている事故防止対策で十分安
全であると判断された場合であっても、現在の通説的な科学的知識によれば、右事
故防止対策は不十分であり、その基本設計どおりの原子炉を設置し、将来、これを
稼働させた場合には、重大な事故が起こる可能性が高いというような時には、当該
原子炉の安全性を肯定した設置許可処分は違法であるとして、取り消すべきもので
あろう。」(ジュリスト一〇一七号五七頁、高橋利文調査官の解説)とされている
からである。従って本件ナトリウム火災事故の原因解明が進み動燃および原子力安
全委員会
も、今日、「新知見」(?)を得たとする以上、「知っているべき知見」(温度計
サヤ管の設計ミスについて)とか「問題意識があれば知り得た知見」(界面反応に
よる腐食の機構)などの弁解が法的な主張として成り立つ余地はない。「現在の通
説的な科学的知識によれば」、本件ナトリウム火災事故はまさに「(「もんじゅ」
の)事故防止対策が不十分であり、その基本設計どおりの原子炉を設置し、将来、
これを稼働させた場合には重大な事故が起こる可能性が高い」ことを事実をもって
示したのである。
 因みに鉄とナトリウムと酸素が高温下で関与する界面反応が「新知見」ないし
「かつては知りえなかった知見」かと言えば、全くそうではない。即ち、原子力安
全委員会が今回、調査を依頼した電気化学会の報告書(乙イ・四一・参―一五以
下)によれば、
(1) 「燃焼ナトリウムと接触した鉄が酸素の存在のもとに鉄の融点以下で損傷
し得るかという知見が、『もんじゅ』の設計・審査時点で一般的に存在したか、あ
るいは予測が可能であったか」との原子力安全委員会からの質問に対して、電気化
学会は、
(2) 「結論から言って、損傷の発生する可能性を予測することは可能であった
と判断される」(乙イ・四一・参―一七)、「さらに詳細な同様の報告が英国原子
力局から出されており、増殖炉の分野では入手可能な情報と考えられる」(乙イ・
四一・参―一八)と明確に回答している。
 即ち、本件ナトリウム火災事故の原因となった鉄とナトリウムと酸素の界面反応
については、既に「もんじゅ」の設計および安全審査の時点で高速増殖炉の分野で
は予測可能かつ入手可能な情報だったのである。これを伊方原発最高裁判決の論旨
に則して言えば、「許可処分当時の科学的知識によっても、(「もんじゅ」の)基
本設計が講じている事故防止対策は十分安全とは判断されなかった」はずのもので
あり、この点に関する被告らの無知(「知見がなかったこと」ないし「問題意識が
なかったこと」)はそもそも本件許可処分がその当時において既に違法であり、
「現在の通説的な科学的知識によれば」これは重大かつ明白な違法があったことを
意味する。
(五) この点に関連して原子力安全委員会委員長の証人P12は、「だから、端
的な話、仮定の話じゃないですよ、現存してる許可処分というのは、今のもんじゅ
ですよ、腐食抑制対策も何も施してないもんじゅですよ。これが許可申請で上
がってきた場合、安全委員会として、妥当であるという結論を出せるんですか、現
時点で、現在の科学技術水準、知見で。
 これは、最新の知見に基づいて審査を行うというのが基本原則でございますか
ら、現在の知見に基づいてやれば、腐食について少なくとも何らかの説明を求める
と、どういう対策を採って、どこまで抑制できますかという説明は、当然求めるこ
とになろうと思います。
で、説明ができなければ、妥当性は欠くと、こういうことになりますね、当然。
 これは、十分な説明がなければ、いつまでたっても許可が下りないということに
なります。」(P12証言・一二三頁)と証言し、現存の「もんじゅ」の設備と構
造では原子炉設置許可処分を下すことができないこと、換言すれば現在の許可処分
が違法・無効であることを端的に認めている。
4 「もんじゅ」でも床ライナは貫通損傷する・・・・温度と腐食の関係の無視
(一) 争いのない事実
 本件許可処分の事故想定温度の大幅な超過
(1) 前記のとおり本件許可処分における設計基準事故としての二次系ナトリウ
ム漏洩事故(=本件ナトリウム火災事故)の想定値等は次のとおりである。
 「二次主冷却系配管室でのナトリウム漏洩の場合、床ライナの最高温度は約四六
〇度であり設計温度五三〇度以下にとどまる。
 過熱器室での漏洩の場合、床ライナの最高温度は約五二〇℃であり、設計温度五
三〇度以下にとどまる」(許可申請書・乙イ六・一〇―三―一三七)
(2) これに対し科学技術庁第三次報告書(乙イ・一三)によれば、本件事故お
よび燃焼実験Ⅰ・Ⅱにおいて床ライナの温度は、それぞれ「七〇〇~七五〇度」、
「七四〇~七七〇度」、「八〇〇~八五〇度、局所的に一〇〇〇度超」とされてい
る(報告書二一頁、二六頁)。そして燃焼実験Ⅱでは、床ライナに五ケ所の貫通孔
も生じた。
(3) いずれにせよ本件許可処分の床ライナ上での事故想定温度(約四六〇度)
と設計温度(五三〇度)は、「わずか」約〇・七トンのナトリウム漏洩という本件
事故によって、あっさりと破られてしまったという事実に争いはないし、燃焼実験
Ⅰ・Ⅱの結果によって、これは一層明らかとなった。
(4) こにおいて、本件許可処分における「事故想定温度約四六〇度、設計温度
五三〇度」とは一体如何なる根拠と解析に基づくものだったのかという疑問が当然
に生ずる。本件許可処分の事故想定がナトリウムの漏洩量を一五〇
立方メートル、漏洩温度を五〇七度としている(即ち、定常時の大規模漏洩を想定
している)ことをふまえると、右の疑問は一層深まる。なぜなら本件は右のとおり
「わずか」〇・七トンの漏洩事故であるからである。
 しかし科学技術庁第三次報告書などは右の疑問に対する回答を何ら提示していな
いのである。
(5) この点原子力安全委員会は、
 「(五三〇度という)設計温度の意味は、床ライナがこの温度まで全面一様に加
熱されても、熱膨張によって壁と干渉しないように設計するというもので、この温
度を超えれば直ちに床ライナが機能を喪失するということではない」(乙イ・四
一・一六頁)などと弁明する。しかし右弁明は燃焼実験で提起された問題を全く理
解しないものである。
 第一に、燃焼実験(とりわけ燃焼実験Ⅱ)で明らかとなった問題点は、「小規
模」のナトリウム漏洩による床ライナでの高温界面反応と床ライナの健全性の有無
である。そしてこの形態の事故において床ライナの健全性を確保できないことを本
件ナトリウム火災事故および燃焼実験Ⅱは明らかにしたのである。従って、被告ら
が「全面一様加熱を前提とした五三〇度の妥当性」を再三強調しても、それは自ら
の事故想定の誤りを「再三強調」しているにすぎず、何ら燃焼実験の結果を教訓化
しようとするものではない。
 問題は、本件ナトリウム火災事故および燃焼実験Ⅱで現に床ライナが損傷したと
いう事実について、「もんじゅ」の「設計温度五三〇度」という数値は如何なる意
味ないし安全性の保証となるのかである。
 第二に、本件ナトリウム火災事故において被告の言う床ライナの健全性が確保さ
れたということもできない。
 即ち、堆積物除去後の床ライナとリッドの状態は、動燃第二報(甲イ・二四〇)
によると「床ライナは、漏洩部直下近傍をほぼ中心に複雑な凸凹があり、凹み側は
最大一八ミリメートル程度、凸側が最大三四ミリメートル程度であった。堆積物除
去後のライナ面には白色のナトリウム化合物が残存し、一部濃い茶色及び黒色部位
が存在していた。」、「C/V壁側のリッドは漏洩部直下に近い部分を中心に最大
高さ±一〇センチメートル、長さ二五〇センチメートルに渡って山形状に変形して
いた。変形は、リッドの先端が跳ね上がった状態になっており、特に中央部はめく
れ上がったようになっていた。また、リッドの重ね合わせの継ぎ目が離れ四センチ
メートル程度の段差ができ
ていた。(右側が上になっていた。)リッドの変形が大きい部位のC/V壁に、変
色跡が認められた。」(一三頁)と記されている。
 前記の「リッド」とは床ライナの立上げ部とコンクリート壁との間の隙間を保護
するためのものである。本件ナトリウム火災事故ではこのりッドが大きく変形した
ことを被告動燃は認めているのであり、この変形の状況如何によっては床ライナの
機能が失われることは明らかである(リッドの損傷を通じてナトリウムが右の隙間
から侵入してコンクリートと反応を起こすことがありうる)。従って本件ナトリウ
ム火災事故にもかかわらず床ライナの健全性は確保されたとの被告らの主張は誤っ
ている。
 第三に、原子力安全委員会の主張は「設計温度」と「破損温度」を意図的に混同
させている。「(設計温度-五三〇度)を超えれば直ちに床ライナが機能を喪失す
るということではない」(乙イ・四一・一六頁)との原子力安全委員会の主張は、
従来の「床ライナの全面加熱が最も厳しい条件」との主張をかなぐり捨てた言い逃
れの主張である「局所的な変形解析および実験の結果から、床ライナの温度が九〇
〇度~九五〇度までは機械的破損は生じないことが示された」(原子力安全委員会
第二報、乙イ・四一・一七頁)との主張と連動するものかと理解される。この点に
ついて原子力安全委員会委員長のP12は以下のとおり証言する。
 「例えば、ある材料である構造のものを作ると、これが何度までもつだろうかと
いうのがあるわけでございます。で、そういう温度になってしまっては困りますか
ら、設計温度というのを設定いたしまして、この温度以上にはしないようにしまし
ょうと。で、それを確実に担保するためには、運転中にこういう条件にはしないよ
うにしますと、これが制限値でございます。」(P12証人・二七回・三一頁~三
二頁)右証言によれば、「これが何度までもつだろうか」という温度が「破損温
度」であり、それ以下の温度領域で「設計温度」と「制限値」が設定されているこ
とが理解される。また本件の床ライナの五三〇度という設計温度は、「(動燃が)
そういう温度(=五三〇度)で設計するということを申し出たということでござい
ます。で、最高温度がそれを超えてしまっては、設計温度の意味というものが多少
失われてしまいますから、設計温度で設計して機能が維持できるということを示す
ために、その最高温度が(申請書に)記載
された」「(五三〇度という設計温度は動燃が)約束したというふうに受け止めま
す。そういうものを作るというふうに(動燃が)約束してある、約束されたという
ふうに私どもは普通は理解します」(以上、P12証人・二七回・三〇頁)とされ
ている。
 要するに、「もんじゅ」の床ライナの五三〇度という設計温度は、床ライナの破
損温度とは別に、床ライナの健全性を余裕をもって確保するために動燃が約束し、
原子力安全委員会がこれを了承した設計基準に関わる温度値である。即ち、右「設
計温度」は動燃の「約束」と原子力安全委員会の承認によって設計基準事故の指針
となる温度値(=審査基準としての温度値)であって、これを超過する事故(=本
件ナトリウム火災事故)が発生すれば、設計基準事故の想定は破れ、ひいては審査
基準の不合理性と「基本設計」の誤りが明らかとなるものである。被告らは獅これ
を自覚するが故に、あえて「破損温度」と「設計温度」を混同させ、「設計温度」
をはるかに超過した本件ナトリウム火災事故についてその免責事由として「破損温
度」(九〇〇度~九五〇度)を持ち出したものであり、このような被告らの主張は
理論上も誤っており(「破損温度」と「設計温度」の意図的な混同)、訴訟上も不
公正なものと言わざるをえない。
(二) 燃焼実験Ⅱにおける床ライナの損傷・貫通について
(1) 被告らは燃焼実験Ⅱで床ライナが損傷(溶融)・貫通するという予想外の
結果が生じたことに驚き、その弁明に必死となっている。例えば科学技術庁第三次
報告書(乙イ・一三)は、
 「燃焼実験Ⅱについては、主配管等の配置、ナトリウム漏えい量、漏えい時間は
もんじゅ事故と合わせたものの、もんじゅの配管室と比較すると、実験セルの容積
は約一三分の一であり、もんじゅの外部しゃへい壁と漏えい箇所の位置関係は模擬
したが、他の三つの壁はもんじゅと異なり漏えい部に近い位置になった。また、実
験セル内部の観察のために設置したカメラの冷却やレンズヘのエアロゾルの付着を
防止するためカメラ管台から実験セル内に空気を供給する構造としたこと、床ライ
ナ上に温度計の支持構造物や堆積物採取用の鋼製枠等が設置されていた等の条件が
もんじゅ事故の場合と相違していた」(報告書二四~二五頁)などと弁解する。ま
たP8証人は、「今度の実験(注燃焼実験Ⅱ)の場合には非常に体系として小さい
わけですから、極めて近いところがら
どんどん空気を送って、言わば燃えろ、燃えろというような実験をやった。そうい
う意味で私は(燃焼実験Ⅱは)再現実験にはなっていないと思います」(P8証
人・第一九回・一一丁裏)と証言する。
(2) 前記のとおり原告らは燃焼実験が、正確に本件事故の再現実験であるとは
考えていないし、その旨の主張をしたこともない。
 むしろ、事故発生の当事者責任を問われる被告らの方が、燃焼実験を再現実験と
印象づけようとしていたのである。ところが、意図・目的に反する結果(=床ライ
ナの損傷・貫通の発生)が出たため、俄に被告らは「燃焼実験は再現実験ではな
い」と陳弁しているのであり、その態度は滑稽と言うべきである。
(3) 問題は次の点にある。
 即ち、燃焼実験が本件事故の「再現実験」と言えるかどうかは別として、燃焼実
験の意図と目的が本件事故状況を模擬し、その結果を追試しようとしたものである
ことは疑いがない。さもなくば本件ナトリウム火災事故直後に、あわてて燃焼「実
験」を実施する意味はない。
 そして、右のような燃焼実験において、事実、床ライナが損傷・貫通するという
事態が生じた。この事態は本件許可処分が客観的に誤っていたことを明らかにする
ものである。
 従って右事態を直視すれば、第一次的に安全審査を担当する科学技術庁として
は、事故想定とその結果および安全審査基準の見直しを行ない、とりあえず直ちに
もんじゅの運転停止を命じることが必要とされたのである。
 しかるに科学技術庁は、前記のとおり本件事故と燃焼実験の条件の差異を奇貨と
して、あくまで本件許可処分の誤りを認めようとはしないのである。
(三) 燃焼実験の温度測定は信用できない
(1)科学技術庁第三次報告書(乙イ・一三)によれば、燃焼実験ⅠおよびⅡで換
気ダクト、グレーチング、床ライナの温度はそれぞれ「六〇〇度~七〇〇度」、
「一〇〇〇度程度」、「七四〇~七七〇度(燃焼実験Ⅰ)八〇〇~八五〇度、局所
的に一〇〇〇度超(燃焼実験Ⅱ)」とされている(乙イ・一三・二六頁)。
 前記(一)で述べたとおり、これらの温度はそれ自体本件許可処分における設計
温度を大幅に超過するものである。しかし本当に燃焼実験において温度が右の範囲
に止まっていたか否かについては重大な疑問がある(因みに、本件ナトリウム火災
事故では床ライナ表面の温度を含めて室内温度の実測値すら存在しない)。
(2) 即ち燃焼実験(Ⅱ)で
は、合計四三本の温度計が配置されているが、そのうち四一本はクロメル・アルメ
ル型で測定範囲は〇~一〇〇〇度である。一本は白金・ロジウム型で測定範囲は〇
~一六〇〇度、最後の一本はタングステン・レニウム型で測定範囲は四〇〇~二三
〇〇度となっている(福井県原子力環境安全管理協議会への資料)。鉄の融点は約
一五〇〇度である。そして、鉄製のダクトやグレーチングが溶けてしまった原因を
知ろうとしているのであるから、少なくともダクトやグレーチングに配置する温度
計の場合、最高でも一〇〇〇度までしか計れない温度計では意味がない。それにも
かかわらず、グレーチングや漏えい直下のライナにもクロメル・アルメル型の温度
計が設置されていたため、それらはいずれも実験途中で破損してしまっている(動
燃第五報、乙イ・一〇・Ⅱ―二―三八には「熱電対の破損」との記載がある。また
科学技術庁第三報、乙イ・一三・参―二二では「燃焼実験Ⅱ、グレーチング上面温
度」の約三〇分経過した時点で温度が二〇〇〇度を超え、測定値が得られていな
い)。また、床ライナには、白金・ロジウム型の温度計も設置されていたが、何故
かそれは漏洩直下から七五〇ミリメートル離れた場所に設置されていた。さらに、
グレーチングには、二三〇〇度まで計測できるはずであったタンゲステン・レニウ
ム型の温度計も設置されていたが、その温度計は「実験初期の段階で計測不能にな
った」とのことで、そのデータは公表されていない。
(3) 要するに本件ナトリウム火災事故および燃焼実験ⅠおよびⅡにおいて高温
領域の温度値は正確に測定も推定もされていない。従って本件ナトリウム火災事故
の原因解明の基礎となる各部所の温度すら不明というのが現実なのである。
(四) 床ライナの損傷・貫通は「もんじゅ」でも起こりうる
(1) 科学技術庁第三次報告書は、燃焼実験Ⅱにおいて床ライナに穴があいてし
まった原因は、燃焼実験Ⅱの実験セル(容積約一七〇立方メートル)が、実際の
「もんじゅ」事故が起こった主配管室(容積約二三〇〇立方メートル)に比べて容
積が狭く、ナトリウム燃焼による温度上昇が激しかった、そのため、壁のコンクリ
ートから多量の水分が放出され、それが水酸化ナトリウムを生んで、床ライナを損
傷させたという。しかし、「もんじゅ」の二次系ナトリウム配管が設置されている
のは主配管室だけでない。蒸発器室(容積約四七〇立方メート
ル)、過熱器室をふくめて多くの部屋があり、それらの部屋は小さなコンパートメ
ントに分けられていて、容積が狭い。そのような場所で、ナトリウム漏えいが発生
すれば、本件事故に比べて室温が高くなることは避けられないし、必然的に壁のコ
ンクリートからの水分放出量も多くなってしまう。いずれにせよ室温と湿度(本件
ナトリウム火災事故は一二月という低温環境下の条件で発生したため、低温と低湿
度という事故の拡大を防止する自然条件の下支えがあった)の条件によっては、本
件ナトリウム火災事故以上の温度上昇とコンクリートからの水分放出も十分予想さ
れる(甲イ・三三三)。
 従って科学技術庁第三次報告書の主張に従うかぎり、「もんじゅ」でも床ライナ
に穴があくという結論は必然である。
(2) 要するに本件事故そして燃焼実験を受けてもっとも大切なことは、「もん
じゅ」の床ライナでも穴があくのか、あかないのかということである。すでにテレ
ビでも報道されているように、動燃ではその点を現在解析中で、「もんじゅ」のP
15所長は穴があきそうなら穴があかないような床ライナにすればいいと言ってい
る(日本テレビ、一九九七・二・二二)が、これは動燃自身、床ライナの破損が
「もんじゅ」起こりうることを認めたものである。
 そして原子力安全委員会委員長のP12も以下のとおり証言して「もんじゅ」で
床ライナが貫通する可能性を認めるに至ったのである。「端的にお伺いしますけれ
ども、このもんじゅで同様の事態が起こってライナに穴が開くという可能性はあっ
たんでしょうか。
 この燃焼実験Ⅱが示したのは、条件によってはああいうことも起こるということ
を明確にしたわけでございます。ただ、現在のところ、どういう条件がどのような
組合せになったときに腐食がどれだけ進むのかというところまでは、まだ調べがつ
いてございません。しかしながら、燃焼実験Ⅱの状況を見ますと、実際のもんじゅ
のプラントで、そういう燃焼実験Ⅱとおなじような条件が現れる可能性は、私はそ
れほど高いものではないと思っておりまずけれども、これは先ほど申しましたよう
に、どういう条件がどういう組合せでそういうことになるかということがきちんと
解明されておりませんから、確かなことは申しあげられません。
 可能性としてはあるというふうにお伺いしてよろしいですか。可能性としては、
少なくとも否定はできません。」(P12証人・二七回
・七三~七四頁)
 その「可能性」は、「それほど高いものではない」どころか、被告動燃は計算に
よって、現実に起こりうることを明らかにしている(第六章、五、7項参照)。
5 まとめ
(一) 燃焼実験Ⅱにおいては床ライナに穴があいたし、本件ナトリウム火災事故
においても床ライナに減肉が生じた。これらの現象は、いずれも起こるまでは予測
されていなかった。しかし、実際に稼働する原子力施設では、起きてしまってはじ
めてわかるということでは決定的に困るのである。そのためにこそ、安全審査を行
い、安全性に関する見落としがないように配慮していると国は言い続けてきた。今
回の事故とその後の一連の実験は、そうした国の主張が建前でしがなかったことを
示した。
(二) 前記のとおり安全審査においては、一五〇トンものナトリウムが漏えいし
て、床ライナの温度は五三〇度にも達しないと評価されていたのであった。その評
価に使われた仮定条件は、事故が起きた現在から見れば、まことに馬鹿げたもので
しかない。さらに、度重なるナトリウム燃焼実験などを経ても、ナトリウムが鉄と
反応するという知見はまったく得られず、安全審査を含め事故が起きてしまうまで
は、まったく考慮すらされなかったのであった。しかし、実際には、わずか一トン
に満たないナトリウムが漏洩しただけで、科学技術庁第三次報告書でも、床ライナ
温度は、七〇〇~七五〇度(二一頁)になったと言われ、「予期せぬ」化学反応に
よって、腐食、減肉していたのである。
 そして本件ナトリウム火災事故および燃焼実験Ⅱを受けて、今日では原子力安全
委員会もナトリウム漏洩による床ライナの貫通という事態の発生を否定することが
できなくなっている。
(三) 本件ナトリウム火災事故が安全審査の段階で全く想定されなかったことに
ついて原子力安全委員会は次のように述べており(乙イ・一二)、自己の無知によ
る責任を、少なくとも否定はしないようである。
(1) 当時の安全審査においては、室の床全面にナトリウムが溜まって床ライナ
が全面加熱されることが最も厳しい条件と考えられており、局所的な燃焼について
は議論が行われていなかった。
(2) 燃焼実験Ⅱは、鉄が燃焼ナトリウムによって損傷する場合があること、ナ
トリウムの燃焼状態に酸素の供給状況が強く影響することを示唆する結果となっ
た。したがって、今回の事故の状況と燃焼実験Ⅱの状況との間にどれだけ
の隔たりがあるかを知る必要がある。
(3) 今回の事故及び燃焼実験Ⅱの結果から鉄、ナトリウム及び酸素が関与する
界面反応が問題となっている。一般に酸化物の反応の研究は、熱力学的研究や状態
図研究に関しては様々な分野において古くから行われてきたものの、鉄、ナトリウ
ム及び酸素が関与する界面反応に関しては十分な知見の蓄積はなく、高速炉分野に
おいてナトリウム漏えい燃焼時に、燃焼ナトリウムと接触した鉄が酸素の存在のも
とに、鉄の融点以下で損傷し得るという知見と問題意識はなかった。
(4) 原子力安全委員会が行った安全審査(ダブルチェック)では、二次系ナト
リウムの漏えいが建屋等に及ぼす影響について、大漏えいの場合のナトリウム燃焼
による内圧上昇がもっとも厳しい事象になるとして評価を行っている。一方、今回
の事故のように空調ダクトを閉止しない局所的なナトリウム燃焼では、床ライナ温
度が局所的に設計温度を上回る場合があり得ることが示された。安全審査において
は、局所的なナトリウム燃焼について議論が行われていなかった(原子力安全委員
会第一報・乙イ・一二・三二頁)。
(四) しかし右の原子力安全委員会報告を額面どおり理解し、同委員会の免責の
弁明をそのまま許諾することはできない。なぜなら被告動燃の報告書(乙イ・一
〇)でも引用されているとおり(第五報・Ⅱ―二―二三)、ナトリウム(水酸化ナ
トリウム、酸化ナトリウム、過酸化ナトリウム)と鉄との作用における減肉速度評
価線の温度依存性については、既に一九七〇年代に一応の知見が得られており、仮
に被告国がこ肌を知らずに本件安全審査を行なったのであればその無知は重大かつ
明白な違法事由である。また万一、右知見を得ていたにもかかわらず、これを本件
安全審査に反映しなかったのであれば(例えば、二次系の安全性の軽視あるいは経
済的理由による右知見の無視)、被告国には故意の違法事由が生ずるものと言わざ
るをえない。
(五) 以上のとおり、本件許可申請で想定していた事故は本件ナトリウム火災事
故と全く異なるし、原子力安全委員会は、「二次系ナトリウムの漏洩防止および漏
洩後の対策の基本設計ないし基本的設計方針については安全審査の対象であり、従
って原子力安全委員会の責務の範囲内にある」(乙イ・一二・二四頁)ことを認め
ている。そして本件ナトリウム火災事故が右の意味で安全審査町の対象となる事故
(=設計基準
事故)であることに争いはなく、その事故の想定に誤りがあり、かつ現に発生した
本件ナトリウム火災事故が安全審査を超える内容を持っていたこと(換言すれば、
本件の安全審査に包絡されず、想定もされなかったこと)からすれば、本件許可処
分には重大かつ明白な違法があり、無効であるから、「もんじゅ」の運転は差止め
られなければならない。
九 「設計基準事故」の安全解析は、想定していた大漏洩事故でも破綻した
1 フランスの高速増殖炉案証炉スーパーフェニックスの教訓
(一) フランスの産業貿易畜一原子力施設安全局(以下、DSIN)は、一九九
二年六月一六日付けでスーパーフェニックスの安全性に糊する審査結果についての
報告書を公表した(当時のDSINの局長である)ミシェル・ラヴェリーの名前を
とって、通称「ラヴエリー報告」と言われている。甲イ・一八二の一および二)。
そしてこのラヴエリー報告は同年八月二一日までに、被告動燃の「もんじゅ建設所
技術開発部」ほかによって日本語に訳出され(甲イ・一八二の一・表紙参照)、被
告らはこれを入手し、検討していた。
(二) ラヴエリー報告は、一九八六年一二月に定格運転を開始したスーパーフェ
ニックスが、その後、燃料貯蔵タンクの漏洩、補助系統でのナトリウム汚染などの
一連の事故を起こしたこと、そしてアルメリアの太陽熱発電所がナトリウム漏洩事
故によって破壊したことをふまえ、スーパーフェニックスの安全性の再審査を行な
った結果をまとめたものである。
 ラヴエリー報告の内容の内、本件ナトリウム火災事故との関連で特に注目すべき
点は、二次系の配管が破損しナトリウムが漏洩した場合、当初の事故解析と異なる
重大な事態が発生すること、つまり事故解析が安易(=非保守的)なものであるこ
とが判明したことである(甲イ・一八二・一七頁以下)。
 即ち、
(1) スーパーフェニックスでは、「もんじゅ」と違って、二次系ナトリウム配
管が完全破断する事故を「設計基準事故」として想定している。そして、「(スー
パーフェニックスの)安全報告書では、「深層防護」の項目に、二次冷却系配管の
完全破断の想定が検討され、その結果は安全上容認できるとされている。
 事業者の見直しの結果、原子炉建物内に配置される二次系部分で、採用された計
算の仮定を考慮すると、この厳格な要求を満たすことができなくなっていたことが
明らかにされた。
 実際、このような燃
焼により放出されるエネルギーは、ナトリウムと周囲の空気の混合条件が破断時に
高められると、著しく増加する。ここ数年間に実施された、特に一九八六年にアル
メリア太陽熱発電所で発生したトラブルに関する試験の結果、こうした燃焼が、当
初の安全報告で考慮されたような、プール燃焼(混合度が低くエネルギー放出が少
ない)と呼ばれる燃焼よりもむしろ、「噴霧状」燃焼(「密に」混合し、強いエネ
ルギーを放出する)と呼ばれる燃焼に、近いことが明らかにされた。
 こうした仮定に基づいて事業者が行なった計算では、二次冷却系配管の完全破断
の影響が、安全上容認できるものであることを立証することはできなかった。原子
炉建物の破損の危険性を、完全に排除することができなかったためである。」(甲
イ・一八二・一七頁)とされ、二次系配管の完全破断が原子炉の建物の破損をもた
らすことがありうることが判明した。
(2) また、「もんじゅ」で想定されている大漏洩事故に相当する「より小規模
な破損(一秒に数十キログラム)に関しては、ナトリウムの火災が各種の二次系配
讐を囲むコンクリート壁に及ぼす長期的作用に対し、追加の予防策を講じなければ
ならない。実際、現在の知識では、高温下で水素放出が起こる可能性を否定するこ
とはできない。あらゆる爆発の危険を排除できるように、このような放出の大きさ
を制限する必要がある。
 この爆発の危険性を減じるための対策(断熱材によるコンクリート壁の保護、ナ
トリウム火災の影響の制限のために講じられた措置の改善など)(が必要であ
り、)これが開始されている。」(甲イ・一八二・一八頁)とし、「これらの措置
が実際に講じられるまでの間、原子炉の出力はその定格出力の三〇%に制限する必
要がある」(甲イ・一八二一一八頁)としている。
(3) 結局、「(今回の)再検討により、原子炉建物内二次系ループに驚けるナ
トリウム大量漏洩への対応の困難さが明らかになった。
 一九八五年に発表された安全報告書には、「こうした火災は、二次系ループ配管
の最大流量時における瞬時完全両端破断という極度に傑守的な仮定を考慮して解析
された」と記されていた。
 しかし、実際にはこの解析は根拠のない仮定の下に行われたものである。合理的
に包絡された仮定をもって検討すると、二次系ギャラリーは耐えられず、原子炉建
物の耐性も現時点では、保証されていないことが示されている。」(甲
イ・一八二・五頁)との結論が下されている。
2 国と動燃はラヴエリー報告の警鐘を無視した。
 被告の動燃と国は、ラヴエリー報告の内容を一体どのように検討したのだろう。
科学技術庁原子力安全局に相当したフランスの原子力施設安全局は、解析の破綻に
遭遇しながらも、「もんじゅ」では想定を避けている二次系配管の完全破断という
厳しい想定を取り下げようとはしていなかった。また、「もんじゅ」で想定してい
る大漏洩程度のより小規模な漏洩事故についても安全解析の誤りを認め、緊急事故
対策を指示していた。その報告を本件ナトリウム火災事故の三年以上も前に被告動
燃は翻訳までしておきながら、甘い事故想定と破綻した安全解析のまま、ひたすら
に本格運転を目指していたのである。本件事故がある程度ですんだことは幸運であ
ったと言える。
3 まとめ
 右に述べたことから明らかなように、「もんじゅ」の二次冷却系配管からのナト
リウム漏洩事故について、「最も厳しい条件」であるとして被告動燃が設定し、被
告国が妥当と判断した「設計基準事故」は、その想定はスーパーフェニックスより
はるかに甘く、その安全解析も信用の置けないものである。したがって、そうした
「設計基準事故」によって、「もんじゅ」の二次冷却系の基本設計の妥当性を確認
できたと判断した本件安全審査と、それに基づいてなされた本件許可処分には、重
大かつ明白な違法があり、無効である。
一〇 本件ナトリウム火災事故における被告動燃の責任
1 これまで詳述してきた本件ナトリウム火災事故における被告動燃の責任につい
て、原子力安全委員会は以下のとおり指摘している。この指摘は原子力安全委員会
自身の責任を等閑に付す無責任さを除けば、一応正当であり、原告はこれを動燃の
責任原因として援用する。即ち、本件ナトリウム火災事故について原子力安全委員
会は動燃の責任を、
・「「発生」の段階においては、温度計の設計ミス、
・「拡大」の段階においては、漏えい規模の不適切な判断、
・「対外対応」の段階においては、情報の不適切な取扱いという三つの重要な要因
が含まれていると考える。
 これらの各段階における重要な要因に関連して、以下の関連する要因及び背景を
摘出した。
 「温度計の設計ミス」については、このような設計を見過ごした要因として「品
質保証活動の不全」がある。
 「漏えい規模の不適切な判断」については、そのような判断をもたらした
直接的な要因として「不適切な異常時運転手順書」があり、これらが「事故時の不
適切な対応」を引き起こした。この背景には、「教育・訓練の問題」、「運転体
制、技術支援体制の問題」、さらには「ナトリウム漏えい検知システムの不備」が
ある。
 さらに、これらの技術的な要因の背景には、「技術の蓄積と継承の問題」、「新
しい技術への挑戦という意識の問題」がある。
 「情報の不適切な取扱い」については、関連する要因として「事故時の情報の重
要性に対する認識の欠如」がある。この「情報の不適正な取扱い」は現場記録ビデ
オの編集等に端的に現れており、これが大きな社会的影響を引き起こした。」(乙
イ・一二・九頁)と指摘している(但し、右見解は原子力安全委員会自身の責任を
無視し、動燃のみに責任を転嫁する甚だ一方的で不公正なものではある)。
2 本件ナトリウム火災事故は設計基準事故に該当するものとして、被告らが依拠
する「基本設計」論の当否に関わるものである。その設計基準事故=基本設計の内
容について、審査権者である原子力安全委員会から右のような本質的な批判を受け
た以上、動燃が「もんじゅ」の設計、建設、運転をすることができないことは余り
にも明らかである。常識的にも、事故発生を防止できず、発生した事故の拡大を防
止できず、さらにはその事故についての事後対応もできない事業者=動燃が、当該
事業の遂行を認められる余地はない。
3 再三述べたとおり、被告らの見解によれば、本件ナトリウム火災事故は設計基
準事故に該当するもので、「基本設計」の内容となるものである。動燃は右「基本
設計」の内容を実現も履行もできなかったのだから動燃を事業主体とする「もんじ
ゅ」の運転は差止められなければならない。
一一 結論…本件ナトリウム火災事故は「もんじゅ」の危険性と「基本設計」の誤
りを現実に明らかにした
1 最悪の事態が起こりうる
(一) 被告らは本件ナトリウム火災事故の発生にもかかわらず、①炉心冷却能力
は維持され、②周辺環境への放射能の放出もなかったから、「もんじゅ」の安全性
=「基本設計」の妥当性は確保されたなどと主張する。しかし右は暴論である。被
告らの主張によれば、原告は生命と引換えにしか勝訴判決を得ることができなくな
るが、そのような法理が成り立つはずがない。本件ナトリウム火災事故で最悪の事
態が回避されたのは自然条件などによる僥倖に等しかったのである。
 本件ナトリウム火災事故に起因する最悪の事態として証人P16は以下のとおり
証言する。
 「もんじゅでもしライナに穴が開いたら、最悪の事故として、どのような状況が
考えられるかということを御説明いただけますか。
 ある事故が起こったとします。かなりシビアな事故が起こったときは、幸い外へ
放射能が出なかったけれども、これがもうちょっと条件が変わって、進行していた
ら、最悪事態に至らなかったかどうか、こういう計算をやることは、もう今では常
識になっています。今から十七、八年前の一九七九年に、アメリカのスリーマイル
島というところで、初めて世界で最大の事故が起こりましたが、そのときも放射能
の漏れば少なくて済んだわけですけれども、もしも事故がもう少し進展していた
ら、どんなことになったかということをいろんな研究者が推定しています。そうい
うことで、その事故の重大性というのは客観的に評価できる、そういうことは動燃
なり国は当然おやりになるべきです。それだけのお金も人材も用意しているんです
から。そんなことは全然しないで、いいや、大したことなかった、放射能がでなか
ったら心配ないと、そんなあほなことやっている。しょうがないですから、弁護士
さんのほうから、もし穴が開いたらどないになるんやと言われたので、さっきのち
ょうどテレビに出てきましたあの過熱器室で穴が開いたら、コンクリートとナトリ
ウムが直接接触致しますから、そこで水素が出て爆発を起こすかもしれません。あ
るいは、コンクリートが、最初に申しましたように、もろもろになりますから、蒸
気発生器だとか過熱器というのは重いものですから、そんなコンクリートの上に置
いたら、下がぶよぶよになったら、どさっと落ちます。どさっと落ちなくても、か
しいだだけでも、それに付いている配管やらが破損する、そうすると、過熱器や蒸
気発生器というのは、中に水が一杯入っているわけですから、それとナトリウムが
接触すると、大爆発が起こります。そうすると、もう原子炉室にまでその影響が及
ぶのは必至ですから、あとは本当に最悪事態寸前になると思います。そういうこと
がどのくらいの確率で起こったかということについては、データをもっておられる
動燃や国がちゃんとおやりになるべきであって、私たちは、そういう意味では、あ
れよりはもっと厳しい、先程のテレビでも、バルブが写っていましたけど、あれは
ドレーンをするバルブで
すから、あの上に落ちてあれが焼けただれたりしたらバルブが使えなくなりますか
ら、ドレーンができなくなる、そうすると、もういつまでたっても配管の中でナト
リウムがぐるぐる回っているという悲劇的な事態にある、それはもう本当にあの部
屋で十分起こり得たわけですから、この事故を軽く見て、安全と安心は別やと、そ
んなのんきなことを言っている事故ではなかったと、私は思います。」 (P16
証人・四五回・一一四頁~一一六頁)
(二) 右のとおり本件ナトリウム火災事故は、「もんじゅ」の施設全体の破損」
をもたらす危険性があった。
 この危険性は、
(1) 本件許可処分との関係では重大かつ明白な違法事由であり、
(2) 事業者=動燃の関係では、運転の続行を不可とする違法事由である、こと
が明白である。
2 何が問題なのか?
 本件ナトリウム火災事故で問題とされるべきは以下の諸点である。
(一) 第一に、本件ナトリウム火災事故の原因は温度計さや管の設計ミスにある
と断定されているが、このミスはメーカーも事業者たる被告動燃も、そして安全審
査を担当した被告国も本件ナトリウム火災事故まで発見することができなかったの
である。この事実によれば、もんじゅの安全性について被告国は被告動燃に依存
し、被告動燃はメーカーに任せきりにするという無責任ないし責任転嫁の構造が明
らかになるのである。
 第二に、右第一の無責任構造が温度計さや管の設計(ミス)のみに止まり、他の
設計や施工は右三者が責任をもって対処していたという保証がどこにあるのか。換
言すれば他の構造や部材にも無責任構造に基づく設計ミスが存在し、これらに起因
する事故が発生する可能性を如何なる根拠によって被告らは否定できるか。被告ら
の一連の報告書の中のどこにも右の根拠は全く提示されていない。
 第三に、温度計さや管の設計ミスによる本件事故の発生は、もんじゅの危険性の
端緒にすぎず本件ナトリウム火災事故とその原因はもんじゅの安全性のシステム全
体が脆弱なものであることを明らかにしたものと理解されるべきである。従って本
件ナトリウム火災事故を温度計さや管の破損によるナトリウム漏洩事故に限定し、
その範囲内で本件事故発生を合理化しようとすることは根本的に誤っている。この
ような態度は第二のそして更に重大な事故をもたらすことになりかねないのであ
る。
 要するに高速増殖炉の開発技術には未だ知見を得られない、あ
るいは実証されていない諸問題が存在すること(例えば、本件事故についても被告
らが二次系の安全性を一次系よりも軽視していたことがうかがわれ、これも事故原
因の一つと考えなければならない)を被告らは自覚し、高速増殖炉の危険性につい
て謙虚になるべきである。
(二) いずれにせよ本件ナトリウム火災事故は、単なる二次系ナトリウムの「小
規模」漏洩による特異現象などと理解されてはならず、高速増殖炉の開発技術と
「もんじゅ」のシステム全体を真蟄に再考する契機としなければならないのであ
る。しかし、被告らには、このような問題意識と誠実さを見出すことはできない。
 即ち本件ナトリウム火災事故は、その重大性と明白性から、
1 被告動燃には事業者としての技術的能力と災害を防止する能力が欠けているこ
と、
2 被告国には安全審査を担当する者としての資質ないし技術的知見・能力および
責任感が欠けていること、
を明らかにしたのであり、現在直ちに被告らがなすべき唯一の作業は、一旦もんじ
ゅを完全に運転停止し、廃炉の方法を研究することである。この作業を行なわず、
漫然と「安全総点検」なるものを実施し、もんじゅの運転再開の機会をうかがうこ
となどは許されない。況んや、本件ナトリウム火災事故について「一般社会のいう
『安心』と技術的観点での『安全』との間に大きな隔たりがある」(原子力安全委
員会第一報、乙イ・一二・八頁)などの詭弁を用いて、原告ら住民を愚弄すること
は絶対に許されない。「大きな隔たり」は被告らの技術的能力ないし安全審査の能
力および安全性に対する認識と高速増殖炉との間にこそ厳然と存在することを被告
らは知るべきである。
第二 隠されていたイギリスPFR蒸気発生器事故と動燃高温ラプチャ実験におけ
る伝熱管大量破断
―騎し取られていたもんじゅ設置許可―
一 はじめに
1 この訴訟を通じて蒸気発生器に関し明らかになったことの要点を端的にまとめ
ると次のとおりである。
(1) イギリスのPFRでは一九八七年に設計基準を大幅に上回る伝熱管四〇本
が破断する事故が発生していた。又、この事故が大量の配管の破断に至った理由は
もんじゅの安全審査では想定されていなかった高温ラプチャ現象によるものであ
る。
(高温ラプチャ)
 ナトリウム・水反応の発熱がもたらす高温が原因となって、伝熱管壁の機械的強
度が低下し、蒸気発生器伝熱管が内圧によって破断する現象。従来は蒸気発生
器の破断の伝播についてはウェステージという、物理的現象と腐食現象の複合した
現象によるとされ、安全審査の事故解析に当たっても、ウェステージ現象を念頭に
解析がなされ、安全性判断の根拠にされてきた。しかし、PFR事故はこのような
想定の前提自体が誤っていたことを示唆するものであった。
(2) ところが、本件訴訟における原告の証拠収集活動の結果、もんじゅの安全
審査が進行中であった一九八一年動燃は定格出力時のもんじゅ蒸発器上部条件を模
擬した伝熱管破損事故の模擬実験を行い、伝熱管二五本が高温ラプチャによって破
断するという結果が発生していたことが判明した。しかし、驚くべきことに、この
結果を被告動燃は科学技術庁にも、原子力安全委員会にもひた隠しに隠し通しても
んじゅの設置許可を騙し取ったのである。この経過は言ってみれば、もんじゅナト
リウム事故後のナトリウム燃焼実験Ⅱで床ライナーに穴が空いたが、このことを隠
し通そうとするようなものであった。
(3) このような経過は原告団・弁護団の努力によってはじめて明らかにされた
のである。
2 もんじゅ蒸気発生器に関する主張と立証の流れ
 もんじゅ蒸気発生器に関する本件訴訟における論争の経緯はかなり複雑な経緯を
たどった。簡単に総括すれば、原告の立証と被告動燃、被告国の立証、原告の反証
と被告動燃の最終段階での「反証」、被告国の高温ラプチャ問題についての沈黙と
いう経緯をたどった。
 まず、はじめにもんじゅ原子炉の蒸気発生器の安全性に関する本件訴訟における
論争の経緯、とりわけ、証人尋問をこれが実施された日時にしたがって整理してお
きたい。
 まず、裁判官にこの問題について判断する際に、どうしても忘れて頂きたくない
ことがある。それは、以下に述べるイギリスPFR事故についても、既に情報を入
手していた被告動燃側は必死に事故自体を隠してきた。それに対して、直接証拠を
取り寄せ、それを翻訳して裁判所に提供してきたのはすべて原告側である。また、
蒸気発生器細管の定期検査用のプローブが細管にひっかかってしまったことや蒸気
発生器の細管で流動不安定現象が発生したことも、被告動燃が自ら進んで公にした
ものではない。いずれも動燃内部からの匿名の情報提供に基づいて、原告団が事実
を公表し、これを被告動燃が追認する形で公となったのである。匿名の内部告発が
なければ、このような事実は永遠に闇に葬られていたので
ある。PFR事故の客観的事実を徹底して求めてきたのが原告側なのであり、これ
を黙殺し続けてきたのが被告側なのであった。
 裁判所は本件における立証の過程をその順序に従って見て欲しい。なぜなら、蒸
気発生器に関する基本的な情報が被告動燃によって秘匿され、訴訟の当初において
は、論争の前提が成り立たなかったのである。
 このような基本的な情報の第一が被告動燃の実施したSWAT実験に関する情報
であり、第二がイギリスPFR事故に関する情報である。とりわけ、SWAT実験
の全体像は九九年二月二六日に被告動燃から開示された「海外出張報告」によって
明らかになった。そのために、本準備書面において、蒸気発生器の安全性に関し
て、原告の従来の主張を大幅に整理し、一部は新たな主張も付け加えた。しかし、
このような訴訟の展開となったのはひとえに被告動燃の情報の秘匿によるものであ
り、原告にとってはやむを得ないものであった。
(民事訴訟関係)
1 P9証人被告主尋問
二〇回 一九九二年(平成四年)一月二四日
2 P9証人原告反対尋問
二三回 一九九二年(平成五年)九月二五日
PFR事故に関する報告書甲イ一二五号証の一提出
二四回 同年一一月二〇日
3 P10証人原告主尋問
三〇回 一九九三年(平成五年)一二月一〇日
PFR事故に関する報告書甲イ一八四号証提出
三一回 一九九四年(平成六年)三月四日
PFR事故に関する報告書甲イ二一〇、二一二号証提出
4 P10証人被告反対尋問
三二回 一九九四年(平成六年)五月一三日〈行政訴訟関係関係の立証〉
5 P6証人被告主尋問
一三回 一九九五年(平成七年)七月二六日
6 P6証人原告反対尋問
一四回 一九九五年(平成七年)九月二七日
7 P8被告主尋問
一五回 一九九五年(平成七年)一一月八日
〈一九九五年一二月八日もんじゅナトリウム漏れ、火災事故発生〉
8 P8原告反対尋問
一九回 一九九六年(平成八年)七月三日
二〇回 一九九六年(平成八年)九月二五日
〈民事訴訟関係の立証〉
9 P10証人原告主尋問
四六回 一九九七年(平成九年)一〇月八日
反対尋問には関連質問なし
〈平成一〇年六月被告動燃準備書面一五、乙イ四三号証 P24陳述書
同 四四号証 被告動燃作成
蒸気発生器伝熱管の高温ラプチャ型破損評価手法の整備と適用」提出〉
10 P11証人被告主尋問および同証人原告主尋問
五〇回 一九九八年(平成一〇年)七月一五日
〈一九九八年
一一月 P10 国会議員を通じて科学技術庁にPFR事故に関する動燃「海外出
張報告」の開示を要請〉
〈一一九九九年二月二六日 右文書開示される。その主要部分を原告から同年三月
甲イ四四三号証として提出〉
 以上のような、立証経過の端的な特徴は次のように総括できる。P8証人の証言
までの立証では、被告側は、動燃も国も原告申請のP10証人の指摘したPFR事
故に関する原告側の立証に対して、これを考慮する必要を認めず、安全審査時の判
断に間違いはないと繰り返していた。このような被告側の立証の誤りについて原告
側はP10証人の再申請証人尋問において、完壁に反証した。
 ところが、被告動燃の最後の証人であるP11証人の尋問の直前に、乙イ四三、
四四号証を提出し、さらに、被告動燃準備書面一五を提出してきたのである。ま
た、同様の主張、立証は被告国側からは全くなされておらず、被告国は高温ラプチ
ャ問題については沈黙している。
3 遂に明らかとなった驚くべき動燃の真実
 一九九九年二月二六日にいたって、被告動燃が開示した海外出張報告(甲イ四四
三号証)は驚くべき内容を持つものであった。結論だけをここでまとめれば、①イ
ギリスPFRの過熱器に設置されていなかったとされた急速ブローはもともとは設
備されており、有効でないという理由で外されていたこと、②仮に急速ブローが設
備されていても、事故の結果は大きくは異ならなかったと推定されていること、③
ドイツでの実験では、管内で水の流動があるケースでも高温ラプチャが発生してお
り、水の流動があれば高温ラプチャは起こり得ないと言う被告動燃の主張に反する
結果が出ていること、④一九八一年の被告動燃の実験SWAT―3 RUN16で
はもんじゅの蒸発器上部の定格出力時の条件が模擬されたが、伝熱管合計二五本の
高温ラプチャによる大量破断が発生した。しかし、このデータは動燃限りのものと
され、安全審査では、高温ラプチャの可能性は一切無視され、伝熱管の破断伝播の
原因としてはウェステージのみが解析の対象とされたこと、⑤被告動燃が金科玉条
のように引用するSWAT―3RUN19実験は、RUN16実験の結果に驚標し
た被告動燃が許可処分後の一九八五年に内部的な辻棲を合わせるために、各種実験
条件を大幅に条件を切り下げて実施したものであり、到底保守的な条件を設定した
ものとは言えないものである。にもかかわらず、この実験
でも、高温ラプチャが五本発生している。
 このように、この文書は被告動燃によって作成されたものであるにもかかわら
ず、乙イ四三、四四号証の内容の根幹を自ら否定するものだったのである。
 それでは、このような立証の構造を民事訴訟、行政訴訟の双方の訴訟においてど
のように評価すればよいのかを以下に詳細に見ていくこととしよう。
二 蒸気発生器とは何か
 まず、蒸気発生器技術の一般的性格と問題点を説明する。
1 タービンを駆動する蒸気を発生させる
 小規模用途を除き、現在の発電は、水蒸気が蒸気タービンを駆動し、その回転エ
ネルギーを電気エネルギーに変換することによって行われる。水蒸気は水(原子力
界では軽水と呼ばれる)を加熱することによって生成されるが、加熱源に石油、石
炭あるいは天然ガスを用いると火力発電であり、原子力(核分裂の連鎖反応)を用
いると原子力発電になる。火力発電の加熱装置がボイラーであり、原子力発電の加
熱装置が原子炉である。原理的には両者の違いは熱源のみであるが、原子炉には膨
大な核分裂生成物(死の灰)が内包され水(一次冷却水)には常時配管等材料の放
射化物が含まれていることから、熱輸送系については両者に異なるものがある。す
なわち、火力発電ではボイラーで発生した水蒸気が直接タービンを駆動するのに対
し、加圧水型の原子力発電では上記放射性物質の漏洩を嫌い、一次系から隔離され
た二次冷却水を蒸発させ、その水蒸気がタービンを駆動するようになっている。原
子炉内で直接加熱された一次冷却水から二次冷却水へ熱を送る装置が、加圧水型原
子力発電の蒸気発生器である(甲一九九号証一三三頁以下)。
2 ナトリウムと水の間での熱交換
 冷却材は異なるが、高速増殖炉の場合も同様である。ただし、高速増殖炉の熱輸
送系に対してはさらに条件が加わる。冷却材が液体金属ナトリウムであるため、蒸
気発生器に破損が起こりナトリウムと水とが接触した場合の激しい反応による危険
性を考慮にいれねばならない。その反応が発生しても放射性物質放出につながらな
いよう、「もんじゅ」では一次冷却系と水・水蒸気系との間に、非放射性ナトリウ
ムを冷却材とする二次冷却系が、中間熱輸送系として設けられている。したがっ
て、水・水蒸気系は三次冷却系に相当する(甲一九九号証一四四頁以下)。
3 熱交換量を大きくし、熱の損失を最小化する
 蒸気発生器が発電所の熱輸送系を構成する機
器として成立するためには、設計において二つの基本的条件を満たさなければなら
ない。まず、熱交換量をできるだけ大きくしなければならない。そのために、伝熱
面積をできるだけ大きくする必要がある。その結果、蒸気発生器は必ず、多数の長
くて細い管の束で構成され、多数本の細管壁を介することによって内側液体と外側
液体とで大量の熱を交換出来るようにする。二つ目は、熱交換(蒸気発生)時の熱
の損失をできるだけ少なくすることである。決め手は、熱をやりとりする細管の壁
厚をできるだけ薄くすることに尽きる。
(甲イ一九〇号証、七ないし一三頁、甲一九九号証一四四頁以下)
4 構造上の脆弱性こそ本質
 以上の条件から一目瞭然なように、蒸気発生器とは、その本質からして極めて繊
細な機器であり構造上非常に弱いものである。上記基本条件を無視し、たとえば安
全上の余裕確保を目的に細管壁を厚くしても、それは発電設備としての役割を果た
せないのである。蒸気発生器を安全上から見るとき、この構造上の脆弱な本質をま
ず踏まえておかなければならない。
(甲イ一九〇号証、七ないし一三頁、甲一九九号証一四四頁以下)
三 高速増殖炉蒸気発生器の軽水炉と比較した特徴
 高速増殖炉の蒸気発生器は、設計および使用条件が加圧水型軽水炉のそれと比べ
際だって苛酷である。その苛酷さを「もんじゅ」と軽水炉(加圧水型)と比較し、
以下に説明する。
1 熱交換媒体の違い
 軽水炉では水と水との間で熱交換するが、「もんじゅ」では液体金属ナトリウム
の二次冷却材と水あるいは水蒸気の三次冷却材との間で熱交換する。もし蒸気発生
器細管が破れると激しいナトリウムー水反応が起こり、衝撃的妃弔破壊力の発生、
爆発性気体の水素の発生およびそれによる圧力上昇が起こり、機器を破壊する危険
がある。ナトリウムー水反応の影響に対する対策が必要とされるのである(P10
三〇回三九ないし四三丁)。
2 使用温度の違い
 もんじゅと軽水炉の蒸気発生器の比較を表にまとめたものを示す(図表六―二―
一)。軽水炉の蒸気発生器の使用温度は最高約三二〇℃だが、「もんじゅ」は約五
〇五℃と、一八〇℃以上も高温である。そのため、使用材料に高温強度のあるもの
が要求される。さらに、ナトリウムは熱容量が小さく(すなわち熱しやすく冷めや
すい)、軽水炉と違って材料が熱衝撃や過大な熱応力にさらされる危険があり、そ
れに対する対策が必要である。(P
10三〇回四三丁)。
3 伝熱管(細管)材料に求められる条件の違い
 軽水炉では、主として耐食性だけ考慮した材料を選べばよいが、「もんじゅ」で
はナトリウムが高温のため、耐食性と高温強度の両方が要求される。そのため、
「もんじゅ」では、水が液体の状態で流れる段階と水蒸気になった後の段階に分
け、前者の段階には耐食性のある材料、後者の段階には高温強度のある材料という
ように細管材料に異なるものを採用している。したがって、蒸気発生器として蒸発
器と過熱器というほぼ同じ形状をした二つの大型機器を設けなければならない(P
10三〇回四五、四六丁)。
 このことは、更に次のような困難な技術的問題を引き起こす。蒸発器には腐食に
強い材料として炭素が多く含まれるクロム・モリブデン鋼が、加熱器には高温に耐
えられる材料として炭素量の少ないSUSステンレスが採用されている。このよう
に、もんじゅの蒸気発生器は強度的にもギリギリのところで製作されているのであ
る(図表六―二―二)。しかし、この両者の材料が同じナトリウム系に共存するこ
ととなる。そのために、炭素量の多い蒸発器から炭素量の少ない過熱器に炭素が移
行するという「脱炭・浸炭」現象が起きてしまう。すると、それぞれの機器に必要
とされていた耐食性、耐高温性が失われてしまう危険があるのである(甲イ一九九
号証一五〇頁以下、P10三〇回四五、四六丁)。
(脱炭・浸炭)
 炭素含有量の多い鉄から炭素が抜けることを脱炭、炭素含有量の少ない鉄に炭素
が浸透することが浸炭という。同一系の中に、炭素含有量の違う鉄が共存すること
によって発生する。浸炭は鋼の表面の硬化の手段としても用いられる。
4 細管壁にかかる圧力の違い
 細管の内と外との圧力差が、軽水炉では約九〇気圧だが、「もんじゅ」では使用
条件が約一三〇ないし一五〇気圧とはるかに大きい。当然、圧力の違いに応じて
「もんじゅ」の細管壁厚は軽水炉より厚くしなければならないが、一方、壁が厚い
と熱衝撃や熱応力が大きくなるため壁厚は制限されるという安全対策上の深刻なジ
レンマがある(P10三〇回四四丁)。
 以上に列挙した比較から、「もんじゅ」(高速増殖炉)の蒸気発生器は、使用さ
れる外的条件だけでも、軽水炉の蒸気発生器よりけた違いの技術的困難性、いいか
えれば危険性を持っていることが明白である。
四 「もんじゅ」蒸気発生器の構造的脆弱性
 「もんじゅ」で採
用されている蒸気発生器の設計には以下のような構造的な脆弱性が存在する。
1 形状が複雑
 伝熱管(細管)の形状が軽水炉のような逆U字形でなく、ヘリカル・コイル(ら
せん形)になっており複雑である。一体の蒸発器または過熱器に、約一五〇本のヘ
リカル・コイル型伝熱管が束ねられている。
 このような、形状が選ばれた理由は熱交換に優れていること、温度変化に伴う膨
張収縮をよく吸収できるというメリットからである。しかし、このような複雑な形
状となっていることから製作が困難であり、又、検査にも困難がある。そもそも軽
水炉の蒸気発生器は既に確立した設計が存在しているが、高速増殖炉の場合は未だ
に試行錯誤の段階で確立した設計というものが存在しない。このことも高速増殖炉
における蒸気発生器技術の困難さを物語っている(図表六―二―三、P10三〇回
五一、五二丁)。
2 溶接部がある
 また、伝熱管を渦巻状にして、一本の伝熱管の全長が約八〇メートルにも及ぶた
め、一本の管で造ることが出来ない。溶接部のない軽水炉の伝熱管と違い、一本の
伝熱管を造るのに数本の管を溶接してつなぐ必要がある。しかし、蒸気発生器にお
ける過去のナトリウム漏洩はほとんどが溶接部で発生しており(甲イ一二三号証、
甲イ一一九)、高速増殖炉の蒸気発生器においては、ナトリウム中に浸されている
部分に溶接個所を有しない設計とするのが基本である。そのため、多くの高速増殖
炉で直管型や逆U字型などナトリウム中に溶接部分を持たない単純な伝熱管構造が
採用されている。たとえば、CRBR、PFR、SNR―300などはナトリウム
中に溶接部分を持たない構造となっている。しかし、「もんじゅ」では経済性(熱
伝達効率)を優先したため、あえてナトリウム中に溶接部分を持つヘリカル・コイ
ル型が採用されている(甲イ一二〇号証三二頁、P10三〇回五二丁)。
 ナトリウム中に溶接部がない設計のほうが望ましいことを被告国申請のP6証人
も認めている(P6一四回七六丁)。なお、このことは安全工学の基本的な考えか
らも当然の帰結であるが、被告国申請のP8証人はこのような自明の事柄すらも認
めず、「即答しかねる」「溶接の技術による。」などと答えている(P8一九回二
六、二七丁)。このような証言にP8証人の証言態度が政治的で、科学的に誠実で
ないことが端なくも露呈されている。そして、同証人のような科学者によってなさ

た被告国の安全審査の空洞化した実態がもんじゅナトリウム火災事故という重大な
結果をもたらした大きな要因である。
3 現実に溶接の不良が発生している。
 溶接部では肉厚が他の箇所より厚くなるため、熱応力が大きくなって温度の急変
時に破損の原因になり得る。さらに、溶接部の厚肉部は伝熱管検査の障害になる。
実際「もんじゅ」において、伝熱管内検査機器のセンサーが溶接部で引っかかり挿
入できなかった例があった。前述のようにもんじゅで採用されたヘリカルコイル型
の蒸気発生器では螺旋管の細管が使用されている。螺旋管の欠点として、定期検査
の際にセンサーがひっかかりやすくその挿入が困難であるということが指摘されて
きた。このような指摘は被告国申請のP6証人もこれを認めている(P6一四回七
七丁)。
 一九九一年七月にもんじゅの運転前の総合機能試験の際に、定期検査用のプロー
ブがひっかかり、プローブの方を削るという事件が発生している。プローブがひっ
かかった場所は細管の溶接箇所であることは被告動燃申請のP9証人、被告国申請
のP8証人もこれを認めている(図表六―二―四(P9証人二五回調書添付図
面)、P9二五回四一ないし四五丁、P8一九回二六丁)。
 溶接個所で細管の内径が狭くなりひっかかったということは、ひっかかりの原因
は溶接の細管内部へのたれ込みであることを示している。P6証人もその可能性を
認めている(P6一四回七七丁)。
 このような溶接箇所にたれこみがあると、腐食や振動・応力集中の原因となる可
能性がある。このことは被告国申請のP8証人もこれを認めた(P8一九回二六、
二七丁)。
 しかし、もんじゅの施工に当たってはこのような危険な箇所がないか科学技術庁
は検査を実施していないのである。今回のナトリウム漏れ事故で配管に差し込まれ
た温度計の設計が全くチェックされていなかったように、細管破断事故の原因とな
りうる細管の溶接不良が見過ごされている可能性が高いのである。もんじゅで実際
に細管の溶接不良を原因として細管の破断が起きても、動燃・科学技術庁は予想で
きない事態だったなどと言い訳することは絶対許されないのである。
 これまでに発生している蒸気発生器のリーク事故のほとんどが溶接不良個所か流
体振動が原因である。従ってナトリウム中に溶接個所のない設計が望ましいことは
あきらかである(甲イ一二〇 三〇頁)。
 イギリスの高速増殖炉原型炉
PFRはナトリウム中に溶接個所がない構造となっている。この条件だけ取り上げ
ればもんじゅはPFRよりもより危険性が高いということとなる。
4 伝熱管は薄く脆弱である。
 「もんじゅ」の蒸気発生器伝熱管の厚さは、蒸発器で三・五ミリ、過熱器で三・
八ミリと薄く脆弱である。蒸気発生器の細管破断事故はきわめて危険な事故であ
り、またその発生がさほど珍しくないという特徴を持っている。P8証人はPFR
細管破断事故は特異な条件で発生したと主張したが、軽水炉ではあるが美浜原発2
号機でも細管破断事故が発生している。この事故の原因は振れ止め金具の支持不足
といわれている。このような状況もP8証人の用語法によれば当該原子炉に特異な
状況に起因するものともいえる。ちなみにP8証人はPFR事故は「特異」と述べ
ながら、美浜事故は「特異」なものであることを認めなかった。このような証言態
度は同証人の証言が政治的な意図に左右され、科学者としての客観的なものとなっ
ていないことを示している(P8一九回二七丁)。
 事故はいずれもその時点での特異な条件で起きるので、特異だといって見ても何
も言ってないことに等しい。要するに細管は脆弱であり、その破断はさまざまな原
因によって十分ありうることであるという事実を直視することである。
5 流動不安定現象を引き起こしやすい
 「もんじゅ」は、蒸発器、過熱器とも下降流部を有するが、このような下降流部
を持つ構造は、流動不安定現象を起こしやすい(甲イ一一九(「液体金属冷却高速
増殖炉用蒸気発生器の現状」一七頁第二表))。特に低流量時に危険とされてい
る。
 現に「もんじゅ」でも一九九五年五月二二日に発生し、同年九月二七日、本件公
判時においてもP6証人の証言でも流動不安定現象であることを確認している。P
6証人は高速増殖炉の蒸気発生器において流動不安定現象の防止が重大な設計上の
要請であること、もんじゅでは安定運転の可能な範囲を過大に予測していたこと、
弁の応答の特性の評価を誤ったこと、その結果低流量時に下降流部で沸騰を引き起
こして、流動不安定現象を引き起こしたことを認めたのである。図表六―二―五は
この際の事象のシミュレーション解析であり図表六―二―六は被告動燃技術者の学
会報告に掲載された「不安定現象発生状況の一例」である。両図表の示す類似性
は、この現象が流動不安定現象であることを明らかに示している(P6一
四回七四ないし七六丁、甲イ二二三、二二六号証五三頁)。
 このような流動不安定現象の危険性はこれによって細管が激しく振動することで
ある。このような振動によって、繊細な細管が傷つき、その場所から破断に至る可
能性は否定できない。もんじゅの実機で流動不安定現象を引き起こしてしまったと
いうことは、その際の振動によって蒸気発生器細管に将来の破断の原因につながる
かもしれない初期欠陥を与えた可能性があるという重大な事実を意味しているので
ある。
(流動不安定現象)
 液体が配管中を流れる際に配管中への気体の混入、もしくは突然の沸騰など何ら
かの理由で気体と混合して、流動が不安定化し、配管が激しく振動する現象。断水
後、空気が混合した水道管が通水後に激しく振動する現象などが代表的。
五 「もんじゅ」蒸気発生器事故時の影響
 「もんじゅ」の蒸気発生器伝熱管に破損が起これば、以下のように重大な影響が
推定される。
1 ナトリウム・水の爆発的反応によって中間熱交換器が破壊される危険性があ
る。
 ナトリウムと水との激しい反応による衝撃力あるいは発生した水素の高圧によっ
て中間熱交換器が損傷する可能性がある。中間熱交換器が破壊されると、一次系と
二次系との境界が破れて強放射性の一次冷却材ナトリウムが漏洩する。一次冷却材
ナトリウムは、運転中に放射化されており、半減期一五時間のナトリウム二四と半
減期二・二年のナトリウム二二を生成・蓄積しているため、運転停止後約一週間は
死の灰並みに強い放射能を有している。その漏洩は、作業員および周辺住民被曝の
原因となる(P10三〇回四二ないし四三丁)。
2 二次冷却系機器、配管を損傷する危険性がある。
 ナトリウム―水反応の衝撃力あるいは水素による高圧により二次冷却系機器また
は配管が損傷すれば、高温の二次冷却材ナトリウムが空中に漏れて火災を引き起こ
す。その時発生する大量のナトリウム化合物は微粒子となって空中を拡散して機器
や屋内を汚染し、人がそれを吸入したり皮膚に触れたりすれば障害を蒙る。このこ
とは、もんじゅナトリウム漏洩・火災事故から明らかである。
3 中間熱交換器が破壊された場合、暴走事故につながる危険性がある。
 ナトリウム―水反応の結果中間熱交換器が損傷した場合、反応で発生した水素が
破断口から一次冷却系内を通って炉心内部に入っていく恐れがある。そうなると、
「もんじゅ」の炉心が正のボイド反応度
特性を持っているために、反応度が上昇し暴走事故につながる危険性がある(「気
泡通過事故」)。この危険性は、一次冷却系より二次冷却系の方が常に高圧に保た
れ、かつ、事故時には発生した圧力がそれに加わるため、より可能性の高い事態で
ある。しかし、この問題は、今まで指摘されたことがなく、安全上の解析もなされ
ていない。中間熱交換器が破壊される事態を想定していなかったからである(P1
0陳述書甲イ四四四号証)。
 なお、蒸気発生器に関係した事故ではないが、一九九八年一一月、フランスの原
型炉フェニックスで中間熱交換器が破損し、圧力のより高い二次系から一次系へ、
大量のナトリウムが流入し、原子炉容器内に六トンものナトリウムが漏洩する事故
が発生した。蒸気発生器破損事故と違ってナトリウム中に気体は含まれていなかっ
たが、この事故は、中間熱交換器の一次系二次系間の境界が破られる可能性が現実
に存在することを示している。また、原子炉を停止し、点検を行うまでこの境界が
破られていることが気付かれなかったことも重大である(甲イ四三四、四四四号
証)。
六 「もんじゅ」蒸気発生器における安全確保対策の不十分性
1 異常防止対策は信頼できない。
 被告が示した異常発生防止対策は、諸規格に適合する材料選定、設計、製作、据
付、試験、検査、水質管理など品質管理や工程管理等ソフト面での対策が中心であ
る(被告準備書面一五、平成一〇年六月一五日)。しかし、これらは単なる建前に
すぎず、「もんじゅ」事故を始め、動燃のこれまでの実態から見ると信頼できるも
のではない。
2 異常の早期発見は不可能―水素計の限界―
 影響緩和対策の基本は異常の早期発見である。その検知手段として、被告は、水
漏洩率一キログラム程度まではナトリウム中水素計により早期に発見できるとして
いる(被告準備書面一五)。しかしながら、公開されている水素計の特性図(図表
六―二―七)によると(甲イ三八三号証五六四頁)、水漏洩率が毎秒〇・一グラム
から一キログラムまでの範囲では、漏洩を検知するまでに数十秒という長時間を要
する。同じ特性図は、この間にウェステージ効果により他の伝熱管へ破損が伝播す
ることを示している。
 二次系のナトリウム中に水素、トリチウム(三重水素)が存在していることは今
回のナトリウム火災事故の際のデータからも裏づけられる(乙イ九4―30、3
1)。この水素は炉心で発生するトリ
チウムと、水・蒸気系から蒸気発生器の伝熱管を透過してナトリウム中に入ってく
るものが存在する。漏洩検知にこれほど長時間を要するのは、このようにもともと
ナトリウム中にバックグラウンドとして水素が存在するため、そのノイズ対策とし
て信号の平均化処理を行うなどいくつかの特別な機能を付加させる必要があった
(被告準備書面一五、四六~四七ページ)からである(甲イ四四四号証)。
 このことは、原告がナトリウム中水素計には限界があると主張してきたことがま
さに正しかったことを示している。その結果、「もんじゅ」の水素計は、四桁にも
及ぶ漏洩率の広い範囲にわたって、早期検知にはならないものである。このような
検出方法では、微少な漏洩から十分時間をかけて徐々に拡大する場合ならともか
く、今回の「もんじゅ」事故のように、もし最初から中規模漏洩で始まった場合に
は、漏洩検知計としてまったく意味をなさない。これは、漏洩検知システムの致命
的欠陥であり、早期検知の点で影響緩和対策が破綻していることは明白である。
 本水素計の警報に対する処置は、もともと運転員の判断によるものとされていた
(甲イ一二四号証、P8(主尋問証言)一四回五四丁)。ところが、被告準備書面
一五の四七~四八ページでは、毎秒〇・一グラム程度を超える漏洩時では、三基の
うち二基の水素計による水素濃度の顕著な増加の検出により、自動的に蒸気発生器
の緊急停止およびプラント・トリップにつながる信号を発するシステムになってい
る、と説明されている。この変更は、原告が主張してきた運転員の判断だけに依拠
する危険性を、「もんじゅ」事故以後になって取り入れたものに他ならない。な
お、漏洩率が毎秒〇・一グラム以下では相変わらず運転員の判断にまかされてい
る。自動化の内容も、翻毎秒〇・一グラム程度を超えた時点で緊急停止につながる
のではなく、さらにそこからの“顕著な増加”を検知して初めて働くものである。
したがって、先に述べた時間的遅れに加え緊急停止の作動はさらに遅れることにな
り、他の伝熱管への破断伝播拡大防止が間に合わず、自動化が有名無実になる恐れ
が十分にある。
 このように、水素計が使い物にならないので被告動燃では別原理の漏洩検出器が
開発中であり、音響式の漏洩検知器の開発経過が、しばしば学会で報告されている
(P10四六回七三ないし七九頁、甲イ三八五号証)。
七 もんじゅ蒸気発生器細管破
断事故に関する設計基準事故と高温ラプチャ事故についての安全審査の欠落
1 設計基準事故
 設計基準事故という概念は「発電用軽水型原子力施設の安全評価に関する指針」
で定められている。設計基準事象は
(1) 事象が適切に選定されていること
(2) 結果が最も厳しくなる解析条件
(3) 最も厳しくなる初期条件
(4) 安全機能別に結果を最も厳しくする単一故障を仮定する
(5) 工学的安全施設では外部電源喪失を仮定する。
(6) スクラムでは最大反応度価値の制御棒一本は上限のまま。
(7) 解析のモデルやパラメーターは結果が厳しくなるよう定する等の条件を満
たすように選定されなければならない。
2 設計基準事故選定の根拠は示されていない
 もんじゅの安全審査では、蒸気発生器細管破断事故は次のような扱いを受けた。
 許可申請書添付書類「3・16蒸気発生器伝熱管破損事故」において動燃事業団
は伝熱管の大規模な破損を仮想した場合の原子炉施設への影響を評価している。
 動燃は設計基準リーク(DBL)として、もんじゅの場合「1+3DEG」すな
わち初期事象として蒸発器の伝熱管一本破断、破損伝播によって三本破断としてい
る。そして、その場合の中間熱交換器にかかる圧力が設計耐圧以下であることをコ
ンピューター解析によって確認したとされる(甲イ一九〇一一頁、甲イ一二四)。
 しかし、このような設計基準事故の選定そのものが妥当なものであるということ
を示す実験等のデータは全く示されていないのである。
 今回明らかになった動燃の「海外出張報告書」(甲イ四四三 三四七ページ)に
よれば、RUN19試験に関する説明中で、「高速増殖原型炉「もんじゅ」の蒸気
発生器の設計基準リーク(DBL)として、一九七〇年代半ばに1+3DEG(初
期一本+破損伝播による伝熱管両端ギロチン破損三本)が選定された。これは当時
動燃で実施していた小リーク・ウェステージ試験データや海外との情報交換で得ら
れた知見を基に保守的に選定したものである。」とされている。七〇年代半ばまで
の破損伝播の機序としては、ウェステージしか想定しない実験をもとに設計基準事
故が選定されていたのである。安全審査での最大の課題はこのような設計基準事故
の選定が保守的なものであることを検証することにあったのである。
(初期スパイク圧)
 蒸気発生器細管の破断直後の水ナトリウム反応による圧力。もんじゅの場合、伝
熱管の一本の瞬時両端破断に相当する水の漏洩量を仮定して解析している。
(準定常圧)
 蒸気発生器細管の破断からある程度時間的に遅れて現れる、ナトリウム・水反応
による水素の蓄積による圧力上昇。もんじゅの場合、伝熱管の初期の一本を入れて
合計四本の両端完全破断に相当する水漏洩量を想定して解析している。
3 SWACSコードについて
 事故解析に使用されたSWACSコードは、水ナトリウム反応による水素ガスの
発生量を考えて、発生圧力を模擬するコードである。
 SWACSコードにおける設計基準事故の事故拡大の原因、経路としては、対象
とする物理現象が①水噴出過程②初期スパイク圧過程③圧力波伝播過程④準定常圧
過程とされているが、前述した設計基準事故における破損伝播の程度(一プラス
三)ははじめから条件として与えられている。そして、準定常圧過程での現象とし
てはウェステージだけが想定され、高温ラプチャが想定されていない。従って、当
然のことながらこのコードによって設計基準事故の想定が妥当なものであることを
根拠づけることはできないのである(甲二八八(高速増殖炉の安全解析に用いる解
析コード))。
4 高温ラプチャ現象の無視
(1) 本件の安全審査では準定常圧過程としては、ウェステージだけが想定さ
れ、高温ラプチャは想定されなかった。しかし、このこと自体が大変な問題である
ことが本件訴訟の最後の段階で明らかとなった。SWAT―3実験に高温ラプチャ
実験が含まれていることが公式に明らかにされたのは乙イ四三、四四号証がはじめ
てである。乙イ四三、四四号証だけでは、この実験の持つ意味ははっきりしなかっ
たが、原告側の開示要請によって明らかになった甲イ四四三号証によって、この実
験の持つ意味が明確となった。
(2) 国の安全審査には動燃が安全審査が行われていた一九八一年九月二八日に
実施したSWAT―3 RUN16の実験データは提出されなかった。この実験で
は、定格出力時のもんじゅ蒸発器の上部条件を模擬して実験がなされたが、伝熱管
九二本の内二五本が高温ラプチャを原因として破断するという信じられない結果が
発生した。
 甲イ四四三号証では「過去に実施したRUN16試験では、ターゲット管として
六本は水蒸気で、四八本は窒素ガスで内部加圧を行った。但し、いずれも内部は流
動のない状態である。この試験の結果蒸気管の一本とガス加圧管の大部分に高温ラ
プチ
ャ型破損が発生した。上記結果は、「もんじゅ」の設計基準リーク選定の視点から
も重大な問題である」とされているのである(三四八ページ)。
(3) 被告動燃はSWAT―3 RUN19で高温ラプチャは起きないことを確
認したと主張する(乙イ四三、四四号証)。しかし、この主張は次のとおり失当で
ある。
① RUN19実験は一九八五年四月四日に実施されたものであり、すくなくと
も、許可処分のなされた一九八三年五月二七日までには高温ラプチャの起きないこ
との確認は一切取れていなかったのである。にもかかわらず、被告動燃は被告国に
も、原子力安全委員会にもこの実験のことを隠して許可処分を得たのであり、文字
通り、この許可処分は事実を秘匿して騎し取られたものと言うほかない。
② そして、このことを被告国の立場から見れば、高温ラプチャ現象については、
実験データは一切提供されていないのであるから、SWAT―3 RUN19実験
の実験条件が保守的なものかどうかについても、一切国・原子力安全委員会は検証
していないこととなるのである。なお、この実験の条件が保守的なものといえない
こと次項の九項において論ずることとする。
(4) また、甲イ四四三号証によれば日本側の「もんじゅ実証炉に係わる日本の
Na―水反応研究」についての発表に対する質疑で次のようなやりとりがなされて
いる。
 実証炉の解析コードであるLEAPコードについて「Q:LeapコードではO
verheatingと内圧ラプチャについては考えていないのか。
A:LEAPコードではウェステージによる破損伝播を考えているが、二次破損孔
径の推定式には、ガス封入管の内圧ラプチャのデータも含まれている。なお、オー
バーヒーティングの有無を確認するために計画されたRUN―19ではOverh
eatingによる高温ラプチャーは生じていない。」とのやりとりのあと、(備
考)として、「この後、オーバーヒーティングに関する討議を相手側は希望してい
る様子であったが、日本側の準備資料が不足しているためこれ以上の討議はできな
かった。この重要なテーマを更に検討するためには別の機会を作り、時間と準備が
必要である。」と記載されている(五四ページ)。
 また、「伝熱管破損伝播現象の理論、実証的理解、材料の重要性」に関する発表
については、日本側が発表でRUN19の試験結果を説明したことに引き続く質疑
概要では、「議論
の焦点は、当初予想していた伝熱管材によるウェステージ特性の違いとは異なり、
伝熱管のOverheating現象の有無に注がれて議論が集中したが、その結
論を出すまでには至らなかった。」とされている(五五ページ)。
 このようなやりとりからはっきりと見えてくることは、日本側が準備した発表中
のRUN19試験で高温ラプチャが発生しないことを確認したという発表が、PF
R事故に衝撃を受けて、高温ラプチャの研究に集中しているイギリスの技術者たち
の納得を得られなかったことを示している。つまり、日本における高温ラプチャに
関する研究が十分なものとは認められなかったと言うことなのである。
5 被告国に対する行政訴訟に関する結論
 被告国は被告動燃の行った高温ラプチャ試験SWAT―3 RUN1619につ
いては、その主張において、一切触れていない。安全審査で一切審査していないの
であるから、言及したくともできないのである。もんじゅにおいて、中規模から大
規模のリークによって高温ラプチャが発生する可能性があることはRUN16試験
から明らかである。にもかかわらず、被告国の安全審査では、もんじゅが高温ラプ
チャの危険性に対して十分な安全性を備えているかどうか、全く検討も判断もなさ
れていないのである。
 このように、被告国に関する限り、このSWAT―3 RUN16および同19
実験の存在が明らかになったことにより、それ以外のことを論ずるまでもなく、も
んじゅ許可には重大かつ明白な違法があり、無効であることは明らかとなったと断
言できる。
八 PFRの高温ラプチャ事故はもんじゅの設計基準事故の想定が誤りであること
を示している。
1 PFR蒸気発生器事故の経過
 甲二一二号証はPFR事故について、「一九八七年二月のPFR No2過熱器
におけるナトリウム中漏洩事故は、稼働中の蒸気発生器でのナトリウム水反応につ
いて、テスト装置の結果とは全く違う非常に重要な情報を提供した。」としてい
る。
 PFRはイギリスにおける高速増殖炉原型炉であり、電気出力二七・二万キロワ
ットで、もんじゅとほぼ同規模の炉である。蒸気発生器は蒸発器、過熱器、再熱器
の3つの機器からなる。いずれも伝熱管の構造はU字管型であり、もんじゅよりは
極めて単純である。構造を図表六―二―八に示す。
 事故は一九八七年二月二七日午前九時四三分四八秒に発生した。炉は突然自動停
止し、圧力開放
板が破裂し、ナトリウム・水反応が発生して強い圧力が発生したことは明らかだっ
た。
2 本件訴訟におけるPFR事故をめぐる原告の主張の要点
 この蒸気発生器伝熱管破断事故では、一本の瞬時完全破断(ギロチン破断)が、
その後わずか八秒間に他の三九本のギロチン級破断に拡大した。原告は、P10証
人の主尋問とP6、P8証人の反対尋問において、原告ら自らが入手したこの事故
の報告書類に基づいて次のような具体的な問題点を指摘してきた。
(1) 破断した伝熱管の本数が、如何なる国の設計基準をも一桁上回っていたこ
と、
(2) 短時間で多数本に破断が伝播した原因がナトリウムー水反応の発熱による
高温ラプチャーであり、高温ラプチャーが現実のプラントで大規模に発生すること
を世界の専門家が十分予想していなかったこと、
(3) 従来の模擬実験が実際の事故を十分模擬していないこと
(4) 「もんじゅ」における同様の事故が起こりうること、
(5) その場合の事故の規模、破損が伝播する範囲については再現実験を行う以
外に確認の方法がないこと
を指摘してきた。
(6) 又、同じ事故が蒸発器で起こっていたら、中間熱交換器の設計限界を超え
た可能性があること
(7) このようなより深刻な事態になっていたことが想定されるため、欧米各国
では従来の設計基準を見直す検討が行われたこと、
(8) しかし、日本では、この事故を受けて、設計基準の見直しも、蒸気発生器
細管の破断事故の再現実験も行われていないこと、を指摘し、PFR事故の原因が
解明された現在の科学技術の水準に照らして、本件許可処分には明白かつ重大な違
法が認められ、また、運転の継続を認めることのできない顕著な危険性があること
を主張した。
3 被告らの主張とその変遷
 ところが、被告らは、当初PFRと「もんじゅ」との設計の違いを理由に、「も
んじゅ」で同様の事故は起こり得ないとだけ主張し続けてきた(被告動燃準備書面
一五、四一~五九頁)。その理由となる設計の違い①内筒の設計②水素計の問題③
急速ブローが設置されていなかったとされる点の合計三点を挙げているが、以下
に、まず被告らのこの主張に根拠がないことを説明する。
 なお、その後、被告らの内動燃は対応を転換し、これまで非公開としてきたSW
AT―3 RUN19試験を引用して、一九八五年の段階で既に高温ラプチャの起
きないことを確認していたとする一方で、この事故に
よって判明した知見を一部とり入れ、安全性総点検を行い、その結果、蒸気発生器
細管の細管破断時の安全余裕が小さいことが判明したとして、今後弁の増設などの
追加の安全対策を実施するなどとしている。しかし、右試験が高温ラプチャの起き
ないことを確認したものとはいえないし、その改善策は安全確保のだめ十分なもの
ではない。このことは次項九項で項を改めて論ずることとする。
4 事故原因と破損伝播の原因
 甲イ一八四号証によると最初の細管破断の原因は、内筒に隙間があるため、ナト
リウムのバイパス流が発生し、伝熱管への衝突流が生じたためであるとされてい
る。
 この事故はわずか一〇秒程度のうちに、破断した細管付近の三九本の伝熱管を破
断し、更に七〇本を損傷させるという重大事故に発展した(図表六―二―九 甲イ
一二五号証図六、甲イ一九〇号証図一二)。この事故拡大の原因は最近の調査結果
(甲イ一八四号証)8・3及び9(破断メカニズムの解析)によると伝熱管三九本
は一〇秒以内に二次破損したもので、この二次破損原因のほとんどは、発熱反応で
ある水ナトリウム反応による過熱であり、腐食やウェステージは重要でなかったと
されるに至っている。すなわち、「破断は、腐食性の損傷に起因する特徴を示して
いたが、破断のメカニズムは過熱された結果物理的強度を失ったものだった。」と
されているのである。
5 事故原因に関する被告の主張に対する反論
 まず、被告は内筒隙間からのナトリウム流れを防止する対策のなかりたこと塞
げ、同じ原因の事故はもんじゅでは発生しないとしている。しかし、最初の一本の
破断原因が内筒隙間からのナトリウムバイパス流による伝熱管の振動・摩耗=フレ
ッティングに起因するものであることは原告も初めから説明しているところであ
り、このことに関連して「もんじゅ」も同様の設計であるなどと主張しているわけ
ではない。問題は、「もんじゅ」の設計がこの点で異なっているからと言って、そ
れが、「もんじゅ」でギロチン破断は起こり得ないとする理由にはならないことで
ある。先に説明したように、「もんじゅ」の伝熱管にはPFRと違って事故発生の
原因となりやすい多数の溶接個所があり、破断発生要因としてはPFRをはるかに
凌ぐものがあることは明らかである。軽水炉のケースであるが、一九九一年二月九
日に美浜二号の蒸気発生器で発生した細管破断事故の場合でも破断の原因は伝熱管
の振
動、フレッティングとされており、破断個所の回りの伝熱管も減肉していた。
 そして、温度変化によって伸縮する伝熱管束を支持具で支える構造になっている
限り、加圧水型軽水炉と同様、高速流体中で振動によりフレッチング(擦れによる
減耗)が起こり得ることも自明である。事故の原因となった事象によって破断した
細管の回りの細管も損傷していることは十分ありうることであり、そのことから
も、PFRのような配管の大量破断事故が特異なものでないことが裏づけられる
(P10四六回七〇ないし七二頁)。
6 水素計取外しの問題
 二番目に、被告はPFRでは事故当時、ナトリウム中水素計が働いていなかった
として、事故発生に対する早期検知手段の不在を挙げ、もんじゅではこのような事
態は避けられるとしている。確かに当初の一九八八年の報告書甲イ一二四ではPF
R事故では水素計は故障していたとされていたが、一九九二年の報告書甲イ二一
二、三頁では「本当の事故が発生する確率の低い割には疑似トリップ信号を発する
頻度が非常に高い」とされ、取り外されていたとされている。今回原告が開示要請
した「海外出張報告書」では、インターロックからもともと外されていた上に、当
日は故障していたと総括されている(甲イ四四三、六一ページ)。
 このような被告の主張に対しては、原告は先に、「もんじゅ」の水素計の応答時
間が遅く事故時の早期検知手段として有効性がないことを指摘した。PFR事故で
は、最初の一本のギロチン破断前の小漏洩の発生した時間が明確でなく、その推定
幅は数時間から二、三分と非常に広い。漏洩率も毎秒〇・〇一グラムから一グラム
までと不確かさが大きい(甲イ二一二号証、七ページ)。もし、短い時間であった
り、あるいは漏洩率が小さかったら、検知時間がさらに遅れることとなる。「もん
じゅ」の水素計であっても、六、2で前述したようにギロチン破断にいたる前に漏
洩を検知した上で必要な判断と対応をとることは困難である。また、自動的な緊急
停止措置も、漏洩率自体ではなく毎秒〇・一グラム以上の漏洩率に達した後に、そ
の後の漏洩率の増加を検知して初めて作動する仕組みでは、作動までの時間が遅
れ、到底今回のPFR事故のようなギロチン破断を防止することはできない。被告
の主張にはまったく根拠がないのである(甲イ四四四号証P10陳述書)。
7 急速ブローが設置されていなかったとされる問題
 P
8証人はPFR事故は「極めて特異な条件」(P8一四回五六丁)で発生した事故
であり、もんじゅの場合の参考にならないとし、とりわけ、過熱器に急速ブローが
設置されていなかったことを強調した。
 確かにPFRでは過熱器には急速ブローは設置されていないが、この事故につい
ての公式報告をもとに作成された甲イ二一二号証五頁によると低速ブローによっ
て、この事故の際一〇秒以内に全ての防護動作は完了しているとされている。P8
証人によれば、もんじゅの急速ブローでも動作開始まで約二秒、防護動作を完了す
るには一〇秒程度かかるとされている(P8一九回四一、四二丁)。さらに、設計
速度より遅れることもありうるのであって、どちらにしても、もんじゅとPFRに
この点において大した差はないということができる。
 ところが、本件訴訟の最終段階において、被告は、事故当時のPFRには過熱器
に低速ブロー系しか設置されていなかった上に、低速ブローも最初の一五秒間はほ
とんど機能していなかったと主張するに至った。この問題は重要であるので、次に
項を改めて詳細に論ずることとする。
(ブロー)
ブローとは、伝熱管破断後ナトリウムー水反応による影響を緩和するため、蒸気発
生器内に残っている水または水蒸気を排出することである。
8 事故が蒸発器で発生していたら
 PFR事故は過熱器で発生した。過熱器は既に蒸気となっている水をさらに過熱
する部分であるが、同じような破断事故が、もし蒸発器で発生した場合、液体状の
水がナトリウム中に噴出することとなるので、より大きな規模の水ナトリウム反応
が発生することとなる。P9証人はPFRの中間熱交換器を取り替えた事実はない
などという(P9二六同一〇丁)が、前記報告書(甲イ一八四)11・0の結論に
よると、この事故においても設計圧力一二バールぎりぎりの一〇・五バールまで圧
力がかかったとされており、蒸発器の事故の場合には、設計圧力を超える事態は十
分ありえたことを調査結果自体が認めている(報告書10・0、P10四六回八四
ないし八六頁)。
 被告動燃の「海外出張報告書」においては、イギリス側の説明として、「IHX
(中間熱交換器)の事故時の圧力条件を種々のケースで検討したが、IHXの設計
圧力を上回る圧力は今回の事故ではかかっていない。但し、蒸発器で同様なリーク
が発生すると問題。特にEV(蒸発器)の水・蒸気しゃ断用のパイロット弁の
故障はコモンモード故障で隔離失敗の可能性あり。」と指摘されている(甲イ四四
三、四五ページ)。この指摘は、事故が蒸発器で発生していた場合、設計圧力を超
えた可能性があること、遮断弁が故障した場合には隔離に失敗し、さらに事故が大
規模に拡大する可能性があることを示している。
 設計圧力を超えるということは機器の基本的な健全性が失われる可能性があると
いうことであり、本件の場合でいえば、中間熱交換器が破壊され、大量の水素が一
次系に流入して「気泡通過事故」(暴走事故)を起こすか、あるいは一次系の大量
の放射能を含んだナトリウムが二次系に流入し、更に環境中に放出される可能性が
あることを示している。
九 高温ラプチャによる伝熱管大量破断は防ぐことができない。
 ―隠されていた動燃高温ラプチャ実験とPFR事故が示すこと―
1 PFR事故の安全上の位置付けとその変化
 高温環境による破損伝播については、同事故の報告書(甲イ一八四)が述べてい
るように、「この現象はどのFBRにも共通する重要性を持っている。PFRの事
故解析はこれを考慮して修正された。」(11・0)とされている。イギリスでは
現実に事故を再現する実験が行われ、解析もやり直されているのである。
 被告動燃は本件訴訟においてP10証人から具体的な事故のレポートを示される
までこの事故を踏まえた設計の再検討結果などは一切公表してこなかった。P8証
人は、被告国―科学技術庁・被告動燃の姿勢を代弁して、PFR事故は「特異な条
件」と片付けて、このように極めて重大な事故から何も学ぼうとしない姿勢をあら
わにしていたのである。
 ところが、その後被告動燃はこの問題についての対応の軌道修正を図ったものと
考えられ、一定の検討結果なるものを原告申請のP10証人の二回目の尋問も終了
した後の一九九八年六月になって裁判所に提出し曲言に基づく新たな主張を含む準
備書面一五を提出してきた(乙イ四三、四四号証)。この中にはSWAT―3 R
UN16 19の両実験が含まれていた。
2 隠されていた動燃高温ラプチャ実験
 P8証人は証言で「今のような状況で、ナトリウム・水反応の反応熱によ棚って
隣接する伝熱管が過熱されましても、その内部に有する蒸気などで内側から冷却さ
れまして、その冷却効果によりまして、伝熱管の強度がそれほど低下することがな
いので、いわゆる高温ラプチャのような現象は起こらないという
ことを確認しております。」と証言していた。同証人がここで述べている「申請者
側の実験」は動燃の実施したSWAT―3のことであることも認めていたが、これ
以上のことは明らかにされず、いつ行われたRUNの何番の実験であるかも明らか
にされなかった(P8一四回五八丁)。
 この証言の段階では、SWAT―3の試験は甲イ二八八号証一七八頁図では、R
UN6まで、甲イ三〇二号証ではRUN7までがその存在と簡易なデータが公表さ
れていたにとどまり、被告動燃が高温ラプチャ実験を行っていたこと、そのRUN
が16と19であることは公開されていなかった。
 甲イ四四三号証によればRUN1619の実験条件は図表六―二―一〇の通りで
ある。
3 RUN16試験の再現としてのPFR事故
 一九八一年の被告動燃の実験SWAT―3RUN16ではもんじゅの蒸発器上部
の定格出力時の条件が模擬された。この実験では、伝熱管合計二五本の高温ラプチ
ャによる大量破断が発生した。正確には、ガス加圧管二四本(同一ヘッダにつなが
れているので二四本で全数破断と同じこと)、注水管一本の合計二五本が破損する
という大破損事故に発展したのである。
 RUN16の試験条件は一次リーク平均注水率二二〇〇グラム/秒、注水時間は
六〇秒、注水量は二二八キログラムとなっている。
 この試験は結果を比較するなら、PFR事故に酷似している。むしろ、PFR事
故はこの試験の再現だったとも言える。しかし、被告動燃はこの驚くべき試験結果
から高温ラプチャの問題に正面から取り組もうとするのではなく・試験結果を秘密
にしつつ、大幅に条件を切り下げた実験を行い、高温ラプチャはもんじゅでは起き
ないことを確認したとしてこの問題についての検討を打ちきろうとしたのである。
4 保守的といえないRUN19試験条件
(1) 条件が大幅に切り下げられている。
 被告動燃が準備書面(一五)において金科玉条のように引用するSWAT―3 
RUN19実験は、RUN16実験の結果に驚樗した被告動燃が内部的な辻棲を合
わせるために、各種実験条件を大幅に条件を切り下げて実施したものであり、到底
保守的な条件を設定したものとは言えないものであった。このことは甲イ四四三号
証三四八ページに次のように記載されていることからも明確に裏付けられる。
 RUN19の試験を行った動機として、
「この試験の結果、蒸気管の一本とガス加圧管の大部
分に高温ラプチャ型破損が発生した。上記結果は、「もんじゅ」の設計基準リーク
選定の視点からも重大な問題であるが、伝熱管が静止した蒸気又はガスであり、実
機条件での水・蒸気による冷却効果が含まれていないため、過度に保守的であった
可能性がある。」「過度の保守性を排し、」と説明されている。
 この記述だけを見ると、RUN19は16と水蒸気の冷却効果の点だけを比較す
るために、その条件だけを変更してなされたものとも考えられる。しかし、実際に
は他の条件も大幅に切り下げられている。RUN16の試験条件は一次リーク平均
注水率はRUN16が二二〇〇グラム/秒に対してRUN19は一八五〇グラム/
秒注水時間はRUN16が六〇秒に対してRUN19は三二秒、注水量はRUN1
6が二二八キログラムに対してRUN19は六一キログラムとなっている。このよ
うに伝熱管の冷却条件だけでなく、極めて重大な条件が「過度の保守性を排」する
との名目で切り下げられているのである。にもかかわらず、この実験でも、一六本
の加圧管については高温ラプチャが五本について発生しているのである。むしろ、
この規模の漏洩における高温ラプチャの危険性を示すものとも評価できる実験結果
である。
(2) 必ず伝熱管内に水流動を想定することはできない。
 伝熱管破損事象において必ず、伝熱管内に水・蒸気の流動を想定することは保存
的な想定とは言えない。伝熱管破損事象の際にはごく短時間の内に、ブローと隔離
という二つの操作が行われる。ブローが先行し、その完了後に隔離がなされれば被
告動燃の想定通りとなる。しかし、ブローに失敗したり、失敗しなくても、隔離が
先行した場合には伝熱管内に水・蒸気流動のない状態での伝熱管破損が現実化する
こととなる。
(3) 多重故障を想定すべきである
 このように、伝熱管破損とブローの失敗や伝熱管破損と隔離の失敗という二つ以
上の事象の同時発生という故障を想定すれば伝熱管の高温ラプチャによる大量破断
は必至と言わなければならないのである。
 美浜原発における蒸気発生器破断事故の際には、伝熱管の破断と加圧器の逃し弁
の不作動という二つの事象の同時発生という多重故障が現実に発生している。もん
じゅの場合はこのような事態は文字通り破滅的な事態の始まりとなるであろう。
 また、甲イ四四三号証にも「特にEV(蒸発器)の水・蒸気しゃ断用のパイロッ
ト弁の故障はコモンモー
ド故障で隔離失敗の可能性あり。」と指摘されている(四五ページ)。共通モード
故障も現実的な可能性として考えなければならない。
5 急速ブローが設備されていれば安全とは言えない
(1) 被告主張を覆す被告動燃海外出張報告書被告
 動燃はPFR事故がこのような重大事故に発展した理由を急速ブローが設置され
ていなかったことに求め、もし、これが設置されてさえいれば、事故がこのような
重大な結果につながることはないと主張してきた。しかし、甲イ四四三号証はこの
ような主張が成り立たないことを被告動燃自らの調査結果によって裏付けている。
(2) イギリスPFRの過熱器に設置されていなかったとされた急速ブローはも
ともとは設備されており、有効でないという理由で外されていたこと
 まず第一に指摘できることは、PFRにおいてももともとは急速ブローが設置さ
れていたと言うことである。甲イ四四三号証によると「SH(過熱器)にFast
ダンプ系を設けていない理由は?」という日本側の問いに、「SHのFastダン
プ弁は元々は設置されていたが「有効でないという理由で取り外した。このため、
SH2のリーク事故時にはSHにはFastダンプ弁は設置されていなかった。S
H2の事故後、再びFastダンプ弁を設置した。」と答えている(二三ペー
ジ)。
 「SH(過熱器)にSast dumPは設置したのか。」という日本側の問い
にも「設置した。もともとは設置されていたものである。」との答がなされている
(四七ページ)。
 過熱器の急速ブローは元々は設備されていたという事実は極めて重大な事実であ
るにもかかわらず、被告動燃の乙イ四三、四四号証ではこのような事実は完全に隠
されている。更に、重大な指摘は次の点である。
(3) 仮に急速ブローが設備されていても、事故の結果は大きくは異ならなかっ
たと推定されていること、
 前項の二三ページの問答に続いて「Fastダンプ系があったら、事故は早く終
わったと考えるか。」という決定的な問いに対して、イギリス側は「YES、但
し、破損孔からのリーク量が大きいので、効果は大きくないかも知れない。」と回
答している。急速ブローがあったとしても、有効性には疑問があり、「効果は大き
くない」とされていることは極めて重大である。被告動燃が「PFRには急速ブロ
ーがなかったから伝熱管の大量破断の結果となった。」「急速ブローのあるもんじ
ゅは絶対
高温ラプチャは起きない」と言っていたことが、単なる机上の計算にすぎず、実証
性のないものであることを被告動燃作成の出張報告自体が示している。
 PFR事故でブローに時間を要したという被告動燃の主張について
 被告動燃はPFR事故で大量の伝熱管の高温ラプチャが発生したのは過熱器に急
速ブローが設置されておらず、ブローに時間を要したためであると主張し、過熱器
に急速ブローが設備されているもんじゅではこのような事故は発生しないとしてき
た。
 この主張は、甲イ二一二号証の記述と全く矛盾するものであった。甲イ二一二号
証五ページによると、「自動的な防護動作は、わずか一〇秒の間で有効に完了し
た。プラントの防護システムは期待通り機能した。」と書かれている。甲イ二一二
号証は英国原子力学会誌であり、英国の原子力界では最も権威のある学術誌であ
る。
 これに対し被告は、準備書面一五の五一ページにおいて、「事故後一一秒後に圧
力が○・七気圧に低下したのは」「伝熱管の破損口を通じて、蒸気系の蒸気がナト
リウム系に流入した結果にすぎないと解さざるを得ない」と何の根拠もなく勝手に
解釈しなおして、甲イ二一二号証の上記結果を事実上否定した。
 一方、被告の主張を裏付けるものとして、被告から提出されたのは一技術者の個
人的メモだけであった(乙イ第四四号証)。PFR事故は大事故であるから、当
然、公式の事故調査報告書は存在すると考えられる。事故経過の事実関係はそもそ
も調査の出発点であり、その中でもブローの作動経過は最も基本的な事項であるか
ら、公式報告書に作動記録が必ず記述されているはずである。被告は事故調査報告
書を入手できる立場にあるから、必要ならばそれ自体を引用すれば済むはずであ
る。それをやらずに、一技術者の個人的メモを根拠に議論する被告動燃の態度は奇
異なものと言わなければならない。
(5) なぜ、技術者の個人的メモが提出されたのか。
 このような被告動燃の態度の謎は、原告が求めた甲イ四四三号証の開示によって
解けた。原告は本件事故に関する被告動燃P17ほか作成のレポート「海外出張報
告書AGT8、日本ナトリウム水反応専門家会議」の開示を国会議員を通じて九八
年一一月に求めた。ところが、被告動燃はイギリス側の企業秘密に関連するという
理由で、九九年二月二六日までにはその公表に応じなかった。
 甲イ四四三号証として提出したこの報告書には確かに
、ブローについて「作動開始まで三〇秒かかる。」(一七、二三ページ)という記
載が見られる。被告動燃は乙イ四四号証添付の技術者の個人的なメモなどでなく、
この報告書を出せば、この点の証明は可能だったはずである。被告動燃が既に存在
していた甲イ四四三号証を法廷に提出せず、新たに手紙を書いて、既に閉鎖された
PFRに勤務していた技術者からその返事をもらうという迂遠なやり方を行った理
由は明らかである。甲イ四四三号証には他にこの準備書面で触れたように、これま
での被告動燃の主張に真っ向から反する重大な指摘が含まれていたからである。
(6) 急速ブローがあれば大破断にいたらなかったという証明はされていない。
 急速ブローが有効であることを裏付ける実験データは存在していない。もんじゅ
に設備されている急速ブローの有効性に関する機器の設備データや実験結果は小リ
ークおよび小中境界の二ケースだけである。文字通り、ないよりはましかもしれな
いが、「効果は大きくない」かもしれないのである。
 PFR事故については、一般に研究者が入手できる実記録に乏しく事実関係自体
にも推定が多い。上記技術者のメモも、ほとんどが推定によるものである。特に、
重要なブローの動作に関して、「実際には、これらの弁を通ってある程度の蒸気の
減圧はあったかも知れませんが、弁が開き始めたという直接の証拠はありませ
ん。」と述べ、ブローの動作についてはデータ自身が存在しないことを伝えてい
る。したがって、漏洩中ブローがまうたく行われなかったというのは、事実を述べ
たのではなく、保守的な計算をするために選んだ入力条件に過ぎなかったことも明
らかにしている。
 結局、ここで判明することは、被告動燃の「低速ブローが一五秒ほとんど機能し
なかった」という説明は海外出張の際の聞き取り結果以外には実データの裏付けも
なく、公式の報告に基づくものでもないということ、そしてPFR事故の解析に当
たったイギリスの技術者は「保守的な」仮定としてブロー系が働かなかったという
解析条件をとっただけとも考えられるということである。いずれにせよ、急速ブロ
ーがあれば大破断事故にいたらなかったという被告動燃の主張は何の裏付けもな
く、むしろ、PFR関係者はこのような被告動燃の見解に同意しなかったことがは
っきりした。
4 水流動があっても安全とは言えないことを示すドイツ・インターアトム社実験
 ドイツで
の実験では、管内で水の流動があるケースでも高温ラプチャが発生しており、水の
流動があれば高温ラプチャは起こり得ないと言う被告動燃の主張に反する結果が出
ている。すなわち、甲イ四四三号証によれば西ドイツ(当時)のべンスベルグのイ
ンターアトム社の訪問時の説明として、「中リークのナトリウム―水反応試験に関
して、「注目すべき試験結果は管内に水流動がある場合でも高温ラプチャが発生し
ていると言っている点である。」「水リーク率が八○グラム/秒以上になると高温
ラプチャを引き起こす。」(六五ページ)とされている。この試験結果の図表まで
が資料として添付されている。これを図表六―二―一一として示す。このような試
験結果は水流動があれば高温ラプチャは起きないとする被告動燃の主張を完全に否
定するものである。
 また、今後、被告動燃は蒸気発生器の水リーク試験の試験装置の新設を準備して
いるとされている。このこともこの現象が未だ未解明なものであることを裏づけて
いるのである(甲イ三八四 八六頁)。
5 繊密な事故の再現実験こそが不可欠である
 被告準備書面一五は、事故中の蒸気発生器内の挙動を確認するための「解析」を
行っている。しかし、それらはすべて計算によるものであり、極めて恣意的なもの
である。新たな実験はなされておらず、実証性がない。被告動燃が「もんじゅ」事
故の後に実施したと同じように、再現実験を行うべきである。計算というのは、同
じコードと入力データを使い、費用も含めて対等に実施できる条件がなければ客観
性を保証できるものではなく、対立する者間のやりとりも成立しないのである。ま
た、再現実験してみなければ重要な事実を見逃す可能性があることは、「もんじ
ゅ」事故の再現実験で得られた最も重要な教訓である。
一〇 設計基準事故の見直しの動きと今後
 高速増殖炉開発は今や世界的には過去の出来事となりつつあるが、最後に蒸気発
生器に関する設計基準事故に関して、生じていた動向を紹介し、もんじゅにおける
設計基準事故の想定の見直しが必至のものであり、これが行われなければ炉の安全
性を確認することはできないことを明らかにしておきたい。
1 アメリカの新型高速炉について
 アメリカはもんじゅなどのヨーロッパのタイプと違うプリズム炉の設計概念の研
究開発をしていた。このような原子炉も計画だけで、既に放棄されているが、少な
くとも設計中の同炉について、N
RC原子力規制委員会はその安全評価に四〇本以上の破断を想定する見解を示して
いた(甲イ六三号証、NUREG―一三六八)。
2 ヨーロッパ高速炉EFRについて
 既にヨーロッパ高速炉の開発は停止している。しかし、設計の終盤の段階で、設
計基準事故については甲イ一八二の二のいわゆるラベリー報告三一頁に見直しの議
論がなされていることが紹介されていた。
3 軽水炉でも設計基準事故見直し
 最近、海外では軽水炉の蒸気発生器細管の破断事故について設計基準事故の見直
しが進んでいる。もんじゅの事故想定が不十分なことは、軽水炉の事故評価が最近
になってより厳しい方向で見直されていることからも裏付けられる(原子力安全委
員会「平成三年版原子力安全白書」 甲イ一一五号証一六七ないし一六九ペー
ジ)。
① アメリカ
 原子力規制委員会は報告書NUREG―〇八四四で蒸気発生器伝熱管破損のリス
ク評価と伝熱管の健全性の問題を取り上げている。この中で、設計基準事象として
の再評価に関しては複数本の破断、主蒸気管の破断事象との組合せなども含め、N
RCの今後の継続検討課題とすることとなっている。
② フランス
 二本破断を状態四(一万炉年から一〇〇万炉年に一回程度の発生頻度の事象)と
して想定している。
③ ドイツ
 「主蒸気管破断と蒸気発生器伝熱管破損」「蒸気発生器伝熱管破損と主蒸気安全
弁開固着」の複合事象の解析が行われている。
4 PFR事故と被告動燃の隠されていたSWAT―3 RUN1619実験から
導かれる結論
 まとめとして、これまでに明らかになったことは、
① PFR事故伝熱管三九本の破断、七〇本の損傷、動燃が一九八一年に実施した
SWAT―3 RUN―6は伝熱管二五本の破断をもたらした。いずれも設計基準
を大きく上回る事故であり、PFR事故は動燃の実験の再現とも言えるものであっ
た。この大量破断のメカニズムは高温ラプチャを原因とするものであった。破断の
事故伝播に関してこれまでの安全審査の前提となってきた現象把握自体が誤ってい
たといえる。
② 被告動燃はSWAT―3 RUN19の実験で水流動のある伝熱管に高温ラプ
チャは発生しなかったことを唯一の根拠としてもんじゅでは高温ラプチャは起きな
いとしている。しかし、この実験の条件は保守的なものといえないし、この実験で
も加圧管の五本については高温ラプチャが発生しているのである。
③ 急速ブローが設備さ
れていれば安全であることは証明されていない。被告動燃の調査によっても、PF
Rでは、急速ブローは有効でないとして取り外されていた。又、仮に設備されてい
たとしても効果は大きくないとされていた。
④ 再現実験をやり、推定された事実関係、事故推移を検証すべきである。推定さ
れた条件による計算だけの現状では、事故とその影響の解明は不可能である。
⑤ このような再現実験に基づいて設計基準事故を設定し直す作業が不可欠であ
る。
⑥ 高温ラプチャーによる伝熱管大量破断事故の発生の危険性は極めて高い。にも
かかわらずこの点に関して国の安全審査は全く行われていない。
⑦ もんじゅ蒸気発生器には看過しがたい安全上の重大な欠陥があり、又、このこ
とが全く国の安全審査で審査されていないことが明白となった。もんじゅ設置許可
には重大かつ明白な違法があり、もんじゅの運転は差し止められなければならな
い。
一一 蒸気発生器伝熱管破損事故に関する原告らの主張に対する被告の反論につい

1 流水状態について
 被管動燃は、事故中に伝熱管が常に流水状態であるという保証はないという原告
の指摘に対し、「抽象的な主張である」と反論するが、水の流動が停止することの
ない理由として、被告動燃は、水・蒸気系が隔離する前に高速ブロー弁が開く設定
になっていることを挙げるにとどまっている。しかし、これは単なる「設計上の建
前」を述べただけにすぎず、弁の構造や動作原理及び事故時に自動的に順序よく動
作させる回路系が故障や誤動作の起こりにくいものになっているかどうかの具体的
説明はない。事故は、設備・機器が「設計上の建前」どおりに作動しなかったりし
て発生し、予想外の経路を通って拡大していくことが多い。被告動燃の反論こそ抽
象的であり、「設計上の建前」を述べても何の役にも立たない。
2 SWAT―3試験のRUN―19の保守性欠如について
 被告動燃は、原告らの主張に対して、「漠然と抽象的可能性を言うにすぎない」
とするが、その理由としては、「最新の評価方法が安全側の結果を導くことを確認
している」と述べるに留まっている。原告らは既に、①高温ラプチャは多くの因子
の複合した現象であり、その解明を目的とする試験がわずか三回では基本的判断材
料を得るには少なすぎる、従って最新の評価方法で安全側の結果が導かれたとして
も偶然にそうなった可能性があると言えるに過ぎず、常に安全側の結果を
導くとの保障は全く存在しない、②このように複数の因子が関係する現象を試験す
るには、各因子(試験条件)を少しずつ変えた系統的実験が必要だという実験上の
常識が存在しているのにそれを無視している(もんじゅ事故においては、これをや
っていなかったためにナトリウムの中小漏洩時の現象と影響のデータがなく、状況
把握に失敗し対応を誤って事故を拡大してしまったことは、記憶に新しい)、③そ
もそも被告動燃自身が、RUN―19を、可能な限り「もんじゅ」の蒸気発生器の
各種条件を模擬する実験であったとしていて、保守性を念頭に置かなかったことを
自認している、と主張してきたが、そのいずれに対しても、被告動燃は具体的な反
論を行っていない。
3 弁の故障について
 被告動燃は、スリーマイル島原発事故で故障した弁は「加圧器逃し弁であり「も
んじゅ」には存在しない」と述べている。もんじゅは加圧水型軽水炉ではないから
「加圧器逃し弁」がついていないのは当たり前であるのに、それを述べることは見
当違いであると同時に、弁が故障する理由について議論をそらそうとする姑息な方
法である。美浜事故に関しては、「定期検査時のミスである」と、主張するが、被
告動燃が行う「もんじゅ」の定期検査時においてミスが起こらないという保障は全
くない。
4 ドイツ・インターアトム社の実験結果について
 被告動燃は「原告らは、単に用語としての「高温ラプチャ」に拘泥し、両者の相
違を無視しようとする」と述べるが、原告らの主張が、「用語としての「高温ラプ
チャ」に拘泥」もしていなければ「両者の相違を無視して」もいないことは明白で
ある。
 ただ、被告動燃が「高温ラプチャの典型例]を問題に」ているのに対し、原告
は、英国PFR事故の一部も含めて現実の事故ではウェステージと高温ラプチヤと
の複合型がより一般的であると考え、インターアトム社の実験結果の意義に注目
し、典型例だけでなく複合型に関する系統的実験も極めて不足していること及び複
合型においても漏えいの検出が間に合わず、高温ラプチャによる伝熱管破損伝播を
起こす危険性があることを具体的に述べたのである。
5高速ブロー効果の評価について
 被告動燃は、高速ブローが備えられていた場合の破損本数減少分が一〇本ほどに
とどまるとの英国の説明(甲イ四四三号証四三頁)を理由に、高速ブローの効果は
決定的とは言えないとした原告の主張は誤りである、と主
張し、その理由として、当時の英国専門家が破損の要因を高温ラプチャよりもむし
ろ粒界腐食に着目していたことを挙げている。しかし、甲イ四四三号証を読めば、
当時の英国専門家が粒界腐食を重視していたとする動燃の見方はまったく誤りであ
ることが判明する(甲イ四四三号証、二六、三六五四、五五頁)。粒界腐食を重視
していたのは明らかに日本側であり(同、三五頁)、高温ラプチャに議論を集中さ
せようとする英国側に対して、日本側はむしろ戸惑いさえ示している(同、五四
頁)。現実の事故の過程では、高温ラプチャとウェステージと粒界腐食とは同時に
進行し、そのいずれが破損伝播に対して決定的であったかにより、主たる原因が決
められる。従って、破損した伝熱管の中には高温ラプチャとともに粒界腐食も受け
る伝熱管が存在することは十分ありうることである。被告動燃の反論は、甲イ四四
三号証を曲解した結果にもとづくものである。被告動燃は、英国技術者が被告動燃
の問い合わせに対して高速ブローの効果を強調した回答を寄せたとして高速ブロー
の有用性を強調しているが、高温ラプチャが最も問題となる中規模水リーク領域で
ブローを行った試験が一度もない現状では、高速ブローの有用性を推定する証拠は
何一つは存在していない。
6 水素計について
 被告動燃は、水リークを早期に検出するための水素計の限界につき原告が具体的
かつ丁寧に主張したことに対し「毎秒一キログラム以下の水リークでは、短時間で
複数の伝熱管が破損する高温ラプチャが発生する恐れはない」と述べている。これ
は暗に「ウェステージ型が先行する高温ラプチャが発生する恐れはある」と認めた
ものと考えられる。ともあれ、ウェステージと高温ラプチャが複合したケースの実
験データが極めて乏しくその影響に関する知見の少ない現状では、短時間で複数の
伝熱管が破損する高温ラプチャの典型例だけを取り上げて、ウェステージ先行型高
温ラプチャを切り捨てることはできない。
7 結論
 結論としては、「高温ラプチャの典型例」に対しては、現象の変化が余りにも急
激過ぎて一切対応できないのはもちろんである。一方、「ウェステージ先行型の高
温ラプチャ」の場合には、「蒸気発生器の緊急停止によって十分対応しうる」こと
は全く立証されていない。
 被告動燃が、蒸気発生器の二局温ラプチャ」問題に対して、原告の具体的な危険
性の指摘に対して、具体的な反論をすること
ができなかったという事実は、極めて重要である。「ナトリウム漏えい火災事故が
起こりうる」とした原告の主張に対して、一九九五年(平成七年)一一月までは、
被告動燃は「起こり得ない。原告の主張は抽象的だ」と述べていたのである。しか
し、事故は発生した。被告動燃がもんじゅの運転を続けようとする限り、第二、第
三の「もんじゅ」事故は必至である。
 裁判所におかれては、原告が①ナトリウム漏えい火災事故、②蒸気発生器事故、
③大地震による事故、④炉心崩壊事故の四点にわたって具体的に主張してきたにも
かかわらず、被告動燃が抽象的な反論しかできなかったことを考慮し、すみやか
に、原告勝訴の判決を下されるよう強く希望する。
一二 蒸気発生器伝熱管破損事故についての被告の反論について
1 高温ラプチャ問題は原告が提起した問題である
 蒸気発生器伝熱管の破損事故に関する第一の争点は、被告動燃の許可申請時の安
全解析が十分な科学的裏付けを持つものかどうかと言うことであった。しかし、重
要なことは、現在本件訴訟の争点となっている高温ラプチャ問題は被告動燃が進ん
で自ら公表した問題ではなく、原告及びP10証人の調査に基づく指摘の後で、被
告動燃がこれを認めざるを得なくなったという問題だと言うことである。
2 事故中に伝熱管が必ず流水状態であると言う保証は何もない。
 被告動燃は、「補充書」四八~五二頁において、被告動燃が実施したSWAT―
3試験のRUN―16およびRUN―19において破損したのは実際の「もんじ
ゅ」の条件を模擬していないガス加圧管および静止水管であって、流水管には破損
した例が無いことをもって、原告が主張する高温ラプチャによる伝熱管破損の蓋然
性は示されていないと主張している。これは、実際の「もんじゅ」においても、事
故中、伝熱管内が常に流水状態であることを前提にしている。しかし、実際の事故
において、伝熱管内が常に流水状態であるという保証はどこにもない。実際の事故
は、発生条件も経過(初期破損時の注水率とその時間的変化、注水方向、継続時間
等)もより複雑で、模擬実験のように単純で理想化された条件で発生し推移すると
は限らない。したがって、実際の「もんじゅ」では必ず流水状態であるという前提
が成立する理由はなく、高温ラプチャによる伝熱管破損の蓋然性を否定することは
出来ない。
3 SWAT―3試験のRUN―19は保守的条件によるもの
とは言えない。被告動燃は「補充書」五三~五八頁において、SWAT―3試験の
RUN―19がRUN―16に比べ保守的でないとした原告の主張を、破損に到る
までに要した最小時間、水リーク率、注水時間、高温ラプチャ発生因子の複合性の
各点から、失当であると主張している。高温ラプチャ発生や経過の現象が複雑で、
単純な比較が困難なことは理解できるが、水リーク率がRUN―19では一・八五
キログラム毎秒とRUN―16の二・二キログラム毎秒より少なかったために、R
UN―16では一〇〇〇℃を越えた領域がより、広くなったことが甲イ四四三号証
三八四頁に記されており、その点でRUN―19の保守性がより乏しかった可能性
が考えられる。
 もともとRUN―19は、「もんじゅの蒸発器の各種条件を可能な限り模擬する
実験」(「補充書」五五頁)とされており、ガス加圧管、静止水管を除き保守性に
焦点を置いた実験とは考えられない。それに、水リーク率の違健よる結果に見られ
るように、実験結果が実験条件のわずかな違いによって敏感に変わる可能性が大き
い。まず、各種の条件を少しづつ変えた実験を突施し系統的データを収集した上で
検討することが重要である。しかし、高温ラプチャに関する実験は、RUN―1
6、17、19の三回しか実施されておらず(うちRUN―17は一〇〇%負荷条
件でない)、データが乏しいため、保守性の根拠自体を議論できる段階に無い。こ
れだけの実験結果だけで保守性だけにとどまらず高温ラプチャ現象の信頼できる把
握は困難である。
4 事故時の弁の故障は、多数の前例があり、十分ありうる。被告動燃は「補充
書」五二~五三頁において、原告による水・蒸気ブローの遅れ(隔離後のブロー)
や失敗の危険性の指摘は、何ら具体的理由も示されない抽象論だと主張している。
しかし、これらの作動は、電子回路の信号と弁の開閉によって行われるため、故障
や誤作動はありうることであり、特に、弁の故障はしばしば経験することである。
原告がブロー失敗の危険性を強調したのは、一九七九年米国スリーマイル島原発事
故においても一九九一年美浜二号原発事故においても、弁の故障が事故の契機や拡
大に大きく寄与しており、弁作動の不調が重要なときにもしばしば起こることが現
実の問題として十分ありうるからである。
5 ドイツのインターアトム社が行った実験の評価について
 被告動燃は、「補充書」五八~六
三頁において、ドイツ・インターアトム社の伝熱管破損伝播実験は、
① ウェステージ先行型高温ラプチャであって典型的高温ラプチャでないこと、
② 実験に使用した管の寸法が、「もんじゅ」やSWAT―3試験のものと異なる
こと、
 をもって、この違いをわきまえない原告の主張は失当である、と主張している。
しかし、この主張は、高温ラプチャを典型的なそれとウェステージ先行型とに機械
的に分けてその違いを強調しているだけに過ぎず、学問的な厳密さを主張する目的
ならともかく、現実の事故を検討する上ではこの違いを強調しても意味はない。こ
の実験で重要なことは、流水状態でも、高温ラプチャが起こりうることを示してい
る点にある。現実に発生する事故は単純ではなく、どのような要因で高温ラプチャ
が起こりうるか調べることが重要である。そのために、初期水リーク率あるいはそ
の時間変化等の条件を種々変えたウェステージ先行型高温ラプチャの実験データが
必要であることをこの実験結果は示しているのである。しかし、もんじゅではその
ような実験は行われていない。被告動燃は、ウェステージ先行型なら高温ラプチャ
に至る前に水リークを検出できると主張するかもしれないが、ドイツの右実験では
高温ラプチャ発生までのリーク時間が、リーク率六〇~一七五グラム毎秒の場合一
分以下であり、もんじゅのナトリウム中水素計を例にとるとリーク検出時間とほぼ
同じかそれ以下の時間である(甲イ三八三号証五六四頁)。したがって、高温ラプ
チャ発生以前にリークを検知し対応することはほとんど不可能と考えるべきであ
る。また、異なる管の寸法を用いた実験によって、管の寸法による結果の相違も確
認されていない。被告の上記②の主張にも実証性はない。
 以上から、伝熱管が流水状態であれば高温ラプチャは起こらないとする被伽告動
燃の主張には根拠がないことが明らかである。
6 高速ブローの効果の評価について
 被告動燃は、「補充書」六三~六六頁において、原告が一九八九年の日英専門家
会議の討議内容(甲イ四四三号証、一七頁、二三頁)を曲解し、高速ブローの効果
を過小に見ていると主張している。しかし、同じ会議において英国側は、高速ブロ
ーがあった場合の破損本数の減少分が一〇本ほどであると述べている。これは、全
破損本数の四分の一にすぎず、高速ブローの効果が決定的とは言えない。重要な問
題として、SWAT―3試験で高温
ラプチャが最も問題となる中規模水リーク領域におけるブローの試験をやったこと
がない(甲イ四四四号証二六頁)。高温ラプチャに対してブローがどの程の効果が
あるか、それを示す実証データが存在しない以上、高速ブローの存在をもって高温
ラプチャの蓋然性を否定する根拠にはならないのである。
7 水素計の限界について
 被告動燃は最終準備書面において「もんじゅの水素計は微少漏洩をも検知するこ
とができるから、隣接伝熱管に破損が伝播する前に、運転員は適切に措置を講じる
ことができる」(四五八頁)と主張している。しかし、甲イ四四四号証で説明した
ように、漏洩規模によっては伝播開始時間より検知時間が遅い領域があることは、
被告動燃のデータ自身(甲イ三八三号証)が示しているところである。P10証人
は微少漏洩のことを述べたのではなく、小規模漏洩及び中規模漏洩について言って
いるのであって、被告動燃の反論は全く的外れである。漏洩は必ず微少漏洩から始
まるとは限らないと言うのは、ナトリウム漏洩火災事故の教訓である。
 被告動燃は、「補充書」六八~七〇頁においても、原告およびP10証人が、カ
バーガス圧力計や圧力開放板開放検出器の働きを無視して水素計の検出時間のみ殊
更取り上げ検出遅れの可能性を主張しているのは失当であるとの主張をくり返して
いる。しかし、この主張は原告およびP10証人の主張を著しく曲解したものであ
る。原告らが引用した甲イ三八三号証、五六四頁の図は、水素計と圧力開放板開放
検出器の検出時間を示しており、その中で検出時間が破損伝播開始時間を上回る範
囲は、水リーク率が約一キログラム毎秒までである。したがって、原告らが遅れる
と主張したのはこのリーク率領域についてである。一方、被告動燃が反論する根拠
は圧力開放板開放検出器とカバーガス圧力計の検出時間であるが、圧力開放板の方
については被告動燃の主張根拠として失当であり、カバーガス圧力計については、
原告がこれを無視したことはまったくない。被告動燃が引用する乙イ四四号証、九
一頁の図7・1・4を見ても、カバーガス圧力計の検出時間は、水リーク率一キロ
グラム毎秒以下で急激に長くなっており、原告らが問題とした一キログラム毎秒以
下の領域では水素計に比べ検出時間が遅れるのは明らかであり、したがって、カバ
ーガス圧力計に言及しなかったに過ぎない。全体を通して言えることは、被告動燃
の反論は、実証的裏付けに乏しいということである。
第三 地震による事故発生の危険性
一 「もんじゅ」の耐震設計の概要
 「もんじゅ」は、原子力安全委員会の定めた「発電用原子炉施設に関する耐震設
計審査指針」(以下「耐震設計審査指針」もしくは単に「指針」と言う)に従って
耐震設計がなされている。
 この耐震設計審査指針の概要は次のとおりである。
① まず、原子炉施設の耐震設計上の施設別重要度をA、B、Cの三クラスに分け
る。このうちAクラスの中の特に重要な施設をAsクラスとする。
② Aクラスの施設は、設計用最強地震による地震力又は以下の静的地震力のいず
れか大きい地震力に耐えること。更にAsクラスの施設は、設計用限界地震による
地震力に対してその安全機能を保持できること。
 B、Cクラスの施設は、以下の静的地震力に耐えること。(静的地震力について
は「各クラスごとに層せん断力係数等を定めている」。
③ 敷地の解放基盤表面において考慮する地震動(基準地震動)は、強さの程度に
応じ二種類の地震動S1とS2とを選定するものとする。
a S1をもたらす地震(設計用最強地震)としては、歴史的資料から過去におい
て敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が再び起こり、敷地及びその
周辺に影響を与えたと考えるおそれのある地震及び将来敷地に影響を与えるおそれ
のある活動度の高い活断層による地震のうち最も影響の大きいものを想定する。
b S2をもたらす地震(設計用限界地震)としては、地震学的見地に立脚し設計
用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性
質及び地震地体構造に基づき工学的見地から検討を加え、最も影響の大きいものを
想定する。S2には、マグニチュード六・五の直下地震によるものも含む。
④ 過去の地震動の強さの統計的期待値として、河角マップあるは金井マップのよ
うな統計的研究結果を考慮する。
⑤ これらのS1、S2について地震動の最大振幅、地震動の周波数特性、地震動
の継続時間及び振幅包絡線の経時的変化を導き、動的解析を行なう。
⑥ 各クラスごとに荷重の組み合わせと許容限界を定める。
 Asクラスの建物・構築物については、常時作用している荷重及び運転時に作用
している荷重と、S1による地震力又は静的地震力とを組み合わせ、その結果発生
する応力に対して、安全上適切と認められる規格及び基準による許容応力度を許容

界とする。また、常時作用している荷重と運転時に施設に作用する荷重とS2によ
る地震力との組合わせに対して、当該建物・構築物が構造物全体として十分変形能
力の余裕を有し、建物・構築物の終局耐力に対して妥当な安全余裕を有しているこ

 Aクラスの建物・構築物については、右のうち、S1等との組合わせによる許容
限界を適用する。(B、Cクラスの建物・構築物についての規定)
 Asクラスの機器・配管については、通常運転時、運転時の異常な過渡変化、及
び事故時に生じるおそれの荷重とS1とを組み合わせ、その結果発生一する応力に
対して、降伏応力又はこれと同等な安全性を有する応力を許容限界とする。また、
通常運転時、運転時の異常な過渡変化時、及び事故時に生じるおそれの荷重とS2
による地震力とを組み合わせ、その発生する応力に対して、構造物の相当部分が降
伏し、塑性変形する場合でも過大な変形、亀裂、破損等が生じ、その施設の機能に
影響を及ぼさないこと。
二 「もんじゅ」耐震設計の方法論は時代遅れで不十分である
1 S1とS2を区分することの意味(「過去起きたから危険だ」論から「過去起
きていないから危険だ」論への転換)
(一) 耐震設計審査指針(乙イ七号証六六ページ)は、基準地震動をS1とS2
の二種に区分し、基準地震動S1としては、歴史的資料から過去において敷地又は
その近傍に影響を与えたと考えられる地震が再び起こり、敷地及びその周辺に同様
の影響を与えるおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活
動度の高い活断層による地震のうちから最も影響の大きいものを想定するとする。
そのうえで、指針の解説(同六九ペ―ジ以下)は、この基準設定の根拠を、歴史的
証拠から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が、同じ
場所で同じ規模で、近い将来再び起こり敷地およびその周辺に同様の影響を与える
おそれがあると考えることを妥当とすることに求め、なお、更に、これだけでは不
備があるかもしれないとして、確実な地質学的証拠と工学的判断に基づいて近い将
来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震を考慮に入れる
としている。
 しかし、現在の知見によれば、歴史地震の位置付けは確実に変わってしまってい
る。この耐震設計審査指針策定にも加わったと思われる松田時彦は、一九八一年に
活断層から発生する地震の危険度Pを、最
新の地震から現在までの経過時間tと地震の活動間隔Rの比で定義し、危険度○・
五を超える活断層もしくは断層系に注意を要することを指摘した(甲ハ六七号証二
〇〇ページ以下)。この要注意断層としては、右の無地震経過率の大きいもののみ
ならず、一つの断層帯の一部分が比較的最近(歴史時代)に活動している場合に
は、残りのまだ活動していない区間もまた注意を要するとされている(甲ハ六五号
証九二ページ以下)。これは、「過去に地震が起きたことがあるから将来も危険
だ」とする考え方から、「過去に地震が起きていないからこそ危険だ」という考え
方に、根本的に転換したということを意味している。日本では、過去二回以上動い
たような活断層記録はなく(甲ハ四五号証一三ページ以下)、特定の内陸断層から
の大地震では、その再来間隔は四桁(一〇〇〇年以上)と考えられていることか
ら、一旦、歴史地震が起こっているなら、再び起こる可能性はまず考える必要がな
くなっている(ただし、余程古い記録の場合で、断層の平均変位速度が大きい場合
は注意を要する場合がある)のである。例えば兵庫県南部地震が、近い将来、同じ
場所で同じ規模で、また起こると思う者は、現在ではいない。右に述べた同じ断層
系の他の部分が危険だという意味は、動いた部分は危険とは言えないということを
意味しており、松田時彦自身が、その考え方を変えたと見て良いのである。この歴
史地震を起こした断層は、むしろ近い将来には再び活動しないという考え方は、ほ
とんど常識と化していると言って良いが、この耐震設計審査指針は、古い考え方に
立ち、歴史地震を重視する態度をとり続け、「地震が過去起きたことがあるから危
険だ」論にしがみついているが、この指針に従ってなされた「もんじゅ」耐震設計
も、この古い「地震が過去起きたことがあるから危険だ」論の考え方に基づいてい
るのである。
(二) 耐震設計審査指針は、更に、活動度の高い活断層をも考慮することにして
S1を導こうとしている。しかし、この「活動度」というのは、要するに平均変位
速度が大きい活断層ということを意味する。変位速度の大きさによって活断層はA
級・B級・C級に分類されるが、このうちA級がもっとも活動性が高い。しかし、
注意を要する活断層は、決してこうした活動度の高い活断層に限らない。このこと
は、松田による要注意断層の定義を見れば明らかであり、活動度の如何にかか
わらず、危険度Pが大きければ危険なのである。なお、この危険度による判断は、
必ずしも十分なものとは言えず、活動する区間が地震ごとによって異なることもあ
って、危険度Pが小さくても安心することはできない。次の地震の時期と規模をも
っと狭い範囲で特定することは難しいのが実情であり、松田時彦やP18も「活断
層があるだけで黄色信号がともっていると考えるべきだ]と言っているのである
(甲ハ六八号証五五ページ)。
(三) 地質学は、日進月歩と言って良い変化を遂げた。ところが、この耐震設計
審査指針は、昭和五六年に策定されて、以後、全く改訂されていない。このこと自
体が、極めて異常なことと言うべきである。本件においては、民事事件において、
昭和五七年に東京大学名誉教授になったP2証人が証言するだけで、新進の学者
は、被告動燃側の証人とは一切なっていない。この時代遅れの耐震設計審査指針を
擁護するのは、まさしく古い学者でしかないのであって、新進の学者が証人となら
ないのもいわば当然のことであり、極めて象徴的なことなのである。
(四) こうして、S1とS2を区分する理由は何もないということなってしま
う。歴史地震を重視してS1を定めるという考え方自体が、もはや採用の限りでは
ないのである。前記の「活断層があるだけで黄色信号がともっている」という考え
方に従えば、S1なる概念を取るべきではないのであり、S2に相当する地震をS
1として扱わなければならない。
(五) 耐震設計審査指針は、また河角マップや金井マップを採用して、過去の地
震動の強さの統計的期待値なるものも基準地震動評価にあたって考慮するとされて
いる。この河角マップ・金井マップは、有史以来発生した地震が、そのまま、今後
も再び起こるという古い考え方に基づいたものであり、有史以来発生した地震を統
計的に見て、作成されたもので、歴史地震重視の考え方をそのまま体現したもので
ある。本件申請においても、動燃は、独自に「地震動の統計的期待値」なるものを
算出している(乙イ六号証6―5―10)が、これも「資料日本被害地震総覧」を
もとに、過去の地震を統計的に処理して、それによってどれだけの地震動が統計的
期待値として算出できるかを検討したものである。これが将来の地震動の真の期待
値となるためには、少なくとも大多数の地震の再来期間を上回っている必要がある
が、日本では有史以来、二度活動した断
層が今までまだないという状況にあり、これでは将来の予測にするには全く不足す
る。要するに「有史」なるものは、活断層の活動の期間の何千年、何万年という長
い期間に比べて、まだまだ短すぎるのである。この河角マップに対して、現在は、
力武マップが作成されている(甲ハ六六号証)が、この力武マップは、歪が進行し
て、歪が限界に達して地震を発生させるという現在の考え方に依拠するものであ
り、歪の平均進行率を求めて危険度を算出しようというものである。この河角マッ
プ・金井マップから力武マツプヘの転換・発展こそが、「過去起きたから危険だ」
論から「過去起きてないから危険だ」論への転換を、象徴的に現わしている。今や
河角マップ・金井マップは歴史的価値しか持ちえていないのである。指針は、こう
した歪の進行によって地震が発生するという考えには立っていないから、力武マッ
プのような歪の進行率から算出する危険度を考慮するとはされておらず、本件申請
もまた、このような危険度という考え方には立っていない。
 ところで、動燃は、昭和六一年一一月七日付準備書面一九ページ以下において、
「本件原子力発電所の敷地を含む若狭湾東部地域における過去数十年間の地震活動
を見ると、昭和三八年にマグニチュード六・九の越前岬沖地震が発生しており、し
たがって、右地域においては大きな地震を引き起こすようなひずみは解放されてい
るものと考えられる」と言う。では「ひずみは解放され」て再び近い将来起こると
考えられないと、暗に主張する動燃が、なぜS1の策定にあたって、この越前岬沖
地震を考慮したのか(乙イ六号証6―5―29)。この動燃が準備書面で主張する
考え方は、空白域の存在が重要であることを認めて、S1対象地震として越前岬沖
地震を考慮した申請書の方法が誤りであることを自ら認めたものにほかならず、指
針の考え方を真っ向から否定するものである。指針は、あくまでも空白域などを問
題とはせず、歴史地震を重視しているのであり、結局、この考え方にそって行なっ
た耐震設計において、動燃のS1策定にあたって決定的な影響を与えたのも近年に
なって発生した濃尾地震であった。
 動燃の指定代理人は、右主張をするにあたって、原子力委員会の許可を得たのだ
ろうか。この主張は、動燃および原子力安全委員会が金科玉条のごと守り続けてき
た歴史地震重視の考え方を、自ら否定するものであったのである。
2 活
動性を問うことの問題(「過去動いていないから安心」論の誤り)
 右のとおり活断層の活動性を問うことは意味がないということになる。いかに活
動度が低くとも、危険度Pが一に近ければ、極めて危険ということになる。「満期
の近い」あるいは[充填率が一〇〇%]に近ければ、その活断層は明日にも動くか
もしれない。
 そこで、問題となるのは、この耐震設計審査指針が、この断層の活動性を問うた
めに常に起こっている次の問題である。
 本件申請書においても、断層の危険度の判定には、「最上位層堆積後の活輔動は
考えられない」等との文言がいくつも登場する。例えば甲楽城断層について「扇状
地堆積物が断層によって変位を受けていない」(乙イ第六号証6―3―15)、
「最上位層堆積後の活動は考えられない」(同6―3―18)である。これらはし
かし、右に述べた考え方からすれば、むしろ長期間活動せずに歪みがたまりにたま
ってしまっているということを意味することになる。むしろ最上位層が変位を受け
ていなければ、極めて危険なのである。添付の音波探査記録の図5―3―1(原告
準備書面(三九)添付図4と同じ)を見れば、④の部分の最上位層には地層の乱れ
はない。しかし、その下方を見れば、変位した地層の山状の形態が、下に行くほど
高く鋭くなっていっている。これは、明らかに定期的にこの断層が活動しているこ
と、いまなお活動していることを示しているのである。この記録は、本件敷地の目
の前の海域の記録であり、この断層はすでに歪みが相当程度充填されてしまってい
るのである。
 この考え方は、「最近断層が動いていないから安心だ」とする考え方である。こ
れは「過去地震が起きているから危険だ」とする歴史地震重視の考え方の反面であ
り、この歴史地震重視の考え方が転換されれば、同様に、「動いていない断層は安
心」という考え方も誤りということになる。あるいは、逆に、これまで活断層を可
能な限り耐震審査の対象からはずしてきたのが、この「動いていない断層は安心」
という考え方であるからこそ、それを変更するわけには行かず、やむなく歴史地震
重視の考え方も変更をすることができなかったのかもしれない。いずれにせよ、こ
の歴史地震重視の考え方も動いていない断層は安心とする考え方も、現在では根本
から転換せざるをえないのである。
3 地震のマグニチュード及び地震動の最大速度振幅を推定する方法には、大きな
誤差があるのに、誤差については全く考慮していない
(一) 前記一項⑤で述べたような地震動に関係する諸量を推定するために、動燃
は、「指針」の「解説」にあるように、これまでのデータに基づいた「経験式」
や、算定法が使用されている。本件では、動燃は、経験式の一つである「金井式」
と算定法の一つである「大崎の方法」とを用いている。また、地震動算定に必要な
地震の規模(マグニチュード)は、「松田式」という経験式が用いられている。
(二) 松田式は、もともと単なる目安でしかないものとされ、多くの誤差を含む
ことが予定されている。この松田式は、断層線の長さから地震のマグニチュードを
推定する経験式であり、他に弾性論と地殻の歪限界に基づく推定の坪井の式や水準
点の変動域からの推定による檀原の式がある。断層線の長さは、今回の兵庫県南部
地震でも野島断層の部分しか地表面では動かなかったことからも明らかなように、
歪限界や水準点の変動域よりも短く出がちで、そのために松田式による推定は他の
式より大きくなっている(乙ハ一六号証)。逆に言えば、断層線の長さだけでは、
乙一六号証の七ページにあるような歪領域の範囲は、正確には分からないことが多
い。結局、甲ハ五三号証七ページの松田式の三本の直線を更に包含して、その43
の点をも包含するある範囲が誤差の範囲ということになる。正確にはその誤差の範
囲がどの程度かは不明であるが、43の鳥取地震の点がほぼマグニチュード○・六
ほど松田式による計算値より大きいから、松田式による計算値はマグニチュードで
○・六程度の誤差は有すると言って良いということになる。マグニチュード○・六
の差は、地震のエネルギーでは約八倍の差となり、極めて大きな誤差があるという
ことになる。
(三) 金井式もまた、大きな誤差を含むものとされている。甲ハ五五号証の大崎
総合研究所の田中貞二論文は、金井式の誤差を(ガルで表わしているものではある
が)○・六四~一・五七としており、金井式で算出された値の一・五七倍の値まで
が一σでの誤差としている。
 もっとも、同じ論文の別の部分である乙ハ一五号証によれば、伊豆半島沖地震や
伊豆大島近海地震では、計算値に比べ実測値は一/3~1/4小さい(同三四ペー
ジ)ということになっており(これは短周期成分の発生が少ないという特殊性によ
るものとされている)、他方で宮城県沖地震では、逆に計算値に比べ実測値
が大きくなっている。その程度は、二九ページの図―26の破線が二月二〇日の地
震のものであって、白丸に対応しているが、例えば破線の20ガル付近を上方に見
ていけば、60ガルのあたりに白丸がある。ここでは約三倍の誤差が現われている
ということになる(図5―3―2右上の図)。
 なお、いずれにせよ、この論文は関東以北の地震に関するものであり、本件に関
係する西南日本についてはデータが不足しているとされているので、正確な結果が
本件について出るわけではない。したがって、西南日本を考える場合には、誤差の
範囲はより大きく取る必要がある。
 ちなみに、甲ハ九号証の図9・26では、斜線の範囲が実測値の範囲であるが、
金井式の一〇〇ガルのところを上方に上げてみれば、斜線の範囲は二五〇ガル程度
まで存在する。この図では誤差は二・五倍程度はあるということになる(図5―3
―2下の図)。
 この式の誤差を考慮しないということは、要するに図5―3―2左上の図の実線
から上の斜線部分の黒丸の地震については考慮しないということにほかならない。
仮にこの実線が妥当な経験式を表わすとしても、実践の上下に同数の測定値がちら
ばることになる。そのうち半数の経験式を上回る地震が起きたときに、どうなるか
は、評価しなくて良いというのが、この耐震設計審査指針の方針なのである。誤差
といっても、決して小さいものではない。田中貞二の言うところがらしても、一・
五七倍、その論文中の図―25からすれば三倍程度、甲ハ九号証の図からすれば
二・五倍程度の誤差があることになる。この半数の地震が無視されているという事
実は、この指針が丁半博打をやっていることを意味している。要するに、丁が出れ
ば安全、半だったらどうなるか分からない、それで審査して良しというのが、この
指針なのである。
(四) これとほぼ同一の考え方が用いられているのが、技術的には起こると考え
られない事象である。これについての被告動燃の平成九年一二月一〇日付準備書面
によれば、「『事故』より更に発生頻度が低く、非現実的な仮定をして初めて発生
が想定され」(五ページ)、「発生頻度は無視しうるほど極めて低い」(八ペー
ジ)、(技術的には起こると考えられない事象の一つとされている)「HCDAの
解析は、起因事象の選定それ自体において極めて保守的な考慮がなされているか
ら、解析に用いるモデルやパラメータについては、最も確
からしいものを用いた解析を行って事象経過を忠実に再現することができればその
目的を達成することができるのであり、解析に当たり、事象の不確かさの範囲内で
保守的なものを考慮すれば十分であって、これにとどまらず、更に非現実的に保守
的なパラメータ等を用いて解析すべき理由はない」(三四ページ)とされる。この
解析結果を原子力安全委員会も認めて本件許可処分をしていることから、原子力安
全委員会も、同様の考え方を審査基準として採用していることは明らかである。
 ところで、耐震設計においては、金井式や松田式によって算定された数値を用い
れば足り、その誤差を考慮して保守的に考える必要などないというのが動燃・国の
共通の立場であるが、その根拠は、金井式・松田式によって算定された数値が「最
も確からしい」数値だからというところに求めるほかはない。してみると、最強地
震も限界地震も、右の「技術的には起こると考えられない事象」と同様に、「非現
実的な仮定をして初めて発生が想定され」るというのであろうか。しかし、地震は
現実であり、兵庫県南部地震は、決して幻ではない。活断層は、今もわずかづつ変
位し続けており、いつ原発の敷地近傍で地震が起こるかも分からない。非現実的な
仮定等そのどこにもなく、すべて現実であり真実である。現に、すでに述べたよう
に、歴史地震が、近い将来再び起こり敷地等に影響を与えるおそれがあると考える
ことは妥当とするのが指針自身の考え方であるから、最強地震については現実的な
ものと指針も考えていることは明らかであり、限界地震についても、五万年以降活
動したと認められる活断層、地震の再来期間が五万年未満の活断層等が、考慮の対
象となっているのであるから、これも同様に現実的なものと指針も、これを踏襲す
る動燃も考えている。
 かくして、この地震発生の可能性が現実的なものということになれば、松田式や
金井式を適用した際にも、その適用は保守的になさなければ、安全性は確保されな
い。誤差を考慮して、誤差の限界の値をもとに耐震設計はなされなければならない
のである。ところが、本件申請書では、こうした誤差の最大値を基礎に耐震設計を
してはおらず、動燃が「もっとも確からしい」と考えているであろう松田式や金井
式で導かれたその値を、そのまま用いて模擬地震波を作成し、耐震設計をしている
のである。
(五) 大崎の方法においても、松田式や金井式ほど
ではないものの誤差が存在する。甲ハ五六号証七五ページの図では、大崎スペクト
ルをはみ出す実地震動スペクトルがあることが認められる。大崎の方法では、「実
地震動スペクトルをほぼ包絡したもの」とされているので、大方の実地震動スペク
トルは、大崎スペクトルより小さいことになるが、それでも「すべて上回っている
訳ではない」のであり、幾分かの誤差は生じ得るのである。もっとも、この点の誤
差については、動燃も一応対応策をとっているようであり、乙ハ一八号証四一五ペ
ージの図4―3の、スペクトルを左右に広げたものは、この誤差を考慮したものと
思われる。
 もっとも、この点の誤差の考慮は、かえって松田式や金井式での誤差をどうして
取り上げないかという問題を浮き彫りにさせてしまう。そこで、この図4―3に金
井式の二・五倍の誤差を取った場合の図を添付する(図5―3―3)。この大きく
はみ出した線こそが、金井式の誤差を考慮した線なのであり、誤差と言っても、極
めて大きな誤差が考慮されなければならなかったのである。なお、更にこれに松田
式の誤差を加えるならば、図は更に大きく上方に伸びる異なる。前記の八倍という
数値を取るなら、これを上に更に八倍すべきことになる。
 結局、このような大きな誤差を考慮しては、到底、採算にあう設計などできるは
ずもなく(特に「もんじゅ」では熱応力設計による制約からそのように言える)、
金井式や松田式の誤差について、無視している理由は、決して「忘れた」わけでは
なく、それを経済的に考慮するわけには行かなかったというところに求められるで
あろう。しかし、この誤差の無視は、半数の起こりうる地震については、起こった
ら最後という結果をもたらし、極めて危険なのである。
4 活断層を五万年以内に活動したことのあるものに限ったこと
 耐震設計審査指針の解説は、また、B及びC級の活断層については、五万年以降
活動したもの、又は地震の再来期間が五万年未満のものを評価上考慮するとしてい
る。このように制限した理由について、右指針の本文は、「大地震発生の可能性が
極めて低い活断層に対して、再びそれが発生することを予期するのは、工学的見地
からは必ずしも適切とはいえない。」からだとしている。
 なぜこのように五万年に限ったのか、だれがそのような限定をすることにしたの
かは、甲ハ一号証によれば、結局のところ不明のままである。大崎順彦によって提

者だったと言われている松田時彦は、「原子炉のハードの部分との兼ね合いという
ことで五万年にしたのではないか」と言いつつ、結局はだれが提唱したものかは良
く分からないことになっている。
 ところで、もちろん、松田時彦は工学的な専門家ではない単なる地質学者であ
る。それが、仮に「工学的見地」からの提案をしたというなら、全く不相当と言う
しかない。実際、工学的見地からの事故の確率で、五万年に一回などという大きな
確率で原子炉が崩壊するような事故が起こって良いとはだれも言ってはいない。五
万(炉)年に一回というのは、一つの事象についてのものであり、耐震設計では一
つの断層についてのものである。そのような事象なり断層は、他にも存在し、複数
ある事象の全体からすると一〇の事象あるいは断層を考えれば五〇〇〇炉年に一回
ということになる。更に、原子炉は多数存在するから五〇基の原発を考えれば、一
〇〇年に一回、原子炉が崩壊するということになる。事象の数が増えれば、更に確
率は大きくなり、何十年に一回起こっても良いということになってしまう。だか
ら、このような大きな数字を工学的見地に立つ専門家はだれも言うはずがない。そ
れを言うことができたのは、実は工学的な専門家ではない松田時彦ら地質学者もし
くは行政官だったのではないかと疑われる。
 ちなみに国も動燃もその存在及び内容を争わない訴状三五〇ページ以下に記載の
WASH一四〇〇は、「同じような一〇〇基の原子炉のグループを考えると、一〇
人以上の死者が出る事故の可能性は一年につき三万分の一であり、一〇〇〇人以上
の死者が出る事故の可能性は一年につき一〇〇万分の一である。」としている。一
〇〇基の原発のグループで一〇〇万年に一回の確率で、ようやく無視しうる確率と
なるというのであり、無視しえない「事故」については一〇〇基の原発で三万分の
一の確率だというのである。ところが、活断層についての「五万年(に一回)」と
いう値は、一基の原発についての、しかもその周辺の一つの活断層についての値で
ある。これが著しく高い確率であることは、もはや何人も争うことができない。
 要するに、五万年なる数字は、決して工学的な専門家が出したものではありえ
ず、実際に五万年に一回という確率自体も、極めて大きいと言わなければならな
い。数字の根拠も不明で、専門家の判断ではないと考えられ、実際にも不適切な数
字である「五万年
」で、活断層を切り捨てている右指針は、審査基準として著しく不相当なのであ
り、それに従った動燃による「もんじゅ」耐震設計も、不合理な方法によったもの
として不相当なものとなっている。
 更には、指針の定義によっても、B級活断層とは、年平均変位速度が、○・一ミ
リから一ミリまでのものを言うとされる。この断層が五万年以降活動したことがな
いとすれば、五万年の間の変位量の蓄積は五メートルから五〇メートルとなる。と
ころで、兵庫県南部地震は、三つの断層が次々動いたが、それぞれの断層のずれの
量は、一・七メートル、二・ニメートルと二・六メートルであった(甲ハ六五号証
五〇ページ)。このずれの量に比べ、五メートルから五〇メートルという変位量
は、余りにも大きい。これだけの量の歪が蓄積され、それが放出されていなかった
なら、その断層はいつ動いてもおかしくはないし、動いたときのエネルギーは莫大
なものがある。もっとも、五メートルから五〇メートルも変位が蓄積されるという
のが、おかしい。甲ハ六七号証によれば、級の定義は異なっていて、年平均変位速
度が○・三ミリから○・七ミリとされているものの、その場合の蓄積期間は、断層
の長さを四〇キロメートルとしても、二九八三年から九二八一年に過ぎない。その
時の蓄積される変位量は、最大二・八メートル程度である。要するに、五メートル
の変位量というのは、かなり膨大なものであり、五〇メートルの変位量が蓄積され
るというのは、ありえないことなのである。一回の地震で五〇メートルもずれてし
まうことがありうると、本当に思っているのであろうか。また、変位量五メートル
としても、それだけの変純量が欝積されて放出されていないというなら、すこぶる
危険であることは容易に理解できるであろう。
 要するに、指針の変位量と蓄積期間との間で矛盾が生じている。ではこの矛盾は
どう解決されるのか。変位量は、現在進行中の変位の量であるから、それほど不正
確になることはない。すなわち、蓄積期間が誤っているのである。従来、活断層の
活動間隔は、A級活断層一、○○○年、C級一〇、○○○年、B級がその中間と言
われてきたとされる(甲ハ六七号証二〇六ページ)。それで初めて変位量との矛盾
はなくなる。例えば、B級活断層の活動間隔を五〇〇〇年としたら、変位量は、五
メートルから○・五メートルとなり、不自然な変位量とはならない。もっとも、こ
のよう
に変位量と蓄積期間が合致しないように見えるものも、実際に本件原子炉の設置許
可申請書(以下「申請書」という)で行なっている作業を見れば、実は不自然では
ないことが分かる。申請書で行なっていることは、地表地質踏査等を行なって、い
くつかの露頭を調査して、破砕帯を覆っている地層が断層によって切られていない
か否かを確認し、あるいは地形を見て、活動性を見るのである。ところが、実際の
断層の運動は、地表にすべて現われるわけではない。兵庫県南部地震でも、一部の
区間のみが地震断層として地表に現れただけで、大方の部分は地下深くでずれが生
じただけであった。要するに、実際に申請者の側が行なっている作業は、その断層
の活動性を明確に知るには不十分なものでしかないのである。こうして不十分な調
査のまま、活動した証拠なしとして、審査の資料から排除しようとしたからこそ、
変位の蓄積量が莫大なものになってしまうという矛盾を抱えてしまったのである。
 そこで翻って、再度、指針の解説(乙イ七号証七三ページ)を見るならば、評価
上考慮するのは、A級活断層のほか、「B及びC級活断層に属し、五万年以降活動
したもの、又は地震の再来期間が五万年未満のもの」としている。これは、実は、
B、C級活断層というだけでは評価の対象とせず、五万年以降に活動した(あるい
は地震の再来期間が五万年未満)とされるもの、すなわち、そのように立証された
もののみを対象とするとしているのである。この表現は、五万年以降に活動した可
能性のあるものとなっているわけではない。可能性だけでは対象とならず、五万年
以降に活動した等と認められる必要があり、原則はB、C級活断層は評価の対象で
はなく、五万年以降の活動等が立証されて初めて評価の対象となる。そのため、こ
のような立証のない場合には、実際には五万年以内に活動していても、評価の対象
外となり、前記の矛盾が生じたのである。
 しかし、実はC級活断層が活動して起こる地震でも、従来、一万年がおおよその
再来期間とされており、金折の新しい見解によっても、C級活断層で断層の長さ二
〇キロメートルのものの(次の活動までの)歪の蓄積期間は、一万三三四〇年から
四万〇九七〇年とされている(甲ハ六七号証二〇六ページ)。この期間を超えるも
のがありえないわけではないものの、C級活断層も、通常は五万年以内に活動する
のである。右のとおり、実はB、C級であ
っても大多数の活断層が五万年以降に活動したものであるのに、指針は、活断層を
五万年以降に活動したもの、又は地震の再来期間が五万年未満のものに限るとし
て、「五万年以降の活動の証明」を求め、証明のないものを評価の対象から排除し
ようとした。しかし、右のとおり、大多数の活断層が五万年以降に活動しているも
のであるならば、仮に「地震の再来期間が五万年を超えるものは評価の対象としな
くとも可とする」という見解に立ったとしても、右解説の五万年以降の活動証明を
必要とする考え方が不合理なことは明らかである。右見解に立ってもなお、B級、
C級の全ての活断層は五万年以降に活動した蓋然性が高いのであるから、このよう
な証明などは不要として、全て評価の対象としなければならない。
 この点でも、この指針に従った動燃は、誤った考え方に立ち、本来評価すべき活
断層を、評価の対象外にして、耐震設計を行なったのである。
5 動燃の耐震設計には直下地震に対する正しい考慮がなされていない
(一) 直下地震の想定マグニチュードは六・五では不足する
 指針では、S2の基準地震動策定にあたっては直下地震も考慮するとし、その解
説で、マグニチュード六・五の直下地震を想定するとしている。このようにした理
由は、「活断層がなければ直下のマグニチュード七級の地震は起こらない」という
考えに基づき、原発は活断層上に立地しないからその直下でマグニチュード六・五
を超える地震が発生することはないからだとされる(甲ハ七二号証三一五ページ四
行目以下)。しかし、大地震の震源断層が深くて岩石のずれが地表に現れなかった
り、大地震がまれにしかおこらなくて地表のずれが浸食されて認められなくなって
しまったりすれば、地下に大地震発生源があっても活断層は認められない。つまり
活断層がなくても大地震は起こる。現に、一九二七年北丹後地震(マグニチュード
七・三)や一九四三年鳥取地震(マグニチュード七・二)はいずれも地表地震断層
を伴う海岸近くの直下地震であるが、活断層がほとんど認識できないところで発生
した。一九四八年福井地震(マグニチュード七・一)も同様である(同三一五ペー
ジ八行目以下、P1証人三四回一一丁裏以下)。更には、一九八四年九月一四日の
長野県西部地震(マグニチュード六・八)のように、もともと断層があると認めら
れていなかった場所で、マグニチュードが六・五を超える地震が発生し
、しかも地震断層も現われなかった例もある(P1証人三四回一二丁表以下)。
 そこで、「活断層がなくてもマグニチュード六・五以上の地震は起きる」とし
て、松田時彦は、地表地震断層の生じない最大地震をマグニチュード七・一にすべ
きだとし、島崎邦彦はこれを六・八に変えた方が良いとする(同三一六ページ)。
この見解は、それ以上のマグニチュードの地震なら地表地震断層が出現すると考え
てのものである。実際に、地表地震断層の発生を伴わずに生じた地震の最大マグニ
チュードが六・五を優に超えていることからすれば。想定する直下地震のマグニチ
ュードを六・五としたのが、合理的根拠に欠けていることは明らかである。しか
も、右のとおり、出現した地震断層が浸食されるなどして認識できなくなることを
も考えれば、地震断層の出現しない最大地震を考えるだけでも不足ということにな
る。
 特に、地震断層が、それまで活断層として認識できなかった場所に現れうるとい
うことになれば、原発の基礎岩盤が、地震断層でずれてしまうことも考えなければ
ならない。そうなっては、耐震設計の前提が、完全に崩れ去ってしまうことにな
る。本件において、もっとも懸念されることは、後述のとおりまさしく基礎岩盤の
破壊であるが、指針の直下地震の想定は、この点からしても、全く不相当であり、
これによった動燃の耐震設計は、マグニチュードの想定が小さすぎて、不足してい
る。
(二) 動燃は「衝撃的破壊」について考慮していない
 更には、直下地震のもう一つの危険性は、「衝撃的破壊」の生じうることである
(甲ハ七二号証一九四ページ以下)。大崎の方法では、建物のそれぞれの高さの床
の質量を一つの占に集中させて単純化し、扱う(甲ハ五二号証添付資料14の第
2・1図)。ところが、実際の建物は、連続して質量が分布する広がりを有してい
るから、一点にすべての質量が集中しているわけではないから、大崎の方法では実
際の揺れの状況は正確には分からないということになる。そこで、生じた問題が、
「衝撃的破壊」の問題であり、これが明白に現われたのが兵庫県南部地震であっ
た。甲ハ七二号証一九四ページ以下は、
 「兵庫県南部地震は、いわゆる直下地震であり、震源近傍に特有の激しい揺れが
生じた。揺れの初期にきわめて激しい縦揺れと横揺れが、ほぼ同時におこり、比較
的振幅の小さい揺れがそれに引き続いたことが、大きな特徴である。したが
って、その揺れ初期の大振幅の一波とか二波が大震災の発生と大きく関係していた
のではないかと考えられる。ところで、筆者が重視していることは、破壊や変形の
生じた多数の被害のうちには、その揺れ初期の一波とか二波が主因となり、しかも
それらが作用したごく初期の○・三秒とか○・六秒の時刻に、構造物の一部に破損
(大きく完全な破損の発生を指しているのではない)が生じたものがあった可能性
が高いことである。このように発生した破壊やき裂が核となって、引き続く揺れに
より生長・伝ぱし、大きな破壊をもたらしたもののあることが考えられる。」
とし、そのような破壊(衝撃的破壊)の可能性は、建造物を単純化せずにありのま
まの実体に近い状態で調べることが必要だとしたのである。
 この衝撃的破壊については、「もんじゅ」の耐震設計では全く考慮しておらず、
専ら右の質量集中の仮定に基づいて設計がなされている。
(三) 小括
 動燃の行なった耐震設計は、想定する直下地震のマグニチュードを六・五とし
て、本来想定すべき直下地震のマグニチュードを大きく下回っている点でも、直下
地震を想定するならば基礎岩盤が断層によって破壊されることをも想定しなければ
ならない点でも、また直下地震では想定すべき衝撃的破壊について全く検討してな
い点でも、明らかに合理性を欠いており、その結果、起こりうる地震に対して安全
性が確保されていないのである。
三 「もんじゅ」は敷地近傍の活断層の活動によって損壊する
1 地震に弱い「もんじゅ」
 本件原子炉は、冷却材にナトリウムを使用している。ナトリウムは、比熱が軽水
の約三分の一であり、熱伝導率は軽水の約一〇〇倍と大きく、熱伝達率も大きい。
一方「もんじゅ」の機器・配管はステンレス・スティールで作られており、金属の
中でも特に熱膨張が大きい。そのため管の厚み方向の熱応力は、特に原発の起動や
停止のように温度変化が早いときに問題となり、緊急停止のように急激な温度変化
があるときに、配管や機器の材料にはそれらの内外に生じる急激な温度勾配によっ
て、熱衝撃と言われる瞬時の大きな力が加わる。この熱衝撃を緩和するためには、
材料の肉厚を薄くしなければならない。例えば「もんじゅ」の配管の直径は、加圧
水型原発より一〇センチも太いのに、加圧水型原発の配管の厚さが七センチである
のに対し、「もんじゅ」においては、わずか一センチほどしかない。「もんじゅ」
設計者からすれば、このように熱に対する強さと地震に対する強さとを双方兼ね備
えさせなければならないが、相反する要求となってしまっていて、結局、地震に対
する強さをぎりぎりまで犠牲にして、熱に対する強さを優先せざるをえなかったの
である(甲イ一九九号証一八四ページ以下、図)。
 この点は、設計者の側も認めているところであり、甲ハ四六号証の日本原子力産
業会議の「原子動力研究会年会報告書」(Ⅶ―26)で、石川島播磨重工業の杉浦
光は次のとおり述べている。
 「FBRでは圧力が低いため、容器、管は、耐震設計が支配的になるが、板厚を
増すあるいは耐震支持点を増加させるためには、高温であるため熱応力設計から制
約が生じ、耐震設計と高温構造設計での最適化が重要となる。FBRは軽水炉に比
較して建設コストが高いが、日本では特に耐震設計の影響が大きいとされてい
る。」
 耐震設計と高温構造設計との最適化というのは、要するに、双方の要請が相反す
るため、その間でどのように妥協をはかるかということであり、高温構造設計のた
めに、耐震設計はある程度犠牲にせざるをえないことになるのである。
 ところで、最近になってようやく公開された設計及び工事の方法についての認可
申請書には、具体的な構造設計の内容が記載されているが、その数値のほとんどが
隠されて空白となっている。これほどまでに空白にしておかなければならない理由
は、考え難く、右のとおり、熱応力設計上の要請と耐震設計上の要請との間の妥協
の産物であるからこそ、判定の微妙なものも混じっていて開示できない可能性があ
る。この事実もまた、「もんじゅ」設計が、かろうじて合格したに過ぎないもので
あることを示すものとなっている。
2 「要注意断層」(ブロック境界断層)
(一) 古い考え方に立つ国の審査
 歴史地震を重視する国の審査が、現在の地震に対する考え方に合致していないこ
とはすでに述べた。そもそも、国はプレートテクトニクスを前提にしているかどう
かも疑わしい。すでにプレートテクトニクスは、高校の教科書にも掲載されるほど
の確立された常識となっている(甲ハ六九号証)。この考え方に立てば、第四紀後
半、日本は同じように太平洋プレート、ユーラシアプレート、北米プレート、フィ
リピン海プレートによる応力場に置かれ、同じ断層運動が繰り返し生起してきたこ
とが導かれる。活断層は、それぞれ活動性が異なるにしても、現
在もみな活動している。それが、年平均変位量という概念に良く表わされている。
この年平均変位量という概念は、断層がわずかずつ年々歪みを蓄積していっている
ということを前提としている。
 この考え方に立てば、まずもって注意を要する断層は、松田時彦の言う要注意断
層の考え方からすると、危険度が○・五を超える断層や空白域ということになる。
しかし、指針には、このような空白域を考慮するという記述は一切登場しないし、
もちろん、危険度等という概念も登場しない。
(二) 空白域
 ブロック境界の断層については、部分的にすでに破壊された区間(破壊域)と長
期間地震が発生していない区間(空白域)とを認めることができる。これを描いた
図が甲ハ六七号証一九八ページの図であるが、本件敷地付近には、敦賀湾―伊勢湾
構造線にDとEの二つの空白域が、花折―金剛断層線にFの空白域が認められる。
このうちDは甲楽城断層の北部であり、Eは柳ヶ瀬断層、Fは木の芽(敦賀)断層
と花折断層である。
(1) 甲楽城断層の北部は、これまでそれに対応する歴史地震が認められていな
いので、右甲ハ六七号証では一〇〇〇年を経過時間とみなしている。しかし、この
経過時間が正しい保証はなく、もはや十分に歪が蓄積されている可能性は否定でき
ない。しかも、一九六三年に甲楽城断層の南側部分が、マグニチュード六・九の地
震を起こしており、松田時彦の言う「断層の一部分が活動したときの残余の部分」
でもあるから、この部分が活動する可能性は、相当にあると見るべきである。ま
た、一九六三年の地震のマグニチュードは六・九であるから、それほどエネルギー
の解放は進んでいないと見るべきであり、北部が動いたときに動く範囲は、もう少
し広範囲である可能性も大きい。なお、甲ハ六七号証では、二〇三ページで起こり
うる地震のマグニチュードは七・二と記載されているのに、一九九ページでは+
七・三とされている。これは、十分に歪が蓄積されたら七・三であるが、経過時間
を一〇〇〇年とすれば七・二であるということを意味する。だから、仮に経過時間
が一〇〇〇年ではなくもっと長かったとすれば、必然的にマグニチュードは七・三
となる。
 この断層の南端が本件敷地の直近であるが、そこまでの距離は約一二・五キロメ
ートル程度(仮に「震央」とすると一五キロメートル程度)となる。
(2) Eの柳ヶ瀬断層は、空白期間六七〇年とされている。
しかし、?マークの付された一三二五年の地震は、マグニチュード六・七とされる
地震であり(乙イ六号証六―五―二四の六の地震)、本来想定される七・三の地震
の八分の一しかエネルギーが解放されていない。すると、この部分も、かなり歪が
蓄積されている可能性がある。
 この断層についても、その南部で一九〇九年に姉川地震が起きており、同様、同
一断層の残余部分とも言えるから、その点からしても要注意断層と言うことができ
る。
 この断層の北端(椿坂峠と金折は見ている様子である)が本件敷地の直近である
が、そこまでの距離は、約二〇キロメートル程度と見ることができる。
(3) 花折断層と敦賀断層は、空白期間三三三年とされている。しかし、そもそ
も松田時彦の言う危険度Pの妥当性には、疑問が呈せられており、空白期間が比較
的短いからと言って予断は許さない。いずれにせよ、甲ハ六七号証では、ここも空
白域の一つとして上げているのであるから、やはり危険性はあると見るべきであ
る。
 甲ハ六七号証二〇〇ページには、「要注意断層への疑問」が記載されている。ま
た、甲ハ六八号証五五ページ(二段目)にも、「こうなれば『同じ規模の地震が同
じ規模で繰り返す』との固有地震説には疑問が出てくる」とされ、「次の地震の規
模をもっと狭い範囲に特定することは難しいのが実情だ」として、「活断層がある
というだけで黄色の信号がともっていると考えるべきだ」との松田時彦とP18の
言葉を引用している(同三段目)。まだ歪の充填には時間がかかるようにみえて
も、実際に地震が発生するかは分からないのである。
 この部分の北端が本件敷地の直近であり、距離は約一八キロメートル程度であ
り、本来想定される地震のマグニチュードは七・五とされている。
3 断層不連続論争の終焉
 ―不連続の活断層も同時に動く―
 動燃は、甲楽城断層と柳ヶ瀬断層と、その中間に存在する山中断層とを一つの断
層系としてみるべきだとする原告らの主張に対して、これらの間に連続する破砕帯
が認められない、両断層は各々異なる傾斜を示している等の理由を挙げて、これら
を一つの断層系としてみようとはおらず、国もまた動燃のこの主張をそのまま受け
継いで主張する。
 これらの断層が、連続していることは、P1証人が正しく指摘するところであり
(P1証人三五回五二丁以下)、柳ヶ瀬断層自体、南部は横ずれの成分が卓越して
いても北部では縦ずれの成
分が卓越している等、動燃の言い分は採用しがたいものであった。なお、これら断
層は同じ敦賀湾―伊勢湾構造線の一部であり、一九六三年の越前岬沖地震は、甲ハ
六七号証の前記空白域・破壊域の図では、双方の断層にまたがるものとして活動が
あったとされている。
 ところで、実は、この議論は、現在ではもはやほとんど意味のないものとなって
しまっている。すなわち、現実に起きた兵庫県南部地震では、三つの断層が次々と
動いたが、甲ハ六五号証五一ページにあるように、最初①の断層が動き、それが
②、③の断層に飛び火して、三つの断層が動いたのである。このうち、①の断層は
横ずれ型断層であったが、ここから飛び火した②の断層は逆断層型の断層であっ
た。実際、同五〇ページの図にも、①と②の断層は、離れて記載されており、単に
①の近傍にあった②の断層が、①の断層の運動の影響を受けて動き始めたことが分
かるのである。
 こうして、型が違って連続していない複数の断層も、飛び火して同時に動くこと
がありうることが、事実をもって明確に証明されてしまった。もはや、断層が「連
続しているかいないか」ということを議論する意味はなくなってしまったと言って
良い。ともかく近くにあれば、複数の断層は次々と動いてしまうことがありうるの
である。乙ハ一六号証の松田時彦論文も、問題は地殻に蓄えられた歪エネルギーの
歪領域の大小であるとする(二七〇ページ)。松田は、断層系が、一つの歪領域を
形成してさえいれば良いと考えているのであり、二七三ページの図は、雁行してい
るわけでもない、連続していなさそうにも見える複数の断層が、一つの領域の中に
描かれている。断層が連続しているか否かよりも歪領域の問題に帰着してしまって
いるのである。
4 地震地体構造から想定される地震は、より敷地近傍に想定しなければならない
 指針は、耐震設計の方法として、当該地域の地震地体構造から、最大の地震を想
定する方法を採用している。
 具体的には、この地域における地震の規模の上限をマグニチュード七・八である
とし、この規模の地震を起こしうる長さの断層が六〇キロメートルの断層であるこ
とを考えて、相当する断層として花折断層を選定して、ここで発生するとしてい
る。ところで、前記のとおり、仮に花折断層の位置で起こるとしても、敦賀断層と
ともに断層が動くと見るべきであり、そうなると震央距離としても、六〇キロメー
トルとは
行かなくなってしまい、約五〇キロメートル程度ということになる。更には、前記
のとおり、甲楽城断層と山中断層、柳ヶ瀬断層とは一体のものであるから、どこか
の部分で発生した地震は、仮にこれらの断層が連続していなかったとしても、次々
飛び火して次々伝播する。すると、地震地体構造を考えると、これらの一体となっ
た断層系として考える必要があり、甲楽城断層の位置にこのマグニチュード七・八
の地震を考えることになるはずである。申請書で記載している限界地震中、もっと
も敷地に影響を与える地震は、甲楽城断層で起こりうるとされるマグニチュード
七・○の地震である。これを○・八上回った(地震のエネルギーでは一六倍ほど大
きな地震となる)マグニチュードの地震であれば、敷地に極めて深刻な影響を与え
ることが確実であり、同じ断層で七・○の地震が起こりえるとして設計した「もん
じゅ」は、到底健全性を保ちえない。
5 ブロック内の考慮されるべき危険な活断層
 甲ハ六七号証(二〇五ページ一三行目以下)によれば、「ブロック境界では、空
白域が来るべき地震で破壊する可能性の高い区域であるとみなし、地震危険度を見
積もってきた。ところが、ブロック内ではブロック境界と同じ方法で地震の起きる
危険度の高い領域を検出するとができない。」とされる。また、同二〇六ページに
は、「従来の考えでは活動間隔が、A級活断層一〇〇〇年、C級一〇〇〇〇年、B
級がその中間の値をとるとみなされてきた」が、そのような関係は同ページの表か
らは読み取れないとし、「危険とみなされる活断層の範囲は、・・・一万年を考え
ればすべての活断層が評価の対象となろう」(同二〇七ページ下から六行目以下)
としている。
 こうして、実は、本件敷地周辺の断層は、すべてが要注意ということになり、耐
震設計審査指針の考えを考慮するなら、すべてが設計用最強地震とならなければな
らなくなるのである。
 そこで、本件敷地周辺で、ブロック境界ではない、危険な断層について見ること
とする。
(一) 白木―丹生リニアメント+S―15~17
(1) まず、本件敷地の沖合に海底音波探査で存在の確認されたS―15~17
の断層がある。これらの断層の活動性は明らかではないが、すでに相当期間活動が
なく、歪は一〇〇%近く蓄積されている可能性がある。S―15と17とは伏在断
層とされていて、かなり長期間活動をしていないことが明らかであり、極めて危険
な断層と言うことができるであろう(甲ハ六九号証)。
 次に白木―丹生リニアメントは、「日本の活断層」で活断層の疑いのあるリニア
メントと記載されているものである。このリニアメントは、その延長上に海底断層
S―15~17があって、これと走行方向が調和的であることからしても、活断層
の疑いは相当程度あるものと思われる。このリニアメントとS―5~17との連続
性はその相互の位置関係からあるものと思われるが、すでに述べたとおり、どちら
にしても、断層が近傍に連続しうる形態で存在していたなら、実際に連続している
か否かは無関係に、一方が活動したとき、その影響を受けて同時に活動する可能性
がある。実際の断層は、地表地震断層の前後の地中に更に続いており地表の断層
は、その氷山の一角でしかないことは、今回の兵庫県南部地震によっても実証され
ている。すると、白木―丹生リニアメシトとS―15~17とは一つの断層である
か、少なくとも地下では相当部分がオーバーラップしている可能性が高い。だか
ら、これらの断層およびリニアメントは一つの断層系として考える必要は確実にあ
る。
(2) ところで、動燃は、このリニアメントが、「日本の活断層」で確実度Ⅲと
されていて、この確実度Ⅲというのは、「活断層の疑いがある」というに過ぎず、
活断層ではない可能性が大ということを意味すると主張しており、申請書にも確実
度皿であると記載されているので、国も同様の立場を取っていると思われる。そこ
で、以下、この点を検討する。
 確かに確実度がⅢであれば、「活断層の疑いがある」という程度にとどまること
は「日本の活断層」記載のとおりである。しかし、「疑いがある」という程度であ
れば、耐震設計の基礎にする必要がないというわけには行かない。原発、特に高速
増殖炉は、多量の放射能、とりわけ危険なプルトニウムを多量に内蔵しており、し
かも高速増殖炉は、熱応力設計が必要なため地震に弱い構造とならざるをえない宿
命にある。だから、疑いがあったら、それだけでその想定される活断層に対する備
えを十分にしておかなければならない。そうでなければ疑いが現実化したときに、
取り返しのつかないことになってしまう。これは、事故の発生確率に対するのと同
様の考え方である。例えば確実度Ⅲの一〇個の活断層のうち一でも、活断層である
ならば、そのような危険な賭けはするわけには行かないのである。も
っとも、確実度Ⅱの断層が、「活断層と推定されるもの」とされていることと対比
すれば、確実度Ⅱのものは活断層である可能性が五〇%以上のもの、確実度Ⅲのリ
ニアメントは、活断層である可能性が五〇%以下のものと見るべきであるから、決
してそれほど可能性が小さいというわけではない。
 だから、確実度がⅢであることのみで良しとされて、それ以上の検討なく「もん
じゅ」設置が許されてはならないのである。これを別の角度でみるなら、要するに
原告側は、当該リニアメントは断層の疑いがあるという程度に立証すれば足り、疑
いがあることを立証できれば、あとは被告側で断層ではないことを立証しなければ
ならないということになる。立証責任はこの程度までは原告側にその後は被告側が
負う。
 ところが、動燃は、どうやら確実度Ⅲと言えば、それで足りると思っているよう
である。ここでも、動燃は、可能性が五〇%以下のものは耐震設計で考慮する必要
がないと言っているのである。前述の松田式、金井式についても、同様に、この式
で算出ざれる値より大きくなる、全体の半数の実測値は考慮しなくて良いと、動燃
も国も考えているのであるが、動燃も国も、半数に満たないデータは無視をすると
いう基本的立場を、ここでも堅持しようとしているのである。
 しかし、動燃も、これだけではさすがに相当ではないと考えたのか、更に「この
リニアメントの周辺地域を詳細に踏査し、確認できる露頭はすべて調査した結果、
この地域の花崗岩は、小規模な粘土化帯がいくつか認められるものの、リニアメン
トに沿った連続する断層は認められない。また、この粘土化帯を不整合に被覆する
下末吉層相当層に対比され翻る被覆層には変位が認められない」と申請書に記載し
ている。
 ところで、周辺地域の露頭は、甲ハ一二号証添付の図面のように存在する。この
白木峠の道に沿ったところに露頭がところどころ散在しているのである(図面で斜
線の付されている道沿いの崖状部分)。だから、この道から離れたところに露頭が
あるわけではなく、詳細に踏査したと言っても、道沿いの露頭を見たというだけな
のである。
 これら露頭は、甲ハ一二号証の写真に撮影されているが、①の写真の段になって
いる上の崖の部分の粘土化帯を②と③とで撮影してある。これらは、その状態から
して北東―南西方向に走る粘土化帯であり、それがどこまで続いているかは、確認
することができない。甲ハ
一三号証には、粘土化帯が北東―南西方向に走行して何本も描かれているが、露頭
部分から推定したものであって、これらの表層土壌をはがして確認したというもの
ではありえない。そのような作業を行なったという主張も証拠もないし、そもそも
そうした調査を行なった形跡は、写真からも全く見られない。要するに、動燃の行
なった現場での地質踏査なるものは、いつでも確認することのできるいくつかの道
沿いの露頭を見たというだけなのであって、それでリニアメントを断層ではないと
断定しようと言うのである。何と大胆不敵な発想であることか。それだけの作業
で、そこまでの断定などできようはずがない。本当に断層ではないと否定したいな
ら、手近にある露頭を見るだけなどという安易な方法ではなく、多額の資金が必要
であろうと、大規模に表層土壌を除去して基盤の状況を直接確認することが必要で
あり、この方法のみによって、リニアメントを断層ではないと確定することができ
るのである。なお、写真に撮影されている二段になった比較的大きな露頭は、近
時、工事の都合で作られた露頭であり、甲ハ一二号証添付の図面作成時にはなかっ
たものである。この新たな露頭でも、それまで発見されていなかったいくつかの粘
土化が発見されている。要するに、この周辺には、北西―南北方向にいくつもの粘
土化帯が走行しているものと思われ、これを切る断層がないかどうかを表層土壌を
除去して検討するならともかく、そのうちのいくつかをただ観察したとしても、何
の有益な結論も導かないことは明らかである。
 更に動燃は、海域のS―15~17についても検討し、これが活構造ではないと
申請書に記載している。しかしまず、この音波探査を行なった当事者であり、本件
に利害関係を有さない海上保安庁水路部が、これを活断層だと認めていることが重
要である。また、すでに述べたように、この部分の音波探査記録(S―17の南端
部分)では、④の部分の最上位層には地層の乱れはないが、その下方を見れば、変
位した地層の山状の形態が、下に行くほど高く鋭くなっていっていて、地層にも乱
れが認められる。これは、明らかに定期的にこの断層が活動していること、いまな
お活動していることを示しているのである。
 動燃は、こうして白木―丹生リニアメントについては、「日本の活断層」の記載
にもかかわらず、活断層ではないと断定し、S―15~17の断層についても、活
断層ではないとする。ところが、この動燃の主張は、一向に受け入れられることも
なく、「日本の活断層」は、一九九一年に新版が発行されたが、そこでも動燃の主
張にもかかわらず、あいかわらず右リニアメントは、活断層の疑いがあるとされ続
けているのである。
(3) こうして、S―15~17と白木―丹生リニアメントはあわせて一つの断
層として見て、本件審査の資料としなければならない。そこで一この断層の長さを
見れば、全部で一四キロメートルあり、これを松田式にあてはめれば、マグニチュ
ード六・七の地震が発生することになる(甲ハ七四号証)。この地震のもたらす地
震動の大きさを図で見ると、その地震動の大きさを知ることができる(図5―3―
4)。
 なお、実際に断層の走行しているのは、本件敷地のわずか一キロメートル足らず
の箇所であるが、動燃、国の採用する震央距離をとれば二・五キロメートルになっ
てしまう。目の前一キロメートルを走行する長さ一四キロメートルの断層が動いた
場合、断層の中央のところの一キロメートル離れた場所に敷地があるのか、あるい
は一四キロメートルの断層の中央から二・五キロメートル南下した断層部分から一
キロメートル弱離れた場所にあるのかで、違うとはだれも思わない。ここに震央距
離という考え方の不自然さがある。この点を見れば、たとえ震央距離を二・五キロ
メートルとしたとしても、本断層が、他の断層の点とは比較にならない大きな地震
動をもたらすことが、一目瞭然に分かるであろう。そこで、更に進んで、この断層
が活動したときの想定される最大速度振幅を、近距離の地震でも適用可能なP1
9・田中の式(甲ハ七三号証、なお甲ハ六〇号証の原子力安全委員会の「検討会」
報告書も三八ページにこのP19の経験式を掲載して、その信頼性を認めている)
により算定すると、四三・四カインとなる(甲ハ七四号証)。この値は、模擬地震
波のS2の最大速度振幅二二・八カインの一・九倍の値である。しかもこの値は、
まだ松田式、P19式の誤差の問題は考慮していない値であり、誤差を考慮すれ
ば、更にその値は大きくならざるをえない。すでに述べたように、「もんじゅ」
は、熱応力設計上の要請から、耐震設計に安全余裕がほとんどないことは確実であ
る。だから、この動燃が想定した最大速度振幅の一・九倍の最大速度振幅に耐えら
れる設計になっているはずはなく、まして、松田式、P19式
の誤差を考えれば、「もんじゅ」が想定できる最大の地震に対して安全を確保する
ことができないことは明らかである。
(4) 直下地震については、兵庫県南部地震が示したように、従来の動的解析で
は足らない「衝撃的破壊」が生じた。従来の解析が実際の建造物を、著しく単純化
したモデルを用いていたために、この「衝撃的破壊」を扱うことができなかった。
これを改めようとするのが、甲ハ七二号証一九四ページ以下である。
 この直下地震の場合に、現実の建物で起こりうる「衝撃的破壊」については、
「もんじゅ」の耐震設計では全く検討されておらず、専ら右の質量集中の仮定に基
づいて設計がなされている。実際に白木―丹生リニアメント+S―15~17が活
動して直下地震が発生したときには、この兵庫県南部地震で起こったような破壊が
起こる可能性が否定できない。
(5) 次に見ておかなくてはならないのが、本件敷地におけるボーリング調査の
結果である。それをまとめたのが、乙イ六号証613―131等の図面であり、こ
れはP2証人三三回にも図面として添付されている。ここにあるCL級、D級の岩
盤の分布状況を見ると、平面図で北北東―南南西方向に細長く分布している。この
走行方向は、白木―丹生リニアメントと海域のS―15~17の断層の走行方向と
すこぶる調和的である。また、乙イ六号証6―3―142に記載されているボーリ
ング柱状図にの九九メートル付近の記載には、「たて方向の条線および鏡肌が認め
られる。」と書かれ、同6―3―168の柱状図では、その一五九メートル付近に
は、傾斜八○度前後の破砕帯が、幅一メートル強にわたってあるとされ、更にピン
ク色粘土、黒色酸化物もあると記載されている。P1証人は、これを断層運動にと
もなってできた部分だと証言する(P1証人三六回一七丁)。
 実際、条線や鏡肌は、これをはさんだ二つの岩盤が動いたからこそできたと見る
べきであろうから、やはり断層である疑いが濃厚である。
 なお、この弱い岩盤がどの程度広がっているかは、判然とはしない。甲ハ三九号
証添付の図面Aの、原子炉建屋の下に細長いスポット状に存在するCL級岩盤(青
色で図示)は、そこにボーリングが届いて分かったものであるが、そこだけスポッ
ト状にあるというのも不自然で、実はボーリングがそれほど密になされているわけ
ではないため、この弱い岩盤が更に広く続いている可能性が高い。
 結局、本件原子炉の真下にも断層が走行しているということになる。原子炉直下
の断層は、主たる断層ではなく、副次的な断層であると思われる。しかし、断層が
動いたときに同時にこの断層も動く可能性があって、そのようなことを想定した設
計でもないから、「もんじゅ」の施設は甚大な損傷を受けることになる。なお、仮
にこれが断層ではないとしても、断層に伴う亀裂である可能性は高い。甲ハ七二号
証二一ページ一〇行目によれば、兵庫県南部地震でも、「神戸・阪神地域では、地
表に多数の亀裂が発生し、その中には系統的な変位を示すものも報告されている
が、明瞭な地震断層は認められていない」。
 仮に、これが断層ではなく亀裂であったとしても、「もんじゅ」の耐震設計は、
あくまでも基盤の岩盤は健全であって割れたり変位したりしないことが前提である
から、その前提が全く崩れてしまう。
(二) 敦賀半島西岸断層
 右の白木―丹生リニアメントから更に断層は南方に続く。この断層(敦賀半島西
岸断層)の総変位量は八〇〇メートルで、断層の西側地塊を八〇〇メートル南に移
動させれば、いくつもの点で東西の地形がよく合致する。この付近が東西から圧縮
されているから、この右横ずれ断層である敦賀半島西岸断層と対をなすS21~2
6の断層系が左横ずれ断層であることは、良く力学的に合致する。
 この断層の長さは、約一九キロメートルであり、断層が動くことによって発生す
る地震のマグニチュードは六・九である。この敦賀半島西岸断層が動いたときの地
震動の大きさについても、乙イ六号証六―五―四三の図にあてはめてみる。この断
層としてみた場合、震央は、ほぼ本件敷地の前になり、震央距離は約一キロメート
ルということになる。
(三) S―2~27+野坂断層
 S―2―~27は、海底音波探査で存在の確認された断層群である。このS27
より南東には、まだ断層を延長する形で若干の急崖が続いており、その先には更に
野坂断層が、ちょうどこれら断層系の延長上に続いている。
 この断層群について、乙イ六号証の申請書(6―3―27)は、「なお、この断
層群は陸域の野坂断層と地質構造上調和的であるが、音波探査の結果、両断層の海
域には断層が認められないことから、S―21~S27断層と野坂断層は連続しな
いものと判断する。」としている。
 このS―21~27断層群の南東延長線上にも、わずかの高度ではあるが、多少
の急崖が続いて
いる。この部分については、確かに海底音波探査で断層とされてはいないが、地下
深部では断層となっている可能性は否定できない。兵庫県南部地震でも、野島断層
以東は、断層は地下深部に潜ってしまって、地表面では摺曲となって現われてい
た。このS―27以東の地形は、断層とはされてはいないものの、断層崖を延長し
た地形であり、地下の断層による摺曲地形と見ることが可能である。そこに断層が
見当たらないからと言って、それで地下で更に断層が続いている可能性を否定でき
ないし、むしろそのように続いていると見た方が地形上も合理的である。
 実際、地表地震断層は、活動した地中深く存在する断層のうちの氷山の一角でし
かない。兵庫県南部地震の活動した断層の状況を見れば、この点は一目瞭然であ
り、地表地震断層の前後に実際に動いた断層はかなりの区間続いている(甲ハ六五
号証九一ページの図)。したがって、S―27の更にその南東に、この断層群の地
中の延長部分は続いていることは確実である。一方、野坂断層についても、その北
西側に野坂断層の地中の延長部分が続いていることも確実である。してみればS―
21~27の断層群と、正確にこの断層群を延長して続く野坂断層は、やはり一体
となった断層と見るのが合理的であり、仮に連続していなくとも、少なくとも、地
下深部ではS―21~27断層群の極く近傍からオーバーラップして野坂断層は始
まっていると見るべきである。したがってこの断層群が活動すれば、その断層の動
きに影響されて飛び火して、兵庫県南部地震で①断層から②断層と③断層とに飛び
火したように、これに続いて野坂断層が動く可能性はやはり否定できない。
 こうして、このS―21~27断層群と野坂断層とは一体のものとして考えるべ
きことになるが、全体の断層群としては、この断層群は、長さ二九キロメートル、
断層距離九キロメートルの断層群となる。これに松田式を適用すると、マグニチュ
ード七・三となるが、念のため動燃や国の言い分のとおりに震央距離を求めると一
〇キロメートルとなるので、これを他の断層同様、図に書き入れる(図5―3―
4)。
 この断層群についても、申請書で検討した甲楽城断層等の活断層より、大きな地
震動を本件敷地に与えることが、この図からも明らかである。もっとも、マグニチ
ュードも、想定された最大の地震動を与えるとされる甲楽城断層のM七・〇より
〇・三も大きく(地
震のエネルギーで三倍程度の違いとなる)、距離も甲楽城断層が一一・五キロメー
トルとされるのに対して、一〇キロメートルと近いから、この想定された最大の地
震動よりかなり大きくなるのはいわば当然のことであろう。そこで更に、最大速度
振幅を金井式とP19式とで計算すれば、金井式では二六・五カイン、P19式で
は三八・四カインとなる(なお、断層距離が一〇キロメートル未満のこの断層につ
いては、P19式をより適切な経験式とすべきであろう)。この値は、模擬地震波
のS2の最大速度振幅二二・八カインの一・一六倍(金井式)、一・六八倍(P1
9式)の値である。しかもこれらの値は金井式、P19式のそれぞれ誤差を考慮し
ていない値でしかなく、誤差の上限を金井式の二・五倍とすれば最大速度振幅は六
六・二カインとなり、模擬地震波の二二・八カインの二・九倍となる。しかも、こ
の値はまだP19式の誤差を考慮してはいない値でしかない。
 「もんじゅ」は、すでに述べたように熱応力設計上の制約から耐震設計での安全
余裕がわずかしかない。すると、金井式で算出した二六・五カインの地震であって
も、はたして施設が健全性を保てるか大いに疑問であるし、ましてP19式で算出
した三八・四カインや金井式の値に誤差として二・五倍を乗じた六六・二カインの
地震動に「もんじゅ」の施設が耐えられるはずはない。
6 各地震の危険性の要約
(一) 以上のとおり、歴史地震を重視して設計用最強地震を策定しようというこ
と自体が誤りであり、原子炉施設設計の対象として考慮すべき地震としては、構造
線上の空白域とその他のブロック内の活断層が動いたときの地震を考えるべきであ
る。そこで、構造線上の空白域から、甲楽城断層(北部)を、近傍のブロック内断
層からS―15~17+白木―丹生リニアメントの断層群、敦賀半島西岸断層、S
―21~27+野坂断層の断層群とを検討すると、どれも申請書で取り上げた地震
(設計用限界地震・最大のものが甲楽城断層が活動したときのものとされる)より
かなり大きな地震動をもたらすこととなる。
 なお、白木―丹生リニアメントは確実度Ⅲとされているが、原発の耐震設計上、
確実度Ⅲの断層は、存在する可能性のあるものとして扱わなければならない。この
リニアメントについての動燃の調査は現に存在する露頭を調査したにすぎず、不十
分であって、このリニアメントを活断層ではないと断定する
には足らない。
(二) これらの地震は、どれもいつ動いてもおかしくはない状態にある。空白域
にある甲楽城断層は当然のことながら、その他の断層も堆積層に覆われる等して最
近活動した様子がなく、歪は相当に蓄積されているものと思われる。
(三)松田式、金井式は大きな誤差を避けられない経験式であり(P19式も同様
である)、その誤差の上限を採用して耐震設計をすることが必要である。
(四) 右の考慮すべき地震に、松田式、金井式もしくは原子力安全委員会の「平
成七年兵庫県南部地震をふまえた原子力施設耐震安全検討会」も採用するP19式
をあてはめると、動燃・国が選定した地震から算出される地震動の大きさより、更
に大きな地震動が施設に影響を及ぼすことになる。白木―丹生リニアメント+S―
15~17の断層では、P19式によって算出される最大速度振幅は、四三・四カ
インとなり、模擬地震波のS2の最大速度振幅二二・八カインの一・九倍の値とな
る。またS―21~27+野坂断層での最大速度振幅は、金井式で二六・五カイ
ン、P19式で三八・四カインとなり、模擬地震波のS2の最大速度振幅二二・八
カインは一・一六倍(金井式)、一・六八倍(P19式)、金井式の誤差を二・五
倍とすれば六六・二カインという値になる。
 その上、更に松田式・P19式の誤差の上限を取ると、更に大きな平均速度振幅
を用いなければならなくなる。
(五)もともと「もんじゅ」は、熱応力設計と耐震設計という相反する要請の妥協
の産物として設計がなされざるをえない宿命にある原子炉である。
 耐震設計審査指針では、S2地震との組み合わせで、すでに「建物の相当部分が
降伏し、塑性変形する場合でも過大な変形等が生じ、その施設の機能に影響を及ぼ
すことがないこと」とされていて、施設が変形する等の被害を受けても可とする扱
いとなっている。もはやすでにそこには安全余裕はないと見て良い。とりわけ耐震
設計を犠牲にしてでも熱応力設計を行なわなければならない「もんじゅ」では、安
全余裕が切り捨てられている可能性が高い。
 そうであれば、これほど大きな地震動に耐えられるはずはなく、多くの施設が崩
壊することになってしまう。
(六) 白木―丹生リニアメント+S―15~17の断層は、直下地震を引き起こ
す。本件敷地の原子炉設置部分の直下には、走行方向が右断層と調和する、弱い岩
盤の広がった薄い面がある。条線が見られ
る等、これが断層である可能性は高い。これが断層であったとすれば、本件許可の
前提である施設の基礎岩盤自体の健全性が損なわれることになる。
 右断層は、直下地震を引き起こすが、直下地震について近時問題とされている衝
撃的破壊の生ずる可能性も否定できない。
 したがって、特に現在の知見に照らすと、「もんじゅ」近傍の活断層が活動する
可能性があり、その場合、「もんじゅ」が損壊する蓋然性は高い。
7 地震によって生じる施設の損傷
 想定外の地震動によって施設の受ける損傷の特徴は、同時に多数の建物や設備が
損傷を受けることである。三系統の冷却系設備があっても、それがすべて同時に損
壊する可能性が高く、また建屋にしても、原子炉容器にしても、更には配線等の設
備やガードベッセルでさえ健全性を保ちうるかどうか疑問がある。要するに、すべ
ての施設が、同時に損傷を受ける可能性がある。これが他の事故とは大いに異なる
ところなのである。例えば、冷却系設備がすべて損傷を受けて機能しなくなれば、
崩壊熱の除去もできなくなり、運転を中止している現在であっても、炉心崩壊を招
く。
 一旦、想定外の地震が施設を襲ったときに施設が受ける損傷は、広範囲かつ深刻
であり、多量のプルトニウムを含む放射能が施設外に漏出し、多数の住民が死亡す
るなどの深刻な被害が生じ、付近一帯を汚染し、更に日本列島の相当部分を放棄せ
ざるをえない事態が、十分に想像可能なのである。
 これまで日本列島は、歴史的に稀有な静穏期であったと言われ、兵庫県南部地震
を機に激動期に入ったのではないかと多くの学者が言う。現在、生活している国民
のほとんどが想像し難い、激しい時代に突入しようとしているのである。
 P18は、次のように言う(甲ハ七二号証二二二ページ以下)。
 「地震はなぜおこるのかという問題に対する、行政を含めて一般の意識が、あま
りに低すぎた。それは古代人に劣るといってよいだろう。かえって自然にたいする
畏怖感がなくなっていることが、大災害につながったとも言える。その責任は、わ
れわれ地球科学者にもある。
 地震は地殻歪みの蓄積が破断現象を伴って解放される現象で、一過性のものでは
ない。グローバルにみれば日本列島全体が地殻の巨大な歪み帯である。しかしその
なかでも地震のとくにおこりやすいところがある。それは地質構造にも地形にもあ
らわれていることが急速にわかりつつある。地震や火山爆発
などは、台風・洪水・土石流などとはちがって一桁大きいタイムスパンでの中でお
こるカタストロフィックな事件である。それらを視野に入れた、日本列島に生きる
ための自然観を、社会に浸透させてゆくのが、地球科学者の役目であろう。」
 本件判決で、裁判所が、地震の危険性を、正しい自然観のもと、正しく指摘する
ことがぜひとも必要である。もし裁判所が、その指摘を怠るなら、日本列島は危険
な賭けの中に置かれる。判決が正しい指摘を怠って、多数の住民が死亡するなどの
深刻な被害が生じ、日本列島の相当部分を放棄したときには、本件判決をなした裁
判所の責任も厳しく問われることになるだろう。そのようなことのないよう、正し
い判決をすることを、原告らは強く求めるものである。
四 自然的立地条件に係る安全確保に関する被告の主張に対する反論
1 仮に被告動燃の最強地震及び限界地震の想定の方法及び結果が正しいとして
も、松田式及び金井式の誤差を考慮していないため、その誤差の限界あるいはそれ
を超える地震動が生じた場合、本件原子炉が損壊する蓋然性が高い。ちなみに右松
田式は、どこまで行っても「単なる目安」でしかなく、「合理的な式」とも言えな
い。ここには大きな誤差が内包されることが当然の前提となっており、この誤差に
ついて考えないなら、それだけで「もんじゅ」の危険性は、除去されていないこと
になる。
 これら誤差について、被告動燃は、その後の耐震設計で安全余裕があるから大丈
夫だと主張するかも知れないが、大丈夫だと断定するためには、具体的な根拠が必
要である。安全性が真に確保されると主張するなら、誤差をどれほどと見積もっ
て、その誤差のどの程度まで(何σまで)を誤差の範囲として取っているのか、そ
れに対する安全余裕はどれほど取っているという具体的な主張がなければならな
い。
 また、金井式が合理的な式であるとは言えないことは原告が既に主張したとおり
であるが、仮に金井式が合理的な式であったとしても、大きな誤差を内包する式で
あることには違いがない。合理的な式であるかどうかは、誤差を考慮すべきかどう
かの議論とは直接には関係せず、ただ不合理な式であれば、より大きな誤差を伴う
ものとして考慮しなければならないだけである。
 平成一〇年二月一五日付P4証人調書添付4は、標準偏差等について論述した書
籍の抜粋であるが、これによれば、1σの範囲にデータのある確率は0・
6827であり、田中貞二論文が金井式の誤差を〇・六四~〇・五七としているの
は、その程度の誤差についてのものである。これを2σとすれば、確率は0・95
45となり、3σとすれば確率は0・9973となる。すなわち、誤差が二・五倍
までありうるとする甲ハ九号証の図は、3σ(1+0・57×3)にほぼ相当する
のであり、被告動燃も正当とする右田中論文からしても誤差は少なくとも二・五倍
程度を考えなければならない。
 考慮する誤差は、それを一σまでとするのか、3σ、4σとするのかによって異
なってくる。被告動燃が、「耐震設計の全体の保守性」によってカバーできると主
張するかもしれないから、あらかじめ、これについて見れば、何σまでの誤差につ
いて保守性でカバーできるかを明らかにしないなら、その主張は無意味ですらあ
る。5σでも10σでもあるいは100σでも1000σでも対応できると主張し
ているはずはありえないからである。もし被告動燃が右のような主張をするなら、
どの程度の誤差までを考慮しているのか、安全審査において実際に誤差をどの程度
まで考慮するという議論がなされたのか、耐震設計の全体の安全性によって、どう
具体的に対応できると主張するのか、誤差について対応できるとする証拠は、全証
拠中どこにあるのかを明らかにすべきである。
 被告動燃は、兵庫県南部地震においては、一つの断層帯中の数の断層は連続して
いなくとも同時に動くことを認めた上で、原告が主張するような、複数の断層の同
時活動の可能性については否定する。しかし、実際に活動してみて始めて、連続し
た断層であるとか、同じ断層帯に属していると判明することもあるのであるから、
原告の主張を否定することはできないはずである。
2 被告動燃は、原告の「被告動燃は、松田式及び金井式の誤差を考慮していない
ため、その誤差の限界あるいはそれを超える地震動が生じた場合に、本件原子炉が
崩壊する可能性が高い。耐震設計に安全余裕があると言っても、安全性が真に確保
されるためには、誤差をどれほどと見積もって、その誤差のどの程度までを誤差の
範囲として取り、それに対する安全余裕はどれほど取っているのかという具体的な
主張が必要だ」との主張に対し、
① 松田式も金井式も経験式に属するもので、他の原子炉施設においても有用な経
験式として現在も広く活用されている。
② 金井式、松田式を用いて策定した基準地震動
により模擬地震波を作成し、算定された動的地震力に対し十分な安全余裕を有する
よう「もんじゅ」の耐震設計を行ったが、その際に、松田式及び金井式が経験式で
あることは当然、前提としている。と主張する。
 このうち、松田式、金井式が他の原子炉施設においても広く用いられているとの
主張は、「誤差問題」に対する何の反論にもなっていないものである。他の原子炉
施設においても松田式、金井式が用いられているとしても、それは他の原子炉施設
でも、「誤差問題」を完全に無視した耐震設計が行なわれているということを意味
しているに過ぎない。
 また、「十分な安全余裕を有するよう耐震設計を行った」と被告動燃は主張する
が、「具体的に、誤差をどれだけと見積もって、その誤差のどの程度までを誤差の
範囲として取り、それに対する安全余裕はどれほど取っているのかという主張・立
証が必要」なのであり、ただ安全だと言っていてすむわけはない。安全余裕の存在
は、具体的数値で示されなければならない。
 実はこの「誤差問題」は、これまでこのように問題とされたことがなかった。
「誤差問題」に踏み込めば、金井式にしてもかなり大きな誤差を見込まなければな
らず、松田式に至っては、データが極めて少ないから、誤差を判断ずるほどのデー
タがなく(だからこそ「単なる目安」にとどまっているのである)、仮に誤差を考
えるなら、極めて大きな誤差を考えなくてはならなくなってしまう。松田式におい
ては誤差をマグニチュード〇・六程度(地震のエネルギーで八倍程度)までは取ら
なくてはならないことはすでに指摘したところであるが、〇・六(エネルギーで八
倍)で足りるという保証も実はない。マグニチュードで〇・八(エネルギーで一六
倍)や一・〇(エネルギーで三二倍)でも足りるのかどうかも不明である。
 ここでの問題は、松田式が合理的か新松田式が合理的かの問題ではない。金井式
についても同様に、それが合理的かどうかの問題ではない。いずれの式が合理的で
あろうと、経験式を導いた基礎となる数値がどこまでの範囲に存在するか、その数
値の限界がどこにあるのかが問題なのであって、それら数値の平均的な値がどこか
は、保守性の要求される原発の耐震設計では必要はない。必要なことは、誤差の限
界を求め、それを保守的な値として使用することである。それが耐震設計の出発点
でなくてはならず、それを行っていない耐震設計は耐震設計
の名に価しない。
3 「誤差問題」に対する被告動燃の立場は次のようにまとめられる。
(一) 被告動燃は松田式の誤差の範囲の推定を行っていない。
① 被告動燃は、松田式の誤差の最大限の推定値を具体的に算出し、地震が発生し
たときの地震動の大きさを、その最大限の推定値のマグニチュードを用いて算出し
た上での耐震設計を行っていない。
② したがって、被告動燃には、対象としている断層から、実際にどれだけの大き
さのマグニチュードの地震が最大限起りうるかが、分からない。
③ したがって、被告動燃には、松田式の誤差の最大限の地震が発生したときに、
その後の耐震設計で「安全余裕」をとったとしても、その「安全余裕」で足りるか
どうかが分からない。
(二) 被告動燃は、金井式の誤差の範囲の推定を行っていない。
① 被告動燃は、金井式の誤差の最大限の推定値を具体的に算出し、その最大限の
地震動を用いた耐震設計を行っていない。
② したがって、被告動燃には、対象としている断層が活動したときに、実際にど
れだけの地震動が最大限発生しうるかが、分からない
③ したがって、被告動燃には、金井式の誤差の最大限の地震動が発生したとき
に、その後の耐震設計で「安全余裕」をとったとしても、その「安全余裕」で足り
るかどうかが分からない。
4 原告らの主張の要約
 最後に原告らの「誤差問題」についての主張を明確にしておくため、その主要な
点を要約する。
① 松田式は、すこぶる大きな誤差を内包する式であり、マグニチュードとして少
なくとも〇・六(エネルギーとして約八倍)の誤差を考えなければならない。しか
も、誤差の評定が困難であることからすれば、〇・六では不足するものと思われ、
〇・八(エネルギーとして約一六倍)、あるいは一・〇(エネルギーとして約三二
倍)程度の誤差を考える必要がある。
② 金井式も、大きな誤差を内包する。誤差としては二・五倍程度は考慮する必要
がある。
③ 耐震設計は、松田式、金井式の誤差の最大値を用いて行なわなければならな
い。それが、起こりうる地震の最大のマグニチュード、最大の地震を示すものだか
らである。
④ 耐震設計上の安全余裕が十分であるかどうか(十分な保守性が存在するかどう
か)の評価は、松田式、金井式の誤差の最大値がどれだけかを評価して、初めて可
能である。
⑤ ところが、被告動燃は、松田式、金井式の誤差の最大値を取った上での耐震設
計の評価
をしていないから、耐震設計において十分な安全余裕があるとは言えない。
⑥ 松田式、金井式の誤差は、前記のように巨大であるから、これに対処できるだ
けの安全余裕は、「もんじゅ」の耐震設計には存在していない。
5 自然的立地条件に係る安全確保について、原告らが主張したポイントは、
①時代遅れの基準に従って、地震動を本来区分する理由のないS1、S2に区分し
て歴史地震を重視して、その反面で活断層を軽視していること、②考慮すべき誤差
を無視しているために想定に保守性がないこと、③考慮すべき活断層を五万年以降
活動した(と立証される)活断層、又は地震の再来期間が五万年未満のもの(と立
証される)活断層に限って、本来考慮すべき活断層を考慮の外に置くことができる
こととしたこと、④生ずべき直下地震についても想定するマグニチュードを現在の
科学的知見にそぐわない小さなものしか想定せず、更には直下地震により地震断層
の出現や衝撃的破壊を一切考慮していないこと、⑤現在の知見に従えば、危険なの
は地震の空白域であり、また地震の再来年数の相当割合が経過した活断層であり、
甲楽城断層の北部の空白域が問題となり、他の活断層としては、白木―丹生リニア
メント+S15~17の活断層、S21~27+野坂断層の活断層がある、これら
が動いたときには、申請書の想定した地震動の大きさを大幅に上回ること、⑥白木
―丹生リニアメントは「日本の活断層」で確実度3とされているが、この確実度3
程度の可能性があれば、断層として扱って耐震設計をしなければ危険であり、これ
が活断層であることを否定すべく、動燃によってなされた周辺の露頭の調査は全く
不十分であこと、⑦断層は仮に連続していなくとも、近くにある複数の連続しない
断層が同時に動く可能性があることという各点である。
 このうち、被告動燃が多少なりとも反論しているものは、白木―丹生リニアメン
ト+S15~17を含む敦賀半島西岸断層、S21~27+野坂断層の活断層につ
いての主張に対してであるが、これらは本件申請書の域を出たものではなく、現在
の科学的知見に基づいたものではないので反論として全く不十分なものある。
 その他の点については、ほぼ全く反論がない。特に、松田式、金井式の誤差の問
題については、一九九七年五月二一日付原告準備書面にて明白に主張されており、
五万年で活断層を切り捨てることが不当であることについても
、P1証人が強く主張していたところである。被告動燃は、原告らの主張を精査し
て、最終準備書面を作成したと最終準備書面の口頭陳述で述べたが、これらの主張
ないしは立証に反論をしなかったのは、被告動燃が反論ができなかったことを意味
している。例えば、松田式が単なる目やすでしかなく、大きな誤差を含むことは、
争いようのない事実であるし、金井式も同様大きな誤差を含むことは、乙号証にも
記載されている。しかも、この大きな誤差を考慮したなら「もんじゅ」耐震設計の
安全審査の前提たる最大速度振幅の数値が大幅に大きくなってしまうことも、一見
して明らかである。安全審査は、根底から崩れ去ってしまい、再度検討しなおさな
ければならないことは、論理必然的に否定しようがない。
 この誤差の問題は、反論しようとしても不可能な、被告動燃の最大のウィークポ
イントである。だからこそ、被告動燃はこの論点を無視するしがなかった。被告動
燃は反論を放棄したのであり、論理必然的に原告らの主張にしたがって判決をなし
原告らを勝訴させなければならないことになる。
第四 炉心崩壊事故解析の誤り
一 出力暴走事故の恐さ
1 出力暴走とは
(一)中性子が核分裂性物質にあたると核分裂反応が起こり、その時、平均して二
~三個の中性子が生まれる。その中性子がさらに別の核分裂性物質の核分裂を起こ
すと「核分裂連鎖反応」が起こる。中性子は核分裂を起こす以外に、炉心から外部
に漏れたり、原子核に捕まったりして消滅するが、原子炉内で中性子の発生数と消
滅数が等しくて平衡が保たれている状態(これを臨界状態という)ならば、原子炉
の出力は一定であるが、中性子の発生数が消滅数よりも上回れば連鎖反応は時間と
共に増大し、逆ならば時間と共に減少する。炉心が臨界からずれている状態を示す
量を「反応度」といい、「正の反応度が投入される」ならば連鎖反応は増大して出
力は上昇し、「負の反応度が投入される」ならば連鎖反応が減少し、出力は低下す
ることになる。
 何らかの原因で、正の反応度が投入される、つまり、核分裂で発生した中性子の
うち一個を越える数が次世代の核分裂を引き起こすことになり制御に失敗すると、
原子炉は暴走する。たとえば次の世代で前の核分裂よりも平均して一〇〇〇分の一
よけいに核分裂が起こるとすると、連鎖の二回目には一・〇〇一の二乗、三回目に
は三乗、四回目には四乗となって指数級数的に増大す
る。しかも、核分裂と核分裂の間の時間は、軽水炉では数万分の一秒であるのに、
もんじゅでは〇・四五マイクロ秒(百万分の一秒の約半分)である。そのため、
〇・〇一秒の後には軽水炉では一・七倍であるのに、もんじゅでは実に二万回の核
分裂が起こり出力は七〇〇億倍というすさまじい増加となる。すなわち、あっと言
う間に出力が上昇して制御棒を入れる操作が間に合わず、原子炉をコントロールす
ることは不可能である。
(二) ところで、実際には核分裂で発生する中性子は核分裂と同時に発生する
「即発中性子」だけではなく、遅れて発生する遅発中性子が存在し、原子炉はそれ
をコントロールすることによって行う。しかし、その割合は軽水炉では約〇・五パ
ーセントであるのに、もんじゅでは約〇・三八パーセントと少ない。通常の臨界状
態の場合には、発生する即発中性子の数は消滅する中性子の全数より必ず少ない
が、正の反応度が投入されて即発中性子だけで臨界が維持できる状態になる(これ
を即発臨界という)と、もはやコントロール不可能となる(甲イ三八五号証四~六
頁)。
2 出力暴走事故は軽水炉でも高速増殖炉でも起こっている
(一) 軽水炉SL―1原子炉・・・制御棒の引き抜きによる事故
 アメリカのSL―1は、電力と熱を供給する熱出力三〇〇〇キロワットの沸騰水
型軽水炉であるが、一九六一年、運転再開のための制御棒駆動装置取付作業中に制
御棒を持ち上げたために、原子炉が突然暴走・爆発し、三名の運転員が死亡する事
故が発生した。制御棒が急速に引き上げられたために反応度の急速な増加が起こ
り、出力が上昇して熱膨張と気泡が発生し、炉内の圧力が上昇して制御棒を更に引
き抜く結果をもたらし、爆発に至ったと考えられている。燃料ウランはほぼ一瞬の
うちに溶融L、全重量一三トンの原子炉容器は約一メートル飛び上がり、二個の遮
蔽プラグは炉運転室の天井を貫いて噴き上げられた。爆発によって発生したエネル
ギーは一三〇MJ(TNT火薬に換算して約三〇キログラム)と推定されている
(甲イ三七五号証、甲イ三八五号証)。
(二) 高速増殖炉EBR―1原子炉・・・燃料の湾曲による事故
 アメリカのEBR―1は世界で最初に稼働した発電用原子炉であり、プルトニウ
ムを燃料としナトリウムとカリウムの合金を冷却材とする高速増殖炉である。一九
五五年、実験中に出力が上がりすぎたために原子炉を止めようとしたところ、ボタ
ン操作を誤ったため停止操作が二秒遅れ、暴走した。暴走の原因は、燃料が内側に
曲がって寄り集まると正の反応度が投入されると言う高速増殖炉特有の危険性によ
るものであったため、高速増殖炉関係者に大きな衝撃を与えた。炉心の四〇~五〇
パーセントは溶融し、爆発にまでは至らなかったが、暴走のエネルギーは一四MJ
と推定されている(甲イ三七六号証、甲イ三八五号証)。
3 チェルノブイリ事故最悪の出力暴走事故
(一) 事故の経過
 チェルノブイリ原子力発電所は、直径一一・八メートル、高さ七メートルの円筒
型炉心を持ち、炉心体積の大部分は減速材である黒鉛ブロックが占めている。黒鉛
ブロックには練炭の穴のように、直径一一・四センチメートルの穴が垂直方向に貫
通し、その穴の中に、圧力チャンネル管が一本ずつ合計一六九三本入り、一本一本
の圧力チャンネル管の中に挿入された燃料棒の隙間を通る軽水によって冷却され
る。
 一九八六年四月二五日、四号炉では、点検のために原子炉を停止する機会に、原
子炉停止の際にディーゼル発電機が動き出すまでの間、タービンの慣性回転を非常
用ポンプの電源として利用できるかどうかチェックするテストが計画されていた。
テストの開始が遅れ、二六日午前一時二三分四秒にテストが始まり、同分四〇秒、
原子炉を完全に停止させるために運転員が制御棒の一斉挿入ボタンを押した直後、
原子炉の出力が急激に上昇して暴走が始まった。爆発によって、直径一七メート
ル、厚さ三メートル、重量約一六〇〇~二〇〇〇トンの分厚い生体遮蔽盤が上に持
ち上げられ、原子炉建屋の屋根が吹き飛ばされ、壁が崩壊した。原子炉上部の中央
ホールにあった燃料交換機とそれをつり下げていたクレーンも崩れ落ちた。その
後、粉々になった燃料破片や燃え盛る燃料被覆管の破片、さらには黒鉛の破片が大
量の冷却水とともに上方高く噴き上げられ、火花のように舞い、タービン建屋の屋
根に舞い落ちて数十カ所におよぶ火災を発生させた。
 一方、黒鉛ブロックに火が着き、やがて全面的な原子炉火災に至った。建屋の火
災はすぐに駆けつけた消防隊によって消火されたが原子炉本体の火災を消すのは実
に困難であった。事故発生から約三六時間後にプリピヤチ市の住民に避難命令が出
された直後から、旧ソ連空軍ヘリコプター部隊が上空から五〇〇〇トン以上の砂や
二〇〇〇トンの鉛、ドロマイト(苦灰石)、ホウ素等を混入した砂袋を
投下し、一〇日後の五月六日、ようやく原子炉の火災は完全に鎮火した。その間、
燃える炎によって原子炉にある放射性物質は上空高く運ばれ、ジェット気流に乗っ
て北半球全体に届き、広範囲の放射能汚染を引き起こした。
(二) いまだに解明されない事故原因・爆発のメカニズムとエネルギー事故から
四か月後に、旧ソ連政府は、事故の原因は運転員の「まったくありうべからざる教
則違反、運転規則違反の組み合わせ」によってもたらされたものとする報告書を提
出した(甲第五号証二二三頁)が、一九九一年一月になって、旧ソ連原子力産業安
全監視国家委員会の特別調査委員会は「チェルノブイリ四号炉事故の原因と状況に
ついて」と題する報告書を発表し、「事故の原因は、運転員の規則違反ではなく、
設計の欠陥と当局の怠慢にあり、チェルノブイリのような事故はいずれ避けられな
いものであった」とした(甲第一七九号証)。
 この報告書によると、事故直前の原子炉の状況は、熱出力二〇万キロワットとな
っていたが、制御棒を引き抜き過ぎていて反応度操作余裕が低下し、かつ、低出力
に伴う正のボイド反応度係数などが相まって、一触即発の状態に陥っていた。その
状態で運転員が原子炉を停止するために制御棒を一斉挿入したところ、運転員に知
らされていなかった制御棒の設計のために、停止するはずの原子炉が逆に暴走を始
めた。急激な出力上昇により、大量の蒸気が発生し、ボイド反応度係数が正である
ために更に暴走を続け、燃料棒と圧力チャンネル管が破壊されたという。低速運転
中の自動車を止めようとしてブレーキを踏み込んだらアクセルだったというとんで
もない欠陥炉だったのである。
 しかし、現在に至るまで、事故の原因を絞り切れていないし、起きた爆発も核暴
走によるものか水蒸気によるものか水素によるものかも判明していない。爆発の回
数が一回か二回かも絞り切れていない。そのために、爆発のエネルギーがどの程度
であったかも推定されていない。二回目の爆発の際に炉心全体が一四メートル以上
飛び上がったとの報告もある(甲イ三八七号証)が、確定されたものではない。
 炉心崩壊事故のエネルギーがどの程度であるか、後述するように大きな論争の的
となっているが、現実に発生した事故についての爆発エネルギーさえ推定出来ない
のでは、少数の小さな実験(しかも、原子炉を破壊するという実験ではまったくな
い)から発生するエネルギーを
推測することがいかに困難であるかはよくわかる。
(三) 正のボイド反応度の重要性
 ただ、はっきり言えることは、正のボイド反応度が出力上昇の大きな原因となっ
たことである。ボイド反応度とは、炉内で気泡(ボイド)が増加するときに核分裂
連鎖反応が増加することである。つまり、定常状態で一定量のボイドが存在する時
には問題にはならないが、何らかの原因でボイドが増加した場合に、その変化量に
応じて正の反応度が入ってしまうことが問題となる。チェルノブイリ炉では、低出
力時には正のボイド反応度が大きすぎて、他に反応度の増加を抑制するメカニズム
があっても、全体の反応度係数が正となっていたのである。
 もんじゅにおいては、炉心のボイド反応度は正であり、しかもかなり大きい。許
可申請書において、炉心を気泡が二〇リットル通過する場合を「設計基準事故」と
して、どの程度出力が変動するかを計算しているが、気泡が炉心に入ると大きな反
応度が投入され、出力が一気に上昇することがわかっている。そして原子炉緊急停
止(スクラム)をかけても間に合わないこともはっきりと示されている。計算結果
が大事故に至らないとされているのは、気泡が二〇リットルと少なくてそれが通過
したために出力が低下したために過ぎない。
(二) 究対象は燃料破損から溶融炉心の冷却まで
1 炉心崩壊事故とはどのようなものか
(一) 高速増殖炉では、最悪の事故として、次のようなケースが考えられる。
 まず、何らかの理由でナトリウム流量が減少する。たとえば停電によるポンプ停
止、地震によるナトリウム配管の破断、異物が炉心下部に張りついてナトリウムの
流路をふさぐ等が原因となりうる。同時に原子炉停止系の不作動による制御棒の緊
急挿入に失敗すれば、燃料棒は熱が奪われないために温度が上昇して溶融し、被覆
管がもろくなって破れて、被覆管に閉じこめられていた燃料と核分裂生成物のガス
が飛び出す(このあたりまでの現象を「起因過程」という、図6―4―1の上三分
の一、図6―4―2の上半分)。
(二) ①燃料が寄り集まること、②ナトリウム中に気泡が発生することの両方に
よって正の反応度が投入され核分裂連鎖反応はますます増大し、出力は上昇する。
それぞれの燃料集合体内で液体となって揺れ動いていた燃料もますます加熱され、
燃料集合体の壁も破れて燃料が炉心プールを形成する(遷移過程、図6―4―2の
下半分)。炉心上
部と下部と周囲にあるブランケットや構造体が壁を造り、その内部で溶けた燃料や
被覆管などが全炉心プールとなって縦方向のみならず横方向にも動き、全体的に揺
動(スロッシング)する。より外部の燃料を次々と溶かしてプールは拡大し、プー
ル内で構造材金属が沸騰し、何回かの沸騰と揺動を繰りかえすうちに燃料が急速に
寄り集まって再臨界に至り、即発臨界にいたる(図6―4―3)。
(三) その爆発によって燃料は四方八方に飛び散り、急速に分散して未臨界状態
となり出力が低下する(機械的炉心崩壊過程、図6―4―1の中間)。暴走の結果
発生した熱エネルギーによって高温高圧となった炉心が膨脹して周囲に対して仕事
をし、熱エネルギーが機械的エネルギーに変換される(炉心膨脹過程、図6―4―
1の下左図)。原子炉容器や遮蔽蓋は強い衝撃をうけて破壊される(耐衝撃応答過
程、同)。炉心が未臨界になった後にも、高温となった燃料は崩壊熱を出して溶
け、ナトリウムと反応しながら炉心下部に堆積する(炉心物質再配置過程、図6―
4―1右下図、図6―4―4)。崩壊熱を出し続ける燃料は原子炉の内部や外部に
設置されたコア・キャッチャーで受け止められて長期に冷却される(事故後崩壊熱
除去過程、図6―4―5~6)が、冷却が旨く行かないと、溶けた燃料は格納容器
の床(コンクリート)と反応して床を突き抜け、外部にてでくることとなる。
2 計算コードの開発=計算偏重の研究状況
(一) 炉心崩壊事故研究はEBR―1事故を契機に始められたが、一九五〇年代
に定量的なモデルを考えたのはノーベル賞受賞者であるアメリカのべーテとテート
の二人の研究者である。べーテとテートは、高速増殖炉における突発的な出力上昇
(出カバースト)から生ずる爆発エネルギーの上限値を評価するために、事故発生
と同時に冷却材が炉心内から喪失し、燃料も溶融するとの仮定を置き、炉心の上半
分が重力の加速度により下半分に落下するというモデルを考えた。溶融した燃料が
集合して再臨界となり核的爆発にいたるという保守的なモデルである。
 七〇年代になって、リチャード・ウェブは、より明確なモデルを考えた。ウェブ
は、高速増殖炉はプルトニウムの含有量が多い燃料を大量に詰め込んでいるために
臨界量を大幅に超えるから核爆発は燃料の一部が集まるだけでも起きるとして、ま
ず炉心の中央部分で一部が溶融し一回目の核爆発が起こると考えた。問題
はその後である。最初の核爆発によって溶融した燃料が炉心上部のナトリウム中に
噴き上げられるとナトリウムが一気に蒸発してナトリウム蒸気爆発が起こり、その
爆発力によって燃料は再び下部に急激に圧縮される。その結果再び燃料は密に集め
られ、二回目の核爆発に至る。核物質の急激な圧縮による核的爆発は原子爆弾の仕
組みそのものであり、二回目の爆発が一回目の爆発をはるかにしのぐ恐れがある、
としたのである。
(二) その後、起因過程についてはSAS3Dコードが開発され、起因過程で即
発臨界を超えた場合の計算のためにVENUS―PMコードが開発された。もんじ
ゅの「技術的には起こるとは考えられない事象」の解析はこれらのコードを使った
計算である。
(三) 七〇年代末に至って、遷移過程の重要性が認識されてSIMMERコード
がアメリカで開発された。このコードはアメリカの研究者ボードルーが開発し、セ
オファネスによって更に向上発展した。セオフブネスは炉心崩壊事故研究の世界的
権威であり、現在では軽水炉の苛酷事故研究の第一人者である(甲イ第三八五号証
一六頁)。後述するようにアメリカの原型炉クリンチリバー炉や旧西ドイツの原型
炉SNR三〇〇の安全性評価の再検討作業はこのセオファネスが中心となって行わ
れた。
(四) 問題は、このコードは核計算部・流体力学部・構造材部を組み合わせた膨
大な計算コードであり、一つのケースの計算に大型計算機で二〇~三〇時間を要す
るというものであって、パラメータを若干変えれば結果が大幅にかわり、不確かさ
の大きい計算である。また、実験が現象のわずかな部分をとらえたものしかできな
いため、コード全体の実験的検証がいまなおできていない。
三 起因過程・遷移過程から機械的炉心崩壊・事故後物質移動過程へ
(一) ULOFとは何か
1 炉心崩壊事故発生のきっかけとしては、①運転中にポンプが停止し冷却材の流
れが減少したときに原子炉停止に失敗した事象(ULOF=Unprotecte
d Less of Flowと、②正常な運転状態から逸脱して連鎖反応が増加
し始めたときに原子炉停止に失敗した事象(UTOP=Unprotected 
Transient Over―Power)の二つが主として考えられている
が、そのうちエネルギー放出量の点からULOFが他の事故形態を包絡しているの
で、以下ULOFケースについて検討する。
(二) この
場合、事故推移の形態として、三ケースが考えられている(図6―4―1)。第一
は、ULOF後冷却材ナトリウムの温度が上がって沸騰し、ボイド反応度が正のた
めに反応度が増加して出力が上昇し、燃料被覆管も溶けて移動するために燃料が寄
り集まり更に反応度が上昇して一気に即発臨界に至って核的に爆発するケースであ
る(同図左側)。起因過程のうちに爆発して機器配管を破壊して終了するケースで
あり、もんじゅの爆発エネルギー「三八OMJ」を出したケースもこれである。第
二は、起因過程の段階では即発臨界に至らないで炉心溶融が徐々に進行し、燃料自
体が寄り集まって遷移過程に移行するケースである。燃料、集合体壁、構造体など
を全て溶かした「全炉心溶融プール」が形成され、沸騰し揺動(スロツシング)す
る複雑な過程であり、最悪の場合には、即発臨界に至って、第一のケースを超える
エネルギーを発生する可能性もある(同図真ん中)。第三は、起因過程の段階で、
燃料が炉心から排除されて反応度が低下し、炉心が部分的損傷をうけただけで終結
するケースである(同図右側、P10証人四六回二五~三〇頁)。
2 燃料破損がどのように起こるかが問題・・・起因過程
(一) ナトリウムの流量が減少してナトリウムの温度が上昇し、燃料被覆管が破
損して燃料が被覆管外部に出るあたりまでの過程である。特に燃料破損のメカニズ
ムが問題である(図6―4―2の上部)。問題になるのは、第一に正のボイド反応
度である。ありうるのは、炉心上部でナトリウムの沸騰が始まりボイド領域が炉心
中心領域に拡大すると正のボイド反応度が入ること、および、被覆管が破れて溶融
燃料が放出されてナトリウムが一気にボイド化することである。第二に、燃料が軸
(上下)方向の中心に集まる際に正の反応度が入ることである。炉心にまだナトリ
ウムが液体のまま残っている時に燃料被覆管が急激に破損する「未沸騰・部分沸騰
集合体におけるバースト型燃料破損」乙イ一八号証八頁)が問題となる。燃料集合
体の中心ではボイド反応度も燃料移動による反応度も大きいので、燃料が中心部位
で破損すれば大きな反応度が入ることになる。動燃のP4証人が「燃料が軸方向に
集まると言うことは、燃料が持っている、専門用語でいいますと反応度価値という
考え方があるんですけれども、反応度価値が高い方向に働くことになりますから、
プラスの反応度が挿入されると言うことで
ございます。もう一点は、溶融燃料が放出されまして、今度は冷却材をボイド化い
たします。ボイド反応度も軸方向の分布は炉心の中心が高くなっておりますので、
これも大きな寄与があると言うことでございます」(P4証人四八回一一〇頁)と
述べているとおりである。
(二) 破損の発生位置であるが、動燃が作成した「高速増殖炉原型炉ULOF事
象の評価研究」(乙イ一八号証八頁)では、「破損の発生位置を炉心の軸方向中心
に固定する想定は、破損のメカニズムを無視した想定である」旨記載されている
が、後述するように実験中に燃料棒が軸(上下)方向中心で破損したケースは存在
しているのであり、それを排除することは、実験結果のうち自分にとって不都合な
ものを排除するものであってそれこそご都合主義的研究態度である。
(三) 破損口の軸(上下)方向長さについて、後述するように、もんじゅで九九
二MJの最大爆発エネルギーが計算されたケースでは「三〇センチメートル」が仮
定されている。P4証人は、「五センチメートルはアメリカの主にTREATとい
う試験炉を用いたデータでございますが、そこら辺のデータで、この程度とってお
けば充分保守的であるということが、アメリカにおいていわれておりましたし、私
どもも同様に判断したということであります」、「(九九二MJをだしたのは)壊
れた瞬間に同時に三〇センチメートルにわたって穴があいているというような、ち
ょっと考えがたい想定を置いたようなケース」(P4証人四八回四〇~四一頁)と
いうが、被覆管がわずかに破損して〇・〇三~〇・〇四秒後には全長の六~七割が
破損するデータも得られているのである。燃料破損の位置及び大きさについては実
験データのばらつきを考慮して、当然、保守的に考えなくてはならない。
3 炉心が沸騰・揺動するプールになる・・・遷移過程
(一) 起因過程が比較的穏やかに進行した場合、崩壊した燃料が大量に炉心にと
どまっているので常に再臨界の可能性をはらみながら事態が進行する。初めのうち
は、燃料集合体のラッパ管の溶融は始まるが、まだ燃料の溶融・崩壊は燃料集合体
毎に独立している。溶融燃料は、各ラッ管の中で、上に行けば重力の作用で落下
し、下に行けばナトリウム蒸気圧等で噴き上げられて、上下動をくりかえす。この
動きが全部又は大部分のラッパ管で一致した場合を「同期する」又は「チューニン
グする」と呼んでいる(図6
―4―7)。初めはバラバラに運動していたものが「出力が上昇しますと、それに
よって炉心全体で温度が上がりますので、燃料の分散がだんだん全体的に同時に起
こるようになっていくという、そう言った現象がチューニング現象」「出力変化を
通じて、だんだん同期してくるというふうな傾向があるということは事実だと思い
ます」(P4証人四九回三九頁)とされている。
 このようなチューニングが起こってくると、再臨界になって更に炉心溶融が促
進・拡大し、ラッパ管自体が溶融し溶融燃料とともに液体となり、より複雑な動き
をするようになる。ここまでの事態は、事故発生後わずか二~三秒内に起こる(甲
イ三七七号証訳文四頁)。やがて炉心全体が液体となって上下動のみならず半径方
向(水平方向)にも動くようになるが、炉心の上下と周囲で溶融物が冷えて固まっ
ている時にはあたかもボトルの中に液体が閉じこめられて(ボトルアップ)その中
で高温の液体が動くようになる。中心部で発生した蒸気が上昇すると周辺においや
られていた溶融燃料は押し下げられて中心に向かって押し寄せ、中心部でぶつかっ
て溶融燃料の高い盛り上がりを作る(図6―4―3)。このような沸騰したプール
全体の揺動現象は専門的には「スロツシング」と呼ばれている(P4証人四八回一
二八頁)。遷移過程の初期でチューニングが高まっていれば、その後にもチューニ
ングの度合いは高まり、スロツシングが大きく起こると考えられる。
(二) 動燃は、①FPガスの圧力等によって燃料が分散する、②炉心溶融物質の
熱などによって制御棒案内管に開口部が出来て炉心外に燃料が流出するなどの理由
によって、反応度が低下し核的現象が終息すると主張するが、前述したボトルアッ
プされた状態での全炉心プールの揺動がピークに達した時には、即発臨界になり、
最大級の核的爆発が起こり、爆発エネルギーは起因過程のそれを上回る可能性が大
きい。遷移過程研究の第一人者であるセオファネスはクリンチリバー炉について、
最初に存在していた燃料の六〇パーセント位が炉心に残っている限り、この問題が
重要であるとして、半径方向(水平方向)の揺動も含めて計算したが、計算の対象
が後述するように炉心の真ん中に燃料が詰め込まれていない非均質炉心であった
(図6―4―8の右図)ために、出力分布が中心でピークになる形でないので、エ
ネルギー爆発的にはならなかったと結論づけている(
甲イ三七七号証)。しかし、もんじゅの均質炉心ではセオフアネスの方法で計算す
れば、最大限のエネルギー爆発があるとの結論になる可能性は高い(P10証人四
六回三〇~四〇頁)。
4 炉心が崩壊してエネルギーが放出される・・・炉心膨脹過程など
(一) 即発臨界を超えると炉心にある溶融燃料は爆発力によって急速に周囲には
じきとばされて未臨界となり、出力は低下する(機械的炉心崩壊過程)。暴走の結
果発生した熱エネルギーによって高温高圧となった炉心は膨脹して周囲に「仕事」
をし、機械的エネルギーに変換される(炉心膨脹過程、図6―4―1左下図)。原
子炉の上蓋が飛び、原子炉容器が膨れあがって破壊されるのは、炉心で機械的エネ
ルギーが発生するためである。上蓋や原子炉容器がその爆発に耐えられるかどうか
を見るためには、爆発の機械的エネルギーがどのくらいになるかを計算しなくては
ならない。
(二) 爆発エネルギーは普通MJ(メガジュール)の単位で表されるが、瞬間的
にエネルギーを発する核爆発の場合には、火薬による爆発と同じように考えられる
ので、ダイナマイトの原料であるTNT火薬に換算して〇〇キログラムと表される
こともある。TNT火薬一キログラムは約四・四MJとなる。
 ちなみに、茨城県東海村にある動燃の再処理工場で、一九九七年三月一一日に起
こったアスファルト固化処理施設の爆発事故においては、その爆発の規模は「TN
T換算で数十キログラム」とされている(通産省工業技術院物質工学工業技術研究
所・P20氏の「爆発原因に関する所見」より)。仮に五〇キログラムと考えれば
約二二〇MJとなる。もんじゅの許可申請書では爆発エネルギーは「約三八〇M
J」とされているので、TNT換算では約八六キログラムになり、東海再処理工場
の爆発の約一・七倍の規模となる。
5 溶融燃料は周囲を溶かし込みながら落下する・・コアキャッチャーの必要性
(一) 炉心崩壊事故が起きると炉心溶融物質は高温であるために周囲の構造材を
どんどん溶かし込んで炉心から下方へと落ちてくる(図6―4―4)。それを受け
止めるために、フランスでも西ドイツでもコア(炉心)キャッチャーが必要だとさ
れた。フランスのスーパーフェニックスはタンク型であり、炉心も中間熱交換器も
原子炉タンクの中に入っており、コアキャッチャーも原子炉タンク内で炉心の下に
設けられている(図6―4―5、甲イ三七三号証一一
二頁)。フランスでは、当初は燃料集合体七体分の燃料を受け止められるものとさ
れてきたが、SCARABEE実験と呼ばれる実験によって、隣接集合体への伝播
を考慮しなくてはならなくなり、以降の高速増殖炉の設計においては一〇〇パーセ
ント受け止められるようなコアキャッチャーとすべきであるとされた(甲イ第三七
三号証六七頁、P4証人四九回三一頁)。
(二)西ドイツでは規制当局からコアキャッチャーの設置が義務づけられて、原子
炉の下にとりつけられている(図6―4―6)。「ドイツの場合は、私どもは炉外
コアキャツチャーと呼ぶんですけど、原子炉容器の外の原子炉容器室と言われてい
るその部屋の床に設けられているのがSNR―三〇〇のコアキャッチャーでありま
す」(甲イ第三七三号証、P4四九回三三頁)。
(三) もんじゅでも炉心の下に炉内構造物があり、その下に「受皿」がある。第
一回の許可申請書では「お椀」型であったが、補正では「皿」型になっている。動
燃のP9は「そういった特殊な事象(炉心崩壊事故のこと)を解析した場合でも、
念のためにもう一枚、そういった種類(炉心溶融物質)の一部のものが下に出てき
たという前提でそれを受ける構造物を付けておこうということで付けたもので、受
皿という名称をつけたものです」といいながらも「コアキャッチャーというほどの
物ではありません。念のためにつけたものです」と強弁(P9証人二五回五三~五
七頁)して、あたかももんじゅではコアキャッチャーは付いていないように述べる
が、受皿は明らかにコアキャッチャーである。「基本的に炉心部で燃料が溶融した
ものが下方向に落ちてきたときに、それが受け止められるように」設けられてお
り、「ここでくい止めてやろうというふうなコアキャッチャー」である(P4証人
四九回三〇頁)。
四 ドイツとアメリカでは激しい炉心崩壊事故論争があった
1 SNR三〇〇の破綻・・・串請者の計算値が最高だとの確証がない
(一) 政府は第三者にチェックさせた旧西ドイツの原型炉SNR三〇〇はもんじ
ゅとほぼ同規模の炉であり、炉心崩壊事故における爆発エネルギーは、設置者側の
計算では最高三七〇MJ(もんじゅと同じ計算方法では約九三OMJ)とされてい
た。
 連邦政府は、安全性について推進側の原子炉安全委員会(RSK)と批判側のミ
ュンヘン大学ヨハン・ベネケ博士グループという性格の異なるグループに安全解析
を行わ
せ、「安全」「危険」の両方の結論を得た。一方、ブレーメン大学ドンデラー・グ
ループは炉心崩壊事故による爆発エネルギーを計算した。後に州政府は、遷移過程
研究の中心人物であったアメリカのセオファネスをリーダしとするグループに申請
者側の計算についての「再検討と評価」を依頼した。
(二) ドンデラーは安全側に立った計算を行った
 ドンデラーはSIMMERコードを使用して、初期遷移過程で再臨界に達した場
合の爆発エネルギーを計算し、最大の場合には八〇六MJ(七〇立方メートルまで
の等エントロピー膨脹換算、一気圧までの膨脹に換算すると二〇一二MJ)とな
り、申請者が計算した三七OMJの約二・二倍の数値がでることを示した(甲イ三
九九号証)。この計算に対してカールスルーエ研究所グループは、入力数値が間違
っているとか実験で確認されている現象を考慮していないとか主張して批判する
(乙イ一九、P4証人四八回七九~八五頁)が、同グループの計算には、初期遷移
過程におけるチューニング現象(甲イ三七七号証)が全く考慮されておらず、更に
移動していた燃料が再集合する時に、燃料・ナトリウムの相互作用によって燃料の
動きが加速されることなど厳しい結果をもたらす事象を考慮していない。これでは
出力エネルギーが低くなり、過小評価となってしまう。炉心崩壊事故の計算におい
ては安全側に立った仮定がもちいられるべきである(甲イ第四〇七号証七頁)。
(三) セオファネスは「設置者側の事故解析が証明できるとは確認できない」と
した
 セオファネスは、チューニング及び全炉心プールの揺動などを重視して設置者側
の評価を再検討した結果、結論として「三七〇MJの機械的エネルギーの放出を越
えるような事態を実質的に排除できるとするSNR三〇〇設置申請者の事故解析
が、証明できるとは確認出来ない」とした(甲イ第四〇七号証五~六頁)。この結
論について、ヨハン・ベネケは「セオファネスらの結論によると、いくらぐらいの
エネルギーがでてくるかという上限を設定することを一貫性をもった形で証明する
ための実験べースというものが一切ない。一貫した形で総合的に見るためのテスト
設備は存在せず、理論的にも一貫したものがない。三七〇MJというエネルギーの
上限についても上限であるとは言い切れない」と述べている(甲イ三〇六・九~一
〇頁)。
(四) 炉心崩壊事故論争はSNR挫折の大きな理由の一
つとなった
 SNR三〇〇が中止になった理由は、財政的な面もあるが、同炉の関係者が州政
府とのやりとりで現在問題とされている事項として「炉心崩壊事故評価以外にもチ
ェルノブイリ事故、アルメニアのナトリウム火災、英国PFRのSG事故」をあげ
ているように(甲イ三七三号証六九頁)、技術的な危険性も大きな問題となってい
たのである。
2 クリンチリバー炉は爆発エネルギー逓減のために非均質炉心に変更した
(一) 原子炉規制委員会(NRC)は高い安全性を要求した
 アメリカではEBR―1の事故のあと炉心崩壊事故への関心が生まれたが、炉心
が大きくなるにつれて爆発エネルギーが大きくなることから、爆発エネルギーが逓
減される炉の設計が求められた。しかしそのような炉心の設計はなかなか困難であ
り、原型炉であるクリンチリバー炉の炉心設計としては、当初ボイド反応度の逓減
を考えない均質炉心(注・もんじゅも均質炉心である)となった。しかし、規制当
局であるNRCは炉心崩壊事故時の安全性を懸念して、これを設計基準事故とする
ことを要求した。七九年のTMI事故の発生によって安全性への要求は高まり、一
次系バウンダリに対する機械的エネルギーとしては一気圧までの膨脹で一二〇OM
Jを要求した(P4証人四八回九四~九五頁)。
(二) 均質炉心から非均質炉心へ変更して放出エネルギーを逓減した安全審査は
七八年に中断し、炉心を均質炉心から非均質炉心にかえて八一年に安全審査を再開
した。非均質炉心とは、中心部分を初め炉心内にプルトニウム燃料のないブランケ
ットを円環状に配置した炉である(図6―4―8)。P4証人は、変更の理由とし
て増殖能力が高まることなども挙げるが、最も大きな理由は「ブランケット集合体
を炉心の中心等に配置することにより、炉心の冷却材のボイド反応度を小さくする
ことができる」からである(P4証人四八回四三頁)。その結果、「ボイド反応度
に関しては非均質炉心にすることによって約二分の一に下がっていますから、明ら
かに起因過程の現象は緩慢になっているかと思います」(四七頁)。
 この非均質炉心について、セオファネスらが解析をし(甲イ三七七号証)、「均
質炉心ではボイド反応度が大きいので過出力によって駆動された流量減少事故が避
けられないが、非均質炉心ではボイド反応度は小さいので避けられる」「全炉心プ
ールでエネルギー放出が計算される例として、半径
方向の揺動があるが、非均質システムであるために出力分布が中心でピークになる
形でないので、挙動は非エネルギー放出的となった」との結論を出した。均質炉心
が非均質炉心と比較して格段に危険であることが裏付けられたのである。
五 炉心崩壊事故研究には実験的検証が少ない
1 実験は部分的現象についてのみ行われる
 原子炉は巨大な技術の固まりであり、事故が発生した場合に、原子炉の中では種
々の現象が複雑に関連し合う。時間的にも数々の因果関係が繋がって発展する。従
って、事故の過程をそっくり模擬した実験を行うことは不可能である。そこで部分
的現象に着目して実験することになるが、それにも予算的制約が存在する
 実験には、炉内実験と炉外実験がある。炉内試験とは実際に試験用原子炉を使
い、その炉心内部に試験用の空間をつくり、その中へ燃料棒などの試験材料を入れ
て大きな反応度を与え、燃料破損状況などの現象を観察するものであるが、試験用
原子炉の仕様によって試験できる領域・大きさ・得られるデータが制限される。な
によりも、たとえ小さな炉であってもその建設と維持に金がかかる。炉外試験は液
体の動きなどの特定の物理現象だけに着目し実験を行うが、実験は小さな部分だけ
で行われるから、複雑な現象を呈する実機に応用する場合に、その手法が妥当かど
うかが問題になる。
2 燃料破損実験は少数本でかつ熱中性子によるものである
 燃料破損は起因過程の初期事象(甲イ第三八五号証、図6―4―1)であり、事
故拡大の鍵を握るものであるが、日本ではもんじゅ用の燃料破壊実験は一切行われ
ていない(P4証人第四八同一〇一頁)。アメリカのTREAT実験、フランスの
CABRI実験やSCARABEE実験で行われる燃料破損実験に使用される燃料
棒の数は、TREATでは七本(一本を真ん中に、六本をその周囲にぐるりと並べ
たもの)まで、CABRIでは一本、SCARABEEでも最大三七本である。も
んじゅにおいては燃料棒一六九本で一つの炉心燃料集合体を形成し、炉心は一九八
本の炉心燃料集合体と一七二本のブランケット燃料集合体で構成されている。つま
り最大の実験装置であるSCARABEEでさえも、燃料集合体一本の五分の一、
炉心全体の一〇〇〇分の一しか模擬出来ていない。
 更に問題となるのは、高速炉用燃料棒で実験したといっても、炉内実験用原子炉
は熱中性子炉であるから、高速炉用燃料棒に照
射される中性子は秒速二~三キロメートルの熱中性子であって秒速三万キロメート
ルの高速中性子ではないことである。燃料に照射された熱中性子はほとんど全て表
面で吸収されて内部に入らないが、高速中性子の場合には表面で吸収されることな
くほとんど内部に突入する。燃料破損は、表面のみならず内部における核分裂の発
生と高温化が問題になるので、高速炉の中の燃料の様相を実験的に見たいというの
ならば、高速中性子を照射しなくてはならない(P10証人四六回四八~五〇
頁)。
3 燃料棒が中心で破損したデータがある
 燃料棒が破損する場合、破損位置が燃料棒の中心であり、かつまだナトリウムが
液体であって沸騰していない時には、正の反応度が突然大きく入ることになる。
 セオファナスは、この点について「液体状態のナトリウムが優位に満たしている
集合体の中で、高出力位置(注・燃料棒の中心のこと)あるいはその近傍で燃料棒
破損が起きる。そこは燃料反応度価値が最大の位置である。上部と下部には核分裂
生成物のガスが数百気圧溜まっている。他の位置にあった燃料棒が急速に移動して
くる。出力が上昇する。もし、中心面より一〇~二〇センチメートル離れたところ
で起きれば、それより下にある燃料は反応度価値が低いところに移動して、出力が
低下する」と述べているとおりであり、P4も証人尋問において認めているところ
である(P4証人四八回一一〇頁)。
 突発的な出力上昇時に燃料棒が炉心の軸(上下)方向中心で破損するかどうかに
ついて、動燃が作成した「高速増殖炉原型炉ULOF現象の評価研究」(乙イ第一
八号証八頁)の「未沸騰・部分沸騰集合体におけるバースト型燃料破損」の項では
「破損口の位置というのは下の方から見てだいたい〇・六五のところになってお
り、破損の発生位置を炉心の軸方向中心に固定する想定は、破損のメカニズムを無
視した想定である」と記載し、P4は「CABRI試験の実験データを基にして書
いてある話」だと証言する(P4証人四八回一一二頁)。しかし、セオファネスら
はTREAT―PFR実験においては燃料棒の真ん中で破損したケースがあること
を指摘し、真ん中で破損する可能性があることを強調する(P4証人四八回添付図
面⑤1~2)。P4証人は、TREAT―PFR実験のケースは計算コードの検証
には適切でないので排除したと証言するが、その根拠は明瞭ではない。現実に中心
で破損
してピンの中の燃料が中心に向かって集まってきたことが確認されているのであ
り、又、もともとデータの数が高々一〇とか二〇とか少ないのに計算コードにあう
適切なデータのみを採用して他を捨ててしまうことは「あまりにも恣意的かつ非科
学的」である。
4 破損口が三〇センチメートルとなる恐れは存在する。
 被告動燃は燃料破損口の長さを「五センチメートルとするのが妥当」とするが、
TREAT―PFR実験で、まず少しだけ破損し、〇・〇〇四一秒後には全長の七
〇パーセント近くが破損したという実験データが存在する(P4証人四九回六~九
頁)。燃焼末期には被覆管がもろくなっており、燃料棒内部のガス圧が数百気圧と
極めて高くなっていることを考えれば、破損口を三〇センチメートルと仮定するこ
とはそれほど不自然ではなく、かえって五センチメートルに固執する方が非科学的
だといえる。
5 溶融プール実験は茶筒の大きさの実験に過ぎない全炉心プールが揺動すること
に関する実験はわずかである。一つは、W・マシェックの実験であるが、これは
「アクリルの円筒形の容器の中で、ちょうど茶筒の中に水を入れたようなものを逆
向きに伏せておいて、その茶筒をぱっと取り除いたときに、液体がつぶれて移動し
ていきますが、それを実験したもの」(P4証人四八回一二九~一三二頁、添付図
面⑥の1~2)である。しかし、外容器の直径は四四センチメートル、茶筒の大き
さは直径一一センチメートルであり、実際の炉心と比較してあまりにも小さく、又
沸騰している混合物の液体を常温水で模擬するのであり、とても全炉心プールの揺
動を模擬できる実験ではないと考えられる。セオファネスが「この実験が揺動運動
の本質をとらえているかということには強い疑問をもっている」と述べている通り
である。他の実験としては、P4証人は「二ミリメートル程度の大きさの円筒状の
粒子をいれておきまして、粒子が混ざっていることによって液体の揺動がどのよう
に影響されるかということを調べた実験が行われ、固体の粒子が混ざることによっ
て、液体の運動がかなり抵抗を受けて大規模なスロツシングが抑えられていたと、
そういう結果でした」と述べる(P4証人四九回一〇~一二頁)程度である。
 その他の実験としては、半径四六センチメートル高さ九五センチメートルのドラ
ム缶に水を入れて下から気泡を入れてその挙動を調べたりしているが、実際の炉心
と比較
してあまりにも小さすぎ、又、実際に炉心崩壊事故が起こった場合には燃料や構造
材が溶融混合し、温度も二五〇〇℃程度と非常に高温になって、しかも、反応度が
大きくなったり小さくなったりしながら、核分裂数が増えたり減ったりしている複
雑状態であると思われるから、実験としては妥当ではない。
6 燃料の沸騰実験は直径六センチメートルのるつぼで行われたのみ
 P4証人は、燃料を溶融させて沸騰させる実験は実際に行っていると主張する
が、SCARABEEにおける実験は、直径六センチメートル高さが二〇センチメ
ートル程度のるつぼに燃料をいれ、中性子を照射して溶融沸騰することを調べたも
のであって液体の上面が上下することがわかる程度であり、揺動(スロツシング)
を調べたものではない(P4証人四九回一八~二八頁、添付図面⑨~⑪)。
7 実験は僅少で、しかも今後行われる状況ではない
 一九八九年には被告動燃大洗工学センター安全工学部高速炉安全工学室の研究者
は、実験がまだまだ僅少であると嘆いている(甲イ三七三号証七六頁、八三頁、八
六~八七頁、九一頁)が、その後の実験に関して暗い見通しを持っていた(同六八
頁)とおり、ドイツ、フランスも高速増殖炉から撤退した現在では国際会議でも高
速増殖炉の研究発表は極めて少なくしかも日本からのみであるから、もはや実験的
検証は行われていないと言っても過言ではない。
 もともと高速増殖炉の炉心内部の核的特性についてはわからない部分が多い。わ
ずかの実験をやったからといってそれで全てがわかるわけではない。
日本原子力研究所のP21が「例えば液体金属冷却高速炉のように、動特性挙動に
未知な要素が多い炉は、一つや二つの破壊実験を行ってみる価値は十分にある」と
言った上で、「しかしこの実験結果は、必ずしもその原子炉を代表する反応度事故
であるとはいえない」と述べている(甲イ三七八号証四〇頁)通りである。
六 もんじゅ原子炉が炉心崩壊事故に耐えられるとしたのは重大な誤り
1 安全審査時のモデルー約三八〇MJの爆発エネルギー算定の根拠は不明
(一) 許可申請書の「技術的には起こるとは考えられない事象」には、次の五つ
の事象が挙げられている。
(1) 局所的燃料破損事象
a 燃料要素の局所的過熱事象(燃料要素の中にプルトニウムが高い割合で含まれ
たペレットが誤って入った事象)
b 集合体内流路閉塞事象(異物が入り込んで燃料集合体
の中のナトリウムの流れが停止した事象)
(2) 一次主冷却系配管大口径破損事象
 (一次主冷却系配管がギロチン破断し冷却材が流出した事象)
(3) 反応度抑制機能喪失事象
a 一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象
 (一次系のポンプがトリップして流れが減少したときに原子炉停止機構働かない
事象)
b 制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪失事象
 (制御棒を誤って引き抜いたときに原子炉停止機構が働かない事象)
 しかし、原子炉にとって厳しい事故を考えたといっても、1aと1bと2では、
原子炉停止機構は働くと仮定されているので結果はそれほど厳しくはならない。例
えば2のように、一次主冷却系配管がギロチン破断したときに原子炉停止系が働か
なかったら、それこそ炉心からはナトリウムが無くなって、燃料棒がむきだしにな
ったのに制御棒は挿入されずに燃料は燃えっぱなしと言うのだから、燃料はすぐに
溶融爆発すると思われるが、被告動燃は、そのような過酷な事故は考えていない。
解析では、ナトリウムの温度が上がったことを検出して制御棒が挿入されて事故は
収束するとしているのである。従って、1aと1bと2の三つは流量喪失時緊急停
止失敗事故(ULOF)でも過出力時緊急停止失敗事故(UTOP)でもないこと
になる。そうすると、厳しい結論になるケースは、3aのULOFであり、また3
bのUTOPということになる。許可申請書では3aの方が厳しい結論が出されて
いるのでそれを見てみると、原子炉の内部では次のようなことが起こると仮定され
ているようである。
(二) まず、定常運転をしているときに、何らかの原因(例えば落雷)で外部電
源がなくなって常用二母線の電源も喪失し、一次系と二次系の主冷却系循環ポンプ
が全数(それぞれ三系統あるがその全部)同時に止まってしまった。当然ナトリウ
ムの流れは減少するので冷却能力が減り、ナトリウムの温度は上昇する。本来であ
れば、ナトリウムの温度上昇を検出して制御棒が急速に自動的に降りてくるはずだ
が、それも何らかの原因(例えばブレーカーの固着)で降りてこず、原子炉の緊急
停止に失敗する。ナトリウムは沸騰し、燃料は高温となって自分も溶けるとともに
被覆管などの構造材も溶かしてしまう。溶けた燃料はスランピングして下方に寄り
集まり、被覆管なども下の方に移動する。反応度が加わって即発臨界に達する。そ
の時の反応度挿入速度は、反応度を
「ドル」という単位で表して、毎秒約三五ドルとなる。一ドルが即発臨界の反応度
であるから、非常に大きな反応度だといえよう。
 原子炉容器の中の燃料は急激に高温になり気化して炉心は大きく破壊される。高
温高圧になった炉心は激しく膨張し、原子炉容器を破壊しようとする。その爆発エ
ネルギーは約三八OMJ(TNT火薬約八六キログラム分)と計算されている。
 原子炉容器等の構造物については五〇OMJ(TNT火薬約一一三)の圧力加重
がかかってもゆがみを生ずるだけで破壊されないものとされているので、ナトリウ
ムは漏れず、従ってプルトニウムなどの原子炉の外に出ないので安全だと評価され
ているが、具体的な爆発の経過は申請書の記載からは読みとれない。
 ただ、三八〇MJであるとの結論がだされているだけである。
2 「九九二MJの爆発エネルギー」となったモデルは非科学的ではない
(一) 問題は、被告動燃が計算した「約三八〇MJ」が、考えられる最大の機械
的エネルギーかどうかである。これよりも大きなエネルギーが発生するような事故
が起これば、原子炉容器は爆発力に耐えきれずに破壊され、内蔵したナトリウムは
おろかプルトニウムも飛び散り、悲惨な結果に結びつくからである。
 被告動燃は、許可申請書中では約三八〇MJは最大の値であり、原子炉容器の設
計値は五〇〇MJまで耐えられるとしているが、実は被告動燃自身が「最大エネル
ギーのケースでは九九二MJ」とする計算を行っていた(「高速増殖原型炉もんじ
ゅHCDA解析―SIMMER2コードによる炉心崩壊後の膨張過程予備解析」一
九八二年三月、甲イ第三〇八号証六頁)。被告動燃はこの報告書を「開示制限」と
して限られた関係者だけに配布し、複製・転載・引用などを絶対に行わないよう厳
重に管理することを求め、この報告書の存在をひた隠しに隠してきたのである。原
告等が入手したこの報告書には、許可申請書と同じ方法による計算では、「最も大
きい放出エネルギーのケースは九九二MJ(TNT火薬約二二五キログラム相当)
である」とされている。これは許可申請書に記載された約三八〇MJと比べてはる
かに大きく、被告国も認めた原子炉構造物の最大圧力荷重五〇〇MJの二倍近くに
なるので、とても容認できない値である。
(二) 被告動燃はこの計算について、「燃料の破損口を三〇センチメートルにし
た計算」であり、単にパラメータ研究をしたに過
ぎず、三〇センチメートルという仮定は非科学的で採用しがたいと主張する。しか
し、この主張は間違っている。
 まず、実験データの捉え方が間違っている。前述した実験結果によれば、燃料棒
がわずかに破損してその直後に破損の長さが一気に拡大したケースも存在する。三
〇センチメートルの破損口を想定することが非科学的であるとはとても言えない。
被告動燃は、燃料棒が棒の中心で破損する仮定は非科学的であるとして、何等の根
拠も挙げないまま、棒の中心で破損したデータを取り上げようとしないが、自己に
都合の良い実験データのみ採用して他を捨てることは「あまりにも恣意的かつ非科
学的」である。
 わが国の安全審査における炉心崩壊事故の解析では保守的な条件が要求されてい
ない。もんじゅの行政庁審査の際に科学技術庁の技術顧問として参加したP8証人
は「多重性を有する安全系の不作動を仮定する、つまりロフ(LOF)でやってア
ンプロテクティブ、もう制御棒が入らないと言う極めて保守的な過程を想定してい
るのだから、解析条件に保守性を取り込むと、事象の推移が実態とかけはなれたも
のになる」と主張するが、炉心崩壊事故の仮定と計算上の仮定を混同していると言
わざるをえない。P10証人が述べるように「設計基準事故を超えるような事故の
ストーリーを立てる話と、そのストーリーに基づいて具体的な計算を行うという話
をごちゃごちゃにしていると、混同していると思います。つまり今回の炉心崩壊事
故の計算のように、その実際の計算の場で、保守的な計算条件をおかなければ結果
は何倍にも変わるわけですから、たとえストーリーのときにいくら仮定をおいても
計算のしようによっては、極めて結果を小さくおさえることは可能になる」(P1
0証人四六回六〇~六二頁)のであって、恣意的な結論を出そうと思えば出せるこ
とになる。
 実験データとして燃料棒の破損口が一気に拡大したデータを安全側の解析として
採用すべきである。
3 被告動燃の「一一〇MJ」計算は安全側でない仮定の結果である(一) 被告
動燃は、もんじゅでは起因過程においては機械的炉心崩壊過程に進展せず、遷移過
程に移行し、遷移過程で最も保守的に想定したケースでは再臨界になるがエネルギ
ーは一一〇MJであるので、もんじゅの安全審査時の解析は保守的であるとする。
しかし、遷移過程で炉心周囲が固化してボトルのようになり、その中に封じ込めら
れた燃
料やラッパ管等の溶融物質が、チューニング及び揺動(スロツシング)を起こし
て、何回かの揺動の後に再臨界を起こして激しく爆発する可能性を否定できないの
に、被告動燃は、燃料が半径(水平)方向に逃げ出したり、制御棒案内管を通って
ボトルの外に出ていくことを大きく見積もった結果、右の数値を導き出している。
この数値が最大の数値であるとの保証は全く存在しない。
4 パラメータを変えればもっと大きなエネルギーが出る
(一) パラメータを変えれば幾らでも結果を変えられる。最高エネルギーとして
九九二MJという数字が出ている計算についてP8証人は、「ええ、九九二という
のは聞いたことはございません」とした上で、「これは、先ほど申し上げましたよ
うに、いろんなパラメータ計算をやれば、幾らでも大きな数字が出てくるわけでご
ざいます」と述べ、原告代理人の「結局これは紙の上の計算なんですね、現実に
は」との質問に対して「そうですね」と同意している(P8証人二〇回二二~二六
丁)。
(二) 計算コードは、わずかにパラメータを変えれば結果が大きく変化するとい
う特質を持っている。そもそも計算コードに不適切な部分があることは、P4証人
もドンデラーの計算に関して「このコードのプログラミングの一部に不適切な部分
があって、それがたまたまドンデラー氏の行った計算において表面化、顕在化した
と言うことだと理解しております」と述べ(P4証人四八回八三頁)、コードが不
安定であることを認めている。また、初期条件を少し変えれば結果は大きく変わ
り、「台風の道筋を計算するよう」に予測しにくいとされている(甲イ第三九〇号
証)。
(三) 計算コードの実験的検証がなされておらず、計算コードの妥当性を判断す
る材料がない。前述したように、起因過程に関しては熱中性子を用いた燃料破損実
験などが小規模で行われているが、遷移過程については実験的検証はほとんど行わ
れていない。それにも係わらず、計算コードによる膨大な計算結果が大手をふって
まかり通ろうとしている。P10証人が「日本の高速増殖炉の研究はあまりにも計
算偏重であり、特に遷移過程のように複雑な過程の計算は非常に不確実性が多いの
で本当にどれが正しいのかは実験で示されなくてはならないにもかかわらず、実験
を計算の単なる補助として不当に低い地位に置かれてきた」(P10証人四六回四
五~四八頁)のであり、研究開発段階の原子
炉の研究方法としては、極めて問題が多いところである。
(四) 計算に使用する反応度の値も実験で検証されていない。反応度係数の代表
的なものはドップラー係数で、これは事故時燃料温度が上昇することによって自動
的にブレーキがかかる現象である。ドップラー係数に保守側の値を用いるか、ノミ
ナル値(平均的な値)を用いるかは、炉心崩壊事故の事象推移にとって「非常に大
きな影響がある」とP4証人は証言し(P4証人四八回二二頁)、その証拠として
ノミナル値を使用した乙イ第一六号証と保守側の値を用いた乙イ第一七号証が提出
されている。保守側の値としては、「データのばらつきを最大限に見込んで」(同
二〇頁)ノミナル値の〇・七倍に減らし使用した(同二二頁)としている。しかし
ここで言われているデータもそのばらつきも、一五〇〇℃までの実験によるものに
すぎない。炉心崩壊事故時の燃料温度は四〇〇〇℃近い高温になる(乙イ第一八号
証六九頁)が、高温でのドップラー効果の実験は存在せず(甲イ第三七三号証三五
頁)、したがって計算に用いたデータには実験的裏付けは全く存在しない。ドップ
ラー係数は高温になるほど小さくなることが知られているので、一五〇〇℃までの
低温時のでデータを使えば事故の影響を過小評価する恐れが極めて大きい。
(五) しかも、計算コードは非公開である。被告動燃は、このコードを公開せ
ず、ドイツの研究者にも引き渡そうとはしなかった(甲イ四〇六~四〇七号証)。
計算コードは様々な角度から使用して初めて内部に潜んだ問題点が明らかになる。
被告動燃はコードを独占・秘匿しているのであり、これでは被告動燃の計算が妥当
であると考えることは困難である。
5 被告らは「三八〇MJ」が最大放出エネルギーであることを証明できなかった
 要するに、「三八〇MJ」は一つの計算に過ぎない。被告動燃も被告国も、これ
が最大放出エネルギーであることを証明できなかった。従って、原子炉が爆発エネ
ルギーに耐えられることも証明できなかった。これは明白かつ重大な違法性であ
り、もんじゅの危険性を示すものである。
七 安全審査には明白かつ重大な違法性があり、運転は差し止められるべきである
1 炉心崩壊事故の発生確率は低くない
(一) 炉心崩壊事故は「設計基準事故よりも発生確率が低い」とされているが、
地震や落雷、電気系統の故障などを考えると決して発生確率が低いとは言えない。

二) 地震については、第三で詳述したところではあるが、地震による機器の同時
多発的故障も無視できない。「原発にとって大地震が恐ろしいのは、強烈な地震動
による個別的な損傷もさることながら、平常時の事故と違って、無数の故障の可能
性のいくつもが同時多発することだろう。とくに、ある事故とそのバックアップ機
能の事故の同時多発、たとえば外部電源が止まり、ディーゼル発電機が動かず、バ
ッテリーも機能しないと言うような事態が起こりかねない。・・・一番の問題は、
配管・弁・ポンプ類や原子炉そのもの、制御棒とECCS(注・緊急炉心冷却装
置、軽水炉では水の注入が考えられているが、もんじゅには存在しない)などだろ
う。・・・原子炉が自動停止するというが、制御棒を下から押し込むBWR(沸騰
水型軽水炉)では大地震時に挿入出来ないかも知れず・・・」と地震研究者も具体
的な事故経過を述べてシビアアクシデント発生の危険性について警鐘を鳴らしてい
る(甲イ三九八、P10証人四六回二四~二五頁)。
(三) 落雷による機器の故障や停電も無視できない(甲イ第一二五号証)。
(四) 電気系統の故障は頻発している。
 被告動燃は「停電した場合には制御棒は重力で挿入される」とするが、再循環ポ
ンプが二台同時に停止したのに制御系の電源が途中で故障していたために原子炉の
緊急停止が出来なかったという事故が一九八八年に中部電力浜岡発電所で起きてい
る(小証人林四七回三七~三八頁)。一個のリレーの故障によって再循環ポンプと
制御棒の両方にまたがる共通要因故障が発生したのである(甲イ一三号証)。
 さらに、一九八三年には、アメリカのセイラム一号炉(加圧水型軽水炉)で、原
子炉保護系から原子炉に自動停止信号が入力されたにもかかわらず、停止に失敗す
るという事故が発生した(P10証人四七回三九頁、甲イ一三九号証)。停止の失
敗は冗長性を持たせてある二つの原子炉トリップ・ブレーカーがトリップ・アタッ
チメントの結合部の固着の為に両方とも自動開動作をしないという共通要因故障で
あった。制御棒が挿入されていないことに気づいた運転員が手動で制御棒を挿入し
たために大事に至らなかったが、共通要因故障であり、スクラム失敗のために事故
に至る恐れがあるとして原子力規制委員会(NRC)が重視した。
 また、日本でも一九九二年に、大飯原発二号炉で、原子炉を緊急に止める二系統
の遮断器のうち
の一系統で電気信号を出しても働かない故障が発生した(甲イ第一二八号証)。
 たしかに、もんじゅにおいては制御棒は磁石で上部に保持されており停電になっ
た場合には電気が切れて自動的に落下するとされているが、セイラム原発のように
信号が発せられたのに制御棒が落下しない可能性は否定できない。電気系統の故障
は随分多いのが現状である。
(五) 制御棒固着の恐れがある
 もんじゅでは制御棒を引き上げる力が一定値以上になると警報がでることになっ
ているが、三本の駆動装置で、九二年、九四年、九五年と警報が出ていたことが明
らかとなった(甲イ四一六号証)。制御棒の円筒型の駆動装置の内部の隙間にナト
リウムが入り込んだ後冷えて固まり、駆動軸の作動に影響を与え、放置すれば制御
棒の上げ下げが困難になる恐れがあるので分解調査するに至った。ナトリウムが駆
動装置の内部に入り込んで固まることは予想外だったようだが、制御棒は、燃料集
合体の隙間にスムーズに入らなくてはならない。従ってナトリウムの固化によって
固着する可能性があることは重大な問題である。
2 もんじゅは出力暴走事故が起こりやすい。
 もんじゅにおいては、①炉心が反応度が最も高い状態にないので、一旦未臨界に
なっても燃料が溶けて寄り集まったりして炉心の配置が変われば再び臨界になる
(再臨界)ことが起こりうる、②炉心の出力密度が高く、燃料棒間隔が狭く、冷却
材通過が困難になりやすい、③ボイド反応度が正であって、出力が上昇しやすい、
④原子炉停止系は制御棒のみであり、軽水炉がボロン水注入のような原理が異なる
停止系を持っているのと比較して同じ機構の停止系しかない。
 従って、出力暴走事故ひいては炉心崩壊事故が軽水炉より起こりやすい。
3 高速増殖炉の炉心崩壊事故は、恐るべき被害をもたらす
 炉心崩壊事故はシビアアクシデントの典型である。発生した場合には、原子炉容
器が破壊されることによって原子炉内の核燃料や核分裂生成物(死の灰)や放射化
したナトリウムが炉外に放出される。建屋から外部に放出されるプルトニウムを初
めとする放射性物質は、第五章で詳述したように、P5やP14の災害評価によれ
ば、風下地域は壊滅的打撃をうけて人が住めなくなり、多数のガン死者が発生する
ことになる。
 被告動燃も被告国も、炉心崩壊事故による放出エネルギーが最大三八〇MJであ
ることの証明に失敗した。原子炉の被害の甚大性
を考えると、炉心崩壊事故が発生する可能性のあるもんじゅが運転されてはなら
ず、設置を是とした安全審査には明白かつ重大な違法性があることは明らかであ
る。
第七章 被告動燃の技術的能力の欠如
一 はじめに
 原子炉等規制法二四条一項三号は、原子炉設置の許可要件として、原子炉設置者
に「原子炉を設置するために必要な技術的能力」と「原子炉の運転を適確に遂行す
るに足りる必要な技術的能力」とが備わっていることを要求している。
 被告国は、被告動燃に全部門の技術者の確保が十分であると認められること、も
んじゅの建設、運転を行うに当たっては、建設に必要な組織、技術者等で組織され
るもんじゅ建設所を設置し、また運転開始後はもんじゅ発電所の運転を一適確に遂
行する組織体制を設けること、「高速増殖炉もんじゅ発電所施設品質保証計画書」
を新たに定めるなどして、運転段階を含む品質保証活動を期すこと、技術者の養成
については、高速実験炉「常陽」及び新型転換炉ふげん発電所の運転・保守の実務
経験を通じて技術者の養成を行うとともに、原子力関係機関への研修派遣及び新た
に設置されることとなっているもんじゅ発電所用のシュミレータでの訓練等を通じ
て技術者の養成訓練を行うことをいずれも確認したとして、被告動燃にもんじゅを
設置するために必要な技術的能力並びに運転を適確に遂行するに足りる技術的能力
があるものと判断している(乙第一三号証の三、原子力安全委員会月報、甲イ第三
五一号証)。
 被告国は、右のとおり書類上だけの極めて形式的な審査を済ませたのみで、被告
動燃に前記技術的能力が備わっているとして本件許可処分をなしているが、本件ナ
トリウム漏えい火災事故によって、被告動燃にかかる技術的能力がいず翻れも備わ
っていないことは一目瞭然であり、右許可処分に明白かつ重大な違法がある。
二 被告国も認めている被告動燃の体質(安全文化の欠如)
 被告国は準備書面において、本件ナトリウム漏えい事故により、原子炉の設置・
運転に不可欠な「安全性確保を最優先にする姿勢」が被告動燃に欠けていたと自白
している。
 原子力安全委員会第二次報告書(乙イ第一四号証、二一頁)も高いセイフティカ
ルチュア(安全文化)を育成し事故の発生防止と影響緩和のために管理体制の確立
に努めることが重要と警告している。
 被告国は被告動燃がかかる体質を改善しようとしていると主張しているが、「安
全文化」
はあらゆる文化と同様に一朝一夕に備わるものではない。被告動燃のP25理事長
も記者会見において次のように発言して、被告動燃の「安全文化の欠如」を指摘し
ている。すなわち、「被告動燃には安全確保を最優先にする姿勢が不足していた。
意識改革については前理事長も先頭に立って取り組んできたが、一朝一夕にはでき
ない。早道もなく、日々の積み重ねを見てもらうほかはない」と発言している(甲
イ第四四六号一九九八・七・三〇福井新聞)。
 しかし、被告動燃の独善性に根ざした安全性軽視の体質は、被告動燃発足以来培
われてきたものであり、その体質は一夜にして改善できるものではなく、現時点に
おいても「安全文化」が欠如した体質は基本的に変わらない。
三 被告動燃には原子炉を設置するために必要な技術的能力がない。
1 温度計さや管の設計のチェックがなされていない。
 一九九五年一二月に発生したナトリウム漏洩火災事故は温度計さや管が破損し、
その結果、ナトリウムが大量に漏えいしたものである。
 温度計破損の原因は、配管内を流れるナトリウムの流体力によってさや管の細管
部に高サイクル疲労が生じたことにあり、温度計の設計に問題があったことは被告
動燃及び被告国が認めているところである。
 すなわち、さや管が徐々に細くなる形状のテーパ状ではなく、段付き構造のさや
管を設置したために高サイクル疲労による破損を招いたのである。
 メーカーはさや管の設計について米国機械学会(ASME)の基準を参考にして
流体に起因する振動は発生しないと判断したと弁解している。しかし、ASMEの
基準はテーパ状の温度計さや管の健全性評価に限定して定められたもので、段付き
構造のそれには妥当しないものであった。にもかかわらず、メーカーはこれを誤っ
て段付き構造のさや管を設置し、被告動燃はその初歩的誤りをチェックできなかっ
た(乙イ第一三号証七頁)。
 原子力安全委員会は「温度計の設計ミスが見過ごされたと言うことから、もんじ
ゅの他の機器について問題が潜んでいないことを言いきれない」として被告動燃の
品質保証活動に重要な疑念を投げかけている(乙イ第一二号証一四頁)。
 また、原子力安全委員会はもんじゅにおいて、何故常陽(実験炉)と異なった設
計の温度計を採用し、またその構造上の欠陥を見過ごしたのかという問題につき、
品質保証の観点でも技術の継承の観点でも問題であると指摘している(乙イ
第一二号証二二頁)。
 更に、フランススーパーフェニックスでは、一九八五年に本件事故と同様、流力
振動に起因して、二次系の温度計と管台との溶接部からのナトリウムが漏えいする
事故を起こしているが、右事故後においても被告動燃はこれを教訓にして温度計の
耐久性の再検討を怠った(乙第一二号証一四頁、原子力安全委員会報告)のであっ
て、技術的能力以前に被告動燃に原子炉設置及び運転をする適格性があるのかとい
う深刻な問題が問われている。
2 配管の設計ミス(配管の変形、プローブのひっかかり)
 一九九一年六月、もんじゅで総合機能試験の準備として予熱用の電気ヒーターで
二次主冷却系配管を加熱していった際に、配管が熱膨張により設計とは全く逆方向
に変形することが判明した。その後の検査によって、定格運転時の温度である摂氏
三二五度まで上昇させた場合には、配管と中間熱交換器の接続部分に過大な応力が
かかり、ABCの三系統とも接続部が耐えられないことが判明し、大幅な改造を余
儀なくされた。
 さらに同年七月には同じ総合機能試験において蒸気発生器細管の溶接箇所に定期
検査用のプローブがひっかかり、プローブの方を削らざるを得なくなるという事件
が発生した。蒸気発生器細管の溶接箇所にたれ込みがあると腐食や振動・応力集中
の原因となる可能性があることとなるが、もんじゅの施工にあたっては被告動燃も
科学技術庁も誰も検査していない。被告動燃の品質保証活動が不充分であることが
露呈されたばかりか、安全審査に過誤があることが明らかになった。さらに、重要
なことは、これら重大事実が内部告発によってしか明らかにされなかったことであ
る。被告動燃はこれら重大な瑕疵、故障をひた隠しにし、被告国及び国民に対し、
自らの技術的能力の欠陥を覆い隠していたのであって、その責任は重大である(甲
イ第七九号乃至第八二号証、P9証人、第二三回六五丁)。
3 ナトリウム燃焼温度、ライナー健全性の検証の誤り
 ナトリウム漏えい火災事故では、被告動燃はナトリウムの燃焼温度の想定を誤
り、床ライナの損傷防止対策についても有効な解決策を打ち出すことができず、事
故から三年を経た現在においても運転再開のめどが立っていない。
 このように被告動燃の技術的能力の欠如は明白かつ深刻である。
四 被告動燃には原子炉を適確に運転遂行する技術的能力がない。
1 マニュアルの矛盾と運転員の判断ミス
 右ナトリ
ウム漏えい火災事故では、異常時運転手順書(事故対応マニュアル)に相互矛盾が
あり、そのために運転員が判断を誤り、原子炉の緊急停止が事故発生から実に一時
三〇分後まで遅れ、換気空調システムは事故発生から三時間二七分後まで作動した
まま放置されていた。原子炉の緊急停止の遅れはナトリウム火災を継続させる結果
をもたらし、換気空調システムの遅れは、ナトリウム火災の拡大及びナトリウム・
エアロゾルの環境への拡散につながるものであり、いずれも看過し得ない重大なミ
スである。
 被告は事故に対応するマニュアルを「概要」「フローチャート」「細目」という
三種類の文書で構成していたが、その内容は互いに矛盾しており、そのために運転
員が誤った判断を犯す原因となったのであるが、事故対応マニユアルの矛盾を事前
にチェックできないことは、被告動燃に原子炉を適確に運転遂行する技術的能力が
欠如していることを意味するものである。
 原子力安全委員会は、本件事故が「拡大」したのは漏洩規模の「不適切な異常時
運転手順書」があり、これらが、「事故時の不適切な対応」を引き起こしたと指摘
している。さらに、同委員会はその背景には「教育、訓練の問題」、「運転体制、
技術支援の問題」があるとして、被告動燃の技術的能力の欠如認めている(乙イ第
一二号証九頁)。
2 再処理工場の爆発事故に見られる技術的能力の欠如
 一九九七年三月一一日、被告動燃の東海再処理工場の放射性廃棄物アスファルト
固化工程で、火災と爆発事故が発生した。この工程は低レベル放射性廃棄物をアス
ファルトと混ぜてドラム缶に充填していく工程である、
 当日午前一〇時六分頃、アスファルト充填室の中で火災が発生していることが確
認された。当初の被告動燃の発表によれば、午前一〇時二二分頃消火を確認したと
されていた。しかしその後、当日二〇時四分頃アスファルト充填室またはエクスト
ルーダ室で爆発が発生した(甲イ第三〇九号、第三一〇号証)。
 この爆発の結果、施設の内部はめちゃくちゃに破壊され、入口シャッターがニカ
所で破れ、ほとんどの窓ガラスが割れてしまった。四月八日に施設内部を視察した
通産省工業技術院物質工学工業技術研究所のP20氏の爆発規模の想定では、TN
T火薬に換算して数十キログラム程度と推定される大規模なものであった。このよ
うな破壊によって、施設は放射能の閉じこめ機能を失い、管理区域と外界が直接つ

がるという前代未聞の状況を生みだした。同年、五月七日に公表された科学技術庁
の中間報告によれば、運転条件を変更し、エクストルーダーに供給する廃液の速度
を二割遅くしたため、アスファルトの温度が異常に上昇し化学反応が進んだとされ
ている。このような運転条件の変更は現場サイドだけで決められ、被告動燃の技術
者の検討すら経ていなかったとされ、被告動燃に安全確保を最優先にする姿勢が認
められず、原子炉を適確に運転遂行する能力が欠如していたことは明白である。
五 露呈した事故情報の秘匿体質
1 被告動燃は政府出資が九六、一%を占める資本金一兆〇、二一七億円の特殊法
人であり、極めて公共性の高い研究機関である。しかしながら、被告動燃の研究成
果を記述した報告のほとんど大半は、表紙に「開示制限」と表示してマル秘扱いに
し、外部の研究者にさえ、秘匿し続けて来た。
2 かかる被告動燃の情報隠しは、本件ナトリウム漏えい火災事故以降に高まって
きた情報公開の世論に押されてようやく重い腰を上げて約一万六〇〇〇件に及ぶ秘
匿研究資料を公開する作業の中で「開示制限」の文書が公開されて、明らかとなっ
た(甲イ第四〇九号証、第六回検討結果報告書五頁)。
 しかし、甲イ第三七三号証の貴重な報告書は配布限定とされて、未だに公開され
ていないように、なお多くの研究資料が秘匿されている人甲イ第三七三号、四四四
号証一一、一二頁)。右文書は原告代理人が独自のルートで幸運に手に入れたもの
に過ぎない。
3 科学技術の進展にとって、研究成果の公表は真理探究のため不可欠である。研
究成果の発表によって、外部の研究者からの厳しい批判を受け、研究にとって命取
りとなる独善性を回避することが可能となるからである。
 情報の秘匿によって研究の独善に陥り、その生命を失ったために本件ナトリウム
漏えい事故を招き、事態を悪化させた真の原因となったことは他の章で明らかであ
る。
4 被告動燃は本件ナトリウム漏えい事故において、徹底的に事故情報を隠匿しよ
うとした。すなわち、被告動燃は本件事故後一二月九日二時過ぎ、漏えい現場に立
入る入域調査を実施し、八分間のビデオ撮影をしたうえ、さらに同日一六時第二回
目の入域調査を実施し、二台のビデオカメラで四分間と一一分間の撮影を行ってい
た。しかし、被告動燃は二回目に撮影したビデオから一分間に編集し直した事故現
場のビデオを公開し、その後追求されて
四分間に編集し直したものを再度公開したが、これ以外に映像はないと断言した。
その後さらに追求を重ねられたために、ようやく一二月二〇日になって被告動燃は
先に公開したビデオは事故の核心部分を隠す目的で編集したものにすぎず、他にオ
リジナルテープが存在することを自白せざるを得なくなった(甲イ第二五六号~第
二五八号証)。
 また右事故において、被告動燃は虚偽報告まで犯し、原子炉等規正法違反によ
り、被告動燃が罰金二〇万円、被告動燃の職員二人が各一〇万円の罰金を科せられ
る刑事処分まで受けている(甲イ第三四一号証、三四二号証)。すなわち、被告動
燃は一二月一八日原子炉等規制法六七条に基づいて科技庁長官に右事故を報告する
にあたり、配管室への初期入域調査が一二月九日午前二時であるにもかかわらず、
右事実をことさら秘匿したうえ、同日午前一〇時に行ったと虚偽の事実を報告し
た。このように火災直後のビデオを隠し、オリジナルテープから事故を過小なもの
に仮装するため、ダビングテープの編集を行うなど一連の「事故隠し」の経緯から
見ると、右虚偽報告は個人的な些細なミスではなく、被告動燃の組織的な行為であ
ることは明白である。
5 また、一九九七年三月一一日に発生した東海村再処理工場の火災及び爆発事故
でも、被告動燃は事故情報を隠匿し、虚偽報告を行ったことで刑事処分を受けてい
る(甲イ第三一七号、三一八号、三二三号証)。
 すなわち、被告動燃は当初、火災発生後午前一〇時二二分に消火を確認したと発
表し、国に報告していたが、一ケ月後の四月八日、右消火確認が全くなされていな
かったことが判明した。この虚偽が発覚したのは、科学技術庁の事故調査委員会の
メンバーから発覚したのではなく、通産省工業技術院物質工学工業技術研究所のP
20氏が現地調査で作業員から直接事情聴取を行ったことを契機に判明したという
経緯があり、科学技術庁の影響力のあるメンバーだけに事故調査を委ねていれば、
永久に被告動燃の虚偽が発覚しなかった可能性が強い(甲イ第三一四号証)。しか
も火災発生直後、爆発前に撮影された写真やネガは被告動燃職員がシュレッダーに
かけ、破棄され、極めて貴重な事故調査の資料が失われている。
 右虚偽報告は、動燃東海事務所の環境施設部長、同部技術課長、同部処理一課長
など管理職六名が部下及び下請の従業員らに働きかけて口裏を合わせたうえで虚偽
の報告がなされるに
至ったことが判明している。さらに、科学技術庁の火災・爆発事故調査委員会の事
情聴取にあたり、前記管理職が真実を言わざるを得ないと主張した下請の作業員に
嘘をつくように説得しただけでなく、作業員を「交代勤務で連絡が取れない」と嘘
を重ねて、業員を事情聴取に欠席させ、事故調査を妨害した(甲イ第三一二号、三
一四号証)。
 このように、被告動燃の組織をあげての事故隠し体質は明白である。
六 核燃料サイクル機構に名称変更されても中味は変わらない。被告動燃は、一九
九八年一〇月一日、動燃という名称から核燃料サイクル機構に名称を変更した。被
告動燃の準備書面(十六)によれば、右サイクル機構では、「業務を純化し、効率
化を図るとの観点から、動燃の中心的業務であった高速増殖炉の開発及びこれに必
要な研究は最も重要な業務として継続される」とのことである。
 要するに、人員と組織をそのまま維持して業務を縮小したにすぎない今回の名称
変更は「事故続きの動燃」「ビデオ隠しの動燃」などという過去の悪名を払拭する
ために看板だけを付け替えたに過ぎないものである。
 また、被告動燃が開発を進めてきた新型転換炉「ふげん」は廃炉が決定され、ウ
ラン原石の採鉱は中途にして断念し、使用済み核燃料物質の再処理工場は重大な爆
発事故を惹起するなどいずれも開発に失敗し、成功しているものは皆無である。本
件もんじゅの開発においても数々に誤りが露呈されたほか、本件ナトリウム漏洩火
災事故で高速増殖炉の開発は完全に暗礁に乗り上げ、事故から三年を経過した現在
においても、運転の再開はおろか、解決の糸口すら見出せない状況であり、今回の
名称変更は過去の失敗の歴史と技術的能力の欠如を覆い隠す目的もある。
 このように、被告動燃が新しい法人名に変更するという苦肉の策を取ったとして
も、技術的能力の欠如と事故隠しの危険な体質と、さらには「安全性確保を最優先
する姿勢」が欠けてるという中味は全く変わらない。
七 本件許可の明白かつ重大な違法は明らか
 前述のとおり、被告動燃には原子炉等規制法二四条一項三号で要求されている
「原子炉を設置するために必要な技術的能力」及び「原子炉の運転を適確に遂行す
るに足りる技術的能力」のいずれもが備わっておらず、かえって技術的能力の欠如
を覆い隠すための情報隠し、事故隠し体質が認められる。
 よって、かかる重大な許可要件を欠いた本件許可処分に明白かつ
重大な違法があることは明らかである。
第八章 もんじゅ運転には公益性がない
第一 明確となりつつある脱原発の流れと世界で否定されたプルトニウム利用
一 アメリカ
1 原子力発電所の新規発注なし
 一九七九年三月ペンシルベニア州のスリー・マイル・アイルランド原発二号炉が
炉心溶融事故を起こし大量の放射能が周辺地域に放出された。この事故以前である
一九七八年以来新規の原発発注は一基もなく、毎年多数の計画がキャンセルされ、
原子力産業は完全に斜陽化したといわれている。運転中であったカリフォルニア
州、ランチョセコ原発は一九八九年六月の住民投票の結果、廃棄に追い込まれた。
現在では、原子力産業への投資は冷え切っており、政府のバック・アップがあった
としても息を吹き返すことは困難と考えられている。
2 研究開発まで停止した高速増殖炉開発
 高速増殖炉については、一九八三年一〇月に原型炉のCRBR炉(クリンチリバ
ー高速増殖炉)の予算が否決され、一六億ドルの政府資金を投じて七割が完成した
段階で、開発は中止された。一九八三年一二月にバーンウェル再処理工場の建設が
中断されていたのを正式に閉鎖を決定している。現在、軍事プルトニウムを軽水炉
で燃焼させる計画は検討されているが、高速増殖炉、再処理の現実的な計画は存在
しない。その後もしばらくは長期的な研究開発は続行するとされていた。新型液体
金属冷却炉(LMR)として「SAFR、PRISMの概念設計が行なわれ一九八
八年七月比較検討の結果PRISMが選定された。しかし、この」LMRについて
の研究開発も現在は予算もつかず、停止された状態にある。
 またDOE(米国エネルギー省)は、九〇年一月二九日、唯一運転中であった実
験炉FFTFを議会の承認を条件に、九〇年四月に停止すると発表し、一九九二年
度予算要求においてもFFTFの永久閉鎖を求めていた。
 最近の高速増殖炉に関するアメリカの唯一の動きは一九九七年一二月にこの停止
していたFFTFを核兵器用のトリチウム生産炉として再開することの是非が検討
されていると報道されたことである。これも高速炉という技術の流用によって核兵
器の材料を生産しようというものであり、高速増殖炉技術はアメリカでは完全に死
に絶えたといっていい。(甲イ四一九号証日本弁護士連合会「孤立する日本の原子
力政策」一四三頁)
ニ ドイツ
1 ドイツのエネルギー構成、エネルギー政策
 
ドイツの電力エネルギーの構成は一九九五年の時点で褐炭二九パーセント、水力五
パーセント太陽光、バイオマスなど〇・六パーセント、風力〇・五パーセント、原
子力三三パーセント、黒炭二六パーセント、天然ガス五パーセントとなっている。
 ドイツ国内で運転中の原子力発電所は一九基、合計出力は二二〇六万キロワット
であり、必要電力量の約三割、一次エネルギーの約一割をまかなっている。
 ドイツ政府のエネルギー計画ではエネルギー需要は横ばいを想定し、今後褐炭・
石油エネルギーは削減、天然ガスと再生可能エネルギーは拡大していくこととされ
ている。
 ドイツでは電気事業は大手電気事業者が八社あり、旧西ドイツ地域の発電電力量
の約八割を占めている。その他にも地域電力会社が約九〇〇社存在している。
2 ドイツ原子力法と安全審査手続の概要
 ドイツの原子力発電に関する基本的な法律は「核エネルギーの平和利用およびそ
の危険の防護に関する法律(原子力法)」である。この法律に基づく規制の仕組み
は日本の原子炉等規制法のそれとよく似ており原発の設置運転には許可を必要と
し、その許可の要件は「災害に対し科学技術の水準から必要とされる対策が行なわ
れていること」とされており、原子炉等規制法の「災害の防止上支障がないこと」
とほぼ同様の規制となっていた。ただし、許可は一括してなされるのではなく、段
階ごとに第一次部分許可、第二次、第三次と許可が積み重ねられるやり方になって
いる。
 安全審査の特徴は連邦政府から州政府に対して規制の権限が大幅に委譲されてい
ることである。州政府が原子力発電に批判的な政策を取っている場合には原子炉の
新規立地は困難となっており、現在新規の原子炉の立地計画は絶無である。
 許可手続は原子力法手続令で定められており、許可の事前手続として、地域住民
の記録の閲覧の権利、異議申し立ての権利、聴聞手続について定めている。
 ドイツでは「原子力発電所の許可は裁判所の確認を要する」とまでいわれるほ
ど、多くの原発の許可に対する行政訴訟の提起が一般化してきた。そして、原子炉
の設置許可に批判的な決定・判決も数多く出されており、これらの決定・判決も一
つのきっかけとなって計画自体が撤回された例がすくなくない。
3 再処理工場とプルトニウム利用の放棄
 既に西ドイツ政府は一九八九年六月バイエルン州バツカースドルフに計画されて
いた再処理工場プロジェクトの
放棄を決定した。
 一九九一年三月カルカーに建設されていた高速増殖炉SNR―三〇〇の閉鎖がド
イツ政府とジーメンス社などによって決定された。この原子炉は、オランダ・ベル
ギーとの共同プロジェクトとして進められてきたものであるが、建設が完成した後
も、SPDが政権をとるノルトライン・ウェストファーレン州政府当局が運転の許
可を発給しないため、全く運転ができないまま廃炉となったのである。既に七〇億
マルク(約六千億円)もの建設費用が投じられながら、廃止されたのである。
 この原子炉はその後オランダの遊園地業者に買い取られ、現在は遊園地となって
いる。
4 再生可能エネルギーの買取の義務付け法
 一九九〇年一〇月五日ドイツ連邦議会は「再生可能エネルギー発電の電気事業者
系統への供給法」を可決した。この法律は、電気事業者にその供給区域内で発電さ
れる再生可能エネルギーによる電気(水力、風力、太陽エネルギー、バイオ・ガ
ス、農林業からの生産品、生物上の残余物質や廃棄物などから生産される電気)を
買取り、これに一定水準の補償を行うことを定めたものである。この補償の水準は
太陽エネルギーと風力については電気の最終需要家への平均販売単価の九〇パーセ
ントを、五〇〇キロワットまでの水力、バイオ・ガス発電所からの電気については
おなじく七五パーセント、五〇〇キロワットを超える同発電所からの電気について
は同じく六五パーセントを最低料金として規定している。この法律は、再生可能エ
ネルギーの利用を促進ずる目的で立法化されたものであるが、電気事業者は経済的
な観点から、この法律の成立に強く反対していた。この法律は、一九九一年一月一
日から施行されている。
5 原子力の「推進」を放棄
 現在は一九九四年に原子力法が改正され、法から原子力の振興の目的炉削除さ
れ、原発の新設にあたってはどんな事故の場合にも放射能の影響炉敷地外に及んで
はならないとした。この規制をクリアーすることはきわめて困難であり、今後新し
い原発の許可を取得することはほぼ困難となったと評価されている。又、これまで
は使用済み燃料の再処理が義務づけられてきたが、この規定が削除され、再処理を
しないで使用済み燃料を直接処分することが公式に認められるに至った。この法改
正により、ドイツの電力事業者はフランス、イギリスとの再処理契約の解約のため
の検討をはじめた。
 一九九八年には再度原子力法が
改正され、連邦政府の安全検査機関により、枠組み許可(第一次部分許可)ができ
るとされた。この改正は原子力発電所の許可の発給に慎重な州政府から許可権限の
一部を連邦政府に移すことにより、新規原発の認可の促進を計ったものである。同
時に、放射性廃棄物の最終処分事業を民営化することも決定された。但し、前者の
改正は後述のように、社民党と緑の党の連立政権の発足により撤回された。
6 ミュルハイムケリヒ原発裁判の第一ラウンド
 このような中でも原子炉の建設が終わり、運転をはじめていたにもかかわらず裁
判所の判決で運転が停止された例がこれから説明しようとするミュルハイムケリヒ
原発問題である。
 ミュルハイムケリヒ原発はドイツのラインラント・プファルツ州に電力会社RW
E社によって設置された加圧水型の原子炉である。この原発はアメリカのバブコッ
ク・アンド・ウィルコックス社製の出力二二〇万キロワットの原子炉である。一九
七二年に許可申請がなされ、一九七五年一月に第一次部分許可が出された。
 一九七七年二月コブレンツの州行政裁判所は周辺の市を含む原告らの訴えを認め
て建設の停止を命じた。しかし、同年の五月コブレンツの上級行政裁判所はこの決
定を覆した。その後この原発は約七〇億マルクをかけて完成され、一九八六年九月
には試運転が、一九八七年一〇月に商業運転が開始された。
 ところが、商業運転開始後間もない一九八八年九月九日同原発について連邦行政
最高裁判所は第一次部分許可を取り消す判決を下した。この裁判はコブレンツ市の
郊外に住む年金生活者ヴァルター・タールさんが訴えていたもので、一三年間の裁
判闘争で地裁、高裁と敗北を続け、他の訴訟グループか次々に脱落していく中で一
人で続けていた訴訟で勝訴したのである。
 裁判の争点は炉心予定地に断層があり、炉心を七〇メートル移動したにもかかわ
らずこの点についての安全審査を受けなかったというもので、この連邦行政裁判所
は全面的に原告の主張を認めた。
 この判決により、RWE社はこの原発を停止させなければならなかった。
7 新しい第一次部分許可を巡る裁判の経過
 その後同州は一九九〇年七月、RWE社に対して新しい第一次部分許可が出され
た。しかし、州行政裁判所はこの新しい第一次部分許可を無効とし、さらに同社の
控訴の権利も否定する判決を下した。
 一九九二年三月連邦行政最高裁判所は同社のこの判決に対するア
ピールを受けて控訴の権利を認める判決を下した。その後同社は不許可となったこ
とによる損害賠償を州政府に要求するなどこの原発を巡る問題は法的紛争として継
続されてきた。
 一九九五年一一月コブレンツの州上級行政裁判所は再びこの新しい第一次部分許
毎を無効という判断を下した。
 そして、一九九八年一月一四日ベルリンの連邦行政最高裁判所は一九九五年の判
決を支持し「規制当局は原子炉によってもたらされる地震のリスクを十分に評価し
ていない」との理由で、この新しい第二次部分許可を無効とする判決を下した。
 判決は許可申請における地震による被害の検討が一七五六年に付近で発生した歴
史的な地震に基づく影響しか考慮されておらず、さらに広範で厳格な地震学的地質
調査がなされておらず、不十分で、規制当局自らの定立した基準を満たしていない
としている。
 この判決によって新しい第一次部分許可の無効性は確定しRWE社には三たび新
しい第一次部分許可をとる方法によるしか、この原発を再度稼働させる道はなくな
った。しかし、前述したように、一九九四年に改訂された新しい原子力法は、今後
の新しい原発の許可にあたっては、事故時にも敷地外に一切の放射能の影響を与え
てはならないとしており、安全審査においてこのような厳しい基準をクリアーする
ことは絶望的であり、この原発の閉鎖は確定的とみられている。残された問題はこ
の原発の建設に要した費用のうち州規制当局が負担すべき部分があるか、あるとす
ればその割合をどのように決定するかという補償問題となっている。
8 ドイツの裁判所の真剣で厳密な原子力安全に対する姿勢
 このようなドイツの司法制度のもとにおける裁判の経過は日本の原子力裁判に何
を提起しているのだろうか。ドイツは地質学的にもプレート内部に位置し、ほとん
ど地震被害のない国であり、地震による人身被害はきわめてまれである。プレート
境界に位置しきわめて深刻な地震被害を繰り返してきたわが国とは比べ物にならな
いくらい地震には安全な国である。このような国で、一度ならず、二度に渡ってや
り直しされた州政府規制当局による原発の安全審査に基づく許可が、連邦の行政最
高裁判所によっていずれも無効とされ、その無効性が確定したのである。そして、
その理由が地震による危険性についての十分な検討がなされていないという理由に
よるものであるということは世界有数の地震国であり、最近に
おいても地下鉄や新幹線、高速道路、高層ビルなど耐震設計がなされているはずの
施設が破壊されるという阪神大地震を経験したわが国にとって衝撃的なことであ
る。
 七〇億マルクもの巨額の費用を投じて建設された原発をたった一人の原告の訴え
をもとに無効とすることはドイツの裁判官にとっても大変な勇気を必要とすること
は明らかである。裁判官の独立が完全に保障された国でなければこのような判決が
下されることは困難である。
 日本の行政制度や行政事件訴訟制度はドイツを手本にした部分が多い。原子力法
制も同様である。日本にドイツと同様に独立した裁判官が存在すれば、周辺地域に
現実に地震の被害が深刻に発生しており、敷地内や、敷地周辺、海域の直近に明ら
かな断層(しかもその多くは活断層)が発見され、国内でも有数の地震危険地帯で
ある敦賀に立地されている本件原子炉の許可を無効とすることに何もためらう必要
はない。
 権力分立の制度のもとで行政の国民の生命・安全にとって危険な判断に歯止めを
掛けることは裁判官にとって、もっとも基本的な職務である。原子力安全委員会を
含めた原子力規制当局が通産省・科学技術庁と言う原子力推進の行政機関の中に取
り込まれ、推進当局から独立した、厳格な判断が期待できない状況のもとでは、司
法当局、裁判官の勇気だけが日本国民を大規模地震による壊滅的な原子力災害から
守ることができるのである。海を越えたドイツ連邦行政最高裁判所が示すことので
きた良識を日本の福井地方裁判所の伽裁判官にも心から期待したい。
 (以上ドイツの状況については甲イ四一九号証日本弁護士連合会「孤立する日本
の原子力政策」、甲イ四三九号証 日本弁護士連合会「孤立する日本のエネルギー
政策」、甲イ四三五号証 「原子力年鑑九八/九九年」、甲イ四三六、四三七、四
三九、甲イ四四〇号証「核燃料サイクルの黄昏」一〇五ないし一一七ページ)
9 脱原子力政策の全面的な展開へ
 一九九八年九月ドイツの連邦総選挙で社会民主党と緑の党の連立政権が誕生し
た。この連立政権の連立合意においては、次のようなエネルギー政策が合意され
た。
 その内容は、
「第一段階として政権発足後一〇〇日以内に、原子力法を改正し、
(1) (原子力)推進の目的を削除する。
(2) 事業者に対して一年以内に、安全性の総点検を義務づける。
(3) 危険性の疑いに関する立証責任を明確化する。
(4) 廃棄物処分は
直接最終処分に制限し、再処理を禁止する。
(5) EU規則の導入に関するものは例外として九八年の原子力法改正(州政府
の持つ許認可権の一部を連邦政府に移管する)を廃止する。
(6) (原子力災害の)賠償準備金を増額する。
 第二段階として
 連立政権は新しいエネルギー政策や原子力終結の方法、廃棄物問題に関するコン
センサス形成のために、エネルギー供給企業が対話の席につくように促す。これに
は、政権発足後一年以内の期限を設ける。
 第三段階として
 連立政権は損害賠償を伴わない原子力利用からの離脱を規定した法案を提出す
る。企業の脱原発への同意については時間的な制限を設ける。
 (廃棄物処分については省略)」
 ドイツの今後の現実の推移がどのようなものとなるかは、確定的なことは言えな
いが、脱原発の方向性ははっきりと決まったと言える。そして、再処理が禁止され
る方向がはっきりしたことにより、プルトニウム利用は完全に否定されたと言え
る。(甲イ四三六、四三七、四四〇号証)
三 フランス
1 原子力大国フランスの新たな動き
 フランスは電力供給の七割以上を原子力に依存する世界一の原子力大国である。
しかし、この原子力大国においても新たな動きが認められる。現在のフランス政府
は社会党と緑の党の連立政権であり、原子力安全に関する管轄権も持つ環境大臣の
ポストには緑の党のボワネ党首が就いている。エネルギー政策においても、原子力
偏重から再生可能エネルギー、天然ガスを重視する政策が打ち出されてきている。
このようなエネルギー・原子力政策の変化の一つの端的な表れが高速増殖炉実証炉
スーパーフェニックスの廃炉であり、もう一つが再処理政策についての見直しの動
きである。
2 スーパーフェニックスの閉鎖へ
 一九八六年に臨界に達したフランスの高速増殖炉実証炉スーパーフェニックスは
一九八七年三月ナトリウムの漏洩事故によって運転が停止された。一九八九年一月
運転再開許可が出されたが、一九八九年九月同炉の運転主体NERSAはプルトニ
ウム生産にメリットがないという経済的な理由からスーパーフェニックスでのプル
トニウムの増殖をおこなわないことを決定した。
 その後一九九〇年七月には、ナトリウムヘの空気の大量流入によるナトリウムの
酸化事故が発生して、再度運転を停止した。このような状況のもとで一九九〇年八
月にはフランスのマスコミが一斉に「スーパーフェニックスは
永久停止へ」との報道を始めた。産業エネルギー大臣のドミニク・シュトラウス・
カーンは、一九九一年六月フランスは高速増殖炉開発を放棄しつつあると議会で発
言し、その後「決定はまだ下されていない。」として撤回されている。さらに、フ
ランス最高行政裁判所は一九九一年五月前記の運転再開許可は運転条件を指定して
おらず無効であるとの判断を示している。
 一九九六年には同炉は一時運転を再開したものの、同年末には運転を停止し、こ
れが同炉の最後の運転となった。結局運転開始以来、同炉が運転したのはわずか一
〇カ月、設備利用率は六パーセントであった。
 一九九七年六月にはジョスパン首相は「巨額な投資額に比べて、その成果は極め
て疑わしい」として、閉鎖の方針を表明した(甲イ三九一、三九二、三九三、三九
四、三九五号証)。一九九八年二月には同炉の閉鎖は関係閣僚会議で、正式に了承
された。EDF(フランス電力庁)によれば、同炉の廃炉に伴う費用は一六五億フ
ランに達する見込みである(甲イ四三五号証「九八・九九年版原子力年鑑」甲イ四
四〇号証「核燃料サイクルの黄昏」一一八ないし一三三ページ)。
3 重大事故相次ぐフェニックス原型炉
 一九七三年に運転を開始したフェニックス原型炉では一九八九年八月に反応度の
異常低下事故を引き起こした。フェニックス炉では気泡が炉心を通過した場合は反
応度の異常増加が起こるが、ブランケット部分を通過すると逆に反応度が異常に低
下する性質を持っている。このような性質はもんじゅも共通である。
 一九八九年一二月から運転を再開して一九九〇年九月九日再度大規模な反応度の
異常を起こした。一九九〇年の反応度低下は、一九八九年のそれと、発生周期はほ
ぼ同じであるが、振幅ははるかに大きく、このような反応度の変動を発生させるた
めには、一九八九年に想定された五〇リッター規模ではなく、数百リッターのアル
ゴン気泡としないと説明がつかないといわれていた。最近では、この出力異常は炉
心の運動によるものとの説明もなされているが、原因の詳細は解明されていない
(甲イ一九一号証一一〇ないし一一三頁)。
 同炉は高速増殖炉としてではなく、目的を超ウラン元素の消滅処理研究の目的に
変えて、いったん運転を再開したものの、一九九五年から三年間に渡って運転を停
止した。このように運転の停止が永く続いた理由は規制当局であるDSINが事故
時の炉心支持の性能とプ
ラントの耐震構造に懸念を示していたためである。フェニックス炉ではシビアアク
シデントの際に支持構造物が原子炉容器の底に落下し、容器を貫通する可能性があ
ることが懸念されたのである。また、耐震構造についても、最近の新しい研究に基
づいて設定された新しい耐震設計基準を満たすことが求められた。結局、一九九八
年一月にはDSINは運転の許可を行なった。しかし、その際には第五〇サイクル
運転の停止後に炉心構造部の溶接部の検査、土木構造物の耐震性の改善を行うこと
が求められていた(甲イ四三五号証「九八・九九年原子力年鑑」一五九頁)。フェ
ニックスでも耐震設計の問題が重大な問題となってきていたのである。
 ところが、一九九八年五月に同炉の運転を開始し、同年一一月に五〇サイクル運
転における水・蒸気系の給水系タンクの点検のための原子炉停止中に約六トンの二
次系ナトリウムが中間熱交換器から炉容器内に流出していることが判明した。原因
の詳細は発表されていない(甲イ四三四号証被告動燃作成のレポート)。
 このように、フェニックス炉においても重大トラブルが続発しており、又その安
全性について規制当局から深刻な問題が提起されている状態にある。
4 全量再処理の見直しの動き
 又、フランスでも、すべての使用済み燃料を再処理するという方針が見直されて
いる。議会の科学技術評価局が一九九八年に公表したレポートでは、すべての使用
済み燃料を再処理しないで直接処分する選択肢を含めて、さまざまなシナリオに基
づいてその利害得失が分析されている(甲イ四四五号証原子力資料情報室通信)。
四 イギリス
1 民営化できなかった原子力発電
 イギリスではサッチャー政権の民営化政策の一環として電気事業の民営化を計画
し、一九八九年七月には法案が国会で成立し、一九九〇年四月電気事業は民営化さ
れた。ところが、この民営化法案の審議の過程で原子力発電の経済性とりわけ廃棄
物処理に要する費用が莫大なものになることが明らかにされ、株式の売却が困難と
考えられたため、原子力発電部門は民営化から外され、国営のまま残されることと
なった。このような原子力発電の経済性にたいする疑問から、計画中であった加圧
水型原子炉四基の開発は凍結され、急速に脱原子力政策への転換が行われた。現
在、イギリスでは新規原発の立地計画はなく、既存の原発の多くが老朽化してきて
いるため、電力供給における原子力の比
重は急速に減少する予定である。
2 運転停止した原型炉
 イギリスでは、高速増殖炉原型炉PFRが一九七六年から運転中であったが、一
九八七年に蒸気発生器における細管の大量破断事故を起こし、一九九四年には運転
を停止した。一九八八年七月イギリス政府は、今後高速増殖炉の商業化は、三〇な
いし四〇年は必要ないとの認識のもとに、その予算措置を大幅に削減している。一
九九〇年七月二五日、イギリスの下院エネルギー特別委員会が高速増殖炉の開発政
策について報告書を発表した。
(1) 二〇二〇年ごろに至っても商業炉―発注の必要が生ずる見通しは暗い。
(2) 一九八八年の決定は妥当である。
(3) EFRについても一九九三、一九九七年に再検討を行ないその時点で、必
然性が認められなければ、一九九七年に撤退をはかるべきであるとしていた。もと
もとの実証炉の計画CDFRは計画として撤回された。イギリスでは、日本からの
再処理委託を主たる業務とするセラフィールド再処理工場のソープが稼働中である
が、国内でのプルトニウムリサイクル計画は放棄されている。イギリスの高速増殖
炉の閉鎖はサッチャー首相の鶴の一声で決まったと言われている(甲イ四一九号証
日本弁護士連合会「孤立する日本の原子力政策」甲イ四四〇号証「核燃料サイクル
の黄昏」九二ないし一〇四ページ)。
五 ヨーロッパ高速炉計画について
1 ヨーロッパ高速炉計画とは
 スーパー・フェニックス炉に続く次期ヨーロッパ高速炉計画EFRについては、
フランス、イギリス、旧西ドイツ、イタリア、ベルギーの五か国で協議が行なわれ
ていたが、イタリア、ベルギーは共同開発から離脱し、フランス・イギリス・旧西
ドイツの三国が、一九八九年二月、次期ヨーロッパ高速炉計画について協定を締結
した。
2 立ち消えとなったヨーロッパ高速炉の開発
 その後イギリス、旧西ドイツの工国については、高速炉開発の路線自体が国内的
にも否定され、その実現性は、不透明なものとなってきており、イギリスの下院エ
ネルギー特別委員会は、一九九〇年七月「高速炉が二〇二〇年―二〇三〇年までに
利用可能になりそうだという新しい証拠がないかぎり、」遅くとも一九九七年まで
にEFR計画から手をひくよう勧告していた。一九九二年一一月にはイギリス政府
は議会において、ヨーロッパ高速炉に対する出資を一九九三年三月三一日で打ち切
るとの声明を発表した。フランスは一九八九
年一〇月に公表された、原子力政策において、頼りにならないイギリス、旧西ドイ
ツにかわって、アメリカ、日本との協力を強めるべきであるとしていた。しかし、
そのフランスでスーパー・フェニックスが閉鎖されることが確定したことにより、
ヨーロッパ高速炉計画が実現される可能性はほぼ完全になくなったと見られてい
る。最新版の日本原子力産業会議編集の九八・九九年版原子力年鑑にはEFRにつ
いては全く記載がない(甲イ四三五、甲イ四四〇 一二一、一二ニページ)。
六 結論
 以上のとおり、高速増殖炉の開発については、日本に先行して開発をすすめてき
たアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスの各国では、紆余曲折はあったものの、
すべての国で停止され、現在の閉鎖されていないのはフランスのフェニックス炉だ
けである。しかも、このフェニックス炉も事故で停止中なのである。
 現在、高速増殖炉の開発をすすめている国は、ロシアとインド、中国などに限ら
れている。これらの国々の特徴は核保有国であり、最近まで核実験を行っていた国
々であると言うことである。ロシアの高速増殖炉は高速中性子を使っている点を除
けば、西欧の高速増殖炉とは全く違う形式の原子炉であり、またトラブル続きであ
る。インドは小型の実験段階、中国は計画段階にすぎない。高速増殖炉の開発は既
に世界的に否定されており、その主要な理由は安全性の欠如と経済性の欠如であ
る。
第二 もんじゅ運転差し止めの要件について
一 不必要な施設、公益性のなくなった施設については差し止めの許容の基準は低
くなる。
 原子炉の運転差し止めの判断の基準である事故発生の蓋然性、被害発生の蓋然性
は相対的な概念であり、その差し止めにより失われる公益との相関で判断すべきで
ある。すなわち、公益性の高い事業については、差し止めの要件は高い水準のもの
が要求されるが、公益性がないか、あったとしても公益性が低下している施設につ
いては相対的に事故発生の蓋然性と被害発生の蓋然性の証明が低いものであって
も、運転差し止めの判断をなすべきである。
 けだし、原子炉の民事差し止め訴訟において、請求を認容するため、事故発生の
蓋然性と被害発生の蓋然性を要求する趣旨は、公益性の高い原子炉の設置・運転が
社会通念上無視し得るような事故発生の蓋然性と被害発生の蓋然性によって差し止
められれば、原子炉の設置・運転による社会的利益が失われると考えられている
ためである。
 しかし、高速増殖炉技術は既に世界的に否定された技術であり、本件もんじゅは
不要な施設である。一九九七年五月に開催された第五回原子力工学国際会議では、
高速増殖炉関連の研究の大部分は日本のものであり、欧米からは一編だけであった
と報告されている。ヨーロッパとアメリカについては高速増殖炉の開発・研究は今
や完全に停止したのである(甲イ三九七号証)。
 このような、世界の流れは日本にもいやおうなく及んできている。一九九七年五
月二六日政府与党の財政構造改革会議は(議長橋本龍太郎)その企画委員会報告で
もんじゅについて撤退・大幅な縮減を含めた全面的な見直しが盛り込まれた。その
後、原子力産業界による猛烈な巻き返しにより、結果的には六月三日に発表された
最終報告書「財政構造改革の推進方策」では、もんじゅの見直しという表現に訂正
され、「撤退・大幅な縮減を含めた」という文言は削除された(甲イ四三五号証一
九九八年一九九九年原子力年鑑一五四頁)。いずれにしても、政府与党内にももん
じゅの開発続行に対する深刻な疑問が提起されていることは明らかである。
 また、総務庁行政監察局は、財務内容等を中心とした特殊法人に関する調査をお
こなってきたが、平成一一年五月、被告動燃に関する「調査結果報告書」を公表し
た。
 それによれば、被告国から被告動燃に支出された出資金の累計は約二兆四〇〇〇
億円に及んでおり、「高速増殖炉開発」には平成八年度までに約一兆五〇〇億円が
投入されている。建設コストは出力単位当たりの単純比較で、軽水炉の約六倍であ
り、運転経費は平成六年度で二〇六億円となっている。高速増殖炉とそれに関連す
る核燃料サイクル技術の研究開発には、平成八年度までに投入された出資金の六割
強に当たる約一兆六〇〇〇億円の資金が投入されているのである。
 報告書は、「イギリス、アメリカ、ドイツにおいては、原型炉を閉鎖ないし建設
を中止し、フランス、ロシアにおいては、原型炉による研究開発は継続しているも
のの実証炉を放棄ないしは建設を中断しているなど、研究開発は停滞状況にある」
と明言し、「事業の継続には今後ともかなりの経費の投入が必要であり、長期の懐
妊期間を要し、克服すべき技術的課題も多い」と否定的側面も率直に指摘する。報
告書は、費用対効果を情報公開した上で、研究の妥当性の議論や事業の幅広い見直
しの必要性を掲げている。
 我が国は転
換期にある。社会的経済的政治的なあらゆる面で、過去に一旦決めた公共事業を見
直すべき時期にある。行政監察局が、財務的な観点から、被告動燃の高速増殖炉開
発に疑問を呈した意義はきわめて大きい。もんじゅには経済性も必要性もないこと
が明らかになったからである。
 このように、不必要な施設、公益性のなくなった施設については差し止めの許容
の基準は低くなることは当然である。
二 研究開発段階の原子炉の危険性は厳格に判断しなければならないことは原子力
安全委員会の見解である。
1 研究開発段階の原子炉としてのもんじゅ
 もんじゅは研究開発段階の原子炉である。軽水炉の場合は、一定の設計標準が既
に確立しており、その安全性についてもかなり長時間の運転経験がある。高速増殖
炉の場合は、各国の原子炉の基数自体が限定されており、設計も標準化されていな
い。そして、原子炉の数は少ないにもかかわらず、事故続きで十分な運転の経験も
ない。
 このような研究開発段階の原子炉の特性、そして、高速増殖炉技術が本質的に持
っている大きな潜在的な危険性に照らして、もんじゅ原子炉の安全性の判断は厳格
に行う必要があり、被告国には高い水準での安全性が確立していることの立証責任
がある。
2 研究開発段階の原子力施設の安全確保対策についての原子力安全委員会決定
 原子力安全委員会は本件安全審査の当時はこのような問題意識に乏しかったが、
本件ナトリウム漏洩火災事故の経験を踏まえて、「研究開発段階の原子力施設の安
全確保対策について」(平成一〇年四月一六日決定甲イ四三一)を策定した。この
文書は本件の許可処分の適否を判断する際に極めて重大な意義を有する文書であ
る。以下に煩をいとわず、主要部分を引用しつつ、説明を加えたい。
 「この意見聴取では、研究開発段階の原子力施設の安全確保対策においては、①
適用技術やシステムの新規性が高いので、経験則に頼れない部分があり、想定外の
トラブルや未経験の事故が起こる可能性がある、②そのようなトラブルや事故の経
験を施設の設計や運転に適切にフィールドバックしていくことが重要である、③施
設の安全性に関係する新たな技術的知見が、原子力の分野に限らず、原子力以外の
分野からも得られる可能性がある、④施設の設置を計画してから設置のための安全
審査を行うまで、相当期間の研究開発が必要であり、その際に安全性に十分配慮し
た研究開発を行い、その成果
を適切に設計に反映させることが重要である、⑤計画から運転までの期間が長く、
関係する研究者・技術者の数が多いことから、組織内での技術の蓄積と継承が重要
であるなど指摘された。」
 このような指摘は、言い換えれば
(1) もんじゅで想定外・未経験の事故が発生する可能性があること、
(2) トラブルと事故の経験が適切にフィードバックされていないこと、
(3) 新たに得られた技術的な知見が適切に設計に反映されていないこと、
(4) 組織内の技術の蓄積と継承が十分になされていないことを
示しているのである。
3 被告動燃など設置者と科学技術庁に求められる対応
 このような認識にたって原子力安全委員会は被告動燃等の設置者と科学技術庁な
どに対して以下の対応を求めている。
 「(1)設置者は、自らが第一次的な安全確保の責任(設置者責任)を有するこ
とを再認識し、研究開発、設計、製作、建設及び運転の各段階における安全確保に
最大限の注意を払う。特に、研究開発の初期段階から安全確保に十分配慮した研究
を行い、広く外部の専門家の評価を求めた上で、その成果を適切に施設の設計ない
し運転に反映する。
 また、技術の蓄積と継承を確実に行う。この観点から、運転の初期段階において
は・研究開発や設計に携わった研究者・技術者との情報交換を密に行うなどの措置
をとる。
 一方、研究開発段階の原子力施設では、事故・トラブルを含めた運転経験が研究
開発のための貴重な知見となり得るため、それを施設の安全確保対策に積極的に反
映させる。事故・トラブルの発生防止に万全を期すことは当然のこととして、事
故・トラブルの発生に迅速かつ適切に対処できる組織体制・運転管理体制を構築す
る。また、事故・トラブルが発生した場合には、その内容を迅速かつ適切に公開
し、外部の研究機関、専門家等との情報の共有化を図り、再発防止及び技術の進歩
に役立てる。
 設置許可後において新たな技術的知見が得られた場合には、先ず、設置者自らが
それを施設の設計ないし運転に反映すべきかどうかの検討を速やかに行い、その結
果を科学技術庁に報告するとともに、必要に応じ、適切な対策をとる。
 また、当委員会が新しい安全審査指針類を策定した場合(既存の安全審査指針類
を改定した場合を含む。)には、当委員会が示す考え方に基づいて、施設の設計の
妥当性を新しい安全審査指針類に照らしつつ速やかに検討し、その結果を科学技
術庁に報告するとともに、必要に応じ、適切な対策をとる。
(2) 科学技術庁は、所管する研究開発段階の原子力施設の設置許可後に得られ
た新たな技術的知見や新たな安全審査指針類(改定された安全審査指針類を含
む。)に基づいて、先ず、所管の施設の設計ないし運転に反映すべき点があるかど
うかを速やかに検討する。次に、その検討結果に基づいて、必要に応じ、その施設
の設計及び工事の方法の認可で対象とする機器の範囲、保安規定の具体的な内容等
の科学技術庁が行う安全規則の内容を見直すとともに、関係規定類への反映につい
ても検討する。
 科学技術庁は上記の結果を当委員会に報告する。」
4 迫られる原子力安全委員会自らの反省
 さらに、委員会は自らの反省も踏まえて次のように述べる。
 「当委員会は、研究開発段階の原子力施設に関する安全審査指針類について不断
の見直しを行い、新たな技術的知見を迅速かつ適切にそれらの安全審査指針類に反
映させるなどにより、今後の安全確保に万全を期することとする。
 また、安全審査において確認した安全確保のための要件が設置許可後の安全規則
において確実に実現されていることを確認する観点から、随時、設置許可後の安全
規制の状況について科学技術庁から報告を求めることとする。
 更に、国内外の技術的知見の収集・蓄積に努め、技術的知見のデータベース化等
の措置を講じるとともに、原子力以外の分野の専門家との交流を強化していくこと
とする。」
 そして、とりわけ、もんじゅについて次のように述べている。
 「もんじゅについては、科学技術庁の総点検チームが安全性の総点検を行ってき
たが、三月三〇日に報告書がまとめられ、四月二日に当委員会にも報告された。ま
た、当委員会のワーキンググループにおいて、床ライナの腐食抑制対策等の改善方
針の妥当性が検討されたところである。
 これらの結果及び本決定を受け、動力炉・核燃料開発事業団が具体的にもんじゅ
の改善措置を講ずるに当たっては、当委員会は、その改善措置について厳重な安全
審査を行い、安全確保に万全を期することとする。
 更に、もんじゅ事故に関し、当委員会が累次の委員会決定等で指摘した事項に対
し動力炉・核燃料事業団及び科学技術庁が適切に対応しているかどうかを確認する
ため、ワーキンググループの検討が終了した後においても当分の間、専門家からな
る組織を当委員会の下に設置し、もんじゅの安全性の
確認に継続的に取り組んでいくこととする。」
三 原子力安全委員会決定は被告動燃の技術能力の欠如と安全審査の限界と問題点
を自白している
 この原子力安全委員会決定はもんじゅナトリウム漏洩火災事故と再処理工場の火
災爆発事故をきっかけとして出されたものである。この決定では一般論として書か
れている諸点が、実はもんじゅ事故と再処理工場事故の教訓として挙げられている
ものであることは、当時原子力安全委員であったP12証人もこれを認めたところ
である。もんじゅには想定もできなかったような未経験の事故が起こる可能性が秘
められていること、被告動燃には得られた科学的知見を研究者の間で共有するとい
う意識が全くないこと、従って、海外で得られた知見や自らの実験によって得られ
た知見も秘密裏に隠され、科学者相互の批判と検討の対象とされない、被告動燃内
部ですら情報が共有化されないなどの弊害を生み出しているのである。
 P12証人は動燃の行なう試験結果に原子力研究所など他の原子力研究機関の研
究者ですらアクセスできない例があり、強い不満の声が聞かれたことを認めている
(P12証人二七回一三九ないし一四五頁)。
 P10証人が本件における証言でしばしば指摘したことを原子力安全委員長が自
ら認めたのである。
四 P12原子力安全委員長の証言の持つ意味
 もんじゅ訴訟の課題は将来の予測ではなく、現実に発生した事態の直視である。
P12委員長は現在の科学的知見のもとでは、もんじゅの既存の設計の許可はおり
ないと明言した(前記証言一三三頁)。すなわち、同証人は「十分な説明がなけれ
ばいつまでたっても許可がおりない」と明言している。
 そして、設置変更の許可の申請があれば、文字通りゼロからすべての機器の安全
性を審査すると述べた(前記証言一五九頁)。すなわち、許可は白紙に戻すべきで
はないかという問いにそこまでやるつもりはないとしながら、「中身においては、
正に同様なことをやるつもりでございます。」と答えているのである。
 このような一連の証言は本件訴訟に決定的な意味を持つものである。原子力安全
委員長は、本件許可処分が法的に無効であるということは認めなかったかもしれな
い。しかし、それは、委員長が法律家ではなく、科学技術者であり、許可処分の有
効性は許可当時の科学的知見に基づいて判断されるものと誤解していたふしがあ
る。
 民事訴訟の形式をとる原子力裁判で
被害発生の蓋然性について積極的な判断が示されて来なかった理由は、それが「将
来起こるかもしれない事故の予測」という不確定なものについて判断しなければな
らなかったためであろう。しかし、本件もんじゅ訴訟においてはそのような悩みは
ない。もんじゅで発生したナトリウム火災事故、その後の床ライナーに穴の開いた
ナトリウム漏洩実験の結果、現実に実機で伝熱管の大量高温ラプチャを起こしたP
FR事故と隠されていた動燃蒸気発生器伝熱管大量破断の結果を招いたSWAT実
験、複数の断層が次々に活動し、新幹線や高速道路までが破壊されるに至った地震
災害を引き起こした阪神淡路大地震など、既に発生している事態を基に判断するこ
とが可能なのである。
 原子力安全委員長はこのような客観的な事案を前にして、もんじゅ設置許可が事
実上有名無実のものとなっていること、現在の科学的知見に照らして全面的な見直
しが必要であることを認めたのである。このことは、女川原発訴訟判決など既存の
原発差し止め民事訴訟における判断の枠組みを前提として考えれば、もんじゅの場
合は優に差し止めを認めるべきである。
 すなわち、もんじゅについては設計の欠陥と動燃の技術能力の欠如によって災害
発生の危険性が社会通念上無視できる程度に小さいものとは到底言えないし、放射
性物質に起因する放射線による障害の発生の可能性が社会通念上無視しうる程度に
小さいとも到底言えない。むしろ、どんなに控えめに考えても、もんじゅの設計と
被告動燃の技術能力には社会通念から見て極めて大きな疑問が持たれている。この
ことは現実に発生した内外の事故と、これまでに実施された実験によって裏付けら
れ、ほとんどの国民にとっても社会的な常識・社会通念となっている。そして、こ
のような事故により、猛毒物質プルトニウムを含む放射性物質が環境中に放出され
る現実的な可能性がある。そして、障害発生についての客観的で科学的な危倶があ
るといえる。
 本件もんじゅ原子炉の運転は原告らの人格権・環境権に基づいて差し止めなけれ
ばならない。
第三 結論
 原告は最終準備書面の中で、もんじゅについて想定される事故の再現実験や、事
故の解析が十分に行われていないと繰り返し述べてきた。しかし、実は前述したよ
うな世界的な高速増殖炉の開発停止の動かし難い事実を見れば、このような実験や
解析の作業を継続すること自体の経済的、政策的合理性も問われて
いると言わなければならない。この原子炉を安全に運転しようとすれば(それがも
し可能としても)ナトリウム漏洩についても、炉心崩壊事故(HCDA)について
も、蒸気発生器についても、地震、耐震設計についても膨大な費用を掛けて再度基
礎的な研究からやり直さなくてはならないことが明らかとなった。
 去る二月二二日に札幌地方裁判所で言い渡された泊原発差し止訴訟事件における
判決は、原告の請求を棄却したものの、その結論部分で、「原子力発電は絶対に安
全かと問われたとき、これを肯定するだけの能力を持たない。」「原子力発電所が
どれだけ安全確保対策を充実させたとしても、事故の可能性を完全に払拭すること
はできないのであり、抽象的な危険は常に存在しているからである。」「国民の間
でも原子力発電の安全性に対する不安が払拭されているとはいえない。」(高レベ
ル放射性廃棄物の)「中間貯蔵施設や最終処分場が準備できるのかなど、問題は未
解決なままである。」「二一世紀へ、そして人類の未来へ目を向けたとき、原子力
発電がどのような意義を持つのかが、真剣に議論されるべき時期に差し掛かってい
る。」「多少の不便を我慢して電力消費を削減し、放射性廃棄物を生み出す原子力
発電は中止しようという選択肢もあってよい。自分の子供に何を残すのか。多方面
から、英知を集めて、賢明な選択をしなければならない。」という異例の判示を行
った。これは世界中で今も利用されている軽水炉についての判示である。
 軽水炉と比較しても、高速増殖炉技術は危険過ぎるし経済的な合理性も全くな
い。世界の原子力界が軽水炉はともかく、すくなくとも高速増殖炉の開発をほぼ完
全にやめているのである。
 もし、この日本でも裁判所が勇気を持ってこの原子炉設置の許可の無効を確認
し、差し止めを決定すれば、この原子炉を今後どのように取り扱うべきか、真に真
剣な国民的議論が開始されるだろう。裁判官には今一度橋本前首相を議長とする財
政構造改革会議が一度はもんじゅについて「撤退もしくは大幅縮小を含めた見直
し」を決めていたことを思い起こしていただきたい。もんじゅ原子炉を廃止するこ
ととなっても、その結論には被告動燃以外は誰も反対しないであろう。
 以上のとおりであり、もんじゅには数多くの決定的な安全性の欠如しているポイ
ントが存在し、また、高速増殖炉開発は世界的に停止していること、この原子炉は
研究開発段階の炉
であり、その安全性には厳格な立場で判断する必要がある。
 もんじゅの運転の継続には測り知れない危険があり、その危険の程度は原告らの
受忍限度をはるかに超えている。裁判所はこの原子炉設置・運転の差し止めの判決
を下すべきである。
〔被告の主張〕
       略 語 例
「もんじゅ」   被告が、福井県敦賀市白木に設置し、平成三年五月
         に試運転を開始した高速増殖原型炉
「常陽」     被告が、茨城県東茨城郡大洗町所在の被告大洗工学
         センター内に設置し、運転している高速実験炉
「ふげん」    被告が、福井県敦賀市明神町に設置し、運転してい
         る新型転換炉原型炉
JMTR     日本原子力研究所の材料実験炉(Japan Materia
l 
         Test Reactor)
TREAT    米国の出力過渡試験炉(Transient Reactor
 Test
         Facility)
CABRI    フランスのカダラッシュ研究所の安全性試験炉
原子炉施設    原子炉及びその付属施設
原子炉等規制法  核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する
         法律(昭和三二年六月一〇日法律第一六六号)
動燃改組法    原子力基本法及び動力炉・核燃料開発事業団法の一
         部を改正する法律(平成一〇年五月二〇日法律第六
         二号)
試験炉規則    試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に関
         する規則(昭和三二年一二月九日総理府令第八三号)
設置許可申請又は 被告が内閣総理大臣に対してした「もんじゅ」に係
設置許可申請書  る原子炉設置許可申請又は原子炉設置許可申請書(
         ただし、昭和五五年一二月一〇日付けで内閣総理大
         臣に提出し、昭和五六年一二月二八日付け及び昭和
         五八年三月十四日付けでその一部を補正し、昭和六
         〇年二月一八日付けでその一部を変更し、同年八月
         九日付け、昭和六一年三月一日付け及び同年一〇日
         付けでその一部を補正し、同年九月二九日付けでそ
         の一部を変更し、同年一一月六日付けでその一部を
         補正し、平成二年七月五日付けでその一部を変更し、
       
  同年九月一一日付けでその一部を補正している。)
安全審査     内閣総理大臣及び原子力安全委員会が、「もんじゅ」
         の設置許可申請に対して、原子炉等規制法二四条一
         項四号の要件への適合性についてした審査
設置許可     内閣総理大臣が、「もんじゅ」の設置許可申請につい
         てした原子炉設置許可
線量当量限度を  試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に関
定める件     する規則等の規程に基づき、線量当量限度等を定め
         る件(昭和六三年七月二六日科学技術庁告示第二〇
         号)
評価の考え方   高速増殖炉の安全性の評価の考え方(昭和五五年一
         一月六日原子力安全委員会決定)
線量目標値指針  発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する
         指針(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)
線量目標値評価指 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する
         評価指針(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定)
気象指針     発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針(昭
         和五七年一月二八日原子力委員会決定)
プルトニウムに関 プルトニウムを燃料とする原子炉の立地評価上必要
するめやす線量に なプルトニウムに関するめやす線量について(昭和
ついて      五六年七月二〇日原子力委員会決定)
耐震設計審査指針 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針((昭和
         五六年七月二〇日原子力委員会決定)
安全評価審査指針 発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指
         針(平成二年八月三〇日原子力委員会決定)
兵庫県南部地震  平成七年一月一七日午前五時四六分に淡路島北部近
         海を震源として発生した平成七年兵庫県南部地震
検討会報告書   原子力安全委員会が平成七年一月一九日に設置した
         「平成七年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐
         震安全検討会」が、兵庫県南部地震を踏まえて耐震
         設計審査指針等の妥当性について検討の上、平成七
         年九月に作成した「平成七年兵庫県南部地震を踏ま
         えた原子力施設耐震安全検討会報告書」
燃焼実験Ⅰ    被告が、平成八年四月八
日、被告の大洗化学センタ
         ーで、内容積約一〇〇立方メートルの鋼製円筒容器
         内に床ライナを模擬した受け皿等を設置して行った
         漏えいナトリウムの燃焼実験
燃焼実験Ⅱ    被告が、平成八年六月七日、被告の大洗工学センタ
         ーで、内容積約一七〇立方メートルのコンクリート
         製矩形実験セル内に床ライナ等を設置して行った漏
         えいナトリウムの燃焼実験
安全総点検    被告が、平成八年一二月八日に発生した「もんじゅ」
         の二次系ナトリウム漏えい事故後に、科学技術庁の
         「もんじゅ安全性総点検チーム」が策定した「もん
         じゅ安全総点検の基本方針について」等を踏まえて
         取りまとめた「もんじゅの安全総点検に関する実施
         計画」に基づき行った「もんじゅ」全般にわたる総
         合的な点検
ASSCOPSコ 被告が開発した、スプレイ燃料解析コードとプール
―ド       燃料解析コードとを結合させた「Analysis of 
         Simultaneous Sodium Combusti
ons in Pool and 
         Spray」と題するナトリウム燃料を解析するコンピ
         ュータコード
       はじめに
 本件は、福井県敦賀市白木地区に被告が建設中の高速増殖炉「もんじゅ」につい
て、原告らが、人格権及び環境権の侵害を理由として、その建設及び運転の差止め
を求める民事訴訟である。
 被告は、これまでの審理の結果を踏まえ、「もんじゅ」の建設及び運転が、原告
らの生命や身体に侵害を及ぼすおそれはなく、本件請求が失当であることを明らか
にする。
第一 本件差止請求の根拠とその対象
 原告らは、本件差止請求において、人格権及び環境権の侵害を理由に、「もんじ
ゅ」の建設及び運転の差止めを求める。したがって、本件差止請求の根拠は、原告
らが有すると主張する人格権と環境権であり、その対象は、運転に供されることに
よりそれらの権利に侵害を及ぼすとされる「もんじゅ」の実際の施設である。
 しかし、本件における原告らの主張は、その根拠とされる人格権及び環境権の主
張内容自体が極めてあいまいである上、その要件の吟味も十分されておら
ず、差止めによる権利・自由の制約を求める根拠にはなり得ないものや、差止めの
対象とされる「もんじゅ」との関係さえ明確でないものもある。
 そこで、被告は、本項において、まず、本件差止請求の根拠とされる人格権及び
環境権について、その請求の根拠としての問題点を述べ、原告らの主張には、既に
法律上失当であって本件の争点となり得ないものがあることを指摘する。
 次に、「もんじゅ」の概要とその安全確保に関する被告の基本的な考え方につい
て説明し、本件差止請求の対象としての「もんじゅ」を明らかにする。
一 本件差止請求の根拠
1 人格権に基づく差止請求について
(一) 差止請求の根拠としての人格権
 原告らは、本件差止請求の根拠となる人格権を、「主として人格的属性を対象と
し、その自由な発展のために、第三者による侵害に対し、保障されなければならな
い諸利益の総体」と定義する(原告ら準備書面八の二一ページ)。
 しかしながら、人格権については、直接これを定めた明文の規定はないから、そ
の要件や効果が自明のものでないことはいうまでもない。原告らが主張するような
極めて広範囲の人格的利益をすべて「人格権」の内容とした場合には、その概念内
容が抽象的であるため、権利の外延が不明確なものとなり、その効果も不明瞭とな
らざるを得ない。法的安定性を害しないためにも、右のような外延の不明確な人格
権に対して他人の権利や自由を制限する差止請求権のような強力な効果が与えられ
ないことは明らかであって、原告らの定義に係る人格権は、本件差止請求の根拠と
はなり得ない。
 ところで、最高裁判所昭和六一年六月一一日大法廷判決(民集四〇巻四号八七二
ページ)は、人格権としての名誉権に基づき、現に行われている侵害行為を排除
し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができ
るとした。
 しかし、名誉は、身体、自由とともに、その侵害が権利侵害を構成することにつ
いて明文の規定(民法七一〇条、七二三条)が置かれている法概念である。右最高
裁判決においても、人格権としての名誉は、生命・身体とともに極めて重大な保護
法益であるとして、物権の場合と同様に排他性を有する権利として差止請求権が肯
定されているのであって、原告ら主張のような広範囲の人格的利益のすべてが差止
請求権の根拠となり得ることを肯定するものではない。
 原告ら自身も、本件訴訟において、事故発生時さらには平常運転時においても、
「もんじゅ」から放出される放射線又は放射性物質によって、原告らの生命・身体
が侵害される危険があることを差止めの理由として主張することがある(訴状二三
ページ、原告ら昭和六三年三月一五日付け準備書面三、四ページ)。また、原子力
発電所の運転差止め等を求める事案に係る裁判例においても、差止請求権の根拠と
なる人格権侵害とは、生命・身体のような重大な保護法益が現に侵害され、又は将
来侵害されようとする場合が想定されているのである(大阪地裁平成五年一二月二
四日判決・判例時報一四八〇号一七ページ、仙台地裁平成六年一月三一日判決・判
例時報一四八二号三ページ、金沢地裁平成六年八月二五日判決・判例時報一五一五
号三ページ、名古屋高裁金沢支部平成一〇年九月九日判決・判例時報一六五六号三
七ページ)。
 人格権の内容に関する原告らの主張は不明確であるが、本件訴訟においても、差
止請求権の根拠としての人格権は、右裁判例のように、極めて重大な保護法益であ
り物権と同様の排他性が認められる原告らの生命・身体にかかわるものに限定され
るべきであって、これを極めて漠然とした概念として使用する原告ら主張の人格権
は差止めの根拠とはなり得ない。「もんじゅ」の平常運転時又は事故時を想定し
て、そこから生じる放射線や放射性物質が原告らの生命・身体に侵害を及ぼすおそ
れがあることを主張すること以外には、「もんじゅ」の建設及び運転の差止めを求
める根拠とはなり得ないというべきである。
(二) 人格権に基づく差止請求の要件
 右に述べたように、差止めは、損害賠償と異なり、相手方の権利や自由を直接制
約するものであるから、これが認められるためには、一般的には、①その侵害によ
る被害の危険性が切迫し、②その侵害により回復し難い重大な損害が生じることが
明らかであって、③その損害が相手方(侵害者)の被る不利益よりもはるかに大き
な場合で、④他に代替手段がなく、差止めが唯一の最終手段であることを要すると
解するのが相当である(前掲平成五年大阪地裁判決・判例時報一四八〇号二五ペー
ジ参照)。
 このうち、①の侵害による被害の危険性の切迫の要件は、他の②ないし④の要件
の前提となるものであるが、差止請求といっても、本件のように、侵害行為が現実
化していない妨害予防請求においては、将来発生するか否か不確実な侵害の予測に
基づいて相手方
の権利行使を制約するものであるから、侵害が現存するに匹敵するような具体的危
険性の存在が必要であり、単に抽象的な危険性がある旨の主張では足りない。
 また、原告らがその差止めを求める以上、具体的危険は原告らとの関係における
ものでなければならないから、原告らの個人的利益に無関係な事実は、本件差止請
求の根拠にならない。そこで、具体的危険の存在について具体的に主張・立証する
ことはもとより、これにより、いずれの原告にどのような被害が生じるのか、その
因果関係についても具体的な主張・立証がされなければならない。
 しかし、原告らの主張には、抽象的に「もんじゅ」が危険である旨を主張するに
とどまり、どのような経緯で放射性物質が放出されるおそれのある事故に至る具体
的可能性があるか、あるいは原告らの生命・身体がどのように侵害されるのかを具
体的に明確にしていないものが多い。原告らの生命・身体への侵害に直接結びつか
ない主張は、それ自体失当というほかない。また、原告らは、内外の事故例等につ
いて主張することがあるが、それ自体が「もんじゅ」の具体的危険性と同義でない
ことはいうまでもなく、本件差止請求の要件に関連しない主張は、失当というほか
ない。
 なお、本件訴訟における原告らの立証は、その主張が抽象的かつ不明確であるこ
とに対応して、漠然とした「もんじゅ」の危険性を抽象的にいうにとどまり、本件
差止請求を根拠づけるに足りる具体的かつ明確な立証を尽くしていない。本件差止
請求は、この点からしても、既に失当として棄却を免れない(被告は、「もんじ
ゅ」の安全性について、具体的に十分な主張・立証を尽くしてきた。)。
2 環境権に基づく差止請求について
 原告らは、本件差止請求の根拠として、環境権を主張する。原告らの主張する環
境権とは、「人が健康な生活を維持し、快適な生活を求めるための、良き環境を享
受し、かつこれを支配しうる(中略)排他的な権利」であるとされる(原告ら準備
書面八の四ページ)。
 しかし、環境権については、実定法上何らの根拠もない。原告らがその根拠とす
る憲法一三条、二五条は、国の一般的責務を定めた規定であって、これによって具
体的請求権が認められるものではない。「良き環境の享受」を内容とする環境権の
内容を確定することはおよそ困難である上、権利としての外延はいずれも不明確か
つ抽象的である。また、環境は、それにかかわる
地域住民が共通に享受するものであって、一個人が排他的にこれを決定し得るもの
ではなく、環境的利益とその他の社会的経済的活動の自由との調整は、民主主義機
構を通じ、終局的には立法をもって決定されるべき問題である。
 したがって、このような環境的利益は、一方当事者の請求に基づき、他方当事者
の権利・自由を制約するような法的効果を与えられ、これを差止訴訟の裁判規範と
して用いることができる性質のものではない。
 これまでの裁判例においても、環境権を認めたものは存在せず、環境権について
の明示的な判断を示した裁判例は、いずれも、これを否定している(前掲仙台地
裁、金沢地裁、名古屋高裁金沢支部の各判決参照)。
 原告らは、「環境権の存在を示唆し、環境権理念に立脚し、環境権の内容を実質
的に認めた」ものであるとして、幾つかの裁判例を指摘する(原告ら準備書面八の
一三ページ以下)。しかし、原告ら指摘の裁判例は、いずれも、法的保護に値する
利益はその環境そのものではなく、環境破壊により侵害される個人の生命・身体と
したものであるから、右指摘が誤りであることは明らかである。
 なお、原告らの主張中にも、環境が侵害される結果、原告らの生命・身体に重大
な被害が発生することを理由に差止めを求める趣旨と解される部分がある。しか
し、右のような趣旨の主張であれば、生命・身体に対する侵害の有無を判断すれば
足り、これと別個に、不明確かつ抽象的な環境権の侵害を論じる実益はない。した
がって、いずれにせよ、環境権の侵害の有無自体が、本件訴訟における判断の対象
になることはない。
3 差止請求の根拠とならない原告らの主張について
 生命・身体に対する侵害以外を理由とする人格権や環境権の主張が本件差止請求
の根拠として失当であることは、既に述べたとおりである。
 また、原告らの主張には、抽象的に「もんじゅ」が危険である旨を主張するにと
どまり、その主張の差止請求権の根拠との関係が明らかにされていないもの、ある
いは、生命・身体に対する侵害を前提とする主張と理解することが可能であって
も、「もんじゅ」の運転により放射性物質が放出されるおそれのある事故発生の具
体的可能性、それにより原告らの生命・身体が侵害される具体的可能性等を示す事
実が主張されていないものも少なくない。
 右に述べた一般的な問題点に加えて、以下においては、原告らの主張のうち、そ
の主張に係る事
実の存否を検討するまでもなく、主張自体失当として、本件訴訟における争点から
除外されるべきものについて、具体的に指摘する。
(一) 設置許可手続の違法に関する主張
 原告らは、「もんじゅ」の設置許可申請に対する安全審査が、高速増殖炉につい
ての総合的安全審査を欠き、かつ、手続、資料の民主性、公開性にも欠け、住民自
治の観点を全く欠落していることを理由に、同手続には重大かつ明白な違法性があ
ると主張し、右の主張は、差止請求の根拠の一つでもあるとする(訴状第一部第
三、原告ら昭和六三年三月一五日付け準備書面七ページ等)。
 しかし、許可に当たった行政庁と被告との間の手続問題は、「もんじゅ」の建設
及び運転が原告らに直接危険を及ぼす具体的根拠にならないことは明らかである。
 したがって、右主張は、本件差止請求の根拠として失当である。
(二) 核燃料サイクルの危険性に関する主張
 原告らは、いわゆる核燃料サイクルの各段階で、種々の事故が起こるなどして、
放射線等による被害が生じている旨主張する(訴状第二部一等)。
 しかし、右の主張は、原告らの個人的利益とは無関係であるのみならず、「もん
じゅ」の建設及び運転の危険性と直接の関係を有する事実にも当たらない。
 したがって、右主張は、本件差止請求の根拠として失当である。
(三) 放射性廃棄物に関する主張
 原告らは、使用済み燃料等の放射性廃棄物の危険性についてるる述べるが、その
内容は、再処理後の高レベル廃棄物の保管を問題とするなど(訴状一六九ページ
等)、「もんじゅ」の建設及び運転の危険性とは無関係なものであり、原告らの個
人的利益とも無関係である。
 また、使用済燃料の再処理が技術的に困難である旨の主張(訴状第三部第四等)
や、廃炉に伴い放射性廃棄物が多量に発生する旨の主張(訴状一七一ページ等)
も、「もんじゅ」の建設及び運転の危険性と関係のある事柄ではなく、原告らの個
人的利益との関係も何ら説明されていない。
 したがって、右の各主張も、本件差止請求の根拠として失当である。
(四) 「プルトニウム社会」に関する主張
 原告らは、「もんじゅ」の建設によって招来されるプルトニウムの管理の強化
は、社会全体の管理強化を生み出し、思想、信条の自由、プライバシー権及び「人
格権」を侵害し、民主主義及び平和主義を否定する旨を主張する(訴状第三部第六
等)。
 しかし、「もんじゅ」が建設され、運転
されることがあっても、原告らの思想の自由等が侵害されることにはならないか
ら、原告らの思想、信条の自由等と本件差止請求とが無関係であることは明らかで
ある。
 また、プルトニウム・リサイクルの考え方は虚構であるとか、高速増殖炉計画は
破綻し、終えんに向かっている旨の主張(訴状一六〇ページ、訴状第三部第五等)
も、原告らの個人的利益と何ら関係がない。
 したがって、右の各主張は、本件差止請求の根拠としての法的意味を何ら有しな
い失当のものというほかない。
(五) 労働者被ばくに関する主張
 原告らは、原子力産業で働く労働者が作業中に放射線に被ばくしている旨を主張
する(訴状第五部第三、原告ら準備書面一四等)。
 しかし、右は、原告ら自身の生命・身体に対する侵害を主張するものではなく、
原告らの個人的利益と無関係な主張であることは明らかである。
 したがって、右主張は、本件差止請求の根拠として失当である。
(六) 温排水に関する主張
 原告らは、「もんじゅ」の運転により排出される温排水に関しるる主張する(訴
状第五部第二等)。
 しかし、右の主張も、原告らの生命・身体が侵害されることを具体的に主張する
ものではなく、原告らの個人的利益とも関係のない内容といわざるを得ない。
 したがって、右主張も、本件差止請求の根拠として失当である。
(七) 原子力発電所の集中立地に関する主張
 原告らは、「もんじゅ」が建設される若狭湾沿岸には、既に原子力発電所が集中
しているから、「もんじゅ」を同沿岸に建設することにより、原告らの生命・身体
に重大な危険性、悪影響を及ぼす旨主張する(訴状第五部第五等)。
 しかし、右の主張は、「もんじゅ」の危険性を具体的に主張するものではないか
ら、「もんじゅ」の建設及び運転の差止めを求める本件訴訟においては、格別の意
味を有しない。
4 「もんじゅ」の公益性に関する原告らの主張について
 原告らは、原告最終準備書面において、新たに、「不必要な施設、公益性のなく
なった施設については差し止めの許容の基準は低くなる」として、「原子炉の運転
差し止めの判断の基準である事故発生の蓋然性、被害発生の蓋然性は相対的な概念
であり、その差し止めにより失われる公益との相関で判断すべきである」、「公益
性がないか、あったとしても公益牲が低下している施設については相対的に事故発
生の蓋然性と被害発生の蓋然牲の証明が低いものであっても、運転差し止めの判断
をなすべきである」と主張するに至った。
 しかしながら、以下に述べるとおり、原告らの主張には何らの法的根拠もなく、
誤りであることは明らかである。
(一) 被害発生の蓋然性が認められなければ、差止請求が認められない、という
ことは疑う余地のない大前提である。
 すなわち、原告ら個々人について被害が発生し(原告らの被害に結び付かない単
なる事故発生の蓋然性の主張が原告らの差止請求権の存否との関係において無意味
であることは明らかである。)、権利が侵害される蓋然性が存在することが証明さ
れることが、原告らの差止請求が認められるための基本的要件であり、この蓋然性
自体が認められない場合に差止請求権が発生することはない。
 原告らは、被害発生の蓋然性の証明が低い場合であっても差止めが認められるべ
きであるとするが、権利侵害の薫性が証明されるのであれば、右の主張自体が不必
要であるから、原告らのいう「証明が低い」とは、差止訴訟において、被害発生の
蓋然性を証明できない場合を指すと解するほかない。しかし、差止訴訟の要件につ
いて疎明で足りるとの根拠はどこにもないから、証明の程度に達しなければ、訴訟
上は権利侵害の蓋然性はないものと扱う以外にないのであって、右の主張は、結
局、被害発生の蓋然性が認められない場合であっても、公益性のない施設について
は、その運転等を差し止めるべきであるとの主張に尽きる。
 しかしながら、このよう茎張が認められるとすれば、公共性・公益性のない施設
は、たとえ、その施設の所有者においては重要な財産であったとしても、また、具
体的に個々人が被害を受けるおそれが訴訟上認められない場合であっても、社会的
に不要なものとして、誰でもその建設や運転の差止めを求めることができることに
なる。私的紛争を解決し、個人の権利保護を目的とする民事訴訟において、このよ
うな客観訴訟的な請求を認める余地はなく、原告らの主張が誤りであることは明ら
かである。
 前記1(二)で述べたとおり、差止請求は、相手方の権利行使等を直接制約しよ
うとするものであるから、自らの権利・利益に何らの切迫した影響がない以上、他
人の権利行使に干渉することは認められず、本件のような妨害予防的差止請求にお
いては、その最低限の要件として、具体的な被害発生の蓋然性の立証が要求され
る。したがって、本件の争点は、端的に、「もんじゅ」の建設・運転
によって、原告らの生命・身体が侵害される具体的危険性が認められるかどうかで
あり、すべてはこの一点に集約される。この点についての証明がなければ、請求は
棄却されるほかないのであって、この理は、施設の公益性の有無によって何ら異な
るところはない。
(二) 判例には、公共施設の差止請求につき、当該施設の公共性等を考慮するも
のがある。例えば、道路を走行する自動車騒音等を理由として、その道路の周辺に
居住する者が道路の供用の差止めを求める訴え等においては、差止請求の対象とさ
れる道路について公共性ないし公益上の必要を含めた諸事情が考慮される場合があ
る。しかし、これは、原告らの主張とは全く異なるものである。
 この点について述べると、いわゆる国道四三号訴訟に係る最高裁平成七年七月七
日第二小法廷判決(民集四九巻七号二五九九ページ)は、差止請求を認容すべき違
法性の判断につき考慮すべき要素は、請求内容の相違に対応して各要素の重要性の
程度の考慮には違いがあるとしながらも、損害賠償を認容すべき違法性があるかど
うかの判断につき考慮すべき要素とほぼ共通するとした。したがって、右の差止め
の可否についても、損害賠償請求に係る違法性の判断要素とされる「侵害行為の態
様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の
必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過
及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等
の事情」(最高裁平成七年七月七日第二小法廷判決・民集四九巻七号一八七〇ペー
ジ、最高裁昭和五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九ペー
ジ)を、総合的に考察して決すべきこととなる。
 しかし、右の場合は、右各事実が証明されていることが前提となっており、認定
された「侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容」とともに、侵害
行為の公共性、公益性等の事情を考慮して、侵害行為の「違法性の有無(受忍限
度)」が判断されるのである。すなわち、右の考え方は、近隣住民が騒音等の生活
妨害を現に受け、将来も受ける蓋然性が高いとの認定を前提に、右侵害が差止めを
認めるに足るものかどうかを判断するための要素として、道路の公共性等をも考慮
するというものであって、原告らが主張するような、差止めの対象となる施設の公
共性・公益性の有無によって、具体的な
被害発生の蓋然性の証明の程度を左右する議論ではない。
(三) 以上のとおり、被害発生の蓋然性の証明が不十分であっても差止請求が認
められるという考え方は、法律論としては成り立ち得ない。被害発生の蓋然性の要
件を対象施設の必要性・公益性の議論と結び付ける原告らの主張は、結局、基本的
な差止要件の立証ができないことを自認するものでしかない。
 右に述べたところから明らかなように、「もんじゅ」の公益性の有無は、被害発
生の蓋然性との関係で相対化された要件ではない。そして、本件訴訟の争点は、被
害発生の蓋然性の有無そのものであって、これ以外に、被告において、「もんじ
ゅ」の公益性のゆえに本件請求が棄却されるべきであるなどと主張したこともない
のである。なお、いわゆる東北電力女川原子力発電所差止訴訟の控訴審判決(仙台
高裁平成一一年三月三一日判決)も、差止めの基準に関する控訴人らの主張を「仮
に、控訴人らの主張が原子力発電所の事故発生の具体的な危険性の有無を超えて、
論理的ないし抽象的・潜在的なレベルでの危険性が少しでもあれば一切原子力発電
所の建設・運転が許されないという判断基準を求めるものであれば、採用すること
ができない。」として排斥した。もっとも、同判決は、傍論において、「当該原子
力発電所の必要性が著しく低いという場合には、これを理由としてその建設・運転
の差止めが認められるべき余地があるものと解するのが相当である。」と述べてい
る。しかし、右部分の趣旨は、同判決の先に引用した結論部分とも併せ理解すると
すれば、事故発生の具体的危険性が認められる場合であることを前提に、差止請求
を認容するかどうかの判断について、必要性の低い施設であることが考慮されるこ
とを述べたにすぎない(その意味で、前記国道四三号訴訟最高裁判決の考え方と変
わらない。)と解すべきである。
 したがって、右主張もまた、本件差止請求の根拠として失当である。二 本件差
止請求の対象とその安全性の確保
 本件差止請求は、「もんじゅ」の建設、運転により、原告らの生命・身体に侵害
が及ぶ具体的危険性が存在することがその根拠となる。「もんじゅ」の施設の詳細
については、被告準備書面(二)四二ページ以下で述べたとおりであるが、以下に
おいては、必要な範囲で「もんじゅ」の特徴及び概要を説明し、被告の安全確保の
基本的考え方について述べる。右の考え方は、本件差止請求の対
象である実際の運転に供される「もんじゅ」においても確保されるが、「もんじ
ゅ」は、使用前検査中の平成七年一二月八日、二次冷却材ナトリウムが漏えいする
事故(以下「本件事故」という。)が生じたことから、現在、運転停止中の状態で
あり、今後、改善策を施して運転に供される予定であるので、これを踏まえて、本
件差止請求の対象を明らかにしておくこととする。
1 「もんじゅ」の概要
 「もんじゅ」は、被告が、福井県敦賀市白木地区に建設中の、熱出力七一万四〇
〇〇キロワットの高速増殖原型炉であり、電気出力約二八万キロワットの発電設備
を有している(乙第一号証七ページ、乙イ第四号証八、九ページ)。
 以下に述べる「もんじゅ」の特徴と施設の概要は、当事者間で争いのないところ
と思われる。
(一) 高速増殖炉としての「もんじゅ」の特徴
 「もんじゅ」は、核分裂反応によって発生したエネルギーを利用する広義の原子
炉施設に属するが、現在、一般的に発電の用に供されている原子炉(軽水炉)との
対比において、以下に述べるような特徴を有する。
(1) ウラン等の質量数の大きい元素の中には、原子炉の燃料として利用し得る
ものとそうでないものとがある。ウランの同位体の一つであるウラン二三五や、プ
ルトニウムの同位体の一つである、プルトニウム二三九は、エネルギーの低い中性
子によって容易に核分裂し、熱エネルギーを放出する。しかし、軽水炉の燃料とし
て使用されるウラン二三五は、天然に産出するウラン中の約〇・七パーセントを占
めるに過ぎない。他方、天然ウランの九九パーセント以上を占めるウラン二三八
は、いわゆる燃えないウランであり、そのままでは原子炉の燃料として利用できな
いものであるが、中性子を一個吸収すると、核分裂を起こすプルトニウム二三九に
転換する性質を有している(乙第一号証五ページ、乙イ第四号証七ページ)。
 「もんじゅ」は、炉心中央にプルトニウムとウランの混合酸化物から成る炉心燃
料を配置し、その周辺に、ウランの酸化物から成るブランケット(blanke
t)燃料を配置している(第一図参照)。主として、炉心燃料部分で核分裂反応を
起こさせ、これによって生じた熱をエネルギーとして利用し、発電の用に供すると
同時に、その際に生じた中性子によって、燃料部分の燃えないウランを燃える、プ
ルトニウムに転換し、消費した以上の燃料を生産することから、「増殖炉」と呼ば

る。
 軽水炉でも、燃料中のウラン二三八の一部がプルトニウム二三九に転換される
が、その量は消費される燃料に比べて少なく、増殖は行われない。
(2) 核分裂反応によって生じた直後の中性子は高速中性子と呼ばれ、高いエネ
ルギー(速度)を有するが、軽水炉では、これを減速し、ウラン二三五が新たな核
分裂反応を起こす確率の高い熱中性子の状態にして利用している。その減速材(m
oderator)として、軽水(light water=普通の水)が使われ
ることから、軽水炉と呼ばれる。
 これに対し、「もんじゅ」は、燃料の増殖を図る必要上、中性子を減速すること
なく、高いエネルギーを有する高速中性子のまま利用することから、「高速」増殖
炉と呼ばれる。高速増殖炉に減速材はない。
(3) 軽水炉では、冷却材(coolant)としても軽水が用いられる。冷却
材は、核分裂によって生じた炉心の熱エネルギーを除去して炉心の温度を調節する
とともに、この熱を外部に取り出す。軽水炉では、軽水が、減速材と冷却材の役割
を兼ねている
 これに対し、「もんじゅ」は、冷却材としてナトリウムを用いる。ナトリウム
は、大気圧下において摂氏九八度から約八八〇度までの広い範囲で液体として存在
し、高い温度でも特に加圧する必要がなく、また、熱伝導度が高い。さらに、中性
子を減速する効果が小さく、高速増殖炉の冷却材として優れている。
(4) 現在発電の用に供されている軽水炉は、原子炉等規制法上、「実用発電用
原子炉」に位置づけられ(同法二三条一項一号)、電気事業法上は、「事業用電気
工作物」に当たる(同法三八条三項。平成七年法律第七五号による改正後のもの。
以下同じ。)。
 これに対し、「もんじゅ」は、原子炉等規制法上は、「研究開発段階にある原子
炉」に位置づけられ(同法二三条一項四号)、電気事業の用に供するものではない
ことから、電気事業法上は、「事業用電気工作物」のうちの「自家用電気工作物」
に当たる(同法三八条四項。同条三項により「事業用電気工作物」に関する規定が
原則として適用される。)。
 また、「もんじゅ」は、高速増殖炉の開発段階としては、実験炉と将来炉(実証
炉又は実用炉)の中間に位置する「高速増殖原型炉」に当たる(詳細は、被告準備
書面(一六)六ページで述べた。)。
(二) 施設の概要(第二図参照)
(1) 原子炉本体
ア 炉心
 「もんじゅ」の炉心(reactor
 core)は、原子炉の出力を主に担う炉心燃料集合体一九八体、プルトニウム
の増殖を主に目的とするブランケット燃料集合体一七二体及び原子炉の出力調整や
停止等に用いる制御棒集合体一九体その他から構成され(第三図参照)、これらが
原子炉容器に収納されている。原子炉容器(reactor vessel)は、
ステンレス鋼製の縦型円筒容器であり、その内径は約七・一メートル、全高は約一
七・八メートルである(乙イ第六号証八―三―四二、六〇ないし六二、八―四―
六、一四、二六ページ)。
イ 燃料集合体
 炉心燃料集合体(fuel assembly)は、内部に一体当たり一六九本
の炉心燃料要素を配列し、外側をステンレス鋼製のラッパ管(wrapper t
ube)で覆ったものであり、長さ約四・二メートルの正六角形柱の形状をしてい
る。炉心燃料要素は、長さ約二・八メートル、外径約六・五ミリメートルのステン
レス鋼製の燃料被覆管の中に、プルトニウム・ウラン混合酸化物の粉末又は劣化ウ
ランの粉末を円柱状に焼き固めた燃料ペレットを詰めたものである(乙イ第六号証
八―三―五、四三、四四、六三ページ)。炉心燃料集合体内部の炉心燃料要素の間
をナトリウムが流れることから、各炉心燃料要素にワイヤスペーサを巻くことによ
って相互の接触を防ぎ、ナトリウムの流路を確保する構造となっている(第四図参
照)。
 ブランケット燃料集合体は、外形的には炉心燃料集合体とほぼ同じであるが、内
部には、一体当たり、ウランのペレットを詰めたブランケット燃料要素六一本が収
められている(第五図参照。乙イ第六号証八―三―六、四五、六五ページ)。
ウ 制御棒
 制御棒(control rod)は、これを炉心に挿入することによって、中
性子を吸収し、核分裂反応を低下させる。制御棒には、調整棒(微調整棒三体、粗
調整棒一〇体)と後備炉停止棒(六体)がある。
 原子炉の通常の起動、停止、運転は調整棒の引抜き、挿入によって行う。また、
原子炉を緊急停止する必要が生じると、①調整棒及びこれを駆動する機構等から成
る主炉停止系、並びに②後備炉停止棒及びこれを駆動する機構等から成る後備炉停
止系が独立して同時に作動する(主炉停止系及び後備炉停止系を併せて原子炉停止
系という。主炉停止系及び後備炉停止系は、その一方のみの作動によっても、原子
炉を停止することができる。乙イ第六号証八―三―一五、五〇、五一、七六ないし
八〇ページ)。
 後記(4)で述べる計測制御系統施設のうち、異常状態を検知し、原子炉の緊急
停止を起こさせる系統は、安全保護系と呼ばれる。
(2) 原子炉冷却系統施設
ア 一次主冷却系設備
 「もんじゅ」の炉心で発生した熱は、原子炉容器内を流れる一次冷却材(ナトリ
ウム)によって取り出され・中間熱交換器を介して二次冷却材(ナトリウム)に伝
達される(第二図参照)。
 これには、独立した三つの系統(「Aループ」、「Bループ」及び「Cルー
プ」)があり、それぞれの系統に、配管、弁、ナトリウムを循環させる循環ポンプ
及び中間熱交換器等の同じ設備を有している(乙イ第六号証一三ないし一五ペー
ジ)。
 なお、原子炉容器及び一次主冷却系設備のうち、一次冷却材を封じ込める障壁を
形成する範囲を原子炉冷却材バウンダリ(boundary)という。また、原子
炉冷却材バウンダリを形成する原子炉容器等については、接続された配管の一部と
ともに、これらを下から包み込むようにステンレス鋼製の容器であるガードベッセ
ルを設置しており、万一、原子炉冷却材バウンダリからナトリウムが漏えいした場
合であっても、これによって原子炉の冷却に必要な冷却材を確保することができる
(第六図参照。乙イ第六号証八―四―二三ページ)。
 また、ナトリウムと空気との接触を防ぐ目的で、原子炉容器内等の一次冷却材の
ナトリウム液面を、不活性ガスであるアルゴンのカバーガスで覆い、さらに、一次
主冷却系の配管等を設置する部屋についても、万一の漏えいに備え、不活性ガスで
ある窒素を充てんしている。
イ 二次主冷却系設備並びにタービン及び付属設備
 中間熱交換器で二次冷却材に伝えられた熱は、蒸気発生器を介して水・蒸気系に
伝達され、蒸気タービンを動かす。
 二次主冷却系も、三系統の一次主冷却系にそれぞれ対応して独立した三つの系統
(A、B、Cの各ループ)があり、それぞれの系統に、配管、弁、ナトリウムを循
環させる循環ポンプ、蒸気発生器等の同じ設備を有している(乙イ第六号証一五、
一六ページ)。
 蒸気発生器は、二次冷却材の熱を、蒸気発生器伝熱管を介して、次の水・蒸気系
に伝える熱交換器であり、水を蒸気(過熱蒸気)に変える蒸発器と、生成された蒸
気を更に過熱する過熱器とから成る(乙イ第六号証一五、七五、七六ページ)。ま
た、蒸気発生器の周りには、蒸気発生器で水が漏えいした場合にこ
れを検出する水漏えい検出設備、及び圧力上昇等を抑制するナトリウム・水反応生
成物収納設備が設けられている(乙イ第六号証八―五―三、五ページ)。
 なお、炉心を通る一次冷却材は、炉心の中性子によって放射化されるが、一次主
冷却系と二次主冷却系とは中間熱交換器によって分離されているため、二次主冷却
系に放射性物質が混入することはない。また、「もんじゅ」は、過熱蒸気を利用し
て蒸気タービンを駆動し発電を行う設備を有するが、水・蒸気を利用して発電を行
う点で軽水炉等のそれと本質的に異なるものではない。
ウ 補助冷却設備
 二次主冷却系設備から分岐する形で補助冷却設備三系統が設置されており、原子
炉停止時には、これによって炉心を冷却し除熱する(乙イ第六号証一八ページ。な
お、第七図参照)。
(3) 工学的安全施設原子炉容器及び一次主冷却系設備等、「もんじゅ」の原子
炉の主要部分は、内径約四九・五メートル、高さ約七九メートルの鋼製の容器であ
る原子炉格納容器に収納されている。また、原子炉格納容器の周囲を取り囲む形
で、鉄筋コンクリート構造物である外部しゃへい建物が設置されており、原子炉格
納容器の胴部と外部しゃへい建物との間の下部空間(アニュラス(annulu
s)部)は、アニュラス循環排気装置によって負圧に保たれている(乙イ第六号証
二九、三〇ページ)。
 これらの原子炉格納施設及び前述したガードベッセル、補助冷却設備等は、周辺
環境への放射性物質の異常な放散を防止するための施設であり、工学的安全施設と
呼ばれる(第七図参照。乙イ第六号証八―七―一ページ)。
(4) その他の設備
 「もんじゅ」には、以上述べたほか、計測制御系統施設(原子炉計装、プロセス
計装、原子炉制御設備、原子炉保護設備、工事的安全施設作動設備及び中央制御
室)、放射性廃棄物廃棄施設(気体廃棄物処理設備、液体廃棄物処理設備及び固体
廃棄物処理設備)、核燃料物質の取扱施設及び貯蔵施設(燃料取扱及び貯蔵設
備)、放射線管理施設、非常用電源設備を含む電気設備、換気空調設備及び各種の
補助的設備が設けられている。
2 安全確保の基本的考え方
 被告は、高速増殖炉としての「もんじゅ」の特徴を十分に踏まえ、その設計、建
設、製造、設置の各段階において安全確保につき十分配慮し、さらに、その運転段
階においては、十分な管理体制の下で適正な運転をし、設置する設備・機器の機
能・性能を十
分維持し得るものとしている。
 「もんじゅ」の安全確保に係る具体的内容や具体的方策については、後記第二な
いし第四において詳述するが、被告は、本項において、「もんじゅ」の潜在的危険
性とこれに対する安全確保対策の基本的考え方について述べておくこととする。
(一) 「もんじゅ」の潜在的危険性
(1) 「もんじゅ」の主要な特徴は、前記1(一)(1)ないし(3)で述べた
とおり、①プルトニウムとウランの混合酸化物を燃料として核分裂反応を行うこ
と、②高速中性子の働きで燃えないウランをプルトニウムに転換すること、③ナト
リウムを冷却材として使用すること、④炉心で発生した熱は、冷却材のナトリウム
を介して水・蒸気系に伝達され、高温・高圧の蒸気が生成されることなどである。
 右の点からすると、「もんじゅ」の潜在的危険性として指摘し得るのは、①炉心
内に、核燃料又は生成物としてのプルトニウムが存在すること、②核分裂反応に伴
い、燃料要素中に、放射性物質である「核分裂生成物」が蓄積すること、③炉心の
構造材や冷却材等が中性子により放射化され、放射性物質である「放射化生成物」
が生成すること、④冷却材として使用するナトリウムが化学的に活性であること、
⑤高温、高圧の水・蒸気を使用することなどである。
(2) しかしながら、右の指摘のうち、⑤については、火力発電所におけるそれ
と何ら異なるところはなく、④についても、ナトリウム製造工場等の一般的化学プ
ラントと大きく異なるところはない。その安全を確保することが十分に可能である
ことは明らかであり、本件でもそれ自体が争点とされているものではない。
(3) したがって、「もんじゅ」の潜在的危険性の問題として特に論じる必要が
あるのは、右の①ないし③の問題、すなわち放射性物質の潜在的危険性についてで
あるということができる。
 ただ、「もんじゅ」では、ナトリウムを高温で使用し、ナトリウムは化学的に活
性である(ナトリウムが水や空気に接すると激しい化学反応を起こす。)ことか
ら、施設内に放射性物質を封じ込めるに当たっては、ナトリウムの右の性質に対す
る十分な配慮が必要である(反面、ナトリウムの沸点が大気圧下で摂氏約八八〇度
と高く、運転の際に冷却材を特に加圧する必要がないことは、安全上大きな利点と
なる。)。
(4) 結局のところ、「もんじゅ」における安全確保とは、ナトリウムを冷却材
として使用するとい
う特徴を十分把握した上で、放射性物質の持つ潜在的危険性をいかに顕在化させな
いかであるということができる、(P22調書(一)四七丁表ないし五三丁裏)。
(二) 「もんじゅ」における安全確保対策の基本的考え方
 前述のとおり、放射性物質の有する潜在的危険性を顕在化させないためには、放
射性物質の封じ込めに万全を期する必要があるが、被告は、「もんじゅ」を設置、
運転するに当たり、以下の二つの基本的考え方に基づいて、十分な安全確保を行っ
ている。
(1) 平常運転時における被ばく低減対策
 これは、「もんじゅ」の平常運転に伴って環境へ放出される放射性物質の量をで
きる限り低く抑え、公衆の被ばく線量を十分低く抑えようとするものである。
 後記第二で詳述するとおり、「もんじゅ」は、十分な被ばく低減策を講じること
により、周辺公衆が受ける放射線の被ばく線量を、「線量当量限度等を定める件」
で定められている周辺監視区域外の線量当量限度(一年間につき一ミリシーベル
ト)を超えないのはもちろんのこと、合理的に達成できる限りこれを低く保ち得る
ようにしている。
(2) 事故防止対策
ア 事故を防止するという観点では、まず、自然的立地条件を十分に配慮し、「も
んじゅ」について、合理的に予想される最も過酷な自然力に対する十分な安全性を
確保する必要がある(自然的立地条件における安全確保)。
イ 次に、原子炉の運転に起因する事故によって放射性物質が環境に異常に放出さ
れることを防止する観点からは、①異常状態の発生自体を未然に防止し、②仮に何
らかの原因によって異常状態が発生した場合であっても、それが拡大したり、放射
性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防止し、さ
らに、③仮に異常状態が拡大した場合であっても、なお放射性物質を環境に異常に
放出することだけは確実に防止する必要がある。原子炉施設の安全確保に関し、右
のように、①異常状態発生防止対策、②異常状態拡大防止対策、及び③放射性物質
異常放出防止対策という、多重的安全確保対策を講じることによって、放射性物質
の環境への異常な放出という結果を防止しようとする考え方を「多重防護」とい
う。
ウ また、右のような安全確保対策が講じられた施設について、十分な管理体制の
下に適正に運転が行われ、設備・機器の機能・性能が十分維持されることも同時に
必要とされる。
エ 「もんじゅ」につい
ては、後記第三で詳述するとおり、自然的立地条件に関する十分な安全確保がされ
ている。
 また、後記第四で詳述するとおり、「もんじゅ」については、多重防護の考え方
に立った十分な事故防止対策が採られるとともに、運転段階においても十分な安全
確保がされていることから、放射性物質の潜在的危険性を顕在化させるおそれはな
い。
3 本件差止請求の対象としての「もんじゅ」
 原告らが建設、運転の差止めを求める「もんじゅ」は、福井県敦賀市白木地区に
設置される現実の原子炉施設である。被告は、「もんじゅ」の設置に当たって、原
子炉等規制法二三条による原子炉設置許可や同法二七条の設計及び工事の方法の認
可を始めとする法定の手続をすべて履践し、前記二2で述べた安全確保の考え方に
基づく施設の安全性は、これらの審査の過程においても確認されている(詳細は、
被告準備書面(一四)七ないし一一ページで述べた。)。
 ところで、「もんじゅ」は、平成七年一二月に発生した本件事故のため、現在、
使用前検査が終了しないまま運転停止中の状態であるが、被告は、今後、安全総点
検の結果を踏まえた改善策を施した上、更に必要な法律上の手続を履践して、右安
全確保の考え方が現実の施設に反映されていることの確認を得た上、「もんじゅ」
を運転に供することを予定している。原告らは、「もんじゅ」が実際に運転される
場合を想定し、これにより、原告らの生命・身体が侵害されるとして、建設及び運
転の差止めを求めるものである。したがって、その対象は、口頭弁論終結時におい
て運転に供されることが予定される「もんじゅ」の施設であることはいうまでもな
い(詳細は、被告準備書面(一四)二ないし一七ページで述べた。)。
 なお、原告らは、「もんじゅ」が安全総点検中であっても、その建設・運転の差
止めを求める利益はあると主張する。しかしながら、被告は、安全総点検中であれ
ばおよそ差止めの対象とはなり得ないと主張したことはなく、前述のとおり、差止
めの可否は、現実に運転に供される「もんじゅ」を対象として判断されるべきであ
ると主張するものである。原告らの主張は、誤解に基づくものである。
三 まとめ
 以上のとおり、本件差止請求の根拠は、生命・身体の侵害を内容とする人格権に
限定される。そして、原告らの主張には、既に右の観点から失当とすべきものが少
なくない。
 また、本件差止請求の対象とされる「もんじゅ
」は、現在、使用前検査が終了しないまま運転停止中である。しかし、被告は、安
全総点検において摘示された改善策を施し、これによってより一層安全性及び信頼
性の向上した施設として、「もんじゅ」を運転に供することを予定している。
 右のような「もんじゅ」が運転に供されることによって、原告らの生命・身体に
いかなる侵害が生じる具体的危険性があるかが、本件訴訟の中心的争点である。
「もんじゅ」においては、放射性物質の存在等による潜在的危険性に対し、平常運
転時における十分な被ばく低減対策を講じるとともに、多重防護の考え方に基づく
安全確保対策を講じることによって、放射性物質の環境への異常な放出を防止し得
る十分な事故防止対策を施していることは既に説明したとおりであり、右のような
具体的危険性の発生は考えられない。被告は、以下において、必要と思われる個々
の問題点について、「もんじゅ」には、放射性物質等による潜在的危険性が顕在化
することがないよう十分な安全確保対策を講じており、その建設、運転によって、
原告らの生命・身体はもとより、周辺住民らのそれについても侵害が及ぶ具体的危
険性のないことを明らかにする。
第二 「もんじゅ」の平常運転時の安全性
一 はじめに
 前記第一の二2で述べたとおり、「もんじゅ」は、その潜在的危険性の原因とな
る放射性物質を原子炉施設の内部に封じ込めることのできる施設として設計され設
置されている。しかし、平常運転時において、気体及び液体の廃棄物を処理する際
などに、ごく微量の放射性物質が「もんじゅ」から環境中に放出される。
 原告らは、これを「平常時被ばく」の問題として、どのような低線量の放射線被
ばくであっても人体に影響を及ぼす可能性があるとし、「もんじゅ」から放出され
る放射性物質が、原告らの生命・身体に重大な危険を及ぼす旨主張する(訴状三九
一ないし三九九ページ)。
 そこで、被告は、本項において、「もんじゅ」については、①平常運転時に環境
中に放出される放射性物質の量をできる限り低減する設計上の対策が講じられてい
ること、及び②平常運転時に放出される放射性物質による周辺公衆の被ばく線量を
評価しても、その値は無視できるほど小さく、原告らの生命・身体に影響を及ぼす
ものではないことを確認していることを明らかにする。
二 放射性物質の放出の抑制
1 ALARAの考え方と設計上の対策
 原子炉施設の設置に当
たっては、その運転時に環境中に放出される放射性物質の量を極力低減するため、
国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告による、いわゆるALARAの考え方
(As Low As Reasonably Achievable 放射線に
よる被ばく線量は合理的に達成できる限り低く保つことが望ましいとの考え方。乙
ロ第一号証一、二ページ、乙ロ第二号証一九ページ、乙ロ第三号証四ページ)が、
世界各国において採用されている。我が国においても、原子力安全委員会は、右の
考え方にのっとり、高速増殖炉について、「通常運転時における環境への放射性物
質の放出量については、周辺公衆の線量当量が法令に定める周辺監視区域外の線量
当量限度を下回ることのみならず、合理的に達成できる限り低く保つよう設計上の
対策を講ずべきである」とした(「評価の考え方」2・(3)③、乙イ第七号証六
四九ページ)。
 前記第一の二2(一)(1)で述べたとおり、「もんじゅ」の運転に伴って、燃
料要素の燃料被覆管中には「核分裂生成物」が蓄積し、また、炉心の中性子によっ
て「放射化生成物」(これには、構造材が放射化されたもののほか、一次冷却材ナ
トリウムが放射化された放射性ナトリウム、及び原子炉カバーガスである一次系ア
ルゴンガスが放射化された放射性アルゴンが含まれる。)が生成され(乙イ第二号
証三ないし五ページ)、これらの放射性物質は、気体廃棄物等の形で、わずかなが
ら環境中に放出される。
 そこで、被告は、右の「評価の考え方」に従い、「もんじゅ」の運転中、環境に
放出される放射性物質の量を最小限に抑制するための設計上の対策を講じている。
すなわち、まず、①放射性物質が一次冷却材中に現れること自体を極力防止し得る
設備、次に、②一次系(一次主冷却系及び一次アルゴンガス系をいう。)に現れた
放射性物質については、これを極力右系内に封じ込め得る設備、そして、③一次系
の系外に出た放射性物質をできる限り捕そくして、原子炉施設内部に貯蔵し保管し
得る設備をそれぞれ設置している。
 また、ごく微量にせよ右③の設備から環境中に放出される放射性物質について
は、放出管理目標値を定めた上で、放出量及び放出後における周辺監視区域境界等
での線量率等をそれぞれ的確に監視する設備を設置して、放出量等を管理してい
る。
 さらに、被告は、「もんじゅ」に内蔵される放射性物質から直接放出される放射
線により周
辺公衆が被ばくすることを防止するため、十分なしゃへい設備を設置している。
 以下、「もんじゅ」に設置されている右の各設備の内容等について、詳述する。
2 放射性物質の出現の抑制及び処理設備
(一) 一次冷却材中への放射性物質の出現の抑制(乙イ第二号証七ないし一一、
一七、一八ページ、乙イ第六号証八―一―五、六、八―三―四ないし七、八―八―
二、三ページ、P9調書(一)七丁表ないし一〇丁裏、同一九丁表ないし二一丁
裏)
 被告は、放射性物質の出現を抑制するため、まず、①「もんじゅ」の燃料ペレッ
トには、プルトニウム・ウラン混合酸化物を焼き固めたものを使用している。焼き
固められた燃料ペレットには、それ自体、核分裂生成物等の放射性物質を封じ込め
る性質がある。次に、②燃料ペレットはステンレス鋼製の燃料被覆管内に密封され
る。燃料被覆管は、内部に生成した核分裂生成物等の放射性物質が一次冷却材中に
出現することを十分抑制することができる。さらに、③炉心構成要素の構造材や配
管には、冷却材のナトリウムによってほとんど腐食しないステンレス鋼を用いた
上、一次冷却材についてはコールドトラップ等によりその中の不純物を除くなどの
純度管理を行うことによって、放射化した構造材が腐食して一次冷却材中に出現す
ることを抑制している。
 以上のとおり・「もんじゅ」においては、燃料要素中の放射性物質が一次冷却材
中に出現したり、放射化した構造材が腐食により一次冷却材中に出現すること自体
が十分抑制されている。
(二) 一次系からの放射性物質の漏えいの抑制(乙イ第二号証一五ページ、乙イ
第六号証八―四―三、八、八―八―六、一〇、八―九―一五、八―一三―八、九ペ
ージ)
 前記抑制策を前提としても、一次冷却材ナトリウム及び一次系アルゴンガスが中
性子により放射化することは避けられない。また、一次冷却材の純度管理を厳格に
行っても、一次冷却材中への放射化生成物の出現を皆無にはできないし、仮に、燃
料被覆管にピンホール(極めて微小な穴)等の欠陥が生じた場合には、燃料被覆管
内の核分裂生成物が一次冷却材中に漏出する可能性がある。
 このため、被告は、放射性物質が一次系内に出現した場合であっても、これを一
次系の内部に封じ込めることができるよう、一次系を構成する機器、配管等を設置
するに際して、その信頼性及び健全性を担保すべく細心の注意を払った。一例とし
て、鋼材同
士を可能な限り溶接施工することによって、放射性物質が一次系外へ漏えいするこ
とを抑制している。
 また、万一の漏えいに備えて、一次主冷却系の機器、配管にはナトリウム漏えい
検出器を、一次アルゴンガス系には雰囲気の放射能を検出するモニタや流量計をそ
れぞれ設置するなどして、その監視についても万全の措置を講じている。
(三) 一次系における放射性物質の処理(乙イ第二号証一八ないし二〇ページ、
乙イ第六号証八―八―九、一〇ページ、P9調書(一)二丁裏ないし二二丁裏)
 一次冷却材中に現れた放射性物質の一部は、前記(一)で述べたコールドトラッ
プによって除去されるが、大部分は一次系内に封じ込められる。
 また、一次アルゴンガス系内には、気体状又は揮発性の核分裂生成物等の放射性
物質が含まれることになるが、これらについては、一次アルゴンガス系に設置され
た常温活性炭吸着塔等によって保持し、放射能を減衰させて浄化を行う。
(四) 一次系外に現れる放射性物質の処理
 平常運転時に一次系外に現れる放射性物質は、気体、液体及び固体の各廃棄物で
ある。右各廃棄物については、その形態に応じて、以下に述べるとおり、十分な管
理の下に適切な処理を行っている(第八図参照。乙イ第四号証四八、四九ページ、
乙イ第六号証八―一二―一ページ)。
(1) 気体廃棄物の処理(乙イ第二号証二一、二三ページ、乙イ第六号証八―一
二―二、三、八―一三―七、八―一四―二ないし六、九―四―二、三ページ、P9
調書(一)二二丁裏ないし二四丁表)
 「もんじゅ」において発生する主な気体廃棄物は、①(a)設備の運転時の圧力
制御に伴って一次アルゴンガス系から排出される「廃ガス」及び(b)設備の定期
検査時等における機器の取付け、取外し等の操作等に伴う圧力制御やガス置換に伴
って一次アルゴンガス系から排出される「廃ガス」、②(a)燃料集合体等の洗浄
時に燃料取扱及び貯蔵設備から生じる「廃ガス」及び(b)燃料取扱及び貯蔵設備
の機器の置換え等による「廃ガス」、並びに③原子炉建物等における換気による
「排気」である。
 被告は、右①及び②の各廃ガスを処理するために「気体廃棄物処理設備」を、ま
た、右③の排気を処理するために「換気空調設備」をそれぞれ設置している。
ア 気体廃棄物処理設備は、廃ガス圧縮機、廃ガス貯槽、活性炭吸着塔装置等から
成る。活性炭吸着塔装置は、廃ガス中のキセノンを約
三〇日間、クリプトンを約四〇時間それぞれ保持して放射能を十分減衰させた後、
これを後記ウの排気筒に送る。活性炭吸着塔装置は、軽水炉での使用実績を参考
に、活性炭の吸着性能等を十分考慮して設計されている。
 気体廃棄物処理設備を構成する各機器は、いずれも原子炉補助建物内に設置して
いるが、右建物内の各部屋の雰囲気(室内空気)は、次に述べる換気空調設備によ
って、常時、換気や放射性物質の浄化等が行われている。
イ 換気空調設備は、原子炉格納施設及び原子炉補助建物等の換気、空調及び放射
性物質の浄化を行うものである。気体廃棄物処理に関係する設備としては、建物内
を換気し、放射性物質を浄化する原子炉格納施設換気空調設備、原子炉補助建物内
管理区域の換気空調設備、及びメンテナンス・廃棄物処理建物換気装置がある。
 これらの換気空調設備及び換気装置については、①適切な換気風量を確保すると
ともに、②換気に際しては、新鮮な空気を放射能レベルの低い区域に供給して、放
射能レベルの低い方から高い方へ空気が流れるようにする、③排気に際しては、フ
ィルタを通して微粒子等をろ過した上で行う、④右フィルタの点検、交換が可能な
施設とするといった措置を講じている。
ウ 以上述べた気体廃棄物処理設備及び換気空調設備からの排気は、原子炉補助建
物上部に設置されている標高一五三メートル(原子炉補助建物東側整地面から一一
〇メートル)の位置に排気口を有する排気筒から、放射性物質の濃度を監視しつ
つ、環境に放出している。
工 このように、被告は、気体廃棄物処理設備について、周辺公衆の被ばく低減を
十分に図り得るよう設計していることはもとより、施設内での漏えいの防止及び敷
地外への管理されない放出の防止の観点からも、十分な設計上の配慮をしている。
(2) 液体廃棄物の処理(乙イ第二号証二二、二三ページ、乙イ第六号証八―一
二―四ないし七、八―一三―八、九―四―一一ページ、P9(一)二四丁表ないし
二五丁表)
 「もんじゅ」において発生する液体廃棄物は、①使用済燃料集合体洗浄廃液等の
「燃料取扱及び貯蔵設備廃液」、②機器洗浄廃液等の「共通保修設備廃液」、③各
種の放射性廃棄物廃棄施設から出る「廃棄物処理設備廃液」、④建物の床等から集
められた「建物ドレン」、並びに⑤「洗濯廃液」である。
 被告は、液体廃棄物処理設備として、右①ないし④の各廃液を処理するために
「設備
廃液及び建物ドレン処理系統」を、右⑤の廃液を処理するために「洗濯廃液処理系
統」をそれぞれ設置している。
 右各処理系統は、受入タンク、モニタタンク等から構成され、以下のとおり、廃
液の性状に応じて処理等を行う。
ア 「設備廃液及び建物ドレン処理系統」では、廃液受入タンクで中和した後、廃
液蒸発濃縮装置によって、溶存固形分を濃縮分離する。濃縮廃液は、後記(3)で
述べる固体廃棄物処理設備で固化処理している。
 処理された水は、脱塩塔を通した後、廃液モニタタンクに送られ、ここで放射性
物質の濃度が十分低いことが確認されると、復水器冷却水と混合し希釈した上で、
放射性物質の濃度を監視しつつ、放水口から放出する。また、放出される総量を低
減するため、処理水の一部を、共通保修設備で機器洗浄水として再使用している。
イ 「洗濯廃液処理系統」では、保護衣類のうち下着類を水洗いする際等に発生す
る洗濯廃液を処理するが、右廃液については、その放射性物質の濃度は発生源から
して極めて低いと考えられるため、洗濯廃液受入れタンクでろ過処理の後、洗濯廃
液モニタタンクに送り、ここで放射性物質の濃度が十分低いことを確認した後、復
水器冷却水に混合し希釈した上で、放射性物質の濃度を監視しつつ、放水口から放
出する。なお、上着類の洗濯は、原則としてドライクリーニングとしているため、
これによって液体廃棄物が発生することはない。
ウ このように、被告は、液体廃棄物処理設備について、周辺公衆の被ばく低減を
十分に図り得るよう設計していることはもとより、施設内での漏えいの防止及び敷
地外への管理されない放出の防止の観点からも、十分な設計上の配慮をしている。
(3) 固体廃棄物の処理(乙イ第二号証二二、・二三ページ、乙イ第六号証八―
八―二六、二七、八―一二―八、九、九―四―一三ページ)
ア 「もんじゅ」において固体廃棄物として処理されるのは、①各種浄化装置で利
用された使用済樹脂、②蒸発濃縮装置からの濃縮廃液、③使用済活性炭、④使用済
みの布、紙、小物部品等の雑固体廃棄物、⑤使用済排気用フィルタ、及び⑥使用済
制御棒集合体等である。
 被告は、右各廃棄物を処理するため、廃樹脂タンク、廃液濃縮液タンク、プラス
チック固化装置、固体廃棄物貯蔵庫、固体廃棄物貯蔵プール等から構成される固体
廃棄物処理設備を設置している。
イ 固体廃棄物として処理されるもののうち、右①
及び②については、廃樹脂タンク及び廃液濃縮液タンクに貯蔵した後、プラスチッ
ク固化装置によって固化し、ドラム缶に詰める。右③についてはそのままドラム缶
に詰める。右④については、圧縮可能なものは圧縮減容しながらドラム缶に詰め
る。右⑤については放射性物質が飛散しないように梱包する。そしてこれらを、固
体廃棄物貯蔵庫で保管している。
 また、右⑥については固体廃棄物貯蔵プール及び原子炉補助建物内の水中燃料貯
蔵設備に貯蔵している。固体廃棄物貯蔵プール及び水中燃料貯蔵設備には、漏えい
の防止及び早期検知のため、ライナ(内張り)及び漏えい検出器をそれぞれ設けて
いる。
ウ 以上のとおり、被告は、固体廃棄物の処理についても、十分な配慮を行ってい
る。
3 放射性物質の放出管理
(一) 放射性物質の放出管理目標値(乙イ第六号証九―二―一四、一五、九―四
―一二、一七ページ)
 被告は、前記2(四)(1)及び(2)で述べたとおり、「もんじゅ」から放出
される気体廃棄物及び液体廃棄物中に含まれる放射性物質の量を極力低減させてい
るが(固体廃棄物は放出されない。)、右放射性物質のうち主要なものについて
は、想定される年間放出量を放出管理目標値として定め、それを超えないように放
射性物質の十分な放出管理を行っている。
 すなわち、被告は、「常陽」や海外の高速増殖炉等の実績を参考に、燃料被覆管
の欠陥率等を安全側に十分厳しく仮定した上で、「もんじゅ」の運転に伴って放出
される放射性物質の種類及び量を評価した結果、気体廃棄物については、①希ガス
が年間二二〇〇キュリー(現在の単位系では約八万二〇〇〇ギガベクレル。以下か
っこ内に現在の単位系による数値を示す。)、②よう素一三一が〇・〇〇四四キュ
リー(約〇・一五ギガベクレル)、③液体廃棄物(トリチウムを除く。)が合計
〇・一五キュリー(約五・五ギガベクレル)とそれぞれ想定されたので、右各放出
量評価値を「もんじゅ」における放出管理目標値とした(評価の詳細は、被告準備
書面(二)一二八ないし一三二ページで述べた。乙イ第六号証九―二―一四、一五
ページ)。
(二) 放出放射性物質の管理関係設備(乙イ第四号証五二、五三ページ、乙イ第
六号証八―一二―六、八―一三―七ないし一〇、九―三―一、三ページ)
 被告は、放射性物質を環境中に放出するに当たって、以下に述べる放射線管理関
係設備によって、放出前、放出時及
び放出後に、放射線モニタによる計測及び試料採取分析(サンプリング分析)等を
行い、厳重な監視及び管理を行っている。
(1) 気体廃棄物については、気体廃棄物処理設備及び換気空調設備からの各排
気を前記二2(四)(1)ウで述べた排気筒から放出するに先立ち、右各設備及び
右各設備に至る各系統並びに各室内の放射性物質濃度ないし放射線レベルを、放射
線監視設備の①プロセスモニタや②エリアモニタによって監視するとともに、③試
料採取分析等による放射能測定等を行い、さらに、排気筒からの放出後は、④モニ
タリングポスト等の屋外放射線監視設備あるいは後記(4)で述べる⑤環境試料の
放射性物質濃度の測定等によって監視している。
(2) 液体廃棄物についても、液体廃棄物処理設備からの排水を放水口から放出
するに先立ち、右設備及び右設備に至る各系統における放射性物質濃度等を、①プ
ロセスモニタや②漏えい検出器あるいは③モニタタンクの試料採取分析等によって
それぞれ監視し、放出時には、放射性物質の濃度を④排水モニタによって常に監視
し、さらに、放出後は、⑤環境試料の放射性物質濃度の測定等によって監視してい
る。
(3) 右(1)及び(2)で述べた各種の放射線モニタや屋外放射線監視設備等
が検知・計測した各情報は、すべて中央制御室において把握することが可能であ
り、検知・計測した内容に異常が認められる場合には、自動的に警報を発して注意
を喚起するため、運転員は必要に応じて適切な措置を採ることができる。
(4) さらに、環境中に放出される気体廃棄物及び液体廃棄物による敷地外の環
境放射能を測定するため、①空間ガンマ線の線量率を連続的に測定し、また、積算
線量を定期的に測定するとともに、②環境試料として、海水、海底土、海洋生物、
陸水、陸士、陸上生物等を採取して、右環境試料に含まれる放射性物質濃度の定期
測定を実施している。なお、右各測定結果は、福井県内の原子力発電所設置者(関
西電力株式会社及び日本原子力発電株式会社)の測定結果とともに、福井県環境放
射能測定技術会議において、総合的、広域的に検討され、右検討結果は公表されて
いる。
4 原子炉施設から直接放出される放射線の抑制
 ALARAの考え方に基づき、周辺公衆の被ばくを合理的に達成できる限り低く
抑えるためには、放射性物質の放出を抑制することに加え、内蔵する放射性物質か
ら放出される放射線による
周辺公衆の被ばくについても、できる限り低く抑える必要がある。
 「もんじゅ」については、以下のとおり、放射線がコンクリートや鋼板等を通過
する間に減衰する性質を利用した十分なしゃへい設備を設置するとともに、放射線
管理設備を設置している(乙イ第六号証八―一三―一、五ページ)。これにより、
放射線が周辺に直接到達する直接線量、及び放射線が空気中の分子等により散乱さ
れて周辺に到達するスカイシャイン(sky shine)線量は、無視できる程
度に十分小さな値となる(乙イ第六号証八―一三―四ページ、乙イ第七号証九一
二、九一三ページ)。
(一) 原子炉本体からの放射線については、①原子炉容器の周囲に設置された、
厚さ約二メートルの六角形筒状の鉄筋コンクリート構造物である原子炉容器室壁、
及び②原子炉容器の上部に設置された、ステンレス鋼、炭素鋼等から成るしゃへい
プラグ等によって遮へいする(原子炉本体しゃへい。乙イ第六号証八―一三―二ペ
ージ)。
(二) また、原子炉容器室壁及び一次主冷却系室壁によって、一次主冷却系機器
等の放射化を防止し、原子炉からの放射線を減衰させる(一次主冷却系しゃへい。
乙イ第六号証八‐一三‐二、三ページ)。
(三) 原子炉容器及び一次主冷却系等を収納する原子炉格納容器の外側には、鉄
筋コンクリート構造物である外部しゃへい建物を設置し、これによってその外側へ
の放射線を更に減衰させる(原子炉格納容器外部しゃへい。乙イ第六号証八―一三
―三ページ)。
(四) 原子炉補助建物、燃料取扱及び貯蔵設備等についても、壁コンクリート、
水、鉄、鉛などによって必要な遮へいを行っている(乙イ第六号証八―一三―三ペ
ージ)。
(五) さらに、周辺公衆の被ばくが十分低く保たれていることを監視するため、
放射線管理設備を設置している(乙イ第六号証八―一三―五ページ)。
三 周辺公衆の被ばく線量及びこれによる公衆の影響
 環境中へ放出された放射性物質は、海水中、大気中に移行し、拡散することとな
るが、以下に述べるとおり、被告は、周辺公衆の被ばく線量を評価し、その結果、
その値は十分に小さく、人体に何らかの影響を与えるものでないことを確認してい
る。
1 公衆の被ばく線量の限度(公衆の線量当量限度)
(一) 国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告(乙ロ第一号証五五、五六ペー
ジ、乙ロ第二号証三、一二、二一、二六ページ、乙ロ第三号証四二、四四ページ、
乙ロ第五号証一九ないし二一ページ)
 ICRPは、一九六五年と一九七七年に、公衆の被ばく線量の限度として、年間
五ミリシーベルト(一九六五年当時の単位系では五〇〇ミリレム。換算に当たって
は一〇〇ミリレムを一ミリシーベルトとする。以下同じ。)という値を勧告した
が、その後、知見の進展等を踏まえて新たな勧告や声明を発している。現時点にお
ける最新の勧告は一九九〇年のものである。その内容は、公衆の被ばく線量の限度
を年間一ミリシーベルトとする(これは、一九八五年のパリ声明と同じである。)
が、五年間における平均が年間一ミリシーベルトを超えない限り、単一年にこれよ
りも高い線量が許されることもあり得るとするものである(乙ロ第一号証五五、五
六ページ)。
 右の各勧告は、放射線防護上、いかに低い被ばく線量でも影響が生じるかもしれ
ないとの慎重な仮定の下にされたものである(なお、右に述べた一九六五年や一九
七七年の勧告が放射線業務従事者のリスクや生活上安全と考えられる行為のリスク
との比較によりされたのに対し、一九九〇年の勧告は自然放射線による被ばくの地
域差が年間一ミリシーベルト程度であること等に着目してされたものである。)。
(二) 我が国における周辺公衆の被ばく線量の規制
 我が国では、ICRPの一九八五年パリ声明を受け、試験研究の用に供する原子
炉等については、「線量当量限度等を定める件」三条により、法的規制値として、
周辺監視区域外の線量当量限度を年間一ミリシーベルトと定めた。研究開発段階の
原子炉である「もんじゅ」には、右の値が適用される。
 他方、原子力安全委員会(昭和五三年一〇月に同委員会に改組前の原子力委員会
を含む。以下同じ。)は、ALARAの考え方を尊重して、発電用軽水炉について
の「線量目標値指針」(乙イ第七号証三七四ないし三七八ページ)により、周辺公
衆の受ける被ばく線量の目標値(法的規制値である前記線量当量限度とは異な
る。)を年間〇・〇五ミリシーベルトと定め(乙イ第七号証三七四ページ)、その
評価の方法として、「線量目標値評価指針」(乙イ第七号証三七九ないし四四〇ペ
ージ)を定めた。
 そして、原子力安全委員会は、高速増殖炉について、「評価の考え方」におい
て、前記二1で述べたとおり、通常運転時の環境への放射性物質の放出量について
は、線量当量限度を下回ることのみならず、合理的に達成できる限
り低く保つよう設計上の対策を講じるべきであるとした上で、線量の評価に当たっ
ては、右の「線量目標値評価指針」等を参考にし得るとした(乙イ第七号証六四九
ページ)。
2 周辺公衆の被ばく線量の評価値
(一) 評価方法(乙イ第六号証九―五―一ないし一九ページ)
 そこで、被告は、「線量目標値評価指針」を参考に、前記二3(一)で述べた放
出量評価値に相当する放射性物質が年間を通して環境中に放出されると仮定して、
「もんじゅ」の平常運転による周辺公衆の被ばく線量を評価した。この際に、排気
筒から大気中に放出される放射性物質の拡散状況については、「気象指針」に従
い、「もんじゅ」の敷地における一年間の気象観測の実測値等並びに建物及び地形
による影響等を適切に考慮した。また、高速増殖炉特有のアルゴン三九、ナトリウ
ム二二等についても、半減期や放出する放射線のエネルギー等を、ICRP等の文
献により適切に評価をした。
(二) 評価結果
 右の評価により、以下の結果が得られた
(1) 全身被ばく線量
 気体廃棄物中の希ガスのガンマ線による全身被ばく線量は、排気筒から東南東へ
約六九〇メートルの周辺監視区域境界で最大となり、その被ばく量は年間約〇・〇
〇〇五七ミリシーベルト(約〇・〇五七ミリレム)である。また、液体廃棄物中の
放射性物質による全身被ばく量は、年間約〇・〇〇〇五三ミリシーベルト(約〇・
〇五三ミリレム)とされたことから、年間の全身被ばく量の合計は約〇・〇〇一一
ミリシーベルト(約〇・一一ミリレム)と評価できた(乙イ第六号証九―五―六、
八ページ)。
(2) 甲状腺被ばく線量
 気体廃棄物中のよう素による甲状腺被ばく線量は、排気筒から東南東へ約六九〇
メートルの周辺監視区域境界に居住する幼児がその付近で栽培される葉菜を摂取し
たと仮定した場合に最大となり、その被ばく線量は年間約〇・〇〇〇〇五七ミリシ
ーベルト(約〇・〇〇五七ミリレム)となった。また、液体廃棄物中のよう素によ
る甲状腺被ばく線量は、幼児及び乳児が原子炉施設の前面海域に生息する海産物を
摂取した場合に最大となり、その被ばく線量は年間約〇・〇〇五三ミリシーベルト
(約〇・五三ミリレム)であった。そして、気体廃棄物及び液体廃棄物中のよう素
を幼児又は乳児が最大に摂取した場合の甲状腺被ばく量も、年間約〇・〇〇五三ミ
リシーベルト(約〇・五三ミリレム)と評価できた(乙イ第六号証九
―五―一四、一七、一九ページ)。
(3) 右に述べた評価値は、「線量当量限度等を定める件」が定める周辺監視区
域外の線量当量限度(年間一ミリシーベルト)を大幅に下回るものである。また
「線量目標値指針」に示された、発電用軽水炉に関する線量目標値(年間〇・〇五
ミリシーベルト)をも十分に下回る。
 なお、後記3(一)(3)で述べるとおり、右の評価値は、自然放射線による被
ばく線量の地域差(年間約〇・四ミリシーベルト。乙第二号証二九五ページ、乙ロ
第八号証一一二、一一三ページ)と比べても、これをはるかに下回るものである
(乙イ第四号証五〇、五一ページ)。
(4) なお、これまでに検討した以外の被ばくの形態としては、①気体廃棄物中
のよう素及び粒子状放射性物質が拡散移動する過程での外部被ばく、②気体廃棄物
中のよう素及び粒子状放射性物質が地表に沈着し、これらから放出される放射線に
よる外部被ばく、③気体廃棄物中の粒子状放射性物質の吸入及びこれらが付着した
農作物等を摂取することによる内部被ばく、④気体廃棄物中のトリチウムの吸入に
よる内部被ばく、⑤液体廃棄物中のよう素及び粒子状放射性物質による遊泳中、漁
業活動中、海浜作業中等の外部被ばく等が考えられる。
 しかし、これらの形態による被ばくについては、これまでの他の原子力発電所の
運転経験や放射線等に関する調査、研究により、その被ばく線量が被ばく線量全体
に寄与するところは極めてわずかであって(乙第四号証六〇四、六〇五、六一一、
六一二ページ、乙イ第七号証九一〇、九一一、九一四ページ)、前記二3(一)並
びに本項(1)及び(2)で述べた被ばく形態が主要なものであることが明らかに
されている。本項(1)及び(2)で述べた評価値自体が、極めて保守的な仮定に
基づくものであることを併せ考えると、これらの被ばく形態を考慮したとしても、
周辺公衆の受ける被ばくが、前記各評価値を上回ることは考えられない。
3 「もんじゅ」の平常運転による周辺公衆への影響
 放射線の人体への影響には、確定的影響(被ばく線量の増加とともに重篤度が大
きくなるものであり、①被ばく後短期間で臨床症状が現れる早期影響と、②かなり
長い潜伏期を経て現れる晩発影響(ただし、発がんを除く。)とがある。)と確率
的影響(被ばく線量が増えても重篤度は変わらないが、影響の発生率が増大するも
のであり、①被ばくした個体に生じる晩発
影響(発がん)と、②被ばくした個体の子孫に生じる遺伝的影響とがある。)とが
ある。前者については、被ばく線量との関係が明らかになっており、これによれば
「もんじゅ」の平常運転に係る前記2(二)(1)及び(2)で述べた線量評価値
程度の放射線の被ばくによって確定的影響が現れることはない。
 また、後者についても、以下に述べるとおり、「もんじゅ」における前記線量評
価値程度の線量を被ばくした場合に、有意な確率的影響が現れるとの実証性のある
知見は全く得られておらず、自然放射線被ばくの地域差からみても、その影響は全
く無視することができるものである(詳細は、被告準備書面(二)二〇ないし二五
ページ、同(六)七ないし一二ページで述べた。)。
(一) 低線量被ばくの人体への影響に関する知見
(1) 晩発影響
 被ばくによる身体に対する晩発影響としては、白血病その他のがん及び白内障
(白そこひ)等が問題となる。
 晩発影響のうち、白内障については、眼に高線量の放射線を被ばくした場合(短
時間に一回又は何回かに分けて合計して数シーベルト以上のガンマ線又はエックス
線を被ばくした場合)には、水晶体の濁り、すなわち白内障が発生することがある
が、低線量の放射線を被ばくした場合には、白内障は発生せず、後記四1(一)で
述べるしきい線量が存在することが判明している(乙ロ第一号証一九、一二二ペー
ジ)。
 一方、白血病やその他のがんの発生に関し、比較的高線量を被ばくした場合につ
いては、線量と発生率との関係についてある程度の知見が得られているが、低線量
の場合に有意な発生を認めるとの知見は得られていない(乙ロ第一号証二〇、二
一、二三ページ)。
(2) 遺伝的影響
 遺伝的影響とは、生殖細胞の中にある遺伝子が、物理的、化学的その他何らかの
原因によって突然変異を生じ、その遺伝子が子孫にまで伝えられた結果、その子孫
に何らかの健康上の異常をもたらすこと、あるいは、遺伝子が座を占めている染色
体が同様の原因によって形態学的変化を生じ、同様に、それが子孫に伝えられた結
果、何らかの異常をもたらすことをいう。放射線は、この遺伝的影響の原因の一つ
となり得るものとされている。
 被ばくした放射線の量とそれによって生じる人体への遺伝的影響の有無及び程度
との関係については、発がんの場合と異なり、高線量の場合ですら影響があるとの
実証性のある知見は得られておらず、動
物実験あるいは試験管内実験の結果に基づき推定されるにとどまる(乙ロ第一号証
二六ページ)。また、放射線被ばくが人体に与える遺伝的影響については、広島、
長崎の原爆被爆者の子孫に及ぼす影響の有無に関して研究が進められているが、平
均約五〇〇ミリシーベルトの線量を被ばくした被爆者集団についても、次世代に遺
伝的影響が生じたとの結果は得られていない(乙ロ第六号証五〇ページ)。
(3) 自然放射線による被ばくとの対比
 右に述べたように、低線量放射線被ばくによる人体への影響の有無についての実
証性のある定量的な知見が得られていない現状において、「もんじゅ」の前記線量
評価値程度の低線量の放射線被ばくが人体に及ぼす影響の有無を理解するに際して
参考になるのが、自然放射線による被ばくの地域差である。
 人間は、一年間に一人当たり平均して約一ミリシーベルト(屋内のラドン等によ
る被ばくを除く。)の自然放射線を被ばくしているが、地域や建物、生活習慣等に
よって大きな差がある。すなわち、自然放射線の一つである宇宙線による被ばく線
量は、例えば、ブラジリア、ナイロビ、テヘラン、メキシコシティ等の高地では、
東京のような低地に比べ二倍近くになる。また、大地からの自然放射線についても
地域差があり、米国のデンバーでは、自然放射線による被ばく量が約二ミリシーベ
ルト、中国の広東省のある地域では、約三ミリシーベルトとなっており、さらに、
ブラジルやインドのある地方では、年間約一〇ミリシーベルトを超える所もある
(乙第二号証二九四ページ、乙イ第四号証五〇、五一ページ)。
 我が国においても、人間が被ばくする自然放射線の量は地域によって異なり、最
小の地域で一人当たり年間約〇・八ミリシーベルト、最大の地域で年間約一・二ミ
リシーベルトとされる(屋内のラドン等による被ばくを除く。乙第二号証二九四、
二九五ページ、乙ロ第七号証五、六ページ、乙ロ第八号証一一二、一一三ペー
ジ)。そして、右の自然放射線による被ばく線量が異なる地域を相互に比較してみ
ても、晩発影響や遺伝的影響の発生率に有意な差は全く認められていない(乙第二
号証二九四ページ、乙ロ第七号証六ページ、乙ロ第九号証七四、七五ページ)。
 右のことから、放射線の被ばく量に、右の地域間の自然放射線量の差程度の変動
が生じたとしても、これによって人の生命・身体に影響があるとはいうことはでき
ず、その影響は
、無視できる程度のものであるということができる(乙ロ第四号証一一ページ)。
 「もんじゅ」の運転に伴って周辺公衆が受ける可能性がある被ばく線量の最大値
は、前記2(二)(1)及び(2)で述べたとおり、①全身被ばく線量が年間約
〇・〇〇一一ミリシーベルト、②甲状腺被ばく線量が年間約〇・〇〇五三ミリシー
ベルトであるが、右は、我が国における自然放射線による被ばく線量の地域差(年
間約〇・四ミリシーベルト)と比べてもはるかに低く(右の①と②を合わせても、
約六〇分の一にすぎない。)、これによって人の生命・身体に影響があるというこ
とはできない。
(二) まとめ
 以上を総合すると、「もんじゅ」の前記線量評価値程度の低線量の被ばくによる
人体への影響については、これを無視することができ、原告らの生命・身体に何ら
かの影響を及ぼすということはない。
四 原告らの主張について
 原告らは、低線量放射線の影響に係る種々の研究論文を挙げ、「もんじゅ」の線
量評価値程度の低線量の放射線によっても、原告らの生命・身体に危険が及ぶ旨を
主張する。
 しかし、低線量放射線が人体に影響を及ぼす旨の実証性のある定量的な知見が得
られていないことは既に、三3(一)(1)及び(2)で述べたとおりである。以
下では、念のため、原告らが挙げる研究論文のうち、主なものについて、それが原
告らの主張の根拠とならないことを指摘する。
1 プレストンとピアスの一九八七年報告書について
(一) 原告らは、プレストン(preston)とピアス(pierce)の
「原爆被爆者の線量推定方式の改定による癌死亡リスク推定値への影響と題する一
九八七年報告書(甲第一二号証)を挙げ、右報告毒よれば、放射線による確立的影
響には「しきい値」(放射線の人体に対する影響はある限度以上の線量を被ばくし
た場合にのみ現れ、これを下回る低い被ばく線量では人体には影響がないとされる
場合の限度。しきい線量ともいう。)は存在せず、低線量域をも含めて線量とリス
クとは比例関係にあることが明らかになったとして、「もんじゅ」の線量評価値程
度の低線量の被ばくによっても、原告らの生命・身体に危険が及ぶ旨主張する(原
告ら準備書面の一四の第二、三)。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、右報告書に対する曲解
に基づくものであり、失当である。
 すなわち右報告書は、広島・長崎の原爆よる放射線被ば
く集団に関する最新データを基に、一九六五年に開発された暫定線量推定方式(通
称T六五D)と一九八六年に開発された線量推定方式(通称DS八六)を用いて、
両方式による発がんリスク評価の比較を行ったものである。したがって、右報告書
において扱われているのは、「もんじゅ」における前記全身被ばく線量年間評価値
のおよそ一〇〇万ないし二〇〇万倍に当たる一ないし二シーベルトという高線量・
高線量率の被ばくに関するものである。
 プレストンらが、右報告書において、高線量域でのリスクを基に、低線量域まで
線量とリスクとが比例関係にあるとの仮定を前提として評価を行っているのは、保
守的な結果が得られるよう右の仮定をおいている(甲第一二号証一、二、三四ペー
ジ)に過ぎず、右報告書は、低線量域において、線量とリスクとが比例関係にある
ことを論証したものではないし、右の仮定がどの程度の低線量域まで妥当するか、
あるいはそもそもしきい線量が存在するか否かを明らかにしたものではない。プレ
ストンら自身も、右報告書において、原爆被爆者のデータから、低線量被ばくと発
がんのリスクとの関係がどのようになるのかはほとんど推論できないことを認めて
いる(甲第一二号証三一ページ)。
 また、放射線影響研究所が一九八八年に発行した寿命調査第一一報第二部は、高
線量域で得られたリスク係数を基にして低線量域でのリスクを外挿することは困難
であるとし、〇・二グレイ未満(グレイは任意の物質中の放射線の吸収線量である
ため、単純に他の単位に換算し得ないが、一定の条件を与えて便宜換算すると、
〇・二グレイは二〇〇ミリシーベルトに相当する。)では、リスク係数の増加はい
ずれのがん部位においても統計学的に有意ではないとして、右の値未満での発がん
のリスクを肯定するには至っていない(乙ロ第一〇号証三八ページ)。
 さらに、ICRPは、放射線影響研究所の右各報告書を検討した結果、日本人調
査集団における統計学的に有意な「がん」の過剰は、九五パーセント信頼レベルで
は、二〇〇ミリシーベルト(約〇・二シーベルト)以上の線量で認められ、それよ
り低い信頼レベルでも、五〇ミリシーベルト(〇・〇五シーベルト)程度の線量で
認められる(乙ロ第一号証二〇ページ)とし、五〇ミリシーベルト以下のデータに
ついては、その信頼性を認めていない。
(二) なお、原告らは、プレストンとピアスの前記報告書によ
り、T六五Dは放射線の影響を過小に評価するものであることが明らかになり、こ
れに依拠して行われたICRPの勧告には、がん発生等のリスクを不当に低く見積
った誤りがあるとも主張する(原告ら準備書面一四の第二、三)。
 しかし、一九九〇年の前記ICRPの勧告は、それまでに公表されたDS八六や
プレストンらの前記報告書等を含め、放射線の生物に対する影響に関する多くの研
究を検討の対象とした上で行われたものであるから(乙ロ第一号証二、三、一七ペ
ージ)、原告らの右主張は前提を誤るものであって理由がない。
 すなわち、前記ICRPの勧告は、しきい値があるとの確証も得られていないこ
とから(乙ロ第一号証二一ページ)、放射線防護の見地に立って低線量被ばくをも
考慮するものの、低線量リスクの定量的な推定に役立つ調査はほとんどなく(乙ロ
第一号証二一ページ)、かえって、その影響について、高線量・高線量率下の影響
と同様の比例関係は成立しないとの見解が多数であることから、低線量・低線量率
下の影響を一定の係数で減じる線量・線量率効果係数DDREFという考え方を導
入した。そして、DDREF値については、これを五あるいは一〇とする見解(す
なわち低線量・低線量率下の影響については、高線量・高線量率下の影響を比例的
に減じた値の更に五分の一、あるいは一〇分の一とする見解)もあるところ、同勧
告は、保守的である可能性を想定しつつこれを二と定めた。そしてこれに基づき、
継続的被ばくによるリスクを評価したところ、五ミリシーベルトの継続的被ばくで
も年齢別死亡率の増加は非常に小さいとされたこと、自然放射線源からの実効線量
の地域差は年間約一ミリシーベルトであり、この程度の線量レベルを容認不可とま
でいうことはできないこと等を総合的に考慮して、年一ミリシーベルトを勧告値と
したものである(乙ロ第一号五五ページ)。
 ICRPの勧告値あるいはDDREF値について、何らの根拠もなく適当に定め
たとの非難(P5調書(一)九丁表ないし一〇丁表)は当たらない。
(三) これらを総合すると、広島・長崎における原爆の影響評価の見直しを前提
としても、公衆の被ばく線量の限度年間一ミリシーベルトを容認し得るとした前記
ICRPの勧告の妥当性は失われず、これをも大幅に下回る「もんじゅ」の前記線
量評価値程度の低線量の被ばくによって(全身被ばく線量年間約〇・〇〇一一ミリ
シー
ベルトと甲状腺被ばく線量年間〇・〇〇五三ミリシーベルトとを合わせても、前記
ICRPの勧告値(年間一ミリシーベルト)の一五〇分の一以下である。)、周辺
住民の生命・身体に影響が及ぶものでないことは明らかである。
2 その他の原告らが挙示する調査・研究例について
 原告らは、スチュワート(Stewart スチュアート)、マンクーゾ(Ma
ncuso マンクーソー)及びロートブラット(Rotblat ロットブラッ
ト)が行った各調査、研究により、ICRPにおける放射線の人体に対する影響の
評価、すなわち発がん等のリスク評価の誤りが明らかにされた旨主張する(訴状一
四三、一四四ページ、原告ら準備書面一一の第二の四1(二)。なお、スチュアー
トの調査、研究については甲ロ第九号証が提出されているが、マンクーソー及びロ
ットプラットの調査、研究について、甲号証の提出はない。)。
 しかしながら、右の各調査・研究は、以下に述べるとおり、権威ある機関によ
り、その判断の過誤や統計学上の弱点が指摘されるなど、その信頼性に欠けるもの
であり、原告らの右主張の根拠になるものではない。
(一) スチュアートの調査・研究について
 スチュアートは、小児がんの超過発生事例を挙げ、これは、小児がその胎児期に
低線量の放射線被ばくをしたことが原因であるとした。
 しかし、「米国放射線防護測定審議会(NCRP)」は、その一九七七年報告書
において、スチュアートが挙げる小児がんの超過発生は、胎児期に受けた低線量被
ばくに起因するというよりは、むしろ、放射線以外の要因による可能性があるとし
て、スチュアートの右見解を否定した(乙ロ第一一号証(和訳)三、四ページ)。
 また、ICRPの放射線影響専門委員会も、一九八一年会議において、小児がん
の原因を胎内被ばくによるものと判断することは誤りであって、小児がんの発生に
とって放射線以外の要因の方が重要であるとするトッター(Totter)らの見
解を支持した(乙ロ第一二号証八ページ)。
 さらに、ICRPは、その一九九〇年勧告において、スチュアートの右見解や
(二)で述べるマンクーソーの見解を含め,低線量被ばくについて種々の調査・研
究があるものの、右調査・研究には方法論上の問題があること、その解釈上問題が
あること等から、定量的根拠となるほど強力なものではないとしている(乙ロ第一
号証一六七、一六八ページ)。
(二)
 マンクーソーの調査・研究について
 マンクーソーは、ハンフォード原子力施設に従事した経験を有する者の多発性骨
髄腫等の発生は、放射線被ばくによるものであるとの見解を示した。
 しかし、ICRPの放射線影響専門委員会は、一九七九年会議において、体内被
ばくや医療被ばくを全く考慮していないこと、発がんまでの潜伏期を考慮していな
いこと、ハンフォード原子力施設においては多発性骨髄腫及びすい臓がんの死亡が
多いが、これは放射線以外の原因(例えばかつて取り扱っていた化学物質)を考え
た方がよいこと等を理由として、マンクーソーの右見解は信用するに足りないとし
た(乙ロ第三号証二三五ページ)。
 また、米国アカデミー米国研究審議会の「電離放射線の生物学的影響に関する委
員会(BEIR委員会)」も、一九八〇年の報告書において、その根拠とする調査
対象事例が極めて少なく統計学上の弱点を有していること、仮にマンクーソーの右
見解が正しいとするならば、多発性骨髄腫やすい臓がんが、自然放射線被ばくによ
って現実とは比べものにならないほどに発生していなければならないことになり、
論理的に信じられないこと等を理由に、マンクーソーの右見解を否定した(乙ロ第
一四号証三四四ページ)。
 なお、証人P5は、ニール(Kneale)とスチュアートのハンフォード原子
力施設に関する論文(甲ロ第九号証)が、線量率が低いと放射線によってがんにな
る割合が低くなるとの考えには賛同できないとしていること等を挙げて、低線量に
おいてもがんの発生が顕著であることが明らかになった旨を証言する(P5調書
(一)一〇丁表、同裏)。
 しかし、右論文は、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEA
R)」の一九九四年報告書において、非標準的かつ不適切な統計手法を用いたもの
であるとされており(乙ロ第九号証七〇、七一ページ)、これによって低線量領域
におけるがんの発生が実証されたということはできない。
(三) ロットブラットの調査・研究について
 ロットプラットは、一九七八年に「THE BULLETIN OF THE 
ATOMIC SCIEN‐TISTS(原子力科学者紀要)」に投稿した「Th
e risks for radiation workers(放射線業務従事
者に対するリスク)」と題する論文(乙ロ第一五号証)において、すべてのがん死
に対するリスクとして、一〇〇万
人・レム当たり八〇〇人という値を示した。
 ロットブラットが示した右の値は、広島原爆投下後、三日以内に市内に入った人
々の被ばく線量を幾つかの単純な仮定を置いた上で評価し、白血病によって死亡し
た人数との関係から一〇〇万人・レム当たり二四〇人との値を求め、更に対象者の
三分の一は原爆被爆犠牲者に与えられる利益を得るため虚偽の申告をしていると仮
定して、白血病による死亡のリスクを一〇〇万人・レム当たり一六〇人と推定し、
その上でこれを五倍したもの(乙ロ第一五号証(和訳)二ページ)である。
 しかしながら、右論文については、白血病による死亡のリスクを推定する方法や
根拠となる具体的なデータが全く明示されていないばかりでなく、出典の明らかな
データについてもその不確実性を無視しているとともに、右の結論を導くのに好都
合の数値や仮定のみが引用されていることなどから、信頼するに足りるものではな
い(乙ロ第一五号証(和訳)二、三ページ、乙ロ第一六号証四五〇、四五九ペー
ジ)。
(四) ウイング、ガードナーの調査・研究について
 証人P5は、米オークリッジ国立研究所(ORNL)の職員の死亡率に関するウ
イング(Wing)の論文(甲ロ第一〇号証一ページ)によれば、放射線被ばく後
二〇年に達すると放射線とがんの死亡率との間に相関が認められるとして、長期間
にわたり調査を行えば放射線の人体への影響が認められる旨を証言し、また、英国
セラフィールド核施設周辺の子供たちに生じた白血病等に関するガードナー(Ga
rdner)らの論文(甲ロ第一六号証二二ページ)により、放射線による遺伝的
影響が明らかになった旨を証言する(P5調書(一)一一丁裏ないし一二丁裏、一
四丁裏、一五丁表)。
 しかしながら、右の各論文は、以下に述べるとおり、低線量放射線の人体への影
響を実証したものではない。
(1) ウイングの右論文については、UNSCEARの一九九四年報告書によっ
て、がん死亡率と有意な相関が認められるのは、喫煙と考えられるとされた(乙ロ
第九号証七一ページ)。
(2) また、ガードナーらの前記論文について、UNSCEARの一九九三年報
告書は、他の集団で得られた最近の結果がガードナーらの結論を支持していないこ
と、セラフィールド施設で働く父親とその子供の白血病との相関の統計的増加は、
わずか四人の子供に見られる白血病に基づいているに過ぎず、大部分の他の白
血病の子供の父親は他の工場施設で働いていたことから、被ばくした親についての
他の観察結果と整合しないこと、一〇ミリシーベルト程度の放射線量が白血病を誘
発するものならば、同じ線量で同じ集団に別の疾患が誘発されると予測されるが、
セラフィールドではそのような他の遺伝病の発生が報告されていないこと等から、
ガードナーらの結論が正しいとはいえないとした(乙ロ第一七号証七六五、七六六
ページ)。
(五) 以上のとおり、ICRPの勧告値(年間一ミリシーベルト)程度の低線量
被ばくによって人体に重大な影響が生じるとの実証性のある調査等はなく、右勧告
値をも大き<下回る「もんじゅ」の平常時被ばくによって、原告らの生命・身体に
危険が及ぶとする原告らの主張に理由のないことは明らかである。
3 人工放射性核種による影響について
 原告らは、人工放射性核種には、生体内に入りやすく、蓄積、濃縮されやすいも
のがあることから、自然放射性核種と人工放射性核種とを直接比較することはでき
ず、また、人体は、自然放射性核種に対してはある種の適応性を獲得しているが、
人工放射性核種はそうではないから、自然放射線の地域差を根拠に、「もんじゅ」
の線量による影響を評価することは合理性を欠く旨主張し(原告ら準備書面(七)
四四ないし四七ページ)、甲ロ第八号証八〇ページにはこれに沿う記載がある。
 しかし、右の主張や書証の記載には、何らの根拠もない。
 放射線が人体に与える影響は、自然放射線、人工放射線を問わず、放射線の種類
に応じ線質等の違いによる重み付けをした線量当量という共通の尺度を用いて評価
が行われており(乙ロ第三号証六ページ)、前述した公衆の被ばく線量の評価も、
人工放射性核種の環境中、生体中の挙動を考慮して行ったものである(乙イ第六号
証九―五―一ないし一九ページ)。
 被告は、人工放射性核種の性質を考慮した上でその影響を合理的に評価している
のであって、原告らの主張は失当である。
4 プルトニウムについて
 原告らは、プルトニウムが放射性物質の中で最も毒性の強い物質であって、これ
を十分管理することはできず、危険である旨を主張し(訴状二二八、二二九ペー
ジ)、証人P5はこれに沿う証言をする(P5調書(一)一五丁裏ないし一七丁
裏)。
 しかしながら、右の主張は、以下に述べるとおり、「毒性」という言葉でいたず
らにプルトニウムの危険性を強調するに過ぎず、プルトニウムを燃料として用いる
「もんじゅ」の危険性を何ら具体的に根拠づけるものではない。
(一) プルトニウムは、生体等に大きな被ばく影響を与えるアルファ線放射性核
種(崩壊するときに、アルファ線を出す物質)であり、右核種には、プルトニウム
のほか、天然に存在するウラン、ラジウム、ラドンなども含まれる。これらを比較
すると、プルトニウムの比放射能(単位質量当りの放射能)は、ウランのそれに比
べればはるかに高いものではあるが、長年にわたって医療用にも用いられてきたラ
ジウムのそれよりは低い(乙ロ第一八号証六七ないし六九ページ)。また、アルフ
ァ線は、その透過力が弱く、皮膚を通り抜けることすらできないため、生体が大き
な被ばくの影響を受けるのは、アルファ線放射性核種が吸入等により体内に摂取さ
れ、これが肺等の臓器に留まった場合に限られる。
(二) 「もんじゅ」において、プルトニウムは炉心の燃料中に存在するが、右の
プルトニウムは、前記第一の二2(二)(2)イで述べた多重防護の考え方に基づ
き、燃料ペレットとして強固に焼き固められた状態でステンレス鋼製の燃料被覆管
の中に収められ、さらにその上に安全確保対策が幾重にも講じられていることから
も、平常運転時はもとより、事故時においても、「もんじゅ」の運転によって、プ
ルトニウムが環境に放出されることはない。
(三) なお、原子力安全委員会は、「プルトニウムに関するめやす線量につい
て」と題する決定により、立地評価のために、プルトニウムのめやす線量を定める
とともに、プルトニウムの物理化学的性質や生体内挙動を考慮した人体への影響評
価の評価方法を定めている(乙イ第七号証六三七ないし六四六ページ)。
 右のめやす線量は、原子力施設と周辺公衆との離隔の妥当性を評価する観点か
ら、プルトニウムの放出を仮想した場合であっても、周辺公衆の健康に影響を与え
ないようその線量の限界値を示したものであるが、被告は、立地評価のための仮想
事故として、プルトニウムの一定量が原子炉容器外に放出されることをあえて仮想
した場合であっても、これによる公衆の被ばく線量は、右めやす線量を十分下回っ
ていることを確認している(乙イ第六号証一〇―五―一五ないし二〇ページ)。
五 まとめ
 被告は、「もんじゅ」が平常運転に伴って環境中に放出する放射性物質につい
て、「線量当量限度等を定める件」や「評価の考え方」、その
他の原子力安全委員会の決定に従い、右の放射性物質の放出量を合理的に達成でき
る限り低く保ち、公衆の安全を確保すべく、その設計上の対策として放射性物質の
出現の抑制・処理設備等を設置するとともに、放出管理目標値を定め、これを下回
るように放出管理を行っている。
 また、右の放射性物質による公衆の被ばく線量を保守的に評価しても、その線量
評価値は、周辺監視区域外の線量当量限度はもとより、我が国の自然放射線の地域
差をもはるかに下回っており、人体に影響を及ぼすものではない。
 したがって、「もんじゅ」の平常運転時の安全性は十二分に確保されており、
「もんじゅ」が平常運転時に環境中に放出する放射性物質によって、原告らの生
命・身体に危険が及ぶとする原告らの主張は理由がない。
第三 自然的立地条件に係る安全確保
 原子炉施設において、内蔵する放射性物質の有する潜在的危険性を顕在化させな
いためには、地震等の自然現象に対しても、右放射性物質を環境に異常に放出する
ことのないよう、その安全性が十分確保されていることが必要である。
 被告は、「もんじゅ」を設置するに当たり、本件敷地及び敷地周辺の地質、地
盤、地震、気象、水理等の自然的立地条件について、過去の記録の調査や現地調査
等に基づいて十分検討を加え、本件敷地の地盤が「もんじゅ」の設置に対し十分な
安定性を有することを確認した上、地震等、本件敷地において将来合理的に想定さ
れる最も過酷な自然力に対しても、施設の安全が十分確保されるよう設計し、設置
した(被告準備書面(二)、(五)など)。
 被告は、本項において、自然的立地条件のうち特に重要とされる地質、地盤及び
地震との関係で「もんじゅ」の安全性が十分確保されていることを述べる。また、
原告らは、被告が行った断層等の評価や耐震設計等に誤りがあり、地震の際に施設
が破壊されるなどして、原告らの生命・身体に危険が及ぶ旨主張するので、右主張
には何らの根拠もないことを明らかにする。
一 地質、地盤に係る安全確保
 原子炉施設を設置するに当たっては、設置する場所について、大きな事故の誘因
となるような事象が過去になく、将来においてもあるとは考えられないこと、また
災害を拡大するような事象も少ないことが必要とされる(乙イ第七号証三ペー
ジ)。これを本件地盤の問題に適用すると、①本件敷地付近及び敷地周辺におい
て、将来、土地の大きな陥没や火山活動
など、大きな地変が発生し、本件敷地に影響を及ぼすおそれのないこと、②本件敷
地付近において地すべりや山津波などが発生し、「もんじゅ」に損傷を与えるおそ
れのないこと、及び③敷地周辺で想定される地震等によって、本件敷地の地盤が崩
壊するおそれのないことが重要である。
 本件敷地は、若狭湾に面する敦賀半島北端部に位置するが、被告は、①本件敷地
中心から半径約三〇キロメートルの範囲の「敷地周辺の地盤」、②本件敷地中心か
ら約一キロメートルの範囲の「敷地付近の地盤」、及び③原子炉を設置する場所の
地盤の三つに分けて、詳細に地質・地盤調査を行い、以下に述べるとおり、地盤に
係る諸条件が、施設の健全性を損なうような大きな事故の誘因となるおそれのない
ことを確認した上で「もんじゅ」を設置した(後記三3で述べるとおり、地震及び
活断層の検討に当たっては、更に広い地域を調査対象とした。)。
1 本件敷地周辺の地質、地盤の安定性
 被告は、本件敷地周辺の地質及び地質構造について、文献調査、空中写真判読、
地表地質踏査等を行った。その結果、本件敷地周辺は地質的に安定していると認め
られた(乙イ第六号証六―三―一ないし二七ページ)。また、敦賀半島地域には、
有史以来大きな地変は認められておらず、現在もその徴候は認められない。
 以上のことから、本件敷地周辺において、事故の誘因となるような大きな地変が
発生するおそれはない。
2 本件敷地付近の地質、地盤の安定性
(一) 被告は、本件敷地付近について、空中写真判読及び詳細な地表地質踏査を
実施し、さらに、原子炉建物背後の山地及び盛土予定地について、ボーリング調査
及び試掘坑調査等を実施し、さらに、試掘坑内での平板載荷試験等を実施した。そ
の結果、本件敷地付近の地質、地質構造等は、要旨以下のとおりと認めた(乙イ第
六号証六―三―二八ないし三一ページ)。
(1) 敦賀半島北部の基盤は、大部分花闇岩類によって構成され、花崗岩類の貫
入時期は中生代末期から新生代古第三紀初期である(乙イ第六号証六―三―二九、
四四ページ)。
(2) 空中写真で判読した本件敷地付近のリニアメント(空中写真判読によって
認められる線状模様の地形。第九図参照)のうち、延長約二キロメートル以上のも
のについて現地踏査を実施した結果、リニアメントに対応する断層は認められなか
った(乙イ第六号証六―三―三〇ページ)。
(3) 原子炉建物背後
の山地は、中生代から新生代第三紀初期にかけて貫入したほぼ堅硬、均質な黒雲母
花崗治岩から構成され、すべり面となるような不連続部は存在しない。また、試掘
坑調査により、山地の主たる節理の方向が、切取斜面の側ではなく、それと反対方
向の山側に傾くいわゆる差し目の状態になっていることを確認した(乙イ第六号証
六―三―三一ページ、P2調書(一)一九丁裏、二〇丁表)。
(二) 以上によれば、原子炉建物背後の切取斜面や盛土斜面を含む本件敷地付近
の地盤は十分な安定性を有しており、本件敷地付近において、「もんじゅ」に損傷
を与えるような地すべりや山津波などが発生するおそれはない(乙イ第六号証六―
三―三一ページ)。
(三) なお、平成一〇年九月二二日、台風七号の影響による集中豪雨のため、本
件敷地内にある第二管理棟の奥の斜面の一部に土砂崩れが発生し、斜面に近接して
設置されていたプレハブ建物の一階居室の一部に土砂約二立方メートルが流入し
た。
 しかし、右土砂崩れの発生箇所は、「もんじゅ」への影響が懸念される場所では
ない(乙ハ第一三号証二枚目)。また、「もんじゅ」への影響が懸念される場所に
ついては、前記のとおり十分な確認を行うとともに、原子炉建物背後の切取斜面や
盛土斜面については、地すべりの防止対策や、地下水位を低下させる対策も講じて
いるから(乙ハ第一二号証三ページ)、右土砂崩れの発生は、地すべりや山津波に
よって「もんじゅ」が影響を受けることはないとした前記結論を左右しない。
3 「もんじゅ」設置場所の地質、地盤の安定性
(一)被告は、「もんじゅ」を設置する場所の岩盤(基礎岩盤)について、地表地
質踏査、地表弾性波探査、ボーリング調査、試掘坑調査、トレンチ調査、岩石試験
(一軸圧縮試験、引張り試験等)及び岩盤試験(弾性波試験、平板載荷試験、岩盤
せん断試験等)等を行った。その結果、「もんじゅ」設置場所の地質、地質構造等
は要旨以下のとおりと判断した(乙イ第六号証六―三―三六ないし四〇ページ、P
2調書(一)七丁裏ないし一九丁裏)。
(1) 「もんじゅ」の基礎岩盤は、被告が用いた岩級分類(電研式岩盤分類(P
2調書(一)添付③、甲ハ第三号証三二ページの表一・三・一))によると、その
大部分がCH級ないしB級の堅硬、均質な花崗岩から構成されている(乙イ第六号
証六―三―三六ページ)。
 ところで、右岩級分類では、CH級は「やや不良」
、CL級以下は「不適」とされている(甲ハ第三号証三二ページ)。しかし、これ
は、ダム建設を念頭に置いて、岩盤の相対的強度を示したものである。コンクリー
ト製のダムを設置した場合に岩盤にかかる重量は、原子力発電所の場合とは比較に
ならないほど巨大である(P2調書(二)八丁表、P1調書(二)九六丁表)。原
子力発電所の重量を前提にした場合の岩盤の実際の強度は、後述するように岩盤試
験によって求められる(P2調書(一)一〇丁表、同裏。これは、右岩級分類以外
の分類方法の場合でも同じである。)。そこで被告は、以下に述べるように、岩級
ごとに岩盤試験を行い、実際の強度を求め、「もんじゅ」の基礎岩盤が、「もんじ
ゅ」施設を設置するための十分な支持力等を有することを確認した。
(2) 岩級ごとに岩盤試験(平板載荷試験)を行った結果、基礎岩盤の大部分を
占めるCH級以上の基礎岩盤は最大二一〇キログラム毎平方センチメートルの荷重
に対しても破壊には至らず(なお、約四分の一を占めるCM級も同様である。)、
「もんじゅ」が、常時接地圧約五キログラム毎平方センチメートル、地震時の最大
接地圧約一四キログラム毎平方センチメートルであるのに対し、十分な支持力を有
する。また、CL級及びD級の岩盤についても、その分布状態を考慮した安定解析
によって、地震時の支持力に対する安全性に影響のないことを確認した(乙イ第六
号証六―三―三八、三九ページ)。
(3) 岩級ごとに行った岩盤試験(岩盤せん断試験)に基づき、地震時の基礎底
面岩盤のすべり抵抗カを求めたところ、約二一・五×一〇の五乗トンであるのに対
し、予想される最大の地震動(後記三4の基準地震動S2)により原子炉建物基礎
底面に作用する最大せん断力は約四・三×一〇の五乗トンであるから、「もんじ
ゅ」の基礎岩盤は、地震時のすべりに対し十分な安全性を有する(乙イ第六号証六
―三―三九ページ)。
(4) 基礎岩盤の大部分はCH級以上であり、CL級以下の岩盤も一部存在する
がその割合は少なく、堅硬な岩盤の間に分散しているから、基礎岩盤が不等沈下す
ることはない(乙イ第六号証六―三―三九、四〇ページ)。
(二) 右によれば、「もんじゅ」の基礎岩盤は、「もんじゅ」を設置するための
十分な安定性、安全性を有することが明らかである。
4 まとめ
 以上のとおり、「もんじゅ」の敷地の地盤、敷地付近の地盤及び敷地周辺の地盤
はいずれも健全であり、地すべり、山津波、地盤の崩壊等によって、「もんじゅ」
施設の健全性が損なわれるおそれはない。
二 地質、地盤に係る原告らの主張の失当性
 原告らは、本件敷地付近の地質、地盤及び「もんじゅ」設置場所の地盤は劣悪で
あり、地震時に変位が予想され、また豪雨、地震時に斜面崩落のおそれがある旨を
主張するが、以下に述べるとおり失当である。
1 本件敷地周辺の地質、地質構造について
(一) 原告らは、本件敷地周辺には、白木―丹生間にほぼ南北方向に延びる延長
約四キロメートルのリニアメント(以下「白木―丹生リニアメント」という。)が
存在するほか、立石―浦底間にもリニアメントが、また本件敷地の近傍にやや不明
瞭な三本のリニアメントが存在することなどを理由に、本件敷地は多数の断層に取
り囲まれており、これらは活断層であって、その活動によって「もんじゅ」の施設
が破壊されるおそれがある旨主張する(訴状三七二ページ、原告ら準備書面(一
三)二(一)四3)。
 しかし、リニアメントは、断層の活動によって形成される場合もあれば、浸食等
によって形成される場合もあることから、リニアメントに対応する活断層が存在す
るか否かは、断層変位を特徴づける他の地形的特徴の有無や詳細な地表踏査の結果
に基づき判断する必要がある(P2調書(一)三〇丁裏ないし三二丁裏、乙ハ第一
号証九、一〇ページ)。
 以下に述べるとおり、原告ら指摘の各リニアメントについては、これに対応する
断層が存在しないから、原告らの主張は理由がない。
(二) 白木―丹生リニアメントについて
(1) 白木―丹生リニアメント(第九図参照)は、「〔新編〕日本の活断層」に
おいて「確実度Ⅲ」、すなわち「活断層の可能性がある」リニアメントに位置づけ
られている(乙ハ第一号証二六七ページ)。
 しかし、右の「確実度Ⅲ」とは、「活断層の可能性があるが、変位のむきが不明
であったり、他の原因(中略)によってリニアメントが形成された疑いが残るも
の」とされ、「活断層であることが確実な」リニアメントである「確実度Ⅰ」、あ
るいは「活断層であると推定される」リニアメントである「確実度Ⅱ」に対し、
「活断層でない可能性が大きい」ものに位置づけられる(乙ハ第一号証九、一〇ペ
ージ)。
(2) そこで被告は、白木―丹生リニアメントに対応する活断層が存在するか否
かを判断するため、付近の地質等について詳細
な調査を行い、以下のことを確認した(乙イ第六号証六―三―三〇ページ、P2調
書(一)三六丁表ないし三八丁裏)。
ア 右リニアメント沿いに、断層の存在を特徴づけるような変位地形は認められな
かった(乙イ第六号証六―三―三〇ページ)。
イ 右リニアメントに対応する位置に、粘土化した花崗岩が所々認められたが、粘
土化した花崗岩の中には、元々の花崗岩の岩石組織がそのまま残されていた(P2
調書(一)三六丁裏、三七丁表)。
ウ 右粘土化した部分を覆う地層(第四紀層の堆積層)に、活断層運動による変位
は認められなかった(乙イ第六号証六―三―三〇ページ、P2調書(一)三六丁
裏)。
(3) リニアメントが断層運動によって形成された場合には、その力学的作用に
よって元々の岩石組織は破砕されるのが一般的であるが、右のとおり、粘土化部分
の岩石組織は破砕されていないこと、その他断層の活動の存在を示唆するような地
形的特徴が認められないことなどを総合すると、右リニアメント上に所々見られる
粘土化した部分は、断層活動以外の原因で生じた節理面(岩石の割れ目)を有する
花崗岩が、熱水変質作用(地下深部の温度の高い水溶液等により、岩石を構成して
いる鉱物が化学的に変質して新しい鉱物が生じる作用。)を受けて生じたものと考
えられ(P2調書(一)三八丁表)、他に右リニアメントに対応する断層が存在す
ることを根拠づけるものはない。
 したがって、白木―丹生リニアメントについては、右の理由で粘土化した軟弱な
部分が選択的に浸食されることによって低地帯が形成され、その端部が線状模様に
なった地形であると考えるのが合理的であり、活断層の活動によって形成された地
形ではないというべきである(乙イ第六号証六―三―三〇ページ、P2調書(一)
三七丁裏)。
(三) 他のリニアメントについて
 被告は、白木―丹生リニアメント以外の三本のリニアメントについても現地踏査
を実施したところ、リニアメントの延長線上に、局所的に、幅数センチメートルな
いし数十センチメートル程度、比較的連続性があるもので幅二メートル以下の粘土
化帯が認められた。断層活動によって生じたリニアメントであれば、これに沿って
破砕帯等が続くと考えられることから、粘土化帯をリニアメントが走行する方向に
追跡したところ、破砕帯は認められず、未変質部分が現れ、堅岩露頭が分布してい
るのを観察できた(乙イ第六号証六―三―
三〇ページ)。
 他に断層の存在を特徴づけるような変位地形も認められないから、これらのリニ
アメントは断層の活動によって形成された地形ではないと判断するのが合理的であ
る(P2調書(一)三八丁裏)。
 なお、立石―浦底間のリニアメントは、平成三年に発刊された「〔新編〕日本の
活断層」において確実度Ⅲから確実度Ⅰに変更された(甲ハ第二三号証七一岐阜の
図)。しかし、右リニアメントは、長さが約四キロメートルと短いから、これが活
断層であるとしても「もんじゅ」の地盤の健全性に影響を及ぼすものではないし、
また、これによる地震を想定したとしても、後述する「もんじゅ」の耐震設計のた
めに考慮した基準地震動に十分包絡される。したがって、右記載の変更は、「もん
じゅ」の地盤及び耐震上の安全性に何ら影響を及ぼすものではない。
2 「もんじゅ」設置場所の地盤について
 原告らは、「もんじゅ」設置場所の地盤が劣悪であることをるる主張するが、以
下に検討するとおり、その主張はいずれも具体的な根拠に基づくものではなく、失
当である。
(一) 岩盤良好度評価について
 原告らは、ボーリング調査を基にした岩盤良好度評価(RQD評価)によれば、
原子炉を設置する計画標高付近では、「非常に悪い」、「悪い」が圧倒的に多く、
総合評価をすると、右の付近の花崗岩類の岩質は劣悪である旨主張する(訴状三七
一ページ)。
 RQD評価とは、ボーリングコアを採取した際に、長さ一〇センチメートル以上
のコアがどの程度採取されたかによって岩盤の良好度を評価しようとするものであ
り、岩盤試験等の手法が確立される以前に重視されていた評価方法であるが、これ
によって、岩盤の強度を直接に判断し得るものではない(P2調書(二)七丁表、
同裏)。
 「もんじゅ」の基礎岩盤については、前記一3(一)(2)及び(3)で述べた
とおり、岩級ごとに行った岩盤試験の結果に基づき、十分な支持力、せん断抵抗力
等が認められており、原告らの主張は理由がない。
(二) 粘土化帯等について
 原告らは、「もんじゅ」設置場所で採取されたボーリングコア中に粘土や鏡肌等
が認められたことから、「もんじゅ」直下の岩盤は、断層活動によって粉砕されて
いる旨主張する(原告ら準備書面(三二)四、五ページ)。
 しかし、右の粘土を含む部分(粘土化帯)については、相互に特定方向へ連続す
る関係は認められないことなどから、前記1(
二)(3)で述べた白木―丹生リニアメント上の粘土化部分が生じた理由と同様、
断層運動によって生じた破砕帯が粘土化したものではなく、岩石の節理に圧力のか
かった熱水が入り、変質して生じた劣化部であると考えられる(乙イ第六号証六―
三―三六ページ、P2調書(二)一二丁裏)。なお、設置許可申請書のボーリング
柱状図には、破砕帯がある旨の記載があるが(乙イ第六号証六―三―一六八ペー
ジ)、同図では、右破砕部にはピンク粘土があるとされていること等から、右破砕
部は、圧力がかかった熱水が入ったときの破砕であると認められるのであって(P
2調書(二)一五丁表ないし一六丁裏)、断層運動によって生じた破砕帯ではな
い。また、粘土化帯部分の一部に条線(条痕)や鏡肌が見られるものの、それらは
ごく一部に過ぎず、また、条線の方向も特定方向に連続していないこと(乙イ第六
号証六―三―一四二、一四五ページ)や、鏡肌に断層運動による条痕は付いていな
いこと(P2調書(二)一七丁表)から、これも断層運動により発生したものでは
ない(P2調書(二)一七丁表)。証人P1も、「もんじゅ」設置場所で採取され
たボーリングコアの条痕等について、これによって原子炉施設に支障があるとはい
えない旨証言している(P1調書(三)二一丁表ないし二二丁表)。
(三) サンドイッチ地盤について
 原告らは、「もんじゅ」設置場所の地盤は、堅硬な岩盤の間にやや軟岩である岩
盤が挟まれた、いわゆるサンドイッチ地盤であり、地震に極めて弱い地盤である旨
主張する(訴状三七二ページ、原告ら準備書面(三二)二、三ページ)。
 しかし、「サンドイッチ地盤」という言葉は、学術用語として承認されたもので
はなく(P1調書(二)九四丁裏)、昭和五三年六月の宮城県沖地震後に、新聞記
者が、ビルが設置されていた地盤について硬い地層と軟らかい地層が上下方向に交
互に重なり合っている状態を、便宜そのように呼んだに過ぎない(甲ハ第二二号証
一〇八、一〇九ページ)。
 「もんじゅ」は、表層地盤を除去して露出させた岩盤の上に設置されているので
あって(乙イ第六号証六―三―三九ページ、P2調書(一)六丁表)、表層地盤の
内部に軟らかい地層が含まれることと、岩盤の内部に岩級の差異が存するというこ
ととは全く異なるから、後者をサンドイッチ地盤と称すること自体が不適当であ
る。
 「もんじゅ」の基礎岩盤は、堅硬、均質な花
崗岩から成る岩盤で構成されており、CL級以下の岩盤が一部存在するものの、こ
のことが、地盤(基礎岩盤)の安全性に影響を及ぼすものではないことは、既に前
記一3において述べたとおりである。
3 まとめ
 以上検討したとおり、「もんじゅ」の敷地付近の地盤及び「もんじゅ」の設置場
所の地盤が劣悪である旨の原告らの主張には、何らの根拠もない。
三 耐震設計に係る安全確保
1 「もんじゅ」の耐震設計の基本的考え方
(一) 被告は、「もんじゅ」の耐震設計を、原子力安全委員会が定めた「耐震設
計審査指針」の考え方にのっとって行った。
(1) 耐震設計審査指針によれば、原子炉施設における耐震設計の基本方針は、
想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分
な耐震性を有することであるとされ、また、建物・構築物は原則として剛構造にす
るとともに、重要な建物・構築物は岩盤に支持されなければならないとされる(乙
イ第七号証六二ページ)。
(2) また、同指針に基づく、原子炉施設の耐震設計は、要旨以下の手順で行わ
れる(乙イ第七号証六三ないし六五ページ。なお、以下は建物・構築物についての
略説であり、機器・配管系を含む耐震設計の詳細については、後記2ないし5で述
べる。)。
① 地震により発生する可能性のある放射線による環境への影響の観点から、原子
炉施設の耐震設計上の重要度をAクラスからCクラスまでに分類し、Aクラスの施
設のうち安全上特に重要なものをASクラスとする。
② 工学的見地から起こることを予期することが適切と考えられる地震を考慮し
て、「基準地震動S1」を策定し、これをもたらすべき地震を「設計用最強地震」
とする。
③ 地震学的見地に立てば設計用最強地震を超える地震の発生が否定できない場合
に、これを考慮して「基準地震動S2」を策定し、これをもたらすべき地震を「設
計用限界地震」とする。
④ Cクラスの施設(一般産業施設と同等の安全性を保持すればよいもの。)につ
いては、建物・構築物の振動特性、地盤の種類等を考慮した静的解析による地震力
(以下「静的地震力」という。)に耐えるよう設計する。
⑤ Bクラスの施設(放射線による環境への影響が比較的小さいもの。)について
は、Cクラス施設の一・五倍の係数を用いた静的地震力に耐えるよう設計する。
⑥ Aクラスの施設(放射線による環境への影響の大きいもの。)については、C

ラス施設の三倍の係数を用いた静的地震力(なお、水平地震力のほか、鉛直地震力
についても考慮する。)及び基準地震動S1を用いた動的解析による地震力(以下
「動的地震力」という。)のいずれか大きい方の地震力に耐えるよう設計する。
⑦ Asクラスの施設については、右⑥に加え、さらに、基準地震動S2を用いた
動的地震力に対し、安全機能が保持できるよう設計する。
(3) 右によれば、原子炉施設の耐震設計が適切に行われたといえるためには、
①施設の耐震設計上の重要度分類が適切に行われていること、②設計用最強地震及
び設計用限界地震想定の前提となる「考慮すべき地震」の選定が適切に行われてい
ること、③設計用最強地震によってもたらされる基準地震動S1、及び設計用限界
地震によってもたらされる基準地震動S2について、地震動の諸特性が適切に決定
されていること、並びに④耐震設計が十分な耐震安全性を確保し得る適切な手法で
行われていることが必要である。
(二) 被告は、「もんじゅ」の耐震設計を、前記手順に基づいて適切に行った。
そして、その基本設計ないし基本的設計方針に係る部分については、原子炉設置許
可に際しての安全審査において、「災害の防止上支障がない」との原子炉等規制法
二四条一項四号の要件に適合すると認められた(乙第九号証、乙第一四号証の
三)。また、詳細設計及びこれに基づく工事又は溶接を行うに当たっては、原子炉
等規制法二七条及び二八条の二に基づいて、設計、工事の方法及び溶接の方法が、
設置許可の内容及び技術上の基準に適合する旨の認可等を得た上でこれを行った。
 被告は、「もんじゅ」について、右のような手順を経て、想定されるいかなる地
震力に対しても十分な耐震安全性が確保される施設として建設したのであるから、
地震によってその安全性が損なわれるおそれはない。
 そこで、被告は、まず、「もんじゅ」の耐震安全性が確保されていることを前記
手順に従って具体的に述べた上、後記四において、原告らの指摘する問題点が何ら
「もんじゅ」の耐震安全性を損なうものでないことを明らかにする。
2 施設の耐震重要度分類
(一) 被告は、「もんじゅ」の耐震設計に当たり、地震によって原子炉施設の機
能が喪失した場合に及ぼすおそれのある放射線による環境への影響を防止するとい
う観点から、「もんじゅ」の原子炉施設をA、B及びCの三つのクラスに分類し
た。
 「耐震設計
審査指針」の機能上の分類によれば、Aクラスとは、自ら放射性物質を内蔵するか
又は内蔵する施設に直接関係しており、その機能喪失により放射性物質を外部に放
散する可能性のあるもの及びこれらの事態を防止するために必要なもの、並びにこ
れらの事故発生の際に外部に放散される放射性物質による影響を低減させるために
必要なものであって、その影響、効果の大きなもの、またBクラスは、右に述べた
ものであって、その影響、効果が比較的小さいもの、Cクラスは、Aクラス、Bク
ラス以外であって、一般産業施設と同等の安全性を保持すればよいものとされ、A
クラスの施設のうち、安全上特に重要なものはAsクラスと呼称される(乙イ第七
号証六三、六四ページ)。
(二) 被告は、右の指針に基づき、更にナトリウムを冷却材とする高速増殖炉で
あるという「もんじゅ」の特徴を十分考慮した上(乙イ第六号証八―一―九九ペー
ジ)、「もんじゅ」の原子炉施設のうち、①原子炉冷却材バウンダリを構成する機
器・配管、②制御棒及び制御棒駆動機構、③原子炉格納容器等の格納容器バウンダ
リを構成する部分、④補助冷却設備及び二次主冷却系設備の一部(中間熱交換器か
ら見て蒸気発生器の出入口止め弁まで)、⑤炉外燃料貯蔵槽の一部及び水中燃料貯
蔵槽の一部、⑥ガードベッセル、⑦アニュラス循環排気装置等の事故時に放射性物
質の外部への放散を抑制するための施設、⑧原子炉カバーガス等のバウンダリを構
成する機器・配管等をAクラスとし、そのうち右①ないし⑤の施設をAsクラスと
した(乙イ第六号証八―一―九九、一〇〇、一一三ないし一二〇ページ)。
 また、一次ナトリウム純化系設備、廃棄物処理設備、二次ナトリウム補助設備等
をBクラスに、主発電機、タービン設備等をCクラスに、それぞれ分類した。な
お、建物・構築物については、右各分類した施設を支持するものであり、支持機能
が維持されることが必要であることから、当該施設を支持する建物・構築物ごとに
支持機能を確認する地震動等を定め、これによる地震力に耐えるようにした(乙イ
第六号証八‐一‐一〇〇、一一三ないし一二〇ページ)。
3 基準地震動の策定に際して考慮すべき地震の選定
 前記1(一)(2)で述べたとおり、Aクラス及びASクラスの施設の耐震設計
を行うためには、動的解析に用いる基準地震動S1及びS2を策定する必要があ
る。基準地震動S1をもたらす設計用最
強地震は、工学的見地から起こることを予期することが適切と考えられる地震(考
慮すべき最強地震)を考慮して、敷地の基盤に最大地震動を与える地震として想定
するものである。また、基準地震動S2をもたらす設計用限界地震は、地震学的見
地に立てば設計用最強地震を超える地震の発生が否定できない場合に、これ(考慮
すべき限界地震)を考慮して、敷地の基盤に最大の地震動を与える地震として想定
するものである。したがって、各基準地震動を策定するためには、考慮すべき最強
地震及び限界地震がそれぞれ適切に選定されている必要がある。
 被告は、本件敷地を中心とする約二〇〇キロメートルの範囲で発生した地震、及
び約六〇キロメートルの範囲にある活断層をその調査対象とした上、以下のとお
り、基準地震動S1策定の前提となる考慮すべき最強地震、及び基準地震動S2策
定の前提となる考慮すべき限界地震をいずれも適切に選定した(乙イ第六号証六―
五―二四、二五、二九ページ)。
(一) 基準地震動S1の策定に際して考慮すべき最強地震の選定
 被告は、工学的見地から起こることを予期することが適切と考えられる地震とし
て、①歴史的証拠から本件敷地及びその周辺に影響を与えるおそれのある地震(歴
史地震)、及び②近い将来本件敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断
層による地震を選定した(乙イ第六号証六―五―一九、二九ページ)。
 すなわち、一般に、同一地域では、過去、同じような規模の地震が繰り返し起こ
っていることから、被告は、考慮すべき最強地震の選定に当たり、まず、過去に
「もんじゅ」の敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震についての歴史
的資料を調査した(乙イ第六号証六―五―一ないし一〇ページ)。
 また、将来の地震を合理的に予想するには、右歴史的資料だけでは必ずしも十分
ではないことを考慮し、近い将来本件敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高
い活断層による地震についても検討を加えた(乙イ第六号証六―五―一二ないし一
五ページ)。
(1) 歴史地震
 歴史地震の選定に際しては、既往の種々の地震資料に基づき最新の研究成果を取
り入れて編集され、かつ信頼性があると認められている「日本被害地震総覧」のほ
か、「理科年表」等の地震資料を参照した(乙イ第六号証六―五―一ページ)。
 右地震資料による各地震のマグニチュード及び各地震の震央と本件敷地との間の
距離
(震央距離)並びに各地震による建物等の被害の発生状況を検討した結果、本件敷
地での震度がV以上と評価される歴史地震については、本件敷地に大きな影響を与
えたと考えられるので、この観点から、濃尾地震(一八九一年一〇月、マグニチュ
ード八・〇、震央距離五七・二キロメートル)、寛文近江の地震(一六六二年六
月、マグニチュード七・八、震央距離五四・一キロメートル)等、一〇個の歴史地
震を考慮すべき最強地震として選定した(乙イ第六号証六―五―二九ページ)。
 なお、被告が参考とした前記地震資料の幾つかは、その後改定が行われ、マグニ
チュード等の改定がされているが、右観点による選定結果に影響を及ぼすものでは
ない(乙ハ第八号証)。証人P1も、右改定によって実質的に影響があるわけでは
ない旨証言している(P1調書(四)二八丁裏)。
(2) 活動度の高い活断層による地震
 活断層に関しては、文献によって本件敷地周辺の活断層を詳細に調査するととも
に(乙イ第六号証六―三―七九ないし八二ページ)、空中写真判読を行い、それら
の結果から地震の想定に影響が大きいと思われる断層について詳細な地表地質踏査
を行った(乙イ第六号証六―三―八ページ)。海域の活断層についても、海上保安
庁の調査結果等(乙イ第六号証六―三―二五ないし二七、一〇〇ないし一一〇ペー
ジ)を基に検討した。
 検討の際の判断の目安として、①過去に地震を発生したと推定されるもの、②活
動性が高く一万年前以降に活動したもの、又は③微小地震により断層の現在の活動
性が顕著に認められるものについては、地震の発生源となる可能性があるものとし
た(乙イ第六号証六―五―一二ページ)。
 その結果、柳ケ瀬断層のうち椿坂峠以南の部分については、活動性が高く一万年
前以降に活動したと判断されたことから、この部分から想定される地震(マグニチ
ュード七・〇、震央距離二五キロメートル)を、考慮すべき最強地震として選定し
た(乙イ第六号証六‐五‐一二、二九ページ)。
(二) 基準地震動S2の策定に際して考慮すべき限界地震の選定
 被告は、①過去の地震の発生状況、②本件敷地周辺の活断層の性質及び③地震地
体構造に基づき検討を加え、さらに④直下地震をも考慮して、地震学的見地に立て
ばなお発生を否定できない、設計用最強地震を上回る地震として、考慮すべき限界
地震を選定した(乙イ第六号証六―五―一九、二九ページ)。

1) 活断層による地震
 考慮すべき限界地震の関係では、前記(一)(2)の活断層調査の結果に基づ
き、①前記(一)(2)の①ないし③には当てはまらないが活動性が高い活断層、
又は②比較的活動性が高く、五万年前以降に活動した活断層による地震を検討の対
象とすることとした(乙イ第六号証六―五―一二ページ)。
 その結果、①甲楽城断層から想定される地震(マグニチュード七・〇、震央距離
一一・五キロメートル)、②木ノ芽峠断層から想定される地震(マグニチュード
七・二、震央距離一六・五キロメートル)、③S―二一ないしS―二七の海底断層
から想定される地震(マグニチュード六・九、震央距離一二・一キロメートル)、
④柳ケ瀬断層(全長)から想定される地震(マグニチュード七・二、震央距離二一
キロメートル)等、七つの地震を、考慮すべき限界地震として選定した(乙イ第六
号証六―五―二九ページ)。なお、断層による地震の震央は断層の中心付近とし
た。
(2) 地震地体構造
 地震地体構造の見地からは、本件敷地を含む地域では、その地震規模
の上限はマグニチュード73/4(七と四分の三)であるとの知見があることから
(P2調書(一)二六丁表)、マグニチュード七・八の規模を想定し、右マグニチ
ュードに相当する活断層の長さを松田式(後記四4(三)参照)から求めたとこ
ろ、これに相当する長さの断層として花折断層があることから、花折断層の中心付
近を震央位置とするマグニチュード七・八、震央距離六〇キロメートルの地震を想
定した(乙イ第六号証六―五―一七ページ)。
(3) 直下地震
 現地調査等から、本件敷地の直下及びその付近には活断層がないことを確認して
いるが、「耐震設計審査指針」において基準地震動S2には直下地震によるものも
含むとされていることから(乙イ第七号証七一ページ)、震源距離一〇キロメート
ルの位置にマグニチュード六・五の直下地震を想定した(乙イ第六号証六―五―一
七ページ)。
(三) まとめ
 以上のとおり、被告は、考慮すべき最強地震として一〇個の歴史地震と柳ケ瀬断
層(南部)による地震を、考慮すべき限界地震として七つの活断層による地震、地
震地体構造による地震及び直下地震をそれぞれ選定ないし想定した(乙イ第六号証
六―五―一九、二九ページ)。
4 基準地震動の策定
 被告は、前記選定した考慮すべき最強地震について、地震のマグニチュード及び
エネルギー
放出の中心から本件敷地までの距離等を考慮し、さらに、地震動の特性を決定する
要素とされる①最大(速度)振幅、②周波数特性、並びに③継続時間及び振幅包絡
線の経時的変化を考慮して、これらのすべての要素に基づき基準地震動S1を策定
した(前述のとおり、基準地震動S1をもたらすべき想定上の地震を設計用最強地
震という。乙イ第六号証六―五―一九ないし二一、五一、五四、五五ページ)。
 同様に、選定した考慮すべき限界地震の諸要素等を考慮し、これらのすべての要
素に基づき基準地震動S2を策定した(前述のとおり、基準地震動S2をもたらす
べき想定上の地震を設計用限界地震という。乙イ第六号証六―五―一九ないし二
一、五二、五四、五六ページ)。
(一) 最大速度振幅地
 震動の大きさを表す最大速度振幅を求めるに当たっては、地震動の最大速度振
幅、震源距離及びマグニチュードの関係を表す経験式である金井式(後記四4
(二)(1)参照)を用い、断層による地震のマグニチュードにっいては、断層の
長さから地震のマグニチュードを求める松田式を用いた(乙イ第六号証六―五―一
二、一九ページ)。また、震源距離については、震央距離と震源深さとから求め、
震源深さは、飯田の式(マグニチュードとエネルギー放出中心の深さとの関係を表
す経験式)から求めた(乙イ第六号証六―五―一九、二〇ページ)。
 その結果、地震動の最大速度振幅が最も大きな値となるのは、考慮すべき最強地
震においては濃尾地震の一三・八カインとされ、考慮すべき限界地震においては甲
楽城断層による地震の一八・二カインとされた(乙イ第六号証六―五―三二ペー
ジ)。
(二) 周波数特性
 地震動を受けた構造物がどのように振動するかは、構造物固有の特性と地震動の
周波数特性とによって定まるが、被告は、ほぼ解放基盤表面上と考えられる箇所に
おいて実測された地震動特性を整理し、工学的な検討を加えて標準化された応答ス
ペクトル(いわゆる大崎スペクトル)を用いて、選定された考慮すべき最強地震及
び考慮すべき限界地震が、「もんじゅ」の解放基盤表面にもたらす応答スペクトル
をそれぞれ求めた上で(乙イ第一六号証六―五―二〇、五一、五二ページ)、考慮
すべき最強地震の各応答スペクトルを包絡するように基準地震動S1の応答スペク
トルを定め、また、考慮すべき限界地震及び考慮すべき最強地震の各応答スペクト
ルのすべてを包絡するよう
に基準地震動S2の応答スペクトルを定めた(乙イ第六号証六‐五‐二一、五四ペ
ージ)。
 なお、大崎スペクトルの適用範囲は岩盤中での横波(S波)速度がおよそ毎秒
〇・七ないし一・九キロメートルの場合とされている(乙ハ第九号証三三ページ)
が、「もんじゅ」設置場所の基礎岩盤は、堅硬、均質で相当な広がりのある岩盤で
あり、かつ、その岩盤中での横波速度は毎秒約一・九キロメートルであることから
(乙イ第六号証六―三―三八ページ)、本件敷地に右スペクトルを適用したことに
誤りはない。
(三) 継続時間及び振幅包絡線の経時的変化
 地震動の継続時間については、地震動の開始から実効上消滅したとみなされるま
での時間によってこれを定め、また、振幅包絡線の経時的変化は、地震の規模、継
続時間に関連させて定めた(乙イ第六号証六―五―二〇、二一ページ)。
(四) 模擬地震波の作成
 右のとおり定めた地震動の最大速度振幅、応答スペクトル、継続時間及び振幅包
絡線の経時的変化に適合するよう、設計に用いる模擬地震波を作成した結果、基準
地震動S1の模擬地震波の最大速度振幅は一九・〇カインとなり、基準地震動S2
の模擬地震波の最大速度振幅は二二・八カインとなった(乙イ第六号証六―五―三
二ページ)。
5 耐震設計
 被告は、「耐震設計審査指針」に従い、「もんじゅ」を原則として剛構造とした
上、岩盤上に直接設置している(乙イ第六号証六―三―三九、八―一―九八ペー
ジ、乙イ第七号証六二ページ)。剛構造の建築物の固有周期は短周期となるから、
これによって長周期側に卓越周期を有する地震動との共振が回避できるとともに、
表層地盤を除去し、岩盤に直接設置することによって、表層地盤における地震動の
増幅が回避できることから、高い耐震安全性を確保することができる。
 また、被告は、前記2(二)で述べた施設の重要度分類に従い、静的地震力及び
前記基準地震動S1及びS2を用いた動的地震力に対し、以下の手順で「もんじ
ゅ」の耐震設計を行い、十分な耐震安全性を確保している。
(一) 地震力の算定
 被告は、「もんじゅ」の各施設に作用する地震力を、施設の重要度に応じ、以下
のように算定した。
(1) 静的地震力の算定「もんじゅ」の建物・構築物に作用する静的地震力とし
て、まず、各建物等の階層ごとに、建築基準法に基づく標準せん断力係数及び建物
等の振動特性その他の要素を考慮した値(C1)を
求め、これに施設の重要度に応じた係数(Cクラス一・〇、Bクラス一・五、Aク
ラス三・〇)を乗じて得られた層せん断力係数を用いて、建物等が水平方向に受け
る地震力(水平地震力)を求めた。なお、Aクラスの建物等については、鉛直地震
力についても考慮し、水平地震力と鉛直地震力とが同時に不利な方向の組合せで作
用するものとした(乙イ第六号証八―一―二〇、一〇〇、一〇一ページ)。
 また、機器・配管については、各クラスごとに右層せん断力係数を二〇パーセン
ト増しした値を用いて水平地震力を求めた。なお、Aクラスの機器等についても、
水平地震力と鉛直地震力とが、同時に不利な方向での組合せで作用するものとした
(乙イ第六号証八―一―二〇、一〇〇、一〇一ページ)。
(2) 動的地震力の算定Aクラス及びAsクラスの施設については、それぞれ、
基準地震S1及びS2に基づく各動的地震力(水平地震力)と、基準地震動S1及
びS2の最大加速度振幅の二分の一の値を鉛直震度として求めた各鉛直地震力と
が、それぞれ同時に不利な方向で作用するものとした(乙イ第六号証八‐一‐二
一、一〇一、一〇三ページ)。
 また、Bクラスの機器・配管のうち、支持構造物の振動と共振するおそれのある
ものについては、その影響を考慮し、基準地震動S1から定まる地震動の振幅の二
分の一を用いて求めた動的地震力をも考慮した(乙イ第六号証八―一―二一、一〇
一ページ、乙ハ第一七号証五一一ページ)。
(二) クラス別の耐震性
(1) B、Cクラスの施設
 Bクラス及びCクラスの建物・構築物については、静的地震力と常時荷重及び運
転時荷重とを組み合わせ、発生する応力が許容応力度の限界内となるよう設計し
た。また、機器・配管については、運転時の異常な
過渡変化時及び事故時の荷重をも考慮し、発生する応力が降伏応力又はこれと同等
の安全性を有する応力の限界内となるよう設計した(乙イ第六号証八―一―一〇四
ないし一〇七ページ)。
 なお、許容応力度の限界内とする、あるいは降伏応力等の限界内とするとは、建
物等や機器等の弾性の範囲内で設計する、すなわち、その荷重に対して何ら損傷、
変形を残さない設計とするとの趣旨である。
(2) Aクラスの施設
 Aクラスの建物・構築物については、静的地震力と基準地震動S1による動的地
震力のうちの大きい方の地震力と、常時荷重及び運転時荷重とを組み合わせ、その
結果発生す
る応力が、許容応力度の限界内となるよう設計した。また、機器・配管について
は、運転時の異常な過渡変化時及び事故時の荷重をも考慮し、発生する応カが降伏
応力又はこれと同等の安全性を有する応力の限界内となるよう設計した(乙イ第六
号証八―一―一〇〇、一〇四ないし一〇七ページ)。すなわち、Aクラスの施設
は、設計用最強地震による基準地震動S1に基づく動的地震力に対しても、また、
Cクラスの三倍の係数を用いた静的地震力に対しても、何ら損傷、変形することの
ないよう設計、設置している。
(3) Asクラスの施設
 以上の耐震設計を行うことによって、「もんじゅ」は、原子炉施設を設計・設置
するに当たって、工学的見地から起こることを予期することが適切と考えられる地
震に対しても、安全上重要な施設が何ら損傷を受けたり変形したりすることはな
く、十分に余裕のある耐震性を有している。したがって、工学的見地からして、放
射性物質の潜在的危険性が顕在化することはあり得ない。
 しかし、被告は、念には念を入れるという考え方に基づき、万一、右の想定を超
える地震が発生した場合であってもなお、放射性物質の潜在的危険を顕在化させる
ことのないよう、Asクラスの建物・構築物については、基準地震動S2による動
的地震力と、常時荷重及び運転時荷重との組合せに対し、全体として十分変形能力
(ねばり)の余裕を有し、終局耐力(構造物の変形又は歪みが著しく増加する状態
に至る限界の最大荷重負荷)に対し妥当な安全余裕を有するよう設計した。また、
機器・配管についても、運転時の異常な過渡変化時及び事故時の荷重をも考慮し、
発生する応力に対し塑性変形する場合でも、過大な変形等により機能に影響が及ぶ
ことのないよう設計した(乙イ第六号証八―一―一〇四ないし一〇七ページ)。
 すなわち、原子炉冷却材バウンダリや制御棒駆動機構等、「もんじゅ」の安全上
特に重要な施設については、工学的見地から起こることを予期することが適切と考
えられる地震を超える地震に対し、弾性の範囲を超えて施設に変形等が生じるに至
ったとしても、放射性物質の封じ込め等の当該施設に期待される安全機能が確保で
きるよう十分な余裕を持たせて設計、設置した。したがって、仮に右のような地震
を想定しても、右施設の安全機能が損なわれ、放射性物質の潜在的危険性が顕在化
することはない。
6 まとめ
 「もんじゅ」については、以
上のような耐震設計を施していることから、想定されるいかなる地震によっても安
全機能が失われるような大きな事故に至ることはなく、これによって、原告らの生
命・身体に何らかの被害を及ぼすような放射性物質の異常放出に至ることはない。
四 耐震設計に係る原告らの主張の失当性
 原告らは、「もんじゅ」の耐震設計には、施設の重要度分類、地震の選定、断層
の評価、基準地震動の策定等にそれぞれ問題があり、耐震安全性が確保されていな
いと主張する。しかし、以下に述べるとおり、いずれも理由がない。
1 施設の重要度分類について
(一) 原告らは、被告が、一次冷却材を内蔵する施設や使用済燃料を冷却するた
めの施設を、いずれも耐震設計上、AクラスとせずBクラスとしているのは経済性
の観点を重視したものであり、耐震安全性を確保できない旨主張する(原告ら準備
書面(一三)五丁裏、六丁表)。
 しかし、原告らの右主張は、耐震設計上の重要度分類の意味するところを全く理
解しないものであり、失当である。
(二) 被告は、一次冷却材を内包する施設のうち、原子炉冷却材バウンダリにバ
ルブを介して直接接続される一次ナトリウム純化系設備、一次ナトリウム充填ドレ
ン系設備等をBクラスとしたが、これは、これらの機器・設備が、一次冷却材を内
包するものの放射性物質を含む量が少なく、その機能が喪失した際の環境への影響
も小さいことによる。
 また、使用済燃料を冷却するための設備である炉外燃料貯蔵槽冷却設備のナトリ
ウム系設備のうちの地震後の冷却に必須ではないもの、及び水中燃料貯蔵設備のう
ちの燃料池水冷却浄化装置を、Bクラスとしているのも、同じ理由による(乙イ第
六号証八―一―九九、一一五、一一六、一一七ページ)。
(三) 右の分類は、「耐震設計審査指針」の考え方にも沿うものであって、被告
は、適切に「もんじゅ」原子炉施設の耐震重要度分類を行っており、原告らの前記
主張は理由がない。
2 地震の選定について
(一) 考慮すべき最強地震の選定について
 原告らは、基準地震動S1の最大速度振幅が一三・八カインで十分とする根拠が
ないなどと主張して、設計用最強地震の選定に誤りがある旨主張する(原告ら準備
書面(一三)六丁裏。なお、既に前記三3(一)及び(三)で述べたとおり、被告
は考慮すべき最強地震を複数選定し、これに基づいて基準地震動S1をもたらすべ
き設計用最強地震を想定した。あ
る断層による地震を考慮するか否かは、考慮すべき最強地震の選定の問題であり、
これを「設計用最強地震の選定」というのは正確でない。以下においては、原告ら
の主張の趣旨に従い、考慮すべき最強地震の選定及び設計用最強地震の想定のいず
れに関する主張かを勘案して反論する。設計用限界地震についても同様であ
る。)。
 しかしながら被告が十分な調査に基づいて考慮すべき最強地震を選定したことは
既に前記三3(一)で述べたとおりである。原告らの右主張には、何ら具体的な理
由が示されておらず、失当というほかない。
 なお、付言するに、考慮すべき最強地震の最大速度振幅の最大値は濃尾地震の一
三・八カインであるが、考慮すべき最強地震の応答スペクトルをすべて包絡するよ
うに策定し、耐震設計で使われる基準地震動S1の最大速度振幅は、前記三4
(四)で述べたとおり一九・〇カインであって、一三・八カインではない(乙イ第
六号証六―五―三二ページ)。
(二) 考慮すべき限界地震の選定について
 原告らは、濃尾地震(マグニチュード八・〇、震央距離五七キロ)、寛文近江地
震(マグニチュード七・八、震央距離五四キロ)等をマグニチュード八・〇以上で
より近い震央距離において起こり得ると想定していないのは不当であること、地震
地体構造による地震の想定(マグニチュード七・八、震央距離六〇キロ)が十分で
ある根拠がないこと、直下型地震としてマグニチュード六・五以上のものを想定し
ない根拠もないことなどを主張して、考慮すべき限界地震の選定に誤りがある旨主
張する(原告ら準備書面(一三)七丁表)。
 この点についても、被告が十分な調査に基づいて考慮すべき限界弛震を選定した
ことは既に前記三3(二)で述べたとおりである。原告らは、特段の地質学的、地
震学的根拠を示しておらず、その主張は失当といわざるを得ない。
(三) 要注意断層の考え方について
 原告らは、歴史的証拠から、過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考
えられる地震(歴史地震)を中心とする考え方は古く、「もんじゅ」の耐震設計は
不十分である旨主張する。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
(1) 原告らの主張は、松田時彦が一九八一年(昭和五六年)に提唱した要研注
意断層の考え方に依拠するものである。右考え方は、①無地震経過率の大小によ
り、ある断層について、最新の大地震以降現在まで
の経過年数を、その断層の平均活動間隔(第四紀後期(およそ一〇数万年前以降現
在までをいう。)における平均の再来間隔年数)で除した値を危険度とし、危険度
が〇・五以上に達した断層を要注意断層とする、又は②同一断層帯における地震の
続発性の見地から、歴史地震の有無により、一つの長い断層帯の一部分が比較的最
近(歴史時代)に大地震を起こしている場合、その残余の区間で大地震が起こる可
能性が大きいとして、右断層帯を要注意断層とするものである(甲ハ第六五号証九
二ページ)。
 原告らは、被告が歴史地震を重視していることを理由に「もんじゅ」の耐震設計
は不十分であるとするが、右のとおり、要注意断層の考え方自体が、歴史的資料か
ら得られた過去の地震の発生時期等を基に、構造線ないし断層帯を要注意断層とし
て認定するものである。
 また、要注意断層の考え方は、地震の予知の基礎資料とするために提唱されたも
のであって、要注意断層とされた構造線ないし断層帯が一つの活断層として活動す
るとして、その規模やエネルギーの大小を求めるものではない。
(2) 被告は、前記三3(一)で述べたとおり、基準地震動S1の策定に係る考
慮すべき最強地震の選定に当たっては、歴史的資料の検討に加え、近い将来本件敷
地に影響を与えるおそれのある活断層による地震についても検討を加えた。
 これは、耐震設計審査指針において、「大地震は一般に同一地域でくり返し起こ
ると認められているので、(中略)敷地あるいはその近傍に影響を与えた過去の地
震によって定められるものと考えられる」とされる一方、「古い地震資料には不備
があるかもしれないことを考慮し、また、有史期間にはたまたま発生しなかったく
り返し期間の長い地震の生起を看過することがないよう、確実な地質学的証拠と工
学的判断に基づいて近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層
による地震を考慮に入れることとする」(乙イ第七号証七〇、七一ページ)とされ
ていることに基づくものである。
(3) 以上のとおり、被告が「もんじゅ」の耐震設計を行うに当たって採用した
方法は、原告らが主張する要注意断層の考え方によって否定されるものではない。
また、要注意断層の考え方は、被告が耐震設計において考慮した規模を超える地震
が発生するおそれのあることを、何ら具体的に示すものではない。
3 断層の評価について
 考慮すべき最強地震及び限
界地震として、活断層による地震が適切に選定されていることは前記三3(一)
(2)及び(二)(2)で述べたとおりであるが、原告らは、断層の存在、連続
性、同時活動性等に関する被告の評価には誤りがあり、その結果、設計用限界地震
等の想定にも誤りが生じたとして、想定を超える地震動によって、「もんじゅ」の
施設が破壊される旨主張する。
 以下、原告らの主張が理由のないものであることを明らかにする。
(一) 海底断層S―一、甲楽城断層、山中断層及び柳ケ瀬断層の連続性、同時活
動性について
(1) 被告は、甲楽城断層と柳ケ瀬断層とに連続性はないとの評価を前提に、柳
ケ瀬断層(南部)による地震を考慮すべき最強地震として、甲楽城断層による地震
と柳ケ瀬断層(全長)による地震とを別個に、考慮すべき限界地震として選定し
た。
 これに対し、原告らは、海底断層S―一、甲楽城断層、山中断層、柳ケ瀬断層等
の雁行している断層は一つの断層系として評価すべきであり、これらが一体となっ
て活動すれば、「もんじゅ」の耐震設計を上回る地震動が生じる旨を主張する(原
告ら準備書面三二の三三ページ、同四〇の九、一〇ページ)。
(2) しかし、右の各断層については、文献調査、空中写真判読、現地調査、海
上保安庁の調査結果等に基づき検討しても、その間に連続性は認められない。ま
た、右各断層間の活動性はそれぞれ異なり、右各断層が一つの断層系としてその全
域が同時に活動することは考えられない。
 以下、右の調査結果に基づく被告の検討結果について述べる(第一〇図参照)。
ア 甲楽城断層は、陸側には大谷沢に沿って約一・五キロメートル延び、海側へは
大谷沢沢口から干飯崎沖までの約一八・五キロメートル延びる総延長二〇キロメー
トルの規模の断層である(乙イ第六号証六―三―一五ページ、P2調書(二)五四
丁裏ないし五七丁裏)。
イ 甲楽城断層の海域部については、海上保安庁水路部資料により、沖合数百メー
トルの海底に大谷沢沢口から干飯崎に直線的に延びるリニアメント状地形が認めら
れ、また、海底地質構造図によれば、大谷沖から干飯崎沖までに推定断層が図示さ
れている(乙イ第六号証六―三―一四ページ)。しかし、音波探査結果によれば、
干飯崎沖に断層が推定されるものの、この推定断層は干飯崎沖より北西方向へは延
長していない(第一〇図①参照、乙イ第六号証六―三―一五ページ)。
 したがって、甲楽城
断層と海底断層S―一との間に連続性が認められないことは明らかである。
ウ 甲楽城断層の陸域については、大谷沢の沢口に認められた破砕帯を覆う扇状地
の堆積物(五万年前以降に堆積)が断層によって変位を受けていないこと、大谷沢
付近に変位地形が見られないことなどから、五万年前以降の活動はないと判断でき
る(乙イ第六号証六―三―一五ページ)。
エ 柳ケ瀬断層は、明瞭なリニアメントを伴う長さ二八キロメートルの断層であ
る。椿坂峠から南方では第四紀層の堆積層に断層運動によってできたと見られる変
位が認められ、縄文土器のある地層が変位していることからすれば数千年前以降に
活動しているとみられ、活動性は高いと考えられる。一方、椿坂峠より北方では、
五、六万年前の扇状地の堆積物に断層の部分が覆われているところが認められるこ
とから、活動性は低いと考えられる(P2調書(一)四一丁表ないし四二丁表)。
 したがって、柳ケ瀬断層の活動性は、椿坂峠付近を境にして、北側と南側とで異
なる(乙イ第六号証六―三―一二ページ)。
オ 山中断層は、柳ケ瀬断層北端部と甲楽城断層南端部の間に位置し、北西‐南東
方向に走向する長さ五キロメートルの断層である(甲ハ第二三号証の七一の岐阜の
図、二四八ページ)。
カ 甲楽城断層と柳ケ瀬断層との関連については、空中写真判読からは両断層を結
ぶリニアメントが認められないこと、地表地質踏査の結果、柳ケ瀬断層北端部から
甲楽城断層南端部へ連続する破砕帯が認められないこと、柳ケ瀬断層の両側の古生
層は構成岩種や地質構造が明瞭に異なるが、甲楽城断層南端部では両側の地質に明
瞭な差がないから、両断層の形成過程は異なると考えられること、柳ケ瀬断層は五
〇ないし六〇度の西側傾斜、甲楽城断層は六〇度の東側傾斜ないしは九〇度の垂直
方向であり、断層面の傾斜方向と傾斜角度が異なること(第一一図参照)、両断層
の破砕帯に見られる条線が各々異なった産状を示していることなどが指摘できる
(乙イ第六号証六―三―一二、一三ページ)。
キ 以上を総合すれば、甲楽城断層と柳ケ瀬断層との連続性は明らかに否定され
る。また、甲楽城断層と柳ケ瀬断層とが山中断層を介して連続する、あるいはこれ
らの断層が一つの断層系として同時に活動すると考えるべき理由もない。
(3) 証人P1は、前記各断層について、これらが雁行しているとの一事から、
一本の断層系として評価すべきで
ある旨証言する(P1調書(二)六三丁裏、同(四)四七丁表)。しかし、右証言
は、前記調査結果を全く無視するものであり、何らの合理的根拠もない(乙ハ第四
号証二二〇ページ、P1調書(四)四七丁表ないし四八丁裏)。
(4) 断層の傾斜について
ア 原告らは、蝶番断層(甲ハ第二八号証二二七ページ)の場合には、一本の断層
であっても傾斜が部分的に異なるとして、柳ケ瀬断層と甲楽城断層の断層面の傾斜
が異なることは、一本の断層であることを否定する理由にならない旨主張する(原
告ら準備書面(三二)三四ページ)。
 しかし、蝶番断層とは、断層の一方の地塊が断層面に垂直な方向を軸として、他
方の地塊に対して相対的に回転運動した断層である(乙ハ第一四号証三九七ペー
ジ)から断層の両端で低下側が逆になることはあっても(すなわち、南北に走る断
層の北半分では断層の西側が低下し、断層の南半分では断層の東側が低下するな
ど。)、断層の両端で断層面の傾きが逆になることはない(すなわち、南北に走る
断層の北半分と南半分で、傾斜面が逆になることはない。)。
 甲楽城断層と柳ケ瀬断層とには前記(2)カで述べたとおり、蝶番断層としての
特徴は認められず、甲楽城断層と柳ケ瀬断層とが蝶番断層であるとする学術的見解
も存在しない。
イ また、原告らは、「〔新編〕日本の活断層」では、甲楽城断層は「西側低下」
とされているのに(甲ハ第二三号証七一岐阜の図)、「もんじゅ」の設置許可申請
書では、甲楽城断層の傾斜について「六〇度E」と記載されていること(乙イ第六
号証六―三―一三ページ)を指摘して、甲楽城断層と柳ケ瀬断層の傾斜が異なると
の前記調査結果は、甲楽城断層の傾斜を誤って評価したことによる旨主張する(原
告ら準備書面(三二)三四ページ)。
 しかし、設置許可申請書の「六〇度E」の記載は、傾斜が東側方向の水平面から
下方に六〇度傾いていることを示すものであり、逆断層である甲楽城断層について
は、右記載は隆起側は東側で西落ち(西側低下)を示すことになる(第一一図①参
照)。したがって、右記載は「〔新編〕日本の活断層」の記載と矛盾するものでは
なく、甲楽城断層と柳ケ瀬断層との連続性に関する評価に原告ら指摘の誤りはな
い。
(二) 野坂断層と海底断層S―二一ないしS―二七の連続性について
 原告らは、野坂断層と海底断層S―二一ないしS―二七とは連続しており、マグ
ニチュード七・
三の地震が発生し、「もんじゅ」に最大の影響を与える旨主張する(訴状三七〇ペ
ージ)。
 しかし、海上保安庁の音波探査において、S―二一ないしS―二七の海底断層と
野坂断層との間の海域に断層は認められておらず(乙イ第六号証六―三―二六、二
七、一〇一ページ)、他に原告ら主張の根拠となるものはない。
(三) 敦賀半島西岸断層について
 原告らは、城ケ埼沖合から敦賀半島の白木―丹生間の谷を通り、S―一六断層の
北端まで、延長約一九キロメートルの横ずれ断層が存在するとして、これを「敦賀
半島西岸断層」と称し、これによってマグニチュード六・九の直下型地震が生じる
旨主張する(原告ら準備書面(二五)一丁表、七丁表ないし一三丁表)。
 しかし、原告らが主張する「敦賀半島西岸断層」(以下「原告主張断層」とい
う。)の存在を肯認する学説等は存在せず(P1調書(四)五一丁裏、五二丁
表)、これについての主張も具体的でなく、立証もされていない。したがって、原
告らの右主張は、単なる憶測ともいうべきものであるが、以下、原告らが右主張の
根拠として挙げる地形的特徴(①三角末端面の存在、②リニアメントの存在、③三
角形状の地塊の移動、④海底断層の存在)が、いずれも失当であることを明らかす
る。
(1) 三角末端面について
 原告らは、白木峠南方一キロメートルに観察される三角形状の地形(P2調書
(一)添付⑭の赤丸印)が、活断層運動によって形成された三角末端面(P2調書
(一)添付⑨のB)である旨主張する(原告ら準備書面(二五)一一丁表)。
 しかし、右三角形状の地形について、原告らはその西側斜面の付近にリニアメン
トが走行すると主張するが(P1調書(四)添付①の赤線)、右の付近にリニアメ
ントは認められない(この点は後記(2)で述べる。)。また、原告らが主張する
リニアメントの走向方向と、右三角形状の地形の等高線の走向方向とは一致せず、
他に三角末端面等の活断層運動による変位地形(P2調書(一)添付⑨)も認めら
れない(P2調書(一)四四丁裏ないし四七丁表)。以上によれば、右三角形状の
地形を、活断層運動によって形成された断層変位地形としての三角末端面に当たる
ということはできない。
(2) リニアメントの存在について
 原告らは、白木―丹生リニアメントに平行して西側に谷が走行し、「原告主張断
層」(P2調書(一)添付⑭の青線)は、白木―丹生リニアメント
とこれに平行する谷の位置を走行する旨主張し(原告ら準備書面(二五)七丁
表)、証人P1はこれに沿う証言をする(P1調書(三)の三七丁裏、三八丁
表)。
 しかし、白木―丹生リニアメントが、活断層の運動によるものと認められないこ
とについては、既に前記二1(二)で述べたとおりである。また、調査の結果、白
木―丹生リニアメントの西側に、これに平行するようなリニアメントを認めること
はできない(乙ハ第一号証二六六ページ、P2調書(一)四五丁表)。
 したがって、これらのリニアメントが存在することをもって、「原告主張断層」
の存在の根拠とする原告らの主張は理由がない。
(3) 地塊の移動について
 原告らは、「原告主張断層」、S―二一ないしS―二六の断層及びS―一二ない
しS―一七の断層によって区切られる三角形の地塊が北方に移動したことによっ
て、横ずれ断層である「原告主張断層」が形成された旨主張する(原告ら準備書面
(二五)一一丁表、同裏)。
 しかし、仮に、原告らが主張するように右の三角形の地塊が北方に移動したもの
であるならば、右地塊の北縁には東西方向の断層が認められなければならないが、
右地塊の北縁にあるS―一二ないしS―一四の断層の走向方向はいずれもほぼ南北
方向である(乙イ第六号証六―三―一〇一ページP2調書(一)四四丁表同裏)。
また、S―一ないしS―六の断層群の走向方向もこれと同様であり、原告らの主張
と矛盾する。
 そもそも、右地塊の北端の位置についての原告らの主張は区々であり(S―一二
ないしS―一四の断層付近としたり(原告ら準備書面(二五)第一一図)、S―一
ないしS―六の断層群付近としたり(原告ら準備書面(三二)三八ページ)してい
る。)、明確な位置を特定した主張となっていない。
(4) 海底断層の存在について
 原告らは、海上保安庁水路部の海底音波探査の結果、海底断層S―一七と「もん
じゅ」との間の海域、及び白木―丹生丹生間のリニアメントの南側部分(美浜原子
力発電所設置場所の南方付近)の海域に幾つもの枝分かれした断層が認められ、
「原告主張断層」が右の地点を走行する旨主張する(原告ら準備書面三九の一丁表
ないし二丁表)。
 しかし、海上保安庁水路部の資料によれば、白木北方沖合については、S―一七
断層の部分に海底断層の存在が推定されるにとどまり、右断層と陸域との間には断
層の存在は推定されていない。また、美浜
原子力発電所設置場所の南方付近の海底にも断層の存在は示されていない(乙イ第
六号証六―三―一〇一ページ)。
 さらに、S―一七断層と陸域との間に活断層の存在を示す地形的な特徴も認めら
れていない(乙イ第六号証六―三―三〇ページ)。
(5) まとめ
 以上のとおり、「原告主張断層」に関する原告らの主張は、およそ科学的根拠に
欠けるものであって、右断層の存在を認めることはできないから、その存在を前提
とした原告らの主張は、「もんじゅ」の耐震安全性を否定する理由とはなり得ない
ものである。
(四) マイクロプレートモデルについて
 原告らは、金折裕司が提唱する「マイクロプレートモデル」に基づき(甲ハ第三
九号証二四ないし二八ページ)、マイクロプレート境界である敦賀湾・伊勢湾構造
線上にある甲楽城断層、柳ケ瀬断層系では大規模な地震が想定され、右境界から一
一キロメートルの距離に位置する「もんじゅ」に危険が及ぶ旨主張する(原告ら準
備書面(三二)四六ないし四九ページ)。
 「マイクロプレートモデル」とは、マグニチュード六・四以上の被害地震が、活
断層を結ぶ線で定義される構造線やブロック境界線に沿って発生していることか
ら、中部日本のブロック構造モデルとして提唱され、その後日本列島全域に拡張さ
れた理論であり(甲ハ第三七号証一九、二〇ページ)、内容的には、右のブロック
境界の活動には「静穏期」と「活動期」とがあり、活動期に入ると地震が構造線や
ブロック境界線上で間欠的に発生し(甲ハ第三七号証二三、二四ページ)、境界全
域が活動した断層ですべて覆われると活動期が終息するというものである。したが
って、右理論は、構造線を構成する複数の活断層が同時に活動し、格別大きい地震
が発生する旨を述べたものではない(甲ハ第四〇号証四六ページ)。
 被告は、既に前記三3(一)(2)及び(二)(1)で述べたとおり、敦賀湾・
伊勢湾構造線上にある甲楽城断層及び柳ケ瀬断層による地震を耐震設計上考慮する
に当たって、十分な現地調査等を行い、活動性や地質構造が異なることから、右各
断層が同時に動くことはないと判断したものである。
 「マイクロプレートモデル」は、地震のメカニズムを解明するために考えられて
いる一つの仮説であって(甲ハ第三九号証二四、二五ページ、P1調書(四)一〇
丁表)、前述した内容に照らしても、被告の右判断の合理性を左右するものではな
い。
(五) 
近畿三角地帯について
 原告らは、花折・金剛構造線、敦賀湾・伊勢湾構造線及び中央構造線によって囲
まれる近畿三角地帯の底辺に当たる中央構造線の活動性が高まっており、そのうち
の一〇〇キロメートルが動いた場合には、マグニチュード八・二の巨大地震が発生
し、「もんじゅ」の敷地に大きな影響を与える旨主張する(原告ら準備書面(三
二)四三ページ)。
 右主張の一〇〇キロメートルが中央構造線上のいかなる範囲を示すのかも不明で
あるが、「もんじゅ」の敷地に最も近い中央構造線(奈良県五条から三重県伊勢ま
でで約一〇〇キロメートル。)のうち、五条以西(近畿三角地帯の底辺の左側にな
る。)と以東とでは活動度に大きな相違があり、五条以東では約五〇万年前以降は
活動が停止していること(甲ハ第二三号証二八一ページ、P1調書(四)三九丁
裏、四〇丁表)、高見峠(近畿三角地帯の底辺の中央付近)付近にはリニアメント
があるが、右リニアメントは、明瞭な活断層地形を示さないリニアメントであり選
択的浸食による可能性もあるため、確実度Ⅲとされていること(乙ハ第五号証二六
三ページ)等を考慮すると、近畿三角地帯の底辺に当たる中央構造線が一〇〇キロ
メートルにわたって動く現実的可能性があるとは認められない。
 また、「もんじゅ」から中央構造線まで、最も近い所で約一五〇キロメートルの
距離があるが(乙ハ第六号証、P1調書(四)四一丁表)、一五〇キロメートルの
距離で仮にマグニチュード八・二の地震が発生したとしても震度Vのゾーンに入り
(P2調書(一)添付⑩、P1調書(四)四一丁表、同裏)、「もんじゅ」の敷地
に対するその影響は、考慮すべき限界地震として選定した甲楽城断層(震度Ⅵのゾ
ーン)よりも小さい。
 したがって、近畿三角地帯あるいは中央構造線の問題が、「もんじゅ」の耐震設
計に影響を及ぼすことはない。
(六) 空白域について
 原告最終準備書面補充書三七ないし四三ページにおいて原告らが主張しようとす
るところは、必ずしも明らかではないが、長期間地震が発生していない空白域では
歪エネルギーが蓄積されている可能性があり、また、連続性が認められない複数の
断層が同時に動く可能性があるとして、「もんじゅ」に影響が及ぶおそれがあると
する趣旨と解される。また、原告らが金折裕司の著作(甲ハ第六七号証)を挙げ
て、甲楽城断層の北部等をブロック境界の断層について認められる空白
域としていることからすると、「空白域」に係る原告らの主張は、金折裕司が提唱
する「マイクロプレートモデル」に依拠するものと解される。
 しかしながら、前記(四)で述べたとおり、原告らが依拠する金折裕司の「マイ
クロプレートモデル」は、そもそも、構造線を構成する複数の活断層が同時に活動
し、格別大きい地震が発生することを内容とするものではない。
 また、同人が著した甲ハ第六七号証では、原告らの主張に係る甲楽城断層北部等
と思われる部分が空白域として図示されているが(同号証一九八ページの図のDな
いしF)、同人は、右のような空白域から想定される地震について、「歴史地震の
発生が知られていないブロック境界については、地震の空白域や次の地震で破壊す
る領域を予測することが困難である」として、「仮に、それを構成する大規模な活
断層を次の地震での破壊域とみなし、地震危険度評価を試みる」と断った上で、右
DないしFの空白域を破壊域とあえて仮定し、想定される地震のマグニチュード等
を試算しているにすぎない(同号証一九九ページ)。右DないしFの部分において
地震が発生する蓋然性があることや、その近辺の複数の活断層が同時に活動する具
体的可能性があることを述べたものでないことは明らかである。
 したがって、原告らが引用する前記学説は、被告が耐震設計において考慮した規
模を超える地震が発生するおそれのあることを、何ら具体的に示すものではない。
(七) 考慮すべき断層の最新活動時期について
 原告らは、基準地震動S2の策定に際して考慮すべき限界地震の選定に当たり、
被告が、五万年前以降に活動した活断層による地震に限定したことは不合理である
旨主張する。
 そもそも、耐震設計審査指針において、五万年前以降の活動が認められる活断層
について評価すべきこととされているのは、①地質時代的にみて最近まで繰り返し
活動していた断層は将来も活動して地震を起こす可能性がある、②このような断層
の調査結果から繰り返しの期間の大半は約一万年以内、これより長いものでも約五
万年以内に納まっている、③一般に活動度が高ければ高いほど繰り返し期間が短い
とされている、という地震学、地質学等の知見に基づく工学的な判断による(乙ハ
第二〇号証二〇三ページ)。原告らの主張はこの点を正解しないものであり、特に
変位量に関する部分は趣旨不明といわざるを得ない。
 なお、被告は、活断層
による地震を検討するに当たっては、耐震設計審査指針を踏まえた上、念には念を
入れて、第四紀後期の活動の可能性をも考慮している(乙イ第六号証六―五―一三
ないし一五ページ)。
 原告らの主張が失当であることは明らかである。
(八) 海底断層S―一五ないし一七と白木―丹生リニアメントの連続性について
 原告らは、ブロック内の考慮されるべき危険な活断層として、海底断層S―一五
ないし一七と白木―丹生リニアメントとは一体として評価すべきであり、これが活
動した場合には「もんじゅ」直下で地震を引き起こし、施設に「衝撃的破壊」が生
じる可能性がある旨主張する。
 しかしながら、以下に述べるとおり、原告らの主張は失当である。
 まず、原告らは、海上保安庁水路部は、S―一五ないし一七を活断層と認めたと
主張するが、同部は、その海底地質構造図において、伏在断層として断層の存在を
推定するにとどまり(S―一五と一七が伏在断層であることは、原告らも認めてい
る)、活断層とはしていない(乙イ第六号証六―三―三〇、一〇一ページ、甲ハ第
七〇号証の三枚目)。
 また、白木―丹生リニアメントが活断層運動によって生じたものでないことは、
前記二1(二)で述べたとおりである。
 したがって、白木―丹生リニアメントとS―一五ないし一七とを一体として評価
すべき理由はない。
 なお、原告らは、連続性が認められない場合であっても、断層が近傍に存在する
場合には同時に活動する可能性があることが、兵庫県南部地震によって実証された
とする。しかしながら、兵庫県南部地震は、その余震分布等からみて、既知の活断
層の密集帯である六甲―淡路断層帯(原子力安全委員会はこれを一連の断層として
評価している(甲ハ第六〇号証一六ページ)。)の一部が変位して発生したものと
みられ(同号証九、一〇ページ)、何ら関連性のない複数の断層が、位置関係のみ
を理由として同時に活動したものとは認められない。原告らの主張が失当であるこ
とは明らかである。
(九) 最大速度振幅の算定
 原告らは、耐震設計に用いられた最大速度振幅を大幅に超える地震動が想定さ
れ、この場合に「もんじゅ」の安全は確保されない旨をるる主張する。
 原告らの右主張は、①白木―丹生リニアメントに対応する活断層が存在する、②
「もんじゅ」の真下に断層又は亀裂が存在する、③敦賀半島西岸断層が存在すると
の仮定、及び④白木―丹生リニアメント
と海底断層S―一五ないし一七とが同時に活動する、⑤海底断層S―二一ないし二
七と野坂断層とが同時に活動するとの仮定に依拠するものである。
 しかしながら被告は、①については前記二1(二)において、②については前記
二2(二)において、③については前記四3(三)において、④については前記
(八)において、また⑤については前記四3(二)において、いずれも具体的な根
拠を示してその失当であることを明らかにした。したがって、最大速度振幅を算定
する方法の当否等を論ずるまでもなく、原告らの主張は理由のないことが明らかで
ある。
4 基準地震動の策定について
 被告は、既に前記三4で述べたとおり、金井式(地震のマグニチュード、震源距
離及び地震の最大速度振幅の関係を示す経験式)及び松田式(活断層の長さと地震
のマグニチュードの関係を示す経験式)を用い、いわゆる大崎スペクトル(解放基
盤表面における地震動の標準応答スペクトル)に基づいて、基準地震動作成のため
の応答スペクトルを策定し(大崎順彦の提唱に係る右のような手法を、一般に「大
崎の方法」という。)、これに適合するように耐震設計に用いる基準地震動の模擬
地震波を作成した。
 原告らは、右の方法は十分安全側に立ったものではなく、自然の地震波がこれを
上回る可能性があるとして、「もんじゅ」の耐震安全性は不十分である旨を主張す
る。
 しかし、大崎の方法は、原子炉施設の耐震設計において有用な手法として承認さ
れているものであって、金井式及び松田式は、いずれも地震動等の実地観測結果に
基づいて策定された経験式であるから、原告らの主張は理由がない。以下、原告ら
の個別の主張ごとに、その失当であることを明らかにする。
(一) 大崎スペクトルについて
(1) 実地震動の包絡について
 原告らは、耐震設計に際して被告が使用した「大崎の方法」により求められる基
準地震動の応答スペクトル(大崎スペクトル)は、すべての実地震動を包含するも
のではなく、実地震動によって耐震設計で想定された以上の力が加わり、「もんじ
ゅ」の耐震安全性が害される旨主張する(原告ら準備書面(四〇)三、四ペー
ジ)。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
 すなわち、「耐震設計審査指針」の解説の一部とすることを目的に作成された
「原子力発電所設計用の基準地震動評価に関するガイドライン」において、大崎ス
ペクト
ルと実地震動スペクトルとの差が数量的に比較されているが(乙ハ第九号証七四な
いし七八ページ)、これによると、大崎スペクトルは実地震動スペクトルをほぼ包
絡しており、大崎スペクトルがわずかながら実地震動スペクトルを下回っているの
は、マグニチュード六の遠距離地震に適用される標準スペクトルについて周期〇・
〇二ないし〇・一〇秒の周期範囲と、マグニチュード七の中距離地震に適用される
標準スペクトルについて〇・〇二ないし〇一三秒の周期範囲に限られる(乙ハ第九
号証七四ページ、P3本人調書(二)四五ないし五一ページ)。
 一般に、建物の床の応答スペクトルは、建物の固有周期において最大となるが、
「もんじゅ」の原子炉建物の固有周期は、約〇・二秒(甲ハ第五二号証添付資料一
四の一四八ページのスペクトルのピーク時の周期、P3本人調書(一)五六、五七
ページ)である。
 したがって、前記各周期範囲における大崎スペクトルと実地震動スペクトルとの
わずかなスペクトル強度の差が、「もんじゅ」の原子炉建物の床応答スペクトルに
及ぼす影響は極めて小さく、耐震設計上問題となるものではない。
(2) 修正大崎スペクトルについて
 原告らは、長周期側の地震動をより大きく見積もる一九九四年版の大崎スペクト
ル(以下「修正大崎スペクトル」という。)が発表されたことを理由に、従前の大
崎スペクトルを用いて行われた「もんじゅ」の耐震設計には問題がある旨主張する
(原告ら準備書面(四〇)一〇、一一ページ)。
 しかし、修正大崎スペクトルは、大崎順彦自身が、一般の土木・建築構造物用と
して位置づけているものであり(甲ハ第五七号証二〇五ページ)、剛構造の原子力
発電所に比してより固有周期が長い建物等に適用することを予定したものである。
 したがって、従前の大崎スペクトルを用いて「もんじゅ」の耐震設計をしたこと
には、何らの問題もない(P3本人調書(二)五四ページ)。
(二) 金井式について
(1) 金井式の妥当性について
 一般に、地震動の水平方向における最大速度振幅は、実測結果に基づいた経験式
によって定めることができるとされており、金井式は、「もんじゅ」を始め他の原
子炉施設における解放基盤表面上での基準地震動策定に際して用いられ、現在も広
く活用されている有用な経験式である。
 原告らは、金井式の作成の基礎となった観測データはマグニチュード四・〇から
五・一の地震のも
のであるから、マグニチュード七以上の大規模な地震に適用することは誤りであり
(原告ら準備書面(四〇)七ページ)、また、遠距離の地震等の場合、金井式の計
算値は、実測値の四分の一から五分の一にしかならないとして、金井式を適用した
「もんじゅ」の耐震設計では、耐震安全性は確保されない旨主張する(原告ら準備
書面(三二)七一ページ)。
 しかし、強震観測データと金井式による計算値とを比較してみると、日本海中部
地震(マグニチュード七・七)や宮城県沖地震(マグニチュード七・四)、根室半
島沖地震(マグニチュード七・四)及び十勝沖地震(マグニチュード七・九)の各
観測値について、金井式は、地震の震源及び観測点が共に日本列島の太平洋岸沖に
ある場合は良い推定を与え、震源が太平洋岸又は日本海岸の沖合いずれにあって
も、観測点が日本海側の場合にはおおよそ震央距離一〇〇キロメートル以上の遠距
離になると計算値は実測値より大きくなるとされている(乙ハ第一五号証二七ない
し三〇、三四ページ)。
 したがって、マグニチュード七以上の地震、あるいは震央距離一〇〇キロメート
ル以上の遠くの地震についても、金井式は適用し得るものであり、被告が、「もん
じゅ」の耐震設計において金井式を適用したことに何ら問題はない。
(2) 金井式の適用範囲について
 また原告らは、金井式作成の基礎となったデータは「もんじゅ」の基礎岩盤より
かなり硬い岩盤上の観測データに基づいているから、金井式を「もんじゅ」に適用
することは誤りである旨主張し(原告ら準備書面(四〇)六、七ページ)、証人P
1はこれに沿う証言をする(P1調書(二)二一丁表、同裏)。
 しかし、金井式作成の基礎となった観測データは、日立鉱山の地下三〇〇メート
ルの、縦波速度(VP)が毎秒約五・五キロメートル、そこから推定される横波速
度(VS)が毎秒約三キロメートルの岩盤上のものとされているが(乙ハ第一五号
証四ページ)、その後、一九六五年の松代群発地震の際、岩盤表面上における地震
動の観測記録が多数得られたことから、これらの地震動のデータについても考慮が
払われ、現在の金井式は、解放基盤表面上の地震動の強さを推定する式としてふさ
わしいものとされている(乙ハ第九号証三四ページ)。
 前記二2(三)で述べたとおり、「もんじゅ」の基礎岩盤は、上部堆積層をすべ
て除去し、堅硬な岩盤を露出させたもので、堅硬、均質
で相当な広がりのある解放基盤表面であるから、金井式をこれに適用することに何
らの問題もない。
(3) 金井式の適用限界について
 原告らは、金井式には、限界距離(原告らは、マグニチュード七の場合は一三・
六キロメートルであると主張する。)内の地震には適用できない性質があるのに、
被告は、右限界距離内の甲楽城断層(マグニチュード七、震央距離一一・五キロメ
ートル)から想定される地震に金井式を適用しており、誤りである旨主張する(原
告ら準備書面(四〇)八、九ページ)。
 原子力発電所の耐震設計に一般に用いられている大崎の方法では、近傍の地震に
ついては、距離が近づくにつれて最大加速度が増大するといった関係が成立しない
ことから、震央域という概念を用い、震央域の外縁部分における最大速度振幅を金
井式によって求め、震央域の内部では、右の一定値をもって評価するところ(乙ハ
第九号証二ページ)、マグニチェード七・〇の場合の震央域外縁距離は一〇キロメ
ートルとされるから(乙ハ第九号証三五、三九、四〇ページ)、震央距離が一〇キ
ロメートルまでの範囲では金井式を用いて最大速度振幅を求め、それ以下の距離で
は、常に震央距離一〇キロメートルにおける最大速度振幅によって評価することに
なる。
 これに対し、原告らの主張する「限界距離」の考え方は、右「震央域外縁距離」
の考え方とは異なるものと思われ、金井式の適用方法に関する原告らの主張は必ず
しも明らかではない。原告P3本人尋問の結果によれば、甲楽城断層の場合、震央
距離一三・六キロメートル(限界距離)までは金井式を適用し、限界距離内ではわ
ずかずつ最大速度振幅が大きくなるとするもののようであるが、その度合や具体的
な適用方法、さらには甲楽城断層についての適用結果は明らかにされていない(P
3本人調書(二)三九、四四、四五ページ)。
 しかし、震央距離一一・五キロメートルの甲楽城断層に金井式を適用する場合、
「限界距離」、「震央域外縁距離」のいずれの考え方によったとしても、求められ
る最大速度振幅の値に有意な差が生じるとは考えられないことは原告P3自身も認
めているのであるから(P3本人調書(二)四五ページ、同速記録末尾添付①)、
被告が行った甲楽城断層による地震に対する評価を誤りとすべき理由はない。
(三) 松田式について
 原告らは、松田時彦が、平成七年六月、最近の検討結果として二本の直線で表さ
れる活断層の長さとそれによる地震のマグニチュードとの関係式を示し(甲ハ第五
四号証二二ページの図2中の点線bとc)、これによれば、甲楽城断層のマグニチ
ュードは大きくなるとして、従来の松田式による過小な評価に基づいてされた耐震
設計には誤りがある旨主張する(原告ら準備書面(四〇)五、六ページ)。
 被告が用いた松田式は、松田時彦が、昭和五〇年に、地震の際に、一定の長さの
断層が引き起こす可能性のある最大のマグニチュードを推定するために提案した式
であるが(乙ハ第一六号証二七三ページ)、「もんじゅ」のみならず他の原子炉施
設における活断層による地震のマグニチュードを算出する際に有用な経験式とし
て、新たな経験式が提唱された後も用いられている。
 いずれにしても経験式の適用の問題であって、被告が、右のように実績があり広
く活用されている従来からの松田式を適用して活断層を評価したことの合理性が失
われるものではない。
 一方、原告らの指摘する新たな経験式は、策定根拠が全く明らかにされていな
い。したがって、これによって従来の経験式の適用を誤りとすべき理由はなく、原
告らの前記主張は理由がない。
5 兵庫県南部地震後の知見について
(一) 応答スペクトルについて
 原告らは、兵庫県南部地震の際に神戸大学のトンネル内で観測された地震動の応
答スペクトルが、大崎スペクトルを長周期側で上回っているとして、大崎の方法は
完全に破綻した旨主張する(原告ら準備書面(四〇)一五ないし二二ページ)。
 しかし、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
(1) 大崎スペクトルは、露出した岩盤表面上ないしはごく岩盤表面に近い箇
所、すなわち、ほぼ解放基盤表面上と考えられる箇所に設置された地震計によって
観測された実地震動記録を基に作成されたものである(乙ハ第九号証一九ペー
ジ)。これに対し、神戸大学で観測された地震動は、花崗岩上に厚さ一・三メート
ルの埋戻土又は表層土があり、さらに、その上の厚さ九五センチメートルのコンク
リート床上に設置された地震計によるものであって、解放基盤表面上と考えられる
箇所に設置された地震計によるものではない(甲ハ第六〇号証五五ページ)。
 また、大崎スペクトルは、前記三4(二)で述べたとおり、横波速度(VS)の
値がほぼ毎秒〇・七ないし一・九キロメートルまでの範囲の堅さの岩盤に対してよ
く適用するとされているが(乙
ハ第九号証三三ページ)、神戸大学に設置された地震計の直下九五センチメートル
から二二五センチメートルまでの範囲にある埋戻土又は表層土の横波速度(VS)
は、毎秒二四〇メートル(〇・二四キロメートル)程度である(甲ハ第六〇号証五
五ページ)。
 いずれにしても、神戸大学の地震計設置箇所が、大崎の方法の前提となる解放基
盤表面とはいえないことは明らかである。
(2) さらに、原告らは、地震動の応答スペクトルが、大崎スペクトルを長周期
側で上回っていることを問題としている。
 しかし、「もんじゅ」の建物及び構築物は剛構造であり(乙イ第六号証八―一―
九八ページ)、その固有周期は短周期側に集中しているから(例えば原子炉建物の
固有周期は、前記4(一)(1)で述べたように約〇・二秒である。)、長周期側
の地震動との共振によって、「もんじゅ」の建物及び構築物が大きな影響を受ける
ということない。
 したがって、右の点は、「もんじゅ」の耐震安全性に影響を及ぼすものではな
い。
(3) なお、兵庫県南部地震の際に、神戸大学のトンネル内で観測された最大速
度振幅値が大きな値を示しているのは、埋戻土や表層土といった表層地盤の増幅等
の影響によるものと考えられており(甲ハ第六〇号証一九ページ)、表層地盤を取
り除いて岩盤に直接設置されている「もんじゅ」の施設を、これと同列に論じるこ
とはできない。
(二) 鉛直地震力について
(1) 「もんじゅ」の耐震設計においては、水平地震力と、その最大加速度振幅
の二分の一の値を鉛直震度とする鉛直地震力とが同時に不利な方向で作用するもの
として動的解析を行っている。
 しかし、原告らは、兵庫県南部地震による観測記録中に水平動を上回る上下動が
見られるとして、「もんじゅ」の耐震安全性は確保されていない旨主張する(原告
ら準備書面(四〇)二三ないし二六ページ)。
(2) なるほど、「検討会報告書」には、兵庫県南部地震による観測記録中には
上下動の最大加速度が水平動の最大加速度の二分の一を上回るものが見られる旨の
記述が存在するが(甲ハ第六〇号証一三ページ)、同報告書は、これと並んで、右
観測記録の中には、埋立地盤のような軟弱な表層地盤(水平方向の加速度の増幅が
抑えられる一方、上下方向の加速度の増幅は抑えられないため、上下方向の加速度
が相対的に大きくなる場合があるといわれている。)における観測記録や、高層ビ
ルの地下
階で得られた観測記録等のように構造物の影響を強く受けていると考えられるもの
が含まれるため、これらを除外した観測記録一二五件について分析したところ、上
下動と水平動との最大加速度振幅の比は、平均的にほぼ二分の一を下回る結果が得
られたことをも明らかにしている(甲ハ第六〇号証二〇、二一ページ)。
 さらに、同報告書は、上下動と水平動の両方向の地震動が作用する場合、一般
に、上下方向と水平方向の地震動の最大加速度の生起時刻及び施設の上下方向と水
平方向の振動特性の差等により、両方向の最大応答の発生時刻が異なるため(前記
三5(一)で述べたとおり、「もんじゅ」では、水平地震力と鉛直地震力とが、同
時に不利な方向で作用することを想定して設計を行っている。)、右観測記録中、
時刻歴波形の得られている二三件の観測記録について、水平方向の最大加速度の発
生時刻における水平方向に対する上下方向の加速度振幅の比を分析した結果、平均
値は〇・一程度、最大値は〇・三程度となり、右比の値は二分の一を大きく下回る
ことをも明らかにした(甲ハ第六〇号証二一ページ)。
(3) このように、鉛直地震力は水平地震力よりも小さく、一方、構造物には常
時、自重が作用するため、構造物は、長期荷重としては、一般に水平方向よりも鉛
直方向に十分な裕度をもって設計される。そのため、短期荷重としての鉛直地震力
が構造物に与える影響は小さく、構造物の耐震設計を支配するのは水平地震力であ
る。
 また、原子炉施設の建物は、厚い壁で構成される鉄筋コンクリート造りの壁式構
造が主体であって壁量が多いため、全体的に上下方向には剛性の高い剛構造となっ
ていることから、上下方向の地震力に対し、一般建築物と比べてはるかに大きな安
全余裕を有している(甲ハ第六〇号証二二ページ)。
(4) 以上によれば、「もんじゅ」の耐震設計に問題のないことは明らかであ
る。右の結論が正当であることは、「検討会報告書」において、「耐震設計審査指
針」における鉛直地震力の評価は、兵庫県南部地震で得られた知見に照らしても、
その妥当性が損なわれるものではないとされていることからも明らかである(甲ハ
第六〇号証二三ページ)。
6 耐震設計について
(一) 床応答スペクトルについて
(1) 原告らは、「設計及び工事の方法の認可申請書」記載の床応答スペクトル
について、これを作成する際に依拠した大崎の方法には安全余裕
がないから、右床応答スペクトルの示す加速度が想定以上に及ぶ可能性があり、こ
の場合には機器・配管が破壊され、あるいは支持装置等が破壊されて機器・配管等
の揺れの周期がピークに近づき、又は揺れが吸収されないために、機器・配管等が
破壊される可能性がある旨主張する(原告ら準備書面(四〇)一二ないし一四ペー
ジ)。
 しかし、大崎の方法の有効性については既に前記4(一)で述べたとおりであ
り、また、以下に述べるとおり、原告らの右主張は理由のないものである。
ア 被告は、「もんじゅ」の床応答スペクトルを作成するに当たって、適切な減衰
定数を定めて求めた床応答スペクトルに対し、さらに、右スペクトルが右下がりに
ある周期範囲では右範囲のスペクトルを右側に、スペクトルが左下がりにある周期
範囲では左側にそれぞれ一〇パーセント平行移動させるなどの方法でスペクトルの
拡幅(乙ハ第一七号証五一六、五一七ページ、乙ハ第一八号証四一三、四一五ペー
ジ)を行い、安全側の地震力設定となるようにした上で、機器・配管が右床応答ス
ペクトルによる地震動に対して耐え得るよう耐震設計を行った(乙イ第六号証八―
一―一〇一ないし一〇三ページ)。
イ また、被告は、耐震上必要な箇所に設置している支持装置等についても、地震
時にその機能が損なわれないよう設計するとともに、定期点検等によりその機能を
確認している(乙イ第六号証八―一―一〇七ないし一一一ページ)。
 したがって、支持装置等が地震により破壊されるおそれはない。
(二) 構造計算について
(1) 原告らは、「設計及び工事の方法の認可申請書」添付の構造計算書中に、
算定結果が許容値又は判定値をオーバーしているものがあるにもかかわらず、「地
震時に発生する各応力は許容値を満足しており、安全である」と結論していること
は、「もんじゅ」の耐震設計が極めてずさんであり、危険であることを示すもので
ある旨主張する(原告ら準備書面(四〇)二六、二七ページ)。
 しかしながら、原告らの右主張は、原告P3本人が認めるとおり、誤解にすぎな
い(P3本人調書(二)六二、六三ページ)。
(2) 原告らは、前記構造計算書中のガードベッセルの耐震性に関する応力評価
の中で「下部サポート外面」における「一次応力+二次応力の判定IVAS」の欄
において、求められた応力値(三三・三)がかっこ内の値(三〇・二)を超えてい
ることを指摘し、前記主
張をする(乙ハ第一一号証三七ページ第五―一二表)。
 しかし、右の応力値は、地震動のみによる一次応力と二次応力とを加えて求めた
応力の最大値と最小値との差を示すものであり(乙ハ第一一号証三六ページ)、右
の差すなわち変動値が設計降伏点(Sy)の二倍以下(2Sy以下)であれば疲れ
解析は不要であるが、2Syを超えるときは弾塑性解析により求められる応力値を
用いて疲れ解析を行うことが必要となるものである(乙ハ第一一号証二四ペー
ジ)。
 被告は、右の変動値(三三・三)が判定値(三〇・二)を超えたことから疲れ解
析を実施し、疲れ累積係数が〇・〇〇一であり、許容値の一・〇以下であることを
確認した結果(乙ハ第一一号証二四、三七ページ)、許容値を満足すると判断し
た。
(3) なお、原告P3は、右判定値を超えた場合に疲れ解析をすること自体が適
切でなく、前記判定基準自体が誤りである旨述べている(P3本人調書(二)六一
ないし六四、六六、六七ページ)。
 しかし、疲れ解析は、地震時の繰り返し荷重によって応力が繰り返し構造物にか
かり、破損(疲労破損)に至ることを防止するために、発電用原子力設備に関する
構造等の技術基準(昭和五五年通商産業省告示五〇一号)や原子力発電所耐震設計
技術指針に基づいて行われる解析であって(乙ハ第一七号証五〇一ページ、乙ハ第
一九号証一八〇ページ)、疲労強度の点から材料の健全性を検討するものであるか
ら、これを行うべきではないとする主張は理解し難い。
五 まとめ
 以上のとおり、「もんじゅ」については、地質、地盤に係る条件や地震の影響に
よって、放射性物質を環境に異常に放出することのないよう、十分な安全性が確保
されている。したがって、自然的立地条件の影響によって「もんじゅ」の安全性が
損なわれ、原告らの生命・身体に放射性物質による被害を及ぼすことは考えられな
い。これに反する原告らの主張には何ら理由のないことが明らかである。
第四 「もんじゅ」の事故防止対策
一 多重防護の考え方
1 「もんじゅ」において放射性物質の持つ危険性を顕在化させないためには、そ
の設置ないし運転に際し、「もんじゅ」の特徴を踏まえた上で、平常運転時はもち
ろんのこと、異常状態が発生した場合においても、放射性物質を原子炉施設内に封
じ込めることに万全を期す必要がある。そのため、被告は、「もんじゅ」を設置す
るに当たって、前記第一の二(二)(
2)で述べたとおり、多重防護の考え方(乙第二号証一一〇ページ、乙ホ第「一号
証の一(P6調書(一))五丁裏ないし七丁表)に基づく事故防止対策を講じてい
る(乙イ第二号証二四ないし三八ページ、乙ホ第一号証の一(P6調書(一))四
六丁表、同裏)。
2 多重防護の考え方に基づく事故防止対策の第一は、放射性物質を環境へ異常に
放出するおそれのある事態につながるような異常状態の発生そのものを未然に防止
する「異常状態発生防止対策」であり、その第二は、仮に何らかの原因によって異
常状態が発生した場合であっても、異常状態が拡大したり、さらには放射性物質を
環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで発展したりすることを防止する「異
常状態拡大防止対策」である。
 被告は、「もんじゅ」について、右の各対策を講じているので、放射性物質が環
境へ異常に放出されるおそれのある事態は確実に防止される。しかし、被告は、こ
れらに加えて、更に「放射性物質異常放出防止対策」をも講じている。これは、公
衆の安全確保に万全を期するため、念には念を入れるという考え方に基づくもので
あり、原子炉の寿命中に起こるとは考えられないような事態を仮定した場合にも、
なお放射性物質を環境へ異常に放出することは確実に防止できるようにしたもので
ある。
 これらの対策について一例を挙げれば、燃料被覆管等に異常な温度上昇が生じた
場合には、放射性物質の封じ込め機能を有する燃料被覆管や原子炉バウンダリ(後
記二で詳述する。)の損傷につながるおそれがあるが、「もんじゅ」においては、
①異常状態発生防止対策によって、異常な温度上昇の発生自体が未然に防止され、
②仮に何らかの原因によって、異常な温度上昇が発生した場合であっても、異常状
態拡大防止対策によって、それが燃料被覆管や原子炉バウンダリの損傷に波及した
り、放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで発展することは防
止される。また、③万一、原子炉バウンダリが破損するような事態が発生したとし
ても、放射性物質異常放出防止対策によって、放射性物質の環境中への異常な放出
は防止されるのである。したがって、「もんじゅ」を運転に供することによって、
放射性物質の潜在的な危険が顕在化することはない。
3 以下、右の各対策について詳述し、右各対策が公衆の安全確保上不十分であ
り、事故等によって原告らの生命・身体に被害が及ぶ旨の原
告らの主張が失当であることを明らかにする。
二 異常状態の発生防止対策
 異常状態の発生を未然に防止するためには、①原子炉の運転中、燃料被覆管及び
原子炉バウンダリの健全性が確保されるように設計、製作、据付けが行われるとと
もに、②原子炉が安定して運転されることが重要である(乙イ第二号証二四ペー
ジ、乙ホ第一号証の一(P6調書(一))の七丁表)。
 このため、被告は、右の各点について、以下に述べるとおり、十分な対策を講じ
た。
1 燃料被覆管の健全性の確保
 前記第一の二1(二)(1)イで述べたとおり、炉心を構成する炉心燃料集合体
は、一体当たり一六九本の炉心燃料要素とこれを収納するラッパ管(wrappe
r tube)等から成り(第四図参照)、炉心燃料要素は、プルトニウム・ウラ
ン混合酸化物等を焼き固めた多数の燃料ペレットとこれを収納する燃料被覆管等か
ら成る(乙イ第六号証八―三―二ページ)。
 燃料被覆管は、燃料ペレットを管内に保持するとともに、燃料ペレット内の核分
裂により発生する熱を冷却材に伝達し、核分裂に伴って生じる放射性物質を管内に
封じ込める機能を有している(乙イ第六号証八―一―五ページ)。
 被告は、右のような燃料被覆管の重要性にかんがみ、①燃料被覆管に生じる内圧
や熱応力、あるいは冷却材中の不純物等による腐食、②燃料ペレットの過度の膨
張、③冷却材流量の低下及び④ラッパ管の変形等、燃料被覆管が損傷する原因とな
る可能性のある事象について、以下のとおり十分な対策を講じ、その健全性を確保
している。
(一) 燃料被覆管の基本的健全性
 原子炉の運転に伴い、燃料被覆管は中性子照射によりスエリング(膨張)した
り、熱応力が生じるほか、燃料ペレット内に生じる気体状の核分裂生成物の圧力
(内圧)が加わる。また、燃料被覆管は、冷却材中の不純物等による腐食にもさら
される。
 しかし、「もんじゅ」の燃料被覆管については、これらに対し十分な健全性が確
保されている。
(1) 「もんじゅ」の燃料被覆管は、その材料として、耐スエリング性や高温強
度に優れ、耐食性にも優れたステンレス鋼(SUS三一六相当ステンレス鋼)を使
用している(乙イ第二号証九ページ、乙イ第六号証八―三―七ページ)。
(2) 構造的には、運転温度における内圧等に十分耐え得る内径や肉厚にすると
ともに、内部にガスプレナム(空間)を設けて、核分裂生成物が蓄積しても内圧が
過大とならないようにしている(第四図参照。乙イ第六号証八―三―四、九ペー
ジ)。
 また、燃料要素が軸方向に膨張しても、過大な熱応力が燃料被覆管に生じること
のないよう、燃料要素の上端を固定せず、上部に十分な空隙を設けている(乙イ第
二号証一〇ページ、乙イ第六号証八―三―一〇、一一ページ)。
(3) 腐食の関係では、冷却材中に存在して腐食の原因となる酸素などの不純物
を一次ナトリウム純化系のコールドトラップで除去し、冷却材を高純度に維持して
いる(乙イ第二号証一〇、一八ページ、乙イ第六号証八―八―三ページ)。
(4) 以上のとおり、スエリング、内圧、熱応力及び腐食に対する燃料被覆管の
基本的健全性は、十分確保されている(乙イ第六号証八―三―九、一〇、八―八―
三ページ)。
 また、「もんじゅ」で使用する燃料集合体は、その製造工程のすべての段階にお
いて、厳重な品質管理の下に製造されているが、燃料被覆管については、特に、そ
の製造工程において、超音波探傷試験により欠陥の有無を、また、エックス線透過
試験により端栓の溶接部の健全性をそれぞれ確認するとともに、燃料ペレットを燃
料被覆管内に充てんした後には、ヘリウム漏えい試験及びエックス線透過試験を行
って、その総合的な健全性を確認している(乙イ第二号証一〇、一一ページ、乙イ
第四七号証三・四・三―二ページ、乙イ第六号証八―三―一一ページ)。
(二) 燃料ペレットの膨張等に対する健全性の確保
 燃料ペレットの溶融や過度の膨張によって燃料被覆管が損傷することのないよ
う、被告は、「もんじゅ」の燃料について、以下の配慮をしている。
(1) 被告は、「もんじゅ」の設計に際し、燃料であるプルトニウム・ウラン混
合酸化物の融点が摂氏約二七四〇度であることから、燃焼中の融点の低下等を考慮
して、燃料ペレットの設計条件(熱的制限値)を二六五〇度とした。そして、定格
出力運転時及び運転時の異常な過渡変化時(過出力時)における燃料ペレットの最
高温度を保守的に評価した結果、いずれの場合においても右の設計条件を満足し、
燃料ペレットが溶融しないことを確認した(乙イ第六号証八―三―八、三三ないし
三五、四三ページ、同添付書類八追補Ⅳ)。
 なお、燃料設計後に燃料ペレットの物性に関する新たな知見が得られ、燃料の融
点は約三〇度低下し、燃料ペレットの融点は燃焼初期から漸減するとされたが、
「もんじゅ」の安全
総点検において、燃料ペレットの最高温度を再評価した結果、右の知見を考慮して
も、燃料ペレットの最高温度の評価値に大きな影響を与えるものではなく、燃料ペ
レットや燃料被覆管等の燃料設計自体を見直す必要のないことを確認した(乙イ第
四八号証三・四・一―四ページ)。
(2) 燃料ペレットの熱膨張及び核分裂生成物等の蓄積によるスエリング(膨
張)に対しては、燃料ペレットと燃料被覆管との間に間隙が設けられていることか
ら、燃料被覆管が過大な力を受けることはない(第四図参照。乙イ第六号証八―三
―四ページ)。また、燃焼が進んで燃料ペレットのスエリングが進んでも、燃料被
覆管自体の内径がスエリング及びクリープにより増加するため、接触により生じる
応力が過大となって燃料被覆管が損傷することはない(乙イ第二号証九、一〇ペー
ジ、乙イ第六号証八―三―五、九ページ)。
 したがって、燃料ペレットがスエリングによって燃料被覆管に接触し、これによ
って被覆管の変形や応力割れが生じる旨の原告らの主張(訴状二六二ページ)は理
由がない。
(3) なお、原告らは、燃焼が進むと、燃料ペレットに「焼きしまり」又は温度
差を原因とするクラック(ひび割れ)が生じ、これによって燃料被覆管が損傷する
旨主張し(原告ら一九九〇年(平成二年)五月一八日付け準備書面(以下「原告ら
準備書面(二九)」という。)九ないし一五ページ)、甲イ第二八号証六四、六五
ページにはこれに沿う記載がある。
 しかし、日本原子力研究所の材料試験炉JMTRを用いた照射試験によって、燃
料ペレットには有意な焼きしまりは生じないことが確認されている(乙イ第七一号
証三五〇ページ)。また、クラック等の影響についても、フランスのラプソディ炉
及び「常陽」における照射実績から、「もんじゅ」の定格出力を上回る線出カ密
度、及び「もんじゅ」の燃料要素最高燃焼度を上回る燃焼度まで、燃料被覆管が健
全であることを確認した(乙イ第六号証八―三―七、八、六九ページ、乙イ第五六
号証一六八、一六九ページ)。
 したがって、焼きしまりやクラック等が燃料被覆管の健全性に影響を及ぼすこと
はなく、原告らの右主張は失当である。
(4) 以上のとおり、「もんじゅ」において、燃料ペレットの溶融によって燃料
被覆管が損傷したり、あるいは燃焼に伴う燃料ペレットの熱膨張、スエリング、焼
きしまり、クラック等によって、燃料被覆管の健全性が
損なわれることはない。
(三) 冷却材流量低下に対する健全性の確保
 燃料要素間を流れる冷却材の流量が減少すると、冷却能カの低下による温度上昇
によって、燃料被覆管が損傷する可能性があることから、被告は、①所定の冷却材
を炉心に安定して供給するとともに、②燃料ペレットが発生する熱量と冷却材が除
去する熱量とのバランスを保ち得るよう、設計上の配慮を行っている。
(1) 炉心への冷却材の安定した供給
 「もんじゅ」では、冷却材を内包する原子炉冷却材バウンダリ(後記2で述べる
とおり、原子炉バウンダリの一部をなす。)及び炉内構造物について、設計上必要
な強度を持たせた上で、品質管理を十分に行って製作し、検査をしており、炉心へ
の流路を確保する上で十分な構造健全性を確保している(乙イ第六号証八―三―一
一、八―四―二ページ)。また、冷却材を循環させる一次主冷却系循環ポンプは、
所要の冷却材流量を循環させる能カがあり、冷却材は原子炉出力に見合う所要の流
量でもって安定して炉心に供給される(乙イ第二号証二七ページ、乙イ第六号証八
―四―六、七、八―九―一七、一九、二〇ページ)。
(2) 炉心内の冷却材流量及び流路の確保
ア 燃料集合体のエントランスノズルに設けられた冷却材流入孔(オリフィス孔)
と炉心支持板の連結管に設けられたスリットとの組合せにより、炉心内の各燃料集
合体の位蹟に応じて、その発熱量(出力規模)に見合った冷却材の流量配分を行う
とともに、エントランスノズルには、多数の冷却材流入孔を設けて流路閉塞を防止
している(第一二図③参照。乙イ第二号証二七、二八ページ、乙イ第六号証八―三
―五、三一、三二、五七ページ)。
イ さらに、ワイヤスペーサを用いることで、温度差による湾曲によって燃料要素
が互いに接触することを防止し、燃料集合体内における所要の冷却材流量や冷却材
流路を確保している(乙イ第二号証二八ページ、乙イ第六号証八―三―五、一〇ペ
ージ)。また、炉心燃料集合体の出口には、冷却材の温度等を測定する検出器(炉
心出口計装)を設置し、冷却材流量に異常がないことを常時監視している(乙イ第
六号証八―九―七ページ)。
ウ なお、燃料被覆管の外径は、気体状の核分裂生成物による内圧や高速中性子の
照射によって生じるクリープ及びスエリングによって、使用期間中徐々に増加する
が、右外径の増加量を七パーセント程度に抑えると、冷却機能は十分
維持され、燃料被覆管の健全性も損なわれないと評価された(乙イ第六号証八―三
―九ページ)。「もんじゅ」では、燃料被覆管の材料に耐スエリング性に優れたS
US三一六相当ステンレス鋼を開発し使用することによって、燃料被覆管の使用期
間末期でも、燃料被覆管の外径増加を約六パーセント以下となるよう抑えている
(乙イ第六号証八―三―七ないし九、七一ページ)。
エ 以上によれば、燃料要素が温度差によって湾曲し、あるいは燃料被覆管の外径
が増加することによって冷却材の流路閉塞が生じ、その部分の温度が上昇して燃料
が溶融する旨の原告らの主張(訴状二六一ページ、原告ら準備書面(二九)一九
八、一九九ページ)は理由がない。
(四) ラッパ管の変形に対する健全性の確保
 燃料要素を収納するラッパ管は、エントランスノズル等と併せて、前述した燃料
要素を冷却するのに必要な冷却材流量や冷却材流路を確保する機能を有する(乙イ
第六号証八―三―五ページ)。「もんじゅ」では、ラッパ管の過大な変形によって
燃料被覆管が損傷することのないよう、以下に述べるような対策を講じた。
(1) 「もんじゅ」のラッパ管には、燃料被覆管と同様、耐スエリング性に優
れ、熱的、機械的荷重による変形に十分耐える強度を有するSUS三一六相当ステ
ンレス鋼を使用している(乙イ第六号証八―三―五ないし七ページ、乙ホ第一号証
の一(P6調書(一))二八丁表)。そのため、ラッパ管は、輸送時や運転時に受
ける種々の力に十分耐えるとともに、中性子照射によるスエリングに対しても、十
分な健全性を有している(乙イ第六号証八―三―一〇、一一ページ)。
(2) また、燃料集合体相互の間隔を十分にとるとともに、ラッパ管の上部、中
間部及び下部の三箇所にスペーサパッドを設けているので(第四図参照)、燃料集
合体に熱湾曲等による曲がりが生じたとしても、各燃料集合体は、右スペーサパッ
ドによって隣接する燃料集合体と相互に支持、拘束され、また、地震時において
も、燃料集合体が受ける力はスペーサパッドを通じて互いに伝えられ、いずれの場
合も最終的には炉心全体を取り巻く円筒状の構造物(炉心槽)(第一図参照)によ
って受け止められる。したがって、熱湾曲等や地震によって、ラッパ管に過大な変
形が生じることはない(乙イ第六号証八‐三‐六、一〇ないし一四ページ)。
(3) 燃料集合体は、下端部のエントランスノズルを炉心支
持板の連結管内に挿入し(第一二図②、③参照)、下部のみを固定して炉心におい
て直立支持させ、上部は固定しない構造としていることから、上部方向への熱膨張
が生じても、燃料集合体に過大な変形が生じることはない(乙イ第六号証八―三―
一〇ないし一二、一四ページ)。
(4) 以上によれば、燃料集合体のラッパ管の健全性は十分確保されているか
ら、炉内の変形挙動と炉心槽等による拘束との相互作用によって、燃料集合体が大
きく変形、湾曲し、内部の燃料被覆管が損傷する旨の原告らの主張(訴状二六五ペ
ージ、原告ら準備書面(二九)二五ページ)は理由がない。
2 原子炉バウンダリの健全性の確保
 原子炉バウンダリは、原子炉冷却材バウンダリと原子炉カバーガス等のバウンダ
リとで形成され(第六図参照)、異常な事態が発生した場合には、放射性物質をこ
の中に封じ込めるという重要な機能を有している(乙イ第二号証一一、一二ペー
ジ、乙イ第六号証八―一―一二、八―四―一ページ)。
(一) 原子炉冷却材バウンダリの健全性の確保
 原子炉冷却材バウンダリは、通常運転時はもとより、異常な事態の発生により原
子炉が緊急停止した場合であっても、原子炉の冷却材を内包し、それが破損すると
原子炉冷却材漏えい事故となる範囲であり、原子炉容器、一次主冷却系の機器・配
管等から構成される(乙イ第二号証一二ページ、乙イ第六号証八―一―一二、八―
四―二三ページ)。
 被告は、「もんじゅ」について、①運転中に受けることが予想される荷重、②中
性子照射、あるいは③腐食などの要因によって原子炉冷却材バウンダリの健全性が
損なわれることがないよう、以下に述べる対策を講じた。
(1) 運転中に受ける荷重に対する健全性の確保
 被告は、原子炉冷却材バウンダリの機械的健全性を確保するために、原子炉冷却
材バウンダリを構成する機器・配管等について、以下のとおり、高温のナトリウム
環境の下で使用されることを考慮した適切な材料の選定を行い、予想される運転状
態において生じる荷重に対して十分な強度を確保し、さらに、原子炉容器及び配管
を始めとする原子炉冷却材バウンダリの熱的過渡変化が過大とならないよう配慮し
た。
ア 原子炉冷却材バウンダリは、高温強度とナトリウム環境下での使用に対する適
合性が良好なステンレス鋼(SUS三〇四ステンレス鋼)を材料として使用し、冷
却材の圧力等を考慮した設計としている。また、耐震重要度分類上はAsクラスと
しての耐震設計を行い、プラントの寿命中に想定される熱荷重、地震荷重等の必要
な組合せに対して十分な強度を有するようにした(乙イ第六号証八―一―六六、六
七、一一三、八―四―二ないし四ページ)。
イ 通常の起動又は停止時には、冷却材の昇温速度又は降温速度が過大にならない
ように制限し、また、定格出力運転時の原子炉容器出口ナトリウム温度(摂氏約五
二九度)を原子炉出力制御系によってほぼ一定に保つなど、原子炉冷却材バウンダ
リに加わる熱的過渡変化が小さくなるようにした(乙イ第二号証一三、一四ペー
ジ、乙イ第六号証八―一―六七、八―四―三、八―九―一八ページ)。
ウ また、原子炉冷却材バウンダリは、寿命期間を通じて、熱的過渡変化及びクリ
ープに十分耐え得る強度を持たせた。さらに、一次主冷却系の配管の熱膨張に関し
ては、配管を要所で曲げることによってこれを吸収させ、過大な熱応力が発生しな
いようにした(乙イ第二号証一四ページ、乙イ第六号証一〇―三―二四ページ)。
(2) 中性子照射の影響に対する原子炉容器の健全性の確保
 金属材料は、一般に、過度の中性子照射を受けると延性(伸びる性質)が低下
し、もろくなる(ぜい化する)傾向が見られる。この点を考慮して、被告は、「も
んじゅ」において、原子炉容器の材料に延性の高いステンレス鋼を使用するととも
に、炉心と原子炉容器との間に中性子しゃへい体を置いて、原子炉容器に対する過
度の中性子照射を防止している(第三図参照。乙イ第二号証一四ページ、乙イ第六
号証八―三―一、六一、八―四―二、一〇ページ)。
 また、原子炉容器内に原子炉容器と同一材料の試験片を挿入し、原子炉の供用期
間中、右試験片を適宜取り出して試験することにより、供用期間中を通じ、原子炉
容器の中性子照射による影響の程度を把握することとしている(乙イ第六号証八―
四―二、六、一〇ページ)。
(3) 腐食に対する健全性の確保
 原子炉冷却材バウンダリは、その内面で冷却材と接しているため、冷却材中の不
純物による化学的腐食に対しても、その健全性を確保する必要がある。
 「もんじゅ」においては、原子炉冷却材バウンダリの材料として、耐食性に優れ
たステンレス鋼を使用するとともに(乙イ第二号証一三ページ、乙ホ第一号証の一
(P6調書(一))三〇丁表)、腐食の原因となる冷却材中の不純物を一次ナトリ
ウム純化系のコー
ルドトラップで除去することなどによって、冷却材を高純度の状態に維持し(乙イ
第二号証一三ページ、乙イ第六号証八―八―三ページ)、腐食に対する健全性を確
保している。
 以上(1)ないし(3)で述べたとおり、「もんじゅ」においては、原子炉冷却
材バウンダリについて、運転中における荷重や中性子照射、腐食に対して十分に対
策を講じていることから、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれることはな
い。
 なお、原子炉冷却材バウンダリを構成する機器・配管等は、その製作及び据付け
の工程ごとに厳重な検査を行い、その材料については素材の段階で超音波探傷試験
等を行って十分な品質を確保し、さらに、溶接部の放射線透過試験、液体浸透探傷
試験、耐圧試験等を行ってその健全性を確認した。また、ナトリウム漏えい検出器
等により原子炉冷却材バウンダリからの冷却材漏えいの有無を連続監視している
(乙イ第六号証八―一―三六、八―四―二、三、一〇、一一、一九ないし二一ペー
ジ、乙イ第七九号証六ページ)。
(二) 原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性の確保
 原子炉カバーガス等のバウンダリは、通常運転時はもとより、異常事態の発生に
より原子炉が緊急停止した場合であっても、原子炉冷却材バウンダリとともに放射
性物質をこの中に封じ込める機能を有するものであり、原子炉容器のしゃへいプラ
グ、一次アルゴンガス系の配管等から構成される(乙イ第二号証一六ページ、乙イ
第六号証八―一―一〇、八―四―一、二四ページ)。
 被告は、原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性が、①運転中に受けることが
予想される荷重、及び②カバーガス中の不純物に起因する腐食によって損なわれな
いように、以下に述べるとおり、十分な対策を講じた。
(1) 運転中に受ける荷重に対する健全性の確保
 「もんじゅ」では、出力運転時には一次アルゴンガス系の圧力はほぼ一定(約
一・五気圧)に保たれるが、一次アルゴンガス系の機器、配管等は、右出力運転時
の圧力よりも十分高い圧力に耐え得る強度を有している(乙イ第六号証八―四―
四、八―八―九、三九ページ)。
(2) 不純物による腐食に対する健全性の確保
 原子炉カバーガス等のバウンダリの材料としては、耐食性に優れたステンレス鋼
(SUS三〇四ステンレス鋼)を使用しており、一方、カバーガス(冷却材と空気
との接触を防止する冷却材液面を覆うガス)として使用するアルゴン
は不活性であり、かつ、高い純度のものを用いている。したがって、カバーガス中
の不純物によって原子炉カバーガス等のバウンダリが腐食するおそれはない(乙イ
第二号証一六、一七ページ、乙イ第六号証八―一―七三、八―四―四、一四ペー
ジ)。
 以上(1)及び(2)で述べたとおり、「もんじゅ」においては、運転中に受け
ることが予想される荷重やカバーガス中の不純物に起因する腐食に対して十分な対
策が講じられていることから、原子炉カバーガス等のバウンダリの健全性が損なわ
れることはない。
 なお、原子炉カバーガス等のバウンダリについても、その製作及び据付けの工程
ごとに厳重な検査を行った。また、運転開始後は、原子炉カバーガス等のバウンダ
リからの放射性カバーガスの漏えいを常時監視することにより、右バウンダリの健
全性を確認している(乙イ第二号証一七ページ、乙イ第六号証八―一―三六ペー
ジ、同添付書類八追補Ⅶ)。
3 原子炉の安定した運転の維持
 燃料被覆管及び原子炉バウンダリの各健全性を十分余裕を持って確保するために
は、原子炉の運転を安定した状態に維持することが必要であり、そのためには、①
原子炉が、その本来の性質として、安定して制御し得る性質を有するよう設計され
ていること(原子炉の自己制御性)、②原子炉出力、冷却材流量、給水流量、主蒸
気温度及び主蒸気圧力を安定して制御することのできる設備を有すること(原子炉
制御設備)、③原子炉の運転が、適切な運転操作手順に従い、十分な知識、経験、
能力等(以下、これらを「運転技能」という。)を有する運転員によって行われ、
設備の機能、性能が、その運転段階を通じて十分に維持されること(運転段階にお
ける安全確保)等が必要である(③については、項を改めて、後記五で検討す
る。)。
(一) 原子炉の自己制御性
(1) 原子炉の安定した運転を維持するためには、原子炉出力が上昇すると、原
子炉固有の特性として出力が抑制される性質(負の反応度フィードバック特性、出
力抑制効果)を有するよう、炉心が設計されていることが重要である(乙イ第七号
証一二ページの指針一三及び二九ページの右指針の解説)。
 右の出力抑制効果を規定する反応度効果を代表するものとして、ドップラ効果と
ボイド反応度効果とがある。ドップラ効果とは、原子炉の出力が上昇し燃料温度が
上昇すると、炉心の中性子がウラン二三八に捕獲される割合が多くなる結
果、核分裂反応の割合が低下して出力が低下するという原子炉固有の効果である。
ボイド反応度効果とは、冷却材中のボイド(気泡)の発生・消滅等が原子炉の出力
に及ぼす影響を指し、ボイドの発生が出力を上昇させるか否かは、原子炉の型式や
炉心の設計によるが、高速増殖炉の場合、冷却材ナトリウム中にボイドが発生する
と、出力を上昇させる可能性があることから、炉心設計に当たってはこの点に対す
る考慮が重要とされる(乙イ第七号証六五一ページ)。
(2) 「もんじゅ」の炉心の反応度効果としては、ドップラ効果が支配的であ
り、ドップラ係数が大きな負の値を有しているため、その他の反応度効果を勘案し
ても、炉心は、予想されるすべての運転範囲で、急速な固有の負の反応度フィード
バック特性を有している(乙イ第二号証二五ページ、乙イ第六号証八―三―二六、
五三ページ。この点については、後記第六の一1(一)で、炉心特性における固有
の安全性の問題として詳述する。)。
(3) なお、「もんじゅ」において冷却材中に気泡が生じることを仮定した場
合、計算上は、炉心の中心付近では正の反応度が投入されることとなる。しかし、
ナトリウムの沸点は大気圧下で摂氏約八八〇度であるのに対し、運転時の冷却材ナ
トリウムの最高温度は摂氏約六五九度であって、二〇〇度以上の裕度があることか
ら、予想されるすべての運転範囲において、そもそもナトリウムが沸騰して気泡が
発生することはない。また、カバーガスを冷却材中に巻き込まないようにする措置
も講じられていることから、ボイドによる反応度効果が問題となることはない(こ
の点については、後記第六の一1(二)で、異常な正の反応度投入防止策の問題と
して詳述する。乙ホ第一号証の一(P6調書(一))一八丁裏、一九丁表、P9調
書(一)二七丁裏ないし二九丁表)。
(4) 以上のとおり、「もんじゅ」は固有の自己制御性を有しており、安定した
運転を維持することができる原子炉である。
(二) 原子炉の制御設備
(1) 「もんじゅ」では、原子炉制御設備により、原子炉出力及び主冷却系流量
等を制御する。原子炉制御設備は、原子炉出力制御系、主冷却系流量制御系、給水
流量制御系、主蒸気温度制御系及び主蒸気圧力制御系から成る(乙イ第六号証八―
九―一七ページ)
 ①原子炉の出力や原子炉容器出口冷却材温度は、原子炉出力制御系により制御棒
を操作することによって、②炉心
及び一次・二次主冷却系を流れる冷却材の流量は、主冷却系流量制御系により一
次・二次主冷却系の循環ポンプの駆動モータの回転数を調整することによって、③
蒸気発生器への給水流量は、給水流量制御系により給水流量及び蒸発器出口蒸気温
度の過熱度を自動的に調節することによって、④主蒸気の温度は、基本的には原子
炉容器出口冷却材温度を制御することによって、⑤主蒸気の圧力は、主蒸気圧力制
御系により蒸気加減弁を自動的に調節することによって、それぞれ制御され、あら
かじめ設定した値に維持される(乙イ第六号証八―九―一八ないし二一ページ)。
 なお、タービンの負荷が大きく減少して主蒸気の温度が過度に上昇したり、主蒸
気の圧力が変動した場合には、主蒸気温度制御系や主蒸気圧力制御系によって、過
熱器入口蒸気を過熱器出口側にバイパスする系統の弁の開度を調節したり、タービ
ンバイパス弁を開くことによって設定された値に維持する(乙イ第六号証八―九―
二一ページ)。
(2) 原告らは、「もんじゅ」の即発中性子寿命は軽水炉に比べ二桁程度短いか
ら、何らかの正の反応度が入った場合には急激な出力変動を起こしやすく、安定し
た制御ができない旨主張し(原告ら準備書面一五)、甲イ第一九九号証一一四ペー
ジには、これに沿う記載があるほか、同旨の証言もある(P5調書(二)一三〇な
いし一三二ページ)。
 しかし、原子炉の出力挙動は、軽水炉においても、高速増殖炉においても、即発
中性子の寿命には影響されず、反応度投入量、遅発中性子の発生割合や寿命及び反
応度フィードバック特性によって決まるため、「もんじゅ」の即発中性子の寿命が
軽水炉のそれに比べて短いことは、「もんじゅ」を安定して制御する上において何
ら支障となるものではない(この点については、後記第六の一1(一)(2)で詳
述する。乙イ第四号証一六、一七ページ、乙ホ第一号証の一(P6調書(一))二
〇丁裏)。前記証人P5の証言等はこの点を正解しないものであり、原告らの右主
張は理由がない。
(3) 以上述べたとおり、「もんじゅ」は、原子炉出力等を適切に制御すること
ができ、安定した運転を維持することのできる施設である。三 異常状態の拡大防
止対策
 被告は、「もんじゅ」において、右に述べた異常状態の発生防止対策にもかかわ
らず、何らかの原因によって異常状態が発生した場合に、それが拡大したり、さら
には放射性物質を環境へ
異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを確実に防止するため、①異
常状態を早期に検知する計測制御装置、及び②原子炉を緊急停止して炉心を冷却す
る安全保護設備を設けている。
1 異常状態の早期検知(計測制御装置の設置)
 原子炉の運転中、何らかの原因によって異常状態が発生した場合に、原子炉の緊
急停止等、所要の措置が講じられるよう、異常状態の発生を早期に、かつ、確実に
検知するため、次のように計測制御装置を設置している(乙イ第二号証二八ないし
三〇ページ、乙イ第六号証八―九―一ページ)。
(一) 原子炉が安定した運転状態にあることを確認するため、炉心の中性子束、
原子炉容器出口ナトリウム温度、一次主冷却系流量、原子炉容器ナトリウム液位等
をそれぞれ検出する装置を所定の位置に設置し、その状態を監視している(乙イ第
二号証二九ページ、乙イ第六号証の八―一―四五、八―九―二、一二、一三ペー
ジ)。
(二) 燃料被覆管の破損を検知するために、一次主冷却系配管及び一次アルゴン
ガス系配管に破損燃料検出装置を設置している(乙イ第二号証二九ページ、乙イ第
六号証八―九―二、八ないし一〇ページ)。
(三) 一次冷却材及び二次冷却材であるナトリウムの漏えいを検知するため、主
要な機器及び配管にナトリウム漏えい検出器等を設置している(乙イ第二号証二
八、二九ページ、乙イ第六号証八―四―九、八―五―三、八―九―一五ページ)。
(四) 蒸気発生器伝熱管からの水及び蒸気の漏えいを検知するため、二次主冷却
系配管及び蒸気発生器(蒸発器、過熱器)カバーガス空間に水素計を、蒸発器カバ
ーガス空間にカバーガス圧力計を、ナトリウム・水反応生成物収納設備に圧力開放
板開放検出器をそれぞれ設置している(乙イ第二号証二九ページ、乙イ第六号証八
―五―三、八―九―一五ページ)。
(五) 運転員が異常の兆候を集中的に監視できるように、計測制御装置が検知、
計測した各信号は中央制御室の中央制御盤等に表示される。また、何らかの異常状
態が発生した場合には、その程度に応じて自動的に警報が発せられる。これによ
り、運転員は原子炉の緊急停止等、所要の措置を速やかに講じることができる(乙
イ第六号証二四、二五、八‐九‐三七ないし三九ページ)。
2 安全保護設備の設置
 「もんじゅ」では、何らかの原因によって異常状態が発生して、迅速に措置を講
じなければ燃料被覆管や原子炉バウン
ダリの各健全性に重大な影響を及ぼすおそれのある場合に、自動的に所要の措置を
講じる安全保護設備として、①異常状態を検知すると制御棒が自動的に挿入され、
原子炉の出力を低下させる「原子炉緊急停止装置」、及び②原子炉停止時に炉心を
冷却する「補助冷却設備」を設けている(乙イ第二号証三〇、三一ページ)。安全
保護設備は、運転員の操作を要することなく自動的に作動するものであり、その作
動について高い信頼性を確保するとともに、十分な機械的強度を持たせている。
(一) 原子炉緊急停止装置
(1) 原子炉緊急停止装置は、①原子炉を緊急停止する原子炉トリップ信号を発
する「安全保護系」と、②制御棒を炉心に挿入する「原子炉停止系」とから構成さ
れている。被告は、これらの装置の信頼性を高めるため、以下の対策を講じてい
る。
ア 安全保護系については、論理回路や原子炉トリップしゃ断器等の信号伝達回路
を多重化するとともに、多重化した信号伝達回路が同一の原因によって同時に機能
が喪失したり、相互干渉が起こらないように、電気的にも物理的にも分離して独立
性を持たせている(乙イ第二号証三一、三二ページ、乙イ第六号証八―一―六一、
六二ページ)。また、原子炉の運転中もその機能を確認できるように、試験可能性
を考慮して回路を構成している(乙イ第二号証三一、三二ページ、乙イ第六号証八
―一―六一、六二、六五、八―九―五ないし八、一三ページ、乙イ第七九号証七、
四九ページ)。
イ 原子炉停止系についても、相互に独立した二系統(主炉停止系と後備炉停止
系)から成る構成とし、いずれか一系統のみであっても炉心を臨界未満にでき、か
つ低温状態で臨界未満を維持することができる(乙イ第二号証三二ページ、乙イ第
六号証八―一―五二ないし五四、八―三―一五ないし一八ページ)。
ウ 各制御棒は重力により炉心に挿入されるが、確実に挿入されるように、種々の
対策を講じている。
 すなわち、主炉停止系及び後備炉停止系ともに、マグネット(電磁石)によって
制御棒を保持する機構を採用していることから、仮に電源を喪失した場合には、制
御棒保持用マグネットが消磁して、即時に制御棒が自動的に炉心に挿入されるフェ
イルセーフ機能を有している。また、主炉停止系の制御棒はガス圧力により、後備
炉停止系の制御棒はばねの力によりそれぞれ加速挿入され(第一三図参照)、制御
棒駆動機構ごとに、独立した制御棒
保持用マグネット及び加速機構を個別に備えている。機器の信頼性の観点からは、
主炉停止系と後備炉停止系とで、制御棒駆動機構の構造や制御棒の保持構造を別異
にするなどして、共通原因による故障が同時に生じないようにしている。原子炉緊
急停止装置についても、原子炉の運転中に、原子炉トリップ回路の機能試験を行う
などして、その信頼性を確認することとしている(乙イ第二号証三二、三三ペー
ジ、乙イ第六号証八―三―一五ないし一八、八―九―三〇、三一ページ、乙イ第七
九号証七、五〇ページ)。
(2) なお、「もんじゅ」の試運転中の平成四年九月二八日に、主炉停止系の一
三本ある制御棒駆動機構のうち、微調整棒用の駆動機構三本において、制御棒を駆
動する電動機の駆動荷重が増加するという事象が発生し、同六年一一月一一日及び
同七年五月二四日に、同様な事象が右三本のうちの一本に発生した(乙イ第七三号
証四ないし六ページ)。
 右事象については、①増加した荷重の程度が荷重限界を下回るものであったこ
と、②荷重の増加が一時的なものであり、すぐに通常の荷重に復帰したこと、及び
③主炉停止系の他の制御棒駆動機構一〇本、及び後備炉停止系の制御棒駆動機構六
本には、右のような事象が発生していないことから、原子炉の安全性に影響を及ぼ
すものではなかった(乙イ第七三号証二ページ)。
 被告は、右事象発生当時、各荷重が増加した原因は、制御棒駆動機構の駆動軸と
上部案内管部のしゃへい体との間隙に、ナトリウム化合物が付着したことによるも
のであり(乙イ第七三号証七ページ)、右のナトリウム化合物はアルゴンガス中の
不純物とナトリウム蒸気等との反応により生成されたものと推定し、ナトリウム化
合物の発生量を抑制するため、供給アルゴンガスを新鮮なガスに変更する等の対策
を講じた。なお、制御棒駆動機構が安全上重要な機器であることにかんがみ、被告
は、現在、右事象の発生原因を明確にするための調査を実施しており、その結果を
踏まえ、より信頼性を高めるための所要の措置を講じる予定である(乙イ四八号証
三・四・四―一四ページ、乙イ七三号証二、四ないし六ページ、P11調書(二)
一六五ないし一七四ページ)。
(3) 原告らの主張について
ア 原告らは、一九八三年(昭和五八年)二月に米国のセイラム一号炉(加圧水型
軽水炉)において、制御棒が電流しゃ断器(「もんじゅ」の原子炉トリップしゃ断
器に相
当する。)の固着により自動的に挿入されなかった事象や、一九八八年(昭和六三
年)二月に中部電力株式会社の浜岡一号炉(沸騰水型軽水炉)において、原子炉再
循環ポンプが停止した時に原子炉が緊急停止しなかったことを挙げ、「もんじゅ」
の主炉停止系及び後備炉停止系は、いずれも制御棒を炉心に挿入することにより原
子炉を停止するという同一の作動原理に基づくものであるから、「共倒れ」(共通
原因故障)の危険が大きく、「もんじゅ」においても、原子炉の緊急停止に失敗す
るおそれがある旨主張し(訴状三二四ないし三二七ページ、原告ら準備書面一七の
五五ないし六一ページ、同二七の五三ないし五六ページ、同(三八)四、五ペー
ジ)、甲イ第一三号証、甲イ第一三九号証二七ないし三一ページにはこれに沿う記
載があり、同旨の証言(P10調書(五)三七ないし三九ページ)もある。
 しかし、浜岡一号炉(沸騰水型軽水炉)では、もともと原子炉再循環ポンプの停
止信号によって、直接原子炉を緊急停止する仕組みにはなっていない(乙イ第七四
号証五九、六〇ページ)のであるから、右主張は失当である。また、セイラム一号
炉の固着の原因は、電流しゃ断器可動部(ラッチ部)の潤滑が適切でなかったとい
う保守点検上の過誤によるものであった(乙イ第七五号証の一枚目)。
 「もんじゅ」の原子炉緊急停止装置は、前記(1)で述べたとおり、多重性及び
独立性を兼ね備えているとともに、原子炉の運転中にも所定の試験を定期的に行っ
て信頼性を確認しているので、共通原因故障により原子炉が緊急停止しないという
事態が発生するおそれはない。
イ 原告らは、地震などによって停電が起こった場合には、制御棒を挿入する原子
炉緊急停止装置が同時に故障し、原子炉の緊急停止に失敗する旨主張し(原告ら準
備書面(三八)四、五ページ)、甲イ第一八七号証の一の二八ないし三〇ページに
はこれに沿う記載があり、また同旨の証言もある(P10調書(四)四五、四六ペ
ージ)。
 しかしながら、右主張は、以下に述べるとおり、失当である。
 「もんじゅ」においては、一定以上の地震動を検知した場合や外部電源を喪失し
た場合には、安全保護系の原子炉トリップ信号(「地震加速度大」信号、「常用母
線電圧低」信号)により、原子炉は緊急停止するが(乙イ第六号証八―九―二八、
二九、四二ページ)、原子炉緊急停止装置は、安全上特に重要な施設としてAsク
ラスの耐震設計が行われており(乙イ第六号証八―一―一一三ページ)、系統的に
も多重性、独立性を有している。したがって、設計用限界地震を想定しても、緊急
停止機能が失われることはない。また、主炉停止系及び後備炉停止系の各制御棒に
ついては、全体モックアップ試験を行って、地震時でもこれを挿入し得ることを総
合的に確認しているから(乙イ第二五号証三・二・二―三三ページ、乙イ第五号証
一七四、一七五ページ)、地震によって、原子炉を緊急停止することができなくな
る旨の前記主張は理由がない。
 さらに、外部電源喪失に対しても、非常用電源設備が備えられているほか、前記
(1)ウで述べたとおり、原子炉緊急停止装置にはフェイルセーフ機能がある(乙
イ第六号証八―一―三五、八―一〇―五ないし七ページ)。したがって、原告らが
主張するような事態を想定することはできない。
(二) 補助冷却設備
(1) 原子炉緊急停止のために制御棒が挿入されると、原子炉の出力はほぼ瞬時
に低下するが、炉心に残存する崩壊熱を除去する必要があることから、補助冷却設
備が設けられている(乙イ第二号証三三ページ、乙イ第六号証八―六―一ペー
ジ)。
(2) 原子炉が停止すると、一次主冷却系及び二次主冷却系の各循環ポンプは、
いずれも自動的に主モータからポニーモータ(小型のモータ)による駆動に切り替
わって低速運転に移行し、同時に、二次主冷却系の冷却材流路が、蒸気発生器側か
ら補助冷却設備側に自動的に切り換えられて、空気冷却器用送風機が起動する(第
七図参照。乙イ第二号証三三、三四ページ、乙イ第六号証八―六―五ページ)。
 すなわち、原子炉停止後に炉心に残存する熱は、ポニーモータによって循環され
る冷却材によって一次主冷却系から二次主冷却系に伝えられ、さらに二次主冷却系
から分岐した補助冷却設備に伝えられて、同設備の空気冷却器から大気中に放出さ
れるのである。
(3) 補助冷却設備は、二次主冷却系設備三ループにそれぞれ接続された独立の
三ループから成るが、そのうち一系統が運転すれば、原子炉停止時の炉心冷却に必
要な除熱量を確保することができる(乙イ第二号証三四ページ、乙イ第六号証八―
四―二、八―五―二、八―六―二、五、六ページ)。
 ポニーモータや空気冷却器用送風機等の動的機器は、系統ごとに独立した非常用
電源に接続されているので、外部電源が喪失してもその機能は確保される。補
助冷却設備及び非常用電源については、原子炉の運転中も弁等の作動確認など所定
の検査を定期的に行い、信頼性を確保している(乙イ第二号証三四ページ、乙イ第
六号証八―一―三六、七六、八―六―七、八―一〇―二、一〇ページ、乙イ第七九
号証八、四四ページ)。
 また、中間熱交換器及び空気冷却器を炉心よりも順次高い位置に配置するなど、
万が一、右の動的機器が作動しない場合であっても、冷却材の自然循環(冷却材の
自然対流)によって炉心の崩壊熱を除去し得る設計としている(乙イ第六号証八―
六―六ページ)。
(4) なお、原子炉停止時に一次主冷却系及び二次主冷却系の各循環ポンプの駆
動がポニーモータに切り替わる際に、炉心冷却材流量の急減によって、原子炉冷却
材バウンダリの熱的過渡変化が過大となることのないよう、各循環ポンプには適切
な回転慣性を持たせている(乙イ第二号証三三ページ、乙イ第六号証八―六―五ペ
ージ)。
(三) 安全保護設備等の総合的な妥当性の解析評価
(1) 被告は、安全保護設備(原子炉緊急停止装置及び補助冷却設備)等の設計
の妥当性を確認することを目的として、原子炉の通常の運転時において原子炉施設
に外乱が加えられ、原子炉施設が制御されずに放置されると、燃料被覆管又は原子
炉バウンダリに過度の損傷をもたらす可能性のある一二の事象(運転時の異常な過
渡変化)を選定し、厳しい前提条件を設定した上で解析評価を行った。その結果、
いずれの事象においても、「もんじゅ」は、急速な固有の負の反応度フィードバッ
ク特性と安全保護設備の動作等とがあいまって、運転時の異常な過渡変化を安定に
終息させることができ、燃料被覆管及び原子炉バウンダリの各健全性を保持し得る
施設であることを確認した(乙第九号証一四八ページ、乙イ第六号証一〇―二―一
ないし七八ページ、乙第一四号証の三の一六ページ)。以下、右一二の事象のうち
で最も厳しい事象の一つである「外部電源喪失」について説明する。
(2) 外部電源喪失とは、送電系統の故障や所内電気設備の故障などにより所内
常用電源の一部又は全部が喪失し、一次主冷却系及び二次主冷却系の各循環ポンプ
等の駆動源の喪失によって、炉心の冷却が十分できなくなるおそれがある事象であ
る(乙イ第六号証一〇―二―一八ページ)。既に前記(一)(3)イで述べたとお
り、「もんじゅ」では、外部電源が喪失した場合、安全保護系の「常用母線
電圧低」の信号により、原子炉は緊急停止する。それとともに、ディーゼル発電機
が起動して非常用電源が確保され、補助冷却設備により炉心の冷却が行われ、右事
象は安全に終息する(乙イ第六号証一〇―二―一八、一九ページ)。
 右事象の解析評価においては、所内常用電源の供給がすべて失われ、一次主冷却
系、二次主冷却系の各循環ポンプがいずれも同時に三ループ全部がトリップ(停
止)し、かつ、ディーゼル発電機一台の起動失敗を重ね合わせて仮定する等の厳し
い前提条件を設定している(乙イ第六号証一〇―二―一九ページ)。
 解析の結果、原子炉は安全に緊急停止して炉心の冷却が行われ、燃料被覆管につ
いては、内圧破損に関する制限値が摂氏八三〇度であるのに対し、その肉厚中心最
高温度は摂氏約七三〇度にとどまること、また、燃料ペレットの温度も初期温度よ
りわずかに上昇するだけで、融点を十分下回ることを確認した。また、ナトリウム
の沸点は大気圧下で摂氏約八八〇度であるのに対し、炉心のナトリウム最高温度は
摂氏約七二〇度であり、原子炉容器出口ナトリウム温度についても、ステンレス鋼
の安定した材質を確保するために定められた制限温度が摂氏六〇〇度であるに対
し、その最高温度は摂氏約五四〇度であって、安全上十分な余裕がある(乙イ第六
号証一〇―一―一、二、一〇―二―一九、二〇ページ)。
(3) 以上のとおり、外部電源喪失の場合も燃料被覆管及び原子炉バウンダリの
各健全性は十分確保され(乙イ第六号証一〇‐二‐二〇ページ)、その他の運転時
の異常な過渡変化解析の結果も同様である(乙イ第六号証一〇―二―四、八、一
一、一四、一七、二三、二六、二九、三二、三六、三九ページ)。
四 放射性物質の環境への異常放出防止対策
 「もんじゅ」においては、以上述べたように、異常状態の発生防止及びその拡大
防止に万全の対策を講じていることから、放射性物質を環境へ異常に放出するおそ
れのある事態は確実に防止される。
 しかしながら、被告は、公衆の安全確保に万全を期するため、念には念を入れる
という考え方に基づき、以下に述べるとおり、原子炉バウンダリが破損するといっ
た、原子炉の寿命中に起こるとは考えられないような事態(事故)が仮に発生した
場合においても、なお放射性物質を環境へ異常に放出することだけは確実に防止す
るために、放射性物質異常放出防止対策を講じた。
1 工学的安全施設の設置
(第七図参照)
(一) 被告は、「もんじゅ」について、放射性物質を環境に異常に放出すること
を防止するために、以下の①ないし⑤の施設を設けている(乙イ第六号証八―七―
一ページ)。
① 事故時に原子炉が緊急停止した後に、崩壊熱を除去し、炉心を冷却する機能を
持つ「補助冷却設備」
② 原子炉冷却材バウンダリから漏えいしたナトリウムを保持し、炉心の液位を確
保する機能を持つ「ガードベッセル」
③ 原子炉バウンダリから放射性物質が漏えいした場合に放射性物質を施設内に封
じ込める機能を持つ「原子炉格納施設」
④ 原子炉格納容器から漏えいした放射性物質を除去する機能を持つ「アニュラス
循環排気装置」
⑤ 一次アルゴンガス系設備の常温活性炭吸着塔から放射性物質が漏えいした場合
に、右放射性物質が環境へ異常に放出することを防止する機能を持つ「一次アルゴ
ンガス系収納施設」
 これらの施設は、原子炉施設の故障等に起因する原子炉バウンダリの破損等によ
って放射性物質の異常な放出の可能性が生じた場合に、これを抑制又は防止する機
能を有することから、「工学的安全施設」と呼ばれる(乙イ第六号証八―七―一ペ
ージ)。
(二) 放射性物質異常放出防止対策においては、一般に緊急を要する措置が要求
されるため、工学的安全施設は、運転員の操作を待たず、自動的に作動するものと
されており、その作動に関しては高い信頼性が求められる。
 被告は、「もんじゅ」の工学的安全施設について、使用条件等に対する十分な安
全余裕を持たせ、動的機器を有する系統についてはその各々に多重性を持たせるこ
とで機能を同時に喪失しないよう配慮し、また、これらの系統の各機器を非常用電
源設備に接続して、外部電源喪失時にも安全機能を失うことがないようにした(乙
イ第六号証八―一―三、四、八、八―七―一ページ)。
 さらに、安全保護系からの信号を受けて工学的安全施設を作動させる工学的安全
施設作動設備についても、多重性、独立性を確保し、非常用電源設備からも電源を
供給することで、高い信頼性を確保している(乙イ第六号証八―九―三二ペー
ジ)。
(三) また、工学的安全施設についてはすべてAクラスの耐震設計を行い、その
うち、放射性物質の放散を直接防ぐための設備(原子炉格納容器及びそのバウンダ
リを構成する配管、弁等)及び原子炉停止後の炉心の冷却を確保するための設備
(補助冷却設備)については、その重要性
にかんがみAsクラスの耐震設計を行って、地震時においても所要の機能を確実に
果たすものとした(乙イ第六号証八―一―一一三、一一四ページ)。
(四) 工学的安全施設については、製作の際に品質管理に十分な注意を払ってい
るが、運転中も定期的に系統の機能試験を行い、信頼性を確保することとしている
(乙イ第六号証八―一―八、八―七―一、七、九、一一、一四、一六ページ、乙イ
第七九号証七ないし九、四九、五〇ページ)。
2 工学的安全施設を構成する各設備の概要
(一) 補助冷却設備
(1) 補助冷却設備が、異常状態発生時に、その拡大防止機能を有することは、
既に前記三2で述べた。これに加えて、補助冷却設備は、事故時にも、原子炉が緊
急停止した後に炉心を冷却する機能を持つ(第七図参照。乙イ第六号証八―七―一
二ページ)。このことから、補助冷却設備は安全保護設備であると同時に工学的安
全施設でもある。
(2) 補助冷却設備は、相互に独立した三系統で構成され、一系統のみの運転で
も原子炉停止時の炉心の冷却に必要な除熱量を確保できる上、前記三(二)(3)
で述べたとおり、自然循環によっても炉心を冷却し得ることから、事故時において
も、十分な能力と信頼性とをもって、炉心の冷却機能を果たすことができる(乙イ
第六号証八―七―一二ないし一四ページ)。
(3) なお、最終的な除熱源である空気冷却器の除熱能力については、試運転段
階の性能試験においても確認した(乙イ第六号証八―七―一四ページ、乙イ第二五
号証三・二―二二ページ、乙イ第四七号証三・二―五ページ)。
(二) ガードベッセル
(1) ガードベッセルとは、原子炉容器、一次主冷却系中間熱交換器及び一次主
冷却系循環ポンプの各下部を、これらの機器に接続された配管とともに包み込むよ
う設置された上端開放のステンレス鋼製容器である(第七図参照。乙イ第二号証三
五ページ、乙イ第六号証八―四―三、四、八、九、一九、三一ないし三三、八―七
―一〇ページ)。一次冷却材の漏えいが生じた場合であっても、ガードベッセル設
置部分では漏えいしたナトリウムをガードベッセルによって受け止め、ガードベッ
セルが設置されていない部分では、配管を高所に配置するなどの設計上の配慮をす
ることで、原子炉容器内には一次主冷却系の循環機能を維持するのに必要な冷却材
が常に確保され、前記補助冷却設備とあいまって、炉心の冷却は維持される(乙
イ第二号証三五ページ、乙イ第六号証八―四―三、四、八、八―七―一〇、一一ペ
ージ)。
(2) ガードベッセルの製作に当たっては、素材の段階で十分な品質を確保し、
液体浸透探傷試験や放射線透過試験により溶接部の健全性を確認した(乙イ第六号
証八―七―一一ページ)。また、ガードベッセルは静的機器であり、運転により荷
重がかかることはないが、運転開始後も計画的に工業用テレビ等による肉眼試験で
その健全性を確認することとしている(乙イ第六号証八―一―三六ページ、同添付
書類八追補Ⅶ)。
(3) 原告らは、一次主冷却系配管に大口径配管破断が起こった場合には、配管
がむちのようにしなるので、ガードベッセルが破損したり、破断口がガードベッセ
ルの外に飛び出すなどして、原子炉容器内液位が保持できなくなる旨主張し(原告
ら準備書面二七の六四ないし六六ページ)、甲イ第一九九号証二五二ページにはこ
れに沿う記載がある。
 しかしながら、「もんじゅ」においては、前記二2(一)で述べたとおり、原子
炉冷却材バウンダリの健全性を確保するために適切な対策が講じられていることか
ら、そもそも、原子炉冷却材バウンダリを構成する一次主冷却系配管が破断するこ
とは技術的には考えられない(乙イ第六号証八―一―二九、一〇―四―一〇、一一
ページ)。また、一次主冷却系配管が損傷したとしても、一次主冷却系配管内の冷
却材の圧力は軽水炉に比して十分低いから、冷却材の流出によって配管のむち打ち
現象を起こすような流出流体のジェット力が生じることはなく、これによってガー
ドベッセル等が損傷するおそれもない(乙イ第六号証八―一―二九ページ、乙ホ第
二号証の一(P8調書(一))八九丁表、同裏)。
(三) 原子炉格納施設
(一) 原子炉格納施設は、原子炉バウンダリから漏えいした放射性物質を右施設
内に封じ込めるためのものであって、気密・耐圧構造の鋼製原子炉格納容器、鉄筋
コンクリート製外部しゃへい建物から構成され(第七図参照)、原子炉容器、一次
主冷却系設備等の原子炉施設の主要部分を収容する(乙イ第二号証三七ページ、乙
イ第六号証八―一―七九、八―七―二ないし四ページ)。
 また、原子炉格納容器と外部しゃへい建物との間に密閉部分(アニュラス部)を
設置しこれを常時負圧に保つことによって、原子炉格納容器から放射性物質の漏え
いがあった場合でも、これが周辺に直接放散されることは防止され
、原子炉格納施設は二重格納の機能を有する(乙イ第二号証三七、三八ページ、乙
イ第三六号証八―七―四ページ)。
(2) 原子炉格納容器は、放射性物質を外部から隔離するための重要な障壁であ
るから、その気密性の確保には、特に注意を払う必要がある。
 被告は、原子炉格納容器を貫通する各配管には、事故時に必要とされるものを除
き、原則として、原子炉格納容器の内側と外側に各一個ずつ、遠隔操作の隔離弁を
設けた(乙イ第六号証八―七―五ページ)。また、原子炉格納容器の運転員等の出
入口(エアロック)は二重扉を持つ密閉構造とし、また、機器搬入口は二重ガスケ
ット(シール材)でシールされる扉をボルト締めする構造とするなど、十分な気密
性を確保している(乙イ第六号証八―七―四、五ページ)。
 そして、原子炉容器内の冷却材液位の異常な低下や原子炉格納容器内の圧力、温
度又は放射能レベルの上昇等の異常を示す信号が検出されると、原子炉格納容器隔
離信号が発せられ、隔離弁は自動的かつ確実に閉鎖し、原子炉格納容器は隔離さ
れ、放射性物質の異常な放出が防止できる(乙イ第六号証八―七―五、八―九―三
三、三四、四四ページ)。
(3) 右各設備の気密性については、据付け後、「もんじゅ」の試運転段階での
総合機能試験において、原子炉格納容器漏えい率試験を実施し、設計の要求条件を
十分に確保していることを確認した(乙イ第六号証八―七―三、四、七ページ、乙
イ第二五号証三・二―一九、二〇ページ、乙イ第四七号証三・二―五ページ)。ま
た、被告は、運転開始後も定期的な漏えい率試験を行い、その健全性を確認するこ
ととしている(乙イ第六号証八―七―七ページ、乙イ第七九号証八、四五ペー
ジ)。
(4) なお、事故時に原子炉格納容器の気密性を確保する観点から、最も厳しい
条件を与えると想定されるのは、一次冷却材漏えい事故である(乙イ第六号証八―
七―六ページ)。
 このため、被告は、一次冷却材漏えい時の温度と圧力に耐え得るよう原子炉格納
容器を設計した。また、漏えいしたナトリウムの燃焼によって原子炉格納容器内の
圧力や温度が上昇することを抑制するため、①一次冷却材及び二次冷却材を含む機
器、配管の置かれている原子炉格納容器内の床下に位置する各室並びに原子炉容器
室を、通常運転時は不活性ガスである窒素で満たす、②右各室の床面、天井及び壁
面に鋼製のライナ(内張り)を設置して、ナト
リウムがコンクリートと直接接触することを防止するとともに、各室の気密性を保
持する、③原子炉容器室に貯留槽を設け、ナトリウムがガードベッセルから溢流し
た場合、ナトリウムを溢流管により貯留槽に導き収納することによって、漏えいし
たナトリウムによる熱的影響を緩和する対策を講じた(乙イ第六号証八―七―六、
一〇―三―二六ページ)。
 これらの対策を講じたことから、一次冷却材漏えい事故に対しても、原子炉格納
容器の気密性が損なわれることはない(乙イ第六号証八―七―六、一〇―三―三二
ページ)。
(四) アニュラス循環排気装置
(1) アニュラス部を常時負圧に保ち、原子炉格納容器からアニュラス部に漏え
いした放射性物質を除去するための設備として、アニュラス循環排気装置が設置さ
れている(第七図参照。乙イ第二号証三八ページ、乙イ第六号証八―七―八ペー
ジ)。
 アニュラス循環排気装置は、アニュラス循環排気ファン、排気装置フィルタユニ
ット(微粒子用フィルタユニット、よう素用フィルタユニット)等から構成される
(第七図参照)。アニュラス循環排気ファンは、常時運転によりアニュラス部を常
時負圧に保つとともに、微粒子用フィルタユニットで浄化した空気を再循環させ、
その一部を排気筒へ導く。万一、原子炉格納容器内で放射性物質が異常放出する事
態が発生し、原子炉格納容器隔離信号が発せられると、通常時はよう素用フィルタ
ユニットをバイパスしている排気筒への循環路がよう素用フィルタユニットを通る
循環路へと自動的に切り替わり、よう素の除去が行われる(乙イ第六号証八―七―
八、九、二一ページ)。
(2) アニュラス循環排気装置は、相互に独立した二系統から成り、一系統のみ
の運転によっても所定の機能を果たすことができる(乙イ第六号証八―一―八〇、
八―七―八、二一ページ)。よう素用フィルタユニットの性能については試験を行
い、九九パーセント以上のよう素除去効率を有することを確認している(乙イ第六
号証八―七―九ページ、乙イ第七九号証七、四九ページ)。
 アニュラス循環排気装置を構成する主要な機器については、作動試験を定期的に
行い、所定の機能が維持されていることを確認している。また、フィルタ前後の差
圧を基にして、フィルタの目詰まりを監視している(乙イ第六号証八―七―八、九
ページ)。
(五) 一次アルゴンガス系収納施設
 一次アルゴンガス系収納施設は、一次
アルゴンガス系設備の常温活性炭吸着塔を収納する常温活性炭吸着塔収納設備と隔
離弁等から構成される(第七図参照。乙イ第七号証八―七―一五ページ)。同施設
によって、配管の破損等による一次アルゴンガス漏えい事故が万一生じた場合であ
っても、常温活性炭吸着塔内に吸着した放射性物質を環境に異常に放出することは
防止される(乙イ第六号証八―七―一六、一〇―三―六九ページ)。
(六) まとめ
 以上のとおり、被告は、「もんじゅ」について、多重防護の考え方に基づき、異
常状態の発生、拡大の防止に加え、万一の場合にも放射性物質を環境へ異常に放出
することのないよう、工学的安全施設等の放射性物質異常放出防止対策を講じた。
3 工学的安全施設等の総合的な妥当性の解析評価
(一) 「もんじゅ」の工学的安全施設は、前述したように、放射性物質の異常放
出を防止する十分な機能を持ち、個々の設備は高い信頼性を有している
 しかし、被告は、公衆の安全確保に万全を期し、工学的安全施設等の総合的な妥
当性を確認するため、以下に述べるとおり、「運転時の異常な過渡変化」を超える
異常状態であって、放射性物質を環境に大量に放出するおそれのある事象(以下
「事故」という。)の発生をあえて想定してその解析評価を行った(乙イ第六号証
一〇―三―一ないし一四〇ページ)。
 事故解析の対象として、現実に発生する可能性は非常に低いが、発生した場合に
は放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事象のうち、「もんじゅ」の特
徴及び安全確保策との関連において代表的な一六の事象を想定した。また、解析に
際しては、実際よりも十分厳しい結果が得られるよう解析条件を設定し、さらに、
基本的安全機能別に、解析の結果を最も厳しくする機器の単一故障を仮定した(乙
イ第六号証一〇―一―一、六、一〇―三―一、四、五、八、一一、一三、一四ない
し一六、一八、一九、二二、二七ないし三二、三四ないし三七、四〇、四二、四
三、四六、四八、四九、五一ないし五三、五五ないし六一、六四、六五、六八ペー
ジ)。なお、右の「単一故障」とは、異常状態の発生原因としての故障とは異な
り、発生した異常状態に対処するために必要な機器の一つが所定の安全機能を失う
ことであり、従属原因に基づく多重故障を含むものである(乙第四号証二七三ペー
ジ)。
(二) 以下、想定された事故のうち、原子炉格納容器にとって最も厳しい条件を
与え
るとされる二次冷却材漏えい事故」の解析評価について説明する。
(1) 一次冷却材漏えい事故とは、原子炉の出力運転中に、何らかの原因で原子
炉冷却材バウンダリの配管が破損し、一次冷却材が漏えいする事象である(乙イ第
六号証一〇―三―二四ページ)。
(2) 本事象の解析に当たって、被告は、実際よりも十分に厳しい結果を得るた
めに、初期原子炉出力、配管の破損位置、漏えい口の大きさ、原子炉を緊急停止さ
せる原子炉トリップ信号の設定、原子炉の反応度係数の設定について十分保守的な
前提条件を設定し、外部電源喪失をも重ね合わせた。また、機器の単一故障として
は、一ループにおけるポニーモータの起動失敗、及び一次ナトリウムオーバフロー
系の汲上げポンプの二台中一台の機能喪失を仮定した(乙イ第六号証一〇―一―
四、五、一三、一〇―三―二七ページ)。
(3) 解析の結果、原子炉冷却材の漏えい開始後、原子炉容器の冷却材液位低下
の原子炉トリップ信号によって原子炉は安全に緊急停止し、ガードベッセルによっ
て冷却材の循環に必要な原子炉容器の冷却材液位は確保され、補助冷却設備によっ
て炉心の冷却は維持されるから、炉心の損傷を招くことなく事故は安全に終止する
(乙イ第六号証一〇―三―二七、二八ページ)。
 また、漏えいナトリウムによる熱的影響についても、原子炉格納容器内の各室を
窒素で満たす等のナトリウムの燃焼抑制対策により、漏えいナトリウムが落下、貯
留される一次主冷却系室(上部室・下部室)の各ライナ温度は設計温度である摂氏
五三〇度以下にとどまる。また、原子炉格納容器の設計圧力は一平方センチメート
ル当たり約〇・五キログラムであるのに対し、原子炉格納容器の内圧上昇は一平方
センチメートル当たり最大約〇・〇三八キログラムである。なお、原子炉容器室で
漏えい事故が生じた場合も、漏えいナトリウムによる熱的影響が問題になることは
ない(乙イ第六号証一〇―三―二九、三〇ページ)。
(三) 右のとおり、一次冷却材漏えい事故については、原子炉格納容器の健全性
が問題となることなく事故は安全に終止し、周辺公衆に著しい放射線被ばくのリス
クを与えることのないことが確認された(乙第九号証二〇六、二〇七ページ、乙イ
第六号証一〇―三―三二ページ、乙第一四号証の三の一七ページ)。
 また、他の事故解析においても、放射性物質を環境に異常に放出することなく事
象は終止すると評価
され、「もんじゅ」の工学的安全施設等の総合的な妥当性が確認された(乙第九号
証二〇六、二〇七ページ、乙第一四号証の三の一六、一七ページ、乙イ第六号証一
〇―三―六、九、一二、一四、一七、二〇、二三、三八、四一、四四、四七、四
九、六二、六六、六九ページ)。
4 原告らの主張について
 原告らは、「もんじゅ」の工学的安全施設においても、軽水炉と同様、急速に冷
却材ナトリウムを注入する緊急炉心冷却装置を備える必要があり、これを欠く「も
んじゅ」の安全防護対策には不備がある旨主張し(訴状三四六ページ)、甲イ第一
八号証四七、四八ページにはこれに沿う記載がある。
 しかし、原告らの右主張は、軽水炉と高速増殖炉の違いを理解しないものであ
り、全く理由がない。
 そもそも、軽水炉においては、冷却材(軽水)が高温、高圧で使用されることか
ら、冷却材が一次系の配管等から漏えいした場合には、冷却材が大気圧に近い圧力
下で気化(減圧沸騰)することにより、ついには冷却材が喪失する事態となる可能
性がある。そのため、軽水炉では、これに備えて非常用炉心冷却系(ECCS)が
設けられている。
 一方、高速増殖炉である「もんじゅ」においては、冷却材であるナトリウムは低
圧で使用され、かつ、その最高温度は、大気圧下のナトリウム沸点(摂氏約八八〇
度)と比べ十分低いので、仮に、原子炉冷却材バウンダリが破損したとしても、軽
水炉と異なり、漏えいした冷却材が気化することはない。また、前記2(二)
(1)で述べたガードベッセルの設置や配管の高所配置などの対策によって、炉心
冷却に必要な冷却材は原子炉容器内に確実に保持されるから、冷却材の喪失に至る
ことはなく、構造上、「もんじゅ」はECCSを必要としない。
 したがって、「もんじゅ」にECCSが設置されていないことは、その安全対策
の不備には当たらないことは明らかである(P9調書(一)三六丁表ないし四〇丁
裏)。
五 運転段階における安全確保対策
 これまで述べたとおり、「もんじゅ」については、多重防護の考え方に基づく事
故防止対策を講じているが、異常状態の発生を未然に防止し、また異常状態が発生
した場合にその拡大を防止するためには、原子炉施設の安定した運転を維持するこ
とも必要である。そのためには、①「もんじゅ」の運転が十分な保安管理体制の下
に行われること、②その運転が、適切な運転操作手順に従って、十分な運転技能
を有する運転員によって行われること、③その運転段階を通じて、設置した設備の
機能、性能が十分に維持されることが必要である。
 被告は、「もんじゅ」の安定した運転を維持するため、以下に述べるとおり、運
転段階における安全確保対策を十分に講じている。
1 保安管理体制の確立
(一) 原子炉設置者は、試験炉規則一五条一項に列挙された事項について保安規
定を定め、科学技術庁長官の認可(原子炉等規制法三七条一項、七四条の二、昭和
四二年八月一日総理府告示第三三号)を受けなければならない。
 被告は、「もんじゅ」の設備、機器の据付け終了後、試運転の段階に入り、炉心
燃料集合体の装荷を開始した平成五年一〇月、保安規定を定め、科学技術庁長官の
認可を受けた。以後、試運転の進捗等に伴い、逐次、同長官の変更認可を受けて保
安規定の改正を行い、これに基づいて「もんじゅ」の保安管理体制を確立した(乙
イ第六号証八―一五―一ページ、乙イ第七九号証二六ページ)。
(二) 被告の最新の原子炉施設保安規定(乙イ第七九号証。以下これを「保安規
定」という。)に基づく、「もんじゅ」の現在の保安管理体制はおおむね以下のと
おりである。
(1) 高速増殖炉もんじゅ建設所(以下「建設所」という。)に、原子炉施設の
保安に関する職位として建設所長(以下「所長」という。)、管理課長、安全管理
課長、技術課長、プラント第一課長、プラント第二課長、環境保全課長その他を置
き、所長は原子炉施設の保安に関する業務を総括し、プラント第一課長は原子炉施
設の運転に関する業務を、プラント第二課長は原子炉施設の保修及び改造に関する
業務をそれぞれ行う(保安規定四条)。
(2) 被告本社に中央安全委員会を、建設所に原子炉等安全審査委員会をそれぞ
れ置き、中央安全委員会は原子炉施設の保安に関する被告理事長の諮問事項を、原
子炉等安全審査委員会は原子炉施設の保安に関する所長の諮問事項をそれぞれ審議
する(保安規定五条ないし七条)。
(3) 被告は、原子炉主任技術者免状を有する者のうちから、原子炉施設の運転
に関し保安の監督を誠実に行うことを任務とする原子炉主任技術者(以下「主任技
術者」という。)を選任する。主任技術者は、原子炉の運転に保安上必要な場合に
は、運転に従事する者に指示をし、所長に対し意見を具申する。所長は右の意見を
尊重し、運転に従事する者は右の指示に従わなければならない(保安
規定八条ないし一〇条)。
(4) なお、被告は、右に述べた保安管理組織のほか、所長の下に、①建設所に
おいて品質保証活動の推進に当たる「品質保証推進グループ」、及び②「もんじ
ゅ」の安全総点検の結果等を踏まえたナトリウム漏えい対策に係る設備等の改善方
策の検討等を行う「改革推進グループ」をそれぞれ設置し、「もんじゅ」の安全性
及び信頼性のより一層の向上を図っている(乙イ第八〇号証三〇一ページ)。
2 運転体制
(一) プラント第一課長は、原子炉施設の運転に必要な知識を有する者を確保
し、原子炉施設の運転に必要な構成人員をそろえなければならない(保安規定一二
条)。具体的には、当直長、当直長補佐その他の運転員から成る班を五つ編成し
て、三交替制で「もんじゅ」の運転操作を行わせる体制を採っている(五班三交替
制という。右の各班に属し、「もんじゅ」の運転操作を行う者を総称して「運転
員」という。乙イ第八二号証一ページ)。
(二) 被告は、「もんじゅ」の設計・建設経験者のほか、実験炉「常陽」、新型
転換炉「ふげん」及び軽水炉の運転経験を有する者、さらに、大洗工学センターで
ナトリウム技術に係る研究開発に従事した者その他を「もんじゅ」の運転員として
配置している(乙イ第六号証五―四、八―一五―一ページ)。
(三) また、軽水炉に関する技術、知識・経験を「もんじゅ」に反映させるた
め、日本原子力発電株式会社との間で運転員等の派遣について協力協定を締結し、
右協定に基づき、同社を含む電力会社各社から、運転員等の派遣を受けている。
3 運転操作手順書の整備
(一) 「もんじゅ」施設の保安のためには、その運転操作が、適切な運転操作手
順に従って行われることが重要である。
 このため、被告は、保安規定を前提に、「もんじゅ」の保安上、具体的に遵守す
べき事項等を、保安規定運営要項、プラントの起動・停止手順書、異常時運転手順
書、故障時運転手順書、及び各設備ごとの設備別運転手順書等(以下、これらの手
順書等を「運転手順書等」という。)として定めた(乙イ第四七号証三・三―四ペ
ージ、乙イ第四八号証三・三―八ページ)。
 「常陽」の試運転以降、現在に至るまでの運転から得られた運転経験は、「常
陽」の異常時運転手順書等、多数の運転手順書等として体系化されているが、「も
んじゅ」の運転手順書等を定めるに当たっては、これらを十分参考にした。
(二) また、「も
んじゅ」の安全総点検の結果、保安規定や運転手順書等について、改善すべき事項
が摘出されたことから(この点については、後記第五の三2(四)でも述べる。乙
イ第四七号証三・三―一、二、五、八ページ)、被告は、平成一〇年一〇月、保安
規定等について所要の改正をし、ナトリウム漏えい時に、当直長が漏えいの影響の
抑制のために適切な措置を講じ得るなど、その役割を明確にした(保安規定二〇
条、乙イ第四七号証三・三―五ページ、乙イ第八二号証二、三ページ)。
 異常時運転手順書及び故障時運転手順書についても、従前は「概要」、「フロー
チャート」及び「細目」から構成されていたが、異常時の運転操作を確実なものと
するため、「細目」に一本化する方向で改定作業を進めている(乙イ第四七号証
三・三―八ページ、乙イ第四八号証三・三―一四ないし四一ページ)。
 なお、右の運転手順書等については、後述する「もんじゅ」シミュレータでの模
擬運転によって、その内容等が適切であることを事前に確認した上で、実際の運転
に供することを予定している(乙イ第八一号証、乙イ第八二号証一ページ)。
(三) 「もんじゅ」の性能試験は、平成七年一二月の二次系ナトリウム漏えい事
故によって中断状態にあるが、保安規定や運転手順書等については、今後、性能試
験終了(試運転終了)までに得られる知見やその後の本格運転段階において得られ
る知見をも反映させ、その整備・体系化を図る予定であり、これによって、「もん
じゅ」の安全性・信頼性はより一層向上することにもなる。
4 運転員の運転技能の維持・向上
(一) 「もんじゅ」は、中央制御室の中央制御盤等の配置や計器表示・警報表示
等の設備について、運転員の誤操作を防止し、運転員が原子炉施設の状態を正確か
つ迅速に把握できる施設として設計、設置されている(乙イ第六号証八―一―四
九、八―九―三七、三八ページ)。しかし、原子炉施設の保安のためには、その運
転操作が、十分な運転技能を有する運転員によってされる必要があることは当然で
ある(乙イ第六号証五―四、五、八―一五―二ページ)。
 このため、被告は、以下のとおり、運転員の運転技能の維持・向上を図ってい
る。
(1) 運転員の配置
 被告は、前記2(二)で述べたように、「常陽」、「ふげん」及び軽水炉の運転
経験や大洗工学センターでの研究開発経験が「もんじゅ」の保安に反映されるよう
考慮し、教育訓練等
によって適切な運転技能を取得させた後、運転員として配置している(保安規定八
九条、九〇条、乙イ第四七号証三・三―一〇ページ、乙イ第八三号証一ページ)。
 具体的には、①「もんじゅ」について十分な知識を有する者等であって、②「も
んじゅ」シミュレータ(運転訓練施設)を用いて行う通常運転時及び事故時の運転
操作に関する運転実技試験等に合格し、③運転責任者の職務を遂行するために必要
な実務知識に関する口頭試験に合格した者を、「もんじゅ」の運転責任者である当
直長に選任している。
 また、当直長補佐その他の運転員についても、運転経験年数の長短に応じて階層
別に区分した上で、「もんじゅ」シミュレータを用いた訓練課程を終了した者等を
配置している(乙イ第八三号証三ページ)。
(2) 配置後の運転技能の維持・向上
 運転員の配置後も、運転操作を通じての日常的教育(いわゆるOJT)のほか、
「もんじゅ」シミュレータ(乙イ第八一号証)を用いた運転操作訓練や被告の内外
の各種技術研修の受講等により、運転員の運転技能の維持・向上を図っている(乙
イ第四七号証三・三―一〇ページ、乙イ第八一号証、乙イ第八三号証一、三ペー
ジ)。
 被告は、当初、運転員を大洗工学センターの「常陽」やナトリウム施設に派遣
し、「常陽」等の運転員の指導の下に、訓練運転員として運転業務に従事させる等
の技術研修を行っていたが、平成三年四月以降は、「もんじゅ」敷地内に設置した
「もんじゅ」シミュレータを用いて、運転員の運転技能の程度に応じた階層別の運
転操作訓練や、一つの班(運転直)を構成する運転員相互間の指示・連絡系統の連
携訓練等(直内連携訓練・直間連携訓練)を行っている(乙イ第四七号証三・三‐
一〇ページ、乙イ第四三号証三ページ)。なお、「もんじゅ」シミュレータは、
「もんじゅ」の中央制御室を実規模で模擬した教育訓練施設であり、プラントの異
常状態を任意に模擬し、受講者に右異常時の措置を行わせることによって、臨場感
をもたせた運転操作訓練を行うことができる(乙イ第八一号証)。
 また、被告が行う技術研修の受講に加え、適宜、軽水炉の運転訓練センター等で
の訓練課程を受講させることによって、運転員の運転技能の維持・向上を図ってい
る(乙イ第四七号証三・三―一〇ページ)。
(二) さらに、被告は、安全総点検における教育訓練内容についての点検の結果
に基づき(乙イ第四七号証三・
三―三、九、一〇ページ)、以下のような改善を行った。
(1) 教育訓練を確実に実施するため、建設所に、その推進を図り、教育訓練状
況の把握等を行う「教育担当」を置いた(乙イ第四七号証三・三―三、九ページ、
乙イ第五一号証一二五ページ、乙イ第八三号証二ページ)。
(2) 「もんじゅ」シミュレータを、運転員が現場の状況等を模擬映像で確認で
きるように改造した上で、二次系ナトリウム漏えいを想定した教育訓練を開始した
(乙イ第四七号証三・三―一〇ページ、乙イ第八三号証三ページ)。・(3) 所長
は、毎年度、原子炉施設の保安に関する教育訓練計画を定め、非常事態に対処する
ための総合的実地訓練を年一回以上実施することとしているが(保安規定八九条、
九〇条)、平成八年四月からは、ナトリウム漏えい事故を想定し、ナトレックス
(ナトリウム火災用消火器)を使用するナトリウム取扱・消火訓練やナトリウム漏
えい時の運転員の基本動作の習熟を図る異常時模擬訓練を年一回行っており、平成
一〇年一二月一〇日には、二次主冷却系Aループからのナトリウム漏えい事故を想
定した総合防災訓練を運転員を含む職員等約二〇〇名で行った(乙イ第四七号証
三・三―一〇ページ、乙イ第八三号証三ページ、乙イ第八四号証)。
(三) なお、被告は、今後も教育訓練内容の更なる強化を図り、逐次、改善措置
を講じる予定であり、一例として、運転員に対する十分な教育訓練期間を確保する
ため、前記2(一)で述べた現在の五班三交替制に代えて、六班三交替制の導入を
検討している(乙イ第四七号証三・三―三、一〇ページ、乙イ第八二号証一ペー
ジ、乙イ第八三号証二ページ)。
5 設備の機能・性能の維持
(一) 原子炉施設の安全性を確保するためには、安全性の確保に必要な系統・機
器等について、設備設計上要求される性能・機能が、運転段階においても十分維持
されることが必要である。
 このため、原子炉施設は、使用前検査(原子炉等規制法二八条)に合格した後
も、毎年一回、その性能が法令で定める技術上の基準に適合しているか否かについ
て定期検査を受検することとされている(原子炉等規制法二九条)。また、原子炉
設置者は、保安のために必要な措置として、原子炉施設の巡視・点検や定期自主検
査を行うこととされている(原子炉等規制法三五条一項、試験炉規則九条、一〇
条)。
(二) 試験・検査等
 「もんじゅ」は、現在、使用前検
査受検中のまま、使用前検査合格に至っていないが、運転に供される「もんじゅ」
は、右検査に合格するなど所定の手続を経ることはいうまでもない。被告は現在、
以下に述べるように、巡視・点検や定期自主検査を行い、これらの結果に基づいて
設備の改善等を行って、系統・機器等の性能・機能の維持、向上を図っている。
(1) 巡視・点検
 当直長は、毎日一回以上、「もんじゅ」施設内を巡視し、①原子炉冷却系統施設
(一次・二次主冷却系設備、補助冷却設備等)、②制御棒駆動設備及び③電源・給
排水・排気の各施設(ディーゼル発電機、所内電源設備、液体・気体廃棄処理設
備、換気空調設備等)を点検し、異常がないことを確認している(試験炉規則九
条、保安規定一三条)。
 また、当直長は、原子炉の起動開始前及び停止後には、原子炉施設全体の状態を
点検し、異常の有無を確認している(保安規定一六条一項)。(2) 定期自主検

 被告は、定期自主検査として、試験炉規則一〇条が定める以下の事項について、
試験・検査を行い、異常がないことを確認している。
ア 原子炉停止中は、実際に原子炉停止系を作動させて、安全保護系の回路等の設
定値やその機能を確認する「安全保護回路等の設定値確認検査」及び「安全保護回
路等機能検査」を一年ごとに行う(試験炉規則一〇条一号、保安規定二六条一項、
七四条、別表五、別表一九―(1)、乙イ第二号証三二ページ)。
イ 原子炉の運転中には、原子炉停止系を作動させないよう原子炉トリップバイパ
スしゃ断器に切り替えた上で、安全保護系の回路の機能を確認する「原子炉トリッ
プ回路の機能試験」を一か月ごとに行う(試験炉規則一〇条一号、保安規定二六条
二項、七四条、同別表一九―(2)、乙イ第二号証三二ページ、乙イ第六号証八―
九―三一ページ)。
ウ サーベイメータやモニタリングポスト等の施設内外の放射線測定用の計測器類
については、「放射線計測器類の点検・校正」及び「環境放射能計測器の点検・校
正」を一年ごとに行う(試験炉規則一〇条二号、保安規定四七条四項、四八条四
項、六五条一項、二項、七四条、同別表一四、別表一七―(1)、別表一七
(2)、別表一九―(1))。また、アニュラス循環排気装置のよう素用フィルタ
ユニットのバイパス回路の切替試験(乙イ第六号証八―七―九ページ)等、試験炉
規則一〇条に定めのない事項についても各種の試験・検査を行い(保安規定別
表一九―(1)・(2))、原子炉施設の保安上重要な警報装置の機能(保安規定
一八条一項)や原子炉トリップ時の制御棒の挿入時間等の運転上の条件(保安規定
第四節)等が維持されており、異常がないことを確認している。
(三) 設備の改善等
 被告は、右に述べた巡視・点検や定期自主検査の結果、設備の保修、改善等を要
するとされた箇所については、原子炉主任技術者の意見を徴した上で保修作業等を
行うとともに、終了後、右箇所の点検や性能試験を行い、正常な状態に復したこと
を確認することとしている(保安規定七六条ないし七八条)。
 なお、「もんじゅ」の安全総点検では、試運転開始(平成三年五月)から平成九
年五月までの六年間に作成された保修票約一〇〇〇件についても点検をしたが、保
修の対象となった事象が原子炉の安全性に影響を及ぼすものではないこと、保修作
業が妥当であったこと、及び今後同様の事象が発生することを防止するための適切
な措置が講じられていることを確認した(乙イ第四七号証三・四・四―一、二、
五、六ページ、乙イ第五一号証九一ページ)。
 また、安全総点検では、試運転段階において発生した事故・故障についても点検
したが、右事故・故障の発生原因を踏まえた設備改善策等が妥当であること、同様
の事故・故障が生じないように併せて講じられた設備改善措置(水平展開措置)が
妥当であることをも確認した(乙イ第四七号証三・四・四―一、四ページ、乙イ第
四八号証三・四・四―一ないし一一ページ、乙イ第五一号証九〇、一〇八ペー
ジ)。一例として、平成三年六月に発生した二次主冷却系配管が原子炉格納容器貫
通部近傍において設計時の予測とは逆の方向に熱変位した事象について、右熱変位
による応力の評価を行い、右応力は十分小さく安全上問題となるものではないこと
を確認するとともに、右変位の原因となった剛性の大きい二層式のベローズを単層
式のものに交換する等の改善工事を実施した結果、右のような異常な熱変位挙動が
生じないこと、さらにはその他の機器・配管についても応力の評価をした結果等か
ら右のような異常な熱変位挙動が他の箇所においても生じないことを確認した(乙
イ第四七号証三・四・四―四ページ、乙イ第四八号証三・四・四―一、六、七ペー
ジ、乙イ第五一号証一〇八ページ)。
六 まとめ
 以上のとおり、被告は、「もんじゅ」の設計、建設に当たって、多重防護の考え
方に基づく
十分な事故防止対策を講じている。その上で、運転段階においても、安定した運転
を維持し得るよう、適切な安全確保対策を講じている。したがって、「もんじゅ」
が運転に供されることによって、原告らの生命・身体に影響を及ぼすような異常な
放射性物質の放出のおそれがないことは明らかである。
第五 二次系ナトリウム漏えい事故について
 平成七年一二月八日、「もんじゅ」において、本件事故(二次主冷却系Cループ
での二次冷却材ナトリウムの漏えい事故)が発生した。本件事故の詳細について
は、被告準備書面(一二)で述べたとおりであり、本件事故の発生から終止に至る
までの一連の過程において、放射性物質による環境への影響はなく、また、本件事
故によって炉心の冷却機能は何らの影響を受けず、本件事故が原子炉の安全性に影
響を及ぼすこともなかった。
 しかし、原告らは、本件事故の発生によって、「もんじゅ」の危険性が裏付けら
れたと主張し(原告ら準備書面(三四)七九ないし八二ページ、同(三五)一丁
裏、二丁表)、証人P16はこれに沿う証言をする(P16調書(二)五ペー
ジ)。
 そこで、被告は、本項において、本件事故は原告らの生命・身体に対する被害発
生の蓋然性を何ら根拠づけるものではなく、原告らの右主張が失当であることを明
らかにする。
一 本件事故の概要
1 本件事故の経過
 本件事故の経過については、被告準備書面(一二)一ないし一三ページで詳述し
たとおりであるが、以下、本件事故の発生から終止に至るまでの過程のうち、原子
炉の停止操作を中心にその概略を述べる。
(一) 本件事故発生(平成七年一二月八日一九時四七分に最初の警報が発報した
時点)から約一一分後に、当直長は、ナトリウム漏えいの規模は運転手順書におけ
る小規模漏えいに当たると判断し、その二分後にプラント第一課長の了解を得た上
で通常停止の方法による原子炉の停止操作(制御棒を徐々に炉心に挿入して出力を
降下させる操作)を開始した(乙イ第九号証二―二、一七ページ)。
(二) 本件事故発生から約一時間二三分後に、主任技術者、プラント第一課長及
び当直長は、漏えい規模が拡大するおそれがあると判断して、原子炉の手動トリッ
プ(運転員の操作によって全制御棒を急速に炉心に挿入して原子炉を緊急停止させ
る操作)を決定し、その約一〇分後に手動トリップ操作を行った。これによって原
子炉は直ちに停止し、三系統の補助冷却
設備すべてによる崩壊熱除去運転が自動的に開始された(乙イ第九号証二―三、一
八、一九ページ)。
(三) 本件事故発生から約三時間八分後に、運転員は、ナトリウム漏えいが発生
した二次主冷却系Cループのナトリウムの抜取り作業(ドレン)を開始し、その約
一時間二〇分後にドレンを完了した(乙イ第九号証二―三、四、二〇、二一ペー
ジ)。
(四) ドレン完了後、運転員は、原子炉を低温停止状態に移行させるための操作
に移り、本件事故発生から約二六時間後に右操作を完了した(乙イ第九号証二―二
二ページ)。なお、現在、「もんじゅ」の一次主冷却系及び二次主冷却系の各Cル
ープは、ナトリウムを抜き取り、配管内にアルゴンガスを充てんした上で、室温で
保存されている。
2 本件事故の施設への影響
(一) 本件事故により漏えいしたナトリウムの量は、約〇・七トンと推定された
(乙イ第九号証四―一ページ)。これは、二次主冷却系Cループ内にあるナトリウ
ム量全体(約二八〇トン。甲イ第二四一号証一四四ページ)の約〇・三パーセント
に当たる。
(二) 二次主冷却系のCループにおいては、中間熱交換器出口側の配管に取り付
けられていた温度計(以下「本件温度計」という。)部分からナトリウムが漏えい
したことによって、その直下に配置されていた換気ダクト、グレーチング(保守用
足場)及び床ライナ(板厚約六ミリメートルの鋼板。以下「本件床ライナ」とい
う。)が損傷を受け、近傍の壁コンクリートも影響を受けた。しかし、本件事故に
よる設備の損傷は、本件温度計直下の限られた範囲にとどまり、右設備以外の機器
(例えばケーブル類)への延焼等は生じなかった(乙イ第九号証四―三、四、七、
一一ないし一四ページ)。
 本件床ライナ上にはナトリウム化合物が堆積し、これを除去したところ、ナトリ
ウム漏えい箇所直下の局所的な範囲で、〇・五ないし一・五ミリメートル程度の板
厚減少が観察されたが、貫通した部分はなく、漏えいしたナトリウムと床コンクリ
ートとの直接接触を防止するという床ライナの機能を果たした(乙イ第四号証四―
八ないし一〇ページ、乙イ第一〇号証Ⅱ―二―三ページ)。
 なお、「もんじゅ」においては、床ライナの立ち上がり部を覆う形でリッドが外
部しゃへい壁に取り付けられており(甲イ第二四一号証一五三ページの二次系ライ
ニング設備の断面詳細図参照)、本件事故の際に、漏えい箇所近傍のリッドが一部
変形したことが認められるが、このことによって床ライナが損傷したり、床コンク
リートが影響を受けた事実はない(乙イ第九号証四‐九、一〇、一三ページ)。
 原告らは、本件床ライナの板厚減少や右のリッドの変形を理由に、本件事故の際
に床ライナの健全性が損なわれた旨主張するが、失当である。
 また、ナトリウム漏えい箇所近傍の原子炉補助建物壁コンクリートの一部(約
四・五平方メートル)に深さ一ミリメートル程度の黒灰色の変色が見られたが、こ
れは漏えいしたナトリウムの熱影響によるものであり、その影響は表層部にとどま
った。ナトリウムとコンクリートとの反応生成物も検出されず、壁コンクリートの
構造耐力及び放射線の遮へい性能への影響はなかった(乙イ第九号証四―一一ない
し一四ページ)。原告らは、右のコンクリートの変色は、壁コンクリートと漏えい
ナトリウムとが接触し、ナトリウム・コンクリート反応が生じたことを示すもので
ある旨主張する。しかしながら、化学的調査等の結果、壁コンクリート及び床コン
クリートのいずれからも、ナトリウムとコンクリートとの反応を示すけい酸ナトリ
ウム等が検出されなかったことから、被告は、前述のとおり、右変色は漏えいした
ナトリウムの熱的影響であると判断したものである。
 なお、原告らは、漏えい箇所近傍の壁コンクリートが深さ一センチメートルの範
囲でナトリウム化合物を含有していることをもって、ナトリウムがコンクリートと
直接接触し、ナトリウムとコンクリートとが反応した根拠とするが、これは、乙イ
第九号証四‐七九ページの図が、試料を一センチメートル単位で分析した結果を示
したものであることによるのであって、コンクリート中への浸透自体はごく表層部
にとどまると推定されている(乙イ第九号証四―一三、四‐七九ページ)。
 本件事故の際に、ナトリウム・コンクリート反応が生じたとする原告らの主張は
失当である。
(三) 漏えいしたナトリウムが燃焼してできたナトリウム化合物の一部は、ナト
リウム・エアロゾルとなって本件事故があったCループの二次主冷却系配管室(以
下「本件配管室」という。)内の雰囲気中に浮遊したが、一部のナトリウム漏えい
検出器及び換気装置を除けば、ナトリウム・エアロゾルが原子炉補助建物内の設備
及び機器に付着したことによる機器、電気計装品及び制御盤類の機能の支障はなか
った(乙イ第一〇号証Ⅰ―三―六ないし一五ペー
ジ)。
3 本件事故の原因
 本件事故は、本件温度計のさや管(以下「本件さや管」という。)が、そのさや
段付部で破損したことによるものである(乙イ第九号証三―一、三六ページ)。
 本件さや管の破損部分の検査の結果、右破損の原因は、さや段付部に生じた高サ
イクル疲労であり、水流動試験等による検討の結果、右高サイクル疲労は、対称渦
の放出に伴う抗力方向(ナトリウムが流れる方向と同じ方向)の流力振動により生
じたものと考えられた(乙イ第九号証三―一ページ、乙イ第一〇号証I―二―一、
二ページ)。
 また、二次主冷却系中で本件温度計のみが破損した原因は、本件温度計の熱電対
が、曲がった状態で本件さや管に挿入されたことによるものと認められた(本件温
度計の破損原因については、被告準備書面(一二)一三ないし一八ページで詳述し
たとおりである。乙イ第九号証三―一八、乙イ第一〇号証Ⅰ―二―二、三ペー
ジ)。
二 本件事故の公衆への影響
1 評価の観点
(一) 原子力施設における事故等を評価するに当たっては、周辺の公衆に対し著
しい放射線被ばくのリスクを与えたか否かという観点が最も重要である。
 「もんじゅ」においては、一次主冷却系と二次主冷却系とは分離されており、炉
心を通らない二次冷却材ナトリウムには放射性物質は含まれない。また、一次系内
においても、運転に伴って発生する放射化生成物を除けば、放射性物質は燃料被覆
管内に封じ込められている。
 したがって、二次冷却材漏えい事故によって、公衆に放射線被ばくのリスクを与
えるのは、①一次主冷却系と二次主冷却系とを分離する原子炉冷却材バウンダリの
健全性に問題が生じ、二次冷却材の漏えいによって放射性物質が異常に放出された
場合、若しくは原子炉冷却材バウンダリの健全性が現実に損なわれるおそれが生じ
た場合、又は、②炉心冷却能力の低下によって、燃料被覆管を含む炉心の健全性が
損なわれた場合、若しくは炉心の健全性が現実に損なわれるおそれが生じた場合で
ある。
(二) 右の観点からすると、本件事故については、以下の点を指摘することがで
きる。
① 本件事故の前後を通じ、原子炉冷却材バウンダリの健全性は維持されており、
二次冷却材の漏えいに伴って、炉心で生成された放射性物質が環境に異常に放出さ
れた事実はない。
② また、本件事故ないしその影響によって、原子炉冷却材バウンダリの健全性が
損なわれるおそれもなかった。
③ 本件事故は、「もんじゅ」の炉心冷却能力を何ら低下させるものではなく、本
件事故の前後を通じ、炉心の十分な冷却は維持されていた。したがって、温度上昇
によって燃料被覆管の健全性が損なわれた事実はなく、そのおそれもなかった。
④ また、本件事故の際に、漏えいを起こしたCループ以外の二次主冷却系の系統
(Aループ及びBループ)の除熱機能に本件事故の影響が及んだ事実はなく、その
おそれもなかった。
 以上によれば、本件事故が周辺の公衆に対し何ら放射線被ばくのリスクを与える
ものではなく、またそのおそれもなかったことは明らかである。以下、放射性物質
の放出はなく、そのおそれもなかったこと(前記①、②)については後記2におい
て、本件事故時の炉心冷却が維持されていたこと(前記③)については後記3にお
いて述べ、本件事故の影響によって、他の健全な二次主冷却系二系統を含む「もん
じゅ」の施設に影響が及ぶおそれのなかったこと(前記④)については、原告らの
主張に対する反論として、後記四で述べる。
2 放射性物質の放出の有無
(一) 「もんじゅ」において、一次主冷却系と二次主冷却系とは、中間熱交換器
の伝熱管を境界として相互に分離されており、工次主冷却系内の冷却材圧力を一次
主冷却系よりも高く設定していることから、仮に右伝熱管が破損しても、炉心で生
成された放射性物質を含む一次冷却材が二次主冷却系に移行することはない。この
ため、「もんじゅ」は、二次冷却材が漏えいしても、環境に放射性物質を放出する
ことはない(乙イ第六号証八―五―一ページ、P11調書(一)八、九ページ。詳
しくは被告準備書面(二)四三、四四、五四ないし五八ページ、同(一二)二四、
二五ページで述べた。)。
(二) 本件事故の前後を通じ、一次主冷却系Cループの中間熱交換器は前記分離
機能を維持しており、本件事故の際に、炉心で生成された放射性物質歩二次主冷却
系を経て環境に異常に放出された事実はない。このことは放射線モニタ等の指示値
が、通常のバックグラウンドレベル(自然に存在する量)を示していたこと等から
も明らかである(乙イ第九号証四―二九ないし三一、四六、一〇六ページ、甲イ第
二四一号証一七三ないし一七九ページ、P11調書(一)九、一〇ページ。詳しく
は被告準備書面(一二)二六ないし二八ページで述べた。)。
(三) また、中間熱交換器伝熱管を含む原子炉冷却材バウンダリは
、前記第四の二2(一)で述べたとおり、十分な構造健全性を有するよう設計、設
置しており、さらに、被告がした安全評価(前記第四の三2(三)で述べた安全保
護設備等の総合的な妥当性の解析評価及び前記第四の四3で述べた工学的安全施設
等の総合的な妥当性の解析評価)においても、運転時の異常な過渡変化及びこれを
超える異常事象(事故)に対し、原子炉冷却材バウンダリ等の健全性は損なわれな
いことを確認している(乙第九号証一四八、二〇六、二〇七ページ、乙第一四号証
の三の一六、一七ページ、乙イ第六号証一〇―二―四、五、八、一一、一四、一
七、二〇、二三、二六、二九、三二、三六、三九、一〇―三―六、九、一二、一
四、一七、二〇、二三、三八、四一、四四、六六ページ)。
(四) なお、本件事故の際に漏えいしたナトリウムの一部は、ナトリウム・エア
ロゾルの形態で環塩へ放出された。
 しかし、被告が「もんじゅ」の敷地内の風上及び風下側並びに敷地外で採取した
土壌サンプリング試料を分析したところ、ナトリウム量は塩分等のバックグラウン
ドの範囲内であった。したがって、環境に放出されたナトリウム・エアロゾルは、
本件事故当時の気象条件下において、急速に空気中の炭酸ガスと反応して無害な炭
酸化合物に変化し、塩分等のバックグラウンドと区別できない程度に拡散、希釈さ
れたものと判断できる(乙イ第九号証四‐二五ないし二七ページ、P11調書
(一)一〇ないし一二ページ)。
 また、ナトリウム・エアロゾルの一部は、「もんじゅ」施設内の空気中の水分と
反応して水酸化ナトリウムの形で放出された可能性がある。しかし、水酸化ナトリ
ウムも空気中で無害な炭酸化合物に変化する性質を有しており、風下側の植物など
にナトリウム・エアロゾル飛散の影響とみられるこん跡は観察されなかったことか
ら、環境に影響を及ぼすような水酸化ナトリウムの拡散はなかったと考えられる
(乙イ第九号証四―二五ないし二七ページ、P11調書(一)一二、一三ペー
ジ)。
3 本件事故時の炉心冷却
 本件事故においては、二次主冷却系Cループ内の約〇・三パーセントのナトリウ
ムが、約三時間四〇分の間に漏えいしたものと評価されている(乙イ第九号証四―
一、二ページ)。右の漏えいによっては、当該系統の除熱能力自体ほとんど低下せ
ず、他の二系統も健全に機能していたことから、本件事故の際の炉心の冷却が十分
に維持されていたこ
とは明らかである。また、「もんじゅ」の補助冷却設備は、前記第四の四2(一)
(2)で述べたとおり、一系統のみの運転によっても、原子炉緊急停止後の炉心の
冷却を維持することができるよう設計、設置されているが(乙イ第六号証八―四‐
二、八―五―二、八―六―二、五、六ページ)、原子炉緊急停止後の除熱も設計ど
おりに機能した。
 本件事故の発生から終止に至るまでのプラントパラメータ(原子炉の運転記録に
示されている原子炉出力(出力領域中性子束)、冷却材温度、冷却材流量等)によ
っても、①原子炉出力(乙イ第九号証の添二‐三ページの図に①として示されてい
る線)は原子炉の通常停止操作が開始された時点から低下し始め、原子炉の手動ト
リップによって出力零パーセントの状態に急激に減少していること、②一次冷却材
温度(右の図に②、③として示されている線)は原子炉出力の低下に伴い順調に低
下していること、③一次冷却材の流量(右の図に④、⑤として示されている線)も
安定していることを確認できる(乙イ第九号証の添二―三ページ、P11調書
(一)一五、一六ページ)。
 したがって、「もんじゅ」の炉心の冷却能力は、本件事故によっては何ら影響を
受けることなく、本件事故が終止するに至るまで、原子炉の安全は完全に保たれて
いた(P11調書(一)一六、一七ページ)。
4 まとめ
 以上のとおり、本件事故の際に原告らの生命・身体に影響を及ぼすような放射性
物質や化学物質の放出はなく、また、周辺公衆に対し何ら放射線被ばくのリスクを
生じさせるおそれもなかった。
三 本件事故を踏まえた設備等の対策
 右のとおり、本件事故は、公衆に何らの影響を及ぼすものではなく、原告らの人
格権の侵害はもとより、侵害のおそれすら生じさせるものでもなかった。しかし、
被告は、後記1に述べるように、ナトリウム漏えい事故の発生防止対策として、本
件事故の原因となった温度計につき、前記高サイクル疲労が生じないよう設計変更
をし、温度計を交換(一部については撤去)する。したがって、「もんじゅ」にお
いて、本件事故と同一の事故が起こるおそれはない。
 さらに、被告は、「もんじゅ」の安全総点検の結果を踏まえ、万一ナトリウム漏
えい事故が発生したとしても、その拡大を防止し、漏えいしたナトリウムやナトリ
ウム・エアロゾルによる影響が緩和されるよう、「もんじゅ」の設備等について、
後記2の改善措置を講じる
。これらの改善措置を行った上で「もんじゅ」の運転を再開することにより、「も
んじゅ」の安全性及び信頼性をより一層向上させることができる。
1 ナトリウム漏えい事故の発生防止対策
(一) 温度計の設計変更(P11調書(二)一二ないし一五ページ)
 本件事故において本件さや管のさや段付部が破損した原因は、前記一3で述べた
とおり、右段付部が、抗力方向の流カ振動により高サイクル疲労し、破損するに至
ったものである。
 そこで、被告は、「もんじゅ」において使用している温度計のうち、本件さや管
と形状が同一である四八本のうち、①今後も使用する必要がある本件温度計を含む
四二本(一ループ当たり一四本、計四二本)については、新たに定めた温度計設計
方針に適合するものに交換し、②他のもので兼用可能な六本(補助冷却設備一ルー
プ中二本、計六本)については撤去する(乙イ第二五号証四―一、二、一三ペー
ジ、乙イ第四七号証四‐一、三ページ、P11調書(二)一一ないし一三ペー
ジ)。
 右交換する温度計のさや管は、段付構造のないテーパ形状(円すい状)のものと
し、配管内への突出し長さ、テーパの形状及び配管への取付方式については、配管
内の温度分布解析に基づき温度計測上要求される即応性の度合及び設置部分のナト
リウムの流速に応じて定める。さらに、さや管が万一破損した場合であっても、漏
えいしたナトリウムが温度計の内部にとどまる構造とする(第一四図参照。乙イ第
四七号証四―六ページ、乙イ第四八号証三・一・一―二七ないし三六ページ、P1
1調書(二)一三ないし一五ページ)。
 これによって、温度計さや管の破損は防止され、万一破損が生じたとしても、温
度計の外部にナトリウムが漏えいすることは抑制されるから、温度計の破損を原因
とする二次系ナトリウム漏えい事故が生じるおそれはない。
(二) ナトリウム内包壁の健全性確認被告は、安全総点検の一環として、ナトリ
ウム漏えいの発生を防止する観点から、ナトリウムを内包する①一次主冷却系設備
及び一次ナトリウム補助設備、②二次主冷却系設備及び二次ナトリウム補助設備、
③補助冷却設備、④炉外燃料貯蔵設備、並びに⑤メンテナンス冷却系設備の各設
備・機器を対象にナトリウム内包壁の健全性点検を行い、ナトリウムを内包する右
各設備・機器のすべてにおいて、健全性が確保されていることを確認した(乙イ第
二五号証三・一・二―一ないし二〇
ページ、乙イ第四七号証三・一・二―一ないし七ページ、P11調書(一)六三、
六四ページ)。
 したがって、二次主冷却系配管の温度計以外の部分からのナトリウム漏えいにつ
いても、そのおそれはない。
2 ナトリウム漏えいの拡大防止及び影響緩和対策
 前記1によれば、「もんじゅ」を運転する際に、ナトリウム漏えい事故が発生す
るおそれはない。しかしながら、被告は、安全総点検の結果を踏まえて、万一ナト
リウム漏えいが生じたとしても、その拡大を防止し、漏えいしたナトリウムやナト
リウム・エアロゾルの影響が緩和されるよう、ナトリウムに関連する設備について
以下のとおりの改善措置を講じ、また、ナトリウム漏えい時の運転手順書について
も改定する(その詳細については、被告準備書面(一四)七九ないし九〇ページで
述べた。)。
 これによって、「もんじゅ」の安全性及び信頼性はより一層向上する。
(一) 検出、監視システムの充実(乙イ第二六号証三・一・三―七ないし一〇ペ
ージ、乙イ第四六号証八ないし一〇ページ、乙イ第四八号証三・一・三―一五ない
し二〇ページ、乙イ第五一号証一三〇、一三一ページ、P11調書(二)一六、一
八ページ)
 ナトリウム漏えいの有無及び推移の確認並びに漏えい場所の特定の判断をより確
実かつ迅速に行うため、セルモニタ(cell monitor)、カラーITV
(工業用カラーテレビ)、及び総合漏えい監視システムを設置し、漏えいの検出・
監視を強化する。
 これにより、ナトリウム漏えいが生じた場合に、運転員が中央制御室において、
右確認、判断に必要な情報をリアルタイムで把握し、漏えい箇所の特定や立入りの
可否及び原子炉停止等の運転操作上の判断をより迅速かつ適切に行うことができ
る。
(二) 二次主冷却系設備及び補助冷却設備の対策(乙イ第二六号証三・一・三―
一ないし五四、八七ないし九九ページ、乙イ第四六号証一〇ないし一二ページ、乙
イ第四八号証三・一・三―二一ないし二六、四二ないし四七、六一、六四、六五、
一二三ページ、乙イ第五一号証一三一、一三二ページ、P11調書(二)一九、二
六ページ)
(1) ナトリウムドレン機能の強化
 ナトリウムのドレン機能を強化する以下の設備改善を施すことによって、万一の
漏えい発生時にも、漏えい発生からドレン完了までの時間を短縮する。小規模漏え
いの場合、運転員が緊急ドレン操作を行うまでの判断時間を考慮して
も、現状設備では漏えい発生からドレン完了まで約八〇分を要するが、改善後には
約半分(約四〇分)に短縮される。
① 二次主冷却系循環ポンプ入口部に至る配管にドレン用配管(ドレンライン)を
追加設置するとともに、オーバフロータンクやダンプタンクに至るドレン用の母配
管を大口径化することによって、ドレン速度を向上させる(第一五図参照)。
② ドレン弁を遠隔電動化・多重化(二重化)するとともに、非常用電源に接続す
ることによって、より確実にドレンを行うことができるようにする(第一五図参
照)。
③ 運転員が、より確実かつ迅速に漏えい時の操作を行うことができるよう、表示
機能を改善するとともに、一連の操作を一括して行う緊急ドレン手動スイッチを設
ける。
(2) 燃焼及びエアロゾル拡散の抑制機能の強化
① 中規模又は小規模のナトリウム漏えい(以下「中小規模漏えい」という。)の
場合であっても、セルモニタの信号によって換気空調設備が自動停止するよう、そ
の自動停止機能を強化する。また、大規模漏えいを想定した「蒸発器液位低低」信
号による換気空調設備の自動停止についても、インタロック(論理回路)を変更す
ることによって、より確実に停止するようにする。
 これによって、ナトリウムが漏えいし、ナトリウム・エアロゾル等が機器・配管
の保温構造の外へ及ぶような場合には、その漏えい規模にかかわらず、換気空調設
備は確実に自動停止するので、外気の流入及び漏えいナトリウムの燃焼を抑制し、
またナトリウム・エアロゾルの拡散も抑制することができる。
② 二次主冷却系設備、補助冷却設備及び二次ナトリウム補助設備が設置されてい
る部屋の区画化を行い、各区画間の通気率を抑制する(第一六図参照)。
 これによって、漏えいナトリウムの燃焼及びナトリウム・エアロゾルの拡散を抑
制するとともに、後述する窒素ガス注入の効果を高めることができる。
(3) 壁、天井への断熱構造物の設置
 各区画内の室の壁、天井のコンクリート表面に断熱材と鋼板とを組み合わせた断
熱構造物を設置する。
 これによって、ナトリウム漏えい時の壁、天井のコンクリート温度の上昇が抑制
されるので、コンクリートからの水分の放出を抑制し、ナトリウム・エアロゾルと
水との反応を抑制することができる。また、漏えいナトリウムとコンクリートとの
直接接触も防止できる。
(4) 窒素ガス注入設備の設置
 窒素ガス注入設備を設
置し、ナトリウムの漏えいが発生した区画全体に窒素ガスを注入する。
 これによって、漏えいナトリウムの燃焼に供される区画内の雰囲気中の酸素量が
減少するため、漏えいナトリウムの燃焼をより確実に終息させることができる。
 また、窒素ガス注入時の区画内の雰囲気圧力の上昇を抑制するため、圧力逃がし
ラインを設置する。
(5) 現場点検を踏まえた対策
 現場点検の結果、ナトリウムを内包する配管と他の配管との交差等が指摘された
部分等については、右交差部において上方に位置する配管等に、これをおおう外装
板を強化するか、又はその下方に樋を設けるなどする。
 これによって、万一上方の配管等からナトリウムが漏えいした場合であっても、
その影響が下方の配管等に直接及ぶことを防止する。
(三) 窒素ガス雰囲気に設置されている設備についての対策(乙イ第二五号証
三・一・三―一四ページ、乙イ第二六号証三・一・三―九六ないし九八ページ)一
次主冷却設備については、窒素ガス雰囲気に設置されていることから、二次主冷却
設備とは異なり、冷却材ナトリウムが漏えいしたとしても、ナトリウムの酸化(燃
焼)に起因する熱的影響又は化学的影響が直ちに問題となることはない。しかし、
被告は、本件事故を踏まえ、一次主冷却系設備等のガスサンプリング型漏えい検出
器の指示値を、前記「総合漏えい監視システム」により監視し得るようにするとと
もに、ドレンに必要な弁を電動化する。
 これによって、窒素ガス雰囲気である原子炉格納容器内床下の各室でナトリウム
が漏えいした場合にも、運転員は、より迅速かつ適切に原子炉停止等の運転操作上
の措置を講じることができる。
(四) 運転手順書の改善(乙イ第二二号証三、四、一一ないし三九ページ、乙イ
第四六号証一三、一四ページ、乙イ第四八号証三・三―一四ないし四一ページ、P
11調書(二)二七ないし三〇ページ)
 被告準備書面(一二)三三ないし三九ページで詳述したとおり、本件事故時の運
転は、運転員が依拠していた運転手順書に合致しており、運転員が原子炉の安全性
を損なう運転操作をした事実はない。しかし、二次系ナトリウム漏えい時の異常時
運転手順書の一部に、漏えい規模の判断や異常時の運転操作等に関して正確な記載
がされていなかったため、結果的に原子炉停止の遅れ等が生じた。このため、被告
は、運転手順書について、以下のとおり改善することとした。
① ナトリ
ウム漏えい検出器又はセルモニタ等によりナトリウムの漏えいを確認した場合に
は、漏えい規模のいかんにかかわらず、直ちに原子炉の手動トリップ操作を行う
(なお、大規模漏えい時に、蒸発器液面計が「蒸発器液位低低」信号を発した場
合、原子炉は自動的に停止し、換気空調設備も自動停止する。)。
② セルモニタ等によって、漏えいナトリウムやナトリウム・エアロゾルが配管の
保温構造の外に及んでいることが確認された場合には、運転員は、前記緊急ドレン
手動スイッチにより、ナトリウムの緊急ドレン等を行う(セルモニタの信号により
換気空調設備は自動停止する。)。
 これによって、運転員はより迅速かつ適切に緊急ドレン等の操作を行い、漏えい
ナトリウムによる影響を抑制することができる。
3 改善措置の妥当性(乙イ第二六号証三・一・三―一一ないし八三ページ、乙イ
第四六号証一四ないし一八ページ、乙イ第四七号証三・一・三―四、一五ないし一
八ページ、乙イ第四八号証三・一・三―六六ないし九六ページ、P11調書(二)
三〇、五五ページ)
(一) 評価方法及び評価上の前提条件
 被告は、右2に述べた改善措置の妥当性を確認するため、本件事故後に改良され
たASSCOPSコード(詳しくは、後記四3参照)を用いて、二次系ナトリウム
漏えい事故の解析評価を行った。その際に、原子炉出力運転中に、配管の保温構造
の外にナトリウムが漏えいするような小規模漏えい(毎時〇・〇一トン)から、最
大規模のナトリウム漏えい(毎時一一九トン)までが生じることを想定した。ま
た、漏えいが生じる部屋としては、燃焼に供される酸素の量及び空間の大小等を考
慮して、最も影響が大きいと予想される部屋として、空間容積の最も大きい二次主
冷却系配管室、最も小さい過熱器室及び蒸発器室、及び外気の通気率が大きい補助
冷却設備空気冷却器室等を想定し、前記2で述べた改善措置を前提とした上で、そ
の他の解析条件については、以下に述べるとおり、実際よりも厳しくなるようこれ
を設定した(詳細は、被告準備書面(一四)九〇ないし一〇二ページで述べ
た。)。
① 漏えいナトリウムの燃焼形態としては、スプレイ燃焼とプール燃焼とが同時に
進行するものとした(乙イ第四八号証三・一・三―八七、八八ページ)。
② ナトリウム漏えいが継続する時間は、ドレン機能強化策を考慮して、二次主冷
却系設備の場合、小規模漏えいでは四〇分、大規模漏
えいでは三〇分とした。運転員の判断時間については、安全評価審査指針を参考に
一〇分とした(乙イ第七号証一一四ページ、乙イ第四八号証三・一・三―七一、八
三、八九ページ)。
③ セルモニタ等は漏えいの発生を短時間で検知することができるが、換気空調設
備の停止については、常に、漏えい発生から二分を要することとした(乙イ第四八
号証三・一・三―七一、八三ページ)。
④ 建物内の区画化及び壁、天井への断熱構造物の設置の効果は考慮したが、窒素
ガス注入設備による窒素ガスの注入については、燃焼抑制効果の評価上はその効果
を考慮しないこととした(乙イ第四八号証三・一・三―六六、六七、七二ないし七
四、七九ないし八一ページ)。
(二) 評価結果
 解析評価の結果、改善措置を講じることによって、床ライナの温度及び減肉量が
いずれも抑制され、水素ガスの発生量(水素濃度)及び外部へのナトリウム・エア
ロゾル拡散量等がいずれも減少するなど、改善措置の有効性が確認された。以下、
各評価結果について述べる(詳細は、被告準備書面(一四)九〇ないし一〇二ペー
ジで述べた。なお、床ライナの温度及び減肉量の各算定方法並びに後記の各温度に
おいて床ライナの健全性が維持されることについては、後記四2の「床ライナの健
全性について」の項で述べる。)。
(1) 床ライナの温度
 評価の結果によれば、部屋の区画化等によって、以下のとおり床ライナの温度上
昇は抑制され、安全裕度が向上する。
① 最大規模(毎時一一九トン)のナトリウム漏えいの場合、二次主冷却系配管室
(配管室・ポンプ室区画)の床ライナの最高温度は、本件事故当時の設備(現状設
備)における摂氏約六二〇度に対し、区画化等の効果により、設備改善後は摂氏約
五二〇度に抑制される(乙イ第四八号証三・一・三―七四、九一ページ)。
② 空間容積の小さい過熱器室及び蒸発器室(蒸気発生器室区画)において最大規
模(毎時一〇〇トン)のナトリウム漏えいを想定した場合には、区画化の効果が比
較的小さく、また、壁、天井への断熱構造物の設置によりコンクリートヘの放熱が
相対的に小さいが、床ライナの最高温度は、過熱器室の場合、現状設備における摂
氏約七五〇度が設備改善後は摂氏約七三〇度に、蒸発器室の場合、現状設備におけ
る摂氏約八一〇度が設備改善後は摂氏約八〇〇度に、それぞれ抑制される(乙イ第
四八号証三・一・三―九三、九五ページ)。
③ 
空気冷却器室(空気冷却器室区画)の下部キャッチパンヘの大規模漏えい(漏えい
率毎時四三トン)の場合、区画化の効果が最も著しく、下部キャッチパンの温度
は、現状設備では、摂氏約八五〇度を一時間以上維持するのに対し、設備改善後は
短時間のうちに摂氏約七六〇度から摂氏約五三〇度に降下する。一方、同室の上部
キャッチパンヘの大漏えい(漏えい率毎時五三トン)の場合、上部キヤッチパンの
最高温度は現状設備では摂氏約七九〇度であるのに対し、設備改善後は摂氏約八四
〇度となった。しかし、現状設備では高温状態が長く維持されるのに対し、設備改
善後は温度が短時間のうちに摂氏二〇〇度以下に降下する(乙イ第四八号証三・
一・三―六七、七九、八〇ページ)。
④ 中小規模漏えい時(毎時〇・一トン)には、配管室の床ライナ温度が局所的に
最高約八四〇度に達する点で、現状設備と設備改善後とで差異はない。しかし、設
備改善によって、温度降下までの時間が大幅に短縮される(乙イ第四八号証三・
一・三―七二、九一ページ)。
(2) 床ライナの減肉量
 被告は、床ライナの減肉量を厳しく評価するため、鋼材の腐食試験によって得ら
れた溶融塩型腐食の腐食速度の最大値(減肉速度データの九五パーセント信頼限界
の上限値)と中央値を用いて、床ライナの温度が摂氏三〇〇度以上になれば溶融塩
型腐食が発生すると仮定して解析を行った(溶融塩型腐食の機構及び発生条件並び
に右の仮定が極めて保守的・安全側の内容であることについては、後記四2の「床
ライナの健全性について」の項で述べる。)。
 解析の結果によれば、減肉量が最も厳しくなるのは、ナトリウムの漏えい率が毎
時〇・一トンの場合であり、この場合の二次主冷却系配管室、過熱器室及び蒸発器
室における各床ライナの減肉量は、中央値で一・五ないし一・六ミリメートル、最
大値での腐食が継続することを仮定しても二・五ないし二・六ミリメートルである
とされ(乙イ第四八号証三・一・三―九〇ページ)、現状設備を前提とする値(後
記四2(二)(3)で述べる)に比して、大幅に裕度が向上する。
(3) 水素発生量
 水素発生量については、解析の結果によれば、現状設備において最大となるのは
二次主冷却系配管室内において毎時一〇トンの割合で漏えいした場合であり、その
際の最大水素濃度は約一・七パーセントと、燃焼限界値(燃焼するのに必要な水素
濃度の限界値)の四パーセ
ントに対し、約半分にとどまる(乙イ第四八号証三・一・三―六六、九一、九三、
九五ページ)。したがって、現状設備においても、水素の蓄積燃焼によって機器・
建物が損傷するおそれはない。
 また、改善措置を講じることによって、最大水素濃度は約〇・四パーセント(蒸
発器室内において毎時一一〇トンの割合で漏えいした場合)と燃焼限界値の約一〇
分の一に抑制され、水素の蓄積燃焼に対する安全裕度は更に向上することを確認し
た(乙イ第四八号証三・一・三―六六、九一、九三、九五ページ)。
(4) 内圧の上昇
 部屋の内圧の上昇については、解析の結果によれば、現状設備においても最大で
約〇・二二気圧であり、建物の耐圧値である〇・六気圧に対し十分な余裕がある
(乙イ第六号証一〇―三―三七ページ)。
 また、改善措置を講じることによって、二次主冷却系配管室において最大規模の
ナトリウム漏えいが生じ、さらに、漏えい発生直後に窒素ガスを注入するという保
守的な想定をしても、圧力逃がしラインが作動することから、漏えいナトリウムの
燃焼及び窒素ガス注入による圧力上昇は約〇・〇六気圧(耐圧値の約一〇分の一)
にとどまり、安全裕度が更に向上することを確認した(乙イ第四八号証三・一・三
―七八ページ)。
(5) ナトリウム・エアロゾル拡散の抑制
 本件事故時においても、発生したナトリウム・エアロゾルが施設の機能又は公衆
に影響を及ぼすものでなかったことについては、前記一2(三)及び二2(四)で
述べたとおりである。
 また、区画化及び圧力逃がしラインの設置の効果によって、漏えいが生じた区画
内のナトリウム・エアロゾル量は現状設備の約一四分の一近くまで低減され、他の
区画内各室のナトリウム・エアロゾル量も、現状設備の約六分の一ないし一六分の
一にまで低減されることを確認した(乙イ第四八号証三・一・三―二二、二三、二
八ページ)。
 さらに、最大規模のナトリウム漏えい時を想定し、建物外に拡散したナトリウ
ム・エアロゾルが敷地境界の地表面に到達する場合のナトリウム・エアロゾル濃度
について保守的な評価を行ったところ、ナトリウム・エアロゾルが地表面に到達す
ることはほとんどなく、かつ、大気中のナトリウム・エアロゾル濃度は、ナトリウ
ム換算で一立方メートル当たり五〇ミリグラム以下にとどまる(なお、右ナトリウ
ム・エアロゾルは、空気中の炭酸ガスと反応して急速に無害な炭酸化合物に
なり、地表面に沈降する過程で希釈される。乙イ第四八号証三・一・三―三五ない
し三八ページ)。
4 まとめ
 被告は、「もんじゅ」の運転再開前に、前記改善措置の具体化、詳細化を図った
上で、これを「もんじゅ」に施すことを予定しており(乙イ第四六号証一九ペー
ジ、P11調書(一)五九ページ、同(二)五五、五六ページ)、これによって
「もんじゅ」の安全性及び信頼性はより一層向上する。
 右改善措置(改善策)は、科学技術庁の「もんじゅ安全性総点検チーム」によっ
ても妥当と認められた。また、独自の立場から本件事故の調査審議に当たった原子
力安全委員会も、右改善措置(改善方針)を妥当とした上で、今後、被告が改善措
置を具体的に講じる場合には、その安全性を厳重に審査し、「もんじゅ」の安全確
保に万全を期すとしている(乙イ第四二号証の二の三ページ、乙イ第五一号証一〇
ページ)。
 したがって、今後運転に供される「もんじゅ」において、本件事故のようなナト
リウム漏えい事故が発生するおそれはなく、万一の発生を仮定しても、ナトリウム
漏えいの拡大は防止され、その影響も緩和される。
四 原告らの主張について
1 事故の拡大防止について
(一) 設備等の不備について
 原告らは、「もんじゅ」には、①本件事故の発生を認知するシステム(火災検知
器及びナトリウム漏えい検出器)に機能上の不備があること、②漏えいの規模を把
握するオーバフロータンクのナトリウム液面計に機能上の不備があること、③緊急
ドレン機能に不備があること、及び④運転手順書に不備があることから、本件事故
の際に原子炉のトリップや換気空調設備の停止が遅れ、「事故の拡大」を招いた旨
主張し(原告ら準備書面(三四)一三ないし二六ページ)、証人P16はこれに沿
う証言をする(P16調書(一)四四ないし五五ページ)。
 しかしながら、原告らの右主張は、それ自体が失当である。
 すなわち、原子炉施設における事故等については、前記二1(一)で述べたとお
り、周辺の公衆に対し著しい放射線被ばくのリスクを与えたか否かの観点から評価
されるべきもので、「事故の拡大」とは、事故等を安全に終止させることができ
ず、放射性物質の放出が拡大される方向に、あるいは放射性物質の異常な放出のお
それが増大する方向に推移することを意味する。
 本件事故については、前記三2で述べたとおり、設備及び運転手順書の改善によ
って、ナトリウ
ムの漏えい量やナトリウム・エアロゾルの影響を低減、緩和する余地はあったが、
これによって低減、緩和されるのは、ナトリウム・エアロゾルの拡散量、及び換気
ダクトやグレーチング等の施設の損傷等の問題であり、放射性物質の放出にかかわ
るものではない。
 前記二の2及び3で述べたとおり、そもそも、本件事故による放射性物質の放出
はなく、また、本件事故の際に、炉心冷却能力が低下して炉心の健全性が損なわれ
るおそれや、原子炉冷却材バウンダリの健全性が損なわれるおそれが生じた事実は
全くない。
 したがって、本件事故について「事故の拡大」があったとすること自体が失当と
いわざるを得ないが、念のため、原告らの右①ないし④の主張について以下に反論
することとする。
(1) ナトリウム漏えいの早期検知について
 原告らは、「もんじゅ」の火災検知器、ナトリウム漏えい検出器に不備があると
し、また、本件事故の際にナトリウム漏えい検出器よりも先
に火災検知器が作動したことは、火災防止設計の基本に抵触する重大事である旨主
張する(原告ら準備書面(三四)二、一五ないし一七ページ)。
 しかし、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
 ナトリウム漏えいの検知について、①火災検知器の発報状況は、中央制御室の火
災報知盤で確認できるものの、中央制御盤で確認し得るようにはなっていなかった
こと、②火災報知盤の音響停止スイッチを入れた後は警報発報の表示はされるもの
の、音響は停止するようになっていたこと、及び③ナトリウム漏えい検出器の具体
的な計測値の確認は現場制御盤でしか確認し得ないものであったことは、原告らが
指摘するとおりである。
 しかし、本件事故が発生したのは、二次主冷却系Cループの計装設備から「中間
熱交換器・C二次側出口ナリウム温度高」警報が発報した時点と考えられるとこ
ろ、その六秒後に火災検知器が警報を発報し、さらに本件事故発生の一分一二秒後
にはナトリウム漏えい検出器も警報を発報している。そして、右各警報の発報によ
り、運転員は、本件事故発生の数分後には現場確認を行うなどしている(乙イ第九
号証二―一七ページ)。
 したがって、漏えいを早期に検出し監視する上で、本件事故当時のナトリウム漏
えいを検知する設備や体制に、基本的な問題はなかった。
 原告らは、証人P8が、漏えい規模が小さい場合には、検出遅れは一時間単位に
もなり得ると証言したとし
て(乙ホ第二号証の三(P8調書(三))七二丁表)、「もんじゅ」のナトリウム
漏えい検出器には機能上の不備がある旨主張する。しかしながら、「もんじゅ」の
ナトリウム漏えい検出器は、ナトリウム・エアロゾル濃度が一立方センチメートル
(一cc)当たり一〇×一〇のマイナス一〇乗グラム以上を検出する感度を有し、
通常の漏えいの場合、気体の吸引及びデータ処理に要する時間を考慮しても、平均
一ないし二分程度でこれを検出することができるが(甲イ第二四三号証二‐一二ペ
ージ)、ナトリウム・エアロゾルを含む気体の量がごく微量の場合には、検出遅れ
が大きくなる。同証人は、後者の場合について、ナトリウムが数時間の間に五グラ
ムないし一〇グラム程度しか漏えいしないような微小漏えいの場合、検出までに長
時間を要する場合がある旨を述べたのであって、本件事故程度の規模の漏えいにつ
いて述べたものではない。「もんじゅ」のナトリウム漏えい検知に、原告らが主張
するような不備があるとすべき理由はない(乙ホ第二号証の三(P8調書(三))
七二丁表ないし七三丁表)。
 なお、被告が、今後、総合漏えい監視システム等を設置し、ナトリウム漏えいの
早期検知等の機能の強化を図った上で「もんじゅ」を運転に供することについて
は、前記三2(一)で述べたとおりである。
(2) 漏えい規模の判断について
 原告らは、「もんじゅ」のオーバフロータンクのナトリウム液面計は一目盛りが
〇・七ないし〇・八トンと感度が低く、漏えいの規模を正確に判断することができ
ない点で、その機能に不備がある旨主張する(原告ら準備書面(三四)一七ないし
一九ページ)。
 しかし、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
 被告は、本件事故当時、①蒸発器のナトリウム液面計が「蒸発器液位低低」信号
を発報した場合にはこれを大規模漏えいと、②オーバフロータンクのナトリウム液
面計によるナトリウム液位に有意な変化が認められるか、あるいは火災検知器が発
報した場合などにはこれを中規模漏えいと、③ガスサンプリング式ナトリウム漏え
い検出器によって漏えいを確認するにとどまる場合にはこれを小規模漏えいと、そ
れぞれ判断することとしていた(乙イ第九号証二―三三ページ)。
 すなわち、被告は、オーバフロータンクのナトリウム液面計にのみ依拠して漏え
いの規模を判断していたのではなく、前記のとおりの総合的判断としてこれを
行っていた。したがって、オーバフロータンクの液面計が、中規模以上の漏えい量
を判断するのに適したものであるからといって、総合的に漏えい規模を判断する機
能に不備があることにはならない。
(3) 緊急ドレンについて
 原告らは、被告が本件事故の際にナトリウムドレンを行うに際し、ナトリウム温
度が摂氏四〇〇度に低下するのを待ってこれを行ったことについて、右は、温度降
下を待たずに行う緊急ドレンを一〇回程度しか行い得ないとの「もんじゅ」のドレ
ン関連機器の制約によるものであり、右の機器の不備によって、ナトリウムの漏え
い等が拡大した旨主張する(原告ら準備書面(三四)一九ないし二一ページ)。
 しかし、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
 被告は、本件事故当時、二種類の緊急ドレンを想定しており、①大規模漏えい
時、又は中規模漏えい時でオーバフロータンクのナトリウム液位等に変化がある場
合には、温度降下を待たずに、速やかにナトリウムの緊急ドレンを行い、②中規模
漏えい時で右液位等に有意な変化のない場合には、ナトリウム温度が摂氏四〇〇度
程度にまで降下してからナトリウムの緊急ドレンを行うこととしていた(乙イ第九
号証二―三三ページ)。本件事故の際に、主任技術者、プラント第一課長及び当直
長は、火災検知器発報の増加等から漏えい規模が拡大するおそれがあると判断した
が、オーバフロータンクのナトリウム液位に有意な変化がないことから、原子炉の
手動トリップをした上で、右②の緊急ドレンを行ったものである(乙イ第九号証二
―三ページ)。
 原告らの主張は、甲イ第三〇一号証二三ページに、現状設備においては、約一〇
回の温度低下を待たない緊急ドレンを許容できる旨の記載があることに依拠するも
のと思われる。しかし、右の記載は、「もんじゅ」の寿命中に一回程度想定してい
る最大規模のナトリウム漏えい事故時の熱荷重について、右①の緊急ドレンを一〇
回程度行ったとしても設備の健全性は損なわれないことが確認されたとする趣旨で
あって、本件事故時に、右①の緊急ドレンを行うことに対する制約が存在したわけ
ではない(甲イ第三〇一号証二三、二四、参―一三、参―一四ページ)。被告は、
前述のとおり、漏えい規模に対する判断と運転手順書の記載に基づいて右②の緊急
ドレンを行ったものであって、右の操作がドレン関連機器の不備によるものである
とする原告らの主張は理由
がない。
 なお、被告は、前記三2(二)(1)で述べたとおり、ドレン機能の強化を予定
している。また、緊急ドレン時の設備の構造健全性を評価した結果、改善措置を講
じた後の「もんじゅ」は、右①の緊急ドレンを約四〇回行ったとしても、構造健全
性を確保し得る見通しを得ている(乙イ第四八号証三・一・三―五五ページ)。
(4) 運転手順書について
 原告らは、異常時運転手順書の記載に不備があり、運転員がこれに依拠して運転
したことによって、原子炉のトリップ等の一連の操作が遅れ、本件事故の拡大につ
ながった旨主張する(原告ら準備書面(三四)二〇、二二ないし二五ページ)。
 しかし、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
 本件事故当時、運転員が行った原子炉の停止操作、ナトリウムの緊急ドレン及び
換気空調設備の停止操作は、いずれも異常時運転手順書の細目に依拠したものであ
り、右細目の記載が正確であれば、原子炉のトリップやナトリウムの漏えい停止及
び換気空調設備の停止までの時間は、それぞれ短縮されたと評価し得る。
 しかし、これによって生じた影響をもって「事故の拡大」とすべきでないこと
は、前述したとおりであって、本件事故時の運転員の操作によって、燃料被覆管等
の健全性維持に必要な炉心の冷却は、完全に保たれていた。
 したがって、本件事故後の運転によって原子炉の安全が損なわれたということは
できず、本件事故が拡大されたとする原告らの前記主張は失当である。
 なお、被告は、運転手順書についても、運転員は、セルモニタ等によりナトリウ
ム漏えいが検知され、ナトリウム漏えいを確認した場合には、漏えい規模のいかん
にかかわらず、原子炉を直ちに手動停止するとともに、前記①の緊急ドレンを行う
よう改善する予定である(換気空調設備については、前記三2(二)(2)で述べ
たとおり、セルモニタが漏えいを検知すれば、その信号によって自動停止するよう
に改善措置を施す。乙イ第三一号証九、一一ページ)。
(二) 安全設計の欠陥について
 原告らは、本件事故時に、ナトリウム漏えい検出器が、火災検知器によるナトリ
ウム漏えいの検知前に検知しなかったことは、微少な漏えいを検出できないことを
示すものであり、このことは、被告が主張するLBB思想やこれを前提とする安全
設計自体に欠陥があることを示すものである旨主張する(原告ら準備書面(三四)
三六ないし三九ページ)
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。(1) L
BB(Leak Before Bredk)の概念は、破断等により大規模漏え
いに至る前に小規模漏えいの段階で漏えいを検知しようとする考え方である。右の
考え方の適用範囲については、配管の外径、圧力及び材料等を総合的に検討して決
すべきものであるが、外径が一インチ(二五・四ミリメートル)に満たない程度の
小口径配管に適用することは元来予定されていない(P11調書(一)一九ペー
ジ)。このため、大口径配管には、右考え方を適用して、微小なナトリウム漏えい
を検出することができるガスサンプリング式ナトリウム漏えい検出器を設置してい
るが、本件さや管は外径が一〇ミリメートルであり、右考え方の適用範囲にはない
ので、右検出器の設置を必要としていない(乙ホ第二号証の三(P8調書(三))
四三丁表、同裏、P11調書(一)一九ないし二一ページ)。
 したがって、本件事故時にナトリウム漏えい検出器が火災検知器よりも早く検知
しなかったことは、何ら「もんじゅ」の設計の考え方に抵触するものではなく、そ
の設備に不備があることを示すものでもない。
(2) また、被告は、二次主冷却系の機器・配管を収納する部屋にナトリウム漏
えい検出器及び火災検知器を設置しているが、火災検知器も、ナトリウム漏えいの
影響が雰囲気中に及んだ場合にはこれを検知する能力を有するものであって(原告
らも、その準備書面(三四)一四、一五ページにおいて認めるところである。)、
ナトリウム漏えいの検知の役割を担う点では、ナトリウム漏えい検出器と火災検知
器とに差異は設けられておらず(乙イ第六号証一〇―三―三四ページ)、漏えいの
部位や形態によって、いずれかが先に検知する場合もあり得るというのが設計の元
々の考え方である。
 「もんじゅ」の火災検知器は、本件事故において、前記(一)(1)で述べたと
おり鋭敏な検出性能を示した。本件事故が、まず火災検知器によって検知されたこ
とは、「もんじゅ」の本来の設計の考え方と何ら矛盾するものではなく、また、そ
の設備に不備があることを示すものではない。
2 床ライナの健全性について
 原告らは、①本件事故において床ライナの温度が設計温度五三〇度を上回ったこ
と、及び②燃焼実験Ⅱにおいて床ライナに穴が開いたことを理由に、条件によって
は「もんじゅ」の床ライナに大きな穴が開き
、コンクリートとナトリウムとが直接接触して、コンクリート・ナトリウム反応に
よって床が崩壊し、放射性物質の大量放出につながるおそれがある旨主張し(原告
ら準備書面(三五)、(四一)二ページ)、甲イ第三六二号証一二ページにはこれ
に沿う記載があるほか、同旨の証言もある(P16調書(一)八二ないし八六、一
一一ないし一一四ページ、同(二)五ページ)。
 この点について、被告は、本件事故や本件事故後に得られた知見を踏まえ、漏え
いしたナトリウムとコンクリートとが直接接触することを防止する床ライナの健全
性に関して、①ナトリウム漏えいの熱的影響に関しては、(a)床ライナの温度と
鋼材の融点との関係、及び(b)熱膨張によって床ライナがコンクリート壁に接触
するおそれの有無について、また、②ナトリウム漏えいの化学的影響(腐食)に関
しては、(a)支配的な腐食機構とそれによる腐食速度、及び(b)床ライナの減
肉(腐食)量についてそれぞれ検討を加え、「もんじゅ」においては、二次冷却材
ナトリウム漏えいの熱的影響又は化学的影響によって床ライナの健全性が損なわれ
るおそれのないことを確認した。したがって、以下に詳述するとおり、ナトリウム
漏えいの影響によって、放射性物質の放出につながる事故のおそれがあるとする原
告らの右主張は根拠がないものである。
(一) 床ライナの熱的影響に対する健全性
(1) 大規模漏えい時の評価
ア 「もんじゅ」の二次冷却材を保有する系統、機器を収納する各室に設置された
床ライナは、厚さ六ミリメートルの鋼板であり、ナトリウムの大規模漏えいがあっ
ても、熱膨張を逃すことのできるキャッチパン方式を採用しているので(甲イ第三
五七号証三四、三六ページ)、温度上昇に対し、高い健全性を有している。
 しかし、床ライナに過度の温度上昇が生じた場合には、床ライナが壁コンクリー
トに接触し、湾曲するなどしてその健全性が失われるおそれがある。そこで、被告
は、床ライナが熱膨張によって壁コンクリートに接触するに至る温度を、二次冷却
材を保有する系統、機器を収納する区画ごとに評価した。その結果、右の接触に至
る温度は、二次主冷却系配管室(A)北側で摂氏六三〇度、二次主冷却系配管室
(C)北側で摂氏七〇〇度とされたほかは、他のすべての区画において摂氏九五〇
度を下回ることはなかった(なお、後記(3)で述べる蒸発器室については摂氏一
〇〇〇度を
超えるとの評価となった。甲イ第三五七号証三四、三五ページ、乙イ第四一号証一
二ページ)。右の温度を超えても、床ライナの健全性が直ちに失われるわけではな
いが、少なくとも右の温度に達しない限り、床ライナの健全性が損なわれるおそれ
はないということができる。
イ 他方、前記三3(二)(1)で述べたとおり、大規模漏えい時に大きな影響を
受けると予測される部屋について、前記三2で述べた改善措置を前提に、ASSC
OPSコード(後記(三)3参照)を用いて解析を行ったところ、床ライナの最高
温度は、①二次主冷却系配管室で摂氏約五二〇度、②過熱器室で摂氏約七三〇度、
蒸発器室で摂氏約八〇〇度、③空気冷却器室(上部キャッチパン)で摂氏約八四〇
度になるとの評価結果が得られた。
 したがって、いずれの部屋で漏えいが生じた場合であっても、床ライナの最高温
度が前記接触に至る温度に到達して、その健全性が損なわれるおそれはなく、ま
た、鋼材の融点(摂氏約一五〇〇度)に対しても十分な余裕のあることが確認でき
た(P11調書(二)四六、四七ページ)。
ウ なお、被告は、「もんじゅ」の設置許可申請書の二次冷却材漏えい事故の解析
に際して、床ライナの設計温度を摂氏五三〇度と記載している(乙イ第六号証一〇
―三―三七ページ)。
 右の設計温度は、大規模漏えい時に漏えいナトリウムが燃焼して床ライナ全面が
一様に加熱される場合を想定した温度であって、床ライナの健全性が損なわれる限
界温度を示したものではない(乙イ第四五号証六、七ページ)。
 原告らは、設計温度とは、その温度以下でなら床ライナの機能が維持できる温度
であるとして、本件事故において床ライナの温度が設計温度を超えた以上、「もん
じゅ」の設計の妥当性は否定される旨主張する。
 しかしながら、大規模漏えい時に床ライナ全面が一様に加熱される場合の影響
と、中小規模漏えい時に、漏えい箇所近傍が局所的に高温となる場合の影響とは明
らかに異なり、原告らの主張はこの点を混同するものである。すなわち、本件事故
が発生した二次系主冷却系配管室(C)北側の場合、前述のとおり、大規模漏えい
による全面加熱時には、床ライナの温度が摂氏七〇〇度になれば壁コンクリートヘ
の接触の可能性が生じるが、中小規模漏えい時には、後記(2)で述べるとおり、
温度が局所的に九〇〇度ないし九五〇度に上昇しても床ライナの健全性は維持され
る。
 し
たがって、本件事故の際の中規模の漏えいによって床ライナの温度が局所的に右の
設計温度を超えたことが、「もんじゅ」の安全確保上問題となるものではない。
(2) 中小規模漏えい時の評価
 中小規模の漏えいの場合には、大規模漏えいの場合とは異なり、漏えいするナト
リウムの量が少なく、燃焼によって発生する熱の影響を受ける範囲も漏えい箇所近
傍の局所的範囲にとどまる。しかし、床ライナが部分的に高い温度に達することが
あるため、局所的なひずみにより床ライナが破損する可能性について検討する必要
がある。
 この点について、模擬試験体を用いた実験及び解析の結果、「もんじゅ」の床ラ
イナ温度が、局所的に摂氏九〇〇度ないし九五〇度に上昇した場合、床ライナに取
り付けられたリブがはく離することはあっても、床ライナ自体は局所的に変形する
にとどまり、損傷には至らず、健全性を維持し得ることを確認した(甲イ第三五七
号証三五、三七、三八ページ、乙イ第四一号証一二、一三ページ)。
 他方、やはり前記三2で述べた設備等の対策を前提にASSCOPSコードを用
いて床ライナの最高温度を解析した結果、前記三3(二)(1)で述べたとおり、
中小規模漏えい時には、二次主冷却系配管室の床ライナ温度が、局所的に摂氏約八
四〇度になるとの評価結果が得られた。また、過熱器室及び蒸発器室の床ライナ温
度が、いずれも局所的に摂氏約八五〇度になるとの評価結果が得られた(乙イ第四
八号証三・一・三―九一、九三、九五ページ)。
 したがって、中小規模漏えい時にも、熱的影響によってライナの健全性が損なわ
れるおそれはない。
(3) 現状設備について
 なお、前記改善措置を前提とせず、「もんじゅ」の現状設備を対象として解析を
行ったところ、床ライナの最高温度は、大規模漏えい時には蒸発器室で摂氏約八一
〇度、中小規模の漏えい時には二次主冷却系配管室で摂氏約八八〇度となった(乙
イ第四八号証三・一・三―九一、九三、九五ページ、甲イ第三五七号証四ペー
ジ)。また、本件事故時に本件床ライナが経験した最高温度(中小規模漏えい時の
局所的加熱に当たる。)は、摂氏七五〇度程度と推定される(乙イ第九号証四―九
ページ、乙イ第四一号証四ページ)。
 被告は、現状設備のまま「もんじゅ」を運転することを予定していないが、右の
各温度は、前記(1)及び(2)で述べた大規模漏えい時に蒸発器室で床ライナと
コンクリー
ト壁とが接触に至る温度(摂氏一〇〇〇度超)や、中小規模漏えい時に床ライナの
健全性が保たれることを確認した温度(摂氏九〇〇度ないし九五〇度)と比べても
低く、これによって、現状設備の「もんじゅ」においても、床ライナの健全性が損
なわれるおそれのないことが確認できた。
(二) 床ライナの化学的影響(腐食)に対する健全性
(1) 腐食機構について
 本件事故後、被告が大洗工学センターにおいて燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱを行っ
たところ、前者は本件事故の前半をほぼ再現したのに対し、後者では床ライナが破
損し、本件事故とは異なる様相を呈した。
 被告は、本件事故、燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱのそれぞれについて、事故後及び
実験後の床ライナ等の堆積物の化学分析、床ライナ等の金属組織観察及び元素分析
並びに材料及び付着物等のX線回析等を行った結果、床ライナ等の腐食減肉を支配
したメカニズム(腐食機構)は、本件事故及び燃焼実験Ⅰと燃焼実験Ⅱとでは異な
ると考えた。すなわち、①本件事故及び燃焼実験Ⅰでは、酸化ナトリウム(Na2
O)と床ライナ(Fe)とが高温で反応する「ナトリウム・鉄複合酸化型腐食」が
生じ、②燃焼実験Ⅱでは、ナトリウムの燃焼に伴って部屋の温度が高温になり、コ
ンクリート部から多量の水分が放出され、この水分により堆積物中の水酸化ナトリ
ウムの割合が増加して溶融体となり、これに溶け込んだ過酸化ナトリウム(Na2
O2)が過酸化物イオンとなって床ライナを腐食させる「溶融塩型腐食」が主に生
じたものとみるのが合理的である(乙イ第一〇号証Ⅱ―一―一ページ)。
 右の点について、原子力安全委員会は、いずれの場合も、溶融塩が関与した腐食
機構が働いたとみることが重要であるとしている(乙イ第四一号証七、八ペー
ジ)。右の見解は、燃焼実験Ⅱでは、高温の複合酸化物を含む液相が形成され、腐
食機構に溶融塩が関与したと考えられるところ、本件事故及び燃焼実験Ⅰにおいて
も、複合酸化物が反応生成物として溶融塩を形成したと推定されることから、腐食
機構の共通性に着冒するものである。これに対し、被告の前記見解は、酸素ポテン
シャル、堆積物の形状、腐食断面組織、反応生成物の組成等に明確な相違があるこ
とに着目し、本件事故及び燃焼実験Ⅰは、酸化ナトリウムと鉄との反応による腐食
であるの対し、燃焼実験Ⅱは、過酸化ナトリウムが鉄を腐食させる反応であるとす
るものである
(乙イ第一〇号証Ⅱ―二―二ないし一九ページ)。この点につき、原子力安全委員
会は、個々の現象の支配因子や腐食過程について、被告と同様の認識及び見解に至
った点も多いとするほか、被告の右推論の当否を論じるには更に科学的知見が必要
であるとしているのであって(乙イ第四一号証八ページ)、被告の見解を否定する
ものではない。
(2) 評価方法について
ア 被告は、「もんじゅ」における床ライナの化学的影響(腐食)に対する健全性
を評価する前提として、ナトリウム・鉄複合酸化型腐食及び溶融塩型腐食の各腐食
速度を求める腐食減肉試験を行い、溶融塩型腐食の腐食速度は、ナトリウム・鉄複
合酸化型腐食のそれに比して、五倍程度大きいとの結果を得た(乙イ第一〇号証Ⅱ
―一―一、一九ないし二五ページ)。そこで被告は、床ライナの減肉量の評価を行
うに当たっては、保守的・安全側の評価結果を導くため、溶融塩型腐食の発生を前
提とした上で、その際の腐食速度の最大値(九五パーセント信頼幅の上限値)を用
いた。
 原子力安全委員会も、被告が採用した溶融塩型腐食の腐食速度は、現段階では、
空気中における各温度での最も高い値を与えると考えて差し支えないとした(乙イ
四二号証の一の三ページ)。
イ また、溶融塩型腐食の発生には、高温で安定したプール状の水酸化ナトリウム
が床ライナ上に大量に存在する条件下で、ナトリウムの燃焼によって生成された過
酸化ナトリウムが常時供給され、右の水酸化ナトリウムに十分溶け込むことが必要
である。したがって、溶融塩型腐食が発生するためには、①ナトリウムの供給とそ
の燃焼(空気中の酸素との反応)が継続すること、②ナトリウムの漏えい及び燃焼
によってコンクリート壁の温度が上昇し、相当量の水分が放出されること、③放出
された水分によって相当量の水酸化ナトリウムが生成されることなどの条件が必要
である(乙イ第四六号証一五ページ、P11調書(二)三九ないし四二ページ)。
 以上のことから、「もんじゅ」においては、溶融塩型腐食の発生条件が整う可能
性自体が低いと考えられる上、仮に右腐食が発生するとしても水分の放出及び水酸
化ナトリウムの生成には一定の時間を要することから、漏えいの当初から右腐食が
発生することは考えられない(乙イ第四六号証一五、一六ページ、P11調書
(二)三九ないし四三、四九、五〇ページ、乙ホ第三号証の一(P12調書)七
四、一六五ペ
ージ)。
 しかし、被告は、「もんじゅ」における床ライナの化学的影響(腐食)に対する
健全性を評価するに当たり、溶融塩型腐食の発生を仮定することに加え、①水酸化
ナトリウムの生成量とは無関係に、床ライナの温度が摂氏三〇〇度に達すれば、漏
えいの初期でも溶融塩型腐食が発生すると仮定する、②腐食速度についても、漏え
いの初期から、前記アで述べたとおり当該温度における最大値(九五パーセント信
頼幅の上限値)で推移すると仮定する、③床ライナ温度が最高温度を示す領域を固
定し、右領域では持続的に腐食が進行すると仮定する等、およそ考え得る最も保守
的・安全側の条件を想定した(甲イ第三五七号証三七ページ、乙イ第二六号証三・
一・三―七三、七四ページ、乙イ第四六号証一五ページ、乙イ第四八号証三・一・
三―九〇ページ)。
(3) 評価の結果
ア 右の仮定に基づき、前記三2で述べた改善措置を前提に解析評価した結果、前
記三3(二)(2)で述べたとおり、床ライナの減肉量が最も大きくなるのは、ナ
トリウムの漏えい率が毎時〇・一トンの場合であり、この場合に、漏えい発生から
ドレン完了までの所要時間(漏えい継続時間)を四〇分として評価した結果、二次
主冷却系配管室、過熱器室及び蒸発器室における各床ライナの減肉量は、二・五な
いし二・六ミリメートル(上限値)となり(中央値では一・五ないし一・六ミリメ
ートルにとどまる。)、床ライナの健全性は損なわれないことを確認した(乙イ第
二六号証三・一・三―七三、七四ページ、乙イ第四八号証三・一・三―八九、九〇
ページ)。
イ なお、現状設備においては、漏えい発生からドレン完了までに八〇分(乙イ第
四六号証一七ページ)を要することから、前記改善策を前提とせず、右の漏えい継
続時間を前提に、溶融塩型腐食の発生を仮定する等の前記(2)で述べた保守的・
安全側の条件を想定して解析を行ったところ、床ライナの減肉量が最大となるの
は、漏えい率が毎時〇・一ないし〇・〇一トンの場合であり、右漏えい率での床ラ
イナの減肉量は、五・二ないし五・五ミリメートル(上限値)であり(中央値では
三・二ないし三・四ミリメートルとなる。)、この場合であっても、床ライナに貫
通孔は生じないことが確認できた(甲イ第三五七号証八、一〇ページ、乙イ第二六
号証三・一・三―七四ページ、乙イ第四八号証三・一・三―九〇ページ、P11調
書(二)四七ないし五一ペ
ージ)。
 また、本件事故の際のナトリウムの漏えい率は毎時約〇・二トン(三時間四〇分
の間に約〇・七トンが漏えいした。)と考えられるが、漏えい直下の局所的な範囲
で〇・五ないし一・五ミリメートル程度の床ライナの減肉が生じたにとどまり、こ
れによって床ライナの健全性が損なわれるものではなかった。
ウ 以上述べたとおり、被告は、最も厳しい溶融塩型腐食の発生を仮定し、最も保
守的な評価を行った結果、ナトリウム漏えい時に漏えいナトリウムと床コンクリー
トとの直接接触を防止するという床ライナの機能が損なわれることのないことを確
認した。
(三) 原告らの主張について
(1) 原告らは、溶融塩型腐食によって床ライナの機能が失われ、大量のナトリ
ウムがコンクリートと接触し、ナトリウム・コンクリート反応によって施設が大規
模に損壊する事故に至る旨主張するが(原告ら準備書面(四一)二ページ)、以下
に述べるとおり、右主張は失当である。
(2) すなわち、溶融塩型腐食が生じるためには、①床ライナを腐食させる過酸
化ナトリウムが生成されること、及び②過酸化ナトリウムが安定して存在するため
に大量の溶融状態の水酸化ナトリウムが存在すること等が必要である(P11調書
(二)四一、四二、八三、一七五、一七六ページ)。ところで、大量のナトリウム
が漏えいして、漏えいナトリウムが床ライナ上をプール状に覆っている場合には、
多量に存在するナトリウムが、右①の水酸化ナトリウムを分解したり、あるいは右
②の過酸化ナトリウムと反応し酸化ナトリウムに変えてしまうこととなるため、こ
のような場合には、溶融塩型腐食によって、床ライナが腐食されることはない(P
11調書(二)四二ページ)。
 また、前記(二)(3)で述べたとおり、保守的・安全側の解析を行ったとこ
ろ、溶融塩型腐食によって床ライナに最大二・六ミリメートルの減肉が生じると評
価されたが、右減肉量が得られたのは毎時〇・〇一トンないし〇・一トン程度の小
規模な漏えいの場合であり、この場合に腐食されるのは、漏えいの影響を直接受け
る局所的な範囲に限られ、床ライナが全面にわたって腐食されるわけではない。
 さらに、右のような小規模漏えいの場合、漏えいするナトリウムの総量自体が少
なく、また、漏えいしたナトリウムが燃焼してナトリウム酸化物や水酸化ナトリウ
ムに変化しない限り、溶融塩型腐食は生じ得ない。(3) 以上によれ
ば、溶融塩型腐食が生じた場合には、床ライナは局所的に影響を受けるにとどま
り、また、この場合に、床コンクリートと反応し得る未反応のナトリウムが大量に
存在する状態を想定することはできない。逆に、ナトリウムが大量に漏えいした場
合には、溶融塩型腐食によって床ライナの健全性が損なわれることはない。
 原告らの前記主張は、右のような相違を全く無視するものであり、失当である。
「もんじゅ」において、溶融塩型腐食によって大量のナトリウムが床コンクリート
と接触し、施設が大規模に損壊するおそれのないことは明らかである。
(4) 本件事故の際には、放射性物質の放出はなく、またそのおそれもなかった
(前記二2及び3)。また、これまで述べたところによれば、水素の発生(前記三
3(二)(3))、内圧の上昇(同(4))、ナトリウム漏えいの熱的影響(前記
(一))及び化学的影響(前記(二))を考慮しても、本件事故の影響が、他の健
全な二次主冷却二系統を含む「もんじゅ」の施設に及ぶおそれのなかったことは明
らかである。
 また、今後、万一、二次冷却材漏えい事故が起こった場合であっても、既に述べ
た改善措置を施すことから、「もんじゅ」の他の施設への影響は、十分な余裕をも
って回避することができる。
3 ASSCOPSコードについて
 被告は、前記2の解析をASSCOPSコード(Ver・2・0)を用いて行っ
た。同コードは、「もんじゅ」建設段階に開発された原コードを改良し、大規模漏
えいのみならず、中小規模漏えいをも解析できるようにしたものである(乙イ第四
八号証三・一・三―一〇三、一〇四ページ、甲イ第三五七号証二、一一ページ)。
中規模漏えい時の解析については、被告の大洗工学センターにおいて以前に行った
ナトリウム燃焼実験との比較から、また、小規模漏えい時の解析については、本件
事故後に行った燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱとの比較から、その妥当性を検証した。
その結果、床ライナの局所的な温度上昇による腐食減肉が問題となる床ライナの温
度に着目すると、解析結果は、ナトリウム燃焼実験における測定値とおおむね一致
しており(甲イ第三五七号証二ページ)、また、燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱにおけ
る測定値のほとんどを包絡するとともに測定値よりも高い傾向を示しており(乙イ
第四八号証三・一・三―一〇六ないし一〇八ページ、甲イ第三五七号証一三ないし
一五ページ)、床ライナの
温度を保守的に評価し得るものであることを確認した(甲イ第三五七号証二ペー
ジ、乙イ第四八号証三・一・三―一〇三ページ、乙イ第五一号証一六二ページ)。
 右の点については、原子力安全委員会も、前記ASSCOPSコードのナトリウ
ム燃焼のモデルには、なお検討を要するところがあるものの、右モデルを用いた解
析結果について、本件事故、燃焼実験Ⅰ及び燃焼実験Ⅱの各結果と比較・検討した
結果、床ライナ温度及び温度変化の傾向がおおむね一致していることから、右解析
結果に基づいて検討を進めることは可能であるとした。また、同委員会は、右解析
では溶融塩型腐食(鉄、ナトリウム及び酸素が関与する界面反応による腐食)の際
に発生する熱の寄与は考慮されていないが、その寄与分はナトリウムの燃焼により
発生する熱量に比べて小さく、床ライナ温度に対する影響はそれほど大きくないと
考えられるとした(乙イ第四一号証一二ページ)。
4 改善策の実現可能性について
 原告らは、新法人に高速増殖炉開発が承継されない可能性があること、被告が予
定する改善措置は、法律的、行政的、予算的裏付けのない、被告の願望に過ぎない
旨主張する(原告ら準備書面(四一)四ないし八ページ)。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
(一) まず、被告準備書面(一六)三二ないし六二ページで詳述したとおり、
「もんじゅ」を含む高速増殖炉の研究開発は、原子カ政策円卓会議の提言、高速増
殖炉懇談会の報告、これらを踏まえてされた原子力委員会の決定、いわゆる動燃改
組法の成立及び内閣総理大臣による「核燃料サイクル開発機構珊の業務に関する基
本方針」の策定といった一連の過程を経て、被告の最重点業務に位置付けられてお
り、原告らの主張のうち、これに反する部分は根拠がない(乙イ第五九号証、乙イ
第六一号証、乙イ第六二号証の二枚目、乙イ第六六号証)。
(二) また、「もんじゅ」は現在運転に供されておらず、配管や温度計の一部が
撤去されていることから、何らかの工事を経ない限り、これを起動して臨界状態に
することもできないが、被告は、「もんじゅ」を本件事故前の状態に復元し、現状
の設備設計のままで運転を再開するということは全く予定していない(乙イ第四六
号証一九ページ、P11調書(一)五九ページ、P11調書(二)五五、五六ペー
ジ)。
(三) 被告は、今後、更に前記三2で述べた設備等
の対策の具体化、詳細化を図り、所要の予算措置を講じた上で、原子炉等規制法及
び電気事業法上の許認可を受けて、右の改善策を実現することを予定している。こ
のような手続を経る必要があることは、その実現可能性を何ら否定するものではな
く、原告らの前記主張は失当である。
5 原告最終準備書面の主張について
(一) はじめに
(1) 原告最終準備書面における二次系ナトリウム漏えい事故に関する主張は多
岐にわたるが、要旨、「もんじゅ」において二次系ナトリウム漏えい事故が発生す
る可能性があることを前提に、①速い速度で鋼材を腐食させる溶融塩型腐食が起こ
る可能性があること、②溶融塩型腐食によって床ライナに貫通孔が生じる可能性が
あること、③床ライナに貫通孔が生じた場合、ナトリウム・コンクリート反応又は
水素爆発によって施設が損壊する可能性があることに整理することができる。
(2) 他方、既に主張したとおり、今後運転に供される「もんじゅ」について
は、①事故発生防止対策を講じることによって、ナトリウム漏えいの発生自体が防
止されること(前記三1)、②ナトリウム漏えいの拡大防止対策として、設備及び
運転手順書の改善を行うことによって、万一ナトリウムが漏えいした場合であって
もこれを的確に把握し、原子炉の運転とナトリウムの漏えいは速やかに停止される
こと(前記三2(一)、(二)(1)及び(四))、③ナトリウム漏えいの影響緩
和対策を講じることによって、漏えいしたナトリウムの燃焼及びコンクリートから
の水分の放出が抑制され、水酸化ナトリウムの生成等も抑制されること(前記三2
(二)の(2)ないし(5))から、前提とされる二次系ナトリウム漏えい事故が
生じるおそれはなく、また、床ライナに貫通孔が生じるおそれもないことから、原
告らが主張するような、前記(1)の経過をたどる事態が生じるおそれはない。
 したがって、いずれの点からも、二次系ナトリウム漏えい事故の可能性を理由と
する差止請求が成り立ち得ないことは明らかである。
 以下、原告最終準備書面の内容を踏まえ、必要な範囲で、原告らの主張が理由の
ないことを述べる。
(二) 溶融塩型腐食発生の可能性について
(1) 原告らは、「もんじゅ」においても、燃焼実験Ⅱと同様、溶融塩型腐食が
起こり得る旨主張する。
 しかしながら、現状の「もんじゅ」において、二次冷却系におけるナトリウム漏
えいの発生を仮定して
も、元来、溶融塩型腐食の発生条件が整う可能性自体が低いことについては前記2
(二)(2)イで述べたとおりであり、証人P11及び同P12の各証言もこれを
認めている(P11調書(二)三九ないし四三、四九、五〇ページ、乙ホ第三号証
の一(P12調書)七四、一六五ページ)。
 また、前記影響緩和対策として、窒素ガス注入設備の設置及び部屋の区画化が行
われ、ナトリウム漏えいの発生後、換気が早期に停止されることから、漏えいした
ナトリウムの燃焼自体が抑制される。さらに、壁及び天井に断熱構造が設置される
ため、コンクリートからの水分放出が抑制されることから(乙イ第四八号証三・
一・三―九三ページ図一〇)、水酸化ナトリウムの生成が抑制される。したがっ
て、設備改善後の「もんじゅ」においては、溶融塩型腐食の発生の可能性は更に低
減される。
(2) しかしながら、現在の知見では、「もんじゅ」において、どのような条件
下でも溶融塩型腐食が発生する可能性はないとまでいうことはできないことから、
被告は、前記2(二)(2)で述べたとおり、最も厳しい溶融塩型腐食の発生を想
定して、ナトリウム漏えい時の床ライナの化学的影響に対する健全性の評価を行っ
たものである。
(三) 床ライナ貫通の可能性について
(1) 原告らの主張は、「もんじゅ」において溶融塩型腐食が起こり、これが一
定時間継続することによって、鋼製の床ライナに貫通孔が生じるに至るというもの
である。
 しかしながら、「もんじゅ」において、床ライナに貫通孔が生じる可能性はな
い。「もんじゅ」については、前述のとおり、万一のナトリウム漏えいの場合に
も、ナトリウム漏えいの拡大防止対策及び影響緩和対策が講じられることから、溶
融塩型腐食の発生自体が十分抑制され、また、ナトリウムの漏えい継続時間も短時
間に抑制されるからである。
 この点については、前記2(二)(2)及び(3)で述べたとおり、被告は、最
も厳しい溶融塩型腐食の発生を仮定することに加え、およそ考え得る最も保守的・
安全側の条件を想定した上で、「もんじゅ」において、ナトリウム漏えい時の床ラ
イナの化学的影響(腐食)に対する健全性を評価した。その結果、床ライナに貫通
孔が生じるといった事態は生じず、ナトリウム漏えい時にナトリウムと床コンクリ
ートとの直接接触を防止するという床ライナの機能は損なわれないことを確認し
た。
 これに対し、原告らは
、①被告が右の評価に用いた以上の速度で腐食が進行する可能性があり、②右評価
が前提とした時間内で漏えいを停止することができない可能性があるなどとして、
「もんじゅ」においても床ライナに貫通孔が生じる可能性がある旨主張する。
 しかし、以下に述べるとおり、いずれの主張も失当である。
(2) 腐食速度
 被告は、前記評価の前提として、腐食減肉試験を行って溶融塩型腐食の腐食速度
を求めた上、右試験で得られた腐食速度のうち、九五パーセント信頼幅の上限値の
速度の腐食が漏えいの初期から生じると仮定して評価を行ったが、原子カ安全委員
会は、右腐食速度について、「現段階では、空気中における各温度での最も高い値
を与えると考えて差し支えないと判断される」(乙イ第四二号証の一の三ページ)
としており、溶融塩型腐食の発生を仮定した場合であっても、被告が評価に用いた
以上の速度の腐食が生じる可能性はない。
 なお、原告らは、本件事故は、低温・低湿度の冬季に発生したので床ライナに貫
通孔が生じなかったが、春から秋にかけての湿分の多い外気条件下では、水酸化ナ
トリウムが多量に生成し、燃焼実験Ⅱと同様、床ライナに貫通孔が生じる旨主張す
る。被告は、気温摂氏三五度、湿度八〇パーセントという、夏季に相当する湿分量
の多い雰囲気条件を部屋の初期条件として解析を行っているが(乙イ第四八号証
三・一・三―八七、八八、九二、九四、九六ページ)、前記評価による床ライナの
減肉量は、水酸化ナトリウム生成の多寡とは無関係に、一定の温度に達すれば溶融
塩型腐食が発生するものとし、さらに、当該温度における最大値の腐食速度で推移
するものとして評価した上で、床ライナの健全性は維持されるとの結論を得たもの
であり、外気条件のいかんによってこれ以上の腐食速度となることはあり得ず、床
ライナに貫通孔が生じる可能性はない。
(3) 漏えい継続時間
 原告らは、被告が右の評価を行うに当たって、現状設備ではナトリウム漏えい発
生後、漏えいが停止するまでを八〇分、施設の改善後はこれを最大四〇分としたこ
とについて(前記2(二)(3))、現実の事故の際にそのように手際よくいく保
証はなく、本件事故時のように、漏えい停止までに三時間四〇分を要すれば、貫通
孔が開くのは必然的であると主張する。
 しかしながら、被告が前記評価を行うに当たって用いた漏えい継続時間は、運転
員がドレン操作を行うまでの
判断時間をも考慮した合理的なものであって、今後、漏えい監視機能の強化、運転
手順書の改善、ドレン機能の強化等の改善措置を行った上で「もんじゅ」を運転に
供するに当たっては、確実に、右の時間以内に漏えいは停止する。したがって、今
後の「もんじゅ」の運転において、漏えいが三時間四〇分にわたって継続するとい
うことは、およそあり得ない。
 なお、原告らは、大規模な破断が生じた場合、炉心の冷却を維持・継続するため
に、ナトリウム漏えい火災をあえて放置しなければならない事態が想定されると主
張する。原告らの主張の趣旨自体が不明であるが、「もんじゅ」においては、ナト
リウム漏えいが生じれば、原子炉は手動又は自動で停止され、原子炉の停止後は、
一系統の補助冷却設備が作動すれば除熱を行い得るよう設計されている(前記第四
の三2(二)参照)。したがって、炉心の冷却のためにナトリウムの漏えいを停止
することができず、その燃焼等を放置するといった事態はおよそ想定できない。ま
た、三系統ある二次主冷却系配管のすべてにおいて、同時にナトリウム漏えいが生
じることもおよそ考えられない。
(4) P12証言について
 原告らは、原子力安全委員会委員長の職にある証人P12の証言(乙ホ第三号
証)を挙げて、同人の証言によれば、「もんじゅ」の床ライナに貫通孔が生じると
されている旨主張する。
ア そこで、右証言について検討するに、まず同証人は、溶融塩型腐食による鉄の
腐食機構が完全に解明されていない状況にある一方、燃焼実験Ⅱにおいては床ライ
ナに貫通孔が生じたことから、「もんじゅ」の床ライナに貫通孔が生じるかについ
て、可能性としては少なくとも否定できないとした。すなわち、同証人は、「燃焼
実験Ⅱが示したのは、条件によってはああいうことも起こるということを明確に示
した」のであり「燃焼実験Ⅱの状況を見ますと、実際のもんじゅのプラントで、そ
ういう燃焼実験Ⅱと同じような条件が現れる可能性は、私はそれほど高いものでは
ないと思っておりますけれども、(中略)確かなことは申し上げられません」(乙
ホ第三号証の一の七三、七四ページ)、「可能性としては、少なくとも否定はでき
ません」(同七四ページ)とし、あるいは、「燃焼実験Ⅱにおいてはライナが損傷
したわけで」あり、「したがって、条件によってはそういうことも起こり得るとい
うことでございますから、(中略)もんじゅの実機
で全く起こらないということは申せません。ただ、あの実験の状況等を考えます
と、その可能性が非常に高いとは、私、考えません。ただし、これは私の考えでご
ざいますが、可能性はそんなに高いものではない、むしろ低いほうであろうと思い
ます。しかしながら、(中略)これを、非常に根拠のある見通しとして、今申し上
げるわけにはまだ参らないということでございます」(同一六五ページ)と述べて
いる。同証人としては、溶融塩型腐食の腐食機構が完全には解明されていない現況
下においては、「もんじゅ」において溶融塩型腐食が起こる可能性は低いとしつつ
も、これを完全に否定することはできないとしているものであって、積極的に、
「もんじゅ」の床ライナに貫通孔が生じる具体的可能性があるとしたものではな
い。
イ また、ナトリウムの漏えい継続時間の関係で、同証人は、溶融塩型腐食を前提
とする評価の結果、漏えい継続時間が八〇分間の場合の床ライナの減肉量は、九五
パーセント信頼幅の上限値によれば最大五・五ミリメートルとなる(同末尾添付
⑫)ことから、同じ割合で減肉すると仮定し、右の計算結果を「そのまま延ばして
いけば」板厚約六ミリメートルの床ライナに貫通孔が生じる(同七九ページ)、
「この計算に従えばそのようになる」(同八〇ページ)、「ここに示されたような
計算をして、そのまま時間を延長すればそうなるでしょうということを申し上げて
いる」(同八〇ページ)と述べている。
 すなわち、同証人は、上限値での腐食が三時間四〇分継続すれば、計算上、床ラ
イナは貫通するに至ることを抽象的に述べたに過ぎず、その前提となる、「もんじ
ゅ」において漏えいが三時間四〇分にわたり継続する可能性について、具体的にこ
れを肯定するものではない。
ウ したがって、同人の証言をもって、「もんじゅ」において二次系ナトリウム漏
えい事故が発生した場合に、床ライナに貫通孔が生じる具体的可能性がある旨を述
べたものと理解することはできないのであって、原告らの主張は、同人の証言を曲
解するものである。
(5) なお、ナトリウム漏えい時に床ライナの健全性を維持するための各種の対
策については、原子力安全委員会によって、その有効性及び妥当性が基本的に確認
されており(乙イ第四二号証の一の五ページ)、証人P12の証言もこれと同旨で
ある(乙ホ第三号証の一(P12調書)九七、一二三、一二五、一七三ページ)。

6) 以上述べたとおり、溶融塩型腐食の発生が抑制され、ナトリウムの漏えいが
確実に早期に停止されることから、「もんじゅ」において、床ライナに貫通孔が生
じてその健全性が損なわれるおそれはない。
(四) ナトリウム・コンクリート反応について
 原告らは、床ライナが貫通すれば、多量のナトリウムとコンクリートとが接触
し、ナトリウム・コンクリート反応によってコンクリートが強度を失い、あるいは
水素爆発が生じる旨をるる主張する。しかしながら、既に述べたとおり、「もんじ
ゅ」において、床ライナに貫通孔が生じてその健全性が失われるおそれはなく、し
たがって、ナトリウムとコンクリートとの直接接触により、ナトリウム・コンクリ
ート反応や水素爆発が起こることはそもそもあり得ない。
(1) 原告らの主張には、ナトリウムとコンクリートとが接するに至れば、直ち
に施設が損壊して破局に至るかのごとき部分があるが、その内容は、自ら提出した
書証にも矛盾する。そこで、原告らの提出に係る海外のナトリウム・コンクリート
反応に関する書証について、以下の点を指摘しておくこととする。
ア ドイツ・カールスルーエの実験(甲イ第三五〇号証の二)は、円柱状のコンク
リート試験体の上部に鉄製の環(collar)を取り付けてナトリウムをため、
最大九時間にわたって、燃焼するナトリウムとコンクリートとを全面的に接触させ
たものである。右の実験では、鉄製の環は破壊されたとされるものの、コンクリー
ト試験体が損壊したとの結果は示されていない(同号証二ページ)。また、右書証
には、自立的なナトリウム・コンクリート反応が生じればコンクリートの構造を破
壊し、その機械的強度を失わせるであろうとの見解が示されているが(同号証二、
三ページ)、右は、右実験の結果に基づくものではなく、一般的な考察を述べてい
るのであって、ナトリウム・コンクリート反応によりコンクリートが破壊される具
体的可能性について言及したものではない。
 したがって、右実験の結果から、ナトリウム・コンクリート反応によって「もん
じゅ」の施設が損壊する可能性が肯定されるということにはならない。
イ アメリカ・ハンフォードの実験(甲イ第四一〇号証の二)は、コンクリート試
験体とナトリウムのプールとが鉄製ライナによって垂直に仕切られる状態を作り、
ライナにスリットと穴を設け、これを通じてプールのナトリウムがコンクリートと
接し得るようにしたものである。この際、コンクリートとライナを密着させたもの
と、コンクリートとライナとの間に約六・四ミリメートルの隙間を設けたもの(ス
リット等から流入したナトリウムはコンクリートと全面的に接する。)について実
験を行い、前者についてはナトリウムを摂氏約七五〇度に加熱して一九時間実験を
継続し、後者についてはナトリウムをその沸点である約八八〇度まで加熱して三時
間実験を継続したというものである。
 この実験の際に、鉄製ライナのスリット等の周辺が激しく腐食したこと、ナトリ
ウム・コンクリート反応によって水及び水素が発生したことが認められる(同号証
四ページ)。しかしながら、右の実験は、コンクリートと接触するナトリウムの
量、温度、時間のいずれの点でも、実際の「もんじゅ」ではおよそ想定し得ないよ
うな過酷なものである。また、右のような実験においてもなお、コンクリートの侵
食は小さいと評価され(侵食深さは最大三・二センチメートル、侵食速度は最大
〇・二一センチメートル毎時であった。)、コンクリートにひびが入ることはなか
ったとされている(同号証四、五ページ)。
 したがって、右の実験の結果は、ナトリウムとコンクリートとが接触するに至れ
ば、直ちに施設が損壊して破局に至るとの結論を導くものではない。
(2) なお、原告らは、ナトリウム・コンクリート反応によって水素が発生し、
水素爆発によって「もんじゅ」の施設が損壊する旨をるる主張する。
 しかしながら、「もんじゅ」において床ライナの健全性が損なわれることはない
から、ナトリウム・コンクリート反応によって大量の水素が発生する可能性のない
ことは明らかである。
 前記三3(二)(3)で述べた水素の発生は、主として漏えいしたナトリウム
が、空気中の水分と反応することによるものであって、ナトリウムとコンクリート
との接触によるものではない。また、右反応によって生じる水素発生量が燃焼限界
値以下であれば、水素の蓄積燃焼による爆発が生じるおそれはない。
 この点に関する原告らの主張は理由がない。
(五) 以上のとおり、「もんじゅ」において、二次系ナトリウム漏えい事故によ
って施設が損壊するに至る旨の原告最終準備書面における主張は、すべて失当であ
る。
6 原告らの主張についてのまとめ
 以上のとおり、本件事故に関し、設備の不備又は安全設計の欠陥によって被告が
その拡大を防止し得な
かったとする原告らの主張、及び漏えいしたナトリウムの熱的、化学的影響によっ
て「もんじゅ」施設の健全性が失われ、重大な事故に至る可能性がある旨の原告ら
の主張は、いずれも理由がないことは明らかである。
五 まとめ
 本件事故は、原告らの生命・身体に何らの影響を及ぼすものではなく、また、そ
の危険もないものであった。
 被告は、本件事故を踏まえた検討の結果、漏えいしたナトリウムによる熱的、化
学的影響に対する健全性、水素発生量、内圧等の関係で、「もんじゅ」は、現状設
備のままでも安全性が確保されていることを確認し、さらに、改善措置を講じるこ
とによって、より安全性を向上することができることを明らかにした。そして、今
後運転に供される「もんじゅ」は、このような改善が施されたものである。
 本件事故自体が、原告らが主張する差止請求の根拠となり得ないことは明らかで
あるし、また、これに関連してるる主張する点も、右の「もんじゅ」の安全性を左
右するものではない。
第六 事故発生の危険性に係る原告らの主張が理由のないことについて
 原告らは、「もんじゅ」において、原告らの生命及び身体に危害を及ぼすような
様々な事故が発生するおそれがあると主張する。しかし、原告らが指摘する点は、
「もんじゅ」においてはそもそも問題にならないか、あるいは既に被告において十
分な対策を講じているものである。原告らの主張は、いずれも具体性に乏しく根拠
が明らかでないのみならず、「もんじゅ」の事故防止対策等が存在しないことを前
提にするか、あるいは全く機能しないものとして、これを無視することなくしては
成立し得ないものである。
 被告がこれまで述べたとおり、「もんじゅ」では十分な事故防止対策等が講じら
れており、原告らの主張が失当であることは既に明らかというべきであるが、本項
では、念のため、原告らの主張を幾つか取り上げて、その誤りを指摘しておくこと
とする。
一 反応度事故について
 原告らは、「もんじゅ」には、①炉心特性が不安定である、②ドップラ効果が弱
く有効でない、③冷却材の沸騰により生じるボイド反応度が正である、といった性
質があるとして、炉心に正の反応度が投入された場合、原子炉の出力が急上昇する
反応度事故が生じるおそれがあり、また、チェルノブイル事故や米国のEBR―I
等の海外の高速増殖炉において発生した反応度事故と同様の事故が、「もんじゅ」
において
も発生するおそれがある旨主張し(訴状二八〇、二九三ないし二九七ページ、原告
ら準備書面六の二八ないし三〇ページ、同一五の四一ないし六三ページ、同(二
八)の第一章第二の一)、甲イ第一七七号証一一、一二、一九ページ、甲イ第一九
〇号証四ページ、甲イ第二〇九号証一ページなどにはこれに沿う記載があり、同旨
の証言(P5調書(二)五丁裏ないし一七丁裏及びP10調書(一)九丁裏ないし
二五丁裏)もある。
 しかしながら、被告は、以下に述べるとおり、「もんじゅ」について、炉心特性
において固有の安全性を有するよう炉心設計を行い、設備設計上も、異常な反応度
投入を防止する十分な対策を講じている。また、原告らが指摘する事故例について
も、その原因を踏まえ、設備設計上十分な事故防止対策を講じている。したがっ
て、「もんじゅ」において反応度事故が生じるおそれはなくも原告らの前記主張は
失当である。
1 「もんじゅ」における反応度投入事象に対する事故防止対策
 被告は、多重防護の考え方に基づき「もんじゅ」に対し、十分な事散防此対策を
講じ、その安全を十分に確保している。この点については、既に前期第四で述べた
ところであるが、以下、異常な反応度投入を防止する対策について、詳述すること
とする。
(一) 炉心特性における固有の安全性
(1) 原子炉の反応度とは、核分裂の連鎖反応による中性子の発生数と消滅数と
の平衡が保たれている状態(臨界状態)からのずれの量であり、反応度が正の場合
には原子炉出力が上昇し、これが負の場合には下降する。また、反応度の値が大き
いほど右上昇又は下降の速さは大きくなる。反応度は、燃料温度、炉心支持板温
度、構造材温度、冷却材温度等の変動によって変化し、その変化の割合を定量的に
表したものを反応度係数という(反応度係数には、①ドップラ係数、②燃料温度係
数、③炉心支持板温度係数、④構造材温度係数、⑤冷却材温度係数等がある。)。
 「もんじゅ」は、その炉心設計上、右各反応度係数のうち、①ドップラ係数、②
燃料温度係数及び③炉心支持板温度係数はいずれも負の値を、④構造材温度係数及
び⑤冷却材温度係数はそれぞれ正の値を示す。そして、「もんじゅ」においては、
右④及び⑤が示す正の値は、右①ないし③が示す負の値に比べて極めて小さいこと
から、右各反応度係数を単位出力当たりの反応度変化に換算、総合(合計)して得
られる「もんじゅ」の出力
係数は、低出力領域を含むすべての運転範囲において、常に負の値となる。すなわ
ち、「もんじゅ」の原子炉は、後述のとおり、ドップラ効果の有効な働きにより、
予想されるすべての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有し
ており、原子炉の出力が何らかの原因で異常に上昇して燃料温度等が上昇した場
合、核分裂が抑制され、出力上昇が抑えられる性質(固有の自己制御性)を有して
いる(乙イ第二号証二五ページ、乙イ第六号証八―三―二六、五三ページ、乙ホ第
一号証の一(P6調書(一))九丁裏、一〇丁表)。このことは、「もんじゅ」の
安定した運転を確保する上で重要である(前記第四の二3(一)(1)、乙イ第七
号証一二ページの指針一三及び二九ページの右指針の解説)。
 ドップラ効果の内容については前記第四の二3(一)(1)で述べたとおりであ
るが、「もんじゅ」におけるドップラ係数は大きな負の値を示し、各反応度係数の
中で支配的である。ドップラ効果は、燃料の温度が変化すればほぼ瞬時に現れるの
で、仮に、運転中に何らかの原因により正の反応度が異常に投入され、燃料の温度
が上昇したとすれば、ドップラ効果の急速かつ有効な働きにより、出力の異常な上
昇が抑制される(乙イ第六号証八―三―二六、二七ページ、乙イ第七〇号証五ペー
ジ、乙ホ第一号証の一(P6調書(一))八丁裏ないし九丁裏)。
(2) また、運転中の原子炉は、核分裂によって新たに発生する中性子の数と、
燃料や構造材に吸収されるなどして原子炉内から消滅する中性子の数とが釣り合っ
て、原子炉内の中性子数が一定に保たれるよう、制御棒によって制御されている
(P22調書(一)一八丁表ないし一九丁裏)。核分裂で発生する中性子は、①分
裂の直後に発生する即発中性子と、②それより平均的に一〇秒程度遅れて発生する
遅発中性子とから成るが、即発中性子のみによる核分裂連鎖反応では原子炉内の中
性子数は一定に維持されず、遅発中性子が加えられて初めて中性子数が一定に保た
れることで、原子炉出力は維持される(乙第二号証四一、四二ページ、乙ホ第一号
証の一(P6調書(一))二〇丁裏、二一丁表)。また、反応度の投入に伴う原子
炉出カの変動の仕方は、遅発中性子発生割合に対する反応度投入量の比の大きさに
よって決まり、右の比が同じであれば、原子炉出力を上昇、又は下降させる程度
は、軽水炉、高速増殖炉を問わずほぼ同じと
なる。このため、高速増殖炉においても、反応度投入量を右割合に見合うように設
定することにより、軽水炉と同様に、原子炉出力を制御することができる。
 したがって、「もんじゅ」の遅発中性子発生割合が軽水炉の半分程度であること
は、原子炉の制御上の困難をもたらすものではなく(乙イ第四号証一六、一七ペー
ジ、乙イ第六号証八―三―五三ページ、P9調書(二)一五丁表、乙ホ第一号証の
一(P6調書(一))二〇丁裏ないし二二丁表)、また、前記第四の二3(二)
(2)で述べたように、「もんじゅ」の即発中性子の寿命が軽水炉のそれに比べて
短いことが、「もんじゅ」を安定して制御する上で支障となるものでもない(乙イ
第四号証一六、一七ページ、乙ホ第一号証の一(P6調書(一))二〇丁裏)。
(3) 以上述べたとおり、「もんじゅ」は、原子炉として、固有の自己制御性を
有しており、異常状態の発生は未然に防止される。
 したがって、「もんじゅ」が不安定な炉心特性を有するとともに、ドップラ効果
が有効ではない旨の原告らの主張は失当である。
(二) 異常な正の反応度の投入防止策
 「もんじゅ」の原子炉は、前述のとおり、固有の自己制御性を有しているが、被
告はこれに加え、正の反応度が異常に投入されることのないよう、「もんじゅ」の
設備設計上、十分な対策を採っている。
 原告らは、燃料スランピング(何らかの原因により燃料ペレットが燃料被覆管内
で下方に密に詰まること。)や燃料集合体の変形、あるいは制御棒の急速引抜きに
よって炉心に異常、過大な反応度が投入され、反応度事故が生じる旨主張する(原
告ら準備書面一五の四八ないし五五、五八ないし六一ページ)。しかし、「もんじ
ゅ」においては、右の事象の発生を防止し得るよう十分な対策が講じられており、
原告らの右主張は失当である(冷却材の沸騰により生じるボイド反応度に関係する
部分については、後記(四)で述べる。)。
(1) 燃料スランピングについて
 「もんじゅ」の燃料ペレットは、その健全性の確保について述べたとおり(前記
第四の二1(二))、運転中に溶融するおそれはない。したがって、燃料ペレット
の溶融を原因として、燃料スランピングが生じるおそれはない。
 また、「もんじゅ」では、①燃料ペレットは、プルトニウム・ウラン混合酸化物
粉末をプレス成形し、約八五パーセント理論密度になるように焼結しているが、そ
の製造に際しては
、化学分析や寸法及び外観検査等を行い、使用される燃料ペレットに破損等が生じ
ないようにしていること、②燃料被覆管を高精度で製作して、燃料ペレットと燃料
被覆管との間に必要以上に間隙が生じないようにしていること、③燃料集合体の運
搬及び取扱時に燃料ペレットに破損が生じないよう、燃料ペレットをプレナムスプ
リングにより押さえて動かないようにしていること等の対策を講じていることか
ら、燃料ペレット及び燃料被覆管の各製造上の瑕疵等が原因となって、燃料スラン
ピングが生じるおそれもない(乙イ第六号証八―三―四、五、一一、一〇―三―七
ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書(一))二一丁表)。
 なお、被告は、安全評価において「燃料スランピング事故」の解析をしている
が、これは、反応度がステップ状に投入された場合の原子炉出力の変化等、炉心の
応答特性を分析し、基本設計の妥当性を確認するための物理モデルとして想定した
ものにすぎず、工学的にそのような事故が生じることを想定したものでないことは
いうまでもない(乙ホ第二号証の一(P8調書(一))一一丁表、一二丁表、一八
丁裏ないし一九丁裏)。
 したがって、「もんじゅ」において燃料スランピングが生じるおそれはなく、こ
れを原因として反応度事故が生じる旨の原告らの主張は、前提を欠き理由がない。
(2) 燃料集合体の変形について
 原告らは、燃料集合体の変形、湾曲によって正の反応度が投入され、反応度事故
に至ると主張する。
 燃料集合体は、燃料要素やこれを収納するラッパ管等から成るが、前記第四の二
1(四)で詳述したとおり、「もんじゅ」のラッパ管は、熱的影響や地震等の外力
によって過大な変形、湾曲が生じることのないよう、熱的、機械的荷重に十分耐え
る強度を有しており、支持構造、固定方法についても十分考慮している。また、
「もんじゅ」の燃料要素についても、後に述べるEBR―Iの事故例も踏まえ、過
大に変形することを防止し得る構造としている。
 したがって、燃料集合体又は燃料要素の過大な変形等が生じるおそれはなく、こ
れを原因として反応度事故が生じる旨の原告らの主張は理由がない。
(3) 制御棒の異常な引抜きについて
 制御棒の異常な引抜きがあると、炉心に大きな正の反応度が投入される。
 しかし、「もんじゅ」の制御棒駆動機構については、①制御棒の駆動モータに速
度制限回路を設ける、②運転員が複数の制御棒
を同時に引き抜くことを阻止するインタロックを設ける、③運転員が制御棒を引き
抜こうとする場合、当該制御棒と他の制御棒との相互位置偏差(制御棒相互の引抜
きの程度の差)を自動的に監視し、右相互位置偏差が設定値に達すると警報を発
し、当該制御棒を連続的に引き抜くことを阻止するインタロックを設ける、④制御
棒の引抜き中に原子炉の出力が異常に上昇し、炉心の中性子束レベル等が設定値よ
り高くなると警報を発し、制御棒のそれ以上の引抜きを阻止するインタロックを設
ける(中性子束レベル等が更に高くなると、原子炉は緊急自動停止する。)等の対
策を講じている(乙イ第二号証二六ページ、乙イ第四号証四二ページ、乙イ第六号
証八―三―一六、一八、八―九―一八、一九、二一、二二、一〇―二―二、六、一
〇―三―二ページ)。
 したがって、「もんじゅ」において、制御棒の異常な引抜きが生じることはな
く、これを原因として反応度事故が生じる旨の原告らの主張は失当である。
(三) 異常な正の反応度投入時の異常状態拡大防止策
 「もんじゅ」においては、仮に何らかの原因により正の反応度が異常に投入され
たとしても、前記第四の三2(一)で述べた原子炉緊急停止装置が急速に作動して
原子炉は速やかに自動停止し、右異常状態の拡大は確実に防止される。
 すなわち、正の反応度が異常に投入され、原子炉出力が異常に上昇した場合に
は、安全保護系が、「出力領域中性子束高」、「広域中性子束高」、「出力領域中
性子束変化率高」等の原子炉トリップ信号を発し、これによって原子炉停止系が作
動して制御棒を急速に炉心に挿入する。また、冷却材の温度が異常に上昇した場合
には、「原子炉容器出口ナトリウム温度高」のトリップ信号も発せられる(乙イ第
六号証八―三―一五ないし一八、八―九―二四ないし二九、四二ページ)。
 安全保護系及び原子炉停止系から成る原子炉緊急停止装置が、多重性、独立性を
有し、確実に原子炉を停止することのできる信頼性の高い設備として設計、設置さ
れていることについては、前記第四の三2(一)で詳述したとおりである。
(四) ボイド反応度について
 「もんじゅ」において、炉心の冷却材中に気泡(ボイド)が発生した場合、計算
上、炉心中心付近で正の反応度が投入される(すなわちボイド反応度が正であ
る。)ことは、前記第四の二3(一)(3)で述べたとおりである。
 原告らは、「もんじゅ」にお
いて、出力が上昇してナトリウムの温度が上昇すると気泡が発生し、大きな正のボ
イド反応度が生じて出力が更に上昇して出力暴走事故・炉心崩壊事故に至る旨主張
し、また、大量の気泡が炉心を通過する場合も同様である旨主張する(原告ら準備
書面一五の五二ないし五五、六二、六三ページ、同(二八)第一章第二の一)。
 しかし、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
(1) 「もんじゅ」には、前記(二)で述べた十分な対策を講じているから、正
の反応度が異常に投入されるおそれはなく、したがって、異常な正の反応度の投入
を原因として、原子炉出力や冷却材温度が上昇することもない。
 ナトリウムの沸点は大気圧下で摂氏約八八〇度であり、運転時の冷却材の最高温
度(摂氏約六五九度)に対し二〇〇度以上の裕度を有している(乙イ第六号証八―
三―五六ページ、P9調書(一)二七丁裏、二八丁表、乙ホ第一号証の一(P6調
書(一))一一丁表ないし一五丁裏)。
また、前記(三)で述べたとおり、何らかの原因によって原子炉出力の異常な上昇
又は冷却材温度の異常な上昇があれば、原子炉緊急停止装置が作動して、原子炉は
速やかに緊急停止する。
 したがって、「もんじゅ」においては、予想されるすべての運転範囲において冷
却材ナトリウムの温度が沸点に達し、沸騰することはない。
(2) 次に、前記第四の二1(三)で詳述したとおり、「もんじゅ」において
は、炉心への冷却材の安定した供給が確保され、炉心内の各燃料集合体の発熱量に
見合った冷却材の流量が配分され、さらに、冷却材の流路閉塞が生じることのない
構造を採用している。
 したがって、「もんじゅ」において、冷却材の流量減少や流路閉塞によって冷却
材温度が局所的に上昇し、冷却材が沸騰して気泡が発生するおそれもない。
(3) また、原子炉容器のナトリウム液面の直下に波立ちを防止する板(デイッ
ププレート)を設置し、ナトリウム液面と接する原子炉カバーガスが冷却材に巻き
込まれることを防止するとともに、冷却材中に混入した気泡を排出し得る設備(ガ
ス抜き孔等)を設けている(第一二図参照。乙イ第六号証八―三―一三、一〇―三
―一〇ページ、P9調書(一)二八丁表ないし二九丁表、乙ホ第一号証の一(P6
調書(一))一六丁表ないし一八丁裏)。
 したがって、「もんじゅ」においては、巻き込まれたカバーガスが炉心を通過す
ることにより、正の反応
度が異常に投入されるおそれはない。
(4) なお、原告らは、一次主冷却系の循環ポンプから原子炉容器入口ノズルに
至る間の高所にある配管が破断した場合には、右破断箇所から外気が配管内に入り
込み、ひいては気泡が炉心を通過する事故となる旨主張する(原告ら準備書面二六
の第二の三4)。
 しかしながら、前記第四の二2で述べたとおり、「もんじゅ」においては、右配
管を含む原子炉バウンダリの健全性が損なわれることがないよう十分な対策を講じ
ていることから、一次主冷却系の配管が破断に至ることはない(乙イ第六号証一〇
―三―二五、一〇―四―一〇ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書(一))八三丁
裏ないし八五丁表)。万一配管に亀裂が生じ、外気が右破損個所から配管内に侵入
したとしても、右の程度の破損が生じれば、ナトリウムが大量に漏えいして当該系
統のナトリウムの循環は停止されることから、外気が侵入して生じた気泡が、配管
内に存在する数メートルにも及ぶ深いナトリウムの層を通って炉心に入り込むこと
はない。また、ナトリウムの漏えいが生じると、前記第五の三2(一)及び(四)
で述べたとおり、原子炉は手動又は自動で停止するから(乙イ第六号証一〇―三―
二五ページ)、気泡が原因となって原子炉の出力が異常に上昇することはない。
(5) 以上のとおり、「もんじゅ」において、炉心に正のボイド反応度が投入さ
れて反応度事故に至るおそれはなく、原告らの前記主張は失当である。
(五) チェルノブイル事故について
 原告らは、ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイル原子力発電所の四号炉におい
て、燃料が溶融し大量の放射性物質を環境に放出した事故が発生したことをもっ
て、「もんじゅ」においても同様な反応度事故が起こる旨主張し(原告ら準備書面
四の二五、二九、三〇ページ、同六の二一ページ同(七)三〇ないし三四ページ、
同一五の二五ないし六八ページ、同二二の第二の二2、同(二八)の第一章第
三)、甲イ第一九〇号証四、五ページにはこれに沿う記載がある。
 しかしながら、液体金属冷却高速増殖炉である「もんじゅ」と黒鉛減速軽水冷却
沸騰水型炉であるチェルノブイル四号炉とでは炉型や設計が全く異なり、そもそも
比較の対象として適切でない(乙イ第四号証四四、四五ページ)。
 右事故との関係では、チェルノブイル四号炉は、①炉心にボイドが存在する沸騰
水型の炉であることからボイド係数が存在
し、かつ、②炉心設計上、ボイド係数が大きな正の値であり、特に低出力運転時に
は、ドップラ係数等を総合した出力係数も正であったことが重要である。これに対
し、「もんじゅ」においては、①前記四で述べたように、すべての運転範囲におい
て炉心にボイドが生じることはなく、したがってボイド係数は存在しない。また、
②前記6(一)(1)で述べたとおり、低出力状態を含めた予想されるすべての運
転範囲において出力係数は負であり、急速な固有の負の反応度フイードバック特性
を有している。
 また、チェルノブイル四号炉については、緊急停止のための制御棒の挿入に約一
八秒を要するといった同炉の原子炉緊急停止装置の能カの問題があるため、常に一
部の制御棒を炉心内に挿入しておく必要があったにもかかわらず右制御棒の引抜き
制限するための対策が採られていなかったことを指摘し得るが、「もんじゅ」の原
子炉緊急停止装置は、一・二秒以内に制御棒を炉心に挿入することができ、また、
原子炉の緊急停止能力を確保するために、チェルノブイル四号炉のように一部の制
御棒を炉心内に挿入しておかなければならないといった必要は、そもそもない(乙
イ第六号証八―三―一六、一七、八―九―一八、一九、二一、二二ページ)。
 したがって、チェルノブイル事故が発生したことをもって、「もんじゅ」におい
てこれと同様の反応度事故が起こるとすべき理由は何ら存在しない(詳細は、被告
準備書面(九)一六ないし二八ページ、同(一〇)で述べた。)。
2 海外の高速増殖炉における反応度事故等の反映
 被告は、「もんじゅ」に対して、以下に述べるとおり、先行する海外の高速増殖
炉での燃料溶融事故等の原因を踏まえ、十分な事故防止対策を講じている。したが
って、海外の高速増殖炉の事故例と同様の事故が「もんじゅ」において発生し、反
応度事故に至るおそれがあるとする原告らの前記主張は失当である。
(一) EBR―Iの燃料溶融事故について
(1) 事故の概要(乙イ第七六号証三一ないし三三ページ、甲イ第四六号証)
ア EBR―Iは、米国アイダホ州の国立原子炉試験場にある小型の高速実験炉
(熱出カ一一〇〇キロワット、電気出カ二〇〇キロワット)であり、炉心は四回
(マークⅠからマークⅣまで)にわたり取り替えられ、その間、多くの実験が行わ
れた。
イ マークⅡ炉心(ウランとジルコニウムの合金燃料を、オーステナイト系ステン
レス鋼
製被覆材で被覆した燃料によって構成された炉心。なお、「もんじゅ」と異なりラ
ッパ管はなく、ワイヤスペーサは取り外されていた。)での運転において、炉心の
温度がある温度以上に上昇すると温度係数が正になり、炉心に正の反応度が入るこ
とが判明したことから、一九五五年(昭和三〇年)一一月二九日、その原因を解明
するために各種の試験が行われた(なお、右の原因は、後日、高温になると燃料要
素が湾曲するためであるとされた。)。
 右試験では、故意に二つの原子炉安全系(出力急上昇時に機能するスクラム、及
び一次冷却材流量が少ないと原子炉を起動できないようにするインタロック)を外
した上で原子炉の出力上昇操作を行い、出力上昇に伴って温度係数が正になり、更
に出力が上昇して炉周期が一秒になった時点で、試験担当者が口頭で運転員に急速
スクラム(制御棒の急速挿入による原子炉の緊急停止)を指示したところ、運転員
は誤って低速スクラム(制御棒の通常速度での挿入による原子炉の停止)ボタンを
押した。試験担当者は直ちに急速スクラムボタンを押したが、この間の時間遅れが
約二秒あったことから、出力が急上昇し、燃料溶融事故が発生した。
ウ 右事故後、原子炉は約二年間かけて除染された上で、炉内の修理改造等が行わ
れてマークⅢ炉心に取り替えられ、運転が再開された。
 マークⅢ炉心では、燃料要素の湾曲が起きないよう、ワイヤスペーサを燃料要素
にらせん状に巻き付けるとともに、燃料要素を六角形のラッパ管内に収める等の改
良が行われた。右改良により、マークⅡ炉心のように炉心の温度の上昇に伴い温度
係数が正となることはなくなった。右事故の発生及びその後の右改良を契機とし
て、現在の高速増殖炉の燃料設計の基本が確立された。
(2) 「もんじゅ」における事故防止対策
 「もんじゅ」においては、EBR―Iで生じたような燃料溶融事故が生じ得ない
ことは、以下に述べるとおり明らかである。
ア 「もんじゅ」は高速増殖炉の原型炉であり、EBR―Iのように高速増殖炉の
開発初期に、その特性の研究を目的として自由に試験を行うことができた小型の原
子炉実験施設とは異なる。
 「もんじゅ」においては、EBR―Iのように、故意に安全保護系を切り放した
運転や、試験担当者が中央制御室で運転員に直接指示するような運転はあり得な
い。運転については、事前に十分検討された運転計画に基づいて、十分な運転技能
を有する運転員が、適正な運転手順書に従って行う(乙イ第六号証五―四、五、八
―一五―一ページ、乙イ第四八号証三・四・三―四ページ、乙イ第七九号証五、二
四ページ)。
イ また、前記1(二)(3)で述べたように、運転員が複数の制御棒を引き抜こ
うとした場合でも、これを阻止するインタロックなどが設けられている。これによ
って異常状態の発生は未然に防止されるとともに、仮に何らかの原因によって異常
が発生したとしても、前記1(三)で述べたように、異常状態は早期に検知され、
原子炉緊急停止装置によって原子炉は安全に自動停止する。
ウ さらに、「もんじゅ」においては、前記第四の二1(三)(2)及び(四)で
述べたように、炉心設計上、改良後のEBR―Iと同様、燃料要素の外周にワイヤ
スペーサを設けて相互の接触を防止し、さらに燃料要素を六角形のラッパ管の中に
入れ、燃料要素が過度に変形することを防止するとともに、軸方向には自由に膨張
できる構造としている(第四図参照。乙イ第六号証八―三―五ページ、乙ホ第一号
証の一(P6調書(一))二七丁裏、二八丁表)。したがって、前記1(二)
(2)で述べたとおり、「もんじゅ」においては、燃料要素の過度の変形によって
正の反応度が投入され、燃料溶融等に至るおそれはない(乙イ第七六号証三二、三
四ページ)。
(二) エンリコ・フェルミ炉の燃料溶融事故について
(1) 事故の概要(乙イ第七六号証四一ないし四三ページ、甲イ第四七号証、P
9調書(七)二〇丁裏ないし二五丁表)
ア エンリコ・フェルミ炉は、米国ミシガン州の電力会社(デトロイト・エジソン
社)及びメーカ連合体が設置した、金属ウラン燃料を用いたループ型高速炉(熱出
力二〇万キロワット、電気出力六万六千キロワット)である。一九六三年(昭和三
八年)八月に臨界に達し、以降、試験運転を続けていたが、一九六六年(昭和四一
年)一〇月に燃料溶融事故を起こし、約四年間運転を停止した。
イ 右事故は、原子炉容器底部中央のステンレス鋼製のフローガイドに、ネジで固
定されていた六枚のジルコニウム製カバー(厚さ一ミリメートル)のうちの一枚
が、流力振動によりはく離して燃料集合体の冷却材入口を閉塞し、これによって燃
料集合体の冷却材流量が低下し高温となったことによるものである。
ウ 右事故後、エンリコ・フェルミ炉では、同種の事故の再発を防止するため、以
下の四点の事故防止対
策を講じた。
① ジルコニウム製カバーの必要性を再検討した結果、不要と判断し、右カバーを
すべて取り外した。
② 異物による流路開塞を防止するため、各燃料集合体下端に突起物を取り付け
た。
③ 燃料の破損を早期に検出するため、新たに応答の早い遅発中性子検出器を取り
付けた。
④ 運転員が異常状態を迅速に認識できるように、炉心の反応度、燃料集合体の冷
却材出入口温度差、燃料破損検出器信号等の異常を検知して警報を出すシステムを
取り付けた。
 なお、エンリコ・フェルミ炉は、右各対策を講じた上で、一九七〇年(昭和四五
年)七月に運転を再開し、その後、定格出力運転を達成した。
(2) 「もんじゅ」における事故防止対策
 「もんじゅ」において、エンリコ・フェルミ炉で生じたような燃料溶融事故が生
じ得ないことは、以下に述べるとおりである。
ア 「もんじゅ」では、原子炉容器内の構造物でボルト締めを要する部分について
は、ボルト締め後、溶接する等の脱落防止処置を施していることから、構造物が破
損、脱落するおそれはない(乙イ第四八号証三・四・三―四ページ、P9調書
(七)二九丁表)。
イ また、「もんじゅ」では、前記第四の二1(三)(2)で述べたように、炉心
燃料集合体の冷却材入口部分(エントランスノズル)に多数の冷却材流入孔(オリ
フイス孔)を設け、冷却材流路を多重化することで、冷却材流路の閉塞を防止し得
る設計としているから、部品の脱落等により冷却材の流路が閉塞し、燃料溶融事故
に至るおそれはない(第一二図参照。乙イ第六号証八―三―五ページ、乙イ第七六
号証四二、四三ページ、甲イ第四七号証、P9調書(七)二九丁表ないし三〇丁
表)。
ウ さらに、万一、何らかの原因によって燃料が破損し、燃料被覆管外へ核分裂生
成物が漏れ出た場合には、複数の検出方法による破損燃料検出装置によってこれを
早期に検知し、右検出装置のうち、遅発中性子法破損燃料検出装置の信号が設定値
を超えると原子炉は緊急自動停止することから、事故を速やかに終止させることが
できる(乙イ第六号証八―九―九、二三、二八、四二ページ、乙イ第七六号証四
二、四四ページ、甲イ第四七号証)。
(三) スーパーフェニックスの一次系カバーガス中への空気混入について
(1) 事故の概要
ア スーパーフェニックスは、フランスのクレイマルビルにあるタンク型の高速増
殖炉(熱出力三〇〇万キロワット、電気出力一二四
万キロワット)であり、一九八六年(昭和六一年)に送電を開始した(乙イ第七六
号証二四ページ)。
イ 一九九〇年(平成二年)六月、カバーガスの放射能測定系で、カバーガスを放
射能測定機器に送り込んでいるポンプのシール膜が部分的に裂けたため、空気とア
ルゴンとの混合ガスがカバーガス系に送り込まれ、その結果、ナトリウム中の不純
物濃度の指標となるプラギング温度が上昇した(カバーガスの純度監視装置は設置
されていなかった。)。酸素の混入量は、酸化ナトリウム換算で三〇〇ないし三五
〇キログラムと推定された(乙イ第七六号証一三三、一三五ページ)。
ウ 右事故は、スーパーフェニックスでは、ポンプのシール膜の交換を六か月に一
回程度の頻度で行わなければならない旨規定されていたところ、右頻度での交換が
行われなかったことからシール膜が劣化し、ついには部分的に裂け、右箇所から空
気が混入するに至ったものである(P22調書(二)四四丁裏)。
エ 右事故後、スーパーフェニックスでは、同種の事故の再発を防止するため、カ
バーガスの純度監視装置及びポンプシール膜の破損検出計装を設置するとともに、
プラギング温度に関する運転技術基準の見直しや強化を実施した(乙イ第七六号証
一三三ページ)。
(2) 「もんじゅ」における事故防止対策
 「もんじゅ」においては、以下に述べるとおり、スーパーフェニックスで生じた
ようなカバーガス中への空気混入は生じない。
ア 「もんじゅ」においても、カバーガス中の放射能測定系にスーパーフェニック
スと同様のポンプを使用している。しかし、ポンプのシール膜は定期的に交換して
おり、また、カバーガスの圧力を大気圧よりも高くしていることから、万一、シー
ル膜が破損しても、カバーガス中に空気が混入することはない(したがって、カバ
ーガス中への空気混入によってナトリウム酸化物が生成されて、一次ナトリウム純
化系のコールドトラップが閉塞する事象は生じ得ない。乙イ第六号証八―八―九、
三九ページ、乙イ第七六号証一三四ページ)。
イ また、カバーガス系の圧力を連続して監視しているため、シール膜が破損して
も、その検出が可能である(乙イ第六号証八―八―九ページ、乙イ第七六号証一三
四ページ)。
ウ 万一カバーガス中に空気が混入し、一次冷却材ナトリウムと反応してナトリウ
ム酸化物が生成された場合であっても、「もんじゅ」には、ナトリウムの純化を行
うた
めの一次ナトリウム純化系が設けられ、ナトリウムの純度を管理しているから(乙
イ第六号証八―八―二、三ページ)、ナトリウム酸化物が析出して流路閉塞に至る
ことはない。
(四) フェニックスの異常な反応度低下による原子炉スクラムについて
(1) 事象の概要(乙イ第七六号証四五、四七ページ)
ア フェニックスは、フランスのマルクールにあるタンク型の高速原型如炉(熱出
力約五七万キロワット、電気出力二五万キロワット)であり、一九七三年(昭和四
八年)八月に臨界に達した後、一九七四年(昭和四九年)七月に発電を開始し、そ
の後ほぼ順調に運転されていたが、一九九〇年(平成二年)の異常な反応度低下に
よるスクラムによって運転を停止し、その後、二次系配管の補修工事のため、部分
出力運転が行われている。
イ 右反応度低下の原因として、当初は、①一次冷却系のアルゴンガスが何らかの
原因で液体ナトリウム中に巻き込まれ、アルゴンガスが炉心周辺部を通過したと推
定され、炉心へのガスの注入試験を含め様々な原因調査が行われた。その結果、ガ
ス巻込みが原因であると仮定した場合には、数百リットルにも及ぶ極めて大量のガ
スが炉心周辺部を通過することが必要になるが、このようなことは現実的には想定
し難いことから、結局、ガス巻込みは原因ではないとされた。また、②電気的なノ
イズが原因として検討されたが、現在のところ、原子炉容器の下部に設置されてい
る検出器による中性子束の変化は、電気的なノイズによるものではなく、実際の中
性子束の変化を表したものであると考えられている。このため、③燃料集合体の変
位等、他の原因に注目した調査が行われている。
ウ なお、フェニックスにおいて生じたような異常な反応度低下事象は、「常陽」
で生じたことはなく、また、フェニックス以外の海外の高速増殖炉においても報告
されていない。
(2) 「もんじゅ」における事故防止対策
 「もんじゅ」においては、以下に述べるとおり、フェニックスで反応度低下の原
因として推定された事象等の発生を防止するための対策が講じられていることか
ら、フェニックスにおいて生じたような異常な反応度低下事象が生じるおそれはな
い。
ア フェニックスでは、当初、反応度の異常な低下の原因がアルゴンガスの巻込み
やその炉内通過と推定されたが、前記1(四)(3)で述べたとおり、「もんじ
ゅ」においては、この点についての十分な対策が講
じられている。
イ その後、フェニックスでは燃料集合体の変位が注目されたが、前記第四の二1
(四)で述べたとおり、「もんじゅ」の燃料集合体については、過大な変形等を防
止し得る構造となっている(乙イ第六号証八―三―五ないし七、一〇、一四ペー
ジ、乙イ第七六号証四六ページ、P10調書(三)一三丁裏ないし一四丁裏)。
ウ さらに、「もんじゅ」においては、何らかの原因によって中性子束が異常に変
化した場合には、原子炉緊急停止装置が作動し原子炉は安全に停止する(乙イ第六
号証八―九―二三、二五、四二ページ、乙イ第七六号証四六、四八ページ)。
3 まとめ
 以上のとおり、被告は、「もんじゅ」に対して、海外における経験も踏まえて十
分な反応度事故対策を講じている。この対策によって、原告らが主張するような反
応度事故の発生は十分に防止される。原告らの主張は、このような対策を無視する
ものであって明らかに失当である。
二 蒸気発生器伝熱管破損事故について
 原告らは、「もんじゅ」において、蒸気発生器伝熱管破損事故が発生するおそれ
があり、その場合には、炉心にまで影響が及び、炉心溶融事故となる可能性がある
旨主張し(訴状三四六ないし三四九ページ、原告ら準備書面二七の二三、二四、三
五ページ)、甲イ第一九〇号証七、八ページには、これに沿う記載がある。また、
原告らは、一九八七年(昭和六二年)二月に、英国の高速増殖原型炉PFRにおい
て蒸気発生器伝熱管が多数破損する事故(以下「PFR事故」という。)が発生し
たことから、「もんじゅ」においても同様の事故が発生し、爆発的なナトリウム・
水反応によって中間熱交換器の破壊や二次主冷却系配管の破断を招き、炉心暴走等
の大事故に至るおそれがある旨主張し(原告ら準備書面(三四)六二、六三ペー
ジ、同(三七)一四ページ)、甲イ第一九〇号証一二、一三ページにはこれに沿う
記載がある。
 しかしながら、被告は、後記1(一)で述べるとおり、「もんじゅ」の蒸気発生
器において伝熱管の損傷が生じないよう十分な発生防止対策を講じている。また、
後記1(二)で述べるとおり、十分な影響緩和対策を講じていることから、万一伝
熱管が破損した場合を想定しても、事象・事故を速やかに検知して、これを安全に
終止させることが可能であり、蒸気発生器伝熱管破損事故によって、二次主冷却系
設備や中間熱交換器が損傷するおそれはない。さらに、原告ら
が指摘するPFR事故は、後記2(二)で述べるとおり、事故当時のPFRの設備
及び運転の特殊性に起因した事故であり、「もんじゅ」において、同様の事故が発
生するおそれはない。
 したがって、「もんじゅ」においては、原告らの指摘する蒸気発生器伝熱管破損
事故が発生する蓋然性はなく、これによって原告らの生命・身体が侵害されること
も考えられないから、原告らの前記主張は失当というほかない。以上の点について
は、既に被告準備書面(一五)において詳述したが、本項では、改めてその要点を
述べ、蒸気発生器伝熱管破損事故に関する原告らの主張がすべて失当であることを
明らかにする。
1 「もんじゅ」における蒸気発生器伝熱管破損事故対策
(一) 発生防止対策
(1) 「もんじゅ」の蒸気発生器は、二次冷却材ナトリウムの熱を水・蒸気系に
伝達する熱交換器であり、二次主冷却系三系統にそれぞれ設置されている。蒸気発
生器は、ナトリウムの熱によって水を蒸気(過熱蒸気)に変える蒸発器と、蒸発器
で生成された蒸気を更に過熱する過熱器とから成り、いずれも、外径約三メートル
の胴部の中に、ヘリカルコイル(らせん)形の伝熱管約一五〇本を内蔵する構造と
なっている(乙イ第六号証八―五―二、五、六、一〇、一一ページ)。
(2) 蒸気発生器伝熱管が破損すると、圧力差によって水・蒸気がナトリウム中
に漏えいしてナトリウム・水反応が生じ、隣接する伝熱管等がその影響を受けるお
それがある。そこで、被告は、「もんじゅ」について、特に、応力腐食割れや腐食
による減肉等による伝熱管の損傷防止にも留意し、蒸気発生器伝熱管から水・蒸気
が漏えいしないよう、以下に述べる対策(異常発生防止対策)を講じた(詳細は、
被告準備書面(一五)七ないし一一ページで述べた。)。
ア 伝熱管の材料には、蒸発器、過熱器のそれぞれについて、その使用条件に適合
する材料を選定して使用した(乙イ第六号証八―五―二ページ、乙イ第四三号証三
ページ、P9調書(四)五八丁表、同裏、P9調書(七)一三丁表、同裏)。
イ ヘリカルコイル形伝熱管の曲げ加工に当たっては、材料内に大きな残留応力が
発生しないよう、右伝熱管の曲げ半径を外径よりも十分大きくした(乙イ第四三号
証三ページ)。
ウ 伝熱管の溶接部は、構造信頼性や欠陥検出性に優れた突き合わせ溶接継手構造
とした上、全自動の電気溶接機で施工し、非破壊検査等の所定の検査の結
果、異常のないことを確認している(乙イ第六号証一〇―三―六三ページ、乙イ第
四三号証三ページ、P9調書(七)一四丁表ないし一五丁表)。
エ 伝熱管の腐食を防止するため、ナトリウム純度及び水質を管理するコールドト
ラップ、プラギング計、脱気器、復水脱塩装置等を設けた(なお、原子炉の停止中
には、計画的に伝熱管の探傷検査を行い、健全性を確認する。乙イ第六号証一〇―
二―三七ページ、乙イ第四三号証三ページ)。
オ なお、PFR事故や関西電力株式会社の美浜発電所二号炉の事故において、フ
レッティング摩耗(伝熱管の振動等による管壁の減肉)を原因とする伝熱管複数本
の損傷が問題となった(P10調書(四)七二ページ)。しかし、PFR事故にお
いてフレッティング摩耗が生じた原因は、後記2(二)(1)で述べるとおり蒸気
発生器の過熱器の内筒の構造によるものであり、美浜発電所二号炉の場合は、振止
め金具が設計どおりの範囲まで挿入されていなかったことによるものである(甲イ
第一一八号証三二ページ)。
 後記2(二)(1)イで述べるとおり、「もんじゅ」は、内筒の構造自体がPF
Rとは異なる。また、流体力による振動防止対策(振止め)に留意した伝熱管の支
持構造を採用するなど、フレッティングによる伝熱管の損傷に対しても、十分な対
策を講じている(甲イ第六一号証)。
(3) 被告は、以上の設計等の妥当性を、大洗工学センターの五〇メガワット蒸
気発生器試験施設での長期の良好な運転実績によって確認した(甲イ第一二一号証
三二三、三二四ページ、甲イ第一二二号証六九、七一ページ、乙イ第五六号証一七
六、一七七ページ)。
(二) 影響緩和対策
 「もんじゅ」では、万一、蒸気発生器伝熱管が損傷し、水・蒸気漏えいが発生し
た場合であっても、水・蒸気系と一次主冷却系との間には二次主冷却系が介在する
ことから、その影響が直接炉心に及ぶことはない。また、被告は、水・蒸気の漏え
い規模が拡大したり、系内の圧力が顕著に上昇することを防止し、事象・事故を安
全に終止させることができるよう、以下に述べる影響緩和対策を講じた(詳細は、
被告準備書面(一五)の一一ないし一五ページで述べた。)。
(1) 設備等
 様々な規模の水漏えいに対し早期にその発生を検知するための設備として、水素
計、カバーガス圧力計及び圧力開放板開放検出器を設置した(乙イ第六号証八―九
―一五ページ、乙イ第四三号証
三、四ページ)。
 また、大規模なナトリウム・水反応の影響を緩和するため、圧力開放板や反応生
成物収納容器等から構成されるナトリウム・水反応生成物収納設備を設置した(乙
イ第六号証八―五―六、一〇―三―六三、六四ページ、乙イ第四三号証四ペー
ジ)。
(2) 漏えいの検知等
 微小な水・蒸気の漏えいが生じてナトリウム中水素濃度の上昇率が増加した場合
には、ナトリウム中水素計の警報によって運転員が手動操作で水漏えい信号を発す
る。右上昇率が更に増加した場合には、自動的に水漏えい信号が発せられる(乙イ
第六号証一〇―二―三七、一〇―三―六三ページ、乙イ第四三号証四、一〇ペー
ジ、乙イ第四四号証八六ページ。)。
 水・蒸気の漏えいが中規模以上である場合には、蒸発器カバーガス圧力計又は圧
力開放板開放検出器により自動的に水漏えい信号が発せられる(乙イ第六号証一〇
―三―六四ページ、乙イ第四三号証四ページ)。
(3) 事象、事故の終止等
 水漏えい信号が発せられると、漏えいの規模に関係なく、自動的に二次主冷却系
循環ポンプ及び主給水ポンプの運転が停止し、蒸気発生器の水・蒸気側が遮断され
るとともに、さらに、水・蒸気系の高速ブロー系が作動して伝熱管内に保有する
水・蒸気が急速にブロー(排出)され(過熱器及び蒸発器の隔離を含む右一連の動
作を「蒸気発生器の緊急停止」という。)、ナトリウム・水反応は安全に終止する
(乙イ第六号証一〇―二―三七、一〇―三―六四ページ、乙イ第四三号証四ペー
ジ)。また、原子炉は、右各ポンプの停止に伴うコ一次主冷却系循環ポンプ回転数
低」信号や「二次主冷却系流量低」信号によって緊急停止する。
 蒸気発生器伝熱管から大規模な水・蒸気の漏えいが起こり、万一、ナトリウム・
水反応により二次主冷却系内の圧力が異常に上昇した場合には、蒸気発生器及び原
子炉の各緊急停止に加え、①圧力開放板が開放して過度の圧力上昇を抑えるととも
に、②右反応により生成した水素ガスやその他のナトリウム・水反応生成物は反応
生成物収納容器内に回収され、③右水素ガスは分離されて燃焼処理される(乙イ第
六号証一〇―三―六四ページ、乙イ第四三号証四ページ)。
(三) 設計基準リークの想定
 被告は、蒸気発生器設備の設計を行い、またその安全性の評価を行う前提とし
て、以下のとおり、安全上余裕を持って想定すべき伝熱管の最大水漏えい率(以下
「設計基準リーク」とい
う。)を設定した(乙イ第六号証一〇―三―六五ページ、乙イ第四三号証五ペー
ジ、甲イ第一二三号証七二ないし七四ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書
(一))四七丁表ないし五〇丁裏。詳細は、被告準備書面(一五)二〇ないし二二
ページで述べた。)。
(1) まず、水・蒸気がナトリウムに接した直後に発生する急峻な圧力パルス
(初期スパイク圧)を評価するための初期事象としては、過去の事例等に照らし、
伝熱管一本が瞬時に両端完全破断(いわゆるギロチン破断)した際の水漏えい率を
想定した。
(2) 次に、初期スパイク圧減衰後、事故終止まで持続する水素ガスの圧力(準
定常圧)を評価するため、水・蒸気の漏えいが周囲の伝熱管(隣接伝熱管)に及ぼ
す影響によって、隣接伝熱管が二次的に破損する程度について検討を行った。そし
て、二次破損のメカニズム(挙動)としては、①ナトリウム中に水・蒸気が噴出し
て形成されるリークジェットによるウェステージ(損耗)型破損と、②高温の反応
熱のために隣接伝熱管の機械的強度が低下し、内部の高い圧力によって破裂する高
温ラプチャ(破裂)型破損とが想定されるところ、被告は、ナトリウム・水反応試
験の結果や海外からの情報などから、「もんじゅ」の蒸気発生器伝熱管の二次破損
挙動としてはウェステージ型破損が支配的であると判断した。そこで、準定常圧を
評価するための水漏えいの規模としては、ウェステージ型破損のデータに基づき、
十分な保守性を持たせて、伝熱管四本の両端完全破断に相当する水漏えい率を想定
した。
(3) なお、右(2)の設計基準リークの想定は、初期事象としての水・蒸気の
漏えい後に、ウェステージ型破損によって複数の伝熱管が破損し、全体として伝熱
管四本が両端完全破断した場合に相当する水漏えいが生じることを想定するもので
あって、その最大水漏えい率は、四〇本という多数の伝熱管が損傷・破損したPF
R事故の際の最大水漏えい率をはるかに上回る大きな水漏えいを想定したものであ
る(乙イ第四四号証一九ページ)。
(四) 安全評価
(1) 蒸気発生器を流れる二次冷却材ナトリウムには放射性物質は含まれておら
ず、また、蒸気発生器は、二次主冷却系の各系統ごとに独立して設置されている。
したがって、「もんじゅ」において、一系統の蒸気発生器設備に伝熱管の破損事故
が万一発生したとしても、他の健全な二系統の蒸気発生器設備に影響を及ぼすこと

ないし、その影響が原子炉に及ぶことはなく、また、周辺に放射性物質が異常に放
出される危険もない。
(2) しかし、被告は、ナトリウム・水反応時の施設の安全性を確認する観点か
ら、小規模な水・蒸気の漏えいを前提とした解析のほか、前記(三)で述べた設計
基準リークを前提に、顕著な圧力上昇を伴う大規模な水・蒸気の漏えいを想定した
蒸気発生器伝熱管破損事故についても解析を行い、前述した影響緩和のための設備
設計の妥当性について評価を行った(乙イ第六号証一〇―三―六四ないし六六ペー
ジ)。
 右評価の結果、初期スパイク圧評価のために伝熱管一本が瞬時にギロチン破断す
ることを、また、準定常圧評価のために伝熱管四本の両端完全破断に相当する水漏
えいが生じることを想定しても、右想定した事象は安全に終止し、また、これによ
り生じる初期スパイク圧及び準定常圧に対し、蒸気発生器、二次主冷却系の機器・
配管及び中間熱交換器を含む原子炉冷却材バウンダリの健全性は保たれることを確
認した(乙イ第六号証一〇―三―六六ページ)。
(3) 以上述べたとおり、「もんじゅ」においては、万一、大規模な水・蒸気の
漏えいを伴う蒸気発生器伝熱管破損事故が発生することを仮定しても、これを安全
に終止させることが可能であり、原子炉冷却材バウンダリ等の健全性が損なわれる
おそれはない。
2 蒸気発生器に関する原告らの主張について
(一) 事故想定の誤りについて
 原告らは、欧米では、高速増殖炉及び加圧水型軽水炉の蒸気発生器伝熱管の事故
想定が見直されており、加圧水型軽水炉では、事故想定に際し、主蒸気止め弁の開
固着又は主蒸気管破断をも併せて想定しているなどとして、「もんじゅ」における
蒸気発生器伝熱管破損事故の事故想定(前記1(四)(2)は不十分である旨主張
し(原告ら準備書面(三四)七三ないし七六ページ、同(三七)一四ないし一六ペ
ージ)、甲イ第一九〇号証一二ページにはこれに沿う記載がある。しかしながら、
原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
(1) 設計基準リークの保守性について
 被告は、前記1(三)(1)及び(2)で述べたとおり、過去の事例、ナトリウ
ム・水反応試験の結果や海外からの情報等を踏まえて、設計基準リークを想定し
た。また、右の想定を行った後も、設計基準リークの想定の妥当性について、以下
に述べるとおり、各種の試験等により検証し、想定した設計基準
リークの保守性を確認した(詳細は、被告準備書面(一五)の二二ないし二八ペー
ジで述べた。甲イ第一二三号証七四ページ、甲イ第三八三号証五六五ページの図Ⅶ
―一〇一、乙イ第四三号証六、七ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書(一))四
九丁裏、五〇丁表、五七丁裏、五八丁表)。
ア 蒸気発生器安全性総合試験装置SWAT‐3を用いて大リークナトリウム・水
反応試験を行い、設計基準リークの想定に際し、二次破損挙動としてはウェステー
ジ型破損が支配的であるとしたことは妥当であること等を確認した。
イ 同じくSWAT―3を用いて総合的な伝熱管破損伝播試験を行い、伝熱管内部
の水・蒸気流動が完全に失われない限り、高温ラプチャ型破損は生じないことを確
認した。また、右試験の結果得られた知見を基に破損伝播過程での水漏えい率の変
化を計算する解析コードの妥当性を確認した上で、右解析コードを用いて、破損伝
播によって到達する最大の水漏えい率は、伝熱管二本の両端完全破断に相当する水
漏えい率を少し上回る程度であることを確認し、設計基準リークの想定が保守的で
あるとの結論を得た。
ウ さらに、安全総点検時の評価やその後に整備された最新の構造健全性評価法等
に基づく再評価の結果によっても、「もんじゅ」では、高温ラプチャ型二次破損は
生じないことを確認した(乙イ第四三号証一三、一八ないし二〇ページ)。
エ なお、原告らは、前記SWAT―3による各試験について、ナトリウム圧力が
模擬されていない点で誤りがある旨主張し(原告ら準備書面(三四)七〇ないし七
二ページ、同(三七)一一ないし一三ページ)、証人P10はこれに沿う証言をす
る(P10調書(二)一一丁表ないし一二丁表、同(四)八二、八三ページ)。
 しかし、右各試験において、ナトリウム圧力は、「もんじゅ」で実際に圧力開放
板が破裂して圧力を開放する際の作動圧力も含めて正しく模擬されており(乙イ第
四三号証一一、一二ページ、乙イ第四四号証一〇ページ)、原告らの右主張は失当
である。
(2) 伝熱管破損伝播試験について
 原告らは、被告がSWAT―3を用いて行った伝熱管破損伝播試験について、
「もんじゅ」の定格出力時の蒸発器を模擬したRUN―16やRUN―19におい
て、伝熱管が高温ラプチャによって破損したことを挙げ、「もんじゅ」蒸気発生器
の伝熱管が高温ラプチャによって破損する蓋然性が高い旨主張する。
 しかし
ながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、被告が行った伝熱管破損伝播試
験の内容等を正解しないものであり、失当である。
ア RUN―16は、被告が、「もんじゅ」の定格出力時の蒸発器を模擬して昭和
五六年に行った伝熱管破損伝播試験であるが、右試験においては、初期水リーク率
を毎秒二・二キログラムとし、リークジェットのターゲットとなる伝熱管(ターゲ
ット管)としては、ターゲット管の破損による水漏えい率の拡大を模擬するための
静止水管(水・蒸気の流動がないようにした伝熱管)と、伝熱管内部の圧力条件を
模擬するためのガス加圧管(水・蒸気の代わりに窒素ガスを充てんした伝熱管)と
を用いた(このため、静止水管では、水・蒸気の流動による冷却効果を無視するこ
ととなり、ガス加圧管では、冷却効果を更に無視することとなるから、いずれのタ
ーゲット管も実際の「もんじゅ」の条件を模擬したものではない。)。その結果、
静止水管六本のうち一本が、また、ガス加圧管四八本のうち二四本が、それぞれ高
温ラプチャによって破損するという結果が得られた(乙イ第四三号証六ページ、乙
イ第四四号証添付資料1のA―一―四ページ、甲イ第四四三号証三四七、三四八ペ
ージ)。
イ 一方、被告は、昭和五七年に、三〇パーセント負荷時の蒸発器を模擬したRU
N―17において、初期水リーク率を毎秒一・四六キログラムとし、ターゲット管
については、ガス加圧管五九本のほか、流水管(水・蒸気を流動させて、「もんじ
ゅ」蒸気発生器伝熱管の水・蒸気側の流動条件を模擬した伝熱管)四本を加えて試
験を行ったところ、ガス加圧管、流水管とも破損は生じなかった(乙イ第四三号証
六、七ページ、乙イ第四四号証添付資料1のA―一―四ページ、甲イ第四四三号証
三四七ページ)。
ウ さらに、「もんじゅ」の蒸発器の伝熱管内の冷却効果等の条件を可能な限り模
擬し、RUN―16及びRUN―17と同様に蒸発器を対象に、昭和六〇年にRU
N―19の試験を行った。RUN―19においては、初期水リーク率(一次リーク
平均注水率)を毎秒一・八五キログラムとし、流水管三本及びガス加圧管一五本を
ターゲット管として試験を行ったところ、ガス加圧管は五本が高温ラプチャによっ
て破損したものの、流水管には全く破損が見られなかった(乙イ第四三号証七ペー
ジ、乙イ第四四号証添付資料一のA―一―四ページ、甲イ第四四三号証三四七、三
四八、三五一、三五二ページ)。
エ 各試験の結果から明らかなとおり、高温ラプチャによって破損したターゲット
管は、「もんじゅ」蒸発器の水・蒸気の流動条件を模擬しない静止水管及びガス加
圧管であって、「もんじゅ」蒸発器の水・蒸気の流動条件を模擬した流水管は全く
破損していない。したがって、右各試験結果は、「もんじゅ」蒸気発生器の伝熱管
が高温ラプチャによって破損する蓋然性があることを示すものではない。
オ 原告らは、水・蒸気系の隔離後にブローが行われたり、あるいはブローに失敗
したり、さらには隔離とブローとが双方とも失敗したりした場合には、水・蒸気の
流動が失われることから、蒸気発生器伝熱管齢が高温ラプチャによって多数破損す
るとも主張する。しかしながら、後記(二)(2)イで述べるとおり、「もんじ
ゅ」の蒸気発生器は、高速ブロー系の放出弁が水・蒸気系の蒸気発生器隔離に先立
って開放されるように設定されていることから、水・蒸気のブロー操作時に伝熱管
内の水・蒸気の流動が完全に停止することはない。原告らの主張は、何らの具体的
理由も示さずにブローに失敗することなどを想定するが、単なる抽象的可能性をい
うにすぎず、それ自体失当である。
カ なお、原告らは、本件訴訟における原告らの証拠収集活動の結果、RUN―1
6においてターゲット管二五本が高温ラプチャによって破損したことが判明したと
するが、この点については、既に被告が書証(乙イ第四三号証、乙イ第四四号証)
を提出しているところである。そして、右各書証及び被告準備書面(一五)によ
り、RUN―16で伝熱管内部の水・蒸気の流動を模擬しない静止水管及びガス加
圧管の計二五本が高温ラプチャ型破損をしたこと、及び一連の伝熱管破損伝播試験
と設計基準リークの想定との関係については、十分説明したところである。
(3) 伝熱管破損伝播試験RUN―19の実験条件の保守性について
 原告らは、被告がSWAT―3を用いて行った伝熱管破損伝播試験RUN‐19
について、RUN―16と比べて、伝熱管内の冷却効果の条件(水側条件)だけで
なく、初期水リーク率、注水時間及び注水量に関する試験条件を切り下げており、
試験条件が保守的ではないとする。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
ア 前記(2)で述べたとおり、被告は、RUN―19以前に行ったRUN―16
及びRUN―17において、「もんじゅ」蒸気発生器の伝熱管内の水・蒸気の流動
条件を無視した静止水管及びガス加圧管においては高温ラプチャが発生するもの
の、右流動条件を模擬した流水管において価は高温ラプチャが発生しないことを確
認していた。
 このため、RUN―19については、「もんじゅ」蒸気発生器伝熱管において高
温ラプチャが発生しないことを念のため最終的に確証するために行うこととし、こ
の目的に照らし、「もんじゅ」の蒸発器の各種条件を可能な限り模擬する実験を行
うこととしたものである(甲イ第四四三号証三四七・三四八ページ)。
イ ところで、高温ラプチャによる伝熱管の破損は、種々の因子が複合して生じる
ものであるが、伝熱・管の材料・形状が同じ場合には、水リーク率に依存するナト
リウム側の反応域の温度及び分布、伝熱管の内圧、並びに伝熱管内の水・蒸気の流
動による冷却効果等が高温ラプチャ発生の直接的要因として重要な因子である。
 高温ラプチャは、右各因子が複合して初めて生じ得るものであり、個々の因子
(試験条件)を取り上げて試験条件の保守性をいうことはできない。
 しかし、試験条件が厳しいものであった否かを、高温ラプチャによってターゲッ
ト管が破損するに至るまでの時間から比較検討すると、RUN―16及びRUN―
19において、ガス加圧管が高温ラプチャによって破損するに至るまでに要した最
小時間は、それぞれ約一二秒及び約一三秒とほぼ同一時間となった(乙イ第四四号
証八四ページ、同号証添付資料一のA―一―四ページ)。したがって、RUN―1
9は、RUN―16での高温ラプチャの発生を同様に再現したのであるから、RU
N―16に比して保守的でなかったということはできない。
ウ 初期水リーク率については、前述のとおり、RUN―19は一・八五キログラ
ム毎秒、RUN―16は二・二キログラム毎秒であったが、これは、RUN―16
の結果及びそれ以前に実施したRUN―15までの試験結果を総合的に検討した結
果、ガス加圧管等で観察された高温ラプチャは、水リーク率が二キログラム毎秒前
後の場合に発生するものと考えられたことから設定したものであって、単に、注水
率の多少の違いをもって試験条件として保守的でないということはできない。
エ 注水時間についても、RUN―19の三二秒に対し、RUN―16のそれは六
〇秒であったが、ナトリウム・水反応の反応熱によるナトリウム温度の上昇
やそれに伴う伝熱管内の温度及び応力の状態は、初期水漏えい開始後約一〇秒もあ
れば安定することから、カバーガス圧力計が水漏えいの検出に要する時間(約一〇
秒。乙イ第四四号証九一ページの図七・一・四)を考慮しても、水リーク率が二キ
ログラム毎秒前後の場合においては、注水開始から三〇秒程度水漏えいが継続すれ
ば高温ラプチャ発生の有無を確認する上で何ら支障となるものではない(なお、リ
ーク量は、水リーク率とリーク時間とによって定まるものであるが、リーク量それ
自体は、高温ラプチャの発生の要因には間接的にもなり得るものではない。)。
オ 以上のとおり、RUN―19の試験条件が保守的でないとする原告らの主張は
根拠のないものである。
(4) ドイツ・インターアトム社の伝熱管破損伝播試験について原告らは、ドイ
ツのインターアトム社の伝熱管破損伝播試験において、水流動のある伝熱管(流水
管)でも高温ラプチャが発生したことは、伝熱管内部の水・蒸気の流動による冷却
効果が失われない限り、高温ラプチャが発生することはないとする被告の主張を否
定するものである旨主張する。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、「もんじゅ」の蒸気発
生器伝熱管やRUN―16、RUN―19のターゲット管とインターアトム社の試
験装置のターゲット管の寸法との違い、及びウェステージ先行型の高温ラプチャと
典型的な高温ラプチャの違いを正解しないものであり、失当である。
ア 伝熱管の破損伝播現象は、伝熱管の機械的強度にかかわるものであり、伝熱管
の機械的強度は伝熱管の外径、肉厚、材料等に依存する。したがって、隣接伝熱管
が比較的長時間にわたってリークジェットを受けて伝熱管にウェステージ(損耗・
肉厚減少・減肉)が生じた場合には、右伝熱管の機械的強度自体が低下することか
ら、冷却効果があるときでも破裂(ラプチャ)に至る可能性はある。このようなウ
ェステージ先行型高温ラプチャは、一定時間の水漏えいが先行した上で破損に至る
ものであって、短時間に伝熱管の機械的強度が低下して破裂に至る典型的な高温ラ
プチャとは異なる。
イ 被告がSWATを用いて行った伝熱管破損伝播試験においても、水漏えい率を
毎秒一キログラム弱とした試験(RUN―13)でターゲット管が破損したが、こ
れは、リークジェットによるウェステージが一分前後続いた後、最終的に破裂に至
ったものであり、典型的
な高温ラプチャとは異なるウェステージ先行型の破損である(乙イ第四三号証六ペ
ージ、乙イ第四四号証八、九ページ)。このような現象の存在については、被告準
備書面(一五)の二六、二七ページで説明済みである。
ウ 「もんじゅ」蒸発器伝熱管やSWAT試験のターゲット管は、外径が三一・八
ミリメートルの太径管であるが、インターアトム社が試験に用いた三種類のターゲ
ット管の外径は、①二六・九ミリメートル、②一七・二ミリメートル及び③二五ミ
リメートルであり、いずれも細径管である(乙イ第六号証八―五―一〇ページ、甲
イ第四四三号証三一六、三四九ページ)。したがって、インターアトム社の右各タ
ーゲット管は、「もんじゅ」の蒸発器伝熱管やSWAT試験に比べて、伝熱管全体
がリークジェットに包まれ全面的に反応熱によって加熱されやすく、ウェステージ
先行型の高温ラプチャが発生しやすい条件下にあった(乙イ第四四号証九一ページ
の図七・一・三)。
 そして、インターアトム社が行った伝熱管破損伝播試験のうち、ターゲット管と
して、「もんじゅ」蒸発器と同様の材料が用いられ、かつ、流水管が用いられたテ
スト(VERSUCH)3、同4及び同7の三回の各試験のいずれにおいても、水
リーク率毎秒約六〇ないし一七五グラムで、約二〇ないし五〇秒程度にわたり水リ
ークが継続した後、流水管が破裂したとされるが(乙イ第八六号証三一七、三一二
八ページ)、この場合、当初の水リークによって伝熱管が相当程度減肉したと考え
られるから、このような条件下でウェステージ先行型の高温ラプチャが発生したと
しても、不合理ではない。
エ また、同じテスト7における伝熱管の破損についても、冷却効果のある流水管
はウェステージ先行型破損形態を示しているのに対し、冷却効果のないガス加圧管
は典型的な高温ラプチャ型破損をしたことが、その破損の形態から明らかである
(乙イ第八六号証の三二〇ページの写真によれば、後者は外形が膨出している上
に、ドアが開くように大きく開口しているのに対し、前者は外形が大きく膨れてい
ない。)。
オ 以上述べたことから明らかなとおり、インターアトム社の伝熱管破損伝播試験
において見られた流水管の破損は、ウェステージ先行型の破損であって、典型的な
高温ラプチャとは異なり、また、右試験において用いられたターゲット管の外径
は、「もんじゅ」蒸気発生器伝熱管のそれとは異なるもので
あるから、右試験結果から、「もんじゅ」蒸気発生器伝熱管において、高温ラプチ
ャ型破損が発生する蓋然性があるということはできない。
(5) 加圧水型軽水炉の事故想定について
 加圧水型軽水炉においては、蒸気発生器の事故を評価するに当たって、主蒸気止
め弁の開固着や主蒸気管破断の想定を重ね合わせている。これは、加圧水型軽水炉
では、蒸気発生器伝熱管を境界として、放射性物質を含む冷却系(一次冷却水)と
放射性物質を含まない水・蒸気系(二次冷却水)とが接していることから、環境へ
の放射性物質の影響を評価する目的で行われものである(甲イ第一一五証一六五な
いし一七〇ページ)。
 これに対し、「もんじゅ」の蒸気発生器では、伝熱管を境界として接する二次冷
却材ナトリウムと水・蒸気とは、いずれも放射性物質を含まないから、その位置づ
け自体が異なる。また、仮に前述のような想定を重ね合わせた場合、高速ブロー系
の効果が高まり、ナトリウム・水反応はより早期に終止することになるから、安全
性の評価をより厳しくする想定をしたことにはならない。
 原告らの前記主張は、以上の点を正解しないものであり、理由がない。
(二) PFR事故について
 原告らは、PFR事故の際に、高温ラプチャ型破損により隣接伝熱管が多数破損
したことから、「もんじゅ」においても右事故と同様に高温ラプチャ型破損により
伝熱管が多数破損する事故が発生する可能性があり、その場合には、被告が想定し
た設計基準リーク(前記1(三))を超える水漏えいが起こり、その影響で中間熱
交換器が破壊され、一次系の放射性物質が環境へ放出される旨主張し(原告ら準備
書面(三四)六二、六三ページ、同(三七)一四ページ)、甲イ第三八五号証二
五、二六ページにはこれに沿う記載がある。
 しかしながら、以下に述べるとおり、PFR事故はPFRの設備及び運転の特殊
性に起因した事故であって、「もんじゅ」において同様の事故が発生するおそれは
なく、原告らの右主張は失当である(詳細は、被告準備書面(一五)四一ないし五
九ページで述べた。)。
(1) 事故原因について
ア PFR事故では、まず、過熱器内の内筒の隙間から漏えい流が生じ、これによ
って周辺の伝熱管が振動して内筒と擦れ、フレッティング摩耗によって一三本の伝
熱管に減肉が生じた(甲イ第六一号証、甲イ第二一二号証六ページ)。そして、右
減肉と振動による疲労とによって一
本の伝熱管に亀裂が入って蒸気の漏えいが始まり(初期事象)、その影響によっ
て、やはり減肉・疲労していた他の伝熱管に破損が伝播し(二次破損)、事故が拡
大したものである(甲イ第二一二号証八、一〇ページ)。
イ しかしながら、右のような事故は、「もんじゅ」では起こり得ない。
 すなわち、PFR事故における初期事象の原因は、漏えい流を生じさせる内筒の
特別な構造(重ね合わせ構造)にあったが、「もんじゅ」蒸気発生器の内筒は、こ
れとは異なる溶接による一体構造であって(甲イ第六一号証、乙イ第四三号証一〇
ページ)、ナトリウムの漏えい流が生じることはない。また、PFRの内筒と異な
り、「もんじゅ」蒸気発生器の内筒はナトリウムの流路を形成するものではないた
め、運転時でもナトリウムは流動せず、仮に内筒に孔が開いたとしても、管束側に
洩れ出す力が働くこともないからである(乙イ第四三号証一〇ページ、乙イ第四四
号証八六ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書(一))五二丁表ないし五三丁
裏)。
(2) 事故拡大の原因について
ア PFR事故では、漏えいを早期に検知することができず、このことが事故の拡
大につながったとされるが、これは、事故当時、ナトリウム中水素計が自動トリッ
プ機能から取り外されており(甲イ第二一二号証三ページ)、さらに、事故を起こ
したループの水素計自体が、その一時間前に全数故障していた(甲イ第一二五号証
の一の一ページ)ことによる。
 「もんじゅ」では、ナトリウム中水素計を自動トリップ機能から取り外すことは
全くあり得ず、また、運転管理上も、水素濃度が監視できない状態で運転を継続す
ることはおよそあり得ない(乙イ第四四号証一九、八六ページ、乙イ第七九号証五
ページ)。
イ また、PFR事故においては、多数の伝熱管が高温ラプチャ型二次破損により
破損した。しかし、その原因は、PFRの過熱器に蒸気を短時間で排出する高速ブ
ロー系が設置されていなかったことにある。すなわち、PFRの過熱器には、ブロ
ー弁が作動を開始してから完全に開き終わるまでに約二三秒を要するような低速ブ
ロー系しか設置されておらず、当初の一五秒間はほとんど減圧しないことが確認さ
れているが、蒸気発生器の緊急停止によって蒸気の流動が停止してその冷却効果が
失われたにもかかわらず、低速ブロー系による減圧が速やかに開始されなかったこ
とから、多数の伝熱管が過熱して高温ラプ
チャ型二次破損が生じたものと考えられるのである(乙イ第四三号証九ページ、乙
イ第四四号証一九、二〇ページ、乙イ第四四号証(添付資料二のA―二―一ないし
五ページ(和訳))四、五ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書(一))五四丁表
ないし五五丁表)。
 「もんじゅ」の蒸気発生器については、前記(一)(1)で述べたとおり、各種
の試験等の結果、伝熱管内部の水・蒸気の流動による冷却効果が失われない限り高
温ラプチャ型破損は生じないことが確認されているが、蒸発器、過熱器のいずれに
も高速ブロー系が設置されており、高速ブロー系のブロー弁が水・蒸気系の隔離に
先立って開放されるように設定されていることから、水・蒸気のブロー操作時に伝
熱管内の水・蒸気の流動が完全に停止することはない(詳細は、準備書面(一五)
五三ページで述べた。乙イ第四三号証一〇、一一ページ、乙イ第四四号証八六ペー
ジ)。
 原告らは、PFR事故後に開催された一九八九年(平成元年)の日英専門家会議
の結果、英国専門家の発言によって、PFR過熱器には、高速ブロー系が最初から
設置されていたが、有効でないとの理由で取り外されていたことが判明したとし
て、被告が、高速ブロー系が設置されている「もんじゅ」においては、高温ラプチ
ャ型二次破損が生じるおそれはないとするのは誤りである旨主張する。しかしなが
ら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
 原告らは、右会議における、日本側専門家の「SH(過熱器)にFaSt(高
速)ダンプ系を設けていない理由は」との質問に対する英国専門家の「SHのFa
stダンプ弁は元々は設置されていたが、有効でないという理由で取り外した。こ
のため、SH2のリーク事故時(PFR事故時)にはSHにはFastダンプ弁は
設置されていなかった。SH2の事故後、再びFastダンプ弁を設置した。」と
の回答(甲イ第四四三号証二三ページ)をもって、PFRの過熱器には高速ブロー
系が当初設置されていたが有効ではないことから取り外されたとする。
 しかしながら、PFRにおいては、事故後の調査結果を踏まえて高速ブロー系の
重要性が認識され、英国専門家の右発言のとおり、再びこれが設置された。このこ
とからして、SHのFastダンプ弁は有効でない旨の右発言は、高温ラプチャに
対して高速ブロー系が有効ではないと結論付ける趣旨のものではない。
 また、英国専門家が、右
会議の席上、「破損孔からのリーク量が大きいので、効果は大きくはないかも知れ
ない」(同二三ページ)と回答した趣旨も、PFR事故においては多数の伝熱管が
破損したことから、多数の伝熱管が破損した後は破損孔からのリーク量が大きいた
め、減圧の効果は大きくはないかもしれない旨を述べた趣旨と解するのが合理的で
あり、特異な条件下にあったPFR事故時の状況を離れて、一般的に、高速ブロー
系の本来的な減圧機能や高温ラプチャの発生防止機能に占める効果が大きくないと
する趣旨と解することはできない。
 したがって、「もんじゅ」において、PFR事故と同様の高温ラプチャ型二次破
損が生じるおそれはない。
ウ なお、原告らは、PFR事故の際に、PFRの蒸気発生器の低速ブロー系は、
蒸気発生器が緊急停止した一一秒後に、過熱器伝熱管内の蒸気圧力を七気圧に低下
させており(甲イ第二一二号証五ページ)、「もんじゅ」の蒸気発生器の高速ブロ
ー系の能力と同程度であるとして、「もんじゅ」においても、高温ラプチャ型破損
が発生するおそれがある旨主張する(原告ら準備書面(三七)九ページ)。
 PFR事故における圧カスイッチの動作記録によれば、蒸気発生器が緊急停止し
た一〇秒後には、蒸気圧力が七気圧まで低下したとされる。しかし、前記イで述べ
たPFRの低速ブロー系の能力からすれば、右の減圧は、低速ブロー系が作動した
ことによるものではなく、むしろ低速ブロー系の作動が間に合わなかったことから
高温ラプチャ型破損に至り、その破損口から蒸気が過熱器のナトリウム側に漏出し
たことによるものと考えられる(乙イ第四四号二〇ページ、乙イ第四四号証(添付
資料二のA―二―一ないし五ページ(和訳))二ないし五ページ、甲イ第二一二号
証八ページ)。
 右の低速ブロー系の性能は、被告担当者の照会に対する英国AEAテクノロジー
社の書簡によって明らかになったものである(乙イ第四四号証の添付資料二のA―
二―二ないし五ページ)。被告の担当者が、同社に対して照会した理由は、従前公
にされたPFR事故関係の報告書には、事故当時のブロー系の作動状況等が明記さ
れてないばかりか、一九八八年(昭和六三年)の報告書には「トリップに続いて、
約一六〇キログラムの蒸気が過熱器のナトリウム系統に入りこんだ」(甲イ第一二
五号証の一の一ページ)とある一方、一九九二年(平成四年)の報告書には「自動
的な防護動作
は、わずか一〇秒の間で有効に完了した」(甲イ第二一二号証五ページ)とあり、
両報告書間において矛盾した記載がなされていたことに加え、一九八九年の前記専
門家会議においては、事故時の「破損孔からのリーク量が大きい」(甲イ第四四三
号証二三ページ)とされ、また、Slow dump(低速ブロー系)では「ブロ
ー開始までに三〇秒も要し、実質的には役立たなかった」(同六一ページ)ともさ
れていたことから、これらについて確認するため、「減圧の挙動について、二つの
異なった記述がありますが、どちらが正しいのでしょうか」と照会したものであ
る。
 右照会の結果、被告準備書面(一五)の五〇ないし五二ページで述べたとおり、
PFR過熱器の低速ブロー系は、トリップ発報後の最初の一五秒間はほとんどブロ
ーできない特性を有していることを確認した(乙イ第四四号証(添付資料二のA―
二―一ないし五ページ(和訳))四、五ページ)。
 右の特性によって伝熱管内の蒸気の流動が停止し、このため冷却効果を完全に喪
失するに至ったため、PFRにおいては高温ラプチャが発生し、伝熱管が多数破損
するに至ったことが明らかとなったものである。
 したがって、原告らの前記主張は、その前提自体を誤るものであり失当である。
(三) BN―三五〇の事故について
 原告らは、高速増殖炉の事故例として、一九七三年(昭和四八年)に、旧ソ連の
高速増殖原型炉BN―三五〇で発生した蒸気発生器事故を挙げている(訴状一〇
九、二九八ページ、原告ら準備書面二七の三四ページ)。
 右事故は、伝熱管下部の、キャップを用いた溶接方法によって溶接した部位の欠
陥により生じたものであるが(甲イ第五七号証)、「もんじゅ」においては、前記
1(一)(2)ウで述べたとおり、キャップを用いた溶接方法ではなく、伝熱管同
士を突き合わせて自動溶接するという構造信頼性や欠陥検出性に優れた施工方法
(突き合わせ溶接継手構造)により溶接を行った上、非破壊検査等の溶接検査の結
果、異常のないことを確認している。
 したがって、右事故と同様の事故が「もんじゅ」において生じるおそれはない。
(四) その他の「もんじゅ」施設に関する主張について
(1) 水素計について
 原告らは、①「もんじゅ」のナトリウム中水素計による検出には限界があり、ま
た、②水漏えいの検知はトリップ信号とされておらず、水漏えい信号を発するため
には運転員が操作
しなければならないから、右操作の遅れによって、重大な結果に至ることを未然に
防止できない旨主張し(原告ら準備書面(三四)六七ページ、同(三七)八、九ペ
ージ)、甲イ第三八五号証二五ページにはこれに沿う記載がある。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり失当である。
ア 「もんじゅ」のナトリウム中水素計は、毎秒約〇・〇一グラム程度の微小な漏
えいをも確実に検出し得るものであり、その性能については、被告の大洗工学セン
ターの五〇MW蒸気発生器試験施設等において、実際にナトリウム中に微量の水な
いし水素を注入する試験を行って確認した(甲イ第三〇二号証四五ないし四七ペー
ジ)。
イ 前記1(二)(2)で述べたとおり、微小な漏えいの場合には、運転員が、水
素計が発する警報に基づいて水漏えい信号を発するが(乙イ第四三号証一〇ペー
ジ)、これは、バツクグラウンドとしての水素の存在を考慮し、右信号が誤報でな
いことを確認するためである。証人P10は、「もんじゅ」の水素計は、他の健全
な伝熱管に破損が伝播する前に小規模や中規模の漏えいを検知することはできない
旨証言するが(P10調書(四)七六ないし七八ページ)、「もんじゅ」の水素計
は、前述のとおり微小漏えいをも検知することができるから、隣接伝熱管に破損が
伝播する前に、運転員は適切な措置を講じることができる(乙イ第四三号証一〇ペ
ージ)。
ウ さらに、漏えい規模が拡大して毎秒約〇・一グラムを超える小・中規模の水漏
えいとなった場合には、隣接伝熱管に破損が伝播するおそれが生じるので、水素計
三基のうち二基がナトリウム中水素濃度の顕著な上昇を検知した時点、さらには蒸
発器カバーガス圧力計や圧力開放板開放検出器が検知した時点で、運転員が操作す
るまでもなく、自動的に水漏えい信号が発せられ、蒸気発生器及び原子炉の各緊急
停止に至る(乙イ第四三号証一〇ページ)。
エ 具体的には、毎秒〇・一グラム未満の微小な漏えいの場合には、破損伝播が生
じることはなく(甲イ第三八三号証五六四ページ)、毎秒〇・一グラムないし一キ
ログラムの水漏えい率において破損伝播の可能性が生じ、この場合には、水素計に
より、最短約一分程度の検出時間を要するが(乙イ第八六号証(和訳)二二二ペー
ジ、甲イ第三八三号証五六四ページ)、さらに、毎秒一キログラム程度を超える漏
えい規模の場合には、水素計からの水漏えい信号より
も、カバーガス圧力計の信号や圧力開放板開放検出器の信号が早く発せられること
となる(一例として、毎秒一・五キログラムの漏えいの場合、水素計はやはり一分
程度の検出時間を要するが、圧力開放板開放検出器の信号は約四〇秒で、カバーガ
ス圧力計の信号にいたっては約一三秒で発せられることとなる。乙イ第四四号証二
六ページ、九一ページの図七・一・四)。
 このように、「もんじゅ」においては、各漏えい検出設備を組み合わせて用いて
いるところ、原告らは、同様の漏えい検出設備であるカバーガス圧力計や圧力開放
板開放検出器についてはこれを無視した上で水素計の検出所要時間のみを殊更取り
上げ、水素計の検出遅れによって蒸気発生器の緊急停止が遅れ、これによって伝熱
管の破損伝播が拡大し、高温ラプチャに至ると主張するものである。
オ 原告らの前記主張は、以上述べた「もんじゅ」のナトリウム中水素計の検知能
力や水漏えい信号と蒸気発生器の緊急停止等との関係等を正解しないものであり、
根拠がない。
 なお、原告らは、被告が、本件事故後に水素計が自動的に水漏えい信号を発する
ようシステムを変更した旨主張するが、右のシステムは「もんじゅ」の設置当初か
らのものである(乙イ第八六号証(和訳)二七九、二八三ページ)。原告らの右主
張は誤解に基づくものである。
(2) 伝熱管の探傷検査について
 原告らは、一九九一年(平成三年)七月に「もんじゅ」の蒸発器伝熱管内で、伝
熱管の傷の有無等を検査するために管内に挿入した探傷用プローブが引っ掛かかる
という事象が発生したことから、①右事象が発生した原因は伝熱管の溶接のたれ込
みであり、このような溶接のたれ込み部分では腐食、振動、応力集中によって伝熱
管が損傷するおそれがあり、また、②被告が右事象の対策として右プローブの保護
カバーを削ったことにより、右プローブの探傷性能が低下した旨主張し(原告ら準
備書面(三四)六〇、六一ページ、同(三七)二、三ページ)、証人P10はこれ
に沿う証言をする(P10調書(一)五三丁裏ないし五六丁表。)。
 しかしながら、右事象が発生した原因は、右プローブのケーブルを伝熱管内に挿
入した際にケーブルが伝熱管と接触し摩擦が増加したことによるものであるから、
原告らの右①の主張はそもそも前提を欠く。伝熱管の溶接については、前記1
(一)(2)ウで述べたとおり、構造信頼性等に優れた突き合わせ構造とし
た上、全自動の電気溶接機で施工しており、また、施工前には、あらかじめテスト
ピースによって右溶接方法が適切であることを確認し、さらに、施工に際しては、
溶接前の開先検査、溶接時の溶接電流の計測、溶接後の外観検査、及び非破壊検査
(X線透過検査)等によって、異常のないことを確認しており(甲イ第五五号証な
いし甲イ第五六号証、P9調書(七)一四丁表ないし一六丁表)、原告らが主張す
るようなたれ込みは存在しない。
 また、右事象の対策として右プローブの保護カバーを削ったところ、その後は何
ら支障なく挿入することができたが、右保護カバーはセンサではなく、探傷性能と
は無関係であるから(P9調書(七)一五丁表ないし一六丁裏)、原告らの前記②
の主張も理由がない。なお、伝熱管の探傷用プローブについては、亀裂等の種々の
欠陥を検知する能力を有することを、モックアップ試験によって確認した(甲イ第
二五号証二三〇ページ、甲イ第一一四号証)。
(3) ダウンカマーについて
 原告らは、一九九五年(平成七年)五月に「もんじゅ」の原子炉が自動停止した
ことについて、右事象は、「もんじゅ」の蒸気発生器のように、ダウンカマー部
(蒸気発生器内の流動しない静止ナトリウム中にある伝熱管の下降管)を有する蒸
気発生器特有の流動不安定現象により発生したものである旨主張し(原告ら準備書
面(三七)一ページ)、甲イ第一九〇号証八ページにはこれに沿う記載がある。
 しかしながら、右事象は、水・蒸気系の流量等の制御回路の制御定数の設定が適
切でなかったことによるものであって、「もんじゅ」の蒸気発生器にダウンカマー
部が存在することによるものではない。なお、右制御定数については、再設定の
上、安定に制御し得ることを確認した(甲イ第二二三号証3/4、4/4ページ、
乙イ第四七号証三・四・四―四ページ、乙イ第四八号証三・四・四―三ページ、乙
イ第五一号証一〇八ページ)。
(五) 安全総点検の結果について
 原告らは、「もんじゅ」安全総点検の結果として、被告が、蒸気発生器伝熱管の
構造健全性評価手法等の検証を行うとしたことは、「もんじゅ」において高温ラプ
チャ型破損のおそれがあるとの原告らの主張を裏づけるものである旨主張する(原
告ら準備書面(四二)八ページ)。
 しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、安全総点検の結果等を
正解するものではなく失当である。
(1)
 安全総点検の結果報告書には、蒸発器のブロー動作中に安全裕度が少なくなる場
合があり、構造健全性評価手法を整備する必要等がある旨記載されている(乙イ第
四七号証三・四・五―二、六ページ、乙イ第四四号証添付資料一のA―一―一、
二、六ページ)。
 この点については、被告準備書面(一五)の二八ないし四一ページで詳述したと
ころであるが、安全総点検における右の指摘は、「もんじゅ」の蒸発器伝熱管の材
料であるクロム・モリブデン鋼について、高温ラプチャ型破損の評価に必要な急速
破損時の強度データが不足していたため、いわば簡易な手法として、比較的緩慢な
ひずみ速度による引張試験で得られた強度データを補正して解析を行った結果、安
全裕度が少ない場合があるとされたことから、右クロム・モリブデン鋼の急速破損
時の強度データを取得し、計算コード等の信頼性を確認した上で、再度評価を行う
必要がある旨等を述べたものであって、「もんじゅ」の蒸気発生器において、高温
ラプチャ型破損が生じるおそれがあるとするものではない(乙イ第四三号証一三、
一五ページ、乙イ第四四号証一ページ、同添付資料一のA―一―一、二ページ、乙
イ第四七号証三・四・五―六ページ)。
(2) 被告は、安全総点検における右指摘を踏まえ、クロム・モリブデン鋼伝熱
管について種々の強度データを採取し、構造健全性評価手法の改定や高温強度基準
値の策定、さらに解析コードの検証等を行った
 そして、これらの最新の知見に基づいて、「もんじゅ」施設について再評価をし
た結果、過熱器及び蒸発器の両者について、すべての運転条件において高温ラプチ
ャ型破損が発生する条件とはならないことを確認した(乙イ第四三号証一九、二〇
ページ、乙イ第四四号証二二ないし二八、三〇ページ)。
(3) 原告らの前記主張は、右の点を正解しないものであり、失当である。
3 まとめ
 以上のとおり、「もんじゅ」において、蒸気発生器伝熱管破損事故によって、炉
心溶融等の大事故が生じるおそれはない。原告らの主張は、「もんじゅ」の構造や
事故防止対策を正解しないものであって、全く理由がない。
三 HCDAについて
 原告らは、「もんじゅ」において、炉心が大規模な損傷に至る仮想的炉心崩壊事
故(Hypothetical Core Disruptive Accide
nt.以下「HCDA」という。)が現実に発生する可能性があり、右事故を「技
術的には起こるとは考えられない」事象に位置づけることは誤りである旨主張す
る。また、HCDAが発生した場合、被告が設置許可申請書に記載した以上のエネ
ルギーが発生し、原子炉容器等も破壊される大事故に至る可能性があるとも主張し
(訴状三三二ないし三四四ページ、三五七、三五八ページ、原告ら準備書面(三
八)一、三三ないし三七ページ)、甲イ第三八五号証一五ないし二五ページにはこ
れに沿う記載がある。
 しかしながら、「もんじゅ」において、HCDAが発生する蓋然性はない。被告
は、HCDAについても評価を行ったが、これは、放射性物質の放散抑制機能に対
する施設の余裕を確認するために行ったものであって、HCDAが「技術的には起
こるとは考えられない」非現実的仮想的事象であることに変わりはなく、右の確認
をしたからといって原告らの生命・身体に対して何らかの侵害を及ぼす蓋然性があ
ることにはなり得ない。したがって、本件差止請求に関してHCDAを論じる意味
は乏しいが、以下では、念のために、HCDAに係る評価の概要について述べ、こ
のような非現実的仮想的事象を仮定しても、原子炉容器等が破壊されるような大き
なエネルギーが生じるおそれはなく、放射性物質の放散は適切に抑制されることを
明らかにする(詳細は、被告準備書面(一三)で述べた。)。
1 「技術的には起こるとは考えられない事象」の評価とHCDA
(一) 評価の位置づけ
(1) 被告は、「もんじゅ」について、前記第四で述べたとおり、十分な事故防
止対策を講じた上で、念には念を入れるとの立場から、右事故防止対策に係る安全
保護設備等及び工学的安全施設等の設計の妥当性を総合的に確認するため、「運転
時の異常な過渡変化」及び「事故」を想定した解析(安全評価)を行い(乙イ第六
号証一〇―二―一ないし一〇―三―一四〇ページ、乙イ第七号証六五二、六五三ペ
ージ)、その結果「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」に対しても、「もんじ
ゅ」の炉心は重大な損傷に至らないことを確認した(乙第九号証一四八、二〇六、
二〇七ページ、乙第一四号証の三の一六、一七ページ、乙イ第六号証一〇―一―
二、三ページ、乙イ第七号証六五四ページ、乙ホ第二号証の一(P8調書(一))
一七丁表)。
 右のとおり、被告は適切に事故防止対策を講じ、その妥当性も確認している以
上、これを超える事象の発生は本来考えられない。しかしながら、被
告は、本件原子炉施設に係る安全審査の段階で、非現実的でかつ炉心の大きな損傷
に至る可能性のある事象(事故より更に発生頻度が低く、重大な結果が予想される
事象。「技術的には起こるとは考えられない事象」又は「(5)項事象」と呼ばれ
る。)を想定してもなお、「もんじゅ」には放射性物質の放散を適切に抑制するだ
けの安全余裕があることを確認した。これは、高速増殖炉が実用化に向けて研究開
発段階にあり、その運転実績が僅少であることにかんがみ、念には念を入れるとの
立場から、右のような施設の安全余裕を確認することが、有意義と考えられたこと
による(乙イ第七号証六五五ページ、P4調書(一)八、九ページ)。
(2) 後記(三)で述べるとおり、炉心の崩壊を仮定するHCDAは、「技術的
には起こるとは考えられない事象」の一部に位置づけられるが、右に述べたことか
らすれば、被告が評価の対象とした事象のうち、「運転時の異常な過渡変化」及び
「事故」が、いずれも原子炉施設の安全設計とその評価に当たって考慮すべき設計
基準事象(乙イ第七号証一〇九ページ)に位置づけられるのと異なり、HCDAを
含む「技術的には起こるとは考えられない事象」は、そもそも発生蓋然性のあるも
のとして位置づけられているものではなく、設計基準外事象に位置づけられる。す
なわち、後述するとおり、一次冷却材流量減少時又は制御棒異常引抜時の各反応度
抑制機能喪失等の想定自体が、設計の考え方によれば、もともと技術的には起こる
とは考えられない事象を想定するものだからである。原告らは、「もんじゅ」にお
いてHCDAが発生するかのように主張するが、その主張には何らの具体的根拠も
伴っていない。
 ところで、原告らは、被告が、HCDAを設計基準事象から除外する
ことで、より保守的・安全側の厳しい評価を行っていない旨主張する(原告ら準備
書面(三八)一四、二九、三五、三六ページ)。しかし、一例として、右で述べた
一次冷却材流量減少と反応度抑制機能喪失とを同時に想定するということは、後記
2で詳述するとおり、「もんじゅ」の安全機能上最も重要な機器・系統が同時に多
数故障するといった合理的な見地からはあり得ない状況を仮定することにほかなら
ない。起こるとは考えられないような事象に対しても放射性物質の放散が適切に抑
制されることを確認するという、ここでの評価の意義に照らすと、この場合には、
その後の
事象経過を忠実に再現することこそがむしろ重要なのであって、右の仮定に加え、
さらに安全機能上重要な機器の故障等を無条件で重ね合わせることは、施設の安全
裕度を確認するという本来の評価意義を失わせるものである(乙イ第三二号証四ペ
ージ、P4調書(一)一一ないし一六ページ)。原告らの主張は、HCDA評価の
意義を正解しないものであって失当である(なお、後述するとおり、被告は、HC
DAを評価するに当たって、パラメータ等については、事象の不確かさの範囲内で
最も保守的なものを考慮している。)。
 なお、HCDAを設計基準事象とすべきではないとの認識は、高速増殖炉の開発
経験を持つ主要各国(ドイツ、フランス、米国、英国)の間において、近年共通な
ものとなっている。一例として、ドイツの原子炉安全委員会(GRS)が一九八七
年(昭和六二年)にBethe‐Tait事故(べーテ・テイト事故。HCDAと
同義。)について開催した会議において、フランス、米国及び英国の各国の専門家
は、SNR―三〇〇で議論された型のべーテ・テイト事故を設計基準事象として扱
うべきではないとし(乙イ第一五号証(和訳)六五ページ、乙イ第八五号証(和
訳)四ページ)、また、ドイツの原子炉安全委員会も右事故を設計基準事象として
扱うべきではないとした(乙イ第八五号証(和訳)二ページ)。
(二) 事象の想定及び評価
(1) 被告は、「もんじゅ」について、「技術的には起こるとは考えられない事
象」の解析評価を行うに当たり、海外における高速増殖炉の安全評価の実績等をも
参考にしつつ、事故防止に係る重要な安全機能の喪失等をあえて仮定し、炉心の大
きな損傷に至る可能性のある代表的な事象として、①炉心の燃料集合体内におい
て、燃料要素の過剰な加熱又は冷却材流路の閉塞を仮想する「局所的燃料破損事
象」(乙イ第六号証一〇―四―六ないし九ページ)、②原子炉出力運転時におい
て、一次主冷却系・配管の破断を仮想する「一次主冷却系配管大口径破損事象」
(乙イ第六号証一〇―四―一〇ないし一七ページ)、③原子炉出力運転時におい
て、外部電源喪失による一次冷却材流量減少時又は制御棒の連続引抜きによる異常
な反応度投入時に、原子炉の緊急停止機能が喪失することを更に重ね合わせて仮想
する「反応度抑制機能喪失事象」(乙イ第六号証一〇―四―一八ないし二四ペー
ジ)を想定した。
 なお、原告らは、前記②の「
一次主冷却系配管大口径破損事象」についても、原子炉の緊急停止機能の喪失をも
更に重ね合わせるべきである旨主張する(原告ら準備書面(三八)三〇ページ)。
 しかし、前記第四の二2(一)で述べたとおり、一次主冷却系配管の破損そのも
のが極めて起こりにくく、さらにその大口径破断を仮想すること自体が非現実的で
あるから、これに加えて原子炉の緊急停止機能の喪失をも更に重ね合わせて仮想す
ることは、前述した「技術的には起こるとは考えられない事象」の事象評価の目的
を逸脱することになる(これは、前記①の「局所的燃料破損事象」についても同様
である。)。
(2) 前記各事象について解析評価した結果、前記①及び②の事象については、
いずれも、原子炉は自動停止し、炉心は大きな損傷を受けることなく事象が終止す
ることを確認した(乙イ第六号証一〇―四―九、一七ページ)。
 他方、前記③のうちの一次冷却材流量減少時反応度抑制機能喪失事象について、
設置許可申請当時の評価では、炉心のほぼ全体が損傷し、機械的(力学的)エネル
ギーが発生すると評価されたが、原子炉容器及び一次主冷却系の機器・配管が破損
に至ることはなく、また、崩壊熱の除去能力も確保されることを確認した(乙イ第
六号証一〇―四―二〇、二一ページ)。また、前記③のうち、制御棒異常引抜時反
応度抑制機能喪失事象では、炉心の一部が損傷するにとどまり、機械的エネルギー
の発生はなく、炉心の冷却も確保されることを確認した(乙イ第六号証一〇―四―
二四ページ)。
 以上のとおり、「もんじゅ」においては、「技術的には起こるとは考えられない
事象」をあえて想定した場合であっても、放射性物質の放散は適切に抑制されるこ
とを確認した(乙第九号証二二六ページ、乙第一四号証の三の一七、一八ページ、
乙イ第六号証一〇―四―九、一七、二一、二四ページ)。
(三) HCDAとして検討する対象
 「技術的には起こるとは考えられない事象」は、いずれも炉心の大きな損傷に至
る可能性のある事象として施設の安全余裕を確認するために、あえて想定されたも
のであるが、右(二)(2)の評価結果によれば、その発生を仮定した場合に大き
な炉心損傷が生じる可能性があるのは、前記(二)(1)で述べた想定事象のう
ち、③の反応度抑制機能喪失事象に限られる。このため、「技術的には起こるとは
考えられない事象」のうち、HCDAの問題となるのは、右の
場合であるということができる。
 他方、原告らも、その準備書面(三八)の五ページにおいて、HCDAの例とし
て、流量喪失時緊急停止失敗事故(Unprotected Loss Of F
low 以下「ULUF事象」という。)及び過出力時緊急停止失敗事故(Unp
rotected Transient Over Power 以下「UTOP
事象」という。)を挙げる。反応度抑制機能喪失事象のうち、一次冷却材流量減少
時反応度抑制機能喪失事象はULOF事象に、制御棒異常引抜時反応度抑制機能喪
失事象はUTOP事象にそれぞれ位置づけられる。
 「もんじゅ」においては、ULOF事象及びUTOP事象が発生する蓋然性自体
がそもそもなく、あえてその発生を仮定した場合でも放射性物質の放散は適切に抑
制される。しかし、原告らは、HCDAにより原子炉容器及び原子炉格納容器が破
壊され、プルトニウム等が大気中に放出される旨主張するので(訴状三四三ペー
ジ、原告ら準備書面(三八)一ページ)、念のため、次項以下において、右主張が
失当であり、被告の評価(前記(二)(2))に誤りのないことを明らかにする。
2 HCDA発生の蓋然性
(一) SULOF事象
 「もんじゅ」においてULOF事象の発生を仮定するためには、①一次冷却材流
量の減少の発生と②制御棒挿入の失敗(反応度抑制機能の喪失)とが同時に発生す
ることが必要である。
 しかし、「もんじゅ」においては、以下に述べるとおり、右①の事象の原因とな
るすべての事象について、その発生を防止する十分な防止対策を講じている。ま
た、右①の事象が発生した場合においても、反応度抑制機能は十分高い信頼性が確
保されているため、多重性、独立性を有する反応度抑制機能のすべてが不作動とな
るということは非現実的であり、ULOF事象が発生することはあり得ない(詳細
は、被告準備書面(一三)一〇ないし二六ページで述べた。)。
(1) 冷却材流量減少
 一次冷却材の流量減少を生じさせる可能性のある事象として、①電源喪失、②一
次主冷却系循環ポンプの故障及び③一次主冷却系配管からのナトリウム漏えいにつ
いて、それぞれの発生の蓋然性について個々に述べる。
ア 電源喪失
 「もんじゅ」の電源設備は、外部電源系及び非常用所内電源系から構成されてい
る。右各系統は多重化を図り、また、電源供給のシステムとして十分な信頼性を確
保している。このた
め、二系統(二回線)ある外部電源のうち、一回線からの受電が喪失したとして
も、他方の回線からの受電によって、一次冷却系等を通常どおり運転することが可
能である。送電系統の実績から見ても、二系統の送電線に同時に・故障が起こり、
外部電源が完全に喪失する可能性は低い。仮にすべての外部電源が喪失したとして
も、三系統の非常用所内電源系が設置されているので、短時間といえども、安全機
能を確保するために必要な電源が喪失することはない(乙イ第六号証八―一〇―一
ないし一〇、一〇―二―一八ページ)。
 また、一次主冷却系循環ポンプ自体の構造として、万一、主モータの駆動電源が
喪失した場合であっても、冷却材流量が急激に減少することのないようポンプの回
転慣性が設定されていることに加え、非常用電源で駆動されるポニーモータがこれ
を引き継ぎ、一定の炉心流量を確保する(乙イ第六号証八―四―六、七ページ)。
 以上のとおり、「もんじゅ」においては、電源の喪失自体が起こりにくいことに
加え、仮に外部電源がすべて失われたと仮定しても、一次冷却材の流量が一挙に減
少することはない。
イ 一次主冷却系循環ポンプの故障
 一次主冷却系循環ポンプは、材料選定、設計、製作、据付け、試験及び検査等が
諸規格、基準に適合するものであるとともに、品質管理も十分に行われており、原
子炉の安全確保上重要な機器として高い信頼性が確保されている。また、一次主冷
却系循環ポンプ及びモータに仮に故障が発生した場合には、異常を検出し、警報に
より運転員の注意を喚起する。異常が更に継続した場合には、軸固着に至る前にポ
ンプが自動停止する。したがって、ポンプが軸固着によって停止する可能性は極め
て低い(乙イ第六号証八―四―二、三、一〇、一二、一〇―三―一五ページ)。
 また、一次主冷却系は、独立した三つのループから構成されているので、三系統
の各一次主冷却系循環ポンプに軸固着等の故障が同時に発生することは考えられな
い。したがって、ポンプの故障によって一次冷却材の流量が一挙に失われる可能性
は極めて低い。
ウ 一次主冷却系配管の破損
 原子炉冷却材バウンダリを構成する一次主冷却系配管について、十分な健全性が
確保されていることについては、前記第四の二2(一)で述べたとおりであるが、
なおふえんすると、「もんじゅ」の一次主冷却系配管については、①材料選定、設
計、製作等が適切に行われてい
ることに加え、①高温強度及びナトリウムとの共存性が良好なステンレス鋼を使用
し、十分な擁性を備えていること、②熱応力の発生に十分配慮していること、③設
計地震力に十分耐えるようにしていること、④一次冷却材の純度管理により腐食防
止を図っていること、⑤内部の冷却材流速は適切であり、過大な流体力による侵食
のおそれがないことから、一次主冷却系配管が破損する可能性は極めて低い(乙イ
第六号証八―四―二ないし四、八―四―一〇ないし一二、一〇―四―一〇ないし一
三ページ)。
 また、「もんじゅ」においては、冷却材として用いるナトリウムの特性から、冷
却系の配管内の圧力は、軽水炉に比べ極めて低圧(最大八気圧程度)であるといっ
た特徴があることから、仮に配管に破損が生じたとしても、急速な伝播型破断を生
じるおそれはなく、初期の漏えいの段階で、事象を安全に終止させることができる
(乙イ第六号証八―四―九、八―九―一五ページ)。
 さらに、前記第四の四4で述べたとおり、軽水炉とは異なり、「もんじゅ」にお
いては、一次主冷却系の配管・機器で冷却材漏えいがあった場合でも、冷却材が減
圧沸騰するおそれはなく、一次主冷却系の配管・機器を高所に配置し、低所の配
管・機器をガードベッセル内に設置するなどの対策が講じられていることから、冷
却材が一挙に失われることはなく、炉心の冷却は確保される(乙イ第六号証八―三
―五六、八―四―三、四、八、一〇―四―一〇ないし一二ページ)。
工 以上のとおり、「もんじゅ」は、ULOF事象の起因事象である、一次冷却材
の流量減少自体が想定し難い施設である。
(2) 反応度抑制機能の喪失
ア 「もんじゅ」において、仮に外部電源喪失その他の理由により一次冷却材の流
量が減少した場合には、「常用母線電圧低」、「一次主冷却系循環ポンプ回転数
低」、「二次主冷却系ポンプ回転数低」、「一次主冷却系流量低」、「二次主冷却
系流量低」、「原子炉容器出口ナトリウム温度高」といった多様な原子炉トリップ
信号が発せられる(乙イ第六号証八―九―四二、一〇―二―一二、一八、一九ペー
ジ)。これらの原子炉トリップ信号が発せられた場合であるにもかかわらず、原子
炉が緊急停止しないとするためには、①原子炉トリップ信号を発する安全保護系が
すべて正常に作動しないか、又は②原子炉トリップ信号が発せられたにもかかわら
ず炉心に制御棒を挿入する原子炉停止系がす
べて正常に作動しない事態を想定しなければならない。
イ しかしながら、前記第四の三1(一)及び2(一)(1)で述べたように、
「もんじゅ」の安全保護系については、異常状態の発生時に、中性子束、一次主冷
却系流量、原子炉容器ナトリウム液位等の異常を早期に検出し、安全保護設備を自
動的にかつ確実に作動させることができるよう、十分な対策を講じている。
ウ また、前記第四の三2(一)(1)で述べたように、「もんじゅ」の原子炉停
止系は、主炉停止系、後備炉停止系のいずれかが作動すれば原子炉を臨界未満にす
ることができるといった多重性と独立性を兼有する極めて信頼性の高い系統であっ
て、電源喪失時には自動的に制御棒が挿入されるフェイルセーフ設計が採用され、
十分な耐震設計も施されていることから、原子炉の緊急停止が必要な時に、主炉停
止系、後備炉停止系のいずれも作動せず、原子炉を停止することができないという
事態を想定することはできない。
エ 以上のとおり、原告らが主張する、「地震などによって停電が起こり、制御棒
挿入装置が一度に故障し、停止機構が働かないことも起こりうる」(原告ら準備書
面(三八)四、五ページ)との想定は、何らの具体的根拠もないまま被告の事故防
止対策を無視しようとするものであり、失当というほかない。
(3) ULOF事象発生の蓋然性
 前記(1)及び(2)から明らかなとおり、「もんじゅ」においては、一次冷却
材の流量が減少すること自体が起こりにくいことに加え、反応度抑制機能が喪失す
ることはそもそも考えられず、両者の間に機構上の関連性も存在しないから(P1
0調書(五)三六、三七ページ)、両者が何時に発生することを前提とするULO
Fの事象が発生する蓋然性はないというべきである。
(二) UTOP事象
(1) 制御棒の引抜き
 UTOP事象は、制御棒が連続的に引き抜かれることにより炉心に異常な反応度
が投入された場合に、さらに原子炉の緊急停止が働かないことを仮定するものであ
るが、原告らは、これを、「制御棒がモータの故障などで異常に引き抜かれた時に
緊急停止に失敗した事故」(原告ら準備書面(三八)五ページ)と定義する。
 「もんじゅ」は、前記一1(二)(3)で述べたとおり、引抜速度を制限する回
路や、複数の制御棒を同時に引き抜くこと、あるいは制御棒を連続的に引き抜くこ
とを阻止するインタロックが設けられなど、正の反応度の
異常な投入に対する十分な防止対策を講じていることから(乙イ第六号証八―三―
一六ないし一八、八―九―一八、一九、一〇―二―二、六ページ)、原告らが主張
するような形で、制御棒が「モータの故障など」によって連続的に引き抜かれ、炉
心に異常な反応度が投入されるということは、そもそも考え難い。
(2) 反応度抑制機能の喪失
 UTOP事象の発生を仮定するためには、右に述べた反応度の異常な投入事象を
あえて仮定した上に、さらに制御棒が挿入されないという反応度抑制機能の喪失を
重ねて仮定しなければならない。
 しかしながら、ULOF事象の場合と同様、仮に反応度の異常な投入が発生した
場合にも、未臨界状態からでは、「線源領域中性子束高」、「広域中性子束高(低
設定)」、「出力領域中性子束高(低設定)」などの原子炉トリップ信号が、出力
運転中であれば、「出力領域中性子束高(高設定)」、「広域中性子束高(高設
定)」、「一次主冷却系循環ポンプ回転数低」、「二次主冷却系循環ポンプ回転数
低」などによる原子炉トリップ信号がそれぞれ発せられる(乙イ第六号証八―九―
四二、一〇―二―二、六ページ)。
 したがって、反応度抑制機能の喪失を重ねて仮定するためには、安全保護系及び
原子炉停止系の少なくとも一方がすべて全く作動しない事態を想定しなければなら
ないが、そのような事態の発生が非現実的であることは、前記(一)(2)で述べ
たとおりである。
(3) UTOP事象発生の蓋然性
 前述したことから明らかなとおり、「もんじゅ」においては、異常な反応度の投
入は考え難く、また反応度抑制機能の喪失が生じることはそもそも考えられず、こ
れらが同時に発生することを前提とするUTOPの事象が発生する蓋然性はないと
いうべきである。
(三) その他の理由による炉心崩壊事故の蓋然性
(1) 原告らは、「もんじゅ」においては、①炉心が最大反応度の構成でなく、
炉心の変形等によって正の反応度が投入されること、②ボイド反応度が炉心中央部
で正となること、③炉心の発熱密度が高いこと、④即発中性子寿命が短く遅発中性
子割合が小さいこと等が原因となって、正の反応度が投入され、出力暴走、炉心溶
融、炉心崩壊に至り、放射性物質が放出される、すなわちHCDAが発生するおそ
れがある旨主張する(原告ら準備書面四の二九、三〇ページ、同一五の四二ないし
四六、四九ないし五五、六〇ないし六三ペー
ジ)。
 しかしながら、右の各点は、以下に述べるとおり、いずれも「もんじゅ」におい
てHCDAが発生するおそれがあるとの根拠になるものではない。
(2) まず、①について、炉心、具体的には燃料集合体の変形による反応度投入
を防止し得るよう十分な対策が講じられていることについては、前記一1(二)
(2)で述べたとおりである。
 また、②のボイド反応度の問題によって、反応度事故に至るおそれのないこと
も、前記一1(四)で詳述したとおりである。
 ③の炉心の発熱密度に関し、炉心に冷却材が安定して供給され、発熱量に応じた
流量が確保されるよう設計上の対策が採られていることは前記第四の二1(三)で
述べたとおりであって、発熱密度の問題から事故に至るおそれはない。
 そして、④の即発中性子寿命及び遅発中性子割合の問題が、「もんじゅ」を安定
して運転する障害とはならないことは、前記一1(一)(2)で述べとおりであ
る。
(3) したがって、原告らが指摘する前記各点は、何らHCDA発生の根拠とな
るものではない。
 そして、万一何らかの原因によって正の反応度が異常に投入された場合であって
も、炉心の大規模な損傷に至るはるか以前の段階で、出力や温度の異常な上昇等を
検知して、原子炉は確実に緊急停止されるから、およそHCDAに至ることはない
というべきである。原告らの主張は、被告が講じた異常状態発生防止策及び異常状
態拡大防止策が存在しないか、全く機能しないことを前提としなければ成り立ち得
ないものであって、何らの根拠にも基づかないことは明らかである。
3 HCDAに関する技術知見と評価の妥当性
(一) 設置許可申請時の評価
 被告は、高速増殖炉の工学的特性と安全性にかかわる技術的知見を、これまでの
研究開発等によって幅広く蓄積してきた。特に、HCDAにかかわる研究として、
被告は、海外研究機関との共同研究を通じて、米国のTREAT、フランスのCA
BRI等の炉内安全性試験施設を用いた過渡実験による物理現象の把握とその確
認、また、右実験結果等に基づく安全評価手法(解析コード)の開発・検証等を着
実に実施している(乙イ第三二号証四ページ、乙イ第三三号証三八、三九ページ、
乙イ第三四号証一九、二〇、二八ページ)。
 「もんじゅ」の設置許可申請当時においても、被告が、HCDA評価に関して当
時までに蓄積した技術的知見は、「もんじゅ」においてHCDA事象
を想定した場合の原子炉施設の応答挙動を適切に把握するのに十分なレベルにあっ
た。被告は、これに基づいて行ったHCDA評価により、前記1(二)(2)で述
べたとおり、「もんじゅ」の放射性物質放散抑制機能に対する安全裕度を確認した
(乙イ第三二号証四、一四ないし二三、二九ページ)。
 また、右のHCDA評価に当たり適用した評価手法、及び評価に当たって用いた
解析条件並びに根拠となった実験的知見等は、当時、海外各国で行われていたHC
DAの最新の評価を十分に反映したものであって(乙イ第一六号証の一の一―二ペ
ージ、乙イ第三二号証四、七、八ページ)、当時のHCDA評価に関する技術的知
見が不足していたり、評価の信頼性が乏しいということはない。
 さらに、被告は、右のHCDA評価に当たり、そこに含まれる物理現象の不確か
さについては、事象の経過と物理現象との因果関係に対する科学的考察及び実験事
実に基づく適切な判断を基礎に、物理的に合理的な範囲内で保守的となるよう慎重
に考慮した上で、機械的エネルギーの発生等を評価した。したがって、「もんじ
ゅ」設置許可申請時のHCDA評価において、解析結果の保守性は適切に確保され
ていた(乙イ第三二号証四、二〇、二一、二三ページ、P4調書(一)一五、八
七、八八ページ)。
(二) その後の知見の拡大
 「もんじゅ」設置許可後も、被告及び海外の研究機関によりHCDA評価に関す
る研究は着実にかつ継続的に実施されており、HCDA評価において考慮すべき物
理現象の不確かさの幅が、研究開発の進展による解析技術の進歩や知見の拡充に伴
って狭められてきたことから、より物理的に合理的な解析が可能となった。
 すなわち、「もんじゅ」設置許可申請時には、過熱に伴う燃料の軸方向の膨張挙
動及び燃料破損後の分散挙動が、負の反応度効果をもたらすことが予測されたもの
の、精度の高い実験データが十分ではなかったことから、これを考慮しないという
過度に保守的な評価を行った。しかし、その後のCABRI炉内安全性試験等によ
って、右の各現象は、いずれもエネルギーの発生を低減、緩和する方向に有効かつ
確実に働くことが系統的に確認された(乙イ第三三号証四三、四四、四九ペー
ジ)。
(三) 新たな知見に基づく「もんじゅ」のHCDA評価
(1) 被告は、その研究開発の一環として、「もんじゅ」設置許可後も、その後
の知見と技術成果を反映し、「
もんじゅ」のHCDA評価を行っている(乙イ第一八号証一ページ、乙イ第三二号
証二三ページ)。右の評価においては、最も代表的なHCDA事象であるULOF
事象を対象とし、技術的知見の向上に伴う評価手法の改善と併せて、評価にかかわ
る物理現象等の不確かさの低減を図った。
(2) ULOF事象について、向上した技術的知見に基づく評価の結果、これに
よって発生する最大の機械的エネルギー(炉心で発生する熱エネルギーが理想的に
機械的エネルギーに変換されると仮定し、燃料蒸気の一気圧までの等エントロピー
膨張による仕事量に換算した最大有効仕事量)は、「もんじゅ」設置許可申請書記
載値の三八〇メガジュール(MJ)から一一〇メガジュールに低減されることが示
された(乙イ第六号証一〇―四―二〇ページ、乙イ第一八号証六九、八一ページ、
乙イ第三二号証二七、二八ページ、P4調書(一)七五ページ)。
 また、右評価結果は、機械的エネルギーを評価する際に等エントロピー膨張とい
う保守的想定を前提とするものであるが、詳細に物理現象を取り扱った解析を行
い、原子炉容器等に作用する機械的エネルギーを炉心上部のナトリウムスラグの運
動エネルギーから求めた場合、より現実的な評価値としては一六メガジュールとな
るとの結果が得られ、機械的エネルギーとしては無視できる程度であることが示さ
れた(乙イ第一八号証七二、七三、八〇、八一ページ、乙イ第三二号証二八ペー
ジ、P4調書(一)七六ないし七八ページ)。
(3) 新たな知見に基づく右評価の結果は、「もんじゅ」設置許可申請時の評価
が十分に保守的、合理的であったことを示すものであり、その後もこれを覆すよう
な知見は得られていない(乙イ第三二号証二三ページ、P4調書(一)八八ペー
ジ)。また、「もんじゅ」施設は、HCDAに対して十分な安全裕度を有してお
り、放射性物質の放散が適切に抑制されることが、より確かなものとして確認され
たということもできる(P4調書(一)七八、八八、八九ページ)。
(四) 原告らの主張について
 原告らは、「もんじゅ」設置許可申請時のHCDA評価(ULOF事象の解析)
について、パラメータの設定や解析モデル等が考え得る最悪の事態を十分考慮した
ものとはなっていない旨主張し(原告ら準備書面(三八)三三ないし三六ペー
ジ)、甲イ第三八五号証二三ページにはこれに沿う記載がある。
 しかしながら、原告ら
の主張は、以下に述べるとおり失当である。
(1) 評価の保守性について
ア 原告らの主張は、被告が行った解析として、甲イ第三〇八号証六ページに最大
有効仕事量が九九二メガジュールである旨の記載があることを根拠に、「もんじ
ゅ」において設置許可申請書に記載された三八〇メガジュールを超えるエネルギー
が発生する可能性はあるとするもののようである。
 しかし、右の値は、計算コードの合理性等を確認するために物理的に合理的と考
えられる範囲を超えるパラメータを設定して解析した結果を示したのに過ぎず、H
CDAの評価上、意味を持つものではない。右の記載が、「もんじゅ」において、
九九二メガジュールの機械的エネルギーが現実に発生する可能性があることを示す
ものでないことは明らかである(この点については、被告準備書面(一三)五五な
いし五九ページで詳述した。)。
イ また、原告らは、炉心崩壊事故は解明されておらず、解析は、パラメータの操
作によるコンピュータのシミュレーションに依存しているから、パラメータを変え
れば結果はいくらでも変わり、被告の評価が最大である保証はないとも主張する
(原告ら準備書面(三八)三四ないし三六ページ)。
 しかし、前記(一)で述べたとおり、「もんじゅ」設置許可申請書記載の機械的
エネルギー(炉心損傷後の最大有効仕事量約三八〇メガジュール)を評価するに当
たって、被告は、国外の試験施設によって得られた知見等も踏まえ、当時における
最新の技術的知見に基づき、不確かさの幅を考慮し、物理的に合理的と考えられる
範囲内で最も保守的に評価したものであって、その後の試験データの蓄積や物理現
象の解明等を踏まえた評価の結果、さらにエネルギーは低減されることを確認した
ものである。原告らの主張は根拠がない。
(2) ドンデラーらの解析について
 原告らは、ドイツの高速増殖炉SNR三〇〇のエネルギー放出量についてのブレ
ーメン大学のR・ドンデラー(Richard Donderer)らが計算をし
た結果、約八〇〇メガジュール(七〇立方メートルまで等エントロピー膨張すると
して求められた値であり、一気圧までの換算では二〇一二メガジュールとなる。甲
イ第三九九号証二五ページ)との結果が得られたとし、このことをもって、「もん
じゅ」におけるHCDAの評価が保守的ではないことの理由とする(甲イ第三八五
号証一九ページ、P10調書(四)五三な
いし五七ページ、P10調書(五)一ないし七ページ)
 しかし、右の値は、誤った計算手法が用いられていることに加えて、その結果、
創り出された物理的に説明のできない非現実的な現象を何ら修正することなく放置
し、このため、発生エネルギーを過大に計算したものであり、右計算結果は、およ
そ技術的信頼性に欠けるものというほかない(乙イ第一九号証の一(和訳)五七、
五八、六四ないし六五ページ、P4調書(一)七八ないし八六ページ)。
(3) ベーテ・テイト・モデルについて
 原告らは、ベーテ・テイト・モデルについて、爆発エネルギーの上限を求めるも
のであるとし、あたかも右モデルが保守的なHCDAの評価手法であるかのごとく
主張する(原告ら準備書面(三八)六、七ページ)。
 しかし、同モデルは、HCDAにかかわる物理現象や事象推移が十分に解明され
ていなかった一九五〇年代にベーテ(Bethe)及びテイト(Tait)によっ
て提唱された極めて簡易かつ保守的なエネルギー評価モデルである。前述したよう
に、その後の研究の進展によって、HCDAの事象推移をはるかに現実的に評価し
得る解析技術が確立されているのであるから、現在、同モデルを適用すべき科学的
根拠、合理性はない。なお、このことは、右モデルの提唱者であるベーテ自身が認
めている(乙イ第一五号証(和訳)五一ページ)。
4 まとめ
 以上のとおり、「もんじゅ」においてHCDAの発生する蓋然性はない。
 また、あえてHCDAの発生を仮定した場合であっても、放射性物質の放散は適
切に抑制される。したがって、HCDAの発生により原告らの生命・身体が侵害さ
れるおそれがあるとする原告らの主張は理由がない。
四 その他のプラントにおける異常事象について
 原告らは、以上述べた反応度事故、蒸気発生器事故及びHCDAのほか、その他
のプラントを含む異常事象についても主張する。その中には、原告らの生命・身体
に対する侵害との関係が明らかでないものもあるが、以下、念のため、原告らの指
摘する幾つかの点について、「もんじゅ」における対策を述べる。
1 スーパーフェニックスのナトリウム漏えい事故について
 原告らは、一九八七年(昭和六二年)三月に発生したフランスの高速増殖炉スー
パーフェニックスの炉外燃料貯蔵槽からのナトリウム漏えい事故は、高速増殖炉が
未熟な技術を寄せ集めた危険な原子炉であることを示すものであり、スーパーフェ
ニックスと同様の構造である「もんじゅ」の炉外燃料貯蔵槽においてもナトリウム
漏えいが起こるおそれがある旨主張する(原告ら準備書面九の一一、一二ペー
ジ)。
 しかし、右事故は炉外燃料貯蔵槽の溶接が適切にされていなかったところ、水を
張った試験後の不十分な水抜きにより溶接部位にさびが生じ、さらにさびとナトリ
ウムとが反応して生成された水素が材料(炭素鋼)中に浸透して残留応力の下で割
れが生じ、ついには炉外燃料貯蔵槽を貫通するに至ったため発生したものである
(甲イ第六二号証、P9調書(七)三八丁表ないし三九丁裏)。
 一方、「もんじゅ」の炉外燃料貯蔵槽は、スーパーフェニックスのそれとは異な
り、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製であるとともに、溶接施工や
溶接検査に際しては、技能認定を受けた溶接技師が信頼性の高い施工方法に基づき
溶接し、検査をした結果、溶接部位には何ら異常がないことを確認している。さら
に、炉外燃料貯蔵槽の耐圧漏えい試験では、水を使用しない方法を採用することに
よって錆の発生を防止している(乙イ第六号証八―八―四三ページ、P9調書
(七)三九丁裏、四〇丁表)。
2 フェニックスのナトリウム漏えい事故について
 原告らは、一九七六年(昭和五一年)七月及び一〇月に発生したフランスの高速
増殖炉フェニックスの中間熱交換器からのナトリウム漏えい事故を挙げ、あたか
も、「もんじゅ」においても右事故と同様のナトリウム漏えい事故が起こるかのご
とく主張する(訴状一〇二、一〇三ページ)。
 しかし、フェニックスの右事故の原因はいずれもその固有の構造に起因した異常
な熱膨張差にある(甲イ第五二号証、乙イ第七六号証六九ページ)。「もんじゅ」
では、中間熱交換器には熱膨張を吸収するベローズを要所に設け、所定の検査によ
って、異常のないことを確認している(乙イ第七六号証六九、七〇ページ)。
3 サリー二号炉の配管破断事故について
 原告らは、一九八六年(昭和六一年)一二月に発生した米国の加圧水型軽水炉サ
リー二号炉の配管破断事故を挙げ、「もんじゅ」の一次系は、ナトリウムによる腐
食や質量移行で構造材が侵食され、また、原子炉出力の変動によってナトリウム温
度が大きく変化して構造材に大きな熱衝撃を与えるため、一次主冷却系配管が破断
する可能性が大きく、破断した場合には、気体の炉心への混入や、炉心の冷却不足
によるボイ
ドの発生によって出力暴走に至る危険がある旨主張し(原告ら準備書面二六の第二
の一、三)、甲イ第二〇九号証三、四ページにはこれに沿う記載があり、同旨の証
言もある(P10調書(二)三九丁表ないし四〇丁表)。
 しかし、右事故の原因は、サリー二号炉においては、給水配管の引回しに問題が
あったため、冷却材である水の流れが急変して高速乱流や二相流が発生した結果、
エロージョン/コロージョンと呼ばれる現象(侵食と腐食とが重畳する現象)によ
る配管内面の減肉が進んだことにある(乙イ第七七号証五六―一二ページ)。
 一方、「もんじゅ」の一次主冷却系配管においては、冷却材の流速が急激に変化
することがないように適切な配管引回しや配管口径の設計を行っているとともに、
腐食抑制のため冷却材であるナトリウムの純度を適切に管理しているので、エロー
ジョン/コロージョンの発生は抑制される上に、配管肉厚は腐食量に対し十分な余
裕を見込んで設計されている。また、右配管に損傷を与えるような熱的過渡変化を
抑制するため、定格出カ運転時にはナトリウム温度を一定に制御するとともに、緊
急停止時には原子炉出力の低下に見合うナトリウム流量の減少となるようにしてお
り、さらに、右配管は内圧が低く、靱性(粘り強さ)や延性に富んだステンレス鋼
を使用しているので、万一、右配管に亀裂が生じたとしても、右亀裂が急速に進展
することはなく、ナトリウム漏えいの初期の段階で検出されて所要の措置が採られ
るから、右配管が破断に至ることはない(乙イ第二号証一〇、一三、一四、二五ペ
ージ、乙イ第六号証八―一―七〇、八―四―三ページ、乙ホ第二号証の一(P8調
書(一))八四丁表ないし八五丁裏)。
4 「もんじゅ」二次主冷却系配管の熱変位について
 原告らは、平成三年六月に「もんじゅ」において発生した、二次主冷却系配管が
設計で想定している方向とは逆の方向に熱変位した事象の原因は、配管の引回しと
応力解析に問題があることによるものであり、溶接部に欠陥があったり、予熱ヒー
タが誤作動すれば、右配管が破断する危険がある旨主張し(原告ら準備書面三一の
五、八ないし一〇ページ)、証人P10はこれに沿う証言をする(P10調書
(二)二三丁表ないし二四丁表)。
 しかし、右熱変位の原因は、右配管の原子炉格納容器貫通部に設けている二層式
のベローズの剛性が大きかったことにあり、右事象発生後、右ベローズ
を単層式のものに交換の上、右配管等の健全性には何ら問題がないことを確認した
(乙イ第四七号証三・四・四―四ページ、乙イ第四八号証三・四・四―一ページ、
P9調書(一)一七丁表ないし一八丁表)。また、右配管の溶接部については、非
破壊検査等の所定の検査によって、異常のないことを確認するとともに、予熱ヒー
タについても、短絡等が生じれば電源系から自動的に切り離す保護装置を設けてい
る(乙イ第二六号証三・四・三―八ページ)から、右配管が破断に至るおそれはな
い。
5 福原第二発電所三号炉における金属片の侵入について
 原告らは、一九八九年(昭和六四年)一月、東京電力株式会社の福原第二発電所
三号炉において、原子炉再循環ポンプ水中軸受けリングが溶接部から脱落する事故
が発生し、原子炉内へ金属片が侵入したことを挙げ、右事故と同様の事故が「もん
じゅ」で起きた場合には、燃料集合体の流路を閉塞し、冷却材の沸騰や炉心溶融を
引き起こし、出力暴走事故に至る危険性が高い旨主張する(原告ら準備書面二二の
第六の二、同二六の第三の一、五)。
 しかし、福原第二発電所三号炉で右脱落が生じた直接の原因は、溶接部の溶け込
み不足にあり、このため右溶接部に過大な応力集中が生じる状態になっていたとこ
ろに、右ポンプの回転に伴う共振による繰返し応力で疲労破断して脱落したもので
ある(乙イ第七八号証五六―一五ページ)。
 一方、「もんじゅ」では、溶接部に溶け込み不良等の異常のないことを溶接検査
により確認している(乙イ第四八号証三・四・三―七ページ)。また、第四の二1
(三)(2)で述べたように燃料集合体の流路が閉塞しないように対策を講じてい
るから、原告らが主張するような危険はない。
五 まとめ
 以上のとおり、反応度事故、蒸気発生器伝熱管破損事故、及びHCDAに関する
原告らの主張はすべて理由がない。また、被告は、原告らの指摘に係るプラントの
事故・事象と同種の事故が「もんじゅ」において起こることのないよう、その設計
や品質管理を十分に行っている。いずれにしても、原告らが指摘するような点によ
って、「もんじゅ」が、原告らの生命・身体に何らかの侵害を及ぼすことは考えら
れない。
第七 結語
 被告は、最終準備書面において、これまでのすべての審理の結果を踏まえ、「も
んじゅ」は、放射性物質の潜在的危険が顕在化することのないよう、異常状態の発
生を防止し、またその拡大
を防止し、さらに放射性物質を異常に放出することを防止するための対策を幾重に
も講じていること、したがって、最新の科学的知見からみて、「もんじゅ」の運転
によって周辺住民の生命・身体に侵害が及ぶおそれのないことを具体的に証拠を挙
げて詳述し、右対策等が効果がないとする原告らの主張は、すべて理由がないこと
を逐一明らかにした。
 「もんじゅ」は、平成七年一二月の本件事故後、運転を停止しているが、本件事
故自体、原告らの生命・身体に何らの危険を及ぼしたものでないことはもとより、
これが「もんじゅ」の安全性を本質的に左右するものではなく、本件事故を契機と
した安全総点検においても、「もんじゅ」の安全性が確保されていることが再確認
された。そして、右総点検において摘出された改善策を実施することにより、「も
んじゅ」は、一層安全性の高い施設として運転に供されるのである。被告は、最終
準備書面において、右の点についても述べた。
 本件訴訟は、今後行われるべき「もんじゅ」の建設・運転の差止めを求めるもの
であるが、冒頭で述べたとおり、本件の予防的妨害排除請求が認められるために
は、「もんじゅ」の建設・運転により原告らの生命・身体が侵害されることについ
て、侵害が現存するのに匹敵する具体的危険の存在が主張・立証されなければなら
ない。
 しかしながら、詳述したとおり、原告らの主張は、それ自体が差止請求の根拠と
なり得ないものであるか、具体的根拠ないしは証拠あるいは合理的理由に基づかな
い危険を抽象的に述べるかであって、結局、その主張のみをみても、「もんじゅ」
が建設・運転されると何故に原告らの生命・身体が侵害されるのかが何ら具体的に
明らかにされていない。したがって、本件差止請求は理由のないことが明らかであ
るから、速やかに棄却されるべきである。

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