弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 申請人が被申請人(目黒高等学校)の教諭である地位をかりに定める。
二 被申請人は申請人に対し、昭和四〇年四月一日から月額金三万三、八五〇円を
本案判決確定までかりに支払え。
三 申請人のその余の申請を却下する。
四 申請費用は、被申請人の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求める裁判
一 申請人
(一) 申請人が被申請人(目黒高等学校)の教諭である地位をかりに定める。
(二) 被申請人は、申請人に対し、金六二九万〇九九円および昭和四六年一一月
一日から月額金八万二、二五〇円をかりに支払え。
(三) 申請費用は、被申請人の負担とする。
二 被申請人
(一) 本件仮処分申請を却下する。
(二) 申請費用は、申請人の負担とする。
第二 申請の理由
一 申請人は、昭和三五年四月被申請人と雇用契約を締結し教諭として勤務をはじ
めた。
二 被申請人は申請人に対し、昭和四〇年三月三一日解雇したと称し、申請人の被
申請人(以下単に目黒高校ともいう。)教諭としての地位を争つている。
三(一) 申請人は、昭和四〇年三月当時被申請人より月額金三万三、八五〇円の
給与をうけていたが、同年四月以後継続して勤務したとすれば、別表(一)のとお
りの給与をうけるはずであつた。
 目黒高校では、教職員の賃金は、毎年講師および校長常任理事、事務長等管理職
を除く全教職員で組織されている目黒高校教職員組合と被申請人との間の交渉によ
つて決定され、その決定内容に基づいて支給されてきた。右別表(一)は、右のよ
うにして申請人の解雇以後労働協約として決められ、申請人と同じ年令、勤続年数
の者に対し支給されてきた給与額を示すもので、申請人が昭和四〇年四月以後も通
常の勤務成績で勤務したとすれば、非組合員であるとしても労働組合法第一七条の
適用により支給されるはずであつた給与額を示すものである。申請人は前記解雇さ
れるまで右にいう通常の勤務成績以上の成績で勤務していたし、また、在職中は右
のようにして定められる基準にしたがつて給与を支給されていた。
(二) また、申請人は、被申請人より昭和四〇年度から同四六年度(一〇月ま
で)の待遇改善費および入試手当を別表(二)のとおりうけるはずであつた。
1 待遇改善費は、勤務している教職員全員について、一定の基準にしたがつて東
京都に申請し、交付されていたもので、申請人が勤務していれば、他の教職員と同
様の基準で申請され、交付をうけたであろう額が別表(2)の上段に示されてい
る。
2 目黒高校では、全教員が入学試験事務に関与し、入試手当をうけることになつ
ている。申請人も解雇以前右手当をうけており、本件解雇がなければ当然入学試験
事務を行い、別表(2)下段のとおりの手当をうけるはずであつた。
(三) 申請人は、昭和四六年一一月一日以降月額金八万二、二五〇円の給与をう
けるはずである。
四 申請人は、本件解雇によりまつたく収入の道をとざされ生活の困窮は著しい。
したがつて、本案判決を待つては回復し難い損害をうけるので、第一の一記載のと
おりの裁判を求める。
第三 申請の理由に対する被申請人の認否
一 申請の理由一および二は認める。
二(一) 同三(一)のうち、申請人の給与月額が、昭和四〇年三月当時は金三万
三、八五〇円であつたこと、専任教職員の給与は、目黒高校教職員組合加入の教職
員については、団体交渉によつて決定され支給されてきたこと、別表(一)の給与
表が右のようにして決定されたものであること、右決定額は通常の勤務成績で勤務
したなら申請人にも準用されたであろうことは認める。右組合が申請人主張のよう
な構成員で組織されていること、申請人が通常の勤務成績以上の成績で勤務したこ
とは否認する。その余は争う。
 非組合員にとつて、別表(一)の給与表は一般基準であり申請人は組合から除名
されているが、申請人の勤務成績では、右のとおり適用されない。減額されるのが
通常である。
(二) 同三(二)(三)は全部争う。
 別表(二)のうち、待遇改善費は、被申請人が各人別に都に申請し、都が審査の
うえ、被申請人に交付するもので当然申請人分は申請されず、したがつて、交付さ
れていない。又入試手当は、現実に入試事務(第一次入試事務)に携つたものに支
給されるものである。
三 同四は争う。
第四 被申請人の抗弁
一 解雇の意思表示
 被申請人は申請人に対し、昭和四〇年三月三一日解雇予告手当および退職金を提
供し、解雇の意思表示をした。
二 解雇理由
(一) 職場秩序の破壊
1 無断外出
 およそひとつの組織体に属する者が、勤務時間中その職場には、緊急時のほか、
上長の許可を得べきであるが、目黒高校においても、勤務時間中の外出には校長
(被申請人理事aが兼ねる。)または事務長もしくは教育主任に届出てその許可を
得ることになつているが申請人には、昭和三六年度から無断外出がみられたので、
当時の教務主任がその都度注意を与えた。しかし、申請人の無断外出は改まるとこ
ろがなかつたので、被申請人の校長は、職員会議において、たびたび無断外出をし
ないようおよび外出の際は校長または事務長もしくは校務主任の許可を得るよう示
達した。しかし、昭和三九年度に至つても、申請人の無断外出は改まることなく、
むしろその頻度を増した。そこで、校長は、数回にわたり申請人に対し右事実を指
摘しその禁止と訓戒をした。しかし、その後も被申請人において確認した範囲でも
短期間に四度も無断外出がある。
2 虚偽理由による欠勤・早退
 申請人は、昭和三九年三月一三日伯父の葬儀に参列することを理由に欠勤し、さ
らに、同年四月一〇日姉の病気見舞を理由に早退したが、右各理由は、いずれも虚
偽である。目黒高校における教師の勤務は、年間時間割表にしたがつて授業時間が
決定され、その他の勤務は校務分掌によつて決定されている。教師の正当な理由あ
る欠勤・早退でも校務に影響を与えるものであつて、虚偽理由による欠勤・早退
は、意識的に校務の正常な運営を妨害するもので、教師としては許し難い非行であ
る。さらに、右のような申請人の態度は、社会における教師一般の信用を毀損する
一方、目黒高校の体面をも汚すものである。
3 定例会に理由なく欠席
 目黒高校は、週一回全校生徒専任の全教員が参加して行なわれる定例会が存し、
これは一週間のうち主要な校務であるが、右会礼には病気もしくは緊急要務以外の
全員が出席することが従来の伝統であつた。ところが、申請人は、昭和三九年一一
月一二日理由なく欠席し、私用のため外来者と対談していた。右事実は、申請人の
意識的な学校行事軽視の態度のあらわれであつて、看過できない。
4 校長の諮問拒否
 目黒高校の職員会議は、事実上決議機関としての権限をもつている程重要な校務
組織である。そこでは、徹底して少数意見が聴取尊重され、少数意見者は、その理
由を説明することが慣例となつている。ところが、申請人は、昭和三九年七月一日
職員会議において、校長の諮問を拒否した。当日の職員会議の議題の一つは「三年
機械科生徒を対象とする就職試験準備のための講習および補習について」であつ
た。校長は、学年始め、P・T・A等に対し、その実施を約束しており、また過去
毎年これを行つてその成果があがつているので、継続したい旨提案しており、大方
の賛成を得たが、申請人とb教諭が反対した。b教諭は、校長の諮問に対し、その
理由を説明したが、申請人は反抗的態度で、「答えたくありません。」とその諮問
を拒否した。右の事実は、業務命令違反に該当するのみならず、職員会議全体への
侮辱である。
5 報告書未提出
 被申請人の校長は、申請人が校務出張中に同人の担当するクラスの生徒の出席率
が著しく悪かつたので、同人に対し、二回にわたり欠席生徒の欠席届をとりまと
め、実情を調査し、報告書を提出するよう命じたが、申請人は約半年を経ても報告
書を提出せず放置していた。
6 無断で他校から資料を借りうけ、また、無断で生徒を出張させたこと
(1) 目黒高校では、他校から出品物を借用するときは事故の際、学校が法律的
責任を免れない関係上、被申請人の許可を得ることになつていた。ところが、目黒
高校が、昭和三九年一一月二一・二二日の両日梧林祭(いわゆる文化祭)を催した
際、申請人は右許可を得ずに同人が指導担当者である考古学同好会の出品物とし
て、静岡大学から資料を借りうけ、右梧林祭に展示した。
(2) 目黒高校では、授業時間中、生徒を校外へ出張させるときは、校長ならび
に教務主任および担当教師の了解を得なければならない。それが校外の場合はさら
に職員会議の許可を得るほか、保護者の同意を得ることになつている。保護者の同
意は、校長および担当教師より事前に日時・場所を明示して得るべきものである。
しかも、生徒のみ単独で他県へ出張させることはなく、監督の教師が付添つていく
のが当然である。ところが、申請人は、同月二五日、一年の生徒二名を校長・教務
主任ならびに職員会議および生徒の保護者の許可を得ることなく、右借用資料返還
のため静岡へ出張させ、右生徒らのうくべき授業を放棄させた。右事実を同年一二
月に至つて知つた校長は、事情を調査し、申請人に対し、厳重な注意を与えたが、
申請人は校長の注意や説明は理解できぬと放言し、学校の職場秩序に対する挑戦的
な言辞を弄している。
7 許可なしに生徒の父兄から寄附を勧誘
 目黒高校においては、クラス誌を発行するときは事前に職員会議あるいは校長の
承認を得、費用についてもその許可を得ることになつていた。とくに、教師が直接
父兄に対し、寄附金を求めることは教育上の弊害が考えられるので、かりに費用の
不足が生じても、担当教師が全くの独断でこれを行うことは考えられない。申請人
は、右の当然の社会常識をも無視して、独善的にも昭和四〇年二月ころクラス誌を
発行することにし、その費用を被申請人の許可なく生徒から集め、さらにその不足
分を自家営業の生徒の父兄から広告料の名目で集めた寄附金で賄うことにして、こ
れを生徒から集金し、無断で右文集発行を行つたのである。しかも、右の点につ
き、校長が注意を与えたところ、申請人は「愉快でない注意をおつしやる。」と反
撥的態度を示した。申請人のかかる態度は、教師として要求される謙虚に自己の行
為を反省する資質に欠けるものといわざるを得ない。なお、その後被申請人は、結
局、右クラス誌の発行を承認したが、その理由は、申請人の行為をすべて宥恕した
ものではなく、編集、執筆に努力した生徒の熱心な態度に対する教育的影響および
印刷業者との関係ならびにすでに寄附金の集金がすんでいることにより拠金者に対
する社会的責任を考慮したからであつて、申請人の右不始末を事後承認したもので
はない。
(二) 申請人の教育内容の独善性
 目黒高校における教育方針は、中正不偏であり、また、教科指導は中立妥当に行
うべきことを平素力説していた。ところが、申請人は、一方の政治的、思想的勢力
に加担する授業を終始行つた。すなわち、
1 被申請人は、申請人を採用するにあたつて、申請人に対し、個人的思想は全く
自由であるが、本校の教育方針は、政治的にも、思想的にも中正不偏である。生徒
指導にあたつては、教員としての良識をもつて、特に、政治的、思想的に偏つた教
育をしないよう充分注意してほしい旨訓示した。
2 ところが、採用後一年を経た昭和三六年三月開催の人事委員会(教諭五名で構
成)において、申請人の左翼的教育倫理と実践が話題となり、校長は申請人に対
し、注意を喚起するよう決議がなされた。そこで、校長は、同年六月ころ申請人に
対し、右委員会の決議の要旨を伝え、さらに、教育指導についての中正不偏を説
き、採用時の訓示をくりかえした。
3 しかし、その後に至つても、申請人の教育指導については、教職員、生徒およ
び卒業生、保護者からの批判が多く、申請人採用にあたつて主動的であつた校長は
困惑かつ心痛し、毎年一回ないし二回、申請人に対し、前記注意をくり返してい
た。
4 そして、被申請人は、申請人の教科指導の偏向性を客観的に確認すべく、当
初、申請人に対し、教科指導計画書を提出させ、それを詳細に検討したが、授業内
容の細部にわたる記載がないため、その偏向性について明白とならなかつた。
 そこで、被申請人の校長は、その内容を正確に把握する方法として、いろいろな
方法を検討したが、そのなかで、授業参観の方法は実効性に乏しく、また、個々の
生徒からノートを借りたり、あるいは彼らの意見を聞くことは不確実であり、教育
的影響を考えると絶対に採りえない方法で、いずれもとりやめた。そして、結局、
もつとも科学的で、正確であり、また生徒への影響のまつたくないテープ録音によ
り、申請人の教科指導を長時間聴取し、それによつて申請人の偏向性の有無を判断
しようと決意した。
 被申請人としては、当該教師の同意を得なくても授業内容をテープ録音し得るも
のと考えていたが、申請人に対し不意打を与えないため、事前に同意を得た。すな
わち、昭和三八年一〇月ないし一一月ころ、被申請人の校長は申請人に対し、前記
の注意を与えた際、「あなたの授業内容を生徒や父兄に聞いても、あるいはテープ
録音しても差しつかえないか。偏向でないことに完全に自信をもてますか。」と問
うたが、申請人は、これに対し、「録音されても自信がある。」と答えているので
ある。
5 そこで、被申請人は、昭和三九年九月から申請人のすべての授業を録音した。
右録音によつて明瞭になつたことは、申請人の授業は終始政治的、思想的に一方に
偏したものであり、このことは高校教育の指導理念である「一方に偏しない健全な
批判精神の育成、円満な社会人としての常識涵養」に反するものである。
6 右録音によつて明らかになつた具体的授業の日時と内容はつぎのとおりであ
る。
(1) 昭和三九年九月四日「日米安保条約」。申請人は「日米安保条約は憲法違
反である。これは破棄すべきである。」と述べた。およそ高校教師が、法律上の問
題で学説が分れているような場合、生徒に対して教育指導を行うときは、まず最高
裁判所が右問題についていかなる見解を示したか、その論拠はなにかを示し、反対
説ないし異説の根拠を述べるのが客観的な正しい態度というべきである。それを一
教師が、なんらの説明を加えることなく、断定的に結論を示し、その破棄をとなえ
ることは、明らかに偏向教育である。
(2) 同月一一日「資本主義経済の生成と発展」
 この授業では、資本主義の生成、発展を歴史的に把握させ、資本主義経済の量的
発展と質的変化を学習し、経済生活の変化による経済思想の変化等現代の経済のし
くみを理解させるうえで重要なところで極力力をそそぐべきところである。ところ
が、申請人は、教科書を読むだけでこの重要な項目について必要な説明を加えてい
ない。そのうえ、たまたま加えた説明は間違いだらけである。その例はつぎのとお
りである。A農業の発展により工業が起つた。B封建時代は個人のもうけたものは
自分のもうけになる。Cブルジヨアジーは発展段階で強力な国家にバツクアツプさ
れた。D産業資本は、産業革命が行なわれてから出てきた。E囲い込みは農民がい
らなくなつたので、追いはらつて……失業者が大量に発生……F一五世紀やその前
の絶対政治が生まれるところのヨーロツパの……
(3) 同月一二日「学校は賃金労働者をつくる」
 本項は、「産業革命と機械制工業の普及」についての授業である。本項では、詳
細に産業革命を説明したうえ、機械制工業の普及に言及し、ついで賃金労働者の発
生についての授業を行うべきところである。ところが、申請人は、教科書を棒読み
しているだけであり、ときどき教科書の説明として加えた注釈は、本項とは関連の
薄い賃金労働者の養成の説明であつて、そのなかで、「学校は賃金労働者を作つて
資本主義に奉仕しているだけ……」と述べている。また、産業革命のとらえ方も間
違つている。
 又教科書によるとまず歴史的発達段階としての資本主義経済の特徴、進歩性を封
建的なものとの対比のなかで確認し、その長所短所および資本主義の発展により諸
矛盾の発生並びにその修正を説明しているのに、これらの点については、申請人は
ふれていない。その上、資本主義の功績として把握されている自由と平等の理念を
申請人は資本主義と社会主義の対立のなかから発生したかの如き、独自の見解を披
瀝するなどその他極く些細な勉強で補える誤りが数ケ所あり、生徒に一方的見解を
押しつけている。
(4) 同月一九日「資本主義と社会主義の説明」
 この日の授業は、資本主義と社会主義の説明であつた。教科書によると、まず、
資本主義経済について、その発生から説明し、その発展過程、その長所、短所、修
正資本主義への移行、つづいて社会主義経済について説明し、その長所、短所にふ
れていて、いずれも客観的に両主義の長所、短所に言及し、その優劣についての結
論は述べられていない。これは後期中等教育として行なわれる高校社会科として
は、当然のことである。ところが、申請人は、資本主義の項は教科書を読むだけで
なんの説明も行なわず、社会主義の説明に多くの時間をさき、社会主義の観点から
資本主義を攻撃している。そのうえ、修正資本主義を支持するといつた生徒に対
し、憤然とした態度で、「われわれ社会主義経済家から言わせれば、こんなもの
(修正資本主義をさす)は、もう過去の遺物で認めることはできないんだ」と述べ
ているしまた、「米、英、日の例をみてもうまくいつているようだが、実質はそう
ではない。」と説明している。申請人の右授業は、客観性をもつた授業をなすべき
であるにかかわらず、一方的に社会主義経済の優秀性のみ強調し、資本主義を否定
するまつたくの主観的、独断的な授業を行つたものといえる。
(5) 同年一〇月一三日「家計、企業、資本について」
 本項は、資本主義自体の中での経済構造について授業を行うべきところである。
申請人は、所得分配の見地から生徒に質問をしていて、本項でなにを学習すべきか
理解していないし、また、本項と無関係な労働の搾取まで持ち出している。
(6) 同月一六日「資本主義下における経済体制」
 本項は、資本主義下における体制についての授業であるから、資本について、ま
ず、充分に説明すべきである。ところが、申請人は、最初にこの時間は資本主義に
おける経済体制の説明であることを注意しておきながら、徐々に社会主義的、共産
主義的態度に巧妙にすりかえて、社会主義経済の観点から資本主義自体を否定する
議論を展開している。そして、授業のなかで、「利潤は労働の搾取から生れる。利
潤が資本より発生する過程は、GーWーGでGよりG′が大きいということで、こ
れはまつたく非常識だ。目黒高校だつて万々才だ。」と述べている。本項につい
て、教科書は資本の循環について説明しているのに、申請人は、経済的価値と価額
の概念を混同した授業を行つて生徒を混乱させ、自らも収拾のつかない事態に陥入
つている。
(7) 同月一七日「中国核実験、フルシチヨフの解任、労働の搾取」
 この授業で、申請人は、「今日、ヨーロツパの全盛は終りつつあり、つぎはアジ
アが世界の中心となるだろう。日本は隣りの大国中国と結んでアジアのヘゲモニー
を確立すべきだ。」と述べた。これは、大東亜共栄圏の思想に通じるもので、結論
の出し方が偏つている。
(8) 同月三〇日「労働の価値」
 本項では、全授業にわたつて結論が一方的である。申請人は、「労働が価値以下
にあがなわれるから利潤がでる。」といつているが、教科書は利潤の発生事由を他
にいくつかあげて説明している。
(9) 同年一一月六日「企業の競争」
 本項は、教科書では、資本家は資本の回転、生産費の節約、賃金の切下げ、設
備・技術の改善によつて利潤の拡大をはかると記載している。ところが、申請人
は、利潤は労働者から労働を実際の価値より安く買うことから生じると説明し、こ
の見解はマルクス経済学と近代経済学とで一致しているとすら述べている。また、
自由競争の中で説明すべき平均利潤率を独占資本の形成後のことと誤つた説明をし
ている。
(10) 同月一三日「価格の形成、資本の蓄積」
 本項は価格の形成、資本の蓄積について説明すべき授業であるのに、申請人は、
独占価格や個人預金を説明したり、国家的な規模として拡大再生産を記載している
のに利潤追求の点をとりあげ、命題をピンボケさせている。
(11) 同月一七日「商品取引、株式」
 本項は資本主義社会における重要な役割を占める部分なので、相当な説明を加う
べきであるのに、申請人の授業はみるべき説明がない。そのうえ、簡単に加えた説
明がところどころ間違つており、生徒に誤つた印象を与えている。
(12) 昭和四〇年一月九日「農協」
 本項でも、申請人は、農協の実体を正確に把握した授業を行なわず、同じステー
ジにのせて比較するのが不適当な中国の農協(?)をとりあげたりして、つぎのよ
うな説明をしている。「日本の農業協同組合は、土地が私有だからだめだ。中国を
見よ。土地が私有されていないからうまくいつている。資本主義下の農協はうまく
いかない。」
(13) 同月二三日「労働組合」
 本項で、申請人は「労働組合はガラスを割つても損害賠償の責任がない。」と述
べている。
7 以上の申請人の授業内容は、要するに、申請人の浅薄な知識によるある一つの
観点に立つた立場から、すべての社会現象ないし社会形態を批判し、攻撃して、お
よそ広範な社会常識を備えた健全な批判精神を育成する教育からかけ離れたもの
で、偏向教育と断ぜざるをえない。そのうえ、申請人の授業態度はなげやりで不勉
強である。ごく簡単な予習で補うことのできる知識を欠き、生徒に説明する場合、
自己が感覚的に理解している偏つた見方を不用意に発言しているにすぎない。
(三) 生活指導能力の欠如
 昭和三九年一〇月、申請人は、修学旅行の付添いとして、多数の教師と共に出張
したことがあつた。その際、残留教師のみによる特別時間割を編成し、授業を実施
したが、この間約一週間、申請人の担任するクラスの出席率が著しく悪く、同一条
件下にあるクラスの平均欠席率は、六・九パーセントであつたのに、申請人の担任
するクラスのそれは、四二・八パーセントであつた。右事実は、申請人が、クラス
担任として平素の生活指導が一方的な押しつけで、力による教育を行つてきたため
に生じた欠陥の露呈である。しかも、申請人は、その責任は留守中の代理担任の責
任で自己の責任ではないとうそぶいている。
第五 抗弁に対する申請人の認否
一 抗弁一は認める。
二 同二について
(一) 職場秩序の破壊
1 無断外出
 昭和三九年九月、校長が職員会議の席上職員に対し、勤務時間中の外出につき、
校長または教務(教務主任とはいわない。)にことわつてもらいたいと注意したこ
と、校長は、被申請人理事aが兼ねていることは認める。
 その余の被申請人の主張は争う。目黒高校では、勤務時間中の外出について、昭
和三九年八月ころまでは明示の規則または校長の指示はなく、空時間には同僚に一
応ことわれば外出できるのが通例であつた。申請人が無断外出したことはない。昭
和三六年度以降昭和三九年八月までは、教務主任からの注意もない。校長が申請人
を校長室によんで無断外出を指摘したことは一度もない。ただ、前記職員会議後、
校長が申請人を校長室へよび、なにも届がないのに職員室の席に見かけないことが
多いと指摘したことがあり、申請人は空時間も生徒を指導しているので、教員室に
いないことが他の人より多いかも知れない、さらに、教師は空時間に必ず職員室に
座らねばならぬということはないだろうと意見を述べたことはある。
2 虚偽理由による欠勤・早退
 申請人が、昭和三九年三月一三日欠勤したことおよび同年四月一〇日姉の病気見
舞を理由に早退したことは、認める。その余は争う。三月一三日の欠勤で伯父の葬
儀参列を理由としたことはない。いかなることを理由としたかは記憶していない。
右四月一〇日の早退は、北海道に居住する申請人の姉が子供二人をつれて上京し、
一月滞在ののち、この日北海道に帰るについて子供の面倒をみながら荷物をまとめ
ねばならなかつたところ、姉が具合が悪く、これができなかつたので、姉と子供の
面倒をみてやり出発の準備をしてやるため、やむをえず早退したが、これを簡単に
病気見舞と表現したもので、虚偽ではない。
3 定例会欠席
 定例会礼が被申請人主張のような行事であることは認める。その余の主張は争
う。申請人は、私用のため欠席したことはない。
4 校長の諮問拒否
 申請人が、職員会議で被申請人主張の案件の挙手による採決に際し、b教諭とと
もに反対の挙手をしたこと、右案件が多数で議決されたのち、校長が反対の理由に
ついて議長を通じて申請人の釈明を求めたのに対し、これを拒否したことおよび職
員会議が事実上決定機関としての権限をもつている程重要な校務組織であることは
認める。その余の主張は争う。
5 報告書未提出
 申請人の校務出張中の留守に申請人の担任するクラスの生徒の出席率について、
校長から申請人に対し、他のクラスに比して著しく悪いと指摘されたことは認め
る。その余は争う。
6 無断で他校から資料を借りうけ、また、無断で生徒を出張させたこと
(1) 申請人が、生徒のクラブ活動組織である考古学同好会の指導担当者で、同
クラブが梧林祭に考古学資料を展示し、その資料中には、静岡大学管理にかかるも
のもあつたことは認める。その余の被申請人の主張は争う。もともとクラブ活動は
生徒の自主的活動を助長するための特別教育活動であつて、学校の文化祭にどのよ
うな活動を行なうかは、クラブに属する生徒が自主的に検討、計画、実施し、クラ
ブ担当教師は、クラブ顧問として指導、助言をする立場にある。そして、文化祭
(梧林祭)で各クラブがどういう行事を行なうかの大綱は事前に職員会議で承認さ
れるのである。申請人が指導を担当する考古学同好会は、昭和三九年夏清水市午王
堂山遺跡発掘に参加し、その担当区から弥生式土器を発掘し、その土器は、その後
静岡大学文学部で保管された。梧林祭にはこれを展示したが、展示の実施計画、展
示終了後の事後措置の計画等の分担は、あらかじめ生徒がきめ、その大綱は職員会
議に、その詳細は当該生徒父兄に知らされてあり、そのとおり行つた。
(2) 生徒二名が、被申請人主張の日静岡へ赴き、静岡大学へ資料を返還したこ
とは認める。その余は争う。申請人は、生徒が展示品を静岡大学へ返還のため出張
するにつき、許可を担当教諭からうけられるよう当該担当教諭に口ぞえした。
7 寄附の勧誘
 申請人の担当するクラス(三年A組)の生徒が、被申請人主張の時期に、申請人
の指導のもとで「卒業記念文集」(被申請人のいうクラス誌)を発行したこと、こ
の発行にあたり、生徒が自主的に費用を分担し、費用の一部を自家営業の生徒父兄
から広告料名義で拠金してもらうことを申請人は容認したこと、右の申請人の各措
置につき、校長および職員会議の明示の承認は事前にえていないこと、および右の
点につき、校長が申請人に注意したことは、いずれも認める。その余の主張は争
う。右父兄から拠金を求めるについては、申請人名義の依頼状を作つて、父兄に依
頼したが、右広告料名義の拠金依頼状発出直後、校長が申請人に対し、申請人の措
置が適切でなかつた旨注意した際、申請人が、「それでは依頼状を撤回させましよ
うか。」と伺いをたてたところ、校長は「その必要はない。」と右申請人の各措置
を容認したのである。
(二) 申請人の教育内容の独善性
 冒頭記載事実は否認する。
1 被申請人校長が申請人を採用するに当つて、「本校は政治的にも思想的にも中
正不偏を校是としている」と述べたことは認める。その余は争う。校長の発言は注
意ではなく、私教連に入らぬ方がよいなどという校長の意見の開陳であつた。
2 昭和三六年三月開催の被申請人の人事委員会で申請人の思想、信条及びその政
治的所属が問題となつたことは認める。その余の主張は争う。
3 否認する。
4 被申請人が申請人に対し教科指導計画書を提出させたこと、右計画書には授業
内容の細部に亙る記載がなかつたことは認める。生徒からノートを借り受けること
は教育的にみて妥当な方法でないとの点は争う。その余は否認する。右計画書は全
教員が毎年提出しており、とくに申請人だけがその提出を求められたものではな
く、又どの教員も授業内容の細部にわたつて記載してはいない。被申請人校長は生
徒に対して父兄を通じてノートを貸すよう求め、父兄から拒否された事実がある。
5 被申請人が、昭和三九年九月から申請人のすべての授業を録音したことは認め
る。その余は争う。
6(1) 昭和三九年九月四日
 争う。申請人は、同日のホーム・ルームの時間(授業でない。)で、「日米安保
条約は憲法に違反する。」と述べたことはあるが、「破棄すべきである。」とは述
べていない。教師の教育上の発言を評価するにあたつては、それがどういう経緯
で、どのような説明の一環としてなされたかをみなければならない。被申請人のよ
うに申請人の発言の片言隻句のみをとりあげ、それだけで偏向教育であると断定す
ることは、教育活動の評価の方法として妥当でない。本項では、申請人は、日米安
保条約の合憲性の有無を直接のテーマとしてとりあげたわけではない。申請人は、
当時社会的に注目を浴びていた林房雄の「大東亜戦争肯定論」をとりあげ、生徒に
その是非を討論させた。そして、この問題の理解を深めるために、関連して安保条
約に簡単に言及したにすぎない。このように派生的に言及した問題について教師が
簡潔に自己の見解を表明する自由さえも教師に認めていないと考えることは到底で
きない。
(2) 同月一一日
 争う。
(3) 同月一二日
 争う。本項の授業は、教科書の中の「産業革命と機械制工業の普及」(六九頁ー
七〇頁)および「資本主義経済の特徴」、「資本主義の修正」(七〇頁ー七二頁)
が扱われている。申請人は、まず、「産業革命と機械制工業の普及」の項を読みあ
げ、その説明を行なつたなかで、教科書の記述(七〇頁)について、つぎのように
説明した。「それから一番さいごの方にある資本家と賃金労働者に分化する傾向と
は、そのとおりで、ここにあるのは全部賃金労働者だ。資本家は一人もいない。み
んな、あの、賃金労働者になるために勉強している。ね、資本家になる人は中にご
く一人くらいですか。中小企業ね、学校は賃金労働者を彼らがしたてあげる、大学
でもなんでも、それをするための教育をするために社会のなかにおかれている。よ
り有力に頭が回転するように教育することが学校機関に課せられている任務であ
る。もちろん、それ以外に人間の人格をおさめるということも、賃金労働者とし
て、ちやんと働ける人間に、賃金労働者として働ける人間にしたてあげなきやいけ
ない。大学へ一生けんめい行く、あるいは職場で一生けんめい技術をもつのは賃金
労働者として自分を高く売りつけるためにそうする。そういう点はある。(略)で
中にはそういうのに対して勉強したつてしようがない。そういつて勉強しないとほ
んとうに自分を高めていくことを忘れてしまうからいけない。」右に明らかなよう
に、申請人が述べているところ、全体として、資本家と労働者への分化ということ
を具体的に説明しようとしたものであり、学校について言及したのも、身近かな例
をあげて生徒に理解させるためであつた。近代公教育制度は、産業革命を契機とし
て一定の生産技術を身につけた大量の賃金労働者を作りだす必要に応じて確立され
たものであつた。だから、学校もまた客観的にみれば、資本家と賃金労働者への分
化ということと無縁の存在ではないのであり、この分化の現象を理解させるため
に、学校を引用することは誤りではなく、好むと好まざるとにかかわらなく、学校
が右の如き役割を客観的に担わされていることを指摘し、併せて学校の役割には
「それ以外に人間の人格をおさめるということ」があること、勉強を通じて自分を
高めていくことを忘れてはならないことを附言したのである。したがつて、これを
もつて、一方的結論を生徒におしつける偏向教育と評価することはできない。
(4) 同月一九日
 同日の授業で、申請人が「修正資本主義の考えの政治を行つている米、英、日の
場合の例をみてもうまくいつているようだが、実際はそうでもない。」との趣旨の
発言をしていることは認める。
 その余は争う。申請人は、資本主義の項についても、教科書を読むだけでなく、
多くの説明をしているし、また、社会主義の説明にとくに多くの時間をさいている
わけでもない。そのことは、同月一一日から一九日に至る申請人の授業内容をみれ
ば一目瞭然である。すなわち、申請人の授業は、教科書の配列のとおり、資本主
義、修正資本主義、社会主義というふうに順序を追つて進められており、資本主義
については、すでに九月一一日、同月一二日の授業で充分に説明されている。その
際に、教科書の朗読だけに終つたということはなく、資本主義経済の果した歴史的
役割ないし意義をも含めて充分な説明がなされている。本項の授業は、そのことを
前提としたうえで、資本主義の修正と社会主義経済について説明することが主眼と
なつていたのであるから、これに授業の多くをさいたとしても異とするにたりな
い。
 また、申請人は、修正資本主義、社会主義のいずれをとるべきかの結論を示すこ
とをさけ、ただこの問題は、たえず念頭において検討すべき問題であることを示唆
しているにすぎないのである。さらに、被申請人は、冒頭の前記申請人の発言を問
題視しているが、申請人が指摘したように、わが国の現状が、失業問題その他解決
すべき矛盾や欠陥をはらんでいることは否定できない。教科書にも資本主義社会に
おける欠陥について記載(七一頁)があるのである。生徒に事実を事実として教
え、社会の矛盾や欠陥に気づかせることによつて、はじめて生徒に社会を科学的に
考察し、社会問題を正しく解決していく能力を養うことができるのである。生徒と
の討論の際生徒が修正資本主義を支持すると述べたことはないし、申請人が修正資
本主義は過去の遺物で認めることはできないと述べたこともない。申請人はあくま
でも、その生徒が修正資本主義と社会主義との両経済制度の原理的相異を理解して
いないことに気づいたので、その点を補充的に説明しようとしたにすぎない。この
教科書の教務用指導書にも「社会主義は資本主義と違つて生産手段(工場、土地、
建物、設備など)は国有であり、したがつて国営企業は社会福祉を目的として計画
経済を建前としていること、これに対して資本主義は、自由競争で各企業は利潤の
極大化をめざして動いていることを討論させる」とある。
(5) 同年一〇月一三日
 争う。
(6) 同月一六日
 申請人が当日の授業で利潤は労働の搾取から生まれる。GよりG′が大きいのは
全く非常識だ等と述べたこと、目黒高校もこのような非常識なことを行つていると
いう趣旨を述べたことは否認する。その余は争う。本項の授業は、教科書の「生産
と流通」の「企業」の項のなかの企業利潤(七七頁)についての説明にあてられて
いる。申請人は、どうして利潤が発生するかを生徒に理解させるために、「GーG
′そのつぎのGのときにGというものがふえてくる。例外もあるけれども、そのつ
ぎのG′のときには増えているね。
 本来、商品の価値というのは絶対へることはなくて、貨弊資本Gというものがふ
えてくる、Gというものがどうして増えるのか。」という質問を生徒に提起した。
ところが、生徒は、八百屋の儲(商業利潤)と企業利潤との相異がなかなか理解で
きないために、かなり申請人と生徒間のやりとりがあつた。そのうちに、生徒の間
から、単純再生産の場合には「いつも停滞しているのではないですか。」という発
問がなされたので、申請人は、単純再生産の場合にも、さらには企業規模が縮少さ
れた場合でも、利潤が生ずるものであることを説明し、その一例として、「目黒高
校だつて、この二、〇〇〇人がかえつて減るくらいの状態で、二、〇〇〇人が単純
再生産すれば結構大丈夫なんだ。」と述べた。以上のような生徒との討論を続けた
後、企業利潤は、八百屋の儲(商業利潤)と違つて、流通過程からでなく、生産過
程から生ずるものであることの説明で、本項の授業は終つているのである。
(7) 同月一七日
 争う。被申請人のいう申請人の発言の要約は、不正確であり、申請人は、日本が
中国の六億の民衆と結んだ形で日本というものを考えていくと、その力量はつぎの
世界をリードするのに充分であるという趣旨を述べたものである。
(8) 同月三〇日
 認める。申請人の右説明は、説明としてはかならずしも正確とはいいがたいが、
申請人は、教科書(一四五頁)をうけて、価値は労働がつくり出すものであるこ
と、可変資本のなかにみこまれている労働の対価は、労働が作り出した価値どおり
のものでないこと、その価値どおりに賃金を支払うと利潤はなりたたないことを説
明したのである。したがつて、これを偏向教育と非難するのはあたらない。
(9) 同年一一月六日
 争う。
(10) 同月一三日
 争う。
(11) 同月一七日
 争う。本項は「貨弊の種類と貨弊制度の授業」である。そして、貨弊の種類とい
う場合、まず、本位貨弊(補助貨弊を含む)と信用貨弊の区別が念頭に浮ぶが、こ
の場合、手形、銀行券、小切手はすべて信用貨弊のなかに含まれる。申請人が当日
の授業の際念頭にあつたのは、まさにこの信用貨弊の分類であつて、こうした分類
にしたがえば、「小切手と手形が大して変らない」つまり本質において変らない、
という説明は誤つているどころかむしろ正しいのである。もちろん、手形と小切手
の相異点はあるが、両者の同質性が充分理解されてから相異点の説明がなされるべ
きである。
(12) 昭和四〇年一月九日
 争う。申請人は、教科書の「農山漁村の経済」の「農業協同組合」の項の「(農
業協同組合の)これまでの実績では、販売、購買、信用などの流通部面ではある程
度の効果をあげたが、生産部面の協同化は、小土地所有と結びついた農地の協同利
用が困難なために、それほど進んでいない。また農業の不況が深まるにつれて、本
来の目的を達成しえない組合が多くなつている。しかし、協同化の真の効果は、生
産を協同化することによつて、もたらされるものである。」(一四七頁)の部分を
読みあげたあと、この部分の説明として、わが国の協同組合は生産を共同化すると
ころまでいつていないこと、その原因は小土地所有制にあること、中国でも共同化
をやつているが、そこでは土地の共有化を前提として生産を共同化していること、
生産を共同化しない限り、農業の近代化はありえないこと等わが国の協同組合には
こうした問題点が残されていることを教科書で指摘している旨を述べたのである。
(13) 同月二三日
 否認する。申請人は、被申請人主張のような発言はしていない。申請人は、本項
につき、教科書の労組法第八条の部分(一六五頁)を読み、その説明として、「わ
れわれ日常生活の場合であれば、ガラスをこわせば、他人の家のガラスをこわせば
弁償しなければならない。ところが、労働組合がストライキをすると、会社は契約
しているわけでしよう、他の会社と。それがアウトになつてしまう。損害賠償(請
求)できるわけですね。そういう損害賠償してはいけない。そういう権利はな
い。」と述べたのである。
7 争う。
(三) 生活指導能力の欠如
 被申請人主張事実のうち、例示としてあげられている事実につき、申請人の担任
クラスの出席率が他のクラスに比し低かつたことは認める。その余は争う。
第六 申請人の再抗弁
一 憲法第一四条、第一九条、民法第九〇条および労働基準法第三条違反(思想・
信条を理由とする解雇)
 被申請人は、申請人が共産党員ではないかと思い、昭和三六年ころからその言動
を注目していたが、申請人の教育に対する姿勢、あるいは学校運営に対する様々の
発言、組合活動が、同人の思想・政治的傾向が具体的には共産主義思想あるいは共
産党員であることから結果すると考えてこれを理由として本件解雇を行つたもの
で、無効である。
二 解雇権濫用
(一) かくしマイクによる授業の盗聴の違法性
(1) 教育は人間の育成にかかわる仕事であるから、教室における授業での教師
と生徒の間は、通常の対話者間より一そう深い信頼関係を前提とするものであり、
この前提のもとに教育がなりたつている。教室での授業は、教師と生徒にとつての
ぞき見やぬすみぎきされてはならない聖域である。
(2) 教室における授業が、教師や生徒が予期しない方法で盗聴、のぞき見され
ないことについて教師や生徒が持つ利益は、必ずしも教師、生徒のプライバシーで
はないが、教育基本法一〇条によつて保護されるべき利益であることはまちがいな
い。被申請人が中正不偏を校是としているとし、この校是を根拠としてその雇用す
る教師の特定の教育活動を校是違反として追求し得るかのようにいうのは、校是が
一般的方針であるにすぎない場合は別として、特定の教育を命じ、またはさせない
ものである限りでは、教育についての教師の職務上の独立の権能を侵犯し、ひいて
は国民の教育をうける権利を害するものとして、教育に関する法の解釈を誤つてい
るものである。従つて、特定の教育をさせ、またはさせないための手段として教師
の教室における教育活動を盗聴することは、それ自体が違法である。
(3) 一九六六年九月二六日から一〇月五日にかけて、ユネスコが招集した特別
政府間会議で「教員の地位に関する勧告」が採択された。この勧告はILOとユネ
スコが共同で準備した草案に基き右会議で審議され、採択されたものであつて、わ
が国は、文部省のc審議官が政府を代表して出席し、ストライキ権に関する八四項
について一定の留保をしたほか、勧告の採択に賛成した。この勧告文書は、六一項
で「教職者は職業上の任務の遂行にあたつて学問上の自由を享受すべきである。教
員は生徒に最も適した教材および方法を判断するため格別の資格をあたえられたも
のであるから、承認された課程の大綱の範囲で、教育当局の援助のもとで、教材の
選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて主要な役割を与えらるべ
きである」と規定している。この規定の本旨は、わが国の実定法制と同旨で、その
解釈の基準となるものである。わが国でも、学習指導要領は教育の大綱のみを定め
うるにすぎず、教育課程の編成とその実施は教員の固有の権限とされており、上司
は教師の教育活動に指導、助言をなし得るにすぎず、指揮命令できないとされてい
る。右ユネスコの「勧告」では、六三項の明文で「一切の視学、あるいは監督制度
は、教員がその職業上の任務を果すのを励まし、援助するようなものでなければな
らず、教員の固有な自由、創造性、責任感を損うようなものであつてはならない」
とする。被申請人のa校長のやり方は教員の固有な自由、創造性、責任感を著しく
損う不当なやり方である。
 「勧告」はさらにもつと明確に、六四項で「教員の仕事を直接評価することが必
要な場合には、その評価は客観的でなければならず、またその評価は教員に知らさ
れなければならない」、「教員は、不当と思われる評価がなされたばあいに、それ
にたいして異議を申立てる権利をもたなければならない」、と規定している。被申
請人は、録音は事前に同意を得ており、問題ありとされた教師の授業参観を全般的
に行う手段として科学的であるというが、同意を得たというのはうそであり、録音
が客観的科学的であるかどうかについては、同じテープが昭和四四年八月一日の検
証調書の記載と同月九日付申請人代理人の上申書の対照でわかるように、何ら科学
的ではない。右ユネスコ「勧告」で教員の仕事の評価は客観的でなければならな
い、とするのは、評価にあたつては、当該教員の意見、弁解もきき、一般に納得さ
れる妥当性、合理性をもたなければならないという意味であつて、機械的であれと
いうことではない。そして、申請人にはいわれた解雇理由について弁解反論が十分
にできない。これはかくしマイクを使うことの必然の結果で、これがユネスコの前
記基準に明白に牴触することは明らかである。
 又右「勧告」六七項は「生徒の利益となるような、教員と父母の密接な協力を促
進するために、あらゆる可能な努力が払われなければならないが、しかし、教員
は、本来教員の職業上の責任である問題について、父母による不公平ないし不当な
干渉から保護されなければならない」と規定し、同六八項は「学校もしくは教員に
対して苦情のある父母は、まず第一に学校長または関係教員と話合う機会が与えら
れなければならない。さらに、苦情を上級当局に訴える場合はすべて文書で行なわ
れるべきであり、その文書の写しは当該教員に与えられなければならない。苦情調
査は、教員が自らを弁護する正当な機会が与えられ、調査途上ではこれを公表しな
いような形で進められなければならない」と規定する。被申請人は、本件盗聴の一
つの動機として父母からの苦情をあげているが、万一かりにこれがあつたとして
も、その苦情調査は右の方法で行わるべきであり、父母の集団参観にかえて録音を
行うことなど、許さるべきでない。
(二) 教育基本法第一〇条第一項違反
 本件解雇は、申請人の適法な授業内容を理由とするもので、教育基本法第一〇条
第一項にいう「不当な支配」にあたり、解雇権の濫用として無効である。
 すなわち、ここにいう「不当な支配」とは、教育基本法が要請している民主的な
教育を実現する上で必要不可欠な教師の高度の自主性、創造性を害する如き教育に
対する介入を指すものであつて、教育基本法は、憲法の平和及び民主主義の理念に
適合する教育を要請し(同法前文)、より具体的には「個人の尊厳」、「真理と平
和を希求する人間の育成」、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」、
「人格の完成」(同法前文、一条)を内容とする教育を要請しているのである。そ
して、このような民主的な教育の実現を可能とするためには、教育の内容と方法
が、国家権力によつて画一的に規定されていないことが必要である。真理の教育を
実現するためには、教師が権力によつて制約をうけることなく、自由に学問研究を
通じて真理を究明し、あるいはその時代の学問研究の成果を自由に自己の教育活動
のなかに摂取することが認められなければならない(学問の自由の尊重同法二
条)。このことによつて始めて子どもたちは、教育を通じてその時代の学問研究の
成果を自由に享受し、自己の人間形成を図ることが可能となるのである。また、教
師がその教育活動を既定の内容と方法にしたがつて行なうことしか認められないと
すれば、個性ゆたかな人間教育を行うことはできない。このためにはどうしても教
師が、子どもの個性と実際生活に即応するように、教育の内容と方法とを自由に選
択することができなければならない。このように、教育基本法の要請する民主主義
教育は、教師の高度な自主性を不可分のものとして要請しているのであつて、教師
の自主性、教育の自由が否定されるならば、教育の権力統制(教育による国民の思
想統制)を防止することはできないし、教育が非人間的な、画一主義教育に堕し、
真理の教育が否定されるものであることは、わが国の戦前の歴史によつて明らかで
ある。
 教育基本法一〇条は、このような歴史的反省にもとづいて、教師の自主性を高度
に保障するために、公権力(教育行政)が強権的に教育に介入することを「不当な
支配」として抑制し(一項)、教育行政の主たる任務が教育条件の整備確立にある
ことを明らかにしたものである(二項)。この結果、教育行政の任務は、教育の内
容、方法の面においては、右の「不当な支配」にわたらない程度のごく大綱的な基
準の設定及び非権力的な指導助言のみに限定されることとなり、教員の教育活動に
ついて具体的に指揮命令することは許されない。現行の学習指導要領は、文部省告
示の形式をとつているが、明らかに大綱的基準の範囲を逸脱したものであつて、法
規命令としての効力をもちうるものではなく、指導助言としての性格を有するにす
ぎない。
 右の法理は、私立学校の学校経営権についても、そのままあてはまるものであつ
て、私立学校の経営者は教員の人事権を有し、教員に対して使用者としての地位を
有するので、そうした優越的地位を背景として、そこにおける教育を支配する危険
性は多分に存し、それ故に、経営者がそこにおける教育の内容、方法について、拘
束的な制約を詳細に設け、あるいは具体的に指揮監督することは、厳に禁止されな
ければならないのである。教員が経営者の意に反する教育を行なつたからといつ
て、これに懲戒その他解雇等の不利益扱いを加えることもまた、教育に対する不当
な支配に当るのである。したがつて、官公立たると私立たるとを問わず、教員は学
校教育法及び同法施行規則に定める基準に従つて教育課程を編成し且つこれに従つ
て教育活動を行うべきこと、教科用図書は文部大臣の検定を経た教科用図書または
文部大臣において著作権を有する教科書を使用しなければならない、とされている
こと、及び教育基本法八条二項に定める教育を行なつてはならないとされているほ
かは、教育の内容、方法については、何等の法的制約をうけないのである。
 又教育基本法八条二項は、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、または
これに反対するための政治教育その他の政治活動をしてはならない」と定めている
が、この解釈については、次の点に留意すべきである。同条一項は、「良識ある公
民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない」と定めてお
り、歴史、社会、経済、政治などの学習を通じて、政治的教養を高めるための教育
を行なうことは、禁じられていないばかりか、民主主義を維持し、発展させるため
の不可欠の要因をなすものとして、積極的に奨励されている。同条二項は、そのこ
とを前提にした上でのいわば注意書であるにすぎない。しかも公権力や学校経営権
による介入は、とりわけ政治に関する教育に対してなされる危険が大きいので、こ
の規定は、厳密に限定的に解釈されなければならないのである。したがつて、同項
の禁止する政治教育とは子どもの政治的教養を高めるための教育を行なう上で必要
とされる範囲を明らかに超えて、教育活動としての妥当性を欠く如き過激な内容、
方法をもつて、特定政党の支持、反対に結びつく教育を、意図的、継続的に行なう
場合を指すものといわなければならない。政治に関する教育についても、教員の創
意や裁量が充分に尊重されるべきであるから、政治的教養を高めるための教育を進
める上で必要か否かの点についても、第一次的には教員の裁量にゆだねられるべき
であつて、明らかにその範囲を逸脱した場合にのみ、同項に反するものと考えるべ
きである。そして政治的教養を高めるための教育を進める上で必要とされる限りで
は、たとえその内容が特定政党の主張と符合し、あるいはこれに反対する内容のも
のであつても、これをもつて同項違反と目することは許されない。
 以上の観点から本件被申請人の申請人に対する解雇理由をみれば、第五の認否の
なかで述べたとおり、なんら違法なものではなく、かえつてこれを理由として解雇
することは、教育基本法第一〇条第一項に違反する無効なものである。
(三) 被申請人の申請人に対する指導助言
 教師は、教育職員免許法によつて、専門職にふさわしい資格を公証されているの
であるから、軽々にその行なう教育活動について適格性の有無を論ずることはでき
ない。かりに、授業内容、方法において誤りがあつたり、配慮がたりない等、その
教師の能力について疑問が客観的に存する場合でも、教師の専門的立場に基づく慎
重な認定手続をふみ、かつ、その教師に対して充分な指導援助を与えてみて、なお
著しくその能力において劣るという場合でなければ「適格性」なしと判断すること
はできないのである。被申請人は、その主張の申請人の「偏向教育」、「誤つた教
育」に対し、指導助言を与えた形跡はまつたくない。かりに被申請人の校長が申請
人に注意を与えたとしても、「そのような教育は好ましくない。」、「改めるべき
だ。」というのみでは現行法の予定する専門的な指導助言ということはできない。
指導助言といいうるためには、申請人の当該教育を行なうについての教育論的なあ
るいは社会科学上の見解を充分に質し、それをふまえて、申請人がその教育活動を
改善することに役立つような、専門的で有益な示唆を含むものでなければならな
い。
三 不当労働行為
(一) 申請人は、昭和三五年四月被申請人に採用されると同時に、同校の教職員
で組織する目黒高校教職員組合に加入し、同年七月右組合賃金対策委員、以後毎年
執行委員に選任され、昭和三九年九月副執行委員長となり、委員長dと二人で組合
を代表して被申請人と団体交渉にあたつてきた活発な活動家で、本件解雇は、被申
請人がこのことを嫌つてなしたものであつて、無効である。
(二) 本件解雇が不当労働行為であることを推認させる具体的事実
1 昭和三六年六月一六日、昭和三五年度の給与、夏期手当問題を検討する組合総
会が開かれた際、席上一執行委員(e)から安保条約反対の署名運動を行ない、安
保反対国民会議へ送付する件が提案され、可決された。また、翌一七日、前日に継
続して行なわれた給与問題の組合総会の席上、安保反対のための国会請願デモ参加
者(申請人を含む四名)を代表して前記執行委員が「国会デモ見学」報告を行つ
た。そして、同月二〇日にも給与問題について組合総会が行なわれたが、その席に
被申請人理事長兼校長aが出席し、安保問題についての議題に際し、「本組合は政
治活動をしないという約束の下に認めてある。」「今回の署名はつゝしんでもらい
たい。」「他の私立学校も運動に参加する大勢にあるときはやむを得ないが、それ
までは謹しんでもらいたい」。などをのべた。結局右総会は定足数を欠くに至つて
流会となり、又組合は署名運動およびその前記国民会議への送付はこれを行なわな
かつた。
 右の経過は、組合が一たん総会で可決、決定したことが、理事長の前記六月二〇
日の組合総会への出席とそこにおける言動、これに呼応した一部執行委員の策動に
よつて、事実上変更されたことを意味し、典型的な被申請人の支配介入であり、組
合が、申請人らの一部の例外を除くと、全体としては被申請人の支配に従属してい
たことを物語つている。そして、申請人は、右組合総会で理事長の行為を不当労働
行為であると指摘したため、理事長から特別の注目をうけることとなつた。
2 目黒高校の教諭fは、申請人の学校の先輩であり、しかも同じ史学専攻で、申
請人は就職後、比較的早く親密な関係となつたが、申請人は右fを中心とするグル
ープに加わつて学校運営の民主化、労働条件の改善その他のことについて意見を交
換していたがこのことはおのづと組合の運営や職員会議に反映した。そして申請人
は昭和三五年七月右fとともに組合の給与対策委員に、同年九月組合役員の改選
で、同じく右fとともに、執行委員に選出された。校長であり理事長であるaは、
右fらのグループの存在と活動をその発足の当時から知つており、その動向に極度
の注意を集中し、右グループの会合については、その都度情報を得ていたが、一面
において、右fの発意にかゝる「機構対策小委員会」を自ら職員会議に提案した
り、人事委員会設置など一連の機構改革に関する右小委員会の答申を職員会議の議
を経て全面的に採用したり、また右グループが推進した「モデル賃金案」をほゞそ
のとおり採用したりして、このグループに理解を示す態度をとりながらも、他面に
おいて、このグループのイニシアチブが教職員の多数に及び、あるいはそれまで校
長に従属してきた組合が、右のような活動を通じて自主的なものになつていくこと
を極度に警戒し、また、このグループがこうして影響力をもつに至るうえで申請人
が果す役割をとくに警戒した。
3 右fは前記人事委員会の委員に選出されたが、昭和三六年三月に開催された右
委員会で申請人の思想、信条及びその政治的所属が問題となつた。これは、被申請
人が、学校運営についての教師の発言や組合の経済要求についてはある程度の理解
を示すが、教師が真に自主的な態度と方法で、教育基本法が指向している個人の尊
厳を重んじ真理と平和を希求する人間の育成をめざす教育を実践するようになるこ
と、また、組合が、被申請人の支配介入から独立して、真に自主的、戦斗的な姿勢
をとるようになることを警戒したためである。そして、右人事委員会の会議では、
申請人がマルクス・レーニン主義者であり、日本共産党員であろうということにな
つた。右人事委員会後、被申請人は、申請人の日常の行動を注視するようになり、
また、公安調査庁に申請人の政治的所属を照会した。申請人の解雇理由中、申請人
の無断外出が昭和三六年度からみられた、と主張されているのは、右前者の結果で
あり、申請人に対し、校長が、同年六月公安調査庁係官の名刺を示し、あなたが特
定の政党に所属しているとの話があつた旨のべたのは、後者の結果である。
4 昭和三六年七月夏休直前、申請人らとともに前記fらのグループの一人であ
り、申請人とも親しかつたgに対し、校長は、口頭で解雇する旨言渡した。申請人
は右解雇は不当労働行為であるから組合としてこれをとりあげ右解雇を撤回させる
斗争をすべきであると主張した。しかし、組合執行部は、組合がこれをとりあげる
と大げさになるからといつてとりあげず、当時の組合役員やgの同僚たちが、夏休
中個人的に校長に解雇撤回を陳情した。校長は、これら陳情をうけた際、gは「ア
カ」だから解雇したと洩らした。
校長は、解雇を撤回するとはいわなかつたが、九月gが登校し勤務したことについ
て、これを拒否せず、事実上前記解雇の意思表示を撤回した。
5 前記のように安保デモに卒先参加したeは、前記fらのグループの一員でもあ
つたが、その後ことあるごとに校長によばれ、種々圧迫をうけた。同人も申請人と
前後して校長から公安調査庁の係官の名刺を見せられ、君のことはよくわかつてい
る、などとおどされた。このため同人は、被申請人学園にいずらくなり、ひそかに
他校転出を準備し、昭和三七年三月退職した。
6 前記gが被申請人から前述のような圧迫を昭和三六年にうけたこと、前記eが
被申請人からの圧迫により同年度末学園を去つたこと、また、fもその頃病気にな
つたことなどによつて、昭和三七年度に入ると、fを中心とする前記グループは自
然消滅した。それでも同年六月、昭和三七年度の賃金交渉に際し、被申請人が、若
干の給与値上げと引きかえに助手を組合から除外してもらいたいと組合に申入れた
際、申請人はこれに反対するなど、組合を組合らしいものにするために奮斗した。
こうした活動のため、同年九月の組合執行委員の改選では、申請人は最高点で執行
委員に選出された。目黒高校では、当時は六月から七月にかけての組合と学校との
交渉で年間の賃金が協定されることになつており、昭和三七年度も七月に年間賃金
協定が成立した。ところが、同年一二月になつて、被申請人は、すでに年間協定で
一六九万円ときめられていた年末手当を一〇万円減額して支給する旨組合に通告し
た。組合は、申請人のイニシアチブで、年間協定どおりでなければ年末手当を受領
しない方針で被申請人に対抗しようとしたが、被申請人の意をうけた一部執行委員
が強力に反対し、斗争は挫折した。
7 昭和三八年度に入ると、組合は、右の経過の反省に立つて、申請人のイニシア
チブによつて、同年七月労働金庫への加盟をきめた。同年九月の執行委員の改選で
は、申請人は、前年にひきつづき、最高点で執行委員に選出され、申請人のイニシ
アチブに同調するものが執行委員会の多数を占め、申請人の組合活動は、組合員多
数が認めるところとなつた。申請人はこの頃、教師としても、生徒、同僚の信望を
集め教育活動のうえでみるべき実績を示したが、校長は、この頃申請人に対して、
「君が一生懸命勤務にはげんでいるのは、学校にとつてはあまりうれしくないこと
だ。」とのべ、申請人の誠実な勤務実績さえ、被申請人に対抗するための戦術であ
るかのように見て、警戒の色を示した。
8 昭和三八年度末から昭和三九年初頭にかけて、申請人が、教師として職員会議
その他で、また組合執行委員として被申請人との交渉その他でとつた一連のイニシ
アチブが、被申請人をして申請人を決定的に嫌悪させ、申請人を追放しようと決意
させる近因となつた。
 目黒高校では新入生徒の入学の許可について、試験によるものゝほか、入学と称
し、縁故者の入学を認める制度があつたが、この方法による入学許可の割合は、年
々ふえ、昭和三八年度入学者の場合は、半数に達した。しかも入学の許否は、教
諭、定時制主事であり、かつ、校長の実兄であつたhと教諭iが校長の指示をうけ
て専断していたので、こうしたことは教育上好ましくないという意見が教員の間で
強かつた。そこで申請人が発起して教職員有志十数名を集め、昭和三九年度入学の
問題で意見交換を行い、入学許可者を当面一割程度にすべきであること、入学とい
つても、経営上の必要ばかりではなく、教育的見地もあるので、入学の許否は職員
会議の議に付することという意見を職員会議で出そうということになつた。そし
て、その直後の昭和三九年一月ごろの職員会議で、申請人がこれを発議し、これに
続いて、右意見交換の集会に集つた有志がこもごも賛同の発言をした。この結果昭
和三九年度入学については、従前の二人のほか教務主任を加えて許否を検討するこ
と、またその検討の経過及び結果を職員会議に報告することとなり、入学の比率も
若干減少した。
9 同年度末で定年退職となるべきであつた理事長の実兄hは、事務長に任命さ
れ、他の定年退職教諭が嘱託名義の処遇をうけたのにくらべ、給与上も著しく優遇
された。組合は、昭和三九年度の給与交渉で、申請人のイニシアチブにより、「兄
弟人事反対」のスローガンで、、右の被申請人の差別待遇を批判し、昭和三九年度
の給与交渉は、組合員全員から個人個人の要望書を徴し、これに基いて交渉するな
ど、従来の交渉にくらべ一定の前進を示した。同年九月の組合役員改選で申請人が
副委員長に選任されたのは、申請人のこうしたイニシアチブを組合員の多数が支持
したからである。
10 被申請人が申請人の追放を決定的に決意したのは、この給与交渉前後の時期
と思われる。被申請人は、同年七月には、私教連傘下組合が争議に入ると必ずとい
つてよいくらいその対抗策を使用者に助言するため登場するj氏を理事に迎えた。
また同年八月には私学経営者団体が主催した私学校長の研修会が箱根で行われ、そ
こでは、実践女子学園の経営者から、「実践女子学園問題の教訓」について報告が
行われたといわれるが、これまでこの種の会合などに出たことがない校長がこれに
出席して、私教連の首切反対斗争に対する対抗策を研究した。被申請人は、これま
で私教連の斗争に対抗していろいろ腐心してきた各私学経営者の経験に学び、申請
人を支援するであろう私教連の反対斗争に勝ちぬくことを目ざして、これにそなえ
るため、九月から申請人の授業にかくしマイクをそなえつけたのである。
第七 再抗弁に対する被申請人の認否
一 憲法第一四条、第一九条、民法第九〇条および労働基準法第三条違反。
 否認する。申請人が、個人としてある特定の思想、信条をもち、その具体化とし
て、特定の政治的団体に所属し、その活動をなす自由をもつことは、憲法をもちだ
すまでもなく、真理である。被申請人は、このこと自体について、何人に対しても
未だただの一度も問題にしたことはない。しかし、被申請人は、申請人の思想、信
条の自由及びそれを発表する自由が全く無制約就中教育活動の自由の名のもとに教
室内で高校生に対してまでも自由とするかの如き主張とは見解を異にする。このこ
とは、学校教育法第八条第二項をもちだすまでもなく公教育として、教育活動の政
治的中立は教員として最少限守らるべき原理である点から明瞭である。
 そのうえ、申請人は、採用の際、繰り返し、目黒高校の校是である「中正不偏」
「中立妥当」の教育活動を行なうことを要請され、申請人はこれを了承して目黒高
校の教員たる地位についたもので教育活動において、申請人は特定の自己の思想、
信条を生徒に押しつけないことを確約していることになる。してみると、申請人主
張の如く、場所、環境、対象の制限なく、思想、信条の自由があるとする見解がま
つたく正しいとしても、申請人は自らこの自由を放棄していることになる筈であ
る。
 なお、被申請人は、校是である「中正不偏」「中立妥当」が憲法、および教育基
本法の基本理念である平和主義、民主々義の理念に反するものと考えたことはな
く、むしろ、この原理に立脚した教育的見地からの異なつた表現にすぎないと解し
ている。むしろ、申請人こそ民主々義、平和主義の概念を理解せず、自分達の主義
主張のみがこの原理に合致しているとの盲執にとりつかれていると思われる。
二 解雇権濫用
(一) かくしマイクによる授業の盗聴の違法性
 争う。昭和三八年一〇月ないし一一月被申請人校長は、申請人に対し、他に方法
がないので申請人の授業をテープ録音する旨述べたところ、申請人はこれに同意し
ている。そして、一年後の昭和三九年九月から録音を開始した。したがつて、申請
人は不意打を受けたわけではない。さらに録音開始直後である同年九月下旬、校長
は申請人に録音した授業内容を告げ、反省を求めている。元来、教員は、その教育
に当つて、校長など職務上の上司の命令に忠実に従わなければならず、反面、校長
等は、教員の教育活動の責任を対外的に負わねばならぬ義務がある。したがつて、
校長は、教員に対する指導監督の一態様として、教室を見廻り、授業参観ができ、
授業中の生徒に質問したりすることができる。そうだとすると、被申請人校長は、
問題ありと生徒、父兄、教師仲間から指摘された教師の授業参観を全般的に行なう
手段として科学的方法を用いて行なうことができる筈である。これを違法とみるの
は当らない。申請人は、一旦テープ録音を承諾し、自己の授業に自信満々の態度を
とりながら、一たび被申請人校長にテープ録音した授業を示されると、自己の授業
内容を公表されることをおそれ、違法収集証拠だから、自分の教育活動批判の資料
たり得ないと言い出すようになつた。教員たるものは、生徒に影響なき限り何人に
対しても授業参観を許し、その批判を仰ぐべきで、誰が聞いても「これは立派な講
義だ」と言われるような授業を行うべきではなかろうか。
(二) 教育基本法第一〇条第一項違反
 争う。教師が教科書に準拠しつつ、自己の創意と工夫をいかし、教育活動をなす
べきことは、むしろ、権利というより職務上必要な義務である。しかも当時用いら
れていた教科書は申請人自身の採択したものである。もつとも、申請人は、教育活
動の自由は、憲法上保障された学問の自由、大学における研究教授の自由と同質、
同価値のものであり、しかるが故に、自己の教育活動は学校生徒、父兄の批判の外
にあるという。しかし、右見解は本質的に、大学とそれ以外の学校における教育を
同一視するもので、誤りであるが、かりにそうだとしても、教師の教育活動が全く
自由で批判の外にあるとは言い得ない。しかも申請人は教育の自由を主張するのみ
であるが、その自由を行使した結果を誰に対して、どんな責任を、どのようにして
負うのか全く考えていないのは無責任の極といわざるを得ない。
 本来的に子弟の教育権は、親権者にあり、私立学校は、各独自の指導理念の下に
創立運営され、生徒の保護者も亦、右独自の指導理念に賛同し、学校と子弟の入学
契約を結ぶものであるから、生徒及びその父兄に対し責任を根本的に負うものは学
校である。教師もまた、右学校の指導理念に賛同し雇傭され、学校が生徒、父兄に
負う義務を代つて行なうが、その教育活動の成果について、直接的責任を負うもの
でない。
 私立学校におけるかゝる教師の地位は、教育活動全般に影響を及ばざるを得な
い。したがつて教師の教育活動全般は常に学校の監督下にあり、その創造性の発揮
もまた教師の指導能力の一面として、学校、生徒、父兄の批判に耐え得るものでな
くてはならない。申請人は、自己の教育活動の拙劣さを糊塗しようとして、教師の
教育活動の自由をもちだし隠れみのにしようとしている。このような見地から、申
請人を評価し、本校の教師として指導力、教科内容及びその知識に欠ける点ありと
判断したことも本件解雇理由の一としているのである。
(三) 被申請人の申請人に対する指導助言
 争う。前述の如く被申請人は申請人を採用するにあたり、個人的な思想は全く自
由であるが、本校の教育方針は政治的にも思想的にも中正不偏である。生徒指導に
あたつては教員としての良識をもつて特に政治的、思想的に偏つた教育をしないよ
う充分注意してほしい旨訓示したが、昭和三六年三月の人事委員会で申請人の左翼
的教育倫理と実践が問題になつたときも、同年六月ごろ校長は申請人に対しさらに
教育指導の中正不偏を説き、前記訓示をくりかえし、その后も毎年一回ないし二回
申請人に対し右注意を与え、又申請人の教科指導の偏向性を客観的に確認すべく、
同人に教科指導計画書を提出させた。又本件テープ録音直后である昭和三九年九月
下旬校長は申請人に対し右録音した授業内容を告げ反省を求めている。
三 不当労働行為
(一) 申請人が昭和三五年四月被申請人に雇傭され、同時に申請人主張の組合に
加入したこと、申請人が被申請人主張の如き組合役員になつたこと、昭和三九年九
月以降の団体交渉(二回位)に申請人が委員長dと二人で関与したことは認める。
申請人が最も活発な組合活動家であること、本件解雇が申請人の組合活動を被申請
人が嫌悪し、それを理由としてなされたものであることは否認する。
(二)1 昭和三六年六月一六日、同一七日の組合総会については不知、同年六月
二〇日の組合総会に理事長が出席したこと、右席上申請人が理事長の発言に対し不
当労働行為になる旨発言したことは認める。右大会に理事長が出席したのは、組合
から給与問題について聞きたいことがあるとの出席要請を受けたので、止むなく出
席したもので、この時初めて理事長は組合総会に出席した。
 申請人主張の組合総会における理事長発言は否認する。右総会においては、組合
から理事長に対し簡単な給与問題(定期昇給とベースアツプの実現)の質問があ
り、続いて安保条約における組合の活動が、学校経営に及ぼす影響についての質問
があつた。具体的には次の如き一問一答があつた。
 質問「組合として、安保反対の旗を持つてデモに参加することは、学校経営上不
都合が起るかどうか」
 理事長「組合としての行動に私が意見を述べるのはおかしい。組合は自分達でき
めたことを御自由におやり下さい。而し、経営上の観点からこれをみると、生徒募
集の面で、わが校程度の私立学校は大きな打撃を蒙る可能性がある。世間の誤解を
さけるため、やらなくてすむものなら止めて貰いたい。」
 これに対し申請人が「不当労働行為になる。」との意見を述べたことは前述のと
おり、事実であるが、被申請人理事長としては、組合が学校経営の問題について意
見を求め、それに答えた理事長発言が不当労働行為になるとはおかしいと考えた
が、それに対し「ああ、そうですか」と答えたのみであつた。その後の組合総会の
ことは不知。
2 昭和三五年九月「機構対策小委員会」が、昭和三六年一月「人事委員会」がそ
れぞれ設置されたことは認める。
 しかし、それは昭和三五年の夏休に当時の教務主任kおよびl(副主任)が、北
海道で行われた私立学校長、教職員の研修会に出席、校務運営上の機構および制度
の講演を聞き、その主旨を本校に適用しようとf、mと共に努力して前述の両委員
会が成立したもので、就任間もない申請人は全然関係していないか、あるいは関知
していても関与していない筈である。
 「機構対策委員会」および「人事委員会」の設置はf教諭の発意でないことは前
述の通りであるが、理事長は如何なる委員会であれ、モデル賃金案であれ、改革案
であれ、学校の発展に寄与すべく実現可能のものは必ず例外なく職員会議に出して
衆知を集めて採用実現に努力し、発案者、提案者の如何にこだわらない。まして
や、何とかグループの存在だとか、そのグループの発案だとかに理事長がこだわる
事はあり得ないし、そのグループ意識こそ申請人の党派的セクト主義のあらわれ以
外の何物でもないと言い得るし、しかもそのグループのイニシアチブを取つて行動
したが如き主張は、申請人よりも見識、学力、人格等はるかに優れた先輩諸師を全
く無視した目惚れであると言うより、むしろ誇大妄想の一種と見なされるべきであ
る。その余の申請人主張事実は不知。
3 被申請人理事長が、学校の運営についての教師の発言、組合の経済要求に理解
を示すことは認める。教師が自主的な態度と方法で、教育基本法が指向している教
育を実践すること、組合が被申請人の支配介入から独立して、自主的な姿勢をとる
ことを被申請人理事長が警戒したこと、申請人の政治的所属について、公安調査庁
に照会したこと、同庁係官の名刺を示し特定政党への所属について話をしたこと、
は否認する。その余の申請人主張事実は争う。
 昭和三六年人事委員会においては、申請人の思想、信条、政治的所属が話題にな
つたのではない。申請人の教育活動が、所謂、左翼的傾向をおびており、この点を
生徒およびその保護者、ならびに教職員から指摘されたことから、同人の教育実践
が適切かどうかが論議されたのである。前述の如く、理事長は極めて民主的な性格
であり、学校運営の全般を職員会議で決定する方針をとつているし、組合に対して
は相手の権利を尊重して、これを侵さない事が金科玉条で、申請人はかつて母親に
「うちの理事長は恐らく東京でも例を見ない様な民主的な人物である。」と語つた
事実を見れば、右の主張は申請人が如何に非民主的、独善的な性格であるかを自ら
証明しているものである。
 このころ話題になつたのは、申請人の教育の偏向性であつて、日常の行動はさし
て問題にされなかつた。前述の如く、被申請人理事長は、教職員の思想信条、政治
的所属について、それが教育指導に影響がない限り問題にしたことは未だかつてな
い。現に、共産党に所属していると言われている教職員が数名いるが、それ等の人
々はみな立派に教職の責務を果している。
4 申請人の主張はすべて事実に相違する。真実は左の通りである。昭和三六年七
月頃、理事長は教諭gから、当時組合との団交事項であつた人件費について質問を
受けた。理事長は、右gの質問が勤務時間中事務室でなされ、かつ、質問事項が現
に団交事項となつているのであるから、時、場所、状況から言つて回答できにくい
旨注意し、後程組合委員長を通じてお答えをする旨回答した。ところが、右gは理
事長の右回答を理解せず、理事長に対し「組合員の自由な民主的発言を封じるの
か」と反問しつめよつて来た。そこで理事長は、右gを校長室に同道し、当時の委
員長であるnにも同席してもらい、事情を説明した。しかして、右n委員長はgに
対し、「こういうことをしてくれては困る。」旨注意したのであるが、gはなお
「何を言おうと自由だ。」と高言していた。その際、理事長が右発言に対し「こん
な事がわからない様では教師として資格がない。来年三月でやめて貰いたい。」と
発言したものである。その后九月下旬、右gが校長室に来て「大いに反省してい
る。来学期も勤務を続けさせて貰いたい。」とあやまつたので、しばらく様子をみ
て真面目に勤務しているので解雇撤回したのである。gの思想については関心はな
い。
5 eを圧迫したこと、公安調査庁係官の名刺を見せたことはない。eが昭和三七
年三月退職したのは、私立高校より待遇が安定している都立高校に栄転のためであ
り、それもf教諭の紹介によると聞いている。
6 年間賃金協定が毎年五月ないし六月に締結されることは認める。理事長が組合
に対し、助手の組合除外を申入れた事実は否認する。組合の主張が申請人のイニシ
アチブによるとの点は不知。その余の事実は争う。昭和三七年一二月、組合との間
に問題が生じたのは、暮のボーナス総額について、理事長、組合の記録の相違が一
〇万円生じたことにあり、結局、学校、組合各々妥協し合い、五万円追加し一六四
万円で妥結した。ちなみに、昭和三五年度に教職員に一一五万円の金額を組合と協
定した人件費以外に支払つているが、これは前年度に人件費が協定額よりも右金額
だけ節約できたので、決算を公表してこれを教職員に分配したのである。同様昭和
三六年度も三〇万五四〇五円の金額を教職員に分配している。(言うまでもなく、
申請人はこれらの恩恵に浴している)。
7 校長の発言、申請人の教育活動の実績は否認する。その余は不知。申請人の教
育活動の偏向性について、教職員、生徒、卒業生、保護者からの批判が激しくなつ
たのはこの頃である。
8 争う。昭和三八年度入学生はいわゆるベビーブームの昭和二二年出生者で、全
国的に注視を集めた年度であるが、東京都でも急増対策という言葉を使つて教室の
増築をすすめ「中学浪人を出すな。」の合言葉で公私立共に大いに努力した。私学
でよくある例として、文部省、東京都、私学振興会、中学校側から特に依頼され
て、合格点に達しない受験生を特別に入学させることは、学校経営上さける事ので
きない必要悪とも言い得る。当時の資料を調査した結果、合格者数一六七八名に対
し入学者は三四八名で二一%、入学手続をとつた者一一一八名に対し三一%で決し
て少い割合とは言い得ない。(それ以前の年度は一〇ー一二%)しかし、申請人も
述べている如く、校長、h事務長、i庶務主任が、これらの入学者を決定する様職
員会議で決定され入試前後約一ケ月にわたつて毎晩遅くまで外部と折衝を重ね、成
績の順位が上位にある者から順次に採用していく方針をもつてこれを行つたのであ
つて、申請人の言う如く半数に達した事実は全然ない。入試が終つた後の職員会議
で、これらの事情を反省し、昭和三九年度は(特)選衡委員を校長をふくめて六名
とし、しかもその数は合格者の一〇%以内にする様職員会議で意見の一致を見て、
内容は前年度同様にこれを実施している。申請人のイニシアチブでこれが決定した
ことは、記録に左様な事実は残つていないし、被申請人理事長も記憶していない。
ただ、会議を行う数日前にm教諭が、同内容の進言を理事長に行つたことは記憶し
ているし、理事長もこれを実施する事を確約した記憶はある。
9 争う。「兄弟人事反対」の事項については次のとおりである。
 即ち、昭和三九年度にて停年退職するo教諭(工業担当)を専任講師として組合
との協約通り月俸四万円を実施した。h教諭(英語、社会担当)は理事長aの長兄
で、本校創立以来法人の評議員を勤め、教科である英語の指導の他に従来より数年
間引続き事務主任をしていた。同人はかつて銀行に勤めたこともあり、戦時中は鉄
鋼統制会に勤務して、いわゆる事務処理のエキスパートとして周囲より可なり高く
評価されていた。そこで理事長は、停年退職後事務長(管理職)として採用すべく
理事会の承認を経、念の為に組合に右の人事を通告しておいたが、給与は他の私立
校よりはるかに低い五万一、一四五円に決定した。申請人を中心とする組合員の一
部から「h先生は専任講師並の四万円が至当である」と抗議されたことがあるが、
創立以来評議員を勤め、従つて非組合員として勤務し、停年退職後事務長の管理職
を与えられた者が、理事会で数校の事務長の給与を調整した結果でも、当時大体六
万ー八万円であつた事実に照して理事長の兄であるとの理由で可なり低い給与を適
用(モデル賃金案所定)したのであるから、申請人の抗議はいわれがない。
10 被申請人が給与のエキスパートであるj氏を理事にむかえた事は認める。そ
の余の事実は争う。箱根の研修会は申請人主張の如きものではない。申請人と私教
連の関係は、申請人の主張からも明白な様に、本件解雇後に生じたものであり、そ
の上、理事長は当時から現在においても、私教連の存在を問題にしたことはない。
第八 疎明関係(省略)
       理   由
第一 雇用契約の成立
 申請人が被申請人と昭和三五年四月被申請人の教諭として、雇用契約を締結した
ことは当事者間に争いがない。
第二 解雇
一 解雇の意思表示
 被申請人が申請人に対し、昭和四〇年三月三一日解雇の意思表示をしたことは当
事者間に争いがない。
二 解雇理由
(一) 職場秩序の破壊
1 無断外出
 証人f(第一回)、同p(第一回)、同qの各証言ならびに被申請人代表者aの
本人尋問の結果(第一回)(但後記措信しない部分を除く)および申請人本人尋問
の結果(第一回、但後記措信しない部分を除く)によれば、申請人は、昭和三六年
ころから同三九年ころまでの間、授業時間外にしばしば職員室の自席を外していた
ことがあり、たまたま被申請人の理事兼校長のaが申請人に用があつて呼び出して
も不在のため、校長の校務に支障をきたしたことも少からずあつたことが一応疎明
せられ、前記各本人尋問の結果中、前記認定に反する部分は前掲各疎明に照らし、
当裁判所の採用し得ないところであり他に右認定を左右するに足る疎明はない。
 被申請人は、目黒高校では外出する際、校長または事務長もしくは教務主任の許
可が必要であつたと主張し、被申請人代表者aの本人尋問の結果(第一回)中にそ
れにそう供述もあるが、これは前記各疎明に照らして措信できず、他にこれを認め
るに足る疎明はない。むしろ、申請人本人尋問の結果(第六回)によれば、目黒高
校では、昭和三九年九月の職員会議で校長が無断外出を注意するまでは無断外出は
格別問題にされず、外出をしようとする者は同僚に行先を告げて出ていたのが通常
であつたこと、申請人が、自席を離れる場合も、周囲の同僚に声をかけており、外
出先は、ほとんど生徒の監督のための校内の見廻り(非行があるかないか、あつた
場合の補導)や昼食をとるためであつたことが疎明され、他に右認定を左右するに
足る疎明はない。してみれば前記の如く、申請人が自席を離れた事実はあつても、
被申請人主張の如く無断ということはできない。
2 虚偽理由による欠勤・早退
 申請人が、昭和三九年三月一三日欠勤したことおよび同年四月一〇日姉の病気見
舞という理由で早退したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第八号
証の一、二および被申請人代表者aの本人尋問の結果(第一回・但前記措信しない
部分を除く。および第三回)によれば、申請人は右三月一三日の欠勤につき、伯父
の葬儀出席を理由にしたが、それは事実と相異していることが一応疎明され、これ
に反する申請人本人尋問の結果(第一回)および前記被申請人代表者aの本人尋問
の結果は、前掲各疎明に照らし、当裁判所の措信できないところであり、また、申
請人の本人尋問の結果(第一回)によれば、右四月一〇日申請人の姉が帰省するに
つき、同人の体調が思わしくないため、荷造りの手伝いをするつもりで、病気見舞
という理由で同日欠勤したことが認められる。
 以上の各認定を覆すに足る疎明はない。
3 定例会欠席
 目黒高校においては、週一回全校の専任教師が参加して行なわれる定例会があ
り、これは一週間のうちの主要な校務であることは、当事者間に争いがない。証人
f(第一回)の証言によれば、申請人は、昭和三九年一一月一二日右定例会を無断
で欠席したことが一応疎明され、右認定に反する申請人本人(第一回)の供述部分
は右疎明に照らし、当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を覆えすに足
る疎明はない。
4 校長の諮問拒否
 申請人が、昭和三九年七月一日目黒高校職員会議において、被申請人主張の案件
の挙手採決に際し、b教諭とともに反対の挙手をしたこと、右案件が多数で議決さ
れてから、校長が申請人に対し、反対の理由について議長を通じ釈明を求めたのに
対し、申請人はこれを拒否したこと、および被申請人主張の職員会議の権限につい
ては当事者間に争いがない。被申請人代表者aの本人尋問の結果(第一回)によれ
ば、目黒高校では、職員会議で議決する場合、少数意見者は原則として、その理由
を述べる建前であり、当時までに、校長から意見を求められて拒否した者はなかつ
たことが一応疎明され、右認定を左右するに足る疎明はない。而して、一方申請人
の本人尋問の結果(第一回および第六回)によれば、申請人が校長の釈明を拒否し
たのは、当時、申請人の所属する教科会では、当日の議題について反対の意向であ
つたところ、当日の職員会議で大方の教諭が右教科会の方針に反し、賛成したた
め、申請人としては右教科会所属の賛成した同僚教諭らに対し、あまりこころよく
思つていなかつたためであることが一応疎明され、右認定の覆すに足る疎明はな
い。
5 報告書未提出
 被申請人の校長が申請人に対し、申請人の校務出張中、申請人担任クラスの出席
率が他のクラスに比し著しく低いことを注意したことは、当事者間に争いがない。
而して証人rの証言ならびに被申請人代表者aの本人尋問の結果(第二回)および
申請人の本人尋問の結果(第一回、第六回)によれば、被申請人校長は申請人に対
し、同人が出張から帰つた後、同人の留守中の生徒の出席率が著しく低かつたこと
について、その実態を調査し、報告書を提出することを二・三回命じたこと、しか
し、申請人は、右報告書を提出しなかつたこと、右出席率が著しく低くなつた原因
は、申請人の右出張中の被申請人の授業は、自習時間であつたり、又代行の教諭に
よる授業であつたり、三〇分間の授業が代行教諭の遅刻により二〇分間位に短縮さ
れることが予想されたりしたため、生徒自身授業に対する興味を失つたこともその
一因であつたことが、一応疎明され、右認定に反する申請人の本人尋問の結果(第
一回)は、前掲被申請人代表者aの本人尋問の結果に照らし、当裁判所の措信し得
ないところであり、他に右認定を左右するに足る疎明はない。
6 生徒出張
 申請人が、生徒のクラブ活動組織である考古学同好会の指導担当者であつたこ
と、同クラブが梧林祭に考古学資料を展示したこと、右資料中に静岡大学管理にか
かるものがあつたこと、および生徒二人が被申請人主張の日静岡大学へ資料を返還
するため、授業時間中出張したことは、当事者間に争いがない。
(1) 梧林祭出品についての被申請人の事前の許可
 被申請人主張の申請人が右許可をえていないとの点は、これを認めるに足る疎明
がない。
(2) 出品物返還のための生徒出張についての許可
 証人p(第一・二回)、同qの各証言および被申請人代表者aの本人尋問の結果
(第一・二回)によれば、申請人は、前記出品物返還のため、職員会議または校長
もしくは教務主任の許可なく生徒二名を静岡大学へ出張させたことが一応疎明さ
れ、また、当該父兄の許可をえていないことは弁論の全趣旨によつて一応認められ
る。これを左右するに足る疎明はない。而して、一方証人p(第二回)同qの各証
言および申請人の本人尋問の結果(第一回)ならびに前記被申請人代表者の本人尋
問の結果によれば、目黒高校では、本件のような事例が、当時までなかつたことも
あつて、生徒出張について明確な手続がなかつたこと、申請人は、右生徒出張につ
き当該生徒の担任のs教諭およびl教務主任に対し、了解を求めていることが一応
疎明され、他に右認定を覆えすに足る疎明はない。
7 寄附の勧誘
 申請人の担当するクラスの生徒が、被申請人主張の時期に、申請人指導のもとで
「卒業記念文集」(クラス誌)を発行したこと、この発行にあたり、生徒が自主的
に費用を分担し、費用の一部を自家営業の生徒父兄から広告料名義で拠金してもら
うことを申請人が承認したこと、そして申請人の右各措置につき、事前に校長およ
び職員会議の明示の承認はえていないこと、右クラス誌発行および寄附の点につ
き、校長が申請人に対し、注意したことは当事者間に争いがない。
 証人f(第一回)、同p(第二回)の各証言ならびに被申請人代表者aの本人尋
問の結果(第一・三回)によれば、目黒高校では、クラス誌を発行することその際
父兄から寄附金を求めることは、職員会議の了承を得る慣行になつていたこと、又
成立に争いのない甲第五号証、証人rの証言および申請人本人尋問の結果(第六
回)によれば、右寄附金は、右クラス誌発行の費用が合計一万円不足したので、一
人一、〇〇〇円づつとして、自家営業の父兄から集めることに生徒との討論の結果
きまつたこと、被申請人代表者aの本人尋問の結果(第二・三回)によれば、申請
人は、前述の如く校長から注意を受けた際「校長は愉快でないことをいう。」とい
う趣旨の発言をし、さらに、場合によつては右クラス誌の発行および寄附金の申込
みを撤回してもよい旨の発言をしたこと、しかし、校長は、すでに右クラス誌は校
長の巻頭言を残して印刷ができあがつており、右寄附金も集金しているので、結局
許可したことが一応疎明され、右認定を覆えすに足る疎明はない。
8 教員はその職務の性質上法律によつてその資格が限定され、その身分は尊重さ
れ、適正な待遇が期せられている反面、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努
めなければならない義務を負担するものであり、教員が理由なく従来の学校の慣行
に反し或は校長の職務上の指示ないし注意に対しいたづらに反抗的態度を示すこと
は決して好ましいことではないが、被申請人が申請人の職場秩序の破壊に該当する
として主張する事実につき、前記認定事実に基づいて考えるに、その主張事実のあ
るものはこれを認定し得ないか(前記1および6(1)の事実)、或はこれを認定
し得てもその事実そのものが比較的軽微なものか(同2、3、7の事実)、申請人
にも掬すべき事情が存するか(同4、6(2)、7の事実)、又は被申請人側にも
改善の余地が存するか(同5の事実)、もしくは校長が結果において申請人の所為
に了解を与えている(同7の事実)事柄であつて、これを綜合的に考察しても被申
請人が申請人に対して他の処分をなすは格別、申請人に前記被申請人主張の如き職
場秩序破壊の所為があるとしてなした本件解雇の意思表示は、その権利行使の範囲
を逸脱し、有効と認めるに由ないものといわねばならない。
(二) 申請人の教育内容の独善性
1 被申請人の教育方針
 被申請人代表者aの本人尋問の結果(第一回)によれば、目黒高校は、中堅技術
者の養成を目的として、昭和一五年に設立され、第二次世界大戦後普通科を併設し
て、機械科は常識豊かな中堅技術者を養成し、普通科は将来大学へ進学し、視野の
広い中正妥当な市民としての素養を養うことを目的としていることが一応疎明さ
れ、他に右認定を左右する疎明はない。
2 被申請人が申請人の授業内容を録音するまでの経過
(1) 被申請人が申請人を採用するにあたり、被申請人校長が申請人に対し、本
校は政治的にも思想的にも中正不偏を校是としているとの発言をしたことは当事者
間に争いがなく、被申請人代表者aの本人尋間の結果(第一回)によれば、右発言
の趣旨は訓示であつたことが一応疎明され、右認定を左右するに足る疎明はない。
 そして、右本人尋問の結果によれば、つぎの事実が一応疎明され、これを左右す
るに足る疎明はない。すなわち、昭和三六年開催の目黒高校の人事委員会で、申請
人の生徒指導ないし授業内容についての問題が話題となり、校長に対し注意を喚起
するよう決議がなされたため、校長は、そのころ申請人に対し、右決議の内容を伝
え、採用時の訓示をくりかえし、さらに、申請人の授業内容を検討するため、ま
ず、特別の授業計画表を提出させたが、内容まで知ることができなかつた。そし
て、昭和三九年五月ころにも、指導計画表を提出させたが、いぜんとしてその授業
内容は不明であつたので、校長は、申請人の授業内容を知るため、生徒の父兄に聞
くことも考えたが、この方法は不可能に近いほど困難であると判断し、結局、申請
人の授業を録音することを決意した。そして、同年九月から翌昭和四〇年一月まで
の間の申請人のすべての授業を録音した。
(2) 校長が右録音をとることにつき、申請人の同意があつたと認めるに足る疎
明はない。この点につき、被申請人代表者aの本人尋問の結果(第一回)中には、
昭和三八年一〇月ないし一一月ころ申請人の承諾を得た旨の供述部分があり、ま
た、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第四号証の三には、校長自
身が昭和三九年秋ころ申請人の前記同意を得た旨の記載があるが、右両疎明は申請
人の同意を得た時期について約一年のずれがあるのみならず、申請人の本人尋問の
結果(第六回)に照らすときは、当裁判所の採用し得ないところである。
3 校長が教師の同意なくしてその授業内容を録音することの可否
 教育基本法第八条第一項は「良識ある公民たるに必要な政治的教養は教育上これ
を尊重しなければならない」と規定し、国公立学校たると公の性質をもつ私立学校
たるとを問わず、およそ教育に関係ある地位と機会とにあるものは、国民に対し政
治社会において、その構成員として正しく権利を行使し、義務を遂行し、良識にか
なつた活動をするために要求される政治的教養を教授せねばならぬ旨を要請してい
るが、一方、同法第一〇条第一項において「教育は不当な支配に服することなく、
国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである」と規定し、いわゆる
教育権の独立を宣明している。従つて、国公立学校たると公の性質をもつ私立学校
たるとを問わず、教員は、大学その他の高等の教育機関と下級の教育機関とにおい
て程度の差こそあれ、教育の本質および教育者の使命に鑑がみ、前記教育の目的の
範囲内においてその自由と自主性を保持し、公の機関又は学校法人の理事者やその
他の団体又は個人に由来する不当な支配ないし影響力から防禦されなければならな
い。従つて、それらのものは教員の教育の具体的活動の内容に立入つて命令、監督
することは避けなければならず、そのなし得ることは教員に対する適正な手段によ
る援助、助言ないし助成でなければならない。そして、右の援助ないし助成を現実
に行なつた後においてもなお、その効なしと認められるとき、はじめて解雇その他
の是正手段をとり得るものと解すべきである。而して前記認定事実によれば、申請
人については、昭和三六年開催の目黒高校の人事委員会において、その生徒指導な
いし授業内容について問題がある旨指摘され、校長に対し申請人に注意を喚起する
よう決議がなされたため、校長は申請人の授業内容を検討せんとしたのであるが、
校長、同僚又は父兄による授業参観、生徒よりノート等の借用、申請人とその同僚
又は校長との意見交換等他にみるべき手段によることなく、直ちに申請人の同意な
しにその全授業を録音したのである。かかる行為は教員たる申請人に対し、その授
業内容について、有益な援助ないし助成をなすその前提としての授業内容の確知方
法において適正な手段とはいい難い。もちろん公の性質をもつ学校教育の授業につ
いてはその秘密性を保持する法益は存しないけれども、右のような確知方法を教育
の場面において直ちに容認するときは、教育の自由の空気は失われ、教員の授業に
おける自由および自主性が損われることは否定できない。してみれば、申請人の授
業内容も後述のとおりであるが、それはともかく右の如き手段によつて収集した申
請人の授業内容を根拠として申請人を解雇した本件はすでにこの点において前記教
育基本法第一〇条第一項の「不当な支配」に該当し、右は公秩序に反し、このよう
な被申請人の解雇の意思表示は権利の濫用として許されないものといわねばなら
ぬ。
4 なお附言するに、
(1)(ア) ①申請人が、昭和三九年九月四日のホーム・ルームで、「日米安保
条約は憲法に違反している。」と述べたこと、②同月一九日の授業において、
「米、英、日の例をみても実際はうまくいつているようだが、ほんとうはそうでは
ない。」と述べたこと③同年一〇月三〇日の授業において「労働が価値以下にあが
なわれるから利潤がでる。」と述べたことは当事者間に争いがない。
(イ) 検証の結果(第一・二回)および成立に争いのない乙第七号証の一のA、
同二のA、同二のB、同三のB、同四のA、同六のB、同八のB、同一四のA、B
(証拠能力の点については、さておき)によれば、申請人がつぎの各授業で、つぎ
のとおり述べたことが一応疎明される。①同年九月一一日「産業資本は、産業革命
が行なわれてから、あと、これと前後して生まれてくる。」②同月一二日「学校は
賃金労働者しかつくらない。」③同日「一五世紀や……その当時は絶対主義国家が
生まれるころのヨーロツパの内部」④同月一九日「われわれ社会主義経済からいわ
せれば、」⑤同年一〇月一六日「目黒高校は万々才だ。」⑥同月一七日「中国と結
んで日本が、中国大陸の六億の民衆と結んだ形で日本というものが存在すると」⑦
同年一一月六日「利潤は労働者から労働を実際の価値より安く買うことから生ず
る」との趣旨。「この見解はマルクス経済学と近代経済学とで一致している」との
趣旨。⑧同月一一月一七日被申請人主張には必ずしも明瞭でない部分があるが、同
主張と同旨。⑨昭和四〇年一月九日被申請人主張と同旨。⑩同月二三日「人はガラ
スをこわせば、弁償しなければならない。ところが、組合がストライキをすると…
…会社は契約しているわけで……組合に損害賠償できない。」
(2) 被申請人主張の①九月四日「破棄すべきである。」②同月一一日のA、
B、C、E ③一〇月一三日、④一一月六日の授業中平均利潤率を独占資本の形成
後と説明した点、⑤一一月一三日の各事実は、これを認めるに足る疎明はない。
(3) 教育基本法第八条第一項は、およそ教育に関係ある地位と機会とにあるも
のに対し、国民に対し正しい政治的教養を教授せねばならぬ責務を課している反
面、その第二項において「法律に定める学校は特定の政党を支持し、又はこれに反
対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」旨規定し国公立たると
公の性質をもつ私立学校たるとを問わず右政治活動を禁止している。教員はその職
種が専門職であり、かつ、法律上その身分は尊重され、その待遇は適正を期せら
れ、教育の本質上、その教育活動、特に授業にあたつては周到な用意および慎重な
言動をもつて臨まねばならないことは云うまでもない。申請人の前記各日時におけ
る教授内容は高校教育の内容として、言辞軽率に過ぎる部分もあるが、これを全体
として観察すれば、未だ前記法律の禁止する政治的活動とはいゝ難く(特に前記④
の授業内容については、前記乙第七号証の二のBおよび検証の結果(第二回)によ
れば、申請人は修正資本主義と社会主義の是非について、今日はこの結論を出すと
ころではないと述べ、その結論を留保していることが一応疎明され、他に右認定を
左右するに足る疎明はない。)、又その教授内容の誤謬も直ちに解雇に値するほど
のものとは認められない。従つて、右授業内容を根拠としてなす被申請人の本件解
雇の意思表示は、その行使につき本来の範囲を逸脱し、この点においても、有効と
認めることを得ない。
(三) 生活指導能力について。
 昭和三九年一〇月申請人の出張の際の約一週間、申請人担任のクラスの欠席率が
他のクラスより高かつたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いがな
い乙第五号証によれば、右欠席率は平均約三九%であつたことが一応疎明され、他
に右認定を左右するに足る疎明はない。
 しかし、右の事実は申請人の出張中の出来事であり、又前記(一)5認定のとお
り、申請人出張中の対策につき、学校側にもその責任の一半があるのみならず、証
人rの証言によれば、申請人は、日常授業以外にも生徒と接し、生徒の人望も厚か
つたことが一応疎明され、他に右認定を左右するに足る疎明はない。してみれば、
前記出席率の不良状態のみをもつて、申請人が生徒に対する生活指導能力において
劣つているものとは認められず、右事実をもつて申請人を解雇することは、その本
来の範囲を逸脱し、その効力を認めるに由ないものといわねばならぬ。
第三 賃金請求権
一 申請人が、被申請人から昭和四〇年三月現在金三万三、八五〇円の賃金を得て
いたことは当事者間に争いがない。
二 その余の申請人が、被申請人に勤務していたならばうけたであろう給与(別表
一)および待遇改善費、入試手当(別表(二))については、労働協約の存在、労
働組合法第一七条の要件の存在等申請人にこれが請求権が発生したと認めるに足る
疎明はない。
第四 必要性
 申請人が、本件解雇当時被申請人から支給される給与を唯一の生活の糧としてい
たものであることは、弁論の全趣旨により、認めることができる。
第五 結論
 よつて、申請人のその余の主張に対する判断を省略し、申請人の本件申請は、主
文第一、二項掲記の限度で理由があるので、これを認容し、その余を失当として却
下することとし、申請費用につき、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を各適用し
て、主文のとおり判決する。
(裁判官 中島恒 島田禮介 戸田初雄)

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