弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主    文
    原判決のうち,判示第1,第3ないし第5及び第8の各罪につき,刑を免
除した部分を破棄する。
    被告人を,原判示第1,第3ないし第5及び第8の各罪につき,それぞれ
拘留10日に処する。
    その余の本件控訴を棄却する。
          理    由
   本件控訴の趣意は,検察官渋谷勇治が提出した広島地方検察庁検察官川野辺
充子作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これに対する答弁は,弁護人大
原貞夫作成の答弁書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
第1 控訴趣意中,構成要件である法令の解釈適用の誤りないし事実誤認の主張に
ついて
   所論は,要するに,被告人の原判示第1,第3及び第5の各行為は,それぞ
れ建造物損壊罪に該当し,被告人の原判示第4及び第8の各行為は,それぞれ器物
損壊罪に該当するのに,原判決が,これらの各行為について軽犯罪法1条33号の
罪が成立するにとどまると認定したのは,刑法260条,261条及び軽犯罪法1
条33号の解釈適用を誤り,若しくは事実を誤認したものであって,これらが判決
に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
   そこで,所論にかんがみ,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結
果を加えて検討するに,これらの点に関する原判決の法令の解釈適用ないし事実認
定及び説示(原判決の「事実認定の補足説明」の第3の1ないし5,7)は,当裁
判所も概ね正当なものとして是認することができ,当審において取り調べた関係証
拠(当審検第1ないし第6号)によっても,上記の判断を左右するものはないとい
うべきである。以下,ふえんする。
 1 検察官は,上記各事実に共通する前提として,原判決が,建造物損壊罪及び
器物損壊罪の「損壊」の一般的判断基準である「客体本来の効用の減損」に当たる
か否かにつき,「建物のデザイン」,「当該建物が美観を重視して作られたものか
否か」などの主観的個別的事情を殊更重視する一方,重要な判断要素である原状回
復の難易,ひいては当該建造物等の価値の減少,滅却という財産罪の本質的要素を
看過して上記結論を導いたものである,と主張する。すなわち,建造物等損壊罪に
いう「損壊」とは,「物理的損壊に限らず,客体の本来の効用を失わせる一切の行
為」をいうと解され,さらに,その「本来の効用を失わせる行為」には,客体の美
観を害する行為も含まれるが,建造物等損壊罪がいわゆる財産罪であることにかん
がみると,当該建造物等の本来の効用を失わせる美観の侵害行為は,これによる経
済的価値の減少,滅却と表裏一体の関係にあり,当該建造物等の状況,侵害の態様
の全体からみて,何人も侵害された当該建造物等の原状回復を望み,その原状回復
に相当程度の費用や労力を要する場合には,社会通念上,その物の経済的価値が減
少したものと評価できるのであるから,当該美観の侵害行為が,当該建造物等の本
来の効用を失わせる行為に当たるか否かは,かかる原状回復の困難性,換言すれば
経済的価値の減少の有無という客観的視点から判断すべきであり,原判決のように
「建物のデザイン」あるいは「当該建物が美観を重視して作られたものか否か」な
どという主観的判断を伴う個別的事情は,何人も相当の費用や労力をかけてまで原
状回復を望むか否かの判断の一事情となるにすぎず,これのみを重視するのは相当
ではない,というのである。
   しかし,原判決の説示全体に照らすと,原判決は,建造物損壊罪及び器物損
壊罪の「損壊」行為の解釈に当たり,検察官が主張する解釈と概ね同様の立場に立
った上で,客体の美観を侵害する行為が,「損壊」に当たるかどうかを検討する際
に,原状回復の難易,当該建造物等の価値の減少,滅却の有無を判断する要素の一
つとして,「建物のデザイン」や「当該建造物等が美観を重視して作られたものか
否か」という個別的事情を検討しているのであって,これのみを重視して解釈して
いるものでないことは明らかであるから,検察官の上記主張は,当を得ないもので
あって,採用できない。
 2 以下,所論にかんがみ,各事実について個別に検討する。
  (1) 原判示第1の事実について
    この点に関する原判決の認定及び説示(「事実認定の補足説明」の第3の
2)は,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができる。
    確かに,検察官が主張するとおり,本件落書きは,個人をひぼう中傷し,
憎悪の感情が表現された内容であるから,本件建造物の所有者・管理者としては,
早期に,せめて文字を判読できないようにしたいと考えることや業者に依頼して本
件建造物の落書きされた外壁を修復するために5万円余りの費用を要することはそ
のとおりである。
    しかし,関係証拠によれば,本件落書きは,スプレー,ペンキ又は墨で肉
太に大きく目立つように書かれたというものではないこと,本件建造物(工場)の
関係者が白色ペンキを塗ることによって,容易に文字を判読できないようにするこ
とができ,そのことによって一応の応急措置はなされたと認められ,また,上記5
万円余りの費用を投じて外壁を修復すると,その外壁は,落書きがされる直前の状
態,すなわち厳密な意味での原状に回復すること以上に美観などが改善されるもの
と窺われ,そうだとすると,上記5万円余りの費用の中には,厳密な意味での原状
回復費のほかに改善費の部分も含まれているとみることができ(なお,修復に要す
る(作業時間数で表される)労力についても,同様の問題点を指摘することができ
る。),上記5万円余りの費用のうち,厳密な意味での原状回復費がいくらである
かを認定するに足る証拠はない。また,本件落書き前の本件建造物(工場)の時価
がいくらであり,本件落書きによる本件建造物(工場)の時価の下落分が落書き前
の時価に比しどの程度の割合を占めるかということを認めるに足る証拠もない。さ
らに,本件建造物(工場)の外壁に対し軽犯罪法1条33号該当の汚損がなされた
場合であったとしても,所有者・管理者がその修復を望み,その修復になにがしか
の費用を要し,したがって,本件建造物(工場)の経済的価値になにがしかの減少
をもたらす場合のあることは否めない。加えて,建造物損壊罪は,非親告罪で,懲
役よりも軽い法定刑は定められていないから,建造物を損壊したと認めるために
は,懲役を科すに足る態様・程度の行為・結果であることが必要であり,他方,軽
犯罪法1条33号の汚損の罪に対しては,最高で29日の拘留を科すことができる
と定められており,このような拘留の上限を参酌すると,上記汚損の罪は,相当程
度に悪質な態様・程度の行為・結果をも予定していると解することができる。
    以上の検討結果に原判決指摘の諸般の事情を併せ考慮すると,落書きをさ
れた本件建造物(工場)の外壁の修復費に5万円余りを要することなど検察官がる
る主張するところを十分勘案してみても,本件落書きの内容や態様,程度によれ
ば,本件建造物が,軽犯罪法1条33号所定の「汚した」という程度を越えて,そ
の本来の効用を著しく減損されるに至り,損壊されたとみるのが相当であるとはい
えない。
    なお,検察官は,原判決が,工場に美観は重視されないと説示しているの
は独断であるとも主張する。しかし,原判決の当該説示部分は,工場という建物に
ついて,一般的に美観は重視されないというものではなく,本件工場は特に美観を
意識したデザインでもなく,本件建物の用途や機能にとって美観は重視されていな
いという趣旨であることは明白であるし,原判決が,そのことを,建造物の「損
壊」の有無を判断する一事情として考慮したことも相当であるから,検察官の上記
主張は理由がない。
    所論は理由がない。
 (2) 原判示第3の事実について
   この点に関する原判決の認定及び説示(「事実認定の補足説明」の第3の
3)は,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができる。
   確かに,検察官が主張するとおり,本件落書きは,個人をひぼう中傷した内
容であるから,本件建造物の所有者・管理者としては,早期に,せめて文字を判読
できないようにしたいと考えることや業者に依頼して本件建造物を修復するために
約5万円の費用を要することはそのとおりである。また,関係証拠によれば,Aが
洗剤を使用して消そうとしたが,消すことができなかったこと及び業者に依頼して
落書きを消すのに現実に上記費用を要したことが認められる。
   しかし,関係証拠によれば,本件落書きは,スプレー,ペンキ又は墨で肉太
に大きく目立つように書かれたというものではないこと,本件落書きがなされてい
る部分は,本件建造物(倉庫)の外壁であって,同所はモルタル壁で,細かい凹凸
があるため,文字の線はかすれがちであり,灰色がかった白色の壁面にかすれがち
の黒色の文字が書かれているため,見る者にさほど強い印象を与えるものでないこ
とが認められ,また,上記約5万円の費用を投じて外壁を修復すると,その外壁
は,落書きがされる直前の状態,すなわち厳密な意味での原状に回復すること以上
に美観などが改善されるものと窺われ,そうだとすると,上記約5万円の金額の中
には,厳密な意味での原状回復費のほかに改善費の部分も含まれているとみること
ができ(なお,修復に要する(作業時間数で表される)労力についても,同様の問
題点を指摘することができる。),上記約5万円の費用のうち,厳密な意味での原
状回復費がいくらであるかを認定するに足る証拠はない。また,本件落書き前の本
件建造物(倉庫)の時価がいくらであり,本件落書きによる本件建造物(倉庫)の
時価の下落分が落書き前の時価に比しどの程度の割合を占めるかということを認め
るに足る証拠もない。さらに,本件建造物(倉庫)の外壁に対し軽犯罪法1条33
号該当の汚損がなされた場合であったとしても,所有者・管理者がその修復を望
み,その修復になにがしかの費用を要し,したがって,本件建造物(倉庫)の経済
的価値になにがしかの減少をもたらす場合のあることは否めない。加えて,建造物
損壊罪は,非親告罪で,懲役よりも軽い法定刑は定められていないから,建造物を
損壊したと認めるためには,懲役を科すに足る態様・程度の行為・結果であること
が必要であり,他方,軽犯罪法1条33号の汚損の罪に対しては,最高で29日の
拘留を科すことができると定められており,このような拘留の上限を参酌すると,
上記汚損の罪は,相当程度に悪質な態様・程度の行為・結果をも予定していると解
することができる。
   以上の検討結果に原判決指摘の諸般の事情を併せ考慮すると,落書きをされ
た本件建造物(倉庫)の外壁の修復費に約5万円を要することなど検察官がるる主
張するところを十分勘案してみても,本件落書きの内容や態様,程度によれば,本
件建造物が,軽犯罪法1条33号所定の「汚した」という程度を越えて,その本来
の効用を著しく減損されるに至り,損壊されたとみるのが相当であるとはいえな
い。
   なお,検察官は,原判決が,倉庫に美観は重視されないと説示しているのは
独断であるとも主張する。しかし,原判決の当該説示部分は,倉庫という建物につ
いて,一般的に美観は重視されないというものではなく,本件倉庫は特に美観を意
識したデザインでもなく,本件建物の用途や機能にとって美観は重視されていない
という趣旨であることは明白であるし,原判決が,そのことを,建造物の「損壊」
の有無を判断する一事情として考慮したことも相当であるから,検察官の上記主張
は理由がない。
   所論は理由がない。
 (3) 原判示第4の事実について
   この点に関する原判決の認定及び説示(「事実認定の補足説明」の第3の
4)は,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができる。
   確かに,検察官が主張するとおり,本件落書きは,個人をひぼう中傷し,憎
悪の感情が表現された内容であるから,本件塀の所有者・管理者としては,早期
に,せめて文字を判読できないようにしたいと考えることや専門業者に依頼して本
件塀を完全に修復(原状回復)するために5万円余りの費用を要することはそのと
おりである。また,関係証拠によれば,被害者において,本件塀の修復を専門業者
に依頼したため,本件落書きは2週間ないし1か月ほどの間そのままの状態になっ
ていたこと及び修復費用が現実に5万円余りかかったことが認められる。
   しかし,関係証拠によれば,本件落書きは,スプレー,ペンキ又は墨で肉太
に大きく目立つように書かれたというものではないこと,本件落書きがなされてい
る部分は,壁面の横幅の3分の1程度に過ぎず,その割合は比較的小さく(なお,
検察官は,塀全体の長さに対する落書きの割合などは重視すべき事実ではないと主
張するが,本件塀全体の長さに対する落書きされた部分の割合を,本件塀が損壊さ
れたと認められるか否かの一つの要素として考慮することは,相当である。),壁
面の表面に細かい凹凸があるため,文字の線はかすれがちであり,黄土色の壁面に
かすれがちの黒色の文字が書かれているため,見る者にさほど強い印象を与えるも
のではないことが認められ,また,上記5万円余りの費用を投じて本件塀を修復す
ると,それは,落書きがされる直前の状態,すなわち厳密な意味での原状に回復す
ること以上に美観などが改善されるものと窺われ,そうだとすると,上記5万円余
りの費用の中には,厳密な意味での原状回復費のほかに改善費の部分も含まれてい
るとみることができ(なお,修復に要する(作業時間数で表される)労力について
も,同様の問題点を指摘することができる。),上記5万円余りの費用のうち,厳
密な意味での原状回復費がいくらであるかを認定するに足る証拠はない上,本件落
書き前の本件塀の時価がいくらであり,本件落書きによる本件塀の時価の下落分が
落書き前の時価に比しどの程度の割合を占めるかということを認めるに足る証拠も
ない。さらに,本件塀に対し軽犯罪法1条33号該当の汚損がなされた場合であっ
たとしても,所有者・管理者がその修復を望み,その修復になにがしかの費用を要
し,したがって,本件塀の経済的価値になにがしかの減少をもたらす場合のあるこ
とは否めない。加えて,器物損壊罪にいう「損壊」の意味を建造物損壊罪にいう
「損壊」の意味と違う内容で解釈するのは疑問なしとせず,器物損壊罪の法定刑が
懲役のほか罰金及び科料を含むことについては,損壊の対象である器物には財産的
価値の低いものも含まれることなどによると考えられる。他方,軽犯罪法1条33
号の汚損の罪に対しては,最高で29日間の拘留を科すことができると定められて
おり,このような拘留の上限を参酌すると,上記汚損の罪は,相当程度に悪質な態
様・程度の行為・結果をも予定していると解することができる。
   以上の検討結果に原判決指摘の諸般の事情を併せ考慮すると,落書きをされ
た本件塀の修復費に5万円余りを要することなど検察官がるる主張するところを十
分勘案してみても,本件落書きの内容や態様,程度によれば,本件塀が,軽犯罪法
1条33号所定の「汚した」という程度を越えて,その本来の効用を著しく減損さ
れるに至り,損壊されたとみるのが相当であるとはいえない。
   所論は理由がない。
 (4) 原判示第5の事実について
   この点に関する原判決の認定及び説示(「事実認定の補足説明」の第3の
5)は,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができる。
   確かに,検察官が主張するとおり,本件落書きは,個人をひぼう中傷した内
容であるから,本件建造物の管理者としては,早期に,せめて文字を判読できない
ようにしたいと考えることや業者に依頼して本件外壁を修復するために15万円余
りの費用を要することはそのとおりである。なお,関係証拠によれば,後日,現実
に,15万円余りの費用をかけて塗装を行い修復したことが認められる。
   しかし,関係証拠によれば,本件落書きは,スプレー,ペンキ又は墨で肉太
に大きく目立つように書かれたというものではなく,公共職業安定所の職員3名が
壁と類似した色のペンキを塗ることによって,容易に文字を判読できないようにす
ることができたことが認められ,そのことによって一応の応急措置はなされたとみ
ることもできる。
   なお,検察官は,原判決は,公共職業安定所という官庁の建物の性質から,
その美観は用途や機能にさほど影響しないと説示しているが,国民のだれもが利用
する公共建築物を汚損することは一層悪質な犯行とも評価し得るのであり,官庁の
建物について,美観は重視されないというのは独断であると主張する。しかし,原
判決の当該説示部分は,官庁の建造物については,一般的に美観は重視されないと
いうものではなく,本件建物は特に美観を意識したデザインでもなく,本件建物が
公共職業安定所であることからすると,その美観は,その用途や機能にさほど影響
しないと考えられるという趣旨であることは明白である。また,検察官は,上記の
ように,「国民のだれもが利用する公共建築物を汚損することは一層悪質な犯行と
も評価し得る」とも主張するが,汚損された建物がどのような種類の建物であるか
は,落書きの態様,内容等とともに,損壊か否かの判断要素の一つではあるとして
も,公共建築物に落書きをすることが,私人の建物に落書きをするよりも,一般的
に悪質であるとは必ずしもいえないというべきである。
   なお,上記修復費15万円余りは,工事面積が33.2平方メートルとされ
ているところから推測すると,本件落書きがなされていた壁面のみに対する修復費
ではなく,その他の壁面部分をも含む塗装費用であることが窺われるところ(原審
検第24,25号),本件落書きがなされていた壁面とともに他の壁面部分の塗装
をすることが不可避であったという事情も,上記15万円余りのうち,本件落書き
がなされた壁面部分の塗装費の占める割合も,分明ではない。また,上記15万円
余りの費用を投じて壁面を修復すると,壁面は落書きがされる直前の状態,すなわ
ち厳密な意味での原状に回復すること以上に美観などが改善されるものと窺われ,
そうだとすると,上記15万円余りの費用の中には,厳密な意味での原状回復費の
ほかに改善費の部分も含まれているとみることができ(なお,修復に要する(作業
時間数で表される)労力についても,同様の問題点を指摘することができる。),
上記15万円余りの費用のうち,厳密な意味での原状回復費がいくらであるかを認
定するに足る証拠はない。また,本件落書き前の本件建造物の時価がいくらであ
り,本件落書きによる本件建造物の時価の下落分が落書き前の時価に比しどの程度
の割合を占めるかということを認めるに足る証拠もない。さらに,本件建造物の壁
面に対し軽犯罪法1条33号該当の汚損がなされた場合であったとしても,管理者
がその修復を望み,その修復になにがしかの費用を要し,したがって,本件建造物
の経済的価値になにがしかの減少をもたらす場合のあることは否めない。加えて,
建造物損壊罪は,非親告罪で,懲役よりも軽い法定刑は定められていないから,建
造物を損壊したと認めるためには,懲役を科すに足る態様・程度の行為・結果であ
ることが必要であり,他方,軽犯罪法1条33号の汚損の罪に対しては,最高で2
9日間の拘留を科すことができると定められており,このような拘留の上限を参酌
すると,上記汚損の罪は,相当程度に悪質な態様・程度の行為・結果をも予定して
いると解することができる。
   以上の検討結果に原判決指摘の諸般の事情を併せ考慮すると,落書きをされ
た本件建物外壁の修復費に15万円余りを要することなど検察官がるる主張すると
ころを十分勘案してみても,本件落書きの内容や態様,程度によれば,本件建造物
が,軽犯罪法1条33号所定の「汚した」という程度を越えて,その本来の効用を
著しく減損されるに至り,損壊されたとみるのが相当であるとはいえない。
   所論は理由がない。
 (5) 原判示第8の事実について
   この点に関する原判決の認定及び説示(「事実認定の補足説明」の第3の
7)は,当裁判所も概ね正当なものとして是認することができる。
   確かに,検察官が主張するとおり,本件落書きは,個人をひぼう中傷した内
容であるから,本件塀の所有者・管理者としては,早期に,せめて文字を判読でき
ないようにしたいと考えることや業者に依頼して本件塀を完全に修復するために約
3万5000円の費用を要することはそのとおりである。なお,関係証拠によれ
ば,本件塀の修復に上記程度の費用を要したことが推認される。
   しかし,関係証拠によれば,本件落書きは,スプレー,ペンキ又は墨で肉太
に大きく目立つように書かれたというものではないこと,本件落書きのなされた部
分の面積は,さほど広くなく,被害者宅の者が,本件落書きに気付いたその日のう
ちに,本件落書きの上に紙を貼って隠すことができたほどのものであったことが認
められる上,上記約3万5000円の費用を投じて塀の壁面を修復すると,壁面
は,落書きがされる直前の状態,すなわち厳密な意味での原状に回復すること以上
に美観などが改善されるものと窺われ,そうだとすると,上記約3万5000円の
費用の中には,厳密な意味での原状回復費のほかに改善費の部分も含まれていると
みることができ(なお,修復に要する(作業時間数で表される)労力についても,
同様の問題点を指摘することができる。),上記約3万5000円のうち,厳密な
意味での原状回復費がいくらであるかを認定するに足る証拠はない上,本件落書き
前の本件塀の時価がいくらであり,本件落書きによる本件塀の時価の下落分が落書
き前の時価に比しどの程度の割合を占めるかということを認めるに足る証拠もな
い。さらに,本件塀に対し軽犯罪法1条33号該当の汚損がなされた場合であった
としても,所有者・管理者が修復を望み,その修復になにがしかの費用を要し,し
たがって,本件塀の経済的価値になにがしかの減少をもたらす場合のあることは否
めない。加えて,器物損壊罪にいう「損壊」の意味を建造物損壊罪にいう「損壊」
の意味と違う内容で解釈するのは疑問なしとせず,器物損壊罪の法定刑が懲役のほ
か罰金及び科料を含むことについては,損壊の対象である器物には財産的価値の低
いものも含まれることなどによると考えられる。他方,軽犯罪法1条33号の汚損
の罪に対しては,最高で29日間の拘留を科すことができると定められており,こ
のような拘留の上限を参酌すると,上記汚損の罪は,相当程度に悪質な態様・程度
の行為・結果をも予定していると解することができる。
   以上の検討結果に原判決指摘の諸般の事情を併せ考慮すると,落書きをされ
た本件塀の修復費に約3万5000円を要することなど検察官がるる主張するとこ
ろを十分勘案してみても,本件落書きの内容や態様,程度によれば,本件塀が,軽
犯罪法1条33号所定の「汚した」という程度を越えて,その本来の効用を著しく
減損されるに至り,損壊されたとみるのが相当であるとはいえない。所論は理由が
ない。
  以上のとおり,原判決には,所論のいう法令適用の誤りも事実誤認もない。
  論旨は理由がない。
第2 控訴趣意中,刑の免除に関する法令の解釈適用の誤りの主張について
   所論は,要するに,原判決は,軽犯罪法1条33号の工作物等汚損行為に当
たるとした本件各罪につき,それぞれ拘留を選択した上,いずれも同法2条により
刑を免除したが,本件においては,同法2条所定の刑を免除すべき事由がないの
に,「本件量刑の中心は(併合罪中の)放火にあり,これに自動車の損傷並びに建
物及び塀への落書きが付加されたものとして量刑を考慮すべきであるところ,本判
決により建造物損壊罪あるいは器物損壊罪として認定されたものは合計5件であ
り,仮に本判決により軽犯罪法違反の罪とされた5件が建造物損壊罪あるいは器物
損壊罪として認定されたとしても,全体としての量刑に影響を及ぼすものではない
と言うべきである。そして,本件において,軽犯罪法違反の事実について,その刑
を科すこととすれば,かえって,これらが建造物損壊罪あるいは器物損壊罪として
認定された場合に比して,量刑において不利となる結果となる。したがって,本件
において,軽犯罪法違反の罪については刑を免除するのが相当である。」という理
由により刑を免除したのは,軽犯罪法2条ひいては刑法53条1項の解釈適用を誤
ったものであり,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というので
ある。
   そこで,検討するに,本件軽犯罪法違反の各犯行は,陰湿かつ執拗で,多数
回にわたり反復的に犯された落書き行為の一環であって,犯行に至った経緯や動
機,犯行態様に酌量すべき事情はなく,被害の程度も軽微とはいえないものもあ
り,各被害者とも被告人の厳重処罰を求める旨の告訴状を提出しており,被告人か
ら被害弁償はなされておらず,各被害者が被告人を宥恕したような事実はない。し
たがって,本件軽犯罪法違反の各犯行に対しては,軽犯罪法の法定刑のうち軽い科
料を選択する場合はもちろんのこと,重い拘留を選択しても決して重すぎるという
ことはない。現に,原判決も,本件各罪について所定刑中それぞれ拘留を選択した
上,「量刑の理由」中において,「動機は安直かつ身勝手であり,酌量の余地はな
い。」,「犯行は執拗かつ悪質である。」と説示している。また,本件各罪につい
て,被告人に拘留又は科料の刑を科して処罰することが,社会の実情からみて,い
かにも酷であるとか不公平の感を免れないというような事情も見当たらない。した
がって,本件各罪については,軽犯罪法2条所定の刑を免除すべき「情状」に該当
するような特別の事情はないというべきである。
   それにもかかわらず,原判決は,「仮に本判決により軽犯罪法違反の罪とさ
れた5件が建造物損壊罪あるいは器物損壊罪として認定されたとしても,全体とし
ての量刑に影響を及ぼすものではないと言うべきである。」などと説示した上,本
件軽犯罪法違反の罪の拘留刑を免除するのが相当であると説示するが,この説示に
は賛成することができない。なぜなら,本件5件の軽犯罪法違反の罪を除くその余
の罪全体に対する適正相当な刑が懲役3年6か月であることを前提とするのであれ
ば,犯情悪質な本件5件の軽犯罪法違反の罪より法定刑の重い3件の建造物損壊及
び2件の器物損壊の各罪を更に併合して全部の罪について刑の量定をするときは,
この全部の罪に対する刑は懲役3年6か月より重く量定すべきであるからである。
また,併合罪に当たる他の罪に対し,拘留を併科しない死刑及び無期懲役・無期禁
錮に準ずる極めて重い懲役・禁錮の量定をするような特別の場合においては,それ
を理由として,余罪である5件の軽犯罪法違反の罪について(例えそれが,本件の
ように,各被害者から厳重処罰を望む旨の告訴状が提出され,かつ,その後も宥恕
されていないなど犯情悪質な場合であるとしても)刑の免除をすることが考えられ
ないではないけれども(刑法46条,53条1項ただし書参照),本件は,そのよ
うな事案ではないことが明らかである。
   以上のとおり,原判決は,賛成し難い論理に則り,軽犯罪法1条33号の工
作物等汚損行為に当たるとした本件各罪につき,選択した拘留の刑を同法2条によ
り免除するべき場合に当たらないのに免除したが,これは,同法条の解釈適用を誤
ったものというべきであり,その結果,拘留と他の刑を併科することを定めた刑法
53条1項の適用を遺脱する結果を引き起しており,これらの解釈適用の誤りが判
決に影響を及ぼすことは明らかである。
   論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
 よって,刑訴法397条1項,380条により原判決のうち,判示第1,第3な
いし第5及び第8の各罪について刑を免除した部分を破棄し,同法400条ただし
書により,当裁判所において,更に次のとおり判決する。
 原判決が適法に認定した第1,第3ないし第5及び第8の各所為(ただし,その
「罪となるべき事実」の第4に「B方において,」とあるのは「C方において,」
の誤記と認める。)は,それぞれ軽犯罪法1条33号に該当するので,各所定刑中
いずれも拘留刑を選択し,以上の各罪は刑法45条前段の併合罪であるから,同法
53条2項により各罪の拘留を併科することとし,各所定刑期の範囲内で,被告人
をそれぞれ拘留10日に処し,訴訟費用については,刑訴法181条1項ただし書
を適用して,被告人に負担させないこととする。
 なお,検察官の本件控訴は,原判決全部について行われたものであるが,原審が
建造物侵入,非現住建造物等放火,建造物損壊,器物損壊の各事実を認定し,被告
人を懲役3年6か月に処した部分などについては,検察官は控訴趣意として何らの
主張もせず,これをその他の事実と併せて破棄すべき事由もないので,その部分の
控訴は理由がないことに帰するから,刑訴法396条により,これを棄却すること
とする。
 よって,主文のとおり判決する。
   平成13年11月1日
     広島高等裁判所第一部
            裁判官 菊 地 健 治
            裁判官 島 田   一
   裁判長裁判官重吉孝一郎は病気のため署名押印することができない。
            裁判官 菊 地 健 治

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