弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主          文
1 被告は,原告Aに対し金440万円,原告Bに対し金220万円及びそれぞ
れに対する平成11年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2 原告A及び原告Bのその余の請求並びに原告Cの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告Aに生じた費用の15分の14と被告に生じた費用の45
分の14は原告Aの負担とし,原告Bに生じた費用の15分の14と被告に生じた
費用の45分の14は原告Bの負担とし,原告Cに生じた費用と被告に生じた費用
の3分の1は原告Cの負担とし,原告A,原告B及び被告に生じたその余の各費用
は被告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し金6486万1721円,原告Bに対し金3248万
0860円,原告Cに対し金550万円及びそれぞれに対する平成11年2月2日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要等
本件は,平成11年2月2日午前8時15分ころ,兵庫県a郡b町cd番地
先路上において,軽自動車を運転中のDが,過去に交際していたE運転の普通乗用
自動車に正面衝突されて殺害され,同人も同所で自殺した事件(以下「本件殺人事
件」という。)につき,Dの相続人である原告A及び原告B並びにDの伯父である
原告Cが,DがEに殺害されたのは被告が管理・運営する兵庫県警察に所属する警
察官(以下,単に「警察官」という。)が犯罪防止のための適切な権限行使をしな
かったことによるものであるとして,被告に対して,国家賠償法1条1項に基づ
き,D及び原告らが被った損害の賠償並びにこれに対するDが死亡した日である平
成11年2月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払
いを求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲記した部分以外の事実は当事者間に争いがな
い。)
(1) 当事者
原告Bは,D(昭和53年2月22日生まれ)の実母であり,原告Aは,
Dの実祖母でかつ養母である。
原告Cは,Dの伯父(原告Bの兄)であり,Dの父代わりとして同人を2
歳のころから事実上養育監護してきた者である。
被告は,兵庫県警察の管理及び運営を行う地方公共団体である。
(2) 事実経過
ア Dは,兵庫県a郡b町内にあるスナックに勤めていたところ,平成9年
夏ころ,客として店に来ていたEと知り合い交際を始めたが,暴力を振るわれるよ
うになった。
イ Dは,平成10年4月末ないし5月初めころから,Eの暴力から逃れる
ために,原告Bの嫁ぎ先であるF方から120メートルほど離れた兵庫県e郡f町
gh番地所在の同人所有の小屋(以下「本件小屋」という。)で暮らしていた(乙
157)。
Eは,同年6月9日深夜,Dが一人で就寝していた本件小屋に窓ガラス
を割って入ろうとした上,同小屋から逃げ出して隣家に助けを求めたDを道路まで
引っ張り出し,その際にDが倒れてうつ伏せになったところ,そのままDの両脇を
抱えて引きずり,よって,Dに対し,5日間の加療を要する左肩,両下肢擦過創の
傷害を負わせた(甲2,29の1・2・4 以下,これを「α事件」という。)。
Dは病院で診断書の交付を受け,原告C,原告A及び原告B夫妻ととも
に兵庫県α警察署(以下「α署」という。)へ赴き,被害届を提出した。
同署警察官は,同年7月15日,α事件につきEを傷害罪の容疑で通常
逮捕したが,翌日に釈放した。
同署は,同年8月10日,神戸地方検察庁β支部にα事件を書類送致し
た。
同支部検察官は,同年9月28日,α事件につき不起訴(起訴猶予)処
分とした。
ウ Eは,平成10年12月21日夜,Dの胸部等を殴る蹴るという暴行を
加え,Dに約1か月の通院加療を要する左側胸部打撲,左第5・6肋骨骨折の傷害
を負わせた(甲3の1・2 以下,これを「肋骨骨折事件」という。)。Dは,翌
22日病院で診断書(甲3の1)の交付を受け,23日の午前中,伯父であるG方
に戻った(甲37)。しかし,EがDを訪ねて同方に押しかけて来たことから,同
方の親族は,原告Cを呼び出した(甲37)。
原告Cは,Dを自宅に連れ帰り,友人のHにも来てもらって,同人とと
もにDを伴い,最寄りの兵庫県β警察署y交番(以下,兵庫県β警察署を「β
署」,同署y交番を「y交番」という。)に赴いた。
しかし,同交番のI巡査長は,犯行現場がb町内であり,管轄が異なる
ことから,原告Cらに対して,兵庫県γ警察署z交番(以下,兵庫県γ警察署を
「γ署」,同署z交番を「z交番」という。)に行くよう指示した。
原告Cら3名はz交番に赴き,原告Cは同交番のJ警部補に対して,D
がEから傷害を受けた事実を申告し,診断書を示した。同交番のK巡査がDから,
J警部補が原告Cからそれぞれ事情聴取を開始した。
その後,Eの友人であるL及びEの実父であるMが同交番に来所し,し
ばらくして,Eも来所したことから,Eに対する事情聴取も開始された。
双方に対する事情聴取が進む中,同警部補は,Eと原告Cを交番事務室
から別々に呼び出し,話合いによる解決を勧めた。
その結果,Eは,「彼女(D)を平成10年11月21日(月曜日)の
夜,自宅で殴ったり蹴ったりして,怪我させたことは,まちがいありません。その
ことについては,深く反省しています。今後,二度と彼女を殴ったり,蹴ったりは
しません。二度とつきまとったり電話したりすることは一切いたしません。もし,
これを破るようなことがあれば,先の傷害の件で訴えられても,文句を言いませ
ん。」(上記「11月21日」との部分は,「12月21日」の誤りと認められ
る。)との誓約書(以下「本件誓約書」という。)を作成した(甲4)。他方,D
も,「この度の事件(傷害)でもう二度と彼(M)に電話連絡したりすることをし
ません。又,二度とつき合ったりはしません。」(上記「彼(M)」との部分は,
「彼(E)」の誤りと認め
られる。)との誓約書を作成し(甲5),J警部補においてこれらを保管した。
エ Dは,平成11年1月14日午後3時45分ころ,兵庫県γ市i町jk
番地の3所在のXγx店北側駐車場に停車していたD管理の軽自動車の前部座席内
において,Eから覆い被さるように身体を押えつけられ,殴る蹴るなどの暴行を受
けた(以下,これを「X事件」という。)。
同店駐車場付近で測量作業をしていたNらがDの悲鳴を聞きつけ,Eの
暴行に気付いたことから,同店店員に110番通報を依頼するとともに,自らEの
暴行を止めた(甲38,乙184)。
Dは,このEの暴行により,片膝から出血するなどの傷害を負った(乙
184)。
X店員から110番通報を受けた兵庫県警察本部通信司令室及びγ署
は,「女性が拉致されようとしている。」「男が女を軽四に押し込もうとしてい
る。」との無線を発し,警ら用無線自動車(以下「パトカー」という。)に現場へ
の急行を指令し,これを受けたγ署署配のパトカー(γ2号)が,同X駐車場に到
着した。
現場に臨場したO巡査長及びP巡査部長は,D及びNから事情聴取を行
ったが,Dは被害申告をしないとのことであった。
オ 原告Cは,平成11年1月27日夕刻,Lから,DをEに合わせるよう
求める電話を受けた。原告Cはこれを拒否したが,EとLが押しかけてくると考
え,同日午後6時55分ころβ署へ架電して出動を要請し,Hにも電話をかけて来
てくれるよう頼んだ。しかし,警察官が来るよりも前に,EがLを伴って原告C方
にやって来たので,原告Cは表に出て,Eらを追い払った(以下,これを「押しか
け事案」という。)。
その後,β署w交番(以下「w交番」という。)のQ警部補ら4名の警
察官が原告C方に到着したが,既に通報から約40分が経過していた。Q警部補ら
は現場に到着した後,原告Cらにy交番に来るよう求め,原告Cもこれに応じた。
原告CはHを伴ってy交番に赴き,EもM及びLとともに同交番に赴い
た。
Q警部補は,双方から事情を聴取し,原告Cが肋骨骨折事件の立件を望
んでいたことから,γ署において同事件を把握していると考え,同署に行くよう指
示した。
カ 原告Cは,平成11年1月31日,z交番を訪れ,J警部補に対して押
しかけ事案を説明して,本件誓約書のコピーの交付を求めたが,同警部補はこれを
拒絶した(甲32の2,乙60 以下,これを「コピー要請事案」という。)。
キ Eは,平成11年2月2日午前8時15分ころ,兵庫県a郡b町cd番
地先路上において,自ら運転する普通乗用車を出勤途中のDが運転する軽自動車に
正面衝突させてDを殺害し,自らも,同所で所携の包丁で胸を刺して自殺した。
2 争点
本件の争点は,①警察官の対応に国家賠償法1条1項における違法性(過
失)が認められるか,②捜査懈怠等の違法(過失)行為とD死亡との間に相当因果
関係が認められるか,③損害額である。
(1) 争点①(警察官の対応に国家賠償法1条1項における違法性(過失)が認
められるか)について
(原告らの主張)
ア 総論
本件は,交際中の暴力が原因で女性が別れ話を切り出したことをきっか
けとして,暴力的な攻撃がエスカレートし,つきまとい行為を開始するDV型スト
ーカーの典型である。このようなDV型ストーカーは,相手の拒否を受け入れず,
病的な執着心をもって一方的に自分の欲求を押し付ける。その動機は,好意を寄せ
ている相手に拒絶されたことへの恨みであり,自分を傷つけた人間を傷つけようと
する。そして,次第に暴力行為がエスカレートし,最後には殺人鬼と化す。
EのDに対する種々の攻撃(暴行傷害,脅迫,強要等)も,これにあて
はまるものであり,復縁強制という目的を遂げるために繰り返され,エスカレート
する。かかるEの暴力の特性に鑑みれば,一つ一つの攻撃を切り離して評価するの
ではなく,連続する加害行為として把握され対処されなければならない。
よって,かかる加害行為に対して,警察としては,暴力を振るうことは
いかなる理由があっても許されないということを加害者に伝えるために,毅然と法
律に基づく権限を行使して対処することが極めて重要である。
警察に付与された法的権限は,具体的事情のもとで,警察が個人の生
命,身体の保護という責務を果たすために一般の行政権限以上に適正に行使されな
ければならず,一定の場合に,その権限不行使は著しく不合理なものとして違法に
なる。すなわち,生命身体に対する重大な侵害となる犯罪行為が行われる危険が切
迫しており,警察官においてそのような状況を知ることができ,権限行使により加
害行為の結果を容易に回避することができた場合において,当該権限が行使されな
ければ,その権限不行使は著しく不合理であり,違法と評価される。
本件は,凄惨なストーカー行為に遭い,親族ではDの生命身体を守りき
れないという事情の下で,γ署等にEへの厳しい対応を求めたにもかかわらず,警
察官らが何らの警察権限を行使しなかったのであり,かかる権限不行使は著しく不
合理であり違法であった。具体的には以下のとおりである。
イ 具体的な権限不行使の違法性
(ア) α事件
a 事実経過
(a) Eは平成10年6月9日午前2時35分ころ,DがF所有の本
件小屋に一人で就寝していたところ,同小屋の窓ガラスを破って侵入し,逃げるD
を路上に押し倒し,うつ伏せにしながらその両脇を抱えて引きずり回し,Dに左
肩,両下肢擦過創の傷害を負わせた。
(b) これに対し,α署警察官は,窓ガラスの壊れ具合等を現場で確
認し,Dが同年6月9日に診断書(甲29の4)をα署に持参して襲撃を受けた状
況を説明した際には,本件小屋の所有者である上記Fも同行していたのに,同人に
対して住居侵入罪及び器物損壊罪についての告訴の意向も聞かずに帰らせてしまっ
た。
そして,α署警察官は,Eの住居侵入と器物損壊という傷害に至
る攻撃の危険性を物語る被疑事実には目もくれず,DとEの交際に力点を置いた調
書(甲29の2)を作成し,事件から1か月以上も後の同年7月15日になってよ
うやく傷害罪の容疑でEを逮捕したものの,逮捕時にDがE方にいたのを知るや,
その日のうちに交際再開に関するDの調書(甲29の3)を作成して,翌日Eを釈
放して一件落着の処理をして送検したのである。
b 行使すべきであった権限
α署警察官としては,かかる危険な事件の違法性を漏れなく評価す
るために,本件小屋の所有者であるFから事情を確認して,Eに対し,傷害罪だけ
でなく少なくとも住居侵入罪でも検挙すべきであった。
また,α署は,Eを釈放した後も,被害者であるDの住所地を管轄
するβ署及びEの住所地を管轄するγ署にそれぞれ事件を報告し,今後同様の事件
の再発を防ぐために連携を図りつつ,かつEが再度Dに対して暴行等の攻撃に及ぶ
ことがないか的確に情報交換できる態勢を敷くべきであった。
c 権限不行使の違法性
未明に窓ガラスを破って侵入し,更に逃げる被害者を追跡して暴行
を加え,傷害を負わせるような行為は,極めて危険性の高い行為であり看過すべき
でない。その上,Dへの事情聴取の中で,それまでにも,Eは,DがEに逆らった
りするとすぐに暴力を振るってきたこと,Dが別れようとすると「納得できん。」
などと言って自宅に押しかけて来たこと,そのためにDは身を隠したことが判明し
た。
こうして,Dの事情聴取をとおして,α事件が一過性の事件ではな
く,執拗な復縁のための攻撃の一環であることが明らかになったのである。とすれ
ば,今後更に酷い攻撃が繰り返され,Dの生命身体に対する重大な侵害となる犯罪
行為が行われる差し迫った危険があったことは,α署警察官において容易に認識す
ることができたはずである。
そして,同署警察官が上記のような権限を行使していれば,Eに対
する抑止力になってその後の加害行為を回避し得たのであり,また,これらの権限
行使は,警察として容易にできたものである。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(イ) γ署逃げ込み事案
a 事実経過
(a) Dは,平成10年夏ころ,従姉のR方に匿ってもらっていた
が,そのころ,DがRとともにRの運転する軽自動車で外出した際,Eは軽トラッ
クでDらを追い回し始めた。Eは同車で,m町内においてDらを追い回し,袋小路
に追い込むや,Dらの乗った軽自動車のボンネットに上がり「出てこんかい。」と
怒鳴りながらガラスを叩いた。EはRが警察に通報した際に,一旦ひるんだもの
の,すぐに車での追跡を再開し,Dらがγ署に逃げ込むまで追跡を弛めなかった。
この間,Rは,再三γ署に電話をかけ,追跡の模様を報告し,γ署に逃げ込むこと
も告げた。
(b) Dは,γ署に逃げ込んだ後,同署の警察官に対し,Eの過去の
暴力を話した上,車で追い回された経過を詳しく説明した。しかし,γ署の警察官
は,Dから過去にEから暴力を受けていたことを聞きながら,今回はEが車をぶつ
けていないことや,殴っていないことを聴くと「後をつけられたというだけでは警
察は何もできない。前に二人が交際していたこともあるし。」と述べ,何らの措置
も採らなかった。「何かされないと何もできないのか。」というDの言葉にも「以
前に交際関係があるからなあ。」「今は動きようがない。」と苦笑いして何もせ
ず,記録も一切残さなかった。
その結果,この日の暴行被疑事件は検挙されず,またα事件は漫
然と起訴猶予処分にされた。
b 行使すべきであった権限
被害者であるDからの被害申告を受けたγ署警察官は,直ちにこの
日の暴行について捜査に着手し,刑事訴訟法に基づきEを逮捕するか,少なくとも
Eに対して今後同様の行為を行わない旨の厳正な警告を発するべきであった。
それとともに,γ署警察官は,α署にも逃げ込み事案を報告し,α
事件に関する起訴猶予の当否の判断に重要な事情として供し得るよう,同署経由で
担当検察庁に連絡するべきであった。
c 権限不行使の違法性
Eは,これまでに何度もDに復縁を求めては暴行を繰り返し,同年
6月にはα事件を起こし,さらに上記のとおり,γ署に逃げ込まなければならない
ような凶悪な暴行被疑事件を起こしたものであり,本件がDVストーカー事案であ
ることは明らかである。そして,今後も,Eの暴行がエスカレートすることによ
り,Dや同伴者の生命身体に重大な危害を与えるような犯罪行為のなされる危険が
切迫していることは,上記Rによる通報及びその後のDのγ署警察官に対する説明
等によって,同署警察官においてこれを容易に知り得たはずである。
また,同署警察官は,α事件についてα署に照会し,相互に情報を
交換することにより,同年9月28日にα事件を安易な起訴猶予処分で終わらせる
ことなく,双方の事件につき厳正な刑事処分に向けた捜査を行い,刑事処分につな
げ,併せて,同年7月16日に釈放した後も,Eを罪証隠滅のおそれある者として
刑事訴訟法に基づいて逮捕するか,少なくとも今後同様の行為を行わないよう厳正
な警告を行うなどの断固とした対処をすべきであり,これをしておれば,Eの暴走
は食い止められた。
また,γ署警察官は,この日,Rから恐怖に満ちた通報を受け,D
からもEの執拗な追跡の状況を詳しく聞き,事実関係を十分に把握したのであり,
α署との情報交換により,上記のような措置を採ることは容易であった。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(ウ) 肋骨骨折事件
a 事実経過
(a) Dは,平成10年12月21日,Eに胸を蹴られ「左側胸部打
撲,左第5・6肋骨骨折」の傷害を負わされた。Dは,診断書の交付を受け,今度
こそEを逮捕してもらおうと考え,原告C及びHに付き添われてy交番に赴いた。
Dらは,同交番において,I巡査長に対して診断書を示し,「事件にしたい。」と
告げ,傷害を受けた経過を述べた。しかし,同巡査長は,加害行為地を聞いた途端
「告訴するんならz交番やな。」と述べ,γ署に電話して事情聴取した内容を連絡
し,同署の在署係長の指示を受けてz交番に引継ぎの電話を入れた。
そこで,Dらはz交番に赴き,同交番のJ警部補に対して,改め
て診断書を示しながら告訴意思を告げた。こうしてDの事情聴取が開始し,原告C
は,事情聴取を受けるDの近くで,捜査の指揮を執るJ警部補に対し,Eの暴力が
執拗に繰り返されてきたこと,その中にはα事件として警察に被害届を提出したも
のもあることを説明し,今回の暴力がこれら復縁強制のための攻撃の一環であり,
極めて悪質で危険であって,警察に介入してもらわなければ止まらないことを理解
してもらおうと努めた。
そして,その後,E本人がz交番に来所し,傷害の被疑事実を認
めた。
(b) しかるに,J警部補は,Dによってなされた告訴を受理せず,
何らDの意思を確かめないまま,かえって原告Cに「お兄さん,ここはひとつ,わ
しらがEと父親をガツンとやるから,誓約書でどないや。」と持ちかけ,Eに対し
て厳正な対処をするつもりがあるかのように装って同人の警察に対する信頼を欺
き,受理すべき告訴を棚上げにして,Eから誓約書を取る処理で幕引きを図った。
b 行使すべきであった権限
J警部補は,肋骨骨折事件について,被害者であるDの告訴を受理
し,直ちに捜査に着手して,被疑者Eからの事情聴取,E立会いの上での実況見分
等を実施すべきであった。そして,本件のDV型ストーカー事件としての危険性を
的確に把握するため,本件に先行するα事件について,α署に対する照会などを実
施すべきであった。また,Eが事情聴取に応じない場合は,刑事訴訟法に基づき逮
捕し,Eが事情聴取に応じた場合でも,「Dへの接近禁止,暴行・脅迫等の犯罪行
為を繰り返さない旨厳正な警告」を発した上で検察庁に事件を送致すべきであっ
た。
さらに,Eを逮捕しない場合には,以後のEの警告違反行動を監視
し,迅速に対処(新たな犯罪が行われようとすれば直ちにこれを制止し,犯罪が行
われたときは,直ちに捜査及び被害者保護等の手続を採るなど)できるよう関係警
察署間で緊密な連携態勢を敷くべきであった。
c 権限不行使の違法性
本件では,α事件を含め,復縁強制に基づくDに対するEの暴力が
継続しており,肋骨骨折事件もその延長線上の暴力行為である。よって,本件はD
V型ストーカー事案であり,放置すれば以前からの暴力が更にエスカレートし,D
の生命・身体に重大な危害が加えられる危険が切迫していた。
そして,Dは,y交番及びz交番において警察官に対してかかる事
実を訴えていたのであるから,警察は上記危険の切迫について十分知り得た。とり
わけ,J警部補らは,z交番において,EがDが悪いと主張して自己の暴力を正当
化するのを目の当たりにし,他方で,原告Cから,身内で匿ってもEの暴力からD
を守ることができないことを聴取したのであるから,Eの危険性は嫌というほど知
り得たものである。
そして,仮に警察が上記権限を行使して徹底した捜査を進め,警告
及びEの警告違反行動を包囲する監視網を張り巡らせたならば,警察には正面から
逆らわないEであったから,その行動につき強力な牽制をなし得たはずである。ま
た,被疑者であるEが傷害事件について自白をし,嫌疑も固まっていたのであるか
ら,これらの措置を採ることは容易であった。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(エ) 誓約書による処理後の対応
a 事実経過
J警部補は,肋骨骨折事件を誓約書によって処理した後,かかる処
理を本件殺人事件の後までγ署に報告しなかった。
γ署もy交番からの連絡を受けてz交番に肋骨骨折事件の処理を指
示しながら,同交番から報告が上がらないのにこれを放置し,同月25日には,原
告Cからの電話で,同月23日に告訴に行った経過と誓約書の処理を聞いたにもか
かわらず,z交番に対し報告を求めもしなかった。
b 行使すべきであった権限
そもそも肋骨骨折事件を誓約書で処理したことそのものが違法であ
るが,仮にかかる処理に一片の合理性が見出せるとしても,警察としては誓約書を
Eに書かせて処理を終わらせた後には,以下のように権限行使をすべきであった。
すなわち,J警部補は,その場でDとEの双方に本件誓約書の写し
を交付するなどして誓約内容を確認し,Eに誓約違反を行わないよう厳しく警告す
るとともに,Dに対しては,Eの誓約違反があれば直ちに肋骨骨折事件を立件する
ので,いつでも連絡するよう連絡先と担当者を教示するべきであった。
また,J警部補は,以後Eの誓約に反するつきまといや暴力が再開
しないようにEを監視する態勢を警察内に作るために,直ちに事件の処理を指示し
たγ署に対し,肋骨骨折事件について報告すべきであった。
そして,これを受けてγ署は,Dの安全を確保するために,D及び
Eの住所や就労先などがあるβ署及びγ署管内の警察組織に肋骨骨折事件の内容と
その日の処理内容を伝えるほか,関係警察署・交番相互の連絡方法を確立するなど
して,緊急通報時の現場急行とEの犯罪行為の制止,現行犯逮捕を含めたあらゆる
権限が適正に行使できるための監視と連携の態勢を敷くべきであった。
c 権限不行使の違法性
上記のように,Eの行為が今後エスカレートすることにより,Dの
生命・身体に危害が及ぶような犯罪行為が発生する危険性は切迫しており,警察も
この状況を知り得た。
そして,上記のような権限行使によりD側との信頼関係が確立され
ていれば,警察としてもDの要請に応じて迅速な対応を採ることができたし,Eの
誓約違反行為への監視と連携の態勢が整えられていれば,X事件及び押しかけ事案
で通報を受けたときも,警察として直ちに肋骨骨折事件を立件するなどEの攻撃に
即時的確に対処し,もってEの攻撃がエスカレートすることを食い止めることがで
きたはずである。
さらに,上記のようにEの誓約違反に備えて各警察署・各交番間で
報告や連携態勢を敷くことは,Dの告訴を誓約書で棚上げにした以上,当然必要な
処置であり,警察として容易になし得たものである。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(オ) X事件
a 事実経過
(a) Dは,平成11年1月14日,買い物に立ち寄ったXでEに捕
まり,車に引き入れられ,車中で車が揺れるほど激しく殴られ,測量に来ていたN
ら男性3人に辛うじて助けられた。Eは,Nのところへ急発進で車を後退させ,同
人に轢過しかねない脅威を与えた上,Dに「覚えとけよ。」「家を燃やしたる。」
という捨て台詞を吐いてその場を去った。
(b) γ署署配のパトカー(γ2号)は,X店員の緊急通報を受けな
がら,現場にはサイレンも鳴らさずにやって来て,E運転の白色軽トラックとX駐
車場入口で出会ったにもかかわらず,同車を追跡することもしなかった。そして,
加害者がDの元交際相手だと分かると「女性の拉致事案にあらず,男女間のもめ
事」と報告し,Dが被害届を出さないと言っているという一事で「事案にならず」
と判断し,約30分で解散した。
このとき,臨場したO巡査長らは,Dから肋骨骨折事件のこと
や,その後もEから度々電話があり,事件当日もEからの復縁の申出を断ると暴行
を受けたこと,かかる暴行によりDが顔面から出血していた状況も確認した。
(c) しかるに,O巡査長らは,就職予定先の会社に早く行かなけれ
ばならない事情がDにあったことや,不意に襲われ脅されて混乱していたDの心情
などを一顧だにせず,Dが被害届を出さないと言っているという一事をもって,E
の一連の加害行為に対する介入を一切やめてしまった。
また,O巡査長らは,Dから肋骨骨折事件のことを聴取したにも
かかわらず,z交番に対して同事件についての報告を求めることもしなかった。そ
して,z交番,β署及びy交番にX事件の発生を連絡して,その後のEの襲撃や誓
約違反行為を監視する態勢を敷くこともしなかった。
b 行使すべきであった権限
警察とすれば,前月に肋骨骨折事件での告訴を受けた際,二度と暴
力を振るわないという誓約と引き換えに,告訴を保留にしたのであるから,Eの凶
暴な誓約違反行為につき通報を受け,事実を確認した段階で,直ちに肋骨骨折事件
を立件すべきであった。
加えて,X事件についてもDに改めて被害届等捜査への協力を促す
などして,これを立件すべきであった。
その上で,Eに対しては,肋骨骨折事件とX事件の両事件につい
て,呼び出しの上被疑者として本格的な事情聴取を行い,実況見分等を実施するな
どの捜査を開始し,併せて,両事件につき十分な嫌疑があり,Dや関係者に対する
威迫など罪証隠滅のおそれのあるEを刑事訴訟法に基づき逮捕するか,もしくはい
かなる理由があってもDに近づかず,暴行・脅迫等犯罪行為をしないよう厳正な警
告を行い,その行動を監視して新たな犯罪が行われようとすれば直ちにこれを制止
できるよう関係警察署間で緊密な連携態勢を敷くべきであった。
c 権限不行使の違法性
X事件は,α事件以前から続く,EのDに対する復縁強制の一環と
して火を吹いた暴行傷害事件であり,DV型ストーカーであるEの特性に鑑みれ
ば,今後更に加害行為がエスカレートして,暴力的攻撃が繰り返されることから,
Dの生命身体に対する重大な侵害となる犯罪行為が行われる危険が迫っていた。
また,この日,緊急通報により臨場したO巡査長らは,現場でDの
顔面から出血する生々しい暴行の傷跡を確認し,また現場でDから,肋骨骨折事件
についても聴取したのであるから,Dに対する危険が迫っていたことを知り得た。
そして,上記権限が行使されていれば,γ署は直ちにその管轄下に
あるz交番から肋骨骨折事件の処理について情報を得ることができ,Eが他にα事
件も起こした悪質なDV型ストーカー事案の加害者であること,z交番で肋骨骨折
事件の告訴を保留にし,誓約違反行為があれば傷害事件として立件するという処理
をしていたことが明らかになったはずである。とすれば,z交番も誓約違反による
対処を当然開始したであろうし,続発の誓約違反である押しかけ事案に対しても,
β署及びy交番はもっと危機感を持って対処し,Eの加害行為の繰り返しと,その
エスカレートを抑止して,更なる凶悪犯罪に至ることを回避できた。
また,X事件において,被害状況を立証する資料が十分あり,Eの
誓約違反行為も明らかであるから,同事件及び肋骨骨折事件の立件は容易であった
し,加害行為地がγ署とβ署管内にまたがる事案であることから,これらの範囲の
警察署・交番間での連携態勢を敷くことは極めて重要であり,かつ容易になし得た
ことである。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(カ) 押しかけ事案
a 事実経過
(a) Eは,X事件から2週間足らずの平成11年1月27日,肋骨
骨折事件での誓約に反し,原告C方に押しかけてきた。原告Cは危険を感じ,直ち
に警察に電話して救援を求めたが,Q警部補らが到着したのは通報から40分後の
ことであり,既にEらが引き上げた後であった。
この日,Dは怯えて家から出られなかったが,Q警部補らはDに
事情を聞こうともせずy交番に引き上げた。原告Cは,Eのあからさまな誓約違反
と狂気じみた態度にこれまでにない危険を感じ,改めて肋骨骨折事件でEを取り締
ってもらおうと考え,Hとともにy交番に赴いた。
y交番において原告Cは,Q警部補にα事件及び肋骨骨折事件に
ついて説明し,肋骨骨折事件では,Eに暴力やつきまといをしない旨の誓約書を作
成させたにもかかわらず,Eが誓約違反で押しかけて来たことといった一連の経緯
を説明した。その際,Eもy交番に来所したが,警察官に対しては謝罪するもの
の,自らの暴力を正当化しながら,なおもDに会いたいと繰り返していた。
(b) しかるに,Q警部補は,肋骨骨折事件の内容も誓約書の内容も
確認せず,原告Cが「改めて告訴できるんですか。」と質問したところ,「告訴で
きるん違うんかい。なあ。」と答えただけで,何の照会も事情聴取もせず,再度事
件化するならγ署に行くように指示しただけで原告Cらを帰し,事件をγ署に引き
継ぐことすらしなかった。
b 行使すべきであった権限
警察は,押しかけ事案によって,一度ならず二度までも誓約違反が
なされ,被害者の家族である原告Cがこれを訴えたのであるから,直ちに保留にな
っていた肋骨骨折事件を立件し,D及びEから事情を聴取するなどの捜査を開始す
べきであった。これと併せて,同事件についてEを刑事訴訟法に基づき逮捕する
か,もしくはDへの接近や暴行脅迫等犯罪行為を行わないよう厳正な警告を行い,
加えて,Eの警告違反行動に的確に対処できるよう,関係警察署間で緊密な連絡連
携の態勢を敷くべきであった。
また,Q警部補は,原告Cから,肋骨骨折事件においてEから誓約
書を徴収していることを聴取したのであるから,すぐにγ署もしくはz交番に連絡
して,肋骨骨折事件の処理について問い合わせ,誓約書の内容を確認し,これに則
って肋骨骨折事件を自ら立件して捜査を開始するか,そうしないのであればγ署も
しくはz交番にEの誓約違反行為で通報を受けた事実,Eがy交番でもDに会いた
いなどつきまとい行為を窺わせる言動を繰り返している事実並びにDが肋骨骨折事
件の事件化を望んでいる事実を報告し,同交番での事件処理を促す手配をすべきで
あった。
さらに,Dの住所,稼働先周辺の警備態勢を強化し,かつDとの間
で,Eの襲撃を受けた場合の緊急通報や対処について具体的に打ち合わせ,Dの安
全を確保する一方,Eの襲撃を制止し,厳しく対処できる態勢を敷くべきであっ
た。
c 権限不行使の違法性
押しかけ事案は,過去から続く一連の復縁強制の一環であり,DV
型ストーカーであるEの特性に鑑みれば,今後エスカレートして,Dの生命・身体
に危害を及ぼす犯罪に発展する危険が切迫していた。
また,警察としては,この押しかけ事案はX事件に続く誓約違反行
為なのであり,Eの行為が更にエスカレートし,Dの生命身体への危険が切迫して
いることを知り得たものである。
さらに,Q警部補においても,原告Cから,α事件に始まり,つい
前月に肋骨骨折事件があり,z交番でEが誓約書を書いて処理されたことも聞いた
のであるから,EのDに対する加害行為が繰り返され,その程度が相当危険なもの
であることは,その場で当然理解できたことである。
そして,もしQ警部補が,直ちにγ署等に連絡して,肋骨骨折事件
の内容を把握し,自ら捜査するか,γ署において捜査を開始した上,警告を発し,
あるいは逮捕すれば,EがDに対して再開した暴力的な攻撃を牽制することがで
き,更にエスカレートして重大犯罪に至ることを避け得たはずである。殊に,相変
わらず警察官には謝罪を繰り返すEには,警察による断固とした態度は効果的であ
った。
また,こうした権限行使は,通常の警察業務の範囲内であり,容易
になし得たものである。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(キ) 原告Cの問い合わせへのγ署の対応
a 事実経過
(a) 原告Cは,Eのあからさまな押しかけを受けながら,y交番が
事件化を受け付けなかったことに危機感を持ち,その翌日(平成11年1月28
日),γ署に電話して,Eが誓約に反して原告C方に押しかけてきたことを報告
し,保留になっていた肋骨骨折事件の事件化について相談しようとした。
(b) しかし,γ署は原告Cの説明を全く理解できず,単にz交番に
行くように指示しただけで何もしなかった。しかも,z交番に事件の報告を求めも
せず,原告Cの電話の趣旨を連絡することさえしなかった。
b 行使すべきであった権限
γ署は,遅くとも同日の上記電話で,前月z交番での対応を指示し
た肋骨骨折事件が誓約書で処理され,加害者が誓約に反して被害者宅へ押しかけ,
通報する事態に至ったことを聞いたのである。
よって,γ署としては,直ちにz交番に事件の内容と処理の報告を
命じ,原告Cに来署を求め詳しく経緯を聴取するとともに,同署の責任で誓約書に
則り肋骨骨折事件を立件し,先に把握していたX事件とともに本格的な捜査を行う
べきであった。場合によっては,Eを逮捕するか,Dへの接近や暴行傷害等犯罪行
為を行わないよう厳正に警告し,Eの警告違反行動に的確に対処できるよう関係警
察署間で緊密な連絡と連携の態勢を敷くべきであった。
また,Dの住所,稼働先周辺の警備態勢を強化し,かつDとの間
で,Eの襲撃を受けた場合の緊急通報や対処について具体的に打ち合わせ,Dの安
全を確保する一方,Eの襲撃を制止し,厳しく対処できる態勢を取るべきであっ
た。
c 権限不行使の違法性
本件は典型的なDV型ストーカー事案であり,Eの復縁強制のため
の暴力的攻撃が繰り返されエスカレートしており,今後Dの生命身体に危害を加え
るような犯罪行為が発生する危険が迫っていたことは前記のとおりである。
そして,γ署は,z交番に肋骨骨折事件を処理させたことを初めと
して,その後も原告Cから平成10年12月25日に同じ肋骨骨折事件について電
話での報告と相談を受け,更にX事件では緊急通報を受けてパトカーを出動させて
いたのであるから,上記危険が迫っている状況は十分に知り得た。
また,本来肋骨骨折事件を管轄するγ署が,遅くとも平成11年1
月28日の電話を受けた際に,Eの誓約違反に基づき,棚上げになっていた同事件
への捜査等上記のような権限を行使すれば,その後のEの攻撃のエスカレートを止
めることができたはずであり,客観的な証拠が揃っているこの段階で,このような
措置を採ることに特段の障害はなく,容易であった。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(ク) 誓約書コピーの交付要請に対する警察の対応
a事実経過
原告Cは,平成11年1月28日,z交番に赴き,押しかけ事案に
ついて報告するとともに,誓約書のコピーの交付を求めた。しかし,同交番には,
肋骨骨折事件の処理の際に同席した警察官もいたにもかかわらず,J警部補が休み
であったことから,誓約書の写しも渡さず,同警部補の次の出勤日を教える以外,
何の処理もしなかった。
原告Cは,J警部補でなければ話は進まないと思い,肋骨骨折事件
を立件してもらうために,同警部補の出勤日である同月31日に改めてz交番に赴
いた。そこで,原告Cは同警部補に押しかけ事案について報告し,y交番で改めて
肋骨骨折事件を立件するよう求めたが誓約書がないため話が通じなかったと述べ,
誓約書の写しを求める理由を説明した。
しかし,同警部補は誓約書の写しを交付することを拒絶した。しか
も,同警部補は,切実な思いで何度も足を運んだ原告Cから,Eの尋常ならざる押
しかけの模様を聞きながら,誓約書のコピーの交付すら即座に理由も告げずに断
り,「お兄さん,Eに女でも紹介したったらどないや。そしたら諦めるやろ。」と
言い放った。
b 行使すべきであった権限
肋骨骨折事件の処理に立ち会った警察官ならば,平成11年1月2
8日の時点で,J警部補が休みであってもγ署に報告してその指示を受け,J警部
補の保管する診断書や誓約書を取り出し,押しかけ事案についてもy交番に照会
し,原告Cから詳しく事情聴取して,肋骨骨折事件について直ちに立件すべきであ
った。また,遅くとも同月31日の時点で,J警部補は,誓約書と引き換えに告訴
を保留にしていた経緯を踏まえ,誓約書に則り,直ちに肋骨骨折事件を立件すべき
であった。
加えて,Dからも事情聴取してEの誓約違反行為について情報を収
集し,その結果に基づきX事件についてγ署に照会し,同事件も立件すべきであっ
た。
そして,Eを呼び出し,被疑者として肋骨骨折事件の事情聴取を行
うなどの捜査を開始するほか,押しかけ事案について事情聴取し確認した上,罪証
隠滅を防止するため同人を逮捕するか,もしくはいかなる理由があってもDに近づ
かず,暴行・脅迫等犯罪行為を決して行わないよう厳重な警告を行い,その行動を
監視して警告違反行為に直ちに対処し制止できるよう関係警察署間で緊密な連携態
勢を敷くべきであった。
また,Dが一人で通勤する時間帯の危険に対処するため,Dらに緊
急の場合の具体的な通報と対処の方法について打ち合わせるなど安全確保のための
綿密な協議を行うべきであった。
c 権限不行使の違法性
本件は典型的なDV型ストーカー事案であり,Eの復縁強制のため
の暴力的加害行為が繰り返され,エスカレートしており,今後Dの生命身体に危害
を加えるような犯罪行為が発生する危険が迫っていたことは前記のとおりである。
また,押しかけ事案が明白に誓約違反行為であることはすぐに分か
ったはずであるから,Dの生命身体に重大な危害が加えられる危険が切迫している
事情は,J警部補以下z交番の警察官全員に当然認識できた。殊にJ警部補は,肋
骨骨折事件を担当し,自身の判断で誓約書による処理をしたのであるから,押しか
け事案について事情を聴取すれば,Eの攻撃が再燃しており,Dの身に放置できな
い危険が迫っている事態は直ちに理解できたはずである。
そして,Dには暴力を正当化しながら,警察官には平謝りするEの
行動を抑制するためには,Eに自らの行動の責任を取らせるしかないのであるか
ら,誓約書に則り直ちに肋骨骨折事件を立件して,逮捕するか厳しい警告の上連携
態勢を敷いて警告違反を監視していれば,Eが更にエスカレートすることを阻止で
きたはずであり,客観的な誓約違反がある以上,捜査の端緒としては十分であるた
め,上記の権限行使は容易になし得た。
したがって,上記の権限不行使は著しく不合理であり,違法であ
る。
(被告の認否・反論)
ア 警察による事件処理の適正さについて
本件においてα署,γ署,β署の各警察署は,いかなる時点においても
事件を適正に処理している。具体的には以下のとおりである。
(ア) α事件について
a 事実経過
EによるDに対する傷害事件(α事件)が平成10年6月9日午前
2時35分ころ発生したこと,α署は,翌10日にDからの被害申告を受けて,同
年7月15日,Eを傷害罪で通常逮捕したが,翌16日釈放したこと,同署長が同
年8月10日に同事件につきEを神戸地方検察庁β支部に書類送致したことは認め
る。
b 警察の対応について
α署が同年7月15日にEを逮捕した当時,DとEは交際を再開し
て同棲関係にあり,Dが寛大処分を希望し,Eも犯行を全面自供していたことか
ら,同署は翌16日,Eを釈放したのである。
よって,α署はα事件に対し適正に捜査し,処理したものである。
(イ) γ署逃げ込み事案について
原告らが主張するγ署への逃げ込み事案については,全て否認ないし
争う。
(ウ) 肋骨骨折事件及び誓約書による処理後の対応について
a 事実経過
(a) Eが平成10年12月21日夜,Dに対して暴行を加え,加療
約1か月を要する肋骨骨折等の傷害を負わせる事件(肋骨骨折事件)が発生したこ
と及びy交番のI巡査長が事件発生地がγ署管内であることから,原告Cらに対し
て同署z交番に届け出るように指示し,同交番に対応を要請したことは認める。
しかし,I巡査長が「告訴するんならz交番やな。」と述べたと
の点は否認する。また,z交番でのやりとりは以下のとおりであり,J警部補らが
原告Cらから告訴意思を示されたとの事実等は否認する。
(b) z交番では,当初傷害事件として処理するため,同交番勤務の
J警部補ほか4名のγ署員が待機した。同日午後6時ころ,Dらがz交番に到着し
たので,傷害事件として立件を前提にJ警部補が原告Cから,K巡査がDから,そ
れぞれ供述調書の用紙を準備して事情聴取を開始した。J警部補は,事情聴取の中
で,原告Cから「妹が自宅で胸を蹴られて肋骨を骨折した。二人は同棲している
が,この機に別れさせようと思って被害届を出しに来た。」等の説明を受けた。
原告Cらから事情聴取を開始して数十分経過したころ,E,M及
びLが来所した。そして,EとMがDへの謝罪や和解を求める発言を繰り返したと
ころ,当初は厳しい態度だったDと原告Cも次第にEらの話を聞く姿勢を見せ始め
た。また,J警部補らが,原告Cらから事情聴取した結果,DとEは1年半ほど交
際しており,事件当時も同棲していた事実が明らかになった。そこで,J警部補
は,DとEがわだかまりを残さず関係を断ち切るためには,傷害事件として立件す
るよりも双方の話合いによって合意が形成される方がよいと判断し,Eらと原告C
らをz交番事務室奥の通路に別々に呼び入れ,双方の意向を聞いた。すると,E
は,「悪いことをしました。治療費などは支払います。」と申し立て,原告Cも和
解を受け入れてもよい旨を申
し立てた。そして,Dからも和解を受け入れる旨の回答があったことから,双方と
も和解することで合意した。
和解合意後,同交番勤務のS巡査部長がJ警部補に「誓約書でも
書かせたら。」と進言したので,J警部補らは,Eを厳しく戒めるとともに,Eか
ら本件誓約書を,Dからも,「二度と電話連絡しない。つき合ったりしない。」旨
の誓約書の提出をそれぞれ受けた。
(c) Eは,上記和解後の同年12月26日,z交番に来所し,応対
したJ警部補らに対して,Dに治療費,慰謝料として20万円を支払ったこと,そ
の後はDとは会っていないことを説明した。
また,同月末には,同交番に原告Cが来所し,J警部補に対し
て,示談解決したことについて謝意を伝えた。その際,原告Cは菓子折を持参し,
J警部補に手渡そうとしたが,同警部補は受領を辞退した。
b 警察の対応について
(a) y交番のI巡査長が原告Cらにz交番に行くように言ったの
は,事案の内容から事件発生管轄署であるγ署で処理することが妥当であると判断
したからであり,同警察官が告訴を受け付けずにz交番に行くように指示したとい
うわけではない。
z交番のJ警部補ほか4名の警察官も,事件処理を前提として,
警らの時間を変更して原告Cらの到着を待ち受けていたのであり,到着後も事件処
理を前提として,Dらから事情聴取を行っている。
(b) 和解に至った経緯についても,上記のとおり,傷害事件として
立件するよりも,和解の方が事件の解決に資すると判断したためであり,双方の意
向も確認した上,和解に至ったものである。誓約書は,和解合意後にS巡査部長か
らの進言を受けて,J警部補らが,EとDから,その提出を受けたものであり,同
警部補が誓約書を前提に和解の話を持ち出したものではない。
(c) 以上のように,肋骨骨折事件を和解で処理し,誓約書の提出を
受けたことは,双方の意思に反してなされたものでない。
なお,J警部補は,肋骨骨折事件についてγ署に報告しなかった
が,これは,単に同警部補が失念していたからである。EやMがDに対する暴行に
ついて深く反省し,交際を絶つ旨誓約したことから,肋骨骨折事件は解決したと考
え,報告を急ぐ必要はないと判断したが,時間経過とともにこれを失念したもので
ある。Eは,肋骨骨折事件後の同月26日に同交番を訪れ,Dに和解金を支払った
こと等を同交番の警察官に説明していることや,同月末に原告Cが菓子折を持参し
て解決したことについて謝意を伝えていることからしても,J警部補が肋骨骨折事
件が解決したと判断するのは自然であり,不合理とはいえない。
(エ) X事件について
a 事実経過
(a) EのDに対する傷害事件(X事件)が,平成11年1月14日
午後3時45分ころ,Xγx店北側駐車場において発生したことは認める。しか
し,その後の警察の対応は以下のとおりである。
(b) P巡査部長及びO巡査長が,同日午後3時51分ころ,パトカ
ーで同店北側駐車場に臨場した。
P巡査部長らが,パトカーの後部座席にDを乗せて事情聴取をし
た結果,Dは,EとXで待ち合わせをし,Eが以前のように交際して欲しいと言っ
たので断ったところ口論となり,Eから顔を殴られたと述べるとともに,肋骨骨折
事件の概要について説明した。
P巡査部長らは,Dの目の上に血がにじんでいたことから,D
に,病院に行って診断書の交付を受け,被害申告をするように言ったが,Dは被害
申告をしないと述べた。P巡査部長らは,再度被害を申告するよう促したが,Dが
これを拒んだことから,同巡査部長らは事件化せず,Dに対して,今後,電話があ
っても出たり会ったりしないこと,電話番号を変えること,何かあればすぐに11
0番通報すること等を指導した。
b 警察の対応について
原告らは,X事件において,警察が何らの措置も講じなかったと主
張するが,P巡査部長らは,上記のとおりDに被害申告をするように促したが,同
人がこれをしなかったのである。また,P巡査部長らは電話番号を変えることなど
を指導し,適切な対応を採っている。
そもそも適切な刑罰権行使を終局の目的とする犯罪捜査において,
被害者の被疑者に対する処罰の意思表示は不可欠であり,肋骨骨折事件の経緯をD
から聴取したγ署員は,事件化の必要を認めてDに被害申告を何度も促したがDは
申告しなかったことから,以後の捜査を断念し,Dに対して電話番号を変えること
等の防犯指導を行ったのであり,かかる措置が不合理とはいえない。
(オ) 押しかけ事案について
a 事実経過
(a) EとLが平成11年1月27日原告C方を訪れ,Dに会わせる
よう求める事案(押しかけ事案)が発生したことは認める。
しかし,その後の事実経過は以下のとおりである。
(b) w交番のQ警部補ら4名のβ署員が,同日午後7時40分ころ
Dの実家に臨場したが,臨場時にEらは既に立ち去っており,付近を検索したが発
見できなかった。Q警部補らがD方で原告Cから事情聴取した結果,犯罪には至ら
ないことが判明したが,詳細な事情聴取のため原告Cに管轄のy交番に行くように
求めた。
Q警部補らがy交番に到着したところ,既に同交番にEらが来て
おり,その後,原告CとHが同交番に来所し,更にMも来所した。同交番でEは,
「Dに会わせて欲しい。よりを戻したい。」と申し述べたが,原告Cが拒絶し,Q
警部補も「まじめに仕事をするように。」等と説諭した。原告Cが肋骨骨折事件を
事件化してもらう旨Eに申し向けたところ,Eらは謝罪して同交番を立ち去った。
Eらがy交番を立ち去った後,原告Cが「このように約束を破る
んやったら事件にすることができるか。」とQ警部補に相談し,同警部補が,「γ
署に行って相談しなさい。告訴事件と違うので事件にできないことはない。」と教
示したところ,原告Cは,「相談に行ってみます。」と言って同交番から立ち去っ
た。
b 警察の対応について
原告らは,肋骨骨折事件について改めて告訴し,刑事事件として厳
正な対処を求めるためy交番に赴いたのに警察は何らの措置を採らなかったと主張
するが,原告Cが同交番において警察官に対して告訴という言葉を発した事実はな
い。
また,Q警部補が,γ署での相談を教示したのは,原告Cが傷害の
被害届をz交番にしていると述べたことから,γ署で被害届を受理している可能性
もありγ署が事件をどのように取り扱っているか不明であったこと,また,仮に被
害届を出していなくてもz交番で事件について把握済みであり,事後の処理を考え
ると発生地を管轄するγ署で処理する方が適切と判断したためである。
よって,y交番において原告Cから相談を受けたQ警部補の措置は
適正なものであった。
(カ) 誓約書コピーの交付要請に対する警察の対応について
a 事実経過
原告Cが平成11年1月末z交番に来所し,応対したJ警部補に本
件誓約書のコピーの交付を求めたが,同警部補がこれを拒否したことは認める。
しかし,J警部補の原告Cに対する「お兄さんEに女でも紹介して
やったらどないや。そしたら諦めるやろ。」との発言は否認する。同警部補は単に
本件誓約書のコピー交付の要請を断ったに過ぎない。
b 警察の対応について
J警部補は,本件誓約書は警察が提出を受けたものであり,そのコ
ピーを交付することは適当でないと判断して交付しなかった。また,肋骨骨折事件
及びX事件の事件化も原告Cの申出がなかったことから捜査しなかったのである。
よって,同警部補の措置は適正なものであった。
イ 権限不行使の違法性について
警察官は,上記のとおり,本件につきその各事案に応じた適法かつ適正
な職務執行をしており,原告らが主張する要件に照らしても,本件において警察官
がその権限を行使しなかったことが著しく不合理であるとはいえない。
(ア) 危険の切迫について
原告らは,Eの暴力は次第にエスカレートし,Dの生命,身体への危
険は高まっていったと主張するが,押しかけ事案以後においてすら,Dは平成11
年1月29日及び30日の夜間に交際相手と外出したり,携帯電話番号を変えてい
ないこと等からしても,Dが危険の切迫を感じていたとは考えられない。原告Cも
Dを夜間一人で外出させたのであるから,危険の切迫を感じていたとはいえない。
このように,D及び原告Cの上記行動等からすると,Dに危険が切迫
していたとは到底考えられず,これに対応したJ警部補,Q警部補とも緊迫感はな
かったと供述していることからしても,Dに対する危険が切迫していたとはいえな
い。
(イ) 予見可能性について
前記のとおり原告C及びDが危険の切迫を感じていないこと,J警部
補ら現場の警察官も殺人事件の発生は予想不可能であったと供述していること等か
ら判断して,本件殺人事件につき予見可能性があったとは認められない。
原告らは,本件は典型的なDV型ストーカーであり,DV型ストーカ
ーの行為は次第にエスカレートし,最後には殺人鬼と化すのであり,EのD殺害は
予見可能であったと主張するが,DV型ストーカーが必ず殺人を敢行するわけでは
なく,抽象的可能性が認められるにとどまる。
よって,警察において本件殺人事件に対する具体的予見可能性はなか
った。
(ウ) 結果回避可能性・補充性について
本件において,仮に肋骨骨折事件等を立件したとしても本件殺人事件
に対する回避可能性があったとはいえない。
すなわち,仮に,警察がEを肋骨骨折事件及びX事件に係わる傷害事
件で立件したとしても,再び犯罪を犯す者も相当数存在することも事実であり,本
件において,立件したとしても必ずしも本件殺人事件を阻止し得たとはいえない。
また,刑事訴追は検察官の権限であり,仮に警察が立件したとしても刑事訴追され
るとは限らない。
加えて,原告らは,Eに対する監視態勢を行うべきであった,あるい
は警察署間の連携を図って情報交換を行うべきであったと主張するが,仮にこれら
の措置を採っていたとしても殺人事件の回避可能性を示すものではなく,単なる抽
象的可能性があるに過ぎない。
(エ) 国民の期待について
一般論として,国民が自分たちの身の安全のため,犯罪の検挙・防止
を期待していることは事実であるが,このことから直ちに,特定個人に対する規制
権限行使を期待しているとはいえず,特定個人に対する規制権限行使を期待してい
るかどうかは,具体的事情に応じて考察すべきである。
特に,本件のように同棲していた男女間で発生し,和解が成立した傷
害事件の立件まで国民が期待していたとは到底いえないのである。
(オ) 結果回避の容易性について
原告らは,警察がEに対する経過観察,警察署間での情報交換等の対
応を何ら講じなかったと主張するが,特別なパトロールやEの監視,Dの身辺警護
については,警察官を一定期間にわたって相当数動員しなければならず,限られた
警察官数で特別の態勢を採ることは必ずしも容易ではない。
しかも,Eの行動を最もよく知るのはDにほかならないのであり,そ
のD本人から警察に対して肋骨骨折事件以後のEから危害を受ける可能性について
の情報提供がない以上,J警部補が解決したと判断した事案について,限られた警
察官数で特別の態勢を採らなかったとしても,通報があれば直ちに通常の配置に付
いている警察官が原告C方等に駆けつけることができる一般的態勢にあったことか
らすれば,不合理とはいえない。
ウ 以上のとおり,本件の場合,Dの生命,身体に危険を及ぼすことが相当
の蓋然性をもって予測されるような事情もなく,ましてや危険が切迫しているよう
な事情もなく,警察官にとって,本件のごとき事件が発生することを予測すること
が到底困難な状況にあったのである。このような具体的事情の下において,警察官
が採った前述の措置を超えた強い措置を採らなかったとしても,その不作為は,規
制権限の趣旨,目的に照らして著しく不合理であるとは到底いえず,警察官の職務
上の義務違反には該当しない。よって,国家賠償法1条1項適用上違法の評価を受
けない。
(2) 争点②(捜査懈怠等の違法(過失)行為とD死亡との間に相当因果関係が
認められるか)について
(原告らの主張)
ア 本件は,典型的なストーカーによる死亡事件であるところ,警察に寄せ
られたつきまとい事案について,警察が行為者に警告や注意を実施したものの多く
が解決している統計がある。
イ また,Eは,Dや原告Cらが警察に被害申告ないし告訴をするや否や,
自ら父親らと共に警察に出頭して,言い訳しつつもひたすら警察に対して謝罪の意
を表明し,恭順の姿勢を示してきたことからすれば,警察による警告等の権限行使
は,Eに絶大な影響力を持ち,効果的な抑止力になったはずである。
ウ 特に押しかけ事案の際,y交番において,Q警部補が,同交番に出頭し
てきたEに対して,肋骨骨折事件について直ちに事情聴取を開始し,厳重な警告を
なし,β署,γ署及びz交番に対して,押しかけ事案の報告をし,さらに,肋骨骨
折事件などEの過去のDに対する同種事犯に関する事件照会を行い,Eの行動を監
視すると共に,D本人に対して緊急連絡先や警察担当者を具体的に教示するなど,
適切に対応していれば,本件殺人事件が未然に防げたことは明白である。
エ また,遅くとも,原告Cが,肋骨骨折事件の後でz交番においてEが書
いた誓約書のコピーの交付を求めて同交番に赴いた平成11年1月31日時点にお
いて,警察がEに対する同事件についての捜査,すなわち呼び出し,警告,任意取
調べを開始していれば,その2日後にDを襲撃し死に至らしめるような行為には及
ばなかった。
これは,Eが,これまでもDらが警察に告訴,被害申告をすれば,少な
くとも2,3週間はおとなしくしていたことが,過去の事件経過から判明している
ことからしても明らかである。
オ 他方,被害者であるDをEから守るということについて,警察はことご
とくDを失望させる対応をし,これによりDの警察への信頼を完全に喪失させたの
である。
しかし,もし警察が,当初からDの立場に立って,その被害状況を理解
し,Dの信頼を得る対処をしていれば,本件殺人事件当日の朝,Dが通勤途中にガ
ソリンスタンドに立ち寄った際,DはEが自動車でつきまとってくるのを発見した
のであるから,直ちに同スタンドの従業員に助けを求め,警察に緊急通報して警察
官が緊急臨場するのを待つこともできた。そうであれば同日午前8時15分ころに
Dが死亡することもなかった。
カ 以上のとおり,警察は,唯一,EのDに対する暴力的攻撃を制止できた
国家機関であったにもかかわらず,その権限不行使により,Eのつきまとい行為を
助長し,暴行の態様をエスカレートさせ,Dの警察への信頼を完全に打ち砕き,D
を死に至らしめた。
よって,警察の前記各違法行為,捜査の懈怠等から,DがEによって死
亡に至らしめられるという損害が発生したことは明らかである。
(被告の反論)
争う。
ア 本件において,Eに対する規制権限を行使していれば,本件殺人事件は
回避できたとする原告らの主張は,単なる抽象的可能性に過ぎず,高度の蓋然性を
もって結果を回避し得たとはいえない。
イ また,Dの死亡は,Eの故意による犯罪行為によって生じたもので,特
別の事情によるものであるから,γ署やβ署の警察官らの行為とD殺害との因果関
係が肯定されるためには,警察官らにおいてEによるD殺害を予見し又は予見し得
たことが必要である。
しかしながら,Dに対する殺人が行われる危険は切迫していなかったの
であり,警察官がEによるD殺害の意思を知り,又は知ることができなかったので
あるから,警察官においてEによるD殺害を予見し,又は予見し得なかったことは
明らかである。
ウ したがって,いずれにしても本件において警察官の権限不行使とDの死
亡との間には相当因果関係はない。
(3) 争点③(損害額)について
(原告らの主張)
ア 相続分
(ア) Dの慰謝料           金3000万円
Dは長期にわたり繰り返しEから暴行及び傷害を受け,生活を破壊さ
れ生命の危険を感じる中,警察に救いを求めたにもかかわらず,警察がDの訴えに
対し十分な対応を採らなかったために,Eに殺害されるに至ったのである。進行す
る犯罪の被害者として,自らの生命を守ってもらうために警察に救助を求めなが
ら,その職務怠慢によりみすみす殺されてしまったDの恐怖感,無念さ,絶望感は
想像を絶するものである。
その精神的苦痛を金銭的に評価すれば,金3000万円を下らない。
(イ) Dの逸失利益          金8701万0155円
Dは,死亡当時満20歳の健康な女子であり,67歳までの47年間
就労可能であった。その間,少なくとも1年に496万7100円の収入を得るこ
とができた。
そこで,これを基礎に,生活費控除を3割とし,中間利息をライプニ
ッツ方式で控除してDの死亡による逸失利益を算定すると,以下の計算式のとおり
8701万0155円となる。なお,ライプニッツ係数算定のための中間利息控除
の利率については,現在の我が国の金利情勢に鑑み,年3パーセントとして計算す
べきである。
計算式:4,967,100×(1-0.3)×25.024707=87,010,155
(ウ) 原告A及び原告Bの相続
以上より,Dの損害は,上記(ア)及び(イ)の合計1億1701万01
55円となる。
Dの法定相続人は,原告A,原告B及びTの3名であるが,同人らは
平成11年9月8日遺産分割協議をし,D死亡に基づく損害賠償請求権等一切につ
いて,原告Aが3分の2,原告Bが3分の1を各相続することに合意した。
よって,原告Aは7800万6770円,原告Bは3900万338
5円の損害賠償請求権をそれぞれ相続した。
イ 原告ら固有の損害
(ア) 葬儀費用
原告A及び原告Bは,Dの葬儀費用として,各相続分に応じて合計1
50万円(原告A:100万円,原告B:50万円)を支出した。
(イ) 原告Cの慰謝料
原告CはDの父親代わりとして長年Dと同居し養育してきた者であ
り,EのDに対する暴行等の執拗さを知り,Dの身の安全を心配し,Dに付き添い
又は代理して警察に行くなどDを守ろうと必死に警察の真摯な対応を求め続けてき
た。
しかるに,警察に適切な措置を講じてもらえなかった上,「お兄さ
ん,Eに女でも紹介したったらどないや。」といった暴言まで浴びせられ,その2
日後にDを殺害されるに至った無念さは察するに余りある。
よって,かかる原告Cの精神的苦痛を慰謝するには,500万円が相
当である。
ウ 損益相殺
原告A及び原告Bは,D死亡により,各相続分に応じて,自賠責保険に
よる保険金として合計3006万7574円(原告A:2004万5049円,原
告B:1002万2525円)の支払いを受けた。
エ 弁護士費用
原告らは,本件訴訟の追行を弁護士に委任しているが,本件訴訟の難易
度その他諸般の事情に照らし,各原告について請求額の1割程度,すなわち,原告
Aについては590万円,原告Bについては300万円,原告Cについては金50
万円の弁護士費用が,本件と相当因果関係のある損害として認められるべきであ
る。
オ まとめ
以上より,原告らの損害は以下のとおりとなる。
(ア) 原告A 金6486万1721円
(イ) 原告B 金3248万0860円
(ウ) 原告C  金550万0000円
(被告の主張)
いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 事実認定
前記前提となる事実,証拠(甲1~7,10,15~21,24~26,2
8~40,43,44,46,乙1~6,8~28,30~58,60,62~6
7,69~73,95~101,104~106,141~148,150~16
7,169,170,172~177,180~182,184~191〔枝番の
ある書証については,いずれも枝番を含む。〕,証人H,同U,同J,同Q,原告
C本人〔ただし,いずれも以下の認定に反する部分を除く。〕)及び弁論の全趣旨
を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) α事件に至る経過
Dは,平成9年2月19日から働いていた兵庫県a郡b町内にあるスナッ
クに,同年4月ころ客として来るようになったEと次第に親しくなり,同年11月
ころ肉体関係を結び,平成10年1月ころから,Eの住むマンションで同棲生活を
始めた。しかし,同棲開始後しばらくすると,EはDに対して命令口調になり,D
がこれに逆らうと暴力を振るうようになった。そこで,DはEと別れる決心をし
て,原告C方に戻った。
ところが,Eは別れることに納得せず,原告C方に押しかけてきた。その
ため,Dは,平成10年4月中旬か下旬ころ,原告Bの知人であるV方に一時避難
し,その後,同月下旬か同年5月上旬ころからはF所有の本件小屋で暮らし始め
た。
その間も,Eは,Dの携帯電話に度々電話してDに復縁を迫った。Dは,
Eが以前吸っていたシンナーをやめていたので,再度交際してもよいと考え,週に
1度程度の頻度で会うようになった。
しかし,Dは,同年5月中旬ころ,Eが再びシンナーを吸っていたことを
知ったことから,再び別れる決心をし,その旨電話で伝えたが,Eは納得しなかっ
た。
(2) α事件について
同年6月9日午前2時30分ころ,Dが本件小屋で就寝していたところ,
玄関を叩く音が聞こえた。その後,しばらくしてDは,部屋の腰高窓の網戸を開け
て中に入ろうとするEを発見した(この日,Dは窓を開けていた。)。Dは入って
来ないように言ってEを外に突き落とし,窓を閉めた。ところが,Eは窓ガラスを
手拳で叩き割り,中に入ろうとしたので,Dは怖くなって玄関から逃げ出し,斜め
向かいのW方に助けを求めた。
しかし,EはDを追いかけて捕まえ,道路に引っ張り出した。その際,D
が倒れてうつ伏せになったので,EはそのままDの両脇を抱えて2,3メートル引
きずった。この騒ぎを聞きつけたWがEを止めたが,この際の暴行によりDは5日
間の加療を要する左肩,両下肢擦過創の傷害を負った。
Dは,同日午前中,病院で診断書の交付を受け,原告C及び同B夫妻とと
もにα署へ赴いて,被害届を提出した。
その後,DはF方母屋で暮らしていたが,同年6月下旬ころから,Eとの
同棲を再開した。
Dに対する上記傷害事件(α事件)について,α署は同年7月15日,傷
害罪でEを通常逮捕したが,逮捕時にDはE宅で同棲しており,Dが寛大処分を望
んだことから,翌16日,Eを釈放した。
その後,同署は同年8月10日,同事件を神戸地方検察庁β支部に書類送
致し,同支部検察官は,同年9月28日,同事件につき不起訴処分(起訴猶予)と
した。
(3) γ署逃げ込み事案
ア Dは,同年6月下旬ころからEとの同棲を再開したものの,その後もE
から暴力を振るわれたことから,E方を抜け出し,従姉であるR方で匿ってもらう
こととなった。
EはR方に来たり,Rに電話をかけて,Dが来ていないか尋ねるなどし
たが,約2週間後の同年7月ころには電話も訪問もなくなった。そこで,DがRと
ともに同人運転の軽自動車で外出したところ,Eが軽トラックに乗って現れ,Dら
を追い回し始めた。Eは,m町内において,Dらを袋小路に追い込むや,Dらの乗
った軽自動車のボンネットに上がり,Dに「出てこんかい。」などと怒鳴ってガラ
スを叩いた。Rが警察へ通報したところ,Eはボンネットを降りて,自分の車を後
退させたので,Rは路地から車を出すことができた。しかし,Eは,Rの車が路地
から出るや,すぐに追跡を再開し,Dらがγ署に逃げ込むまで追跡をやめなかっ
た。この間,Rは,γ署に電話をかけ,追跡の模様を報告し,電話で連絡を取りな
がらγ署へ逃げ込んだ。
イ Dらが同署に逃げ込んだ後,Dは同署の警察官に対し,Eの過去の暴力
について話した上,車で追い回された経過を説明したが,同警察官はEが車をぶつ
けていないことや,Dらを殴っていないことを聞くと,「後をつけられたというだ
けでは警察は何もできない。前に二人が交際していたこともあるし。」などと述べ
て,それ以上の措置を採らなかった。
(4) Dの妊娠
その後,DはRが留守の間に,前触れもなく突然同人方から出て行った。
同年9月中旬ころ,DはRが働いている喫茶店に訪ねて来て,E方にいる
ことを告げた。さらに,DはRに対して,Eに監視されていること,妊娠している
かも知れないことを打ち明け,Rの説得に応じてE方から逃げ出すことにした。
Dは,Rの助けで逃げ帰り,その2,3日後である同月14日にX産婦人
科で診察を受けた結果,子宮内に胎のうが確認された。Rは,同月18日,Eと会
って同人を説得し,中絶同意書(甲30の2)に署名押印させた。
Dは,翌19日に同産婦人科において人工妊娠中絶手術を受け,同月21
日に退院し,しばらくR方で暮らしたが,同年10月ころ再び同人方を出て行っ
た。
(5) 肋骨骨折事件
ア Dは,同年12月19日から,原告Aの母の葬式を手伝うため,伯父で
あるG方と原告C方を行き来していたところ,Eから「別れてやるから,荷物を取
りに来い。」との電話を受けた。
ところが,Eは,同月21日夜,自宅にやって来たDに対し,その胸部
等を殴る蹴るという暴行を加え,約1か月間の通院加療を要する左側胸部打撲,左
第5・6肋骨骨折の傷害を負わせた。
Dは,翌22日に病院で診断書(甲3の1)の交付を受け,23日午前
中にG方に戻った。しかし,EがDを探して同方にも押しかけて来たことから,G
方の親族が原告Cを呼び出した。
イ 原告CはDを自宅に連れ帰り,友人のHにも来てもらって,同人ととも
にDを伴って,同日午後5時ころ,最寄りのy交番に赴いた。そして,原告Cが同
交番のI巡査長に対し,上記21日夜の傷害の事実を告げたところ,同巡査長は,
犯行現場がb町内であり,管轄が異なることから,管轄のあるz交番へ届け出るよ
う教示するとともに,同交番に連絡して,Dらへの対応を要請した。
y交番から連絡を受けたz交番では,J警部補ほか4名のγ署員が待機
していたところ,Dらは,同日午後6時ころ同交番に到着した。そこで,J警部補
が原告Cから,K巡査がDから,それぞれ事情聴取を開始した。
原告Cは,J警部補に対して,診断書を示し,比較的落ち着いた様子
で,DがEによる暴行で肋骨骨折等の傷害を受けたことや,これに至る経緯につい
て説明し,今回の事件を刑事事件として立件して欲しい旨を申し立てた。Dは,K
巡査に対して事情を説明したが,事件化については特に意見を述べなかった。
そのうち,E,M及びLが,Dが警察に被害を届けることをどこからか
聞きつけてz交番に訪れた。同交番には,まずMとLが来所し,MはDと原告Cに
対して,謝罪を繰り返し,治療費を支払うから許して欲しいと懇願した。
その後,Eも同交番に現れたことから,原告CはEに対して,声を荒げ
て「どないしてくれるんや。」という意味のことを言ったが,それ以上激高して口
論するようなことはなく,Dも特に反応を示さなかった。
J警部補は,被害者側及び加害者側双方からの事情聴取の結果,EとD
が以前に同棲していた経緯があり,Mがしきりに謝罪し治療費も支払うと述べたこ
と,これに対してDら被害者側が比較的冷静であることなどから,話合いでの解決
が妥当と考えた。
そこで,同警部補は,原告CとH,EとMをそれぞれ交番事務室から別
々に呼び出した。ここで,同警部補は,原告Cらに対して,Eを「ガツンとや
る。」などと述べ,Eには二度とこのようなことをしないように注意することを伝
え,話合いによる解決を勧めたところ,原告Cらは「お願いします。」と答えた。
他方,同警部補は,EとMから,治療費及び慰謝料を支払う意思があること,Mが
今後Eを監督することなどを確認した。同警部補は話合いによる解決をす
ることにつき,Dにも確認したところ,Dもこれに同意した。
そこで,同交番の警察官らは,Eに,「彼女(D)を平成10年11月
21日(月曜日)の夜,自宅で殴ったり蹴ったりして,怪我させたことはまちがい
ありません。そのことについては深く反省しています。今後,二度と彼女を殴った
り,蹴ったりはしません。二度とつきまとったり電話したりすることは一切いたし
ません。もしこれを破るようなことがあれば,先の傷害の件で訴えられても,文句
を言いません。」(上記「11月21日」との部分は,「12月21日」の誤りと
認められる。)との本件誓約書を作成させた。他方,EがDに電話をかけてきて欲
しくない旨申し立てたので,警察官らは,Dにも,Eに二度と電話連絡したり付き
合うことはしないという内容の誓約書を作成させた。上記各誓約書は,J警部補が
E及びDからそれぞれ
提出を受け,同警部補においてこれらを保管することとした。
その後,原告Cらは同交番を後にした。その際,Eも同時に帰ろうとし
たが,J警部補はこれを引き留め,Eに対して,今後二度とDにつきまとわないよ
うに,また,暴力を振るわないように警告した。
なお,Dは,同日から,H方に避難することとなった。
ウ Eは,同年12月25日原告C方を訪れて,20万円支払うと述べた。
原告Cは,金はいらないからDから離れるように言って,Eを追い返した。原告C
は,このことを警察に報告し,今後の対応について相談しようと同日γ署に電話を
かけたが,肋骨骨折事件については,同署に報告がなされていなかった。そこで,
原告Cはこれまでの経緯及び肋骨骨折事件について説明して,Eの申出に対する対
応について相談したところ,同署警察官から,金銭の趣旨を明確にして双方署名押
印すれば問題ないという助言を受けたので,原告Cは和解書(甲31)を作成し,
同月28日,Eに署名押印させるとともに,同人から20万円を受領した。
なお,これに先立つ同月26日,原告Cは菓子折を持参してz交番を訪
れたが,J警部補は菓子折の受領を辞退した。原告Cは,「今後もよろしくお願い
します。」と述べて帰宅した。
(6) X事件
ア Dは,平成11年1月14日午後3時45分ころ,Eから電話で呼び出
されて軽自動車でXγx店北側駐車場に赴いたところ,同軽自動車の前部座席内に
おいて,Eから覆い被さるように身体を押えつけられ,殴る蹴るの暴行を受けた。
そのころ,偶然,駐車場付近で測量作業をしていたNが,Dの悲鳴を聞
きつけ,声のする方を見たところ,軽自動車が激しく揺れており,その中で,男が
女を殴りつけているのが見えたことから,急いで同店店員に110番通報を依頼
し,部下とともにEの暴行を止めた。
Dは,このEの暴行により,額と口元にアザが残り,そのどちらかから
出血し,ストッキングが破れ片膝から出血するという傷害を負った。さらに,ニッ
トのセーターの肩口が破れ,首にもアザが残った。
イ X店員から110番通報を受けた兵庫県警察本部通信司令室及びγ署
は,「女性が拉致されようとしている。」「男が女を軽四に押し込もうとしてい
る。」との無線を発し,拉致事件としてパトカーに現場への急行を指令した。これ
を受けたγ署署配のパトカー(γ2号)が,同X駐車場に到着した。同パトカーで
現場に臨場したO巡査長及びP巡査部長は,同X駐車場入口付近で同駐車場から出
てくるE運転の白色の軽トラックを現認したが,同車両が手配車両とは異なってい
たことから(指令では誤ってDの軽自動車が手配車両とされていた。)これを追わ
ず,駐車場内に残っていたDとNらから事情聴取を行った。
同警察官らの事情聴取に対して,Dは,ついさっき白色軽トラックで立
ち去った知り合いの男から,Dの車の中で話をしようと言われたが,車内に入るの
を拒んだ旨説明したので,同警察官らは本件は拉致事件ではなく男女間のもめ事と
考え,その旨兵庫県警察本部通信司令室に報告した。
続けて,Dは同警察官らに対し,加害者がEであること,Eとは暴力が
原因で数か月前に別れたが度々復縁を迫られていたこと,当日Eから携帯電話に連
絡があり,X駐車場で待ち合わせ,再度復縁話をされたが断ったところ,顔面を殴
られるなどの暴行を受けたことを説明した。
同警察官らは,被害申告をするようDに何度か勧めたが,Dは以前にE
から肋骨骨折の傷害を受け,z交番で誓約書を提出するなどして示談が成立してい
るので,今回も事件にして欲しくないと答え,また,今日は今度就職する予定の会
社で制服の採寸があり,早く行かなければならないと言って,同警察官らの勧めに
応じなかった。
そこで,同警察官らはDに対して,携帯電話の電話番号を変えること,
何かあればすぐに110番通報することなどの防犯指導を行ったところ,Dは軽自
動車に乗って現場を立ち去った。
同警察官らはz交番に赴き,当日の勤務がJ警部補らではなかったので
同交番の記録を確認すると,確かに肋骨骨折事件の届けがあり,処理結果が記載し
てあった。しかし,同警察官らは,γ署幹部には,かかる被害届が出ていることは
報告せず,また,z交番勤務の警察官らにX事件があったとの報告もしなかった。
(7) 押しかけ事案
ア 原告Cは,平成11年1月27日夕刻,LからDをEに会わせるよう求
める電話を受けた。これに対し,原告Cは,前年12月23日のz交番で既に話は
終わっており,もう話すことはないとしてこれを拒否した。ただ,原告CはEとL
が押しかけてくるものと考え,同日午後6時55分ころβ署へ電話をかけて出動を
要請し,Hにも電話して,来てくれるよう頼んだ。
しかし,警察が来るよりも前に,EがLを伴って原告C方にやって来
た。Lは勝手口を叩き,DをEに会わせるよう求めたが,原告Cはこれを拒否し,
なおもLが引き下がらないので,表に出て,車に乗っていたEに対して,もはや話
し合うべきことはないこと,警察に出動を要請したことを伝え,話があれば親を連
れてy交番に来るように告げてEらを追い払った。
イ その後,w交番のQ警部補ら4名の警察官が原告C方に到着したが,既
に通報から40分が経過していた。原告Cは,Q警部補らに対して,Dが以前付き
合っていた男(E)から暴力を受けるので別れたが,しつこく追いかけてくるこ
と,当日もEがDに会わせるよう求めたことなどを説明した。また,原告CはEが
付近にいるかも知れないと申し立てたので,Q警部補らは付近を捜索したが,発見
には至らなかった。そこで,同警部補は,原告Cから詳しく事情を聞くためにy交
番に来るよう求めた。
原告CがHを伴ってy交番に赴いたところ,EもLを伴って同交番にや
って来て,Dに会わせろなどと言い,原告Cと口論になった。
原告CはQ警部補に対して,肋骨骨折事件のことや,同事件をz交番に
おいて誓約書で処理したことを説明し,同事件を再度事件化できるか質問した。こ
れに対し,Q警部補は,「親告罪と違うからできるんちゃうんか。なあ。」と同僚
に意見を求め,再度事件化は可能である旨答えた。ただ,同警部補は,同事件はγ
署において把握しているものと考え,同署に行ってその旨申し立てるよう指示し
た。
ウ Dは同日夜,Hの息子で友人のUに対し,電話で押しかけ事案の経緯を
報告し,警察の対応について,警察は何度話しても何度行っても何もやってくれな
いと不満を述べた。
(8) 誓約書のコピー交付の拒絶
原告Cは,Q警部補の指示に従い,翌28日,γ署に電話をかけたが,同
署では肋骨骨折事件のことを把握していなかった。そこで,同署は,原告Cに対し
て,直接z交番に行くよう指示した。
原告Cは,同署の指示を受けて,同日のうちにz交番に赴いたが,J警部
補が休みであったことから,居合わせた警察官に対して,本件誓約書のコピーの交
付を求めた。しかし,同警察官は,原告Cに対してJ警部補の出勤日を教え,その
日に出直すよう指示した。
原告Cは,同月31日,改めてz交番を訪れ,J警部補に対して押しかけ
事案を説明して,本件誓約書のコピーの交付を求めたが,同警部補はこれを拒絶し
た。その際,同警部補は原告Cに対し,Eに他の女性を紹介すればDにつきまとう
こともなくなるであろうという内容の言葉を述べた。
(9) 本件殺人事件
Dは平成11年2月2日午前8時過ぎころ,出勤中にガソリンス
タンドで給油をしていたところ,Eの車を発見した。Dが出発するとEが後をつけ
てきたので,Dは,平成8年春ころからの交際相手で,その後もときどき相談や連
絡をしていたYに携帯電話で電話して助けを求めた。Yは,Dから頼まれてすぐに
警察に通報したが,Dの居場所が分からなかったことから要領を得ず,再度Dに電
話をした。しかし,Dからの通話は,Eの車が正面から迫ってくることを伝えたの
を最後に途絶えた。Dは,同日午前8時15分ころ,兵庫県a郡b町cd番地先路
上において,時速約25キロメートルの速度で自ら運転中の軽自動車に,Eの運転
する普通乗用車に時速約70キロメートルの速度で正面から衝突され,その場で胸
部大動脈断裂等に基づく
失血等により死亡し,もって,Eに殺害された。そして,その直後,Eは,同所に
おいて所携の包丁で自らの胸を刺して自殺した。
(10) Dの法定相続人は,原告A,原告B及びTの3名であるが,同人らは平
成11年9月8日遺産分割協議をし,Dの死亡に基づく損害賠償請求権等一切につ
いて,原告Aが3分の2,原告Bが3分の1を各相続することに合意した。
(11) ストーカー事案に対する警察庁の取り組みについて
ア 警察庁は,平成9年6月30日,つきまとい事案が殺人事件や殺人未遂
事件につながったケースが平成8年中に8件あり,平成9年1月から同年4月末ま
での間にも,つきまとい事案検挙件数53件のうち,殺人事件の検挙が3件あった
こと(甲15,19)及び性犯罪にエスカレートしたケースも少なくないことを明
らかにし,同日開催された全国の性犯罪捜査指導官を集めた会議において,全国の
警察本部に対し,殺人や強制わいせつ等の重大犯罪を未然に防ぐ観点から,相談窓
口を充実させるとともに,事案を認知した場合は,被害者の視点に立って,的確な
事件化措置を講ずるよう,全国の警察本部に指示した(甲15,17,18)。
そして,同年7月から開始された「性犯罪捜査強化月間」では,1か月
の間に,傷害事案2件,住居侵入2件など6件を検挙したことが報告されている
(甲16)。
イ 平成9年11月10日に発行された「警察學論集」において,前警察大
学校警察政策研究センター主任教授山口県警察本部警務部長のZは,「いわゆる
『ストーカー問題』管見(4・完)―英米における『ストーキング防止法』の概要
について―」という論文の中で,「ストーキングの大きな特徴は,エスカレートす
ることである。当初は,厄介で煩わしいけれども,未だ法には抵触しないものであ
ったものが,妄想に駆られた,危険な,暴力的な,そして生死に係わる行為にまで
エスカレートしていく。したがって,ストーキングの被害者にとって,潜在的な暴
力行為に対して身を守る適当な手段が必要となる。」と説明している(甲20の
3)。
(12) 平成12年5月24日,ストーカー行為等の規制等に関する法律が成立
し,同年11月24日から施行された。
2 争点①(警察官の対応に国家賠償法1条1項における違法性(過失)が認め
られるか)に対する判断
(1) 警察官の規制権限不行使と国家賠償法1条1項の違法性について
原告らは,α署,γ署,β署の警察官が,Eの犯罪防止のための各種規制
権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項における違法であると主張する。
ところで,同規定は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個
別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたと
きは,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを定めるものである(最高
裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第1小法廷判決・民集39巻
7号1512頁参照)。
そこで,原告らが,その不行使が違法であると主張する各規制権限につい
て,被害者Dに対して警察が職務上負担する法的義務となり得るかについて,検討
する。
まず,警察法2条1項は「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任
じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩
序の維持に当たることをもってその責務とする。」と規定し,警察官職務執行法1
条1項は,「警察官が警察法に規定する個人の生命,身体及び財産の保護,犯罪の
予防,公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために,必
要な手段を定めることを目的とする。」と規定し,同法2条以下においてその行使
し得る手段を規定していることからすれば,警察は,犯罪の防止,鎮圧を目的とし
て,警察官職務執行法が規定する各種の権限のほか,そのために必要かつ相当な規
制権限を行使する一般的権限を有するものと認められる。そうとすれば,特定の個
人等に対して,犯罪に
よる加害行為がまさに行われ,あるいは行われる危険が切迫しているような場合
で,その権限行使が容易にできるような場合にあっては,警察による犯罪の予防,
鎮圧のために必要な規制権限の行使は,警察に与えられた公益上の義務の行使であ
ると同時に,当該個人等に対する法的義務としての権限の行使でもあると解される
場合もあるというべきである。
もっとも,上記各種権限のうち,犯罪捜査権限は,直接的には,具体的な
個々の犯罪の発生の予防,鎮圧を目的としたものではなく,過去の犯罪の事実関係
を明確にし,犯人に対する適切な刑罰権を行使することによって,将来の犯罪の一
般的予防を図り,もって国家及び社会の秩序維持という公益を図ることを主たる目
的として付与されたものであって,既に発生した犯罪被害者の損害の回復を目的と
するものではなく,犯罪捜査によって犯罪被害者の受ける被害感情の慰謝等は,公
益上の見地に立って行われる捜査によって反射的にもたらされる事実上の利益とい
うべきであることからすれば,原則として,警察が,犯罪被害者との関係におい
て,法的義務として,当該犯罪についての捜査義務を負うことはないというべきで
ある。しかしながら,犯
罪捜査は将来発生するおそれのある犯罪の具体的な予防,鎮圧を直接目的とするも
のではないとしても,犯罪の一般的予防がその目的中に包摂されていることは前記
したとおりである。そして,当該被疑者が将来において特定の被害者に対して犯罪
を遂行するおそれが高度に認められる場合に,既に発生した犯罪を捜査することに
より,当該被疑者に対して単なる警告以上の心理的影響を及ぼし,将来の犯罪遂行
を抑制し得る効果があることも事実である。そうとすれば,それにもかかわらず,
警察が何らの捜査もせずに当該被疑者において漫然と犯罪を遂行させたような場合
には,これにより侵害された被害者の利益はもはや事実上の利益というべきではな
く,まさに法的保護に値する具体的利益というべきである。
したがって,上記のように当該被疑者が特定の被害者に対して更に犯罪を
遂行するおそれが高度に認められるような場合には,犯罪の予防,鎮圧の目的のた
めに認められた行政警察権に基づく規制権限の行使と並んで,司法警察権に基づく
捜査権限の行使についても,その行使が,当該被害者が更なる犯罪被害に遭うこと
を防ぐ手段の一つとして,当該被害者との関係において法的義務となる場合もある
というべきである(ただし,司法警察権に基づく捜査権限の行使が,犯罪の予防,
鎮圧名下に濫用されてはならないことは当然であり,とりわけ,被疑者の逮捕とい
った身柄拘束を伴うような強制捜査権限が,犯罪の予防,鎮圧名下に濫用的に行使
されるようなことは,絶対にあってはならない。したがって,捜査権限の不行使に
関しては,それが適正
な捜査権限の行使として当然に要請されていたものかどうかがまず検討されなけれ
ばならず,その上で,その行使が,犯罪の予防の見地からも法的義務として要請さ
れていたものといえるかが検討されなければならない。)。
以上の次第で,犯罪防止のために警察に認められた各種規制権限の不行使
は,特定の個人等に対して犯罪による加害行為がまさに行われ,あるいは行われる
危険が切迫し,かつ,その権限行使が容易にできるにもかかわらず,これが行われ
ないといった,その権限の不行使が著しく不合理と認められる場合には,当該個人
に対する関係で,国家賠償法1条1項の違法評価を受けるというべきである。そし
て,警察官の規制権限不行使が著しく不合理であるかどうかは,①被侵害利益に対
する侵害の危険性ないし切迫性,②当該警察官における当該危険性の認識ないし認
識可能性,③被侵害利益の重大性,④当該規制権限行使による結果回避可能性,⑤
当該規制権限行使に対する期待可能性等の各事情を総合考慮して判断すべきであ
る。
(2) 本件における具体的検討
ア α事件について
原告らは,警察は,Eを傷害罪だけでなく,少なくとも住居侵入罪でも
検挙すべきであったと主張するが,α事件では,建造物損壊罪,住居侵入罪,傷害
罪の成立が考えられるとしても,警察官が,そのうちの最も重い犯罪である傷害罪
のみで検挙し,住居侵入罪では検挙しなかったことが特に不合理なものであったと
は認めがたい。のみならず,傷害罪だけでなく住居侵入罪でも検挙していたとして
も,それによって,本件殺人事件の発生を回避し得たものとも認めがたい。
また,原告らは,α署としては,Eを釈放した後も,被害者であるDの
住所地を管轄するβ署及びEの住所地を管轄するγ署にそれぞれ事件を報告し,今
後同様の事件の再発を防ぐために連携を図りつつ,かつEが再度Dに対して暴行等
の攻撃に及ぶことがないか的確に情報交換できる態勢を作るべきであったと主張す
る。
確かに,前記認定のとおり,Dはα事件において暴行を受ける以前に
も,Eから複数回にわたって暴力を受けていたことが認められる。
しかしながら,Dは当時警察にEへの寛大な処分を求めていたことから
すると,警察がEのDに対する従前の暴力行為について把握することは困難であっ
たと認められること,α事件における傷害の犯行態様は,転倒したDを引きずった
というものであって,Dの身体に暴力を加えることを直接的な目的としたものでは
ないこと,犯行の結果も加療5日間の左肩,両下肢擦過創という比較的軽微なもの
であることを総合すると,α事件の発生当時において,Eが危険性の高いDV型ス
トーカーであって,その後Dの生命身体に対する重大な加害行為を行う危険性があ
ったと認定することは困難であるし,仮にそうであったとしても,警察がこれを認
識予見することができたと認めることはできない。そうすると,α事件を処理した
α署が,関係各署にこ
れを報告して連携を図る態勢を採らなかったからといって,これをもって著しく不
合理であると認定することはできない。
よって,原告ら主張のα事件に関する規制権限不行使が著しく不合理な
ものであったとは認められない。
イ γ署逃げ込み事案について
原告らは,γ署は,直ちにこの日の暴行について捜査に着手し,Eを逮
捕するか,少なくともEに対して今後同様の行為を行わない旨の厳正な警告を発
し,α署にもこの日の暴行事件が発生したことを報告して,α事件に関する起訴猶
予の当否の判断に重要な事情として供し得るよう,同署経由で担当検察庁に連絡す
るべきであったと主張する。
しかしながら,Eは軽トラックを用いてD及びRが乗車する車両を追い
回し,同車両のボンネットに上がりガラスを叩いたとはいうものの,EがDらの車
両に自車を衝突させたわけではなく,また,Dらの身体に対して直接加害行為を行
ったわけでもないことからすれば,これにつき,直ちにEを逮捕しなければならな
かったとまではいえないし,α事件とγ署逃げ込み事案の事実を総合しても,Eが
危険性の高いDV型ストーカーであって,Dの生命身体に対する重大な加害行為に
及ぶ危険性があるとまで認めるのは困難である。また,仮にかかる危険性が客観的
には存在したとしても,警察がこれを認識予見することができたとまでは認めるこ
とができない。そうとすれば,確かに,警察官としてはEに対して厳正な警告を発
し,Dから事情を聴取
してα署及びα事件を担当する検察庁にこれを報告することが望ましかったとは認
められるものの,これをしなかったことが,本件殺人事件の発生という結果回避と
の関係で著しく不合理であって違法性を帯びるとまでは認めることはできない。
よって,原告ら主張の規制権限不行使が著しく不合理とは認められな
い。
ウ 肋骨骨折事件について
原告らは,J警部補は,肋骨骨折事件について,被害者であるDの告訴
を受理して直ちに捜査に着手し,Eが任意の事情聴取に応じない場合はEを逮捕
し,Eが事情聴取に応じた場合はEに対してDへの接近を禁止し,暴行・脅迫等の
犯罪行為を繰り返さない旨厳正な警告を発した上で,検察庁に事件を送致すべきで
あったのに,受理すべき告訴を棚上げにして,Eから本件誓約書を取る処理で済ま
せたことが違法であると主張する。
確かに,前記認定のとおり,Eはα事件の後,γ署逃げ込み事案を起こ
したのみならず,α事件の約半年後には,Dに殴る蹴るの暴行を加えて約1か月間
の通院加療を要する左側胸部打撲,左第5・6肋骨骨折の傷害を負わせる肋骨骨折
事件を惹起させたのであり,かようなα事件以後のEの一連の行為や,肋骨骨折事
件における暴行の程度や結果の深刻さなどに照らすと,EがいわゆるDV型ストー
カー的な行動に出ていたと認めることができる。
しかしながら,他方で,前記認定のとおり,Eは,z交番において,D
に対して謝罪し,治療費を支払うことを約束した上,今後Dに二度とつきまとわな
い旨の本件誓約書も作成し,後日,Dに対して20万円を支払って示談しているこ
とからすれば,当時,Dの生命身体に対する加害行為の具体的かつ切迫した危険性
が存在していたとまでは認めることができない。
しかも,被害者であるD自身が肋骨骨折事件の事件化を望んでいたこと
を窺うに足りる証拠はなく,むしろ,z交番に到着当初から,肋骨骨折事件の事件
化については消極的であったとさえ認められること,原告Cも,z交番において
「告訴」(告発の意味を含む。)すると発言したと認めるに足りる証拠はなく,か
えって,前記認定のとおり,当初厳しい態度で事件化を望んだ原告Cも,M及びE
の謝罪によって態度を軟化させたことが認められる。
以上の事実を総合すると,当時,J警部補らが,肋骨骨折事件を直ちに
事件化して捜査に着手することなく,DとEがわだかまりを残さず別れるために,
Dの意思を確認した上で和解を試みたことも,あながち不合理とはいえないし,同
警部補らは,原告Cらが退所した後,Eに対して今後Dに暴力を振るわないことに
ついて警告もしていることを併せ考えると,警察が,肋骨骨折事件を本件誓約書で
処理し,直ちに捜査を開始しなかったことが,著しく不合理なものであったとは認
められない。
また,原告らは,Eを逮捕しない場合には,以後のEの警告違反行動を
監視し,迅速に対処できるよう関係警察署間で緊密な連携態勢を整えるべきであっ
たと主張する。
しかしながら,かかる特別の警戒態勢を構築することは必ずしも容易で
はないと推認されること,γ市内においては,110番通報があれば直ちに通常の
配置についている警察官が駆けつけることができる一般的態勢にあったと認められ
ることに鑑みれば,特定の個人のために原告らが主張するような特別な態勢を構築
しないことが違法となるのは,当該個人の生命身体に対する具体的かつ切迫した危
険が認められる場合に限られると解さざるを得ない。そして,上記のとおり,当
時,未だそのような具体的かつ切迫した危険が発生していたとは認められない以
上,警察が原告らが主張するような特別の警戒態勢を採らなかったことが著しく不
合理であるとは認められない。
エ 誓約書による処理後の対応について
原告らは,警察としては,誓約書による処理の後,本件誓約書の写しを
DとEの双方に交付するなどして誓約内容を確認し,Eに誓約違反を行わないよう
厳しく警告するとともに,Dに対しては,緊急時の連絡先と担当者を教示し,更に
Eを監視する態勢を警察内に作るために,γ署に対して,肋骨骨折事件について報
告すべきであったと主張する。
しかし,前記認定のとおり,z交番においてJ警部補らはEに対して誓
約違反を行わないように警告しており,警告義務違反は認められない。
また,前記認定のとおり,未だDの生命に対して具体的かつ切迫した危
険性が発生していたとは認められないことに加えて,肋骨骨折事件後,Eがz交番
に来所して示談した旨報告し,原告Cも菓子折を持参して同交番に来所しているこ
とからすると,J警部補らが本件が解決したと判断したこともあながち不当とはい
えない。そうすると,J警部補としては,本件誓約書の写しを双方に交付して,D
に緊急時の連絡先と担当者を教示し,かつ,肋骨骨折事件とその処理内容をγ署に
報告した方がより適切であったといえるけれども,これらの措置を講じなかったこ
とが著しく不合理であり,違法であるとまでは認めることができない。
なお,原告らは,γ署は,β署及びγ署管内の警察組織に同事件及びそ
の処理内容を周知するほか,関係警察署・交番相互の連絡方法を確立するなどし
て,緊急通報時の現場急行とEの犯罪行為の制止,現行犯逮捕を含めたあらゆる権
限が適正に行使できるための監視と連携の態勢を整えるべきであったと主張する。
しかしながら,前記のとおり,そのような態勢を採らなかったことが違法となるの
は,当該個人の生命身体に対する具体的かつ切迫した危険のある場合に限られると
解すべきであるところ,そのような危険の発生が認められないのは,この時点にお
いても同様であるから,かかる態勢を採らなかったことが著しく不合理とはいえな
い。
オ X事件について
原告らは,警察としては,肋骨骨折事件に引き続きX事件が発生した以
上,直ちに肋骨骨折事件及びX事件を立件して捜査を開始し,Eに対しては,被疑
者として事情聴取等を行い,両事件につき十分な嫌疑があり,Dや関係者に対する
威迫など罪証隠滅のおそれもある以上,同人を刑事訴訟法に基づき逮捕するか,又
はいかなる理由があってもDに近づかず,暴行・脅迫等犯罪行為をしないよう厳正
な警告を行い,その行動を監視して新たな犯罪が行われようとすれば直ちにこれを
制止できるよう,関係警察署間で緊密な連携態勢を敷くべきであったと主張する。
前記認定のとおり,Eは,肋骨骨折事件において,二度とDにつきまと
わず,暴力も振るわないことを誓約したにもかかわらず,その約3週間後にまたも
やX事件を犯してDに傷害を負わせていること,X事件における犯行態様は執拗,
大胆かつ悪質であり,たまたま近くにいた者に暴行を止められたことによって大事
には至らなかったものの,誰にも止められなかったならば,Dに対して更なる傷害
を加えたかも知れないこと,Eのα事件以降の一連の行為に照らすと,Eはいわゆ
るDV型ストーカー的な行為を繰り返しており,今後もDの生命身体に対する加害
行為が行われる具体的かつ切迫した危険性があったと認められる。
そして,γ署署配のパトカーで現場に臨場したO巡査長及びP巡査部長
としては,Dから十分な事情聴取をすれば,α事件以降の経緯を把握することがで
きたはずであり,また,前記認定のとおり,同警察官らは,当日,z交番に赴いて
肋骨骨折事件及び誓約書による処理の事実を確認したのであるから,Dの生命身体
に対する具体的かつ切迫した危険性の存在を認識,予見することができたはずであ
ると認められる。
そうすると,警察としては,Eの更なる加害行為を防止するために,E
に対して厳重に警告すべきであったと認められる。また,原告らが主張する,関係
警察署間における緊密な連携態勢についても,確かにこれは必ずしも容易ではない
と認められるが,上記のDの生命身体に対する具体的かつ切迫した危険性に鑑みれ
ば,そのような措置を講ずべきであったと認められる。
ところが,前記認定のとおり,警察は,Eに対し今後の加害行為を止め
るように警告をすることをしなかった。のみならず,O巡査長及びP巡査部長は,
γ署幹部に対しては肋骨骨折事件について報告せず,z交番の警察官らに対しては
X事件について報告しなかったため,γ署においても,z交番においても,α事件
からX事件に至るまでのEの一連の犯行・行動を全体として把握することができな
かった。警察のこれらの行政警察活動の不作為は,Dの生命身体に対する具体的か
つ切迫した危険性の存在に鑑みると著しく不合理であって違法であると認められ
る。
もっとも,犯罪捜査権限の不行使については,Dは当日警察官に何度か
促されたにもかかわらず,被害申告の意思がないことを明確に示したこと,以後も
Dは警察に対して事件化を望む行動を採っていないこと,DがUに対して警察に対
する不満を述べたのは押しかけ事案が発生した後であること,警察としては,傷害
事件を立件する上で,被害者の被疑者に対する処罰意思は重要であり,これを無視
して立件することは必ずしも相当ではないことからすれば,警察が,肋骨
骨折事件及びX事件について直ちに立件して捜査を開始しなかったことが著しく不
合理であるとまでは認められない。
カ 押しかけ事案について
原告らは,X事件の後,更に押しかけ事案まで発生した以上,警察とし
ては,直ちに肋骨骨折事件及びX事件を立件してE及びDらから事情を聴取するな
どの捜査を開始し,Eを逮捕するか,もしくはEに対してDに暴行脅迫等犯罪行為
を行わないよう厳正な警告を行うべきであったし,また,Eの警告違反行動に的確
に対処できるよう,関係警察署間で緊密な連携の態勢を敷くべきであったと主張す
る。また,原告らは,押しかけ事案発生の通報を受けて現場に赴き,肋骨骨折事件
等のEの犯行について説明を受けたQ警部補としては,自らこれらの事件の捜査を
開始するか,もしくはγ署ないしz交番に押しかけ事案について報告し,Dが肋骨
骨折事件の事件化を望んでいる事実を報告して,事件処理を促すべきであったと主
張する。さらに,原告
らは,Dの住所,稼働先周辺の警備態勢を強化し,今後同様の事件の再発を防ぐた
めに,γ署,β署の各警察署間で連携を図り,かつDとの間で,Eの襲撃を受けた
場合の緊急通報や対処について具体的に打ち合わせ,Dの安全を確保する一方,E
の襲撃を制止し,厳しく対処できる態勢を採るべきであったと主張する。
上記のごとく,X事件発生の時点において既にDの生命身体に対する具
体的かつ切迫した危険性が発生していたと認められる上に,Eは,同事件の約2週
間後に更に押しかけ事案に及び,Dに会わせろなどと言って原告C方に押しかけて
きたのであるから,肋骨骨折事件及びX事件について何ら反省しておらず,Dの生
命身体に対する危険はますます具体化し切迫していたと認められる。そして,当
時,原告CがQ警部補に対し,肋骨骨折事件や誓約書による処理の事実を説明した
ことに鑑みると,警察としても上記危険性を認識し得たと認められるから,Eに対
して更なる加害行為をやめるよう厳正な警告を行うと共に,関係警察署間で連携を
図り,DがEの襲撃を受けた場合の緊急通報や対処について,具体的に打ち合わせ
るなどの防犯対策を実施
すべきであったものと認められる。
また,押しかけ事案発生の時点においては,原告Cが肋骨骨折事件の事
件化を強く望んだこと,Dも,Uに対して警察の対応に不満を述べていたことから
すれば,警察が適切な対応を採っていれば警察に対しても事件化を求める意思を表
明していたと推認されること,X事件についてもEに対する十分な嫌疑が認められ
ること,前記認定のとおり,既に平成11年1月当時,いわゆるストーカー事案に
対して,事案を認知した場合は,被害者の視点に立って,的確な事件化措置を講ず
るよう全国の警察本部が指示を受けていたことからすれば,警察としては両事件に
ついて直ちに捜査を開始すべきであったと認められる。また,それは,Dに対する
更なる犯罪被害の防止の観点からもこれが要請されていたものといえる。しかる
に,警察は何らの捜査も
開始しなかったのであり,かかる権限不行使は著しく不合理なものというべきであ
る。
以上のように,押しかけ事案において,警察としてはEに対して厳重に
警告し,Dに対してはその安全を確保すべく緊急の通報先を教示し,警察署間にお
いても連携態勢を整え,肋骨骨折事件及びX事件について捜査に着手すべきであっ
たと認められるから,警察の当該権限不行使は著しく不合理であり,国家賠償法1
条1項における違法と認められる。
3 争点②(捜査懈怠等の違法(過失)行為とD死亡との間に相当因果関係が認
められるか)に対する判断
前記認定のとおり,警察官には,X事件発生の時点において,更なる加害行
為に及ばないようにEに厳重に警告し,また,関係各警察署間に緊密な連携態勢を
構築すべきであったのにこれらの義務を怠り,また,押しかけ事案発生の時点にお
いても,Eに対して厳重に警告し,かつ,Dに対しては緊急の通報先を教示すると
共に,肋骨骨折事件及びX事件についての捜査に着手すべきであったのにこれらの
義務を怠ったという過失が認められる。
そして,原告らは,つきまとい行為者に警察が警告ないし注意した事件の多
くが解決していること,本件においても,Eが警察に対しては恭順の姿勢を示して
いたことから,警察がEに対して警告し,また,捜査を開始していれば,これらが
効果的な抑止力になり,Dの死亡という最悪の結果を回避することができたのであ
るから,警察官の過失とDの死亡との間には相当因果関係があると主張する。
そこで,以下,前記警察官の過失とDの死亡との間の相当因果関係の有無に
ついて判断する。
訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではな
く,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来し
た関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑
いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,か
つ,それで足りるものである(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月2
4日第2小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。したがって,国家賠償法
上の規制権限不行使における因果関係の存否の判断においても,経験則に照らして
全証拠を総合的に検討し,当該公務員が当該規制権限を行使しておれば,結果を回
避し得たであろう高度の蓋然性が証明されれば,上記規制権限不行使と結果との間
の因果関係が認められる
ということができる。
そこで,警察がX事件及び押しかけ事案の時点において,前記認定の各権限
を行使した場合,Dの死亡という結果を回避し得たであろう高度の蓋然性が認めら
れるかを検討する。
Eは,α事件によって逮捕され,肋骨骨折事件においても警察からDに近づ
かないように警告を受けて,本件誓約書まで提出したにもかかわらず,その後もX
事件や押しかけ事案を引き起こしたのであって,遅くともこの時点では,いわゆる
DV型ストーカー的な行為を繰り返していることが明確となり,Dに対する更なる
危険の切迫を認めることができる。しかしながら,本件殺人事件は,EがDを殺害
し,その場で所携の包丁で自らの胸を刺して自殺するという,いわば思い詰めた上
での覚悟の犯行であり,これまでの加害行為の単なる延長とは言い難い犯行であっ
たと認められる上に,押しかけ事案からわずか1週間後,X事件からみても3週間
後に引き起こされたものである。
そうとすれば,X事件や押しかけ事案の時点において,警察が,Eに対し厳
重な警告を行い,また,肋骨骨折事件やX事件の捜査に着手していたとしても,果
たして,それが抑止力となって,上記のような思い詰めた上での覚悟の犯行と思え
る本件殺人事件の発生をも止めることができたといえるかは疑問の余
地があり,Dの死亡という結果を回避し得たであろう高度の蓋然性を認めることは
困難である(なお,Eを逮捕勾留により身柄拘束していれば,平成11年2月2日
の本件殺人事件を回避することができたといえるのではないかとの疑問が生じない
ではない。しかし,肋骨骨折事件及びX事件につき,捜査に着手すべきであったと
はいえ,本件全証拠によっても,この時点で,Eの逮捕が捜査上必要不可欠なもの
として選択されなければな
らなかったとまでは認められず,したがって,逮捕権の不行使が違法であったとま
では認められないから,この点から,警察官の過失とDの死亡との間に相当因果関
係があると認めることはできない。)。
また,原告らは,警察が,Dの立場に立ってその被害状況を理解し,Dの信
頼を得ていれば,本件殺人事件当日,Dが,Eを発見した時点で警察に通報し,結
果を回避し得たと主張する。
しかしながら,前記のとおり,Dは肋骨骨折事件の際には告訴意思を表明せ
ず,X事件の際にも警察に対して事件化して欲しくないと述べているのであって,
Eとの問題に関して積極的に警察の助けを求める意識があまりなかったことが推認
される。また,Dは,X事件の際に警察官からいつでも110番通報するように指
導されたのに,本件殺人事件当日の午前8時過ぎころガソリンスタンドでEを発見
した際にも警察に通報せず,また,ガソリンスタンドの従業員に助けを求めること
もなく,一人で自動車を運転して出発していることからすると,この時点において
はD自身未だ身の危険を感じていなかったものと認められる。そうすると,仮に警
察が緊急通報先や担当者を教示していたとしても,DがEの車を認めた上記の時点
でγ署等に通報したと
もの認めることはできない。そして,その後,Dは,Eの運転する車から追跡され
た時点で身の危険を感じてYに携帯電話で連絡し,警察への通報を要請しているこ
とからすると,警察が事前に緊急通報先を教示していれば,Dがこの時点で緊急連
絡先に通報したであろうとは認められるものの,Dがその後の同日午前8時15分
ころにEに殺害されていることに鑑みると,たとえDが緊急通報先に連絡したとし
ても,Eに殺害されるまでの間に警察官が現場に到着し得たかどうか疑わしいし,
仮に到着できていたとしても,思い詰めた上での覚悟の犯行と考えられる本件殺人
事件を制止し得たかどうかは疑わしいといわざるを得ず,よってDの死亡を回避で
きたであろう高度の蓋然性を認めることは困難である。
以上の次第で,警察が上記規制権限を行使したとしても,高度の蓋然性をも
って本件殺人事件を回避し得たとは認められないから,前記警察官の過失とDの死
亡との間に相当因果関係を認めることはできない。
4 損害賠償責任の有無について
上記のとおり,警察には上記規制権限不行使の過失が認められるが,同過失
とDの死亡という結果との間に相当因果関係を認めることはできない。
しかしながら,そうとしても,警察が適切な規制権限を行使していたなら
ば,被害者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が証明さ
れるときには,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めることができると解す
るのが相当である。なぜなら,生命を維持することは人間にとって最も根元的な利
益であるから,上記生存可能性は,法によって保護されるべき利益というべきであ
り,警察の規制権限不行使によってその法益が侵害されたと認められるからであ
る。
そして,上記認定のとおり,適切な権限が行使されたとしても,本件殺人事
件の発生を阻止することができた高度の蓋然性までを認めることはできないもの
の,警察から厳重な警告を受け,又は肋骨骨折事件等について取調べを受けること
によって,Eが本件殺人事件の実行を躊躇する相当程度の可能性についてはこれを
認めることができるというべきであるし,また,警察がDに対して緊急連絡先をあ
らかじめ告知していれば,本件殺人事件当日,DがガソリンスタンドでEを発見し
た時点で警察に緊急通報をし,警察官が現場に臨場することによって,本件殺人事
件の発生に至らずDが生存し得た相当程度の可能性は認めることができるというべ
きである。
以上の次第で,Dは,警察官の過失によって,本件殺人事件により死亡した
時点においてなお生存し得た可能性を侵害されたことを理由に,被告に対して損害
賠償を求めることは,認められるというべきである。
5 争点③(損害額)に対する判断
(1) Dに生じた損害
前記認定のとおり,警察は,X事件,押しかけ事案以降,Dの生命身体に
対する重大な加害行為が行われる具体的危険が切迫しているにもかかわらず,採る
べき措置を採らなかったために,Dは本件殺人事件の時点においてなお生存し得た
可能性を侵害されたことが認められる。
しかし,警察はD及び原告Cの相談を全く無視したわけではなく,肋骨骨
折事件においてはEに対して警告を発し,二度とDに暴力を振るわず,つきまとっ
たり電話しないという内容の本件誓約書を作成させており,また,X事件において
はDに対する防犯指導をするなど一定の対応はしていたものと認められる。また,
前記認定のとおり,D自身,Eから度重なる被害を受けながらも,毎回,警察に対
する被害申告に関しては消極的な姿勢を示し続け,このことが警察のEに対する積
極的な対応を困難にしたという側面もないではない。
そこで,上記事情やその他本件に表れた一切の事情を総合考慮すると,本
件においてDが上記可能性を侵害されたことによって被った精神的苦痛に対する慰
謝料は,600万円と認めるのが相当である。
(2) 相続
前記認定のとおり,Dの法定相続人は,原告A,同B及びTの3名であ
り,同人らは平成11年9月8日遺産分割協議をし,D死亡に基づく損害賠償請求
権等一切について,原告Aが3分の2,原告Bが3分の1を各相続することに合意
した。
よって,かかる相続分に従い,原告Aにおいて400万円,同Bにおいて
200万円の損害賠償請求権をそれぞれ相続したものと認める。
なお,原告A及び同Bは,Dの死亡後,自賠責保険による保険金として合
計3000万円余りを受領しているが,上記生存の可能性を侵害されたことによる
損害賠償請求権との関係では,損益相殺の対象とはならないというべきである。
(3) 葬儀費用
原告A及び同Bは,原告Aが100万円,原告Bが50万円をそれぞれ支
出した葬儀費用についても賠償を求めるが,前記認定のとおり,警察官の過失とD
の死亡との間の相当因果関係を認定することができない以上,Dの死亡による葬儀
費用についてもまた相当因果関係を認めることはできない。
(4) 原告Cの損害
原告Cは,Dの父親代わりとして,Dを守ろうと警察の対応を求め続けた
にもかかわらず,適切な措置を講じてもらえなかったことによって被った精神的苦
痛に対する慰謝料を請求する。
しかしながら,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に
当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民
に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを定める
ものである。そうすると,本件において警察が国家賠償法上の法的義務を負う相手
方は,被害者であるDであって,原告Cではないというべきである。
よって,原告Cの慰謝料請求を認めることはできない。
(5) 弁護士費用
本件事案の難易,性質等を総合すると,原告A及び同Bが支払うべき弁護
士費用のうち原告Aにおいて40万円,同Bにおいて20万円の範囲で前記違法行
為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(6) まとめ
以上より,原告A及び同Bが被告に対して請求できる損害賠償請求権の価
額は,原告Aにおいて440万円,同Bにおいて220万円となる。
6 以上の次第で,原告A及び同Bの本訴請求は,いずれも主文の限度で理由が
あるからこれを認容し,同原告らのその余の請求及び原告Cの請求はいずれも理由
がないからこれを棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官   上   田   昭   典
裁判官 太   田   敬   司
裁判官北   岡   裕   章

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛