弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
一 被告は、その営業上の施設又は活動に「シャネル」の表示を使用してはならな
い。
二 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年二月一〇日から
支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
五 この判決の原告勝訴部分は仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、その営業上の施設又は活動に「シャネル」の表示を使用してはならな
い。
2 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年二月一〇日か
ら支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者及びその営業
(一)原告
(1)原告は、【A】が設立したフランス法人レ パルファム シャネル(現在の
商号はフランス法人シャネル エス アー)が製造、販売する商品その他世界中の
シャネル社に関して、商標その他の知的財産権を有し、かつ、そのライセンス事業
を行うスイス法人である(以下、フランス法人シャネル エス アー及び原告を含
む他のシャネル社を総称して「シャネル社グループ」という。)。
(2)原告の所属するシャネル社グループの起源は、【A】が一九一〇年にフラン
スのパリ市カンボン通りに帽子店を開店したことに始まる。一九一六年に【A】が
第一回目のコレクションを発表して以来、シャネルの商標を付した製品は、高級婦
人服のみならず、香水、化粧品、ハンドバッグ、靴、アクセサリー、時計等にわた
り、いずれも独創的なデザイン、最高の品質により、世界中で高い信頼を獲得し、
いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られている。一九二一年
に同女は「シャネル五番」と称する香水を開発し、レ パルファム シャネルとい
う会社を設立してこれを製造、販売したが、現在に至るまで「シャネル五番」は世
界的なベストセラーを続けている。
 シャネル社グループには、商標その他の知的財産権の管理等の法的事項を管轄す
る原告や、前記レ パルファム シャネルが一九五四年に商号を変更したフランス
法人シャネル エス アーが存在している。
(二)被告
 被告は、東京都目黒区<以下略>において、昭和四〇年三月から昭和四二年二月
までは【B】との共同経営で、昭和四二年三月から現在までは被告の単独経営で、
「歌謡スナックシャネル」との屋号(以下「被告営業表示」という。)を使用して
飲食店を経営している。
2 シャネル社グループの営業表示とその周知性
 シャネル社グループは、昭和八年(一九三三年)に香水の日本への輸出を開始
し、「シャネル」、「CHANEL」等の商標登録を昭和一〇年から昭和一四年頃
にかけて行った。それ以来、独自のマーケティング戦略と厳格な品質管理により高
い評価が形成され、日本において数ある海外有名ブランドの中でも格別の人気を誇
っている。
 従って、日本においても、シャネル社グループの営業表示であり、かつ原告の商
標でもある「シャネル」(以下「原告営業表示」という。)は、シャネル社グルー
プ全体のグループの営業であることを示す表示として、遅くとも昭和三〇年代の初
めには周知となった。
 昭和五五年一〇月にはシャネル株式会社が設立され、同社がシャネル社グループ
の一員として、日本におけるシャネル製品の輸入、販売を行っている。
3 不正競争行為
(一)被告営業表示から「歌謡スナック」を除いた部分、すなわち「シャネル」の
部分が、著名な営業表示である原告営業表示と同一であり、被告営業表示と原告営
業表示とは類似している。
(二)原告営業表示と類似した被告営業表示を営業上の表示として使用する被告の
行為は、ファッション関連業界を初めとして経営が多角化する傾向にあること及び
原告営業表示の周知性の高さを考慮すると、一般消費者が原告を含むシャネル社グ
ループと被告とが業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤
認、混同するおそれが大きいことは明らかである。
(三)被告の不正競争行為が発覚したため、原告は、被告に対して被告の営業表示
の変更をするよう警告を行ってきたが、被告は依然として被告営業表示の使用を継
続している。
4 営業上の利益を害されるおそれ
 原告営業表示は、原告を含むシャネル社グループが築き上げた高級品のイメージ
と結びつき、ひいてはシャネル社グループ自体のイメージ、信頼に大きく寄与して
いるものである。しかし、被告が被告営業表示を使用する行為は、シャネル社の高
級なイメージを害すると同時に信用を毀損している。
 被告による被告営業表示の使用は、原告を含むシャネル社グループが前記の努力
を通じて獲得した原告営業表示の顧客吸引力を侵害するものであり、その結果、原
告営業表示のもつ広告宣伝機能を希簿にすると同時に、その知的財産権としての価
値を減少させるものである。また、シャネル社グループの今後の多角的な営業活動
においても重大な支障となるものであり、原告はその営業上の利益を害されるおそ
れがある。
5 被告の故意又は過失
 被告は、原告営業表示が日本国内で広く認識されたシャネル社グループの営業表
示であることを知りながら、若しくは過失によりこれを知らないで、これと類似す
る被告営業表示を営業表示として使用している。
6 損害
被告の右行為により、原告は少なくとも以下の損害を被った。
(一)逸失利益 金五八〇〇万円
 原告は、被告が「シャネル」を含む営業表示を原告に無断で使用したことによ
り、原告がその使用を許諾したならば得られたであろう通常使用料に相当する損害
を被った。
 被告は、昭和四〇年三月から二九年間、「シャネル」の営業表示を使用して被告
店舗を営業し、年間二〇〇〇万円の売上げがあるところ、「シャネル」営業表示が
極めて著名であり、かつ高級なイメージを与えることに照らせば、通常使用料は売
上げの一〇パーセントを下回ることはあり得ないから、通常使用料の合計額は、以
下の計算式のとおり、少なくとも、五八〇〇万円を下ることはあり得ない。
2000万円×0.1×29=5800万円
(二)信用損害 金八〇〇万円
 原告を含むシャネル社グループは、原告営業表示について、長年積み上げてきた
社会的信用及び高い評価を有するものである。しかるに、被告店舗は、目黒区中目
黒駅前にいわゆるガード下に所在する小さな歌謡スナックであり、隣接してスナッ
クやとんかつ屋があるなど、俗にいう「駅前ガード下の飲み屋街」に所在してい
る。同時に、向い側にはスーパーマーケットがあり、全体としては、被告店舗の周
辺は極めて人通りの多い駅前繁華街ということができる。
 原告を含むシャネル社グループは、多額の投資と長年の努力により、「シャネ
ル」ブランドの高級イメージを築き上げてきたが、被告が右のような状況で「シャ
ネル」の名称を用いて営業を行うことは、「シャネル社」が今までに築いてきた高
いブランドイメージ、信用を著しく害することは明らかである。
 日本国内におけるシャネル製品の販売を行っているシャネル株式会社が昭和五八
年度ないし昭和六〇年度に支出した宣伝広告費は、順次約八億七〇〇〇万円、約一
〇億三八〇〇万円、約一二億二四〇〇万円であり、また、同社は、このほか「シャ
ネル」の名称を不正使用しないように警告する広告を新聞紙上に多数掲載してい
る。これらによれば、信用損害の額は金八〇〇万円を下らない。
(三)弁護士費用 金二〇〇万円
 本訴は、不正競争防止法に基づく専門的な事件であるうえ、原告は外国法人であ
るから、自ら訴訟を提起することが困難であり、法律専門家である弁護士に依頼し
なければ解決が困難な事案であること、また原告と原告代理人との連絡に際して
は、特にフランス語あるいは英語を解する弁護士を必要とすること、さらに、関係
書類の翻訳等に多大な労力や費用を要することを勘案すれば、弁護士費用は金二〇
〇万円を下らない。
7 よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法に基づき、被告営業表示の使用
差止め並びに損害賠償金六八〇〇万円の内金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送
達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い
を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)の事実は知らない。同(二)の事実は認める。
2 請求原因2の事実は知らない。
3 請求原因3(一)のうち、被告営業表示と原告営業表示が類似していることは
否認し、その余は認める。同(二)の事実は否認する。同(三)の事実は認める。
4 請求原因4の事実のうち第一段の事実は否認する。第二段の事実は不知又は否
認する。
5 請求原因5は否認する。
6 請求原因6は不知又は否認する。
7 請求原因7は争う。
三 抗弁(権利濫用)
1 現在でこそ、近年来のブランド志向によって、日本でも「シャネル」の名称は
著名になっているが、被告が被告店舗を開店した昭和四〇年頃は、男性である被告
が「シャネル」の名称の周知性を知っていたわけではなく、被告は、ただ、共同経
営者が付けた名称をそのまま引き継いだにすぎないものである。
2 原告が被告店舗の開店以来、二五年以上を経過した今になって、ましてこの不
況の時代に、被告店舗の名称の変更を要求することは、被告にとって死活問題であ
る。
(一)被告が被告店舗の名称を変更するとすれば、以下の費用及び損害を被る。
(1)看板の取外し、新規看板の取付けに要する費用 一五〇万円
(2)三〇年来の顧客に対する挨拶状作成、送付にかかる費用 一五〇万円
(3)名称変更に伴う宣伝広告にかかる費用 一五〇万円
(4)イメージ刷新のための店舗の前面改装にかかる費用及び工事中の休業補償 
三五〇万円
(5)名称変更による売上低下による損害 六〇〇万円
以上の合計一四〇〇万円にのぼる費用、損害のほか、被告が長年にわたって培って
きた努力が水泡に帰する精神的苦痛は金銭には換算できない。
(二)被告は、老齢に加えて持病の糖尿病、肝臓病が悪化しており、原告の権利が
認められる結果、生活の糧まで失うことになっては、現在大企業に発展した強者で
ある原告の被告のような弱者に対するいじめのような行為である。
3 被告店舗のほかにも、東京都内や伊豆の下田等、全国にシャネルが有名になっ
てから名称を使用しているところはたくさんある。
 以上の事情に照らすと、原告の請求は権利の濫用である。
四 抗弁に対する認否及び原告の主張
 抗弁事実は否認する。
 シャネル社グループは、工業所有権及び著作権の国際的保護を目的とするフラン
ス公益社団法人「ユニオン・デ・ファブリカン」に早くから加入し、営業名称の不
正使用をする者等に対し、調査、警告等の手続を行ってきた。しかし、「ユニオ
ン・デ・ファブリカン」東京事務所の人員には限界があり、また、「ユニオン・
デ・ファブリカン」は特許庁での商標の管理手続や偽造商品に対する対策も業務と
していたので、日本国内に無数に存在する営業表示の不正使用を同団体の力のみで
根絶するのは難しい状況であった。そのため、シャネル社グループは、平成四年こ
ろから、原告代理人事務所及びシャネル株式会社に一括して依頼して、シャネルの
名称の不正使用への対策を行うこととした。
 しかし、「シャネル」の営業表示は、多様な業務に不正に使用されており、その
地域的な範囲も日本全国に及んでいるから、一度にこれを解決することは到底無理
である。そこで、原告代理人らは、東京等の一定の地域に限定して、活動を進めて
きた。
 原告が、被告店舗について「歌謡スナックシャネル」を使用していることを知っ
たのは、平成四年一月ころである。シャネル株式会社の従業員が、これを発見した
ものである。
 原告は、本件訴え提起前に被告と名称変更についての交渉をしたが、被告の態度
は「費用も出せないし、長い間使っているので、変えるつもりはない。」といった
もので、変更の意思は認められなかった。そこで、原告はやむを得ず、本件訴えを
提起したものである。
 以上のような、シャネルの営業表示を不正に使用している店数が非常に多数であ
って、現実的に全ての不正使用行為を一挙に根絶することが不可能な事情、原告が
被告の不正使用を発見した時期、その後の経緯等を考慮すると、原告が被告に対
し、その営業表示の使用の差止めと損害賠償を求めることは権利の濫用にはあたら
ない。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 当事者及びその営業表示
原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証、
撮影対象が被告店舗の外観であることに争いがなく、弁論の全趣旨により平成五年
四月一六日に永田啓が撮影したものと認められる甲第一号証、写真部分の撮影対象
が被告店舗のサインボードであることは争いがなく、その余は弁論の全趣旨により
真正に成立したものと認められる甲第四九号証、弁論の全趣旨により原本及びその
成立が認められる甲第三〇号証及び弁論の全趣旨に当事者間に争いのない事実を総
合すると、以下の事実が認められる。
1 原告
(一)原告は、【A】が成立したフランス法人レ パルファム シャネル(現在の
商号はフランス法人シャネル エス アー)が製造、販売する商品その他世界中の
シャネル社に関して、商標その他の知的財産権を有し、かつ、そのライセンス事業
を行うスイス法人である。
(二)原告の所属するシャネル社グループの起源は、【A】が一九一〇年代にフラ
ンスのパリ市カンボン通りに帽子店を開店したことに始まる。【A】は、一九一六
年に第一回目の婦人服コレクションを発表し、さらには、一九二一年にシャネル五
番の香水を発表し、前記レ パルファム シャネルという会社を設立してこれらを
製造、販売した。以後、シャネル社グループは、シャネルの商標を付した高級婦人
服、香水、化粧品、ハンドバッグ、靴、アクセサリー、時計等の商品を原告営業表
示又はシャネルの文字を含む営業表示の下に販売している。
2 被告
 被告は、東京都目黒区<以下略>において、昭和四〇年三月頃から昭和四二年二
月頃まで【B】との共同経営で、昭和四二年三月から現在までは被告の単独経営
で、被告営業表示を使用して飲食店を経営している。被告店舗は中目黒駅近くのガ
ード下に位置するスナックで、その間口は約三ないし四メートルであり、その近隣
ガード下には、スナックやとんかつ屋などの飲食店が並んでいる。被告店舗正面の
入口上部には、黄色の文字で横書きに「シャネル」と記載され、また、道路から店
舗に向って左端の二階部分には、袖看板が設置され、その上部にはカラオケマイク
等の絵が、その下に、小さ目の白い横書きの「歌謡スナック」の文字が、その下に
黄色い横書きの「シャネル」の文字がそれぞれ表示されている。
二 シャネル社グループの営業表示の周知性
 前記甲第一〇号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証ないし甲第一
三号証、甲第三二号証ないし、甲第三五号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び
成立が認められる甲第四七号証によれば、次の事実が認められる。
 レ パルファム シャネル社は、昭和一〇年から昭和一四年頃にかけて、日本に
おいて、香料及び他類に属しない化粧品を指定商品として「CHANEL」の文字
をその構成中に含む商標の商標登録を行い、その頃から日本国内でも、香水の販売
を開始した。昭和二九年二月、【C】が来日した際に、記者団から寝るときの衣装
について質問されて「シャネルの五番を着るだけよ」と答えた旨マスコミ等で報じ
られたことを契機として「シャネル」の名称は全国的に知られるようになり、原告
営業表示は、遅くとも昭和三〇年代には香水、化粧品の製造、販売についての営業
表示として周知となった。フランス法人シャネル エス アーの日本総代理店であ
るシャネル株式会社の昭和六〇年度(昭和六〇年一月一日から同年一二月三一日ま
で)におけるブティック部門の販売価格は三二億〇四〇〇万円、香水、化粧品部門
の販売価格は三四億六〇〇〇万円に達しており、原告営業表示は、現在では、香
水、化粧品のほか、高級婦人服、ハンドバッグ、靴、アクセサリーの製造、販売に
ついての営業表示としても周知である。
三 原告営業表示と被告営業表示との類似
 被告営業表示は「歌謡スナック」の部分と「シャネル」の部分とからなるが、こ
のうち「歌謡スナック」の部分は、比較的小規模の洋酒の提供を主とする飲食店一
般を指すものとして広く使用されている「スナック」の語に客に歌謡曲を聞かせ又
は歌わせることを意味する「歌謡」の文字を冒頭に付加したものであって、特に識
別力を有するものではなく、被告営業表示の要部は「シャネル」の部分にあるもの
と認められる。そこで、原告営業表示と被告営業表示の要部とを対比すると、
称呼において同一であり、また、我国において周知のシャネル社グループの観念を
生じる点においても同一である。外観においては、被告営業表示の具体的な使用態
様は、前記一2のとおりであって、この外観は、原告営業表示として一般に用いら
れる文字と外観において類似している。
 以上によれば、原告営業表示と被告営業表示とは類似している。
四 原告営業表示と被告営業表示との混同
 原本の存在及び成立に争いがない甲第一五号証ないし甲第二五号証によれば、次
の事実が認められる。
 近年、ファッション業界にも経営の多角化の傾向がみられ、昭和五七年にはアル
ファキュービック社が外食産業に参入し、昭和六〇年にはワコール社の子会社ワコ
ールアートセンターがタイ料理店を開店し、昭和六一年頃には、フランスのデザイ
ナーである【D】が東京に支店をもつ有名料理店マキシム・ド・パリのオーナーと
なったことがそれぞれ報道され、その後、平成元年から平成二年頃には、ファッシ
ョン業界の会社が飲食店、ホテル、インテリア事業等に進出する傾向が一層強まっ
たことが認められる。
 右事実に照らすと、ファッション業界の多角経営は昭和六〇年前後頃から次第に
広がり、遅くとも昭和六一年中には、一般消費者においても右多角経営の傾向を知
るに至り、被告店舗がシャネル社グループとなんらかの業務上、経済上又は組織上
の関係が存在するものと誤認する抽象的な危険が生じたものと認められ、その意味
で被告営業表示を使用した被告店舗の営業は、原告を含むシャネル社グループの営
業上の施設又は活動と混同を生じるものと認められる。
五 営業上の利益を害するおそれ
 前記甲第一一号証ないし甲第一三号証、甲第三三号証、原本の存在及び成立に争
いのない甲第二六号証、甲第三六号証ないし甲第四三号証、弁論の全趣旨により原
本の存在及び成立が認められる甲第四四号証ないし甲第四六号証の各一、二によれ
ば、シャネルの商品表示及び営業表示は、香水、スーツ、アクセサリー等の高級商
品の表示及びその営業主体の表示として高級イメージとして定着しており、近年に
おいても、フランス法人シャネル・エス・アーの日本総代理店であるシャネル株式
会社が、少なくとも昭和五七年一月頃から昭和六一年頃にかけて、繊研新聞、日本
繊維新聞、「ウーマンズ・ウエア・デイリー・ジャパン」紙、日経流通新聞を通じ
て「ファッションエデイター、コピーライター、広告関係者各位そして、シャネル
の名称を誤って使用なさっている方々へのお知らせとお願い」と題する一面広告を
掲載し、シャネルの表示の無断使用についての警告を発するなど、シャネル社グル
ープの高級イメージを維持するための営業、広報活動を行っており、このような広
報活動等もあいまって、シャネル社グループの高級イメージは維持されていること
が認められる。
 被告の店舗は、前記のとおり、中目黒駅付近のいわゆるガード下に位置する小さ
なスナックであって、庶民的なイメージはあっても、シャネルの高級なイメージと
はほど遠く、これによってシャネルの高級イメージを希釈し、この点においてシャ
ネル社グループの営業上の利益を害して、ひいては、シャネル社グループの一員で
ある原告の営業上の利益を害している。
 これを超えて、原告が売上の減少等の営業上の利益を害された事実を認めるに足
りる証拠はない。
六 被告の故意、過失
 右四で認定した事実に照らすと、少なくとも昭和六二年以降においては、被告
は、被告営業表示の使用により、原告を含むシャネル社グループの営業表示の高級
イメージを希釈し、原告の営業上の利益を害することを認識していたか、又はこれ
を認識しなかったことについて過失があるものと認められる。
七 権利濫用の抗弁について
 成立に争いのない甲第二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証ない
し甲第五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四八号証
及び弁論の全趣旨に当事者間に争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認めら
れる。
1(一)シャネル社グループは、企業の商標権、意匠権の保護等を目的としてフラ
ンス企業を中心として結成されたユニオン・デ・ファブリカンに早くから加入し、
昭和五五年にユニオン・デ・ファブリカン東京事務所が設立されてからは、同事務
所が、いわゆるにせブランド商品の発見及びその排除のための措置等をとり、原告
営業表示を含む営業表示等の保護を図ってきた。
 また、原告自らは、昭和五九年、神戸地方裁判所に対し、興栄商事株式会社を被
告としてホテルシャネルの営業表示の使用についての損害賠償請求訴訟(神戸地方
裁判所昭和五九年(ワ)第九四号事件)を、同年、福岡地方裁判所に対し、シャネ
ル興産株式会社を被告として、その商号の使用差止め等を求める訴訟(福岡地方裁
判所昭和五九年(ワ)第六三号事件)を提起し、いずれも一部勝訴判決を得るなど
の訴訟活動を行い、原告の営業表示の高級イメージを維持するための権利行使をし
てきた。
 その後、ユニオン・デ・ファブリカンの活動にはその人員の制約等もあって限界
があるため、原告は、平成四年、シャネルの名称の不正使用者に対する対応を原告
代理人事務所に委ね、以後、原告代理人事務所がその仕事にあたっている。
(二)原告代理人事務所において、原告の関連会社であるシャネル株式会社を通じ
て、原告営業表示と類似すると判断される表示をシャネル社グループの許諾を得る
ことなく使用している営業者について調査したところ、東京等の一定の地域に限っ
ただけでも一〇〇店以上に及んでおり、原告代理人事務所においては、警告書を送
付するなどの手続を通じて解決を図り、その多くは訴訟に至る前の話し合いによっ
て、自発的に営業表示の変更をさせることにより解決した。
(三)被告店舗については、平成四年一月頃、シャネル株式会社の従業員がこれを
発見し、原告代理人が、平成四年二月及び三月の二度にわたり、被告に対し警告書
を送付し、被告営業表示の使用中止を求めたところ、同年三月一七日、被告から原
告代理人事務所に電話で連絡があり、その際、被告は原告代理人に対し、「名称変
更する意思はなく、金もないので応じられない。」、「長い間使っているので変え
るつもりは全くない」旨述べ、別の原告代理人が数日後に電話連絡した際にも、訴
訟になってもやむを得ない旨述べた。以上の経過を踏まえて、原告は本件訴えを提
起したものである。
2 被告が、昭和四〇年三月頃から共同経営者とともに、昭和四二年三月からは単
独で、被告営業表示を使用して被告店舗を経営していることは前記のとおりであ
り、また、弁論の全趣旨によれば、被告が被告営業表示の使用をやめて他の営業表
示に変更するについては、看板の取外しと新規の看板の取付費用、顧客に対する挨
拶状作成等に相応の費用を要することが認められる。
 しかしながら、被告が「シャネル」の名称の使用を開始する以前から、「シャネ
ル」の名称が周知であったことや、近年のファッション産業分野における企業の多
角経営化傾向が前記のとおり一般消費者にも認識されて、ブランドイメージの重要
性が社会一般に認識されている状況を考慮すると、被告において、被告標章の使用
がシャネル社グループによって容認されているものと認識していたものと認め難
い。
3 以上の事実に基づいて検討するに、被告が三〇年近くにわたって被告営業表示
を使用してきたこと、その間、平成四年に至るまで、原告を含むシャネル社グルー
プから被告営業表示を使用しないよう求められたことはなかったこと、その結果、
被告が長年被告営業表示を使用し、これによる利益を得てきたものであること、一
方、シャネル社グループの許諾を得ることなく「シャネル」の名称を含む営業表示
を使用する例は多く、原告を含むシャネル社グループがそれらのすべてを発見し、
迅速に対応することは現実的には困難であること、原告を含むシャネル社グループ
も、全く自己の権利の実現に無関心であったわけではなく、昭和五五年以降はユニ
オン・デ・ファブリカン東京事務所を通じて、自己の商標権の防衛等にあたり、昭
和五九年頃からは、類似の営業表示を使用する者に対して、訴訟を提起しているこ
と、被告において、被告標章の使用がシャネル社グループによって容認されている
ものと認識していたものとは認め難いことなどの事実に照らすと、被告の年齢、持
病のあること、また、被告営業表示を変更するについて相応の費用を要することを
考慮しても、原告の本訴請求を権利の濫用と認めることはできない。
八 損害
1 逸失利益
 原告は、被告が被告営業表示を使用したことにより、通常使用料相当の損害を被
ったと主張するが、本件のように、原告の営業上の利益の侵害の内容が主に原告営
業表示の高級イメージの希釈化に求められるような場合においては、通常その使用
の許諾がなされるものとはとうてい考え難いから、通常使用料相当額をもって損害
とする原告の主張は採用することができない。なお、不正競争防止法に基づく損害
賠償請求についても、商標法三八条二項を類推適用することは一般的には肯定して
よいものと解される。しかし、被告営業表示の使用期間が長期にわたりながら、原
告の営業上の利益の侵害の内容が主に原告営業表示の高級イメージの希釈化に求め
られるにすぎない本件においては、後記のとおり、信用毀損による損害を具体的に
認定することができるから、損害の認定としてはこれをもって足りるものと認めら
れ、商標法三八条二項の類推適用の余地はない。
2 信用損害
 被告営業表示の使用により、シャネル社グループはその営業表示から生じる高級
イメージを害され、ひいては、原告がその営業上の利益を害されたことは前記のと
おりであり、これによりシャネル社グループの知的財産権を管理する原告は、その
信用を害されたものと認められる。その損害の数額については、原告の営業内容、
シャネル社グループの我国における営業利益の額、被告の業種、営業規模及びそも
そも損害算定の対象となる被告の行為は民法七二四条後段により本件出訴前の二〇
年間に限られ、しかも、前記のとおり、本件証拠上原告営業と被告営業とについて
なんらかの業務上、経済上又は組織上の関係があるのではないかとの混同を生じる
ようになったと認められるのが昭和六二年からであること等を考慮すると、これに
より原告が被った損害額は金八〇万円と認めるのが相当である。
3 弁護士費用
 本件事案の内容、右損害の認容額、本件訴訟の経過等を考慮すると、被告の行為
と相当因果関係のある弁護士費用の額は金二〇万円と認めるのが相当である。
九 以上によれば、原告の請求は、「シャネル」の営業表示の使用差止め並びに金
一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年二月一〇日から支
払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由が
あるから、この限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟
費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条
一項を適用して、主文のとおり判決する。

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛