弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決を次の括弧内のとおり変更する。
「1 被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)が控訴人(附帯被控訴
人、以下単に控訴人という)に対し労働契約上の権利を有することを確認する。
2 控訴人は被控訴人に対し、金一、六九二、〇四五円および昭和四六年九月二一
日より本判決確定に至るまで 毎月二八日限り金三三、九〇四円を支払え。」
二 控訴人の控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
四 この判決は第一項括弧内2に限り仮に執行することができる。
       事   実
一 当事者双方の申立
 控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第
一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人の附帯控訴棄却
を申立て、被控訴人代理人は、控訴棄却を申立て、その請求を拡張し、附帯控訴の
趣旨として主文第一項同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、次に附加、訂正するほかは、
原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 被控訴人の主張
(一) 原判決二丁裏一行目「一九日」より同二行目「受験することにより」まで
を削り、次のとおり加える。
「一〇日、卒業見込証明書、人物所見、健康診断書、身上書等入社申込に必要な書
類を持参して被控訴人が直接控訴人方におもむきこれを提出して」。
(二) 原判決五丁表七行目より同丁裏五行目までを次のとおり訂正する。
「被控訴人がその労働契約上の地位に基づいて控訴人より支払われるべき金員は次
のとおりである。
 すなわち、被控訴人と同年度、同時期に、同年令、同学歴、同職種の作業員とし
て控訴人に雇傭された訴外Aが控訴人から支払われた金員と考えるべきである。
 そうして右Aが現実に昭和四二年四月一日から同四五年七月支払分として支払わ
れた賃金合計九五〇、六五三円、同年八月支払分以後の分は現にAが支払われた同
年五月ないし七月支払分の合計した三月分を三分して得た月額三三、九〇四円を一
三倍して翌四六年八月支払分までの賃金を算出して得た四四〇、七五二円、右二口
合計一、四〇〇、四〇五円、その他Aが支払われた昭和四五年夏季までの各夏季お
よび年末手当合計二九一、六四〇円、以上賃金、手当総計一、六九二、〇四五円、
これが被控訴人の得べき金員である。
 よつて被控訴人は控訴人に対し、労働契約上の権利を有することの確認ならびに
既に弁済期の到来した右一、六九二、〇四五円の支払および昭和四六年九月支払分
以後本判決確定に至るまでの賃金についても控訴人において現に被控訴人の就労を
拒否している以上予じめ請求をなす必要があるから毎月二八日限り前記月額三三、
九〇四円の支払を求める。」
2 控訴人の主張
(一) 本件労働契約は成立していない。すなわち、就労予定日である昭和四二年
四月一日には入社式を行い、労働者が使用者のもとに出頭して、制服、名札の支給
を受け、その所属職場もきめられ、就労規則の内容の説明があり、こうした行事を
すべて終つて労働契約が成立するのである。
 右四月一日以前に被控訴人から誓約書や身元保証書の提出を受けて、控訴人にお
いてそれを機械的に受領することは、決して契約の承諾にはならないし、誓約書の
第一項に学校を卒業したならば正式採用に応ずる旨が明記されていることからも、
労働契約の予約の段階というべきであるし、被控訴人が実習生としての作業に現に
従事したことも格別の意味があるものではない。
(二) 被控訴人に対する賃金がその賃金、昇給基準上被控訴人主張のとおり同年
度、同時期に、同年令、同学歴、同職種の作業員として控訴人に雇傭された訴外A
が控訴人から支払われた金員と同一となるものであることは認める。
三 立証(省略)
       理   由
一 当事者間に争いのない事実および被控訴人の控訴人に対する採用の申込から採
用試験の受験を経て採用に至つた経緯に関する事実について当裁判所の判断すると
ころは、次の事実を附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるからその該当部
分(九丁裏八行目から一二丁裏八行目まで)を引用する(但し、一〇丁表五行目
「乙第二ないし第七号証の一」を「乙第二ないし第六号証、第七号証の一」と訂正
する)。
 当審証人Bの証言も右認定を左右するに足りない。
二 前示乙第五号証、原審証人Cの証言によつて成立の認められる乙第三一号証に
同証言、原審証人Dの証言ならびに原審および当審における証人Bの証言および被
控訴人本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。
 すなわち、昭和四二年度の控訴人の採用予定者数は男女合わせて僅か八名であつ
たところ、採用内定者数も八、九名で殆ど違わなかつたこと、右内定者の内七名が
同年二月七日を初めとし遅くも同年三月二〇日から控訴人方でいわゆる実習を始
め、遅い者は同年三月下旬まで続け、その間一般工員と同様午前八時から午後四時
までを作業時間とし、これに対し日給六五〇円の支払を受けたこと(なお初任給月
額一七、〇〇〇円を二五日分の日給と考えたときは、日給六八〇円の計算とな
る)、一般に控訴人としては採用内定者が四月一日の入社式に来社したときは、そ
の就労を拒む意思はなく、同日来社しない者に対しては就労を求めて追及するまで
もないと考えていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
 そうして、前示乙第三号証には、「正式採用」の語が表われているが、その他の
控訴人の各書類中に「採用内定」の語が用いられた例が見当らず、また前示の採用
決定の後、同年三月下旬までの間採用者各個人についてその採否を決定すべき資料
獲得のための調査その他の措置が控訴人によつてとられた点の証拠はない。
三 右一および二に認定した各事実を総合して本件労働契約の成立の点を判断すれ
ば、控訴人の「会社概要」の発行による社員の募集は契約申込の誘引と解すべきで
あり、これに対する被控訴人の一月一〇日の各書類の提出による受験申込が契約の
申込となるものというべきである。
 そうして、控訴人から被控訴人にあてられた「採用決定のお知らせ」(乙第四号
証)が右申込に対する承諾であつて、本件のような経過をたどつた場合は、これに
よつて被控訴人が学校を卒業できないときは、被控訴人において解約し得ることと
した労働契約の成立があつたものと解すべきであり(被控訴人が学校を卒業したこ
とは前示のとおり当事者間に争いがないので、右の点の解約権は本件では問題とな
らない)、昭和四二年一月二〇日に成立したものというべきである。すなわち、こ
の日に控訴人の雇傭する意思と被控訴人の就労する意思との合致があつて、契約が
成立したものである。本件においては、一般的、抽象的に被控訴人が仮に四月一日
の入社式に出席しなかつたことを考える必要は全くない。
 また右乙第四号証の記載内容は必ずしも契約承諾の意思表示に適しない表現とい
うこともできないし、その「入社手続等の日時」も追つて通知すると記載しなが
ら、その通知がなされた証拠もないので、前認定を左右するものでもなく、また前
示乙第三号証の記載内容に卒業したならば正式採用に応ずる旨のあることも、約定
解約権の留保と解しうるので、前認定を妨げるものではない。
 なお契約締結の具体的な経緯についての主張がある場合、その事実を認定した
上、これに法律的評価を加えることは、弁論主義に反しないことは当然のことであ
る。
四 してみると、控訴人が被控訴人に対し昭和四二年三月二五日にした前示採用取
消通知は、右労働契約を終了させる解雇の意思表示と解すべきである。
 そうして、右解雇事由の存否について当裁判所の判断するところは、原判決事実
摘示と同一であるからその該当部分(一四丁表八行目から一六丁裏六行目まで)を
引用する。
五 従つて、控訴人、被控訴人間の労働契約は今なお存続しており、被控訴人は控
訴人に対し労働契約上の権利を有するものであつて、控訴人が昭和四二年四月一日
以降被控訴人を従業員として取扱わず、被控訴人の就労を拒んでいることは、控訴
人も争わないので、被控訴人の就労不能は控訴人の責に帰すべき事由に基づくもの
というべきであるから、昭和四二年四月一日以降の賃金等の債権を控訴人に対し被
控訴人は有することになる。
 そうして、被控訴人と同年度、同時期に、同年令、同学歴、同職種の控訴人に雇
傭された作業員に対する賃金の、昇給基準に基づいて訴外Aが控訴人から支払われ
た賃金および夏季、年末の各手当が昭和四六年八月支払分まで合計一、六九二、〇
四五円であることは、当事者間に争いないところなので(但し、昭和四六年八月支
払分については被控訴人主張の算出による月額三三、九〇四円を控訴人において自
白したものとみなす)、被控訴人も控訴人に対し右同額の債権を有するというべき
である。
 また、本件口頭弁論終結後に弁済期の到来すべき賃金の支払も控訴人が現に被控
訴人の就労を拒んでいる以上、予じめその支払を被控訴人において求める必要があ
るものというべきである。
六 よつて被控訴人が控訴人に対し、労働契約上の権利を有することの確認と金
一、六九二、〇四五円および昭和四六年九月二一日より本判決確定に至るまで毎月
二八日限り前示賃金月額三三、九〇四円の支払を求める請求はいずれも認容すべき
ものであるから、本件控訴は理由がなくこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負
担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり(但し、当審における請求
の拡張により、原判決を変更する)判決する。
(裁判官 浅賀栄 田中良二 川添萬夫)

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