弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡高等裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人川井正進の上告趣意は末尾に添えた別紙記載のとおりである。
 上告趣意第一点乃至第三点について。
 原審の認定した事実(第一審判決摘示事実を引用)によれば、被告人は居村a部
落の農事実行組合長をしていた者であるが、昭和二三年四月頃同部落において米麦
供出の事前割当のため農地の実地測量をしたところ、A(当二五年)の所有地の反
別が予想外に少なかつたので再測量をし、その結果同人所有地に二一歩の増加を生
ずることとなり、これがためAは実行組合長である被告人に対し心よく思つていな
かつたところ、同年八月二五日夜同部落B方で大師祭があり被告人もAも出席した
際、Aは飲酒酩酊の上被告人に対し前記再測量のととについて文句を列べ、果ては
暴行を加えようとする気配を示したので、被告人はこれを避けて自宅に帰つたが、
Aはなお執拗にも同夜二回に亘つて被告人方に押し掛け、被告人はその度に同人を
避けて自宅裏山又は物置小屋に身を隠したが、なおもAが押しかけて来るおそれが
あつたので、もし同人が暴行を働くような時にはこれに対抗すべく、かねて自宅に
蔵匿所持していた日本刀を取り出し、これを身近に置いて寝についたところ、同日
午後一一時頃Aは三度被告人方に来り、戸締りしてある表入口の戸を強いて取りは
ずし、同家四畳半の部屋に上り込んだので、被告人も起き直つてこれに応待するう
ち、二三問答の末Aはいきなり被告人の額部を殴打し、その時Aを気遣つて後から
来ていた同人の兄Cが、なおも暴行に出でようとするAを後方から抱き締め制止し
ていたが、被告人は憤激の余り前記日本刀をもつて、相手が死に至るやも知れない
ことを認識しながら、やにわにAの左後方からその左季肋部を突き刺し、左腎動静
脉を切損して第三腰椎に達する刺創を加え、よつて同人をして右動静脉切損による
失血のため翌二六日午前二時三〇分頃死亡するに至らしめたというのである。そし
て原審は、被告人の右行為は正当防衛又は盗犯等の防止及処分に関する法律一条に
該当し処罰の対象とならないという弁護人の主張に対し、「犯行当時被害者Aは既
に兄Cに抱き締め制止されて暴行を繰返す恐れはなかつたのであるから被告人の判
示所為を以て急迫の侵害に対する防衛行為とは認め得られず又被告人の右行為は盗
犯等の防止及処分に関する法律第一条所定の各号の孰れの場合にも該当しない故弁
護人の右主張は孰れも之を排斥する」と判示しているのである。しかし前記原審の
認定事実によれば、被害者Aが右法律一条一項三号にいう「故なく人の住居に侵入
したる者」であることは明白であり、また本件の殺害行為は、被告人が同人を同号
にいわゆる「排斥せんとするとき」行われたものであるということができる。従つ
て原審が右のように、被告人の行為は右法律一条各号のどの場合にもあたらないと
するには何等か首肯するに足るべき理由について説明がなければならない。そして
なお原審は被告人がAの前記行為に対し「憤激の余り前記日本刀を以て相手が死に
至るやも知れない事を認識しながら」云々と認定しているのであるから、この認定
事実に鑑みれば右認定は一応同条第二項にいう「興奮又ハ狼狽ニ因リ現場ニ於テ犯
人ヲ殺傷スルニ至リタルトキハ之レヲ罰セズ」の場合に該当する様に見える。しか
る以上原審がこれを右同条第二項に該当せずとするには何等か首肯するに足る事由
の説明がなければならない。然るに原審がこの点につき何等説明するところなく単
に「被告人の右行為は盗犯等の防止及処分に関する法律第一条所定の各号の孰れの
場合にも該当しない」と判示して弁護人の主張を排斥したのは理由齟齬のそしりを
まぬかれず、破棄せらるべきものである。
 よつて他の論旨についての判断を省略し、旧刑訴四四七条、四四八条の二により
主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見である。
 検察官 渡邊善信関与
  昭和二六年五月一五日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介

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