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平成14年(ワ)第23862号 特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成15年6月19日)
             判    決
     原      告        クロレラ工業株式会社
     訴訟代理人弁護士        美 勢 克 彦
     同               秋 山 佳 胤
     補佐人弁理士          梶 原 克 彦
     被      告        キリン・アスプロ株式会社
     訴訟代理人弁護士        片 山 英 二
     同               林   康 司
     同               飯 田   岳
     補佐人弁理士          小 澤 誠 次
     同               大 森 規 雄
     被      告        日清サイエンス株式会社
     被      告        日清マリンテック株式会社
     上記被告両名訴訟代理人弁護士  熊 倉 禎 男
     同               富 岡 英 次
     同               相 良 由里子
     上記被告両名補佐人弁理士    滝 沢 敏 雄
             主    文
     1 原告の請求をいずれも棄却する。
     2 訴訟費用は,原告の負担とする。
             事実及び理由
第1 原告の請求
 1 被告キリン・アスプロ株式会社(以下「被告キリン・アスプロ」という。)
は,別紙目録記載の製品を製造し,販売してはならない。
 2 被告日清サイエンス株式会社(以下「被告日清サイエンス」という。)は,
同目録記載の製品を販売してはならない。
 3 被告日清マリンテック株式会社(以下「被告日清マリンテック」という。)
は,同目録記載の製品を販売してはならない。
 4 被告らは同目録記載の製品を廃棄せよ。
 5 被告キリン・アスプロ及び被告日清サイエンスは,原告に対し,各自1億円
及びこれに対する平成14年11月13日(訴状送達の日)から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
 6 被告キリン・アスプロ及び被告日清マリンテックは,原告に対し,各自80
0万円及びこれに対する平成14年11月13日(訴状送達の日)から支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   原告は,ワムシ餌料の発明に係る特許権を有している。他方,被告キリン・
アスプロは,別紙目録記載の製品(商品名「フレッシュグリーン600」。以下
「被告製品」という。)を製造しており,かつては被告日清サイエンスが,現在は
被告日清マリンテックが同製品を販売している。原告は,被告製品は上記特許発明
の技術的範囲に属しており,被告らが同製品を製造・販売する行為は上記特許権を
侵害する行為に当たると主張して,同製品の差止等(第1,1ないし4)及び損害
賠償金の支払(第1,5及び6)を求めている。
 1 当事者間に争いのない事実
  (1) 原告は,下記の特許権を有している(以下,この特許権を「本件特許権」
という。本判決末尾添付の本件特許権に係る特許公報〔甲2〕参照。なお,この特
許公報を以下「本件公報」という。)。
      特許番号    第2062476号
      発明の名称   ワムシ餌料
      出 願 日   昭和63年(1988年)3月22日
      登 録 日   平成8年(1996年)6月24日
  (2) 本件特許権に係る明細書における,特許請求の範囲の記載は,以下のとお
りである(以下,上記明細書を「本件明細書」といい,上記請求の範囲の記載に係
る発明を「本件特許発明」という。)。
    「培地またはクロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積した
クロレラ藻体を含有することを特徴とするワムシ餌料。」
  (3) 本件特許発明を構成要件に分説すると,下記A,Bのとおりである(以
下,下記の各構成要件を,その記号に従い「構成要件A」などという。)。
   A 培地またはクロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積した
クロレラ藻体を含有することを特徴とする,
   B ワムシ餌料
  (4) 被告キリン・アスプロは,被告製品を製造している。被告製品は,ワムシ
餌料として用いられるので,構成要件Bを充足する。また,同被告による被告製品
の製造工程の概要は,以下のとおりである。
    まずクロレラを培養し,増殖したクロレラ藻体を含む培養液を遠心分離器
にかけて藻体を得る。こうして得られた藻体につき,新たな洗浄水を加えてさらに
遠心分離し,藻体を回収する作業を合計3回繰り返し,濃縮した藻体を得る。これ
を8℃まで冷却し,4℃に保たれたタンクで,ビタミンB12を1500μg/lの
濃度になるように添加し,撹拌する。このようにして製造された冷却洗浄濃縮液を
20lキュビテナー容器に充填し,冷蔵状態で保存する。
  (5) 被告日清サイエンスは,平成12年2月から平成13年3月ないし同14
年3月ころまでの間,被告キリン・アスプロから被告製品を購入し,これを販売し
た。また,被告日清マリンテックは,平成13年4月ないし同14年4月ころか
ら,被告キリン・アスプロから被告製品を購入し,これを販売している(被告日清
サイエンスの販売終了時期及び被告日清マリンテックの販売開始時期につき,当事
者間に争いがある。)。
 2 争点
  (1) 被告製品が,本件特許発明の構成要件Aを充足し,本件特許発明の技術的
範囲に属するものと認められるか(争点1)。
  (2) 本件特許権に無効事由の存することが明らかであり,本件特許権に基づく
原告の本訴請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないか(争点2)。
  (3) 原告の損害額(争点3)。
第3 当事者の主張
 1 争点1(構成要件Aの充足性)について
  (1) 原告の主張
  ア ビタミンB12の存在
    原告の実験結果(甲3,甲4)によると,被告製品におけるクロレラ藻体
にはビタミンB12が含有されており,ビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻
体が存在するものと認められる。そして,同製品は,ビタミンB12を高濃度で吸
収,蓄積したクロレラ藻体をワムシに与えることにより,安定したビタミンB12の
供給が可能となり,ワムシの増殖がよくなるとともに培養が安定化するという,本
件特許発明の作用効果(本件公報4欄12行以下)を奏しているから,「培地また
はクロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有
することを特徴とする」ものであり,構成要件Aを充足する。
    なお,被告日清サイエンス及び被告日清マリンテック(以下「被告日清両
社」という。)は,原告の上記実験につき,検体を複数回遠心分離にかけた後に得
られる沈殿物を凍結乾燥させ,これを試料としてビタミンB12の含量を測定する同
実験の実験方法(甲3「分析結果報告書」)においては,クロレラ藻体の表面に付
着したビタミンB12が検出される可能性があるから,被告製品のクロレラ藻体内に
ビタミンB12が吸収,蓄積されて存在することが立証されたとはいえないとして,
同製品にビタミンB12が存在する事実を否認した上,仮にビタミンB12の存在が
立証された場合の仮定的主張として,構成要件解釈に関する後記の各主張(後記(3)
イ以下)をする。
    しかしながら,本件の証拠関係に照らし,また,被告製品を製造する被告
キリン・アスプロが上記ビタミンB12の存在を事実上争っていないことに照らして
も(同被告は,後記のとおり,甲3の実験方法では,もともとの検体中でクロレラ
藻体とビタミンB12とがどのような状態で存在したのかを知ることはできず,した
がって,甲3は,検体中のクロレラ藻体がビタミンB12を何らかの形で含んでいる
ことを示すにすぎず,上記クロレラ藻体が本件特許発明の構成によりビタミンB12
を含んでいることを明らかにするものではない旨主張している。同被告の答弁書参
照。),被告製品にビタミンB12が存在することは,明らかである。
  イ 「クロレラ懸濁液」について
    被告らは,本件明細書中に,「クロレラの培養時の培養液,または培養後
のクロレラ懸濁液に,ビタミンB12を添加してクロレラに吸収,蓄積させることに
より,ビタミンB12高含有クロレラを得ることができる。」(本件公報3欄9行以
下),あるいは,「一般的なクロレラの培養方法に従ってクロレラを培養し,培養
終了時のクロレラ懸濁液に適当量のビタミンB12を添加して保持すると,約10時
間程度で添加したビタミンB12を100%クロレラに吸収,蓄積させることができ
る。」(3欄25行以下)との各記載が存在することを根拠に,構成要件Aの「ク
ロレラ懸濁液」とは,クロレラの培養が終了した直後の,培地を含んだ状態で静置
する段階までの懸濁液を意味するものであって,その後,培地を洗浄し,濃縮した
クロレラ濃縮液は「クロレラ懸濁液」に含まれない旨を主張する。そして,その上
で,被告製品は,培養終了後,培地を洗浄し,冷却して濃縮した段階でビタミンB
12を添加するものであるから,「培地またはクロレラ懸濁液中に」ビタミンB12
を添加するものではなく,構成要件Aを充足しないと主張する。
    しかしながら,広辞苑[第5版]によれば,「懸濁液」とは,「顕微鏡で
見える程度の大きさの微粒子が液体中に分散したもの。」であり,被告主張に係る
上記クロレラ濃縮冷却液は,まさにこの意味における「クロレラ懸濁液」に該当す
る。本件明細書における,「本発明の目的は,現在ワムシ餌料として広く使用され
ている淡水産クロレラに,ワムシに必要なビタミンB12を高濃度に含有させ,ワム
シ餌料として供給することにより,効率の良い,安定したワムシ生産を可能にする
ワムシ餌料を提供することである。」(本件公報2欄15行以下),あるいは,
「本発明は,培地またはクロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積し
たクロレラ藻体を含有することを特徴とするワムシ餌料である。」(同3欄6行以
下)との各記載から分かるとおり,そもそも,本件特許発明の意義は,それ自体の
培養にはビタミンB12を必要としないクロレラが,効率的にビタミンB12を吸
収,蓄積することを初めて発見し,ワムシ培養に応用したことにある。被告製品の
ように,培養終了後に培地を洗浄し,冷却して濃縮した段階でビタミンB12を添加
したとしても,それまでビタミンB12を吸収,蓄積することなどないと思われてい
たクロレラが,ビタミンB12を効率的に吸収,蓄積する以上,技術的意義に何ら差
異はない。したがって,被告らが主張するように,「クロレラ懸濁液」の文言を時
期的な観点から限定して解釈すべき根拠は存在しない。
    以上のとおり,被告らの上記主張は理由がないものであり,被告製品は,
「培地またはクロレラ懸濁液中に」ビタミンB12を添加するものとして,構成要件
Aを充足する。
  ウ 「吸収,蓄積」について
    また,被告日清両社は,構成要件Aの「吸収」とは,クロレラが活動する
ことによって,外部のビタミンB12を能動的にその体内に取り込むことを意味する
と解すべきであるとした上,被告製品においては,クロレラ濃縮液が4~8℃の状
態でビタミンB12を添加しており,この温度ではクロレラは活発に活動しないか
ら,同製品におけるビタミンB12は,クロレラに「吸収」されたものではなく,濃
縮液との濃度差により透過してクロレラ藻体内に存在するものにすぎず,したがっ
て,同製品は構成要件Aを充足しないと主張する。
    しかしながら,前記のとおり,本件特許発明の意義は,それ自体の成長に
はビタミンB12を必要としないクロレラが,ビタミンB12をその培地あるいは懸
濁液中に添加すると,高濃度でこれを含有することを発見したことにある。原告会
社の技術者である発明者は,ビタミンB12を添加した後にクロレラを分析し,ビタ
ミンB12が含有されていることを明らかにするとともに,ビタミンB12の分子量
からみて,濃度差による透過では説明できないと考えて,「吸収,蓄積した」とい
う文言を用いて特許請求の範囲を記載した。したがって,万が一,出願後の新たな
知見により,クロレラが添加したビタミンB12を吸収するのではなく,透過により
細胞内に含んだとしても,あるいは,吸収でも透過でもない別の方法で細胞内に保
持することがあっても,添加されたビタミンB12を高濃度で有するクロレラ藻体を
餌料とすることで,ワムシが効率的にビタミンB12を摂取するという作用効果を奏
する以上,当該ワムシ餌料が本件特許発明の技術的範囲に属しなくなるというもの
ではない。
    ところで,前記のとおり,原告は,被告製品に水を加えて遠心分離する操
作を複数回繰り返し,その都度ビタミンB12含量を測定する実験を行った(甲3
「試験報告書」)。すると,何度遠心分離により洗浄しても,クロレラ細胞に含ま
れるビタミンB12は減少しない旨の結果が得られた。また,ビタミンB12を含有
する被告製品を100倍に希釈して,2日間保管・冷蔵した後にビタミンB12含量
を測定したところ,クロレラ細胞内のビタミンB12はまったく減少しない旨の実験
結果が得られた(甲27)。これらの実験結果に照らせば,被告製品におけるビタ
ミンB12は,単なる透過によりクロレラ細胞内に存在するものではなく,「吸収,
蓄積」されたものであることは明らかである。さらに,被告提出に係る技術文献
(乙1)によっても,クロレラが,1万ルックス以下の光ならば7℃でも十分に光
合成を行い,2000ルックス以下の光の時には,7℃でも25℃の場合と比べて
3分の1の光合成活性を保っていることが示されている。すなわち,クロレラは,
7℃の条件下においても,弱光または暗黒下で活発に活動する能力を有するのであ
って,クロレラが低温下で十分に活動せず,その結果,ビタミンB12を「吸収」し
ないということはない。
    上記によれば,被告製品におけるクロレラ藻体はビタミンB12を「吸収」
しない旨の被告の上記主張は,理由がないというべきである。
  エ 本件特許発明の作用効果について
    さらに,被告らは,本件明細書中の「培養液に添加したビタミンB12は,
培養終了時にはほぼすべてがクロレラ中に吸収,蓄積され,非常に効率よくビタミ
ンB12高含有クロレラを製造することができる。」(本件公報3欄20行以下)と
の前記記載のほか,「一般的なクロレラの培養方法に従ってクロレラを培養し,培
養終了時のクロレラ懸濁液に適当量のビタミンB12を添加して保持すると,約10
時間程度で添加したビタミンB12を100%クロレラに吸収,蓄積させることがで
きる。」(同3欄25行以下)との記載が存することを根拠に,本件特許発明の技
術的範囲に属するといえるためには,本件明細書の特許請求の範囲に記載された方
法で添加したビタミンB12が,ほぼすべて,ないし100%クロレラ藻体に含有さ
れる必要があるとする。そして,その上で,仮に被告製品100g当たり0.15
~0.16mgのビタミンB12が含まれるとの原告提出に係る実験結果(甲3)を
前提にしても,被告製品においては,添加されたビタミンB12(100g当たり約
1.2mg)の僅か13%程度がクロレラに移行しているにすぎず,残りの約87
%はクロレラ濃縮冷却液の溶液部分に存在しているから,添加したビタミンB12
が,ほぼすべて,ないし100%クロレラ藻体に含有されるものではなく,したが
って,同製品は本件特許発明の技術的範囲に属しない旨を主張する。
    しかしながら,被告らが引用する「ビタミンB12を100%クロレラに吸
収,蓄積させることができる。」(本件公報3欄25行以下)との本件明細書の記
載は,「適当量のビタミンB12を添加して保持」した場合の作用効果についてのも
のであり,効率的な投与量のビタミンB12を添加することを前提にした記載にすぎ
ない。クロレラが吸収,蓄積できる以上のビタミンB12を投与した場合,吸収,蓄
積されなかったビタミンB12は,そのまま培養槽に存在するだけのことであり,ビ
タミンB12が文字どおり100%ワムシに取り込まれることはない。しかし,そう
であっても,クロレラ自体が限度一杯にビタミンB12を吸収,蓄積している以上,
本件特許発明の作用効果を奏することは明らかというべきである。また,そもそ
も,甲3に記載されたとおり,被告製品のクロレラ藻体は,ビタミンB12をワムシ
餌料として必要な程度の高濃度(150~160μmg/100g)で含有してい
る。そのことは,被告キリン・アスプロ自身が,被告製品を「ビタミンB12強化」
と明記して販売している(甲4「事実実験公正証書」の写真③)ことからも,明ら
かである。
    したがって,被告製品は,添加したビタミンB12を効率的にワムシに供給
できるものであり,本件特許発明の作用効果を有するものとして,その技術的範囲
に属する。
  (2) 被告キリン・アスプロの主張
  ア 「培地またはクロレラ懸濁液」について
    本件明細書の特許請求の範囲における「培地」,「クロレラ懸濁液」がそ
れぞれ何を指すのかは,文言自体からは明らかでない。そこで発明の詳細な説明の
記載をみると,そこには,「培地またはクロレラ懸濁液」(本件公報3欄6行)と
記載されたものが,「クロレラの培養時の培養液,または培養後のクロレラ懸濁
液」(同欄9~10行)と言い換えられ,さらに「培養終了時のクロレラ懸濁液」
(同欄26行)との記載が存する。これらの記載は,クロレラの培養を基準とし,
「培地」が「培養終了時までのクロレラ培養液」を,これと対になる「クロレラ懸
濁液」が「培養終了時及び終了後のクロレラ懸濁液」をそれぞれ意味することを,
明確に示している。したがって,「培地またはクロレラ懸濁液」とは,「培養終了
時まで,あるいは培養終了時及び終了後の懸濁液」を指すものと解すべきである。
    しかるに,被告製品においては,クロレラの培養が終了した後,洗浄・濃
縮・冷却の各工程を経て,淡水濃縮生クロレラとしての最終製品とする過程におい
て,ビタミンB12を添加している。上記洗浄・濃縮過程は,クロレラ培養液に洗浄
水を加えた上で遠心分離を行うことにより得られるスラリー状の藻体をタンクに回
収し,これに再び洗浄水を加えて遠心分離を行い藻体を回収する工程を繰り返すこ
とによって,培養液が除去(洗浄)されて濃縮されたクロレラ藻体を得るというも
のである。そして,このような工程を経て得られたクロレラ濃縮液を冷却し,濃度
及びpHを調整してクロレラ濃縮冷却液とした上,ビタミンB12を添加し,最終製
品とするのである。以上から分かるとおり,このクロレラ濃縮冷却液と,培養の終
了時ないし終了後のクロレラ培養液とは,クロレラが含有された液状物質という点
を除いては共通点がなく,全く別のものである。
    したがって,被告製品においては,「培地またはクロレラ懸濁液」(すな
わち,培養終了時まで,あるいは培養終了時及び終了後のクロレラ培養液)にビタ
ミンB12を添加しておらず,被告製品は構成要件Aを充足しない。
    ところで,仮に原告が主張するように,「クロレラ懸濁液」を「顕微鏡で
見える程度の大きさの微粒子が液体中に分散したもの」と広く解釈した場合,ワム
シ培養液にクロレラを添加したものも「クロレラが液体中に分散したもの」に他な
らず,「クロレラ懸濁液」に該当することになる。他方,ワムシ培養液にクロレラ
とビタミンB12を別々に添加することが従来技術として公知であったことは,当事
者間に争いがなく,本件明細書にも明記されている。このような従来技術において
は,ワムシ培養液にクロレラを添加して,さらにビタミンB12を添加すると,ビタ
ミンB12がクロレラ藻体に速やかに移行し,その上でワムシを接種すれば,ワムシ
がビタミンB12を含有したクロレラ藻体を取り込むことになる。
    そうすると,「クロレラ懸濁液」に関する原告の上記解釈を前提にする限
り,上記従来技術において,「クロレラ懸濁液(上記の例では,ワムシ培養液にク
ロレラを添加したもの)中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体
を含有するワムシ餌料」が開示されていることになり,このような従来技術が本件
特許発明の技術的範囲に属するという矛盾が生じることになる。この一事をもって
しても,原告による「クロレラ懸濁液」の解釈が不当であることは,明らかであ
る。
  イ 本件特許発明の作用効果について
    本件明細書の記載を総合すると,本件特許発明は,ワムシ培養槽へのビタ
ミンB12の直接添加という従来技術によっては,ワムシによるビタミンB12の取
り込みが非効率で,大量のビタミンB12添加を要するという問題があるので(本件
公報2欄10~13行),「培地またはクロレラ懸濁液」にビタミンB12を添加し
てクロレラ藻体に「吸収,蓄積」させ,これにより「ほぼすべて」ないし「100
%」のビタミンB12をクロレラ藻体に含有させ(同3欄9~11行,18~22
行,26~29行),その後のワムシ培養において,このクロレラ藻体が100%
ワムシに取り込まれることによって(同4欄20~21行),添加したビタミンB
12の「ほぼすべて」ないし「100%」がクロレラ藻体を経由してワムシに取り込
まれ,もって安定したワムシ生産を可能にするものと解される。
    ところで,被告製品には1500μg/LのビタミンB12が含有され,ま
た被告製品1Lに含まれるクロレラ藻体の乾燥重量は130gであるから(乙11の
パンフレット「製品規格」の項),この数値に基づき計算すると,被告製品におけ
るクロレラ藻体乾燥重量100gに対するビタミンB12の添加量は約1.2mgと
いうことになる。他方,甲3の試験報告書によると,被告製品から得られた乾燥物
100gから0.15~0.16mgのビタミンB12が測定されたとあるので,こ
れが被告製品のクロレラ藻体に含有されるビタミンB12の量であるとの原告の主張
に従えば,同製品においては,添加されたビタミンB12のせいぜい12~13%が
クロレラ藻体に「吸収,蓄積」されているにすぎない。これ以外の90%弱のビタ
ミンB12はクロレラ藻体には吸収されず,クロレラ濃縮冷却液の溶液部分に含まれ
ており,このような濃縮冷却液がワムシ培養槽に投入されることにより,上記90
%弱のビタミンB12は,クロレラ藻体を経由せず,ワムシ培養槽に直接投与される
ことになる。
    被告製品における,上記12~13%というクロレラ藻体へのビタミンB
12吸収率は,「ほぼすべて」ないし「100%」という本件明細書の開示する数値
とは著しく異なるものである。被告製品が,クロレラ藻体を経由して「ほぼすべ
て」ないし「100%」のビタミンB12をワムシに取り込むという本件特許発明の
作用効果を奏しておらず,同発明がいうところの「効率の良い」ワムシ餌料でない
ことは明らかといわなければならない。したがって,被告製品は,本件特許発明の
技術的範囲に属するものではない。
  ウ 方法的要素による発明の特定
    繰り返しになるが,本件特許発明は,「培地またはクロレラ懸濁液中に添
加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有することを特徴とするワ
ムシ餌料」というものであり,ビタミンB12を「培地またはクロレラ懸濁液中に添
加」するという方法的要素によって特定された物(ワムシ餌料)の発明である。こ
のような場合,いわゆる「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」についての裁
判例が判示するとおり,製法によって特定された物の発明の技術的範囲は,当該製
造方法によって製造された物ないし当該製造方法によって特定される物と同一の構
造ないし特性を有する物に限定されるというべきである。したがって,本件特許発
明の技術的範囲も,「培地またはクロレラ懸濁液中に添加した」との方法によって
特定される,「ビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有することを特徴
とするワムシ餌料」と同一の構造ないし特性を有する物に限定されることになる。
    しかるところ,前記のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,本件特許
発明は,培地またはクロレラ懸濁液にビタミンB12を添加することで,ビタミンB
12をクロレラ藻体に吸収,蓄積させ,これによりほぼすべて,ないし100%のビ
タミンB12をクロレラ藻体に含有させ(本件公報3欄9~11行,18~22行,
26~29行),その後のワムシ培養において,このクロレラ藻体が100%ワム
シに取り込まれることによって(同4欄20~21行),ビタミンB12が無駄にな
らない,効率の良い安定したワムシ生産を可能にするものと解されるから,「培地
またはクロレラ懸濁液中に添加した」という方法による特定が存在することの技術
的意義は,培地またはクロレラ懸濁液中にビタミンB12を添加することで,ビタミ
ンB12をクロレラ藻体に吸収,蓄積させて,そのことにより,ほぼすべて,ないし
100%のビタミンB12をクロレラ藻体に含有させることにあると理解するのが,
自然である。
    しかるに,上記イで述べたとおり,被告製品は,培地またはクロレラ懸濁
液中にビタミンB12を添加することで,ビタミンB12をクロレラ藻体に吸収,蓄
積させ,そのことにより,ほぼすべて,ないし100%のビタミンB12をクロレラ
藻体に含有させるものではない。すなわち,被告製品は,「培地またはクロレラ懸
濁液中に添加した」との方法によって特定される,「ビタミンB12を吸収,蓄積し
たクロレラ藻体を含有することを特徴とするワムシ餌料」ではなく,かつ,これと
同一の構造ないし特性を有する「ワムシ餌料」でもない。
    したがって,この観点からも,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に
属しないというべきである。
  エ 公知技術の抗弁(予備的主張)
    被告日清両社が公知文献として提出する乙6に関し,原告は,そこに開示
されているのは,ワムシ培養槽にクロレラとビタミンB12を投与する際に,単なる
順序の問題として,クロレラにビタミンB12を添加した上でワムシ培養槽に入れた
という程度のことにすぎないと主張し,反論を試みている(平成15年2月18日
付け原告第1準備書面,第2,3(1))。このような原告の立論に従えば,ワムシ培
養槽にクロレラとビタミンB12を別々に投与する従来技術の構成と,クロレラ濃縮
液にビタミンB12を添加した上でワムシ培養槽に投与する被告製品の構成の相違
も,単なる順序の問題にすぎないことになる。
    また,上記乙6及び乙8には,それぞれ「1リットル当たり5~10μ
g」及び「1リットル当たり10μg」とのビタミンB12添加量が開示されてお
り,これらは,それぞれ「100t当たり0.5~1g」及び「100t当たり1
g」の添加量に相当する。これは,本件明細書において,従来技術によれば,「ワ
ムシ培養槽100t当たり1~5g」(本件公報2欄10行)の大量のビタミンB
12添加が必要とされていたことと符合するもので,本件特許発明を実施した場合に
必要とされる,「ワムシ培養槽100t当たり0.02g~0.1g」(本件公報
4欄22~24行)のビタミンB12の添加量と比較して,極めて大きな添加量であ
る。他方,被告日清サイエンスが発行したユーザー向け技術パンフレット(丙2)
に記載された数値に基づき,被告製品におけるワムシ培養槽100t当たりのビタ
ミンB12添加量を計算すると1.343gとなり,これも,上記従来技術において
必要とされていた大量のビタミンB12添加量の範囲内の数値である。
    以上によれば,被告製品が,乙6及び乙8に記載された公知技術の実施態
様の1つにすぎないか,あるいは,少なくとも,乙6に基づき当業者が容易に推考
できたものであることは,明らかというべきである。
    そうすると,本件において,原告が,被告製品は本件特許発明の技術的範
囲に属すると主張することは,出願時に公知であった技術を同発明の技術的範囲に
属すると主張することと同じであり,上記技術的範囲の解釈のいかんに関わらず,
被告製品がその範囲に属するということはできない。被告キリン・アスプロは,仮
に被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属すると認められる場合には,予備的
に,いわゆる公知技術の抗弁を主張する。
  (3) 被告日清両社の主張
  ア ビタミンB12の存在
    原告は,被告製品を複数回遠心分離にかけて得られた沈殿物を凍結乾燥さ
せ,これを試料としてビタミンB12の含量を測定したところ,ビタミンB12が,
ワムシ餌料として必要な程度の高濃度(150~160μmg/100g)で含有
されていることが確認された(甲3)として,被告製品に十分な量のビタミンB12
が存在することを前提に,自らの構成要件解釈を述べ,被告製品が本件特許発明の
技術的範囲に属すると主張している。
    しかしながら,上記実験においては,クロレラ藻体の表面に付着したビタ
ミンB12が検出される可能性があるから,上記実験結果をもって,被告製品のクロ
レラ藻体内にビタミンB12が吸収,蓄積されて存在することが立証されたとはいえ
ない。したがって,被告日清両社は,同製品にビタミンB12が存在する事実を否認
する。その上で,ビタミンB12の存在が立証された場合の仮定的主張として,以下
の主張をする。
  イ 「クロレラ懸濁液」について
    証拠(乙4~8,13,15等)に照らし,ビタミンB12を添加したクロ
レラをワムシ餌料とすること自体は,本件特許発明の出願前から公知であるか,あ
るいは,出願前に頒布された公知文献から容易に推考できるものであった(そのこ
とは,原告も争わないものと思われる。)。ここで,クロレラを含む水溶液は,常
に,原告の定義による「懸濁液」(すなわち,「顕微鏡で見える程度の大きさの微
粒子が液体中に分散したもの。」)の状態にあるから,例えば公知文献に「ビタミ
ンB12を添加したクロレラ」と記載されている場合には,すべて「クロレラの懸濁
液にビタミンB12を添加した」ことが開示されていることになり,本件特許発明に
無効事由が存在することになる。このような結果を回避するためには,本件明細書
における唯一の実施例である「クロレラ株の培養液にビタミンB12を添加して培養
を行」った場合(本件公報4欄32行以下),及び,実施例としての記載こそない
が,本件明細書に明記された「培養終了時のクロレラ懸濁液に適当量のビタミンB
12を添加して保持」(同3欄26行以下)する場合に限定して,特許請求の範囲の
「クロレラ懸濁液」を解釈するほかない。
    しかるに,被告製品は,クロレラの種菌を培地で培養した後,エアリフト
式連続無菌培養法により培養し,洗浄・濃縮を繰り返してクロレラ濃縮液とした
上,これを4~8℃に保ってビタミンB12を1リットル当たり1500μg添加
し,20リットルキュービテナー詰にしたものである(第2,1(4))。すなわち,
被告製品は,培養後に培地を洗浄・濃縮して冷却されたクロレラ濃縮液に添加する
ものであって,「培地またはクロレラ懸濁液(すなわち,培養終了後のクロレラ懸
濁液)」にビタミンB12を添加するものではない。
    したがって,被告製品は構成要件Aを充足しない。
  ウ 「吸収,蓄積」について
    また,上記のとおり,ビタミンB12が添加されたクロレラからなるワムシ
餌料自体は,本件特許発明の出願前から公知であるか,あるいは,出願前公知文献
から容易に推考できるものであったから,特許請求の範囲の「吸収,蓄積」の文言
を,単にビタミンB12を含有する状態を指すものと解する場合には,やはり公知例
との抵触の問題が生じることになる。したがって,これらの文言についても,クロ
レラが活発に活動する培養中あるいは培養終了時にビタミンB12を添加することに
よって,クロレラが能動的にこれを取り込み,保持することを意味すると,限定的
に解釈するほかない。
    しかるに,被告製品においては,クロレラの培養が終了した後,クロレラ
濃縮冷却液にビタミンB12を添加するものであり,この段階においては,クロレラ
はもはや増殖活動をしていないから,そこに添加されたビタミンB12は,クロレラ
の活発な生命活動によって,能動的に取り込まれ,保持されたものではない。した
がって,クロレラ藻体に「吸収,蓄積」されたものということはできない。
    この点につき,原告は,乙1(武智芳郎著「クロレラ-その基礎と応用
-」学習研究社)の記載内容を引用し,クロレラは4~8℃の温度でも生理的な活
力を有するから,被告製品のクロレラ濃縮液においてもクロレラは生命活動をして
いると反論する。たしかに,上記文献によれば,2000ルクスの照度において,
クロレラは7℃でも活動することがうかがわれるが,被告製品においては,培養終
了後のクロレラ懸濁液から培地成分を排除した後,冷蔵状態まで温度を低下させ,
その状態でビタミンB12を添加し,すぐに冷蔵庫に保管するため,遮光状態の下に
ある。したがって,クロレラがたとえ低温で活動する能力を有していても,被告製
品のクロレラ濃縮液中で活動することはできず,ビタミンB12が能動的に「吸収」
されることはない。原告の上記反論には理由がない。
  エ 本件特許発明の作用効果
    ところで,本件明細書には,前記のとおり,「培養液に添加したビタミン
B12は,培養終了時にはほぼすべてがクロレラ中に吸収,蓄積され,非常に効率よ
くビタミンB12高含有クロレラを製造することができる。」(本件公報3欄20行
以下),「一般的なクロレラの培養方法に従ってクロレラを培養し,培養終了時の
クロレラ懸濁液に適当量のビタミンB12を添加して保持すると,約10時間程度で
添加したビタミンB12を100%クロレラに吸収,蓄積させることができる。」
(同3欄25行以下)との各記載がある。これらの記載に照らせば,クロレラ藻体
からなるワムシ餌料が本件特許発明の技術的範囲に属するといえるためには,本件
明細書の特許請求の範囲記載の方法で添加したビタミンB12が効率よく(ほぼすべ
て,ないし100%)クロレラ藻体に含有される作用効果を奏する必要があるとい
うべきである。
    しかるに,被告製品100g当たり0.15~0.16mgのビタミンB
12が含まれるとの原告の実験結果(甲3)を前提にしても,被告製品においては,
添加されたビタミンB12(100g当たり約1.2mg)の僅か13%程度がクロ
レラに移行しているにすぎず,残りの約87%はクロレラ濃縮冷却液の溶液部分に
存在する。そうすると,被告製品においては,添加したビタミンB12が効率よく
(ほぼすべて,ないし100%)クロレラ藻体に含有されるものではないから,こ
の観点からも,同製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないというべきである。
 2 争点2(無効事由の存否)について
  (1) 被告キリン・アスプロの主張(被告日清両社も援用)
  ア 乙6に基づく新規性欠如
    本件特許発明の出願前に頒布された刊行物である乙6(ヤクルト本社研究
所「クロレラのシオミズツボワムシ培養への利用」)には,① 「培養開始時の餌
料には,グリーンウォーターか,クロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/
L)したものを使う。」(10頁),② 「酵母で培養する場合,培養開始時にワム
シの初期増殖を助けるために,餌料としてグリーンウォーター,クロレラ,または
クロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/L)したものを与え,ワムシが増
殖を開始してから酵母に切り換えるのが望ましい。」(12頁),③ 「培養開始
時の餌料は,グリーンウォーター,クロレラ,またはクロレラ+ビタミンB12(5
~10μg/L)を使用して,ワムシの初期増殖を促進する。」(15頁)との各記
載がある。これらの記載は,ワムシの効率的な培養のための餌料として,クロレラ
にビタミンB12を添加したワムシ餌料を用いることを明確に開示するものである。
    他方,乙6に開示された数値に基づき,クロレラ濃縮液1リットルに対し
て添加すべきビタミンB12の分量を計算すると,バッチ培養方式で0.28~5.
5mg,半連続培養方式で0.27~1.69mgとなるから,これらの数値を参
考に,クロレラ濃縮液1リットル当たりのビタミンB12の分量が0.3mgと1.
5mgという2種類の濃度のクロレラ濃縮液を用意し,添加されたビタミンB12の
クロレラに対する「吸収,蓄積」の状況を確認すると,いずれの濃度においても,
添加されたビタミンB12がクロレラ藻体に「吸収,蓄積」されたこと,しかもこの
「吸収,蓄積」は,ビタミンB12の添加後極めて速やかに起こることが確認された
(丙1「試験報告書」)。上記の実験結果は,乙6に開示された従来技術におい
て,ビタミンB12のクロレラ藻体への「吸収,蓄積」が,クロレラ藻体にビタミン
B12を添加することの必然的な作用ないし効果として起こるものであることを示し
ている。
    そうすると,「吸収,蓄積」という構成が付加されることによって,「ビ
タミンB12を添加したクロレラ藻体」という物が,「添加したビタミンB12を吸
収,蓄積したクロレラ藻体」という別の物になるわけではないから,乙6に開示さ
れた「ビタミンB12を添加したクロレラ藻体」と,本件明細書の特許請求の範囲に
記載された「添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体」とは,同一の
物を別の形で表現したものにすぎないことになる。
    以上によれば,乙6には,「培地(クロレラ培養液)もしくはクロレラ懸
濁液に添加されたビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有するワムシ餌
料」,すわなち,本件特許発明の構成そのものがすべて開示されているというべき
であり,同発明には,公知文献である乙6との関係で,新規性欠如(特許法29条
1項違反)の無効事由が存在する。
  イ 乙8に基づく新規性欠如
    出願前に頒布された刊行物である乙8(深田哲夫著「クロレラの大量培養
と水産への利用」)には,「前記のように,我々の研究室では無菌ワムシの分離
後,VB12添加クロレラまたはクロレラのみを餌料として10年以上の継代培養を
重ねてきた。このことは,クロレラがワムシの要求するビタミンB12以外の栄養成
分を全て備えていることを意味している。」(19頁)との記載がある。日本語の
通常の理解として,上記「VB12添加クロレラ」とは,「ワムシ培養槽に投与する
前に,基礎餌料であるクロレラに添加物であるビタミンB12を添加したもの」と理
解するのが自然である。
    また,同じく乙8の表13(23頁)には,ワムシ餌料としてクロレラ
(淡水)を使用する場合,クロレラ100g当たり0.02mgのビタミンB12を
含有するクロレラを用いること,及び,この餌料で育てたワムシには,ワムシ10
0g当たり0.2mgのビタミンB12が含有されることが,明確に示されている。
ここで,クロレラが含有するビタミンB12の量として示されている上記「100g
当たり0.02mg」の数値を単位換算すると,100g当たり20μgとなる
が,これは,本件特許発明を実施した場合のビタミンB12添加量の最低限の数値と
して本件明細書に開示されている,「20μg/100g」(本件公報4欄1行)
と,まさしく一致する。
    そして,ビタミンB12がクロレラ藻体に「吸収,蓄積」されることは,ク
ロレラ培養液またはクロレラ懸濁液にビタミンB12を添加することの必然的な作用
ないし効果であり,「吸収,蓄積」の構成が付加されても,物(ワムシ餌料)とし
て同一であることは,上記アで述べたとおりであるから,以上を総合すると,「培
地(クロレラ培養液)もしくはクロレラ懸濁液に添加されたビタミンB12を吸収,
蓄積したクロレラ藻体を含有するワムシ餌料」は,乙6だけでなく,乙8にも開示
されていたというべきである。
    よって,本件特許発明には,公知文献である乙8との関係において,新規
性欠如の無効事由が存在する。
  ウ 乙4に基づく新規性欠如
    本件特許発明の出願前に公知であった乙4(講演要旨集)には,「携卵し
ている輪虫をブレンダー処理し,遠沈によって集卵し,NaClO及び抗生物質処
理によって無菌化し,卵を試験管に1個宛分注し,クロレラ1Vp/mlを加え2
5℃で培養した。輪虫はフ化後約7日間生存し,増殖せずに死滅した。原因をクロ
レラの栄養的欠陥と考えビタミン類,酵母エキス等の添加試験を行った結果,クロ
レラ細胞にはほとんど検出されないビタミンB12を加えた場合,輪虫は顕著な増殖
を示した。その増殖はB12添加量に依存し,輪虫はB12を必須成分として要求す
るものと考えられる。」との記載が存する。
    講演要旨集という文献の性質上,ビタミンB12の添加方法に関するこれ以
上の詳細な記載はないが,「卵を試験管に1個宛分注し,クロレラ1Vp/mlを
加え25℃で培養した。」との上記記載に照らせば,濃度のばらつきが生じるのを
避けるため,また実際上の便宜の観点からも,まずクロレラにビタミンB12を事前
に添加し,これをワムシ入りの複数の試験管に分けるという手順を採るものと考え
られる。そして,クロレラにビタミンB12を添加すれば,必然的な作用ないし効果
として,ビタミンB12がクロレラに「吸収,蓄積」されるものであることは,これ
まで再三述べたとおりであるから,結局,上記の記載には,「培地もしくはクロレ
ラ懸濁液に添加されたビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有するワム
シ餌料」,すなわち本件特許発明の構成そのものが,開示されていたことになる
(なお,このことは,本件特許発明の出願の直後に公表された文献である丙9(昭
和54年11月「日本水産学会大会」要旨集)において,乙4の報告がクロレラ懸
濁液へのビタミンB12の添加の例として引用されていることによっても,裏付けら
れるというべきである。)。
    以上のとおり,本件特許発明には,公知文献である乙4との関係におい
て,新規性欠如の無効事由が存在する。
  エ その他の無効事由
    被告日清両社は,乙15(A氏の卒業論文)ないし乙20(A氏の卒論を
含む卒論要旨集)に基づく新規性欠如の無効事由を主張するので,被告キリン・ア
スプロは,この点に関する上記両被告の主張を援用する。
    また,被告日清両社のその余の無効主張についても,すべて援用する。
  (2) 被告日清両社の主張(被告キリン・アスプロも援用)
  ア 出願当時の技術常識
    本件特許発明の出願前に公知であった文献には,「携卵している輪虫をブ
レンダー処理し,遠沈によって集卵し,NaClO及び抗生物質処理によって無菌
化し,卵を試験管に1個宛文注し,クロレラ1Vp/mlを加え25℃で培養し
た。輪虫はフ化後約7日間生存し,増殖せずに死滅した。原因をクロレラの栄養的
欠陥と考えビタミン類,酵母エキス等の添加試験を行った結果,クロレラ細胞には
ほとんど検出されないビタミンB12を加えた場合,輪虫は顕著な増殖を示した。そ
の増殖はB12添加量に依存し,輪虫はB12を必須成分として要求するものと考え
られる。」(乙4)との記載や,あるいは,「このクロレラがワムシ培養餌料とし
て適当であること,酵母の補助餌料としてワムシ培養の安定化に役立つことなどが
明らかになりました。‥‥本説明書は,クロレラを効果的に利用するため,クロレ
ラ濃縮液の取り扱い方,およびそれを用いたワムシの培養法,ワムシ培養の安定化
法および,酵母ワムシの強化方法について記しました。」(乙6)との記載が存在
する。
    これらの記載に照らせば,本件特許発明の出願当時,① ワムシ餌料とし
てクロレラが使用されること,② ワムシ培養の培地にビタミンB12を添加するこ
とが有効であること,③ ワムシ培養の培地にビタミンB12とクロレラを餌料とし
て与えることは,いずれも技術常識であったものと認められる。
    また,同じく出願前に公知であった文献(乙24)には,ワムシの開放培
養につき,「ワムシ培養の安定化についてまとめますと次の通りです‥‥。培養初
期にワムシ増殖が順調にゆかない場合と,培養継続中に障害が起こる場合の2通り
あります。」との前置きに続き,「培養開始直後,ワムシが期待通り増殖しない場
合」の原因の1つとして,「ワムシ餌料に栄養的欠陥がある」ことが挙げられ,そ
の解決法として,「初期餌料をグリーンウォーターにするのが最良です。クロレラ
を使用する場合は,ビタミンB12を培養水1l当り10ガンマ与えます。」と記載
されている。このような記載に照らせば,④ ワムシの大規模開放培養において,
生育状況が悪い場合にビタミンB12を与えると改善が見られることも,また技術常
識であったというべきである。
    被告日清両社は,上記の技術常識をふまえ,本件特許発明に無効事由が存
することを以下のとおり主張する。
  イ 乙6に基づく新規性欠如
    本件特許発明の出願前に頒布された刊行物である乙6(ヤクルト本社研究
所「クロレラのシオミズツボワムシ培養への利用」)には,① 「培養開始時の餌
料には,グリーンウォーターか,クロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/
l)したものを使う。」(10頁),② 「酵母で培養する場合,培養開始時にワ
ムシの初期増殖を助けるために,餌料としてグリーンウォーター,クロレラ,また
はクロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/l)したものを与え,ワムシが
増殖を開始してから酵母に切り換えるのが望ましい。」(12頁),③ 「培養開
始時の餌料は,グリーンウォーター,クロレラ,またはクロレラ+ビタミンB12
(5~10μg/l)を使用して,ワムシの初期増殖を促進する。」(15頁)と
の各記載がある。
    まず,日本語の通常の理解として,「クロレラにビタミンB12を添加(5
~10μg/l)したもの」,あるいは「クロレラ+ビタミンB12」との上記各文
言は,クロレラという基礎餌料にビタミンB12という添加物を添加したものを指す
と解するのが自然である。また,「クロレラ+ビタミンB12」が,「グリーンウォ
ーター」(当初からビタミンB12を含む海産クロレラのことを指す。)及び単なる
「クロレラ」(ビタミンB12は未添加と解される。)と並列されて「餌料」と扱わ
れていることからしても,上記の各記載に接した当業者は,上記「クロレラにビタ
ミンB12を添加(5~10μg/l)したもの」,あるいは「クロレラ+ビタミン
B12」との上記各文言を,文字どおり,クロレラにビタミンB12を添加し,あら
かじめ混合したもの(すなわち,ビタミンB12添加済みクロレラ)と理解するもの
と考えられる。
    そして,公知例である乙6の記載内容に基づき,クロレラ濃縮液にビタミ
ンB12を添加して,ビタミンB12のクロレラ細胞内への移行を検証した実験結果
(丙1「試験報告書」)によれば,この移行はビタミンB12の添加後極めて短時間
のうちに起こるものであり,特別な工程を施さなくても,ビタミンB12がクロレラ
藻体に「吸収,蓄積」されることが確認されたということができる。
    以上を総合すれば,乙6には,クロレラ藻体にあらかじめビタミンB12を
添加し,これを吸収,蓄積させた上でワムシ餌料として投与することが記載されて
おり,本件特許発明の構成要件がすべて開示されているというべきである。
    したがって,本件特許発明には,公知文献である乙6との関係で,新規性
欠如の無効事由が存在する(無効事由①「新規性欠如その1」)。
  ウ 乙8に基づく新規性欠如
    本件特許発明の出願前に頒布された刊行物である乙8(深田哲夫著「クロ
レラの大量培養と水産への利用」。なお,乙13と乙8は出版日が異なるが,内容
は同一である。)には,「無菌ワムシの継代法は,クロレラがVp5の濃度で入っ
た試験管(培地10ml)中に,10個体/mlになるようにワムシを植え,1週に
1回ゆるく振とうしながら20℃で培養し,3週間で植え継ぐ。この方法で197
5年分離以来継代を続けている。」(17頁)との記載があり,また,「前記のよ
うに,我々の研究室では無菌ワムシの分離後,VB12添加クロレラまたはクロレラ
のみを餌料として10年以上の継代培養を重ねてきた。このことは,クロレラがワ
ムシの要求するビタミンB12以外の栄養成分をすべて備えていることを意味してい
る。」(19頁)との記載がある。
    前者の記載からは,ワムシを植え付ける前の培地にクロレラが投与されて
いること,したがって,この培地は「クロレラ懸濁液」(構成要件A)でもあるこ
とを読み取ることができ,後者の記載からは,ビタミンB12を添加したクロレラを
ワムシの餌料としたことを明確に読み取ることができる。したがって,これらを併
せ読むと,そこには,クロレラ懸濁液中にビタミンB12を添加することが開示され
ているというべきである。
    そして,上記の各記載に基づき,ビタミンB12を含む組成の培地にVp5
の濃度でクロレラを入れた状況を再現し,ビタミンB12がクロレラ細胞に取り込ま
れているか否かを実験したところ,クロレラ添加後1時間の場合(88μg/10
0g)も,同24時間後の場合(86μg/100g)も,ほぼ同量のビタミンB
12が検出されたから,上記クロレラ懸濁液中に添加されたビタミンB12は,クロ
レラ藻体に速やかに「吸収,蓄積」されたということができる。
    以上を総合すれば,乙8には,クロレラ懸濁液中に添加されたビタミンB
12が,クロレラ藻体に「吸収,蓄積」され,かかるクロレラ藻体をもってワムシ餌
料とすることが記載されており,本件特許発明の構成要件がすべて開示されていた
というべきである。
    したがって,本件特許発明には,公知文献である乙8との関係で,新規性
欠如の無効事由が存在する(無効事由②「新規性欠如その2」)。
  エ 乙20に基づく新規性欠如
    本件特許発明の出願前に頒布された刊行物である乙20(長崎大学水産学
部の卒業生による論文発表会で配布された卒業論文要旨。なお,これを正式に印刷
製本したものが乙14である。)におけるAの卒論要旨には,シオミズツボワムシ
大量培養中の海産クロレラ不足を補うために時折使用される淡水濃縮クロレラの餌
料価値を,淡水クロレラに少量の海産クロレラを添加した場合,パン酵母に淡水ク
ロレラを少量添加した場合,淡水クロレラにVB12(ビタミンB12)を添加した
場合に分けて,それぞれ個別飼育法及びバッチ培養法により調べたところ,「海産
クロレラに較べると淡水クロレラの餌料価値はかなり低い事がわかった。しかし,
淡水クロレラに海産クロレラを小量加えると改善された。またVB12を添加すると
海産クロレラと同じくらいの餌料価値になる事が明らかになった。」との記載があ
る。
    ここには,餌料価値を高めるため,淡水クロレラにビタミンB12を添加す
ることが明確に開示されており,また,クロレラが添加されたビタミンB12を取り
込む(「吸収,蓄積」する)ことについては,現在はもちろんのこと(乙22,2
3),本件特許発明の出願当時においても確認可能であったから,結局,乙20に
は,「添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有する‥‥ワムシ
餌料」が記載されており,本件特許発明の構成要件がすべて開示されているという
ことができる。
    したがって,本件特許発明には,公知文献である乙20との関係で,新規
性欠如の無効事由が存在する(無効事由③「新規性欠如その3」)。
    なお,長崎大学水産学部を昭和63年3月に卒業した上記A氏は,同学部
のB教授を指導教官として,同年3月1日以前に乙15の「シオミズツボワムシに
対する淡水クロレラの餌料価値」と題する卒業論文を完成していた。A氏ら同年の
卒業生は,遅くとも同年2月25日から3月1日の間に開催された卒業論文発表会
において,卒論の内容をスライド等を用いて発表したが,この発表会は,長崎県長
崎市所在の同大学水産学部の教室で,出席者や聴講者に制限なく行われた。A氏の
発表も,教授,助教授,大学院生及び卒業生等16~21名が聴講して行われ(乙
16,28),卒論(乙15)そのものの配布こそなかったものの,卒論要旨(乙
20)を配布した上,卒論に添付した図表をスライドに示しつつ,行われた。した
がって,淡水クロレラにビタミンB12を添加し,あるいは,あらかじめビタミンB
12を含有させた淡水クロレラを用いて行った実験5及び6(上記図表の「F.6」
及び「F.6」)も聴衆に示され,それぞれの効果が説明されたのである(乙2
8)。
    以上のとおり,本件特許発明は,昭和63年3月1日以前になされた上記
卒業論文発表会において公知となったものであり,平成11年法律第41号による
改正前の特許法29条1項1号に違反して特許されたものである。よって,被告日
清両社は,この無効事由を追加して主張する(無効事由④「新規性欠如その
4」)。
  オ 乙4に基づく新規性欠如
    ところで,被告日清両社は,従前,乙4を,① ワムシ餌料としてクロレ
ラが使用されること,② ワムシ培養の培地にビタミンB12を添加すると有効であ
ること,③ ワムシ培養の培地にビタミンB12とクロレラを餌料として与えること
が,いずれも公知であることの証拠として提出するにとどめていた(前記ア「出願
当時の技術常識」参照)。
    しかるに,原告提出に係る甲31(「日本水産学会誌」第49巻第4号。
乙27も同一の書証である。)を精査すると,この中に,「酵母細胞の懸濁液にビ
タミンB12を供給すると,個体数の増殖指標値の向上,および個別飼育の際に携卵
した卵の孵化成功率に関して,ビタミンB12の供給がなければ達成されなかったで
あろう顕著な効果を示し,他には何も示されなかった。これらの結果は,クロレラ
懸濁液へのビタミンB12添加によるワムシ個体数の増殖に及ぼす促進効果について
の報告と一致する。」との記載があり,この「報告」が,乙4(講演要旨集)に記
載された「シオミズツボワムシの無菌培養」と題する講演要旨を指すことが明らか
である。そして,「シオミズツボワムシの無菌培養」(乙4)には,前記ア掲記の
とおり,「クロレラ細胞にはほとんど検出されないビタミンB12を加えた場合,輪
虫は顕著な増殖を示した。その増殖はB12添加量に依存し,輪虫はB12を必須成
分として要求するものと考えられる。」との記載があるから,B教授のような当業
者が乙4を読めば,そこには,淡水クロレラの懸濁液にビタミンB12を添加したも
のをワムシ餌料に使用することが開示されていると認識することは,明らかなもの
と認められる(なお,乙4で実験に用いられたクロレラ「Chlorellaregularis」
は,淡水クロレラの代表的な種である。)。
    他方,前記のとおり,乙22,23によれば,クロレラ懸濁液にビタミン
B12を添加すれば,クロレラの状態にかかわらず,その細胞内にビタミンB12が
取り込まれて「吸収,蓄積」されることも,また明らかである。
    そうすると,本件特許発明の「クロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12
を吸収,蓄積したクロレラ藻体を含有するワムシ餌料」は,乙4記載に係るビタミ
ンB12を添加したクロレラ(あるいは,それを引用した乙27記載に係るクロレラ
懸濁液にビタミンB12を添加したもの)に他ならない。
    したがって,本件特許発明には,公知文献である乙4との関係において
も,新規性欠如の無効事由が存在する(無効事由⑤「新規性欠如その5」)。
  カ 乙6,8(13)及び20の組み合わせによる容易推考
    前記イ~エで述べたところによれば,同ア記載の本件特許発明出願当時に
おける技術常識を前提に,当業者が前記の各公知文献(乙6,8及び20)におけ
る「ビタミンB12を添加した(淡水)クロレラ」,「ビタミンB12添加クロレ
ラ」,「クロレラ+ビタミンB12」等の記載に接した場合,ワムシ培養に有効なビ
タミンB12を,クロレラとは別々にワムシ培養槽に投与するのではなく,あらかじ
めクロレラと混合した上で,ワムシ培養槽に投与する場合がある旨の示唆を受け,
かつ,任意にそのような手順を選択することがあり得るのは,明らかである。そし
て,上記のようにビタミンB12をあらかじめクロレラと混合した場合,「添加」以
上に何らの工程・操作を経なくても,ビタミンB12がクロレラに取り込まれて,
「吸収,蓄積」された状態に至ることは,乙22,23記載の実験結果から明らか
である。
    そうすると,当業者が,上記乙6,8(13)及び20の1つ,あるいは
そのうち2つ,もしくは全部を組み合わせて本件特許発明に想到することは,その
出願当時において容易であったというべきである。
    したがって,本件特許発明には,公知文献である乙6,8及び20ないし
これらの組み合わせとの関係で,進歩性欠如の無効事由が存在する(無効事由⑥
「進歩性欠如その1」)。
  キ 乙6,8(13),20と乙12の組み合わせによる容易推考
    なお,仮に「吸収,蓄積」の点につき,乙6,8及び20だけでは開示が
不十分であるとの立場に立ったとしても,乙12の存在により,この点は十分に補
うことができる。
    すなわち,出願前に公知であった英文文献(乙12)には,研究者(エリ
クソン,ルイス)が,藻類にはビタミンB12を合成する能力がないが,そのかわ
り,密接に関わるバクテリアがビタミンB12を合成し,これが藻類によって吸収・
濃縮されること(absorbedandconcentrated)を発見したことが,明確に記載され
ている。そうすると,乙12は,クロレラがビタミンB12を吸収,蓄積する可能性
を開示するか,少なくとも明らかに示唆するものというべきである。それと同時
に,乙12は,当時数少なかったクロレラに関する文献として,ワムシ餌料に関す
る文献に引用されているものであるから,乙6,8及び20と乙12を組み合わせ
ることは極めて容易である。
    以上によれば,当業者が,乙6,8及び20のいずれか1つと,乙12と
を組み合わせて本件特許発明に想到することも,また容易であったというべきであ
る。
    したがって,本件特許発明には,公知文献である乙6,8及び20のいず
れか1つと乙12の組み合わせとの関係で,進歩性欠如の無効事由が存在する(無
効事由⑦「進歩性欠如その2」)。
  ク 乙4と乙27,あるいは,乙4及び乙27と乙6,8(13),20ない
し12の組み合わせによる容易推考
    前記オ記載のとおり,乙27には,酵母細胞の懸濁液にビタミンB12を添
加すること,及び,その結果は,他の公知文献である乙4に開示された,クロレラ
懸濁液にビタミンB12を添加するとワムシ個体数の増殖に促進効果がある旨の結果
に沿うものであることが記載されている。そうすると,本件特許発明は,少なくと
も乙4と乙27を組み合わせることにより,容易に推考できるものであったという
べきである(無効事由⑧「進歩性欠如その3」)。
    それとともに,本件特許発明は,乙4及び乙27と,従前から公知文献と
して掲げてきた乙6,8(13)ないし12のいずれか1つ,あるいは,いずれか
2つ以上の組み合わせから,容易に推考できるものであったというべきである(無
効事由⑨「進歩性欠如その4」)。
  ケ その余の無効主張について
    被告日清両社は,相被告である被告キリン・アスプロの無効主張を援用す
る。
  (3) 原告の主張
  ア 乙6に基づく無効主張に対する反論
    乙6には,たしかに,被告らが引用する① 「培養開始時の餌料には,グ
リーンウォーターか,クロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/l)したも
のを使う。」(10頁),② 「酵母で培養する場合,培養開始時にワムシの初期
増殖を助けるために,餌料としてグリーンウォーター,クロレラ,またはクロレラ
にビタミンB12を添加(5~10μg/l)したものを与え,ワムシが増殖を開始
してから酵母に切り換えるのが望ましい。」(12頁),③ 「培養開始時の餌料
は,グリーンウォーター,クロレラ,またはクロレラ+ビタミンB12(5~10μ
g/l)を使用して,ワムシの初期増殖を促進する。」(15頁)との各記載が存
在する。
    しかしながら,これらの記載によって開示されているのは,培養開始時に
ビタミンB12を直接ワムシ培養槽に投与する従来技術の知見にすぎない。
    すなわち,実験室規模の増殖実験においては,産業的に実施する開放培養
と異なり,ビタミンB12を生成する微生物がワムシ培養槽に存在しないため,培養
開始時に初期増殖を促進する目的で,敢えて培養槽にビタミンB12を添加すること
がある。そのことは,無菌培養において,「クロレラ細胞にはほとんど検出されな
いビタミンB12を加えた場合,輪虫は顕著な増殖を示した。」と記載する乙4(昭
和51年度日本水産学会春季大会「講演要旨集」)に開示されているとおりであ
る。このような従来技術の知見に照らせば,「クロレラにビタミンB12を添加」と
の乙6の上記各記載は,培養開始時に,ワムシ培養槽に直接ビタミンB12を添加す
ることを開示するものと読むべきであり,そのことは,上記各記載において,「培
養開始時の餌料」,あるいは「培養開始時」などの時期的限定を付する文言が存在
することや,ビタミンB12の分量(「5~10μg/l」)が,クロレラではなく
ワムシの培養液に対する割合で表されている(そのことは,被告らも争わない。)
ことに照らしても,明らかというべきである。以上によれば,上記各記載に開示さ
れているのは,培養開始時に限定して,ワムシ培養槽に直接ビタミンB12を添加す
ることにすぎず,上記従来技術の知見を一歩も出るものではない。
    仮に上記記載を,被告らが主張するように,クロレラにビタミンB12を添
加した上,これをワムシ培養槽に投与すると読んだところで,それ自体の成長にビ
タミンB12を必要としないクロレラが,ビタミンB12を高濃度に吸収,蓄積する
という,本件特許発明の発明者が初めて発見した知見を持ち合わせていなければ,
単なる手順の問題として,無意味かつ無目的にクロレラにビタミンB12を添加し,
それからワムシ培養槽に投与しているにすぎない。したがって,乙4に開示された
従来の技術常識に沿ってこのような手順を行うものにすぎず,何ら本件特許発明を
示唆するものではない。
  イ 乙8に基づく無効主張に対する反論
    乙8には,「VB12添加クロレラ」を餌料としてワムシを無菌培養するこ
とが記載されているが,その記載内容を分析すると,継代培養の具体的な作業手順
として,① 無菌の培地が10ml入った試験管を準備し,② クロレラを無菌培養
して濃縮液を作成した上,このクロレラ濃縮液をクロレラがVp5になるように培
地に無菌的に添加し,③ ワムシが増殖した試験管から新しい試験管にワムシ10
0個体を無菌的に接種して,④ ワムシを培養するという手順が採られていること
が分かる。このような作業手順に照らせば,上記「VB12添加クロレラ」が,ワム
シ培養液中にクロレラを投与し,その培地にビタミンB12を添加することを意味す
るものであって,決してワムシに投与する前のクロレラ濃縮液にビタミンB12を添
加することを開示するものでないことは,明らかである。すなわち,乙8は,前記
乙6と同様に,出願当時に公知であった乙4の知見に基づき,単にワムシ培養槽に
ビタミンB12を添加することを開示するものにすぎない。
    乙8が実験室における無菌培養を対象とするものであることは,その記載
から明らかであるところ,本件特許発明の出願当時は,開放培養においては,培養
槽中に存在する細菌がビタミンB12を供給するから,ビタミンB12を別途投与す
ることは無意味であると認識されていた。したがって,仮に被告らが主張するよう
に,上記記載を,クロレラにビタミンB12を添加してからワムシ培養槽に投与する
旨の記載と読んだところで,それが,ワムシを産業的に培養する場合の開放培養を
前提として,クロレラにビタミンB12を添加して吸収,蓄積させ,もってワムシに
効率的にビタミンB12を取り込ませるという本件特許発明を示唆するものというこ
とはできない。
  ウ 乙12に基づく無効主張に対する反論
    被告日清両社は,乙12において,クロレラがビタミンB12を吸収,蓄積
することが開示ないし示唆されていると主張する。
    しかし,そもそも乙12で行われた実験は,低廉な食料生産のため,下水
と有機排水を使用し,廃水処理を兼ねて屋外の培養地で藻類培養を行うというもの
であり,そこには,クロレラとは属のレベルで異なるセネデスムスが相当量含まれ
ている。しかも,汚水を用いた培養のため,藻類以外の微生物,有機物,無機物を
相当量含んでおり,これらのビタミンB12含有量が高いことは公知の事実である。
それにもかかわらず,乙12は藻類がビタミンB12を含有すると結論付けているの
であり,当業者ならば,上記のような実験内容から,そのような結論を引き出すこ
とはできないと容易に判断できる。
    したがって,乙12を根拠とする被告らの上記無効主張には理由がない。
  エ 乙20に基づく無効主張に対する反論
    乙15(前記A氏の卒業論文)には,「実験5として今度は,淡水クロレ
ラ(681×104
cells/ml)をコントロールとし,これに栄養素であるV
B12(1.4μg/ml)を添加した」(3頁)との記載があるが,他方におい
て,「各餌料懸濁液4mlを入れた試験管に無菌にしてあるワムシの初産卵を2個ず
つ収容し飼育した」(3頁),「実験に用いた海水は有機物などの影響を避けるた
めに蒸留水で2/3に希釈された海水を活性炭で処理し,孔径0.22μmのミリ
ポアフィルターでろ過した後,オートクレーブで減菌されたものを使用した。」
(7頁)との各記載がある。
    これらの記載を総合すると,同論文における上記実験5の具体的手順は,
① 2/3希釈海水に淡水クロレラを(681×104
cells/ml)の濃度に
なるように投与し,② そこにビタミンB12を1.4μg/mlの濃度になるよう
に添加し,③ こうしてできたワムシ培養液を,4mlずつ試験管に分注して,④
 無菌のワムシ初産卵を試験管に2個ずつ収容した上,⑤ 培養する,というもの
であったことが分かる。
    このとおり,上記実験においては,まず海水に淡水クロレラを添加し,次
に淡水クロレラが一定の濃度で存在する海水にビタミンB12を添加しているのであ
って,このことを極めて自然に「淡水クロレラ‥‥をコントロールとし,これに栄
養素であるVB12‥‥を添加した」と表現しているのである。すなわち,淡水クロ
レラにビタミンB12を添加する旨の上記記載は,ワムシに投与する前のクロレラに
ビタミンB12を添加することを意味するものではなく,ワムシ培養液中にクロレラ
を投与し,さらにビタミンB12を添加するという従来技術の手法を開示するものに
すぎない。
    以上のとおり,乙15の卒業論文は,従来技術に本件特許発明の構成が開
示ないし示唆されていたことの根拠になるものではないから,同論文に基づく被告
らの無効主張には理由がない。また,この論文を含む論文要旨集(乙20)を出願
前に頒布された刊行物であるとした上で,これに基づき無効を主張する被告らの主
張にも,また理由がない。
    ところで,乙15には実験6に関する記載もあるが,同実験は,原告会社
から長崎大学水産学部B教授への委託に基づき行われたもので,原告が送付した本
件特許発明の実施品であるビタミンB12含有クロレラを使用して,海水クロレラと
の餌料価値を比較したものである。仮に,実験6に関する記載に本件特許発明の構
成が開示されていたとしても,卒業論文は,学部学生の教育の一環として作成され
るものであり,基本的に指導教官と本人だけが所持しているものであるから,「頒
布された刊行物」(特許法29条1項3号)に当たるとはいえない。したがって,
乙6に掲載されたからといって,本件特許発明が新規性を喪失するものではない。
また,昭和63年2月末ないし3月の卒論発表会で配布された乙14(卒論要旨
集)に,上記実験6に関する記載がないことなどからして,この卒論発表会で,実
験6の内容が発表されなかったことは明らかであるから,同会における前記A氏の
発表により,本件特許発明が新規性を喪失したということもできない。さらに百歩
譲って,上記乙15が「頒布された刊行物」に当たるか,あるいは,上記卒論発表
会において,実験6の内容がA氏により発表された事実があったとしても,前記の
とおり,そもそも,この実験は原告の委託に基づき実施されたものであり,特許を
受ける権利を有する者である原告の意に反して公知になったものである上に(特許
法30条2項),原告が6か月以内に本件特許発明を出願しているから(同条1
項),いずれにせよ,新規性喪失の例外事由に該当する。したがって,乙20ない
し乙15に基づき,本件特許権が無効になることはない。
  オ 本件特許発明の新規性及び進歩性
    被告らは,上記ア~エの他にも多数の公知文献を書証として提出し,複数
の無効事由を主張しているが,いずれも当を得ないものである。
    本件特許発明の出願当時,乙4に代表される公知文献に開示されていたの
は,① ワムシの培養にはビタミンB12が必要かつ有益である,② クロレラ自体
には,ワムシが必要とするビタミンB12が含有されていない,③ 開放培養におい
ては,ビタミンB12を投与しなくても,培養槽中に存在する微生物,細菌等により
ワムシにビタミンB12が供給されている,④ 仮に開放培養においてビタミンB1
2を投与するとなると,極めて大量のビタミンB12が必要になる上に,大量のビタ
ミンB12を投与したにもかかわらず,培養槽の細菌等によりビタミンB12が分解
されてしまい,必ずしも効果的でない(本件公報2欄4行以下),との各知見であ
った。
    しかるに,本件特許発明は,上記①ないし④の知見にもかかわらず,クロ
レラにビタミンB12が高濃度で吸収,蓄積されることを発見し,このことを利用し
て,開放培養において,ワムシにビタミンB12を効率的に供給することを可能にし
たものである。
    すなわち,当時は,クロレラがビタミンB12を吸収,蓄積すること自体が
当業者にとって意外であり,かつ,産業的にワムシを培養する開放培養において
は,ビタミンB12を投与する必要はない(上記③)と考えられていた。それにもか
かわらず,本件特許発明は,開放培養の培養槽にあらかじめビタミンB12を添加
し,これを吸収,蓄積させたクロレラを投与して,もってワムシの餌料とすること
を新たに構成したのである。このような本件特許発明に新規性・進歩性に欠けると
ころがないのは,明らかといわなければならない。
    既に指摘したとおり,被告らが引用する乙6等の公知文献から得られる知
見は,上記①ないし④の従来技術から得られる知見の域を一歩も出るものではな
い。よって,被告らの無効主張には理由がない。
 3 争点3(原告の損害額)について
  (1) 原告の主張
    被告日清サイエンスは,被告キリン・アスプロが製造した被告製品を同被
告から仕入れ,平成12年2月から平成14年3月までの間に,1缶1万1000
円で少なくとも2万5000缶販売した。被告日清サイエンス及び被告キリン・ア
スプロは,1缶当たり少なくとも4000円の利益を上げており,したがって,上
記両被告は,上記期間の販売により少なくとも各1億円の利益を上げた。
    また,被告日清マリンテックは,被告キリン・アスプロが製造した被告製
品を同被告から仕入れ,平成14年4月から平成14年9月末日までの間に,1缶
1万1000円で少なくとも2000缶販売した。被告日清マリンテック及び被告
キリン・アスプロは,1缶当たり少なくとも4000円の利益を上げており,した
がって,上記両被告は,上記期間の販売により少なくとも各800万円の利益を上
げた。
    よって,原告は,① 被告日清サイエンス及び被告キリン・アスプロに対
し,特許法102条2項に基づき,各自,原告に対して,1億円及びこれに対する
訴状送達の日(平成14年11月13日)から支払済みまで年5分の割合による金
員の支払を求めるとともに,② 被告日清マリンテック及び被告キリン・アスプロ
に対し,特許法102条2項に基づき,各自,原告に対して,800万円及びこれ
に対する訴状送達の日(平成14年11月13日)から支払済みまで年5分の割合
による金員の支払を求める。
  (2) 被告キリン・アスプロの主張
    被告キリン・アスプロが被告製品を製造し,かつて被告日清サイエンスに
販売した事実,及び,現在は被告日清マリンテックに販売している事実は認める
が,その余は不知ないし否認する。
  (3) 被告日清両社の主張
    被告日清サイエンスが被告キリン・アスプロから被告製品を仕入れてこれ
を販売した事実は認めるが,販売時期は平成12年2月から平成13年3月までで
ある。原告のその余の主張は,否認ないし争う。
    被告日清マリンテックが被告キリン・アスプロから被告製品を仕入れてこ
れを販売した事実,及び,その販売数量が2000缶を下らない事実は,認める
が,販売時期は平成13年4月からである。原告のその余の主張は,否認ないし争
う。
第4 当裁判所の判断
   本件においては,被告らは被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか
どうか(争点1)をも争っているが,事案にかんがみ,争点2(無効事由の存否)
から判断する。
 1 乙6に基づく無効事由の存否について
  (1) 乙6号証について
    乙6号証は,株式会社ヤクルト本社中央研究所の製作・発行に係る,19
79年(昭和54年)10月を第1版とする,「クロレラ(Chlorellaregularis)
のシオミズツボワムシ培養への利用」と題する冊子であるが,同冊子は,本件特許
発明の出願前に日本国内において頒布された刊行物(平成11年法律第41号によ
る改正前の特許法29条1項3号)に該当する(このことについては,当事者間に
争いはない。)。
    この冊子は,アユの種苗生産にとって,良質のシオミズツボワムシを安定
的に大量培養する技術の確立が重要であることを前提に,クロレラがワムシ培養餌
料として適当であること,酵母の補助餌料としてワムシ培養の安定化に役立つこと
などが従前の研究から明らかになったとした上,クロレラの効果的な利用のための
クロレラ濃縮液の取り扱い方法,それを用いたワムシの培養法,ワムシ培養を安定
化する方法等を,専らユーザー向けにまとめた説明書である(同書1頁)と認めら
れる。
  (2) クロレラ濃縮液の濃度の記載方法について
  ア 乙6の第2章「3.クロレラの給与量と給餌方法」と題する項には,「ワ
ムシの密度によって,クロレラ給餌量を表4から計算して与える。表中の給餌量
は,1日分のクロレラをワムシに一度に与えたときの培養液中のクロレラ濃度Vp
(ml/l)で示した。Vp500(ml/l)のクロレラ濃縮液をワムシ密度1
00個体/lの培養500?に与える場合は,表4から,ワムシ培養液中のクロレラ
濃度がVp0.2(ml/l)になるように,濃縮液を200ml与えればよ
い。」,「現場では計算がめんどうであるから,クロレラ保存液の濃度と,ワムシ
培養槽の容量,ワムシ密度によって,1日給餌量をあらかじめ計算し,表を作って
おくと便利である。」(8~9頁)との各記載がある。また,上記表4には,培養
液のワムシ密度(個体数/ml)に応じて給与すべきクロレラの濃度が,ワムシ培
養液に対するクロレラの分量(ml/l)で表されており,上記本文の各記載に続
く注には,「Vpとは,packedcellvolumeの略で,1lのクロレラ懸濁液中に含
まれるクロレラ細胞のml数で表現される。したがって,Vp1(ml/l)と
は,1l中にクロレラ細胞1mlを含むことを示している。」(9頁)と記載され
ている。
  イ 以上の記載を素直に読めば,クロレラ濃縮液をワムシ培養液に投与し,も
ってクロレラをワムシ餌料とする場合の濃縮液の濃度(Vp)は,ワムシの密度に
応じて,現にワムシが存在する培養液に対する割合として計算し,表示することが
便宜であることから,単位量(1l)の濃縮液自体に対するクロレラ細胞の体積で
表す(ml/l)のではなく,濃縮液を投与した後のワムシ培養液(1l)に対す
るクロレラ細胞の体積で表すことが,認められる。
    また,本文で,「表中の給餌量は,1日分のクロレラをワムシに一度に与
えたときの培養液中のクロレラ濃度Vp*
(ml/l)で示した。」としつつ,その
一方で,この「Vp」に付された注において,「Vpとは,packedcellvolumeの
略で,1lのクロレラ懸濁液中に含まれるクロレラ細胞のml数で表現される。」
と記載されていることからすれば,クロレラを投与した後のワムシ培養液を,「ク
ロレラ懸濁液」と呼ぶ用語例のあることが,認められる。
  (3) 「クロレラにビタミンB12を添加‥‥したもの」等の記載について
  ア 乙6の第2章「5.種ワムシの培養」と題する項には,「種ワムシ維持の
ために小規模な培養をおこなう場合は,クロレラを餌料として,低密度,低温度で
培養すれば,長期間,安定に維持することができる。培養条件は次のとおりであ
る。」との記載に続き,
   「①培養温度は18~20℃にする。
    ②培養槽の底にグリーンゼオライト(径3~5cm)を敷く。
    ③培養開始時の餌料には,グリーンウォーターか,クロレラにビタミンB
12を添加(5~10μg/l)したものを使う。」
    ④ワムシ密度を50~100個体/mlに保つように,1日おきに間引
く。
    ⑤クロレラの1日あたり給与量は,培養槽中のクロレラ濃度がVp0.1
(ml/l)になる程度が適当である。
    ⑥培地,照射,通気量,循環過の方法などは前記と同じである。」
   と記載されている。
    また,第2章「6.ワムシの培養と収穫」と題する項には,ワムシの培養
法には,増殖が終了したところで全量を収穫し,新たな培養を繰り返すバッチ培養
方式と,長期間培養を継続し,一定の密度以上に増加したワムシを間引いて収穫す
る半連続的培養方式の2つの方式のあることが紹介された上,酵母を餌料にしてバ
ッチ培養方式でワムシを培養する場合には,「培養開始時にワムシの初期増殖を助
けるために,餌料としてグリーンウォーター,クロレラ,またはクロレラにビタミ
ンB12を添加(5~10μg/l)したものを与え,ワムシが増殖を開始してから
酵母に切り換えるのが望ましい。」と記載されている。
    さらに,第3章「2.ワムシ培養の安定化方法の実際」と題する項には,
培養に異常が起きたら,① 酵母の投与をやめる,② ワムシの密度を調べ,前
記(2)ア記載の表4に示された量のクロレラを与える,③ クロレラ投与は,ワムシ
密度が期待した値に達するまで続ける,④ 与えたクロレラがほぼ消費されてか
ら,次のクロレラを給餌する,⑤ ワムシ密度が回復したら,餌料を酵母に戻す,
以上の処置を取るべきことが記載された上,安定した培養を行うためには,
   「(1) 種ワムシは新鮮な培養から,増殖状態にあるものを採取して用いる。
    (2) 培養開始時の餌料は,グリーンウォーター,クロレラ,またはクロレ
ラ+ビタミンB12(5~10μg/l)を使用して,ワムシの初期増殖を促進す
る。
    (3) 連続培養では,ワムシ密度を100~400個体/mlの範囲にし,
とくに大型ワムシの場合には密度を低くする。
    (4) 1日分の餌は2~3回に分けて与える。餌料は過剰に与えないように
し,とくに培養に異常が生じた場合は少なめにする。
    (5) 間引き過ぎて,ワムシが所定密度より下がらないようにする。」
   との諸点に留意すべきものとされている。
  イ 上記の記載を総合すれば,① ワムシ餌料としてのクロレラは,酵母の補
助餌料として用いられることが多いこと,② 酵母を餌料とする培養に異常が生じ
た場合には,ワムシ密度が回復するまでクロレラを投与することが効果的であり,
したがって,クロレラは,ワムシ培養におけるいわばカンフル剤的な効果を有する
ものとして認識されていること,③ また,ワムシ培養の出発点となる種ワムシの
培養においても,ワムシの初期増殖を助けるため,その培養開始時にクロレラを投
与するのが効果的であること,④ その場合,クロレラのほか,グリーンウォータ
ー(当初からビタミンB12を含む海産クロレラのことを指す。),あるいは,クロ
レラにビタミンB12を添加したものを投与しても,クロレラを投与した場合と同様
に効果があること,以上の各事実が認められる。
    そして,日本語の通常の理解として,また,上記「クロレラにビタミンB
12を添加(5~10μg/l)したもの」が「グリーンウォーター」と,上記「ク
ロレラ+ビタミンB12(5~10μg/l)」が,「グリーンウォーター」及び
「クロレラ」とそれぞれ並列され,「餌料」として同列に扱われていることに照ら
しても,これら「クロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/l)したも
の」,あるいは「クロレラ+ビタミンB12」との各記載は,文字どおり,クロレラ
という基礎餌料にあらかじめビタミンB12という添加物を添加したもの(すなわ
ち,ビタミンB12添加済みのクロレラ)を指すものと解するのが自然である。
    そうすると,乙6には,ワムシの培養を安定化するための餌料として,ク
ロレラにあらかじめビタミンB12を添加した上,これを餌料としてワムシ培養槽に
投与することが開示されているというべきである。
  (4) 「吸収,蓄積」について
    ところで,構成要件Aの「吸収,蓄積」については,特許請求の範囲の記
載上,何らの限定もない上に,発明の詳細な説明をみても,「クロレラの培養時の
培養液,または培養後のクロレラ懸濁液に,ビタミンB12を添加してクロレラに吸
収,蓄積させることにより,ビタミンB12高含有クロレラを得ることができる。」
(本件公報3欄9行以下),「培養液を調製する時,適当量のビタミンB12を培養
液中に加えてクロレラを培養することにより,培養液に添加したビタミンB12は,
培養終了後にはほぼすべてがクロレラ中に吸収,蓄積され,非常に効率よくビタミ
ンB12高含有クロレラを製造することができる。」(同3欄18行以下),「一般
的なクロレラの培養方法に従ってクロレラを培養し,培養終了時のクロレラ懸濁液
に適当量のビタミンB12を添加して保持すると,約10時間程度で添加したビタミ
ンB12を100%クロレラに吸収,蓄積させることができる。この方法によれば,
培養液を調製する時にビタミンを添加する方法に比べ短時間で吸収,蓄積させるこ
とができ,滅菌などによるビタミンの分解もないことから,さらに効率的なビタミ
ンB12高含有クロレラの製造が可能である。」(同3欄25行以下)などの記載が
あるのみで,本件特許発明の一般的な作用効果が繰り返し開示されているにとどま
るから,言葉の一般的な意味を超えて,「吸収,蓄積」に特別な意味があるものと
解する根拠となる記載はないというべきである。
    また,上記のとおり,本件明細書に,「一般的なクロレラの培養方法に従
ってクロレラを培養し,培養終了時のクロレラ懸濁液に適当量のビタミンB12を添
加‥‥すると,約10時間程度で‥‥100%クロレラに吸収,蓄積させることが
できる。」と,特別な手順や作業を経なくても,添加されたビタミンB12は自然に
クロレラに「吸収,蓄積」される旨の記載がある上に,被告キリン・アスプロ(丙
1)や被告日清両社(乙22)のみならず,原告(甲44)が実施した実験によっ
ても,クロレラの種類や濃度等の違いによって「吸収,蓄積」に要する時間は異な
るものの,基本的に,何ら特別な条件設定や作業を要せずとも,クロレラにビタミ
ンB12を添加したことのいわば必然的な作用ないし効果として,ビタミンB12が
クロレラ細胞内に移行するという結果が得られている。
    そうすると,構成要件Aの「吸収,蓄積」については,言葉の一般的な意
味を超えた技術的意義があるものではなく,この文言は,クロレラにビタミンB12
を添加したことのいわば必然的な作用ないし効果として,ビタミンB12がクロレラ
細胞内に移行し,そこに存在するに至ることを,単に「吸収,蓄積」という言葉を
用いて表現したものと解するほかない(ちなみに,このような解釈は,原告自身が
「吸収,蓄積」の意義につき述べるところと,まさしく一致するものである。すな
わち,原告は,前記第3,1(1)ウ記載のとおり,本件特許発明の意義は,それ自体
ビタミンB12を必要としないクロレラにビタミンB12を添加すると,クロレラが
高濃度でこれを含有することを発見したことにあり,原告会社社員である発明者
は,このようにして高濃度でビタミンB12を含有するに至ったクロレラを分析し,
ビタミンB12の分子量からみて,単なる濃度差に基づく透過では説明できないと考
えて,「吸収,蓄積した」という文言を用いて特許請求の範囲を記載した旨,明確
に主張している。)。
  (5) 新規性欠如の無効事由の存在
    以上を前提に,被告らの主張する乙6に基づく新規性欠如(特許法29条
1項違反)の無効事由の存否について判断する。
    上記(3)記載のとおり,乙6には,ワムシの培養を安定化するための餌料と
して,クロレラにあらかじめビタミンB12を添加した上,これを餌料としてワムシ
培養槽に投与することが開示されている。そして,同(2)イで触れたところから分か
るとおり,構成要件Aの「クロレラ懸濁液」に特に限定的な意味があるわけではな
く,被告製品について問題になるように,クロレラ培養後に培地を洗浄・濃縮して
冷却されたクロレラ濃縮液が「クロレラ懸濁液」(構成要件A)に該当するかどう
かはさておいても,少なくとも,ビタミンB12を添加する前のクロレラ培養液が
「クロレラ懸濁液」に当たることは明らかであるから(その点については,当事者
間に争いはない。),以上によれば,乙6には,「クロレラ懸濁液」にビタミンB
12を添加した上,これを餌料としてワムシ培養槽に投与することが開示されている
ものと認められる。
    しかるに,上記(4)で判示したとおり,構成要件Aの「吸収,蓄積」につい
ては,クロレラにビタミンB12を添加したことの必然的な作用ないし効果として,
ビタミンB12がクロレラ細胞内に移行し,そこに存在するに至ったことを,単に
「吸収,蓄積」という言葉を用いて表現したものにすぎないと解されるから,いっ
たん「クロレラ懸濁液」にビタミンB12を添加すれば,条件によって速度に差異が
生じることはあり得るものの,必然的にクロレラがビタミンB12を含有するに至
り,もってビタミンB12を「吸収,蓄積」した状態になるものと認められる。
    上記によれば,乙6に開示された,ビタミンB12を添加したクロレラ懸濁
液は,クロレラ懸濁液にビタミンB12を添加した結果,ビタミンB12を吸収,蓄
積したクロレラ藻体が存在するに至ることをも開示しているというべきである。そ
うすると,そこには,「クロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積し
たクロレラ藻体」(構成要件A)を「ワムシ餌料」(同B)とすることが開示され
ているのであって,本件特許発明の構成要件がすべて開示されていることになる。
したがって,本件特許権には,出願前に頒布された刊行物である乙6との関係で,
新規性欠如(特許法29条1項違反)の無効事由の存在することが明らかというべ
きである。
  (6) 原告の主張について
  ア ところで,原告は,① ワムシの培養開始時に,初期増殖を促進する目的
で,直接培養槽にビタミンB12を投与する従来技術が存在したこと,及び,② 下
記の各記載におけるビタミンB12の分量が,クロレラの培養液ではなくワムシの培
養液に対する割合として表されていること(このことについては,当事者間に争い
はない。)を理由に,乙6における「培養開始時の餌料には,グリーンウォーター
か,クロレラにビタミンB12を添加(5~10μg/l)したものを使う。」(1
0頁),「酵母で培養する場合,培養開始時にワムシの初期増殖を助けるために,
餌料としてグリーンウォーター,クロレラ,またはクロレラにビタミンB12を添加
(5~10μg/l)したものを与え,ワムシが増殖を開始してから酵母に切り換
えるのが望ましい。」(12頁),「培養開始時の餌料は,グリーンウォーター,
クロレラ,またはクロレラ+ビタミンB12(5~10μg/l)を使用して,ワム
シの初期増殖を促進する。」(15頁)との前記各記載は,いずれも上記①の従来
技術を開示したものにすぎないと主張する(第3,2(3)ア)。
    しかしながら,上記①の点については,仮に原告が主張するような従来技
術が存在したとしても,そのことをもって直ちに,「クロレラにビタミンB12を添
加‥‥したもの」,あるいは「クロレラ+ビタミンB12」をワムシ培養開始時の餌
料とするとの上記各記載を,クロレラとビタミンB12を別々にワムシ培養槽に直接
投与すると読むことには,文理上無理があるというほかない。かえって,証拠とし
て提出された平成元年10月愛知県栽培漁業協会発行に係る「昭和63年度業務報
告」と題する書面(丙5)においては,ワムシ餌料としての栄養価値を高める目的
でイカ乳化油を添加したクロレラに関し,「ワムシは,自家製の濃縮凍結海産クロ
レラ(1000×104
cells/ml分)とイカ乳化油(40ppm分)を15
lポリバケツ内に混合し,2~3回に分けて定量ポンプで滴下して栄養強化し
た。」との記載があり,あらかじめクロレラにイカ乳化油を添加した上,これをワ
ムシに餌料として投与することが明確に開示されているから,このことに照らせ
ば,上記「クロレラにビタミンB12を添加‥‥したもの」及び「クロレラ+ビタミ
ンB12」の各記載についても,ワムシ培養槽に投与する前に,餌料価値を高めるた
め,クロレラにビタミンB12を添加することを開示したものと解するのが自然とい
うべきである。
    また,上記②の点についても,前記(2)イで判示したとおり,乙6の記載を
総合すれば,ワムシ餌料とする場合のクロレラの濃度は,現にワムシが存在する培
養液に対する割合として計算し,表示することが便宜であるとの理由から,クロレ
ラの培養液ではなく,ワムシの培養液に対する割合として表すものと認められると
ころ,このことはクロレラにビタミンB12を添加する場合であっても変わりはな
く,ワムシ培養の規模に関係なくビタミンB12の分量を一義的に表示するために,
たとえこれをクロレラに添加する過程が存在しても,最終的にすべてのものが投与
されるワムシ培養液の単位量当たりに対する分量として,ビタミンB12の量を表示
することがあり得ると考えられる。したがって,上記②のような表示の仕方が存在
するからといって,乙6における前記各記載を,その文理に反し,ワムシ培養液に
クロレラとビタミンB12を直接別々に投与することを記載したものと,読むことは
できない。
    したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
  イ また,原告は,仮に乙6の前記各記載を,被告らが主張するように,クロ
レラにビタミンB12を添加した上,これをワムシ培養槽に投与すると読んだところ
で,それ自体の成長にビタミンB12を必要としないクロレラが,ビタミンB12を
高濃度に吸収,蓄積するという,本件特許発明の発明者が初めて発見した知見を持
ち合わせていなければ,単なる手順の問題として,無意味かつ無目的にクロレラに
ビタミンB12を添加し,それからワムシ培養槽に投与しているにすぎないから,従
来の技術常識に沿ってかかる手順を行うものにすぎず,何ら本件特許発明を示唆す
るものではないと主張する(第3,2(3)ア)。
    しかしながら,上記(4)で判示したとおり,構成要件Aの「吸収,蓄積」に
ついては,言葉の一般的な意味を越えた技術的意義を有するものではなく,クロレ
ラにビタミンB12を添加したことの必然的な作用ないし効果として,ビタミンB1
2がクロレラ細胞内に移行し,そこに存在するに至った事実状態のことを,「吸
収,蓄積」という言葉を用いて表現したものにすぎないと解されるから,仮に原告
が主張するとおり,本件特許発明の発明者が,それ自体の成長にビタミンB12を必
要としないクロレラが,ビタミンB12を高濃度に吸収,蓄積することを初めて発見
したものであるとしても,そのことは,本件特許発明の新規性及び進歩性の有無と
直接の関連はないというべきである。したがって,原告の上記主張は,本件特許発
明の新規性及び進歩性を論じる上で,それ自体失当なものというほかない。
    換言すれば,被告キリン・アスプロが指摘するとおり(第3,2(1)ア),
本件特許発明はいわゆる物の発明(特許法2条3項)であるところ,上記のとお
り,「吸収,蓄積」(構成要件A)の点が新規な構成であるとは認められないか
ら,「吸収,蓄積」という構成が付加されることによって,「ビタミンB12を添加
したクロレラ藻体」という物が,「添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレ
ラ藻体」という別の物になるわけではない。したがって,この観点からも,乙6に
開示された「ビタミンB12を添加したクロレラ藻体」と,本件明細書の特許請求の
範囲に記載された「添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体」とは,
同一の物を別の形で表現したものにすぎないというべきであって,原告の上記主張
を採用することはできない。
  (7) 小括
    以上によれば,出願前に頒布された刊行物である乙6には,「培地(クロ
レラ培養液)もしくはクロレラ懸濁液に添加されたビタミンB12を吸収,蓄積した
クロレラ藻体を含有するワムシ餌料」,すわなち,本件特許発明の構成がすべて開
示されているというべきであり,本件特許発明には,乙6との関係で,新規性欠如
(特許法29条1項違反)の無効事由が存在することが明らかというべきである。
 2 乙4及び乙27に基づく無効事由の存否について
   上述のとおり,本件特許発明には,公知文献である乙6との関係で,新規性
欠如の無効事由が存在することが明らかであるが,念のため,乙4及び乙27に基
づく無効事由の存否についても判断する。
  (1) 乙4号証について
    乙4号証は,昭和51年4月に日本大学農獣医学部で開催された同年度日
本水産学会春季大会の講演要旨集であり,本件特許発明の出願前に頒布された刊行
物(平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号)に該当するも
のと認められる(この点については,当事者間に争いはない。)。
    同号証中の「シオミズツボワムシの無菌培養」と題する講演要旨には,魚
餌料用ワムシの大量培養の前提として,その生物学的特性に関する正確な知見を得
るため,淡水クロレラの代表的な種である「Chlorellaregularis」を用いて無菌培
養の実験を行ったことが記載されており,「(実験及び結果)」の項目には,「携
卵している輪虫をブレンダー処理し,遠沈によって集卵し,NaClO及び抗生物
質処理によって無菌化し,卵を試験管に1個宛分注し,クロレラ1Vp/mlを加
え25℃で培養した。輪虫はフ化後約7日間生存し,増殖せずに死滅した。原因を
クロレラの栄養的欠陥と考えビタミン類,酵母エキス等の添加試験を行った結果,
クロレラ細胞にはほとんど検出されないビタミンB12を加えた場合,輪虫は顕著な
増殖を示した。その増殖はB12添加量に依存し,輪虫はB12を必須成分として要
求するものと考えられる。」との記載がある。
    証拠上,本件特許発明の出願当時,① ワムシ餌料としてクロレラが使用
されること,② ワムシ培養の培地にビタミンB12を添加すると有効であること,
③ ワムシ培養の培地にビタミンB12とクロレラを餌料として与えることは,いず
れも公知であったものと認められ(このことについては,当事者間に争いはな
い。),乙4における上記の記載も,上記①~③の知見を前提にしたものと認めら
れるが,試験管に用意したワムシ培養の培地に,クロレラ細胞にはほとんど検出さ
れないビタミンB12を加えた旨の上記記載が,ワムシ培養の培地に直接クロレラと
ビタミンB12を投与することを開示するものであるのか,それともあらかじめクロ
レラにビタミンB12を加えた上,これを培地に投与することを開示するものである
のか,あるいは,その両方を開示するものであるのかは,乙4の記載自体からは必
ずしも明らかでない。
  (2) 乙27号証について
    ところが,本件特許発明の出願前に頒布された刊行物(平成11年法律第
41号による改正前の特許法29条1項3号)に該当する,社団法人日本水産学会
昭和58年4月発行に係る「日本水産学会誌」第49巻第4号(乙27)において
は,長崎大学水産学部のB教授ほか1名執筆の邦訳「パン酵母のシオミズツボワム
シに対する餌料的欠陥と補強栄養素」と題する英文論文(甲31)が掲載されてお
り,この論文の「Discussion」(考察)と題する項目には,「今回の研究で得られ
た結果は,補強栄養素を何も加えないパン酵母は,ワムシ増殖のための栄養の質が
欠けていることを示している。酵母細胞の懸濁液にビタミンB12を供給すると,個
体数の増殖指標値の向上,および個別飼育の際に携卵した卵の孵化成功率に関し
て,ビタミンB12の供給がなければ達成されなかったであろう顕著な効果を示し,
他には何も示されなかった。これらの結果は,クロレラ懸濁液へのビタミンB12添
加によるワムシ個体数の増殖に及ぼす促進効果についての報告と一致する。」旨の
記載がある。そして,脚注によれば,この「報告」が,乙4の講演要旨集に掲載さ
れた前記「シオミズツボワムシの無菌培養」と題する講演要旨を指すことが明らか
である。
    上記記載における「クロレラ懸濁液へのビタミンB12添加によるワムシ個
体数の増殖に及ぼす促進効果についての報告」との文言に照らし,B教授が,前記
「シオミズツボワムシの無菌培養」と題する講演要旨を,クロレラ懸濁液にビタミ
ンB12を添加したものをワムシ餌料として用いた場合の実験結果に関するものと受
け取っていることは明らかというべきであるから,乙27には,本件特許発明の出
願当時において,B教授のような当業者が乙4を読めば,そこには,淡水クロレラ
の懸濁液にビタミンB12を添加したものをワムシ餌料に使用することが開示されて
いると認識することが,明確に示されているものと認められる。
  (3) 無効事由の存在
  ア 新規性欠如
    上記(1),(2)によれば,乙4の記載自体からは,そこに,① ワムシ培養
の培地に直接クロレラとビタミンB12を投与すること,② あらかじめクロレラに
ビタミンB12を加えた上,これを培地に投与すること,あるいは,③ 上記①,②
の両方が開示されている可能性があるものと認められるところ,乙27によれば,
乙4の上記記載は,上記②か,少なくとも同②及び③を開示するものと認められる
から,結局,乙4には,クロレラにビタミンB12を加えた上,これを培地に投与す
ること(すなわち,同②の内容)が開示されているものと認められる。
    そして,前記1(4),(5)で判示したとおり,いったんクロレラにビタミン
B12を添加すれば,その必然的な作用ないし効果として,クロレラ藻体がビタミン
B12を「吸収,蓄積」するに至るものであるから,クロレラ懸濁液にビタミンB1
2を添加することと,「クロレラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積し
たクロレラ藻体」(構成要件A)とは,技術的に同義というべきである。
    そうすると,乙4に開示された,ビタミンB12を添加したクロレラは,ビ
タミンB12を吸収,蓄積したクロレラと同義ということになり,そこには,「クロ
レラ懸濁液中に添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体」(構成要件
A)を「ワムシ餌料」(同B)とすること,すなわち,本件特許発明の構成要件が
すべて開示されていることになる。
    したがって,本件特許権には,出願前に頒布された刊行物である乙4との
関係で,新規性欠如(特許法29条1項違反)の無効事由の存在することが明らか
というべきである。
  イ 進歩性欠如
    仮に,原告が主張するように,乙4に開示されているのが,ワムシ培養の
培地に直接クロレラとビタミンB12を投与すること(前記ア①)であると解したと
しても,乙4及び乙27は,いずれも,効率的かつ安定的なワムシの産業培養を実
現するため,クロレラないしビタミンB12を添加したクロレラをワムシの餌料に用
いるという全く同一の技術分野に関する文献であり,当業者にこれらを組み合わせ
る契機が存在するのは明らかであるから,本件特許発明の出願当時,当業者が乙4
及び乙27に記載された技術内容及び技術思想を組み合わせて,クロレラにあらか
じめビタミンB12を添加した上,これをワムシ餌料として投与することに想到する
のは容易であったというべきである。
    そして,前述のとおり,いったんクロレラにビタミンB12を添加すれば,
クロレラは必然的にビタミンB12を「吸収,蓄積」するに至るものであり,クロレ
ラにビタミンB12を添加することと,「クロレラ懸濁液中に添加したビタミンB1
2を吸収,蓄積したクロレラ」(構成要件A)とは,技術的に同義というべきであ
るから,以上を総合すれば,本件特許発明は,その出願前に当業者が乙4及び乙2
7を組み合わせることにより,容易に推考できたものと認められる。
    したがって,本件特許権には,乙4及び乙27との関係で,進歩性を欠如
した(特許法29条2項違反)ものというべきであり,いずれにせよ,同特許権に
無効事由が存在することは明らかというべきである。
  (4) 原告の主張について
    ところで,原告は,本件特許発明の出願当時,① ワムシの培養にはビタ
ミンB12が必要かつ有益であること,② クロレラ自体には,ワムシが必要とする
ビタミンB12が含有されていないこと,③ 開放培養においては,ビタミンB12
を投与しなくても,培養槽中に存在する微生物,細菌等によりワムシにビタミンB
12が供給されていること,④ 仮に開放培養においてビタミンB12を投与すると
なると,極めて大量のビタミンB12が必要になる上に,大量のビタミンB12を投
与したにもかかわらず,培養槽の細菌等によりビタミンB12が分解されてしまい,
必ずしも効果的でないことが公知であったとした上,同発明は,それにもかかわら
ず,クロレラにビタミンB12が高濃度で吸収,蓄積されることを発見し,このこと
を利用して,開放培養においてワムシにビタミンB12を効率的に供給することを可
能にしたものであり,新規性及び進歩性に欠けるところがないのは明らかである旨
を主張する(第3,2(3)オ)。
    しかしながら,「吸収,蓄積」の点が,新規性ないし進歩性の根拠となる
新規な構成ということはできず,添加したビタミンB12がクロレラ細胞内に高濃度
で存在することを発見したからといって,「ビタミンB12を添加したクロレラ藻
体」という物が,「添加したビタミンB12を吸収,蓄積したクロレラ藻体」という
別の物になるわけではないことは,前記1(6)で判示したとおりである。また,本件
明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に照らしても,本件特許発明を開放
培養の場合に特有の課題を解決するための発明と理解することはできないから,実
験室における無菌培養と産業的に実施する開放培養とを区別して,後者において優
れた作用効果を奏することを理由に,同発明の新規性ないし進歩性を根拠付けよう
とするかのような原告の上記主張は,それ自体失当というほかない。
    以上のとおりであるから,原告の上記主張を採用することはできない。
 3 結論
   以上によれば,本件特許権には無効事由の存することが明らかであり,本件
特許権に基づく原告の請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないというべ
きである(最高裁平成10年(オ)第364号・同12年4月11日第三小法廷判決・
民集54巻4号1368頁参照)。
   そうすると,争点1(構成要件Aの充足性)について判断するまでもなく,
原告の請求には理由がない。
   よって,主文のとおり判決する。
     東京地方裁判所民事第46部
         裁判長裁判官   三  村  量  一
            裁判官   青  木  孝  之
            裁判官   吉  川     泉
  (別紙)            目  録
          ワムシ餌料「フレッシュグリーン600」

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