弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は東京地方検察庁検事正代理検事田中万一名義の控訴趣意書と題
する書面、及び弁護人神道寛次、同布施辰治、同青柳盛雄提出の各控訴趣意書に記
載されたとおりであるかち、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断す
る。
 弁護人神道寛次の控訴趣意第一点について。
 告訴とは犯罪の被害者その他一定の者から捜査機関に対して犯罪事実を申告して
犯人の訴追を求める意思表示であつて、それは特定の犯罪事実を対象として為され
るものであり、特定の犯人を対象として為されるものではない。この点において、
告訴は、検察官が指定した被告人以外の者にその効力を及ぼさない公訴提起とは<要
旨第一>全くその趣を異にするのである。従つて捜査機関に対し一定の犯罪事実を申
告し、犯人の訴追を求める意思表示があつたものと認められる限り、こ
こに適法且つ有効な告訴があつたものと認められるのであつてとの場合において必
ずしも被告訴人の氏名を指定する必要はなく、又当該犯罪事実に関係のない者を誤
つて被告訴人として表示し、又は「告訴」と表示すべきところを誤つて「告発」と
表示したとしてもその為にその効力に影響を及ぼすものではない。そして親告罪に
ついてこのような告訴があつた場合には、検察官は捜査の結果真実の犯人と認めら
れるものを被告人と指定して適法に公訴を提起しうるのである。親告罪の告訴が叙
上のような性質を有するものであることは、親告罪についてその共犯の一人又は数
人に対してなされた告訴又はその取消は、他の共犯に対してもその効力を生ずるこ
とを定めた刑事訴訟法第二百三十八条の規定に徴するもこれを窺うことができる。
原審は叙上と同一の見解の下に本件についてはいずれも適法且つ有効な告訴があつ
たものと認めたものであり、その法令の解釈並びに適用は正当である。所論はこれ
と異る見解に立脚して原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があると主張するも
のであつて、採用するに足りない。故に論旨は理由がない。
 同第三点について。
 原判決理由罪となるべき事実第三節第一の(一)乃至(三)において原審が被告
人Aの行為として判示するところは、これをその挙示する証拠と対象するときは、
判示第二節において認定したような職責を有する同被告人が、判示のような、B、
C及びDの名誉を毀損すべき記事を判示各雑誌に掲載することを決定し右各記事を
掲載した判示各雑誌をE社並びにその販売様構を通じて発行させその頃東京都内そ
の他に発売頒布させて右B外二名の名誉を毀損したとの趣旨であつて、右事実は挙
示の証拠によつて認めうる第二<要旨第二>ところであり、記録に徴するも事実誤認
の違法があるとは認められない。蓋し所論のように右雑誌の発売頒布
被告人A以外の者の職責とするところであり、又事実上被告人Aが自ら直接これを
発売又は頒布したものではないとしても、原判示のような職制機構のもとに判示雑
誌が編集発行され、発売頒布されている以上、同被告人がその職責に基き右記事を
判示雑誌に掲載することを決定したときは、爾後右記事は正規の過程を経て雑誌と
して発売頒布されるものであるから、右発売頒布は同被告人としても当然予期して
いるところであり、従つて右記事を掲載した雑誌の発売頒布により他人の名誉を毀
損したときは、編集責任者たる同被告人においても、その結果につき認識があつた
ものとして、その責に任ずべきものと解すベきことは当然だからである。原判決は
必ずしも同被告人が自ら判示各雑誌を発売頒布したものと認めた趣旨でないことは
叙上のとおりであるから、原判決には所論のように証拠によらずして事実を認定し
又は事実を誤認した違法はない。
 又判示各記事がそれぞれB外二名の名誉を毀損すべきものであることは右記事自
体に徴し明白であり、又同被告人に、右各記事がB等の名誉を毀損するものである
ことの認識があつたことは挙示の証拠によつてこれを認めうるところである。右記
事中執筆者又は掲載者の個人的主観が含まれていたかどうかは犯罪の成否に影響を
及ぼすものではない。又記録に徴するも右各記事が真実であることの証明があつた
ものとは認められない。要するに以上の点においても原判決には所論のような事実
誤認の違法はないから論旨は理由がない。
 第九点について。
 いわゆる名誉毀損罪における事実証明の要件及び効果について定めた刑法第二百
三十条の二の規定は、基本的人権を尊重し、個人の尊厳を維持高揚することを主眼
とする新憲法の下における個人の名誉の保護と、一方において、同意法の保障する
思想良心の自由、表現の自由との調和点をなすものといいうるのであつて、同条所
定の要件の解釈並びにその要件を具備すると認むべきや否やの認定にあたつては、
常にこの点に留意し、一方において言論の自由、批判の自由を強調するの余り、他
面においてこれらの表現により不当に個人の名誉が侵害されることのないよう、適
正な解釈運用に努むべきものである。従つて、同条第一項にいわゆる「公共ノ利害
ニ関スル事実ニ係ル」場合の意義、並びにこれに該当するものと認むべきか否か
は、当該摘示事実の具体的内容、当該事実の公表がなされた相手方の範囲の広狭、
その表現の方法等、右表現自体に関する諸般の事情を斟酌すると共に、一方におい
て右表現により毀損され、又は毀損さるべき人の名誉の侵害の程度をも比較考慮し
た上、以上の諸事情を参酌するもなお且、当該事実を摘示公表することが公益上必
要又は有益と認められるか否かによりこれを決定すべきものと解するを相当とす
る。
 <要旨第三>原判決がその理由、訴訟関係人の主張に対する判断、第一の(一)に
引用する同判決理由、罪となるべき事実第三節の(一)に記載された記
事は「インチキブンヤの話F事件に暗躍した新聞記者」と題するものであつて、F
事件につき各新聞社の幹部が相当のもみ消し料を貰つているらしいが、GのB社会
部長(G新聞社社会部長Bの趣旨)もくさいと社内ではにらまれていると云う旨の
記載があるのである。よつて右記事が公共の利害に関するものと認められるか否か
につき判断すると、なる程新聞の発行は一面において公共性を有し、いわゆる大新
聞と称せられるものの言説行動が社会上重大な影響力をもつものであり、その新聞
記者が社会的重大事件に関しもみ消し料を貰つてその執筆活動を左右にすると云う
ような事はこれを抽象的に云えば公共の利害に関するものと云えないではないが、
本件記事の内容は上記のようなものであつて、既にその表題において不当な侮辱的
言辞を用いているばかりでなく、右記事の内容も不確実な漠然たる世間の噂、風聞
をそのまま伝えているものであり、このような記事をこのような表現方法を以て公
表することは世人への警告、犯罪その他の非行の予防鎮圧等社会を稗益する面にお
いて左程効果があるとは認められず、反面においてかかる侮辱的表現により漠然た
る風聞を風聞として公表されることによつて前記記事に指摘された人が被る虞ある
名誉の侵害の程度はかなり顕著なものがあると認められるので、とのような事情を
総合考察するときは判示の如き記事を摘示公表することは公益上必要又は有益とは
認めがたいものというべく、従つて、これを公共の利害に関する事実に係る場合に
は該当しないものと解するのが相当である。従つて原審が前記訴訟関係人の主張に
対する判断第一の(一)に判示したように判断したことは相当であつて、論旨は理
由がないといわなければならない。
 弁護人布施辰治の控訴趣意第三点ないし第七点について。
 右論旨は要するに原審は刑法第二百三十条の二の解釈適用を誤つた違法があると
いうのである。
 (イ) 第四点について。
 刑法第二百三十条の二にいわゆる公共の利害に関する事実と認むべきか否かの判
断は、当該記事の内容その発表の範囲、その表現の方法等諸般の事情を斟酌し、又
一方においてこれにより毀損される虞ある人の名誉の侵害の程度をも比較考量した
上右事実を摘示公表することが公益上必要又は有益と認められるか否かによつてこ
れを決定すべきものであることは、前示神道弁護人の控訴趣意第九点に対する判断
において判示したとおりであつて、所論の各事実において公表された事実は、その
記事の内容発表の範囲並びにその表現の方法等諸般の事情を斟酌し又これにより侵
害さるべき各被害者の名誉の侵害の程度とを比較考量するときは、右各記事を摘示
公表することが公益上必要又は有益であると認められる場合には該当しない。従つ
て原審がこれらの記事をいずれも公共の利害に関するものと認めなかつたことは相
当である。「H」発行の目的が原判示認定のとおりであること、又は所論の各記事
が私怨又は悪感情に出たものかどうかは、被告人等の本件所為が公共の利害に関す
るものと認むべきか否かの判断を左右するものではない。要するに原判決には所論
のような違法はないから論旨は理由がない。
 (ハ) 第六点について。
 <要旨第四>刑法第二百三十条の二によれば、刑法第二百三十条第一項の行為が公
共の利害に関するものであり且専ら公益を図る目的に出たものと認めら
れたときは裁判所は当該事実の真否の探究に入らなければならないのであつて、こ
の場合においては、裁判所は一般原則に従いその真否の取調をなすべきである。そ
してかかる取調の後その事実が真実であつたことが積極的に立証された場合に初め
て被告人に対して無罪の言渡がなされるのであつて、取調の結果右事実が虚構又は
不存在であることが認められた場合は勿論、真偽いずれとも決定が得られないとき
は真実の証明はなかつたものとして、被告人は不利益な判断を受けるものである。
かくして裁判所がこの点について諸般の証拠を取調べ、真相の究明に努力したにも
拘わらず、事実の真否が確定されなかつたときは、被告人は不利益な判断を受ける
という意味において被告人は事実の証明に関し挙証責任を負うものと云うを妨げな
い。所論は叙上の見解と異る独自の見解であつて採用し難い。原判決が真実性の挙
証責任は被告人にあるとし、被告人は事実の真実性について立証を尽していないか
ら不利益を負担しなければならないと説示したのは、裁判所が事実の真否を取り調
べたがその取調の結果によれば、各記事に記載された事実が真実であつたことは認
められず却つてそれが存在しなかつたものと認められ、被告人の挙証によつては右
認定を覆すべき事実はこれを認めることができないから、事実の証明がなかつたと
云う不利益を被告人が負担しなければならないとの趣旨であるから、叙上説示した
ところと矛盾するものではなく、また原判決が事実の証明がなかつたものと認めた
ことも記録に徴し何等不当とは認められないから論旨はすベて理由がない。
 <要旨第五>弁護士青柳盛雄の控訴趣意第二点について。
 刑法第二百三十条第一項所定の犯罪は人の名誉を害する虞あることを認識しなが
ら人の名誉を害する虞ある事実を公表することによつて成立し、所論のように同罪
が成立するためには意識的に虚偽の真実を作りあげてこれを発表すること、又は事
実の真偽を良心的に調査しないであえてこれを公表することを要するものではな
い。ただ或る事実を公表したものが、その事実を真実なりと信じ、且かく信ずるに
つき過失がなかつたものと認められる場合に限り故意の責任を阻却される場合があ
るに過ぎないのである。しかして原判決が本件所為につき被告人等が判示事実の真
実性を信ずるにつき相当の理由を有していたとは認められないと判示したことが相
当であつてこの点につき何等違法がないことは先に神道弁護人の控訴趣意第十三点
に対する判断中に説示したとおりである。従つて論旨はすベて理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 堀義次)

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