弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人一井淳治の上告理由一について。
 原判決の確定したところによれば、被上告人は、昭和三四年八月一〇日、判示和
解に基づき、上告人より本件係争の株券である訴外D電機株式会社の額面一株五〇
円の一〇〇株券一〇枚(一、〇〇〇株)を受領した。これは、和解により、被上告
人から上告人に売り渡した宅地代金五〇万円のうち、さきに支払を受けた三〇万円
を除く残金二〇万円中一〇万円の支払の担保として交付されたもので、該残金二〇
万円のうち一〇万円が約旨に従い割賦弁済されたときは、直ちに被上告人より上告
人に返還されるべきものであつた。ところが、被上告人の妻Eは、かねて訴外F商
事株式会社G支店の外務員であるHを介して相場に手を出していたところから、被
上告人より保管を託されていた右株券を、相場の変動による損害発生の危険を承知
のうえ、Hに預け、同人がIの仮名を用いて売買した商品(小豆)清算取引の証拠
金代用証券として、これを白紙委任状付でF商事に預託した。右取引は欠損に終つ
たが、HもEもこれを補填することができず翌三五年四月一二日F商事においてこ
れを他に売却して、前記欠損の立替金に充当した。そのため、被上告人は上告人か
ら約旨に従つた一〇万円の割賦弁済を受け、これにより株券を返還しなければなら
なくなつたにかかわらず、株券を返還することができなかつたというのである。以
上の事実関係によれば、本件株券の返還債務が履行不能となつたのは昭和三五年四
月一二日というべきであり、この結論は、右株券につき名義の書替がなされたのは
同年七月一一日であつたという事実によつて左右されないとした原審の判断は正当
である。これと異なる見地に立つて、民法四一五条の適用の誤りをいう所論は、採
用できない。
 同二(一)について。
 特別事情に基づく損害賠償の要件である、当事者がその事情を予見し、または、
予見しうべきであつたかどうかは、債務不履行の時を標準として判断するのが相当
である。本件において、原判決は、本件係争の昭和三五年七月二〇日の新株発行が
D電機の取締役会で決定されたのが同年六月二七日であるから、他に特別の事情の
認められない本件においては、被上告人が本件株券返還債務を履行不能ならしめた
同年四月一二日当時これを予見しえたものとすることはできないと判断したのであ
り、右判断は特別事情の予見可能性の有無の判断の標準時を誤つた違法はないもの
というべきである。所論は採用できない。
 同二(二)について。
 原判決は、本件係争の昭和三五年七月二〇日の新株発行がD電機の取締役会で決
定されたのは同年六月二七日であるから、他の特段の事情の認められない本件にお
いては、被上告人が同年四月一二日当時これを予見しえたものとすることはできな
い旨判断したのであり、右判断は是認できなくはない。
 論旨は、(a)一般に増資による新株の発行は、その元年前、あるいは、すくな
くとも増資新株の発行に関する取締役会決議の二、三ヵ月前には予想されうるもの
であり、しかも、(b)被上告人は、所論のごとく株式に関し通常人以上の経験と
知識を有する者であるから、当然、本件新株の発行を「知つていたはず」であると
いう。しかし、被上告人が本件新株の発行を予見していたとの点は上告人が第一審
以来主張しないところであるのみならず、仮りに論旨が、右(a)(b)の事実か
らすれば、予見しえたというにあるとしても、これらの事実は原審のなんら認定し
ないところであるから、これらの事実に立脚して原審の判断を云為する所論は採用
できない。
 同三について。
 被上告人が第一審判決に対する控訴により不服を申し立てたのは、上告人の本訴
請求中(イ)本件一、〇〇〇株の価格二〇万円相当の損害、(ロ)昭和三五年七月
二〇日の新株発行により上告人の取得すべかりし新株五〇〇株の価格七万五、〇〇
〇円相当の損害、(ハ)右(イ)の一、〇〇〇株および(ロ)の五〇〇株の合計一、
五〇〇株に対する利益配当金一万八、五六一円相当の損害の賠償を求める部分を認
容した第一審判決についてであり、このうち、(イ)(ロ)は、上告人みずから主
張し、被上告人も認めて争わない一株二〇〇円の割合による株価を基準とする損害
額の全部(ただし、(ロ)は、一株二〇〇円の割合による五〇〇株の価格一〇万円
から払込金額合計二万五、〇〇〇円を控除した額)が第一審判決により認容された
ものである。したがつて、もし、上告人が損害額が一株二〇〇円以上(論旨のいう
「二七七円」あるいは「二一二円以上」)であるとして該価格による賠償を求めよ
うとするならば、原審において、附帯控訴の方式により請求の拡張をなし、これに
つき原審の判断を求めて然るべきであつた。しかるに、上告人は、原審においてこ
のような措置に出ず、このため、一株二〇〇円以上の株価相当の損害額の主張も原
審に顕出されるにいたらなかつたものである。叙上のような場合、たとえ所論乙第
一号証が提出されたとしても、原審が、上告人に対し二〇〇円以上の株価相当の損
害額を主張するかどうかにつき釈明を求めることは裁判所に課せられた責務とはい
い難い。民訴法一二七条違背をいう所論は採用できない。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外

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