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裁判例


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平成12年(行ウ)第11号 損害賠償請求事件
(口頭弁論終結日 平成13年7月18日)
判          決
主          文
1 被告は,福井県に対し,金13万7600円及びこれに対する平成12年11月10日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを20分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とす
る。
事実及び理由
第1請求
   被告は,福井県に対し,556万4395円及びこれに対する平成12年11月10日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,福井県の住民である原告らが,福井県知事の職にある被告及びほか3名
の同県職員が実施した外国出張旅行に要した費用を,被告が公金から支出したの
は違法であるとして,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,旅
費に相当する556万4395円とこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損
害金の損害賠償を求めた事案である。
 1 前提事実(争いのない事実のほかは末尾に証拠を掲記した。)
  (一) 原告らは,いずれも福井県の住民である。被告は,福井県知事であり,以下の
支出について支出命令権限を有していた。
  (二) 被告,福井県秘書課長A(以下「A」という。)及び福井県国際課企画主査B(以
下「B」という。)は,平成11年10月24日から同年11月1日までの9日間,以下
の日程で海外出張旅行(以下「本件出張旅行1」という。)に行った(甲2,5の1,
乙16の1,弁論の全趣旨)。
(なお,以下とくに断らない限り,年は平成11年を指す。)
10月24日  福井発 
        関西空港発パリ経由フィレンツェ着
 (エクセルシオールホテル泊)
25日  フィレンツェ
  午前10時30分から12時00分まで
  フィレンツェ産業連盟訪問
  午後2時00分から午後5時30分まで
        フィレンツェ市内視察調査
  (エクセルシオールホテル泊)
26日  フィレンツェ発ピサ着
午前11時30分から12時00分まで
ピサ斜塔視察
        ピサ発ミラノ着
  (プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル泊)
27日  ミラノ発クレモナ着
午前10時15分から午前11時30分まで
  クレモナ楽器製作所視察
       クレモナ発ミラノ着
   午後3時00分から午後3時20分まで
ジェトロ・ミラノ・センター(県ミラノ事務所)訪問
午後4時00分から午後4時45分まで
 鯖江市ミラノ事務所開所式出席
午後5時00分から午後5時20分まで
シャルマン・イタリア(眼鏡フレーム卸売業)視察
 午後7時30分から午後9時30分まで
 鯖江市ミラノ事務所開所記念パーティー出席
 (プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル泊)
28日  ミラノ発ハンブルク着
  (ルネッサンスホテル泊)
29日  
午前10時30分から午前11時00分まで
在ハンブルク日本国総領事館公邸訪問
午前11時30分から午後1時00分まで
福井県日独友好親善協会訪独団との結団式出席
        ハンブルク発ヴィンゼン着
午後3時30分から午後4時45分まで
 D氏(ヴィンゼン独日協会名誉会長)宅訪問
午後5時00分から午後6時30分まで
ハールブルク郡長,ヴィンゼン市長及びヴィンゼン独日協会会
長らを交えた夕食会
午後7時30分から午後10時30分まで
 福井県とドイツ連邦共和国ハールブルク郡及びヴィンゼン市と
の友好協定(以下「本件友好協定」という。)調印式(福井
県,ハールブルク郡及びヴィンゼン市の各首長による調
印)出席
 (シュトヒネスホテル泊)
30日  
午前10時00分から午後1時00分まで
福井県日独友好親善協会とヴィンゼン独日協会との交流会へ
の参加
            ヴィンゼン発ハンブルク経由フランクフルト着
     (シュロスホテルクロンベルク泊)
31日 フランクフルト発
     (機内泊)
11月 1日関西空港着 
            福井着
  (三) 福井県県民生活部長C(以下「C」という。)は,10月24日から11月3日までの
間,以下の日程で,海外出張旅行(以下「本件出張旅行2」という。)に行った(甲
2,5の1・2,乙16の1・2,弁論の全趣旨)(なお、「本件出張旅行1」及び「本件
出張旅行2」とを併せて以下「本件出張旅行」という。)。
      10月24日ないし同月29日までの日程は本件出張旅行1と同じである。 
       10月29日  ハンブルク
    (ルネッサンスホテル泊)
30日  ハンブルク発フランクフルト経由ローテンブルク着
午前11時00分から午後5時30分まで
ドイツ連邦共和国(ローテンブルグ市,古城街道,ロマンティッ
ク街道)の現地調査等
(アルテスブラウハウスホテル泊)
31日  ローテンブルク発ミュンヘン経由アムステルダム着
 (シェラトンアムステルダムホテル泊)
 11月 1日アムステルダム発ハーグ着
午前10時00分から午前10時30分まで
ハーグ市の在オランダ日本大使館の表敬訪問
午後2時00分から午後3時00分まで
ハーグ市のE氏(弟)宅訪問
午後7時00分から午後9時00分まで
E氏兄弟とライデン大学の関係者を交えた夕食会に出席
(ホテルソフィテルデンハーグ泊)
2日  ハーグ発ユトレヒト着
午前10時00分から午前11時00分まで
ユトレヒト市のオランダボランティアセンターを表敬訪問
ユトレヒト発アムステルダム着
(機内泊)
3日  関西空港着 
                 福井着
  (四)(1) 本件出張旅行の旅費支出金額は,被告分が214万6470円,A分が114
万4155円,B分が109万3640円,C分が118万0130円の合計556万4
395円であった(甲2,6の1ないし5,7の1ないし5,8の1・2,9,10,11の
1・2,12,13の1・2,14,15,16の1・2)。
  (2)なお,そのうち本件出張旅行にかかる被告分,A分,B分及びC分の各宿泊
料及びその規定額は以下のとおりであった(甲2,7の5,8の1・2,乙1ないし
6,乙21の1・2)。
    (ア) まず,被告分は,規定額が16万9400円(1泊2万4200円×
     7日)のところ,増額調整がされて(シュトヒネスホテルを除く。),合計57万200
0円となった(内訳は下記のとおり。)。
エクセルシオールホテル(2泊)       21万6000円
   ジュニアスウィートルーム 1泊10万8000円×2泊
プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル(2泊) 21万2000円
   ジュニアスウィートルーム 1泊10万6000円×2泊
ルネッサンスホテル(1泊)          5万8000円
   ジュニアスウィートルーム 1泊 5万8000円×1泊
シュトヒネスホテル(1泊)          1万8000円
   デラックスルーム     1泊 1万8000円×1泊
シュロスホテルクロンベルク(1泊)      6万8000円
   ジュニアスウィートルーム 1泊 6万8000円×1泊
    (イ) 次に,A分は,規定額が13万1600円(1泊1万8800円×7日)のところ,
増額調整がされて(ルネッサンスホテル及びシュトヒネスホテルを除く。),
合計23万2000円となった(内訳は下記のとおり。)。
エクセルシオールホテル(2泊)        8万4000円
    シングルルーム      1泊 4万2000円×2泊
プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル(2泊)      9万円
    シングルルーム      1泊 4万5000円×2泊
ルネッサンスホテル(1泊)          1万8000円
    シングルルーム      1泊 1万8000円×1泊
シュトヒネスホテル(1泊)            8000円
    シングルルーム      1泊   8000円×1泊
シュロスホテルクロンベルク(1泊)      3万2000円
    シングルルーム      1泊 3万2000円×1泊
 (ウ) さらに,B分は,規定額が11万2700円(1泊1万6100円×7日)のところ,
増額調整がされて(シュトヒネスホテルを除く。)合計23万2000円となった
(内訳は下記のとおり。)。
エクセルシオールホテル(2泊)        8万4000円
     シングルルーム      1泊 4万2000円×2泊
プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル(2泊)      9万円
     シングルルーム      1泊 4万5000円×2泊
ルネッサンスホテル(1泊)          1万8000円
     シングルルーム      1泊 1万8000円×1泊
シュトヒネスホテル(1泊)            8000円
     シングルルーム      1泊   8000円×1泊
シュロスホテルクロンベルク(1泊)      3万2000円
     シングルルーム      1泊 3万2000円×1泊
 (エ) C分は,規定額が9万4000円(1泊1万8800円×5日)の
     ところ,増額調整がされて(ルネッサンスホテルを除く。),10月24日から同月2
8日までの間の分については,合計19万2000円となった(内訳は下記の
とおり。)。
エクセルシオールホテル(2泊)        8万4000円
     シングルルーム      1泊 4万2000円×2泊
プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル(2泊)      9万円
     シングルルーム      1泊 4万5000円×2泊
ルネッサンスホテル(1泊)          1万8000円
     シングルルーム      1泊 1万8000円×1泊
  (五)  原告らは,平成12年8月4日,福井県監査委員に対し,地方自治法242条1
項による住民監査請求を行ったところ,同年9月29日,同委員は,請求の理由
がないとして同請求を棄却した。
      その通知は,同月30日原告のもとに到達した(弁論の全趣旨)。
 2 争 点
  (一) 本件出張旅行には公務性が認められるか。
【被告の主張】
     本件出張旅行は,ファッションタウン構想推進事業調査,鯖江市ミラノ事務所
開所式等への出席,友好協定締結,国際青年の船及び国際婦人の船事業の再
構築にかかる現地調査などの数多くの重要な公務を遂行するために行われたも
のであり,公務性が認められる。
     また,本件出張旅行のように複数の都市で数多くの公務を遂行する場合,移
動に時間を要したり,訪問先の都合により空き時間が生じることはやむを得な
い。訪問先の都合や不慮の事故等による日程変更に備えて日程にある程度の
余裕を持たせておくことは公務の円滑な遂行を期す上で当然である。
      なお,本件出張旅行中のピサの斜塔及びクレモナ楽器製作所の見学につい
ては,見学に要した費用は被告らが個人で負担し,県費は用いていない。また,
被告は,夫人を本件出張旅行に同行したが,その同行費用は夫人に負担せし
め,県費は用いていない。
      さらに,国際交流や外国との経済交流を推進するためには現地に赴いて直接
調査しなければ得られないことが多く,人間関係を構築するためには直接会って
信頼を得ることが不可欠であり,文書照会等では足りない。
     以上のように,本件出張旅行は,県政及び被告らの職務と密接に関連した公
務であり,必要性・合理性を有している。
  【原告らの主張】
   本件出張旅行は,以下のとおり,観光旅行の域を出ない,公益性の乏しいもので
ある。
   (1)   まず,本件出張旅行の行程の中で,多くの時間は観光と差異のない調査や
移動,自由時間に費やされており,行程全体を見るとき,本件出張旅行は,一
般の観光旅行の域を出ないのであり,本件出張旅行に公費を支出することは
違法である。
       すなわち,10月25日については,午前11時から12時までのフィレンツェ
産業連盟を訪問したこと以外は単なる観光であり,公務とは認め難い。詳細
な視察結果報告書すら存在しない。
        同月26日については,被告らは,フィレンツェからピサの斜塔を経由してミ
ラノまでの旅程を楽しんだものであり,全くの観光旅行である。
        同月27日については,被告は,自らの私的な嗜好のため,クレモナ楽器
製作所に出かけた。同日午後3時以降の訪問等は一応公務と認められるが,
同日もその多くの時間を観光に費やしている。
        同月28日については,同日午後2時40分にミラノ空港を出発するまでミラ
ノ市内で過ごし,同日午後5時半にハンブルクのルネッサンスホテルに到着し
たものであり,全くの観光旅行である。
        同月29日については,被告らはその大半を公務で過ごした。
        同月30日については,多くの時間は観光旅行であった。
       また,その後のCの本件出張旅行2においても,10月30日は,古城街道,
ロマンティック街道を観光して回ったに過ぎず,この行程について調査結果は
提出されているものの,視察しなくても調査可能な事項ばかりである。
        同月31日も同様であり,ローテンブルクを出発し,ミュンヘンからアムステ
ルダムまで観光地を巡って回っただけであり,調査結果もない。
        11月1日については,公務らしいことはしているが,内容は粗末なもので
ある。
        同月2日については,午前10時から午前11時までのボランティアセンター
訪問以外は移動しているだけである。
       以上のように,被告らの旅程はそのほとんどが観光旅行であり,公務とは
言い難く,旅程全体の公務性を認めるには足りず,公費の支出全体が違法と
いうべきである。仮にそうでなくても,公務性が認められない部分への公費支
出は違法である。
  (2)   また,本件出張旅行の中で公務といい得るものについては,いずれもその
必要性・合理性や目的との均衡を欠いており,違法である。
   (ア)  本件出張旅行1に関しては,フィレンツェ産業連盟訪問については,文書
照会をすれば足りたものであり,被告が出かけ
       意見交換する必要性はなかった。
        福井県ミラノ事務所訪問については,わずか20分の挨拶に立ち寄っただ
けであり,必要性は存しない。
        鯖江市ミラノ事務所開所式,同事務所開所式記念パーティーについても,
被告が行かなくてはならない必然性は存しない。
        シェルマン・イタリア訪問については,被告の主張からもその必要性は認め
られない。
        在ハンブルク日本国総領事表敬,福井県日独友好親善協会訪独団結団
式についても,独自の目的となりうるものではなく
       本件友好協定調印に付随するものに過ぎない。
        本件友好協定締結については,当該時期にかかる協定を締結する必要性
を見出し難い。
        D氏宅訪問についても,独自の必要性はない。
    (イ)   本件出張旅行2に関しては,在オランダ日本大使館表敬については,文
書での協力要請でも足りたはずであり,必要性は認められない。
         E氏宅表敬やライデン大学関係者との夕食会も必要性はなかった。 
         ボランティアセンター表敬については,文書交換でも足りたことであり,あ
えて訪問する必要性はなかった。
       よって,本件出張旅行は,いずれも必要性に乏しく,そのために公費の支
出をすることは違法である。
  (二) 本件出張旅行に係る旅費は著しく高額か。
【被告の主張】
      本件出張旅行にかかる旅費(以下「本件旅費」という。)は,福井県一般職の
職員等の旅費に関する条例(昭和25年福井県条例第46号,以下「一般職旅費
条例」という。)及び福井県特別職の職員の給与および旅費に関する条例(昭和
29年福井県条例第3号,以下「特別職旅費条例」という。)に基づき適正に算定
されたものであり,宿泊料の調整についても十分な合理性があるものである。
     すなわち,福井県職員が公務により海外へ出張する際の旅費は,一般職の職
員については,一般職旅費条例34条ないし37条に基づいて算定され,特別職
の職員については,特別職旅費条例附則3項により,一般職の職員の規定に準
じる(要領等の規程はないが,原則として,国家公務員等の旅費に関する法律
の規定に基づき算出するものとし,この場合,知事は内閣総理大臣等《その他
の者》の職に該当するものとして取り扱われている。)。そして,本件出張旅行に
かかる旅費は,被告分については特別職旅費条例,A,B及びC分については
一般職旅費条例に基づいて算定される。
      また,宿泊料については,一般職旅費条例38条2項及び知事の事務部局等
の職員等の旅費取扱規程(平成10年福井県訓令第1号,以下「旅費取扱規程」
という。)16条3項に基づき,以下の「特別の事情」により増額調整が行われて
いる。
      すなわち,①イタリア共和国及びドイツ連邦共和国の都市部の治安が日本と
比べて注意を要する状況にあること,②日程を円滑に遂行するためには,宿泊
するホテルは訪問先に近く,また,空港等の主要交通拠点にアクセスしやすい
位置にあることが必要であること,③日程を円滑に進めるための打合せ(スケジ
ュールの確認,行事内容の確認等)や県との綿密な連絡を取るための打合せ
(原子力安全対策に関すること,JR小浜線の電化に関すること,人事や組織に
関すること等)を行う必要があること(宿泊施設に執務室を確保しておくことは,
知事という立場にある被告としてとるべき危機管理の一つである。)から,寝室と
は別に執務室を確保する必要があること等の「特別の事情」により増額調整が
行われた。
     そして,被告が宿泊するホテル及び部屋のクラスの選定については,上記①
ないし③を考慮して候補となるホテルを抽出し,その中で宿泊料金が一番低額
なものを選定した(ただし,ヴィンゼン市においては,同市に宿泊する必要があ
り,外国人旅行者が一般的に利用するホテルは,現に宿泊したホテルのみであ
った。)。また,執務室を確保できる部屋のクラスは,スウィートクラスに限定され
るが,その中で最も低額なジュニアスウィートルームを選定した。他方,被告に
随行する職員は,被告との打合せ及び被告と県庁間との連絡調整事務に支障
を来すことのないよう,被告と同じホテルに宿泊する必要があり,ホテルの部屋
のクラスは,最も低額なシングルルームを選定した。
     なお,これら宿泊料については,一般職旅費条例38条2項,旅費取扱規程1
6条3項に基づき,平成11年10月8日付け人第991号及び同日付け人第991
-2号により承認されている。
     よって,経費については,その金額には十分な合理性があり,県条例等の手
続にしたがって適正に支出されたものである。
  【原告らの主張】
     本件出張旅行の旅費支出金額は,合計556万4395円に上り,通常の海外
出張旅行に要する金額に比して高額に過ぎる。特に,宿泊料は,何ら合理的理
由もなく規定額を大幅に上回る額が支出されており,通常要する金額以上の支
出は違法である。
     まず,増額調整すべき「特別の事情」の検討は甚だ不十分である。すなわち,
規定額以内で宿泊できる施設についての資料やその施設に宿泊したのでは出
張の行程に支障を来すことの具体的な問題点についての資料は一切ない。単
に犯罪の発生率がかなり高いので常時玄関にドアマンが配置されている必要が
あるからという,極めて漠然とした理由で最高級ホテルであることが決められ,
打合せや多量のファックスを処理するための執務場所の確保が必要であるとい
う,極めて非現実的な理由でスウィートクラスの部屋でなければならないと決め
られている。
     そして,執務室を確保する必要性については,被告が打合せ事項として挙げ
るもののうち,本件出張旅行の行程の中で必然的に生じる事項は,スケジュー
ル及び挨拶事項の確認程度であり,執務室のあるジュニアスウィートルームに
宿泊する必要性はない。
     また,広い部屋を確保するということは危機管理に直結するものではなく,両
者の間に合理的関連性はない。ビジネスホテル,あるいはスタンダードタイプの
部屋であっても,3,4名でミーティングを行ったり書類に目を通すことは十分に
可能である。スウィートタイプの部屋は執務を行うのに特別に便利ではない。
     結局,被告が宿泊料として費消した57万2000円のうち,規定額である16万
9400円(2万4200円×7日)を超える部分は,安全性や執務上の必要性とは
無関係な,高級感,贅沢さ,豪華さを満喫するために費やされているのであっ
て,宿泊料の増額調整は裁量権の範囲を逸脱したものであり,違法である。
     そして,本件出張旅行に同行したA,B及びCの各宿泊料の増額調整について
は,被告との打合せや連絡等の必要上,被告と同じホテルに宿泊した結果,宿
泊料が規定額以内に収まらなかったものであり,上記3名の各宿泊料の増額調
整も裁量権の範囲を逸脱したものであり,違法である。
  (三) 本件支出についての被告の責任について。
  【被告の主張】
     県において知事の権限に属する事務で本庁において処理するもののうち,旅
費の予算執行及び旅費の支出命令に関することについては,福井県事務決裁
規程(昭和50年福井県訓令第3号,以下「事務決裁規程」という。)3条により,
課(室)長補佐の専決事項と規定されており,被告は,旅費の予算の執行及び
旅費の支出命令に関する事務については決裁をしていない。
     また,一般職旅費条例38条2項に係る「特別の事情の認定」及び「宿泊料の
決定」の権限並びに旅費取扱規程16条3項に係る「特別の事情の認定」及び
「宿泊料の決定」の権限については,事務決裁規程別表により,職員等の給与,
手当および旅費に関する事項のうち,特別職の職員の外国旅行の旅費に関す
ることは総務部長の専決事項と定められている。
      そして,被告は,従前から行政運営及び予算執行の適正化について,職員に
指示をしてきたところであり,地方公共団体の長としての指揮監督上の義務は果
たしてきたものであり,被告は,旅費の支出命令に関する専決権を有する職員
が本件旅費の支出という財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監
督上の義務に違反しておらず,損害賠償責任を負わない。
第3 争点に対する判断
 1 争点1について(本件出張旅行には公務性が認められるか。)
    地方公共団体の事務を処理するに当たっては最小の経費で最大の効果を挙げ
るようにしなければならず(地方自治法2条13項),その経費は目的を達成するた
めの必要かつ最小の限度をこえて支出してはならない(地方財政法4条1項)とさ
れており,そのような法の趣旨を踏まえるならば,本件出張旅行も,その内容がそ
の目的・効果等に照らして社会通念上相当な範囲内にあることが必要であり,上記
判断は第一次的には予算の執行権限を有する財務会計職員の社会的,政策的又
は経済的見地からする裁量に委ねられているものと解される。
     そこで、以下,本件出張旅行が社会通念上相当な範囲内のものと評価できるか
どうかについて検討する。                      
(一)フィレンツェ訪問について(本件出張旅行1)
  福井県は,昭和63年、平成12年度を目標年次とする新長期構想「福井21世
紀へのビジョン」を策定したが,その一環として、地域産業である繊維産業の活
性化を図るべく,ファッションタウン構想(地場産業の振興と生産地の活性化を結
びつけた街づくりのことであり,産地が地域の産業,歴史,文化,自然環境等を
融合させ個性ある街づくりを行うことにより,単なる生産基地から脱却して個性
的で新しいファッションの発信基地となることを目指すもの)の推進を掲げており
(乙7ないし9),他方、フィレンツェは,代表的なファッションタウンのひとつとして
位置づけられている(乙10)。
  そこで,福井県知事である被告は,A,B及びCとともに,ファッションタウン構想
推進事業の調査(フィレンツェ市の都市景観《街づくり》,都市景観と地場産業の
融合状況,地場産業の情報発信状況等の調査)をする目的で,上記のとおり,フ
ィレンツェ訪問(フィレンツェ産業連盟訪問,フィレンツェ市内視察調査)を実施し
た(乙7ないし10,11の1・2,弁論の全趣旨)。
  なお,フィレンツェ産業連盟国際局長は,2000年1月20日付けの福井県知事
である被告宛ての手紙において、同連盟が福井県のファッションタウン構想の推
進に協力する旨述べるに至っている(乙11の1・2)。
(二)ミラノ訪問について(本件出張旅行1)
  福井県知事である被告及び同県県民生活部長であるCは,いずれも,鯖江市
長から,9月9日付「鯖江市ミラノ事務所開所式について(御案内)」と題する書面
で,10月27日の鯖江市ミラノ事務所(鯖江市が眼鏡をはじめとする地場産業等
の販路拡大及び先端情報の収集を目的としてミラノ市に設置する事務所)開所
式に出席するよう依頼を受けた(乙12の1・2)。
  そこで,被告は,A,B及びCとともに,鯖江市ミラノ事務所開所式に出席して,
福井県と鯖江市との協力関係をアピールするとともに,同県ミラノ事務所と関係
のあるミラノ市の経済界の関係者等に直接支援要請を行うなどの目的で,上記
のとおり,ミラノ訪問(県ミラノ事務所訪問,鯖江市ミラノ事務所開所式出席,シャ
ルマン・イタリア視察,鯖江市ミラノ事務所開所記念パーティー出席)を実施した
(乙12の1・2,弁論の全趣旨)。
(三) ハンブルク,ヴィンゼン市訪問について(本件出張旅行1)
  福井県知事である被告は,A,B及びCとともに,本件友好協定(福井県,ハー
ルブルク郡及びヴィンゼン市が積極的に協力し,交流していくことを誓い合うも
の)を締結するなどの目的で,上記のとおり,ハンブルク,ヴィンゼン市訪問(在
ハンブルク日本国総領事館公邸訪問,福井県日独友好親善協会訪独団との結
団式出席,D氏宅訪問,ハールブルク郡長等を交えた夕食会出席,本件友好協
定調印式出席,福井県日独友好親善協会とヴィンゼン独日協会との交流会へ
の参加)を実施し,被告は、福井県を代表して,ハールブルク郡長やヴィンゼン
(ルーエ)市長とともに「福井県及びハールブルク郡・ヴィンゼン市(ルーエ)の友
好協定書」に署名した(乙13,14,弁論の全趣旨)。
(四)Cのドイツ連邦共和国及びオランダ王国訪問について(本件出張旅行2)
  福井県県民生活部においては,県民生活の向上に関する事項,国際交流に
関する事項,青少年および女性政策に関する事項等の事務をつかさどっており
(乙24),同部長であるCは,国際青年の船事業(積極的な社会参加意欲を持っ
た青年を育成し,様々な体験を持つ地域の青年リーダーの養成を行うことを目
的として,海外での生活体験やボランティア等の社会参加活動経験の充実を図
る)及び国際婦人の船事業(時代の要請に応えた男女共同参画社会の形成を
推進する地域の女性リーダーの養成を行うことを目的として,男女共同参画や
環境保護,福祉等についての諸外国の取組みを学ぶための現地女性団体との
意見交換等の充実を図る)の再構築にかかる現地調査及び協力要請等を行う
目的で,上記のとおり,10月30日から11月2日までの間,ドイツ連邦共和国及
びオランダ王国での現地調査等(ドイツ連邦共和国の現地調査等,在オランダ
日本大使館の表敬訪問,E氏宅訪問,E氏兄弟とライデン大学の関係者を交え
た夕食会への出席,オランダボランティアセンターの表敬訪問)を実施した(乙2
2,23,弁論の全趣旨)。
(五)  なお,C及びBは,本件出張旅行1について,連名で11月24日付復命書を作
成して福井県知事である被告に提出し,Cは,本件出張旅行2のうち10月30日
以降に係る部分について,他2名と連名で11月29日付復命書を作成して福井
県知事である被告に提出しているが,いずれについてもその記載内容は相当程
度具体的であった(乙16の1・2)。
(六)検 討
  上記前提事実によれば,本件出張旅行は,出張先の大部分が観光地あるい
は観光名所といわれる場所であること,約1週間以上に及ぶ日程であり,その費
用も被告は200万円,同行した県職員も一人当たり100万円を超えていること
など,福井県の厳しい財政状況に照らして(甲18ないし20),その実体が適切
なものといえるかどうか疑義を生じさせる側面もないではない。
  しかしながら,近年の社会生活の発展と複雑化に伴い,地方行政の機能もま
た多様化,複雑化しており,これに対応する県の行政施策の充実のためには,
幅広く国内外との協力・連携を図ることが必要であることは否定できず,また,そ
れに付随して,県知事である被告及びこれを補助する県職員が広く国内外の実
情に通じてその見識と能力を高めることも必要であり,それがひいては住民の利
益にも繋がると考えられる。
  そして,上記認定事実によると,被告,A,B及びCは,上記のとおり,いずれも
正当かつ多様な目的を持って各地を訪問して,本件出張旅行を実施しており,
同旅行は,長期的に福井県の行政施策を実施していく上で有益であるともいえ
る。
      これに対し,原告らは,上記のとおり,本件出張旅行の行程の中で,多くの時
間は観光と差異のない調査や移動,自由時間に費やされており,行程全体を見
るとき,本件出張旅行は一般の観光旅行の域を出ない,公益性の乏しいもので
あるなどと主張する。しかし,上記の本件出張旅行の各目的に照らすと,単に本
件出張旅行の行程に各都市の著明な観光地や施設の見学等が盛り込まれ観
光的要素が含まれるからといって,直ちに本件出張旅行の各都市の訪問が専ら
私的な観光旅行であると評価することはできない。
  また,原告らは,上記のとおり,本件出張旅行の各行程の必要性を否定する。
しかし,本件出張旅行の各行程にはそれぞれ上記の目的が存するものであり,
また,原告らが指摘する上記各行程の必要性については,その実施結果が直ち
に県の行政施策に反映できるものでなければならないわけではなく,中長期的
な視点から県に利益をもたらすと思われるものについても,その必要性を否定す
ることはできない。そして,本件出張旅行の行程の中には,県知事である被告自
らが現地に行かなければならない行事もあった(特に,本件友好協定について
は,ハールブルク郡及びヴィンゼン市の各首長が調印しているのであり,県知事
である被告が直に現地に赴いて調印することが同郡及び同市との関係上必要
不可欠であったといえる。)。さらに,今後,被告らが本件出張旅行で訪問した各
都市や各団体等の福井県への協力及び支援を要請するためには,文書照会あ
るいは文書交換のみに頼るよりも県知事である被告が相手方と直接会って上記
要請をする方が効果的であることは明らかであるから,原告らの主張は失当で
ある。
      また,原告らは,本件出張旅行の日程で公務の入っていない時間が多いこと
を指摘するが,相手方の予定の変更等万一の事態に備えて,同旅行の日程に
ある程度時間的余裕を持たせておくことには相応の合理性があるといえなくもな
く,原告らの上記指摘は当を得ない。
      そして,被告,A,B及びCは,本件出張旅行の目的とは直接関係のないピサ
の斜塔見学及びクレモナ楽器製作所視察等については,いずれも費用を自己
負担しており,また,被告は,本件出張旅行1に妻を同行させているが,その旅
費は妻に負担せしめていることが窺われる(弁論の全趣旨)。
   以上の点を総合考慮すると,本件出張旅行が社会通念上相当性を欠いている
とまでいうことはできず,本件出張旅行には公務性が認められるというべきであ
る。
 2 争点2について(本件出張旅行に係る旅費は著しく高額か。)
(一) 宿泊料について
 (1) 関係条例等
別紙のとおり
(2)   福井県職員が公務により海外へ出張する際の旅費は,一般職の職員につ
いては,一般職旅費条例34条ないし37条により算定され,同条例34条によ
り国家公務員等の旅費に関する法律の適用を受ける国家公務員等に支給さ
れる外国旅行の旅費の例によるとされており,特別職の職員については,特
別職旅費条例附則3項により,一般職の職員の規定に準じることとされてい
る。
       そして,本件旅費のうち被告分については,同人が特別職であることから,
特別職旅費条例附則3項により,一般職の職員の規定に準じることとされ,そ
のうち,宿泊料については,特別職旅費条例附則3項,一般職旅費条例34
条,国家公務員等の旅費に関する法律35条1項により,規定額は一泊につ
き2万4200円となる(なお,この場合,知事である被告は,「内閣総理大臣
等」のうち「その他の者」の職に該当するものとして取り扱われる。)。また,本
件旅費のうちA,B及びC分については,同人らがいずれも一般職であること
から,一般職旅費条例34条ないし37条に基づいて算定され,そのうち,宿泊
料については,一般職旅費条例34条,国家公務員等の旅費に関する法律3
5条1項,国家公務員等の旅費支給規程16条ないし18条により,A及びC分
については,Aが行政職9級,Cが行政職11級であることから(乙21の1・2
参照),規定額はいずれも一泊につき1万8800円,B分については,Bが行
政職5級であることから(乙21の2参照),規定額は一泊につき1万6100円
となる。
       ただし,一般職旅費条例38条2項には,「旅行者がこの条例の規定による
旅費により旅行することが当該旅行における特別の事情によりまたは当該旅
行の性質上困難である場合には,この条例の規定による旅費に代えて,人事
委員会と協議して定める旅費を支給することができる。」と規定され,旅費取
扱規程16条3項には,「職員が外国旅行において宿泊する場合で,目的地の
治安状況その他当該外国旅行における特別の事情があると知事が認めると
き。 知事がそのつど定める宿泊料」と規定されていることから,被告の宿泊
料については,特別職旅費条例附則3項,一般職旅費条例38条2項及び旅
費取扱規程16条3項に基づき,A,B及びCの各宿泊料については,一般職
旅費条例38条2項及び旅費取扱規程16条3項に基づき,9月20日付で「特
別の事情」に基づく旅費の増額調整の申請がなされ(乙21の1,2),いずれ
も10月8日付「旅費の調整について(承認)」で総務部長により承認された(甲
8の1・2)。
   (3)(ア)  上記のとおり,被告の宿泊料は,一泊につき基本額は2万4200円とさ
れ,「目的地の治安の状況その他」特別の事情があるときに初めて増額調
整ができるとされているのであるから,増額調整が恣意に流れることを防止
するためにも,その額は全くの自由な裁量権に委ねられたものではなく,具
体的かつ客観的に認められる事由に基づき,原則として基本額を大幅に超
えることのない範囲で調整すべきものというべきである。
         そこで,以下,本件旅費のうち宿泊料につき「特別の事情」があるとして増
額調整をした点に裁量権の逸脱があるか否かにつき検討する。
  (イ)   乙17,乙21の1・2,弁論の全趣旨によれば,被告の宿泊先として,上記
ホテルのジュニアスウィートルーム等が選定され,宿泊料の増額調整が上
記のとおり行われた理由・経緯は以下のとおりであることが認められる。
     すなわち,本件出張旅行の訪問先であるイタリア,ドイツは日本に比べる
と犯罪の発生率がかなり高く,ホテルの選定に当たっては,料金面よりも安
全面を重視せざるを得ないことから,常時玄関にドアマンが配置され不審
者を排除するなど犯罪に対し十分な対策が講じられているホテルを選定す
る必要があること,及び,訪問中のスケジュールを円滑に進めるため知事
である被告等を交えた打合せや,県から送付されてくる多量のファックスを
処理するための執務場所の確保が必要なため,被告の部屋としては寝室
とは別に1室ある部屋(スウィートクラス)を選定する必要があるとされた。
         そこで,まず,フィレンツェにおいては,ファッションタウン構想推進事業調
査及びフィレンツェ産業連盟を訪問するため,市中心部に近いホテルが適
当であるとの理由で,エクセルシオール,グランド,ビラ・メディチの各ホテ
ルが候補として挙げられ,市中心部に最も近く,料金も安いとの理由で,エ
クセルシオールホテルが選定された。
         また,ミラノにおいては,候補としてプリンチペ・ディ・サヴォイア,フォーシ
ーズン,パレスの各ホテルが挙げられたが,鯖江市ミラノ事務所開所記念
パーティーに出席するため,移動時間,経費及び鯖江市関係者と打合せを
行うことなどを考慮すると,鯖江市関係者も宿泊し,上記パーティー会場と
なるホテルが適当であるとの理由で,プリンチペ・ディ・サヴォイアホテルが
選定された。
         さらに,ハンブルクでは,訪問先である日本国総領事館に近いホテルが
適当であるとの理由で,ルネッサンス,フィヤー・フィーツァイツェン,アトラン
ティックの各ホテルが候補として挙げられたが,訪問先である日本国総領
事館から近く,料金も安いとの理由でルネッサンスホテルが選定された。
         ヴィンゼン市では,同市の人口が3万人程度であり,安全でかつ知事であ
る被告の宿泊先として比較的広い部屋を持つホテルは同市内で一つだけ
であること,儀礼上及び日程の都合上同市外のホテルに宿泊することは適
当でないことから,シュトヒネスホテルが選定された。
         そして,フランクフルトでは,移動のための宿泊であるので,空港との往復
に便利なホテルが適当であるとの理由で,シュロス,インターコンチネンタ
ル,マリオットの各ホテルが候補として挙げられたが,空港からの往復に便
利であるとの理由でシュロスホテルクロンベルクが選定された。
(ウ)   他方,甲17によれば,フィレンツェでは,エクセルシオールホテル(五つ
星)から車で約3分の距離の所にコンチネンタルホテル(四つ星)が存し,同
ホテル入口付近に設けられた受付には常時レセプショニストとポーターが
配置され,同ホテルのスタンダードタイプのツインルームは1泊1万6000
円であり,添付図面及び写真からは,上記客室内で数名で打合せをするに
は十分な広さがあることが認められる。また,ミラノでは,ホテルプリンチペ・
ディ・サヴォイア(五つ星)から車で約3分の距離の所にホテルセンチュリー
タワー(四つ星,1泊1万1200円),車で約4分の距離の所にホテルミケラ
ンジェロ(四つ星,1泊2万4000円)がそれぞれ存し,いずれのホテルも,
その入口付近に設けられた受付には常時レセプショニスト及びポーターが
配置されており,添付図面及び写真からは,いずれの客室も数名で打合せ
を行うには十分な広さがあることが認められる。さらに,ハンブルクでは,ル
ネッサンスホテル(五つ星)は,受付にレセプショニスト及びポーターが配置
されており,添付図面及び写真からは,スタンダードツインタイプの部屋(1
泊2万1200円)でも数名で打合せを行うには十分な広さがあることが認め
られる。そして,フランクフルトでは,シュロスホテルクロンベルクは,フラン
クフルト空港から車で約30分の距離の所にあるのに対して,ホテルノボテ
ルフランクフルトエシュボーンは,同空港から車で約20分の距離の所にあ
り,同ホテルの受付には常時複数名のレセプショニストが配置されている
上,添付図面及び写真からは,そのスタンダードタイプの部屋(1泊2万70
0円)は数名で打合せを行うには十分な広さがあることが認められる。
         上記の各事実によると,被告が訪問した各都市には,被告が宿泊した上
記各ホテル以外に,規定額の範囲内で宿泊でき,かつ,数名で打合せを行
うことが十分可能な広さの部屋のあるホテルが存することが認められる。
(エ)   そこで,以上を前提として,被告らの宿泊先として上記各ホテルが選定さ
れたことに合理性が認められるか否かについて検討する。
         まず,安全面を重視し,常時玄関にドアマンが配置され不審者を排除す
るなど犯罪に対し十分な対策が講じられているホテルを選定する必要があ
ることから,被告らの宿泊先としてエクセルシオールホテル(五つ星),プリ
ンチペ・ディ・サヴォイアホテル(五つ星),ルネッサンスホテル(五つ星)及
びシュロスホテルクロンベルク(五つ星)がそれぞれ選定されたことについ
ては,被告の社会的地位とこれに対応した安全の確保という点を重視する
と一応の合理性が認められる。特に,プリンチペ・ディ・サヴォイアホテルに
おいては,上記鯖江市ミラノ事務所開所記念パーティーが開催されたもの
であり(甲2,乙16の1),被告,A,B及びCの宿泊先として同ホテルが選
定されたことには,一般通念に照らしても,やむを得ない事由があったとい
うことができる。
         しかし,他方,上記のとおり,被告の妻を別とすれば,本件出張旅行で被
告に同行したのはA,B及びCの3名であったこと,同旅行中の打合せ事項
は,差し当たり,スケジュールの確認,行事内容の確認及び県庁から送ら
れてくる情報についての協議程度であったこと,その打合せ時間は,日によ
って異なるが,朝は20分ないし30分程度,夜は30分ないし1時間程度に
過ぎなかったこと(弁論の全趣旨),県庁から送られてくるファクシミリ通信
はいずれのホテルでも受付において扱い,直接各部屋で扱えるものではな
いこと(甲17),被告は,ヴィンゼン市ではシュトヒネスホテルのデラックス
ルームに宿泊しており,同ホテルでも特段の支障もなく打合せができたこと
(甲2)などからすると,被告が宿泊する部屋として宿泊料のより低額な通
常クラスの部屋を選定することについて十分具体的な検討をなさないまま
ジュニアスウィートルームを選定した点については,裁量権の逸脱の有無
を検討すべきである。
         他方,A,B及びCが上記各ホテルに宿泊したことについては,被告が宿
泊するホテルと同じホテルに宿泊する必要があり,被告の宿泊先として五
つ星ホテルである上記各ホテルが選定されたことに合理性があると認めら
れることに照らすと,合理性があり,裁量権の逸脱があったとは認められな
い。
    (オ)   そこで,被告が宿泊するホテルの部屋の選定につき,裁量権の逸脱の
有無を検討するに,上記のとおり,被告の宿泊料につき明確な基本金額を
定めて旅費の支出が恣意に流れることを防止しようとしている法及び規程
の趣旨からすると,執務上の便宜のほか,知事としての体面,外国の各ホ
テルのサービス内容を事前に把握するには困難が伴うことなど具体的に考
慮しうる諸事情を併せても,上記(イ)(ウ)の事情が認められる本件において
は,多くても基本額の3倍である一泊7万2600円を超える部分は,ホテル
の高級感・豪華さ・雰囲気などをもたらすに過ぎず,旅行目的や執務に資
するものとは言い難いから,格別の事情が主張立証されない限り,原則と
して裁量権の範囲を逸脱しているというべきである。
         そして,本件において同額を超える宿泊料を要するジュニアスウィートル
ームを選定することについて格別の事情があったとは認められないから,
被告の宿泊料のうち同額を超える部分についての支出は裁量権を逸脱し
たものと認めるのが相当である。
      そうすると,被告の宿泊料については,以下の計算のとおり,合計13万7
600円分について裁量権を逸脱しており,その部分の支出は違法と評価
せざるを得ず,福井県には同額の損害が生じたというべきである。
(計算式)
エクセルシオールホテル分
 (10万8000円-7万2600円)×2日=7万0800円
プリンチペ・ディ・サヴォイアホテル分
 (10万6000円-7万2600円)×2日=6万6800円
(二) 宿泊料以外の旅費について
   甲7の1ないし4,11・13・16の各1・2,乙1ないし6,弁論の全趣旨によれ
ば,被告,A,B及びCの本件出張旅行の宿泊料以外の旅費については,いず
れも各規定額の範囲内であることが認められ,その支出過程にも違法性は窺わ
れない。
3 争点3について(本件支出についての被告の責任について。)
  事務決裁規程3条及び別表によれば,特別職の職員の外国旅行の旅費に関す
ることは総務部長の専決事項とされており,被告自身は本件支出行為には直接関
与していない。
     そして,地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が専
決により処理した場合は,地方公共団体の長は,上記補助職員が財務会計上の
違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によ
り上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り,
普通公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解される(最高裁平成3年
12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照)。
  これを本件についてみると,地方公共団体の長である被告は,自ら本件出張旅
行に赴くものであること,自己の旅行命令(依頼)の「旅行者の認印」欄に自ら押印
し(甲6の1),旅費概算請求書に記名押印していること(甲11の1)から,自己の旅
費が各規定額を大幅に上回るものであることを知っていたか,少なくとも容易に知
り得たものであって,被告としては事前に違法な支出行為がなされることを知って
いたか,又は知らなかったことについて過失があったものと認めるのが相当であ
る。
     したがって,本件においては,被告が,専決を任された補助職員である総務部
長が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,
故意又は過失により,上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止し
なかったものと認められるから,本件支出行為については被告の責任は免れな
い。
4 結 論
  以上の次第で,原告らの被告に対する請求は,主文1項の限度で理由があるか
ら,主文のとおり判決する。
     なお,仮執行宣言は相当でないので付さないこととする。
福井地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官  小  原  卓  雄
   裁判官  酒  井  康  夫
裁判官  入  子  光  臣
別 紙
   ① 福井県特別職の職員の給与および旅費に関する条例(昭和29年3月25日
福井県条例第3号)
        附則3項 特別職の職員の外国旅行の旅費は,当分の間,一般職員に準
じ知事が定める。(乙1)
    ② 福井県一般職の職員等の旅費に関する条例(昭和25年7月12日福井県条
例第46号)
  第34条    第2条から前条までの規定にかかわらず,外国旅行(本邦
と外国(本邦以外の領域(公海を含む。)をいう。以下同じ。)
との間および外国における旅行をいう。以下同じ。)の旅費
については,次条から第37条までに定めるものを除き,国
家公務員等の旅費に関する法律の適用を受ける国家公務
員等に支給される外国旅行の旅費の例による。
        第38条第2項 
                  任命権者は,旅行者がこの条例の規定による旅費により
旅行することが当該旅行における特別の事情によりまたは
当該旅行の性質上困難である場合には,この条例の規定
による旅費に代えて,人事委員会と協議して定める旅費を
支給することができる。(乙2)
    ③ 知事の事務部局等の職員等の旅費取扱規程(平成10年3月27日福井県訓
令第1号)
     第1条  職員(知事の事務部局および地方労働委員会事務局の職員に限
る。以下同じ。)および職員以外の者に対して支給する旅費
の取扱いについては,福井県一般職の職員等の旅費に関
する条例(昭和25年福井県条例第46号。以下「条例」とい
う。)…に定めるもののほか,この訓令の定めるところによ
る。
     第16条 次の各号に掲げる場合には,条例第38条第2項の規定により,当該
各号に定める旅費を支給することができる。
         (3)職員が外国旅行において宿泊する場合で,目的地の治安状況その
他当該外国旅行における特別の事情があると知事が認め
るとき。 
             知事がそのつど定める宿泊料 (乙4)
 ④国家公務員等の旅費に関する法律(昭和25年4月30日法律第114号)
  第3章 外国旅行の旅費
       第35条第1項日当及び宿泊料の額は,旅行先の区分に応じた別表第2の
定額による。
   別表第2(抄)
  1 日当,宿泊料及び食卓料
     区 分宿泊料
(一夜につき)
甲地方
       
内閣総理        その他の者
大臣等 24200円
9級以上の職務にある者 18800円
8級以下4級以上の職務にある者 16100円
備 考
     2 指定都市とは,大蔵省令で定める都市の地域をいい,甲地方とは,北米
地域,欧州地域及び中近東地域として大蔵省令でめる地域のうち
指定都市の地域以外の地域で大蔵省令で定める地域をいい,…
(乙5)
   ⑤ 国家公務員等の旅費支給規程(昭和25年5月1日大蔵省令第45号)
第16条  法別表第2の1の備考2に規定する指定都市は,シンガポール,ロ
ス・アンジェルス,ニュー・ヨーク,サン・フランシスコ,ワシン
トン,ジュネーヴ,ロンドン,モスクワ,パリ,アブ・ダビー,ジ
ェッダ,クウェイト,リアド及びアビジャンの地域とする。
第17条法別表第2の1の備考2に規定する次の各号に掲げる地域として大
蔵省令で定める地域は,当該各号に定める地域とする。
 2号 欧州地域  ヨーロッパ大陸…
第18条  法別表第2の1の備考2に規定する甲地方は,前条第1号から第3
号までに定める地域のうち第16条の地域以外の地域で…を
除いた地域とする。(乙6)

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