弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件申立てを却下する。
2申立て費用は申立人らの負担とする。
理由
第1申立て
相手方が学校設置条例(昭和39年大阪市条例第57号)の一部を改正する条例
の制定をもってした大阪市立P1養護学校を平成21年3月31日限り廃止する旨
の処分の効力を本案判決が確定するまで停止する。
第2事案の概要
1本案事件は,相手方が,学校設置条例に基づき設置している特別支援学校で
ある大阪市立P1養護学校(以下「P1養護学校」という。)につき,同校を平成
21年3月31日限り廃止することなどを内容とする上記学校設置条例の改正条例
を制定したため,同校に在学する児童若しくは生徒又はその保護者である申立人ら
が,同改正条例によるP1養護学校の廃止は違法であるなどと主張して,同改正条
例の制定をもってしたP1養護学校の廃止の取消しを求めた抗告訴訟である。
本件は,申立人らが,P1養護学校が廃止されることにより生ずる重大な損害を
避けるための緊急の必要があるとして,行政事件訴訟法(以下「行訴法」とい
う。)25条2項に基づき,相手方が学校設置条例の一部を改正する条例の制定を
もってしたP1養護学校の廃止の効力を本案判決確定の時まで停止することを求め
た事案である。
2前提事実
一件記録によれば,以下の事実を一応認めることができる(認定根拠を適宜付記
する。なお,以下では疎明資料番号は特記しない限り枝番号を含む。)。
(1)申立人ら
ア申立人P2は,平成▲年▲月▲日に申立人P3の子として出生した女子であ
り,現在,P1養護学校中学部第○学年に在学している。
なお,同人は,大阪地方裁判所が,当庁平成▲年(行ク)第▲号仮の義務付け申立
事件において,平成20年7月18日,大阪市教育委員会が申立人P2の就学すべ
き学校としてP1養護学校を指定することを仮に義務付ける旨の決定をしたことか
ら,同校において就学することとなったものである。(疎甲2,10,19,申立
ての全趣旨)
イ申立人P3は,申立人P2の唯一の親権者であり,同人の学校教育法16条
が規定する「保護者」に該当する。(疎甲2,19)
ウ申立人P4は,平成▲年▲月▲日に申立人P5の子として出生した女子であ
り,現在,P1養護学校中学部第○学年に在学している。
なお,同人は,大阪高等裁判所が,大阪高等裁判所平成▲年(行ス)第▲号仮の義
務付け申立却下決定に対する抗告事件において,平成20年7月23日,大阪市教
育委員会が申立人P4を就学させるべき学校としてP1養護学校を指定することを
仮に義務付ける旨の決定をしたことから,同校において就学することとなったもの
である。(疎甲1,11,20,申立ての全趣旨)
エ申立人P6は,平成▲年▲月▲日に申立人P5の子として出生した女子であ
り,現在,P1養護学校中学部第○学年に在学している。(疎甲1,11)
オ申立人P7は,平成▲年▲月▲日に申立人P5の子として出生した女児であ
り,現在,P1養護学校小学部第○学年に在学している。(疎甲1,11)
カ申立人P5は,申立人P4,申立人P6及び申立人P7の唯一の親権者であ
り,同人らの学校教育法16条が規定する「保護者」に該当する。(疎甲1,1
9)
(2)P1養護学校
相手方は,後記(3)イの本件改正条例による改正前の学校設置条例(昭和39年大
阪市条例第57号,以下「本件設置条例」という。疎甲3)によって,大阪府貝塚
市αに位置し,その名称を大阪市立P1養護学校とする特別支援学校(P1養護学
校)を設置している。なお,相手方は,同条例によって,P1養護学校を含めて1
0校の特別支援学校(そのうち聾学校が1校,盲学校が1校,養護学校が8校)を
設置している。
P1養護学校は,後記(3)ウの新学則による廃止前の大阪市立養護学校学則(昭和
35年大阪市教育委員会規則第11号,以下「旧学則」という。疎甲4)によって,
その収容児童及び生徒の種別は病弱者とされ,小学部及び中学部を設置するものと
され,その修業年数は小学部につき6年,中学部につき3年とされている(2条)。
また,旧学則19条1項は,P1養護学校に寄宿舎を設ける旨規定しており,これ
に基づき,同校には寄宿舎が設置されている。
なお,旧学則によれば,相手方が設置する特別支援学校のうち,病弱者をその収
容対象とする学校は,P1養護学校のみである(その余の養護学校7校のうち4校
が知的障害者を対象とする学校であり,3校が肢体不自由者を対象とする学校であ
る。)。
(3)P1養護学校廃止に至る経緯等
ア相手方は,平成18年10月20日,平成19年4月1日以降P1養護学校
を就学すべき学校として指定しないことを決定し,同年11月にはその旨報道機関
に発表するとともに,大阪府教育委員会委員長,各市町村教育委員会委員長及び大
阪市立各校園長に対しその旨通知した。(疎甲17,申立ての全趣旨)
イ大阪市議会は,平成20年9月18日,P1養護学校を廃止する(本件設置
条例中,P1養護学校に係る部分を削る)とともに同校以外の特別支援学校の名称
を変更することをその内容とし,平成21年4月1日を施行日とする,本件設置条
例の一部を改正する条例案を可決し,大阪市長は,同月19日,平成20年大阪市
条例第86号としてこれを公布した(以下「本件改正条例」といい,本件改正条例
によるP1養護学校の廃止を以下「本件学校廃止」という。)。(疎甲5,6,申
立ての全趣旨)
ウ大阪市教育委員会は,大阪市教育委員会会議の議決を経て,平成20年10
月10日,大阪市立特別支援学校学則(平成20年大阪市教育委員会規則第37号,
以下「新学則」という。疎乙5)を公布した。
新学則2条は,既設の養護学校7校(知的障害者対象校4校及び肢体不自由者対
象校3校)のうち肢体不自由者を対象としていた大阪市立P8特別支援学校,大阪
市立P9特別支援学校及び大阪市立P10特別支援学校(本件改正条例による本件
設置条例の改正前の名称は,それぞれ,大阪市立P8養護学校,大阪市立P9養護
学校及び大阪市立P10養護学校である。これらの学校を,名称の変更の前後にか
かわらず,以下,それぞれ,「P8養護学校」,「P9養護学校」及び「P10養
護学校」という。)につき,これらに就学させるべき幼児,児童及び生徒の障害の
区分として,肢体不自由者とともに病弱者を掲げ,これらの特別支援学校において
は病弱者につき小学部及び中学部を設置し,これらの各学部の修業年限を,それぞ
れ,6年及び3年とする旨規定している。なお,同条は,その備考において,P8
養護学校及びP10養護学校の病弱者に対しては,訪問教育を実施する旨規定して
おり,他方で,新学則16条は,P9養護学校に寄宿舎を設ける旨規定している。
また,新学則は,その附則において,新学則は平成21年4月1日から施行し,
旧学則を廃止する旨規定している。
エ相手方は,平成20年9月22日,大阪府教育委員会に対し「大阪市立P1
養護学校廃止申請書」を提出し,同年12月8日,同教育委員会から,本件学校廃
止につき,学校教育法4条1項2号に定める認可を受けた。(疎乙12,19)
(4)本案訴訟の提起及び本件申立て
申立人らは,平成20年9月19日,当庁に対し,相手方を被告として,本件改
正条例を制定してした本件学校廃止の取消しを求める本案訴訟を提起するとともに,
本件執行停止の申立てをした。
3争点
本件の争点は,①適法な本案訴訟が係属しているといえるか(本件学校廃止の
処分性),②「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」(行訴法25条2項
本文)といえるか,③本件学校廃止の効力の停止が「公共の福祉に重大な影響を
及ぼすおそれがある」(同条3項)といえるか,及び,④「本案について理由が
ないとみえるとき」(同項)に該当するか,という4点である。
4争点に関する当事者の主張の要旨
(1)争点①(適法な本案訴訟が係属しているといえるか(本件学校廃止の処分
性))について
【申立人らの主張】
ア学校教育法の改正に先立ち,平成18年6月14日の衆議院文部科学委員会
及び同年4月25日の参議院文教科学委員会において,就学先の決定に際しては,
事前に本人や保護者の意向を十分に聴取し,相談体制の改善充実に努めることなど
を内容とする附帯決議がされており,また,学校教育法施行令18条の2は,市町
村の教育委員会は,翌学年の初めから認定就学者として小学校に就学させるべき者
又は特別支援学校に就学させるべき者について,同令5条又は同令11条1項の通
知をしようとするときは,その保護者及び教育学,医学,心理学その他の障害のあ
る児童生徒等の就学に関する専門的知識を有する者の意見を聴くものとする旨規定
しているところ,これらの附帯決議や学校教育法施行令18条の2の規定が,保護
者の意見を聴くことを求めている趣旨には,保護者を通じて児童生徒本人の意見を
聴いてこれを尊重するという趣旨も含まれるものと解される。また,実際の特別支
援教育の制度運用上も,上記附帯決議や学校教育法施行令の規定に基づき,児童生
徒の就学すべき学校を指定するに先立ち教育相談を実施しており,児童生徒と保護
者が当該学校への学校指定を希望していることが前提となっているのである。他方
で,ひとたび特定の特別支援学校を就学すべき学校として指定された児童生徒は,
「視覚障害者等でなくなったもの」(学校教育法施行令6条の2第1項)に該当す
る場合を除いて,法令上,現に在籍する特別支援学校から他の学校への就学先を変
更されることはない。さらに,学校教育法施行令17条は,保護者の意思に基づく
区域外就学を認めている。
以上の諸点を総合すれば,現に特定の特別支援学校に在籍する児童生徒は,当該
特別支援学校で教育を受ける利益を有し,それらの者の保護者は,当該特別支援学
校においてその子に教育を受けさせる利益を有し,これらの利益はいずれも法的に
保護されるものと解される。そうすると,本件改正条例の制定によるP1養護学校
の廃止(本件学校廃止)は,申立人らのP1養護学校で教育を受ける法的に保護さ
れた利益ないしその子に教育を受けさせる法的に保護された利益を侵害するものと
して,抗告訴訟の対象となる処分に該当するというべきであるから,本案訴訟は適
法である。
イ相手方は,学校教育法施行令の規定等を根拠として,現に特定の特別支援学
校に在籍する児童生徒及びその保護者の当該特定の特別支援学校において教育を受
け,受けさせる利益は,事実上の利益にすぎず,法的利益ではないと主張するが,
このような相手方の主張は,大阪市教育委員会が従前長年にわたって児童生徒本人
の希望を尊重して行ってきた特別支援学校への学校指定の実務と真っ向から相反す
るものであり,信義則に反する。
【相手方の主張】
地方公共団体の行う条例制定は,通常は,一般的,抽象的な規範を定立する立法
作用の性質を持つものであり,そのような条例を制定する行為は,原則として個人
の具体的権利義務に直接の効果を及ぼすものではなく,抗告訴訟の対象となる処分
ということはできない。
もっとも,条例の形式をとっている場合であっても,他に行政庁の具体的処分を
待つまでもなく,当該条例そのものによってその適用を受ける特定個人の具体的な
権利義務や法的地位に直接影響を及ぼすような場合には,条例の制定行為自体が抗
告訴訟の対象となる処分に当たると解する余地もある。しかしながら,特別支援学
校への入学については,関係法令上,児童生徒及びその保護者の希望を考慮すべき
旨の規定は存せず,ただ学校教育法施行令18条の2において,認定就学者として
小学校に就学させようとするとき及び特別支援学校に就学させるべき者と認めよう
とするときに,市町村教育委員会が保護者の意見を聴くことを定めているのみであ
り,同令14条2項に基づき都道府県教育委員会が就学させるべき特別支援学校を
指定するときには,保護者の意見を聴くこととはされていない。これらの法令の規
定にかんがみても,病弱者及びその保護者は,特定の特別支援学校に就学するない
し就学させる具体的な権利ないし法的利益を有するとはいえないことは明らかであ
り,病弱者が特定の特別支援学校において就学している場合の当該病弱者が当該特
別支援学校において教育を受ける利益ないしその保護者が当該特別支援学校におい
て病弱者に教育を受けさせるという利益は事実上の利益にすぎないのであって,P
1養護学校の廃止は申立人らの具体的権利義務や法的地位に何ら直接の影響を及ぼ
すものではない。加えて,本件では,後記のとおり,適正な代替措置が執られる予
定であり,実質的にも何ら申立人らに不利益を与えるものではない。
したがって,本案訴訟は,抗告訴訟の対象となる処分に当たらない本件改正条例
の制定をもってした学校の廃止処分の取消しを求めるものとして,不適法である。
(2)争点②(「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」といえるか)につい

【申立人らの主張】
ア重大な損害の発生
申立人P2は,○やいじめのために,平成16年4月以降ほとんど登校すること
ができず,4年以上の長期にわたり不登校となっていたが,P1養護学校の存在を
知り,平成20年7月18日付けの仮の義務付け決定によって,同年9月1日から
P1養護学校の寄宿舎に入舎し,毎日喜んで同校に登校している。また,申立人P
4,申立人P6及び申立人P7も,P1養護学校に転入学するまで,他の児童生徒
と良好な関係を築くことができずに不登校状態が続いていたが,P1養護学校に入
学してようやく不登校状態が解消され,教育を受ける機会が保障されるようになっ
たのであり,この点についてはP1養護学校の寄宿舎の果たす役割が非常に大きい。
すなわち,寄宿舎は,単なる通学支援のための施設ではなく,教職員が児童生徒と
24時間一緒に過ごすことで,児童生徒一人一人の病状や発達課題を的確に把握す
ることができ,それに応じた適切な指導・対応が可能となり,また,児童生徒間で
の話し合いによる問題解決の過程を通じて,他の児童生徒や教職員に対する安心感
や信頼感を抱くことができるようになり,それに伴い心身の回復を図ることも可能
になるなど教育施設としての積極的な存在意義を有するのであり,P1養護学校に
おいても寄宿舎は必要不可欠なものとして位置付けられている。
しかるに,本件改正条例によりP1養護学校が廃止され,同校での教育及び寄宿
舎での生活を続けることが不可能となれば,申立人ら児童生徒が再び不登校状態に
逆戻りしてしまうおそれが極めて大きく,教育の機会を奪われることにもなりかね
ないのであって,このような申立人らの被る不利益は重大な損害というべきである。
相手方は,P1養護学校廃止後は,P9養護学校に寄宿舎を設置するとしている
ものの,予算・施設面でも人的配置の点でも不十分なものであり,しかも,自宅か
らの通学を原則として寄宿舎への入舎を極めて限定しているのであって,申立人児
童生徒らが寄宿舎に入舎できる見込みは皆無である。そうすると,同人らがP9養
護学校に転入できたとしても,前記意義を有しP1養護学校の最大の長所であった
寄宿舎における教育を受けることができなくなってしまうのである。
イ緊急の必要
本件改正条例は,平成21年3月31日をもってP1養護学校を廃止することを
その内容とするものであり,本案訴訟の判決を待っていては上記廃止の期限に間に
合わない可能性が大きく,かつ,いったん廃止されてしまえば,現在在籍する児童
生徒はP1養護学校で教育を受けることも寄宿舎で生活することもできなくなる。
したがって,たとい本案判決によって本件学校廃止が取り消されたとしても,同校
での教育が中断することによる児童生徒の心身への悪影響の大きさは計り知れない
から,これを避けるために本件学校廃止の執行を停止すべき緊急の必要がある。ま
た,平成21年3月31日以前においても,現在P1養護学校に在籍する児童生徒
の保護者に対しては,同校の廃止を前提とした就学すべき学校の指定通知がされる
ことが予想されるが,このような指定通知を受けることによる当該児童生徒及びそ
の保護者の精神的打撃ないし混乱の大きさも計り知れずその教育上の悪影響は甚大
であり,このような重大な損害を避けるためにも本件学校廃止の執行を停止すべき
緊急の必要がある。
【相手方の主張】
争う。
P1養護学校廃止後は,P9養護学校が病弱者対象の特別支援学校となるところ,
同校においては,P1養護学校におけるのと同様の教育課程が実施され,人的物的
施設が拡充された中で充実した教育を受けることが可能である。また,P9養護学
校に通学する場合であっても,その児童又は生徒の病状いかんによっては,寄宿舎
を利用することも可能なのである。そうであるとすれば,申立人らのうち,児童及
び生徒については,P1養護学校が廃止されたとしても不登校状態に逆戻りすると
はいえないし,これによって同人らの心身に悪影響を及ぼすということもできない。
なお,寄宿舎は,障害等により通学が困難な児童生徒に対して教育を受ける権利を
保障するため,通学を支援する目的で設置するものであるから,交通事情等により
通学が困難な児童生徒を除き,医師が当該児童生徒の病状にかんがみ,寄宿舎に入
舎する必要がないと判断すれば,入舎が認められないことは当然である。そして,
P1養護学校においては,同校が児童生徒の自宅から遠隔地に所在していたため同
校の児童生徒全員が寄宿舎に入舎していたにすぎず,地理的条件の異なるP9養護
学校との間で,寄宿舎の入舎に関して差異が生じたとしても何ら不合理ではない。
(3)争点③(本件学校廃止の効力の停止が「公共の福祉に重大な影響を及ぼすお
それがある」といえるか)について
【相手方の主張】
相手方においては,P1養護学校を廃止し,P9養護学校に特別支援教育の機能
を移管し,これを拡充することを決定しているが,本件執行停止の申立てが認めら
れると,相手方は,P1養護学校及びP9養護学校の2校において特別支援教育を
実施することになる。そうであるところ,特別支援学校の運営には膨大な費用を要
するから,P1養護学校を廃止せずに同校及びP9養護学校の2校を特別支援学校
として運用することは財政面からみて現実に不可能である。
また,相手方においては,P1養護学校の在籍児童生徒やその保護者らに対して
既にP9養護学校への転学を前提に説明会を開催しているところ,もし本件執行停
止の申立てが認められれば,P1養護学校は,申立人ら3名のためにのみ存在する
ことになるが,在籍児童数を3名とすれば同校の存続のためには約3億1000万
円(内大阪府負担分2億8000万円)の経費を要する見込みであり,教員につい
ても相応の人数を確保する必要が生じる。また,在籍児童生徒が3名のみであれば,
およそ集団教育を行うことは不可能であって,教育面でも支障が生じる。
したがって,本件学校廃止の効力の停止は,むしろ特別支援教育の現場に混乱を
生じさせ,その円滑な実施を妨げるものであり,公共の福祉に重大な影響を及ぼす
ことは必至である。
【申立人らの主張】
争う。
財政上の理由を児童生徒の教育の機会を奪うことの根拠とすることは許されない。
また,P1養護学校は,校長その他の教職員の人件費はすべて都道府県が負担して
おり,同校の運営に要する相手方の財政負担はごくわずかにすぎず,本件執行停止
の申立てが認められたとしても相手方の財政に及ぼす影響は極めて小さい。
(4)争点④(「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか)について
【相手方の主張】
アP1養護学校の廃止は,公の施設の廃止に該当するところ,公の施設をどの
ように設置し運営を行うかは施設の性質,施設をとりまく利用の状況,地方公共団
体の財政事情等の様々な要因を総合的に考慮した上で決定されるべきものであり,
高度な政策判断を要することから,地方公共団体の裁量にゆだねられるべきもので
ある。したがって,公の施設の廃止は,その目的や内容において,一見して著しく
不合理であることが明白であり,その裁量権の逸脱,濫用となる場合を除き,違法
との評価を受けるものではない。そうであるところ,以下のとおり,P1養護学校
の廃止については廃止の必要性,合理性が認められ,適切な代替措置も採られる予
定であるから,何ら裁量権の逸脱濫用と評価されるべき事由は存しない。
イP1養護学校の廃止の必要性,合理性
(ア)P1養護学校がその対象とする「病弱者」は,学校教育法施行令22条の
3により,慢性の呼吸器疾患その他の疾患の状態が継続して医療又は生活規制を必
要とする程度のもの等と定義されており,病弱者に対して教育を行う特別支援学校
は,施設の性質上,病弱者の状態の変化等や日常的な治療に対応するため医療機関
との連携をとる必要があることは明らかである。また,特別支援学校は,障害によ
る学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るための教育を行うことを目的として
いるため,医療機関と日常的に連携し,その専門的見地からのアドバイスを受けな
がら,生活指導,生活習慣の定着に取り組むことが求められており,その結果とし
て障害の状態が変化した児童生徒を小中学校に復帰させることをもその目的の一つ
として予定しているものと解される。しかるに,P1養護学校に隣接していた国立
療養所P11病院(以下「P11病院」という。)は既に廃止されており,同校の
周辺地域には数カ所の病院が存在するものの,現在まで同校の児童生徒がけがや風
邪等以外の理由で受診したことはなく,現在,同校の児童生徒の病状改善のために
日常的に医師の専門的治療や指導を受け,密接な連携をとり得る医療機関は存在し
ない。また,同校の周辺地域における夜間の診療については,泉南地域の病院の緊
急輪番体制で指定された医療機関しか対応しておらず,緊急時に周辺地域の病院で
受診することはできない。
このように,P1養護学校においては,病弱者の状態の変化や日常的な治療に対
応するために必要な医療機関との密接な連携がとれておらず,したがってまた障害
の改善に結びつくような生活指導等の取組みをより効果的に行うための校医や主治
医等の専門家の助言等を得てこれを個別に指導計画に反映する等の仕組みも整えら
れていないのであり,同校には重大な課題があるものというべきである。そして,
このような課題があるため,同校から小中学校に復帰する児童生徒数が減少してお
り,さらには同校の在籍児童生徒数自体が減少しているのである。
以上のとおり,現在のP1養護学校は,医療機関との連携がとれていないという
重大な課題が存する上,小中学校に復帰する児童生徒数や在籍児童数自体が減少し
ており,学校としての存続が困難であることは明らかである。
(イ)特別支援学校については,地域における特別支援教育のセンターとしての
機能の充実を図ることが求められているところ,この点につき,文部科学省中央教
育審議会の答申「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)」
においては,上記センター的機能の具体的内容として,①小・中学校等への教員
への支援機能,②特別支援教育等に関する相談・情報提供機能,③障害のある
幼児児童生徒への指導・支援機能,④福祉,医療,労働などの関係各機関との連
絡・調整機能,⑤小・中学校等の教員に対する研修協力機能及び⑥障害のある
幼児児童生徒への施設設備等の提供機能が例示されているところである。しかるに,
P1養護学校は,同校が市内から遠隔地にあることから,上記①③の機能は十分に
果たすことができず,②⑤の機能についても果たせておらず,④についても,同校
が遠隔地にあるため福祉などの関係機関と連携できておらず,また,医療機関との
連携がとれていないことは前記のとおりである。このように同校が特別支援教育の
センター機能を果たし得ない主要な原因は,同校が市内の小中学校から遠隔地に所
在するため,教職員間の日常的な連携が物理的に困難であることにあり,その改善
は望めない。
(ウ)以上のとおり,P1養護学校には特別支援教育を実践する学校として看過
し得ない課題があり,これは同校が大阪市内から遠距離に所在することに由来する
ものであるから市内に移転しない限りその改善は望めないところ,相手方において
は新たに大阪市内に所在するP9養護学校に病弱者教育の機能を移管する予定であ
り,特別支援学校を複数校運営することは現実に不可能であるから,P1養護学校
の廃止には必要性・合理性が認められる。
ウ適切な代替措置がとられること
相手方においては,P1養護学校において実施していた病弱者教育をP9養護学
校に移管し,以下のとおり,同校においてより充実した教育を実施する予定である。
(ア)P9養護学校における在籍児童生徒に対する日々の教育・対応の基本的な
施策として,一人一人の病状に応じた個別支援プログラムの策定・実施を行う予定
である。具体的な教育内容については,現在P1養護学校において実施している個
別教育を含む教育課程はすべてP9養護学校に引き継ぐ予定であり,移管により現
在P1養護学校に在籍する児童生徒に特に影響が生じることはない。また,自立活
動についても,基本的にP1養護学校において実施している内容を引き継ぎ,年間
を通じて週5時間(月20時間)実施する予定であり,病種にとらわれない諸活動
や,病種に応じたグループ別自立活動を行うこととしている。
また,相手方においては,児童生徒に対する教育の基本は地域で共に学びともに
育つ教育であると考えていることから,P9養護学校においては,地元校への復帰
を目標とし,児童生徒が円滑に地元校に適応できるよう,病状の改善に合わせて試
験的な通学を可能とするなど,段階的な地元校への復帰を行うこととしている。具
体的には,児童生徒の病状の経過を報告するなど地元校と定期的に連携をとり,復
帰の見通しが持てた場合には医療機関を受診させた上で,行事の参加や登校練習,
授業参加等による試験的な通学を実施することを検討している。
さらに,P9養護学校は,病弱児童生徒の相談窓口である療育相談室を設置して
いる高度専門医療機関であり,現在も特別支援教育の実施に当たって相手方と連携
をとっている大阪市立P12センターから車で約10分の距離にある。また,同校
の校医は心身症外来やアレルギー外来等を設置している小児科専門のP13病院の
診療部長であるところ,同病院は,同校から徒歩約5分の距離に所在し,同校は,
これらの病院と密接な連携をとることが可能である。
(イ)また,通学による社会経験の集積も児童生徒の成長にとっては重要な要素
であることから,P9養護学校においては,自宅から公共交通機関を使用して通学
する方法を原則とするが,病状にかんがみ公共交通機関を使用することが困難であ
る場合には,スクールバスやタクシー等を利用することも可能である。さらに,通
学の負担が大きく,自宅からの通学では病状の改善を図ることができないと医師が
判断する場合には,P9養護学校から近距離にあるP14学校の寄宿舎を利用でき
るよう配慮する予定である。
(ウ)さらに,P9養護学校は大阪市内に位置し,地理的条件や交通の便の良さ
から,同市内の小中学校や病院内学級とも連携がとりやすく,教員の研修会等や小
中学校や病院内学級への指導助言を実施する予定であり,同校においてはP1養護
学校では果たせなかったセンター機能を発揮することができ,前記医療機関との連
携と併せて,相手方における特別支援教育のレベルを向上できるものと考えられる。
エ以上のとおり,P1養護学校の廃止については廃止の必要性,合理性が認め
られ,適切な代替措置もとられる予定であるから,何ら裁量権の逸脱濫用と評価さ
れるべき事由は存せず,本件改正条例を制定してした本件学校廃止は適法であって,
本件は「本案について理由がないとみえるとき」に該当する。
【申立人らの主張】
ア特別支援学校廃止に係る相手方の裁量権について
P1養護学校を含む特別支援学校は,講学上の「公共用物」に該当するが,この
公共用物の使用関係には,一般に,①一般使用,②許可使用及び③特許使用
があるとされているところ,一般使用に当たる場合においてすら,利用形態のいか
んによっては,その利用者の利益を公衆の利益一般に吸収されない場合があるとさ
れているのである。そして,本件での児童生徒のP1養護学校の使用関係は上記②
の許可使用に当たることは明らかであり,一般使用に比して,一層その利用利益の
反射的受益的性格は希薄である。加えて,同校は現実の用に供されているのだから,
同校が廃止されると申立人らは同校で教育を受けることができなくなるが,このよ
うな権利ないし利益は明らかに公衆の利益一般に吸収し得ないものであって,同校
の管理者として公の目的に適するように維持保存する義務を負う相手方は,同校と
現実の利用関係にある申立人らの上記権利ないし利益の侵害を何ら省みることなく
その自由な裁量により同校を廃止できるものではない。
また,地方自治法244条の2第1項は,公の施設の設置等に係る条例制定権を
規定しているが,同項は,「法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを
除くほか」としてその限界をも規定しているところ,一般法たる同法との関係では
特別法の関係にある学校教育法がこれに優先するため,P1養護学校の廃止に当た
り地方自治法の規定を適用するためには,学校教育法の趣旨をしんしゃくする必要
がある。しかるところ,争点①について述べた法令の規定,国会での附帯決議及び
相手方における運用実態に照らせば,現に特定の特別支援学校に在籍する児童生徒
は,当該特別支援学校で教育を受ける権利を有し,このような利益は学校教育法上
保護されるものである。したがって,特別支援学校の廃止に当たり地方自治法上の
条例制定権を行使する際には,以上のような学校教育法上の制約を受けるのである。
さらに,特別支援学校は,いったん公の施設として設置された以上,その周辺に
は同校を基礎とした多様な生活利用関係ないし生活共同体が発生形成されるのであ
るが,同校を廃止することはこれらを喪失せしめることを意味するから,既に設置
された特別支援学校を廃止する場合には,総合的判断が必要とされるその設置の場
合とは異なり,公の施設としての内在的制約を受けることになる。
以上によれば,特別支援学校であるP1養護学校の廃止に係る相手方の裁量は極
めて限定されたものであると解すべきである。
イそして,以下の各事情に照らせば,本件学校廃止は裁量権の範囲を逸脱し又
は濫用したものとして違法である。
(ア)本件学校廃止に合理的理由がないこと
大阪市教育委員会は,当初,P1養護学校への学校指定停止(前提事実(3)ア)の
理由につき,平成15年には隣接するP11病院も廃止され,在籍者も年々減少し,
学校としての存続が困難になったためと説明していた。しかし,その後同教育委員
会は,平成20年6月に作成した文書において,P1養護学校の課題として,日常
的な病院との連携ができていないこと及び病状の改善を図り地元校に戻す病弱養護
学校の役割が果たせていないことの2点を挙げ,在籍者の減少の点には触れなくな
るなど,同校の廃止理由を変遷させているのであるが,このように廃止理由を変遷
させること自体不合理であり,廃止の正当性に疑問を抱かせるものである。
また,相手方は,本件学校廃止の理由として,P11病院の廃止に伴い医療機関
との連携ができなくなったことを挙げる。しかし,P1養護学校に在籍する児童生
徒は日常的に医療機関を受診することを要しない者であり,必要に応じて転入前か
らの主治医等の医療機関を受診すれば足りるのである。そして,同校においては,
現在においても必要な医療機関との連携は適切に行われており,何ら問題は生じて
いないし,緊急時の体制に不備があるともいえない。
さらに,相手方は,P1養護学校が病弱者教育に関するセンターとしての機能を
十分に果たしていないことも廃止理由とする。しかし,同校は,上記センターとし
ての機能を十分果たしており,小中学校への助言指導ができていないとすれば,そ
れは,同校が遠隔地にあることではなく,そのような人員が配置されていない点に
こそ問題があるのであり,相手方の主張はこの点を棚に上げた無責任なものである。
相手方は,P1養護学校は,症状が改善したら地元校に戻すという病弱養護学校
の役割を十分に果たせていないとも主張するが,同校においては1980年代から
不登校の児童生徒の入学が急増し,その背景には,学校そのものに関する要因のほ
か,特別のニーズを持つ児童生徒の増加が指摘されているところ,このような不登
校の児童生徒が前籍の普通校に復帰することはかなり困難であり,早急に前籍校に
戻ることができないことが同校の弱点であるかのようにとらえることは誤りである。
また,相手方は,本件学校廃止の理由として,P1養護学校の在籍数の減少も挙
げているところ,このような減少は,相手方自身が同校の廃止方針を打ち出したた
め,その結果として生じたにすぎず,本件学校廃止の理由とはならない。
(イ)適切な代替措置がとられないこと
相手方は,P1養護学校の廃止後は,P9養護学校において病弱者に対する特別
支援教育を実施すると主張している。しかるところ,P9養護学校において予定さ
れている病弱者に対する教育は,極めて不十分であり,P1養護学校と比して教育
条件が格段に低下することは明らかである。
すなわち,P9養護学校においては,P1養護学校の児童生徒を受け入れるため
に準備されている教室等の設備はP1養護学校に比して格段に小さい。これは,P
9養護学校の児童生徒の多くが重度の肢体不自由者であることによるものであるか
もしれないが,P1養護学校の児童生徒は通常の小中学校と同様の体育の授業を行
っているのであり,P9養護学校の上記施設でまかなうことは,著しい教育条件の
低下を招くといわざるを得ない。また,P1養護学校においては教員18名,寄宿
舎指導員12名が配置されていたところ,同校の在籍する児童生徒がすべてP9養
護学校に移籍したとしても,同校においては小学部・中学部の教員38名に11名
の教員を増やすことしかできないし,寄宿舎指導員の配置については全く不透明で
ある。したがって,同校における人的配置も不十分であるといわざるを得ない。
また,P1養護学校においては寄宿舎が設置され,同校の児童生徒は全員寄宿舎
に入舎して生活するものとされているところ,争点②につき述べたとおり,寄宿舎
は単なる通学支援のための施設にとどまらず,教育施設としての積極的な存在意義
を有するのであり,P1養護学校の敷地内に設置された寄宿舎は同校の教育に必要
不可欠なものである。相手方は,P9養護学校についてはP14学校の寄宿舎を利
用できるようにすると主張するものの,同校はP9養護学校と同一敷地内にはなく,
P14学校の寄宿舎については十分な予算措置が講じられていないことなどその受
入態勢は不十分である。これに加え,相手方は通学保障の面でのみ寄宿舎の意義を
認めて自宅通学を原則としており,これによれば自宅通学が不可能なほどに重篤な
病状にならない限り入舎が認められないことは明らかであって,申立人ら児童生徒
のように精神疾患や精神的な不安定状況を有するだけでは入舎が認められないこと
は十分予想できるのである。
以上のとおり,相手方が主張する病弱者教育のP9養護学校への機能移管の実質
は,病弱者教育の切捨てにほかならず,本件学校廃止につき十分な代替措置がとら
れるということはできない。
(ウ)以上のとおり,本件学校廃止には何ら合理的理由がなく,しかも,適切な
代替措置はとられないというのであるから,本件学校廃止は裁量権の範囲を逸脱し
又は濫用したものとして違法であり,本案には理由がある。
第3当裁判所の判断
1争点①(適法な本案訴訟の提起があるといえるか(本件学校廃止の処分
性))について
本件執行停止の申立てについては,適法な本案訴訟の係属がその認容の要件とな
るところ,前記のとおり,申立人らは,相手方を被告として,相手方が本件改正条
例を制定してしたP1養護学校の廃止の取消しを求める抗告訴訟を本案訴訟として
提起している。しかるところ,抗告訴訟の対象となるのは,行訴法3条2項にいう
「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下単に「処分」という。)
に限られるから,本件学校廃止がこの処分に該当しない場合には,上記本案訴訟は
不適法であって,適法な本案訴訟の係属という執行停止の要件を欠くこととなる。
そこで,相手方が本件改正条例を制定してしたP1養護学校の廃止(本件学校廃
止)が抗告訴訟の対象となる処分に該当するといえるか検討する。
(1)地方公共団体は,法令に違反しない限りにおいて地方自治法2条2項の事務
に関し条例を制定することができるところ(憲法94条,地方自治法14条1項),
条例の制定行為は,一般的,抽象的法規範の定立をその本質とするものであって,
法規範の階層構造に基づき法令に違反する条例は当然に無効である。このような条
例を制定する行為は,行政庁が法の執行として行う処分と本質的に相いれないもの
であり,権限のある機関により取り消されない限り有効なものとして扱われ,取消
訴訟の出訴期間の経過により原則としてその効力を争うことができなくなるという
抗告訴訟の救済制度とも,基本的になじみ難いというべきである。そうであるとす
れば,地方公共団体が行う条例の制定は,たといそれが個人の具体的な権利利益な
いし法的地位に直接影響を及ぼすものであるとしても,それが一般的,抽象的法規
範の定立としての実質を有する限り,抗告訴訟の対象となる処分には該当しないと
いうべきである(最高裁平成15年(行ツ)第35号,同年(行ヒ)第29号同18年
7月14日第二小法廷判決・民集60巻6号2369頁参照)。
もっとも,条例の制定の形式をとっている場合であっても,それが限られた特定
の者に対してのみ直接その具体的な法効果を生じさせることを目的としており,実
際にも当該限られた特定の者以外の者に対しては適用される余地がないなど,当該
条例の制定をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することがで
きるような場合には,当該条例の制定行為をもって処分であるとして抗告訴訟の対
象となると解する余地もないではない。
(2)そこで,以上の見地から検討するに,地方公共団体が設置する学校は,地方
自治法244条1項にいう公の施設に該当し,児童,生徒又は学生等と地方公共団
体との間の当該地方公共団体が設置する特定の学校に係る在学関係は,このような
公の施設の利用関係として把握されることになる。そして,このような児童,生徒
又は学生等の特定の公の施設の利用関係としての在学関係は,地方公共団体が設置
する小学校,中学校及び特別支援学校については,当該地方公共団体の教育委員会
の当該児童又は生徒の保護者(学校教育法16条)に対する指定通知(学校教育法
施行令5条,6条,8条,14条,16条)によって,具体的に設定されるものと
解される。
ところで,地方自治法244条の2第1項は,普通地方公共団体は,法律又はこ
れに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか,公の施設の設置及びその管理
に関する事項は,条例でこれを定めなければならない旨規定しており,学校教育法
4条1項が所定の学校の設置廃止については所定の者の認可を受けなければならな
い旨規定している(国立学校及び都道府県の設置する学校(大学及び高等専門学校
を除く。)等については認可も不要である。)ほか,学校の設置及び廃止について
法律又は政令に特別の定めはない。そうすると,地方公共団体の設置に係る学校の
廃止を定めた条例の施行によって,教育委員会等の個別の処分を待つまでもなく,
直接当該学校の廃止の効果が当該条例の法的効果として生じ(学校教育法4条1項
に基づく認可は条例の当該法的効果を補完するものと解される。),前記指定通知
の撤回等がなくとも,当然に,当該学校に在学する児童,生徒又は学生と当該地方
公共団体との間の当該学校に係る特定の公の施設の利用関係としての在学関係は終
了するものと解される。
これを本件についてみると,前記前提事実によれば,申立人らのうち,申立人P
2,申立人P4,申立人P6及び申立人P7は現在いずれもP1養護学校に在学し
ているというのであるから,その前提として,申立人P3及び申立人P5は,大阪
市教育委員会から,それぞれ,申立人P2並びに申立人P4,申立人P6及び申立
人P7について,同人らが就学すべき学校としてP1養護学校を指定する旨の各指
定通知を受けているものと認められ,これらの各指定通知によって,申立人P2,
申立人P4,申立人P6及び申立人P7と相手方との間には,P1養護学校という
特定の公の施設の利用関係としての在学関係が設定されているものと解される。そ
して,前記前提事実によれば,本件改正条例は,P1養護学校の廃止をその内容と
するものであるから,同条例が施行されれば,大阪市教育委員会の申立人P3及び
申立人P5に対する前記指定通知の撤回等の具体的な処分を待つまでもなく,申立
人P2,申立人P4,申立人P6及び申立人P7と相手方との間の上記在学関係は
終了することになる(もっとも,申立人P6については,前記前提事実によると,
同人は平成▲年▲月▲日に出生し,現在P1養護学校中学部第○学年に在学してい
るというのであるから,本件改正条例の施行の有無にかかわらず,平成21年3月
末日の経過をもって高等部を設置していない同校に係る相手方との間の在学関係は
終了するものと解される。)。そうであるとすれば,本件改正条例は,申立人P2,
申立人P4及び申立人P7の特定の公の施設の利用関係としてのP1養護学校に係
る相手方との間の在学関係を直接終了させるものであるということができるから,
本件改正条例の制定行為は,行政庁の他の処分を待つまでもなく,上記申立人らの
具体的な法的地位に直接影響を及ぼすものであるということができる。
しかしながら,本件改正条例は,上記申立人らのP1養護学校に係る相手方との
間の在学関係を終了させることのみを目的とするものではなく,P1養護学校自体
を廃止することをその内容とするものである。すなわち,P1養護学校を含めて地
方公共団体の設置する学校(大学を除く。)は,当該地方公共団体の教育行政の目
的に供される人的手段及び物的施設の総合体としての公の施設(営造物)であり,
当該学校が設置され存続していることによって,在学関係にとどまらず,教員及び
その他の職員の勤務関係等,当該学校に係る様々な法律関係が設定され,また,設
定され得るものであるのみならず,当該学校は,当該地方公共団体における教育行
政の組織に組み込まれ,その構成部分となっているものである。学校を廃止するこ
とを内容とする条例(いわゆる学校廃止条例)は,上記のような公の施設(営造
物)そのものを消滅させることを目的とするものであって,しかも,後に説示する
とおり,当該地方公共団体における教育行政の組織及び運営に係る政策判断に基づ
いて行われるものであり,その結果として,当該学校に係る在学関係を含む様々な
法律関係に変動を生じさせるにとどまらず,当該地方公共団体における教育行政の
組織そのものを将来にわたって変更するものであり,将来にわたって,当該地方公
共団体の区域内に住所を有する学齢児童(学校教育法17条1項の規定によって保
護者が就学させなければならない子をいう。以下同じ。)及び学齢生徒(同条2項
の規定によって保護者が就学させなければならない子をいう。以下同じ。),就学
予定者(同法17条1項又は2項の規定により,翌学年の初めから小学校,中学校,
中等教育学校又は特別支援学校に就学させるべき者をいう。以下同じ。)並びにこ
れらの者の保護者(学校教育法16条)はもとより,教員その他の職員等,当該教
育行政にかかわる者に広く適用されるものである。このような学校廃止条例の性質,
内容にかんがみると,学校廃止条例の制定行為をもって行政庁が法の執行として行
う処分と実質的に同視することはできないというべきである。本件改正条例も,相
手方における特別支援教育行政の組織及び運営に係る政策判断に基づいて公の施設
としてのP1養護学校そのものを廃止するものであり,その性質,内容にかんがみ
ると,本件改正条例の制定行為をもって,行政庁が法の執行として行う処分と実質
的に同視することはできないというべきである。
したがって,本件改正条例を制定してした本件学校廃止は,抗告訴訟の対象とな
る処分には該当しない。
(3)小括
以上のとおり,相手方が本件改正条例を制定してした本件学校廃止は,抗告訴訟
の対象となる処分には該当しないから,本件学校廃止の取消しを求める本案訴訟は
不適法であるといわざるを得ず,適法な本案訴訟の係属を欠くというべきである。
2争点④(「本案について理由がないとみえるとき」に該当するか)について
(1)市町村が設置する特別支援学校の廃止が違法となる場合について
ア教育基本法6条1項は,法律に定める学校は,公の性質を有するものであっ
て,国,地方公共団体及び法律に定める法人のみが,これを設置することができる
旨規定し,学校教育法2条1項は,学校(幼稚園,小学校,中学校,高等学校,中
等教育学校,特別支援学校,大学及び高等専門学校をいう。同法1条。)は,国,
地方公共団体及び私立学校法3条に規定する学校法人のみが,これを設置すること
ができる旨規定し,同法3条は,学校を設置しようとする者は,学校の種類に応じ,
文部科学大臣の定める設備,編成その他に関する設置基準に従い,これを設置しな
ければならない旨規定している。また,地方教育行政の組織及び運営に関する法律
30条は,地方公共団体は,法律で定めるところにより,学校,図書館,博物館,
公民館その他の教育機関を設置することができる旨規定し,同法23条1号は,教
育委員会は,当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で,教育委員会の所管
に属する同法30条に規定する学校その他の教育機関の設置,管理及び廃止に関す
るものを管理し,及び執行する旨規定している。そして,普通地方公共団体が設置
する学校は,地方自治法244条1項が規定する「公の施設」に該当し,同法24
4条の2第1項によりその設置及び廃止は個別の条例によってする必要があること
は前記のとおりである。また,市町村の設置する幼稚園,高等学校,中等教育学校
及び特別支援学校の設置廃止等については都道府県の教育委員会の認可を受けなけ
ればならないとされているが(学校教育法4条1項2号),同認可についての基準
は特に規定されていない。以上のとおり,法令上,地方公共団体は学校を設置する
権限を有するとされているのであるが,その設置及び廃止に関しては,その設置に
つき学校の種類に応じ,文部科学大臣の定める設備,編成その他に関する設置基準
に従う必要があり,公の施設として個別の条例において定める必要があるとされる
ほか,これを直接規律する法令の規定は存しないのであり,市町村が設置する特別
支援学校等の設置及び廃止については,以上に加えて都道府県の教育委員会の認可
を受けなければならないとされているものの,同認可についても具体的な基準は法
令上何ら存しないというのである。このような特別支援学校の設置及び廃止に関す
る法令の規定に照らせば,市町村を含む地方公共団体が設置する特別支援学校につ
いては,実定法上,同学校を設置する地方公共団体がその裁量によりその設置及び
廃止等を決定することができるとされているものと解するのが相当である。
もっとも,特別支援学校は,視覚障害者,聴覚障害者,知的障害者,肢体不自由
者及び病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ。)(これらの者を以下「視覚障害者
等」という。)に対して,幼稚園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる教育を施
すとともに,障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な
知識技能を授けることをその目的とし(学校教育法72条),小学部及び中学部の
双方又はそのいずれかを置かなければならないとされているところ(同法76条1
項),教育基本法5条1項は,国民は,その保護する子に,別に法律で定めるとこ
ろにより,普通教育を受けさせる義務を負う旨規定し,同条2項は,義務教育とし
て行われる普通教育は,各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生
きる基礎を培い,また,国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を
養うことを目的として行われるものとする旨規定し,学校教育法16条は,保護者
は,同法17条に定めるところにより,子に9年の普通教育を受けさせる義務を負
う旨規定し,同法17条1項本文は,保護者は,子の満6歳に達した日の翌日以後
における最初の学年の初めから,満12歳に達した日の属する学年の終わりまで,
これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う旨規定し,同条2
項は,保護者は,子が小学校又は特別支援学校の小学部の過程を修了した日の翌日
以後における最初の学年の初めから,満15歳に達した日の属する学年の終わりま
で,これを中学校,中等教育学校の前期課程又は特別支援学校の中学部に就学させ
る義務を負う旨規定しており,法令上,特別支援学校は,児童及び生徒に対して義
務教育を施すことを目的とする学校として規定されいている。そして,教育,取り
分け上記義務教育の目的及びその重要性にかんがみ,教育基本法4条1項は,すべ
て国民は,ひとしく,その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければなら
ない旨規定し,同条2項は,国及び地方公共団体は,障害のある者が,その障害の
状態に応じ,十分な教育を受けられるよう,教育上必要な支援を講じなければなら
ない旨規定した上で,同法5条3項において,国及び地方公共団体は,義務教育の
機会を保障し,その水準を確保するため,適切な役割分担及び相互の協力の下,そ
の実施に責任を負う旨規定し,学校教育法38条及び49条において,市町村に小
学校及び中学校の設置義務を課し,同法80条において,都道府県に特別支援学校
の設置義務を課している。これらによれば,地方公共団体に付与された特別支援教
育に関する権限は,視覚障害者等の障害のある者に対してひとしく義務教育の機会
を保障するとともに,障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るため
に必要な知識技能を授ける場を提供し,これを実現し得る立場にある者の責務とし
てとらえられるべきものであって,この責務は,障害のある児童,生徒が,一個の
人間として,また,社会を構成する一員として,成長,発達し,自己の人格を完成,
実現するために必要な学習をし,もって,その障害による生活上の困難を克服し,
その尊厳にふさわしい生活を実現する権利に対応するとともに,障害のある者の自
立及び社会参加に対する社会公共の利益と関心にこたえるべきものである。したが
って,地方公共団体が特別支援学校の設置及び廃止を含めその特別支援教育に関す
る権限に基づいて樹立,実施する施策取り分け義務教育に係る施策は,障害のある
児童,生徒の上記のような特別支援教育に係る利益の擁護及びその成長と自立に対
する社会公共の利益と関心にこたえるものでなければならないというべきである。
そうであるとすれば,地方公共団体による特別支援学校の設置又は廃止は,当該
特別支援学校の設置又は廃止に係る当該地方公共団体の教育施策が,教育基本法の
理念及び学校教育法の趣旨等に照らして著しく不合理であり,これによって,学齢
児童若しくは学齢生徒又は当該特別支援学校に在学する児童若しくは生徒の利益を
著しく侵害し,これらの者がその障害の状態に応じて必要な教育を受ける機会を実
質的に奪うことになるような場合には,その裁量権の範囲を超え,又は濫用したも
のとして違法の評価を受けるものというべきである。
イところで,学校教育法及び学校教育法施行令によれば,特別支援学校につい
ては都道府県がその設置義務を負い(学校教育法80条),都道府県の教育委員会
において児童生徒等(学校教育法施行令2条に規定する者並びに学齢児童及び学齢
生徒をいう。以下同じ。)の保護者に対する就学させるべき特別支援学校の指定及
び入学期日の通知を行うものとされている(学校教育法施行令14条)が,市町村
も,都道府県の教育委員会の認可を得て,特別支援学校を設置することができるも
のとされており(同法4条1項2号),本件においても市である相手方がP1養護
学校を含む10校の特別支援学校を設置している。他方で,義務教育を構成する小
学校及び中学校については,市町村がその設置義務を負い(同法38条,49条),
市町村の教育委員会において就学予定者の保護者に対する就学すべき小学校又は中
学校の指定及び入学期日の通知を行うものとされている(同令5条)。そうである
ところ,小学校及び中学校のみならず特別支援学校の小学部及び中学部への就学を
も含めて,市町村の教育委員会において学齢簿の編製を行うものとされ(同令1
条),特別支援学校への就学についての通知においても当該通知に係る者の学齢簿
の謄本を都道府県の教育委員会に送付するのみでその原本は市町村の教育委員会に
おいて保管するものとされ(同令11条2項),市町村の教育委員会において就学
時の健康診断を行い(学校保健法4条),病弱,発育不完全その他やむを得ない事
由のため就学困難と認められる者の保護者に対しその子女を就学させる義務を猶予
又は免除するほか(同法18条),就学予定者について視覚障害者等に該当するか
否か,該当する場合において認定就学者(視覚障害者等のうち,市町村の教育委員
会が,その者の障害の状態に照らして,当該市町村の設置する小学校又は中学校に
おいて適切な教育を受けることができる特別の事情があると認める者をいう。同令
5条1項2号。)に該当するか否かの判断を行った上,視覚障害者等以外の者及び
認定就学者については就学予定者の保護者に対する就学すべき小学校又は中学校の
指定及び入学期日の通知を行い,認定就学者を除く視覚障害者等については都道府
県の教育委員会に対する特別支援学校への就学についての通知を行うものとされ
(同令5条,11条,11条の2),小学校,中学校又は中等教育学校に在学する
学齢児童又は学齢生徒で視覚障害者等になったものがあるときについても,市町村
の教育委員会において認定就学者に該当するか否かの判断を行った上,認定就学者
の認定をしたものについては同令5条の規定による入学期日等の通知及び学校の指
定を行うか(同令6条5号)又はその者が現に在学する小学校等の校長に対しその
者を当該小学校等に引き続き就学させる旨の通知を行い(同令12条3項),特別
支援学校に在学する学齢児童又は学齢生徒について,視覚障害者等でなくなったも
のがあるときは都道府県の教育委員会を通じて市町村の教育委員会にその旨の通知
がされ(同令6条の2),認定就学者として小学校又は中学校に就学することが適
当であると思料される者があるときも都道府県の教育委員会を通じて市町村の教育
委員会にその旨の通知がされるが,認定就学者に該当するか否かの判断は市町村の
教育委員会が行い,認定就学者として小学校又は中学校に就学させることが適当で
ないと認めたときは都道府県の教育委員会に対しその旨を通知するものとされ(同
令6条3号,6条の3),他方で,認定就学者として小学校又は中学校に在学する
ものが障害の状態の変化によりこれらの小学校又は中学校に就学させることが適当
でなくなったか否か(認定就学者に該当しなくなったか否か)についても市町村の
教育委員会において判断するものとされている(同令12条の2第3項)。
以上のとおり,法令上,義務教育の対象となる児童生徒等の就学に関する事務は,
都道府県の設置する特別支援学校への就学を除いて,市町村の事務とされているの
であり,特別支援学校への就学についても,児童生徒等が特別支援学校への就学の
対象となる者(視覚障害者等で認定就学者に該当しないもの)に該当するか否かに
ついての判断は市町村の教育委員会において行うものとされ,都道府県の教育委員
会は,市町村の教育委員会からの特別支援学校への就学についての通知を受けて,
当該児童生徒等の保護者に対する当該児童生徒等を就学させるべき特別支援学校の
指定及び入学期日の通知を行うほか,特別支援学校に在学する学齢児童又は学齢生
徒で視覚障害者等でなくなったものがあるとき(学校教育法施行令6条の2)及び
その障害の状態の変化により認定就学者として小学校又は中学校に就学することが
適当であると思料するものがあるときにその旨の通知を受けてこれを市町村の教育
委員会に通知するものとされているにすぎない。すなわち,学校教育法施行令の定
める特別支援学校への就学等に関する都道府県の教育委員会の権限は,特別支援学
校の設置義務の主体が都道府県とされていることに不可避的に随伴するものにすぎ
ないということができる。そうであるところ,特別支援学校の設置義務の主体が都
道府県とされているのは,特別支援学校は,対象となる児童,生徒等の数の上から
みても,市町村単位で設置義務を課すのは困難であり,教育の一定の水準と学校規
模を維持するためには,都道府県を設置単位とすることが適当であるという現実的
考慮に出たものであると解されるのであり,地方自治法2条3項,5項及び6項の
規定の趣旨からしても,当該市町村の規模及び能力に応じては,当該市町村におい
て,特別支援学校を設置した上,その就学等に関する事務を一元的に処理すること
を妨げるものではなく,かえってその方が特別支援教育を含めた教育行政の適切か
つ円滑な遂行に資することが明らかであり,そのことが法令上予定されていると解
されるのである(平成11年法律第87号による改正前の地方自治法2条4項ただ
し書,6項4号の規定の趣旨については,同号に例示する高等学校,盲学校,ろう
学校,養護学校等に関する事務は,本来これを市町村の事務として処理することを
妨げないが,一般的に1市町村の行政上の需要を充足するために個々の市町村が実
施するにしては非能率不経済であって処理に耐えないものが多いため,都道府県に
おいて処理するものとしたものにすぎないから,市町村の規模及び能力に応じては
市町村において処理し得ることを明らかにしたものであって,同条7項の事務の競
合を避ける旨の規定との関連から事務の配分についての市町村優先の原則の表れで
あると解されていたところである。)。そうであるとすれば,学校教育法施行令の
定める特別支援学校への就学等に関する手続規定は,当該市町村が特別支援学校
(小学部及び中学部が置かれているもの。)を設置しておらず,当該市町村の区域
内に住所を有する児童生徒等を当該児童生徒等の住所の存する都道府県の設置する
特別支援学校へ就学させる通常の場合について定めたものであって,視覚障害者等
を就学させるべき特別支援学校を設置している市町村においては,その設置する小
学校又は中学校に就学予定者を就学させる場合に準じ,当該市町村の教育委員会に
おいて,当該視覚障害者等を就学させるべき特別支援学校の指定及びその保護者に
対する入学期日の通知を行うことが,同令上予定されていると解するのが相当であ
る。そして,以上検討したような視覚障害者等の就学等に関する法令の規定内容及
びその趣旨等からすれば,市町村が特別支援学校を設置している場合において,視
覚障害者等が当該市町村を包括する都道府県の設置する特別支援学校に就学すると
きは,同令17条の規定による区域外就学等の手続に準じるべきであり,当該市町
村の教育委員会において,その裁量により,当該市町村の設置する特別支援学校へ
の就学手続を行わず,同令11条(同令11条の2,11条の3,12条2項,1
2条の2第2項で準用する場合を含む。)の規定する都道府県の設置する特別支援
学校への就学に関する手続によることは許されないものと解される。
もっとも,以上説示した学校教育法及び学校教育法施行令の関係規定によれば,
法令上,義務教育の対象となる児童生徒等の就学に関する事務は,都道府県の設置
する特別支援学校への就学を除いて,市町村の事務とされており,義務教育として
行われる特別支援教育に関しても,当該市町村の区域内に住所を有する児童生徒等
が視覚障害者等に該当するか否か,視覚障害者等に該当する場合において認定就学
者に該当するか否かの判断(すなわち,当該児童生徒等を小学校又は中学校に就学
させるか特別支援学校の小学部又は中学部に就学させるかの判断)は,市町村教育
委員会の権限とされている。他方で,法令上,小学校及び中学校の設置は市町村の
義務として規定され,特別支援学校の設置は都道府県の義務として規定されており,
市町村においても,その規模及び能力に応じ,特別支援学校を設置することができ
るものとされている。このように,法令上,義務教育は本来的に市町村の自治事務
とされており,市町村においてその区域内に住所を有する児童生徒等が視覚障害者
等に該当するか否か,視覚障害者等に該当する場合において認定就学者に該当する
か否かを判断した上,視覚障害者等であって認定就学者に該当しない者を除いて,
児童生徒等が就学すべき学校(小学校又は中学校)を指定するものとされるととも
に,これらの児童生徒等に義務教育(として行われる普通教育)を施す教育機関と
しての小学校及び中学校を組織し運営するものとされ,義務教育として行われる特
別支援教育についてのみ,当該教育を施す教育機関としての特別支援学校(小学部
及び中学部)の組織及び運営並びに就学すべき学校の指定を都道府県において行う
ものとされ,ただし,市町村においてもその規模及び能力に応じ特別支援学校の組
織及び運営並びに就学すべき学校の指定を行うことができるものとされているとい
うことができる。これらによれば,個々の特別支援学校の設置及び廃止を含めた特
別支援学校の組織及び運営については,法令上,本来的に都道府県の権限及び責務
として規定されていると解されるのであって,特別支援学校の組織及び運営の面か
ら視覚障害者等に対してひとしく義務教育の機会を保障し,障害による学習上又は
生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授ける場を提供し,もっ
て,視覚障害者等の特別支援教育に係る利益の擁護及びその成長と自立に対する社
会公共の利益と関心にこたえるべき責務を負うのは,本来的に都道府県であると解
される。他方で,市町村は,義務教育が本来的な自治事務とされていることから,
自ら特別支援学校の組織及び運営を行って義務教育として行われる特別支援教育に
係る事務を一元的に処理することができると解されるものの,特別支援学校の組織
及び運営に関しては視覚障害者等に対して義務教育の機会を保障し,障害による学
習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授ける場を提供
する責務を本来的に負う立場にはなく,特別支援学校を自ら設置するか否か,いか
なる種別の障害を対象とする特別支援学校を設置するか,当該特別支援学校の規模
及び配置をどのようにするかなど,特別支援学校の組織及び運営を自ら行うか否か
及びこれを行うとした場合にその具体的内容をどのように決定するかについては,
当該市町村の広範な裁量にゆだねられていると解されるのである。
上記のような特別支援学校の組織及び運営に係る市町村の裁量権の内容,性質に
かんがみると,市町村がその設置する特別支援学校を廃止する行為がその裁量権の
範囲を超え,又は濫用したものとして違法となるのは,当該市町村の規模及び財政
状態,当該市町村における特別支援教育の需要の程度,当該市町村をその区域内に
有する都道府県における特別支援学校の設置状況及び当該市町村における特別支援
学校の設置状況,当該特別支援学校の廃止手続等の具体的事情の下において,当該
特別支援学校を廃止することが,当該特別支援学校に在学する児童生徒を始め当該
市町村の区域内に住所を有する児童生徒等の特別支援教育に係る利益を著しく侵害
し,特別支援教育に関する教育基本法の理念及び学校教育法の趣旨等を没却するよ
うな例外的場合に限られるものというべきである。
ウ申立人らは,現に特定の特別支援学校に在学する児童生徒は,当該特別支援
学校で教育を受ける権利を有し,このような利益は法的に保護に値するものである
ことを前提に,特別支援学校の廃止がこのような法的に保護に値する利益を侵害す
るものであってはならず,相手方の特別支援学校廃止に係る裁量権にはこのような
制約があると主張するので,この点につき検討する。
特別支援学校を設置している市町村においては,その設置する小学校又は中学校
に就学予定者を就学させる場合に準じ,当該市町村の教育委員会において,当該視
覚障害者等を就学させるべき特別支援学校の指定及びその保護者に対する入学期日
の通知を行うことが学校教育法施行令上予定されていると解されることは前記のと
おりであるが,同令5条2項は,市町村の教育委員会は,当該市町村の設置する小
学校又は中学校が2校以上ある場合には,同条1項の入学期日の通知において就学
すべき学校の指定をしなければならない旨規定しているところ,この就学すべき学
校の選択については,同令上その基準は設けられておらず,児童生徒等又はその保
護者がその選択に関与することを予定していると解される規定も存しない。このよ
うな就学すべき学校の指定通知に関する学校教育法施行令の定めに加えて前記のよ
うな特別支援学校の組織及び運営に係る市町村の裁量権の内容,性質を併せ考える
と,特別支援学校を設置している市町村の区域内にその住所を有する児童及び生徒
並びにその保護者は,当該市町村の設置する特定の特別支援学校において義務教育
として行われる特別支援教育を受け又は受けさせる権利を有するものではないとい
うべきである。なお,学校教育法施行令18条の2は,市町村の教育委員会は,翌
学年の初めから認定就学者として小学校に就学させるべき者又は特別支援学校の小
学部に就学させるべき者について,同令5条(同令6条1号において準用する場合
を含む。)又は11条1項(同令11条の3において準用する場合を含む。)の通
知をしようとするときは,その保護者及び教育学,医学,心理学その他の障害のあ
る児童生徒等の就学に関する専門的知識を有する者の意見を聴くものとする旨規定
している。しかしながら,同令18条の2が保護者の意見聴取を定めている趣旨は,
視覚障害者等が認定就学者に該当するか否かを判断するためには,当該児童生徒等
の身体状況等の正確な認識を前提として,その教育的ニーズを的確に把握する必要
があるところ,保護者は,通常その子の身体状況及び日常生活上の状況等に最もよ
く通じていることから,その意見は当該児童生徒等の身体状況及びその教育的ニー
ズの把握に資するし,また,障害のある児童生徒等の教育上のニーズに応じた適切
な教育を行うという特別支援教育制度ないし認定就学者の制度の趣旨,目的を逸脱
しない限度において,保護者ないし児童生徒等の意向を尊重することは,当該児童
生徒等に対する適切な特別支援教育を円滑に実施することにも資するところが大き
いと考えられたことにあると解されるのであって,同条は,これを超えて,児童生
徒等又は保護者に対して就学すべき学校の選択権まで認めるものではないというべ
きである。
もっとも,学校教育法施行規則32条1項は,市町村の教育委員会は,学校教育
法施行令5条2項の規定により就学予定者の就学すべき小学校又は中学校を指定す
る場合には,あらかじめ,その保護者の意見を聴取することができ,この場合にお
いては,意見の聴取の手続に関し必要な事項を定め,公表するものとする旨規定し,
いわゆる学校選択制を導入することができることを明らかにしているが,上記学校
選択制を導入するか否かは,上記規定文言からも明らかなように各市町村の教育委
員会の判断にゆだねられているところ,一件記録によっても相手方において上記学
校選択制が導入されていることはうかがわれない。
以上のとおりであるから,申立人らの前記主張は,その前提を欠き,採用するこ
とができない。
(2)認定事実
以上を前提として本件について検討するに,前記前提事実に加えて,一件記録に
よれば,以下の事実を一応認めることができる(認定根拠を適宜付記する。)。
アP1養護学校
(ア)P1養護学校は,療養及び教育施設としての自然環境・教育環境に恵まれ
た特別支援学校である。同校は,現時点においては,相手方が設置する唯一の病弱
者対象の特別支援学校であり,小学部及び中学部が置かれ,その敷地内に寄宿舎が
設置されている。同校の校地面積は2万1037.5㎡,延床面積は5153.3
3㎡となっている。同校は,大阪市から南へ約30㎞離れた貝塚市東部の丘陵上に
位置し,大阪市内から同校へ行くためには少なくとも1時間30分を要する。(前
提事実,疎甲7,9,申立ての全趣旨)
(イ)同校では,教育課程として,「肥満」「虚弱」「心身症」及び「喘息」等
の各病類の児童又は生徒をその病状に応じて同一時間,同一学級において指導する
一般学級のほか,医療及び生活規制を必要とする病弱者で,軽度の知的障害を併せ
持つ児童及び生徒を対象として指導する重複障害学級並びに大阪市内の病院に入院
中の児童及び生徒に対して訪問指導する訪問学級が編制されている(ただし,現時
点において,重複障害学級に属する児童又は生徒は存在しない。)。
訪問学級以外の学級に属する児童及び生徒については,全員寄宿舎へ入舎するが,
毎週末(金曜日の放課後から日曜日の夕方まで)は自宅へ帰宅するものとされ,寄
宿舎においては,肥満,虚弱及び心身症などの児童及び生徒について,規則正しい
生活を通じた基本的生活習慣の確立に向けた指導が行われている。
同校における教科学習については,小学部においては,少人数授業で一人一人の
進度に応じた学習に取り組むようにしているが,集団確保の見地から,教科によっ
て小学部全体で学習したり,低学年,中学年及び高学年といったグループで学習す
ることもある。中学部においては,学力の個人差が大きいため,学年や教科によっ
ては,ホームルームとは別に,学習到達段階によってグループ分けした習熟度別学
習を行っている。
また,同校においては,各学年とも週5時間(年間175時間)の自立活動を実
施することとしており,肥満グループ,訪問グループ及び他病種グループ(同グル
ープは,さらに,「喘息・アトピー等」,「心身症・虚弱等」及び「心疾患・てん
かん等」の各病種別グループに分類されている。)のグループを設けて各グループ
ごとの自立活動指導計画が策定されている。自立活動として,具体的には,肥満グ
ループについては,肥満解消及び生活習慣の立て直しを目標として,運動指導及び
生活習慣を立て直すための学習指導を主として行っており,他病種グループについ
ては,病状の維持改善にとどまらず,自信をつけ,自己表現を可能とし,人間関係
を築き上げることなどを目標として,農芸活動,身体活動,創作・表現活動及び個
別学習等を行っている。(疎甲7,9,15,30,疎乙16,申立ての全趣旨)
(ウ)P1養護学校は,従前,同校に隣接するP11病院との連携が図られてい
たが,同病院が平成15年4月1日に廃止されたため,現在は,大阪市立P12セ
ンター,P15病院等との連携が図られている。(疎甲7,申立ての全趣旨)
(エ)平成20年5月1日現在,P1養護学校に在学する児童及び生徒の人数は
合計22人で,そのうち一般学級に属して寄宿舎に入舎している者の人数は12名
であり,その学部別及び病種別の各内訳は別紙1記載のとおりである。また,平成
13年1月から平成21年4月までの同校の寄宿舎に在籍している児童及び生徒の
人数の推移は別紙2記載のとおりである(ただし,同別紙中,平成21年4月の人
数は見込人数である。)。
P1養護学校における現在の職員数は,校長,教頭,養護教諭,教育専門員,栄
養職員及び補助員が各1名,教諭が13名,期限付寄宿舎指導員を含む寄宿舎指導
員が12名などとなっている。また,平成18年以降,同校の教員が大阪市内の小
中学校に出張して助言,指導したことはない。(疎甲7,12,申立ての全趣旨)
イ平成18年法律第80号による学校教育法改正の経緯等
(ア)平成18年法律第80号による改正前の学校教育法は,第6章において特
殊教育について規定し,盲者,聾者並びに知的障害者,肢体不自由者及び病弱者に
対して幼稚園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる教育を施し,あわせてその欠
陥を補うために必要な知識技能を授けることを目的とする学校として,上記各障害
の種別に応じて区分し,それぞれ,盲学校,聾学校及び養護学校として規定してい
た。
(イ)文部科学省初等中等教育局長は,平成13年,有識者会議である特別支援
教育の在り方に関する調査研究協力者会議を設置し,同会議において特別支援教育
のあり方について検討され,平成15年3月,同会議は,それまでの調査審議を踏
まえて「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」(以下「協力者会議
最終報告」という。)をとりまとめた。同報告においては,特殊教育諸学校(盲,
聾及び養護学校)若しくは特殊学級に在籍する又は通級による指導を受ける児童生
徒の比率が増加してきている,また,重度・重複障害のある児童生徒が増加すると
ともにLD(学習障害),ADHD(注意欠陥/多動性障害)等通常の学級等にお
いて指導が行われている児童生徒への対応も課題となるなど,障害のある児童生徒
の教育について対象児童生徒数が量的に拡大傾向にあり,対象障害種の多様化によ
る質的な複雑化も進行しているといった現状認識の下,障害の程度等に応じて特別
の場で指導を行う「特殊教育」から障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに
応じて適切な教育的支援を行う「特別支援教育」への転換を図るとの基本的方向が
打ち出された。そして,特別支援教育とは,従来の特殊教育の対象障害のみならず,
LD,ADHD及び高機能自閉症を含めた障害のある児童生徒の自立や社会参加に
向けて,その一人一人の教育的ニーズを把握して,その持てる力を高め,生活や学
習上の困難の改善又は克服のために,適切な教育や指導を通じて必要な支援を行う
ものであるとされ,このような障害のある児童生徒に対する教育的支援は,教育の
みならず,福祉,医療,労働等の様々な側面から多様な取組みが求められ,関係機
関,関係部局の連携協力をこれまで以上に密接にすることにより,専門性に根ざし
た総合的な教育支援が可能になるのであり,特別支援教育を推進する上での学校の
在り方として,障害の重複化や多様化を踏まえ,障害種にとらわれない学校設置を
制度上可能にするとともに,地域において小中学校等に対する教育上の支援をこれ
まで以上に重視し,これまで蓄積した教育上の経験やノウハウをいかして地域の小
中学校等における教育について支援を行うことにより,地域における障害のある子
どもの教育の中核的機関として機能することが必要であり,具体的には,その学校
に在籍する児童生徒の指導やその保護者からの相談に加えて,地域の小中学校等に
在籍する児童生徒やその保護者からの相談,個々の児童生徒に対する計画的な指導
のための教員からの個別の専門的,技術的な相談に応じることなどにより,地域の
小中学校等への教育的支援を積極的に行うことで,地域社会の一員として,地域の
特別支援教育のセンターとしての役割を果たすことが重要であるとされ,そのため
には,「特別支援学校(仮称)」の制度に改めることについて,法律改正を含めた
具体的な検討が必要であるなどと指摘されていた。(疎乙1,申立ての全趣旨)
(ウ)また,文部科学省は,教育の振興及び生涯学習の推進を中核とした豊かな
人間性を備えた創造的な人材の育成に関する重要事項並びにスポーツの振興に関す
る重要事項を調査審議し,文部科学大臣に意見を述べること等を所掌業務とする中
央教育審議会を設置しているが,同審議会は,協力者会議最終報告の指摘を受け,
平成16年2月24日に同審議会初等中等教育分科会に特別支援教育特別委員会を
設置して検討を重ね,広く国民からの意見をも徴するなどし,平成17年12月8
日,「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)」を文部科学
省に対して答申した。同答申においては,近年の障害の重度,複雑化に伴い,盲・
聾・養護学校においては,福祉・医療・労働などの関係機関等と密接に連携した適
切な対応が求められており,さらに,近年,医学や心理学等の進展,社会における
ノーマライゼーションの浸透等により,障害の概念や範囲も変化し,LD,ADH
D又は高機能自閉症により学習や生活の面で特別な教育的支援を必要としている児
童生徒の存在が指摘され,これらの児童生徒に対する適切な指導及び必要な支援が,
学校教育における喫緊の課題となっているなどとの教育の現状及びその課題につい
ての認識が示されている。その上で,同答申は,特別支援教育とは,障害のある幼
児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組みを支援するという視点に立ち,
幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し,その持てる力を高め,生活や学習
上の困難を改善又は克服するため,適切な指導及び支援を行うものであると規定し,
今後,障害のある幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な指導及び必
要な支援を行う特別支援教育を進めていく上で,現在の盲,聾,養護学校の制度を
様々な教育的ニーズに適切に対応し得るものとする必要があり,上記のような課題
に対処するため,協力者会議最終報告でも提言されているとおり,現在の盲・聾・
養護学校を,障害種別を超えた学校制度(「特別支援学校(仮称)」)とすること
が適当であり,特別支援学校の配置については,一人一人の教育的ニーズに対応す
る特別支援教育の理念や障害の重度・重複化に対応するとの同校の趣旨に照らし,
可能な限り複数の障害に対応できるようにするべきとの視点,障害のある幼児児童
生徒が,できる限り地域の身近な場で教育を受けられるようにするべきとの視点,
障害の特性に応じて,同一障害の幼児児童生徒による一定規模の集団が学校教育の
中で確保される必要があるとの視点,学校の形態に応じて,各障害種別ごとの専門
性が確保され,専門的指導により幼児児童生徒の能力を可能な限り発揮できるよう
にする視点,及び,特別支援教育のセンター的機能が効果的に発揮されるようにす
る視点についても十分考慮される必要があるとしている。また,同答申は,特別支
援学校に期待されるセンター的機能の具体例として,①小中学校等の教員への支
援機能,②特別支援教育等に関する相談,情報提供機能,③障害のある幼児児
童生徒への指導,支援機能,④福祉,医療,労働などの関係機関等との連絡,調
整機能,⑤小中学校等の教員に対する研修協力機能及び⑥障害のある幼児児童
生徒への施設設備等の提供機能を挙げている。(疎乙3,申立ての全趣旨)
(エ)前記協力者会議最終報告や上記中央教育審議会の答申を受け,平成18年
法律第80号により学校教育法が改正され,視覚障害者,聴覚障害者,知的障害者,
肢体不自由者又は病弱者に対して,幼稚園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる
教育を施すとともに,障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るため
に必要な知識技能を授けることを目的とする学校として新たに特別支援学校が規定
され,従前前記(ア)のとおり障害の種別に応じて盲学校,聾学校及び養護学校に区
分されていた特殊教育諸学校の統一が図られた。この改正は,近年,児童生徒等の
障害の重複化や多様化に伴い,一人一人の教育的ニーズに応じた適切な教育の実施
や,学校と福祉,医療,労働等の関係機関との連携がこれまで以上に求められてい
るという状況にかんがみ,児童生徒等の個々のニーズに柔軟に対応し,適切な指導
及び支援を行う観点から,複数の障害種別に対応した教育を実施することができる
特別支援学校の制度を創設するとともに,小学校,中学校等における特別支援教育
を推進することにより,障害のある児童生徒等の教育の一層の充実を図ることをそ
の趣旨とするものであるとされている。そして,同改正後の学校教育法は平成19
年4月1日に施行されたが,これに合わせて,同日,文部科学省初等中等教育局長
は,各都道府県教育委員会教育長及び各指定都市教育委員会教育長等に対し,「特
別支援教育の推進について(通知)」と題する通知を発出した。同通知においては,
特別支援学校においては,これまで蓄積してきた専門的な知識や技能をいかし,地
域における特別支援教育のセンターとしての機能の充実を図ること,などとされて
いた。(疎乙4,申立ての全趣旨)
ウ相手方における経緯等
(ア)大阪市教育委員会においては,昭和37年ころから,養護教育の振興を図
ることを目的として,養護教育に関する事項の調査研究及び教育委員会に対する意
見の具申を行うため,大阪市養護教育審議会(以下「養教審」という。)を設置し
ているが,大阪市教育委員会は,前記イ(イ)の協力者会議最終報告等を受け,これ
までの養護教育の枠を越えた対応が必要と考え,平成15年3月,養教審に対し,
「今後の養護教育について」を諮問した。養教審は,平成15年11月から平成1
7年3月までに3回の審議を行い,また,その間の平成16年には「今後の養護教
育の在り方について」検討するために専門調査員会を設置し,同調査員会において
も4回の審議を行うなどし,養教審は同年12月に同調査員会から調査結果の報告
を受け,平成17年7月27日,大阪市教育委員会に対し,前記諮問事項「今後の
養護教育について」についての答申をした。
同答申においては,P1養護学校の現状につき,継続して医療又は生活規制の必
要な児童及び生徒に寄宿舎での指導を含めて,教科や自立活動を中心に指導を行い,
健康回復に向けての生活指導と併せて病状,症状の改善を促す指導を行っているが,
隣接するP11病院が閉鎖された現在,病院との連携がとりにくい状況にあり,ま
た,心身症を主訴とする児童及び生徒が増加するとともに,結核,ぜん息の児童及
び生徒の郊外での療養に際しての学習の場の確保という設立当初の状況が大きく変
化してきており,さらに,学校周辺の環境面を勘案すると,児童及び生徒の安全確
保の上でも配慮を要する状況にあるとの認識が示されている。その上で,同答申は,
養護教育諸学校について,ノーマライゼーションの理念の広がる中,大阪市におい
て,地域で共に学び,共に育つ教育を推進している状況を踏まえると,養護教育諸
学校がその持てる専門性をいかし,地域の学校園を支援するセンターとしての機能
の充実を図ることは一層重要であり,また,協力者会議最終報告で示された障害種
別にとらわれない学校としての特別支援学校については,居住地校との交流の機会
を増やすことや通学時間を短縮できることなどのメリットがあり,相手方において
も,例えば,肢体不自由養護学校に知的障害のある児童,生徒を受け入れ知肢併置
とするなど,現行の養護教育諸学校について,障害種にとらわれない学校の構想も
含め,再編・整備する必要があるとし,郊外にあるP1養護学校については,これ
までの実績を踏まえつつ,現在連携をとっているP15病院や大阪市立P12セン
ター等の病院との密接な連携ができる市内に移転し,市内の小中学校の院内学級へ
の支援を始めとする病弱教育に関するセンターとしての機能を充実させる等,その
在り方について検討する必要があるなどとし,さらに,教育相談や各校園への指導
助言等,従来から行っている養護教育諸学校での地域におけるセンターとしての取
り組み等については,各学校の専門性や特色をいかし,一層の充実を図る必要があ
り,その際には,教育センターや大学,医療・福祉・労働等関係機関との連携につ
いても各学校に連携を図るための体制づくりを進める必要があると指摘していた。
(疎乙2,13,申立ての全趣旨)
(イ)大阪市教育委員会は,上記(ア)の諮問をしたほか,平成15年にP1養護
学校に隣接するP11病院が廃止されたことから,同教育委員会事務局において,
同校の医療との連携が今後とも可能か,病弱者養護学校の役割を今後も果たすこと
が可能かといった点について検討を重ね,さらに,上記(ア)の養教審の答申を受け,
P1養護学校の課題を含めて,今後の養護教育諸学校のあり方についての検討を深
めた。その結果,P1養護学校の現状については,日常的に医師から治療的見地に
基づく助言が得られない等,医療との連携ができておらず,病状が改善したら地元
校に戻すという病弱養護学校の役割も十分に果たせていない状況にあること,あわ
せて在籍数が減少し,学校としての存続が困難になっている状況にあり,重大な課
題が存すると整理された。そして,病弱教育については,現在その連携をとってい
るP15病院及び大阪市立P12センター等の病院との密接な連携ができる市内に
移管する方向で検討が進められ,P1養護学校の訪問教育を含めた病弱教育を移管
できる可能性のある市内の養護学校について検討したところ,市内の病院に地理的
にも近い肢体不自由養護学校が選択肢の一つとして出され,移管の条件整備等さら
に具体的な検討を進めることとされた。(疎甲15,疎乙19)
(ウ)大阪市教育委員会は,上記のような検討を重ねる一方,将来の移管に備え,
平成18年10月20日,平成19年4月1日以降P1養護学校を就学すべき学校
として指定しないことを決定し,同年11月にはその旨報道機関に発表するととも
に,大阪府教育委員会委員長,各市町村教育委員会委員長及び大阪市立各校園長に
対しその旨通知した。その後,同教育委員会は,P1養護学校の機能をP9養護学
校に移管し,同校を病弱者のセンター校として充実させるなどの方針を固め,同方
針は,平成20年2月26日,同年3月13日及び同年6月25日の大阪市文教経
済委員会での質疑において取り上げられた。(前提事実,疎乙19)
(エ)相手方は,以上の方針に基づき,P1養護学校の廃止(本件設置条例中同
校に係る部分を削る)等を内容とし,平成21年4月1日をその施行日とする本件
改正条例に係る議案を大阪市議会に提出し,平成20年9月18日の同市議会の議
決を経て,同月19日,大阪市長は本件改正条例を公布した。その上で,大阪市教
育委員会は,同年10月10日,P9養護学校を病弱者も対象とする特別支援学校
とすることなどを内容とする新学則を公布した。相手方においては,平成21年4
月以降の病弱者教育について,病院への訪問教育は,P8養護学校,P9養護学校
及びP10養護学校の3校から実施するが,さらに,P9養護学校においては,相
手方市内に住所を有し,心身症等により地元の小中学校に通えない児童生徒を通学
生として受け入れることが予定されている。相手方においては,P1養護学校の廃
止と病弱教育の大阪市内の養護学校への移管によって,年間1280万円余りの支
出削減が見込まれている。(前提事実,疎甲18,54,申立ての全趣旨)
(オ)P1養護学校においては,平成18年11月17日,保護者説明会が開催
され,同校への学校指定の停止についての説明が行われた。また,上記(エ)の本件
改正条例の条例案を市議会に提出するに先立ち,大阪市教育委員会事務局は,平成
20年9月5日及び同月26日にP1養護学校と共催で同校において保護者説明会
を開催し,同年10月10日には,希望者に対し,今後の転学等に関する個々の児
童生徒ごとの教育相談を実施し,同月17日及び20日にはP9養護学校の学校見
学会も行われた。(疎乙16,19,申立ての全趣旨)
エP9養護学校
(ア)P9養護学校は,大阪市βに位置する特別支援学校であり,新学則による
廃止前の旧学則においては,肢体不自由者をその対象としていたが,新学則の下に
おいては,肢体不自由者に加えて病弱者もその対象とすることとされ,病弱者につ
き小学部及び中学部を設けるものとされている。同校の校地総面積は,1万365
8㎡,校舎延べ面積は,本館が3198.8㎡,高等部校舎が3097.8㎡とな
っており,校舎には体育館兼講堂が設置され,プールも整備されている。また,同
校では現在スクールバスを活用しており,大阪市内の6コースを運行している。
P9養護学校は,大阪市立P12センターから車で約10分の距離に所在すると
ころ,同センターには,病弱児童生徒の相談窓口である療育相談室が設置されてお
り,また,同センターは,前記ウ(イ)のとおり,特別支援教育の実施に当たって相
手方との連携がとられている。そして,同校においては,同センターに同校の児童
及び生徒の主治医が多数在籍していることから,医療的ケアの必要な児童,生徒に
つき,保護者からの依頼に基づき,担当教員が同伴しての主治医面談を実施した上,
これを参考にして,校長,教頭,学部主事,保健主事,養護教諭等から構成される
医療的ケア検討委員会において,医療的ケアの実施の手順,緊急時の対応,配慮点
等をまとめた医療的ケア実施マニュアルを作成し,当該マニュアルを主治医及び保
護者に確認してもらい,実施の際に配慮すべき点について助言を得るなどの連携を
図っている。さらに,同校の校医は,心身症外来やアレルギー外来等を設置してい
る小児科専門病院であり小児救急告示病院の指定も受けているP13病院の診療部
長であるが,同病院は,同校から徒歩で約5分の距離に所在しており,また同校医
は,現在,月に3ないし5回程度同校を訪れ児童及び生徒並びに教諭等からの聞き
取りを行っているほか,上記医療的ケア検討委員会にも参加している。
P9養護学校は,これまで,相手方の設置する小学校及び中学校から相談を受け
て,養護学級に在籍する児童及び生徒の指導方法や指導内容についての助言を行っ
たり,校内研修において障害のある児童及び生徒の理解等についての講話を行うな
どの活動を行ってきている。(前提事実,疎甲8,疎乙15,17,申立ての全趣
旨)
(イ)前記のとおり,相手方においては,平成21年4月以降は,P9養護学校
において病弱者に該当する児童及び生徒を通学生として受け入れる予定であるとこ
ろ,同校においては,病弱者の受入態勢として以下のような検討がされている。
aP9養護学校における病弱者に対する教育内容については,P1養護学校と
同様の授業時間数や週時程(時間割)等が策定されており,自立活動に関しても基
本的にP1養護学校において現在実施している内容を引き継ぎ,年間を通じて週5
時間実施する予定であり,具体的には,病種にとらわれない諸活動としては,球技
やダンス等の身体活動,農芸,木工や陶芸等の創作活動,パソコン及び演劇等を行
うこととされ,病種ごとの自立活動については,「肥満」,「喘息・アトピー」,
「心身症・虚弱」及び「心疾患・てんかん」の4グループに分け,グループごとに
教諭が指導計画を作成し,1か月20時間の自立活動のうち2時間をこれに充てる
ことが予定されている。申立人P2についていえば,国語,数学,理科及び社会に
ついては,同学年の他の生徒とともに授業を受ける形態で行い,現在個別課題を行
う形式で授業を受けている英語についてもこれまでと同様の形式で授業を行うこと
を予定している。
また,病弱者に対しては,P9養護学校の校医が,病弱者の主治医から必要に応
じて意見書を徴するなど連携を図った上で1か月に1回程度診察を行い,その際に
は,診察結果に基づく同校医の助言を担任の教諭において個別の教育支援計画に記
載し,それを基に指導計画を作成することが予定されている。(疎乙15,17,
19,20,27,申立ての全趣旨)
bまた,地元校への復帰を目標として,児童生徒が円滑に地元校に適応できる
よう,病状の改善に合わせて試験的な通学を可能とするなど,段階的に地元校への
復帰を行うこと,具体的には,児童生徒の病状の経過を定期的に報告するなど地元
校と連携をとった上で,復帰の見通しが持てた場合には,校医や大阪市立P12セ
ンターを受診させた上で,行事の参加や登校練習,授業参加等による試験的な通学
を実施することも検討されている。(疎乙19,申立ての全趣旨)
c学校施設についても,同校の校舎の資料室(37㎡),相談室(23㎡)及
び言語訓練室(23㎡)の3教室を普通教室に転用し,3学級18名分の教室を確
保するものとされ(資料室は3名で,相談室及び言語訓練室は3ないし4名で利用
することが予定されている。),これら学校施設の改修工事その他病弱教育機能の
移管のため,現時点において既に合計439万5200円の予算が配付ないし執行
承認されている。なお,上記各教室だけではグループ学習の場が確保できない場合
には,同校の多目的室やパソコン室及び美術室等他の特別教室を確保する予定であ
る。(疎乙17,20,23,29)
dP9養護学校においては,病弱者に該当する児童生徒は自宅から公共交通機
関を利用して通学することを原則とするが,遠距離(通学時間が60分を超えるよ
うな場合)や乗換による負担への配慮が必要な場合には,スクールバスやタクシー
等の利用を検討するものとし,通学の負担が大きく,自宅からの通学では病状の改
善を図ることが困難であると医師が判断する場合には,後記(オ)の寄宿舎を利用す
ることができるよう配慮することが予定されている。(疎甲18,申立ての全趣
旨)
(ウ)また,P9養護学校においては,平成21年度以降,市内の小中学校の教
員の研修会等や,同校の教員による市内の小中学校の病弱・身体虚弱学級及び病院
内学級への指導助言等の支援を,年間10ないし40回程度実施することが予定さ
れている。(疎乙17,19)
(エ)P9養護学校における平成20年度における職員構成は,校長,栄養職員
及び学校薬剤師が各1名,教頭,養護教諭及び管理作業員が各2名,教諭が58名,
実習助手が14名,講師が16名,医師が6名,看護師が3名などとなっている。
大阪市立特別支援学校に係る教職員数の定数の総数は,大阪府教育委員会が学級数
を基礎として定めることとなっているところ,平成21年度のP9養護学校の教職
員総数は平成21年3月中旬以降に大阪府教育委員会事務局から内示されることと
されており,現時点では判明していない。(疎甲8,疎乙22)
(オ)新学則は,P9養護学校には寄宿舎を設ける旨規定しているが(前提事実
(3)ウ),実際には,同校独自の寄宿舎は設けず,同校の近隣に所在するP14学校
(本件改正条例による本件設置条例改正後の名称はP16学校である。名称変更の
先後にかかわらず以下「P14学校」という。)に既に設置されている寄宿舎を,
P9養護学校の寄宿舎としても利用することとしている。
平成20年12月1日現在のP14学校寄宿舎の登録者数は79名(小学部生2
9名,中学部生12名,高等部生(普通科)15名,理療部(高等部の保健理療科
及び理療科のことをいい,これらに属する生徒はすべて18歳以上である。)生2
3名)である。もっとも,P14学校では,寄宿舎を自立のための生活訓練の場と
しても利用しており,放課後のみ寄宿舎を利用する「お残り」や,宿泊頻度を決め
て定期的に寄宿舎を利用する「お泊まり」といったことも行われており,同寄宿舎
を常時(週4日)利用している生徒は理療科の生徒6名のみである。したがって,
同寄宿舎の日常の宿泊利用は,登録者数の6ないし7割程度となっており,平成2
0年において同寄宿舎に1日に宿泊した児童及び生徒の人数は最大37ないし38
名であった。同寄宿舎1室の定員は,小学部で8名,中,高等部で6名となってい
るが,理療部については年齢の高い生徒がいることもあり,プライバシーに配慮し
て1室の利用者を2,3名とする部屋編成を行っている。現在同寄宿舎には,小学
部児童の居室が2室,肢体不自由を伴う重複生徒の居室が2室,中高等部男子生徒
の居室及び中高等部女子生徒の居室が各6室あるが,平成21年4月以降について
は,同寄宿舎2階にある中高部男子生徒用の居室及び宿直室のうち各1室を男子の
病弱児童生徒の居室とし,同寄宿舎の3階にある中高部女子生徒用の居室及び宿直
室のうちの各1室を女子の病弱児童生徒の居室とすることが予定され,そのための
予算(10万円)の執行が既に承認されている。
また,P14学校の寄宿舎からP9養護学校までの通学に要する時間は20分程
度である。(疎甲34,疎乙18,24,25,28,29,申立ての全趣旨)
(3)検討
ア以上認定した事実及び前記前提事実によると,養教審は,大阪市教育委員会
が平成15年にした「今後の養護教育について」の諮問に対する答申において,養
護教育諸学校全般について,養護教育諸学校がその持てる専門性をいかし,地域の
学校園を支援するセンターとしての機能の充実を図ることが一層重要であり,障害
種別にとらわれない学校としての特別支援学校は,居住地校との交流の機会を増や
すことや通学時間を短縮することができるなどの利点があるとした上で,相手方に
おいても,例えば,肢体不自由養護学校に知的障害のある児童,生徒を受け入れ知
肢併置とするなど,現行の養護教育諸学校について,障害種にとらわれない学校の
構想も含め,再編,整備する必要があるとするとともに,P1養護学校について,
隣接するP11病院が閉鎖された現在,病院との連携がとりにくい状況にあり,ま
た,心身症を主訴とする児童及び生徒が増加するとともに,結核,ぜん息の児童及
び生徒の郊外での療養に際しての学習の場の確保という設立当初の状況が大きく変
化してきており,さらに,学校周辺の環境面を勘案すると,児童及び生徒の安全確
保の上でも配慮を要する状況にあるとした上で,これまでの実績を踏まえつつ,現
在連携をとっている病院との密接な連携をとることができる市内へ移転し,病弱教
育に関するセンターとしての機能を充実させる等,その在り方について検討する必
要があるとし,大阪市教育委員会において同指摘を踏まえて検討した結果,平成1
9年4月1日以降P1養護学校に係る学校指定を停止するとともに,同校の機能を
P9養護学校に移管するとの方針等を固め,相手方において平成21年3月末日の
経過をもってP1養護学校を廃止するとともにその余の特殊教育諸学校の名称を特
別支援学校に改めることを内容とする本件改正条例を制定し,大阪市教育委員会に
おいて,平成21年4月1日以降P1養護学校を除く既設の養護学校7校(知的障
害者対象校4校及び肢体不自由者対象校3校)のうちそれまで肢体不自由者を対象
(就学させるべき児童及び生徒の障害の区分)としてきたP8養護学校,P10養
護学校及びP9養護学校の3校を肢体不自由者に加えて病弱者を対象とする特別支
援学校とし,そのうちP8養護学校及びP10養護学校の病弱者に対しては訪問教
育を実施するものとすることなどを内容とする新学則を制定したものと認められる
(なお,申立人らは,相手方は養教審での審議及びその報告に基づいてP1養護学
校の廃止を決定したのではなく,相手方において同校廃止の方向を内定し,養教審
がこれに沿う報告を行ったにすぎないと主張するが,同主張を裏付ける疎明資料は
なく,協力者会議最終報告がとりまとめられた平成15年3月に大阪市教育委員会
から養教審に対する「今後の養護教育について」の諮問がされ,中央教育審議会の
答申がされたのと同じ平成17年に養教審の答申がされているなど,養教審に対す
る今後の養護教育についての諮問及びその答申が国における特別支援教育の在り方
についての検討と並行して行われている経過に照らしても,採用することができな
い。)。これによれば,本件改正条例を制定してした本件学校廃止は,養教審の答
申を受けて,平成21年4月以降,既設の養護学校8校(知的障害者対象校4校,
肢体不自由者対象校3校及び病弱者対象校1校)のうち病弱者対象校であるP1養
護学校を廃止し,肢体不自由者対象校3校をいずれも肢体不自由者に加えて病弱者
を対象とする特別支援学校に再編し,そのうちP9養護学校を除く2校においては
病弱者に対する特別支援教育として訪問教育のみを実施するものとし,P9養護学
校において病弱者に対する特別支援教育を行うこととして,P1養護学校の機能を
相手方市内に所在するP9養護学校に移管し,これによって,P1養護学校につい
て指摘されていた病弱者対象校としての難点(相手方市内から遠隔地に所在し医療
機関との連携がとりにくいという難点)を克服し,併せて移管先のP9養護学校を
相手方における病弱者に対する特別支援教育のセンターとして機能させるという教
育施策の一環として行われたということができる。
イ前記認定事実によると,P1養護学校は,大阪市から南へ約30㎞離れた貝
塚市東部の丘陵上に位置し,大阪市内から同校へ行くためには少なくとも1時間3
0分を要し,また,従前は同校に隣接してP11病院が存在し,同病院との連携が
図られていたが,同病院は平成15年に廃止されたため,現在は,大阪市内に所在
する大阪市立P12センターやP15病院等との連携が図られており,また,同校
においては,平成18年以降,一度もその教員を大阪市内の小中学校等に派遣した
ことはなかったというのである。他方で,P9養護学校は,大阪市内に所在し,相
手方が特別支援教育の実施に当たり連携をとっている大阪市立P12センターまで
は車で約10分の距離にあり,児童,生徒に対する医療的ケアの実施に当たり同病
院の主治医の助言と協力を得るなどの連携を図っているほか,同校から徒歩5分の
距離には小児科専門病院であるP13病院があり,しかも,同病院の診療部長が同
校の校医も務めていて,月に3ないし5回程度同校を訪れ児童及び生徒並びに教諭
等からの聞き取りを行っているほか,同校に組織された医療的ケア検討委員会に参
加しているというのであり,また,同校は,これまで,相手方の設置する小学校及
び中学校から相談を受けて,養護学級に在籍する児童及び生徒の指導方法や指導内
容についての助言を行ったり,校内研修において障害のある児童及び生徒の理解等
についての講話を行うなどの活動を行ってきているというのである。以上のような
両特別支援学校の地理的条件等に照らせば,P9養護学校においては,大阪市から
遠距離に所在し隣接する医療機関も存しないP1養護学校に比して,近隣の医療機
関との連携を図りその医学的知見を児童生徒に対する教育指導にも反映させること
が容易となり,緊急時の対応等の利便性も向上することは明らかであるし,また,
同市内の小中学校の教員等の研修をP9養護学校において行ったり,同校の教員を
小中学校に派遣する等によって同市における病弱者に対する特別支援教育の中心的
機能を担うことがより容易になることもまた明らかというべきである。そして,前
記認定事実によれば,P9養護学校への機能移管後は,同校において,病弱者に対
し,同校の校医がその主治医から必要に応じて意見書を徴するなどの連携を図った
上で1か月に1回程度診察を行い,その際には,診察結果に基づく同校医の助言を
担任の教諭において個別の教育支援計画に記載し,それを基に指導計画を作成する
ことが予定されており,また,市内の小中学校の教員の研修会等や,同校の教員に
よる市内の小中学校の病弱・身体虚弱学級及び病院内学級への指導助言等の支援を,
年間10ないし40回程度実施することが予定されているところ,同校が予定して
いる上記のような医療機関との連携の確保及び病弱者に対する特別支援教育のセン
ター的機能の充実は,同校におけるこれまでの取組みとその実績に照らして十分実
現可能なものということができる。
そうであるところ,前記認定の特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会
議の協力者会議最終報告及び中央教育審議会の「特別支援教育を推進するための制
度の在り方について(答申)」を受けて平成18年法律第80号により学校教育法
が改正され特別支援教育に係る規定が整備された経緯等にかんがみると,学校教育
法の定める特別支援教育の制度は,児童生徒等の障害の重複化や多様化に伴い,一
人一人の教育的ニーズに応じた適切な教育の実施や,学校と福祉,医療,労働等の
関係機関との連携がこれまで以上に求められているという状況にかんがみ,従前の
特殊教育諸学校(聾学校,盲学校及び養護学校)に代えて,児童生徒等の個々のニ
ーズに柔軟に対応し,適切な指導及び支援を行う観点から,複数の障害種別に対応
した教育を実施することができる学校制度を創設するとともに,小学校,中学校等
において特別支援教育を推進することにより,障害のある児童生徒等の教育の一層
の充実を図ることをその趣旨として設けられたものであり,その趣旨からして,特
別支援学校が複数の障害種別に対応した教育を実施し得ること,障害のある児童生
徒等の教育的ニーズを的確に把握等するため特別支援学校において医療機関等との
連携を確保すること及び特別支援学校が特別支援教育のセンターとしての機能を発
揮することは,学校教育法の定める特別支援教育制度が当然に予定するところとい
うことができる。そうであるとすれば,P9養護学校を肢体不自由者に加えて病弱
者を対象とする特別支援学校とした上,病弱者に対する特別支援教育実施機関とし
てのP1養護学校の機能をP9養護学校に移管することにより,同校の至近に所在
する医療機関(大阪市立P12センター及びP13病院)との連携を確保し,あわ
せて同校に相手方における病弱者に対する特別支援教育のセンター的機能を発揮さ
せるという相手方の本件学校廃止に係る教育施策は,正に上記のような学校教育法
の趣旨に沿うものであるということができる(のみならず,P9養護学校における
上記のような医療機関との連携の確保及び病弱者に対する特別支援教育のセンター
的機能の充実が同校の地理的条件やこれまでの同校における取組みとその実績に照
らして十分実現可能といえることは前記のとおりである。)。
取り分け,特別支援教育の対象となる病弱者の障害とは,慢性の呼吸器疾患,腎
臓疾患及び神経疾患,悪性新生物その他の疾患の状態が継続して医療又は生活規制
を必要とする程度のもの又は身体虚弱の状態が継続して生活規制を必要とする程度
の障害であって(学校教育法施行令22条の3),病弱者に対する特別支援教育に
おいては,障害の内容,程度が多様でしかも可変的である(障害の重複も少なくな
い)ことから,個々の児童及び生徒の障害の状態に応じてその教育的ニーズにかな
う適切な教育を施し,障害による学習上及び生活上の困難を克服し自立を図るため
に必要な知識技能を授けるに当たり,個々の児童及び生徒の障害の状態,すなわち,
疾患の内容,程度,心身の状態等を的確に把握することが不可欠であり,そのため
には,当該特別支援教育を施す特別支援学校において医療機関との密接な連携を確
保することが必須であるということができる。このような観点からしても,病弱者
に対する特別支援教育機関としてのP1養護学校の機能を特別支援教育の実施に当
たって相手方との連携がとられている大阪市立P12センター及びその診療部長が
校医を務めるなどかねてから特別支援教育の実施に協力してきたP13病院の至近
に所在するP9養護学校に移管する旨の教育施策は,正に教育基本法の理念及び学
校教育法の定める特別支援教育制度の趣旨に沿うものということができる。
以上に対し,申立人らは,P1養護学校は現在においても病弱教育に関する機能
を十分果たしており,小中学校への助言指導等ができていないとすれば,それは同
校が遠隔地にあることではなく,それを可能にする人員配置がされていないことに
問題があり,病弱教育のセンターとしての機能の充実は本件学校廃止の理由とはな
らない旨主張する。しかしながら,P1養護学校と比べてP9養護学校の方が病弱
者を対象とする特別支援教育に関するセンターとしての機能を果たす上で地理的条
件にすぐれていることは明らかである上,障害の種別が異なるとはいえそれに向け
た取組みとその実績を有しているというのであるから,P1養護学校が人的補強に
より上記センターとしての機能を果たし得ることをもって,本件学校廃止に係る相
手方(教育委員会)の前記教育施策の不合理性の根拠とすることはできない。
また,申立人らは,P1養護学校に在籍する児童及び生徒は日常的に医療機関を
受診することを要せず,必要に応じて転入前からの主治医等を受診すれば足り,現
在においても必要な医療機関との連携は適切に行われており,医療期間との密接な
連携を可能にすることは本件学校廃止の理由とはならない旨主張する。確かに,前
記認定事実によれば,P1養護学校においては,平成15年に隣接するP11病院
が廃止された後は,大阪市立P12センター等との連携が図られており,また,同
校に現在在学する児童及び生徒の障害の種別としては,肥満や心身症といった日常
的な医療措置を要しないものが多く,現時点において特段の医療上の問題は生じて
いないことが一応認められる。しかしながら,前記認定のとおり,現在P1養護学
校が連携を図っている上記大阪市立P12センターは大阪市内に存するというので
あるから,P9養護学校の方が同センターとの連携を図る上で地理的条件にすぐれ
ていることは明らかである。のみならず,そもそも,特別支援教育制度が想定して
いる特別支援学校と医療機関との連携は,障害を有する児童及び生徒に対する治療
(医療的ケア)にとどまらず,特別支援学校において障害を有する児童及び生徒一
人一人の障害の状態に応じた教育的ニーズを的確に把握し,当該教育的ニーズに応
じた適切な指導及び支援の内容を見いだし,これを施していく上で,医療機関より
専門的見地からの助言と協力を得ることができる態勢を確保することをいうものと
解されるところ,前記のとおり,病弱者を対象とする特別支援教育においては,障
害の内容,程度が多様でしかも可変的であることなどから,特別支援学校において
医療機関との密接な連携を確保することが他の種別の障害を対象とする特別支援学
校にも増して重要であることにかんがみると,特別支援教育の実施に当たって相手
方との連携がとられている大阪市立P12センター及びその診療部長が校医を務め
るなどかねてから特別支援教育の実施に協力してきたP13病院の至近に所在し,
障害の種別が異なるとはいえこれら医療機関との連携が確保されてきたP9養護学
校に病弱者を対象とする特別支援教育の機能を移管することが教育施策としての合
理性を有することは明らかというべきである。
以上のとおりであるから,申立人らの前記主張はいずれも採用することができな
い。
さらに,P1養護学校の機能をP9養護学校に移管する旨の相手方(教育委員
会)の教育施策は,障害のある児童及び生徒ができる限り地域の身近な場で教育を
受けることができるという特別支援教育制度の趣旨にも沿うものということができ
る。すなわち,前記のとおり,中央教育審議会の「特別支援教育を推進するための
制度の在り方について(答申)」において,特別支援学校の配置については,障害
のある幼児児童生徒が,できる限り地域の身近な場で教育を受けられるようにする
べきとの視点について十分考慮される必要があるとされており,これは,特別支援
教育の対象となる児童及び生徒の通学上の利便の確保にとどまるものではなく,特
別支援教育が障害の有無やその他の個々の違いを認識しつつ様々な人々が生き生き
と活躍することができる共生社会の形成の基礎となるものであるとの理念(前記文
部科学省初等中等教育局長「特別支援教育の推進について(通知)」参照)に立脚
するものであり,ノーマライゼーションの理念に基づく障害者の自立及び社会参加
に向けた総合的な施策の一翼を成すものということができる。学校教育法施行令の
規定する認定就学者制度も,特別支援教育制度の下においては,以上のような特別
支援教育制度の趣旨,目的,理念に基づく積極的な意義が付与されていると解され
るのである。
この点,申立人らは,P1養護学校が症状が改善したら地元校に戻すという病弱
養護学校の役割を十分に果たせていないとの相手方の主張について,障害が原因と
なって不登校を来した児童及び生徒が前籍の普通校に復帰することはかなり困難で
あることを理由に上記主張は誤りであるなどと主張する。
確かに,特別支援教育の対象となる視覚障害者等にはその障害が原因で不登校に
つながる者が少なくないと一応認められ,前記中央教育審議会の「特別支援教育を
推進するための制度の在り方について(答申)」においても,LD,ADHD,高
機能自閉症等の状態を示す幼児児童生徒が,いじめの対象となったり不適応を起こ
したりする場合があり,それが不登校につながる場合があるなどとの指摘もあると
の認識が示されている(疎乙3)。もとより,そのような児童及び生徒についても,
その尊厳が重んじられるとともに,その障害の状態に応じた十分な教育を受け,そ
の障害による学習上又は生活上の困難を克服し,自立して社会に参加する機会が制
度的に確保されなければならないことはいうまでもなく,特別支援教育制度は,こ
れらの児童及び生徒に対してもその個々の教育上のニーズに応じた適切な指導及び
支援を施すことができるものでなければならないというべきである。しかしながら,
そのような観点をも踏まえて特別支援教育制度の具体的内容を定めるについても様
々な方策が存在し得るところ,以上認定説示した特別支援教育制度創設の経緯に加
えて認定就学者制度を始めとする特別支援教育に関する学校教育法及び学校教育法
施行令の規定内容にかんがみると,学校教育法の定める特別支援教育制度は,障害
者基本法等の趣旨とするノーマライゼーションの理念に基づき,障害のある児童及
び生徒とそうでない児童及び生徒とが地域で共に学ぶことを通じて,障害者の福祉
についての関心と理解を深め,障害者に対する差別及び障害者の社会参加に対する
障壁を克服することを志向しているのであって,障害に起因するいじめや不登校の
問題も,学校全体で特別支援教育を推進することにより,これを克服し,また,未
然に防止するとの方向性が示唆されていると解されるのであり,前記中央教育審議
会の「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)」においても,
学校全体で特別支援教育を推進することにより,いじめや不登校を未然に防止する
効果も期待されるとされているところである。そうであるとすれば,特別支援学校
において児童及び生徒の症状の改善を図るとともに地元校への試験的通学など早期
に地元の小学校又は中学校に適応して円滑に復帰することができるような取組みを
行うことは,学校教育法の定める特別支援教育制度が予定するところというべきで
あり(学校教育法施行令6条の2,3参照),そのような取組みを行うに当たって,
相手方の市内に所在し近くの医療機関との連携も確保されているP9養護学校がP
1養護学校に比して地理的条件等にすぐれていることも明らかである。
したがって,申立人らの上記主張も採用することができない。
以上によれば,本件学校廃止に係る相手方(教育委員会)の教育施策は,教育基
本法の理念及び学校教育法の定める特別支援教育制度の趣旨に沿うものということ
ができる。
そこで,次に,上記教育施策が申立人らを含むP1養護学校に在学する児童生徒
を始め相手方の区域内に住所を有する児童生徒等の特別支援教育に係る利益を著し
く侵害するといえるか否かについて検討する。
ウ前記認定事実によれば,P9養護学校においては,平成21年4月以降,病
弱者に該当する児童及び生徒に対する教育内容について,P1養護学校と同様の授
業時間数や週時程(時間割)等が予定されており,自立活動に関しても基本的にP
1養護学校において現在実施している内容を引き継ぎ,年間を通じて週5時間実施
する予定であり,具体的には,病種にとらわれない諸活動としては,身体活動,創
作活動,パソコン及び演劇等を行うこととされ,病種ごとの自立活動については,
「肥満」,「喘息・アトピー」,「心身症・虚弱」及び「心疾患・てんかん」の4
グループに分け,グループごとに教諭が指導計画を作成し,1か月20時間の自立
活動のうち2時間をこれに充てることが予定されているというのであり,先に認定
したP1養護学校における現在の教育内容と比較しても遜色なく,学校教育法施行
規則126条ないし133条の2において規定する教育課程にも適合するものであ
るということができる。これらによれば,P9養護学校において予定されている病
弱者に対する教育内容は,学校教育法の所期する特別支援教育としての実質を有す
るのみならず,P1養護学校において実施されていた教育の内容,水準及び質等が
可能な限りP9養護学校における教育に継承されるよう配慮されているということ
ができる。
他方で,同校の設備についてみると,前記認定事実によれば,同校では資料室等
の3室を病弱者のための普通教室に転用して3学級18名分の教室を確保すること
とされ,既にその改修等のための予算も配付されており,また,上記教室だけでは
グループ学習の場が確保できない場合には,他の特別教室を確保する予定であると
いうのである。以上に加えて,同校にはプールや体育館も整備されていることや,
現在相手方における唯一の病弱者対象校であるP1養護学校に在学している児童及
び生徒の人数も併せ考えれば,P9養護学校の設備は,病弱者に対する特別支援教
育を行うに足りるものであると認めることができる。また,前記認定事実によれば,
P9養護学校には,現在でもP1養護学校を大きく上回る数の教員等が配置されて
おり,肢体不自由者と病弱者とでその施す教育の具体的内容が相当程度異なると考
えられるものの,前記認定のとおり,同校においては医療機関(大阪市立P12セ
ンター及びP13病院)との連携が確保されており,その教員においてこれら医療
機関の助言と協力を在籍する児童及び生徒に対する指導及び支援にいかしてきた実
績を有しているのであって,これらにかんがみると,P9養護学校が病弱者を対象
とする特別支援学校としての機能を十全に果たすに必要な人的体制を欠いていると
直ちにいうこともできない。
以上のとおり,P9養護学校において予定されている病弱者に対する教育内容は,
P1養護学校において実施されてきた教育内容を基本的に引き継ぐものである上,
同校がそれまでの肢体不自由者に加えて相手方の設置する唯一の病弱者対象特別支
援学校(訪問教育を除く。)として相手方の区域内に住所を有する病弱者を対象と
する特別支援教育を施していくために必要な設備及び人的体制に欠けると直ちにい
うこともできず,その予定する教育内容の実現にとって支障となるような具体的事
情を認めるに足りる的確な疎明資料もない。そうであるとすれば,P9養護学校に
おいては,これまでP1養護学校が病弱者対象校として蓄積してきた経験及びノウ
ハウ等を継承,発展させ,その実施する特別支援教育にいかしていくことが可能な
体制が予定されているということができるのであって,それが予定どおり実現され
る限りにおいて,P1養護学校からP9養護学校に移行する児童及び生徒が被る不
利益も最小限にとどまるということができ,また,今後P9養護学校に就学する児
童及び生徒に対しても,少なくともP1養護学校におけるのと大差のない特別支援
教育が施されることが相応の根拠をもって期待されるというべきである。
この点,申立人らは,P9養護学校において準備されている教室等の設備はP1
養護学校に比して格段に小さく,病弱者について著しい教育条件の低下を招くと主
張する。確かに,前記認定事実によると,校地面積や校舎の延床面積(P9養護学
校については高等部校舎を除く。)は,P1養護学校に比してP9養護学校は小さ
いことが一応認められるが,前記認定事実に照らすと,そのことから直ちに教育条
件が低下するとは認め難い。また,P9養護学校の教室については,前記認定のと
おり,資料室等3室を普通教室に転用し,これらを各3ないし4名で利用すること
が予定されているところ,疎乙23によれば,相手方においては小中学校の普通教
室の面積を64㎡として設計・運用し,当該教室を35ないし40名の児童又は生
徒が利用しているというのであり,これらによれば,P9養護学校の教室は,児童
又は生徒1名当たりの面積という点からみれば,必ずしも小さいとはいえず,この
ような教室を用いることが教育条件の著しい低下をもたらすとは認められない。し
たがって,申立人らの上記主張は採用することができない。
また,申立人らは,P9養護学校へP1養護学校の機能を移管しても現在のP1
養護学校におけると同数の教員をP9養護学校において確保することはできず,同
校は人的配置の点でも不十分であると主張するが,P9養護学校が病弱者を対象と
する特別支援学校としての機能を十全に果たすに必要な人的体制を欠いていると直
ちにいうことができないことは,前記のとおりである。したがって,申立人らの上
記主張は採用することができない。
さらに,前記認定事実によると,P9養護学校自体には寄宿舎は設けないものの,
P14学校の寄宿舎の一部をP9養護学校の寄宿舎とし,P9養護学校に通学する
病弱者に該当する児童生徒については自宅からの公共交通機関を用いた通学を原則
とするが,遠距離(通学時間が60分を超えるような場合)や乗換による負担への
配慮が必要な場合には,スクールバスやタクシーの利用を検討するものとし,通学
の負担が大きく,自宅からの通学では病状の改善を図ることが困難であると医師が
判断する場合には,上記P14学校の寄宿舎を利用することができるものとされて
おり,同寄宿舎からP9養護学校までの通学に要する時間は20分程度であるとい
うのであって,以上によれば,同校は,相手方の区域内に住所を有する児童及び生
徒が社会生活上通学可能な範囲内に存するものということができる。そして,P1
4学校の寄宿舎については,現在の中高等部男子生徒用の居室及び宿直室の各1室
を男子の病弱者児童生徒の居室とし,現在の中高等部女子生徒用の居室及び宿直室
の各1室を女子の病弱児童生徒用の居室とすることが予定され,既にそのための予
算の執行が承認されているというのであり,これに加えて,前記認定のP9養護学
校の所在地及びP1養護学校に在籍する児童及び生徒の人数等を考慮すれば,P1
4学校の寄宿舎が,相手方の区域内に住所を有し病弱者に該当する児童及び生徒を
受け入れるために必要な収容能力を欠くということはできない。また,前記認定事
実によれば,同寄宿舎には,現在,小学部児童の居室が2室,肢体不自由を伴う重
複生徒の居室が2室,中高等部男子生徒の居室及び中高等部女子生徒の居室が各6
室あるが,P9養護学校の児童生徒の居室として転用するのはそのうち中高等部男
子生徒の居室及び中高等部女子生徒の居室の各1室にすぎず,他は宿直室から転用
し,しかも,現在同寄宿舎では登録者数は79名となっているものの,放課後のみ
寄宿舎を利用する「お残り」等のためにも利用されており,実際の宿泊利用は登録
者数の6ないし7割程度であるというのであるから,上記のようなP14学校の寄
宿舎の一部転用によって,同校の児童及び生徒につき重大な影響が生じることはな
いと一応認められる。
この点,申立人らは,P1養護学校においては同校の敷地内に設けられた寄宿舎
が教育施設として積極的な意義を有していたところ,P9養護学校においてはこの
ような寄宿舎における教育を受けることができなくなる旨主張する。
確かに,疎明資料(疎甲9,24,25,28,30,32,36,39,45,
58,59,62)及び申立ての全趣旨によれば,P1養護学校の寄宿舎において
は,生活指導を通じて,その症状の改善に加えて,児童及び生徒が自立と社会参加
を図る上で一定の役割を果たしていることが一応認められる。そして,学校教育法
は,78条において特別支援学校には原則として寄宿舎を設けなければならい旨規
定し,79条1項において,寄宿舎を設ける特別支援学校には寄宿舎指導員を置か
なければならない旨規定する一方,同条2項において,上記寄宿舎指導員の職務の
一つとして寄宿舎における幼児,児童又は生徒の生活指導を掲げているところであ
り,同法においても,寄宿舎は生活指導の場として位置付けられ,そのような役割
を果たすことが期待されているものということができる。しかしながら,前記のと
おり,学校教育法は,その需要規模等にかんがみて,特別支援学校の設置義務を市
町村ではなく都道府県に課しているのであって,1つの特別支援学校が相当広域の
範囲内に住所を有する児童及び生徒を収容することを予定していると解されること
や,特別支援教育の対象となる視覚障害者等は,その障害の程度に照らして通学が
不可能ないし困難な場合も少なくないと考えられることなどからすれば,学校教育
法78条が特別支援学校に寄宿舎を設置することとしている趣旨は,児童及び生徒
の通学を保障することにあると解するのが相当である。そうであるとすれば,学校
教育法上,前記のように寄宿舎が生活指導の場として位置付けられそのような役割
を果たすことが期待されているとしても,それは,そのような生活指導を行うこと
自体が寄宿舎を設置する目的なのではなく,寄宿舎への入舎によって本来家庭にお
いて行われるべき生活指導を家庭において行うことができなくなることに必然的に
伴う要請に基づくものであるということができる。そうであるとすれば,児童又は
生徒がその就学する特別支援学校に自宅から通学することが地理的条件や障害の状
態等に照らして可能である限り,寄宿舎への入舎が維持されないとしても,これに
よって学校教育法が所期する特別支援教育を行うことができなくなるものではない
というべきである。もとより,障害に起因して不登校を来すような事例においては,
家庭内における様々な事情等が複合的に作用しているものも少なくないと考えられ,
また,家庭内における様々な事情が障害の改善に支障となっている事例も少なくな
いと考えられるところであり,そのような事例においては,寄宿舎への入舎による
家庭や学校(地元校)環境からの隔離及び寄宿舎における生活指導等が当該児童及
び生徒の症状の改善ひいては不登校の解消に資することも考えられ,P1養護学校
における寄宿舎がそのような役割を果たしてきたと一応認められることは前記のと
おりである。しかし,寄宿舎における生活指導を当該特別支援学校における特別支
援教育の一環として位置付け,これに積極的な意義を与えることは,特別支援教育
制度の趣旨に決して反するものではないものの,そもそも,日常生活上の世話及び
生活指導は,学校外における教育(家庭教育)の本質的部分として,当該児童及び
生徒の親(保護者)を中核とする家庭にゆだねられているのであって,学校教育法
も,このことを当然の前提として,子ども自身の利益の擁護のため及び子どもの成
長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため必要かつ相当と認められる範囲内
で教育内容を決定する権能を憲法上付与されている国において,学校における教育
についてその内容を定めたものであり,特別支援教育に関する定めも,このことを
当然の前提にしているものと解されるのである(家庭がその果たすべき役割を果た
すことができないことについての施策は,本来的に特別支援教育制度以外の制度枠
組みにおいて検討されるべきものということができる。)。したがって,寄宿舎に
おける生活指導等が同法の定める特別支援教育の不可欠の内容を成すものと解する
ことはできないのであり,寄宿舎を設置している特別支援学校において寄宿舎にお
ける生活指導等を特別支援教育の内容に盛り込むこと自体は同法の許容するところ
であるとしても,それを超えて,特別支援教育の対象となる児童及び生徒に寄宿舎
における生活指導等を受ける利益が同法上保障されていると解することはできない
から,P1養護学校の廃止によってP9養護学校に通学することのできる児童及び
生徒が寄宿舎における生活指導等を受けることができなくなったとしても,そのこ
とのゆえに当該P1養護学校の廃止に係る相手方(教育委員会)の教育施策が同法
の定める特別支援教育制度の趣旨に反するということはできない。以上のとおりで
あるから,申立人らの前記主張を採用することはできない。
以上検討したところによれば,本件学校廃止に係る相手方(教育委員会)の教育
施策が申立人らを含むP1養護学校に在学する児童生徒を始め相手方の区域内に住
所を有する児童生徒等の特別支援教育に係る利益を著しく侵害するということはで
きない。
エ以上認定説示したところによると,一件記録から一応認められる事実関係の
下においては,本件学校廃止に係る相手方(教育委員会)の教育施策は,教育基本
法の理念及び学校教育法の定める特別支援教育制度の趣旨に沿うものであるという
ことができ,また,当該施策が申立人らを含むP1養護学校に在学する児童生徒を
始め相手方の区域内に住所を有する児童生徒等の特別支援教育に係る利益を著しく
侵害するということもできないことに加えて,前記のとおり,そもそも,同法上特
別支援学校の組織及び運営についての責務を負うのは本来的に都道府県であること
にもかんがみると,上記教育施策に基づき相手方が本件改正条例を制定してした本
件学校廃止は,特別支援教育に関する教育基本法の理念及び学校教育法の趣旨等を
没却するものとして,その裁量権の範囲を超え,又はこれを濫用したものであると
いうことはできない。
(4)小括
以上によれば,相手方が本件改正条例を制定してした本件学校廃止は,これ以上
の疎明を欠く本件においては,違法であるとはいえないから,本件は,「本案につ
いて理由がないとみえるとき」に該当するというべきである。
3結論
以上のとおり,本件については,適法な本案訴訟が係属しているものとは認めら
れず,また,本案について理由がないとみえるときに該当すると認められるから,
本件申立ては,その余の点について判断するまでもなく,却下を免れない。
よって,主文のとおり決定する。
平成21年1月30日
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西川知一郎
裁判官徳地淳
裁判官釜村健太

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