弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人今長高雄の上告理由第一点について。
 所論は、原判決は、偏破な裁判であるから憲法三二条に違反すると主張する。し
かし所論は結局証拠の取捨判断ないし事実認定を非難するに帰するところ、記録を
精査し原判決を仔細に検討してみると、原審のような認定判断ができないものでは
なく、所論のような違法は認められない。従つて憲法違反の主張はその前提を欠き
採用できない。
 同第二点について。
 所論は、第一点所掲の理由により、原審は実験則若くは採証法則に違反し且証拠
の判断を誤つた違法があると主張する。所論の採用できないことは第一点説示のと
おりであつて、原判決に所論のような違法はない。
 同第三点、第四点について。
 所論は、民法一〇九条に基いて主張するが、上告人は、本訴において、上告人が
本件二二万円を当時被上告会社D支店の無尽掛金集金員であつて会社のために掛金
を受領する権限があつた訴外Eに五〇万円口無尽の掛金として払込んだことを主張
し、その確認を求めるというのであつて、右Eの身分関係及び掛金受領権限を有し
たことについては被上告会社もまた争わないところである。そして原審は、証拠に
よつて上告人主張の金員は、右E個人に対する貸金として授受されたものであつて、
無尽掛金として授受されたものではないと認定し、両者間に消費貸借関係の成立あ
りと判断したのであつて、なんら所論のような違法はない(また所論は大審院判例
違反をいうふしもあるが、具体的に主張するところがないから判断のかぎりでない)。
 よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官小林俊三の少
数意見を除く裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官小林俊三の少数意見は次のとおりである。
 上告代理人今長高雄の上告理由第二点について。
 一般に通常人の間に行われる通常の金銭貸借において、貸主は貸金が相当の金利
とともに弁済期に滞りなく返済されることを期待し、そのような趣旨で契約を締結
するのが通例であることは、取引の通念として是認できるところである。従つて相
当多額の金員の貸借において、右のような通例と著しく異なり、例えば借主が、無
尽を業とする会社の単なる集金員に過ぎない人妻であつて、格別の資産も信用もな
く、その夫もまた特に資産信用があるとは認められないのに、借主が物的担保はも
とより人的担保も提供しない上、無証書であるというような場合は、そのままでは、
金銭貸借として貸主にきわめて危険であり異例な取引であつて、貸主が真実このよ
うな貸金をしたと認めるためには、他に何か特段の事情が存在することを認め、こ
れを判示しなければならないと解するを相当とする。
 本件の重要な争点(原判決理由の冒頭)は、上告人は、訴外Eの勧誘により、従
来判示のような被上告会社D支店の無尽に加入し、掛金を払い込んでいたが、なお
上告人の提出した上告人宛被上告会社名義の無尽契約証書と題する通帳(甲第一号
証)の毎月掛金領収欄に、同年五月分以降同二六年二月分まで計金二二万円の領収
として、それぞれ年月日の記載と右Eの領収印が押捺されているとおり、上告人は
無尽掛金払込を了したことが真実であるかどうかというに帰する。
 ところで原判決は、訴外Eの職業関係として、同人は、昭和一九年九月より同二
四年五月末まで被上告会社の無尽掛金集金掛として勤務し、無尽勧誘及び掛金の集
金業務に従事していたが、同会社の無尽掛金の多額を横領したため前記最終年月日
に同会社を退いたこと、また右Eと上告人または上告人妻Fとの関係として、上告
人は妻Fをしてa駅前に軽飲食店を経営させ、無尽の加入及び掛金等はすべてFを
して行わせていたこと、本件の無尽も右Eの勧誘によるものであり、上告人は本件
のほか、なお昭和二三年以降に金五万円と一〇万円の各一口宛の無尽に加入してい
たこと、Fの経営する店と被上告会社支店とは近いため右EとFはきわめて懇親で
あり深く信頼していたこと、Fは右のような関係から、右Eの要請があれば飲食店
経営の余裕の金を気軽に用立てていたこと(どの程度の実例があつたかは原判示で
は明らかでない)、等の事実を認めている。次に本件金二二万円の関係事実として、
右Eは自己の勧誘による無尽口数の増加を望むの余り、勧誘先又は加入者の意を迎
えるため時には判示のような無理を行つていたが、終に「やり繰に窮し」、本件の
金借方をFに懇請するに至つたこと、かくして右Eは上告人から、(一)昭和二三
年一一月金五万円、弁済期六ケ月後、利息月八分、(二)同二四年三月七万円、弁
済期半月後、(三)同年四月二三日金一〇万円弁済期月末の三口合計金二二万円を
借り受けるに至つたこと、右Eは、右借受金を差迫つた他の債務の弁済其の他自己
の用途に費消したこと、(なお右三口の金員について貸金証書の作成されたことは
認定されていないし、また保証人のあること、担保の提供されたことも認定されて
いない)、右Eより前記(一)の分について利息として金四、〇〇〇円を、上告人
の金五万円と一〇万円の無尽掛金に立替支払い、前記(二)の利息として金三、五
〇〇円を、昭和二四年三月末上告人の妻Fに支払つたこと、上告人は、前記金二二
万円について、金五〇万円会の無尽掛金昭和二四年五月分以降昭和二六年二月分ま
での二二月分として右Eにより、判示日時の受領日附をもつて払込の領収印押捺を
うけたというのである。そして原判決は、以上すべての事実に基く最終の判断とし
て、結局本件金員は、訴外Eに対する貸金であつて、被上告会社に対する無尽掛金
前払と認めることはできないと断定し、第一審判決を取り消し、上告人の請求を棄
却したのである。
 以上判示の事実関係によつて本件を真実に金銭貸借と認め得るかどうかを検討し
てみると、まず金二二万円という金員は、本件の行われた昭和二三年一一月、翌昭
和二四年三月、四月においては、現在よりはるかに多額の貨幣価値をもつていたこ
とは顕著な事実である。従つて当時金二二万円という金員は、貸主たる上告人の資
産その他について特段の事情の認められないかぎり、相当多額に属するものと認め
られ、上告人が返済を期待することをさして意に介さないというほどの金員と解す
ることはできない。次に当事者双方の身分資産等についてみるに、原審の判示する
ところは、貸主たる上告人について「肩書住所に居を構え、別にa駅前の控訴(被
上告)会社D支店に近い所でその妻Fをして軽飲食店を経営せしめ、無尽の加入及
びその掛金等に関する事はすべて一切Fの処理に委せていたものである。」という
だけであつて、上告人が前記金員について原判示のような異例な貸借をあえてする
であろうことを首肯するに足る特段の事情を認めることはできない。また原審が借
主と認めるEについては、前示のように、昭和一九年九月から被上告会社D支店に
無尽の勧誘及び掛金の集金掛として勤務し、同会社の無尽掛金の横領費消事件によ
り昭和二四年五月末退職するまで右業務に従事していたことを示しているに止まり、
資産、信用について何も判示するところはなく、同人の夫の身分資産等についても
何も判示するところはないから、貸主が間接にも夫の関係を信頼したと認めるべき
根拠もない。転じて貸借の方法について調べてみると、保証人のあることも物的担
保の提供されたこともなんら認められていないのみならず、特に異例なのは貸借証
書の作成のあつたこともなんら認定されていないことである(ただし記録中にはは
じめの金五万円の金員について借用証書の差入れがあつたと見られる証人の供述が
あるが判決はこれにふれていない)。もつとも前示のように上告人は、(一)の金
五万円の分の利息として金四、〇〇〇円を上告人の別口二種の無尽掛金に立替支払
を受け、(二)の金七万円の利息として金三、五〇〇円を昭和二四年三月末支払を
受けたことを認定しているが、この各一回だけの支払いだけで本件金員の性質を原
判決のように断定する証左とするには足りない。
 以上の関係からいうと、本件は通常の金銭貸借としては、通常人が通常の状態に
おいて行う金銭取引の態様としては社会通念上きわめて異例であつて、一般には行
われそうにないことであり、これを是認するためには、さらに他に特段の事情の存
することが認められなければならない。そこでこの見地から改めて、原判決にこの
ような特段な事情を認めた趣旨がうかがえるかどうかを検認してみると、上告人妻
FとEとの従来の交際関係(原判決、記録四〇二丁表同一行ないし六行)、右妻F
はEの要請があれば気軽に金を用立てていたという関係(同六行ないし八行)、右
EがFに金借をするに至つた動機事情(同八行ないし一三行)の記載があるのみで
あつて、次で直ちに本件金員の授受の具体的経過を記載している。(なおこのほか
前記の右Eが利息として金四、〇〇〇円と金三、五〇〇円を支払つた事実が加えら
れるであろう)。しかしこれらの事情のすべてを綜合しても、上告人が、事実上返
済を受けられない危険の多分にある金銭貸借をEとの間にあえて行つたと断定し、
これを通常人のすべてに納得せしめる理由としては、きわめて不足であるといわな
ければならない。
 次に甲第一号証(無尽契約証書)が成立するに至るまでの事実(よつて原審がこ
れを事実に符合しないとして排斥した事実)を取り上げてみると、原判示は、Eが
集金を自己の用途に費消しその額が金六十数万円に達し、その処置に苦慮し暴露す
るのをおそれた結果、支店次長に一切を告白するに至つた事情(同四〇二丁裏八行
目ないし一三行)、その後上司の指示に従い自己の集金事務の整理に当り、上告人
に対する分も含めて、訴外Gを介して猶予を求めた事情(同四〇三丁表一行ないし
三行)、上告人の分は、上告人妻Fの容るるところとならず、却て右Fの判示のよ
うな懇請によりFの言を信じ、判示のような趣旨の下に本件甲第一号証の捺印及び
記入をするに至つた経過(同四行以下四〇四丁裏七行目)等を具さに記載し、結局
このような事情であるから、領収印は事実と符合しないとして上告人の請求を排斥
したのである。しかし以上の結論を除く判示事実は、結局Eが多額の無尽掛金を横
領費消した結果生じた窮状とその始末の経緯であつて、右Eが上司の指示に従つて
自己の集金事務の整理に当り、「上告人の分を含む自己個人の貸借に付ても」、支
払猶予を求めたという判示も、これだけで直ちに疑うことなく本件を上告人のEに
対する個人貸借とする前提に立つて結論にすすむのは早計たるを免れない。けだし
かかる場合、横領者が横領の責任を免れ又は軽くするために自己の個人義務として
猶予を求めることに苦心するのは通例見るところだからである。しかしまた原判決
は、その挙示する証拠によつて判示事実を認めたのであるから、各証抛の採否につ
いても、それが正当であるかどうかを次に検討してみなければならない。
 原判決の採用した証拠を判示の順序に従つて調べてみるに、まず書証として甲第
一号証(無尽契約書)は前記Eの本件領収印がある領収証自体であつて、外形的に
は本件の無尽掛金払込を証するものであり、また甲第三号証(普通預金通帳)は金
一〇万円が昭和二四年四月二三日附で払い出されている経過を示すにすぎず、本件
における特段の事情を示すものでもない。従つて原判決のよつて立つ証拠は証人の
証言であることが判る。そこで引用の証人の個々について調べてみると、証人Eは
被上告会社の無尽掛金を横領費消し事件を引き起した本人であり、本件金員が、無
尽掛金の横領に含まれるか個人の金借と認められるかは、同人に重大な利害関係が
ある本件係争の事実上の相手方たるものであり、また同H、同I、同Jは、それぞ
れ訴訟の相手方たる被上告会社の被用者であつて、特段の事情なきかぎり、被上告
会社の利益を守るべき地位にあるとともに、本件の帰結の如何によつては、これら
の証人の右会社に対する責任を生ずることも有り得べく、従つて以上いずれの証人
の証言も、これらの点につき格別の考慮を払うことなく、そのまま無条件に貸借成
立の証拠として採用することは相当であるとはいえない。次に同Gは、記録によれ
ば、右Eが、本件金員を上告人に対する自己の借金として猶予方の交渉を依頼した
無料法律相談所を経営している人物であり、同Kは右Gの友人でたまたまEが右G
方を訪問した際居合わせ、右Eの言分を伝聞したにすぎないことが認められるから、
これらの証言をそのまま無条件に採用し、本件の性質を決定する重要な証左とする
ことは、これまた相当であるとはいえない。かく考えてくると、かかる証人の証言
を綜合しても、本件のようなきわめて異例な金銭貸借の成立を疑うことなく確信を
もつて是認するには十分でないといわなければならない。
 以上のとおりであるから、他に特段の事情を認めることなく、原審認定の事実関
係だけをもつて本件を金銭貸借と認定することは、上告人または上告人の妻Fがは
じめから返済の期待をもてない危険かつ無意味な金融をしたこととなり、取引の通
念上きわめて不合理であつて、たやすく原判決を肯認することはできない。されば
証拠の採否は、事実審の専権に属するところではあるが、原審が、挙示の証拠だけ
で本件を金銭貸借と認定したのは、通常人なら誰でも疑いを差し挾まない程度に真
実らしいとの確信を得ることの証明があつたものとは認められない(昭和二三年(
れ)第四四一号同年八月五日第一小法廷判決。集二巻二号一一二三頁参照)。した
がつて原判決は、採証法則の限界を越えたとのそしりを免れず、ひいて理由不備審
理不尽の違法あるに帰する。よつて本件は、原判決を破棄し原審に差し戻すを相当
とすると考える。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    高   橋       潔

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