弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原判決を破棄する。
2第1審判決中,更正処分の取消請求を認容した部分
をいずれも取り消し,同請求をいずれも棄却する。
3その余の部分につき,本件を福岡高等裁判所に差し
戻す。
4第2項に関する訴訟の総費用は被上告人らの負担と
する。
理由
上告代理人須藤典明ほかの上告受理申立て理由について
1本件は,被上告人らの経営する株式会社が契約者となり保険料を支払った養
老保険契約(被保険者が保険期間内に死亡した場合には死亡保険金が支払われ,保
険期間満了まで生存していた場合には満期保険金が支払われる生命保険契約をい
う。以下同じ。)に基づいて満期保険金の支払を受けた被上告人らが,その満期保
険金の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,当該会社の支払った上記
保険料の全額が一時所得の金額の計算上控除し得る「その収入を得るために支出し
た金額」(所得税法34条2項)に当たるとして,所得税(平成13年分から同1
5年分まで)の確定申告をしたところ,所轄税務署長から,上記保険料のうちその
2分の1に相当する被上告人らに対する貸付金として経理処理がされた部分以外は
上記「その収入を得るために支出した金額」に当たらないとして,更正処分及び過
少申告加算税賦課決定処分を受けたため,上記各処分(更正処分については申告額
を超える部分)の取消しを求める事案である。
2(1)所得税法34条2項は,一時所得の金額は,その年中の一時所得に係る
総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をする
ため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額
を控除し,その残額から所定の特別控除額を控除した金額とすると定めている。
所得税法施行令183条2項2号は,生命保険契約等に基づく一時金に係る一時
所得の金額の計算について,当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額は,
その年分の一時所得の金額の計算上,支出した金額に算入すると定める一方で,同
号イないしニにおいて,当該支出した金額に総額を算入しない掛金等を列挙してい
るが,その列挙された掛金等の中に,養老保険契約に係る保険料は含まれていな
い。
(2)所得税基本通達(昭和45年7月1日直審(所)30(例規))34-4
は,その本文(注以外の部分)において,所得税法施行令183条2項2号に規定
する保険料又は掛金の総額には,その一時金の支払を受ける者以外の者が負担した
保険料又は掛金の額(これらの金額のうち,相続税法の規定により相続,遺贈又は
贈与により取得したものとみなされる一時金に係る部分の金額を除く。)も含まれ
る旨を定め,その注において,使用者が役員又は使用人のために負担した保険料又
は掛金でその者につきその月中に負担する金額の合計額が300円以下であるため
に給与等として課税されなかったものの額は,同号に規定する保険料又は掛金の総
額に含まれる旨を定めている。
3原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人らは,株式会社A及び株式会社B(以下,両社を併せて「本件会
社等」という。)の代表取締役又は取締役等としてその経営をしてきた者である。
本件会社等は,平成8年から同10年にかけて,生命保険会社との間で,被保険者
を被上告人ら又はその親族,保険期間を3年又は5年,被保険者が満期前に死亡し
た場合の死亡保険金の受取人を本件会社等,被保険者が満期日まで生存した場合の
満期保険金の受取人を被上告人らとする複数の養老保険契約(以下「本件各契約」
という。)を締結した。
本件会社等は,本件各契約に基づき,同各契約に係る保険料(以下「本件支払保
険料」という。)を支払ったが,うち2分の1の部分については,本件会社等にお
いて被上告人らに対する貸付金として経理処理がされた(以下,当該部分を「本件
貸付金経理部分」という。)。他方,その余の部分については,本件会社等におい
て保険料として損金経理がされた(以下,当該部分を「本件保険料経理部分」とい
う。)。そして,平成13年から同15年の間に順次到来した本件各契約の各満期
日において,いずれも被保険者が生存していたため,被上告人らは,満期保険金及
び割増保険金(以下「本件保険金等」という。)の支払を受けた。
(2)被上告人らは,平成13年分から同15年分までの所得税につき,本件保
険金等の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,本件支払保険料の全額
が,所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たり,
一時所得の金額の計算上控除し得るとして確定申告書を各所轄税務署長に提出した
が,各所轄税務署長は,本件支払保険料のうち本件保険料経理部分はこれに当たら
ず,一時所得の金額の計算上控除できないなどとして,更正処分及び過少申告加算
税賦課決定処分をした(以下,前者を「本件各更正処分」といい,後者を「本件各
賦課決定処分」という。)。
被上告人らは,上記各処分を不服として,各所轄税務署長に対する異議申立てを
したが,これを棄却する旨の決定がされ,国税不服審判所長に対する審査請求につ
いても,これを棄却する旨の裁決がされたことから,本件各更正処分のうち申告額
を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求めて,本訴を提起した。
4原審は,所得税法34条2項の文言だけからは,同項にいう「その収入を得
るために支出した金額」として控除できるのが所得者本人が負担した金額に限られ
るか否かは明らかでなく,所得税法施行令183条2項2号本文が保険料又は掛金
の総額を控除できるものと定め,所得税基本通達34-4が同号に規定する保険料
又は掛金の総額には一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の
額も含まれるとしていることからすると,本件保険料経理部分も「その収入を得る
ために支出した金額」に当たり,一時所得の金額の計算上控除できるとして,被上
告人らの請求を全て認容すべきものとした(なお,被上告人らは,前記各処分のう
ち本件における争点と関係しない部分について,原審において請求を減縮し
た。)。
5しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)所得税法は,23条ないし35条において,所得をその源泉ないし性質に
よって10種類に分類し,それぞれについて所得金額の計算方法を定めているとこ
ろ,これらの計算方法は,個人の収入のうちその者の担税力を増加させる利得に当
たる部分を所得とする趣旨に出たものと解される。一時所得についてその所得金額
の計算方法を定めた同法34条2項もまた,一時所得に係る収入を得た個人の担税
力に応じた課税を図る趣旨のものであり,同項が「その収入を得るために支出した
金額」を一時所得の金額の計算上控除するとしたのは,一時所得に係る収入のうち
このような支出額に相当する部分が上記個人の担税力を増加させるものではないこ
とを考慮したものと解されるから,ここにいう「支出した金額」とは,一時所得に
係る収入を得た個人が自ら負担して支出したものといえる金額をいうと解するのが
上記の趣旨にかなうものである。また,同項の「その収入を得るために支出した金
額」という文言も,収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提とし
たものというべきである。
したがって,一時所得に係る支出が所得税法34条2項にいう「その収入を得る
ために支出した金額」に該当するためには,それが当該収入を得た個人において自
ら負担して支出したものといえる場合でなければならないと解するのが相当であ
る。
なお,所得税法施行令183条2項2号についても,以上の理解と整合的に解釈
されるべきものであり,同号が一時所得の金額の計算において支出した金額に算入
すると定める「保険料…の総額」とは,保険金の支払を受けた者が自ら負担して支
出したものといえる金額をいうと解すべきであって,同号が,このようにいえない
保険料まで上記金額に算入し得る旨を定めたものということはできない。所得税法
基本通達34-4も,以上の解釈を妨げるものではない。
(2)これを本件についてみるに,本件支払保険料は,本件各契約の契約者であ
る本件会社等から生命保険会社に対して支払われたものであるが,そのうち2分の
1に相当する本件貸付金経理部分については,本件会社等において被上告人らに対
する貸付金として経理処理がされる一方で,その余の本件保険料経理部分について
は,本件会社等において保険料として損金経理がされている。これらの経理処理
は,本件各契約において,本件支払保険料のうち2分の1の部分が被上告人らが支
払を受けるべき満期保険金の原資となり,その余の部分が本件会社等が支払を受け
るべき死亡保険金の原資となるとの前提でされたものと解され,被上告人らの経営
する本件会社等においてこのような経理処理が現にされていた以上,本件各契約に
おいてこれと異なる原資の割合が前提とされていたとは解し難い。そして,前者の
原資として支払われた部分については,被上告人らが本件会社等にこれに相当する
額を返済すべきものとする趣旨で,被上告人らに対する貸付金として経理処理がさ
れる一方で,後者の原資として支払われた部分については,その支払により当該部
分に対応する利益である死亡保険金につき本件会社等が支払を受ける関係にあった
から,保険料として損金経理がされたものと解される。そうすると,前者の部分
(本件貸付金経理部分)については,被上告人らが本件会社等からの貸付金を原資
として当該部分に相当する保険料を支払った場合と異なるところがなく,被上告人
らにおいて当該部分に相当する保険料を自ら負担して支出したものといえるのに対
し,後者の部分(本件保険料経理部分)についてはこのように解すべき事情がある
とはいえず,当該部分についてまで被上告人らが保険料を自ら負担して支出したも
のとはいえない。
したがって,本件支払保険料のうち本件保険料経理部分は,所得税法34条2項
にいう「その収入を得るために支出した金額」に当たるとはいえず,これを本件保
険金に係る一時所得の金額の計算において控除することはできないものというべき
である。これと異なる見解に立って被上告人らの請求を全て認容すべきものとした
原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理
由がある。
6以上によれば,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところに
よれば,被上告人らの請求のうち,本件各更正処分の一部取消しを求める部分は理
由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求を棄却す
べきである。また,被上告人らの請求のうち,本件各賦課決定処分の取消しを求め
る部分については,本件が例外的に過少申告加算税の課されない場合として国税通
則法65条4項が定める「正当な理由があると認められる」場合に当たるか否かが
問題となるところ,この関係の諸事情につき更に審理を尽くさせるため,本件を原
審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官須藤正
彦の補足意見がある。
裁判官須藤正彦の補足意見は,次のとおりである。
私は法廷意見に賛成するものであるが,原判決や所論の指摘する租税法律主義
(課税要件明確主義)に関連して,以下のとおり補足しておきたい。
1憲法84条は租税法律主義を定めるところ,課税要件明確主義がその一つの
重要な内容とされている。したがって,課税要件及び賦課徴収手続(以下では,本
件に即して課税要件のみについて考える。)は明確でなければならず,一義的に明
確な課税要件であればもちろんのこと,複雑な社会経済関係からしてあるいは税負
担の公平を図るなどの趣旨から,不確定概念を課税要件の一部とせざるを得ない場
合でも,課税庁は,恣意的に拡張解釈や類推解釈などを行って課税要件の該当性を
肯定して課税することは許されないというべきである。逆にいえば,租税法の趣旨
・目的に照らすなどして厳格に解釈し,そのことによって当該条項の意義が確定的
に明らかにされるのであれば,その条項に従って課税要件の当てはめを行うこと
は,租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら反するものではない。
そこで,租税法律主義(課税要件明確主義)についての以上の考えの下に本件を
みるに,所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」は,法廷意
見に理由が述べられているところであるが,当該収入を得た個人において自ら負担
して支出したといえるものでなければならないと解されるのであり,そのことは同
条項の趣旨・目的に照らし明らかであるというべきである。そうすると,被上告人
らが支払を受けた満期保険金につき,所轄税務署長が,支払われた保険料のうち本
件会社等において損金経理された2分の1の部分を控除できないとして本件各更正
処分を行ったことは,同項の趣旨・目的に沿った解釈によって明確にされている同
条項の意義に従ったまでのことであり,租税法律主義(課税要件明確主義)に何ら
反するものではない(もとより,租税法の解釈も通常の法解釈の方法によってなさ
れるべきものであって,特別の方法によってなされるべきものではない。「疑わし
きは納税者の利益に」との命題は,課税要件事実の認定について妥当し得るであろ
うが,租税法の解釈原理に関するものではない。)。
2次に,租税法律主義の下では,国民(納税者)は,現在の租税法規に基づく
課税関係に依拠して経済活動等を行うものであるから,そこにおける法的安定性や
予測可能性が保護されるべきところである。しかるところ,所得税法34条2項の
「その収入を得るために支出した金額」という条文を普通に読めば,ある個人が一
時所得に係るある収入を得るために負担した支出があるなら,所得税課税の対象
は,その支出を差し引いた上でのその個人が稼得した経済的利得であるべきで,そ
の収入全部に課税するのは不合理である(逆にいえば,その支出をした者が別人で
あれば収入金額全額が経済的利得たる所得であってその支出を差し引いた金額にし
か課税しないことは不合理である)という趣旨に読まれると思われる。したがっ
て,同条項で,収入を得た者と支出をした者が同一でなければならないとの前提が
採られているという点は,一般的な常識に合致するものであろうが,その点は別に
しても,本件に即して更に立ち入って考えれば,法人税額算出に当たって損金経理
されるという方法で保険料のうち非課税とした半額部分を,更に所得税額算出に当
たっても控除されるべき金額として扱い,そのことによって重ねて非課税とする結
果を生じさせるというようなことは,不合理であろう。そのことよりすると,上記
の前提に立った法廷意見の解釈が法的安定性や予測可能性を損なうなどとすること
もできない。
3もっとも,本件のような類型の養老保険の保険金支払に係る課税について,
若干の混乱が生じたことには,所得税法施行令183条2項2号や所得税基本通達
34-4の規定振りが,いささか分かりにくい面もあることが一因をなしているよ
うにも思われる。しかしながら,このうち,同施行令同号の意義は,法廷意見で述
べるとおりである。次に,同施行令同号についての同通達は,その本文において,
「支出した金額」に算入されるべき保険料又は掛金(以下,「保険料等」とい
う。)の総額には,その一時金の支払を受ける者以外の者が負担した保険料等も含
まれるとし,その注において,使用者が役員又は使用人のために負担した保険料等
で一定金額以下の給与等として課税(以下「給与課税」という。)されなかったも
のの額もその総額に含まれるとするが,その定めは,役員又は使用人に保険料等の
経済的利益が与えられる場合,原則的に給与課税されるもの,及びその額が一定金
額以下のものであるために福利厚生等の目的とみられてあえて給与課税されないと
いうものについて,「支出した金額」に算入するという考えに立つものといえる。
そうである以上,その通達全体の意味内容は,当該収入(保険金等)を得た役員又
は使用人の一時所得の算定に当たって,自ら保険料等を負担したといえるものを控
除の対象とするという趣旨に解し得るところである。もとより,法規より下位規範
たる政令が法規の解釈を決定付けるものではないし,いわんや一般に通達は法規の
解釈を法的に拘束するものではないが,同通達は上記のような趣旨に理解されるも
のであって,要するに,同施行令同号も,同通達も,いずれも所得税法34条2項
と整合的に解されるべきであるし,またそのように解し得るものである。
(裁判長裁判官須藤正彦裁判官古田佑紀裁判官竹内行夫裁判官
千葉勝美)

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