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判決 平成13年9月27日 福井地方裁判所
   平成13年(わ)第34号 傷害致死被告事件
           主       文
      1 被告人を懲役3年6月に処する。
      2 未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
           理       由
(犯行に至る経緯)
   Aは,前夫Bとの間に長男C(平成7年4月1日生)及び二男D(平成9年4月2
7日生)をもうけ,前夫が勤務先から借りている福井市の社宅でCとDを養育して
いたが,平成9年12月頃から被告人の勤務先でアルバイトとして働くようになっ
て夫婦仲が悪くなり,被告人が平成10年12月初めに東京へ転勤したのちも被
告人と親密な交際を続け,同月末頃,CとDの養育を前夫に委ねて社宅から福
井市の借家へ転居した。
被告人は,前夫と別居したAとの交際を重ねるうちAの妊娠を知り,平成12
年5月に勤務先を退職して福井市の借家でAと同棲生活を送るようになり,同市
内のホテルでアルバイトとして働いていた。
  しかるところ,Aは,前夫と協議のうえ平成12年6月1日にCとDの親権者をAと
定めて離婚し,同月終わり頃,C及び排尿の練習中のDを引き取ったので,被
告人は,Aの出産を控えて手狭になると考え,同年9月,福井市の「a」b号室へ
転居し,Aは同年12月21日,戸籍上前夫の三男として記録されたEを出産し
た。
 被告人と同居するようになったDは,当初,排便は毎回トイレですることがで
き,排尿についても毎回でないにせよ尿意をAや被告人に知らせることができた
が,次第に紙おむつに排尿することが多くなり,被告人の言うことを聞かなくなっ
たため,被告人も,Dの頬を叩くなどして言うことを聞かせようとするようになっ
た。「a」b号室へ転居した頃から,Dは,紙おむつに排尿することを続け,被告人
がDの尻等を叩くなどして言うことを聞かせようとすればするほど逆効果となり,
遂には排便まで紙おむつの中にするようになった。このように被告人の思いど
おりにならないDに対し,なおも言うことを聞かせようとした被告人は,Dの服を
めくり上げて背中を平手で直に叩いたり,太股,腕,頬,頭などを平手で叩くよう
になり,次第に,その回数も増え,叩く力も強くなっていったが,Aは,このような
被告人の暴行をしつけであるとして黙認していた。かくして,激しさを増す被告人
の暴行から自力で逃れる術のないDは,全身いたるところに皮下出血や表皮剥
脱の傷痕が残ったほか,ストレスにより萎縮するとされている胸腺が強度に萎
縮するほどのストレスを受けていた。
(犯罪事実)
   被告人は,平成13年2月11日午前零時30分頃,福井市「a」b号室の被告
人方1階寝室において,それまでのようにD(当時3歳)が脱糞したことや被告人
の追及に対し脱糞していないと嘘をついたことに立腹し,Dのパジャマと下着を
めくり上げて背中を手掌で二回くらい叩く暴行を加え,その背中の右肩甲骨下
部付近に二重条痕様皮下出血及び肩甲骨付近から腰部にかけて粟粒大皮下
出血を生じさせ,さらに,同日午前3時頃,Dがうなり声を出しているのを聞いて
Eが目を覚ましてしまうと思い,これをやめさせるため,仰向けで寝ているDの肩
を数回揺すったものの,Dが目を半開きにしてうなり声を出すのをやめなかった
ので,わざとうなり声を上げているものと思って立腹し,そのパジャマと下着をめ
くり上げて右腹部を手掌で少なくとも4回くらい強打する暴行を加え,その右腹
部に二重条痕様皮下出血を生じさせたほか,上記背部への暴行又は右腹部へ
の暴行の際に,Dの頭部を手掌で叩く暴行を加え,頭皮軟部組織間出血を生じ
させた。
 かくして,Dは,同所において,同日午前8時頃までの間に,上記背部及び右
腹部への暴行により急性出血性すい炎を発症し,上記背部,右腹部又は頭部
への暴行あるいは急性出血性すい炎により胃の内容物を嘔吐し,急性出血性
すい炎によるショック状態に陥っていたため気道内に嘔吐物を吸引し,この吸引
により窒息死した。
(事実認定の補足説明)
 1  検察官は,「本件犯行当日である平成13年2月11日,被告人は,Dの右腹
部のほか頭部及び背部を強打しているが,これは,Dに対する継続的な虐待
を続けたうえでの犯行である。」と主張するのに対し,弁護人は,被告人の供
述に依拠して「本件犯行当日,被告人が頭部に暴行を加えたことはなく,背部
に対する暴行については部位が違う。それまで被告人は,Dを実の子のよう
にかわいがってきたのであって,虐待と言えるような暴行はなかった。」旨を
主張するので,これらの争点につき前記のとおり認定した理由を説明しておく
こととする。
 2 Dの遺体に残された傷痕について
(1)   捜査報告書4通及びF大学医学部法医学講座医師G作成の鑑定結果
報告書によれば,Dの死体の右腹部には新しい二重条痕様皮下出血が多
数存在し,背部には,右肩甲骨下部付近に新しい二重条痕様皮下出血が
存在し,肩甲骨付近から腰部にかけて新しい粟粒大皮下出血が多数存在
したほか,その頭部,胸腹部,背部,左右の上下肢に陳旧性又はやや陳
旧性の皮下出血や表皮剥脱が多数散在したこと,また,その前頭部左右,
頭頂部,側頭部の頭皮には粟粒大から小鶏卵大の新しい頭皮軟部組織
間出血が多数散在し,同部位には拇指頭大から小鶏卵大の陳旧性又は
やや陳旧性の頭皮軟部組織間出血が多数存在したこと,Dの胸腺は,腺
組織が高度に萎縮し,3グラムしかなかったことが認められる。
  (2)   Dの死体を解剖した上記G医師は,その鑑定結果報告書及び検察官調
書において,「(1)の新しい皮下出血及び頭皮軟部組織間出血は,死亡の
当日又は1日前に生じたものと考えられ,陳旧性又はやや陳旧性の皮下
出血及び表皮剥脱は,いずれも1,2日前から1か月前後の間に当該部位
への鈍体の作用により生じたものと考えられる。腹部と背部の二重条痕様
皮下出血は,成人の平手様の鈍体で叩くことによって生じた可能性が高
く,頭部の頭皮軟部組織間出血及び背部の皮下出血は鈍体で叩くことによ
ってできたものと考えられる。右腹部及び背部の皮下出血や頭皮軟部組
織間出血ができた順番や時期は分からないものの,腹部は柔らかい部位
であり,皮下出血を生じさせるにはかなり強い力を加える必要がある。胸
腺が3グラムにまで萎縮したのは,ストレスを受けた期間(被虐待期間)が
およそ3か月以上と推定される。なお,死因は嘔吐物の気道吸引による窒
息であるが,腹部又は背部への殴打により急性出血性すい炎を引き起こ
し,頭部への殴打も加わって胃内容物を嘔吐したと考えられ,頭部,腹部,
背部のいずれを殴打しても嘔吐する可能性がある。」旨の鑑定意見を述べ
ている。
 3 Dの頭部に対する暴行について
  (1)   Dの左右の前頭部,頭頂部,側頭部の頭皮にはDが死亡する当日又は
1日前にできたと考えられる新しい頭皮軟部組織間出血が多数散在し,同
部位には陳旧性又はやや陳旧性の頭皮軟部組織間出血が多数散在して
いること,その背中には,新しい皮下出血のほかに陳旧性又はやや陳旧
性の皮下出血が多数散在していることは上記のとおりであり,Cも検察官
調書において,被告人がDの頭,頬,背中を叩いていた旨を供述している
ことからすれば,被告人は本件犯行以前から,Dの背中を殴打する際には
頭部をも殴打するのが通常であったものと認めるのが相当である。
  (2)   他方,被告人の警察官調書及びAの検察官調書によれば,被告人は
本件犯行の前日である平成13年2月10日には,午前9時頃から午後6時
頃まで仕事で外出し,帰宅後自宅でA及びCと共に夕食をとり,午後8時3
0分頃から午後11時頃まではEを連れて知人との飲み会に出かけていた
ことが認められるから,Dの新しい頭皮軟部組織間皮下出血は同日午後1
1時頃以降に発生した可能性が高く,また,上記のとおり本件犯行以前に
はDの背部と共に頭部も殴打するのが通常であった被告人が,本件犯行
時に背部及び腹部を叩いているのに,その時に限って頭部は叩かなかっ
たとは考えにくいことからすれば,被告人は,背部への暴行を加えた際又
は右腹部への暴行を加えた際のいずれかに,頭部をも殴打したものと認
められる。
 (3)  しかるに,被告人は,「Dの頭部を殴ったことは,本件犯行以前に1回ある
だけであり,本件犯行時にも頭部は叩いていない。Dの頭のけがは,家の
中でDとプロレスごっこをしていたCがDを叩いたりしたことによるものであ
る。Dを毎日のように散歩に連れて行ったが,そのつど1,2回前のめりに
転んだ。おでこ(前頭部)のけがは,その際に転んでできたものである。」旨
を供述している。
      しかし,被告人の言う頭部のけがについては,Cは本件犯行当時5歳で
あり,弟のDとプロレスごっこなどして遊んでいたとしても,CがDの頭部及
び背部に夥しい皮下出血ができるほどの力で繰り返し叩いたり蹴ったりし
ていたなどとは到底考えられず,その原因に関する被告人の供述は信用
できない。また,被告人の言うおでこのけがについても,原因として供述す
るところは,それ自体極めて不自然であるだけではなく,前記2(1)の証拠に
よれば,Dの死体には前のめりに転倒すれば通常負傷するような部位には
それらしい傷跡もないと認められることに照らしても信用できない。
 被告人の上記供述は,死に至る危険性の高い頭部への暴行を,ことさら
否認して,自らの罪責を少しでも軽減するためのものと考えられる。
4 Dの背中に対する暴行について
  (1)   被告人は当公判廷において「本件犯行当日の午前零時30分頃,日頃
Dを怒るときに叩くのと同じくらいの強さ,すなわち「パチン」と音がする程度
の強さでDの背中を1,2回平手で叩いたが,そのとき叩いた部位は,背中
といっても腰の少し上の辺りである。」旨を供述する。
(2)   しかしながら,Dの背部には,Dが死亡する当日又は1日前にできたと
考えられる新しい右肩甲骨下部付近の二重条痕様皮下出血及び肩甲骨
付近から腰部にかけて多数の粟粒大皮下出血が存在したこと,その二重
条痕様皮下出血は成人の平手で殴打することによって生じた可能性が高
いことは前記のとおりであり,その傷痕は,被告人の供述する上記暴行の
態様に符合しているうえ,被告人が「本件犯行前日の午後11時頃にDを風
呂に入れたときには背中に新しい皮下出血があることには気がつかなかっ
た。本件犯行当日午前3時頃,寝室の板の間の所で仰向けに寝ているD
の右腹部を左手掌で叩いた際には,背中は一切叩いていない。」旨を供述
していることを併せ考えると,上記背部の各皮下出血は,いずれも本件犯
行当日の午前零時30分頃の暴行によって生じたものと認められる。
  被告人の「叩いた部位は腰の少し上の辺り」とする上記供述は,被告人
が警察官調書において,叩いた部位につき「背中の真ん中の上の方だっ
たと思う。」と供述していることに照らしても信用できない。
5 被告人がDに加え続けた暴行の性格について
(1)   被告人が本件犯行前にDに加え続けた暴行の態様及び程度は,犯行
に至る経緯において認定したとおりであって,本件犯行当時,胸腺が強度
に萎縮するほどのストレスを受けていたDの体には,全身いたるところに傷
痕や傷害があったことも前記のとおりである。
(2)   しかるに,被告人は,Dを実の子のようにかわいがっていたというのに,
それら夥しい傷痕や傷害の原因をまともに説明することができないだけで
はなく,頭部及び前頭部のけがの原因については,上記のとおり不自然な
弁解までしている。
  (3)  被告人は,本件犯行については,しつけのためではなく,立腹して加えた
暴行であることを認めているが,上記事実関係に照らして考えれば,それ
以前の暴行についても,当初はともかく,しつけのつもりで軽く叩いていた
旨の被告人の供述を信用することはできず,本件犯行前から立腹のあまり
Dを強打していたものと認めるのが相当である。
  なお,弁護人は,生後間もないE・被告人・Cと共にDが撮影された写真2
枚を提出したが,僅か2枚の写真であり,これをもって,これまでの認定を
左右することはできない。
(法令の適用)
 1 罰      条     刑法205条
 2 未決勾留日数算入     刑法21条
 3 訴訟費用の不負担     刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の事情)
 1   本件は,被告人が,内縁の妻の連れ子であるDが,脱糞したり,うなり声を
出し続けたことなどに立腹して,その背部,腹部,頭部を手掌で殴打し,急性
出血性すい炎を発症させるとともに,胃内容物を嘔吐させ,Dを窒息死させた
という事案である。
 2   いまだ分別も十分でない3歳の幼児が自分の思いどおりにならないことに
立腹して暴力を振るったという本件犯行の動機に酌量の余地はなく,うなり声
については,Dがふざけていると邪推して頭にきたというのであるから,これを
やめさせようとして加えた暴行は,一時的な怒りの感情によるものというほか
はない。
  本件犯行の態様は,抵抗できない幼児に対し,あざがはっきりと残るような
相当強い暴行を加えたもので悪質であり,とりわけ腹部という身体の枢要部
に加えた暴行は強烈かつ危険なものである。被告人は,かかる暴行によっ
て,僅か3歳のDの命を奪ったものであり,その結果も極めて重大である。D
の実父(Aの前夫)の被害感情にも厳しいものがある。
 3   しかも,被告人は,本件犯行の数か月前から,自分の思いどおりにならな
いDに対し,尻,背中,太股,腕,頭などを平手で叩く暴行を加え続け,逃れる
術のないDは,その暴行を主たる原因として強度のストレスを受けていたので
ある。このような中で,被告人の暴行により命を失ったDは哀れというほかは
ない。
  たとえ当初は被告人にDに対するしつけの意図があったとしても,Dの背
中に青あざが生じるなど,自らのDに対する暴行が明らかに行き過ぎである
ことを十分認識できたにもかかわらず,その後も,被告人は,そのような暴行
を続けていたのであって,本件犯行は決して偶発的なものではなく,かかる被
告人の本件犯行による刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。
     さらに,頭部の皮下出血について自らの暴行によることを否認し,身体の
各部に残る皮下出血や傷の原因については,よく分からないと述べるなど曖
昧な供述を繰り返していることに照らせば,被告人がDに対して真に愛情を持
って接してきたかどうかは極めて疑わしく,本件犯行についても真に反省して
いるとは認め難い。
 4   他方,被告人は,前科も前歴もなく,これまでまじめに働いてAらの生計を
支えてきたこと,被告人が24歳とまだ若年であることなど,被告人のために
斟酌すべき情状もある。
 5   以上の事情をかれこれ勘案すると,上記のごとき本件犯行に対しては,被
告人のために斟酌すべき情状を最大限に考慮しても,実刑をもって臨むほか
はない。
   よって,諸般の事情をも考慮して,主文のとおり量刑した。
   平成13年9月27日
     福井地方裁判所刑事部
     裁判長裁判官   松   永   眞   明
          裁判官   佐   藤   晋 一 郎
          裁判官   松   本   展   幸

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