弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一、原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。
二、被告は、原告に対し昭和四四年四月一日以降本判決確定に至るまで、毎月二八
日限り一か月金三三、五〇〇円の割合による金員を支払え。
三、原告その余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告の各負担とする。
五、本判決主文第二項は仮に執行することができる。
       事   実
第一、当事者の求めた裁判
(原告)
一、原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。
二、被告は原告に対し、金二、〇〇〇、〇〇〇円及び昭和四四年四月一日以降毎月
二八日限り、金三三、五〇〇円の金員を支払え。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、第二項につき仮執行の宣言。
(被告)
一、原告の請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
三、仮執行免脱の宣言。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、当事者
(一) 被告は、肩書地に本社を有し、総合印刷を業とする株式会社である。
(二) 原告は、昭和四〇年四月一八日滋賀大学経済学部に入学し、同四四年三月
一八日同大学同学部を卒業した。
二、採用内定とその取消に至るまでの経緯
(一) 被告は、昭和四三年六月頃、滋賀大学に対し翌四四年三月卒業予定者で被
告会社への入社希望者の推せんを依頼し、かつ、募集要領並びに、被告会社の概
要、入社後の労働条件等を紹介する文書を送付して、右卒業予定者に対して求人の
募集をした。
 右文書によれば、被告会社の概要については、創立年月日、経歴、資本金、役員
構成、従業員数、売上高、利益高、事業内容、事業所、関係会社、取引銀行等が記
載され、入社後の労働条件については、初任給(基本給)は未定だが昭和四三年度
は一か月二九、五〇〇円、昇給年一回、賞与年二回(昭和四二年度下期実績平均一
人一〇四、〇〇〇円)、交通費会社負担、職服夏冬支給、配属先は原則として大阪
事業部、京都事業部等関西関係の事業所、配属職種は営業部門、印刷作業進行部
門、工場の管理部門、デザイン企画部門その他、勤務時間、休日休暇、福利厚生等
詳細に記載されていた。
 募集要領としては、応募資格、推せん要領、選考期日、方法の他に、提出書類と
して履歴書、写真、戸籍謄本、成績証明書、卒業見込証明書、推せん状の提出を求
める旨記載されていた。
(二) 原告は、右の各文書を熟読、検討して被告会社に応募することにし、大学
の推せんを受け、前記の提出書類を被告に送付した。
 滋賀大学においては、学生の就職あつせん、就職先への推せんについて、他のほ
とんどの大学が行なつているように、従前からいわゆる「二社制限、先決優先主
義」をとり、推せんについては二社以上に対して推せんをなさず、かつ、右二社の
うちいずれか一方について採用が決まれば、他の一社に対する推せんを取消すとい
う方法がとられ、このことは、被告も知つていた。滋賀大学は原告を右方法により
推せんしたものである。
(三) 原告は、被告の指示により同年七月二日筆記試験、適性検査を受け、か
つ、同日、氏名、生年月日、本籍、現住所、大学名、家族構成、志望理由、志望職
種、志望勤務地、団体所属、経歴等を記載した身上調書も作成し、提出した。同年
七月五日、面接試験および健康診断をうけた。
(四) 原告は、被告から同年七月一二日に電報で被告会社に採用内定の通知を受
け、翌一三日に同月一二日付の同旨の通知書を受領した。その頃、被告から滋賀大
学に対しても右同旨の通知がなされた。
 被告は、原告に対し右通知書と同封して誓約書用紙(乙第二号証)を送付し、同
年七月一八日までに誓約書の提出を指示したので、原告はこれに従つて右期限まで
に右誓約書を被告に送付した。誓約書の内容は次のとおりのものである。
「この度御選考の結果、採用内定の御通知を受けましたことについては左記事項を
確認の上誓約いたします。
 記
一、本年三月学校卒業の上は間違いなく入社致し自己の都合による取消しはいたし
ません
二、左の場合は採用内定を取消されても何等異存ありません
① 履歴書身上書等提出書類の記載事項に事実と相違した点があつたとき
② 過去に於て共産主義運動及び之に類する運動をし、又は関係した事実が判明し
たとき
③ 本年三月学校を卒業出来なかつたとき
④ 入社迄に健康状態が選考日より低下し勤務に堪えないと貴社において認められ
たとき
⑤ その他の事由によつて入社後の勤務に不適当と認められたとき」
 原告は被告会社の他に訴外ダイキン工業株式会社の求人に対しても応募していた
が、前記の通知書受領後直ちに右訴外会社に対し応募を辞退した。
 同年一一月二〇日、被告は原告に対し被告会社の近況を記した書面と小冊子「大
日本印刷」を送付し、これを熟読するように指示し、かつ、原告の近況報告書を提
出するよう求めたので、原告はこれに従つてその頃近況報告書を提出した。
(五) 被告は、原告に対し昭和四四年二月一二日付書面によつて、前記の採用内
定を取消す旨通知してきた。右通知書には取消の理由は何も記載されず、その後原
告は、被告に対して再三取消理由の明示を求めたが、被告はその理由を示さない。
三、労働契約の成立
(一) 前記の事実からすると、原告が被告の求人募集に応募したこと、遅くても
昭和四三年七月二日に被告会社の入社試験を受験したことは、原告から被告に対す
る労働契約の申込みであり、採用内定の通知は右申込みに対する被告の承諾であ
り、ここに、原被告間に労働契約が成立したというべきである。もつとも、右の成
立当時における契約の内容としては、具体的に労務に服することと、これに対する
報酬の支払いは、原告が大学を卒業した後の一定の時期(入社日)から履行される
というものではあるが、このようなことは、契約の履行の問題にすぎず、諾成契約
である労働契約の成立そのものを左右しない。
(二) 前記二、の(一)に記載のような被告から滋賀大学へ送付された文書に示
された被告会社の内容や入社後の労働条件等は、労働契約締結のための労働条件の
明示としては十分なものであり、原告もこれによつて被告会社に入社しようと決意
し、被告の募集要領に従つて応募し、かつ採用試験を受験したものである。
 一方被告の採用内定通知以後においては、右通知以前に示されていた労働条件と
相異する労働条件について特別な提示手続ないしは特別な意思表示がなされるわけ
でない。被告が主張する入社時における誓約書(乙第三号証)なるものも、試用期
間中における就業規則等の適用例を指摘しその遵守を確認させるものに過ぎず、労
働契約成立についての意思決定に影響を及ぼすものではない。採用内定通知が被告
の承諾の意思表示である。
(三) 更に、採用内定後においては、被告は原告に対し前記二、の(四)のよう
な誓約書を提出させ、被告会社の近況を知らせたり、原告から近況報告を求めたり
しているのであり、このことは、被告が原告を被告会社の従業員として取扱つてい
ることを示すものである。一方原告側においても、他社への応募を辞退し、被告会
社の従業員たる意識を持つて行動しているのであり、双方とも、後日更にまた労働
契約を結ばなければならないというような意識は全く持つていない。
(四) このことは、右誓約書の内容によつても、原告は、被告に対し自己都合に
よる取消はしないことを誓約し、被告は、原告に対し採用内定取消事由として五個
の事由を列挙していることから、被告は右五事由以外の理由で採用内定を取消さな
いことを明示したものというべく、互に労働関係--雇傭関係--の成立を確認し
ているのである。
 なお、右誓約書の提出そのものは、労働契約成立の確認行為ではあるが、前記
二、の(四)のような採用内定通知と誓約書提出の関係からして、先に主張した労
働契約は、誓約書を期限までに提出しないことを解除条件とすると解されるが、本
件においては原告は既に誓約書を提出しているのであるから、労働契約は確定的に
成立したというべきである。
(五) 更に、前記のように滋賀大学においては、いわゆる「二社制限、先決優先
主義」による推せんが行なわれ、このことは被告も知つていた。この方法は、採用
者側が一度採用を内定した後は、不当な取消を行なわないことを前提としているも
のであり、もし採用者が内定後不当な取消を行なつたときは、学生側は就職の機会
を失う結果となる。したがつて、右方法が行なわれているということは、双方が採
用内定に法的拘束力を認めていることを裏付けるものである。
(六) 以上(二)ないし(五)に述べたことは、原被告間における本件採用内定
の場合に限るものでなく、当時におけるわが国の大学新卒者の標準的な就職につい
て一般に慣行的に行なわれていたところである。
(七) 原告は、既述のように採用内定通知の時に労働契約が成立したことを主張
するものであるが、その契約の履行が卒業後の一定時期以後に行なわれることか
ら、卒業を停止条件とし、または卒業できないことを解除条件とする労働契約、あ
るいは解約権留保付始期付労働契約の成立を合せて主張する。
四、採用内定取消(解雇)の無効原因
 前記のように原被告間においては、採用内定により労働契約が成立したというべ
きであるから、前記採用内定取消は被告による労働契約の解約であり、原告の解雇
である。
 右解雇は、前記二、の(四)の誓約書二項②に該当するとしてなされたもので、
これは原告の思想信条を理由とするものであつて、憲法一四条、一九条に違反し、
違法無効である。
 また、右のような解雇は、労働基準法三条および民法九〇条にも違反し無効であ
る。
 仮に本件解雇が原告の思想信条を理由とするものでないとしても、本件解雇は、
正当な事由なく行なわれたものであるし、また契約解除権の濫用であり無効であ
る。
五、給与請求権の取得
 原告と同じ時期に大学を卒業し、被告会社に就職した昭和四四年度大学卒新入社
員は、昭和四四年三月三一日に入社式を行ない、同年四月一日以降被告会社におい
て就労し、いずれも給与として毎月二八日限り一か月金三三、五〇〇円の支払を受
けている。
 原告も、採用内定により被告との間に前記のような労働契約が成立し、被告の採
用内定取消(解雇)は無効であるから、右同日から就労しうる地位にあるにもかか
わらず、被告は、原告の労務の提供の受領を拒絶している。
 したがつて、原告は、右同日以降、他の大学卒業新入社員と同様に給与として毎
月二八日限り金三三、五〇〇円の支払を受ける権利を取得したものというべきであ
る。
六、慰藉料
 原告は、被告の前記労務受領拒絶及びこれにともなう賃金不払の結果、新入社員
としての将来ある前途を閉ざされたのみならず、たちまち卒業後の生活の危機に直
面した。しかも、原告は、事実上今後完全に大企業に就職する機会を奪われたので
あるから、そのことによつて原告の被るであろう得べかりし利益の喪失による損害
は計り知れず、これらのことによつて、原告の被つた精神的苦痛は甚大である。
 右は、被告の債務不履行ないし不法行為に基因するものであるから、被告は原告
の右精神的損害を賠償するため、慰藉料として金二〇〇万円を支払うべきである。
七、結論
 したがつて、原告は、被告に対し原告が被告の従業員たる地位を有することの確
認を求め、さらに前記慰藉料金二〇〇万円および昭和四四年四月一日以降毎月二八
日限り金三三、五〇〇円の給与の支払を求める。
(請求の原因に対する答弁)
一、請求原因第一項記載の事実中、(一)記載の事実は認めるが、(二)記載の事
実は知らない。
二、同第二項の事実については、被告が滋賀大学に対し原告主張の頃に翌年三月卒
業予定者から被告会社への入社希望者の推せんを依頼し、求人の募集要領等を送付
したこと、原告が大学の推せんを受けてこれに応募し、採用試験を受けたこと、被
告が原告の採用を内定し、その旨の通知をしたこと、原告がその主張のような誓約
書や近況報告書を提出したこと、被告が原告に対する採用内定を取消し、その旨通
知したことは認めるが、その余の事実は争う。
三、原告は、同第三項において採用内定により原被告間に労働契約が成立した旨主
張するので、この点につき次の通り反論する。
(一) 採用内定以後本採用に至るまでの手続
1、被告は、採用試験に合格した者全員に対し、採用内定通知をするとともに、通
知を受けた者から前記誓約書の提出を求める。この誓約書の提出により、被告は、
内定者と翌年卒業の上は労働契約を締結すべきことを予定するとともに、なお会社
において身上その他詳細な調査を続行すべきことを明らかにしたもので、右は当事
者間の対人的信頼関係を無視し得ない労働契約にあつては、当然の事理を表現した
ものに外ならない。
 したがつて、この内定段階では、会社から本人に対し賃金、労働時間その他の労
働条件を示すこともなく、保証人を求める等のこともしていない。
2、被告は、右誓約の趣旨に従い、採用内定者個々につき、従業員として採用する
に適当な人物であるか否かを独自の立場から調査判断し(原告に前記近況報告書の
提出を求めたのも、この調査の一環である。)、右の判断に従つて不適当と認めた
者に対しては、いわゆる内定取消を通知するが、試傭者として採用することに支障
のない者に対し、翌年二月頃入社式の案内状を送る。右の入社式に際し、被告は、
会社所定の試傭誓約書(乙第三号証)を提出させ、これによつて試傭契約が成立す
る。なお、その際健康診断書、卒業証明書、最終学年成績証明書および家族調書の
提出を求める。
3、右試傭期間経過後、被告は本採用すべき者に対し、保証人二人を立てさせ、こ
れと連署の上、会社における諸規則を守り、誠実に勤務すべき趣旨の入社誓約書
(乙第四号証)を新たに提出させ、その後勤務場所および基本給月額を明示した辞
令を交付する。この段階ではじめて被告と内定者との間に正式の労働契約が成立す
るに至るのである。
(二) 採用内定の法的性格
 したがつて、採用内定は、試傭契約にさえ先行する採用手続上の一段階であり、
使用者としてなお採用内定者の採否の調査が完了していない時期に属するものであ
り、採用内定者としては複数の企業について重複して採用内定をうける場合も生じ
る。この段階においては、使用者は何人を採用するかはその自由であり、採用内定
者も就職の希望を撤回することは自由であり、双方を拘束する法律関係は発生して
いない。
 仮にこの段階において、当事者間に何らかの合意があつたとしても、それはせい
ぜい、将来労働契約を締結すべき旨の予約が成立したと解しうるにとどまるものと
いうべきである。そして、このような採用内定--予約--の取消が不当な場合に
おいては、損害賠償によつて救済すれば足りるものである。
四、同第四項の主張は争う。
 被告が原告の採用内定を取消したのは、前記誓約書(乙第二号証)に記載されて
ある五項目の内定取消事由のいずれかに基づくものであるが、採用内定の性格が前
記のようなものであり、強いて労働契約の予約と解したとしても、内定取消は、本
契約不締結の予告というべきものであつて、解雇の意思表示ではない。
五、同第五項の事実については、被告が、昭和四四年度の大学卒新入社員の入社式
を行なつたのは同年三月三一日であることは認めるが、その余の事実は争う。
六、同第六項の主張は、争う。
第三、証拠関係(省略)
       理   由
一 被告が肩書地に本社を有し、総合印刷を業とする株式会社であることは当事者
間に争いなく、原告が昭和四〇年四月一八日滋賀大学経済学部に入学し、同四四年
三月一八日に同大学同学部を卒業したことは、原告本人尋問の結果から認められ
る。
 昭和四三年六月頃、被告が滋賀大学に対し翌四四年三月卒業予定者で被告会社へ
入社を希望する者の推せんを依頼し、かつ、募集要領、被告会社の概要、入社後の
労働条件等を紹介する文書を送付して右卒業予定者に対して求人の募集をしたこ
と、原告が大学の推せんをえて被告の右求人募集に応じ、昭和四三年七月二日(筆
記試験、適性検査)と同月五日(面接試験)に被告会社の採用試験を受けたこと、
同月一三日に被告から原告に対し被告会社に採用することを内定した旨の書面によ
る通知がなされたこと、右通知書に同封して送付された誓約書用紙(乙第二号証)
に原告は、所要事項を記載して、被告が指定した同月一八日までに被告に送付した
こと、その後、被告は、原告に対し昭和四四年二月一二日付書面によつて、右採用
内定を取消す旨の通知をしたことは、当事者間に争いない。
二 成立に争いない甲第一、第二号証、同第七ないし第九号証、同第一四号証、証
人Aの証言により真正に成立したと認められる甲第四号証、同第五号証の一、原告
本人の供述から真正に成立したと認められる甲第六号証の二、証人Bの証言により
真正に成立したと認められる乙第二号証、同第八号証、証人Aの証言、原告本人尋
問の結果並びに前記争いない事実を総合すると、
 前記、被告より滋賀大学に対し、求人募集があつた当時において、原告は、既に
大学から配付されていた資料、その他被告から送付されて来た募集要領、これに基
づいて大学が作成して張出した求人票等によつて被告会社の内容の概要、その一般
的な労働条件、(その内容は請求原因第二項(一)に記載のとおり)ことに昭和四
三年度に入社した大学卒の従業員の初任給が一か月平均金二九、五〇〇円であるか
ら四四年度に入社する原告らの給与も右を若干上廻るであろうこと等を認識して被
告の求人に応募する決意をし、大学に推せんを頼んだ。
 滋賀大学は、他の多くの大学が採用しているように、就職について大学が推せん
をするときは、二つの企業に制限し、かつ、そのうちいずれか一方に採用が内定し
たときは、直ちに未内定の他方の企業に対する推せんを取消し、学生にも先に内定
した企業に就職する(二社制限、先決優先主義)ように指導を徹底し、推せんを求
める各企業にもこのことを通知し、内定が重複することによつて生ずる企業と大学
または学生との間の紛争を回避するように努力し、このことは昭和四三年以前から
実施され、原告を被告に推せんしたのも右の原則の下になされたものである。
 原告は、昭和四三年七月二日に筆記試験と適性検査をうけ、かつ同日に身上調書
(その記載内容は請求原因第二項(三)記載のとおり)を提出した。原告は右試験
に合格し、被告の指示により同月五日に面接試験と身体検査を受けた。
 その結果、七月一三日に文書でもつて採用内定の通知を受けたので、原告として
は、これで特別の事情のない限り被告会社に採用されるものと信じ、大学にもその
旨報告し、かつ当時大学より推せんを受け求人募集に応募していた訴外ダイキン工
業株式会社への応募を辞退し、大学も右訴外会社に対する推せんを取消す手続をと
つた。
 原告は、右採用内定の通知書に同封して送付された来た誓約書(その内容は請求
原因第二項(四)に記載のとおり)に所要事項を記入し、被告が指定した七月一八
日までに被告に送付した。
 このようにして、原告としては、翌四四年三月に大学を卒業したときは、当然に
被告会社に就職できるものと信じ、その後昭和四三年一一月頃に被告から送られて
来た被告会社の近況報告その他のパンフレツトも読み、かつ、被告から指示のある
とおりに原告の近況報告書(その内容は、卒業が近づき卒業論文の作成に励んでい
ること、社会人としての生活に入るべく日頃の生活を律していること、学生運動に
対する感想等)を作成して送付した。
 ところが、昭和四四年二月一二日頃に、突如として被告から原告に対し採用内定
を取消す旨の通知があり、しかもその理由も示されていなかつた。
 原告としては、前記のとおり被告から採用内定を受け、被告会社に就職できるも
のと信じ、他企業への応募も取消しており、かつは、取消通知のあつた時期が遅れ
ている関係から、他の相当な企業への就職は事実上不可能となり、更には取消の理
由も示されていなかつたので、大いに驚き、大学の係教授等を通じて被告と交渉し
たが、何らの成果もえられず、他に就職することもなく、三月一八日に卒業するに
至つた。
事実を認めることができる。
三 証人Bの証言によると、原告と同時期に被告会社に応募した大学卒業予定者に
対する採用試験については、被告会社の大阪事業部においては取締役Bが主宰して
いたが、同事業部の関係では採用内定者のうちから辞退者の出ることを予想して二
〇名位を採用内定する計画で、七月五日の面接試験には約五〇名のものを受験させ
たが、内定者を決定する段階で約三名の不足があり、このためBの部下(総務課
長)の進言もあつて当初不採用の予定であつた原告を採用内定することにしたこ
と、被告会社ないしBとしては、採用内定はあくまで内定であつて、更に調査を補
充した上で最終的に正式に採用する者を決定することとし、原告に対する調査をし
ている段階で原告が被告会社の従業員として不適格であると判断し、前記のように
採用内定を取消したものである、ことが認められる。
四 右のように、企業が大学の新卒者を雇用するについて、早期に採用試験を実施
して採用を内定するような方式は、わが国において広く行なわれているところであ
り、これは、終身雇用制度の下における企業間の優良な従業員獲得競争の結果であ
り、一方においては、企業は、一応確保した者に対してなお調査を補充して従業員
採用についての危険を無くしようと意図しているものであることは、成立に争いな
い甲第一二、第一三号証、同第一六号証、乙第七号証の一、二、同第一一ないし第
一六号証によつても認められ、また公知の事実でもある。したがつて、本件におい
ても、被告が前認定のように、採用内定を採用の決定(労働契約の成立)と区別し
て取扱うことも首肯できる。
 しかし、一方、大学の新卒者にとつては、自己の希望する大企業に就職すること
が必ずしも容易でないことは、各企業が採用試験を行ない、本件においても被告が
前記のような採用試験を実施していることからも容易に窺うことができ、かつ、右
のように各企業が早期に採用者を内定する方法をとるときは、その段階で採用の内
定を受けないと、大企業に就職する機会さえ失うおそれがあり(このことは、証人
Aの証言によると、滋賀大学経済学部においても、原告と同じ昭和四四年三月卒業
予定者のうち、大学の推せんを受けた者については、同四三年六月から同年七月初
旬にかけてほとんどの者の就職が内定し、それ以後の就職決定は無かつたような事
情が認められること、現に本件においても、前記のように原告は内定取消以後にお
いては就職しえなかつた。)、このようなことから、学生を推せんする大学は前記
のような二社制限、先決優先の方法をとり、採用内定者としては、内定を受けるこ
とによつて、就職が決定したものと考えるのも無理のないところである。
 このように、採用者側と被採用者側との間に、採用内定の性質、効果等に対する
認識について差異があり、本件において、原告としては内定によつて就職の決定-
-労働契約の成立--と思つていたとしても、被告としてはそのように考えていな
かつたのであり、かつ、その当時においては、原告はなお大学の学生であつたこ
と、また、甲第一号証の採用内定通知書において、被告は「採用を内定致しまし
た」と「内定」なる文字を用いて決定と区別した表現をしていること等からして、
右採用内定の通知によつてただちに労働契約が成立したものと解することは困難で
ある。
五 しかしながら、前記甲第七ないし第九号証によると、これらの書面は、被告か
ら原告に対し昭和四三年一一月二〇日付で送付されたものであるが、その「近況報
告について」と題する書面(甲第七号証)には「来春から貴君には当社の営業部門
‥‥‥管理部門において十分に持てる力を発揮していただくわけですが、あらかじ
め大日本印刷株式会社についての理解を深めていただきたいと思い、『大日本印刷
株式会社の近況』と『産業フロンテイア物語』を同封いたしますので熟読しておい
て下さい。‥‥‥入社までの予定については別紙に付記しておきましたが、健康に
は十分注意して卒業まで悔いのない充実した学生生活を送つて下さい。云々」との
記載があり、右の「大日本印刷株式会社の近況」(甲第八号証)には、被告会社の
近況とともに入社までの予定、入社日等について詳細に記載されているのであり、
これらの書面によれば、被告としては、原告を単なる採用予定者、すなわち、来春
に労働契約を締結するであろう者としてではなく、原告が大学を卒業したときは、
当然に被告の従業員となるものとの意識のもとにこれを取扱つていたものというこ
とができる。
 更に、成立に争いない乙第五号証の二、弁論の全趣旨から成立を認めうる乙第六
号証、証人C、同Bの各証言から成立を認めうる乙第三、第四号証、証人C、同B
の各証言によると、
 被告会社の昭和四四年度新入社員(大学卒)については、同年三月初旬に入社式
の通知がなされ、同時に健康診断書の提出が求められた。右入社式は同年三月三一
日に大学新卒の採用者全員が東京に集められ、入社式典が行なわれ、式典は一時間
余りで、社長の挨拶、先輩の祝辞、新入社員の答辞、役員の紹介、社歌の合唱等が
なされた。式典に集まつた新入社員は、その日、式典終了後に学校の卒業証明書と
最終学年成績証明書、家族調書並びに試傭者としての誓約書(乙第三号証)を提出
した。式典後、新入社員は東京で約二週間の導入教育を受けた後、被告会社の各事
業部へ配置され、若干期間の研修の後にそれぞれの労務に従事した。そして、被告
会社の定める二か月の試傭期間を過ぎた後の同年六月下旬に、更に本採用者として
の誓約書(乙第四号証)を保証人と連署して提出し、社員としての辞令書の交付を
受けた。被告会社においては、大学新卒の新入社員に対しては、昭和四四年度の前
後を通じて、大体右と同様な方法で本採用の社員として身分を取得させていた。
事実を認定できる。
 右の事実からすると、採用内定者が被告会社に入社(試傭者として)する経過に
おいて、採用内定の通知とこれに対する誓約書の提出以後には、双方から何らかの
特別な意思表示がなされたわけではない。仮に、入社式後になされた試傭者として
の誓約書(乙第三号証)を徴する行為とこれを提出する行為を捕えて契約(試傭労
働契約)の成立とみるならば、その事前に行なわれた入社式典の意味を如何に解す
ればよいのか。
 以上のようなことは、被告においても、採用内定者は、内定が取消されない以上
は、大学卒業後において当然に被告会社に入社(試傭者として)するものと意識
し、現実にそのように取扱つていたものということができる。
 このようなことから、採用内定が将来労働契約を成立させる予約ともいうべきも
ので、労働契約成立のためには、更に別個の意思表示を必要とする、との被告の主
張も採用しえない。
六 以上説示の各事実を合わせ考えてみると、本件においては、被告から原告に対
する採用内定の通知をなし、原告から被告に対し誓約書を提出した段階において、
将来の一定の時期(入社日・原告の大学卒業後で昭和四四年三月末日頃が予定され
ている)に、互に何ら特別の意思表示を要することなく、原被告間に試傭労働契約
を成立させるとの合意、いわば採用内定契約ともいうべき一種の無名契約(以下便
宜上、採用内定契約という。)が成立したものと解するのが相当である。
 もつとも、採用内定の段階においては、その基礎にある将来の試傭労働契約の内
容、労働条件等については、不確定の要素の多いことは否定しえないけれども、そ
もそも労働契約そのものがいわゆる附合契約たる性質を有するものであり、労働者
は使用者の定めた契約内容、労働条件に従つて労務を提供することを約する性格の
ものであるから、採用内定の段階で、以上のことが若干不明確であるからといつ
て、右のような契約の成立を否定する論拠とはなし難い。
七 ところが、昭和四四年二月一二日、被告は採用内定契約を取消した。採用内定
契約が採用内定の取消ということを当初から予定していたものではあるが、その取
消は当然に契約の失効を招くものであるから、取消が何らの制約もなく全く自由に
できるとするときは、契約はその意味を失うことになる。その取消は、採用内定契
約の性質、目的からして何らかの合理的理由に基づくことを要することは、理の当
然である。
 本件においては、採用内定の段階で、被告の指示により原告が差出した誓約書
(乙第二号証)に「一、本年三月学校卒業の上は間違いなく入社致し、自己の都合
による取消は致しません。二、左の場合は採用内定を取消されても何等異存ありま
せん。①履歴書身上書等提出書類の記載事項に事実と相違した点があつたとき(②
ないし④は省略)⑤その他の事由によつて入社後の勤務に不適当と認められたと
き」との記載がなされていることからして、原告としては自己の一方的な都合によ
つては取消をなさず、一方被告が右の①ないし⑤の事由により取消すときは異議を
言わないことを明示しているのであり、換言すれば右①ないし⑤の事由は被告側の
取消事由の列挙というべきである。
 もつとも、このように解するときは、被告--採用者側は取消事由を制限され、
これに反して取消をしたときは、原告--採用内定者側から取消が無効であるとし
て責任を追求されるのに対し、原告--採用内定者側の不当な取消(採用辞退)に
ついては、被告--採用者側が相手の責任を追求することが実質上不可能であつ
て、不公平であるとの論もあろうが、そもそも採用内定契約なるものが、労働契約
を前提とし、これと不可分の性質を有するものであることは、上来説示により明ら
かであり、通常の労働契約においても、使用者が解雇する場合と労働者が自己の一
方的都合により退職した場合とでは、実質的には責任追及に差が存するのであり、
労働者に退職の自由がある以上、採用内定の場合においてもこれと同様である。し
かも、右①ないし⑤の事由が取消事由の限定列挙であるとしても⑤の「その他の事
由によつて入社後の勤務に不適当と認められたとき」というが如きは、その解釈如
何によつては取消事由が無限に広がるおそれさえあり、このような場合には前説示
のように採用内定契約の性質、目的からして合理的と認められる範囲に限られるべ
きであろうが、少なくとも、被告--採用者側にとつては、右のような取消事由の
制限が特に不利益をもたらすものとは考えられない。
八 そこで、被告のなした採用内定取消の事由について考えるに、被告は、本件に
おいてその取消事由については、前記乙第二号証の誓約書の第二項①ないし⑤のい
ずれかの事由によるものであるというのみで、その具体的事実、理由を主張せず、
ただ、被告会社大阪事業部において、当時、大学新卒予定者採用に関する事務を主
宰していた前記B証人が「原告は面接試験における印象が悪く、陰うつ(グルーミ
ー)な性格と感じたことから、当初は採用内定者に入れなかつたところ、前認定三
のような事情の下における部下の進言もあり、原告が滋賀大学体操部のマネージヤ
ーをしていたことから、案外積極性があり明朗であるかもしれないと考え採用を内
定するに至つたが、その後の調査により、右大学体操部の実体がBらの期待してい
たような積極的な鍛練をしているものでないことが判明したので、原告に対する採
用内定を取消した。」との趣旨を証言するのみである。
 採用内定によつて、前説示のような契約が成立していると認められるときは、何
らの合理的な理由もなくこの契約の効力を失わせる採用内定の取消を行なうことは
許されず、また、その取消の理由が仮に前記B証人の証言どおりであるとするなら
ば、その理由自体が不合理なものであるといわざるをえない。
 他に、被告が原告に対する採用内定を取消した合理的な理由は、これを発見する
ことができないから、被告は取消すべき理由なくして右採用内定を取消したもので
あり、その取消の意思表示は効力を生じないものと断ぜざるをえない。
九 そうすると、前記採用内定契約に基づいて、被告会社の昭和四四年度新入社員
の入社式の行なわれた同年三月三一日頃に、原告と被告との間に労働契約(ただし
試傭労働契約)が有効に成立し、遅くとも同年四月一日以降は、原告は被告会社の
従業員(ただし、試傭者)たる地位を取得したものというべきである。
 原告が右期日以降被告に対し労務に服する旨申出るのに、被告が原告は従業員で
ないとしてその就業を拒否していることは、成立に争いない甲第三号証の一、二や
弁論の全趣旨から明らかである。したがつて、原告は被告に対し右期日以降の賃金
債権を有し、その額等については、前説示のような労働契約の附合契約性、証人C
の証言によつて認められる、昭和四四年三月大学新卒者の被告会社における同年四
月一日以降の賃金が一般に毎月金三三、五〇〇円であり、これが毎月二八日に支払
われている事実からして、毎月二八日限り支払われるべき一か月金三三、五〇〇円
と認めるのが相当である。
一〇 次に、原告の慰藉料請求について考えるに、被告が正当な理由なくして原告
に対する採用内定を取消したことによつて、原告は大学を卒業しながら他に就職す
ることなく、本件訴訟を提起し、維持したことについて、相当な精神的苦痛を重ね
て来ていることは推察するに難くないが、本訴において原告の主張が容れられ、就
職時以降の賃金相当額の支払いを受けるときには、その精神的苦痛も一応は治癒さ
れるものと解すべきである。その他に、被告が労務の受領を拒否したことによる精
神的損害なるものは通常考えられず、また賃金支払債務不履行による損害は、民法
四一九条による遅延損害金以上に容認することはできない。他に、原告に対し特に
慰藉料請求を認めるべき合理的理由もないから、原告の慰藉料請求は理由がない。
一一 以上説示したとおりであるから、原告の本訴請求中、被告の従業員(ただし
試傭者)としての地位を有することの確認を求める点と昭和四四年四月一日以降一
か月金三三、五〇〇円の賃金の支払いを求める部分は理由がある。ただし、右賃金
請求は、一部将来の給付を求めるものであるところ、本判決が確定して原告が被告
会社の従業員たる地位が定まれば、その時点においては、被告の任意の履行を十分
期待でき、その可能性もあるわけであるから、判決確定時以後の分についてまで、
現時点において将来給付の請求を求めることは理由がない。したがつて、賃金支払
請求は判決確定時までの分を認容し、それ以後の分を棄却する。また慰藉料請求は
理由がないから棄却する。
 よつて、仮執行宣言につき民事訴訟法一九六条を適用し、なお被告申立の仮執行
免脱宣言は、本件においてはこれを付さないのが相当であると認め、訴訟費用の負
担につき同法九二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井玄 上田豊三 木村修治)

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