弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、一、〇〇〇円を一日に換算し
た期間被告人を労役場に留置する。
     被告人に対し、公職選挙法第二五二条第一項の選挙権および被選挙権を
有しない期間を一年に短縮する。
     原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検察官検事木村喜和提出にかかる東京地方検
察庁検察官検事河合信太郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対す
る答弁は、弁護人坂本福子、同田中富雄各提出の答弁書ならびに同石野隆春および
同風早八十二各提出の答弁書および同補充書各記載のとおりであるから、いずれも
これを引用し、これに対し次のとおり判断する。
 所論は、法令の適用の誤りをいい、要するに、原判決は、被告人が昭和三八年一
一月二一日施行の衆議院議員総選挙に際し、東京都第四区から立候補したAに投票
を得しめる目的をもつて、同選挙区の選挙人であるBほか六名を戸戸に訪問し、同
候補のため投票を依頼した事実を認定しながら、買収その他の実質的害悪を生ずる
明白にして現在の危険が存しなかつたものとして無罪の言渡しをしたが、右は、公
職選挙法第一三八条第一項の解釈適用を誤まつたものである、と主張する。 よつ
て、按ずるに、本件公訴事実の要旨は、被告人は、昭和三八年一一月二一日施行の
衆議院議員総選挙に際し、東京都第四区から立候補したAに投票を得しめる目的を
もつて、同年同月八日同選挙区の選挙人である東京都杉並区a町b番地Bほか六名
の各自宅を戸戸に訪問したものである、というのであり、これに対し原判決は、公
職選挙法第一三八条第一項の戸別訪問の禁止は、憲法第二一条の保障する言論の自
由を制限するものであつて、かかる制限は、公職選挙法の保護法益たる選挙の自由
と公正を著しく害する「明白にして現在の危険」がある場合に限り憲法上許される
ものというべきであるから、公職選挙法第一三八条第一項、第二三九条第三号の戸
別訪問罪の規定は、その構成要件として、同法第一三八条第一項の規定に違反して
戸別訪問をすることのほか、戸別訪問に際して選挙の自由と公正を著しく害する
「明白にして現在の危険」の存することをも予想するものであり、従つてまた、か
かる要件の充足される場合にのみ、その適用があるものと解すべきであつて、本件
において、被告人が前記公訴事実のごとき戸別訪問をした事実は、証拠上認められ
るにしても、右の戸別訪問に際して選挙の自由と公正を著しく害する「明白にして
現在の危険」の存した事実については、これを認めるべき証拠がないので、結局犯
罪の証明がないことに帰するものとして、被告人に対し無罪の言渡しをしたのであ
る。
 そこで所論に基づき按ずるに、言論の自由は、国民一般による民主主義の理想達
成のための重要な手段となる意味においてのみ、特に憲法第二一条により官憲の不
当な侵害を受けることのないよう保障されているのであつて、国民一般にかかわる
公共の福祉のため、おのずから、個個の言論の行なわれる時、所、方法等につき合
理的制限に服すべきことは、憲法同条自体の容認するところというべく(昭和二四
年(れ)第二五九一号、同二五年九月二七日最高裁判所大法廷判決参照)、選挙に
関し、投票を得もしくは得しめまたは得しめない目的をもつて戸別訪問をすること
を全面的に禁止した公職選挙法第一三八条第一項の規定も、選挙運動としての戸別
訪問には、種種の弊害を伴い、選挙の公正を害するおそれがあるものとして大正一
四年の所謂普通選挙法以来それが禁止されていることにかんがみれば、言論の自由
に対する合理的制限の限界を越えたものとして憲法第二一条に違反するものとは認
められない。弁護人の答弁あるいは提出の証拠を仔細に検討しても、そのうち右と
見解を異にする部分は、立法論としてはともあれ、今日の解釈論としては当裁判所
は、採ることができない。従つて、公職選挙法第一三八条第一項は、原判決の判示
するように、戸別訪問のうち、選挙人に対する買収、威迫、利益誘導等、選挙の公
正を害する実質的違反行為を伴い、または、かかる害悪の生ずる明白にして現在の
危険があると認められるもののみを禁止の対象としたものではないと解するのを相
当とする(昭和四二年(あ)第一四六四号、同年一一月二一日最高裁判所第三小法
廷判決参照)から、同法第二三九条第三号の規定が、<要旨>原判決説示のごとく、
その構成要件として、同法第一三八条の規定に反して戸別訪問をすることのほか、
戸別訪問に際して選挙の自由と公正を著しく害する明白にして現在の危険の
存することをも予想したものとはいうことができない。それ故、原判決が、被告人
が同法第一三八条第一項の規定に反して戸別訪問をした事実を証拠によつて認定し
ながら、同法第二三九条第三号を適用することなく、選挙の自由と公正を著しく害
する明白にして現在の危険の存する事実についての証拠がなく、犯罪の証明がない
ものとして、被告人に対し無罪の言渡しをしたのは、同条号の解釈適用を誤まつた
ものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は
理由があり原判決はとうてい破棄を免れない。
 よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇
条、第四〇〇条但書により原判決を破棄し、当裁判所において、さらに次のとおり
判決する。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員総選挙に際し、東京都第四
区から立候補したAに投票を得しめる目的をもつて、同年同月八日同選挙区の選挙
人である別表記載のBほか六名を戸戸に訪問し、もつて戸別訪問をしたものであ
る。
 (証拠の標目)(省略)
 (法律の適用)
 被告人の判示所為は、公職選挙法第一三八条第一項、第二三九条第三号、罰金等
臨時措置法第二条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内
で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑
法第一八条に則り一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、公
職選挙法第二五二条第四項に従い被告人に対し同条第一項の選挙権および被選挙権
を有しない期間を一年に短縮し、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条
第一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 石井文治 判事 山田鷹之助 判事 山崎茂)
(別 表)
<記載内容は末尾1添付>

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