弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 札幌高等検察庁検事長草鹿浅之介の上告趣意について。
 所論は、原判決は、背任罪が成立しない旨の判断をするに当つて、期待可能性を
欠くから責任がなく、法律上罪とならないと判示したのは、期待可能性を認めてい
ない従前の判例と相反する判断をしたこととなるというのである。
 所論について考究するに先立ち、職権をもつて記録を調べてみると、本件は、検
察官より業務上横領罪として公訴の提起があつただけでその後の段階において背任
罪として訴因、罰条が追加、変更された形跡は全く認められない。ところで原審は、
第一審判決を破棄し、被告人を無罪としたのであるが、その理由の前提として、第
一審が被告人に業務上横領罪の成立を認めたのに対し「原判決挙示の証拠によると
次の事実が認められる」とし事実を委しく判示した上、かかる事実関係の下におい
ては、被告人に不法領得の意思がなく、また単に収支のつじつまを合わせたという
だけでは着服ということもできないとし、横領罪の成立を否定したのである。そし
てこの判断は、原判決の認定する事実関係においては正当と認めなければならない
(昭和二六年(あ)第二一六九号同二八年四月七日第三小法廷判決、集七巻四号七
六二頁参照)。しかるに原審はさらに進んで、本件事実関係においては、横領罪の
成立は認められないが、背任罪の要件には当るとし、起訴状には業務上横領罪の訴
因、罰条のみで背任罪の訴因罰条についてなんの記載もなく、またその追加、変更
もないのにかかわらず、背任罪としての事実関係は、第一審において十分な証拠調
が行われているから、背任罪の成否を審判するを妨げるものでないとしてその判断
を進めたのである。しかしながら、本件において両者は公訴事実を同一にするが、
訴因、罰条を異にするこというまでもないから、訴因、罰条に関する手続規定存在
の趣旨にかんがみるときは、被告人の防禦について十分の考慮を払うことなく、前
判示のような証拠調が十分にされているという理由のみで訴因に示されていない事
実を認定することは原則として許されないと解するを相当とする。記録によれば、
本件の被告人は、第一審においても、原審においても業務上横領罪の公訴に対する
防禦に終始し、背任罪について特に防禦をした形跡は認められない。すなわち第一
審においては被告人は石炭諸掛を不正に水増したことは認めるが、不法領得の意思
がなく、また止むを得ない行為であつた旨主張して防禦をしていたのであり、背任
罪の構成要件たる任務に背いたか否かについて公団本部との交渉関係については意
識して防禦していた事跡は存しない。控訴趣意において附加的にC総裁の了解が得
られたかのような主張があり、原審もその点に関しさらに当時の幹部たるDの証人
尋問を行い、さらに被告人にも質問をしているが、その後の弁論が控訴趣意を繰り
返していることに徴しても、特にその点について防禦をしているとはいい難い。そ
れ故、本件は結果において無罪となつたから判決に影響がないことになるが、もし
背任罪の成立を認め有罪とする場合には、訴因、罰条の追加、変更の手続をとるこ
となく、原審のような審判手続を行つても防禦に影響しないというのは、当事者の
地位を軽視するとの非難を免れないであろう。(昭和二六年(あ)第二九八七号同
二九年一月二一日第一小法廷判決、集八巻一号七一頁参照)。従つて原判決はこの
点において判断すべからざる判断をした違法あるを免れない。しかし前示のように
原判決は、結局他の理由により無罪を言い渡したのであるから、この違法は判決に
影響がなく、これをもつて破棄の理由とするに足りない。
 次に所論について考えてみると、原判決は前示のように業務上横領罪の成立を否
定したが、判示のように「被告人の所為はこの点で背任罪の要件に該当することと
なる」とし、進んで背任罪の成否について審判を遂げ、「従つて貸付金の回収は当
時の情勢においては実行不可能であり、之を強行して争議を来すよりも、その回収
を打切つた方が公団の業務運営のため有利であつたと云うことができる。この点は
同じ事情で貸付られた昭和二十三年度の貸付金についても同様である。」とした上、
判示のような理由の下に、「当時他の通常人がその衝に当つても、この違法処置を
避け、他の適法な行為をすることは期待し得ないものと云うべく」と結論し、被告
人を無罪としたのである。しかし原判決は前摘記のように、被告人のように処置す
ることが「公団の業務運営のため有利であつた」というのであるから、手続の上で
違法の形をとつたというだけで、直ちに任務に背いた行為であり、または公団に損
害を与えたものであると判断することは、理由にくいちがいがあることに帰する。
 (昭和二五年(あ)第三八四号同二八年二月一三日第二小法廷判決、集七巻二号
二一八頁。昭和二六年(あ)第五〇五二号同二八年一二月二五日第二小法廷判決、
集七巻一三号二七一一頁各参照)。ひつきょう原判決の判断を進めれば、被告人の
所為は、任務に背いたものでもなく、又は損害を加えたものでもないとの結論に到
達せざるを得ず、いずれにしても背任罪の成立を認め得ないものといわなければな
らない。従つて原判決のとつた期待可能性に関する見解は、不必要な理論たるに止
まり、無罪とした結論において変るところはない。従つてまた期待可能性の見解を
非難し、これを前提とする判例違反の主張はいずれも前提を欠くことに帰し採用の
かぎりでない。よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判
決する。
  昭和三二年四月三〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    高   橋       潔

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