弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告の本訴のうち、次の部分を却下する。
1 原告が、被告らとの間で、原告と被告Aとの間の雇用契約に基づく債務のう
ち、退職金支払債務以外の債務の存在しないことの確認を求める部分
2 原告が、被告らとの間で、原告と被告Bとの間の雇用契約に基づく債務が存在
しないことの確認を求める部分
3 原告が、被告Bとの間で、原告と被告Aとの間の雇用契約に基づく債務のう
ち、退職金支払債務の存在しないことの確認を求める部分
二 原告の本訴のうち、被告Aに対する、原告と被告Aとの間の雇用契約に基づく
退職金支払債務の存在しないことの確認請求を棄却する。
三 反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)Aに対し、金八万一四三〇円並びに内
金四万〇七一五円に対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合によ
る金員及び内金四万〇七一五円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年
五分の割合による金員を支払え。
四 反訴原告(被告)Aのその余の請求及び反訴原告(被告)Bの請求をいずれも
棄却する。
五 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五〇分し、その二を原告(反訴被告)の
負担とし、その一を被告(反訴原告)Bの負担とし、その余を被告(反訴原告)A
の負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
一 本訴
 原告と被告らとは、原告及び被告ら間の雇用契約に基づく債務が存在しないこと
を確認する。
二 反訴
1 反訴原告Aが反訴被告に対し雇用された労働者としての労働契約上の権利を有
する地位にあることを確認する。
2 反訴被告は、反訴原告Aに対し、平成八年九月二五日以降毎月二五日限り金二
六万四〇〇〇円を支払え。
3 反訴被告は、反訴原告Aに対し、金五四九万八九三二円並びに内金四八一万七
四六六円に対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員及
び内金六八万一四六六円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の
割合による金員を支払え。
4 反訴被告は、反訴原告Bに対し、金九万七八七五円及びこれに対する平成八年
九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
 以下、原告(反訴被告)を「原告」といい、被告(反訴原告)Aを「被告A」と
いい、被告(反訴原告)を「被告B」という。
第二 事案の概要
 本件は、原告が、被告Aとの間の雇用契約は合意解約によって終了したものであ
り、被告Bとの雇用契約も終了していて、いずれも原告に未払債務はないが、被告
らが時間外労働割増賃金等の支払を求めていると主張して、被告らとの間の雇用契
約に基づく債務の不存在確認を求めたのに対し、被告らが反訴を提起し、被告A
は、合意解約の事実はなく、原告によって違法な解雇がされたものであり、解雇は
無効であると主張して雇用契約上の地位確認、賃金の支払、時間外労働割増賃金等
の支払を求め、被告Bは、年次有給休暇として認められずに欠勤扱いされた日数分
の賃金又は不法行為による損害賠償の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実等。証拠により認定した事実を含む箇所には
証拠を挙示した。)
1 原告は、一般労働者派遣業務等を業とする株式会社である。資本金一〇〇〇万
円、登録スタッフ数約七〇〇〇名、営業担当従業員約一〇名である。
2 被告Aと原告との労働契約関係
(一) 被告Aは、平成六年一月一七日、次の約定で原告に雇用され、営業部に配
属されて営業に従事した(以下原告と被告Aとの雇用契約を「本件雇用契約」とい
う。)。
 勤務場所 原告事務所
 勤務時間 午前九時から午後六時まで(うち休憩一時間)
 休日 土曜日(ただし、月一回出勤)、日曜日及び国民の祝日・休日
 賃金額 月額基本給二一万三〇〇〇円及び住宅手当一万円並びに営業手当三万円
以上(ただし、営業手当については試用期間の三箇月間は支給しない。)
 支払方法 毎月二〇日締め二五日支払
 毎年七月と一二月の遅くとも末日までに一時金を支払う。
(二) 原告は、被告Aに対し、平成六年四月二五日以降営業手当月額四万円を加
算支給することとした。
(三) 基本給月額は、平成七年三月二一日分賃金から二二万四〇〇〇円に昇給し
た。
3 被告Bと原告との労働契約関係
 被告Bは、原告から派遣労働者として瀧本株式会社に派遣され、平成六年九月一
六日から平成七年六月一六日まで労務を遂行した。
二 争点
1 合意解約の成否
 原告と被告Aとは、平成七年四月三日、合意により本件雇用契約を解約したか。
2 被告Aが時間外労働、深夜労働を行った事実の有無、その時間
3 弁済の有無。殊に、営業手当はスタッフフォロー業務に対する対価ということ
ができるか否か、したがって、その支払によって弁済済みであるといえるか否か。
4 時効の成否
5 被告Bが年次有給休暇を請求したのに、原告は違法にこれを欠勤扱いとし、該
当する日数分の賃金をカットしたものであるといえるか。右に関し原告に不法行為
に該当する事実があったか否か。
第三 当事者の主張
(本訴請求)
一 請求の原因
1 本件雇用契約及び被告Bと原告との雇用契約の締結
 前提となる事実2及び3のとおり。
2 本件雇用契約の終了
 原告と被告Aとは、平成七年四月三日、合意により本件雇用契約を解約した。
3 しかるに、被告Aは、原告に未払時間外労働割増賃金の支払義務があると主張
し、さらには、原告が解雇したとして退職金の支払義務があると主張している(反
訴において本件雇用契約が存続し、原告に賃金支払義務があると主張してい
る。)。また、被告Bは、年次有給休暇を請求したのに、原告が欠勤扱いとして該
当する分の賃金をカットしたと主張し、原告にその分の賃金の支払義務があると主
張している。
4 よって、原告は、被告らに対し、原告及び被告らの間の雇用契約に基づく債務
が存しないことの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実のうち、被告Aが、原告に未払時間外労働割増賃金の支払義務があ
ると主張していること、被告Bが、年次有給休暇を請求したのに、原告が欠勤扱い
として該当する分の賃金をカットしたと主張し、原告にその分の賃金の支払義務が
あると主張していることは認め、その余の事実は否認する。
4 同4は争う。
(反訴請求)
一 請求の原因
(被告Aの請求)
1 被告Aと原告との労働契約関係
 前提となる事実2のとおり。
 原告は、本件雇用契約が平成七年四月三〇日をもって合意解約により終了したと
主張して、同年五月一日以降の賃金を支払わない。
2 被告Aは、平成六年一月から平成七年一月まで、別紙①のとおり時間外労働及
び深夜労働を行った。時間外労働単価及び深夜労働単価は別紙②のとおりである。
3 2による時間外労働手当及び深夜労働手当は、別紙①のとおり合計金六八万一
四六六円である。
4 時間外労働手当及び深夜労働手当は、当月末日締切りで翌月の賃金支払日であ
る二五日に支払われる。
5 原告の時間外労働手当及び深夜労働手当の未払は、労働基準法三七条に違反す
るから、被告Aは、同法一一四条に基づき、未払時間外労働手当及び深夜労働手当
と同一額の付加金の支払を請求する。
6 よって、被告Aは、原告に対し、本件雇用契約に基づき、雇用された労働者と
しての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに平成八年九月二五日
以降毎月二五日限り金二六万四〇〇〇円の賃金の支払を求め、並びに未払月例賃金
四一三万六〇〇〇円並びに未払時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金合計金六
八万一四六六円並びにこれらに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一
〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、
並びに労働基準法一一四条に基づき、付加金六八万一四六六円及びこれに対する本
判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
(被告Bの請求)
1 前提となる事実3のとおり。
2 被告Bは、原告に対し、平成七年三月二五日、四月六日、同月一二日、同月二
七日、五月一日、同月一〇日、同月一三日、同月二六日及び同月二七日につき年次
有給休暇を請求したが、原告は年次有給休暇としての取扱いを認めず、欠勤扱いと
し、右各日について一日分の賃金をカットした。
3 被告Bの賃金は時給一五〇〇円であり、一日の労働時間は七・二五時間であっ
たから、右九日分の賃金カット額は合計九万七八七五円となる。
4 原告は、被告Bが事前に請求しても認めない方針であったし、被告Bに対し、
年次有給休暇の申請用紙を全く交付していなかった。
 原告は、被告Bに対し、年次有給休暇としての取扱いを認めず、また、年次有給
休暇取得の機会を奪い、右同額の損害を与えたものであるから、不法行為による損
害賠償責任を免れない。
5 よって、被告Bは、原告に対し、右賃金又は不法行為による損害金九万七八七
五円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日から支払済
みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
(被告Aの請求)
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。被告Aは、タイムカードの打刻時刻によって時間外労
働時間を算出しているようだが、これで時間外労働を算出するのは適切ではない。
時間外労働は、使用者がこれを命じた場合又は黙示にその命令があったと見なされ
る場合において、管理者の指揮・命令下に行われたときに、時間外労働手当の支払
の対象となる。原告では、タイムカードの打刻は、就業の開始及び終了を意味する
ものではなく、単に出退勤の時刻を確認するためのものであるから、その打刻時刻
が所定労働時間の始業時刻又は終業時刻よりも早かったり遅かったりしても、その
間管理者の指揮・命令下にあったと事実上推定することはできない。したがって、
タイムカードの打刻時刻によって時間外労働時間を算出することはできない。
 原告が被告Aに対して時間外労働を命じていたのは、原則として毎週木曜日午後
五時三〇分から開催されるミーティングが時間外に及んだ場合と、午後七時以降の
スタッフフォロー業務の二種類だけである。それ以外は、従業員が仕事終了後に雑
談をしたり、雑誌を読んだり、コーヒーを飲んだりして時間をつぶし、タイムカー
ドを押して帰宅するということだけであって、時間外労働には該当しない。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は認める。
5 同5は争う。
6 同6は争う。
(被告Bの請求)
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、被告Bが、原告に対し、平成七年三月二五日、四月六日、
同月一二日、同月二七日、五月一日、同月一〇日、同月一三日、同月二六日及び同
月二七日につき年次有給休暇を請求したことは否認する。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は否認し、主張は争う。
5 同5は争う。
三 抗弁
1 合意解約
(一) 被告Aは、原告との間で、平成七年四月三日、同月三〇日をもって本件雇
用契約を解約する旨合意した(以下「本件合意解約」という。)。
(二) 本件合意解約が成立し、被告Aが退職するに至った経緯は次のとおりであ
る。
 被告Aは、原告の雇客三〇社の担当をするとともに、新規顧客の開拓を目的とし
て採用された。原告の営業部長C(以下「C」という。)は、平成七年三月、被告
Aと話し合い、「本当に全面的に新規開拓を担当して実績を上げることができるの
か、今度は専任なのだから、実績ゼロというわけにはいかないが、第一本当にやる
気があるのか。」と質問したところ、被告Aは、「やる気があるわけがないじゃな
いですか。」と言い、その理由として自分に対する評価が低いことを挙げた。C
は、評価の正当性について説明したが、被告Aは納得せず、話合いは平行線をたど
った。被告Aは、収入を得るために働いているのに、収入が低いまま続けても仕方
がない、もっと稼げるところで働くしかないので、それを選択する旨Cに告げ、
「今月一杯で退職してもいい。四月だったらちょうどタイミングがいい」と述べ
た。そこで、もう一度話し合うことになり、同年四月三日に再度話し合いが持た
れ、被告Aから原告に対して退職の申入れがあり、原告もこれを受け入れ、本件合
意解約が成立するに至った。
 原告は、同年四月二一日、「上野わっぱ茶屋」で送別会を催し、被告Aも出席
し、その席上で、「短い間ではあるがお世話になりました。この度会社を辞めるこ
とになりました。」という挨拶をした。
 被告Aは、在職中は、原告が借り上げた社宅に家賃四万円で住んでいたが、退職
に際し原告から明渡しを求められると、もう少し居住したいと述べ、同年五月以降
は、所有者であるCと通常の家賃である月七万円で賃貸借契約を締結し直して居住
していた。
 被告Aは、離職票交付の手続が遅れると、再三担当者に催促した。離職票には退
職事由を「解雇」としているが、これは失業保険が早く支給されるように配慮した
結果であって、実際には被告Aの自己都合による退職である。
 被告Aは、退職する前の同年四月一七日、就職セミナーに参加するという名目で
同月一八日に休暇を取る旨の申出をしている(甲第一号証)。
2 弁済
(一) 被告Aの時間外労働については、既に営業手当及び残業手当として支給済
みである。
 被告Aが勤務時間以外に就労したのは、スタッフフォロー業務とミーティングで
あるが、ミーティングについては時間外手当として支給し、スタッフフォロー業務
については営業手当として支払った。すなわち、スタッフフォロー業務に対する対
価は営業手当の中に含まれている。
(二) 被告Aは、当初スタッフフォロー業務が営業業務とは別であるとして残業
手当の支払を求め、中央労働基準監督署に申告していたが、中央労働基準監督署か
らその支払について勧告が出なかったことから、退職後の平成七年五月ころ、規定
上営業手当が支払われない試用期間(三箇月間)中のスタッフフォロー業務に対し
ては残業手当が支払われるべきであるとして、中央労働基準監督署に申告を追加し
た。原告は、中央労働基準監督署に対し、被告Aの入社一箇月目に誤って多く支払
った住宅手当七五〇〇円及び入社三箇月目に本来支払われるべきでないのに支払わ
れた営業手当三万四五四五円の額の合計が試用期間の三箇月間にかかるスタッフフ
ォロー業務に対して支払われるべきであった残業手当の額三万四八五〇円を七一九
五円だけ上回っていることを説明したが、中央労働基準監督署からは、一度支払っ
た住宅手当を控除するのはいささか厳しすぎるとの指摘があり、また、四時間分の
残業手当を支払うようにとの指導を受けた。そこで、原告は、被告Aに対し、住宅
手当の過払額を控除しないこととし、四時間分の残業手当を加算して、前記の七一
九五円と精算するようにして算出した七一〇五円を支払うこととし、被告Aも納得
してこれを受領した。
 今になってこの問題を蒸し返す理由が理解できない。
3 時効による消滅
 被告Aが反訴を提起して時間外労働手当を請求したのは、平成八年九月四日であ
り、平成六年九月三日から二年が経過していた。原告は、平成九年一〇月三日の本
件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)の事実は否認する。(二)の事実のうち、平成七年三月、被告A
がCと話し合った際、収入を得るために働いているのに、収入が低いまま続けても
仕方がない、もっと稼げるところで働くしかないので、それを選択する旨Cに告
げ、「今月一杯で退職してもいい。四月だったらちょうどタイミングがいい。」と
述べたこと、同年四月三日に被告Aから原告に対して退職の申入れがあり、原告も
これを受け入れ、本件合意解約が成立するに至ったこと、実際には被告Aの自己都
合による退職であること、被告Aが、退職する前の同年四月一七日、就職セミナー
に参加するという名目で同月一八日に休暇を取る旨の申し出をしたことは、いずれ
も否認する。
 原告は、被告Aに対し、平成七年四月三日、同月三〇日付けで被告Aを解雇する
旨の意思表示をした。
 被告Aは、原告営業部の新規派遣先開発業務に従事し、内部事務処理のため所定
時間外労働及び深夜労働に従事した。ところが、原告は、就業規則において、営業
については「会議及びスタッフフォロー業務のみを時間外労働割増賃金の対象とす
る。」と規定し(乙第一二号証)、被告Aが事務処理のため時間外労働に従事した
分の賃金を支払わなかった。また、原告は、平成六年八月二五日支払分の賃金から
営業手当の金額を四万円から二万円に切り下げた。被告Aは、原告に対し、残業賃
金の未払及び営業手当の一方的切り下げに対し、抗議をし改善を申し入れたが、原
告は改善措置を執らなかった。そこで、被告Aは、中央労働基準監督署長に対し、
平成七年一月、労働基準法一〇四条一項に基づき原告の労働基準法違反の右事実を
申告した。中央労働基準監督署長は、原告に対し、同年二月、平成六年八月から平
成七年二月支払分までの未払営業手当のうち、とりあえず七万円を支払うこと、未
払時間外労働についての賃金を支払うことを求める是正指導を行った。原告は、同
年三月二五日、右未払営業手当七万円を支払ったものの、未払時間外労働賃金につ
いては支払おうとしなかった。そして、原告のC営業部長は、被告Aに対し、同年
三月二〇日、理由も示さず、「あなたには辞めてもらいます。日付は改めて言いま
すから引き継ぎして下さい。」と解雇を通告し、同年四月三日、改めて「今月末で
辞めてもらいます。」と同月三〇日付けで解雇する旨通告した。同年五月二三日に
は原告から離職票も送付されてきた。離職票の離職事由欄には「解雇」である旨が
記載されていた。このように、原告は、被告Aが中央労働基準監督署長に対し労働
基準法一〇四条一項に基づき原告の労働基準法違反の事実を申告したことに対する
報復として、被告Aを解雇したものであり、右解雇は、同法一〇四条二項に違反し
無効である。
2 同2(一)の事実は否認する。営業手当は、営業実績により増減するいわば営
業担当者の出来高賃金としての性質を有するものであり、時間外労働手当に見合う
ものではない。原告の就業規則上も、スタッフフォロー業務に従事すれば時間外労
働手当の支払義務があることは明らかである。
3 同3は争う。
五 再抗弁
1 被告Aは、平成七年一〇月一二日、中央労働基準監督署長に対し、原告の時間
外労働手当の未払について、これを支払うよう厳重な指導、勧告を行い、これに従
わない場合の司法処分を求めた。これは、民法一四九条の裁判上の請求に当たる。
 仮に、裁判上の請求に当たらないとしても、同法一五三条の催告に当たる。被告
Aは、平成八年五月二七日本件訴訟において請求棄却を求める答弁書を提出し、同
年七月一日、準備書面を提出し、被告Aの時間外労働手当等の請求権の存在を主張
した。
2 原告は、時間外労働割増賃金の算定につき独自の解釈を述べ、その主張の当否
について労働基準監督署の判断を待ちたいと主張し、支払を事実上引き延ばし、そ
の判断がされれば支払を行うかのように被告Aに期待を抱かせて待たせておきなが
ら、その後になって時効の援用をするに至ったものであり、原告の時効の援用は信
義則に反して許されない。
第四 当裁判所の判断
一 本訴について
1 まず、原告は、原告と被告Aとの間の本件雇用契約に基づく債務の存否につ
き、被告Bとの間でも確認を求め、また、原告と被告Bとの間の雇用契約に基づく
債務の存否についても、被告Aとの間でも確認を求めている(請求の趣旨第一項
は、文言上はそのように読むほかない。)が、いずれも確認の利益を肯定できる根
拠は見出しがたく、右各部分は不適法として却下する。
2 次に、原告は、原告と被告Aとの間の本件雇用契約に基づく債務の存否につい
て確認を求め、請求の趣旨においては明示的に限定していないものの、被告Aが解
雇されたことを理由として退職金の支払を求めていることと、時間外労働割増賃金
の支払を求めていることに伴い、右のとおり確認を請求しているものであるから、
右退職金支払債務及び時間外労働割増賃金支払債務の不存在確認を請求する趣旨で
あることは明らかである。
 また、原告は、原告と被告Bとの間の雇用契約に基づく債務の存否について確認
を求め、請求の趣旨においては明示的に限定していないものの、被告Bが、年次有
給休暇を請求したのに、原告が欠勤扱いとして該当する分の賃金をカットしたと主
張し、その分の賃金債権の存在を主張していることに伴い、右のとおり確認を請求
しているものであるから、右賃金債権の不存在を請求する趣旨であることは明らか
である。
 被告A及び被告Bが、その後それぞれ反訴を提起して、右時間外労働割増賃金の
支払を求め、また、右カットに係る賃金の支払を請求していることは当裁判所に顕
著であるから、いずれも反訴請求の当否を判断すれば必要、かつ、十分である。よ
って、原告の債務不存在確認の訴えは、右各部分については確認の利益を欠き、不
適法であるから、却下する。
3 原告は、被告Aが解雇されたことを理由として原告に退職金の支払義務がある
と主張しているとして、当該債務の不存在確認を求めている。
 被告Aは、本件訴訟においては退職金の支払を求めていないが、これは被告Aが
本件雇用契約の存続を主張しているためであり、乙第一号証によれば、被告Aが、
中央労働基準監督署に対し、平成七年一〇月一二日付けで原告に労働基準法違反が
あると申告し、解雇されたことを理由として原告に退職金の支払義務があると主張
していることが認められるから、この事実に基づいて考えると、原告には当該債務
の不存在確認を求める利益があるというべきである。
 よって、判断すると、原告は、本件合意解約により本件雇用契約が終了したと主
張するが、本件合意解約の事実を認めるに足りず、原告が解雇により終了したこと
を主張立証しない以上、本件雇用契約が終了したものということができないことは
後記のとおりである。
 原告の右部分についての債務不存在確認請求は理由がないから、棄却する。
二 本件合意解約の成否について
 原告は、本件合意解約が成立したと主張し、甲第三号証及び第一四号証の各記載
並びに証人Cの供述中には原告の右主張に沿う部分がある。
 しかし、被告Aが原告に対し、退職届その他の本件合意解約を内容とする書面を
作成、提出した事実を認めることのできる何らの証拠がないほか、乙第二号証の二
及び第五号証によれば、原告が作成した雇用保険被保険者離職票には離職理由とし
て「解雇」と記載されていたこと、被告Aは、中央労働基準監督署長に対し、平成
七年一月、労働基準法一〇四条に基づき労働基準法違反の事実があるとして申告
し、中央労働基準監督署長が、原告に対し、同年二月、営業手当として七万円を支
払うよう是正指導を行い、原告が同年三月二五日これを支払ったという経緯があっ
たこと、被告Aが同年五月三〇日には労働組合東京ユニオンを通じて原告に対し、
不当解雇を主張して諸要求に及んでいることが認められ、これらの事実を踏まえ
て、乙第二二号証及び被告(反訴原告)A本人尋問の結果に照らすときは、原告の
本件合意解約成立の主張に沿う前掲各証拠はたやすく採用することができない。
 また、原告は、本件合意解約成立の根拠となる間接事実が存するとして縷々主張
するが、それらの事実は、後記のとおり被告Aが解雇後に本件雇用契約に基づく労
務提供の意思を失っていたことを裏付けるものではあっても、本件合意解約成立の
間接事実となるということはできない。
 他に本件合意解約成立の事実を認めるに足りる証拠はない。
三 本件雇用契約に基づく賃金請求について
1 労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務の履行につき、使用者の責め
に帰すべき事由によって右債務の履行が不能となったときは、労働者は、現実に労
務を遂行することはできないが、賃金の支払を請求することができる(民法五三六
条二項)。そして、右債務の履行不能には、使用者が労働者の就労を事前に拒否す
る意思を明確にしているときも、これに当たるものというべきであるが、それは、
労働者が客観的に就労する意思と能力とを有しているにもかかわらず、使用者が労
働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときには、労働者が現実に労務
を遂行したくても遂行することができないからであり、このような場合にまで労働
者に労務を遂行する債務を履行する旨提供させるまでもないから、使用者が労働者
の就労を事前に拒否する意思を明確にしているときには、労働者の労務を遂行すべ
き債務の履行は不能となると結論を簡潔に述べているにすぎない。労働者が同法五
三六条二項の適用を受けるためには、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思
を明確にしているときであっても、そのことだけでは足りず、労務遂行の単位とな
る一定の時間的幅の開始の時点で、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有し
ていることを主張立証することを要するものと解することが、民法六二四条一項の
趣旨に適うのであり、このように解することが相当である。若干敷衍すると、労働
者が労務を遂行する債務を履行する旨提供したのに、使用者が受領を拒絶した場合
には、労務を遂行するには使用者がこれを受領することが不可欠であり、かつ、労
務遂行の単位となる一定の時間的幅ごとに当該債務の履行が可能か不能かが決ま
り、労務を遂行することができないまま過ぎ去った時間について後から労務遂行の
債務を履行することはできないという、労務を遂行する債務の性質に照らせば、使
用者が受領を拒絶することにより、労働者が労務を遂行することは不可能となると
いえるから、労働者の債務は、右受領拒絶の時点で履行不能になるものと解するの
が相当である。労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供した時点で、労働者
が客観的に就労する意思と能力とを有していなければならないことは当然のことで
ある。そして、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているた
め、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ
明らかであるときには、労働者に労務を遂行する債務を履行する旨提供させるまで
もないから、労働者の債務は、右受領拒否の時点で履行不能になるものと解するの
が相当である。これが期間の定めのない労働契約のように、継続的に労務を遂行す
る債務である場合には、右履行不能の状態は、使用者が労働者に対して右受領拒絶
の意思を撤回する旨の意思表示をするまで時の経過とともに続くものというべきで
ある。しかし、他方、民法六二四条一項の趣旨からすれば、労務遂行の単位となる
一定の時間的幅の開始の時点で、労働者側の事情としては、労務を遂行することが
可能であることを要する。すなわち、労働者は、右の時点で客観的に就労する意思
と能力とを有していることを要する。ただ、通常の場合には、労働者が客観的に就
労する意思と能力とを有していることは自明のことであり、論ずるまでもないか
ら、殊更に取り上げられないだけにすぎない。実際上疑義があるときには、労働者
が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証しなければならない
ことは当然のことである。
 以上によれば、使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしているた
め、労働者が労務を遂行する債務を履行することが不可能であることがあらかじめ
明らかである場合には、労働者が労務を遂行する債務を履行する旨提供しなくて
も、労働者の債務は、労務遂行の単位となる一定の時間的幅の開始の時点で履行不
能になるものと解するのが相当であるが、これは、右の場合には、労働者に労務を
遂行する債務につき履行の提供をさせるまでもないからにすぎず、右の場合といえ
ども、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることは当然の前提とな
るものというべきである。労働者が、使用者において受領を拒絶するか否かにかか
わりなく、客観的に就労する意思又は能力をはじめから有していない場合には、労
働者の責めに帰する事由による履行不能というほかなく、このような場合まで、使
用者の責めに帰すべき事由によるものと解することはできないからである。
2 被告(反訴原告)A本人尋問の結果によれば、被告Aは、平成七年四月中は原
告において引継ぎその他の事務処理を行い、原告の催した送別会に出席してその席
上で挨拶をし、同年五月には別会社(エム・シー・シー)に雇用され、試用期間を
経て正規の従業員としてその後も勤務を継続していることが認められるから、これ
らの事実に弁論の全趣旨を併せて考えると、被告Aは、原告により解雇をされたも
のと認識し、平成七年五月以降は原告で労務を遂行する意思を喪失し、事後的な処
理として、原告に対し、時間外労働割増賃金の精算を求め、あるいは違法な解雇で
あることを主張して損害賠償請求をすることとしたものと認めることができる。
 被告(反訴原告)A本人の供述中には、平成七年五月以降も原告において労務を
遂行する意思があった旨の部分があるが、採用することはできない。
3 よって、平成七年五月以降も被告Aが原告において労務を遂行する意思があっ
たことを認めるに足りる証拠はないから、被告Aの同月一日以降の賃金請求は理由
がない。
四 時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金の請求について
1 本件雇用契約において定められた被告Aの勤務時間が午前九時から午後六時ま
で(うち休憩一時間)であることは、当事者間に争いがない。
 乙第一七号証の一から同号証の一三までによれば、平成六年一月一七日から平成
七年一月三一日までの間の被告Aの各出勤日の出社時刻及び退社時刻は証拠上明ら
かであるから、これらに基づき、必要な取捨選択を行ってその間の労働時間を算出
し、(一)で算出する時間外労働単価及び深夜労働単価によって時間外手当及び深
夜手当を算出すると、次の(二)から(一四)までのとおりである。
(一) まず、時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金算出の基礎となる被告A
の「通常の労働時間又は労働日の賃金」を算出しておくと、乙第一八号証の一から
同号証の一二まで、甲第一〇号証の一、二によれば、次のとおりである。
(1) 平成六年一月一七日から同年三月三一日までの間については、基本給二一
万三〇〇〇円及び住宅手当一万円によって算出すべきであり、その額は一三六〇円
(円未満四捨五入)となるから、時時外労働単価はこれに一・二五を乗じて一七〇
〇円となり、深夜労働単価は一・五を乗じて二〇四〇円となる。
(2) 同年四月一日から平成七年一月三一日までの間については、基本給二一万
八〇〇〇円及び住宅手当一万円によって算出すべきであり、その額は一三九六円
(円未満四捨五入)となるから、時間外労働単価はこれに一・二五を乗じて一七四
五円となり、深夜労働単価は一・五を乗じて二〇九四円となる。
 被告Aは、時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金算出の基礎となる被告Aの
「通常の労働時間又は労働日の賃金」に、営業手当四万円をも加算すべきである旨
主張するが、後記のとおり、原告の就業規則上、営業手当は、時間外手当の固定給
の意義を有するものとされているから、これを時間外労働割増賃金及び深夜労働割
増賃金算出の基礎となる被告Aの「通常の労働時間又は労働日の賃金」に加算する
と、時間外労働に対して重複した手当が支給されることになるから、性質上、労働
基準法三七条一項にいう「通常の労働時間又は労働日の賃金」に含まれないものと
解するのが相当である。同条四項及び労働基準法施行規則二一条は、割増賃金の基
礎となる賃金に算入しない賃金を定めており、これらの規定は除外すべき賃金を制
限列挙したものと解するのが一般であるが、労働基準法三七条一項は、使用者に割
増賃金の支払義務を課し、その算定方法を定めているのであるから、同条四項及び
労働基準法施行規則二一条に規定されていない賃金であっても、当該賃金が割増賃
金の固定給の性質を有するのであれば、これを割増賃金の基礎となる賃金に算入し
ないことは、労働基準法三七条一項自体が当然の前提にしているものと解するのが
相当である。
(二) 平成六年一月分
 乙第二二号証、被告(反訴原告)A本人尋問の結果によれば、次の事実が認めら
れる。
 被告Aは、勤務時間中は契約書の作成、電話の応対、顧客回りをし、夕方帰社し
てから書類等の整理をしていた。そのほか、被告Aは、原告から、命じられたとお
り、スタッフフォロー業務を遂行し、毎週木曜日午後五時三〇分から行われるミー
ティングに参加していた。
 右認定に照らして考えると、被告Aが出勤してから勤務時間が開始するまでの間
については、最大で十数分程度にとどまるから、被告Aは、勤務の開始前に態勢を
整えていただけであると解するのが合理的であり、被告Aがこの間にまで原告の指
揮監督下において労務を遂行したものと推認することはできないが、勤務時間終了
後退社するまでの間の時間については、特段の反証もないから、被告Aが原告の指
揮監督下において労務を遂行したものと推認することができる。
 そうすると、被告Aの時間外労働は一四時間二三分となり、深夜労働は五二分と
なるが、一〇分未満はこれを四捨五入することとすると、被告Aの時間外労働は一
四時間二〇分となり、深夜労働は五〇分となる。前記のとおり、時間外労働の単価
は一七〇〇円であり、深夜労働の単価は二〇四〇円であるから、時間外労働の割増
賃金は二万四三六七円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一七〇〇
円となる。
(三) 平成六年二月分
(二) と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を算出すると、それぞれ被告A
の主張する三三時間二〇分及び五五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働の
単価は一七〇〇円であり、深夜労働の単価は二〇四〇円であるから、時間外労働の
割増賃金は五万六六六七円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一八
七〇円となる。
(四) 平成六年三月分
 一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を
労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を
算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計六
時間を控除すると、それぞれ被告Aの主張する三九時間三〇分及び一時間を下回ら
ない。前記のとおり、時間外労働の単価は一七〇〇円であり、深夜労働の単価は二
〇四〇円であるから、時間外労働の割増賃金は六万七一五〇円となり、深夜労働の
割増賃金は二〇四〇円となる。
(五) 平成六年四月分
 (二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当
の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計四時間三〇分を控除すると、そ
れぞれ被告Aの主張する二七時間二〇分及び五〇分を下回らない。前記のとおり、
時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間
外労働の割増賃金は四万七六九七円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃
金は一七四五円となる。
(六) 平成六年五月分
 (二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当
の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計三時間三〇分を控除すると、時
間外労働については被告Aの主張する三四時間二五分を下回らず、深夜労働につい
ては三〇分となる。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働
単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は六万〇七八四円(円未満四
捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一〇四七円となる。
(七) 平成六年六月分
 (二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当
の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計七時間を控除すると、時間外労
働については二八時間一〇分となり、深夜労働については被告Aの主張する一五分
を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価
は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は四万九一五一円(円未満四捨五
入)となり、深夜労働の割増賃金は五二四円となる。
(八) 平成六年七月分
 (二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当
の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計六時間を控除すると、時間外労
働については被告Aの主張する二六時間五五分を下回らず、深夜労働については三
〇分となる。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は
二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は四万六九七〇円(円未満四捨五
入)となり、深夜労働の割増賃金は一〇四七円となる。
(九) 平成六年八月分
 (二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を算出し、これから時間外手当
の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計五時間三〇分を控除すると、そ
れぞれ被告Aの主張する二九時間三〇分及び五分を下回らない。前記のとおり、時
間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二〇九四円であるから、時間外
労働の割増賃金は五万一四七八円(円未満四捨五入)となり、深夜労働の割増賃金
は一七五円(円未満四捨五入)となる。
(一〇) 平成六年九月分
 一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を
労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を
算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計三
時間三〇分を控除すると、それぞれ被告Aの主張する三二時間一五分及び五分を下
回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働単価は二
〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は五万六二七六円(円未満四捨五入)
となり、深夜労働の割増賃金は一七五円(円未満四捨五入)となる。
 後記の時効の援用との関係で平成六年九月四日以降の分に限って算出しても、右
に変更はない。
(一一) 平成六年一〇月分
 (二)と同様に被告Aの時間外労働を算出し、これから時間外手当の支給対象と
なった時間外ミーティングの時間一時間を控除すると、被告Aの主張する二〇時間
三五分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であるから、時
間外労働の割増賃金は三万五九一八円(円未満四捨五入)となる。
(一二) 平成六年一一月分
 一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を
労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告Aの時間外労働を算出し、これ
から時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間一時間を控除する
と、被告Aの主張する一五時間一〇分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単
価は一七四五円であるから、時間外労働の割増賃金は二万六四六六円(円未満四捨
五入)となる。
(一三) 平成六年一二月分
 一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を
労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告Aの時間外労働を算出し、これ
から時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間一時間を控除する
と、被告Aの主張する二〇時間三〇分を下回らない。前記のとおり、時間外労働単
価は一七四五円であるから、時間外労働の割増賃金は三万五七七三円(円未満四捨
五入)となる。
(一四) 平成七年一月分
 一〇分未満は四捨五入して勤務時間開始までに三〇分以上ある日は、その時間を
労働時間に算入することとし、(二)と同様に被告Aの時間外労働及び深夜労働を
算出し、これから時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間三〇分
を控除すると、時間外労働は被告Aの主張する一七時間五〇分を下回らず、深夜労
働は五〇分である。前記のとおり、時間外労働単価は一七四五円であり、深夜労働
単価は二〇九四円であるから、時間外労働の割増賃金は三万一一一九円(円未満四
捨五入)となり、深夜労働の割増賃金は一四五四円(円未満四捨五入)となる。
2 営業手当の支払を理由とする弁済の抗弁について
(一) 甲第七号証、証人Cの証言によれば、次の事実を認めることができる。
 スタッフフォロー業務とは、原告に派遣労働者として登録されている者(スタッ
フ)の中から、派遣先に派遣することができる労働者を選択するために、スケジュ
ール管理、教育、指導、コミュニケーション、希望や技能の確認等を行う業務であ
り、スタッフ管理を目的とする業務である。原告では、営業職の従業員等が週一回
三時間の割合で行っていた。
 この業務は、スタッフに電話で連絡を取る必要があることから、原告は、午後六
時以降に行うこととし、残業手当を支払っていたが、残業手当の支払を受けながら
スタッフフォロー業務を十分遂行していない実情があったことが判明したことか
ら、原告は、平成四年一一月以降取扱いを変更し、従来の残業手当の平均支給額に
従来の営業手当を加算した額を営業手当として支給することとし、残業手当を支給
することを取り止めた。しかし、営業手当の額は、固定的な額ではなく、三箇月ご
とに評価をしてその額を決定することとした。原告は、平成五年三月以降、スタッ
フフォロー業務を週一回二時間(月合計八時間)に軽減した。
 原告は、右のとおりに取り扱いを変更し、これに沿って営業手当を支給しつつ、
スタッフフォロー業務遂行に対する残業手当は支給しなかったが、就業規則上は、
「営業は、会議及びスタッフフォロー業務のみを時間外労働割増賃金の対象とす
る」、営業手当は、「営業担当者の営業業務に対して、その職務能力に応じて支給
する。この場合、時間外手当は支給しない。」と規定されており、平成六年一二月
一日以降、試用期間中も営業手当を支給することとし、就業規則をその旨変更した
際も、右規定は改めなかった。
 証人Cの供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用する
ことができず、他に右認定に反する証拠はない。
(二) 右認定によれば、原告の就業規則は、スタッフフォロー業務を時間外労働
割増賃金の対象とする旨規定しており、従前はこの規定に従ってスタッフフォロー
業務に対する時間外手当が支給されていたが、原告は、平成四年一一月以降は、就
業規則の右規定にかかわらず、運用上、スタッフフォロー業務に対する時間外手当
を含めて営業手当を支給する取り扱いに変更したこと、しかし、原告は、就業規則
の右規定を改めなかったので、右の取扱いは、就業規則の右規定に反するものであ
ったこと、以上の点が明らかである。
 スタッフフォロー業務に対する時間外手当を支給するか、それともこれを支給せ
ず、スタッフフォロー業務に対する時間外手当を含めて営業手当を支給するかは、
労働条件に当たるというべきである。
 原告は、スタッフフォロー業務に対する時間外手当を含めて営業手当を支給する
こととした取扱いの法的根拠を明確に主張しないが、仮に、労働契約によってその
旨定められていることを主張する趣旨であると解するとして、甲第七号証及び第九
号証の一、二の各記載並びに証人Cの証言中には、原告が従業員との間でその旨の
合意をしており、被告Aとの間でもその旨の合意をしたと受け取れる部分がある
が、乙第二二号証及び被告(反訴原告)A本人の尋問の結果に照らし、たやすく採
用することができず、他に原告と被告Aとの間でその旨の合意がされたことを認め
るに足りる証拠はない。
 のみならず、仮に、原告と被告Aとの間の合意で前記の取扱いをする旨定められ
ていたとしても、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、
その部分については無効であり、無効となった部分は就業規則で定める基準による
(労働基準法九三条)から、原告と被告Aとの間の右の合意は無効であり、スタッ
フフォロー業務に対しては、就業規則に従って時間外手当が支払われなければなら
ないというべきである。なお、書面によらないで就業規則の内容を変更することは
できないものと解するのが相当である。
(三) 他方、原告の就業規則は、営業担当者の営業業務に対して、その職務能力
に応じて営業手当を支給することとし、時間外手当は支給しないことと規定してお
り、甲第七号証によれば、賃金規程は、その額につき三万円から五万円までの範囲
を定めていることが認められるから、原告が就業規則に基づき支払うべき営業手当
は、営業職という職種に対する手当であり、営業の特質に即した時間外割増賃金の
固定給の意義を有するものであるということができる。
 もっとも、甲第七号証及び証人Cの証言によれば、原告は、営業手当につき、こ
れを営業職という職種に対する手当として位置付けている就業規則の規定にかかわ
らず、運用上、三箇月ごとに実際の売上げを中心とした営業成績の評価を行い、こ
の評価に基づいて営業手当の額を決定することとしているため、実際に支給される
営業手当の額は原告の右査定に応じて変動するものとなっており、賃金規程が三万
円から五万円までの範囲内で支給することと定めていることに反する運用がされて
いることが認められるが、このような運用は、就業規則に基づかないものであるか
ら、右査定の結果、労働者が就業規則の定める営業手当の最下限である月三万円を
下回る額を決定され、支給されたときは、労働基準法九三条により、原告に対し、
月三万円の額との差額の支払を請求できるものと解するのが相当である。
 労働基準法三七条の趣旨に照らすと、支払われた営業手当の額が同条に基づき算
出する時間外割増賃金の額を上回るときは、営業手当の支払をもって同条に基づく
時間外割増賃金の支払に代えたものということができるが、支払われた営業手当の
額が同条に基づき算出する時間外割増賃金の額を下回るときは、原告は、その差額
の支払義務を免れないものと解するのが相当である。
 原告が被告Aに対して支払った営業手当は、平成六年四月から同年七月までの間
毎月四万円であり、同年八月から平成七年一月までの間毎月三万円であるから、こ
れを控除すべきである。
3 時間外手当の弁済の抗弁について
(一) 甲第一〇号証の一、二、乙第一八号証の一から同号証の一六までによれ
ば、原告が被告Aに対し、所定時間外割増賃金を支払った事実が認められるが、前
記のとおり被告Aの時間外労働時間を算出する際には、右所定時間外割増賃金支払
の根拠となったミーティング参加に伴う時間外労働時間を控除しているから、ここ
で再度支払済みの所定時間外割増賃金を控除する理由はない。
(二) 甲第三号証及び証人Cの証言によれば、原告が被告Aに対し、平成七年七
月二六日時間外手当として七一〇五円を支払ったことが認められるから、平成六年
一月分から同年三月分までのうちから同額を控除すべきである。
4 時効の抗弁について
(一) 被告Aが反訴を提起して時間外労働手当を請求したのは、平成八年九月四
日であり、原告が、平成九年一〇月三日の本件口頭弁論期日において、右時効を援
用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。
(二) 乙第一号証、第二二号証によれば、被告Aが、平成七年一〇月一二日こ
ろ、中央労働基準監督署長に対し、原告の時間外労働手当の未払について指導、勧
告等を求めたことが認められるが、これをもって民法一四九条の裁判上の請求に当
たるというこはできない。また、被告Aが裁判上の請求に及んだのは、反訴を提起
して時間外労働手当を請求した平成八年九月四日であって、被告Aが右のとおり中
央労働基準監督署長に対し、原告の時間外労働手当の未払について指導、勧告等を
求めた時から六箇月を経過した後であるから、被告Aの時効の中断を理由とする再
抗弁は理由がない。
 また、被告Aの主張事実だけをもって原告の時効の援用が信義則に反して許され
ないというに足りない。
 再抗弁は理由がない。
五 被告Bの請求について
 被告Bは、原告に対し、平成七年三月二五日、四月六日、同月一二日、同月二七
日、五月一日、同月一〇日、同月一三日、同月二六日及び同月二七日につき年次有
給休暇を請求したと主張するが、甲第二号証の一から同号証の五まで及び弁論の全
趣旨によれば、被告Bが事前に年次有給休暇の請求をしなかったことが認められる
から、この事実に照らして考えると、原告が年次有給休暇として承認しなかった措
置に違法はなく、これが不法行為に当たるということはできない。また、原告が、
被告Bが事前に請求しても認めない方針であったこと、被告Bに対し年次有給休暇
の申請用紙を全く交付していなかったことを理由に、不法行為による損害賠償責任
を負うということもできない。
六 結論
1 本訴については一で述べたとおりである。
2 反訴については、被告Aの請求のうち、時間外労働割増賃金三万九〇八六円、
深夜労働割増賃金一六二九円及びこれらに対する反訴状送達の日の翌日である平成
八年九月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支
払を求め、並びに労働基準法一一四条に基づき、右各同額の付加金合計金四万〇七
一五円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 被告Bの請求は理由がない。
3 仮執行の宣言の申立てについてはその必要がないものと認めて却下する。
東京地方裁判所民事第一九部
裁判官 高世三郎
別紙①
<81853-001>
別紙②
<81853-002>

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