弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取消す。
     被控訴人らは各自控訴人に対し金二十四万円及びこれに対する昭和二十
三年八月五日から支払ずみにいたるまで年五分の金員を支払うべし。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
     この判決は控訴人において被控訴人ら各自に対し各金五万円の担保を供
するときは仮りに執行することができる。
         事    実
 控訴代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴
棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、被控訴人Aは本件家屋につ
き所有者Bに金二〇万円を支払えば同人からその所有権の移転を受け得る関係にあ
つたもので、同被控訴人はこの関係にもとずき控訴人との間に売買契約を結んだも
のであるから、約言に従つて控訴人に本件家屋の所有権を取得させるべき義務があ
るのに、同被控訴人は控訴人から受取つた代金二七万円を自ら又は他人のために費
消して所有者Bには少しも支払をせず、その結果控訴人との本件売買契約を履行不
能に帰せしめた、従つて同被控訴人は右履行不能によつて控訴人に生ぜしめた損害
を賠償すべき義務がある、被控訴人Cは被控訴人Aの権限が右の如くであることを
確めず、所有者は遠隔の地におりしかも被控訴人Aは売買委任によるものでないの
に本件売買の履行が完全にできるものかどうかを確めず、漫然被控訴人Aを控訴人
に紹介し自ら仲介して本件売買契約を結ばせたものであつて、控訴人が被控訴人A
の履行不能によつて損害を受けたのは、被控訴人Cの不動産売買仲介業者としての
注意義務の欠缺によるものであると述べ、被控訴人ら代理人において右事実は否認
する、本件のような事態に立ちいつたものはもつぱら控訴人が約旨に従つて代金の
支払をしなかつたことによると述べた外、原判決に事実として記載されたところと
同一であるから、ここにこれを引用する。
 立証として、控訴代理人は当審における証人D、同E、同Fの各証言及び当審に
おける被控訴人A本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、被控訴人ら代理人は当
審における証人Fの証言を援用した外、当事者双方とも原判決の事実のらんに記載
されたとおり、証拠の提出、援用、認否をしたから、ここに右記載を引用する。
         理    由
 被控訴人Cが不動産売買仲介業を営むものであり、昭和二十三年三月中控訴人か
ら家屋買受の依頼を受け、同年四月東京都目黒区a町b番地所在の訴外B所有木造
瓦葺平家一棟建坪二九坪五合を控訴人に紹介し、次で被控訴人Aを所有者Bの代理
人として控訴人に紹介したこと、同年四月五日控訴人と被控訴人Aとの間に右家屋
につき、代金五〇万円とし、即日手附金として金七万円、同月十五日内金一〇万円
を支払い残額金三三万円は同月三十日所有権移転登記手続と同時に支払うこととす
る売買契約が成立したこと、控訴人か約旨に従い被控訴人Aに同月十五日までに手
附金七万円、内金一〇万円、同月三十日さらに内金一〇万円合計金二七万円を支払
つたことは当事者間に争いがない。
 控訴人は、被控訴人Aは右金二七万円を受取つた後姿をくらまし右売買契約の履
行をしない、同被控訴人は本件家屋売買につきなんら所有者Bからその代理権を与
えられたものではなく、たんに右Bに全二〇万円を支払えば右家屋の所有権を取得
し得るという関係にすぎないのに、代理人の如く装つて控訴人をだまし売買名義の
下に控訴人から金二七万円を騙取したものである、仮りにそうでないとしても本件
売買契約の約旨に従つて控訴人に本件家屋の所有権を取得させるべき義務があるの
に、右Bにはなんらの支払をせず、控訴人から受取つた金二七万円は自己又は他人
のために費消し、右売買契約の履行を不能に帰せしめたものである、これによつて
控訴人は右代金二七万円相当の損害をこうむつたから、被控訴人Aはこれを賠償す
る義務があると主張する。成立に争いのない甲第二号証、同第六号証の一、三、
四、原審における証人Gの証言により成立を認めるべき甲第四号証、同第五号証の
一、二、当審における証人Dの証言により成立を認めるべき甲第六号証の五、当審
における被控訴人A本人尋問の結果により成立を認めるべき乙第一号証の各記載、
原審における証人G、同H、同I、当審における証人D、同倉出つる、同Fの各証
言、原審における控訴人、原審及び当審における被控訴人A(当審は第二回)各本
人尋問の結果に、前記争いのない事実をあわせ考えると、本件家屋の所有者Bは三
重県に住み、右家屋には訴外Hが賃借居住していたところ、被控訴人Aは右Bに家
屋売却の意思あることを知り、同人に対し右家屋を自分の手で売らせてくれと交渉
したが、Bは同被控訴人とは従来未知の間柄であり、かつ遠隔の地にいることでも
あるので、直ちに同人を自己の代理人としてこれに売買を委任することはせず、同
被控訴人が金二〇万円を現金でB方へ持参するならば、それと引きかえに右家屋の
所有権を同被控訴人に譲渡する旨を約し、従つて委任状、印鑑証明書等の書類は一
切交付せず、たんに右約旨を記載した書画(乙第一号証、同証の成立に関する前記
証人G、同Dの証言は信用しない)一通を与えたのみであつたが、被控訴人Aは一
方居住者岩崎との間では同人に立退料として現金二〇万円を支払えば何時でも右家
屋を明渡す旨を約束させ、以上の関係にもとずき被控訴人Cの仲介のもとに控訴人
と本件売買契約を結び、前記のとおり代金の内金二七万円の支払を受け、残額は双
方合意の上当初の期限を延期し同年五月五日に家屋の明渡及び所有権移転登記と同
時に支払を受けることとしたものであること、しかるに被控訴人Aはその後所有者
Bに対してはなんらの支払をせず、また居住者岩崎に対しても金七万円を支払つた
のみで、その余の金員は自ら費消してしまつたので、所有者から家屋所有権の移転
を受けることもできず、居住者を立退かせることもできなくなり、ついにその所在
をくらますにいたつたこと、その後同年七月には所有者Bは訴外Jに依頼して本件
家屋を第三者に売却してしまい、結局本件売買契約は履行不能に帰したものである
ことを認めることができる。被控訴人Aの本人尋問における供述中右認定とちがう
部分は信用しない。被控訴人Aが本件家屋売買契約につき所有者Bから代理権を与
えられたものではないのに、Bの代理人と称してこれにあたつた事実は前記各証拠
によつてうかがい得るけれども、本件売買は他人の物の売買であつて、被控訴人A
としてはBとの契約により自ら家屋所有権を取得した上これを控訴人に移転せしめ
るべきもので被控訴人Aとしては右債務を負うとともに、これを完全に履行する限
り、控訴人としてはこにによつても売買の目的を達するに十分であることが明らか
であるから、被控訴人AがBの代理人と称したとの一事をとらえて同被控訴人が控
訴人を欺罔して売買代金名義のもとに前記二七万円を騙取したとするのは相当でな
い。しかしながら被控訴人Aは自ら右債務を履行せず、結局これを履行不能に帰せ
しめたのであり、控訴人がその代金として支払つた金二七万円相当の損害をこうむ
つたことは自明であるから被控訴人Aはこれが賠償義務あることはもちろんであ
る。被控訴人らは本件売買契約の履行が不能に帰したのは、控訴人が約旨にもとず
く代金の支払をしなかつたためであると主張するけれども、当初の契約によつて昭
和二十三年四月三十日残額の取引をすると定められたところは、その後当事者合意
の上同日内金一〇万円を支払つて残額は同年五月五日に支払うこととしたことは前
記のとおりであり、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、右五月五日には
被控訴人Aはすでに逃走して取引の場所に出頭しなかつたことが明らかであるか
ら、被控訴人らの右主張は失当である。
 次に被控訴人Cに対する関係につき、控訴人は被控訴人Cは不動産売買仲介業者
として控訴人の委託にもとずき事務を処理するにあたりその尽すべき注意義務を尽
さなかつたものであるから、控訴人のこうむつた前記損害については同被控訴人に
もその賠償の義務があると主張するのに対し、被控訴人Cは、同被控訴人としては
控訴人に対して本件家屋とBの代理人として被控訴人Aとを紹介したに止まり、売
買契約の仲介をしたものではないから、控訴人が損害をこうむつたとしても賠償義
務はないと主張する。前記甲第二号証成立に争のない甲第六号証の二、乙第三号証
の一、二、原審における控訴人本人尋問の結果により成立を認める甲第一号証、原
審における被控訴人C本人尋問の結果により成立を認める乙第二号証の各記載、前
記証人I、同Eの各証言、原審における控訴人、被控訴人両名各本人尋問の結果に
本件口頭弁論の全趣旨をあわせ考えれば、被控訴人Cは控訴人の委託にもとずき、
控訴人に対して本件家屋を示し、所有者Bの代理人として被控訴人Aを紹介したの
みでなく、売主側の売却条件の内容を呈示し、契約書には立会人として署名し、金
員授受の一部には自ら立会い、総じて売買当事者双方の間をあつせん仲介している
ことが明らかであるから、控訴人としては不動産売買仲介業者としての被控訴人C
に対し家屋売買の仲介を委託(準委任)したものであると認めるのが相当である。
およそ不動産売買仲介業者が客の委託を受けて不動産売買の仲介をするには、その
委託の趣旨に則り、善良な管理者の注意を以つて売主買主双方の間をあつせん仲介
し、売買契約が支障なく履行されて当事者双方がその契約の目的を達し得るように
配慮すべき義務があると解するを相当とするのである。ところで本件のように、家
屋の所有者が遠隔の地に居任し、しかも売主の地位に立つ者が所有者の代理人では
なく、たんに所有者との間の約旨により自らこれが所有権を取得し得る関係あるに
過ぎない他人の物の売買は、所有者本人が自ら売主となる場合や、委任状その他の
書類によつて明確にその権限を証明し得る代理人がその衝にあたる場合とはちがつ
て、その効力がすぐに所有者に及ばないのであるから、本来ある不確実さをおびて
いるもので、はたして目的物件が確実に所有者から売主へ、売主から買主へと移転
され得るかどうか、それは必ずしも簡単に予測し得ないところである。そこで仲介
業者たるものがかような取<要旨第一(一)>引に関与するにあたつては、通常の場
合に比して一段と高度の注意を用うべきことは条理の当然である。しか (一)>るに被控訴人Cは本件において被控訴人Aと所有者Bとの関係を調査せず、
従つて被控訴人Aの権限の内容、範囲を知ることなく、漫然同人を所有者の代理人
と軽信してこれを控訴人に売主代理人として紹介し<要旨第一(二)>たことはその
過失の第一である。のみならず、前記の如き被控訴人Aの権限にもとずき売買が支
障なく履行されるについて通常要すべき書類の如きは一切具備し
ないままにあえて本件売買契約を仲介して控訴人に代金を支払わしめたのは、第二
の大いな過失であつて、仲介人として尽すべき注意義務を尽さなかつたものと断ぜ
ざるを得ない。従つて右売買契約が被控訴人Aの債務不履行によつて控訴人に損害
が帰した以上被控訴人Cにおいてもこれが賠償義務あるものといわなければならな
い。
 被控訴人らは被控訴人らに本件損害賠償義務があるとしても、控訴人にも被控訴
人Aの権限につき調査し<要旨第二>なかつた過失があるから、賠償額算定の上に考
慮さるべきものであると主張する。しかしながら前記各認定の事実によ
れば、控訴人としては本件売買にあたりもつぱら不動産売買仲介業者たる被控訴人
Cに信頼していたものであることは明らかであり、不動産取引の如き事務について
通常人が、その専門の知識経験を有し、それを業務とする仲介業者に手数料を支払
つてこれを委託するのは、それによつて自ら取引に過誤なからんことを期するため
に外ならないのであるから、仲介業者を信用してそれ以上に自ら相手方の事情を調
査しなかつたとしても、それはむしろ当然のことであつて、これをもつて過失であ
るとすることは相当でない。被控訴人らのこの点の主張は採用しない。
 しからば、被控訴人らは各自控訴人に対し、控訴人のこうむつた前記損害額のう
ち控訴人の請求する金二四万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人らに送達され
た日の翌日であること記録上明らかな昭和二十三年八月五日から支払ずみにいたる
まで年五分の遅延損害金を支払うべき義務があり、これを求める控訴人の本訴請求
は理由がある。これと異なる原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負
担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法
第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

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