弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役1年に処する。
この裁判の確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成15年12月10日午前7時32分ころ,神戸市a区b通c丁目
d番所在の生田神社付属駐車場南側路上において,同所に駐車中のA所有に係る普
通乗用自動車のフロントガラスを所携の杖でたたき割り(損害額9万5340円相
当),もって,他人の物を損壊したものである。
(証拠の標目)―括弧内の甲乙に続く数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証
拠番号―
省略
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法261条に該当するので,所定刑中懲役刑を選択し,そ
の所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年に処し,情状により同法25条1項を適用
してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとし,訴訟費用
は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととす
る。
(弁護人の主張に対する判断)
 弁護人は,本件犯行は被告人の慢性アルコール中毒症状に基づく妄想により引き
起こされたものであり,被告人は本件犯行当時心神耗弱状態にあったと主張する。
 確かに,被告人の前科内容や被告人の述べる生活状況に照らすと,被告人が飲酒
時様々な問題行動を起こす性向を有していることが認められる。また,被告人の供
述や被告人の供述するその犯行前の行動等に照らすと,被告人が本件犯行前何者か
に追いかけられているのではないかとの妄想を持っていたこと,判示自動車がこれ
ら追跡者の車両と思い判示の行動に出たということが窺われ,これを否定すべき証
拠はない。
 しかし,被告人は,犯行直後被害者に怒鳴られると,直ちに「すまん,すまん,
間違えた。」と謝っており,このことからは,被告人は本件当時自己の行為の意味
内容を理解していたと認められる。次に,被告人は,被害車両が追跡者の車両と思
った理由につき,同車が和泉ナンバーであったためである旨供述しているところ,
これ自体は,短絡的な思いこみではあるが発想としてはむしろ一応合理的で,妄想
に支配された発想でも特に不自然な観念でもない。また,被告人は,その後本件行
動を起こした理由について,攻撃される前に先手を打って反撃するのは自分の周囲
では当然であるという発想を述べているが,これも,反社会的,非常識で危険な発
想であるが,妄想やこれに基づくものではない。そして,被告人は,犯行前日から
犯行当日にかけての
自己の行動について,逮捕された当初から一貫して詳細な供述をしているのであっ
て,本件当時の意識も清明で記憶力の減退もなかったと認められる。さらに,被告
人は犯行前数日間は酒を飲んでおらず,本件当時酩酊状態にあったわけでもない。
 以上の事実に照らせば,被告人が本件当時妄想を有していたとしても,これは本
件犯行の背景事情にとどまり,被告人が,本件犯行当時,妄想により,事物を弁別
する能力またはこれに基づき自己の行動を制御する能力を著しく減退させた状態に
はなかったと認められる。
(量刑の理由)
 被告人は,何ら落ち度のない被害者の車両を損壊したもので,被害弁償は全くな
されておらず,当面その見込みもない。そして,被告人は16犯もの前科を有して
おり,その多くが酒に起因し粗暴な行動をとったものであるところ,本件犯行も,
先手を打って攻撃に出るのが当然というような発想のもと,短絡的に犯行に及んだ
もので,被告人の粗暴性のあらわれであるといえ,最終前科である傷害による服役
後5年余りでの犯行であることも考えると,被告人にはいまだ相当の犯罪性向があ
るといわざるを得ず,これらの点に鑑みれば,被告人の刑事責任は軽くなく,被告
人が心神耗弱の状態ではなかった以上弁護人主張のように本件につき罰金刑を選択
すべき前提もないのであって,被告人に対しては本来実刑をもって臨むべきとも思
われる。しかし,本
件犯行が偶発的犯行であり,その背景にも前記のような妄想があったことは否定で
きず,犯行の経緯にはわずかではあるが酌量の余地がなくはないこと,被害額が多
額とはいえないこと,被告人が前刑終了後5年間無事に過ごしてきたともいえるこ
と,被告人が,今後は酒を断ち犯罪を犯さない,被害も弁償すると誓うなど反省の
態度を示していること等,被告人に有利な事情も認められる。
 そこで,被告人の年令や健康状態も考慮し,今回に限っては,その刑の執行を猶
予するのを相当と判断した。
  平成16年2月10日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判官  橋 本   一

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