弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一、本件申請をいずれも却下する。
二、訴訟費用は、債権者の負担とする。
       事   実
第一、当事者の求める裁判
一、債権者
(一) 債務者らは、仮に債権者の従業員として就労しなければならない。
(二) 債権者は、債務者らの就労に対しその従業員としての就労に相応する賃金
を支払わなければならない。
二、債務者ら
 主文一項同旨の裁判。
第二、債権者の主張
一、当事者
(一) 債権者
 債権者は、北九州市<以下略>に本部、本店を、同区<以下略>に各支店を同区
<以下略>に各出張所をそれぞれ置き、預金の受人、資金の貸付その他信用金庫法
所定の業務を営む金融機関である。
(二) 債務者ら
 債務者Aは昭和三二年四月一日、同Bは昭和二九年四月二二日、同C、同Dは昭
和三一年四月一日それぞれ債権者金庫に職員として雇傭された者である。
二、地位保全仮処分判決の存在
(一) 債権者は、債務者C、同Dに対し昭和四〇年二月二日付をもつて当時施行
の就業規則七二条六号による懲戒解雇を、同A、同Bに対しては同年一一月二〇日
付をもつて同規則二六条三号による普通解雇をそれぞれした。
(二) 債務者C、同Dは、同年四月二六日右解雇は就業規則の解釈適用を誤まつ
た無効な処分であるとして、福岡地方裁判所小倉支部に従業員としての地位保全仮
処分命令を申請したところ、同裁判所は、昭和四二年五月二九日右申請を認容する
判決をしたので、債権者は、右判決に対し控訴、特別上告の各申立をしたが、いず
れも棄却された。また右債務者らは、昭和四〇年二月二五日右解雇を不当労働行為
による無効な処分であるとして福岡県地方労働委員会にその救済を申立てたとこ
ろ、同委員会は、昭和四二年四月二〇日右申立を認容する命令をしたので、債権者
は、中央労働委員会にこれに対する再審査の申立をしたが、同委員会は、昭和四四
年七月二日初審同旨の命令をした。そこで、債権者は、同年八月二五日東京地方裁
判所に右中央労働委員会の命令取消しの訴を提起し、現在同庁昭和四四年(ウ)第
一七四号事件として係属中である。
 債務者A、同Bは、昭和四〇年一二月三日前記解雇を就業規則の解釈適用を誤ま
つたものであり、また、不当労働行為でもあるから無効な処分であるとして、福岡
地方裁判所小倉支部に従業員としての地位保全仮処分命令の申請をしたところ、同
裁判所は、昭和四五年六月三〇日右申請を認容する判決をしたので、債権者は、同
年七月一三日福岡高等裁判所に控訴を申立て、現在同庁昭和四五年(ネ)第五八一
号事件として係属中である。
(三) 債務者C、同Dと債権者との間の前記仮処分事件の第一審判決の主文は、
 債務者両名がいずれも債権者の従業員たる地位を有することを仮に定める。
 債権者は昭和四〇年二月二日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り債務者
Cに対し一カ月金三万六、四四八円、債務者Dに対し一カ月金三万六、四五六円の
割合による金員を支払え。
訴訟費用は、債権者の負担とする。
というのである。
 また、債務者A、同Bと債権者との間の前記仮処分事件の第一審判決の主文は
 債務者両名が債権者に対し労働契約上の地位を有することを仮に定める。
 債権者は昭和四〇年一二月一日から本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り債務
者Aに対し金三万四、二五一円を、債務者Bに対し金五万五、六一二円を支払え。
 訴訟費用は、債権者の負担とする。
というのである。
三、被保全権利
 ところで、労働契約とは、当事者の一方が相手方の企業に従属して労務に服する
ことを約し、他方がこれに生活の必要を弁ずるに足りる報酬を支払うことを約する
諾成、双務、有償の債権契約であつて、元来、民法上の雇傭契約とその性質を同じ
くするものであるが、一般的に弱者である被用者保護のため、ただその締約および
履行に関し社会立法による統制が行われるものである。したがつて、被用者が使用
者の要請にかかわらず現実に労働力を提供しない場合には、特約、労働協約(また
は協定)、労働関係法規、就業規則等に別段の定めがない以上、使用者には労務に
対応する賃金支払義務は存しない。いいかえれば、使用者は、賃金支払義務を負う
以上、被用者に対し賃金に対応する労務を提供すべきことを請求する権利を有する
ものと解され、被用者は、自らの義務たる労務を提供せずして、使用者に対しこれ
に対応する賃金の支払いを請求することは許されないといわなければならない。そ
して、労働契約において被用者のなす労働給付は使用者の企業組織に従属して行わ
れるので労働の種類、態様、同種の職場の変更は、特約、労働協約、労働関係法
規、就業規則に特段の定めのない以上、著しく賃金との対価的比率の不利とか減額
となることがなければ、労働契約の同一性を害するものではなく、具体的の場合毎
に使用者の指図によつて決定されることとなるのである。
 そして、労働契約にもとずく賃金は具体的労働の対価であるから、現実の労働の
提供のない限り賃金請求権は発生しないと解すればもちろんのこと、賃金を労働者
が一定の条件で労働力の使用を使用者の処分に委ねたことに対する対価であると解
するとしても、使用者があえて就労を請求しないか、正当な理由がないのに就労を
拒否する場合は格別、本件のように債権者が賃金その他一応妥当と認められる就労
条件を明示して現実の労務の提供を債務者らに請求しているのに、債務者らがその
提供をしない場合には、債権者は債務者らに対して賃金支払いの義務を負わないの
である。
 以上のことは、地位保全仮処分命令の即時形成力により債権者と債務者らとの間
に設定された労働契約関係においても同様である。すなわち、債権者と債務者らと
の間に労使関係の存否(解雇の有効無効)について争いがある場合に、仮処分命令
により従業員(被用者)たる地位を仮に定め、解雇がなかつたならば引続き被用者
が受け得たはずの賃金相当額の支払いを命ずるのは、通常被用者は労務を提供し、
使用者はその対価として賃金を支払う等の従前の労使関係の存在を前提として、両
者の間に当然生ずる法律関係をそのまま設定、または強調するものであつて、この
両者の義務を別個に扱い、あるいは労務の提供の義務のみを命じあるいは賃金の支
払義務のみを命ずるのは右のような双務関係とは異なる関係を来たすとこになるの
で、特段の事情のない限り、賃金の支払いを労務の提供に関連せしめて命じたもの
と解するのが相当である。仮処分命令によつて設定された労働契約上の地位はそれ
が仮定的暫定的なもので永続的なものではないとしても、一旦設定された法律関係
の効果は通常一般の場合と異なるものではなく、ノーワーク・ノーペイの原則は仮
処分命令により設定された労使関係にも適用されなければならない。それ故、債権
者は、債務者らに対して、前記仮処分判決にもとづき、労務の提供を請求する権利
を有するというべく、債務者らが正当な理由なくして労務の提供をなさない場合に
は、債権者は債務者らに対して賃金を支払う義務はないものといわなければならな
い。
 ところで、前記仮処分判決等は事実の認定および法令の解釈を誤まつたものであ
つて、債権者としては、承服することができず、正規の手続をふみなお抗争してい
るのであり、債権者、債務者ら間の法律関係は終局的には本案の訴訟判決の確定を
まつて定まるものであるから、現段階においては債務者らの解雇そのものの撤回に
応じることはできない。しかし、債権者においても、前記仮処分判決等の即時発効
力を遵守するものであり前記仮処分事件の第一審判決の言渡し以後は当該判決主文
の趣旨にしたがつて債務者らの解雇当時同人らに支給していた賃金平均額を解雇日
以降支払つてきたばかりでなく、債務者C、同D関係については、昭和四四年九月
一日から再三就労方を要請し、その就労条件について団体交渉をもち、債務者A、
同Bの仮処分事件の第一審判決後の昭和四五年七月一日から昭和四六年三月三日ま
での間一〇数回にわたり債務者ら四名の復職とその条件について団体交渉を開いた
が、債務者らは解雇そのものの撤回、同一年令、同一勤続、同一賃金、特定の役付
復帰を固執して譲らず、昭和四五年八月五日の団体交渉の席上で、債権者は基本給
については各年度毎の管理職を除く男子全従業員の昇給値にもとづいて算出した金
額の過年分の追加払いおよび将来月分の支給額ならびに通勤費、時間外手当を除き
他の従業員に比べ遜色のない規定による賞与諸手当の支給額を明示したうえ、同年
八月二〇日から債務者Cは債権者金庫小森江支店に、同Dは同金庫葛葉支店に、同
Aは同金庫桜町支店に、同Bは同金庫原町支店にそれぞれ勤務するよう要請したの
に、債務者らは就労要請に応じない。それどころか、債務者らは、債権者が客観的
に妥当な数値にもとづく賃金、諸手当の額を明示し、かつ現実に指示権にもとづき
職場を指定して就労を求めたにもかかわらず、過大不当な就労条件を固執して労務
提供の義務を履行せずに、債権者に対し、労働の対価関係に立つ賃金債務の履行を
強要し、同年一二月一九日福岡地方裁判所小倉支部に賃金支払仮処分命令の申請を
するに至つた(同庁昭和四五年(ヨ)第六四二号事件)。右事件は裁判所のあつせ
んにより和解が成立したがその際、右和解は債務者らの賃金請求権、債権者の就労
請求権の存否につき、当事者双方を拘束するものではないとの条件が付されたた
め、就労請求権については別件として処理することを余儀なくされたのである。
 以上述べた経緯と、本件債務者らの間に発せられた仮処分命令の内容および仮処
分制度の特質をあわせ考えれば、債権者が債務者らに対し労務の提供(就労)請求
権を有することは明らかであり、これを被保全権利とすることと、債務者らとの雇
用関係の存在を否定することとはなんら矛盾するものではない。このことは、本件
債務者らの間に発せられた仮処分命令の内容がいわゆる断行の仮処分であり、債務
者の任意の履行を期待する内容を含んだ仮処分であること、本案訴訟判決と異な
り、仮処分命令が即時形成力、執行力を有することにかんがみれば自明のこととい
うべきである。
四、必要性
 債権者には左記のとおり本件仮処分についての必要性がある。
(一) 債務者らは債権者の要請にもかかわらず労務の提供をなさないのに、債権
者が一方的に賃金の支払いを余儀なくされることになれば、債務者らは労せずして
莫大な利益を得るのに反し、その支払賃金額が莫大な額であるだけに、債務者らの
資産収入が豊かと思われない状況では、債権者が本案訴訟で後日勝訴しても完全な
回収は困難である。そして、仮処分の認められる根本理由は、裁判の遅延と自力救
済禁止から生ずる国家の背反的制度の矛盾を解決するために、法律上の形式的保護
より実質的保護を尊重することにあるから、仮処分により支払われた賃金等が、も
し将来本案訴訟において被用者が敗訴した場合に、その無資力の故をもつて、使用
者に回復不能となると認められるようなときは、これを実質的にとらえ、事実上回
復不能と考えるのが相当であり、法律上の回復すなわち損害賠償、仮差押等による
回復の能否を考慮すべきではない。
 また、債務者らは、前記賃金支払仮処分命令の申請に引続いて、今後も、本案訴
訟を提起することなく、昭和四五年一一月以降の昇給額および賞与額の支払いを求
める賃金支払仮処分の申請を出すことが予想され、債権者の蒙る不利益はますます
増大することが明らかであるが、仮処分当事者間の法益の均衡の原則が仮処分の必
要性を決定する重要な要素の一つであること、債務者らが自認する資産収入の乏し
いことをあわせ考えると、保全の必要性は充分あるということができる。
(二) 債務者らは交代で毎日のように債権者の各職場をまわつては、組合の機関
誌「かがり火」などを配付している。また、近隣地の信用金庫を訪ねて労働組合の
結成をはたらきかけ、あるいは、東京、近畿、山陰、北海道まで出向いてその地の
信用金庫労働組合との交流を深め、オルグ活動に挺身していることが推察されるほ
ど、時間、労力、資力をこれらに傾注し、債権者の蒙る有形、無形の迷惑を顧みな
いものである。
(三) 労働給付と賃金支払いとは対価関係にあるとはいえ、雇用の場合は、民法
六二四条の規定にしたがい、労務の提供が先であつて、賃金は後払いであることが
明らかであるから、債権者は、就労請求権の行使により債務者らの現実の労務の提
供を得たうえで対応賃金の支払いをなすことが順序である。
第三、債務者らの答弁ならびに主張
一、債権者主張事実一、二は認める。
二、(一) 同三中、債務者らが昭和四五年一二月一九日福岡地方裁判所小倉支部
に賃金支払仮処分命令申請をし、裁判所のあつせんにより和解が成立したことは認
めるが、その余の事実は否認する。
(二) 債権者主張のような仮処分命令の申請が許容されるためには、その本案訴
訟として債権者と債務者らとの間に雇傭関係が存在することの確認請求権を被保全
権利とすべきである。けだし、かかる仮処分は、仮の地位を定める仮処分の部類に
属するもので、本案訴訟で確定さるべき法律上の地位を前提とするからである。し
かるに、債権者は債務者らとの間の雇傭関係の存在を明白に否定しているのである
から、本件仮処分の被保全権利を自ら不存在であると自認しているものであつて、
被保全権利がないにもかかわらず、すなわち、本案訴訟を提起しえないにもかかわ
らず、本件仮処分命令の申請をなしているものであるから、主張自体失当として却
下されるべきである。
 また、債務者らの地位保全仮処分命令申請事件は、その被保全権利として債権者
と債務者らとの間に雇傭関係の存在確認請求を主張し、その仮の地位を定める仮処
分として雇傭関係を仮に定める旨の仮処分判決がなされたものである。したがつ
て、本案訴訟によつて債権者と債務者との間に雇傭関係存在確認の判決が確定する
まで仮にその存在を定めるという仮処分にすぎない。かかる仮の地位を定めた仮処
分による債務者らの雇傭契約上の地位を被保全権利とするならば、それは債権者に
おいて債務者らとの間の雇傭関係を是認したことになるというべきである。しかる
に、債権者は債務者らとの雇傭関係を争いながら、いいかえると地位保全の仮処分
を争いつつ、一方では右の仮処分の存在を肯定して本件仮処分命令の申請をしたも
のであつて、この点からいつても債権者の主張は主張自体失当といわなければなら
ない。
 さらに、地位保全の仮処分判決に対する不服の申立は、控訴、事情変更による取
消申立等の方法によるべきであり、債権者も右の方法により不服の申立をなしてい
るのであるからそれ以外の方法により右判決に対して争う方法はないことは自明で
ある。そして、右の方法で争う以上解雇が有効であることを前提とするものである
から、債務者らの労務の提供を拒否せざるをえないはずである。ところが、本件仮
処分命令の申請では労務の提供を求めるものであり、いいかえれば、雇傭関係の存
在を認めるという主張をなしているから、主張自体矛盾しているといわざるを得な
い。
 思うに、債務者らが債権者を相手として取得した前記仮処分判決において債務者
らが労務を提供するのと引換えに賃金を支払えという判決がなされていないことが
本件仮処分命令の申請をなした理由と考えられる。しかしながら、前記仮処分命令
申請事件においては、債権者は雇傭関係の存在を争い債務者らの労務受領を拒否し
ているのであるから、裁判所においても労務提供と引換えに賃金を支払えという仮
処分命令を出すことは不可能であつたというべきである。債権者は、前記地位保全
仮処分判決が出た当時にはそれに服することなく、数年を経た現在になり突如とし
て命令に服するという態度を見せる一方、その間に解雇がなかつたならば債務者ら
の有している適正な賃金の額を否定し、労務の提供だけを求めるものであつて、自
己の利益だけを求めるものといわなければならない。
三、同四は否認する。
 本件仮処分の必要性は、債務者らの就労を得なければ債権者が回復しがたい損害
を蒙るということに求めなければならない。しかるに前記のとおり、債権者は、債
務者らの労務の提供が企業にとつて必要不可欠であると主張しないばかりか、その
要件すら主張しないのであり、せいぜい将来、支払つた仮の賃金を不当利得として
返還請求することが困難であるというにすぎないから、かかる必要があるとして
も、仮差押命令申請の理由になるにすぎないのである。したがつて、債権者のいう
本件申請の必要性は主張自体失当といわなければならない。
第四、証拠関係(省略)
       理   由
一、債権者主張事実一、二は、当事者間に争いがない。
二、(一) 本件仮処分命令の申請は、債権者において、先になした債務者らに対
する解雇そのものは撤回せず、したがつて雇傭契約の存在自体は否定するが、債権
者債務者ら間の地位保全仮処分判決によつて右当事者間に仮定的暫定的に設定され
た雇傭契約上の地位にもとずき、債権者において債務者らを被用者として取扱うべ
き義務を負う結果として債務者らに就労すべきことを求めるとともに、債権者に債
務者らの就労に相応する賃金を支払うべき義務を課することを求めるものである。
すなわち、本件申請において被保全権利として主張されているものは、債権者債務
者ら間の雇傭契約そのものでなく、前記地位保全仮処分判決によつて右当事者間に
本案訴訟確定に至るまで仮に設定された雇傭契約にもとずく就労請求権であること
は明らかである。
 しかるに、仮処分制度はすべて被保全権利の終局的実現をはかる本案訴訟の存在
を予定するものであり、その効果は最終的には本案訴訟の判決内容に依存するもの
で、いわば本案訴訟における被保全権利確定までの暫定的応急的措置にすぎないか
ら、右のように仮の地位を定める仮処分によつて仮に設定された権利関係が、本案
訴訟との関係において、被保全権利としての適格性を有するか問題となるので、こ
の点について判断することとする。
(二) 元来、仮の地位を定める仮処分とは、当事者間において、本案訴訟確定に
至るまでの間、権利関係についての紛争が解決されないために現在生じる生活関係
上の危険を除去し、または解決をまつては回復しがたい損害の生じるのを防止する
ために、その解決を見るまでの間の暫定的な法律状態を仮に設定し、その事実的実
現をはかることを目的とするものである。いいかえれば、本案訴訟が時間を要する
という欠陥を有するために、その間における債権者の権利が実現しないために生ず
る放置しがたい不利益、すなわちその緊急事態を救済することを目的とする制度で
あつて、その処置の結果、暫定的にではあるが、当事者間において緊急事態が解消
され、法的平和がもたらされるのである。したがつて、仮の地位を定める仮処分に
よつて法律関係が仮定的暫定的に設定された以上、当事者は、本案訴訟の確定に至
るまでの間、右仮処分命令に拘束され、右法律関係を基礎として、その関係が規律
されることになるのである。
 ところで、債権者債務者ら間の前記地位保全仮処分判決は、債務者らが債権者と
雇傭契約上の地位を有することを仮に定めるとともに、債権者に対し、解雇がなか
つたならば支払われるべき賃金を債務者らに仮に支払うべきことを命じたものであ
る。
 しかるに、雇傭契約とは、被用者が使用者に労働力を提供し使用者がこれに対し
て賃金を支払うことによつて成立する双務有償契約であるから、被用者は賃金債権
を取得する前提として、自己の労働力を使用者に提供することが要件となつている
ことは明らかである(民法六二三条、六二四条参照)。
 それ故、前記仮処分判決は、その主文において、債務者らに労働力を提供すべき
ことを命じていないとはいえ、被用者たる地位を定め、債権者に賃金支払いを命じ
る以上、右雇傭契約の本旨にしたがい、債務者らにおいて、債権者の就労要請に応
じて労働力を提供すべきことが当然予定されているものというべく、右両者の義務
を別個に取扱い、賃金支払義務のみを命じたものと解するのは妥当でない。ただ、
使用者が解雇の有効性を主張している場合には、被用者から労働力が提供されたと
しても、その受領を拒絶するのが通常の事例であるから、特に仮処分の内容として
これを揚げないにすぎない。いずれにしても、被用者は、特別の事情のない限り就
労義務を免除されるものでないから、使用者からの就労要請があれば、正当な理由
のない以上拒否できず、あえてこれを拒否した場合には、賃金債権を取得しえない
ものといわなければならない。
 要するに、債権者は、前記地位保全仮処分判決によつて、債務者らに対し、労働
力を提供すべきことを請求できる地位を、本案訴訟確定に至るまで仮に設定された
ものというべきである。そして、債権者の要請にもかかわらず債務者らが就労しな
いときは、右仮処分判決によつて設定された雇傭契約にもとずく就労請求権の履行
ないし確定を訴求できるのである。
 もつとも、右就労請求権は、その効力が、先になされた地位保全仮処分判決で予
定されている債権者債務者ら間の雇傭契約上の地位確認訴訟の確定に至るまでとい
う不確定な条件にかかるものであるが、右のような条件付権利といえども、訴の利
益があることは、民事訴訟法制度の建前上明らかである。
(三) 右のことは、債権者が債務者らとの間の雇傭契約関係の存在を否定してい
るかどうかにかかわらないということができる。すなわち、本件就労請求権は、仮
処分判決によつて設定された雇傭契約にもとずくものであるが、右雇傭契約自体、
本案訴訟たる雇傭契約上の地位確認訴訟確定に至るまでの仮の措置にすぎないので
あつて、右本案訴訟を拘束するものではなく、債権者は、右本案訴訟において雇傭
契約不存在を主張しうることは明らかであり、また、上訴により前記地位保全仮処
分判決の効力を争いうることはいうまでもない。しかし、仮処分命令は即時形成
力、執行力を有するため、本案訴訟あるいは右仮処分判決に対する上訴の手続にお
いて、雇傭契約を争うと否とにかかわらず、債権者は、債務者らを被用者として取
扱い、賃金を支払わなければならないのであつて、そうである以上前記のような雇
傭契約の本旨からして、債務者らに就労すべきことを要請しうるものといわなけれ
ばならない。
(四) これらの点につき、債務者らは、第一に、債権者自ら雇傭契約関係の存在
を否定しているから、本件仮処分命令における被保全権利がないと自認しているこ
ととなり、主張自体失当であるというが、前記のように本件の被保全権利は、先に
なされた地位保全仮処分判決によつて設定された雇傭契約であつて基本たる雇傭契
約によるものではないから、債務者らの主張は理由がない。
 また、債務者らは、地位保全仮処分判決によつて設定された雇傭契約上の地位を
被保全権利とすれば、債権者において債務者らとの間の雇傭契約関係を是認したこ
とと同意義になり、一方で雇傭契約関係を争うことと矛盾することになるとか、あ
るいは、雇傭契約関係を否定し前記地位保全仮処分判決に対する不服申立をしなが
ら、雇傭契約関係を認める前提にたつて就労請求をなすという矛盾した主張をなし
ているというが、前記のように、地位保全仮処分判決によつて設定された雇傭契約
関係は、あくまで本案訴訟確定までの仮の措置であり、本案訴訟確定に至るまで雇
傭契約関係あるものとして取扱うべきものとしたにすぎず、債権者がこれに対し、
不服申立をして効力を争いあるいは本案訴訟において雇傭契約関係を否定する主張
をなしうることは、仮処分制度上当然のことである。しかるに、仮処分判決は即時
形成力、執行力を有し、債権者がその効力を争つて不服申立をなしている場合にお
いても、債務者らを被用者として取扱い、賃金を支払わなければならないのである
から、その前提として、就労請求をなしうることは前記のとおりであり雇傭契約関
係を否定しながら本件申請に及んだとしても矛盾したものとはいえず、この点に関
する債務者らの主張は理由がない。
(五) 以上のとおり、地位保全仮処分判決によつて仮に、設定された雇傭契約に
もとずく就労請求権といえども被保全権利の適格性を有するというべきである。
三、しかしながら本件申請は、左の理由によりその必要性を欠くものといわなけれ
ばならない。
(一) 一般に就労請求権は、憲法一八条および労働基準法五条の趣旨から明らか
なように、強制執行にしたしまないものであつて債務者らの任意の履行に待つ以外
にそれを実現させる手段はないのであるが、訴により就労請求権の存在を確定し、
その履行を命じ判決をすること自体は可能であり、債務者らが任意にこれを履行す
れば、当該義務の履行は実現されたことになるから、債務者らに就労すべきことを
求める仮処分命令の申請は一切許されないものということはできない。しかし前記
のとおり仮の地位を定める仮処分は、当事者間において権利関係についての紛争が
解決されないために現在生じる生活関係上の危険を除去し、または解決をまつては
回復できない損害の生じるを防止するために、その解決を見るまでの間暫定的な法
律状態を仮に設定し、その事実的実現をはかることを目的とする制度であるから、
右の仮処分命令を発するには、それにより債権者にとつて右の緊急事態が救済され
る可能性のあることを要するというべきで、その可能性がないのに右の仮処分命令
を発することは、本案訴訟の確定に至るまで債権者に生ずる緊急事態を救済すると
いう仮の地位を定める仮処分制度の趣旨を逸脱するものであり、少なくとも保全の
必要性との関連でその要件を充たさないものと解するのが相当である。それ故、就
労請求権のように本来強制執行にしたしまない権利については、債務者らが仮処分
命令を任意に履行する可能性があれば格別、それを期待しえない場合には、他に強
制執行の手法もなく、たとえ仮処分命令を発したとしても、本案訴訟の確定までの
間、債権者の緊急事態を救済するというこの種仮処分制度の目的を達しえないこと
が明らかであるから、その申請は保全の必要性を欠くものというべきである。
 これを本件についてみるに、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる疎
甲第二号証、成立に争いのない疎甲第三号証、第一三号証の一ないし四、第一六号
証の一ないし三、第一七号証の一、二、第一八号証の一、二、第一九号証、第二〇
号証の一ないし四、第二一号証、疎乙号各証によれば、債権者は債務者C、同Dに
ついては、同人らに対する原職復帰を命じた中央労働委員会の命令があつた昭和四
四年七月二日以降、債務者A、同Bについては、福岡地方裁判所小倉支部において
同人らに対する地位保全仮処分判決があつた昭和四五年六月三〇日以降、債務者
C、同Dとあわせて、その復職と条件について、債務者ら所属の債権者金庫労働組
合との間で、一〇数回にわたり団体交渉をもつたこと、その席上、債務者らは債権
者に対し、解雇そのものを撤回し、債務者らを同一年令、同一勤続年数、同一学歴
の債権者金庫従業員と同一に取り扱うよう要求するのに対し、債権者は、債務者ら
に対する解雇そのものは撤回せず法的手段により争うが、前記仮処分判決等にした
がつてとりあえず債務者らにその就労を求めるもので、その待遇も管理職を除く男
子全従業員の平均によることを主張して、交渉がまとまらなかつたこと、債権者
は、昭和四五年八月五日の団体交渉の席上、同月二〇日から、債務者Cは債権者金
庫小森江支店に、同Dは同金庫葛葉支店に、同Aは同金庫桜町支店に、同Bは同金
庫原町支店にそれぞれ勤務するよう要請したが、同人らは就労せず、その後の団体
交渉においても、就労条件が折合わないため債務者らは債権者の就労要請に応じな
いので、債権者は本件申請に及んだことが認められる。
 右認定事実によれば、債務者らに対する解雇そのものを撤回せず、先になされた
地位保全仮処分判決によつて仮に設定された雇傭契約にもとずき、債務者らに就労
を求める本件仮処分命令に対しては、債務者らの任意の履行を期待しえないことは
明らかである。
 そうだとすれば、前記のような仮の地位を定める仮処分制度の趣旨に照らし、本
件申請は保全の必要性を欠くものといわなければならない。
(二) もつとも、債権者からの就労請求仮処分が認められないとすると、債務者
らは、債権者の就労要請を正当な理由なく拒否した場合でも、賃金を受領できるこ
ととなり、前記のような雇傭契約の本旨に反する不当な結果をもたらすことになる
ようにみえるかもしれない。
 しかし、債権者の就労要請にかかわらず、債務者らが正当な理由なくこれを拒否
すれば、債務者らの賃金債権は発生せず、債権者に賃金支払い義務のないことは前
記のとおりであるから債権者において、必要があれば、先になされた仮処分判決に
対して、執行方法に関する異議(民事訴訟法五四四条)、事情変更による取消申立
(同法七五六条、七四七条)あるいは特別事情による取消申立(同法七五九条)を
なすことにより、その支払いを阻止する法的手段を講ずればよいのである。
 これに反し、債務者らの不就労を理由として賃金支払停止を求める新たな仮処分
命令の申請をなすことは、先になされた地位保全仮処分判決に牴触するものである
から許されないといわなければならない。
 けだし、これを認めたのでは、さらにそれを排除するための新たな仮処分を誘致
して際限のないことになり、一時的であれ法律状態を規制しようとする仮処分制度
の本旨に反することになるからである。
 いずれにしても、債権者において、賃金の支払いを阻止する理由と必要があれ
ば、先になされた仮処分判決内で認められた前記手続によるべきであり、逆にいえ
ば、右手続が認められている以上、任意履行を期待しえないのに任意履行によるし
かない本件就労請求仮処分命令を求める必要性を欠くものということができる。
四、以上のとおり本件申請は、保全の必要性を欠くから、その余の点を判断するま
でもなく、いずれも却下を免れない。
 よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判
決する。
(裁判官 矢頭直哉 三村健治 神吉正則)

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