弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,金1260万円及びこれに対する平成15年7月24
日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用はこれを10分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担
とする。
4この判決は,原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金1776万円及びこれに対する平成15年7月24
日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告との間で締結した一般自動車総合保険契約(本件保険
契約)の被保険自動車が盗難事故に遭ったとして,本件保険契約に基づき,保
険金1260万円及び訴状送達の日の翌日以降の商事法定利率による遅延損害
金の支払を求めるとともに,被告が保険金の支払を理由なく拒んだために本件
訴訟の提起を余儀なくされ弁護士費用として216万円の損害を被り,また,
被告の主張により原告の信用及び名誉を毀損され300万円の損害を被ったと
して,不法行為による損害賠償請求権に基づき合計516万円及び上記と同様
の遅延損害金の支払を求めた事案である。
1争いのない事実等
(争いのない事実のほかは,各項掲記の各証拠によって認める。)
(1)原告は,平成14年3月1日,被告との間で下記内容の保険契約(本件
保険契約)を締結し,保険料を支払った(甲5号証)。
保険種類SAI一般自動車総合保険
保険期間平成14年3月2日午後4時から平成15年3月2
日午後4時まで
車両所有者原告
被保険者A(原告代表取締役)
車名メルセデスベンツ
登録番号名古屋●●●●●●●●
型式129064
保険料8万7930円
(2)原告は,平成14年2月17日,株式会社中京リースから,代金等合計
1400万円(車両本体価格1260万円,消費税63万円,諸費用77
万円)で,並行輸入車である平成14年式メルセデスベンツSL500
(登録番号名古屋●●●●●●●●,以下「本件車両」という。)を購入
し,同年5月16日,本件車両が納車された(甲2号証,5号証,7号
証)。
(3)原告と被告は,平成14年5月16日,本件保険契約につき,被保険自
動車の変更のため,下記のとおり契約内容の変更を合意した。
被保険自動車本件車両
車名メルセデスベンツ
登録番号名古屋●●●●●●●●
型式230475
追加保険料1万8680円
車両保険金額1260万円
(4)本件保険契約に適用される一般自動車総合保険普通保険約款には,次の
とおりの定めがある。
ア被告は,被保険自動車の盗難によって生じた損害について,被保険自
動車の所有者に車両損害保険金を支払う。(甲10号証第4章1条1
項)
イ被保険自動車には,その付属品及び車室内でのみ使用することを目的
として被保険自動車に固定されている自動車用電子式航法装置を含む。
(甲10号証第4章1条3項)
(5)原告代表者は,平成15年2月6日,愛知県東警察署に対し,同日本件
車両が盗難に遭った旨の盗難被害届を提出した。
(6)本件車両のキーは,イモビライザーを内蔵したメモリー付エレクトロニ
ックキーであった。イモビライザーは,キーに埋め込まれたトランスポン
ダの固有のIDコードと車両側コントローラのIDコードとを電子的に照
合し,IDコードが一致しなければエンジンが始動しない装置である。
(7)被告会社は,原告に対し,平成15年5月16日付けで,本件保険契約
に基づく保険金の支払を拒絶した。
2争点
(1)本件車両は盗難に遭ったか
(原告の主張)
ア被保険者である原告代表者Aは,平成15年2月6日夜,名古屋市B
区C丁目D番E号所在の飲食店F東側路上(本件現場)に本件車両を施
錠して駐車していたところ,同日午後8時ころから午後9時30分ころ
までの間に,何者かに本件車両を盗まれた(本件盗難)。
なお,愛知県東警察署長の証明書(甲3号証)では,届出にかかる被
害日時が,同日午後9時30分ころから午後11時30分ころまでの間
となっているが,原告代表者は時計を見て時刻を確認していたわけでは
なく,届出当時,本件盗難によって気が動転していたのであるから,そ
の時刻を正確に記憶していなかったとしても当然である。
イ本件盗難の状況について
原告代表者は,本件盗難の日である平成15年2月6日,いつもどお
り午前8時から午後5時30分ころまで,原告の事務所及び工場におい
て,社長としての業務を行った。
勤務終了後,原告代表者は,原告が加入する愛知県精密機械板金工業
会の会議の運営,司会を担当したGと会食の約束があったので,午後6
時過ぎに会社を出て,本件車両を運転し,Gの自宅付近まで迎えに行き,
相当長時間待った後,午後7時20分ころに本件車両にGを乗せて出発
し,上記Fへ行った。
原告代表者は,本件車両をFの店の前東側路上に歩道に乗り上げる形
で南向きに駐車して施錠し,午後8時ころ,同店に入店した。
Fの女将は,午後9時ころ,他の客を送り出す際に,店外に駐車され
ていた本件車両を見ている。
原告代表者は,午後9時30分ころになって,帰ろうかということに
なり,Gを送るためのタクシーをFに呼ぶよう依頼した。その後,Fの
女将がタクシーの到着を見るために外に出たところ,本件車両がないこ
とに気付き,原告代表者にこのことを告げ,原告代表者は,すぐにこれ
を確認して盗難に遭ったと認識し,店内に戻って店主のH1に告げた上,
店の電話を借りて警察に通報した。
その後,30分から40分後に警察官1人が本件現場に来て,翌7日
の午前零時ころまで原告代表者,G及びH1から事情聴取し,本件現場
の調査をした。
ウ本件車両の施錠について
本件車両は,カードキーを身に付けておけば,ドアノブに触れること
によって解錠したり,変速レバーに触れるとエンジンが切れ,降車した
後ドアノブに触れれば施錠されるタッチスタートシステムを備えていた。
原告代表者は,本件車両購入時,キー2本,カードキー2枚を受け取
っており,本件盗難の当時は,カードキー1枚を胸ポケットに入れてタ
ッチスタートシステムの方法で施錠していたが,予備のキー1本をセカ
ンドバッグに入れ,これを本件車両の助手席か運転席座席前におき,そ
の他のキー1本及びカードキー1枚は自宅に保管していた。
エ考えられる盗難の手口
(ア)本件車両はイモビライザー装着車であるところ,イモビライザー装
着車であってもコンピューターのシステムをそっくり替えてしまうと
か,ボンネットを開けてIDコードを何らかの手口で盗むことにより
本件車両を窃取することが可能である。
(イ)本件車両内には,予備のキー1本を置いていたのであり,犯人が窓
ガラスを割ってキーを盗み,それを使用して窃取することも可能であ
った。
(ウ)また,エンジンを始動させる必要のない手口として,積載車に積み
込んだり,けん引車でけん引してしまうなどの方法が考えられる。新
聞等においても,このような手口による被害が報道されている。
その際,盗難防止警報システムやけん引防止警報システムに対して
は,振動を与えることなく車両ドアの窓ガラスを割った上でドア付近
にある警報装置の配線を切断しておく方法が考えられ,仮に窓ガラス
を割った際に警報装置が作動したとしても,警報装置の配線を切断す
ることによってホーンと非常点滅灯の警報を瞬時に止めることが可能
である。
本件現場の状況は,この犯行手口を裏付けるように,本件車両の窓
ガラスのものと思われるガラス破片が散乱し,犯行に使用されたと推
測される布1枚が落ちており,路面には車を引きずった長さ1メート
ルくらいの跡が残っており,これらは現場に来た警察官も確認してい
る。上記布1枚は,警察官が持ち帰った。
なお,被告は,駐車していた本件車両の直前にガードパイプがあり,
それが妨げとなるから,けん引が不可能であると主張するが,ガード
パイプは本件車両の前方にはあるが後方にはなく,原告代表者がガー
ドパイプが邪魔になるほどにガードパイプに近づけて駐車するはずも
ないから,けん引は可能であった。
オ他の被害品とカード等の不正使用について
(ア)原告代表者は,本件盗難当時,本件車両内に上記のとおり本件車両
のキー1本のほか,下記の物を置いており,これらも本件車両ととも
に盗難被害にあった。
a助手席の上か運転席の足下に置いた黒いセカンドバッグ1個と下
記在中品
①黒色革製の二つ折り財布1個と在中の
現金5万2000円
タクシーチケット1冊
カード4枚(しんきんクレジットカード,UFJカード,西武
セゾンカード及びETCカード)
②免許証
③携帯電話
④鍵の束
原告事務所入口の鍵,門の鍵,原告会社内のマスターキー,1
階事務所内の原告代表者の机の両サイドの2個の鍵,原告代表者
宅玄関の鍵及び原告会社社長室内の金庫の鍵
b後部座席のロングコート1着(30万円相当)
cトランク内の新品の革靴(約5万円相当)
なお,原告代表者は,Fのなじみの客であり,いつも後日請求書を
送付してもらっていたので,財布を本件車両内に置いていたものであ
る。
(イ)原告代表者は,H1の助言もあって,本件盗難事故当夜のうちに,
タクシーチケット,西武セゾンカードを除くカード3枚,携帯電話に
ついて使用停止措置をとり,翌7日,西武セゾンカードの停止措置を
とり,運転免許試験場へ行き免許証の再交付を受け,盗まれた鍵の交
換を業者に依頼した。
しかし,上記カード及びタクシーチケットが以下のとおり不正使用
された。
aしんきんクレジットカード
原告代表者が同カードの使用停止を申し出た同月6日午後11時
56分の直前である同日午後11時23分に,名古屋市B区I町の
メンバーズクラブダイアナにおいて7万0400円が不正使用され,
翌7日午前2時54分にホテルピュアトークで不正使用の未遂が,
同日午前4時21分に日石三菱石油で不正使用の未遂があり,同月
11日,つばめタクシーで1件1220円の不正使用があった。
なお,メンバーズクラブダイアナの売上票の「A」の署名は,明
らかに原告代表者本人のものではない。警察官からは,メンバーズ
クラブダイアナでカードを使用した人物は,20代後半,身長17
0センチメートル,中肉,眼鏡なし,一見ホスト風の男性であり,
検挙の可能性もあると聞いている。
bUFJカード
前記のとおり,原告代表者は,本件盗難当日に,同カードの使用
停止を申し出たが,この連絡をする直前の同日午後11時6分に,
名古屋市J区K-LゲオM店で不正使用の未遂があった。
c西武セゾンカード
原告代表者は,本件盗難の翌日7日午前8時34分に,同カード
の使用停止を申し出たが,同月13日から同年3月1日まで13回,
つばめ自動車で不正使用された。
dタクシーチケット
原告代表者は,本件盗難事故当日に,近鉄タクシーに本件車両と
ともに盗難されたタクシーチケットの使用停止を申し出たが,同年
2月8日,共通利用可能な名鉄タクシーで,名古屋市N区Oから岐
阜市内までの料金1万5210円の区間で上記タクシーチケットが
不正使用され,3月になって,当該タクシーチケットが添付されて
請求がなされた。
使用停止を申し出たにもかかわらず不正使用されたのは,近鉄タ
クシー担当者の説明によれば,使用停止はタクシー運転手に直接呼
びかける形で行われるが,名鉄タクシーへの停止措置が徹底されて
いなかったためであるとのことである。
なお,添付されてきたタクシーチケットについては,直ちに警察
署に届け出たが,同チケットから3人分の指紋を検出したと聞いて
いる。タクシー運転手によれば,この不正使用をした人物は,女性
であったと記憶しているとのことである。
(ウ)原告代表者は,平成15年2月17日に,警察署から名古屋市B区
P丁目Q番R号住友商事名古屋ビルディング北側桜通中央分離帯に,
番号部分が一部切り取られたナンバープレート1枚及びカードが捨て
てあったとの連絡を受け,本件盗難の被害品であることを確認して引
き取った。
カ本件盗難後の新車の購入について
原告代表者は,本件盗難後,本件車両を購入した中京リースに本件盗
難の話をしたところ,いたく同情をしてくれ,「支払は保険金が支払わ
れた後で結構なので,同じベンツSL500を買って下さい。」と勧め
られた。
原告代表者は,保険金が支払われることを疑わなかったので,原告は,
本件盗難に遭った翌月3月初めに,ベンツSL500を代金1364万
5675円で購入し,契約時に手付金20万円と諸経費として100万
円を支払い,残額は保険金の支払を待った。
しかし,被告が保険金を支払わず,中京リースの言葉にいつまでも甘
えるわけにはいかないので,原告は,平成15年8月22日に500万
円を支払い,同年12月14日に400万円,平成16年5月26日に
150万円,同年10月16日に194万5675円をそれぞれ支払い,
合計1364万5675円を完済した。
このように,原告はベンツSL500に愛着を持っており,盗難への
関与などはあり得ない。また,上記の支払の状況からしても,原告の経
済状態が良好であったことは明らかである。
キ原告代表者の自動車保有歴と自動車保険について
原告代表者は,20歳のころから自動車を使用してきた。今までの保
有した乗用車は,ダットサンライトバン,日産ブルーバード,トヨタマ
ークⅡ,日産グロリア,日産フェアレディZ,日産グロリア4ドアセダ
ン,BMW633Mタイプクーペ,BMW635アルピナクーペ,ベン
ツSL320,ベンツSL500(本件車両),ベンツSL500であ
る。ただし,これらの自動車は,主として原告が購入し,原告代表者が
専用使用してきたものである。
原告代表者は,40歳になったころから外国製高級車に興味を持つよ
うになり,BMW,ベンツと乗り換えている。このうち,BMWアルピ
ナクーペ(当時約1700万円)には愛着があり,手放すことなく現在
も保有している。
そして,いずれの自動車についても,自動車保険に加入しており,千
代田海上火災,あいおい損害保険,被告と各契約してきた。本件盗難事
故後に購入したベンツSL500についても,日本興亜損害保険に加入
している。なお,BMWアルピナクーペについては,自動車保険に入っ
ているが,車両保険については,年式が古く減価償却済みのため低価格
でしか加入できないので,付保していない。
このように,原告代表者は,自動車を通算45年ほど使ってきたが,
自動車の盗難被害に遭ったのは本件盗難の1回のみであり,盗難による
保険金請求は今回が初めてである。
また,原告代表者の妻や子供達もそれぞれ自動車を保有し,自動車保
険に入っているが,車両盗難に遭ったことはなく,盗難による保険金を
請求したこともない。
ク原告代表者の生活状況,経済状況について
(ア)原告代表者は,NC工作機械(旋盤,ボール盤,中ぐり盤,研削
盤)等に附帯する板金加工を業とする原告の代表取締役社長である。
原告は,昭和27年7月,原告代表者の父の故S1によって創業さ
れ,昭和37年3月に合資会社になり,昭和50年,先代の老齢に伴
い原告代表者が代表者となり,昭和57年に株式会社とし,平成3年
3月に社名変更した。
現在,従業員は21名であり,主たる取引先はオークマ株式会社,
旭精機株式会社等である。
原告代表者は,妻S2との間に,長男S3,二男S4,三男S5を
もうけ,実母S6とともに6人家族である。
子供3人は学業を終え,長男は結婚し家庭を持つに至っているが,
3人とも原告に入社している。
原告代表者は,原告の社長として仕事をし,家庭生活を営むほか,
趣味はクレー射撃(国体出場経験あり),ゴルフ(ハンデ5)であり,
また,社会奉仕団体名古屋名城ライオンズクラブにも在籍していた一
般市民である。
(イ)原告の第22期(平成13年10月から平成14年9月まで)の確
定申告では赤字であったが,これは平成13年9月11日のアメリカ
同時テロによって,アメリカからの受注が激減し,これが影響したも
のである。
その前の第21期(平成12年10月から平成13年9月まで)は,
1430万3426円の営業利益を出しており,その後の第23期
(平成14年10月から平成15年9月まで)には,自動車産業の二
次,三次の協力工場,建設機械メーカー,精密機械メーカーが設備更
新,増強に動き出し原告の業績に好影響を与え,845万7539円
の営業利益を出し,第24期の10月だけでも615万9043円の
営業利益を上げている。
上記のように,原告の経営は決して悪い状況ではなく,第21期か
ら第23期は,営業損失を出した第22期を含めて,現金の残高を残
しており,このことは経営状況が良好であることを物語っている。
ケまとめ
本件車両の消失について,その偶然性を疑うには,本件車両がイモビ
ライザー装着車両であること以外に何らかの事情が加わるべきであるが,
被告の主張するところはいずれも偶然性を疑う合理的な理由とはなり得
ない上,原告代表者は保険金請求歴がなく,被害後には警察への通報や
被害にあった鍵の交換を行う等していることからすれば,原告代表者が
盗難事故に関与していることはあり得ない。
(被告の主張)
ア本件車両は,イモビライザー及び盗難防止警報システムが装着されて
おり,警報音を吹鳴させずに移動させるには原告代表者の所持していた
本件車両のキーが必要不可欠であって,かつ,本件盗難事故現場は人通
りが少なくない都心部であるから,本件車両を窃取することは客観的に
困難な状況であり,また,原告代表者の本件盗難状況に関する供述内容
自体にも不自然・不合理な点が散見されるので,本件盗難は,自招事故
と考えられ,偶然の事故ではない。
イ盗難防止システムの存在
(ア)イモビライザーの存在
本件車両には,イモビライザーを内蔵したメモリー付エレクトロニ
ックキーが使用されており,原告代表者の関与なくして本件車両を窃
取することは極めて困難である。
(イ)盗難防止警報システムの存在
a本件車両は,ドア,トランク,ボンネットなどが通常の方法以外
で開けられると,ホーンと非常点滅灯の点滅で周囲に知らせる盗難
防止警報システムを備えるとともに,けん引車などで本件車両が持
ち上げられ傾くと,ホーンと非常点滅灯の点滅で周囲に知らせるけ
ん引防止警報システムを備えていた。
b原告は,本件現場付近に,窓ガラスのものと思われるガラス破片
が散乱していたこと及び本件車両の助手席に置いてあったセカンド
バッグの中に予備のキー1個が入っていた旨主張しており,かかる
主張は,車内にあった予備のキーを使用して盗難された可能性を示
唆するものであるとも理解できる。
しかし,原告は,予備のキーやセカンドバッグについて,警察へ
の被害届の際に被害品として申告していないし,仮に,本件車両の
キーが入ったセカンドバッグが車内にあったとしても,犯人はその
ことを知らないはずである。
また,予備のキーを使用して本件車両を窃取するためには,窓ガ
ラスを割って車内に侵入したはずであるが,振動を与えずに窓ガラ
スを割ることは著しく困難であって,その際,本件車両に内蔵した
盗難防止警報システムが作動し,異常をホーンと非常点滅灯の点滅
で周囲に知らせることになるべきところ,原告代表者や,飲食店F
の従業員からは,警報システムが作動したことをうかがわせる供述
は全くなされていない。
cさらに原告は,振動を与えずに本件車両の窓ガラスを割った上,
その窓から盗難防止警報システムの配線を切断した可能性を指摘す
るが,窓ガラスを割った際に盗難防止警報システムが作動すること
は上記のとおりである。
仮に振動を与えず窓ガラスを割ることができたと仮定しても,犯
人は本件車両のキーを所持していないのだから,当初から積載車や
けん引車両による搬送を企図していたと考えられるが,積載車等を
用意した犯人が盗難防止警報システムが作動する危険を冒してまで
敢えて窓ガラスを割ることは考えがたい上,積載車等による盗取を
仮定した場合は,ガードパイプが障害になること,積載車がエンジ
ンを吹かす暴音に店内の従業員が気付くはずであること,道路に積
載車の荷台底部と接触したことによる痕跡がないことからして,現
場の状況と整合しない。
ウけん引の痕跡があったとの主張の不自然性
原告は,本件盗難事故現場付近に,車を引きずった長さ1メートルく
らいの跡があったと主張するところ,かかる主張は,けん引車を利用し
た盗難を示唆するものと理解できる。
しかしながら,本件車両には,盗難防止警報システムの機能として,
けん引防止警報機能が備わっており,盗難防止警報システムが待機状態
のときに,けん引などで車が持ち上げられ車が傾くと,サイレンと非常
点滅灯の点滅で周囲に知らせることになる。
仮に本件車両がけん引車を利用して窃取されたのであれば,けん引防
止機能が作動するはずであるところ,前記のとおり原告代表者や飲食店
Fの経営者夫婦らから警報を聞いたとの供述はない。
本件車両のけん引防止警報システムは,車両をフェリーボートやトラ
ンスポーターに乗せて移動させただけで作動する可能性があるのであっ
て,真実,警報音を吹鳴させることなく本件車両のけん引がされたとす
れば,原告代表者が犯人にキーを交付して盗難防止警報システムを解除
させたと考えざるを得ない。
また,原告が平成15年10月7日付け原告第3準備書面で主張する
ように別紙1記載の位置に本件車両を駐車させていたのであれば,その
直前に存在するガードパイプが妨げになるから,けん引自体が不可能で
ある。
したがって,本件現場には,車を引きずった長さ1メートルくらいの
跡はできないはずであり,かかる痕跡を認めたという原告の供述も不自
然,不合理なものである。仮に,タイヤ痕が存在したとすれば,それは,
犯人がけん引によって盗難被害に遭ったことを仮装するために残したも
のであると推認するのが合理的である。
エ犯行の証跡が存在することの不自然性
原告代表者は,本件現場には,ガラス破片の付近に布が落ちていた旨
供述するが,わずか数時間の間にイモビライザーを装備したベンツの窃
取を実現できるほどの者が,わざわざ犯行手口を示唆するような証跡を
残すはずがないのであって,かかる布が存在したこと自体が不自然であ
る。
また,原告主張の本件盗難後,本件車両のナンバープレートが発見さ
れているが,ナンバープレートを人目に付きやすい場所に置く合理的理
由はなく,かかる窃盗犯人の不可解な行動は,原告代表者の関与のもと
に行われた盗難の仮装行為の一環であると考えられる。
オ本件盗難発生時刻に関する主張の変遷
原告は,被害当日,警察官に対し,被害日時を平成15年2月6日午
後9時30分ころから同日午後11時30分ころまでの間と申告し,同
年7月3日付けの本件訴状でも同様の主張をした。
しかし,原告は,同年2月18日,被告調査員に対して,被害日時を
同月6日の午後7時30分ころから同日午後9時30分ころまでと説明
した。また,原告は,本訴の過程において,被害時刻の主張を,午後8
時ころから午後9時30分ころまでに変更した。
このように,被害の時間帯が2時間も変転することは,それ自体が不
自然であるとともに,原告の変更後の主張によれば,被害当日に警察に
申告した被害時刻が2時間も誤っていたこととなるのであって,不自然
であるといわざるを得ない。
カ被害品目に関する主張の不自然
原告の主張によれば,本件車両の助手席に置いてあった黒いセカンド
バッグ1個が被害品として挙げられているが,警察に対する被害届には
申告されていない。特に,このセカンドバッグの中には,本件車両の予
備のキーのみならず,会社事務所及び自宅の鍵を含む鍵束が入っていた
にもかかわらず,これらの被害品についても警察官に対して申告されて
おらず,不自然である。
また,原告代表者は,当初,被告調査員に対し,「キーの1個だけは
車の中に一つ隠してありました。」と言い,運転席の後ろのボックスに
車両の使用説明書と一緒に収納していた旨を具体的かつ明確に供述して
いたのであるから,キーの申告漏れをわずかな記載漏れというにはあま
りに不自然である。さらに,原告代表者は,予備のキーの所在について,
後ろのボックスからセカンドバッグに主張を変えているが,かかる主張
の変転も実に不自然である。
キタクシーチケットの停止措置と不正使用とのそご
原告は,被害当日,タクシーチケットを無効にしてもらうよう手配し
たと主張している。
しかし,他方で,原告は,後日タクシーチケット1枚が名古屋市N区
Oから岐阜市内までの区間(料金1万5210円)を不正に使用された
と主張し,タクシー会社からも請求されているのであって,上記の主張
と矛盾している。
また,原告代表者は,被告調査員に対して,タクシーチケットの被害
申告をしていないが,これも不自然である。
ククレジットカードについて
原告は,カード4枚について,使用停止措置をとったとするが,他方,
カードが不正使用されたと主張しているのであって,矛盾した主張をし
ている。
ケ原告の経済状態
原告は,第21期(平成12年10月から平成13年9月まで)にお
いて,売上総利益は約9943万円,営業利益は約1430万円であっ
たが,第22期においては,売上総利益は約4968万円と半減し,営
業損失が約1259万円,当期未処理損失が約3340万円となり,極
端な赤字経営に転落している。
第23期には,営業利益を845万円出したことを考慮に入れても,
原告の,当期未処理損失は約3013万円であり,経営状態が直ちに好
転したとは到底いえない状況である。
コ原告が本件車両以外にも車両を保有していたこと
原告は,本件車両以外に,BMWアルピナ及びトヨタ・カルディナバ
ンを使用していたのであるから,本件車両が消失することによる不利益
は皆無である。
(2)本件車両等の時価
(原告の主張)
本件車両は,ETC車載機及びカーナビゲーションシステムを代金33
万円で国内使用に替えた上,1個10万円のAMGのホイール4個,5万
円のウッド仕様のハンドル,10万円のフロントバンパーセンサーを装備
していたので,平成15年2月6日当時,本件車両及びその附属品の時価
合計額は,保険金額である1260万円を超えるものであった。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
(3)信用,名誉毀損の成否
(原告の主張)
被告は,原告の保険金請求を拒んだ上,本件訴訟において,保険約款
(甲10号証)第4章3条(8)の詐欺に該当すると主張して,原告を詐欺
師呼ばわりし,その信用及び名誉を毀損した。その損害は300万円を超
えるものであり,被告は,この不法行為によって原告が被った損害を賠償
する義務がある。
(被告の主張)
被告が,本件訴訟において,原告の保険金請求が詐欺に該当すると主張
していることは認めるが,その余の事実は否認する。
訴訟においては,当事者が相互に攻撃防御を尽くすことが裁判を受ける
権利の本質的内容として保障されているのであり,被告の上記主張は社会
的相当性の範囲を逸脱したものとは到底いえない。
(4)被告の支払拒否が不法行為にあたるか否か
(原告の主張)
被告は,原告の保険金請求に対し,充分な調査を行うことなく,「イモ
ビライザー装着車だから」,「人通りの少なくない都心部だから」,「盗
難の主張は疑わしい」というのみで,何ら合理的理由もないのにこれを拒
んだ。その結果,原告は,本件訴訟の提起を余儀なくされ,弁護士費用2
16万円の損害を被った。
被告の上記行為は,不法行為に該当するものであり,原告に対し216
万円の損害を賠償する義務がある。
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)について
(1)盗難の立証責任について
車両保険契約は,当事者の一方が偶然な一定の事故によって生ずべき損害
をてん補することを約し,相手方がこれに報酬を支払うことを約することに
よって成立する損害保険(商法629条)の一種であるところ,本件保険契
約は,被保険自動車の盗難によって生じた損害について,被保険自動車の所
有者に車両損害保険金を支払う(甲10号証第4章1条1項)ことを定めて
いるのであるから,盗難その他の偶然の事故によって車両が消失したことは,
本件保険契約に基づく保険金請求権の発生要件の一つであって,原告におい
てこれを主張立証すべきである。
そこで,以下本件車両が盗難という偶然な事故によって消失したものと認
められるか否かを検討する。
(2)本件盗難前後の事実経過等
前記の争いのない事実等と証拠(甲37号証,51号証,55号証,61
号証,62号証,乙11号証から16号証(枝番を含む),19号証,20
号証,22号証,23号証,証人H2,同T,原告代表者本人,調査嘱託の
結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア原告代表者は,平成15年2月6日夕方,原告が所属する愛知県精密機
械板金工業会の会議の運営,司会を担当したGと行きつけのふぐ料理店F
で会食をするため,本件車両を運転して名古屋市B区C丁目D番E号所在
のFに向かい,途中でGを同乗させて,同日午後7時10分から20分こ
ろ,Fに到着した。
イFには専用駐車場がなく,原告代表者は,おおむね別紙2(原告代表者
が指示した駐車位置をTが記載したもの)記載のとおり,F店舗前の東側
車道と歩道にまたがる位置に本件車両を南向きに駐車した。なお,本件車
両を駐車した位置の南側には別紙2記載のとおりガードパイプが設置され
ており,付近は薄明かりの状態であった。
本件現場であるF店舗前(東側)の道路は,外堀通方面から桜通方面へ
向かう南方向への一方通行規制がされており,車道の幅員は約6メートル,
その両端にある歩道の幅員はそれぞれ約2メートルで,当時,本件車両の
周辺に路上駐車している車両はなかった。Fの付近は大通りから中に入っ
た位置にあって,事務所や住宅等が混在する比較的静かな市街地となって
いる。
ウ原告代表者は,カードキーを所持した状態で本件車両のドアノブにある
ボタンを押すことによって本件車両に施錠することができるタッチスター
トの方法で施錠した。なお,原告代表者は,本件車両のエレクトロニック
キー1本のほか,現金,タクシーチケット,クレジットカード4枚及び自
動車運転免許証等在中の財布を入れたセカンドバッグを,本件車両前部座
席の後方にある小物入れか運転席足下付近に置いたままで降車した。原告
代表者は,Fの飲食代金を翌月にまとめて支払うことにしており,財布等
を本件車両内に残していたものである。
エ原告代表者とGは,同日午後7時30分から午後8時ころ,Fに入店し,
店舗入口付近のカウンター席に着いた。
原告代表者とGは,同店内において約1時間半から2時間の間歓談しな
がら飲食をした。
女将のH2は,同日午後9時ころ,他の客がFから退店するのを見送っ
た際,Fの店舗前に本件車両が駐車してあるのを認めた。
同日午後9時30分過ぎころ,原告代表者は,Gを帰宅させるため,H
2にタクシーの手配をしてもらったが,タクシーがなかなか到着しないの
で,同日午後9時30分から午後10時ころ,H2がFの店舗前道路へ出
てみたところ,前記のとおり駐車してあった本件車両がなくなっているこ
とに気付いた。
H2からこれを聞いたH1は,原告代表者に対し上記の事情を伝え,原
告代表者は,H1らとともに店外へ出て,駐車しておいた本件車両がなく
なっていることを確認した。
オ本件車両があった本件現場付近には,布が1枚落ちていたほか,歩道寄
りの車道付近に,自動車の窓ガラス様の粒状のガラス破片が散乱しており,
また,車道には,歩道から南東方向に向け,タイヤ痕らしい筋が残されて
いた。上記ガラス片は本件車両のガラスと同様の薄緑色であった。
なお,原告代表者とGが飲食していたF店内のカウンター席は,本件車
両を駐車した位置から約3メートルであり,その席や店内からは,通常,
東側道路付近の車両が吹鳴するクラクションの音や,ディーゼル車両がエ
ンジンを吹かす音は聞き取ることができるが,原告代表者及びGも,H夫
婦と当夜Fで稼働していた3人の従業員も,原告代表者らがFで飲食して
いる間,誰もこれらの音を聞いた者はいない。
カ本件車両が盗難に遭った旨の警察への通報は,間もなく原告代表者又は
H1が行い,同日午後10時から午後11時ころ警察官1名がFに臨場し,
翌7日午前零時ころまで事情聴取や調書作成を行った。
同日午前零時すぎころ,原告代表者は,H1から1万円を借りてタクシ
ーで帰宅した。
キ原告代表者は,同日午前,被告の代理店に対して本件盗難被害の事実を
連絡した。
ク上記のとおり,本件車両と共に,車内にあったセカンドバッグに入れて
おいた自動車運転免許証並びに原告事務所入口の鍵,門の鍵,原告会社内
のマスターキー,1階事務所内の原告代表者の机の両サイドの2個の鍵,
原告代表者宅玄関の鍵及び原告会社社長室内の金庫の鍵もなくなったため,
原告代表者は,同月7日,自動車運転免許証の再交付を受け,同日から同
月8日ころにかけて,業者に依頼して,自宅の玄関及び勝手口ドアの鍵と
原告本社及び工場の各取替工事をした。
また,セカンドバッグに入れてあった財布在中のUFJカード(ミリオ
ンカード),しんきんクレジットカード,西武セゾンカード,ETCカー
ド及び近鉄タクシーのタクシーチケット等について,次の事態が生じた。
(ア)平成15年2月6日午後11時6分,名古屋市J区K-L所在のゲオ
M店において,何者かが原告代表者名義のUFJカード(ミリオンカー
ド)を使用してゲーム機であるプレイステーションⅡを購入しようとし
たが,未遂に終わった。
(イ)原告代表者は,2月6日午後11時6分以後に,UFJカードの利用
停止を申し出たが,同日午後11時23分ころ,名古屋市B区I町U所
在のVIPMember’sClubDianaにおいて,何者
かが原告代表者名義のしんきんクレジットカードを使用し,合計9万2
400円の被害が生じた。
(ウ)原告代表者は,同日午後11時52分,株式会社UFJカードに対し,
ETCカードの利用停止を申し出,同日午後11時56分,ビザジャパ
ン紛失盗難デスクに対して,しんきんクレジットカードの使用停止を申
し出,同月7日午前2時54分ころ,名古屋市N区OW丁目X番Y号所
在のホテルピュアトークにおいて,何者かが,原告代表者名義のしんき
んクレジットカードを使用して6250円の不正請求をしようとして未
遂に終わり,同日午前4時21分,何者かが,日石三菱石油において,
同カードの不正使用を試みたが未遂に終わった。
(エ)原告代表者は,同7日午前8時34分,同人名義の西武セゾンカード
の消失に気付き,その盗難の届出をした。
(オ)同月8日午後10時45分ころ,名古屋市内の広小路Oでタクシーに
乗車した25歳くらいの会社員風の女性によって,原告の近鉄タクシー
チケットが不正使用され,同所から岐阜市Vまでのタクシー料金1万5
210円が原告に請求され,同月11日には,何者かが,つばめタクシ
ーにおいて,原告名義のしんきんクレジットカードを不正に使用し,1
220円相当が費消された。
(カ)同月13日から同月25日にかけて,何者かによって,原告代表者名
義の西武セゾンカードが,つばめ自動車の利用代金の支払のために13
回にわたって不正使用された。
(甲3号証,26号証の3,28号証から30号証,32号証の3から5,
35号証の2,乙13号証の1,2,26号証,32号証の4,33号
証)
ケ同月17日,本件事故現場から数百メートル離れた道路の中央分離帯上
の緑地に,本件車両の前部ナンバープレートが投棄されているのが通行人
によって発見されたが,本件車両自体は現在に至るまで発見されていない。
(3)以上認定の諸事実に照らしてみると,本件車両は,特段の反証がなされな
い限り,何者かによって窃取されたものと推認するのが相当と解されるので,
次に本件車両の盗難の事実に疑問を差し挟むべき事情について,盗難を偽装
すべき動機の存否,イモビライザーその他の盗難防止装置が装着された本件
車両の窃取の可能性の有無,原告代表者の盗難被害等に関する説明内容の問
題点等を中心として,上記の特段の反証があるか否かを検討する。
(4)原告及び原告代表者と本件車両の盗難を偽装する動機等の存否について
(以降に摘示する事実は,前記の争いのない事実等と各項掲記の証拠及び弁
論の全趣旨によってこれを認める。)
ア原告の経済状態等
原告は,昭和27年7月,原告代表者の父であるS1によって創業され,
その後順次合資会社,株式会社と形態を変えて,平成3年3月,現在の社
名へと変更された。現在その従業員は23名で,主要取引先は,オークマ
株式会社,旭精機株式会社,MS商事株式会社である。
原告は,平成12年10月1日から平成13年9月30日までの第21
期の事業年度において,1430万3426円の営業利益を計上している
のに対し,本件盗難の前の期である第22期の平成13年10月1日から
平成14年9月30日までの事業年度においては,1259万6821円
の営業損失を計上した。しかし,平成14年10月1日から平成15年9
月30日までの第23期の事業年度においては再び845万7539円の
営業利益を計上している。
イ原告代表者の属性及び経済状態等
(ア)原告代表者は,昭和50年ころ,S1の引退に伴って原告の代表取締
役社長に就任し,他に春日丘高等学校のPTA会長を務めるなどしてき
た。
原告代表者は,18歳で自動車免許を取得して以降,ダットサンライ
トバン,日産ブルーバード,トヨタマークⅡ,日産フェアレディーZ,
日産グロリア,BMW633Mタイプクーペ,BMWアルピナクーペ,
ベンツSL320及び本件車両を使用してきた経歴があり,本件車両消
失後の平成15年3月13日,再び平成15年式メルセデスベンツSL
500(登録番号:名古屋●●●●●●●,以下「新車両」ともい
う。)を,代金等合計1364万5675円(税込み)で購入するなど,
高級外国車やスポーツカーに高い関心を有していた。
また,本件盗難当時は,本件車両のほかにBMWアルピナクーペ及び
トヨタカルディナも使用していた。
原告代表者が盗難事故による車両保険金請求を行うのは本件が初めて
であり,その妻及び子にも盗難保険金の請求歴を認めることはできない。
(イ)原告代表者は,平成15年当時,原告から年間約1000万円の役員
報酬を受ける一方,本件車両の購入資金として瀬戸信用金庫から借り入
れた約500万円弱の借入金債務を負担し,毎月5万4280円の返済
を行っていた。
原告代表者は,上記のとおり,本件盗難後間もなく,本件車両と同じ
車種のメルセデスベンツSL500を購入したが,その代金として,平
成15年10月16日までに,合計1364万5675円を支払い,中
京リースに対する債務を完済した。
ウ以上認定の諸事実によれば,原告は本件盗難が発生した直前の期である
第22期の事業年度には営業損失を計上したが,その前後の収益状況は比
較的順調であって,第22期における損失の計上は一時的なもので,その
額も原告の経営が危機にさらされるほどではなかったものと推認され,ま
た,原告代表者本人の債務もその収入と対比して過大なものとはみられず,
本件車両はそれまで使用してきた車両と比較して特別に高価であるという
わけでもないと解される。そして,原告代表者は,本件事故後,本件車両
と同型の新車両を購入してその代金を支払ったこと,後述するとおり,本
件車両は保険価額である1260万円を超える経済的価値があって保険金
の設定金額は相当であったこと,本件保険契約の締結時期と本件盗難被害
の発生時期は近接しているわけではないこと,これらの諸点に加えて,原
告代表者は,長らく原告の代表取締役社長として原告の経営に携わり,相
当の収入を得ていたこと,その他,地域社会において築いた社会的地位や,
保険金詐欺を敢行して得られる利益とこれに伴う危険性の程度等の諸点を
考慮すると,原告や原告代表者において,本件車両の盗難を偽装して保険
金詐欺を働いたり,これに関与するだけの動機の存在をうかがわせるよう
な事情は認めがたいというべきである(甲14号証,20号証,27号証
の1から3,37号証,38号証,41号証から46号証,乙12号証,
原告代表者本人)。
(5)本件車両の盗難防止装置等と盗難の実行可能性について
ア本件車両の盗難防止装置等の機能
(ア)イモビライザー
本件車両及びそのキーには,イモビライザーが内蔵されていた。
イモビライザーは,キー側のトランスポンダと車両側のコンピュータ
ーが共通の暗算式を用いてその都度計算を行い,結果が合致しなければ
車両のエンジンが始動しないシステムであり,仮に具体的な数字を解読
したとしても,次に使用する計算結果はそれとは異なるものとなるため,
1時間半ないし2時間で両者を合致させることは,事実上不可能である。
(イ)盗難防止警報システム
盗難防止警報システムとは,車両のドア,トランク,ボンネット等が
閉じていることを監視し,ウィンドウを割って中からドアを開けるなど,
ドア等が正規の方法以外で開けられた場合や,けん引などにより車両が
傾いた場合等に,これらを感知してホーンと非常点滅灯の点滅で周囲に
知らせるシステムであるところ,正規輸入されたメルセデスベンツSL
500(平成14年式)には,盗難防止警報システムが装備されており,
このことはドイツから並行輸入された本件車両も同様であると考えられ
る。
盗難防止警報システムは,本件車両を正規の方法で施錠することによ
って,約15秒後に待機状態となり,これが作動した場合は,正規キー
のいずれかのボタンを押すか,エンジンスイッチに正規キーを差し込む
方法により,警報を解除することができる。
同システムのうち,けん引防止警報機能は,車両をトランスポーター
に乗せて移動させる等した場合,その揺れを感知して作動するものであ
る。
(ウ)本件車両のキー
本件車両納車時には,正規キーとして,カードキー2枚と,エレクト
ロニックキー2本が交付された。原告代表者は,本件事故当時,カード
キー1枚及びエレクトロニックキー1本を自宅に保管し,カードキー1
枚は原告代表者が所持し,エレクトロニックキー1本は,本件車両内に
残置したセカンドバッグ内に入れていた。
カードキーは,これを所持した状態で車両のドアノブにあるボタンを
押すことによって,車両に施錠することができる。
エレクトロニックキーは,ダイムラークライスラー日本株式会社ない
しダイムラークライスラーのドイツ本社でしか複製することができない
とされている。
イ本件車両を窃取する方法とその実行可能性の検討
(ア)本件車両を自走させる方法による窃取方法について
本件事故以前に,本件車両の正規キーが盗難に遭ったとの事実はない
し,上記のとおり正規キーの複製はメーカー以外には不可能とされてい
る。
本件車両のエレクトロニックキー1本とカードキー1枚は原告代表者
の自宅に保管されており,他のカードキー1枚は原告代表者が所持して
おり,他のエレクトロニックキー1本は本件車両内に置かれたセカンド
バッグ内に在中していたというのであるから,犯人が正規キーを用いて
本件車両のドアを解錠し,自走の方法により窃取したとは考えられない。
(イ)本件車両を車両運搬車に積載して搬送する窃取方法について
a原告代表者が本件車両に施錠したことによって,本件事故当時,盗
難防止警報システムが待機状態にあり,同システムを解除することな
しに本件車両の積載ないしけん引を実行した場合には上記警報装置が
作動するから,同システムの解除は窃取行為の前提となる。
本件事故現場には布とガラス片が遺留されていたことは前述したと
おりであるが,熟練した犯人が,布を緩衝材として使用した上,ウィ
ンドウの破壊によって生じる振動や破壊音を極力抑制しながら,ガラ
ス破壊用の専用工具等を用いるなどして本件車両のウィンドウを割る
ことがおよそ不可能であるといえるほどの証拠はなく,本件現場の上
記遺留品からは,そのような犯行方法が用いられた可能性を示すもの
とみる余地がある。
そして,本件車両の盗難防止警報システムの配線は,そのドア部分
付近に存在するものと認められるところ,上記の方法によってウィン
ドウを破壊した箇所から身体を車内に入れて同システムの配線を切断
し,同システムを作動させないという方法も考えられないではなく,
本件において提出された全証拠によっても,このような手口があり得
ないとまではいえない。
b次に,本件車両を,車両運搬車やけん引車両によって搬送する方法
について検討する。
被告は,本件盗難現場には,けん引車両の荷台底部と道路とが接触
した痕跡がないこと,積載作業時に発生する騒音にH2らが気付くは
ずであること,本件車両の前方にガードパイプが設置されていたこと
等を指摘して,車両運搬車によって搬送されたことはない旨主張する。
なるほど,荷台をスライドさせて道路と平行に着地させる方式の運
搬車両を使用して,スライドさせた荷台を本件車両と道路の間に割り
こませた場合,道路には荷台底部が道路を擦過した痕跡が残るはずで
あるが,本件事故現場にはそのような痕跡があったと認めることはで
きない。
しかし,荷台傾斜式車両運搬車を使用した場合には,運搬車のシャ
シーフレームを含めた車両全体を,車両後部が道路に接地する角度に
傾斜させた上,ウィンチを用いて本件車両を同運搬車上に引き上げる
ので,道路には擦過痕が残らないと考えられるし,車両運搬車のエン
ジン音や排気音等,積載作業に伴う音が,Fの店内にどの程度伝わる
ものであるかは,必ずしも明確ではなく,同店の経営者らや原告代表
者らがこれに気付かなかったとしても,これらの積載作業の余地を否
定することはできない。
また,本件車両の前方1ないし2メートルの地点には,ガードパイ
プが設置されており,本件車両の前方にけん引車両ないし積載車両を
縦列に駐車して積載作業を行うことは困難と考えられるが,前述した
とおり本件現場の路面には南東方向に向かって1本ないし2本の擦過
痕様のものがあったことからすると,犯人がけん引車両ないし積載車
両を本件車両の南東方向に駐車して積載作業を行った可能性は残ると
いうべきである。
(ウ)以上に検討したように,窃盗犯人が,盗難防止警報システムを作動さ
せない方法を講じながら,本件車両を車両運搬車両に積載する等の方法
で持ち去った可能性が技術的に不可能であるとか,それが現実的にもあ
り得ないとまではいえず,この場合には,本件車両の正規キーを利用す
る必要はないから,原告代表者の関与がなくとも本件車両を窃取するこ
とが可能である。
(エ)本件については,本件車両が窃取された際の具体的な手口や方法につ
いてまでの認定は困難であり,上述した可能性を指摘し得るにすぎない
けれども,一方,被告の,本件車両の各種盗難防止装置の具体的な機能
や範囲,その限界の有無程度等に関する主張,立証も,一般的な資料に
依拠してその堅固さをいう限度のものであって,本件車両の盗難防止装
置等それ自体や,それらと同種の装置の盗難防止機能について,具体的
な性能内容や盗難からの防護範囲等を技術的に検証した資料等による反
証がなされたわけではない。そして,被告は保険業務を目的とする法人
であって,いわゆるモラルリスク案件を相当数取り扱っており,それら
に関する情報量や専門的な調査能力ないし資金力において原告等の一般
の保険契約者などとは比較にならない主張,立証能力を有することに鑑
みれば,本件における被告の上記の程度の主張,反証内容との対比にお
いて,原告による本件車両の盗難の手口や方法に関する主張,立証内容
が上記のような可能性を指摘することによって尽くされたとするのは,
やむを得ないというべきである。
(乙1号証,3号証,6号証,8号証の4,21号証,27号証,証人H2,
同T,原告代表者本人,調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨)
(6)本件事故に関する供述の変遷について
ア被害時刻について
前述したとおり,原告代表者は,本件盗難被害の日時について,警察へ
の被害届の際には,平成15年2月6日午後9時30分から同日午後11
時30分ころまでの間と録取され,その後,本訴における平成15年8月
20日付けの原告第2準備書面において,これを同日午後8時ころから9
時30分ころと訂正したところ,前記のとおり,同日午後11時6分に,
何者かが,原告代表者名義のUFJカード(ミリオンカード)の不正使用
をした事実が認められることに照らせば,上記被害届にかかる被害時刻は
誤りと認められる。しかし,被害届の際のこの程度の説明内容の誤りは,
盗難被害に遭った直後の混乱した状況下での説明として,特に不審とすべ
きほどのものとは解されない。
イ被害品について
原告代表者は警察に対する本件盗難の被害届においては,エレクトロニ
ックキーを被害品として申告していなかったこと,他方,原告代表者は,
平成15年2月18日,被告から委託を受けて本件盗難に関する調査を行
ったTに対し,本件車両のキー1本を本件車両内のリアシートのボックス
内に入れていた旨の説明をし,同年3月12日には,同人に対し,エレク
トロニックキーはセカンドバッグの中に入れたあった旨,説明内容の訂正
をしていることが認められる。
このような本件車両のエレクトロニックキーの所在に関する説明内容の
食い違いや変遷は,原告代表者の説明の信ぴょう性に疑問を抱かせるもの
という余地があるが,警察に対する被害届にこれが含まれていない点は,
上述した被害日時の点と同様に,被害届当時の混乱した状況の影響もあっ
て,本件車両に積載していた被害品のすべてを正確に申告できなかったも
のとみる余地がある。そして,Tに対する説明内容も,原告代表者本人尋
問の内容に照らしてみると,同人の記憶や説明内容には,正確さを欠いた
り,あいまいで厳密さに乏しい傾向があることも否定できないこと,証人
Tの証言によれば,Tの調査も,イモビライザー搭載車両の盗難事故であ
ることから,既に相当の先入観を持って懐疑的な姿勢で行われたと認めら
れることなど,原告代表者の性向やTの調査姿勢に照らしてみると,Tに
対する上記説明内容それ自体の正確性に疑問があるものといわざるを得な
い。また,原告代表者の上記説明内容に関する不審点それ自体が,直ちに,
原告代表者による盗難被害の偽装とか,そのような企図への何らかの関与
を推認させたり,それをうかがわせる事情であるとはいえないから,その
意味においても,原告代表者の上記説明内容に関する問題点は,上記の盗
難の事実に疑問を差し挟むべき特段の事情と認めることはできない。
(甲3号証,37号証,乙11号証,13号証の1,2,原告代表者本人,
弁論の全趣旨)
(7)以上のとおりであって,原告代表者が本件現場に本件車両を駐車したこと,
それが本件現場から消失したこと,原告及び原告代表者に盗難被害を偽装し
たり,それらの企図に関与することをうかがわせるほどの動機や背景事情は
見当たらないこと,本件保険契約の内容や,その締結時点と本件盗難の時点
との間に不自然な点は見当たらず,原告及び原告代表者の本件盗難後の行動
や,盗難被害品の不正使用等が多数,相当期間にわたり発生していること,
そして,本件車両の各種の盗難防止装置によって本件車両の盗難の可能性が
全く排除されるものであるとの反証はないこと,これらの諸点を総合考慮す
ると,本件車両は原告主張のとおり盗難という偶然の事故によって消失した
ものと認めるのが相当である。
2争点(2)について
証拠(甲63号証,64号証,乙12号証,13号証の1,2)及び弁論の
全趣旨によれば,本件車両の走行距離は,本件事故当時,約5000キロメー
トルであったこと,本件車両と同一車種同年式で,走行距離が4000キロメ
ートルの車両の市場価格は,約1200万円であること,本件事故当時,本件
車両には①国内仕様のETC車載機,②国内仕様のカーナビゲーションシステ
ム,③AMG仕様のホイール4個,④ウッドハンドル,⑤フロントバンパーセ
ンサーの各附属品が装備されていたことが認められ,これらに照らしてみると,
本件盗難の当時,本件車両の市場販売価格は1260万円を超えるものであっ
たと推認することができる。
したがって,本件保険契約における保険価額は,1260万円であると認め
られるから,被告が本件保険契約に基づいて原告に支払うべき保険金の額は,
1260万円全額と認められる。
3争点(3)について
本件訴訟において,原告が本件盗難の事実を主張したのに対し,被告が,本
件第1回口頭弁論期日においてこれを否認した上,第2回口頭弁論期日におい
て,その理由として,本件保険契約に適用される約款(甲10号証)第4章第
3条(8)に規定する「詐欺」にあたる旨の主張をしたことは,当裁判所に顕著
であるが,被告は,上記のように約款上の規定に該当する旨の主張をしたにす
ぎないのであって,原告の名誉を毀損すべき違法性があると認めることはでき
ない。
したがって,この点に関する原告の請求は理由がない。
4争点(4)について
本件盗難を巡っては,既に判示したとおり,被告調査員に対する原告代表者
の説明内容の変遷等の諸事情や,本件車両に各種盗難防止装置が設置されてい
ること,本件現場の状況等の諸点について,これらを検討し,解明すべき事項
が少なくない状況が存在したことが明らかであるから,被告が保険金の支払を
拒否したことが不法行為に当たるとは認められない。
よって,この点に関する原告の請求も理由がない。
5結論
以上のとおりであって,原告の本訴請求は,1260万円及びこれに対する
訴状送達の日の翌日である平成15年7月24日から支払済みまで商事法定利
率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを
認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,
訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条を,仮執行の宣言について同法2
59条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第7部
裁判長裁判官中村直文
裁判官平山馨
裁判官武村重樹

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また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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